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売買春の是非について語れ!
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>>26
たぶん、この話でもっとも大きな障害になるのはイカフライ女史のご指摘にあるように「偏見」でしょうね。
「偏見」と「性教育」というのは、ループするテーマになっているのだと思われます。
偏見があるから性教育が進まない。性教育が十分でないので偏見が助長される。
現在の性教育は、「生理的機能の説明」くらいに終始していますが、本来ならもう少し踏み込むべきなのではないか、と思うわけですね。
ただ、これは検討する余地のある問題でもあるかもしれません。「誰が教えるのか」という問題がどうしても出てきますので。
元々「性教育」というジャンルについては、公共事業または「教育指導要綱」に則ってやるものじゃなかったわけですよね。明治〜昭和の「小学校」や「旧制中学」で、教師が授業としてそういうことを教えたという話はおよそ聞きませんし、江戸期の寺子屋/手習いでも教えるのは「読み書き計算」ですから性教育には踏み込まない。百歩譲って「私塾」などでもやっぱりそういうことは「学校側」は教えません。
では、誰がそれを教えていたのかと言いますと、「先輩が後輩を」や、「お節介な叔父さんが甥っ子を連れて岡場所へ」だったり、「お節介なご新造さんが男の子を筆卸し」だったりしていくわけですね。学校の授業とは異なる場所で、「年長者が年少者に教える」という段階があった、と。
で、そうやって「学校外」教えられていくものだから、学校がカリキュラムに入れる必要がなかったわけです。
この流れは、昭和の「赤線」あたりまでは続いていたものと思われますね。
日本には(特に太平洋側の南側全域)、「若衆宿」という習俗がありました。これは南方(環太平洋〜アジア)に広く見られた習俗で、年頃の男の子は家を出て同世代+前後の年齢の若者同士で共同生活を営む、というものです。いわば一種の「寄宿舎」ですね。
子供時代は親元で暮らし、そこそこの年になってくると親元を離れて(といっても同じ村の中ですが)この「若衆宿」の一員になる。
それによって、ムラでの振る舞い方や大人になるまでの間に覚えるべきことを、「先輩」から教わりつつ「共同社会の一員」としての振る舞い方を身につけていく。
この若衆宿時代に、性教育に相当することも行われてきた。つまり、先輩が後輩に手本を示し、さらに一緒に夜這いに行ってみたり、一緒に岡場所に行ってみたりする。
行った先が民家の場合は、させてくれる(^^;)のはたいがいそこんちの奥さんだったりしたそうですが、娘さんの場合は後で祝言になったりならなかったり……
ともあれ、日本において性教育が「お上の専売」になっていないのは、「若衆宿的な習俗の中で、そのようにして身につけていくもの」という慣習があったからなのでは、と思われます。
ところが赤線を廃止したあたりで、「民間で性教育をする場」がなくなってしまうわけです。
もちろん、学校は元々そんなことは教えてないわけですから(何しろ学校は聖なる学舎ですから(笑))、性教育を実践的に教える場所が、赤線廃止と同時に一気になくなってしまった。
そうなると、そうした知識を取得する機会というのは、「友達に聞いて」「本で見て」「ビデオで」という偏った耳学問に制限されてきます。
このこと(実践を伴った事前訓練の機会がない)は、私はどちらかと言えば「本番で不幸になる」と思っています。
というのは、耳学問の予備情報というのは、実践を伴わないだけに「コミュニケーションをどう取るか?」という非常に重要な部分が欠落しています。それこそ、濡らさないでいきなり入れたら裂傷を負う、てなことは、知識が偏っていたらわからんわけで、「そこは気持ちよくさせないと濡れてこない」「気持ちよくさせるためにはどうしたらいいか」みたいな実践的訓練も必要になってくる。そうした訓練は、コミュニケーションが取れなければ成立し得ないわけでして……
私が性教育の必要性を強く感じるのは、「女の子のあしらい方」を、男はどこかで学ばないといけないんでないかい、という危機感によります。
本来は学校外でやっておくべきことなんでしょうけどね(^^;)
この「女の子のあしらい方」を知らないまま大人になってしまうのは、男の側と「あしらい方を知らない男に、乱暴に扱われる女の側」との間に、暗くて深い溝を作ることになってしまうんではないかなぁ、と。
思い通りにならないから、言うことを聞かせるために無理矢理……という男が、次々に性犯罪に走るのだとすれば、やはり「初期の性教育」の必要性を、さらに強く感じます。
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