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鏡の世界の迷子の旅路 無断転載

390名無しさん:2018/02/24(土) 23:28:36
「怖いのか?変わる事が」
「…戸惑いはありますが、怖いと思うほど不快ではありません。
 ただ、刀が曇るかもしれないという可能性は恐怖以外の何物でもありません」
「君の…親族も、剣士だろう?その人達は感情を失っていたのかい?」
「いいえ。
 みんな、日常では一般人と変わりなく喜怒哀楽を示していました。勿論、みんな俺など足元にも及ばないほどの実力を持った剣士です。
 ですが、みんなに出来るから俺にも出来る、とは限りません」
「確かに、な。
 でも、やってみなければ分からないのは感情に限った事じゃないし、感情のコントロールだって言ってしまえば『技術』だ。習得するよう努力するしかない。
 そもそも、感情を取り戻す事は望んでなかったのか?」
「…特に望んだ覚えはありません。人が喜んでいる様を見てもそれを羨ましがるほどの情動が働かなかったんでしょうね。
 ただ、失いたくなかった。喜んでいる人の笑顔が曇るのは、堪らなく嫌でした」

 どちらも感情に根ざす思考でありながら、自分の幸福を求める事無く、周囲の幸福だけを祈る。
 士郎にはそれが安易に自己犠牲とは言えない様に思えた。
 守るべきものを守れなかったという後悔から来る自責と、また守れないのではないかという恐怖には士郎にも覚えがあるからだ。それらが合わされば、自分を犠牲にして周囲の人が幸せになれるなら、という考え方に行き着いてしまうのは当然ではないだろうか。

「色々と紆余曲折した結果、俺の中では、周囲の親しい人達は俺が感情を取り戻す事を望んでいるという結論に至りました。だから取り戻す努力をしました。それも、『みんなが望んでるから取り戻そうとしている』と気付かれればそれも悲しませる原因になるから隠した上で。
 勿論、茶番ですがね。
 俺は大人達が俺の考えなどお見通しだと分かっていながら隠そうとしていた訳ですし、大人達も俺が予想している事に気付きながら気付かない振りを続けてくれていたんでしょうから」

 自嘲的な内容の台詞が感情を含まない声で紡がれる。
 それを黙って聞き続けるのは士郎にとって苦行以外の何物でもなかった。
 それでも、彼の言葉を妨げても何の意味もない事も分かっていた。

「これでも、以前よりは余程改善されてきていたらしいですよ。
 感情の起伏が現れるようになってきたとも言われました。実感はありませんでしたがね。
 笑い話に聞こえるかもしれませんが、相手の表情や言葉から感情を読み取ってその場に即した反応を返すという作業を円滑に行える事と、感情の篭った反応との違いに悩んだりもしました」
「全く笑えないんだが」
「それは残念。
 …こんな話、怖くてなのは達には聞かせられませんがね。
 聞かせたら泣きながら叱られそうだ」
「その様子だと経験済みか?」
「ええ。あれは堪えましたよ」
「ハハッ
 そうだろうな。
 …で、どうするんだ?
 今ならまだ、君は芽生えだした心を摘む事だって出来るだろう。次があるかどうかは分からないけどな。
 逆に、育てる事だって出来る。勿論、どう育つかなんて育ててみなけりゃ分からないし、育てるにしても剣士として致命的な欠陥を抱える可能性を内包している事を承知の上で、てことになるが。
 幸い、摘み取ってしまったとしても今の君ならなのは達に悟らせない事も出来るだろう?『結局、芽吹かなかった』そういう結果として受け入れて誰も君を責めたりしないはずだ」

 正誤のある問題ではない。だが、結論は出さなくてはならない問題だ。
 生きていれば多かれ少なかれ取捨選択を繰り返す事になるが、大概の選択は後で修正出来るものばかりだ。
 だが、この選択は修正が利かない上に一生を左右するにも関わらず先延ばしする事も出来ないときている。年端も行かない少年が突きつけられるには余りにも重いが、肩代わりする事が出来る類でもない。
 根っからの楽観主義で豪胆な士郎と言えども、流石に同情を禁じえない。
 尤も、仮にその選択を突きつけられたのが自分だったとしたら大して悩みもせずに選んでしまうだろうが。


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