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鏡の世界の迷子の旅路 無断転載

380名無しさん:2018/02/24(土) 22:48:41
6.混乱



 恭也は眼前に佇む自分の似姿に僅かな落胆を覚えた事を自覚し、その自分勝手な感情に呆れてしまった。
 一部の隙も無い自然体で佇む姿も静かに凪いだ気配も一朝一夕で身に付くものではない。このまま数時間睨み合っていたとしても小揺るぎもしないだろう事が想像出来る。彼の年齢からすればそれだけでも十分に驚異的と言えるだろう。
 そして、自分が彼と同じ年頃の時には、比較にもならないほど未熟だったのだ(当然、平均的な成人男性の運動能力など比較対象にならないレベルだが)。
 ならば、如何に彼が自分の理想の体現者であろうと、一方的で過剰な期待にそぐわなかった事に落胆するのは身勝手にも程があるというものだ。
 だが、彼が自己の感情を完全に制御出来る理想的な剣士なのだと期待していた分だけ、凪いだ気配とは裏腹に『意地でも負けるものか!』という感情が読みとれてしまう事が惜しくてならない。
 それは、戦う上で極めて重要な意志ではある。
 だが、勝ちに逸り判断を狂わせる要因になりかねないその感情は、内に秘めて敵に悟らせてはならないものでもある。

 決めつけるのは早計か。

 自身をそう戒めた恭也は、ほんの僅か、なのは達は勿論、相手が美由希だったとしても気付かれない程度に重心をずらした。
 気付くには非常に高度な洞察力が必要なのとは裏腹に内容としては非常に単純な罠。
 その、罠と表現するのも気が引けるほど些細な餌をチラツかせると、即座に彼の気配が瞬間的に、しかし、美由希にも分かるほど攻撃的なものに変化した。

「動く」

 美由希の言葉が聞こえた直後に初速からトップスピードで間合いを詰めてくる彼の姿を恭也は静かに見据え続ける。

 こんなものか。

 油断無く迎撃体勢を保つのとは裏腹に、感情に振り回されている彼の姿にそんな想いが脳裏を過ぎる。
 あの重心の変化に気付いた洞察力は驚嘆すべきものだ。そして、確かにどれほど微少であろうと重心のずれは、どのような攻撃にも瞬時に対応出来る自然体が崩れた事を意味している。
 だが、それを勝機と結び付ける判断は短絡的としか言いようがない。
 あの程度の変化は隙と言うにはあまりにも小さ過ぎる。誘いであれば、事実恭也は誘うために意図的に自然体を崩した訳だが、誘いであるが故に間合いを詰める間に修正されてしまうレベルだ。
 勿論、見つめ合っていただけではいつまで経っても勝機など見えてくることはないだろう。何の要因も無く決定的な隙を晒すような未熟さは互いに持ち合わせていないのだから当然だ。だからこそ、相手の出方を探りながら相手に全力を出させない様に気を配りつつ機を窺う、という駆け引きが必要になるのだ。
 だと言うのに、彼の深い踏み込みには様子を見るといった警戒心が含まれているとはとても思えなかった。
 それでも恭也は油断することなく、猛烈な踏み込みから放たれる鋭い、それでいて無造作な右の薙払いを受けるべく右手に握る木刀を自分の右側面に垂直に構えた。
 恭也に油断は無かった。それだけは胸を張って断言出来る。
 だからこそ、無造作に見える薙払いに『徹』が込められている可能性を考慮して構えた右手に耐えられるだけの力を込めていたし、だからこそ、彼の逆手に握る左の木刀が右の薙払いを追跡している事実を確認しても疑問を挟む事も動揺する事もなく彼の狙いが即座に理解出来たのだ。

 雷徹

 その単語が恭也の脳裏に閃いた時には、右腕に衝撃が駆け抜けていた。
 右腕の衝撃に連動して硬直する体とは別に、思考が高速で駆け抜ける。

 逆手での斬撃は手首の構造上可動域が狭く順手に比べて射程が短く威力も落ちる。それでも敢えて彼が逆手を選択したのは、右の薙払いのモーションに紛らわせ易いからか。
 だが、交差する位置が左の射程外であれば雷徹は成立しなかった事を考えれば結果オーライの博打に過ぎない。開始直後に仕掛けるには確実性に欠けた無謀な行為だ。
 仲間の生命が懸かる戦いであってもこんな事をするつもりなのか?
 いや、こちらが薙払いの威力を殺ぐために斬撃の出際、つまり逆手の射程である彼の体に近い左前面で受ける事まで予測していたのか?

 真意を探るように雷徹の技後硬直にある彼と目を合わせた恭也は、目論見が成功した喜悦も優位に立った興奮も含まない冷徹な視線を認めた事で漸く悟る事が出来た。


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