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鏡の世界の迷子の旅路 無断転載

385名無しさん:2018/02/24(土) 23:00:54
 今すぐにでも板張りの床に体を大の字に投げ出してしまう誘惑に抗う事に手いっぱいで、引き受けた片付けに取り掛かる気力は全く湧いてきそうにない。
 よもや、これほどとは。
 自分の半分程の年齢という言葉を改めて疑いたくなる。
 同じ年頃の自分はどの程度だっただろうかと思い返そうとしてところで、道場の扉の向こうに良く知る気配を感じ取って中断した。
 気配を消していないのだから隠れている積もりは無いだろうが、扉を開く様子がない事に疑問を感じながらも恭也が声を掛けた。

「おかえり。随分早いね」
「ただいま。どっちかと言うと、一足遅かったみたいだけどな」

 案の定、飄々とした口調で答えながら扉を開いて入ってきた父親の言葉に、現状を見抜かれている事を察して小さく嘆息する。
 特に隠す積もりは無かったし、後で話す積もりでもいたのだが、やはり見透かされるというのは気分的に面白くない。
 尤も、いくらも時間の経っていない道場の空気にはしっかりと戦いの残滓が残っている。やって来たのがなのはの友人とはいえ、来客を無視してあの場での最年長者である恭也が一人で鍛錬していたなんてことは有るはずがない。更に、やってきたのが『彼』となれば、手合わせしていたという結論に至るのは推理と呼ぶほどのものではないだろう。

「で、実際に手合わせしてみて八神君の印象は変わったか?」
「その前に、名前に訂正があった。
 彼の名前は『不破恭也』だそうだ」
「ふーん」
「…まあ、今更ではあるだろうが、そこまで淡泊な反応もどうかとは思うぞ」
「ほんとに今更だろ?それに驚くほどの内容じゃない」
「良いけどね。
 印象については、『間違ってなかった』が正しいんだろうな。それどころか、懐疑的なのを見透かされてひっかけられたほどだ」
「そりゃあ大したもんだな。で、実力は?」
「溜め息しかでないな。
 かなり高く見積もっていた積もりだったんだが、それでも過小だったよ」
「具体的には?」
「技術だけで言えば十の内、七つは取れると思っていたんだが、六つがせいぜいだ」
「…それほどか」
「ああ。
 不測の事態、と言うには大袈裟だが、中断せずに続けていたらあと20分ほどで負けていたはずだ」
「今日は4つの方だったのか?」
「初対戦で心理面を突かれたんだから、普通ならもぎ取られたと言うべきだろうな」

 剣術で言う実戦は殺し合い、つまりは一度きりが基本となる。当然、十度戦って一度しか勝てないほどの実力差のある敵との戦いは避けなくてはならない。
 だが、実際には自分より弱い敵とだけ戦っていられる訳ではない。強敵との戦いが避けられない時は必ず来る。護衛を生業とする御神で有れば尚更だ。そして、戦う以上は(結果として自身の生命を代償にしたとしても)目的を達成しなくてはならない。『戦った』という事実には自己満足以外に何の意味もないのだから。
 ならば、1/10の確率を引く幸運に頼るのではなく、剣術の技能とは別に『勝利をもぎ取る力』が必要になる。
 だが、9割の勝率を持つ敵も、強者だからこそこちらを侮る事無く勝利をもぎ取りに来る。つまり、『敵の勝利をもぎ取る力』プラス『勝率の根拠となる実力差』を、『自身の勝利をもぎ取る力』だけで覆すと言っているのだ。極めて都合の良い話しにしか聞こえないだろう。
 だが、必ずしも剣術の技量だけで勝敗が決する訳ではないのが実戦の一側面でもある。勝てば官軍、卑怯万歳の古流ならではの考え方とも言えるだろう。
 会話を絡めた心理戦や状況の変化を利用する対応力、更には単なる運不運まで含めた『剣腕以外の能力』という曖昧で漠然とした括り方をした力が戦況を左右する事は少なくないのだ。
 しかし、一見お手軽に聞こえかねないこの力は並大抵の精神力では発揮出来ない。自分より格上の敵と命の削り合いをしている最中に揮るわなくてはならないのだから当然だろう。

「そりゃあ大したものではあるんだが、…ただの手合わせじゃなかったのか?」
「俺としてはそのつもりだったんだが…」

 そう。本来は剣椀を見るための試合でそこまではしないものだ。
 それだけ真剣だったと解釈する事は出来るのだが、始めのうちに手合わせを渋っていた者の態度とは到底思えない、というのが恭也の偽らざる本音だった。最終的に態度を翻して積極的になっていたのがポーズだけではなかったという事なのだろう。


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