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売買春の是非について語れ!
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今からおでかけしちゃうので詳しくレスできませんが、
「国民皆兵で、国の主要産業だったスイス」では、金のために他国のために闘う【戦闘のプロ】として、戦闘という特殊技術(戦略、戦術、戦術を実現するための体術、武器使用技能全般)を「換金価値のある無形の商品」として売っていた。
組み立てに清浄な空気が必要だった時計が産業になったのは近代のことで、ヤギのチーズなど輸出に当てられるほど大量に作れるわけでもない。信頼性の高い銀行はあっても、金融の中心なわけでもない。
攻められない程度の堅牢な自然の要害があっても、それを犯してまで攻めるほどの資源も資産もない。
そうすると、「人、人材、技能」を売るしかなかった。
スイスは伝統的に「傭兵」を主要な輸出産業にしていた。
親兄弟、親族同士が、対立する勢力に雇われて闘うこともあった。
それでも、親族の情に鈍ることなく働き、闘った。そのことがスイスの傭兵の信頼性と価値を高めた。
スイスの独立と中立は、他国で流した傭兵の血で贖われている。
大義というのは「無意味に死ぬことの恐怖を軽減するための麻酔薬」であり、なるべく死なないように戦い生き残る(戦場では最後に立っていた者が勝ち)ことそのものに技術をつぎ込み信頼性を勝ち取っているのが傭兵。
傭兵が「戦争の技術を売る」、売春婦が「使い減りしない(言葉は汚いんですが)性技を売る」、道路工事などの肉体労働者が「力と体力を売る」。
闘うことを「職業のひとつ」と考えている彼らからすれば、大義があるとすれば、「家族を養うためだよ」という、そこに帰結するんでないかい、と思いました。
ああっ、もうタイムアップ!
ではまた!
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