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鏡の世界の迷子の旅路 無断転載

372名無しさん:2018/02/24(土) 22:08:51
 我が事の様に嬉しそうにシグナムの自慢をするはやての様子に、微かに目尻を下げながら恭也が続けて述べた。

「なるほどね。
 日常の、特に図書館に居る時の美由希は、本に囲まれてる嬉しさに惚けてて表情や雰囲気では『闘う者』には見えないから、それが見抜けるのはかなりの力量だろうね。
 出来るなら一度魔法抜きで手合わせ願いたいな」
「伝えときます。シグナムも喜ぶ思います。
 でも、本人は、魔法抜きだと恭也さんに10本中5本は取れへんだろうって悔しがっとりましたよ」
「え?俺に?」
「あ、スイマセン。
 高町さんやのうて、こっちの恭也さんです」
「ああ、そうか、済まん」

 流石に同じ場所に同じ名前が2人いるとややこしい。
 この子達が『恭也』と言ったら彼の事だと思った方が良さそうだが、反射的に反応するのを抑えるのは難しいだろう。
 そんな事を考えていた恭也は、先ほどから彼が会話に参加していない事に思い至り、何の気無しに話を振ってみた。

「そういえば、八神君の腕前もまだ見た事がなかったね。
 相当な剣腕なのは見て取れるけど、機会があれば一度手合わせして貰えないかな?」

 その言葉に反応を示したのは、彼ではなく少女達だった。
 怯えているのだろうか?
 表情を強ばらせ、それでも口を挟まない少女達を不思議に思い、向けようとした意識を引き留めようとするように彼が口を開いた。

「不破です」
「…え?」
「『八神』の姓は事情があってはやてに借りていたんです。
 本名は不破。
 不破恭也です」
「ええ!?
 不破って、え!?どう言う事!?だって、それじゃあ、」
「美由希、落ち着け」
「だ、だって恭ちゃん!」
「いいから落ち着け」

 完全に取り乱した美由希に対して、恭也は僅かに目を見張るだけで直後には平静を取り戻していた。
 そんな恭也に通じる高町兄の自制心の強さを見ても尚、少女達は思う。
 やはり、不破恭也と高町恭也は違うのだ、と。

 恭也なら、あの状況、あのタイミングで伝家の宝刀を振るわないなんて有り得ない!

 そんな馬鹿げた事を可愛い妹達が考えているとは露ほども知らず、高町兄妹は恭也を真剣に見据えていた。

「『この世に偶然なんて無い。全ては必然だ』」

 唐突に切り出された高町兄の台詞に困惑する女性4人に対して、男2人は感情を読ませないよく似た仏頂面をつき合わせたまま話を進めた。

「そういう考え方があるのは知っているし、きっとそれは本当のことなんだろう。
 だが、『因果の繋がりを知る術』を持たない俺には、例え『それ』が必然であっても何を意味するのか理解出来ない。
 そして、無闇に恐れたり過剰に警戒する事は、思考から柔軟性を奪い、本当に必要な時にとっさの対応が出来なくなる。
 だから、不要な警戒を解くために、俺は『偶然は存在する』と考える事にしている」

 話の内容が理解出来ているか確認するために言葉を切ると、彼が微かに苦笑している事に気付いた。既に恭也が言いたい事は察しているのだろう。
 それでも妹達に説明するために話を再開した。

「勿論、全てを偶然として捨ててしまう訳にはいかない。
 だから、直接的な危険性のない事象だったとしても、3つ重なれば警戒する事にしてる。
 そして、君の存在の不自然さについては、不破の姓で偶然が3つ揃った事になる」
「2つじゃないの?
 お兄ちゃんとよく似てる事と苗字の事でしょ?」
「3つ目は彼の剣術が小太刀の二刀流であることだ」

 恭也への警戒を解きたいなのはが兄の考えを否定しようとするが、即座に答えが返された。
 高町家ではなのは以外知らないはずのその回答にフェイトとはやてが反射的になのはを見やる。
 恭也の事を話したのかと問いかける視線に、なのはは慌てて勢いよく首を左右に振る。
 そんなやり取りに僅かに苦笑を漏らした兄が妹をフォローするように言葉を足した。

373名無しさん:2018/02/24(土) 22:10:47
「見ていれば分かるんだよ。
 歩法や人との距離の取り方、視線や筋肉の付き方、その他諸々の事を総合すると、扱う武器の種類や射程範囲が推測出来るようになるんだ。
 例えば、フェイトちゃんは両手持ちの槍か斧に近い武器じゃないかな?」
「あ、はい。
 斧、と言えると思います」
「すごーい」
「ホンマにわかるんやねぇ」

 素直な賞賛に恭也が苦笑を漏らす。
 不要に恥をかきたくはないのでそれなりに確信を持って口にしたのだが、実は、フェイトの所作から読み取れる情報は酷く曖昧だったため、少々不安に思っていたのだ。
 フェイトは武術単体についての練度がそれほど高くない(無論、基準は御神流である)上に、飛翔魔法を駆使した空戦を前提としているためか、歩法もそれほど熟練していない。
 更に言うなら、魔法を攻撃手段として持っている事から武器の間合いとイコールとなるはずの射程範囲が不鮮明だったのだ。
 勿論、これらは魔法が存在しない(正確には存在が認められていない)地球で発達した武術の視点での話だが。
 そんな訳でこっそりと安堵していた恭也に、対面に座る少年の視線が届く。特に感情を表していない表情であったが恭也には分かった。この視線には多分にからかいが含まれていると。
 彼の実力からすればフェイトの技能が読み取り難い事も分かっているだろうから、武器の推測が何割かの偶然を含んでいた事も見抜かれているだろう。
 バツが悪そうに僅かに視線を逸らしつつ、彼は初対面で見抜いたのだろうか?と考えている恭也は知らなかった。不破恭也が下着の柄を暴露してまで、フェイトに戦闘態勢を取らせて情報収集に勤しんだ事を。

「話を戻そう。
 容姿は兎も角、小太刀の二刀流と不破という姓。
 それらは俺達にとって無視する事が出来ないものだ。
 そして、俺には過去に、未来の自分と出会うという経験は無い。つまり、君は俺ではない。
 君は一体何者だ?」

 一般的には考慮の必要が無いはずのタイムワープを真面目に検討している辺り、高町兄も決して非常識な経験に事欠いていなかった事がよく分かる。
 そして、その非常識に対処出来る自分自身の存在が、負けず劣らず非常識なのだとは思っていない辺りが彼らの共通した非常識さなのだった。
 それは兎も角、視線を強めて恭也を見据える兄になのはは口を挟む事が出来なかった。
 兄の視線には敵意こそ含まれていなかったが虚偽を許さない鋭さがあったからだ。
 『別の世界からの漂流者』という説明だけで、果たして兄や姉、ひいては父の不信感を拭い去る事が出来るだろうか?
 更に、全てを突き放すような恭也の考えを変えられないかと悩んでいたなのはは、夕食後まであった筈の猶予が突然無くなった事に焦燥感を募らせた。
 そんななのはの心情を知ってか知らずか、高町兄は前言を翻す様に視線を緩めた。

「と、まあ、その辺りの事を説明しに来てくれたと思って良いのかな?」
「ええ」
「それなら予定通り父さん達が揃う夕食後にしようか」
「あ、そっか。だから、さっき私の事止めたんだね?」
「そう言う事だ」

 その兄妹の会話に少女達も安堵する。
 勿論、言葉の内容そのものにではなく、理性的な判断を下せる冷静さを失っていない事に、だ。たとえ不信感を煽るような事柄が並んでいようと、それだけで恭也を危険視したりはしないでくれているのだから。
 尤も、その何割かが、自分達の全幅の信頼を寄せる態度に因るものだとまでは3人共気付いていなかったが。
 だが、その結論で話を纏めるのであれば、彼もここまで回りくどい言い方をしなかっただろう。
 だから、この話題が終了したと思って気を緩めた美由希を含めた少女達とは対照的に、続く言葉を予想して僅かに眉間に皺を寄せる不破恭也と、予想されている事を承知して微かな笑みを浮かべる高町恭也が視線をぶつけ合っていた。
 2人の様子に気付いた妹達が口を開く前に、恭也が続く言葉を口にした。


「それじゃあ言葉の説明では分からない部分を見せて貰えるかな?」





続く

374名無しさん:2018/02/24(土) 22:16:52
5.感情



「お断りします」

 その非常に簡潔な拒否の言葉が『言葉では示せないものを見せろ』という高町恭也の言葉に対する不破恭也の返答だった。
 しかも、刹那の間も無いほどの即答だった。
 即決即断、と言うより条件反射だったのではないかと疑いたくなるほどだ。
 その僅かな躊躇も無い返答の内容に唖然とする美由希。
 そもそも、高町恭也が具体的に何を要求したのかピンと来なかった為に困惑している3人。
 そして、これ以上無いほどあっさりと断られたにも関わらず動揺した様子を見せない恭也。
 リビングを沈黙が支配し少女達がその重さに不安に駆られ始めた頃、自発的な発言を諦めた恭也が理由を問いかけた。

「理由を聞いても良いかな?」
「理由が無いからです」

 またもや酷く端的な、と言うか素っ気ない言葉が返ってきた。
 『剣技を見せる理由が無い』と言っているのだとは思うのだが、何と言うか、こう、ひょっとして俺、嫌われてる?

「理由って、手合わせする理由って事?」
「ええ。
 俺の存在を説明する事と技量を見せる事には何の関連もありません」

 美由希の問いかけには僅かながらも補足説明が付いている辺り、随分と態度に違いがある気がする。
 …そっくりの容姿で男と女で態度を変えるほどの女好きとかはやめて貰いたいのだが。
 そんな風に現実逃避した思考を、ため息の代わりにゆっくりと瞬きする事で追い出した。

「ええっと、私も見てみたいかなぁ、なあんて」
「見せ物ではありません」
「…だよねー」

 同じ可能性に気付いたらしい美由希が、念のため程度に提案するが、当然の様に断られた。…いやまあ、そこで翻意されてもそれはそれでショックだっただろうが。
 もう一度、静かに目を閉じる。

 きっと、この違いは俺に対する怒りだ。
 腹に据えかねるほど、彼の目から見た今の俺の姿は『堕落した自分』に見えるのだろう。

 そう確信するほど、恭也はクリスマスの夜に初めて彼と対面した時に衝撃を受けた。
 まるで、極限まで薄く鍛えた刀の様な印象だった。
 風に吹かれただけで折れてしまいそうな危うさながら、だからこそ、触れただけで切り裂かれそうな鋭さを持った一振りの刀。
 それは、父・士郎が護衛中の負傷により入院していた時期に、恭也が渇望した『家族を守るための理想の姿』だった。
 同時に、どれほど望もうとも至る事の出来なかった在り方だった。
 後になって、あの時の彼は精神的に極限まで追いつめられた状態だったのだと知ったが、だからこそ、普段であれば包み隠しているであろう彼の本質が如実に現れていたのだと思う。
 そんな彼だからこそ、今の自分の在り方は、きっと我慢の出来ないものに違いない。手合わせなど検討する余地もないほどに。
 そう締め括ろうとしていた恭也の思考を遮ったのは、まるでイタズラした子供を諭すように話しかける末妹だった。

「良いの?恭也君」

 その穏やかな口調と母性を感じさせる眼差しを恭也に向ける幼い妹に、兄と姉が揃って目を見張る。
 対する恭也は、微動だにすることなく、淡々とした口調で問い返す。

「何がだ?」

 動揺に顔色や表情を変える事はなく、向きになって声を荒げる事もない。そして、なのはと視線を合わせる事も、ない。
 なのははその態度に言及することなく、変わらぬ視線で恭也の言葉にただ応える。

「『あの時』とは違うから、無理してでもって言うつもりは無いよ?
 だから、お兄ちゃんのお願いを断る事が恭也君にとって良い事なら、私からはこれ以上何も言わないよ」
「俺が逃げだそうとしていると言いたいのか?」
「どうなのかな…
 ホントの事を言うと、今の恭也君がちょっとだけ辛そうに見えただけなんだ。
 ホントに辛いのかも、どうしてそう見えたのかも分からないの。
 ただ、もしもそれが断った事と関係してるなら、もう一度恭也君にとって一番良い方法を考えて欲しいなって思ったの。
 言いたかったのはそれだけ」

 そう締めくくると言葉通りなのはは口を閉ざした。
 それが、決して見放した訳ではない事は慈愛を湛えた眼差しからも分かる。

375名無しさん:2018/02/24(土) 22:19:14
 美由希は、背伸びした様子もなく大人の女性の様に振る舞うなのはの成長が嬉しいような、子供だと思っていた妹にいつの間にか追い越された焦りのような、そんな複雑な気持ちに戸惑う一方で、冷静になのはの言葉が的を外したものだと予想していた。
 正直なところ、美由希には八神君改め不破君が辛い思いをしているかどうか分からなかった。ただし、彼が兄・恭也に対してどのような感情を抱いたのかは想像が出来た。
 彼が抱いたのは、きっと同族嫌悪だ。
 この結論は、恐らく兄とも妹とも違うだろう。
 兄が自身の評価を極めて低く設定している事は知っていたし、妹が彼の人物像を多少ながらも美化している事も想像がつくからだ。
 だが、余程のナルシストでもない限り、人は自分の短所にコンプレックスを持っているものだ。そして、一般的に長所よりも短所の方が目に留まり易い。だからこそ、自分とよく似た人物と出会うと、自身の短所を客観的に見せつけられるようで嫌悪感を抱くのだ。
 不破君とはそれほど言葉を交わした事はないが、それでも彼の価値観が兄とそれほどかけ離れている訳ではないことは察する事が出来ていた。
 ならば、極端に自分自身に厳しいであろう彼にとって、どれほど多くの長所があろうと、他の人からの評価がどうであれ、兄の姿を通して映し出された自分の姿は許し難いものだったのではないだろうか?
 そして、なのはが見いだした彼の辛い想いとは、コンプレックスを刺激された事で生まれたものなのではないだろうか?
 だが、そうであっても、身内に優しいであろう彼がなのはの気遣いに応えて試合の申し出を受けるだろう事も美由希には予想出来た。
 ただし、全てが予想通りに進むほど、この世界は優しくもなければ単純でもなく、何より不破恭也は甘くないのだった。

「…相変わらずなのはは容赦がないな。
 『逃げてないで向かい合え』とは」
「えぇ!?
 私、ちゃんと無理しなくていいって言ったよね!?」
「そうだったか?
 俺には『剣術しか能がないくせに、女々しい事言ってるんじゃない』という副音声の方がインパクトが強くて良く覚えていないんだが」
「言ってないし、思ってもいないよ、そんなこと!」
「あ〜、なのはちゃんはスパルタやからなぁ」
「納得しないでよ、はやてちゃん!」
「そうだよ!それはなのはの優しさなんだから!」
「フォロー、だよね?
 フォローなんだよね、フェイトちゃん?」
「しかし、それを優しさと解釈するのは、『全力全開で打ち落とす!』という台詞に『お話きかせて?』というルビを振る位に無理がないか?」
「そ、そんなこと、しないもん…」
「…どうして目が泳いでるの、なのは?」
「なのは、まさか、本当に…?」
「ち、違うよ、お姉ちゃん!お兄ちゃん!」
「ほう、違うのか?
 アルフとハラオウンから聞いたフェイトとの馴れ初めでは、欠片ほどの容赦も無くトドメを差しにいったと聞くがな。
 …すまん、フェイト。青褪めながら震え出すほど傷が深いとは思ってなかった」
「そそんな事、ない、よ?」
「むぅ。
 フェイトでこの調子では、ヴィータももう一度『話し合い』に持ち込まれていたら危なかったかもしれんな」
「なななななのはちゃん!ううう家の子等に手を出すなら、わわた、私が相手、に…う、うう」
「し、しないよ、はやてちゃん!?私、そんな事しないからね!?」
「はやて?
 …なにやら本気で怯えているようだが、全力モードのなのはの姿を知っているのか?」
「…はやて、魔法戦闘に慣れてきたからって、この間なのはと模擬戦したんだ」
「なるほどな。
 『鉄は熱い内に打て』とは言うが、レベルが低い内にトラウマを植え付ける事で、将来的に反抗出来ないように深層心理に刷り込んでいるという訳か。
 やるじゃないか、なのは」
「そこは諺をねじ曲げてまで感心しちゃうんだ。
 それにしても、知らない間になのはが凶悪になってるみたいで、お姉ちゃん、なのはの将来が心配になってきたよ」
「あ、あれは、はやてちゃんがビックリするくらい強かったからいつの間にか熱くなっちゃって…
 …ごめんなさい」

 みんなから集中砲火を食らい続けた結果、からかわれているだけだと分かっている筈のなのはがとうとう涙目になるほどヘコんでしまった。
 この辺り、如何に天才的な魔導の才を持ち、絶望的な状況でも折れる事のない不屈の心を持とうと、まだまだ小学3年生である。
 そして、あやすように優しく頭を撫でる恭也を上目遣いでそっと窺い、恭也の顔に浮かぶ微かな笑みと優しい眼差しに頬が仄かに色付いている辺り、立派な女の子でもある。

376名無しさん:2018/02/24(土) 22:23:08
「さて、と。
 憂さ晴らしも済んだ事だし、話を戻そうか」

 そう切り出した恭也の様子が普段の泰然とした雰囲気を取り戻している事にはやてとフェイトも安堵した。
 高町家を訪れてから、もっと言ってしまえばなのはの兄と対面してから、恭也の態度が少しずつ堅くなっていくのを2人も感じていたのだ。
 だから、恭也の心境を察するには至らなかった事も一因とは言え、恭也のために行動する事が出来ない不甲斐ない自分に心が沈み、行動出来るなのはを羨んでしまう。
 はやてははやてなりに、フェイトはフェイトなりに恭也を支えているのだが、美由希の考え通り成功よりも失敗の方が印象に残り易いのだ。そして、それはなのはとて例外ではない。
 当然の事と考えて何気なく採った行動こそが恭也の助けになっている場合が多いため、尚更本人達は自覚出来ていない。そして、人を羨む様な考え方自体を恥ずべきものと考えている3人は、互いが互いを羨んでいるなどとは夢にも思っていないのだった。
 人生経験の浅い小学生なのだから当然とさえ言える結果ではあるのだが、恭也の事を鈍感と認識している自分達自身もまた、五十歩百歩だと気付けるのはまだ先の事なのだろう。

「きょ…高町さん。
 先程の『確かめたい』という言葉は、手合わせする、と解釈して良いんですね?」

 妹達とのテンポの良い会話から一転して、自分の呼称に迷う少年に名状し難い想いが過る。
 単に彼自身と同じ名前を口にするのに抵抗があると言うよりは、自分を『恭也』とは認めない、という意思表示なのだろう。
 無理もない事だと自分を納得させて、恭也は努めて感情を殺しながら先を促した。

「…ああ、それであってるよ」
「先程も言いましたが、俺の技量自体は俺という存在を説明する上で何の関わりも無いはずですが?」
「確かに技量の高低は関係ない。個人的に興味はあるがな。
 だが、手合わせで見たいのは技量ではなく剣技そのものだ。
 君の修めた剣術流派の思想を知るには手合わせするのが一番だからな。
 どんな戦いを想定して、何を勝利目標にするか。
 そういったものは戦い方に反映されるから、たとえ道場での手合わせであっても見えてくるし、勝敗にも左右されない。
 勿論、手合わせ自体、無理強いするつもりはない。だから、わざわざ曲解して『技量』なんて言い出さなくても普通に断ってくれればいい」
「それをわざわざバラす辺り、外見からは想像出来ないほど性格が悪いようですね」
「…まあ、身内からは意地が悪いとよく言われるんだが、これだけよく似た容姿でその台詞が出る辺り、君も良い性格してるね」
「ええ、性格が良いとはよく言われます」
「面の皮も厚いようだ」

 無表情のまま互いを皮肉る様子は、鏡に向かって自分を婉曲に罵倒しているようで、見せつけられている少女達の方が居たたまれない。
 そんな事は知った事かと言わんばかりに眉一つ動かさずに口を閉ざした少年を、恭也も静かに見据え続ける。
 勿論、意外な口の悪さに腹を立てている訳でもなければ、ましてや唖然としている訳でもない。単に、この沈黙が何らかの葛藤に因るものだと察して結論が出るのを待っているのだ。
 なのはの口添えがあったお陰で、再考には辿り着いた。勿論、再考した結果として改めて拒否される可能性もあるが、結局のところ無理強いしたところで本人にやる気がなければ意味は無いのだ。なるようにしかならないだろう。
 恭也としても彼の技量に興味はあったが、言葉通り『興味』、つまりは好奇心以上のものではない。
 そして、興味と言う意味では、どうして彼がここまで手合わせを拒むのかが気になり始めていた。

377名無しさん:2018/02/24(土) 22:25:18
 『実戦剣術』を謳う流派と言えども、現代の日本で本当に武力として剣術を行使している事は無いと言ってもいいだろう。法律と照らし合わせれば『暴力行為』以外の何者でもないのだから当然ではある。
 そして、法律を無視してまで、或いは逆に合法的に剣術を戦う術として実行している流派は喧伝などしない。
 それを反映するように、一般人が耳にすることのない裏側の情報網は、狭い代わりに非常に深い。彼ほどの実力と外見的な特徴を持っていれば、非合法側でもない限り、仮にデビュー前だとしても噂くらいは聞こえてきても良さそうなものだ。
 だが、実際には恭也はおろか士郎すらも彼の噂を耳にした事がない。ならば何かしらの理由があるはずだ。
 クローン技術による御神流剣士の複製品。
 それは、知人にオリジナルとその複製存在の両方がいるため真っ先に思い浮かべた可能性だったが、程なくしてその考えは否定した。なのはから、彼がはやてを助けるために懸命に、文字通り命を懸けて戦い、事件の解決に大きく貢献したと聞いたからだ。
 別に、オリジナルであるリスティのHGS(高機能性遺伝子障害)患者としての類希な能力を量産しようとして生み出されたフィリスが、能力面だけを見た場合に圧倒的に劣っていたから、クローンとは須く劣化しているものだ、などと言うつもりはない。確かに肉体面でもかなり幼オホンッ、その代わりとでも言うように、人格的にはフィリスの方が数段ゲフンッゲフンッ
 …何が言いたかったかと言えば、彼は情緒面が育ち過ぎているのだ。
 違法技術を駆使してクローンを生み出すような組織であれば、当然、クローン体に意志など持たせるはずはなく、命令を忠実に実行する兵士を作り上げるだろう。その思考パターンは自発的に誰かを守るような行動とは相反するものだ。

 そうなれば、次に浮かんでくる可能性は『並行世界の同一存在』だ。
 因みに、何故先にこちらが出なかったのかと言えば、相違点があまりにも大き過ぎたからだ。
 十歳当時の自分の身長は平均から大きく外れるものではなかった筈だ。そしてなにより、彼の年齢に対する剣術レベルは御神流の基準からしても非常識なまでに突出している事が手合わせをせずとも分かる。
 これでは余程自惚れていたとしても『同一』というには無理があるだろう。
 それでも、こうして対面した事で理屈を越えて思う。やはり彼は『不破恭也』なのだと。
 魔法の世界では地球で言う銀河系を移動する手段を持っていて、なのはの関わった事件について、説明と感謝と謝罪に来たリンディやクロノ、また半年ほど前からなのはが飼うようになったフェレットのユーノも別の惑星の住人との事だった。
 ならば、同様に並行世界、あるいは地球と酷似した世界の不破恭也に相当する人物がこの世界に来たと考えるのが順当と言えるのではないか。
 恭也がその場でそう問いかけると、現在のミットチルダの学説では並行世界も酷似した世界も、更には時間移動の手段も存在しない事になっている、とユーノに否定された。
 因みに、博識なフェレットだ、と感想を洩らすと、この人間の姿が本来の姿だし、決して年齢詐称もしていないのだ、と切々と語って聞かされた。既に誰かから相当からかわれていたのだろう。
 だが、如何に人間がフェレットに化けられる技術があろうと、別の銀河系へと移動出来ようと、この世の全てを解明している訳ではない。『見つけられない』のは『存在しない』事とイコールとは限らないのだ。
 そもそも、地球の常識では真面目に論ずれば精神病院を紹介されかねない幽霊やら超能力者やら吸血鬼やらに散々関わってきた上に身内から魔法使いまで現れたのだ。今更『並行世界なんて存在しない』などと言われても信じる気にはなれない。
 それに、並行世界の自分ではないなら自分に酷似している八神恭也とは何者なのか、と聞き返すと、自分達の所属する『時空管理局』という組織の守秘義務に抵触するから、という理由で回答を拒否されたのだ。はっきり言って並行世界を肯定しているのと大差は無い。
 更には、管理外世界の住人で管理局に所属しない者には強制力の無い規則ですが、などとわざわざ仄めかしてくれたりもした。
 それはつまり、管理局の仕事を続けるつもりでいるなのはとフェイトには無理だが、現時点では嘱託契約が切れている不破君(その割には自由に施設を出入りしているようだが)であれば、守秘義務は課されていない、言い換えれば、話すかどうかは不破恭也の判断に一任している、と言っているようなものだ。

 そこまで慎重になる事もあるまいに。

 それがこの話を聞いた時の恭也の感想だった。

378名無しさん:2018/02/24(土) 22:28:31
 確かに、突然、自分の同一存在が現れれば普通の人は驚くだろうし、それを許容するか拒絶するか嫌悪するか歓迎するかは本人の性格に依るだろう。
 そして、恭也にとっては『それがどうした?』と言う程度なのだ。
 如何に酷似した経験を積んでいようと、或いは全く同一の記憶を持っていようと、今この時間に同時に存在している以上、彼は彼であって自分ではない。記憶が共通であったとしても共有している訳ではないし、意志だって独立している。
 ならば、自分と彼は、間違いなく他人であって本人ではないのだ。
 だから、同一存在である不破恭也も同じ結論に至る事で、気兼ね無く状況を説明してくれる、そう思っていた。
 少なくとも、『話す必要がないから話さない』事はあっても『隠す必要が無いのに隠す』事は無いのだと疑いもしなかった。たとえ相手が腹立たしい存在であったとしても、屁理屈を捏ねてまで手合わせを避けようとするとは思っていなかったのだ。
 手合わせを避けるのは技を隠すため、と言うのが最もそれらしく聞こえるが、恐らくは違うだろう。
 実戦剣術である以上、剣技は門外不出が原則だ。生死を賭けた戦いで必殺を期して繰り出した剣技に対抗手段を編み出されていれば、死ぬのは自分であり同門の仲間である。
 『技』と表現する攻撃は決して同門の人間以外には見せず、見せた相手からは確実に命を奪わなくてはならないものだ。いくら同じ流派と目されていようと身内でない相手においそれと見せる事は出来ない。その考えは理解出来る。
 だが、通常の斬撃を全て隠す必要がないのもまた事実である。刀の種類によって戦闘スタイルは変わってくるが、日本刀である以上、基本的な扱い方に違いは無いのだ。流派特有の剣技をさらけ出したりしない限り、一度や二度の手合わせで全てを見抜ける訳では無い事くらい彼も承知しているはずだ。
 先の事件で負った負傷を妹達から隠しているから、露見しかねない戦闘行動を避けている、と言う方がまだ納得出来る。尤も、恭也の目から見ても動作に不自然さが無いためこの可能性も限りなく低いとは思っているのだが。
 では、自分との力量差を確かめたくないとでも言うのだろうか?
 だが、言っては何だが、彼は自分と同じでたとえ負けても子供然とした駄々を捏ねるタイプには見えないし、何より力量差から目を逸らしていては剣士など勤まらない。
 勿論、相手より力量が上だから手を抜ける訳ではないし、下だからと諦める訳でもない。
 敵と自分の持つ技能について何が上で何が下かを正確に見極めた上で、敵に力を出させずに自分の能力を最大限に活かす戦い方をする。それが趣味でもスポーツでもない、戦闘の本質だ。それを実戦経験を積んでいるであろう彼が履き違えているとは思え難い。
 そもそも上達の途上にある者が自分より格下を選んで戦っていては先が知れているし、彼の実力からしてそんな事をしてきた筈がない。
 ならば、この程度の考え方の違いは誤差の内で、彼にとっては隠す必要のある情報という判断なのだろうか?
 考えてみればそれは仕方の無い事なのかもしれない。恭也と言えど非常識な経験(一族の運動能力は除外)は全て高校3年に進学して以降のものだ。彼の老成した雰囲気から誤解していた面はあるが、恭也とて未経験の頃に自分の同一存在に出会っていれば混乱していたかもしれない。

「…腹立たしくはあるが、なのはの言う通りいつまでも目を逸らしていても解決はしないな」

 聞こえた声に思考を中断した恭也が顔を上げると、彼の視線とぶつかった。
 迷いは晴れたのか、相変わらずの仏頂面ではあるものの眼光には強い意志が見て取れた。恐らく、これが本来の彼の顔なのだろう。

「…恭也君のイジワル」
「何を今更。
 高町さん、先ほどの手合わせの件、承諾します」
「良いのか?
 こちらから言い出しておいてなんだが『なのはの友人』である事に君の素性は関係ないんだ。
 だから、君が俺と酷似している事についての説明自体、省略されても非難するつもりはないよ」
「…『なのはの友人』、ね」
「!?」

 徐々に友好的(?)になってきていた恭也の雰囲気が再度硬質なものに変化した事に困惑し、全員が視線を交わし合う。

379名無しさん:2018/02/24(土) 22:29:05
 零れた呟きからすればなのはの友人として扱われる事に不満があるようにも受け取れるが、そもそもこうして恭也的に鬼門であるはずの高町家に事情を説明に来ているのはなのはの友人として在るためなのだ。それにいくら恥ずかしがり屋とはいえ、恭也が照れ隠しとして採る態度とは思えない。
 それでは一体何が?
 そこまで考えた少女達は少々突飛な可能性に辿り着いた。恭也一人が何らかの異変を、あるいは危険を察知して警戒しているのではないか、と。
 仮にそれが事実であれば、恭也がここまであからさまに雰囲気を変化させた現状は凄く危険なのではないだろうか?少なくともあの事件中でさえこんな事は数えるほどしか無かったはずだ。
 そう思い至ったなのは達は、不安を滲ませながらも表情を引き締めた。
 表情からその危惧を察した剣士2人が揃って小さく首を振るが、高町兄姉の実力を知らないなのは達が警戒を解く事はなかった。
 先程までの会話からすれば姉と兄は少なくとも魔法に頼らない能力については自分達を遥かに上回るのだろう。だが、そうであったとしても恭也が気付いて2人が気付いていないという可能性を否定した事にはならない。そしてそれ以前の問題として、闇の書事件を恭也と共に戦った3人にとって、実際の能力や技能の優劣などとは関係なく、高町兄姉より恭也への信頼の方が厚いのは当然だった。
 だが、続いて恭也が口にしたのは誰もが思いもよらない言葉だった。

「承諾すると言いましたが訂正します。
 高町さん、是非、俺と手合わせ願えませんか?」
『え…?』

 消極的だった態度を覆した恭也に対して、全員が疑問の声を漏らした。
 会話の流れを考えれば、先程の兄の言葉に腹を立ててその憂さを晴らそうとしているとしか思えない。だが、いくら今が平時だとはいっても、あの恭也がそんな行動を採るだろうか?
 物問いた気な視線を兄と姉から受けてもなのはにだって返せる答えは持ち合わせていない。
 恭也の極端に起伏の小さい感情を察知する事に長け、非常に特殊な思考回路がはじき出す結論を高い精度で推測出来るからと言っても、彼の全てを理解している訳ではないのだ。それははやてやフェイトも同様だった。
 妹達の表情から凡その心情を想像出来た恭也は、小さく息を吐くと挑みかかってくるような視線を静かに受け止めた。

 事情を問い掛けたところで返事は期待出来ないだろうな。
 それならいっその事、利害が一致したと考えるべきか。

 そう結論を出した恭也は、少年の感情を煽る様に意識して唇の端を小さく持ち上げながら短く答えた。

「いいだろう」




* * * * * * * * * *




 厳粛な静寂と身を切るような冷気に満たされた板張りの道場で2人が対峙していた。
 大仰に構えるでもなく、気勢を発するでもない。
 始まりの合図は無かった。それでも、間違いなく始まっている。
 敢えて言うなら、先程なのはの兄の名乗り上げを遮る様なタイミングで振られた、素振りと言うには無造作な、他意が無いというには鋭すぎる恭也の一薙がそれに当たるのかもしれない。

 …さっき?
 さっきって何時や?
 数分前?それとも、もう10分以上過ぎたんやろか?

 たった数十秒間をはやてにそう錯覚させる程に、空気が張りつめていた。
 いや、そう感じていたのははやてだけではない。並んで座っているなのはとフェイトも身動ぎもせずに固唾を飲んで見守っている。
 普段行っている魔法の戦闘訓練とは明らかに何かが違っていた。
 なのに、それが何か分からない。
 はやては草薙道場での、フェイトとなのはは砂漠の惑星での恭也とシグナムの戦いを見ている。
 だが、その剣士同士の戦いとも違うように思う。

 ただ、静かに。
 このまま、外界からの刺激が無ければ道場内は永遠に静止しているのではないかと本気で考え始めた頃。

「動く」

 呟くような美由希の台詞が、やけに大きく耳に届いた。




続く

380名無しさん:2018/02/24(土) 22:48:41
6.混乱



 恭也は眼前に佇む自分の似姿に僅かな落胆を覚えた事を自覚し、その自分勝手な感情に呆れてしまった。
 一部の隙も無い自然体で佇む姿も静かに凪いだ気配も一朝一夕で身に付くものではない。このまま数時間睨み合っていたとしても小揺るぎもしないだろう事が想像出来る。彼の年齢からすればそれだけでも十分に驚異的と言えるだろう。
 そして、自分が彼と同じ年頃の時には、比較にもならないほど未熟だったのだ(当然、平均的な成人男性の運動能力など比較対象にならないレベルだが)。
 ならば、如何に彼が自分の理想の体現者であろうと、一方的で過剰な期待にそぐわなかった事に落胆するのは身勝手にも程があるというものだ。
 だが、彼が自己の感情を完全に制御出来る理想的な剣士なのだと期待していた分だけ、凪いだ気配とは裏腹に『意地でも負けるものか!』という感情が読みとれてしまう事が惜しくてならない。
 それは、戦う上で極めて重要な意志ではある。
 だが、勝ちに逸り判断を狂わせる要因になりかねないその感情は、内に秘めて敵に悟らせてはならないものでもある。

 決めつけるのは早計か。

 自身をそう戒めた恭也は、ほんの僅か、なのは達は勿論、相手が美由希だったとしても気付かれない程度に重心をずらした。
 気付くには非常に高度な洞察力が必要なのとは裏腹に内容としては非常に単純な罠。
 その、罠と表現するのも気が引けるほど些細な餌をチラツかせると、即座に彼の気配が瞬間的に、しかし、美由希にも分かるほど攻撃的なものに変化した。

「動く」

 美由希の言葉が聞こえた直後に初速からトップスピードで間合いを詰めてくる彼の姿を恭也は静かに見据え続ける。

 こんなものか。

 油断無く迎撃体勢を保つのとは裏腹に、感情に振り回されている彼の姿にそんな想いが脳裏を過ぎる。
 あの重心の変化に気付いた洞察力は驚嘆すべきものだ。そして、確かにどれほど微少であろうと重心のずれは、どのような攻撃にも瞬時に対応出来る自然体が崩れた事を意味している。
 だが、それを勝機と結び付ける判断は短絡的としか言いようがない。
 あの程度の変化は隙と言うにはあまりにも小さ過ぎる。誘いであれば、事実恭也は誘うために意図的に自然体を崩した訳だが、誘いであるが故に間合いを詰める間に修正されてしまうレベルだ。
 勿論、見つめ合っていただけではいつまで経っても勝機など見えてくることはないだろう。何の要因も無く決定的な隙を晒すような未熟さは互いに持ち合わせていないのだから当然だ。だからこそ、相手の出方を探りながら相手に全力を出させない様に気を配りつつ機を窺う、という駆け引きが必要になるのだ。
 だと言うのに、彼の深い踏み込みには様子を見るといった警戒心が含まれているとはとても思えなかった。
 それでも恭也は油断することなく、猛烈な踏み込みから放たれる鋭い、それでいて無造作な右の薙払いを受けるべく右手に握る木刀を自分の右側面に垂直に構えた。
 恭也に油断は無かった。それだけは胸を張って断言出来る。
 だからこそ、無造作に見える薙払いに『徹』が込められている可能性を考慮して構えた右手に耐えられるだけの力を込めていたし、だからこそ、彼の逆手に握る左の木刀が右の薙払いを追跡している事実を確認しても疑問を挟む事も動揺する事もなく彼の狙いが即座に理解出来たのだ。

 雷徹

 その単語が恭也の脳裏に閃いた時には、右腕に衝撃が駆け抜けていた。
 右腕の衝撃に連動して硬直する体とは別に、思考が高速で駆け抜ける。

 逆手での斬撃は手首の構造上可動域が狭く順手に比べて射程が短く威力も落ちる。それでも敢えて彼が逆手を選択したのは、右の薙払いのモーションに紛らわせ易いからか。
 だが、交差する位置が左の射程外であれば雷徹は成立しなかった事を考えれば結果オーライの博打に過ぎない。開始直後に仕掛けるには確実性に欠けた無謀な行為だ。
 仲間の生命が懸かる戦いであってもこんな事をするつもりなのか?
 いや、こちらが薙払いの威力を殺ぐために斬撃の出際、つまり逆手の射程である彼の体に近い左前面で受ける事まで予測していたのか?

 真意を探るように雷徹の技後硬直にある彼と目を合わせた恭也は、目論見が成功した喜悦も優位に立った興奮も含まない冷徹な視線を認めた事で漸く悟る事が出来た。

381名無しさん:2018/02/24(土) 22:50:07
 違う。
 予測されたんじゃない、俺が思考を誘導されたんだ。
 やっぱり彼は感情に翻弄されて判断を誤るような未熟さは無かったんだ。
 だが、一体どこまでがブラフだったんだ!?
 誘いに乗った事?
 勝利に執着する感情が透かして見えた事?
 リビングでの遣り取りから?
 それとも、俺が勝手に深読みしているだけで本当は全てが偶然の産物なのか?
 いや、そんな事より!

 次々に浮かぶ疑問と疑念に翻弄されかけた思考を一瞬で漂白すると、全ての神経と注意を眼前の敵に集中する。
 雷徹の衝撃に因り硬直している自分より繰り出した斬撃の力の解放に因り硬直している彼の方がコンマ零何秒かは次の行動の開始が早い。
 その十分の一秒に満たない出遅れは、速度を信条とする御神の剣士にとって勝敗を決するのに十分な時間だ。
 現状を冷静に把握した上で、尚諦める事無く敵を見据える恭也は自分が微笑を浮かべている事に気付いていなかった。




 木刀同士が打ちつけられる高く乾いた音が響く。
 時に強く、時に弱く、しかし間断無く響き続けるその打撃音は、ともすればうねりを持った連続した一音に聞こえそうだなほどの密度で閑静なはずの道場を満たし続けていた。
 いくら二刀流が手数を重視した戦法であり、手にしているのが日本刀の中でも短い部類に入る小太刀サイズの木刀であるとはいってもこの上もなく非常識だ。
 斬撃である以上、単に振り回している訳ではない。無論、腕の筋力自体は不可欠だが、一撃毎に全身の骨格や筋肉が連動していなければ威力は生まれない。そして素材が木材であっても『刀』としての強度を持っている以上は相応の密度=質量があるという事だ。動作の面でも質量の面でもドラマーがスティックを振るのとは訳が違う。
 そして、彼らの異常性に輪を掛けているのは、どちらも足を止めて打ち合っている訳では無いという事だ。
 一秒と同じ場所に踏み留まる事無く、壁も天井も足場にしながら道場内を縦横無尽に駆け巡り、目まぐるしく互いの位置を入れ替える。
 更に、そんな動きをしているにも関わらず小太刀の間合いを外れた事は一度としてないのだ。武器の特性上、弾き飛ばす攻撃ではないとは言え、これだけの行動範囲と移動速度からすればこれだけでも十分に異様である。
 そんな人間の規格を逸脱した戦いをはっきりと肉眼で捉える事が出来ているのだから、フェイトも高機動魔導師としての面目躍如と言えるだろう。
 尤も、見えるからといって、即、あの戦闘に参戦出来るなどと思い上がる程フェイトは馬鹿ではない。

 あの位のスピードまでなら、魔法の補助が前提にはなるけど、私とバルディッシュなら、五合や六合であれば多分何の問題も無く対応出来る。
 十合や二十合であってもなんとか凌げると思う。
 だけど、きっとその先で詰まれてしまう。
 …多分、単純な手数の問題じゃない。
 あれほどのスピードで動き回っているのが信じられないほどの手数に圧倒されて勘違いしそうになったけど、なのはの戦い方と根っこの部分が同じなんだ。

 『捌ききれないスピードと手数』ではなく『対処出来ない体勢や状況への誘導』
 それはスピードで劣るなのはがフェイトと五分の戦績を叩き出している重要な要素だ。

382名無しさん:2018/02/24(土) 22:54:16
 互いの戦闘技術が高ければ『絶対に相手の体勢を崩せる一撃』は存在しないと思っていい。攻撃技術と同じだけ防御・回避技術が高いのだから当然の結果だ。あるとすれば『相手の予想・想像を越える一撃』くらいだ。だからこそ一般的に相手の意表を突く暗器が有効になるし、御神流では相手の予想を覆す『貫』が編み出されたのだ。
 ならば、今回のようにどちらも自滅を期待出来ない技量を持ち、なおかつ互いに相手の手の内を知っているという場合にはどうするべきか?
 結論は変わらない。攻撃に対処出来ない状況に追い詰めれば良い。一撃で無理なら十手でも百手でもかけて。
 だが、言うまでもない事だが、戦闘は自分の攻撃に相手がどう対応するかで展開が何通りにも分岐するし、逆もまた然り。更に拮抗した実力を持つ相手であれば同じ事を狙ってくるのは明白だ。
 互いに相手の『追い詰めるための手』を見抜き打ち破り、相手を追い詰めるための見破られないような婉曲で最短の手を相手の捌き方に合わせて常時修正・変更しながら打ち続ける事に腐心する。
 そんな緻密で繊細な行為を超高速で、しかも自分の生命、あるいはそれを差し出してでも守りたいものを背に負いながら、延々と行い続けるのだ。
 フェイトにだってそれが出来ない訳ではない。単純に恭也やなのはの読み合いのレベルが異常に深過ぎるのだ。
 尤も、そう言った戦術眼で劣っていると言ったところでなのはと同率の戦績を誇っているという時点で、フェイトも悠々と常識の枠から逸脱しているのだが。

 そして、一般人からドングリの背比べと言われようと五十歩百歩と言われようと、微々たるものであっても背の高さに差はあるし五十歩分の距離も零ではない。
 フェイトが技能の質の違いを悟っているように、なのはも恭也達との力量差を痛感していた。

 なのははPT事件の折り、レイジングハートの指導の元、徹底的に戦術を磨いた。
 それは、重装高火力型のなのはが自身の持ち味を最大限に発揮するための至極当然の選択ではあったが、魔法初心者にして並の管理局員を一蹴出来たであろう才能を持って生まれた者にありがちな慢心に到らないだけの理由が存在したからこそと言えるだろう。
 それは本人が努力家だった事や、傲る為に必要な『平均的な実力の魔法使い』が周囲にいなかった事もあるだろうが、なのはの前に最初に立ちはだかったのが、当時のなのはの実力を大きく上回る軽装高機動型のフェイトだった事が最も大きな要因だっただろう。
 出会った当初、圧倒的な開きのあった実力差を埋めるには、『戦技で負ける事を前提にした戦術』を組む以外に速度で劣るなのはに勝機は無かったのだ。
 尤も、なのはの得たものは欲しただけで身に付く程度のものでは断じてない。
 天賦の才を授かり、相応する努力が出来た上で、良い師に恵まれなければ得られない、得られたとしても相当な期間を要するレベルのものだ。
 結局の所、世界は不公平に出来ていて、なのははその申し子とでもいうべき存在だっただけの事なのだ。
 …まぁ、そうは言ってもなのはの周囲は『類』に呼ばれた『友』が集まりまくっているため、各分野に特化した彼ら彼女らを見れば全ての富がなのはに偏在している訳ではない事も、なのはの得た富が大きく偏っている事も良く分かるのだが。
 そして、なのはが得られず恭也やフェイトが得られた才能こそ、比較の必要も無いほど歴然とした差を現在進行形で見せつけ続けている身体操作能力である。

 まるで、『戦術を磨いたフェイトちゃん』だ。
 唯一のアドバンテージが無くなったら、今の私じゃ太刀打ち出来ないよ。いくら恭也君の魔導師ランクが低くても、それがほとんどハンデになってないもん。
 不意打ちは論外だし、戦術を駆使して避けられない状況に追い込むのもまず無理だから攻撃魔法が当てられない。
 バインドなんかの補助魔法も、魔法そのものを認識出来なくても、きっと罠に追い込もうとする私の行動から意図を読まれて対処されちゃう。
 運動神経抜群で戦術にまで長けてるなんてズルいよ〜

 コンプレックスを大いに刺激されているなのはは呆然とした表情以上に混乱していた。
 尤も、家族内も含めて異常な身体能力を誇る者が周囲に多いため本人すら勘違いしているのだが、なのはの運動神経も小学生の平均値からすれば格段に劣っているという訳ではない。どちらかというと『苦手だから』と敬遠した結果成長し難いという悪循環の傾向が強いくらいだ。

383名無しさん:2018/02/24(土) 22:56:24
 ただし、それを全て本人の意識の問題と一蹴するには、なのはの家族は特殊過ぎた。なぜなら、物心がつく前から見続けてきた兄や姉の動きこそがなのはにとっての基準なのだ。それがどれほど一般常識からかけ離れていようとも、孵化したばかりのヒヨコの如く刷り込まれてしまったなのはにとって、後天的に身に付けた常識程度では『運動が苦手』という自己暗示を払拭しきる事が出来ないのだ。
 笑い話のようにしか聞こえないかもしれないが、放っておいたら餓死するまで本を貪り読んでいそうな重度の活字中毒者という超インドア派であり、真っ平らな道路で躓くなり足を滑らせるなりして転んでみせる姉が、眼前の剣劇に参戦出来るとなれば自分自身の欠陥を疑いたくなるなのはの心情も理解出来るだろう。
 そして身体操作そのものは兎も角、父親譲りの非常に優れた動態視力と空間把握能力(死角に存在する物体を把握する、という意味ではなく、認識した空間内の物体の位置関係や相対距離を精度良く把握する能力)を持つなのはは、辛うじてではあるが、試合を目で追う事が出来ていた。そして、なのはが読み取る限り、試合は開始直後からずっと恭也が流れを掌握していた。
 流石に振られた木刀の刀身自体が見える訳ではないが、なのはにはそれが何を目的とした斬撃であるのかは大凡の予測が出来るのだ。
 例えば、先程の恭也の一撃は、兄に右へ躱させて次撃を撃ち込み易い位置に誘導しようとしていたのだ。恐らく兄がその通りに動いていれば続く3手で決着していただろう。ただし、そんな短絡的な誘導に兄が気付かないはずはなく、恭也はそもそも他の分岐まで想定して攻撃していた。左に躱していれば十数手で、右の木刀で上方向に弾いていれば20手以上で、受け止めれば…、といった具合に。
 そんなふうにどの選択肢を選んだとしても『悪化』を強制する斬撃を恭也は開始直後からずっと放ち続けているはずなのだ。
 それでも二人は未だに打ち合い続けている。
 なぜなら、兄の選択が、最も軽度な悪化で済むものか、僅かでも有利になる選択をしているからだ。それが恭也の想定を越える対処法なのか、想定した上で黙認することしか出来ない選択肢なのかは剣術の知識が無いなのはには分からない。
 そう。なのはに分かるのは、2つだけ。

 試合の流れをコントロールし続けているのが恭也であること。
 そして、そうであるにも関わらず、この戦いがずっと拮抗したままだということ。

 戦技で勝っているのか、戦術に長けているのか、その両方なのか?いずれであるのかまでは分からないが、結論は変わらないだろう。
 不和恭也より高町恭也の方が、強いのだ。
 それは、恭也の強さを間近で見続け、肌で感じていたなのはにとっては驚愕に値する事実であり、『それだけ』でしかない事実でもあった。

 恭也ですらどうする事も出来ない現実は確かに存在する。
 己の無力さに打ちのめされ慟哭する彼の姿を何度も見てきたのだ。今更間違えたりはしない。
 恭也に寄せる信頼は、単純な武力などではないのだから。

 そして、戦闘経験の面でも、肉体性能の面でも、この試合の内容が全く理解出来ていないはやては、ただただ魅了されていた。
 管理局員との模擬戦は基本的に魔導師を相手にしているためこのような展開にはならない。距離があれば切り合いになりようがないし、距離が詰まれば恭也に敵うわけがないからだ。
 そして、ヴィータやフェイトは勿論のこと、近接特化で同じ剣士のシグナムが相手でもこういう展開にはならない。勿論、それが武器の特性であり、ひいては戦闘スタイルの違いであることははやてにも理解出来ているのだが。
 ただし、だからといってスタイルが噛み合った時にこれほどの戦いになるとは想像もしていなかった。
 先程、美由希がリビングで『夢物語にしか存在しないはずの魔法』に目を輝かせていたが、はやてにとっては止むことのない耳鳴りのような打撃音と、姿が霞むほどのスピードで繰り広げられている目の前の剣戟の方がよっぽどファンタジーだ。
 目から侵入してくる光景に圧倒されていたはやての口から、在り来たりな、そして最もふさわしい言葉がこぼれた。

「スゴい…」
「 !?」

 辛うじて聞き取れる程度の少女の呟き。
 家の前を通る車の走行音に紛れてしまう程度の声量と、逼迫した感情を含まない声音から恭也が雑音として聞き流したその声の半拍後、自動人形達との命懸けの戦いで味わったのとは別種の緊張感を孕んだ試合が予想もしない形で呆気なく幕を閉じた。

「なっ!?」

 驚愕の声を上げる恭也の視線の先で、これまでどれだけ引き離そうとしても小太刀の間合いから半歩と離すことが出来なかった少年が、同極の磁石が反発する様に一瞬にして3m程の距離をとった後で棒立ちになっていた。

384名無しさん:2018/02/24(土) 22:58:04
 何かの作戦と言う風でもない。
 何故なら、荒い呼吸を整える事も忘れて驚愕の表情の張り付いた顔がそもそもこちらを見ていないからだ。
 そして、彼の様子に驚いているのは恭也だけではなかった。彼の視線の先にいる観戦していた少女達も揃って戸惑いの表情を浮かべていた。
 彼女達に何らかの危険が迫っていたのなら、彼は驚愕に任せて立ち尽くしたりしないだろう。補足するなら恭也も少女達の傍らにいる美由希も脅威となるような気配を感じていない。だが、彼の様子を見る限り唯事とは思えない。
 無為に時間が経過して事態が悪化するのを警戒した恭也が問い質そうと口を開くより早く、元凶となった少年が声を発した。

「はやて!
 早く部屋に戻れ!」
「へ!?わらひ?
 恭也はん、急にどう…
 あえ?くひがうあく動かへん」

 恭也の呼びかけに応じようと口を開いたはやてだったが、ろれつが回らず妙な言葉が吐いて出た。

「自覚してないのか!?凍えてるんだ、阿呆!」
「ええ!?」
「ちょっ!?
 はやてひゃん、じふんでわかあなかったの!?」
「はやて、くひびる真っ青らよ!?」
「お前等もだ、ド阿呆!」

 はやての様子に驚いて声をかけるなのはとフェイトだったが、2人とも負けず劣らずろれつが回っていなかった。

「美由希、傍に居たんだから気遣ってやらないか!」
「うう、ゴメン恭ちゃん。
 一応気にはしてたんだよ?ここ寒かったし。
 でも、30分経っても誰も寒そうにしないし震える様子もなかったから、魔法で暖房でもかけてるのかと思って」
『えぇ、はんじゅっぷん!?』
「時間の経過にすら気付いてなかった訳ね。30分どころかもうすぐ1時間になるよ」

 自分が凍えている事に気付かないほど集中して見入っていただけあって、3人共時間が経つのも忘れていたらしい。なかなかの集中力である。

「あ、れ?な、なんや、いまはら震えが…」
「雑談は後だ!早く暖房の効いた部屋に移動するぞ!」
「いや、ここまで冷えきってるなら風呂に入れた方がいいだろう。
 美由希、風呂は沸かしてあるから一緒に入ってやってくれ」
「私も?」
「大丈夫だとは思うが、体がかじかんで風呂場で転んだりしたら危ないからな」
「うん、わかった。はやて、抱っこするから掴まって」
「おてふう掛けまふ」
「どういたしまして。
 なのはとフェイトも急いで」
「あ、うん」
「あ、あえ?足が動からい…なんれ?」
「わ、わらしも…?」
「え、2人ともそんなに凍えてるの?」

 末端部や細かい動作に影響が出るならまだしも、足そのものが動かないとなればかなりの大事だ。
 単なる寒さでは無かったのかと焦る美由希が視線をさ迷わせると、先程までの動揺を沈めた年下の少年から落ち着いた声音が帰ってきた。

「いや、慣れない正座で足が痺れただけでしょう。
 ほれ、運んでやるから掴まれ」
「うひゃぁ!?」
「ほわわわわ!?」

 恭也の声に美由希から伝染したなのはとフェイトの僅かな不安が氷解したのも束の間、言葉が終わるや否や両腕に抱え上げられ揃って驚きに声を上げた。
 恭也の厚い胸板を背もたれにしてそれぞれ片腕で膝裏から太股辺りを下から支えられているため、まるで椅子に座っている様な体勢だ。2人が小柄だと言ったところでそれなりの体重はあるのだが、全くふらつく様子が無いのは流石と言うべきか今更と言うべきか。
 それでも、お尻が完全に浮いている上に支えられてる足の感覚が曖昧な2人は、ずり落ちないように体を捻るようにして恭也の胸元にしがみついている。
 その様子を端的に表すなら、

「バストショットで写真を撮ったら不破君がもの凄く女誑しに見える構図だね」
「5年以上後やっはら、完へきれすね」
「くだらん事言ってないで、さっさと進め。
 …高町さん、こちらから申し出ておいて済みませんが」
「気にしなくていいから早く行ってくれ。
 片付けは任された」
「はい、ありがとうございます」

 少年の挨拶も早々に一同が退室して扉が閉められたのを見届けた恭也は、長く深く息を吐き出した。

385名無しさん:2018/02/24(土) 23:00:54
 今すぐにでも板張りの床に体を大の字に投げ出してしまう誘惑に抗う事に手いっぱいで、引き受けた片付けに取り掛かる気力は全く湧いてきそうにない。
 よもや、これほどとは。
 自分の半分程の年齢という言葉を改めて疑いたくなる。
 同じ年頃の自分はどの程度だっただろうかと思い返そうとしてところで、道場の扉の向こうに良く知る気配を感じ取って中断した。
 気配を消していないのだから隠れている積もりは無いだろうが、扉を開く様子がない事に疑問を感じながらも恭也が声を掛けた。

「おかえり。随分早いね」
「ただいま。どっちかと言うと、一足遅かったみたいだけどな」

 案の定、飄々とした口調で答えながら扉を開いて入ってきた父親の言葉に、現状を見抜かれている事を察して小さく嘆息する。
 特に隠す積もりは無かったし、後で話す積もりでもいたのだが、やはり見透かされるというのは気分的に面白くない。
 尤も、いくらも時間の経っていない道場の空気にはしっかりと戦いの残滓が残っている。やって来たのがなのはの友人とはいえ、来客を無視してあの場での最年長者である恭也が一人で鍛錬していたなんてことは有るはずがない。更に、やってきたのが『彼』となれば、手合わせしていたという結論に至るのは推理と呼ぶほどのものではないだろう。

「で、実際に手合わせしてみて八神君の印象は変わったか?」
「その前に、名前に訂正があった。
 彼の名前は『不破恭也』だそうだ」
「ふーん」
「…まあ、今更ではあるだろうが、そこまで淡泊な反応もどうかとは思うぞ」
「ほんとに今更だろ?それに驚くほどの内容じゃない」
「良いけどね。
 印象については、『間違ってなかった』が正しいんだろうな。それどころか、懐疑的なのを見透かされてひっかけられたほどだ」
「そりゃあ大したもんだな。で、実力は?」
「溜め息しかでないな。
 かなり高く見積もっていた積もりだったんだが、それでも過小だったよ」
「具体的には?」
「技術だけで言えば十の内、七つは取れると思っていたんだが、六つがせいぜいだ」
「…それほどか」
「ああ。
 不測の事態、と言うには大袈裟だが、中断せずに続けていたらあと20分ほどで負けていたはずだ」
「今日は4つの方だったのか?」
「初対戦で心理面を突かれたんだから、普通ならもぎ取られたと言うべきだろうな」

 剣術で言う実戦は殺し合い、つまりは一度きりが基本となる。当然、十度戦って一度しか勝てないほどの実力差のある敵との戦いは避けなくてはならない。
 だが、実際には自分より弱い敵とだけ戦っていられる訳ではない。強敵との戦いが避けられない時は必ず来る。護衛を生業とする御神で有れば尚更だ。そして、戦う以上は(結果として自身の生命を代償にしたとしても)目的を達成しなくてはならない。『戦った』という事実には自己満足以外に何の意味もないのだから。
 ならば、1/10の確率を引く幸運に頼るのではなく、剣術の技能とは別に『勝利をもぎ取る力』が必要になる。
 だが、9割の勝率を持つ敵も、強者だからこそこちらを侮る事無く勝利をもぎ取りに来る。つまり、『敵の勝利をもぎ取る力』プラス『勝率の根拠となる実力差』を、『自身の勝利をもぎ取る力』だけで覆すと言っているのだ。極めて都合の良い話しにしか聞こえないだろう。
 だが、必ずしも剣術の技量だけで勝敗が決する訳ではないのが実戦の一側面でもある。勝てば官軍、卑怯万歳の古流ならではの考え方とも言えるだろう。
 会話を絡めた心理戦や状況の変化を利用する対応力、更には単なる運不運まで含めた『剣腕以外の能力』という曖昧で漠然とした括り方をした力が戦況を左右する事は少なくないのだ。
 しかし、一見お手軽に聞こえかねないこの力は並大抵の精神力では発揮出来ない。自分より格上の敵と命の削り合いをしている最中に揮るわなくてはならないのだから当然だろう。

「そりゃあ大したものではあるんだが、…ただの手合わせじゃなかったのか?」
「俺としてはそのつもりだったんだが…」

 そう。本来は剣椀を見るための試合でそこまではしないものだ。
 それだけ真剣だったと解釈する事は出来るのだが、始めのうちに手合わせを渋っていた者の態度とは到底思えない、というのが恭也の偽らざる本音だった。最終的に態度を翻して積極的になっていたのがポーズだけではなかったという事なのだろう。

386名無しさん:2018/02/24(土) 23:04:49
「まあ、相当嫌われてるようだしな。
 ただ、…試合だけに集中していた俺とは違って、彼は周囲を見渡していた。あの子達に対してだけっていう可能性はあるし、それを余裕とは言わないだろうけれど、それでも意識を裂いてあれだけの動きを見せられてはぐうの音も出ないよ」
「へぇ…。
 ところで、嫌われたってのは何だ?」
「面と向かって言われた訳じゃないが、彼は感情を排した剣士として理想的な在り方だからな。
 10年後に相当する俺がこれでは怠慢だと思われても無理はないだろう」
「…そうか。
 お前は日常であそこまで感情を殺せた事はなかったから『昔を懐かしむ』と言うより『過去の自分の姿に憧れてる』ってところか?
 何にしても情けない話だな?」
「自覚はしてるよ」
「それなら絶対に隠し通せよ?
 自分と同じ顔した奴が醜態さらして嬉しいはずがないからな」
「…?」

 父の軽い口調の言葉の裏に強制するような意志を感じて、恭也が訝る様に僅かに眉根を寄せた。
 何か気に障るような内容だったかと思い返してみても、特におかしな遣り取りは無かったように思う。聞き返したとしても、わざわざ言葉を紛らわせているのだから素直に答えてはくれないだろう。
 とはいえ、恭也自身もこれ以上彼を失望させるのは望むところではないので反発する理由も無い。

「わざわざ念を押さなくても言う積もりは無いよ」
「それはなにより。
 じゃあ、ちょっと出かけてくる。晩飯には帰るから」
「何処に行くんだ?
 大して時間は無いよ?」
「わかってる。ただの散歩だ」

 この寒空に、しかも僅かな時間で何処に行くつもりなのやら。
 そう思いつつもそれ以上問い詰める事もなく、恭也は手つかずだった道場の片づけに取りかかった。



 道場を後にした士郎はそのまま門を潜ると、道の先に小さく映る後ろ姿を認めてゆっくりとした歩調で歩き始めた。
 『追う』と表現するにはあまりにもやる気のないその足取りは、先を歩く人物の目的地を知っている様にも、進路が同じになったのが単なる偶然の様にも見える。
 実際、士郎は人影に視界の焦点を合わせるどころか視線を向けてすらいなかった。視線を固定することなく、ゆっくりと空や路面や生け垣など周囲の景色に目を向けている。
 ただし、視界の端から人影が外れる事はない。
 熟練の兵士が感じるはずのない赤外線スコープの照射に反応する様に、視線に反応される可能性を考慮した措置だ。当然、門を潜る時、どころか道場から出る時点で気配は消している。

(さて、これで上手く騙されてくれてるか?)

 最大限の注意を払って前方を歩く希薄な気配の持ち主、不破恭也の後を追いながら、それでも士郎には自分の存在を隠し通せている自信が持てずにいた。
 彼は特に気配を消していないはずだ。そして、遮蔽物のないこの状況なら、彼の位置は十分に士郎の索敵範囲内だ。それなのに彼の気配が周囲に溶け込み霞んでいる。
 気配の感知と抑制はどちらか一方が突出する技能ではない。つまり、無意識にこれほどの気殺が出来る者ならば、当然、感知出来る範囲も精度も高いと考えるべきなのだ。
 一見すると何の関わりもないように見える二人組は程なくして臨海公園に辿り着いた。
 先行している恭也が公園内の海に面したベンチに座るのを公園入り口の下り階段を降りた所で見届けた士郎は、彼の斜め後方に位置するベンチへと足を向けようとして、

「うおっと!?」

右肩口に飛来した飛針を既のところで慌てて躱した。
 背後で階段のコンクリートに飛針が弾かれる甲高い金属音を聞きながら、投擲者を睨みつける。

「随分と過激な挨拶だな」
「道場での打ち合いの時からずっとこそこそ覗き見している様な変質者に礼を尽くす謂われは無い」
(…筒抜けかよ)

 予想以上の気配察知能力に士郎がこっそりと舌を巻く。

387名無しさん:2018/02/24(土) 23:07:33
 実は士郎が家に辿り着いたのは試合が始まって暫く経ってからだ。始まってからどれくらい経過していたのかまでは分からないが、少なくとも門の手前から苛烈な打撃音が聞こえていた。
 全集中力を費やしていなくては押し流されてしまうような濁流の如き剣戟の渦中にあって、潜めた気配を鋭敏に察知するなど生半な技量で出来るものではない。
 対戦者である恭也が気付いていなかったのは先程の会話で確認していたし、恐らくは全盛期の士郎にも出来なかっただろう。敵意や殺意を孕んでいれば望みはあるが、それにしたって攻撃の瞬間に気付けるかどうかだ。
 それでも背中を駆け抜ける戦慄を綺麗に押し隠した士郎は足元へと転がってきた飛針を拾うと、さっさと海の方へ顔を逸らした恭也へと歩み寄る。

「変質者はひでぇな。
 通りがかったら面白そうな事してたから眺めてただけなのに」

 そう言いつつ恭也とは逆端に腰を下ろした。
 続く攻撃を心配したりはしない。先程の飛針が『気付いている』という意思表示以上の意味を持たないことが分かっているからだ。
 意表を衝かれたので慌てて躱したが、先程の飛針の軌道は肩の皮を掠める程度だった。勿論、当たれば服に穴は開くし、出血もするので、世間一般の価値観からすれば冗談では済まないだろうが、相手が士郎だと分かっていたからこその悪戯か、せいぜい嫌がらせだろう。
 そして、独りになりたくて追い払うつもりなら、自分の所在を示す攻撃などしてこないはずだ。後をつけていることにも気付いていたのだから、公園に辿り着く前に気配を消して姿を眩ませる方が余程手軽だ。武力行使はそれが失敗してからで十分なのだから。

「で、その通りすがりが何か用ですか?」
「別に?
 ただ、どうせ暇だし、若者が悩み事を抱えてるみたいだから、愚痴くらいは聞いてやろうかと思ってな。
 よく言うだろ?身近な人には言えなくても見ず知らずの通りすがりになら言える事もあるって」
「初めて聞きましたよ」
「そうか?」
「ええ」

 それっきり会話が途絶えた。
 口を開きそうにない少年に内心で嘆息する。
 自分がかなり無理のある論法を振り回している自覚は流石の士郎にもあった。実父に良く似た他人では余計に話し難いと思われても何の不思議も無い。
 だが、1月の寒空の下、汗の処理もまともにしていないであろう少年を放置する訳にはいかないし、この状態のまま連れ帰れば勘の鋭い娘達に隠し切れるとは思えない。少女達から問い質されたところで余程切羽詰っていなければ真情を吐露したりしない少年なだけに、互いに無意味にストレスが溜まるだろう。
 老婆心だという自覚がないではないが、会った事も無い彼の父親が果たせなかった責務となれば放置するのも寝覚めが悪い。
 小さな親切、大きなお世話と疎ましがられる可能性に気が滅入るのは確かだが、未だに追い払われる事無く同席を許されているのだから何かしら期待されているのだと勝手に解釈する事にして、もう一度重い口を開いた。

「同族嫌悪って言葉があるけど、あれって実際に自分のそっくりさんにあったらどんな風に思うもんなんだろうな?」

 視線を水平線に固定したまま隣の様子を窺うが目立った反応はなかった。
 はずれだっただろうか、と思いながらも他にそれらしい理由が思いつかない士郎はそのまま言葉を続けた。

「自分で自覚してる欠点を客観的に見せ付けられる事で腹が立つ、とか」

 無反応。
 ちょっと心が折れそうだ。

「自分がこんなに努力してるのに、温い生活に浸ってだらけているのが許せない、とか」

 …あまり言いたくなかったのだが、しかたない。

「…自分に欠けた物を当然の様に持っている姿を見せつけられて、自分の歪さが強調されてる様で辛い、とか」

 身動ぎどころか呼吸にさえ乱れが生じなかった。
 確信を突いた積もりでいた士郎は反応が無い事に吐きそうになった溜め息をなんとか飲み込んだ。

388名無しさん:2018/02/24(土) 23:17:57
 『恭也』は自分に厳しく他人には甘い。
 そして、どれほど容姿が酷似していようと、良く似た境遇を歩んでこようと、自分ではない以上、他人なのだ。
 それは、空想でしかないはずの平行世界にいる自分に相当する『高町恭也』であっても、それぞれの自我が融合でもしない限り変わらないだろう。『自意識過剰』という言葉とは対極に位置していそうな彼らだが、強固な自我が確立出来ていなければ剣士など務まらない。
 だからこそ、不破恭也は高町恭也を見ても堕落した『自分』などとは思わないはずだ。

(だから、自分に無いものを持ってる恭也を見て、自分の未熟さを思い知った、なんて展開を想像したんだがなぁ。
 あ、そうか、自分の未熟さを『他人』に当り散らしたりしないのか。
 ったく、ややこしい性格しやがって)

 順調に八つ当たりへとシフトしていこうとする士郎の思考を押し止めるように恭也が口を開いた。

「俺が前に住んでいた世界にも、あなたの様に遠慮会釈無く踏み込んでくる迷惑極まりない人がいましたよ」

 それが時間差の付いた先程の推理の返事だと気が付いた士郎は、狙い通り、と言う態度を繕いながら鷹揚に応えて見せた。

「はっはっは!
 そいつは災難だな」
「まったくです。
 …どうして、」
「ん?」
「…いえ、我ながら進歩が無いなと思っただけですよ」

 そう呟くと、恭也は再び口を閉ざした。
 今度は士郎も声を掛ける事無く、辛抱強く待ち続けた。

「高町恭也さんは、笑えるんですね」
「!」

 再開した恭也の第一声に、士郎は咄嗟に言葉を詰まらせた。予想していた通りの答えに、それでも動揺を抑えきれない。
 恭也が『剣士として理想的』と称した感情を殺した在り方が、彼自身が望んで獲得したもので無い可能性は十分にあった。いや、望んでいた可能性の方が低かったと言うべきだろう。
 そう、士郎は少年が感情を自ら殺したのではなく、殺されてしまったのだという想像がついていた。だからこそ、望まぬ姿に羨望を寄せる恭也にその気持ちを彼に決して見せないようにと釘をさしたのだ。
 紛争地帯に足を踏み込んだ事のある士郎は、そうした子供を何人も見てきた。特に、兵士として鍛えられた少年兵は、引き金を引く事に躊躇いを見せるような心を大人達に殺され、兵器の一部として扱われていた。
 ただ、そういった少年達と彼の間には明確な違いがあった。絶対的な従順さを求めて自我さえ壊された少年達とは違い、彼には明確で強固な意志がある。
 だから、会ったこともない『彼の父親である自分』が彼の在り方を意図的に作り上げた訳ではないのだと自分に言い聞かせる事が出来た。しかし、それは同時に『子を守る』という親の責務を果たせていない言い訳にはならない。
 十年近く前の仕事中の負傷で恭也の在り方を歪めてしまった士郎にとって、平行世界の自分もまた同じ過ちを犯していたという事実を改めて突きつけられて大きなショックを覚えたのだ。
 特に答えを期待していなかったのか、単に動揺していることに気付いていないのか、無言の士郎に反応する事無く恭也はそのまま言葉を続けた。

「それに、『妹の友人』というだけで俺の様な胡散臭い男を信用出来るんだそうです。
 俺には真似する気にもなれません」
「…それで試合の勝敗に拘ったのか?」
「そうなんでしょうね。
 はやて達が凍えてるのに気付いた時に漸く自覚しましたよ。
 正直、愕然としました。あいつらの様子も気付かないほど勝敗に執着していたなんて。
 何のために剣術を身につけようとしていたんだか…」

 自嘲的な台詞ではあるが、その手の失敗は別に恭也に限った事ではない。
 目的を達成するために手段に磨きを掛けている内に、手段を磨くために掲げた小さな目標にのめり込んで最初の目的を忘れてしまうというのは、残念ながらよくあることなのだ。
 むしろ、観戦していただけの士郎や美由希すら気付かなかった、本人達が自覚していない体調の変化を試合中の身で最初に察知したのだから、気遣い過ぎと評価してもいいのではなかろうか?

389名無しさん:2018/02/24(土) 23:22:56
「笑う事も、きっと悲しむ事も怒る事も自然に出来る高町さんが羨ましかったんでしょうね。せめて感情を失った代償に磨き上げた剣椀だけでも負けたくないとでも思ったんでしょう。
 試合を申し込んだ時にはそんな事は自覚してませんでしたが」
「勝利を手にして少しは気が晴れたかい?」
「まさか。
 実力を計る事を念頭に置いた勝敗度外視の戦い方で臨んだ高町さんを騙まし討ちしただけですから何の価値もありませんよ。
 実感出来たのは勝率3割がやっとっていう実力差だけでしたしね」
「随分辛い評価だな。あの内容なら4割くらいは言っても良いんじゃないか?」
「初撃であれだけ優位に立っておきながらあそこまで凌がれておいて、そんな評価が出来るはず無いでしょう」

 こういう自己評価の低さを見せられると、本当に恭也と彼が同一存在だと納得させられる。
 武術に携わる者として自分の実力を過小に評価するのはむしろ害悪な面もあるのだが、士郎が客観的に見た限り3勝は出来そうだが4勝目は出来るかどうか、という辺りなので不当に低くしているという訳でもないのだ。
 ただし、普通はなんのかんの言っても自分には甘いのが人間の性のはずなので、彼も息子も自然に低い方だとしているのは呆れるばかりだ。
 せめて、謙遜して不確定な勝ち星を相手に譲っているだけだと信じたいところだ。
 それは兎も角、ここまで内面が似通っているなら、きっと考え方も同じなんだろう。それならこのまま有耶無耶にする訳にはいかない。

「…でも、本当の悩みはそこじゃないんだろう?」
「…そんなにちっぽけですか?この悩みは」
「まさか。それだって十分に重大事だ。
 ただ、君が会って間もない俺にあっさり話すって事は、本心を隠すためのカモフラージュなんじゃないかと思ってな。いくら俺が『誰か』にそっくりだとしても、だ。
 よくやるだろ?隠し事をする時には真実の一端を含ませる事で本当に隠したい事柄から意識を逸らさせるってやつ」

 どうだ、と言わんばかりの顔を向ける士郎に恭也が太く重い溜め息を吐いた。
 事実上の白旗に士郎が笑みを深くする事で続きを促すと、ゆっくりと海に目を向けながら恭也が口を開いた。

「感情に振り回される自分に戸惑ってるんです」

 その台詞の意味を図りかねた士郎は一瞬戸惑い、直ぐに納得した。

「意外ですか?」
「いや。
 意表は突かれたし驚きもしたけど、納得も出来る」
「前の2つは意外だったって事でしょうに」
「ハハッ
 そうとも言うかな。
 ただ、俺は以前の君を知らないからな。
 だから、君が恭也の在り方に嫉妬したり向きになって突っかかったりするのが特に不自然だとは思わなかった。その位の感情の起伏は誰にだってあって当然だからな。
 尤も、クリスマスの時の印象ではそれすら押さえつけてしまいそうだったから、そっちが本来なんだ、と言われれば納得出来るのも確かなんだ。
 ここんところのなのはの愉快な百面相を見てる限り、昨日は久しぶりにそこはかとなく嬉しそうな顔が見れたから何かしらの変化があったんだろ?」
「…笑っていたらしいですよ。朗らかに」
「君が?
 へぇ、そいつは想像し難いな。
 …なんで『らしい』なんだ?」
「模擬戦で襤褸雑巾にされた後の朦朧とした状態だったんで自覚が無いんです」
「うわぁ…
 頭打って配線がずれたとかじゃないだろうな?」
「可能性は十分に有ります」
「真顔で言うなよ、怖いから。
 まぁ、真面目な話し、在り方ってのはそう簡単に変えられるものでもない。君くらい強固になっていたら特にな。ましてや自覚出来るほどの変化となればかなりの大事だ。
 脳味噌は言うまでも無くデリケートだから、現実問題として物理的な作用で変化する可能性も零ではないが、君の場合は逆に変化が小さ過ぎるから考え難い。
 そうなれば精神的な理由で変化したと考えるのが順当なんだが、思い当たる節は?」
「…残念ながら、無くは無いです」
「それは何より。
 尤も、君にとっての問題点は変化そのものであって、原因ではないんだろうけどな」

 士郎が確認の意味を込めて言葉を切って恭也の顔を横目で窺うが仏頂面に変化はなかった。
 それを肯定の意として受け取ると士郎は再び口を開いた。

390名無しさん:2018/02/24(土) 23:28:36
「怖いのか?変わる事が」
「…戸惑いはありますが、怖いと思うほど不快ではありません。
 ただ、刀が曇るかもしれないという可能性は恐怖以外の何物でもありません」
「君の…親族も、剣士だろう?その人達は感情を失っていたのかい?」
「いいえ。
 みんな、日常では一般人と変わりなく喜怒哀楽を示していました。勿論、みんな俺など足元にも及ばないほどの実力を持った剣士です。
 ですが、みんなに出来るから俺にも出来る、とは限りません」
「確かに、な。
 でも、やってみなければ分からないのは感情に限った事じゃないし、感情のコントロールだって言ってしまえば『技術』だ。習得するよう努力するしかない。
 そもそも、感情を取り戻す事は望んでなかったのか?」
「…特に望んだ覚えはありません。人が喜んでいる様を見てもそれを羨ましがるほどの情動が働かなかったんでしょうね。
 ただ、失いたくなかった。喜んでいる人の笑顔が曇るのは、堪らなく嫌でした」

 どちらも感情に根ざす思考でありながら、自分の幸福を求める事無く、周囲の幸福だけを祈る。
 士郎にはそれが安易に自己犠牲とは言えない様に思えた。
 守るべきものを守れなかったという後悔から来る自責と、また守れないのではないかという恐怖には士郎にも覚えがあるからだ。それらが合わされば、自分を犠牲にして周囲の人が幸せになれるなら、という考え方に行き着いてしまうのは当然ではないだろうか。

「色々と紆余曲折した結果、俺の中では、周囲の親しい人達は俺が感情を取り戻す事を望んでいるという結論に至りました。だから取り戻す努力をしました。それも、『みんなが望んでるから取り戻そうとしている』と気付かれればそれも悲しませる原因になるから隠した上で。
 勿論、茶番ですがね。
 俺は大人達が俺の考えなどお見通しだと分かっていながら隠そうとしていた訳ですし、大人達も俺が予想している事に気付きながら気付かない振りを続けてくれていたんでしょうから」

 自嘲的な内容の台詞が感情を含まない声で紡がれる。
 それを黙って聞き続けるのは士郎にとって苦行以外の何物でもなかった。
 それでも、彼の言葉を妨げても何の意味もない事も分かっていた。

「これでも、以前よりは余程改善されてきていたらしいですよ。
 感情の起伏が現れるようになってきたとも言われました。実感はありませんでしたがね。
 笑い話に聞こえるかもしれませんが、相手の表情や言葉から感情を読み取ってその場に即した反応を返すという作業を円滑に行える事と、感情の篭った反応との違いに悩んだりもしました」
「全く笑えないんだが」
「それは残念。
 …こんな話、怖くてなのは達には聞かせられませんがね。
 聞かせたら泣きながら叱られそうだ」
「その様子だと経験済みか?」
「ええ。あれは堪えましたよ」
「ハハッ
 そうだろうな。
 …で、どうするんだ?
 今ならまだ、君は芽生えだした心を摘む事だって出来るだろう。次があるかどうかは分からないけどな。
 逆に、育てる事だって出来る。勿論、どう育つかなんて育ててみなけりゃ分からないし、育てるにしても剣士として致命的な欠陥を抱える可能性を内包している事を承知の上で、てことになるが。
 幸い、摘み取ってしまったとしても今の君ならなのは達に悟らせない事も出来るだろう?『結局、芽吹かなかった』そういう結果として受け入れて誰も君を責めたりしないはずだ」

 正誤のある問題ではない。だが、結論は出さなくてはならない問題だ。
 生きていれば多かれ少なかれ取捨選択を繰り返す事になるが、大概の選択は後で修正出来るものばかりだ。
 だが、この選択は修正が利かない上に一生を左右するにも関わらず先延ばしする事も出来ないときている。年端も行かない少年が突きつけられるには余りにも重いが、肩代わりする事が出来る類でもない。
 根っからの楽観主義で豪胆な士郎と言えども、流石に同情を禁じえない。
 尤も、仮にその選択を突きつけられたのが自分だったとしたら大して悩みもせずに選んでしまうだろうが。

391名無しさん:2018/02/24(土) 23:29:13
「ま、いくら先延ばし出来ないと言ったところで1日2日の猶予も無いって訳じゃないんだ。今日のところは家に帰ろう。
 悪いな。思いの外、長話になっちまった。身体も冷えたろ?風呂で暖まりながらのんびり考えな。
 流石になのは達ももう出てる頃だろうしな」

 士郎がそう言いながら立ち上がると、恭也も抵抗する事無くベンチから立ち上がり、並んで家路に着いた。

「で、どうだ?少しは解決の糸口になったか?」
「欠片ほども。
 最後の選択肢で悩んでいる最中に、一から説明させられたので時間を無駄にしただけでした」
「そうかそうか。
 それなら寒空の下で態々話を聞いてやった俺としても殺意が沸いてくるってもんだ」
「そう言って貰えれば俺としても1割くらいは溜飲が下がりますよ」
「はっはっは」
「はっはっはっは」

 互いに言葉で笑い声を発しあう。
 事情を知らない人が見たら間違いなく親子喧嘩だと誤解される構図ではあったが、憎まれ口を叩けるだけの余裕が出てきた少年の様子に士郎は心中で少しだけ安堵していた。




続く

392名無しさん:2018/03/04(日) 23:49:27
7.認識



 模擬戦の観賞で体を冷やしたはやてを抱き上げた美由希と、同じ理由で歩けないなのはとフェイトを抱えた恭也が道場から足を踏み出すと、それを見越したように風が吹く。
 吹き付ける寒風の冷たさに、暖房器具が一切無い道場とは言え、風を凌げるだけでもマシだった事がよくわかる。
 悪い事に、道場に面した縁側にある窓を兼ねた引き戸は季節がら閉め切られて内側から鍵を掛けられているため、玄関からしか家の中に入ることが出来ない。月村家やバニングス邸ほどの豪邸ではないとはいっても、この北風では10mの遠回りはかなり辛いところだ。

「はやて、寒いからしっかりくっついててね?」
「ありあとはんでふ、では遠慮無く。
 …おお、一見しただけでは分からないこのボリュームと弾力は!」
「ちょっ!?
 はやて、何で胸揉むの!?しかも手つきが物凄くイヤラシんだけど!?」
「ハッ!?
 あまりの魅力に思わず揉みしだいてしもた!?
 ス、スイマセン!」
「ま、まぁ、分かってくれれば良んだけど…
 言葉遣いがハッキリするほど興奮してるみたいだし、ひょっとしてはやてってそっちの人?
 私はてっきり不破君なのかと…」
「シッ、シー!!」

 自業自得気味ではあるものの、その台詞にはやてが慌てて美由希の口を手で塞ぐ。
 だが、当然ながらそれでは空気を震わせた声が恭也に届くのを妨害する事は出来ない。

「ちょっと待て、流石に聞き捨てならないんだが。
 俺が女の胸を揉んで歩いてるような言い方をしないで貰えませんか?
 先日のはあくまでも事故です。胸を揉んで喜んでいるのはあくまでもはやてであって俺じゃありませんよ」

 真面目な顔で釈明する少年の顔を美由希がまじまじと見つめる。
 数秒掛けて自分の台詞を『胸を揉んで興奮するのは不破君なのかと思っていた』と解釈したのだと理解すると、はやての顔を、継いでなのはとフェイトの顔を確認して自分の解釈が間違っていない事を悟った。
 先程の遣り取りを他意もなくあそこまで見事に曲解するということは、自分がはやてに好かれている可能性を微塵も考慮していないのだろうが、ここまでくると鈍感と言うよりは日本語の理解力の問題ではないだろうか?

「…訂正した方が良い?」
「そのままで…お願いします」

 少々不憫に思い一応提案してみたが、やっぱり予想通り断られた。流石に恋する乙女としては、この想いはなし崩し的に知られたくはないだろう。
 泣き崩れそうなはやてに助け船を出したのは、恭也に抱き上げられているなのはだった。

「え〜と、あ、恭也君、やっぱり凄く汗かいてるね。服がぐっしょり濡れてるよ」
「流石にあれだけ動けばな。
 すぐに風呂に入れるから、少しくらい濡れるのは我慢してくれ」
「あ、それは全然平気だよ。ね、フェイトちゃん?」
「うん、暖かくて気持ち良いくらい。
 あ、恭也にとっては冷たいよね。ゴメンね?」
「…まぁ、構わないがな」

 恭也の返事はニュアンス的には冷たい事に対するものと言うより、喜んでいるようにすら見える少女達の態度に対するコメントだったようだが、2人に気付いた様子は無い。
 どちらも無邪気な事この上ないが、その2人で比較すれば無邪気さ加減はなのはの方に軍配が上がるようだ。

「でも、うちのお風呂に5人いっぺんって流石に狭そうだね、お姉ちゃん」
「…え?
 あの、なのは?5人目って誰?」
「あれ?お姉ちゃん一緒に入るんでしょ?」
「私が5人目?じゃあ、4人目は、って言うか、誰と入る気?」
「え?
 だから、私とフェイトちゃんとはやてちゃんと恭也君とおね『ええっ!?』っわ!?」

 なのはを除いた少女達の驚愕の叫びが響いた。

393名無しさん:2018/03/04(日) 23:53:11
 高校生の美由希は当然として、耳年増気味のはやても、同室で着替えるという暴挙に及ぶ事で羞恥心を体感したフェイトも、なのはの言葉は受け入れられるものではなかった。
 だが、なのはにとっては驚愕を示すみんなの反応の方が意外だった。滴るほどの汗にまみれた恭也だって少しでも早く風呂に入った方が良い、なんてことは言うまでもない事だと思っていたからだ。

「な、なのは、不破君は男の子だから一緒にお風呂に入るのは止めた方が良いと思うよ?ね?」
「え、でも、10歳までは良いんでしょ?」
「そりゃあ、銭湯はそういうことになってるけど…」
「なのはちゃん、出来れば私も一緒に入るのはちょっと…」
「私も…」
「ええ!?で、でも、恭也君が風邪引いちゃうよ!?」

 真っ赤になっている3人に対して、改めて驚きの声を上げるなのはにフォローを入れたのは恭也本人だった。

「この位で引いたりしないからさっさと入ってこい。
 お前達は兎も角、お前の姉と一緒に入るのは俺も御免だ」
「ぁぅ…」
「へぇ、美由希さんだけなんや…」
「利害が一致してるんだから、そこで食い下がるな」
「むぅ」
「なのはもそろそろ認識を改めておけよ。ルール以前にあまり無防備だとあらゆる意味で周囲に被害が及びかんねん」
「えぇ〜?」

 不満、と言うよりは理解出来ないと言う顔のなのはに揃って苦笑を返す。
 基本的になのはは異性への警戒心が低い。
 勿論、なのはにだって羞恥心は有る。それなのに恭也と入浴することに抵抗を感じないのは、想像が追いついていないからだ。
 風でスカートがめくれてパンツを見られたら恥ずかしいと感じる。それは経験があるから良く分かっている。
 だが、なのはには幼稚園以来『男の子とお風呂に入る』という経験が無い。父や兄はなんだかんだと理由を付けられて入ってくれなくなったのだ。だから、異性との入浴が恥ずかしいものだという一般論が具体的に理解出来ていないのだ。
 フェレットの姿をしたユーノと一緒に入っていた事も、男子との入浴に対する抵抗感を下げている一因になっているのだろう。
 尤も、フェイトと同じ様に、実際に一緒に入浴すれば思考回路がショートしただろうことは容易に想像出来るのだが。

 脱衣場に到着すると美由希が中へ入り、続いて足を踏み入れた恭也が入り口付近で立ち止まって中を見渡した。
 洗面所も兼ねた脱衣所はそれなりの広さを持っていたが、子供を含めた4人が同時に着替えるには流石に手狭だった。
 とは言え、この状況で贅沢を言っても仕方がない。椅子の類が無いため、恭也はなのはとフェイトを床に降ろした。

「あ、恭也君、ありがとう」
「ありがと、恭也」
「良いからしっかり温まってこい。
 それじゃあ美由希さん、3人共自力で服も脱げないだろうが宜しく頼む」
「りょーかい。
 不破君も体を冷やさないようにね?」
「心得ています」

 そう言い残すと恭也は惜しげもなく背中を見せて脱衣所のドアを閉めて出ていった。

「…ねぇ美由希さん、少しくらい興味を持ってそうな素振りがあってもええと思いません?」
「あ、あはは…
 まぁ、女の子の裸に興味を持ってもおかしくない年頃だとは思うけど、もの凄く恥ずかしがり屋な上に自制心も強そうだから、そんな素振りは簡単には見せてくれないと思うよ?
 それにはやてだって、相手が女の子なら誰彼構わず着替えを覗こうとする不破君なんて嫌でしょ?」
「それは、まあ、確かに…。
 ところで、フェイトちゃんは何で真っ赤になっとんの?」
「な…なんでも、ないよ?」
「…ひょっとして、恭也さんに覗かれたん?」
「ちちちちちちがうよ!!
 単に一緒の部屋で着替えただけだし恭也は見ないように背中を向けてくれてたから私が一方的に見てただけだもん!!」
「へ〜そうなんや。
 じゃあ、詳しい話はお風呂に入りながら聞かせて貰おか」
「…は!?誘導尋問!?」
「そんな高度な駆け引きじゃなかったと思うけど…
 まぁ、何にしても脱がせ終わった子から湯船に放り込むからね?
 っと、その前に水で埋めて温くしておかないと凍えた体には辛いか。
 あ!そう言えば着替えが要るんだ。なのは用の買い置きがどこかにあったかな?
 みんな、ちょっと探してくるから自力で脱げるだけ脱いでおいて」
『はーい』

394<削除>:<削除>
<削除>

395名無しさん:2018/03/05(月) 00:11:06
 急なイベントのため右往左往する美由希を見送ると、未だに体の自由が戻らない3人は脱衣所の床に座ったまま苦労しながら服を脱ぎ始める。

「それにしても綺麗に掃除されとるね、この脱衣所。
 なのはちゃんのお母さん、毎日喫茶店で働いとるのに凄いなあ」
「あ、お掃除はお兄ちゃんとお姉ちゃんが毎日交代でやってるんだよ。
 私もお休みの日は手伝うけど、まだ掃除機が上手く使えないから拭き掃除とかだけなんだ」
「使えんて…まあ、市販の掃除機は大人が使い易いように設計されとるから多少はコツが要るけど、ちょお大袈裟な気も…ああ、あのお兄さんらならごっつい『上手く』使いそうやね。
 それは兎も角、やっぱり毎日掃除しとるんか。
 うちも去年から家族が増えたから分かるけど、人数が多いとすぐに埃が溜まりよるからね」

 普段から家事全般をこなすはやてならではの感想だが、確かに埃やら何やらが落ちていたら直に座るのはかなり抵抗があっただろう。
 恭也も先程見渡した時に確認したからこそ躊躇い無くなのは達を床に下ろしていったのだろう。
 それは兎も角として、

「脱げないね…」
「あ、やっぱりフェイトちゃんも?」
「せめてボタンのない服やったらな」

寒さにかじかみ震える手でボタンなど外せるはずがなく、痺れた足ではスカートを脱ぐ事も出来ない。
 結局、3人とも美由希が戻ってくるまで無為に時間を過ごす事になるのだった。




「極楽やぁ〜」
「はやてちゃん、おじさんみたいだよ?」
「わ、私は足がビリビリしてきたんだけど…?」
「あ〜、正座した後とかに急に血流が良うなるとなるんよね。
 ここか?ここがええのんか?」
「ひゃあ!?」
「ちょっ!?はやてちゃん、触っちゃダメ!」
「危ないからあんまりはしゃいじゃダメだよ」
『はーい』
「湯加減は丁度良かったみたいだね。
 でも、そのお湯、ほんとはかなり温いから馴れたら沸かすよ?ちゃんと暖まらないと風邪引いちゃうからね」

 高町家の浴槽は一般家庭と比べてもかなり広い。
 士郎が湯船には手足を伸ばしてゆったり入りたい、と設計段階で要望を出していたため、子供3人が一緒に入ってもまだ余裕があった。

「お姉ちゃんは一緒に入らないの?」
「お姉ちゃんは身体冷やしてないから、そのお湯、温すぎるんだよ。
 沸くまで体洗ってるね」
「ごめんね、お姉ちゃん」
「良いってば」

 そうして体を洗い始めた美由希をぼんやりと眺める3人。
 入浴しているのだから当然ではあるのだが、美由希は眼鏡を外し、先程まで三つ編みにしていた髪を解いている。だが、たったそれだけの事で、美由希は見違えるほど大人っぽく見えた。
 更に言うなら、美由希の眼鏡はフレームこそ女性用の細いものとは言え黒縁でレンズの大きなものだし三つ編みも野暮ったく見える。どう考えても今時の女の子の感覚からするとマイナス要素でしかないそれらを外した素顔の美由希は、今まで気付かなかったのが不思議なほどの美人だった。
 しっかりメイクをすれば、そこらのグラビアアイドルなど敵ではないんじゃなかろうか?
 そして、もう一つ。
 現在小学校3年生の3人は高校2年生の美由希とは8年の年齢差がある。成長期の8年の差は当然ながら大きい。どのくらい大きいかと言えば、平坦な自分の体を見下ろせば一目瞭然と言えるほどだ。
 美由希も御神流の剣士である以上、普段から武装を帯びている。短刀や飛針を目立たないように収納するために動きを阻害しない範囲で多少ゆとりのある服を選んでいる。結果、身体の線は非常に分かり難くなる。更に、美由希が普段好んで着る服は大半が黒色なので、凹凸によって出来る陰影が目立たない。つまり、平均以上の大きさがあるにも関わらず、目の錯覚で高低差が分かり難いのだ。
 なんて勿体無い、とはやては思うのだが、セックスアピールを武器にする積もりのない美由希には関係の無いデメリットなので、剣士としての実用性と好みが優先された結果だった。

「3人とも静かになっちゃったけど、どうかしたの?」
「え?あ、なんでもないよ」
「そう?」

 3人が魅入られたのは、容姿についてのギャップに驚いていたこともあるが、やはりふくよかな胸元に関心が向かったためだ。
 成長する余地がある、と言う事は、成長しない可能性がある、と言う事の裏返しだ。未来が確定していない以上は期待と不安の二律背反は避けられない。
 母・桃子の容姿を色濃く受け継いでいるなのはとてそれに変わりはなく、期待が持てるというだけで安心には至らないのだから。

396名無しさん:2018/03/05(月) 00:25:35
「…あの、美由希さん、どうしたらそんなに胸が大きくなるんですか?」
「へ?」
「おお、フェイトちゃん、ストレートやね。
 でも、秘訣とかあるんやったら私も知りたいです」
「そう言われても…
 私だって何が原因かなんて分からないよ。
 それに御神流の運動量だとちゃんと固定しておかないと本当に胸が千切れるんじゃなかってほど痛くなる事があるし、バランスを崩すしそうになる事もあるから剣士としては手放しで喜べないんだ。勿論、小さかったらそれはそれで悩みの種にはなったんだろうけど。
 そんな訳で、特に積極的に大きくなるのを望む訳にもいかなかったから、特別に何かしてた訳じゃないんだよ。筋肉の鍛え方だったらいくらでも相談に乗って上げられるけど、こればっかりは…」

 美由希としてもこの手の話題は得意ではないので避けたいところだが、その悩み自体は身に覚えがあるので無碍にもし難い。
 だが、確定していないからこそ未来と言うのであって、本人に分からないのだから他人にだって分かる訳がないのだ。『成長したら大きくなるよ』なんて無責任な事も言いたくない。その言葉に何の根拠も無い事が分かっているからこそ、過去に美由希自身もその言葉を返され、適当にあしらわれている様にしか聞こえなかった事を覚えているからだ。
 だからと言って、適切なアドバイスが出来る訳でもない。
 そもそも、100%胸を大きくする方法なるものが見つかっているなら、逆に世の女性はこれほど胸の大きさを気にしたりしないだろう。

「え〜と、とりあえず生物学的には脂肪の塊な訳だから、沢山食べる事、かな?」
「お姉ちゃん、身も蓋もないよ…」
「色気まであらへんな…」
「そ、そんな事言われても」
「でも、お腹とかにも付いちゃいませんか?」
「そこは運動するしかないと思うんだけど…、私の運動量はあんまり参考にならないと思うんだ」
「そう、だよね。
 お姉ちゃん、さっきの試合に参加出来るんだよね?」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「凄いですね。魔法なんかよりよっぽどファンタジーやと思いますけど」
「ファンタジーかなぁ?
 でも、確かに運動量的には参加出来ると思うけど、本当に参加だけだよ?」
「どう言う事?」
「三つ巴の戦いだとしたら、間違いなく最初に脱落するのは私だって事。
 不破君が10歳だなんて信じたくないよぉ」

 いつの間にか話題が『胸を大きくする方法』から逸れている事に気付くことなく、美由希の泣き言に3人は顔を見合わせた。
 恭也が負ける姿を想像出来ないのは確かだが、同じ剣術流派の先達と言う事で美由希の方が強いのだろうと漠然と考えていたのだ。

「ほんまに美由希さんより恭也さんの方が強いんですか?」
「え?そりゃあ、ずっと師事を受けてるんだから恭ちゃんの方が…、あ、ごめん、不破君の事だね。
 うん、強いよ。多少の相性の違いはあるかもしれないけど、私は恭ちゃんの本気をあそこまで引き出せた事ってほとんどないから」

 試合を思い出しているのか、美由希は遠くを見るような眼差しになっていた。
 自分より遙かに年下の少年の実力が自分を上回っていれば、大抵の者はショックを受けるだろう。
 だが、美由希が気にしているのは少々別の理由だった。

 高町恭也が10歳の頃と比べても、不破恭也はあまりにも強過ぎる。
 恭也が10歳の頃といえば、士郎が重傷を負って入院したため恭也が自ら師範代を名乗り美由希を指導しだした頃合だ。『師範代』は自称でしかなかったが、美由希を正しく導けいている事を考えれば、逆説的に御神流の基準に照らし合わせても恭也の実力は十分に高かったと言えるだろう。
 恭也は年齢からすれば不自然なまでのストイックさで周りの子供が遊んでいる時間を剣術に費やしてきたのだ。その恭也を越える彼は、一体どのような密度の鍛錬をこなしたのだろうか?それは、本当に健全な精神でいられたのだろうか?
 そして、もう一つ。
 普通ならあり得ない同じ素材という比較対照があるとどうしても考えてしまう。如何に10歳時点の実力に差があろうとも、肉体の成長期に順当に上達していれば兄と彼の実力差がこの程度ではなかったのではないのか、と。物心がついて刀を振れるようになってからの数年間と、成長期の十年間ならばどう考えても後者の伸び代の方が大きいはずなのだから。

397名無しさん:2018/03/05(月) 00:26:06
 …そう、恭也が美由希の指導に費やす時間を自分自身のために使っていれば、もっと実力差は開いていたのではないだろうか。
 幸不幸は個人の価値観だ。周囲の全ての人間から羨望を受ける境遇を本人が受け入れられないからといって、本来は『贅沢』や『世間知らずの我侭』と決めつけて良いものではないのだ。
 だが、剣腕が高かろうが低かろうが余計な苦労を背負い込んでしまう『恭也』という存在は、本当に幸せなのかと心配になってしまう。美人でスタイル抜群の恋人が出来たり、将来有望な美少女達から想いを寄せられたりと、決して不幸ばかりの境遇ではないのだろうが、それで採算が合っているのだろうか?

 いつの間にやらそんな考えに耽りながらシャワーで全身の泡を洗い流す美由希の姿に再び3人の目が自然と吸い寄せられる。
 眼鏡を外した事で明るみに出た美貌に憂いを帯びる事で大人の色気を醸し出す素顔。
 三つ編みを解かれて背中に広がる緩くウェーブの掛かった美しい漆黒の髪。
 重力に屈する事無くしっかりと綺麗な形を保っているのにちょっとした動作で柔らかく揺れる乳房。
 女性らしさを象徴するような丸みを持った腰回り。
 鍛えられて引き締まっているにも関わらず絶妙な厚さの皮下脂肪に覆われて筋肉の凹凸が目立たないお腹。
 そして意外なほど日焼けしていない肌理の細かい白い肌。
 そんな起伏に富んでいながら見事な曲線で構成された肉体を水流が滑らかに滑り落ちる様は、成人男性向けの映像に出てきそうな仕草をしているわけでもないのに、耳年増なはやてどころかその手の知識が備わっていないなのはとフェイトの頬を染めさせるほど、清楚ながらも艶やかな色気を醸し出していた。

「…あれ?お湯、熱すぎる?」
「え!?だだ大丈夫ですよ!?」
「うううん!」
「こここんくらい平気です!」
「そ、そう?凍えた後にのぼせたりしたら身体の負担も大きいだろうから無理しちゃ駄目だよ?」

 そんな事を言いながら湯船の空いているスペースに浸かる美由希。
 もしかするとこの手の無自覚さは家系なのだろうか?

「え〜と、何の話だっけ…?
 あ、そうそう、不破君の強さだったね。
 今日の不破君と恭ちゃんの試合は、あのまま続けてれば多分不破君の勝ちで勝負が付いてたと思う」
「そうなの!?」
「うん。あんまり正確じゃないと思うけど、あと30分前後続いてたら決着したんじゃないかな?
 ただ、同じ条件で何度も戦えば10戦中2勝から4勝くらいの結果になると思う」
「あ、やっぱりなのはのお兄さんの方が強いんですね」
「今回と同じ条件での戦いではね」
「?
 今回と違う条件の戦いってどんなんがあるんですか?」
「どっちかって言うと今回の戦いの方が特殊なんだけどね、屋内戦ばかりとは限らないんだし。
 木が遮蔽物になる森の中や足下が不安定な川辺や砂浜、建物の中でも、椅子やテーブルなんかの邪魔な物がある部屋や小太刀を振り回せない狭い通路、無関係な一般人が大勢いる会場。
 1対1じゃない可能性だってあるし、すぐ傍まで接近されるまで敵だと気付かない場合、その逆だってあるかもしれない。
 飛針や鋼糸、あるいはもっと別の武装を使える場合とか、そうそう、不破君は魔法も使えるんでしょ?」
「そういえば、今回は2人とも刀だけでしたね」
「そっか、フェイトは見えてたんだ。
 どう?フェイトは戦えそうだった?」
「とても無理です。
 動きには何とかついていけると思いますが、直ぐに追いつめられちゃうと思います」
「フェイトちゃんはついていけるからまだ良いよ。
 私は魔法を使ってもどれだけ逃げ回れるか…」
「目で追えるだけでも立派だと思うけどね。
 はやては?」
「私は目で追う事も…」
「それが一般的だから気にしないで。
 それに魔法使いの本領は距離を取っての魔法攻撃でしょ?」
「まぁ、人によってちゃいますけど、私の場合はそうですね。
 そう言う美由希さんはどないなんですか?
 さっき、恭也さんの方が強い、みたいな事は言うてはりましたが」
「今日と同じ条件なら不破君に4勝するのは難しそう、て位かな?
 でも、ちょっと意外かな。魔法なんて使われたら私達なんて手も足も出なくなるものだと思ってたけど、条件次第ではそれなりの勝負になるものなんだね」
「いえ、あの、普通は勝負になんてなりませんよ?」

 この場で唯一(僻地ではあるが)魔法文明に触れいてたフェイトが美由希の誤解を訂正した。

「そうなの?」
「魔法の存在する世界の常識では、魔導師に近接武器で挑む人なんていません。無謀だからです。
 仮に戦ったとしてもCランクの人が相手でも1対1では一般人にはまず勝ち目が無いんです」

398名無しさん:2018/03/05(月) 00:26:43
 尤も、誤解を解いている美由希自身が非常識に分類される事は確定しているため、この説明にどれほどの意味があるのかは疑問の余地があるのだが。
 また、フェイトは説明を省いたが、銃器で武装して狙撃レベルの奇襲が出来れば魔導師にも勝てる。バリアジャケットは強度に応じて常時魔力を消耗するためそれほど高く設定しないからだ。勿論、それには殺害かそれに準ずるほどの負傷を負わせる事が条件になるため、殺し合いが前提の話だ。
 逆に奇襲に失敗すればまず勝ち目がなくなる。魔力の出し惜しみをしなければ、よほど大威力の銃器でなければ防げるし、専用の装置でもなければ探査魔法を掻い潜る事が出来ないからだ。

「魔導師ランク、だっけ?
 因みにフェイト達のランクは?」
「私は半年程前にAAAの認定を受けました」
「私は受けたこと無いけど、クロノ君達が言うには同じくらいだろうって」
「私も受けたこと無いですね。魔力量は多いらしいですけど照準とか収束とかの技術的な事がからっきしなんで、よっぽど訓練してからでないとごっつい低評価になりそうです」
「ふうん。
 それで、不破君との模擬戦の結果は?」
「…最初の頃は一応優位に立ってたはずなんだけど、最近はどうやって優位に立ってたのか思い出せなくなってきちゃったかな」
「昨日、3人掛かりで総攻撃して漸く捉えられたんですが、その、3対1だったのに魔力量に頼った『物量作戦』だったのであまり…」
「スマートじゃなかった?
 でも、資質を効果的に使うのは別に恥じる必要は無いと思うけど?」
「そう、ですか?」
「うん。
 それに、勝ち方に拘るって事は『拘っても勝てる』と思ってるって事でしょ?同等以上の相手だったら形振り構っていられないはずだよ。
 最低ランクの不破君が相手なら勝って当然?」
「ち、違います!
 そんな、ことは…あぅ」

 思わず否定したが思い当たる節のあるフェイトは尻すぼみになってしまった。ショックのあまり強ばった顔を隠すように深く俯くフェイトに美由希が苦笑する。
 勿論、フェイトが恭也を見下していたなどと言う事はない。そもそもランク以前に3人掛かりで挑んでいるにも関わらず戦闘技術で敵わないからと、先天的な資質である魔力量頼りのゴリ押しという手段に出る事を恥じるのはある意味当然なのだ。広範囲型の魔法が殲滅系とか戦略級とか呼ばれる大威力魔法しか持ち合わせていない事もその考えを助長しているかもしれない。
 ただし、1対1での訓練で恭也の領域とも言えるクロスレンジに踏み込んで敗北を続けていたのは事実だし、その戦い方を恭也から指摘されていながら頑なに戦闘スタイルを変更していないのも確かなのだ。
 本人にどのような意図があろうと、魔導師ランクという評価基準が存在する以上、それは見下しているという解釈も出来なくはない。尤も、それで連敗しているのだからあまり説得力があるとは言えないのだが動揺しているフェイトはそこまで考えが回らないようだ。
 そんなフェイトを見ていられなかったなのはとはやてが美由希に抗議の声を上げた。

「違うよ!
 フェイトちゃんは得意な分野で強くなろうって頑張ってるだけだよ!」
「そうです!
 格上の相手に挑む、言うんは見下すのんとは正反対や!」
「なのは、はやて…」

 分かってくれる人は分かってくれる。誤解して欲しくない親友達の声援にフェイトは胸が熱くなり、潤んだ瞳で2人に抱きついた。
 話を振った美由希も期待していた通りの結論に落ち着いた事に安心して、抱き合う3人を微笑ましく見つめ、年長者の責務として苦言を呈す。

「自分の方向性を把握してるのは良い事だね。現状に満足せずに上を目指すのも立派だと思うよ。
 でもね、得意分野を伸ばしたとしても不破君に追いつくのは簡単じゃないよ?」
「?
 それはそうですよ」
「へ?」

 不思議そうに肯定するフェイトに意表を突かれた美由希が間抜けな声を上げるが、なのはとはやてにとっても同じ結論なのでどちらもフェイトと同じ顔をしている。

399名無しさん:2018/03/05(月) 00:27:36
「お姉ちゃん、急にどうしたの?」
「恭也さんと対等になるんが大変なんは当然やないですか」
「私達が力をつけてる間に恭也だって強くなるだろうから何年掛かるか見当も付かないよね?」
「そうだね。
 20発以上の誘導弾を躱せること自体も異常だと思うけど、普通の人ならどんなに頑張ったって離れた所から目で追えなくなる様なスピードで移動するなんて自力では絶対出来ないもん」
「オリンピック選手かて無理やで。
 私的にはエスパーか思うほどの読心術の方が厄介やな。面と向かってなくても、魔法の種類や仕掛ける位置とタイミングで何を狙ってるか予想出来るってどんだけやねん」
「そうだよね。
 恭也って本当に魔法の存在を知って1ヶ月位なの?
 効果範囲や威力そのものだけじゃなくて魔法の余波や余剰の光や砂埃まで普通に戦術に組み込んでるなんておかしいよ」
「一応、『魔法が発動するまでに恭也君が近づけないロングレンジから撃てて、恭也君の回避距離以上に広い効果範囲の魔法』って言うのが今の恭也君に有効な攻撃なんだけど…、いつの日か、その弱点すら克服しそうだよね」
「それって、私が魔法の高速処理や並列処理が出来るようになる言うんと同じレベルの無理難題のはずやねんけどなぁ…、ホントにいつの間にか克服してそうやなぁ」
「あはは、そうだね。
 でも、どっちかって言うと魔法の特性の裏をピンポイントで突く様な変則的な方法とか、誰も思いつかないか思いついても馬鹿馬鹿しくて実行しないような奇抜な方法とかで対処しそうじゃない?」
『ああ、有りそう有りそう』
「…信頼、されてるなぁ」

 それは本当に信頼か?という無粋なツッコミを入れる者はこの場には居なかった。
 それより、美由希はありのままの不破恭也を受け入れている少女達に感心さえしていた。
 フェイトは兎も角、地球では御伽噺でしか存在しない『魔法』という力に順応しているなのはやはやてではあるが、3人とも特に異常な感性をしている訳ではない。だから、事件の最中に恭也の異常性を垣間見たという話は聞いていたので、何処かしらに彼に対する恐怖心があるのではないかと美由希なりに心配していたのだ。
 だが、少なくとも美由希が見る限り彼に対して壁を作っている様子は無く、普通に年頃の(と表現するには早熟な気もするが)娘らしく憧れ、慕っているようだ。
 二刀流という特殊な剣術を習っていたためにクラスメイトから忌避された経験を持つ美由希としては羨ましいくらいだ。
 こんな良い子達だから無茶を通すのだろうか?
 そんな考えが美由希の脳裏を過ぎり、それなら仕方がないか、と納得してしまう。

400名無しさん:2018/03/05(月) 00:28:11
 美由希は、話に聞いた事件中の不破恭也の戦い方にある種の疑念を持っていた。
 戦いを経るごとに手の内を明かしていく、と言う戦い方は簡単に実行出来る事ではない。
 確かに過剰な力を示す必要は無い。相手の力量を把握して必要十分な力で対応するのが武術の理想ではある。
 しかし、肉体的な技術を駆使して戦う地球の武術ならいざ知らず、魔法と言うこの世界に無い概念との戦いではどのように裏を掻かれるか分からないのだ。そして、一度の敗北が死を意味する以上、相手が何かを仕掛けてくる前に無力化するのが戦術の基本になるはずなのだ。
 戦う相手が常に身内、殺してしまう訳にはいかない相手だったから全力を振るえなかった、という解釈も出来ない。刀を打ち込む位置や威力を加減すれば済む事だし、歩法や運体は直接敵を殺傷する技術ではないからだ。
 ならば、一体どのような意味があるのか?
 その答えとして美由希が思いついたのは『自分を追い詰めるため』だった。
 命懸けの戦いは飛躍的に実力を高めてくれる。無論、勝ち残る事が絶対条件ではあるが、『実戦に勝る経験は無い』という言葉通り、安全が約束された模擬戦を重ねのと、自分を殺しに掛かってくる敵と戦う実戦とはまるで違う。
 当然、実戦を経たからと言って飛躍的に筋力が増加する訳でもスピードが上がる訳でもない。ただ、自分の生命が危険に晒される恐怖や、守りたい存在に魔の手が伸びようとする焦燥といった心理的なプレッシャーに打ち勝つことは大きな糧となる。
 何より、地力で勝る敵との戦いが避けられない事態は必ず訪れる。そして、どれほど実力差があろうと不利な状況であろうと負ける事が許されない以上、手持ちのカードと周囲の状況を駆使する事で敵を打倒しなくてはならない。
 『自分よりも強い相手に勝つ』、そんなある意味矛盾を抱えた勝利はこれ以上無いほどの経験だろう。
 そんな状況を彼は自分の手札を伏せる事で作り上げているのではないか、と美由希は疑っているのだ。
 だが、いくら伏せていようと『手元に札がある』という状況は、心のどこかに余裕を生む。多大なリスクに対してリターンが小さ過ぎる。

 単なる邪推かなぁ、といういつもの結論に至ったところで美由希は重大な過失に気付いて目を見開いた。

「ちょっ、みんな早くお風呂から出て!」
『…ほへ?』

 明らかに反応が鈍い。既にのぼせかけているのは明白だ。

「のぼせる前に自己申告しようよ〜」

 兄の叱責を想像して頭を抱えた美由希の泣き言が浴室に虚しく反響した。




続く

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402語り(管理人):2018/03/14(水) 22:59:17
>>109
>>401

「……引っ張ってった言う女の子もやっぱりかわいかったん?」
「ああ、一緒に居たその子の友人は3人ともタイプは違うが容姿は整っていたぞ。
 ところでシャマル、確認しておきたい事がある。俺の目には会話が進むに連れて、はやての怒りゲージが溜まっていってる様に見えるんだが気のせいだよね?だって笑顔なんだモン」
「うわっ、キモッ!」
「心細さが語尾に顕れてるわね。
 大丈夫よ恭也君。あなたの見立ては正しいわ。笑顔に見えるのは気のせいだから」
「何も大丈夫じゃないし。今の会話の何処に怒りを買う要素があった!?」
「本気で言ってる様に見える所が凄いわね。あれだけ語るに落ちてれば怒るでしょう」
「…え?俺、何か隠し事してたのか?」
「アタシに聞くな!」
「ムゥ…」

 何等疚しい事はありませんと返されては、はやても呻く事しか出来ない。「浮気者!私と言う者が在りながら!」とか言う台詞が思い浮かぶが口には出さない。転がりようによっては自分が羞恥にのたうちまわるか、思いもよらない大ダメージを受ける可能性がある。
 最近はやては恭也に対して隠しておきたい感情が芽生えている事を自覚しつつある。万が一にもこんな冗談のやり取りで知られる訳にはいかない。
 怖がってる訳やないよ?勘違いやったら困ると思とるだけなんよ?だって家族やし?
 言い訳など探せばいくらでも見つかるものである。

「…ひょっとして、俺がかわいい女の子と知り合いになっていた事か?」
「エッ!?そんッ…」

 隠そうとしている事をあっさりと指摘されてあからさまに動揺するはやてを眺める恭也の表情に表れているのは純粋な“呆れ”だった。あれ!?

「シャマルとシグナムの胸では足りないのか…。
 念のために言っておくがあいつらははやてと同じ歳だから知り合いになっても手を出すのは何年か経ってからにしておけよ?
 あと、本人の同意が得られなければ同性であっても犯罪だと思うぞ。
 それ以前に友人無くすから止めておけ?」
「そう来るか!恭也さん、私のことどういう目で見とるの!?視線を逸らさんといて!いや、優しく肩に手を置けと言う意味でもなく!」
「なんだ自覚がなかったのか。
 安心しろ、はやて。最近は同性愛者への理解も世間に浸透しつつある。俺も自分が巻き込まれない限りは寛容だぞ?」
「待たんかい!爽やかな仏頂面でサムズアップすな!背中押してどないすんねん!ここは引き留める所やろ!」
「引き止められたいのか?」
「勘違いや言うとんねん!
 シャマル達の胸揉むんは気持ちええからや!あの何物にも替えがたいフカフカの感触は手放せんのや!」
「ほぅ」
「もとい!今のは忘れて?」
「無理だろ」
「ひーっ!?ちゃうねん!今のは言葉の綾やねん!私にはちゃんとっ…!?」
「…ちゃんと?」
「ナッナンデモアリマセン!」
「好きな男がいるなら誤解を招く真似は止めた方が良いんじゃないか?」
「イヤ〜〜ーーッッッ」

 数分前の思いも虚しくあっさり暴露しかけるはやて。
 そんなお笑い芸人の道を爆進するはやての姿にシャマルがそっと涙する。

「昔はここまで酷くなかったのに…」

 否定する気は無いらしい。

403小閑者:2018/04/19(木) 12:46:34
8.大人



 士郎と共に戻ってきた恭也が風呂から上がる頃にはのぼせていたなのは達も復帰し、帰宅した桃子が夕飯を作る間、なのはの発案に従い4人はリビングでテレビゲームに勤しむことにした。

 ゲーム初心者のフェイトと恭也にも出来るゲームと言うことで双六の様なボードゲームタイプとコントローラを振り回す体感ゲームタイプが選択肢として上げられ、初心者組みがどちらも運動に長けているからという理由で後者となった。
 ゲームソフトは4人で出来るテニス。ペアは経験者同士と初心者同士でじゃんけんをして勝ち同士・負け同士とした結果、なのは&フェイトV.S.はやて&恭也となった。
 始めた当初は『運動は苦手だけどゲームなら得意』と主張するなのはと、『ヴィータと散々やり込んだ』と自信を露わにするはやての熟練者2人が初心者2人をフォローしながら和気藹々と遊んでいた。
 ゲームキャラにダイビングボレーをさせようとしたフェイトが、自ら飛び跳ねて着地地点にいた恭也に顔面鷲掴みキャッチされたり。
 なのはの打った頭上を越えるロブをスマッシュしようとした恭也が、抜き手も見えない背負い刀の抜刀よろしくコントローラを振り回してゲーム機のセンサに検出して貰えなかったり。
 そんな初心者に有りがち(?)なミスを笑い合う余裕もあった。
 しかし、笑顔でいられたのは初心者2人がゲームに慣れるまでの10分程度だった。
 たかがゲーム。
 されどゲーム。
 真剣に取り組むからこそ楽しいのだ、と言ったのは何処の誰だったか。
 僅かな隙間を逃すことなく打ち抜くスタイルのなのはと、チェンジオブペースで相手のリズムを崩してチャンスを作り出すはやての実力はほぼ拮抗していた。
 方法論こそ違えど熟練した2人がこの短時間に今更上達するはずはなく、勝利を目指す以上は必然として互いに相手の弱点を攻撃することになる。1対1であれば苦手な球種やコースを探すところだが、これはダブルス、互いに分かり易い急所を抱えているのだから、自ずと行動は決まってくる。
 相手初心者をどう攻撃するか、それをフェイントにフォローに走ろうとする熟練者の裏をどう掻くか、味方初心者をどう行動させるかに腐心するようになっていく。
 そうなると勝負の行方は伸び代のある初心者達の上達速度に掛かってくる。
 そして、フェイト・恭也共に流石と言うべきか、予想を裏切る事無く物凄い勢いで上達した。
 どちらもテニス自体のルールを把握するところから始めたにも関わらず、あっという間に上級者モードのNPCを相手にしても引けを取らないであろうレベルに到達してしまったのだ。
 だが、そこまでいくと個人の特性が現れ始める。
 恭也もフェイトも反射神経と動体視力が人類の範疇から逸脱した高速戦闘のエキスパートなのだ。当然の事ながら、彼らの性能は平均的な一般人が楽しむために作られた家庭用ゲーム機に注ぎ込むには明らかにオーバースペックなのである。逆に言えばプレーヤーキャラの移動スピードや打球スピードを彼らのスペックが遺憾なく発揮出来るように調整されたゲームなど、一般家庭の善良なお子様方に楽しめる代物ではなくなってしまう。
 『もっと速く動いてよ!』とか『どうしてあんな遅い珠しか打てないんだ!?』というゲームプレーヤーとしては負け犬の遠吠え的な『自分だったら』という負け惜しみが何度か零れた後、漸く2人とも考え方を切り替えた。
 即ち、このゲームの本質は来た玉に反応するのではなく、如何に敵の思考を読み、誘導し、裏を掻かにあるのだ、と。
 来た玉に反応するのは出来て当然、としている辺りはこの2人ならではの前提である。ただ、戦術としては間違ってはいないのだが、瞳の何処を探しても笑みの欠片も見つからない戦場さながらの雰囲気を纏って取り組む姿は『みんなで楽しむ家庭用ゲーム機』の遊び方としては限りなく間違っていると言わざるを得まい。
 熟練者2人も、徐々に口数が減り目の据わり始めた初心者(素人に非ず)の雰囲気の変化に頬を引き攣らせていたが、そこは類友、さしたる時間を待たずに同類と化す。
 だが、洞察と駆け引きとなれば独壇場となるかと思われた恭也であるが、殺伐とした斬り合いとスポーツでは勝手が違うのか、単になのは・フェイトペアの以心伝心ぶりが上回っているのか、手の読み合いに移行しても一進一退の試合展開が続くことになった。
 結局、3度目のファイナルセットのマッチポイントで、現実であれば互いにタッチネットを取られているのでは?という距離でのスマッシュ&ボレーの打ち合いという在り得ない応酬の末、力んだ恭也がコントローラを握り潰すのと同時に、興奮したフェイトが無意識に零した帯電した魔力がコントローラ内の回路を焼き切り煙を吹いたのが決まり手となった。
 勝負の結果は壊れたコントローラ2つを前にがっくりと床に手を突くなのはの独り負けで幕引きとなった。

404小閑者:2018/04/19(木) 12:47:06
 テレビの中でガッツポーズをきめる勝利チームのキャラクターを背景に、勝者を称える賑やかな曲が無言のリビングに響く。
 跪いているなのはの様子を見る限り、それなりに想い入れのあるものなのだろう。普通に考えれば買い換えれば済む物にこれだけ落胆していると言う事は、愛着の分だけ同じ性能の別製品とは一線を画するのかもしれない。
 無論、弁償はするにしても、こればかりは気軽に笑い話にする訳にもいかないだろう。
 恭也ですら神妙な態度をとっている辺り、なのはの落ち込み具合が分かるというものだ。

「あ、あの、ごめんね、なのは。
 興奮して、熱が入りすぎちゃって…」
「入ったのは電流やったけどな」
「あー、すまんな、なのは。
 大人げも無くはしゃぎ過ぎてしまった」
「いやいや、恭也さんは正しく子供やろ」
「あ、はは、し、仕方ないよ、2人とも初めてだったんだし。
 気にしないで?」
「顔蒼褪めさせてまで頑張っとるところでなんやけど、いくら初めてでも普通は握り潰さんし、焼き切らんけどな」

 一々はやてが茶々を入れているが、別に空気が読めていない訳ではない。一緒に遊んだメンバーの中で唯一、被害者にも加害者にもならなかったので、あまり深刻にならないようにという配慮のつもりなのだ。
 尤も、恭也に順応しつつあるこのメンバーに対して取る態度としては、やや不用意と言うか軽率と言うか、ぶっちゃけ、絡まれに行ったようなものである。
 口火を切ったのは加害者チームだった。

『お詫びと言ってはなんだけど、次のはやてとの模擬戦で憂さ晴らしすると言う事で一つ』
「まままま待たんかい!声を揃えて何を恐ろしい提案しとんの!?」
「じゃあ、お言葉に甘えてS.L.B.3連発くらいで手を打つよ」
「打たんといて!たとえ非殺傷でもショック死するわ!
 深刻にならんように場を和ませようとしたはやてちゃんに酷いんちゃう!?」
「単に部外者的な立場になったのが寂しくて絡んできただけだろ?」
「な!?
 ちゃ、ちゃうわ!そんな注目集めるために泣きわめく子供みたいな事せえへんちゅーねん!」
「大丈夫だよ、はやてちゃん。
 誰も無視したりしないし、寂しがるのは恥ずかしい事じゃないから」
「待って!そんな生温い目で見つめんといて!
 …ん?その、さも理解者ですよ、言う顔で擁護するって事は、寂しがり屋1号はなのはちゃん?」
「にゃ!?」
「藪蛇だったな」
「大丈夫だよ、なのは。なのはに寂しい想いなんてさせないから」
「ち、違うよ!私だっていつまでも子供じゃないんだから!」
「前の時から2ヶ月も経ってないけどな」
「それより、なんで一番寂しがり屋のうさちゃんキャラっぽいフェイトちゃんがそっち側なん?」
「飛び火してきた!?」

 沈下してしまったかと思いきや、再び賑やかになった子供達を夕食の準備を進めながら眺めていた大人達が感心する。

「なのはをあそこまで落ち込んだ状態から復帰させるとは、なかなかやるな」
「前に美由希がゲームCD踏み砕いた時には3日は沈み込んでたんだけどな」
「次の日には同じソフト買ってきたんだけどねぇ…」
「人には分からない違いが有るんでしょ。
 それにしても、目まぐるしく攻守交替するのね。流石にジェネレーションギャップを感じるわ」
「う〜ん、あの会話のテンポには私もついていけないかも」
「美由希、あんたまだ若いんだから頑張らないと。恭也の事、老成してるなんて言ってられないわよ?」
「恭ちゃんほど酷くないよ!」
「その会話は十分酷いぞ」
「そう言えば、あっちの恭也君は漫才みたいなノリにも参加出来るのね」
「なのはの話では主導権を握るのは大抵彼のようだぞ。恭也と似てるのは顔だけなんじゃないのか?」
「放っておけ」
「士郎さん、あんまり恭也をいじめないの。
 よし!完成。
 恭也、あの子達呼んできて」
「了解」

 恭也にとって風向きの怪しい会話が続いていたためこれ幸いとリビングへと移動してみると、どういう経緯でそうなったのか、『本物のウサギ』を追求していた少女達から心の底から怯えるリアクションを返されてマジ凹みすることになるのだった。

405小閑者:2018/04/19(木) 12:48:18
 高町家では食卓を延長するための予備の机がある。それだけ友人知人が飛び入りで食事参加する事が多いのだ。
 今日もまた、その机が存分に役割を全うし、賑やかな食事風景が広がっていた。

「凄く美味しいね、はやて」
「ほんまやな。このミートパイ、どうやったらこんな味になるんやろ?」
「あら、はやてちゃんはお料理に興味あるの?良いわよ、後でレシピを教えてあげる」
「ほんまですか!?ありがとうございます!」
「ふふ。
 恭也君はどう?お口に合うかしら?」
「ええ、美味しく頂いてます。
 高、…桃子さん、は、洋菓子が専門と聞いていたんですが、他の料理でも十分にお店を開けるんじゃないですか?」
「ふふ、ありがとう。
 なのはにもちゃんと伝授しておくから期待しててね?」
「?
 まあ、なのはの料理なら味見が命懸けになる心配はしてませんがね」
「う〜ん、この反応は、流石は『恭也』君、と言うべきなのかしら?
 フェイトちゃんやはやてちゃんも苦労してるでしょ?」
「もう慣れました」
「まぁ、これはこれで可愛いと思えるようになりそうですわ」
「達観してるなぁ。頬が引き攣ってなければ完璧だよ」
「美由希、そういうところは見なかった事にしてあげなきゃダメじゃない」
「ほ〜う、恭也君は随分女泣かせになりそうだな。
 なのは、競争率高いから簡単に泣かされてたら生き残れそうにないぞ?」
「な、何言ってるの、お父さん!」
「失礼な、泣かせるような真似は、…それぞれ一度、位しか、…2度…?
 あ、いや、弄んだとかじゃないんだから、後ろめたい事は何も無い!」
「…と言う事は『落ちた』方かな?」

 そう言って士郎が見回すと3人共が揃って顔を赤らめ視線を泳がせる。
 なんとも分かり易い反応に苦笑しつつ、立場も恭也との関係も異なる3人共が彼に関連する理由で泣いている事に少々驚く。尤も、聞いた限り生死に関わる事件だったようなので、幼い精神が追い詰められれば感情が振り切れる事くらい普通にあるだろうが。

「あんまりいじめちゃダメよ、あなた。
 恭也君、お代わりは?」
「頂きます」
「はい。
 あら、恭也も?さっきお代わりしたばかりじゃない。いつもよりペースが速いけど大丈夫?」
「いつも通りだ」
「大丈夫だよ、母さん。恭ちゃん、さっきなのは達に怖がられたのがショックで自棄食いしてるだけだから」
「余計な事を言うな。いつも通りだ」
「あらあら」
「あの、高町さん、さっきのはほんまに迫真の演技であって、怖がっとるとかそういうんでは…」
「ああ、分かってるよ。本当に気にしてないから美由希の言った事は聞き流してくれ」

 そう言うと高町兄の表情が幾らか和らいだ。
 気持ちが晴れるような遣り取りではなかったので、顔に出ていた険を意識的に収めたのだろう。
 恭也に比べて高町兄は随分と感情が表に出易いように思う。
 恭也が『2〜3』としたら高町兄は『10』くらいだろうか?無論、一般人を『100』としてだ。
 大抵の人からは大差無いと言われそうだが、フェイトとなのはからは同意が得られるに違いない。
 勿論、恭也にだって表情筋を操作して『笑顔』を繕う事は出来るだろう。見た事も本人に確認した事も無いが、周囲の反応に合わせて演技する事だって出来るはずだ。
 だが、それらははやて達が望むものではない。彼の感情を伴う微笑みを見た事があれば、営業スマイルなどお呼びではないのである。

「そう言えば、恭也君、何か話したい事があるとか言ってなかったか?」

 楽しい団欒が途切れた折に、唐突に士郎がそう切り出した。
 ふと思い出したといった口調の士郎の問いに対して、応じる恭也の口調も平常そのものだった。

「ええ。
 大した話ではないんですが、管理局側は緘口令が引かれてるらしいので直接言いに来ました。
 管理局に所属する者が他の次元世界、要は地球以外の惑星から来ているという話は聞いて貰っていると思いますが、俺もその中に含まれます。
 俺はこの地球と言う惑星の人間ではありません」
『ええ?』

 サラリと語られた話の内容に驚愕の声が上がった。

406小閑者:2018/04/19(木) 12:50:15
 現代日本の常識を持つ者が聞けば驚いて当然の話だ。いや、それ以前においそれと信じる事の出来ない内容だろうか。
 だが、声を上げた者達に向ける恭也の視線は冷ややかなものだった。

「…何故、お前達が驚く?」
「なのは達は知ってたんじゃないの?」

 恭也の疑問の声に驚く側にいるはずの美由希が質問を重ねた。
 そう、先程の驚嘆は士郎でも桃子でも恭也でも美由希でもなく、なのはとフェイトとはやてだったのだ。

「え、だ、だって、その話だと思ってなくて…」

 代表して答えるなのはに、フェイトとはやてが首肯して同意した。
 それは恭也が高町夫妻の予定を確認してまで高町家を訪れた最大の目的だ。だが、訪問してから紆余曲折あったため少女達は士郎の言葉を聞いてもすぐに思いつかなかったのだ。
 傍から見ていれば、実は大して心配してなかったんじゃ?と思われかねないところだが、一つだけ彼女達を弁護するなら話を振られた当の恭也自身が全く気負う様子を見せていなかったため、深刻な内容だとは連想出来なかったのだ。模擬戦前の高町兄との会話で感情を揺らがせていたため、平静さが強調されたのも理由を補強しているだろう。
 理由を察した士郎が苦笑しながらも助け舟を出す意味も兼ねて、恭也に続きを促した。

「今更宇宙人だと言われても驚いたりしないけど、どうして君の件だけ伏せられてたんだ?」
「俺が移動した理由だけフェイト達とは違うからです。
 2ヶ月ほど前に管理局が、過去に滅んだ文明跡から発見した機械を誤作動させた結果、あらゆる次元世界の物質・生命体を問わず多くの存在が無作為転移に巻き込まれたそうです。その中の一人が俺と言う訳です。
 誤作動自体は単なる事故ですが、管理局は次元世界でそれなりの信用と権限を持つ組織なので、事故を起こした責任を取る必要があるんだそうです。それで、転移に巻き込まれた存在を探し出しては元の世界に送り帰していたらしいんですが、俺の居た世界だけはどうしても見つけ出す事が出来なかったらしいんです。
 管理局に落ち度がある以上、何かしらの保障をする必要がある。ただし、出来る限り局の失態は広めたくない。
 以上の理由から提示された案が、転移事故の秘匿を条件にした身柄の保証と生活の保護、と言う訳です」
「え、えっと、…全然秘匿してないけど、良いの?」

 美由希が苦笑に若干の心配を含めて尋ねるが、恭也は平然とした態度を崩す様子もない。

「構わないでしょう。
 こちらに説明に来る事は黙認されていましたから。
 他の次元世界との交流を持たない地球では時空管理局の失態を発信する方法がありませんし、そもそも、この世界では時空管理局の存在を知る者自体が限られているから問題にならないと言う判断でしょう」
「…そんな説明も受けたのか?」
「いえ、俺の勝手な解釈です」

 恭也の疑問にも至極当然と答える恭也。
 恐らくは正しいのだろうが、その解釈は、何と言うかこう、小学生?
 自分はここまでスレてなかったはずだ、と心の中で釈明する高町兄に向けられる家族の視線は、やっぱり同一人物か、という納得が篭っていた。

「ところで、説明が終わった様な雰囲気なんだが、俺と容姿や境遇が似てる事についての説明は無いのかい?」
「凄い偶然ですね」
「…え?それだけ?」
「俺が知る限り、何者かの作為が絡む余地も無く『俺』は『俺』でしたから、そういうこともあるんでしょう。
 『あなたが士郎さんの息子である理由』と同じレベルで説明のしようがありません。
 あなたは俺ではないんでしょう?同じ様に、俺はあなたではありません。
 俺とあなたの境遇がどの程度一致しているのかも検証のしようがありません。決定的に違うのは10歳で異世界に跳ばされた経験の有無でしょうね」
「ま、確かにな…」

 2時間ほど前にはその問答だけで空気がギスギスしていたというのに、なんとも素っ気無い言い草である。
 あの中断した試合で何かが解消したとは思え難いのだが、他に何かあったのだろうか?
 誰もが浮かべるそんな疑問を流すように、士郎が別の疑問を問い掛けた。

「ま、それは兎も角だ。
 帰還出来ない、と言われて、君はどうするんだ?あまり、従順に頷いてるタイプには見えないが?」
「敢えてどう見えるか詳しく聞く気はありませんが、今のところ独力で元の世界の場所や帰還の方法を探すつもりはありません」
「へぇ、意外だな。
 君は元の世界に心配する人が居れば何が何でも…、済まん」
「いえ」

 言葉にしてから士郎は自分の失言に気付いた。

407小閑者:2018/04/19(木) 12:52:12
 士郎の推測は正しい。ならば、帰る努力をしない理由も明白だ。
 桃子達も恭也に身内やそれに類する親しい者が居ない事を即座に察して僅かに表情を堅くした。
 だが、重くなりかけた雰囲気をものともせず、短い謝罪を済ませた士郎は何事も無かったように再び口を開いた。

「じゃあ、これからどうする予定なんだ?」
「未確定ではありますが、管理局に属する事になると思います。
 詳細は確認していませんが、管理局の本部のある都市では就労年齢がかなり低いようなので俺にも職に就けそうなんです。
 俺が治安組織に向いているかどうかという問題は置いておくとして、丁度良いかと考えています」
「…そいつはあまりお勧め出来ないな」

 恭也の進路案に直接難色を示したのは士郎だったが、桃子も心配そうに眉を顰めていた。

「おまえさん、何のかんの言っても真面目そうだからな。
 その歳で仕事に就いたらそれに没頭して『遊ぶ』って事をしそうにないだろ?うちの馬鹿息子もそうだけど、それじゃあつまらん人間になっちまうぞ」
「うちの恭也がつまらないかどうかは置いておくとして、同じ年頃の子と遊ぶのは大切よ?
 そんなに急いで仕事に就かなくても良いと思うけど」
「別に24時間365日出勤と言う訳ではないでしょう。
 それに、働かなくては食い扶持が稼げませんしね。
 そもそも、月村さんほどの美人の恋人が出来るなら釣り合いは取れてるんじゃないですか?」
「それは一理ある。
 だけど、まだ『恋人』だからな。つまらない男はやっぱり嫌、と見限られんとも限らんだろう?その点、俺は美人でよく出来た『嫁さん』を貰ってる訳だからな。
 参考にするなら、『成功するかもしれない例』よりは『成功した例』にしておいた方が可能性は高いだろう?
 と言う訳で、俺の様に遊ぶ時にはしっかり遊んだ方が良いぞ!」
「あなたの場合、四六時中遊んでそうな印象が有りますがね」
『正解』

 高町一家の5人中本人以外の4人から肯定されて、流石の恭也も一瞬怯んだようだ。
 聞いていただけのはやてとフェイトも、家長としての尊厳とかいったものは大丈夫なのかと心配になって士郎の方をチラリと見るが、本人が誇らしげに胸を張っているのだから問題ないのだろう。

「まぁ、冗談は兎も角、惑星ごとで文化レベルは違うだろうから成人する時期なんてバラバラだろう?
 それなら君の暮らしていた星の社会通念に合わせて10年程度の食い扶持くらい管理局とやらで賄って貰えるんじゃないか?」
「リンディ提督は融通が利く人ですが、弱みを見せると弄り倒してくる人でもあるので借りを作りたくないんですよ」
「確かに優しそうな女性だったから、被害者の希望は多少の無理を通しても融通してくれそうではあるな。
 弱みに付け込むようで気が引けるってのも分からんでもない」
「…」

 士郎の解釈に対して恭也は向きになって否定したりはしない。周囲の浮かべる苦笑にも動揺を示すこともない。
 だが、なのは達には分かる。
 得意げな笑みを見せる士郎に向ける恭也の目は、虎視眈々と反撃の機会を窺う猛獣のそれだ。これ以上恥ずかしがり屋の恭也を刺激するのは危険だと思うのだが、残念ながらそれを士郎に伝える術は持ち合わせていない。

「なんなら家に来るか?
 1人位増えたって養ってやれる甲斐性くらいあるつもりだ」
「代わりなんて要りません。
 あなたの事を日常的に『お父さん』と呼ぶ事になったら俺の精神が衰弱しかねませんからね」

 恭也の口調が更に固くなったように感じてなのは達の不安が幾何級数的に高まる。
 そして、知った事かと言わんばかりに士郎が更なる追い討ちを掛けた。

「はっはっは、照れるな照れるな。
 そのうち、『お義父さん、なのはを僕に下さい!』なんてイベントが起きるかもしれんだろ?」
「にゃ!?」『えぇ!?』

 瞬時に赤面するなのはと動揺する少女達。
 苦笑を深くする兄妹と楽しそうな笑みを浮かべる母。
 そして、口元だけで笑ってみせる恭也。

「人をからかうために自分の娘まで巻き込む非常識さは、確かに俺の父親に似ていますね。
 なんせ小学生の俺にむかって『10人の女性と同時に付き合った事がある』とか、『一晩で同時に5人の女性の相手が出来た』とかいう内容で自慢する男でしたから」
「なっ!?」

 恭也の放った反撃の言葉は爆弾となって投下と同時に炸裂した。
 事実上、確認する術の無いその言葉は非常に強力な威力を持っている。
 無論、なのはにフォローする気は全く無い。

408小閑者:2018/04/19(木) 20:37:18
「…あら、凄いのね、士郎さん」
「も、桃子さん!?ち、違いますよ!?
 今のは彼のお父さんの事であって、僕は無実なんですよ!?
 な?な?そうだよな!恭也!美由希!俺、そんな自慢した事無いよな!?」
「私は聞いた事無いかな?」
「そうだろ!?ほらな!?」
「…恭也はどうして目を逸らしてるの?ちゃんと母さんの目を見ながら正直に話してごらんなさい?」
「…俺が聞いたのは、同時に6人、だったかな?」
「きょうやぁー!」
「俺が母さんから隠し通せるはずないだろ?そもそも自業自得だ。
 まぁ、時効という事で許しを乞うてくれ」
「15年経ってると良いですね」
「恭也君、これ以上は勘弁して下さい!!」

 確認出来ないのを良い事に事実無根の話をでっち上げたのかと思いきや、本当に暴露話だったとは。しかも、何やら余罪があるっぽい。
 美由希を含め、顔を赤らめた女の子達から非難の視線を浴びる士郎と、彼の懇願からワザとらしく顔を背けてそ知らぬふりをして食事を再開する恭也。
 だが、桃子の追及に便乗する形で更なる追撃の機会を窺っているかと思われた恭也が、唐突に動きを停止して口をつけた味噌汁の椀を見つめた。
 感嘆の声を上げた訳でも表情を変えた訳でも無い。
 それでも、直前までのやり取りを全て忘れたかのように呆然としている恭也に釣られて、収拾の付きそうになかった食卓の喧騒がピタリと止まった。
 恭也が自失していた時間は1秒にも満たなかった。
 そして、我に返ると一変してしまった雰囲気に気付き、恭也にしては珍しく取り繕うように口を開いた。

「美味いですね、この味噌汁。
 和食までこなすなんて驚きましたよ」
「ありがとう。
 結婚する前から和食もそれなりに自信はあったんだけど、味噌汁だけは士郎さんが納得してくれなくて、試行錯誤を続けて漸く辿り着いた味なのよ」
「…あの頃の味も美味かったし、ちゃんと『美味しい』とも言ってたろ?」
「でも、いつかの旅行で泊まった旅館のお味噌汁では感動してたじゃない?」
「…そりゃ、単に懐かしがってただけでだなぁ」
「ふふ、分かってるわよ。でも、こういう味って馴染んだものの方が良いもの。恭也や美由希のためにもね。
 だから、士郎さんが出張で居ないうちに恭也に協力して貰って色々と工夫して…。
 恭也の味覚が鋭くて助かったわ。その分、ハードルも高くなった気もするけど、苦労の甲斐はあったと思うし」

 黙って聞いていた少女達にも事情が理解出来てきた。
 どうやら、この高級料亭で出されそうな味噌汁の味こそ、恭也が慣れ親しんだ実家のそれだったのだろう。

409小閑者:2018/04/19(木) 20:38:04
 桃子は士郎にとって後妻に当たる事を、はやては八神家で恭也から、フェイトはアースラでなのはから聞き及んでいる。だから、桃子の手料理は恭也にとって『家庭の味』には該当しない事は知っていた。
 だが、他の料理が違っていたからこそ、味噌汁の味が懐かしさを強調したのかもしれない。
 寂しい事ではあるが、恭也は士郎や美由希と一緒に居る間、感情を乱さないように警戒しているはずだ。何度も対面し、会話を重ねる事で緊張が解れたとしても、警戒を解く事はないだろう。それは、恭也がありのままを受け止められるようになるその日まで変わらないはずだ。
 そんな恭也が無防備な姿を晒したのだ。
 不意打ちだったのは間違いないし、鮮烈な味だったのも確かだろう。
 だが、やはり最大の要因は、恭也が押し殺しひた隠しにしている家族を失った悲しみが、望郷の念が、それだけ強いと言う事なのではないだろうか。
 分かっていた事だ。だが、時折忘れてしまいそうになる事でもある。
 恭也の心の傷が簡単に癒える様なものでは無い事は。
 恭也がその傷を決して人前に晒すはずがない事は。
 恭也が自分達と変わりのない一人の子供でしかない事は。

「ま!なんだな。
 飲みたくなったらまたいつでも来ると良い。
 リンディさんの料理の腕前は知らんが、流石に直ぐにこの味は出せないだろうしな」

 恭也の心情を察して言葉を無くす子供達に代わり、軽く笑い飛ばしてみせる士郎。
 それは相手によっては単なる無神経な態度と言われてしまうだろう。

「…ありがとうございます」

 だが、恭也に対しては確かに正しい選択だったのだろう。彼の感謝の言葉はきっとそういう意味だ。
 そして、謝辞を述べる恭也の顔に強く表れる羨望とも憧憬とも取れる表情が、どれほど否定しようとも士郎を父親と重ねてしまっていることを教えてくれた。
 先程の高町家で暮らすと言う提案は、強靭な精神力を持つ恭也が『代わりなど要らない』ときっぱりと言わなくてはいられないほど、抗い難い魅力に溢れたものだったのだと遅まきながら気付かされた。

「なのは、フェイトちゃん、はやてちゃん」

 込み上げる悲しみを隠そうと歯を食いしばっていた少女達は、桃子に呼ばれて顔を上げた。

「頑張ってね」

 慈愛に溢れた笑顔で告げられた抽象的なその言葉の意味を掴みかねて困惑するが、直ぐに気付く事が出来た。
 恭也の失った家族の代わりなんて誰であろうとなれる訳はない。
 それなら、その悲しみを支えられる存在になればいい。恭也にとっての特別な1人になれる自信はまだ無いけれど、ずっと恭也の傍で支える事なら出来るはずだ。
 想いを新たに見つめ返すと、桃子が柔らかく微笑み返してくれた。




続く

410小閑者:2018/04/19(木) 20:38:47
9.学校



「…もう一度言って貰えますか?」
「恭也さんの転入手続きが済んだから、明日から学校に通えるわよ?」

 恭也の要望に応えてリンディが発したのは、ハラオウン邸のリビングでくつろいでいた恭也に帰宅した彼女が唐突に切り出した台詞と律儀な事に一字一句違えていなかった。
 彼女の表情が輝いていないところを見ると、本当に聞き逃したと思っているようだ。恭也の反応を楽しむために綺麗に言い直したのであれば、三十路を過ぎた一児の母とは思えない可憐な容貌にマッチした豊かな表情が雄弁に語ってくれるはずだからだ。

「どうして本人の意思確認も無しにそんな話しになってるんですか?」
「なのはさんのご両親、士郎さんと桃子さんとお話したのだけれど、やっぱり今の恭也さんにそのまま管理局で働いて貰うのは良くないって結論になったの」
「本人の、意志の、確認は?」
「省略しちゃった。えへ☆」

 言葉を区切って強調しながら訪ね返す恭也に、ちょっとした悪戯を告白するように小さく舌を出しながら小首を傾げるリンディ。
 だが、年齢詐称で訴えられかねないほどよく似合う男心をくすぐりまくる彼女の仕草は恭也の琴線に触れないのか、眺める視線は痛いほどに冷たかった。勿論、推定年齢が外見年齢を大きく上回っているから萌えない、という事ではないだろう。
 そして、恭也の眼差しを真っ向から受け止める自信は無かったのか、よく見るとリンディの視線は会話を切り出してからずっと恭也の目から微妙に外れていた。先程言い直した時の丁寧さも、聞き逃したと思ったからでは無く後ろめたさからだったようだ。
 少なからず怒気を纏っていた恭也だったが、リンディがその場のノリと勢いだけで個人の意志を無視したりしないだろうという程度の信頼は寄せていたようで、小さく息を吐くと口調を改めて問い直した。

「今の俺のままでは駄目な理由は何なんです?よもや今更戦力にならないから、とは言わないでしょうね?」
「管理局の基準が魔導師ランクに準拠してるのは厳然たる事実だけれど、それ以外の能力を全て無視している訳じゃないわ。
 少なくとも、優秀なアースラのクルーを軽くあしらってしまう人物に対して戦力外なんて評価を下したりしません」

 恭也に合わせて改めて穏和ながらも真面目な顔になったリンディは恭也の懸念をきっぱりと否定した。

 次元航行手段が確立されてから次元世界の広さに見合う多数の異能の生物が確認されてきた。
 人語を理解し意志の疎通が出来る植物に近い生命体や、人間と同等以上の知性を示す昆虫に似た種族や、宇宙空間で単独で活動出来る魚類にしか見えない何かなど、魔法世界の住人であろうと実際に自分の目で確認しなければ信じられない生物は確かに存在するのだ。
 だから、魔法以外の得体の知れない力であろうとコミュニケーションが可能で局の方針に賛同する存在を受け入れるように制度を整えるのは、次元世界の治安組織たる時空管理局としては必要な事だった。
 尤も、ヒューマノイドタイプにおいては、いわゆる超能力を代表とする突発的な先天性固有技能者や、おとぎ話的な『魔法使い』、更には生まれつき肉体機能が突出して高い種族が少数ながらも確認されていたが、後天的に鍛えた運動能力だけで並の魔導師を凌駕する者が現れるなど誰も想定していなかっただろうが。

 流石の恭也もそんな事をつらつらと考えていたリンディの思考までは読み取れなかったようで、訝る様子もなくまだ語られていない『理由』の続きを無言で促した。

「士郎さんが言うには、恭也さんには同年代の子供と遊ぶ事で知らなくちゃいけない事があるそうよ」
「…どういう、意味です?」

 士郎の言う『知らなくちゃいけない事』が先日公園で話した感情を育てる事に繋がっている事に気付かない恭也ではないだろう。ならばこの問いは言葉通りの意味ではなく、恐らくは士郎がどこまでリンディに話しているかについて探るためのものだろう。
 恭也の声が僅かに堅くなったが、リンディに気付いた様子はなく士郎との会話を思い出して困惑した表情で答えを返した。

「ご免なさい、私も具体的には教えて貰えなかったのよ」
「…」

 どうやら士郎はあの会話を引き合いに出した訳ではなかったようだ。
 居心地悪げに視線を逸らす恭也の様子に、逆にリンディが訝しげ眉を寄せた。

411小閑者:2018/04/19(木) 20:39:26
 リンディとしては、そんな半端な状態で転入手続きを進めた事に対して恭也から文句なり嫌味なりが来るだろうと身構えていただけに肩透かしを食らったのだ。勿論、だからといって藪をつつくような不用意な真似が出来るはずも無く、リンディなりの理由を話しだした。

「それで、士郎さんの考えは分からないけれど、私も恭也さんには学校に通って貰いたいの。
 管理局の制度上は恭也さんも就業年齢を満たしているけれど、人格の形成される時期は同じ年頃の子達と触れ合うのも大事な事だと思うのよ」
「そうは言われますが…
 制度がそうなっている以上、管理局には同年代の子供もいるはずですよね?まぁ、戦闘部署にいるのかどうかは知りませんが。
 そもそも、俺の人格に成長の余地があると本当に思っているんですか?」
「うっ…
 駄目よ、恭也さん。自分で限界を決めてしまえば、本当に成長出来なくなってしまうわ」
「怯んだ時点で説得力は皆無です」

 まあ、表に出すかどうかは別としても恭也を知る大抵の人間は同じ意見なので、リンディを責めるのは酷というものだろう。

「では、建前は結構ですから本音をどうぞ」
「もうっ、そんな言い方されたら他の理由が出せないじゃない!」
「つまり、他に全く別の理由があるんですね」
「うぅ…
 どうして恭也さんと話してるとこんなに追いつめられていくのかしら…?」
「後ろめたいことばかり抱えているからですよ」
「そんな事ありません!
 もう一つの理由っていうのは、あなたが学校に通わずに管理局に入局すると、フェイトさん達まで同じ事を言い出しかねないでしょう?」
「…一理ありますね」

 考えてもみなかった、と言うよりは、考えたくなかったと言うように溜息混じりに恭也が同意した。そして、あの少女達の内の誰かの名前が挙がるという事は、恭也がその話しに同意したのと同義だった。
 恭也の行動は、3人の少女達のためになるかどうかが判断基準のかなりのウェイトを占めているのは周知の事だ。だが、それは彼女達を甘やかす事には繋がっていない。恭也独自の基準に基づいて判断した結果、手出し無用と考えれば彼女達が窮地に立っていても放置するだろうし、行く手に立ち塞がる事が必要だという結論が出た場合には躊躇無く障害となるだろう。つまり、少女達を引き合いに出したからといって恭也を思い通りに操れると言う訳ではないのだ。
 今回も単に自分が就業するのを先延ばししてでも彼女達を学校に通わせるべきだと判断したのか、あるいは、

(そういう口実を作ってでも、本当は彼自身が学校に行きたかった?
 いえ、この世界の小学校で学ばなくてはならない事があると判断した、かしら)

 別に、どちらの理由だったとしても問題は無い。フェイト達は喜ぶだろうし、恭也にとっても良い事のはずだ。
 ただ、敢えて言うなら、

(要・不要じゃなくて、『行きたい』と思って貰いたかった、なんて思うのは贅沢なんでしょうね)

 公園での恭也と士郎の会話は誰にも漏れてはいないので、恭也の悩みなどリンディは知る由もない。
 だが、恭也の生い立ちを知る者として、彼の精神面を心配するのは当然だ。
 出来る事なら同年齢の子供達に混ざって夢中になって遊んで欲しい。小学校はそれが出来る場で、きっと、今の彼に必要なのはそういう経験なのだから。
 そうする事に問題があるとすれば唯一つ。

(イメージ出来ないのよねぇ、球技や遊具で無心になって遊ぶ恭也さんの姿って。
 せめて、体格だけでも同じくらいなら溶け込みようもあったでしょうに。いや、無理か。爺むさいし)
「性懲りもなく不埒な事を考えていますね」
「それは一種の被害妄想ね。
 自分が普段悪い事ばかり考えているから、根拠もなく他の人も同じなんじゃないかと思えてしまうのよ?」
「違います。
 悪い事ばかり考えているから、他の人が考えている悪い事を読み取れるんです」
「恭也さん、自分が悪い事考えてるって所を肯定してるわよ!?」
「隠すほどの事ではありません」
「隠すべきでしょッ!?人としてッ!」
「入学の件、気は進みませんが承知しました」
「軽くスルー!?
 …恭也さん、ひょっとして私の事、嫌い?」
「滅相もありません。
 軽く親より年上っぽいですが、リンディさんなら全然オッケーですよ?」
「ッ!?
 …そういう、『軽い男』みたいな言い回しは似合わないから止めなさい」
「あれ?年齢の方へのツッコミを期待したんですが、そんなに違和感がありましたか…」

 艶やかな微笑を惜しげもなく引っ込めた恭也が、心持ち残念そうな口調で反省した。

412小閑者:2018/04/19(木) 20:40:07
 先程の笑顔は単なる作り笑いとは質が違っていた。勿論、面白いとか楽しいとかいった感情の発露とは違うだろうが、表情筋で形作られただけの笑い顔とは思えない。
 ただ、恭也自身も先程の自分の表情については無自覚の様で、身持ちの堅さで定評のあるリンディの鼓動を早めるほどの威力を持っている事には気付いた様子はない。
 あの笑顔に台詞回しや状況まで組み合わせて『攻め』られたら、正直リンディでもちょっと危なかったかもしれないと思う。恋に恋する年頃の女の子では笑顔だけでも一溜まりもないだろう。
 笑顔の威力を知った恭也がそれを駆使してろくでもない女誑しへと転落しないように、というリンディの努力は報われたようだ。
 尤も、恭也はその効力を自覚した上で行使するような性格ではないのだから、本当に正しい対処法は恭也に自覚させる事なのだが…、息子よりも年下の男の子にドキドキしました、なんて事実はリンディでなくとも他人に知られたくはないだろう。
 リンディに出来る事は、恭也があの笑顔を振り撒くのがせめて他人をからかう時だけでありますように、と祈る事だけだった。
 勿論、一般的にはそれを『野放し』という。
 そして、人一人の人生設計が変更されたとは思えないほど軽い調子で恭也の入学は決定したのだった。






「みんなー!おっはよーさん!」
「あ!おはよう、はやてちゃん!」
「おはよう。はやてちゃんも朝からご機嫌だね」
「おはよう、はやて。
 なのはといい、はやてといい、ホント、アンタ達の顔見たら恭也の転入が今日だって思い出せて便利だわ」
「そんな事言って、アリサちゃんも昨日はスゴく浮かれてたじゃない」
「それは間違いなくすずかの気のせいだから!」
「アリサちゃんはツンデレさんやなぁ」
「違うっつってんでしょうが!」

 朝っぱらから賑やかな少女達は車椅子に乗っているはやてが合流しても学校に向かう事無くそのままおしゃべりに華を咲かせていた。
 登校時間に十分な余裕がある事は勿論だが、何よりも3学期からメンバーが増えた仲良し5人組の最後の一人であるフェイトと話題の人物である恭也を待っているからだ。
 恭也が少女達と同じ私立聖祥大附属小学校に通う事は、彼が同意したその日の内にフェイト経由でメンバー全員の耳に届いていた。翌日からのフェイト・なのは・はやての浮かれ様はかなりのもので、恭也の登校初日が三日後ではなく次年度からだったら授業に身が入らず職員室に呼び出されてお説教を食らうハメになっていただろう。
 ちなみに、既にアリサとすずかにも恭也の名字と素性の件は説明が済んでいる。
 高町家での説明と同じく肝心なところが曖昧な内容だったが、アリサから文句が出る事はなかった。明らかに不機嫌そうな表情からすれば全く納得していなかっただろうが、翠屋での一件から恭也にとって気軽に口に出来る事情ではない事を察したのだろう。
 労る様な表情を浮かべていたすずか共々、聡明な少女達なのだ。

「そもそも、学年が違うんだから同じクラスになりようがないのに、どうしてそこまではしゃげるんだか」
「それは言いっこ無しやろ、アリサちゃん」
「そうだよ。それに、一緒に学校に行けるだけでも嬉しいもん」
「そや。
 お昼だって待ち合わせすれば一緒出来るやろし」
「あ、そっか!」
「それは止めときなさいよ」
「ええ!?どうして!?」
「そんな意地悪せんでもええやろ!?」
「そうじゃなくて、そういうイベントでいちいち引っ張りだしてたら恭也がクラスに馴染み難いでしょ?」
「そうだね。
 もともと、こんな一年の終わり際じゃ、仲の良い子同士でグループが出来ちゃってるから入り込み難いんじゃないかな。
 恭也君ならいろいろと文句を言っても来てくれそうだけど、休み時間にクラスにいないと馴染むのは余計に大変になると思う」

 アリサとすずかの冷静な意見に、舞い上がっていたはやてとなのはも辛うじて冷静さを取り戻した。

「う〜ん、それは考えてへんかったなぁ」
「そうだね。
 でも、恭也君ならすんなり溶け込みそうな気もするけど」
「どうやろなぁ。本人にその気がないと、ものっそい孤立しそうな気もするしなぁ」

 確かに、何とも両極端ではあるが、どちらも十分に有り得そうだ。そして、どっちつかずという半端な結果に終わる事はなさそうだ。
 人間関係は本人の努力次第である程度は良好にも険悪にも出来るものだが、彼ほど本人の意思が結果に反映されそうな人もいない気がする。

413小閑者:2018/04/19(木) 20:40:43
「それに、そろそろ女の子と仲が良いと男の子同士で冷やかされたりする事もあるみたいだから…」
「そうなの?」
「まぁ、なのはは知らないでしょうけどね。
 ホント、男子ってガキばっかりよ。勿論、女子の中にも結構いるでしょうけど」

 すずかの懸念はもっともだった。
 標準的な10歳児の持つ意地や見栄やプライドが恭也の価値観とズレている可能性は非常に高い。というより、重なる部分がほとんど無いような気がする。
 そして、学校内で女子グループと行動を共にするのは、残念ながら小学生男子のカッコ良さの基準からすれば御法度だろう。
 まったくもって理解に苦しむ生物である。
 また、子供(勿論、同年代の事)を相手にした場合の対応パターンを恭也が持っているかどうかは甚だ疑問だ。
 この場にいる5人が相手であれば恭也は険悪ではない程度の関係を築けていると言えなくもない(アリサ評価)。しかし、5人の事を客観的に評価するなら、不本意ながら誰も平均的な小学3年生の枠には収まりきらないので、あまり参考にはならなかったりする。

「そっちかぁ。
 けど、そういう幼稚な振る舞いは恭也さんには出来へんやろからなぁ…
 精神年齢が違うのは分かっとった事やけど、行動に現れる部分でもひょっとせんでも浮きまくるんやろうなぁ」
「あ、でも、運動神経は抜群だから、体育の授業で活躍して…、しないか」
「まぁ、わざわざ目立つ真似する人とちゃうからなぁ」
「言っちゃなんだけど、あいつ、小学校に通うには意外と不安要素が多いわね。
 いじめにあって不登校になる心配だけはしなくて済むけど」

 嫌がらせだろうといじめだろうと、陰険であろうと陰湿であろうと、軽く蹴散らせるだけのスペックを持つ恭也だけに精神的にも肉体的にも心配するには及ばないだろう。
 仮に、クラス一丸となって恭也を排斥しようとしたところで、本人にその気があれば次の日から恭也以外のクラスメイトが全員不登校になるという惨状が目に浮かぶ。勿論、本当にそんな事態になれば、恭也がそこまで学校に固執するとも思えないので自分から身を引いてしまうだろうが。

「まぁ、先の事を心配しとってもしゃあないし、今を楽しもうやないか」
「言ってる事がダメ人間になってるわよ、はやて」
「気にしたら負けや。
 あ〜、恭也さん、はよう来んかなぁ」
「はやてちゃん、ひょっとして一緒に登校する事以外に何かあるの?」
「おぉ、流石はすずかちゃん、鋭いなぁ、と言いたいところやけど、自力で気づいて欲しかった。
 恭也さんが小学校に通う、いうことは、や。
 あの恭也さんが、仏頂面で小学生離れした体格の恭也さんが、ランドセルを背負う姿が見られるってことやん!」
「…へ?」
「ランドセル?」
「その通り!
 恭也さんの歳を初めて聞いた時からずうっと待ち望んだ、ランドセルを背負った恭也さんの姿がとうとう見られるんや!
 これを喜こばんで何を喜べと!?」

 そう力説するはやてに対してアリサ達が向けるのは共感ではなく苦笑だった。
 テンション上がりまくりのはやても、流石に3人のそのリアクションに疑問を覚えたが、問いかける間もなく待ち人の声が聞こえてあっさりと意識が逸れた。

「朝っぱらから騒がしいと思ったら、未だにそんな事を期待していたとはな。
 想像しただけでむせ返るほど爆笑しただけの事はあるじゃないか、はやて」
「恭也さん、おはよう!フェイトちゃんも、おはようさん!
 イヤやなぁ、別に恭也さんの姿を笑いものにしようとか言うとる訳やないんよ?
 寧ろ、その逆。
 恭也さんならどんな格好しても似おうてるの分かっとるから楽しみにしとったんやん。
 ほら、思った通り!
 手提げ鞄片手に聖祥の白い制服着て佇む恭也さんはメッチャカッコいいで!普段の『真っ黒クロスケ』とのギャップも手伝って、どこのグラビアアイドルや!?ってほどの馬子にも衣装っぷりでって手提げ鞄!?」
「長いな。ノリツッコミなのか気付くのが遅かっただけなのかが微妙なラインだ」
「どどどどういうこと!?なんでランドセルやなくて、私らと同じ鞄なの!?って同じ学校だからに決まっとるやないか!!」
「自己完結してくれると話が早くて助かるが、最早これって会話じゃないよな?」
「当たり前でしょ?今ははやての独り言タイムなんだから黙って見てなさいよ」
「了解した。楽が出来るなら異論は無い。
 しかし、この『スーパーはやてタイム』はどのくらい続くんだ?転校初日に遅刻は避けたいんだが」
「そりゃあ、リリなのの伝統として美味しいところをかっさらえるくらいカッコいい台詞が出るまででしょ」

 クロノの存在を知らないのに『スーパークロノタイム(NANOHA wiki参照)』を引用するアリサ。勿論、俗語を知ってる時点でアウトではあるのだが。

414小閑者:2018/04/19(木) 20:41:45
「幸い車椅子なんだし、あんた押してあげなさいよ」
「それが妥当か。
 そこの3人。距離を置いて他人の振りなんぞしてないでさっさと来い。出発するぞ」
『はーい』
「…これは、優しさなんやろか?」

 ポツリと零したはやての疑問に視線を逸らす事で答える心遣いこそが少女達なりの優しさだろう。

 車椅子の上で一人黄昏るはやてに構うことなく歩きだした一行ではあるが、6人で横一列に並べるほど歩道は広くないし道を占有するほど非常識でもない。
 当然の結果として歩きだした順に前後2列になると、車椅子を押す恭也の隣にアリサが並んだ。
 アリサとしては特に意図した位置関係ではなかったが、今更位置を変えるのも変に意識しているようで抵抗がある。
 ここは恭也が隣を歩いている事など気にもならない事を示すためにも普段通りに振る舞うべきだ。
 勿論、そんな事を考え始めた時点で普段通りではない訳で、気にし始めるとただ歩くだけでも違和感を感じ始める。普段の歩き方ってどんな風だったっけ?
 混乱に拍車が掛かり始めたアリサとは対照的に、隣を歩く恭也には腹立たしいほどに力みも不自然さも全くない。
 釈然としないアリサは、何かボロを出さないかと恭也の横顔をこっそりと眺めてみる。
 相変わらずの仏頂面ではあるが、無表情とも少し違う気がする。尤も、感情を読み取れるほどの表情でもないので、この顔から感情や思考を読み取れるというなのは達には可視光線以外の周波数帯の光が見えているのかもしれない。あるいは、魔法使いはひと味違うという事だろうか。
 それにしても、数えるほどしか会っていないのに無闇に印象に残っている男である。顔を覚えるのは得意だし、そもそもなのはの兄として知った顔なのだが、それとは別に、その強烈な個性と存在感は簡単に忘れられるものではない。
 その最たるものが、こうして改めて間近で見ると意識する同年代の子供との雰囲気の違いだろうか。
 それは大人達が纏うのと同質のもののように思うが、体格に依るものではないだろう。聖祥の高学年にも恭也と同じ位の身長の男子はいるが、文字通り『図体の大きい子供』という印象しか持った事がないからだ。
 事件中の恭也の話はなのは達から聞き及んでいる。機密に関わる事は伏せられていたため状況が不鮮明だったし、乙女フィルターによって美化された主観的な内容だった事を考えればどの程度の信頼性があるかは疑問ではあるが、それでも恭也の精神年齢が高い事に疑う余地は無い。
 生来の気質なのか、必要に迫られて否応無く成長せざるを得なかったのか。
 どちらだったとしても大差は無いのだろう。少なくともそんな事を嘆くほど軟弱な男だとは思えない。

「どうかしたのか?」

 前を向いたまま発した恭也の問い掛けが自分に向けられたものだと気付くのにアリサは一瞬の間を要した。
 視線だけで観察していたはずなのに当然の様に見抜かれているとは。尤も、アリサとしても気付かれる事は想定の範囲だったので、動揺を隠しながら恭也に顔を向けて用意しておいた疑問を投げかけた。

「編入が決まってから半端に期間が空いてる気がするけど、何かあったの?」
「よくは知らんが三日間で入学手続きが済むのは寧ろ速いくらいじゃないのか?戸籍の偽造から必要なんだしな」
「偽造言うな。
 確かに戸籍を取得するなんて簡単に出来るはず無いっていうか、そもそも出来ちゃいけない気もするけど、それを言うならフェイトだって同じなんでしょ?そもそも、学校に行かなかったとしても日本で暮らすなら必要になるんだから手続きは進めてたんじゃないの?」
「詳しくは知らんが、つい先日までさっさと管理局に入るつもりでいたから、わざわざ手間を掛けて日本の戸籍を作ったりしないと思うんだが…」
「そうだったの!?
 まあそれはそれとして、経緯が何であれ編入はリンディさんから持ちかけた話なんでしょ?
 単なる私の印象だけど、あの人は用意周到に全部の準備を済ませて逃げ場を封じてから話を切り出すタイプかと思ってたんだけど」
「逃げ場くらい残しておいてほしいなぁ。
 それにしても…」

 真っ直ぐに進行方向を見たまま話を続けていた恭也を歩きながら見上げていたアリサは、不意に向けられた恭也の顔にある種の感嘆を見つけた気がして思わず鼻白む。

「な、何よ?」
「いや、よく見ているなと思ってな。
 人物の観察眼は人の上に立つには必須技能だろうからこれからも伸ばしていくといい」
「…お、大きなお世話よ」

 恭也の素直な賞賛とアドバイスに頬が熱くなる。

415小閑者:2018/04/19(木) 20:42:28
 人をからかうことしか能のない馬鹿になのは達が懐く訳がないと分かっていたし、滅多な事では人に悟らせないが自分と大差ない年齢でありながらかなり大変な経験を積んでいる事も察していたから、正当な評価が出来る事にはそれほど驚いてはいない。
 ただ同時に、人への褒め言葉を口にする事のないひねくれ者だと思っていたので、意表を突かれて照れてしまったのだ。
 アリサは誤魔化すために強引に軌道を修正した。

「それで?
 リンディさんの人物像が合ってるなら、なんで間が空いた訳?」
「まぁ、端的に言えば学年が間違っていたんだ。その修正に時間が掛かった」
「はぁ?学年なんて間違いようがないじゃない」
「そうでもない。そもそも俺の居た世界がこの世界とよく似てるせいで俺の年齢があやふやだしな」

 大した感慨も込めずに恭也が説明したのは以下のようなものだ。
 元の世界に帰れないどころか存在すら確認出来ないため、酷似しているこの第97管理外世界である地球を恭也の故郷と定める事になったのだが、そうなると戸籍の登録上生年月日は確定しなくてはならない。
 恭也の居た世界がこの世界と同時に存在する並行世界だったと考えた場合、恭也の転移は時間も移動した事になるのだが、9年と半年ずれていたため話がややこしくなってしまった。
 西暦をそのまま計算すると高町兄と同じ年齢になるので論外としても、誕生日を跨いで転移したため、10年と半年の人生で11回目の誕生日が経過してしまっていたのだ。
 今年で10歳とするか、11度目の誕生日を迎えた事にするか、経過年数に合わせるために誕生日を半年ずらすか、いっそのこと印象に合わせて年齢を十代後半にしてしまうか、という論争が繰り広げられたのだそうだ。

「で、結局どうなったの?」
「誕生日はそのままで現在11歳ということで戸籍に登録されているらしい」

 完全に人事風味で恭也が答えると、前後から落胆の声が聞こえてきた。
 聖祥大附属小学校は文字通り聖祥大学の附属校なので小・中・高・大と一貫のエスカレーター式なのだが、小学校と中学校では同じ敷地ながらも校舎が離れている。恭也が現在11歳ということは3ヶ月後に始まる新年度には最高学年となり、1年間しか一緒にいられない計算になる。
 どのみち学年が違えば運動会などの学校全体の行事くらいしか学校では一緒にいられないのだが、そこまでは考えが至っていないのだろう。
 それは取りも直さず、3人とも今の今まで恭也の戸籍がどうなっているか知らなかった事を示しているが、普通は友人の戸籍など気にしたりしないので、いくら恭也の立場が特殊だからといっても仕方ないのだろう。

 その説明が終わったところで丁度校門にさしかかった。
 まだ十分に余裕のある時間帯ではあるが、周囲には結構な数の生徒が歩いている。流石に良いところの子息令嬢の集う学舎だけあって遅刻ぎりぎりに駆け込むような事はないのだろう。
 そんな中、当然の様に高級車で送り迎えされている者もいるというのに、徒歩で通学している彼女達に注目が集まっていた。それは大声を出したり騒いだりして悪目立ちしているからではなく、単に彼女達が有名だからだ。
 5人が5人共、類稀な美貌と他を圧倒するプロポーションを誇るため良くも悪くも注目の的になるのだ、という理由を適用するには後5年は必要だろう。今の幼さを残す彼女たちは周囲の女の子達と同じように、出るべき所も引っ込むべき所もほとんど同じ高さだし、生徒の多くは『お金持ちの家に生まれる事こそ勝者の条件』と言わんばかりに程度の差はあれ男女問わず整った容姿をしている。
 では、何故その環境で有名になるかと言えば、残りの要素である言動や考え方が周囲の人間を引き付けるからだ。
 そんな女の子グループの中に見慣れない男が混ざっていれば当然の結果として視線が集まる。
 そして、言うまでもなく恭也がそんな視線に怯むはずも拘泥するはずもないのだった。

「それじゃあ、俺は職員室に顔を出すように言われているからここで」
「そりゃそうか。
 それじゃ、私達も行きましょう」
「あ、うん。
 それじゃあ恭也君、帰りも一緒に帰ろうね」
「時間があえばな。
 転校初日では予定も立たん」

 堂々と、と言うよりも、飄々と、と表現した方がピッタリな、無駄な力の省かれた自然体で恭也がこちらを気にする様子もなく職員室へと歩いていく。人見知りがちなフェイトや編入して間もないため慣れていないはやてとは対照的だ。この男に心細いとかいう繊細な感覚は、無いんだろうなぁ。

416小閑者:2018/04/19(木) 20:43:06
 恭也の後ろ姿を横目にアリサ達も教室へ向かって歩きだした。
 3人が落胆しているため自然と会話も途切れていたのだが、思案顔だったすずかがポツリと疑問を口にした。

「ねぇ、アリサちゃん。リンディさん、恭也君の歳が決まってるのにどうして学年を間違えたんだろうね?」
「そう言えばその話だったわね。
 ん〜、あれじゃない?学力が合わないから学年を下げたとか?」
「アリサちゃん?」
「ちょっ!?冗談、冗談よ、なのは!」
「あはは…、あ、でも、学校によって勉強の進み具合は違うらしいから可能性はあるかもしれないよ?
 それに、恭也さん、えとなのはちゃんのお兄さんも授業はあんまり真面目に聞いてなかったから大学受験の時に大変だったってお姉ちゃんも言ってたし」
「むぅ」

 アリサを笑顔で恫喝していたなのはもすずかの意見に不承不承視線を緩めた。
 兄が、知能は高いが知識は浅い、という評価を受けているらしい事を思えば強くは出難い。

「あ、そか、きっとそれや」
「え、はやて?」

 一番恭也を低く評価しそうにないはやての同意の言葉にフェイトが驚いて聞き返す。
 はやてにも自覚はあるようで、フェイトに苦笑を返す。

「ちゃうちゃう、恭也さんがおバカさんや、言うつもりはないんよ。
 恭也さんがこっちに飛ばされたの、春頃や言うとったからな。5年生の授業なんてほとんど受けとらんやろ」
「ああ、そうか。
 1・2学期の授業を受けてないのに3学期に合流するなんて無理があるわね。
 それで今は4年に編入して4月から改めて5年生になろうって訳か。
 きっと、リンディさんが間違えたのもそこね。
 どうせなら戸籍も10歳にしておけばよかったでしょうに。こっちの学校に通うつもりがなかったってのは本当みたいね」

 アリサが納得顔で話を纏めると、誰からも異論の声はあがらなかった。
 ただ、恭也との学生生活が1年延びた事が単純に嬉しかったのも手伝って、その後はいつも通り授業が始まるまで笑顔が絶える事はなかった。





「早速だが、転入生を紹介する」
「不破恭也です、よろしく」
「なぁんであんたがこのクラスに入って来るのよ!!」

 アリサ達のクラスの担任が朝のホームルームで開口一番に発した台詞に合わせて入室した恭也が簡潔な自己紹介を済ませると、間髪入れずに椅子を蹴り倒しかねない勢いで立ち上がったアリサが人差し指を突きつけながら絶叫した。
 メンバーの誰もが呆然としている中で即座にツッコミを入れてみせる辺りは『流石はアリサ』としか言いようがないだろう。
 対する恭也も心得たもので、慌てず騒がず教師に向き直ると落ち着いた口調で申告した。

「先生、生徒の一人から正面切って『おまえなどこのクラスに入れてやるものか』と宣言されました。
 いじめです」
「ありゃあ、いじめじゃなくてケンカだ。
 自力で頑張れ」
「やる気なさげな声援だけ!?あんた本当に教師か!?」

 確かに、正々堂々真正面からぶつかってくるならケンカだろうか?少なくともいじめと聞いて思い浮かぶ陰湿な姿とはかけ離れている。
 尤も、どちらであったとしてもそこで生徒の背中を押すという教育方針は少々斬新ではあるだろう。

「教員免許はちゃんと持ってる。崇め奉ると良い」
「御免被る。
 金持ちの子息令嬢を相手にそんな返答でよく訴えられないな」
「フッ、要領良く生きてきたからな。もとい、生徒達から尊敬されてるからな。
 不破、おまえも生徒である以上、先生にはちゃんと敬語を使え。
 文明社会に生きるからにはほとんどの場合、肩書きの力関係に従わなくてはならん。それが嫌ならさっさと俺より偉くなるんだな」
「少しはオブラートに包んだらどうです?
 おまえ達もよくこの教師に従っているな?」

 小学校の先生とは思えない赤裸々な返答を寄越す教員に、流石の恭也も呆れながら生徒に振ると、アリサ達を除く全員が声を揃えて答えた。

『反面教師!』

 全員がイイ笑顔を浮かべるだけでは飽きたらず、ズビシッ!とサムズアップして見せてくれた。

417小閑者:2018/04/19(木) 20:44:04
 日頃から練習しているのではないかと疑いたくなる一糸乱れぬその動きに、浮かぶ感想は多くないだろう。

「…息のあった良いクラスですね」
「よく言われる」

 ニヤリと笑ってみせるヒゲ面のナイスミドルに恭也の眉が僅かに動いた。
 性格破綻者かと思いきや、どうやらこのキャラクターは意図的に作られたものの様だ。勿論、何割かは地なのだろうが、少なくとも生徒達から一定の信頼を勝ち得る程度には生徒思いなのだろう。

「ま、それは兎も角、そろそろバニングスの相手をしてやった方がいいぞ?
 流石の俺も、不破が転校初日でケチョンケチョンにされるというのは心が痛む」
「つい先程ケンカをけしかけた本人が言う台詞ではありません。序でに言うなら、ここまで脱線したのは間違いなく先生のお陰ですから、バニングスからの返礼を辞退しきれなかった暁にはきっちりとお裾分けしますよ」
「謹んで受け取り拒否させて貰うが、そろそろ本気で軌道を修正しようじゃないか。バニングスの眉毛が洒落にならない角度になってきた」
「まあ、いいでしょう。
 それで、バニングス、…ああ、何の話だったか…?」
「へぇ?」
「これ以上刺激しないでくれ!このクラスに編入した理由だ!」
「なんで教師がそんなに必死なんですか…。
 3年の複数あるクラスの内、このクラスになった理由なら知らんよ。校長がサイコロを振って決めたのか、どっかの誰かの都合なのか」
「それ、分かっててトボケてんのよね?」
「無論だ。心にゆとりを持つのは大事な事だぞ?
 11歳の俺が5年ではなく3年に編入してきたのは、以前に病気で2年ほど入院していた事があったからだ」
「は?2年間?
 今年の1年分は、転移事故で1・2学期が潰れたからでしょ?」

 恭也の説明と自分達の推論の相違点をアリサが率直に尋ね返した。
 その疑問に対して恭也の動きが止まる。同時に視線を上方へとさ迷わせた教諭がぽつりと呟いた。

「あー、俺、聞かなかった事にした方が良いか?」
「…先生の処世術に照らし合わせるなら、それが妥当な判断かと。いろいろと肩書きを持つ人達が困る事になるでしょうから」
「…?、…あ」

 それだけの遣り取りを聞いて、アリサも事情が理解出来た。
 一般人には魔法関連の事情を伏せるのだから、当然転移事故に関しても話せるはずがない。ならば、本来の『1年間休学していた理由』の方を水増しした方が話が早いし不自然さも少なくて済むという判断なのだろう。
 普段の聡明なアリサなら、まずやらかす事のないミスではある。無視された挙げ句からかわれたため、平常心を失っていたようだ。

「…コホンッ
 病気で入院?あんたが?
 怪我ならまだしも、病気なんて掛かるの?」

 咳払い一つで無かった事にしたアリサが次の疑問点をあげた。話を逸らしている様にも聞こえるが、恭也を知る者であれば自然に浮かぶ疑問でもある。
 それに対して、溜め息を吐きながら肩を竦めるという、典型的な呆れを示すリアクションを取った恭也が口を開いた。

「コメントに何の捻りもないな。
 いいか?バニングス。
 仮に生まれてこの方一度も風邪を引いた事がない理由が知性の不足に起因していたとしても、だ」
「風邪引いた事が無いのは認めるわけね」
「いたとしても、だ。入院が必要になる類の病気に掛からない理由にはならんだろうが。梅毒とか淋病とかな」
「ちょっ!?
 あんた、それセクハラよ!!」

 即座に赤面しつつ柳眉を逆立てるアリサに対しても、恭也は平静を崩す事無く指摘する。

「一般論だ。
 そもそも今の病名がどんな病気か分かるのもどうかと思うぞ?
 赤面してるのはおまえと月村とはやての3人だけだしな」
「ぅ、っく」

 大切な知識なのにテストの点数が良いとからかわれる教科・保健体育。この場合、小学校の授業で習う内容ではない事も羞恥に拍車をかけているだろう。

418小閑者:2018/04/19(木) 20:45:59
「う、うっさいわねぇ!
 あんただって分かってるんだから一緒でしょ!?」
「俺は別に、病気の知識を持っている事を恥とは思わん」
「ひ、卑怯な…
 …い、一応、念のために確認しておくけど、アンタほんとにその手の病気になったの?」
「なるか!5歳で感染って、どれだけ経験豊富だ!?考えなくても分かれよ!
 先生、ここは一つ無知なバニングスの為に感染経緯から闘病生活までの経験談をお願いします」
「馬鹿者。俺は妻一筋だ」
「これは失礼」
「だーっ!!
 いい加減にしなさい!この話題は終了!良いわね!」
「まあいいだろう。我が儘な奴め」

 如何にも、願いを聞き入れてやった、という態度の恭也に一泡吹かせようと唸っていたアリサだが、服の裾を引かれて振り返った先に真剣な顔でゆっくりと首を左右に振るなのはを見て矛先を納めることにした。
 気軽に冗談を交えていたように見えたので全く気付かなかったが、恐らく、休学する事になった原因は恭也にとって地雷なのだろう。
 今更になって止めに入ったのは、なのはも気付いていなかった可能性が高い。それでいて、なのはの様子から察するに、地雷の威力は超特大っぽい。

(そんなヤバそうなもの、気軽にチラつかせるんじゃないわよ!)

 そうは思うが、見方を変えればそれほどの大事を周囲に悟らせないというのは凄い事だ。
 強い感情は本人が意図せずとも多くの場合周囲に影響を与えるものだ。一般的には、体面に囚われず自制心の効かない子供は感情を素直に現すため、より顕著になるというのに。
 学校でのアリサも、自他共に認めるほど感情表現が豊か(=我慢強さが全く無い)だ。親の仕事の関係で大人に囲まれる時には自制心を働かせるが、だからこそ日常から当然の様にそれを発揮する恭也の凄さは認めざるを得ない。
 勿論、いくら何でも四六時中悲哀に暮れている訳ではないだろうが、不意打ちに対応出来る程度には気を張っている必要はあるはずだ。少なくとも、その位の事はしていないと簡単にボロが出るだろうし、『うっかりミス』とは縁の遠そうな印象の男だ。
 しかし、それは同時に周囲との関係に壁を作っているということでもある。もともと魔法に関連する事柄を隠さなくてはならないのだが、知識を隠すのと感情を隠すのとでは壁の高さが明らかに違う。
 この学校において、魔法使いであるなのは達3人を除けば、部分的とはいえ恭也の事情を知っている一般人は自分とすずかだけなのだ。恭也が気を許せるようになれる可能性があるとすればこのグループだけだろう。
 この半年ほどで仲良しグループもフェイトが加わり、はやてが増えて、とうとう男子が入ろうとしている。正直言って、変化する事に不安はあるし、性別という要素が絡む事でみんなとの関係が単なる仲良しでは済まなくなる可能性もある。

「まあ、いろいろと思うところはあるだろうが、よろしく頼む」
「…しっかた無いわねぇ」

 それでも、やはり追い払う気にはなれない。
 そう思う程度には恭也の事を気に入ってはいる。それに、偶然が重なったとはいえ、恭也の事情を知る自分達のいるこのクラスに編入してきた幸運をわざわざ不意にすることはないだろう。

 不承不承という態度を作りながら答えたアリサは、自分のお人好し加減に呆れながら席に着く。
 その態度を見つめていた少女達は、嬉しそうに笑みを交わした。




続く

419小閑者:2018/05/03(木) 12:10:37
10.寂寥



 恭也が学校に通うようになってから数週間が過ぎたある日の週末。
 アリサに招かれたなのは、フェイト、はやて、すずかは、招待者本人と共にアリサの部屋に3台並べられたキングサイズのベットの上にいた(ちなみに、わざわざ家具を部屋の外に運び出さなくてもベットを追加出来るほどアリサの部屋は広い)。
 時刻は20時にならないところなので小学生とはいえ就寝にはやや早い時間だが、既に全員一緒に入浴を済ませて持参したパジャマに着替え終えている。ただし、傍らに置かれた少々のスナック菓子とジュース類がパジャマ姿と矛盾しているだろうか。
 全員が眠たそうな表情を見せるどころか、ベットの中心で笑顔を突き合わせている事からも分かる通り、これから始まるのは所謂パジャマパーティだ。
 元々、アリサ、すずか、なのはの3人では何度かそれを開いていた。その流れから言えばフェイトが転校してきて仲良しグループに加わった頃に彼女も含めた4人でのお泊まり会を開くはずだったのだが、残念ながらその時期は事件の絡みでなのはもフェイトも余裕がなかったのだ。
 そんな訳で、序でと言っては失礼極まりないが、最近メンバーに参入したはやても一緒になって5人での開催となった。
 ちなみに、恭也は参加していない。
 なのはが提案した恭也の参加にはフェイトが賛成し、はやてが消極的賛成を示したのだが、意外と性道徳的に真面目な恭也本人が辞退した事と、アリサの『この手のイベントは女の子だけでするものよ!』という主張が通ったためだ。
 アリサの主張の理由は、当然、異性が居ては出来ない話をするためなのだが、もう一つ、本人が居ては出来ない話をするためでもある。

「それじゃあ、早速本題からいってみましょうか?」
「本題?
 アリサちゃん、今日はお話する事、決まってるの?」
「別にいつも通り、何話しても構わないわよ。
 ただ、今回は『これだけは外せない』って話題があるだけよ!」
「外せない話題?」

 初参加のフェイトとはやてが多少の緊張から口を開けずにいると、アリサとなのはの遣り取りにすずかが合いの手を入れた。

「多分、フェイトちゃんの事だと思うよ、なのはちゃん」
「え!?私?」

 すずかに呼ばれて静観していたフェイトが声を上げた。
 ただし、本人に心当たりは無いようで、声にも表情にも疑問が浮かんでいた。

「その通り!
 トボケてる積もりは無いんでしょうけど、その程度で矛先を弛めるほど、あたしは甘くないわよ!」
「えと…、お手柔らかに」

 その生き生きとした表情から、何を言っても無駄、と悟ったフェイトは既に笑みが引き攣り気味だ。効果の期待出来ない嘆願が最後の抵抗といったところだろう。
 当事者ではない3人も苦笑するしかない。
 だが、アリサにはこのネタが傍観者3人を仲間に引き込む力を持っている確信があったようで、少々演技がかった口調で手札を切った。

「それじゃあ、早速白状して貰いましょうか!
 愛しの恭也様との甘ぁ〜い同棲生活を!」
「…えええっ!?」

 アリサの台詞を理解するために数瞬の間を要したフェイトは、ワンテンポ遅れて驚愕の声を発した。普段の彼女の話し声からでは想像出来ない、広い部屋を満たして余りある声量が驚きの度合いを示している。

420小閑者:2018/05/03(木) 12:12:51
 絶叫自体は即座に収束したが、間近でその声に晒された少女達は、遅蒔きながら両手で耳を塞ぎ、過剰な反応を示したフェイトの様子を恐る恐る窺う。みんなの視線を一身に受け止めるフェイトは、驚きに両目を見開いた顔をほんのりと赤く染めていた。

「つぅ〜
 いくら何でも驚き過ぎでしょ?」
「ア、アリサが急に変な事言うからだよ!」

 普段であれば謝罪の言葉を返すであろうフェイトが、アリサの恨みがましい非難の声に即座に反論する辺り、動揺のほどが窺えると言うものだ。
 尤も、フェイトがアリサの言葉をどこまで理解出来ているかは少々疑問ではあった。普段の言動から性的な知識が身についているとは思えないので、案外『愛しの恭也様』に反応しただけかもしれない。
 とは言え、アリサだってフェイトから『大人の階段を駆け登っちゃった☆』なんて言われたり、あまつさえ、その行為を具体的且つ詳細に語られてもドン引きしただろうから問題は無いのだが。
 そんな内情は兎も角として、動揺する、と言う事は、人には話せないような何かがあったのだ、そう結論する人も決して少なくない訳で、

「私もそのお話、聞きたいなぁ」
「さぁ、サクサク行こかぁ。『微に入り細に入る』言うやつでお願いします」
「即座に敵に!?」

 そこに単なる好奇心以外の成分が含まれれば、採るべきスタンスなど自ずと限定されてくるのは言うまでもないだろう。
 尤も、好奇心だけでも十分な動機ではあるのだから、

「それじゃあ、フェイトちゃん、実例付きでお願いね?」
「すずかまで…」

 コイバナと言う奴に興味を持ち始める年頃である事も考慮すれば、アリサの目論見通り、この場にフェイトの味方は存在しないのだった。
 縋る藁を探す様に部屋中に視線をさ迷わせた後、フェイトは逃げ場が無い事を悟って渋々といった表情で溜め息を吐いた。

「…先に言っておくけど、アリサが期待してるような話は出来ないと思うよ?」
「へ〜、そうなんだ?
 ところで、フェイトはあたしがどんな話を期待してると思ってるの?」
「うっ!?
 …その、今借りてるマンガみたいな、お風呂でバッタリ会うとか、躓いて転びそうになって抱きつくとか」
「あー、その手のハプニングは恭也さんに限っては有り得んやろな。気配とか読めるし、転びそうになるんも事前に察知しそうやし」
「あ、でもお兄ちゃんはフィアッセさんがお風呂に入ろうとして服を脱いでる最中に脱衣所の扉を開けちゃった事があったよ?」
「え、そうなん!?
 高町さんも気配とか読めるやなかったん?」
「え〜と、確かお昼前だったから、お風呂に入ろうとしてるとは思わなかったって言ってたと思う」

 何故フィアッセが風呂に入ろうとしていたかまではなのはも覚えてはいなかったが、『高町家の風呂』に入ろうとしていた理由は、単に彼女が何度も宿泊した事があるほど高町家と親しくしていたからだ。
 そして、一般的な家庭と同じ様に、高町家の風呂の脱衣所が洗面所と兼用になっている事がその事故の原因と言えるだろう。そこにフィアッセがいると分かっていたのが高町恭也でなくとも、時間帯から考えて洗面所を使っていると解釈する方が寧ろ自然だ。どちらかと言えば、服を脱いでいるのに扉に鍵を掛けないフィアッセの危機感の薄さの方が問題ではなかろうか。

421小閑者:2018/05/03(木) 12:14:24
「あ、そう言えば、前にお姉ちゃんが『いる事が分かっててもどんな格好してるか分かる訳じゃないから、そこが狙い目だよね』ってノエルと話してた事があったけど…」
「…すずか、今の、あたし聞かなかった事にしとくわ」
「え?…あっ、うん!
 …って、じゃなくって、冗談、きっと冗談だよ!」
「そうね、きっとそうよ」
「アリサちゃん、お願いだから目を逸らしながら言わないで…」

 妙な方向に飛び火した話題を全員が苦労して浮かべた苦笑いで何とか流す。これ以上推測を進めると怖い結論に至るのではないかという恐怖心が幼い彼女達にも漠然と湧いたのだろう。
 勿論、冷静に考えれば、自分達の知る月村忍が相手を陥れてどうこうするはずが無い事には直ぐに気付いただろう。悪戯好きで人をからかって遊ぶ事はあっても、基本的には善人なのだ、月村忍と言う女性は。
 それは兎も角、黙り込んでしまった一同にフェイトがコッソリと内心で安堵していると、残念な事に、奮起したアリサが微妙な空気を振り払うように殊更明るい口調で軌道を修正した。

「え〜と…、そう!
 フェイトのラブラブ体験の話だっわね」
「内容が微妙に変わってるよ!」
「細かい事は気にせず、正直に言っちゃいなさいよ」
「うぅ…」

 流石にこれ以上の脱線は期待出来そうにないようだ。尤も、あれだけ意気込んでいたアリサからそう簡単に逃げ果せるとも思っていなかったのも確かなのだが。

「でも、本当に話せるような事は何にも無いよ?」
「…え、それは、人には話せないような事ならあるとかって言う…?」
「話せないような事って?」
「えっ!?いや、それは、えっと…」

 先程と同系統のアリサの茶々であったが、フェイトには少々難易度が高かったようで、そのまま問い返されてしまった。
 全くと言っても良いほど具体性の無い、漠然としたイメージながらも、少々アダルティな内容を思い浮かべていたアリサはとっさに言葉が返せなかった。
 流石に、今の自分の思考が無垢な乙女としてアウト判定を喰らう自覚はあったようで、何とか話題を逸らそうと頭を捻る。

「ま、まあ、あんまり漠然としてると話し難いかしら。
 だけど、具体的な内容はこっちから指定出来る訳じゃないから…、そうね、『してみようと思ってた事』でどう?
 『恭也と一緒にしたかった事』でも良いし、『恭也にしてあげようと思ってた事』でも良いし、逆に『恭也にしてほしかった事』でも構わないわ。そういうのを実際にやってみた結果とか、やろうとしてどうなったかとか」
「したかった事…」
「そう。1つくらい何かあるでしょ?」

 アリサが話題を逸らしつつ本題を進めると、フェイトも素直に応えた。それは普段から思っていた事なのだろう、改めて考える素振りもなく、促されるままに話し始めた。

「…うん、お話し、したかったんだ」
「…?」

 フェイトがポツリと零した言葉に、少女達は怪訝な顔で互いを見合った。今の言い方ではフェイトが恭也と話せていないように聞こえたのだ。
 だが、フェイトと恭也が会話している場面は誰もが何度も見ていたし、恭也がそれを嫌がる素振りを見せた事もなかったはずだ。

422小閑者:2018/05/03(木) 12:15:31
 戸惑うアリサ達とは別の反応を示したのはなのはだった。

「そっか。
 恭也君の事、もっと知って、もっと仲良くなりたいんだね」
「…うん」

 なのはの指摘に頬の赤みを僅かに増したフェイトが、はにかみながらも小さく頷いた。

 なのはとフェイトはPT事件を通して何度もぶつかりながら想いを交わし、なのはが差し出し続けた手を最終的にフェイトが取る形で友達になった。そして、事後処理や裁判の為に一緒にいる事が出来ない代わりに、ビデオレターを通して沢山の言葉を交わして交流を深めた。
 好きな事、嫌いな事、思った事、考えた事。
 他者と関わる事の少ない生活を送ってきたため最初は戸惑っていたフェイトも少しずつ口数も話題も増えていき、その分だけ互いの事を理解して近づく事が出来ていった。
 フェイトが言いたいのはきっとそう言う事なのだろうとはやて達にも察する事が出来た。
(余談だが、思いの外、純朴な答えが返って来た事でアリサが地味にダメージを受けて密かに悶えていた)
 ただ、沈んだ表情で過去形で語ったという事は上手くいっていないのだろう。

「フェイトちゃん、悩み事なら相談乗るよ?
 恭也さんと一緒に生活するんは私の方が先輩やしな」
「大丈夫。みんなで考えればきっと上手くいくと思うの」
「はやて、すずか…」

 優しく声を掛けてくれるはやてとすずか、言葉にせずとも眼差しに想いを込めて励ましてくれるなのはとアリサにフェイトの瞳が感激に潤む。
 その様子にアリサが視線を泳がせつつ先を促した。誰もが、別に照れなくても良いのに、と思いつつも、そこで照れなくちゃアリサちゃんじゃないよね、とも思わせる辺り、絶妙なバランス感覚である。

「えっと、ね、どう言えば良いんだろう…
 別に、みんな揃ってる時は平気なの。私も一緒にお話出来るし、恭也にクロノや私がからかわれてみんなで笑ったり…
 でも、2人っきりになると、なんだか、上手く話せなくって…」
「緊張してまうんかな?
 みんな、言うてたけど、具体的には何人やったら平気なん?少なくなったら緊張してくん?」
「え?…ええと、誰か居れば平気かな?アルフと3人の時には普通に話せてたよ。多くは無いけど、母さんかクロノかエイミィが居ても大丈夫だったと思う」
「う〜ん…
 それじゃあ、一緒にいる人が会話に参加してないシチュエーションはなかった?部屋にはもう1人居るけど他の事してて話をしてるのはフェイトと恭也だけ、とか」
「ちょ、ちょっと待ってね?
 え〜と…、あ、それも平気だ。
 何度か、母さんかエイミィが夕飯を作ってる時にリビングで恭也と話した事があったよ」
「って事は、本当に2人っきりの時だけって事か…」

 はやてとアリサが的確に状況を絞り込んでいく。その結果、浮かび上がったシチュエーションにはやては首を傾げていた。
 フェイトが恭也を意識して緊張するというのは、はやてにも身に覚えがあるため納得出来る。しかし、逆にそうやって緊張に強ばるフェイトに対して恭也が何もフォローを入れないというのは少々違和感があったのだ。

423小閑者:2018/05/03(木) 12:18:15
 恭也は乙女心に対して鈍感だ。だが、あれでそれ以外の感情の機微には敏感で、朴念仁を体現している様に見える上に平然と横柄な態度をとって見せるものの、細やかに気を使う面も持っている。
 特に子供に対してはその傾向が顕著になる事を、はやては実体験で知っている。少なくとも日常生活において、対等な大人とは思われていない自分には適用されるのだ。
 出来ることなら一日でも早く異性として、と言うほど贅沢は言わないまでも、せめて女性として認識して貰いたいという個人的な願望は兎も角として、相手が子供であれば恭也は甘やかしこそしないものの、影に日陰にと助力を惜しむ事が無い。滅多に日向に現れないため、直ぐには気付けない事も多いし、もしかすると気付けたものすら氷山の一角に過ぎない可能性もあるだろう。
 はやての見る限り、今のところフェイトも例に漏れず恭也にとって子供でしかない。
 無論、恭也がフェイトの様子に気付いていない可能性も無くはないが、恭也の洞察力を疑うよりは前提が間違っている可能性を先に検討するべきだろう。
 そして、はやて自身の精神衛生上の問題で、まずは恭也内評価におけるフェイトの位置付けが頭一つ抜きんでて『大人』である可能性よりも、フェイトが恭也に話しかけられない要因が緊張以外である可能性から確認することにした。

「なあ、フェイトちゃん?
 上手くしゃべれへん言うとったけど、具体的にはどんな感じなん?」
「具体的?」
「うん。
 例えば、どもってまう、とか、頭の中が真っ白になる、とか」
「何て言えば良いのかな…、
 上手く表現出来ないんだけど、いつの間にか時間がなくなってるんだ」
「?
 それははやての言う真っ白とは違うの?」
「う〜ん、近い気もするけど、ちょっと違ってて…
 集中して勉強してると時間が経つの早いよね?あれに近いと思うんだ」
「集中してるの?恭也君と一緒の時に?他に何かしてる訳じゃないんだよね?」
「そうなんだけど…、でもちゃんと恭也の様子は覚えてるし…
 私だけ、かな…?」

 心細そうにフェイトが全員の顔を窺うが、困惑を隠そうとしたぎこちない笑みが浮かんでいるだけだった。感覚は個人のものだからフェイトがそう感じたと言うならそうなのだろうが、一般的とは言い難いその感覚を理解出来ないはやて達に非があるとも言えないだろう。
 そもそも、この場に居るのは恋愛経験豊富な成熟した女性ではなく、ドラマや漫画で擬似的に体験した事がある程度の、恋に恋する年頃の少女達なのだ。本人達の熱意と好奇心は兎も角、相談相手として適任か否かと問われれば否と返すのが公正な判断だろう。
 とは言え、良くも悪くも、本気で悩む友人に、不得意分野だから他所へ行け、と告げられるほど、少女達は薄情でもドライでもなかった。

「それじゃあ、その時の状況をもう少し詳しく教えてくれるかな?」
「え…、すずか?
 詳しくって、どう言う事?」
「最近恭也君と2人きりになった時の事は覚えてるよね?
 例えば、何曜日の何時頃で、どんな場所で、恭也君が何をしてて、どういう反応をしたか、その時にフェイトちゃんが何を思ってどう行動したのか。
 そういうシチュエーションが分かれば、もしかしたら私達にも何か分かるかもしれないでしょ?」
「さっすが、すずか!確かに客観的な分析は必要よね!
 それじゃあフェイト、覚えてる限り正確にその時の事を話してちょうだい」
「え…、せ、正確に?」
「勿論よ。じゃないとわからないでしょ?」
「うぅ、でも、恥ずかしいよ」
「そんな事言ってたら何時まで経っても解決しないじゃない。
 恭也には内緒にしといてあげるから、赤裸々に語っちゃいなさいよ」
「せ、赤裸々に…」

 何を思い浮かべているのか、頬を染めるフェイトの様子になのは以外の表情が若干不安の色を滲ませる。今までの遣り取りを思い返す限り、流石に、18禁的な行為に及んでいるなんて事はないと思うのだが、いまひとつ推測しきれない。
 そんな微妙な視線が集まる中、フェイトがぽつりぽつりと語り始めた。




* * * * * * * * * *

424小閑者:2018/05/03(木) 12:21:57

* * * * * * * * * *




 それは、つい先日の日曜日の出来事だ。

 その日、フェイトがバルディッシュの定期メンテナンスのために出向いたアースラから帰宅すると、夕日に染まり始めたリビングに居たのは恭也だけだった。
 恭也にとって学校が休みとなる土日祝日は恰好の鍛錬日だ。平日であっても、暇を見つけて、どころか積極的に時間を作っては鍛錬に勤しんでいるので、当然、休日は山籠もり同然の鍛錬量で一日中刀を振り回しているだろう、と言うのが誰もが思い浮かべる恭也の休日の過ごし方だった。
 だが、満場一致の推測ですらないその認識は間違っている事が発覚した。勿論、休日を迎える度に恭也が遊び惚けているなどという天変地異レベルの行為に及んでいると言うことではなく、鍛錬内容についてだ。
 意外な事に恭也は食事や睡眠以外にも、ちゃんと休憩を入れているのだ。それも、分単位の短いものではなく、数時間のしっかりした休憩だ。
 たまたま休日に早上がりで帰宅したクロノがリビングでくつろいでいる恭也を見て、驚きのあまり本気で体調不良を心配して尋ねると、デコピン一発を代償に休息を取っている理由を不機嫌そうに答えてくれた。

 動き続ければ疲れるんだ。休憩ぐらいする。

 この恭也の主観に基づき簡潔に纏められた台詞は、クロノが何度か質疑応答を繰り返し一般常識と照らし合わせて翻訳すると以下の様な内容になる。

 みんなが予想した通り、恭也は運動量を抑えれば(と言っても成人男性が3分で音を上げる程度の運動)問題なく一日中動き続けられるらしいのだが、ただ動き続けて疲労を蓄積していれば鍛えられるという段階は当の昔に過ぎているため、効率的な鍛錬にはならないらしい。
 だから、如何に非常識な身体性能と運動技能を併せ持つ恭也であろうとも、肉体的にも精神的にも短時間で適度な過負荷を掛け、その疲労を回復させるためにしっかりと休養を摂る、という常識的なスタイルを採っているんだそうだ。

 クロノに分かり易く翻訳された説明を聞いても恭也を知る誰もが、一般人に見せかけるるための建前か怪我か何かを隠すための嘘(少女達+ヴォルケンズ 談)だ、と即座に否定したのだが、『短時間』と『適度な過負荷』を実際に目の当たりにする事で納得して引き下がっていった。『これが詐欺の手口か…』と零したクロノのセリフがみんなの心情を代弁していた。
 そんな訳で、恭也は大抵の場合、昼食の前後1時間と夕食の2時間くらい前に帰宅して休息を採っている。(因みに鍛錬としては寝起きになのは達を含めて行う『早朝』と朝食後の『午前中』、昼食後の『午後』、気が向いた時に行う夕食後の『夜』と暗闇の中で行う『深夜』に分けられる)だから、恭也がこの時間に家に居ることはフェイトも予想していたし、リンディ達が帰ってくる時間にはまだ早い事も承知していた。
 闇の書事件が終結して一ヶ月以上が経っており、如何に第一級ロストロギア関連事件とは言っても随分前に事後処理も済んでいた。そのため、最近はリンディ達も忙殺される事もなく、休日の昼食と毎度の夕食は自宅に戻る事が出来ていた。これで休日そのものを合わせる事が出来れば言う事はないのだが、空気を読める犯罪者が居ないのが悔やまれるところである。
 だが、本来それだけでは恭也と2人だけという今の状況は生まれないはずだった。このマンションで暮らしているのはリンディ、クロノ、ときどきエイミィ、そして恭也とフェイトの他に彼女の使い魔であるアルフがいるからだ。
 しかし、庭園に居た時もジュエルシードを追っていた時もずっと一緒にいてくれたアルフは、最近では別行動をする事が少しずつ増えてきている。少々寂しくはあるが、アルフには自分自身の命を生きて欲しいと思っているので仕方が無い事なのだろう。
 既に、闇の書事件中は傷心の恭也を心配して寄り添っていたという前例もあるのだ。事件が解決してからは1人で遊びに出かける事も増えている。子犬形態だったり人型形態だったりと、その時々によって違うし、遊びに行く先も変わるようだが、それ自体は喜ぶべきことだろう。
 ただ、気になるのは、そうやって出かけるのは相手が人・動物を問わず誰かしらと遊ぶ為なのだが、恭也だけが家に居る時に外出する場合に限っては大抵が誰とも会う事もなく散歩しているだけの様なのだ。

425小閑者:2018/05/03(木) 12:24:21
 その事実に気付いたフェイトは、アルフが恭也を嫌っているのかと心配した事もあったが、彼女の様子を思い出してすぐにその考えは否定した。
 使い魔としてのリンクに頼るまでもなく、感情がストレートに表に現れる彼女の態度には恭也に心を開いている事を疑う余地など無かったからだ。子犬が飼い主に懐いている様にも、仲の良い兄妹の様にも見えるが、何れにせよマイナス方向の印象を持っている事はないだろう。
 尤も、アルフも何時までも子供の様に単純明快な思考回路ではなくなってきているようで、極稀にフェイトですらハッとするほど酷く大人びた眼差しで恭也を見つめている事もあった。もしかしたら、アルフ自身も無自覚に、フェイトにも測りきれない想いがその豊かな胸に生まれているのかもしれない。
 フェイトとしてもアルフのプライバシーは尊重したいのでその辺りの想いを言及するつもりは無かったが、恭也を残して外出する理由だけは聞いてみた。返ってきたのは『その方がフェイトもゆっくり出来るだろ?』という今一つ要領を得ない答え。それに、その回答からするとフェイトが帰宅するタイミングで顔を会わせない様に外出している事になる。
 アルフが居るのを邪魔に思った事など無いと強く反論したが、『分かってるって。それにそういう意味じゃないんだ。フェイトにもそのうち分かるようになるよ』としたり顔で微笑まれてしまった。
 普段、アルフの事を体の大きな妹の様に思っていたのに、その時ばかりは頼れる年上のお姉さんに見えたのが強く印象に残っていた。
 そんな事を思い返してフェイトが僅かの間ぼうっとしていると、リビングのソファーで本を読んでいた恭也が顔を上げた。フェイトの帰宅に気付いていなかったはずはないので、恐らくは入室しても何をすることもなくぼんやりと恭也を眺めながら佇んでいる事に疑問を抱いたのだろう。

「おかえり。
 そんなところでどうした?」
「ただいま、なんでもないよ。
 今日は何を読んでるの?」
「以前と同じだ」
「何処かの、ええっと…お侍さんだっけ?」
「武将の事を言いたいんだろうが、それとは別だな。ミッドの子供向けの物語の方だ」
「あれ?それは読み終わったって言ってなかった?」
「まだ、『文字に慣れる』段階だからな。新しい文章を読むよりも内容を理解している文章を繰り返し読んだ方が良いと思ってな」
「そっか。
 何か手伝える事があったら言ってね?」
「ああ。新しい本を読む時にはまた宜しく頼む」
「うん」

 初めて見るとかなり意外な印象を受ける者が多いが、恭也は結構な読書家だった。美由希のように寝食を忘れるほどの活字中毒ではないが、他に用事が無く鍛錬を始められるほど纏まった時間ではない時には恭也は本を手に取る事が多かった。
 これは先程の“休日の鍛錬方法”に通じるのだが、肉体の鍛錬が『疲労した筋力や骨が回復する時に、その運動に対応するために以前よりも頑強な肉体に作り変える』という生物としてのシステムを利用したものである以上、必ず休息が必要になる。そして、当然のことながら休息中は身体を動かせないのだから他の事をするしかない訳で、その時間をぼうっとして過ごすよりは知識を詰め込んだ方が有意義なのは議論の余地すら無いだろう。
 但し、理屈が通っていようと正論であろうとその通り行動出来るなら苦労は無い。感情の無いロボットでもあるまいし、一般的な人間であれば疲れている時には面倒臭くて本など読めたものではないし、感情を別にしても肉体の疲労を回復するために栄養も酸素もそれらを運ぶ血液も脳には向かい難い状態、つまりは睡魔に襲われている状態なので勉強するには最悪のコンディションだろう。

426小閑者:2018/05/03(木) 12:27:37
 それでも恭也は本を読む。それは、フィアッセの事件以降に士郎と静馬が恭也に課した、気配探査や気配のコントロールと同じく、鍛錬漬けになって身体を壊しかねなかった恭也に休息を取らせるための方便だった。勿論、恭也も今では休息の意味も重要性も理解しているのでちゃんと自主的に取っている訳だが、だからと言ってその時間を無為に過ごす必要も無いためそのまま続けている習慣なのだ。
 そういった経緯を知らないフェイトやクロノは、単純に恭也の勤勉さに感心していた。恭也としては誇れるものだとは思っていないだろうが、半端に否定すれば謙遜しているようにしか見えず、詳細に話して聞かせれば心配させると分かっている様で、黙して語らずで通していた。

「えっと、隣に座っても、良い?」
「ん?ああ、構わないが…、また座ってるだけなら自分の部屋の方が寛げるんじゃないのか?
 テレビを見たいなら俺が部屋に戻るが?」

 恭也の提案にフェイトがおもわず笑顔を引き攣らせる。それが意地悪でもからかいでも嫌っているからでもなく、純粋にフェイトへの気遣いから出た言葉だと分かっているから尚更だ。
 過去に三度、今日と同じ様に2人きりになった事があったのだが、話がしたくて対面や隣に座ったはずのフェイトは結局一度としてまともに会話が出来た事がなかったのだ。それどころか、フェイト自身は本を読むでもなくテレビを見るわけでもなく、客観的に見れば心ここに在らずという様子で恭也を眺め続けていた事になるのだ。恭也でなくとも不審を抱くだろう。いや、見ていたのが恭也でなければ特別に自意識過剰な者でなくとも別の意味に捉えていたかもしれない。
 幸いと言えるのか、見つめる視線を形容する言葉が『熱っぽく』とか『求めるような』とかダイレクトに『官能的な』といったものであれば流石の恭也も別の反応(対象が自分と思うかどうかは別)を返していただろうから、はしたない印象を持たれてはいないであろう事がせめてもの救いと言えるだろうか。
 とは言え、今の評価は『様子のおかしい子』なので、フェイト的には全然宜しくない状態だ。まかり間違って、このまま放置して『頭が可哀想な子』にでもグレードアップしては目も当てられない。

「大丈夫だよ、私も本を読もうと思ってたから」
「そうか。まあ、俺は構わないから好きにするといい」

 それだけ答えると、恭也は再び視線を本に落とした。
 本を読むにしても自室の方が集中し易いので、そう勧めてきそうなものだが、それは恭也自身にも言える事であり、そうしない以上は理由がある。
 人恋しくて、などと言う理由は不破恭也には在り得ない。本心はどうあれ恥ずかしがり屋の彼がそんな行動を取れるなら、これほど苦労を背負い込む事も、これほど強く在る事も、これほどアンバランスな精神が出来上がる事もなかっただろう。
 では何故か、といえばハラオウン家のルールだからだ。
 ルールとは言っても特に厳格な取り決めがされている訳ではないし文書化されている訳でもない。そもそも、誰かが思い付いてみんなの賛同が得られれば加えられるような気軽なもので、コンセプトも至ってシンプルに『みんなが気持ち良く過ごせる事』の一点のみ。
 そして、恭也がリビングで読書しているのはいくつかあるそのルールの内の1つ、『不都合が無い限りリビングに居ましょう』に従っているからだ。
 これは家に居る時くらいしか家族として顔を会わせる機会が無いのだから自室に引き篭もっているのは良くない、と言う理由から生まれたルールだ。つまり、リビングに居る以上、読書にせよ事務処理にせよそれらは優先度が低いため会話や手伝いで中断させても問題は無い、という意思表示でもあるのだ。
 このルールは元々このマンションに住む前からの、つまりフェイト達がハラオウン家に入る前からあったものなのだそうだ。わざわざこんなルールが出来る辺り、クロノがどんな子供だったか想像が出来てしまうというものだ。勿論、無ければ無かったで恭也が住むようになってから追加されたであろう事も想像に難くないのだが。
 何れにせよ、この家庭内ルールのお陰で恭也の隣に座る口実に事欠かないのだ。恩恵にあやかる身としては、必要とさせたクロノにも施行したリンディにも感謝の念が絶えない。

427小閑者:2018/05/03(木) 12:30:41
 時間を無駄にしないためにも急ぎ足で部屋に向かったフェイトは、この時のために学校の図書館で借りておいた日本の風景を収めた写真集を携えてリビングに戻った。そして、恭也の座る3人掛けのソファーに並んで座る。その際、決して足や腕が触れ合わないように、意識して少し距離を空ける事を忘れない。
 以前に手を握ったり凍えた身体を温めるために身を寄せた時にとても幸せな気持ちになれたので、2回目の2人きりの時に不自然に思われない程度にぎりぎり触れる距離に座ってみたのだ。その結果、身動ぎする度に服越しであるにも拘らず恭也の体温を強く感じて心臓が破裂するかと思うほど速く強く脈打ち、会話どころか呼吸もままならなかったのだ。二の徹を踏む訳にはいかない。
 勿論、恭也に触れられなくなったら寂しいから原因を追究したいところなのだが現在は保留している。

 だって、思い返すだけで凄くドキドキするのに、もう一度同じ事をして今度こそホントに破裂しちゃったら困るもん。

 へんなところで怖がりな子である。
 早朝練習などで殴る蹴る投げる極めるされた時には平気という事実に思い至っていれば真っ当な結論に至れそうなものだが、今時の小学生なら持っていそうな知識を得られない環境で育ったフェイトには少々難易度が高いのだろう。

 実はアリサがマンガを貸しているのはこの辺りに理由があるのだ。
 美少女にとって何かと物騒な世の中にあってフェイトのその無防備さはあまりにも危なっかしく思える。昨今の危険は暴力などと言う分かり易い形を持たない物が多いのだ。
 如何に魔法と言う特技(?)を持つフェイトであろうとも、言葉巧みに甘い恋を演出されたらコロッと騙されて奈落の底まで転げ落ちてしまう可能性がある。少なくとも、アリサの目にはそんなアンバランスさが見え隠れしているように思うのだ。
 だから、分かり易い内容のマンガをチョイスして教材として貸し与えて、まずは恋のイロハから順に、アリサ一推しの男女数人の縺れに縺れたドロドロの愛憎劇を描いた名作までみっちりと教え込んであげなければ。
 すずかには序盤の縺れ始めたところで敬遠されてしまったが、そこから先にこそ本当の面白さがあるのだ。徐々に熱を帯びていく本格的な駆け引きと互いの思惑が絡む事で変化していく心の機微、偶然すら利用する機転と計算されつくした布石を打ち破る純粋な想い。確かに万人向けとは言い難いが、間違いなく10年に一度のこの不朽の名作を早く誰かと熱く語り合いたい!…コホン。
 念のために釈明しておくが、アリサは自分自身で愛憎激を体験したいとは欠片ほども思っていない。ああいうのは傍で見ているからこそ面白がっていられるのであって、少なくとも今集まっているこの5人を男を取り合うために憎んだりするなど絶対にしたくないし、この子達にもして欲しくはない。その辺りも恭也がこのグループに加わった懸念材料だった。
 上手く折り合いを付けてくれると良いのだが、本人達の気性や性格は兎も角としても感情が絡むとどう転がるか推し量れないので、アリサとしては祈るばかりである。

 閑話休題
 腰を落ち着けたフェイトは早速本を開いた。
 繰り返しになるが、フェイトの目的は恭也との会話だ。だから、この写真集自体は恭也に不信感を抱かせずにリビングにいるためのカモフラージュ(なにせ、前回までフェイトは2時間近く何もせずに固まっていた)なのだが、会話のネタとしての役割もあった。日本の各地を廻った事がある恭也になら、その土地、或いは似たような景色の話を振る事が出来るだろう。
 今まで、会話をするのにわざわざ話題を用意しておく必要性など感じた事はなかったのだが、意識する必要もなく成せていた事が出来なくなっているのだから、『今まで』なんて適用出来ない前例に縋っているべきではない、という非常に真っ当な理論展開の末に辿り着いた結論だ。

428小閑者:2018/05/03(木) 12:32:35
 座る距離然り、写真集然り、失敗を踏まえてしっかりと前進していると自覚した事で、フェイトの中に小さな自信が生まれた。

 そうだ。
 確かに前回までは上手くいかなかった。
 でも、立ち止まっていた訳じゃない。
 諦めずに頑張ってきたからこそ、今の私があるんだ!

 その成果を噛み締めるように小さく拳を握ったところで、フェイトは結い上げてある髪の一房が引かれる感触に気が付いた。
 日が沈んで急に気温が下がってきたため、いつの間にか自動的にエアコンが作動していたようだ。
 送風自体は特に強くなかったが、髪が靡いた先には読書中の恭也が居るので邪魔してないかな、と視線だけで確かめると、恭也は気にした様子もなく左手で固定した本を読み耽っていた。
 ホッとしつつ手元の本に意識を戻そうとしたフェイトの視界に動くものがあった。読書に集中している恭也の右手が、靡いてきたフェイトの滑らかな髪を指に絡めては軽く引いてサラサラと解いていたのだ。フェイト自身が誤解していた事で分かるように、最高級の絹糸の様に何の抵抗も無く解ける感触がよほど気に入ったのだろう、恭也はその動作を飽きる事無く繰り返していた。



 ああ。さっきのは、かぜになびいたかんしょくじゃ、なかったんだ。







* * * * * * * * * *




「…結局、そのまま恭也の手の動きをずっと眺めてたら母さんが帰ってきちゃって、その日もお話は出来なかったんだ。
 どうしてお話しなかったのかは自分でも良く分からないんだけど、ちゃんと見てたから恭也の手の動きは覚えてるよ?」
「目的忘れて他事してるんなら変わんないわよ」

 だから頭が真っ白になってた訳じゃないんだよ?と言いたいらしく、可愛らしく小さく首を傾けて見せたフェイトを、アリサが間髪入れずに切り捨てた。呆れかえってジト目で睨みつけてくるアリサに怯えたフェイトが助けを求めて視線を彷徨わせるが、返ってくるのは苦笑のみ。
 とは言え、フェイトに自覚が無かったとは言っても、何か非が有ったという訳でもないので、一応は全員で知恵を出し合った結果、『慣れなさい』という簡潔なアドバイスが送られた。

 尤も、アリサ達から何を言われるまでも無く、フェイトは日曜日以降、入浴時間を二割り増しにするという対価を(無自覚に)払い、それまで以上に丁寧にヘアートリートメントを行うようになっていた。根が素直な彼女は経験やアドバイスを元に試行錯誤を繰り返しているのだ。
 情報量の差で遅れをとっているのは事実だが、今、心身ともに猛烈な追い上げを始めたフェイトに少女達がお姉さん風を吹かしていられる時間は決して長くは無いのだった。





続く

429小閑者:2018/05/20(日) 13:40:57
11.進路




 5月
 特に進級試験など無い私立聖祥大附属小学校に通う恭也たちは恙無く4年生に進級し、6人全員が同じクラスに振り分けられた幸運を喜び合ってから一月以上が過ぎた。
 有り得ないと言うほどではない事ながら、あまりにも出来過ぎた偶然に、聖祥への最大の寄付金出資者であるバニングス家の一人娘が『パパ…まさかね…』と呟いていたとかいなかったとか。

 一方、小さなお友達からも大きなお友達からも憧れを抱かれる魔法少女としての顔を持つなのは、フェイト、はやての3人は、仮配属期間が終了して晴れて正式に時空管理局に入局を果たした。(勿論、聖祥組ではない守護騎士の4人もはやてと共に入局している)

 そんな彼女達が今、ここ本局にいるのは入局に必要な諸手続きのためなのだが、支給されたばかりの制服に袖を通して浮かれていても不思議がないはずの3人の顔には不満が露わになっていた。
 別に、お披露目を兼ねて着替えたのに意中の相手が不在、と言う訳ではない。何しろ、休憩を兼ねて覗きにきたクロノとエイミィが加わった事で6人になったメンツにはしっかりと恭也が含まれているのだ。

 食堂の片隅にある円卓の席に着いた状態で手元にあるジュースにも手を着けずにムッツリと押し黙っている少女達を見て、エイミィが苦笑を浮かべる。
 3人とも整った愛らしい顔立ちだけに、こうして不満を、あるいは寂寥を浮かべられると直接的に関わっていない自分でさえ居たたまれない心地になる。
 一般的な感性を持った大多数の人間であれば同じ感想を持つだろうという自信がエイミィにはあったが、少女達にそうさせている張本人は平然としていた。感性が特殊なのか少数派に属しているのかどちらなのだろう?いや、まぁ、どちらでも大差は無いんだけれど。
 エイミィとクロノにとって気まずい沈黙を破ったのは、無闇に膨れていても埒があかないと考えるだけの冷静さを最初に取り戻したはやてだった。

「何で恭也さんだけ嘱託のままなん?
 折角、一緒に仕事出来るようになる、思うてたのに…」

 そう、入局したのは3人なのである。そして、その事実を少女達はつい先ほどまで知らされていなかった。
 だから、彼女達は本局に来た時には、真新しい制服を纏うと憧れの局員になれた実感が湧いて制服姿を互いに褒め合う位には浮かれていた。更に、褒め言葉など期待出来ないと思いつつも恭也の反応をチラチラと伺っていた少女達のためにエイミィがつついた形ではあるが、恭也が一言二言感想を述べた事で彼女らのテンションは最高潮に達した。
 そして、その高揚は恭也1人だけが着替えを済ませていない事に疑問を抱いた事で失墜した。
 恭也が着ているべき制服を知らない事にもこの時に漸く気付き、改めて着替えない理由と配属先を尋ねたのだ。そして、何の躊躇いも見せる様子も無い恭也の返答を聞いた結果、現在に至る。

 はやての台詞に呼応するようになのはとフェイトもじっとりとした眼差しを恭也に向ける。
 対するいつも通りの鉄面皮はやっぱりいつも通りでありながら、内面を伺わせないからこそ見ているクロノ達の心情を映す様に後ろめたそうに見えなくもなかった。…勿論、気のせいなのだろうが。
 それでも、何かしら釈明の必要性は感じたのか、溜め息のように鼻を鳴らした後、恭也が口を開いた。

「そうそう特別扱いを受ける訳にはいかないだろうが」
「どう言う事?
 魔導師やなくても局員になるんは別に特別な事やあらへんやろ?」
「武装局員でなければな。
 それでも本来、正規の手順を踏んで、士官を目指すなら士官学校、武装局員であれば訓練校を卒業するのが筋だ」
「それは知ってるよ。
 でも、リンディ母さんが、私達くらいの魔法技能があれば訓練校のカリキュラムはあまり得るものがないから3ヶ月の短期研修にした方が良いって勧めてくれたから…」
「わかっている。
 お前達自身の為にも管理局側の人材の面でもその通りだろう。更に言うなら、そのための制度として短期研修があるんだからお前達なら何の問題もない」
「じゃあ、恭也君だって問題ないじゃない」

 何の問題があるのかと困惑を示すなのはに、何故分からんのだと言いたげに短く溜め息を入れた恭也が言葉を返す。

430小閑者:2018/05/20(日) 13:47:20
「あるだろうが。
 特例措置の適用基準は魔導師ランクに依る。当然、魔導師としての評価が底辺の俺では受けられない」
「そんなんおかしいやろ!?
 恭也さんは私よりよっぽど強いやん!」

 間髪入れずに反論したのははやてだった。
 実状を無視した制度など弊害でしかない。はやての言葉は一面としては確かに正しい。
 だが、管理局の制度が致命的な欠陥を抱えていれば、とうの昔に烏合の衆に成り果てていただろう。

「魔法文明の中で発足した管理局が制定した制度である以上、魔法技能が重要視されるのは当然だ。
 魔法自体が個人で行使できる力としては過剰なほどに桁外れに高いからな。
 魔導師ランクの昇格試験の内容も、単純な魔法の行使技術だけでなく状況判断や他者との連携も評価対象になっているという事だから、余程の例外を除けば、魔導師としてのランク評価は九分九厘が本人の戦闘能力のそれと直結している。
 つまり、魔導師ランクを判断基準の要として据える事に、おかしい事など何もない」

 管理局において、魔導師ランクという『物差し』は、疑問を差し挟む必要が無いほど信頼性の高いものだ。少なくとも武力を必要とする武装隊の判断基準としては非常に優秀だった。
 また、極一部の例外の為に一から基準を作り直すなどという無駄な手間を掛ける余力など今の管理局には無い。
 そして、存在しないはずの並行世界からの異邦人がいるように、仮にどれほど優秀な新制度を制定しようと例外は必ず出てくる。
 逆に言えば、現れた例外に対してどのように対応するかが重要になってくるということだ。恭也を論破するにはその点を突くしかない。

「でも、あくまでもそれは魔導師ランクが戦う力と合ってる場合でしょ?大多数の人がそうだから制度として組み込まれてるのは仕方がないけど、例外を認める余地はあるんじゃないの?
 人材不足が深刻な問題になってるってクロノもよく言ってるんだから、恭也が優秀だって示してもダメなの?」

 恭也との問答では煙に巻かれると思ったのか、フェイトが話の後半をクロノに振ってきた。
 クロノとしても、隠す必要のない情報なので躊躇いなく同意した。

「ああ。
 闇の書事件での功績もあるから、恭也の技能なら即日採用にこぎ着く事も出来るだろう」

 期待通りのクロノの回答に少女達の表情が明るくなる。その様子に逆に顔を曇らせたのは、意外な事に恭也ではなくエイミィだった。
 非難するようにエイミィがクロノを睨む。それを受けたクロノが僅かに頬を引き吊らせながら恭也へと視線を移すが、受け止めては貰えなかった。地味な嫌がらせである。
 彼女達を納得させるだけの理由があるのだからさっさと説明しろと言いたかったが、半端な答えを返して期待を持たせた手前、強く言うことも出来ない。期待に満ち溢れた彼女達を悲しませるのは誰だって嫌だろうから、元凶である自分が逃げ出す訳にもいかない、と思ってしまう辺りがクロノの馬鹿正直さである。
 顔を輝かせる少女達に、ややバツが悪そうに頭を掻きながらクロノが再び口を開いた。

「あー、期待しているところ申し訳ないんだが、恭也が入局しない本当の理由は別にあるんだ」
「え?」
「最初から本題を切り出していれば、余計な手間も省けただろうに…
 端的に言ってしまえば、剣術の修行を優先したいからと言うのが主な理由だそうだ」
「え…」

 クロノの言葉になのはが呆然と呟いた。
 それほど意外な理由だっただろうか、とクロノが見つめ返すと我に返ったなのはが慌てた様に言葉を探して問い返した。

「えっと、その、それは海鳴でないとダメなの?訓練施設ならミッドや、それこそ訓練校にもあると思うんだけど…」

 なのはは何かを探るようにちらちらと恭也の様子を窺いながら話すが、恭也には思い当たる節がないのか小さく首を傾げた。

「いや、駄目という事はないと思うんだが…」
「あー、もういい。自分で説明する」

 クロノの歯切れの悪い説明に埒があかない、という態度で、恭也が割って入った。

431小閑者:2018/05/20(日) 13:53:01
 不安げななのはを気遣って割り込んだのは明白なのに、クロノの要領が悪いから、というポーズを崩すつもりがないらしく、役立たずめ、と言いたげな冷ややかな視線がクロノに突き刺さる。相変わらず理不尽な男である。

「第一に、出来るだけ剣術を衆目に晒したくない。
 入局すればこれで戦うんだから隠しきれる訳ではないが、特別枠で入れば無用に注目を集める事になる。
 第二に、今の俺に必要な鍛錬は身体性能を向上させる内容だ。実戦経験は魅力的ではあるが、武装隊に入ってからではそちらの規則に縛られて思うような鍛錬内容がこなせない可能性が高い。勿論、正規の手順である訓練校でも同じだ」
「…えっと、剣術そのものじゃなくて身体性能?
 それって、要するにもっと運動出来るようになりたいって事だよね?恭也君は今のままでも十分なんじゃぁ…?」
「たわけ、一般論でくくるな。
 少なくとも、シグナムやリインフォースを相手にした時に出せたあの高速行動を身体強化魔法無しで、ついでに出したい時に出せるくらいの身体性能を身に付けたい。通常の剣術だけではこの先すぐにやっていけなくなるだろうからな」
「高速行動って、あの見えんくなるほど速いやつ!?
 ええ!?
 あれって生身で出来るもんなん!?」

 少なくとも、闇の書事件中にしか見せたことのない神速は身体強化魔法を発動していない時にはまともに動けていないので、はやてが驚くのも無理はないだろう。…いや、生身で出来ると言われれば普通に驚くか。

「恐らくな。
 ハラオウンに見せてもスクライアに見せても、不破に登録されている『身体強化』に筋力増強や加速の術式は含まれていないとの事だ。
 実を言うと、実家の道場で皆伝を受けた人同士の試合を見学していると、希に姿を見失った事があったんだ。
 単に俺の未熟さからくるものかと思っていたんだが、これがそうだったんだろう。
 肉体的なものか精神的なものかは分からんが、条件が揃えられれば俺にも好きな時に使えるようになるかもしれん。
 実際、先の事件の魔法を使えない時分の記録に、乱入してきた不審者を殴り飛ばすために無自覚に高速行動を使っていた場面が残っていたしな」
「なのはを助けた時のやつか…、無自覚?」
「ああ」
「その割には、シグナム戦やリインフォース戦は随分と都合の良いタイミングで加速できていないか?」
「疑い深いと嫌われるぞハラオウン。
 もとい。
 疑い深くなくても嫌われているぞハラオウン」
「無条件で!?しかも進行形!?」
「流石に、自律神経で加速している訳ではないだろうから、普通に考えれば精神力なり集中力なりを高める事は発動条件として必要だろう」

 いつも通りクロノを放置したまま軌道を修正した恭也。
 慣れてきたのかクロノも無言だ。黄昏ているだけかもしれないが。

「必須条件が複数あるのか、集中力の度合いの問題なのか。普段と身体強化中にどういった違いがあるのか分かれば条件が絞れそうだが…、運動量に耐えられる身体が出来上がっていないから無意識に抑制している可能性もあるな」

 それらしい思案気な口調で呟く恭也を前にして、5人は堂々と顔を見合わせる。
 隠す理由など無さそうなものだからあの高速行動は本当に偶然の産物なのかもしれないが、理由など無くとも隠しかねない、と思わせる男でもある。
 そして、恭也は夢の世界で士郎相手に使っていた事でも分かる通り、魔法無しでも任意に神速を発動出来るので彼らの抱いた疑惑は非常に正当なものなのだが、夢中の出来事を知る術のない彼らにはそれを証明する術が無い。
 あくまでも偶発的だと言い通す恭也の面の皮が揺らぐ事が無いのも、それを承知しているからだろう。もっともらしい口調のまま、恭也が話の軌道を修正した。

「言うまでもなく、あれは任意で使えるようになればかなり有用な技能だからな、何とかして身に付けたい」
「いやー、いくらなんでも生身では無理なんとちゃうの?」

 苦笑混じりにはやてが疑問を口にする。『儚い』と知りつつも人は自分の価値観や常識を守るために抵抗するものなのだ。

「御神流は日本で生まれた剣術流派だぞ。
 地球の常識では魔法なんて技術は存在しないという事をもう忘れたのか」
「おお、そう言えば。
 恭也さんの動きはそれ自体が魔法じみとるからすっかり忘れとった」

 はやてのわざとらしい感想に一同の顔に苦笑いが浮かぶ。今更言う必要が無いほど定番のネタだ。

432小閑者:2018/05/20(日) 13:55:31
 話題が盛大に逸れている事に気付いたフェイトが、苦笑を収めると修正を兼ねてもう一度恭也に訪ねなおした。

「そのトレーニングは、陸士訓練校の訓練内容じゃダメなの?近代ベルカ式の人達が基礎体力をつけるためのトレーニングは結構ハードだってクロノに聞いたけど」
「カリキュラムは見たが、あれは後衛に陣取るミッド式の連中が攻撃なり補助なりの魔法を使うまでの時間を稼ぐ『壁』を育てるためのものだ。言ってしまえば防御魔法を張り続けるタフさを鍛えるのが目的だ。
 俺ではコンマ1秒と耐えられん。
 結局のところ、俺に必要な鍛錬内容は、俺以外には不要な、俺の戦闘スタイル専用の内容になるだろうから、管理局の既存のトレーニングでは役に立たんよ。
 まぁ、管理局に限ったことではないだろうがな」

 今更言うまでもない事だが、恭也の戦闘方法は剣術が主体だ。魔法も使用するが、それはあくまでも補助でしかない。
 そして、魔導師を育成する学校の訓練メニューは当然、魔法を活用するために有用な内容だ。魔導師とは言え身体が資本である事に代わりはないので肉体を鍛えるための基礎訓練を疎かにしてはいないが、どうしたところで魔法に関連する内容にウェイトが置かれる事になる。
 尤も、それ以前の問題として、現時点で一般的な武装局員と恭也では身体能力に差があり過ぎるというのに、更なる能力向上を目指すなら彼らと同じメニューになどなりようがないのである。

「少なくとも身体が出来上がるまでは自分で組んだ鍛錬メニューで鍛えていく事になるから、当分の間は入局出来ないだろうな」

 朝から晩まで訓練校のメニューをこなした上で独自の鍛錬を行うのは、肉体的・体力的には兎も角、時間的に無理がある。
 ましてや、訓練校を卒業すればそのまま入局することになり、拘束時間も責任の重さも増加することこそあれ減少することはないだろう。
 ならば、恭也の目指す肉体改造にどれほどの期間を要するのかは分からないが、確かにそれを実行するのは訓練校に入校する前にするべきなのだろう。

「そっかぁ…」

 無念さが滲み出た声ではあったが同意を示したフェイトがなのはとはやてに目配せした。
 応じたなのはは説明が始まった時に見せた逡巡を残しながらも即座に、はやては僅かの間、眉間に皺を寄せた後、諦めたように頷いて返した。
 恭也がどれほどストイックに剣術の訓練に打ち込んでいるか知っていれば当然だろう。
 但し、納得して頷いたフェイトと何かを気にしながらも説明に対して疑問を抱いていないなのはに対して、はやてだけは事情が違っていた。恭也の説明の不自然さに気付いたからだ。

 元々、恭也は聖祥に通う事無く、管理局に入局する事を希望していたのだ。肉体改造を目指すのであれば練習メニューはその日その時思いついた内容、などと言う事は有り得ない。必ず長期的な計画になる。
 ならば、訓練校の日程との、更に言えば武装隊の勤務時間・勤務内容との両立に考えが至らなかった、と言う事はないはずだ。そして、他の誰にも真似出来なかったとしても、不破恭也にはその過酷であろう鍛錬メニューがこなせる目処が立っていたはずなのだ。

 また、なのはの兄姉である高町恭也と美由希は中学・高校と通学しながら御神流を学んできたと聞く。彼らの力量は恭也と同等程度、らしい。少なくとも、3人揃ってはやてでは優劣が付けられない次元にいる。
 その兄姉が、文武両道、と言えるほど勉学に勤しんでいたかどうかまでは知らないが、恭也だって小学校に通う以上は、いくら授業を熱心に聞いていなくともそれなりの時間は拘束される。陸士訓練校よりは拘束時間は短いかもしれないが、学校にいる間はほとんど体を動かせない小学校と、必要な自主鍛錬には及ばないながらも戦闘訓練を行える訓練校であれば明確な優劣はつかないのではないだろうか。
 恐らくは、高町兄姉よりも過密な鍛錬を行うため、と言う理由も、聖祥に通っていては成立しないだろう。
 つまり、先程恭也が語ったそれらしい理由は本心を隠すためのブラフである可能性が高いのだ。

 そういった不自然さに気付いていながらはやてが同意したのは、結局のところ恭也への信頼だ。
 恭也が今の時点で入局しない理由はなんなのか?
 そして、その理由を話さないのは、自分達に聞かせるべきではないからなのか?あるいは、単に恭也が隠したいだけなのか?
 気にならない訳ではないが、必要な事であれば恭也はきっと話してくれるだろう、と。
 尤も、はやて自身も意識していなかったが、この結論にはもう一つ心理的な要因が含まれていた。
 そもそも、恭也が穏やかに暮らせる世界にするために世界を平和にする、という目的で入局したはやて達に対して、恭也が管理局に入る積極的な理由は無いはずなのだ。

433小閑者:2018/05/20(日) 13:59:04
 その理由について、本人に訊いても適当な事を言って本心は教えてくれないだろう。だが、確認が取れないからこそ自分達を助けようとしてくれているんだろうと自惚れる事にしたはやては、今回に限らず恭也が何かを隠そうとしているのに気付いても、無意識に遠慮して適当なところで追求を控えてしまうのだ。
 因みに、事前に同じ内容の説明を受けていたクロノもはやてと同じ思考を辿り、恭也の提示した理由に疑問を抱いた。はやてとの違いはその疑問点をしっかり恭也に問い質した点だ。
 単純な戦闘能力以外にも、隠密行動や偵察・潜入・尾行といった戦闘以外に活用出来そうなスキルを持つ恭也は得難い人材だったし、何より立場上あやふやにする訳にはいかなかったのだ。
 ただし、クロノ自身もあまり答えを期待してはいなかった。それが必要な事であれば勿論の事、単なる気まぐれであろうと話すつもりの無い事は絶対に話してくれないだろうと思っていたからだ。
 そして、その予想通り、本当の理由は聞き出せなかった。聖祥に通いながらの鍛錬は出来ても、訓練校に通いながらの鍛錬は出来ない、という恭也の主張を覆せなかったからだ。実行者が恭也本人だけなので、本人が無理と言えば周囲の者がどう言ったところで覆す事が出来ないのだ。

 尤も、はやてとクロノがリンディと同じ様に、恭也が聖祥へ通う経緯を知っていれば某かの推測は立てられたかもしれない。

 そもそも恭也が聖祥に通う事になったのは、なのはの父・士郎から勧められたからだ。だが、恭也自身もその必要性を感じていなければ素直に従う事はなかっただろう。そして、実際に通うようになって、やはり必要な事だと結論づけた。
 だからこそ、はやて達と入局時期をずらしてでも学校に通う事を優先したのではないだろうか。
 唯一、事情を知るリンディはそんな推測を立てていた。
 管理局員としては優秀な人材には少しでも早く入局して貰いたいという思いがあるが、子を持つ母としては自分で選んだ道を進んでほしいとも思っている。
 クロノには入局の際に何度も意志を確認したが、彼は迷う事無く最短コースを選んでしまった。リンディ自身も似たようなコースを選んだ過去があるため偉そうな事は言えないのだが、親のエゴだと分かってはいても、もっと別の道も視野に入れて考えて欲しかったと言うのが偽らざる本音である。
 そういう意味では、恭也は寄り道する事を選び、フェイト達は二足の草鞋ではあるもののみんなと学校に通っているのだから、リンディとしては安心すると同時に応援もしているのだ。
 フェイト達に短期研修を勧めたのも、実は少しでも少女達の負担を減らす為、という狙いの方が大きかった。

 それぞれがそれぞれの理由で納得しようとしたところで、先程から何度か逡巡していたなのはが意を決したように恭也を見つめた。

「…あの、恭也君」
「どうした?」

 なのはの様子に鍛錬の話題が始まった時に見せた動揺と関連すると察したであろう恭也も、声色に怪訝な響きを含ませて続きを促す。
 自分から声を掛け、更に恭也に促されても尚なのはは言うべきかどうか悩んだ末に、恐る恐るといった様子で以前から抱いていた疑問を口にした。

「…あの、お兄ちゃん達とは練習しないの?」

 聞いた全員がなのはの逡巡に納得した。
 『人から習う』という方法は剣術に限らず技術を習得しようと考えれば誰もが思いつく事だろう。高町恭也は不破恭也をして、『剣腕は自分よりも上』と言わしめた男なのだ。
 また、数年前の護衛中に負った『日常生活を送れるようになっただけでも奇跡的』と言われたほどの負傷によって、高町士郎は御神流剣士を引退した。だが、皆伝を与えられた剣士としての経験と、師範として後輩を導いた実績が無くなった訳ではない。
 それでも、その考えを無意識の内に避けていたのは、恭也と相手が特殊な関係だからだろう。
 気付いていたなのはも、今日に限らずこれまでに何度か確認しようと思いながら同じ理由で切り出せずにいたのだ。
 予想外の問い掛けだったためか、恭也の表情が僅かに強ばるのを察したなのはが慌てて言葉を足した。

「あっ!嫌なら嫌で全然良いんだよ!?
 ただ、…剣の技はお兄ちゃんの方が上だって、この前言ってたし、上手くなることだけ考えるならやっぱり一緒に練習した方が良いんでしょ?」

 言葉を切ると、恭也の反応を窺う。だが、その頃には恭也も普段通りの雰囲気を取り戻し、静かになのはを見つめ返していた。

434小閑者:2018/05/20(日) 14:03:50
 湖面の様な静謐さを讃えた瞳が揺るぎない事を見て取ると、安堵と不安を抱いたなのはは知らず苦い笑みを浮かべながら再び口を開いた。

「あとね、お父さんが『御神流の技を全部修得してる訳じゃないだろうから知りたい事があったらいつでも来ると良い』って言ってたんだけど…」

 なのはは言うべき事を言い終えると、恭也の答えを待った。
 同席している面々も声もなく2人の遣り取りを見守る。
 誰がどう考えたとしても、御神の剣士として上達したいのなら師事を仰ぐべきなのだ。その単純な結論に辿り着くかどうかを黙って見守る理由は、彼が『不破恭也』だからにほかならない。

 世間からは不破恭也と同じ様に、無愛想・無表情と言われている高町恭也。
 だが、恭也は彼が穏やかに笑う事が出来る事を知っている。
 裏切られるリスクを承知の上で、妹の友人というだけで無条件で信用する強さを持っていると知っている。
 高町恭也と向き合えば、重ね合わせれば、そこからはみ出す自分の歪つさを嫌でも意識させられる。

 果てしなく遠い剣士としての、男としての父の背中。
 縮まることのないその距離に絶望しても諦める事が出来ずに追い続けた背中。
 自分を助けるために永遠に失われた背中。
 高町士郎と向き合うと言うことは亡き父と瓜二つだからこそ、同じではないからこそ、無くしたものを、その大きさを見せつけられる。

 そういった恭也の心情は、本人の性格と努力の甲斐もあってなのは達も事細かに理解している訳ではない。
 それでも、恭也が楽しい気持ちでいられないと察する事など造作もないことだ。
 そんななのはが敢えてそれに触れたのは、恭也が遠慮している可能性が高かったからだ。
 不破恭也の境遇は高町家の全員が知っている。どう言ったところで家族・親類を失って半年と経たない少年に気を使わない訳がない。家族を失う悲しみ、苦しみを知っているのだから尚更だろう。
 常人であれば鬱ぎ込んでもなんら不思議のない状況にありながら、良くも悪くもそう出来ないのが不破恭也なのだとなのは達はよく知っている。恭也の行動指針において、本人の感情の占める割合は限りなく小さいのだ。兄や父と顔を合わせたくないから、という感情を優先しているならある意味で喜ぶべきかもしれないとさえ思っている。
 固唾を飲んで見つめてくる一同に恭也は苦笑してみせると呆れたような口調で話し出した。

「信用されていないな…。日頃の行いは良い筈なんだが。
 先に言っておくが、その2人に迷惑を掛ける事について、微塵も遠慮するつもりはない。厄介事ができたら桃子さんや月村さんを悲しませない範囲で積極的に押しつけてやる予定だ」

 なかなかの鬼畜な発言になのはとフェイト、エイミィに引き吊った笑顔が浮かぶ。
 しかし、近い将来、管理局に勤める予定なので、本拠は兎も角、実質的な住居がミッドチルダになる恭也に生じる厄介事は海鳴に住む高町家の面々に押しつけようがない。そこまで承知した上でわざわざこういう言動を取っているのだと即座に気付いたはやてとクロノは呆れ顔だ。
 はやて達の内心にどこまで気付いているかは不明だが、恭也は淡々と説明を続けた。

「俺が1人で鍛錬するのは、単に一緒に鍛錬する事に利点が無いからだ」

 妙な事を言い出した恭也に、今度こそ全員の表情が疑問の色で統一された。
 恭也としてもそれだけでは通じないと承知しているようで一呼吸おいて言葉を足した。

「現状、一般的な魔導師との戦いは至極単純な図式になっている。
 近づければ俺の勝ち。
 近づけなければ俺の負け、までいかなくとも膠着する。
 これは近づく事が勝利条件と言っても良いほど近接戦闘技術に差があるということだ。
 つまり、目下のところ、俺に必要なのは空戦の技術、言ってしまえば距離を置いた敵に接近する技術と言うことになる。そして、御神流では壁や天井を足場にする程度の戦闘パターンは想定しているが、あくまでも『地上を駆ける敵』であって『飛翔する敵』までは想定していない」
「…なるほど」

 これには一堂、納得するしかなかった。
 少なくとも、はやてを除いたこの場にいる3人の魔導師と同等の、つまりはトップレベルの魔導師でなければ10m以内に接近された恭也に対抗する術はない。一度接近されれば距離を取り直す事も許されず、そのまま密着された上で瞬時に無力化されてしまうのだ。
 勿論、ハイランカーと言えどもそれぞれの得意分野で対抗するのであって、肉弾戦に付き合える者は多くない。そして、彼らでさえ、刀の届く距離まで近づかれれば『徹』を込められている事を想定した斬撃を浴びて詰みとなる。身近で例外となれるのは、打ち合えるシグナム、凌げるヴィータ、退避出来るフェイトだ。

435小閑者:2018/05/20(日) 14:10:32
 突出して秀でた能力を持たないオーソドックスタイプの魔導師の戦術は、バリアやシールドで敵の攻撃に耐えながら撃ち合う事を前提としている。別に一カ所に留まり続ける訳ではないし、回避行動も取るのだが、誘導弾は何かに着弾しない限り追い続けてくるし、直射型の連弾は躱しきれない範囲をカバーする弾数を備えている。完全に躱しきる事を前提にするのは現実的ではないのだ。
 これは、訓練レベルが低いという訳ではない。極一部のAAAランク以上の魔導師と比較することが間違っているだけだ。
 現代の魔導師戦を端的に表すなら、一対一の戦いにおいてバリアの強度を上回る攻撃力を持つ相手には勝てないと言うことになる。
 それが大抵の魔導師が持つ常識であり、魔導師ランクを覆すのが非常に困難な理由はここにある。
 攻撃力の高い者は防御力も相応に高いので、隙を突いて一発逆転という訳にはいかない。相手の攻撃は防げず、こちらの攻撃は通用しないという図式になるのだから、その結果が常識として定着するのも当然だ。
 そして、恭也はその常識を悉く覆す。

 紙切れ同然の防御力。
 射程こそ短いものの、防御を無効化する攻撃技能。
 躱せるはずのない攻撃を躱す回避能力と、短射程を補う移動技術とスタミナ。

 せめてもの救いは、あくまでも刀での攻撃なのでAランク相当の攻撃魔法よりも破壊力が低い事、と思われがちだがこれは誤認だ。
 刀の斬撃とは『壊す』のではなく『斬り裂く』ものだ。どれほど柔軟な物でも変形させず、どれほど脆弱な物でも欠損させる事無く、刃の触れた箇所を境にして分断する。それが日本刀による斬撃の理想の一つだ。岩を砕きはしないし、斬りつけた相手を吹き飛ばす事もないのは理念の違いなのだ。…勿論、魔法の使えない文明で発展した流派だからこその理念ではあるのだろうが。
 何より勘違いしてはいけないのは、防御を無効化した時点で人体を殺傷するのにそれほど大きな破壊力は必要ないという点だろう。
 シールド越しの『徹』による斬撃は、金属の刃ではない分、骨を断ち切る程の威力はないが、肉を斬り裂く事は出来る。外骨格ではない人体であれば、眼球や頸動脈など即死には至らなくとも極度の戦力低下や重傷を負わせる事は出来るのだ。

「しかし、それなら尚更、魔導師相手の模擬戦が必要になるんじゃないのか?」
「不要と言うつもりはない。単に行動パターンを見直したいんだ。
 折角、任意の空間に必要なタイミングで足場が作れるのに、『地面よりも高い位置に立てる』だけではもったいないからな」
「え?え〜と、それってどう言う…?」
「例えば、垂直に作った足場を蹴れば急激な方向転換にもなるし、上下逆さまになれば自由落下よりも速く下へ移動できる」

 恭也の作る足場は『任意の三次元空間に生成した平面力場』だが、魔法的な要素を上げると『材料が無いのに生成出来る事』と『空間に固定出来る事』の2点だけで、それらを除くとただの平たい円盤だ。『術者を円盤上に固定する』だとか『重力方向を制御して円盤に着地させる』だとかいった便利な機能は組み込まれていない。
 材質としては、形状が変形するほど強く踏み込むと術式が壊れて消滅してしまうので、金属よりはガラスに近いイメージだろう。当然、盾にして後ろに隠れるには不安でいっぱいの代物だ。
 『魔法で作りだした物質』と言うには、有り体に言ってショボイ代物ではあるが、だからこそ扱い初めて1日2日という期間で実戦に使用するなどという暴挙に出てもシグナムを驚かせる程度の結果は示す事が出来たのだ。

 日本の剣術は、基本的に平地で対峙している敵を想定して成り立っている。樹木の生い茂る地域などでは違ってくる可能性はあるが、そういった障害物の多い環境では振り回す事を前提にした刀のような武器を選択しないだろう。
 そういった意味でも、壁や樹木といった障害物を足場にした戦い方まで鍛錬に取り入れている御神流は特殊だ。
 そんな流派を修めた恭也だからこそ、ぶっつけ本番に近いような僅かな期間で三次元的な機動を行い刀を振るうなどという非常識な事が出来たのだろう。
 仮に、恭也の保有魔力と魔法適正に余裕があって『足場の生成』ではなく『飛翔』を選択していたとしたら、シグナム戦ではまともな戦いにはならなかったはずだ。あるいは、それは『人外レベルの運動能力を持つ恭也でさえ』と言うよりは『地を駆ける戦い方を極限まで突き詰めて鍛えた恭也だからこそ』と言うべきなのかもしれないが。
 ただし、そんな流派であり、それで鍛え上げた恭也であってもデバイス『不破』の機能を十全に活かせているとは言えない、と言うのが恭也の弁だ。どこまで使い倒したら納得するのやら。

436小閑者:2018/05/20(日) 14:15:08
「無理を通して不破を作ってくれたおやっさんの苦労に報いるためにも半端に済ませる訳にはいかん。
 勿論、剣術に関してもまだまだ未熟だからな。足場の使い方にある程度の目処がたったら手合わせを頼みに高町家に殴り込みに行くさ」
「殴り込みかい!
 でも、やっぱり皆伝を貰えるまで頑張るんやね」

 少しほっとしながらもはやてが予想通りと納得しようとしたが、珍しい事に恭也が視線を逸らし、口籠もるように呟いた。

「…どうかな」
『え?』

 らしくない恭也の様子に異口同音に疑問の声が零れた。
 躊躇う余地など無いだろうに、無いはずなのに、何故、言葉を濁すのか。
 恭也にとって、御神流は、剣術は、単なる戦闘手段では無いはずだ。二度と会えない父親との、親族達とのつながりで、ある種、神聖なものではないのか。
 何を言えばいいのか、問えばいいのか分からず言葉を詰まらせた少女達に代わり声を掛けたのはクロノだった。

「…剣術の訓練は続けるんだろう?
 なら、皆伝を取ることに躊躇する理由があるとは思えないが?」
「…明確な理由がある訳じゃない。いや、自分でも把握出来てない、の方が正しいか。
 敢えて言うなら、…そうだな、空戦は魔法で足場を生成しなくては成り立たない。だから、ここから先は御神流から派生した別の何かになる。それなのに御神流の皆伝を受けるのは違うんじゃないか、と。
 …そんな事を思っている気がする」
「純粋な御神流じゃなくなってしまう、と?」
「…どうだろう。
 元々、他流派の技術を取り入れる事に抵抗のない、いや、寧ろ積極的に取り入れようとして対外試合を繰り返すような流派だ。勿論、継ぎ接ぎだらけにした結果、弱体化しては無意味だから実際に取り入れられる要素なんてほとんどなかった筈なんだ。それでもそうしようとする姿勢を無くすことはなかった。
 だから、どこまでが御神流なのかという明確な線引きはなかった様に思う。
 多分それは、『守るために戦う』流派であり『戦えば勝つ』事を理としていたからだろう。剣技そのものではなく、結果に、勝利する事にこそ意味がある、と。
 ただ、銃器を手にする者はいなかった。
 でも、それは誇りと言うより自負だったんだと思う。銃器を握るよりも鍛え上げた剣術の方が強い、と言う自負だ。
 だから…」

 そこまで口にすると、続く言葉を探すように恭也が視線をさまよわせた。
 だが、結局見つからなかったのか、自嘲するような嘆息を零した。

「何が言いたいんだか。
 …結局、俺自身の意識の問題なのかな。
 そのうち気が変わるかもしれないが、今のところ、俺は今後御神流を名乗るつもりはないし、皆伝を取るつもりもない」

 纏まらない話を終えた恭也がカップを持ち上げ、中身が空なのに気づいて軽く嘆息しながらそのまま下ろした。

 恭也が、不安に揺れている。
 その事実に動揺する内心を少女達は懸命に押し込める。
 以前であれば無理矢理にでも隠し通そうとしていた内面を恭也が見せている。
 それが、元々の恭也の性質で事件中だったために隠していたのか、凍結していた心がクリスマスから少しずつ動き出した結果なのか、以前の恭也を知らないなのは達には分からない。
 もしかしたら、今、不安を顕している事自体、恭也には自覚がないのかもしれない。
 ただ、今なら、迫りくる危険も無く成し遂げるべき使命も無い今なら、胸の内の不安とじっくりと向かい合える。恭也の不安を解消する手助けが出来るならそれに越したことはないが、その糸口が見えない内は、せめて自分達が不安を見せる事で、恭也に不安を抱く事に不安を持たせるのだけは避けたかった。
 誰からともなく浮かべた微笑と優しい眼差しは、小学生とは思えないほど大人びていて、向けられている訳でもないのにクロノをドキリとさせるほどだった。

「事件に巻き込まれてる訳でもないのに、恭也君も色々と悩みが尽きないねぇ。
 でも、慌てる必要は無いんじゃないかな。
 ゆっくり考えて、これからどうしたいか決めていけば良いと思うよ」

 年長者の責務と考えた訳ではないだろうが、エイミィが気軽に聞こえる明るい口調で締めくくると、全員がほっとした様に表情を弛めた。

437小閑者:2018/05/20(日) 14:17:59
「それにしても早いもんだね、3人揃って管理局員だなんて。
 なのはちゃん達なら直ぐに『候補生』なんて肩書きもなくなるだろうし、少しは『海』も平和になるのかな」

 続けて話題を切り替えるべく話を振ると、クロノも心得たもので言葉を返した。

「どうかな…、そうなれば嬉しい限りだが。
 まぁ、3人にばかり負担を掛ける訳にもいかないし、先輩として僕等ももっと頑張らないとな」

 クロノらしい堅い内容に、エイミィがあからさまにからかう様な笑みを浮かべた。

「真面目なんだからぁ」
「別に普通だ」
「あはは、クロノ君らしいね」
「でしょ?
 まったく、『正義の味方』を目指すだけあって付いてく方は大変だよ」
「またその話を出す…」

 茶化すエイミィは台詞とは裏腹に嬉しそうだ。クロノも承知しているからこそ、渋面と口調が照れ隠し然としたものなのだろう。

「『正義の味方』?」

 不思議そうに目を瞬かせながら聞き返したのはフェイトだったが、なのはとはやても同じ感想を持っているようで視線がエイミィとクロノの間を行き来している。

「そう!
 それがクロノ君が管理局に入った理由なんだよ。
 事件に巻き込まれて悲しい想いをする人を助けられる正義の味方になりたいんだって言ってた」
「…別に、今でもその想いに変わりはないよ。『こんなはずじゃなかった』事を減らしたいと思いながら働いてる」
『…ップ、クスクス』
「…あれ?」

 話を聞いて揃って噴き出した少女達を見て、冗談めかして口にしたエイミィの方が驚いた。
 エイミィとてその夢が子供じみている事など承知していたから妄りに言い振らした事はなかった。いくら幼稚に聞こえようと、だからこそ、それは純粋で神聖なクロノの想いなのだ。頭ごなしに否定したり馬鹿にするような輩には決して話した事はなかった。
 今回話したのも、純粋さを絵に描いたようなこの子達が笑い出すとは全く考えていなかったからなのだが…。

「…ド阿呆。
 そのタイミングで笑い出すな。馬鹿にしている様にしか見えんぞ」

 笑い続ける少女達を窘めたのは、またしても意外な事に一緒になってからかう側に回るかと思っていた恭也だった。
 いや、意外では無いのかもしれない。照れ屋で無愛想なので誤解され易い男ではあるが、心や想いを大切にする人間だという事はよく分かっている。
 尤も、少女達が笑いだしていなければ、恭也は予想通りからかう側に回っていた様な気もするが。
 クロノとエイミィが目を向けると、手の中で弄んでいた空のコーヒーカップを持った恭也が立ち上がった。追求を避けるために自販機に向かったのか、と一瞬思うが、この場に残っていてもあの鉄面皮に変化がある訳もない事に思い至る。本当にお代りが欲しかっただけなのだろう。
 揃って前に向き直ると、少女達も笑いの衝動が収まってきたようだ。

「ごめ、プクッ、ごめんねクロノ君、別にクロノ君の夢がおかしいとかじゃないの」
「ハァ、堪忍な?
 余りにもタイミングが重なってもうたから思わず笑いだしてまったんよ」
「いや、別に構わないが、何かあったのか?」
「え〜っとね…」

 クロノの問いに答えようとしたフェイトが言葉を切って戻ってきた恭也の様子を窺った。
 それだけで何となく事情を察したクロノとエイミィではあったが、口を挟む事無く待っていると、恭也の無反応を消極的な肯定と受け取ったフェイトが続きを口にした。

438小閑者:2018/05/20(日) 14:23:04
「今日、学校で恭也が木から降りられなくなってた子猫を助けたんだけど、それを見てたクラスの子が恭也の事を『正義の味方みたいだ』って言い始めてね」
「恭也君は直ぐに否定したんだけど、変に盛り上がっちゃって、話も大きくなっちゃったから大変だったんだよ?」
「でも、まぁ、流石に話が大きくなり過ぎたから逆に先生等は笑いながら聞き流しとるのが救いやね。
 勿論、実際には魔法無しの純粋な運動能力やから隠さんでも問題無いねんけどな」

 やっぱりか。
 彼の身体技能はそもそも人類の範疇から逸脱しているのだ。本気ではなかったとしても小学生の目から見れば超人に見えても不思議ではないだろう。

「具体的には何をしたんだ?」
「5mくらいの高さの枝にいた子猫が落ちかけたところを空中でキャッチしたんよ」
「三角跳びって言うんだっけ?一度、木の幹に着地してもう一度ジャンプするの。
 みんなの頭の上を飛び越えて、子猫の首の後ろを摘んでフワって着地したんだ」
「猫ちゃんもビックリしてたみたいで、なんだかキョトンとしながら恭也君のこと見上げてたんだよ?」

 エイミィは3人の説明を黙って聞きながら脳裏でそのシーンを思い浮かべてみる。と、その眉間に皺が寄り、細めた視線が天井を見上げる。

「…それは、…既に、魔法抜きでも、隠した方が良いレベル、なんじゃないかな」
「君達、かなり基準がズレてきてるようだから、一度、一般常識を再確認しておいた方が良いと思うぞ?」
『ええっ!?』

 そんな馬鹿な!と顔に大書した少女達が絶句している事にこっそりと溜め息を吐いたクロノは、自分の話題なのに他人事風味にコーヒーを啜る恭也に水を向けた。

「君が人前で目立つ真似をするとは珍しいな。他に手は無かったのか?」
「有ったら採用してる。
 猫の落下地点に子供が集まっていて、割り込んでたら間に合わなかったんだよ」
「なるほど。
 見捨てても寝覚めが悪かった、と?」
「まさか。目立ってまで助ける理由もない。
 だが、生憎その場にはこいつらもいたからな。見捨てればこいつらが手段を問わず助けに入るのは目に見えてた。
 同じ異常事態なら魔法よりは常識の範疇に収まる方がまだマシだと判断しただけだ」
「…言いたい事は分からんでもないが、矛盾してるぞ、その言葉」
「ほっとけ」

 常識の範疇に収まらないから異常事態なのだ。実際、子供達が騒いでいると言う事は、比較的基準の曖昧な彼らにとっても恭也の行動は『凄い事』に該当したのだろう。
 勿論、クロノもそれ以上問い詰めたりはしなかった。それ自体がただの言い訳であり、誰が居なくとも目立つ事を承知で猫を助けただろう事は分かりきっていたからだ。
 エイミィも心得たもので、恥ずかしがり屋から矛先を逸らして少女達に気になっていたところを訪ねた。

「ところで、大きくなった話ってどんな内容なの?」
「あぁ、それは僕も興味があるな。
 小学生の思い描く『正義の味方』となると変身したりするのか?」
「そやねん!
 5人揃うと必殺技が出せて、合体ロボットを操縦して怪獣をやっつけるんやって」
「戦隊モノ!?
 ひょっとして決めポーズとか有ったりするの?」
「クラスみんなで意見を出し合ってるところだよ。
 結構カッコ良かったのもあったよ」
「残りのメンバーははやてちゃん達?」
「ちゃうよ。クラスの男子等が立候補しとった」
「募集中!?『ブラック』がリーダーって斬新じゃないか?
 採用したのか!?」
「するか!
 募集なんぞしとらんし、そもそも俺自身がリーダーどころかメンバーですらない!」
『アハハハハッ!』

 恭也のヤケクソ気味の突っ込みで、どこかに引きずっていた先程までの微妙な雰囲気が漸く一掃された。
 正義感に燃える恭也、という姿が思い浮かびそうで微妙にピン惚けしてしまうのも要因だろうか?

439小閑者:2018/05/20(日) 14:27:28
「まあ、恭也は『正義の味方』っていう感じじゃないよね」
「そやな、どちらかって言えば『悪の敵』って感じやろ」
「そうそう。アリサちゃんの持ってるマンガにあったよね?
『俺の気に入らない連中がたまたま悪だっただけだ』だっけ?」
「あったあった。
 うん、そっちの方が恭也にあってるよね」
「ダークヒーロー言う奴やな」

 盛り上がる少女達に苦笑を浮かべたクロノの視界の端に、いつも通りの仏頂面で佇む恭也が映る。
 何がどうしたと言う訳では無い。
 ただ、なんだろうか。何か、言葉に出来ない違いがある気がする。
 だが、その違和感を探るために試しに話を振ってみようかと思ったところで、機先を制するようにエイミィに声を掛けられた。

「さて、と。
 意外と時間も経っちゃったし、私達は仕事に戻ろうか?クロノ君」
「む…、いつの間に。小休止程度のつもりだったんだがな。
 それじゃあ、僕等はこの辺りで。
 恭也、済まないが少し遅れるかもしれないんだが…」

 席を立ちながらそう告げるクロノに視線が集まる。
 恭也がクロノと待ち合わせてどこかに出かける図が今一つ想像出来なかったからだ。
 一緒になってクロノを見上げていたフェイトが、自宅での会話を思い出した。

「そう言えば、恭也、クロノと模擬戦する約束してたっけ」
「まあな。尤も、申し込んできたのは向こうからだが。
 立て込んでるなら延期するか?」
「最悪、そうなるかもしれないが、今後も時間が空く予定が立たないんだ。
 煮詰まりかけてたが、わざわざ休憩まで採ったんだ。何とかするさ」
「時間には融通の利く身分だから構わないが、ただ待たされるというのも面白くないな。
 1分経過毎にハンデ1つで手を打とうか」
「どれだけ暴利だ…。
 そもそも、君は勝敗には拘ってないだろう?」
「勝ち誇ってないだけで、負けるよりは勝つ方が嬉しい。
 何より、お前を小突き回すのはとても楽しい」
「悪趣味な事をサラッとカミングアウトしやがった!」
「とても楽しいんだ」
「2度も言うほど!?」

 小突き回した経験なんて無いくせに堂々と言い切る辺りが尚凄い。
 実は、クロノと恭也は日程が合わなかったため、1月初めの団体戦以降、手合わせをする機会がなかったのだ。小学生は意外と時間的な拘束が多く、執務官は輪を掛けて多忙なので仕方がないことではある。

「まあ、手抜き仕事の片棒を担がされてもたまらんからな。
 適当に辺りをぶらついて時間を潰しておくから、終わったら連絡してくれ」
「一応、心遣いには感謝しておくが、仕事で手を抜いたことなんかないからな。あまり人聞きの悪い事を言わないでくれ。
 それじゃあ、またあとで」

 そう言ってカップを持って席を立ったクロノとエイミィを見送ると、残った者同士で顔を見合わせた。

「お前達も手続きが残っているんだろう?
 いつまでも寄り道してないでさっさと済ませてきたらどうだ」
「でも、恭也独りになっちゃうよ?
 あ、恭也も一緒に来る?」
「事務手続きについていっても暇潰しにならんだろう。
 いいから行ってこい」

 恭也と一緒に居たいからこその提案だったのだが、一顧だにされる事もなく断られてしまった。
 残念ではあるが予想通りの答えでもあるため苦笑で済ませる事に成功した少女達は、模擬戦を始める時に連絡を貰えるように約束を取り付けると、片付けを終えた後にそれぞれ別れの言葉を告げて食堂を出ていった。

 そうして独りになった恭也は、手に持ったカップに残るコーヒーから立ち上る湯気を静かに眺めていた。
 持ち上げているにも関わらずピタリと静止したカップの中身から波紋が消える頃、思い出したようにカップを口元に運びコーヒーを静かに飲み干した。

「上手く行かないものだな…」

 何を指しているのか不明な呟きは、誰の耳にも届く事無く消えていった。

440小閑者:2018/06/04(月) 00:21:54
12.牧歌



 直径が100mを越える円状の壁。
 視線が届く範囲を遙かに超えた彼方にある天井。
 住居として考えれば無駄でしかない空間を持つこの建築物は、無重力にすることで壁一面に据え付けられた棚の全てに本を収納する広大な書庫としての機能を果たしていた。

 無限書庫

 如何に広大な空間であろうと、如何に膨大な蔵書量であろうと、『無限』などとは大袈裟な、と言う者はいる。
 そう言う者も実際に目の当たりにすれば、大抵が理屈抜きで『無限』という言葉に納得してくれる。
 古今東西、あらゆる次元世界で発行されたあらゆる分野の書物が全て収められているのではないかと目されている知識の宝庫にして、何の規則性も関連性もなく手当たり次第に棚へと収納されているために単なる紙束の山に成り下がった混沌。
 目の前に広がる光景は満天の星空よりも余程『無限』を実感させてくれるだろう。
 だが、本当のところを言えば、この『無限』とは比喩でも何でもなかった。
 今尚、どのような原理か知る者のない方法で自動的且つ機械的に刻一刻と目の前で増え続ける蔵書は、管理者の泣き言に耳を貸す事もなく、唯一の法則である発刊順に地層を築き続けているのだ。
 本来であれば内部空間の有限性を証明する筈の天井は、収納スペースの減少に合わせて空間を歪める機能が働いているらしく、内と外の境界線としての役割だけに専念している。

 攻撃性こそ皆無であるため、方向を見失っての遭難以外の危険はないものの、言うまでもなく、書庫の役割を果たすこの構造物は遺失文明の残したオーバーテクノロジー、つまりはロストロギアである。

 管理局はこのロストロギアの存在を知ると、すぐさま管理者を名乗り出た。発見された当初、内部調査を始めるとすぐに遺失文明が遺した書物、それもロストロギアに関するそれを発見したため、現代の科学技術を超越した失われた知識を管理局で独占することで世界の秩序を保つ『力』を得られる、と思ったからだ。
 だが、その目論見はすぐに頓挫した。理由は単純明快で、必要な書物が見つけられない、という子供の言い訳のようなものだった。
 多くの場合、技術的な本や論文はそれ一冊では完結しない。必ずそれ以前に公表された理論や実験結果を基にしているため、参照文献が掲載されている。最初の本の内容を理解するにはその参照文献も理解しなくてはならない訳だが、当然そちらも別の書物が参照されている。
 こうして芋蔓式に探さなくてはならない本が増えていく訳だが、相手がオーバーテクノロジーとなると大抵の場合はそれだけでは済まなくなる。
 何故なら、ロストロギアに認定された物の多くは、現代科学の延長では辿り着けない物なのだ。発想や着想が根本から違うということは、つまり、一般常識や思想からして全く違っている可能性が高くなる。
 先端技術であればあるほど書かれた書物は基礎知識があることを前提とした内容となるのは当然なのだが、一般常識まで疑うということは初等部レベルの知識を確認する必要が出てくると言うことだ。その難易度は別次元にまで跳ね上がる。
 現代日本で例えるなら、原子力発電所を建設するために核分裂の本を手に取ったとしよう。しかし、そこからいくら参照文献を辿ったとしても四則演算の掲載されている本には行き当たらない。我々の文明においては四則演算など一般常識であり、それが理解出来ない者が高度な核分裂の演算になど取り組まないからだ。
 そして、教育機関が発達した文明であれば、毎年のように新しい教科書が発行され、利益を求める補助機関(塾や予備校など)や出版会社からも類似の本が出版される。仮に、一つの文明から一分野の専門書だけを集める事に成功したとしても、出版された年代毎に並べただけでは基礎から学ぶのに適した資料にはならないのだ。
 更に言うなら、最先端技術の粋を集めた製品とは一分野の知識だけでは成り立たない。発電所の例で言うなら、建築物の設計と原子炉の設計は全く別物であり、原子炉の設計も核分裂の知識だけでは形にもならない。完成したとしても、運用するためには携わる者達全員に各々の役割に必要な設備の知識を拾得するのは勿論の事、想定され得るトラブルシューティングまで出来なくては回らない。
 もう一つおまけに、一つの文明の出版物だけ集めるのも決して容易な作業とは言えなかった。どの時代を選んだとしても、広大な次元世界には数多くの文明が存在し、そこには数万から数億の住人が居る。それら全ての文明とそれを構成する人々の中で、団体・個人に関係なく本の形態を採ったあらゆる分野の書物が内容を問わずランダムに収納されているのだ。しかも、活版印刷ですらない直筆の日記(業務日誌ですらない個人的なもの)まで発見されてしまった。恐らくは、本そのものを転送して収集している訳ではなく、素材を含めて丸ごと全てコピーしているのだろう。

441小閑者:2018/06/04(月) 00:23:26
 収納された本は発行順だけは守られているのだから探せないはずはない、と喚き立てていた上層部も実情を知ると閉口せざるを得なかった。
 管理局としても決して情報を軽んじている訳ではない。知っていれば避けられる危険に正面から挑むなど愚の骨頂、ましてやそれが一つの次元世界を丸ごと飲み込む可能性が常に付きまとうロストロギアとなれば尚更だ。
 だが、実状として人的資材は有限で、ロストロギアの絡まない犯罪グループへの対応(事件の大半はこちらだ)や自然災害に対する救助など、損耗が生じる戦闘要員や救助隊に配属するための新人育成に力を入れるのは必然と言えるだろう。また、管理局への入局を希望する十代の若者達は、どうしたところで花形である前線部隊に憧れる傾向があるため、ある種裏方的な司書を入局当初から希望する者は多くないのだ。

 そういった事情から長きに渡り限りなく放置に近い状態だった無限書庫だが、半年ほど前に入局した一人の少年の功績により、全体量からすればカタツムリの如き微かな、それでも、それまでと比べれば劇的と言える速度で分類が進み始めた。
 それまでの検分は、魔法により文章の吸い出しと同時に翻訳した圧縮データを脳へと転送するという物だった。(勿論、司書の中にはこの魔法の使えない低ランクの者やそもそも魔導師でない者もおり、そういった者達は地道に手にとって自前の知識で翻訳しながら分類するか、分類作業以外の運搬などを行う)
 厚さが5cmはある本を僅か数分で読み解き、内容に合わせたタグを貼り、所定の棚へと移動させるのだから、手にとって読み説くのに比べれば凄まじい処理速度と言えるだろう。
 だが、それだけのスピードを持ってしても配属されている職員の数では、平均して毎分数十冊のペースで増え続ける書物には追いつけなかった。
 ところが、執務官クロノ・ハラオウンに見出されたその少年ユーノ・スクライアが組み上げた検索魔法は、既存のものとは術式の成り立ちが根本から違っていた。単純に性能だけ比較すれば、術式の難度は低く、処理速度は格段に速いという冗談のような代物だったのだ。既存の魔法が起動出来ない低ランクの司書の中にもこちらの魔法なら使える者が何人も出たほどだ。

 人数さえ揃えれば人海戦術で書庫中の全ての本を短期間で分類出来るのではないか?

 魔法によって十数冊の本を自身の周囲に浮かべ(これは無重力だからではなく魔法の機能の一環)、手を使うことなく全ての本を同時にめくり、目を使うことなく文字を読みとるユーノの姿は、危険なロストロギアに携わる局員にそんな希望を抱かせるのに十分だった。
 しかし、世の中はそれほど都合良く出来てない、という事実を突きつけられるのに時間は掛からなかった。
 確かに彼のもたらした検索魔法は既存のそれに比べて圧倒的な性能を誇る物だったが、凶悪な破壊力を持つ攻撃魔法や堅牢な防壁を生成する防御魔法と同様に、その検索魔法も使いこなすには使用者に相応の能力を要求する事に変わりはなかったのである。
 複数の魔法を同時に立ち上げる為に必要なマルチタスクは上位の魔法戦闘における必須技能ではあるが、実際のところ、完璧な並列思考を必要とする時間は多くない。デバイスが魔法処理を補助してくれるというのもあるが、複数の魔法の使用が『同時発動』ではなく『順次発動』である事が大きいだろう。発動直前まで処理した術式を己の内側で圧縮保存しておき必要な場面で解凍するという方法を採る事で、負担を極力減らす事が出来るのだ。
 それに対してこの検索魔法は、魔法そのものの負担は非常に小さいのだが、本の内容を検分する負担が同時処理する本の数だけ倍加ではなく相乗して増えた。全く別の分野の複数の本の内容を同時に把握するために、思考を強制的に分割する術式が含まれているのが原因だ。
 これは欠陥と言うよりは当然の帰結だろう。同時に処理する本の数だけ分割された思考で圧縮された情報を検分するのだから、負担にならない訳がないのだ。
 勿論、攻撃魔法の様に、複数の本の内容を同時に抽出したとしても、順次解凍・検分すれば負担は減るのだが、それでは作業効率上あまり意味がなかった。圧縮されていようとも本の情報量はそれなりの大きさがあるため、一時保存するだけでも脳の容量を圧迫してしまい、検分作業に使用出来る要領が減って作業効率が落ちてしまうのだ。
 同時読み取りによる時間短縮と検分の処理時間のバランスからすればAランク魔導師でも5・6冊くらいが同時処理数の限界だった。
 当然、と言うほど高ランクであるからという理由だけで適正を無視して戦闘部署に放り込んでいる訳ではないのだろうが、司書に配属されている局員にはユーノと比肩するほどの魔導師はいなかった。

442小閑者:2018/06/04(月) 00:24:58
 先に述べた通り、ユーノの検索魔法が劇的な加速を促したのは疑問の余地のない事実だ。また、半年の間に何度も見直し改良した結果、更に無駄を省かれ便利な機能を付加されてとバージョンアップを繰り返されてきた。
 だが、それでも漸く書庫の収集速度と拮抗するのが精一杯、一人でも欠員が出来れば追いつけなくなってしまう状態だった。

 終わりの見えない作業は往々にして倦怠感を生む。投げやりな仕事は周囲を巻き込み堕落させる。
 司書達がそういったものに負ける事なくモチベーションを保ち続ける事が出来ているのは、偏に重要な仕事を手がけているというプライドと、司書同士の団結力・仲間意識だろう。それらはとても重要で、良い仕事をする上では不可欠と言っても過言ではない。
 だが、薬も過ぎれば毒となる。
 何事にも加減は必要なのだが、若い者ほどそれが出来ずにワーカーホリックと呼んでも差し支えない状態になる傾向が強かった。
 それにプラスして、自分の仕事量が平均的な能力の司書数人分だと自覚しているユーノは、特に酷い状態だった。

「ふぅ…、漸く終わった。
 …さて、次は」
「精が出るな」
「!?」

 検分を終えた本を所定の棚へと仕舞い終えて、未分類の区画から次の蔵書を取り出そうと振り返ったユーノの眼前には、今この時には見たくない顔が浮いていた。
 思わず引き吊った表情を誤魔化すために、ユーノは敢えてありきたりな苦情を口にした。

「恭也。
 突然現れるな、なんて贅沢は言わない。
 せめて、上下逆さまは止めてよ。心臓に悪い」
「無重力なんだから茶飯事だろう?」
「魔導師じゃない人もいるから確かにそうだけど、普通は近づく前に声を掛けるのが礼儀だよ。そういう人は止まれないしね」
「お前以外にはそうしよう」
「僕にもそうしてよ!」

 50cmと離れていない空間に顔の高さを揃えて上下逆さまに佇むのは、言わずと知れた仏頂面だ。
 ユーノは恭也の足下を見上げ、予想通りに足場しかないことに嘆息した。
 無重力の空間では接地した反動で体が流れてしまうため足だけで着地するのは不可能に近い所行のはずなのだが、自分で生成した何の機能も付加されていない円形の力場に平然と立っている辺り、理不尽さは相変わらずのようだ。
 どうやってここに辿り着いたのか見ていないから、別の力場に手でしがみついて動きを止めてから、さも足だけで着地した様に見せかけている可能性が無いではないが、この男に限ってそういった小細工をするはずがない、と言う奇妙な信頼があった。

「人の顔を見て溜め息を吐くとは失礼極まりないな」
「見たのは足下だよ。
 相変わらず物理法則を無視してるね」
「魔法使いに言われる筋合いは無い。
 いい加減、喋りにくいから外に出るぞ」
「僕、仕事中なんだけど?
 向きを合わせるくらいで勘弁してよ」
「重力の無い空間に長居して筋力が落ちたらどうしてくれる?
 さっさと出るぞ」
「ちょっ、仕事中だってば!
 どうせ用事なんて無いんでしょ!?」
「ある」
「え!?そ、そうなの?」

 ユーノが驚くのは無理もないだろう。こうして仕事中に恭也が乱入して来た事は過去に何度かあったのだが、本当に用事があってやってきた事はなかったのだ。
 更に言うなら、勤務時間中に、しかも忙殺されている人間を連れ出すとなればかなりの大事だろう。
 だが、書庫の内外は空間が歪んでいる関係で念話が通じないが、緊急の用事なら出入り口で機械的な通信が取り継げるようになっているので急を要する内容ということは無いはずだ。
 そもそも地球に住んでいる恭也が、わざわざ無限書庫まで来て直接顔を合わせる必要があるほど重要、それでありながら緊急ではない用事、というのがユーノには思い浮かばない。

「ハラオウンとの模擬戦まで暇を潰す必要がある」
「どんだけ理不尽にしたら気が済むの!?
 わわ、聞く気も無しか!
 ちょっ、誰か助けて!」

 首根っこを捕まれて出入り口に向かって足場を蹴った恭也に誘拐されそうになったユーノは、身近に居た司書に向かって声を張り上げて、はっと息を飲んだ。

443小閑者:2018/06/04(月) 00:26:13
 団結力が強いという事は当然互いをよく知っていると言うことだ。ましてや新参者とは言え能力が高く一目も二目も置かれているユーノを知らない者はいない。
 先程思わず飛び出した『助けて』と言う言葉は予想外に切羽詰まった口調になっていた気がする。ひょっとしたら本当に一大事と思って助けようとしてくれるかもしれない。
 無論、ろくな戦闘訓練などしていない司書が総出で立ち向かっても恭也に触れる事すら出来ないだろうし、仲間を想って襲いかかる彼らに恭也が手を出すとも思わない。だが、彼らは恭也を『敵』と認識するだろう。
 色々と理不尽な目には遭わされるが、それでもユーノは恭也を友人だと思っているし、司書達の事は仕事の同僚以上の信頼を置けるようになった大切な仲間だ。
 後で仲間達の誤解を解くにしても完全に蟠りを無くす事は出来ないかもしれない。仲間と友人に無意味な溝が出来る様など見たくない。
 瞬時にしてそこまで思考して、表情を強ばらせたユーノの視線の先で、1人の小柄な少女が振り返った。
 ユーノもよく知るその女の子は、歳が近いためか普段から自分の事をなにかと心配して世話を焼いてくれる少女だった。
 普段であれば穏和で控えめな性格がそのまま顕れているような優しげな瞳が、今は驚きに見開かれていた。
 ユーノが慌てて前言を撤回しようとするが、少女は普段のおっとりした言動が嘘の様な素早さで、声が遠くまで届くように左手を口元に添えて、

「いってらっしゃーい」

にこやかな微笑みと共に、右手を小さく振りながら見送ってくれた。

「うらぎりものぉぉおおぉぉー!!」

 ユーノの悲痛な叫びは、無限の空間に木霊しながらいつまでも響き続けたらしい。






「…で?」

 半眼で睨むユーノに怯むはずもなく、常の通りの眼差しを向けることもなく恭也が聞き返す。

「で、とは?」
「そこでそうして釣り糸を垂らしてるだけなら、僕を連れてくる必要なんてなかったよね?」
「スクライア、自分を卑下するのは良くないな。
 お前は居てくれるだけで十分だ」
「なんか良い事言ってる様に聞こえるけど、騙されないからね!!」
「めんどくさい奴だな。
 これほどの陽気の日に穴蔵に籠もってたらもったいないだろう。連れ出してやったんだから感謝しろ」
「頼んでもなければ喜んでもないからね!
 もう…、勘弁してよ」

 どこからともなく用意した釣り竿を構えて背を向ける恭也に、何を言っても無駄と悟ったユーノは、両腕を大きく上げて伸びをしながら後ろへと寝ころんだ。
 風に揺られて瞬く木漏れ日に目を細めながら見上げた空は青く澄み渡り、吹き抜ける風は程良く涼しい。少々悔しくはあるが、確かに心地よい陽気と言えるだろう。

 2人は無限書庫から徒歩で5分と離れていないところを流れる小川の川辺にいた。
 大した川幅もなく、緩やかな流れで水は綺麗に澄んでいる。堤防代わりの土手は低く、短い下草と適当な間隔で植えられた街路樹が作り出す木陰は、時空管理局の本局の近くだという事を忘れられるほど牧歌的な雰囲気を醸し出していた。
 もしかしたら殺伐とした事件に携わる局員を癒すために作られた人工の川なのかもしれないが、そうであるなら十分に役割を果たせているだろう。
 たまに散歩道として整備された土手の上を管理局の制服を着た者が通り過ぎる。場所が場所だけに私服姿のユーノ達の方が場違いではあるのだろう。
 尤も、人通りの多いエリアに建設された本館側とは違い、無限書庫は本局扱いではあっても一般人どころか局員自体も外からやってくる事がない(用事のある者は転送ポートで直接、書庫の通用施設に入る)ため少々辺鄙な場所にある。つまり、今ここらを歩いているのは、気分転換するだけの余裕がある局員だけで、本当にそれが必要なはずの者達はここにはいないのである。それこそ、仕事を中断させてまで引っ張り出すような、強引な悪友でもいない限りは。

「…言っとくけどね、恭也。
 今日は、ちゃんと宿舎で寝てきたんだからね?定時に出勤したから、まだ6時間くらいしか勤務してないんだよ!」

 諦めたはずなのにユーノの口から不満がこぼれる。

444小閑者:2018/06/04(月) 00:27:37
 実力行使は現実的ではないと承知しているために、せめてもの抗議行動と言ったところだろう。本気で抵抗すればいかな傍若無人な恭也であろうと無理強いはしない(はず)だろうが、以前に限りなく不眠不休に近いペースで20日間ほど無限書庫に立て籠もっていた実績があるため、あまり強くも言えないのだ。
 別に、ユーノも好き好んでそんな無茶をした訳ではない。無限書庫が当初の期待通りにデータベースとして機能し始めたと知れ渡りだしたために、書類の検索依頼が殺到したのが原因だ。
 本来、従事する人員のキャパシティをオーバーする仕事量が来た場合にそれを調整するのは上長の仕事だ。だが、これまでまともに機能してこなかったデータベースとしての『無限書庫』という部署は、当然、内部の機構もほとんど機能しなかった。いや、努力はしていた様なのだ。ただ、それまでは期待されていなかったために、依頼自体がほんの僅かしか来ていなかったのだ。当然、交通整理に慣れる機会もなく、突然の依頼殺到に対応できるはずもない。要するに、こちらもキャパオーバーだったのである。
 勿論、何事も出来る事と出来ない事は存在する訳で、ユーノ達も早々にギブアップするべきだったし、実際にそうしようとしていた。だが、そのタイミングで、いつまでも出てこない資料の催促に自ら乗り込んできた高官の不適切な発言に、ユーノがキレた。
 元来、温厚なユーノではあるが、連日の過剰労働で疲労がピークに達しているところへ仲間への暴言が追い打ちとなり、理性が跡形もなく崩壊してしまった。残念な事に彼を止められる者もいなかった。それまで日陰者扱いされていた鬱憤も手伝って、司書一同が一丸となって暴走してしまったのだ。方向性が暴力行為ではなく仕事だったのは不幸中の幸いと言えるだろう。
 因みに、その事態は、どこからともなく現れた黒尽くめがユーノを制止することで収束した。一緒に暴走していた司書達も、先陣を切って突っ走り続けたユーノが不在となったために瓦解した、と聞いている。
 伝聞なのは、ユーノ自身は見ていないからだ。理由は至って単純で、恭也の制止が、物理的な方法だったからだ。問答無用で一撃入れて意識を刈り取り、宿舎に放り込んでいった、らしい。
 正直、疲労困憊だったためユーノの記憶に残っていない、と信じている。…決して、暴徒を鎮圧するための見せしめに、記憶が飛ぶほど凄惨な手段を選んだりはしていないと思う事にしている。
 この辺りの経緯は先程書庫で見送ってくれた少女から、丸2日間死んだように眠った後に聞かされたものだ。自分だって疲れているであろうに看病してくれていたというのだから心優しい少女である。目を覚ましたユーノを見て、『生きてて良かった!』と泣き出した辺りに激しく不安を駆り立てられるのだが、精神衛生上、彼女の心配の原因が、制止方法にあったのか、文字通りに死んでるようにしか見えないような眠り方だったからなのかは聞かない事にしておいた。どちらも大差がないと言われればその通りなのだが。
 あまり思い出したくない出来事を回想していたユーノに、どうでも良さそうなのんびりとした口調の答えが返ってきた。

「お前の仕事ぶりなぞ、知らん。
 1人で釣りをしていて不審者扱いされたら面倒だろ?」
「身元保証用!?危険を犯してまでこんなところで釣りする必要なくない!?」
「馬鹿者、要不要とは関係なくやりたい事を趣味と呼ぶんだ」
「他人の仕事邪魔してまでやらないでよ!」

 確かに、周囲には無限書庫以外に施設どころか民家すらないのだ。釣りをするにしても、職員以外がわざわざ無限書庫の傍まで来るのは不自然ではある。正式に入局したなのは達とは違い、恭也は学校があるため事件の起きていない期間まで常時嘱託扱いされている訳ではないので、その肩書きも使えない。
 実際に職務質問されたとしてもクロノなりリンディなりの名前を出せば、確認して無罪放免にはなるだろうが、居候している身としては家主に余計な手間を掛けさせたくはないのだろう。
 ここで言い負かさなければ逆に自分の負けが確定すると気付いたユーノが畳みかけようと口を開くが、タッチの差で恭也から反撃がきた。

「うるさい奴だな、魚が逃げるだろ。
 そもそも、2日間貫徹した後に2・3時間の仮眠を済ませたらたまたま定時の出勤時間だったからといって自慢になるか」
「ッ!?
 …変な言いがかりはやめて貰いたいな」
「なるほど、3日間だったか」

 エスパーッ!?という叫びは何とか抑える事に成功した。絶句してしまったので図星だとは気付かれたろうが、どのみち隠し通すのは無理だったろう。

445小閑者:2018/06/04(月) 00:29:10
 先程の状況を思い出せば、にこやかに見送ってくれた少女が内通者なのではないかという疑惑が浮かびそうなものだが、ユーノには身内を疑うという発想がないらしい。『恭也なら何でもあり』という刷り込みも一役買っているのだろうが、本当に彼女が内通者だったとしても、恐らく、本人が告白するか現場に遭遇するまで気付かないのだろう。
 尤も、超過勤務の後だからと言って自由気ままに休みを取っても良い訳ではないので、ユーノの勤務状況を引き合いに出しても恭也の行動が正当化される訳ではない。単に心配を掛けていると言うユーノの罪悪感と押しの弱さが敗因なのだ。
 とは言え、屁理屈では勝てそうにないと悟ったユーノは、短く嘆息するとそのまま後ろ向きに倒れ込んだ。

 駆け抜ける風が木陰を作ってくれている木の葉を優しく揺らし、木漏れ日が瞬く。
 木の葉のさざめきに、遠くから響く野鳥の鳴き声が重なる。

 頭の後ろで組んだ両手を枕にして草原に寝転がっていると、少々癪ではあるが、牧歌的な周囲の様子に気持ちが落ち着いていくのが分かる。
 あの時ほどではないにせよ、確かにここのところ仕事漬けの日々が続いていたため、精神的に疲労しているのだろう。
 それはそうだろう。
 初心者だったなのはに魔法の手ほどきをしたり、フェイトの裁判の手伝いをしていた半年前とはかけ離れた状況だ。
 一族と共に遺跡調査をしながら、これが生涯をかけた仕事になるのだろうと漠然と考えていた一年前には想像もしていなかった生活だ。

「世の中は『こんなはずじゃなかった』事ばかり、か」

 知らず、口からこぼれた言葉に苦笑が浮かぶ。生活様式が変わった程度で何を言っているのやら。
 抜けるような青空から、泰然とした背中へと視線を移す。同じ年頃の少年とは思えないほど落ち着き払ったその後ろ姿は、並の武装局員を圧倒する実力を備えたなのは達が恭也という存在を心の拠り所にしている理由として上げても、十分な説得力を有しているように見える。
 だから、だろうか。

「僕ね、時々考える事があるよ。
 僕は、なのはの人生を歪めちゃったんじゃないかって」

 そんな、罪の告白めいた事を口にしてしまったのは。

「もしも、この次元世界に来るきっかけになったジュエルシード…ロストロギアを発掘していなかったら、あるいは、それを事故で紛失していなかったら。
 落ちた先が地球じゃなかったら。
 僕に独りで回収出来る実力があったら…
 そのどれか一つでも出来てたら、なのはは普通の女の子でいられたんじゃないかって…」

 風が下草を揺らし、葉擦れの微かな音が耳に届く。
 風が通り過ぎるまで待っても恭也が反応する様子がなかったため、ユーノはもう一度空を見上げた。
 聞こえなかったのだろうか?
 どうにもならない事だと承知の上で口にした愚痴のようなものだから、それならそれで構わないけれど。

「無意味な仮定だな」

 辛うじて聞き取れる程度の呟くような口調で返された言葉に、弾かれた様に身体を起こして恭也を見やる。
 釣り糸を垂らすその後ろ姿には何の変化も無いように見えた。だが、普段の口調が感情を持っていた事に気付かされるほど、いつも以上に抑揚のない平淡な言葉を聞いて、ユーノは漸く自分の過ちに想い至った。
 闇の書事件に関わった者の中で、最も多くのモノを失ったのが誰だったのかなんて、確認するまでもなく分かっている事なのに。
 だが、ユーノが焦りながら掛けるべき言葉を探すのを恭也は待ってくれなかった。

「時間を巻き戻す手段が無い限り、いくら考えたところで何も変わらない。
 だが…、二度とやり直せないからこそ、無駄と知りつつも考えてしまうんだがな。
 取り返しのつかない事であるほど。
 失ったモノが大切であるほど」
「…ゴメン」

 ユーノは脳裏に浮かぶ言い訳じみた言葉の羅列を全て追いやり、シンプルな謝罪の言葉だけを口にした。社交辞令的なやり取りが有ると思っていた訳ではないが、恭也が沈黙した事に少しだけほっとする。その言葉すら受け取って貰えないかもしれないと考えていたが、杞憂に終わったようだ。

446小閑者:2018/06/04(月) 00:31:26
 だが、気まずさを誤魔化すために別の話題を探そうとしたユーノは、ふと浮かんだ疑問を確かめるようにもう一度恭也の様子を伺った。
 聞き流せば済んだ話題にわざわざ返事をしたのは、もしかして、そう言う理由なのだろうか?だとしたら、遮るべきではなかったのかもしれない。
 いくらかの迷いを残しながらも、ユーノは今度こそ恭也へ問い掛けた。

「気に障ったら謝るけど…、恭也も考えたこと、あるの?」
「当たり前だ」

 即座に返された言葉をユーノは驚きと納得を等量に感じつつ聞き入れ、そのまま続きを待った。
 それ以上、黙して語るつもりがないならそれでも構わなかった。ただ、先を促す事はせずに、もう一度仰向けに寝転がり身体から力を抜いて揺れる木の葉を眺めた。
 絶える事のない川のささめきが、静寂を優しく満たす。
 逡巡なのか、葛藤なのか、恐怖なのか、苦悩なのか。
 胸に何かが去来していたであろう事がわかる沈黙の後、それが何であったのか推測出来ないくらいに静かな声がユーノに届いた。

「俺が飛ばされた時、元居た世界では親族の結婚式の準備中だった。
 可愛げなんて欠片ほども無い子供にも優しく接してくれるような人達が、漸く結ばれようとしていた大切な日に、事故が起きた。いや、正直、事故と呼んで良いのかどうかも分からない。魔法の範疇にすら含まれないような異質な事態だったように思う。
 なんにせよ、俺など足元にも及ばない様な実力を持つ人達が全員同時に、成す術も無く生命を落とすような異様な現象が起きたんだ」

 思い出すのも辛いのだろう。そこまで話した恭也は、言葉を切ると懺悔でもするように僅かに俯いた。
 それでも、ユーノは口を挟む事無く寝転んだまま黙って空を眺め続けた。

「もしも、あれを未然に防ぐ手段が有ったら。
 その時に戻って危機を知らせるだけでも良い。
 そうすれば、誰も死なずに済んだだろう」

 それは、誰もが考える事だろう。考えてもどうする事も出来ないと知りつつ、考えずにいられない事だろう。
 やり直しの利く事は意外と少ない。いや、実際には事態を修正するのであって、時間を戻せない以上は本当の意味でやり直す事など出来ない。
 それを理解しているであろう恭也に対して、ユーノには掛ける言葉が無い。期待されてもいないだろう事も分かっていたから、ただ黙って聞き続ける。

「だが、そうなっていたら、俺はこの世界に来る事はなかっただろう」

 続く恭也の声音に苦みを感じ、ユーノが僅かに目を見開いた。

「先の事件で、俺は事態に干渉した。
 それにどれほどの意味があったのかは分からない。
 お前も、なのはとフェイトも、ハラオウン達も居た以上、俺がいなくてもあの事態は何かしらの形で終結しただろう。
 もしかしたら、俺が関わらない事で、思いつく限り最良の結末を迎えたかもしれない。
 だが、同時に、想像するのもおぞましい、最悪の結果に至る可能性もある。
 そう考えると、とてもではないが俺にはやり直す気概なんて持てそうにない」

 嬉しい事も悲しい事も辛い事も織り交ぜて、積み重なって、今がある。
 仮に、過去を全てやり直す手段があったしたとして、それが悪い過去であったとしても、変えてしまえば今ではない今になる。

「死んでいったみんなに恨まれたとしても、今の俺には『やり直す』という選択肢を、選ぶ事が出来ない。
 …俺は、やり直す手段なんてものが存在しない事に救われているんだ」

 罪の告白。
 これは、そう言えるのだろうか?
 恭也がそう思っているなら、そうなのだろう。
 でも、ユーノには、恭也が亡くなった人達の死を受け入れた、という事だと思えた。
 シグナムが言っていた。自分や不破恭也は、例え人類全てを敵に回したとしても、守ると決めた人のために戦うのだと。ユーノも、きっとその通りなのだろうと思う。
 自分より強いかどうかとは関係なく、恭也にとって家族は守るべき大切な人達だったのだろう。恐らく、生きていれば、いや、死んだと確信出来ていなければ、管理局がどれほど優遇しようとも元の世界に帰る手段を探し続けていると思う。
 あるいは、世界に『やり直す手段』が存在していたなら、恭也は優先順位を入れ替えたりせずに、はやて達を切り捨てていたのかもしれない。
 でも、現実は、恭也の言葉通りだ。

『そんな仮定に意味はない』

 恭也は、辛く悲しい現実をちゃんと受け入れたのだ。

447小閑者:2018/06/04(月) 00:33:26
 そんな彼の抱く罪悪感は、理性に抗う感情の叫びなのだろう。感情を律する事に長けていようとも、その理性を越えて恭也を突き動かす力も感情なのだから。
 そんな内罰的な友人の負担を少しでも軽く出来ないかと思い、ユーノは思考を巡らせた。

「…僕は、君の家族を知ってる訳じゃないけど、君を通してその人達の事を想像する事は出来るよ」

 恭也から制止されない事を肯定と受け取り、言葉を継ぐ。

「確かに、君の言った事は生者の理論だ。『死人に口無し』と同程度の勝手な話だ。
 事故に巻き込まれて死んだ人達だって、死にたくなんてなかったはずだからね。
 多くの人は、やり直す術があるなら、未来がどう変わろうと自分が死なない様にやり直して欲しいと願うと思う。
 でも、きっと君の家族は、例え見え透いたやせ我慢だったとしても、見栄を張って言うと思うよ。『やり直す必要なんて無い。掴み取った結果に胸を張れ』って。
 …君が、言いそうだからね」

 その言葉を最後に、一人は背を向け川面を見つめたまま、一人は寝転び空を仰いだまま、時の流れに身を委ねた。

 恭也からこんな話を聞く事になるとは思ってもいなかった、それがユーノの正直な感想だった。
 自分の中に抱えきれなくなったのか、パンクする前に意識的に他人に話して発散するべきだと判断したのか、弱みを晒すだけの強さが身についたのか。その相手が自分だった理由すら分からない。
 ただ、分からない事だらけではあったけれど、変わった事は、あるいは変わろうと努力している事は恭也にとって良い事だと思えたから、それを指摘して、また同じような状況を迎えた時に話し難くなる様な事はしなかった。




 どれくらいそうしていただろうか。
 ユーノが久しぶりに訪れた何も考えずにボーっとしていられる時間に気が緩んでウトウトし始めた頃。

「そろそろ良い時間か」

 そう言って恭也が釣り竿を仕舞いにかかった。
 ユーノが慌てて身体を起こすと、竿から外した釣り糸を小さく纏めて懐へ仕舞うところだった。
 その余りの手際の良さに浮かんだ疑問を、ユーノはそのまま問い掛けた。

「結局、釣れなかったの?」

 別に揶揄するつもりはなかったが、釣果があれば、当然魚をどうにかする必要があるはずなのにそれらしい素振りは無く、そもそも魚を入れるための容器すら見当たらないのだ。
 釣りの間ほとんど身体を動かしていた記憶がないので、キャッチ&リリースと言う訳でもないはずなのだが。
 その問いに対する恭也の答えは実に簡潔だった。

「ああ、針を付けてないからな」
「…はぁ?」

 理解が追い付くのに一呼吸分の間があったユーノを責める者はきっといないだろう。
 見栄を張って釣れなかった言い訳をするならもう少しましな理由を選びそうなものだ。そういえば、竿から外した糸を速攻で懐へ仕舞う動作には針を取り除く作業が抜けていた気がする。

「針を付けずに釣りになるの?」

 ひょっとして、糸で魚を絡め取るとか?
 まさか。
 いやいや、でも、恭也だよ?

「魚が釣れようがないんだ、釣りとは言わんだろ」

 至極常識的な回答が得られた事に違和感さえ覚えつつも安堵したが、結局最初の疑問に戻ってしまう。

「それじゃ、一体何してたの?」
「川面を眺めてると落ち着くんだ。
 なのに、ただ眺めてたら補導されかけた事があってな。やたらと悩み相談を申し出られて難儀してからは、こうする様にしている」
「あー…」

 健全であれば表情豊かであろうこの年頃の少年が、無表情に川面を眺めていれば心配されるのも無理もないように思う。
 釣る気が無いから竿にも強度は要らない訳で、伸縮型の指示棒の様な物を縮めて懐に仕舞うと恭也が立ち上がった。

448小閑者:2018/06/04(月) 00:35:15
「そろそろハラオウンの様子でも見てくるか」
「通信すれば良いんじゃない?」
「急かしたせいで仕事が疎かになったなんてケチを付けられては叶わんからな。終わってなければそのまま帰る」
「どうせする事が無いなら終わるまで待ってあげたら?」
「それも急かしてるのと変わらんだろ」

 そういうものだろうか?
 まあ、分かり難いながら、恭也なりに気を使ってるんだろうと納得してユーノも立ち上がり、大きく伸びをして眠気を払う。と、恭也に見つめられている事に気付いた。

「え、何?」
「お前、最近、模擬戦どころかまともに鍛錬もしてないだろう?少々惜しいと思ってな」
「あー、まぁ、ね?
 でも、攻撃魔法の適正も無いから惜しんで貰うほどの事でもないよ」

 ユーノの作り出す防御壁や結界はデバイスを使用していないのが嘘のように性能が高い。今までにもそれを見た者達の中の何人かには、スクライア一族の1人として考古学の世界に埋もれさせるのを惜しまれた事があった。
 だが、正直に言えば、考古学の仕事が楽しかったユーノはそれを低く見られているようで面白くなかった。当然、そんな連中の誘いに乗る気にはならず、今のと同じ内容の説明で全て断ってきた。
 攻撃魔法を使えないと知った時点で、戦力として期待して誘ってくる大半の連中が興味を無くすため使い回していた言い訳だったのだが、こんなところでも恭也は標準に収まってはくれなかった。

「年明けの模擬戦で俺の攻撃を悉く退けておいて、よくもそう白々しい台詞を吐けるな?」
「え、いや、それは相性の問題でしょ?」
「相性で言うなら、掠るどころか余波に煽られる程度で戦闘不能に追いやられる様な攻撃魔法を連打してくるなのはやフェイトの方が余程悪い。天敵と言っても過言ではないほどだ」
「いや、でも、僕は盾の中に閉じ籠もってた様なものだし」
「ほう。
 つまり、性能の高い盾を持ったくらいで安心してる様な輩を攻めあぐねるほど、俺が温い鍛え方をしてると、そう言いたい訳か?」
「アッ違う、違うから、訂正するから指を構えないで!デコピンはイヤぁーーアガッ!?」

 懇願も虚しく、額を押さえてうずくまるユーノ。
 ユーノを勧誘してきた者にも、少数ではあるが補助魔法の重要性を理解している者もいたが、そういった者たちでも魔法の性能に注目してもその運用に着目する事はなかった。レベルが上がると同じ魔法であっても自分なりにカスタマイズするのが一般的であるため、魔法の威力と運用を総合して『性能』と考える傾向があるのも要因だろう。
 恭也の感想は魔法に慣れ親しんでいないからこそ、とも言えるのかもしれない。
 尤も、これは一概に見る者の着眼点だけの問題とは言えなかった。なんせ、平均的な強度を持った防壁を紙の如く突き破る威力のなのはの砲撃にさえ、耐えてみせる防壁である。攻撃側に余程の技量がなければ、本人の言葉通り、盾の内側に隠れてやり過ごせてしまうのだ。

「別に無理強いして戦場に引きずり出すつもりは無いから無意味な言い訳をするな」
「うぅ…、だからって、これは酷くない?」

 効果が無いと知りつつも恨めしげに睨んでしまう。当然、恭也の表情筋は1mmたりとも動かなかった。
 ユーノは溜め息を吐くと話題を変えることにした。 

「でも、恭也が自分を基準にして評価するなんて珍しいね。『恭也の攻撃を退けたから僕が強い』って事は『恭也が強い』って事が前提でしょ?」
「単に『自分自身』が一番身近で正確な『物差し』だから引き合いに出しただけだ。
 それに、俺を封じたから強いと言った訳でもない。理不尽な攻撃力を持ちながら扱いきれていないなのはやフェイトよりもお前の方が戦い方を知っていると言ったんだ。
 攻撃魔法の活用の仕方で基準にするならハラオウンの方が適任か。
 あいつ等は出力でも魔力容量でもハラオウン以上なんだ、対戦して敗北する度に運用の不味さが浮き彫りになる」

449小閑者:2018/06/04(月) 00:35:59
 トップクラスの魔導技能を身に付けたなのはとフェイトをバッサリと切って捨てるのは、彼女達以上のハイランク魔導師以外では恭也くらいのものだろう。最下位ランクでありながら口先だけの評論家ではないという矛盾した事実にどうしても苦笑が浮かぶ。

「そこは、出力が劣るのに優勢を保てるクロノを誉めるところだよ。
 相変わらず恭也はなのは達に厳しいよね」
「…そうかもな」

 尤も、魔法的な劣勢を覆すその最たる者が、最下位の魔導師ランクに位置しながらなのは達をあしらい続けている恭也自身なので、彼の性格的に自画自賛に繋がるような事は口にしないだろう。まあ、劣勢を覆す方法が人外の運動量、及び身体技能なので適していないかもしれないが。

「だが、あの幼さであれだけの力を持てば慢心しかねない。あれだけの才能が潰れてしまうのは惜しいし、…何より、そんな姿は見たくない。
 いつまで出来るかわからんが、天狗にならん様にせいぜい立ちはだかり続けるさ」
「…まったく。君だってたいして歳は変わらないっていうのに。
 あんまり無理しないようにね?
 それに、きっともう必要ないと思うよ。はやても含めて、同い年で同じくらいの実力を持った子が身近にいるし」

 なにより、好意を寄せる相手を失望させたくはないだろうしね。

 胸中だけでそう付け足しておく。
 間違いなく彼女らの想いに気付いていない鈍い友人に対するささやかな報復と、彼女達のために、他人が余計な事を言うべきではないだろう。
 そんなユーノの思考を読みとれるはずもない恭也の関心は、言葉にされた内容に向いた。

「…同等の実力、ではないだろ。少なくとも今の時点では」
「そりゃあ、はやては覚え始めたばかりだから多少見劣りもするだろうけど」
「そうじゃない。気付いてないのか?」
「え?ってことは、なのはとフェイトの事?」
「ああ。
 半年前より改善されてきているが、なのはの戦術は近接メインの万能型、つまり対フェイト用に特化し過ぎている」
「え、そうなの!?
 いや、まあ、そうだと言われればそうなっても仕方ないだけの理由は思い付くけど…」
「まあ、それが目立つ様な相手と戦う機会が少ないから仕方ないか。
 俺も2人が出会った事件の経緯は聞いている。
 勿論、『そのせいだ』という表現は乱暴過ぎるのは承知している。一月半の間にそれまで見たこともない技術を曲がりなりにも形にしたんだ、寧ろ、『そのおかげ』と言うべきだろうな」

 フェイトが数年間かけて培ってきた戦闘技術を一分野に限定したとは言っても短期間で身に付けるのは簡単に出来る事ではない。幸いにも、敵がフェイト一人と決まっていたのだから、応用が利かない事を承知の上で狭く深く学ぶのは間違いではない。
 PT事件以降、他の戦術も身につけてきているはずなのだが、それでも追い付けていないのは戦闘というものの奥深さもさることながら、当時のフェイトを止めたいという必死で真摯な想いがそれだけ強かったという事なのだろう。
 尤も、それでも尚、アースラ所属のランクAの武装局員を圧倒出来る基礎能力の高さは才能としか言いようがないのだが。

「だが、だからこそハラオウンの様なオールレンジタイプの万能型は勿論、シグナムの様な近接メインの特化型にも、俺の様な魔導師以外の特異な型にも弱い」
「いや、奇想天外型の君に強い人なんていないから」
「ヴィータがフェイトと同じタイプだったのは幸運だったな。
 年末の事件で、なのはとフェイトのマッチメイクが逆になっていれば、結果は変わっていただろう」
「スルーですか。いや、良いんだけどね」
「勿論、本人も自覚しているようだし、努力を惜しむ性格でもないから、猛烈な勢いで他の戦術も身に付いてきているがな」

 そう締めくくったところで、恭也の携帯電話が初期設定のままであろう電子音を響かせ着信を知らせた。
 胸ポケットから取り出し、発信者を確認しつつ畳まれていた携帯を開くと、

「俺だ。終わったのか?
 …ああ、10分ほどで戻る」

簡潔な通話を終える。
 どうやら電話での会話が短いのは自分が相手の時だけではない様だとユーノが少々ほっとしつつ、非常に『らしい』やり取りに苦笑が浮かぶ。

「それじゃあ、僕も仕事に戻るよ」
「ああ、仕事にかまけてないでたまには顔を出せよ」
「努力するよ。
 恭也も次に来るときは事前に連絡してよ?」
「襲撃されて慌てふためく様な生活をしている方が悪い」
「う、クッ…
 そ、それでもさぁ――」

 そうして互いに言葉を交わしながら歩く姿は、付き合いの短さとは裏腹にとても馴染んで見えるものだった。

450小閑者:2018/07/10(火) 23:12:58
13.木霊



「…ああ、待たせて済まなかった。
 準備が良ければ訓練室まで来てくれ」

 恭也との用件だけの短い音声通話を終えたクロノが、地球の携帯電話が相手では機能しないために真っ暗なままの通信ウィンドウを閉じる。
 溜め息の様に小さく息を吐くクロノを見たエイミィがからかうように声を掛けた。

「緊張してるみたいだねぇ、クロノ君?
 ハンディキャップ無しの一対一じゃあ言い訳も出来ないし、管理局を代表する執務官としてはFランク魔導師の恭也君には負けられないもんねぇ?」

 ニヤニヤと形容出来そうなのに暖かみの溢れるエイミィの笑みに、クロノは迷った挙げ句、結局渋面を浮かべて反論した。

「確かに緊張はしているけど、別に負けるのが怖い訳じゃない」
「負ける訳がないって?」
「そんな訳があるか。
 恭也相手にそんなセリフを吐けるのは、彼の事を管理局基準のプロフィールでしか知らない連中か、身の程知らずの自信家だけだよ」
「じゃあ、負けるの前提なの?」
「それこそ、まさかだ。
 やるからには勝つために最善を尽くすさ。
 ただ、彼に負けるのを恥と思うほど彼の評価が低くないだけだ」

 言葉とともに表情が和らいでいくクロノを見て、エイミィの微笑も純粋なものに変わっていった。

「気遣ってくれて、ありがとう。
 でも、堅くなるほど緊張してるわけじゃないから大丈夫だ」
「え?…あ、や、…あはは、バレバレ?」
「流石にね。
 補佐官殿の恭也評がそれでは僕が困る」

 クロノの能力は極めて高い。
 それは、最年少で執務官に合格した事からも分かる通り、年代別に見てダントツ、とまではいかないまでもトップグループにはいる。年齢を除外して全体から考えても上位に位置する。
 そこには、重大事件の最中であろうとも、どこかに余裕を持てる精神的な強さも含まれているのだ。
 尤も、そんな事はエイミィとて百も承知している。補佐官を嘗めてもらっちゃあ困ります。

「まあ、どちらかと言えばそこまで余裕が無い様に見えた僕の方が問題だな」

 つまりは、そうと承知している彼女の目から見ても、今のクロノに余裕が有るようには見えなかったという訳だ。
 同意する様に苦笑した後で、気持ちを切り替えるために表情を改めたエイミィが素朴な疑問を口にした。

「でも、実際のところ、恭也君の強さってどこにあるんだろうね?
 確かに、魔法抜きで考えれば彼の身体能力はズバ抜けてるけど…」
「ズバ抜けてる、か。
 そんな控えめな表現では収まらないように思うけどな」
「まあねぇ。
 非魔法カテゴリーの超一流のアスリートが人類の最高峰って思ってたのに、次元を超えた上側にいる感じだもんね。身体を鍛え続けたら辿り着ける領域じゃないっていうか。海鳴のマンションでこないだ見たテレビ番組からすると地球のレベルも大体同じくらいだったから、この次元世界の基準がずれてる訳でもないし。
 でも、それでも魔法が使えない人に限定した場合だよね?本来は」
「本来は、ね」

 わざわざ強調するのは恭也の話題ではお約束だ。
 尤も、この場合の『本来』とは、どれほど高度な身体強化を施したところで肉弾戦ではAランクの魔導師にすら対等になれる訳がない、という意味だ。

451小閑者:2018/07/10(火) 23:13:35
「覚えてるか?事件中に、ロッテに恭也の戦い方を真似出来るか?って確認した事があっただろ?」
「あぁ、あったね。たしか、身体能力的には恭也くん以上だから再現出来るって言ってたよね?戦い方そのものは無理だとも言ってたけど」
「そうだ。使い魔は魔法生物だからな、言い換えれば通常の運動能力しかない魔導師であっても相応の強化を施せば恭也の運動能力を上回れる事になる」
「…嘘ばっかり」
「…あぁ、気付いてたか」
「気付いてましたぁ。恭也君の動きが使い魔なら誰にでも出来るってレベルじゃない事くらい。
 まぁ、アリアが無理だって言ってたからなんだけどね」
「言ってたのか?」
「言ってたのだよ。改めて強化魔法を掛けなければ自分には出来ないって。
 使い魔としては高位の存在なのに、ロッテには出来てアリアには出来ない。アリアだって身体能力は一般人を大きく上回るのに、パラメータの振り分けを魔導技能に多めに配分しただけで実行出来ないとか、どんだけデタラメなんだか…
 平均的な運動能力の人を恭也君並みに強化するなんて、それこそ高位魔導師の強化魔法じゃないと無理だよ?」
「そうだな。つまり、恭也は身体一つで高位の魔法と張り合える訳だ。
 これで恭也の強さの秘密の一端が分かってもらえたかな?」
「あっ、ずるーい…あれ?」

 軽く言いくるめられる事で納得仕掛けたエイミィだが、それ自体が誘導である事に気付いて辛うじて踏みとどまる。

「それじゃあ、身体能力が高いって話のままじゃん!」
「バレたか」
「バレいでか!」
「まあ、並みの使い魔よりも優れた身体能力というだけでも十分に自慢出来ると思うけどね」

 そう、恭也の戦闘方法の最も不可解な点は、肉弾戦で攻撃魔法を操る魔導師に対抗出来る点に尽きる。
 肉弾戦である以上、武器の届く距離まで接近しなくてはならない。
 そして、格闘をメインとする魔導師は魔法による高速移動で被弾を最小限に抑える努力はするが、どれほど優秀な魔導師であろうと被弾を0にする事は出来ないので、シールドやバリアジャケットといった防御技能が不可欠なのだ。

「あいつ、バリアジャケットはおろか、シールドすら張れないからな。肉体の強度自体は鍛えているとは言っても人類の範疇を出てないし」

 だが、恭也にはその不可欠なはずの防御技能、つまりは耐久力が無い。

「やっぱり、耐久力の無さをカバー出来るあの回避技能が恭也君の戦闘技術の要だよね?」
「そうだと言えばそうだ。
 だけど、ロッテほどのスピードがある訳じゃないのに躱し続けられる理由が説明出来ない事に変わりはないだろう?」
「そうなんだよねぇ。
 ホント、予知能力でもあるんじゃないか?ってほど悉く裏を掻いてくるし、後頭部に目が付いてるんじゃないの?ってほど周囲の状況を把握してるし。
 本人は『技術だ』って言い張ってるけど、体術として括って良いのか議論の余地があるよねぇ?」
「どちらかというと、『体術に含める』という結論の方が少数意見だと思うんだが…
 本当のところ、『ここが優れてるから』と明確に言えないのにこれだけの戦績を叩き出しているからこそ、君も頭を悩ませているんだろ?」
「そうなんだよねぇ」

 より正確な表現をするなら、恭也が意図して『優れた能力』を隠し通しているのだろうとクロノは考えていた。
 いくらなんでも突出した技能・能力もなしにあの強さが成り立つとは思えない。尤も、それが『気配探知』のように未知の技法である可能性は否定しきれないのだが。

452小閑者:2018/07/10(火) 23:15:10
「実際のところ、ロッテに限らず使い魔や身体強化に長けた魔導師の中には、単純な筋力やスピードで恭也君を上回れる人がいない訳じゃないんだけど、その人たちでも今のなのはちゃんやフェイトちゃんに勝てる人なんて多くはないだろうしね」
「2人共最近の上達ぶりは半端じゃないからな」

 よほど心身共に充実しているのだろう。それぞれの進路である執務官や武装隊・教導隊からも非常に有望視されているくらいだ。
 ただ、二人が突出しているだけに、同時期に入局した者にはプレッシャーになりかねない。

「はやてちゃんにはちょっと厳しいだろうねぇ。
 恭也君の事もあるし、リハビリで焦らないと良いんだけど…」

 闇の書の侵食から解放され、下半身の麻痺が解けたはやてではあるが、車椅子生活で衰えた足腰の筋肉を取り戻すには時間が掛かる。焦りから無理な運動を行えば、負荷に耐え切れず腱や靭帯、ひいては骨を痛めてしまう事も有り得る。
 そうならないためのリハビリなのだが、見識のある専門家の指示を仰がなければリハビリの運動そのものが害悪になりかねないのだ。

「大丈夫だろう。その恭也が親身になってリハビリに付き添ってるんだ」
「精神安定剤って訳だ。…元凶でもあるけど」
「良くも悪くも影響力は半端無いからな。その割に、相手によっては毒にも薬にもならないし」
「相手?」
「あいつ、学校では普段、気配を消してるらしいんだよ」
「あー、あの存在感の無くなるやつ?なんでまた?」
「え?…あー、流派の理念、と言うのが大きいんだろうな。
 目立てば標的になり易いし、『戦う者』だと知れ渡れば護衛などで警戒される。まあ、こちらは抑止力の意味では有りなんだろうが、護衛が就いていると知っても襲撃してくる連中は護衛の力量を見越して計画を立てて襲ってくる。勿論、十分に勝算があると判断してね。
 そうなると、銃器による武装もなしにあれだけの戦闘力があるんだから、御神流の剣士にはそうと気付かせずに備えさせて有事の制圧要因になって貰った方が効果が大きい。襲撃側の裏をかく意味でもだ。
 あとは単なる習慣だろうね。無意識のレベルで出来てこそ習得したと言えるんだろうし」
「ふ〜ん…
 でも、よくわかったね。恭也君が教えてくれる内容とも思えないんだけど。
 断定口調ってことは推測じゃないんでしょ?」
「未だにこの手の話は秘密主義だからな、あいつ。
 でも、今のは全部僕の推測だよ。なのは経由で士郎さんに裏付けは取ったけど」
「…え?答えてくれたの?どゆこと?『御神流』が秘密主義なんじゃないの?」
「うん、正直良くわからない。
 少し考えれば分かる様な内容だったんだし秘密にしなきゃならない訳でもない気がするから、恭也の線引きが厳しいだけって気もするし」
「あ、それは私も思うことあるよ。
 って言うか、恭也君のは隠す必要があってはぐらかしてるのか、悪戯の延長でからかいに来てるのか判断に迷う事が多いんだけど」
「それは僕も思う。
 ただ、士郎さんもうちの艦長に輪をかけて突き抜けた人だからなぁ。あの人はあの人で決して標準的な『御神流』じゃないんじゃないかなぁ」
「あ、あはは…」

 表面的には性格も言動も180度違ってるのに困ったところだけ『親子』な二人である。いや、クロノが接した限り、高町恭也氏はかなり常識人だったので血縁の問題ではないのだろう。実際、厳密には血縁じゃないんだし。

453小閑者:2018/07/10(火) 23:20:05
 そうして、苦笑を浮かべるエイミィを見て、クロノは心の中で安堵した。
 話の流れで思わず恭也が学校で気配を消している事を話してしまったが、なんとか誤魔化せたようだ。
 なんとなくエイミィには、恭也が学校で気配を消しているのが友好関係を広げないためであり、それは守るべき対象が増える事で戦いの最中に迷いが生じる可能性を減らすためだ、などとは知られたくなかったのだ。その考え方は既に短所というより人間性の欠点とか欠陥と呼べるレベルで、人によっては嫌悪してもおかしくはないだろうから。
 そんなクロノの思考が聞こえてでもいたかのように、エイミィが微笑を浮かべて冗談交じりに否定した。

「大丈夫だよ、そんなに警戒しなくても。
 無理矢理聞き出すつもりもないけど、ちょっとやそっとのことじゃ、今更恭也君を怖がったり嫌ったりはしないから。
 それとも、そんなに信用が無いのかな?私は」
「あっ、いやその、…すまない。決して信用してない訳じゃないんだ」
「フフッ
 冗談だってば。心配だったんでしょ、恭也君のこと。
 クロノ君はやさしーねぇ」
「っ!?」

 クロノはクスクスと笑いながら覗き込む様に顔を寄せてくるエイミィの柔らかな表情に心臓が大きく脈を打ったように感じた。
 頬の熱が頭にまで伝わったのか、思考が空回りを始める。役に立たない脳みそは頬が熱いと自覚出来ても反論を並べて話を逸らすこと自体を思いつくことがなく、それでいて恭也の考え方を隠そうとした本当の理由には思い至った。

 そうか。
 僕は、人の欠点に気付いて手のひらを返すように態度を変えるエイミィの姿を見たくなかっただけなのか。

 クロノの意志の強さを示すように、どれほどの困難にも揺らぐ事のない眼差しが常にはない光を湛えて見つめてくる。そう気づいたエイミィも、僅かに驚きに目を見張った一瞬の後にはクロノの熱病が感染したかのようにゆっくりと瞳が潤んでいった。

「邪魔するぞ」
「…え?」

 唐突に部屋に響いた第三者の声が、2人の思考を覆っていた霞を僅かに薄れさせた。
 今の声は、そう、恭也の声だ。
 エイミィも同じ結論に至ったのだろう、屈めていた姿勢を戻しつつ声のした方に身体ごと振り向いた。そして、エイミィが一歩脇に退く事で開けたクロノの視界の先には、扉を開いた姿勢の恭也が

「邪魔したな」

静かにスライドしたドアに遮られて見えなくなった。

「…え?」

 用事があって来たであろう恭也が、何の要件も告げずに退室したため不思議そうに2人で顔を見合わせる。
 頭の中で何かが鳴り響いてる気がする。…これって、ひょっとして警鐘?でも、一体何に対して?
 今一つ通常運転を再開してくれない脳みそを何とか稼働させて、先ほどの恭也の行動を思い出す。

454小閑者:2018/07/10(火) 23:20:57
 入室すらしなかったんだから退室じゃないな。じゃなくって、恭也は何をしにこの部屋へ…あ、模擬戦の約束してたんだ。あれ、…じゃあなんでUターンしたんだ?僕が一緒にトレーニングルームに行かなくちゃ始めようがないのに。立ち去ったということは中止と判断したのか?何故?…会話じゃないから…何かを見た?

 刻一刻と音量を増していく警鐘に追い立てられるように、もう一度先程の状況を思い浮かべる。
 恭也がドアを開けて再び閉めるまでの一連の流れを、頭の中で恭也の視点から互の相対位置や動作を正確に再現して、

 クロノの顔から血の気が引いた。

「ちょっ、待っ、きょきょきょきょうや!!待ってくれ!!」

 クロノの取り乱し様に驚き目を丸くするエイミィを置き去りにして、クロノがドアから飛び出したのは、携帯で通話している恭也の横顔が通路の曲がり角に消える瞬間だった。

「…ああ、漸く繋がった。
 いえ、忙しいところすみません、リンディさん」

 静まり返った通路の先から辛うじて聞こえた恭也の言葉に、背筋を冷たい汗が伝う。恭也が『艦長』ではなく『リンディさん』と呼ぶという事は、この会話は個人的な内容なのだ。
 恥も外聞も捨てて大声をあげてでも通話を妨害したいと思う一方で、事故に合うと分かっていても体が硬直して回避出来ないのと同じ様に、何故だか走る足を忍ばせて呼吸さえ止めて耳を澄ましてしまう。

「公務中でしょうから慎むべきかと思ったんですが、手短に要件だけでも伝えておくべきかと思いまして。
 今日の夕食には赤飯をお願いします」

『セキハン』が何かは知らないが嫌な予感しかしない。

「ああ、聞いたことがありませんか。
 日本で古くから、身内での祝い事に振舞われる料理です」

 そんな声に出してもいないクロノの疑問に、恭也が丁寧に答えてくれた。なのに何故だろう。全く嬉しくない。
 早く通話を止めたくて懸命に駆けているはずなのに、全く距離が縮まっている気がしない。実はあいつも走ってるんじゃないのか!?

「詳しい話は帰宅後に。
 先程ハラオウンの執務室で見た事を彩も鮮やかに脚色してお話しますよ」

 脚色すんなよ!!いや、事実だけでも拙いけど!!

「まぁ、端的に言うなら、リンディさんが孫を抱ける日も遠くはないかと」
「飛躍し過ぎだーー!!!」

 クロノの口が紡ぎ出したツッコミはアースラの隅々にまで響き渡ったそうな…








つづく

455小閑者:2018/07/14(土) 23:17:17
14.考察



 自分と恭也の強さの違いとは、要するに『パラメータの振り分け方』だとクロノは解釈している。
 ゲームなどで良くある『攻撃力』や『敏捷値』といったパラメータに獲得したポイントを振り分けて自分のキャラクタを作り上げる、というアレだ。
 勿論、現実はゲームの様に簡単に行く訳がない。実際には数値入力ではなく地道な鍛錬が必要だし、想い描いた理想像に近づこうと鍛えたとしても『特徴』だとか『個性』だとか言ったオブラートに包まれた『才能』に阻まれて伸び悩むことも多々あるのだから。
 それは兎も角、魔導師として考えた場合のパラメータは、大きな項目として『攻撃』『防御』『補助』があり、『攻撃』の中でも『砲撃』『射撃』『誘導』…etc、それぞれに『精度』『射程』『威力』『付加』といったものに細分化される。魔導師ランクの評価項目でもあるそれらで恭也の魔導師としての能力をパラメータ化した結果がFランクである事は既に周知の事実だ。同様に、運動能力を主体とする恭也の戦闘能力が、この『魔導師の基準』では評価しきれていない事も彼に関わる全ての人物が認めている事実だ。一般的なアスリートの評価基準の方が、『すさまじく高い能力値』と判定される分だけまだ現実に近いだろう。…いやまぁ、言うまでもないだろうが、2km先にいる人の表情を見分けられる視力を上限である『2.0』に分類しているように、一般人(アスリート含む)の基準では評価しきれる訳がないのだが。
 ただし、それなら単純に評価基準の上限を上げれば済むのかと言えば、やはりそう簡単にはいってくれない。
 恭也は測定させてくれないだろうし、させてくれても全力は見せてくれないだろうが、仮に何かの間違いで恭也の全力を計測したデータを入手できてしまったとする。他の追随を許さないその計測数値は誰がみても『凄い』と思うだろうし、確かに恭也を数字にして表しているだろう。しかし、そのデータだけを見て生身で魔導師と戦えると判断できる者は戦闘解析を専門とする者も含めて管理局にはいない。それは解析班の能力の問題ではなく、如何に緻密で正確だったとしても、比較対象の無いデータそれ自体は所詮数字の羅列でしかないからだ。

 そもそも、魔法的に強化されている使い魔の中には恭也以上のパラメータを誇る者(それでも全てにおいてとなると多くはないのだが)は存在するが、そんな彼らであっても、同様の戦闘スタイル(肉弾戦タイプの使い魔でもシールドなどの防御魔法は使用するので回避技能は高くない、もとい、恭也レベルではない)を採ることが出来ない事は以前にも述べている通りだ。
 言うまでもない事ではあるが、彼らの違いはその高い基礎能力をどの様に活用するかにある。それぞれの基礎能力を高次元で連携させた技能、つまりは戦闘技術こそが恭也の強さの根元なのだ。
 そして、魔導師の魔導技能をパラメータから推測するように恭也の戦闘技術をパラメータから推測するためには、魔導技術のデータベースに相当する物を構築するために恭也と同レベルの戦闘技術を持つ者たちのデータを大量に蓄積する必要がある。一日分の気象データがあったとしても、過去の膨大な観測結果が無ければ天気予報が出来ないのと同じことだ。
 但し、そんな戦闘集団に伝のない管理局(そんな集団が身近に存在するなら、これほど魔導師至上の価値観は浸透しなかっただろう)にとって、そのデータベースの作成は不可能に近い。
 つまり、恭也の基礎能力を数値として知ることが出来ても、それを基にして正しく評価することは出来ないのだ。

456小閑者:2018/07/14(土) 23:18:04
 因みに、恭也の身体能力は全ての面で使い魔に勝る訳ではない。単純な筋力の反映される膂力や走力、跳躍力といったものは、余程極端に魔導技能に傾注しない限り使い魔側に軍配が上がる。対して瞬発力や敏捷性など、いわゆるクロスレンジでの戦闘で必要になりそうな肉体能力は半々といったところだろうか。そして、恭也の戦闘技術の根幹とも言える反応速度は、大半の使い魔を凌駕する。
 反応速度、つまり敵の採る攻撃・防御と言った行動に対応するスピードは、思考を介さない行動、つまり反射行動が最短とされている。『見て』『(攻撃手段や位置、フェイントであればその意図を)認識して』『対応を検討して』『行動する』よりも、『見て』『行動する』方が速いのは当然だ。これは戦闘全般、中でもクロスレンジでの戦いにおいて絶大な効力を発揮する。戦闘技能が高度になるほどフェイントの応酬が激化するのは戦闘距離に関わらない事だが、クロスレンジではそれに対応するスピードの重要性が跳ね上がるのは想像に難くないだろう。当然、フェイントにひっかかったり、敵のモーションに対する反射行動が見当外れではいくら対応が早くとも意味がないのは言うまでも無い事だ。そして、洞察力を養い素早く適切な対応を行うためには、地味な反復練習を積み重ねる以外にはない。
 そういった意味では、御神流という下地を元に日夜鍛錬を欠かすことのない恭也の反応速度であれば、使い魔を上回る事にクロノ達も納得していた。いや、正確には恭也の反応速度が使い魔を上回るのは鍛錬に因るものだ、と自分を納得させていた。努力でどうにかなる範囲など遠の昔に通り過ぎている事実から目を逸らして思考を止めているとも言える。
 尤も、そこで目を逸らしているからこそ、恭也の本当に恐ろしい特性が、神速を発動するまでもなく人類の範疇からはみ出しているその思考速度にあると気づけないでいるのだが。

 因みに鍛錬で反射行動を身につける事について、特定の攻撃に対して常に同じリアクションを採れば先読みされてしまう、と思われるかもしれないが、殺し合い、特に近接戦闘において癖に気付かれるほど長期戦になる可能性はそれほど高くない。
 そのため、癖を見抜かれる心配をするよりは反射速度を向上させた方が生存率が高くなるのだ。
 また、流派の特性と同じくらい個人の癖も、広まることで自身の生命を危険に晒すことになるため、剣術に限らず殺人術を職業として身につけた者は、対峙した敵は確実に殺害するし、僅かな手がかりも残さないように敵の死体すら衆目に晒すような示威的な行為に及ぶこともない。その辺りが快楽殺人者との大きな違いだろう。
 勿論、反射的な行動よりも、敵の行動を見て対応手段をしっかり検討してから実行した方が確実性は圧倒的に増すので、思考行動が反射行動に追いつけるのであればそれに越したことはない。更に、反射行動のスピードは思考行動のそれを短縮したものと言えるため、思考速度の上昇は反射速度の底上げとも言える。
 恭也の鍛え上げられた肉体は、確かに人類を超越している。だからこそ、その根幹とも言える思考速度という特性が明るみに出るのは当分先の話だろう。

 閑話休題
 そもそも、恭也の技能は格闘技の延長にある(はず)なのに、単に測定基準の上限とは別に、単純に既存の評価内容が適用出来ない事が問題なのだ。
 魔導師と言えども魔力が尽きれば一般人と変わりがなくなる。それでも尚、戦おうとすれば残るは純然たる肉弾戦しかない訳だが、犯罪者グループに囲まれた状況でその状態に陥る可能性は無視出来ない。故に、執務官の試験項目には魔力が無くなった時の対処方法も含まれている(流石に魔導師ランクの試験項目には含まれていない)。ただし、拳銃などの質量兵器で武装出来ない管理局員の取る対処法とは、徒手空拳での肉弾戦、では、勿論ながら、無い。あくまでも身を隠すなり逃走するなりと言った技能であり、評価対象もそれに準じるものだ。

457小閑者:2018/07/14(土) 23:18:52
 当然、複数の犯罪者に立ち向かうなど下策中の下策とされており、更に魔導師の存在が確認されたグループに不用意な行動(たとえ逃走であっても)を行うなど論外、『状況判断能力欠如』として一発退場だ。
 だが、この評価自体は非常に理に適ったものだ。恭也という例外(と言うか規格外)が現れたからと言って軽々しく撤回出来るものではない。理由は至ってシンプルで、『身体を鍛えた程度では、魔導師の打倒どころか数の優位を覆すことも出来ないから』だ。
 犯罪者側も馬鹿ではないので捕まれば刑務所行きと分かっている以上、規模に見合う程度の武装はしているし、組織内でも暴力に酔い易い下っ端ほど生まれつき体格に恵まれている。
 アクション映画のヒーローとは違い、人数差を帳消しに出来るほど圧倒的な性能を誇る武装もなく、敵の戦意を挫けるほど残酷な殺害手段を取る訳にもいかない執務官にとって、『数』とは覆し難い力なのだ。
 また、Aランク以上の魔導師が相手となれば、能動的に展開するシールドどころか恒常的に纏っているバリアジャケットすら簡単には攻略出来ない。
 まず、平均的な魔力量で展開されたバリアジャケットであれば、一般に浸透しているイメージの通り、人体が生み出せる程度の打撃は無効化される。そして、パッシブアーマーとは違い触れることこそ可能だが(追跡されている状況なので警戒している魔導師に触れられるほど接近する事事態が既に高難易度ではあるが)、不意を突いて接近し締め技や間接技をしかけたとしても一定以上の圧力(首筋は特に)や痛覚に反応してバリア機能が作用するため『気付かれる前に制圧する』と言うのも実質的に不可能だからだ。
 問題は攻撃面だけではない。
 隠れるにしても、相手が単なる肉眼であっても数が多くなるだけで難易度が上がるし、探査の魔法が相手となれば魔力が尽きていては対抗できない。敵側に魔法的に覚えられていなければ、魔力探査に引っかからないため簡単に見つからないのがせめてもの救いだろう。
 逃走に関しても、地の利が相手にある(敵の拠点付近であるという前提)ため先回りされるなど人海戦術は非常に厄介だし、攻撃魔法は運に任せた単発の回避なら兎も角、躱し続けられるものではない。
 そして、本来『魔力が切れた魔導師』が『Fランクの魔導師』になった程度では、例え上級の使い魔と同等の身体能力があろうとこの評価内容に変わりはない。それが魔法文明で育った者達の常識だ。
 当然のことながら、『徹』という異能に分類されてもおかしくない攻撃方法どころか、シグナムの騎士甲冑を切り裂いて肌まで刃を届かせた刀による通常の斬撃など考慮されていないし、目の前にいるのに認識できなくなるなんて技術は、その常識には含まれていなければ、夢想すらされていない。
 だからこそ、恭也の身体パラメータから下される評価と本人の実力とが乖離してしまうのだ。

 その辺りの理由を鑑みた結果、クロノが着目したのは『距離』だった。
 魔法も物理も、攻撃も防御も回避も、瞬発力も持久力も、筋力も精神力も関係ない。細分化して定量的に評価するのではなく、ただ、戦闘を行う上での距離にどれだけ重点を置いているかの評価。
 そんなものに何の価値があるのかと一笑に付される事は分かりきっているし、相手が恭也以外の誰かであれば意味がないため、クロノもこの評価基準を誰かに話したことはない。それでもクロノはこの基準で恭也を評価することによって再認識できた事がある。

 恭也の比較対象の基準とするために、まずは全ての技能を均等に鍛えてきた自分をショート(クロス)レンジが100、ミドルレンジが100、ロングレンジが100とした。では、恭也は?
 単純に考えれば、刀を主体とした肉弾戦のみの恭也はクロスレンジの特化型だ。だが、ミドル・ロングレンジの戦闘技能が0であれば、その距離でのエキスパートであるなのはやフェイトは勿論、アースラに所属するAランクの武装局員にすら、ロングレンジでの対峙から始まった試合では恭也が負けることになる。だが、実際にはそうはなっていない。ミドル・ロングからの攻撃を躱す技能を持っているからだ。つまり、こと、回避行動に限定すれば、恭也は中・長距離にもポイントを割り振っているという見方が出来る。

458小閑者:2018/07/14(土) 23:19:36
 だが、それでもクロノは、恭也はクロスレンジに持てる全てを割り振ったと考えていた。何故なら、剣術とはクロスレンジを制するための技術だからだ。
 では、中・長距離からの攻撃にどう対処していると考えたかと言えば、『クロスレンジで躱している』だ。
 たとえそれが砲撃であろうと誘導弾であろうと、命中すると言うことは接触すると言うこと。つまり、恭也は自らのテリトリーであるクロスレンジに侵入する攻撃魔法を相手に、近接戦闘の技能を駆使している、クロノはそう考えたのだ。
 それは、クロノがパラメータのそれぞれに100ずつ振ったポイントの総数300を全てクロスレンジに振ったからこそ成し得る事なのだろう。

 限りなく生身に近い状態で魔法戦に参加するリスクを、恭也は正確に理解しているだろう。
 それでも、恭也が刀を手放すことはない。
 勿論、これまでつぎ込んできた時間や労力を考えれば誰だって固執したくなるだろうし、そういった精神的な問題だけでなく、長年掛けて培ってきた剣術に特化した肉体や戦術的な思考回路は簡単に変更が利かないモノだ。だが、恭也の拘りはそう言った実用的な理由とも別のモノのはずだ。
 何故なら、闇の書事件では剣術だけでは対抗しきれないと悟ると魔法に手を出す事に、少なくとも表面的には、躊躇する様子を見せなかったからだ。
 あの時、恭也は魔法での戦闘に剣術を活かせるとは考えていなかっただろう。つまり、それまでの人生の全てを捧げてきたであろう剣術を手放す覚悟を固めていたのだ。剣術を主体とした今の戦闘法に落ち着いたのは、あくまでも高い戦力を獲得する方法を突き詰めた結果でしかない。あるいは、リンディが紹介したデバイスマイスターがあの老人でなければ、違う手法に辿り着いていた可能性も十分にあったはずだ。
 それは、彼にとって剣術が目的を遂げるために必要不可欠であれば捨ててしまえるもの、という証明だ。言い換えれば、『選択の余地がないから縋りついている』訳ではなく、現代におてい拳銃を手に取らなかったのと同じ様に、彼が亡くした一族から受け継いだ剣術に、正しく『拘っている』のだ、命を懸けて。
 そもそも、今の恭也は魔導師と戦うために刀を手にしている訳ではないとクロノは考えていた。恐らく逆なのだ。誤解を承知で敢えて言うなら、剣技が活用できるから、もっと言ってしまうなら剣技を磨く場として管理局への入局の誘いに応じただけだろう。

 剣術で出来ることはするが、それ以上であればしない。

 それが、彼のスタンスなのだ。
 勿論、局での仕事で手を抜くと言う意味ではなく、『目的』>『剣術(自分の生命)』>『局の仕事』、という不等号を明確にしているだけだ。(そして、クロノは「命懸けで管理局に奉仕しろ」と人に強要する気はない)
 剣術を手放す覚悟を決めたあの時と現在の違いは明確だ。はやて達の、そして今ならきっとフェイトやなのはも含まれる、彼女たちの心と身体の安全だ。彼女たちの安全を図ることが出来るなら、今でも恭也は剣術を捨てる事に躊躇を見せないだろう。
 彼女たちに差し迫った危険の無い今の恭也には本当の意味での目的がない。だから、目的を見つけた時にそれを達成するための手段として心置きなく選択出来るように、剣技を磨く場を欲しているのだと思う。…いや、少し違うか。
 前言を翻すことになるが、恭也の覚悟がどうあれ現実的に恭也が剣術以上の技能を獲得できる可能性は無いといっても良いだろう。だが、フェイトたちが管理局に入局した以上、将来発生するであろう彼の目的、つまり彼女たちの危機や彼女たちだけでは解決が困難な場面での助力には、高い確率で魔導師との対峙が付随する。そして、今尚、成長を続ける彼女たちが魔導技能そのもので劣勢に追いやられる可能性は低いし、仮にそうなったとしたら恭也には逆立ちしても魔法の面では状況を覆せない事は分かりきっている。やるとするなら全く別方面からのアプローチが必要になる。恭也は、それを剣術に求めたのだ。それが拘わりと一致していたのは、決して長いとは言えないのに困難の多い彼の人生で、幸運と言える事柄なのではないだろうか。

459小閑者:2018/07/14(土) 23:20:08
 『不破恭也』という人物を知らなければ、原始的な武器を振り回してなのは達AAA魔導師が敵わない敵に挑むなど巫山戯ているのかと思う者もいるだろう。
 だが、言うまでもなく、彼は本気だ。
 そして、議論の余地もなく、彼は強い。
 ならば、クロノにも異論などあろうはずもない。広く浅く同じことしか出来ない個人の集まりよりは、狭く深く別のことしか出来ない個人の集まりの方が、連携さえ取れれば大きな力を発揮できるのだから。




 それにしても、とクロノは思う。

 彼は、御神でその教えを説かれていたのだろうか?
 それとも、誰から教わることもなく、その結論に辿り着いたのだろうか?

――― 自分より強い相手に勝つためには、相手より強くなくてはならない ―――

 訓練校を苦もなく卒業出来てしまうほどの若くして高ランクに達した生徒に対して、慢心しない様に敗北の味と共に教官から送られる矛盾を孕んだその言葉。

『総合力で自分より強い相手に勝つためには、得意な分野で相手より強くなくてはならない』

 この言葉をここまで適切に体現して見せる戦闘者を、クロノは他に知らない。
 だが、それでも、負けるつもりはない。

『クロスレンジにおいて圧倒的に強い恭也に勝つには、オールレンジにおいて恭也よりも強くあれば良い』

 フェイトたち、才気溢れる若き後輩たちのために。
 同時に、魔導に特化することになる彼女たちに物理戦闘という幅を持たせるという恭也の選択が決して間違いではないと実証するために。



続く

460名無しさん:2018/12/09(日) 23:26:16
15.結末(その1)


 訓練室に展開されたレイヤーである高層ビルの屋上を緩やかな風が吹き抜ける。
 模擬戦で加熱した思考と火照った身体を冷ましてくれる風の心地良さにクロノは目を細めて広がる青空を見やった。

 思いの外、短時間での決着だった。
 いや、恭也との戦いであれば勝敗の如何に係わらず短期決戦か、ひたすら索敵と潜伏に終始して時間切れでの引き分けのどちらかしか思い浮かばないからこんなものだろうか?

 空を仰いでいた顔を前方へと戻すと、視線の先、50m四方ほどの屋上の対角にいる恭也の姿が見えた。
 一戦交えた直後とは思えないほど疲労感を滲ませる事の無い超然とした立ち姿を見せられると、直ぐにでも座り込んでしまいたい誘惑に駆られているクロノの心に悔しさが首をもたげてくるが、その姿が弱みを隠すための演技に過ぎないという冷静な判断を下す自らの理性に従い溜め息の様に大きく息を吐きだすことでやり過ごす。そうやって平静を取り戻した後、クロノは改めて恭也の様子を窺った。
 クロノの居るその場所から恭也の表情までは読み取れないが、静かに佇む姿からすると先程の模擬戦を反芻しているのだろうか? 
 そんな事を考えながら歩み寄っていくと、こちらに聞かせるようなタイミングで、しかし実際には恐らく単に聞こえる距離まで近づいた時だっただけという偶然のタイミングで、恭也の口から言葉が零れた。

「・・・ああ、土星の環、か」

 あれ?模擬戦関係なかった?

 それが悪いとまで言うつもりは無かったが、恭也が模擬戦直後に他事を考えていると言うのも考え難いと言うのが正直なクロノの感想だ。となると、戦闘とは無関係そうなその『土星の環』とやらに何か意味があるのだろうか?
 この第97管理外世界である地球に来る際に基礎知識として馬鹿正直に勉強して覚えてきた単語の一つに含まれていることを思い出したクロノは、そのまま関連する知識を引きずり出してみた。

土星
 恒星である太陽とそれを中心に公転する天体で構成される太陽系の惑星の一つ。
土星の環
 土星はたくさんの氷や岩石などを衛星として持っておりそれらがリング状に配置されているため、地球から恒常的な環として観測される。

「・・・恭也。
 さっきの魔法は、構想にかなりの期間を要したし、実用レベルにするためのブラッシュアップにも物凄く労力が掛かってるんだ」
「・・・?
 いきなり苦労話を聞かされても反応に困るんだが。自慢話にでも繋がるのか?」
「違う。
 凄く苦労したんだから、一度見ただけで本質を言い当てるのは止めてくれ、と言ってるんだ」
「知るか。知られたくないなら、模擬戦なんぞで使うんじゃない。
 どんな技だろうが、一度でも見せれば対策を立てられると思っておくのは当然の心構えだろうが。だから、昔の剣術家は戦闘を見られた相手は必ず殺すし、殺せない相手や不特定多数の目がある状況で技を出すことはなかったんだ」
「物騒な事を言うな!」
「地球ではそう言うもんだったんだよ。
 そもそも、俺相手にしか使い道のない魔法など労力を掛けてまで開発するな。暇人かお前は」
「ウッ・・・
 別に、あの魔法は他の相手にだって使えるさ」
「見え透いた嘘を吐くな。あの魔法、魔法抵抗力ゼロだろ」
「・・・な、何を根拠に・・・」
「あそこまで複雑な構造にしておいてあの短い詠唱時間と発動速度を達成するのはいくらお前の魔導技能でも無理がある。それが出来るなら誘導弾の球数か精度か速度がなのはよりも圧倒的に高いはずだからな。となれば、俺を相手にして必要ない機能を削るしかない」
「・・・」
「相手が俺以外の場合、具体的に言えば、Cランク以上の魔導士なら拘束された時に最初にするのは単純な魔力での抵抗か破壊の筈だし、解呪が出来るほどのエキスパートであれば魔法抵抗力ゼロなんてあからさまな弱点は瞬時に見抜けるだろう。魔導士ではない一般人が相手ならそもそもそんな特殊な魔法を使う必要すらない。
 何か反論があるなら聞くが?」
「・・・さて、そろそろ模擬戦の反省会を始めようか」

 あからさまに話題を逸らしに来たクロノに、呆れたように息を吐きだしてから恭也が応える。

461名無しさん:2018/12/09(日) 23:26:53
「別に無理やり話を逸らさんでもいい。
 そろそろ夕飯だろうから俺は帰るぞ。
 お前も忙しい身だろう。執務に戻るなり、帰宅して休むなりしろ」
「いや、待て待て。
 言い方が悪かったのは謝るが、反省会はしよう。君だって戦闘の展開や僕の魔法について確認したい事はあるだろう?」
「?いや、別に。
 お前が使った魔法、最後のやつ以外はノーマルだったろ?展開も、終わってから振り返れば詰め将棋みたいなものだしな、特に疑問の余地はないだろ?」
「いや・・・、そんなあっさりと。
 僕の方は聞きたい事があるんだが・・・、特に君の取った行動の意図は聞いておきたい事がいくつかあるんだ」
「そうか?
 まあ、良いけどな。どの場面についてだ?」

 疑問符を浮かべつつも、一方的に情報を搾取する気はないのか応じる姿勢を取った恭也に安堵しながらクロノが切り出す。

「じゃあ、最初から順番に・・・」
「え、いくつもあるのか・・・?」

 何言い出すんだこいつ、とでも言いたそうな恭也の表情に心が折れそうになったクロノは、疲れた身体で立ち話もないだろうと恭也を促す事で心を立て直す時間を稼ぐと、二人分のドリンクを用意しつつ休憩室の席に着いてから話を開始した。

「じゃあ、早速始めようか。
 開始直後、見通しの良いビルの屋上に隠れもせずに立ってただろ?初期配置はランダムだから互いの位置が分からないとは言え、正直、完全に隠れてるか、隠れながら僕を探すかと思ってたんだが・・・」
「趣旨と期間の問題だな。
 目的が単に生き残る事なら戦う必要は無いから時間切れになるまで只管潜伏するのも有りだし、何日掛けても良いなら潜伏と索敵で不意打ちを掛けるのも手だったとは思うが、今回は戦闘訓練だからな」
「いや、何日もは大袈裟・・・じゃないか。魔法無しなら数日で済むなら早過ぎるくらいか」
「あの訓練室、10km四方の設定だっただろ。今更言うのもなんだが、個人戦で必要な広さじゃないんじゃないか?
 まあ、兎も角、模擬戦じゃなく現実であれば、その時点での目的も居場所も思考回路も行動原理も趣味嗜好も知らない相手を見つけるのは運以外の何物でもなくなる。あれだけ広い空間に一人しかいないなんて特殊な条件は模擬戦くらいしかまずないから、実際に街中で人を探すなら人混みの中から対象を選別する必要まである。尤も、人が居るなら居るで周囲の住人から情報を集めることで居場所を特定出来る可能性もあるがな。何れにせよ人海戦術か長期間の潜伏が前提になる。
 と、話が逸れたな。
 繰り返しになるが、今回の前提条件と俺の移動速度と索敵距離であれば、制限時間内に探し出せる可能性は運任せになる。つまり、俺には不可能と言って良い」
「だから、僕に探させた、か」
「そうだ。探索魔法は優秀だからな。
 尤も、先制されるリスクを冒してまで楽をするなど実戦であれば有り得ないが・・・」
「まあ、そうだろうなぁ。
 いや、でもあんな目立つところに立ってる必要は無かったんじゃないか?隠れてても良かったんだし」
「近距離での索敵精度なら兎も角、距離があっては探索魔法に対抗出来ない事は既に知っているから、態々今回の模擬戦で試すつもりは無かった。まあ、お前に探させたからその延長と言う面もあったかな。
 今更確認するまでもないだろうが、俺にとっての対魔導士戦は、如何にして敵の懐に潜り込むかだ。無論、気配を消して接近した後の不意打ちは手段の一つだが、折角これだけ広大な空間を使った模擬戦で試すんだから、臨戦態勢の魔導士に正面から接近する方法を試すことにしたんだ」
「実験台か・・・」
「問題があったか?
 戦い方の指定、と言うか制限はなかったんだ、弱点克服の模索や戦術の試行錯誤は当然だろう。
 そもそも模擬戦自体が敵との戦い方を模索するための手段なんだし」
「・・・あれ?勝敗に拘ってなかったのか?」
「・・・何?拘った方が良かったのか?って言うか、お前は拘ってたのか?
 手を抜いたつもりは無いし、当然勝つつもりで戦いはしたが、俺は鍛錬の延長という認識だったんだが」
「ああいや、すまない。そういう訳じゃないんだ。
 ・・・なるほど、通りで思いの外素直な戦い方だという印象を受けた訳だ」
「・・・ふむ。
 何やら期待を外したようだな」
「いや、問題無い。君の言う通り、戦い方を指定した訳じゃないし模索と言うのも正しいスタンスだ。
 何よりこれから先も模擬戦をする機会は幾らでもあるだろうしね」
「今日の調子では次回がいつになるか分からんがな」
「・・・まあ、善処はするよ」
「当てにはするまい」

 そう言ってコーヒーのカップを手に取った恭也に合わせて、クロノも用意した紅茶に口を付けた。

462名無しさん:2018/12/09(日) 23:27:33
 そうして一息ついたところで、ふと気が付いたという風に恭也が口を開いた。

「ところで、未だに会敵すらしてない段階なんだが、この調子で進めるつもりか?
 一挙手一投足を取り上げていたら、キリが無いぞ。下手したら、今日中に帰れなくなる」
「・・・まあ、出来るだけ手早くいこう」
「期待出来るのか、それ?
 ・・・で、次は?」
「どうして後ろから隠れて近付いた僕に気付いたんだ?500m以上は距離があったから気配での探知とやらの範囲からは外れてると思ったんだが。
 そう言えば、今聞いた話では僕からの先制攻撃を許容する事を前提にして待ってたって事なのに気付いたって事は、何か特殊な探知を行っていたのか?」
「一歩しか進んでねぇ・・・
 モロに顔出した上で思い切り直視したくせに何を言っとるんだお前は。
 先制を許容するとは言ったが手を抜いていないとも言ったろうが。察知したのに行動を見過ごす理由なんぞあるか」
「え?いや、どうやって察知したかが知りたいんだが・・・」
「だから答えただろうが。
 お前だって、街中を歩いていれば視線を感じることくらいあるだろう?」
「そりゃあ、あるけど・・・。え?ちょっと待て。本当に視線なのか!?」
「そう言っている。まあ、あれだけ無遠慮に視線を寄こしたからには、視線で気付かれる可能性は考慮してない事は予想していたがな。
 魔導士に出来ないからと言って一般人に出来ないと考えるのは、流石に傲慢だと思うぞ」
「ああいや、そう言うつもりはなかったんだ。と言うか、さらっと自分を一般人扱いするのは止めてくれ。
 だが、まあ、驚いて良いのか呆れて良いのか。君たちはそんなものまで戦闘に活用してるのか」
「別に、視線を感知するのが有効だから戦闘に取り入れている訳じゃない。索敵のために感覚を研ぎ澄ませた結果、遠距離でも視線を感知出来ることが事が判明しただけだ。
 ついでに言うなら、今回の様に閑散とした状況だったから特に目立ったというのも要因の一つではあっただろう」
「人混みの中なら感知範囲はもっと狭いと?」
「さあな。
 仮に俺の検知範囲の限界がその程度だったとしても、他のやつが一緒だとは限らんだろう。
 何度も言わせるな。『魔導士に出来ないから一般人にも出来ない』などという考え方では遠からず死ぬぞ」
「確かに魔導士ではないけど一般人にも括られないからな、君は。
 まあ、それは兎も角、忠告には感謝するし、これでも承知はしているつもりだ。
 単に、警戒するべき行動が認識出来ていないだけだから、これからも気付いた時には指摘して貰えると助かる」
「手の内を曝せるか。とは流石に言えんか。俺だけ一方的に魔導士の情報を搾取するのは理不尽だと言う自覚はあるし、お前達が死ぬ可能性を看過するのも寝覚めが悪いしな。
 ・・・まあ、尤も、技術体系が違い過ぎて何を知らないのか想像もつかないのは俺も同じだ。フェイトやなのはには模擬戦の時に随時指摘しているから、今まで通りあいつらから情報を汲み上げてくれ」
「う〜ん、実はフェイトも意外とミットの標準から外れているところが多いし、なのはも正規の訓練は受けてないから、案外漏れが多いんだよ」
「そこまでは面倒見切れんぞ。まあ、気付いた事は伝えるからそっちも疑問に思ったら都度聞いてくれ。
 ・・・ん?なのはの訓練はレイジングハートが組んだものだろう?標準的な内容じゃないのか?少なくとも、差異は把握していそうなものだが・・・」
「いやー・・・
 感覚で魔法を組むなのはにベストマッチしているのが関係しているのかどうかは分からないんだけど、これが意外となぁ・・・。高度な自己判断が出来る人工知能ってそういうものなのかなぁ・・・?」
「いきなり年齢の離れた部下との感性の違いに付いていけずにコミュニケーションに苦労している中間管理職みたいな表情をされても困るんだが」
「何その嫌な具体例!?
 ・・・まあいいや、次に進めよう。
 ここからは映像を見ながらにしようか」
「先は長そうだなぁ、おい・・・」

 恭也の相槌を聞こえなかった事にして、空間投影ディスプレイに先程の模擬戦の模様を再生させる作業を行うクロノであった。





続く

463小閑者:2019/01/25(金) 22:02:45
15.結末(その2)


「・・・正直、この誘導弾はヒット出来ると思ってたんだ」
「年明けにやった集団戦の回避行動を解析しただろ?」
「あー、うん。やっぱり予想はされてたか・・・」
「で、裏を掻くパターンまで想定した?」
「まあねぇ。
 君自身がさっき『知られたくない技を模擬戦で使うな』と言っていたろ。君が人に見せる技は『見せてもデメリットが発生しない場合』か『隠すまでもない場合』のどちらかだろうとは僕も思っていたんだ。
 回避技能は見られれば対策を立てられるから思いっきりデメリットになるはずだから、それを見せたのは裏を掻く手段があるんだろうと予想した。
 そうして、何パターンかの回避行動とその対応策を想定して挑んだ結果がこれな訳だ」

 そう言って内心を隠す事なく不貞腐れた表情のクロノが睨み付けるモニターには、単発とは思えないほど鋭く複雑な軌道を描くクロノの誘導弾と、一見するとその誘導弾が貫通している様にさえ見えるのに実際には掠りもしていない恭也が縦横無尽に空間を駆け巡る姿が映っていた。
 クロノは映像を一時停止させると、疲れた様に溜め息を吐き出してから続く言葉を口にした。

「まさか『隠すまでもない』方だったとは・・・」
「俺としては『当たり前だ』と言いたいんだがな。そもそも、お前が見たフェイントなんぞ極一部だろ。しかも、プログラムされたゲームの敵キャラじゃないんだから、お前の反応を見て対応を変えるのは当然だろうが。
 序に言うなら、格闘技のフェイントとしてはまだまだ初歩の領域を出てないから、そういう意味でも『隠すまでもない』ぞ」
「・・・そう、なのか?」
「無論だ」
「うわぁ。
 ・・・?いや、でもそれ御神流が基準じゃないのか?」
「それはそうだろうな。俺の中に他の基準は存在せん」
「・・・ふぅ、ちょっと安心した。いや、勿論、油断が拙いのは分かってるぞ?」
「左様で。
 そう言えば、ミッド式の魔導士としてはお前みたいに武術まで習得してる奴は珍しいんだったな」
「皆無とまでは言わないけどね。管理局の局員に限定すると更に割合は小さくなる。尤も、僕の技量が『習得してる』と言える自信はあまり無いよ。近頃はそのなけなしの自信も消失してきたし」
「実力評価は過大でも過小でも意味は無い。過度な自信は身を滅ぼすぞ」
「君はホント容赦無いよな」
「ところで、武術を習得していない大多数の局員は近接戦にもつれ込まれたらどうするんだ?少数とはいえ、犯罪者側にベルカ式の魔導士が居た事だってあるんだろ?」
「近接戦闘を磨くよりは、『接近されないように立ち回る訓練』の方が先だな。
 ただ、武術まで手を出すのは相当先かな。最後まで手を出さずに前線を退く人も少なくない」
「やっぱりその程度か・・・
 逆に聞きたいんだが、魔法文明圏では魔導士と対峙した一般人は格闘家であっても諦めて投降してしまうと聞いたんだが、本当なのか?純粋な体術を研究されていないのは仕方ないんだろうが、流石にそれはどうなんだ?」
「銃火器なんかで武装してない一般人が諦めるのは、流石に責められないぞ。彼我の戦力差を把握せずに突撃するのは蛮勇でしかない。
 ただ、僕は詳しくないけど魔法を組み込んだ格闘技なんかはあったと思うよ。代表的なところだとストライクアーツ、だったかな?」
「さっき言ってた『局員以外の武術を修めた魔導士』か。
 とは言え、防御魔法が使えると、どうしても純粋な回避には力を注げないだろうからな。必要が無い、と言う意味で」
「嘆かわしい、か?」
「・・・いや、そう言いたくはあるがそれが勝手な言い分だという自覚はある。
 俺だって、生まれた時から魔法が使えていれば、それを主体にしない理由はなかっただろうからな」
「理解を示して貰えると・・・あれ?」
「なんだ?」
「いや、地球では質量兵器、えと、銃火器が発達してるだろ?それなのに敢えて剣術で対抗する手段を確立した君の一族なら、仮に魔法文明圏にいたとしてもやっぱり剣術で対抗していたんじゃないかと・・・」
「・・・言われてみれば、そんな気がするな」

 流石に魔法の補助無しに空を飛んだり駆けたりは出来ない筈なのだが、何かしらの手段を編み出しそうな得体の知れなさがあるのがクロノにとっての御神流への、或いは恭也個人への印象だ。尤も、正面からの突破力は御神流の一面でしかない事を考えれば、空を駆ける必要すら無いのかもしれないが。

464小閑者:2019/01/25(金) 22:04:02
 詮無い事かと気持ちを切り替えるために制止させていた画像を再生させたところで、素朴な疑問を覚えたクロノはそのまま恭也に問い掛けた。

「これ、僕の目で捉えられる動きって事は、スピードじゃなくって技能で躱してるんだよな?」
「そうなるな」
「フェイント無しでスピードだけで躱す事も出来るのか?」
「今のところ、一対一であれば問題無いだろうな」
「・・・複数人なら被弾する可能性があると?」
「躱す空間が無ければ詰むからな。飽和攻撃と言うか、俺の逃走距離をカバー出来る範囲の『面』を弾丸で作れるだけの人数が居れば被弾する」
「そりゃあそうだろうね。理屈通りだよ。序に言うなら、『面』さえ出来れば人数は関係ないじゃないか。
・・・あれ?こないだフェイトが、フォトンランサー・ファランクスシフトを躱されたって落ち込んでなかったか?」
「・・・ああ、あの時の。
 あれは惜しいところまで行っていたんだが、弾幕にムラがあったんだ。範囲外に逃げられる事を危惧して効果範囲を広げたんだろうが、弾数が変わらんから反比例して密度が下がった。その隙間に滑り込んだだけだ。
 どうせやるなら、躱せない密度にするべきだったな」
「それが出来ないから苦労してるんだと思うんだけど・・・。いや、多少密度が下がっても躱せるものじゃないとツッコむべきか、元々発動してから逃げようとしても範囲外まで逃げられる程に発動速度は遅くない上に範囲も狭くない魔法だった筈だと言うべきか・・・」

 対恭也用に特化させてしまうなら、威力を落として範囲と密度を上げるのが正しいのだろうが、そうしなかったのはフェイトなりのプライドだったのだろう。

「ところで、さっきは複数人が相手でもフェイントだったら対応出来るような言い方だったけど、飽和攻撃が来たらフェイントじゃあ躱せないんじゃないのか?フェイントって、正確には『躱す技術』じゃなくて『的を絞らせないための技術』だろ?」
「そうだな。
 だが、目で追える程度のスピードの相手に飽和攻撃など心理的にそうそう選択しないだろう。特に、魔導士の常識とプライド的に、攻撃魔法も使ってこない上に銃火器ですらない原始的な凶器を振り回しているような相手に全力など出すまい」
「いや、そもそも初遭遇の敵と対峙したら相手の手の内が分からないんだから、魔導士でなくても普通は様子見から始めるだろ」
「それもそうか。
 仮に保有魔力量が豊富であっても有限である事に違いはないから、一人で弾幕を張れる奴でも出合い頭に無駄遣いになる可能性の高い弾幕打ちをしてくる事なんてそうそうはないと」
「だけど、躱され続ければ直ぐに意地になって全力出してくるだろうから本当に最初だけじゃないか?」
「初手から全力で仕掛けてこなければ、距離を詰めるまでの時間は得られるから単独の相手なら問題ない。
 複数だとしても、人数と技量にも因るだろうが、何人か沈めれば弾幕を張ること自体が出来なくなるだろうからそれで十分だろ」
「・・・本当に君は初見殺しとしては凶悪だよな」
「そうでもないだろ。逆に多少人数を減らされても弾幕が張れるほどの人数や技量がある集団が相手なら、逃走せずに対峙した時点でアウトだし」
「それでもだ。
 相手の陣容が分かるほど接近出来る事も、しておいて『逃走』を選択出来る事自体もおかしいからな?」
「後は、俺の戦闘方法が知れ渡っていて最初から弾幕を張ってくるとかな。
 まぁ、これに関しては、広範囲に高威力の攻撃魔法を無差別にばら撒く様な自己顕示欲が肥大した実力者という腹立たしい奴も居るかもしれんから俺の知名度に関係なく油断は出来ないんだが」
「可能性を論じ始めると身動き出来なくなりそうだけどな。それに知名度に関しては難しい所だ。隠蔽にも限界はあるし、知名度そのものは抑止力の効果もあるからね。
 それに、『距離を詰める事』と『制圧する事』がイコールで結べると言い切れるのは君くらいなものだよ。短期決戦になるから後回しにされた者でも戦闘中に君の特性に気付けるかどうかすら怪しいし」

465小閑者:2019/01/25(金) 22:04:32
「それも言い過ぎだろ。近接戦闘を鍛えてる者が居れば変わってくるし」
「気軽に言うが、クロスレンジで君を相手に時間を稼げる魔導士が今までに居たか?」
「立ち回りにも因るだろうが、ちゃんと居るぞ。
 今まで会った中で言うなら、アルフ、シャマル以外のヴォルケンズ、あと猫の使い魔のリーゼ・・・格闘の方」
「ロッテな、リーゼロッテ。それにしても一人として人間の魔導士が選ばれないとか。・・・フェイトでもダメなのか?」
「距離を取ることを優先すればいい線行くだろうし、せめて一撃離脱に徹すれば可能性もあると思うんだが、あいつ最近足を止めて打ち合おうとするんだ。
 心意気は買ってるし将来性は十分あるんだが、現時点ではまだ及第点は付けてやれんな」
「・・・そうか、相変わらず厳しいな」
「戦い方の問題だ。
 魔導技術は門外漢だから伸び代までは分からんが、現時点でも十分な技能があるだろう?それを身体能力と合わせて駆使すれば、現時点でも俺を圧倒することは可能なはずだ」
「う〜ん・・・、圧倒は難しいんじゃないかなぁ?
 そう言えば、さっきは聞き流してしまったけれど、一般的に魔導士にとっての『全力』と言えば面制圧より一点集中だって事は分かっているよな?」
「ああ、勿論だ。
 まあ尤も、俺にとってはそれもプラス要因なんだよなぁ。良いのか、こんなに優遇されてて」
「・・・ああ、そうか。さっきの話に戻る訳か。
 でもまあ、それを優遇とは言わないだろ。驚くほど狭いニッチにビックリするくらいジャストフィットしてるとは思うけど。
 威力を落としてまで範囲が広くて密度が高い魔法を用意する物好きはいないだろうしなぁ・・・。可能性としてはその場で魔法を組み上げるくらいか・・・」
「他に用途が無いだろうしな」

 シールドやバリアジャケットを貫通して敵にダメージを与える、そこまでいかなくとも相手の魔力を削るためには、範囲を狭めたり弾数を減らしてでも威力を上げる必要がある。余程の実力差がある場合は例外として、それが魔導士同士の戦闘におけるセオリーであり、魔導士に挑む非魔導士がほとんど居ない現状では魔導士全体の一般論になっている。
 更に、一点に集中させたとしても威力が不足すれば効果が無いから、威力を上げるためにも『溜め』が必要になる。そんなものは恭也どころか一般の魔導士であっても当たってはくれない。となれば高威力魔法を当てるためには、前段階で敵の態勢を崩すための溜めの短さに比例して威力の小さい魔法を駆使する必要がある。例を挙げるならなのはがディバインシューターやアクセルシューターで相手の態勢を崩してからスターライトブレーカーで止めを刺すのと同じだ。
 尤も、それらは『一般的な魔導士なら防御するしかない密度やスピードの攻撃』程度であり、余程上手く運用する方法を確立でもしなければ恭也には効果が無い。なのはがアクセルシューターで恭也を捕らえられず苦労しているのも、まさにこの点である。

466小閑者:2019/01/25(金) 22:05:11
 まあ、なのはの魔法は先程の『余程の実力差がある場合』の例外に該当するためディバインバスターどころかアクセルシューターですらも標準的な魔導士ランクの武装局員を制圧出来てしまうのだが。
 因みに、はやてはデアボリック・エミッションをはじめとする広域攻撃魔法を得意とする訳だが、発動までの時間で範囲外まで逃走されるか逆に接近されて制圧されるため、恭也との相性は最悪と言える。少なくとも、誰かの補佐が無ければ模擬戦が成立しない。まあ、はやての場合は相性以前に単独戦闘に致命的に向いていないのだが、それは彼女の魔法の特徴であり用途の差だ。攻城兵器と対人兵器を比較しても優劣など付けられるものではない。

「ところで、まだ続けるのか?映像は決着直前まで来てるぞ」
「おっと、いつの間に」
「って、巻き戻すのかよ」
「『巻き戻す』?・・・ああ、早戻しの事か」
「呼び方なんぞどうでも良い。本気で夕飯に間に合わんな、これは」
「諦めてくれ。長引いてるのは悪いとは思うけど、元々、夕飯はこっちで済ます予定だったろ。こんなに模擬戦が短く済むとは想定してなかったんだし。
 で、話を戻すけど、今回は結局『スピードで躱す』方はやらなかった様だけど、そのスピードで動く場合でもフェイントとか使えるのか?」
「・・・?当たり前だろう?何故、使えない可能性があるんだ?
 アースらの武装局員相手だとフェイントと認識して貰えなかったから、相手は選ぶことにはなるが、『使う』『使わない』は有っても『使えない』では話にならん」
「やっぱりなぁ、恭也に限って仮に使えなかったとしても使えないまま放置、なんてある訳ないか。
 どうしてこんなことを聞いたかと言うと、補助魔法に高速行動を可能にするものがあるんだけど、使った場合に何の妨害も受けてないのに制御しきれずに障害物に激突する事例が多くてね」
「そんなものと比較されてもな。
 まあ、使い勝手を知らんから、音速の10倍のスピードで飛翔する戦闘機でコンクリートジャングルを縫うように飛ぶのと同等の難易度だとか言われれば、一方的に『未熟』と断定するのもどうかとは思う。だが、それなら逆に、制御しきれない魔法を使用する事自体に対して『愚か者』という評価になるな。
 少なくとも、敵前で自身の肉体が制御下に無い状態に自ら陥るなど、正気とは思えない」
「窮地に陥った時に一縷の望みに掛けて、って事が意外とあるんだ」
「それならまあ、分からんでもない。単独行動中であれば、打開策を講じるのも自分自身だからな。『賢人であれば閃く良案』など都合良く出てはこないだろう。
 『博打を打つ前に打つべき手』が尽きれば、方向性こそ違えども次に打つのが博打になるのは俺とて変わらんよ」
「勿論、僕だって変わらないさ。だからこそ、『博打を打つ前に打つべき手』を日頃から少しでも多く用意出来る様に励むのが重要なんだと思ってる。
 っと、画像も合った事だし、次に進もうか」
「やれやれ・・・」




続く


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