レス数が1スレッドの最大レス数(1000件)を超えています。残念ながら投稿することができません。
売買春の是非について語れ!
-
なにわともあれ、売買春の是非について語れ。
この場合の是非は「非合法だからダメ」というオチはなしで。
「非合法」をタテに取るなら「なぜ非合法である必然があるのか」を語れ。
「合法」を目指すなら「合法である必然」を語れ。
・倫理/道義上の問題とするなら、宗教観を明らかに
・売り買いOKとするなら、その根拠を明らかに
・禁止/許可いずれも、その「必然と根拠」を明確に
-
そういえば、島田伸介がテレビで言ってたけど、
高校時代に先輩のデート話を聞いたとき、
その先輩は家からコンドームをつけて行ったせいで、
トイレのときに困ったと言うとったと。
で、こいつはアホやということになったと。
…(ノ.ー)
まあ、現物を見て用途を想像したというのなら、
ありえない話でもないかねぇ?
実践的性教育。考えさせられますなぁ。
p.s.
俺が高校時代には、保険の授業で
一応は避妊法を具体的に教わった覚えがあるな。
ただ、すべて文章による記載だったので、
完全とは言い難かったが…
-
>>26
たぶん、この話でもっとも大きな障害になるのはイカフライ女史のご指摘にあるように「偏見」でしょうね。
「偏見」と「性教育」というのは、ループするテーマになっているのだと思われます。
偏見があるから性教育が進まない。性教育が十分でないので偏見が助長される。
現在の性教育は、「生理的機能の説明」くらいに終始していますが、本来ならもう少し踏み込むべきなのではないか、と思うわけですね。
ただ、これは検討する余地のある問題でもあるかもしれません。「誰が教えるのか」という問題がどうしても出てきますので。
元々「性教育」というジャンルについては、公共事業または「教育指導要綱」に則ってやるものじゃなかったわけですよね。明治〜昭和の「小学校」や「旧制中学」で、教師が授業としてそういうことを教えたという話はおよそ聞きませんし、江戸期の寺子屋/手習いでも教えるのは「読み書き計算」ですから性教育には踏み込まない。百歩譲って「私塾」などでもやっぱりそういうことは「学校側」は教えません。
では、誰がそれを教えていたのかと言いますと、「先輩が後輩を」や、「お節介な叔父さんが甥っ子を連れて岡場所へ」だったり、「お節介なご新造さんが男の子を筆卸し」だったりしていくわけですね。学校の授業とは異なる場所で、「年長者が年少者に教える」という段階があった、と。
で、そうやって「学校外」教えられていくものだから、学校がカリキュラムに入れる必要がなかったわけです。
この流れは、昭和の「赤線」あたりまでは続いていたものと思われますね。
日本には(特に太平洋側の南側全域)、「若衆宿」という習俗がありました。これは南方(環太平洋〜アジア)に広く見られた習俗で、年頃の男の子は家を出て同世代+前後の年齢の若者同士で共同生活を営む、というものです。いわば一種の「寄宿舎」ですね。
子供時代は親元で暮らし、そこそこの年になってくると親元を離れて(といっても同じ村の中ですが)この「若衆宿」の一員になる。
それによって、ムラでの振る舞い方や大人になるまでの間に覚えるべきことを、「先輩」から教わりつつ「共同社会の一員」としての振る舞い方を身につけていく。
この若衆宿時代に、性教育に相当することも行われてきた。つまり、先輩が後輩に手本を示し、さらに一緒に夜這いに行ってみたり、一緒に岡場所に行ってみたりする。
行った先が民家の場合は、させてくれる(^^;)のはたいがいそこんちの奥さんだったりしたそうですが、娘さんの場合は後で祝言になったりならなかったり……
ともあれ、日本において性教育が「お上の専売」になっていないのは、「若衆宿的な習俗の中で、そのようにして身につけていくもの」という慣習があったからなのでは、と思われます。
ところが赤線を廃止したあたりで、「民間で性教育をする場」がなくなってしまうわけです。
もちろん、学校は元々そんなことは教えてないわけですから(何しろ学校は聖なる学舎ですから(笑))、性教育を実践的に教える場所が、赤線廃止と同時に一気になくなってしまった。
そうなると、そうした知識を取得する機会というのは、「友達に聞いて」「本で見て」「ビデオで」という偏った耳学問に制限されてきます。
このこと(実践を伴った事前訓練の機会がない)は、私はどちらかと言えば「本番で不幸になる」と思っています。
というのは、耳学問の予備情報というのは、実践を伴わないだけに「コミュニケーションをどう取るか?」という非常に重要な部分が欠落しています。それこそ、濡らさないでいきなり入れたら裂傷を負う、てなことは、知識が偏っていたらわからんわけで、「そこは気持ちよくさせないと濡れてこない」「気持ちよくさせるためにはどうしたらいいか」みたいな実践的訓練も必要になってくる。そうした訓練は、コミュニケーションが取れなければ成立し得ないわけでして……
私が性教育の必要性を強く感じるのは、「女の子のあしらい方」を、男はどこかで学ばないといけないんでないかい、という危機感によります。
本来は学校外でやっておくべきことなんでしょうけどね(^^;)
この「女の子のあしらい方」を知らないまま大人になってしまうのは、男の側と「あしらい方を知らない男に、乱暴に扱われる女の側」との間に、暗くて深い溝を作ることになってしまうんではないかなぁ、と。
思い通りにならないから、言うことを聞かせるために無理矢理……という男が、次々に性犯罪に走るのだとすれば、やはり「初期の性教育」の必要性を、さらに強く感じます。
-
「偏見」というのは、「偏った見方」ということですが、(そのまんまですが(^^;))
元々「学校教育では性教育など全然考えていなかった」ということで、それはそれで構わないと思うんです。
学校以外の場所でそういうものを教わる機会/余地が残されているなら。
ところが、学校以外での機会/余地を、「学ぶ」ということとはまったく別の理由でなくしてしまいました<赤線廃止のこと
その結果として、「需要はあるのに供給がない」「必要に対して提供できない」という偏った状態が生み出されてしまっている、と。
かつての赤線の廃止理由は売春防止法によるものですが、売春防止法の成立の背景には、以前にも出た「星の流れに」(映画:こんな女に誰がした)のブレイクもあったと思われます。
「可哀相だ」「売春をさせるな」というムーブメントが後押しになっていたのは間違いないでしょうね。
そういう当の世代の人たちは、自分たちはきちんとすることしていて(笑)、廃止の後の世代の人たちは「よく知らない」ままに力を持て余し、学生運動になったり少年凶悪犯罪になっていったりするわけですが……(^^;)
ま、それは別の話題としておくとして。
映画「こんな女に誰がした」は、歌曲「星の流れに」をベースにしていることは有名です。
「星の流れに」そのものは、新聞投書に共感した清水みのるが書いた「創作」なんですけど、この創作が発火点となって「禁・売春」への道筋がまっしぐらに進んだわけで。
そうしてできあがった「偏見」に再修正を加える発火点も、「創作」+「ムーブメントの後押し」がないと難しいでしょうね。
何しろ我々日本人は「ムード」に弱いですから(^^;)
-
ワタクシ、ものすごく重要なことを忘れていました。
これは、このスレを見ていないであろう武蔵氏に本来確認すべきコトだったかも。
売春とは違うんだけど、イスラム圏って「一夫多妻」容認してるよね?
妻の貞操&「人目に触れるところでの露出」を極端に戒める一方で、一人の夫が複数の妻を娶ることはOKだったりするよね?イスラム圏って。
マホメットの奥さんは12人いたよね?
「結婚してない相手とはやっちゃダメ」主義の場合、「重婚」にはどういう判断が下るんでしょうね。
-
>>28-29
実践的性教育、ですかあ。
ただ、遊郭や赤線で男性が性を覚えていた時代というのは、女性はあくまで結婚の初夜まで未経験で、結果、男性がリ−ドする、せざるを得ない、という環境だったわけですから。
現在の状況で実践的性教育をというと、現行の風俗のサ−ビスではなく、新しいプログラムは必要でしょうね。
と言いますのは、今、そういう話があるかどうか知りませんが、私が結婚した頃までは、風俗しか経験の無い男性が、婚約者に対してソ−プ嬢のサ−ビスを要求した、それによって女性がショックを受けた、という話はきいた事あります。
今、たいていのカップルは結婚までいく時点でお互いの性の相性も他のこと(価値観や家庭環境など)同様確認しあっているし、特に適齢期になって知り合った場合、未経験という事は少ないんですが。
なかには、男女とも恋愛経験が無く結婚までいってしまうケ−スってあります。お見合いなんかのカップルにはあり得る可能性ですね。
こういう場合、男は素人童貞、女性も非常に経験が少ないという組み合わせが多いわけですから。
やはり時代に合ったやりかたが必要ですよね。
-
実践的性教育ですが、私としましては
1)本来は学校以外の場所で実践的性教育がなされる機会があって然るべき
2)でもそれはなかなか難しいので(地域社会が子供を共有しなくなったから)、子供を一括共有(管理)している学校がそれを担うべき
3)実際にはそれも行われておらず、各自の性意識の発芽発育は放任されているので、偏った性知識のまま成人した人間も少なからずいる
4)偏った性知識のまま成人になることを回避するには?
ということで、「学校で実践的性教育」というのは、ベストな策ではないと思っています。
「地域社会で子供を共有管理」というのは、逆に学校で性教育をさせるよりさらに難しいと思いますけどね(^^;)
席を譲らない女子高生を叱っただけで、叱った側が逮捕されちゃう世の中だからなぁ……
たいていのカップルが結婚前に経験があるおかげで、女性の「処女性」みたいなものの聖性は下がってきたのかもしれません。
売春つか風俗の利用経験の有無というのの中にも、「ソープに行っても横たわってマグロになってるだけ」で、女性のあしらい方を覚える機会がなかった男性もいれば、「マグロのようなソープ嬢に幻滅して、勃たなくなった」てな男性もいたりはするわけで……
まあ、それぞれですので「風俗経験アリ=女のあしらい方ばっちり」とは言えませんなぁ。
ともあれ、「結婚」が「sexのスタート」だった時代に比べると、「sexは結婚前にやっておくもの」になっている今、生殖のためのsex、婚姻契約としてのsex、娯楽としてのsexはそれぞれかつてと異なる意味を持っているのは確かです。
結婚とsexが同時にスタートしない(^^;)昨今、【通過儀礼としてのsexと、その直前まで】をどう位置づけるかは、再考する必要はあるのかもしれませんなぁ。
-
>>18 ヤスツさん
>B)「(A)の前に、社会保障が完備されているなら良い。ただし、経済的窮乏からの脱出のためにこの職業を選ぶことは禁止」……うろちい氏
あらあ。
これちがいますよ(「占領軍の性犯罪に被占領国はどう対処しましょうか」スレを丁寧に読んでもらえばモロに逆のことが書いてあることに気づくと思いますが)。
うろちい論は「経済的窮乏からの脱出のためにこの職業を選ぶことは禁止」を「しない」ですよ。
死なない程度の生活保障は社会の責務で、それを果たせない社会は「経済的窮乏からの脱出のための売春」は禁止できる立場にないわけです。
売春が「飢え死にしても決してしてはいけない罪」なら話は別ですが、僕は少なくともそういう立場ではありません。
-
>>33
やや、これは大変申し訳ありません。私の読み違えだったようですので、訂正させていただきます。
-----------------------------------
売春の是非を巡る立場について。
●肯定派
A)「本人の意思の上でならば良い(本人の自発意志を尊重すべき)」……スライムベス氏
B)「社会保障が完備されていない社会で、経済的窮乏からの脱出のためなら売春は許可する」……うろちい氏
C)「基本的に(A)に同意。本人の意思の上でならば良い(強制はイクナイ(・A・)!!)。経済的困窮からの脱出の手段としても、自発意志ならば良い。ただし、未成年は自発意志に制限を受けるべき(議論が必要)」……ヤスツ
▼否定派
ア)「経済的困窮を理由にこの職業を選ぶことは自発意志とは言えない。売春は経済的困窮を名目にした尊厳の奪取であるので、職業としては認められない」……武蔵氏
とりあえず、今のところはこんなところ。
-
まあ、現実のソープ嬢なんか見てみると、無理矢理やらされてるって感じはないですね。
彼女たち、実際は一つのところに留まっているわけじゃあないんです。
吉原、金津園、ススキノ、福原、雄琴、地方の温泉街・・・・なんて具合に、各地を転々としている。
割のいいところがあれば、すぐに転職するんですな、これが。
武蔵氏あたりは、ここら辺がかなり疎く、印象でものを語っているようですが。
実際は、かなり娼婦達は自由な環境だと思いますね、個人的には。
-
興味深い記事があったので。
http://www.zakzak.co.jp/top/t-2003_12/1t2003121016.html
“バイブ店”女社長、品川区主催会議出席巡り大波紋
「フォーラム」出席者に選出…で区民グループ猛反対
抗議活動に困惑する北原さん
東京都品川区で12日、同区主催で開かれる『男女平等推進フォーラム』の発言者に、過激な言動で知られるセックスグッズ店の女性代表が選ばれ、波紋を広げている。一部のグループが同区に「ふさわしくない」などと質問書を提出、抗議ビラを配布するなど中止運動を展開しているのだ。これに、女性代表は「性に関する自由な発言に正面から『間違っている』と批判されるのは…」と困惑するばかり。一体、何が起きているのか。
矢面に立たされたのはセックスグッズ店『ラブピースクラブ』代表の北原みのりさん(33)。
同フォーラムは男女共同参画社会を目指し、同区が毎年1回開催。3人のパネリストには、北原さんのほか、性同一障害を公表した上川あや世田谷区議も名を連ねる。
同区の男女共同参画センターは「北原さんは女性問題に積極的に取り組まれた方。女性の視点からの発言を期待し、お呼びした。グッズ店代表だから招いたわけではない」と説明し、予定通り開催する意向だ。
北原さんが扱うバイブなどのグッズ
そもそも、北原氏とはどんな人物なのか。
横浜市出身で、津田塾大学国際関係学科に入学。卒論に「性教育」を選び、平成5年には、日本女子大大学院に入り、教育心理学を専攻した。
「女性の側からの性」を研究し、7年の中退後、「女性向けエロ本を編集する小さな出版社に入った」という。仕事をするうち、「女性向けのエロって何だろう」と考え始め、「女性向けバイブを作ってみよう」と指に付ける小型バイブ『Pラビア』を開発。9年にセックスグッズ店を開き、ネット販売を始めた。
現在、社員は4人ながら、HPへの1日のアクセス数は30万件を超え、年商は約8000万円。SMグッズ、過激な下着など約600品を扱い、「バイブ1万本、ローション5万トン、地球3周する量のコンドームを売った」とおどける。
北原さんにとってバイブは「マッサージ機と同じ」で、「女が自分の身体を知り、楽しみ、リラックスするもの。バイブはチ○コの代替品ではない」と話す。
エッセー本などで、「女性から見たエロ」情報を発信し、「性犯罪なんてチ○ポ切っちゃうくらいの重刑にしてくれ!」「オマ○コはオマ○コを持つ側の言葉で語りたい」(注・原文は○の伏せ字なし)と過激に主張してきた。
こうした活動が区民グループから「性道徳の乱れを助長する人」と批判され、中止を求める質問書が出されたことについて、北原さんは話す。
「女性が自分のセックスや中絶、出産を自由に発言することに目くじら立て『間違っている』といわれるのには驚く。私は自分の考えが正しいとは言っていないし、こういう考えもあるんだと思ってもらえればいい。正義感を背景に批判する態度には脅威を感じる」
一方、区民グループは6、7日、JR大井町駅前で「こんな人物に税金を使うな!」とする抗議ビラ700枚を配布。グループ代表の男性(46)は「質問書は、偏った考えを持つ人を選んだ区に見解を求めたもの。北原氏の個人攻撃ではない」と話す。
質問書には、北原氏について「女性器の模型とバイブを使って寸劇をした」とし、一部では「講演でバイブをくわえた」とも伝えられた。
だが、北原さんは「さすがにバイブはくわえてない。そこまでやる度胸はないです。伝えられた通りの女なら私だって税金で呼ぶのは反対です」と苦笑するばかりだ。
-
>>36
>グループ代表の男性(46)は「質問書は、偏った考えを持つ人を選んだ区に見解を求めたもの。北原氏の個人攻撃ではない」と話す。
………って、偏った考え、って、どっちがだよ、と言いたいのですけれどネエ(ーー;)
こういうポルノ反対の人ってそうなんですが、自分達の感性のみを「正義」としてしまう傾向があるんですよ。
まあ、性はそれぞれの趣味ですから、例えば、チラッとでもポルノちっくなものが視野に入ること自体、我慢できない、という人がいても仕方ないとは思うんです。
でも、それは、あくまでひとつの少数な趣味だ、くらいになぜ思えないのだろうか?
例えば、同性じゃないと欲情しないとか、縄でしばってムチで叩かないと欲情しないとか、熟女じゃないと欲情しない、とか、いろんな趣味が世にはありマスネエ。
かといって、全ての人が同性に欲情せよ、とか、アダルトビデオ女優は35歳以上の熟女のみにせよ、とかいう運動は起さないんですが。
自分が不快だからちょっとのヌ−ドや水着グラビアも目に触れさせるな、てのは、単にワガママだと思うんだが。
見たい人の立場はどうなるの(笑)。
-
「占領軍・・」スレ>>463への追加レスですが、
内容的にふさわしそうなのでこちらのスレに書きます。
>娼館での売春は「ほぼ」誰もがとても嫌がる職業です。
>だとしたら「仕方がない」度もほぼ完全です。
誰もがやりたがらない事をさせられるというのであれば
「生贄」などという表現も妥当ですし、
「負担を公平に分かち合うべきだ」という主張も解ります。
私が認める「誰もがやりたがらない事」とは、たとえば
「何の見返りも無いのに不特定多数とセックスさせられる」
とか
「1か月間タダ働きさせられる」
とかいったことです。
これならまず誰もがやりたがらない。
しかし何れの場合も、給料とか見返りとして引き合うものがあれば
「誰もがやりたがらない事」ではありません。
一例ですが、台湾で公娼制度が廃止になった時、当時の公娼達は
自分達の労働者としての権利を守るために
廃止に対する抗議行動を繰り返しました。
性労働者として働く事を望まない人もいるが、望む人だっているんです。
だから「誰もがやりたがらない事」にはならず、
「仕方無い」度がほぼ完全だというのも誤りです。
なお台湾公娼の抗議運動について詳しく紹介したHPがあったのですが、
今は移動したのか無くなったのか、場所が探せませんでした(´Д`; )
代わりに↓のHPの
「「セックスワークの非犯罪化」というテーマとの遭遇」
というところに抗議運動の感想文(?)が書かれておりましたので紹介します。
http://i-cis.com/syu/hiroba/tuushin/t200301/t200301.html#Anc61
(関連で)
http://www.jca.apc.org/fem/news/events/54.html
-
数日前の朝日新聞に
「タイでも売春合法化の動き」という記事が載っていました。
その記事によると、現地で性労働者を支援しているグループも合法化を
求めているようですね。
インターネット版でも探しましたが記事はみつかりませんでした。(´Д`; )
-
あまり単純化しすぎるのもよくないんですが、それを承知でしてみると……
売春を肯定する人が、売春を容認する理由はいろいろあれど、ある程度共通していることは、
・本人の自由意志なら、他人が無理に止めること(強制的な制止)はできない
・本人が望まないのに、他人(が、本人以外の利益のために)が売春を強制するのは、望ましいとは言えない
・売春に伴うリスク(性病罹患・妊娠・偏見)が改善される努力を、本人及び本人以外(社会)が担う必要がある
かな、と思います。
これに、
・(本人の)経済的窮乏を脱出する手段としての効果
・(利用者の)性的ストレス・不満を解消する(性犯罪発生の遠因を解消する)手段としての効能
・性教育の実践的機会として
などが、それぞれ付け加わります。
対して、売春に同意しない人の主張の骨子としては、
・経済的窮乏が発生している時点で、本人が望まない「強制」が働いており、その脱出手段に性労働を許すことはできない (経済的窮乏の解決手段として、売春は職業に含めさせない。売春は「仕事」として認めない)
・売春は「誰もが望まない職業(忌み仕事)」であり、それに就くことを社会が引き留める努力をしなければならない (売春は忌み仕事である)
・慣習・道義的に、不貞を容認する職業は許されない(一夫一婦制、家族主義の崩壊を恐れる保守的な反対理由)
・女性の性的価値は換金不可能(人間の身体の価値を金に換算することはできない。してはいけない)であり、身体の占有権を売買する売春は、人身売買に抵触する
といったところでしょうか。
「肉体は労働の基本」と言いますが、「身体を動かす肉体労働(力仕事など)」は許されても、「身体の機能を使った肉体労働」は許されないという考えが売春反対論者にあるのかもしれないな、と思いました。
-
>>40
追加として
肯定派
・売春労働従事者への差別・偏見をなくすため
否定派
・合法化しても偏見はなくならない(特定遺伝子継承としての性労働が、婚姻制度と言う形で残っている限り、不可能)
・また、偏見はなくすべきではない。(これについては、発言者の方の理由が、私には理解できなかったのですが、かなりとってつけた理由を述べられてはいました)
まあ、このへんは建前としての意見です。
本音の部分で私が推測した反対理由があります。まあ、あくまで主観と言うことで、反論のある方は、どうぞおよせください。
・売春を合法化して、それを認める(卑しい仕事ではない、という意識が広まる)ことによって、女性の性に対するタブ−や処女性の価値がさがることによって、女性の性体験が豊富になり、結果、男性を見る目がよりシビアになる。
→主に男性側
・専業主婦、または働いていてもあくまで家庭・子供重視(というより、他の価値観がみつけられない)である現在の価値観(子産み性労働の価値)が下がることにたいする抵抗感。
→主に女性、特に、夫以外の男性との経験がない、あっても少数の女性側
・自分の性体験の価値観が揺らぐことに対する抵抗感(特に童貞・処女で結ばれたカップルなど)
あ、肯定派の本音も
・風俗は楽しいから行きたい。
これ、わかりやすいですね(笑)
-
売春の是非は、基本的人権が保証されるか否かで
判断されるものです。
慰安所スレでも述べましたが、貧困層に生存権を
脅かすほどの国による選択圧力(国家権力)及び
その権力作用をスムーズに運用するメカニズム
(権力装置)は、明らかに基準に反し問題なのです。
本人の自由と言えば聞こえが良いでしょうが、自由は
必ず権力を招きよせる以上、その権力作用が人権侵害
に繋がるか否かを慎重に事実を持って見極めねばなり
ません(売春の様な危険性を多大に含むものに対しては
特にです)
-
>>42
で、肯定なんですか? 否定なんですか? 例によって「どちらとも言わない」ですか?
見たところ「自由は権力を招き寄せるから反対」ですね?
あなたは売春が存在しない(もしくは人民の僕足る政府によって管理されている)共産圏に行ってください。
-
>>42
だいたい異論は無いんですが、
「自由は必ず権力を招き寄せる」というのが
よく解りませんでした。
よかったら何か具体例でも挙げてもらえませんか?
-
>>43
Q、『売春は是か非か?』
A、『基本的人権を侵害しない範囲においては是であり
基本的人権を侵害するものは非である』
基本的人権を基準にする以上、これは自明の理です。
-
>>44
権力と言えば、強制が伴うものだと考えられがちですけど
実はそうではなく『強制を伴わない権力』もあります。
権力とは『如何なる方法を用いても意志の貫徹を行う』こと
なのです。
つまり、選択自由を認めても、選択圧力をかけて国の意志
(ここでは慰安婦調達)を貫徹しているのですから、権力が
働いているのです。(問題は権力の存在ではなく、それが『
基本的人権を侵すか否か』なのです)
-
そんなもん、売春に限定しなくても、
印刷技師だろうが、タクシー運転手だろうが、
基本的人権を侵害しない範囲において是であり、
基本的人権を侵害するものは非だろう。
すべての職業において当てはまることジャン。
そういうことではなくて、あまた職業がある中で、
とりわけ売春と言う職業は是非の分かれるところであるから、
皆さん道思うの?ってテーマじゃないの?
つまり、
「売春ダメって言ってる人に質問!
なんでタクシー運転手は職業として良くて、売春婦はダメなの?」
「売春?別に良いジャンって言ってる人に質問!
本当にタクシー運転手と売春婦を職業として同列に扱って良いの?」
って言うことだと思うんだけどな。
-
>>45
じゃあ、「基本的人権を侵害するもの」というのは例えばどのような状態ですか?
武蔵氏の言う、「経済的困窮を理由とし、そこからの脱出のために売春を選ぶのは、本人の自由意志とは言えない」というのはどう思われますか?
基本的人権を害していますか?
また、>>47 D.R.氏の問いにもありますが、他の職業であっても「基本的人権を侵害しない範囲においては是であり、侵害するものは非」と言えると思いますが、だとすると三毛猫ナナ氏のご意見は、「売春は職業として、他の一切の職業と同列に見なす。その保障された権利、資格は、他の職業と同様でなければならない」という前提に立つということでよろしいですか?
これを前提とする場合、売春に「道徳的是非を問う声」や「職業として禁止を求める背景」があることについて、どう思われますか?
-
>>46
すみません、私がお聞きしたかったのは
「なぜ自由が権力を招き寄せるのか」ということです。
自由が必然的に権力を招き寄せる、その仕組みというかメカニズムというか。
あまり本題とは関係無さそうなのでこれ以上回答は求めませんが。
それとは別に>>46で三毛猫ナナさんが述べられていることの中で
「強制に拠らずとも選択圧力をかけ得る」という事は理解できます。
酒税から金利政策まで、そのような選択圧力は多数存在してますから。
ただしこの場合の例(慰安婦調達)では選択圧力を働かせていると
いえるのかどうか疑問です。
国が慰安婦に市場価格の2倍程度の給料を出す、というような例なら
明らかに選択圧力を働かせていることになりますが。
>(問題は権力の存在ではなく、それが『
>基本的人権を侵すか否か』なのです)
これも異議なしですねー。
-
>>38 スライムベスさん
「ほぼ」の内容(定性的な意味)は当該スレッドで僕は言ったではないですか。
「全くいない」と僕が言った記述はどこを探しても無いでしょう。
スライムベスさんがマイナーな人たちが存在することを示しても「それはそうでしょう」と僕は言うしかありません。
僕は「追いつめられなくとも売春したがる人は少数である」以上のことは言うつもりはありません。
例えば、売春婦はウエイトレスと同じく特別な技能や資格を必要としないのに、時給が桁外れに高いにも関わらずウエイトレスを希望する人の方が多いのですから、少なくとも売春婦はウエイトレスよりもなりたい人が少ないんです。
単純な給与だけの比較などではなく、こういう比較をいろいろしたときに、売春婦ほど求められる職能の少なさおよび水準の低さや得られる給与の割になり手が少ない職業もめずらしいでしょう。
「少ない」というのは「多い」の相対的な関係でしかないですけどね。
しかし下記の理由から「少ない」は意味があります。
>性労働者として働く事を望まない人もいるが、望む人だっているんです。
要するに「やりたい人もいるのだから、その人たちにはやらせてあげればいいではないか」ですよね。
僕もそういう人がいるならやらせてあげればいいと思います。
しかし前述の「追いつめられなくとも売春したがる人は少数である」というのが結構大事でして、多くの人が嫌がるということは人間の本性として普遍的な性向であるかもしれないということを留意して慎重にものを考えるべきだと思います。
つまり、現役の売春婦たちの少なくとも一部は何かに追いつめられた結果として売春婦として存在しているのかもしれない、ということです。
売春婦になったひとが売春婦として明るく前向きに生きていたとしても、それを「好きでやっている」ことの証拠にあげるのには慎重になろう、ということです。
これだけ人は性を大事(滅多なことでは売り物にしない)にする生き物なのですから、僕は「性」とはある種の人権だと思います。
誰かが困窮しても「では性を売りなさい」「でなければ死になさい」とは社会は要求しない、そんな社会に世界はなるべきだと僕は思います。
そういう意味での「人権」です。
しかし性を僕は売ることや買うことを禁止すべきではないと考えています。
仮に全ての売春婦が不当に追いつめられて売春をしているとしても、売春を奪ってしまえば、彼女らはさらに悪い選択肢しか残りません。
我々は、この「不当」を一つ一つ取り除く以外のことはできないでしょう(しかし、「禁止」したほうが結果的に追いつめられる人が少なくなる可能性を僕はきちんと否定できないので、「売買春合法」は暫定的立場なのですが)。
「不当」を一つ一つ取り除く作業が終わったときには「追いつめられなくとも売春したがる人」だけが売春をしているでしょう。
そのときに初めて「追いつめられなくとも売春したがる人」がゼロなのか、それとも意外に多いのかが判ることになります。
どっちでもいいですけど。
-
>>50
>例えば、売春婦はウエイトレスと同じく特別な技能や資格を必要としないのに、
>時給が桁外れに高いにも関わらずウエイトレスを希望する人の方が多いのですから、
>少なくとも売春婦はウエイトレスよりもなりたい人が少ないんです。
売春婦とウェイトレスのどちらが高い技能を必要とするかという職能上の優劣は付け得ませんが、売春婦とウェイトレスは、それぞれ異なる技能が必要なのでは?
ウェイトレスは、客の注文を覚え、書きとめ、注文を受けた順に等しく給仕し、一度に複数の料理を運ぶという技能が必要です。
売春婦は、股を開いて寝ればいい、というような単純なものではありません。(そのサービスの提供形態にもよりますが)物理的には「客に射精させるため」の様々な技能が必要ですし、精神的には「より深い満足感」を与えるための、あの手この手のテクニックがあります。
それぞれ、職能というものは、どんな職業にも存在します。
同じ売春婦でも、夜鷹と太夫の値段が違うのは、その職能が異なるからです。
「売春婦は特別な技能が必要ない点ではウェイトレスと同じなのになりたがる人が少ない」という前提はうろちい氏の誤認か認識不足であり、
「売春婦はウェイトレスとは異なる性質の(どちらに優劣というものはありません)技能が必要であり、その技能と労働上のリスク、就労者の絶対数と需要との兼ね合いが、供給量でまさるウェイトレスよりも高い報酬に繋がっている」と認識なさるべきかと思います。
ちなみに、うろちい氏は「売春婦は求められる職能が少ない」と断じておられるようですが、売春を「仕事」として見た場合、「股を開いて寝るだけ」というほど単純な職業ではありません。
(ただ、うろちい氏の売春に対する認識は、風俗(職業としての売春)を利用した経験がないごく一般の生活者を自認する方の認識としては、致し方ないものであるかもしれません)
以上は、「売春という仕事の職能の多寡」に関する認識について、一言を呈したものですが、主題と外れると考えられるようでしたら、返答は不要です。
私としては、「売春を取り上げた結果、強盗など売春以外のより重大な犯罪で生きながらえようとするという選択肢が選ばれる可能性」を懸念しますと、「仕方なく選ぶ職業」であっても売春という仕事の選択肢そのものまでは奪うべきではない、といううろちい氏のお考えに、一応の理解は示したいと思います。
-
>>50うろちいさん
>「ほぼ」の内容(定性的な意味)は当該スレッドで僕は言ったではないですか。
>「全くいない」と僕が言った記述はどこを探しても無いでしょう。
うろちいさんは「全くいない」などと言ってませんし、
もちろん私はその事を踏まえた上で書いています。
私が>>38で「誰もがやりたがらない事ではありません」と書いているのは
「(厳密に言えば)誰もがやりたがらない事ではありません」という意味ではありません。
「ほぼ誰もがやりたがらない事、とは言えない」という意味です。
私が>>38であげた例ならば、
「生贄」という表現や「負担を公平に分かち合うべき」という主張が妥当な程度に
「ほぼ誰もがやりたがらない」
と言えます(おそらく極少数の例外しか存在しないので)。
しかし売春業の場合はそこまで言い切れるほど「ほぼ」誰もが嫌がる事なのだろうか、
ということです。
収入の割に成り手が少ない、という程度の少なさでは
「負担を公平に分かち合わないと仕方無い」とまでは言えないでしょう。
(もっとも「負担を公平に分かち合うべき」というのも「国民全員が同意すれば」
ということでしたので、あまりこの話を続ける意味も無いのですが。)
>要するに「やりたい人もいるのだから、・・
これ以下に書かれていることについて特に異論はありません。
特に、自分の性を商品にしたい人にはする権利、したくない人にはしない権利、
どちらの権利も大切だという基本線は一致しているようですから。
>そのときに初めて「追いつめられなくとも売春したがる人」がゼロなのか、それとも意外に多いのかが判ることになります。
援助交際の現状を見ればだいだい想像がつきますね。
「意外」のボーダーラインは人によって違いがあるでしょうけど^^;
-
>売春を「仕事」として見た場合、「股を開いて寝るだけ」というほど単純な職業ではありません。
「股を開いて寝るだけ」でもそれなりに商売になるでしょう。
それ以上のことをすればそれ以上の商売になるのであって。
職業といっても磨いた技や能力を発揮することに対価が払われている部分もあれば、「する」と決意し実行すること自体に対価が払われる部分もあります。
売春ほど後者の部分が大きい商売といったら自分の臓器を売ることくらいじゃないですか?
前者と後者との比を考えることが、「人々はどれだけある職業をやりたがっていないか」を考えるうえで意味があります。
僕が「職能云々」といっているのはそういう観点から述べています。
異なる現象を分析比較するときは採用する概念次第で分類は異なります。
僕の言っていることと「売春婦はウェイトレスとは異なる性質の(どちらに優劣というものはありません)技能が必要であり」というのは相反する命題じゃありません。
ねじれの関係にある2直線でも特定の方向を持った物差しをあてれば何らかの数値を示すものです。
-
「股を開いて寝るだけでもそれなりに商売になる(開業に技能が不要)」とした上で、就職希望者の多寡を論じたいなら、
ウェイトレスではなくて、物乞いと比較すべきでは?
「座って缶をおいておくだけでもそれなりに商売になる」んだし。
「股を開いて寝るだけ(何もしなくても、身体を提供するだけで)でも商売になる」という評価は、「売春は身体を提供すれば、技術や技能は一切不要な軽労働である」という認識なのでしょうか?
1)売春は、身体を提供するだけで特殊な技術や技能のいらない軽労働である → のに、人が集まらないから報酬が高額だ
2)売春は、身体を提供すると決めた「意志」に対して対価が支払われる軽労働である → のに、人が集まらないから報酬が高額だ
でしょうか?
買春する側は別に「する(自分の身をひさぐ)と決めた、売春婦の決意」に金を払っているわけではないと思うんですが。
極論すれば、「肉体の性能及び売春婦の技能」に対価を支払っているんだと思いますが。
-
>>51
この職能の問題ですけれど。
どんな職業でも、それにあった適性や職能は必要ですよ、ただ、売春というのは、学歴だとか国家資格とかそういったものは要らない。
そういう点では、入るには広き門ではある、ということじゃないでしょうか?
-
ううーん。
そうだとして。それが
「売春は人々がやりたがっていない商売」
の説明になっているかどうか。
「やりたがっていないが、結果的にやりやすい商売になっている」が、「日本の現状では違法である」
「違法だけれども供給に対してロスが少ない商売なので、確実性が高い」
先日、美容師さんと仕事の大変さについてお話しする機会があったのですが、「美容師は飲食店に比べればまだ楽なほう。在庫を抱えても、在庫にロスが生じることはほとんどないから」という話が出ました。
商売というのは「たくさん仕入れれば仕入れが安くなり、需要が供給を上回れば高く売れ、需要が供給を下回れば在庫にロスが出る。仕入れたものが長期に渡って価値が変質しないもの(生鮮食品ではないとか、流行に左右されないとか)であり、貯蔵に費用がかからないなら問題は少ない。短期間で変質する(価値が下がる)ものの場合、在庫ロスが生じる。このロスを減らす、圧縮することが利益増に繋がる」んですよね。
で、売春に当てはめますと。
需要と供給を見ると、まだ需要のほうが多い(男女比が1:1だとすれば、全女性が供給に同意しない限り、需要のほうが多いのは当たり前(^^;))。
供給側は品質として価値がなくならない期間(年齢)がある程度絞られるが、その期間中は在庫ロス(在庫は身体です)は出ない(性病罹患・妊娠事故がないとして)。
在庫ロスが出ないで、稼働した分だけ収益が上がるので、売春は商売としては非常に効率がいい。
効率がよく収益率が高いことから、「(A)高収入獲得手段として恒常的に就労する人」「(B)目標金額に短期間で到達した後は、離職する人」が考えられる。
(A)は常時売り、(B)は量り売りでしょうか(^^;)
援交などは(B)のケースと思いますが、「目標金額(当人が考える自分の値段)」は人によって異なりますので、一概には断言できないところです。
また、臓器売買は、売ってしまうと在庫がなくなるので、繰り返し供給できる売春に比べると収益性は高いとは言えない。
ウェイトレスは、常時募集(需要)があるが、定員が埋まれば募集が終わる(需要が満たされる)ため、供給希望者自身が余剰在庫になってしまう。
売春は
「恒久的にやりたいと思っても、肉体年齢の衰えという供給可能期間の上限があるのでできない」
「恒久的にやりたくないと思っている人は多いが、本人の決めた【目標金額】を稼ぐため、という時限設定で【やってもいい】と考えている供給者は決して少なくない」
と、そのように認識しています。
-
>>56
>「売春は人々がやりたがっていない商売」
少なくとも現状では、やりたがらない人のほうが多い商売ではあることは事実でしょう。
で、その理由がどこから来るのか?ということです。
ひとつは、3K、まず汚い、これは精神的にではなく物理的にも汚いですよ。いくらシャワ−やお風呂に入ると言っても、初対面の赤の他人と非常に緊密に肉体接触するわけですし、なかには体臭や口臭がキツイとか、不潔な人とかもいるでしょう。
あと危険、もありますね。昔池袋でホテトル嬢が客を刺した事件がありましたが、これはプレイを録画していたビデオによって彼女の正当防衛が証明されたと記憶しているのですが。
身元のわからない男性と密室に入るわけですから。
また、風俗業はヤクザ屋さんが経営している場合も多いですよね。そうなると、従事者の権利がどの程度守られるのか?
合法化すべし、という私の意見には、安心して働ける職場にしよう、というのが、このあたりからもあるのですが。
あと、キツイ。これが一番微妙なんです。
「キツイ」というのは、肉体的なきつさと精神的なきつさがあります。
売春は、人体の中でも脆弱な器官を使用する職業ですから、肉体的なきつさは確かにあるでしょう。しかし、それをいうのならば、キ−パンチャ−の腱鞘炎や、眼精疲労、また、書店員の椎間板ヘルニアなど、肉体機能の酷使による職業病と言うのは存在します。
だから良い、というのではなく、それを改善する(例えば、客は一日何人まで、とか)方策は取れる、というより、そういう方策を作る事によって従事者の負担を減らすことこそ必要でしょう。
で、最後に残る精神的なキツサです。
どんな仕事でも多かれ少なかれ精神的なきつさはつきものです。お金貰うのに、楽な事なんてない。
ただし、売春のきつさは、それとは異なるものは確かにあるのです。
それは、世間的な評価が得られない、それによって本人自身も、精神的な負担を負う。
「世間体」って言葉、ありますよね、そんなもん気にするな、というのは、逆に人間がいかにそれをきにせずにはいられないか、という証明です。
私達は、職業に貴賎は無い、と習います。例えば、道路工事をしている人を指差して
「勉強しないとあんな風になっちゃうのよ」
という母親は非難されます。けれど、
「売春婦になっちゃダメ」
という母親は非難されないのです。
私が「偏見」と呼ぶのはそこです。
性を売ってはいけない、よくそう言いますね。
でも、実は女はずっと性を売ってきたんです、「結婚」という形で。
そういうと、結婚と売春をいっしょにするな、という反論は当然でしょう。
結婚はセックスだけではない、確かにそうでしょう、けれど、主婦労働、ってつきつめれば「遺伝子の再生産」なんですよ。
それ以外の事は、いくらでも代われる。例えば両親と息子3人の家庭があるとします。殆どの場合、母親が主婦をしてはいますね。
けれど、両親と長男、三男が外で働いて、次男が家事を請け負い、彼の生活費を他の家族で負担する事は充分可能です。
掃除も洗濯も料理も、もっというと、育児も介護も「主婦」でなくたって出来るんです。
実際、女性の社会進出が進むと、結婚率が下がって少子化になる。
これって、結婚以外にも、選択肢が増える、ってことではないですかねえ。
結婚は愛する人とするもの、っていうのも、私達は当然の様に考えていますが。
これも実は、歴史的、世界的にみると非常に狭い範囲の価値観ですよね。
実際、半分は愛、半分は生活、という理由で結婚した女性は、今の時代でも、いるのではないかなあ。
-
結婚のことを「永久就職」と呼んだりしてましたもんね。一時期。
売春は、それを専業にするしないに関わらず、やりたがらない人のほうが多い商売であることはイカフライ女史の仰るとおり事実でしょう。
・汚い(生理的嫌悪感)
・危険
・キツイ
のうち、「汚い」については、売春に限ったことではなく……日本人はもともと「清潔好きな民族だ」と言われてきましたが(江戸時代に入浴習慣や歯を磨く習慣がすでに一般化していたことなどを指す)、昨今では「自宅の食器ですら、使う前にもう一度洗う」「ファーストフードのトイレには、エタノール洗浄機がある」など、かなり行く所まで行ってる「過剰衛生観」が広まってきています。
コンビニのおにぎりは誰が握ったか判らないから食えない、とかそういう人も珍しくないそうです。
「他人との接触は汚い」という感覚が、さらに鋭敏化した感覚が、「他人との粘膜接触は汚い」というものに繋がっていないとは言えません。
もちろん、「赤の他人との接触から性病に罹患する可能性」(これは危険にも入ってきますが)が低くないわけですから、これについて過敏になることは諫められることではないと思います。
危険については、これは「性病罹患からの防護」も含めてですが、「職業としての理解が進まないが故に、就労者の防護を十分に行う措置(法的保護、物理的保護)が不十分だ」ということにも起因するか、と。
極論しちゃうと、「非合法だから売春婦が単独で売春をしなければならない。客から身を守る方法がない」「非合法だから客から売春婦を守るのがヤクザなどの非合法組織にならざるを得ない。客からは守られるが、ヤクザから身を守る方法がない」などなど、非合法であること(義務を負わない代わりに、保護もされない)が、危険を高めているのでは、と考えられます。
キツイに関しては、「イヤなら他の仕事をしろ」になっちゃいますが(^^;)、「他の仕事もキツイ、他の仕事では儲からない」から売春を選んだ人が「売春はキツイ」と思うなら、売春より楽で安い仕事か、売春より楽で儲かる仕事をさらに探せばよい……としか言い様が(^^;)
椅子に座って「頭と腕」を使ってする労働は、肉体労働の人から見れば「楽でいいね」と言われがちですが、実際にはそんな楽なもんでもない。逆もまた然り。
また、同じ労働をしてキツイと感じるか感じないかは、従事者の許容力の問題でもありますが……
「過重労働によるキツサ」に関しては「合法化によって労働時間を管理する」で改善できそうな気もします。
精神的なキツサが、「働きについて世間的評価が得られない=偏見」にあるという話について。
おそらくは、ここが重要なポイントになるんだと思いますが……
「病気罹患の危険性」「衛生上の不快感を伴うこと」「肉体的(物理的)な疲労」は、他の仕事でもあり得ること。
とすると、「業務内容・実績・必然性について、世間的評価が得られない」について考えてみましょう。
長くなりましたので改稿します。
-
まず、本題に入る前に、「業務内容・実績・その業務の必然性について、世間的評価が得られない」という職業は他になかったかな? と考えてみました。
正確には、「かつて得られなかったが、今はそうでもなくなっているもの」。
「芸術家、それに準じる日常生活上必須とは言えない創作活動に従事する職業」
「小説家、漫画家などの創作物執筆業」
芸術家(画家など)は、メディチ家のような「収益を求めない資産家の理解者」や「教会などの建築物への需要」が発生する前は、需要が存在しない市民からの評価は高くありませんでしたよね。「需要の発生」と「理解者の増加」が評価を作ったのであって。
映画、小説、マンガは「影響力がある」「高い収益が上がる(需要が多く、それを満たすことで収益が上がることが、資本を投資する側に理解された)」「経済効果がある」などから社会的に評価されるようになりましたが、昔は決して世間的評価は高くありませんでしたよね。
ゲームなんかの場合、今日では日本の基幹産業のひとつになってますし。
エロマンガの場合、出版界では「ロスが少なく手堅いジャンル(発行部数は決して多くないけど、返品率が低くロスが少ないそうで)」という評価があるそうで、デビューはエロからという漫画家さんや、会社立ち上げはエロから、という出版社も少なくありません。
収益性は理解されているし、需要は爆発的ではないけど手堅い。
でも、世間的・社会的評価はなかなか得られない。
なぜか。
単純(あんまりこういう単純化はしたくないんですが)に考えると、
「エロで喜ぶのは、男女のうち男だけ」(1/2)
「エロで喜ぶのは、女を自力確保できない不完全な男または実力(魅力)不足の男だけ」(1/n)
「世間=女を自力確保できた既婚者中高齢者(性の充足に関しては勝利者)から見れば、自力でそれができない男に女をあてがうことを肯定することはできない」
とも考えられます。
ちなみに、これは「エロ(ここでは売春も創作物も全て含みます)を商品化することに否定的な男性の考え方」を単純化してみたものです。(特に3項目)
これが全てとは到底思いませんし、これ以外の考えもあるものと思います。
平たく言うと、
「金で女を買うとは何事だ。金を出さずに(愛で)女を確保できない力不足を、金を払って女を束縛することで満たすのは、男らしくない」
ていうことかな、と。
でも、「結婚することで、女性の生活(にかかる費用)を保障すること(長期契約すること)」は、金で女を束縛することにはならない。
有無はやはり「愛」があるかないかということなんでしょうかねぇ……
やはり「愛のないsexはいけない。(sexは、愛がある場合のみしてもよい、という前提に基づく)金を授受して行われる愛のないsexを肯定わけにはいかない」ということなんでしょうか。
そして「愛」というのは、嫡子妊娠の有無のみというか……
うーん、なんか収拾付かなくなってきました。
-
>>52 スライムベスさん
>私が>>38であげた例ならば、
>「生贄」という表現や「負担を公平に分かち合うべき」という主張が妥当な程度に
>「ほぼ誰もがやりたがらない」
>と言えます(おそらく極少数の例外しか存在しないので)。
スライムベスさんはそもそもの僕が主張する「負担を公平に分かち合うべき」理由を読み誤っているようです。
だから「ほぼ」と言う言葉の厳密さを厳しい方に求めるのでしょう。
僕の「ほぼ」は公娼募集(有給)によって集まった人たちの中に社会が義務を果たさなかった為に追いつめられた人がいる可能性さえ示せれば良いんです。
-
>>49 スライムベスさん
>ただしこの場合の例(慰安婦調達)では選択圧力を働かせていると
>いえるのかどうか疑問です。
>国が慰安婦に市場価格の2倍程度の給料を出す、というような例なら
>明らかに選択圧力を働かせていることになりますが。
横槍ですが・・
a円で売っていたものを、銃を突きつけることで(a-b)円までまけさせることができた。
このとき差額のb円がもつ権力(強制力)と銃が持つ権力は同等である。
・・っていう分析をしないと経済関係に潜む暴力的な構造を見逃すことになります。
スライムベスさんの例では給料8割分の強制力が給料2割でも働かざるを得ない何らかの強制力と同じ力です。
何故最初から二つの権力を区別をする必要があるのですか?
それは多分、自由経済での金権力は基本的に正当であり、そうでない強制力は不当なことが多いということを無自覚に前提に置いているからではないですか?
本当は「ある権力の存在を許容すべきかそうでないか」を議論すべきなのにです。
もしこの無自覚が本当なら、まずはそれに気づいてもらえないと、売春是非の議論はかみ合わないものになると思います。
-
公募というのが、「相場より安く働かせるための徴用」なら、「差額が強制だ」というのはなんとなくわかるんですが、公募というのが「希望者が少なくて、相場より上乗せされた金額を前提足した徴用」だった場合はどうなるんでしょうか?
a円で売っていたものを、銃を突きつけることで(a-b)円まで負けさせることができた (a-b)円
ではなくて、
a円で売りたいが、売り物として調達するのに、さらにb円を仕入れ元に払わなければならない (a+b)円
のような場合。
売春が政府の公募によって行われて……という場合で、売春に市場原理が働いて「いない」、または、「売りたいが買い手がいない」と仮定しているのなら、「本当はa円で売りたいが、b円負けさせられた」というのは理解できます。
でも、うろちい氏が仰るように「売春なんて誰もやりたがらない。なり手がいない。が、仕方なくやる人しかいない」という場合は、むしろ「a円ではなり手がおらず、b円をさらに上乗せしなければ希望者が集まらない」のでは?
「a円でもやる」というほど切迫している人に対して、政府が「b円安くしろ」と強制する……という話は、被占領スレの話題では?(笑)
解決策は「売春を国の専売にせずに市場開放しろ」「国は相場より安い金額を提示してはいけない」「相場は市場原理に従わせろ」でよいのでは?
売春に従事するのが厭だ、だからやりたくない、という人間が多ければ、売り手市場になり報酬は高まるでしょう。
売春に従事するのはイヤだが、やってもいい(やりたくあろうがなかろうが、実際にそれを実務として選ぶ)人間が多ければ、買い手市場になり報酬は安くなるでしょう。
現在のところ、日本における売春が高報酬なのは、「従事する人が少ない」が一因であることは間違いないでしょうけど、それは必ずしも「イヤだから」というだけではなく、「非合法だから」「ハイリターンに応分のハイリスクがあるから」というのもあるかと。
生理的抵抗感はもちろんなくならないでしょう。けれども、「赤の他人にここまでなら許せるボーダーライン」はときによって時代によって変わっていくものですし(そう言えば、オーラルセックスがごく普通の技術になったのって、1970年代以降でしたよね)
「国による強制」が、「労働の結果に対する、他の業種と対等な課税」程度にまで留まるようにするためには、
・合法化
・業界団体の設立
・市場原理の導入
が不可欠かもしれません。
-
>>62
うろちい氏のレスは
スライムベス氏 >>49 の
>国が慰安婦に市場価格の2倍程度の給料を出す、というような例なら
明らかに選択圧力を働かせていることになりますが。
に対するものだということ、分かってますか?
-
>>63
それは踏まえていますが。
-
>>60うろちいさん
>スライムベスさんはそもそもの僕が主張する「負担を公平に分かち合うべき」理由を読み誤っているようです。
うろちいさんは私がどのように読み誤っていると考えているのでしょう。
教えていただけますか?
>僕の「ほぼ」は公娼募集(有給)によって集まった人たちの中に社会が義務を果たさなかった為に追いつめられた人がいる可能性さえ示せれば良いんです。
これは「可能性を示すことが目的だ」という意味でしょうか。
それとも「可能性を示すことによって自動的に別の主張を根拠付けることになる」
という意味で言っているのでしょうか。
-
>>61
a円で売っていたものを、銃を突きつけることで(a-b)円までまけさせることができた。
このとき差額のb円がもつ権力(強制力)と銃が持つ権力は同等である。
・・っていう分析をしないと経済関係に潜む暴力的な構造を見逃すことになります。
権力は同等であっても意味合いはまったく違います。
相手にネガティブな選択を迫っているのか、それともポジティブな選択を提示しているのか、
という点が重要です。
例を挙げましょう。
いま子供に肩たたきをさせようとする時、「100円の小遣いをあげる」と提示するとします。
それで100人の子供のうち50人に同意させたとしましょう。
一方、「肩たたきしないと殴る」と脅かすことでやはり
100人の子供のうち50人に肩たたきさせることが出来たとしましょう。
この時、100円の持つ権力と恐喝による権力は等しいことになりますが、
意味合いが違うことは明らかです。
前者のやり方なら常に問題が無いとはいいませんが、
少なくとも後者のやり方は人権上はっきり問題があります。
これが私の言う「強制力の本質的な違い」です。
>それは多分、自由経済での金権力は基本的に正当であり、そうでない強制力は不当なことが多いということを無自覚に前提に置いているからではないですか?
上に述べたことで説明になっていますよね。
>まずはそれに気づいてもらえないと、売春是非の議論はかみ合わないものになると思います。
むしろ私の方が気づいてもらいたい・・
なんて書いたら失礼か^^;
以後自粛します。
-
すみません、>>66を少しリライトしました。
------------------
>>61うろちいさん
>a円で売っていたものを、銃を突きつけることで(a-b)円までまけさせることができた。
>このとき差額のb円がもつ権力(強制力)と銃が持つ権力は同等である。
>・・っていう分析をしないと経済関係に潜む暴力的な構造を見逃すことになります。
権力は同等であっても意味合いはまったく違います。
相手にネガティブな選択を迫っているのか、それともポジティブな選択を提示しているのか、
という点が重要です。
例を挙げましょう。
いま子供に肩たたきをさせようとする時、「100円の小遣いをあげる」と提示するとします。
それで100人の子供のうち50人に同意させたとしましょう。
一方、「肩たたきしないと殴る」と脅かすことでやはり
100人の子供のうち50人に肩たたきさせることが出来たとしましょう。
この時、100円の持つ権力と恐喝による権力は等しいことになりますが、
意味合いが違うことは明らかです。
前者のやり方なら常に問題が無いとはいいませんが、
少なくとも後者のやり方は人権上はっきり問題があります。
これが私の言う「強制力の本質的な違い」です。
>それは多分、自由経済での金権力は基本的に正当であり、そうでない強制力は不当なことが多いということを無自覚に前提に置いているからではないですか?
上に述べたことで説明になっていますよね。
>まずはそれに気づいてもらえないと、売春是非の議論はかみ合わないものになると思います。
むしろ私の方が気づいてもらいたい・・
なんて書いたら失礼か^^;
以後自粛します。
-
>>57
>性を売ってはいけない、よくそう言いますね。
>でも、実は女はずっと性を売ってきたんです、「結婚」という形で。
イカフライさんは結婚は売春であるという説をお持ちのようですね。
ある種の結婚の、ある局面に於いて、それは正しいと思います。
しかし、家父長制度上の悪い面でも結婚と売春には根本的な違いがあります。
1.結婚にはあなたのいう「遺伝子の再生産」を求めますが、売春には求めません。
言い換えれば、「遺伝子の再生産」のためだけに性行為を求めますが、
それが終われば妻に性行為を求めなくなる場合もありえます。
性の充足を外に求めるのです。
「妻は家族だ。家族との性行為など近親相姦のようで嫌だ」という冗談口があるくらいです。
2.妻に求めるもうひとつは、家庭を守る良妻賢母としての働きです。
家事のきりもり(家事労働そのものは人にやらしてもいいのですが)と
子どもの養育などです。
そう言うことを、売春者には求めません。
買売春の合法化は、女性を二種類に分類します。
家庭を維持する良妻賢母と、性的満足を与える娼婦に。
-
>>67
>前者のやり方なら常に問題が無いとはいいませんが、
少なくとも後者のやり方は人権上はっきり問題があります。
これが私の言う「強制力の本質的な違い」です。
アメとムチですね。
ムチには「人権上はっきり問題があります。」
「獄死」した人の名前が浮かびます。
「転向」した人はその何倍いるでしょうね。
自分で自分を裏切った苦悩は自分で背負うしかありません。
人間の弱みに付け込む「アメ」には
私は「ムチ」以上の人権侵害を感じますが・・・・
-
こんなニュースがありました。
――――――
ホテル代払ったことで「買春」立件、容疑の会社員を逮捕
家出中の女子中学生にホテルでわいせつな行為をしたとして、警視庁は16日、横浜市青葉区荏田西4丁目、会社員西友一朗容疑者(26)を児童買春・児童ポルノ禁止法違反の疑いで逮捕した、と発表した。少女には現金を渡していなかったが、ホテル代を支払ったことが、宿泊先を探していた少女への利益になったとして、「買春」容疑で立件した。
渋谷署の調べでは、西容疑者は8月28日夜、東京・池袋のホテルで、名古屋市立中学3年の女子生徒(14)に宿泊代約6500円を支払う約束をして、18歳未満であることを知りながらみだらな行為をした疑い。
生徒は8月中旬に上京。インターネットの出会い系サイトに「14歳で家出中。泊まる場所を探しています」などと書き込み、知り合った男性とホテルなどに泊まっていたという。9月1日、渋谷で同署が補導した。 (12/16 23:28)
http://www.asahi.com/national/update/1216/033.html
――――――
「未成年者との性行為」ではなく
「未成年者買春」が罪になる。
これをどう思われますか?
-
>>68
結婚の持つ要素について。
・遺伝子の再生産(嫡子の【製造】)
・夫の性欲を満たす、同様に妻の性欲を満たす(一方に性欲があり、一方の性欲がない場合、性欲がある側に合わせると性欲のない側はそれに付き合うのが精神的苦痛になりませんか?)
・嫡子の養育
・共同生活(衣食住の共有化)を相互扶助
売春は、この中から、「性欲を満たす」という、場合によっては夫婦間で行うことがどちらか一方の精神的苦痛に至りかねない(結婚生活を破壊しかねない)事柄を、外部委託する(される)ことを引き受ける仕事である、と。
>妻に性行為を求めなくなる夫
・妻に異性としての魅力がなくなる<これ重要。
(妻の異性=生殖対象としての耐用年数が過ぎる、妻が異性である努力を放棄する(養育で忙しいとか、「女」であることを怠けるとか)、夫をつなぎ止める努力を不要と考える、夫を不要と考える、などなど)
・「妻は家族だ。家族との性行為は近親相姦のようで厭だ」<冗談というより、それは異常性愛者ですな(笑)
>良妻賢母としての働きを妻に求める
これですが、武蔵氏は妻にそういうことを求めているのですか?(もしくは、求めていたのですか?)
家父長制を反対するけど妻に良妻賢母であることを求めているのでしょうか?(^^;)
妻は子を産めば嫡子の母になります。
夫は妻を「母」として子に譲った後、自分自身が甘える対象(擬似的な母性を感じる対象)として売春従事者を選ぶ、という行動を取る場合があるわけですが、そのへんはどう思いますか?
(猿や熊が、子供と夫との間で「妻/母」を奪い合うという行動はよく知られてますね。猿や熊の場合、子供を連れている「母親」は性欲がないので、子殺しをして性欲を満たし(結果的により強い遺伝子が残る)新たな子を作るという行動を取りますが、人間は自分の子供を殺して妻を奪い返すことをしない変わりに、家庭生活(拡大再生産のための生活)の他に、過剰な性欲を解消する手段として「売春」という方法を発明した、というのはいかがでしょうね)
>売買春の合法化は女性を二種類に分類する
以上から、二種類に分類されるのではなく、「結婚に求められることのうち、場合によっては結婚を崩壊させかねない要素となりうる【余剰性欲】を、外部委託として処理する方法」として売春があり、それを仕事として引き受ける女性と仕事として引き受けない女性の二種類がある、ということでは。
そういえば、武蔵氏は娼婦聖母説をどう思います?みたいな問いをスルーしていましたね。この問いもスルーされると思いますが一応聞いておきますね。
「売春従事者(=娼婦)に甘える、救われる」と考え、それを必要とする人がいる、ということについてどう思われますかね?
-
さて、>>71で少し触れましたが、私は売春は「夫婦生活のうち、解消が難しい性欲処理を引き受ける、外部委託」と位置づけました。
わが国での結婚とは、
・共同生活を営む
・性行為の相手を限定する(嫡子の正統性を明確にするため→武蔵氏の否定する家父長制を際だたせるため、ですか(笑))
・遺伝子的由来のはっきりした嫡子を作る
・嫡子を共同で扶育する
・嫡子に財産を継承させる
のが主な目的ですね。
で、売春というのは、本来は「結婚生活」の中で解消すべき「生殖」のための性欲が余った場合に、「性欲の解消」を、結婚相手以外と行う行為、と見てよいでしょうか?
ただしこれは、「結婚している人間にとっての売買春」で、結婚していない人間にとっての売買春はまた別になりますね。それは取り合えず横に置きましょう。
で。夫婦にはいくつかの状態があると思います。どの状態のときに「夫婦以外との性行為が必要になるのか」を、お互いに確かめ合いましょう。
1)相互に性欲があり、相互に行為が可能な場合
2)一方だけに性欲があり、相互に行為が可能な場合
3)一方だけに性欲があり、性欲のないほうは行為が不可能な場合
4)双方に性欲はあるが、一方が相手には性欲を感じない場合
5)相互に性欲があり、相互に行為が不可能な場合
6)相互に性欲がなく、相互に行為が可能な場合
7)相互に性欲がなく、相互に行為が不可能な場合
これは、「精神的には互いに相手を愛している場合」だけでも、これだけの組み合わせが考えられます。
「どちらか一方が愛していない場合」「双方が互いを愛していない場合」は、組み合わせはさらに増えます。
双方が相手を嫌いになり、なおかつ子供がいなければ離婚はたやすいですが、どちらか一方が相手を愛していたり、子供がいた場合の離婚はたやすくありません。
で。性欲とは、「生殖行為を誘発促進するための生理的現象」です。
これで、生殖が完了(充足)することと同時に性欲が消えるならいいんです。女性は子供の扶育(母乳を与えるなど、母性が必要な扶育)がありますので、扶育期間中は性欲が消失する傾向が強いようです。
が、基本的に男性の機能というのは「生殖(のための)行為を常に求め続ける」ようにできていて、子供がいるから性欲が湧かない……ように、全員がなるかと言いますと、そうともなりません。
そうすると、「一方だけに性欲があるが、それは解消されない(=性的ストレスの発生)」という状態に陥ります。
ここで、「性欲の解消を我慢し、なおかつ夫婦生活を維持する」という選択肢はベストではないけれども、ベターなのでしょうね。
ただ、その状態が長く続くうちに、「だったら性欲の解消のために、夫婦生活を解消する」という選択肢も出てくるかもしれません。
夫婦であることを維持するために性行為を我慢することと、性行為の相手として相手を限定することを維持すること、どちらに価値を感じるかは人それぞれですが、「結婚したら二度と離婚しない」ということを前提に「性行為も同様である」としていくと、「実は一方が愛してない場合でも、性行為はしなくちゃいけない(義務の発生)」という形で、どちらか一方に結婚生活を続ける上で負担となるような圧力を加えることになりかねませんよね。
「結婚したことに不満はなく、子供も大切、夫も大切。しかし夫とはもうsexはしたくない。しかし夫はsexを望んでいる」
こういう場合、夫はどうしたら? 一生我慢?
-
>>70
それが現行の法律なら、従うしかないのでは?
で、売買春の是非を「今ある法律に照らし合わせて」ということであれば、基本的には全て「非」になるんじゃないですか?
>>70で挙げられた事件は、「現行法に照らし合わせての立件」なわけですから特にどうこう言うことはありませんが。
現行法が「どうなのか?」ということを踏まえた上でのコメントを期待しているのであれば、
1)他人との性行為(配偶者以外)を認めるか否か
2)他人との性行為に金銭授受(当人への支払いまたは当人の利益への協力)を認めるか否か
3)未成年の自己判断を認めるか否か
の三つから判断する必要があるのでは? この件では、
(1)は問われていない。(2)は買春として現行法に照らし合わせると違法。(ホテルへの宿泊が双方の合意であった場合、ホテルの宿泊に本来必要な費用のうち少なくとも半分は少女が負担する「はず」だった。男性はホテル代を出す=少女の負担分を肩代わりしている(これが利益供与/金銭の間接的授受に相当)
(3)は、相手が成人ではなく未成年だったので、「他人との性行為を受け容れること、その代わりにホテル代の負担を相手に求めること」などを決めた未成年本人の自主判断は、「尊重されるべきではない判断」だった。その意味で、未成年者との性行為の間には「合意」は存在しない(未成年は、正しい自主判断が不可能)。
合意がない性行為は、等しく「強制」の性質を持つので違法。
児童買春・児童ポルノ禁止法は「自主判断ができない未成年を保護する」ことが目的。
で、ここからは「前提を変えての仮定」の話。
「子供の自主判断を成人なみに尊重する」のだったら、児童買春・児童ポルノ禁止法は、子供の自主判断を成人が勝手に制限する法律ということになるので、児童買春・児童ポルノ禁止法が違法。
「売買春禁止は、公衆衛生上の性病予防策として整備されたものなので、性教育・物理的対策を含めて性病予防策が他に取れるのであれば、この法律は必ずしも必要とは言えない」
「性行為に対して対価を取る商行為は、肉体労働による技術・束縛時間に対して対価を取る他の商行為とは、違いはない」
日本には姦通罪はありませんので、例え夫婦のいずれかが配偶者以外と性行為に及んでも、公的には処罰を受けません。ましてや武蔵氏が挙げた事件では、男性は独身か既婚かが不明ですので、(1)は違法ではありません。
現在、姦通罪を適用しているのは、イスラム教義が日常的な法律にも反映されているアラブ諸国を除けば、台湾と韓国ぐらいだそうです。
http://www.kbn-japan.com/KN020828-01.htm ←韓国で姦通罪で夫を訴えた結果、和解のチャンスを失って家庭を崩壊させてしまった主婦の後悔について報じたニュース
以上から、「配偶者以外との性行為」そのものは違法性は薄く、売買春の是非を問うための素因とはなりにくいということです。
-
>>68
>買売春の合法化は、女性を二種類に分類します。
家庭を維持する良妻賢母と、性的満足を与える娼婦に。
これ、古いっすよ、考えが。
「処女性」「貞操」その概念こそが、女性を二つに二分してきたんです、これは戦前の発想ですよ。
伊藤野枝は、17歳の時、「女性を縛るものは、どうやら貞操であるらしい」と書いているんですよね。
昭和4−50年代の少女ではありません、大正時代ですよ。この当時、それだけのことが考えられたのは、さすがですが。
良妻賢母の女性に「処女性」「貞操」を求める、遺伝子の再生産、その出所をはっきりさせる為に。
そして、その保障として妻・母の権利を与える。家事のきりもりや子供の養育という仕事をすることによって、夫から生活保障を受けられるわけですから。
-
ちなみに、姦通罪については韓国では廃止を叫ぶ声が高まっており、逆に日本国内では「姦通罪を復活させろ」という声があります(高まってませんけどね(^^;))。
日本では昭和22年に廃止されています。廃止事由は「男女の性差を廃止、平等性を高めるため」のようで。
http://www.geocities.jp/toshio2003jp/dokoka-2.html
姦通罪という言葉が使われていたかどうかはともかく、「不義密通を罰する罪状」というのは江戸期にはすでにあったようです。
これは、「妻の不倫の現場に夫が踏み込んだ場合、夫は妻と相手の男を殺しても罪に問われない」というもの。ただ、抜け穴が多く(^^;)、禁止しても禁止しても大流行(というか日常化)していたので、その都度どんどん厳しいお触れが出たんだけど、結局全然守られなかった、ということです。
間男の側も、相手方に金を包むことで「示談」にするケースがほとんどで、その相場も決まってました。←言ってしまえば、「後払いの売買春の容認」と言えないこともないですな(笑) 美人局ってこのあたりから発展したモノらしいですし。
戦前の姦通罪は、「妻の不倫が発覚し、その現場に踏み込んだ場合、夫は、妻と相手の男を告訴していい」というようなもの。江戸期の不義密通の罪を下敷きにしているの感じです。ただ、逆の立場で妻が夫を訴えられないということで廃止になったらしいですね。
韓国の姦通罪は妻が夫を訴えることも可能になっていますが、短期的にファビョーン!と訴えて、国家権力が「家庭内に介入」することになり、報復心は満足させられるけどその後の関係回復が不可能ということから、廃止に向けた声が高まっている、ということのようでした。
売買春は、この「姦通」を、「金銭の授受を伴う商売」としているわけですが、
・姦通罪の廃止→女性(または男性)の特定の相手以外との性行為が違法ではなくなる→金銭授受による性行為の商売化(売買春、特に売り手の一般化)→公衆衛生上の問題&保守層の価値観を守るため売春禁止法成立→現在に至る
という流れも合わせてお考えいただくとよいかもです。
-
ところで、たびたび混乱するんですが、武蔵氏は「家父長制」や「遺伝子の出自」をハッキリさせる戸籍法には反対なんじゃありませんでしたっけ?(^^;)
「妻は家庭で子を産み育て家を守れ」は家父長制を成立させるための考えですし、「遺伝子の出自がはっきりした子供を生み育てろ」っていうのは戸籍法を肯定することにはなれど、武蔵氏の自説の補強には繋がっていないのでは(^^;)
「家父長制を廃止しろ!」と言うなら、「良妻賢母粉砕!女性の自立を認め、女性に男性と同じだけの権利を!」と叫ばないと。
「遺伝子に縛られた戸籍法反対!」と言うなら、「遺伝子がはっきりしない子供の存在を認めろ!」と叫ばないと。
なんかチグハグに見えるんですけど、もしかしてその「例題」と「結論」を繋ぐ間の部分に、何かものすごい理論とかあるんですか?
-
>>74
いや、あなたの
>でも、実は女はずっと性を売ってきたんです、「結婚」という形で。
この考えが古いのですよ。
この考えに対するレスが古くなるのは当然です。
私は家父長制度のもとでの婚姻制度(家制度)にも当然反対だし
両性の合意のみに於いて共同生活でよいと思っています。
-
ヤスツさんが>>59で
>有無はやはり「愛」があるかないかということなんでしょうかねぇ……
>そして「愛」というのは、嫡子妊娠の有無のみというか……
と書かれていますが、結婚が愛になったのは、日本ではほんの最近、それこそ戦後の事じゃないでしょうか?
私の祖父母の頃には、結婚式の日にはじめて相手に会った、なんて話は珍しくなかったそうですし。
大正時代の女学生達に吉屋信子の小説が熱狂的に支持されたのも、彼女等にとって恋愛と言うのは非常に憧れであったが、実際は一部の「不良」だけに許された特権であって、女学校を卒業と同時に親の決めた見合いでの結婚が当たり前だったからこそ、
「女学生同士のレズビアン」(あくまで、ファンタジィ−としての恋愛憧憬としての)に自己の願望を投影したわけです。
ところが、戦後、男女同権思想が入ってきて、共学になって男女7歳にして席を同じゅうせんことがなくなった、同時に女性の社会進出が進み、性が解放され「結婚までバ−ジン」という価値観が崩壊した。
かつては、家を継ぐための義務であった結婚の意味合いが薄れてきた。(全く無いとはいいません、今でも家のための結婚というのは、家庭の事情によって存在するでしょうし、そこまでいかなくても「親が孫の顔を見せろとうるさいから」とか「長男だから、田舎のばあさんがうるさいから」という理由でお見合いする男性は何人も知っています。)
それに代わって出て来たのが「愛」なんではないでしょうか?
-
>>78
「結婚式の日に初めて相手に会った」
で、ちと思い出しました。
明治以前、さらに遡って江戸元禄のお話で。「見合い」ってありますよね。結婚前に「ご趣味は」とか「後は若い者に任せて」とかいうアレ。
本来の「見合い」というのは、現代の見合いほどバッチリ「言葉を交わした」りはせず、ホントに「見合う」程度のものだったそうです。
いわゆる見合い婆(笑)というのは現在で言う所の結婚仲介(紹介)業で、当時も商売としてなり立っていて、見合いから祝言が成立すると、幾ばくかの祝儀をもらえたんで、それを目当てに結婚仲介を職業にしていた人もけっこういたとか。
で、当時の見合いというのは、湯屋(銭湯)の薄暗がりの中でそれとなく相手を見るとか、街道筋の茶屋で茶を飲んでいると、本命の女の子+連れ添いの女衆(おんなし)何人かが連れ立って、茶屋の前を通り過ぎていく(立ち止まりもしない)のをちらっと見るとか、まさに文字通り「見合い」だったそうです。
結婚の冒頭に愛は育ちませんわなぁ(笑) これじゃあ(笑)
恋愛結婚より見合い結婚のほうが長続きすると言いますが、(とは言っても、その他の要素が多すぎるので、戦前の離婚率と戦後の離婚率を単純比較しても無意味ですが)見合い結婚の夫婦のほうが晩年になるほどなんだか仲がいいというのは、言えてるかも。
>>77
「家父長制度の元手の婚姻制度に反対」で「両性の合意において共同生活でよい」とお考えの武蔵氏に質問ですが、
「同棲でいいじゃん! 夫婦別姓でいいじゃん! 離縁したときの子供の養育にも義務を儲けなくていいじゃん!」
ということでしょうか?
いわゆる「隣近所親戚一族の助け合い」的な地域共同生活というのは(最近は弱体化が進んでますが)、家父長制婚姻制度があって成立するものなんですが、それもなくていい、と?
そうしたことから不足する「相互扶助」は、政府が全部肩代わりすべきだと思ってます? 老後の面倒も政府が全部見てくれる、みたいな感じがよいのでしょうか?武蔵氏にとっては。
-
なんだか、板の主旨とは違うテ−マのこのスレが一番、盛り上がっている様ですが。
この問題って、結構、いろいろの深いこと、孕んでいるような気がします。
・経済構造の問題
・婚姻制度(華族精度、戸籍制度)の問題
・倫理、道徳観の問題
最後のは、実は、倫理・道徳というより、感性と体験に近い、部分が大きいと思うので、これやっちゃうと無限ル−プに陥りがちなんですが。
で、経済の問題に関しては、うろちいさんのいわれる>>61
>それは多分、自由経済での金権力は基本的に正当であり、そうでない強制力は不当なことが多いということを無自覚に前提に置いているからではないですか?
本当は「ある権力の存在を許容すべきかそうでないか」を議論すべきなのにです。
ななさんの言われる権力、も同じ意味なのかな、と思うのですが(違っていたら訂正してください)。
自由意志に見える様でも、そこに働く権力、というのは、経済的権力、とでもいうのでしょうか?
ま、単純に言えば、「仕事だから(お金貰ってるんだから)仕方が無い」ですよね。
うろちいさんのいわれる共同体の義務(社会保障を整える、といったような)が放棄されている段階で、そこからこぼれた層(経済的弱者とでもいうのでしょうか)が、「死ぬか、売るか」の選択をせねばならない。
これは、あかん、とは思います。
悪徳手配師の問題にしても、なんでそんな酷い条件のもとで働くか、といえばそれしか生きる方法が無いからです。
アフリカで子供が数千円で売買されているのも、そうでしょう、つきつめれば。生きる為に売るものがそれしかないのですよ、激しくやりきれない話ですが。
江戸時代の人身売買だって、同じ条件下のもとで行われてきたことでしょうし、いくら法律や条約で禁止しても、貧困を根絶しない限り、こういう悲惨はなくなりません。
で、こういう悲惨を、日本は克服してきました。
現在、日本で売春している日本人で「売るか、死ぬか」という選択の元で売春をしている男女(男性の売春だってありますよ、特にゲイ向きのウリセンとかね)が、ほぼいない、と言っても良いでしょう。
ほぼ、というのは、全くゼロではない、私の知らない例外もあるかもしれない、ということです。
とは言え、現行の法律(破産宣告など)や福祉などで救済は可能な方法はあるんじゃないでしょうか?
そこで、次の段階で出るのが、資本主義的金権力、です。
単純に言えば、「金になるからやる」ということですね。実際、よりよい収入を求めて風俗の世界に飛びこむ女性はいます、結構な割合で。
また、今、問題になる援助交際なんて、顕著ですよね。彼女達がリストラされた父親に代わって華族の生活を支えるために援助交際に走った、という話を私は寡聞にして知りません。
ファ−ストフ−ドやス−パ−のアルバイトでは得られない高収入を求めて、それを行っている、この認識にさほど違いは無い、と思いますが。
-
引き続き経済の話。
敗戦国スレでも書いていますが、社会保障を整える、というのは、ある程度、その国に経済的余力がなければ、不可能である。
実際、ユニセフや赤十字、またあまたのNGO団体などが行っているのも、それがない国へ、代わって支援を行っているわけです。
個人的には、それは当然だとは思うんですよ、困っている人を助けるのは当たり前のことですから。
ただ、はっきり言って余裕がなければ、不可能です。自分の身を殺して飢えた虎に与える事は人間、なかなか出来ません。
また、与えるだけの支援は、永続的にはよい事ではありません。最終的には自立して稼げるようにならなければいけなんです。
働かざるもの食うべからず、というのも、当たり前ですから。
で、ここで仕事ってのが出てきます。基本的には食う為、と書きましたが、コレは個人の視点です。
共同体としての視点で考えると、ふたつあって、ひとつはそれが共同体全体(国なら国)の経済を向上させる、まあ、沢山儲けて沢山税金払ってくれて、それで、国民全体の為にいろいろ出来る。
ま、一歩間違うと、熊しか通らない高速道路になっちゃいますが、社会保障であるとか、公共施設の充実であるとか、ですね。
もうひとつは、直接経済的利益を生まないが、広く国民全体の利益に叶うもの、例えば警察は直接の経済的利益は産みません、が、共同体の治安維持、構成員の安全確保という意味では大きな役割を果します。
敗戦国スレでの話でもあるように、治安なき世界に経済復興はあり得ないですから。
で、ここでふたつの経済の方法があります。ひとつは、警察の様に直接経済利益を生まない団体のみ国家管理を行い、経済利益を生む団体は、自由競争にする。これは資本主義。
もうひとつは、国家が経済を統制し、その経営、利益配分を国家が行う、これが共産主義ですよね、簡単に言うと(で、いいのかな?)
で、金権力という強制は、この資本主義による自由競争のなかでは避けられないものに思えるんです。食う為に働く、そして、能力(だけじゃないけれど、特により多くの資本をもつものは有利になる、ということに関しての弊害がアメリカなんぞで随分問題視されとるけど)に秀でたものが有利になる。
これをつきつめると、売春がどうこうより、資本主義の是非を問う、ということになってしまうそうな気も少々するの、ワシだけでしょうか?
それとも、問題は、その自由競争に加えて良いもの、いけないもののボ−ダ−になるんではないでしょうか?
例えば、臓器売買、人身売買、麻薬の売買、などは、いけないもの、とされていますよね。
これは、ななさんのいわれる基本的人権に抵触するという理由だと思うんです。(まあ、健康面の被害なども大きいですが)
で、清掃労働などは、抵触しない、とされているんですよね。(だから、国家は禁止してない)
かつて売春と言うのは、この基本的人権に抵触するケ−スが多かったわけです。売春防止法が制定されたのも、悪い女衒から娼婦達を救済する、という色合いが強いです。
ですから、管理売春の従事者が罰せられる。
そして、その背景にあったのは貧困です。
売春防止法が制定された昭和30年代と平成の今では、日本の社会状況が大きく代わっている。
性意識も大きく変化している。
日本の法律っていうのは、なかなか変わりませんよね、そのなかには制定された時期には合っていたけれど、今では全く合わないものも多いです。
今、売春防止法が社会状況にあっているのか、いないのか。
私は合っていないと思うのですが。
-
>>78は>>77の武蔵さんに対するレスのつもりだったんですが、少々補足を。
>私は家父長制度のもとでの婚姻制度(家制度)にも当然反対だし
>両性の合意のみに於いて共同生活でよいと思っています。
現行の結婚制度は、まだまだ家父長制の残滓は残してはいますが(同性間の婚姻を認めない、など。これは、遺伝子継承の無い結婚は認めていないことになります)
とは言え、両性の合意のみに於いて共同生活という部分ではかなり進んでいるのでは?
一番大きな理由は、これも経済力だと思います。
まだまだ格差があるとは言え、女性が自分一人ならなんとかくって行ける程度の手段は、今ならいくらでもありますよ。
それと同時に、生活環境の変化によって、結婚イコ−ル専業主婦ではなくなっている。(かつては女性差別の象徴だった専業主婦がいつのまにか「人生の勝ち組」になってますからね。女の武器を駆使して稼ぎの良い男をゲトした結果、とか。まあ、これにも異論はあるでしょうが)
そうなると、子育て後に待っているパ−トと言う名の低賃金単純労働より、今の仕事を続ける方が良い、という女性も多いでしょう。
独身者が増えたのも、それはあるんじゃないでしょうか?
今、統計的にも30代以上の独身者って多いですよね。女の側からいわせてもらえば、かつては結婚が生活の手段だったが、今は結婚しなくても食える。
だからこそ、「気に入った結婚」しか選ばないんですよ。
この「気に入る」の理由がさまざまでしょうが、愛の場合もあれば、経済力の場合もある、まあ、これもはっきりわけられるわけではないですが。
で、「もてない君」はどうするか?という話は別スレでも出てますが、まあ、本人が努力しろ、それでもダメなら諦めろ、つ-恋愛弱肉強食は、ワシも賛成ですよ。
が、今のように社会変化が進んでいくと、ますますこの「モテナイ君」問題は深刻化(笑)してくでしょうね。
それと同時に「もてないさん」問題も、当然ありますよ。
みなさん、女性の買春に付いては、どうお考えでしょうか?
-
>>79
>「家父長制度のもとでの婚姻制度に反対」で「両性の合意において共同生活でよい」とお考えの武蔵氏に質問ですが、
>「同棲でいいじゃん! 夫婦別姓でいいじゃん! 離縁したときの子供の養育にも義務を儲けなくていいじゃん!」
現在の社会状況の中で、婚姻制度だけをなくしたら、
女性にだけ負担をかける結果になる可能性があります。
もっと女性の社会的位置付け(賃金につながる)を高める必要もあるし
保育所その他、子育てと仕事の両立可能な制度の充実も必要だと思います。
しかし、現在に於いても事実婚はそれなりに尊重されています。
子どもに対する責任は、両親にあります。(例え同居を解消してもね―離婚と同じです)
保育所等の制度はあくまでバックアップであって、
現在と同じ形の婚姻制度でなくても、子育ての最終責任が両親にあるのは当然です。
また
介護保険制度などはあくまでバックアップに過ぎず
老親に対する扶養の義務も、現在と同じです。
夫婦別姓・事実婚といって、現在の婚姻制度の全てを無くしてしまうわけではないのですよ。
事実婚を重んじることは、同性同士の事実婚も認めることにつながります。
-
自己レスですが
>>83
>現在の社会状況の中で、婚姻制度だけをなくしたら、
女性にだけ負担をかける結果になる可能性があります。
こう書きましたが、
事実婚を重んじる制度に移行することによって
婚姻届を出していないだけのことで女性が受けてきた様々な不利益が解消されます。
遺産相続などにおいて、少しずつ解消されてきているものもあります。
-
>>83-84
で、ですねえ。
その従来の婚姻制度が事実婚を重んじる制度に移行し、特に経済的側面で女性の不利益が解消されつつある現在、
「売春合法化は、是か、非か」
ということなんですが。
う-ん、ただ、最終的にはやはり個人の感性の問題になってしまうような気がするんですよね。
フェミニズムでも、反対と賛成があるわけでしょう。
あの、別のサイトでね、売春の偏見について、ってことで話したんだけれど。
偏見がなくなるか、なくならないか?ってことですが。
まあ、売春に限らず制度を変えたら明日から偏見が無くなる、なんてことはありません。
人間は理屈や理念より長い慣習や常識のほうに囚われがちです。
最近もハンセン病患者の宿泊拒否問題がありましたが、いまだに「一緒の風呂に入ると移る」と思っている人は、特に高齢者の間で多いようです。
また、別スレででた在日問題でも、今日帰化したら、明日から差別が無くなるか?ということに関しては、それは難しいでしょう。
差別や偏見の撤廃には、、長い時間がかかります。
で、売春婦の差別についてですが。
まず、偏見ってそんなに長く残るものなのか?
それは、偏見がどこから来るのか?身体を売ってはいけない、という。
ひとつは宗教的なタブ−がありますよね、柏葉さんの言われていた海外、特にキリスト教圏では、保守派が反対派、賛成派リベラリストというのは、宗教的タブ−によるものと思われます。
宗教っていうのは、どこでも多かれ少なかれ性にはオカタイようですが(勿論、そうじゃないのもあるけど、立川流とか)、特にキリスト教は、セックスはいけないこと。
なんせ、神様のいいつけやぶってリンゴ食ったら、性の目覚めっすからね。イエス様は処女から産まれるし。
(これって、神様のレイプとちゃうのかい、って学生時代聖書の先生にくってかかったんですが(藁)
もうひとつは、家父長性による女性の貞操です。
娼婦でなくても、性的に放縦な女性はあまり良く言われませんね、淫乱とかサセコとか、ふしだらとか、まあ、どれもホメ言葉じゃありません。
それに対して男性は、まあ、古いいいかたですが「性豪」とか、100人切り、千人切りが自慢になったり。
ノンケの世界では、娼婦は男性に軽蔑視されること多いですが、男同士、つ-かゲイの世界では、男娼(ウリセン)は別に軽蔑されないですよ。
これって、性的に対等だからですよね(ゲイの世界)。
で、私個人としては、日本はキリスト教国家じゃないし、家父長性つ-のも、実は明治になって確立したもんで、長い歴史の中ではほんの一時期だし、現在は、女性の処女性つ-のもうすれてるし。
偏見がいつまでもなくならない、ってことないんじゃないか?と思うんですが。
-
>>79
これって、雑談ですが。
>恋愛結婚より見合い結婚のほうが長続きすると言いますが、(とは言っても、その他の要素が多すぎるので、戦前の離婚率と戦後の離婚率を単純比較しても無意味ですが)見合い結婚の夫婦のほうが晩年になるほどなんだか仲がいいというのは、言えてるかも。
昔はお見合いのほうが離婚率が低い、って良く聞いたんですが。
現在ってどうなんでしょうね?
まあ、ネットで調べれば統計があるかも知れないけれど、私の身近な範囲だけで言うと、結構お見合い結婚の離婚率って高いんですよ。
で、お見合い離婚カップルに共通しているのは、妻が仕事を持っている場合ですね。
結婚の際に、仕事は続ける、家事は分担する、という約束をしたにも関らずそれが成されなかった、という理由が多いです。
あとは性格の不一致ですか、お見合いって交際期間が恋愛に比べて短いことが多いじゃないですか。
それに、もともと結婚を前提として会うから、周囲の状況に凪がされて結婚してからアラが見え始める、ってのもあるようです。
ど-なんでしょ?
-
>>85
>う-ん、ただ、最終的にはやはり個人の感性の問題になってしまうような気がするんですよね。
フェミニズムでも、反対と賛成があるわけでしょう。
すでに「売春」をした人が、自分たちの名誉挽回のために
フェミらしいことを言っているのかも知れません。
「私は好きでこの仕事を選んだのだ」という人の、選ぶ以前の深層心理は、本人自身にもすでにわからないでしょう。
>あの、別のサイトでね、売春の偏見について、ってことで話したんだけれど。
偏見がなくなるか、なくならないか?ってことですが。
ハンセン病モト患者の場合などのように明らかな偏見の場合は
今までになされた「伝染するという教育」を「絶対に伝染しないという教育」に塗り替えることによってなくなる可能性があります。
すでに行政機関を含む多くの人が、ホテルを非難しています。
しかし「性を売る」こと、とりわけ無差別に性行為を受け入れる「娼館で売る」ことが
「哀れな悲しいこと」であるなら、それを偏見だとはいえないでしょう。
花魁、芸者、舞妓・・・韓国のキーセンの中には尊敬された人がいたといいますが
それは教養豊かな芸術家でありスターでもあった人です。
誰にでも売る枕芸者というのはやはり「可哀想な人」に違いありません。
「モテナイ君の欲望をどうしてくれる」と叫ぶ全ての男の欲望を満たす役目の女性の地位が高くなるわけはありません。
これは家父長制によって求められる貞操とも、宗教的純潔とも違うところにあります。
>性的に放縦な女性はあまり良く言われませんね、淫乱とかサセコとか、ふしだらとか、まあ、どれもホメ言葉じゃありません。それに対して男性は、まあ、古いいいかたですが「性豪」とか、100人切り、千人切りが自慢になったり。
これは男女差別がなくなれば、解消される偏見だと思います。
社会が変われば変わるでしょう。
イカフライさん自身古い言い方といわれていますが、現在すでに変わってきている部分が多くありますよ。
しかし
「娼館の娼婦」に対する哀れみの気持ちは、社会が変わっても変わらないものだと思います。
>「男同士、つ-かゲイの世界では、男娼(ウリセン)は別に軽蔑されないですよ。」
あなた自身「ゲイの世界では」と断っておられるように、これはその世界内部での話です。
このあたりに詳しいイカフライさんにお尋ねしますが、
男娼は「男娼館」で、飢えているゲイには無差別で「売り」をするのですか?
私はそうではないような気がするのですが・・・・「哀れさ」の違いがそこにもあります。
>「そういえば、武蔵氏は娼婦聖母説をどう思います?みたいな問いをスルーしていましたね。この問いもスルーされると思いますが一応聞いておきますね。
「売春従事者(=娼婦)に甘える、救われる」と考え、それを必要とする人がいる、ということについてどう思われますかね?」 >>71ヤスツさん
というのと同じで、「買う人」にとってはそういうこともあります。
しかしあくまで、その世界内部の話です。
-
>>86 離婚に関する雑談
離婚率についてですが、夫婦が共稼ぎで……っていうのは、ひとつの鍵かもしれません。
いわゆる昔の「見合い結婚」っていうのは、妻は家庭に入り夫を頼るっていうのが前提になってますよね。
でも女性の社会参加というか就業率が上がって経済力が付いてくると、家庭運営に対する発言力も増してくる。
「対等な権利意識」や「家庭労働(家事労働)の公平性」といった意識の芽生えも、女性側の経済力の向上によるのかもしれない。
一方で、江戸時代はどうなのか。
女性が良妻賢母(これも明治期の概念ですな)として家事だけをしていたかと言えばけっこうとんでもなくて、いわゆる町人の内儀による家内制手工業/内職的な労働から始まって、農作業労働などでは女性も重要な働き手でした。専業主婦なんて「楽な身分」はなかったんですね。江戸期には。
その意味で、「夫も妻も働きに出る」という現在の労働状況は、明治〜大正期の理想より、江戸期の現実により近いのでは。
そして江戸期の「離婚」はどうだったかというと……離婚を決めるのは女性側に強い権限があった(三行半は、カミさんが宿六に叩きつけるもので、逆はない(笑))。
現代に於ける共稼ぎ夫婦の離婚の主導権を女性が握っているんだとすると、そのへんの労働環境が酷似してる江戸期と共通性があっても、納得いきますね。
ちなみに、この時代をよく引き合いに出すのは、私が江戸好きだから、というだけではなく(笑)、昭和〜平成の文化意識は、明治〜大正(近代)に作られた文化意識を「悪しきもの」と否定することを正義と考える傾向がありますよね。だとすると、明治期に「悪しきもの」と否定された江戸期に、昭和〜平成期の「正義」との共通点があるかもしれない?と考えて興味を抱いているのです。
「交際期間が短い」→「結婚してみたら【そんな人とは思わなかった】(結婚前に、相手に対して理想があった)」→「理想と違うから別れる」 という流れですね。(成田離婚とかこの典型ですよね(笑))
たぶん、「結婚前に相手に対して持っている理想」というのがくせ者なのかもしれません。事前情報を持っていて、「世の中の平均」や「世の中の前例の中の自分好み」という概念を、あらかじめ持っているわけですわな。女性も男性も。
でも現実には自分の好み通りとは限らない。その落差にショックを受けちゃう。
一昔も二昔も前の「見合い→結婚生活(しかも専業主婦)へ」という生活だと、「他の人はどうなのか」「事前に具体的な理想を想像する」といった、情報を得る機会は今ほどには多くなかったのかもしれない。
そういう、「情報格差」みたいなものも、離婚への衝動(というか、離婚を正当化できる根拠)に繋がってるのかもしれません。
-
>>87
武蔵氏は、「娼婦聖母説」について、結局おさらいも自分で調べてみたりもしなかったのですね(^^;)
この勉強不足め!(笑)
「性を売る人を哀れで可哀想で悲しいこと」と考えている【主体】は誰でしょう?
たぶん、「世間」と答えると思いますので、それをもう少し掘り下げましょう。
1)当人の親 でしょうか?
2)同性の女性 でしょうか?
3)同性で同世代の女性 でしょうか?
4)それを買う男たち でしょうか?
また、
5)経済的に恵まれた立場の人 でしょうか?
6)経済的に貧しい立場の人で、同じ売春を営んでいる人 でしょうか?
7)経済的に貧しい立場だけど、売春は自分の意志で選ばなかった人 でしょうか?
8)経済的に貧しい立場だけど、売春をしたくてもできない人 でしょうか?
どの立場の人がそれを言うかで、「憐れみ」の意味も変わってくると思うんですが。
武蔵氏は、どの立場の意見が「一般論」だと信じて言っているのでしょうか?
で、「娼婦聖母説」については、調べましたか?(^^;)
-
>>87
>社会が変われば
>>88でも触れましたが、昭和/平成は、明治/大正を「悪しきもの」と捉えて「進化したんだ」と考える。明治/大正は、江戸期を「悪しき古きもの」と考えて、舶来の文化技術を導入し「キリスト教的家父長制などを新しい進化したもの」と考えた。
ということは、我々が今いる時代は、江戸期を否定した明治/大正を否定するわけで、まあ無難に考えると(そして実際その方向に進んでるんですけど)江戸期の意識に近いことを「肯定的」に受け容れようとしている、と。
明治/大正に培われた文化意識を否定すれば、いずれは江戸期の文化意識に回帰する、と。そうお考えということでよろしいでしょうか?
余談ですが、100人切り、1000人切りというのは、男性側だけの自慢じゃないんだそうで、女性側にもあったそうですよ(^^;)
もちろん、「自慢」として。100人とか1000人とかの区切りの人数に至ると、近隣の村で集まってお祝いをしたそうです。
もちろん、女性側も男性側もです。
「娼館の娼婦に対する憐れみ」ですが、これも時代によって違うんじゃないですかねぇ。
結局、文化意識っていうのは教育と、法律で制限された事柄を遵守することに対する美徳感情で培われることですもん。
売春が違法だから、(違法である)売春を【しなければならない】人が哀れに見えるわけで。
売春が合法だったら、(違法ではない)売春は、【しなければならない】職業じゃないわけでしょう? 【してもいい】職業であって。そうなると、売春に従事する人に対する見方も、時間はかかるでしょうけど変わっていくんじゃないですかね。まあ、50年もあれば。
で、娼婦聖母説について、調べてないんですね?(^^;)
>>87のレスから見ると、どうも調べないで言ってるっぽいんでね(^^;) 的はずれなこと言ってるし。
ストリッパー聖母説っていうのとかもあるんだけど知ってました?(笑)
観音様信仰については、どう思われますぅ?
-
>>69武蔵さん
>アメとムチですね。
>人間の弱みに付け込む「アメ」には
>私は「ムチ」以上の人権侵害を感じますが・・・・
アメとムチを同時に使うやり方なら悪質と言えそうですね。
弱みに付け込む場合の「アメ」もたいてい問題ありでしょう。
-
>>91
>アメとムチを同時に使うやり方なら悪質と言えそうですね。
弱みに付け込む場合の「アメ」もたいてい問題ありでしょう。
きっとあなたは分かってくれると思いました。
同時に使わず、アメだけ使っても問題ありだと思います。
肩たたきのお駄賃が問題であるとは思いませんが・・・・
無差別性行為はたいていの人にとって、オヤジやオフクロの肩たたきとは質の違う不快感があると思いますから。
ホモっけのない男が男に身体を弄繰り回される不快感以上の不快感があるのだろうと思います。
そうでなければ、痴漢被害が車両を分けねばならないほどの
問題にはならないでしょう。
-
痴漢被害とかは、また別の問題じゃないですかねぇ。
そうやってすぐに話を広げるのはやめたほうがいいと思いますよ。
痴漢被害対策車輌などについて言えば、男性客すべてが「痴漢」なわけでもないのに、
1)他者との接触を過剰に嫌がる
2)過剰な清潔感を感じる
3)個人を尊重しすぎた結果、他者との距離を取りすぎる
4)女性を尊重しすぎた結果、男女均等主義が逆方向に振り切れている(女尊男卑への偏向が、男尊女卑に対するバランスだと誤解している)
5)自意識過剰
などなどを理由に「すべての男を性犯罪者と仮定して、自意識過剰の女性9割と被害経験者1割を同列に扱っているなど、決して「最上」でも「次善」の策でもないわけですしね。
ま、キリがないですからね。
この話題には深く突っ込まないでおきましょう。
あまり範囲が広がっても困るでしょ? 武蔵氏が。
-
ところで、
娼婦聖母説について調べましたか?
ageたんだからレスください。
あなたが決めたルールですよ。
-
>>92武蔵さん
人の弱みに付け込む事が良くないのはもちろんですが、
そこから「売買春行為はだめ」につなげるのは
無理があるのではないか、
と思っています。
-
>>85イカフライさん
>う-ん、ただ、最終的にはやはり個人の感性の問題になってしまうような気がするんですよね。
>フェミニズムでも、反対と賛成があるわけでしょう。
右翼、左翼といったイデオロギーにもおさまらないみたいですね。
保守主義者にも肯定論・否定論があるようですし。
左と言われる陣営でみると
例外はいろいろあるでしょうが、
社民党や朝日新聞といったいわゆる「市民的良識」派が売買春否定論で、
左翼で肯定論者というと、同時に「帝国主義打倒!」とか叫んでいるような感じの(笑)
ラディカルでアングラでアナーキーなイメージが何となくありました。
しかし最近では「良識派左翼」にも肯定論がどんどん浸透してきている
のではという感じがするんですが、これはひいき目かな^^;
保守派の間ではどうなんでしょうね。
あんまり関心が持たれている話題では無いような気がします。
左翼(?)間では「週刊金曜日」とかで取り上げられたりして
それなりに関心があると思うんですが。
あと日本の保守系の人に比較的否定論が少ないのは
日本の従軍慰安婦問題と関連づけて考える人が多いから
ですかねー。
-
>>96
おそらく、売春肯定/否定論は、「右か左か」という枠組みで捉える問題ではないのでは……と思っております。
が、この問題を論じるに当たっての背景にある事情について、私もスライムベス氏がいくつかご考察なさっておいでの意見にも頷けます。
というわけで、いくつか心当たりを挙げてみますと、
・「性行為を商行為としてやりとりするのは、人権の切り売りに当たるのではないか(人身売買と解釈)」 → 人権問題(特に、少数派の抑圧など)を論じる方に市民運動家、左派が多いため、多数派の利益を優先する考え方の保守・右派と衝突する
・「女性のみが強いられる特殊労働は撤廃させるべきではないか(男女同権/性差を理由とする不平等と解釈)」 → フェミニズム問題を論じる方のうち、市民運動系、左派系の支援を得て組織や運動を続けている方々が、フェミニズム問題に「無関心」な層に対して攻撃する (フェミ関連の問題について言えば、男女平等論者の敵は男尊女卑の人間ではなく「興味がない」人なのでは? 実際には、現代の保守層にも明治男的な男尊女卑主義者はほとんどいませんから)
・「女性に売春を強制させる行為を行った前例を繰り返してはならない(従軍慰安婦問題の過剰な反省と拡大解釈)」 → この解決済みの問題に対して、謝罪と賠償が必要だと考えている方々が、朝鮮半島保守派と結びついているケース
だいたいこんな感じ。
従軍慰安婦問題に対する「過剰な反省」というのは、売春の否定を裏付ける考え方としてはかなり特殊かつ新しいものなのでは、とも思います。
従軍慰安婦問題は根が深いのでここでは深く扱いませんが、「強制した(強制の主体は不明ですが)」「報酬の未払いが一部にあった(軍票の無効化など)」が中心であって、「性行為の代償に金を得た」ことそのものの否定を論じるには、ちょっと。
週刊金曜日がこの問題(売春というか、風俗ですかね)を取り上げるのは、従軍慰安婦問題を叩くための他に、官僚汚職を指弾するのに格好のテーマだからかも。ノーパンしゃぶしゃぶとか、一部の風俗産業は「官僚の堕落を印象づけるため」に、非常にわかりやすい「いけないシロモノ」でしたから(^^;)
また、売春が非合法であっても需要がなくならないものである以上、非合法でそれを扱う闇業者(暴力団など)の跋扈はあり得るわけで、結果的に「(現行の)売春を叩く」ことは、「社会のねじれを叩く」や「社会悪としての犯罪集団を叩く」などなど、叩く側にとっての正義に繋がるわけで……
ま、ともかく。
で、「右派または保守層はこの問題に対してどうなのか」と言えば、「それほど興味がない」「重要だとは考えていない」「考慮する優先順位の上位ではない」のいずれかでは。
-
>96
>保守派の間ではどうなんでしょうね。
あんまり関心が持たれている話題では無いような気がします。
保守派は保守、という位ですから、現状追認、ひらたく言えば、いまのままで良い、という意識が多いのではないでしょうか?
ただ、これは、政治的な保守派、というのではなく、単に保守的な男性の意識では、
「男の性欲は仕方が無いもの(買春は肯定)だが、女は本来、子供を産み、家庭を守るものであるからして、ああいう女(風俗嬢)は、権利など与える必要ない」
という意識が多いように思えます。
実際、ヤフ−なんかではこういう男性の意見、多かったですよ。
あえて、わざわざ議論すべき問題でもない、ということなのでしょうね。
>右翼、左翼といったイデオロギーにもおさまらないみたいですね。
右翼と保守、というのはまた違いますしね。
イデオロギ−とかとは、あまり関係無いと思います。
-
>>94
>娼婦聖母説について調べましたか?
ageたんだからレスください。
>あなたが決めたルールですよ。
調べたりレスしたりする気はありません。
私の論にとっては不要な単語ですから。
また、逆が全て同じであるというあなた(がた)の奇妙な発想にはついて行けません。
私は余生を掲示板にかけた年金生活者のようなわけには参りません(笑)
沈んだスレを見落としてしまい勝ちであるという訴えをしたからといって、
上がったスレのレスに必ずレスをつけるとは申しません。
-
>>95
>人の弱みに付け込む事が良くないのはもちろんですが、
そこから「売買春行為はだめ」につなげるのは
無理があるのではないか、
と思っています。
嫌がることを「仕事」と認定し、他と比べて破格の単価を払うことによって
そこに追い込む「アメ」は人の弱みに付け込むことだと思うのです。
専門的な勉強を必要とし、国家試験にまで受かって、
しかも常に人手不足が言われ、法的にも一定の人数が不可欠な看護婦にしても
時間給にして売春の比にはならない賃金であることは周知のことです。
そこまで強力なアメで釣っていることを見ても、
売春には他の一般労働とは全く違う要素があるということです。
-
>>99
別に掲示板で余生生活を送っている年金生活者じゃないんですが。
あなたじゃないんですから(笑)
つまり、武蔵氏の>99での主張は要約するとこうですね?
・自分にとって不要な(と判断した)単語については、知る努力は不要である
(転じて、他人の意見は聞く必要がない) ← 「話し合いによる相互理解」のための努力の第一歩を放棄している
・自分が決めたルールを、自分は守らないことを宣言する
あなたの「ダブハン主義」なところはユダヤ人とパレスチナ人に異なる約束をしたイギリスのようですね。
あなたの「自分と異なる主張の人間を理解する努力を一切しない」ところは、あなたがいちばん嫌っている「数に物を言わせた多数派のやり口」にそっくりです。
あなたは結局、自分がいちばんきらいだと言っている人々のやり方を、そのままやっているんですね。
-
>>100
>他と比べて破格の単価を払う
これは別に特定の意志が働いてそうさせているわけではないでしょうに。
「売り手の人数が少なく、買い手の人数が多い。商品の数が少なく、客の人数が多い。
このように【供給<需要】の関係にある場合、供給者側が価格決定を有利に進めることができる」
というのは、誰かが意識して「アメ」としているわけではなく、需要が圧倒的に多いからその価格になっている、市場価値を供給側が決められる、というだけのことでしょうに。
「破格の単価を払うことで、厭な仕事に追い込む」
というのは、ちとおかしいと思いますが。
女性看護師の必要数が足りないのは、
・資格が必要だから
・需要者(直接報酬を支払う者)が売春の場合に比べて圧倒的に少ないから
ではないですか?
また、イカフライ女史が「売春は3K労働に入る」と仰っておられたかと思いますが、看護師も3K労働に入りますよね。だから職種としてはなり手が少ない。
看護師に報酬を支払う需要者は「病院」であって、患者個人ではありません。
売春婦に報酬を支払う需要者は「仲介者(店)」または「客個人」ですが、【広い】需要があるからこそ高額報酬になっていくのでは?
看護師には緊急性を伴う需要があるけど、それを雇う側である病院の数は、買春をしてでも売春婦を必要と考える人の数、もしくは支払い能力を下回る。
だから看護師は職能に対して高額報酬を得られない。
武蔵氏は、あらゆる職業には「需要」があり、「需要の多寡(たか)」が供給者への報酬額を決める、ということを失念しておいででは?
・需要が少なければ供給は少なくてもよい
・需要が少ないのに供給が多くなれば、供給側は生き残り競争のため価格を安くせざるを得ない
・需要が少ないのに供給が多くなれば、供給側は生き残り競争のため品質を高める(高級化)ことで低価格のものと競合せざるを得ない ←この場合、売春婦は「特殊技能者」ということで、「股を開くだけ」の供給者より高額報酬を稼ぐ機会を得る
・需要が多いのに供給が少なければ、需要側は少ないパイの獲得のため、品質に拘わらず価格が高くてもそれを購入せざるを得ない ←この場合、売春婦は「希少価値」ということで、「股を開くだけ」であっても高額報酬を稼ぐ機会を得る
・需要の高まりに連れて供給が多くなれば、需要側は自分の経済状況や希望に応じた選択肢を選ぶことができるようになる。 ←この場合、需要者側の人数が増えることで需要の「種類」そのものが広がり、「股を開くだけの廉価な供給」と「特殊技能を持つ高価な供給」、「希少価値の高価な供給」がそれぞれ共存できる、「自由度と選択肢のある市場」が形成される
・需要が多く、供給も多い状態に進化し、市場が円熟してくれば、「高額の高品質サービス」と「廉価な低品質サービス」は共存が可能になる
このように、価格決定のプロセスというのは「需要者の人数、規模」に左右されるものであって、価格を決める立場にある「雇用側(店)」や「事業主(売春婦)本人」はその需要を見越して報酬額を決めていくわけですよね。
これは他の業種でも特殊なものを除けば同じだと思うんですけど。
この場合の特殊なものというのは、
・競合他社がなく、競争がない職業 (例えば宅配業が出てくる前の郵便事業や、一社が寡占・独占しているカテゴリの業種など。一人勝ち時代の任天堂などですな)
・最低数・絶対数の確保が必要な公共事業だが、報酬支払いを引き受ける業者がいない場合に、国が赤字覚悟で「国営」とする場合 (実は郵政事業のうちの、郵便配達はこれに含まれるそうです)
などでしょう。
例えば、需要に対して絶対数が少なく、高額な報酬を支払うところが民間にもなく、国が一手に引き受けて……という国営管理売春であるなら、そうした「アメ」を国が振るう形もありうるかもしれません。
が、市場原理に基づいて自由化され、その報酬を事業主当人かそれに準じるものが決めるのだとしたら、価格を高額な「アメ」に釣り上げるのは、需要側と思われます。
武蔵氏は、「供給を必要とするもの(店)が、不当な高値を決定(アメ)している」と考えているようですが、それはある意味正しく、ある意味理解としては不完全では。
供給者である店や売春婦本人が決めた「高い料金=高い報酬」に従って、その金額を支払う「需要」があることが、むしろ重要なのでは?
-
価格決定者が、その価格を決める(売値と差し引き利益)最大の理由は、「それほどの高額でも金を払う客が居る」ということに尽きるでしょうね。
その意味では、武蔵氏は、「需要を満たす手段としての売りがあるから悪いのだ」「売り手(と、就業者を分けて考えてるみたいですが)が高値を付けるから、売春に手を染める女性が後を絶たないのだ」「売り手がいなくなれば、買い手も減るのだ」とお考えのようですね。
私は、「需要が価格を決めるのだ」「需要が市場を形成する原動力となるのだ」「法規制という制限が自由競争を阻害し、違法な収益を上げ、就労者に強制を行う犯罪の温床を作るのだ」(その違法性が、売春に後ろめたさを持たせるのだ)と考えておりますので、売春合法化によって、価格(報酬)の低廉化、就労者の就労意志の自由化が進むほうが、この問題は健全に解決されるだろうと考えていますが。
私がもし武蔵氏の立場に立つ(=売春という職業が成立しないようにすることで、売春婦が厭な仕事をしなくていいようにする、でしたっけ(笑))なら、
・売春に対して客が付かないようにする(段階的に需要を減らし、最終的には需要をなくす) →需要が減ることで報酬も低価格化し、就業者が「報酬が労働内容に見合わない」と考えるようになれば、結果的に需要も供給も減少して売春は消滅する
・上を実現するために、主要な売春利用客を年代別に調査し、「外で解消」しなければならない要因を解決する →夫婦恋人といたすなり、しなくてもいいように性欲を鎮める方法を提供するなり。まあ、一種の「断種」政策ですかね(笑)
このような方法を考えるでしょう。
「売り手がいるからみんなが買いたがるのだ」「売り手が高額なアメ的金額を決めるから、騙された女性が嫌々それを選ばざるを得なくなるのだ」という武蔵氏のお考えを成立させているのは、むしろ「客の存在」ですよね。
でも武蔵氏はそうした「客」の存在を解決することを考えずに、「需要は放置。供給だけを粉砕すればよい」とお考えのように見えます。
私は「需要がなくならない以上、供給はなくならない」という考えから売春合法化を述べているわけですが、武蔵氏は「需要がなくならない」ことを承知の上で、「需要を減らす方法を考えずに、供給だけ減らせ」と仰っておられるわけです。
供給側だって、商売でやってるわけですから(慈善事業や公共事業でなく)、需要を減らすことで供給も減らすことができるとはお考えにならないんですか?
そこまで遡った上で、武蔵氏は、「性欲解消産業」に対する需要を消滅とは言わないまでも、減少させる具体的なプランをお持ちですか?
もしなんなら、一緒に考えましょうか?
-
おっと。武蔵氏の最後の書き込みが、下がってないとレスをくれないんでしたね。
順番入れ替えときますね。
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
| レス下さい! |
|_______|
∧∧ ||
( ゚д゚)||
/ づΦ
-
>>101
>・自分にとって不要な(と判断した)単語については、知る努力は不要である
それは論を展開する側の問題だと思っています。
私は「娼婦聖母説」なんてものは男の甘えであると位置付けていますから、
それにのっとった議論をする必要を感じておりません。
>あなたの「ダブハン主義」なところはユダヤ人とパレスチナ人に異なる約束をしたイギリスのようですね。
イギリスがダブルハンドル主義かどうかを知りませんが
私は別にダブハン主義者ではありません。ダブハンを絶対に使わないとまでは言いませんが
それを主義とする人間ではないし、むしろそれはこの談話室の他の方の主義のように思っています。
-
>>102-103
>その意味では、武蔵氏は、「需要を満たす手段としての売りがあるから悪いのだ」「売り手(と、就業者を分けて考えてるみたいですが)が高値を付けるから、売春に手を染める女性が後を絶たないのだ」「売り手がいなくなれば、買い手も減るのだ」とお考えのようですね。
いや、そうではありません。
ここで初めて意見が一致したのかも知れません。
私も「買春禁止法」という名前に変えて、買春側と斡旋業者のみを取り締まることに賛成です。
売春者を取り締まる必要は全く感じておりません。
「週間金曜日」の話題が出ていましたが、検索したところ
「週間金曜日」の調査によると男性の2分の1は、一度は買春の経験があるそうです。
http://www.kinyobi.co.jp/old/yomi_oldf/224?toi=a
その中には常習犯もいれば、一生に一度きりの人もいるでしょう。
開き直っている人もいれば、罪悪感に忸怩たる思いの人もいるでしょう。
ただ後の半数は、一生に一度も経験していないのです。
女性から「性」だけを取り外して使用するということを不快に思うのは
女性側だけではないのです。
-
私は、あなたが考える「娼婦聖母説」と、私が考える「娼婦聖母説」はどうも同じではないらしいと考えています。
あなたが「娼婦聖母説を男の甘え」と捉えているところに、すでに考えの差異または誤解を見て取ることができます。
あなたは、これまでに自分が知らない単語や論説が出ると、相手の主張を聞いてから「昔からそう考えていた」かのように逆説的な反論をするでしょ?
だから、この考えについてはあなたに先に「どういった理解をしているのか?」を聞きたいわけです。
あなたが必要を感じていないことに、重要なヒントがあったらあなたはどうするつもりですか?
あなたが必要と感じていないことは、一切世の中に不要ですか?
そういう視野の狭さは、「他人と生きていく」つもりがあるなら変えていくべきだと思いますが。
>ダブハン主義
いえいえ、ご遠慮なく。あなたはイギリス人なみのダブハン主義者です。
-
>>106
別に意見が一致しているわけではないんですよ。
よく見ましたか?
【もしも私が武蔵氏の立場なら】
という仮定で、あなたの立場に立って考えればこうなりますよ、ということを示しているに過ぎないんですが。
私自身の取っている立場はあなたとは違いますが、あなたに「意見が一致」と仰っていただける程度には、あなたの考えは理解できているつもりです。
ということを、示したに過ぎません。
で、私は別に買春者や斡旋業者を「取り締まれ」という方策に賛成しているわけではないんです。
あなたの立場なら、その方向を模索すべきだ、と敵に塩を送っているに過ぎません。そこんところ、よく読むこと。
で、私としましては、買春を「取り締まる」ことも、抜本解決にはならないと思います。
私があなたに示した提案は、「取り締まりの強化」ではありません。
買春をする意識(特定の対象以外への性欲そのもの)を軽減/消滅させる方法を提示せよ、という要求です。
取り締まりというのは、そうした意識がなくならないことを前提に、「性欲は罪」という原罪意識を作ることでしかありません。
人間の生殖に関わる生理機能を、そのような「罪の意識」の中に押し込めてしまってよいのでしょうか?
「女性とsexをすること」に、罪の意識をかぶせることで、生殖に対するトラウマが加速、人口減少に拍車がかかる恐れはどう考えますか?
家庭内ではセックスレスなのに、性欲そのものは衰えていないという人の増加を、どのように解消すれば、「家庭内セックス」で満足する人の数が増え、売春・風俗産業への需要が減るとお考えですか?
取り締まりは、対症療法でしかありません。
抜本解消の提示を。
それがなされなければ、私とあなたの間に意見の一致はありません。
>常習犯呼ばわり
買春経験者を「常習犯」呼ばわりしているようですが、それは買春が「罪悪だ」という前提に基づくものですよね。
買春経験がない人が、買春について常に「不快」だと考えているという確証もありませんよ。
「俺は意気地のない男だ」と考えている人もいますでしょう?
「人は人、自分は自分」と割り切っている人もいますでしょう?
また、その週刊金曜日の調査した数字が正しいものだと仮定するなら、男性の1/2、人類の1/4は、「正規の交渉相手以外との間で性欲を解消した経験がある」ということですよね。
男女の一方の性のうちの1/2がそうした行動を取る、取りうるということは、「正規の交渉相手以外との間で性行為を行う」ということそのものは、別に異常ではなく正常なこと、ということになりませんかね?
「そうした行為が20分の1」なら、ああ、少数で異常な行動なんだなということの裏付けになりますけど、「二人に一人はやってる」となったら、別に異常と憂うほどの行動ではないという印象を受けますが。
-
あんまり長く書くと武蔵氏の処理能力を超えちゃうので……
★武蔵氏の考え
・買春の需要(性的欲求)はなくならない
・強姦(暴力的な解消)は犯罪だ
・売買春は売り手に強制を強いるので強姦と同じだ
・被害者である売春者は処罰せず、買春者の性的欲求は解消せずに、買春という行為を取り締まる
・取り締まり(罰則を与える)によって、性行為に対する欲求を解消することに恐怖心を与え、買春の需要を減少させる
★ヤスツの考え
・買春の需要(性的欲求)はなくならない
・強姦(暴力的な解消)は犯罪だ ←意見が一致しているのはここまでです
・強姦は暴力的強制行為、売買春は合意に基づく商行為なので同じではない ←ここからが違います
・買春者の性的欲求を解消させることで、暴力に訴えた性欲解消を回避させる
・売春の合法化/自由化によって、性欲解消産業の現場の不合理を透明化する ←環境改善などです
・買春の需要そのものが生理現象に基づくのだから、買春行為を完全に消滅させることは不可能だ
・むしろ、市場を確立させることと引き替えに、産業を正規の課税対象にすべきだ
-
ところで、このスレにカキコするのが一番ふさわしいかどうか解らないのですが。
先日、ある人(男性・元自衛官)とこんな話題をしました。
「人間が、金で売れるのはどこまでか?」
これは売っていい、悪い、ではなく、どこまでが可能か?ということなんですが。
その人は肉体までだ、と言っていました。売春と言うのも肉体を売ることですが、その人の言っていたのは、それも含みますが、もっと直接的な「臓器」とかもありました。
「ありきたりないい方だけれど、心は売れないなあ」と。
でも、じゃあ、「心を売る」っていうのは、どういうことだろうねえ、と、追及していくと、結構はっきりした境は難しいですよね。
前、自衛隊板で、どなたか
「金で性を売るのが娼婦、金で命を売るのが兵士」みたいなカキコをしていた記憶があるんですが。
兵士っていうのは、究極的には命を売る仕事になるのかなあとは思います。日本の自衛隊の場合、少々事情が特殊な部分があるのでそれがあてはまるかどうかは、議論の余地はあるでしょうが。
昔、新谷かおるの漫画で、そういう話がありました。アフリカかどこかで、戦争中でしかも兵士の死亡率が高い中、軍隊に志願して戦場に行く青年とカメラマンとの短編ですが。
その中で、その青年は、自分が軍隊に行って、もし戦闘でしんだら、保障金が家族に入る、弟や妹が学校にいくことも出来る、というような話をするんです。
アメリカでも、徴兵制復活の運動があるそうですね。それは軍隊が志願性になったことによって、カラ−ドや貧困層などが犠牲になっているからだ、という理由です。
貧しい女性たちが犠牲になる売春と、どこか共通するものを感じました。
-
で、私がその話をして、
「自分は性は売れても命は売れないなあ、だってセックスはしても減るもんじゃないけど、命は1回無くしたら取り返しがつかないもん」
と答えたんですが。
ただ、彼は、兵士の場合、勿論、生活の為、生きるぎりぎりでそれしか選択肢がないため(特に貧しい国なんかではある話です)もあるけれど、それでも、「大義」みたいなものはある。
国のため、民族の為、自分の信じる宗教や信条、もっと個人的にも、自分の家族や恋人の安全の為、敵国と戦って勝つ、というような。
「でも、俺が解らないのは「傭兵」なんだよね」と
「彼らはなにを売っているんだろう?」と。
傭兵、というのは上記のような大義は無いですね。イカ国の為に戦っている様でも、別にイカ国に対してシンパシ−はない、ただ、契約しているだけですから、明日はカニ国の兵士になってイカ国と戦うなんて、当たり前です。
単純に考えれば、傭兵が売っているものは戦争技術でしょうが、金だけの為に戦う、大義がなく戦う、ということってできるんだろうか?
というのが、彼の疑問の様でした。
「ある意味、戦争のプロっていうのは、それなのかなあ」
と言っていたのですが。
-
今からおでかけしちゃうので詳しくレスできませんが、
「国民皆兵で、国の主要産業だったスイス」では、金のために他国のために闘う【戦闘のプロ】として、戦闘という特殊技術(戦略、戦術、戦術を実現するための体術、武器使用技能全般)を「換金価値のある無形の商品」として売っていた。
組み立てに清浄な空気が必要だった時計が産業になったのは近代のことで、ヤギのチーズなど輸出に当てられるほど大量に作れるわけでもない。信頼性の高い銀行はあっても、金融の中心なわけでもない。
攻められない程度の堅牢な自然の要害があっても、それを犯してまで攻めるほどの資源も資産もない。
そうすると、「人、人材、技能」を売るしかなかった。
スイスは伝統的に「傭兵」を主要な輸出産業にしていた。
親兄弟、親族同士が、対立する勢力に雇われて闘うこともあった。
それでも、親族の情に鈍ることなく働き、闘った。そのことがスイスの傭兵の信頼性と価値を高めた。
スイスの独立と中立は、他国で流した傭兵の血で贖われている。
大義というのは「無意味に死ぬことの恐怖を軽減するための麻酔薬」であり、なるべく死なないように戦い生き残る(戦場では最後に立っていた者が勝ち)ことそのものに技術をつぎ込み信頼性を勝ち取っているのが傭兵。
傭兵が「戦争の技術を売る」、売春婦が「使い減りしない(言葉は汚いんですが)性技を売る」、道路工事などの肉体労働者が「力と体力を売る」。
闘うことを「職業のひとつ」と考えている彼らからすれば、大義があるとすれば、「家族を養うためだよ」という、そこに帰結するんでないかい、と思いました。
ああっ、もうタイムアップ!
ではまた!
-
>>107
>ダブハン主義
>いえいえ、ご遠慮なく。あなたはイギリス人なみのダブハン主義者です。
もしかしてダブルハンドルの意味ではなく、ダブルハンドとか・・・あなた独特の造語ですか?
右手と左手で、別の約束の握手をしたとか?
造語をした上で「自分が知らない単語や論説が出ると」相手方の造語の意図を調べて、それにそったレスをしろと要求するのですね。
掲示板でダブハンと言われれば、普通ダブルハンドルと解釈するのが当たり前と思うのですが・・・
しかしこの掲示板で、私は2人の人に違った約束をして握手をした覚えはないのですが
あるといわれるなら、ご提示願います。
>>108
買春をする意識(特定の対象以外への性欲そのもの)を軽減/消滅させる方法を提示せよ、という要求です。
取り締まりというのは、そうした意識がなくならないことを前提に、「性欲は罪」という原罪意識を作ることでしかありません。
いつまでたってもこんなことを言っているんですね。
特定の対象であろうとその他の人を対象にしようと、
性欲が悪なんてことを、一言も言っていないのですがね。
>人間の生殖に関わる生理機能を、そのような「罪の意識」の中に押し込めてしまってよいのでしょうか?
>「女性とsexをすること」に、罪の意識をかぶせることで、生殖に対するトラウマが加速、人口減少に拍車がかかる恐れはどう考えますか?
買春は生殖に関るわけでもないのに、こんなところで生殖機能を出してくることはダブルスタンダードですなあ。「女性とsexをすること」に、罪の意識など全く必要ありません。
買春経験がない人が、買春について常に「不快」だと考えているという確証もありませんよ。
「俺は意気地のない男だ」と考えている人もいますでしょう?
「人は人、自分は自分」と割り切っている人もいますでしょう?
そんな調査結果をあなたも私も出していないのですから
「不快」と感じているか「意気地がない」「割り切り」どれも当っているともいないともいえませんなあ。
>「正規の交渉相手以外との間で性欲を解消した経験がある」ということですよね。
男女の一方の性のうちの1/2がそうした行動を取る、取りうるということは、「正規の交渉相手以外との間で性行為を行う」ということそのものは、別に異常ではなく正常なこと、ということになりませんかね?
正規の交渉相手と限定していないのは、何度も言っていますが・・・・
酒気帯び運転をした経験がある人が、酒の飲める運転手の半分いたとして
それは正常だからといって勧めるわけにも参りません。
また異常を憂いている分けでもありません。
-
>>97ヤスツさん
>週刊金曜日がこの問題(売春というか、風俗ですかね)を取り上げるのは、従軍慰安婦問題を叩くための他に、官僚汚職を指弾するのに格好のテーマだからかも。
週刊金曜日の特集は特に買春の批判キャンペーンといったものでは無く、
読者の投稿も肯定論・否定論半々といった感じでした。
一方朝日新聞などの大手商業紙は、現行法に真っ向から反するような
主張は紹介されにくい。
「良識」ある読者からの苦情を恐れているのかもしれませんが、
一般紙で売買春を肯定するような主張はなかなか出てこないような気がします
(それでも最近はそうでもないようですが)。
売春とはちょっと違いますが、
毎日新聞では昔「マリファナには中毒性が無いので法で禁止する必要は無いのでは」
という記者の主張が掲載された事がありました。
「一般紙にしては思い切ったことを書くなあ」と思って読みましたが、
「良識」ある人々から非難されたためでしょうか、
その後類似の主張にはお目にかかっていません。
-
>>98イカフライさん
>右翼と保守、というのはまた違いますしね。
>イデオロギ−とかとは、あまり関係無いと思います。
左翼の関心のあるところは「人権」ですよね。
平和問題だって人権問題の一つと言って良いでしょう。
そして売買春肯定派左翼の関心は
「性的マイノリティの人権」にあるんじゃないかなー
と思います。
自分の身体を商品にする事に抵抗が少ない人は少ないですが(解りづらい表現^^;)、
しかしそうしたい人にはそうする権利が認められるべきだ。
またそのことで周囲から「自分の尊厳をお金に換える哀れな人」などといった
差別・偏見を受ける謂れは無い。
といったところでしょうか。
一方否定派左翼の関心もやはり人権ですが、
それは「貧困故に売春せざるを得ない人」の人権にあり、
そして売買春を否定することがその問題の解決につながると考えている。
しかしその手法は同時に、上に挙げたような性的マイノリティの権利とは
対立します。
もう一つさらに大事なことには、(今までイカフライさんなどが述べてきたように)
売買春否定は「売春せざるを得ない人」の問題の解決に実は寄与せず、
むしろ阻害する要因にすらなっている。
さらに右翼はというと、もともと人権問題などには関心が薄いんでしょうね^^;
日本の右翼の最大の関心は「日本」を擁護することにあるんでしょう。
だから人権問題でも、それが「日本」批判につながる時にだけ
関心が生じる。
従軍慰安婦問題にしてもそうですし、
ベトナム戦争での韓国軍の残虐行為の批判にしても、
人権問題そのものに対する関心というより
日本の犯罪をそれによって相対化(擁護)することに目的があるようですし。
ちょっと脱線してしまいました^^;
-
>>115
横レスですが・・・
>しかしその手法は同時に、上に挙げたような性的マイノリティの権利とは
対立します。
「身体を商品にする事でしか性欲が満たされない性癖」というのであれば「性的マイノリティ」といえるでしょうが
「身体を商品にする事に抵抗が少ない人」が“少数”であるからといって、
それを「性的マイノリティ」というのは無理があります。
また、性的マイノリティ―の性癖の全てが守られるとは限らないことは
以前にスライムベスさんも述べておられましたね。
>もう一つさらに大事なことには、(今までイカフライさんなどが述べてきたように)
売買春否定は「売春せざるを得ない人」の問題の解決に実は寄与せず、
むしろ阻害する要因にすらなっている。
世界中の貧困がなくならない限り「売春せざるを得ない人」は存在し続けるわけで
迂遠のようだけれど、貧困を無くすことしか問題解決の道はないと思うのですが・・・・
-
>>113
>ダブハン
ああ、これは申し訳ない。
謝罪と訂正させていただきます。
「このダブスタ(ダブルスタンダード=二重規範)主義野郎!」
>引用は、行単位・行頭で!
どれが引用で、どれがご自身の意見なのか判別が付きません。
>一言も言っていない
誤読です。きちんと読み返すこと。
ああ、でも読んでも判らないから誤読したんですよね。すいません。
【性欲の解消について、偏向した制限条件を作ること(ここまでが武蔵氏が述べたこと)】は、【性欲の解消そのものを「悪いこと」と捉える意識を生み出しかねない(武蔵氏の主張から生まれる次のステップを示したもの)】
武蔵氏が述べた意見を発展させていくと、そういうことになりますよ、という「武蔵氏が自分の主張からは思い至らなかった、武蔵氏自身の主張の展開結果」を述べるとそうなるんですね。
私の意見というより、あなた自身の意見を推し進めるとそうなってしまいますけど、それでいいんですか? ということです。
私は何から何まであなたに反対しているんじゃないですよ。
あなたの述べた意見をそのまま採用したとすると、こういうことになっていく可能性があります(あなたの望まない未来)よ、ということを、シミュレーションしているに過ぎません。
あなたの意見を拡張した私の意見に、あなたご自身が不快感を感じるのだとしたら、あなたの意見には欠陥か解決すべき課題がある、ということでは?
その点、私については「鏡」か「シミュレーター」だと思っていただいてかまいませんが。
-
>>113
>買春は生殖と関わらない、そこで生殖機能を出すのはダブルスタンダード
あのー、ダブルスタンダードの言葉の意味を間違って使っています(^^;)
恩情でスルーしてあげましょうか?(^^;)
「性欲は、生殖を促進するための生理現象である(女性に発情し、射精することで生殖を行う)」
「発情するたびに生殖行為をすることはできない(相手がすでに妊娠している場合、相手が発情していない場合他)」
「生殖行為は100%の成功率を持つわけではないので、オスはより多くの生殖の機会が持てるよう、メスよりも多く発情するように身体ができている」(人間は発情期がないというが、メスの発情は通常は排卵周期と同じ。人間のメスは29日に一回のペースで発情する)
「オスは必然的に、発情周期があるメスよりも多く発情する。これを便宜的に余剰性欲と呼ぶ」
「余剰性欲は、余剰な発情(性的興奮の解消)と余剰生産された精子の排出を必要としており、これが果たされないことで性的ストレスが発生する」
自然界では、メスの発情が起こる周期が長い(これは食料調達能力の問題らしい)ので、オスはその時期に集中して発情する。
また、メスを発情させるために、子殺しを行う例(熊、猿など)も頻繁に見受けられる。
人間の場合、「生殖/妊娠中に子供を殺して新たな生殖を行う」「生殖行為を強制する」という行為は、宗教/法律など社会的な規範を設定することや、何らかの代替行為で抑制・発散させている。
また、「生殖行為を擬似的に代替する」ことで、生殖への能力と意思を損なわない状態を維持し、余剰性欲を子殺しや強制に向けさせないようにしている。>売買春の必要性の説明
生殖に必要な発情(性欲)が衰えないようにすることは、人間の「種」の保存上必要なことである。
売買春は、発情(性欲とその発散)を抑制せずに、余剰性欲を解消させるために必要なシステムである。
人間の生理機能/生殖行為というものを、「個人の娯楽」という観点ではなく、「種の保存」という観点から見ると、売買春の【意義と効能】はそのように説明できるかと。
別に武蔵氏に同意していただかなくてもかまいませんよ。わかるならいいし、わからないならそれはそれで。
-
>調査をしない話はどちらとも言えない
じゃ、あなたと話をするのは無意味ですな。
>正規の交渉相手
「正規の交渉相手【以外】との間で性欲を解消した経験がある」ですね。
あなたの見落としです。
酒気帯びの例え話は的はずれなので、無視します。
-
>>114
>週刊金曜日と朝日新聞などの
なるほど。
いわゆる「保守層」と言うと、「自民党支持のバリバリの老人」のイメージもあるかもしれませんが、実は「戦後直後からの保守層」と「その次と次くらいの世代の保守層」は、「保守」すべき対象が実は違ってきてるんじゃないかなぁ、と思うときがあります。
売春禁止法施行以前の世代(赤線を知っている世代)の保守層は、「売買春容認」が保守的思想だと思うだろうし、赤線がなくなった後の世代は「売買春の否定」が保守的思想だと思っている、かもしれない。
このあたりは「保守」「革新」というより、「それについての知識・経験の有無の差からくる、世代間の温度差」なのでは、とも思いますがいかがでしょう。
ラジカルな雑誌などでは、議論の機会が持てる(戦前からの保守、戦後直後の保守、高度成長期の保守と、さらにその下の世代の意見を、網羅して取り上げることができる)けど、世論形成の使命を自認する新聞などでは、「まとまっていない(または新聞の主張に合致しない)市井の一意見」に、新聞の冠を付けて掲載するということがなかなかできにくいのかもしれません。
そのあたりが(メディアの限界でもありますが)新聞がより柔軟な情報交換のできる他メディアに勝てない理由かもしれません。
以下、脱線で。
たぶん、「マリファナ(大麻)には【常習性】がないので、法で禁止する必要がないのでは」が記者の真意だったのでしょうね、それ。
中毒性と常習性では、マリファナよりタバコのほうが上ですし(^^;)、私もその意見にはけっこう頷くべき部分が多いのではないかと思いますが、世間的には「マリファナと大麻、覚醒剤と阿片、LSD、コカインの効能や区別」はまったく付いてないわけで(^^;)……
日本では、かつて覚醒剤(ヒロポン)が合法だった時代がありますが、元は「疲労がポンポン飛んでいく、生産性向上薬」だったわけですよね(私の高校時代の恩師が「合法だった頃に、世の中のためになると思ってヒロポン作ってた」と仰っておりましたが(^^;))。
時代の要求が、メリットとデメリットの評価の高低をひっくり返してしまう一例ということかもしれません。
なお、ヒロポン(覚醒剤)などアッパー系は労働者の生産性を上げますが、労働者の寿命を縮めてしまうので、長期的はいいものだとは言えません。ので、反対。
タバコは常習性、中毒性、肺ガンの発生因子と言われていますが、鎮静効果(血管を縮める効果)のほうが高く評価されていますね。私、ヤニ食いですので、タバコは賛成(^^;)
阿片などダウナー系は労働意欲を著しく低下させてしまいます。幸福感を煽るということで怒りや対立を緩和し世界平和をもたらす効能があると思いますが、肉体的負担と生産性の低下のデメリットのほうが大きいと判断します。ので、反対。
以前、「麻薬でハッピー世界平和」という説を書いた記憶がありますが……まあ、このへんの話はどこまでも脱線していくので、ここまでで(^^;)
-
>>115
>売春肯定派左翼の関心
>売春否定派左翼の関心
>ふたつの主張の争点と問題点
これはいずれも理解できます。
>右翼の関心は薄い
すべてがそうかどうかについては何とも言い難いので、個人として断言することは避けておきますが、普通に右翼というと「街宣右翼」や「大政翼賛右翼」が連想されがちなので(笑)、「右翼」「左翼」の本来の語義に近い「保守」という視点からは多少意見を申し述べられるかと思います。
左翼の言う「人権擁護」というのは、敵は「体制」または「社会全体」であって、その中で個人の権利をどのように保護するか、という点に重点が置かれています。
これに対して右翼または保守というのは、「個人が所属する社会(共同体)全体の運営と護持」が優先課題になっている。全体の調和や円滑化を考慮すると、個人に制限が加わらざるを得ない、という方向に重点が置かれています。
これは、本来はどちらも正しくどちらも重要だと思うのですが、左翼は社会の運営者の側ではありません(その意味では、民主社会では保守が多数派、左翼は常に少数派)から、個人の団結を叫びながら、その一方で「個人を過度に尊重してもどうせ全体が揺るぐことがない」と自らを過小評価しているが故に、「一人くらいいいじゃないか!」「社会は個人を尊重しろ!」と、「社会全体(と、その運営者側である保守層)」に対して責任を引き受けることを叫ぶ。
右翼(保守)は、社会の運営者側(もしくは、多数派が社会の運営者の活動を承認している)ですから、個人の尊重に興味がないわけではないけれども、「全体としてはどうか?」という部分を、より尊重する。
右翼(保守)が「全体主義」「体制主義」と言われてしまうのは、一部では間違っていないと思いますが、それなりの根拠(社会を運営する上での必要性)があるとも言える。
そうなると、右翼(保守)は人権問題に関心が薄いというより、「優先課題は個人の権利より、全体の円滑化にある」となってしまわざるを得ない。
これは、実は旧ソ連や中国共産党などの共産主義体制でも同じ事が起こっていて(笑)、左翼が保守(体制・社会の運営者側)に立った結果、旧ソ連も中国共産党も「超全体主義」に陥ってしまい、個人の権利は著しく制限されてしまった。
従軍慰安婦問題、ベトナム戦争での韓国軍の残虐行為などについては、触れ始めるとスレができてしまうので、次の機会に(^^;)
-
>>116
>性的マイノリティ
別にムリはないと思います。
>貧困の解決
それを言ったら、あらゆる問題が貧困の解決によって解消されると思うんですが(笑)
一応スレから脱線するのを覚悟でちょっと聞いてみたいのですが(必要なら別スレ立てますけど)、全人類の貧困の解決というのは武蔵氏はどのような手順で実現可能だと思いますか?
「経済格差(貧富の差)」は貧しい側に欠乏をもたらしますが、「水は流れ続けることで川を作る」「流れのない水は汚濁し腐敗する」と言われるように、活発な経済活動の「恩恵をよくすること」が貧困からの脱出であろうと思われます。そうすると、「誰かが貧困から脱出するためには、誰かが必ずツケを払わなければならない」ということにもなります。完全に水平で平等な貧困からの脱出というものは、残念ながら人類はまだ実現できていません。
(マルクス主義または毛沢東主義による人民の水平性というものも、結果は実験失敗でしたし)
また、「同じ物に対して感じる価値の差」というものも、「貧困意識」を生みますよね。
武蔵氏がお読みになっていないサイド6スレに書きましたが、私、先日イラクの食生活を体感してみたいと思い、イラクの主食である「ホブス」を自分で焼いてみたんですよね。
30cmのホブスの売り値が、イラクでは1枚25ディナール(1円50銭)。私は20cmのホブス(フライパンの関係で)を焼いてみましたが、原材料費だけで1枚あたり10円以上かかっています。
イラク人は、「1枚がイラクの8〜10倍近い値段もするホブスを買えるなんて、日本人はなんて豊かなんだ!」と思うでしょうね。
日本人の私としましては「10円もかかるホブスを1円50銭で買えるなんて、イラク人はなんて満たされているんだ」と思いました。
(ちなみに、イラクはガソリンが1L=1〜2円なんですって。現在高騰して闇値で220〜250円、約100〜200倍になってるんだとか。それでも日本では通常1L=100円前後ですからねぇ……イラクは豊かですよねぇ)
ホブスの例で収入と食費の費用の格差を計算すると、イラクは収入が月収入が50ドル(イラク警察官の給与)=50000円程度で、30万円稼いでいる日本のお父さんより遙かに安いですので、日本人より貧困であるように見えますが、収入に対する食費は1/10、日本人は3/10程度かかりました(子細はサイド6スレにあります)ので、日本人のほうがエンゲル係数が高く、イラク人よりも貧困であるということになってしまいます。
イラク人の6倍も稼いでるのに、イラク人の10倍もする食糧を食べてるのに、果たして日本人はイラク人より「金持ちだ」と言い切れますでしょうか?
このように、経済格差・貧困意識というのは、単なる「所得と支出の比較」だけでは算定できないと思うのです。
では、どのようにしたら「自分は貧困であり、乏しく、満たされておらず、可哀想な人間だ」という意識を払拭することができるのでしょうか?
究極的には「他人との接触を一切断ち、資本主義経済に参加せず、自活生活を送り、他人と自分の持ち物を比較しない」を実践するしかないのでは、とも思います。
でも、そんな後戻りは、物理的な障壁でもない限りできない。
では、どうしたら?
-
……と書いたものの、一応、「貧困からの脱出」については、別スレを立ててみました。
ご同意いただけるのであれば、この話題については
【戦争売春廃絶】世界の貧困をなくす方法を武蔵氏と考える
http://jbbs.shitaraba.com/study/bbs/read.cgi?BBS=2500&KEY=1072167364
への移動をお願いできると助かります>諸氏
-
>>117
>一言も言っていない
誤読です。きちんと読み返すこと。
<省略>
私の意見というより、あなた自身の意見を推し進めるとそうなってしまいますけど、それでいいんですか? ということです。
性欲を悪だというよう推し進め方をされてしまうような表現はしていないどころか
何度も否定しているのですのに、それを聞き入れず
あえて勝手な推し進め方をする責任は誰にあるのですか?
言っていないどころか、何度も性欲の存在を認めた上で、
特定の相手以外の性行為も否定しないと、いろんなケースの例で何度も何度も言っております。
勝手に推し進めて、勝手な批判をくっつけるのはよしてください。
-
>>118
>(人間は発情期がないというが、メスの発情は通常は排卵周期と同じ。人間のメスは29日に一回のペースで発情する)
「オスは必然的に、発情周期があるメスよりも多く発情する。これを便宜的に余剰性欲と呼ぶ」
おかしな学説ですなあ。信じがたい学説ですわ。
おそらく「ヤスツ&ヤスツパートナーに於ける発情の実際」というところでしょう。
これは、ヤスツパートナーの発情状況を誤解しておるのかも知れません。
喜びを与えていないのでしょうなあ。
月一回の狼女になった時だけしかお相手してもらえないようですね。
金の代償による一方的なサービスによって満足しているヤスツ氏は、
パートナーを発情させるすべを知らないのではないですか?
人間のメスは、好もしいオスとの間で雰囲気が出来れば、常時発情することが出来るし
それを多くの男性は体験的に知っています。
-
>>119
>>正規の交渉相手
>「正規の交渉相手【以外】との間で性欲を解消した経験がある」ですね。
>あなたの見落としです。
違うのですよ。きちんと見た上で言っています。
>「正規の交渉相手以外との間で性行為を行う」ということそのものは、別に異常ではなく正常なこと、ということになりませんかね? >>108
私はこれを否定していないと申し上げたのです。
正規の交渉相手以外と、性欲を「解消“しあう”」ことを、私は否定していません。
従って、
「酒気帯びの例え話は的はずれ」ではないのですが、
あなたには理解不能ですか?
|
|
|
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板