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売買春の是非について語れ!
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なにわともあれ、売買春の是非について語れ。
この場合の是非は「非合法だからダメ」というオチはなしで。
「非合法」をタテに取るなら「なぜ非合法である必然があるのか」を語れ。
「合法」を目指すなら「合法である必然」を語れ。
・倫理/道義上の問題とするなら、宗教観を明らかに
・売り買いOKとするなら、その根拠を明らかに
・禁止/許可いずれも、その「必然と根拠」を明確に
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>>100
>他と比べて破格の単価を払う
これは別に特定の意志が働いてそうさせているわけではないでしょうに。
「売り手の人数が少なく、買い手の人数が多い。商品の数が少なく、客の人数が多い。
このように【供給<需要】の関係にある場合、供給者側が価格決定を有利に進めることができる」
というのは、誰かが意識して「アメ」としているわけではなく、需要が圧倒的に多いからその価格になっている、市場価値を供給側が決められる、というだけのことでしょうに。
「破格の単価を払うことで、厭な仕事に追い込む」
というのは、ちとおかしいと思いますが。
女性看護師の必要数が足りないのは、
・資格が必要だから
・需要者(直接報酬を支払う者)が売春の場合に比べて圧倒的に少ないから
ではないですか?
また、イカフライ女史が「売春は3K労働に入る」と仰っておられたかと思いますが、看護師も3K労働に入りますよね。だから職種としてはなり手が少ない。
看護師に報酬を支払う需要者は「病院」であって、患者個人ではありません。
売春婦に報酬を支払う需要者は「仲介者(店)」または「客個人」ですが、【広い】需要があるからこそ高額報酬になっていくのでは?
看護師には緊急性を伴う需要があるけど、それを雇う側である病院の数は、買春をしてでも売春婦を必要と考える人の数、もしくは支払い能力を下回る。
だから看護師は職能に対して高額報酬を得られない。
武蔵氏は、あらゆる職業には「需要」があり、「需要の多寡(たか)」が供給者への報酬額を決める、ということを失念しておいででは?
・需要が少なければ供給は少なくてもよい
・需要が少ないのに供給が多くなれば、供給側は生き残り競争のため価格を安くせざるを得ない
・需要が少ないのに供給が多くなれば、供給側は生き残り競争のため品質を高める(高級化)ことで低価格のものと競合せざるを得ない ←この場合、売春婦は「特殊技能者」ということで、「股を開くだけ」の供給者より高額報酬を稼ぐ機会を得る
・需要が多いのに供給が少なければ、需要側は少ないパイの獲得のため、品質に拘わらず価格が高くてもそれを購入せざるを得ない ←この場合、売春婦は「希少価値」ということで、「股を開くだけ」であっても高額報酬を稼ぐ機会を得る
・需要の高まりに連れて供給が多くなれば、需要側は自分の経済状況や希望に応じた選択肢を選ぶことができるようになる。 ←この場合、需要者側の人数が増えることで需要の「種類」そのものが広がり、「股を開くだけの廉価な供給」と「特殊技能を持つ高価な供給」、「希少価値の高価な供給」がそれぞれ共存できる、「自由度と選択肢のある市場」が形成される
・需要が多く、供給も多い状態に進化し、市場が円熟してくれば、「高額の高品質サービス」と「廉価な低品質サービス」は共存が可能になる
このように、価格決定のプロセスというのは「需要者の人数、規模」に左右されるものであって、価格を決める立場にある「雇用側(店)」や「事業主(売春婦)本人」はその需要を見越して報酬額を決めていくわけですよね。
これは他の業種でも特殊なものを除けば同じだと思うんですけど。
この場合の特殊なものというのは、
・競合他社がなく、競争がない職業 (例えば宅配業が出てくる前の郵便事業や、一社が寡占・独占しているカテゴリの業種など。一人勝ち時代の任天堂などですな)
・最低数・絶対数の確保が必要な公共事業だが、報酬支払いを引き受ける業者がいない場合に、国が赤字覚悟で「国営」とする場合 (実は郵政事業のうちの、郵便配達はこれに含まれるそうです)
などでしょう。
例えば、需要に対して絶対数が少なく、高額な報酬を支払うところが民間にもなく、国が一手に引き受けて……という国営管理売春であるなら、そうした「アメ」を国が振るう形もありうるかもしれません。
が、市場原理に基づいて自由化され、その報酬を事業主当人かそれに準じるものが決めるのだとしたら、価格を高額な「アメ」に釣り上げるのは、需要側と思われます。
武蔵氏は、「供給を必要とするもの(店)が、不当な高値を決定(アメ)している」と考えているようですが、それはある意味正しく、ある意味理解としては不完全では。
供給者である店や売春婦本人が決めた「高い料金=高い報酬」に従って、その金額を支払う「需要」があることが、むしろ重要なのでは?
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価格決定者が、その価格を決める(売値と差し引き利益)最大の理由は、「それほどの高額でも金を払う客が居る」ということに尽きるでしょうね。
その意味では、武蔵氏は、「需要を満たす手段としての売りがあるから悪いのだ」「売り手(と、就業者を分けて考えてるみたいですが)が高値を付けるから、売春に手を染める女性が後を絶たないのだ」「売り手がいなくなれば、買い手も減るのだ」とお考えのようですね。
私は、「需要が価格を決めるのだ」「需要が市場を形成する原動力となるのだ」「法規制という制限が自由競争を阻害し、違法な収益を上げ、就労者に強制を行う犯罪の温床を作るのだ」(その違法性が、売春に後ろめたさを持たせるのだ)と考えておりますので、売春合法化によって、価格(報酬)の低廉化、就労者の就労意志の自由化が進むほうが、この問題は健全に解決されるだろうと考えていますが。
私がもし武蔵氏の立場に立つ(=売春という職業が成立しないようにすることで、売春婦が厭な仕事をしなくていいようにする、でしたっけ(笑))なら、
・売春に対して客が付かないようにする(段階的に需要を減らし、最終的には需要をなくす) →需要が減ることで報酬も低価格化し、就業者が「報酬が労働内容に見合わない」と考えるようになれば、結果的に需要も供給も減少して売春は消滅する
・上を実現するために、主要な売春利用客を年代別に調査し、「外で解消」しなければならない要因を解決する →夫婦恋人といたすなり、しなくてもいいように性欲を鎮める方法を提供するなり。まあ、一種の「断種」政策ですかね(笑)
このような方法を考えるでしょう。
「売り手がいるからみんなが買いたがるのだ」「売り手が高額なアメ的金額を決めるから、騙された女性が嫌々それを選ばざるを得なくなるのだ」という武蔵氏のお考えを成立させているのは、むしろ「客の存在」ですよね。
でも武蔵氏はそうした「客」の存在を解決することを考えずに、「需要は放置。供給だけを粉砕すればよい」とお考えのように見えます。
私は「需要がなくならない以上、供給はなくならない」という考えから売春合法化を述べているわけですが、武蔵氏は「需要がなくならない」ことを承知の上で、「需要を減らす方法を考えずに、供給だけ減らせ」と仰っておられるわけです。
供給側だって、商売でやってるわけですから(慈善事業や公共事業でなく)、需要を減らすことで供給も減らすことができるとはお考えにならないんですか?
そこまで遡った上で、武蔵氏は、「性欲解消産業」に対する需要を消滅とは言わないまでも、減少させる具体的なプランをお持ちですか?
もしなんなら、一緒に考えましょうか?
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