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鏡の世界の迷子の旅路 無断転載

374名無しさん:2018/02/24(土) 22:16:52
5.感情



「お断りします」

 その非常に簡潔な拒否の言葉が『言葉では示せないものを見せろ』という高町恭也の言葉に対する不破恭也の返答だった。
 しかも、刹那の間も無いほどの即答だった。
 即決即断、と言うより条件反射だったのではないかと疑いたくなるほどだ。
 その僅かな躊躇も無い返答の内容に唖然とする美由希。
 そもそも、高町恭也が具体的に何を要求したのかピンと来なかった為に困惑している3人。
 そして、これ以上無いほどあっさりと断られたにも関わらず動揺した様子を見せない恭也。
 リビングを沈黙が支配し少女達がその重さに不安に駆られ始めた頃、自発的な発言を諦めた恭也が理由を問いかけた。

「理由を聞いても良いかな?」
「理由が無いからです」

 またもや酷く端的な、と言うか素っ気ない言葉が返ってきた。
 『剣技を見せる理由が無い』と言っているのだとは思うのだが、何と言うか、こう、ひょっとして俺、嫌われてる?

「理由って、手合わせする理由って事?」
「ええ。
 俺の存在を説明する事と技量を見せる事には何の関連もありません」

 美由希の問いかけには僅かながらも補足説明が付いている辺り、随分と態度に違いがある気がする。
 …そっくりの容姿で男と女で態度を変えるほどの女好きとかはやめて貰いたいのだが。
 そんな風に現実逃避した思考を、ため息の代わりにゆっくりと瞬きする事で追い出した。

「ええっと、私も見てみたいかなぁ、なあんて」
「見せ物ではありません」
「…だよねー」

 同じ可能性に気付いたらしい美由希が、念のため程度に提案するが、当然の様に断られた。…いやまあ、そこで翻意されてもそれはそれでショックだっただろうが。
 もう一度、静かに目を閉じる。

 きっと、この違いは俺に対する怒りだ。
 腹に据えかねるほど、彼の目から見た今の俺の姿は『堕落した自分』に見えるのだろう。

 そう確信するほど、恭也はクリスマスの夜に初めて彼と対面した時に衝撃を受けた。
 まるで、極限まで薄く鍛えた刀の様な印象だった。
 風に吹かれただけで折れてしまいそうな危うさながら、だからこそ、触れただけで切り裂かれそうな鋭さを持った一振りの刀。
 それは、父・士郎が護衛中の負傷により入院していた時期に、恭也が渇望した『家族を守るための理想の姿』だった。
 同時に、どれほど望もうとも至る事の出来なかった在り方だった。
 後になって、あの時の彼は精神的に極限まで追いつめられた状態だったのだと知ったが、だからこそ、普段であれば包み隠しているであろう彼の本質が如実に現れていたのだと思う。
 そんな彼だからこそ、今の自分の在り方は、きっと我慢の出来ないものに違いない。手合わせなど検討する余地もないほどに。
 そう締め括ろうとしていた恭也の思考を遮ったのは、まるでイタズラした子供を諭すように話しかける末妹だった。

「良いの?恭也君」

 その穏やかな口調と母性を感じさせる眼差しを恭也に向ける幼い妹に、兄と姉が揃って目を見張る。
 対する恭也は、微動だにすることなく、淡々とした口調で問い返す。

「何がだ?」

 動揺に顔色や表情を変える事はなく、向きになって声を荒げる事もない。そして、なのはと視線を合わせる事も、ない。
 なのははその態度に言及することなく、変わらぬ視線で恭也の言葉にただ応える。

「『あの時』とは違うから、無理してでもって言うつもりは無いよ?
 だから、お兄ちゃんのお願いを断る事が恭也君にとって良い事なら、私からはこれ以上何も言わないよ」
「俺が逃げだそうとしていると言いたいのか?」
「どうなのかな…
 ホントの事を言うと、今の恭也君がちょっとだけ辛そうに見えただけなんだ。
 ホントに辛いのかも、どうしてそう見えたのかも分からないの。
 ただ、もしもそれが断った事と関係してるなら、もう一度恭也君にとって一番良い方法を考えて欲しいなって思ったの。
 言いたかったのはそれだけ」

 そう締めくくると言葉通りなのはは口を閉ざした。
 それが、決して見放した訳ではない事は慈愛を湛えた眼差しからも分かる。


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