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鏡の世界の迷子の旅路 無断転載
400
:
名無しさん
:2018/03/05(月) 00:28:11
美由希は、話に聞いた事件中の不破恭也の戦い方にある種の疑念を持っていた。
戦いを経るごとに手の内を明かしていく、と言う戦い方は簡単に実行出来る事ではない。
確かに過剰な力を示す必要は無い。相手の力量を把握して必要十分な力で対応するのが武術の理想ではある。
しかし、肉体的な技術を駆使して戦う地球の武術ならいざ知らず、魔法と言うこの世界に無い概念との戦いではどのように裏を掻かれるか分からないのだ。そして、一度の敗北が死を意味する以上、相手が何かを仕掛けてくる前に無力化するのが戦術の基本になるはずなのだ。
戦う相手が常に身内、殺してしまう訳にはいかない相手だったから全力を振るえなかった、という解釈も出来ない。刀を打ち込む位置や威力を加減すれば済む事だし、歩法や運体は直接敵を殺傷する技術ではないからだ。
ならば、一体どのような意味があるのか?
その答えとして美由希が思いついたのは『自分を追い詰めるため』だった。
命懸けの戦いは飛躍的に実力を高めてくれる。無論、勝ち残る事が絶対条件ではあるが、『実戦に勝る経験は無い』という言葉通り、安全が約束された模擬戦を重ねのと、自分を殺しに掛かってくる敵と戦う実戦とはまるで違う。
当然、実戦を経たからと言って飛躍的に筋力が増加する訳でもスピードが上がる訳でもない。ただ、自分の生命が危険に晒される恐怖や、守りたい存在に魔の手が伸びようとする焦燥といった心理的なプレッシャーに打ち勝つことは大きな糧となる。
何より、地力で勝る敵との戦いが避けられない事態は必ず訪れる。そして、どれほど実力差があろうと不利な状況であろうと負ける事が許されない以上、手持ちのカードと周囲の状況を駆使する事で敵を打倒しなくてはならない。
『自分よりも強い相手に勝つ』、そんなある意味矛盾を抱えた勝利はこれ以上無いほどの経験だろう。
そんな状況を彼は自分の手札を伏せる事で作り上げているのではないか、と美由希は疑っているのだ。
だが、いくら伏せていようと『手元に札がある』という状況は、心のどこかに余裕を生む。多大なリスクに対してリターンが小さ過ぎる。
単なる邪推かなぁ、といういつもの結論に至ったところで美由希は重大な過失に気付いて目を見開いた。
「ちょっ、みんな早くお風呂から出て!」
『…ほへ?』
明らかに反応が鈍い。既にのぼせかけているのは明白だ。
「のぼせる前に自己申告しようよ〜」
兄の叱責を想像して頭を抱えた美由希の泣き言が浴室に虚しく反響した。
続く
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