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男「お願いだ、信じてくれ」白蓮「あらあら」

349ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2017/09/07(木) 23:57:54 ID:m.FE6kXk
三人の命。どれほどの重さなのか計る定規はないが、勇儀さんと射命丸さんを抑える重石ぐらいにはなったらしい。

眉をひそめながらも二人が渋々うなずく。再びさとりの嗚咽だけが響く。

解決するための言葉を発することすら許されない状況。

首筋によく切れる刃を向けられているような寒々しさに耐えながら、時間が解決してくれるのを待つ。

長い呼吸を何度したことだろう。どくどくと激しく打つ痛いほどの鼓動を奥歯を食いしばりながら耐えているとさとりの嗚咽が徐々に小さくなる。

その声が完全に消えたときさとりは勇儀の胸元から抜け、火の消えた煙管を咥えた。

さとり「すいません。取り乱しました」

勇儀「大丈夫かい? さとり」

さとり「大丈夫です。心配をおかけしました。………申し訳ありませんが席を外してくれませんか皆さん。男と二人きりで話したいのです」

勇儀「あんなことがあってこいつと二人きりにはできないね」

さとり「良いんです。大丈夫ですから」

頑として譲らないさとりに勇儀は渋々と折れ、射命丸を連れて廊下へ出ていった。勇儀さんのことだ。廊下で聞き耳を立てるなんてこともないだろう。

マミ「何かあったら呼ぶといい。すぐに駆け付けるからの」

マミゾウさんも席を外す。ずりずりと気絶したナズーリンも引きずられて外へ連れて出された。

350ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2017/09/08(金) 00:13:37 ID:ZLreOKHA
完全に二人だけの空間。

なんだか俺から話を始める気には慣れず、じっとさとりの言葉を待った。

しかし第一声を待つ間、さとりは煙管の中から灰と燃えカスを取り出し、薄い布で雁首を拭き始めた。

煙管を分解し、一通りの掃除が終わると再び組み立て、さとりはじっと何も入ってない雁首の中を見つめた。

さとり「………………本当?」

やっと出た言葉はたったこれだけ。しかしこれだけで良かった。

長々と尋ねられるより、怨嗟の言葉を吐かれるより、俺のことを信じればいいのかを尋ねるその一言だけが良かった。

本当だと言ってしまえば信用と同時に彼女を傷つける事になる。だが彼女を庇っているわけにはいかない。狂人の妄想であれば彼女は救われる。しかし救われなかった人たちを見捨てるわけにはいかなかった。

男「あぁ」

さとり「そう」

短い言葉のやり取りだけですべてを把握したさとりは、近くにあった小さな箱から葉っぱを取り出し丸め、雁首に乗せ火をつけた。

さとりがそれを吸い終わるまで俺たちは無言で、さとりはもう一度だけ涙を流し、俺は見るわけにはいかず瞼を閉じた。

351以下、名無しが深夜にお送りします:2017/09/08(金) 00:26:20 ID:AqwxcVSI
とんでもねぇ待ってたんだ

352以下、名無しが深夜にお送りします:2017/09/08(金) 00:27:42 ID:AqwxcVSI
そりゃあさとりんも発狂するよなぁ

353以下、名無しが深夜にお送りします:2017/09/09(土) 00:53:47 ID:x3UivLnU
これは物語が進んだ感あるな

354以下、名無しが深夜にお送りします:2017/09/14(木) 17:28:27 ID:o0sn9s6M
ナズが気絶するほどの大声で発狂するとは・・・そりゃそうか・・・

355以下、名無しが深夜にお送りします:2017/09/19(火) 21:16:45 ID:s2zJQtwk
支援

356以下、名無しが深夜にお送りします:2017/09/19(火) 22:08:16 ID:P1Z/WB3k
ずっとシングルでいいやと諦めてたワイ、ついにリア充になる。
たった2日分の飯代弱で人生が変わった。
ttp://urx2.nu/D8Ur

357以下、名無しが深夜にお送りします:2017/10/07(土) 00:23:42 ID:wy0G02fo
支援

358以下、名無しが深夜にお送りします:2017/10/09(月) 20:54:56 ID:AZE9AlJA


359以下、名無しが深夜にお送りします:2017/10/27(金) 00:34:18 ID:63tpyHQM
支援

360以下、名無しが深夜にお送りします:2017/11/02(木) 23:14:49 ID:CLRgTOk6
支援

361以下、名無しが深夜にお送りします:2017/11/07(火) 03:54:15 ID:JGLmyg32
支援

362以下、名無しが深夜にお送りします:2017/11/21(火) 01:44:19 ID:kvNRNlpc
まだ待ってます

363以下、名無しが深夜にお送りします:2017/11/21(火) 02:07:58 ID:WXfNt01o
支援

364以下、名無しが深夜にお送りします:2017/11/23(木) 05:44:36 ID:gwtNksxw


365以下、名無しが深夜にお送りします:2017/11/25(土) 16:36:10 ID:2FNKP4tI


366以下、名無しが深夜にお送りします:2017/11/30(木) 21:41:06 ID:bfbrpKmM


367以下、名無しが深夜にお送りします:2017/12/01(金) 10:05:08 ID:NrGRhTiI
私怨

368以下、名無しが深夜にお送りします:2017/12/11(月) 02:22:21 ID:Ok03LmtU
支援

369ぬえ ◆HQmKQahCZs:2017/12/13(水) 00:47:06 ID:W53qE/hA
宣言したのに更新できなくて本当に申し訳ありません。

今日の夜には更新しますので、まだ見てくれている方はどうぞよろしくお願いします

370ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2017/12/13(水) 00:47:44 ID:W53qE/hA
トリップ間違えました

371以下、名無しが深夜にお送りします:2017/12/13(水) 17:22:16 ID:auK2FmnE
キタ――(゚∀゚)――!!

372以下、名無しが深夜にお送りします:2017/12/13(水) 21:05:58 ID:W53qE/hA
しばらくののち、先に口を開いたのは俺だった。

男「出ていく、つもりですか」

聞かないほうがいいかもしれない。それでも俺はそれを聞かずにはいられなかった。

さとり「………心を読みましたか? それとも顔にでてましたか? 鉄面皮と呼ばれてるはずなのですが」

茶化そうとする声。それが震えていた。今までのことでわかってはいたが、この人は明らかに弱い。

いや、弱いんじゃない。色々な事に心を痛めすぎているんだ。それはさとりという種族ゆえか、それともこの人だからか。

さとり「自分のことが知られているというのはここまでも心地悪いものですか。貴重な経験、ですね」

男「さとりさん」

さとり「わかってます。ここで私が逃げてはいけないということは」

男「いえ、違うんです。その逆で、さとりさんには」

この地底を出ていってもらいたいんです。

さとり「………正気?」

えぇ。さとりさんを残せばさとりさんが折れる。さとりさんを行かせれば残りの者が壊れる。

だから、さとりさんには二人を連れて行ってもらいたいんです。

火焔猫燐と霊烏路空の二人を。

373以下、名無しが深夜にお送りします:2017/12/13(水) 21:26:24 ID:W53qE/hA
神に届く力。少なくとも吸血鬼や鬼を消すに値する力。

神に背く力。人の尊厳を踏みにじり、命を嘲る力。

そんな能力を持つのに、言っては悪いがその精神は獣に近い。だからその力に制限をかける者が必要だ。

実際それがなかったために前の世界ではその能力は暴走していた。その結果があれだ。

さとり「もう一度聞くけど正気? そんな力を持つものを敵に回す。そう言っているのよ、貴方は」

それ以外の手段が見つかりません。

さとり「簡単よ。お燐とお空を封印すればいい。私が命じればいいだけだもの」

それが正しいのかもしれない。ただ………

さとり「ただ?」

これ以上悲しい戦いにしたくない。

さとり「貴方………本当に正気?」

あと一つ理由が

古明地ことりの制御。

374ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2017/12/13(水) 21:38:51 ID:W53qE/hA
この戦いの主犯の一人。

詳しくは分からないが重要なことを担っている気がする。

さとり「気がする、でしょう?」

さとり「姉さんはさとりの出来損ないよ。人の心が読めず、自分の思いを漏らすだけ」

さとり「脅威になるわけがないわ」

男「とりあえず、以上です。伝えたいことはそれだけで」

さとり「ありがとう。貴方の主張は私とこいしを地底に監禁。お燐とお空を封印する」

え?

さとり「確かにそれが正しいわ。私も地底の管理者ですもの。私のわがままでみんなを巻き込むわけにはいかないわ」

さとり「貴方の言う通りにする。でも最後にお願いがあるの。最後は皆で宴会を開きましょう」

さとり「最後にそれくらいのわがまま、いいでしょう?」

男「ちょっと、さとりさ―――」

さとりさんが背伸びをして俺の口を塞ぐ。その瞳は明るさを取り戻していた。

さとり「ありがとう。私のわがままを聞いてくれて」

そしてその夜。さとりさんたちはいなくなった。

375以下、名無しが深夜にお送りします:2017/12/13(水) 22:00:56 ID:HJ4kShFM
支援

376ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2017/12/13(水) 22:21:10 ID:W53qE/hA
俺を眠りから覚ましたのはどたばたと周りを駆け回る足音だった。

瞼を開けると揺らぐ灯篭と転がった酒瓶。

残った強いアルコールの香りが気付け代わりとなり、一気に眠気が飛ぶ。

男「いったいなにが―――」

ナズ「こんな時に何寝っ転がっているんだ!」

起き上がろうとした瞬間にナズーリンに小突かれる。とりあえず何かあったということは分かった。

男「どうした?」

ナズ「地底の結界が吹き飛んだんだ!」

男「は?」

文「というより、結界ごと縦穴を吹き飛ばした、というのが正しいですね。やられました」

文「酔っぱらわせて気が緩んでいる隙にお空さんの力で脱出。さとりさんとお燐さんとお空さんと少年さんがどこかへ行きました。おそらくはことりさんも」

そこまで聞いた感想はそうか、よかったな。と肯定的な反応だった。と同時に昨日のさとりさんの言葉の意味を知る。

当然だが、ひどいことになると知ってさとりさんを行かせる者はいやしない。そんなことを提案したら責められるのは俺だろう。

あまりにも理にかなってない行動だからな。さとりさんは俺の意を酌んだうえで俺に責任を負わせまいと。

これはやられたなぁ。

377ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2017/12/13(水) 22:39:35 ID:W53qE/hA
ナズ「なに笑ってるんだい」

ナズーリンがじとーっとした視線を俺に送る。慌てて表情を引き締めるとナズーリンは昨日のことをまだ根に持ってるらしく数度軽く俺を小突いた。

ナズ「確かに星蓮船は入りやすくなったけど」

文「いやいや、そんなこと言ってる場合じゃなくて、これからどうすればいいのかの話をしましょうよ! さとりさんってこの地底のトップなんですよ!?」

ナズ「じゃあトップをうちの聖にするってことでいいね」

文「んなむちゃくちゃな!?」

目の前で言い争いを始める二人を横目に慌ただしくなった地底の喧騒を聞く。

こんな状況だがなぜかどこか楽しそうに感じるのは地底の住民の気質か。

どうせこんな連中ならなるようになるだろう。聖さんか勇儀さんか。そこら辺を一応のトップにあげれば良い話だ。

酔いの席の狂乱のような雰囲気と共にからからと乾いた風が開けた障子を通して吹いてきた。

378ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2017/12/14(木) 00:00:14 ID:X9LAMwoY
勇儀「とりあえず、状況の整理でもしようかい」

白蓮「そうですね」

空いた大穴から星蓮船を下ろし、一応のトップ代表二人が対談する。

その周りを囲むのは俺、星さん、ナズーリン、パルスィさん、射命丸さん、白衣の男。

白衣の男は初めてみたがどうやら人間らしい。なにやら尊大な口調をしていたが、世間でいうところの中二病みたいに見える。

が、ここは幻想郷。不思議も魔法もある世界だ。見えるだけでそうじゃないのだろう。

しかし人間なのに地底ではそこそこ有名人らしい。妖怪の中で過ごす人間とは少し親近感を覚える。

勇儀「そこの男は未来を知ってて、最悪を回避するために動いている。だね」

男「あぁ、そうだ」

勇儀「信じられない話だが信用はしてるさ。あのさとりが認めてたんだから」

まず大前提を受け入れてくれることは非常に助かる。

勇儀「それで、さとりはさとりたちの監禁と、お燐とお空の封印を受け入れたように見せて、逃亡」

勇儀「簡単にするとそれだけの話さ。だけどどうも腑に落ちないところがある。あのさとりがそんな行動にでたことさ。あいつにそこまでの勇気はない。それに無責任でもない。一応だけどこの地底の管理者たるあいつがここまで事を大きくして逃げた理由。知ってるんだろう? 男」

勇儀「私はさとりを信頼してる。話してくれるよな。男」

379ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2017/12/14(木) 00:08:52 ID:X9LAMwoY
即座に全部バレていた。

いやバレてはいない。たださとりさんを勇儀さんが信頼していたからこその問い詰めなだけ。

なのに呑まれる。追い詰められる。

初めは軽い口調で話していた勇儀さんの言葉がいきなりずどんと重くなる。表情も語り口もなにも変わっていない。

ただ、汗が吹き出し、口の中が渇くほどの殺気が俺を襲っただけ。

大丈夫だ。殺気には慣れている。そのはずなのに。

勇儀「どうした男。私は本当のことを聞きたいだけさ。さとりが勝手に行動したならそれでいいさ。知らないなら知らないっていいな」

勇儀「知らないのなら、だけどね」

質が違う。殺気の質が違う。

暗くもなく、淀んでいるわけでもない。背筋がぞくりともしない殺気だからなおのこと恐ろしい。

相手に殺意を抱かずにこうまで殺気を向けることができるのか?

あぁ、なるほど。やはりこれが鬼なのだと。

当たり前のように相手の上に立つ。

これが鬼なのか。

380ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2017/12/14(木) 00:18:03 ID:X9LAMwoY
白蓮「殺気を飛ばすのはやめていただけませんか? ここは話し合いの場ですよ?」

勇儀「いや、凄む気はなかったんだ。ただ純粋に疑問に思っただけさ」

パル「そうよ。勇儀が言うことは筋が通ってるわ。さとりらしくないってことは私たちは一番よくわかってること」

パル「どうせなにかやったんでしょ。あの二人だけの空間で。さとりを唆すような―――」

勇儀「パルスィ。決めつけは良くないね。だからそう、誤解がないように話してくれないかい? 信用する、からさ」

ナズ「ち、地底の連中は躾がなってないね。私にはどうも男を責めているように聞こえる。これじゃあ話す言葉もでないさ。真実はでてきやしない」

パルスィ「ちょっとそっちも躾がなってないんじゃない? たかだか鼠風情が偉そうにちゅーちゅーちゅーちゅー、耳障りでしかないわ」

ナズ「ふんっ、ここは議論の場で君みたいな―――」

白蓮「ナズーリン」

勇儀「パルスィ」

二人が同時に制す。臨界点を超えかけた緊張が再び張り詰める。

男「俺は、あ、あのとき、さとりさんに」

でなくなった唾液にカラカラに乾いた口で途切れ途切れで言葉を繋ぐ。

男「こいし、とさとりさんの、姉さんが死ぬ姿を」

男「見せたんだ」

381ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2017/12/14(木) 00:26:00 ID:X9LAMwoY
そう、俺の心を覗いたさとりさんは全てを知った。

絶叫したのはそのせい。

それは勇儀さんが知っている情報。

そしてこの先の情報は言うわけにはいかない。

誰よりも強いと思われていた彼女とそのやさしさを汚すわけにはいかないから。

男「追い込んだ、のかも、しれません」

男「そのあと、俺はさとりさんに、あの提案をしました」

勇儀「監禁と封印?」

男「………さとりさんたち、全員の封印です。なぜなら、敵の主犯に、彼女の姉がいるから、です」

文「傷ついたさとりさんに追い打ちをかけた、ってことですか」

男「はい」

全員が黙り込む。

382ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2017/12/14(木) 00:30:39 ID:X9LAMwoY
白蓮さんは静かに目を閉じて小さく何かを呟いた。

ナズーリンは呆れたような目で俺を見た。

パルスィは悪人を見る目で俺を見た。

勇儀さんは苦虫をかみつぶしたような顔をした。

射命丸さんは何度もため息をついた。

白衣の男は何か言いたそうにしていた。

俺はたった数秒でこの場での味方を失った。でもそうせざるを得ない。

筋の通った悪手を打たなければ納得しないはずだ。

そして俺の評判が下がれば、それだけこの話は通りやすくなる。

俺の言葉がさとりを追い詰めて、追い詰められたさとりは逃げた。それでいい。

それが俺ができる精一杯の優しさだった。

383ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2017/12/14(木) 00:48:25 ID:X9LAMwoY
やはり俺は何度も何度も最悪の手を打つ。

これは逃げられない因果かなにかか。

勇儀「話は分かった。お前が言うことは間違っちゃいないさ。褒められたことじゃないが、最善のみを尽くせとは私も言わない」

勇儀「だけど、それでも………」

ナズ「………話を進めようか。今はこれからの話、だろう?」

白蓮「地底と私たちの協力をどうするか。そしてどう協力するかを話しましょう」

勇儀「………あぁ」

それからの話に口を出すことはできなかった。

結局勇儀さんが地底を纏め、協力するか、どこまで協力するかをそのたびに話し合うことに決まった。

一番とは言えないが、悪くない結果だ。命蓮寺と地底は纏まった。

あと人間に対抗するために必要な勢力は紅魔館。

少なくとも紅魔館と地底が衝突する事態は避けられたがここから先の未来は分からない。

できるだけ迅速に動いたほうがいいだろう。

384ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2017/12/14(木) 00:59:22 ID:X9LAMwoY
話し合いが終わり一人になる。

孤独を感じる。ここに来てから一人きりになるのは久しぶりだ。

祭りのような地底の雰囲気が俺を避けているようだ。

自分で選んだ選択肢はいつもこうで。他のみんなほど強くない俺の心はまたも軋む。

覚悟が足りないのだろうか。

霊夢みたいに強くなれれば………。

星「男、さん」

男「あれ、どうしました。星さん」

いつの間にか後ろに立っていた星さんが俺の背中に手をあてる。

星「さっきのは、嘘ですね。不器用な」

男「はは、買い被りすぎですよ、ただ俺が焦りすぎただけで、本当、さとりさんを傷つけてしまって」

男「………なんでわかりました?」

星「倒れそうに見えましたから」

385ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2017/12/14(木) 01:05:11 ID:X9LAMwoY
星「男さんは、優しいです。だけれど、不器用で、弱い」

星「だから私が支えるって、約束したではありませんか。辛い時は肩を貸しますから、一緒に行こうって」

男「………星、さん」

星「はい、なんでしょうか」

男「さとりさんを守りたくて………でも守られて」

男「だから、またさとりさんを守って………」

男「それで理解されなくていいって、思っても。やっぱり駄目で」

男「かっこいいヒーローにはなれなくて、かっこ悪いことしかできなくて」

男「悲しくて」

星「大丈夫です。私がいますよ。知ってますから。貴方がどれだけ優しいか」

星「かっこいいですよ。頑張るあなたはとっても」

386以下、名無しが深夜にお送りします:2017/12/15(金) 01:28:56 ID:pYb/AzV2
星ちゃんヒロイン感

387以下、名無しが深夜にお送りします:2017/12/15(金) 03:14:52 ID:G5paRWxU
星ちゃんは困ったことがある時に助けてくれる優しい先輩的なポジション

388以下、名無しが深夜にお送りします:2017/12/15(金) 23:16:45 ID:.ik6inE2
星ちゃんルートあるなこれは

389以下、名無しが深夜にお送りします:2017/12/18(月) 04:54:04 ID:ZtAuWJ7U
あの頃のぬえがいないなら俺は星ちゃんを選ぶ的なね

390以下、名無しが深夜にお送りします:2017/12/18(月) 05:09:12 ID:LZPP3JaY
ぬえはもう戻らないと思うと悲しい
四季映姫も一瞬正ヒロイン感出てたのに

391以下、名無しが深夜にお送りします:2017/12/27(水) 20:26:21 ID:Ygc6yicc
支援

392以下、名無しが深夜にお送りします:2018/01/06(土) 01:12:26 ID:JEb3O3oc
どう見ても正ヒロインな星ちゃん

393以下、名無しが深夜にお送りします:2018/01/19(金) 23:22:26 ID:qoJh6Y/A
支援

394以下、名無しが深夜にお送りします:2018/01/29(月) 21:39:18 ID:0dAWIB2I
支援

395ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/02/02(金) 11:41:50 ID:XMktsSQo
共感し、自分の事を理解してくれる人がいれば絶望の中でも人は歩いていける。

前の世界では映姫さん。この世界では星さん。

ならこの二人が倒れた時、俺はどうすればいいのだろうか。

悲しみを背負って歩いていく?

男「そこまで俺は強くないよな」

星「どうしました?」

男「いえ、ただの独り言です」

これからどうしようか。感情的な行動で信頼を失った俺にできることは

なんてことを考えていると、おもむろに扉が開いた。

入ってきたのは話し合いの時にいた白衣の人間だった。

俺に怒っているのだろうかと思ったがその瞳は意外にも冷静な光を帯びていた。

白衣男「邪魔をしたか?」

男「いや、そんなことないですが。どうしました?」

白衣男「畏まらなくていい。見たところ同じくらいの歳だろう? ちょっと顔を貸してくれ」

男「? あぁ、わかった」

396ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/02/02(金) 11:50:01 ID:XMktsSQo
白衣の男に連れられた場所は小さな居酒屋だった。客が入ってないところを見るに人払いをしているのだろうか。

いや、流石にこの状況で昼間から飲んだくれる奴がいないだけだと信じたいが。

男「ここは?」

白衣男「俺の家だ。適当なところに座ってくれ」

言われた通りにカウンターに座る。壁にならぶ酒瓶を眺めていると目の前に透明な液体の入ったコップが置かれた。

男「昼間からお酒はちょっと」

白衣男「酒じゃない。ただの水だ」

違ったのか。地底といえば水の代わりに酒がでるものと思っていたが。口をつけると確かに水だった。

無味のはずの水に生臭い味を感じる。どうやら口の中を傷つけていたらしい。

白衣男「単刀直入に聞くんだが」

男「なんだ?」

白衣男「さっきの話は嘘偽りだろう?」

男「んげっふっ」

いきなりの確信に焦った俺はむせてしまい机の上に飲んでいた水を吐き出した。

その行動が回答になっていたらしく白衣男は何度か大きく頷いた。

397ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/02/02(金) 12:03:53 ID:XMktsSQo
男「なんでわかった?」

もはや取り繕う必要はなかった。あの場で誰もが信じ込んだのになぜ、この男だけが見抜いたのだろうか。

白衣男「人間のことを一番わかるのは人間だ。いくら似通っていても種族の差はある」

白衣男「弱いやつのたわごとは理屈に勝り信憑性を帯びる。違うか?」

その通りだ。強者は弱者の事を知らず、誰しも情けなさを嫌う。だからこその弱者という隠れ蓑。それを容易く見抜いたのは同じ人間だった。あの時何か言おうとしていたのはその疑惑があったからだったようだ。

白衣男「さすがの俺もなぜ嘘をついたかの理由まではわからんが、それが嘘であると知った以上聞かせてくれるよな」

あの数瞬の出来事は俺にとってもさとりさんにとっても語るには能わず。

その秘密に意味はない。少なくとも重要な秘密ではない。ただの責任の奪い合い。そこに結論を変えるような力はない。

男「………」

だから口を噤むしかなかった。言葉を出さなければ受け取られることはない。

沈黙から意味をくみ取ることは流石にできないはずだ。そうして空想は俺の都合のいい方向に転がればいい。

白衣男「俺はさとりの恋人である、小さな少年に武器を渡した。戦う力をやってしまった。自衛じゃない。さとりに、強者についていくためのささいな力だ」

白衣男「だからあいつがさとりについて行ったのは俺の責任だ。だがな、あいつは子供だが自分でしっかり考えて行動をしている。おそらく俺よりも自問自答して答えを出してきたやつだ」

白衣男「そんなあいつが、さとりが傷ついて逃げ出すのを止めないはずがない。あいつは流されずにさとりを止めるはずだ。傷を負ったさとりを癒すはずなんだ。だから俺は納得がいかない」

白衣男「さとりは自分の確固たる意志で出て行った。違うか? 少なくともお前のせいじゃない、そこまで古明地さとりは愚かじゃない」

398以下、名無しが深夜にお送りします:2018/02/02(金) 21:15:48 ID:9HmUsoxY
キタ――(゚∀゚)――!!

399以下、名無しが深夜にお送りします:2018/02/03(土) 14:54:42 ID:xgb58qfc


400以下、名無しが深夜にお送りします:2018/02/04(日) 15:30:19 ID:ZK3f6knI
乙です

401ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/02/25(日) 17:59:29 ID:rVGswkgE
言葉は返せなかった。口を噤んだわけじゃない。

白衣男「沈黙は肯定と受け取るがいいな?」

肯定。頷く。

白衣男「ならやはり疑問なんだが自分が不利になると分かっていただろうになぜ嘘をついたんだ?」

言葉を返さない。今となっては無意味かもしれないが、譲るわけにもいかない。

白衣男「察するにどうせ逃がそうとしたんだろう? さとりの未来とさとり本人の人となりを知ってしまったから」

白衣男「お前の人となりを理解すれば簡単な話だ。優しすぎると言われたことはないか?」

男「ずいぶんと、人を見てるんです、ね」

白衣男「俺は人間だからな。目で見て考え結論を出すことに関しちゃ一級品だ。まぁ、さとりを逃がした云々はどうでもいいんだ。俺もそれについて責めるつもりもなければチクるつもりは毛頭ない」

白衣男「ただその嘘の方向性を知りたかった。お前が敵なのか味方なのか」

男「お眼鏡にはかなったかね。一応これでも正義の味方を目指してるんだ」

白衣男「あぁ、信じることにするよ。それに未来が見えるってのも気になるしな」

男「見えるわけじゃない、一度経験しただけだ」

そう、一度経験しただけ。だからこそこれからの行動は薄氷を踏むようなものだ。

だからこそ最悪は避けなければいけないってのに

402ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/02/25(日) 18:04:51 ID:rVGswkgE
男「でもいいのか。俺は嘘つきかもしれないぞ?」

白衣男「もしそうなら吐かせる手段はいくらでもある。機械や薬や催眠術。だがする気はない。なぜだかわかるか?」

男「体に悪いから、とかか?」

白衣男「それじゃあ信頼できないからさ。俺はお前を信頼したかったんだ。もしかすると希望となりうるかもしれないお前を」

なぜだ。なぜこの男はこうも俺をまっすぐ見る。なぜ真正面から見る。

なんで幻想郷にはまっすぐな奴が多いんだ。映姫さんに白蓮さん、そして星さん。

まるで俺が馬鹿みたいじゃないか。いや、そうではあるんだけど。

自分の小ささに落ち込んでしまうじゃないか。

403ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/02/25(日) 18:13:43 ID:rVGswkgE
男「俺を信頼して意味はあるのか? なぜこうも部外者に肩入れするんだ」

精一杯強がってみせる。ここで開き直れるほど人間できてない。

ただここまで言い負かされるのが悔しかっただけだ。

白衣男「復讐だよ」

そう短くつぶやいて白衣男は水を一気に飲み干した。

そこからは白衣男の言葉しかなかった。白衣男の今までの事。

自分の兄を妖怪に殺されたこと。人間から逃げ妖怪のもとへ身を寄せたこと、そして地底に来た経緯まで。

一つも包み隠さずに語ってくれた。打てる相槌はない。

白衣男「ということだ。これで全部だが質問はあるか?」

男「ない。できるわけがない」

白衣男「そうか。それで俺はお前のお眼鏡にかなったかな?」

拒否をする権利は俺にはない、と思う。

だから頷く。一人でも味方が欲しいのは確かだ。

俺が頷くと白衣男は満足そうに白衣を翻して高笑いをした。

白衣男「安心しろ。この俺は頭脳明晰万知万能であるぞ!」

404ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/02/25(日) 18:20:16 ID:rVGswkgE
白衣男「ではこの私の仲間を紹介しよう!」

男「仲間?」

白衣男「こいつらだ!」

そういって白衣男が天井から伸びている紐を引っ張った。

直後歯車が動く音がしてぱかっと天井の一部が開いた。

「ひゅいっ!?」

「………」

「ウケるwwwww」

落ちてくる青と赤と黒。青はそのまま尻もちをついて落ち、赤はふわりと着地をし、

「ひぎぃっ!」

黒は青の上に着地をした。

男「これが、仲間?」

白衣男「もう一人いるが今は出かけてるな」

405ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/02/25(日) 18:24:09 ID:rVGswkgE
聞くと青はかっぱの河城にとり、赤はその姉のみとり、黒………色の甲冑のようなものを纏っているのが幼馴染らしい。

何者だろうか。

にとり「ひどいじゃないか! というかいつこんなギミック作ったのさぁ!」

白衣男「作ったのお前だろうが」

にとり「え? そ、そうだっけ?」

白衣男「ロマンとか言いながら作ってた」

にとり「うぅ、覚えてないよ」

みとり「………」

にとりと白衣男の問答の間にみとりがじぃっと俺を見てくる。

男「あの、な、なにか?」

みとり「…誰」

白衣男「おぉっと! お前の紹介を忘れてたな。こいつは男。どうやら未来を知っているらしい」

にとり「未来を」

みとり「知ってる?」

装甲娘「うけるwwwww」

406ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/02/25(日) 18:39:21 ID:rVGswkgE
男「あー、未来を知ってるというと少し語弊があるな。未来から戻ってきただけだ」

装甲娘「同じじゃねぇの?wwwwww」

装甲の奥からケラケラと笑い声がする。なんだか無性に癇に障る声だ。

男「行動でいくらでも未来は変わる。もともとの世界では地底に俺はいなかったんだ」

もっと言うならお前らは皆死んでるんだが。

白衣男「だがアドバンテージは確かにある。だからこそ我が軍勢に取り込んだのだ!」

にとり「まぁ、私は異論はないけどね。男が誘ったんだから信頼はできるんだろうしね」

みとり「………うん」

装甲娘「私的にはおっけーwwwww」

信頼されているみたいだな。誰も異論を唱えない。俺じゃなくて白衣男を信じているから。

白衣男「あとはもう一人なんだが」

文「ただいま戻りまし………た」

白衣男の言葉と同時に開く玄関。そうして現れたのは射命丸 文だった。

なぜか家の中にいる俺を二度見し、その後全員の顔を見回した。そして目をこすって一度外へ出た。

どうやら射命丸は理解できなかったみたいだな。

407ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/02/25(日) 20:28:48 ID:rVGswkgE
文「なぜあなたがいるのですか」

再度家に入ってきた射命丸は不服そうな顔で俺を睨みつけていた。実際不服なのだろうが俺のせいじゃない。

そもそも白衣男が射命丸と知り合いだなんて知らなかったんだが。

しかし射命丸から見た俺はどうやら白衣男を誑かしたように見えるらしい。

白衣男「俺が招いたんだ」

文「なんでこいつ………この人を? 貴方もあの場にいたでしょう」

白衣男「あぁ、あの場での発言は嘘だ」

男「嘘だ」

ある程度の事情を話すと射命丸は面白いように顔色と表情を変えた。

そして最終的にはがっくりとうなだれ長い溜息をついた。

男「あの場の嘘については他言無用で頼む」

文「さすがに言いふらすほど野暮じゃないですよ。それに言いふらしたとしても詳しい理由が分からないのですからジャーナリスト失格です」

文「私は勘違いで記事は作りますが嘘で記事は作らないのですよ」

それは読者にとってさほど変わりはないのではないだろうか。と思ったがもちろん口には出さない。

408ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/02/25(日) 20:55:21 ID:rVGswkgE
文「それで、未来を知る貴方は次に何をしようというのですか。白衣男さん達を巻き込んで」

ずいぶんと刺々しい言葉だ。巻き込まれたのは俺の方だというのに。

男「紅魔館に行く」

白衣男「紅魔館か。それはなぜだ?」

男「もうすぐレミリアは紅魔館を捨て人間の基地を襲撃する」

男「それを止める」

文「なぜです。人間を襲うのならばなにも問題はないでしょう」

問題はないように思えるだろう。俺たちの目的も人間の打倒なのだから。

しかし今じゃない。まだ紅魔館を巻き込めてない今、紅魔館を孤立させるわけにはいかない。

白衣男「紅魔館に協力を仰ぐことは問題ないとは思うが、あのお子様君主が首を縦に振るかどうか」

男「やってみなきゃわかんないだろう」

にとり「それで、紅魔館はいつ人間の基地を襲うのさ」

それは確か………

男「今日の昼だ」

409ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/02/25(日) 20:58:21 ID:rVGswkgE
みとり「もう…昼」

にとり「うん、昼になるね」

男「………だなぁ」

白衣男「なぁ、文」

文「なんですか、男さん」

白衣男「連れてってやれ」

文「ですよねぇっ! やっぱり私ですか!!」

射命丸が机をばんと叩く。両手で髪を掻き毟ったかと思うとずんずんと俺に向かって近づいてきた。

文「行きますよ」

そして俺の後ろに回り背伸びをしながら羽交い絞めにした。

男「あぁ、なるほ―――」

それを言い終わる前に俺の意識は途切れた。

410以下、名無しが深夜にお送りします:2018/02/27(火) 19:36:10 ID:d5aEZMZo
2週目は上手くやってくれてますね...

411以下、名無しが深夜にお送りします:2018/02/27(火) 20:39:11 ID:6wg6nfMg
四季映姫に触れてくれたのは読者の気持ちを汲んでくれたのだろうか
白衣男の幼馴染とかマジで忘れてた……もう何年前だろう
期待してます!

412以下、名無しが深夜にお送りします:2018/02/27(火) 23:45:57 ID:LJyb7vwM


413ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/03/01(木) 10:45:31 ID:1hiktW4U
目が覚めたとき、地上ははるか下にあった。気圧や空気の濃度の影響によって頭がふらつく。

男「どれくらい寝てた?」

文「ほんの二三分ですよ。人間にしてはずいぶんと回復が早かったですね」

気絶をすることは慣れている。なんてどうも自慢できないことだ。

文「レミリアさん率いる一団は捕捉しました。見つからないように高高度を超速で飛んでますけどあと数分で急降下します」

男「つまり?」

文「苦しいですよ」

こころなしか文が速度を上げ更に高度も上げた気がする。

冬の風が身を裂くように冷たい。まさかとは思うが嫌がらせではなかろうか。

文「では、行きますよ」

数分後、文が合図をし宙を蹴る。それと同時に頭の中を素手でかき混ぜられるかのようなめまいと不快感。

なんとか耐えて見せようと思ったのだが容易く俺の意識は暗闇へと落ちた。

414ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/03/01(木) 11:29:01 ID:1hiktW4U
次に目を覚ました時には冷たい地面に横たわっていた。

はっきりとしない頭のためか周りの音がひどく遠くに聞こえる。

その音は言い争っているような………いや、一方的に捲し立てているだけ………?

だめだ、はっきりしない。とりあえず無理をしてでも起き上がらなければ。

立ち上がろうとし、一度ふらついて顔面から地面へと崩れ落ちる。思ったよりもふらつきが酷い。しかしそれを理由に寝ているわけにもいかない。

男「うぇ……おぇっ」

「大丈夫ですか?」

男「え? ぁあ。なんとか」

話しかけてきた誰かの手を借りてなんとか立ち上がる。あたりを見回すと妖怪に囲まれていた。

「それで、あなたは一体?」

手を貸してくれた人を見る。赤い髪にチャイナドレスのような服装。

たしか紅美鈴さんだったろうか。

少し困ったような顔で俺を見ている。

415ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/03/01(木) 11:37:55 ID:1hiktW4U
男「説明したいからレミリア、さんに会わせてくれないか? それと一緒に射命丸が来たはずなんだけど」

美鈴「射命丸さんなら向こうに」

紅さんが指を指した先にいたのはロープでぐるぐる巻きにされ猿轡をかまされた射命丸だった。

よく射命丸を捕まえられたなと感心していると首筋にひやりとした冷たさと針でつつくような痛さを感じた。

「こいつらのために足を止めることは無意味よ。縛って転がせばいいわ」

美鈴「まぁまぁ咲夜さん、落ち着いてください。話を聞いてあげたって」

咲夜「こいつらが来たせいで今お嬢様と娘様が喧嘩なさってるの。処する理由はあっても許し計らう理由はないわ」

首筋にあてられた何かが更に押し込まれる。すでに痛みは針ほどでなく明確に苦痛になっていた。

男「レミリアさんに会わせてくれ。そのためにここまで来たんだ」

咲夜「お嬢様は忙しいの。それに文屋の仲間ほど信用できないものはないわ」

態度は変わらず言い争っても時間の無駄のように思える。言い争う前に転がされそうだが。

男「レミリアさんに会わせてくれ。レミリアさんは運命が見えるかもしれないが俺には未来が見える」

結局素直に事情を話すしかなく、未来の事についてある程度の情報を話す。

おそらく癪に触れることになるだろうと思ったが咲夜が何かを言おうとする前に小走りで駆け付けたメイド服を着た妖精が咲夜に耳打ちをした。

咲夜「………会われるそうよ。不愉快だけど案内はしてあげる。せいぜい貴方に奪われた時間分の価値はみせることね」

416ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/03/01(木) 14:06:54 ID:1hiktW4U
周りには多数の妖怪と妖精。逃げようにも逃げれそうにない。

もちろん逃げるつもりはないが、いざというときは覚悟したほうがいいのかもしれない。

男「結構いるんだな。紅魔館はそれほど大きくないと思っていたが」

咲夜「………」

答えてはくれないみたいだ。当り前だが警戒されているし、どこか嫌われているように思える。

案内されること数分。長身の男がさす巨大な日傘の下でレミリア・スカーレットは苛立たしそうな顔でこちらを睨みつけていた。

レミリア「あんたが謎の侵入者ね。うちの娘が止めなきゃ今頃あんたは妖怪の餌よ。感謝することだな」

レミリアがくいと顎で指す先にはレミリアの娘(正しくは“この”レミリアの娘ではないが)ウィルヘルミナ・スカーレットがいた。

彼女に視線を移すとスカートの端をつまんで恭しく一礼をした。

レミリア「ナイトウォーカーがわざわざ憎たらしい太陽の下を無理して進んでいるんだ。この苛立たしさを解消してくれるんだろうな? それができなきゃ道化らしく命乞いでもしてもらうわよ」

男「まさかウィルがかばってくれるとはな」

レミリア「なぜ我が娘の名前を知っているのかしら。それも愛称まで」

レミリア「あんたたち関係あるの?」

ウィル「私はないぞお母様」

男「俺はある」

417ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/03/01(木) 14:11:47 ID:1hiktW4U
レミリア「知り合いじゃないのになんで庇ったのよ」

ウィル「そんな運命を感じたから」

レミリア「私の運命にこいつなんていなかったわ」

と言ってレミリアは眉をひそめた。左右に首を振りながら唸っている。何か考え込んでいるように見えるが。

レミリア「私の運命にこいつなんていなかったのよ。何やったのウィル」

ウィル「私は何もしてない。神に誓ってもいいぞ」

レミリア「神に誓える子に育てた覚えはないわよ。じゃああんた何者なのよ」

何者かと聞かれれば答えには詰まる。

種族で言えば人間。立場で言えば寺の保護下。地底と寺に協力を仰ぎこの異変を解決しようとしているもの。

もっと言えば俺は………………

男「正義の味方だ」

418以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/04(日) 12:34:20 ID:8K31NVQU
支援

419以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/09(金) 00:24:14 ID:a4FJnYmg
乙です

420ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/03/10(土) 08:27:51 ID:gbUCXliQ
そうなりたかった。

霊夢の背中を追って、俺は正義の味方になりたかったんだ。

普通に考えれば道化た答えに対しレミリアはその小さな左手を顎に当て考え込んだ。

ウィル「絶対に会ったことない。絶対に知らない。だけど私はお前と会ったことがあるか? なんで私はお前を知ってるんだ?」

続いてウィルも頭をかしげる。ウィルヘルミナに関してはおそらくだがうっすらと前の世界と繋がっているのかもしれない。

もともとこの世界の住民じゃない故に、世界が巻き戻ったとしても完全にその影響を受けているわけではないのだろう。

そういえば彼女はどうしているのだろうか。

レミリア・フランドール・ウィルヘルミナに続く第四の吸血鬼。

吸血鬼でありながらレミリアに隷属するメイド服の名も無き彼女は。

レミリア「何見回してるのよ。逃がすつもりはないし、逃げ場もないわよ」

男「望んで飛び込んだんだ。逃げる気はないよ。ただ予想より妖怪の数が多いなって思ってさ」

レミリア「ふんっ。この私のカリスマにかかれば周囲の困っている妖怪を携えることなど納豆をかき混ぜることよりたやすいわ」

よくわからない例えをしながらレミリアが不敵に笑う。見た目は少女を越え幼女のように見えるがそれでも実力者であり強者なのだ。

まったく、見た目だけでは何も判断できない世界だな。ここは。

421ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/03/10(土) 08:39:11 ID:gbUCXliQ
レミリア「正直なところ仲間になれと言われたところで納得できるだけの材料がない」

レミリア「私は主だから、当り前かもしれないけど付き従ってくれる者達がいるのよ。つまりそいつらの命も私が担ってるってわけ」

レミリア「つまり私の価値はその分だけ重くなるってこと。わかるわよね?」

分かる。上に立つものとして当然の考えだ。上に立つものは立場は上であれど、付き従う皆を背負わなければならない立場。

だが説得をあきらめるわけには―――

レミリア「ま、いいわよ。仲間にはならないけど協力はしてあげる。案内なさいな」

男「!?」

今までの問答をあっさり覆される。いきなりの手のひら返しに隣にいたウィルも大きく目を見開いていた。

レミリア「くすくす。とてもびっくりしたって顔してるわね。その顔が見たかったのよ。あんたなんか偉そうでムカつくし」

レミリアが子猫のようにケラケラと笑う。目を細めにんまりと笑うレミリアの考えが読めなかった。

レミリア「さっきのは理論の話よ。だけど直感はまた別の話。直感はあんたと一緒にいった方が面白いってにやにやと笑ってる。あんたに一つ教えといてあげるわ」

レミリエがぴんと人差し指を立て、唇にあてる。

レミリア「付き従うすべてのものを背負うってことはそいつらを私の一存で我が侭に扱えるってことよ?」

そういって再びレミリアはケラケラと笑い始めた。

422ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/03/10(土) 08:45:32 ID:gbUCXliQ
男「ちょ、ちょっと待て、まだ論議にすら入ってないぞ。全てをすっ飛ばして」

レミリア「あら、仲間に引き入れたいんじゃなかったの?」

男「そうだが、そんなことはまだ言ってないじゃないか」

そう、まだレミリアに対して論議すらしていない。

レミリアの一方的な捲し立てを聞いてるだけで

ただそれが俺の考えを読むかの如く当てているだけで

レミリア「あんた顔にでやすいのよ。仮面でもかぶったらどう?」

ウィル「私仮面もってるぞ」

仮面をかぶったとして、そんな人間が信用されるわけない。いやそういう話じゃなくてだ。

男「直感なんかで、それだけで決めていいのか!?」

レミリア「文句がある奴はぶっとばすわ。物を知らないあんたのもう一つこのレミリア先生が教えてあげるわ」

レミリア「理論なんかすっ飛ばして直感だけで正解を探し当てる能力をね」

レミリア「カリスマっていうのよ」

423ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/03/10(土) 08:52:53 ID:gbUCXliQ
レミリア「咲夜!!」

レミリアが両手を数度打ち鳴らす。すると一度目の拍子で咲夜がレミリアの横に現れた。

いつ消えたのかも気付かなかったがいつ現れたのかも気付かない。

咲夜「お呼びでしょうかお嬢様」

レミリア「全軍撤退〜 目標はどこいきゃいいんだっけ?」

男「え、あ。地底だ」

レミリア「ってことらしいわよ」

咲夜「!?」

能面を被ったかのように無表情だった咲夜の顔が珍しく驚愕に歪む。

なぜそうなったかをレミリアに問うがレミリアの追い払うような手付きで返され咲夜は言葉を失っていた。

結局首を縦に振る事しかできなかった咲夜は去り際に俺を刺すような視線で睨んできたが悪いのは俺じゃない。

ウィル「地底初めて。温泉いこ。お母様」

レミリア「いいわね〜。流水はクソ喰らえだけど、温泉は別よね」

姦しく楽しそうにはしゃぐ二人を見て何か勘違いをしているのではないかと不安になったが、不思議と信頼感もあった。

聖さんや映姫さんとはまた別のベクトルで頼りになりそうだ。

424ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/03/10(土) 10:08:29 ID:gbUCXliQ
レミリアのようにコロコロ変わる進路だったが、結局は無事に事もなく進路を地底へと変えることができた。

ただ進行している妖怪の軍団に手を出せる勢力はいなかったらしく道中事もなく進むことができた。

文「あやや。よくわかりませんがうまくいった、ということでいいんでしょうか」

男「まだうまくいってないよ」

文「と、いうと」

問題はこの後だ。

俺の独断で連れてきたレミリアたちの軍勢。それを受け売れることは容易ではないはず。

男「聖さんはともかく勇儀さんが納得しますかね」

文「なるほど、そういうことですか。まぁ納得はしないでしょうね、こういうのもなんですが地底は結局引きこもりのあつまりですからね」

勇儀さんたちには言わないでくださいよと射命丸が付け加える。言おうとは思わないがあの勇儀の陰口を言うあたり案外不真面目なのだろうか。

425ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/03/10(土) 10:12:03 ID:gbUCXliQ
男「きっとレミリアならなんとかしてくれるでしょうよ」

文「あや? 会ったばかりにしてはずいぶんとあの小娘を信用してるのですね」

男「一番やりやすい相手ではありますよ。カリスマって呼ばれるだけはあって」

文「あの求心力と人心掌握術は見習いたいものです。人妖混合の紅魔館を纏めるだけありますね」

男「たしかに」

各勢力はそれなりの理由があって集まっているものの、紅魔館だけはそうじゃない。

レミリアを楔として繋ぎとめられた一団。レミリアに惹かれたものだけが集まる集団。

寺よりは緩く、地底よりは強固なつながり。そこは不思議と心地が良い。

男「もしもの時は勇儀さん説得してくれないか?」

文「嫌です。自分でしてくださいよ」

だろうな。正直なところあの殺気をまた浴びるのは勘弁したいところだが。

426以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/13(火) 20:56:05 ID:ZRbPQkXI
ちょっとずつ纏まっていってますね。更新乙です

427以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/17(土) 23:25:24 ID:pk8YPUfc
支援

428以下、名無しが深夜にお送りします:2018/04/02(月) 12:52:08 ID:wROZjE9w
支援

429以下、名無しが深夜にお送りします:2018/04/24(火) 16:02:02 ID:CZBxVtF6
いい感じに頑張ってるな
支援

430以下、名無しが深夜にお送りします:2018/06/06(水) 20:29:29 ID:x3dbdAIA
まだまだ待ち申す

431以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/15(日) 02:37:23 ID:K5HsYRfI
支援

432ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/07/26(木) 15:41:09 ID:ArKksw8Y
レミリア「まったく東方の鬼は頭が固いわね。もしかして筋肉で脳みそができているのかしら? もっと私みたいに柔軟性を持つべきじゃなくて? 身内だけで固まるのを良しとするからこんな陰気でかび臭いところで満足するのよ。私をみてごらんなさい、あの憎々しい太陽の下すら闊歩できるナイトウォーカーよ? まさしく私が新時代的」

勇儀「あぁ、そうかい。うちらはあんたみたいなへにょへにょの芯は持ってなくてね。日傘をさして歩くだなんて軟弱な解決策を選ぶ奴はいねぇのよ」

水と油の二人を合わせると火に油を注いだように燃え上がる。そしてその業火に焼かれるのはこの状況を招いた俺で(射命丸はとっくに逃亡した)

近くにいたから連れてきたにとりもすでに泡をはいて気絶しており、役には立ちそうにない。

人を小ばかにした笑みを浮かべぺらぺらと勇儀を嘲笑するレミリアと、こめかみに血管を浮かべそれに返す勇儀。いっそのこと殴り合いでもしてくれたほうが吹っ切れるかもしれない。

ドンッ!!

男「ひぃ!」

腹に響く重音が響く。いまだぺらぺらとまくし立てるレミリアに対し、勇儀が机を叩いた音だった。叩かれた重厚な木製のテーブルは砕けこそしなかったがひびが蜘蛛の巣状に広がっている。

勇儀「地底の連中は逃げねぇ、裏切らねぇ、媚びねぇ。そんな奴らだ。お前らはそれを守れるのか? おい」

レミリア「ふんっ」

シュガッ!!

男「ひぁっ!」

レミリアがその小さなかかとを机に勢いよく落とす。ひびが入っていた机は耐え切れずに細かな破片となり砕け散った。

レミリア「私たちは多種多様。勘違いしないで頂戴。あんたたちが私たちを受け入れるんじゃないの」

レミリア「私たちがあんたたちを受け入れるのよ」

433ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/07/26(木) 15:41:44 ID:ArKksw8Y
話は平行線。だけど交わっているようにも見える。

交わらないのはどちらがどちらの上に立つかでもめているからだ。

それは集団の長として立つものの当然の考え。

すべての責任を自分が負うためにする長の当然の行動。

結論は変わらないのに過程が違うだけで話がまとまらない。

喧々諤々終わらない会話に時間が食われていく。折れない二人によって。

この事態を招いた俺がどうにかすべきなのかもしれないが打つ手はない。

結局ただの傍観者になるのみ。

男「………はぁ」

勇儀「なにため息なんかついてるんだ、男。お前がこいつらを連れてきたんだよな」

レミリア「言ってあげなさい男。どちらが相応しいのか。もちろんカリスマに溢れる?」

男「え?」

434ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/07/26(木) 15:42:26 ID:ArKksw8Y
ため息に業火が引火した。火が一瞬で俺を取り囲む。

どちらが相応しいのか。

心情的にはレミリアのほうが相応しいと思う。

だけど地底の奴らを正しくまとめ切れるかというと不安もあり

つまり簡単に答えは出せない。

それが俺の意見だけどそんな回答をすればおそらく二人の拳が飛んでくるだろう。

苦笑いと冷や汗だけが流れる。俺はただの人間だぞ。未来を少し知ってるだけの。

強くなろうとしてるただの―――

文「あやや! 大変ですよ!!」

男(………ほっ)

この空気をぶち壊したのは珍しく額に汗をかいて飛び込んできた射命丸だった。

突然の乱入に当然のことながら矛先は一瞬で射命丸に向く。そんな二人からの威圧を受け、射命丸は上ずった声を上げたが、ひと呼吸を置いて勇儀の手を取った。

文「見つけたんです! 来たんです!!」

勇儀「なにがだい」

文「はたてとっ 椛がっ!!」

435ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/07/26(木) 16:21:42 ID:ArKksw8Y
会談は中断。はたてが誰かは知らないが、椛がだれかは知っている。

千里眼を駆使した、天才軍師………確かそう呼ばれていたはずだ。

ちらりと見かけたときは鋭く厳しそうな顔つきをしていたが、今は年ごろの少女のように安らかな寝顔を浮かべている。

肌には軽いすり傷が見えるがひどいケガには見えない。

ひどいケガは

はたて「あっはっは。もうだめかと思ったわよ」

右羽が折れているこの少女だ。声をだして笑ってはいるがその笑顔はどこか空虚に感じる。おそらく痛みを我慢しているのだろう。

いくら丈夫な妖怪といえど、この傷が平気だとは思えない。

文「こんな無茶して、死んだらどうするつもりですか!!

はたて「そんなに怒らなくっても。生きてるんだからいいじゃない。それに死んでもあそこから逃げたかったのよ」

はたて「わかるでしょ、天狗連中がどんな奴らかって。あいつらは椛を道具としか見てない。椛の命令には従ってるけど心の中では椛を見下してる。自分より惨めな白狼天狗だから。女だから。そんな理由でね」

はたて「いくつもの戦場を休みなくつれまわせ、そのたび体も心もすり減っていく椛を………私はもう見てられなかったのよ」

はたての明るい笑みが崩れ、憂いを帯びた笑みへと変わる。おそらくこっちが本当の表情で

その嘲笑はどこか自分自身に向けられているように見えた。

436ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/07/26(木) 16:42:04 ID:ArKksw8Y
勇儀「また大所帯になっちまったね」

レミリア「で、これをどうするの? 仲間を裏切って逃げたこの二人を。私なら受け入れるわ」

勇儀「………はっ。こいつらは元から私たちの仲間だ。帰ってきただけなのに受け入れない理由がないだろう」

レミリア「詭弁」

勇儀「なんとでもいいな。それにはたては自分の命を懸けてまで友を守ったんだ」

勇儀「その強さと心意気に惚れなきゃ鬼じゃないね」

レミリア「お涙頂戴に弱いのね。鬼の目にも涙ってやつかしら」

勇儀「減らない口だね」

レミリア「あら、言葉は無限だと思ってたけれど。もしかしてあなたはしゃべりすぎると死ぬ妖怪?」

レミリア「まぁ、そんなことより。あなたは一つ勘違いをしているわ」

レミリア「この子たちは強くない。弱いわよ」

勇儀「………弱くないさ」

レミリア「弱いわ。私が撫でれば死ぬくらいにね。だから守るのよ」

レミリア「私は過保護でね、一度好きになった相手を守ってあげるの。弱者の叫びを強者の雄たけびと聞き間違えるあなたと違ってね。現実での強弱を見抜きなさい。幻想を見続けると現実が犠牲になるわ。あなたはどうなの? この子たち弱者を守れる覚悟はあるの? 強者として」

勇儀「………」

437ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/07/26(木) 16:54:55 ID:ArKksw8Y
はたての言葉と表情に射命丸は言葉を返せなかった。

なぜかは俺にはわからない。はたてが射命丸を非難しているわけでもないのに下を向いて唇をかんでいる。

男「えっとさ、ここで話すよりも先に治療したほうがいいんじゃないのか? 痛いだろ、それ」

はたて「見た目よりは痛くはないわよ」

男「痛いんだな?」

はたて「………………すっごく」

はたてが頷く。当たり前だ。この言葉を素直に受け入れるバカはいない。

きっとこのはたては手足が折れても同じことをいうだろう。心配をかけさせないために。

だけどそれは無意味なことなのに。余計人の心をかき乱すだけなのに。

438ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/07/26(木) 16:59:42 ID:ArKksw8Y
男「射命丸、病院……かなんかに連れて行ってやってくれ」

文「あなたに言われなくてもわかってますよ。はたて」

射命丸が差し伸べた手をはたてが掴もうとして一瞬躊躇していた。すぐに笑顔を作って、射命丸の手をしっかりと握る。

はたて「ありがとう。文」

文「どういたしまして………はたて」

439ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/07/26(木) 17:00:23 ID:ArKksw8Y
文「………あなたは椛をどこかへ寝かせてあげてください」

はたて「変なことしちゃだめよ?」

男「しないって」

はたてはからかうようにくすくすと笑った。

射命丸の肩を借りてゆっくりと射命丸に連れられて行く。引きずっているところを見るとどうやら左足も怪我しているみたいだ。

男「さて、と」

椛に目を向ける。

はたてが命を懸けてまもった相手。

おそらく美しい白髪をしているのだと思うが、今は泥や汚れにまみれ黒く染まっている。

男「……誰かに綺麗にしてもらったほうがいいな」

傷口に雑菌が入ると大変だ。妖怪でもそうなのかは知らないけどきれいにしておくに越したことはない。

自分でやる?

やるわけないだろ。はたてに命を懸けて殺されるわ。

いや、たぶんはたてどころじゃないわ。

440ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/07/27(金) 10:57:12 ID:sET4db6.
誰の元に連れて行けばいいのか。確か河童のにとりが妖怪の山にいたはずだ。射命丸とも知り合いなのだからきっとこの子とも知り合いだろう。

ひかがみと脇の下に手を通し抱き上げる。

抱き上げた体は不思議なほど軽い。意識がないとは思えないほど軽かった。

まるでなにか大切なものが抜けているかのように。

汚れた体は薄暗い地底の闇に溶けていきそうで、俺は少し怖くなって腕に力を込めた。

彼女から小さく吐息が漏れる。

急いで安全なところへ連れていこう。

なにかに奪われる前に。

441ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/07/27(金) 11:07:09 ID:sET4db6.
男「はぁ、はぁ、はぁ」

いつの間にか走っていた。息を切らせて飛び込んできた俺を見て白衣男が目を丸くしていた。

白衣男「! そいつは椛か!?」

男「知り合いか?」

白衣男「あぁ、知りあいだ。しかしなぜここに? 妖怪の山にいたはずだろう」

白衣男に事情を話すと、唸るような声で小さく呻いた。

白衣男「よかった、がまずい」

男「何がまずいんだ?」

白衣男「天狗はご存知の通りプライドが高く性格が悪い! もちろん例外もあるがたいていはそんな奴らの集まりだ。報復がないとはいいきれん」

男「でも、もうこっちは妖怪の山に宣戦布告しているようなもんだしな」

妖怪の山の子供たちはこっちが預かっている。すでに恨みを買っているのだから今更ではないかと思う。

白衣男「子供は子供だ。楯にして交渉を迫らなければそう事にもしないだろう。重要なのは子供たちが連れ去られたことより、その事実が知れ渡ることが問題ということだ。椛の場合消えた事実を隠しておくことはできない。椛が雑兵なら問題はないのだが、一応指揮官という立場にあるものが消えてしまっているからな」

白衣男「まぁ、それは後で考えよう。今は椛の手当てをしなければな。にとり! おーいにとりー? ………みとりー!!」

あ、にとりは気絶したままだった。

442ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/07/27(金) 11:13:50 ID:sET4db6.
みとり「………手当は………終わったわ」

椛をみとりに預けると、その雰囲気に似合わず(と言ってしまっては失礼かもしれないが)テキパキと椛の汚れを落とし、傷の手当をしていった。

みとり「………服は」

白衣男「あぁ、服なら見た感じにとりの服が」

みとり「………見るの禁止」

ズビッ

白衣男「んぎゃーっ!!」

みとりがその細い指を容赦なく白衣男の眼球に差し込んだ。

男「お、おい。大丈夫か白衣おと―――」

みとり「………禁止」

ズビッ

男「言葉で十分ではーっ!?」

どの生物でも鍛えることができない場所を攻撃するのはやめてほしい。

人間、妖怪に限らず共通言語でしゃべっているのなら意思疎通はできるはずなのだから。

443ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/07/27(金) 11:40:05 ID:sET4db6.
白衣男から渡された酒を一口煽る。

酸味を感じる香りで、味は癖のない辛口。飲みやすくはあるがそれ以上に

男「………うっ」

アルコールが強烈だった。

白衣男「鬼が飲む酒を薄めたやつだからな」

白衣男が笑う。

頭がぐわんと揺れ、体中の血管が広がっていくかのような感覚を覚える。

薄めたとしてもかなりの強烈さ。

味は日本酒に近いのに、度数はおそらく焼酎を凌ぐ。

なんてものを飲ませてくれるんだ。

白衣男「さて、一つ聞きたいことがある」

男「なん、だ?」

白衣男「お前はどこを目指す。調和か支配か。この戦いをお前はどう、止める?」

男「俺は………止めないさ、止めるのは―――」

男「れい、む」

444ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/07/27(金) 11:49:59 ID:sET4db6.



















目を覚ます。夢は見なかった。

意識が戻るのと同時に頭痛とめまい、そこからくる吐き気。

状況を思い返すと、白衣男から渡された酒で酔いつぶれたらしい。

あんな酒飲んで平気でいられるか。

445ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/07/27(金) 11:52:56 ID:sET4db6.
星「目を覚ましましたか」

男「ほ、星さん!?」

気づかなかったが俺は布団に寝かされていたらしい。

正座をしてこちらをのぞき込む星さんの隣でナズーリンが呆れて俺を見ている。

ナズ「酒を飲んで倒れた君を、酒屋のとこの甲冑をきた変な奴が連れてきてくれたんだよ。まったく酒に飲まれるというのは愚かな行為だ。恥を知り給え恥を」

男「あれは、なんというか騙されたに近いな。注意してなかった俺も俺だけど」

覚えているのはこの戦いの終わり。

現実的に考えれば俺たちで戦いを終わらせるが正しかったのだろう。なのになぜか脳裏によぎったのは孤独に戦う霊夢の姿だった。

男「………なぁ、星さん。ナズーリン」

星「はい、なんでしょう」

ナズ「なんだい」

男「俺、頑張るよ。頑張ってみんなのために頑張るから」

ナズ「それは当たり前のことだ。そんな当たり前のことを今更口に出す必要はないね」

星「ナズーリン」

ナズ「でもまぁ。覚悟を決めないものを愚者と呼ぶなら、君はどうやら愚者よりはましのようだね」

446以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/27(金) 21:58:07 ID:ye1INuKg
キターーーー!!!

447ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/02(木) 13:53:14 ID:dMRob1y2
ナズーリンが珍しく褒めてくれた。照れ隠しの悪態を交えながらだけれど。

その頬はかすかにだが赤く染まっており相変わらずのその性格がほほえましく感じる。

星「あなたは今まで頑張っていましたね。そしてこれからも努力をすると誓いを立てました」

星「そんなあなたに対し私はなにもしてあげられないことを歯がゆく思います」

ナズ「相変わらずご主人は自分を責めるのが得意だね。こいつはご主人様に救われているよ。救われていないとは言わせないさ。ねぇ」

男「星さんには助けられてもらってばかりです。俺を信じてくれて、支えてくれて。なにもしてないだなんてそんなことありませんよ。感謝しています。ナズーリンにも」

ナズ「なっ、ふ、ふんっ! ずいぶんと殊勝な態度だね。気絶をして少しは素直になったのかな?」

事実だ。今まで俺の助けになってくれた人すべてに感謝をしている。だからこそみんなを助けたい。その数がどんどん膨れ上がっていつか抱えきれなくなる時がくるかもしれないが、それでも今は助けれる人を助けていたい。

ナズーリンに言わせれば甘い節操なしの人間らしい。長い時を生きてきた妖怪からみればその通りなのかもしれないがそれでも俺は人間らしく、無茶を無茶と思わずに刹那的でもいいから生きていたい。

なんでもない人間の俺が唯一人生に意味を持てるのが今なんだから。

448ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/02(木) 14:14:40 ID:dMRob1y2
次の日のことだった。

俺はあんな酒を飲ませてきた白衣男に文句の一つでも言ってやろうと息巻いて白衣男がいる酒屋へと向かった。

しかし白衣男はおらず、代わりにいたのは河童のにとりだった。

今の憤りをにとりに熱く話すがにとりは困惑するばかりで、この思いに同調してくれやしないし、この気持ちをぶつけるべき相手の居場所もしらない。

それどころか射命丸達や甲冑を付けた人もおらず、みとりは家の奥に引きこもっているらしい。

男「ったく。あれは絶対わかってやってたな。酔いは良くも悪くも人の本音を引き出すがだからと言って自白剤的な使い方をするとは人間の考えとはおもえん」

にとり「は、あはは………。えっと君の気持ちはよぉくわかったけど、それを私に話されても困るというか、なんというか。いや盟友の話を聞くのが苦痛ってわけじゃないんだよ? えぇっと、なにがいいたいのかというと………えと、あはは」

男「言いたいことがあるならはっきりと言ったほうがいい時もあるぞ。嘘も方便でよく使うこともあるが」

素直に言っていけない場合のほうが多いとは思う。

にとり「君ほど度胸はないんだよぉ………。というか君はお世辞でも強いとは言えないのにその強者に立ち向かっていく意思はどこから湧いてくるのかなぁ。鬼に吸血鬼にあの尼に。
まるで自分の命がいくつもあるかのように………人間なんだよね?」

男「どこからどう見ても人間だろう」

にとりも一見人間に見えるし、幻想郷の妖怪は人間にしか見えないものも多い。なので人間らしい見た目というと疑問がわくが、今までの人生の記憶からして妖怪ではないことは確かだ。

449ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/02(木) 14:32:32 ID:dMRob1y2
あ―――ただ

男「そうだ。にとりならこれの弾を作れるんじゃないか?」

紫から渡された時間を戻す拳銃。俺の生命線だった銃。俺の唯一の人とは違う部分。

弾切れのため、おどし程度にしか使えなかったが銃弾さえ手に入れば強力な武器になる。霊夢と小町が命を落としたときしか使えないが、それでもだ。

河童の技術力は確かなものだと聞いている。外の世界の科学とは違う魔法のような化学力だと。

にとり「ん? なんだい、これは」

男「時間を戻す銃だ。弾切れだから使えないけどな」

にとり「えっ、そんなものが……いやないとは言い切れないけど、とんだ大妖怪クラスでもそれは………うーん」

しかし実際に経験している。だからこそ俺は未来を知れている。

にとり「ちょっと見せてもらうよ」

にとりが眉をひそめながら俺から拳銃を受け取る。しばらくの間回してみたり解体してみたり天にかざしてみたりしたにとりだったが拳銃を机に置いて首を横に振った。

にとり「これ、ただの拳銃だよ。たしかに抽筒板が歯車の形になってるのは珍しいけど、珍しいだけのただの銃弾だよ。時間を巻き戻せるだなんて、無理だよ」

――――――え?

だけど、その銃は今まで何度も時間を巻き戻して。

………科学的なものではない?

450ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/02(木) 14:53:07 ID:dMRob1y2
考えてみればそれは当然のことだ。時間の逆行はSFの題材としてよく用いられるがその現象は科学よりも魔法的なものに近い。

ならば技術力に長けた河童より、魔術に富んだ誰かに見せたほうがいいのかもしれない。

魔術に長けるといえば―――パチュリーだ。他にはアリスがいるが今ごろアリスは幽香と一緒に逃げているはずだ。

レミリアに頼めばパチュリーと会わせてくれるだろうか。

男「ちょっと、パチュリーのところに行ってくるか」

にとり「それを持って? 本当に魔術的なものなのかなぁ。確かに軽くそんな残滓を感じるような、感じないような気がするけどさぁ」

どちらにせよ、俺が経験した時間逆行の原因はわかるかもしれない。

もしこの拳銃が原因でないのなら

俺はだれでも救えるようになるのかもしれないのだから。

451ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/02(木) 16:36:10 ID:dMRob1y2
レミリアは主を失った屋敷に陣取っている。つまりはさとりの屋敷にだ。

以前見たときは庭は荒れ果て、バラは鬱蒼と生い茂る雑草に埋もれていたが雑草はすべて抜かれ、綺麗になっている。

色とりどりの薔薇が咲き乱れているが、その中でも優しいまなざしを向ける薄青色のバラに眼を惹かれた。

美鈴「見たことない品種のバラですよね。すごい綺麗で優しい青色。助けてあげれて何よりです」

いきなり真横から声が聞こえる。美鈴さんが足音も気配もなく真横にいた。

美鈴「ご用はなんでしょうか。男さん」

男「こんにちは、美鈴さん」

美鈴「………? 私名乗りましたっけ?」

男「あー、えっとレミリア、さんから聞いてます」

452ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/02(木) 16:40:33 ID:dMRob1y2
俺が美鈴さんを知っているということ。それは美鈴さんの未来を知っていること。

なら知らせなくていい人には俺のことは知られなくてもいい。

美鈴「なるほど。今日はどんなご予定ですか?」

男「パチュリー…いえ、レミリアさんに用事がありまして」

美鈴「わかりました。あ、お嬢様は今は温泉にいるのでご案内しますよ」

男「温泉に?」

美鈴「はい。ご令嬢様と妹様とお風呂に行かれました」

男「………豪胆ですね。こんな状況なのに」

美鈴「温泉が目の前にあるなら入らない理由はないんじゃないかしら? その温泉が凶暴な人食い温泉なら別だけど、とお嬢様なら仰りそうですね」

確かに。したり顔で言いそうだ。

だけどその通りで、温泉に入ったからと言ってなんら不利益があるわけでもない。

その通りなのだが、人というものは無駄なことをしてしまいがちだ。

俺なら気にせずゆっくり入浴を楽しむだなんてことできそうにない。

453以下、名無しが深夜にお送りします:2018/08/08(水) 02:18:43 ID:t/Gn.ioI
待ってた

454ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/08(水) 14:33:51 ID:i1DbwrZ.
美鈴さんに案内され、温泉へと向かう。

もちろん温泉の場所は知ってるが、俺が一人で会いに行ったと美鈴さんに付き添われていったとじゃあ印象は全く違う。ある程度認めてくれた(と思いたい)とはいえ、楽しく過ごしている時間を邪魔できるほど親密な関係にはなっていないからだ。

美鈴「あの、変なこと聞きますけど。お会いしたことありますか?」

男「いえ、会ったことはないと思いますが」

少なくとも今回は。

美鈴「すんすん。でもなんだか嗅いだことのある匂いだったので。どこか懐かしいような」

男「はぁ、そうですか」

前回の美鈴さんにも同じようなこと言われた気がする。俺にはわからないが何かしらのフェロモンでも出ているのだろうか。

男「って、匂いで判断ってできるもんなんですか?」

美鈴「私、達人なので」

自慢げな顔をしているが、あまり意味は分からなかった。妖怪は人間より嗅覚が発達しているのだろうか。

ためしに深呼吸をしてみたが、土ぼこりとかすかなアルコールの匂いしかしなかった。

455ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/08(水) 15:22:19 ID:i1DbwrZ.
美鈴さんはそのあとも首を傾げ、唸っていたが結局思い出せなかったらしい。

俺に心当たりもないので人違いかなにかだと思うが、どこかひっかかるものはある。

まぁ、何が引っ掛かっているのかすらわからないから美鈴さんにひかれてなにか心当たりがあるように感じるだけだろう。

男「もしかしたら何か運命でもあるのかもしれませんね」

ときには直観的に感じたものが正しい道ということはあるものだ。レミリアがその通りに我が道を進んでいる通り、もしかしたらこの感覚は俺を導くなにかなのかもしれない

美鈴「はっ。軟派はだめですよっ。私には夫がいるのでっ」

腕でバッテンを作り、拒絶の意思を示す美鈴さん。たしかにそうとらえることも可能、というかどちらかというと口説き文句にしか聞こえないがそういうつもりで言ったのではない。

笑いながらため息をつき、その誤解を解く。

そもそも出会ってすぐの人を口説くような性格ではないし。

美鈴「なるほど。でもなんでしょう、直観とかじゃないんですよねぇ」

再度首をかしげる美鈴さん。その答えがわかるときは来るのだろうか。

男「もうすぐ温泉につきますよ」

美鈴「あっ、本当ですね。お話をしていると時間が経つのが早く感じますね」

美鈴「あとは寝てても時間が経つのが早く感じて、昼寝をしたらいつのまにか夜だったりしますよね」

しない。

456ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/08(水) 15:31:02 ID:i1DbwrZ.
旅館に入り、美鈴さんがずんずんと温泉に向かって歩く。

ほこりにまみれていたはずの廊下はいつのまにか掃除され、メイド服を着た妖精や小さな小鬼が忙しなく動き回っていた。

もう数日もすれば再び旅館として動き出すことが可能に思えたが、おそらくレミリア達のためにこの騒動は起こされているのだろう。

美鈴「お嬢様はこの中にいらっしゃいます」

ひらひらと揺れる赤い暖簾。そこには達筆で「女」の文字。

妖怪よっては性別による常識や倫理観に縛られないのかもしれないが、俺は人間であり、男である。

つまり女湯に入ることはできないということだ。

男「………どうしろと?」

美鈴「あっ。そうですね。入れませんね、あはは」

その通りだ。いくらレミリアが幼児体形であったとしてもだ。

それに、レミリアが素肌を人にさらすだなんてこと許しそうにないしな。

せっかく培った関係をこんなことで壊そうとは思わない。

本当だよ?

美鈴「男性用の水着持ってきますね!」

男「待って! そういう問題じゃないですから!!」

457ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/08(水) 15:44:32 ID:i1DbwrZ.
美鈴「でしたら上がられるのを待つしかありませんね」

男「初めからそのつもりでしたよ」

覗きの趣味はない。堂々と入っていけば覗きではない?

確かにその通りかもしれないが、それはそれでまた別の犯罪です。

いや、魔理沙とかぬえとは入ったことあるよ? でもそれはまた別じゃない?

って、俺はだれに言い訳をしてるんだ。

咲夜「よかったわね。もし一歩でも入ってたら切り取るところだったわ」

男「ひっ」

突然首元にあてられる冷たい何か。十中八九ナイフ。

いつの間にか後ろに立っていた咲夜が首にナイフを当てていた。

確かに初対面の印象はよくなかったかもしれないが、咲夜を害するような行動をとったつもりはない。

そして

458ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/08(水) 15:51:05 ID:i1DbwrZ.
吸血鬼「ウィル様を覗こうものならがおーしてたところだぞ。がおー!」

眼前にはこちらに鋭い目と尖った歯を向けるメイド服を着た吸血鬼。

前門の虎後門の狼よりも恐ろしい二人に挟まれていた。

男「下心は一切ないんで、助けてください」

美鈴「お客人に無礼を働いたらいけませんよ二人とも!?」

咲夜「今は客人として認めてあげるわ。だけどこの暖簾を一歩でも跨いだら」

吸血鬼「練って捏ねて肉団子にして、ご飯にするぞ」

なぜこうも信用がないのだろうか。

というかここに案内したのは美鈴さんなのに。

咲夜「お嬢様のお体を見るだなんて、下賤のものには許されないことで」

レミリア「いいお湯だったわ! 広い風呂は最高ね!!」

ウィル「お母さま! 服着て!!」

咲夜「ふんっ」

男「また目つぶしかっ!!」

咲夜に抱きしめられるようにして両目にナイフの柄をえぐりこまれた。一瞬裸のレミリアが見えたが、覗いたわけじゃないし、事故みたいなもんだし、興奮しなかったし、だから俺に非は一切ないはずなのに。

459ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/08(水) 16:09:25 ID:i1DbwrZ.
レミリア「なるほど、パチュリーに会いたいのね」

男「それをお願いしにきただけです。覗きにきたわけじゃありません」

なぜか下手人のごとく囲まれ事情を話すことになった。咲夜と吸血鬼は完全に敵を見る目で俺を見ている。こっちの完全な味方は美鈴さんのみであり、その美鈴さんも見当違いな弁護しかしない。

被害者(?)であるレミリアはあきれた目で俺を見てるし、娘のウィルヘルミナは娘を守る母のように後ろからレミリアを抱きしめている。

レミリア「こっちに落ち度があったんだし、怒るようなことじゃないし、というかなんで縛って転がされてるの?」

実にその通りである。

咲夜「こいつはお嬢様の裸を見ました。有罪です」

吸血鬼「ウィル様を狙ってる可能性もある。有罪だ」

レミリア「その理屈なら私が全裸で外を歩けば全員犯罪者にできるわけね。ナイトウォーカーであってストリーキングじゃないからしないけどね。それに全裸で歩いて、見た人を有罪にできるって私はゴダイヴァ婦人かっての。ゴダイヴァ婦人もピーピングトムに見せつけたわけじゃあないからちょっと違うわね………いや、この騒ぎ何よ」

レミリア「とにかく、咲夜と吸血鬼は下がる事。美鈴は書斎にこもってるパチュリーのところへ連れて行ってあげて。それとこれ以上の男への私の許可なき暴行は一切禁ずるわ」

話が分かる吸血鬼だ。勇儀さんよりは話しやすいがその周りが厄介でもある。勇儀さんもこっちに落ち度が一切ない状態で暴力をふるうことはないから、常識的なだけかもしれないが。

咲夜「わかりました」

レミリア「仕置きは暴力の範疇よ?」

咲夜「……………わかりました」

なんで咲夜は俺に暴力を振るいたがるんだ。

460ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/08(水) 16:23:44 ID:i1DbwrZ.
咲夜と吸血鬼から睨まれつつ、美鈴に案内されてその場から去る。

どうやらパチュリーがいるところはさとりさんの書斎らしい。

書斎について重い扉を開けるとまだ甘い匂いが残っていた。

先日のこと。たった1時間程度のこと。

だけどそれでも俺が放った最大の一手。

上手く、さとりさんを救えたのだろうか。

美鈴「パチュリー様―。お客人ですよー」

「………」

反応はなかった。

いや問題は反応がなかったことじゃない。

美鈴「わぁ。本の山ですね」

さとりさんの書斎がすっかり荒れていたことだ。

男「一体なにが?」

「……む、むきゅ。そ、そこにいる誰か、た、助けて」

男「本の山がしゃべった!?」

461以下、名無しが深夜にお送りします:2018/08/11(土) 17:09:57 ID:2UubuVwg
ついに紅魔館勢の登場、そして主人公は能力持ちだった?...

462ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/22(水) 16:17:16 ID:NwFz.mzQ
美鈴「パチュリー様!?」

もちろん本の山がしゃべるわけがない(幻想郷ならありえそうな話だが)。

なぜか本の山の中に埋もれているパチュリー・ノーレッジを本をかき分けて助け出した。

パチュリー「し、死ぬかと思ったわ」

パチュリーは本の雪崩に飲み込まれたせいか、あちらこちらに擦り傷やあざを作っていた。しかしどれも重大なものではなさそうで安心した。

パチュリー「あなたたちちょうどいい所に来たわね。あのままだと小悪魔が戻ってくるまで埋もれたままだったわ。それで、あなたは、えーっとレミリアのお気に入りだったかしら?」

男「お気に入りではないだろうけど、レミリアが話す人間ならおそらく俺のことだと思う」

美鈴「ところでなぜパチュリー様はあのようなことに?」

パチュリー「興味を惹かれる本が多くてね。高い所にある本をとろうとしたら成大にひっくり返ってこの様よ。いつもは小悪魔にとってもらってるから油断したわ」

美鈴「体を鍛えましょうパチュリー様。筋肉がその事件を解決してくれますから」

パチュリー「筋肉ができる前に私の命が燃え尽きるわ。確かに体を鍛えたほうがいいとは思うのだけど、実行に移すのは難しいものね」

美鈴「ところで小悪魔さんはどこへ?」

パチュリー「さぁね。気が付いたらいなかったわ。あの子たまに私に意味もなく反抗するときがあるから」

パチュリー「レミリアと違って従者に恵まれないわね。私は」

はたしてレミリアは従者に恵まれているのだろうか。

463ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/22(水) 16:27:55 ID:NwFz.mzQ
パチュリー「………体が痛いわ」

男「なら薬を貰って―――」

こようとする前にパチュリーがさっと軽く腕を振るった。

青い光。水疱のようにはじける光がパチュリーの体を薄く覆うと痣や擦り傷がみるみる内に消えていく。

さすが、魔法使いだ。

あっけにとられている間にパチュリーの肌は元の不健康な青白い肌へと戻っていた。

美鈴「その魔法を使って筋肉痛を治しながらトレーニングをすればいいのでは?」

さっきから美鈴さんの謎の筋トレ押しはなんなんだろう。間違ったことは言ってないのだが。まぁ、美鈴さんらしいといえばらしい。

健康的の代名詞ともいえる人だしな。

パチュリー「私は被虐趣味じゃないの。治せるけど、治す前は確かに痛いのよ。なかったことにできるからってなくなる前にはそこに『存在』したことは否定できないわ」

対して不健康の代名詞と表現できそうなパチュリー・ノーレッジ。

………なくなる前にはそこに確かに『存在』した。か

俺に対して言っているわけではないと知っているが、それでもその言葉はずきりと心に響いた。

464ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/22(水) 16:32:01 ID:NwFz.mzQ
パチュリー「それで、私に用事みたいだけどなにかしら」

男「………あっ。えっと、この銃なんだけど」

パチュリー「機械関係は河童に頼んだほうがいいと思うけれど」

男「時間を戻せる銃なんだが」

パチュリー「………これが?」

怪訝そうな顔をして拳銃を見るパチュリー。

なんでもありのこの世界で時間を逆行させることだけはどうやら受け入れられないみたいだ。

いや、こんな何でもない男が言ってるからかな。

パチュリーはじーっと拳銃を見て、数度左右に首を傾げた。

パチュリー「確かにその拳銃には魔術的な痕跡はあるわね」

男「やっぱり―――」

パチュリー「でも時間を逆行させるようなものじゃない」

男「――――――」

パチュリー「あなたのいう通りその拳銃で時間を逆行したことがあるとして、おそらくその原因はこれじゃない。他の要因が必ずあるはず」

パチュリー「例えばあなた自身が特別な存在。とかかしらね」

465ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/22(水) 16:42:06 ID:NwFz.mzQ
俺が特別な存在?

だとしたらその時間逆行に付与するものだ。

俺自身は決して特別な存在ではない。

ただのどこにでもいる人間だ。

今まで特別な人生を送ってきたわけではない。一般的な家庭環境で一般的な生活を送り一般的に成長して

―――そして一般的に何も成し遂げられなかった。

美鈴「男さんになにかすっごい力があるんですか?」

パチュリー「さぁね。だけどもの凄い力の持ち主っていうのなら私が―――いや私じゃなくてもレミリアが気付いているでしょうね」

男「ご期待に添えなくてすまないが俺は見た通り平凡な人間だ。下手したらこの世界では平凡にすらなれないかもしれないぐらいの」

パチュリー「でも原因があることは確かよ。どうする? 頭の中でも覗いてみましょうか?」

その言葉で脳裏に頭蓋が砕かれる光景が浮かぶ。スイカ割りのようにも見えるがぞっとしない光景だ。

パチュリー「大丈夫。治るから」

男「治ったとしても痛みは確かにあるんだろう!?」

パチュリー「冗談よ。本気にしたいならやってあげるけど」

男「やめてくれ」

466以下、名無しが深夜にお送りします:2018/08/23(木) 02:55:57 ID:jAv18lJE
待ってました!

467ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/23(木) 16:01:57 ID:94pU63SE
パチュリー「わざわざ私のところまできてご苦労なことだけど、私にはこれ以上言葉を返せそうにないわ。だってあなたのことは本に書いてないもの」

魔術でも科学でも解決はできず。

なにかあることは確かだが、その答えをもたらしてくれるものはないようで。

一体紫は俺に何をしてくれたのだろうか。

―――なぜ紫はただの迷い込んだ人間にこんなものを?

美鈴「どうしたんですか? 顔色がなんだか優れないようですけど」

男「顔色、悪そうに見えますか?」

パチュリー「悪いわね。私よりはマシだけど」

特に気分は悪くない。

なにも悪くはない。

だから―――

男「パチュリーさん。ありがとうございました。もう帰ります」

パチュリー「体に気を付けて」

美鈴「大丈夫ですか? よければ私が家までお送りしますけど」

男「いえ、一人で帰れますから」

468ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/23(木) 16:07:52 ID:94pU63SE
夢の中のような。泥の中を歩くような明瞭としない意識と足取り。

風邪なんかじゃない。

なのになぜかどんどん気分は悪くなっていく。

うなじに蛇の舌が這うような気色の悪い感覚。

痺れた皮膚がいつの間にか冷たく硬いなにかになったような感覚

ヒトから落ちていく―――

そんなわけもわからない感覚。

かちりかちりと呻きを上げる鉄の声

ぐるぐると回る

うねりを上げて流れる

そんな時間の間隔が、俺を苛み―――

ぬえ「――――――大丈夫?」

469以下、名無しが深夜にお送りします:2018/08/24(金) 20:02:58 ID:v.4xbupw
事の真相にまた一歩近づきましたね

470ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/31(金) 09:38:20 ID:epOGz2b6
気が付くと目の前にはぬえの顔。体を折った俺とまっすぐ立ったぬえの顔が同じくらいの高さ。そんな身長差。吐く息を感じるほどの近くでぬえが俺の顔を覗き込んでいた。

男「!!」

ぱっと一瞬で全身を取り巻くなにかは消え失せた。

ぬえ「って! 別にお前のこと心配してるわけじゃなくてさぁ! あんたがしくじると面倒なことになるし、聖に怒られるしで、だからこれは」

長々と心配そうな顔をしたことに対する言い訳を述べるぬえ。そんなぬえが可愛らしくていじらしくて思わず顔が綻んだ。

ぬえ「むぅ、なに笑ってるのさ、気持ち悪い」

男「ありがとうな。ぬえ」

ぬえ「わっ、こいつ罵倒されてるのに笑ってるよ気持ち悪いっ!」

男「いや、心配してくれてありがとうってことだよ。助かった」

ぬえ「だから私はお前のこと心配してたわけじゃなくて」

ぽんとぬえの頭に手を置く。黒髪に指を這わせかき分ける。俺の指の形に合わせて流れるぬえの髪。その手触りが本当に心地よかった。

ぬえ「撫でるなぁっ! ………ん、なんかむかつく」

男「ごめん。いやだったか?」

ぬえ「違う。なんかこの感じ、初めてじゃなくて、嫌じゃなくて、ムカつく。意味が分からなくて気持ちが悪い」

ぬえ「………………もうちょっと撫でてていいよ」

471ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/31(金) 10:26:55 ID:epOGz2b6
美鈴「男さーん、忘れ物………お邪魔しましたー」

ぬえ「ばっ! 早く離れろ変態!!」

しおらしかった態度から一変。容赦のない蹴りが懐に入れられる。油断していた俺の体は構えることもできずちょうどみぞおちに入った。先ほどとは違うが嫌な汗が流れる。

ぬえ「ふんっ」

肩を怒らせてぬえが去っていく。あぁ、ぬえ。カムバック。

ぬえのほうへ手を伸ばす情けない俺に対して美鈴さんが申し訳なさそうに両手を合わせていた。美鈴さんは悪くない。悪いことはなにもしていないのだけど間が悪い。

望むことならもっとぬえの頭を撫でていたかった。

終わってない。つながっていたことを感じていたかった。

美鈴「あの、銃を忘れて―――ルーミア!!」

美鈴さんが声を上げると同時に彼方に向かって石を蹴り上げる。

誰もいない闇に吸い込まれた石は―――

「ひゃんっ」

いや、だれかいたらしい。心地よさとは対極にある墨で書きなぐったかのような闇の中から一人の女性がゆらりと現れ出た。

金色の髪、赤い眼。そして黒いシックなワンピース。顔は造形だけは美人の部類。だけど浮かべる笑みがやけに嫌な印象を抱かせる。

たとえるなら闇。人を引き込む危うさとともに人の恐れを受ける存在のように感じた。

472ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/31(金) 10:42:57 ID:epOGz2b6
ルーミア「びっくりしたわぁ。いきなり小石を投げつけるだなんて迫害された気分。あなたはきっと罪を犯したことがないのね。羨ましいわ」

美鈴「あいにく様、罪だの罰だのつまらないことを考え出した神を信仰してはいないの。それよりなんで男さんに危害を加えた?」

ルー「食べてもいい人類かと思ったから」

ルーミアと呼ばれた女性がくすりと笑い赤い舌をちらりと出す。

表情こそ悪戯を咎められた子供のようだが、赤い赤い舌は飴をなめているかのようにゆらゆらとうねっていた。

………食べてもいい人類? つまり彼女は

男「俺を食べようとしていたのか?」

ルー「ここは妖怪の場所。博麗の巫女でも白黒の魔法使いでもないただの人間がいたら餌だと思うのは当然。あなただってお皿の上に犬がいたらご飯だと思うでしょ?」

思わない。そもそも犬は食べないし、牛や豚だとしても生きてればたとえ皿の上にあったとしても食料としては認識できない。

妖怪と人間の認識のずれが会話を狂わせていた。つまり目の前の女性は妖怪らしい妖怪で上手いこと会話ができそうにない。

美鈴「お嬢様の客人に闇を植え付けるのはやめなさい」

ルー「違うわ。この人が持ってる闇を大きくしただけ」

男「何が、何の話をしているんだ? 闇ってなんだ?」

ルー「心の闇、人間妖怪問わず心あるものがみな持つもの。私、あなたが弱ってく姿をじっと見てたんだけど不思議ねあなた。あの子を一目見たらすぐに闇を振り払っちゃうんだもの。もしかして愛かしら? これが愛かしら? これが愛なのでしょう?」

くすりくすりと目を半月にゆがめ笑う。なんというかやっぱりこの人は好きになれそうにないな。

473ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/31(金) 10:53:46 ID:epOGz2b6
美鈴「この人を食べることも害することもこの私が許さないわ。私に蹴られないうちにどこかへ行くことね」

ルー「おぉ、こわいこわい。犬に蹴られないうちにお暇しましょうか。あぁ、そうそうあなた」

ルー「ゆがめられた認識は心の闇として現れる。記憶を振り返ってごらんなさい」

男「それって―――」

どういうことなのだろうか。ゆがめられた認識?

記憶を振り返れ?

美鈴「考えるだけ無駄ですよ。答えのない問いを出して頭を悩ませさせるのがあれのやりかたですから」

男「でも、なにか引っ掛かるような」

美鈴「気のせいですよ。あ、これお忘れになった銃です」

手渡されるずしりと重い感触。

俺の最後の切り札であった拳銃。

―――拳銃?

誰からもらったっけ。そうか紫からもらったんだ。

あれ、俺、紫にあったっけ?

なんで俺、拳銃持ってるんだっけ?

474ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/08/31(金) 10:57:50 ID:epOGz2b6
痛む。

頭がとても痛む。

男「う、うぅ。あぁっ!」

美鈴「どうしました!? 大丈夫ですか!?」

うるさい

かちりかちりと頭の中に響く音がうるさい。

時計の針が目障りだ。

消えてくれ。

あぁ、なんで

俺はこんな

――――――――――――こんな

475以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/04(火) 00:20:11 ID:gu/nKzCk
大事なことが思い出せそう?

476以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/06(火) 00:34:23 ID:RJjIq7jg
待ってる

477ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:26:13 ID:qyaudjHc
夢を見た。

歯車の間に挟まれるような夢を。

目を開けると俺の四肢はしっかりとある。触れた顔も特に問題はないらしい。痛みも感じる。

瞼を開けるということ。

体を起こすということ。

どうやら俺は気絶していたらしい。

なぜだろう。最近気絶することに慣れてきた気がする。アルコールよりも後をひく、脳の中心にずしんと鎮座する頭痛。それがなにゆえなのかはわからない。いつもより重い頭を何とか起こし、霞んだ視界で状況を確認した。

478ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:26:52 ID:qyaudjHc
にとり「やぁ盟友。気分はどうだい?」

にとりがいた。見渡すとどこかの部屋。俺は清潔な白いベッドの上で寝ていたらしい。3つ並んだベッドの真ん中。右側はだれもいないが左側は使用中らしく、カーテンで仕切られていた。

一体ここはどこなのだろうか。にとりの部屋ではないようだが。

壁にはガラス扉の棚。擦りガラスでよくわからないが向こう側にはボトルのようなものがいくつも並んでいる。それと鼻を衝くアルコールの臭い。

男「………医務室?」

まるで病院のような環境だった。清潔であるが人間味を感じさせず、どこか危機感を煽る様な白色で統一された部屋。

にとり「ピンポンピンポン。正解だよ。ここは旅館の医務室さ。主は訳あっていないから私たちが使わせてもらってる。大丈夫さ、解剖台なんてものはないからねっ」

そう冗談めかしながらにとりが教えてくれる。どうやら本当に医務室だったらしい。

確かに元が旅館ならば医務室くらいあるだろう。しかしこの旅館。色々な物が揃ってるな。

にとり「見たところもう平気みたいだね。ならこのリンゴでも食べて早く元気になっておくれよ。医務室のベッドは人気なんだ」

にとりがほいっと真っ赤なリンゴを投げて渡す。リンゴは丸く艶々しており実に美味しそうだった。が食べる気にはならず枕元に置く

479ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:27:34 ID:qyaudjHc
男「ところで、そっちのベッドは?」

にとり「はたてさんを寝かせてるんだよ。椛は栄養失調と疲労からくるストレスだから私たちの家でもなんとかなるけどはたてさんはそうは行かなくてね」

にとり「右翼の開放骨折、左足の筋断裂、左目の網膜剥離、左ほお骨のヒビ、右三四番肋骨の剥離、全身に擦傷裂傷多数。妖怪だってここまで行けば重体さ。こんな体でここまで逃げてきたんだよ。この人は。椛を守るために」

にとり「私だって椛の友達さ。私は友達を守ってくれたこの人にどうお礼を言えばいいんだろうね。友達を助けようとも思ってなかった私たちは、どう二人に謝ればいいんだろうね」

にとりがぎゅっと拳を握り締め、唇を強く噛む。かみしめられた唇は血が通わず白くなり、そしてぷつっと音を立て血が流れた。

男「にとり、唇から血が出てるぞ。そう思い詰めるのは」

にとり「はは、あはは。ここは医務室だから怪我をしても平気さ」

そういう問題じゃないだろ。はたから見てもわかる。どれだけにとりが自分を責めているのか。

嗚咽を我慢するその表情では涙を零すまいと耐える瞳に水色が滲んでいる。

先ほどから言葉を吐くたびに眉尻と頬がぴくぴくと動いている。

友達を守れなかった自責の念がにとりの小さな体を押しつぶそうとしていた。

480ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:28:17 ID:qyaudjHc
俺は、どう言えばいいのだろうか。

あったばかりの少女に投げかける言葉なんてどれも薄っぺらすぎてすぐに破れてしまうようなものばかりだ。

下手な慰めはにとりの心を傷つけるだけで意味はない。

だから言葉を選べなかった。選べる言葉がなかった。

無言が正しいとは思わない。だけどこの場では無言が最善だった。

きっとにとりの心を癒すのは俺じゃなくて―――

はたて「煩くて、眠れないわよ」

カーテンが開いた。ベッドの上では包帯だらけのはたてが上体を起こし眉をひそめながらこっちを睨んでいた。

481ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:32:13 ID:qyaudjHc
はたて「礼とか、許す許さないとか、べつに私は期待してないのよ。私は椛をここまで連れてきただけ。大切だったから。私は私ができる方法で、椛を救おうとしたの」

呼吸が荒い。それもそうだろう、息をしても痛む体でにとりに怒りの言葉をぶつけているのだから。

震える言葉で、揺らぐ瞳ではたてがにとりを刺す。

それを受けてにとりの口端からひゅっと息が漏れた。

はたて「あんただって椛を助けるのよ。全部私に、任すな!! お前も、守れ!! お前が、守ってやれ!! バカみたいに自分を責めて逃げるなバカッパ!!!」

にとり「ひゅいっ」

はたて「友達は口だけかぁっ!!! 証明してみせろよぉっ!!!!」

にとり「わか、わかったよっ」

はたての慟哭を受け、背中を押されたかのようににとりの体が弾ける。にとりは慌ただしく医務室から出ていき扉がばんっと勢いよく閉められた。

はたて「はぁ、はぁ、つっっっっらっ」

はたては荒い息を整えることもできずばったりとベッドに倒れこんだ。ぜぇぜぇとつらそうに呼吸をするその口元は怒号によって吐き出された唾でべっとりと濡れている。

その口元を綿ではたてはちらりとこっちを確認して瞼を閉じた。

男「………あー、りんごあるけど食べる?」

はたて「………ん。食べる」

482ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:32:47 ID:qyaudjHc
なんとなくした提案にはたてはぱちりと瞼を開けて頷くと顎を数回俺のほうへ突き出して早くしろと催促してきた。

あまり料理をした経験はないのでリンゴの皮を剥くのは難しい。そもそも刃物はあるのだろうか。ふらりと部屋の中を探してみると

男「………これで、行けるか?」

メスがあった。雄雌じゃなくてあの手術に使うメスが。

包丁、というかナイフよりも短い刃渡りだがこれでリンゴの皮を剥くことは可能だろうか。

はたて「はやく」

悩んでいる俺の背中に再びはたての催促が投げつけられる。

俺は仕方なくメスを片手にリンゴの皮を剥くことにした。

483ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:34:41 ID:qyaudjHc
当然だがあんな小さな刃物でリンゴの皮を剥くのは困難を極める。俺は何度も飛んでくる催促の言葉に急かされながら悪戦苦闘しつつ、皮を剥いていく。

よく研がれてあるメスはとても切れ味がよく、当てるだけで皮がするすると剥けていく。しかしそれは普段から料理をしている人、もしくは手先が器用な人だけだ。そのどちらにも当てはまらない俺は皮から勢い余って果肉ごと削り取り、結局できたのはデコボコした綺麗とは言えない形だった。

剥き終わった裸のリンゴを八つに切り分け、芯を除いて清潔そうな布にリンゴを並べる。皿は探してもなかったのでそのまま手ではたてのところまで持っていった。

男「お待たせ」

はたて「食べさせて」

はたてが俺に向かって口を開ける。怪我人だから体を動かすのがしんどいんだろうけどまったくお互いを知らない同士なのにそう任せてもいいのだろうか。

リンゴをはたての口まで持っていくとはたては一気に半分ほど口に頬張りシャクリシャクリと咀嚼した。お腹が空いていたのだろうすぐに飲み込むと俺の次を寄越せと言わんばかりに大きく口を開いた。

リンゴを差し出す。食べる。次のリンゴを差し出す。

会話はなくこの行動を繰り返すだけ。そうしてリンゴをすべて食べ終わったときにははたての呼吸は大分落ち着いていた。

はたて「ありがと」

そう言ってはたては目を閉じた。すぐに小さな寝息がたつ。

心を許しているのか、警戒するほどの余裕がないのか。

俺ははたてがしっかり眠りについたことを確認するとカーテンを閉じ、医務室から出ることにした。

484ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:35:18 ID:qyaudjHc
いくつかの蝋燭が灯されただけの薄暗い廊下を進む。

地底のどんよりとした空気をかき分けて進む。

地底の空気は濁っており、それに硫黄の臭いが―――

男「!!」

硫黄の臭いではない。

不快という点では共通するが腐乱臭よりも新鮮でドロドロしたこの生臭さは。

血の臭いだ。

ルーミア「こんにちは? それともこんばんは? 太陽がないから時間の間隔もわからないわ。けれどそれは元々ね。くすくす。なんて太陽も届かない暗闇からご挨拶」

影があった。

不自然に暗い影。井戸を覗いたときのような不安を覚える黒色。

蝋燭の幽かな灯りを吸い込みそこに影があった。

485ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:36:32 ID:qyaudjHc
男「えぇっと、ルーミア、か」

ルーミア「ご名答。もう動けるのね。せっかく私が自責してお見舞いにきたというのに。あぁ、残念、残念」

影から白い手が現れ左右にぷらぷらと揺れる。

道化たこちらの神経を逆なでる声色。

男「食べるつもり、だったのか?」

ルーミア「そこまで節操なしの食いしん坊ではないわ」

心外よ。そういいながらルーミアが影の中から頭を覗かせる。

まるで空中に浮いた生首と右手。妖怪というよりは幽霊のようだ。

真っ赤な瞳と真っ赤な舌がこちらをチロチロと見つめる。

それは服の下を弄られるような居心地の悪さを持っていた。

486ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:37:20 ID:qyaudjHc
ルーミア「食べちゃいけないものと食べていいものの区別はつくわ。もう子供じゃないの」

男「だったら俺になんの用だ?」

ルーミア「くすくす。あなたのことを気に入ったから、かしらね」

煙に巻き答えが返ってこない。見通せない不可思議な印象。この耳障りな笑い声が頭痛を増長させた。

ルーミア「あら嫌そうな顔ね。でも本当なのよ。たとえば―――これくらい」

男「!!」

影から手が伸びる。それは不自然なほどに延び俺の胸倉を掴むと強い力で引き寄せた。

片手、しかも細い腕なのに、全身で抵抗しても意味なく勢いよく影の中へと引き込まれる。

何も見えない。ただ地底の空気よりももっと濁ったものを肌で感じる。

息苦しくなって喘いだ口内にぬるりと湿ったものが這いこんできた。

それはにゅるりにゅるりと俺の口の中で暴れる。頭の中まで届いているかのような錯覚。生暖かく蠢くそれは

ルーミア「ん……ぺちゃ……ぷちゅ…………くちゅ」

舌、だった。

487ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:38:26 ID:qyaudjHc
色っぽさの欠片もない、怖気が走るようなキス。

レモンの味なんてしない。広がるのは獣のような生臭さと血の味。

耐え切れずに突飛ばそうとするがルーミアの体は少しも剥がれない。むしろもっと俺を引き寄せると俺の喉奥まで舌を侵入させた。

男「んぐゅ」

異物を吐き出そうと反射的に吐き気を催す。しかしルーミアの舌で蓋をされ苦しさに変換されるのみだった。

空気が足りない。息ができない。

溺れるよりも苦しい。

粘り気のある唾液だけが喉の奥をぬめり落ちていく。

それは毒のようで

意しきをじわじわと

むしばみ

おれは

「なにやってんだ」

くびねっこをだれかがつよいちからでつかむ

それはルーミアよりもずっとつよいちからでおれのからだをかげからルーミアごとひっこぬき、こじあけるようにしておれからルーミアをはぎとった。

488ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:41:51 ID:qyaudjHc
男「っ! はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ」

くうきを吸う。

からだの中にはいり込んだ悪いものをおい出そうと俺は何度も何度も呼吸をした。

レミリア「なにをやってるんだ? お前ら」

ルーミア「あらぁ、いいところだったのに」

ルーミアが悪戯を咎められた子供のようにばつが悪そうな顔で笑う。

レミリアは俺とルーミアの間に入るとルーミアに再度聞いた。

ルーミア「なにって、わかるでしょう?」

レミリア「捕食か?」

ぞっとしない言葉をはくレミリアにルーミアがくすくすと神経を逆なでる笑い声を返す。

レミリアはその対応に眉一つ寄せずにルーミアの答えを待った。

ルーミア「キス、接吻、ベーゼ。それらに類するもの、かしらね」

レミリア「あんなのは見たことないな」

ルーミア「だって少女漫画にはでてこないもの」

あのレミリアを恐れなくバカにするルーミア。普通ならばそこでレミリアが手をだし、戦いとなるだろうがレミリアの表情を見る限りどうやら慣れたことらしく、たんたんとルーミアの注意をするのみだった。

489ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:48:20 ID:qyaudjHc
レミリアの小言にくすくすと笑うばかりで受けているのかいないのか、なんとも取れない表情をルーミアが浮かべる。

レミリア「今後この男に害をなすことを禁ずる」

ルーミア「あら、人を愛するということをあなたは害だと呼ぶのかしら?」

レミリア「押しつけがましい自分中心の愛はアガペーとは呼ばん。言葉遊びで煙に巻くのならこちらはもう言葉で返すことをやめるが?」

ルーミア「あら怖い怖い。でも私があの人間を好いているのは本当。だって面白い闇を抱えてるもの」

男「………闇?」

さっきも言っていた俺が持つ闇。心の闇、歪んだ認識。

いったい何が。

ルーミア「それじゃあバイバイ人類さん。また会いましょう」

疑問を呈す前にルーミアの姿がずずずと影の中へ消える。それと同時に濁っていた気配も血の臭いも消え失せた。どうやらもういなくなったらしい。

ルーミア。いったい俺の何を知っているんだ。

490ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:49:23 ID:qyaudjHc
レミリア「大丈夫かしら。強烈なのを受けたみたいだけど」

男「気持ち悪い…」

レミリア「でしょうね。ルーミアもあぁ見えて………悪い奴だわ。ただ便利なの」

レミリア「言葉上でも好いていると吐くならあいつを利用してやりなさいな。」

もう係わる事自体お断り願いたい。あの不快感にはどれだけ接しても慣れそうにないからだ。

レミリア「口直しに紅茶はいかが?」

男「紅茶?」

レミリア「安心しなさい。今日は血液は入ってないから」

そういって猫のようにレミリアが笑う。今日は…ということは入ってる日もあるのか。

まぁ吸血鬼だしらしいと言えばらしいんだが。

男「折角だけど椛の様子を見に行ってくる。感動の対面に水を差すことになるかもしれないけど」

レミリア「あら、あなたはあの子が気になるの?」

にやにやとこちらを見てくるがそういう意味ではない。

男の女のそれではないということはレミリアも重々承知だろうにその上でこちらを出歯亀している。ただルーミアほどの嫌らしさは感じず、まるで子供のちょっかいのようだ。

491ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:50:19 ID:qyaudjHc
男「今後の争乱の中心になるだろうからな。天狗は椛を狙ってこちらへ来るはずだ」

さきほど白衣男が言っていたこと。きっと天狗はこっちを狙ってくる。

だからどうすればいい。ここにとどまり迎撃するか。こちらから打って出るのか。それとも逃げるのか。

椛という存在は俺たちの尻に火をつけた。うかうかはしてられない。

男「今後のことについて後で話がある。勇儀さん、白蓮さんを呼んでおいてくれないか?」

レミリア「任せなさい。美味しい紅茶とケーキを用意しておくわ。ちゃんと坊主に合わせて肉は使ってないから安心しなさい」

そう言ってレミリアはパチリと大きな瞳を片方閉じ、こちらに向かってウィンクをした。

492ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:50:54 ID:qyaudjHc
にとり「椛にできること、椛にできること、あぁ、なんだろうなぁ!」

にとりの部屋の前に立つとそんな台詞な中から聞こえてきた。

どうやら先ほどはたてから受けた言葉を模索しているらしい。

中ではドタバタと歩き回る足音も聞こえる。

まったく、怪我人がいるんだから静かにしてやれよ。

ガラガラとにとりの部屋の引き戸を開けると―――

にとり「ひゅいっ!?」

不意を突かれたにとりがぴょんと1メートル近く飛び上がった。

にとり「あいたぁっ」

そのままうまく着地ができず尻を床に強かに打ち付け、悶絶している

その様子がコミカルで俺は思わず噴き出した。

にとり「め、盟友。部屋に入る前にはノックを今度からしてほしいよ」

493ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:56:28 ID:qyaudjHc
男「椛の様子はどうだ?」

にとり「あ、椛ならぐっすり」

椛「寝てないよ」

布団に横になった椛が鬱陶しそうな表情を浮かべこっちを見ていた。

椛「にとりがうるさくて、眠れない」

にとり「ひゃぁっ。ごめんよ椛!!」

にとりが土下座のように床に手をつき、ごつんごつんとその額を床にぶつけながら頭を下げる

椛「………そちらは?」

男「人間だけど敵じゃない。安心してくれ」

にとり「男って言うんだ。悪い奴ではないと思うよ!」

そこははっきりと言い切ってくれ。あって間もないから無理はないとはいえ。

案の定椛がこっちを警戒した様子で伺っている。

何か俺が下手な行動でもとればすぐさまにでも飛び掛かってきそうなほどだ。

俺は警戒を解くべく両手を上にあげてみたが効果はなく、視線がさらに鋭利になるのみだった。

494ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:57:08 ID:qyaudjHc
椛「その男が、私になにか用でしょうか」

男「ちょっと話を聞きたくて」

椛「………逃げました立場ですが私も天狗です。仲間を売る様な真似はできませんよ」

その仲間から受けた仕打ちを考えれば復讐に燃えてもいいだろうに、椛はそう言うと口を固く閉ざした。

男「そうじゃない。ただ君も俺たちの一員になるんだから話を聞きたかっただけだ」

にとり「うんうん。今日からは椛も私たちの盟友だからね」

椛「………」

まだ警戒を解かず椛はこっちを頭の上からつま先までじっくりと観察をする。

どうみても中肉中背の一般的な人間。

普通過ぎて逆に怪しく見えるだろうが本当に無害な人間だ。

495ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:57:39 ID:qyaudjHc
男「好きなもの、嫌いなもの、なにがよくて、なにがいけないと思うか」

にとり「盟友。口説き文句かい?」

男「違う。俺は人が嫌がることをできるだけ強要したくない。君はレミリアの、勇儀さんの、白蓮さんの、どの管轄とも違う。君を知っているのは君の友人だけ」

男「教えてほしい。君はどうしたい?」

そう聞くと椛はこっちをじっと睨むと小さな声でこう言った。

椛「………殺して、ほしい」

496ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/05(水) 15:29:55 ID:T8th2oiY
それ以上はなにも言わず椛は布団に包まりこちらに背を向ける。

聞き間違えじゃないかと思った。

いや、聞き間違えと願った。

だけどわなわなと震えるにとりの顔を見る限りどうやらそうはならなかったらしい。

にとり「ど、どうしてそんなこというのさ。椛。ねぇ! 椛!!」

にとりの言葉に答えず、その言葉から逃げるように椛はさらに布団の中に潜り込んだ。

男「………本当に、死にたいのか?」

にとり「そんなわけないじゃんか! きっと、なにか」

椛「はい。死にたいと思っています」

やっと帰ってきた言葉。その言葉はさっきの言葉をさらに肯定するものだった。

途中で遮られたにとりはぱくぱくと口を動かすがうめき声しか出ていない。

わなわなと肩を震わせ、にとりはぺたりと座り込んで嗚咽を上げて涙を流した。

にとり「もみじっ、もみじぃ、なんで、なんでそんなこと言うのさぁ」

泣きながら問いかける言葉に返事はない。その代わり丸まった布団が小さく震えていた。

497ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/05(水) 15:59:52 ID:T8th2oiY
男「にとり、椛にもわけがあるんだ」

にとり「わけ!? わけがわかんないよっ。死にたいなんて、思うことってあるのかい!?」

普通はない。

自分自身の命を軽々しく、意味もなく捨てる奴なんていない。

それは妖怪でも人間でも変わらない。

なら椛はなぜ死にたがっているのか。

それはたぶん

男「椛。ここにいる奴らはお前を差し出してまで生き延びようとはしないと思うぞ」

布団がひときわ大きく震える。

どうやら当たりらしい。

先ほど白衣男が言っていたこと。

椛を匿っているから妖怪の山の連中はきっと椛を取り返しに来る。

人間だけではない。妖怪の山まで明確に敵に回るということ。

そのことに椛は気づいていた。

498ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/05(水) 16:17:14 ID:T8th2oiY
男「椛を殺すくらいなら妖怪の山と全面的に戦争をする。まだ決まったわけじゃないが、絶対にレミリアも勇儀も白蓮もそう言うはずだ」

長い付き合いではないが、椛を見捨てるなんて考えを持つような人はいないはずだ。

にとり「そ、そうだよ! 椛を守るために私だって、戦うよ!!」

そう声を張り上げるにとりだったが最後には声が上ずって震えている。

だけど椛を助けるためににとりだって声を上げたんだ。

男「もちろん俺だってそう思っている。助けれるのなら誰だって助けたい」

男「だから、本当のことを聞かせてくれないか」

男「椛は、何がしたいんだ?」

椛「………っ、ひっく」

布団の中からか細いしゃくりが聞こえる。しゃくりを上げながら椛は

椛「たす、たすけ、たすけて、っ」

助けを求める声をあげたんだ。

499ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/05(水) 16:55:07 ID:T8th2oiY
男「そんな風に椛は言っていた」

この場に集まったのはレミリア、白蓮さん、勇儀、そして射命丸。

今、椛が思っていることを伝えると同様に眉をひそめた。

レミリア「この私が気を使われるとはな」

勇儀「この私が庇われるとはね」

白蓮「この私が救われるとは」

三者三葉にして同様の思い。

レミリアは不愉快そうに口を一文字に結び

勇儀は怒りに震えて

白蓮さんは悔しそうに唇を噛みしめ

文「本当に、椛がそんなことを、言っていたのですか」

男「布団に包まり、怯えながら、殺してくれと」

男「わかるか。みんなのために死のうとしながらもその勇気がもてないから殺してくれと懇願する椛の声色がどれだけ震えを隠していたか」

男「生きたいという欲望を隠した椛の声を」

強気に、強気に言葉を投げつける。みんなの心へ届けとばかりに。

500ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/05(水) 17:00:13 ID:T8th2oiY
きっとこの3人は椛のことを受け入れるはずだ。

見捨てるという選択肢はないはずだ。

だが三者とも立場がある。

軽々しく皆の運命を左右することを口にはできない。

どう救う。どう椛を救う。

どうやって椛を救うのか。

その言葉を誘い出すために挑発する。

レミリアをこき下ろし

勇儀を卑下し

白蓮さんに失望する。

三人だけに責任を負わせないために俺は必要以上に三人をなじる。

俺のせいになれ。

501以下、名無しが深夜にお送りします:2018/12/08(土) 01:13:35 ID:m0C82V0M
おお
来てた

502以下、名無しが深夜にお送りします:2018/12/10(月) 02:27:34 ID:05wJ8e2Y
ほんと好き待ってた

503ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/12(水) 14:59:54 ID:7BpEuGGg
勇儀「おい」

男「………なんでしょうか」

俺の挑発を勇儀さんが一睨みで遮る。

しかし遮られるわけにはいかない。挑発は効いている。

いくら凄まれようとも言葉を零れさせるまでは止まるわけにはいかない。

男「いくら凄んでも現実は変わらないでしょう。今は」

勇儀「おい、人間」

勇儀がとんと床を人差し指で叩く。

コツンと音がしたかと思えば

勇儀「人間」

いつの間にかその人差し指は俺の額に当てられていた。

男「―――っ」

当てられただけ。されど鬼ならここからたやすく

指一本で命を奪える。

その指を額にねじ込み、前頭骨をへし割り、前頭葉をかき回せば俺はぴくりと痙攣しすぐに息絶えることだろう。

504ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/12(水) 15:00:44 ID:7BpEuGGg
男「し、失望しましたよ。お、鬼がこんな」

勇儀「私を見誤るなよ人間。私たちを見誤るなよ。なぁ、人間」

静かに、静かに勇儀が俺の額を軽く小突く。

とんとん、とんとん。

勇儀の人差し指が本当に軽く俺の額を小突く。

小突かれるたびに舌の根が乾いていくのがわかった。

男「俺を殺したら、次は椛か? どうするんだ」

回らぬ舌で絶えず挑発を紡ぐ。ちらりと見たが三人も黙って俺を見ていた。

当たり前だが助け船なんかでる様子もない。

勇儀「人間」

バチンッ

縄が切れるような音がした。体がもんどりうって床に後頭部が叩きつけられる。

痛みは後から来た。

じんわりと徐々に徐々に際限なく強くなっていく痛み。思わず目じりに涙が浮かんだ。

そうなっても三人は微動だにしなかった。

505ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/12(水) 15:01:15 ID:7BpEuGGg
勇儀「前提を間違えてるんだ人間」

勇儀「お前が何をしたいかはわかってる。だがな、だがな人間」

勇儀「その結論は私たちにとっての前提なんだ。そしてだ」

勇儀「烏一群れから犬っころ守ることなんて大した問題じゃないんだよ。あたしにとってはな。だから今日話すべきことは、どう椛を救うかだ。わかるか人間。どう、椛を救うかなんだよ人間」

勇儀が口の中で同じ言葉を繰り返す。椛をどう救うか。その言葉は俺の思いと同じ。

だけどその先を行っていた。

力では心は救えない。

勇儀はそれを指していたんだ。

救うという言葉は椛ただ一人にのみ宛てられたものだった。

506ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/12(水) 15:02:25 ID:7BpEuGGg
レミリア「はぁ、こう舐められると立腹を通り越して笑えて来るわね。人間に心配された鬼と吸血鬼だなんて。これで落語でも一席演じてみる?」

レミリアが今だ痛みから立ち直れず倒れっぱなしの俺の横までとてとてと近寄ってくる。

そして俺に手を差し伸べると。

レミリア「えい」

俺の額を人差し指で弾いた。

再度後頭部を勢いよく床に叩きつけられる。

この勢いで叩きつけられてよく床は壊れないものだとなぜか関心をしてしまう。

たぶん俺の頭蓋骨はとっくに砕けているのではないだろうかという不安も。

レミリア「あなたは近くで私たちを見すぎなのよ。それでは見えなくなるものだっていっぱいあるわ」

そう言ってレミリアはもだえ苦しむ俺を愉快そうにじっと見た。

その上から白蓮さんが顔を出す。

痛みに苦しむ俺に手を差し出すと

白蓮「………」

無言で俺の頭を人差し指で弾いた。

507ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/12(水) 15:15:16 ID:7BpEuGGg
三度目である。

もう何も言うことはない。

白蓮「あなたの考えは存じています。ですがしかし、私たちから責任を取り上げるその所業は誠に咬牙切歯に値する」

おそらくは怒っているのだろう。いつもの慈愛の表情はなく、無表情で俺を見下ろしている。

もちろん怒らせるために並びたてた文句だからそうなることは当然だ。

この痛みは甘んじて受けよう。

そして残った射命丸は

文「え、えぇっと私も参加したほうがいいのでしょうか」

おろおろとこっちを見ていた。

やめてほしい。

508ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/12(水) 15:44:18 ID:7BpEuGGg
俺が痛みから立ち直った後、正式な話し合いとなる。

椛をどう救うか。

それは変わらないが、中身は大きく変わっている。

俺はもう口を挟むことはできない。ただ三人の言い争いを聞いているだけで。

勇儀「椛は私たちが貰っていく。椛は天狗なんが。鬼の私が面倒見るのが当然ってもんだろ。なぁ、文」

文「あ、あぁィェ」

レミリア「異議あり。カリスマたる求心力を持つもの。つまり私が相応しいわ。理由? ふふん、私を見ればわかるでしょう。ねぇ、天狗」

文「あァ、はィ」

白蓮「救心力とあらば私ではないでしょうか。仏の道を志すもの。あなた方の誰よりも救いを探し、求道してきたこの身。ここは譲れません。貴方もそうは思いませんか。射命丸さん」

文「アィェェ」

なぜか三人は射命丸を囲み互いに自分が最も椛にふさわしいとアピールをする。

矢継ぎ早に投げかけられる同意の声に答えれず言葉を濁す射命丸がこちらをなんどもちらちらと振り返り助けを求めている。

だが俺もあの空間に入り込もうとは思わない。

ようするにあの三人は俺が想像していたよりもずっと

お人よしなのだ。

509以下、名無しが深夜にお送りします:2018/12/12(水) 19:37:49 ID:bkJjwAbk
これで椛も救われそうでよかったよかった

510以下、名無しが深夜にお送りします:2019/01/31(木) 20:28:11 ID:5DIp2pNg
まだかな

511ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/02/22(金) 15:39:05 ID:ecO47fUQ
しばらくの討論の後、その弁絶の最中にいた射命丸の顔色は真っ青になっていた。どうやら精も根も尽き果てたらしい。

巻き込まれなくてよかったと心の中で息を吐きながら射命丸に手を合わせる。

レミリア「頭まで筋肉でできてるような連中ってのはやっぱり話し合いってものができないみたいね。これ以上あんたたちに使う舌も言葉もありゃしないわ。そもそも地底で引きこもってた根暗と若作りだけが得意なババアに話し合いを求めた私がアホだったみたい。心から謝るわ。ごめんあそばせ。さて、それじゃあ」

文「ひゅいっ!?」

レミリアがバンと床を叩いて立ち上がる。そして腕を回しながら二人に向かって指を突きつけた。

レミリア「実力行使しかないわね!」

男「ちょっ―――」

突然の勝負宣言。手が早い連中が多いとはわかっていたけれど、長たるものがそれじゃあいけないだろう! というか爆心地にいる確実に射命丸が逝く。そして多分俺も。

止めるために駆け寄ろうとした時だった。

脚が動かない。関節がなくなってしまったかのように言うことを聞かない。

男「―――そうか。これが」

殺気か。

512ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/02/22(金) 16:05:21 ID:ecO47fUQ
本能が下す命令。感情に逆らい保身を優先する機能。意識の外にある先祖代々脈々と受け継がれた生存本能。

それが俺の足を止めていた。

今すぐ後ろに飛んで逃げ出したい。肺の空気を吐いてめいいっぱい叫びたい。

それをしなかったのは俺自身が成長した証拠だと思いたい。

かと言って進めるほど成長できてない俺は静観するしかなく

勇儀「たまには蝙蝠風情も良いこというじゃあないかい。そっちのほうが私としては好みだよ。実に単純で簡単。わかりやすいってことは、良いことだね」

怒気を抑えながら勇儀が立ち上がる。その際に生じた音はレミリアの比ではなかった。ずずんと山が滑る様な振動。ぴしりと床をひび割れさせながら勇儀がなんでもないような表情を装ってはいるが、空気を弾けさせるような怒気がこっちに伝わっている。これはどんな鈍感で平和ボケした人間にも伝わるほどに明確。危険の代表であると自信をもって言える。

白蓮「本来であればこういう方法を好みはしないのですが。それを望まれるのなら是非もなしですね。曰く仏も時にはこういう手段をとったと言いますし。はい、それでは―――――いざ、南無三」

勇儀とは対照的に静かにわがままに強請る子供を相手するような感じで立ち上がった白蓮さん。しかし見えている。額に浮かんだ青筋が俺には見えている。

きっと他の人がいなければ今すぐにでも殴り掛かっているだろう。

最後に立っていたものが勝者。ラストワンスタンディング。

文明社会ではおそらく取らないであろう解決方法。最終手段的な小規模な闘争状態。古来曰くこれが自然状態と言ったらしいが、二足歩行をして服を着た者がとるべき方法ではない。

だってたかが椛をだれが世話するかだけの話し合いなのだから。先ほどあれだけ啖呵を切った俺だけど、これに比べたら椛なんてたかがだ! 負けた者が死ぬわけでも、勝ったものが巨万の富を得るわけでもないのに!

513ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/02/22(金) 16:07:47 ID:ecO47fUQ
レミリア「いいねぇ。大好きだよ」

レミリアが肉食獣染みた笑みを浮かべる。

それが合図となったのか三者が同時に動いた。

射命丸「ちょ、ちょっと待ってください皆さん! ここに私が―――」

早口でそうまくし立てるものの三人の耳には届かない。

射命丸「やめ―――」

射命丸が両腕で自分の頭を抱くようにして縮こまった直後

―――世界が瞬いて消えた。

514ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/02/22(金) 16:16:29 ID:ecO47fUQ
文「はっ!」

射命丸は目を覚ました。そして自分の体が無事であることを確かめ、ひどく長い息を吐いた。

文「あやや。もしやあれは夢だったのでしょうか」

男「残念ながら現実だ」

文「えぇ!?」

そこで射命丸が気付く。自分の他に並んで横になっている三人の姿を。

レミリア・スカーレット

星熊 勇儀

聖 白蓮

幻想郷に名だたる強者に並んで横たわっていたことに射命丸は恐れおののいていた。

俺もあの間に挟まって平心して眠れるかというと絶対にお断り願いたい。

文「うわぁ………すごいことになってますね。これ」

そんな状況で迷わず寝ている三人を写真でとるところを見るに見上げたジャーナリスト精神、いやそんな高尚なもんじゃないな。パパラッチ精神あるいは野次馬根性か。

515ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/02/22(金) 16:20:49 ID:ecO47fUQ
三人の勝敗は完全に引き分け。

ノーガードで全身全霊をかけた一発を互いの右頬に見舞い、重なるようにして倒れた。結果頬をぱんぱんに膨らませて苦悶の表情を浮かべたまま気絶している。

文「えーっと、つまり椛はどうなるんです?」

男「さぁ………」

とりあえずわかっているのはこの長い長い話し合いがまったくの無駄に終わったということだけだ。

文「どうしましょう。この三人」

男「咲夜とパルスィとナズーリンに頼んで連れて帰ってもらうしかない」

文「はぁ………しかしこんな時にこんな様で。なんというか言っちゃいけませんけど」

男「……危機感とか緊張感とか皆無だよな。大丈夫なんかな」

文「ですよねぇ………。悔しいですがあなたと同じ気持ちですよ。やれやれ、それじゃあ三人を呼んできますかね」

重圧からようやく解放された射命丸は文字通り羽を伸ばしながら背伸びをした。そしてかかんと二度下駄の歯で床を打ち鳴らすと。

目にもとまらぬ速さで部屋から飛び出していった。

516以下、名無しが深夜にお送りします:2019/03/02(土) 23:26:47 ID:rLwuJW6M
痛そう

517ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/07(木) 16:35:15 ID:4x0lXMyE
〜俯瞰視点〜

その言葉は彼にとっては疑問でしかなかった。

裏切者の犬走 椛を所詮弱者と烏天狗が罵るその言葉が。

疑問を覚えつつも、他者に投げかけることができなかったのはひとえに彼がまだ百年も生きていない若さゆえ。

しかし、その疑問を抱くこと自体若さゆえと言える。なぜなら天狗社会は典型的な封建社会であり、自分より下のものは道具でしかない。ゆえに貶すことはあれど褒めることはない。

百年も生きればその社会構造は骨の髄、羽の一本まで染みつくことになるだろう。そう染まらなかったのは姫海棠はたてなどのほんのごく一部のみだ。その性根だけは鬼の怪力をもってしてもどうしようもなかった。

「……………」

まだねじ曲がっていない彼にとっては椛の存在は一言でいうなら憧れと尊敬であった。

子供らしい憧憬から彼は椛に尋ねたことがある。

「なぜそんなに強いのに」

と。

その言葉の先に続く文句を見抜いた椛は少し驚いた顔で居心地悪そうに頬をさすっていた。

白狼天狗でありながら烏天狗を指揮し、向かうとこ敵無しの連戦連勝。彼女の元で動く天狗の命が失われなかったのは決して烏天狗が優れているからだけではない。

しかしいくら勝利に貢献したところで彼女は白狼天狗でしかない。褒められることなく、陰口だけを叩かれる日々に、そういうものだと納得をしていながらも心は緩やかに摩耗していた。

518ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/07(木) 16:46:20 ID:4x0lXMyE
そんな彼女をこの若き天狗だけは英雄として見ていた。仲の良い二人の烏天狗と違う視線。

父親を見上げるような視線を受けて椛は戸惑うしかなかった。

そしてその言葉に答えを返せない自分が不甲斐なくてたまらなかった。

その椛の気持ちに気付くはずなく英雄のもとで戦える自分を誇らしいとさえ思っていた彼に突き付けられた現実がこれだった。

別に深い関係になれたわけではない。結局椛の本心を知れなかった関係でしかない。

それでも彼はどこかでこの結末を当然と感じていた。

また誰かが椛を詰る。

ならその椛に守られていたのはいったい誰なのだろうか。

そう問えば烏天狗の高すぎるプライドを傷つけることは容易いだろう。だけど解決にはならない。自分の溜まった鬱憤が少しばかり晴らされるだけで。

消え去ってなお、裏切られてなお、彼の心には椛へのあこがれが募っていく。他の天狗の軽蔑とともに。

もう他の天狗の言葉が耳障りな鳴き声としか聞こえなかった。

519ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/08(金) 08:46:31 ID:qOdTnLdw
しかしかといって天狗の山から自分も抜け出すほど無謀な若さも持っていなかった。

いくら嫌であろうとも、ここで生まれ、ここで育ったからにはここを裏切る気にはなれない。

それに加え自分がいなければここに椛の味方をできるものは一人もいなくなってしまうとも思っていた。

「………」

彼はいい加減椛を嬲って喜ぶような輩に囲まれているのが耐え切れなくなり部屋から出た。

彼の行動に注目するものはおらず、木製の扉を開けても誰も彼に話しかけることはない。

外では渦巻くような風が体を削るようにして吹いている。ごぉごぉと唸り声をあげる風が生を帯びているかのように暴れ狂っている。

妖怪の山の中腹に位置するこの場所は岩壁に貼り付けるようにして作られた天狗の哨戒所だ。翼を持っていなければたどり着けず、翼を持っていたとしても風に阻まれ辿り着くことは容易いことではない。

天狗の種族としての優秀さを示すが同時に自尊を一面に塗りたくったようでもある。そのため他の妖怪から天狗のゆりかごなどと揶揄されているがそのことを天狗達は知らない。

このような場所をいくつも天狗は築いているからこそ、この広大な妖怪の山を総べる事が可能であり、鬼なき今、どこで何が起きてもすぐに駆けつけることができる、妖怪の山の秩序を守る一端を担っていた。天狗を頂点とした秩序ではあるが。

「………これから、これからどうすれば」

彼以外誰もが思いに至らなかった結論。

犬走 椛なき今、誰がこの天狗の集団を指揮するというのか。そしてそいつは椛ほど優秀であるのか。

おそらく今までのようにはいかないだろう。今までプライドの高い鴉天狗達が椛の指揮を受けていたのは下等な存在である白狼天狗に頼まれれば動いても別に構わない。もしくは道具である白狼天狗を自分たちが上手く使っているんだという意思からであり、悪態をつきながらも優越感だけは失ってはいなかった。

520ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/08(金) 09:00:11 ID:qOdTnLdw
しかし今は状況が違う。悪いことにここにいる鴉天狗はほぼ同じ階級で統一されており、この中から新たに指揮する者を選んでも諍いとなるだけであり、そうなれば統率は容易く崩壊し、烏合の衆となりえる。

これは椛が統率をしやすくするための計略の一つだったが、今となってはそれが完全に裏目にでていた。

「どうせ今日はもう、なにもないよな」

文句を言えるだけ言った後はおそらく酒でも飲んでどんちゃん騒ぎとなるのは天狗達にとっていつもの事だった。彼も酒を呑むことは嫌いではなかったがそういう気分になれる今ではない。

長い鼻を二回さすると彼は宙へ体を投げ出した。

風の隙間を見極め、そこをかき分け山を下り落ちていく。その方向は椛が逃げたとされる旧地底の方向であった。

できるだけ唾棄すべき味方から離れ、賞賛すべき敵となった椛の元へ近づきたいという無意識下での動き。

疾く、疾く。

それだけは彼が同世代の天狗と比べて明確に優れていると言える点だった。すぐに妖怪の山の裾野までたどり着く。

境界を越えれば規律違反となる。椛の脱走から妖怪の山の警備は厚くなっている今、脱走を成功させるなどなど百に一の確率すら考えられない。

からんころんと下駄歯の先だけを境界線より向こうに投げ出して座る事だけが精一杯の抵抗であった。

「はぁ…」

天を仰ぐと冬の曇天とした色が広がる。あの過労でくすんだ白髪に少し色が似ていると彼は思った。せめて花の一輪でも渡しておけばよかっただろうか。そう考えながら彼は横になる。

目を閉じればありし日の思い出が浮かんでは消えていく。その泡沫の中彼は微睡みへ落ちていき

そんな最中に仲間であった天狗が一人残らず死んでいっているなど想像していなかった。

521ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/08(金) 09:32:53 ID:qOdTnLdw
〜男視点〜

困ったことがある。

こうも大きくなりすぎては動きにくいということだ。

もちろん予想はしていたけれども。

男「どうすればいいと思う?」

白衣男「なぜ俺に聞くんだ」

男「協力してくれるって言ったから」

白衣男「確かに言ったが…」

すっかり居座っている白衣男の家。椛もいるし他にいる場所もあんまりないしここにいることを許してくれてもいいんじゃないか?

白衣男「とりあえずは紅魔館の奴らを救えただけでも良しとすべきではないのか?」

男「そうだけど、この戦争が解決するわけでもないしな」

問題はこれからだ。命蓮寺、紅魔館は助けれた。地底はさとりたちはいなくなったけれどそれでも大半は助けれた。

はず。

これから一体どうなるのか。妖怪の山と確執を作り、人間達と戦い。

白衣男「とりあえず整理するか」

522ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/08(金) 09:43:24 ID:qOdTnLdw
白衣男が紙に鉛筆で色々と書きなぐっている。

男「なるほどなるほど」

三つの大きな円といくつかの小さな円。

大きな円にはそれぞれに人間の里、妖怪の山、妖怪連合(仮)と書いてあった。

小さな円には永遠亭、野良妖怪、西行寺、博麗神社と書いてある。

白衣男「規模で分けるとこんなもんだ。博麗神社に関しては小さい円で書いていいのかとも思うが」

男「色々と面倒な状況になってるな」

白衣男「大きくなるってのはそういうことだからな」

確かに。もうここは幻想郷の一大勢力となっている。他の集団を脅かすぐらいには。

白衣男「問題はこの小さな円がどこに組するかだな」

男「博麗神社はこっちだろう?」

白衣男「博麗の巫女は誰の味方でもない。ただこの異変を鎮めるただ一点のみのイレギュラーだ」

敵となりえないのがありがたいことだがなと白衣男は小さくつぶやいていた。

少数でありながら実力的にはこの三つの円に肉薄しているといっても過言ではないのが博麗神社の連中。たしかに敵に周らないというだけでもありがたいことだ。

でも魔理沙くらいは、味方であってほしいなぁとわがままな考えを抱く。

523ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/08(金) 09:53:35 ID:qOdTnLdw
白衣男「このまま争いを続けても消耗するだけで、確実な勝利を得るには難しい」

白衣男「玉砕覚悟で全員がいけば勝てはするだろうがな」

その後の事を考えるとそれを選択肢としておきたくはない。

勝ったから終わり。ではないのだ。

白衣男「それに妖怪の山が漁夫の利を得て終わりだ。幻想郷がな」

男「じゃあこの中で味方にするべきなのはどこなんだ?」

白衣男「それは俺に聞かれてもわからん、永遠亭か西行寺じゃないのか」

白衣男「野良妖怪とまとめたが集団ではないしなぁ」

かたやあの世かたや中立。

ゆえに動かないパワーバランス。

白衣男「博麗神社を取り込むのではなく博麗神社に組するのならとも思ったが」

男「駄目なのか?」

白衣男「そうするにはこっちが大きすぎる。無理だ」

男「駄目なのか」

524ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/08(金) 09:58:16 ID:qOdTnLdw
それが一番の最善だと思ったけれど。

どうやら未来を知っていても今この状況がほぼ限界らしい。

ならこれからどう動くかだ。

結局はそれしかない。

そのためにも今寝込んでいる三人をどうにかしなければ。

ただ、その三人の意見も纏まらないし………。

男「うーん」

白衣男「話はそう急ではないだろう。少し気を楽にしてみたらどうだ。温泉でも入ってな」

男「いや、そうする気分には慣れない」

いくらその方が良いと言われても気楽になれるほど精神にゆとりを持っていない。

明日が見えるのなら気楽になれるのだろうけれど俺が見たのは明日だったものでしかない。

白衣男「なら酒でも飲むか。なに今度はちゃんとした奴だ」

男「いや酒も」

ガラガラガラ

木戸を滑らせる音がした。射命丸が戻ってきたのだろうかと思い振り向くと

525ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/08(金) 10:07:52 ID:qOdTnLdw
ウィル「見つけた」

ウィルヘルミナが立っていた。

ウィル「………」

白衣男「入らないのか?」

ウィル「招かれなければ入れない。お母様が言っていた」

白衣男「はぁ。どうぞ」

許可をもらいウィルヘルミナがようやく敷居を跨いで中に入ってくる。

一体なんのようだろうか。見たところ咲夜も吸血鬼もいない。従者一人従えずなぜここに?

白衣男「すまないが未成年にだせるものは水かお茶くらいしか」

ウィル「お前に用はない。私が探していたのはお前だ」

そういってウィルヘルミナは俺を指差した。

そして突きつけた指をぐるぐる回しながら俺の顔をじっと見て首をかしげる。

なんだかよくわからないが失礼な奴だなぁと思っていると

ウィル「お前は誰だ」

いきなりわけがわからないことを言われた。

526以下、名無しが深夜にお送りします:2019/03/10(日) 13:53:57 ID:o7JEWgyE
期待

527ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/10(日) 17:47:22 ID:re.p.fs6
男「………ここは」

男(前に一度ロウェナさんと来たことがある)

男(ロウェナさんが生まれた、場所)

男「…誰か、呼んでる気がする」

1.ロウェナさんの所へ向かう

2.塔の中に入る

>>481

528ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/10(日) 17:49:43 ID:re.p.fs6
うあ、ミスです…

529ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/10(日) 17:54:27 ID:re.p.fs6
お前は誰だと言われてもご存じのとおりただの人間でしかない。

それはウィルヘルミナもわかっているだろうに。

その質問の意図が分からず俺は戸惑いながら聞き返した。

男「誰だ、と言うと?」

ウィル「お前は誰なんだ」

再び強く指を突きつけられる。

困ったことに話は何も進展しなかった。

男「誰かというと男です。としか名乗れないんだが。他には外から来た人間です、とか」

ウィル「違う、お前は人間じゃない」

はい?

俺は生まれも育ちも人間だ。木の股から生まれたわけじゃあない。

白衣男の方を見ると白衣男も戸惑いながら俺を見ていた。

男「俺は、人間だぞ。生まれた記憶も育った記憶もある」

ウィル「いいや。お前なんか人間じゃない」

なんて悪口染みたセリフ。

530ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/10(日) 18:03:47 ID:re.p.fs6
人間じゃねぇなんて言われるほど極悪非道なことをした覚えもない。

どちらかというと正義の味方に憧れているというのに。

ウィル「お前はおかしい、おかしいんだ」

男「おかしいって、なにがだ」

ウィル「わからない。だけどお前の運命だけぼやけてる」

ウィル「たとえるならお前のセリフだけ墨塗りされているようだ」

白衣男「………どういうことだ」

ウィルヘルミナの否定に対して口を挟んだのは俺ではなく白衣男が先だった。

ウィル「私はウィルヘルミナ・スカーレット。運命を破壊する吸血鬼」

ウィル「お母様ほどではないけど運命を見ることはできる。なのに、なのにお前だけは私でもわからない」

ウィル「お前は私達の見てる未来にはいないのに、いる」

531ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/10(日) 18:06:37 ID:re.p.fs6
白衣男「こいつは人間だ。妖怪じゃないことは確かだし、身体能力も平の平。その他の特徴も全て人間だ」

ウィル「お前は博麗の巫女も人間と思うのか?」

白衣男「…それは、彼女は人間だろう。いくら博麗の巫女とはいえ、人間には違いない」

ウィル「それは意見の相違だ。人間の埒外にいて人間だからと人間など詭弁でしかない」

白衣男「こいつもその埒外にいると?」

ウィル「その通りだ」

ウィルヘルミナが大きく頷く。

俺の人間らしくないところと言えば一度やり直していることだけだ。

それだけは他の人間、妖怪を越えていると言える。だけどそれは俺の力じゃない。

漫画に出てくるスーパーヒーローになんてなれてやしないってことは俺が一番知っている。

白衣男「仮にこいつがそうだとして、だからどうしたと言うんだ」

ウィル「そうだな」

ウィルヘルミナが人差し指を自分の頬にあて、3回突きながら首をかしげる。

ウィル「面白いなと思った」

532以下、名無しが深夜にお送りします:2019/03/11(月) 15:25:16 ID:Ue3VTQ8Q
責めるわけでも詰問するわけでもない言葉。

ウィルヘルミナは少しだけ目を見開いて俺のつま先から頭のてっぺんまでをじろじろと眺めた。

男「そうみられると、居心地が悪いんだが」

ウィル「うん、面白い。面白いなお前」

なにが合点いったのかは知らないが大きく頷いている。

その思考回路に取り残された俺たち二人はそろってお互いの顔を見合わせた。

ウィル「なんか変だお前、変な奴だ」

ウィル「私と同じくらい、変だ」

吸血鬼の娘ほど変とはいったい誉め言葉に値するのだろうか。

白衣男「こいつのことを観察するのも良いがそこで突っ立ってられると他の奴が入れない。適当なところに座ってくれないか」

ウィル「ん。わかった」

てくてくとこちらに近づいてきて、俺の真横に座る。

再び大きな赤い瞳でねめつけるようにして観察が始まる。

その姿かたちは可愛らしいのだがひしひしと感じるのは威圧感。撫でるようにしても人を殺害することができるのだから、緊張してしまうのは仕方ない。

ここにいる奴らの大半はそうなんだけれども。

533ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/11(月) 17:40:33 ID:Ue3VTQ8Q
いくら穴があきそうなほど見ても俺は人間であるからして面白い情報をお届けすることはできない。なのに何が面白いのかウィルヘルミナはしばらく飽きもせずに俺の顔を眺めていた。

白衣男「妖怪に好かれるフェロモンでもでているのか?」

男「それはそっちのほうだろう」

射命丸を嫁にして、その他にも身の回りを女妖怪で囲んでいるその姿。お前こそ妖怪を魅了するフェロモンでもだしているんじゃなかろうか。

それに俺はそれほど妖怪に好かれていない。前のぬえくらいだ。

白衣男「やれやれ、俺はにとりと椛の様子でも見てくるか」

男「店はどうするんだ」

白衣男「こんな時に客なんてこないさ。もし来たらその時は適当にやってくれ」

そんな無責任な言葉を残して白衣男が消える。残ったのは俺とウィルヘルミナだけ。

前の世界でも一緒ではあったがそれでも親しかったわけではない。

それに差し伸べられた手を振り払った引け目がある。

だから正直、苦手だ。

534ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/12(火) 11:22:50 ID:Xx8jVFHk
ウィル「正義の味方と名乗っていたが」

親の者よりは大きな手のひらでぺたぺたと無遠慮に俺の頬を触ってくる。

ウィル「未来が見えると言っていたが」

その手はどんどんと上に登っていき、人差し指が左目の前にまでやってきた。

瞼を閉じるとその上から軽く抑えられる。

ウィル「この瞳は何を見てきたのか。教えてくれないか」

男「………すまないが、教えられそうにない」

あんなことを知っているのは俺だけでいい。さとりには知られてしまったが。

これでウィルヘルミナを拒絶するのは二回目だ。

ウィルヘルミナはどこか寂しそうに「そうか」と小さく呟いて俺から手を引いた。

535ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/12(火) 11:29:18 ID:Xx8jVFHk
ウィル「私は………」

ウィル『「………ウィルは、無力なのか?」』

男「っ!」

かつて聞いたその言葉が、再び俺に投げかけられる。

拒絶しろ、拒絶しろ。ウィルヘルミナを拒絶しろ。

それがレミリアの願いだ。それがフランドールの願いだ。それが咲夜の願いだ。それがあの吸血鬼の願いだ。

拒絶しろ。拒絶しろ―――!

男「ウィルヘルミナは―――無力なんかじゃないよ」

ウィル「!」

やってしまった。理性より感情が勝る。俺はウィルの両肩を掴んで励ましてしまった。

ウィルが嬉しそうにほほ笑む。

ウィル「そうか。お前は私のことを嫌っていると、思っていたが」

ウィル「ありがとう。ウィルを慰めてくれて」

笑うな。笑わないでくれ。俺に向かって微笑まないでくれ。

幾度となく体験した自己嫌悪。また俺は自分が嫌いになってしまう。

536ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/12(火) 11:41:48 ID:Xx8jVFHk
これは正義じゃない。これは正しい行動ではないのに、流されてしまった。

優しいだけの八方美人。自分が気持ちよくなりたいだけだ。

ウィル「……私は、何かしてしまったのか?」

男「いや、違う。ウィルのせいじゃないよ」

ウィル「すごい、つらそうな顔をしている」

どうやら顔に出ていたらしい。左手の甲で顔を拭い笑顔を作る。

こんなにも笑顔というものは重かっただろうか。頬が限界を迎えたようにぴくぴく震える。表情筋が衰えてしまったかのようだ。

ウィル「誰か呼んでくるか」

男「いい。ちょっと疲れてるだけだから」

ウィル「私にできることはなにかあるか」

男「大丈夫、大丈夫だから」

あァ、白蓮さん、星さん。なんで俺はこうも心が弱いのでしょうか。

また、『博麗 霊夢』が遠ざかってしまう。

537ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/12(火) 12:50:07 ID:Xx8jVFHk
「愛娘の涙が落ちる音がしたぞおい!」

ウィル「っ!? お、お母様。どうしたのその顔」

レミリアがいきなり店の扉を開け放ち現れた。あまりにもものすごい勢いだったので何度も扉は開けたり閉まったりを繰り返す。

これでも壊れないのだからさすが地底の建物だ。

レミリアはその頬に湿布薬を貼っており、さっきの壮絶なスリーノックアウトは吸血鬼の再生力をもってしてもいまだひくことはないらしい。

レミ「名誉の負傷だ」

何が名誉かはわからないが、レミリアがそういうのならそういうことにしておこう。

さっきの光景を改めてウィルに伝える必要はないしな。

ウィル「あとお母様。私は泣いていないぞ」

レミ「なにぃ? 私も歳かな」

見た目幼女でそのようなことを言われてもジョークとしか思えない。

それに涙が落ちる音なんて聞こえないだろうし。

ということは実際は別の用事があったと思うのが当然だが。

538ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/12(火) 12:56:19 ID:Xx8jVFHk
男「それで、何の用だ」

レミ「だから愛娘の悲しむ声が」

ウィル「私そんな声あげてないぞ」

さっきと言っていることが変わっている。ますます怪しい。さては

男「………椛?」

レミ「ぎくぅ!」

男「まさか抜け駆けを?」

レミ「ぎくぎくぅ!」

面白いほどにわかりやすく仰け反るレミリア。傍若無人なところもあるかと思えば冷静沈着なところもあるかと思えば大人びたところもあるかと思えば人情家なところもあるかと思えば次はコミカルなところを見せる。

こういうところに惹かれるのだろうか。

レミ「そ、そんなわけないじゃない! この私が抜け駆けなんか」

そう語る目は右往左往どころか跳ねまわっている。これが正常で平常だというのならそれはそれで怖い。二人してレミリアをじっと見つめているとレミリアは地団駄を踏んで大声を上げた。

レミ「そうだよ! 話し合いがだめなら後は行動だ! 私は椛を救って助けてやろうと思ったんだよ! なのに、ちっ、まさかお前がいるとはな」

まるで人が大悪人であるかのように睨みつけられる。なんというかその眼には迫力がない。さっきのウィルヘルミナのほうがよっぽど迫力があった。

539ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/12(火) 13:10:30 ID:Xx8jVFHk
男「ぷっ、はは、あははっ」

レミ「なに笑ってるのよ」

その様子が心底おかしくて俺はおもわず噴出してしまった。いきなり笑い出したことが変に映ったらしくレミリアはちょっと引いていた。

なんかレミリアがカリスマって言われている理由がわかった気がする。

きっと本人の意識の外でも人を救うことができるような運命の元にいるんだろうな。

レミリアの登場で幾分か気は楽になった。考えすぎるのと背負いこみすぎるのは俺の悪い癖だ。星さんにもそう言われた。

レミ「なんだかよくわかんないけど、止めるつもりなら、押しとおるわよ!」

長い爪をこちらにむけ威嚇のようなポーズをとる。もしレミリアが押しとおるというのなら止められる者は幻想郷にそうはいないのだろう。なら

男「止めるつもりはないし、俺じゃあ止められないよ」

レミ「あらそう? なら話が早くていいわ♪」

レミリアならまぁいいかとも思いレミリアを通す。もともと椛に会わせるかどうかなんて俺の一存で決めれることではないんだ。

ウィル「お母様。私も行く」

スキップして二階へ上がるレミリアにウィルが続いていった。

1人になった俺はふっと息を吐くと机につっぷする。すると遠くからだだだだと震えるような音がしていることに気付いた。

これは―――

540ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/12(火) 13:41:43 ID:Xx8jVFHk
バンッ

デジャヴュを感じさせる音。その音はもちろん店の扉を開け放った音だが違ったのは駆け込んできたのは二人だった。

勇儀「レミリアのバカはどこにいった!」

白蓮「抜け駆けは誠に許しがたき事。魔が差したなどと言い訳はさせません」

………これは怖い。

俺は無言で二階へと続く階段を指さすと二人は飛ぶようにして登って行った。

直後に聞こえる大きな物音と悲鳴。

これで椛に恐怖が植え付けらえなければいいが。

541ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/12(火) 15:56:50 ID:Xx8jVFHk
〜俯瞰視点〜

妖夢はいなかった。

いつの間にかいなくなっていた。

いつからいなくなったのかはわからない。

まるで幽霊のようにあやふやな存在としては頭の中に残っている。

記憶をたどってみても数年前の妖夢は思い出せるのに近日の妖夢は思い出せない。

一昨日食べた朝食の思い出に妖夢がいたような気もする。

いなかったような気もする。

幽々子はそう感じながらも妖夢を探そうとはしなかった。

幽々子「もうすぐ、春ねぇ」

縁側で咲くことのない桜を見ながらお茶を嗜んでいる。お茶請けは買いに行くものもおらず、買いに行ける状況でもないのでただお茶だけをひたすら楽しんでいた。

下で何が起きているのかは把握している。死者の数が増えればそれだけ幽霊が生まれるのであり、幽霊を管理する者としては把握せざるをおえないからだ。

仕事と食事とお茶を繰り返すだけの生活。独り言に返してくれる従者も友も今はいない。

そんな状況でも西行寺 幽々子は不干渉主義を貫いていた。

542ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/12(火) 16:24:18 ID:Xx8jVFHk
幽々子「春が来たら、何をしようかしらぁ」

幽々子の頭の中は食事と飲酒のみで構成されているといっても過言ではない。

ただしそれは平常時であって、ちゃんとしたときはちゃんと主らしく振舞うことは可能だ。

見た目は少女であっても死後は長く、白玉楼を任されるほどには切れ者。しかしそう評価するものはとても少ない。

幽々子を知るものなら口をそろえて幽々子のことを危険であると認識しているのに、危険であると把握できない独特の存在感ゆえに幽々子は評価されない。

普段の言動や行為がそれに拍車をかけているともいえるが真面目にやったところで生来から持っている気質はどうしようもない。

幽々子「お花見、したいわねぇ。博麗神社は予約制だったかしら」

うーんと頭を捻る姿も演技ではなく素である。のんきとも言えるその言葉は生者とは違う死生観から来ていた。

幽々子にとっては生死の概念はそれほど重要なことではない。だからたとえ知り合いが死んだとしてもおそらく「あらまぁ」の一言で済ませることだろう。

誰よりも生死に近く、生死を知り尽くした視点から見える答えは生も死も結局氷が蒸発して気体になる程度の形態変化でしかないということだった。

見えなくてもある。見えたらなおさらある。見えないといっても見える人には見えるし、見せれるものなら見せれる。

言葉が通じて思いが通じるのなら心臓が動いているのかどうかなどは些細なことでしかなかった。

幽々子「やっぱり、お茶請けが欲しいわねぇ」

お茶を啜る動きは止まらず、おもむろながらも着々と大量に用意したお茶を消費していく。

一体どこへ消えるのか。それは当人以外知りようがなく、当人にとっては気にするようなことではないため誰もその答えを知らない。

543ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/12(火) 16:37:28 ID:Xx8jVFHk
このお茶を飲み干せばまた増えていく幽霊を相手にしなければいけないと幽々子は少しだけペースを落とした。

せめて妖夢がいれば暇もつぶれるのにと、従者を暇つぶし目的で焦がれる。

幽々子(勝手にいなくなって、従者失格だわ!)

帰ってきたらどんな嫌味を言ってやろうかと考えることで幽々子は時間を潰す。

結局妖夢がいないということで暇を潰すのだから妖夢がいようがいまいがあまり変わりはないのだがそれを指摘する第二者はいない。

今、幽々子は自分だけの時間を我儘に過ごしていた。

自分だけの世界、独特の時間の流れ、平和とも言えるこの生活は下で起きている悲劇とは無関係。と幽々子は勝手に思っている。この能力をもってして不干渉主義であれば態々蜂の巣に手を伸ばすものもいないだろうと考えていたからだ。

しかしハチの巣であろうとそこに利益なる者があれば手を伸ばす価値はあることを幽々子は念頭に置いていなかった。それには理由があったが幽々子はそれを把握していない。

自分自身にすら関心を持たなくなった幽々子にそれを把握することは叶わなかった。

544以下、名無しが深夜にお送りします:2019/04/09(火) 20:11:12 ID:1XFKJ8Ao
楽しみ

545ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/05(水) 15:34:36 ID:pEAAwW7A
「優雅だな、亡霊の姫さんよ」

いきなり投げかけられた言葉に幽々子が反応できたのは数瞬遅れてからだった。

始めは妖夢かと思った。にしては声色も口調も違う。

一体誰かと目線をそちらに向けてみると妖夢とは違う白髪の少女がそこにいた。

幽々子「……貴方はここに関係がないでしょう」

妹紅「関係がなくても用はある」

妹紅は懐から赤い模様が描かれた札を取り出すとくしゃりと握りつぶした。

とたんに札は炎へと姿を変え辺りを強く照らす。

幽々子「死なないからと言って、貴方程度が私に勝てるとでも思ったのかしら」

妹紅「赤く燃える炎は人の目を引く。それが暴力的だと知りながらも美しいがゆえに誰しもが目を奪われる」

妹紅「死者もそれは同じ。迎え火、送り火なんてもんがあるくらいだからな」

幽々子「何を―――」

言っているのかという言葉をに胸に走る違和感が止めた。

「虚を突かれた、という気分かな? 亡霊の姫よ」

神子「もちろんこれは冗談だ。大いに笑ってくれて構わないよ」

546ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/05(水) 15:50:54 ID:pEAAwW7A
胸を突いて飛び出ている刃に輝いているのは七星。

豊聡耳 神子が背後から幽々子の胸を突き刺していた。

幽々子「そう、そういう―――っ!」

刃が逆袈裟に切り上げられる。胸から右肩を裂く痛みに幽々子は唇を噛んで悲鳴をこらえた。

神子「さすがに幽霊十匹分とまではいかないが、破邪の七星剣。それを聖人である私が使っているんだ」

神子「幽霊と言えども、効くだろう?」

立ち上がり応戦する気力はない。

幽霊とは魂の、心そのものである。

約束も誓いもなにもない、ただ残酷なだけの平穏に侵された幽々子の体は弱っていた。

戦って何になるのか。

このまま残って何になるのか。

後ろ向きな感情が傷口から漏れ出す。

妹紅「抵抗はしないのか?」

幽々子「えぇ………だけど、願わくば、桜の華の下で消えたいわ。私の最後を弔ってくれるのならば」

547ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/05(水) 16:30:45 ID:pEAAwW7A
妹紅「だとよ。どうする?」

神子「為政者たるもの、善であれと言う。民ではないが、最後の願いを聞くこと―――」

神子「聞く………?」

神子の表情が崩れた。

空っぽの亡霊に欲はない。

だからこそ神子は油断しており、余裕を持ち幽々子を処理しようとしていた。

西行寺 幽々子に欲はない。つい先ほどまではそうだった。

神子「引け! 引くぞ!!」

妹紅「は? 一体―――うわっ、なんだこれ」

幽々子の傷口から漏れ出すのは淡い光を伴った蝶。

生と死の狭間に美しく輝くは―――反魂蝶。

548ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/05(水) 16:33:20 ID:pEAAwW7A
神子「―――――知っていたのか!!」

幽々子「聞いたの―――全部」

神子「それをしてなんになる! 復讐や悪あがきでも―――」

『妖夢―――また会いましょうね』

幽々子「あの子は帰ってくるの。だから」

幽々子「だからこれが、私の最後の言葉よ」

549ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/05(水) 16:46:00 ID:pEAAwW7A









   




                                            身のうさを 思ひしらでや やみなまし
               
                  

                                                     そむくならひの なき世なりせば

550ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/05(水) 16:47:03 ID:pEAAwW7A














桜が咲いた

551ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/05(水) 16:50:27 ID:pEAAwW7A














身のうさを 思ひしらでや やみなまし

         そむくならひの なき世なりせば

552ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/05(水) 16:52:40 ID:pEAAwW7A














桜が咲いた

553ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/05(水) 17:09:31 ID:pEAAwW7A
〜男視点〜

椛は犠牲になったのだ。

守護欲という欲に。

あの後誰に守られたいかと三人に問い詰められた椛は青い顔をして逃げ出そうにも逃げ出せず泡を吹いた。

結果その様子を見ていたみとりによって三人は椛に接触禁止令がだされ、事態は収まった。

のだが

パチェ「レミィはちょっと考えが足らないところがあるわ。弱者の気持ちが分からないなら強者ではあっても上に立つことは」

レミ「はい、はい、すいません」

パル「鬼が鬼らしくってのはわかるけど、今はこういうことやっていい状況かどうかわからないのかしら。同じ鬼でも萃香の方がもっと思慮深いわよ」

勇儀「ぐぅ」

ナズ「恥ずかしいと思わないのかい。私は見たくなかったよ。自らの欲に溺れた貴方の姿を」

白蓮「反省してます…」

三人が正座して怒られているという実に珍しい光景が今目の前で繰り広げられている。

この三人に相談を持ちかけたのは間違えだったのかもしれない。

554ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/06(木) 10:00:20 ID:hQcRw0Tw
椛ははたての腕の中で震えてるし、ごめんよ椛。

しかしこの様子ではまとまりがなさすぎる。これから行動していかなければならないと言うのに一体どうなるというのだろう。

ナズ「君も君だ!!」

男「えぇ!? 俺!?」

いきなり話が飛び火した。

ナズ「男なら口に出したことは守ってみたまえ。椛を守ると誓ったのであれば」

それはちょっと人間には無茶な話―――いや、霊夢ならそうするな。

男「ごめん。言い訳ができない」

男「全部、俺のせいだ。ごめん、椛」

椛「! い、いえ。私のため、だと、知っています、から」

ナズ「………殊勝なことだよ。分かってる無茶を言っているということは」

ナズ「ただ君の言葉が動かす出物事は大きい。これだけは理解しておいてくれ」

男「…身に染みたよ。これで」

俺の周りには力を持つ者が多い。それらを頼れば大きなことだって起こせるだろう。

そう、大きなことだって起こせてしまうってことを俺は注意しなければならない。

555ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/06(木) 10:06:14 ID:hQcRw0Tw
皆が力を貸してくれるのならば、俺はできるかもしれない。

この異変を収めることが。

霊夢ばかりに頼るのではない。俺たちの力でこの異変を

椛「っ!!」

はたて「椛? どうしたの?」

椛が瞳を抑えていた。

その体の震えの種類が異なる。怯えではなく、より深い恐怖に。

カチカチと歯を鳴らす音が聞こえる。まるで凍えているかのような椛をはたては強く抱きしめた。

一体何が起きたのか。その疑問を解いたのは椛ではなく

文「みなさん! 大変ですっ!!」

文「妖怪の山の天狗が! 椛を取り返しに来ました!!」

―――下駄の歯が折れるほどの速度で駆け込んできた射命丸だった。

556ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/06(木) 15:30:34 ID:hQcRw0Tw
勇儀「思ったより早いね」

男「迎え撃とう! 椛を渡すわけにはいかない」

結界が吹き飛んでいてよかった。もしなかったら防戦一方だったから。

鴉天狗は油断ならない相手だけれど、それでも椛を渡すわけにはいかない。

約束を反故にしたりはできない。

男「はたてさん。みとりさん。椛をよろしく頼みます」

はたて「もちろんっ」

みとり「………ん」

椛を二人に任せる。鴉天狗を近づかせないことが先決だけどその速度についていけるものは限られている。はたてはもちろんのこと、制限をかけれるみとりなら対処も可能と考えた。

あちらの戦力がどれほどのものかわからない。だけど椛を取り返すために量を送り込んできたりは………いや、プライドの高い天狗の事だ。大軍で来てもおかしくはない。

それに俺たちが妖怪の山に喧嘩を吹っかけたのはこれで二度目なんだ。

557ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/06(木) 15:37:21 ID:hQcRw0Tw
男「子供と妖怪を旅館に連れて行ってください。そっちは、えっと」

パチェ「私が行くわ。防衛戦は私の本領よ」

レミ「それと美鈴と狼男も連れていきなさい。オフェンスには私とフランが回る」

レミ「あの子ももうそろそろ遊ばせてあげないと発狂しちゃうでしょうからちょうどいいわ」

レミリアとフランドール。紅魔館が誇る最強の戦力。その二人が迎撃に周ってくれるというのなら不安はない。

勇儀「私はここを守るよ。抜かれたときが心配だ」

レミ「精々突っ立っておきなさい。きっと楽ができるわ」

売り言葉に買い言葉。しかし両者はにやりと笑って互いに拳をぶつけ合った。

パル「勇儀がそうするなら私もここに残るわ。橋姫だって防戦は得意なのよ」

けたりと笑うその手にはいつの間にか五寸釘が握られていた。準備は万端のようだ。

男「じゃあ俺は」

ナズ「君は私と一緒に旅館に行くぞ。死なれては困る」

男「……そっか、そうだよな」

たかが俺一人がいたところで足手まといになるだけだ。大人しくナズーリンを一緒に行った方が良い。

558ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/06(木) 15:53:01 ID:QyS03yrY
ナズ「聖、貴方はどうする?」

白蓮「そうです―――ねっ!」

「ぐぷぁっ」

男「!」

飛び込んできた白狼天狗を白蓮は見向きもせず裏拳で殴り飛ばした。

拳をもろに受けた哀れな天狗は建物からはじき出され受け身もとれぬまま地面を数度跳ねた。

ピクリとも動かない。さすが白蓮さん。

白蓮「もう時間が無いようですから―――いざ、南無三」

アクティブだ。

白蓮さんはにこりと笑って真っ先に駆けだした。人間の脚力ではない速度でぐんぐんとその姿は小さくなっていく。

とたんに天狗達のものと思われる悲鳴が数度木霊した。

559ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/06(木) 15:57:33 ID:QyS03yrY
レミ「あっ、ずるいわ! 私も行く!!」

ウィル「お母様。私も行く。私だって戦える。私は、無力じゃない」

戦いに赴こうとするレミリアにウィルヘルミナも同行しようとした。そんな娘の提案をレミリアは優しい慈母的な笑みを浮かべて

レミ「そうね。貴方も戦えるわよね。それじゃあ一緒に楽しみましょう」

ウィルに手を差し出した。

ウィル「楽しむっ」

ウィルはその手をぎゅっと掴んで親子仲良く戦地に赴いて行った。

流石吸血鬼。闘争の種族。

傷つき倒れると思っていないのだろうか。それともそれを含めて楽しみと言っているのか。

分からないが何気ない足取りで歩む二人の価値観はおそらく俺には一生かけてもわからないのだろう。

勇儀「早く行きな。椛だけじゃなくて子供達も危ない」

男「地底のほかの妖怪はどうすればいい?」

勇儀「たかだか鴉天狗にやられるような柔な奴はいないよ。放っておきな」

と言うが、皆が勇儀ほど強い訳ではない。もちろん勇儀の方が地底の妖怪と親交が深いのは確かだが。

560ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/06(木) 16:03:16 ID:QyS03yrY
男「………」

ナズ「また変なこと考えてるんじゃないだろうね」

男「…変な事って?」

ナズ「例えば………地底の妖怪を率いてレミリアたちに加勢しにいくとか」

図星だった。

レミリア配下の妖怪は咲夜たちがいるから統率がとれる。

しかし地底の妖怪には纏めるものがいない。なら何とか協力してもらってと考えてはいたが。

ナズ「はぁ………バカはそうたやすく治らないようだね」

ナズ「白蓮がいないから言うけど。他の奴が死のうが構いはしないと思いたまえ。君がいなければ困る」

男「そんなこと、思えないよ」

できるだけ人間も妖怪も助けたい。甘い考えとは分かっているけど。

ナズ「だろうね。君がそういう奴だと私は知っているだから無理やりでも連れて行くよ」

ナズ「君は子供達を守らないといけない」

男「………そうだな。その通りだ」

正義感に燃えるばかりが正しさじゃない。今俺は俺ができる最善のことをすべきだ。

561ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/06(木) 16:09:22 ID:QyS03yrY
勇儀が言うように地底の妖怪が強者ばかりと信じよう。

俺は俺の責任を取らなければいけないんだ。

ナズ「まずは子供達を旅館まで連れて行くよ。あと妖精と命蓮寺の妖怪たちも」

男「よし、すぐに」

「人手が必要だろう」

男「あぁ、たすか―――誰だ」

いきなり現れたのは真っ白な全身を覆う装甲を纏った人型。ただその声は

男「白衣男…でいいんだよな」

白衣男「その通り。白衣男改め、白衣男アーマードフォームとでも呼んでもらおうか!」

格好を付けてポーズを決めているが、今緊急事態だぞ?

白衣男「例え明日筋肉痛に苛まれようと! 今大切な誰かを守れるのであれば!!」

文「きゃーっ! 白衣男さんかっこいいです!」

………かっこいいか?

男「まぁ、手は多い方が助かる。手伝ってくれるか」

白衣男「文と俺と装甲娘で戦えそうにない妖怪を連れていく。お前は子供達を守ってやれ」

562ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/06(木) 16:17:43 ID:QyS03yrY
男「おうっ」

ナズ「待ってくれ。戦力的にこちらが弱すぎる。子供達を守るのであれば」

白衣男「なに、そちらも解決済みだ。そっちの寅丸 星と二ッ岩 マミゾウ、こっちの黒谷 ヤマメに声をかけている」

ナズ「病気持ちは勘弁してほしいね」

白衣男「そういうな。緊急時はあいつの明るさが役に立つ。そしてそう言われると予想したヤマメから伝言を預かっている」

白衣男「『病気の媒介者に言われたくないね』だそうだ」

ナズ「……ムカつくね。まぁいい議論している時間ももうない。急ぐよ」

勇儀「ここは任せな。鬼の四天王が星熊 勇儀の名に懸けてここは守り抜いて見せるさ」

パル「私がいることも忘れないでよね。そりゃあ勇儀ほど強くはないけど………ほんと妬ましいわ、その強さ」

男「ここは任せた!」

白衣男「行くぞ!」

後を任せるには十分。

攻め手も守り手も十分すぎるほど。いくら天狗であろうとも守りきれないわけじゃない。

なのになぜだろう。

不安がぬぐえないのは。

563以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/10(月) 17:51:22 ID:bULsURSk
今度こそ守り切れるのか、楽しみ

564以下、名無しが深夜にお送りします:2019/10/21(月) 18:11:37 ID:QptDoFzY
待ってるの

565以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/12(日) 14:49:40 ID:PhrLSzUg
待機

566以下、名無しが深夜にお送りします:2020/06/07(日) 20:55:17 ID:uR77.dBs
私も待ち続けよう

567以下、名無しが深夜にお送りします:2021/03/16(火) 11:51:15 ID:iRTOsK56
もう…

568以下、名無しが深夜にお送りします:2021/07/15(木) 22:05:30 ID:MVH8uynY
俺は信じて待つぜ

569ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2021/07/17(土) 19:00:13 ID:6RMQK6Sw
数年も放置してしまい申し訳ありません
8月の盆には復帰できると思います。

長い間放置してしまい、言い訳もできず、勝手ではありますがもう一度見ていただけると幸いです

570以下、名無しが深夜にお送りします:2021/07/20(火) 16:34:39 ID:Mpy8HZA2
うおおおおおおおおおお!!!!!!!!
帰ってきてくれましたね旦那ッ!!!
見るに決まってるじゃないですか!!!

571以下、名無しが深夜にお送りします:2021/07/21(水) 05:42:20 ID:T6VtBnf2
待ってた甲斐があった…

572以下、名無しが深夜にお送りします:2021/07/21(水) 18:09:42 ID:4oTjhBWw
まじかよ
定期的に覗いててよかった…

573ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2021/08/13(金) 17:07:01 ID:s01NNbY2
〜俯瞰視点〜

たかが鴉天狗と勇儀は言ったが、それは鬼だから言えることである。

普通の人間や妖怪にとっては鴉天狗ただ一人だけでも恐れるべき相手だ。ゆえに古来より鴉天狗は恐れられてきた。

結界とルールができて久しいが、それ以前もそれ以降も天狗の本質は何一つ変わっていない。一たび飛べば瞬きの間に一里を駆け、戯れに竜巻を起こし、逃げ惑う弱者を見て高笑いすらしてみせる。

まさに生まれ持っての強者。それが集団で襲い掛かってくるのだ。弱いわけがない。

個としての最強が鬼であれば、集団としての最強が天狗。規則と規律と自尊心を持って、意に反するものを蹂躙する暴虐の黒色。

いくら強者が揃う地底であっても、たかが鴉天狗などと言うことはできないのだ。

そう、言うことはできないのだ。

「ぐはッ」

「なんだ、偉そうに宣戦布告するからさぞかし強いのかと思えばこんなものか」

言えない、はずなのだ。

574ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2021/08/13(金) 18:24:38 ID:s01NNbY2
時を少し戻す。

鴉天狗達はここにいるはずのない、小さく幼い体躯を見て戸惑っていた。

幻想郷に新しく現れた紅き幼い紅魔館の主。伏魔殿の奥に潜み、夜を闊歩する王。レミリア・スカーレットだ。爛々と輝く瞳を鴉天狗に向け彼女はさぞ嬉しそうに唇を歪めている。まるでケーキを前にした子供のように。

彼女が紅魔館を捨て、人間達と敵対した事は情報通である天狗はもちろん知っていた。しかしそれはあくまで人間に対してのアクションだ。

決して地底の者を守るためではなかったはずだった。

更に言えば自我主義を極めた彼女が地底を守るようなヒロイズムをみせるはずがなかった。

想定外、予想外。どう思考を張り巡らせても彼女がここにいる理由に思い至らず、どうすればいいのか天狗達は考えあぐねていた。

レミリア「洞窟にぞろぞろとひぃふぅみぃよぉ、あぁとにかくたくさん現れて。まるで蝙蝠のようだわ」

その言葉に鴉天狗達はいきり立った。我々は鴉天狗であり、蝙蝠などという薄汚い存在ではない。

レミリアのその一言は思案に耽った鴉天狗達を容易く今に引き戻す。レミリア・スカーレットがいたとしても大した問題ではない。

そもそも我らは鬼を相手しに来たのだ。たかが500年しか生きていない小娘に何を恐れることがあるか。新参者に我らが臆する理由はない。と鴉天狗は目の前の障害を排除するべく各々武器を構えた。

「夜にしか飛べぬちっぽけな童風情が我らを虚仮にしおって! 前から礼儀を知らぬ木端が偉そうにふんぞり返りおって、気に食わなんだ!」

先頭の鴉天狗が右手に持った葉団扇を振るおうと腕を引いた。見た目はただの団扇でも鴉天狗が持てば大砲や爆弾と同義。木々をなぎ倒し、岩肌を削る嵐がレミリアを襲うであろう。

いくらレミリアが吸血鬼であろうと当たればただでは済まない。

「這いつくばって我らに許しを乞うが良い!」

575ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2021/08/14(土) 22:10:37 ID:h8lyBTUU
レミリア「私を見下すなよ。凡妖が」

一瞬だった。

さっきまで愉快そうに笑っていたレミリアが、眉間に皴を寄せた瞬間、彼女は先頭の鴉天狗の頭上にいた。そしてその動きは急上昇したものではない。

急降下したものだった。

彼女の幼い右手が天狗の頭を掴み固い地面へと叩き付ける。衝撃によって辺りに土煙がごうごうと巻きあがり、その中からけほけほと咳をしながらレミリアが何事もなかったかのように現れた。

レミリア「なんだ、偉そうに戦線布告するからさぞかし強いのかと思えばこんなものか」

レミリア「まったく拍子抜けだよ」

最速たるはずの鴉天狗すら反応できない攻撃。見下していたはずの吸血鬼が頭上から降ってくるとはだれも予想していなかった。誤解を生まないように説明しておくが天狗は最速を名乗るだけあってスピードは他の追随を許さない。

しかしそれは大空での話。翼を広げ羽ばたけるだけの十分な自由を確保しての話である。

対してレミリアの素早さは体全体の動きをもってして生まれるものである。体中のバネを使い、地であれ空であれ矢のように跳ねることができるレミリアはこの場においては天狗以上の機動力を持っていた。

飛び上がり、天井を蹴っての急降下。その攻撃を場所が悪く群れで現れた天狗達は避けることができない。油断の隙を突いたとはいえ、この場においてどちらが有利かは揺るがない。

レミリア「ま、弱いから数に頼るんだな」

レミリア「お前らと違って私はただ一人。王者は常に一人なのよ!」

レミリアが次の獲物を狙って飛び上がる。

そこからは殺戮だった。

576ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2021/08/14(土) 22:32:36 ID:h8lyBTUU
レミリアが天狗から天狗に飛びかかり、その首の骨をへし折る。

暴れまわるレミリアに襲い掛かろうにも狙いをつけるのも難しく、常に他の天狗の傍であったため、攻撃虚しく同士討ちを引き起こしてしまうだけだった。

皮肉なことに天狗のもつ群としての長所が仇となっていた。

「あぁあああぁああっ!!」

強者としてのプライドがへし折れる。天狗達にとっては体の傷よりもそっちの方がよっぽど堪えた。たった一人の小娘に弄ばれたと知れれば他の天狗から受ける仕打ちは想像に難くない。

天狗の社会はあまりにもシンプルで残酷だ。転がり落ちてしまえば待ち受けるのは悲惨な運命のみ。一部の者を除いて強者によるピラミッドが彼らを縛り付けていた。

ならばどうするか。帰れば生き地獄。撤退はない。されどプライドももう無い。

レミリア「おぉぅ!?」

それが良かった。

不退転を決めれば話はシンプルになる。生き延びて生き地獄で泣くぐらいなら、地獄で散ってやる。その決意は翼よりも武器よりも強力だった。

飛びついてきたレミリアの体を天狗が強く抱きしめる。恋愛においての抱擁とは違う、噛みつくような抱擁。

全身全霊を込めた束縛であってもレミリアなら振りほどけなくはない。しかし決して容易くというわけではない。

つまり隙ができる。

命を犠牲にすれば彼女に食らいつくことができる。

群としての脅威が今開花した。

577ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2021/08/14(土) 22:46:41 ID:h8lyBTUU
初めてレミリアが墜落した。

鋭い風の刃をその身に受け、血を流しながら、真っ逆さまに地面へと落ちていく。

全身の切り傷から血が流れる。血液を奪って生きる自分から血液を失うのはいつぶりだっただろうか。思い返してみるがすぐには思いつかなかった。全身から流れる血液がレミリアから思考力を奪っていたからだ。

傷は深くないとはいえ、受けた傷の数が多い。深手ではないので幸い命に別状はないだろう。

だから追撃をされても反撃はできる。傷はすぐふさがるだろうし、好みではないが天狗から吸血擦れば回復も容易い。

レミリア(だけど、あぁ、そうよね。調子にのるのが私の悪い癖だったと、知っていたのに、やってしまったわ)

視界の端を駆けていく黒い羽根。

天狗達にとってレミリアを倒す事は絶対条件ではない。自分たちの落とし前さえつけることができれば天狗達の目標は果たされる。

そうなれば死んでいった者たちも無駄死にではない。死して蔑まれることもないだろう。

レミリアを無視して奥へと飛んでいくその数は数えるのが困難なほどであり、舞い散る羽根が黒い豪雨のように降り注ぐ。

レミリア(―――油断さえ、していなければ)

レミリアの体が地面へ叩き付けられた。

578以下、名無しが深夜にお送りします:2021/11/20(土) 18:40:59 ID:R80ZvxYU
支援!

579以下、名無しが深夜にお送りします:2022/01/13(木) 01:49:57 ID:6rr1CjaA
俺も支援

580以下、名無しが深夜にお送りします:2022/01/22(土) 18:27:36 ID:hHbj5dgo
支援

581以下、名無しが深夜にお送りします:2022/02/17(木) 02:01:27 ID:OF52AJWM
支援

582以下、名無しが深夜にお送りします:2022/03/01(火) 04:16:24 ID:J.banIVQ
SS避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/

583以下、名無しが深夜にお送りします:2022/04/20(水) 19:50:35 ID:APeis62M
しえん

584以下、名無しが深夜にお送りします:2023/01/21(土) 18:54:56 ID:5efjN6mI
やあ

585以下、名無しが深夜にお送りします:2023/03/09(木) 06:40:02 ID:GC7cuJ3I
にちわ

586以下、名無しが深夜にお送りします:2023/04/12(水) 02:08:18 ID:oBBjNQ16
小さい頃に追いかけてたssの続きを見付けて感動した

587以下、名無しが深夜にお送りします:2024/01/08(月) 12:27:01 ID:bQV5D4ho
大人になっちまったよ

588以下、名無しが深夜にお送りします:2024/02/21(水) 20:13:01 ID:jRXAF6D2
そう言えばあのSS更新きたかな、がそろそろ一年たつ

589以下、名無しが深夜にお送りします:2024/03/19(火) 00:07:56 ID:Bgxmikmc
なっつかし
俺このシリーズに影響されてSS書くようになったんだよ
戻ってきてくれたら嬉しいな


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