したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

中学生バトルロワイアル part6

1 ◆j1I31zelYA:2013/10/14(月) 19:54:26 ID:rHQuqlGU0
中学生キャラでバトルロワイアルのパロディを行うリレーSS企画です。
企画の性質上版権キャラの死亡、流血、残虐描写が含まれますので御了承の上閲覧ください。

この企画はみんなで創り上げる企画です。書き手初心者でも大歓迎。
何か分からないことがあれば気軽にご質問くださいませ。きっと優しい誰かが答えてくれます!
みんなでワイワイ楽しんでいきましょう!

まとめwiki
ttp://www38.atwiki.jp/jhs-rowa/

したらば避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/14963/

前スレ
ttp://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1363185933/

参加者名簿

【バトルロワイアル】2/6
○七原秋也/●中川典子/○相馬光子/ ●滝口優一郎 /●桐山和雄/●月岡彰

【テニスの王子様】2/6
○越前リョーマ/ ●手塚国光 /●真田弦一郎/○切原赤也/ ●跡部景吾 /●遠山金太郎

【GTO】2/6
○菊地善人/ ●吉川のぼる /●神崎麗美/●相沢雅/ ●渋谷翔 /○常盤愛

【うえきの法則】3/6
○植木耕助/●佐野清一郎/○宗屋ヒデヨシ/ ●マリリン・キャリー /○バロウ・エシャロット/●ロベルト・ハイドン

【未来日記】3/5
○天野雪輝/○我妻由乃/○秋瀬或/●高坂王子/ ●日野日向

【ゆるゆり】2/5
●赤座あかり/ ●歳納京子 /○船見結衣/●吉川ちなつ/○杉浦綾乃

【ヱヴァンゲリヲン新劇場版】2/5
●碇シンジ/○綾波レイ/○式波・アスカ・ラングレー/ ●真希波・マリ・イラストリアス / ●鈴原トウジ

【とある科学の超電磁砲】2/4
●御坂美琴/○白井黒子/○初春飾利/ ●佐天涙子

【ひぐらしのなく頃に】1/4
●前原圭一/○竜宮レナ/●園崎魅音/ ●園崎詩音

【幽☆遊☆白書】2/4
○浦飯幽助/ ●桑原和真 / ●雪村螢子 /○御手洗清志

男子11/27名 女子10/24名 残り21名

2 ◆j1I31zelYA:2013/10/14(月) 21:51:47 ID:Sd5reZF20
このたび、総合板に移転させていただきました。

前スレが埋まりましたので、投下の続きをこちらから投下します。

3錯綜する思春期のパラベラム(後編) ◆j1I31zelYA:2013/10/14(月) 21:52:51 ID:Sd5reZF20

「よーく、分かったよ」

彫像のように固まって、うつむいていたヒデヨシが顔を上げた。
すっと、右手が半開きになったディパックの中に動く。
素早く引き抜かれたそこには、黒い鉄の塊が握られていた。

「他の参加者に、そんなことを漏らされる前に死んでくれ」
「テメェッ――!」
「やめなよ、浦飯」

逆ギレして襲い掛かってくるぐらいは、予想している。
しかも、他の二人は座っていたのに対して、愛は最初から立っていた。
だから、この時ばかりはもっとも早く動けた。
一挙動で、テーブルへと飛び乗る。右足を回し、振りぬく。
革靴のつま先が正確にヒデヨシの右手首を撃ちぬき、コルトパイソンを弾きとばした。

「だっ……!」

ヒデヨシが痛みにうめいて手首をおさえた瞬間には、既にして第二撃がととのっている。
最短で、まっすぐに、一直線に、前方に、足を放つ、ぶっ飛ばす。
テコンドーの蹴り技、その基本である前蹴り(アプチャギ)が、顔面を直撃した。

「ごっ……!」

猿顔の鼻筋に、蹴りがめり込む。その勢いのまま首をがくんとそらせて椅子ごと巻き込み、ヒデヨシは後方へと倒れ、地面をすべった。
浦飯が、初めて目にする常盤愛のテコンドーに目を丸くしている。

「と、常盤……?」
「勘違いしないでよね。自分でぶっ飛ばしたいから止めたんじゃない。
こんなヤツの命を、アンタがしょいこむことないからよ」

浦飯なら、もしかして血がのぼった拍子にまた殴り殺してしまうかもしれない。
そう思ったから、先に動いた。
人を殺しておいて、それを罪とも認めない。間違っていると指摘されても、さらに人を殺して上塗りするヤツ。
遅すぎる償いかもしれないけれど、こんなヤツを野放しにはしたくない。
何より、こんなヤツを放置したって殺したって、浦飯は救われないだろう。

「とりあえず気絶させてから、秋瀬のところまで連れていくわよ」

ヒデヨシが起き上がってこないかを警戒しながら、愛はヒデヨシを拘束すべくじりじりと距離をつめる。

むくり、とヒデヨシが顔だけを起こし。
愛と目が合って、笑みが浮かんだ。
とても卑屈そうな、しかし『してやったり』と言いたげな笑みが。

4錯綜する思春期のパラベラム(後編) ◆j1I31zelYA:2013/10/14(月) 21:54:16 ID:Sd5reZF20



!?



おかしい。なぜ笑う。
まるで、『計画通り』だとでも言わんばかりに。
常盤愛によってぶっ飛ばされることで、ヒデヨシがこうむる利益なんて――







「お前ら!! オレの『仲間』に、何してんだあぁぁぁぁっ!!」







――『木』が、常盤愛に向かって一直線に突進してきた。

5錯綜する思春期のパラベラム(後編) ◆j1I31zelYA:2013/10/14(月) 21:55:21 ID:Sd5reZF20
「危ねぇっ!」

とっさに浦飯が飛び出し、愛を抱きかかえるようにして飛びずさる。
太くて茶色くてがっしりした、木の幹にしか見えないものが、
一直線にのびて常盤のいた場所を貫き、東屋の支柱に激突して止まった。

(なんで……!? 『逆ナン日記』の予知からは、ノイズが聞こえなかったのに)

携帯を露骨にチェックするような真似は避けていたけれど、未来予知のノイズには絶えず耳を傾けていた。
『逆ナン日記』では、遭遇する『男』のおおざっぱな印象しか予知できないけれど、
それでも出会いがしらに攻撃してくるほど強烈な印象の『少年』ならば、未来予知が変わらないはずない。
遊歩道ぞいのゆるやかな丘陵地に着地させてもらうと、愛は背負っていたディパックのポケットから日記を取り出し、開く。

「何よ……これ」

宗谷ヒデヨシの“似顔絵”が。
携帯電話の液晶ディスプレイに内側から張り付けられ、日記の文字を塗りつぶしていた。
そして、予知には表示されていなかった少年が、ヒデヨシを介抱するように駆け寄る。

「ヒデヨシ、大丈夫か!?」
「植木っ! ああ、ぶっちゃけこれぐらい何ともねぇよ」

宗谷ヒデヨシの顔に浮かぶのは、安堵したような笑み。
芝草のような緑色の髪をした少年が、意思の強そうな両眼に怒りを宿して二人を見下ろした。





携帯電話のディスプレイは、『液晶』という液体と固体の中間物質から構成されている。
液晶ディスプレイとひと口にいっても、『偏光フィルタ』『ガラス基板』『液晶』『光源』などのパーツに別れているのだけれど、詳しく内部構造を熟知している中学生はむしろ少数派だろう。
とにかく、それは何枚もの薄い板を重ね合わせて作られていることぐらいなら、ヒデヨシの知識でも覚えていた。
そして、“声を似顔絵に変える能力”を使えば、似顔絵を“どこにでも”貼り付けることができる。

情報を聞き出してから殺す上で、未来日記の予知は必要不可欠だ。
交渉が決裂するとあらかじめ分かっていれば、それより先に不意をつくこともできる。
かといって、会話を行いながらもチラチラと携帯を気にしたり、携帯電話から何度もノイズ音を出したりしていれば、相手が日記所有者でなくとも不審に思われてしまう。
では、どうすれば未来変化のノイズを防げるか。
ノイズ音が走るのは、未来予知が書き変わる時に、日記の画面に砂嵐が走るからだ。
ならば砂嵐が走る瞬間に、ディスプレイに別のものを上書きすればノイズは防げるのではないか。
ディスプレイの偏光フィルタに“似顔絵”を貼りつけて、未来予知を塗りつぶす。
ホテルから移動するまでの間に実験をして、効果があるかは確認した。
ディパックを半開きにしてテーブルに置くと、ディスプレイの角度を調節して携帯電話を内部に設置する。
ちらりと視線をうつむけるだけで、未来予知を読めるように。
そして、日記にノイズが走りかけた瞬間に、“似顔絵”でディスプレイのフィルターを上書きする。
ノイズが通過するだけの時間を置いてから“似顔絵”を消せば、変化後の予知はきちんと読める。
画面を書き換えただけで、日記が壊れたわけでも、未来予知が狂ったわけでもないのだから。
ついでに、常盤愛がこそこそとディパックに携帯電話を隠していたようだったので、そちらのディスプレイもあらかじめ“似顔絵”で潰していた。
たとえ未来日記と契約していても、予知が読めなければ意味がない。

6名無しさん:2013/10/14(月) 21:56:50 ID:Sd5reZF20

交渉は、決裂した。
殺し合いで大切な幼馴染を喪った人物なら、上手く唆せば殺し合いに乗ってくれるかもしれない。
そう見込んでいたのが、裏目に出ようとしていた時だった。
無差別日記にはひとつの予知が表示される。
植木耕助が、時をおかずして駆けつけること。
ここから導き出される最善手はひとつしかなかった。
植木と浦飯たちを、協力させてはならない。
『全員が生き返る』と力説したところで、あの植木がそうそう殺し合いに乗るとは思えなかった。
だからその動向と生存とを確認して、ヒデヨシ自身の生還が絶望的になった時にでも、後を託せればいいと考えていた。
いくら植木でも、大切な仲間から『どうかオレを生き返らせてくれ』と頼みこまれてしまったら、無下にはしないだろう。
しかし、『殺し合いに乗らずに生き返らせる方法』を提示されてしまった。
『あの』植木なら、悪党の言いなりになって殺し合いに乗ってからすべてをやり直す方法と、
悪党をぶっ飛ばした後ですべてをやり直す方法とでは、どちらを選ぶだろうか。
考えるまでもない。
その選択肢がある限り、植木耕助は主催者の打倒を諦めないだろう。
ならば、浦飯たちの口をふさぐしかない。

時を同じくして、植木耕助もまた『探偵日記』を確認する。
しかし、日記所有者の予知をするという最強格の日記でも、死角はあった。
いや、それはすべての未来日記に共通する死角。
未来の行動を予知しても、その行動の意図を読むことまではできはしない。
かつて『探偵日記』を使った秋瀬或が、『雪輝日記』所有者の行動を読み切っていながらも『敢えて予知どおりに事を運ばれる』ことで出し抜かれたように。

植木耕助が、探偵日記によって宗谷ヒデヨシの居場所を知る。
宗屋ヒデヨシが、無差別日記によって『植木耕助がこの場にやってくる』という未来を知る。
知った上で、ヒデヨシは行動を決める。
図らずもその結果として、探偵日記にはヒデヨシの予知が更新された。



『ヒデヨシが日記を使って未来を変える。
[結果]ヒデヨシが、リーゼントの男と小柄な女の二人組に襲われる。
小柄な女の蹴りでぶっとばされる。』



そんな予知を見れば、植木は仲間を守るために突撃するに決まっている。





「ヒデヨシ、大丈夫か!?」
「植木っ! ああ、ぶっちゃけこれぐらい何ともねぇよ」

そんな会話を聞いて、幽助たちはマズイと直感する。
おそらく植木は、仲間が殺し合いに乗っていることを知らないのだろう。
ヒデヨシにこれ以上のことを喋らせてはならない。
しかし、幽助たちが口を開こうとするよりも素早く、ヒデヨシは人差し指で常盤たちを指し示した。

「植木、こいつらは殺し合いに乗ってる!
手を組んで、乗ってないふりをして人を殺して回ってるヤバい奴らだ!!」

7錯綜する思春期のパラベラム(後編) ◆j1I31zelYA:2013/10/14(月) 21:58:57 ID:Sd5reZF20
常盤が焦って、ヒデヨシを指差し返す。

「な……なに言ってるのよ!!
殺し合いに乗ったのも、先に銃を抜いて撃とうとしたのも、そっちじゃない!」

失言だった。
一瞬にして、植木のまとう空気が更なる怒りで熱くなる。
植木耕助にとっての宗谷ヒデヨシは、優しくて勇敢な少年だ。
ビビりなところもあるけれど、いざという時は命を賭けてでも大切な者を守ろうとする強い意思を持った友達だ。
面倒をみている孤児院の子どもたちから兄貴分のように慕われている、人望のある仲間だ。

「なに言ってんだ。ヒデヨシが、殺し合いなんかに乗るはずねぇだろうが!!」

『あの』宗谷ヒデヨシが、殺し合いに乗っている?
有り得ないを通り越して、想像するだに腹立たしい。
悪党が、仲間を陥れようとして口にする卑劣な虚飾にしか聞こえない。

さらに理由を足せば、植木には時間がなかった。とてもとても、時間がなかった。
どこかを一人で彷徨っている、杉浦綾乃を見つける。
綾乃を見つけ出して、同じく一人で行動している菊地善人を待つ。
二人を守らなければいけないからこそ、無差別に人を襲う者たちをうろつかせることなどできなかった。
それに、仲間を探すために、別の仲間が襲われているのを見過ごすことなんてできない。
だから今の植木にできる最善で最速の方法とは、一刻も早くこの2人を気絶させてからヒデヨシとともに綾乃を探し出すことだった。

「植木が来てくれたなら、もう百人力だ。『仲間』の結束の強さを、アイツらに見せてやろうぜ!」
「ああ!」

偽りの結束でもって、かつての仲間は『殺し合いに乗っている』少年と少女に戦火を交えようとする。
そんな二人を見て、幽助たちは同じ言葉を心中で吐き捨てた。

――この……ゲス野郎っ!!

【E-6/F-6との境界付近/一日目 夕方】

【宗屋ヒデヨシ@うえきの法則】
[状態]:冷静 、右手に怪我(噛み傷)
[装備]:無差別日記@未来日記、パンツァーファウストIII(0/1)予備カートリッジ×2、コルトパイソン(5/6) 予備弾×30、決して破損しない衣服
[道具]:基本支給品一式×5、『無差別日記』契約の電話番号が書かれた紙@未来日記、不明支給品0〜5、風紀委員の盾@とある科学の超電磁砲、秋瀬或の自転車@未来日記
警備ロボット@とある科学の超電磁砲、タバコ×3箱(1本消費)@現地調達、木刀@GTO
赤外線暗視スコープ@テニスの王子様、ロンギヌスの槍(仮)@ヱヴァンゲリヲン新劇場版 、手ぬぐいの詰まった箱@うえきの法則
基本行動方針:植木か自分が優勝して 、神の力で全てをチャラにする
1:常盤愛の問いかけに対して――
2:植木を利用して、浦飯たちを処分する。
[備考]
無差別日記と契約しました。
“声”を“似顔絵”に変える能力を利用して、未来日記の予知を表示できなくすることができます。


【植木耕助@うえきの法則】
[状態]:全身打撲、仲間を傷つけられた怒り
[装備]:探偵日記@未来日記
[道具]:基本支給品一式×3、遠山金太郎のラケット@テニスの王子様、よっちゃんが入っていた着ぐるみ@うえきの法則、目印留@幽☆遊☆白書
    ニューナンブM60@GTO、乾汁セットB@テニスの王子様
基本行動方針:絶対に殺し合いをやめさせる
1:ヒデヨシを守りながら殺し合いに乗った二人を倒し、一刻も早く綾乃を探す。
2:自分自身を含めて、全員を救ってみせる。
3:学校へ向かい、綾波レイを保護する。
4:皆と協力して殺し合いを止める。
5:テンコも探す。
[備考]
※参戦時期は、第三次選考最終日の、バロウVS佐野戦の直前。
※日野日向から、7月21日(参戦時期)時点で彼女の知っていた情報を、かなり詳しく教わりました。
※碇シンジから、エヴァンゲリオンや使徒について大まかに教わりました。
※レベル2の能力に目覚めました。

8錯綜する思春期のパラベラム(後編) ◆j1I31zelYA:2013/10/14(月) 22:00:13 ID:Sd5reZF20


【常盤愛@GTO】
[状態]:右手前腕に打撲
[装備]:逆ナン日記@未来日記、即席ハルバード(鉈@ひぐらしのなく頃に+現地調達のモップの柄)
[道具]:基本支給品一式、学籍簿@オリジナル、トウガラシ爆弾(残り6個)@GTO、ガムテープ@現地調達
基本行動方針:認めてくれた浦飯に恥じない自分でいる
1:どうにかして2人を止める。
2:浦飯に救われてほしい
[備考]
※参戦時期は、21巻時点のどこかです。
※幽助とはまだ断片的にしか情報交換をしていません。

【浦飯幽助@幽遊白書】
[状態]:精神に深い傷、貧血(大)、左頬に傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式×3、血まみれのナイフ@現実、不明支給品1〜3
基本行動方針: もう、生き返ることを期待しない
1:宗谷たちをどうにかする。
2:圭一から聞いた危険人物(金太郎、赤也、リョーマ、レイ)を探す?
3:殺すしかない相手は、殺す……?




「くそっ……何があったってんだよ」

菊地善人が戻ってくると、杉浦綾乃も植木耕助も姿を消していた。
残されていたのは、『綾乃がいなくなったから探す。すぐ戻る』という、植木の簡潔な書き置きだ。

こういう時は迷子の鉄則にのっとって『その場を動かずに待つ』ことで行き違いを回避すべきかもしれない。
だが、こうしている間にも状況は進行している。
碇シンジから託された綾波レイをはじめとする仲間たちが、菊地たちを待っている。それも、戦いの渦中に身を置いて。
第一に、杉浦のことが心配だった。
まだ半日の付き合いでしかないけれど、よっぽどのことでも無い限り勝手な行動をとって人を心配させる少女ではないと確信がある。
彼女の精神状態に、何事かがあったとしか思えない。
そういう時に、追いかけてやらないでどうするのだ。

「問題はどっちに行ったかつかめないってことだが……泣き言は無しだ。
『先生』なら、そんな時にも『生徒』のピンチに駆けつけてやるもんだからな」

最悪の未来を回避するために、菊地は走り出した。

「頼むから、間に合ってくれよ!」


【F-6/一日目 夕方】

【菊地善人@GTO】
[状態]:健康
[装備]:デリンジャー@バトルロワイアル
[道具]:基本支給品一式×2、ヴァージニア・スリム・メンソール@バトルロワイアル 、図書館の書籍数冊 、カップラーメン一箱(残り17個)@現実 、997万円、ミラクルんコスプレセット@ゆるゆり、草刈り鎌@バトルロワイアル、
クロスボウガン@現実、矢筒(19本)@現実、火山高夫の防弾耐爆スーツと三角帽@未来日記 、メ○コンのコンタクトレンズ+目薬セット(目薬残量4回分)@テニスの王子様 、売店で見つくろった物品@現地調達(※詳細は任せます)、
携帯電話(逃亡日記は解除)、催涙弾×1@現実、死出の羽衣(4時間後に使用可能)@幽遊白書
基本行動方針:生きて帰る
1:植木と杉浦を探して走る。
2:綾波レイたちの元へ再合流。
3:落ち着いたら、綾波に碇シンジのことを教える。
4:次に仲間が下手なことをしようとしたら、ちゃんと止める
[備考]
※植木耕助から能力者バトルについて大まかに教わりました。
※ムルムルの怒りを買ったために、しばらく未来日記の契約ができなくなりました。(いつまで続くかは任せます)

9錯綜する思春期のパラベラム(後編) ◆j1I31zelYA:2013/10/14(月) 22:01:54 ID:Sd5reZF20
【スリングショット@テニスの王子様】
吉川ちなつに支給。
弾丸として、大量の小石がつまった袋も付属している。
作中で三船入道コーチの行った『スポーツマン狩り』というサバイバルゲームの最中に、
越前リョーマと遠山金太郎が現地調達した木の枝などを利用して制作した簡単なパチンコ。
ゲーム中に不正をはたらいた高校生の風船(割られたら失格)を狙い撃ちしてリタイアに追いこむ活躍をした。
上記の出来事は、『テニスの強化合宿』の真っ最中に起こったことである。

【目くらまし詰め合わせ@現実】
御坂美琴に支給。
花火、爆竹、発煙筒などなど、とにかく火花とか音とか煙とかを出すモノの詰め合わせ。
これで支給品ひと枠。

【エンジェルモートの制服@ひぐらしのなく頃に】
御坂美琴に支給。
ファミリーレストラン『エンジェルモート』のウエイトレスの制服。
とても昭和のウエイトレスの制服とは思えないデザインをしている。

10 ◆j1I31zelYA:2013/10/14(月) 22:03:01 ID:Sd5reZF20
投下終了です。
前スレで支援くださった方、ありがとうございました。

これからは、総合板にてよろしくお願いいたします。

11名無しさん:2013/10/14(月) 22:22:35 ID:YNKQnT8Q0
投下乙です!
アスカが…アスカがちゃんと頼れるお姉さんしてる…!なんて頼もしいんだ!
まだ凸凹な上に戦えるのがアスカしかいないトリオだけど、狡猾な光子&御手洗コンビ相手にどう立ち向かうのか、続きが気になるヒキだ!
愛ちゃんは幽助への告白を通して自分の罪、弱さに向き合うことが出来たんだね…良かった、本当に良かった。
一方でヒデヨシィ!植木も巻き込んでどこまで堕ちていくんだぁ!主人公対決はどっちが勝ってもやばそう…

12名無しさん:2013/10/14(月) 22:35:08 ID:S.c5BvRM0
投下乙です
アスカは本当にいい人だなぁ……初春から好感を持たれても当然だな。
初春はどうか立ち直って欲しいです。
で、ヒデヨシは相変わらずだな……今のヒデヨシと組んでしまった植木の今後が不安だw

13名無しさん:2013/10/16(水) 03:00:49 ID:2Z3m1LlI0
大半の参加者が一般人な中で、ついに超人主人公同士の激突か

14名無しさん:2013/10/16(水) 11:14:15 ID:57om3nds0
幽助も愛も冷静だから大丈夫として、問題は植木だな
仲間を大切に想いすぎてまさかそいつが殺し合いに乗るとは思わんだろうし、たとえ真実を知っても説得しようとするんだろうなぁ
あのぶっ壊れた猿は多分もう一人二人くらいは殺しそうだぜ...

15名無しさん:2013/10/17(木) 13:49:47 ID:KJMxlR4gO
投下乙です。

ヒデヨシの能力は原作でも設計図の上書きとかしてたし、絵や文字を媒介にした能力には強いんだな。

16名無しさん:2013/10/17(木) 21:27:12 ID:gjo/7Y1I0
投下乙ですー
光子コンビvsアスカチーム!
スタンスは変えてないけどちなつのおかげもあってカッコイイ…!
綾乃にとっては初春は実行犯でもあるけど償いたいと思っている相手を前にして許すということのあれこれが描かれるのも楽しみ

愛はやっぱり自分の弱さを認めてしまった時の方が素直というか愛っぽいな
ヒデヨシが自分の能力で未来日記を封じたり植木を味方にしてしまうのがずるい立ち回りというか。
幽助が戦う相手がまさかの植木で気になる戦い!
一緒に行動していた綾乃も植木も、それぞれ違う所で戦っててどうする菊池!?

17名無しさん:2013/11/15(金) 00:56:25 ID:LtLpfTfo0
月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
85話(+2) 21/51(-0) 41.2(-0.0)

18名無しさん:2013/11/25(月) 14:49:59 ID:DQ5NpDuw0
予約来てたぞ

19 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 22:46:34 ID:plMkkY2g0
たびたびの破棄、すみませんでした。
再予約、投下します

20中学生日記 〜遠回りする雛〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 22:48:51 ID:plMkkY2g0

青春は、やさしいだけじゃない。
痛い、だけでもない。


【再会】


四人の少年少女が白日の下で座り、影を長くのばしていた。

「病院、行かなくていいの?」

綾波レイが、秋瀬或へと問いかける。
その手は救急箱の中身を探っているけれど、視線は彼の右手首へ。
右手のあった場所がすっぱりと割断され、切断面と止血点の位置とが包帯で縛られていた。

「確かに……」

秋瀬から話を切り出されかけた越前リョーマも、そちらへの注目を優先する。
秋瀬があまりにも平然としているので釣られかけたけれど、腕がなくなるなんて、普通は命の心配をする事態だ。
テニスの試合でも、体が欠如するほどの怪我を負うことは(今のところはまだ)有り得ない。
秋瀬は「そうだね…」と携帯電話を左手で取り出した。

「問題は我妻さんが先回りしていないかどうかだけれど、こればっかりは近づいてレーダーで索敵するしかないな。
……もっとも、そう長く電池が持ちそうにないけれどね」

警戒すべき我妻由乃が雪輝日記を持っている以上は、待ち伏せされるリスクが常にある。
しかし我妻は『次に会ったら殺す』ということを言い残して退いた。
最大の障害である秋瀬或には重傷を負わせたことだし、『ここにいるユッキーには執着していない』と言い張る今の彼女ならば、こちらから出向かない限りはそこまで執拗さを発揮しないだろう。
電池の持ちを気にした秋瀬に対して、綾波は小首をかしげてみせた。


「私たちの電話には、まだ電池の持ちがあるけれど……」
「ところが、浦飯君は携帯電話を使ったことが無かったんだ。
バッテリーの持続時間をよく知らずに、電池を消耗させてしまったらしい」

秋瀬がそのことに気づいたのは、レーダーを借りうけた時だった。
浦飯は主催者から携帯電話の使い方をインプットされただけで、携帯電話の扱いそのものには不慣れでしかない。
常に画面を開きっぱなしにしてGPS機能をオンにしていたり、好奇心がてら暇があればいじくり回したり……そんな扱いを半日以上も続けていれば、『充電してください』という警告表示も出るだろう。

「デパートに寄って、充電器を探す?」

合流したい人物や避けたい人物を抱えていて、探知機能が使えなくなったのは痛い。
休息後の安全を確保するためにもと、綾波が代案を出した。

「いや、それがデパートに行くのもリスクが大きい。
ちょうど浦飯君が、その近辺で危険人物を見かけていてね」

御手洗清志という、“水”の化け物を操るらしい危険人物のことがあった。
浦飯は必ず仕留められると息巻いていたようだったが、遠隔操作で化け物を操れるということは、御手洗本人が捕まっていても化け物が野放しになったままということも有り得る。
人質になりやすい一般人を含んだ集団でどかどかと踏み込んだとしても、浦飯の邪魔になるだろう。

21中学生日記 〜遠回りする雛〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 22:50:12 ID:plMkkY2g0

「……それ、近くを通ってる菊地さんも危ないっすよね」

そこまで聞き終えた越前が立ち上がり、すぐさま来た道を走り出そうとして、

「ダメ」

素早くシャツの裾をつかんで引き止める手があった。
綾波だった。

「その怪我で、戦うのは無謀だから。
右腕もそうだけど、その両脚ではさっきみたいに走れないはず」

指摘されて、越前は足元を見下ろす。
綾波が応急処置をした結果として、膝まわりが冷却スプレーと湿布でがっちりとおおわれていた。
処置の下では、両足が青紫色のペンキでも塗ったような、痛々しい炎症を起こしている。
バロウ・エシャロットとの激戦で乱発された光速移動の“雷”は、本来の使い手である真田弦一郎でさえ負担が大きすぎて滅多に使わないような諸刃の剣だった。
バロウの放つ鉄球から菊地たちを守るために濫用し、さらにその足で我妻由乃の急襲する現場に駆け付けたとあっては、足が根をあげてもおかしくない。

「それに、拳銃が通用しない相手なら、私たちも戦力になれそうにない。
そもそも、大けがしたこの人を病院に連れていく話だったはず。
この人たちを戦場に連れていくのも、ここに放置するのも良くないわ」
「でも……」

思い出した痛みで脚を震わせながら、それでも越前は意固地そうに立った。
駄々をこねる子どものような声で、反発する。

「高坂さんが、もういないのに……また誰か死ぬのは、やだ」

死んでしまった少年の名前が出たことに、綾波もまた肩を震わせた。
それでも、静かに言った。

「高坂君は……もういないから。
あなたまで喪いたくないし、あなたがいなくなったら、きっと色々なことが終わってしまう」

ちらりと座りこんだ秋瀬たちに視線をうつして、続ける。

「……それに、高坂君は、この人たちが死ぬのも、この人たちを放っておくのも望まないと思う。
戦線復帰したいなら、今のうちに休むべき」

淡々とした、しかし刻み込むようにゆっくりとした言葉を聞いて、
越前は叱責された子どものように唇を噛んだ。
焦りをすっと引かせて、素直に頷きを返していた。

「……はい」
「それに菊地くんの近くにいる植木くんは、さっきの人も倒せるぐらい強いらしいから。
合流できていればきっと大丈夫」
「うぃっす」

頷いて、ぺたんと腰をおろす。
足を崩して座りなおすのを待って、秋瀬が尋ねた。

22中学生日記 〜遠回りする雛〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 22:51:02 ID:plMkkY2g0

「菊地くんというのは、別行動中の仲間のことだね。合流する当ては?」

これまでの話からすると、菊地という少年は植木という増援を連れて戻る予定だったらしい。
しかし、場所を特定する手段もないのに別行動をとったとすれば引っかかった。
越前たちが我妻由乃から逃れるために、この場を移動していた可能性もあったのだから。

「最初は、学校で合流する予定だったんスけど……」
「菊地くんの仲間も、『未来日記』を持っているらしいから。
地図で言う周囲1エリア以内なら、予知が届くって言ってた」

菊地と別れた時のことを、綾波は補足説明していく。
バロウを相手に共闘までしたからには、今の菊地が『友情日記』と契約すれば綾波たちは『友達』として申し分なく予知ができる。
菊地自身はムルムルから契約禁止の叱責を受けているが、そこから既に6時間近くも経過しているし、いざとなったら植木の声真似でも何でもして契約すると、別れる直前に言い切っていた。

「それなら、多少は移動しても差支えないようだね。
見たところ学校からの火の手は鎮火に向かっているようだけれど、危険なことに変わりはないし……」

思案するように、秋瀬は北の方角に目を走らせる。
雪輝たちの走って来た方向から炎上した火災は、学校のある一帯とその南方の雑木林を焦がしただけにとどまっていた。
周囲にある建造物が、公営体育館とその駐車場などなど、耐火造の建物だったり延焼物の無い土地だったりしたことが幸いしたらしい。

「火災から避難するのも兼ねて、ここは素直に病院に移動しようか。雪輝君もそれでいいね?」
「うん……」

雪輝としても、いてもたってもいられない心境ではあるにせよ、腰を落ち着けて方針練り直しをする時間は欲しい。
貴重な味方である秋瀬が重傷を負ったともなれば、休息に反対しない理由はなかった。
話がまとまったのを見て、越前が再び立ちあがる。

「じゃ、出発しようか。秋瀬さんだっけ。歩ける?」
「止血はしたし体力的にも支障はないけれど……むしろ君の方が大丈夫かい?」
「あ、だったら僕が、背負っていこうか?」

遠慮がちに、雪輝が声をかける。
越前が首をかしげ、雪輝の肩あたりを見下ろした。

「いや、そこまではいいって言うか、肩を貸してもらえたら充分なんスけど……」

注視するのは、雪輝の衣服。
肩から背中の部分を湿らせている、まだ乾いていない血の染みだった。

「その血、大丈夫っスか?」

その血が誰のものかを知らずに、聞いた。

23中学生日記 〜遠回りする雛〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 22:52:20 ID:plMkkY2g0



彼とは、十二時間余りもの時を共に過ごした。
それだけの時間があれば、それだけの会話は交わすことになる。
とはいえ、一万年間も何もせずぼーっとしていた天野雪輝に、話題のバリエーションなどあるはずもなく。
自然と話題は、その少年――遠山金太郎に関することが多くなった。

そうすると、その少年が熱中している『テニス』のことが頻出するのは、必然であって。
その中で、『彼』の名前は、よく登場した。

越前(コシマエ)、と呼ばれていた少年。

とにかく強いのだとか。
何度も勝負を挑んでいるのに、よくつれない態度を取られて逃げられてしまうとか。
しかし、とても楽しそうにテニスをするのだとか。
指から毒素を放ち帽子の下に第三の眼をうんたらかんたらとか。
はっきり真偽の怪しい話も交じっていたし、遠山は『そいつと合流できれば何とかなる』という楽観よりの思想だったから、かなり話半分として聞いていたけれど。

後になって、奇縁だと知った。
同行者である、遠山金太郎の友人だったそいつ。
友人である、高坂王子の同行者だったそいつ。
今の天野雪輝とは、出会わない方が良かったのかもしれない。
元恋人との殺し合いに巻き込んで遠山を死なせたあげくに、
瀕死の遠山を見捨てて、囮として戦わせることで自分だけ逃げ出し、
仇であるところの元恋人は、跡部という他の仲間も殺していて、
二人の戦友を殺した仇であるその我妻由乃と、よりを戻してふたり幸せに星を見に行こうとしている。
誰から非難されても、それが誰かの犠牲の上に成り立つことでも、そうする。
それが、今の雪輝だった。



秋瀬或は、『移動時間を短縮するアテがある』とか言って、重傷人とも思えない軽快さで先行した。
病院へと向けて、進路を西寄りにして。
残った三人で、越前に肩などを貸しながら追っていて。
間もなく、一行はその『彼ら』と再会した。

倒れている人影が離れた場所に小さく見えて、越前が目を見開いた。
一歩を近づくごとに、人影の小柄な輪郭だとか、微風にパタパタと揺れるヒョウ柄のタンクトップだとかが鮮明に見えてくる。
傷ついた両脚に鞭を打つようにして、越前は雪輝たちの手を振り払い、早足で近づいていった。
どんどん近づき、その人影の『切断』があらわになった距離で。
我慢できなくなったように、走り出した。
綾波レイが、そんな彼のそばへと駆け寄ろうと急ぎ足になり、雪輝もそれにつられる。
立ち止まり、じっと見下ろす。
そこにいた。
彼らと言ったのは、ようするに、つい複数形で表現してしまうような状態だったということで。



遠山金太郎が、上半身と下半身とで真っ二つに斬殺されて仰向けに転がっていた。

24中学生日記 〜遠回りする雛〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 22:53:16 ID:plMkkY2g0
(分かってた、ことだったけどね……)

日本刀を持った我妻由乃の手で絶命させられた。
ならば、その死に様など分かり切っている。
赤く染まりはじめた陽の下に、ふたつ血だまりが広がっていた。
ひとつは、一メートルくらい離れた地面に転がっている下半身から噴き出したもので、
もうひとつは越前の真下に転がる、上半身の腹部より下から流れたものだった。
そちら側の血液は、地面と接する背面からもじわじわと染み出した跡があり、
それは天野雪輝を手榴弾からかばった際に受けた傷口が、開いたものだと分かる。
雪輝は中学校で流れた血の量を知っていただけに、まだこれだけの血が残っていたのかと驚いた。
それだけの血を流した証明として、遺体は凄まじい色合いになっていた。
土気色というよりは、青っぽい粘土で作り上げた人体のような、生前の面影をなくしたそれ。
小柄なりにがっしりとしていた体つきが、血を吐きだしつくした分だけ『しぼんでいる』ことがはっきりと認識できる。
体のそこかしこが、手榴弾の熱風を浴びた火傷で煤けていて。
右手には、テニスラケットを強く握りしめたままで。
左手は、やや不自然な内向きの角度で、腹部にもたれかかるように乗っている。
それは不幸なことに『斬られて』からもしばらく命があって、動いていた証左だろう。
霞んでいく最後の意識で、『何か』に向かって手をのばそうとして、持ち上げて。
そこで命が喪われて、ぱたり。
何を見つめていて何に向かって手をのばそうとしたのか、見開かれたまま絶命した両の瞳からは語られなかった。

そんな変り果てた姿を、越前リョーマが眼球に映していた。
目をそむけることさえできないまま、呼吸すら止める。
足をがくがくと震わせて、無言で。
ただ、己の時間を止めることしかできないでいる。

(きつい、かな……うん)

これは、無理だろう。駄目だろう。
心ある人間ならば、あっちゃいけないと否定したがる。
綾波が、そんな越前に対して、かける言葉を決めかねたように手をのばそうとして。

かくんと、越前の背たけが地面へと低くなる。
足から立っている力がぬけて、膝をついた。
ぴちゃんと、遠山の血液だったものが跳ねる。両膝の湿布が、赤黒い血だまりで汚れる。
綾波が名前を呼んでも、返事を返さない。
膝をついているところなんて想像もできない唯我独尊野郎だと聞いていた少年が、そうなっている。

(意外……でもないよね。こんな友達を、見たら)

雪輝は、そう思う。
だから、こうも思う。

――やっぱり、違う。僕は、“こう”はならない。

越前は、見るからに悲しんでいる。
涙こそ見せていないけれど、それはただ現実に打ちのめされるばかりで、悲しみが追いついていないだけなのは明らかだ。
対して、天野雪輝はどうか。
こうなってしまったことを、悔しいと思う。こうするしかできなかったことを、悲しく思う。


――犠牲とか、殺された人とかそんなのを度外視してでも――僕は由乃に手を伸ばす。

じゃあ、こうなった遠山を度外視して、我妻由乃を迎えに行きたい天野雪輝とは、何者だ?
悲しいはずなのに、泣けない。冷静に死体を観察して、見捨てたことを自嘲している。

25中学生日記 〜遠回りする雛〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 22:54:43 ID:plMkkY2g0

(昔のことを思い出してきて……僕も学習したってことなのか?)

由乃のように、他の人間を駒だと割り切ることなんてできない。
けれど、三週目世界の由乃も、異世界の両親も、手の届く皆を救おうとした結果が、あの結末だった。
三週目の世界はそれなりに救済されたらしいけれど、いちばんに助けたかった我妻由乃は喪われた。

(だったら、割り切るしかないのか?
これも、由乃と星を見に行くための犠牲だって)

神崎麗美と対峙する前から、分かっていたはずだった。
天野雪輝は神さまのくせに弱くてちっぽけで、遠山金太郎のような理想論者ははいずれ遠からず死んでしまうこと。
無力感が、黒い感情へと反転していく。
泣けなかった罪悪感が、由乃を迎えに行きたいという欲望が、悪魔のささやきを運んでくる。

後ろめたく思うことなんか、何もない。
会いに行きたい由乃は『雪輝日記』を持っている。
迎えに行こうとしても、確実に先手を取られて殺される。
だったら、これからも遠山の代わりに『盾』が必要だ。
ここに、二人いる。
こいつらも、利用すればいい。

皆を救うことなんてどうでもいい。
遠山金太郎に励まされ、神崎麗美と対峙して、気がついてしまったはずだ。
神さまなんだからみんながハッピーになれるように願いを叶える?
そんな願いよりも大切なモノ。
我妻由乃との幸せを掴むことこそが、一番の願いごとであったことに。
遠山も、それを応援してくれた。
『やりたいことも貫けんよっぽどマシやと思うけどな』と、笑って背中を押してくれた。
一万年ぶりにできた大切な友達が、命を捧げてまで願ってくれた。
高坂は、『泣きそうな顔をしろ』と言っただけで、それ以上のことは要求しなかった。
やりたいこと。分かり切っている。
我妻由乃と、星を見に行く。
もっと彼女の声を聞いていたい、彼女の笑顔を見ていたい、彼女の華奢な体を抱きしめたい。
それが、天野雪輝だったはず。

『恋人』のためならば、『友達』だって踏み躙れ。
お前はしょせん、お姫様の為だけの、王子様だ。
そこで膝をついている、弱い雪輝を助けてくれた、やさしい王子様とは違うんだ。

形容しがたい感情から歯を食いしばり、越前リョーマの背中を観察する。
この少年が、早く泣き叫んでくれればいいのに。
まっすぐに悲しんで、その正しさを、王道を、普通の青春を、見せつけてくれたら。
泣きたくても泣けない雪輝は、羨ましいと逆恨みできるのに。
どうしてこんなに差があるんだろうと妬んで、夢を叶えるための犠牲として利用することが――

26中学生日記 〜遠回りする雛〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 22:56:05 ID:plMkkY2g0



「――馬鹿じゃないの?」

27中学生日記 〜遠回りする雛〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 22:57:02 ID:plMkkY2g0
押し殺したような声が、耳朶をうった。
己のことを指摘されたような錯覚で、雪輝はどきりとする。
越前は怒りに満ちた声で、見下ろす少年に向かって話す。
ひと言ひと言を、喋るたびに歯を食いしばるように。

「べつに、誰か庇ったりするのは、そっちの勝手だから。
自己犠牲とか、……うちの先輩も、よく、やるし。
オレも、死にかけたり、無茶したから、命賭けるなとか、人のこと、言えないし。
でも……」

越前リョーマは、まだ殺害者である我妻由乃のことを知らない。
『雪輝を逃がすために囮になった』という略された説明でしか理解していない。
だから、怒りを向けられるとしたら、雪輝が見捨てて逃げたことについてだろうと、そう予想したのだが――

「何が、『もう手遅れ』だよ。なんで、そこで諦めてんだよ」

びしゃん、と地団太を踏むように、立ち上がって血だまりを踏みつける。
震える足で、強く。
絞り出すような声で、その声を出すためにありったけの意思で涙をこらえて。

「生きること、諦めるなよ。
いつも、あんなに負けず嫌いだったくせに。
もうすぐ死ぬからって、生きるの止めるなよ。
囮になるのは勝手だけど、『手遅れ』とか『優先順位』とか言うなんて、そんなの。
本気で、やってないっ。そんなんだから、死んだんじゃないの?」

見苦しいまでに、必死に煽っていた。
見ようによってはスポーツマンらしかぬ、鬼か畜生かの振る舞いだ。
絶対に助からない怪我を負って、精いっぱい痛みに耐えて戦った少年に対して、
『そんな無様な戦いをするもんじゃない』と罵っている。
しかも、罵倒していることは理不尽な言いがかり。
仮に遠山金太郎が諦めなかったとして、手榴弾による致命傷はどうにもならない。
さながら、どうしようもなく強い対戦相手に追い詰められても精いっぱいに頑張っている仲間に、『本気でやれ』と冷たく鞭を打つようなものだ。

「そんなの、最後の一球がまだ決まってないのに、諦めるのと同じじゃん。
まだまだだよ。……ぜんっぜん、まだまだだね」

『あの』遠山の友人だったほどの人物なら、
雪輝にも、わだかまりなく手を差し伸べるのではないかと思っていた。
遠山が救おうとした人間だから守ってみせるとか、友達のことを誇りに思うとか、そんな理由をつけて。
それができないならば、怒りにつき動かされて、見捨てた自分を責めるはずだと思っていた。
なんでアイツは死んで、お前が生きているんだと、そんな主張をして。
どちらの立場を取ったとしても、越前の言い分は正しい。
でも、違った。そんな二元論では解決できない。

「一球勝負……引き分けだったのに……」

誰かを責めても解決できないと分かっている。しかし笑って許せるほど立派にもなれない。
それでも、心を殺さないために叫んでいる。
よりによっていちばん悪くないはずの遠山を、怒りをぶつける対象に選んだ。
でも、それが死者の冒涜には見えなかった。
なぜなら。

28中学生日記 〜遠回りする雛〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 22:58:19 ID:plMkkY2g0



「……オレに引き分けといて、負けんなっ!」



この二人は本当に友達で、好敵手(ライバル)だったから。
だから、こいつは遠山に怒ってもいいんだ。
そんな納得が生まれ落ちた。
のどではなく魂から絞り出すように、越前の呼びかけは続く。



「死にたくなんて、なかったくせに」



綾波が、遠慮したように雪輝の方を振り向く。
その言葉は、ともすれば死ぬ原因を作った雪輝への非難ともなる。
しかし雪輝は首を横に振り、「言わせてあげて」と小さくつぶやく。
不思議と、今はその言葉を聞きたいという心境になっていた。



「生きたかった、くせに!」



心臓がはねる。

――ワイは死にたくないけど、人を殺すのもイヤや。

橋の上で。神様なら手伝ってほしいと懇願された時。
死にたくないと言っていた。
雪輝も、彼のことを死なせたくはなかった。

ほとんど喚くように、乱れた声がなじった。



「『日本一のテニスプレイヤーになる』って、夢があったくせに!」



知らなかった。

冷えていた胸のうちが、熱を注がれたように熱く痛んだ。




29中学生日記 〜遠回りする雛〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 22:59:26 ID:plMkkY2g0


【推測】


秋瀬或がディパックに納めて持ち帰ってきたのは、なんと自家用車だった。
トヨタ・クレスタの後期モデル。X100系。
例の浦飯という男から、車を放置してきたというようなことを聞いていたらしい。
片手の秋瀬或に運転をさせるわけにもいかないので、天野雪輝が車のハンドルを握った。
無免許運転にあたるはずだけれど、運転するのは初めてでもないと天野は言った。

秋瀬或が助手席へ。
綾波レイ自身と、越前は後部座席へ。
あれほど体も口も動かしていた越前は、座席につくや否や、糸が切れたように眠りはじめてしまった。
疲れたとか言っていたのは、確かにその通りだったらしい。
その両腕には、遠山少年の持っていたラケットを抱きかかえるように持ちこんでいる。
そんな姿を見た綾波レイは、胸がチクチクと刺さるような痛覚を感じた。
だから、というわけではないのだが。
一連の出来事に関わった、運転席の天野雪輝に向かって問いかけてみる。

「さっきの『由乃』って、我妻由乃のこと?」

天野が驚いたように身をすくめて、アクセルをベタ踏みしかけた。

「……知ってたんだ」
「高坂君が、言ってた。『私が守る』って連呼したり、好きなひとを閉じ込めたりする怖いひとのこと」

バックミラーから見える雪輝の目つきが、形容しがたい風になった。
「間違ってないのが……」とかなんとか、ぼやく。

「そんな人と、どうして敵対しているの?」

尋ねると、見るからに天野の口が重たそうになった。
しかし、答えを渋っているというよりは、答えを練っているという風な沈黙だ。
ややあって、淡々とした説明が聞こえてくる。

「ざっくり言うと、前の殺し合いの最後の最後で、どちらが優勝するかで喧嘩になったんだよ。
彼女は僕を生き残らせたいと言って、僕は、由乃を殺すぐらいなら死ぬって言った。
そしたら彼女は、僕を捨ててパラレルワールドの僕と結ばれるって言い出した。
その為には優勝しなきゃいけないから、僕のことも殺すんだって」
「…………」

予想以上に、難解かつぶっそうな内容だった。
考える時間がほしいからちょっと待ってと言うべきか、綾波は悩む。
すると、助手席の少年が口を開いた。

「正確に言えば、彼女の“願い”は、優勝した報酬によって雪輝君を手に入れることだね。
全てを0(チャラ)にすることも視野に入れると、さっきそう言っていたよ」
「そんなこと、できるの?」
「させてもらえると思えないから、僕らは彼女を止めようとしているんだ。
優勝者が褒美をもらえるかどうかについて、ある『予知』を得ていてね」

ちらりと運転席へ、変に熱っぽい視線を送る。

「それに、たとえ生き返るのだとしても『友人』に死んで欲しくないのは当然のことだ。
雪輝君が我妻さんを殺せないように、僕も雪輝君が殺されるのは見過ごせない」
「秋瀬くん……」

ずいぶんと友人おもいの人物であるようだが……実はこちらの少年は、少し苦手だ。
どこがどう、とは言えないのだが、声とか、印象とかに奇妙な既視感がある。
まるで少年にそっくりな人から大事なものをかっさらわれたことがあるみたいな、そんな『気に食わない』みたいな感じだった。
そんな秋瀬或に、雪輝が問いかける。

30中学生日記 〜遠回りする雛〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:00:10 ID:plMkkY2g0
「でも、それなら由乃が僕のことを捨てる必要は無いはずだよ?
三週目に行く必要が無くなったんだからさ。
なのに、由乃は僕のことを『愛してなんかいない』って言ってた……」

助手席から、微苦笑を含んだため息が聞こえた。

「雪輝君。我妻さんからすれば、君をつい一日前まで殺そうとしていたんだよ?
別れたばかりの恋人に『振ったけど、生き返ると聞いたから愛します』なんて、言えると思うかい?」
「う……」

人間として男性として気づかないようでは駄目なことを指摘されたように、運転席の少年は肩を落とした。
どんどん、綾波には難しい話になってくる。
けれど、遅れて理解が追いついたこともあった。

「それは、喧嘩になっても仕方がないと思う」

それは、天野と我妻由乃が、殺し合いの中で、お互いを生かそうと動いたらしいこと。

「どうして、そう思うんだよ」

いきなり断定されて、雪輝はやや不機嫌そうになった。

「私は、“好き”が私にもあるのか、自信がない。
でも、私の守ろうとした人が、生きてほしいから止めてって言ったら、きっと困るわ」

菊地善人から聞いた、碇シンジの最後の言葉。
綾波レイも含めた二人の人間を、守ってほしいと言ったこと。
困る。
最初は殺し合いに乗ってまで守ろうとしたのに。
そんなことを言ってもらえるなんて、ぜんぜん思ってもみなかったから。
受け止め方が分からない。

「それは……僕も同じだよ。
僕も、由乃に生きてほしかった。由乃の居場所をつくりたかった。
それがあれば、由乃は僕を追いかけなくても、生きていけると思った」

居場所。
その言葉を、綾波は自分の場合と照らし合わせる。
それは、綾波の言葉で言うところの“絆”のある場所ということかもしれない。
だとすれば。

「そう言ってくれる人がいるだけで、もう居場所はあったと思う」

それは、誰かと繋がったまま終われるということだから。
そんな人を、殺すことなんて綾波にはできそうにない。

「だから、私ならそう言われただけで満足するかもしれない。
好きな人を殺さずに済んで、居場所をもらったまま終われるなら」

今度は、急ブレーキがきた。
反動で四人が前に投げだされかけ、越前が眠ったまま倒れかかってくる。
その頭が綾波の肩にいったん引っかかり、そのままずるずると膝の上にシフト。
つまり、膝を枕にした格好に。
起きないかどうか目を配っていると、運転席の主が「ごめん」と謝った。

「君の言ったことが、昔の由乃と重なったんだ。
あの時は、どうしてそんなことを言ったのか分からなかったから、びっくりして」

31中学生日記 〜遠回りする雛〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:00:54 ID:plMkkY2g0

曖昧な言葉を使ってぼかしている風な雪輝は、あまり良い思い出でないことを匂わせていた。
無遠慮に知ったようなことを言って踏みこみすぎたと、反省する。
いや、そもそも詳しい話を聞くための会話だったのに、『人を好きになる』という話題が出たせいで脱線した。
脱線ついでだと、話題をもどす前にひとつだけ聞いてみたくなる。

「聞いてもいい? 天野くんは、どうしてその人を好きになったの?」

好きになる条件を満たすものは何か、誰かを好きだと言える少年から知りたい。
ハンドルを握る少年は、長くも短くもないだけの間をおいて、答えた。
いつくしみのこもった声で、しっかりと。

「ずっとそばにいてくれたから、かな」
「そう……」

答えを聞いて、思い出す。
学校の教室で、話しかけてくれた少年のこと。
この場所に来てから、ずっと一緒にいた少年のこと。
人を支えようとしたことと、人から支えてもらったこと。

「私と、同じね」

少年の重みを膝に感じながら、言葉はそんな感想になった。
天野がルームミラーごしに、形容しがたい感情のこもった目で自でこっちを見ていた。
その目には、見覚えがあった。
時おり碇ゲンドウが自分を見て、誰かを重ねるような目をする時と、似ていた。
だから天野も、自分たちの姿から過去の誰かと誰かを重ねているのかもしれない。

「そこの彼とは、ずっと一緒にいるのかい?」

秋瀬或が問い返してきた。
越前を見下ろして物思いにふけるのを見て、綾波にとっての『そばにいた』を、その少年だと解釈したらしい。

「うん。今までずっと」
「良ければ、君たちのことも聞かせてほしいな。今まで見てきたことを」
「……構わないわ」

話題の転換と、情報提供を求める会話の導入。
逆らう理由もなく、避けられることでもないので頷いた。
ぽつりぽつりと、順番通りにたどたどしく話を始める。
時をおかずして、白亜の大きな病院が見えてきた。




32中学生日記 〜遠回りする雛〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:01:39 ID:plMkkY2g0


手塚部長が、死んだ。
跡部景吾が、死んだ。
ペンペンが、死んだ。
碇シンジが、死んだ。
真田弦一郎が、死んだ。
神崎麗美が、死んだ。
高坂王子が、死んだ。

そして遠山金太郎が、死んでいた。

嫌だった。
一人前になりたくても、一人になりたかったはずがない。
『死んだ』と言われるたびに胸が穿たれて、うんざりだと叫びたくなる。
だって、『死んだ』ってことは、もう終わったってことで。
ぶつかって勝ち負けを競ったり、遊んだり、新しいことを知ったりすることが二度となくなった。

神崎麗美が、跡部景吾を殺したと言った。
神崎麗美が、ペンペンを殺した。
バロウと呼ばれていた少年が、神崎麗美を殺した。
バロウが、手塚部長を殺したと言った。
バロウが、高坂王子を殺した。

ごちゃごちゃだ。
泣いたり、怒ったり、悩んだり、疲れたり。
背負うべきものがあって、手が届かなかったものもある。
青学の柱だって、べつに聖人じゃない。
仲間を傷つけた相手には痛い目を見せてやりたいし、
部長や副部長のように誰が相手でも公平にするような自制心にはまだまだ及ばないし、
たまには疲れたと根をあげたくなることだってある。

だから、困る。

天野雪輝の大事な人である我妻由乃が、遠山金太郎を殺した。

「何か僕に言いたいことはある? コシ……じゃない、越前くん」

高坂王子の言っていた『救われてもいい天野雪輝』の。

「いや……っていうか」

外科病棟の待合室で。
自嘲じみた笑みをうっすら浮かべて、対面に座る天野雪輝。
一万歳の神様は、自分に起こったことを全て打ち明けて、そして感想を求めた。
だから、答える。

「世界が二週したとか三週したとか、そんなややこしい話をよく遠山が理解できたなぁと思って」
「最初の感想が、それ?」

綾波に横から突っ込まれた。

リョーマは綾波が見つけてきた車椅子の上に座らされ、綾波はその隣にある座席に座っているので、目線はほぼ同じ高さにある。
休めばちゃんと動けるようになる怪我だからとリョーマ自身は車椅子に反対したのだが、綾波は少しでも動かさないようにすべきだと譲らなかった。
ちなみに、骨折した右腕も綾波の手によってがっちりと固定されている。
綾波自身、この手の怪我を見慣れているというか、主に手当される側であり、やり方には心得があったらしい。

呆れとも困惑ともつかない風に顔をひきつらせて、天野は答える。

「知ってる漫画の内容とかに当てはめて考えたみたいだったよ」
「……あ、納得」

33中学生日記 〜遠回りする雛〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:02:39 ID:plMkkY2g0
それなら分かると、疑問が解決した。
話のスケールはとんでもない。
すべてを0(チャラ)にするために神様になろうとしたとか。好きな女を追いかけて時空を超えたとか。
それなのに、天野雪輝は頼りない笑みを口の端に浮かべて目の前にいる。
だがしかし、遠山金太郎があっさり受け入れたという話を、自分が飲みこめないというのは癪だった。
だから、理解がおよぶ部分から言葉にしていく。

「高坂さんが、アンタのこと色々言ってたよ」
「どうせ弱虫とかヘタレだとか、そんなことだよね?」
「うん、あと、バカだとか甘ったれだとか」
「あ、そう……」
「うん、そのイメージ通りの人だった」
「君……その話し方でよく高坂と喧嘩にならなかったね」
「でも、最後に言ってた。『別にアイツを救いたいとか思わないけど、救われてもいいぐらいには思ってた』って」
「高坂、が?」

淡々と話を続けていた顔が、そこではじめて揺れた。
その動揺を見て、ほっとしていることに気づく。
高坂が天野と張り合おうとしていたように、天野も高坂に対して思うところはあると分かったからか。

「じゃあ、君はどうなんだ?
遠山を見殺しにして涙ひとつ見せない神様を、どう思う」

ぜんぜん『神様』っぽくは見えない、と揚げ足を取る。
少なくとも、『神様に勝ちたい』と公言していたリョーマの前に、『僕がラスボスです』と言って現れたのがこいつだったら…………なんか、嫌だ。

「泣きたくても泣けないことがあるのは知ってるし、別にそれはいい」

隣にいる綾波が、右手を自身の胸にあてた。
どう考えたらいいんだろうねと、内心で呼びかける。
遠山が死んだのに、天野が生きていると恨めたら簡単なのかもしれない。
でもそれは簡単なだけで、ぜんぜん楽にはなれそうになかった。
だいいち、天野雪輝に向かって責任追及する権利があるのかどうか。
そこを槍玉にあげるなら、あの神崎麗美が中学校でやらかしたという話には、リョーマ自身の責任も絡んでくるだろうし。
ただでさえ色々とすごく痛いのに、無駄に傷つけあうことになるだけだ。

「高坂さんが殴ったのもあるし。アンタが昔に色々やって、さっきまでグダグダだったってことは別にいいよ。
お年寄りはいたわるものだし」
「お、お年寄り……」

天野雪輝をどうこうしてやりたいというのは無い。
文句を言うべきはそういう選択をした遠山自身であって、それは死体の前で洗いざらいぶちまけた。

「ただ、話を聞いてて気になったんだけど」

でも。

あの死体は、我慢できない。
因縁浅からぬ知り合いをあんな死体に変えたヤツは、許せそうにない。

「もし、その我妻って人が皆を殺したことを悪いと思ってなくても、気にしないの?
一緒に星が見れたら、それでいいの?」
「ああ、それでいいよ」

自信ありげに、うっすらと笑みを口の端にのせて。
即答だった。

34中学生日記 〜遠回りする雛〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:03:24 ID:plMkkY2g0

「――っ!」

今だけは、足を怪我していることに感謝した。
すぐに立ち上がることができたら、たぶん天野の胸ぐらをつかんでいた。
その代わり、本気なのかと抉るように眼力をこめて天野を睨み据える。
天野は動じない。
仮面をかぶったように冷たく、揺るぐものがないように堂々としている。
高坂王子に殴られて、泣きそうな顔をしていた頼りない少年とは別人のようだった。

「遠山は、僕にとっても友達だった。友達だって言ってくれた。
だから僕は、遠山を殺したことについては、由乃に怒ってる。
でも、だからって由乃を諦める選択肢は無い。
皆と一緒に脱出することも考えるし、助けられた借りだって返したい。
協力できることがあれば何でもする。
ただし、由乃のことだけは譲れない」

でも、そんな僕と相容れないならここでお別れだと、天野は言った。

試されるような視線を、向けられる。
勝手だ。
勝手なことを言ったくせに。
見捨てたらこっちの器が小さいかのような態度を取るなんて、勝手だ。
しかも。
きっと、ここで怒りに任せて突き放しても天野は恨まない。
そういうものだから仕方ないと、割り切って別れを選ぶ。
でも、きっと誰も助けてくれないだろうと独りになる。
味方は秋瀬或ぐらいだと、勝手に諦めるのだろう。
それはきっと、遠山も高坂も望んでいない。
誰だって、自分だって、後味の悪い思いをするために、戦ってきたんじゃないはずだから。

じゃあ、どんな言葉をかけたらいい。
気に入らないこともあるけど我慢して一緒にいよう、では足りないと思う。
これから似たような想いをする人と会っても、『俺だって我慢してる。だからお前も我慢しろ』とでも言うのか。
そういう『柱』を、人は信用するのか。きっと信用しない。
考える。難しい。難しい。難しい。

「――大丈夫」

ぽつりと。
リョーマの顔をのぞきこむようにして、綾波が言った。

「越前君が無理なら、私が間に立つから」

念を押すようにひとつ頷くと、雪輝に向かい合って、話す。

「本当に好きな人のこと以外どうでもいいなら、ありのままを話したりしない。
私たちを利用するためにごまかして印象操作をするはず。でもあなたはそうしなかった」
「分かったように話すんだね」
「私のいた場所にも、そういう仕事を専門にした人たちがいたから」

リョーマが感情として我慢できないなら、その間は綾波が代わりに話すということなのか。
さっき寝ている間も、天野たちにこれまでのことを説明していたようだった。
その詳細までは知らないけれど、しっかり天野と言葉を交わして、その上で『言葉が通じないわけじゃない』と判断した。
だったらと、気持ちが少しだけ甘くなる。
綾波を信用している分ぐらいは、彼女に免じたい。
それに、天野の背中は、遠山金太郎の血で汚れていた。
つまり彼は、ギリギリまで遠山を見捨てずに背負って走ったのだろう。
だから、友達だったというのは本当だ。

35中学生日記 〜遠回りする雛〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:05:40 ID:plMkkY2g0
生前の記憶からヒョウ柄シャツの少年を呼び出し、その屈託のない笑顔に向かって、ややこしくなったのはお前のせいだと毒づく。
遠山は、跡部景吾が殺されたことも気にしないと言ったらしい。
一発ぶっとばさなければ気が済まないけれど、それで終わり。
そうするのも、分からないわけじゃない。
自分だってバロウが許せないけれど、だから殺そうとはならなかった。
でも、好きなだけ殴れば気が済むかと言われたら違う。
殴ったぐらいでおさまるのか。あの血だまりを、乗り越えていけるのか。
だいいち、殴るのはすでに高坂が天野にやっている。
我妻に同じことをしても、きっと天野に対しての『あれ』以上の効果は出せない。
じゃあ、部長だったら?
厳しいあの人あったら、こういう時どうす――




……………………あ。


閃く。

冷めた声で、問いかけていた。

「悪いとは思ってるんだよね?
だったら、代わりに責任取ってって言ったら、取ってくれるの?」

そんな風に切り出すと、天野たちの表情が険しくなった。
天野のたつての願いで口を挟まないと診察室に待機していた秋瀬或が、警戒して顔をのぞかせる。

「アイツは一発ぶっ飛ばせば終わりって言ったみたいだけど。
オレ、その時まで我慢できそうにないから。
だから、好きな人のけじめぐらい、ちゃんと自分でつけてよ」

そこまで大事な人のためなら、逃げないよねと。
念を押すように、視線でがっちりと捕える。
覚悟したような顔で、雪輝が頷く。

「いいよ。それで由乃が、少しでも安全になるなら。
もっとも、迎えに行けなくなると困るから、動くには問題ない程度にしてほしい」

場の規律を乱すような者は、どうなるのか。
悪いことをしたら、どんな罰を受けるのか。
最初に会った時から、身をもって体験させられてきた。
絶対に、間違いなく、『100パーセント(CV青学テニス部3年乾貞治)』で、こう言う。

36中学生日記 〜遠回りする雛〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:06:18 ID:plMkkY2g0
子どもじみた意趣返しもあり、たーっぷりと間を置いてから言った。





「じゃあ、グラウンド100周走ろう」





「「「は?」」」

まず反応を示したのは、綾波だった。

「グラウンドが、どこに?」
「こんだけ広い病院なら、運動用の部屋ぐらいあるでしょ。
リハビリに使うようなの。そこの中を100周で」

「越前君? いくらなんでもそれは、雪輝君は足を撃たれているし――」

秋瀬或も、冷静さをやや崩した声で反対する。

「カスリ傷だって言ってたし、さっきまで歩きまわってたじゃないっスか。
それに室内なら学校のグラウンドより距離短いし、筋肉痛とかも心配ないっスよ、たぶん」

「な、なんで急にそんな体育会系の発想が出るの?」

天野雪輝が、見るからにうろたえた。

「これから彼女さんと一万年間の距離を縮めに行くんでしょ?
それに比べたら100周くらい準備運動みたいなもんじゃないっスか」
「上手いこと言ってるつもりっぽいけど、それ全然関係ないよね」
「これが一番すっきりするから」

たぶん口を笑みの形にしながら、リョーマは言った。

「絶対に諦めたくないって、初めて本気になったんでしょ? その本気、見せてよ」





そんな、わけの分からない理由で。
天野雪輝は走っていた。
幾つかのトレーニング器具が設置された、リノリウム張りの理学療法室を。
入り口の靴置場にあったシューズと、更衣室にあった体操服に着替えて。
ダッダッと床に音を刻みながら、壁まわりをグルグルと回っている。
ちょっとうんざりが入ってきた顔で、しかしムキになったように。
最初は軽いジョギング程度の走り方だったけれど、十週目を越えたあたりからしだいに息が上がり始め、今や首から上は汗でべっとりと湿っていた。

「アンタ、結局止めなかったんだね」

室内の入り口、シューズの履き替え場所近くの壁ぎわで。
綾波レイは休憩用のベンチに座り、越前たちとともに経過を見守っていた。
一周を走るごとに、越前がその左手にある数取器のボタンをカチリと押しこみ、周回を計測していく。
車いすをベンチ横につけたまま、秋瀬へと話を振る。
ちなみに、向かって左から越前、綾波、秋瀬の順に座っている並びだった。

37中学生日記 〜遠回りする雛〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:07:15 ID:plMkkY2g0

「殴られるよりは、見ていて辛くないと思ったからね。
僕も一緒に走りたかったところだけれど、ちょっと血を流し過ぎたし」
「そうじゃなくて、天野さんが別れようって言い出しても止めなかったこと。
アンタのその怪我じゃ、人手は欲しかったはずだし」

秋瀬は残っている方の手を使って、越前から手渡されたスポーツ飲料にしきりと口をつける。
血量を失った分を、少しでも補おうというつもりらしい。
車を持って来たりと精力的に動いていたけれど、明かりのついた部屋にいれば、顔色がだいぶ悪いと分かった。

「確かに、彼のやり方はとても不器用なものだった。
我妻さんのことで雪輝君を信用できない人はいるだろうけど、それならそれで誠意を見せるべきだったね。
少なくとも、『いざとなったら対主催よりも由乃を優先するけど受け入れるのか』なんて聞くのは悪手でしかない」
「だったら」
「でも、雪輝君に釘を刺されたんだよ。『遠山の友達には全部をぶちまけてみたい』って。どう転んだとしても」
「…………」
「さすがに、あの時の君の答えしだいでは割って入るつもりだったけどね」

どう答えていいものか分からない風に、越前はふいと顔をそらした。
そんな彼らのいる前を、雪輝が恨めしそうな顔で見やりながら通過しようとする。
綾波はすかさず、用意していた清涼飲料水入りの紙コップを手渡した。
給水を怠らせるのだけはまずいと、越前に言われている。
……何も知らない第三者が見れば、この四人はいったい何をしているのかと困惑するだろうが。

「弁護しておくなら、彼があんな言い方をしたのは、君たちへの負い目があったからだよ。
我妻さんが『雪輝日記』を持っている限り、雪輝君と一緒に行動するだけで危険が伴うからね」

なるほど、と綾波は頷く。
つまり、敢えて不穏当な言い方をして、見捨てることを示唆したらしい。
もっともな話で、『一緒にいるだけで、常に殺人鬼に命を狙われる。しかも居場所や動向がばれている』というハンディキャップは大きすぎる。
脱出派がひとまとまりに集合したりすれば、奇襲されて一網打尽にされるのが見えている。
かといって、あのまま気まずく別れてしまっても、秋瀬としてはまずかったはずだ。
越前が言ったように怪我のこともあるし、仲間を作ろうとしなければ、逆に『泳がせておく意味がない』と判断されて、すぐに襲撃されるかもしれない。
秋瀬が『グラウンド100周』を容認したのも、あのタイミングでの喧嘩別れはマズイという兼ね合いからだろう。

「それより。先輩達に会ったって話……聞きたいんスけど」

38中学生日記 〜遠回りする雛〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:08:28 ID:plMkkY2g0
ぼそりと呟くように、越前が話題を変えた。
天野雪輝のこれまでの経緯を聞く過程で、秋瀬が越前たちの知り合いに会ってきたことはそれとなく伝わっている。
綾波としても、越前が知り合いのことを聞ける機会は欲しい。
碇シンジが放送で呼ばれて色々とあった時も、越前の知り合いの名前は呼ばれていた。
越前だって痛みはあったはずなのに、綾波を支えるために、知り合いのことを思う時間を奪ってしまった。
話が長くなるからと、秋瀬は越前から数取器を受け取る。
数える役割を交代して、切り出した。

「真田君に会ったのは、ゲーム開始から5時間ぐらい経過した頃だよ」

語られるのは、真田弦一郎という古風な中学生との出会い。
そして、月岡彰という、『手塚国光と出会った』少年――のような少女のような、との出会い。
最初に、月岡が手塚との間にあったことを語り始めたこと。
バロウ・エシャロットとの戦いで、命を救われたという告白のこと。
最後までバロウを救おうと諦めず、出会ったばかりの月岡に託して『柱』を示した姿は、月岡の価値観を揺り動かしていたこと。
月岡彰の経験した殺し合いの話を聞き、真田弦一郎から『反逆する』という意思を聞き。
そして、月岡は『新しい自分』になると宣言した。

「『過去に行った攻撃を、再び発生させる能力』のこと。
その情報をもって、彼に対抗する戦力をつくって欲しいこと。
そして、『お前たちが柱になれ』。
確かに、伝えたよ」

カチリと周回をまたひとつ記録して、秋瀬は息を吐く。
綾波からすれば、ただ言葉もない。
綾波レイから碇シンジを奪った少年は、越前リョーマからも大事な人を奪っていた。
越前にとっては既知だったのかもしれないが、閉じこめられていた綾波には初耳だ。
血のにじみそうなほど唇を噛んだまま聞いていた越前は、やっとというように声を出す。

「月岡ってひと、もう放送で呼ばれんだっけ」
「第二放送で呼ばれたね……真田君と一緒に」

それは、手塚国光が助けた命が、もう潰されたということ。
二人の宣言がどうであれ、夢破れたという敗北の証明。

「秋瀬さんから見て、その二人、どうでした?」
「どう、とは?」
「負けるはずなさそうだった、とか。逆に、危なっかしかった、とか」
「そうだね……」

カチリとボタンを押し、思い出すように目を細める。

「できれば後ろも見て欲しいな、とは思ったよ」
「後ろ?」
「新しい道を見つけたばかりで、前だけ見ていたという印象を受けたね。
もちろんそれは良いことだし、最後までそれを貫けそうに見えた。
危うさを感じたとしたら、それが正道だからこそだろうね」

正道に目が眩んでいるからこそ、詭道への備えは怠りがちに見えたということか。
月岡彰は、本来ならばそういう詭道こそに精通していたはずの少年だったという。
もし彼らにもっと時間が与えられていれば、正々堂々と戦わずに背中を狙う者の存在を考慮におけるような余裕が生まれ、その時こそ死角無しの布陣として成立していただろう。

「もちろん、勝手な印象だけどね」
「どうも…………続けて」

印象論で知り合いのことをとやかく言われた割には素直に頷いて、越前は促した。

39中学生日記 〜未完成ストライド〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:10:12 ID:plMkkY2g0
「遠山君のことは、さっき聞いていたね。
跡部君とは、直接に出会っていないよ。
ただ、いちど遠山君たちと別れて間もないころに、彼の話を聞いた」

神崎麗美と、出会った。
その名前を出されて、越前の肩がぴくりと上下する。

カチリ、と周回を刻む音。

「時間から言って、君たちと神崎さんが別れた後、そして学校で雪輝君たちと接触する間のことだね」

秋瀬或に対して神崎麗美が言ったことはは簡略に説明されたけれど、およそ天野雪輝や越前らに話したことと同じベクトルの言葉だった。
ただ、新しく分かったのは、跡部景吾が首輪のことを調べて、それを手がかりとして残していたということ。

「腑に落ちないと言えば、首輪を透視して内部構造を調べたとか言っていたことだけれど……」
「跡部さんなら、できるから」
「君や遠山君を見た後では、『そういう世界なんだ』と思うしかないようだね」

左手親指でカチリと数取器をカウントして、人差し指と薬指で、補修されたメモ書きを持ち上げる。
そこには、診察室で待機する間に書き残したらしい秋瀬の手によるメモ書きも数枚加えられていた。
メモ用紙の下には、ツインタワービルから高坂が持ち出して、綾波が手渡した『未来日記計画』の書類も置かれている。

「彼女は少なくとも、跡部君たちと仲良くやっていたようだね。
メモを完全には処分しきれなかったのも、だからこそだと思う」

雪輝君まで煽ったことに腹が立たないでもないけれど、元をたどれば我妻さんのせいでもあると、走る少年を見て言った。

「でも、最後に菊地君といた時は、安らかだった……」

秋瀬にもすでに伝えたことを、綾波は口にする。

「そうらしいね。僕たちには伸ばせなかった手を、その少年は伸ばしたんだとか」
「あの時……」

言いかけて、越前は言葉を止める。
信じてもらえるか自信がないように躊躇い、顔を伏せて。

「あの人の声で、『助けて』って言われた気がした……」
「私にも、聞こえた。たぶん高坂君にも」
「なら、君たちは間に合ったということだよ」
「そうかな……」

越前の声は、彼らしくもなく自信がなさそうだった。
あったかもしれない和解が目の前で消えたことに、まだ思うことを残しているのかもしれない。
話を締めくくるように、秋瀬が続く経緯を話した。

40中学生日記 〜未完成ストライド〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:11:21 ID:plMkkY2g0

「その後、僕は浦飯君たちと再合流して、レーダーから我妻さんを感知する。
常盤さんが『白井黒子』とか名乗っていたらしいことは引っかかるけど、また会ってみないことになどうにもならないだろう。
そして、学校方面へと進路を変えて今に至るというわけだね」

カチリ、とまた一周。

神崎麗美と同じ制服を着ていたことから、『白井黒子』が菊地たちのクラスメイトの『相沢雅』か『常盤愛』である可能性は高い。
『相沢雅』は第二放送で呼ばれたこともあるし、十中八九で『常盤愛』だろうと落ち着いた。

「僕が直接間接に動向を聞いたのは、その4人だね。
切原君という知り合いのことも、真田君から聞いてはいたけれど」
「あの人はあの人で不安かも。真田さんの名前が呼ばれたし」

話に区切りがつき、全員がそれぞれに分かったことを噛みしめる。

「どうもっス。皆のこと、話してくれて」
「僕としても、義理は果たしたかったからね。
それに、こちらこそツインタワービルのことや、会場の端に関する手がかりも得られたし」

車椅子の手すりに左手で頬杖をついて、越前はぼんやりとしていた。
綾波には疲れているようにも、思慮にふけっているようにも見える。
そんな顔のまま、吐きだすように言った。

「残していったものを貰うのは別にいいんだけど。できる範囲で、貰うけど。
それでも皆、死にたくなんてなかったと思う」

締め切られたカーテンの隙間から西日が差し、細い朱色の光線を室内に走らせていた。
陽が、まもなく沈もうとしている。

「部長は、後悔とかしてないだろうけど。
でも、生きて、プロになるって夢を叶えて、大人になりたかったと思う」

生きている越前が、そう言った。
生きている秋瀬が、答える。

「そうだね。色んな中学生に会ったけれど、皆が生きたいと思っていたよ」

中学生しか、ここにはいない。
出会った人物の話をするうちに、そのことは自然と分かってきていた。
東京の進学校に通っていたという、菊地とそのクラスメイト。
富山県の、ごくごく緩やかな校風の中学校に通っていたという杉浦綾乃。
使徒によって滅ぼされかねない都市で、それでも学校に通っていた碇シンジたち。
常識的に呑み込めない部分はあるけれど、それでも彼らなりの部活動に青春をかけていた越前たち。
平凡な生活をしていたはずが、突然に『神様』の主催する殺し合いに巻き込まれたという高坂たち。
高坂が出会ったマリリンや、何人も殺したというバロウのような、『能力』を持った少年少女たちにも、学校でクラスメイトと笑い合ったりしていたのかもしれない。

「何人かに、動く動機を聞いて回った。
答えられない人。ヒーローになりたい人。反逆者。意思を継ごうとうする者。
みんな、それぞれの世界を持っていたよ。好きな人と星を見に行くことも、その一つだね」

41中学生日記 〜未完成ストライド〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:13:26 ID:plMkkY2g0

眼前を息を切らした少年が通過するのに合わせて、カチリとボタンを押す。
“願い”を認めてもらうための、変わった儀式だった。

「でも、いたんだ」

それだけの短い言葉に、綾波は右隣の少年を見る。

「みんな……ちゃんとここにいたんだ」

それだけ。
声が、感情の発露を堪えるように震えている。
みんな、いた。
その事実が、噛みしめるほど重要なことであるかのように、越前はもう一度繰り返した。
そんなに動揺すべきことだろうかと首をかしげて、綾波は思い出す。
綾波は、最初の放送よりもずっと前から二号機パイロットと遭遇していた。
しかし彼の場合は、遠山金太郎の遺体に出会ったのが最初だった。
次々に名前を呼ばれていった人々は、ちゃんとここにいた。生きていた。
それが、どれほどの重みを持つのか。

「越前君。私や、天野君に遠慮することは無いと思う」

彼が『それ』を堪えるのは、自分や天野雪輝が『それ』を持てずにいるからではないか。
そんな可能性に思い至り、綾波はあてずっぽうに言っていた。
言葉にしてから、不思議なことだと思う。
少なくとも出会った頃の彼は、自分のやりたいことをするのに、他人に遠慮を働かせただろうか。

「……俺、最初の放送の時に、もう済ませてきたから」
「理由になってない」

恥ずかしげに、しかし明確にうろたえつつ言い訳するのを見て、やはりと綾波は反論をふさぎにかかる。
カチリと、またボタンが押されるのを横目にして。

「碇君の名前が放送で呼ばれて、高坂君がいなくなって、分かったことがある」
「…………」
「『悲しい』って、とても辛いものだった」

それまで、誰かの生き死にの話で、壊れそうな思いをすることなんて無かった。
いざという時は、ほかならぬ自分自身が真っ先にそうなるものだったから。

「だから、それを表せない私の代わりに、それが出来るあなたにはそうしてほしい」

……っ、と。
のどを鳴らすような音が、彼の口元から聞こえた。
数呼吸を挟んで、口が開く。

「高坂さん……いい人だったよね」
「うん」

42中学生日記 〜未完成ストライド〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:14:11 ID:plMkkY2g0

ぽつりと、ぼそりと。

「アイツ……暑苦しいくらいに騒々しくて。
顔を合わせたら、いっつも『勝負だ』ばっかり言ってた」

いきなり、別人のことへと話題が飛ぶ。
しかし、誰のことを話しているかは理解できる。
碇シンジの時、高坂の時に、自分は彼からどうしてもらったのか。
それを思い出した綾波は、車椅子の手すりにおかれた左手に、自身の手を重ねて握った。

「うっとうしかったし……楽しそうに乗っかるのも何か気に食わなかったから。
いっつも……適当にいなしてきたんだけど……」

まるで、感情を呼び起こすための契機とするかのように。
声はどんどん、先細りするように小さくなる。
聞いて欲しくないのか、それとも、誰かに告げてしまいたいのか。
息のかかる距離で、綾波は、その懺悔を聞きとった。

「もっと……いっぱい、試合してやればよかった」

言い切るやいなや、越前の左手が右手をつよくかたく握り返してきた。
頭にある帽子は斜め前に深く被られて、綾波たちから表情の上半分を隠している。
かすれるような嗚咽の音が、帽子のツバの向こうから聞きとれた。
もしかすると、人前で落涙させるという行為は、いたたまれないことだったのかもしれない。
それでも越前は、よく表情の変化をごまかす時にするように、顔をふせて深くうつむくことはしなかった。

カチリと。
眼前を通り過ぎる、天野雪輝の『本気』を見届けるために。

頬をつたいきった涙をユニフォームに雫として落とし、それでも、走る少年に視線を向け続ける。
天野雪輝が顔を真っ赤にして、歯を食いしばるように、ただ走って行く。

綾波レイは、こんな時にどんなことを言えばいいのか知らない。
だから。
せめて、涙が止まるまで。
右手が痛いぐらい、我慢することにした。
泣き顔で顔を赤くする少年と、顔を真っ赤にして走る足を止めない少年。


――がんばれ。

そんな言葉を、送りたくなった。


【回帰】

息が苦しい。
足が重たい。
心臓が爆発しそう。
顔が酸欠で発熱している。
全身がもう勘弁してくれと叫んでいる。

なんで、こんな思いをしてまで走ってるんだっけ。

43中学生日記 〜未完成ストライド〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:14:57 ID:plMkkY2g0
今が何十周目なのか、もう雪輝はさっぱり覚えていやしない。
数えられなくなったというより、『あと78周……』など意識すれば絶望的な気持ちになってしまうので、
そのうち数えるのをやめたという方が当てはまる。
周回のカウントは、先ほど越前と交代した秋瀬がボタンを押しているので、まず不正はないはずだが、
その三人がふらふらの体で走っている雪輝をさしおいて、別の話題らしき情報交換で盛り上がっているのも恨めしい。
いや、理屈で考えればじっと100周分を待つよりもこの時間を有意義に使った方が今後の為になることは理解できるのだが、
人が未だかつてないほど走らされている時に……という感情論は止められない。
しかも命令した当人である越前は、なんか泣いてるし。本気を見せろと言ったのはお前のくせに。
しかも、女の子と手とか繋いでいるし。
嫌味か。元恋人から命を狙われている独り身への嫌味か!

それでも、なぜか走っていた。



(まさか、『グラウンド100周』なんて答えるなんて……)

気持に収まりをつける手段として、危害を加えられることは覚悟していた。
しかし、まさか走らされるとは。
断りきれなかったのは、好きな人のために何でもできるなら、それぐらいできるはずだという安易な挑発に乗っかってしまったから。
そして、『本気を見せて』と言った声と顔に、こちらを侮ったり見くだしたりする感情が無かったからか。
走る雪輝を見定めることで、何かを変えようとするかのように。

(そっちに歩み寄ってやるから、僕もこっちに来い……って、ことなのかな……)

疲れた。しんどい。息が切れるなんて感覚ですら、長いこと忘れていた。
体を動かすなんて、まさしく一万年ぶりだ。
殺し合いが始まってからも何回か走ったけれど、逃げるためだったり、助けを呼ぶためだったりで、意識する余裕なんてなかった。
いや、一万年前の殺し合いでも、たぶんそんな風だった。生き残るために、殺すために、必死だった。
いつ以来だろう。
ただ駆けるために、走っているのは。



――ちっぽけでも抗ってみるがいいさ。その想いが親父さんに届くように。



(そうか……病院とか、リハビリ室とか、懐かしく思ったわけだ)

44中学生日記 〜未完成ストライド〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:15:40 ID:plMkkY2g0



父親が、見舞いに来た。
両親が離婚してから会いづらくなっていたから、親子で一緒に何かをするのは楽しかった。
体力測定の種目で勝ったら、願いを叶えてくれると言われたから。
母さんと再婚してほしい、と言った。
一万年経ってから思い返せば、じつに子どもじみた訴えだと分かる。
両親が離婚した原因も知らないのに再婚を要求するなんて、それこそ両親にのっぴきならない事情があったらどうするつもりだったのやら。
(実際、事情はあったしそのせいで後に父が死んだのだが)
雪輝自身も、最後に高台へと競争する頃にはそういったことを自覚していて、諦めかけていた。

――抗い続けることで届く奇跡というのもある。

そうやってすぐに諦めるのがお前の悪いところだと、ある女性から指摘された。
しんどかった。苦しかった。もう無理だと思った。
でも、もしかしたらと、期待した。
今と同じように、赤く染まる夕陽を感じながら、走った。

――ちょっとくらい辛いことがあったって、諦めるにはまだ早いねん。だいたい、そんな簡単に諦めるからジジくさく見えるんやで。
――何が、『もう手遅れ』だよ。なんで、そこで諦めてんのさ。

精いっぱい頑張っても積んでいたのに。
どいつもこいつも、同じことを言う。

――たいがいは届かないんだ。

嘘つき。
後に、同じ女性からそう言われた。

カチリ、という音で、また一周を重ねたのだと知る。
ゼェハァと、荒い呼吸がのどに痛かった。
顎をつたう汗が、体を流れきってリノリウムの床へと落ちる。
なんで、こんな汗を流してるんだろう。
走り切ったからといって、何かが変わるとは限らないのに。
由乃を迎えに行くための方策を考えるとか、すべきことはいくらでもあるのに。
あの時も、届かなかったのに。

再婚を考えると言ってくれた父親は、その為の資金を援助すると唆した11thに殺された。
喪ったものを取り戻したくて、生き返らせるために神様を目指そうとしたら、ワガママだと非難されて、由乃以外の味方がいなくなった。
誰も殺したくなんかないのを我慢して人を殺したのに、生き返るなんて嘘だった。
最後にただ1人だけ、失うまいとした最愛の人は、追いかけたら追いかけないでと拒絶した。

45中学生日記 〜未完成ストライド〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:16:53 ID:plMkkY2g0

流れたものは戻らない。
一度流れた物はどんなに手を伸ばしても掴むことは出来ない。
部活動の練習で流した汗も時間が経てば消えてしまう。
流れた物は形を変えて残ることも在る。
流した汗は努力の結晶となり自分を成長させてくれる結果に変わる。
しかし、それでも、届かない。
目指した頂点を、輝く栄光を掴みとれるのは、ごく限られた人間たち。
努力すれば結果が帰ってくるなんて、夢見る子どもを励ますための方便だ。
流した汗は、報われない。
抗っても、奇跡には届かない。
それが世界だ。それが『願い』に狂った人間たちの作る世の中だ。
『願い』に狂った、大人が嫌いだった。
『願い』を勝ち取る力のない、子どもでしかない自分が嫌いだった。

頭がふらふらする。
苦い記憶ばかりを思い出す。

(なんだ……僕は、けっこう覚えてるんじゃないか)

そんなことを自覚して、苦笑する。

まさしく、走馬灯と言うべきか。
滝のようにどころか、洪水のように汗が噴き出す。
誇張でも何でもなく『死ぬ』と思った。
さっきも水分補給をしたはずなのに、のどが渇いてヒリヒリする。
倒れる。倒れてしまおう。
だいたい100周って、1周が80m足らずだとしても8kmあるじゃないか。
いくら神様でも体はただの中学生なのに、はじめからそんなの無理だって。



カチリ、と音がした。



「あと5周!!」



耳朶をうつ越前の声に、え、と顔をあげる。
振り返れば、越前がいつの間にやら秋瀬から数取器を受け取り、手のひらをパーにして『5』という数字を示していた。

いつの間に。

『5』という数字に、頭が空白になる。
しかし、言われてみれば。
時間の感覚がなかった。
一時間なのか二時間なのか、放送はまだだから三時間はないはずだけれど。
越前たちがあれだけ話し込んだり泣いたり泣きやんだりしていたんだから、
それだけの距離を走っていてもおかしくない。
倒れこもうとしていた足が、次の一歩を踏みしめていることに気づく。

46中学生日記 〜未完成ストライド〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:17:45 ID:plMkkY2g0

もう、走れない。そのはずだった。
でも、あと少しだけ。
100周のうちのたった5周ぐらいなら?
いや、せめて1周でも、100周に近いところで。
乳酸のたまりきって鉛のようだった足も少しだけ軽くなったように感じられ、
そんな自分の現金さがおかしかった。

汗を流して、必死になっている。
生きている、そんなことを思う。

願ってもかなわないと、嫌と言うほど思い知らされた。
ならばなぜ、天野雪輝はまだ“願い”を持っている?
なぜ、彼女のことを諦めない?

『……僕は――――"神様"なんだ』
『……あまのがかみさま?』
『うん、一応神様って事になってるんだ』

神様だと、自認することから始まった。
一万年ぶりに出会う、他者という存在。
誰かに見つけられて、嬉しくなかったと言えば嘘で。
そして、一万年ぶりに彼女を見つけた。
ユッキーと、彼女だけの名前で呼ばれる。
その次に待っていたのが、大好きな少女からの殺意を持った攻撃だった。
二度目のサバイバルゲームは、その手をつかみ損ねるところから始まった。

『大事なのは、天野がどうしたいのかってことやとワイは思うけどなぁ』

新たな友達は、最初からそう言っていた。

『何もやりたいことがないっちゅーんなら、ワイを手伝ってくれんか?』

その言葉に頷いた時、どこまでいっても甘さを捨てられない『天野雪輝』を自覚した。

そう、見捨てられないのが、天野雪輝だった。その相手を、一度でも近しい存在だと意識してしまったら。
9thには、最後までそのせいで怒らせた。
『すべてを救うのは無理だ』と分かっていても、『見捨てられない』と答えてしまう。



「あと4周!」



5周から、4周になった。
のどが痛い。室内が暑い。汗でベトついた体が気持ち悪い。
それでも、また1周ゴールに近づいた。

47中学生日記 〜未完成ストライド〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:19:48 ID:plMkkY2g0



『名前は我妻由乃。できれば止めたいんだけど……』

忘却したつもりだったのに、本当は少しずつ思い出していた。
前原圭一に話していた時には、もうすでに『殺したくない』と意識していて。
彼女のことを想うにつれて。
思い出を、人に語るにつれて。
そして、傍観者の神様ではない、ただの無力な中学生でしかない挫折を知って。

『せやけど、天野の友達は天野を探してたかもしれん。ワイはそのことを考えてへんかった』

日野日向に謝る機会を失ったことで、取りこぼしたものの重さを知った。
雪輝にも、助けてくれたかもしれない人がいたことを、思い出した。

『我妻さんの言葉だけじゃなく、僕たちの言葉にも耳を貸してほしかった。
ご両親が死んだ時だって、暴走する前に僕たちに相談してほしかった。』

過去に喪われた友達から、叱られた。
苦しかったけど、嬉しかった。

取りこぼしてばかりの子ども時代だったけれど。
裏切りと嘘に満ちあふれた世界だったけれど。
かけがえのないものも、たくさんあった。

『由乃の分まで背負えるなら、どんな罰も受けるって思ってたんだ。』

だから。
いちばん『大事なもの』を、選んだ時の気持ちを思い出せた。



「3周!」



足は、止めない。
ノタノタと間抜けにふらつきながら、息を荒くして進む。
きっと、傍目にもみっともないほどにボロボロだ。
それでもいい。みっともなくても、足掻かないよりはいい。

『一兆を超えて、那由多の選択肢があったとしても。
僕は彼女を愛してる。誰に文句も言わせないぐらいに、愛している』

やっと、戻って来れた。
時間がかかって、遠回りして。
記憶を風化させた“時空王”は、“天野雪輝”を、取り戻した。



「2週!」


越前が指をブイサインにして、ぐっと前に突き出した。
泣きはらした目が、それでも強い眼光を宿らせて、推し量るように見ている。
視線と視線が、すれ違う瞬間に交錯した。
走り切ったら山ほど文句を言ってやると、心に決める。

48中学生日記 〜未完成ストライド〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:20:28 ID:plMkkY2g0
(本当に、しんどい……遠山も高坂も、こんなふうに走ってたのかな)

そう言えば高坂も陸上部だったっけ、と余計なことまで思い出す。

『もっと、泣きそうな顔、しろよ……』

一万年前と、同じ痛みを味わった。
友達を殺した時に、泣いていたことを思い出した。
昔の友達から『泣け』と言われて、今の友達からは『笑え』と言われた。

『生きたかった、くせに!』

遠山金太郎にも夢があったように。
その中学生にも、『将来の夢』があった。

――大きくなったら、私がお嫁さんになってあげる。
――大人になったらね。

それだけの『夢』から、全てが始まった。

今になって思えば、お互いに『誰でもよかった』だけ。
お互いが、依存できる相手を探していたら、ぴったりはまった。

いびつな関係だったかもしれない。でも、ずっとそばにいてくれた。ずっと守ってくれた。
ずっとそばにいた。守るために、なけなしの勇気を振り絞ったこともあった。
守るために、死なせないために、必死だった。二人とも、ただの中学生でしかなかった。
あれが、彼と彼女の精いっぱいだった。
『誰でもよかった』は、いつしか『彼女でなければならない』になった。



『私ならそう言われただけで満足するかもしれない。
好きな人を殺さずに済んで、居場所をもらったまま終われるなら』



『好き』に自信のない少女と会話して、理解する。最後まで理解できなかった、最期の彼女のことを。
どうして、居場所をつくると言ったのに、死を選んだのか。
好きだから、殺せなかった。ただそれだけ。

言われてみれば、簡単なことだ。
三週目の世界に舞台をうつして殺し合いを始めてから、由乃はどんどん切羽詰まったようになっていった。
「あなたが好き。でも三週目には戻れない」と言い出した由乃は、雪輝を幻覚空間に閉じこめて隔離した。
きっと、あの時点ではもう殺せなくなっていた。
愛しているから、殺そうとした。愛しているから、殺せなかった。
愛しているから、愛すればこそ。

49中学生日記 〜未完成ストライド〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:21:17 ID:plMkkY2g0

「ラスト1周!」



Question、あなたは、殺したくなるほど、誰かを愛したことがある?



Answer、あの時の、あの子と、同じぐらいには。



理解できたからといって、どうにもならない。
どちらかが死んで神の座を譲らなければ、どうあがいても詰みだった。
ただ、ちょっとだけ後悔した。

(好きな女の子の気持ちが分からない、なんてのは……やっぱり、駄目だよなぁ……)

たったそれだけの後悔が、違う選択肢を選ばせる。

(僕は、由乃に殺されない。もう、僕を犠牲にすることで解決したりしない)

抗いつづけることで届く奇跡もある。
走り続けるための言葉を思い出して、最後のピースがはまった。
また、抗おう。ただし、昔と今では違うところがある。
今度は、幸せにする名前に『天野雪輝』を加えたい。
由乃と『二人』で、星を見に行こう。



(涙も、笑顔も、由乃も、ぜんぶ取り戻す!)



天野雪輝は。



(僕は――!)



前のめりに、倒れた。




【対話】


天野雪輝は、倒れた。
越前リョーマたちの、目の前で。

完走と同時に倒れた。

50中学生日記 〜未完成ストライド〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:21:50 ID:plMkkY2g0

「よく頑張ったね」

秋瀬或が雪輝のそばにしゃがみこみ、危険な症状はないかどうかを確かめる。
あいにくと片腕だったので、ベンチへと寝かせるのは綾波が手伝った。
二人してどうにか、汗だくの体を綾波たちのいた場所へと横にさせる。
リョーマはその様子を車椅子から見つめ、さすがに申し訳なさを顔に出した。

「……怒らないんスか?」
「もし走る途中で倒れたら同調して怒っていたけれど……その結果を見ればね」

秋瀬が見下ろすのは、越前の左手。
手のうちにある計測器の数字は、ぴったりと『90』をカウントしていた。

「ありがとう。雪輝君に歩み寄ってくれて」
「……あんまり足を酷使して、動けなくなっても困るから」

じっさい、ギリギリの見極めではあった。
ランニングでのへばり方を見ながら「この分では持たないな」と判断するのと、
「でも、走り切ったと思わせたい」との境界線を兼ね合わせるのは。

「でも、彼のことを認めてくれたんだね」
「『本気』は、見せてくれたから」

『本気』の何が見たかったんだと、言われたら困るけれど。
けれど、もう駄目だ限界だ助けてくれとボロボロの顔で、
それでも走るのをやめない姿を見た時だった。
高坂が、あれほどぼろくそに言っていたはずの雪輝を放っておけなかった心境が、分かった気がしたのは。
冷やしてある濡れタオルを取ってくると、秋瀬は運動室を出て行った。

「綾波さん……なんか、成り行きで協力を決めたみたいになったんスけど」
「構わないわ」
「一緒にいるとヤバい人に狙われるっぽいけど、それでもいい?」
「…………私、嘘をついた」
「嘘?」
「『碇君が死んだから、もう全部いい』って言ったこと。ごめんなさい」
「謝らなくても……」
「高坂君が死んだ時、悲しかった。今もまだ、痛い」
「…………」
「でも、ちょっとだけ安心した。あなたたちを、碇君の代わりにはしていないって分かったから」
「そんなこと、気にしてたんスか」
「高坂君がいなくなるまで、分からなかった。だから、分からないのは、嫌」
「うん」
「理由は説明できない。でも、自然に『構わない』と思ってたから。
意味はあるかもしれない。自分で分かってないだけで」
「回りくどい言い方だけど、『Yes』ってことっスか」
「越前君こそ、どうして?」
「何が?」
「高坂君のこと、私を責めなかったから」
「神崎さんの時に、オレだけのせいじゃないって言われたし。だったらその逆もそうだから」

そう言えば、と気づく。

「勘違いされてたら困るから言っとくけど……バロウ・エシャロットのことは許してないから」
「そうなの?」

51中学生日記 〜未完成ストライド〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:22:35 ID:plMkkY2g0

天野と我妻のことを容認したことで、バロウも似たような認識だと誤解してほしくはない。

「当然。部長を殺されて、神崎さん殺されて、高坂さんも殺されてんだから」
「でも、その部長さんが助けようとしてた……」
「だから困ってるんじゃないスか。綾波さんだって、碇さんのことがあるし」
「私も、許せない。まだ、菊地君から話を聞けてないけど」
「俺も、知りたい。アイツとは決着つけたいから」
「碇君がどう殺されたのか聞いたら、また殺したくなるかも……」
「その時は一緒に考えればいいし」
「うん、高坂君も、『仲良くやれ』って言ってた」

そう言われて、すごく気恥ずかしいことを言い残されたんじゃないかと気づく。
どう返せばいいんだろうと、完全に言葉に詰まった。
しかし、綾波が先回りして言った。

「じゃあ、今後とも『よろしく』」

――よろしく。

確かに、自分がそう言った。
なら、返事をしなければいけない。

「……今後とも、『よろしく』」





「あ、起きたんすか?」
「ん……おはよう、コシマエ」
「寝ぼけてるんスか? ってゆーか、その呼び方……」
「だって、遠山がずっとこの呼び方だったから……水、のみたい」
「はい、最後のペットボトル」



「どうだった?」
「殴られた方が、万倍マシだった」
「『もう駄目だ死ぬ』って気分になるでしょ?」
「なったよ。もう一生分ぐらい……で、すっきりした」
「したんだ」
「色んなことを、思い出したよ……」
「ふーん」



「ぜんぶ、思い出したんだ。神様になる前の、ただの中学生だった時のこと」

52中学生日記 〜未完成ストライド〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:23:13 ID:plMkkY2g0
「バカだったこと。子どもだったこと。取りこぼしたこと。
でも、必死だったこと。がんばったこと。嬉しかったこと。辛かったこと。
友達のこと。父さん母さんのこと。敵のこと。恋人のこと。
初めて、人を愛したこと。ぜんぶ」
「やっぱり、記憶喪失を治すには体を動かすのが一番っスね」
「なんだよそれ……で、僕に何か言うことがあるんじゃないの?」
「我妻って人のことは許せない。けど、生きて帰りたいなら協力する。
こっちはこっちで菊地さんたちと合流するから、いつまで一緒にいるかは分からないけど」
「8キロかそこら走らせただけで、凶暴な女の子に狙われてもいいんだ。
僕が言うのもなんだけど、お人好し過ぎじゃない?」
「さぁね。危なくなったら、綾波さんと二人で逃げるかも。
……天野さんは、これからどうするんスか?」



「やり直しが、したい」

53中学生日記 〜未完成ストライド〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:23:57 ID:plMkkY2g0
「0から?」
「もう、0(チャラ)にはしない。
1から、やり直す。続きから始める」
「…………」
「何もできない“神様”じゃない。
ただの“中学生”だったけど、頑張ってた頃の僕を思い出したんだ。
なかったことにしない。全部、抱えて進む。もう絶対に忘れない」
「我妻さんが一番だけど、他の人たちも忘れない……なんか、矛盾してないっスか?」
「中途半端でいいよ。“抗って届く奇跡があるなら信じたい”。
これを否定したら、僕がしてきたことの全面否定になる」

「一万歳の“中学デビュー”ってこと?」
「学年は君より先輩だけどね」

ほとんど同時。
挑みあうように睨み合っていた両者の顔から、乾いた笑いが漏れた。





独りぼっちだった“時空王”は、もういない。
ただの好きな人がいる“中学生”になった。


【G-4病院/一日目・夕方】

【天野雪輝@未来日記】
[状態]:発汗、疲労、中学デビュー
[装備]:体操服@現地調達、スぺツナズナイフ@現実 、シグザウエルP226(残弾4)、 天野雪輝のダーツ(残り7本)@未来日記
[道具]:携帯電話、学校で調達したもの(詳しくは不明)
基本:由乃と星を観に行く
1:やりなおす。0(チャラ)からではなく、1から。

※神になってから1万年後("三週目の世界"の由乃に次元の壁を破壊される前)からの参戦
※神の力、神になってから1万年間の記憶は封印されています
※神になるまでの記憶を、全て思い出しました。
※秋瀬或が契約した『The rader』の内容を確認しました。

54中学生日記 〜未完成ストライド〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:24:55 ID:plMkkY2g0
【秋瀬或@未来日記】
[状態]:右手首から先、喪失(止血)、貧血(大)
[装備]:The rader@未来日記、携帯電話(レーダー機能付き、電池切れ)@現実、セグウェイ@テニスの王子様、マクアフティル@とある科学の超電磁砲、リアルテニスボール@現実
[道具]:基本支給品一式、インサイトによる首輪内部の見取り図(秋瀬或の考察を記した紙も追加)@現地調達、火炎放射器(燃料残り7回分)@現実、クレスタ@GTO
壊れたNeo高坂KING日記@未来日記、『未来日記計画』に関する資料@現地調達
基本行動方針:この世界の謎を解く。天野雪輝を幸福にする。
1:天野雪輝の『我妻由乃と星を見に行く』という願いをかなえる
[備考]
参戦時期は『本人の認識している限りでは』47話でデウスに謁見し、死人が生き返るかを尋ねた直後です。
『The rader』の予知は、よほどのことがない限り他者に明かすつもりはありません
『The rader』の予知が放送後に当たっていたかどうか、内容が変動するかどうかは、次以降の書き手さんに任せます。

【越前リョーマ@テニスの王子様】
[状態]:疲労(大)、全身打撲 、右腕に亀裂骨折(手当済み)、“雷”の反動による炎症(数時間で回復)
[装備]:青学ジャージ(半袖)
リアルテニスボール(ポケットに2個)@現実
[道具]:基本支給品一式(携帯電話に撮影画像)×2、不明支給品0〜1、リアルテニスボール(残り3個)@現実
S-DAT@ヱヴァンゲリオン新劇場版、、太い木の棒@現実、ひしゃげた金属バット@現実
基本行動方針:神サマに勝ってみせる。殺し合いに乗る人間には絶対に負けない。
1:休んだら、菊地と合流。天野たちにはできる範囲で協力
2:バロウ・エシャロットには次こそ勝つ。
3:切原は探す。

【綾波レイ@エヴァンゲリオン新劇場版】
[状態]:疲労(小) 、傷心
[装備]:白いブラウス@現地調達、 第壱中学校の制服(スカートのみ)
由乃の日本刀@未来日記、ベレッタM92(残弾13)
[道具]:基本支給品一式、第壱中学校の制服(びしょ濡れ)、心音爆弾@未来日記 、隠魔鬼のマント@幽遊白書
基本行動方針:知りたい
1:休んだら、菊地と合流。天野たちにはできる範囲で協力
2:落ち着いたら、碇君の話を聞きたい。色々と考えたい
3:いざという時は、躊躇わない…?
[備考]
※参戦時期は、少なくとも碇親子との「食事会」を計画している間。
※碇シンジの最後の言葉を知りました。

55中学生日記 〜未完成ストライド〜 ◆j1I31zelYA:2013/12/05(木) 23:26:25 ID:plMkkY2g0
投下終了です。

そしてすみません、タイトル変更箇所を間違えました
>>37 からが「中学生日記 〜未完成ストライド〜」になります

56名無しさん:2013/12/06(金) 01:34:20 ID:2K9ld4s.0
投下乙です

これはいいわあ
みんながみんな、凄くそのキャラらしいてその上で、なんていうか『青春』してるわあ…
雪輝は、越前は、レイは、或は、なんて言っていいのか判らねえ!
ただ由乃と1からやり直せるのか期待してるぜ

57名無しさん:2013/12/07(土) 17:10:10 ID:opoz3o9cO
投下乙です。

0(空っぽ)の時空王から、好きな子とデートに行きたいだけの1人の中学生にジョブチェンジ。
雪輝の中学生生活は始まったばかりだ!

58名無しさん:2013/12/07(土) 22:38:50 ID:hpvaogwE0


ユッキーはこのロワで本当に友達に恵まれてるな

59名無しさん:2013/12/16(月) 18:59:34 ID:524KDu6c0
宣伝

一週間後の12月23日(月)に、交流所にて中学生ロワのロワ語りが開かれます。
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/8882/1385131196/

60名無しさん:2014/01/15(水) 02:00:27 ID:UDhiGTqQ0
集計者さんいつも乙です
今期月報
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
86話(+1) 21/51(-0) 41.2(-0.0)

61名無しさん:2014/01/28(火) 01:00:09 ID:F2lyyivw0
予約来てた!

62それでも、しあわせギフトは届く ◆Ok1sMSayUQ:2014/01/31(金) 20:50:24 ID:swZanmDo0
 いつだったか。
 そんなに遠くない昔に、こんな話をしたことがある。
 喧嘩にもならず、翌日になれば自分自身でもころりと忘れるくらいの。
 ささやかな痛みを伴う話。

「……ただいま、黒子」
「あらお姉さま。そんなお顔をなさらずとも、寮監の目は誤魔化してありますから」

 湯浴みを済ませ、風呂場の扉を開けて出てきた白井黒子の目に飛び込んできたのは、今しがた『用事』を終えて戻ってきた御坂美琴だった。
 本当に丁度戻ってきたようで、鍵を開けておいた窓が開け放たれ、美琴は窓に足をかけていた。靴を脱ごうとしていたのか、片方の靴が床に落ちてひっくり返っている。
 加えて黒子がバスタオル一枚というあられもない姿で戻ってきたからか、間が悪いとも思ったようで美琴の表情はばつが悪いといった風情だ。
 が、黒子自身は特に気にすることもなくタオルを巻いたまま、すたすたと美琴の元まで歩いてゆきてきぱきと靴を片付け、もう片方の靴も寄越すように指示した。
 ほぼ裸なのは問題ない。勝手知ったる美琴との仲であるし、今時分の季節はすぐに着替えずとも体を冷やすこともない。何より、『用事』を済ませた美琴はいつも疲れている。
 窓際で待たせるわけにもいかなかった。

「いや、あんた先に着替えな……」
「お姉さまが先です。それとも」

 いつも奔放に行動しているくせに、こういうときだけは遠慮というか、自分を後回しにする美琴に、多少腹立たしい思いがないではなかった。
 にっこりと笑って「私の裸が見たいんですの?」と言ってやると、素直に美琴は靴を渡してきた。
 それはそれで多少残念ではあった。頑固にこちらを優先してこようものなら「私の裸を見たいお姉さまなら襲ってもいいですわよねー!」という屁理屈を捏ねて飛びかかれたのに。
 室内用のスリッパを投げてやると、美琴はそれを器用にキャッチして履き、ようやく窓から部屋へと『入った』。

「お帰りなさいませ、お姉さま」
「……ただいま」

 美琴は苦笑していた。ただ疲労はかなりあるらしく、そのままベッドに歩いていったかと思うとバタリ、と倒れるようにして動かなくなった。
 黒子は『用事』の中身は知らない。だが毎日のように夜遅くまで出て行っては疲弊しきって戻ってくる。それだけで大変どころではないものだとは分かるし、
 そこまでして為さなければならない『用事』が、少なくとも美琴にとってはかなりの重みがあるのに違いなかった。

「もう、お眠りになられます?」
「あー……。ううん、違うの。眠くはないんだ。疲れてる、だけ」

 ごろりと寝返りを打って、美琴は黒子に返事した。
 黒子は丁度着替え終わったタイミングであり、電気を消そうと思えば消せたが、こちらに視線を寄越す美琴は、まだそうしないでくれと言っているように見えた。
 一つ息をついて、黒子は自分のベッドに腰掛ける。本来なら無理矢理にでも寝かせるべきなのだろうが――、美琴が夜に殆ど眠れていないのも、知っていた。

「全く、何をしてらしているのか知りませんが」
「うん」
「話してくださる気はないんですのね」
「……うん」

63それでも、しあわせギフトは届く ◆Ok1sMSayUQ:2014/01/31(金) 20:50:58 ID:swZanmDo0
 ごめん、と小さく美琴は付け加えた。
 それだけで追及する気にはなれず、黒子は苦笑する以外になかった。

「そんな私がさ、こういうことを聞くとキレられそうなんだけど」
「はい?」
「黒子、無理矢理聞き出そうとかそういうことしないんだよね。意外に思ってる。なんでか、知りたいっていうか」
「あら、怒って欲しいんですの?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
「ふむ」

 理由は、と聞かれられれば。
 お姉さまを信じているから……というのが究極的な答えになってしまう。そうとしか表現しようがないのだ。
 細かい理屈も、道理もない。学園都市第三位、正々堂々にして威風堂々。その上で努力も欠かさず、それを鼻にかけることもない。
 御坂美琴は黒子の考える理想像だったのだ。

「私はお姉さまを信じておりますので」

 恐らくは追及の口を開こうとしたのだろう、納得していなさそうに「それは嬉しいんだけど……」と言いはしたものの、後が続くことはなかった。
 美琴自身言えるような立場ではないからなのだろう。黒子としてもこの感覚的な信頼を上手く言葉にできる自信がなく、ならば『言えないことはお互い様』という落とし所にすることが正しかった。

「……嬉しいんだけどさ」

 それでもなお、美琴は未練がましそうにしていた。
 こういう正直すぎる性格もまた、信頼できる要素の一つだった。

「……もし、私がいなくなったら」
「あり得ませんから」
「そう言うと思った」
「仮定の話でもあり得ません」
「聞くだけは聞いてよ」

 そう言われては頷かざるを得ず、とはいえ真面目に聞くつもりなどひとつもない黒子はわざとらしく耳を塞いでやった。
 舌でも出してやろうかと思ったくらいだったが、それは流石に小学生でもやらないことなので我慢することにする。

「いなくなったらさ、きっと、なくしてしまった自分を責めると思うんだ」
「そうさせないようにお姉さまは頑張ってくださいな。応援はしてますから」
「努力はするからさ」

 冗談めかして言うかと黒子は思ったが、美琴は思いの外真剣な表情を崩さないままだった。
 いつものように寝転がったままの、いつも見ているはずの御坂美琴の、しかしひどく憂いたような言葉が、

「少しは考えてくれると、もっと……嬉しい」

 なぜだか、胸に突き刺さったのだ。

「……人のこと、言えますの?」
「そうね。ごめん。分かってる、でも、ごめん」

 だから刺のある言葉になってしまい、それ以上の会話は続かず、黒子は明かりを消してすべてを打ち切った。

     *     *     *

64それでも、しあわせギフトは届く ◆Ok1sMSayUQ:2014/01/31(金) 20:51:32 ID:swZanmDo0
 そんな、夢を見た。

 思い出したのは全ての情報を知って、少し間が開いた後。
 食事ということになって、料理が持ってこられるまでの間だった。
 殆ど調理が完了していたために黒子ができるようなことはなく、テーブルについて待つことしかやることがなかったのだ。
 やることがなければ――人は思いを巡らせる。正確に言えば、やることがなかったわけではない。黒子の周囲には人がいる。
 七原秋也に、竜宮レナ。今まさに最後の仕上げに取り掛かっている船見結衣。テンコだっている。
 話そうと思えばできた。できたのだが、できなかった。

『あかりを理由にして諍いを起こすのは、止めてくれねぇか』

 テンコの言葉が痛烈に響いていたことが、黒子に沈思の時間を与え、夢のことを思い出させた。
 なくしてしまったらどうするかなど、考えたこともなかった。いや、考えようとすらしなかった。
 あり得ないと本気で思い込んでいたからなのか。それとも、あり得ることを想像したくなかったのか。
 今の黒子には、本当に分からなかったのだ。

(……私に、正義を名乗る資格はないのかもしれない)

 想像さえしてこなかったことが、最後まで幸せを願っていた赤座あかりの想いを無視する結果になりかけ、
 考えるのを拒否したことが、自分の矮小さをここに至るまで覆い隠してきた。
 他者の想いを遠ざけ、自分に振り向きもしない。……それは、自分自身がもっとも嫌ってきた卑劣な悪ではなかったか。
 美琴は恐らく自分の内奥に潜むものの正体を見破っていた。自分は、気付かれたくなくて痛みを棘にして返した。
 自分は他者に依存しすぎているのだと。

(いいえ、それも少し違う……。信じたかったのは、自分を仮託できるもの……)

 己で結論を出さずとも、それを信じて従っていれば、己を安心させ、満足させてくれるもの。
 大義。正義。人であれ言葉であれ、白井黒子という人間は常にそれを探し続けてきた。
 正しいもの。善いもの。幸せなもの。信じれば、それを実現してくれるもの。
 《風紀委員》に入ったのもその一環だった。学園都市の治安を守り、風紀を取り締まる組織。
 そこで与えられる仕事は黒子の求めるものに近かったことはある。
 与えられた仕事の内容を見るだけで心が納得したものだし、こなしていれば相応に満たされた気分になれた。
 自分で考えずとも、自分が一番欲しいものを与えてくれていたのだ。
 大きくて、立派で、人生の一部を請け負ってくれるだけの価値がある、甲斐というものがあった。

(それでいいと、思ってた)

 黒子の能力はカテゴリーとして、《レベル4》、大能力者と分類される。
 学園都市の能力者としては上位に入るが、最高峰である《レベル5》には到底及ばないクラス。会社で言えば中間管理職的なものだ。
 下のクラスの能力者からはエリート層と妬まれることもあれば、上位の能力者からは歯牙にもかけられない位置でしかない。
 上層にいながらにして、学園都市の方向性を決定づけるような力を持たない。それが《レベル4》だった。
 必然、そんな中途半端な立場の《レベル4》は顧みられることも少なかった。上位能力者という肩書こそあるものの、その実情は《レベル5》の成り損ないというものに近かった。
 適正にもよるが、能力の伸びしろがない場合が多いのだ。黒子の『空間移動』にしても、個人で扱う分には強力無比なのだがあくまで個人レベルの話であり、
 戦術・戦略クラスの応用力を得るには至らない。能力の発動には黒子が触れていなければならないという制約もあり、数百、数千単位の空間移動を行うのは不可能に近い。
 その事実は、黒子の能力では決して《レベル5》には至れないことを示していた。発展性のない能力者に付き合うほど、学園都市の研究者は暇を持て余してはいなかった。
 黒子にとって、レベルがどうであるかはあまり気にすることではなかったが、そうして顧みられず、自由という名の放逐を受けた黒子は何をすればいいのか分からなかった。
 大能力者として正しい行いをしたいという気持ちはあれど、実際どのような形で貢献したらいいのかなど、能力研究者達が教えてくれるはずもなかった。
 だから、身を委ねた。
 何をすればいいのか分からないなら、分かっている者に任せればいい。自分はそれを信じればいいと。
 己が充足できるなら、それでいいのだと断じて。

65それでも、しあわせギフトは届く ◆Ok1sMSayUQ:2014/01/31(金) 20:52:03 ID:swZanmDo0
(その結果が、これだというのなら)

 後悔も、懺悔も、全てが遅い。
 白井黒子はもとより、全てを守れるような正義を持っていなかったのだから。
 御坂美琴のような、自らの想いを成し遂げるような心根の強さなど、なかった。

「……あの」

 認識の至らなさ。想像の欠如。そんなものしか持ち得ない自分自身に打ちのめされていた黒子にかけられた声は、つい先程まで七原と口論していたはずの船見結衣だった。
 手に持っているのはたっぷりと具が敷き詰められている肉じゃがの皿。見渡してみれば、七原にもレナにも皿が行き渡っていた。

「できたから、食べよう?」

 そんなただの呼びかけが、黒子の胸を突いた。
 こんな自分になにかを分け与えてくれることが、無性にやさしく感じたのだ。
 表情を変えまいとしたが、無理だった。
 口元がへの字に曲がった。瞼が震えた。七原との対話を経て感情を消化し、変えることのできた結衣が羨ましく――自分が、情けなかった。
 悔しい、悔しい。自分で自分を決められる、たったひとつの心を使いこなせない自分に、無力感よりもただ悔しさがこみ上げて仕方がなかった。

「ちょ、ちょっと」

 狼狽した風の結衣。七原もレナもテンコも黒子の異変に顔色を変えていた。
 おかしな話だった。守りたかったはずの赤座あかりの死を聞かされても、どうにか堪えていたはずなのに。
 涙が一筋、流れた。悲しいからではなく、あまりに自分が不甲斐なくて流した涙だった。
 守れなかった無念や罪悪感からではなく、自分がこの場の誰にも及んでいないことが悔しくて流した涙だった。
 こんなこと、少年漫画に出てくるような暑苦しい男でもなければないものだと思っていたのに……。

「なんなんだよ、大丈夫か?」

 結衣は一旦皿を下げようとして――、

66それでも、しあわせギフトは届く ◆Ok1sMSayUQ:2014/01/31(金) 20:52:22 ID:swZanmDo0
「……ちっくしょーーーーーーー!!!」

 直後いきなり奇声を張り上げた黒子が、
 黒子の豹変ぶりについていけず、硬直した結衣の手から肉じゃがの盛られている皿をむんずと奪い取り、
 まるでジュースを一気飲みでもするかのように、
 がーっと皿を傾け、口の中に流し込み、もりもりと頬張ったかと思えば、

「……ぅ」

 顔を青ざめさせて、

「白井さん!?」
「黒子ちゃん!?」
「お、おい白井!?」
「喉に詰まらせやがった!」

 倒れた。

     *     *     *

67それでも、しあわせギフトは届く ◆Ok1sMSayUQ:2014/01/31(金) 20:52:42 ID:swZanmDo0
 いつだったか。
 少しだけ遠い昔に、こんな経験をしたことがある。
 翌日になれば自分自身でもころりと忘れるくらいの。
 ささやかな痛みを伴う話。

 道に迷ったことがある。言ってしまえば迷子だ。
 小さかったし、その頃は能力も弱ければ街に慣れていきたばかりの状況でもあった。
 まだ日はそこそこ高かったのだが、このままでは日没になっても帰れない。
 もう道は知っているから大丈夫と、少しばかり近道して帰ろうなどと思ったのが間違いだった。
 気がつけば巡り巡って、黒子は全く知らない場所にいた。
 自分が住んでいるはずの街なのに、そこは別世界のように見えた。
 立ち並ぶ高層ビルも、道を歩く人々の姿も、空の色でさえも、普段見慣れているもの全部が正体不明のものにしか思えなかった。

 正しく恐怖だった。
 どこへ行けばいいのか分からないし、周りを歩いている人も言葉の通じない外国人のようにしか感じられない。
 何も頼れるものはなかった。何をすればいいのか分からなかった。
 いや、何もできなかった。泣き喚くことさえできなかったのだ。
 どうにもならないかもしれないという思いが、やってしまった後の先を想像することが怖いという思いが、感情の発露さえさせなかった。
 当て所もなく歩くしかできなかった。それで事態が解決するのかという問いは端から存在しなかった。出来ないという答えが出ることを恐れたからだ。
 だから、誰も黒子が迷子だなんて気付きはしなかった。普通に歩いているだけの子供にしか見えなかっただろう。
 よく見れば今にも崩れそうな表情で、前に出す足も細かく震えていることは見て取れるのだが、よく観察しないと気付けない程度でしかなかった。

「ねえ、きみ」

 誰にも顧みられない。今にしてみれば自業自得でそんな状況に追い込んだはずの、救いようのない情けない自分に手を差し伸べてくれたのは、

「さっきからずっとうろうろしてるけど、どうしたの?」

 正義、だった。

68それでも、しあわせギフトは届く ◆Ok1sMSayUQ:2014/01/31(金) 20:53:03 ID:swZanmDo0
「そっか、迷子か。怖かったよね。もう大丈夫だから」
「私? いいのいいの、実はあっちにも用事あったからね」
「にしても、そんなちっさいのにちゃんとお礼言えるのは偉いなぁ」

 どうしたのと言われ、迷ったと答えただけの自分を、その人は意を汲み取って、住所まで案内すると申し出てくれた。
 すみませんと言うと、その人は朗らかに笑って安心させてくれた。
 ありがとうと言うと、その人は褒めてくれた。
 そして、ずっと手を繋いでいてくれた。

「ま、人助けするのなんて《風紀委員》の当たり前の仕事だし、気にしなくていいよ。きみが気にするべきは、きみを待っててくれる人にだ」

 別れ際、もう一度礼を言おうとすると、その人は照れくさそうにそう言った。
 仕事だから。ついでだから。そう言いつつも本気で助けてくれたと黒子は信じたかったし、《風紀委員》の腕章をつけた姿はとても格好のいいもので。
 ただ甘えていただけの自分が、とても恥ずかしくもなって、身が引き締まった思いがして。
 ――そんな自分自身を、変えたかった。その人みたいな『正義』に、なりたかった。

     *     *     *

69それでも、しあわせギフトは届く ◆Ok1sMSayUQ:2014/01/31(金) 20:53:26 ID:swZanmDo0
「ぅ……」

 うめくような魘され声が静寂を破ると、視線が一斉に集まる気配がした。
 ソファの上に寝かせられていた、白井黒子へと。

「ここは……?」

 覚醒の兆しを見せてから、皆が集まるまでは早かった。

「……ようお姫さま、遅いお目覚めだったな」

 若干呆れるような響きがあり、それが前回とは違う点だった。

「ったく、アホだろお前」
「アホだよね」
「魅ぃちゃんくらいアホだったよ」

 ついでに悪口が三つほどオマケでついてきた。
 げんなりとした気分になったが、不快な気分ではなかった。
 泣いて、無茶して、少しだけ昔のことを思い出したからだろうか。

「そうですわね、私、アホなのかもしれません」

 軽く笑って起き上がる。そこで黒子は、自分に毛布がかけられているのにも気付いた。
 やさしいのだな、という実感が湧く。
 一時は一触即発になりかけた七原と結衣も、自分に冷や水を浴びせたテンコも、互いのことを殆ど知り得ていないはずのレナも。
 心配して、気遣って、仲間のような扱いをしてくれる。
 だから、白井黒子という人間は――。

「やっと、目が覚めました」

 自分で自分を決められる、たったひとつの心を使おうと思うことができた。
 正義や大義がなくとも、敬愛する御坂美琴がいなくなってしまうかもしれないのだとしても。
 その可能性を受け入れ、受け入れたうえで運命を様々に切り拓いてゆくことができるようになりたかった。
 失うことを是としたのではない。失ってしまうかもしれない現実を、ようやく受け止められたのだ。
 見向きさえしてこなかった当たり前のことを……、赤座あかりが、その方向に振り向かせてくれた。
 あかりだけではない。桐山和雄の行動だって、きっと無駄ではなかったはずなのだ。

「そうか、ならまぁいいんじゃねえの?」
「いいのかな……?」
「不満なのかよ?」
「いや、うん、なんというか……頑張って作った肉じゃがあっという間に飲み干されて倒れて、そんでもって自己解決してるみたいだし」

 あぁ、とテンコとレナが、結衣のぼやきに頷いていた。
 七原は涼しい顔をしていた。我関せずである。

70それでも、しあわせギフトは届く ◆Ok1sMSayUQ:2014/01/31(金) 20:53:47 ID:swZanmDo0
「い、いや、美味しかったですわよあなたの肉じゃが」
「百歩譲ってそれはいいよ」
「え?」
「無駄に心配させるな、ばか」
「……すみません」

 照れ隠しなどではなく、本気で恨みがましい目を向けられれば、素直に平謝りするしかないのが黒子の立場だった。
 それもそうだろう。あかりという大切な友人を喪っている分、結衣の傷は黒子などよりも遥かに深い。
 これ以上自分の目の前で人死にを出したくない気持ちが、辛辣な言葉を吐かせるのだろう。
 小さくなるしかない黒子を助けてくれる者はいなかった。必要なことだと誰もが思っていたからだった。

「反省するんだよ黒子ちゃん。いっちばん心配して看病してくれたの結衣ちゃんなんだからね」
「う……」
「……余計なこと言わなくていいから」

 態度で身に沁みて分かってるだろ、と言葉尻に付け足した結衣に、黒子は頭が上がらない思いをすることになった。
 実際に一番心配していたと言われれば申し訳ない気持ちでいっぱいになる。自分のあやまちに気付くための代償は大きかった。
 けれども、怒られて自分の中に芽生えた思いは『では何をしていたら良かったか』ではなく『この借りを、いつか彼女を助けて返してあげたい』であり、
 少なくとも自責の念を重石にしてしまうようなことは、今はなさそうだと認識し、消化することができている。
 そう。白井黒子は弱い。誰も守れないのかもしれない。守れなかった事実があり、この事実がいつかまた、黒子を苦しめるのかもしれない。
 やっと自覚できた心を引き裂き、潰され、以前よりも巨大になった絶望が自分を襲うのかもしれない。
 でも――。守れなくても、助けられるかもしれない。なにかを届けられるかもしれないし、伝えることができるかもしれない。
 全ては自分次第。自分に従って行動するというのは、きっとそういうことなのだろう。
 でも、ただで潰されてやるつもりだって毛頭ない。それでも自分は、『正義』を目指したいのだ。

(そうですわよね、お姉さま?)

 美琴ならこうするだろう、という問いかけではなかった。
 白井黒子という人間としての考えを示したかったから、空想の美琴に呼びかけてみたのだ。
 案の定、答えてなどくれなかったが……。

「さ、そういうことだし白井にはきっちり責任とってもらわないといけないな? 何しろ俺ら、お前が倒れてから食事に手を付けてないんでな」
「えぇー……」
「自業自得だ。さぁ温めなおしてもらうぞクロコ。給仕やれ、給仕」
「給仕! メイドさんだよ! はぁうぅぅぅ〜! メイド服とか欲しいよね〜!」
「……そういえば、荷物の……支給品かな、ちらっと見たら服があったようななかったような」
「げっ」

 結衣の発言に黒子が頬をひくつかせたのと、レナが瞳を怪しげに光らせたのは同時だった。
 逃げたくなった。七原ががしっと肩を掴んでいた。テンコが頭に乗った。重い。逃げられなかった。
 結衣がふっと小さく笑った。嵌められたと気付いたのはレナが怒涛のように走りだしていったときだった。
 寝ている間に、こいつらはグルになっていたのだ。

「まあ頑張れ。俺じゃあの二人と一匹は止められなかった」

 七原が真顔でそう言った瞬間、黒子は空を仰いで嘆きたくなった。生憎と室内だった。空も太陽も見えない。
 絶望的な気分だった。日本の未来は暗い。

「あぁ……不幸な……」

 皮肉なことに、黒子が発した言葉は、敬愛する美琴をよく困らせているツンツン頭の口癖とそっくりだった。

71それでも、しあわせギフトは届く ◆Ok1sMSayUQ:2014/01/31(金) 20:54:43 ID:swZanmDo0
【D−4/海洋研究所前/一日目・日中】

【七原秋也@バトルロワイアル】
[状態]:健康 、疲労(小)、頬に傷
[装備]:スモークグレネード×2、レミントンM31RS@バトルロワイアル、グロック29(残弾9)
[道具]:基本支給品一式 、二人引き鋸@現実、園崎詩音の首輪、首輪に関する考察メモ
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
1:今はとりあえず、飯を楽しみにする。白井は諦めろ
2:食べ終わったら、白井も含めて話す。白井の能力についても確認したい。
3:首輪の内部構造を調べるため、病院に行ってみる?
4:……こういうのも悪くはないか

【船見結衣@ゆるゆり】
[状態]:健康
[装備]:The wacther@未来日記、ワルサーP99(残弾11)、森あいの眼鏡@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×2、裏浦島の釣り竿@幽☆遊☆白書、眠れる果実@うえきの法則、奇美団子(残り2個)、森あいの眼鏡(残り98個)@うえきの法則不明支給品(0〜1)
基本行動方針:レナ(たち?)と一緒に、この殺し合いを打破する。
1:白井さんは諦めろ
[備考]
『The wachter』と契約しました。

【竜宮レナ@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:健康
[装備]:穴掘り用シャベル@テニスの王子様、森あいの眼鏡@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式、奇美団子(残り2個)、不明支給品(1つ。服っぽいのがある?)
基本行動方針:正しいと思えることをしたい。 みんなを信じたい。
1:黒子ちゃんをおもちゃ……じゃなくてメイドさんにしよう!
[備考]
※少なくても祭囃し編終了後からの参戦です

【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
[状態]:精神疲労(大)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式 、正義日記@未来日記、不明支給品0〜1(少なくとも鉄釘状の道具ではない)、テンコ@うえきの法則、月島狩人の犬@未来日記
基本行動方針:自分で考え、正義を貫き、殺し合いを止める
1:不幸だ……。
2:初春との合流。お姉様は機会があれば……そう思っていた。
[備考]
天界および植木たちの情報を、『テンコの参戦時期(15巻時点)の範囲で』聞きました。
第二回放送の内容を聞き逃しました。

※寝ていたのは10数分程度です。殆ど時間は経過していません

72 ◆Ok1sMSayUQ:2014/01/31(金) 20:55:27 ID:swZanmDo0
投下終了です

73名無しさん:2014/02/01(土) 05:36:27 ID:hpa/JGhg0
みんな頑張れ…!

74名無しさん:2014/02/01(土) 11:49:13 ID:yWLTRh42O
投下乙です。

悪い可能性も視野に入れて、その上で最善を目指そう。

75名無しさん:2014/02/01(土) 16:23:18 ID:zaBLbi.60
投下乙です

本当にみんな頑張って欲しい…!

76名無しさん:2014/02/02(日) 02:13:12 ID:PF7mRHN20
投下乙です。
今までやられっぱなしの黒子再起動。
潰されることを覚悟して正義を貫くのは強い。
ブレることはあれど、芯は決して揺らがない黒子はきっとこのグループでは輝くだろうなあ。

77悪魔の証明  ◆Ok1sMSayUQ:2014/02/07(金) 20:33:14 ID:TE2x/vZM0
 雪のように降り積もった記憶も。拵えた傷という名の栄光の残滓も。
 全て、全て。朱で塗りつぶせてしまえばいいのに。

     *     *     *

78悪魔の証明  ◆Ok1sMSayUQ:2014/02/07(金) 20:33:38 ID:TE2x/vZM0
 歩く。
 歩く。
 まるで幽鬼のように。

 ホテルから続く、舗装された道路。
 山の麓にあるホテルは一本道で街と繋がっており、そこを歩いていかなければ目的地にはたどり着けない。
 森を切り拓いて造られた道だからか、切原赤也の左右には等間隔で揃えられた杉の木が並んでおり、威圧的に赤也を見下ろすかのようにそびえ立っている。
 まだ午後に差し掛かるか否かという時間帯であるにも関わらず、森の奥は薄暗く、どうなっているかも窺い知れない。
 昼間でも幽霊が飛び出てきそうな、そんな不気味な道であった。車で駆け抜けるならいざ知らず、人の足で歩くには怖いくらいに沈黙を帯びた道――。

「……うるせぇ」

 打ち破るかのように、ではなく。
 苛立たしそうに、心底腹に据えかねているかのような、低く、敵意の篭った声色で、赤也は『言い返して』いた。
 赤也の覚束ない足取りの原因。全てを殺し、全てを無に返そうと決めて歩き始めた瞬間から。
 世界を全て朱で染め上げてやろうと絶望した瞬間から、赤也の耳には、亡霊の声が聞こえていた。

「うるせぇってんだよ!」

 誰ともつかない……いや、見知った人間全ての声色でなにがしかを囁くそれは、亡霊以外に表現しようのないものだった。
 何を言っているのかすら判別はつかず――、しかしその時には、置き去りにしたはずの顔たちが、過ぎってしまうのだ。
 赤也にはそれが我慢ならなかった。亡霊の言葉の中身が分からないことよりも、自分が一番知っているものをちらつかせる事の方が腹立たしい。
 まるで「思い直せ」とでも言われているようで。「間違いはまだ正せる」と言われているようで。
 そんなに……そこまでして、自分を否定したいのか、と赤也は目を血走らせて、握ったテニスラケットを振るった。

「ネチネチ言ってんじゃねぇよ! いるんなら出て来い! 俺がテニスでブッ殺してやる!」
「俺がそんなに憎たらしいってか!? そんなに俺がおかしいかよ! ヒト殺して叶える夢なんか夢じゃないってか!」
「なら力づくでも止めてみろよ、出来ねぇよなぁ! テメーらは俺を見下ろすだけだ! 降りてくるつもりもない傍観者だ! 俺はそんなの恐れねぇ!」
「そうだよ、テメーらは副部長でも、手塚国光でも跡部景吾でもねぇ! だからそんなツラ見せんじゃねぇ! 声を聞かせんじゃねぇよ!」
「だから!」

 人に見つかっても構わないとばかりに赤也は大声で怒鳴り散らし、感情を発散させ、

79悪魔の証明  ◆Ok1sMSayUQ:2014/02/07(金) 20:33:56 ID:TE2x/vZM0
「だから……! 俺を間違ってるなんて言わないでくださいよ……! 俺を置き去りにして、行っちまったくせに……!」
「自分勝手に死んじまったくせに、俺に強くなれって言うのは、勝手過ぎるんだよ!」
「そこまで言うなら……俺を救ってくれよ……」

 最早涙も出なかった。悲しみさえ流し尽くした赤也の体には紅く流れる悪鬼のような血潮しか残っておらず、
 それでいて尚、腹の奥底に沈殿する哀しみが、赤也を鬼ではなく人たらしめていた。
 故にこそ――、火で体を炙られているかのような苦しみで、喘ぐことしかできないのだ。

「どうせ出来やしない」

 それが分かっているから、赤也は悪魔という仮面で蓋をする。
 償却されない思いを、暗黒の深淵に落とし込んで、自分にはもとより希望などというものはなかったと結論をする。
 絶望が苦しいなら。克服するためには。自らが『それ』になるしかなかった。
 虚無と言う名の狂気に身を委ねたのだ。

「俺は、『悪魔』なんだからなァ! 誰にも俺は救えねェよ!」

 死んでいった仲間たちに、合流できていればという後悔も。
 出会った人間全てに裏切られたという失望も。
 自分だけが残された苦痛も。
 全て押し込めて、忘却する。

「『悪魔』じゃねェならさァ! 俺が『悪魔』じゃないって証明してみろよ!」

 天を仰ぎ、哄笑を撒き散らす。
 赤也の歩く道の後ろには、ラケットで殴られ薙ぎ倒された木々がある。
 悪魔化した赤也ならば容易いことだった。彼は一流のテニスプレイヤーでもあるのだから。
 もう車は通れないだろう。ホテルに戻り、野ざらしのままの『副部長』の遺体を改めて埋葬するという考えも消した。
 ――聖域を、赤也は自ら閉ざした。

「見とけよ」

 亡霊のいるそこに。黙して動かないそれに、赤也は凄絶な天使の微笑みを投げた。

「俺は常勝無敗、立海テニス部の切原赤也だ」

 踵を返す。
 誰もいない方へ。
 敵のいる方角へ。
 もう、戻れない道へ。

80悪魔の証明  ◆Ok1sMSayUQ:2014/02/07(金) 20:34:14 ID:TE2x/vZM0




【C-5/一日目・日中】


【切原赤也@テニスの王子様】
[状態]:悪魔化状態 、強い決意、『黒の章』を見たため精神的に不安定、ただし殺人に対する躊躇はなし
[装備]:越前リョーマのラケット@テニスの王子様、燐火円礫刀@幽☆遊☆白書、月島狩人の犬@未来日記、真田弦一郎の帽子
[道具]:基本支給品一式、バールのようなもの、弓矢@バトル・ロワイアル、矢×数本
基本行動方針:人間を殺し、最後に笑うのは自分。誰にも俺は救えない
1:全員殺して願いを叶える
2:敵のいる方角へ向かう
[備考]:余程のことがない限り元に戻ることはありません。

81 ◆Ok1sMSayUQ:2014/02/07(金) 20:34:40 ID:TE2x/vZM0
投下終了です

82名無しさん:2014/02/07(金) 21:02:24 ID:AouEF8P60
投下乙です。

修羅の道を自分で選んで歩いているのに
選んだ本人が一番苦しんでるというのが切々と伝わる
果たして海洋研究所に降るのは、血の雨か涙の雨か…

83名無しさん:2014/02/12(水) 21:59:10 ID:U8T1c3Lw0
投下乙です

ロワだからなあ
蠱毒の中の地獄に曝された結果だわなあ
だがまだ果てではないはず
救いは訪れるのだろうか…

85名無しさん:2014/03/15(土) 00:25:53 ID:z6lJDEn60
集計者さんいつも乙です
今期月報
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
88話(+2) 21/51(-0) 41.2(-0.0)

86名無しさん:2014/03/22(土) 21:29:52 ID:z20cxyPI0
予約きてるな

87名無しさん:2014/03/22(土) 23:01:21 ID:4SVm960.0
一ヶ月半ぶりだなぁ

88 ◆jN9It4nQEM:2014/03/26(水) 23:36:16 ID:t8Y9JLNo0
予約分、投下します

89最良の選択肢 ◆jN9It4nQEM:2014/03/26(水) 23:38:33 ID:t8Y9JLNo0
常磐愛と宗屋ヒデヨシの戦いは、膠着していた。
蹴り、掌底とバラエティに富んだ攻撃を繰り出している常磐を、ヒデヨシは嗤って躱す。
見切っているのに、何の反撃もしないといった舐めた姿勢を彼は見せ続ける。
どれだけ踏み込んでも届かない攻撃に歯痒い思いをしながらも、常磐は攻撃を続行した。

「よく見ると、大したことねぇな……オレでも躱せるぜ。ぶっちゃけアンタ、弱いだろ」
「ッ! 舐めるなっ!」

放った蹴りの一撃は全てギリギリの所で躱され続け、徐々に常磐の頭には焦りが生まれていた。
このままだとジリ貧で不利になる。
だが、思いとは裏腹に戦況は悪化していく一方だった。
連続した攻撃を繰り出すことによる疲労、事あるごとに紡がれる口八寸。
一向に閉じることがない彼の口からは挑発、嘲笑といったこちらの心情を逆撫でするものばかりだ。
抱いた決意が揺らぎ、動きが鈍くなる。
彼の言葉によって、冷静さを幾分か失った攻撃は単調になり、相手に付け入る隙を許していた。
ああ、これはやばい兆候だ。緩みかけた綻びを無理矢理に縫い合わせ、常磐は一心不乱に攻め続ける。
誇れる自分でありたい。胸に湧き出る思いを燃料に、常磐は足を前に踏み込んだ。

「負けられない、あんたには絶対!」

ヒデヨシが真正面から戦うタイプではないってことは大体は察知できる。
だからこそ、自分達に対して情報で撹乱するといった戦法を取ってきたのだろう。
身体能力も、積み重ねてきた経験も自分より大したことないはずだ。
そうに決まっている。こんな下種野郎よりも、自分は“かわいそう”なのだから。

「悲劇のヒロインぶってるんじゃねぇよ。そういうの、ぶっちゃけ気持ち悪いぜ?」
「うるさいっ、うるさいっ!」

動いた足は空を蹴り抜くだけで、ヒデヨシには届かない。
それは、誰が見てもわかる当たり前のことだろう。
自分の感情も抑えれない未熟な女子中学生の癇癪が、彼に届くはずもない。
常磐に比べて、ヒデヨシはバラすことが不可能なぐらいに固まっている。決意も、想いも、行く末も!
凝り固まった意志は強く定まっているのだから。

90最良の選択肢 ◆jN9It4nQEM:2014/03/26(水) 23:42:16 ID:t8Y9JLNo0

「うるさいのは、お前の方だと思うんだけどな」

振り絞られたヒデヨシの拳を知覚するまでもなく、衝撃が常磐の腹部を貫いた。
攻撃の隙間をすり抜けた一撃は重く、身体を大きくのけぞらせる。

――ああ、アンタは弱っちいな。

侮蔑の情を受け、常磐は更なる激情に身を焦がす。
絶対、負けてなるものか。せめて、勢いだけは優勢を取り続けていたい。
口から吐き出された息を無理矢理飲み直し、常磐は反撃の回し蹴りを放つが、軽々と避けられる。

「というか、舐めるなって言うけどさ。ぶっちゃけそれさぁ、こっちのセリフだぜ?
 アンタなんか携帯見ながらでも余裕だっつーの。へへっ、どうしたんだよ、その顔は。ムカついたか、三下?」

こんな下種野郎に遊ばれている。いつでも、殺すことができるのに手心を加えられている。
それに気づいた時、常磐の平常心はもうどこにも残っていなかった。
ふざけるな、黙れ。心中に生まれた燃え滾る激情を蹴りに込める。

「ぶっちゃけ、楽勝だよなぁ」
「ふざ、けんなっ!!!!!」

眼前の敵をぶっ飛ばすことしか頭に入っていない常磐は、ヒデヨシが手に握りしめている“携帯電話”に気づかない。
少し考えればわかるはずだ。今までの不自然な点からして、ヒデヨシが自分と同じく日記所有者だということを。
同じく日記所有者である常磐ならば、気づく可能性は格段に上がるのに、何故気づかないのか。

「何で、当たらないのよッッ!」

理由は簡単だ。今の常磐がそんな些細なことに目を向けられないくらいに感情が揺れ動いているからだ。
焦燥感、怒りといった強い奔流に身を任せている常磐が、未来日記なんて想像するはずもなく。

91最良の選択肢 ◆jN9It4nQEM:2014/03/26(水) 23:45:15 ID:t8Y9JLNo0

「ははっ、見え見えだっての!」

こうやっていいようにあしらわれ、嘲りと嘘に塗れて、堕ちていく。
弱いが故に、奪われる。力がないから、何にも持っていないから馬鹿にされるのだ。
繰り出した足に嘲りが絡みつく。瞳に浮かぶ落胆が怒りを増幅させる。
僅かなズレ、ほんの少しのざわめき。
常磐に纏わり付く重りが、動きの精細さを奪い取っていく。

「んじゃ、そろそろオレの願いの為に――消えてくれ」
「冗談っ! 絶対、アンタに殺されてなんかやらないんだから」

加えて、もう一つ。これは根本的な問題だ。

――ヒデヨシは、常磐よりも本当に弱いのか?

考えて見れば簡単な疑問だが、突き詰めると答えには苦しむはずだ。
常磐自身、こんな卑怯な戦法でしか戦えない下衆野郎より弱いはずがないと思っているが、果たして実際の所はどうなのだろうか。
宗屋ヒデヨシが常磐愛より地力で弱いと、誰が決めた?
彼の力が彼女の力より劣っていると、誰が思っている?
よくも知らない猿顔野郎と侮っている彼女の方が、本当は劣っているのではないか?
重なる疑問を全部蹴り捨てて、常磐は愚直に蹴撃を繰り返しているが、現状を見ていると一目瞭然である。

常磐愛は、宗屋ヒデヨシよりも弱い。

認めたくないと目を逸らしていた事実が、彼女を蝕んでいく。
常磐はヒデヨシに押され気味なのだから、弱いと認識されても仕方がないのだ。

「……また、躱された!?」

確かにヒデヨシは弱い。強さのランク付けを行っても、下から数える方が早いだろう。
しかし、この世界は何でもありが推奨されている殺し合いだ。ヒデヨシが弱いという事実は、策と道具で簡単に覆せることになる。
加えて、弱いとは言っても、彼は元の世界でも単独でロベルト十団から無傷で逃げおおせるぐらいはできる“弱者”だ。

92最良の選択肢 ◆jN9It4nQEM:2014/03/26(水) 23:46:56 ID:t8Y9JLNo0

「ぶっちゃけ、全然ッ怖くねぇよ! 悔しいか? なぁ、悔しいかよ!」

あくまで弱いというカテゴリーは元の世界で生まれた能力者の範疇であり、この殺し合いには当てはまらない。
また、今のヒデヨシは殺人、絶命に対して恐怖も迷いもない。
どうせ、汚れてしまった手なのだからと割り切りも覚えてしまった。
ここで自分が死ぬことになったとしても、植木がまだ生きている。
なら、捨て身の突撃といった選択肢も増え、戦術にも幅が広がるのだ。

(ああもうっ! このままだとやられる! どうにか、どうにかしないと!)

追い詰められつつある現状に常磐が頭を回している時。
携帯をちらっと見ていたヒデヨシの顔つきが変わる。
違和感が過った。ただ、携帯を見るだけで? インターネットも繋がらないこの世界で、何を焦る必要がある?

(未来日記……!? そうか、だから!)

そして、その答えに辿り着いた時はもう遅かった。
ヒデヨシは足を翻し、背を向けている。
駄目だ、行かせてはならない。未来日記で何を読み取ったかは知らないが、きっとろくでもないことにきまっている。
気づいてしまったからには、絶対にくい止めなければ。
常磐は、彼に追いすがろうと地面を勢い良く蹴り出した。
脚力はこちらが有利、すぐに追いつけると確信し、前を向くが。

「おいおい、背中を向けたからって安心してんじゃねーよ」

いつの間にか振り返っていたヒデヨシの手にはコルトパイソンが握られ、銃口は常磐に向いていた。

……ヤバイ!

常磐は迫る危機感に動きを止め、横へと跳躍する。
なりふり構わずの急な方向転換だ、当然彼へと追いつけはしない。
常磐が態勢を立て直し、立ち上がる頃にはヒデヨシの姿は遠くに霞み、浦飯達が戦っている方角へと、駆け出していた。



######

93最良の選択肢 ◆jN9It4nQEM:2014/03/26(水) 23:50:02 ID:t8Y9JLNo0
      

  
「っらあああああっ!」

一方、植木と浦飯の争いは激しさを増していた。
互いに元の世界では死闘を経験した猛者同士、戦況の天秤はどちらにも揺れていない。
浦飯は木々の群れを殴り飛ばしながら、距離を詰めようとするが、それを容易にさせる程、植木は鈍くない。
次々と生み出されていく木々は、浦飯の動きを阻害する。

「畜生っ、邪魔すんじゃねー!」
「邪魔はそっちだろ!」

木々を潜り抜け、拳を繰り出した浦飯に対して、植木もクロスカウンター気味の拳を一発。
吹き飛んでは立ち上がり、再び接敵。
このやり取りを幾度繰り返しただろうか。
互いの身体はもうボロボロで、いつ倒れてもおかしくない状態だった。

「ふざ、けんなッ! アイツはどうしようもねークソ野郎なんだぞ!」
「そんな訳あるか! ヒデヨシは、オレの仲間だ。臆病な所もあるけれど、ここ一番って場面では勇気がある奴なんだ!
 オレの仲間が殴られようとしてるのに、黙って見ている訳がないだろ!」
「いい加減気づけっての! あんな奴護る必要ねーんだよ!」

何度言葉を交わしても、二人の想いは平行線だった。
浦飯が言葉を投げかけても、考えは変わらない。
植木がヒデヨシと浦飯達のどちらを信じるかといったらそれは断然ヒデヨシの方だ。
加えて、植木は浦飯達がヒデヨシに危害を加えている場面をばっちりと目撃してしまっている。
その後の言葉も、売り言葉に買い言葉。
元より、口が上手いとはお世辞にも言えない浦飯が説得を行うのは無理な話だ。
これでは、植木でなくとも浦飯達を信用することは厳しいだろう。

(どうすればいい!? このままだとジリ貧だ! それに、常磐だってヤバイ!
 宗屋がどんな手を使ってくるかわかんねーんだ、早く駆けつけねーと)

そして、植木だけではなく浦飯も焦っていた。
宗屋ヒデヨシは危険だ。身体的能力に関してはそこまで重を置いていないが、精神性、頭脳面では間違いなく自分達よりも異質だ。
殺しに躊躇がなく、平然と嘘も吐く。おまけに頭も回るとなっては厄介だ。
それらを真正面から打ち破れる力を持っている浦飯ならば、特段に注意をする必要はないが、常磐は違う。
彼女は浦飯と違ってあくまで普通の一般人だ。ちょっと、格闘技をかじってるとはいえ、大きなアドバンテージにはならない。

94最良の選択肢 ◆jN9It4nQEM:2014/03/26(水) 23:54:40 ID:t8Y9JLNo0

(コイツを倒さねーと駄目なんだ。本気でいかなきゃこっちがやられる)

故に、“手加減”はもうできない。
ちょっと気絶させとこう、後々ダメージにならないようにしようといった手心を加えた戦い方では植木を倒せない。
本気で戦う。戸愚呂弟と死闘を演じた時と同じく、後先を考えずに。
しかし、それでいいのか。そんな戦い方をして、最悪の結末は避けれるのだろうか。

(やるしかねーってことはわかってっけどよぉ)

そうしないと切り抜けられないのは、浦飯自身わかっている。戦闘に関して優れた才覚を持っている浦飯だからこそ、気づいているのだ。

――このままだと、宗屋にしてやられたままだ。

常磐一人でヒデヨシを抑え切ることはたぶん難しい。未知数の実力を持つ彼を相手にして、常磐が無事に勝ち残れる可能性は低いだろう。
それに、最初に一撃こそ入れたが、あれは誘導されていたものであって実力ではない。
あまり長い時間を植木に取られてると、常磐はヒデヨシにやられてしまう。
だからこそ、ここで覚悟を決めなければならない。
何を選んで、何を斬り捨てるか。迷っていては遅いのだ。

「届かなかったチャンスを、俺は今度こそ掴みとる。どうしようもなく畜生な諦めを」

あの時は足が竦んで届かなかった。
前原圭一を、ぶん殴ってでも正気に戻すべきだったのに。
大事な仲間が狂っていくのを、ただ見ていただけだった。
後悔、呆然、狂気、崩壊。
全てが終わった後に悩んで苦しんで、後になってこうすればよかったと思い願う。
そんな最低な結末はもうコリゴリだ、ぶん殴って捨てちまえと吐き捨て、浦飯は走り始める。

「ぶっ壊す!!!!!」

ここで植木を撃破して、常磐を助けることに意志を傾けることこそ、最短の道だと信じ抜く。
仲間の為に、この比類なき両腕を本気で振るうことで、後悔を殴り飛ばせるのだと。
愚直に想いを貫けば見える世界が、きっと最良。
その果てに見えるのが――!

「俺のッ、未来なんだ!!!」

怒号と共に、生み出された木々を全力でぶん殴る。
たったそれだけの動作で、木々の群れはへし折れ、宙を舞い、道から排除されていく。
拳を振り上げ、薙ぎ払い、時には足で蹴り倒す。
走る。ただひた走る。
己が望む最良を今度こそ間違えぬように。

「だから、ここで足止めはゴメンだぜ!」

もう、迷わないと誓いを重ね、植木へと視線を向ける。
その先の道に辿り着く為にも、お前は邪魔だ。ここで大人しくぶっ倒れろ――!

95最良の選択肢 ◆jN9It4nQEM:2014/03/26(水) 23:59:12 ID:t8Y9JLNo0

「霊丸ッッッ!」

そして、彼は甘さを捨てて撃つことを決めた。
霊気を溜め、銃口をかたどった指先から解き放つ原初にて最強の必殺技、霊丸を。
正直、これを撃つのはためらった。
当たれば、死ぬのではないか。尽きない不安は今も脳裏をよぎっている。
それでも、浦飯はもう決めてしまった。
今は何としても常磐を護らなければいけない、と。
幸い、植木のことは戦ってみて大体の力量は知ることが出来た。
身体は頑強で、自分の仲間達とも遜色はない。
ならば、霊丸が当たったとしても早々に死ぬことはないだろう。
そう“思いたいだけ”だということに気づかないまま、浦飯はトリガーを引いた。

「なっ……」

躱せない。植木に迫る霊丸は、レベル2の能力を使う隙さえ与えなかった。
木々を貫きながら疾走する霊丸は寸分の狂いなく植木へと直撃するだろう。

(これで、切り抜けられる!)

しかし、浦飯の判断には“足りなかった”部分が存在する。
植木耕助が、霊丸を跳ね返すことでもなく。
霊丸が予想だにしない軌道を突然描き、狙いが外れてしまうことでもない。
そう、決定的に足りない部分が一つ。





「あ、ああっ」
「うえ、き……ぶじかよ」





彼を庇う第三者が現れる可能性を、全く度外視していたことだ。

96最良の選択肢 ◆jN9It4nQEM:2014/03/27(木) 00:02:22 ID:iIJxFi3Q0
           




浦飯達は、宗屋ヒデヨシの目的を“自分以外を殺して回るマーダー”だと誤解したままだった。
彼の方針は全てをチャラにすることであり、殺して回ることはあくまで手段だ。
そして、その願いを託す事ができる仲間がいるなら、ここで自分が礎になっても構わない。

『植木が攻撃を食らって倒れちまう。血反吐を吐いて、今にも死にそうだ!』

無差別日記から読み取った未来を変える為にはこの方法しかなかった。
自分と植木のどちらか一方しか生き残れないならば、ヒデヨシは身体を張って植木を護るしかない。
いつだって前を向いて、願いを叶える強さを持っている植木が生き残る方が願いを叶えるにはベストな選択だろう。
加えて、浦飯達は知らなかった。
本来の彼は仲間思いだという事実も、彼が未来日記により植木の危機を予想したらどのような行動に出るのかも――何にも知りやしない。

「ヒデヨシィィィィィィィィイイイイイイイ!!!!!!!」

決着は、“彼”の願った通り、最良の結末だった。
浦飯の放った霊丸が、ヒデヨシに突き刺さり、血反吐を撒き散らしながらふっ飛ばした。
植木と違い、あくまで肉体的には一般人のヒデヨシに霊丸が直撃したらどうなるか。
想像するまでもないことだ。ヒデヨシの負った傷は、致命傷である。

(違う)

植木の絶叫が、響く。涙を混じらせた声が、自分のやった最良を突きつける。
これが自分が選んだ最良の選択肢。
そうであるはずなのに。

(違うんだ)

何故、こんなにも呆然としているのだろう。
遠くから駆け寄ってくる常磐の姿も、今は霞んで見える。

97最良の選択肢 ◆jN9It4nQEM:2014/03/27(木) 00:07:05 ID:iIJxFi3Q0

(違うだろうが)

救いようもないゲス野郎が、仲間を護った事実が信じられないから?
もしかすると、致死の傷を負わしてしまったから?
そんな、どうでもいいことではない。
気づいてはならない可能性があるはずだ。
考えろ、考えろ浦飯幽助。

(俺は、俺達は……勘違いをしていたんじゃないのか)

浦飯は知っている。
暗黒武術会時、ドクターイチガキというゲス野郎に操られ、望まぬ戦いを強いられた武闘家達を。
本来の彼らは仲間思いで、高潔な意志を持っていたけれど、イチガキによって思考を操作され、殺人マシーンと化していたのだ。
故に、その経験から彼は思いついてしまった。



宗屋ヒデヨシは、何らかの思考誘導、洗脳をされていただけという可能性に。



無論、あくまで可能性の話だ。
イチガキの時は操られた人間が機械的であったので、今回のケースとは状況が違う。
しかし、裏を返せば可能性が当てはまってしまう。
死の間際に正気を取り戻して仲間を護る。全くありえないと断ずることを浦飯はできなかった。

「お前ら……! 殺すつもりはないなんて嘘じゃねぇか! 少しでも信じようと思ったオレが、間違ってたのかよ!」

ヒデヨシに当てるつもりなんてなかった、そんな言い訳が通じるわけがない。
生き返る可能性があるといった仮定をしても、浦飯がヒデヨシを追いやったという事実は消えやしないのだから。

「どういうことだよ、これは」

そして、最良は更なる最良を呼び寄せる。

「常磐……テメーら、やってくれんじゃねーか。徒党を組んで殺し回ってんのか? よく考えたもんだな。
 あんだけ絞られたのによ、まだ天使の真似事をやってるなんて……ホント、救われねー奴だな」
「ちがっ、違う!」
「今更弁明か? ざけんな。ここにいる植木はオレの友達だ。
 どう見ても、テメーらが襲ってきたとしか思えねーっての。
 つーか、友達を襲っている奴等を信じろってか? 冗談はやめてくれよ、全然笑えねえ」

仲間を助けるべく駆けてきたのだろう、息を切らしたその姿は怒りで包まれていた。
菊地善人が鬼のような形相で睨んでいるのを、浦飯達はただ見つめるしかできない。

「植木、無事か」
「オレは大丈夫だけど、ヒデヨシが!!」
「ああ、わかってる。一旦退くぞ、こいつらから離れて、コイツを治療する。殿は任せとけ」

このまま逃してしまったら駄目だ、対立が決定的になってしまう。
二人は理性がそう告げているにも関わらず、彼らが逃げていくのを追うことはできなかった。
実は操られていた可能性があって間違って殺したかもしれませんと、どんな面で言えばいいのか。

「は、ははっ」

それ以前に、今の状況で反論をしても相手を逆撫でするだけだ。
賽は、もう投げられたのだ。対立はどう振る舞っても埋めきれない溝となって、彼らを分かつ。
彼らの真っ直ぐな思いは、どんな言葉を使っても植木達には受け入れられないだろう。

「俺……どうしようもねぇ人殺し、じゃねーか」

拭っても拭っても取れない罪の汚れが、彼らを地獄へと落としていく。



######

98最良の選択肢 ◆jN9It4nQEM:2014/03/27(木) 00:08:52 ID:iIJxFi3Q0
    


手遅れだった。菊地の目から見ても、ヒデヨシの状態は重篤だった。
血を口から吹き出し、息も切れ切れ。どう見ても、もう助からない。

「ヒデヨシ、起きろよ、ヒデヨシ……」

何度も何度も植木は声をかけるが、ヒデヨシの反応は血反吐を吐くだけだった。
浦飯達から離れたはいいけれど、治療道具なんてある訳がない。
病院もここからでは遠い。加えて、治療と言っても植木達は医者ではない。
このままヒデヨシの命が消えていくのを見ることしかできないだろう。
冷静な頭脳は、彼らに諦めを囁いていた。

(畜生……ッ! オレがもっと早く駆けつけていたら……!
 碇も、神崎も、コイツも! どいつもこいつも手に届かねぇのかよ!」

唇を噛み締めて、菊地はそっと腰を下ろす。
素人目から見ても、手遅れだ。ならば、最期ぐらいは植木と落ち着いて話させてあげたい。
全身を朱に染めたヒデヨシをそっと地面に横たわらせ、植木は涙を拭う。
拭っても止まらない涙を必死に擦って、無理矢理笑顔を作る。
最後ぐらいは笑ってヒデヨシとお別れをしたい。そして、ありがとうと言いたい。
彼の献身に礼を言わなくては植木は後悔しきれないから。
 
「うえ、きィ……」
「ヒデヨシ! ありがとな、オレ……助けられちまった」
「ぶっちゃけ、オレの方が、植木に……助けられてるっての。今更、だろ」
「オレがっ、オレがヒデヨシの分まで頑張るから! だから、もう……いいんだ……!」

握られた手の感触が、薄い。開けた目の視界は殆どが黒く、植木が何処にいるのかさえわからない。
けれど、まだ生きている。自分の意志は植木に伝えることが出来るのだ。
ならば、最後に頼まなければ。
全部が終わった後、チャラにしてくれ、と。
だけど、悲しいことに口が一言述べる程度の力しか残っていない。
自分の願い事を彼に託すことはできないだろう。

(ま、大丈夫だろ。植木なら、きっと全てをチャラにしてくれる。いつだって前を向いている植木なら……。
 どんな形であれ、元通りにしたいって願うのは間違いなんかじゃねぇんだ。だから、オレはオレのままでこの選択を選んだ。
 ぶっちゃけ、後悔なんかしてねぇんだよ、可能性がまだ残っている限り、オレは生きていける)

それでも、ヒデヨシは信じている。いつか、植木が全てをチャラにできるといった事実に気づく時、きっとまた会える。
だからこそ、ここで言う言葉は一つだけ。
植木に頑張れとエールを送る激励を込めて。

99最良の選択肢 ◆jN9It4nQEM:2014/03/27(木) 00:12:34 ID:iIJxFi3Q0

「植木。わりィ……後は、任せた」

最後に顔をほころばせ、ヒデヨシは眠るように動かなくなっていった。
そこに残ったのは一人の勇気ある少年の死体。
これこそが、宗屋ヒデヨシが選んだ最良の選択肢。
自分の願いを託すことができる仲間を生かすことで、先の道を切り開く。
きっと、植木ならば――全てをチャラにしてくれる。
だって、自分と植木は“仲間”なのだから。
その想いだけは、誰にも否定させやしない。

「クソッ、クソぉ……! ヒデヨシィ……」
「植木……」

また一人、仲間になれたはずの参加者が死んだ。
植木が仲間の死を悲しんでいる間、菊地はこれからの展望について考える。
最初は植木と杉浦を探して綾波達へと合流する手はずだったが、今では不可能に近い。
これだけ時間が経てば、綾波達も移動しているはずだし、杉浦の居場所は今も不明だ。
南下は無理だ。こちらの戦力が乏しい以上、浦飯達がいる南を闊歩するには心許ない。
幸いのことに、綾波達は複数で行動している。ならば、自分達と違ってそう簡単に撃破されることもないだろう。

(つーことは、オレらが目指す場所は……北か。海洋研究所辺りがいい目星か? 杉浦もそこに逃げ込んでいるとラッキーなんだけどな)

拙い頭脳を総動員して、菊地達は進まなければならない。
いつか、彼らにもリベンジをして、踏み越えてみせる。
最良の選択肢を選び切って、勝ち残るのは――自分達だ。
曇りのない決意を胸に、天高く右手を伸ばす。



だァれもかれもが踊らされていることを知らずに。



見えない観客席に座る誰かが、ニタリと嗤う。



【宗屋ヒデヨシ@うえきの法則 死亡】
【残り 20人】



【E-6/F-6との境界付近/一日目 夕方】

【常盤愛@GTO】
[状態]:右手前腕に打撲 、全身打撲
[装備]:逆ナン日記@未来日記、即席ハルバード(鉈@ひぐらしのなく頃に+現地調達のモップの柄)
[道具]:基本支給品一式、学籍簿@オリジナル、トウガラシ爆弾(残り6個)@GTO、ガムテープ@現地調達
基本行動方針:認めてくれた浦飯に恥じない自分でいる
1:――――。
2:浦飯に救われてほしい
[備考]
※参戦時期は、21巻時点のどこかです。
※幽助とはまだ断片的にしか情報交換をしていません。
※パンツァーファウストIII(0/1)予備カートリッジ×2、
基本支給品一式×5、『無差別日記』契約の電話番号が書かれた紙@未来日記、不明支給品0〜6、風紀委員の盾@とある科学の超電磁砲、警備ロボット@とある科学の超電磁砲、
タバコ×3箱(1本消費)@現地調達、木刀@GTO、赤外線暗視スコープ@テニスの王子様、
ロンギヌスの槍(仮)@ヱヴァンゲリヲン新劇場版 、手ぬぐいの詰まった箱@うえきの法則 が目の前にあります。

100最良の選択肢 ◆jN9It4nQEM:2014/03/27(木) 00:13:28 ID:iIJxFi3Q0

【浦飯幽助@幽遊白書】
[状態]:精神に深い傷、貧血(大)、左頬に傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式×3、血まみれのナイフ@現実、不明支給品1〜3
基本行動方針: もう、生き返ることを期待しない
1:――――。
2:圭一から聞いた危険人物(金太郎、赤也、リョーマ、レイ)を探す?
3:殺すしかない相手は、殺す……?

【E-6/一日目 夕方】

【植木耕助@うえきの法則】
[状態]:全身打撲、仲間を殺された怒り
[装備]:探偵日記@未来日記
[道具]:基本支給品一式×3、遠山金太郎のラケット@テニスの王子様、よっちゃんが入っていた着ぐるみ@うえきの法則、目印留@幽☆遊☆白書
    ニューナンブM60@GTO、乾汁セットB@テニスの王子様
基本行動方針:絶対に殺し合いをやめさせる
1:自分自身を含めて、全員を救ってみせる。ヒデヨシを殺したあの二人に対しては……?
2:学校へ向かい、綾波レイを保護する。
3:皆と協力して殺し合いを止める。
4:テンコも探す。
5:浦飯達を許すつもりも信じる気もない。
[備考]
※参戦時期は、第三次選考最終日の、バロウVS佐野戦の直前。
※日野日向から、7月21日(参戦時期)時点で彼女の知っていた情報を、かなり詳しく教わりました。
※碇シンジから、エヴァンゲリオンや使徒について大まかに教わりました。
※レベル2の能力に目覚めました。
※決して破損しない衣服 、無差別日記@未来日記、コルトパイソン(5/6) 予備弾×30、宗屋ヒデヨシの死体を抱いています。

【菊地善人@GTO】
[状態]:健康
[装備]:デリンジャー@バトルロワイアル
[道具]:基本支給品一式×2、ヴァージニア・スリム・メンソール@バトルロワイアル 、図書館の書籍数冊 、カップラーメン一箱(残り17個)@現実 、997万円、ミラクルんコスプレセット@ゆるゆり、草刈り鎌@バトルロワイアル、
クロスボウガン@現実、矢筒(19本)@現実、火山高夫の防弾耐爆スーツと三角帽@未来日記 、メ○コンのコンタクトレンズ+目薬セット(目薬残量4回分)@テニスの王子様 、売店で見つくろった物品@現地調達(※詳細は任せます)、
携帯電話(逃亡日記は解除)、催涙弾×1@現実、死出の羽衣(4時間後に使用可能)@幽遊白書
基本行動方針:生きて帰る
1:北上する? 海洋研究所が近いが、どうするか。
2:常磐達を許すつもりも信じる気もない。
3:落ち着いたら、綾波に碇シンジのことを教える。
4:次に仲間が下手なことをしようとしたら、ちゃんと止める 。
[備考]
※植木耕助から能力者バトルについて大まかに教わりました。
※ムルムルの怒りを買ったために、しばらく未来日記の契約ができなくなりました。(いつまで続くかは任せます)

101最良の選択肢 ◆jN9It4nQEM:2014/03/27(木) 00:14:05 ID:iIJxFi3Q0
投下終了です。

102名無しさん:2014/03/27(木) 01:52:08 ID:.tM278r.0
投下乙です

なんて重い展開(愉悦)
対主催は一難さってまた一難か


俺もこういう胸に来るのが書きたい

103名無しさん:2014/03/27(木) 14:41:25 ID:1rAMHyuI0
投下乙です

ヒデヨシのこれは…うわあ、誤解と喰い違いと憎悪がもうねえ…
対主催同士なのに完全に決裂したらもう…
確かにこれはなんて重い展開(褒め言葉)だ

104名無しさん:2014/03/27(木) 16:03:02 ID:CjhUR6nU0
このまま海洋研究所にいったら七原達にヒデヨシの真実告げられる未来が見える

105名無しさん:2014/03/27(木) 18:22:48 ID:D6R7lDAE0
投下乙です
ヒデヨシおま……最後の最後に何て迷惑な事を…

106名無しさん:2014/03/27(木) 20:34:51 ID:6EH7UwkAO
投下乙です。

浦飯達、植木達、そしてヒデヨシすら誤解したまま。
晴れて悪人はいなくなったのに、悪意の残滓が淀む。

107名無しさん:2014/03/28(金) 12:59:05 ID:nTVPj1Xg0
投下乙です

浦飯と植木、対主催最強クラスの戦力の二人に取り返しのつかない溝が……
この溝をどれだけ埋められるかは一部始終を知ってる七原と黒子
頭の切れるレナにかかってるな

108名無しさん:2014/03/28(金) 17:50:12 ID:iZnMYddM0
投下乙です
例え参加者が大人でも、この状況でそう知恵が回るものではないだろうけど
皆中学生だもんなあ…しかも真っ直ぐな性格ゆえにこじれちゃうよなあ

wktkwktk

109名無しさん:2014/03/28(金) 20:31:26 ID:QPvYSHkY0
投下乙です。いやあ後味が悪い…(褒め言葉)

本文でも書かれてるけど、この誤解って
「幽助が植木にむかって、下手したら死ぬ攻撃をしたのは事実」
「ヒデヨシの正体がなんであれ、幽助が植木の仲間を殺したことには違いない」
だからこそ、余計にたちが悪いぞ…

しかし、

> ぶっちゃけ、後悔なんかしてねぇんだよ

あれだけのことをしておきながら、そう言うのか…

110名無しさん:2014/03/28(金) 20:49:58 ID:ELjvmuyg0
投下乙

やるだけやって仲間を庇って死ぬとか…
エグい、エグすぎるぞこいつ
死んだ以上、本人から聞き出して真相を暴く事もできなくなるから
この誤解を解くのは生半可ことじゃ無理だよな

111名無しさん:2014/03/29(土) 10:53:41 ID:TI79rXKc0
ほとんどの対主催がなんらかの火種を抱えてる

もうおしまいだあ

112名無しさん:2014/03/29(土) 13:14:38 ID:.ltBbV5M0
海洋研究所組が最後の希望だな
微かな希望だが…それでも、それでも七原とレナならなんとか……

113名無しさん:2014/03/29(土) 14:04:53 ID:lcVzxUgw0
別に拗れるだけ拗れて誰かが優勝して死まったENDでもそれはそれで味があるけどなw

114名無しさん:2014/03/29(土) 18:01:31 ID:Ar.l74SA0
僕たちは、大人になれない。


 〜ALL DEAD END〜
を思い出した

投下乙

115名無しさん:2014/04/02(水) 14:39:44 ID:Lporsf2U0
こういう悪役も珍しい

116 ◆jN9It4nQEM:2014/04/22(火) 00:05:24 ID:hOSo1yps0
できたので投下します。

1177th Trigger ◆jN9It4nQEM:2014/04/22(火) 00:06:34 ID:hOSo1yps0
「ふー、満腹満腹だぜ。ギュードンと比べても遜色ねーな!」
「確かに。美味しく頂きましたわ」
「丸呑みしてた奴が言っても説得力ないなぁ」
「はぁ……メイド服姿の黒子ちゃんもお持ち帰りしたいよぉぉ!」

結衣とレナが作った夕食は黒子達に好評だった。
それなりに量多めで作ったはずが綺麗になくなってしまったことに結衣は笑みを浮かべる。
作った二人からすると、完食されるのは気持ちのいいことだ。
料理人と言えるほど傾倒はしていないが、これぐらいは喜んでもいいだろう。

「七原さんはどうだった?」
「ああ、美味しかったよ。支給されたやつよりは格段に美味いね。
 ま、食べさせてもらってる身なんだ、食べれるだけありがたいよ」

残る一人。七原秋也も軽い言葉でレナ達に賛同の言葉を上げる。
綺麗になくなった皿から察するに、彼の口にはあったようだ。
そして、七原は流れる手捌きで、懐からタバコを取り出して口に咥えようとするが、消えてなくなってしまう。
目を丸くして、もう一本取り出すがまた消える。その繰り返しに顔をしかめていると、横に座っていた黒子がじっと七原を見つめていた。
ふと見ると、タバコは黒子の指に挟まっている。能力を使って、没収したのだろう。

「未成年の喫煙は禁じられてますわ」
「確かに吸ってない奴の前で吸うのはマナー違反だな。悪かったな、喫煙コーナーにでも行って」
「そういう問題じゃなく! 倫理上の問題ですわ!」
「堅いこと言うなって。タバコでも吸わなきゃやってられないっての。この味がわからんのは子供だなぁ」
「私達はまだ子供ですわ! 貴方もです! そもそも、タバコを吸うということは」

尚もぶつぶつと小言を言う黒子を無視し、七原は思考に浸る。
食後に首輪など色々なことについて話すつもりだったが、実際は情報の共有は殆ど済んでいる。
首輪についてはレナと粗方推測し尽くしたし、主催者が何処にいるかなんて考えても仕方がないことだ。
食事の最中、さらっと聞いた空間転移能力については自分の理解が済むように噛み砕いた。
大方の考察材料は出し尽くしたのだ。後は、行動するしか道はない。

(先行きは不安だし、見通しも立ってない。正直、行き止まりなんだよな。
 だからといって、止まれないってのは辛い所だよ。ああもう、前のプログラムよりたちが悪い)

この殺し合いに巻き込まれて半日以上は経過しているが、自分達にはまだ情報が足りな過ぎる。
故に、今話し合うべきことは次の行動方針、何処に行き先を定めるかといったものだけしかなかった。

1187th Trigger ◆jN9It4nQEM:2014/04/22(火) 00:11:40 ID:hOSo1yps0

「アンタらはどうするんだい? 俺は次の放送が終わったらここを出るつもりだけど。
 ま、それまでは休息ってやつだな。落ち着いて考えたいこともあるしな」
「うん、私達も出ようかなって。いつまでもここに留まり続けても何の解決もないしね」

三人を代表してレナが答えるが、大方予想通りのものだった。
いつの間にか意気投合した彼女達はこれからも共に行動をするようだ。
仲良き事は美しき哉、とはよく言うが、こんな状況でもそれが崩れないレナ達は賞賛に値するのだろう。

「そっか。なら、好きに動けばいいさ。
 俺にアンタ達の動きを止める権利はないし、俺は俺で勝手に行動するしな」

レナ達からすると、予想していた一言だった。
七原はあくまで友好的な態度を取っているが、一線を引いている。
それは先程の食事でもわかっていたことだった。
七原ただ一人だけが元いた日常について何も話さなかった。
どんな生活を送っているか、どんな学校生活か。革命家とは名乗っているが、実際は何をやっているのか。
彼は何一つ自分のことを話さなかった。
推測するに、自分の邪魔になりそうなものとは深く関わりを持たないようにしているのだろう。
それが、レナ達には少しだけ悲しかった。

「……行動を同じくした方がいいんじゃないかな? かな? 誰一人欠けることなく、元の日常に帰る為にも」
「元の日常、ねぇ……。ま、そうなるわな。そんなことよりも、今生き延びることを考えとけって。
 というか、俺を誰だと思っているんだ? 世界を変える革命家――七原秋也だぜ?
 そんじゃそこらの奴等に殺られる三下じゃねーんだから、その心配は自分達に全部注いでおけ。
 戦力的にはそっちの方が十全だが、油断するとサクッて逝っちまうぜ?」

七原は軽く肩をすくめ、レナの言葉を跳ね除ける。
考えが合わないことはお互いに承知済みだし、無理に合わせても碌なことが起きないだろう。
故に、別行動を提案したのである。
もっとも、そんなのお構いなしにあちら側はフレンドリーに接してきたが、ここで揺らぐ訳にはいかない。
余計な荷物を背負って死ぬのは、七原は御免なのだ。

「数時間前にも言っただろ? 俺はアンタらを否定しない。
 その綺麗な想いで救えるものもあるってのは、証明してくれたし理解できるよ」

彼女達の掲げる正義も、想いも七原は理解している。
それは自分が過去に通ってきた道だから。
かつて願った理想そのものだから。

1197th Trigger ◆jN9It4nQEM:2014/04/22(火) 00:14:57 ID:hOSo1yps0

「だからこそ、俺はその想いに殉じることが許せない。いいや、許しちゃ駄目なんだよ」

故に、七原は綺麗事に浸ることを拒むのだ。
彼女達を見ていると、思い出してしまう。
キラキラと輝いていた過去を。現実を思い知り、諦めを覚えてしまった自分を。
もっと早く割り切っていれば、救えたはずの友達を。
全部、七原の決断が早ければ乗り越えられたはずの悲劇だから、許せない。

「つーことだ、んじゃ、食後の一服行ってくるんで」

これで話はお終いと手を振り、七原は部屋のドアに手をかけて。
悠々とした足取りで外へと出て行った。
振り返ることもせず、一人何処かへと消えていく。

「はぁ……ちょっと急すぎたかなぁ」
「そんなことないだろ。ただ、アイツが捻くれてるだけだ」
「何か、七原さんについてわかることがあればいいのですけれど。
 彼、結局は何も教えてくれませんでしたもの。せめて、どんな学校生活を送っていたかぐらい教えてもいいと思うんですの」
「そう、だよな。それぐらい教えてもいいのに」

わかっていたことだった。
彼との隔たりが食事一回で消える訳がないことぐらい。
同じ世界で生きているはずなのに、どうしてこんなにも違うのか。

「だけど、私は諦めないよ。今は話してくれなくても、いつか秋也くんの口から聞かせてくれるって」

これから先も、七原とは意見を衝突させるだろう。
何を切り捨てて、何に手を伸ばすか。
お互いに考えをぶつけ、言葉を交わして。

「私達は、『これから』なんだよ」

全員が笑って前を向ける未来が、一番と信じているから。
レナは諦めることを諦めたのだ。

「だから……って、結衣ちゃん、どうしたの? 急にリュックサックを漁ったりして」
「……思い出したんだよ。私に支給された物の中にあったんだ!
 当時の私は、それどころじゃなかったから忘れてたけど!」

レナの言葉を聞いて、突然に結衣は支給されたデイパックを漁り始めた。
いきなりの奇行にレナ達は驚くが、結衣は構わず漁り続けている。
さすがに、止めようと黒子が声をかけようとした時、結衣が取り出したのは――。

「これに、全部示されているんだ! アイツのことが!」

1207th Trigger ◆jN9It4nQEM:2014/04/22(火) 00:17:22 ID:hOSo1yps0



#########



「一緒に日常に帰ろう、ねぇ」

一人、喫煙所でタバコを吹かしながら、七原は噛み締めるようにつぶやいた。

「帰る日常なんてどこにもありやしないのに、俺は何をひよっちまったんだか。
 もし、生きて帰れたとしても待っているのは戦いだけだ。国を相手取った戦争しか俺を歓迎してくれない」

プログラムで友人と帰るべき日常を奪われ、この世界では愛する人を失ってしまった。
中学生という多感な時期に一人で生きていかなければならない絶望は、重い。
世界から爪弾きにされた七原にとって、帰れる場所があるだけで羨望できたのだ。

「帰れる居場所もない、いや、そもそも俺の存在自体、あの国では抹消されてるだろうな。
 『七原秋也』は元の世界ではいてはいけない訳だ。はっ、こいつはなかなかに痛快だぜ」

気づいてしまったからには戻れない。
彼女達と違い、帰れる日常すらない七原にとって、甘さは毒なのだから。

「けれど、今更それがどうしたっていうんだ。俺はもう止まれない、走り続けるしかない。
 後ろを振り返ったって、横を見たって誰もいないんだ……」

クラスメイトの命を糧に生きた自分と、無残に死体になっていったそれ以外。
更に、典子が死んだ今、ここから先はたった一人の戦場だ。
自分を導いてくれる先導者も、支えてくれる大切な人もいない孤独な道をひた走る。
誰かに救いの手を伸ばすことはできるが、七原自身が救いの手を求めることはできない。
誓ったはずじゃないか、強く生きると。願ったじゃないか、一人になっても戦い続けると。
綺麗な理想で人は救えないと身を持って体験したじゃないか。

「引き金が重い訳だよ。俺は思い出しちまったんだな」

あの時、典子の死を聞いて泣かないと決めた覚悟が、嘘になる。
誰にもバレずに『ワイルドセブン』を貫いた意志を解いてはならない。

「竜宮、船見、白井。お前らは『俺』がなりたかった『理想』だったんだ。
 プログラムに巻き込まれる前になりたかった夢みたいなものなんだよ」

彼女達との触れ合いで思い出してしまった。
かつて、自分がいた日常を。
プログラムに巻き込まれる前までは持っていた甘さを。

1217th Trigger ◆jN9It4nQEM:2014/04/22(火) 00:18:46 ID:hOSo1yps0

「だけど、そんなものに意味はない。結果が伴わない想いなんて……捨てちまえ。
 理想で人が救えるなら幾らでも救えたさ。信じたいと願って貫いた結果があの様じゃあ、どうしようもねぇな。
 だから、俺は――ハッピーエンドを信じれない。信じることをやめたんだ」

けれど、ここから先は、そのような甘さは許されない。
必要なのは引き金を躊躇なく引ける覚悟と判断力だ。
全部を救い取るのではなく、成し遂げなければならない目的だけを胸に秘めればいいのだから。

「ったく、アイツらは『七原秋也』を見事に思い出させてくれたよ。
 完敗だ、ここでクールになっていなかったらきっと俺は――――。
 ま、IFを口にした所で何になる訳でもないけど」

なればこそ、もう七原は定まった。
過去を振り返り、現実を再確認し、役割を貼り付ける。
その過程で邪魔なものを削ぎ落としていく。
かつての自分を捨てる決意を込めて、七原は選んだ。

「甘さなんて置き去りにしちまえばいい。それが、一番冴えたやり方だ。
 これで終わりだ、『七原秋也』のアンコールはこれっきりだぜ」

けれど、せめて切り捨てる前にしっかりと吐き出しておきたい。
『七原秋也』が生きていた証を、命を削ってでも護りたかったものを。

「ああ、畜生。どうしてこんなことになっちまったんだろうな。ホント、世界は納得出来ないことばっかりだ。
 こんな血生臭い戦場に慣れちまって。大切な人が死んだのに、俺は冷静で、すぐに切り替えることが、できて……」

そして、せめてもの手向けに。『七原秋也』を出せる最後の瞬間だけは。

「……典子とずっと一緒にいたかった。失ったものは多かったけれど、大切なモノを護れることが出来たと思ったんだ。
 これからも横でアイツが笑ってくれるなら、『七原秋也』を覚えてくれる人がいるなら、俺は笑えるって信じていたのに」

悲しみの涙を流そう。後悔の言葉を呟こう。
思い出の幸せに縋り付こう。

「何で、典子がいないんだよ。俺を見てくれる人は、誰もいないなんてそんなのありかよ。そこまで追い詰めるのかよ」

浸れた幸せは、もうない。
再び巡りあった理不尽に奪われ、彼方へと飛び去ってしまった。

「なぁ、どうしてだよ。もういいじゃないか、十分悲劇も惨劇も味わったじゃねぇか。
 どうしてこれ以上奪われなくちゃいけねぇんだよ。
 俺には帰れる場所も、待ってくれる人もないのに、どうして……っ!」

大切なモノを全部奪われた自分は、誰が為に銃を持てばいい?
自分以外誰も残っていないのに、戦わなくちゃいけないのか?

1227th Trigger ◆jN9It4nQEM:2014/04/22(火) 00:20:53 ID:hOSo1yps0

「返してくれよ……っ! 楽しかった日常を! 友達を! 典子を!」

そんな疑問を無理矢理握り潰して、七原は慟哭する。
身を焦がす苦痛が常に付き纏おうとも、走り続けなければならないし、止まってはならない。
それが、彼らを犠牲にして生き残った自分に課せられたものだと理解しているから。

「幸せだったよ、いつまでも続けばいいのにって思ったさ。
 それに、どいつもこいつもいい友達だった! 死んで当然な奴なんかじゃなかった!
 忘れるなんてできるかよ。今でも、心のどこか願っているさ……っ、取り戻したいって!
 またあいつらと過ごせたらどんなにも幸せかってな!
 宗屋、お前はわかってなかったけど、俺だって同じくらい願っていたんだ!」

けれど。それでも。明日の見えない絶望が、七原を襲っても。
七原は全てをチャラにする願いに傾かない。
取り戻せないからこそ、大切なんだと知っているが故に、傾けないのだ。

「だけど、それは……! それだけは駄目なんだ! あいつらの精一杯をやり直せるなんてできない!
 俺の自己満足で、勝手にチャラにしていい訳がねぇ! 死んじまうからこそ、必死で生きていたんだ! それを背負って俺はここまで来たんだよ!
 アイツらの死を引っくるめて、今の俺がいる。疼く痛みもはっきりと感じるんだ。
 それをなかったことにしたら――俺は、俺でなくなってしまう。そんなことしたら、俺は自分自身を許せない」

元通りにしてしまえば消えてしまう。
慶時を無情に殺された怒りを。
三村達が知らない所で死んだ理不尽を。
川田が自分達を護って死んだ後悔を。
典子を護り切れなかった絶望を。
離すまいと決めたあのぬくもりを奪った世界を。
それら全てが今の『ワイルドセブン』を型どっている大事なものだ、絶対に消してなるものか。

「だから、俺は最後まで進んでやる。これからは絶対に止まらないし、振り返らない。
 どんな手を使ってでも、卑怯と罵られても、冷たいと切り捨てられても――必ず、辿り着いてやる。お前達の所まで」

この感情は七原だけのものであり、誰にも渡せないし汚させない。
もう、これ以上に奪わせてなるものか。手放してなるものか。

「どうせ、どこかで聞いてるんだろ? 宣戦布告だ、クソ野郎」

彼が叫ぶのは好きだった音楽でもなく、革命の咆哮。
取り零した過去を踏み越え、前だけを見続ける不屈の意志。

「俺は竜宮達を切り捨ててでも『プログラム』を終わらせる。誰も彼もがお前達を許しても、手を差し伸べても。
 俺だけは許さないし、伸ばさない。未来永劫、憎み続けてやる。
 あいつらが邪魔をしようとも、俺を切り捨てようとも。これだけは絶対に曲げない」

摩耗したロックンロールも、夢も、全部どこかに置き去りにしてしまった自分には、革命しか残っていない。
残った想いの残骸を拠り所にして、強く生きると決めたのだ。
そして、犠牲に慣れ、妥協を覚え、大人にならざるをえなかった現実が、七原を強くした。
もう、これ以上悲劇が起こらないように。
不条理がまかり通る世界を変える為に――七原は戦う。

1237th Trigger ◆jN9It4nQEM:2014/04/22(火) 00:22:47 ID:hOSo1yps0

(だから――お“願い”だ。竜宮、船見、白井)

故に、これが最後だ。
涙はもう、流さない。
決意はもう、揺らがない。

(もう、俺に手を差し伸べるな)

悲しみの涙を無理矢理に瞳の奥へと押し込めて、今度こそ『七原秋也』を踏み越える。
夢を思い出させてくれた彼女達を振り払う。
かつて、自分がいたひだまりを――――置いていく。



【D−4/海洋研究所前/一日目・午後】

【七原秋也@バトルロワイアル】
[状態]:健康 、頬に傷 、『ワイルドセブン』
[装備]:スモークグレネード×2、レミントンM31RS@バトルロワイアル、グロック29(残弾9)
[道具]:基本支給品一式 、二人引き鋸@現実、園崎詩音の首輪、首輪に関する考察メモ 、タバコ@現地調達
基本行動方針:このプログラムを終わらせる。
1:レナ達を切り捨てる覚悟、レナ達に切り捨てられる覚悟はできた。
2:走り続けないといけない、止まることは許されない。
3:首輪の内部構造を調べるため、病院に行ってみる?
4:プログラムを終わらせるまでは、絶対に死ねない。

【船見結衣@ゆるゆり】
[状態]:健康
[装備]:The wacther@未来日記、ワルサーP99(残弾11)、森あいの眼鏡@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×2、裏浦島の釣り竿@幽☆遊☆白書、眠れる果実@うえきの法則、奇美団子(残り2個)、森あいの眼鏡(残り98個)@うえきの法則不明支給品(0〜1)
基本行動方針:レナ(たち?)と一緒に、この殺し合いを打破する。
1:今は、レナ達といっしょにいたい。
[備考]
『The wachter』と契約しました。

【竜宮レナ@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:健康
[装備]:穴掘り用シャベル@テニスの王子様、森あいの眼鏡@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式、奇美団子(残り2個)
基本行動方針:正しいと思えることをしたい。 みんなを信じたい。
1:できることなら、七原と行動を共にしたい。
[備考]
※少なくても祭囃し編終了後からの参戦です

【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
[状態]:精神疲労(大)
[装備]:メイド服
[道具]:基本支給品一式 、正義日記@未来日記、不明支給品0〜1(少なくとも鉄釘状の道具ではない)、テンコ@うえきの法則、月島狩人の犬@未来日記
基本行動方針:自分で考え、正義を貫き、殺し合いを止める
1:とりあえず、レナ達と同行する。
2:初春との合流。お姉様は機会があれば……そう思っていた。
[備考]
天界および植木たちの情報を、『テンコの参戦時期(15巻時点)の範囲で』聞きました。
第二回放送の内容を聞き逃しました。

※寝ていたのは10数分程度です。殆ど時間は経過していません

1247th Trigger ◆jN9It4nQEM:2014/04/22(火) 00:25:29 ID:hOSo1yps0





















それでも。それでも。

彼女達が、手を差し伸べることをやめないならば。

まずは、『七原秋也』の根幹を知ることから始めなければならない。

彼が過ごした日常を。彼が味わった地獄を。彼が失ったものを。彼が奪ったものを。彼が到達した世界を。

戦闘実験第六十八番プログラム報告書。

船見結衣が手に取った冊子には七原秋也が『七原秋也』でいられた時を記している。

彼を知る手掛かりとなる欠片が、結衣達は今開こうとしているのだ。

けれど、知ったからといって彼女達のしあわせギフトが『ワイルドセブン』に届くは別問題だ。

彼女達の言葉が『ワイルドセブン』に不都合なものであるならば、容赦なく切り捨てるだろう。

強さを保つ為に。走り続ける為に。

綺麗な想いを信じていた“中学生”は、何処にもいないのだから。





 【戦闘実験第六十八番プログラム報告書】
船見結衣に支給。プログラムに関わる様々な情報を記載した冊子。
どんな目的で行われるか、どのクラスが巻き込まれたか。プログラムに関わる情報が色々とつめ込まれている。
その中には、『七原秋也』がどのような人物か。どんな人生を歩んできたかも当然含まれる。
彼らが奪われた“日常”が事細かに写真付きで記されているのは、何かの皮肉も込められているのだろう。
………もう取り戻せない優しい日々を嘲笑うかのように、写真の中で生きていた彼らは、幸せに生きていた。

1257th Trigger ◆jN9It4nQEM:2014/04/22(火) 00:26:02 ID:hOSo1yps0
投下終了です。

126名無しさん:2014/04/22(火) 10:48:36 ID:lBbxKnQM0
投下乙です
元の日常に戻ろう!がこんなに残酷な台詞だとは思わなかった……
孤高の革命家の知られざる過去が、今明らかに!
1人でも戦い抜く決意を固めた七原だけど、彼もまた同じく中学生
彼の気持ちがどう動くのか楽しみです

長くなったけど、改めて乙!

127名無しさん:2014/04/22(火) 11:01:10 ID:OkR.cZlA0
もしかして七原にとっては元の日常のほうがロワよりもきびしいのか?

そしてこのグループにヒデヨシ、植木、両方を知ってるテンコがいる

思いっきり四面楚歌だな

128名無しさん:2014/04/22(火) 15:43:14 ID:HsFcB5gQ0
投下乙です

きついわあ…
七原はどうなるんだろう…

129 ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:25:59 ID:g6gu0fQk0
投下します

130狂気沈殿  ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:27:42 ID:g6gu0fQk0
小麦色の肌に、結い上げた薄紫色の頭髪。
同じ色の瞳と、あどけない少女の顔立ち。
異国風の少女のような容姿だったけれど、尻からのびている『先端が矢印の形をした黒いしっぽ』は、まさにテンプレートどおり。
ムルムルという名前の、小悪魔だった。



「一応は、『初めまして』に当たるのかの。我妻由乃」



空間に渦のような歪みが生じるや、飛びだしてきた。



我妻由乃は、レストランのテーブル席に着座ままミニミ機関銃を手に取り、銃口を『そいつ』へと向ける。
ガラス窓の向こうにある夕焼け空を背景にして浮かびながら、そいつは「こ、こわっ……」と後ずさりした。

「やっぱり、お前も『そっち側』にいたのね」
「や、やっぱりとな?」
「面白いゲームが楽しめるなら、何でもいい。
そのためならデウスにだって逆らうし、誰の下にだってつく。
お前は、そういう生き物でしょう?」

自称・不死身であるムルムルを射殺しようとしたところで意味を成さない。
しかしお助けキャラのように歓迎できるほど可愛らしい生き物ではないことは、よく知っている。
一週目の世界では支配下においた従者であり、二週目では敵として立ち対峙したこともある『神』の小間遣い。
たとえデウスを裏切って『新しい神』に迎合したとしても、何ら不思議はなかった。

「な……誰の下にもつくとは失礼なのじゃ。『一週目の儂』は、あくまで主君であるお主に仕えておったではないか」
「目的は何? どうしてこのタイミングで姿を現した?」

131狂気沈殿  ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:29:09 ID:g6gu0fQk0
天野雪輝を仕留め損ねたのを見て、不甲斐ないとけしかけに来たのだろうか。
そう思いかけて、すぐに否定する。
だとすれば、あの現場から離れた直後にでも姿を見せたはずだ。
補給のために立ち寄ったレストランで夕食を済ませてから現れるのは、タイミングとして遅すぎる。

「それはな、ついさっき天野雪輝が思い出したからなのじゃ。
神になる前の、日記所有者としてサバイバルゲームを戦っていた時代の記憶を、な」
「……どういうこと?」
「ん? お主は、雪輝日記を見ておらんかったのか?」
「三十分ぐらい前に、一度」

最後にチェックした予知があまりにもふざけたものだったので、栄養補給を終えるまでは考えないようにしていた。
『ふざけた予知』呼ばわりされても文句は言えないはずだ。
なにせ、秋瀬或の負傷度合いくらいは確認しておきたいと『雪輝日記』を開けば、あんな予知が表れたのだから。



『ユッキーが病院の運動場をグラウンド100周してるよ!
青春の汗を流すユッキーかっこいいよユッキー』



「………………は?」という声が出た。
何がどうしてそうなった。
あんなに呆気にとられたのは、たぶん秋瀬或からBL性癖の持ち主なんですとカミングアウトされた時以来かもしれない。

機関銃をいったん取り下げ、雪輝日記を確認する。
そこには確かに、天野雪輝が色々なことを思い出したという予知が書き変えられていた。
口にされた決意の言葉までが書かれていて、苛立ちから唇を噛む。

「だからどうしたの? ユッキーが何を思い出したって、それで状況が変わるわけじゃない」
「そうでもないぞ。日記所有者の『1st』だった当時の天野雪輝は、他の所有者よりも優れた力を持っていた。
言うまでもなく、『DEAD END』を回避する奇跡を起こす力のことじゃ。
あの世界のデウスから『優勝候補』と目されたのも、ひとつにはそれがあったからじゃな」

知っている。
だからこそ雪輝は他の所有者たちから危険視されて、由乃は雪輝を守るためという理由でそばにいることができた。

132狂気沈殿  ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:30:18 ID:g6gu0fQk0

「……当時のモチベーションを取り戻したことで、その力が開放されるとでも言うの?」

ムルムルは大きなスイカほどの球体を中空に出現させると、その上にちょこんと座る。

「少なくとも、さっきまでの雪輝に『奇跡』を起こす気概が無かったことは確かじゃな。
お主は知らんかもしれんが、『神』になってからの雪輝は、因果律をろくに弄ろうともしなかった。
人間だった頃でさえ、『三週目』の世界の因果をまるごと引っくり返すほどの力があったにも関わらず、な。」

知っている。
秋瀬或との戦いのなかで、由乃が知らない時間の雪輝については教えられた。
この殺し合いに呼ばれさえしなければ、由乃はあの雪輝に殺してもらえる未来だったということも。

「もちろん雪輝が何もせんかったのは、能力の問題ではなくて意志の問題に過ぎなかった。
しかし、未来を変える意志を持たない者に、因果律を動かせるかどうかは怪しいと思わんか?
『二週目の秋瀬或』にしたって、『未来を変える意志』を持つまでは、デウスのシナリオから外れることなどできなかったのじゃ」

今度は、知らない言葉が出てきた。
秋瀬或とデウスの間に繋がりがあったなど、由乃にしてみれば初耳だ。
しかし、この時はそれ以上に引っかかることがあった。

「……まるで、ユッキーに未来を変える意志を取り戻して欲しいような言い方ね」

ムルムルは楽しげな表情で、腰かけた球体からパタパタと足を揺らして答える。

「そう。まさにそれこそが、天野雪輝がよりにもよって『神様』として殺し合いに連れてこられた理由じゃよ」


◆  ◇  ◆


「しかし、このガキが軽く十数人は殺してるって言われても、にわかには信じられませんね」

坂持金発は、ジョン・バックスによって持ち出された参考資料のページをゆっくりと繰った。
めくった箇所には、ニット帽をかぶった気弱そうな少年の写真と、履歴書のような書式に羅列された膨大な情報がある。

「と言いますと?」

対面に座る情報の提供者、ジョン・バックスが促す。

「おおかたのプログラムで優勝者があげるスコアよりも多いじゃないですか。
『殺し合いの優勝者』ってのは、もっとこう、分かりやすく頭のネジが外れてるもんですから」

そう思ったのは、何も坂持が長いことプログラム担当官を務めてきたからだけではない。
大東亜共和国では、プログラム優勝者の凱旋映像がローカルニュースとしてお茶の間の皆さんにお披露目される。
そこに映される少年少女たちは、大半が狂ったような笑い声をあげていたり、幽鬼を連想させる目つきをしていたり、つまりは普通の人間から逸脱した生き物となり果てていた。
そんな優勝者たちと比較すれば、『並行世界の優勝者』であるはずの天野雪輝は、ごく穏やかそうな少年に見えた。
一万年の歳月を経たことによる摩耗はあるものの、ごく普通に同年代の子どもと会話して、理性的な思考回路をしている。

133狂気沈殿  ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:31:21 ID:g6gu0fQk0
「彼の場合は、終盤から『生き返り』を期待して殺し合いに乗りましたからな。
希望を持って殺し合いに参加したケースですから、いちがいに『プログラム』と比較することはできないでしょう。
しかし、油断ならない手合いであることは確かです。
『二週目』の私を実質的に追いこんだのはこの少年でしたし、『三週目』でもたった数時間の行動で、すべての所有者の運命を変えてしまった」

その一件が無ければ、『新たな神』に目を付けられることもなかった、と付け加える。

「あー、それが市長のおっしゃっていた『因果律に干渉する力』ってやつですか?」
「ええ。むろん、未来日記が無ければ成し得なかったことではあります。
しかし、十二人いた所有者でも、あの少年がとりわけ『未来を変える』結果を残していたことは否定しようがありませんでした」

ふむふむと、坂持が相槌を打つ。
実のところ、初めて耳にする話でもない。
『殺し合いから生まれる利益』については、大東亜と桜見市で共有する契約を交わしているのだから。
しかし、実際の天野雪輝を(モニター越しにではあるが)目にした後に、『神様』の心象にも触れながら話を進めてくれるともなれば興味深い。

「星の数ほどある並行世界を行き来し、あらゆる世界の人々と技術を調べ上げる。
そのような術を持つ者にとって、『訪れた世界に干渉する自由』が、どれほど魅力的であり、また脅威ともなるかは分かりますな?」
「そりゃあもう」

坂持はそこにある実利――彼個人にとってではなく一国にとっての――を想像して即答する。
バックスは、同類に対する眼差しを坂持に向けた。

「しかし、だからといって『学園都市』のように天野雪輝のクローンを量産してみようというわけにもいかない。
超能力のようにメカニズムが見えるものではないからこそ、『奇跡を起こす力』としか説明できないのですから」
「しかし『ある』ことは確からしいんでしょう? ……なるほど、だからこそ『神様』を選ぶ必要があったんですか」
「ええ、人の身では『能力』とすら呼べない漠然とした才能だったとしても、『因果律を操る』ことを能力とする神ならば、それを『力』として生かせる。
それに、『神の力』を他者に付与したり取りこめることは、デウスや『2週目の9th』という先例からも明らかです」



◇  ◆  ◇


「……そして、わかたれた二週目との因果をたどってようやく『神の雪輝』を見つけたと思ったら、肝心のあやつは気概をなくしておった。
しかも、力を示していた『一万年前』のことをきれいさっぱりと忘れておる。
『神』としては、もっとも運命を変える力が強かった『二週目』の雪輝を取り込みたかったのに、アテが外れたというわけじゃな」

ムルムルの話は、理解できないものではなかった。
同じ人物でも、世界の環境が違うだけで因果は変わる。
そのことを、並行世界を二週してきた我妻由乃は知っている。
だから『一万年後の雪輝』を見て、『新たな神』とやらが不安にかられたのも分からなくはない。
しかし、理解した上で呆れた。

「ユッキーを吸収するためだけに、ずいぶんと手間をかけるのね」
「そりゃあそうじゃろう。もともと儂らの『サバイバルゲーム』も、中止など有り得ない回避不能のルートだったのじゃから」

134狂気沈殿  ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:32:17 ID:g6gu0fQk0

まるで、雪輝のことをゲームのパワーアップアイテムか何かのように認識している。
けれど、そう言えば由乃が雪輝を殺そうとしていることも、ベクトルは違えど同じぐらいの扱いの酷さだった。
だから、そういうこともあるかと納得する。

しかし、矛盾している箇所もあった。

「だったら、過去に遡って『神様』になりたてのユッキーに会いにいけば良かったじゃない。
現に、私や秋瀬や他の二人は、『一万年前』から連れてきたんでしょう?」
「それがそうもいかん。過去に飛んで歴史を変えたりすれば、また並行世界に分岐してしまうじゃろう。
かつて雪輝が『三週目』の歴史を変えた時も、二週目との因果は分かたれてしまい、すぐに二つの世界を行き来することはできなくなった。
一般人の高坂王子たちや、限定的にしか『力』を使わないお主を攫ってくるならともかく、腑抜けとはいえ『神』を封印するのはなかなか手間がかかるからの。
もたもたしているうちに、わしらが元の時代に帰れんようになっては困るというわけじゃ」

そう言えばさっきも、『二週目の世界をみつけるのは苦労した』とか言っていた。
自在に並行世界を行き来するという力も、まったく万能というわけでは無いらしい。
移動できる世界は多いようだけれど、任意の世界を指定することはできない……そんなところだろうかと、ムルムルに尋ねてみる。

「まぁ、そんなところじゃよ。
もともとは遠くはなれた世界で使われていた移動法じゃから、説明しようとするとややこしくなる。
そこでは『カケラを渡る』と呼んでいたから、ワシらも区別するためにそう呼んでおるのじゃ」

かつて自身が使った『繰り返し』とも異なる、別の方法による世界移動。
『優勝者への報酬』に対する期待がぐっと大きくなり、それでも今はムルムルへの対処が先だと気を引き締める。

「過去の雪輝を連れてこられない以上、今の――お主にとっては一万年後じゃな。
今の雪輝から『神』だった時期の記憶を奪い、力を封印することで、ただの中学生だった時期に近づける。
本当なら無差別日記も支給したかったのじゃが……『樹形図の設計者(ツリーダイヤグラム)』が別人に支給するように条件を付けたのでな。
その上で殺人ゲームを経験させて、強引にでも『一万年前』の記憶を思い出してもらう。
『神』でありながら、しかし『中学生』だった時代を取り戻してもらうためじゃ」
「そして、ユッキーは『中学生』だった頃のユッキーに戻った。
つまり、全部あなたたちの計算通りだと言いたいの?」

そのためだけに、殺し合いを主催したのだろうか。
いや、それは無いと即座に否定する。
それが目的なら、参加者を十二人にして全員に未来日記を持たせるとか、より『前回の殺し合い』に近い条件でゲームをしたはずだ。
殺し合いの目的はべつにあり、雪輝はあくまで副次効果として期待されたのだろう。
そんな風に推測したことを肯定するように、ムルムルは説明を続けた。

135狂気沈殿  ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:33:50 ID:g6gu0fQk0

「思い出せなかったらその時は仕方ない……ぐらいの試みじゃったがの。
たとえ殺し合いの最中に死んでも、デウスのように『核』だけを残して取り込むことはできる」
「だったら、もう『神様』はユッキーを始末すばいいじゃない。
『神様』がたった中学生四人に返り討ちに遭うはずもないでしょう?」

そうしてくれた方が手間がはぶけると、言ってみた。
しかしムルムルは球体にねそべりながら、つまらなそうに否定する。

「そうは言うが、ゲーム会場に入るためには、いったんATフィールド……会場の封鎖を解かなければならんからの。よっぽどの非常事態でなければできんことじゃ。
それに使い魔の中でもワシだけは会場に潜り込んでおるが、連絡役以上の役目は与えられておらんのでな。」

それに、運営から直接にゲームの進行に関わってはならんというお達しもある、と付け加えた。
先ほどは雪輝ならば奇跡を起こすかもしれないと言っていた割に、その雪輝を泳がせてまでも、殺し合いのルールを優先するらしい。
よほど殺し合いが破綻しないことに自信でもあるのか……それとも、『参加者同士』で殺し合わせることに重要な意味があるのか。
どちらにせよ大事なのは、その意向を利用して由乃自身がどう立ち回るかだ。

「なら、お前は何をしにきたの?
私に『核を回収したいからユッキーを殺してくれ』とでも頼むつもり?」
「それは『馬に蹴られる』というものじゃろう。そもそもお主が『雪輝日記』を持っておる以上、対決は避けられんはずじゃ」

少し違う、と由乃は思った。
その言葉は、深く愛し合っている男女に対して使う言葉のはずだ。

「先にも言ったように、儂は選択肢を与えるだけで、自ら未来を動かすことはない。
しかし、たとえばの話じゃが、雪輝がすべてを思い出したタイミングで、お主がこの『ツインタワー』にやってきた。
支給されたパンより栄養価の高い食事を求めてレストランを目指したのかもしれんし、
休息するなら地の利がある場所がいいと思ったのかもしれん。
もしかしたら、見慣れたビルが会場にあることに興味を示し、軽く探索するぐらいのことはするかもしれん。
順番は前後するじゃろうが、『雪輝日記』をチェックしてあやつの決意を知ったお主は、それがどんな感情であれ、苦々しく思うかもしれん。
ここまでくれば、お主が自力で『新たな力』を探り当てたとしても、何ら不思議はないということじゃ」

読めた。
相応の見返りを、用意してあるということか。

136狂気沈殿  ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:37:30 ID:g6gu0fQk0
「そして、『宝の地図』……ヒントはやったのに広がらないまま燻って、このままでは死蔵まっしぐらの隠しアイテムがあったとする。
その『隠しアイテム』の鍵を開けられる参加者が、隠し場所の近くまで来ていたとする。
あまりにももったいない……とは思わんかの?」

理解した。
我妻由乃が、鍵となる場所。
そうなれば、候補はひとつしか挙がらない。
しかし。
狙いは分かったけれど、疑問は残る。
我妻由乃は、それを尋ねた。

「そこまでして、私に肩入れする理由は何?
もう何人も殺してるから? 雪輝日記を持っているから?」
「それもあるが、それだけではないぞ」

むくりと起き上がり、ムルムルは我妻由乃にむかって身を乗り出した。
無邪気そうに笑っているのにちっとも感情がうかがえない、そんな笑顔で。



「おぬしならば、『ALL DEAD END』の未来を知っても……その上で、勝ち残ることを目指すだろうからじゃ」



そしてムルムルは、語り始めた。
新たな神について、全ての終わりについて。

137狂気沈殿  ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:38:11 ID:g6gu0fQk0
◇  ◆  ◇


我妻由乃だけが開けられる、魔法の扉。

桜見市ツインタワービルの、北塔32階。
エレベーターを使えば、あっという間に運んでくれる。
経営破綻したばかりの銀行が、その階層をテナントとして埋めていた。
貸金庫ロビーへと歩みを進めれば、ほどなくして見えてくる。

我妻銀行の大金庫。
必要なものは、カードキーと暗証番号。そして『網膜認証』。
カードキーが建物のどこに保管されたかは知っているし、暗証番号は記憶している。
網膜認証は……『我妻家の人間』ならば開かれる。

『隠しアイテム』をこの金庫の中に保管するなんて、なんて公平な殺し合いなんだろう。
我妻家の人間以外には『難攻不落の扉を破壊して手に入れろ』ということらしい。

網膜認証式のロックをのぞきこみ、しっかりと視線を合わせる。
手の中にある『雪輝日記』を、ぎゅっと握り締めた。

『神』の思惑に乗っかった自覚はある。
その上で、最後に笑ってみせる未来もある。

そして、潰さなければいけない未来がある。



『ユッキーが「もう0にはしない。1からやり直す」って言ってるよ!』



――あなたが、『すべてを0(チャラ)にする』と決めた私に、それを言うか。



そう言えば、過去に殺した『恋人たち』の男の方が言っていたっけ。
天野雪輝は、自分が恋人に汚れ役を押し付けておきながら、恋人が人を殺したら叱りつけるようなろくでなしだと。



――私を幸せにするためにすべてを0(チャラ)にすると言った、あなたが。



我妻由乃は、扉を開けた。


【F-5 ツインタワービル/一日目・夕方】

138狂気沈殿  ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:40:02 ID:g6gu0fQk0
【我妻由乃@未来日記】
[状態]:健康、見敵必殺状態、
[装備]:雪輝日記@未来日記
来栖圭吾の拳銃(残弾0)@未来日記、詩音の改造スタンガン@ひぐらしのなく頃に、真田の日本刀@テニスの王子様、霊透眼鏡@幽☆遊☆白書
[道具]:基本支給品一式×5(携帯電話は雪輝日記を含めて3機)、会場の詳細見取り図@オリジナル、催涙弾×1@現実、ミニミ軽機関銃(残弾100)@現実
逆玉手箱濃度10分の1(残り2箱)@幽☆遊☆白書、鉛製ラケット@現実、不明支給品0〜1 、滝口優一郎の不明支給品0〜1 、???@現地調達
基本行動方針:真の「HAPPY END」に到る為に、優勝してデウスを超えた神の力を手にする。
1:すべてを0に。
2:秋瀬或は絶対に殺す。
3:他の人間はただの駒だ。
※54話終了後からの参戦
※秋瀬或によって、雪輝の参戦時期及び神になった経緯について知りました。
※ムルムルから主催者に関することを聞かされました。その内容がどんなものか、また真実であるかどうかは一切不明です。

139狂気沈殿  ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:40:29 ID:g6gu0fQk0
投下終了です

140名無しさん:2014/04/25(金) 01:54:39 ID:fXNPNONc0
投下乙です

で、でたー!ムルムルの露骨なエコヒイキ!
こいつが進行役の時点でどうせろくでもないことをしてくると思ったけど本当にろくでもない!

原作がロワ系の話の主催者キャラのなかでも屈指の公平じゃなさ!マーボーも上回るノリノリのゲームへの介入!これは原作のムルムルに限りなく近いと言っていいと思います。

そしてこの参戦作品だと主催者側に勝てる気がしない。強力な主人公同士が対立しているいま、新たな火種が一気に場を動かしそう(そしてムルムルが両方に肩入れしそう)

141名無しさん:2014/04/25(金) 18:43:31 ID:xIAebVOc0
投下乙です

ムルムルなら仕方ないw しかも贔屓する相手は今の由乃だからなあ
このえこひいきのせいで状況は大きく動きそうなのは確かだが

ちなみにロワの最後が必ずしも対主催らが主催者側に勝てなくてもいいけどなあ
簡単にどちらかがどちらかを打破する事がパロロワの醍醐味でもないし

142名無しさん:2014/04/25(金) 19:09:10 ID:AWGH6Za.0
投下乙
原作でも一周目ラスボス(らしい)の4thを中ボスにしたり
雪輝に事の真相を明かしたと思ったら由乃の側について雪輝殺す気満々だったり
色々暴れまわってたからな、納得のえこひいきだ

ところで神様で一万歳のやつが中学生扱いなのはおかしかったって今気づいた
他のメンツが濃かったからかな…

143名無しさん:2014/04/25(金) 20:52:23 ID:FKvS.2iA0
そういえばユッキーは主人公だったな

144名無しさん:2014/04/25(金) 21:55:01 ID:oah3sTww0
投下乙。

裏で整えられつつある舞台に、ユッキーはどうするのか。
正攻法でユノを止めるには足りないし、色々と策をねって戦わなければならないけれど。
まだ残っているマーダーからして楽には行かないが果たして。

146 ◆7VvSZc3DiQ:2014/05/07(水) 18:44:10 ID:Gm9F.Mq60
投下します
予約後の見直しの結果、相馬光子と御手洗清志の登場シーンがなくなってしまいましたので二名は登場しません
不要な予約失礼しました

147 ◆7VvSZc3DiQ:2014/05/07(水) 18:44:48 ID:Gm9F.Mq60
窓から差し込んでくる陽光が、いつの間にか白から赤へと変わってきている。
それに気が付いた杉浦綾乃は、少し眩しそうに目を細めながら、沈もうとしている夕日を見ていた。
あと一時間もしないうちに太陽は完全にその姿を消してしまって、代わりに真っ暗な夜が訪れるだろう。
昨日まで当たり前過ぎて気にも留めていなかったその事象が、綾乃の心に一抹の不安をもたらしていた。

「暗い」は、「怖い」だ。
やがて綾乃たちを包むであろう暗闇のことを考えるだけで、ぶるりと身体が震えてくる。
浮かんできた恐怖の感情は、綾乃の中で大きく膨らんでいく。
同時に思い出すのは、相馬光子と御手洗清志の二人に殺されかけたときのことだ。
あのときは、怖いと感じる暇すらなかった。だが、ようやく落ち着いた今ごろになって、遅れて恐怖がやってきた。

両肩を抱きしめるように身を縮こまらせながら、綾乃は二人から向けられた視線を――そして感情を、反芻していた。
向けられたのは、殺意だった。
誰も殺したくないと訴えた綾乃を嘲笑うかのように、二人は綾乃を殺そうとした。

(……初めてだった)

誰かに殺意を向けられるのは、綾乃にとって今までに経験のないことだ。
思えば、この殺し合いが始まってからも、ずっと殺意から距離を置いていた。
正確に言えば――綾乃が受けるはずだった殺意は、他の誰かが肩代わりしてくれていた。
戦えない自分たちの代わりに戦ってくれていた植木耕助や、自らの命と引き換えに植木を救った碇シンジ。
彼らが感じていた恐怖を、ようやく綾乃は実感することが出来た。

そして――揺らいでいた。
誰も殺さないで済む方法を見つけ、実行するという言葉が、大言壮語の類であると気付いてしまったのだ。
いや、薄々気付いていたのだ。ただ、それの困難さから目を背けていただけだ。

(私には……殺し合いを止める力なんて、なかった)

そもそも。今さら、殺し合いを止めようとしても――全てが、遅すぎるのではないか?
既に数十人の命が無惨に奪われてしまっているのだから。
彼らの命は、もう戻ってはこないのだから――

「ちょっとアンタ。何ぼーっとしてんのよ」

思索に耽っていた綾乃の意識を現実に引き戻したのは、式波・アスカ・ラングレーの一声だった。
顔をしかめながら綾乃を責め付けるような視線を飛ばしている。

148 ◆7VvSZc3DiQ:2014/05/07(水) 18:45:17 ID:Gm9F.Mq60
「アンタバカぁ? それとも今の状況が分かってないの?
 アタシと、アンタと、コイツと。この中の誰かがちょっとでもミスをすればそのまま全員死ぬことだってあるのよ。
 アンタのおっちょこちょいのせいでこっちまで巻き添えをくらうなんてたまったもんじゃないっちゅーの」

吐き捨てるように、アスカは綾乃へと告げた。
あまりにも強い語調に気を揉んだのか、初春飾利が二人の間に入る形でフォローに回る。

「式波さん。杉浦さんはさっきまで襲われかけてたんだから……少しは」
「アタシが気を使えって? ジョーダンはやめなさいよ、カザリ。
 こっちはね、慈善事業でアンタたちを助けようとしてるんじゃないの。
 アタシは、何があっても生きて帰ってやる。アンタたちを助けるのはそのついでみたいなもんだから」

だが綾乃は、アスカのその言葉に不信を抱いた。
越前リョーマと綾波レイの二人と情報交換をしたときに、式波・アスカ・ラングレーは殺し合いに乗った人物だと聞いていたからだ。
実際にリョーマとレイの二人はアスカに襲撃され、一歩間違えていれば殺されていてもおかしくなかったらしい。
そのアスカが、ついでとはいえ自分たちを助けるというのは――少し、いや、かなり不自然ではないか?

「……あの、式波さんって……越前くんと綾波さんと、一度会ってますよね……?」

『殺し合いに乗っていましたよね』と直接聞く勇気はなかったから、少し婉曲的な表現になってしまった。
だが、綾乃が聞かんとしていたことが何だったのかはアスカも察したらしい。
先ほどまでの刺々しい態度が、少し弱くなったような――そんな変化があったことに、綾乃は気付いた。

「……ええ、会ったわね。なに、アンタもエコヒイキたちに会ったの?」
「そうです。一緒に行動してたわけじゃなくて、少し情報交換をしてそのまま別れたんですけど……そのときに、式波さんのことも、聞きました」

ハァーと大きく息を吐くと、綾乃が聞きたくても聞けなかったことを、アスカは言った。

「そうよ。アタシは、殺し合いに乗ってたわ。ほんの数時間前までね」
「あ……」

聞いてから気付いたが、綾乃はアスカからこの言葉を引き出して、それからどうするのかということをまったく考えていなかった。
故に、アスカの言葉に対して返す言葉を持たない綾乃は、沈黙を続けてしまった。
そんな綾乃を見たアスカは、少々の苛立ちを声に滲ませながら、

「ほーらすぐ黙る。日本人はそういうとこあるわよね。
 あー、言っとくけど、アタシは殺し合いに乗ってたけど誰も殺してないから」

アスカはそこで話題を打ち切ろうとした。この話をいくら続けたところで今の自分達にとって有用性はないと判断したからだ。
殺し合いに乗っていた式波・アスカ・ラングレーと初春飾利はもういないのだと、
そう結論づけて終わりにしようとしたアスカに、綾乃は――何か、閃きを受けた気がした。

「教えてくださいっ! 二人が……どうして、殺すことをやめたのか。
 きっとそれがっ……! 私が、知りたかったことなんです!」

149 ◆7VvSZc3DiQ:2014/05/07(水) 18:45:52 ID:Gm9F.Mq60
必死な綾乃の訴えに、アスカと初春の二人は顔を見合わせて――そして、話し始めた。
吉川ちなつと御坂美琴という二人の少女が、アスカたちを救った物語を。

「ま、そんなわけでアタシはアンタたちを救けるって決めたわけだから。
 だからつべこべ言わずに救われときなさいよ」
「私も……御坂さんに救われたこの命を、みんなのために使いたいと、そう思ったんです。
 人間は汚くて醜いだけの存在じゃない……こんな殺し合いに負けない強さを持ってるって、御坂さんが教えてくれたから……」

二人の話を聞いて、綾乃は――揺れていた決意が、再び固まっていくのを感じていた。
殺さずにすむ方法は、やっぱりあるはずだ。
目の前の二人が、その証拠だ。

「私は……殺し合いを、止めたいんです。殺そうとしている人たちを、止めたいんです」

吉川ちなつと御坂美琴は、それをやってみせた。
彼女たちが出来たことを……綾乃もまた、出来るだろうか。

「私は、吉川さんみたいな勇気や、御坂さんみたいな力は持ってないかもしれないけど……ッ!」

「――それでも、出来ますよ」

肯定してくれたのは、初春だった。

「御坂さんは――言ってくれました。力を持ってるから強いんじゃないって。
 最弱でも、最強に勝てるんだって……私も、そう思うんです。
 人間の力って数字で表せるような単純なものじゃないと思うんです。
 御坂さんはきっと、第三位の能力を持ってなくても、私を救ってくれた――」

だから。

「杉浦さんも、きっと誰かを救えるはずなんです」

「同感ね。はっきり言って、チナツはアタシにとってただの足手まといだったわ。
 力も無いし頭もいいわけじゃない。なのにヘンなところで意地っ張りで、アタシの邪魔ばかりする」

「そんなチナツでも、アタシを救けたんだから――アヤノだって、やろうと思えば出来るんじゃない?」

「……出来るんでしょうか、私に」

「チナツやミコトはね、そんなこといちいち確かめたりせずに、身体のほうが先に動いてたわよ。
 アンタも少しは頭だけじゃなくて、もっと別のところを頼りに生きてみたらどう?」

じんと、綾乃の胸が熱くなった。
そして、思い出す。植木やシンジも、頭じゃなく心で動いていたことを。

150 ◆7VvSZc3DiQ:2014/05/07(水) 18:46:25 ID:Gm9F.Mq60
「あ……そうだ、式波さんに、聞いて欲しいことがあるんです!」

綾乃はシンジが自分たちを救ってくれたときのことを懸命に話した。
最初はそんなこと聞いたところで時間の無駄だと言っていたアスカも、綾乃が話し終えるころには神妙な顔をして、黙って話を聞いていた。

「バカシンジ……自分がどれだけ重要な人間なのかやっぱり分かってなかったみたいね。
 なんでエヴァパイロットがこんなバカみたいなことで死ななくちゃならないんだか……ほんっと、バカなんだから」

ため息を一つだけこぼしたアスカは、

「……それじゃ、いいかげん動き始めるわよ。時間を使い過ぎだわ」

綾乃と初春に向かって、アスカは考えた作戦を話し始めた。

「まず一つ。アタシたちが真正面からアイツらに立ち向かったところで、ほぼ勝ち目はないわ。
 あの水のバケモノはかなり厄介だし、アタシたちの手持ちの武器だけじゃ対応しきれない。
 逃走――あるいは、誰かが援護に来てくれるのを待つしかないんだけど」
「もしかしたら、植木くんたちが助けに来てくれるかも……でも、私の携帯電話は壊れちゃったから植木くんたちがどうしてるか確認出来ないし……」

水に濡れてさえいなければ友情日記を使い、植木たちがこちらへ向かってきているかどうかの確認が出来たのだが、今の綾乃たちには植木たちの現在位置を確認する手立てがない。

「なら期待は出来ないわね。最悪の場合、アタシたちだけでここを乗り切らなきゃいけない。
 でも、もしものときのための保険は打っておくわ。カザリ、確かアンタのケータイには、アンタが近い未来何をするのか分かる予知機能があるのよね? で、それを二台持ってる」
「あ……はい。交換日記っていうんですけど……本当は二人で契約して、お互いの未来を予知する能力みたいなんです。
 式波さん、片方の契約を更新して使ってもらうことも出来るみたいですけど……どうしますか?」

交換日記――今は初春に支給された携帯電話と桑原和真の支給された携帯電話の両方を使い初春が二重契約をすることで、初春の未来を完全に予知する日記となっている。
この片方をアスカか綾乃に契約してもらうことで予知の対象が二倍になるのではないかと初春は考え、契約の更新を提案したのだが――

「説明書を読ませてもらったけど、相手を観察することで相手の未来が予知される――って機能なんでしょ?
 これから先、やむなく別行動を取らなきゃいけなくなることがあるかもしれない。それでなくたって相手のことをじっくり観察する暇があるか分からない。
 予知が不完全になるより、カザリ、アンタだけでも完璧な予知が使えるようにしておきなさい。そして、逐一アタシたちに報告すること。分かった?」

二台の携帯電話を握りしめながら、初春はアスカの命令に頷いた。
初春の手に握られた携帯電話――それを見て、アスカは荷物の中から何かメモのようなものを取り出した。

「カザリ、それよりアンタの携帯電話、ちょっと貸しなさい。二台とも」

151 ◆7VvSZc3DiQ:2014/05/07(水) 18:47:02 ID:Gm9F.Mq60
アスカが取り出したのは、『天使メール』に関するメモだった。
初春から携帯電話を受け取ると、アスカは慣れた手つきで送信先アドレスとメールの本文を打ち込んでいく。

「……よし、どのくらい届いてくれるかわかんないけど、三台分送れば一つくらいは近くの奴にも届くでしょ」

アスカが言っていた保険とは、天使メールによる救援要請だった。
デパートで相馬光子と御手洗清志の二人に襲われている、助けて欲しいという簡素な内容のもの。
差出人は殺し合いに乗っているという情報が回っているアスカや初春ではなく、綾乃の名前を使った。

「もうすぐ放送が始まるわ。放送が終わり次第、このメールは会場の参加者のところに届く。
 来てくれるかどうかわからないけど、何もしないよりはマシでしょ」

おそらく、相馬光子と御手洗清志の二人も放送が終わるまでは動かないだろう。
放送という重要な情報源を聞き逃すことは、かなりの痛手になる。
少しの時間とはいえ光子と手を組んだアスカには、光子ならこの時間帯にリスクを負ってまで手を出してこないだろうという予想が出来た。
ある種の紳士協定――暗黙の了解だ。
初春の持つ日記にも変化がないことから、それは間違いないだろう。

「勝負は放送が終わってから。きっとそこで、ミツコたちも仕掛けてくる」

アスカはそこで、綾乃のほうを見た。

「殺し合いを止める――アンタの覚悟がどんなもんか知らないけど、せいぜいアタシの邪魔をしないでよね」

それはつまり、アスカの邪魔をしないならば、綾乃の覚悟――誰も殺さない、殺させないという覚悟を、容認するという意味の言葉だ。
綾乃は、こくりと頷いた。

――もう間もなく、三回目の放送が始まる。

152 ◆7VvSZc3DiQ:2014/05/07(水) 18:47:23 ID:Gm9F.Mq60
【F-5/デパート/一日目 夕方】

【杉浦綾乃@ゆるゆり】
[状態]:健康
[装備]: エンジェルモートの制服@ひぐらしのなく頃に、壊れた携帯電話
[道具]:基本支給品一式、AK-47@現実、図書館の書籍数冊、加地リョウジのスイカ(残り半玉)@エヴァンゲリオン新劇場版、ハリセン@ゆるゆり、七森中学の制服(びしょ濡れ)
基本行動方針:みんなと協力して生きて帰る
1:式波さんたちと協力して、菊地さんのところに戻る。
2:式波さんに、碇くんのことを伝えたい。
3:誰も殺さずにみんなで生き残る方法を見つけたい。手遅れかもしれないけど、続けたい。
[備考]
※植木耕助から能力者バトルについて大まかに教わりました。
※携帯電話が水没して友情日記ごとダメになりました。支給品はディパックに入れていたので無事です。

【式波・アスカ・ラングレー@エヴァンゲリオン新劇場版】
[状態]:左腕に亀裂骨折(処置済み)、腹部に打撲
[装備]:ナイフ、青酸カリ付き特殊警棒(青酸カリは残り少量)@バトルロワイアル、
   『天使メール』に関するメモ@GTO、トランシーバー(片方)@現実 、ブローニング・ハイパワー(残弾0、損壊)、スリングショット&小石のつまった袋@テニスの王子様
[道具]:基本支給品一式×4、フレンダのツールナイフとテープ式導火線@とある科学の超電磁砲
風紀委員の救急箱@とある科学の超電磁砲、釘バット@GTO、スタンガン、ゲームセンターのコイン×10@現地調達
基本行動方針:エヴァンゲリオンパイロットとして、どんな手を使っても生還する。
1:ミツコたちをどうにかする。
2:スタンスは変わらないけど、救けられた借りは返す。

[備考]
参戦時期は、第7使徒との交戦以降、海洋研究施設に社会見学に行くより以前。
※イングラムM10サブマシンガン(残弾わずか)@バトルロワイアルは燃え尽きました。
※光子を捕獲する際に使ったのは、デパートの警備員室からもちだした包丁@現地調達です。現在はデパートの床に落ちています。

【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
[状態]:健康
[装備]:交換日記(初春飾利の携帯)@未来日記、交換日記(桑原和真の携帯)@未来日記、小さな核晶@未来日記?、宝の地図@その他
[道具]:秋瀬或からの書置き@現地調達、吉川ちなつのディパック
基本行動方針:生きて、償う
1:杉浦さんを助ける。
2:辛くても、前を向く。
3:白井さんに、会いたい。
[備考]
初春飾利の携帯と桑原和真の携帯を交換日記にし、二つの未来日記の所有者となりました。
そのため自分の予知が携帯に表示されています。
交換日記のどちらかが破壊されるとどうなるかは後の書き手さんにお任せします。
ロベルト、御手洗、佐野に関する簡単な情報を聞きました。御手洗、佐野に関する簡単な情報を聞きました。


※杉浦綾乃名義で、『デパートで相馬光子と御手洗清志の二人に襲われている』という天使メールが三台分送信されています。
 第三回放送終了後にランダムで各参加者の携帯電話へ送信されることになっています。

153 ◆7VvSZc3DiQ:2014/05/07(水) 18:48:13 ID:Gm9F.Mq60
以上で投下終了です
タイトルはwiki収録時につけておきます
矛盾点など見つけられましたら御指摘お願いします

154名無しさん:2014/05/07(水) 19:18:11 ID:mdjABNn60
投下乙です

初春もアスカも本当にスタンスが変わったなあ
そして綾乃も怯えつつも殺し合いを止める事を諦めていない、か
このトリオもトリオでいいわあ
三人のやり取りがよく書けててよかったです

155 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:05:23 ID:XjUx8H9c0
投下乙です。
かつては殺し合いに乗っていた二人が、殺し合いに乗ることを止めたのだと綾乃に伝える…
たったそれだけの、しかし綾乃にとっては確かに救いとなる話の流れがいいなぁ…
このトリオをすごく応援したくなりました

そして天使メールがここでこう使われるとは…!
これは放送後にデパート周りが大騒ぎになりそうだ。


では、自分もキリのいいところまで書けましたのでゲリラ投下します。

すみません、こちらも切原赤也の登場しないSSとなってしまいました。
不必要なキャラの拘束、申し訳ありません

156革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:07:30 ID:XjUx8H9c0
テンコと『飼育日記』の犬は、白井黒子から頼まれた『探し物』を抱えて、意気揚々と食卓のある部屋に帰還した。

「クロコー。ちゃんと見つけてき……って、どうしたんだ? 七原は?」

しかし扉をくぐって室内へと入るなり、深刻そうな面持ちでテーブルを囲んだ少女三人を目の当たりにする。
卓上には細かな文字で埋められたA4サイズコピー用紙がたくさん広げられていた。
そして、『肉じゃが』の感想を言って談笑していた時はちゃんといた少年が、その場にはいない。

困惑するテンコに気づき、まず白井黒子がはっと顔をあげる。

「ああ、テンコさん。ありがとうございますの」

食後に探し物を頼んでいた張本人は、礼を言ってテンコが抱えていたものを受け取りにきた。
なぜテンコと犬が頼まれたかと言えば、首輪をつけていないが故に『探し物をするときの声や音』を主催者に盗聴されることがなく、リスクが低いとみこまれてのことだ。

「幾つかあった中で一番新しそうなのが『これ』だったんだが、良かったか?」
「充分すぎるほどですの。もちろん、中身を調べてみないことには希望は持てませんが……」

受け取ったのは、テンコが所内のデスクから見繕ってきた黒いノートパソコンだった。
きっかけは、ホテルでの一件が起こる直前に、桐山和雄が使っていた『コピー日記』にあった。
『ウェブログ』というインターネットの日記帳は、七原やレナがいた世界ではまだ浸透していない、らしい。
しかし黒子のいた世界にはとうに普及していて、だからこそ『ブログが使えるということは、レンタル元のサーバーに繋がっていなければおかしい』という気づきを持つことができた。
そして、レンタル元のサーバーとは……すなわち、主催者が管理する情報の発信基地にほかならない。
それが罠かもしれないにせよ、情報があるとは限らないにせよ、『回線』そのものは存在している。
ならば同じ世界から来た仲間であり、電脳戦を得意分野とする『御坂美琴』か『初春飾利』の意見を仰ぎつつ、該当するサーバーに対して探りを入れようというのが黒子の試みだった。

「それから研究所を探すうちに色んな部屋を見つけたんだが……さきにそっちの話を聞いてもいいか?」

ソファに座るレナと結衣の暗そうな雰囲気をみれば、何かが起こったことは察することができた。
探し物に出発した時には、みんなが寛いでいて、七原がタバコを吸おうとして黒子に止められたりしていたのに。

「そうですわね。先に私たちの話をしましょう。
……お犬さんには申し訳ないですが、扉の前にいてくださいますか?
七原さんが戻ってきたら教えてくださいな」

157革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:09:09 ID:XjUx8H9c0
ワン、と返事をしてマスクをつけた犬は廊下へと出て行った。
ホテルで一緒にいた時からそうだったけれど、『飼育日記』の犬たちはとてつもなく訓練されている。

「簡単に言ってしまえば」

テンコがソファへと着地すると、黒子は卓上にあった紙束の表紙を見せた。

「――わたくしたちは、七原さんの知られたくなかった過去を、
七原さんが知らぬところから知ってしまいました」

『戦闘実験第六十八番プログラム報告書』と書かれた、それを。





全てを説明すれば長くなるからか。
あるいは、知ってしまった事実をさらに暴露することに、罪悪感があったからか。
そして、その紙束には読むにたえないほど凄惨なことが書かれていたのか。
黒子は、テンコに対してその資料を読ませることはしなかった。

「信じがたい話ですが……七原さんは以前にも『殺し合い』を経験したことになります。
それも、仲が良かったクラスメイト同士で。」

ただ、口頭で淡々と説明した。
中学生が、国家によって殺し合いを強制される世界があったこと。
つい昨日まで仲間と笑い合っていた『日常』がたやすく破壊されて、
絶望の行き止まりを押し付けられる中学生たちが、そこに記録されていること。
自殺する者がいて、狂う者がいて、疑心暗鬼になる者がいて、殺す者と、殺される者がいたこと。
殺し合いは完遂されたけれど、たった二人の『行方不明者』が政府から指名手配されていること。
その二人のうちの一人が、『七原秋也』という名前だったこと。

「最初は、有り得ないって思ったけど……だって、現実に起こるようなことじゃないよ」
「でも、きっとこれが真実なんだよね。作り話で、こんな真に迫った記録が書けるわけない」

具体的に七原秋也がどうしたと書かれていたのか、少女たちは語らない。
しかし、だからこそテンコにも分かってしまった。
七原秋也は、積み上げられた屍の上にいる。
生きるためにクラスメイトと殺し合い、そしておそらくは『行方不明者』として脱出するために、『主催者』の大人たちを殺している。

「じゃあ何かよ。……アイツはここに連れてこられる前から、
もういいじゃねぇかってぐらい可哀想な目に遭ってきたってことかよ」

テンコのいた世界にも、中学生の『バトルロイヤル』はあった。
しかし、だからこそ、理解してしまう。
七原だけ、住んでいる世界が違いすぎるということを。
未来ある子どもたちから何もかもを奪い取り、絶望する姿を見せ物にして楽しもうというのだから。
世界ぜんぶが狂っていなければ、実現するはずがない。

「そんなの、ひどすぎるだろ……」

ひどい話だ。
誰だってひどいと言うはずだ。
しかし少女たちがうつむいて黙っているのは、とっくに『ひどい』と言い尽くしたからだろう。
ひどいとしか、言えない話だ。
だから、『ひどい』と言い尽くしてしまえば、言葉をうしなってしまう。無力になってしまう。

知った上で、どうするのか。
七原秋也という少年をどう理解して、これからどう接していくのか。

158革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:10:17 ID:XjUx8H9c0

「あの人は……」

口火を切ったのは、船見結衣だった。

「クラスメイト同士が殺し合うところを見てきて、だから私たちのことを信じられないのかな?」

辛そうな顔で、レナと黒子、そしてテンコを見回す。

「だって、私だったら……絶対にキレると思うんだ。
『中川典子』さんって、七原さんのパートナーだったんだろ?
少なくとも、一緒に力を合わせて生き延びたんだから、きっと信頼してた人で……。
そんな人が放送で名前を呼ばれたのに、すぐそばにみっともなく泣いてるヤツがいてさ、
そいつを黙らせようとしたのに、『お前なんかに気持ちが分かるもんか』とか言われたら……私だったら、キレてるよ。傷つくよ」

その『泣いてるヤツ』が誰を指すのかは、すぐに分かった。
テンコと黒子は現場にいなかったけれど、船見結衣が七原秋也にむかってそう言ったらしいことを、辛そうな表情から知らされる。

「私のことを怒って、自分なんか一番大切な人が死んだんだぞって言い返してるよ。
それなのに、抑えて自分のことを話さなかった。
それって、そこまで我慢しても知られたくないってことだよね?
たとえば、知られたら『仲間殺し』扱いされるかもって疑ってるとか。
それか、アマちゃんの私たちなんかには分からないって思ってるとか――」

衝撃がすぎた真実は、傷つけてしまった罪悪感は、良くない憶測を膨らませていく。
しかし、レナが遮った。

「それは違うと思うよ。
秋也くんは何度も『私たちのことを否定しない』って言ったし、『殺さないに越したことはない』って認めてくれてる。
そのときの目は、心にもないことをいってる目じゃなかったと思う」

竜宮レナは、紙に書かれた事実だけに先入観を持ったりしない。
自分の目で見たの七原秋也のことも、ちゃんと覚えている。

「……私はね、隠し事をするのは、別にいいって思うの」

ぽつりと呟くように、レナは言葉を続けた。
黒子と結衣が、意外そうに注目する。

「さっきは七原くんにも自分のことを話してほしいって言ったけど。
友達のみぃちゃんだったら、『言いたくないことを打ち明けなきゃ仲間と呼べないなら、そんな仲間はいらないね』って言うと思う。
昔にしたことがどうであれ、自分を判断するために隠し事を詮索してくるような人なんか、私だって一緒にいたくないから」

両膝の上に両の手をのせた姿勢で、喪った友人のことを思い返すように目を細めて、

「だから、これはきっとワガママでお節介なことだよ。
言い争いもしたけど、私は七原君と『仲間』として一緒にいたい。
だから、一人になろうとする理由が、この秘密にあるなら――」

――私はそこに踏み込んででも、七原くんとお話がしたい。

言い切られた宣言に対して、結衣と黒子はほっとしたような笑みを浮かべた。
それはまるで、自分たちの立ち位置を、再確認するかのように。
輪の中に七原秋也を加えることを、まだ三人は諦めていない。

159革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:11:41 ID:XjUx8H9c0

「とはいえ――むしろ、心を開いてもらうハードルは上がったと言えますの。
たまたま知ってしまったとはいえ、私たちが勝手に秘密を探ったとなれば、七原さんもいい感情は持たないどころかますます警戒されること必至ですのよ」

白井黒子が、苦い顔でその厳しさを指摘する。

「それに、これからは下手に『歩み寄ってください』とも言い出せなくなりました。
だって、七原さんはとっくに切り捨てる道を選んでいるのですもの。
そして、元の世界に戻っても、それを続けようとしていますもの」

レナたちは顔をうつむかせて、卓上の『報告書』を見つめた。
資料からは、プログラムを生き延びた後の七原については分からない。
けれど彼は、己のことを『革命家』だと称していた。
だからきっと、少年は『日常』には戻らない。
これからも、決して無血革命には終わらない戦いを続けようとしている。

船見結衣が、口を開いた。
独白するように。

「あの人は……『世界を変える』って言ってた。
どんな世界にするつもりなのかな。
その変わった後の世界に、あの人の『帰る』場所はあるのかな」

誰も、それに答えられなかった。
あるはずだと答えるには、七原の瞳は、言葉は、諦観に満ちている。

「そうだな。それに、誰にも話さなかったってことは、
逆に人から何を言われようとも、聞き入れないし決意を曲げないってことだもんな」

テンコの口からも、そんな言葉がもれていた。
友達の植木耕助だって何人もの中学生を救ってきたけれど、
そいつらは自分たちの側から救いを求めるか、あるいは欲しがっていることを自覚していないだけだった。
七原秋也は違う。己に何かを与えようとする者さえ、願い下げだと拒絶している。



「ううん……そうとも言い切れないよ」



しかし、否定の声はあがった。
竜宮レナだった。

「『誰にも話さなかった』って言ったよね。
でも、実際のところはそうじゃないんだよ」

重々しい表情の中に、青い炎のような瞳が燃えている。
料理の時に見せていたぽやぽやとした顔が、怜悧なものへと変貌していた。
その視界には、テンコたちには見えない真実が見えているかのように。
そして視線は――白井黒子へと向いた。

「私は――そこに踏みこめるとしたら、黒子ちゃんだと思う」

160革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:13:48 ID:XjUx8H9c0




喫煙所の灰皿に、タバコの吸い殻が三本。

指にはさんだ四本目を、灰皿にぐしゃりと押し付けて潰した。
ぽつりと、七原秋也は独白をする。

「……このまま離れるか」

もとより、研究所に留まり続ける理由はなかった。
このまま食卓に戻ったとしても、また『別行動をさせてもらう』と『行動を同じくしよう』の堂々巡りになることは見えている。
ならば、手間をはぶこう。自分から距離をあけてしまおう。
レナたちは後々に再会でもすれば間違いなく怒るだろうが……それを疑心暗鬼として七原を殺しにかかるほど愚かな少女たちでもない。
そんな損得計算をしながら、七原秋也はゆっくりと研究所を出口にむかって歩き、階段を降り、ゆっくりと歩いて、自動ドアをくぐった。



「まったく。わたくしもアホなら、あなたもアホですのね」



そして、止められた。
夕刻の風にツインテールをそよりと揺らし、両手を腰にあてて立ちはだかる少女に。
右手には、筒状に丸めた紙切れを握っている。

「……行動を読んでたのか?」
「放送後には別行動をすると言っていた人が、いつまで経っても戻ってこなければ、
早まって出て行ったのかと危惧するに決まってますの」

それは計算違いだった。
七原としては、それほど長い時間をぼんやりとしていた自覚はなかったのに。

「そう言われても、俺としては話すことは何もないんだがな。
そっちが『やっぱり七原さんと同じように容赦なくやる覚悟を決めました』ってなら別だが」

後半は挑発だった。
そんなことが起きるとは思っていないし、白井たちは甘い思想のままでいればいい。
七原の見ていないところでやってくれるなら。

「そうですわね。七原さんの望む言葉は言えないでしょうが
――それでもわたくしには、なあなあにしておけないことがあります」

――ふと、気になった。
自分がこの『容赦なくやる』という言葉を飲み込んだのは、いつの頃からだろう。
川田に『容赦なくやれるか』と問われて『やらざるを得ないだろ』と認めたのは――まだプログラムでも、中盤にさえ差しかかっていない時期だったはずだ。
とある二人の女子生徒が、『拡声器』を使った一件がきっかけになった。
それに比べれば、大きな乱戦をくぐり抜けても、生存者が半数を割り込んでも、なお変わらずにいる彼女たちはやはり強い。
今は亡き『七原秋也』とは違う。

「まずは謝罪をしなければなりません。七原さんにとって、知られたくないことを知りました」

強い少女はそう切り出すと、丸めていた紙きれを広げて掲げた。
七原は視力がいい。
そこに印字された『戦闘実験第六十八番プログラム報告書』の文字をしっかり読み取って、顔をひきつらせる。

「おいおい。なんだって『そんなもの』がここにあるんだよ」
「支給品にも、色々とバリエーションがあるようですの。
プライバシーの侵害については謝りますが、肖像権の侵害については主催者の方々におっしゃってくださいな」

161革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:14:31 ID:XjUx8H9c0

許さないと決めていた主催者に、さらなる憎悪を上乗せする。
これだから知られたくなかったんだ、と。
知られてしまえば、踏み込まれる。
知ったふうなことを言われて、伸ばされたくもない手を伸ばされる。

「動揺を見る限り、この資料がでっち上げというわけでは無いようですのね」
「ああ。確かに、そこに書いてある『プログラム』とかいうイベントに招待された覚えがあるな。
けど、そいつは大切な『中学生活の思い出』ってやつだ。他人と共有して浸るようなもんじゃないね」

『革命家』は過去を背負い、しかし振り返らない。
だから、何人たりともに背負った荷をほどかせはしない。

「だから七原さんは、ずっと黙っていたんですの?
『身元のしれない不審人物』扱いを覚悟の上で?」
「打ち明けたところでどうなる?
会ったばかりの他人からお涙ちょうだいの昔話で同情を買うほど、『革命家』は落ちぶれちゃいないんでね」

『他人』の部分を強調すると、黒子は分かりやすくカチンときた顔をした。
ここで怒りの反論がくるところを遮って、会話を打ち切らせる。
そういう算段をしていた七原だったが、しかし黒子は黙る。
七原のペースで、ことを運ばせまいとするように。

すぅ、と息を吸い込み、言った。



「――ならどうして、佐天さんにはお話してくださいましたの?」

162革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:15:50 ID:XjUx8H9c0
名前と、記憶を結びつけることにしばらくかかった。
佐天。
なぜ、ここにきてその名前が出る。
もう半日以上も前に死体となっている少女のことだ。
そう、思えば宗屋ヒデヨシがおかしくなり始めたのも、あの少女が死んだことがきっかけで――

――もしもあの部屋から最初に出てたのがオレだったら……きっと、死んでたのはオレだ。
――もしオレが死んでたとしても……お前は、仕方ないって言っちまうのか……?

――言っただろ、俺はこんなクソッタレな幸せゲームは、一度クリア済みだってな。
――あのとき生き残ったのは、俺を含めて二人だけだった。俺のクラス42人のうち、40人が死んだんだ。

そう、たしかに『プログラム』のことを打ち明けていた。
七原にとって、会話とは情報をもらうための交渉だったはずで。
余計なことはいっさい口外しないようにしたはずだったのに。
いつからだ、と慌てて記憶を顧みる。

――七原や佐天とは住んでる世界がどう考えても違ってる……学園都市、大東亜共和国。
――俺には初耳だぜ、そんな国も場所も聞いたことがねえ。

――でも、実際にこうしてあたし達は出会っているし、それは確かな証拠だと思うんです。

本当に最初の最初だった。
二度目の殺し合いが始まって、最初に出会った二人と最初に交わした会話。
たった一日でいろいろなことがありすぎて、すっかり忘却していた過去。
佐天涙子はもう死んでいるし、ヒデヨシだってあんなことがあったからには忘れているはず。
それを、なぜ白井黒子が知っている?
大東亜共和国のことはおろか、佐天涙子についても『死んだ』と最小限のことしか話していなかったのに。

「おい、今度はどんなカラクリだ?
『未来日記』じゃなくて『過去が見られる日記』でも持ってるのか?」
「そんなものに頼らなくても……過去のことだったとしても、相手を知ることはできますの!」

研究棟で囲まれた中庭に、白井黒子の凛とした声が響いた。
風が吹き抜けて、ざわざわと建物脇の植木を揺らしていく。
それが収まった頃に、白井は付け加えた。

「もっとも……気がついたのはわたくしではなく竜宮さんですけれど」

あいつか、と思い出す。
船見結衣を止めようとしていた時の、あるいは首輪のことについて筆談をしていたときの、見透かしたような鋭い眼差しのこと。

「考えてみれば、簡単なことでしたのね。
七原さんはどうして出会った時から『わたくしたちは大東亜共和国の無い世界から来た』ことを知っていたのか」

163革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:17:00 ID:XjUx8H9c0

ああ、そうだった、と内心で歯噛みをした。
単に『異なる世界から人が集められた』ことを知るだけならばたやすい。
『並行世界』というSF小説のような発想にたどりつくにはハードルが高いけれど、それだけだ。
たとえば、宗屋ヒデヨシの世界にある『能力者バトル』や、佐天涙子の世界にある『学園都市』。
相手が『俺はこういう戦いに参加していて……』とか『私は学園都市に住んでいます』と言い出すだけで、すぐにおかしいと理解できる。
しかし、『私は日本という国に住んでいます』などということを、わざわざ説明するだろうか。

「たとえば、『大東亜共和国には学園都市なんてない』と発言して、『大東亜共和国ってなんですか?』と答えが返ってくる。
そして、それに対して七原さんが『大東亜とは何か』を説明する。
そんな流れがあって初めて、祖国の違いを認識できますの。
ましてや、わたくしたちの国が全体主義国家ではないことも、国家に抹殺される危険もなく平和に暮らしていることも、『プログラム』という殺し合いが開かれないことも。
……そこまで追及をかさねたら、どうしたって『七原さんの祖国はそうではない』ことぐらい知られてしまいます」

一方的に『プログラムというものを知っているか』と尋ねて『知りません』と返事をもらうことぐらいはできるだろう。
しかし、そんな単調な会話だけで『生まれ育った国の何もかもが違う』と確証を得られるものではない。
ましてや『大東亜共和国が生まれなかった代わりに、アメリカにも似た民主主義国家が成立している』なんて、七原秋也からしてみれば理想の世界でもあり、同時に悪夢のような話なのだから。



だから。



「たとえ、情報交換するためにやむを得ずしたことだったとしても。
七原さんは、佐天さんと宗屋さんに自分から話したことになりますの。
打ち明けるには、とても勇気がいるようなことを。
佐天さんたちを信じようとしなければできないことを、してくださったんじゃありませんの」

そうだ。
確かに、そういう会話があった。
もちろん、プログラムでどんな犠牲を払ったのか、本心のデリケートなところは伏せたけれど。
そういう催しを経験したのだと、しぶしぶながら、それでも誇らしげに語ることになった。

「――つまり、何が言いたいんだ?
『どうして話したんだ』って聞かれたら、アンタらの推測したとおり、
『やむを得ずのことだったし、こっちも混乱してた』以外に理由は無いんだがな」
「本当に、理由はそれだけですの?
なら、佐天さんは――わたくしの大切な友人は、そのお話を聞いて、なんと仰っていました?
七原さんを恐れたんですの? 信じられなかったんですの?」

そういうことか、と理解する。
だから白井黒子は、一人でやってきたのか。
船見結衣ではなく、竜宮レナでもなく、白井黒子が踏み込んできたのか。

『佐天涙子の友人だから』という、理由を得て。

164革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:18:05 ID:XjUx8H9c0
「そりゃあ……あの子はいい子だったさ。
『プログラム』のことを話しても、ショックは受けた風だったけど、変わらずに接してくれたな」

嘘は言っていない。
けれど、全てでもなかった。
佐天涙子が示した反応の中には、七原を喜ばせた言葉があった。
たとえ佐天の友人から”願い”であっても、その言葉を、自分の口から声にしたくなかった。

そのまま引用するならば、こうだ。



――そんなの、許せませんよ! 必死に生きてきた人を、こんなゲームにまた参加させるなんて!



許せないと、言ってくれた。
眉をつりあげて、両の拳を振りかざして。
七原秋也が、決して許すことはないと誓った『神様』に対して、そう言ってくれた。

「もし、佐天さんが七原さんを傷つけなかったのなら。
七原さんが佐天さんたちに、そうあってほしいと期待して、“願って”打ち明けたのなら」

――じゃあ、生きてまた。
――ああ。七原も。全員生きて脱出しようぜ!
――あはは……みんな無事で帰りたいね。
――何言ってるんだよ、必ず……必ずみんなで帰るんだ。

気がつけば、そんなやり取りをしていた。
『必ずみんなで帰ろう』なんて、ハッピーエンドを信望するかのような言葉を口にして。
ここから反撃を始めるのだと、気取ることなく笑えていた。



「打ち明けることができたのは…………七原さんだって『仲間』になれると、信じていたからではありませんの?」

165革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:18:58 ID:XjUx8H9c0
探り当てられた。
白井黒子は、救いの手をのばす『七原秋也』を、見つけ出した。
もう隠せない。繕えない。
肩からどっと力が抜ける。



「ああ、そうだな。
確かに俺は、欲しかったのかもしれない。
一緒に走ってくれる『仲間』ってやつが」

その瞬間、白井黒子の顔に、確かな希望が射した。

「だったら――」

ごくごく自然体で、七原秋也は続く言葉を口にする。



「……で、その結果、『仲間』だった宗屋は何をした?」



だが、全ては過去のこと。
救いの手をのばしていた『七原秋也』は、もういない。

「それは――!」

強い語調で反論しようとした声を、冷え切った語調で遮る。

「佐天も宗屋も、もういない。
いや、片方は生きてるけど、とうてい『仲間』とは言えないな。
むしろ次に会ったら、問答無用で蜂の巣にしてるところさ。
アンタらがどんなに庇い立てしても、赤座あかりがそんなこと望んでないとしても」

見事だ、と感嘆する。
もし、さきほど決意を固めていなかったら。
『七原秋也を亡きものにする』と決めていなかったら。
高望みをしていたかもしれない。揺らいでいたかもしれない。

「確かに、あのときの俺は、アイツらにカケラでも仲間意識を持ってたかもしれない。
けど、それが何を生んだ?
俺は、桐山の敵意からアイツを助けた。一人でも多くを救うためにな。
ところが救けられたそいつは、間接的にロベルトと佐野と桐山を殺したよ。
そして、少なくとも赤座あかりをその手で殺してる。
テンコが言ってたホテルでの惨状を聞くに、もっと多くが犠牲になったかもしれないな。
勘違いするなよ、俺はそいつを恨んでるわけじゃない。
アンタらと違って、俺は『それでもハッピーエンドを目指す』って言えるほど夢見がちじゃないんだ」

違う。
あの時あの場所にいたのは、今ここにいる『革命家』ではない。
あの時はまだ死にきれていなかった、『七原秋也』の残り滓だ。
中川典子がまだ生きていた頃の、七原秋也だ。
『世界が違う』と頭では理解していても、それが意味するところを知らなかった七原秋也だ。

166革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:19:39 ID:XjUx8H9c0

「だからさ、頼むよ。白井黒子」

お”願い”だとは、敢えて言葉にしない。
それは、他人に弱さをみせることに他ならないから。
誰にも理解されなくていいし、理解されたくもないから。

「ここで、お別れにしよう」

だからこそ、携えたレミントンの銃口を向けることだってしない。
単純な戦闘力ではどちらが上なのか判断するぐらいの頭はあるつもりだし、
ここでケンカを売れば、取り押さえられてレナたちの元に強制送還される口実を作るだけだろう。
それに、”船見結衣や竜宮レナならばともかくとして”、白井黒子を殺傷するのはちょっとマズイ。
桐山和雄が身を呈してかばって意味がなくなってしまうし、首輪を解除するアテがまるで無いというのに白井黒子の能力をうしなってしまうのは、いくら何でも愚策すぎる。
”敵になり得る”と理解しているからこそ、愚かにも戦端を切るような真似はしない。



「――お前らは、俺を敵に回したくはないんだろ?」



俺はお前らを敵に回したくないんだ、とは言わない。

決然とした顔の白井黒子に相対して、
七原秋也は、おかしくもないのに笑みを浮かべていた。

【D−4/海洋研究所前/一日目・午後】

【七原秋也@バトルロワイアル】
[状態]:健康 、頬に傷 、『ワイルドセブン』
[装備]:スモークグレネード×2、レミントンM31RS@バトルロワイアル、グロック29(残弾9)
[道具]:基本支給品一式 、二人引き鋸@現実、園崎詩音の首輪、首輪に関する考察メモ 、タバコ@現地調達
基本行動方針:このプログラムを終わらせる。
1:???
2:レナ達を切り捨てる覚悟、レナ達に切り捨てられる覚悟はできた。
3:走り続けないといけない、止まることは許されない。
4:首輪の内部構造を調べるため、病院に行ってみる?
5:プログラムを終わらせるまでは、絶対に死ねない。


【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
[状態]:精神疲労(大)
[装備]:メイド服
[道具]:基本支給品一式 、正義日記@未来日記、不明支給品0〜1(少なくとも鉄釘状の道具ではない)、テンコ@うえきの法則、月島狩人の犬@未来日記、第六十八プログラム報告書(表紙)
基本行動方針:自分で考え、正義を貫き、殺し合いを止める
1:???
2:とりあえず、レナ達と同行する。
3:初春との合流。お姉様は機会があれば……そう思っていた。
[備考]
天界および植木たちの情報を、『テンコの参戦時期(15巻時点)の範囲で』聞きました。
第二回放送の内容を聞き逃しました。

【船見結衣@ゆるゆり】
[状態]:健康
[装備]:The wacther@未来日記、ワルサーP99(残弾11)、森あいの眼鏡@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×2、裏浦島の釣り竿@幽☆遊☆白書、眠れる果実@うえきの法則、奇美団子(残り2個)、森あいの眼鏡(残り98個)@うえきの法則、ノートパソコン@現地調達、第六十八プログラム報告書(中身)@バトルロワイアル
基本行動方針:レナたちと一緒に、この殺し合いを打破する。
1:白井黒子が七原秋也を呼んでくるのを待つ。
2:今は、レナ達といっしょにいたい。
[備考]
『The wachter』と契約しました。

【竜宮レナ@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:健康
[装備]:穴掘り用シャベル@テニスの王子様、森あいの眼鏡@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式、奇美団子(残り2個)
基本行動方針:正しいと思えることをしたい。 みんなを信じたい。
1:白井黒子が七原秋也を呼んでくるのを待つ。
2:できることなら、七原と行動を共にしたい。
[備考]
※少なくても祭囃し編終了後からの参戦です

167革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:20:00 ID:XjUx8H9c0
投下終了です

168名無しさん:2014/05/08(木) 13:44:22 ID:CwnvfJ66O
投下乙です。

元マーダー二人の話を聞き、決意を固めた綾乃。
手遅れはあっても、遅過ぎなんて事は無い!

秋也の決意も固いな。
元仲間のヒデヨシは、仲間を庇って自己満死してますよ。

169名無しさん:2014/05/08(木) 21:21:02 ID:JyXrja2Q0
投下乙です

秋也の決意が今後どう転ぶのか気になる
しかしこのロワは中学生の純粋だが脆さもある心理がよく書けてるなあ
そしてこのロワの売りだわ

170名無しさん:2014/05/08(木) 22:01:03 ID:IONvM.aI0
投下乙です

2話続けてハッピーエンドを目指す少女たちが頑張っているからこそ、『ワイルドセブン』の悲壮な覚悟が映えますね
殺し合いを止めるという理想が叶う時は果たしていつになるのか……

171名無しさん:2014/05/08(木) 22:29:49 ID:M/j2Xz3A0
アスカと初春と綾乃のチーム、一見それなりの結束があるように見えるんだけど
実のところまだ全員が本心を隠しているというか、まだ躊躇があるように見える。
そこにまだ危うさを感じるのだけれど、どうなるかね。

もう一つの戦いは救うか救えないかでなく、信じるか信じられないかに焦点が当たっていると思う
どんなに論理を重ねても結局自分を信じられるか、というところに行き着く。
まあそれは置いておいて個人的にはこの七原、すっごい殴り飛ばしたいんだよなあ……
言いたいことは分かるが、というやつ

172 ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:07:37 ID:aJI1bJfw0
予約していた分の投下を始めます。

今回、分量もかなり長いので二回にわけての投下をさせていただきます。
まずは前編部分の投下となります。

1737th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:10:38 ID:aJI1bJfw0

出題:あなたは、そこにいますか?




――新しい明日はまだなのね。



そういえば、と振り返る。

今より以前に、私の『日常』が変わったのはいつの頃だったろうか。
『むかし』はいまと、そこそこ違っていたと、それはハッキリと憶えている。

今とは違うむかしの話。あれはまだ小学生だった時期のこと。
あの頃はまだ、京子は今とは違っていた。
怖がりで、オドオドとしていて、よく泣く子だった。

だけど、私の方だって今とは違っていた。
むかしのわたしは、ごらく部での京子にも似た立場で。
戦隊ごっこの赤いリーダー役をやりたがるような、わんぱくな女の子だった。
きっかけも、理由も、今はもう、よく思い出せないけれど。



――君は、君がここに存在する意味についてどう思う?



京子が今の……違う、今はもういないのか。
とにかく誰もが知る歳納京子へと変わっていったのと同じ時期。
私もまた、今の船見結衣へと変わっていった。
『船見さんはクールだね』とか『落ち着いた子だね』とか言われるようになっていった。
それは単純に、ヤンチャ盛りだった子ども時代を卒業しただけのことかもしれない。
もしかすると、明るく騒がしいリーダー役になっていった相方との釣り合いを取るために、性格を合わせたのかもしれない。
……いや、それはないか。いくらなんでも、友達のためにそこまでするなんて重すぎる。
そこまでは否定したいけれど、あれで京子の成長に釣られたところはあるかも、なんて。
私はどうにも、肝心なところで他人に合わせるというか、基準にするところがあるから。
たとえば、小学校にあがったばかりの頃に、長かったツインテールをばっさりと切ったこと。
あれも、京子がまだ泣き虫だった頃で、幼いなりに自分がしっかりしなきゃと意気ごんでのことで。

1747th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:14:11 ID:aJI1bJfw0
たとえば、もしもの話。
もしもレナのような子が幼なじみだったとしたら、私はその子に合わせて『かあいい』髪型のままでいたんだろうか。
あるいは、まれにレナがかいま見せる、かっこいい『青い炎』のような姿に惹かれて。
彼女と釣り合いを取るために、『赤い炎』のような熱血やんちゃを目指したのだろうか。

考えても、栓のないことだけど。
私の幼なじみは歳納京子と、そして赤座あかりでしかないのだし。
私は昔も今もひっくるめて、ああいう性格のアイツが好きだったし。
レナのことはレナとして、ちゃんと…………うん、好きだし。



――君だけが持っている特別なこと
――出来ること、やるべきこと
――君をここに呼んだ人は、きっとそれが見たいのだから、ね



特別、と言われたら。
あかりの果たした仕事は、まさに特別だった。
そんな仕事をするよりも、無事でいてくれたらどんなに良かったかというのが本音なんだけど。
仲間になってくれるか分からない人にも、自分を殺そうとする人にも。
なんでもお話し聞かせて、どんなことでもしてあげる。
言葉と心で、直接に間接に幾人かを救った。
RPGに出てくるような世界を救った勇者にだって、きっと引けを取らないはずだ。
いい子なのは分かっていたけど、あの妹分みたいだった子が、勇気を振り絞ってそこまでのことをするなんて。
嬉しくて、悲しくて、あかりらしい。
誰が好きかと聞かれてみんな大好きと答える、赤座あかりらしい。

私の場合は、少し違うんだろうな。
もちろん、あかりほど誰にでも優しくできるわけじゃないけれど。
それでも、ごらく部のことは好きで、大切だ。
ただ、殺し合いが始まって最初に心配したのは。
いつもと変わらない『日常』が消えること。そして、みんなに会いたいってこと。
これがあかりなら、まず私たちが危ない目に遭っていないかどうか心配しただろう。
ちなつちゃんも、私たちの無事を案じてくれたと思う。
京子のヤツは想像力がたくましいから、最悪は私たちの誰かが殺人者になってしまうことも想定したかもしれない。
綾乃は……しっかりしてるし、逆に私たちが殺すはずないって信じてくれてるかもな。

こうやって挙げていくと、まるで私だけが想像力貧困で、危機感の足りてない奴みたいだ。
いや、本当にあの頃はさっぱり実感なんて湧いていなかったし、
真希波さんの死体を見てからは、それも無くなったけれど。
でも、きっとそれだけじゃない。

1757th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:15:50 ID:aJI1bJfw0

私はきっと、『居場所』としてのみんなを失うことが怖かった。
恐れていたのは、七原からも指摘された『仮に赤座あかりたちが生きていても普通とかけ離れて』しまうようなこと。
京子とちなつちゃんとあかりが部室で待っていて、綾乃や千歳が押しかけてきて。
そこにいればほっとする、『それまでどおり』のごらく部に、しがみついていたかったんだ。
きっと、それが私の『みんな大好き』のカタチ。
安心させてほしいという、甘え。
京子に言わせれば、私はぜんぜん寂しがり屋で、甘えんぼなんだろうな。



――僕から見れば君は十分に、普通の人とは違う存在かも、と感じるけどね



だとすれば、神様が私なんかを舞台に招いたのも納得がいく。
みんなそれぞれ、違う世界から来て、戦って、喪って。
誰もが自発的に、もしくは必要に迫られて変わっていく、そんな場所で。
変わっていくことを拒否する私は、さも滑稽に見えただろうから。

いや、願っただけじゃなくて、行動に移そうとした。
失われた者を取り戻すために、殺し合いに乗ろうとした。
そこまでするのは、きっと5人のなかでも私ぐらい……とまで言い切るのは独りよがりだな。
でも、そうであってほしい。

あの日々を取り戻すために、殺し合いに乗る。
そんな役割を選び取れば、神様も応援してくれただろう。
それもまた『新しい私』の、有り得た姿だったはずで。



でも私は、『新しい私たち』を選んでしまった。



――どれだけ他のものが元通りになったって、結衣ちゃんだけは、別なんだよ。



喪いたくないなら、まず自分が変わってしまっては駄目なのだと。
新しい友達と歩いていけるような、そんな変わり方もあるのだということを。
変わらないままで、変わっていくことを教えてくれた。
相変わらず行く先は暗すぎて、一瞬先はどうなるか分からなくて、
京子たちへの未練よりも、新しい友達の示したことを優先してしまった自分が、ちょっとだけ嫌で、

それでも、別の道を選んでいたら得られなかった、ぽかぽかとしたものがそこにはあって。
だからわたしは、居心地のいいごゆるりワールドが欠けてしまったことを理解して。

1767th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:17:35 ID:aJI1bJfw0
それでも、そこに『帰ろう』とする道を選んだ。

戻ってこなくても、喪われてしまっても、
『■』ぐらいは、見られるかもしれないと思った。





「黒子、遅いな……」
「そうだな……もしかして、七原が逃げちまったんじゃねぇのか?」
「それなら一旦は、私たちのところに知らせに戻るよ。
黒子だって、独断専行して七原を追っかけるほどバカじゃないはずだし」
「それもそうか」

七原秋也を止めるために白井黒子が一人で飛びだしたのは、佐天涙子のこと以外にも理由がある。
屋外を殺し合いに乗った参加者がうろついていて、それも七原と言い合いをしている真っ最中に遭遇したりすれば、黒子一人だけの力で三人を守りきれる保証がないからだ。
黒子のテレポートを用いて逃がすことのできる人数は、一度に二人か、多くても三人なのだから。
黒子からは、もし飼育日記の犬が不審な匂いを嗅ぎつけたりすればさっさと逃げるように言い含められているし、結衣たちもそうなったら仕方がないと頷いた。
しかし……待つ時間があまりにも焦れったいものだということを、その時は考慮していなかった。

心配しながら待つ時間は、長い。

あてどころのない視線は、自然と卓上へ向いてしまう。
怖い。
怖いことが書かれた、たくさんの紙切れが散らばっている。

40人の少年少女の、死に様を克明に記録した書類だ。

目にしたときは、ひどいという言葉が出た。
よく考えて、想像をすれば、『ひどい』は『こわい』になった。
同じ教室で、机をならべて勉強していた同士で殺し合う。
休み時間に、一つの机に集まってだらだら雑談していた者同士で殺し合う。
まさに船見結衣だって、殺し合いの真っ只中にいるけれど。
それは、ただの知らない他者から殺されるという恐怖でしかなかった。

たとえば、いつも仲が良かった同じ部活動の女の子たちが、お互いにお互いを殺そうとしていると思い込んで、憎しみの弾丸をぶつけ合う。
いとも簡単に、強い恐怖が『みんな大好き』を忘れさせてしまう。
クラスメイトが――それも歳納京子や杉浦綾乃たちがそうなってしまったら――船見結衣はきっと、心が壊れてしまうだろう。

1777th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:19:41 ID:aJI1bJfw0
それはもう悲劇とさえ言えない。『惨劇』だ。

きっと竜宮レナも、同じ想いを抱いたはずだ。
『部活動』という仲間たちのことを、本当に楽しそうに話していたのだから。
たとえば、竜宮レナが園崎魅音という少女を殺そうとしたり、
前原圭一という少年が、竜宮レナを殺すようなことが、起こるわけないと信じているはず――

「――レナ?」

竜宮レナは、報告書の一枚を拾いあげて、じっと考えこんでいた。
天井からの明かりが紙の裏面を透かして、どのページを読んでいるかがうっすらと分かる。

『大木立道』という名前が読めた。
覚えている。ちょっとだけ見た遺体の写真があまりにもグロテスクで、夢に出そうな思いをしたから。
ナタのようなもので顔を叩き割られて殺されたらしいことは分かった。

レナは右手で持ち上げたその報告用紙をじっと凝視する。
左手は五指を広げたまま顔にあてて、額から顔の左半分にかけてを隠すように覆っている。
まるで、『自分も写真に写っている顔と同じ部分を、斬られるか叩き潰されるかして殺されかけたことがある』みたいに。

結衣たちの視線に気がつくと、「えっとね……」と言いよどんだ。
困ったような顔で、言いたいことがありそうなのに沈黙している。それはレナらしからぬ姿だった。
意を決したように「結衣ちゃん」と名前を呼んできた。

「前に、結衣ちゃんは信じてくれたよね。
レナたちが、『神様に心当たりがある』っていうお話のこと」
「うん、信じたよ」
「じゃあさ、もっと漫画みたいなお話。
『実は私には前世の記憶があるんだよ』って言ったら……信じてくれる?」

前世。

突拍子もない。
占いでしか聞いたことがないような言葉だ。

しかし、レナはごく真剣そのものだった。
時間をかけて感情の波が強くなるように、瞳に潤んだものが貯まり始めている。
彼女にとってはただならぬことだと、それだけは間違いなく信じられたから。
詳しく聞かせてと、返事をしようとして。



ズズン、と。



地震でも起こったかのような轟音と振動が、室内を大きく揺さぶっていた。





1787th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:20:55 ID:aJI1bJfw0


「――お前らは、俺を敵に回したくはないんだろ?」


そう言われ、反駁しようとした黒子の口を塞いだのは、七原ではなかった。
音だった。

最初はびりびりと細かな振動が。
そして、ある臨海点を境として轟音が。

研究所といっても、趣は大学のキャンパスのそれと近い。
一面に芝をしいたゆとりのある敷地に、大きさも形もばらばらな研究棟が5、6戸ばかり林立している。
そのひとつが、ガラガラと積み木を崩すように倒壊を始めていた。

「…………なぁ、この会場には怪獣でも棲息してるのか?」

張りつめていた七原でさえ、その急変にはたじろいだ声をあげる。
幸いにしてレナたちがいる建物とは別のそれだったけれど、だからといって『ああよかった』と胸をなでおろせる光景でもない。

破壊の意志を持った強大な力の持ち主が、そこに迫っているということだ。

「あの壊れ方から察するに、ビルの支柱を威力のある刃物か鈍器かで潰していったのでしょう。
以前に、同じやり方で解体したビルを見たことがありますの」

黒子としては、過去に自身も似たような能力でビルひとつを潰した経験があったので、方法に心当たりをつけるぐらいのことはできた。
殺し合いに乗っている人物ならば、その破壊はとても効率的な方法なのだろう。
建物のひとつひとつを探し回る手間をはぶいて、施設ごと人間を圧死させることができるのだから。
……もっとも、その手段を効率的なものだと冷静に判断して、そして実行してしまうような人間は、間違いなく色々な意味でぶっ壊れている。

1797th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:22:35 ID:aJI1bJfw0



「なるほどな。じゃあ、さよならだ」



緊張が抜けるほど、あっさりと。
黒子の言葉を聞き終えるや、くるりと七原は踵を返した。

「なっ……!」

脱兎のように走り出す後ろ姿に黒子はあっけにとられ、そして手をのばし、
――そして、苦い顔でやめた。

七原秋也は、黒子たちと別行動をとりたがっていた。
そして七原秋也はリアリストであり、他者を救うために自らの命を危険に晒したりはしない。
つまり七原にとって、この場にとどまる理由など何一つないのだろう。

しかし、白井黒子はこの場にとどまるしかない。
七原を追いかけて捕まえようにも、危険人物は依然としてここにいるのだから。
七原秋也を確保することか、船見結衣と竜宮レナの安全を確保することか。
失敗したら取り返しがつかないのはどちらか……考えるまでもない。

(……また会ったら、覚えていらっしゃい!)

毒づいて、急ぎテレポート。
テンコに教えられた近場の資材置き場から、持てるだけの釣り針をひっつかんで元の中庭へと戻る。
さすがは『海洋研究所』というべきか、いつもの鉄矢の代わりとなる漁具が入手できたのはありがたかった。

釣り針を指の間にはさんで構え、黒子は倒壊跡から広がってくる土煙のむこうを見据える。

変わらない心と、変えていく勇気を奮いおこす。
油断をするな。
恐怖に縛られるな。
もう、『最悪は起こらない』なんて思い上がるな。
それでも助けるために、『正義』を成すために、戦え。

1807th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:24:09 ID:aJI1bJfw0
そして食い止めるべき対象は、煙の中を歩いて現れた。
まるでテニスコートの端と端のような、そんな距離をおいて中庭の芝生で対峙する。



「『人間』。やっと見ーつけた」



現れたのは、朱に染まりだした西日を背負った、赤色の悪魔。

血塗られた色の肌に、白い海藻のようにちぢれた髪の上から真っ黒い帽子をかぶり。
眼球までもが赤く濁りきった異様な外見は、テンコが目撃したという男に一致していた。
ホテルの跡地で、狂ったように皆殺しにしてやると叫んでいた少年だった。
裂けるような笑みを浮かべる悪鬼じみた姿は、こちらを『殺し合う相手』ですらなく『獲物』として見ているかのごとき眼光を向ける。

「伺います。どうして貴方は、殺そうとなさいますの?」

右手には、真円の形をした巨大な刀剣。左手には、何故だかテニスラケット。
威圧しようとして威圧されている、そんなただならぬ対峙に、黒子は思わず問いを放っていた。

「簡単じゃねーか。みんな殺して、欲しいものだけ生き返らせて、ハッピーエンドだ」

言い切ると同時、右腕が大きく振り抜かれるや、円刀が正面から『投げつけられ』た。

「くっ……!」

等身大ほどの直径はあるリングが軽々と投擲されて、丸鋸でえぐるように空気を裂く。
黒子は左へと走って回避し、丸鋸は黒子のすぐ右脇を抜けた。
それは回転による風圧をうみながらそのまま飛び、十メートルばかり後ろにあった電柱に『食いこんで』止まる。

「これは……」

電柱がすっぱりと切断されて倒れゆく。その光景を見て、黒子は倒壊を起こした原因を理解した。
投げつける腕力の問題だけではない。
あの円刀は、明らかにただの鉄ではない材質からできている。

1817th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:25:25 ID:aJI1bJfw0

「ほら、潰れろ」

よそ見をしている暇は、なかった。
朱色の逆光を背にして、悪魔は高く跳んでいる。
周囲には、十数個ほどの石ころがずらりとトスアップされていて。
右手にかざされたラケットが、音を立てて振り抜かれ。

見上げる黒子へと、石礫の弾丸による集中砲火がきた。

「……っ!」

危険。
考えるより先に肌で理解して、瞬間移動(テレポート)。
キュン、と空気をきる音を残して消える。
ドスドスと鈍い音が起こり、石礫が芝生へとめり込んで埋まった。

転移した先は空中。
切原赤也が滞空するよりさらに上、位置取りは背後だ。

(決めます――!)

右手で触れて悪魔を転移させ、地面へとめり込ませる。
そのつもりで無防備な背中を見下ろし、さっと右腕を突き出す。



――ラケットが背後へと振り抜かれ、黒子がのばした手を打ち据えた。



「がっ……!」



激痛がすぐさま駆け抜けて、右腕を灼く。
目の前にはくるりと身をひねった悪魔がいて、
バックハンドで振るわれたラケットが、赤い眼光が、白井黒子を捉えていた。

「オラァ!!」

続けざまに振るわれるフォアハンドでの一撃を、とっさに転移して避けた。
距離をとり、着地したのは切り倒された電柱の根元だ。
強く打たれた右腕をさすり、背中に冷や汗をつたわせる。

「ずいぶん、お疾いようですのね……」

死角をつくことはできた。背後への転移も、不意打ちとなるものだった。
ただ、黒子がテレポートを実行してから右手で攻撃をするよりも、
相手が気配に反応して、攻撃に移るまでの時間が早すぎたというだけのこと。

1827th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:28:08 ID:aJI1bJfw0

「ククク………ヒャヒャヒャヒャ」

悪魔は着地すると目を合わせ、黒子を再認識する。
今の獲物の動きはなんだったんだろうと、小首をかしげた風に一瞬。
しかし、まぁいいかと勝手に納得した風に笑い声をあげた。

「何だそのチンケなワープはァ!? 真田副部長の方がよっぽど速かったっつーの!!」

嘲笑して、次なる弾丸を取り出した。
片腕にディパックを提げ、そこから掴めるだけの瓦礫の礫を。
それらは、研究棟を瓦礫に変えた時にかき集めたものなのだろう。

「どうしてですの……!」

左手に掴めるだけの石礫を投げ上げ、サーブの構え。
嘲笑いながら恐怖を与えようとする姿に、黒子は問いかけを放っていた。

「生き返りを願うあなたが……喪う痛みを知っている貴方が!
どうし痛みを与える側に回るんですの!?」

恐怖したテンコでさえも、一時は同情を寄せていたと聞いている。
惨劇が起こったホテルの跡地で、焼死体を前に慟哭していたことも。
その少年は、黒子に対して不快だとばかりの怒声を放った。

「亡霊と……同じこと言ってんじゃねぇよ!!」

すぐさま石礫をトスアップ。
鋭いスイング音を響かせ、ラケット面にたくさんの礫を打ち付けた。

「亡霊……?」

亡霊とは誰を指すのか。
答えを得ないまま黒子は転移して、石礫の散弾から射程を外す。
出現したのは少年の左側方。
指の間にはさんだ釣り針を強く握り、反撃をすべく意識を集中させる。
釣り針の転移先として狙うのは、相手の右手首と、シューズ。
ラケットを取り落とさせ、そして跳躍を封じるために。

「どんな風に戦ったって! 負けたら死体になるし、俺のいないところでみんな欠けていくじゃねぇか!!」

キュン、と指の間に空気をきる音が起こり、転移が発動する。
しかし、釣り針は『何もない空中』へと出現していた。

(なっ……)

なぜなら、悪魔はとっくに、『一瞬前までいた場所』から動いていたのだから。
瞬間移動にも劣らない疾さで数歩を跳び、左手をディパックに差し入れて。

「だったら! 俺が勝ち続けりゃいいだろ!!」

地に伏せるように低いテイクバックの姿勢から、次弾となる拳大の瓦礫が放たれていた。
その攻撃はさながら“かまいたち”のように、ラケットの描いた軌跡が空気に裂傷を刻んで、

ドン、と腹部を貫く衝撃が走り抜ける。

1837th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:29:10 ID:aJI1bJfw0

「…………っは」

内蔵を圧し潰されるような激痛。
そして、黒子の体はあっけなく宙へと舞っていた。
たっぷり数秒は空中にいて、痛覚のシグナルがテレポートの計算式を阻害して。
十メートルばかりは飛んだだろうか、研究所の外壁へと背中から激突する。

全身が軋むような感覚と同時に、聴覚が怒声を拾った。

「奪う側になって、好きなものを拾っていきゃいいだけのことだろうが!!」

相性が悪すぎる。
あがいても覆せない絶対的な差を、体が認識した。
テレポートが移動先へと出現するのにかかる時間は、約一秒。
それはロベルト・ハイドンのように大振りの攻撃をする者にとっては、弱点にすらならないロスだが――

「この俺が――常勝不敗の、立海大の、切原赤也が」

――一瞬の隙を狙える悪魔に、一秒というタイムラグは遅すぎる。

「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ! それとも何か!
正しいことしたらみんな帰ってくるのかよ!
お前の言うことを聞いたら、なくしたもんを返してもらえるのかよ!」

背骨が折れたかのような激痛に顔をしかめ、歯を食いしばる。
ふざけるなと、自分が一番不幸みたいな顔をするなと叫びたいのに、声が出ない。
チカチカと点滅する視界のなかで、悪魔の姿が歩み寄り、大きくなる。

「お前が正しくて俺が間違ってるなら……それなら、返してみろよ!
俺を置いてった連中を、俺の前に返してみろよ! できねぇだろうが!」

油断はしなかった。
恐怖はあるけど、震えもするけど、縛られてもいない。
『最悪は起こる』覚悟だってしている。
貫きたい想いがあって、守りたい人がいて。
それなのに、それでも。

1847th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:29:42 ID:aJI1bJfw0

「できねぇんだから…………お前はそこで潰れてろ」

どうして、こんなに呆気ない。

体をくの字にして壁によりかかる黒子へと、悪魔は次なる石の弾丸を取り出した。
それを見上げ、黒子は気づく。
悪魔が、安堵したような笑みを浮かべていることに。



――この悪魔はもはや、生き返らなくったって、全てを破壊するつもりでいることに。





(死にやすそうな性格だとは思ってたけど……もう死にそうになってるとはね)

七原秋也は実のところ、逃げてなどいなかった。
走り出した後に、裏口から元いた研究所へと侵入。
姿を見られないよう身をかがめながら壁伝いに移動し、二階へと続く階段をのぼる。



白井黒子の邪魔がはいらないところで、赤い悪魔を確実に射殺するために。

1857th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:30:53 ID:aJI1bJfw0
生かしておく理由など、カケラも存在しない。
殺し合いに乗っていて、危険性が大きく、しかも正攻法では太刀打ちできそうにない。
そして白井黒子は間違いなく止めにかかるだろうとなれば、方法はひとつだった。

廊下を横切り、中庭に直面する窓辺へと向かい、窓枠の下へとぴったり身を寄せた。
窓ガラスはビリビリと震えて、大砲でも打ち込んでいるかのような鈍い音が断続的に鳴った。
そして、壁ごしに白井黒子のうめき声と、悪魔の叫び声が聞こえる。

どうやら白井黒子の戦況は芳しくなく、というより一方的に攻撃されて、回避を繰り返しているらしい。
重傷を負わされているのを見捨てる形になるのは、べつに仕方がないと判断する。
撃つタイミングを誤れば、七原が悪魔に殺されるのだから。
黒子を生かしておく優先順位は高いが、それでも自身の安全に比べたら切り捨てることは厭わない。そういう覚悟を、固めたばかりだ。

悪魔の方は白井黒子をいたぶることに夢中になっているようで、何度も返せと吠えていた。
自分から喪われた命を、返してみせろと。
それができない世界なんて、絶望だけの世界なんて、滅びてしまえと。

――要するに、ただの駄々をこねてる餓鬼だ。

苛立ちを感じながら、そう結論づける。

喪ったことを嘆いて立ち止まり、安易にやり直しを選択して、狂うことで痛みをまぎらわして。
何も背負おうとせず、過去だけにすがりついて、前を向いて走らない。
七原秋也が、それだけは選ぶまいと拒んでいる有り様だった。
そんなに死者が恋しいなら、お前もそちら側に逝けばいい。切符なら銃弾で払ってやるから。

グロック17の有効射程は50m。
その射程内で、窓から見下ろすように狙える場所で。
悪魔が無防備に立ち止まったタイミングが、そいつの終わりになる。

そして。
悪魔と最後の空中戦を繰り広げていた白井黒子が、ラケットに叩きつけられ、墜落した。
落ちた場所は、窓から見て直線距離にあたる真下。
すでにその身は、血と痣とでいたるところを赤黒く染めている。

拳を握り、小刻みに震えていることから、かろうじて生きてはいるようだ。
それはまるで、立ち上がりたいのに叶わないかのように。
七原は驚かないし、心配もしない。
遠からずこうなることが読めていたからこそ、『他人のことより自分たちを心配しろ』と、警告を与えるだけはした。

1867th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:32:33 ID:aJI1bJfw0
見殺しも同然の真似をしたことに、心が痛まないわけではない。
しかし、むしろ彼女が悪魔を救うところでも見せられたりすれば、その方がよっぽど眩しくて堪えたはずで――

――そうかと、思い至る。
七原は彼女たちの思想を尊いものだと認めてきたつもりだったけれど。

その裏で、自分の終わらせ方ではなく、彼女たちのハッピーエンドが実現することは、ちっとも望んでいないのだ。

でなければ、『白井黒子たちと対立してでも、主催者は殺そう』と決断するはずがない。
それはそのまま、彼女たちのハッピーエンドに立ちはだかることを意味するのだから。
理想を持つことを諦めた革命家は――しかしその一方で、『理想なんかがまかり通ってたまるか』という、矛盾した情念を抱えこんでいる。

なぜなら、自分の力で世界を変えることができなければ――それこそ自分には、何もなくなってしまうのだから。

(ったく……あの坂持って『担任』は糞野郎だが、ひとつだけ有意義なことを教えてくれたよ)

実際の時間で言えば、ほんの一秒ばかりの逡巡。
悪魔が続けざまに地面へと降り立ち、黒子の姿を七原の視界から隠す。
止めを刺す獲物を探るようにディパックを探り。
そして、黒子を見下ろすためにかるく身をかがめた。
七原が照準をつけた先に、ちょうど背中があたるように。

(それは――『殺らなきゃ殺られる』ってことだ)

引き金を引き絞り、七原は撃ち放った。
指先には狙いを違えなかった感触が残る。

これが七原にとって、二度目の殺し合いで奪う最初の命。



――ガキン、と。

1877th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:33:59 ID:aJI1bJfw0
すらりとディパックから引き抜かれたのは、銛だった。
太く、人間大ほどの長さがあり、先端にはギザギザした返しがついている、小型の鯨くらい仕留められそうな、そんな銛だ。
悪魔はそれをディパックから引き抜き、七原の放った弾丸をたやすく弾いていた。

(え……?)

悪魔が銛を入手していたことは分かる。
ここは海洋研究所であり、そして悪魔はさっきまで、その建物のひとつで破壊活動をしていたのだから。
漁具があることも、悪魔がそれを入手していることもおかしくない。
おかしいのはそれで銃弾を弾かれたことと、そして奇襲を予期されたかのようにそれを取り出されたことで、

「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! びびったかよ!
新手が来ることぐらい、最初っから予想してたっつーの!!」

逃げなければ。

一瞬で決断をくだした七原だったが、しかし悪魔の方が早い。
銛で穿たれたサーブが瞬間よりも素早く空気を裂き、窓ガラスを割り、七原の即頭部をえぐるように殴りつけていた。





七原秋也の失敗は、悪魔の言動と暴力的な振る舞いを見ただけで、単純かつ幼稚な生き物だと決めつけたこと。
そして、悪魔が勝利のために磨かれた狡猾さを持っていると、知らなかったこと。
ホテルで宗屋ヒデヨシがテニスプレイヤーたちの奇襲に成功したケースとは違う。
他でもない悪魔自身が、人を呼び寄せることも計算づくで建物を破壊したのだから。
そしてテニスの試合にはダブルスというものがあり、意識を同時にふたつの方向に向けておくぐらいは容易い。
窓から銃口が覗いていたことぐらい気がついていたし、自分が動きを止めた時点で撃ってくることも予想できた。

そして、そんな思考までを把握できなかったにせよ。
倒れていた白井黒子もまた、七原が奇襲に失敗したことを把握していた。
今さら助けに戻ってくれたのか、それとも最初から黒子を囮にしていたのかは分からなかったが。
しかし、悪魔の標的が七原に切り替わったことは確かだった。

「やめ――!」
「うぜぇ」

転移を行おうと必死にのばした手が、蹴り飛ばされる。
銛を持った右腕を振り上げ、ギラつく紅い眼光が黒子を見下ろした。

「俺を叱ってくれる人を奪っておいて、『人間(テメー)』なんかに今さら説教されたかねぇんだよ」

言い終わると同時。
黒子の内側を、ずしりと何かが穴をあけて貫いた。
何が起こったのかを最初は認識できずに、
しかし、脇腹のあたりに『返し』のようなギザギザしたものが引っかかったことと、その下の地面に何かが刺さった感触を近くして。



あ、貫通している……と思って。
次の一瞬で、焼けるような熱が思考を埋め尽くした。

1887th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:35:31 ID:aJI1bJfw0

「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛――――!」



――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!



止めなければと、動かなければと分かっているのに、ぴくりと震えるだけで内蔵が引っかかれ、能力を奪う。
灼熱が意識を遠のかせて、届けたいはずの声を発生できなくさせる。
立ち塞がらなければいけないのに、悪魔から七原を庇わなくてはいけないのに、



「残念だな。テメー『は』もう、狙ってやらねぇ」



その言葉に、一撃で殺されなかった理由を悟る。
その悪魔は、どうすれば人間が苦しむのかを知っていたのだ。





衝撃は脳天を揺らし、七原を床へと倒した。

「いっ……てぇ」

しかし、その痛みに屈するような七原ではない。
桐山和雄に襲われて、全身にマシンガンの弾を浴びたこともあったのだ。
その時の傷に比べたら大したことはないと、身を起こす。
おそらく襲撃にかかる前に、悪魔は黒子にとどめを刺しているのだろう。
その間に、どれだけ遠ざかれるかが生死をわけ――

1897th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:37:06 ID:aJI1bJfw0
(……見えない?)



目を開けているのに、視界が真っ黒に閉ざされていた。
かろうじてチラチラと認識できる自身の体も、輪郭が二重三重にぼやけて写る。
何が起こったのか、わけが分からずに床を手探りする。
しかし、すぐに思い出した。
さっきの一撃を受けた時に感じた、脳天が揺さぶられる感覚を。
だから、否応にも理解させられる。
それは頭部を打ったことからくる、一時的な視力の喪失だと。
顔から、ざっと血の気が引いた。

「見ーつけた」

窓辺から、声とともに窓を開け閉めする音がした。
まさか、跳躍することで、二階へと登ってきたのか。
ガラガラと床に何かを引きずるような音は、銃弾を弾く時に遣った銛か、それとも似たような形の武器か。
もう片方の手にはラケットがあることを示すように、ブンと素振りの音を鳴らす。
見えないのに、その悪魔が口の裂けるような笑みを浮かべていることがはっきりと認識できるようで。

『死』の質感をもった絶望が、七原に覆いかぶさろうとしていた。





危険を感じたら逃げろと言われた船見結衣と竜宮レナは、しかしそれを実行できずにいた。

「逃げないなら選択肢はひとつしかないんだけど、それはわかるよね」
「うん」

半日をともに過ごしたパートナーと、二人は互いに頷きを交わす。

ちなみにテンコは彼女たちよりも『大人寄りの判断』で逃げることを主張したのだが、竜宮レナの手で強引にディパックへとしまいこまれている。
テンコの所有権はあくまで――『友達』に所有権が発生するかはともかくとして――植木耕助という少年にあるからだ。
決断しようとしている選択肢がどう転んでも、『植木と再会するまでは死ねない』という都合をかかえているテンコは巻き込めなかった。

そして二人は、決断する前に前提を確認していく。

「まず、さっきの音を出した侵入者は、まだ捕まってない。そして二人ともピンチになってるっぽい」
「うん、迎撃に成功してたなら余計な心配だけど、こんなに長い時間戻ってこないからには、ね」
「助けるとしたら、二人とも、だよね?」
「うん……襲ってきた側の人も止めたくはあるけど。まずは救出かな」
「七原さんも含めるのは、『輪の中』からハズしたくないから?」

肉じゃがを作っている時に持ち出された例え話を引っ張り出して、再確認する。

「それもあるよ。でも、それだけじゃなくて……思い出したことがあるから、かな」
「前世の話?」
「うん」

もはやレナの顔に、涙の跡はない。

「泣いてる人を泣き止ませたくて、手をのばしたことがあったの。
『私を信じて』って、それだけ伝えたかったのに言えなかった。
嘘みたいなお話だけど、苦しかったのも、悔しかったのも覚えてる。
だから私は、もう見逃していきたくない。誰かを一人にしたくない」

1907th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:38:11 ID:aJI1bJfw0
船見結衣は、レナのいう『前世』で何が起こったのかを知らない。
けれど、その言葉がまぎれもなくレナの内側から出てきた結論だということは伝わる。
だから、自分はどうなのだろうと顧みていた。

七原秋也には、冷水を浴びせるような言葉ばかりをかけられてきた。
むしろ、今でも腹ただしいヤツという認識さえある。
それでも。
竜宮レナの、一緒に休もうという申し出に頷いたことを覚えている。
船見結衣が謝ったときに、『気にしちゃいないよ』と言われたことを覚えている。
肉じゃがをかきこんで気絶した白井黒子に、毛布をかけてやっていたことを覚えている。
メイドの格好をした黒子をレナたちといっしょに弄りまわして、笑っていたことを覚えている。

そしてレナの推理から、知ってしまった。
あんなに頑なでひねくれた態度しか見せてこなかった七原秋也だって、最初は『一人でいたくない』と思っていた時期があったことを。

もし七原秋也が、『帰る』ための場所などないと思いつめているならば。
誰にだってあるはずの『帰る』場所がないというなら。

――あの革命家を助けようとする者は、いるのだろうか。

そんな自問を、船見結衣は声に出して自答する。

「わたしは……七原さんを助けたい」

頷いて、笑顔を見せ合い、想いをひとつにした。
起こるかもしれない惨劇を、回避するために。

「……って、決めたはいいけど、どうしよう」
「戦況が把握できてないのが、難しいところだよね」

現在、二人のいるフロアでは窓から外を見渡せない。
どうやら海洋生物の研究を中心とした一角だったらしく、ほとんどの部屋に大きな水槽と、シャッターのように固く閉ざされた雨戸があった。
戦闘音は、電柱でも倒れたかのような地響きが聞こえてきてからは届かない。

せっかく決意を固めたのに、これなら振り出しと同じだ。
焦れた思考は、殺し合いが始まったばかりの時を思い出していた。
秋瀬或と出会った時。まだ何も分からなかった時。

――せめて最後に一つ、アドバイスを送ろう。分らないときはまず手元を見るといい。

1917th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:39:46 ID:aJI1bJfw0
ぽわりと泡のように、そんな言葉が記憶から蘇った。

「分からない時は……まず、手元を見るんだよね」

視線は床に置かれた、支給品のディパックへと向く。
レナの荷物と、結衣の荷物と、黒子が残していったディパックもそこにある。
二人は立ち上がり、それを漁りに向かっていた。
どんな支給品が入っているかは情報交換で確認したけれど、それがこの局面で役に立つかは分からない。
それでもレナは、黒子のディパックからまずそれを引き当てていた。

それは、竜宮レナにとって、決意を思い出させる道具だ。
秋瀬或に尋ねられて答えた、竜宮レナの初心を。

「私は、私が正しいって思えることをしたい。誰かを助けたい」

そのボイスレコーダーは、『正義日記』と呼ばれていた。





悪魔は、七原を甚振りにかかっていた。

「ヒャッヒャッヒャッヒャッ! まーだ逃げるのかよ! 見えないのによくやるねぇ!」

目が見えないまま、それでも廊下を走り続ける七原へと、一方的に瓦礫のサーブを浴びせかけ、血を降らせていた。

「ちくしょ……どんだけ瓦礫の備蓄があるんだよっ……」

方向感覚さえつかめないまま、それでも記憶を頼りに裏口へと走り、背中に瓦礫が直撃して、前方に吹き飛ばされる。

(死んで、たまるかよ……!)

息を切らし、手をついて、立ち上がろうとしたところを石礫がその手に直撃する。
秋也はうめき声をあげて、再び伏した。
正確に狙いをつけてうちこんでいるとしか思えなかった。
悪魔は明らかに、秋也が倒れる様を見て楽しんでいる。

(悪趣味な野郎だぜ……無駄な嗜虐趣味が無かっただけ、桐山の方がまだマシかもな……クソ、痛ぇ)

1927th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:40:40 ID:aJI1bJfw0

鉄の弾丸でさえない石礫なのに、全身がショットガンでも叩き込まれたように痛かった。
血で湿った手をのばして這い、手探りで階段を見つけて、そこから一階へと転がるように落ちる。

(……そのおかげで、かろうじて生きてはいるけどな)

打ち付ける全身を背中のディパックでかばいながら、踊り場で停止。
もちろん、のんきに「これでちょっとは距離が開いた」と喜ぶわけにはいかなかったが。

「おいおい、自滅か? それとも何か? このまま出口まで逃げ切るつもりなワケ?」

段上から、嘲笑を含んだ問いかけが投げられる。
ああ、できればね。
七原はそう思ったが、代わりに挑発する言葉を吐いた。

「まっさか……俺は、そこまで非現実的なことを考えちゃいないよ。
死人が生き返るとかアホな夢を信じこんでる、どっかの誰かさんと違ってな」
「テメェ……今なんつった」

会話を続けさせて、声を聞き取ることで正確な位置取りを知るために。

「言葉どおりの意味さ。白井との話は聞かせてもらったぜ。
バカのひとつ覚えみたいに『返せ返せ返せ』って、おもちゃを取り上げられた餓鬼かっつーの。
あたたかいお家に帰れないって泣いてる迷子は、迷子らしくへたりこんでりゃいいんだよ」

ついでに冷静さでも奪えたりすれば、上々だ。
返せ返せ返せと、過去に向かって叫ぶしかできない亡者なんかに。
前を向いて歩み続けている『革命家』が、倒されたりしてはならない。

「おい『人間』…………黙れよ」

怒気を宿した声で、悪魔がコツリコツリと階段を降りてくる。
目が見えなくとも、声が、音が、ゆっくりと接近するのが分かる。
七原は起き上がる動作を装って、さりげなくディパックの肩紐を肩から外した。

「黙らないね。はっきり言ってやろうか。
テメーは弱い。こんなに無様に這いつくばってる俺なんかより、ずっと弱いんだ。
俺は帰る家がなくたって戦える。一人っきりになったって、戦えるんだからな」
「黙れよ!!」

1937th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:41:59 ID:aJI1bJfw0
口を動かしながら、手を動かす。床に手をつく振りをして、右手の指先をディパックに差し入れた。
コツリコツリと、足音は大きくなっている。
踊り場に到達するまでに、あと数段もないだろう。
だから、

「……だから、アイツらの無念を晴らすまで死ねないんだ!」

だから、仕掛ける。
ディパックから引っ張り出したスモークグレネードを、床に叩きつけた。

「何だぁっ!?」

煙は一瞬で充満して、踊り場を白く満たす。
七原にはその白煙が見えなかったけれど、同時に『相手も見えない』状態には持ち込めた。
そして七原は、悪魔がいるおよその位置を正しく認識している。

「終わりだ!!」

なればこそ、続けざまにレミントンM31RSを取り出して、引き金に指をかけたのだ。
レミントンは散弾銃であり、発射するのは弾丸のシャワー。
つまり、およその位置さえわかれば、こんなに近ければ、狙いをつけずとも命中する。

迷わず、ためらわずトリガーを引く。
レミントンM31RSが、吠えた。

破裂音と同時に、踊り場が硝煙で満たされる。

「どーだ……俺は、強い、だろ」

撃ち終わり、背中からどっと汗が噴き出す。
どくどくと鼓動を加速させたまま、悪魔がどさりと倒れる音を聞くために耳をすませた。



「誰が、強いって?」

1947th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:42:56 ID:aJI1bJfw0
声は、天井近くから降ってきた。
背中がぞわりと冷える。

上空から叩きつけるようにラケットが振り下ろされ、七原の肩をたやすく薙ぎ払った。

「ごっ……」

弾丸のシャワーを、真上に跳ばれて回避された。
七原がそう認識した頃には、もうその身は一階へと投げ出されている。
無重力が体に襲い掛かり、続けざまにゴロゴロと階段に全身を打ち付け、落下する。

「ぐっ……あ゛ぁっ」

どうして。
見えないのに、なぜ正確に把握できた。
問いかけずとも、そんな疑問を予測したのか。
悪魔は嘲笑い、声を張り上げる。



「見えなくたって……気配で分かるに決まってんだろうが!!」



視界が奪われていても、気配だけでボールを探り当ててプレイを可能とするテニスプレイヤーがいる。

もちろん、本来はごく一部の、極端な感覚に特化したプレイヤーでなければできないことだ。
しかし、こと『気配』という観点から言うならば。
悪魔のそれは、殺し合いで磨かれてきた。

手には凶器を持って、夜の荒野で支給品の灯りにも頼らずに獲物を探していたこと。
出会った人間は、凄惨に壊された死体か、放っておいても害をなす標的かのどちらかで。
つまり、彼にとっては恐怖や警戒を強いられるモノばかりだった。
人類への憎悪を芽生えさせてからは、『人間』の気配そのものに対して過敏になった。
ホームセンターで見せられた地獄の映像が、『人間』のありのままだと理解したからには、この世界では潰すか潰されるかの、どちらかしかない。
ならばいたるところに『地獄』が転がっているはずだと、全神経をはりつめていた。
ホテルを去ってからは実体を持たない『亡霊』の声を聴き続け、いもしない幻影を見逃すまいと視線をぎらつかせていた。
心の傷は悪魔の精神をひどく抉っていたけれど、限界まで神経を砥ぎ澄ませてもいた。

今の悪魔には、見えている。
七原秋也の姿を、はっきりと捉えている。

「俺より強い? 一人でも生きていける?
偉そうなこと、言ってんじゃねぇよ!!」

尽きることない礫の弾丸をディパックから取り出し、雨霰と七原に連打する。
七原の額が、背中が、膝が、えぐられ血に汚れていった。
血が流れていく。意識が飛びかける。

1957th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:44:04 ID:aJI1bJfw0
気を喪うまいとしている七原に、悪魔はその言葉を叫んでいた。



「『人間(テメェ)』がそんなこと、言える立場かよ!
殺し合いをやって、身内を殺してきたくせに!」



七原から、すべての思考が吹き飛んだ。

(ぇ……今、なんて?)

その悪魔は、言ったのだから。
七原秋也は、身内を死なせて、生き延びたのだと。

神視点を介入させるならば、それはただの言葉のアヤだった。
『黒の章』を見た悪魔にとって、『人間』とは皆ひと括りなのだから。
悪魔にとっては、真田弦一郎を殺した犯人も、白井黒子も、七原秋也も、対主催派もマーダーも、すべての『人間』が同類であり、仲間の仇でしかない。
『殺し合いをやった』というのも、現在進行形のゲームを指しているにすぎない。
『身内』だってクラスメイトではなく、今回のゲームの参加者という意味でしかない。
だからこれは、『真田副部長の仇が、ぬけぬけと生きていく宣言をしている』ことに対する怒りの発露でしかなく。

しかし、七原にそんなことが想像できるはずがない。

「殺しあえって命令されただけで、簡単に殺し合いに乗ったのは!
殺すつもりなんて無かったのに、襲いかかってきたのは!
仲間がすぐ近くにいたのに、見殺しにしやがったのは!
全部、全部、テメーらがやったことだろうが!!」

何故、知っている。
白井黒子の持っていたような支給品が、そうそう手に入るはずもないに。
どうして、知ったように語ることができる。
どうして、『簡単に殺し合いに乗った』なんて、クラスメイトを貶める。

(こいつ……もしかして、典子に会ったのか!?)

情報源になるとすれば、ともにプログラムの終わりを見届けた中川典子しかいなかった。
だから悪魔の言葉にだって、耳を傾けてしまう。
そして、悪魔は叫んだ。

七原秋也の矜持を、踏みにじる言葉を。

1967th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:44:52 ID:aJI1bJfw0



「テメーも! その仲間も! 平気で人を裏切るクズばっかりだ!!」



ブッツリと、『革命家』は理性が切れる音を聞いた。



それまで、どれほど宗屋ヒデヨシや白井黒子や竜宮レナたちから否定されても、
ヒデヨシや船見結衣から人の気持ちがわからないと罵倒されても、微塵も揺らがなかったのに。

答えは簡単。
それらの矛先はすべて『七原秋也』に向いていて、『クラスメイト』には向かなかったからだ。





「俺の仲間を、否定すんじゃねぇよ!!」





叫び返していた。
クールになることが、できなかった。
七原には、『革命』しか残されていないのだから。
クラスメイトの無念こそが『革命家』を形づくり、
死んでいった仲間たちの精一杯がんばった結果を無碍にしないことで、支えられていたのだから。

七原は、気づけない。
どうしてこれほどに、激情を抑えられないでいるのか。
たとえ世界中の人間から愚かだと言われても、仲間を誇りに思う気持ちは揺るがないというのに。
死んでいった者達に中傷を受けて、その痛みを持て余すことしかできない。

それは、たった一つのシンプルな理由であり、傷跡。
理想を信じられない七原に、だからこそ耐えられない現実があったということ。

もちろん、誰もいない喫煙所で『革命家』として叫んでいた決意に、一切の嘘偽りはなかった。
たんなる『表』と『裏』の話である。

1977th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:45:49 ID:aJI1bJfw0
慶時を無情に殺された怒りが。
三村達が知らない所で死んだ理不尽が。
川田が自分達を護って死んだ後悔が。
典子を護り切れなかった絶望が。
そのほかの、己自身を許さないために背負っているすべての重みが。
『痛みと向き合って決意したことであるがゆえに、しっかりと七原の一部になっていたもの』だとすれば。

これから述べることは、『目につかないほど小さな傷だったけれど、向き合ってこなかった』からこそ。
癒されない傷となって、本人も気づかないまま膿んでいたことだ。
それは革命家らしかぬ、考えるだけ停滞にしかならないことだったから。
後ろ向きで陰湿で、まったくクールではなく、ちっとも必要さを感じられず。
それでも吐き出してしまうなら、こういうこと。


◇  ◆  ◇  ◆  ◇


――前のプログラムは一回目の放送で少なくとも二桁は呼ばれたし、狂っちまったり、シラフのままに殺して回るクラスメートも少なくはなかった。

桐山にも言ったことだが、俺の知っている『殺し合い』ってのは、そういうものだった。

――私はこのゲームの主催者を殺さずに捕まえるべきだと思います。他者を害する者も含めて殺さずに然るべき所で裁かれるべきです

――そっか……よかったよぉ〜。結衣ちゃんが無事で。

――わ、私が撃たないって……そう、思ってるの……!?
――ちょっと違うかな。度胸がないとか、そういう話じゃないよ。
だって、私は『信じたい』。結衣ちゃんの事、友達だって思ってるから

そうだな。あんたらは正しくて、人を信じることができて、心がきれいだよ。
お前らみたいな連中ばかりなら、どんなに良かったかと思うさ。
でも、それはあくまで『理想論』だ。
俺がなりたかったもので、それでも、なろうとしちゃいけないものだ。
なれない方が当たり前。あんたらのやり方で万事が上手くいくはずがない。

俺は、『ハッピーエンド』を信じちゃいけない。
だって、さ。
そうじゃなかったら。


――みんなよく考えろ……俺たち、仲間だぞ! 殺し合いなんてできるわけないじゃないか!


――あいつがあんなやつだとは思わなかった。自分が生き残るためにみんなを殺そうとするなんてな。このゲームのルールなら俺も分かってるよ。だけど、本当にやる奴がいるなんて、俺は思わなかった。


――川田、誰かを信じるっていうのは――難しいな。
――そうだな。難しい。とても。

1987th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:47:47 ID:aJI1bJfw0

みんな仲間だと思っていたのに、蓋を開けてみれば『信じる』だけのことがあまりにも難しかったクラスメイトたちは。
桐山という殺人マシンが殺した数を例外として差し引いたって、とうてい『殺戮し合った』という結果はごまかせないあの死亡者は。
プログラムが起こるまでは、まぎれもなく七原秋也にとっての『日常』で、不良や非行少女はいたし、いじめられっ子もいたけれど、そこそこ良いクラスだったはずの仲間は。
七原秋也の、しあわせだった日常は。

川田が、『容赦なくやれ』と諭してくれたことを。
三村が、友人と合流できたにも関わらずに死んでしまった失敗を。
女の子たちが、ささいな誤解から疑心暗鬼に囚われて殺し合ったことを。
クラスメイトが、拡声器で呼びかける少女たちを誰も助けにいかなかったことを。

アイツらを、『間違ってた』なんて、言わないでくれよ。


◇  ◆  ◇  ◆  ◇


馬鹿げた発想だと、七原自身も否定するだろう。
『殺し合ったイコール愚かだった』なんてのは川田もがっかりすること間違いなしの短絡的発想だし、
そもそも国家がかりの『システム』として浸透していた『プログラム』と、見せしめの一人もいなかった今回のゲームでは初期条件から違いすぎて比較しようもない。
だからこそアホらしいやっかみだと無視して、意識することなんかできなかった。
それでも、たしかに傷だった。
なぜなら七原だって、最初は叫んでいたのだから。

信じられるはずだ、と。

1997th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:49:07 ID:aJI1bJfw0
話の途中ですが分割点となりましたので、前編の投下はここまでとなります。

後編の投下は、なるべく日付をまたがないうちにお届けしたいと思います。

200名無しさん:2014/05/14(水) 02:23:27 ID:Z3dZ5mfE0
いったん投下乙です

こんなところで投下をわけるなんて酷すぎる!
早く続きを読ませてくれっ!

あと赤也がマーダーだったことちょっと忘れてた

201名無しさん:2014/05/14(水) 20:24:57 ID:M/qq.xno0
投下乙です

感想は後編も読んでまとめて出すよ

2027th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 22:59:21 ID:xbfq8oaU0
お待たせしてすみません
それでは、後編を投下します

2037th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:01:19 ID:xbfq8oaU0
馬鹿げた発想だと、七原自身も否定するだろう。
『殺し合ったイコール愚かだった』なんてのは川田もがっかりすること間違いなしの短絡的発想だし、
そもそも国家がかりの『システム』として浸透していた『プログラム』と、見せしめの一人もいなかった今回のゲームでは初期条件から違いすぎて比較しようもない。
だからこそアホらしいやっかみだと無視して、意識することなんかできなかった。
それでも、たしかに傷だった。
なぜなら七原だって、最初は叫んでいたのだから。

信じられるはずだ、と。

だから、らしくもない悲鳴じみた叫びをあげる。

「川田は最期に『お互いを信じろ』って言った!
典子は、あんな殺し合いの真っ最中だってのに、最初から俺のことを信じてくれた!
よく知りもしないで、人の思い出に踏み込んでんじゃねぇよ!!」

階段を転がった時に落ちていたグロックを拾い上げ、見えないまま闇雲に発砲する。
しかしガキンと甲高い金属音が響いて、銃弾が銛に弾かれたことを知った。

「嘘ついてんじゃねーよ! 信じろとか言っておいて、テメーはさっきの女を囮に使ってたじゃねーかよ!」

サーブが唸る音が聞こえて、脇腹に刺さった瓦礫がまた秋也を転がす。
全身が軋むような痛みに唸りながらも、秋也は叫んでいた。

「俺のことはいいんだよ! 俺が弱くて、みんなを救えなかっただけだから!!
でも、あいつらのことは汚すなよ! 川田も典子も大木も委員長も榊も! 
俺の手が届いてたら、ちゃんと救えてたんだから!」

痛い。
痛い。
痛い。
喪ったのに、国家を憎むことさえ許されないなんて、許せない。
罪深いのは、仲間たちじゃない。不条理がまかりとおる世界の方だと。
そんな呪詛を、となえていたかったのに。

2047th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:03:07 ID:xbfq8oaU0

「どうせお前なんか、友達が何人か死んだってだけだろ!
元の世界に帰ったら、クラスメイトだって家族だって生きてんだろ!
俺には何もないんだよ! 誰も『おかえり』なんて言ったりしない!
それなのに俺から『復讐』まで取り上げようってのかよ!」
「開き直ってんじゃねぇよ! 家族は残ってたって、副部長はもういねぇんだよ!
それでまた元通りにテニスなんかできるわけねぇだろが!」

今度は直接的に、ラケットで殴りつけられた。
激痛でぼんやりとしていた意識が、異なる激痛によって強制的に覚醒される。

「あぁ――もういいよ。お前」

ぽつりと、興ざめしたとでも言いたげに、悪魔はこぼした。
カラリと床をこする金属音がする。
それは敵がふたたび、ラケットではなく銛を手にしたということだった。

「そんなに弱いなら、強い俺に、負けて死んどけ」

すぐ頭上には、もう悪魔が立っている。
見えない視界に、銛が振り上げられる光景が描かれる。

畜生、とまた呻いた。
自分に世界を変える力なんてないかもしれないことぐらい、知っていた。
けれど、だからって、せめて『革命家』として散らせてくれてもよかったんじゃないか、神様?

2057th Direction  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:04:33 ID:xbfq8oaU0



「秋也くんを殺さないでっ!!」



――詩ぃちゃんを殺さないでっ!!

どこかで聞いた声と同じ声を、聴いた。

ギン、と金属を打突する音が、悪魔よりもさらに背後の方向から刺さる。
おそらくは、金属に金属をぶつけて、銛を食い止める動き。
その『金属』とは、もしかすると研究所での対面時に持っていたシャベルかもしれない。

「んぁあ゛!? 何だテメーのその格好は!」

霞んだ意識の知覚に、悪魔の苛立った声と、金属武器の打ち合う音が届く。
それはしきりと悪魔が持つ銛を攻撃し、七原に刺さるはずだったそれを食い止めようとする小刻みな刺突音だった。

動かない体に力をこめて、七原は制止の声をあげようとする。
おい、ちょっと待て。
アンタがそいつを相手にするのは、いくら何でも無茶だ。

しかし声になる前に、七原を抱き上げるもう一人がいた。

「今のうち」

こちらもまた、聞き覚えのある少女の声。
しかし、優しく七原を持ち上げる両腕は、ゴリラのようにごわごわとした感触だった。
何だこれは、と疑問を出そうとして、思い出す。
真希波とかいう少女を獣のようにさせていた、謎の変身するアイテムのことを。
あれを食べた真希波が、人間離れした腕力で彼女たちを抱えて逃げたことを。

「テメェ……! 獲物を仕留めようって時に、邪魔してんじゃねぇよ!」
「そんなことを言わないで、まずは私に付き合ってほしいかな、かな」
「知るか! 化物の格好のくせに、女みたいな声だしやがって気持ちわりい……」

金属同士が軋む、鍔競り合いのような音。
そして男と少女の口論を背後に聞きながら、七原は抱えられたまま遠ざかる。
口論の内容から、七原は戦っている方の少女――レナもまた、同じドーピングをしているらしいと悟る。
だが、しかし。
この状況は。

2067th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:05:56 ID:xbfq8oaU0
「おい、やめろよ。降ろせ……って」
「降ろしてる暇なんかないよっ。すぐに黒子の方も回収しなきゃいけないんだから」

七原はほっておけと頼んだ。
死にたくはなかったけれど、よりによってレナと結衣に助けらるのも惨めが過ぎる。
まるで、己の弱さをどこまでも思い知らされるかのようで。

「だいたい、降ろして死なれた方が、迷惑だっ。私だって、言いたいことは、たくさん、残ってるんだから!」
「降ろした方が、身軽に、動けるだろーが……どうせ、いい気味だと思ってんだろ?」

ゴリラのような生き物にお姫様抱っこされて、必死に非常口へと向かうシチュエーション。
絵にならないことこの上ない、そんな二人は互いに息を切らせて話している。

「そんなわけあるか! 見下してる相手を、命がけで助けるわけ、ないだろ!」

ぎゅっと、七原を抱える腕に力がこもった。

「悪いけど、だいたいの、話は聴いた。『正義日記』の、予知に、出てきたから」
「ぇ…………」
「ナーバスになってるみたいだけど……これだけは、言っておく」

非情口となる扉をあけて、すこしだけ呼吸を整えて。
ちょっとだけ怒ったような声で、船見結衣は言った。

「誰も一緒にいてくれないなんてこと、絶対にない。
自分の知ってる人たちはいい人達だったってことを、あんなに必死に叫べるのに
――どうして戻った世界では、誰も迎えてくれないなんて言うんだよ」





「なんだお前。テニスの技がまったく効かねぇのかよ」
「石ころで人を傷つけるのは、テニスって言えないんじゃないかな」

レナたちの元に残っていた奇美団子は、それぞれに残り2つずつ。
そして、より多くの団子を口にすればするほど、変身した後の身体能力と体の頑丈さは強くなるらしい。
説明書によれば、本来は『自分が受けたダメージを記憶して癒す』という特殊な体質の人が使っていた薬なのだそうだ。
しかしレナたちにはそんな能力など無かったので……結果として『変身を重ねるごとに、徐々に体が頑丈になる』という程度にとどまっている。

2077th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:07:10 ID:xbfq8oaU0

「たかだか石ころをぶつける攻撃なんて、ちっとも痛くないよ。
むしろ、命懸けの決闘に、飛び道具を使うなんて無粋じゃないのかな。かな」

だから竜宮レナは、そのお団子を2個食べた。
おかげで体中には突起のような羽毛が生えて、これはこれで『かぁいい』けれど、ちょっと圭一くんには見せられないような姿になっている。
でも、格好なんかに頓着していられない。
普通に立ち向かってしまえば『DEAD END』が待ち受けていることを、正義日記から教わっている。
運命を超える奇跡を起こすには、それなりのものを払わなければいけない。

「ハッ。決闘って言ったな。つまり、負けた方は勝った方に好きにされるってことだよな」

しかし、防御力を手に入れたからといって、安心することはできない。
真希波が変身していた時間はおよそ数分。あの時は丸ごと食べなかったから効き目が短かったのだとしても、十数分以上は持たないと覚悟していた方がいい。
それまでに決着を付けなければ、この悪魔の餌食となるだろう。

「だったら、これからテメーには赤く染まってもらおうじゃねぇか。どうせ俺が勝つんだからな!」
「いいよ。勝った方が正義なんだよね。私はそのルールでぜんぜん構わない。
だって『部活動』っていうのは、そういうものだからね!!」

相手は凶暴で、まるで鬼が目の前にいるみたいで、言葉が通じる感じもしない。
しかし、逃げるなんて選択肢はあるわけない。
『正義日記』とは、『守るべきもの』のことを知るための日記だから。
予知によれば白井黒子たちは瀕死の状態で、治療をするための時間が必要になっている。
それに雛見沢の『部活』メンバーの会則に、敵前逃亡はあり得ない。

「分かってんじゃねぇか! 勝ったヤツだけが最後に笑える!
俺はテメーらをぶっ殺して、先輩たちを生き返らせるんだよ!」

勝った者にはご褒美を、負けた者には罰ゲームを。
さぁ、始めよう。
『覚えている気がする別の世界』で、前原圭一が、竜宮レナに教えてくれたように。
再演しよう。
竜宮レナの、がんばり物語。

2087th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:08:58 ID:xbfq8oaU0

踏み込んだのは、同時だった。
少年はテニスラケットの代わりに不慣れな銛を振り回し、
少女は持ち歩いている鉈の代わりに、不格好なスコップを振りかざす。

ガッキンと、不格好な剣戟が、異常なほどの腕力で火花を散らした。
悪魔化によって強化された身体能力と、奇美団子による異常腕力がつばぜり合いを演出する。

「舐めんなよ! こちとら素振りを何千回もやってんだからな!」

さながらインパクトの瞬間にラケット面を傾けるような仕草で手首をひねり、つばぜり合いをするりと外す。
続く動きで、ねじり込むように銛を押し込む。銛の先端がレナの頬をかすめた。
『魔雉の装』によって強化された皮膚に血が飛び散ることはなかったが、それでも皮膚が薄く切れて、擦過は残る。
『傷つきにくい』と言っても、本来の使い手が口にした場合の防御力とは比較にならない。
石ころによる打撲には耐えられても、心臓に銛を串刺しされたりすればどうしようもないだろう。

「でも、させないよ!」

まるで鉈でも振り回すかのように、レナがスコップを横に払った。
それはスコップの面で叩くのではなく、傾けたスコップを刃として斬りつける動きだ。
ガァン、と音をたてて銛はその直撃を受け、横に払われる。

互いにできた隙を庇うように、両者は互いを蹴り合って距離を置いた。

「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ! なんだよその固い羽毛みたいなのは!
俺なんかより、お前の格好の方がよっぽど化物じゃねぇか!!」
「あっはははははははははははははははははははははは!! あははははははははは!
そっちこそ、『生き返る』って言われてあっさり信じ込むなんて、頭は大丈夫かな?
今どき、サンタさんを信じてる幼児だってゾンビやキョンシーなんか信じたりしないよ!
もしかして首が痒くて痒くて我慢できないような、おかしな病気にでもかかったんじゃないの!?」

お互いに、血が上っているせいで奇妙なほどハイになっていて。
それはまるで、どこかの世界で竜宮レナが経験した『決闘』を思わせて。

2097th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:11:05 ID:xbfq8oaU0
だから、レナにも信じることができた。
まだ相手のことをよく知らないけれど、それでも通じない言葉なんてないはずだと。

なぜなら二人は、いずれも『勝ち』を目指しているのだから。





「はぁ…………テンコのおかげかな」

銛が胴体を貫通したボロボロの黒子を見たときは、生きた心地がしなかったけれど。
テンコから、海洋研究所を犬と一緒に探検した報告を聞いていたことが幸いした。

資材置き場を探している時に、曰くありげな『宝物』と書かれた箱を見つけたのだという。
その中に入っていたのは、とても便利らしい支給品と、その説明書で。

『束呪縄』と書かれた茨みたいな形のロープは、黒子たちの体に巻き付けると、バチバチと怪しげな火花を発し始めた。
かえって不安になるような見た目だったけれど『正義日記』によれば間違いなく治癒の効果はあるらしい。

気を喪ったまま治療される二人を見ていると、どっと力が抜けそうになったけれど。
それでも結衣には、まだ立ち上がる理由があった。

「レナを……助けにいかなきゃ」

残された奇美団子はたったの1個。
心もとないし、足でまといになるかもしれないけれど、黙って待っていることはできない。
レナは『DEAD END』という困難な壁に、挑んでいるのだから。

「あ……武器、どうしよう」

黒子と七原を資材置き場まで運び込むのに必死で、黒子を刺していた銛は置いてきてしまっていた。
手元には拳銃があったけれど、扱えるかは心もとない。
こうなったら何でもいいと、黒子のディパックを探り始めた時のことだ。

持ち込んでいた『正義日記』に、ノイズのような雑音が混じったのは。




2107th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:12:47 ID:xbfq8oaU0


「さすがだね……立てないや」
「ハッ……やっぱり、勝つのは俺だったじゃねぇか」

変身は、解けていた。
足が疲労でガクガクと震え、レナは床へと膝をつく。
そんなちっぽけな姿を、悪魔が見下ろしていた。

力は、レナの方が勝っていた。単純なスピードでも、奇美団子の力が上回っていた。
しかし、攻撃を見切る反応速度や、単純な小回りでは悪魔の方に分があった。
それだけは身体能力を底上げしただけでは追いつけないもので。
だから持久戦に持ち込まれることを、防げなかった。

「うん、強いんだね……それ、テニスで鍛えたの?」
「あったりまえじゃねえか。俺の目標にしてる先輩たちなんかは、もっとすげぇんだぜ」

息を切らせながらの会話は、これから片方が殺されるとは見えないほどに、穏やかなもので。
いつもの悪魔がそうしているような、徹底的に破壊する攻撃の嵐は収まっていた
それは相手が勝利の余韻に浸っていたこともあるが、何より双方ともが疲労していたからだ。
来ていたユニフォームは雨にでも打たれたような汗でぐっしょりと濡れそぼり、
その疲労をも心地よく感じるかのように、目を細めている。

そんな悪魔へと、レナは問いかける。

「レナと戦って……楽しかった?」
「何言ってんだよ? 『人間』を潰すのが、楽しくないわけねぇじゃねえか」
「そうじゃないよ。『楽しい』っていうのは、それだけじゃないんだよ」

レナは首を振った。
殺されようとしているのに、心は静かだった。
そこにいる悪魔に対して、確信が得られてきたのだから。
対等の、中学生同士だということを。

「『テニス』のことが、好きだったんだよね。だったら貴方は、知ってるはずだよ。
お互いに相手を讃え合ったりする時とか。いつまでもいつまでも、このゲームが続けばいいのにって思ったこととか。」

知っている。
レナだって、同じ気持ちを知っている。
かつての日常で、そうやって競い合ってきたのだから。
スポーツの公式大会じゃなくて、水鉄砲を打ち合うような、たわいないゲームだったけれど。
いつまでもいつまでもこの時間が続けばいいと、そう思える対戦相手がすぐ隣にいたのだから。
胸をはって、幸せだと言い切れた。

2117th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:13:50 ID:xbfq8oaU0

悪魔が、くしゃりと顔を歪める。

「なんだよ……テメーも思い出させるのかよ。もう戻れないもんをチラつかせてんじゃねぇよ! 皆殺しにしなきゃ、俺はどこにもいけねぇんだよ!!」

「嘘だっ!!」

怒声だけで、銛を振り下ろす動きを食い止める。
怖いけれど、ためらいはない。
竜宮レナには、嘘をついている人が分かるのだから。

「もう笑えないなんて嘘だよ! だって、私と戦った時の顔には、ちょっとだけ『楽しい』って気持ちが見えたから!
あなたは知ってるはずだ! どんなに汚いものを見ても、楽しかった時間に嘘はないってことを!」

いつまでもいつまでも続けばいいと”願う”ような時間は、手をのばしさえすれば取り戻せる。
そのことを、ぼんやりとしか思い出せないどこかの世界で、教えてもらった。
ガクガクと震える足に、力をこめて立ち上がる。

「あなたにとって、その『楽しいこと』は、悲しいことがあったら、全部の価値がなくなっちゃうものなの!?
私は楽しかったよ! 怖かったけど、死にたくなかったけど……それでも、一瞬だけ『殺し合ってる』んじゃなくて、『戦ってる』んだって思えたから!」

悪魔は顔を歪めたままだった。
レナの問いかけを、言葉でも暴力でも否定できないでいる。
なぜなら竜宮レナは『楽しもう』と言っているのだから。
『人間は醜くない』と主張すれば、いや醜いと反論もできるだろう。
お前は間違っていると言われたら、いや正しいと反抗もしただろう。
けれど、『楽しい方がいいはずだ』と言われて『楽しくない方がいい』と答えるほどに……その少年は、好きなことを嫌いになれない。

だから、信じられないと乾いた笑みを浮かべる。

「なんだよそれ……俺は今だって、やり直したくて仕方ないんだぜ。
そんな都合のいい話が、あってもいいのかよ」
「いいんじゃないかな。お手軽な方法で幸せになれるなら、それがいいに決まってるよ」

2127th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:14:55 ID:xbfq8oaU0

私を信じてと、手をのばす。
いつかの世界で、どこかの選択肢で、ずっとそうしてきたように。
負けたからといって、何もかも奪われることはないのだと、それを証明するために。

「私は、みぃちゃんや圭一くんの――ここにはいない仲間の分まで、みんなを盛り上げていかなきゃいけない。
だから、あなたとも一緒に楽しいことをしていきたいな」

手を取ることを逡巡する相手の背中を押すために、さらに一声。
恐れなくていいのだと示すように、相手に一歩を近づいて。

それが、過ちになった。





『圭一くん』と、悪魔は聞いた。



…………ケイイチくん?

2137th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:16:06 ID:xbfq8oaU0
それは、裏切り者のことだ。
思えば、あいつに逃げられたことからすべてが始まって。
悲しくて、虚しくて歩いていたら、あの醜い『人間』たちを見せられて。

思い出す。
今までに起こったことを、思い出す。

楽しかったという高揚が、冷却される。
よく分からないけれど、こいつは『前原圭一』の仲間で。
前原圭一は、自分のことを見捨てた人間で。
そいつは、私を信じればいいのだと、お手軽な救済策を垂らしていて。
だから。
こいつの言うことは。



「嘘つきめ」



考えるよりも先に、嫌悪とも警戒心ともつかない恐れが、銛を突き刺していた。

「あっ」と、目を丸くしたレナが、純粋に驚いたような声をあげて。
そして彼女は、己の腹部に視線を落とす。
脇腹に深く突き刺された銛が、引き抜かれ。
そこから決壊した水道管のように、鮮やかな赤い水が吹き出した。

驚きに固まったレナが、そのまま立ちあがる力をうしなって床に崩れ、
その結果を見て、悪魔が一瞬の間だけ、これで良かったのかと迷いをみせる。
その後悔を振り切るように、ふたたび銛を振りかざして。


「レナから……離れろっ!」

七原秋也を連れ去った猿人が、少女の声を出して飛びかかってきた。

ぶるん、と。
両手に握った鉄の棒で、ぎこちなくも力強く、殴りつける動きをする。

「おぉっと」

新たな敵が現れたことで、悪魔はいくぶんか好戦的な気持ちを取り戻す。
眼前で振るわれた鉄の棒を、余裕さえ感じさせる感嘆詞でもって受け止め、飛び退いてかわす。
解放された竜宮レナが、猿人の少女と悪魔の真ん中の位置で、よろよろと膝をついた。

「結衣、ちゃん……?」
「私がこいつの相手をするから。レナは束呪縄のところまでがんばって」

悪魔はその言葉に、苛立ちを覚えた。
こっちは一人でみんなの相手をしているのに、そいつらから『私たちにはこんなに仲間がいるんだ』と言われているようで。
一人になることを選んだ、ついさっきの選択が間違いだったと言われているようで。

2147th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:17:12 ID:xbfq8oaU0

こうなれば、すべての手を払い除け、すべての『信じて』を裏切ろう。
そう決めて、目視で新手との距離感を測り直そうとして。



新手が構えていた、『鉄の棒』へと、意識が向いた。



「………………………おい、待てよ」

その鉄の棒は、ただの棒ではなかった。
布切れが、房飾りのついた紐で括られて垂れ下がっていた。
つまりそれは、旗だった。

旗に書かれている絵が見えた。
悪趣味だ。
悪魔はそう思った。

よりによって、今この時に、そんなものを見せるなんて。
ひょっとしてこいつも、『亡霊』の同類かもしれない。
真田副部長や手塚国光や跡部景吾の姿をした『あいつら』が『あれ』をちらつかせてきたように。
『それ』を見せ付けられることは、苦痛でしかないのだから。

それは中学テニス部全国大会の、団体戦優勝旗。

過去に立海大附属中テニス部が二度も勝ち取り、
そして、今年の夏に三度目の持ち帰りを果たす予定で、
しかし、青春学園テニス部に譲ることになってしまった、目標だったもの。

振り回された余韻で、ひらひらと揺れていた。



「テメェなんかが……それに触ってんじゃねぇよ!!」



そいつを潰さなければと、決めた。
新手より先に、竜宮レナに止めをさすべきだという考えすら回らない。

ただ、それをチラつかせていることが、どうしても許せずに。
怒れる悪魔に、変化した少女はくるりと背を向けた。

怒気にまみれた声から、時間を稼ぐ最良の方法は、逃げ延びることだと悟ったらしい。
そして時間稼ぎだと気づいていながら、旗を奪い返すためだけに、悪魔は追いかけて走り出す。

悪魔の殺戮は、追いかけっこへともつれこんだ。

2157th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:18:18 ID:xbfq8oaU0





七原さんを救けたい。
決意は本物だったけれど、どうすれば救けられるのか。
分からないまま七原さんに言葉をぶつけて、今だって分からないまま動いている。

だって、『救い』なんて考える必要がないくらい、平和なところで暮らしてきたのだから。
最初から救われている世界……なんて言い方は大げさだけれど、不満なんて見当たらなかった。
お腹がすいたらお菓子を食べて、続きが気になったらゲームをして。
一人がさびしかったら皆を招待する。
曖昧、見えない未来の世界。
みんなそれぞれ、でもくっついちゃう。
なんかちょうどいい、そんな毎日。

でも。
誰かを喪ってしまうことが不安で、自分が消えてしまうことが怖い。
そんな世界に連れてこられて、わたしにも思うことはできた。
昔からの友達と、今の友達のこと。



――ねえ結衣。ごめんね、泊めてもらって。迷惑じゃない?
――え……ううん。
――そか。……結衣は強そうだけど、ほんとは寂しがり屋さんだから。
――えっ……そんなこと、ないよ。
――あはは、ほんとかよー。ねえ、またちょくちょく来てもいい?
――……しょうがないな、京子は。



あの時の私は、もしかしたら京子の存在に救われていて。



――そうだよね、ごらく部だもんね! 四人そろってこそのごらく部だもんね!
――……? うん……
――誓約書でもつくるか。他の部に浮気した人にはラムレーズン一年分ね。
――それはお前が食べたいだけだろ。……大体誓約書なんかなくても、みんなどこへも行かないよ。
――へへっ。



あの時の私は、きっとごらく部の存在に救われていて。

2167th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:19:27 ID:xbfq8oaU0



――大丈夫だよ、なんかごめん。
――それは嘘だよ。
――隠さなくたっていいんだよ、結衣ちゃん。
――怖いのは仕方ないんだよ。レナだって怖い。何時死ぬかわかんないんだもん。怖いに決まってる。
――だけど、ううん。こういう時だからこそ、『仲間』――『友達』に話さないで、一人で耐えるのは、強さじゃないんだよ。



あの時の私は、間違いなくレナの存在に救われていて。



だから、もしかしたら。
『救われる』っていうのは『どんな時でも一人じゃない』ってことかなぁと、思ったりもする。





鬼ごっこは、長く続かなかった。

長くない時間だったけれど、船見結衣にとってはとても怖い時間だった。
後ろから化物みたいな哄笑をあげて追いかけてくる悪魔は怖かったし。
強化された脚力で走っているのに、相手が足元に石ころをぶつけてくるものだから、転ばされるのが怖かったし。
だんだんと変身がとけてきた時に、生身の体であの攻撃が当たったらと想像するのは、さらに怖かったし。

最初にこぶし大の石が膝裏を直撃してから、瀕死になるまでボコボコにされたのは、もう怖いなんてものじゃなかった。

……それでも、海洋研究所から脱出してだいぶ走れたのだから、がんばった方かなと結衣は自分を讃える。
それはすなわち、レナたちのいないところで、一人きりで死んでしまうことを意味しているのだけれど。

死ぬことを、理解した。
死にたくなんて、なかったけれど。
それでも、こんなに手のひらがベトベトになるほどの血が頭から流れているのに、無事でいられるほど船見結衣は人間離れしていない。
頭からぐわんぐわんと変な音がして、身を起こそうとすれば猛烈な吐き気もする。

2177th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:20:34 ID:xbfq8oaU0

それなのに。
とどめとなる一撃は、なかなか振ってこなかった。
不思議がって、そろそろと瞼を持ち上げる。

仰向けになった視界には、夕日を逆光にした悪魔がいた。
輪郭は陽の陰りですこしぼやけているけれど、それでもその顔ぐらいは判別できる。

表情には歯ぎしりがあり、眼光には充血があり。
眉には、苦悶があった。

ぼんやりした思考をどうにか回して、どうしてだろうと考える。
そして、もしかして自分の体の上に、覆いかぶさるように『旗』があるせいかもと閃いた。
これを取り返すために追ってきたなら取り上げればいいし、
これを見ることが気いらないなら奪って引き裂けばいいのに、
苦悶する相手がどちらも選んでいないからだ。
喉は枯れているけれど、声はまだ出る。
だから結衣は、自分を殺す相手に向かって質問していた。

「これ……取り返して、どうするの?」

逆ギレでとどめを刺されるかなと思ったけれど、相手は答えてくれた。
捨て台詞のように。

「――捨てるさ」

苦々しげな声。
不自然に吊り上がった口元。
デジャヴがあった。
誰かと重なる表情。どこかで触れた感情。
そもそもこいつはなんで怒ったんだろうとか、どうして殺そうとしてるんだろうとか。
とりとめない疑問が湧き上がって、そう言えば『やり直すために七原を殺そうとしている』とか正義日記に書かれていたっけと思い出す。

そして、理解した。

(なんだ…………同じか)

つまり、放送後の船見結衣が選ぼうとして選べなかったことを、こいつは選んだ。
竜宮レナがいなければ歩いていた道を、こいつは歩いてきたらしい。

2187th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:21:50 ID:xbfq8oaU0

今さらながら、酷いことをしようとしたんだと思い知る。
だって殺される側に回るというのは、こんなにも痛いのだから。

(レナを殺さなくて、良かった)

そして、だからこそ、こう思ったのだ。

「辛いよね」

もしかしたら、レナを撃とうとして撃てなかった時に、結衣はこいつのような表情をしていたかもしれない。
レナを傷つけた憎い仇であることには違いないんだけど。
運よくレナは無事……ではなかったけれど、助けに入った時点では、まだ死なずに済んでいるわけだし。
だから、ちょっとぐらい言葉をかけても、レナだって怒らないだろう。

「辛くなんか、ねぇよ。俺は『悪魔』だからな」
「もしかして、……『ヒトゴロシの自分』なんて、仲間も喜んでくれない……とか、思ってる?」

自分で言ってて、これはさすがにキレられるかな、と思った。
でも相手は、何も言わなかった。
それだけ、恐ろしいのかもしれない。
こいつの場合は七原さんや黒子やレナを瀕死にして、自分も死にそうになっていて、つまり『一線を超えてしまった』のだから。

「死んだヤツは、何も言ってこねぇよ。
さっきからずっと亡霊みたいなのに文句言われてるけど、アイツらは偽物だ」
「そっか……いいなぁ」
「あ゛ぁ?」

羨ましがる声を出すと、見るからに不機嫌そうにされた。
こんな状況なのに、ちょっとだけおかしかった。

「私はさ……本当は、私に『嫌いだ』って言う京子でもいいから、会いたいと思ったよ」
「…………」
「でもさ……私のところには、亡霊、来なかったんだ。私が、殺し合いに、乗らなかったからかなぁ?」
「今からでも俺を殺しにくればいいじゃねーか。見たくもないものが見えるぜ?」
「んー……やっぱいい。だって、偽物なんだろ?」

2197th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:22:55 ID:xbfq8oaU0
なんで、自分を死の淵においつめている男とペラペラお喋りしているんだろう。
むしろ、私が死にかけていて、相手だって連戦で疲れきっているからこそ成立した猶予なんだけれど。
それに、死んでしまうのはこんなに怖いんだ。
この上、誰もそばにいられないなんて耐えられない。
べつにこの際、自分を殺す男だっていいや……なんて、もしかしておかしいことなのかな。
頭が痛くてぐるぐるしているから、考えることに自信がない。

「レナには、ああ言ったけど……ごらく部のみんななら、最終的には、許してくれそうな、気がするんだよな。
そりゃ、すごく気まずくなるだろうけど、『結衣ちゃん嫌い』ってのは、無いと思う」
「おめでたい連中だな。うちの副部長なら、グラウンド一万周したって許してくれねぇよ」
「でも……責任感じて、『死んでごめん』ぐらいは、言ってくれるだろ? 『本物』の、仲間なら」
「……死んだヤツは、何も言わねぇ。どこにもいねぇよ」
「えー。夢ぐらい、みさせてほしいな……」

実は、七原さんが気を喪う前に、もうひとつだけ言っていた。
『お前にはまだクラスメイトも家族もいる』ってセリフが、そこそこムカついたから。

――ごらく部を、舐めんなよ。京子とあかりが欠けてるごらく部が、『元の日常』になるはずないだろ。

分かりきったことだ。
それでも彼女は、『元の日常に帰る』という黒子やレナの言葉に、頷いていた。

――それでも私は、『帰る』よ。アイツらに追いつく方法は、やり直すことだけじゃないって、信じたいから。

そう。
船見結衣は、自分が信じたいものを、信じる。

「別に、私は天国とかあの世とか……信じてないし、幽霊も……それっぽい心霊体験したことならあるけど、信じてないし。
でも……夢枕にたってくれたりとかさ、また、四人で遊んで、お泊り会して、大騒ぎする夢を見たりとか……それぐらいなら、あってもいいかなって」
「どれも夢じゃねーか。結局、目が覚めたら消えるだろ」
「でも、夢を見た記憶は残るよ……それで目が覚めたら、ちょっとだけ泣いて、今日も一日がんばるぞって……天国でも夢でも、なんでもいい……どっかにいるって……励ましてくれるって、思いたいじゃないか」
「励ましなんかくれるもんかよ! 俺は『悪魔』だつってんだろ!」

バカのひとつ覚えのように、また『悪魔』だと言う。
その言葉を聞いて、気がついた。
いつの間にか、この少年が怖くなくなっていることに。
死ぬのは怖いけれど、こいつは怖くないということに。

だったら。
痛いけど、苦しいけど、がんばるのは辛いけど。
霞みそうな意識をがんばって堪え、だらりと垂れていた指先に、力をこめる。

もうちょっとだけ、真剣さぐらい、見せてみよう。

2207th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:23:40 ID:xbfq8oaU0
起き上がりたかったけれど、それが叶わないから手が届く位置にある銛の先端をつかむ。
くい、と引っ張れば、そいつはあっさりと引っ張られてしゃがんだ。
だから結衣は、その少年の手を掴むことができた。



「悪魔じゃ、ないよ」



証明しよう。
お前は、悪魔なんかじゃない。



「だってお前は、もう一人の『人間(わたし)』なんだから」



『お前(わたし)』と『私達(わたし)』の違いなんて、たった一つだけ。
竜宮レナに、会えなかったこと。
白井黒子に、会えなかったこと。
七原秋也に、会えなかったこと。
1人、だったこと。



「『人間』のことを、信じてくれなくていい。
レナのことも、わたしのことも、信じてくれなくていい。
天国も、あの世も、『亡霊』なんか、信じなくったっていい。
……大切な人、が、『どっか』にいるって、それだけ、信じて、くれても、いいん、じゃ、ないかなっ」


ここではない、どこかに。
歩いていけないけれど、繋がっているどこかに。

「そしたら……『明日』、にも……期待…………持てる、だろ」

握った手は、汗ばんでいた。
体温があることを、確かめる。
やっぱりこいつは、人間だ。

2217th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:24:43 ID:xbfq8oaU0
本当は、レナたちのことだって信じてほしいけれど。
それを教えてやる時間は、もらえそうにないから。
せめて、『帰る場所がない』なんてこと絶対にないって、伝えたい。
時間がないと言えば、七原さんにだって結局、言えないことがたくさんあった。
せめて黒子やレナが、代わりに言ってくれるといい。
人より苦労している分だけ物を知っているんだと自己完結したひねくれ者の先輩に、言いたいことを言ってやれ。

言いたいこと。
ろれつだって回っているか怪しいし、声に伴う呼吸がヒィヒィと掠れて痛い。
でも、せめて、あと一言ぐらいはがんばろう。

「じぶんを、しんじて」

どうにか、噛まずに言えた。





「おい」

まだ体温が残る手を、『切原赤也』は握り返す。
ぬくもりを与えてくれた、名も知らぬ少女へと呼びかける。

「なぁ、起きろよ」

すがるように呼びかけて、呼び止めて。
しかし、その安らかな顔へと怒鳴りつけることはできない。
ほかならぬ自分自身が、その命を摘みとってしまったのだから。

「起きて、くれよぉ……」

研究所に仕留めそこねた獲物がいることさえ、すでに意識から抜け落ちていて。
ただ、もうひとりの『人間(じぶん)』を喪った痛みに、身を折った。
のばしたその手は、たしかに届いていて。
しかし触れ合った直後に、掴みそこねて引き離される。

遺体にかかっていた旗が風でそよめいた。
半ば引き剥がされるようにパタパタとなびく。
その動きを目で追った悪魔は、視線を向けた先に別の発見をした。

「え…………」

2227th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:27:26 ID:xbfq8oaU0
その土地には、クレーターのような凹みがいくつも穿たれていた。
巨大な大砲がいくつも打ち込まれたかのような地面の中心部に、一人の人間が横たわっていた。

その旗の、正統なる所有者が。





「………………手塚、さん」



そして、しばらくの時間が流れた後。
その現場には、死んだ者だけが残された。
置き去りにされてきた2つの死体は丁寧にならべられ、旗の形をした一枚布で覆われていた。
せめてもの義務感に、突き動かされたかのように。
あるいは亡き者に対して、敬意を払うように。

【D−4/市街地/一日目・夕方】

【切原赤也@テニスの王子様】
[状態]:悪魔化状態 、呆然、『黒の章』を見たため精神的に不安定
[装備]:越前リョーマのラケット@テニスの王子様、燐火円礫刀@幽☆遊☆白書、真田弦一郎の帽子、銛@現地調達
[道具]:基本支給品一式、バールのようなもの、弓矢@バトル・ロワイアル、矢×数本
基本行動方針:人間を殺し、最後に笑うのは自分。
1:???


束呪縄による治療を終えた七原と黒子たちが駆けつけた現場では、すべてが終わっていた。

2237th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:28:47 ID:xbfq8oaU0
七原秋也が殺されかけた場所からそう遠くないところに、竜宮レナの遺体は倒れている。
死因は、脇腹を深く刺されたことによる出血多量だった。

黒子はその場にへたりこんで、七原は立ったまま呆然とする。
その光景は、受け入れがたいものだった。
なぜなら、七原はとっくに、彼女たちが邪魔をするなら『殺す』つもりでいたからだ。
だから、おかしい。
どうして彼女たちが、七原を助けようとして死ななければならなかったのだろう。
彼女たちは自分に反発したまま、自分に裏切られて死んでいくものだと思っていたのに。

レナはその手に、ボイスレコーダーを握り締めるようにしていた。
白井黒子が、顔をくしゃくしゃにして録音を再生する。

『正義日記』は、ボイスレコーダーの録音によって未来を記録していくタイプの日記だった。
竜宮レナが契約したおかげで、その対象は彼女にとっての『守るべきもの』と『倒すべき悪』――すなわち、海洋研究所にいたすべての人間が予知範囲に含まれたので、七原たちは状況の推移についてかなり詳しく知ることができた。

船見結衣が、竜宮レナをかばったことで、あの殺人者に殺されたことも。
船見結衣は知らなかったことだが、束呪縄が使いきりのアイテムであり、治療は不可能となっていたことも。

予知は最後に、竜宮レナの声で『竜宮レナは銛による刺し傷がもとで死亡する。DEAD END。』と喋った。
そこまで聞いて、得られるだけの情報は得たからと、七原は停止ボタンを押そうとする。
しかし、そのボタンを押す動きが止まった。

予知機能を果たさなくなった未来日記から、また竜宮レナの声が流れだしたのだから。

『えっと……秋也くん。それに黒子ちゃんも、ごめんね。
レナは先に死んじゃいそうだけど……でも、せめて言葉を残していくことにしました』




2247th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:29:39 ID:xbfq8oaU0

船見結衣が死んだという予知を聞いて泣きそうになって。
次にレナが思ったことはそれだった。

戦闘によって歩く力をも使い果たしていた竜宮レナが、それでもできること。
それは、言葉を発して伝えることだ。

幸いにして、船見結衣が駆けつけた時に残していった『正義日記』がある。
契約者はあくまで竜宮レナだから、殺人者に壊されてレナを殺してはたまらないという判断だったのだろう。

ボイスレコーダーは契約によって『正義日記』となったけれど、しかしボイスレコーダーとしての機能を喪ってしまったわけではない。
だから竜宮レナは、七原たちに言葉を残すことができる。

『えっとね……本当なら、秋也くんが黒子ちゃんと一緒に戻ってきた時に、言おうと思ってたことがあるの。だから』

そして。
竜宮レナは、七原秋也と悪魔との口論を聞いてしまったのだから。
最初は、『正義日記』によっておおよその内容を。
途中からは、七原秋也を助けに入るタイミングを見計らっている最中に、立ち聞きして。

『秋也くんは、すごいね』

だから、伝えたい。
『許されない』なんて、絶対にないと。





「は……?」

七原の口から、乾いた疑問符が漏れる。
その言葉は、否定ではなく。
その言葉は、同情ではなく。
その言葉は、慰めでさえなく。

2257th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:30:42 ID:xbfq8oaU0

その言葉は、賞賛と尊敬だった。

「いや、待てよ。全員助けようとしないのはおかしいって言ったのはアンタだろうが。
ちょっとぐらい人の過去を知ったからって、態度を変えてんじゃねぇよ」

いつもの軽い口調で、せせら笑おうとする。
しかし、いつもほど軽口にキレがない。

なぜなら七原にも、分かってしまったから。
その『すごいね』が、上っ面をとりつくろう演技ではありえないほど熱っぽいことを。

『本当に、七原くんは、すごいよ。
だって私は、何回も何回も失敗してきたから。
大切なたった一人を守ることさえ、諦めてきたから』





結衣ちゃんには、卑怯なことをしてしまったとレナは思う。
それは、彼女にむかって『やり直すのはよくない』と諭したことだ。

竜宮レナは、本当なら人にそんな説教ができる立場ではなかった。

――レナ。仮に俺たちのどちらかが死のうと、俺たちは絶対にまた会えるから。……だから、また会えたなら。
――今度は普通に遊んで、普通に笑い合って、……普通に恋をしよう。絶対に互いを疑わない。絶対に互いを信じあう。

なぜなら竜宮レナとその仲間たちは、何回も何回も『ズル』をしてきたのだから。
やり直しを否定した七原秋也は、そんな『ズル』にがっかりするかもしれない。
でも『やり直し』を行っていたのはレナではないし、そこは勘弁してほしい。
ずっと前から、『別の世界の記憶』はあった。
たとえば、古手羽入と名乗る転校生がみんなの輪に入ってきたとき。
たとえば、古手梨花が交通事故で入院した後に、『別の世界に行く夢を見た』と言い出したとき。
船見結衣に向かって『オヤシロさま』の話をした時だって、『ありえない記憶』のことを思い出していた。
それが、『惨劇』を見たことがとっかかりになって、次々と思い出してきただけのこと。

何度も何度も、大切な仲間たちと殺し合ってきた。
何回も救いの手を差し伸べられて、その手を信じられずに振り払ってきた。
何気ない毎日の一秒一秒が、宝石よりも価値がある宝物だったはずなのに。

2267th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:31:43 ID:xbfq8oaU0
「七原くんは、一度手をのばした女の子の手を、ずっと振り払わずにそばにいたんだよね。
誰も彼も信じられないような場所で会った人と、友達になれたんだよね。
どれも、レナにはできなかったことだよ。
圭一くんがいなかったら気付けなかったことを、秋也くんは最初から実践してたんだよ」

私を信じてと、訴えて。
泣かないで、どうか私の言葉を聞いてと呼びかけて。
泣いている人のそばで、一緒に泣いてあげたいだけなのに。
差し伸べた手は、金属バットで叩き砕かれて。

そして、ひぐらしの声が言う。

――もう、手遅れだと。

記憶の中にいた竜宮レナは、苦しくて辛くて寂しかった。
でも、だからこそ、七原秋也を認められる。
かつての世界で、過ちに気づいた竜宮レナが謝罪するのを見て、前原圭一が『前の世界の俺は気づくことさえできなかった』と讃えたように。

「こんなこと言っても、何言ってるんだか分からないよね、ごめんね。
でも、私の罪は、別の世界の自分がやったことだけじゃないから。
私がいなければ幸せになれたかもしれない人たちがいたの。
私が簡単に人を信じたから、大切な人を守れなかったの。
それでも、そんな『竜宮礼奈』でも、許しをもらうことができたんだよ」

そして、思い出す。
竜宮“レイナ”を殺して、竜宮“レナ”へと、変わってしまおうとした時のことを。
こんな自分は『イ』ヤなのだと、『イ』らないと、そう強く“願った”ときのことを。

自分が甘かったから、母親が出て行って、父親が苦しんだ。
だから自分が『敵』を排除しなければならないのだと、思っていた。
今度こそ失敗しないように、守る義務があるのだと背負い込んでいた。

そんな自分でも、受け入れてくれた新しい仲間がいた。

「結衣ちゃんも、言ってたよ。
一人で耐えるのは、『強くはないかもしれないけど、立派なんだ』って。
だから、秋也くんも、その仲間たちも、『これをしなきゃ許されない』なんてこと、ないんだよ」





「でも、川田は死んだよ! 典子も、三村も、杉村も、みんな死んだよ!」

2277th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:33:38 ID:xbfq8oaU0

七原は、叫んでいた。
竜宮レナの優しさに、耐えることができなかったから。
もう、止めてくれと。
『あの時の七原は立派だった』なんて言葉で、クラスメイトの死を片付けられたくないのだから。

「俺が甘くなかったら! もっとちゃんと動けてたら!
川田の足を引っ張らずに、川田を疲れさせなかったら!
もっとはやくから、ちゃんと殺せてたら!
でも、死んだんだよ! 友達を死なせたんだ!
お前は、友達を殺したやつのことを『許せ』って言うのかよ!!
そんな残酷なことを、言わないでくれよ!」

その言葉は、竜宮レナに届かないもので。
しかしボイスレコーダーからは、答えるように言葉が返った。

『許せるよ。だって秋也くんは、みんなのことを許してるから。』





「秋也くんは、桐山くんとドライな関係だったみたいだけど、
それでも、『クラスメイトを殺した桐山くん』に、普通に接してたよね。
それは、もしかしたら違う世界の桐山くんだったとか、別の事情があったのかもしれない。
でも、あんなに普通に桐山くんの話ができたのは、みんなのことを許してた証拠だよ。
だから、さ……その『仲間』の輪の中に、『七原秋也』くんもいれてあげてくれないかな?」

だんだんと、お腹の痛みがひどくなってきた。
痛いというより、麻痺してしびれるような感触に変わる。
それでも、もう少しだけ伝えたいことがある。

「『お前に俺の何が分かるんだ』って、思われたかもしれないよね?
ごめんね……でも、私だって、秋也くんのことは知りたくて、観察してきたつもりだから」

今はもう、すべての仲間を喪ったと認識している彼に。
『七原秋也』から別の何かへと変わろうとしている、彼に。

「私は、『七原秋也』くんのことを覚えてるよ。
本当にごくたまに、片鱗が見えただけだったけど。
さっき資料を読んで、始めて事実として知ることができたけど。
その人はきっとプラスのエネルギーを持ってて、
自分の力で、世界を変えられると思いたくて、だからこそ、自分に厳しい男の子……だったのかなって」

2287th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:35:12 ID:xbfq8oaU0

七原に覚悟を教えた川田章吾だって、七原秋也の甘さに救われていたかもしれない。
助けの手が間に合わなかった中川典子は、それでも七原秋也を支えにしていたかもしれない。

「秋也くんがやり方を変えられないなら、きっとそれでもいいんだよ。
本当に間違えそうになったら、黒子ちゃんがきっと止めてくれるから。邪魔しあうんじゃなくて、喧嘩して。
黒子ちゃんが間違えたら、その時は秋也くんが止めてあげて……」

それに、今はもうレナだけじゃない。
結衣は七原と一緒に肉じゃがを食べたことを覚えていたし。
この言葉を聴くことで、黒子にだって伝わるはずだから。

「それでも、どうしても行き詰まったら。その時は……」

かつての大切な人が、教えてくれたこと。
殺人は罪だった。
誰かを犠牲にして終わらせるのは、してはいけないことだった。
でも、かつての竜宮レナが、本当に間違えたのはそこじゃない。

最初の分岐点とは、本当の罪とは、そこではなく。



「”仲間”に、相談するんだよ――」



自分が酷い顔をして死んでいたら、黒子や七原はもっと傷つくだろうから。

――だから竜宮レナは、笑って死ぬことにした。


【D−4/海洋研究所前/一日目・夕方】

2297th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:40:35 ID:xbfq8oaU0
【七原秋也@バトルロワイアル】
[状態]:健康 、頬に傷 、全身打撲(治療済み)、『ワイルドセブン』であり――
[装備]:スモークグレネード×1、レミントンM31RS@バトルロワイアル、グロック29(残弾7)
[道具]:基本支給品一式 、二人引き鋸@現実、園崎詩音の首輪、首輪に関する考察メモ 、タバコ@現地調達
基本行動方針:このプログラムを終わらせる。
1:???

【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
[状態]:精神疲労(大)、肉体疲労(大)、全身打撲および内蔵損傷(治療済み)
[装備]:メイド服
[道具]:基本支給品一式 、テンコ@うえきの法則、月島狩人の犬@未来日記
基本行動方針:自分で考え、正義を貫き、殺し合いを止める
1:???
[備考]
天界および植木たちの情報を、『テンコの参戦時期(15巻時点)の範囲で』聞きました。
第二回放送の内容を聞き逃しました。

【束呪縄@幽遊白書】
会場に隠されていた10個の”宝物”のうちのひとつ。
暗黒武術会にて、治療班の妖怪・瑠架が用いていた結界を兼ねた治療道具。
飛影の妖力が(本人の回復力もありとはいえ)凄まじい速度で回復していたことから、かなりの高性能。
本ロワでは使いきりの支給品。

【全国大会優勝旗@テニスの王子様】
作中の全国大会での優勝旗。
過去に立海大附属は二連覇を成し遂げたが、三連覇を青学に阻まれた。




2307th Direction 〜こころむすび〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:42:55 ID:xbfq8oaU0

七月だ。

今年の六月は異常気象だとかで、六月にも関わらず夏の到来を思わせる暑さだった。
だが、それでも所詮は六月。
そこからさらに夏に近づく七月となれば、もっともっと夏らしい日々を私たちに感じさせてくれるのだった。


カナカナカナと、ひぐらしがか細く鳴いている。

「あれ? ひぐらしって、夏の終わりに鳴くセミじゃなかったっけ?」

2317th Direction 〜こころむすび〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:44:18 ID:xbfq8oaU0

左隣を歩いていた京子が、つばのひろい麦わら帽子を傾けて小首をかしげた。
夏の匂いが濃い田んぼ道を歩き続けて、首筋にはとっくに玉の汗が浮いている。
その村には、路線バスも鉄道もない。
だから、目的の場所にだって、歩いて向かうしかなかったのだった。

「割と夏中鳴いてるぞ。でも、たしかに夏の終わりのセミって印象が強いかもな」
「七森では、あんまり聞かない鳴き声だよね。遠くに来たって感じがするよぉ〜」
「古き良き田舎とは聞いてましたけど……結衣先輩のお友達って、すごいところに住んでるんですねぇ」

まるで昭和のドラマに避暑地として出てきそうな村の景色に、ちなつもあかりもずっと圧倒されていた。
陽射しは強くて蒸し暑かったけれど、のどかな景色と『もうすぐ会える』という高揚が、ちっとも苦にさせなかった。

2327th Direction 〜こころむすび〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:45:03 ID:xbfq8oaU0

やっと見えてきた『分校』には、校門前でお出迎えの顔ぶれが見えている。
話によく聞いていたから、全員の顔と名前は一致した。
前原圭一。園崎魅音。古手梨花。北条沙都子。……そして、竜宮レナ。

「「「「「ようこそ、雛見沢へ!!」」」」」

手を振って、駆け寄って。
挨拶もそこそこに、『部活動』と『ごらく部』は、すぐにひとつの一団になった。

2337th Direction 〜こころむすび〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:45:38 ID:xbfq8oaU0

「はうぅぅぅぅ〜!! ちなつちゃんかぁいよおおおおおぉぉぉぉ。お持ち帰りいいいぃぃぃぃ!」
「ひゃあああああああああああ! な、なんですかこの人はあぁぁぁぁぁ!」
「こらレナ! 初見の女の子まで持ち帰ろうとすんなって!」
「お、ちなつちゃんの魅力が分かるとはいい目をしてるね! でもちなつちゃんはわたしのじゃあああああぁぁぁぁぁぁ〜!!」
「きゃあああああああああああ結衣せんぱあああああああぁぁぁぁぁぁい!」
「おいこら京子! お前まで参加したら収集つかなくなるだろ!」
「み〜。レナと魅ぃは一週間前から、衣装を準備してとっても楽しみにしていたのですよ。にぱ〜」
「えへへ、嬉しいよぉ〜。ゲームが終わったら、いっぱい可愛い格好をさせてもらえるんだよね」
「騙されてる……あかりさん、完全に騙されてますわ……」
「さぁさぁ、つもる話は教室に入ってからにしようじゃないか。
は〜い!『雛見沢部活動』と『七森中ごらく部』の第一回合同活動、はっじまるよ〜!」
「み、魅音さんにまで、あかりの台詞とられたぁ……!」

2347th Direction 〜こころむすび〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:46:21 ID:xbfq8oaU0

そこからはもう、ドタバタだ。
いっぱいゲームをして、いっぱい罰ゲームをして。
楽しかった。
幸せだった。

泣きたくなるぐらい、幸せだった。
だから、これは夢だ。

きっと目が覚めたら、私は泣いて。
それでも、いい夢だったなって笑って。

夢から勇気をもらえたって喜んで、その日も一日、がんばれそうな気がするんだ。

さぁ、いっぱい遊んで、それから目覚めよう。



――新しい明日は、そこにいた。

2357th Direction 〜こころむすび〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:47:09 ID:xbfq8oaU0

【竜宮レナ@ひぐらしのなく頃に 死亡】
【船見結衣@ゆるゆり 死亡】





解:あなたは今どこで何をしてるの?
私たちはここで、あなたを待ってる。
今度こそみんなで『しあわせ』になりましょう。
ひとつずつしかない、こころを結んで。

2367th Direction 〜こころむすび〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:47:41 ID:xbfq8oaU0
これにて、全編の投下を終了します。

お待たせして申し訳ありませんでした。

237名無しさん:2014/05/15(木) 00:15:54 ID:YTpg/hScO
投下乙です。

赤也も秋也も、死んだ仲間に縛られてるんだな。
赤也は仲間を取り戻そうとし、秋也は仲間から教わったやり方に固執している。

今夜も夢で会いましょう

238名無しさん:2014/05/15(木) 00:54:03 ID:243d/Dd.0
その真剣さを見たかった。


投下乙です。

239名無しさん:2014/05/15(木) 02:30:49 ID:i/Lt54RA0
投下乙です!

肉じゃがを食べた時点で嫌な予感はあったがまさか赤也がここできてひぐらしが最初の全滅となるか

本編の感想?似ているようで違っていて似ている二組とか今後の対主催がどこもかしこも追い詰められてるとか色々言いたいことはあるけどそれを表す言葉が出てこないんで「とにかくすごい」とだけ言いたい

240名無しさん:2014/05/15(木) 02:44:13 ID:mLtIB8DQ0
投下乙
すっげぇ感動した、ありがとう

241名無しさん:2014/05/15(木) 07:38:44 ID:hVRXTbrg0
投下乙です
二人とも、頑張ったなあ……じぶんと仲間のために笑って逝った彼女達に合掌
何かしらに縛られている赤也を、七原を、結衣レナは解き放つことが出来たのだろうか

242名無しさん:2014/05/15(木) 11:37:35 ID:xRYkAcm.0
投下乙です。
真っ直ぐで綺麗だった。直球を飾り気なしで全力で投げてきた。

243名無しさん:2014/05/15(木) 12:46:07 ID:5IsDjiYU0
投下乙です
うわあああああ結衣レナがここで…
うまく言葉にできずもどかしいですが、とにかく二人にお疲れ様を
赤也も七原も心境は複雑だろうしなんとかなってほしいものですが
最後のクロスはやっちゃだめだよ泣いちゃうよ

月報も置いときますね
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
94話(+6) 18/51(-3) 35.3(-5.9)

…二人も入ってるんだよなあ

244名無しさん:2014/05/15(木) 19:47:11 ID:.MERfwAA0
投下乙
まさか非戦闘員ふたりが脱落するとは思わなかった
自分を信じて、自分を許して、
あの二人にとって一番優しくて一番辛い言葉だろうなぁ…

245名無しさん:2014/05/23(金) 15:11:57 ID:/aG.VU4s0
まさか最初に全滅するのがゆるゆり勢でなはくひぐらし勢とは…

246名無しさん:2014/05/23(金) 19:41:27 ID:Jvj3CClA0
一般人キャラは数が重要ってとこか

247名無しさん:2014/05/25(日) 23:37:26 ID:C.Fb95cY0
死んでいった二人の残した言葉は間違いなく生存者にはきついだろうね。
正しいとか間違ってるとかではなく、きつい。そのうえ既に死んでしまってるから言い返すこともできない。
特に赤也にとっては耐え難いことだと思うよ。

248 ◆sRnD4f8YDA:2014/05/31(土) 10:37:42 ID:fqwDJV1s0
ゲリラ投下します。

249夕闇に沈み、斜陽に燃ゆ ◆sRnD4f8YDA:2014/05/31(土) 10:41:33 ID:fqwDJV1s0
じぶんを、しんじて。そう言って、ひとりの人間が事切れた。
悪魔じゃないと言って、消えていった。
その言葉達はぐるぐると渦潮に飲まれながら思考の海に溺れていって、やがて闇の奥に消えてゆく。
しんじる。
声にならない声で、呟く。胸の奥で、もやもやした塊が何かを求めて彷徨う様に、中途半端に浮いていた。











足が、鉛の様に重い。

一歩進む度に、両の足は木の根や蔦に絡まった。指は感覚がなく、痺れている。
肩は神経を針で刺される様に痛んでいて、皮膚は燃えている様に熱い。
関節が、みしみしと軋んでいる。思う様に身体を動かせない。肉が、骨が、細胞が、臓器が。凡そ人を創る全てが、悲鳴を上げていた。
喉はからからに乾いて、視界は霞んで、肌は脂と泥で滲み、僅かにてかっている。
得体の知れない妙な脂汗が額に滲んで、頬をどろりと伝う。気持ち悪さに舌を打ちながら、堪らず腕で拭った。
ーーーひやり。
冷たい感覚に足が止まって、指先がびくりと跳ねる。
そこで初めて服が冷や汗でびっしょりと濡れていた事に気付くのだから、呆れを通り越して笑うしかない。
苦笑を浮かべながら、濡れた指先を震える唇に這わせる。乾いた唇は端が少しだけ切れていて、息をする度にじくじくと痛んだ。
舌を紫色の唇に這わせて、唾で濡らす。鉄と汗と、それから土の味がした。
生きている味だった。
指先に視線を落とす。赤い血が滲んでいた。人間と同じ、赤い血が。
小さなその滴はまだ生温くて、まるで先刻奪ったいのちの様で、少しどきりとした。

ーーー生きている。

少年は思った。胸の奥に、熱い何かが込み上げた。とくん、と身体の内側から血潮が脈打つ音がする。

250夕闇に沈み、斜陽に燃ゆ ◆sRnD4f8YDA:2014/05/31(土) 10:43:07 ID:fqwDJV1s0
生きている。生物として、生きている。地に足を立てて、生きている。酸素を吸って、いま、此処に、生きている。
自分を信じてと言った少女も、私を信じてと言った少女も。
その想いも血肉も言葉も命も。全てを擂り潰し、踏み台にして。
俺は、生きている。

人間は、誰だ?
バケモノは、どちらだ?
悪魔は、何処に居る?
生きているのは、死んでいるのは、どっちだ?

ただ茫漠と、泡沫の様に宙に浮かんだ疑問に答える者は無く、そこには耳が痛いくらいの静寂と、やたらと煩い鼓動のリズムだけがあった。

不意に吹くつむじ風。爽やかとはとても言えない、生温くてやけに湿っぽい風だった。
くたびれた前髪を攫って、ばさばさと湿ったジャージを靡かせて、枯葉を巻き込み向こう側へと通り抜ける。
少年は頭をもたげ、拳を握った。冷えた返り血が、べとりと皮膚に絡み付く。

ーーーお前が殺したんだ。

耳元で、何かが動物をあやす様な声で囁く。耳に触れた湿った吐息は肌を伝って、びりびりと脳の内側の神経まで撫で上げた。
耳を澄ませば、そこは夢幻の言霊が蠢く狂気の沙汰。

251夕闇に沈み、斜陽に燃ゆ ◆sRnD4f8YDA:2014/05/31(土) 10:45:32 ID:fqwDJV1s0

【お前はお前<だ。悪魔なんかじゃな(ハヒャヒャ「簡単じゃねーか。みんな殺して》違う、それは違うよ、[也<欲しいものだけ生き返ら“、ハッピーエンドだ」ャヒャ)
お前“それで、生き返った俺たちが《悪魔だね。じゃなきゃあんなに〈喜[悦]ぶとでも〉んで殺すわけないだろ〕思ってるのか?
{全員赤く[まだ、間に『もう間に合わねぇよ]合うから」で人を殺したり》ッヒャハ】染めて‘たわけが!
ヒヒャ〈どうして、私『間違ってい“を殺し(痛い、いたいっ[常勝無〝お願い、たす{け〟圭一く〔信じて。
{思い出せよ。人間なんて】お前、潰」[生き返りを願う)喪う>痛みを知って『痛みを与える側に回るん〝目を覚ませ、赤<お前は(ャヒャヒャ
先輩は《気付い‘間違ってなんか’てくれ、赤「じぶんを、[死]んじ‘嫌だ、殺さないでッ”ハハ
〔バケモノはお前だよ〟当は、気付い’俺は帰る家“がなくたって戦える(
【なぁ、お前は、ひとりなんかじゃないだろ」也、
〈かってる。わかっ>でも、殺しちまった罪は消えねぇよ〟だからって、それ以上』
[それは違うぞ。お前はただ〈だから壊すしかな(正しくても、誰ももう戻ってこない’戻れない』からな“そんな悲しいことを言うなよ】

「たわけ。難しい事などあるものか。悪魔も、バケモノも、人間も、全部お前だ。ただ、それだけなのだ}




幻が、落陽に燃えて夢のあと。
踏切の音と、自転車の鈴。雑踏、夕立の音。帰宅ラッシュのクラクション、壊れたように鳴り続けるインターホン、ゆっくり響くメトロノーム。
交差点で歩行者信号が懐かしい歌を流して、蛍の光が遠く聞こえて、ドヴォルザークの家路が重なる不協和音。
辺りには囁き声、笑い声、泣き声、叫び声、断末魔。壁掛け時計から鳩が飛び出して、全部がサラウンドで混ざりあって。
そこに、テニスボールが跳ねる音。ひぐらしが、泣く音。血濡れた旗が靡く音。その向こう側で、いつか聞いた、変なラジカセ。
左官工事の削り音がけたたましく鳴り響き、急かすように目覚まし時計がベルを叩く。
スピーカーが割れた低音を垂れ流し、目玉をスプーンでくり抜かれた妖怪の少年が金切声を上げる。
人魚と雪女が、生きたまま掘削機に身体を砕かれてゆく音。ビデオデッキがきゅるきゅるとテープを巻き戻す。
どこから聞こえたか、鐘の音、ピアノ、コントラバス。
教会の唄が頭の内側から響いて、魔物の少女が左腕からゆっくりと捻じり潰される時の黄色い悲鳴と、
飛び散る肉汁の奏でる交響曲が、鼓膜の裏側から肉を出鱈目に叩き続けた。

やめろ。

少年は叫んだ。やめてくれ。

252夕闇に沈み、斜陽に燃ゆ ◆sRnD4f8YDA:2014/05/31(土) 10:47:07 ID:fqwDJV1s0
幻影から逃げる様に瞳を閉じて、崩れ落ちる様に両の膝を折る。耳を両手で塞いで、身体をくの字に曲げた。
網膜の内側で何かがばちりと弾けて、ちりちりと虹色のフィラメントが散る。
幾何学模様のストロボが何度か瞼の裏側に焚かれて、やがてそれはどろりと蕩けて小さな少女の形になった。

恨む様な視線をこちらに向け、小豆色と白の制服姿を血で濡らしの、そこにただ立っている。
氷の様に冷たく尖った眼光は心を抉る様だった。

「見るな」震える唇は、か細い声でそう紡ぐ。「見るなッ……!」

頼むよーーーそんな目で、こっちを、見ないでくれ。

腹から絞り出して、祈る様に、呟く。少し前までは、自分を諭し、止めるだけの幻だったのに。
それがどうしてこんなにも、心が痛い。
「嫌だね。そうやって逃げているうちは、一生見てやる」少女は嗤いながらそう吐き捨てると、霞に紛れて消えていった。





意味もなく、ただ時間だけが徒らに過ぎていった。
薄く目を開き、苔だらけの木の幹に背を預け、膝を抱えて座り込む。
虚ろな双眸は、色も光も映さない。闇の中に浮かぶその二対の鈍い金色はどこまでもくすんで、
合わない焦点はただ齧り付く様に空に浮かぶ虚像を見つめていた。

がちがちと鳴る歯、泥と汗が混じった臭い、荒い息遣い、中空を回る亡霊、何かを責めたてるような風の囁き。
目を開いても、閉じても、膝を追っても耳を塞いでも。
まるでお前に逃げ場などないのだと嘲笑う様に、それらは少年を取り囲んで鎖で縛り、腕を掴んで鉄塊を括り付け足を沼に沈めた。

253夕闇に沈み、斜陽に燃ゆ ◆sRnD4f8YDA:2014/05/31(土) 10:48:03 ID:fqwDJV1s0
暫くして、息を深く吐きながら少年は静かに立ち上がる。
ぐにゃり。とたんに視界が曲がって、足が縺れた。地面が急に柔らかくなり、平衡感覚がなくなる様な、そんな幻。
何てことはない。落ち着いて考えればただの立ち眩みだった。木の幹に手を付き、堪らず舌を打ってかぶりを振る。
目の前に灰色の砂嵐が走って、そしてそれが治まるとーーー少年は改めて、辺りを見渡した。

そこは、深い森の中だった。

鬱蒼と茂る木々の手前の世界は、影に侵されモノトーンに溶けている。
枯葉が積もった地面には膝丈まで葦が伸び、そこからは木々の幹がひしめく様に目の前に連なっていた。

……俺は何処を歩いてた?

再び舌を打ち、背後を振り返る。幹から細長く伸びた影は、その向こう側で一点に束ねられ、暗がりの塊になっていた。
人を喰らう化け物の大口のように、ぽっかりと闇が、景色に穴をあけている。
戻る事を明確に拒否しているような力を感じて、少しだけ身震いをする。
こちらへは、進めない。少年はごくりと喉を鳴らして、前へと身体を戻す。斜陽が木々を照らし出し、幹と幹の狭間から光が帯の様に差していた。
そしてその向こう側の景色はーーーーーーーーー嗚呼、他に形容出来ない。


世界は、燃えていた。


空気が、大地が、空が、雲が、光が。その全てが焰の紅に飲まれて、燃えていた。
言葉を失って、思わず立ち尽くす。
光と影のコントラスト。燃える落陽、光の残滓。赤、黒、金色。

呆れるほど、綺麗だった。

溜息を吐いて、空を仰ぐ。寄り添い合う葉々の隙間から、鮮やかな紅が見えた。
しかしその色は殆ど姿を見せず、広葉樹達は炎を恐れる様に、或いは大地を守る様にその葉を重ね、空をすっぽりと天蓋で覆ってしまっていた。
闇夜の世界に色は要らぬと、自然達が謳っているようだった。

競い合う様に伸びた森の木々は、少年の背丈の数倍以上はあるだろうか。
風が少し吹くと、ざぁざぁと森が大袈裟に騒ぎ立てた。そのたびに木洩れ陽は表情を変えて、黄昏に踊っていた。
そうしてただ口を半開きにしてぼうっと天を眺め、首が疲れてきた頃、少年はこうべを垂れて前を見る。
木々の隙間から、光の帯が真っ直ぐ向かうその先へ、赤く燃える光の向こうへ、手を伸ばす。

254夕闇に沈み、斜陽に燃ゆ ◆sRnD4f8YDA:2014/05/31(土) 10:50:00 ID:fqwDJV1s0
気付いた時には、足はその血濡れの身体を連れて、前に進んでいた。身を焦がす炎を目指す、蛾の様に。

葦を掻き分けて、闇を泳いで、光を追う。疲労は相変わらずだったし、膝丈まで生い茂る草木は容赦無く体力を奪った。
それでも歯を食いしばり、少年は進んだ。息が切れ、ジャージは汗を吸い、肌に張り付いていた。草で頬を切り、ぬらぬらと鮮血が首を流れていた。
最後に大きな岩を登り切って、そして少年は力を振り絞る様に前を見た。


そこは闇に濡れた森の終わりだった。開けた視界には、燃える世界があった。
地平線に斜陽が沈み、大地が輝いていた。羊雲は茜色に染まり、優雅に空を泳いでいた。
その向こうに、海が見えた。金色に揺蕩って、地平線まできらきらと輝く波を運んでいた。
二対の硝子玉に、黄金の斜陽が映り込む。
ぱちり。瞬きを一回。
景色はどこまでも澄んで、曇りひとつありはしなかった。

どくん。胸の奥で、たましいが躍動して、血潮が流れる。
誰が正しくて、何が間違っていて、誰が人間で、どちらが化け物で、悪魔が何処へ居るのかなんて、どうでもいい疑問の様に思えた。

心が汚れ切って、信念が擦り切れて、自分がこれだけ醜くても、それでも世界は綺麗だった。

だけどもう一度、考えてみる。
やっぱり答えなんて分からない。悩んで、悩んで、足掻いて、ぶつかって、躓いて、走って、叫んで。
それでも分からなくて、ただ生きるしかなかった。奪う以外に道は無かった。やり直す事など、出来るわけがなかった。
人間は汚くて、でもそんな人間に、死んで欲しくないと思って。だけど、人間はあのビデオみたく……どこまででも、酷い真似が出来る。
それでも自分には人間と同じ血が流れていて、だけど、人間の命を奪ってしまった。そしてそいつは自分の事を人間だと言った。
だけど殺してしまった。あのビデオの人間の様に、この手で。
この、手で。

「わかんねェよ」

ぐしゃりと髪を握りながら、自嘲混じりに弱音を吐き出す。何もかも分からなかった。分かるわけがなかった。
ただ、それでもひとつだけ。
ひとつだけ、分かった事があった。

左手に握ったラケットに、少年は右手を添える。瞳を閉じれば、ほら、耳元で囁く亡霊の百鬼夜行。
見知った奴の顔をした何かが、文句を、恨み言を、綺麗事を言う。
その隣で頭がひしゃげた少女と、腸が飛び出た少女がこちらを睨んでいた。
その背後に、腕を組んだあの人が立っている。

255夕闇に沈み、斜陽に燃ゆ ◆sRnD4f8YDA:2014/05/31(土) 10:52:36 ID:fqwDJV1s0

【帰るぞ、赤也。もういいだろう。そっちにお前の居場などない。もう、いいんだ。
 お前は、お前だ。それを見失うな】

幻が、手を伸ばす。少年は少しだけ何かに耐える様に空を仰いでーーーそして、腹を抱えて笑った。
何も難しい事はない。自分は、自分だ。悪魔も、化け物も。全部、人間の自分だ。
そんな簡単な事、どうして忘れてた。
涙を目尻に浮かべて、笑う。腹がよじれて仕方がなかった。差し伸べられた手を見て、ゆっくりと手を伸ばす。
……はぁ。全くこんな事を幻に言われている様では、本当に、本当に、ほんとうに。













少年は、ふいに笑い声を止めて真顔で言う。

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー反吐が出るぜ」

空気が、凍った。瞳を開いて、ラケットで亡霊達の頭を薙ぎ払う。



「分かってんだ。あぁ、解ってんだよ」

中空に消えるエクトプラズム。ぐるぐると見知った輪郭が渦巻いて、そのまま太陽に焦げて地平線の彼方へ消えてゆく。
前髪の隙間から、夕焼け色に染まった眼が現実を真っ直ぐに見ていた。

「死んだ奴は、喋らねェ。殺した奴は、戻らねェ。幻は、幻だ。偽物は、偽物だ。誰も、何も、信じねェ。
 俺は、そんな俺を信じる。どうしようもねェ自分を信じる。答えがだせねェ自分を信じる」

悪魔は、人間は、“切原赤也”は、溜息を吐いてにたりと嗤う。

「俺にはもう居場所なんてねぇんだよ。戻る場所も、やり直す事も……できやしねぇ」

人を殺したんだ。そんな甘い話があるものか。やり直すだなんて、やっぱり無理だ。
大切な人がどっかに居るって? ああそうかよ……あの世の事だろ、そりゃ。



「その居場所がねぇって現実が、やり直せねぇ現実がーーーーーー俺の居場所なんだよ」



帽子を外し、風に靡く髪をかきあげ、真っ直ぐに丘から下の世界を見つめる。
少女の声は、少年の心に確かに届いた。惜しむらくは……彼女が死んでしまった事。
生きていれば、少年を独りにしなければ、未来は変わっていたかもしれない。それでも、現実は非情だった。
どれだけ心に言葉が響いても、それを答え合わせしてくれる人間は、誰も居ない。

どうしようもなく、少年は独りだった。

斜陽が沈み、焦げた世界は薄紫に染まりゆく。輝く光が海に溺れて、深い闇が空から落ちてゆく。堕ちてゆく。

「だから、もう黙れ。都合の良い夢も、幻も、副部長も、あの女も、みんな、みんな。もうこの世にはいねぇ。
 それが俺の信じる現実だ。だけどその現実に……帰るぜ、俺は」

誰もいなくなったそこに。黙したままの紫色の中空に、赤也は凄絶な天使の微笑みを投げた。

「俺は俺だ。バケモノで、悪魔で、きたねェ人間で」

凍てつく夜が天を覆ってゆく。過去を切り捨て、現実を見据える体へと影が手を伸ばし、誰も彼も、島をも飲み込む。
こんなに綺麗で残酷な世界の中では、空の下では、人やその悩みなどどうしようもなく些細な事で、嗚呼ーーー人間も、悪魔も。その中ではーーー。



「常勝無敗、立海テニス部の切原赤也だ」


ポケットの中で、無機質なノイズが走った。十八時。携帯電話が下らない話題で騒ぎ出す。
その忌々しい声の中でも、決して目指す場所だけは見失わない様にと、足を前に踏み出す。
沈みゆく光の残る方へ。
誰も居ない現実へ。
戻る道すら閉ざされた、茨の道へ。

256夕闇に沈み、斜陽に燃ゆ ◆sRnD4f8YDA:2014/05/31(土) 10:55:04 ID:s.6wkj3Y0
【B−5 森/一日目・夜】

【切原赤也@テニスの王子様】
[状態]:悪魔化状態 、『黒の章』を見たため精神的に不安定、幻影克服、疲労大
[装備]:越前リョーマのラケット@テニスの王子様
[道具]:基本支給品一式、バールのようなもの、弓矢@バトル・ロワイアル、矢×数本、瓦礫の礫(不定量)@現地調達
    燐火円礫刀@幽☆遊☆白書、真田弦一郎の帽子、銛@現地調達
基本行動方針:勝ち残り、最後に笑うのは自分。
1:???

257夕闇に沈み、斜陽に燃ゆ ◆sRnD4f8YDA:2014/05/31(土) 10:56:45 ID:s.6wkj3Y0
投下終了です。

258名無しさん:2014/05/31(土) 11:19:59 ID:I7FMRXPg0
投下乙です。
きれいなお話だった。
自分は醜くて、苦しくて、生きることは辛くて
それでも世界は美しく、生きている限りは足掻いてしまう

赤也自信はずいぶん多くの罪を重ねてしまったけど、
それでも足掻きの必死さに胸を打たれました

259名無しさん:2014/05/31(土) 11:52:55 ID:n3HeNlmUO
投下乙です。

今、独りぼっち。それが現実。

260名無しさん:2014/05/31(土) 14:06:14 ID:cvWm/ULw0
投下乙です

ロワは運含めて自分の行動が積み重なった結果がはっきりと浮かび上がるからなあ…
今の彼の現状は彼自身の…

261名無しさん:2014/05/31(土) 17:36:53 ID:BZ6jQF8I0
投下乙です。結衣の言葉そっちの意味で受け取っちゃったかー。
最初の感想にもあるけどほんときれいな描写だなあ。終わりの描写が過去作と対になっててそれもいい。
ろくな決意じゃないし展開的には鬱方向なんだけどさあ、なんだろこの綺麗な読了感w

262 ◆j1I31zelYA:2014/06/03(火) 22:47:14 ID:4PLmYgDA0
予約分、投下します

263 ◆j1I31zelYA:2014/06/03(火) 22:49:16 ID:4PLmYgDA0

生まれてきた子どもを、『人間』たらしめるものはなんだろう。





電光石火(ライカ)の車輪を走らせて、中学校へと到着する。
夕焼けに薄暗く照らしだされた校庭は、あちこちに燃え残った火の手を燻らせていた。
鉄筋コンクリートの校舎はその外観を焦げ付かせることもなく直立しているものの、一帯の地面はすっかり延焼して黒ずんでいる。

普通の人間ならば恐ろしいことが起こったに違いないと遠巻きにしたがるような光景がそこにあった。
それでも、バロウ・エシャロットにとっては何ほどのこともない。

「地面が焦げたせいで、血痕をたどれなくなったのは残念だな……」

当初の計画では、中学校周辺にいる参加者を掃討しながら、まさに爆心地となっているはずのそこに向かうつもりだった。
火事場のはずれで無防備に会話していた一般人の男女を殺そうとしたら、予想以上の手間を食うことになったり、強制的に別の場所に飛ばされたりして時間を浪費する羽目になった。
学校で起こっていた乱戦はとうに終結してしまったらしく、残されていたのは焼け跡と血痕ばかりだった。

(放送までに、見るものは見ておくけどね……)

土足のまま空いていた窓から、校舎へと足を踏み入れた。
薄暗い廊下へと降り立ち、左右を見回しながら歩く。そして教室の扉を次々に開けていく。
なにも好奇心から探検をしてみようというわけではない。
騒ぎにまぎれて、校舎内へと避難を決めこんだ参加者がいないかどうかを確認するための徘徊でしかない。

(……少しだけ、気がはやってるのかな?)

獲物となる参加者が隠れていないかと期待して、せわしなく目線を光らせる。
そんな己を自覚したバロウは、扉を開けようとしていた右手をぎゅっと握りしめた。

苛立ちの原因は、わかっている。
修羅場に乗り込んで多くを殺すタイミングを逃したことだけではない。

264こどものおもちゃ(Don't be) ◆j1I31zelYA:2014/06/03(火) 22:51:28 ID:4PLmYgDA0

「……あ。そう言えば名前知らないんだっけ」

その『苛立ち』の原因のことを思い浮かべて、今さらに気づく。
戦闘の真っ最中に名前を呼ぶ会話が飛び交っていた気もするけれど、聞き取るつもりで聴いていなかった
『あいつ』という代名詞を使わざるをえないことに。

(……別にいいか。知ってても知らなくても、殺すんだから)

あの不可思議なマントで跳ばされなければ、すぐに殺せていたはずだった。
近距離からの”百鬼夜行”でまず少女を殺し、続けてそいつを含めた三人を皆殺しにする。
それが未遂に終わったことも惜しかったけれど、気に食わなかった理由はほかにある。

思い出したからだ。

――お前は、ただの人間として生きていくことが出来る。……そのことを、俺の仲間が証明してくれる。

有り得ない。

深呼吸をひとつして己を落ち着かせ、引き戸を開ける。
まず鼻をついたのは、湿り気をおびたカビくさい匂い。
そして、薬品の香りだった。
カーテンの締め切られた窓際には小柄な人間が立っていて、いきなり視線がかち合う。
その人間は、服を来ていなかった。
全裸の右半身からは、赤茶色の内蔵を丸出しにしている――どの学校でも見かける人体模型。
室内には長テーブルがひとつあり、左右の壁は薬品や実験器具を並べたガラス棚で埋まっていた。

「……やっぱり、遅かったみたいだね」

テーブルの上には、小さなガスバーナーが一台。
バーナーを囲むろうと台の上には大きなビーカーが設置されていて、こげ茶色をした液体が底に少量残っている。
液体がほとんど乾いていることから、おそらく数時間に注がれたもの。
その脇には同じ液体が入った小さめのビーカーが2つと、ココアパウダーのパッケージが貼られた容器とが置きっぱなしだった。
つまり数時間前まではほかの二人組がここにいて、ガスコンロ代わりのバーナーとコップ代わりのビーカーで一服していたらしい。

(植木君たちといい、『さっきの』といい、ぬるい馴れ合いをする奴らが多いんだ……)

まだ、バロウの知らないところで生きている人間がいる。
少なくとも、第二放送の時点では26人。
バロウ自身が二人ほど殺したことや学校での火災も考えると数人は死んでいるだろうから、現時点では20人前後。

265こどものおもちゃ(Don't be) ◆j1I31zelYA:2014/06/03(火) 22:53:54 ID:4PLmYgDA0
これからのバロウはその全員を、もの言わぬ屍に変える。
手段を選ばずに、過程にとらわれずに、迅速に。

「僕は、殺すよ。『正義』から外れようとも楽しくなかろうとも、そんな『過程』の是非は障害にならない」

そう再確認して、右手を前方へとのばす。
そこに、自らが『人間』ではない証左となる力を呼び出すために。

(そのためなら、大嫌いな『バケモノ』を使うことだって、平気になる)



一ツ星神器。鉄(くろがね)。



母をこの手で傷つけた仇にも等しい、天界人の力。
これを使うのが楽しいのかと聞かれたら、楽しくないに決まっている。
殺し合いが始まる前に参加していた戦いでも、バロウはなるべく仲間に任せて『力』を振るわないようにしていた。
必要にならない限り、能力を人に向けることを嫌悪していたから。

だから、そんな甘えですらも捨てていく。

ドン、と重たい発射音が“鉄”から飛び出し、砲弾がせまい理科準備室を蹂躙した。

それはテーブルをダンボールのように容易く押しつぶし、卓上のビーカーを落下させ、風圧で左右の棚をビリビリと震えさせて、カーテンの向こうへと窓ガラスを破って突き抜ける。
窓枠が円形にひしゃげて大きな穴をつくり、室内の風通しをよくした。
”鉄”の軌道上にあった人体模型は、右半身が吹き飛んで内蔵を粉みじんにしたまま倒れている。
左右の棚は耐震補強で窓枠に固定されていたせいか倒れなかったけれど、窓ガラスの振動にともなって試験管やホルマリン漬けのビンが割れて、内側を汚していた。

ただの襲撃跡地でしかなくなった準備室を見渡して、感想を呟く。

「まずは一つ、覚悟したよ」

万が一にも潜んでいるかもしれない参加者に対する示威効果の意味もある。
それに後からこの学校跡地に来た者が、人体模型やココアで日常を思い出すのではなく、破壊を見て異能の化け物がいることに恐怖するならそれでもいい。

266こどものおもちゃ(Don't be) ◆j1I31zelYA:2014/06/03(火) 22:55:46 ID:4PLmYgDA0
その奥にある理科室ものぞいてから、見回りを再開した。
理科室がちょうど廊下の突き当たりにあったので、反対方向へと歩き出す。
最初に侵入した地点よりもさらに奥手に見えてきたのは、生徒用の昇降口だった。
整然と並んだ白塗りの靴箱に、おそらく全体で数百人分ほどの靴を置くスペースが仕切られている。

たった数十センチ四方の空間なのに、ひとりひとりに自分のスペースが与えられている。
神様を決める大会その他の事情で長いこと学校に行ったこともなければ、建物のなかで靴をぬぐ習慣さえない国で育ったバロウにとっては奇異な空間だった。

それとも、これこそが『学校』という場所なのかもしれない。
いずれひとりひとりが人間社会を構成することになる、未来ある子どもの溜まり場として。
バロウは床に手をつき、能力を使った。
二つ目の武器を使うことを、躊躇しないために。



二ツ星神器。威風堂々(フード)。


意識すると同時に巨腕が床から持ち上がり、下駄箱を打ち上げて跳ね飛ばした。

玄関の床を突き破るというよりは、床から『生えた』とでも言うしかない出現。
突き上げた巨腕の動きは、天井を殴りつけるようにしてしなり、停止。
跳ね飛ばされた靴箱は、さらに左右に立っていた下足箱にぶつかってドミノ倒しをする。
校舎内にいる誰もに伝わるような、そんな振動が力の大きさを響かせた。

「これで、二つ目の踏ん切りも終わり」

能力をふるうための適当な場所を選びながら、見回りを続けていく。



階段をのぼり、二階の教室へと足を運んだ。
一階と代わり映えのしない、整然と並んだ机の群れに出迎えられる。
そして、背面の壁にかけられた習字の作品群。前面の壁には、チョークの文字を消された痕が残る黒板。
人間の子どもたちが勉強をするための空間であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。



三ツ星神器。快刀乱麻(ランマ)。



腕から生やされた、数メートルもの刃をひと振りする。
机とイスがまとめて薙ぎ払われ、引き倒され、あるものは黒板へと叩きつけられた。
同じことを何回か繰り返せば、教室はすぐに竜巻に襲われた後のような姿になる。
普通の人間の子どもだったら、こんな教室を見て胸を痛めたりするのかなぁと思った。
だったら普通に中学校に通っている子どもってどんなのだろうと考えて。
最初に思い浮かべた具体例が、植木耕助だったことに自分で腹がたった。

267こどものおもちゃ(Don't be) ◆j1I31zelYA:2014/06/03(火) 22:57:02 ID:4PLmYgDA0
同じ回想を見回って、突き当たりにあったのは職員室だった。
向かい合うようにして並べられたデスクの上には、マグカップや灰皿など教師の個性を主張するものがこぢんまりと置かれていて。
それ以外は、パソコンや学級日誌の綴りだとか、答え合わせ途中のテスト用紙だとかに机上を占拠されている。
どうやら子どもを教育するのは大変なことらしいと、他人事のような感想を抱いて。
でも、そこそこに広さがある空間なので、四つ目を試すのにちょうどいいと判断する。



四ツ星神器。唯我独尊(マッシュ)。



ガチンガチンと開閉する巨大な顎が教師の成果を尽く噛み砕いていった。
壊してしまうなんて、簡単なこと。
ただ、一から作り上げたり、馴染んだりすることはバロウにとって難しい。

強い能力を持っていても、人間として学校に通っている連中がいることは知っている。
同じ天界人である植木耕助などは、戦いが終わればごく普通の学校生活に戻っていくらしいと聞いている。
あの手塚と呼ばれていた人間も、人間なりに力を持ったまま暮らしていたのかもしれない。
じゃあ彼らと己はどう違うのかと突き詰めれば、周りに『気付かれている』かどうかになる。
自分たちが、異常だということを。



美術室。



そういう名前の部屋が中学校にあったことに、胸がじんわりとした。
ひとたび教室に入れば、慣れ親しんだ油絵の具のいい匂いが嗅覚をくすぐる。

床にこびりついた様々な色の絵の具。
描きかけで残された大小さまざまのキャンパス。
それらは教室や職員室と違って、壊したら胸が痛みそうな気がした。
しかし、だからこそ破壊することにした。



五ツ星神器。百鬼夜行(ピック)。



床に、壁に、柱に、キャンパスに。
突き出した八角柱の杭が、室内のありとあらゆる平面に穴を開けた。

せっかく描かれた絵には、悪いことをしてしまった。
それでも、母親から無視という酷評をされて、丸めてゴミ箱行きになるよりはマシかもしれない。

人間らしく、見なしてもらえるかどうか。
それは、人間社会に受け入れられるかどうかだ。
人間離れした力を持つものは怖がられて、弾かれる。
今は亡きロベルト・ハイドンにとっては、迫害を加えてくる人類全体こそが社会そのものであり。
バロウにとっては、母こそが世界だった。
夢を叶えないかぎり、世界に帰る場所はない。

268こどものおもちゃ(Don't be) ◆j1I31zelYA:2014/06/03(火) 22:57:55 ID:4PLmYgDA0



図書室。
見かけないと思っていたら、渡り廊下を歩いた別の建物にあった。
学校の設備にしては広々としていて、ゆとりのある閲覧スペースを囲うように書棚が並んでいる。
それは植木耕助と交戦した場所のことを、否応にも連想させた。
『正義』について問答した、苦々しい記憶がある。
だから、というわけではないのだが。



六ツ星神器。電光石火(ライカ)。



図書室の戦いで『それ』を操ることができなかったリハビリの意味もある。
モコモコとしたじゅうたんが足場を悪くする床を、縫うようにローラーブレードで走った。
この場所だけを破壊しないのもしっくりこなかったので、右手に快刀乱麻(ランマ)を生やしておいた。
すれ違った棚が勝手に斬れていく。
勝手に倒れていく。

あのときも、少年が一人死んだ。

植木を殺すつもりだったのに、横槍が入って別の少年を殺した。
そいつに対して思うことはない。ただ、その行為は愚かで、できるなら問いただしてみたいものだった。
君が、植木耕助を助けるために切り捨てた自分の『それ』は、そんなに簡単に諦めていいものだったのか。
助けた相手に代わりに成し遂げてもらうつもりだったとしたら、くだらないことだ。
あの時にほかでもない植木が叫んでいたように、自分の力で叶えれば良かったのだから。

叶える力がないなら、そいつは弱い。
忌むべきは、正義。
切り捨てるべきは、心。
必要なのは、力だ。



校舎内の見回りを終えて、立ち寄ったのは校庭の隅にあるプールサイドだった。
鍵はかかっていない。
誰かが隠れ潜むような場所ではないけれど、立ち寄った目的は、『見回り』よりも『リハビリ』よりも、『プールの水』にあった。

269こどものおもちゃ(Don't be) ◆j1I31zelYA:2014/06/03(火) 22:58:37 ID:4PLmYgDA0



七ツ星神器。旅人(ガリバー)。



プールの水面に、マス目で区切るような『光の網』が浮かぶ。
水面を突き破るようにして出現した巨大な”箱”は、その体積の分だけの水量を波としてプールから打ち上げた。
さらに、そこに”鉄”での一撃。
飛散した“旅人”の破片は金網を切り裂き、
直進した”鉄”の突進はプールサイドを砕く。
決壊した大量の水は、校庭へと流れ落ちて燻っていた火の勢いを弱めていく。

鎮火に向かうにつれて、校庭から校門にかけてのまっすぐな道ができた。
直線であるがゆえに、最短の道が。
さて、放送後はどこに行こうか。
海洋研究所。
デパート。
病院。
あるいは、ちょっと遠くのホテルにまで足をのばすか。
もしかしたらホームセンターまで引き返してみる、なんて気まぐれを起こすか。
いずれにせよ、最短距離を選んだからには、蹴散らす誰かにも出会うだろう。


校庭を横切って、最後に見かけたのはテニスコートだった。
体育の授業から放課後の部活動にまで利用されるような、二面張りのクレーコート。
立派な照明設備に囲まれていて、夜間使用にも耐え得る灯りが点きはじめている。

ああ、そう言えば、まだ神器がひとつ残っていた。



八ツ星神器。波花(なみはな)。



腕と一体をなす長蛇のような鞭が、校庭とコートを仕切る金網を叩き割り、近場にあった若木をへし折りコート上のネットやボールかごを引き倒した。
たちまちに、コートの上が無数の『ゴミ』と呼ばれる破壊の痕跡で埋め尽くされる。

(さて、進むか)

自らの腕に宿る力を確かめるように撫でて、顔をあげる。

すでに戻る道は、閉ざされている。
今のバロウのままで、人間として暮らせるなんて不可能事だ。
もはや、5人もの中学生を殺した人殺し。
それは『ただの人間の子ども』が背負える重さをとうに超えている。
『息子が大量殺人者になってしまった母親』に、平穏な暮らしが手に入るはずもない。
ならば、犯してきた罪という『過程』すらもすべて吹き飛ばすような『結果』を勝ち取らない限り。
奇跡にすがらない限り、未来永劫の絶望が待っている。

それを、わがままだと言うのなら。
母親の気持ちも考えない、子どものエゴだと言うのなら。

270こどものおもちゃ(Don't be) ◆j1I31zelYA:2014/06/03(火) 22:59:24 ID:4PLmYgDA0

「僕はずっと、子どもでいたい」

わがままを言える、子供に。
母親に甘えられる、子どもに。
いっしんに愛情を求めることができる、ただの人間の子どもに。

だから、



「僕は、大人にならない」



過去を現実に。
待っている未来を、かつての過去に。

校庭から見上げた時計台は、まもなくして6時の時を刻もうとしていた。

【E−5/中学校/一日目・夕方】

【バロウ・エシャロット@うえきの法則】
[状態]:左半身に負傷(手当済み)、全身打撲、疲労(小)
[装備]:とめるくん(故障中)@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×2(携帯電話に画像数枚)、手塚国光の不明支給品0〜1
基本行動方針: 優勝して生還。『神の力』によって、『願い』を叶える
1:施設を回り、他参加者と出会えば無差別に殺害。『ただの人間』になど絶対に負けない。
2:僕は、大人にならない。
[備考]
※名簿の『ロベルト・ハイドン』がアノンではない、本物のロベルトだと気づきました。
※『とめるくん』は、切原の攻撃で稼働停止しています。一時的な故障なのか、完全に使えなくなったのかは、次以降の書き手さんに任せます。
(使えたとしても制限の影響下にあります。使えるのは12時間に一度です)

271こどものおもちゃ(Don't be) ◆j1I31zelYA:2014/06/03(火) 22:59:47 ID:4PLmYgDA0
投下終了です

272名無しさん:2014/06/03(火) 23:06:08 ID:e5Ja2Abk0
投下乙です。
神器の描写がどれも印象的で、とても丁寧でした!
それに最後の台詞を見た瞬間、OPの一説も思い出してしまいましたね……

273名無しさん:2014/06/04(水) 12:58:28 ID:7ihqp9/2O
投下乙です。

旅人は箱が閉じた後なら他の神器を使えますが、電光石火と他の神器は同時使用できません。

274名無しさん:2014/06/04(水) 17:23:23 ID:YoNzgl4s0
投下乙です

275こどものおもちゃ(Don't be) ◆j1I31zelYA:2014/06/04(水) 22:06:56 ID:hA0NsJD.0
>>273
ご指摘ありがとうございます
この期に及んで基本設定の部分を失念するような真似をしでかして申し訳ありません…

「この場所を〜勝手に倒れていく」までの、電光石火使用中に快刀乱麻を使用した描写を削除させていただきます

276名無しさん:2014/07/15(火) 00:59:24 ID:hdlA2eFs0
月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
96話(+2) 18/51(-0) 35.3(-0.0)

277名無しさん:2014/08/05(火) 00:10:40 ID:0E5kduwU0
放送やってもいい気がする

278 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:49:23 ID:TZA2pd2M0
夜も更けましたが、ゲリラ投下します。

279波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:53:50 ID:TZA2pd2M0
凍てついていた。

黄昏に焼かれて、太陽に焦げて。
それでもその景色は、南極の大地の様に寂しく凍てついていた。

燃えるような斜陽が、世界をべっとりと睨みつけている。
紅に染まる町並み。まるで世界は炎の渦中か、血の海の淵か。
その中で、ただ黙り込んだ小さなラジカセと、冷たいアスファルトと、
赤い水溜りだけが、突き刺さる様に景色に張り付いていた。
風は、なかった。時が止まった様に、景色の動く気配がない。
空に真っ直ぐ伸びる電柱が、路肩に等間隔で生えている。寂れたビルが、建っている。
褐色の鉄骨が剥き出しになっている。錆びた釘が落ちている。
道端には霞草が咲いていた。小さな花は懸命にコンクリートに根を下ろし、半分欠けた太陽に顔を向けている。
影が、舗装された道路の上を東に走っていた。彼等は展翅された様に動かず息を潜め、標本の様にアスファルトに焼き付いている。
錆びた標識が、忘れられたようにぽつんと一本立っていた。酷くくたびれた、一方通行の標識だった。
右に僅かに曲がったパイプは、矩形の鉄板ごとアスファルトに冷たく、重く、深く突き刺さる。
それはまるで死を印す標の様に、血溜まりの中心を貫いていた。
遠く、鉄塔が立っている。橙の空を切り取る様に塔から黒い線が走り、鉄塔から鉄塔へと伸びていた。
やがて線は黄昏の影と光に滲んで、空の彼方へ消えてゆく。
死んでいるのだ。息遣いも、熱も、音も、何もありはしない。

そこには、“いのち”と呼べるものが無かった。

ふと何かを思い出した様に、世界が風を吐く。
かちり。何処からか、止まった時間が動き出す音。
さらさらと草がそよいで、電線が揺れた。
土煙が舞い上がり、道路の向こう側で陽炎が不細工なワルツを踊る。
錆びた標識はその中でも姿勢を崩さずに、茜雲に向かって斜めに伸びている。
すぐ側に、女子中学生が倒れていた。既に息は無く、ぼろ切れの様に事切れている。
腹からはぬらぬらと粘液に濡れた腸が飛び出し、群青のスカートにこびりついていた。
白いセーラーはその身体を純血で赤黒く染め、青白く強張った肌に吸い付いている。
栗色の髪の毛を風がさらった。前髪が揺れて、瞳孔の開いた硝子玉が夕陽を反射する。
優しい笑顔は強張った筋肉にずっと張り付いたままで、解けることはない。
二度と、その笑顔は崩れない。
崩れないのだ。

そこに木は立っていなくて、川も流れていなくて。森も、神社も、あの丘も。
あの校舎もあの祭具殿もあの電話ボックスも、ありはしない。
夕暮れだというのに、こんなにも哀しい黄昏なのに。ひぐらし一匹、そこにはいなかった。
辺りには夏の終わりの様な蒸し暑さと、虚しさと、静けさだけが、取り残された煙草の煙の様にただ茫漠と漂っている。
優しさなど、そこには無い。生きる命など、ありはしない。景色は死に尽くし、そこで完結していた。
ただ影を東に伸ばた気の利かぬ錆びた墓標が、骸の枕元に黙って立ち尽くしていただけだ。

二度と解けぬ、優しい笑顔があっただけだ。

それだけだ。

280波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:54:29 ID:TZA2pd2M0
鉄扉を開けると、そこは真っ直ぐ伸びる廊下だった。
灯りは殆ど無く、申し分程度にぶら下がる裸のフィラメント電球すら切れかけで、ぱちぱちと橙色の残滓を暗闇に振り撒いていた。
壁には得体の知れないケーブルやパイプが縦横無尽に駆け回り、ずっと向こうまで続いている。
錆びた鉄と、油の臭いがした。思わず眉間にしわが寄る様な臭いだった。
ごうん。右壁面を走る一際太いパイプが唸る。赤い塗装が剥げたバルブの側から、ぷしゅうと白煙が噴き出した。
少年は頭をもたげて天井を見上げる。高い。6メートルはあるだろうか。
スラブから下がったチャンネルが大小のパイプを吊り下げ、剥き出しのスプリンクラーが辺りを埋め尽くしている。
溜息を、一つ。吐く息は白く、少しだけ肌寒い。
こつん、と靴のソールがモルタルを叩く無機質な音。その小さな足音は長い廊下を反響して、闇の向こうに消えていった。
長い廊下を歩ききると、角があった。緩やかな弧を描きながら、道が旋回している。その先には錆びた鉄の引き戸があった。
曲がって、前を見て、そして扉を引く。軋む扉を引ききって、目の前を見上げて―――広がる景色に、息を飲む。




「皮肉だな、ホント」




口角を吊り上げて、恨めしそうに呟く。
戦って、傷付いて、喪って。それでも綺麗だと、思ってしまうのだから。

「本当に、皮肉だ」

それは、一面の水の世界だった。
アクリルに閉ざされたブルースクリーン。淡いコバルトブルーが世界を満たし、まるで深い海の底。
黄昏を浴びて金色に煌めく水面が部屋の中へ沈み込み、ゆらゆらと朧げな光が部屋を埋めるモルタルを泳いだ。
透明な境界の向こう側に、優雅にマンタが泳いでいた。鯵の群れが白銀の竜巻を作っていた。
海藻がゆらゆらと揺れていた。イルカが踊り、鳴いていた。
綺麗だ、と。そう思わざるを得ない光景だった。

「……どうして」

こつん、とアクリルの壁面に額を当て、息を吐いた。白い息は冷たい空気を漂って、やがて虚空に溶けていった。
震える拳が、アクリルの一枚板を叩く。どおん、と鈍い音が部屋に反響した。
アクリル面に映り込むのは、冴えない男が一人。酷くやつれた表情の中で、への字に曲がった口から声が漏れた。

「どうして、俺なんだ」

どうしてなんだ、と。腹の底から捻り出す様に言う。
半ば無意識の言葉は、その九文字は、ここまでの苦悩の全てが詰まっていた。

「いつもそうだ……ああ、確かに俺は生きたい。生きたいよ……」

駄目だ。少年は思った。そうじゃない。違うんだ。

「だけどあいつらだってそうだろ。誰だって、死にたいわけじゃなかった! 生きたかったはずだ!」

待て。それ以上言うな、駄目だ。“崩れる”。
今まで積み上げたものも、捨ててきたものも、無視してきたものも、我慢した想いも、叶えたかった願いも。
全部、崩れちまう。だから、言うな。言うなよ。言うな!

「あいつらが何かしたか? 命を奪われなきゃいけないような事を?
 無様に死ななきゃいけない事を? 何かしたっていうのか!?
 …………冗談じゃない……冗談じゃない!!!」

281波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:55:21 ID:TZA2pd2M0
守りたい約束があった。皆で生きて帰ると言ったそばから、呆気なくその約束は破られた。
無関係の少女がいた。別れは一瞬だった。仕方が無かったと割り切った。
殺人鬼が居た。救う道は無かった。撃ち抜いて、落とすしかなかった。
仲間を失って命を奪って、後に残ったのは鋸を引く無機質な感覚だけだった。
渇いた友情があった。命を守って、命を落として、残ったものは押し付けがましい陳腐な言葉。
守りたい笑顔があった。尊い願いがあった。悪魔はそんな想いすら嘲笑って、小さな命を踏み躙り奪っていった。

「奪って、走って、殺して、見捨てて、逃げて。必死に生きて、生きて、生きて、守られてッ。
 そうして残ったものは何だ? 打算と、現実と、あとは何だ? 何が誇れる?
 正しいだけじゃ生きられない、あぁそんな理屈は疾うに解ってる!
 だけどそうして生き残って、その先に何がある!?」

やめろよ、違うだろ。そんなんじゃないだろ。
そんな事を言う為に生きてきたんじゃないだろ。
石に縋り付いて、藁に噛み付いて、這いずり回って泥水を啜ってでも生きるんだろ。その為だったら何だってやるんだろ。
仲間ごっこも、裏切りも、見捨てる事も、手を汚す事だって厭わない。
理想なんてもんに意味はない。そんなもんが叶うわけがないし、叶ってたまるか。
利用出来るもんは全部利用して生きる。奪えるものなら全部奪って生きる。そうだろ?
悲しんでも、嘆いても、何も始まらない。救えない。違うか?
俺は何か間違ってるか? 

「正しい奴からいつも死んでく。俺なんかよりよっぽど生き残ってなきゃいけなかったような奴ばかりが!
 確かにあいつらはどうしようもない甘ちゃんだったよ!
 馬鹿で温くて仲間ごっこが大好きで、理想論ばっかな口先だけの夢見がちな糞野郎ばかりだった!
 だけど、だけどよ……」

わななく口で叫んだ声は、冷たい青に消されてゆく。喉を裂くその独白も、想いも。ただ虚しく平等に壁の向こうの海に沈む。
ふと何かの重さに耐えかねて崩れ落ちる様に、膝を折った。
アクリルに映り込んだもう一人の自分は、馬鹿みたく嗚咽を上げるだけで何も言わない。
光の無い黒い目を、鼻水で汚れた情けない顔を、ひたすらこちらに向け続けていただけだ。
励ます人も、怒る人も同意する人も、愛してくれる人も、慰めてくれる人も、叱ってくれる人や殴ってくれる人すら、此処には居ない。
優しさなどありはしない。温かさなどありはしない。
理想など、疾うに捨てた。夢なんてものは、ありはしなかった。人の形をしたその中身は、ひたすらに冷たく、空虚だった。
でも、でも、でも、だからって。

「……だからって奪われていいわけじゃないだろッ! 人間としゃ、あいつらの方がずっと立派だった! 俺なんかより! よっぽど!」

何度やり直せばいい?           “やめろ”
何度喪えばいい?             “やめろ!”
何度、こんな想いをすればいい?      “やめろ!!”
なぁ、今だけでいい。もう二度と、弱音も吐かないから。泣かないから。逃げないから。
だから今だけは、どうか。         “やめてくれ!!!”

「守られなきゃいけないのは、あいつらの方だった!
 だけど死んじまったよ! 逝っちまった! みんなみんなみんなッ!!!」

吐き捨てて、吐き捨てて、それでも言葉を絞り出す。
行き場の無い怒りと恨みと後悔が、今まで必死に殺してきた想いが、腹の奥から逆流する。
頭の中ががんがんと痛んだ。口と思考と身体が別々の方向に進み、身が張り裂けそうだった。
こんなんじゃない。少年は唇を噛みながら、どうにかなってしまいそうな頭で思った。
目指すものは、歩いて来た道はこんなんじゃない。望んだものは、こうじゃない。
置き去って来た筈だ。切り捨てて来た筈だ。
だから、言うな。言うな!

「ずっと思ってた事だ……ずっと見てきた事だ。自殺していく奴や、戦って死んでいく奴。殺してもらう奴、集団で死ぬ奴。
 少し間違えれば、俺もそうなるはずだった。
 ……少なくとも分かり合えるって、最初はそう思ってたよ。殺し合いなんて起きる筈がないって。
 皆、信じられるって。協力出来る筈だって。手を取り合える筈だって。それが、なんで、なんでっ」

282波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:55:47 ID:TZA2pd2M0

震える両手を目の前に出す。
誰かに守られて生き残ったにしては、優しい言葉で許されるには、その掌はあまりに黒くて、あまりに汚れてしまっていた。
守られていい両手じゃない。褒められる事なんて、何もしていない。優しさに触れていいような人間じゃあなかった。
その掌で、ゆっくりと顔を覆う。
泥と、汗と、血の臭い。死と現実が染み込んだ両手が、視界を塞いでゆく。
不意に目頭が熱くなった。視界が滲んで、頬をゆっくりと濁った雫が流れ落ちた。
手を離し、震える両腕で胸を抱いて、身体を守って、沈むように床に倒れこむ。
痛い。
痛いのだ。
心が、肉が、何かが悲鳴を上げるように軋んでいた。諦めた理想が、胸を抉る。認めた現実が、心を刺す。
白と黒の境界で、ざわざわと汚れた何かが蠢いていた。




「――――――なんで、ここに居る?」




わななく口で、崩れる心で、その一言を絞り出す。
死にたくなかった。生きたかった。信じたかった。守りたかった。喪いたく、なかった。
皆で脱出したかった。誰一人欠ける事ないハッピーエンドが見たかった。
ただそれだけだった。
それが、いつから。どうして。

「こんな、こんな俺が。何も守れなかった、信じなかった、この、俺がっ。
 なんで。なんでだよ……なんでだ……」

全員、ゴミ屑の様に死んでいった。自分なんかよりもよっぽど尊くて価値ある命が、まるで羽虫の様にこの島の呪いに喰い散らかされた。
一体自分は此処で、あの島で何をしてきたのだろう。何を誇れるのだろう。一体何があるのだろう。何を言えるだろう。
リアリズムに沿って、情を捨てて、殺して、助けられて、ひたすら生きて……そんな命に、やってきた事に何の意味がある。
一度も守らなかった奴に、今更何が出来る。

「なぁ、竜宮。すごくなんかねぇよ、俺は……ちっとも、すごくなんかねぇ……」

呪いを吐く様に、呟く。悲しみも、涙も、震える息も。
なにもかもが冷えたコンクリートに染み込んで、消えてゆく。

「……俺は、間違えたのか……?」

アクリルの向こう側で泳ぐ海亀を見ながら、少年は呟く。
だとしたら、何処で間違えた。

「なぁ、誰か……誰か……教えてくれ……誰でもいいから……」

か細い声は反響を繰り返して、黙した空気に沈んでゆく。

「……お前は正しいって、言ってくれ……」

額を床に押し付けて、肌に爪を立てながら、唇を噛みながら、鼻を垂らしながら、呟く。
許しを乞う様なその言葉は、青い暗闇にぽつりと孤独に浮かんでいた。
小さい背中は、なにかに怯えるように小刻みに震えている。
誰かを求めて頭に想い描いても、そこには誰一人生者は居ない。何もない。誰も居ない。
理想が守られなかった現実、それに安堵する心。誰かを喪う虚しさ。自分じゃなくてよかったと思う卑しい心。
正しさも、間違いも、そこには何も無くて、答えは無くて。
ただ、また誰かを喪い己が生き残った現だけがあって。

嗚呼、全ては海に浮かんだ白銀の泡沫。

283波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:57:01 ID:TZA2pd2M0

アスファルトの海が、広がっている。
灰色が、敷き詰められている。
そこに音は無かった。しん、と真っ直ぐで純粋な静寂が、景色に焼き付く様にそこにあった。
張り詰めた空気が胸に突き刺さる様で、少しだけ少女は噎せた。
腰をくの字に折って、咳を吐く。吐いた息は、目の前に広がる血の池の様に生温かった。

少し、一人にさせて下さいまし。

そう提案したのは、他でもない少女だ。
時間が必要だった。それが解決してくれるのかどうかは別として、とにかく必要だったのだ。

咳が止まって、上体を起こして唾を飲み込む。落陽が、眩しい。
絶望と、失望と、苦痛と、後悔と。全てが混ざり合って胸の中をごうごうと渦巻いている。
少しその感情を並び替え咀嚼し間違えば、その気持ちは黒く裏返るであろう事を、少女は勿論知っていた。
だから、少女はその感情を飲み込まない。
それだけのものを認めて前に歩めるほど少女は強くはなかったし、
年相応の小さく華奢な体に、その黒い感情はとても収まりきらなかった。

夕暮れの光の中で、陽炎の向こう側で―――正義が揺らぐ。

守れなかった。共に戦ってきた友人を守れなかった。
助けられなかった。人間に絶望した少年も、それを殺そうとした人も、誰かの間違いのせいで助けられなかった。
届かなかった。必死の説得も、伸ばした手も、叫んだ声も。何一つ心に届かなかった。
伝えられなかった。言うべき事も、大切な気持ちも、感謝も、文句だって。何一つ伝えられなかった。
振り払われ、笑われ、ねじ伏せられ。貫かれ、助けられ。それのなんと、なんと無力か。
何がいつか借りを返す。何が届ける、何が助けられる。何が、自分次第。
何もかもが下らない。結局、何も出来やしなかったじゃないか。

「しっかり、しなさいな、黒子」

両頬をぺちりと叩いて、震える声で呟く。
しっかり、しっかり。自分に言い聞かせる様に、縺れる足を踏み出した。

「自身がないなら、取り戻すまで。不安があるなら、吹き飛ばすまで」

肺から空気を絞り出す様に、呟く。座り込むな、前を見ろ、進め、歩け。
そうじゃなければ、誰が秩序を守って、平和を取り戻すんだ。正義は、どこへ行くんだ。
……いや、違うか。少女はかぶりを振った。そんなものがなくても動く覚悟はした。失う覚悟もした。
だけど、いや、やっぱり違う。
覚悟をしたからって、それを受け入れられるかどうかはまた別なのだから。

「自分の、正義だけは、これだけは、貫いて、信じて、決して曲げずに、わ、わたし、はっ。
 だから、大丈夫、大丈夫ですの。大丈夫、大丈夫……」

無理矢理にでも、笑ってみる。頬を釣り上げて、笑顔を造った。
だけど、おかしい。こんなに笑っているのに、ちっとも笑えない。笑いたいのに、笑い方が分からない。
こんなんじゃ駄目だ。少女は思った。こんな調子では、到底正義など語れない。
少女は頭を後ろにもたげて、空を仰いだ。血が首の中を流れる感覚。じわりと後頭部が暖かくなる。
ふいに、鼻腔に届く血の臭い。噎せ返る様な生臭さに、目眩がした。
目線を落とすと、赤い雫で出来た道。転々と、まるで獣を導く撒き餌の様に。
何も考えずに、それを追う。その赤い印が何を意味するかはきっと判っているけれど、解りなくはなかった。
ただ、今向かう道は、目指すものはその先にある。
それだけが明確に心の中心に刻み込まれていた。

「さぁ、探しませんと……ええ、きっと船見さんは酷い怪我でもして、動けないんですの……そうに決まってますのよ」

284波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:57:25 ID:TZA2pd2M0
船見結衣。レベル0の圧倒的無力なはずの少女は、しかし遥かに自分より強かった。竜宮レナも然りだ。
認めざるを得なかった。
自分は、あの場所で肉じゃがを食べた誰よりも強い能力者で―――そして誰よりも、弱かったのだと。
能力的な強さより、この島で真っ直ぐに生きるためには、彼女達の様な強さが要る。
だからこそ、喪ってたまるものか。
守るんだ。
護るんだ。
まもるんだ。
その心の強さに救われて守られたなら、今度は自分の想いで、物理的な強さで彼女を守ってみせる。
―――もう、喪わない。喪わせない。誰一人、欠けさせない。泣かせない。
少女は前を見る。地面に続く赤い印が大きくなっているのは、きっと気のせい。胸にある嫌な予感も、きっと嘘。
今は泣くより悔いるより、今を見ろ。救う事だけ考えろ。
何処かで誰がが倒れているなら、迷っているなら。それを救うために居るのが、自分の役目なのだから。
「助けに行きませんと……早く、早く……」
何故なら―――





「だって、私は風紀委員<ジャッジメント>なんですもの」





―――それが、最後の葉っぱだったから。
朽ちて枯れ果てた細い樹に繋がった、今にも風に飛ばされそうな、最後の一枚だったから。
誰かを守ってきた過去も、敵を倒してきた過去も、自分への自信も、かつての友も、ここでの友も、救いたい気持ちも、守られた悔しさも。
その全てを喪って、それでも残ったたった一つのアイデンティティだったから。
自分が自分である為、壊れかけの体を保つ為。
少女に残っていたのはそれだけだった。何もかもを砕かれてしまった今、それを失えば“白井黒子”は本当に終わってしまう。
それを失っても立ち上がり進む覚悟は、確かにした。だが、失う事を是としたわけではなかった。
だから、きっと全てを失って最期の正義さえ失えば、本当に何も残らない。
だからこそ、この正義は曲げるものか。
血が滲みくたびれた腕章をぎゅうと握り、汗だくの額を拭い、風紀委員・白井黒子は前を見る。
諦めない。止まらない。折らない。曲げない。最後まで、最期まで。
鋭く尖った刺剣の様に愚直で、敬愛する姉の蒼雷の様に激しく、錆びた鉄屑の様に汚く。
それでも、向こう側に沈みゆく斜陽の様に、炉の中で産声を上げた一振りの剣の様に、どこまでも熱く。

魂の様にこうこうと輝く泥臭い正義が、少女の足を前へ運ぶ。













「ぁ」














――――――――――――だけど、やっぱり現実はいつだって残酷だ。

285波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:57:52 ID:TZA2pd2M0
暫く歩いてそこへ辿り着いた瞬間に、少女の膝ががくりと折れる。がたがたと肩が揺れて、茶色の瞳がせわしなく動き回った。
心臓が、ばくばくと跳ね上がる。唇が震えている。音にならない様な妙な声が、喉の奥から零れ落ちた。
焦点の合わない視線が、赤く濡れた彼女を捉える。うまく、息が出来ない。
落ち着け。少女はからからに渇いた口を開いて、空気を飲み込む。
胸の中で、がらがらと何かが崩れる音。冷たい風が吹いて、樹が揺れる。最期の葉が、ざわざわと不穏な音を立てた。
荒い息を固唾もろとも飲み込んで、縋る様に、腕章を握る。
―――大丈夫。
うわ言の様に、呟いた。
喪うな、震えるな、手放すな、座り込むな。泣くな、止まるな、諦めるな、見失うな。私は、私だ。
被さる旗を剥ぎ取って、隣の焼死体を押し退けて、横たわる彼女をがばりと抱き上げる。だらり、と腕と首が重力に従う様にぶらさがった。
嗚呼。動かなくなった彼女の顔を見て、唸る様に少女は息を吐く。
気付いてしまった。判ってしまった。もう、彼女は、船見結衣は―――

「ちがう」

唇が、震えた。
少女は暗がりの中で首を振って、彼女の頭を持ち上げ、頬に触れた。蝋の様に白い肌は、氷の様に冷たかった。
その頬を優しく包んで、身体を揺さぶった。反応はない。
耳を胸に押し当てる。音がしない。
口を見る。息をしていない。
地面を見る。血が、流れすぎている。
目を見る。瞳孔が開いている。
認めざるを得なかった。船見結衣は、

「ちがいますの」

少女の顔には深い影が落ちていた。表情が、見えない。
喉から出掛けた言葉を飲み込み、再び首を振って、動かなくなった彼女の肩に手を回す。
そうして立ち上がれば、がくがくと笑う膝。
少女は思わず噴き出した。違う、違う。こんなのは。こんな事は望んじゃいない。嘘だ。嘘なんだ。
ぎしぎしと何かが軋んで、残った何かが霞んでゆく。ぱたぱたと何かがなし崩しに倒れてゆく。
世界の色が反転して、赤い夕陽が青黒く染まった。光が黒く世界を照らし、影が怪しく輝いた。
少女は理解した。これがきっと、何もかもが終わる感覚なのだと。


「……しょうがないですわね、まったく」


だけど、違う。それも違う。まだ終わってたまるか。認めてたまるか。

“せいぎ”なんだ、“ふうきいいん”なんだ。諦めるもんか。

少女は犬歯を剥き、唇を噛みながら前を睨む。砕けそうになる心を支える様に、足を踏み出す。
折れるものか、終わるものか。少女はぎりぎりと歯を食いしばると、表情だけでぎこちなく嗤った。
世界に牙を剥くその想いは何よりも強く、気高く、固く……しかし、だからこそ現実を認めなかった。

「……こんなところで寝てましたら、風邪をひいてしまいますのよ? ほら、一緒に、移動しますの」

色を喪った双眸に、暗い光が灯る。強過ぎる意思が、虚構を産み出す。
少女が“白井黒子“である為に、正義が正義である為に、自分が誰かを守る存在である為に、風紀委員である為に。
失う事を是としない為に、失う覚悟を壊さない為に――――――擦り切れた希望が、汚れた世界に嘘を塗った。

「ほら、口の周りもこんなに汚して……」

少女が、物言わぬ彼女へ優しく話しかける。彼女は答えない。少女は首を傾げた。
血で濡れた彼女の顔を制服で拭い、にこりと笑いかける。彼女はつられて笑いさえしない。
―――起きて下さいまし。少女が言った。彼女は答えない。
少女はやがて諦めて、彼女を背負ったままふらふらと道を引き返していった。誰も居なくなった、血濡れた道を。

「貴女達は、私が、守りますの」

魂が崩れて、心が錆びつく。覚悟が腐り、現実が凍てつく。
屍背負い道を迷って、捻れた正義は何処へ逝く。

286波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:58:19 ID:TZA2pd2M0
鴎が空を泳いでいる。
赤から青へのグラデーションの中に、白い鴎はよく映える。

少年は頭を後ろにもたげ、馬鹿みたく口を開けて空を仰いでいた。
くすんだ銀色の手摺に背を預け、腕を乗せ、何をするわけでもなく。
そこは、屋上だった。倒壊した研究所の隣設棟の屋上だった。
嘆くだけ嘆いて、喚くだけ喚いて、少年は何かを求める様にそこへ辿り着いた。
不意に潮風が髪を攫う。ばさばさと黒髪が靡いて、少年はそれを手で抑える。
目線を流せば、真っ直ぐ伸びた横一文字の境界線。広大な海が大空に、悠久の空が大地に。
逆さの世界に溜息を吐く。恨めしい程綺麗で、思わず舌を打った。
全くさっきはどうかしてたな、と少年は起き上がりながら思った。自分らしくもない。

「……何でこうなっちまったんだろうな」

くるりと身体の向きを変え、手摺の向こう側の海を眺める。東西を跨ぐ橋が見えた。

「わかんないよな。本当に」

考えても、仕方ないか。
胸ポケットをまさぐり、煙草の箱を取り出す。皺だらけのマイルドセブンの包装から一本だけ、煙草を抜いた。
それを咥えて火を近付けたが、潮風が邪魔をしてなかなか火が点かない。
かちかちと何度かライターから火花を散らせて、漸く煙草が煙を吐いた。
やれやれと肩を竦めると、少年は目を細めてそれを吸う。口の中で煙が回り、肺を介して鼻から抜けた。
味は、開封して暫く経ったからか、些か風味が抜け落ちてしまっていた。
少年は苦い表情で笑う。唯一の楽しみを奪われた気分だった。
鼻から息を吐きながら、紫煙を目で追う。
煙草は世辞にも美味くはなかったが、夕暮れに漂う紫煙を見ている気分は、何故だか決して悪くはなかった。
苦い感情に不味い煙草、味気ない研究所。尽くミスマッチ。ロックだ、と思った。

「……そろそろ、白井も現実にぶち当たる頃だろうな」

少年は呟くと、くつくつと肩を揺らした。
白井黒子。あの正義馬鹿は、あろうことか船見結衣を助けに行くと宣った。
それを聞いた時、思わず言葉を失った。
馬鹿だと思った。耳を疑うとか、そういった次元じゃない。
そもそもどう贔屓目に見ても彼女が生きているわけがなかった。
竜宮レナが殺されて、船見結衣が生き残るだなんて道理は通らない。
万に一つ死んでいなかったとしても、恐らくもう手遅れだ。死は免れない。それが遅いか早いか、それだけだった。
だから、選択肢がなかったのだ。救いに行くだなんて、ふざけた選択肢は。
それを言わない自分は、性格が悪いのか、どうなのか。
少年はニヒルに嗤うと、煙草の煙を吐いた。紫煙が中空に浮かんで、ぐるぐると螺旋を描きながら消えてゆく。
自分は行かずに待っている。少年はその旨を少女に告げて、この研究所に来た。
決して、彼女が死んでいるだろうとは言わずに。
あの悪魔と彼女が再び鉢合わせる可能性もあったが、自分には関係がない事だった。

ただ……少しだけ、少女が羨ましかった。
彼女が生きていると信じられる気持ちは、もう自分にはないものだったから。少しだけ意地悪を言ったのは、だからだ。
その感情を甘いと吐き捨てる事は簡単だった。
ただ、それは紛れもなく嘗ての“七原秋也”の理想だったのだ。
今は死んだその影の、夢の形だった。だから羨ましくて―――そして無性に腹が立って、仕方がなかった。
そんなものは理想で、叶わないと解っているから。どうせ、船見結衣は死んでいる。殺されている。
そんな解りきった答えを、理想でなんとか砕こうと抗って……それでも現実は嘘を吐くはずがなくて。
結局絶望が待っているだけなのに、わざわざ信じて傷付く彼女が、どうしようもなく気に入らなかった。
ここまで来て、何故諦めない。何故認めない。もう充分なはずだ。気付いているはずだ。
なのに口を開けば綺麗事、世迷言。この島の阿呆共はみんなそうだ。誰も彼もが、甘過ぎる。
それが歯痒かった。皆して甘くて―――まるで諦めた自分の方が、間違ってるみたいだったから。
信じられなくなったお前こそが、咎なのだと。

クソったれ。本当に、反吐が出そうだ。
煙草を手摺に押し付けて火を消して、少年は懐からもう一本を取り出した。
かちり、とライターの火打石が火花を散らす。



「なぁ、川田……何かを信じるってのは、本当に難しいよ」

287波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:58:41 ID:TZA2pd2M0
煙草の煙が、歪んだ口から漏れた。
灰と共に煙が潮風に流されて、金色の海の向こうへと消えてゆく。

「……湿気っちまってら。こんなに不味い煙草はねぇな」

最初から、そこには何もなかったかの様に、脆く、儚く。








来た道を、引き返す。未来に行く事を拒む様に、過去の想い出に縋り付く様に。前を見ず、後ろへと進んでゆく。
悲しみも、痛みも、苦しみも、希望も、現実も、彼女を見つけたあの場所へ置いてきた。
残ったものはただひとつ。ぽつりと小さな塊が少女の中にある。
後は何も無かった。胸にはぽっかり穴が空いた様で、冷たい風がびゅうびゅうと体の中を吹き荒ぶ。寒い。
空洞の心の中に、冷え切った塊が転がっている。
正義だった。
熱をすっかり失って、それでもそこに在り続けている、未練がましい正義の結晶だった。

肩で息をしながら、傷付いた彼女を運ぶ。時折心配そうに声をかけながら、ふらふらと覚束ない足取りで歩いてゆく。
移動に能力は、使わなかった。否、使えなかった。こんなにも冷静なのに、何故だか座標演算処理がうまくいかなかったのだ。
思えば、能力を使わず人を運ぶだなんて随分と久し振りだと少女は思う。
能力使用禁止区域――例えば寮内の様な――では、荷物を運ぶことはあれど人を運ぶだなんて事は滅多になかったし、
あまつさえ風紀委員として応急患者を運んだ事は何度かあれど、仕事中は基本的に能力を使っている。
しかし、どうだろう。レベル0の人は毎回そんな発想にすらならないわけだし、能力が無い世界に至っては、それが当たり前だ。
ならば成程、学園都市の人間より異世界のレベル0の人間の方が、よっぽど精神的に逞しいのかもしれない。

でも、だったら強さとは一体何なのだろう?

レベル5だから優れている? スキルアウトは見下され、レベル0は評価されない?
自分の能力は何の為にあるのだろう。人を救う為?
誰も救えなかったのに?
ぜえぜえと洗い息を吐き、全身から滝のように流れる汗に顔を歪めながら、少女は自問した。
時折ずり落ちそうになる彼女を背負い直し、たまに休憩を挟みながら、少女は歩いてゆく。
虚ろな双眸が、灰色のアスファルトを映す。交差点があった。動かなくなった信号を横目に曲がると、目の前には錆びた標識。
標識の根本まで歩いて、足が止まった。
乾いた血溜りの中に、それがあった。

竜宮レナが……竜宮レナだったものが、横たわっている。

その側で、犬が身体を丸めていた。
テンコはどうしたんだったかと記憶を辿り、嗚呼、と溜息を吐く。一人になりたいからと支給品袋に入れたんだった。
我ながら、自分勝手な話もあったものだ。少女は自嘲して、汗でべたりと張り付いた髪を掻き上げた。
瞳を閉じ、震える口で息を大きく吸う。そうしてゆっくりと、瞼を開く。目の前の景色を、認める為に。
ところが、瞼は開かなかった。まるで石化魔法をかけられた様に、或いは心理掌握にそうしろと暗示を掛けられた様に。
ぐるぐると瞼の裏側に絶望が渦巻いて、みるみるうちに光が歪んでゆく。屈折して、深淵に落ちてゆく。
捻れて歪になった正義が創り出した虚像が、動かぬ肉に息吹を与えた。
少女は熱くなった目頭から溢れようとする何かを堪えながら、覚悟と共に重い瞼を開く。
認めない。認めさせない。失わせない。殺させない。欠けさせない。
誰一人、これ以上奪わせない。



「――――――なに、やってるんだよ、白井」



不意に、乾いた笑い混じりの少年の声。少女は気怠そうに頭をもたげて、声のする方を睨んだ。
色を欠いた視界の中に、少年の険しい表情が映り込む。

「……答えろ。“そこで何をやってる、白井”」

いつもよりワントーン低い声が、死に尽くした虚無の街に響いた。
風が、アスファルトの砂埃を巻き上げる。土と血の臭いが鼻腔をつんと刺す。
じりじりと音も無く後退り、少年は臨戦体制に入った。
何故って――――――少年がそこへ戻ってきた時に見たものは、薄ら笑いを浮かべて二つの屍を運ぼうとしている、メイド服の少女の姿だったのだから。

288波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:59:07 ID:TZA2pd2M0
壊れてしまったか、壊れかけなのか。

経験上、それはどちらかだった。
ただその二つでは圧倒的に前者の可能性が高かったし、
例え後者だとしてもどの道遅かれ早かれ堕ちるであろう事を少年は知っていた。
別に然程珍しい事ではない。明るい人間や正義感がある奴ほど、このゲームでは堕ち易く、死に易い。
友人の死を見て壊れてしまう事は可能性の一つとして充分に在り得た事だった。
何故それをこの時に限って見逃してしまったのか。少年は口の中で舌を巻いて後悔した。
少女の性格を少し考えれば、こうなる事くらい予想出来たはずだったのに。

ともあれ、後悔先に立たず。少年はそれ相応の覚悟をしなければならなかった。
少女が壊れていようがこれから壊れてしまうのだろうが、何れにせよ少年にとっては邪魔にしか成り得ないからだ。
しかし、少年は自分が少女に敵わない事を痛いほど知っていたし、それを知っていて歯向かうほど愚かでもなかった。
だが、少女を相手取って背を向け逃げる事は死に同義だ。ならばどうするのが正解か。
……いや、正解など、きっと無いのだ。少年は思った。
どう足掻いても戦闘態勢に入った少女からは逃げられないし、殺せない。
それは対峙即ちゲームオーバーを意味していた。
リスクやメリットどころの話ではなかった。オールリスク。オールデメリット。得るものなど何も無く、その先には無慈悲な死があるのみだった。
となると跪いてでも命を乞うか、奇跡を信じて歯向かうかだ。どちらにせよ博打。馬鹿馬鹿しいが、それしか道はない。

少年は冷や汗を額に浮かべながら、じりじりと後退る。
腰に下げたレミントンM31RSを抜きこそしないものの、グリップには確りと利き手が添えられていた。
共に釜の飯を食った仲だからと言って、狂ってしまったのならば容赦をするつもりなど毛頭ない。
人は少しのきっかけで変わってしまうものなのだ。そんな事、ずっと前から知っている。

「お前は“どっち”なんだ?」

無意識に出た疑問。答えの変わりに、無言が、五秒。返答次第では、覚悟をしなければならなかった。

―――瞬間、少女の指先が跳ねる。

それを皮切りに少年は銃を素早く抜いて、流れる様な動きで構えた。
狙いを付け、トリガーに指を掛けるまで約一秒。息つく暇すら与えない。
敵を討つに理想的なその一連の動きは、半ば脊髄反射に近かった。
銃口は寸分違わず少女の眉間を向いている。同時に、しまった、と苦い顔。
銃を抜けば最早、戦うしか。


「こんなところに、いましたの」


そう覚悟してごくりと生唾を飲み込んだ時、故に少女の口から発せられたその言葉に少年は面喰らった。
何故ならそう呟く少女から敵意らしい敵意は全くと言って良いほど無く、
且つその表情が、壊れた心から造られたにしてはとても優しいものだったから。
矛盾していたのだ。
向こうまで続く、平行線。交わることのない線が、交わっている。
昼と夜が、同時に訪れている。全てを貫く矛が、全てを守る盾を、射抜いている。
何かが、おかしい。
少年は息を飲んでトリガーの指に力を込めた。目前の少女は、銃口を意にさえ返していないようだった。
光の無い瞳は底無しの常闇の様に真っ黒で、ぶるりと寒気が背筋に走る。
こちらを見ているのに、こちらを何も見ていない。銃を見ているはずなのに、見ていない。
この噛み合わない歯車は、一体何だ。

「白井……お前の目は、何を見てる?」

289波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:59:43 ID:TZA2pd2M0
だから少年は混乱した。優しい表情とあまりに乖離してしまった、その淀みきった双眸はなんなのか、と。
遺体の側に座る犬、居なくなったテンコ、膨らんだ支給品袋、横たわる死体、流れる血液。
担がれた死体、正義、風紀委員。光を失った目。
状況を舐めるように飲み込み、経験が解を弾き出す。
バラバラのパズルのピースが、パチパチと嵌ってゆく。導き出された答えは―――嗚呼、成程。
少年は理解した。そういう事か、と苦い笑みを浮かべる。

「聞いて下さいまし。先程」
「いや……解った。もう、いい」

口を開く少女へ向けた銃を下ろし、少年はかぶりを振った。つまり、そういう事だったのだ。
狂ってなどいなかった。壊れてなど、いなかった。
少女は、白井黒子は、変わってしまってなどいなかった。
簡単な話だった。少女はただ、どうしようもないくらいに“白井黒子”だっただけなのだ。
自分が現実を知って、それを認めて“七原秋也”を捨てた様に、
白井黒子は現実を知って、それを認めない様に“白井黒子”であり続けているだけだった。

「船見さんが、もう殆ど息をしてませんの。だから早く、何でもいいですから何か応急処置になるような何かを!」
「白井、もういい」

拳を握りながら、少年が呟く。
理解は出来る。気持ちも分かる。それでもどうしようもなく、目の前の少女が許せなかった。
だって、認めていないだけだったから。見ていないだけだったから。
ふざけるな。
だから、少年は歯を食い縛りそう思った。
ふざけるなよ。
死んだ事すら無かった事にされるだなんて、あの言葉もあの笑顔もあの想い出も、尊い命すらも嘘にするだなんて。
―――そんなの、都合が良過ぎるじゃないか。なぁ、白井。

「竜宮さんも、早く治療してあげないとだめですの。このままでは二人とも、」
「もういい」

砂を噛むような表情で、かぶりを振る。怒りと、虚しさと、やるせなさが身体をぶるぶると震わせた。
……そんなになって、現実を認めずに逃げてまで、お前は何を守りたいんだよ、白井黒子。
なぁ、そんなに大事なのかよお前の守ってる理想は。現実を認めることは、諦めることは、そんなに嫌なのかよ。
何でだよ。そうまでして、何でなんだ。全部捨てて諦めればいいだけだろ。別に辛い事でもなんでもないだろ。
簡単な、事じゃないか。

「今度は私達が御飯を作ってあげませんと。皆さんに笑顔でいて貰いたいんですの。だから早く!」
「黙れよ……」

触れれば崩れてしまいそうな儚い表情で、少女は懇願する。
少年は歯を軋ませながら溜息を吐く。理解出来なかった。どうしてそこまでして、目の前のこいつは強くあろうと嘘を吐くのか。
そうして得た痛みの方が、よっぽど辛いのに。

「ほら、しっかりしなさいな船見さん。寝てしまったんですの? おかしいですの。さっきまで確かに喋って」
「……なあ、話をきけよ、クロコ」
「こちらの台詞ですの。竜宮さんも勝手に喋るだけ喋って、黙って眠ってしまいましたし、まったくもう」

少女が震える唇で答えた。答えになっていない。
うんざりするように、少年はこうべを垂れる。行き場のない感情が、爆発しそうだった。
いっそ激情に任せて全部吐き出してしまった方が、どれほど楽か。

「やめてくれ」

少年はそれでも堪えながら、言った。これ以上その光景を、見ていられなかった。胸が痛んで、仕方が無かった。

290波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:00:06 ID:TZA2pd2M0
「さ、早く探しますわよ。これだけ建物や研究所がありますし、きっと包帯やお薬だってあると思うんですの」
少女が言って、ふらふらと竜宮レナへと駆け寄り、土色の腕を持ち上げる。
「やめろって」
少年は懇願する様に呟いた。やめてくれ。
「そういうわけにはいきませんわ。辞めれば、諦めれば、死んでしまいますのよ? 馬鹿な事言わないで下さいまし!」
「……やめろ」

むっとした表情に向かって、喉から捻じり出す様に、言う。少年の肩は震えていた。
少女は眉間に皺を寄せ、つかつかと少年の目の前へと足を進める。

「あのですね……私だってさすがに怒りますのよ! 一体何をやめろと」
「――――――それをやめろって言ってんだッ!!!」


少女の肩をがしりと掴み、身体を揺さぶる。ぐしゃり、と少女の背から物言わぬ骸が落ちた。
ぎょっとして、少女は体を強張らせる。困惑に、眉が歪んだ。
少年は項垂れた顔を上げて、少女の双眸を真っ直ぐに見つめる。底無しに暗い瞳に、動揺の色が走った。

「もういいだろ! 認めてやれよ! 逃げてんじゃねえ! 見ろよ! ちゃんと!! 現実を!!!」

じわり、と少女の瞳に鈍い光が差す。ぴしりと罅が入る音。はっとした様に少女はふらふらと後退り、少年の両手を剥がそうと身体を揺さぶった。
逃がすものかと、少年の指が肩に食い込む。ずきりと皮膚の内側に鋭い痛みが走り、苦悶に表情が歪んだ。
ぱきり。少女の鼓膜の内側で、罅が広がる。崩れてゆく。砕けてゆく。
灰色の世界に色が差す。虚構の景色が滲んでゆく。現実が、生きた命を屍にしてゆく。
横たわる遺体。広がった血。全身を染める赤。焦点が合わない目。がたがたと肩が震えて、上手く声が出せない。
心臓が跳ねている。息が詰まる。目の奥が熱い。
ぼろぼろと、風化した土壁の様に崩れてゆく。必死になって積み上げた偽物の覚悟と現実が、跡形も無く消えてゆく。

「げ……現実? あ、貴方、なにを、言って」

少女が言って、後退ろうとする。少年は逃がさない。
少女の頭の中で警鐘がけたたましく鳴った。
逃げろ。頭の中で何かが叫んだ。今すぐ耳を塞いで、逃げろ。

「いいか、白井」
「やめてくださいまし……痛いですの」
「よく聴けよ」
「い、痛いですの……や、やめっ」
「船見は! 竜宮はな!」
「や、やめて下さいまし……聞きたくないですの!!」
「あいつらは、もうッ」

暴れる少女の視界の隅に、二つの死体が映り込む。瞳孔の開いた目と、視線が交差する。死が、夢幻を侵食してゆく。
嗚呼、そうだ。少女は諦めた様に表情筋の裏側で自嘲した。
何も、違わなかった。ただ、怖かったんだ。認めてしまえば、最後に縋るものすら喪ってしまいそうで。

正義すら亡くしてしまいそうで。

それだけが、こわかった。






「――――――死んじまったんだよ!」






その一言で、全てが終わっていた。これが現実だ。嘘になんか、していいはずがない。二人とも、もう此処には居ない。
あれもこれも、全部、全部全部全部全部全部全部、ホンモノだったのだから。

291波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:00:38 ID:TZA2pd2M0
「う、そ」
「嘘なんかじゃない! 死んだんだ! 俺達を助けてくたばった! 無力な俺達を救って!
 ちゃんと見てやれよ! こんなの、あんまりだろ! 託して死んだあいつらが馬鹿みたいじゃないかよ!
 あいつらの命を犠牲にして、死体を踏み台にして! 俺達は生きてる! それが現実だ!!」

がらがらとハリボテの外壁が崩れ去って、空洞の肉が剥き出しになる。最早、少女を守る外装は無くなった。嘘で固められた鎧が、錆びて風化してゆく。
ただ、守りたいものはそれでも残っていた。肉の内側に、汚れた正義が一つだけ。
くしゃくしゃの醜い顔が、目の前の少年の瞳の中に映り込んでいる。それが自分なのだと気付くまで、さして時間は掛からなかった。

「自分だけ不幸な主人公みたいな顔してんじゃねぇ!! 辛いんだよ、みんな!
 俺は認めない、認めないぞ白井! あいつらの犠牲を嘘にしちまうなんて、そんなの認められるわけがない!
 あいつらの分まで生きなきゃいけないんだよ! 生きるんだ、死んだ奴の分もな!! 無駄になんかしていいもんかよ!
 現実から逃げようだなんて甘えが許されるわけがない! 死者を冒涜していいはずもない!
 そうやって狂った演技をして自分を守るくらいなら――――――そんな下らないプライドなんて、捨てちまえッ!!!」

夕暮れの街に、感情が爆発する。肩を掴み少女を揺さぶり、少年は喉を焼ききらんと叫び散らした。
少女は鼻水を垂らしながら、嗚咽を漏らしながら、そんな少年の腕を力の限りで振り払う。
反動で、体が転がった。二回転して、漸く止まる。腕が傷んだ。擦れて、血が滲んでいる。口の中に砂が入っていた。土の味がする。

逃げよう。

半秒かからず、当然のようにそう思った。
立ち上がろうと、遁走しようとして、少年に押し倒される。
力の限り逃れようとしたが、とてもマウントポジションの男一人を押しのけることなど出来なかった。

「逃げるなよ白井! そんな勝手が許されると思うな!!」

……解っていた。そんな事、初めから。
知っていた。世界には、哀しい事が沢山あるって。
知っていた。自分が守りたい正義が、この島ではボロクズ以下の下らない代物だったって。
知っていた。きっと自分じゃ誰も守れないって。
知っていた。
知っていたのだ。
それを知っていないように取り繕っていただけで、あれもこれも全部、解っていた。
ただ、それを受け止めるのが厭だった。
だって、もう自分に出来ることが何もないかもしれないのだと、理解しなければならなかったから。
だからそれを他人に言われるのは。解った様な顔で上から説教されるのが。



「ぅ、るッ、ざい……ッ!」



本当に、気に入らない。

少女は震えながら息を吐く。身体中の二酸化炭素を吐き出して、大きく息を吸った。酸素を肺に、肺胞に、血液に、全身に。
今まで言いたかった事。叫べなかった事。沢山ある。一息じゃ言い切れないくらい、後悔も絶望もしてきた。
愛する人が一人で出歩く夜も、傷だらけになって帰ってきたあの朝も、自分じゃ力になれないだろうと自覚してしまう無力さも。
全部、まるごと飲み込んできた。それらが――――――身体を裏返して中身を吐き捨てる様に、全て決壊した。

「五月蝿い五月蝿い五月蝿いッ! 私だって不安になりますの!
 いつもにこにこ馬鹿みたいに騒いでるだけじゃ、忘れられない事だってあるんですのよ!
 何が常盤台、何がレベル4、何が大能力者!
 そんなもの、なんのッ、なんの役にも、立たなかったッ!!
 我慢ばっかりして、堪えて、頼られない事も、弱さも、全部全部全部ずっと飲み込んで!
 本っ当に!! 馬ッ鹿みたい!!!」

声が裏返って、喉が裂ける。拳の中から血が滲む。鼻は垂れ、唾を撒き、歪んだ表情から心の声が漏れてゆく。
止まらない。止められない。止められるわけがない。
自分を拘束する手が緩んだ。すぐさま少年を蹴りあげ、立ち上がる。逃げる気はもう無かった。

292波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:01:02 ID:TZA2pd2M0
「毎回毎回馬鹿の一つ覚えみたいにお姉様お姉様って、おちゃらけて電撃くらってるだけじゃ立ち直れない事だってありますの!
 いつも阿呆みたいにふざけて! 馬鹿みたいに笑って!
 好きでそうなってるわけじゃないんですの!
 私だって、私だって!!
 いい子なだけじゃ生きられない事くらい! 知ってますの!!
 下らないプライドは捨てろ!? 捨てられるもんなら、そんなもんとッッッくに捨ててますの!
 何も知らない癖に、知った様な事ばかり好き放題に!! 貴方に何がわかるんですの!?
 必死でここまでこの生き方をしてきて今更やめられるわけないですのに!
 私だって知っていましたの! 捨てたほうがいい事くらい! でもそうしないと、何も守れないから!!
 私が、私じゃなくなるからッ!!!」

それは、きっと誰にも言った事のない本心だった。
いつだって風紀委員は皆から頼られるヒーローで、学園都市の平和を守るべき強い存在だったから。
それを目指した自分はそうあるべきだったし、ましてやそれを此処でなく学園都市で口にする事など出来るはずが無かった。
期待と信頼と希望と、平和と、そして正義と。全部背負った身体から、こんな言葉を出していいはずがなかった。
ぜえぜえと全身で息をしながら、少女は鼻水を啜る。涙はそれでも、流さなかった。
弱さなんて、見せない。最早今更という感覚はあったが、風紀委員としての最後の意地がそこにあった。

「……わかった」

荒い息遣いの中、最初に口を開いたのは少年だった。腕を組みながら、神妙そうにそう呟いた。

「わかったよ、お前の気持ちは」

少年は暫く目を白黒させて少女の言葉に呆気にとられていたが、やがて諦めた様にそう呟いて肩を竦める。
だけど、と少年は静かにかぶりを振った。そして、悲しそうな顔のまま、言うのだ。




「でもさ……なんで泣かないんだよ、お前。
 もういいだろ。やめてもいいだろ。泣いたって、いいだろ」




はっとして、息を飲む。
少年の言葉を、その意味を理解した瞬間に、糸が切れた様に膝が崩れた。
背負っていた重みが、潮風に消えてゆく。

「白井、もう休め。疲れただろ。お前は十分頑張ったじゃないか。今止まっても、誰もお前の事を責めないよ」

ぺたりとアスファルトに座り込んで、少女はきょとんとした目で少年を見上げた。少年は目を逸らす。

……救われるというのは、きっと、こういう事なのだ。

どれだけ、自分を偽ってきただろう。
苦い感情は全部飲み込んで、こうあるべきだという理想を目指して走ってきた。
足を止めると、今まで風紀委員として積み上げてきた何もかもが終わってしまう気がして、全部胸の中に仕舞い込んだ。
無茶をして、我慢して、転んで、怪我をして。だけどそうして感謝されれば、それで良いと思った。
その一言で全てが救われた。だけど、それはきっと、役割と結果と労力を納得するための言葉。
“ありがとう”。
そうじゃなかった。本当に欲しかったのは、感謝じゃなかったのだ。
“お疲れ様”、と。
ただ、それだけ言って欲しかった。認めて欲しかった。解ってもらいたかった。労って欲しかった。
頑張ったねと、だからもう羽を休めろと――――――その言葉を、誰かに言って欲しかったのに。

「たまには馬鹿じゃなくたって、強くなくたっていいだろ。だって俺達、ただの無力な中学生じゃないか」

293波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:01:20 ID:TZA2pd2M0

背を向けながら、少年が言った。
少女の視界が滲んで、堰を切った様にぼろぼろと大粒の涙が溢れ出す。
馬鹿みたいだ、と思う。
散々頑張ってきたのに、目の前の少年は言うのだ。頑張らなくても良いのだと。年相応だって、いいじゃないかと。
それを、今更。殆ど失ってしまった、今になって。
こんなに滑稽なことって、ないじゃないか。

「本当、馬鹿みたいですの」

少女は鼻水をごしごしと拭いながら、笑って立ち上がった。目の前の少年は背を向けながら煙草を吸っている。
柄にもない事をしたと、きっと後悔しているのだろう。
なんだかそんな少年の事が少しだけ可笑しくて、少女はとてとてと少年の元へと歩き、背に背を重ねた。
背中越しの大きな背中はごつごつしていて、レベル0の彼がこれでも屈強な男なのだと語っている。

「……いまだけ」

少女は呟く。少しだけなら、頼ってやってもいいか。そう思った。

「いまだけ、ほんの少し、煙草を吸うのを許しますの。私、今は風紀委員でもなんでもない、ただの中学生ですので」
「そりゃあどうも」

少年は鼻で笑って、肩を竦めた。背中ごしの温もりはとても儚くて、柔らかな感触は抱き寄せれば消えてしまいそうなほど、脆かった。

不味い煙草を惜しむように、吸う。少しでもその脆さを支えている時間が、長くなるように。
畜生、と少年は煙と共に溜息を吐く。まったく、アンコールは無しだとか言っておきながら随分と甘くなったもんだ。
だけど、たまにはそういうのも必要なのかもしれない。
少年はちびた煙草を指で弾くと、胸ポケットから二本目を取り出す。煙草を吸いたいんだ、と自分に言い聞かせて、空を仰いだ。
橙が、紫に変わりつつあった。もうじき、太陽が沈む。夜が降りてくる。
不味い煙草を咥えながら、少年はポケットのライターに手を伸ばしかけて、指先が止まった。
少しだけ迷ったのだ。
……きっと、今どうすればよいのかを自分は知っている。それは多分正解だし、相手だってそんな事、知っている。
だけどきっとその役目は自分には荷が勝ちすぎて務まらない。それは、自分なんかに求めていい事じゃない。
今更こんなに汚れた手で誰かの手を取り抱き寄せる事など、烏滸がましいじゃないか。
誰かを慰める資格など、頼られる力など、求められる優しさなど、自分にはありはしない。
だから、小刻みに震える小さな肩も、聞こえる嗚咽も、きっと、気のせいだ。

「悪い。もう一本、吸わせてくれ」
「……本当、酷い殿方ですの」

全部、気のせいなんだ。

294波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:02:19 ID:TZA2pd2M0
一面に敷かれたコンクリートが、目の前に広がっている。
しかしそれは真新しいものでは決してなく、随分と年季が入ったものだった。
あちこちに亀裂が入り、苔が生え、海藻とフジツボとカメノテが、側面にびっしりと張り付いていた。
その向こうに、海があった。穏やかな波が、地平線の向こう側まで続いている。
そこは、砂浜の無い人工的に作られた浜だった。

「―――leeps in the sand.
 Yes, 'n' how many times must the cannon balls fly,Before they're forever banned.
 The answer, my friend, is blowin' in the wind,The answer is blowin' in th―――」
「……何かの詩ですの?」

口を尖らせてなにやら英語を口ずさむ少年に、少女が問う。

「好きな唄さ」少年は言った。「ボブ・ディラン。あの渋い声が聞けないってのは本当に損してるぜ」

学園都市とか超能力は少し羨ましいけどな。そう続けると、少年は背にもたれる骸を横たえた。
二人をちゃんと、埋葬してやろう。そう提案したのは意外にも少年だった。
幾らなんでも忍びないし、今まで放ってきた分、たまには埋葬したってバチは当たらない、と少年は言った。
それがきっと、自分に気を使っているのだろう事を少女は察したが、詮索も野暮だ。少女はその言葉へ素直に頷いた。

「“殺戮が無益だと知るために、どれほど多くの人が死なねばならないのか”。
 ディランはそう言ったよ。答えは、なんだと思う?」

少年が言う。少女は小首を傾げた。

「皆がそれを無益だと分かればよろしいんですの? ……私だったらそれを止めて、ひたすら道を説き、違えたものには償いをさせますの」
「30点だな」ふん、と鼻で笑いながら少年が答える。「“答えなんざ風に吹かれて、誰にも掴めない”。ディランはそう唄ったんだ」

卑怯な答えだ。少女は思って口をへの字に曲げたが、少年の表情が悲しそうなのに気付き、開きかけた口を閉じる。


「分からないんだよ、誰にも。正しい事は分からない」


少年は少しだけ笑った。眉が下がっていて、ちっとも楽しそうには見えなかった。
「だからきっと、無くならないんだ」
夢物語は、所詮夢物語さ。少年はそう続けると、口を閉ざす。

「夢を見て、何が悪いんですの?」少女は言った。「夢物語でも、見るだけで救われることだって、あるはずですの」

「悪くはない」数拍置いて、少年が答える。「だけどな、それは正解でもない」

そこで少年は少しだけ思いつめた表情を見せたが、かぶりを振って言葉を吐いた。
何かに迷っているような声色だった。

「散々解っただろ。何度も言うけどな、現実を見ろよ白井。夢を見て救われるのは最初だけだ。
 夢は醒めるもんだ。いつかは醒めて、その差を知る。その時にあるのは、救いじゃない。絶望だ。
 だから、もう諦めろ。さっきの自分に懲りたなら、いつまでも夢を見るな。理想なんか捨てちまえ。
 期待しても現実に裏切られて、傷付くだけじゃないか。だったら最初から諦めればいいんだ」

少年が突き放すように言う。
少女を見つめるその双眸は、日が沈みかけていることを踏まえても遥かに暗く、潜って来た闇の深さを物語っていた。
反駁しようと口を開くが、それよりも早く、或いはそれを認めないかのように少年は続けた。

「認めろよ。お前の仲間だって死んじまってるだろ。船見も、竜宮もな。
 現実なんだ、此処は。よくある漫画や、ハリウッドの映画じゃない。
 感動のシーンもないし、大逆転劇もありゃしないし、熱血展開も奇蹟の一手もなければ根性論も通じない。
 皆で脱出してハッピーエンドなんざ、世間知らずの阿呆が夢見る御伽噺だ。違うか?」

295波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:04:03 ID:TZA2pd2M0

否定など、出来るものか。少女は押し黙ったまま、視線を滑らせる。
何故って、それが紛れも無い事実だったから。身を以て知ってしまった以上、そのロジックを否定することは出来はしない。
ただ、それでも立ち向かうための理由があった。だから、少女は再び少年の目を見て口を開ける。

「……正義に反します。私は、それでも風紀委員<ジャッジメント>ですもの」

少年が肩を竦め、目を細めた。馬鹿にする様なその仕草に、少女はむっとする。

「なんですの?」
「正義、正義って馬鹿の一つ覚えみたいにな……」
「引っかかる言い方をしますのね。それがどうかしましたの?」

ぶっきらぼうに吐き捨てる少女に溜息を吐くと、少年はやれやれとかぶりを振った。
言うか言わまいか、少しだけ躊躇する。それでも、いつかは当たる壁、いつかは告げねばならぬ事。
ならいっそ、今此処で刺してしまうほうが良いのか。
「潮時だな」
ぼそりと呟くと、少年はその重い口を開く。

「ずっと、黙ってたことがある。あいつらが生きてた手前、言わなかった事だ。
 あいつらにバラすのは可哀想だったからな」

見えない刃が、抜かれる。ぎらりと光る言霊の白刃が、少女の喉元に突きつけられた。
嫌な予感がした。こいうい予感は、厄介な事に大体当たる。少女は生唾を飲み、舌を巻いた。
それでも、ここで聞くのを止める訳にはいかない。

「なんですの、それは。はっきり言って下さいな」
「まだ分からないのか? ならはっきり言ってやるよ―――――――――――――――何が正義だ下らねえ」

思わず、呆気にとられる。開いた口が塞がらない。そこまで、そこまで初撃からストレートに狙ってくるとは思わなかった。
何を言われたのかを理解するのと同時に、足元がふらつく。目眩がした。
青筋がこめかみに浮かぶのが、鏡を見なくとも分かった。頭に血が上ってゆく。表情がみるみるうちに険しくなってゆく。
自分の性格を否定されるのはいい。それはいい。でも正義だけは、それだけは、他人に否定されたくはなかった。

「……もう一度言ってみなさい」

五秒遅れて、震える声で漸く紡げた言葉が、それだった。

「ああ何度でも言ってやる。“何が正義だ下らねえ”。
 だいたいな、お前の言う正義って何なんだよ?
 困ってる人を助けることか? 犠牲を出さない道を目指す事か? 理想を貫く事か? 仲良くする事か?
 それとも、マーダーを殺さず仲間を殺されることか? 都合の良い幻想に逃げる事か?
 それは最早正義じゃなくてただの餓鬼の駄々だろ」
「……貴方に何が分かりますの? 私の正義は、私が守ります。貴方にだって正義はあるでしょう?
 それを、誰かに否定される覚えはないですの!」
「ああ、ある。俺にだって正義くらいあるさ。安売りするほどのものじゃないけどな」
「安売りですって!?」

気付いた時には、少年の胸倉を掴んで吠えていた。拒絶しなければならない。原因不明の警鐘がそう言っている。
息が、詰まる。動悸が激しくなっている。何かが警鐘を叩き続けていた。

「安売りじゃないなら何なんだ、そのわざとらしい腕章は。
 じゃあ聞くけどな、その正義とやらは、本当に自分がそうしたいって思って貫いてるものなのか?」

少年は少女を睨みながら、吐き捨てた。少女は唖然とした表情を少年に向けている。
何を訊かれているのか分からない。そんな表情だった。

296波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:04:37 ID:TZA2pd2M0
「な、なにをおっしゃってるんですの? 当たり前ですの」
「―――いや、違うな。思ってないだろ。お前は、その言葉を口実に、拠り所にしてきただけだ。
 お前は、自分が風紀委員だから安心してただけじゃないのか? その大層な大義名分の中身を考えたことがあるか?」

ばつん、と学生服の第一ボタンが弾ける音。
コンクリートに三度跳ね、やがてボタンは波が押し寄せる石影に吸い込まれて消えていった。

「今までは、誰も否定してこなかっただろうがな。俺は違う……白井。正義ごっこはここまでだ」
「ごっこですって?」

鸚鵡返しのように訊くことしか出来ない自分を、少女は客観的に見ていた。理解が追いつかない。相手が何を言っているのかが、分からない。
ただ、このままではいけないと感じた事だけは確かだった。
だから、反論しなくては。否定しなくては。何かを守るために、失わないために。でも……その何かって、何?

「竜宮や船見はな、馬鹿だし甘いけど、確かに立派だった。あいつらは悩んで悩んで、それで決めた事だったからな。
 自分の正しいと思うことを、無理矢理にでも貫いてた。なるほどそれは確かに正義だよ。すごいと思うさ」
「だったら、なんで」
「だからだよ」

掴まれた胸倉から手を無理やり振り解き、少年は刃を突き刺す様に言った。
そう、それが正義だ。本来あるべき、人一人に備わる正義だ。


「白井、お前の正義は風紀委員<ジャッジメント>の借り物の正義じゃないか」


少女の腕に付けられた腕章をぐいと掴み、少年は少女の体を腕章ごと寄せた。
ずっと、ずっとそれが言いたかった。風紀委員としての正義を、剥ぎ取ってやりたかった。
そんな紛い物の為に桐山が死んだとは言わないまでも、いい加減うんざりしていた。
それを見せびらかす節操の無さも、それに依存して全て風紀委員と正義で話を終わらせてしまいそうなおこがましさも。

「挙句お前はそれほど自分の正義にこだわりがない。
 何故ならお前にとって正義とは、自分の信じるべきものではなく、皆が守るべきものだからだ」

少女の体から力が抜けるのが、腕章越しにも分かった。それでも少年は少女を倒れさせまいと腕章を握る手に力を込める。
何より許せなかったのは、そんなものに依存したまま、少女が光の道を見ていることだった。
絶望して諦めた自分から見て眩しすぎる道に、そんな紛い物を支えにして未練がましく縋る少女が、許せなかった。
風紀委員の正義は、この島では何の役にも立たない。
此処が学園都市ではなく法が機能していない以上は、そんなものに頼り、道を語る事は滑稽でしかないのだから。
その正義は、組織のものだ。皆が守る正義であって、自分が貫く正義ではない。
それをこの殺し合いに持ちだした時点で、最初から間違っていた。

「強くて、頼り甲斐があって、皆から正義扱いされる。それに、憧れて、何が、悪いん、ですの」

少女は荒れた息を飲み込みながら言った。吐いた言葉に対しては全くの見当違いの問いだったが、少年は答える。

「悪くはない。だけど、その正義は此処では何の役にも立たないぞ。
 今まではそれでも平気だっただろうな……お前は強いもんな。否定されるような絶望的な状況もなかったはずだ。
 いいよな、平和な世界はそれでも許されるんだから。きっと、自分を疑ったことなんてないんだろ?
 俺は弱い。でも、お前よりはちゃんと自分を見てるぜ。自分を知ってる。現実を知ってる」

酷い事を言っている自覚は少年にもあった。放って置く事だって出来たはずだった。
これがただの一方的な妬みと知っていたし、そんな事を一方的に突きつけている自分の性格の悪さに、無性に腹が立った。
そしてその捌け口を、目の前の消耗した少女に向けることしか知らない卑怯な自分を、心底軽蔑した。

297波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:04:58 ID:TZA2pd2M0
「なんで」少女が震える声で呟いた。「そこまで。貴方だって、碌なものじゃ、」
「そうだ。俺は最低だよ。でもお前だって似たようなもんだ」

少年は嗤った。とても同年代の女に見せるような笑みではなかった。

「逃げるなよ風紀委員<ジャッジメント>。落とすなよ、全部飲み込め。そして、認めろ。お前の正義は空っぽだ。
 認めて、そこに立て。そうして初めて、同じ土台から見渡せる」
「空っぽなんかでは……ないですの」

青褪めた表情のまま辛うじて呟かれた虚勢に、少年は乾いた笑みを零した。

「そうかい。ま、別に認めずにいるならそれもいいと思うよ。
 だけどな、教えてくれ」

それでも、刃を止めない。喉元を引き裂いて、胸を抉って、腹を捌いて、髄を砕いて背まで突き抜ける。




「―――――――――――そんな中身のない空っぽの正義で、一体何が救えるんだ?」




決定打だった。腕章ごと少女を突き放し、少年は後悔に顔を歪める。
地面に倒れこむ少女を冷静に見ながら、最低だ、と思った。
ただ、同時に安心する自分も居たのも確かだった。これで、少女を守る下らない偽物は無くなった。自分と同じ景色を見れるはずだ、と。
そうすればあんなことにも、もうならずに済む。心をさほど傷めず、現実を直視できるはずだ、と。
そこまで考えて、少年は自嘲した。自分勝手なのはどっちだ。
何の事はない。ただ、自分が正しいのだと、間違っていたいのだと、思いたかっただけじゃないか。


「中身のない正義で、結構ですの」


……だから、その一言が本当に埒外だった。吹っ切れた様な表情で、少女は少年を睨む。
今度は、少年がたじろぐ番だった。何でだ、と思わず口をついて出る言葉。

「わからねぇな。どうしてそこまで、その偽物に縋る?
 今更止まれないからか? その正義が間違ってる事くらい、猿でも分かるだろ? 俺が剥ぎ取っても、なんでまだ認めない!?」

諸手を前に突き出して、少年は叫んだ。少女は起き上がり、尻についた砂を手で払っている。

「私が、私だからですの」
「――は?」
「私が、風紀委員<ジャッジメント>だからですの」
馬鹿か、こいつ? 少年は思った。それを今否定したばかりじゃないか。
「……何かの冗談か?」
少年は質した。
「いいえ」
少女が答える。即答だった。
「馬鹿げてる!!」
少年が声を裏返して叫んだ。

「いつか、きっと後悔するぞ!?
 お前にとっての正義がずっと“せいぎ”でしかない以上、必ず歪む! このゲームは、そういうもんだ!
 それでも自分を捨てないっていうのか、お前は。これだけ剥いでもまだ“白井黒子”を続けるつもりなのかよ?
 何でだ? 辛いだけだろ、またさっきみたいになっちまうだけだろ!?
 捨てる事はそんなに悪い事かよ? 俺が間違ってるってのか? そうまでして苦しんで、何があるんだよ!?
 お前だってもう何も無いだろ、違うか!? なのに何で諦めない? 俺とお前の、何が違うんだ!!?」

否定するつもりが、刺すつもりが、壊すつもりが、自分が必死になって説得していた。
少年は舌を打った。何時の間にか少女のペースに持っていかれてしまっている。
何故だ。少年は思う。どうして、ここまで、違う。自分は、ただ、ただ……。

298波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:06:14 ID:TZA2pd2M0
「違わないですの。私も無力でしたし、何も無いかもしれませんの。
 ……ただそれでも、私は、止まりません。諦めません。逃げて、悩んで、結局いつもいつも駄目な結果で。
 絶望しても、あの時こうしてればとか、私は色んな事を後悔し続けておきます。
 確かに現実は非情ですけれど、まだ私達は生きてるんですもの。全部放り投げて諦めるのは……まだ早いんじゃないですの?」

少女が言った。それでも辛く険しい道を、自分は歩き続けるのだと。
少年は項を垂れて、肩を竦める。理解が出来ない。

「……そうまで言い切れるのは、借り物の風紀委員と、偽物の正義があるからか?」
少年が尋ねた。
「それを本物にする為にも、ここで諦める訳にはいきませんもの」
少女は答える。
「逃げてるだけだ、それは。本物になんかなるはずがない!」
「こうやって不器用に生きる事が、私の生き方ですの。
 それに、それを決めるのは貴方でなく私です」
「詭弁だ!」

少年が叫んだ。あまりに屁理屈がすぎる。楽観的的思考に、希望的観測。役満だ。話にならない。

「何とでも言ってくださいな。私は譲りませんから」
「……。……呆れたぜ。甘いな、本当に。おまけに馬鹿だ」
「馬鹿は余計ですの」
「正気、なんだよな?」
「勿論」

言葉が止まること約10秒。堪え切れず、少年は吹き出した。ここまでくると笑わずにはいられなかった。
これ以上は無駄だ。そう悟るまでもう時間は要らなかった。理屈ではないのだ、きっと。
目の前の少女のきょとんとした表情を見ながら、少年は小さく為息を吐く。

「……分かったよ、もういい。そうだな。それがお前だったな」
目尻に浮かんだ涙を拭きつつ、少年は続けた。今度は、その表情から笑いが消えている。
「でも俺は、俺の生き方を変えるつもりはない。お前の生き方がそうだってんなら、俺の生き方はこうだ。
 認めないぜ、そんな考え。俺はあくまで現実を見続ける。
 だからいつか、またすれ違う。絶対にな。……その時はどうするつもりだ?」

少年の問いに少女は顎に指を当て暫く考えていたが、やがてうんと頷いて人差し指を立てた。

「その時は、また喧嘩をすればよろしいのでは?」

少女の答えに、少年は顔を曇らせる。

「喧嘩すら間に合わない時だってある。遅いんだ、そうなってからじゃ」
「そうならない様にするのが、風紀委員<ジャッジメント>の務めですの」
「ったく、参ったぜ。とんだ我儘なお姫様だ。いいぜ、やってみろよ。そして絶望しろ。きっとその先は諦めしかないんだ。
 でも……」
そう言うと少年は小さく息を吸った。そして、悲しそうに笑って続ける。



「見せてくれないか? あの日あの時あの場所で、俺が理想を諦めてなかったら、信じられていたら、どうなってたのかを」

299波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:06:32 ID:TZA2pd2M0
きっと、それでも待っているのは、真っ黒な未来だ。理想なんてものは叶わない。やっぱり、夢は夢で理想は理想。
黙っていてもゲームは進み続けるし、死人は出る。
これ以上死者を認めないとほざくのは簡単だ。言うが易し、行うが難し。
否が応でも誰かが死んで、誰かが壊れて、誰かが嗤って、誰かが喪って、誰かが涙を流す。
綺麗事なんてものは、直ぐに現実に潰される。
それでも少女の願いを尊いと思うのは、少女の愚直さを羨んでしまうのは、きっと、その理想の行き着く未来を見てみたいから。
自分にはもう信じる事は出来ないけれど、少女にも同じ様に諦めて楽になって欲しかったけれど。
自分は間違ってなかったんだと納得したかったけれど。それでもどこかでその理想を、自分の過去を守りたかったから。
過去を殺す事は出来ても、否定する事なんか、誰にも出来ない。

「ええ。きっと」

少女の笑顔に、少年は口を歪めた。
未だに七原秋也を捨てられない未練が、何処かで燻っている事実には、最早笑うしかなかった。

「……だけど多分、それを貫いたらお前は壊れちまう」

血が流れているのを確かめる様に、自分の手を握る。汗で滲んで生温い。
腰に下がった獲物を手に取る。グリップのひんやりとした温度と、ずっしりとした感触が、掌から伝わってきた。
少年はそれを目の前の少女に構えた。紛れもない。これは、いのちを奪う道具なのだ。

「でも、安心しろ。そうなったら、俺がお前を殺してやる」

少年は言って、バン、と銃を打つ真似をする。暗い未来の予感を、撃ち砕き払拭する様に。

「責任持って、殺してやる。だからそれまでは―――死ぬな」

少女は眉を下げたまま、微笑む。希望が砕けるその時まで、その決意はきっと、揺るがない。

「ええ。約束ですの」

太陽に焼かれて落ちる蝋の翼と知っていながら、それでも飛ぶ事は、少なくとも悪とは呼ばない筈だ。

300波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:07:54 ID:TZA2pd2M0
いざ別れの時となると、やはり辛いものがあった。
灰色のコンクリートで作られた浜の先に、二人は立ち尽くしていた。二体の遺体が、そのすぐ側に横たえられている。

水葬にしようと提案したのは、少女だった。
土に埋めるのは何か妙な罪悪感があったし、そのうえ辺りはアスファルトの地面ばかりだった。
唯一、研究所の入り口周辺は原っぱが広がっていたが、そこを掘る気力は彼等には残っていなかった。
火葬などは論外だった。死体とは言え、焼いてしまうのは何か再び殺してしまう様な気がしたし、煙で自分達を居場所をマーダーに教えかねない。
故に水に目を向けるのは半ば必然で消去法にも近かったが、幸い近くに海もあった。
水葬が良い。少女がそう呟くまでさして時間はかからなかった。
水葬なら、彼女達を綺麗な姿のまま葬る事が出来る。
そうと決まれば準備は直ぐだった。
少女達は彼女等を沈める為の重りを研究所から持ち出し、そして原っぱに生えていた幾分かの白い花を摘んだ。
「マーガレット」少女は言った。
「ふぅん」少年はさして興味がなさそうに相槌を打つ。

そして、岬に彼女達を運んだ。別れの準備は拍子抜けするくらいに直ぐに整った。
少しだけ跪いて、少女は祈りを捧げる。
いざ何を祈るか考えると、ありきたりな言葉ばかりしか出てこなくて、胸の奥が何やらきりきりと痛んだ。

「そういえば、これ」
ふと少年が思い出した様に言って、二つ折りの小さな紙切れを投げる。
「走り書きだけど、多分、船見だ。後丁寧に研究所の入り口に置いてあったよ」

胸ポケットから煙草を取り出しながら、少年はぶっきらぼうに言った。
少女はひらひらと舞うそれを受け取り、開くべきか開かざるべきかを己に問うた。
知ることが、少しだけ怖かった。それでも少女は躊躇を飲み込むようにかぶりを振ると、その羊皮紙の紙切れを開いた。



――――――あと、任せたから。



書いてあったのは、それだけだった。
中学生の女の子らしい小さな丸文字で、掠れた黒いインクで、たった、それだけ。
ああ、と少女は観念した様に項を垂れた。

……かなわいませんわね、本当に。

腹の底から唸る様に少女は泣き崩れ、震える手でその紙切れをくしゃりと握る。ぽたぽたと零れる涙に、黒いインクが滲んでゆく。
嗚咽を漏らしながら、少女はアスファルトに爪を立てた。がりがりと、綺麗な爪が割れてゆく。
たかだか九文字のそのメッセージは、しかしあまりに強くて、優しくて、眩しくて。
とても今の自分では、敵わない。
彼女は、死を享受してまで自分達を助けたのだ。未来を託すために、守りたいものを守るために。
自分の命と私達の未来を天秤にかけて、彼女の腕は未来を、理想を選んだ。
そして彼女自身と、未来と、皆を、信じた。最期まで信じきったのだ。自分達が彼女の死を乗り越えて、理想を繋いでゆく事を。
想いのカケラを、結んでゆく事を。そうでなければ、任せて逝けるもんか。
……あんな、満足した笑顔で。

「任され、ましたの」

生温い雨の中、ぼそりと呟く。湿った海風と、ざぁざぁと波打つ潮に攫われて、その言葉は中空に溶けてゆく。

「なぁ、悪いけどそろそろ」

竜宮レナの骸を背負った少年が、少女の肩を叩く。
言葉の続きは決して紡がれる事はなかったが、それが別れを意味している事くらいは、少女にも理解出来た。
ええ、と呟き、ついでに少年の煙草を奪い取りながら少女は立ち上がる。
いつまでも泣いてばかりではいられないのだ。
立ち上がって前を向いて進まなければ、道は愚か、未来だって見えやしない。
止まるものか。挫けるもんか。確りと、未来を任されてやらなければならないのだから。
少女は少し歩いて横たわる船見結衣の前で膝を折り、足と肩に手を回す。傷付ける事が決してないように、優しく。

「ありがとう」

少女がぽつりと呟いた。

「守ってくれて、ありがとう。救ってくれて、ありがとう。生かしてくれて、ありがとう、ございます」

決して届かぬ謝辞と共に彼女を抱き、ゆっくりと立ち上がる。本当に、幾ら感謝しても足りないくらいだ。

そして、顔を上げて目の前を見て――――――息が、止まった。

301波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:08:10 ID:TZA2pd2M0
心臓が、とくんと跳ねる音。
海が広がっていた。風が吹いていた。夜が空を覆いだしていた。雲が流れていた。波が押し寄せていた。
闇が、降りてくる。太陽が彼方に沈む瞬間だった。
地平線の向こう、空と海の狭間から、細く、それでいて力強く一筋の光が差している。
それは、死にゆく太陽の最後の欠片だった。きらきらと輝いて、さざなみを一直線に儚く金色に染めていた。
まるでそれは、彼方に誘う天の階段。空へと昇る道。彼女達の為に世界が用意したとしか思えない、天の悪戯。
頬を、生温い雫が伝う。我慢しようにも、とめどなく溢れ出た。

「あいつらも、これで少しは浮かばれりゃいいけどな」

後ろで呟く少年へ少女は少しだけ辛そうに笑って、彼方に続く金色の道に寝かせるように、彼女を波に優しく預ける。
掌の傷が、潮水にいたく染みた。



「―――さようなら」



呟かれた言葉は、誰の耳にも届かない。
死人に聴覚などないし、期待など元より無かった。少年に聞かせようと思ったわけでもない。
それは誰の為でもない。自分が彼女達と別れる為の言葉だった。
想いを断ち切り、喪う事を本当の意味で受け止める為の、決意の印。
隣の少年はそれを尻目に、担ぎ上げた骸を海に晒す。
屍達は、海に浮かばない。手を離せば、きっと重力に従うように落ちてゆく。墜ちてゆく。
白い肌が、濡れていく。透き通った青に、染まってゆく。
しかし少女は躊躇しなかった。覚悟を決めるように息を一つだけ吸って、ゆっくりと手を離す。
華奢な足が沈んで、白い指が沈んで、控えめな胸が沈んで、端正な顔が沈んでゆく。
穏やかな波紋を水面に残して、彼女達の輪郭が消えてゆく。紫色の髪が水にゆらゆらと靡いて、金色に吸い込まれてゆく。
夕日と夜、橙と紫。寄せては返す細波の音。波に黄昏、海に夢。
生と死の境の向こう側に、笑顔が溺れて、溶けてゆく。血が滲んで、消えてゆく。
生きた証も、なにもかも。

夕闇に沈み、斜陽に燃ゆ。
闇に溺れ煉獄に足を運んだ何処かの人間と、同じ景色を見て、同じ想いをして、同じ幻に出会って、じぶんをしんじて。
それでも少女等は悪魔と同じ道を辿らなかった。道を違えれば叱ってくれる、支え合う仲間がいたから。一人じゃなかったから。
それだけの違いが、なんて、大きい。

ほどなくして、太陽が沈んだ。
波に映る金が糸のように細くなり、やがて耐え切れず千切れていった。
地平線が、藍色に染まる。海は暗闇のように深い黒に塗り潰され、底は見えない。
彼女達は、疾うに視界から消えてしまっていた。
目を閉じても、もうそこに都合の良い幻は映らない。彼女達の体と一緒に、きっとあの夢物語は海に飲まれてしまったのだ。
しかしきっとこれでよかったのだ。
少女は最後に、打ち寄せる白波に細やかな花束を放る。白い花びらが、泡と一緒に海に弾けた。
そして何かを納得する様に頷いて、立ち上がる。
立ち上がらなければ、泡沫の様に弾けてしまった小さな命達も、きっと報われない。

無駄になんか、なるものか。するものか。

その決意は、夜の海を照らす灯台の様に。街を彷徨い向かう方角を忘れたあの時に見た、輝かしい“せいぎ”の様に。
誰かを喪って、何かを失って、信じるものもわからぬまま、決意も定まらぬまま。
ただがむしゃらに走って、戦って、泣いて、血を流して、想い出も希望もいのちも、何もかもを犠牲にして。
それでも彼等は進んでゆく。
心に空いた穴を埋め合って、今にも消えそうな灯火を重ねあって、傷を舐め合って、二つの心を寄せ合って。

斬るべきを忘れ、いつかは砕ける折れ曲がった正義の直剣を振るいながら。

醜く足掻いて、生きてゆく。

302波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:09:01 ID:TZA2pd2M0

【D−4/海洋研究所前/一日目・夕方】

【七原秋也@バトルロワイアル】
[状態]:健康 、頬に傷 、全身打撲(治療済み)、『ワイルドセブン』であり――
[装備]:スモークグレネード×1、レミントンM31RS@バトルロワイアル、グロック29(残弾7)
[道具]:基本支給品一式 、二人引き鋸@現実、園崎詩音の首輪、首輪に関する考察メモ 、タバコ@現地調達
基本行動方針:このプログラムを終わらせる。
1:放送を待つ。研究所においてきた二人分の支給品の回収。
2:白井黒子の行く着く先を見届ける。
2:走り続けないといけない、止まることは許されない。
3:首輪の内部構造を調べるため、病院に行ってみる?
4:プログラムを終わらせるまでは、絶対に死ねない。

【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
[状態]:精神疲労(大)、肉体疲労(大)、全身打撲および内蔵損傷(治療済み)『風紀委員』
[装備]:メイド服
[道具]:基本支給品一式 、テンコ@うえきの法則、月島狩人の犬@未来日記、第六十八プログラム報告書(表紙)@バトルロワイアル
基本行動方針:自分で考え、正義を貫き、殺し合いを止める
1:そろそろテンコを出してあげないと……。
2:二人の意思を継いで、生きる。
3:初春との合流。お姉様は機会があれば……そう思っていた。
[備考]
天界および植木たちの情報を、『テンコの参戦時期(15巻時点)の範囲で』聞きました。
第二回放送の内容を聞き逃しました。

303 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:09:41 ID:TZA2pd2M0
これにて、投下終了です。問題などあればご指摘下さい。

304名無しさん:2014/08/17(日) 08:06:28 ID:G2IDm61o0
投下乙
理想を諦めたものと諦められないものの衝突
ハイレベルな文章と、昨日まで読み返していたということもあって、テイルズロワ1stのカイルとミトスを彷彿とさせました
現実を知り諦めたものとしては、理想論なんて否定したくなるんだろうなぁ…

305名無しさん:2014/08/17(日) 10:09:46 ID:MtS1nxsM0
ゲリラの人投下乙です!
まとまらないくらい中身が濃いお話だったし長さにしては戦いもしないんだけど、長さなんかどうでもよくなるくらい入り込めるしすごく面白かったです
黒子の正義は言われるまで自分も気付かなかったけどたしかにちょっとずれてたんだなぁ
それでも喧嘩して風紀委員であろうとする黒子がすてきでした。GJです

306名無しさん:2014/08/17(日) 15:09:18 ID:VVm2/Vwg0
投下乙です
雄大ささえ感じる風景描写も等身大の心理描写も上手いなあ、濃いなあ。思わず惹きこまれてしまいました
届かない理想もハリボテの正義も自覚して、それでも風紀委員(ジャッジメント)であり続ける黒子の強さが眩しい
その一方で彼女を突き放しながら優しさと希望を捨てきれない七原もかっこいいなあ

307名無しさん:2014/08/17(日) 21:24:48 ID:ufFXk30A0
投下乙です
黒子と七原の苦しみが、痛みが、あがきが、ありありと伝わってくるようでした。
投げ出したい気持ち、諦めたくない気持ち、納得できない気持ち、納得したい気持ち、
悩んで悩んで悩みきって、たとえ醜い足掻きに見えようとも、それを選択する真剣さは尊いと思わされます

時間にして短く、文字数にして長いお話だったけれど、
時間も長さも忘れて没入するほど濃いものを読ませていただきました

ただ、これを言うのは野暮かとも思いましたが、一点だけ気になりましたことが

>被さる旗を剥ぎ取って、隣の焼死体を押し退けて、横たわる彼女をがばりと抱き上げる。

結衣の死体の近くにあるのは手塚の死体なので、「焼死体」ではありません。

ーーーー

そして放送についてですが、今回の投下も含めて生存キャラほぼ全員の時間帯が放送直前まで進行しており、
私としてもこの流れのまま放送案の募集に移っても問題ないと思っています

方法としては前回と同様に、放送案の募集(一週間程度)→複数案がきた場合は放送の決定
→一日程度をはさんで予約解禁、という形のままでいいと思います。

また、こちらは放送後の予約に関する提案ですが、
予約期間について、現在の5日という期限にくわえて、延長期間を設けてみてはと思います。
本ロワも現時点で残り20人を切るほどに進行しており、
ある程度まとまった時間をとって予約を仕上げたいという方も今後増えてくると予想されます。
さしあたっては、予約期間5日+延長期間7日(さらに一週間)という形を提案します。

延長制を導入すべきかどうか、また延長期間の長さなど、書き手さんのご意見を伺いたいです。


長々と書きましたが、ご検討のほどお願いします

308名無しさん:2014/08/18(月) 00:10:50 ID:uInxaAQcO
投下乙です。

理想は現実に勝てない。
正義なんて下らない。
夢から醒めたら、現は悪夢。
現実から逃げないなら、諦めるかどうかは、個性だ。そこに善悪は無い。

309307  ◆j1I31zelYA:2014/08/18(月) 18:34:23 ID:ezvWYenM0
鳥忘れでした。申し訳ない…

310 ◆Ok1sMSayUQ:2014/08/18(月) 20:42:30 ID:U81M8jbg0
>>307
概ね予約の期間については問題ないかと思います。
キリを良くするなら7+7の14日でもいいかと思いますが、基本的には他に大きな意見がないようならトップ書き手のj1氏が決定するくらいでもいいかもしれません。
放送案については現状こちらは特には思いついていません…w

311 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/18(月) 23:13:19 ID:mvjcigwk0
>>307
ミスすみません。
>被さる旗を剥ぎ取って、隣の焼死体を押し退けて、横たわる彼女をがばりと抱き上げる。
被さる旗を剥ぎ取り、隣の死体を押し退けて、横たわる彼女をがばりと抱き上げる。
に修正します。

放送については異存ないです。
予約は、自分はしないのであまり関係はないのですが、きりが良い14日でいいと思います。

312 ◆jN9It4nQEM:2014/08/20(水) 00:17:17 ID:IrilsRqs0
異存はないです。

313 ◆j1I31zelYA:2014/08/20(水) 07:35:20 ID:uuktoy4M0
ご意見ありがとうございます。

それでは、キリが良い方を採用する形で、
予約期間7日+延長7日としたいと思います。

放送案については自分から一週間以内に投下する予定ですが、
他に書きたい書き手さんがいらっしゃいましたら同じくお待ちしています

314 ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:35:01 ID:VJ11pumk0
放送を投下します

315第4回放送  ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:37:56 ID:VJ11pumk0
円形の広間。
その中心に、巨大な玉座があった。
見上げれば天井が見えないほどに高く、見下ろしても床はなく奈落の底がある。
その中間を浮遊する玉座に、座るものはいない。
空っぽの玉座を囲むようにして、『彼ら』は無秩序に騒ぎ、おしゃべりをしていた。
さながら、主君が不在にしていることを利用してさぼりを決め込んだ小間使いたちのように。
――否、『彼ら』に性別があるのかどうか定かではないが、便宜上は『彼女ら』と言い表すべきだろう。

「うおーい、そっちの漫画は、まだ読み終わらんのかー?」
「今、いいところなのじゃ!ムルムル6がテレビを占領しておるから、原作で話を追うしかないのじゃ!」

「わからん……この『びでおてーぷ』とやらは、どうやって操作するのじゃ?
これでは、録画してもらった『黒の章』が再生できんではないかー」

「ほいっ! これであがり。ジジ抜きはワシの十連勝なのじゃ!」
「くそっ……もしやお主、トランプに刻まれたミリ単位の傷跡まですべて記憶しておるな」

「なぁ、その弁当は本当に美味いのか? グロテスクな触手の丸焼きにしか見えんのじゃが……」
「トウモロコシよりずっと美味いのじゃ! 森とかいう奴は料理上手なのじゃ!」

第三十六因果律大聖堂。
その中央に座しているべき運命神の姿はなく。
ぐるりと配置された十二の謁見席を占めるのは、くつろいでいる同じ外見をしたムルムル達だった。
その数合わせて、八匹。
別のムルムルの位置におしかけてトランプに興じるようなムルムルもいるから、謁見席はまばらに空いている。
それぞれに思い思いの手段で、退屈しのぎに熱中していた。

316第4回放送  ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:39:05 ID:VJ11pumk0

「おかしいのう。オリジナルのムルムルによれば、女子とは『少女漫画』なる異性との恋愛ロマンスを好むらしいのじゃが……この漫画、ちーっとも恋愛する女が出てこぬではないか」

額に『7』という数字を表記したムルムルが、寝そべりながら両手に持った漫画のページをめくる。
その脇には既刊らしき単行本が十冊ばかり積まれていて、様々な属性の美少年たちがずらりと勢ぞろいした表紙絵を晒していた。
とある平行世界から取り寄せた人気漫画で、タイトルを『ラブラブ王子様』という。
帯には『無限の輝き、無二の個性派』というキャッチコピーが書かれ、原作者である男性が気取ったポーズをとる写真が掲載されていた。

「それを言うなら、こっちの漫画だってちーっとも男との恋愛が出てこないのじゃ。
どころか、この漫画だと女同士で恋愛することについて語り合っておる」

その隣、『8』の字を冠されたムルムルのとなりにも、同じく漫画が山と積まれていた。
タイトルは『百合男子』『きものなでしこ』『恋愛彼岸〜猫目堂こころ譚〜』『ふ〜ふ』『飴色紅茶館歓談』『レンアイ女子課』などなど。
タイトルや作風は異なるけれど、ジャンルとしては同じものを取り寄せている。

「そう言えば、オリジナル……ムルムル3がためこんでいた少女漫画はどこにいったのじゃ?」

そう尋ねたのは、小型テレビとビデオデッキにむかって格闘していた『6』のムルムルだった。

「おそらく、ムルムル3が大東亜共和国にまで持ち込んでおるのではないか?
殺し合いの経過報告で忙しいとはいえ、休憩くらいは欲しいところじゃからの」

答えたのは、トランプ遊びに興じていた『9』のムルムルだ。
その相手をしていた『10』のムルムルが、カードを切りながら会話に加わる。

「『オリジナル』も大変じゃのう。ワシらより長く生きているというだけで、仲介役まで押し付けられるのじゃから」
「その点、末妹のムルムル『12』は羨ましいのう。今頃は前線で殺し合いを眺めながら、我妻由乃あたりでも焚きつけておるのではないか?」
「わしらにも記憶を共有するスキルがあれば良かったのじゃがな。元ネタの『妹達』みたいに」
「それは無理というものじゃ。あのネットワークは超能力あってのものじゃから。
悪魔を脳力開発する方法など、まだ確立されておらんしのう」
「しかし、こうして『複製(クローニング)』には成功したではないか。悪魔の超能力者出現だって、そう先のことではないはずじゃ」

317第4回放送  ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:40:08 ID:VJ11pumk0

悪魔の遺伝子の成り立ちを解明することは、学園都市から輸入した遺伝子研究をもってしても難しいブラックボックスだった。
しかし、性別無しの無性生殖をする生命体と仮定することで、『神』と桜見市はその生き物を複製することに成功する。
もちろん単に複製しただけでは成長速度をはじめとした色々なところで無理が出てくるものだから、『学園都市』の『複製人間(クローン)を急速に成長させ、かつ長持ちするように維持する方法』が利用された。
同じ手段を使って大量生産された少女達のように、情緒面が未成熟に育ってしまうのではないかとの危惧はあったけれど、元よりムルムルは人間らしい感情を持たない悪魔だったので問題視されなかった。
複製することにこだわったのは、『何周もの平行世界からムルムルを連れてきて手駒にする』よりも手間がはぶけると踏んだからだ。
ムルムルはどの世界でもデウスの支配下に置かれている生き物だし、基本的には異なる世界の介入者からちょっかいをかけられるなんて良しとしない。
別世界のデウスを敵に回すよりも、よく手懐けられたムルムルを一から生み出す方がリスクが少ないと、ジョン・バックスは『ムルムルシリーズ』の量産を提言した。

自分たちの世界のムルムル――『3週目の世界』を意味する『ムルムル3』をオリジナルとして、12の数字まで続く、10匹のムルムルを。

「もっとムルムルの数を増やしてもよかったと思うのじゃがなぁ……」
「それはしょうがなかろう。ワシらはいちおう不死身じゃし、人間より強いのじゃ。
あまり『桜見市』側の戦力を強化しすぎては、大東亜から難癖をつけられる」
「それは共和国の方が神経質すぎるのじゃ。因果律大聖堂にさえ、坂持の私兵が見回りに来るなんて聞いてなかったのじゃ」
「まったくじゃ! おちおち予備の支給品でサボ……遊ぶこともできん」

ぶうぶうと不満を漏らすムルムルたちだったが、かの国との関係にも『大人の事情』があることは理解している。
理解した上で、それを面白がってすらいる。
たとえば、安易に考えれば『市』である桜見市の方が『国』である大東亜共和国に対して、ヘイコラと阿るかあるいはビクビクとへりくだる関係になりそうだが、決してそうはならないということだ。
むしろ、坂持の護衛にしては多すぎる私兵が動員されたことなど、かなりの部分でその国の裁量に委ねている。
それは相手に逆らえないがゆえの低姿勢ではなく、むしろ相手から信頼を買おうとする余裕に近いものだった。
ともかく、今の桜見市は使おうと思えば使える大きな発言力を、強力な一国家に向けて持ち得ている。

「のう……前から気になっておったのじゃが」

空飛ぶミニチュアバイクにまたがって玉座のてっぺん周りをドライブしていたムルムル11が、エンジンを停めた。
カワサキ750RSZⅡという名前の二輪車から排気が止んで、中空で動きをとめる。

「あの国の連中は、ちょっとワシらのことを警戒しすぎておる気がするのじゃ。
坂持は友好的にしてくるから分かりにくいが、どうも兵士たちがワシらを見る目が感じ悪いというか、トゲがある気がするのじゃ」

高所からの問いかけに、他のムルムルたちが一斉に呆れ顔で見上げた。

「お主、オリジナルや11thたちの話を聞いておらんかったのか?」
「連中がワシらに目を光らせるのは、当たり前なのじゃ」
「そもそも、別の世界に時空移動できるのは、今のところ『神』やワシらだけなのじゃし」
「そうなると、異世界と繋がる主導権はどうしてもこちらにあるのじゃから」
「ワシらが縁をきった場合、仮にあの世界のアメリカにでも情報を売られたりすれば、連中はマズイことになるからの」
「そうならぬように、監視しつつ友好的にするしかないのじゃ」

たくさんのムルムルから口々に反論されても、ムルムル11は納得していない風を見せる。

318第3回放送でしたごめんなさい ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:41:03 ID:VJ11pumk0

「殺し合いのことなんかを暴露されたらマズイのは、桜見市も同じではないか?
それにこっちだって、あの国以外にいいスポンサーは見当たらなかったのじゃ。
裏切られたら後がないのは、お互いさまだと思うのじゃが……」

「分かっておらんのう、お主は」

同じムルムル同士の間にも優劣があったことが嬉しかったのか、ムルムル4が得意げに『やれやれだぜ』という仕草をする。

「違うのじゃよ。
『ワシらの世界』で『ワシらの交流』が世間に知れわたることと、
『大東亜共和国がある世界』で『それ』が明るみになることは、全く意味が違ってくるのじゃ。
あいつらは、『マズイ立場に追い込まれる』ぐらいではすまん。
おそらく国家の開闢以来、最も恐れていることが起こるぞ」

それでも理解が追いついていない同胞に向かって、
そのムルムルはため息をひとつ。
そして、こう言った。

「オリジナルによれば、な。

ワシらが住む『別世界』のことを詳しく知った時、あの国の要人どもは狂乱した。

なぜか分かるか?」





319第3回放送 ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:42:32 ID:VJ11pumk0

並行世界など、存在してはならない。

坂持金髪にとって、同僚にあたり上司にあたり、主君とその取り巻きにあたり、神様よりも恐ろしく尊い立場にあたる人々は、そう結論づけた。

(得られるものが多いってのは、ゲームを見てるだけでもよーく分かるんだけどなー。
やっぱりマズイだろ。我が国の……いや、若者の“未来”のためには)

一服してタバコの煙を吐き出すと、坂持は殺し合いの中継映像を漠然と眺めていた。
現在進行形で、戦っている中学生がいる。
疲れ果てて、じっと座り込む中学生がいる。
かろうじて生きている中学生たちが、等しく踊らされて踊っている。

(『こんなに中学生がいる中の、たった二人しか大東亜共和国を知らない』なんてのは、マズイ。マズイんだよ)

大東亜共和国が、どこにも存在しない。
数多ある世界のほとんどがそういう仕組みだと聞かされて、そこにいた高官たちは愕然とした。

世界中のどこを探したってこんなに素晴らしい国は存在しないと、信じていたがゆえに。
かくあるべき理想郷だと確信して、運営してきたからこそ。

おぞましくも、それは事実だった。
自分たちの住む世界と変わらない文明を持つ、二十世紀の現代の世界でも。
あるいは、ずっと近未来の文明を持つ、『学園都市』を抱えた世界でも。
あるいは、『天界』や『霊界』のように、常識で考えても有り得ない領域を抱えこんだ世界でも。
あるいは、『セカンドインパクト』が起こり地球の環境が激変するような、まったく違う歴史をたどっている世界でも。
若者たちは同じように学校に通って、同じように授業を受けて、色々な部活動にいそしんで、友人と談笑して、流行の音楽の話題や恋愛の話題で盛り上がり、変わらない日常を過ごしているのに。
そこで行われている教育に、『大東亜共和国』の名前はおくびにも出てこなかった。

その代わりに居座っているのは、国名にして漢字二文字の、憎き米帝を劣化コピーしたような薄っぺらい自由主義国家でしかない。
どうしてそんな国家体制が生まれたのか、そこに至るまでの歴史を調べた調査員達は吐き気を催した。
にも関わらず。
その国はたいそう発展していた。
それこそ、GNPにおいて大東亜共和国と遜色ない値を叩きだすぐらいに。
それこそ、多くの世界の若者が、この国の中学生とさして変わらない”日常”を過ごすぐらいに。
それらの国では、大東亜共和国のような思想こそが、一時期だけ染まりかけた黒歴史にも等しい扱いを受けていた。
あたかも、大東亜共和国の方こそが『何かの手違いで生じた間違えている国家』だと証明するかのように。

「現在時刻は17時56分……市長はそろそろ放送席に座ってる頃だな」

腕時計を確認すると、ソファに深く身を預けてモニターだらけの部屋でひとりごちる。
静かだった。
”プログラム”を実施している本部に特有の、スーパーコンピューターや大型発電機が駆動する音もないし、兵士たちがせわしなく動き回る気配もない。(もっとも呼べば出現する場所に控えているけれど)
共和国とは文字通りの意味で違う”世界”に来てしまったのだから、ムルムルを呼びつけない限り本国と連絡を取ることもできない。

(……ま。教育長からの電話にビクついたりしない分には、楽なんだけどな。たまーに”もっと大切にしなきゃいけない方々”から問い合わせがあった時なんか、ヒヤヒヤものだし)

当初、見なかったことにしようと高官たちは言った。
存在を容認してしまえば破滅が待っていると、予見した。

現在のところ、共和国を転覆させようと企む不穏分子の活動はごくごくささやかなものだ。
地下でそういう活動を続けている一派はいても、とうてい国民全体にまで波及することはない。
公権力はそういう因子をすぐに特定するだけの能力を持っているし、表に出るやり方で”処刑”したり、表には出ないやり方で”処理”したりと無力化することも容易い。
それならば不満を訴えるよりも、現状の豊かな社会だって悪くない、むしろ最善だと信じきって日々の幸福に甘んじる方が賢いと国民の大半がつつましく暮らしている。
しかし、裏を返せば『クーデターを起こそうとする因子』は常に存在する。
そんな因子を内包している国民たちが、『並行世界のような在り方こそが理想であり、現在の政府が無かったとしても繁栄したまま暮らしていける』と煽られてしまえばどうなるか。

320第3回放送 ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:46:04 ID:VJ11pumk0
「じゃあ放送が終わったら見せてくれ。その後はしばらく仮眠取るからな。きっちり三時間たったら起こせよ。あと、ゲームに急展開がありそうでも起こせ」
「ああ」

加藤はともかくとして、急を要する連絡があれば検閲役の兵士が伝えてくるだろう。
ならば、今回もおそらく『異常なし』という報告に、トトカルチョの中間予想。
まずは放送を聞いてから連絡文に目を通し、その後はゲームのクライマックスに備えて仮眠する。
頭の中で予定を組み立てると、モニターの視聴から目を休めるためにまぶたを閉じた。

別世界にある本国に、電話や通信が繋がるはずもない。
だから、連絡を取るためにはムルムルの行き来に頼るしかない。
開催場所の都合をかんがみれば致し方ない事情とはいえ、それが現地スタッフにとってはストレスと緊張感を担わせる一端になっている。

(ただ、あちらさんに情報を握り潰される恐れは無いな。
文書の封入には『目印留』を使ってるから、ムルムルにすり替えられたりの危険は無いし。
それにムルムルはともかく、市長の方は信用ができる)

目的のためにはおよそ手段を選ばないジョン・バックス市長だが、しかし別の一面ではとても寛容かつ、紳士に徹することは、これまでの監察から理解している。
ムルムルは胡散臭いし『神様』とやらも得体が知れないけれど、少なくとも市長については同盟者としての信頼関係を築いていた。

思想だけをとれば、彼らは相反する者同士だ。
愛国心と郷土愛。
根っこは似通ったものからできているけれど、目指すものは相容れない位置にある。
全体主義国家の歯車をしている官僚と、地方分権の権力を利用して台頭してきた市長。
全体主義国家と、民主主義国家。
片方は、全体のためには国家による統制が必要不可欠だとする姿勢。
もう片方は、市民に未来日記をばら撒こうとしたように、全体が発展するためならば競争を推奨する姿勢。
そんな二つの勢力には、しっかりと目的を同じくさせる『理想』があった。

(どっち側も、”今よりいい未来”を獲得したいってだけだ。
違う世界にその可能性があるなら、そりゃあ取り入れるさ)

市長もまた、初めて『新たな神』と邂逅した折には困惑したという。
次の神を決めるための『未来日記計画』を中止して間もない頃に、その存在は突如として現れた。
数多ある並行宇宙の中でも遠く離れた世界から侵攻してきたそれは、当時の『デウス』と呼ばれた時空王を排除して、現行の神に成り代わる。
かつての協力者であった神が呆気なくすげ替えられたことに、動揺と警戒心がなかったと言えば嘘だったらしい。
しかし、元よりデウス当人を含めたその世界が『新しい神』を求めていたこともあって、神の交代はその臣下や使い魔たちの間で最終的には受け入れられた。

何よりも、その神が提示してきた新たな『未来日記計画』が、世界にとってはより有益なものだとジョン・バックスを再燃させた。

321第3回放送 ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:47:41 ID:VJ11pumk0
(死者さえ呼び戻しかねない技術革新……クローン人間やら超能力やら、ATフィールドやら妖怪やら……。
どれもこれもトンデモない代物だけど、うかつに導入したりしたら大混乱になる。あんまりにももったいない。ウチの技術部だってそう言ったな)

可能性は、無限に広がるだろう。
並行宇宙を探せば、まだまだ人知を越えた未開拓地は広がっている。
例えば、科学で支配された世界の裏側には、ひそかに魔術の世界が交差しているかもしれない。
例えば、人間界と天界と地獄界の三界にとどまらず、大昔にその三界から分離独立した新たな能力者の世界が隣接しているかもしれない。

かつて、桜見市長も『未来日記』というシステムを使って現行人類を『進化』させようとした。
二週目の世界で起こったことを知って、一度はその計画を中止した。
自分が敗北する未来を知っただけでなく、桜見市民をより優れた民族にするという野望も叶わないとネタばらしされたのだから。

そして新たな神の元で。
制作されたまま放置されていた『原初未来日記(アーキタイプ)』のひとつを動かして、『このまま異世界へと門戸を開いてしまった未来』を観測したところ、『ALL DEAD END』という未来が示された。
それはそうだろう。
急激な環境の変化に、生物としての人類は耐えられない。
自分たちに役立つ害のないリソースから取り入れようとしたところで、小さな穴をあけられた貯水庫のように、我が身の利益を追求する人々の手で穴を広げられて決壊を迎える。
とあるシナリオの一つでは、世界の多くが『総人類補完計画』もどきの発動によって、生命のスープになってしまうという予測もあった。
たとえ控えめに言っても、かつて別の世界で市民全員に『未来日記』を与えた時の比ではない争いが起こる。
混乱はジョン・バックス市長としても是とするところだが、さすがにヘタをすれば今ある世界が滅んでしまうともなればいただけない。

しかし、ここに一つの希望的観測がある。
未来日記による『DEAD END』は回避することができる、という事実だ。

(人間の手で因果律を捻じ曲げる奇跡ってやつが創れるなら……究極的には『大人が書いたシナリオ通りの未来』だって作り出せる。
『天野雪輝が起こした因果律改変』の話を聞かなきゃ、誰も『できるかもしれない』なんて思わなかったよな)

それが実現する確率を、正確なところを坂持は知らない。
肝心なのは、『できるかもしれない』と信じた人々が坂持の上にいること。
そして、その『実験』を行うにあたって生じる犠牲を、その人々は『ごく軽微なもの』と見なしただけのことだ。
とある最先端都市での『実験』だって、きっとそんな風にして日々進められている。

322第3回放送 ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:48:46 ID:VJ11pumk0
元より、この国に退路はなかった。
桜見市からの同盟を拒もうとも、『異世界からの侵攻は起こり得る』と政府が知った以上、知らなかった頃には戻れない
とっくに、これからも理想的な未来が続くという安堵は失われている。
ならば。

求めるものは、世界の因果律を掌握する力。
片方は、理想的な管理国家が、永久に滅ばない世界を創る。
もう片方は、愛すべき市民が新人類となり、絶対的な導き手となれるような世界を創る。
理想とする世界の形は異なるけれど、『決められたシナリオ通りの未来を創りたい』という点に置いては一致している。

モデルとしたのは、『戦闘実験第六十八番プログラム』。
ただし、『支給品』という形で『未来日記計画』に使われた多数の日記を貸し与えられる自由をつけた。
そして、とある世界で開かれている、『能力者バトル』をも参考として、対象年齢を中学生に設定する。
『これからの未来を担う中学生に、応用のきく”力”を持たせてバトルロイヤルをさせる』という発想が、今回の企画の主旨に通じると見なされたためだった。

提示するのは、状況だった。
突然に、予知能力を与えられた時。
人を殺さなければ己が殺されるという時。
神にも匹敵する力が手に入ると言われた時。
他人を犠牲すれば、夢が叶うやもしれない時。
死人が生き返る可能性を提示されてしまった時。
異なる世界に生まれた、様々な人間と出会った時。
盤上で、己の果たすべき役割について思い悩んだ時。
そして、大人になれないという未来を与えられた時。

選択肢の幅は、無数にある。
異なる世界との戦いがあり、右も左も分からない大混乱があり、人知を超えた『力』との対峙がある。
『観測者』でさえ追いつかないほど、頻繁に未来が書き換わる。
逆に言えば。
『人間が未来を書き換えるための何か』が、そこにはある。

「デモンストレーションですよ」と言って、市長は説明した。
それに対して、その計画に耳を傾けた人々は尋ね返した。
あまりにも不確実ではないか、だとか。
行動パターンを解析するには、状況が限定的すぎる、だとか。
中学生に様々なアイテムを持たせたところで、活用法などたかがしれているのではないか、だとか。
しかし、市長の続く言葉を聞いて反応を一変させた。

これはあくまで『第一回目』の企画だ、と。

323第3回放送 ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:49:56 ID:VJ11pumk0
なるほど、と彼らは頷いた。
そして、すぐさま『二回目から先を行うための話』へと話題を移した。
(その結果、殺し合いを『黒の章』のように副次収入源として霊界に売り出せるか検討しよう等のアイデアが出た)

彼らにとって、平和な別世界の中学生など存在してはならないし、最初からなかったことにする扱いに等しい。
さらに言えば、自らの世界から選出した中学生たちもまた『プログラムで死んでいたはずの者たち』だった。
最初から存在しない者は、殺したことにならない。
理想とする“未来”を手に入れるために、摘み取る“未来”が1人でも2人でも、51人でも。
1万人、2万人だろうとも、さしたる違いはない。
何度も何度も、参加者を変えて、選出条件を変えて、『ALL DEAD END』を繰り返すことぐらいは厭わない。

その代わり、最後の一人として生き残った子どもには褒美で報いてみせる。
現時点では『ALL DEAD END』の未来が待っているけれど。
しかし、『もし優勝者が現れたら願いを叶える』という約束そのものは嘘でなない。

ただし、手に入れた力を使って次の殺し合いを阻止されないためにも、『元の世界には帰さないやり方』で。
デウスの核の力によって作り出した“幻覚空間”で。
『願いが叶った世界』を与えて、そこで永久に暮らしてもらう。

願いは、叶うだろう。
しかし、未来は与えない。



だからこれは、行き止まりのために始められた物語。




坂持金髪は、仮眠を取る準備を始めながらその放送を聞いた。

ムルムルたちは、サボりをやめて殺し合いのモニターを再開しながら、その放送を聞くために電話を取った。

そして、舞台上にいる者も、舞台の外にいる者も、全員がその音声に耳を傾けた。

324第3回放送 ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:50:29 ID:VJ11pumk0

『では、第三回目の放送を始めよう。
今回は死者の名前を告知した後に、諸君らにとっても有益な情報を開示する。
死者の名前を記憶したからといって、ゆめゆめ聞き漏らしの無いようにしてほしい。

この6時間で新たに舞台から退場した者は、8名。

吉川ちなつ
御坂美琴
神崎麗美
遠山金太郎
高坂王子
宗谷ヒデヨシ
船見結衣
竜宮レナ

前回よりも死亡した人数が少ないことに、安堵した者もいるかもしれない。
あるいは、苛立ちを覚えた積極的な者もいることだろう。
そんな諸君の双方に、ここまで生き残った褒美となるものを授けたい。
この通話が終わったら、まずは携帯電話のプロフィール画面を開くことを勧める。
そこには、君たちが持つ携帯電話の番号とメールアドレスとが記されているはずだ。
ゲームが開始された時点では、プロフィールを確認しようとしてもエラーが出る仕様になっていた。
『交換日記』を搭載した電話のように二台でひとつの例外を除いて、他者の連絡先をあらかじめ手に入れることはできなかったはずだ。
しかし、この放送が終了しだい、会場における参加者同士の通話、メールの遣り取りを解禁しよう。
アドレス交換をすることで、いずれ殺し合う人物の動向を把握するか。
あるいは残り半数をきった競争相手を捕捉するために、他者のアドレスを奪い取って利用するか。

いずれにせよ、自らが生き延びるための選択肢として活用してくれることを願っている。
告知することは以上となる。6時間後にまた会おう。

――もっとも、6時間後には何人が生きて会えるか分からないがね』

325第3回放送 ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:53:40 ID:VJ11pumk0
投下終了です

正式なタイトルは「第3回放送 〜神ならぬ身にて天上の意思にたどり着こうとする大人たち〜」です

電話の解禁、主催者側に関する内容など踏みこんだ要素もありますので、
予約の解禁は、24時間ほどおいて8月28日(木)の0時から始めたいと思います

326名無しさん:2014/08/27(水) 19:57:41 ID:6nPKuVA20
投下乙です

大人らの事情、現実世界のリアルさ、この殺し合いの目的、
行き止まりのために始められた物語、か

327名無しさん:2014/08/28(木) 00:09:11 ID:IGl5oANYO
投下乙です。

全滅エンドが基準で、優勝エンドが出るまで繰り返し。
優勝した中学生は「願いが叶った世界」に閉じ込めて、大人達は「望んだ未来を手にする力」を手に入れる。

通話とメール解禁は、単独行動を促しそう。

328天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 21:49:08 ID:A3R4pZ5g0

夕闇が、なぎ倒されたたくさんの木々に淡い影を落としていた。
その木々は、人ふたりが通れるぐらいの道を作るように左右に切り開かれて続き、
やがて少しだけ開けた場所へと行き当たる。
オレンジ色の夕焼けを顔に浴びて、人殺しの少年と人殺しの少女が座っていた。
少年は、どこを見ているともしれない虚ろな目をしていて。
少女は、そんな少年のことをじっと見ていて。

口を開こうとしてはパタリと閉じて。
酸素を求める金魚のような動きで、言葉を作ろうとしては黙りこんでを繰り返す。

「もしかして、死にたい……とか、考えてる?」

しばらくの時間をおいて、言葉は弱々しく放たれた。
切り株に座して放心した浦飯幽助に向かって、常盤愛はそう切り出す。
失敗した。
生き地獄に堕ちた。
ただの最低人間になってしまった。
そういう目に遭った人間が、次にどんな行動を取るのか。
かつて病院のベッドに寝たきりでカウンセリング漬けになっていた常盤は、すぐに『自殺』という選択肢を想像する。

「どうなんだろうな。俺、頭が良くねぇから、”自殺すれば楽になる”って言われてもよく分かんねぇしよ。
死んだら死んだで、コエンマの部下とか出てきて色々面倒なことになるんだろうし。
それに、俺が死んだらプーに悪い。アイツ死んじまうしな」

能天気な答えだ。しかし、浦飯らしい答えでもある。
地獄巡り真っ最中みたいな顔をしている今でさえ、この男はそんな風らしい。
常盤はそれを笑おうとしたけれど、「ハッ」と乾いた吐息が漏れただけだった。

「そう。一回死んでるヤツも大変なんだね。
……あたしは、死んだら全部終わると思ってたのに」

以前にも、こんな風に絶望したことがある。
自分自身がひどく汚れた、みじめな生き物に思えてきて。
それなのに、己を哀れむ気持ちだけは、あさましくも残っていた。
そんな自分が可愛い人間だったから、きっと自殺しようとしても死にきれなかったのだろう。

「本当は、あたしも浦飯と少し似てる。
一回、死んで生き返ったことがあるんだ」

過去のことなんか語るつもりはなかったのに、口は動いていた。
浦飯が、驚いたようにこっちを見る。

329天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 21:51:45 ID:A3R4pZ5g0
「あの時、付き合ってた男に仲間たちと輪姦(まわ)されてね。
その頃はテコンドーとかできなかったから泣き寝入りしたんだけど。
それがきっかけで自殺未遂して、一命を取りとめて。
運ばれた病院で、カウンセリングを受けたのよ」

こんな話を聞けば、いくら浦飯でもぎょっとした顔をする。
悪いなと思ったけど、語り始めると止まらなかった。
言語化するにつれて、記憶にもありありと蘇る。
生まれ変わった、あの日のこと。

「そのカウンセラーの先生が、あたしの恩人で……。
あの頃は、『もう死ぬしかない』って思ってた。
そしたら、その先生から『もう死んだんだと思いなさい』って。
一度、死んだと思って、強くなりましょうって。
新しい命をあげるから、生まれ変わりなさいってその人は言ってた」

――今からあなたは天使よ。天国からこの間違った世の中を正すために遣わされた、神さまの遣いなのよ。

その言葉に導かれたから、ここまでやって来た。
強くなるために努力して格闘技を身につけて、強くなるために涙を封印して。

『天使』として、間違ったことを正すつもりで。

それが。

「バカみたい……本っ当にバカみたいよ。
やり直して……強くなるつもりだったのに。
人を傷つけて、脅して。ここに来てからも、悪いことして。
男に復讐したつもりで、自分の痛みを紛らわしてただけ。
被害者から、加害者に変わっただけだった!」

握り締めた拳を、膝上へと力いっぱい振り下ろす。
バシン、と打ち付けられた両の脚は痛みを生んだけれど、黒く濁った感情はどこへも動かなかった。

「そうか。……常盤も、大変だったんだな」

曇った顔のまま、しかし神妙そうに、浦飯がつぶやく。
いい先公じゃねぇか、と。
常盤も、うんと頷く。

「俺にも目をつけられてた生活指導の先公がいてよ、もっとまっとうに生きろとか何とかうるさかった。
けど、まっとうな人間らしく生きるって、難しいな」

まるで浦飯は人間じゃない、みたいな言い方だ。
ずいぶんと妖怪だか幽霊だかと関わってきたせいで、麻痺しているのかもしれない。

330天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 21:52:23 ID:A3R4pZ5g0

「でも、常盤は冷静なんだな。俺と違ってどこがどう悪かったのかしっかり分かってるし。こうやって話しかけてくれるしよ」
「ちょっと違うかな。あたしがしっかりして見えるとしたら……それは、苦しいのと同じぐらい、ムカついてるからだよ」
「ムカつく?」
「そう、ムカついてるの」

ミニスカートの裾を、破けんばかりにギリギリと握りしめる。
いつも隠し持っていたシンナーが、殺し合いで没収されていて良かった。
もし気晴らしに吸い込んでいたら、浦飯でさえみさかいなく殺しかねない、今の常盤愛はそんな気分だった。

「ムカついてるのよ。あんなげすい猿男の狙いが読めなかったことも。
戦ってる途中なのに、あんな挑発に耳を貸したことも。
大口を叩いておいて、あんなヤツにてんで歯が立たなかったあたしのことも!
あたしがアイツを逃がしたせいで、浦飯が手を汚すハメになったことも!
よりによって菊地に見られて、完全に誤解されたことも!
あの野郎にも、そんな結果をつくったあたしも、さいっこうに、さいっていに、ムカついてるの!!」
「おいおい、それは全部が全部常盤のせいじゃねぇだろ。
俺が霊丸を撃ったんだし、あいつが庇いに現れなくても、植木ってヤツを撃ってたんだ。
だいいち、アイツだって悪人じゃなくて洗脳されてたかもしれな――」

常盤は半目になり、言った。

「あのさぁ。浦飯は絶対に負けたくない喧嘩で負けちゃったときに、
『お前が負けた後にカバーできなかった俺だって役立たずだから気にすんな』とか言って慰められたい?」
「すいませんでした」
「分かればいいの」

武闘派の性格をした少年は謝り、同じく武闘派の少女はそれを許す。

「だいたいねぇ。洗脳だかなんだか知らないけど、あたしが『ああいう考え方』が大っきらいだってことは話したじゃない」

そう、浦飯幽助はともかく、常盤愛が気づかないはずがない。
浦飯幽助や宗屋ヒデヨシとは違って、常盤愛には不思議な能力を持つ相手と戦った経験などなかった。
だから、あの場で『もしかしたら宗屋ヒデヨシは洗脳ないし思考誘導されたのかもしれない』という発想には至れないこともあった。
しかし、浦飯幽助とは違って、常盤愛がまだ『怒りの感情』を失っていない理由は別にある。

――お前らは生き返るって知ってて、選ばなかったのか?

なぜなら常盤愛は、知っている。

――全部チャラにした方が、誰も傷つかずに済むじゃねぇか。

それが洗脳された結果であれ何であれ、アイツが『優勝することでみんなを生き返らせて、すべてをチャラにする方針で殺し合いに乗っていた』ことを知っている。
もちろんその言葉は、浦飯幽助もその場で聞いていた。
しかし浦飯はいったん喧嘩を始めるとそれしか見えなくなるような少年だったのだから、植木なる少年と戦ううちに記憶から抜けてしまっても仕方がない。
だけど、常盤愛からすれば忘れようもない。なぜなら、戦いを始める前にわざわざ尋ねたのだから。

331天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 21:53:41 ID:A3R4pZ5g0

「あたしは怒ったから、言い返したのよ。でもアイツ、答えなかったじゃない」



――百歩ゆずって、みんな生き返らせてチャラにするとしても、殺し合いに乗る理由は無いよね?



聞いたのに、答えなかった。
『どうせ全員生き返らせるんだから殺したっていい』とか『もう手を汚してしまったのだから、今さら後戻りできない』とか、そんな反駁さえなかった。
『答えられなかった』わけではないとしたら、常盤視点での可能性はふたつだ。
『聞かれなかったことにした』のか、もしくは『答えは出ているけど、教えてやる価値もない』と見なされたのか。
戦っている時からして、そうだった。
口八丁を使って、常盤の未熟さを馬鹿にしたり。常に余裕を崩さなかったり。
そして、言うにことかいて『オレの願いのために消えてくれ』と、そう言った。
『願いを叶えるために殺す必要は無いはずだ』と言ったことには答えずに、お前は願いのために邪魔だと言った。
『宗屋ヒデヨシは絶対的正義のために戦っているけれど、常盤愛は気に入らない人間を見て癇癪を起こしているにすぎない』という論旨に擦り替えた。

擦り替えられていた常盤も褒められたものではないけれど、それが策略の一環だったにせよ侮られたことに変わりはない。
それが宗屋ヒデヨシの意思だろうと、背後で操っていた何者かの意思だろうと、『そいつ』は常盤愛なりの信念と『許せない』という想いを、『かわいそうな少女』の妬みにすぎないと決めつけた。

「あんなの、勝ち逃じゃないわよ。勝ったヤツが逃げることを勝ち逃げって言うのよ。
あいつは……あたしを相手にすることさえ、しなかったもの」

怒りを向ける対象のは、逃げきって霊界とやらに旅立っている。
それも、仲間を庇って死ぬという、最高にかっこいい死に方で。
べつに、あの男がそうしたことは驚かない。
浦飯と違って、冷静になった常盤はヒデヨシの狙いが『やり直し』だと気付けるのだから。
それに、悪事をする人間だって身内を思いやる心を持っていることを、『天使隊』にいたから知っている。
それこそ『天使隊』には、大門校長のためとなれば命も捨てられる過激派が何人もいた。

あの男が外道だったことと、仲間想いだったことは矛盾しない。
だとすれば、あの結末は確かにあいつにとっての最良だった、と常盤は結論づけた。

「……そうよ。アイツの勝ちだったかは別として。どっちみちあたしは、負けたのよ」

332天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 21:54:52 ID:A3R4pZ5g0

怒りを吐き出して空っぽにすれば、そこは真っ暗に侵食される。

仲間を殺した殺人鬼だと糾弾してくる菊地に、何も言い返せなかった。
浦飯が菊地の仲間を殺しかけたことは真実だし、常盤の敗北がその暴挙を招いてしまったことも真実だ。
それに、常盤が本当についさっきまで、殺し合いに乗ったも同然だったことも、真実だ。
もはやどう取り繕ったところで、否、取り繕うつもりも無く、この命は許されざる罪人だった。
どうしようもないし、どこにも行けない。

「常盤」

浦飯が、名前を呼んだ。
常盤をまっすぐに見つめて、言葉を――





――ぐうぅぅぅぅ、と。





ウシガエルの鳴くような音が、常磐のお腹から大きく響いた。

そう言えばずっと何も食べてなかった、と思う。
浦飯がきょとんとして、少女のお腹を見下ろしている。
だんだんと頬が紅潮してゆくのが、顔の体熱で分かった。

「…………あーもうっ!!」

よく分からない苛立ちがほとばしって、乱暴に立ち上がった。
浦飯に背を向けて、どかどかと、乱暴な足音をたてて歩いていく。

「おい、どこに行くんだ?」
「食べるのよ! なんでお腹すかせてヘコまなきゃいけないわけ!?
ヘコむなら、ご飯食べてからシリアスなことでヘコむっつーの!」

ちょっと自分でも何を言ってるのか分からなかった。
なぎ倒された木でできた道をもと来た方向へと、常盤は歩き出す。

「食料ならリュックの中にあったんじゃねえのか?」
「どうせパンか何かでしょ? そんなもん一日経ったら固くなって食えるかも分かんないじゃん」

とはいえ、その言葉で落ちているリュックサックを回収しなければと思い出した。
拾い集めるために引き返しながら、捕捉説明する。

「ちょっと、元の場所に戻る。東屋で話してたときに、ちらっと土手の下に見えたんだよね」





土手を降りれば、南方の入江から海岸線がのびている。
砂浜に打ち捨てられたようにひっそりと、『それ』は停まっていた。
木製の車体は、年季が入っているらしく色褪せたものだったけれど、外装はしっかりしたものだ。
車内をのぞきこめば、業務用の巨大な鍋があり、それを煮るための業務用のガスコンロ(お祭りの飲食屋台で見かけるようなもの)があり、食材を収納するための小型冷蔵庫や、食器や食材を洗う簡易水道もある。
屋根から吊りさがった赤いぼんぼり提灯には、黒くて太い毛筆で『ラーメン』と書かれている。

333天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 21:56:36 ID:A3R4pZ5g0
「こんなもん、よく見つけたな」
「だって今時、屋台のラーメン屋なんてめずらしいじゃん?」
「そうかぁ?」

屋台の中へと入り込んで冷蔵庫を開け、麺をはじめとしてチャーシュー入りのタッパーやらかつおぶしやらスープやらの存在を確認する。
業務用のものとはいえ、使い方は家庭用のものと大差ないはず。楽勝、とたかをくくって腕まくりをした。あぁ、今のあたし逃避に入ってるなぁ、という自覚ならある。
底の深い寸胴鍋は持ちにくかったけど、どうにか目分量で水を注ぎ終えて、コンロにセット。
鉄鋳物製ガスコンロとプロパンガスをあれこれいじって着火すると、鍋の中に麺の束を――

「おい、沸かす前に麺入れんのかよ」
「え、違うの?」

浦飯は分かりやすく呆れた顔をした。
まるで某週刊少年誌でいつものごとく休載をしているやる気のない漫画家が手を抜いて描いたディフォルメ顔のように、見ていて気まずくなる呆れ顔だった。

「常盤、おめーもしかして、料理したことねーの?」
「べ、べつに無いわけじゃないよ。こう見えても一人暮らししてるんだから」
「じゃあ、麺類を作ったことがねーんだな?」
「そんな目で見ることないでしょ! 女の子だから料理が上手なんて偏見よ、男女サベツ!」
「へいへいゴメンナサイ。もういいから代われ」

ラーメンなんてスープの素にお湯をいれて、茹でた麺をぶっこめばいいだけじゃんと思ってた、とはさすがに言えない。
少なくとも常盤の作り方は意気消沈していた男でさえも見ていられないものだったらしく、追い立てられるように調理場をゆずってしまった。

「普通の醤油ラーメンでいいんだな?」
「え? なに? まさか浦飯、作り方分かるの?」
「男だから料理ができないと思いこむのは偏見じゃねーのかよ」
「ううん。あんたの場合、『男だから』じゃなくて『浦飯だから』」
「るせー。文句あるならコショウ特盛りで入れるぞコラ」

口を動かしながらも、浦飯はじつにテキパキと手を動かしていた。
元からあったスープを味見するや、それを煮込むところから始めて、沸き具合を見ながらかつおぶし(常盤はトッピングに使うものだと思っていた)を加えて煮こんでいく。

「ずいぶん慣れてるじゃない。浦飯、料理得意なの?」
「おふくろが悪酔いすると三日は起きてこないダメ女だったからな。
生きるために覚えたんだよ、生きるために」
「ふーん、なんか大変な家だったんだね」

334天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 21:57:25 ID:A3R4pZ5g0
あっという間……というほどではないが、ぽつぽつと話をするうちに調理工程は終わりに近づいていった。
ラーメンを茹でるための穴あきお玉(麺てぼという正式名称を常盤は知らない)を鍋から取り出し、さっさと水切りを済ませる浦飯の手つきは意外なほどサマになっていて、じっと動きを目で追ってしまう。

「へい、お待ちどー」

ドンと威勢のいい音がして、湯気をたたえたどんぶりがカウンターに差し出された。
上から覗き込めば、まずは湯気が顔を火照らせる。
そして醤油ラーメンならではの半透明さがあるスープに、薄黄色の細麺がなみなみと漬かっていた。
トッピングとして使われているのは、チャーシューとメンマと青海苔。
薄切りにされたチャーシューは五枚、大きく開いた花びらのように浮かんでいる。
女子中学生が食べるにしては、かなりのボリュームだった
体重を気にするお年頃のことも考えてよ、といつもなら文句が出ていたけれど、飢えている体は違う言葉を言わせた。

「いただきます」

屋台には椅子がなかったので、立ち食いになる。
割り箸を割り、少量を掬うとぱくりと咥えてちゅるちゅると流しこむ。

「……美味しい」

スーパーで安売りされているひと袋いくらの粉末スープ付きラーメンとはぜんぜん違うことが、ひと口目からすぐに分かる。
専門店の味……というには大げさかもしれないが、家庭料理として作るラーメンよりもはっきり抜きん出ていた。
浦飯もまたどんぶりに自分のラーメンを盛りつけ、屋台の中でずるずると食べ始める。

続けて、れんげでスープをひとすくいして口に入れた。
あっさりしているのに、深さみたいなものがあるスープだった。
作るところを見ていたはずなのに、「ちょっとこれ隠し味に何を入れたの」と聞いてみたくなる、そんな味がする。

美味しい。
飲みこんでから、改めてそう思った。



「あ――」



ぽとりと、涙が頬をつたってラーメンに落ちていった。

335天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 21:59:04 ID:A3R4pZ5g0
ぽとりと、涙が頬をつたってラーメンに落ちていった。

『あれ?』と理解が遅れた。
箸を持った手とは逆の手で頬をなぞると、たしかに濡れている。
まず思ったのは、どうしてだろうということ。
今までどんな男と対峙した時も、神崎麗美の言葉で打ちのめされた時も、菊地たちから誤解を受けた時も、涙は出てこなかった。

しかし、今は泣いている。
そう自覚した瞬間に、『何か』が来た。

「どうしてよ」
「常盤?」

『何か』が一瞬にして胸を突き上げ、体の外側へと爆発する。

「どうして、こんな時なのに、美味しいのよっ!!」

叫んだ。
箸を持った手がぶるぶると震えた。
涙で視界がくもって、ラーメンの器がぐにゃりとした。

「美味しいよ。めちゃくちゃ美味いよ。今までに食べたラーメンの中で、いちばん美味しいよ」

美味しいのに、あたたかいのに。
そのことがひどく理不尽で、身の丈に合わないもてなしを受けたかのようだった。

「あたし、苦しいのに! 自業自得なのに! サイテー人間なのにっ!」

こんなに美味しく(やさしく)してもらえる資格なんて、ないはずなのに。
それなのに浦飯は、ここまで褒められると思ってなかったみたいに目を丸くしている。

「ラーメン食べたくても、食べられずに、死んだひと、いっぱいいるのに。
あたし、なんで、まだ、生きてるんだろ、って、思って……でもっ」

涙はぼろりぼろりと、顔から何かを引き剥がしていくように後から後から流れる。

「生きてると、ラーメンが、美味しいんだもん……」

浦飯は、常盤の言葉を否定しなかった。
ただ、このままだと麺がのびるぞ、と言った。




336天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 21:59:52 ID:A3R4pZ5g0

「もっかい、生まれ変わったらいいんじゃねぇか?」
「……ん?」

先に食べ終わった浦飯に話しかけられて、常盤は顔をあげた。
麺も具もほとんど食べきったラーメンから、れんげを動かす手を止める。

「さっきの話だよ。てめーは一回死んだら二回は死ねないとか言ってたけど、
そうやって生きてるなら、もう一回死んだ気になってみればいいじゃねぇか。
やり直せるのは一回だけなんて、誰が決めたんだよ」
「あたしが悪いことした連中……菊地とか、中川典子の知り合いとかはそうもいかないでしょ。
『今までの常盤愛はもう死にました』で済まないもの」
「かもな」
「でもね、『全部チャラにして、なかったことにする』ってやり方だけは選ばない。
ここまできたら、もうあたしの意地だから」
「そーか」

れんげを置いて、常盤は空を見上げる。
もうほとんど紺色をした夕空があった。
ラーメンの湯気に当てられていたせいで、額には汗がにじんでいる。

「……自分のことは棚にあげるけど。あたし、浦飯にはやり直してほしいと思ってる」

目線を下げると、視界にはラーメンの器が戻ってきた。

「だって、こんなに美味しいラーメン作れるヒトが生きていけないなんて、もったいないよ」
「オレの価値はラーメンかよ」

浦飯はぼりぼりと頭を書いて、ふいと目をそらす。

「今だから言えるけど、人生やり直せても螢子と桑原がいないんじゃ張り合いねぇしな」

オレは元から鼻つまみ者だったからよ、と浦飯は言った。

「けど、オレと違ってあいつらは、まっとうに地に足つけて生きてる奴らだったよ。
なんだかんだ、オレを学校に通わせてたぐれぇだからな」

所属する群れを失って、途方にくれた一匹狼。
そんなふうに見える横顔だった。

不良学生として社会に馴染めていなかった浦飯幽助という少年を、常盤は想像する。
煙草を吸ったり喧嘩をしたり学校をフケたり、そんな少年でも『してはいけないこと』にあたる悪事が『人殺し』だったのだろう。
それが最悪の形で人殺しを重ねてしまっただけでなく、少年の地を足につけてくれていた少女たちはもういない。
失われた命は、取り返しがつかない。

「残念。ラーメン屋の浦飯、似合うと思ったんだけどなー。
こんなふうにヘイヘイ言いながら酔っぱらいの愚痴とか聞いてくれてさ。
さっき言ってた先生とか、妖怪の友達とかも常連になったりして……」

軽口を叩いているうちに、屋台の提灯に火が入った。
薄闇の海岸に、針で穴をうつような明かりが灯る。
他に、光は無い。
土手からのびた海岸は東に向かって水平線があったので、日没に向かおうとする太陽の光なんてどこにも無かった。
鈍色をした波がゆっくりゆっくりと、穏やかな音で打ち寄せる。
これが夕日の沈む海岸だったら、ドラマでよく見かける『青春する若者たち』が似合ったのだろう。
例えば。
水平線に夕日が半分だけ沈んだ海岸で、6、7人の男女がじゃれあうように遊んでいる。
波打ち際を走って、ひざ下まで波に浸かって、笑顔で水をかけあって。
その中には、海水で髪とシャツを濡らした数年後の浦飯もいて、そんな浦飯を指差して笑っている髪の長い女性がいて。

(……なんてね)

そんな幻が、一瞬だけ見えた。

337天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 22:01:04 ID:A3R4pZ5g0

ディパックを背負い直し、海へと背を向ける。

「もう、いいのか?」
「うん。できるだけ『更生』ってやつ、やってみる。
そのうちあたしも裁かれる時が来るかもしれないけど、それまでは」
「更生か……どこに行くんだ?」
「やっぱ秋瀬との合流になるのかな……あれ? 御手洗とかいうヤツを追ってたんだっけ? とにかく来た道、もどろ」

『もどろ』と口に出してから、そもそも浦飯を付き合わせる義理があるのかな、と気づく。
今まで一緒にいたのは、ほとんど『女一人を放っておけない』という浦飯のお節介みたいなものだ。
しかし当の彼はというと、どんぶりを雑に片付けて出発の準備を始めていた。

「ねぇ」
「なんだ?」
「あたしたちって、結局、どういう関係なんだろ?」

一緒にいるための、これと言った理由はない。
しかし、浦飯はすぐに答えた

「友達(ダチ)じゃねぇか?」

その答えは、常盤の想像を外れていた。

「男と女で、友達?」
「おかしくはねぇだろ。俺にも、螢子は別にしても、ぼたんとかいたしよ」
「ふーん。男友達、か」

まさか、男から”友達”呼ばわりされるなんて思わなかった。
男友達、とその言葉を反復する。
悪くなかった。頼もしい響きがするけれど、しかし近すぎてベタベタしたニュアンスでもない。

「じゃあ、”友達”からの命令。あたしより先に、死なないで」
「おう。てめーより長生きするだけならな」

最初に出会って、殺し損ねて追いかけられた時は、頼ることをよしとしなかった。
他に相手とする女性がいる男に、寄りかかることなんてできないと思っていたから。
でも”友達”なら、少しだけ許せるかもしれない。

「あたしがいなくなったら、その時はよく考えて。
自分のこととか、どうしたいか考えて……その後は、浦飯の好きにしていいよ」
「不吉なこと言ってんな。裁きだかなんだか知らねぇが、てめーはそこまで悪いヤツにも見えねぇよ」

失ったものの代わりにはなれないけれど、せめて前くらいは向いていてほしかった。
彼が諦めかけている地に足のついた幸せを、
常盤が諦めてほしくないと望むのも、”友達”としてのわがままだろうか。

そこから太陽は見えなかったけれど。
会場のどこかではきっと、沈む夕日が茜色に輝いていて。
それは同時に、夜が始まるということでもあって。
ちょうど、地獄の催しが始まってからきっかり十八時間を知らせるコール音が鳴った。





死んでもやりなおしがきく人生を。
しかし、死んだらとりかえしがきかない人生を。

天使の翼を持たない人間は地を這いずって、死ぬまで生きていく。


【E-6/F-6との境界付近/一日目 夜】

338天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 22:02:55 ID:A3R4pZ5g0

【常盤愛@GTO】
[状態]:右手前腕に打撲 、全身打撲
[装備]:逆ナン日記@未来日記、即席ハルバード(鉈@ひぐらしのなく頃に+現地調達のモップの柄)
[道具]: 基本支給品一式×6(携帯電話は逆ナン日記を除いて3台)、学籍簿@オリジナル、トウガラシ爆弾(残り6個)@GTO、ガムテープ@現地調達、パンツァーファウストIII(0/1)予備カートリッジ×2、 『無差別日記』契約の電話番号が書かれた紙@未来日記、不明支給品0〜6、風紀委員の盾@とある科学の超電磁砲、警備ロボット@とある科学の超電磁砲、タバコ×3箱(1本消費)@現地調達、木刀@GTO、赤外線暗視スコープ@テニスの王子様、
ロンギヌスの槍(仮)@ヱヴァンゲリヲン新劇場版 、手ぬぐいの詰まった箱@うえきの法則
基本行動方針:なかったことにせず、更生する
1:足掻く
2:浦飯に救われてほしい
3:秋瀬と合流する
[備考]
※参戦時期は、21巻時点のどこかです。


【浦飯幽助@幽遊白書】
[状態]:精神に深い傷、貧血(大)、左頬に傷
[装備]:携帯電話
[道具]:基本支給品一式×3、血まみれのナイフ@現実、不明支給品1〜3
基本行動方針: もう、生き返ることを期待しない
1: ――――。
2:常盤愛よりも長生きする。
3::秋瀬と合流する

339天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 22:03:28 ID:A3R4pZ5g0
投下終了です

340名無しさん:2014/09/11(木) 20:59:02 ID:FI9P0r8Y0
投下乙です

この二人もいいコンビなんだよなあ
その二人のしんみりとしていい雰囲気がよく書けてるわあ…
よかったです

341解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:17:52 ID:gTKxbL7.0
「――ぷはァ。で、おい。都合が悪くなったら閉じ込めて、良くなったら出して、ご感想のほどをまずは伺いたいね」

 開口一番で憎まれ口を叩くテンコに、白井黒子は呆れるよりも安心する気分を味わった。
 渋るテンコを半ば無理矢理デイパックの奥に押し込んだのは他ならぬ黒子であるのだから、「大丈夫か?」などと言われようものなら黒子こそが答えあぐねるところだった。
 不満そうな様子を隠しもせず、デイパックの縁で頬杖をついてギロリと睨むテンコに、黒子は「それは謝ります」と頭を下げた。

「アホ!」
「あいたっ!」

 べしっと頭を叩かれた。思ったよりも重量の乗ったテンコのジャンピングブローが黒子の脳を揺らした。
 遠巻きに見ている七原秋也が、何やってんだあいつらとでも言いたげに大仰に肩を竦めた。

「なんだよもう! やっぱとっくに解決してんじゃねーか! すまし顔で言いやがって! オレなんかいなくてもお前と、ええとシューヤでよろしくやって整理したってか! ざけんな!」
「え、ええと……」
「言わせんなよ! オレなんかいらなかったってことだろ! オレじゃお前の愚痴だって聞いてやれないってことなんだろが!」

 がーがーとがなるテンコは既に涙目で、それは怒っているというよりも拗ねているようでもあり、仲間はずれにされたという寂しさがあるようでもあった。
 実際、状況だけ考えてみればそうとしか取れず、黒子自身もあの時はどうしようもない、という気持ちでしかなく、テンコに話を聞いてもらおうなどとは考えもしなかった。

「別によろしくなんかやってない。それにこっちからも言わせてもらうが、じゃあお前がいれば解決したのかって話にもなるが」

 さらに厄介なことに、七原がそこに割り込んできたので、黒子は「まずいですわ!」という顔になった。
 七原にしてみればテンコなど事情も知らないただのマスコットでしかなく、
 黒子と七原の間にある深い断絶、絶望の深さ、進もうとしている道は一歩間違えば破滅であることなど分かりようもないというところだ。
 それを脳天気に「オレも混ぜろ!」などと言おうものなら七原の感情を刺激することは疑いようもなく、黒子は己の不明を恥じた。
 しかしテンコもテンコで言っていることは正しくはあり、黒子は言い返しようもなかったというか、
 キレられていることに安堵すらしていたので、七原のように正論で黙らせる側に回るわけにもいかなかった。
 が、そんな黒子の困惑と焦りと葛藤など意に介してくれるわけがなく、七原の言葉を受けたテンコが「あぁ!?」と剣呑な言葉で答えていた。
 黒子はこの瞬間、あ、止められない、と他人事のように思った。

「勝手言ってんな! オレはそんな偉くねーよ! 止められんならとっくに止めてるわバカヤロウ! オレが言いたいのはテメーら揃いも揃って自分勝手なんだよ! 身の程知れってヤツだ!」

 その言葉を受けた瞬間、七原のこめかみがピクリと動いたのを黒子は見逃さなかった。
 アカンこの子地雷踏み抜くどころか地雷原で踊ってますわ! と黒子は顔を蒼白にした。
 身の程を知れ、などと目の前の珍獣、それも子供のようにがなり立てるようなのに言われようものなら、七原は多分理屈と論理をを持ってテンコを黙らせにかかる。
 徹底的に現実を目の当たりにしてきた七原の言葉は重く、ひたすらに、冷徹なまでに、理しかないのだ。

342解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:18:38 ID:gTKxbL7.0
 黒子はそれに抗する言葉を持ち得ない。術を持ち得ない。できることと言えば、場当たり的な対処でしかない。それが七原曰くの「中身のない空っぽの正義」だ。
 誰が死んでも、親しい者が殺されようと、敵討ちや復讐をしようとは思わず、『なにか』が裁くに任せる。
 自分で裁こうとは思わない。それをするのは自分ではないという観念がある。それは七原……いや、『理』からすれば判断を放棄し、ここでは意味のないものに縋り付いていることでしかない。
 ここには『正義』なんてものはない。殺さなければ殺されるし、自らが侵される、侵略される恐怖を克服するためには、形のない正義に成り代わって自らが『正義』になるしかない。
 殺さなければ殺される現実を認め、それまで信じていたものは無力だったと認め、はっきりとした価値観を己の中に作り上げ、冷徹に世の中を見据え、為すべきことを為す。
 今必要なのは、綺麗事と言う名の幻想に身を委ねている己を殺し、己の価値観に従って行動することだ。万人の考える『正義』はなく、あるのは己の中に唯一つ打ち据えた頑強で揺るがない『正義』。
 それさえあれば曖昧で形のない、ぼんやりとした万人の正義に惑わされることはない。苦しむこともない。壊れて人間でなくなってしまうよりはマシだ――。
 七原が言いたいことはきっと、そういうことだ。黒子も言っていることは正しいと分かる。いや、紛れも無く正しいのだろう。
 環境に合わせて変えていくのは当然の事であるし、そうなっても誰も責めはしない。各々の中に各々の考えを持つようになった時点で、誰がどういう考え方をしようが気にすることもなくなる。
 誰も否定はしない。誰にも侵されない。――分かっている。分からないほど黒子は愚かではない。赤座あかりが死んだ時点から……、いや、ここに連れて来られた時から心の底では分かっていた。

 だけど、それでも。私は……。

「どうせお前ら、帰ってこないあいつらのことを立派だのなんだの言って、残されてしまった俺達が頑張るとかそんな感じにまとめたんだろ、冗談じゃねえや」
「……なに?」

 だが、テンコの口から飛び出してきたのは自分を置き去りにするなという不満ではなく、既に鬼籍に入ってしまった竜宮レナや船見結衣も含めての、罵倒だった。
 黒子も、そして恐らくは攻撃に備えていた七原でさえも、予想もしていなかった方向への攻撃に対応できずに口をつぐんでしまう。

「本当、冗談じゃねえ。勝手にオレを押し込んで、出たと思ったら死にやがって、何か言おうと思ったらまた押し込めやがって」

 一体何を言っているんだ? 黒子は言葉の中身を理解できない。自分達はともかく、レナや結衣がこうまで言われる理由など、どこを探してもないはずではないのか。
 身を挺して守り、命を賭けて、削って、ついには落としてしまったあの二人を、こいつはなんで責めているのだ? そもそもこいつは、レナや結衣と親しげに話していたこともあったじゃないか。
 それがどうしてこんな口を叩く。何故二人の死を汚すようなことを言う。死人に鞭打つとかそんなのじゃない、役立たずだったと見下げているかのようじゃないか。

「お前」

 頭の中が真っ白に弾け、言葉の意味を論理的に繋げられずにいた黒子の横から、七原が伸ばした腕がテンコを掴んだ。
 思いっきり、握りつぶすように。ギリギリと指にかけられた力は既に柔らかい果物程度なら中身が弾けるくらいには入っていた。
 あまりにも無表情にそれを為す七原は、まるで桐山和雄のように、黒子には見えた。

「何様のつもりだ」

343解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:19:17 ID:gTKxbL7.0
 返答次第ではそのまま殺す。ナイフのように研ぎ澄まされた七原の言葉は、殆ど真っ直ぐな怒りだったと言っていい。
 テンコの答え方次第ではそのまま殺してしまうだろうという確信がありながら、黒子は何も言えなかった。
 あまりの言葉に脳が追いついていなかったというのもあるが、掴まれたテンコが苦しそうにしながらも七原を睨み返していたからだった。
 自分は間違っていない。何の淀みもなくそう主張する視線を、黒子は見ていた。いや、目を離せなかった。薄情者と切って捨てられなかった。

「やっぱりな。お前も、お前も! 死んだヤツが皆正しいと思ってやがる」

 改めて突きつけられた宣戦布告だった。黒子にも、七原にも。お前たちがたどり着いた結論はどっちも間違っていると蹴飛ばす言葉だった。
 違う。否定したいのではない。黒子は拒絶の色もない、心の奥底まで見定めようとするテンコの瞳を見て、それだけは確信した。
 では何だというのだ? 攻撃であることには変わりがなく、そちらに対する結論は得られない。七原も同様に思ったらしく、力の入れ方はそのままに、受けて立つ言葉を返す。

「守ってもらってたお前が、それを言うのか。言う資格があるのか」
「あるね。あいつらはオレからしてみりゃ『逃げた』んだ。死んで『逃げ』やがった。逃げたヤツのどこが正しいってんだ」
「……あいつらはな、立ち向かっていったんだぞ!」

 普段の七原であれば「そんな大声を出すと誰かに気付かれるかもしれない」などと言って窘めるほどの大声だった。
 あまりの声の大きさに、声が反響して聞こえるほどだった。
 それは空間を、空気を、あらゆるものを震わせる魂の慟哭だった。あれほどに黒子の正義をなじり、意味がないと一蹴した七原が。
 死を侮辱されていることに、強い怒りを見せている。
 そうだ、と黒子は思い出す。七原はレナや結衣の死を認めろと言ったし、誰も死なないハッピーエンドなんてないとも言った。
 だが、死そのものを否定はしなかった。二人の死に対して、テンコのように責めるなんてことはしなかった。
 目を逸らそうとした黒子に逃げるなと言った。それほど――、七原にとって『死』とは大きいものなのだと、今更のように黒子は理解した。

「立ち向かってったら死んでもいいのか。それが正しいなら死んだっていいのか! 自分達だけで勝手に行動を決めて!」
「……それはお前の見方だ。あいつらは逃げてなんかいない! そもそも隠れてたヤツが言うんじゃねえ!」
「お前がそう思うんなら、オレはそう思ってるって話だ! それにオレは隠れてたんじゃねえ! 置き去りにされたも同然なんだよ!
 こんなことになるって分かってたら隠れてなんかいなかった! 好き好んで殺させたりするもんかよ!」
「話にならない……。お前は自分を正当化したいだけなんだろうが!」
「正当化したがってるのはお前だ!」

 テンコの言葉もまた正しい。理屈は通っていなくても言い分は認められるものがあり、否定もできない。
 テンコからしてみれば、自分の行動の権利も与えないまま死んでいった二人は置き去りにしていったとも言える。怒るのは、分かってしまった。
 黒子も置いて行かれるような感覚は、何度も味わったことがあるから。知らないまま関われないというのは……無力であること以上に、辛い。
 だが実情を知っている七原からでは、頭ごなしに否定しているようにしか見えない。感情に任せ筋の通らないことをわめいているだけ。
 だがテンコは黒子と違い「レナと結衣はもう死んでしまった」という事実をきちんと理解している。した上で感情を撒き散らしている。
 ゆえに七原は黒子にしたときとは別の怒りを見せているのだ。置き去りにされたとは考えない。託されたと考える。
 いや、そうして自分を少しでも正しいと肯定できなければ……、
 まだ生きている理由があると己を雁字搦めにしなければ、『理』を信奉していられないのかもしれなかった。
 そんな七原と対極にいるテンコが衝突するのはある意味では当然の帰結とも言えた。
 極論ではあるが、七原はレナと結衣を正しいとし、テンコは間違っているとしているのだ。
 己の価値観に従って、自分の理屈をぶつける。わからないならそれでいい。自分の正しさは自分だけが知っていればいい。そんな風に見えた。

344解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:19:46 ID:gTKxbL7.0
 だから。

「ちょっと、待ってよ」

 交わらないことが、無性に悲しくて、黒子は掠れた言葉で割って入っていた。
 しかしそれは思ったよりも強い調子だったらしい。ぎょっとした様子で黒子を見る一人と一匹は、きっと次の言葉も頭から抜けているのに違いなかった。

「なんで、レナさんと結衣さんのことで言い合ってるんですの? 正しいとか正しくないとか、それは私達の視点であって、レナさんや結衣さんが死ぬ直前に考えてたことじゃないでしょう?
 きっとそんなことなんて考えてない、当たり前の人間として、当たり前のことをしようとしただけで……前も後も先も、きっと考えてなんてなくて……」

 結論のない言葉の羅列。断定などできない。真実は分からない。けれど……同じ人間で、僅かな時間であっても同じ時を過ごしたのだから、感ずることは、できた。

「必死だっただけで……それでもなんとか頭に浮かんだ言葉を残して」

 ――――――あと、任せたから。
 そう綴られた紙を取り出す。
 黒子自身、自分が何を言いたいのか判然とはしていなかった。むしろ何かを語ろうとすればするほど、テンコの言いたいことも分かってしまう。
 どうして殺されなければいけなかったのかではなく、どうして死ぬようなことをしたと焦点を変えれば、理解できないと思っていたテンコの言葉もすっと通る。
 一方で、二人が決して自分勝手に死んだのではないことも分かっている。そうでなければこんな言葉を残したりはしない。誰かを、信じたりはしない。
 きっと正しいし、正しくもない。

「そうとしか、生きられなかったんだと思います」

 だが結局のところ、何も分からないし結論もできない。その上黒子には、七原やテンコのように自分を信じきるなんてこともできない。
 恐らくはきっと、この中で最も愚かな人間であるのだろうし、最も凡俗な考えしか持ち合わせていないのだろう。
 それでも。黒子は言葉を重ねるうちに、やっぱり自分は、あいまいで形もはっきりしない正義を信じたいと思った。
 きっとそれは、黒子自身が愚かで平凡な心しか持ち合わせていないからなのだと思える。
 愚かだから『空っぽの正義』を信じていたのではなく、『空っぽの正義』を信じてしまえるから愚かだと言われてしまうのだと思える。
 そう。当たり前の人として、当たり前のことしかできない、そうとしか生きられない人間だから――、
 何かひとつだけを信奉もできないし、これだと結論もできないのだ。
 例えそれで、救えるものが救えなくなったとしても……。

「……すまね。カッとなった」

 黒子の言葉を最後にしばらくの沈黙が泳ぎ、やがて空気が湿った色を見せ始めたころに、テンコはぽつりと漏らして、するりと七原の腕から抜け出した。
 実際のところは、沈黙している間に七原が力を抜いていたのだろう。
 七原もばつが悪そうに顔を逸らし、しかし口にできる言葉がないようで、小さく息をつくだけだった。

345解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:20:35 ID:gTKxbL7.0
「頭冷やしてくるわ。多分オレがガキなだけだから。コースケにもよく言われてたし」
「……お待ちなさいな。私もお供します」

 とぼとぼと離れていこうとするテンコに向かって、黒子が追随する。意外そうに見返してきたのはテンコで、大きな瞳が訝しげにしていた。
 テンコにとっては七原と黒子は同じような考えの持ち主であり、ついてくるなどとは思いもしていないのだろう。

「アイツ置いといていいのかよ」
「テンコさんに逃げられても困りますし」
「逃げねーよ」
「七原さんも、私の目がない間にやりたいこともあるでしょうし」

 振り返って、黒子は七原に対してライターを擦るような仕草をしてみせる。テンコ以上に意外そうに目を丸くしたのは七原で、
 お前それはいいのかと口に出さず指差し動作で伝えてきたので、黒子はぷいっと顔を背けた。目撃していなければ実際やったかどうかなど分からないことだ。
 黒子は今は目撃しないことにしておいた。それに、七原とは別に黒子も黒子でテンコには言いたいこともあった。

「……勝手にしろい」

 心底うんざりしたという様子で、テンコはのしのしと歩いてゆく。
 黒子ももう七原の方を振り向くことはなく、その後を追った。

     *     *     *

「全く、落ちぶれたもんだ」

 黒子達が視界から消えたことを確認してから、七原は疲れたという様子を隠すつもりもなく、地面に身を投げ出した。
 本当に疲れた。体力の浪費でしかない言い合いをどうしてする気になったのか。他者の戯言と流すことがどうしてできなかったのか。
 そもそも現在の状況を考えれば、ここで二手に別れることは危険な行動ではないのか。
 人数が減ったということは貴重な戦力もなくなり、敵に対する攻撃力も防御力も低下しているということだ。
 こんなところで寝ている暇などないだろう。状況を認識しているなら今すぐ起き上がり白井達に合流して、先程の言い合いは適当に落とし所をつけて……、

346解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:21:08 ID:gTKxbL7.0
「やめだ……」

 そういうのを『大人の判断』ということに気がついた七原は、クソくらえという毒と一緒に思考を蹴り飛ばす。
 虫唾が走る。大東亜の大人達の薄汚い顔も思い出した七原は、五分の間だけ判断をかなぐり捨てることにしたのだった。
 気持ちを少しでも切り替えられないかと仰向けになって空を眺めてみるが、既に陽が落ちた空は雲の影で見える程度で、陰鬱とした気分を晴らす足しにもなりそうになかった。
 ならば物に頼るに限る。せっかく黒子が目こぼししてくれたのだ。やらない手はないと七原は煙草を口に咥え、火をつける。
 思い切り吸い、吐き出す。それだけの行為が妙に心地よい。煙草の成分だけではなく、吐き出した煙と一緒に、一時的に賢しい考えを捨てられたように思えるからかもしれなかった。

「言いたい放題言ってくれるぜ……」

 思い出したくなくとも、直前まで言い争っていたテンコの言葉が浮かんできてしまう。
 勝手に死にやがって。置き去りにされた。
 ロクに状況にも関わっていない奴の言い分、と退けつつも、テンコが言い放った言葉の力に絡め取られている自分がいることも認識していた七原は、オーケイ認めよう、ととっくの昔に燃え尽きて灰になっていたはずのものに声をかけた。
 多分それは、昔から声に出したくても出せなかった嘆きの一部であり、今を生きながらえている七原秋也になるために捨てなければならなかった弱さであり、闇なのだろうと思った。
 口に出してしまえば呪詛になり、己を冒し、朽ち果てさせる猛毒。他者の……それも人間でもない奴の口から聞かされることになるとは笑えない話ではある。

「どうしてこうも、俺が選ばなかった最悪の道を選ぶような奴ばかりと出会うんだろうな」

 白井にしろ、テンコにしろ、選んでしまえば破滅か自滅かの二択しかない道を進んでいる。
 自分が利口などというつもりは毛頭ないが、ならばこの数奇的すぎる出会いは一体何だというのか。
 運命や宿命などというものは七原は信じていなかったが、縁というものだけはまだ信用はしていた。
 慶時、三村、杉村、川田、典子、そして桐山でさえ。出会っていなければ今の自分はない。思うところは数多いが、呪うつもりだけはなかった。
 憎んでしまえば、自分を置いていったとその死を怨んでしまえば――、残された選択肢は二つしかなくなる。
 世界を呪い続けて死ぬか、死者を踏み躙って奪う側に回るか。七原はどちらでもない、その死を糧に、因縁を結んで、戦い続ける道を選んだ。
 考えは変えるつもりはないし、揺らぎはしない。勝つまで続けてやると心に誓っている。

「勝たなきゃな」

347解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:21:32 ID:gTKxbL7.0
 その言葉を締めくくりにして、七原はつかの間の休息を終えた。たった数分の間とはいえ、とりとめのない思考に身を浸して考えていられたこと自体は悪い気分ではない。
 それが生産的、建設的かどうかはともかくとして、久々に自由な感覚を得られたという実感があり、この一点についてだけはテンコに礼を言ってもいいくらいだった。
 今まではずっと、眼前の事態をどうするかだけしか考えてこなかったのだから……。
 立ち上がり、少しのびをして体をほぐした七原は、気持ちばかりの駆け足で黒子とテンコが向かったであろう場所に移動を開始する。
 そういえば、と七原はそろそろ放送の時間帯でもあることを思い出した。禁止エリアがどのように設定されるかを聞き逃してはならない。死者の情報についても同様だ。
 ここまでくれば流石に白井も錯乱することだけはないだろう、と七原は思っていたが、不安要素はあるにはある。さらにテンコもいる。むしろ騒ぎだすとすればこちらだ。
 なるべく、放送が始まるまでに合流した方がいいだろう。研究所内に残してきた荷物の回収もある。早いに越したことはない。
 七原は駆け足を、さらに速めた。

     *     *     *

「で、言いたいことってなんだよ。早く言えよ」
「……前置きはしておきますけど。別にテンコさんを否定しようってわけじゃないですの」

 どうだか、といった風に鼻息を荒くし、テンコは手近にあった小さな岩の上に座って黒子の攻撃に備えているようだった。
 黒子には座るような場所はなかったため、樹の幹に体を預ける形でテンコとの話を再開する。

「テンコさん、これだけは何があっても信じられる……、いえ、そのためになら死んでもいいと思えるようなものはあります?」
「なんだそりゃ。殉教者か? …………んー、まあ、役に立ってやっていいと言えるのはコースケくらいだが」
「そうですか」

 黒子にとっての御坂美琴。だとするなら、テンコの考え方には『コースケ』の思想が深く根付いているはずだった。

「そのコースケさんがここにいるとしたら、やっぱり怒っていたでしょうか。テンコさんみたいに」
「そりゃ間違いねえよ。アイツは自分より誰かが死ぬのが死ぬほど嫌いだからな……。『死ぬつもりなら行かさねえ。オレが絶対に行く』くらいのことは言うだろうしやるだろうぜ」
「それ、さっきのテンコさんじゃないですの」
「違うよ。オレは多分出来なかった。いや実際出来てないしな……。オレ、基本的に他人ってヤツが嫌いだったからよ。それが今も尾を引いてる」

 初めて聞く言葉だった。溌溂としていて闊達なテンコが人嫌いだったという話は意外で――、いや、話そうとはしてこなかったのだろう。
 テンコは苦笑して「んな困った顔すんなよ」と努めて軽く言った。

348解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:21:58 ID:gTKxbL7.0
「オレの種族ってヤツは今までさんざ迫害を受けてきたからな。ヒトなんて信じられねえ、自分勝手な野郎ばかりだって考えが今もまだ根付いてる。
 コースケのお陰でちょっとばかしは信じてもいいって程度になっただけだ」
「だったら」
「最初からクロコと別れていりゃ良かった、んだろうけどな。こうして今不貞腐れてるくらいならそうしときゃ良かったんだろうさ。でもよ、なんか出来なかった」
「なんかって……」
「なんでだろうな……」

 自分でも不思議だと言わんばかりに、テンコは長い溜息をつきながら虚空に漏らした。
 理屈でも感情でもない、不可視の力によってここまで来てしまったのだという感嘆が含まれているようでもあり、黒子はテンコが見ているものを見たくて、テンコが視線を向けた先に目を凝らした。
 しかし黒々とした夜の闇が見えるばかりで、何も分かりそうはない。正確な答えなど、ないということなのだろう。

「言っとくけど、あいつらが嫌いだったわけじゃなからな。でもやっぱり除け者にされたって考えは変わらねえ。あいつらが言わない限り変えない。
 ……だけど、もう何もあいつらから答えは聞けない、聞けないんだよ、ちくしょう」

 過去から堆積してきた人間への不信と、ある人間との出会いによって変化してきた『今』、そういうものがない交ぜとなって憎まれ口として飛び出してしまったのだろう。
 それはそれで、遥かに人間らしいとも黒子は思ってしまう。死は簡単に割り切れるものでもなければ、単一の感情だけでまとめられるようなものでもないというのは、
 水が喉を通るようにすとんと落ちてくるものだった。もっと複雑に感じてもいいし、すぐに結論を出せるようなことでもないというのは、分かっていたはずなのに。

「でも、こういうこと言うとコースケは多分ぶん殴りそうなんだよなあ……。死んだヤツのこと悪く言ってんだもんなあ……。そういう意味じゃシューヤもコースケと同じか……」
「なら、相手が私で良かったですわね」
「それは違いない」

 うむ、とテンコが頷くのを見て、黒子はやはり、自分は中途半端な人間なのだと思ってしまう。
 テンコが悪態をつきたくなってしまうのを理解できる一方で、七原が言うような、この場でそのようにごちゃごちゃと正負の感情を混ぜて考えるのはいつか死を招くというのも正しいと分かっている。
 狂いきれず、正しさに染まりきることもできない。当たり前のことというものを捨てられない、凡庸で特別などではない人間……。

「良かったのかもな、クロコがいてくれて。なんというか、多分、一番お前がまともだよ」
「え?」

 出し抜けに紡がれたテンコの言葉が唐突すぎて、黒子はぽかんと口を空けて間抜けな声を出してしまっていた。
 勘違いすんなよ、とテンコは前置きしてから、しかし今度は刺の抜けた柔らかな口調で続きを言う。

「クロコが正しいってことじゃない。コースケが言いそうなことをシューヤが言ってんなら、きっとシューヤが一番正しいんだろうよ。でも理屈じゃねえんだ。
 昔のオレが、『あいつらはオレを置いてったんだ』っていうのに頷いちまう。理屈じゃ自分は切り離せないんだよ。でもそれを分かってくれるヤツがいなきゃ、オレはきっと悪者でしかなくなる」

 いや、一歩間違えばそうなっていたのかもしれない。黒子が七原の言葉に頷いていれば。テンコは単なる身勝手者として扱われ、放り出されていたであろうことは想像に難くない。
 訥々と語るテンコは、どこか安心しているようにも見えた。まとも、の言葉の中身。その輪郭がぼんやりと掴め始めてきた黒子は、身を固くして言葉の続きを待った。

349解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:22:25 ID:gTKxbL7.0
「正しいことは分かってる。でも正しくなくても信じてしまうものがある……。クロコの中にもあるんだろ?」
「それは……」

 ある、と言い切ることはできなかった。言い切れるほど確固としたものではなく、口に出していいのかどうかも定かではない、なんとなく、にしかなっていないなにか。
 そんなものに縋っているなんて馬鹿らしいとさえ言い切れてしまうもの。誰も救えないとまで言われてしまったもの。
 ――ひとの心の中にある、誰もが持っている当たり前の感性というもの。

「別に言わなくていーよ。多分オレじゃ理解できない。出来てたら、シューヤにガチでキレてねえだろうしな。オレから言えるのは、お前がいたからオレはオレを悪者にしなくて済んだってことだけだ」
「……それって」
「はけ口になったってことだよ、最後まで言わせんな」

 憎まれ口を叩くと、テンコはぴょんと岩から飛び降りて、会話の時間は終わりだと示した。
 結局、テンコの話を聞くだけの形ではあったが、本来黒子が聞こうとしていたことはテンコが話してくれたのでおおよそ目的は達せられた。
 迷い、惑い、これだという答えを出しきれない人達。敵と出会っても敵と認めきれず、同情さえしてしまう人達。
 正しくなんかない人達。
 私は、きっと、それを捨てられないから――、

「――ロコ、クロコ! なんか奥に……!」

 黒子の中で結論が固まりかけた、その瞬間だった。
 何かを叫んで、目の前で大きく跳ねていたテンコの体が、赤いものを撒き散らしながら吹き飛んでいったのは。
 飛沫の一部が黒子にかかる。妙に粘度が高く、まるでよく煮込んだソースのようでもあった。

「ハハハ、ヒャハハハハハッ! まずは、一匹……、お前、どうだ気分は」

 耳障りな高笑い。夜の闇が濃くなってもなお爛々と光る深紅の色をした瞳。
 黒子の全身が総毛立つ。こいつは、間違いない。今テンコに致命傷を与えたと思われる、こいつは……!

「言ってみろよ、置き去りにされた気分をよォ!」
「切原赤也……!」

350解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:22:47 ID:gTKxbL7.0
     *     *     *

 この世で一番の呪いがあるとするなら……それは、きっと言葉だ。
 言葉がどこまでも自分を苦しめる。いつまでも体内の奥深くに沈積し、毒を生み出して痛みを与える。
 俺は、ひたすら苦痛だった。頭の底がひりつくように熱い。どんなに忘れようとしても浮かんできてしまう。

 たるんどる。

 亡霊の言葉。未だに聞こえる……、いや、『ここ』を自分の居場所と定めたときから、より鮮明になって聞こえてくる言葉だった。
 副部長。分かってるんですよそんなことは。俺だってガキじゃない。人間を殺しても副部長が戻ってこないなんてとうの昔から知ってますよ。
 でもあんたはもう戻ってこないんだ。殺しをやめたってあんたは戻ってこない。あんただけじゃない、手塚国光も跡部慶吾も。どんなことをしても戻ってはこない。
 ならせめて殺しはやめろって? 冗談じゃないですよ、俺の一番大切な宝物をブッ壊されて黙ってたら負けでしょ? 怨みぐらい晴らさせてくださいよ。
 それに……、そんな俺を、きっと、これから殺しにいく『悪魔』達は誰も分かっちゃくれないんですよ。殺そうとしてますからね、そりゃそうでしょ。
 だから俺はあいつらにとっちゃ『悪』でしかないし、それで上等っすよ。俺もあいつらは血も涙もない最低野郎どもだとしか思ってないですからね。
 耳を貸してくれるかって期待した連中も、結局俺を置き去りにしやがった。綺麗事を言いたいことだけ言って、残される俺のことなんか考えもしないで。
 じぶんを信じろって? 悪魔じゃないからって? なら生きててくれよ。生きて俺の味方を、なんでしてくれなかった。
 俺を救う言葉を吐くくらいなら、なんで俺に殺された。できないなら最初から吐くんじゃねえ。ただの言い逃げだ。俺にとっちゃ最悪の呪いだ。

 こんなのがただの感情だなんてことも、分かっている。
 でもこうすることでしか――、この無茶苦茶な感情を俺だけは正しいと思わなきゃ、俺は発狂する。
 狂って、野たれ死んで、怨みも晴らせず負けて死ぬよりは、このまま全部殺しつくしてから死ぬ方がマシってもんだ。
 そうさ、だから、俺は、俺は……。

     *     *     *

351解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:23:32 ID:gTKxbL7.0
「どうした! 反撃しないのかァ!? ほら、今なら俺はまだ無防備だぜ! 俺がワンゲーム取ったから、次はお前のサーブだ。俺を止めてみろよ、前も、それにさっき言ったみたいにさぁ!」

 哄笑する赤也。持っていたラケット、それにデイパックを無造作に地面に放り、挑発するかのように手をぶらぶらとさせる。
 丸腰の完全なノーガード。絶好の攻撃チャンスだというにも関わらず、目の前のツーテール女は歯をギリッと噛みしめるのみで何もしてこようとはしない。
 どこまでも汚い女だと赤也は思う。奪ってやったのに、あの女から奪って、置き去りにしてやったというのに。
 性懲りもなく「あなたを、止めます」という言葉が出てきたとき、赤也はこの女をいたぶって苦しませてから殺してやると決意した。
 物陰から機を伺い、最も油断したと思われるタイミングで、弱そうな方から不意打ちをかけて殺したという、悪役の見本のような真似までしてやったというのに。
 反吐が出る、と赤也は思った。

 怒れよ。憤れよ。嘆けよ。お前は今俺と同じになったんだ。こんなどうしようもないクソみたいな世界に置き去りにされたんだ。
 醜い心を出せ。何もかもが間違ってるこの世界で、正しいのは自分だけなんだと言え。全てを呪え。そして殺しあって、忘れようぜ。
 俺達はただの敵同士なんだから。敵を倒す自分は正しい。そうだろ。俺達は殺しあっているときだけ正しさを実感していられるんだ。
 倒すべき敵と戦っているときだけ――、俺達は苦しみから解放されるんだ。そう、これは……これは、戦争(テニス)だ!

「理屈じゃ、ない」
「……は?」

 赤也は言葉を待った。どんなことでもいい、自分を悪かどうか確かめようとする言葉でもいい。何かを言えば、赤也は徹底的に神経を逆撫でするような口を叩くつもりだった。
 だが女の口から飛び出てきたのはどれでもない、まるで独り言のように呟かれた「理屈じゃない」という言葉だった。
 話す気がないのか、それとも錯乱でもしているのか。しかし「あなたを止める」という台詞も耳にしていた赤也は、そうじゃねえな、と思い直す。
 哄笑を吹き消し、つま先を、落としたラケットの柄にかけながら赤也はその次を待つ。
 つまらない事を宣うのならば、すぐにでも痛めつけてやる。錯乱させる暇なんて与えない。

「理屈じゃ自分は切り離せない。私が私でしかないように、あなたもあなたでしかない」
「はっ、なぞなぞのつもりか?」
「だから、たとえ間違っていたとしても。自分を裏切らないために、正しいと信じるために、自分で自分を殺してしまわないために。あなたはそれをなさるのでしょう?」

 話す価値はないか。そう思いかけていたところから、懐に隠されていた鋭い刃を喉元に突き付けられたように赤也は感じた。
 一瞬息が止まる。心臓の鼓動が跳ね上がる。頭の髄を揺さぶられ、鷲掴みにされた感覚があった。
 心を読まれた、などという生易しいものではない。識られている。ネットを飛び越えて、こいつは赤也のコートに踏み込んできたのだ。
 敵……いや、違う。ランクが一つ違う。ただの敵ではない。同じ目線に立ち、同じ地平に立つこいつは――真実の敵だと、赤也の感覚が告げていた。
 吹き消したはずの表情が再び笑いに戻る。しかしそれは侮る哄笑ではない。歓喜の笑みだった。

352解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:23:56 ID:gTKxbL7.0
「分かったような口を利くじゃねぇか」
「私は先程、あなたのような方とお話しておりましたから。
 人を恨みもするし、信じたくもなる。そんな自分を捨てられない、愚かでどこにでもいる当たり前の方と」
「……なぁるほど、さっき殺したのがそいつか。そうかそうか、俺みたいなのが死んで良かったな? 道理で動じてないわけだ」
「いいえ、置き去りにされたと思ってます。あなたの言うように。私に危険を知らせるくらいなら、逃げるなり隠れるなりすれば良かったのに……」

 女が拳を強く握り、震わせる。怒っているのだと分かる。だがそれは赤也が当初意図していたのとは違い、怒りの対象は殺した獣に向いているようだった。
 意外な成り行きではあった。先程殺した二人のようになるかと思えば、今度は赤也が自分の知る全ての知り合いに対して思っているように、この女は怒っている。
 それはそれで、赤也には喜ばしいことだった。先程感じたことは正しかった。同じ地平に立っている。同じ場所に墜ちた同類がいる。嬉しかった。

「ヒトなんかまだまだ信じられないみたいなことを言ってたくせに、結局こうして庇って。竜宮さんや船見さんと同じ。同類です。本当に……」
「そういうこった。最後には誰も彼もが自分勝手に置き去りにしていくんだ。俺達のことなんか考えもしねぇ、テメェの論理だけを押しつけてな。だから――」
「――それでも。私は、白井黒子は、あなたを止めます」

 赤也の言葉を遮り、凛とした姿勢、強い口調、そして真っ直ぐな思惟を伴って、女――、黒子はは赤也を見返して言い放つ。
 あなたとは同類だ。だがあなたとは違う。だから止める。放たれた矢のような視線に射竦められ、赤也は次に言うはずだった言葉を失う。
 代わりに出てきたのは「なぜ」という困惑の呻き。
 お前が俺と同類なら、お前は強くなんかないはずだ。強がってんじゃねえ。お前は何を信じている。
 困惑はやがて、強い反抗の思惟へと変わる。赤也はつま先でラケットを蹴り上げ、空中に浮かせ、利き手で掴み、同時に礫を宙に放っていた。

「何も信じられないような『俺』が! いい子ちゃんぶってんじゃねェぞ!」

 ラケットを振り抜く。『悪魔』の超人的な膂力によって打たれた礫は殺人的な加速力を得て一直線に黒子へと向かう。
 この距離で視認してから動いたところで回避する暇はない。しかし黒子は全く身を動かすことなく、フッとその場からかき消える。
 瞬間移動。先の戦闘でも使われたことを思い出した赤也は、ちっと舌打ちして、木の幹に当たって跳ね返ってきた礫を器用にキャッチする。

「分かってんだろうが。そんな綺麗事が無意味で何の力も持たねェってことくらい。そう抜かす奴から死んでくんだ。
 綺麗事で俺達を否定する奴も、肯定する奴も平等にだ。言いたいだけ言って俺達を苦しめる。死んで勝ち逃げだ。俺はそれが許せねぇんだよ。
 お前だって、何人から言われた? 何人に勝ち逃げされた? さっきの放送じゃ何人知り合いが死んだ? 言ってみろよ?」
「……っ、放送……?」

 声は真後ろから。すかさずバックハンドで礫を放つ。手応えはないが、黒子が赤也の真正面に移動してくる。
 その表情に焦りがあったのを、赤也は見逃さない。

「なんだ聞き逃したってか? それともバッグの中にでも入れてて気付いてなかったか? まあいい、俺が教えてやるよ。さっきの放送で死んだのは――」

353解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:24:24 ID:gTKxbL7.0
 滑らかな口調で死者の名前をひとつずつ挙げてゆくと、そのうちの一人に大きな反応を黒子が示した。
 明らかな動揺。明らかな隙。それを見逃すほど切原赤也というテニスプレイヤーは甘くない。
 すかさず礫を取り出しラケットで打ち出す。黒子は赤也の正面にいたため動作は見えていた。しかし能力の行使に精神の影響でも出たのか、
 回避の瞬間移動は少し横にズレただけで先のように大きな距離を移動していない。そうなることを赤也は分かっていた。
 テニスでもメンタルは試合運びに大きく影響するからだ。ワケの分からない超能力であってもそれは同様。そして、次の一手は既に打ってある。
 『取り出した礫は二つあった』。移動した後の黒子がまだ宙に浮いているもう一つの礫に気付いたようだが、遅い。
 二射目。間を置かず放たれた二射目の礫は、黒子に能力行使の暇も与えず右手に直撃させた。まずは利き手を潰す。
 違っていても今度は反対を潰せばいいだけの話だった。
 プロのテニスプレイヤーの打球を受け、なおかつ打球が硬い礫であれば甚大なダメージは免れない。
 黒子は右手をやられた上に球威に耐えられず吹き飛ばされ、無様に地面を転がる。

「ヒャハハハハッ! ビンゴォ! やっぱりいやがったみたいだな。さあ言ってみろよ、ミサカミコトって奴が死んだ感想をよォ!」

 赤也はゆっくりと、倒れた黒子に近づいてゆく。
 あの動揺の走り方からして、相当親しい間柄であったことは想像できる。普通に放送を聞いていれば、ショックで崩れ落ちるくらいには。
 止めようなどとほざいている黒子の知り合いだ。同じように綺麗事を言うような奴で、さぞ立派な奴だったのだろうと赤也は想像する。

「俺も一人死んでたよ。遠山金太郎ってガキでな。そんなに知ってる仲じゃねえが、能天気でバカほどテニスが好きな、いいプレイヤーだった」
「うっ、ぐ……」

 ダメージは思いの外あるらしく、起き上がろうとするが上手く力が入らないようだ。
 赤也は周囲に警戒を払いつつさらに黒子に近づく。

「いい奴から先に死ぬ。でも悲劇なんかじゃねえ。勝利宣言して逃げてっただけだ。こっちから何もできないのを良いことにな。
 正しいことをして死ねば残った奴が魂を引き継いでくれるとか思ってやがるし、改心してくれるとか思ってやがるんだ。副部長も、あの女どもも」
「……そう、でしょうね。正しく受け止めてくれるとばかり思ってる……」
「はっ、やっぱ分かってんじゃねぇか」
「……正しいからって、それがひとを救うとは限らない……。いえ、それが却って毒になってしまうようなひともいる」
「そうだ。後を継いだって、どうしたって……もう取り返しがつかない。俺は別に自分の志なんてなかったんだ……。
 こんなゲームなんてどうだっていい。俺はただ、皆でテニスがしたかっただけなんだ……。テニスの試合をして、勝ちたかった……」
「……そんな『過ち』を、あの人達は認めてくれないと思ったから」
「俺は俺だけを正しいと思うことにした。お前の考えてる通りだ。間違ってる俺を正しいと。
 お前なら分かるだろ? 誰も守れねェ矛盾した正義を抱えたお前なら。そして、俺に残された道はただ一つだ」
「ぐうっ!」

 倒れた黒子の、礫を直撃させた右手。赤也は容赦なくそれを踏みつけた。くぐもった声に合わせて黒子の体が跳ねる。
 相当の激痛であることは容易に想像がついたが、構わず靴底をぐりぐりと擦りつける。

354解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:24:48 ID:gTKxbL7.0
「立海大付属は常勝不敗。俺に残されたものはそれだけだ。勝って勝って勝ち続けて、間違った俺が最後には絶対に勝つんだってことをどいつにもこいつにも分からせる」
「……かはっ、それ、で、勝って……どうする、んですの」
「喋れる余裕があるのか、ちっ」

 横腹を思い切り蹴飛ばす。頭でも良かったが、それでは気絶してしまう恐れがあった。
 気絶なんてさせない。逃げさせない。ボロボロにして、痛めつけて、抵抗の口も利けないくらいにしてから殺す。
 蹴られた黒子は何度か地面をバウンドし、いくらか転がった後に止まった。

「言ったろ、それしかないって。勝った先なんてねぇ。終わりなんてねぇんだ。勝つ俺を示し続ける。俺の未来なんてとうに死んじまってんだよ」

 空っぽの立海大付属テニス部。そんなものでも、赤也は縋ってしまう。黒子が言うように、いまさら自分を切り離すことなんてできないのだ。
 違う、間違ってる、まだやり直せる。分かり切っている。それでも――自分は自分でしかないから。
 だから俺は、大人になれない。

「……ひとりで勝ち続けて……全部振り払って……でも、それは」

 まだ減らず口を叩けるのか。
 転がった先で黒子が掠れた声を出すのを聞いて、赤也は少し早いと思いながらも左腕を潰すために礫を取り出す。
 骨を狙って、折れるまで球を叩きこんでやる――。

「……寂しい、ですわよ」

 そう考え、礫を宙に放った赤也は、しかしそのまま硬直した。
 寂しい。間違ってるではなく、そのように考えるのは寂しいと。白井黒子は投げかけたのだ。
 大切な人、が、『どっか』にいるって、それだけ、信じて、くれても――。
 突然反芻されるあの時の言葉。嘘吐きの言葉。勝ち逃げした奴の言葉。未だに俺を苦しめようとする言葉……!

「だったらなんだってんだ!!!」

 ざわりと、まとわりつく虫を払おうとするように赤也は礫をラケットで打ち出す。
 しかし狙いをロクにつけていなかったためか、礫は明後日の方向へ飛んでいき、黒子には掠りもしなかった。

「本当は、それだけじゃないかもしれない……。正しさだけを伝えようとしたんじゃない……。生きて、欲しかったから出した言葉だってことも、あるかもしれない」
「……そんなワケがあるかよ! だって、それなら、なんで俺に殺され……俺より強いんなら、俺を止められるはずだ! 弱いから、正しいことしか言えないから俺が殺した!」
「そうじゃない……。たとえ殺されるかもしれなくても……、そうとしか生きられなかったから……! 当たり前の人間として、当たり前のことをしようとしたから……!」

355解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:25:24 ID:gTKxbL7.0
 血を吐くように論理を紡いで、白井黒子は立ち上がる。当たり前のこと。礼儀を守る、困っている人がいれば助ける――。
 誰もが持っている道徳。こんな殺し合いの場でも無意識のうちに出してしまう、手を差し伸べる優しい気持ちのこと。
 普通に生きていれば、どうしようもないくらいに奥底に根付いてしまっているもの。
 人を愚かにもしてしまう、憐れで尊い、ただ一つのもの。

「正しくはないです。それどころか無価値で、無意味で、何の力も持たないかもしれない。
 人を救わないかもしれないし、悲しませもする。空っぽで中身のない正義も同然かもしれません。
 でも、それを信じて、従って、行動しているひとがいるから……! 竜宮さん、船見さん、テンコさんのように、最期まで信じてたひと達がいるから!
 私は、その『正義』を守る、《風紀委員》ですの!」

 凛として咲く花の如く。力強く《風紀委員》の腕章を握りしめて告げる黒子は、赤也の目から見ても間違いなく――正義だった。
 そうか、だからコイツは……。
 黒子の信じるものの正体を知った赤也は、薄く緩やかに納得の吐息を出した。

「弱者の側に立ち、弱者を守る。……なるほど、正義の味方だ」

 もう少し早くお前に出会えていたらどうだっただろうな。赤也はその言葉は飲み込む。
 所詮は仮定の話。置き去りにされた自分を救ってくれたかもしれないということも、自分で自分を殺さずに済んだかもしれないということも――。

「じゃあ俺は、やっぱお前が何も守れないし救えないってことを証明しなきゃなァ!」

356解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:25:41 ID:gTKxbL7.0
 全ての空想を掻き消し、赤也は地面に落としていた礫を、地面ごとすくい上げるようにしてラケットで打つ。
 礫と共に黒子に飛来する無数の土と砂塵。殆ど指向性地雷のように前方広範囲に撒き散らされたそれを避けるには瞬間移動しかない。
 果たして赤也の予想通り、黒子の姿がフッと消える。その瞬間に赤也は、お辞儀をするように頭を下げた。

「なっ!?」
「読めてんだよバーカ! 格の違いを知れ!」

 読みは単純。殺さずに戦闘力を奪おうとするなら脳天に強い打撃を加えての打撃しかない。手をやられているのだから、足で打撃を行うしかない。
 ならば蹴りだ。しかし小柄な黒子が赤也の頭に蹴りをぶち当てるためには、高さが足りない。届かせるためには。瞬間移動しかないということだ。
 そして赤也は天才的テニスプレイヤー。ただ回避しただけではない。既に次の攻撃は放たれていた。

「そら、戻ってきたぜ!」
「っ!?」

 黒子の視界には、『木の幹に当たり跳ね返ってきた礫』が映っているはずだった。
 元々初撃で当てるつもりなどない。跳ね返した第二射こそが本命だ。土を派手にめくったのもそのために過ぎない。
 赤也はさらに礫を取り出しながら、さあどうすると黒子にサディスティックな問いかけをする。
 また瞬間移動して逃げるか? したとしてもたかが距離は知れている。即座に見つけて第三射。それで今度こそ左手を潰してやる。
 受けても結果は同じ。ふわふわした空中姿勢でロクにガードもできるとは赤也は思っていない。無駄と分かっていても逃げるしかない。
 ここで逆転する手段などあるものか。そう考え、黒子がどこに逃れても追撃できるようにラケットを構えようとしたところで、
 赤也の培われてきたテニスプレイヤーとしての勘が一つの可能性を告げた。

「……っとォ!」

 高く跳躍し、器用に側転を繰り返しながら、『赤也に向かってきていた銃弾』を回避していく。
 銃弾など所詮は変化球のかからないテニスボールに過ぎない。打ち返すのも容易いが、避けることなどもっと容易い。
 勢いを殺さないまま地面を滑りつつ、赤也は挑発するように、発砲した主へとラケットを向ける。

「まーたやられに来たのか?」
「借りを返してもらいに来たんだよ。……白井、無事か?」
「……すみません、不覚を取りましたわね、七原さん」
「全くだ、間一髪だったぞ」

 瞬間移動を使って、黒子は助け舟を出した七原へと合流する。
 どうやらこの二人はまだ行動を共にしていたらしい。或いは男の方――七原――が、銃口を向けて牽制しつつ黒子に態勢を立て直させている。
 二人には以前にはなかった繋がりが生まれているように思えた。息の合ったダブルスには程遠いが、形にはなっている。
 関係ない。勝つだけだ。手を差し伸べさせてたまるものか。お前達なんかに、負けてたまるものか。

357解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:26:03 ID:gTKxbL7.0
「……助けられておいてなんですけど、しばらくあの方のお相手は私に任せていただけませんか?」
「助けられておいて、随分な言い草だな……。お前、まさかアイツを止めるとかいうつもりじゃないだろうな」
「そのまさかですけど」
「……正気を疑うな。いいか、アイツは」
「竜宮さんと船見さんを殺した。そのうえテンコさんまで殺しました」
「な……」
「だから――、だからこそなんです。あの方はどうしても私が止めなきゃいけないんです」
「……オーケイ」
「ほー、ご相談の結果はシングルスか。いいぜいいぜ、俺はそっちのが得意だ」

 七原が下がったのを確認して、赤也は黒子を見る。
 タイマンで勝負してくれるというのだ。赤也としても願ったりかなったりではある。
 この女は。白井黒子という女は、切原赤也がこの手で始末しなくてはならない。あれは先程殺した二人以上の、真実の敵であるから。
 同じ場所に立っているのに、正しさを認めきれないことを知っているくせに。それでもと言うこの女だけは、自分が殺さなくてはならない。

「七原さん。手出しはしてくれて構いません。やれると思ったら、やってしまっていいです。それも正しいと私は思いますから」
「お前に俺は止められねェし、そっちも俺は殺せねェよ。勝つのは俺なんだからな」
「あなたにも、七原さんにもやらせないつもりではありますけど。どうでしょうね、分かりません。でも私は結局、私でしかありませんから」

 赤也は悪魔のように舌なめずりをし、天使のように笑った。
 俺は俺でしかないし、お前はお前でしかない。
 同じだったはずなのに、可笑しいね。

「さあ――。試合を始めようぜ。俺が勝って、お前のちゃちな幻想をぶっ殺してやる!」
「……想いは、死なない!」

358解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:26:18 ID:gTKxbL7.0


【テンコ@うえきの法則 死亡】




【B−5 森/一日目・夜】

【切原赤也@テニスの王子様】
[状態]:悪魔化状態
[装備]:越前リョーマのラケット@テニスの王子様
[道具]:基本支給品一式、バールのようなもの、弓矢@バトル・ロワイアル、矢×数本、瓦礫の礫(不定量)@現地調達
    燐火円礫刀@幽☆遊☆白書、真田弦一郎の帽子、銛@現地調達
基本行動方針:立海大付属は常勝不敗。残されたものはそれだけだ。

【七原秋也@バトルロワイアル】
[状態]:頬に傷 、『ワイルドセブン』であり――
[装備]:スモークグレネード×1、レミントンM31RS@バトルロワイアル、グロック29(残弾5)
[道具]:基本支給品一式 、二人引き鋸@現実、園崎詩音の首輪、首輪に関する考察メモ 、タバコ@現地調達
基本行動方針:このプログラムを終わらせる。
1:黒子にある程度は任せるが、いざとなったら自分が赤也を殺す。
2:白井黒子の行く着く先を見届ける。
2:走り続けないといけない、止まることは許されない。
3:首輪の内部構造を調べるため、病院に行ってみる? 研究所においてきた二人分の支給品の回収。
4:プログラムを終わらせるまでは、絶対に死ねない。

【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
[状態]:全身打撲および内蔵損傷(治療済み)『風紀委員』
[装備]:メイド服
[道具]:基本支給品一式 、テンコ@うえきの法則、月島狩人の犬@未来日記、第六十八プログラム報告書(表紙)@バトルロワイアル
基本行動方針:レナや結衣が守ろうとした『正義』を守る。その上で殺し合いを止める
1:七原よりも先に赤也を止めてみせる。
2:初春との合流。
[備考]
天界および植木たちの情報を、『テンコの参戦時期(15巻時点)の範囲で』聞きました。

359 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:26:38 ID:gTKxbL7.0
投下は以上となります。

360名無しさん:2014/09/13(土) 21:36:26 ID:mU/BqGzQ0
投下乙です

テンコ、お疲れ様
本当に死ぬ時はあっさりと死ぬのがロワの無常さ
さて、七原と黒子のコンビの前に悪魔が現れた
黒子はその正義を抱えたままこの悪魔を止められるのか…

361名無しさん:2014/09/13(土) 22:48:24 ID:sWdpUijwO
投下乙です。

自分は自分でしかいられない。
変則三つ巴。その勝者は誰か。1か2か3か。


小さいテンコは、手甲から上半身を出してるので、歩けません。

362名無しさん:2014/09/13(土) 22:51:05 ID:F3stySE60
投下乙です。
割り切ろうとした者も辛いし、割り切れるはずないと罵倒する者も辛い
それでも立ち上がるのは、悲しいことを悲しいだけにしたくないから
否定されたままで終わりたくないから

テンコは本当にお疲れ様…こいつも”子ども”の一人だったのだなぁと思わされる

363 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/14(日) 21:36:43 ID:HNPnQbrM0
確認したところ、
・禁止エリア設定はされていないのに七原が言及している
>>361の指摘の通りテンコが歩いている

上記二点がありましたので修正した後に修正箇所部分を再投下したいと思います。
ありがとうございます。

364 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/14(日) 22:58:43 ID:HNPnQbrM0
以下のレス箇所を下記に差し替えたいと思います。この後特に何もなければそのままwikiに収録したいと思います。
>>345

「頭冷やしてくるわ。多分オレがガキなだけだから。コースケにもよく言われてたし」
「……お待ちなさいな。私もお供します」

 とぼとぼと離れていこうとするテンコに向かって、黒子が追随する。意外そうに見返してきたのはテンコで、大きな瞳が訝しげにしていた。
 テンコにとっては七原と黒子は同じような考えの持ち主であり、ついてくるなどとは思いもしていないのだろう。

「アイツ置いといていいのかよ」
「テンコさんに逃げられても困りますし」
「逃げねーよ」
「七原さんも、私の目がない間にやりたいこともあるでしょうし」

 振り返って、黒子は七原に対してライターを擦るような仕草をしてみせる。テンコ以上に意外そうに目を丸くしたのは七原で、
 お前それはいいのかと口に出さず指差し動作で伝えてきたので、黒子はぷいっと顔を背けた。目撃していなければ実際やったかどうかなど分からないことだ。
 黒子は今は目撃しないことにしておいた。それに、七原とは別に黒子も黒子でテンコには言いたいこともあった。

「……勝手にしろい」

 心底うんざりしたという様子で、テンコはぱたぱたと翼をはためかせて飛んでいった。
 黒子ももう七原の方を振り向くことはなく、その後を追った。

     *     *     *

「全く、落ちぶれたもんだ」

 黒子達が視界から消えたことを確認してから、七原は疲れたという様子を隠すつもりもなく、地面に身を投げ出した。
 本当に疲れた。体力の浪費でしかない言い合いをどうしてする気になったのか。他者の戯言と流すことがどうしてできなかったのか。
 そもそも現在の状況を考えれば、ここで二手に別れることは危険な行動ではないのか。
 人数が減ったということは貴重な戦力もなくなり、敵に対する攻撃力も防御力も低下しているということだ。
 こんなところで寝ている暇などないだろう。状況を認識しているなら今すぐ起き上がり白井達に合流して、先程の言い合いは適当に落とし所をつけて……、

365 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/14(日) 23:00:02 ID:HNPnQbrM0
>>347

 その言葉を締めくくりにして、七原はつかの間の休息を終えた。たった数分の間とはいえ、とりとめのない思考に身を浸して考えていられたこと自体は悪い気分ではない。
 それが生産的、建設的かどうかはともかくとして、久々に自由な感覚を得られたという実感があり、この一点についてだけはテンコに礼を言ってもいいくらいだった。
 今まではずっと、眼前の事態をどうするかだけしか考えてこなかったのだから……。
 立ち上がり、少しのびをして体をほぐした七原は、気持ちばかりの駆け足で黒子とテンコが向かったであろう場所に移動を開始する。
 そういえば、と七原はそろそろ放送の時間帯でもあることを思い出した。以前参加させられたときと異なり禁止エリアが設定されることはないが、死者の情報については一緒に聞いておいた方がいい。
 ここまでくれば流石に白井も錯乱することだけはないだろう、と七原は思っていたが、不安要素はあるにはある。さらにテンコもいる。むしろ騒ぎだすとすればこちらだ。
 なるべく、放送が始まるまでに合流した方がいいだろう。研究所内に残してきた荷物の回収もある。早いに越したことはない。
 七原は駆け足を、さらに速めた。

     *     *     *

「で、言いたいことってなんだよ。早く言えよ」
「……前置きはしておきますけど。別にテンコさんを否定しようってわけじゃないですの」

 どうだか、といった風に鼻息を荒くし、テンコは手近にあった小さな岩の上に座って黒子の攻撃に備えているようだった。
 黒子には座るような場所はなかったため、樹の幹に体を預ける形でテンコとの話を再開する。

「テンコさん、これだけは何があっても信じられる……、いえ、そのためになら死んでもいいと思えるようなものはあります?」
「なんだそりゃ。殉教者か? …………んー、まあ、役に立ってやっていいと言えるのはコースケくらいだが」
「そうですか」

 黒子にとっての御坂美琴。だとするなら、テンコの考え方には『コースケ』の思想が深く根付いているはずだった。

「そのコースケさんがここにいるとしたら、やっぱり怒っていたでしょうか。テンコさんみたいに」
「そりゃ間違いねえよ。アイツは自分より誰かが死ぬのが死ぬほど嫌いだからな……。『死ぬつもりなら行かさねえ。オレが絶対に行く』くらいのことは言うだろうしやるだろうぜ」
「それ、さっきのテンコさんじゃないですの」
「違うよ。オレは多分出来なかった。いや実際出来てないしな……。オレ、基本的に他人ってヤツが嫌いだったからよ。それが今も尾を引いてる」

 初めて聞く言葉だった。溌溂としていて闊達なテンコが人嫌いだったという話は意外で――、いや、話そうとはしてこなかったのだろう。
 テンコは苦笑して「んな困った顔すんなよ」と努めて軽く言った。

366 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/14(日) 23:01:25 ID:HNPnQbrM0
>>349

「正しいことは分かってる。でも正しくなくても信じてしまうものがある……。クロコの中にもあるんだろ?」
「それは……」

 ある、と言い切ることはできなかった。言い切れるほど確固としたものではなく、口に出していいのかどうかも定かではない、なんとなく、にしかなっていないなにか。
 そんなものに縋っているなんて馬鹿らしいとさえ言い切れてしまうもの。誰も救えないとまで言われてしまったもの。
 ――ひとの心の中にある、誰もが持っている当たり前の感性というもの。

「別に言わなくていーよ。多分オレじゃ理解できない。出来てたら、シューヤにガチでキレてねえだろうしな。オレから言えるのは、お前がいたからオレはオレを悪者にしなくて済んだってことだけだ」
「……それって」
「はけ口になったってことだよ、最後まで言わせんな」

 憎まれ口を叩くと、テンコはぴょんと岩から浮いて、会話の時間は終わりだと示した。
 結局、テンコの話を聞くだけの形ではあったが、本来黒子が聞こうとしていたことはテンコが話してくれたのでおおよそ目的は達せられた。
 迷い、惑い、これだという答えを出しきれない人達。敵と出会っても敵と認めきれず、同情さえしてしまう人達。
 正しくなんかない人達。
 私は、きっと、それを捨てられないから――、

「――ロコ、クロコ! なんか奥に……!」

 黒子の中で結論が固まりかけた、その瞬間だった。
 何かを叫んで、目の前で大きく動いていたテンコの体が、赤いものを撒き散らしながら吹き飛んでいったのは。
 飛沫の一部が黒子にかかる。妙に粘度が高く、まるでよく煮込んだソースのようでもあった。

「ハハハ、ヒャハハハハハッ! まずは、一匹……、お前、どうだ気分は」

 耳障りな高笑い。夜の闇が濃くなってもなお爛々と光る深紅の色をした瞳。
 黒子の全身が総毛立つ。こいつは、間違いない。今テンコに致命傷を与えたと思われる、こいつは……!

「言ってみろよ、置き去りにされた気分をよォ!」
「切原赤也……!」

367名無しさん:2014/09/15(月) 08:01:43 ID:Kq910CTY0
月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
100話(+4) 18/51(-0) 35.3(-0.0)

368 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 22:49:41 ID:rGsWCH4k0
投下します

369――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 22:51:53 ID:rGsWCH4k0

実のところ菊地善人は、これまでの人生で『後輩』というものを持ったことがない。

もちろん、彼は吉祥寺学苑の三年四組に所属する学生なので、同学苑の一年生と二年生の全員が彼の『後輩』にあたる。
しかし、部活動だとか生徒会のような活動もしていない上に、人間関係もクラスメイトもしくはネット上で作った交友関係のなかで満足している菊地にとって、『自分の後輩』と呼べる存在はいなかった。

それが、ここにきてたくさんの『後輩』を持った。
杉浦綾乃、越前リョーマ、綾波レイ、植木耕助、碇シンジ。
さらに言えば、彼等の友人でありこれからの護るべき対象でもあるアスカ・ラングレーや天野雪輝を加えたっていいかもしれない。
ことに植木耕助や杉浦綾乃とは友人として対等に仲良くしてきたけれど、『先生』になったつもりで年長者ぶってきたのも、先輩としての責任感やら格好つけたい気持ちやらがあってのことで。
相談に乗ったり、見守ったり、からかったりするのは、新鮮で心地が良かった。

『変な意味じゃないぞ』ときつく前置きした上で言うなら――後輩たちは、可愛かった。
『死』を何度も突きつけられて、年相応に泣いたり傷ついたりしながらも、成長しようとしている。
未熟なりにできることを見つけて、大切なものを守ろうとしている。
そんな彼らを応援してやりたい、もう誰ひとりも死なせたくないという想いが菊地にはあった。

(だから、許せねぇ。許せるはず、ないだろ)

耐えるように、痛みを背負ってザクザクと歩く植木耕助。
それを見ていると、やりきれない悔しさで胸が痛んだ。

碇シンジも、神崎麗美も、高坂王子も、宗屋ヒデヨシも、まるで虫けらのように容易く殺されてしまった。
彼らの精一杯に足掻くことを嘲笑うかのように。人の命を奪うことに、何の痛みも感じていないかのように。

(最初は、俺だって信じようとしたんだ。あの常盤がまた手を汚してるなんて、思いたくなかったからな。でも……)

菊地が自ら体当たりでぶつかって本音を吐露させ、人災とはいえ最終的には“キス”までする仲になった常盤愛の改心が嘘だったなんて、いつもの菊地ならまず信じないだろう。
しかし、そうとでも考えなければ説明がつかない。

それは、あの時の常盤たちが“あの場から離れる植木と菊地を追撃しなかった”ことに対してだ。
素直に考えれば、おかしい。
新たな戦力として菊地が参入したとはいえ、あの時の三人は重傷のヒデヨシをかばいながらの撤退で、浦飯の力に対する備えなど何も無かったのだから。
さらに言えば、あの二人組が『殺し合いに乗っていない振りをして参加者を襲う』というスタイルを取っているなら、既にやり口がバレている植木たちの口封じをしないのは明らかに不味い。
『凶悪なビームで植木を殺そうとして何も悪くないヒデヨシを死なせたが、その後は何もせずに見逃した』ことを説明する合理的な理由など、ひとつしかない。つまり――

(つまり、アイツらは”俺たちを利用しようとした”ってことになっちまうんだよ。
『もしかして何かの誤解だったんじゃないか?』って、クラスメイトの俺に思わせるために)

事実、もしあの場に現れた菊地が『植木を探して追ってきた仲間』ではなく『ただの通りすがりのクラスメイト』だったとしたら、常盤を信じようとしていただろう。
植木とヒデヨシの側が悪者だった……とは考えないまでも『植木たちにも殺意を持たれてしまうような落ち度があったんじゃないか? その証拠に菊地のことは攻撃しなかったんだから』と思いなおして、南へと引き返すぐらいのことはしたかもしれない。
そして、そうなっていたら。
彼女が得意とする泣き落しと口八丁で信用させられて、杉浦綾乃や越前リョーマに綾波レイといった後輩たちの情報を全て売りわたしたあげくに――彼らのところまで合流するや皆殺しを実行されていただろう。

370――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 22:53:59 ID:rGsWCH4k0

だから、ぞっとする。
よりにもよって、『三年四組の絆』を利用して大切な仲間たちを殺そうとした、その謀略に虫唾が走るし、許せない。

「負けるもんかよ。勝ち残るのは――おれ達だ。そうだろ、植木」
「どうしたんだ、急に」

再確認するように声に出すと、植木が足をとめ、振り向いた。

「いや、放送を聞いて色々考えてたのも落ち着いたし、決意表明ってやつかな。
アドレス交換で別行動もとりやすくなったけど、今後もまとまって行動する。
放送前に出くわした連中にリベンジするためにも、今は結束を固める時期だからな」
「ああ。とりあえず、海洋研究所に行って綾乃を探す。そこに誰もいなかったら、『天野雪輝』たちを探すのも兼ねて南下する。
ただし、あの二人組がいそうなホームセンター周りは避ける。それでいいんだよな?」

放送前に打ち合わせしたことを、植木はしっかりと覚えていた。
そして、放送が終わってからもその方針は変わらない。むしろいっそうの急務となる。

「現時点では、そうするしかないな。越前たちの無事は放送で確認できたし、今は杉浦の捜索を優先したい。
放送で知り合いの名前が二人も呼ばれちまったから、動揺してるだろうし……もともと『海洋研究所』ってのは、学校で待ち合わせした後に向かう場所だったからな。
はぐれた杉浦が、そこで合流するために先回りしてる可能性もある。
シンジや日野日向さんの遺言を後回しにするようで、心苦しいところなんだが」

最後に関しては、今は亡き二人だけでなく植木に対しても心苦しいところだ。
亡き友達から天野雪輝や綾波レイを護ってほしいと頼まれたのに、その合流が後回しにされているのだから。

「たしかにシンジ達との約束は大事だけど、後悔なんてしねぇよ。綾乃だってとっくに友達なんだ。
それにシンジだってきっと、『自分の知り合いを守ってほしいから、綾乃を見捨ててくれ』なんて言わねぇよ」
「そうだな」

碇シンジがしっかりと植木のなかで生きていることを再確認して、ほっとする。
気を取り直して野道を歩きながら、しかし思うことがあった。

(植木は今でも、『自分を含めて、全員を救う』つもりでいる。
その『全員』の中には『あいつら』も入ってるのか?
……いや、問題は植木じゃなくて俺だ。俺はたぶん、『あいつら』を救う数に入れてない)

少なくとも、バロウ・エシャロットや浦飯と常盤のような悪党を救いたいという意思はない。
連中が心底から罪を悔いて殺し合いを終わらせるために力を尽くしてくれるというのなら、菊地は後輩たちのまとめ役として、唯一の三年生としてそれを認めて受け入れるべきなのだろう。
しかし、連中がそんな真似をするとはとうてい信じられなかった。信じるには、あまりにも菊地から奪いすぎている。
連中の命と仲間のそれが天秤にかかれば、菊地は後者を優先する自信があった。

(だから……『ここから先は大人の時間だ』ならぬ『先輩の時間』ってわけか?
もっとも、そんなふうにカッコつけて敵を排除するには、覚悟が足りてないけどな)

『全員を救いたい』という植木の夢は、友達として応援してやりたい。
『人を殺さないですむ方法を見つけたい』という綾乃の宿題は、叶ったところが見たい。
綾波レイがバロウを殺そうとした時に止めるべきだったとしたのも、弾みで一線を超えて欲しくなかったからだ。
しかし、そろそろ菊地善人自身の選択をする時が来ているんじゃないか。
自分のために、失いたくないものを護るために、どうありたいのかを選びとらなければ。
そっと、制服の内ポケットに忍ばせたデリンジャーをなでた。
それは図書館で杉浦綾乃に覚悟を問うた時から、ずっと持っていたものだ。
バロウ・エシャロットとの二度目の戦いでは、この拳銃を使わなかった。
その時に使っていたジグザウエルを天野雪輝に与えてしまった今となっては、この武器こそが菊地善人の『最終手段』となる。

371――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 22:55:05 ID:rGsWCH4k0
(つっても……一人で抱え込んでちゃ世話ねーよな。
アイツらとまた会った時の対処も打ち合わせしときたいし、まずは相方に相談といくか)

煮詰まってきたことを自覚して、ふぅと吐息する。
なぁ植木、歩きながらでいいから聞いてくれるか。
そう切り出そうとした時だった。
植木が、前方を向いていた。
より正確に言えば、進行方向からはやや東にそれた山際の景色を。

「おい、菊地。あれ……!」

指さされた方角を、菊地も見る。
現在地との位置関係を考えればC-6のあたりだろうか。
山裾の手前、少し丘になった地形の上に、背の高い建物が見えていた。
おそらくはホテルだろう。問題は、そのエントランスが遠目にも分かるほど半壊していることだ。
外壁には巨大な鉄球が貫通したような穴があき、地面が黒ずんだようにぼやけているのは夕闇にも焼け跡だとわかる。
学校周辺の騒動の余波にかかずらっていた菊地たちには、その争いがいつ行われたものなのか分からない。
もしかするとまだ負傷者があの場所にとどまっているかもしれないし、もっと言えばここからは確認できないだけで、戦闘は継続しているかもしれない。
さらに言えば、杉浦綾乃がその争いに巻き込まれている可能性も低いけれどゼロではない。
『海洋研究所で待っているかもしれない』というのも彼女に冷静な判断力が残っていたとしての話でしかなく、急にはぐれてしまった上に知り合いも全滅したショックでどこにさ迷い歩いていくかなど断定できやしない。

「菊地」
「その顔を見るに、そっちも同じ意見みたいだな」

二人は頷き合い、進路の変更を決めた。





ヒュン、と空気を裂くような音。
そして、石の礫が反響する重たくて鈍い音。
それらが連続しながら、山の中を駆け抜けていた。

「どうしたァ!! 逃げてばっかじゃ、俺からエースは取れねぇぞ!」
「そういう貴方こそ! 狙いが、甘くなってますのよ!」

狙い放たれた剛速球の数々を、黒子は木の幹を盾とすることで防ぐ。
道中で補充したらしき石の塊は、人間の腕力で撃ったとは思えない威力で木の幹をドカドカとえぐった。
当たらなかった幾つかの礫は後方の木々にあたって反射し黒子の足元を襲ったが、それを黒子は瞬間移動ではない、ただの跳躍で回避する。

「逃がすかよォ!」

しかしタイムラグを利用して、切原は移動していた。
素早く回り込んだのは、黒子の姿が丸見えになる、木の側面方向だ。
次弾を撃つために、ぐるりと弧を描くようにその位置へと移動して――

「まだまだ、です!」
「ぶはっ……!!」

だが、その眼前を塞ぐように太い枝が落下してきた。
直撃は避けた。しかし枝先が白い髪にひっかかり、はらいのけるための時間を要する。
その落下を生んだのは、黒子が拾って転移させた落ち葉だった。
葉っぱを使って枝を切断する――手品のような芸当だが、これも『移動した物体は、移動先の物体を押しのける』からこその応用技だ。
追撃にうつるべく、さらに瞬間移動で跳ぶ。
頭上からの飛び蹴りは読まれると踏んで、低い位置での足払いを選択。
しかしその払いは、スプリットステップによる横方向への跳躍でよけられた。
体勢を立て直すために費やされた時間は、双方ともにほぼ同時。
そして、さらなる攻防を交わすために両者は駆ける。

372――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 22:56:35 ID:rGsWCH4k0
「お前ら……少しは、付いて行く方のことも考えろっ!!」

拳銃を片手に、機関銃を背負って山を下りながら、七原は悪態を大声にした。
すっかり汗だくになっている。
ぜぇはぁと喘ぎながら、走っている。
七原はこれでも一応、『必要ならば介入してもいい』と双方から了解までもらっているはずなのだが――この二人、かなり、知ったこっちゃないように動いている。
元から速さを強みにしている二人だけに、山の中を追尾するとなると、もう、追うだけでも必死だった。

「とっとと倒れた方が楽だぜ!苦しまずに済むんだからなァ!」
「そう言う貴方こそ、現在進行形で苦しんでるくせに!」

切原は礫を地面から掴み上げて補給しながら、手を休めないために右手の燐火円礫刀を使って手近な木を倒す。
幹を切断された木は、とどめとばかりに蹴りを食らって白井黒子へと直線的に倒れ、しかし黒子は瞬間移動でその姿を消失させた。
礫を携えて返り討ちの姿勢を取る切原だったが、黒子は幾つかの木々を間にはさんで、枝の重なりに隠された樹上へとその姿を垣間見せる。
ちっと切原は舌打ちして、射線を確保するためにまた走る。
黒子が止まっている間に、切原は止まれない。
立ち位置を一秒以上も固定すれば、瞬間移動(テレポート)による遠隔攻撃を受けるからだ。

(――それでも、白井が戦いの場を移したことは正解だったな)

その判断については、七原も認める。
切原赤也は障害物を叩き壊して進むことはできても、あるいは障害物を回避して進むことはできても――障害物をすり抜けることはできない。
彼我の射線を森の木々が邪魔していれば、回り込むかなぎ倒して進むしかない。どうしても動きが限定される。
白井黒子は、瞬間移動能力者(テレポーター)は、違う。
進行方向に壁があろうと木々があろうと関係ない。移動コースも、出現場所も、選び放題になる。
さらに言えば、森の中には木の葉がある。小枝がある。瞬間移動(テレポート)の素材が、たくさんある。
研究所の中庭のような、何もない平地ではない。遮蔽物だらけの地形を、移動しながらの戦いとなれば――黒子の取れる手数が、圧倒的に増える。
研究所では一方的に攻撃されるばかりだった戦いが、膠着するまで肉薄している。
そしてその奮戦に、切原は舌打ちをした。

「ウゼェんだよ!! んなこと言っておきながら、避けてばっかりじゃねぇか! いつまで続くと思ってんだ!」
「それはもちろん、貴方を止めるまで、ですの!」

373:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 22:58:32 ID:rGsWCH4k0

切原へと宣言して、十数度めかの打球を回避して、黒子は姿を消した。
赤い目をギラつかせて周囲を見回し、気配を尖らせて出現場所を探す。しかし、

「――いねぇ?」

森の中には、切原と離れた位置から走る七原の姿しかなかった。
攻撃音がやんで、静かになった森への困惑で切原の足が、止まる。
その見計らったようなタイミングで、次の手は来た。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン、とテレポートの出現音が連続して鳴る。
それらは全て、悪魔のいた四方の頭上からのもので。

「上か!」

テレポートによる飛び蹴り攻撃が来るよりも、さらに上空。
四方八方に転移させられた木の切断によって、落下する枝と幹の無差別攻撃が切原を襲った。

「なんだこれぁ!」

切原はとっさに持っていた礫を全て打ち上げ、木の幾本かを跳ね返し、吹き飛ばした。
しかし波状になっていた落下攻撃の全てを防ぎ切ることはできず、肩や背に少なくない打撲を受ける。

「ぐっ……!」

そして落下攻撃には、別の効果もあった。
それは、その後に来る“本命”の気配と姿を紛れさせること。

樹上よりもさらに高高度へ瞬間移動していた白井黒子のライダーキックが、突き刺すように迫っていた。
手持ちの打球を撃ち尽くし、フォロースルーのまま体勢も崩れた切原めがけ、黒子は重力も加わった蹴撃を乗せる。
次の瞬間には、ラケットを持った肩を外すはずがない。

「――バーカ。だから、甘いんだよ」

そんな瞬間は、来なかった。
ついさっき撃ち尽くされていた打球の最後の一球が、『時間差をともなって』白井黒子を直撃していた。

「があ゛っ!!」

まるで『一球だけ上空ではなく地面に打ち付けられていたけれど、ぬかるんだ地面にめりこむことなく直前でホップして上空へと逆襲してきた』ような動きで。

「サザンクロス……っつったか。墓標はねぇが、十字架を背負って……死ね」

かつて二回ほど目の当たりにしたその隠し球の名前を呟いて、死刑宣告をする。
上空へと打ち上げられた白井黒子の体は、木の枝に何度も衝撃を殺されるように落下し、地面に落ちた。
体を折り曲げるように身を起こし、幹にもたれかかるようにして上半身を持ち上げれば、円礫刀が首元にあてられる。

「どこが甘いのか教えてやろうか。
『葉っぱで枝を切る』なんて真似が出来るなら、『俺の首を切り落とす』ことだって狙えたはずじゃねぇか。
それが、俺を止めるための甘くない手っ取り早いやり方だったんだよ」

374:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:00:22 ID:rGsWCH4k0
勝負アリと言わんばかりに、赤い瞳が冷酷な目で見下ろす。
枝を切り落され、サザンクロスの余波を受けて、枝が消失した天蓋から月明かりが森に差し込んできた。
差し込まれた月光を背にして、切原の顔が翳る。
赤いようにも白いようにも見える、そんな光だった。

「研究所の時から、そうしてりゃ良かったんだ。あの時なら俺もお前の力をよく知らなかったし、不意打ちで首を切るぐらいはできただろ。
そうすりゃ、あの二人だって俺に殺されることは――」
「そうかもしれません。でも、今の私には……七原さんが、いますから」

やっと追いついてきた七原の足が、十メートルばかりの距離でぴたりと止まった。
ほかならぬ自分自身を、名指しされたのだから。

「理想の行き着く先を見せると約束したんですの。その私が、『私』を曲げたところは見せられません」
「アイツには殺させるけどテメーは殺さねぇのかよ。汚れ役を押し付けてるだけじゃねーか」

血だらけで制圧された黒子に逃げる余地を与えるために、そしてあわよくば切原を仕留めるために、肩で息をしながらもグロックを構える。
構えながら、言われてみればそうかもな、と思った。
出会ったばかりの黒子だったら、七原が誰を殺そうとしても『これ以上の殺人者にするのは見過ごせない』とか言って阻止しただろう。
だとしたら、今の七原と黒子に、『それもまた正しい』と言わせているものは――

「――そうじゃない。どんな形であれ、繋がっていたいんですの。誰もいなくていいなんていうのは、寂しいからっ」
「だったら――どうしてアイツは『居場所がない』って言ったんだよ!」

その言葉のどこが燗に触ったのか、切原は声を荒らげた。
すぐそばに七原がいるのに黒子に向かって叫んでいるのは、ただ無視されたのか、それとも黒子だけが話せる相手として認識されているからなのか。

「アイツは、自分の帰る場所なんかどこにもないって言ったんだぞ!
『俺たち』と違って、勝ち逃げされても文句ひとつ言わねぇくせに。
無念を晴らすとか、仲間を汚すなとか、言葉ばっかり強ぇくせに。
お前が一緒にいても『帰る場所がない』とかぬかすなら、現実なんてそんなもんじゃねぇか!」

――俺には何もないんだよ! 誰も『おかえり』なんて言ったりしない!

「確かにそう言ったけど、根に持つのかよ……」

切原には聞こえないようにぼそりと呟く。
この隙に背中を撃とうかとも思ったけれど、それができなかったのは動悸を自覚したからだ。もちろん、運動後の息切れが原因じゃない。

――誰も一緒にいてくれないなんてこと、絶対にない。 自分の知ってる人たちはいい人達だったってことを、あんなに必死に叫べるのに……

七原秋也にだって、思い出すだけで硬直してしまうことはある。

「七原さんの心のことは、七原さんにしか分かりません。
もしかしたら、七原さんにだって言葉にできないかもしれません」

がっしと、黒子は左手で円礫刀を掴んだ。
手のひらがざっくり裂けるのも厭わずに刀身を首から外すよう押しのける、その動きに切原は驚き、困惑から動きを止めた。

「けれど、貴方が七原さんをそんなふうに怒っているのは……居場所なんか無いと思いたいから、ですか?
居場所が無いと信じ続ける限り、貴方は止まらずにすみますから」

375:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:01:58 ID:rGsWCH4k0
ずざっと、右腕の肘から先を、地面の腐葉土に擦りつけるように動かした。
傷ついた右手がこすれ、顔を歪めながらも、

「だから、わたくしはぜったいに諦めません!!」

そのまま、『触れた物体』に対して転移が実行された。
左手の円礫刀はどこか遠くへと。そして、右手にこすりつけられた大量の砂粒は、

「ぶはっ」

切原の顔面へと転移し、目くらましとなってその体をのけぞらせる。
すかさず黒子は、立ち上がった。

「貴方を、止めます!」

血で濡れた手を伸ばし、ワカメ状の髪の毛をがっしりと掴む。
そして、位置を逆転させる瞬間移動(テレポート)。
ぐるりと切原の上下百八十度が、切原の視界にとっては天地が、入れ替わった。

「――ふんぬっ!」

しかし、切原はその反射神経を人間離れした動きで駆使する。
ぐるんと体を丸め、頭を地にぶつけさせながらも宙返りを果たした。
黒子もすかさず動きを追う。切原もラケットを握り、殴り返しつつも優位を奪い返そうとする。
ラケットが浅く額を掠め、黒子の頭から血の軌跡が走った。

「止まらねぇ! 止まったら負けだ!」
「止めます!『任され』ましたもの!」

そのまま二撃をはなとうとする切原の突撃を、黒子は横に流していなす。
そのまま脇から固めるように切原を組み伏せようとした結果、二人はもつれ合うように木の後ろへとたたらを踏んだ。
そこで、偶然が攻防を左右した。
山の斜面が、急勾配になっていた箇所。
山の麓へと続く、最後の急な獣道。
背後がそうなっていたことを三人ともが見落としていたのは、ひとえに月明かりしかない暗さのせいで。
足を踏み外し、体を傾かせたのは二人同時。
しかし驚くのも一瞬のことと、戦意を失わなかったのも二人ともだった。

「離せっ! 潰れろォ!!」
「離しません! 絶対に!」

鏡写しのように、上下左右が逆転するように交互に。
両者はもつれ合うように斜面を転がり落ち、揉み合い、噛み合いながら、山の出口へと互いを転がしていった。





「……この場所に戻りたくは、なかったぜ」

そう言ったのは切原だったが、追いついてきた七原も同じ感慨を抱いただろう。
急斜面の転倒しながらの空中戦は、麓まで転がり落ちるとそのまま取っ組みあいに切り替わった。
両者ともに打撲と擦過でズタボロになっての乱闘は、集中力を全て眼前の相手へと使い果たし、舞台の移りかわりに気づく余裕を奪う。
やがて二人の動きが止まった時、彼らはやっとその場所に戻ってきたことを自覚した。

そこにあったのは、夜闇に黒々とそびえたつホテル。
そして、周囲から漂う異臭と、それを発するは幾つかの死体の影。
ホテルの玄関からより強い匂いが漂ってくるのは、そちらに犬の群れや桐山和雄の遺体があるからだろう。

「……もしかして、貴方も、『ここ』から始まったんですの?」
「なんだ、お前もかよ。だったら、俺がどんなのを見たのか分かっただろ」

376:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:03:42 ID:rGsWCH4k0
切原の右手は黒子の首を絞めるように掴み、左手は肩を地面へと押さえつけている。
体制の上下関係はさっきと同じで。違うのは、黒子もまた切っ先の鋭い石片を切原ののどにあてがい、血に濡れたもう片方の手でも相手の服を掴んでいることだ。
その腕を痛みと疲労でがくがくと震わせて、それでも両者は力を緩めない。

「お前が見せつけられたのはどれだ? 俺の見た死体は、いちばん酷いことになってたよ……見るんじゃねェぞ。
誰だろうと、『あの人』を見たやつは、みんな殺す」

言葉の後半は、ギロリと後ろを睨みすえて、七原に向けたものだ。
背中をジグザウエルの銃口にさらして、その上で黒子に服をつかまれている以上はテレポートから逃げられないというのに。
戦いの勝ち負けで言えば、黒子と七原の勝ちが見えているのに。
死ぬことさえ乗り越えて復讐を果たすと言わんばかりに、瞳には憎悪が再燃している。

「『これ』を見ても綺麗事を言えるお前には分からねぇ……違うな。
理解できたとしても、越えることなんてできねぇんだ。
『これ』を見てみんな死んじまえって思ったのは、もうずっと前のことだ。
止まれるわけねぇだろうが。今さらなんだよ!」
「でも、止まらずに『自分』を殺し続けるなんて、きっと破綻します。
どこかで終わらせなければ、倒れる時がきます。
現に、私も貴方も、もうボロボロでしょう……?」
「認めねぇ! 負けるなんて認めるかよ。認めるぐらいなら、死んだ方がマシだ!」

もはやラケットも地面に放り出して、空手になった右手で黒子の首を絞め殺さんばかりに圧迫する。
このまま、因縁の戦いを終わらせる。
理解しあって、しかし決定的に断絶したまま、勝利の矜持だけを抱いていく。
そんな意思が言葉にならずとも、のどを潰さんばかりに力をかける少年の手のひらから伝わってきた。

――もう、いいんじゃない? 黒子はよく頑張ったんだから。

頭に、そんなふうに囁く声があった。
七原の声にも聞こえたし、御坂美琴の声のようにも聞こえた。

黒子は黒子の最善を尽くしたし、切原は黒子に負けて止まる。
このまま黒子が切原を殺さなければ、七原が撃ち殺して終わりだろう。
それもまた正しいし、それでいいじゃないか、と。
むしろ、こいつを改心させたところで、誰が救われるの?
こいつは『居場所なんかどこにもない』と信じたがっているんだし。
『じぶんを信じた』おかげで、発狂せずに自分を守ってこれたんだよ?
今さらそれを取り上げて、生きていけるほど人間は強くないんだから。
ここで死なせてあげた方が、こいつにとっては救いなんじゃないの?
最後の最後で黒子みたいな人間と戦えただけ、マシな結末だったじゃない。

377:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:05:05 ID:rGsWCH4k0
分かる。
それは分かる。
そういう結末になったとしても、黒子は自らの《せいぎ》を裏切らずには済むだろう。

だけど、それでも。

「そんな、どこにも帰る場所がないなんて、悲しいですっ!
私は、貴方に手をっ――」

首を絞める力が強まり、声は中途で遮られた。
切原さん。
貴方が私を敵と定めたように、私も貴方を諦めたくないんです。伝わりませんか。
伝わっていたとしても、それは声にならず。

七原がカチリと、撃鉄をあげる音が聞こえて。



「おいおい、これはどういう騒ぎなんだ?」
「何をやってるんだよ。佐野やロベルトが死んじまってるのに……ここにまた遺体を増やすつもりなのか!?」



闖入者、だった。

二人の少年が、ライトを照らしてホテルの中から現れる。
一人は、飄々とした口調ながらも引きつった顔をした眼鏡の少年で。
もう一人は、その手に謎の木札のようなものをぶら下げている芝のような髪をした少年で。
そして状況は、一時停止をした。





下手な誤解をされても仕方のない状況ではあったし、そんな状況下で首を絞めていた切原までもが一時停止していたのは間抜けなことだったかもしれない。
それでもそうなったのは、七原がいつでも引き金を引けるという緊張状態と、少なからず闖入者に興を削がれたところがあったのだろう。
(さらに言えば、とっさに『殺し合いに乗っているのは七原の方です』という類の作戦が浮かぶほど、切原は計算高い頭脳を持たない。少なくともテニスが関係ないところでは)

ともかく、全員にとって頼もしいことに七原秋也が冷静だった。
間の悪いタイミングで乱入されたり誤解されたりをとっくに経験済みとなれば、対処法も学習するのだろうか。
ペラペラと場違いなほど流暢に、殺し合いに乗っているのは切原一人だということ。
分かりやすくかいつまんで、たった今まさに仲間を殺されて何度もぶつかった因縁の戦いの決着がつくところだったのだと説明した。

「分かりやすく言うぞ。『空気読んでじっとしててくれ』。
それから、『他人の問題に首を突っ込むな』」

378:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:06:21 ID:rGsWCH4k0
銃口は切原に向けたままでも、菊地と植木を牽制するようにじろりと睨むのは、横槍を恐れてのことだろう。
そりゃそうか、と菊地は思う。
殺し合いに乗った人間を、他に手段はないと決めて殺そうとしているのだから。
一部の善良な対主催派ならば、『殺して解決するのはよくない』などと止めにかかる危険がある。
……どころか、菊地と一緒にいる植木耕助はまさにそういうタイプだ。

「手を出すなって言われてもなぁ……救けられないって諦めるのは、嫌いだ」

たとえ当人たちが決断したことだろうとも、何もできずに目の前で人が死ぬような理不尽を見過ごす人間ではない。
まして、殺す側も殺される側も苦しそうな顔をしていればなおさらに。
地面から木を生やして三人全員を止める算段くらいはつけていそうな、そういう顔をしている。
植木を止めようと、決めた。
七原が、このまま植木に銃口を向けかねないほどピリピリしていたからというわけではないのだが。
(菊地視点ではさっさと切原を撃って終わらせればいいように見えるけれど、七原視点では植木がどんな能力でどう動くのか読めないから躊躇することも分かる)
その判断は、すっと菊地の心から生まれていた。

「植木、ほっといてやろう。俺は、あいつらの言いたいことも分かる」
「菊地? 分かるって……」
「もし、これが常盤たちと再会した時の俺だったら、あいつらと似たようなことをするかもしれない。
その時は、俺だってあの場にいなかったヤツに邪魔されたくない。たとえ常盤たちを殺して、植木と喧嘩になったとしても」

本心だったけれど、それは裏切りかもしれなかった。
ここで死人を出すばかりか常盤たちをも殺すということは、『全員を救う』という植木の信念を曲げることになるのだから。
愕然とした植木の顔に見つめられることを、菊地は覚悟して顔を引き締める。



「――わかった。手は出さねぇ」



しかし、あっさりと。
さも簡単に気分を変えたかのように、彼はそう答えた。

379:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:08:21 ID:rGsWCH4k0

「でも、これだけは言わせろ」

なぜ、と。
疑問で頭を埋める菊地を横目にして、さらに言う。

「シンジが――友達が言ってたんだ。誰かを――何かを守るために戦うなら、自分自身を救えなきゃ出来っこないんだって。だから俺は、自分のこともちゃんと救うって決めた。
だから……俺が『他人』なら、お前らに『他人じゃないヤツ』はいないのか。
今生きてる人間でも、これから会うことになるのも、死んだら悲しむヤツはいねぇのかよ。
お前らは手を出すなって言ったケド……言ったからには、そこを分かってないと駄目だからな!」

そう言って、両手につかんでいたゴミをばっと捨て、腰をおろして座った。
言いたいだけ捨て台詞を吐いて、手放した。
これまでの植木を知らなければ、そう見えたかもしれない。
しかし、菊地には理解が追いついた。

――『正義』がいつもいつも正しいとは限らない。最後の一点はいつだって自分以外の誰かが持ってる。

植木耕助だって、彼なりに考えて成長している。
出会った人間のことをちゃんと見て、その全てを背負っている。
きちんと背負うことを、約束してくれる。そういうヤツだからこそ、日野日向も、碇シンジも、宗屋ヒデヨシも、後を託すことができたのだろう。





植木という少年のことは、テンコから聞いたばかりだ。
『死なせるぐらいなら絶対に行かせない』という少年。
だから、その彼が許しているこの時間が、特別サービスのようなものだということは察せられる。

少年の言葉を聞いて、頭をよぎったのは初春飾利のことだった。
まだ生きている風紀委員の同僚。
再会して、ともに生きて帰りたいと思っている友人。

(帰り、たい……?)

その言葉が、不思議と意識に引っかかった。

しかしまず気になったのは、水入りを挟んだことで切原が苛立ちを増していないかどうかだ。
植木たちの方へと回していた首を頭上へと戻し、切原の表情へと向かう。
そこに、明確な動揺を見た。
髪から、白色が失せている。
目と全身の充血が、引いている。
怒っている顔はそのままに、しかし上目づかいで植木たちの存在を見ている。

(なんで? さっきの言葉の、どこが?)

一時停止から再開されそうになっているわずかな時間を使って、黒子は考える。
さんざん世界に居場所がないことを、力説してきたばかりだ。
だとすれば彼にとっての『他人じゃないヤツ』は、死んだ人間のことではなく。

380:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:09:22 ID:rGsWCH4k0
(今と、これから……)

盲点に気づいた、感触があった。
他人は自分にとって『悪魔』でしかないし、他人だって自分のことを『悪魔』と呼ぶはずだと少年は言った。
だがしかし、本当に帰りを待っている者がもう一人もいないなんて、誰が決めた。

(七原さんみたいに『どうせお前には家族だってクラスメイトだって生きてる』なんて楽観論は言えませんけれど……)

もしかしたら、失った人の他にも、彼のいたチームにはまだまだ仲間がいるのかもしれない。
同じチームではなくとも、『放送で知り合いの名前が呼ばれた』と言っていたぐらいだから、彼のいた世界にはもっと広い人間関係があったのかもしれない。
その全員が切原を拒絶するなど、どうして決めつけられる。
友達を殺された黒子でさえ、切原と共感することができたのに。

「貴方にとって、まだ貴方を見捨てていない人たちもみんな『悪魔』ですか? 殺されても仕方のない人ですか?」

途切れたはずの、かける言葉が湧いてきた。
切原の黒い眼が、黒子を見る。

「まだ大切な人が残っていれば他の大切な人が死んでも耐えられるなんて、私はぜったいに思いません。
ですが、それでも残された大切な人達は、あなたを心配して待っているのではありませんか?」

あまりに失い過ぎた黒子でさえ、初春飾利を失いたくないと思っているように。
断言するように放たれた声に、悪魔の口元が引きつる。そして、吠えた。

「そんなの、幻想だ!! 人を殺した! 戻る場所なんかねぇ!」

首を絞める殺意が再開される。でも、まだだ。まだ、黙らない。
疲労の積載された神経からなけなしの集中力を使って、瞬間移動(テレポート)を実行。
くるりと、黒子と切原の位置関係が入れ替わった。
切原の背中がジグザウエルの銃口から外れて、舌打ちをする音が背中から聞こえる。
ごめんなさい、と内心で七原に謝った。

「でも、貴方はみんなでテニスがしたかった、とおっしゃいました!
それが貴方の心なら!私の志を幻想だと言うのなら!
貴方のその否定こそ、幻想です!否定させたまま、死にはさせません!」

また首へと向かってくる手を、右拳で殴りつけて制する。
殴った反動で、血を流しすぎた頭がぐらぐらと揺れた。
研究所で負った傷は治療されていたけれど、それは流された血が戻ってきたということじゃない。
ここに至るまでに合わさった裂傷も加われば、体調はおそらく極大の貧血。
テレポートの余裕はおそらく一回きりで、残っているのは言葉と、マウントから振りかざす右手のみ。
それでも訴える。なぜなら、許せないから。

「私、船見さんと竜宮さんを失わせたことを絶対に許せません。
でも、そんな私と貴方が戦って……相容れないけど、言葉を交わしたのに。
『どうせみんな拒絶する』とか決めてかかっている貴方が、絶対に許せません」

許せない。
置き去りにされる痛みを知っているのに、自分が置き去りにする誰かのことは『幻想だ』と否定するこいつが許せない。
ひとりにひとつ、もしかしたらそれ以上。誰にでもあるしあわせギフト。
弱いからそれを失ってしまうというのなら、そんな幻想をぶっ殺したい。

381:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:10:29 ID:rGsWCH4k0



――きみが気にするべきは、きみを待っててくれる人にだ。



(あ……)

カチリ、と噛み合った。
植木の言葉はきっかけだった。
植木に流されたのではなく、その言葉が最後のピースになって全体像が見えてくる。

――もし、もしよ。私が、学園都市に災厄をもたらすようなことをしたら、どうする?

そう言って部屋から出ていった、ひとつ年上の少女の背中。追いかけることができず、『帰ってきてください』と祈ることしかできなかった夜。
『しばらく自分を見つめなおして、もう一度出直してくださいな』と、連行される不良学生に、それとなく言い聞かせていたこと。
『欠けることなく元の日常に帰りたい』と言っていた竜宮レナたち。
友達のことを大切そうに話していた、赤座あかり。
空っぽなんかじゃない。
定形の基準などない虚ろな《せいぎ》だったとしても、その虚ろをかっこいいと思わせ、重力を与えている、目に見えないものは確かにある。
白井黒子が、たどり着きたかった理想の果ては、

「帰った世界でも、ひどい現実が待っているかもしれません。敵意で迎える人もいるかもしれません。
でも、そんな現実を生きると言った七原さんは、私を一人にしませんでした。
相容れないと言いながら、一緒にいてくれました。
ですから、貴方も一緒に帰るんです。どこかで誰かが願い、この私が賛同したとおりに」

――迷子になっている子どもは、家に帰さなければいけない。

首に向かってのびていた切原の手が、だらりと力を失った。

「……やり直すのが、どんだけ苦しいと思ってんだよ。俺がどんなヤツか、お前なら知ってんだろ」
「では、貴方の論理に合わせた言い方をしましょうか。
私は貴方に殺されませんでした。つまり貴方は、甘ったるい私でさえ殺せないくらい、悪い人間ではなかったということではありませんの?」

泣きそうに見える顔で、切原が唇を噛んだ。
続く言葉を、黒子は待つ。
この言葉も届かずに、舌を噛み切って自殺されたらもう私には打つ手がありませんけどねと、嘆息して。

382:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:12:00 ID:rGsWCH4k0





ピシリ、と亀裂の入る音が崩壊の始まりだった。





「「「「「え?」」」」」

傷だらけの外壁を晒していたホテルの外壁が、それでもずいぶんあっけなく天辺から崩れ落ちてくる。
ひとつひとつが大人でも抱えきれないほどの鉄筋コンクリートが、死体だらけの地獄絵図になった広場の全てに落ちる。
それはもちろん人為的な災害だったのだけれど、この時の彼等にはただ『落ちてくる』という認識で精一杯だっただろう。

菊地善人の逡巡も。
植木耕助の成長も。
切原赤也の慟哭も。
白井黒子の答えも。
七原秋也の信念も。

――ホテルは逃走する時間も与えずにガラガラと倒壊して、『一人を除いた全員』を、瓦礫の山へと飲み込んだ。






バロウ・エシャロットが電光石火(ライカ)でホテルのもとへと立ち寄った理由は、およそ植木耕助たちがそこへ向かった理由と同じだった。

ただし、いるかもしれない誰かを救けるためではなく、いるかもしれない誰かと集まってくる誰かを、全て潰すために。
もとより、残り人数が20人を切ってしまった終盤において、非戦派が隠れ潜むための場所もたくさんあるような巨大施設をそのまま残しておくメリットもない。
たどり着いたホテルの外壁に隠れて様子を伺えば、その表面には脆く亀裂が入っていることが伺えた。
日が暮れてから近づいてくる参加者には暗さで判別できないだろうが、おそらくホテルの受けたダメージはざっと見た外観よりも酷い。
神器の力を使えば、崩落させることはいかにも容易だった。

383:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:13:32 ID:rGsWCH4k0
電光石火(ライカ)でホテルを回り込むようにして山を登り、C-6の北側に布陣してホテルの背面を見下ろす。
自然に任せても壊れるかもしれないホテルで、いるかもしれない程度の参加者を探し回るよりも合理的だったからだ。
まずは高所から“鉄(くろがね)”を連続で発射し、ホテルの屋上近くの階層を連続で撃ち抜き、真下へと崩した。
ちょうどダルマ落としの要領で、崩された瓦礫が落下して1階のホールとその前庭を埋め尽くす計算だ。
続けて“唯我独尊(マッシュ)”を呼び出し、ホテルの後ろ壁の二、三階層にあたる部分めがけて突撃させる。
一段階目で広場正面からの逃げ場を塞ぎ、二段階目で裏手にある非常口を崩すように。
あとは、アリの巣に閉じ込められたアリと同じだ。
たっぷり十分はそんな作業を続けて、念入りに虫一匹も逃がさないように破壊し尽くした。

煙が晴れたホテル跡を見下ろし、全てが終わったことを確認する。
ホテルの周囲を囲む街灯に照らされた広場には、それこそ山のような瓦礫が層をなしていた。
そこでバロウは、初めて気付く。
山の下の方に、まるで地面から人為的に生やしたような木が幾本も、下敷きになってはみ出ていることに。

「植木君、いたんだ……」

そこで初めてバロウは、軽率な行動をとってしまった気持ちになった。
いくら『ゴミを木に変える能力』でも、せいぜい木によって瓦礫がぶつかる衝撃をちょっとだけ殺すぐらいで、瓦礫から身を守ることなどできないだろう。
再戦を誓ったのに、こんな形で決着がついてしまった。

そう思ってしまいそうになり、バロウは頭を振る。
どんなに『過程』が酷いものだろうとも、『結果』こそが全て。
あの中学校で神器を使う重みを刻みながら、改めて誓ったじゃないか。

「そうだよ。こんな”結果”を見せられたら、どんな馬鹿でも理解できるよね」

つまり、植木耕助の『正義』は、バロウ・エシャロットの『夢』に敗北した。
彼に乗せられていた人々の想いも、同じく。

「最良の選択肢を選んで勝ったのは……僕だ」

”誰か”によって踊らされることを自ら進んで選んだ”子ども”は、振り返らずに歩み去った。


【C−6 ホテル近辺/一日目・夜中】

【バロウ・エシャロット@うえきの法則】
[状態]:左半身に負傷(手当済み)、全身打撲、疲労(小)
[装備]:とめるくん(故障中)@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×2(携帯電話に画像数枚)、手塚国光の不明支給品0〜1
基本行動方針: 優勝して生還。『神の力』によって、『願い』を叶える
1:施設を回り、他参加者と出会えば無差別に殺害。『ただの人間』になど絶対に負けない。
2:僕は、大人にならない。
[備考]
※名簿の『ロベルト・ハイドン』がアノンではない、本物のロベルトだと気づきました。
※『とめるくん』は、切原の攻撃で稼働停止しています。一時的な故障なのか、完全に使えなくなったのかは、次以降の書き手さんに任せます。
(使えたとしても制限の影響下にあります。使えるのは12時間に一度です)


【菊地善人@GTO 死亡】
【植木耕助@うえきの法則 死亡】
【白井黒子@とある科学の超電磁砲 死亡】
【七原秋也@バトルロワイアル 死亡】

384eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:15:14 ID:rGsWCH4k0
【残り14 …




その瞬間に、崩落を予測できた人間はいなかった。

ホテルの外壁が傷ついていることは四人ともが知っていたけれど、日が暮れてからの闇はその甚大な亀裂の判別を難しくさせている。
そもそもホテルの支柱が見た目よりずっとボロボロに崩れやすくなっていることは、戦闘が終わった後にそこで破壊活動を振りまいた切原赤也しか知らない。
その切原にとっても、崩落に気を配れるほどの余裕はない。
七原秋也と白井黒子にせよ、研究所で起こったことから、建物ひとつを崩せる力を持った参加者がいることは身に染みている。
しかし、その時に起こった崩落は、順番に手間をかけて建物の柱を崩していくことで実現した『周囲に逃げる余裕を与えてくれる無差別の倒壊』だった。
計画的かつ迅速な破壊で建物の下にいた人間を圧殺するような、大量破壊兵器をその身に宿した中学生のことを、彼らは失念していた。

ただ、真下にいた白井黒子は少しだけ早く、その落下を察知した。

頭上を見上げて、ホテルの上層階が、巨大な『何か』のせいで破壊されるのを、うっすらと視認する。
そして巨大な岩塊が、数秒とかからず落ちてくることを知ってしまった。
直撃される地点には、力尽きて伏している自身と切原がいる。

逃げなければ、逃がさなければ。

壊れていく世界のなかで、強く思ったのは、死なせたくないということ。
それが、『切原赤也を崩落の巻き添えから外れた瞬間移動の射程ギリギリまで転移させる』という無茶を生み出す。
ぽかんと口を開けている切原の腕をつかみ、弱った計算能力を総動員して、飛ばす。
一秒で実行してから、後悔した。

自分ごと逃がせなかったのは、疲労による能力限界だった。
自分を転移させるのは、他人を飛ばすよりもはるかに難しい。
だから自分自身の転移ができる能力者は無条件で大能力(レベル4)認定されるし、それができない間は強能力(レベル3)止まりと規定されている。
自分ごと逃がそうとしたけれど、無理だった。
黒子からすればそうでも、切原にとっては『また自分を置いて死なれた』のと同じことではないか。

――ごめんなさい。

止めると言っておきながら、これでは無責任に放り出したのも同じだ。
力無さと、間違ってしまったのではないかという不安で唇を噛み、視線を遠くに向ける。
切原を飛ばした場所と、七原が逃げられたのかどうかを見ておきたかった。
そのはずだった。

致命傷が降ってくるまでの、短い時間。
スローモーションの視界で、黒子は”有り得ないもの”を見た。
七原秋也が、落下してくる瓦礫を厭わずに、黒子に向かって駆けてくる。

385eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:16:51 ID:rGsWCH4k0
何をやってるんですか、と叫ぼうとした。
切原赤也みたいな人間は殺すべきだし、私みたいな人間は糞食らえと言っていたのに。
それに、私が行き着く先を見届けるって約束したのに。
私が死んだら見せられないけれど、あなたが死んでも実現不可能になる約束なんだから。
だいいち、そんなに必死に駆けてきても、この崩落の規模で救けることなんか――

しかし、胴体を何か大きいものが潰すように貫いたことで、その声は口から出なかった。
視界のなかで、夜目にも赤黒い血液が散ったことと、地面から生えた木々が焼け石に水のように崩落を防ごうとしては折れるのを見届ける。

そこからは、夜の闇ではないほんとうの『漆黒の闇』に包まれた。

かろうじて最初の崩落で二人が埋まらずに済んだのは、ホテルの玄関にいた二人の少年がかばうように引っ張り込んでくれたかららしい。
しかし、月明かりも届かないホテルの中でもまた、崩落は止まらなかった。
七原に抱き抱えながら、黒子はこの場所そのものがガラガラと崩れていく音を耳にする。
崩落の中を逃げ惑いながら、三人の少年たちの会話を聞いていた。

この場所から脱出するための道具は何かないのかとか。
ホテルで犬の死体がくわえていた『宝物』が使えるんじゃないか、とか。
そこに書き込むべき『言葉』が思い当たらないから無理だ、とか。
理解したのは、このままだと全員が死んでしまうということ。
そして、三人の少年がそれぞれに怪我を負っていること。
その三人の誰よりも、まず黒子が先に死んでしまう傷を受けていること。

(嫌ですの……)

終わりにしたくなかった。
誰も守れていない。
切原赤也に、弁解していない。
初春飾利とも、再会していない。
何より、七原に何も伝えられていない。
船見結衣と竜宮レナから『任された』のに。
七原に殺されるまで、死なないって約束したのに。
ようやく、自らが正義を貫いた先で、どこに行きたいのかが見えたのに。
それを知りたがっていた七原に、生きて見せなきゃいけなかったのに。

七原秋也を、一人ぼっちにしたくないのに。

(竜宮さんのことを言えないじゃありませんの……任せたとさえ言えないだけ、彼女たちにすら敵いません)

相容れない少年と。
鏡写のような少年と。

戦ったり争ったり殺し合ったりしながら、それでも少しだけ繋がれた気がしていたのに。

386eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:17:48 ID:rGsWCH4k0
(もっともっと……ずっと先まで、繋がっていたいんです!
殺し合いが終わるまで! 終わってからも! 十年先も、百年先だって!!)

誰にも届かないはずの声で、しかし、誰かに届けたくて。
崩落していく暗闇を薄目で見上げて、光を探した。

(――永遠、それよりも長く!!)



ドクン、と鼓動の脈打つ音を聞いた。



それは、白井黒子の心臓の鼓動の音だった。
しかし同時に、白井黒子ではない、別の人間の鼓動だった。
それも、この場にいない『あの人』の鼓動の高鳴りだった。
なぜか白井黒子はそう思ったし、それが誰なのかも理解できてしまった。

387eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:21:31 ID:rGsWCH4k0
(切原、さん……?)

そして、光があった。

その光は、白井黒子の内側からこぼれだす。
白井黒子が、もっと感知する力に長けた能力者だったならば、それを『AIM拡散力場のようなもの』と知覚したかもしれない。
とにかく、それができない彼女は『それ』を、”不思議な浮遊感”として自覚した。

周囲にいる少年たちから驚きの声が出たことから、それは黒子の錯覚ではない、現実の出来事だと理解する。





白井黒子の体が、うっすらと白く光る、霧のようなオーラを纏って中空に浮かんでいた。








行かなければ、と思った。

自らだけが生き残ったことよりも、
それを『結局、勝ち残ったのは自分だった』と誇るよりも、

切原赤也が思ったのは、『まだ、生きているかもしれないなら』ということ。
生きていれば、まだ間に合う。
動くことに、不思議と迷いはなかった。
白井黒子は、『お帰りなさい』と言った。
それは、彼女自身にも『ただいま』と言える、言いたい場所があったから言えたことなのだろう。
そのことを指摘してきた乱入者の二人組も、きっと似たようなものだ。
あの七原だって、居場所がないとか抜かしていたけれど、自分よりよっぽどマシな人間なのに見つけられないなんてことはないはずだ。
だったら、自分にさえそれがあると主張していたあいつらが、無いなんてことは絶対にない。
白井黒子の言ったことには言い返せなかったけれど。
切原赤也はどんな結末にせよ、あの連中の手によって止められるなら、それでもいいかと思ったのだから。

瓦礫の向こうに行ってしまった白井黒子のことを、どうやって知るのか。
彼女のことを深く知る前の切原だったら、できるわけないと諦めていた。
でも、今の切原赤也ならばできる。
できるはずだ。絶対に、できるようにしてみせる。

だってアイツは『俺』なんだから。
違っていて、でも、もとは同じはずだったんだから。
他人は他人で、自分は自分で。人間なんて一人きりで、居場所なんて無いはずで。
それでも、人と人とが、向き合って『もうひとりのじぶんだ』と繋がる瞬間は、あるはずで。

じぶんを信じろと、暖かい手で、背中を押された気がした。



ドクン、と鼓動の重なる音を、切原赤也は聴く。



そして、切原赤也の『左目だけ』が、赤く染まった。

388eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:22:30 ID:rGsWCH4k0





『Personal Reality(自分だけの現実)』という言葉がある。
学園都市の学生ならば誰もが知っているけれど、具体的にこうだと説明できる者は少ない。
とある人間は、『自分だけにしか見えない妄想』と表現し、またある人間は『可能性を信じる力』だと言った。
手から炎を出す可能性。他人の心を読む可能性。一瞬で別の場所に瞬間移動する可能性。
それが見える人間でなければ超能力は使えないし、逆に言えば見えるようになると普通の人間に戻れない。
現実には見えないものが見えているのだから精神異常者と大差なく、見える者はもはや『正気ではない』とすら呼ばれる。
そして一般人がそれを『見えるようにする』ために必要な脳改造のことを指して能力開発(カリキュラム)という。
時には薬漬けにしたり、時には脳みそに電極をぶっ刺したり、時には洗脳装置による刷り込みを与えたり。

しかし反則的にも、そういった能力開発を受けていない一般人によって能力を発現させる手段がないわけではない。
その反則技のひとつを”幻想御手(レベルアッパー)”という。
ざっくばらんに説明すれば『能力者の脳波と自身の脳波を同じもののように調律して同期(リンク)させることで、そいつの能力を任意で借りうけて使えるようにしました』ということになる。
もっとも、このやり方でも能力を使っているのは貸し主の脳みそでしかないのだから、一般人にも『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』が見えるようになったりはしない。

一方で、テニスの世界には脳波はおろか視界(パーソナルリアリティ)、動き、思惑の全てを共有し、相手の見えている世界を手に取るように理解するすべが存在する。

それは、『同調(シンクロ)』。
心が通じ合った者のみに起こる、ダブルスの奇跡。

そして、無我の境地。
覚醒したテニスプレイヤーは、その目で見て学び取った技を無意識で再現することができる。

その時、切原赤也は見た。
白井黒子に見えているのと同じ『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を。

389eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:23:58 ID:rGsWCH4k0




――七原秋也は、飛んでいた。



白井黒子の体が、不思議な輝きを放ち始めたことは覚えている。

そしてその輝きに呼応するように、切原赤也らしき影が瓦礫の破砕が続くその場に『瞬間移動』してきたのも見えた。
それはおかしなことだった。しかし、瞬間移動と呼ぶしかなかった。
切原赤也に――ただのテニスプレイヤーに、障害物を無視してすり抜けることなど、できないのだから。

そして、同時に死に体だった白井黒子の体も浮遊したまま動きだしていた。
植木耕助の手から、彼が持っていた木札――『空白の才』をつかみとり、指先から滴る血で何かを書き込んだ。
そして、それを七原に向かって、持たせるように押し付けた。

そこから先は、おぼろげな記憶しかない。

ただ、不思議な場所にいた。

高く、高く、ホテルなど豆粒ほどの大きさに見えるような、高い空の中。
上昇気流をつかむように、空を飛ぶ少女に手を惹かれて、雲の上のようなところにいた。
少女は、白井黒子の姿をしていた。
背中には天使のように白くてふわふわした羽根が生えていた。
雲のかたまりを集めて作ったような、そんな形の羽根だった。
強く凛々しく、羽ばたいていた。

お前、その翼はどうしたんだ、と聞こうとした。
笑顔の黒子と、眼があった。
悪魔のような天使の笑顔だった。

その顔を見ていると、どうしてか得心がいった。
悪魔のような、しかし天使のような顔をしていた、あのワカメ頭からの餞別なのだろう。

その時、初めて七原は気づいた。
七原の背中にも同じ翼が生えていて、白井と同じ速さで羽ばたいていた。

その時間は、楽しかったような、ほっとするような。

なんだかツンデレのデレのところばかり過剰放出されているように、白井は優しかった。
そして、言ったのだ。

――泣いていたんですのね。

七原は首をかしげる。
とっさに目元に手をあててみたが、そこは乾いたものだった。
泣いてないじゃないか。
そう言ったけれど、白井はそういう意味じゃないと言いたげげに首を振った。

390eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:25:03 ID:rGsWCH4k0
――こんなこと、本当はお姉さまにしかやりませんのよ?

言葉とともに、抱きしめられていた。
抵抗しようとしたものの、相手はどういうわけかすごく手馴れているように腕を絡めてきて、うずめられるような体温に包まれる。
やめろと言いたかったのだけれど、妙なデジャビュがあって。
こんなに母親にされるように抱きしめられるのは、典子に初めて寄り添われた時以来だったかもしれない。
そして、天使は言った。

――約束を、果たしにきました。殺してください。切原さんが言うには、死者を亡霊にしない方法は、我を通すことらしいので。

ごく短い時間だったはずなのに、それから色々とぶちまけた気がする。
七原秋也だか革命家だか、よく分からない我を晒した。
誰かに正しいって言ってほしかったことや、自分は死んでいった連中が言うほど立派じゃないということまで。
弱いとこりゃカッコ悪いところまで、ダイレクトに伝えてしまった。
こいつにはすでに放送前にも色々と暴露したので、まぁいいかと吹っ切れた。

天使は悲しそうな笑顔で、それをうんうんと聞いた。
そして、教えてくれた。
理想の果てを、見つけたことを。
そして最後に、トンと胸のあたりを叩き、言った。

――私を一人にしないでくれて、ありがとう。私は、ずっと『ここ』にいます。

そこで、意識は戻る。





「自分の知らないところで、知り合いが死んでいくのはキツイもんだが。
知り合ったばかりの人間が、目の前で死んでいくってのも、堪えるんだよな……」

『そいつ』のそばに腰をおろして、七原秋也は現状確認をした。

倒壊した爆心地からは、百メートルばかりも離れているだろうか。
杉林の中にあたる場所なので、ひとまずホテルを壊した人物の死角になることは安堵していい。

まず腕の中には、もうものを言わなくなった白井黒子の遺体があった。
死んでいる。
とても重たいはずの事実なのに、最初からわかっていたことのように、すっとんと胸に落ちた。
違う、本当にわかっていた。
さっき、『お別れ』を済ませたのだから。

391eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:26:30 ID:rGsWCH4k0
握り締めていた木札をよくみれば、そこには『シンクロの才』と書かれている。
おそらく、白井黒子と切原赤也の『同調(シンクロ)』に、七原秋也もまた同調していたのだ。
だから、白井黒子の見ていた『自分だけの現実』を、七原は共有したのだろう。
そしてその後は、切原赤也と七原秋也が行使した『瞬間移動(テレポート)』によって、全員が脱出した。
七原にも『同調』をさせたのは、一刻一秒でも早く離脱しなければいけない場所で、テレポートを使える人材を増やすためか。
確か黒子のテレポートで運べる人数は130キロかそこらだから、五人を一度で運ぼうとしたら、テレポートできる人間が二人は必要な計算になる。

――あるいは、そんな計算を抜きにして、黒子が七原と話をするためだったのか

そんなことを、七原秋也は『同調(シンクロ)』していた間に切原と黒子から伝わった情報によって理解する。

どうやら切原とは着地した場所が別々になってしまったらしく、見渡した限りの森の中には、切原赤也と菊地善人の姿はない。
……崩落する瓦礫の直撃を食らって、テレポートを失敗させた可能性もあったけれど。

その場にいたのは、七原秋也と、白井黒子と。

「眼が、覚めたのか?」

『そいつ』がうっすらと目を開けていて、七原は身を乗り出した。

――寝かされているのは、全身を傷だらけにして虫の息になった植木という少年だった。

当然と言えば、当然のことで。
あの崩落のなかで、全員が逃げ回れるよう、いちばん必死だったのがこいつだった。
月光のある場所で見てみれば、その傷の壮絶さはあらわになる。

「……死にたくねぇ」

そう言った。
それが、彼の語っていた『シンジ』という友人が言わせた言葉だということを、七原はなんとなく察した。

「日向に、天野ってやつのこと、頼まれたんだ。
シンジから、綾波とアスカを守ってくれって言われたんだ。
ちゃんと『おれ』のことも大事にするって、約束したんだ。
いなくなった綾乃のことも探して、守らなきゃいけないんだ。
テンコを探して、神器だって取り戻さなきゃいけない。
それに、ヒデヨシから『任せた』って託されたんだ……!
俺の『正義』を貫くって、決めたんだからっ……こんなっ、ところで……!」

いったいいくつ背負ってるんだよ、と嘆息する。
こいつもまた、『正義』だったのか。
『破滅への道』を選んで、『最良の選択肢』を与えられた側のスタンスなのか。

392eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:27:15 ID:rGsWCH4k0
「俺たちを救けてくれたじゃねぇか。まだ、礼も言ってなかったけどな」

心底から悔しそうに涙をにじませる少年に、何を言うべきか言葉を考える。
幾つか知っている名前も混じっていたけれど、その話をしている時間はなさそうだからスルーしておこう。

「白井が、言ってたんだよ。『想いは死なない』ってな」

なんで自分がそんなことを言っているのか、七原には分からなかった。
想いが死ぬことを、七原は知っているはずなのに。
どんなに綺麗事を言っても、力には潰されるところを見てきたのに。

「俺みたいな人間には、やっぱりできることしかできない。
どんなに言われたってお前や白井みたいに誰も彼もを守るなんて偉そうなこと言えないし、
自分や仲間を守るために誰かを殺さなきゃいけないならそうする。
そんな俺は正しくて間違ってるし、竜宮が言ってくれたように『すごい』のかなんて未だに信じきれない、でもな」

それでも、綺麗事に染らない人間が、しかし誰かのために振りかざすことを、欺瞞とは呼ばないはずだ。

「でも、俺じゃない他の誰か。
理想を信じたがってて、誰かに背中を押してほしいヤツとか。
お前の言う守りたいものを、守ってくれそうなヤツがいたら、
そいつらにお前のことを伝えてやるよ。
『お前もそうしろとは言わないが、こういう馬鹿なヤツがいたことは覚えておいてくれ』って。
そうすりゃ……想いは死なないんじゃねぇか?」

『もしかしたら』を言葉にするぐらいは、罪とは言わないはずだ。

「そっか。佐野や、ヒデヨシに会えたら……謝らなきゃな。会えたら、いいな」
「会えるよ」

そして、即答していた。
それは黒子の言葉ではない、七原の言葉だった。

「お前はまた友達と一緒に、笑い合えるよ、保証する!」

それは、かつて親友に言えなかったことだ。
死んでいく川田に、絶対にまた会えるからと伝えたかったことだ。
でも、あの時は、届かなかった。
伝える前に、親友はどこかに逝ってしまった。
その時の埋め合わせというわけでは、決してないのだが。
きっと、理屈じゃない。

「そうか……『再会』できるのか」

少年はうっすらと開いたその目を、糸のように細めて笑った。

「俺、お前と会えて、良かった」

こうして。
全てを救おうとした少年は、全てを切り捨てようとした少年によって救われた。

393eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:27:45 ID:rGsWCH4k0





なんでこいつを看取るのが俺なんだろう、と菊地善人は嘆いた。

恩ならば、返しきれないほどできた。
例えば、ホテルの太い支柱のひとつが倒れ込んできたにも関わらず、難しそうな瞬間移動を成功させてくれたことがそれだ。
おかげで菊地の命は助かり、そいつの胸部から下は無惨な有様になった。
そして、止血をしようとした手すら撥ね退けられる。

「ああ、馬鹿したな……」

そんなことを呟いて、そいつはゴロリと顔を背けてしまった。
礼の言葉もなにも、期待していないかのように。
もしかするとこいつは別人(たぶん七原あたり)を脱出させようとして、菊地は間違って助けられたんじゃないかとさえ思ってしまう。

因縁のある白井黒子や七原秋也だったら、こいつに何か言ってやれたかもしれないのに。
あの決闘に口をはさむことができた植木耕助だったら、切原という人間から何かを見抜いて、望む言葉を与えられたかもしれないのに。
おそらく、あのばにいた人間のなかで、もっともこいつと縁の薄い人間が菊地だろう。
『切原赤也』で記憶を検索したって、引っかかることなんかどこにも――



――該当データが、検索結果が、1件だけ存在していた。



それを言えるのは今しかない。
だから、菊地は言った。

「切原赤也、だよな。俺は――さっきまで、青と白のユニフォームで白い帽子をかぶった、目つきの悪い生意気そうな下級生と一緒にいたんだが」

名前ではなく特徴を語ったのは、『会っていた』という事実を信じてもらうためだったけれど、そうしたのは正解だった。
切原の目が、ぎょろりとこちらを向いた。
驚愕のような、意外そうな目をされて、ごくりと唾をのむ。
実のところ、そこまで詳しくそいつらの関係を聴く時間なんてなかった。
だがしかし、短い遣り取りの中から、間違いなかったことを口にする。

「お前のこと、心配してたぞ?」

そう言った後の切原の顔を見て。
菊地は、人間にはこんな表情もあったのかと、そんな場違いな驚きを持ってしまった。

「そっか……そう、なのか」

例えば、燃え落ちてしまった我が家の廃墟から、いちばん大切な思い出の写真が無傷で残っていたのを見つけたような。
そんな顔をして、そいつは、その本人にしか意味を理解しえない行動をした。
被っていた黒い帽子を、脱いだのだ。
ぽす、と芝草の上にそれを投げ捨てて、表情を隠すように手のひらでゆるゆると顔を覆う。

「くそ…………いたのかよ」

手のすきまから見えていた口の端で、小さく笑っていた。




394eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:28:33 ID:rGsWCH4k0


ここにいると、彼女は言った。
その部分をトンと手でおさえてみる。
ずっと白井に触れていたからなのか、そこは奇妙にあたたかかった。

され、俺はこれから、どうしたらいい?
問いかけてみても、『そこ』が喋りだすようなことはなかった。
そこはやはり、他人はどこまでも他人で自分ではない、ズルをするなということなのか。
心と心が完全に繋がることなど有り得ないし、生者と死者には絶対的な境界がある。

しかし、心には確かに触れた。

そこに触れると、はやり痛む。
だが、死んだ者に対して恨み言をいうよりもまず、ただの悲しみがそこにあった。
まだ実感が追いついていないのかもしれないし、『あれ』が夢ではなかったと理解しているせいかもしれない。

植木耕助の首元に、手をのばす。
死んだものの首輪は爆発しないだから、失敗しても死にはすまいとたかをくくる。

実行する。
ヒュン、と音がする。
首輪は外れて、七原の手の中へと転移した。

自分にも使えるのかと、いぶかしむ。
黒子から道中で考察がてらに聞いた話では、『幻想御手』のような外部的要因から超能力を獲得したとしても、それを絶ってしまえば力はなくなるという話だった。
しかし、消えていない。
他人の脳みそを借りて力を使ったのではなく、『同調』することで七原自身の『自分だけの現実』を確変させたから。
そして、そこまでの同調を可能にしたのが、『空白の才』によって引き出された『シンクロの才』の効力。
そんなふうに断片の知識から推測することはできたけれど、答え合わせをする手段はない。
何より、ます先にやることができた。

菊地と呼ばれていた少年が、こちらに歩いてくるのだから。
右手には、どこかに落ちていたラケットとディパックを拾い。
左手には、切原が被っていた黒い帽子を持っている。

第一印象は、こいつは中学三年生ぐらいだろうか、ということ。
元からの世界の知り合いと再会したケースを除けば、同い年の少年と敵ではない立場で出会うのは始めてのことだった。

まずは、こいつに話しかけることから始めよう。

「「――教えてくれないか? あいつの最期が、どうだったのか」」

【白井黒子@とある科学の超電磁砲 死亡】
【切原赤也@テニスの王子様 死亡】
【植木耕助@うえきの法則 死亡】

【残り15人】

【C−6 ホテル近辺/一日目・夜中】

395eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:29:00 ID:rGsWCH4k0
【菊地善人@GTO】
[状態]:健康
[装備]:デリンジャー@バトルロワイアル、越前リョーマのラケット@テニスの王子様、真田弦一郎の帽子
[道具]:基本支給品一式×3、ヴァージニア・スリム・メンソール@バトルロワイアル 、図書館の書籍数冊 、カップラーメン一箱(残り17個)@現実 、997万円、ミラクルんコスプレセット@ゆるゆり、草刈り鎌@バトルロワイアル、
クロスボウガン@現実、矢筒(19本)@現実、火山高夫の防弾耐爆スーツと三角帽@未来日記 、メ○コンのコンタクトレンズ+目薬セット(目薬残量4回分)@テニスの王子様 、売店で見つくろった物品@現地調達(※詳細は任せます)、
携帯電話(逃亡日記は解除)、催涙弾×1@現実、死出の羽衣(使用可能)@幽遊白書、バールのようなもの、弓矢@バトル・ロワイアル、矢×数本
基本行動方針:生きて帰る
0:目の前の少年と話をする
1:自分はどうしたいのか、決断をする。
2:杉浦綾乃を探す。海洋研究所が近いが、どうするか。
3:常磐達を許すつもりも信じる気もない。
4:落ち着いたら、綾波に碇シンジのことを教える。
[備考]
※植木耕助から能力者バトルについて大まかに教わりました。
※ムルムルの怒りを買ったために、しばらく未来日記の契約ができなくなりました。(いつまで続くかは任せます)


【七原秋也@バトルロワイアル】
[状態]:頬に傷 、『ワイルドセブン』であり『大能力者(レベル4)』
[装備]:スモークグレネード×1、レミントンM31RS@バトルロワイアル、グロック29(残弾5)、空白の才(『同調(シンクロ)』の才)@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×2 、二人引き鋸@現実、園崎詩音の首輪、首輪に関する考察メモ 、タバコ@現地調達、月島狩人の犬@未来日記、第六十八プログラム報告書(表紙)@バトルロワイアル
基本行動方針:このプログラムを終わらせる。
0:目の前の少年と話をする
1:――――。
2:走り続けないといけない、止まることは許されない。
3:首輪の内部構造を調べるため、病院に行ってみる? 研究所においてきた二人分の支給品の回収。
4:プログラムを終わらせるまでは、絶対に死ねない。
[備考]
白井黒子、切原赤也と『同調(シンクロ)』したことで、彼らから『何か』を受け取りました。

[備考]
燐火円礫刀@幽遊白書はB-5付近の山中に放置されています


【空白の才@うえきの法則】
会場内に存在する10個の『宝物』のうちのひとつ。
『飼育日記』の犬がホテルを哨戒中に現地調達しており、その死体から植木耕助が入手。
書き込む事でどんな"才"でも手に入れる事が出来る木札。
“才”とは人が持つ才能のようなもの。"才"を持っているとその分野の事が得意になる。
(例えば「走りの才」を持っていると速く走る事ができ、それを失うと一気に足が遅くなる)

396eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:29:25 ID:rGsWCH4k0
投下終了です

397名無しさん:2014/09/24(水) 07:27:43 ID:rzP/WMfk0
投下乙です!
ホテルが崩れて悲劇になるかと思いきや……まさか、こんなにも救いのある結末になるとは!
多くの人からの想いを背負った菊池と七原のコンビがこれからどうなるのか、とても楽しみです。

398eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/24(水) 19:30:25 ID:kE0KFCMw0
すみません。>>380 の黒子の台詞を以下のように訂正させていただきます

修正前:「私、船見さんと竜宮さんを失わせたことを絶対に許せません。

修正後:「私、船見さんと竜宮さんと、テンコさんを失わせたことを絶対に許せません

399名無しさん:2014/09/24(水) 20:58:20 ID:YjaKiqVI0
これは凄いものを出された気分。
あれだけ黒子を否定してた七原がいざという時に誰かを助けようとしてるのが感慨深い。
結局のところ、そう簡単に当たり前は捨てられないというのがぐっと来た。
いいものを見させてもらいました。

400eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/27(土) 13:05:54 ID:Pr1GTOVc0
すみません、本文>>391について、以下のとおり差し替えさせていただきます

――――

握り締めていた木札をよくみれば、そこには『シンクロの才』と書かれている。
おそらく、白井黒子と切原赤也の『同調(シンクロ)』に、七原秋也もまた同調していたのだ。
だから、白井黒子の見ていた『自分だけの現実』を、七原は共有したのだろう。
そしてその後は、切原赤也と七原秋也が行使した『空間移動(テレポート)』によって、全員が脱出した。
七原にも『同調』をさせたのは、一刻一秒でも早く離脱しなければいけない場所で、テレポートを使える人材を増やすためか。
確か黒子のテレポートで運べる人数は130キロかそこらだから、五人を一度で運ぼうとしたら、テレポートできる人間が二人は必要な計算になる。

――あるいは、そんな計算を抜きにして、黒子が七原と話をするためだったのか

そんなことを、七原秋也は『同調(シンクロ)』していた間に切原と黒子から伝わった情報によって理解する。
白井は以前に『テレポーターは同系統の能力者を転移できない』と説明していた気がするが、その白井を運び出すことができたのは、彼女が臨終の際にいたタイミングと脱出が重なっていたからなのか、あるいは『同調』によって繋がったことによる付帯効果なのか、推測の域はでなかった。
どちらにせよ切原とは着地した場所が別々になってしまったらしく、見渡した限りの森の中には、切原赤也と菊地善人の姿はない。
……崩落する瓦礫の直撃を食らって、テレポートを失敗させた可能性もあったけれど。

その場にいたのは、七原秋也と、白井黒子と。

「眼が、覚めたのか?」

『そいつ』がうっすらと目を開けていて、七原は身を乗り出した。

――寝かされているのは、全身を傷だらけにして虫の息になった植木という少年だった。

当然と言えば、当然のことで。
あの崩落のなかで、全員が逃げ回れるよう、いちばん必死だったのがこいつだった。
月光のある場所で見てみれば、その傷の壮絶さはあらわになる。

「……死にたくねぇ」

そう言った。
それが、彼の語っていた『シンジ』という友人が言わせた言葉だということを、七原はなんとなく察した。

「日向に、天野ってやつのこと、頼まれたんだ。
シンジから、綾波とアスカを守ってくれって言われたんだ。
ちゃんと『おれ』のことも大事にするって、約束したんだ。
いなくなった綾乃のことも探して、守らなきゃいけないんだ。
テンコを探して、神器だって取り戻さなきゃいけない。
それに、ヒデヨシから『任せた』って託されたんだ……!
俺の『正義』を貫くって、決めたんだからっ……こんなっ、ところで……!」

いったいいくつ背負ってるんだよ、と嘆息する。
つまり、こいつもまた、『正義』だったのか。
『破滅への道』を選んで、『最良の選択肢』を与えられた側のスタンスなのか。

401名無しさん:2014/09/28(日) 23:56:16 ID:Y6fmE74cO
投下乙です。

これでヒデヨシの事が伝わるけど、植木が死んだ今、素直に聞けるだろうか。

402名無しさん:2014/10/04(土) 09:36:57 ID:BQvKD9UI0
投下乙です

これは凄い…
まさかこうなるとは…
GJ!

404<削除>:<削除>
<削除>

405名無しさん:2014/10/26(日) 19:55:11 ID:tRohTiyY0
おそばせながら投下乙です
よもやの全滅にぎょっとなりましたが、後の彼らの死を送る面子共々、まさかこうなるとは
赤也は散々もうもどれない、もどれないと自分も、居場所も言ってたけど、まだ残ってたものがあったんだな
ここにある、再会、どんな時でも一人じゃないか

406名無しさん:2014/11/15(土) 00:16:24 ID:tEVqJZrU0
月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
101話(+1) 15/51(-3) 29.4(-5.9)

407名無しさん:2014/11/24(月) 22:35:09 ID:rW/Otu2w0
某所だけではもったいないので、こちらにも今まで書いたもの上げておきます。
陰ながら応援してます。

ttp://upup.bz/j/my62743XFBYtWZ2zCaakYek.jpg
ttp://upup.bz/j/my62744pFHYtmgMdhx6fnjM.jpg
ttp://upup.bz/j/my62745xaoYtatCH11_kE4_.jpg
ttp://upup.bz/j/my62746fyPYtrXUnA9zvWOA.jpg
ttp://upup.bz/j/my62747eXQYtOgx2eEJ7LQw.jpg
ttp://upup.bz/j/my62748MucYthg9-Z6qB5ww.jpg
ttp://upup.bz/j/my62749tNhYt1FEm8fHix-o.jpg

408名無しさん:2014/11/26(水) 01:48:14 ID:WfMTXwi60
絵上手すぎワロタ
支援絵素晴らしすぎる

409 ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:43:27 ID:nKJI5gdQ0
>>407
支援絵の数々をありがとうございます。
どの絵もすごく情景が伝わってきて、
美琴はかっこよく、海洋研究所組にはホロリとさせていただきました…

時間は期限をオーバーしてしまいましたが、完成したのでゲリラ投下させていただきます

410ぼくらのメジャースプーン  ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:45:30 ID:nKJI5gdQ0
【少女少年?】


陽が、沈む。

ずいぶんと弱々しくなってしまった光に西側から照らされて、しかし地の色はむしろ鮮やかさを増したかのようだった。
ある程度の高さがある建物ならば、その景色を一望できる。
そこには斜陽に染められた荒野があり、雑木林があり、道路があり。
道路にそって視線を追いかければ、地図の西側で目立っている『タワー』の外観が飛びこんでくる。
そしてその景色の先に――

屋上へと開放された鉄扉をくぐり、綾波レイはそれらを視界におさめた。
見知らぬ土地。初めて見た景色。
同じ郊外でも、あの血の色と錆の色をしていた境界線上の場所――電車が地面に突き刺さった旧市街地よりはずっと、見ていて美しかった。
『三人』で見ていた時だったら、他の二人からはよくある郊外の景色だという感想を得られたのかもしれないが、今、屋上にいる綾波は一人きりだ。
ゆっくりと、鉄柵のめぐらされた屋上の縁へと歩いていく。そして『その景色の先』を見る。

オレンジ色の夕陽があり、茜色の雲が浮かぶ。
にじむように燃えながら、太陽が今にも落ちていくのは、西の海。

一度だけ、微かに見えた青い海は、昼間とまた違った色合いを見せていた。
夕陽を飲もうとしている水平線の彼方からこがね色を帯びた白い光が一直線に海面を割り、きらきらと陸地へ続く光の道をつくる。
その光が届かない道の左右は暗く陰っていて、ともすれば何も無い青灰色の砂地にさえ見えてしまう。
しかし波がわずかに動くことで生じるに揺らぎには点描をしたように細かな色合いが混じっていて、そこがとても透明度の高い水だということが分かった。
それが日が高いところにある時はとても鮮やかに青かったということも、感覚で理解させる。

知っている海と、色が違う。それだけのことだ。
それだけのことに、いつまで見ていても飽きないかもしれないと、価値を見出している自分がいた。

411機種依存文字でした正しくは【少女少年1】です ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:48:04 ID:nKJI5gdQ0

――青い海が、気に入ったんだっけ

天野雪輝がランニングの疲れを回復させるための、貴重な休憩時間。
その時間を利用して、夜になってしまう前の海を見てきたらと言ったのは越前リョーマだった。
もう青い海が見られる時間ではないかもしれないけど、それでも赤い海よりはきれいだろうから、と。
当の彼はあいにくと車椅子の上だったので、階段を登るには手間も時間もかかりすぎると下階で待っているけれど。

気晴らしをさせるために、綾波が見たがりそうなものを考えてくれたのだろうか。

ツインタワーではちっぽけな海しか見られなかった綾波は、傍目には残念がっているようだったらしい。
あの後で、越前に海に行ったことがあるのかどうかを聞くと、ぽつりぽつりと話してくれた。
幼い頃に住んでいたロサンゼルスの家は海が近かったので、よく着衣のまま飛びこんでは泳いでいたことだとか。
チームメイトといっしょに出かけた合宿では、房総半島の海で一日遊んだことだとか。
それを聞いた高坂が無駄に張り合うかのように、俺だって海水浴には何度も行ってるだとか、臨海学校もあるのだとか話し始めた。

今さらに思い出して、嘘つき、と呟く。
俺には何も無いと言っていたのに、高坂も綾波が知らないことを、たくさん知っていたんじゃないか、と。
あの話をしていた時は、綾波も『そういう人間らしさ』に近づけるだろうか、と意識していた。
そっち側に行った方が、もっとぽかぽかする何者かになれて、良くなっていけそうだったから。



「でも、もういない」



今はもう、『がんばらなきゃ』と思っていた理由は。
がんばった姿を見せたかった少年は、もういない。
彼の失われた世界に帰ったところで、大人たちは『三人目のアヤナミレイ』を生み出してどうにかやっていくのだろう。
代わりのいない綾波レイは、もう、どこにいてもいなくてもいい綾波レイになってしまった。

何も、できなかった?

そう言葉にすると、否定してくれた人たちがいた。
綾波が動いたことで良い結果になって、ありがとうと感謝の言葉をくれた人たちのこと。
屋上へと送り出される前にも、その中の一人から言われた。
何もしていないのに休めないと頑なになった綾波に対して、そんなことはないと。
高坂と一緒にいた時も、神崎麗美との時も、さっき天野雪輝と話した時も、悲しいことや悔しいことにどう向き合うか分からなかった時も。
綾波がいつでも崩れそうになるのを止めてくれたから、『そっか』と気づくことができたと、たどたどしい言葉で伝えられた。
綾波にさえ分かるほど恥ずかしそうにしながらも言ったのは、彼にとって慣れない褒め言葉を使うよりも、
自らの過ちや助けてくれたことを認めずにスルーしておく方が恥ずべきことだったからだろう。
だが。

412ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:50:08 ID:nKJI5gdQ0
それが真実だとすれば、とてつもないことだ。
エヴァに乗っていない自分なのに、人間として足りないものだらけなのに、求められた。
しかし。
そう、自覚した瞬間に。
ぞわりと身の震えが、身体を貫いた。
両腕で身をかき抱くようにして、屋上のタイルを見下ろす。
少しは成長していた証のはずなのに。『ぽかぽか』すべきことのはずなのに。
こんなのは、知らない。

知らなかった。
碇シンジを失った時は、これ以上の喪失など有り得ないと思っていた。
しかし、高坂王子が死んでしまったことで得たのは、碇シンジのそれとは別の喪失だった。

「無理……私は、越前くんみたいに、強くなれない」

今なら、理解できたのかもしれない。
エヴァに乗ることを怯えていたころの碇シンジが、何を恐れていたのか。
己のことを弱くて臆病だと、自嘲していた理由が。
出会うということは、いずれ別れるということだ。
大切なぬくもりを手に入れたそばから失って。
しかも、彼らが命を落とした原因のひとつが、自分にあって。
きっと、これからも手に入れては失うことが、ずっと続いていく。

足元にぐらぐらとおぼつかなさを感じて。
屋上にひとつ、置かれていたベンチに腰を下ろした。
日没の景色が真正面にあった。
太陽のオレンジ色が、優しかった。
数十人の死体が転がっている場所だとは、思えないぐらいに。

この夕焼けを、まだ生きている他の誰かも見ているのだろうか。
今まさにこの時に、綾波レイの知っている誰かは、越前リョーマの知っている誰かは、この夕陽を見ているのだろうか。
だとすれば、それはなんだか不思議で、とても特別なことのように感じられて。
だから綾波は、もうしばらくこの景色をじっと見ていることにした。

世界は、燃えていた。

呆れるほど、綺麗だった。





屋上へ上る階段とエレベーターが見えて、視界を右に向ければ非常口も見えるような廊下の曲がり角。
そこに自販機のそばにあったベンチを持ってくると、外敵への警戒も兼ねて秋瀬或と越前が腰掛けていた。
雪輝はまだ戻っていない。
待っている二人は、どこか疲れた顔をしている。
特にだるそうにベンチに座っている越前は、綾波が階段から降りて近寄ってきたことにも気づかない様子だった。
不在にしている間に、疲れるようなことでもあったのだろうか。

413ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:51:16 ID:nKJI5gdQ0

「――のど、かわいた」
「飲み物、買ってきましょうか?」

声をかけると、驚いた以上に焦った風な感じで、越前が慌ててこちらを向いた。

「べつにいいっス……それより、海、どうだった?」

首を横に振る。
動転するあまり、とっさに首をそうしてしまった。そんな風な挙動だった。

「暗くなりかけてたけど、ちゃんと見られた」
「そう」
「いいものが見られた。ありがとう」
「べつに」

お礼を言うと、そっけなく顔をそむけたものだから、結果的に秋瀬と見つめ合うような形になる。
ああ、この反応はいつもどおりだと、違和感を解消した。
実は屋上にあがる前に、彼の言ったことが鼻についたから言い合いをしてしまったのだけれど。
もう引きずっていないようだったから、安心する。

「わたし、販売機のところで休んでくるから」

そう言いおいて、またその場を離れた。
廊下の端の方へと歩いていく途中で、枝のように分岐した細い通路へと折れる。
自動販売機は、入院患者用の浴室へと続く扉のそばにあった。
売店のレジから持ってきた小銭でジュースを買い、飲みながら扉の横で待つ。
ここを開けて戻ってくる人物にも、用事があった。

ほどなくしてリハビリ室から拝借したジャージの上下を着た天野雪輝(それまでの服は汗だくになっていて使えなかった)が、さっぱりした顔つきで姿を現した。
ドアを開けた真横に綾波がいるのを見てけげんそうな顔をする。

「……なんで綾波さんが一人で待ってたの?」
「聞きたいことがあったから」
「みんなの前で話すのじゃ駄目なの? 僕とふたりっきりで話してたりしたら『雪輝日記』を持ってる由乃にばれるよ。
今の由乃が嫉妬するかは分からないけど、どっちみち仲が良いとか誤解されたら、狙われやすくなると思う」

なるほど、そういうことも起こり得るのか、と聞かされて納得した。
しかし、聞きたいことはふたりきり――特に秋瀬のいない時の方が、話しやすいことだ。
それに、綾波にとってその危険はピンとこない。

「それは構わないわ。この中で私が優先して狙われるなら、三人が狙われる確率は下がるかもしれないから」

その理由を、分かりやすく説明したつもりだったのだが。

「そういう考え方は、やめなよ」

ほとんど反射的といっていい早さで、否定を受けた。

「そういうの、女の子の側は守ろうとしてるつもりかもしれないけどさ。
男の側が浮かばれないのを二度も見せられるのは……ちょっと嫌だな」

『二度も』という天野の言い方が引っかかり――すぐに、我妻由乃のことを思い出した。
彼と彼女は、『どちらが自分を犠牲にして好きな人を生かすのか』で喧嘩をして、今に至っている。

414ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:52:41 ID:nKJI5gdQ0
「あなたも、そう言うのね」

呟くと、天野はけげんそうな顔をした。
碇シンジは、『綾波レイともう一人の少女を守ってほしい』と言い残した。
綾波レイが無茶をするようでは、その想いが浮かばれないと菊地善人が言った。

「私には、『私を守ること』を望んだって言われても……意味が難しいのに」

考えようとすると、第6使徒を倒した後に『そんな悲しいこと言うなよ』と言っていた碇シンジを思い出して、胸が苦しくなる。
本当に理解して飲み込んでしまえば、そこが張り裂けてしまいそうで。

「言葉通りの意味だと思うけど。その人に守ろうとされたのが、そんなに意外だったの?」
「好きになってもらえるところより、そうじゃないところの方が多いから」

足りないところだらけだった。
綾波レイは、さっき初めて本当に『怖い』ということを知ったばかりなのに。
みんなはとっくの昔にその怖いものを知っていて、克服したり、覚悟をしたり、もう失くさないなどと強いことを言っていて。
その強さには、ちっともついて行けそうにない。

「『自分から見た自分』なんて、そんなものだよ。
ぼくも、最初はぜんぜん分からなかった。由乃はぼくのどこを好きになったんだろうって」

座る場所がなかったので、二人は壁に背中を預けた。

「私の目には、あなたも普通の人に見えるけど」
「ぼくなんて、良いところが無いどころか失敗ばかりだったよ。学校では日記がなきゃ負け組だったし、由乃の足も引っ張ってばかりだったし」

もしかして、天野雪輝と自分は似ているのかもしれないと思った。
以前に高坂と越前が、似ているのかもしれないと思ったように。
どっちにしても、話が我妻由乃へと向いたのは都合がよかった。
本来の聞きたかったことを尋ねる。

「聞きたいことだけど……我妻さんがいちばん大事なのに、私たちと仲良くしてていいの?」
「どういう意味なの?」

天野雪輝は、我妻由乃という少女のために動いている。
その少女は殺し合いに乗っていて、秋瀬や越前や綾波も含めた全員を皆殺しにしようとしている。
ならば、

「私たちと死に別れた時に、辛くなるかもしれないのに」

その女性が遠山金太郎を殺したように、また天野雪輝の身近な人間を殺してしまうことは、ありえることだ。

415ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:54:21 ID:nKJI5gdQ0
越前は強くて鈍いから、受け入れると決めてからは、『天野たちの方こそが正気を失って何かしでかす可能性』を見ていないようだったけれど。
だからこそ綾波が、気をつけておかなければいけない。
ここにいる者に情を移しているような天野の真意は、どこにあるのか。

「遠山が死んだ時は、正直思ったよ。
また僕のせいで、できたばかりの友達が死んだんだなって」

似ているところを、もうひとつ見つけた。
はじめから友達を作ろうとしなければ、我妻由乃だけで満足していれば。
前のサバイバルゲームでの友人たちや、この世界での遠山金太郎を死なせることもなかったのだろうか、と。
そんな風に悔やんでいたとすれば、綾波にはその気持ちがわかる。

「遠山がまだ生きてた時も、思ってたんだ。謝っても許されないことをしてきたんだなって。
みんなは僕のことを思ってくれたのに、僕は由乃のことしか見ていなくて、
最後には皆を殺したんだから……皆からしたら、堪らないだろうなって。
それなのに、皆は僕のことを許すんだ。友達だって言うんだ。
絶交にしてくれた方がマシなのに、僕を一人にしないんだ」

天野は壁にもたれて、天井の方を見ていた。
越前に『許せるのか』と迫ったときのような、笑みの仮面はもうなかった。

「でも、僕はさっき『思い出せてよかった』と思った。
辛いことばっかりなのに、それでも思い出したかった。
その気持ちは、本当だと思うから」

とてもさっぱりとした、顔をしていた。

「だから、ひとつだけ決めた。
これからぼくの『願い』で誰かが犠牲になるとしても、それは昔みたいに
『じゃあ他にどうすればよかったの』って言い訳しながらじゃない。
責任は責任として、それでも譲れないものがあるから押し通しに行くんだ。
だから、みんなのことも友達だって思ってる。
お前なんかにそう呼ぶ資格はないって言われても、訂正してやらない」

直後に顔をしかめて、「あ、別にコシマエとはまだ友達になったわけじゃないから」と付け加えた。
この人はもう吹っ切ったのだと、そう伝わった。

己はどうなのだろうか、と省みる。
出会ってよかったのか、出会わなければよかったのか。
ただひとつ言えるとしたら、かつての神崎麗美のように、『自分を置いて死んだあの人が悪い』で終わらせるのは、悲しいということだった。
だから、飲み込むのが怖くても、知っていかなければならない。
彼が死んでしまったことと、彼を殺した少年について。
だから、『今後ともよろしく』を続けることにした。
碇シンジが『綾波レイには生きていてほしい』と願っていたとしたら。
彼を守りたかったのなら、その意思も守るべきなのだろう。
守ろうとしたのは、命令されたからではなく、自分で決めたことなのだから。
ただ。
それでも。

416ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:55:44 ID:nKJI5gdQ0
『今後ともよろしく』が終わる時が来たら。
どちらかを、生かすとしたら。
浮かばれない選択だったとしても、綾波レイは自分が生きることを選べない。

生きることに不器用な自分よりも。
一人では生きていけない自分よりも。
生きていても、どうしたらいいか分からない自分よりも。
未だに、芽生え始めた『熱』の正体が分からない自分よりも。

生きてやりたいことがある彼の方が。
こちらに手を伸ばして、ともに歩いてくれた彼の方が。
たくさん持っていて、色々なことを教えてくれた彼の方が。
碇シンジの『ぽかぽか』とは違うけれど、それでも不思議な『熱』を与えてくれた彼の方が。

出会わなければよかった。
もしかしたら、出会えてよかった。



「…………私、越前くんに死んでほしくない」


【少女少年2】


天野雪輝のシャワーを浴びたいという申し出を、秋瀬或は快く許可した。
放送の前後というどの参加者も慎重になる時間帯ではあったし、
何よりグラウンド百週を経て疲労根培にあたる彼が汗を流すことさえ許されないのはあまりにも理不尽だし、
そもそも、これから恋する相手に会いに行こうという予定である。
汗だくの上にほぼ一日シャワーを浴びていない身体で向かわせるほど、秋瀬或は非紳士的ではない。

それに、天野雪輝が同席していない間にも、会話をしておきたい相手はいる。
例えば、すぐ隣で車椅子に座って、カセットプレイヤーに似た小型機器から音楽を聴いている少年だとか。
細いイヤホンを耳にあて、むっつりとした視線を階段の上へと向けている。
さきほど綾波が屋上へと向かってから、そうなった。

「何?」

こちらを観察する視線に気づいたらしく、音楽を止めてイヤホンを外した。

「いや……音楽が好きなのかな、と思って」
「そんなに。Jポップなら聴くけど」
「確か遺品だったよね、それ」

ずばり指摘すると、むっつりした顔にさらに苦味が加わった。

「綾波さんに返すつもりだった、けど……タイミング逃した」
「喧嘩でもしたのかい?」

さらに、ずばり。

417ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:57:27 ID:nKJI5gdQ0
「なんで……」
「さっきまで団結ムードだった君たちが、離れ際に会話をしてからぎこちなくなった。
戻ってきた君は彼女の大切な人の遺品だったものを取り出していて、扱い始めた。
探偵じゃなくても、チームを組んだ人たちがこんなことを始めたら気にするだろうね」

チームを組んだ人たち、を強調すると、さらに苦い顔。

「喧嘩は、してない……って言うか、喧嘩ふっかけて、買ってくれる人なら苦労しない」

関係ないじゃん、でバッサリ話を終わらせにかかるかと予想したが、そうはならなかった。

「つまり、相手に対して不満があるけれど取り合ってもらえない……ということかな?」
「…………あんた、探偵じゃなくて家政婦じゃないの」
「これから命を預ける同盟に亀裂があるなら心許ないからね。
それに、女性の扱いに関しては君より自信があるつもりだよ」

果たして帰国子女にも家政婦イコールデバガメという連想ができるのだろうか、それはともかく。
秋瀬の言葉の後半を聞いて、越前の目が興味を示すように動いた。

「だから、喧嘩とかじゃなくて」

まだ出会ってから時間はたっていないが、ここまでのやり取りから彼のプライドが高いことは分かる。
それなのに、弱音の一端でもこぼすということは。



「綾波さんが『明日の昼まで生きて海を見られるか分からないしね』って言った」



そのことに衝撃を受けているということだ。
この際にと他人の参考意見だろうとも、取り入れようとするぐらいには。

「俺が、綾波さんが死ぬわけないじゃんって言ったら、『俺には分からない』んだって。
俺は綾波さんや雪輝さんや神崎さんやバロウ・エシャロットみたいな人とも違うから、分からないんだって。そう言われた」

越前を理解していくためにも、秋瀬は整理する。
雪輝と出会ってから病院に向かうまでの行動や、その後の会話での気持ちの切り替えようを見た限り、彼は基本的に終わったことを引きずらない性格だ。
さらに言えば、雪輝に対しての遠慮のない話し方からは、人とぶつかり合うことを恐れる性分だとも思えない。むしろ好んでいるようにも見える。
だとすれば。

彼が誰かと諍いを起こして落ちこむとしたら、それは。

「神崎さんの時みたいに、言い方が悪かったんスよ。
碇さんも高坂さんも死んだのに、『死ぬわけない』とか言ったんだから。
だから綾波さんも俺が分かってないって言っただけで、それで終わり。
喧嘩じゃなかった。喧嘩売って、挑発して、どうにかなるものじゃないし」

自分が失言をしたせいで相手に距離を置かれたことをはっきり自覚していて、
なおかつ、そんな自分のことをどう改めたらいいか分からないケースではないか。

――越前君には、きっと分からないわ。
――私と越前君では、やっぱり違うもの。
――私とも、天野君達とも、神崎さんとも、あの敵になる人とも、違うもの。

言葉を復元してみるなら、およそそんなことを言われたのではないかと推測する。

418ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:59:14 ID:nKJI5gdQ0

「君は本気で、『これ以上死ぬことなんて有り得ない』と思ってるのかい?」

前提として、尋ねてみた。
単に仲直りの手伝いがしたかっただけではない。
彼にはまだ『何をしたいのか』と恒例のことを聞いていないし。
手塚や真田の遺言に殉じるならば、彼は『柱』になろうという人物だ。
自分たちの協力者となり得るだけならば、まさに猫の手だろうと借りたい状況だけれど、
これから雪輝たちを率いる立場を目指すのなら、その行動方針は確かめなければならない。

「……かもしれない、とか考えないようにしてる」

膝の上の音楽プレーヤーをぎゅっと握りしめて、越前は答える。
淡々と。

「テニスするなら……テニス以外でもそうだと思うけど、試合してる時に『勝てないかもしれない』とか考えてするものじゃないでしょ。
ちょっとでもそんなこと思ったら、絶対にプレーに影響する。動きを鈍らせる。
戦ってる時は、なくすことなんて考えちゃいけない」
「正論だね」

一言で評価すると、相手はむっとしたように顔を上げた。
意地を張る子どものような顔。

「それが悪いんスか?」
「いや、正しいよ。ちなみにその正論だけど、勝てなかった時はどうするつもりだい?」
「諦めない。次はなくさないようにすることだけ考える」
「なら、全てを奪われた後はどうするつもりだい? 負けっぱなしで終わりたくないから、奪っていった相手でも攻撃する?」
「何が言いたいんスか」

反発してくる言葉には、しかし呻くような湿っぽさがあった。
彼もまた、内心では気づき始めているのだろうと察する。
ここまでゲームが進行した現状に至るまで、それなりの修羅場は経験してきたはずなのだから。

「確かに君と僕たち――少なくとも、僕や雪輝君たちとの在り方は違っているよ」

まっすぐな瞳に視線を合わせ、対峙する。
少しずつ、理解は追いついてきた。
なるほど。
協力者になってくれたこと自体は有難い。
命を助けてくれたことには心から有難いし、まず雪輝を受け入れてくれたことだけでも万感の感謝を尽くしたいほどだ。
だがそれはそれとして、
足りない。まだ、若いし青い。

419ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:00:12 ID:nKJI5gdQ0
「僕がかつて出会った日記所有者の中にも、『自分が勝つことだけを想定して突撃する』タイプの人はいた。
でもその人の場合は、過酷な環境を生きてきて、負けることが死に直結するような生活をしてきたからそうなったんだ。守るものも失うものも自分の命だけだったしね。
あるいは、『誰も死なせない』と主張するような理想家なのかとも思ったけど、それも違うね。
君は僕らみたいに困った人を助けてくれたけど、正義の味方になりたいわけじゃないだろう?」

こくり、と頷きがあった。
平和な世界なら、これでも良かったのかもしれない、とは思う。
行くぞと声をかけて皆が付いていくような、誰もがいっしょに高みを目指してくれるような、ストイックなスポーツマンばかりの世界だったら。
すでに彼は、ひとかどの『柱』になれるぐらいの資格は満たしていたのかもしれない。
だが、この世界は違う。

「君はきっと、本当に芯からスポーツマンなんだよ。
優勝賞品が欲しくて戦ってきたわけじゃない。ただ、勝つための戦いだ」

たとえば1つだけ願いを叶えてもらえるとして、『全国大会で優勝させてください』なんて願ったりはしないだろう。
実力で手に入れたものではない勝利など、虚しいだけなのだから。
だから彼に、夢はあっても願いは無い。

「裏を返せば、誰かに叶えてもらう類の望みには慣れていない。
もっと言えば、『大切なものを、自分にはどうしようもできない理不尽によって奪われるかもしれない』恐怖なんて、すっかり想像の外だった。それだけのことだよ」

『神から与えられた意味などに価値はない』と真田が言っていたことを、思い出す。
そして、全てを放棄することを選んだ、神崎麗美の目を思い出す。
神崎麗美が、越前に対して怒りを顕にしたという話も、思い出す。

「それって、命懸けで使徒と戦わされるとか、神様を決める殺し合いをやらされるとか?」
「雪輝君たちに当てはめればそうなるだろうけど……そうだね、実感できるように例え話にしようか」

真田に秋瀬自身のことを問い詰められた時には、言い返せなかった。
その意趣返しというわけではないが、言葉に詰まってもらうのも、いい勉強になるはずだ。

「もし、君が急に難病にかかって、テニスができない体になったらどうする?
それが、どんなに治療しても努力しても、絶対に治らないものだったら、どうする?」

それでも、君は強くあれますか?
まっすぐだった両目が、急に視覚を失ったかのように凍りついた。
唾を飲もうとするように喉を動かしても、口が渇いていてごくりという音さえ出ない。

「絶対……っスか? 手術しても、リハビリしても?」
「その反応は、心当たりでもあるのかな?
どんなに努力しても這い上がれない。戻りたくて血を吐くようにがんばったけど無理だった。誰が何をしても救えない。
君のいる世界だって、そういうことは起こり得たはずだ。君もそうならなかったとは言えないよ」

本人の選択によるものでもなく、過失によるものではなく。
世界を恨みたくなるような理不尽の果てに、生きがいとなるものを奪われる。
そんなのは、どうしようもない。
歯がゆそうな顔が、そんな答えを雄弁に映し出したタイミングで、さらに問う。

「もし、願いを何でも1つ叶えてくれると言われたら、すがりつくんじゃないか?
――そういう時に、『願い』が生まれるんだよ」
「だから、殺し合いに乗ったって言いたいの? 部長を殺したアイツも、我妻由乃さんも?」

420ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:03:06 ID:nKJI5gdQ0
きっぱりと、
不機嫌さを含んだ無表情から言い放たれたのは、肯定であり否定。

「どういう意味かな?」

我妻をはじめとする殺人者達から、そして我妻による『被害者』達からも『柱』として雪輝の前に立つというのなら、
その正しさを、どう行使するつもりなのか。
ラケットさえ持たなければただの傲慢な少年に過ぎない彼に問いかけて、答えを待つ。

「……本当はあれこれ考えて動くのって苦手なんスよ」

その言葉が皮切りだった。
感情を抑えるように淡々と答えていた言葉から、ふっつりと『力』のようなものが抜けた。
理性だとか思考だとかの制御を手放すように、軽くなった。

「でも殺し合いをどうにかすることにして、『柱』になるって決めたから。
だからちゃんと考えなきゃいけないって思うようになった」

いきなり、違和感が生まれた。
答えになっていない、だけではない。饒舌になっているだけでもない。
言葉が、滑らかに流れ出した。
ずっと前から用意していた言葉が、とうとう口をついたように。

「それが、神崎さんを殺しかけてから、余計ややこしくなった。
神崎さんにも、今言われたのと似たようなこと言われたから。
『人を殺さなきゃ生きていけないようなヤツは、生きる価値もないのか』って。
綾波さんがいてくれなかったら、俺はYesって答えるとこだった」

違うと、気づいた。
本当に『いきなり』のことだったのだろうか。
そもそも、さっきまでの彼は本当に『落ち着いて』いたのか。
本当に冷静だったら、いやいやでも素直に相槌を打ったりしないのではないか。
さっき天野雪輝と話していた時のように、相手の神経を逆なでするような言葉でまぜっ返していたのではないか。
いつもの彼ならば、そういう余裕があったのではないか。

予感する。
いつもは深く考えるよりも心に従って、言葉を尽くすよりも行動で示してきた少年がいたとして。
安易にそれができない状況で、どれが正しいのか考えて、ずっと抱えこんできたとしたら。
しかも、肝心の一番にぶん殴りたい神様はどことも知らない観客席にいて、溜め込んできたとしたら。
いったいそれは、どれぐらいの総量になっているのだろう。

音楽プレイヤーを丁寧にディパックの中にしまいながら、越前は言った。



「秋瀬さん、俺、ぜんっぜん正しくなんかないよ」



泣いていない。

遠山金太郎の凄惨な遺体に遭遇した時は、涙を必死に堪えていたらしいのに。
死んでいった仲間のことを話した時は、綾波レイの手を握って泣いていたのに。
現在の『積もりに積もっていたらしき何か』をぶちまけようとする越前リョーマは、ちっとも泣いていなかった。

421ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:03:50 ID:nKJI5gdQ0
「どういうことかな」

それでも秋瀬は、その地雷を踏まずにはいられなかった。
誰か(雪輝かもしれない)に踏ませてしまう前に自分が踏んでおいた方がいいというとっさの判断と。
これ以上、崩さずに積もらせておくのが恐ろしいという直感で。
言葉を促すと。




積もっていた何かが、どっと決壊した。



「ただ、普通にテニスを好きでいたいだけだよ。
人を殺して叶えるなんて夢じゃないとか死んでもいいとか、そんなこと思ってなかったし。
ってゆーか俺、べつに人の夢が何だろうと興味ないっスよ。
神崎さんに怒ったのも跡部さんが関わってたからだし、そうじゃなきゃもっと他人事だった。
他人にそれは間違ってるとか押し付けるのも、押し付けられるのも嫌いだし、正義の味方とか興味ない。
コートでタバコ吸ったりテニスを舐めてる奴はキライだけど、それだけ。
俺、そんなお節介じゃないから、むしろ冷めてるぐらいだし。皆が俺のことを性格悪いって言うけど、自覚あるし。
そりゃ、たまにいいことだってしたよ。目の前で弱いものいじめしてる奴らがいたらムカつくし。そいつらを懲らしめるぐらい普通だったし。
いじめてる奴をいじめるのが楽しかったし。べつに、人助けをしたいとか思ってなかったし。
自分のしてることが人から見て正しいかとか、あんまり考えたことなかった。
でも、それで人から感謝されたりしたから、それも悪くないかと思ってた。
正しくなんかないよ。神崎さんの時も天野さんの時も正しいのか考えて、分からないなりに考えて、結局自分がムカつかない方を選んだだけだよ。
本当は変な理屈ばっかりで頭おかしくなりそうだったんだから」

叫ぶでもなく、ただ静かな静かな言葉で。
濁流のように、『泣いていない泣き言』が吐き出されていく。
『悪い人間』を自称していく。

思った。
皆が守るべき、弱者のための正義を貫くのが正義の味方だとしたら、
自分のわがままのために正義を貫く人間は、悪人になるのだろうか。

思った。
願いに狂い、それ以外の全てを犠牲にする者を『狂人』と呼ぶのなら。
願いに狂わない、しかし狂人から見ると悪い者は『悪人』と呼ばれるのだろうか。

422ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:05:09 ID:nKJI5gdQ0
「俺だって、『そっち側』を選んで楽になれるなら選びたかったよ。
もう絶対にテニスができなくなるなんて、嫌だよ。絶対に地獄だよ。
それぐらい分かるよ。神崎さんも、バロウって奴も、楽しいことぜんぶ忘れたみたいな顔してたから。
べつに、嬉しくて部長や跡部さんのこと背負ったわけじゃないよ。勝手に死んでバカじゃないのって思ったに決まってるじゃん。
神崎さんだってそうだよ。謝って許してもらえたからって安心して死んでどうすんだよ。
俺、アンタに『負けた』ままだったのに。俺も何か返さなきゃいけなかったのに。
でも、死んだ人だって、辛かったはずだから。
遠山だって、あんな風に斬られて、痛かったはずだし、苦しかったし、我慢したに決まってるから。
そういうのを上から見下ろして、嗤ってる奴らがいるんだよ。一生懸命我慢して、頑張ってるのを上から目線で『無駄な努力だった』って言われてるみたいで。
そんな神様がいるって思ったらすごく気持ち悪かった。許せなかった。
こんなに誰かを許せないと思ったの、初めてだった。だから、背負うことにした。
それが見てて殺意湧くって言われて、間違ってるって言われて、そういうこともあるのかって思ったけど、モヤモヤした。
俺だって、自分が死ぬこと考えたら怖い。神崎さんに脅されて、正直怖かった。
自分より強そうにしてるからって、苦しくなさそうとか楽してるとか勘違いしないでよ。
強く見えるからって、分からないからって仲間はずれにするなよ。

……明日には、もう死んでるかもしれないとか、言うなよ!!」

全てを吐き出しつくすような声が途切れたと同時に、越前の息も切れた。
長い長いラリーを終えた後のように、すーと息を吸い。
はー、と息を吐く。

天井を見上げ、浮かぶ表情は、全てを吐き出し尽くした疲労と、
言いたいことをいって、少しはすっきりしたかのような脱力と、
『言ってしまった』とでも言いたげな、羞恥のんじにだ後悔の色。

「それなら、君はどうして『柱』なんてものを目指そうとしたんだい?」

これ以上の質問を重ねることは酷かもしれないのに、それでも聞かずにはいられなかった。
なぜなら彼は、ここまで泣き言を言っておきながら。
それでも、『柱になるなんて無理だ』とか『俺はただの中学生なのに』という類の言葉を、決して口にしなかったのだ。

「勝ちたい……」

死者たちの遺言で押し付けられたのではなく、自分の意思で選んだことだとでも言うように。

「人を蹴落として、自分だけ『願い』を叶えて最後に嗤うんじゃない。
汗流して頑張ってきたことが、『無駄な努力だった』って嗤われるのが嫌だ。
一人だけで勝つんじゃない。そういう勝ち方がしたい」

やり方が良くなかったみたいだけど、と付け加えた。

423ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:05:53 ID:nKJI5gdQ0

逆ギレされるとは予想外だったな、と内心で反省する。
雪輝にグラウンド百週という無茶振りをさせた意趣返しに、本当ならもっときつい言葉を言うつもりだったのに。
秋瀬が口にしたのは、もっと甘い言葉だった。

「べつに今までのやり方を変えろと言ってるわけじゃないよ。
死を覚悟することと、死を起こさせないという気持ちで戦うことは矛盾しない。
大切なのは、最悪が起こらないなんて『油断』をせずにいこうってことじゃないかな」

そう言うと、越前が目を丸くした。

「アンタ……知ってたの?」
「何を?」
「知らないなら、別にいい」

ふい、と顔をそむけられる。
しかし、さんざん愚痴をこぼし終えた後だからなのか、喋り方には調子が戻っていた。

「無駄だったなんてことは無いよ」

そして、その中身には秋瀬或と共通している部分もあった。
だから、話しておくことにする。

「僕にも、自分のしてきたことを意味がないとリセットされたことがあったんだ。
ここに来るまでは思い出せなかったんだけど、雪輝くんから『世界が二週している』ことを知らされて、少しずつ記憶が蘇ってきた」
「リセット?」
「うん、このままだと破滅する不幸な人たちがいて、僕は依頼を受けた探偵としてその人たちを救けたんだ。
でも神様の手先がそれをなかったことにして、また元の不幸だった状態に戻されてしまった」

それは、少しずつ思い出してきた、たった数日の“逆説の日々(パラドックス)”だった。
一週目の世界とも二週目の世界とも異なる、なかったことにされた世界。

「でも、ぼくはリセットされる前の日々が無意味だったとは思ってないよ。
彼等は確かにあそこにいたし、事件が解決した後は笑っていたんだから。
たとえ消されてしまった笑顔でも、笑顔は笑顔だ。
人にどう言われようと、価値が変わるものじゃない」

意味が分かっているのかいないのか。
ふーんと相槌をうち、越前は背もたれにより深く身体を預けた。

「のど、かわいた……」
「飲み物、買ってきましょうか?」

真横から声をかけられ、その肩がびくんと上下する。
綾波レイが戻ってきたことに、越前はその時まで気がついていないようだった。
ぎこちなく言葉を交わして、また送り出す。

424ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:06:54 ID:nKJI5gdQ0
「見たところ彼女の方は、気まずさを覚えたりはしていないようだけど」
「綾波さん的には、当たり前のこと言ったつもりなんじゃないの?」

その『当たり前のこと』が、越前にとっては積もりに積もっていたものを吐き出す最後のひと押しになったわけだが。

「ずいぶん溜め込んでいたようだけど、彼女には打ち明けなかったんだね」

そこが気になった。
リハビリ室でのやり取りを見る限り、二人はずいぶんと打ち解けている様子だったのに。
越前の性格からして簡単に弱音を吐くわけがないことは分かるが、それでも泣いているところを見せるぐらいには、気を許していたのに。

「今の綾波さんに、当たれるわけないじゃん」

綾波が去っていった方向を見ていた越前が、くるりと顔を向けた。

「だって……」

『だって』から続く感情をすべて訴えるように、眼に力のようなものがある。

だって。
だって。
だって!

「だって綾波さん、碇さんが死んでから、一度も笑ってない」

なるほど、と理解するしかなかった。
彼にとって最後のひと押しになったのは、綾波の言葉そのものではなかったことも。
『分からない』と言われて拒絶されたようになっていた理由も。

「さっきの『そっち側』に行く行かないの話だけど……綾波さんは、違うよ」

少しの沈黙をおいて、越前は調子を取り戻すように深く呼吸すると、そう言った。

「綾波さんは、碇さんを取り戻すために殺し合いに乗ったわけじゃないし」
「それはごめん。僕としては『誰もが君のように負けん気だけで生きていけるわけじゃない』という意味も含めたつもりだったから」

言い返せないのか、越前が言葉をひっこめて軽く唇を噛む。

「でも、綾波さんは生きてるよ。バロウ以外は、誰も傷つけてない」

そんな角度から、反論は返ってきた。

「自分のことにも自信無さそうなのに、自分にできることを探そうとしてる。
秋瀬さんが言うみたいな辛いことも遭ったけど、そこで終わりにしてない」

越前は帽子のツバを傾けて、その表情を隠した。

「ずいぶん、評価してるようだね」
「……何回も、助けてくれたから。
他人のこともあんまり関心ないように見えるけど、一緒にいるといつも優しかったし。
俺、ああいう風に素直に優しくするのってできなかったから。
『ぽかぽかする』ってどういうことなのか、なんとなく分かった」

そんな綾波に、パートナーとしてどうしたらいいか分からない。
それはきっと、悔しいはずだ。

「綾波さんが一緒なら、もっと上にいけそうな気がする。
でも、綾波さんにとってはそうじゃないのかもしれない」

425ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:08:00 ID:nKJI5gdQ0
越前は、さらに帽子を傾けた。
それはもう、帽子を深くかぶるのを通り越して顔の正面に帽子があるようなずり落ち方で、その顔はすっかり帽子で隠れてしまった。

今までで一番、力ない声で。

「綾波さんと、いっしょにいたい……」



【少女少年3】


そして、二人が二人の元に戻ってきて.
彼等は四人になった。

「跡部景吾君が残した首輪の図面から分かったこととして、首輪には盗聴器が仕掛けられている。まず、これを大前提としよう」

仕切るのは、秋瀬或だった。
ある程度の情報交換は雪輝がランニングをした時に済ませていたし、休憩から話し合いへと移行する切り替えも、スムーズなものだ。

ただし、一名を除いて。

「うん、それはいいんだけど……コシマエはどうかしたの?」

その約一名は、一同から背中を向けて座っていた。
話しかけても無言だった。
表情を確認すれば、どう見ても『しろめ』とか『しんださかなのめ』にあたる状態。
何か深刻な悩みでも抱えているのかと思ったが……どうも惚けているというか、それとも違う空気だった。
その理由を秋瀬或は知っていたから、答える。

「自分の言った青臭いセリフが、よりによって主催者に一言一句筒抜けだったのがショックだったらしいよ」

実際、さっきは『なんでそれをさっきの話をする前に言ってくれなかったんだ』という顔で睨まれた。
限りなく殺意に近い何かがあったのでヒヤリとした。
それから筆舌に尽くしがたい表情をした後、背中を向けて固まり、現状に至る。

426ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:08:46 ID:nKJI5gdQ0

「でも、盗聴されているなら、この会話は大丈夫?」

綾波が首輪を指差して、話題を切り替えた。
首輪で命を握られているとすれば、それは当然の懸念だろう。
しかし、

「その心配はいらないよ。
主催者は脱出派の首輪を爆発させるために、盗聴器を仕掛けたわけじゃ無さそうだから」

綾波と雪輝が、その意味をつかみかねた顔をする。

「雪輝君。未来日記のサバイバルゲームでは、日記所有者が盗聴されていたかな?」
「ううん、ムルムルならそんなことしなくても…………あ、そうか」

雪輝の顔に、すぐ納得が宿った。
神の領域にいたムルムルは、下界の好きな場所を好きな時に、テレビでも見るように映し出していた。
以前のサバイバルゲームでも、盗聴器など仕掛けるまでもなく、全ての所有者の動きを見ていた。
秋瀬或にも“逆説の日々(パラドックス)”の記憶がよみがえってきた今となっては見た覚えがあることだ。

「そう、本気で参加者を監視するつもりなら、ムルムルがいる時点でずっと確実な方法がある。
それに、もうひとつ。『新たな神』とムルムルたちだけで殺し合いを運営しているなら、盗聴器をしかける必要はない」
「つまり人間の『大人』が――11thみたいな勢力が、殺し合いに協力してるってことだね」

雪輝の理解は早かった。
さすが、サバイバルゲームの経験を全て覚えているだけのことはある。

「そうなるだろうね。『新たな神』の正体にもよるだろうけど、神の眷属が盗聴器を用意するとは思えない。現時点で疑わしいのは何週目かの11thだけれど」
「監視することが目的でないなら、盗聴をしているのは、なぜ?」
「可能性が高いのは、記録をするためかな。人間も使う音声機器なら、録音しての持ち運びも用意だからね。
ちなみにセグウェイで探索している時に調べてみたけど、会場内に監視カメラを仕掛けたような痕跡は見当たらなかったよ」
「秋瀬くん、そこまで調べてたの……?」

驚く雪輝に、たまたまだよ、と否定する。

「ちょっと会場に違和感を覚えたからね。ついでに気がついたんだ」
「違和感?」

首を傾げる綾波を見て、雪輝へと尋ねる。

「雪輝君は、この場所に何か感じなかったかい?」
「おかしいと言えば、ツインタワービルや桜見市タワーがあったことだけど。
それから、建物に入った時に……電気もガスも水道も普通に使えたのは、おかしいと思った。
この地図には自家発電するような発電所とか無さそうだし……どこから引いてるのかなって」

427ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:09:39 ID:nKJI5gdQ0
「そう。綾波さんもツインタワーにいたときのことを話してくれたよね。
レストレランでは食事が調理済みのまま用意されていたし、買い物売り場には開店しているかのように商品が並んでいた。
ちょっとしたマリー・セレスト号状態だね」

綾波のほうはマリー・セレスト号事件を知らないらしい顔をしていたが、結論とは関係がないので先にそちらを言ってしまう。

「まだ推測の段階だけれど……この会場は、仮想空間のようなものじゃないかと思う」

「「え……」」と二人は驚きの声を出した。

いきなり『仮想空間』などという言葉を出したのだから、突飛には違いないだろう。
だが、秋瀬の聞いた話では実例がある。

「この会場で最初に雪輝君とあった時に、聞かせてくれたよね。
前のサバイバルゲームで、我妻由乃とどう決着をつけたのか。
その時、君は不思議な世界に閉じ込められたという話をしてくれた」

雪輝が、思い出すように遠い目をした。
そこは、天野雪輝の望みがすべて叶えられた世界だった。
『我妻由乃だけが存在しない』という設定のもとに、すべての感覚が現実感を伴って存在していた。

「その世界は幻覚のようなものらしいから一概には括れないけれどね。
……でも、『神』の力があれば一から新しい世界を創るぐらいはできるんじゃないのかな」
「できると思う」

今は力を失っているけれど、おぼろげな一万年の記憶では、ムルムルから新世界を創るように促されていた。

「セグウェイで色々な場所を見て回ったけれど――この会場には『この土地の名前』を示すものが一切なかった。
道路標識や公共施設に地名は書かれているけど、ある時は富山県にある町の名前だったかと思えば、ある時は兵庫県、またある時は東京都西部の町、桜見市で見かける地名もある――といった様子だったね。
このあたりは『図書館』に郷土資料を探しに行ったという菊地君たちからも話を聞きたいところなんだけれど。
つまりほとんどの建造物が、元からあったものではなく、どこかを再現して組み合わせて創られたような格好になっている。
それだけじゃなく、電気やガス、レストランや売店の商品なんかの生活空間もすべて再現されていた。
この会場は下手なテーマパークどころの広さじゃない。
仮に国家規模の予算を持った組織だったとしても『ただ再現するためにそれだけの金を使ってたまるか』と辟易するだろうね。
つまりここは、人力ではなく神の力によって一から創造されたと考えた方が自然だ」

さすがに長々と話しすぎたと、秋瀬は一区切りおいた。
沈黙が続く間に、聞き手たちは秋瀬が言ったことを頭の中に浸透させていく。
そして、それぞれの感想を言った。

「私には『神の力』がよく分からないから、なんとも言えない」
「でも、その説が正しいとしたら、納得できることがあるよ」

そう声をあげたのは、雪輝だった。

428ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:10:20 ID:nKJI5gdQ0
「最初に、この場所に連れてこられたときのことだった。
変な壁から説明を受けて、一瞬でこの場所に移動させられて……遠山はワープでもしたみたいだって言ってた。
でも、あれはワープとはまた違っていたと思う。なんだか、眠っていたところから『目を覚ました』みたいな感じだった。
今なら思い出せるけど……あの感じは、因果律大聖堂に意識を飛ばしていた時と似ていたと思う」

なるほど、と秋瀬も思い出す。
一瞬で景色が変わった――というよりも、瞑想から目覚めて、どこかに行っていた意識が肉体に戻ってきたような、あの感覚を。

「僕たちの身体は最初からこの会場に運ばれていて、意識だけを『あの場所』へと運ばれた状態で説明を聞かされた。
そういうことじゃないかと思う。あの場所は、因果律大聖堂みたいなものでさ」
「つまり、僕たちを拉致してこの場所に運んでくることは容易だったにも関わらず、ルールの説明会だけは意識だけの場所で行いたかった。
『主催者のいる拠点』と『会場』は、物理的な距離だけでない『何か』で仕切られているのではないか。そういうことだね」

頷いた雪輝は、知っているのだろう。
世界と世界を分かつ、本来ならば見えないはずの境界線を。
三週目の世界でゲームの決着をしてから二週目に戻された時に、おそらくは何度も時空の壁を越えようとしたのだから。

「じゃあ、ATフィールドが会場を囲っているのは?」

綾波がそう尋ねた。

「発生源までは分からないが……この世界の『時空の壁』を破壊されないための障壁、じゃないかな」

秋瀬は天井を見上げる。
しかし、視線の先にあるのは建物の天井ではない。
この会場と、神の座を阻むその『壁』の天井だった。

物的証拠はないけれど、この仮設そのものに矛盾はない、と前置きして。

「仮説が正しければ、『壁』さえ打開すれば、神の座まではすぐそこだ」

言い放ったのと、同時だった。
4人分の携帯電話が、一斉にコール音を鳴らす。

午後六時。
ぴったり、第3回放送の時間に到達した。





『赤外線通信が完了しました』という文字が、それぞれのディスプレイに表示された。
この画面操作をそれぞれが三度繰り返せば、4人分の携帯電話がアドレスを交換しあったことになる。

429ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:11:11 ID:nKJI5gdQ0
学生の日常では当たり前に行われているアドレス交換だけれど、この場においては『生き延びる確率をあげるため』という目的の元に行われる行為だった。

「じゃあ連絡手段も確保できたことだし、問題のメールについて話そうか」

携帯を握りしめた全員の顔が、その言葉で引き締まった。
雪輝と綾波が、メールを受信した己の携帯を見つめる。
放送のコール音と同時に送られてきた『天使メール』なる文書は、杉浦綾乃という少女がデパートで相馬光子と御手洗潔に襲われているというものだった。

「このメールを送ったのが杉浦さん本人だという証拠はないけれど、『御手洗潔はおそらく殺し合いに乗っている』という情報を浦飯君からも確認しているし、まずはある程度の信憑性があると見て進めるよ」

ちなみに雪輝に送られてきたメールをすかさずチェックしたのは秋瀬であり、雪輝自身はまだそのメールの本文を読んですらいない。
杉浦綾乃の居場所を雪輝が目にしてしまえば、雪輝に関わる予知をする『雪輝日記』が反応して、我妻由乃にその場所を把握されてしまうためだ。
雪輝のいる場所で会話する上でも、その場所を突き止められないように『デパート』の名前は極力出さないようにしている。

「おそらく、菊地善人君とはまだ合流できていないようだね。
合流した後に襲撃されたとすれば、救援メッセージは彼ら三人の連盟で送信するはずだ。その方が情報の信頼度を上げられる」

どちらかと言えば越前と綾波の二人に対して、秋瀬は言った。
二人とも無表情であるはずなのに、どちらも同じく『助けに行きたい』と顔に出ている。
越前にいたっては(さすがに放送を聞いてから気持ちを切り替えた)、『もう問題ありません』とアピールするように車椅子から立っていた。
彼等にとって一度は友好的に接触した人物であり、しかもそれは碇シンジと行動をともにしていた少女であり、彼の最期に立ち会ったうちの一人でもある。
まして、菊地善人が『杉浦や植木をつれて合流する』と言って別れた後にこのようなメールが届いた時点で、彼等を心配させるには十分だと言えた。

しかし、安易に『では急いで助けに行きましょう』というわけにもいかない。

「ぼくらの行動は『雪輝日記』を通して我妻さんにも知られている。
我妻さんがぼくらの後を追って戦闘の現場にやってくる可能性は高い」

却って敵を増やしてしまうリスク……最悪、乱戦になったところを我妻由乃の襲撃で一網打尽にされる危険は十分にあった。

「こっちは車があるし、由乃が追いつくまでには時間がかかるんじゃないのかな?」
「さっきの戦闘からしばらく時間が立っているし、移動時間はアテにならないと思う。
売店に充電器がなかったから、レーダーもまだ使えないしね」

こちらのレーダーが機能せず『雪輝日記』が動いている現状では、未だ我妻由乃の側に主導権があることも否めない。
放送前の戦闘では、諸条件が重なって『退いた方が賢明かもしれない』と思わせることができたからこそ、撤退させることができたに過ぎない。

430ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:11:55 ID:nKJI5gdQ0
「ただし、杉浦さんとは直接の接点がない雪輝君にメールが来た時点で、このメールが無作為に送信されている可能性は高い。
我妻さんの元にも、同じ内容のメールが届いている可能性だってあるだろうね」
「そうなったら、由乃は僕らを後回しにして杉浦さんたちのところに向かうかもしれないよ。複数の参加者が乱戦してる場所なんて、由乃にとってはたくさん殺せる好機だろうから」
「我妻さんがそっちに行くなら、俺らも行かないと最悪のパターンじゃないっスか?
杉浦さんたちは今戦ってる人と我妻さんの両方に襲われることになるし、俺らは我妻さんと会えない上に仲間を見捨てることになるし」
「そう言えば、秋瀬君には浦飯さんっていう協力者がいたんだよね? その人に助力を頼めないかな」
「でも、タイミングよく合流できるかしら」
「白井黒子が実は常磐愛で、今は浦飯さんっていう人といっしょにいるのもなんか胡散臭いっすけどね」

判断材料は出揃ったが、有効な一手を打つための持ち駒は乏しい。
議論することでそれがはっきりと表出して、全員が厳しい顔をする。

「もう、どうするのか秋瀬さんが決めていいんじゃない?」

ふいに、越前が言った。
綾波と雪輝が、驚いた顔を越前に向ける。
ちらりと綾波レイを見てから、気持ちを固めたように頷く。

「この中で一番重傷のアンタに決めてもらった方が、こっちも気を遣わなくて済むし。
俺たちだと、我妻さんならどうするとか知らないし。
天野さんが決めたら『雪輝日記』とかいうのですぐバレるみたいじゃないっスか」
「それはそうかもしれないけど……」

作戦会議を仕切っている秋瀬が決定をするのは、自然な流れだろう。
しかし、綾波と越前の視点では、そうもいかないはずだ。彼等は杉浦綾乃を助けに行きたいはずなのだから。
秋瀬一人に判断を任せてしまえば、『杉浦彩乃の救助』よりも『天野雪輝を危険から遠ざけること』を優先するだろうことは、誰の想像にも難くない。

「僕に預けてしまっていいのかい?」
「『任せる』。この中だと秋瀬さんが一番作戦立てるのうまそうだから。
それに、『油断せずに行こう』ってアンタが言ったんじゃん。
『行く』なら主語は一人称の『I』でいいけど、『行こう』なら『We』ってことになるよ」

何かの思い出でもあったのだろうか。
任せるという部分を聞いて、綾波が納得したように頷いた。
そして後半の部分は遠回しな言い方だったが、伝わるのは秋瀬或を一蓮托生のくくりに入れていることだった。
もしかして皆が納得するような案を出せないから、丸投げしたんじゃないか、という疑惑はあったにせよ。
任されたのならば、探偵は信頼が第一だ。
正式な『契約成立』と認めるにはまだまだ程遠いけれど。

「わかった――その依頼を受けよう」


【G-4病院/一日目・夜】

431ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:12:27 ID:nKJI5gdQ0
【天野雪輝@未来日記】
[状態]:中学生
[装備]:体操服@現地調達、スぺツナズナイフ@現実 、シグザウエルP226(残弾4)、 天野雪輝のダーツ(残り7本)@未来日記
[道具]:携帯電話、学校で調達したもの(詳しくは不明)
基本:由乃と星を観に行く
0:秋瀬の決定を待つ。
1:やりなおす。0(チャラ)からではなく、1から。

※神になってから1万年後("三週目の世界"の由乃に次元の壁を破壊される前)からの参戦
※神の力、神になってから1万年間の記憶は封印されています
※神になるまでの記憶を、全て思い出しました。
※秋瀬或が契約した『The rader』の内容を確認しました。

【秋瀬或@未来日記】
[状態]:右手首から先、喪失(止血)、貧血(大)
[装備]:The rader@未来日記、携帯電話(レーダー機能付き、電池切れ)@現実、セグウェイ@テニスの王子様、マクアフティル@とある科学の超電磁砲、リアルテニスボール@現実
[道具]:基本支給品一式、インサイトによる首輪内部の見取り図(秋瀬或の考察を記した紙も追加)@現地調達、火炎放射器(燃料残り7回分)@現実、クレスタ@GTO
壊れたNeo高坂KING日記@未来日記、『未来日記計画』に関する資料@現地調達
基本行動方針:この世界の謎を解く。天野雪輝を幸福にする。
0:メールへの対応を決定する。
1:天野雪輝の『我妻由乃と星を見に行く』という願いをかなえる
[備考]
参戦時期は『本人の認識している限りでは』47話でデウスに謁見し、死人が生き返るかを尋ねた直後です。
『The rader』の予知は、よほどのことがない限り他者に明かすつもりはありません
『The rader』の予知が放送後に当たっていたかどうか、内容が変動するかどうかは、次以降の書き手さんに任せます。

【越前リョーマ@テニスの王子様】
[状態]:疲労(中)、全身打撲 、右腕に亀裂骨折(手当済み)、“雷”の反動による炎症(ある程度回復)
[装備]:青学ジャージ(半袖)、テニスラケット@現地調達
リアルテニスボール(ポケットに2個)@現実、車椅子@現地調達
[道具]:基本支給品一式(携帯電話に撮影画像)×2、不明支給品0〜1、リアルテニスボール(残り3個)@現実
S-DAT@ヱヴァンゲリオン新劇場版、、太い木の棒@現地調達、ひしゃげた金属バット@現実
基本行動方針:神サマに勝ってみせる。殺し合いに乗る人間には絶対に負けない。
0:秋瀬の決定を待つ。
1:休んだら、菊地と合流。天野たちにはできる範囲で協力
2:バロウ・エシャロットには次こそ勝つ。
3:切原は探す。

【綾波レイ@エヴァンゲリオン新劇場版】
[状態]:傷心
[装備]:白いブラウス@現地調達、 第壱中学校の制服(スカートのみ)
由乃の日本刀@未来日記、ベレッタM92(残弾13)
[道具]:基本支給品一式、第壱中学校の制服(びしょ濡れ)、心音爆弾@未来日記 、隠魔鬼のマント@幽遊白書
基本行動方針:知りたい
0:秋瀬の決定を待つ
1:休んだら、菊地と合流。天野たちにはできる範囲で協力
2:落ち着いたら、碇君の話を聞きたい。色々と考えたい
3:いざという時は、躊躇わない
[備考]
※参戦時期は、少なくとも碇親子との「食事会」を計画している間。
※碇シンジの最後の言葉を知りました。

432ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:12:43 ID:nKJI5gdQ0
投下終了です

433名無しさん:2014/11/30(日) 21:49:55 ID:fjAJouv20
投下乙です!
それぞれがすごくいい味出してました…!

434名無しさん:2014/12/01(月) 20:24:08 ID:YQ78PMog0
投下乙です

うおおおっ、今回もというかこの組が織りなすドラマは本当に濃いわあ
GJ!

435訂正 ◆j1I31zelYA:2014/12/06(土) 12:52:03 ID:Mu2XGxio0
大変申し訳ありません。
ウィキに収録する段になって、まるごと1レス分が投下されずに抜けていたことが発覚しました。

今に至るまで気付かなかったことも含めて大変申し訳ないことですが、
本スレ>>419>>420の修正版を投下したいと思います。

436訂正 ◆j1I31zelYA:2014/12/06(土) 12:54:27 ID:Mu2XGxio0
「僕がかつて出会った日記所有者の中にも、『自分が勝つことだけを想定して突撃する』タイプの人はいた。
でもその人の場合は、過酷な環境を生きてきて、負けることが死に直結するような生活をしてきたからそうなったんだ。守るものも失うものも自分の命だけだったしね。
あるいは、『誰も死なせない』と主張するような理想家なのかとも思ったけど、それも違うね。
君は僕らみたいに困った人を助けてくれたけど、正義の味方になりたいわけじゃないだろう?」

こくり、と頷きがあった。
平和な世界なら、これでも良かったのかもしれない、とは思う。
行くぞと声をかけて皆が付いていくような、誰もがいっしょに高みを目指してくれるような、ストイックなスポーツマンばかりの世界だったら。
すでに彼は、ひとかどの『柱』になれるぐらいの資格は満たしていたのかもしれない。
だが、この世界は違う。

「君はきっと、本当に芯からスポーツマンなんだよ。
優勝賞品が欲しくて戦ってきたわけじゃない。ただ、勝つための戦いだ」

たとえば1つだけ願いを叶えてもらえるとして、『全国大会で優勝させてください』なんて願ったりはしないだろう。
実力で手に入れたものではない勝利など、虚しいだけなのだから。
だから彼に、夢はあっても願いは無い。

「裏を返せば、誰かに叶えてもらう類の望みには慣れていない。
もっと言えば、『大切なものを、自分にはどうしようもできない理不尽によって奪われるかもしれない』恐怖なんて、すっかり想像の外だった。それだけのことだよ」

『神から与えられた意味などに価値はない』と真田が言っていたことを、思い出す。
そして、全てを放棄することを選んだ、神崎麗美の目を思い出す。
神崎麗美が、越前に対して怒りを顕にしたという話も、思い出す。

「それって、命懸けで使徒と戦わされるとか、神様を決める殺し合いをやらされるとか?」
「雪輝君たちに当てはめればそうなるだろうけど……そうだね、実感できるように例え話にしようか」

真田に秋瀬自身のことを問い詰められた時には、言い返せなかった。
その意趣返しというわけではないが、言葉に詰まってもらうのも、いい勉強になるはずだ。

「もし、君が急に難病にかかって、テニスができない体になったらどうする?
それが、どんなに治療しても努力しても、絶対に治らないものだったら、どうする?」

それでも、君は強くあれますか?
まっすぐだった両目が、急に視覚を失ったかのように凍りついた。
唾を飲もうとするように喉を動かしても、口が渇いていてごくりという音さえ出ない。

「絶対……っスか? 手術しても、リハビリしても?」
「その反応は、心当たりでもあるのかな?
どんなに努力しても這い上がれない。戻りたくて血を吐くようにがんばったけど無理だった。誰が何をしても救えない。
君のいる世界だって、そういうことは起こり得たはずだ。君もそうならなかったとは言えないよ」

本人の選択によるものでもなく、過失によるものではなく。
世界を恨みたくなるような理不尽の果てに、生きがいとなるものを奪われる。
そんなのは、どうしようもない。
歯がゆそうな顔が、そんな答えを雄弁に映し出したタイミングで、さらに問う。

「もし、願いを何でも1つ叶えてくれると言われたら、すがりつくんじゃないか?
――そういう時に、『願い』が生まれるんだよ」
「だから、殺し合いに乗ったって言いたいの? 部長を殺したアイツも、我妻由乃さんも?」

葉による重圧を押しのけようとするように、声が高く跳ねた。
カセットプレイヤーを握り締める手の力が、さらに強くなる。
その額を、運動によるものではない汗の雫が滑る。
しかし、続く言葉は落ち着いていた。


「だったら俺は、そっちになんか行かない。
テニスができなくなるなんて、ヤダ。でも、そのために人は殺さない」


言い切った。
その落ち着きが、それが虚勢などでは有り得ないことを証明している。
しかし、秋瀬には少し気に入らなかった。
かつての雪輝が願いのために選んだのは、『そっち』側だった。
その結果として犯したのは大量殺人の上に、願いは叶わず死んだ者は生き返らないという報われない結末だ。
それは覆されない大罪だが、当時の雪輝が被ってきた理不尽を知っている秋瀬には、『雪輝だけが悪かった』とも言い切れない。
だいいち、大罪であろうとも雪輝が精一杯に悩んで、気を張って、殺し合いゲームに勝ち残るという決断をしたこと自体は尊いと思っている。
間違える方が絶対的に悪いかのように、『なんか』呼ばわりされるのは愉快ではない。

437訂正 ◆j1I31zelYA:2014/12/06(土) 12:55:51 ID:Mu2XGxio0
「いつか、潰れる時がくるよ。生きていけなくなるかもしれない。
生きていく上で必要不可欠なものを失って、その後の一生を過ごすんだから」
「そうかもしれない。でも、……今度は、行かない」


今度は、と言う時だけ、その顔が辛そうに歪んだ。
一度は、踏み外そうとした時――それが、神崎麗美を殺しかけた時だということは、推測がつく。
秋瀬は、さらに追求することを選択した。
越前が『なんでこの人はこんなに突っかかるのだろう』と言いたげに眉をひそめているが、とことん言ってしまうことにする。


「君にとっては、自分の幸せよりも他人の命の方が重いから?
それとも、それが君にとっての正義なのかな?」
「そんなんじゃないよ」


そう否定した後で、さらに何か言おうとした。
しかし、言葉にならなかったのか、「そんなんじゃないよ」とまた繰り返す。


「なら、人を殺した手でラケットを握りたくないからかい?
人を殺して叶える夢なんて夢じゃないと、そう思う?」
「……だから、そんなんじゃないって」


べつに選ばなかった者を貶めようとするほど、秋瀬は気が短くないし子どもじみてもいない。
ただ、ここで示してほしい。
『そちら側』に行くことを間違いだというのなら。
どうして間違いだと断じて、どのように異なる考え者と相対していくのか。


「他に考えられるとしたら、チームメイトが悲しむといった理由かな。
仲間の意思を無碍にしたら、仲間たちが許さないと思うのかい」


越前が答えるのに、少しだけ時間がかかった。


「それもあるけど、そんなんじゃないよ」

438訂正 ◆j1I31zelYA:2014/12/06(土) 12:58:50 ID:Mu2XGxio0
きっぱりと、
不機嫌さを含んだ無表情から言い放たれたのは、肯定であり否定。

「どういう意味かな?」

我妻をはじめとする殺人者達から、そして我妻による『被害者』達からも『柱』として雪輝の前に立つというのなら、
その正しさを、どう行使するつもりなのか。
ラケットさえ持たなければただの傲慢な少年に過ぎない彼に問いかけて、答えを待つ。

「……本当はあれこれ考えて動くのって苦手なんスよ」

その言葉が皮切りだった。
感情を抑えるように淡々と答えていた言葉から、ふっつりと『力』のようなものが抜けた。
理性だとか思考だとかの制御を手放すように、軽くなった。

「でも殺し合いをどうにかすることにして、『柱』になるって決めたから。
だからちゃんと考えなきゃいけないって思うようになった」

いきなり、違和感が生まれた。
答えになっていない、だけではない。饒舌になっているだけでもない。
言葉が、滑らかに流れ出した。
ずっと前から用意していた言葉が、とうとう口をついたように。

「それが、神崎さんを殺しかけてから、余計ややこしくなった。
神崎さんにも、今言われたのと似たようなこと言われたから。
『人を殺さなきゃ生きていけないようなヤツは、生きる価値もないのか』って。
綾波さんがいてくれなかったら、俺はYesって答えるとこだった」

違うと、気づいた。
本当に『いきなり』のことだったのだろうか。
そもそも、さっきまでの彼は本当に『落ち着いて』いたのか。
本当に冷静だったら、いやいやでも素直に相槌を打ったりしないのではないか。
さっき天野雪輝と話していた時のように、相手の神経を逆なでするような言葉でまぜっ返していたのではないか。
いつもの彼ならば、そういう余裕があったのではないか。

予感する。
いつもは深く考えるよりも心に従って、言葉を尽くすよりも行動で示してきた少年がいたとして。
安易にそれができない状況で、どれが正しいのか考えて、ずっと抱えこんできたとしたら。
しかも、肝心の一番にぶん殴りたい神様はどことも知らない観客席にいて、溜め込んできたとしたら。
いったいそれは、どれぐらいの総量になっているのだろう。

音楽プレイヤーを丁寧にディパックの中にしまいながら、越前は言った。



「秋瀬さん、俺、ぜんっぜん正しくなんかないよ」



泣いていない。

遠山金太郎の凄惨な遺体に遭遇した時は、涙を必死に堪えていたらしいのに。
死んでいった仲間のことを話した時は、綾波レイの手を握って泣いていたのに。
現在の『積もりに積もっていたらしき何か』をぶちまけようとする越前リョーマは、ちっとも泣いていなかった。

-----
以上になります。
投下時には前後がつながっていない文章を投下してしまった形になり、本当に謝罪のしようもありません

439名無しさん:2014/12/09(火) 12:15:39 ID:gpztIZM.0
修正乙です

悪くないと思います

440 ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:43:53 ID:jRJhy3vw0
投下します

441ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:46:45 ID:jRJhy3vw0
ざっくらばらんに言ってしまえばサザエさん時空のような。
カッコつけて言えば、時の止まらない永遠、みたいな。

そんなものだと、思っていたのに。


◆  ◆  ◆


ダメだ、今は押さえ込まなきゃいけない。
とにかく生き延びることを、そして式波と初春の足を引っ張らないことだけを考えろ。

――たとえ、知っている人の誰が呼ばれたとしても。

そんな風に、誰が死んだっておかしくないと割り切って感情をコントロールできるほどに、杉浦綾乃という少女はいきなり変われなかった。

それでも、せめて覚悟は固めておきたいと気を引き締めて、身を固くして、初春から放送のために貸してもらった交換日記を耳にあてる。
心の片隅では『本当は誰にも死んでいてほしくないんです』と祈りながら。
裏切られることは、知っていたのに。



――船見結衣



名前は、不意打ちだった。

もしはぐれてしまった『菊地善人』と『植木耕助』の名前が呼ばれたら悔やんでも悔やみきれないと恐れていたことが、衝撃を大きくしたひとつ。
『御坂美琴』と『吉川ちなつ』はすでに呼ばれることが確定していたし、初春から話も聞いていたことがひとつ。
クラスメイトであり、『元からの知り合い』の中では歳納京子に次いで交流していたことがより重要なひとつ。
しかし。

船見さんがいなくなったんだと、理解するのと同時に。
『もうひとつ』に、気がついてしまった。
それは覚悟のしようもなかった痛みと喪失感で、視界にうつっている現実と聴覚から入ってくる情報のすべてが意識から抜け落ちる。
違う、本当は六時間前の放送から気がついていたけれど、嫌だと排除していたことだ。

442ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:49:25 ID:jRJhy3vw0

赤座あかり。
歳納京子。
吉川ちなつ。
そして、船見結衣。



七森中学校のごらく部が、これで終わったということ。



『前回よりも死亡した人数が少ないことに――』

放送は続いている。
その言葉を上の空にしながら、綾乃は事実を胸のうちで反芻した。
ごらく部が、終わった。
あの元茶道部の部室に行っても、もう誰もいない。
ちょっと遠くの場所まで遊びに出かけようと、誘われることはもう無い。

先の放送で名前が呼ばれた時にも、分かったつもりにはなっていた。
歳納京子と赤座あかりがいなくなった時点で、彼女らがいつもの部室でいつもと同じようにのんびりゆりゆららといられるはずが無いのだから。
分かったつもりで、受け入れたくなくて、理不尽が悲しくて泣いた。

やっと分かった。
もう、取り返しはつかない。
吉川ちなつと船見結衣までも死んでしまったのなら、もう無理だ。
誰ひとり欠けることなく、誰かが取って変わることもなく4人揃っていた彼女たちが4人ともいなくなったなら、もうあの部活動は終わってしまったんだ。
全員を失うまで実感が無かったのは、どこかで彼女たちを『4人でひとつ』のように見ていたからか。
あるいは、4人それぞれのことを思い浮かべて、受け入れたくないと未練を持つぐらいには、『ごらく部』が大きな存在になっていたから。

最初は、そうじゃなかった。
ごらく部という非正規の部活動を知って、その部室に通い始めたばかりの頃は、『歳納京子とその仲間たち』ぐらいの目でしか見ていなかった。
あの頃の綾乃にとっては、『“歳納京子が”部室の非正規使用をしている』ことだけが重要だった。

443ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:51:36 ID:jRJhy3vw0
もともと綾乃は誰とでも積極的に交わるタイプではなかったし、むしろ人見知りするぐらいだったから。
池田千歳が声をかけてくれなかったら、中学で友達ができたかさえ怪しい。
目当ての歳納京子にも喧嘩腰というポーズがなければ口をきけないぐらいにはアガっていたし、
たとえば京子以外の部員とふたりきりになっても、話題に困って会話が続かなかったり噛み合わなかったりしていた。
それでも、彼女たちの方から色々な遊びに誘ってくれたりするうちに、生徒会とごらく部の『みんな』で行動することが多くなった。
一緒にプールや海に行ったり。8人おそろいの着ぐるみパジャマをもらったり。
キャンプもした。たくさん写真を撮った。お花見もした。楽しかった。
みんなとの時間を過ごすうちに、少しは肩肘張っていた力も抜けたのか、自然に話せるようになってきた。
だんだん船見結衣とも距離を縮められて、意外とお茶目で面白い人なんだと分かってきたし、
生徒会のライバルという設定も無かったことになったみたいに、ごらく部で一緒にお菓子を食べて、歳納京子がいない時に赤座あかりや吉川ちなつと談笑するようにもなっていた。
千歳のフォローも何もなしに映画を見に行こうと誘うのも、以前の綾乃ならまずできなかったことだ。
三歩進んで二歩さがるような成長だったけれど、良かったことは増えていた。

それがなければ、――悲しいことを、ここまで悲しむことはなかった。

ふっと、碇シンジを埋めた時に、桜の木の下でわんわんと泣いたことを思い出した。
昨日までは名前も知らなかった中学生同士なのに、別れを惜しんで泣いた。

なんのことは、なかった。
ずっと変わらない毎日が続くと、根拠もなく信じていただけで。
ごらく部のみんなも、そう思っていたかもしれないけど。
でも、ぜんぜん「ずっと」じゃなかった。
昨日とまったく同じ一日なんて、最初からどこにもなかった。
自然に出会って別れるか、理不尽に集められて奪われるかの違いで、後者は許せないことだけど。
これまでも、いつしか時間は流れていた。
なら、これからは――

『もっとも、6時間後には何人が生きて会えるか分からないがね』

不吉な言葉が耳朶をうって、はっと我に返った。
そこから通話音声が途切れたということは、放送が終わったということで。
放送の後半はずっと心ここにあらずだったことを悔やみながら、恐る恐る顔をあげる。

他の二人だって、動揺を堪えながら放送を聞き届けたはずだ。
途中から固まっていた自分を見て、心配したり呆れたりしていないだろうか。
しかし、視界にまず映った表情は、どちらでもなかった。

444ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:53:14 ID:jRJhy3vw0
初春飾利は、死刑宣告を待つような顔をしていた。
死刑宣告をされた顔、ではない。
それしかできないように綾乃を注視する両眼と、制服のスカートを引き裂けんばかりに掴んでいる白くなった両の手は、これから出る『結果』を待つ者のそれだった。

初春さんも、知っている人の名前が呼ばれたのだろうか。
一瞬そんなことを考えたが、すぐにそれが見当違いでひどく配慮に欠けた想像だと思い至る。
放送で呼ばれた八人の名前のうち『御坂美琴』と『吉川ちなつ』を殺したのは、初春だった。
彼女自身の話によれば大勢が集まっているところに爆弾を投げたのだから、他に呼ばれた名前の中にも、爆発の犠牲者となった少年少女はいるだろう。
殺してしまったのに、名前を呼ばれたうちの誰と誰を殺してしまったのかさえ分からない。
そんな被害者を、この先ずっと背負っていくことになる。

「初春さん」

呼びかけると、初春が小刻みに震えた。
初春視点だったら、綾乃が凍りついたのはきっと知り合いの名前が呼ばれたからだと思ってしまう。
そして、少なくともその1人は吉川ちなつであり、その命を奪って悲しみの一端を担ったのは、初春飾利の罪でしかない。
私がこの人に何かを言わなきゃいけないと、綾乃は思った。

「なっ、なんでしょう?」

正直なところ、何を言えばいいのかは分からない。
ただ、正直には接したいとは思う。

「えっと……実を言うと、私もまだ実感はわいてないんです。
何があったのかは話してもらったけど、実際に初春さんが罪を犯したところを見たわけじゃないから。
よく一緒に遊んだ人が殺されたってことと、それを初春さんがやったってことは繋がってなくて」

喋っていて、『正直』な言葉の煮え切らなさにむしろ申し訳なくなってきた。
もっと言いたい言葉があるはずなのに、状況は言葉を選んでいる時間も惜しければ、悠長に相互理解をしている暇もない。
なにせ同じ建物にいる参加者から、命を狙われている。
それでも、言葉の中身に偽りはなく。
よりざっくばらんに言えば、『人を殺す初春』を想像することができなかった。
そういう善良な少女でさえ修羅に落ちかねない場所だとは理解していても、この少女と相馬光子のような『乗った者』の姿を重ねて見ることは難しい。
碇シンジが死んだ時は殺害したバロウへの怒りが無かったと言えば嘘だが、同じ負の感情を初春にも向けていいのかどうか、向けてしまえばどうなるのかもわからなかった。

「実感が湧いたら、初春さんを恨むこともあるのかもしれません。
でも、さっき初春さんが言った、『殺し合いに乗るのを止めた』って言葉は信用してます。
今はそれじゃ、ダメですか?」

445ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:54:34 ID:jRJhy3vw0
居住まいを正して問いかけると、初春はどんな種類の感情によってか顔を赤くした。
それはもう擬似的な熱中症か何かで、気絶するんじゃないかというぐらいに。

「そんな……もともと答えを急かす権利なんてないですよっ。
『信用してる』なんて、もったいないぐらいです」

真剣なのにフニャフニャとした感じに聞こえる、やわらかい声。
やっぱり何人も殺したような人に見えないと感じるのは、彼女を引っ張り上げた御坂美琴の力だろうか――



やわらかい……………………声?



あ、と声が出そうになった。



『それ』に気づいたことと、何かが腑に落ちたのは同時だった。
同時であり、また同一のことだった。

「あの、杉浦さん?」

唐突に驚きをあらわにした綾乃を見て、初春は困惑ぎみに呼んだ。
その声を綾乃はしっかりと耳に入れて、たった今の『気づき』が間違っていないことを再確認する。
気がついてしまった。
そのことを、『実感』したいという気持ちが、どうしてもという言葉になる。

「初春さん。その、これはちょっと別件っていうか、今すぐお願いがあるんですけど……」
「な、なんでしょう! 私にできることなんですか?」

意気込む初春と相対すると、これから言うことがとても恥ずかしくなった。
しかし、言ってみる。



「私のことを、『綾乃ちゃん』って呼んでくれないかしら?」



言ってみた。
タメ口になった。



「そ、そんな失礼なこと!できませんよっ。目上にあたる人をファーストネームで、しかもちゃん付けで呼ぶなんてっ」



間違えた。
言い方が悪かった。

446ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:55:25 ID:jRJhy3vw0

「あっ、そういう意味じゃないの! ……その、一回だけ『綾乃ちゃん』って言ってみてほしくて。
説明しづらいけど。そう呼ばれるのが、切り替えるために必要な気がするから」
「切り替え、ですか? それくらいぜんぜん構いませんけど……」
「あと、できたら発音は関西の人っぽくっていうか……そう! はんなりした感じで」
「は、はんなり?」

意味不明な要求に、初春が首を傾げる。
まるで人をオウムのように扱っているみたいで罪悪感がわいたし、理由はきちんとあるにせよ、その声を聞きたい『甘え』があることは否定できなかった。

しかし。



「綾乃ちゃん」



わざと瞼を閉ざして、聴覚だけで受け止めた。
耳に、やわらかい声が届く。

――綾乃ちゃん

ほんの、残響のような一瞬だけ。
出会ったばかりの初春の声に、ここにはいない友達を重ねることを、自分に許した。
彼女から励まされた気がすると、ずうずうしくも『気がする』ことを許した。

似ている。
ほとんど同じといっていい。
その声に、思い出した彼女に、『帰るからね』と届かない言葉を念じて。
一瞬を終わらせるために、目を開けた。
決して初春に親友の変わりをさせるために、その呼び方をさせたわけでは無いのだから。

目を開ければ、『綾乃ちゃん』と声を出したのは初春飾利だった。
メガネもかけていないし、はんなりおっとりしたニコニコ笑顔でもないし、鼻血も出さない。
頭にたくさんの花飾りをつけた、黒いショートカットにセーラー服の女の子だった。

でも、飴玉を溶かしたようにやわらかな声でしゃべる、女の子だった。
杉浦綾乃が中学生の女の子であり、声のよく似た彼女も同じ女の子であるように、女の子でしかなかった。
それが理解できれば、充分だった。

447ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:56:08 ID:jRJhy3vw0

「ありがとう」

綾乃は礼を言った。初春は理由を聞かなかった。
どう接する相手なのかは、分かったから。

「もうひとつ。これはお願いじゃなくて、初春さんの気持ちが向いたらでいいんだけど」

元から、力を合わせるつもりではあった。
なら、これはお願いではなく誘いだし、そこまで図々しいことではないと思う。

「私が、まだ間に合う誰かを救けようとする時に、一緒に手伝ってくれますか?」

初春の顔が泣きそうになり、そして輝いた。

「はい。喜んで、じゃなくて」

さすがに人命がかかったことを『喜んで』という返事は不謹慎だと思ったのか、慌てて言葉を引っ込め、

「許されるなら、私も……正義(ジャッジメント)に戻りたいですから」

『正義(ジャッジメント)』と発音する時だけ、声が熱をおびたように震えた。
その言葉の意味するところは分からなかったけれど、大切な意味があるかのように。

「――それで。話はやっと終わったのかしら?」

時間にすればほんの二、三分だったにせよ、交換日記を預かって敵の接近を警戒していたもう1人からすれば、ただ焦れるだけの時間に違いなかったわけで。
アスカ・ラングレーが鼻の穴をふくらませて、ギロとした目でこちらを睨んでいた。

「「はいっ! もういいです」」

『やっと』の部分が言い訳できなかったし、怖かった。
身を縮めるように二人そろってかしこまる。

「もう、説教してる時間も勿体無いっちゅーの。とりあえずアンタたち、放送の後半で告知されたことは聞いてた?」
「「それは……」」
「はぁ……愚問だったわ。説明しなきゃいけないわけね」

初春とともに、さらに身を縮めた。
お喋りしている余裕など無かったことは極めて正論かつ切実だったので、ひたすら『申し訳ありませんでした』と反省するしかない。
でも、とアスカの説明を聞きながら思う。
『やっと』とか『勿体無い』などと言った割には、その苦言を呈したのは会話が一段落してからだった。つまり、

――私と初春さんに、話をさせてくれた?

448ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:57:45 ID:jRJhy3vw0
彼女にそう問えば、半端な気持ちで戦いに望まれて足を引っ張られても迷惑だからとか、怒ったように言われる気がした。
だから『本当は言葉ほどキツくない人かもしれない』という発見は、胸に秘めておくことにする。

「はい。これ使いなさい」

ずいと、目の前にごく普通の携帯電話が突きつけられた。
アスカがもう片方の手にさっきまで使っていた携帯電話を握っていることから、彼女のものではないことが分かる。

「どうして、私が?」
「だーかーら。電話とメールが使えるようになったのよ。
それで、アンタのケータイは水没で壊れちゃったんでしょうが」
「あ、はい」

頷いて、差し出された『ケータイ』(御坂美琴の持っていたものか、吉川ちなつのものかもしれない)を両手で受け取った。
戦うにせよ逃げるにせよ、ここから先は連絡を取る道具があると無いでは大違いになる。
(相馬と御手洗の二人も、今ごろアドレスを交換しあっているだろう)
ここで綾乃だけを『不携帯』のままにしておく理由はどこにもない。
理由づけとしてはそれだけのことだ。
しかし、必要な理由があってそうするに過ぎないことと、『アスカからケータイをもらってアドレス交換を切り出された』という新鮮な驚きは、また別だった。

「でも式波さん。携帯が余ってたならさっきの天使メールも、送ろうとおもえばもっと――」
「「あっ」」

余計なことを指摘してしまったらしかった。
初春の方はつい忘れていたという風に目を丸くしただけだったが、
アスカの方は、本気の失態だと受け止めたように顔を暗くしたからだ。

「式波さん、気にするようなことじゃないですよ。私も忘れてましたし」
「そう。それに、送り過ぎたらかえって殺し合いに乗った人に届く可能性も上がってましたよ」
「べ、別に気にしてなんかないわよ。それよりアドレス交換するんだから、さっさと用意しなさい」

畳み掛けるようにフォローを受けて、むくれたままケータイを操作する。
見るからに一般人丸出しな少女たちの前で稚拙なウッカリミスを見せてしまったことを悔しがり恥じるような、
けれどミスを簡単に許されてしまったことに戸惑ったようにも見えた。

449ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 21:00:00 ID:jRJhy3vw0
赤外線通信はすぐに終わった。
『アドレスが登録されました』という作業完了を示すメッセージに、ひとまず安心する。
戦う武器にもなりはしない道具なのに、『話せるようになった』というだけで、希望がひとつ増えたみたいだった。

この道具が、世界と私を繋ぐもの――なんて。
いかにも『あの子』が、アニメや漫画で覚えてきたオシャレな語彙を使って言いそうなことだ。

(話したかったわよね……みんなと、何時間でも)

あの子なら、きっと残念がっていたと思う。
おしゃべりだった彼女なら、ケータイを支給されたからには電話したくなるはずだ。
メールじゃなくて、ちゃんと声が聞こえる電話で。
どんな話題でも、どの友達と話しても、それぞれにほっとしただろう。

(その話したい人達の中に、私はいた?
だとしたら嬉しいけど……ごめん。もう話せないし、話したくても話さない)

こちらを獲物として探しにくるのは、殺し合いに乗った二人。
どう対応するかの段取りを、三人で確認しあう。
これが、新しく出会った三人の乗り越えるべき、最初の戦いだ。

(知ってるでしょ、私は口実が無かったら会いに行かない奴だったこと。だから)

そして、最後の戦いにはしたくない。
だから、

(当分、『そっち』に行くつもりないわ。だって、理由がないんだもの)

それが、ひとつの小さいけど価値のある『歴史』に終止符が打たれた瞬間だった。


【F-5/デパート/一日目 夜】

450ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 21:00:18 ID:jRJhy3vw0
【杉浦綾乃@ゆるゆり】
[状態]:健康(まだ少し濡れている)
[装備]: エンジェルモートの制服@ひぐらしのなく頃、吉川ちなつの携帯電話
[道具]:基本支給品一式、AK-47@現実、図書館の書籍数冊、加地リョウジのスイカ(残り半玉)@エヴァンゲリオン新劇場版、ハリセン@ゆるゆり、七森中学の制服(びしょ濡れ)、壊れた携帯電話
基本行動方針:みんなと協力して生きて帰る
1:式波さんたちと協力して、菊地さんのところに戻る。
2:式波さんに、碇くんのことを伝えたい。
3:誰も殺さずにみんなで生き残る方法を見つけたい。手遅れかもしれないけど、続けたい。
[備考]
※植木耕助から能力者バトルについて大まかに教わりました。
※アスカ・ラングレー、初春飾利とアドレス交換しました。

【式波・アスカ・ラングレー@エヴァンゲリオン新劇場版】
[状態]:左腕に亀裂骨折(処置済み)
[装備]:ナイフ、青酸カリ付き特殊警棒(青酸カリは残り少量)@バトルロワイアル、
   『天使メール』に関するメモ@GTO、トランシーバー(片方)@現実 、ブローニング・ハイパワー(残弾0、損壊)、スリングショット&小石のつまった袋@テニスの王子様
[道具]:基本支給品一式×4、フレンダのツールナイフとテープ式導火線@とある科学の超電磁砲
風紀委員の救急箱@とある科学の超電磁砲、釘バット@GTO、スタンガン、ゲームセンターのコイン×10@現地調達
基本行動方針:エヴァンゲリオンパイロットとして、どんな手を使っても生還する。
1:ミツコたちをどうにかする。
2:スタンスは変わらないけど、救けられた借りは返す。

[備考]
※参戦時期は、第7使徒との交戦以降、海洋研究施設に社会見学に行くより以前。
※杉浦綾乃、初春飾利とアドレス交換をしました。

【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
[状態]:健康
[装備]:交換日記(初春飾利の携帯)@未来日記、交換日記(桑原和真の携帯)@未来日記、小さな核晶@未来日記?、宝の地図@その他
[道具]:秋瀬或からの書置き@現地調達、吉川ちなつのディパック
基本行動方針:生きて、償う
1:杉浦さんを助ける。
2:辛くても、前を向く。
3:白井さんに、会いたい。
[備考]
初春飾利の携帯と桑原和真の携帯を交換日記にし、二つの未来日記の所有者となりました。
そのため自分の予知が携帯に表示されています(桑原和真の携帯は杉浦綾乃が所有しています)。
交換日記のどちらかが破壊されるとどうなるかは後の書き手さんにお任せします。
ロベルト、御手洗、佐野に関する簡単な情報を聞きました。御手洗、佐野に関する簡単な情報を聞きました。
※アスカ・ラングレー、杉浦綾乃とアドレス交換をしました。

451ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 21:00:42 ID:jRJhy3vw0
投下終了です

452名無しさん:2015/01/14(水) 21:25:06 ID:.aMlrjmw0
投下乙です
そうか、これで本当の意味で「ごらく部」は終わってしまったのか……寂しくなる
せめて綾乃は最後まで生き残って友人のもとに帰ってほしい

453名無しさん:2015/01/14(水) 21:54:33 ID:KmW8jtC20
なるほど、中の人ネタか……
こういう使い方はしんみりするなぁ

454名無しさん:2015/01/15(木) 09:40:19 ID:Uyjg0VeI0
投下乙です
中の人ネタの使い方がうまいなあ…
不器用なアスカの優しさや素直じゃない態度も微笑ましい

月報も置いておきますね
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
103話(+2) 15/51(-0) 29.4(-0.0)

455名無しさん:2015/03/15(日) 00:26:46 ID:sTRZDXnY0
月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
103話(+0) 15/51(-0) 29.4(-0.0)

456 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:19:34 ID:G67N34mU0
投下します

457天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:21:27 ID:G67N34mU0
パラリと、ページをめくる。

1ページにつき、1人。
顔写真と、名前と。そして学校の名前に、何年何組と。

支給品の学籍簿には、まだ生きている中学生と、もう死んでいる中学生がかわるがわるに登場する。
常盤愛にとって、知らない顔も、知っている顔も。
ページをめくり、再会した。

中川典子。
香川県立城岩中学校、三年B組。
写真うつりが良い方なのだろう、きれいな笑顔で写っている。
とびきりの美人さんではないけれど、純朴そうだとか、愛らしいという言葉が似合いそうな女の子。
いかにも男の子が守りたいと思うような、お姫様。
大嫌いだと、最初はそう思った。
でも、殺してもいいはずなんて、決してなかった。
ページをめくる手が止まりそうになるのをこらえて、次のページに進む。

七原秋也。
癖のある茶色っぽい長髪に、猫のような瞳が印象に残る、そんな写真。
同じく、城岩中学校の三年B組。
中川典子が、いちばん信頼していた男子生徒だった。
いや、信じていただけじゃない。きっとそれ以上の、いわゆる『恋人同士』だったのだろう。
まだ、放送で名前を呼ばれていない。
つまり、今でも生きている。
常盤愛のせいで恋人を殺されて、生きている。

もしかすると、これから出会うことになるかもしれない。
そんな可能性が頭をよぎり、弱気が常盤愛を蝕みかける。
こんなんじゃ、ダメ。近くで見ている浦飯に悟られないよう呟き、さらにページを繰った。

458天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:22:24 ID:G67N34mU0
探している人物に辿り着くまでに、知っている顔が次々と現れた。

秋瀬或の顔と名前を見て、こいつもいちおう中学生だったのかと嘆息し、

天野雪輝と我妻由乃の名前がすぐ後のページに出てきたのを見て、やっぱり秋瀬と同じ学校だったかと頷き、

宗谷ヒデヨシのソレが出てきたことで、それは盛大に顔をしかめ。

雪村螢子の肖像を目にしたことで、この人があの螢子さんかと、切なくなり。

神崎麗美のすまし顔を見たら、胸が苦しくなり、

そして、菊地善人の澄ました顔を見て、言いようのない苦々しさに襲われた。
憎悪しかない目で見られたことだとか、弁解らしい言葉のひとつも言えなかったことが辛いのは間違いなく。
けれど、ひっかかるのは、辛かったことそれ自体ではない。
菊地なんかに憎まれようが嫌われようが、痛くもかゆくもないはずだったからだ。
学校で楯突いてきたから軽く蹴散らしてやっただけの、どこにでもいる男子生徒Aだった。
イケメンだからとか、格闘技をちょっとぐらいかじっているとか、成績がいいとか、クールで女受けが良いからとかいった漠然とした自信にあぐらをかいて、
『僕は猿みたいな他の男どもとは違うんです。卑猥なことなんか考えてません』と言わんばかりの取り澄ましたポーズをしていたことが、あの時は気に入らなかったのかもしれない。
どっちにしても、菊地だって常盤のことは苦手にしているはずだと思っていたから、さも『信じていたのに裏切られた』という顔をされたことは意外だったし驚かされた。

――こんなことが無かったら、あのクラスに馴染むこともできたのだろうか。

「おい、大丈夫か?」
「平気だってば。ムカついたのがぶり返しただけよ」

浦飯には不毛な想像しかけたことは誤魔化して、立て続けにページをめくった。
何も、感傷にひたって座りこむためだけに『学籍簿』を開いたわけではない。
久しぶりにその名簿を広げた最大の理由は、『ある人物』の顔を確認して記憶するためである。

459天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:23:44 ID:G67N34mU0



「――いた。こいつ。杉浦綾乃」



その名前を名乗った者から届いたメールが、二人の携帯をブルブルと震わせた。
殺し合いに乗った『御手洗清志と相馬光子』にデパートで襲われていると、救けを呼ぶものだった。

「こいつが『助けてくれ』って言ってきたやつみたい」

ひょっとしたら偽名かもしれないけどね。
そう言って浦飯幽助にもそのページを広げたまま見せた。
杉浦綾乃。
富山県にあるらしい、七森中学校なる女子中学校の二年生。
外見から分かることは、せいぜい髪を染めているとかガングロだとか濃い化粧をしているような分かりやすい不良生徒ではない、ということぐらいか。
生徒写真なんてたいていは少しむっとしたようにも見える無表情で写っているから、生真面目そうな性格であるようにも、その逆の性格にも見えてしまう。

「大人しそうな女に見えるぜ? この制服は『相沢雅』って女子が着てたのと同じだし、学校のダチじゃねえの?」
「『相沢雅』ならアタシとも同じ学校だってば。知らない制服だし、たまたま相沢サンが似たような服着てただけでしょ。
宗屋だって見た目からは『猿っぽい』以外分からなかったじゃん。
もしかしたら、こいつがこっそり殺し合いに乗ってて、御手洗と誰かを同士討ちさせるために仕組んだのかもしれないし……。
あ、でも、ひとつだけ分かったかもしんない」

ありふれたバストアップの証明写真を見て、あることを確信した。
浦飯が写真をより近くで見ようと身を乗り出してくる。

「なんだ、やっぱ見覚えがあったか?」
「そうじゃないんだけど。あのね、この写真から推理したんだけどさ」
「おう、言ってみろ」
「この子は――」

460天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:25:03 ID:G67N34mU0

しごく真面目な顔をつくり、言った。



「――あってBカップってとこね。脱いでもギリギリ谷間あるかってところだわ」



『ちょっと待て、お前は誰だ、何を言っている』と言わんばかりの眼で見られた。

「……ナニよ。あんたならこういう話題に鼻の下のばすんじゃないの?」
「男子ならともかくオメーの口からそんなん言われたらビビるわ! 性格変わってんじゃねぇか!」

昔はこういう冗談も言える性格だったけれど、言ってみると恥ずかしくなった。

「ちょ、ちょっと頭を切り替えようって言ってみただけだってば!
時間が無いのにいつまでも写真見て疑ってるわけにいかないし!」

事実、『襲われている』話が本当のことだとしたら、杉浦綾乃にとっては一刻を争う問題になる。
隠れて携帯でメールをポチポチするぐらいの余裕はあるようだけれど、杉浦綾乃が何の力もない女子中学生だとして、御手洗とやらが浦飯の言うような『能力者』だとしたら、その少女が自力で切り抜けられるはずもない。

「そもそも、『御手洗』と『相馬』とかいうのがつるんでたとこはレーダーで見たんだ。
御手洗のヤローなら殺し合いにも乗ってるだろうし、このメールは真実(マジ)ってことでいいんじゃねぇか?」
「だから、その『相馬』って女が『杉浦綾乃』の偽名を使って、デパートに獲物を集めようとしてるのかもしれないじゃん。
あたし、最初の放送が終わった後に似たようなメールもらったけど、その時はガセだったもん」

このメールが天使隊の『天使メール』と同じものだとすれば、むしろ誤情報を送られている可能性の方が高いとも言える。

「だとしても、デパートに御手洗たちがいることは間違いねーんだろ? なら行かない手はねぇよ」
「ま、そうなるのよね。お腹いっぱいで全力疾走した後に戦うのはちょっときついかもだけど」
「おい。オメーも来るのかよ。いつでも電話できるようになったんだし、留守番しててもいいんじゃねえか?」

461天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:27:13 ID:G67N34mU0
躊躇いがちに、浦飯は尋ねてきた。
御手洗との戦いが危険だから、という理由だけでないことは察しがついた。
ついさっきまで打ちしおれていた常盤が見ず知らずの誰かを救けるために立ち上がろうとするなんて、まるで無理をして何かしようという自棄にも写ってしまうだろう。
事実。
何もできないまま、罪でできたドブの中に沈んでいくなんて、怖いというのが本音だった。
『中川典子たちに償うことができないから、誰かを代わりにして償っているつもりか』と問いつめられたら、否定しきれる自信もない。
しかし、

「もう、『自分』のことだけ考えるのは止めたから」

自己満足ではないかと躊躇ったり、自棄になってみようかと思ったり、結局は『自分』しか見えていない。
それは、天使隊で人を傷つけていた頃と変わらない。
世の中を良くするだとか、悪い人間を裁くことに夢中になったつもりで、自分の傷口のことしか見ていなかった。
怖くて、弱くて、誰かに頼らなかったから。
ぜんぜん見えていなかった。写真付きの名簿を広げてみて、やっと気づいた。
顔と名前を持った中学生が、51人いる。
殺し合いに巻き込まれた時には、51人がいた。
今はもう、放送を信用するならば18人しか残っていない。
常盤の他にも50人の中学生が、怖がったり悩んだり死んだりしていた。
51人いれば、51人の世界があった。
そんな当たり前のことを、ずっと忘れていた。

「それに、やれることもやろうとしないで『生まれ変われる』かどうかなんて、分かるわけないじゃん」
ニッと笑みを広げて、白い歯を浦飯に見せる。
上手く笑えたのかは分からないけれど、その表情を見て浦飯もにやりとしてくれた。

浦飯こそ大丈夫なの、と尋ねようとしてやめた。
とりあえず御手洗清志をぶっ飛ばすというのは、亡き桑原がそいつを気にかけていたという話を聞けば分からなくもない。
しかし、その桑原と雪村螢子を取り戻せないと理解してしまって(常盤が理解させたようなものだが)、生きていく甲斐も何もないとさっき打ち明けたばかりだ。
大丈夫なはずがないに、決まっている。
それでも動くのかと尋ねたら、きっと例によって単純にあっけらかんと答えるのだろう。
「何もやらんよりはマシだ」とか何とか。
浦飯が、そういう馬鹿で良かった。

「まっ、アタシじゃさっきみたいな超人バトルについて行けないのはよーく分かったから無茶はしないよ。
御手洗ってヤツは任せるから、アタシは相馬光子の相手か、一般人の避難か……あとは菊地たちが来たときも何とかしなきゃだし」
「は? なんでそこで連中が出てくるんだよ」
「あのねぇ。このメールは他の連中にも届いてるかもしれないの。
アドレスを知られてないアタシと浦飯にメールが来たってことは、皆に一斉送信されてるかもしれないでしょ?」

最初の放送後に送られてきた『天使メール』は全員が受け取ったわけではなかったけれど、このメールもそうだとは断言できない。
本家『天使メール』は、全校生徒への一斉配信だったのだから。

462天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:28:58 ID:G67N34mU0
「菊地たちもデパートにいれば、『アタシと浦飯は殺し合いに乗ってます』ってことにされてるかもしれない。
あの二人には絶対に信じてもらえないだろうし、最悪あたしたちが来たせいで、敵が有利になっちゃうかもよ?」

喋っているうちに、菊地たちの集団に冷たい眼で見据えられ、問答無用とばかりに凶器を持って追われる未来を嫌でも想像した。
先行するように歩き出そうとしていたのに、その足が三歩目で止まってしまう。
また自分は、失敗しようとしているのではないか。
宗屋ヒデヨシを躊躇せずに蹴りに行った時のように、また裏目に出るのではないか。
しかし、すぐ後ろに追いつく少年がいた。

「ココロの準備が要ることは分かったけどよ。
今から悩んどけばどうにかなるもんでもねぇだろ」

その声は、三歩の距離を一歩で縮めて並ぶ。

「信じてもらえようがもらえまいが、有りのままオメーを見せるしかねぇさ」

言うなり、ばしんと背中を浦飯の平手で叩かれた。

「きゃっ……」

たぶん彼なりに手加減はしたのだろう。
それでも、かなりの衝撃が身体を走りぬけた。

「少なくとも、『天使』とかいうのやってた頃のオメーよりはマシになったんだろ?
だったらいい加減、『今の自分』に腹ぁくくれ」

背筋を、強制的にぐっとのばされたような感覚がした。
腹をくくる。
その一言で、なけなしの意気地がさっと集まって『やるしかない』という意思に固まった心地がする。

「そうだね。行こっか」

463天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:29:56 ID:G67N34mU0
眼がしらが熱くなるほどの嬉しい気持ちと、悔しいという想いが同時に来た。
浦飯には借りを作ってばかりいるのに、
彼が喪った大切なものを、常盤愛では埋めることができない。
何かを、したかった。
自分たちは色々と間違ったことをしてきたけど、
せめて、皆が浦飯には優しくしてくれるように、どうにかしたかった。
そういうことは、男の友情だろうと女の友情だろうと違わないはずだから。



「――んじゃ、急ぐか。乗れよ」



腹をくくった常盤愛は、しかし眼前のソレを見て再停止した。

気が付けば浦飯が進行方向に回りこんでいて、
身体を前かがみにしゃがみこませ、常盤へとその背中を差し出していた。
その背中におぶされと言わんばかりに、両腕を背後へと伸ばして。

「何よそれ。なんでおんぶなの」
「一刻を争うんだろ。二人で走るより担いで走った方が速い」
「あ、あたし、そんな遅くない」
「お前に体力があるのはさっきの戦いで分かったけどよ。それでも俺が担いだ方が速いだろ」

その通りだった。
放送前の戦いでいともたやすくなぎ倒された木々のことを思い出す。
浦飯の力があれば常盤を背負ったまま走るのも、ディパックを背負って走るのと大差ないだろう。
しかし、正しいことと、それを躊躇なくできるかどうかは別だ。

「だ、だからってそんな恥ずかしい運び方しなくたっていいじゃない」
「けどよ、ひと一人運ぶとなったらおぶさるか……こうなるぞ?」

浦飯は立ち上がり、大きな荷物でも抱えるように両の腕を体の正面で曲げてみせた。
女性の背中と太ももの裏をホールドして運ぶときの……いわゆるお姫様だっこのそれだ。

「もっとダメ」
「なら、こうするか?」

そう言って、右腕を体の横で半円を描くように曲げた。
いわゆる『小脇に抱える』と表現される抱え方だ。
おそらく、抱えられるのは常盤の腰のあたりだと思われる。
そして浦飯は気付いていないのだろうが、腰のあたりで抱えられたら、スカートの丈からいっても『見える』。
もっと言えば、今日のパンツはイチゴ柄である。

「……おんぶでいいです」

観念して、浦飯に体重を預けた。
生暖かく、少し汗のまじっている体温が、しがみついた手のひらとお腹のあたりに伝わる。
男の子の身体だと、思った。
浦飯がひょいっと立ち上がる。それによって常盤の視界が上方向へと傾く。
その一瞬で、突き抜けるような夜空が視界に入った。

「つかまってろよ」と、声がかけられる。浦飯が走り出す。

――空には、ちょうど一番星が輝きはじめていた。

464天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:30:43 ID:G67N34mU0
【F-6/一日目 夜】

【常盤愛@GTO】
[状態]:右手前腕に打撲 、全身打撲
[装備]:逆ナン日記@未来日記、即席ハルバード(鉈@ひぐらしのなく頃に+現地調達のモップの柄)
[道具]: 基本支給品一式×6(携帯電話は逆ナン日記を除いて3台)、学籍簿@オリジナル、トウガラシ爆弾(残り6個)@GTO、ガムテープ@現地調達、パンツァーファウストIII(0/1)予備カートリッジ×2、 『無差別日記』契約の電話番号が書かれた紙@未来日記、不明支給品0〜6、風紀委員の盾@とある科学の超電磁砲、警備ロボット@とある科学の超電磁砲、タバコ×3箱(1本消費)@現地調達、木刀@GTO、赤外線暗視スコープ@テニスの王子様、
ロンギヌスの槍(仮)@ヱヴァンゲリヲン新劇場版 、手ぬぐいの詰まった箱@うえきの法則
基本行動方針:なかったことにせず、更生する
1:デパートに向かい、メールの送信者を助ける
2:浦飯に救われてほしい
[備考]
※参戦時期は、21巻時点のどこかです。

【浦飯幽助@幽遊白書】
[状態]:精神に深い傷、貧血(大)、左頬に傷
[装備]:携帯電話
[道具]:基本支給品一式×3、血まみれのナイフ@現実、不明支給品1〜3
基本行動方針: もう、生き返ることを期待しない
1: デパートに向かい、御手洗をぶっ飛ばす
2:常盤愛よりも長生きする。
3::秋瀬と合流する




465天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:31:54 ID:G67N34mU0
『さて、これで未来日記『The Rader』に関する説明は終わりなのじゃ。
もっとも、お主には今さら説明するまでも無かったかの――秋瀬或』
「確かに、目新しい情報はいただけませんでしたね。
何の前触れもなく、ルールも登場人物も一新された殺し合いに呼ばれたというのに。
開口一番に『ルールに関すること以外の質問を禁止する』とは」
『嫌味を言っても無駄じゃ。お主に余計なことを教えたら要らんちょっかいをかけてくることは分かりきっておる』
「では、なぜ僕を招待したのです? サバイバルゲームの参加者でもなければ、日記所有者でもない僕を――。
いや、この『The Rader』と契約すれば所有者にはなれると」
『無駄口をたたいてないで、さっさと契約するかどうかだけ答えるのじゃ』
「無駄口とは心外な。僕は貴方がたの手間を省いて差し上げたいんですよ?
僕がただ従順に従うはずないと分かりきっていて、殺し合いに呼んだ。
つまり、僕に対して何らかの役割を期待しているということだ。
貴方達は、僕に何をしてほしいんです?」
『別に、じゃ。お主はただその日記を使ってこれまで通りに『観測』しておればよい。
役割というならデウスのいない世界に来た時点で、お主の役割は終わっているのじゃから
――まぁ良い。これ以上の会話に費やす時間もないし、切らせてもらうぞ。
『契約に同意した』と見なしても良いようじゃからの――――ブツッ、ツーツーツーツー』


それが、最初の記録。
『すべてが死に絶える未来(ALL DEAD END)』を告げられる前の『観測者』が訊ねた、自分が存在する意味についての会話。





「デパートに向かおう」

秋瀬或の決断は、それだった。

その選択をした理由は大きいものから小さいものまで。メリットもあればデメリットもある。
しかし、大きな理由をひとつあげるとすれば、『後手に回らないため』というものだ。
現時点で最大級の要警戒人物であり、デパートに向かってくる可能性も低くない、我妻由乃。
彼女は雪輝日記を持っており、こちらの動向はすべて筒抜けになっている。
しかし、こちらの手には彼女の動きを追えるような未来日記がなく、参加者の位置情報を把握するためのレーダーも携帯電話の電池切れで作動不可能となっている。
仮に当座の危険を避けるため、あるいは我妻由乃を呼びこまないためにデパートを避けたとしても、これだけ情報量の差があれば常に先手を取られ続けることになる。
だとすれば、急務となるのは『携帯電話の充電器』を確保すること。
病院の売店にもそれが見受けられなかった以上、その品揃えが期待できるのは『デパート』か『ホームセンター』ぐらいのものだろう。
さすがに一日近くが経過した今になって通話とメールを解禁しておきながら、会場のどこも携帯の充電ができないということはないはずだ。
だとすれば、ここは虎口に飛び込む危険を冒してでもデパートに向かう。
到着すれば、秋瀬或は迅速に家電売り場から充電器を調達。その一方で他の三人は杉浦綾乃の確保に専念しつつ、我妻由乃の襲撃に備えた警戒態勢を敷くこと。

466天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:32:46 ID:G67N34mU0

そういった説明は、病院の駐車場へと降りていくまでの行きしなで済まされた。
とはいっても、三人に口頭で説明してしまえば、その会話はそのまま雪輝日記に反映され、こちらの意図(レーダーを持っていること)を読まれてしまうだろう。
よって、越前リョーマと綾波レイに対しては、カルテの余白を使ったメモ書きを渡すことで(左手で書いたのでかなり乱雑な文章になったが)、天野雪輝を経由せずに情報を渡す。
そして、天野雪輝に対しては、

「御手洗清志と相馬光子を撃破することには固執しない。
むしろ、最低限の充電と救出さえ完了すればデパートから離脱することも視野にいれていこう」

ひそひそと。
天野雪輝の、左の耳に。
愛の言葉でも、囁くように。

クレスタの助手席に座り込み、シートベルトを片手で締めながら、秋瀬或は説明を終えた。

「わ、わかったけど……『この』対策、本当に大丈夫なの?」

耳元で囁き声を聞かされ続けた雪輝はとても恥ずかしそうで、頬も少しだけ赤身がさしている。
もっとも、秋瀬或に対してドギマギしているというよりも、単純に『この手のシチュエーション』に耐性がないだけなのだろうが。
どっちにしても、とても可愛らしく好ましい顔だったので、これも役得だということにする。

「『こんな方法』で未来日記をかいくぐろうとするなんて初めてだから、確証はないけどね。
理論的には、この方法で大丈夫なはずだよ」

『雪輝日記』は、10分刻みに天野雪輝の行動を記録した超ストーカー日記だ。
つまり、『無差別日記』が天野雪輝の視点による情報を元にしているのと同じく、『雪輝日記』もまた『雪輝をストーカーする時の我妻由乃の視点』で情報を捉えていることになる。
この『ストーカーの視点』というのがどれほど雪輝のそば近くに寄り添ったものかは分からない。
しかし逆に言えば『絶対に天野雪輝の視点でしか知りえないこと』ならば『雪輝日記』では予知できないと解釈できる。
たとえば『雪輝以外の人間がそばにいても決して聞き取れないように、声をひそめて耳元でひそひそと囁いたこと』ならば、会話の内容まで伝わらないはず。
かつて雪輝を軽井沢の監禁から救けだし、我妻から引き離していた時は『雪輝日記からの情報を制限すれば、かえって我妻を刺激するのではないか』と警戒して使えなかった手段だった。
ただ、こちらとしても、雪輝に顔と顔が触れそうな距離で話せるのは嬉しい。

467天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:33:49 ID:G67N34mU0
「もっとも、僕らが車でどの進路を選んだのかは『雪輝日記』にも隠しようが無い」

運転席に座った雪輝が、頷きつつクレスタにエンジンをかける。
こちらもちょうど、目的地に関する会話は終わったところだ。
名残惜しくも顔を引いて、話し方を元に戻した。

「そうでなくとも、さっきのメールが我妻さんにも届いていたら、彼女自身もそこに向かおうとする可能性はある。
最悪は目的地に先回りされている可能性も考慮すべきだね」

雪輝が深く頷くのと同時に、エンジンが唸り声をあげた。
かつて『大人として、クレスタに乗ろう』というキャッチコピーで売り出された壮年男性の御用達セダン車が、四人の未成年者を乗せて出発する。
後部シートに座っていた綾波レイが、最終確認でもするように隣の少年に尋ねた。

「越前君、怪我は本当に大丈夫?」
「綾波さん、心配しすぎ。もう充分すぎるくらい休んだし、腕だってちょっとヒビが入っただけなんだし」
「今、『だけ』って言った?」

助手席から視線を上げてバックミラーをのぞけば、越前の副木で固定された右手をじっと見ている綾波がいた。
先刻から右隣に付き添って、右腕を動かす必要が生じたらすぐに代わりができるよう目を配っている。

「それに、綾波さんがしっかり手当してくれたから痛みも引いてるし。足も体の打撲も、今はぜんぜん」
「良かった……どうして目をそらしながら話すの?」
「そりゃ手当てされる時にジャージ脱がされたり……ゴホン。
そ、それより聞きたいんスけど――」

病院の出口へと車のハンドルを回しながら、雪輝がフンと鼻を鳴らした。
それはそうだ。愛する人と出会いがしらに殺し合うかもしれないのに、後部座席で少年少女の仲良しごっこを見せられるなんて、まったく愉快ではないだろう。
しかし、

「綾波さんはさ、人、殺すの?」

その言葉で、会話の緊張感が変わった。
助手席にいた秋瀬或は、その言葉でやっと気がついた。
綾波の両手には、いつの間にかベレッタM92が握られている。
扱い方でも、確認しておこうとするかのように。

468天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:35:00 ID:G67N34mU0

「戦うためなら撃つ。殺すかどうかは、その時にならないと。
高坂君に止められた理由も、よく分からないままだし」

淡々とそう言った。
バロウ・エシャロットを殺そうとして高坂王子に庇われたことは、彼女としても尾を引いているらしい。

「殺したい気持ちのまま殺そうとすると周りが見えなくなるって、あの時分かった。
でも、私は――越前君を殺そうとする人が死ぬより、越前君が死ぬ方がいやだから」

バックミラーに映る綾波は、拳銃を見下ろしながら話していた。
だから、自分の言葉を聞いて隣にいる少年がどんな顔をしたのか、気付かなかった。
気付いていたら、とても驚いたかもしれないのに。

「越前君は、怒る?」

車が50メートルほど走って病院の正門をくぐりぬけるまでの間、答えに困るような沈黙があった。
目的語を欠いた問いかけだったけれど、意味は明瞭だった。
越前が神崎麗美をギリギリまで殺さなかったことを、『そちら側』を選べない人間だったことを、綾波も秋瀬も知っている。

「だったら、綾波さんは戦わなくていいよ」

それを聞いた綾波が「えっ」とつぶやいた声にかぶせるように、越前が早口になる。

「俺が戦えば済むことじゃん。
バロウも、デパートにいる奴らもみんな俺が相手する。
綾波さん真面目だから、人を殺したら悩んだり自分を責めたりとかしそうだし。
俺の心配するより、もっと自分のこと考えた方がいいよ。だいたい、俺の方が綾波さんより強いんだし、できるだけ殺さないようにやるし――」

その少年は、本人いわく、正しくなんかない。
だから、人の行動を『間違っている』と決めつけられない。
だから、綾波から『死ぬかもしれない』と言い放たれて、動揺している。

「私は、弱いから足手まとい?」

だから、相手が『戦わなくていい』と言われて納得するはずないと、頭が回っていない。

「越前君は強いから、私を守ってくれるの?
なら、私を置きざりにした方がいいと思う。
いっしょにいない方が、いいと思う」

それは禁句だ、と秋瀬でさえ認識した。

469天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:35:43 ID:G67N34mU0

「そんなこと言ってない!!」

車の天井が揺れるかというほどの叫び声があがり、そして沈黙が降りた。
車のエンジン音と走行音に、微かな音が混じる。
後部座席で、喘ぐように息が吸われる音だった。
吐くと同時に、絞り出すような声が出る。

「……俺だって、綾波さんを殺そうとする人が死ぬより、綾波さんが死ぬ方がいやだよ」

ここまでこじれては、横やりを入れるべきかと判断した。
だから、秋瀬は口を開いた。



「やめなよ」



そう言ったのは、秋瀬ではなかった。
意外な人物だった。
後部座席にいた二人も、驚いた顔で視線を運転席に向ける。
ただし、声をかけられたことに驚いたというよりは、
すぐ前の座席に二人ほど座っている場で言い合っていたことをやっと思い出したようなそんな驚き方だった。

「彼女に汚れ役をかぶせたくはない。
だから、彼女が『君に戦いを押し付ける役』になる分には構わない。
たとえ自分が将来的に汚れ役になったとしても、彼女の意思をねじ曲げても。
それってメチャクチャ矛盾したこと言ってる自覚ある?」

ぐぅの音も出ないほどの見事な正論だった。
後部座席の、その左側が唸った。
何も言い返せないようだった。
やがて、悔しまぎれのように言う。

「…………分かった風なこと、言うじゃん」
「これでも君よりずっと先輩だよ? 特に、『そういう事』は」

余裕のある笑みが似つかわしい声。
しかし助手席の秋瀬からは、運転手の眼が笑っていないことも見えた。

「よーするにアンタも、彼女のために危ない役をやろうとしたの?」
「まさか。僕はちゃんと由乃を叱ったり諌めたりしてきたよ」
「……あ。もしかして、逆に我妻さんに戦わせて守ってもらってたとか」
「なんで君はいちいち人の神経を逆立てるのかなぁ。
言っとくけど、途中からはしっかり由乃と力を合わせて殺すようになったからね。自慢するようなことじゃないけど」

二人の会話を聞くうちに、納得した。
要するに越前を心配したというより、彼に腹を立てて綾波の肩を持つために口をはさんできたらしい。
そりゃあ、苛々もするだろう。
『もしもの時の殺人も含めて全部自分がやるから、貴方は私を頼ればいい』と言われるのは、かつての雪輝も経験したことだし。
それを目の前で、よりによって男の子の側が、さも勇ましく女の子を守るために言い出して、
しかも『できれば殺さない方が絶対にいいはずだ』というキレイごと成分を増量して発言されたりしたら、ムカつきたくもなる。
うん、雪輝君は悪くない。

470天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:37:06 ID:G67N34mU0

「で、彼女に何か言いたいことがあったんじゃないの?
ホラ言いなよ、僕と秋瀬君にも聞こえてるけど、それは気にしないで」
「う…………ぐ……」

しかし、色々な年季でも、経験でも、雪輝の方が圧倒的に勝っていて。
バックミラーに映った越前が悔しそうな敗者の顔だったのは、少し愉快ではあった。
『運転席にいるヤツをいつかグラウンド百周以上の目に遭わせてやりたい』と考えていそうな目で、しばらく躊躇した後、
ゴホン、とわざとらしい咳払いをひとつして。

「綾波さんに、任せる」

車の中は、外の闇に侵食されて、薄暗くなり始めていた。
だから、綾波の方を向いた越前の顔が少し赤かったのも、見間違いかもしれないが。

「だから、綾波さんも俺に任せてよ」

色々な言葉を削った言い方だったけれど、綾波は必要な範囲で理解したように頷いた。

「でも、もし綾波さんが何か間違えた時は、その時は一緒に背負うから」

綾波が、少し首をかしげることで『どうして?』と尋ねて。

「俺、綾波さんのことは…………パートナーだと思ってるから」

綾波は、声に出して何かを言わなかった。
ただ目に焼き付けるように、まばたきも忘れたように、じっと彼のことを見ていた。

運転席の雪輝は、愉快な顔から一転して、フンと鼻をならした。
会話の余韻が途切れた頃合いを見計らって、越前へと話を振る。

471天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:38:05 ID:G67N34mU0
「でも、意外だよね。コシマエはこの期におよんで、バロウって子を殺さずにどうにかするつもりなの?」

視線はハンドルと車の進行方向を見ていたけれど、眉をひそめていた。
越前も運転席を見て、似たような表情を作る。

「綾波さんも碇さんのことがあるから、そっちを決めるのは綾波さんになるけど……まずは、決着をつけてからにする」
「でも、大切な仲間とか、知り合いとか、あと高坂だってそいつに殺されてるんだよ?
殺す気で戦わないと逆に殺されるかもしれないし、他にも犠牲者がいるかもしれない。
由乃に遠山を殺されても仲を戻そうとしてる僕が言うのもなんだけど、心が広すぎじゃない?
コシマエがそいつを殺しても、十人が十人とも責められないぐらいの事をされてるよ、それ」
「なんでアンタがそこ気にするの?」
「僕が殺し合いに慣れすぎてるのか、君の方が普通なのかどうか、気になったから。
昔の僕だったら、大切な人を殺した日記所有者は殺してやろうと思ってたし」

天野雪輝は、とても優しくて、人によっては甘いとも言われる少年だ。
自身を殺そうとしたばかりか母親を殺してしまった父親に対しても、父が涙を流しながら謝罪したことでその罪をあっさり許したという。
大切な人間がどれだけ罪に汚れていたとしても、その情が揺らぐことはない。
しかし、逆に言えば。他人に大切な人を殺され、しかも犯人がそのことを悪びれもしないような人間だったならば、良心の呵責も容赦もしない。
両親が死ぬ原因を作った11thには本気の殺意を向けていたし、仮に『勝ち残って皆を生き返らせる』という目的がなかったとしても11thだけは復讐から殺していたのではないかと秋瀬は推測する。

「天野君は、もし我妻さんを殺そうとする人がいたら、その人を殺すの?」

そう問いかけたのは、綾波だった。

「そうしなきゃ由乃が守れないなら、殺すよ。君は、違うの?」
「守りたい人が、それを望まないかもしれないから」
「そっか、そういう考え方もあるよね」

越前は、雪輝に答えるより先に、綾波に尋ねていた。

「綾波さんは? 碇さんの仇、取りたい?」

綾波は少しだけ考えるような時間をかけて、そして頷いた。

「前にも言ったけど、やっぱりまた会ったら殺したくなると思う」
「正直、俺もそう思う」

472天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:39:38 ID:G67N34mU0
「「え?」」と。
意外な返答に、綾波と雪輝が驚いたようなつぶやきをもらす。

「部長も神崎さんも碇さんも高坂さんも帰ってこないのに、殺した方は一回倒して反省させればそれで終わりなんて、ムシが良すぎるじゃん。
しかも、本人に訊いたらそれが『ベストの方法』だって。
そんな奴を助ける義理なんてないっスよ。
ってゆーか、別に助けたいとも思えないとこまで来てる。
でも俺、アイツに『教えて』って聞いたことを、まだ教えてもらってない。
……それに、いちおう部長からも皆で何とかしろって言われたし」
「その遺言のことは、もう時効にしたっていいんじゃない?
その遺言が出てから、少なくとも三人以上が殺されてるんだよ。
そんな行くとこまで行っちゃった人を救うなんて無茶だと思う」
「かもね。でも、なんか違うんじゃないっスか。
そんなこと言い出したら、俺は我妻さんのことも仇討ちしなきゃいけないし。
それに、あの人は殺すとかこの人は殺さないとか、いちいち決めてかかるのが『柱』だったら、そんなのやってられないし」

それは、最終的に殺す以外の終わらせ方ができない相手だったとしても、
何も分からないまま、覚悟も決めずに殺したくはないということなのか。
甘い、と秋瀬は思った。雪輝も同じことを思ったのか、ため息を吐いた。

「まぁ、僕としてはその方がいいけどね。
君が由乃のことも許せない殺すとか言い出したら、僕は君を殺さなきゃいけないし」
「なんで本気かどうか分からないことをそんなしれっと言うんスか」
「本気だよ」
「アンタさぁ……」
「越前君」

喧嘩のようなそうでないようなものが勃発しかけたところを、綾波の一声が遮った。

「前から聞きたかったけど……『柱』って何?」

ずばり。

「え……それは…………だから……つまり……」

今までごく当たり前のように使ってきた言葉の意味を尋ねられて、越前はとたんに返答に窮していた。
深く考えずに使って来たのか、当たり前に使いすぎて他の言葉で説明するのが難しいのか。
しかし綾波は、「もうひとつ」と前置きしてさらに尋ねる。



「中学校のクラブ活動の『柱』だったら、殺し合いに巻き込まれたときに皆の『柱』になるの?」



実は秋瀬もひそかに引っかかったけど、指摘するのは野暮かなぁと言わなかったことを言った。言ってしまった。

「ならないよね。むしろ、なろうとする方がおかしいよね」

さらに雪輝が追い打ちをかけた。
越前が、何か言おうとした顔のままで固まる。

「君たちのテニスが普通じゃないのは遠山を見てたら察したけどさ。
それにしたって、殺し合いやってるのに『テニス部の柱だから、ここでも脱出派の柱になる』とか言われても、普通は『なんで?』って思うよね。そういう役職じゃないよね?」

473天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:40:15 ID:G67N34mU0
秋瀬視点で捕捉すると、最初にそう言った手塚国光は、月岡彰にも『お前たちが』柱になれと言ったそうなので、別にテニス部限定で柱を指名したわけではないのだが。

「い、いいじゃん別に……や、やりたくてやってるんだし?」

微妙に綾波から目をそらし、というかほとんど目を泳がせながら、越前は言う。

「じゃあ、『柱』って何をするの?」

そう問いかけられて、改めて考えるように遠くを見る目をした。

「少なくとも、俺にとっては――」

集団の精神的支柱。みんなの頼れる牽引役。チームの仲間を勝利へと導く存在。
普通はそういう意味合いだし、だから秋瀬もそういう答えが出ると思っていた。
しかし、

「――『新しい世界』に、連れて行ってくれる人」

少年はそう言った。
しかし、「違うな……」とつぶやき、すぐに言い直す。

「『新しい世界』に行ってみたいって、思わせてくれる人。
なんか、綾波さん見てて、そう思った」

その『新しい世界』が、彼のいた場所では全国優勝だったり、海の向こうだったりしただけなのか。

「皆で、『油断せずにいこう』って」
「どこへ?」
「どこかっ」

474天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:40:55 ID:G67N34mU0
きょとんとする綾波を見て、「たぶん楽しいところ」と付け足した。
綾波は、「どこか」と、「楽しいところ」と、おうむ返しのように復唱する。
まるで生まれて初めて『楽しい』という言葉を聞いたかのようだった。

「……ふーん。僕は由乃がいて一緒に星を見られたらそれでいいよ」

雪輝が口を挟んで、初々しい余韻を壊しにかかった。

「別にアンタのためにやってるわけじゃないし」

バックミラーから見られていることを知らない越前が、『べー』と舌を出す。

よく喋るようになったかと思えば、かえって犬猿になったようでもあり、おかしな二人だった。
お互いに、お互いへの対応が一貫していないこともある。
二人のこじれた関係を正したかと思えば、仲直りしたらしたでむすっとしたり。
『柱』として接したかと思えば、『アンタのための柱じゃない』と言ったり。
おそらく、うかつに「ずいぶん仲良くなったね」などと空気の読めない台詞でも吐けば、
二人ともから息ぴったりで「「仲良くなんかない」」と唱和されるだろう。

実際、この二人を険悪にしかねない要素ならば色々とある。
天野雪輝の恋人が越前の友達を殺害して、しかも雪輝がそれを見殺しにしたとか、そういう事情もあるし。
目の前で仲睦まじい二人を見せつけられていることもあるし。
かたや平穏な日常を望みながら、傍観者として生きていたのに、クソッタレな戦火に放り込まれてすべてを失った身の上だったり。
かたや日常の中で変化を望みながら、チームの柱として、危険ではあっても楽しい戦場ですべてを獲得してきた身の上だったり。
かたや自分に自信がない少年で、かたやたいそうな自信家で。
かたや思慮深く、しかし急場になるとたいそう肝が据わった殺し合い経験者の中学生で。
かたや考えるより行動で、しかし急場になると人を殺す覚悟もなにもない、ただの中学生で。
あの高坂王子なら、ばっさり「元ぼっちとリア充だろ? そりゃ気が合わねぇよ」とか身も蓋もなく言ってしまうかもしれない。
それでも、今のところは一蓮托生としてここにいる。

彼が望んでいる役割は、『柱』だった。
ある意味では、ある少女(?)が回答した『遺志を継ぐ者』とも似通っているかもしれないが。

どうやら、己の役割をあらかじめ持たされた中学生は僕だけであるらしい。
車内での会話が鎮火してきたことを契機として、秋瀬或はそうひとりごちた。
ここ一日の記憶を検索し、これまで会った少年少女のことに意識を潜らせていく。

475天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:41:43 ID:G67N34mU0
たった一日だけれど、今まで会ったこともないような人間と何人も出会った。
世界は広い。
否、並行世界だから、世界は多いと言うべきなのか。
宇宙の星の数くらい、それらは存在するのだろうし。



最初に出会った少女は、自分は特別なんかじゃない、何もやるべきことなんかないと言っていた。
そして、彼女が知っている同じ世界の少女たちも、非日常など知らないただの女の子達だったとも。
会話をしていくうちに、彼女の世界を察することは容易だった。
きっと彼女たちは、
そして、今になって振り返ると彼女たち『だけ』が、
出会った者の中で、彼女たちだけが、誰とも戦ったことなど無かったと言っていた。
あってせいぜい、青春らしい胸ときめかせる同級生との痴話喧嘩だとか、部活動でのゲーム対決だとか。
しかし、それはそれでトクベツだ。
奇跡的に平和な日常。時の止まらない永遠のように、ずっと変わらない毎日。
秋瀬のいた世界にも平穏なスクールライフを送る少年少女はいたけれど、そんなものはゴスロリ服を着た国際テロリストが爆弾をひっさげて襲来すればあっさり壊れてしまう、たいそう脆いものでしかなく。
すべてがキレイな、何の痛みもない、ハッピー『エンド』でさえも存在しない世界なんて、希少なものだ。
彼女――船見結衣もまた、秋瀬或を特別なものであるように見ていたけれど。

476天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:42:06 ID:G67N34mU0



船見結衣とともにいた少女は、違っていた。
助けを求めている人を助ける、『ヒーロー』でありたいと答えを出した。
彼女はおそらく、戦いを知っていた。
眼が違っていた。
彼女は人が死んだことを嘆いていた。おかしいと、こんなはずじゃなかったと、言っていた。
しかし、戦うことを拒んでいなかった。
目の前に『人を助けた結果として死体になった少女』がいながら、そのことに涙を流していながら、『人を助けたい』と言うことを恐れを抱いていなかった。
助けられることを、知っていたのだろう。
助けることを、知っていたのだろう。
少なくとも、人が死ぬなんておかしいと言える世界であったことは間違いなく。
だからきっと、彼女たちのいた物語は、『ハッピーエンド』だ。
仲間と力を合わせて助けて助けられ、誰かが死なないように大きな理不尽を打倒する。
そんな世界だろう。

477天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:42:38 ID:G67N34mU0



次に出会った少年は、それとも少女だったのかは。
最初から、『バッドエンド』を定められた存在だった。
既に、文字通りの意味で『デッドエンド』を経験していたと言うべきだろうか。
次代の神を選定するためでもなく、未来ある中学生の『才能』を競い合わせるでもなく。
ただ、大人たちの安寧と余興のためだけに、日常を破壊されて殺し合いをさせられる中学生。
将来なりたい夢は、とても限られていて。
大好きだったはずの仲間は信じられなくなり。
大人たちが身勝手に作り上げたレールの上を歩き、少しでもレールを外れたら処分された。
心のどこかで引け目を感じて、なるべく災厄をこうむらぬように、日陰に身を寄せて暮らしていたという。
一方で、そんな世界をクソッタレだと断じながら、自由を手に入れるために足掻いて、戦っていた少年たちもいたという。
永遠に続けばいいと願うようなスクールライフも確かに存在しながら、
どこかで崩れ落ちるという諦めが混在していた世界。
そういう意味では、『先に出会った二人の少女』とは極めて近く、限りなく遠かったのだろう。
そんな世界で死んだ後に、奇跡的に第二の人生を手に入れて、
『遺志を継ぐ者』になると宣言した彼――月岡彰は、その六時間後に放送で名前を呼ばれた。

478天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:43:26 ID:G67N34mU0



そのカノジョとともに歩いていた男は、『反逆者』志望だった。
月岡彰が言うところの、キラキラ輝いている世界の人物。
彼らにとっての戦場は、縦78フィート横27フィートのテニスコートの上だった。
望まない強制された戦争ではない、自ら望んで立つことができる、自由なフィールド。
話によれば決して呑気なスポーツではなく、なぜか命を賭けることもあったらしいが。
それでも、根本的に賭けるものは青春であり、プライドであり、硝煙の臭いも腐った死体の臭いもしない競争だった。
だから己の力で何かができるはずだと信じるし、負けん気も発揮する。
彼ら――真田弦一郎にせよ、遠山金太郎にせよ、勝利することがすなわち『ハッピーエンド』であり、仮に敗北したとしても、その悔しさの中でも何か生まれるはずだと、『バッドエンド(行き止まり)』だとは考えていなかった。

――その叛逆が敵わなかった時に、彼らが何を思ったのかを、察することはできないが。

479天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:44:38 ID:G67N34mU0



その一方で、本当の意味での『戦場』と『日常』を行き来する少年もいた。
彼のいた世界はおそらく、集められた中でも最も強い世界だろう。
戦場にいた時はまさに地獄と天国の境界であり、人間を糧にして食らうような妖怪も、人間を審判するあの世の使いもゴロゴロいたという。
強い者はどこまでも思うがままに振る舞い、弱い者は奪われても仕方がない。
それでも、皆がみんな、悪い者ばかりでも決してない。
鮮血も死体の山もある。ただし、意地と誇りを賭けた男同士の決闘だってある。
そんな戦場に、時には『霊界探偵』の任務として関わり、時には大切な者を守るために関わり、
そしてある時は『戦いたい』という欲求を満たすためだけに飛びこんでいく。
そんな戦場の厳しさを味わいながらも、最後には必ず日常の世界へ、幼なじみのいる帰る場所へと戻っていく。
そんな、代わり映えのしないようであり、でも少しずつ変わっていく日常へと帰ることが、彼にとっては『ハッピーエンド』だったのだろう。

彼――浦飯幽助のなりたいものは何であるのか。
案外、なりたいも何も、今も昔も未来も浦飯幽助でしかないと、そう答えるのかもしれない。

480天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:46:32 ID:G67N34mU0



浦飯幽助とともに出会った彼女は、『日常』こそが『戦場』そのものだった。
暴力問題だとか、非行だとか、いじめだとか、異性問題だとか。
どこの学校にも皆無だとは言えない日常の闇が、彼女たちのいた場所では極端に集中していたと、それだけのことかもしれないが。
後になって、彼女たちのクラスメイトだった菊地善人が言っていたそうだが、ここに呼ばれた者もみんないじめていた側だったりいじめられた側だったりで、
時には死人や殺人者が出そうになったこともあったらしい。
しかし、ある教師がジャーマンスープレックスのごとき力強い辣腕を振るったこともあり、今では傷つけあったこともひっくるめて、大切な仲間になったのだとか。
少なくとも彼女たち――常盤愛も、神崎麗美も、その中にいた一人で、
そして常盤愛には、なかったことにしてはならないと意地を張るだけの過去があり、
そして神崎麗美には、失ってはならない白紙の未来があったはずで、
彼女たちは、一歩を間違えた先にある『バッドエンド』の味を知っていた。
『なりたいものなんてない』と答えた彼女にも、『なんにでもなれる』と思っていた頃があったのだろうから。

481天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:47:04 ID:G67N34mU0



『戦場』で戦うことこそが存在意義だったと、名乗った少女がいた。
明確な理由を得られないままに戦場に送り込まれたという意味では、それはプログラムのように過酷だったかもしれないけれど。
世界や人類を守るという大義の元に戦わされていたという意味では、それは雪輝たちの経験した戦いとも似ていた。
だからなのかもしれない。
彼女――綾波レイは、自分のこともさほど好きそうじゃないという点において、雪輝とは意気が合ったように話していた。
定められた戦いの他には何もないと思いながら、
もしかしたら、他に何かがあるのかもしれないと感じながら。
ハッピーエンドの形を知らないままに、ただバッドエンドに値する終わりを迎えないために、戦っていた。
『求められたいから』だとか、『一人で生きていくため』だとか、きっとそれぞれ存在意義に関わる理由を抱えて。

482天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:48:45 ID:G67N34mU0



すでにゲームから退場し、なりたい自分にもなれずに死んでいった者達がいる。
まだ生き残り、どこかに散っていたり、ともに行動している者達もいる。

戦って何かを為そうとする者がいた。何もできないと嘆く者もいた。
死なせようと戦う者がいた。死なせまいと戦う者がいた。
戦う力を持つ者がいた。力を持たない者もいた。

――違う。戦う力を持たない者の方が多かった。

秋瀬はそう、己が思考を訂正する。
確かに、一般的な中学生とは言い難い能力を持った者も相当の数がいた。

直接に対面した者を除いても、高坂は時間を操る能力を持つ傭兵少女と戦ったと話していたというし、
菊地たちや月岡たちを襲ったバロウという少年は、身体を兵器のように変形させたというし、
浦飯とその知り合いが人間離れした力を持っていたことは言うまでも無く、
また能力者とまではいかずとも、一般人とはかけ離れた者なら何人もいたけれど。

『本来ならばもっと強い人間だけを集められたはず』ということを踏まえれば、その数は少ない。

聞けば浦飯のいた世界には、とても人間の手には負えないB級ランク以上の妖怪たちがゴロゴロと暮らす魔界があり、そういった妖怪たちと雇用契約を結んでいた権力者も数多くいたという。
また人間界の中にも、ある日能力に目覚めた若者たちや、修行を積んだ霊能力者がいたらしいことがうかがえた。
浦飯のいた世界に限ったことではない。
たとえば菊地がバロウ・エシャロットとの戦いを経た後に、バロウに匹敵する『植木耕助』なる参加者を呼んでくると言っていたこと。
また、主催者が第二回放送の時点で『人間になりたいという願いを持つものは、それを叶えられる』と発言していたこと。

おそらく主催者には、『人間をはるかに超えた能力者がごろごろと存在する世界』に、いくつもの心当たりがある。
しかし、これまでに菊地が確認できた八つの世界のうち、その半数以上がそういった世界ではなかった。
戦いを知らない船見結衣とその友人や、それなりに格闘技をかじっているだけの常盤愛たち。
我妻由乃のように、常人離れはしているが、あくまで神としての能力などを封じられた『人間』として戦わされる中学生。
それだけでなく、浦飯幽助のいる世界からも、雪村螢子のような一般人が参加させられている。

よって、この会場にいる中学生たちは、純粋な『強さ』や『能力』を基準として選考されたわけではない。
未来日記が支給品として配られたように、『何かの能力を持ったものを参加させてみよう』という試みとして浦飯たちが拉致された可能性はあるにせよ、それは根本的な選考基準ではない。

483天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:50:15 ID:G67N34mU0

むしろ、数々の『世界』に目をつける個性があったとすれば、彼らを培ってきた環境の差異だろう。

そもそも最初に殺し合いを宣告した人物は、『全員に必須アイテムとして携帯電話を支給する。
ただし、携帯電話を知らない者にも、その使い方が分かるように調整している』と説明した。
逆に言えば、携帯電話が普及している時代から参加者を連れてくればいいという発想はなかった。
つまり、子どもたちは『その時代、その社会に生きている中学生』でなければならなかった。

現代の日本に生まれて、戦場を知らない中学生たち。
少し昔の、携帯電話にも疎い世代の、日本という国さえ知らない、戦場を知っている中学生たち。
この二つはあまりに大雑把な分類だとしても、秋瀬の出会ってきた彼らは、一つとして同じ『戦い』を経験していなかった。
戦いが違うから、戦場と日常が違う。
戦場と日常が違うから、なすべきことが違う。
なすべきことが違うから、なりたいものが違う。
なりたいものが違うから、『ハッピーエンド』と、『バッドエンド』の形が違う。
世界が違うということは、『ハッピーエンド』と『バッドエンド』の定義が違うと言うことだ。
違うから、皆が違う『願い』のために戦って、殺し合ってここまで来た。

単に、強力な能力を持った者と、能力を持たないものを同じ舞台に放り込んだ、
余興としての殺し合いを見せるためだけの舞台ではなかった。
なぜなら、神の仲間は『願いを叶える』と言ったのだから。
もっとも強い『願い』を持つ者がいれば、それを叶えるという条件を出したのだから。

元はと言えば『未来日記計画』が生まれたのも、『さまざまな人間が神の力を手にした時にどのような選択肢が生まれるのか』という可能性の探究だった。
それは、高坂王子が見つけてきた『未来日記計画』の文書にも記されている。

そして、未来日記があらかじめ指定した最終到達地点は、全員が願いを叶えられないという『ALL DEAD END』だった。
だとすれば。



――『ALL DEAD END』を覆し、最後まで勝ち残って『HAPPY END』を獲得する者はいるかどうか。

484天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:51:11 ID:G67N34mU0

この舞台に降ろされた50人は、それを試されているのではないか?

死に絶える未来を予期していながら生き残ってみせろとは、ずいぶんと人を嘲笑するかのようなやり口だ。

思索の海から一瞬だけ現実へと浮上した秋瀬は、助手席に身を預けたまま苦笑を浮かべた。
左手は絶えず動かし、その思索を書きとめることに費やされていた。

そして次の瞬間、自覚する。
はて、と首をひねる。

『50人』と、結論づける時に、秋瀬はそう数えた。
そう、51人とはあまりにも半端な人数だ。
50人ならばとてもキリの良い人数になるが、果たして秋瀬或は、ついさっき、無意識にいったい誰を除外したのか。
時間をかけて、考えるまでもない。
仮に、中学生が例外なく実験されているのだとすれば。

――『ただ観測していればいい』と神の小間使いから示された秋瀬或とは、何を為す者か。

当初は、欲求の赴くままに、謎を解きたいという気持ちにしたがって、歩いていたつもりだった。

謎と事件のあるところに、秋瀬或あり。
参加者と次々に接触しては別れてを繰り返したのも、一つでも多くの『謎』を収集するためだと自覚していた。

しかし、『自分がいる意味についてどう思う』と問いかけながら、
秋瀬自身がいる意味について、疑念を抱き始めたのは、遅れてのことだった。

疑念が決定的となったのは、『パラドックスの日々』を思い出してきた時から。
思い出したきっかけは何だと問われたら、雪輝と再会した後に、『我妻由乃は世界を二周させていた』という真実を聞かされたことだったのだろう。

ともあれ、少しずつ蘇ってきた記憶の中でも、秋瀬或は未来日記のサバイバルゲームに関わっていた。
最初は、雪輝がやってきたことを代行するだけの埋め合わせとして。
しかし、結果的には秋瀬の望んだ形で事件を解決する、ただの探偵として。
だからこそ。
数日間のパラドックスワールドで、ムルムルはすっかり秋瀬或を警戒していたと記憶している。
パラドックスが終わる頃には、因果律に関することには近づけないようにと妨害を怠らなくなっていた。

485天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:52:03 ID:G67N34mU0
そんな秋瀬或が、なぜ、日記所有者でもなくなった身分で、殺し合いに関われたのか。
天野雪輝のクラスメイトになったとはいえ、10thの事件が終わった時点でムルムルからそれとなく追いやられるなり、関われない程度に記憶を改ざんされるなり、有りそうなものだったのに。
秋瀬或は、神に連なる誰かの手によって、殺し合いに関わり続けられるように、ひそかに保護されていたのではないか。

謎と事件のあるところに、秋瀬或あり。
秋瀬或はいた。いることができた。

誰のために?

ムルムルとは敵対する動きをして。
所有者に対しては、天野雪輝を除いて中立的に観察し。
天野雪輝を神にするために、彼の敵を排除するように動く。
これらの行動は、誰にとって益になったのか。
ムルムルや我妻由乃ではないことは明らかだ。
かといって、天野雪輝の望みに叶った行動でもない。
天野雪輝は生き残ることを望んだが、両親のことが無ければ神になることを望んでいなかったし、
何より、我妻由乃を殺すぐらいなら死を選ぶような少年が、我妻由乃と秋瀬或の殺し合いを望むはずがない。
では、誰にとって有益な行動となったのかと結論を出せば。

――月岡彰は言った。
――それはまるで、神様の使い走りとして戦場を観察しているかのようだと。

秋瀬の行動によって助けられたのは、デウス・エクス・マキナしかいなかった。
デウスが期待したことは、雪輝の保護だったのか。あるいは所有者を色々な角度から観察する観測者がいることで、何らかの中立性が保たれると読んでいたのか。

ムルムルが言うには、このたびの殺し合いにデウスはいない。
『神』を名乗る、しかしデウスとは別の、それに匹敵する存在がいると、契約の電話は示唆していた。
そして、『The rader』を渡されて自由にされたということは、新たな神もまた『観測者』として秋瀬或を連れてきたということなのか。

50人の実験動物から『願い』を言葉として聞き出すための、観測者として。
そして、もしかすると何らかの事情で参加させた天野雪輝を、最低限は中盤まで保護することさえも期待して。

全て、推測だ。

暫定的にそう結論して、秋瀬は現実の車内へと意識を戻した。
秋瀬自身のことについて立証する手段は現時点で見当たらないし、立証したとしてもすぐに好転させる何かができることではない。
『そういう可能性がある』ことを気に留めておくぐらいしか、対処はできないだろう。
決して精神衛生上プラスにはならない、むしろぞっとしない話なのだから。

それに、誰かの手のひらの上のことだったとしても、変わらないし、変えられないことだ。

「雪輝君、今のうちに訊いてもいいかな」

天野雪輝の、力になりたいということだけは。
これから迎えに行く彼女に、嫉妬や羨望なんて無いと言えば、大ウソになるけれど。

486天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:52:47 ID:G67N34mU0
「我妻さんと仲直りするのは良い。
殺さずに彼女を無力化することも、彼女とよりを戻してから主催者の手を逃れて脱出することもね。
でも、その後はどうする?」
「その後?」

だから、問いかけなければいけない。
天野雪輝が、この先も生きていくために。

「我妻さんを連れて一万年後――君にとっては現在か。二人でそこに帰ることはできないんだよ。
我妻さんが元いた場所に、君と殺し合っていた元の時系列に戻らなかったら、『雪輝君が我妻さんを殺して神になった』という歴史に反してタイム・パラドックスが起きる。
平たく言えば、我妻さんが過去に戻ってやり直した時のように、並行世界が生まれるだけの結果になるよ」

それは、かつて神崎麗美にも問いただされ、答えを返せなかった問題だった。

仮に、我妻由乃を生還させることができたとしても。
彼女は、もといた、『雪輝と殺し合っていた時点』に帰さなければならない。
そうしなければ、その時点からイフの世界が生まれてしまう。
それは、『天野雪輝と我妻由乃が殺し合っている最中に、我妻由乃がどこかに消えてしまった』ことになる四周目の世界だ。
四周目の天野雪輝は、我妻由乃を失ってしまう。
天野雪輝は、自分を犠牲にすることになる。

しかし、我妻由乃を、もといた彼女は、もといた、『雪輝と殺し合っていた時点』に帰したとして。
どちらかが死ななければ、神様は決まらず、二人ともひっくるめて世界に居場所を失くす。

どちらを選んでも、天野雪輝にハッピーエンドは訪れない。
秋瀬或は、その時点で行き止まりに突き当たっていた。
行き止まりを、今こうして雪輝に突きつけなければいけないことが、ひたすら歯がゆかった。

しかし。

「別に、由乃と一緒に一万年後に帰ればいいんじゃないかな?」

秋瀬が訊ねてから、たった五秒のことだった。
雪輝は、あっさりと答えた。

「もし、並行世界の僕が由乃を失いたくないって言い出すようなら
……その時は、由乃を取り合って喧嘩すればいいんじゃない?」

さも、何でもないことのように。
喧嘩をすればいい。
以前の雪輝からはあまりにもかけ離れた台詞を口にした。

「そうじゃなくても、その四周目ってところに行って事情を話せば、四周目の僕だって納得するんじゃないかな。
少なくとも『由乃を神にするために死のうとしてた頃の僕』だったら、折れると思うよ。
由乃がどこかで居場所を見つけて生きていてくれたら、それだけでも良いって思うようなヤツだったから。
最終的に喧嘩になったとしても、昔の僕が相手だったら負ける気はしないし」

487天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:53:24 ID:G67N34mU0
笑みさえ浮かべて、そう言った。
「少なくとも、由乃と戦うよりはずっと楽だと思う」と照れたように付け足して。

あまりに即で返答されたアンサーには、あっけにとられるしかなかった。
秋瀬はよほど間抜けな表情をしていたらしく、雪輝が何かおかしなことを答えただろうか、と不安そうな顔をした。

しかし、数瞬の驚きが通過してしまえば、その場所は理解がとってかわるしかなく、

「なるほど」

秋瀬にも、笑みが伝染した。

雪輝が笑って答えたことを喜ぶ笑みでもあり、そして自分自身に向けた呆れの笑みだった。
一人でぐるぐると考察して、勝手に限界を感じていたことが滑稽でおかしかった。
本当に死者の蘇生が可能なのだとしたら、それにすがろうとか考えていた自分が、とんでもない馬鹿みたいに思えてきた。
いや、『みたい』ではなく立派な馬鹿者だった。
その発想に行きつかなかっただけでなく、天野雪輝を、舐めていた。

「だから僕は由乃にもそう言って、彼女を連れて帰る。
由乃を殺さずに止めて、しかも他の人が怒って由乃を殺さないように守らなきゃいけないから、大変なことに変わりないけどね」

その挽回というわけではないのだが、
せめて少しぐらいは良いところを見せたいと、秋瀬は人差し指を立てた。

「そのことについてだけど……安全策とは言えないけど、一つ手を打ってあるよ」
「え?」

いつの間に、と言わんばかりの雪輝の顔。
それはそうだ。前回の戦いは凌ぐだけで精いっぱいで、秋瀬自身も右手を持って行かれたのだから。

488天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:53:58 ID:G67N34mU0
「――とは言っても、狙って成ったことじゃない。
僕は戦っている間に、我妻さんとそれなりに会話をしたんだ。
ほとんど僕が一方的に話すだけだったけどね。
その中で、君と我妻さんの間にある『ズレ』を説明したんだよ。
雪輝君は、我妻さんより一万年も先の未来からやってきたこと。
ムルムルと一緒に、救いのない一万年を過ごしたこと。
そして、ついでに『そのムルムルも、今は主催者の側にいるらしいこと』にも触れたんだ」

元はといえば、我妻由乃の勘違いと押し付けを指弾するための説明だった。
しかし、戦いが終わった後に、その勘違いを是正したことが、また別の意味を持ってくると気づく。

「まず違和感を持ったのは、支給品を確認した時だね。
高坂君が持っていた、NEO高坂KING日記は致命傷を受けた時に壊れてしまっていたけど。
僕の未来日記にはあった『契約する電話番号のメモ』が荷物の中に無かった。
高坂君の性格から考えて、電話番号を隠滅するために破いたとも考えにくいし、
綾波さんたちの前でも、まるで最初から自分の持ち物だったみたいに使っていたというし。
だいいち、壊れた携帯電話の機種も色も、高坂君がいつも使っている携帯と同じものだった」
「それって……高坂は最初から、自分の未来日記を携帯ごと支給されていたってこと?」
「そう。高坂君が、というよりも『自分の未来日記を支給された人は、契約するために電話をかけるような回りくどいことをしなかった』と考えたほうがいいね。
きっと、高坂君の日記だけじゃなく、雪輝日記もそうなっていたはずだよ。
殺し合いに乗って暴れる可能性が高い我妻さんだけをひいきするならともかく、高坂君だけを特別にひいきする理由はどこにもないからね」

とはいえ、この仮説が通るとすれば、見えてくる事実もある。

「つまり、由乃は、雪輝日記の所有者になっているけれど、
『電話をかけて、ムルムルと会話した』わけじゃない……」
「そういうこと。むしろ、それこそが『我妻さんたちに電話番号を配らなかった理由』だろうね。
新たな神が主催する別の殺し合いに呼ばれたと思ったから殺し合いに乗ったのに、
雪輝日記は使えなくなっている。再契約するために電話をかけてみれば、小間使いにしていたはずのムルムルが主催者側にいる。
これで主催者に疑念を持たないほうがおかしいし、そうなったら最悪、我妻さんが『願いをかなえる』という言葉を信じなくなってしまう」
「でも……ムルムルの存在を隠したって、そのうちばれるんじゃない?
たとえば、由乃が殺した相手のディパックを回収して、その中に電話番号のメモが入ってたりしたら、電話しようとするだろうし」
「最終的に露見する分には構わないと思うよ?
『新たな神には願いを叶えられるだけの力がある』と我妻さんが信用した後なら、むしろ向こうからムルムルの存在を明かして、誠意をアピールする振りをした方がいいぐらいだと思う。
ほかの参加者と戦えば支給品なり能力なりを見て、主催者の力は知れるだろうし。
盗聴なり監視なりしているなら、それぐらいのタイミングは図れるだろうしね。
ムルムルに殺意ぐらいは向けるかもしれないけど、『やっぱりムルムルならその立場にいてもおかしくないか』ぐらいで済ませてくれると思うよ」

489天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:54:31 ID:G67N34mU0

我妻由乃自身、一週目のムルムルを従えていたことはあったが、決して信頼する主従関係などではなかった。
使い魔が主催側にいたところで、裏切られたとも感じないだろう。

「えっと……つまり。
主催者はもともと、タイミングを見て自分から由乃のところに電話するなりほかの方法なりで、接触するべきだった。
でも、結果的に秋瀬君が『ムルムルが主催者側にいる』ことをばらしてしまった」
「ネタばらし……というほど大げさでもないよ。
僕と我妻さんが接触することは充分に想定できるしね。
ただ、ムルムルとしては『接触するならこのタイミングだ』と考えるはずだ。
我妻さんの性格上、『電話をかければムルムルと話せる』ことを知ってしまえば、
彼女の方からムルムルを捕まえかねないからね。
『自分が優勝したあかつきにはこうすると確約してくれるなら、殺し合いを盛り上げるための何かをする』と取引を持ちかけるとか。
ただでさえ我妻さんは一週目の世界で『願いがかなう』と信じて裏切られているから、隙あらば主催者を出し抜いてやるぐらいの覚悟はある。
つまり、接触をするなら主催者の側から先に仕掛けたほうがいい」

雪輝が後を引き取って、結論を言った。

「なら、今頃はその接触が行われているはず、だよね」

肯定して、しかし秋瀬或は首を傾げた。

雪輝が、すぐ結論にたどり着いている。
秋瀬が知っている彼は、確かに機転だとかとっさの判断などに極めて優れていた。
だがしかし、たとえば過去に8th陣営への対抗策を議論していた時だとかに、ここまで雪輝と打てば響くような会話だとか、積極的な応酬をしたことがあっただろうか。

そんな違和感を胸中で転がしながら、秋瀬は会話を続ける。

「我妻さんは、既に主催者――少なくともムルムルと接触している可能性が高い。それも、契約の電話以外の方法で。
正直、半分以上はハッタリだけどね。こう言えば、たとえ『殺し合いに乗っている人間には容赦しない』という方針の人物でも、彼女を生かしてもらう交渉材料くらいにはなるんじゃないかな」
「うん、すごく助かるよ……でも、手札としては弱い感じがするよね。
あるかわからない情報より、身の安全のほうが大事だって言われたらそれまでだし。
ただ、由乃と話すことができれば、主催者と接触したことが聞けるかもしれないっていうのは僕らにとってもメリットだと思う」
「本格的に牙城を揺るがそうとなれば、もっと決定的なアプローチは必要だろうね」

この雪輝が不愉快なのかと聞かれたら、むしろその逆であり。
かわいいだけでなくカッコいい側面が見られたようで喜ばしいような、子離れの寂しさにも似た気持ちさえあるぐらいなのだが。

「アプローチって言えばさ。僕からも秋瀬君に頼みたいんだけど」

ひそかに浸っている秋瀬の方をちらりと見て、雪輝が話題を変えた。

490天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:55:15 ID:G67N34mU0

「秋瀬君に預けてる僕のディパック。そこから携帯を取ってくれる?」
「これかい?」

運転の邪魔になるからと、雪輝のディパックは秋瀬の膝の上にあった。
左手でチャックを開けて、その左手で該当の携帯電話を取り出す。
ハンドルを握り、それを横目に見ていた雪輝は言った。

「僕の電話番号とメールアドレスを、読みあげて僕に教えてほしいんだ。
『雪輝日記』でも予知されるぐらい、はっきりとね」
「それは……」

正気か、と問い返していたかもしれない。
雪輝が、笑みだけでなく、頑固そうな眼と、かすかな冷や汗を見せていなければ。

「それが何を意味するのかは、分かるんだね」
「分かってる、つもり。二週目で秋瀬君と最後に会った時だって、由乃がかけてきた電話に騙されて、日向たちを殺すことになったし」

それは、好きな人に、雪輝日記を通して電話番号とメールアドレスを教えるということ。

それは、最大の脅威に、生命線である直通の連絡手段を、一方的に晒すということ。

雪輝の顔は、ごく真剣だった。
そうすれば、我妻は一方的に電話を利用したブラフを仕掛けるなり罠を張るなりすることが可能となり、一方でこちらは相手の連絡先を持っていない。
それがどれほど危険なのかを分からないわけではない。
それでも、我妻由乃へ信号を送ると言う。

「由乃だったら…………昔、僕の作戦参謀をやってた頃の由乃だったらって意味だけど、ここは連絡先をあえて公開するべきだって僕に指示するんじゃないかな。
ここで消極的になったら、ジリ貧で追い詰められていくだけだとか何とか言ってさ」

考えながら喋るようにたどたどしく、しかしはっきりとした声で。
彼女はこうしていた、と。



ああ、そうか。



心のうちで、そんな呟きが漏れていた。

我妻由乃のことを想像しながら語る雪輝を見て、何かが腑に落ちた。

491天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:56:36 ID:G67N34mU0

「それに、由乃から電話なりメールなりが来たら、由乃のアドレスは確実に分かるってことだよね。それだけでも収穫になると思う。
ただでさえ、こっちは由乃がどこまで迫ってるか分からなくて緊張してるんだし」

さっきから、良い意味での違和感があった。
秋瀬の知っていた雪輝は、『ここまで』ではないと感じていた。

やっと、その理由が分かった。
なぜなら、ここにいる雪輝君は、『秋瀬或が知らない時』の天野雪輝だったから。

秋瀬は、10thから差し向けられた犬たちに襲われて、おびえていた雪輝なら知っている。
秋瀬は、日野日向と友達になるために泣きながらでもがんばった雪輝なら知っている。
秋瀬は、由乃の監禁から逃れたところを8thの手先に狙われて、『助けて』と言った雪輝なら知っている。
秋瀬は、両親を生き返らせるために泣きたいのを我慢して11thや8thと戦っていた雪輝なら知っている。
秋瀬は、日向やまおや高坂を殺してしまい、後に引けなくなった眼をした雪輝なら知っている。
秋瀬は、枯れ果てた顔で一万年ぶりに再会した雪輝なら知っている。
けれど、秋瀬が知らない雪輝がいることだって、知っている。
知っているけれど、知らなかった。
見られなかった。

「あの由乃に『必ず迎えに行く』って言ったからには、連絡先を教えることさえ出来ないようじゃ、どのみち出し抜けっこない、と思う」

秋瀬は、崩れ落ちる崖を血塗れた手でがむしゃらに這い登りながら、『君を救う』と言った雪輝を知らない。
復活した9thに向かって『僕はすべてを救う』と宣言した雪輝を知らない。
神も同然となった『彼女』を相手に一歩も退かずに戦いながら、『愛してるからだ!』と叫んだ雪輝を知らない。
『彼女』の名前を大声で呼びながら、しあわせな幻覚空間を打ち破った雪輝を知らない。
神崎麗美に向かって、そこを退けと啖呵を切った雪輝を知らない。

話には聞いていても、
雪輝は秋瀬に守られている時に、その顔を見せたことがなかった。

「それにさ、彼女が電話したくなった時のために連絡先も寄越さない奴が、何を言ったって本気が伝わらないと思うんだ」

だから。
『この』雪輝は、秋瀬或にとって、とてもまぶしい雪輝だった。

「きっと、僕の知ってる人だったら、そんな『愛(ラブ)』はなっちゃいねぇって怒るところだし」

だからこそ、がむしゃらで、真剣で、かっこいい姿のように映る。
秋瀬或ではないヒトのために、覚悟を決めた顔だった。

492天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:57:08 ID:G67N34mU0

「だから、リスクがあることは承知で由乃に伝えたいんだ。
もちろん、秋瀬君たちの危険度も引き上げちゃうから、一存では決められないけど」

優しい目で、少し不安そうにほほ笑むところは変わらない雪輝だった。
そこにいるのは、間違いなく、天野雪輝だった。
だとすれば、

「構わないよ」

敵わない。

何が敵わないかって、もう色々なことが敵わない。

『彼女に敵わない』とは言いたくないから、『雪輝には敵わない』ということにしておいて。

「雪輝君が、決めてくれ」

『彼女』よりもずっと、雪輝を大切にしてきた自信ならあるのに。
雪輝を「愛していない」と言い切るような少女に、彼を任せておけないと激しい怒りに駆られたりもしたのに。
秋瀬には決して引き出せない『男』の顔をする雪輝を、ここにきて見せるなんて、ずるい。

『僕では絶対に作り出せない君の顔』を見て惚れ直してしまうのだから、もうどうしようもない。

「きっと――勝てるか勝てないかは、君が決める」

――どうして君は、こんなにも片思いのしがいがあるんだろう。

「「『君たちが』、じゃないの?」」

まぜっかえす少年の声がふたつ、運転席と後部席とで、ぴったり重なった。
その二人が、ハモりを披露してしまったことに極めて嫌そうな顔をするタイミングも、これまたぴったりと同時であって。

可笑しかったけれど、噴き出してしまうと恨みがましげに睨まれそうだったから、聞こえなかったふりも兼ねて視線をそらし、車窓へと向いた。

夕刻から闇の色へと落ち始めた空は、星の光をひとつふたつと増やしつつあるところで。
満天の星がよく見える、夜が始まろうとしていた。

【H-5/一日目・夜】

493天体観測 〜或の世界(後編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:58:13 ID:G67N34mU0
【天野雪輝@未来日記】
[状態]:中学生
[装備]:運動服(ジャージ一式)@現地調達、スぺツナズナイフ@現実 、シグザウエルP226(残弾4)、 天野雪輝のダーツ(残り7本)@未来日記、クレスタ@GTO(運転中)
[道具]:携帯電話、火炎放射器(燃料残り7回分)@現実、学校で調達したもの(詳しくは不明)
基本:由乃と星を観に行く
1:やりなおす。0(チャラ)からではなく、1から。
2:デパートに向かい、救出とレーダーの充電を済ませ、由乃に備える。

[備考]
神になってから1万年後("三週目の世界"の由乃に次元の壁を破壊される前)からの参戦
神の力、神になってから1万年間の記憶は封印されています
神になるまでの記憶を、全て思い出しました。
秋瀬或が契約した『The rader』の内容を確認しました。
秋瀬或、綾波レイ、越前リョーマとアドレス交換をしました。

【秋瀬或@未来日記】
[状態]:右手首から先、喪失(止血)、貧血(大)
[装備]:The rader@未来日記、携帯電話(レーダー機能付き、電池切れ)@現実、マクアフティル@とある科学の超電磁砲、リアルテニスボール@現実、隠魔鬼のマント@幽遊白書
[道具]:基本支給品一式、インサイトによる首輪内部の見取り図(秋瀬或の考察を記した紙も追加)@現地調達、セグウェイ@テニスの王子様
壊れたNeo高坂KING日記@未来日記、『未来日記計画』に関する資料@現地調達
基本行動方針:この世界の謎を解く。天野雪輝を幸福にする。
1:天野雪輝の『我妻由乃と星を見に行く』という願いをかなえる
2:デパートに向かい、救出とレーダーの充電を済ませ、我妻由乃に備える
[備考]
参戦時期は『本人の認識している限りでは』47話でデウスに謁見し、死人が生き返るかを尋ねた直後です。
『The rader』の予知は、よほどのことがない限り他者に明かすつもりはありません
『The rader』の予知が放送後に当たっていたかどうか、内容が変動するかどうかは、次以降の書き手さんに任せます。
天野雪輝、綾波レイ、越前リョーマとアドレス交換をしました。(レーダー機能付き携帯電話ではなく、The raderを契約した携帯電話のアドレスです)

【越前リョーマ@テニスの王子様】
[状態]:疲労(中)、全身打撲 、右腕に亀裂骨折(手当済み)、“雷”の反動による炎症(ある程度回復)
[装備]:青学ジャージ(半袖)、テニスラケット@現地調達
リアルテニスボール(ポケットに2個)@現実
[道具]:基本支給品一式(携帯電話に撮影画像)×2、不明支給品0〜1、リアルテニスボール(残り3個)@現実 、車椅子@現地調達
S-DAT@ヱヴァンゲリオン新劇場版、、太い木の棒@現地調達、ひしゃげた金属バット@現実
基本行動方針:神サマに勝ってみせる。殺し合いに乗る人間には絶対に負けない。
1:デパートに向かい、救出とレーダーの充電を済ませ、我妻由乃に備える
2:バロウ・エシャロットには次こそ勝つ。
3:切原は探したい

[備考]
秋瀬或、天野雪輝、綾波レイとアドレス交換をしました

【綾波レイ@エヴァンゲリオン新劇場版】
[状態]:傷心
[装備]:白いブラウス@現地調達、 第壱中学校の制服(スカートのみ)
由乃の日本刀@未来日記、ベレッタM92(残弾13)
[道具]:基本支給品一式、第壱中学校の制服(びしょ濡れ)、心音爆弾@未来日記 、
基本行動方針:知りたい
1:デパートに向かい、救出とレーダーの充電を済ませ、我妻由乃に備える
2:落ち着いたら、碇君の話を聞きたい。色々と考えたい
3:いざという時は、躊躇わない
[備考]
参戦時期は、少なくとも碇親子との「食事会」を計画している間。
碇シンジの最後の言葉を知りました。
秋瀬或、天野雪輝、越前リョーマとアドレス交換をしました。




494天体観測 〜世界の終りの始まり〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:59:03 ID:G67N34mU0


























「――みんな、みーんな、終わらせましょう」



【18:30 ユッキーが携帯のアドレスと電話番号を教えてくれたよ!
これでいつもみたいにメールができるね。さっそくアドレス登録しなきゃ。
アドレスは――】

495天体観測 〜世界の終りの始まり〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:59:32 ID:G67N34mU0

即座にアドレスを登録し、歩みを再開する。
一度だけ振り返れば、先刻までいたツインタワーが夜闇にのまれて天辺から黒く染まりつつあった。
もう、戻ってくることは無いだろう。
すでに用意されていたものは頂いた以上、未練など何もないけれど。

「わたし、分かったよ」

他にも秋瀬或が何か考察をしているらしきことが書かれていたが、雪輝に直接に関わる情報ではないため日記にはほぼ割愛されている。
とはいえ、現時点ではさほど不自由は感じていない。
ムルムルからは納得いく範囲で『褒美』への信憑性について聞かせてもらった。
しいて言えば、ムルムルが出現したタイミングが、当人の理由づけを差し引いても唐突だったのは腑に落ちないけれど、どうせ『秋瀬が存在を仄めかしたからあわてて出てきた』とかそんな理由だろう。
『あの宝物』を譲ってくれたことを考えると、秋瀬のことが無くとも遠からず『あの宝物』を見つけさせる狙いも込みで接触してきたことは違いないだろうし。

「もう分かってるのよ、ユッキー」

ムルムルが肩入れをしたがる理由は、簡単なものだ。
我妻由乃なら、『ALL DEAD END』の前提を知っても、なお勝ち残ることを目指すから。

「やるべきことが分かった。
もう迷わなくていいって、分かった」

大半の中学生なら、まず茶番だと怒る。
予知を覆したとしても、元いた世界には帰してもらえないのだから。
しかし、我妻由乃にとっては、そんな事情など埒外の些事でしかない。

「本当は、ずいぶん前から頭の中がぐちゃぐちゃしてた。
でも、ひとつだけ分かったよ。これだけは絶対に言える。」

優勝者をもといた世界に帰せない理由は、なぜ?
それは殺し合いの目撃者を、生還させる道理がないから。
大東亜共和国と市長の敵対勢力となりえる者に、目撃者を発見、回収されてしまっては第二、第三の実験が潰えてしまう。

「ユッキーは、まだ私と仲直りするつもりでいるのかしら。
『死んだ人は帰ってこないけど、生き残った皆で力を合わせて脱出しよう』とか、そんな風に」

だから、我妻由乃はどんな世界にも安心して帰せるうちの一人だし、もう金輪際関わらないと約束さえできる。
だって由乃は、世界がどうなっても構わないから。
いくら滅ぼうが、星の数ほど死人が出ようが、心底どうなってもいいと思っているから。



「――ふざけないでよ」

496天体観測 〜世界の終りの始まり〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 22:00:14 ID:G67N34mU0
たとえば、人間社会から弾かれて、人間になりたいと望んでいる少年。
たとえば、社会の犠牲者となり、社会を食い物にして生きていこうとする少女。
たとえば、全ての人間を滅ぼすべきだと志向している少年。
彼ら彼女らも、条件しだいでは大人たちと敵対することはないだろう。
もといた世界にもそれなりに愛着を持つものはいるだろうが、彼や彼女の『願い』は元いた世界を維持しなくとも達成できる。
人間になることを望む少年は、大切な人さえ与えてやれば、残りの世界など見放すだろう。

だから、彼ら彼女らに望みがないわけではない。
ただ、我妻由乃だけは『だろう』や『条件』を付けるまでもなく、
無条件で世界を見殺しにするというだけのこと。

「昔のユッキーなら、きっとこう言ったはずよ。
『やり直せば全部元通りになるのに否定するなんて』って」

彼女は全てを殺し、手にとりたいものだけを救い上げる。
一週目では失い、二周目では諦めていたそれを、今度こそ掴み取り、取戻し、離さないために。

「だから……私はあの時、あなたの隣で言ったよね」

私はユッキーを失いたくない。
そのためにはユッキーが邪魔。
だからユッキーも殺す。

……殺した後で、『あのユッキー』に未練が残れば生き返らせる。

うん、どこもおかしなことはない。

「ユッキーが頑張らなかったら……その時は、由乃は許さないって、はっきりそう言ったよね?」

由乃はいつでも、ユッキーのために死ねる。
だからユッキーは、最後に由乃も殺す。そして生き返らせる
そう約束したのに、破ったのは雪輝の方だ。
だからこの世界では我妻由乃が、それを代行する。

「許さないよ」

497天体観測 〜世界の終りの始まり〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 22:00:54 ID:G67N34mU0

雪輝がいて、由乃がいて、雪輝の両親がいて、由乃のパパとママもいる、
その幸せを侵略する者は絶対にいない、
そんな世界を、掴みとる。
他人なんて不純物は、消え去ってしまえ。
そいつらから幸福を補完してもらえるなら、由乃はそもそも『こんなこと』になっていない。

「私はユッキーに支えてもらったけど、
でも、約束をやぶったことは、絶対に許さないよ」

腰には、血を吸ってきた刀を。
両腕には、撃ち尽くしてしまった拳銃の代わりとしてPDW(個人携行武装)を。
取り回しがずいぶん重たくなってしまったが、その重さは人を殺す弾丸の重さだ。
スタンガン、催涙弾、軽機関銃……すべての武装は点検を済ませ、我妻由乃の一部として収納される。

雪輝日記には、ユッキーの電話番号とメールアドレス。
折りを見て、陥れるために利用させてもらえばいい。

雪輝を殺しに行くつもりではあるが、先に『いただいたもの』を使うとしたら、向かう先は中学校だ。
デパートに行くか、中学校に行くか。
切り札を先にさらしてしまうのは少し惜しい気がするが、
『それ』を使えば楽に生き残りを掃討できることも事実だ。
さらに言えば、放送と同時に受信した『デパートに一定数の参加者がいる』という情報も考慮すべきだろう。
雪輝も同じメールを受信していれば、おそらくそこに向かう。
回り道をして切り札を動かすか、争いを利用して掃討すべく最短で戦場に駆けつけるか。
歩みを進めながら、考えればいい。

「それに、今の私はひとりじゃない」

大金庫の中に収蔵されていた薄い金属のプレート。
プレートの表面には、刻まれる11桁の電話番号。
電話番号のアドレス登録を済ませ、役割としては不要になったそれを、
しかし彼女は大事そうに撫でて、愛おしそうに笑う。



「ママがいる」

498天体観測 〜世界の終りの始まり〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 22:01:18 ID:G67N34mU0
地図の中心地。
作為を感じさせるかのように配置されている、中学校。
もちろん、そのことに意味はある。
子どもたちにとって馴染みのあるそこが中央にあれば、自然と参加者同士の出会いが起こるだろう、とか。
意外といろいろな機能を備えた施設だから、中央に配置するには適している、だとか。

しかし、最大の理由は、『ひとつづきに存在する広い校庭と運動場とプールとテニスコートの存在によって、広範囲の人工的な平地を自然と確保できることにある』とムルムルが言っていた。
つまり、地下に眠っている巨大な『それ』を射出することができて、
なおかつ地上からはそれを隠すために、ごく適した施設だったからだ。

『それ』のもとにたどり着くためには、校庭で電話をかければいい。
電話の相手が、地下に降下するための入り口へと案内してくれる。

地下何十メートルか、何百メートルか、もしかしたら何キロメートルかはわからないが、
ともかく地下だ。

地下には、船がいる。
『それ』をいくつも格納できるだけの、大きな、がらんどうの船がいる。

『奇跡』の名前を与えられた船が鉄壁の壁を精製し、この舞台を外部から守っている。



そして、『それ』が見つけられるのを待って、眠りについている。



『それ』は、人の願いを叶えるもの。

そして、人が造りしもの。

そして、大事な人が眠りしもの。

499天体観測 〜世界の終りの始まり〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 22:02:37 ID:G67N34mU0

「そしてパパ」

同盟を組むための誠意とは、『先払い』だと帝王学を学んだ際に教わった。
言いえて妙だ。
ムルムルはしっかりと、先に返してくれた。
本来は特別な子どもにしか操れない『それ』を、
心を開ける子どもなら、乗れる可能性を与えるために。

未だ掘り当てられていない宝物の隠し場所から、最も入手が難しい位置にある『数か所』を選定して。
ひとつの隠し場所には、ひとつの電話番号を刻んだプレートがあり。
着信を受けた電話番号によって、かりそめの船を管理する者が、いくつかある『それら』のひとつを指定し、コアを書き換える。
その子どもの母親が顕在であれば、『ダミー』を用いるしかない。
その子どもに母親がいなければ、その魂を『そこ』へと移しかえることになる。
魂なら、ある世界の『霊界』に由来する道具を用いることで、事前に収集しているのだから。



「ぜんぶ終わったら、改めて、私の未来の旦那様を紹介するね」



由乃の母親は、戻ってきた。
母の胎内にいるかのごとき、その場所に。

「わたし、頑張るから。何 を 犠 牲 に し て も」

それは由乃にとっての切り札であり、
それは秘蔵された宝の中でも最大のものであり、
それは皆の魂を取り戻せるという証左でもあり、

500天体観測 〜世界の終りの始まり〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 22:03:15 ID:G67N34mU0



「エヴァンゲリオン――私が必要とする、その時まで待っててね」



そして、肉親を失った少年少女が、喪われた魂を媒介として動かす、巨大な鋼の人造人間。



「私は行くよ。誰かのためじゃない。私自身の願いのために」

笑え、我妻由乃。





紛い物の星空を塗り替えるための、進撃/新劇を始めよう。





【F-6/一日目 夜】

501天体観測 〜世界の終りの始まり〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 22:04:32 ID:G67N34mU0
【我妻由乃@未来日記】
[状態]:健康
[装備]:P90(予備弾倉5個)@現実、雪輝日記@未来日記 、詩音の改造スタンガン@ひぐらしのなく頃に、真田の日本刀@テニスの王子様、霊透眼鏡@幽☆遊☆白書 、『ある電話番号』が書かれたプレート@現地調達
[道具]:基本支給品一式×5(携帯電話は雪輝日記を含めて3機)、会場の詳細見取り図@オリジナル、催涙弾×1@現実、ミニミ軽機関銃(残弾100)@現実
逆玉手箱濃度10分の1(残り2箱)@幽☆遊☆白書、鉛製ラケット@現実、滝口優一郎の不明支給品0〜1 、???@現地調達 、来栖圭吾の拳銃(残弾0)@未来日記
基本行動方針:真の「HAPPY END」に到る為に、優勝してデウスを超えた神の力を手にする。
1:すべてを0に。
2:雪輝を追ってデパートに向かう? 先に中学校に向かう?
3:秋瀬或は絶対に殺す
4:他の人間はただの駒だ。
※54話終了後からの参戦
※秋瀬或によって、雪輝の参戦時期及び神になった経緯について知りました。
※ムルムルから主催者に関することを聞かされました。その内容がどんなものか、また真実であるかどうかは不明です。
※天野雪輝の電話番号とメールアドレスを、一方的に知りました。

※中学校の地下に空間があり、AAAヴンダー@エヴァンゲリオン新劇場版が存在しており、会場のATフィールドを発生させています。
汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンも、何体か存在する可能性があります。

【ある電話番号が書かれたプレート@現地調達】
見た目にはテレホンカードか何かのような形をした薄い金属片であり、電話番号が刻印されている。
中学校の敷地内で電話をかければ、応答する音声が会場の地下まで案内してくれるらしい。
(上記のことや、会場の地下にあるものについてはプレートとともに説明書きが付属している)

【FN P90@現実】
天野雪輝に支給。その直後に我妻由乃に奪取される。
が、彼女がメインウエポンを軽機関銃と日本刀に頼り、かつサブウエポンとして拳銃も使用していたために、終盤まで死蔵されていた。
もっともポピュラーなPDWのひとつ。(形状や用途は短機関銃と類似しているが、短機関銃が拳銃用の弾丸を使用するのに対し、PDWは貫通力を重視したそれ専用の弾丸を用いる。そのため短機関銃とアサルトライフルの中間に位置する武器と捉える事ができる)予備弾倉5個も付属。

502天体観測 〜世界の終りの始まり〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 22:05:03 ID:G67N34mU0
投下終了です

今後とも中学生ロワをよろしくお願いします

503名無しさん:2015/06/03(水) 22:49:16 ID:EKbdyn8U0
投下乙です!
愛と幽助は順調に青春してるなあ…末永く爆発しろ少年少女!
秋瀬君はなんか親御さんみたいになってるw ユッキー、こんなに立派になって(ホロリ
リョーマとレイは今回もお互いの距離を縮めてるようでニヤニヤ。ユッキーからしたらイラっと来るのも分かるなあw
そして最後に、これは遂に来ましたねえ……嵐の予感しかしない。いったいどうなってしまうんだ

504名無しさん:2015/06/03(水) 23:10:34 ID:IvekRI4Q0
投下乙です!

悲惨だけどどこか清涼感のあるこの雰囲気……どいつもこいつも青春してるなあ、
彼ら彼女らはALL DEAD ENDを越えて、HAPPY ENDに到達できるのだろうか

505名無しさん:2015/06/03(水) 23:24:41 ID:YIiOrq/.0
投下乙です。

ではこの物語のENDとは、如何に。
その答えを心待ちにしています。

506名無しさん:2015/06/04(木) 01:22:05 ID:kZhSO5fI0
投下乙

ユッキーの想いはユノに届くだろうか
そして明かされるエヴァの存在
不穏だぜ

507名無しさん:2015/06/04(木) 04:11:35 ID:kF4.Be6k0
投下乙
色々感想あったはずなのに最後に持ってかれた
すげえな、これ
単にエヴァ出す、巨大ロボ出すくらいならどこでもある話なんだけど
エヴァという符号がぴたりと全てに当てはまるというか
神だとか綾波だとかもあるんだけどそういうの抜きにしても、由乃だけでも完結するくらいにぴたりときてすげえってなった
あれは確かに魂保存できますよって言ってるようなものだし、由乃に親のこと持ってくるとは
うわーってなった

508名無しさん:2015/06/06(土) 15:33:51 ID:BOIx2i.Y0
投下乙です

久々にキター

509名無しさん:2015/07/15(水) 00:09:03 ID:z7qWgsAc0
月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
104話(+1) 15/51(-0) 29.4(-0.0)

510名無しさん:2015/09/15(火) 07:29:27 ID:tVQax1nc0
月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
104話(+0) 15/51(-0) 29.4(-0.0)

511名無しさん:2015/10/07(水) 20:24:07 ID:WB352f1Y0
その頃誰かがATフィールドの外側から中を双眼鏡で見ていたり…しないか。

512 ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:13:42 ID:lhrTcDrE0
ゲリラ投下します。

513スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:17:13 ID:lhrTcDrE0
―――それは、ちいさなころの、くだらないやくそく。ちいさなころの、ちいさなおもいで。


どうしようもなく空っぽでも、鼻で笑われるような下らない代物でも、この島では何の役にも立たないガラクタでも。
きっと、きっと己の信念に従い、正しいと感じた行動を取った先にあるものなら、嘘だって、中身がなくたって、自分にとっては本物になるはずだ。
罪も罰も、悪も善も無いこの大地の上で、踠いて、足掻いて、転んで、間違って、誰かを殺して、何かを失って。喪って、うしなって。
それでも、それだけは残る。
だってどれだけ意味がなくても、それは確かに私の始まりで、本物で。全部が終わるまで、絶対に手離さないから。
手離せば、その瞬間私は私じゃなくなってしまう。生きる理由を失くしてしまう。
だから私が私である限り、それは絶対に消さない。消させない。
そういったものは多分、誰しも一つは心の奥に持っていて、それを守る為に誰も彼もが剣を手に取り、戦うのだ。
その形は百人いれば百人が違う事だろう。色も違って、光り方も違うのだろう。大なり小なりもあるのだろう。
けれどそれをきっと……“正義”と、そう呼ぶのだ。

だからどんなに醜くても、笑われても、滑稽でも。

喩えそれが腐ってたって、間違ってたって―――――――――――――――――――――これは、正義の物語。







最初は、ただ、言い訳が欲しかった。







何もない日常、当たり障りのない生活。模範的な行動、目立ったことは何もしない。変化なんてありはしない。
当たり前の平穏、当たり前の日々。それ以上も以下もない、とことん中庸な生き方。
ただ少しだけ、ほんの少しだけ他人より機械に対して興味があっただけ。
それが私、初春飾利です。
思えば、普通である事への疑問なんてこれっぽっちも持った事はなかったように思います。
何故って、自分がレベル5になれるだなんて考えたことすらなかったですし、そんな才能が自分にない事は理解していましたから。
それに何なら、このままなんとなく生きていければ良いとすら思っていたくらいなんです。
それなりの生活、それなりの身丈。それなりの友達、それなりの学力。
なんの起伏もない、映画のワンシーンで交差点を歩くモブキャラクターの様な、よくある人生。大多数の人間が歩むドラマの無い普通の道。
それが普通に生きてきて、これからも同じ様に普通に生きていくであろう自分に合った人生だと思っていました。

でもそんなある日、ふと思ったんです。

514スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:19:17 ID:lhrTcDrE0

そんな生き方しか出来ない自分、自身のない自分、能力もない自分。でも、それって自分に甘えているだけなんじゃないかって。
それだけしか、出来ないって決めつけていただけなんじゃあないかって。
えっ? どうして、かって? そうですねえ……。可能性という言葉を、私も少しだけ信じてみたくなったんです。

“私は、少しでも変わろうと努力したことはありますか?”

私は自分の中の自分に問いました。彼女はかぶりを振ります。答えはNoというわけです。
……でも、それは本当に悪い事なんでしょうか。目立たずひっそりと、深海に漂う目の退化してしまった魚の様に、
ただ流れの止まった潮の中で餌だけを食べて平凡に生きたいと思う事の、一体何が悪いと言うのでしょう。
それでいいじゃないですか。違いますか? 彼女はそう言うと、眉を下げて悲しく笑いました。

“だけど、それは正しい生き方ですか? 綺麗な海を泳ぎたいと望む事が、悪い事?”

私は、そんな私に問いかけます。彼女は少し考えましたが、俯いてかぶりを振ります。その答えもNoでした。
嗚呼、と私は胸の中で失笑しながら座ります。分かってしまったからです。
つまるところ結局の話、怖かっただけじゃないか、と。
何もない静かな深海から、或いは平和な瀞から、敵も多く、努力して餌を取り環境と格闘する様な意識と覚悟が、私にはどうしようもなく欠けていたのです。
私は続けて問いました。“その覚悟が無いのは、貴女が全部、悪いのですか?”
彼女は答えます。“違いますよ。悪いのは……私じゃ……ない、です”

―――私じゃない。

こんな自分になったのは私のせいじゃない。私は悪くない。私はそう言ったようです。
“でも、じゃあ誰のせい?”
私は自分の中で蠢く溝色のなにかに訊きました。
“先生? 環境? 社会?”
違います。
“学校? 両親? 超能力?”
どれもいまいちしっくりきません。
私は、薄々答えを理解していながら、その質問に答えることができなかったのです。環境や、誰かのせいじゃないって、解ってるはずなのに。
ただ、それを考える度に茫漠と心の中を漂っていた暗く重い闇雲が、私の肺の中でぐるぐると巡り、私の気分を逐一害してきました。
だから私はいつもそこで考える事を止めていたのです。
無性に息苦しく重い空気と、鉛の様になってしまった足と、酷い頭痛と得体の知れない吐き気だけが、いつも後に残りました。
一言で言えば、私はきっと不安だったのです。今と、そしてこれからが、ただただ不安だったんです。
けれどその不安に手を伸ばして掴もうともがけばもがくほど、まるでそれは私をからかうかの様にぐにゃりと形を変え、私の指の隙間から溢れていきました。
胸の奥に、言いようのない不安だけがありました。煙、光……或いは水の様に形を持たない、ただ漠然と漂う、未来への得体のしれない不安だけが。

ええ、確かに深海で碌に動かずに漂うのは得も言われぬ心地良さがあります。
でも、ずっとそのまま数年数十年過ぎてしまうかもしれない未来を考えれば考えるほど、心臓が荊で締め付けられるようでした。

暫くして、私はその形容し難い不安を払拭するべく、或いはそう、“言い訳”に出来る何かを求めるように、風紀委員になろうと思いました。
突拍子もない考えかもしれません。でも、超能力の大小や有無を問われない風紀委員は私にとって好都合でした。
風紀委員に入る事で、何かが変わってくれないだろうか。私は自分勝手にも期待しました。
こんなにもとろくって、能力だって碌に無い役立たずな私でも、綺麗な珊瑚礁が浮かぶ水面で、優雅に泳ぐ事ができるのだと。
大地の上に根を張り咲き誇る事ができるのだと、何かに証明して欲しかったのです。

自分なりに答えらしきものを見つけるのは、それから少しだけあと、少しだけ暖かかった冬の日。
銀行強盗と出会った後で、燃える様な茜空の下で約束した、あの瞬間。








あの日あの時あの場所で、私の“せいぎ”は出来たのです。








黄昏が、落ちてゆく。陽が、沈んでゆく。黄金の海原の向こうへ、天蓋の終わりへ、地平線の彼方へ、世界の反対側へ。

515スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:20:40 ID:lhrTcDrE0
まるで落ちる光の残滓に染められた様に、積乱雲の輪郭は藤色にぼんやりと輝いている。
雲達はじっと見ていないとわからないくらいにゆっくりと、重なり合う様にして空を泳いでいた。
その向こう側には、鈍く白銀に光る小さな小さな一番星が見える。
闇が、宙から降りてこようとしていた。日が暮れようとしていた。血濡れた1日が、終わろうとしていた。
森が、廃墟が、街が、海が。暗く、質量のある静寂に沈んでゆく。息を吸うと、胸が詰まりそうだった。
吸い込まれそうなくらい漆黒に染まった影と、深海の様に暗い藍色の闇が満ち、世界は緩やかに夜に抱擁されてゆく。

―――夜が、来る。

少女は静かに、“瞼の裏側で”瞼を閉じる。闇に誘われる様に、黒い何かが二枚目の瞼の裏側で騒いでいた。
それはざわざわと草叢を蟒蛇が進む様な、百足が蠢動する様な、気味の悪い音。
言うなればある種の予感の様なものであり、別の名前を“不安”と言った。

不安は、化け物だ。
人の心を食う邪鬼だ。やがてそれは心から、じわじわと水が岩を浸食してゆく様に、表情と言葉に浮き上がる。
闇は恐怖の権化たり得て、転じて不安となる。そして何よりげに恐ろしきは――――――不安は“伝染”する、という一点に尽きた。
まさに、今の彼女達のように。


「どうしますか」


紫がかった黄昏色に染まったフードコートの中、キッズコーナーのソファにとりあえず逃げてきたものの、荒々しい息と共に浮かぶ一抹の不安。
縦の木ルーバーの入ったテラス席越しの窓ガラスを背に座り込み、誰も彼もがその顔に黒い影を落とし、口を噤む。
そこに水を打つ様に浮かんだ一言が、それだった。
杉浦綾乃はその声がする方を見る。口を開いたのは初春飾利だった。彼女が先ず、立ち込めていたその暗雲を振り払う為にそう切り出したのだ。
……いや、違う。違った。
何故って、それは明確な意思が裏に潜んでいる様な、僅かなしこりを感じさせる様な声色だったのだから。
その言の葉には、棘こそあれど疑問符が無かったのだ。
少なくとも飴玉を転がす様な、なんてメルヘンチックな例えはその声からは想像できないであろう事は、一度聞けば誰にでも理解できる。

「……確認するけど、それは“や”りたくないって意味?」

式波・アスカ・ラングレーは僅かに初春の言葉に口をへの字に曲げたが、やがて肩を竦めながらそう尋ねる。
それらの言葉が言わんとする意味は、ただ黙って聞いていた綾乃にも理解出来た。
詰まる所、問題は一つ。彼女達は明らかな殺意を持って此方を追う“敵”をどうするのか、その意思統一を計っていなかったのだ。
自分達ではあの水の異形には敵わない。だから逃げるか、助けを待つ必要がある。それが三人の共通の結論だった。
しかしそれでも“最悪”と、“これから”は考える必要があるのだ。
“もしも助けが来なかったら”。“もしも見つかったら”。“逃げられない状況で同じ事になったら”。
可能性だけ並べればそれこそ幾らでもあるうえ、仮に誰かが助けに来たとして、敵と戦って“どうするのか”。

とどのつまり、一言で言えば彼女、初春飾利は“敵を殺すのか”と二人に訊いているのだ。

516スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:23:53 ID:lhrTcDrE0
徒らに不安感を煽るだけの質問にも見えるそれは、この状況でするような話ではないのかもしれなかったが、しかし初春は敢えて今、それを質した。
三人が、此処から生きて脱出できない可能性もある。
なればこそ今、凡そ起こりうる全ての未来の枝を考えれば、質す事は何ら間違いではない。彼女はそう考えていたからだ。
いざという時の迷いが致命傷になる事くらいは、さしもの初春も理解していた。
非戦闘要員ではあったが、曲がりなりにも彼女は訓練を一通り受けてきた一端の風紀委員であったのだ。

一拍置いて、綾乃が眉を下げアスカと初春を交互に見た。互いに視線を動かさず、その水晶玉の様な双眸を真っ直ぐに見つめている。
思わず、綾乃はその眼差しに唾を飲んだ。
場を和ませる為の小粋なジョークでも飛ばすかとも思った(罰金バッキンガム!)が、それはどうやら野暮以外の何モノでもなさそうだった。

「さっきは正義だの何だのって話、したけど。殺らなきゃ、殺られる。この島はそういうルールなの」
沈黙に耐えかねた様に、アスカが苦い顔で呟く。
「法が通用する世界じゃないっての」

今度は初春が口をへの字に曲げる番だった。彼女は馬鹿ではない。そんな事は言われるまでもなく理解していた。
先程の放送と、この島での出来事がその答えだからだ。法は無力で、人は脆く、正義は簡単に捻じ曲がる。けれども、それ故に。
そう、理解しているからこそ、初春は反発したかった。

「なら、正義は」

だって、それは。
それは何も無かった自分が、変われたきっかけだったから。

「正義は、何処へ行ってしまうのですか」

初春は芯の通った強い口調で問う。
せいぎ、と綾乃は消え入りそうな声でうわごとの様に繰り返した。
……せいぎ。
もやもやとする頭の中で、その単語を今度は口に出さずに反芻する。
綾乃は眉間に皺を寄せた。自分にそれがあるかと言われれば、答えは否だからだ。
いや、否と断言してしまうと語弊がある。せいぎはきっと、ある。そう、あるのだ。あるのだろうが……彼女はただ、それを言葉にして発する術を知らなかった。
当然だ。彼女の世界は悪や危険に冒され、暴君に犯される様な非日常など、想像の向こう側の御伽噺だったのだから。

―――劣っている。

それは無論、意識ではなく環境そのものの違いであり綾乃自体に原因はなかったが、しかし彼女は本能的にそう捉えてしまった。
二人の話に口すら挟めない。挟む余地も、意見すらない。語るべき正義が無いのだから。
綾乃は唇を噛む。悔しかった。純粋に、悔しくて堪らなかった。
戦力にもならず、体力もなく、ただただ守られ、嘆いてばかりの弱い自分。
嗚呼、それはなんて……無様なんだろう。

「何処に行くも何も、アンタが言う正義なんてもん、最初っからあるわけないじゃない。ちゃんと答え考えてないでしょ?」

みるみるうちに劣等感に青ざめてゆく綾乃を尻目に、ぴしゃりとそう言い切ったのはアスカだった。彼女は静かに立ち上がり、ぺたりと座り込む初春を見下す。
“見下ろす”、ではない。細く鋭いその眼光は、彼女を哀れむ様に“見下し”ていた。

517スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:25:27 ID:lhrTcDrE0
「アンタの世界の話は聞いた。学園都市の平和を守るジャッジメント、結構な話じゃない。
 でも忘れてないでしょうね。今、この世界は学園都市じゃないのよ。大人どころかアンチスキルとかいう奴等もいない。
 何一つ、誰一人、その正義は守ってくれない。此処には法なんてモン、幾ら穴を掘っても出てこないし、その正義を掲げる組織も無いの。
 なら、アンタの信じる正義はただのままごとかごっこ遊びにしかならないわよって話。だからさっき訊いたの。この島に正義ががあると思うかって」

しん、と静寂が暗がりを支配する。闇を糸状にして、弓形にぴんと張ったような、そんな緊張感が肌をぴりぴりと刺激した。
アスカの科白は紛れもなく正論だった。言葉の一つ一つが、愚者に被さる荊冠の様に初春の肉にじわじわと食い込んでいく。
初春は、堪らず床に視線を落とす。ウォルナットのウッドタイルには、窓越しに背から差す藤色の薄明かりが映り込んでいた。
“ままごと”。そうかもしれない。憧れていただけかもしれない。夢を見ていただけなのかもしれない。
決してなれない正義のヒーローと同じ土俵に上がって気分になって、自惚れていただけなのかもしれない。

【やっぱり、私みたいのじゃ無理なんですかね……私とろくって……。
 でも、ジャッジメントになればそんな私でも変われるんじゃないかって志願したんですけど、訓練に全然ついていけなくって・・・】

―――ねぇ。昔の私。あの日から、私は何か一つでも、変われたのでしょうか?

「私だって、これでも元の世界ではちょっとした組織の人間で、勿論それなりにルールだってあるけど、ここではただの一般人なワケだし。
 ……兎に角、私はアンタ達を守る。でもそれは任せられたからだし借りがあるからで、あくまで目的の“ついで”なの。
 足手纏いが喚く我儘にまで律儀に付き合ってられないワケ」

突き放すように、或いは道端に唾を吐くように。何れにせよ、凡そ好意的な音が込められていない科白を、アスカが叩き付ける。
無言。
5秒間の無言が続いた。居心地の悪い、嫌な無言だった。初春は僅かに狼狽えた様に一度目を滑らせたが、やがて数拍置いてゆっくりと口を開く。

「……思いを貫き通す意思があるなら、結果は後から付いてくる。私の親友はそう教えてくれました」

「結果?」だが、その言葉をアスカは鼻で笑う。日和見も程々にしろとでも言いたげな視線が、少女の胸に突き刺さる。「結果がなァに?」

ドン、とガラス壁が振動で震える。アスカの左足が、初春の顔面を掠めてガラス壁を打ちつけていた。
そのまま足を下ろさず、アスカは左肘を膝に擡げる。それでも初春は目を逸らさなかった。

「アンタ馬鹿ァ? 甘ったれてんじゃ無いっての。思いを貫いて無様に死んでりゃあ、世話ないでしょーが。
 結果が後からついてくる? えーえーそうでしょうねぇ、安全な世界では。でも、此処は違う。結果じゃないの。過程よ、大事なのは。
 最終的な状況を憂う様な悠長な暇はないのよ。今、この状況で判断を誤らない事。大事なのはそれだけ。ねぇ、アンタだって散々見てきたでしょ?
 そうやって死んだんでしょーが、チナツも、ミコトも、七光りも!! 全員、全ッ員!
 その“ついてきた結果”が、今のこのしょーーーもない状況なんでしょ!?」

ローファーをガラスに押し当てたまま、アスカは体をくの字に曲げて初春の耳元で叫んだ。絞る様な声で、あたりに響かぬ様な小さな声ながらも、鬼のような形相で。

「結果なんてないの! そんなものを待ってる時間も余裕もない!
 過去も、未来も、結果もない! 今しかないのよ!」

アスカは左足を下げると、自分の胸を右手で押し当た。心臓の位置をつかむ様に、ぐしゃりと青い制服を握る。

.....
今しかない。


その言葉を強調するように、或いは何かに耐える様に、苦虫を噛み潰したような表情のまま犬歯をむき出しにして、アスカは言葉を続けた。

518スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:27:36 ID:lhrTcDrE0
「今しかないの! 私には、今、生きている現実しかないの!! それだけしかない!!!」
「二人共っ、こんな事してる場合じゃあっ」
「アヤノは黙ってて!」

拙い、と、きっとこの場にいる三人全員が思っていた。
よりによって今、この状況でする様な話ではなかったし、それは百歩譲っても声が拙かった。
隠れんぼの最中、何処の世界の人間が自分達は此処にいるのだと叫んで回るものか。
何より人間関係的に拙かった。こんな特殊な状況下で意見を違えれば、待っているのは崩壊以外にありはしない。それを理解していたからだ。
けれども、止まらない。止められない。
ふつふつと湧く鍋の蓋が水蒸気で押し上げられる様に、溢れてしまった黒い感情は、中学生のちっぽけな体躯には収まりきるはずがない。
少女達は、その穢い泥を外に出す以外に、この荒れ狂う濁流にも似た激情を治める術を知らなかったのだ。

「私だって……!」

数拍置いて、小さく震える声で、けれどもはっきりとした意志を持って少女が感情をぶち撒けた。初春飾利だった。

「私だって、今しかないです!」

がばりと立ち上がり、初春は肩で息をするアスカに掴みかかる。胸倉を掴まれたアスカの眉間に、びきりと青筋が浮かぶのを、初春は朧気な星明かりの下でも見逃さなかった。
怖い。
初春はアスカの鷹のように鋭い眼光を見て、素直に先ずそう思った。
全身を恐怖が電流のように駆け巡る。ばちばちと脳天から爪先まで緊張が走り抜け、全身からはどっと汗が噴き出した。
怖い。怖くて堪らない。今すぐ逃げ出してしまいたい。投げ出してしまいたい。
認めてしまえばいいじゃないか、正義なんか下らないって。何の為に、こんな事。
だってそうでしょ。実際、全部式波さんの言う通り。何も間違ってなんかない。此処にはもう、学園都市も風紀委員も警備員も存在しない。
だったら、そんな肩書きなんて形見みたく後生大事に懐に取っておかなくても、全部吐き出して楽になってしまえばいいじゃないか。

【確かに、全員が誰かを救けることができる、ヒーローじゃないけどさ】

だけど、だけど、だけど。

【それでも、初春さんが思っているよりも、人間は強いし、優しいのよ】

約束したんだ、目標にしたんだ。教えてもらったんだ。救ってもらったんだ。救いたいんだ。
だったら言わなきゃ、動かなきゃ、ぶつからなきゃ――――――――私の想いを、貫く為に。

「でも、だからこそ、そんな今を正義として生きたいと思う心は、悪じゃないんじゃないですか!?
 ただ今を、未来も結果も過去も……吉川さんや、御坂さんを忘れて生きるだなんて悲し過ぎるじゃないですか!」
「冗談! その二人はアンタがその手で殺したんでしょうが!! 私だって殺されかけたのよ!?」
「だから!! だからそれを忘れない様にする為にも、ちゃんと私は正義を貫きたいんです! それが私の償いなんです!!」
「二言目には正義正義正義! バッカじゃないの!? だいいち、償いですって!? くッだらない!!
 いーい!? 死んだ奴に出来る事なんてね、何にもないのよ!! 何もしてあげられないの!!
 全部、ただの自己満足にしかならない!!
 償いや正義云々よりも、まずは泥を啜って地べた這いずり回って誰かを殺してでも生きてみなさいよ!!!」
「やめてッ! 今争っても意味無いでしょ!!」

半ベソの綾乃が今にも殴り合いになりそうな二人の間に割って入った。

519スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:31:13 ID:lhrTcDrE0
アスカはそれを邪魔をするなと言わんばかりに、初春ごと横に弾き飛ばす。
派手な音を立てて、綾乃と初春は子供用の椅子と机をなぎ倒しながら、ウッドタイルが貼られた床に転がった。
はらりと初春の頭から花が散ったが、激情に駆られたアスカはそれを歯牙にもかける事なく舌を打つ。
構うものか。青白い星明りに照らされた少女を見て、アスカはそう思った。
この甘い考えを治さないままのコイツと居ると、虫唾が走るし何より私の命が幾つあっても足りない。
今のうちに、少なくとも私が誰かを殺そうとしている時に馬鹿げた横槍を入れてこないくらいには、無理やりにでも考えを改めてもらわないと。

「何が正義よ……」

だから先ずは、それを言う事にした。
正義正義正義。馬鹿の一つ覚えみたく喚き散らす癖に、その成果を一切上げていない阿呆を、理の懐刀で刺して刺して刺し殺す為に。
アスカはつかつかと倒れこみ呻く初春へと近付くと、そのまま彼女の胸倉を掴んで無理やり持ち上げた。げほ、と初春は苦しそうに咳き込む。
アスカは思い切り息を吸った。気に入らなかったのだ。路傍のゴミ屑に縋る馬鹿が。
許せなかったのだ。そんな光を見ることすら無駄だと、決めつける自分が。
嗚呼、或いはただ、そう、ただ納得したかったのかもしれない。

母を守ってくれなかったあの世界に。
子供に全てを背負わせる大人達しかいないあの世界に。
嘘ばかりのあの世界に、誰からも愛されない、あの世界に―――――――――――――――正義なんてものは、最初から無かったんだって。

「正義がなくても地球は廻んのよ!
 箱庭に守られた生温い正義なんて、ここでは要らない! あるとすればそれが力! 今を勝ち残る力が正義なの! 最後に信じられるのはそれだけ! それだけなの!!
 勇気も、優しさも、正義も! そんなもんじゃこれっぽっちも腹は膨れないし、居場所もできないし、
 寂しさは変わらないし、愛してくれないし、幸せになんかなれっこない! そうでしょ!?
 他人の正義なんて、所詮自分が居心地よく過ごすための口実! 違う!?
 此処じゃあ生きる事すら満足にできない! 生きる手段として誰かを殺す必要だって、そりゃあるわよ! 誰だって生きたいの!
 アンタの“せいぎ”はその願いすら裁くワケ!? それでもそうだってんなら文句はないわ!
 でもね、アンタはその覚悟は愚か自覚すらないでしょ!?
 “せいぎ”とやらが全部正しくて、犠牲も出なくって、誰もが納得するハッピーエンドで解決すると思ってる! 私はそれが気に入らない!!」

心が軋む。一言呟く度に、内臓に螺子を打たれる様な感覚。その抉られる様な鋭い痛みを隠す様に、アスカは胸倉を握る手の力を強めた。

「力が足りない馬鹿から無様に死んでくのよ! 誰かを守れずに泣いていく! 後悔も、謝る事もできずに! アンタだってそうだったでしょ!?
 そうならない為にも、アンタ達はただ黙って守られてりゃいいの! 生きてりゃいいの! ねぇ、私の言ってる意味解る? 何か間違ってる!?
 解らないなら自分の胸に訊きなさい! その薄っぺらい正義は、この島で誰か一人でも助けたのかってね!!
 それとも何? アンタのそのご大層な正義が―――“せいぎ”とやらが、大切な大切な“ジャッジメント”が、私が死にそうになった時に身を犠牲にして守ってくれるっての!?
 それともアンタが殺人鬼を甘っちょろいヒロイズムに泥酔して見逃して、今度は私とアヤノが死ねばいいワケ!?
 ……ミコトと、チナツみたいに!!!」

気付いた時には、肩で息をしていた。ぜえぜえと繰り返される荒い息だけが、凍て付いた湖の底の様にしんと静まり返った世界の空気を振動させていた。
アスカは言葉を続ける為に、口を開く。是が非でも続ける必要があった。耐え難い静寂を裂く為に、続けなければならなかった。
続けなければ、心が潰れてしまいそうだった。

「冗談じゃないわ。私は、私が大切なの。他の誰でもない、組織の為でもない、平和ボケした大衆が創り出した“せいぎ”の幻影の為なんかでもない。
 私は、私の為に戦いたいの。ただそれだけ。
 ……ねぇ、アンタのその黴臭くてくッッッだらない正義を守る為に、あと何人殺せば御満足? 教えてみなさいよ。あとどのくらいの死体が必要?
 思い上がるのも大概にしなさいよ“正義の味方【さつじんき】”―――――――――――――――――――――私を、自殺に、巻き込むな!!!」

アスカは突き放すように初春の胸倉から手を離すと、ふらふらと後退った。窓とルーバーに切り取られた星明かりが、尻餅をつく初春に縞模様の影を落とす。
星明かりが届かぬ場所まで逃げるように足を下げると、アスカはからからに乾いた唇を舐め、大きく息を吸った。

520スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:34:43 ID:lhrTcDrE0
捲し立てるように何を言ったのか、ふと思い出そうとしたが、とんと覚えはない。
なぜかと考えれば直ぐに合点がいった。“言った”ではなく、きっと“溢れた”のだ。
プラグから溢れたLCLが外へ漏れ出してしまう様に、体に収まりきらなかった言葉が、行き場を失い喉から零れ落ちたのだ。
アスカは胸に手を当てる。皮膚をばくばくと叩く心臓は、今にも体の内側から飛び出そうだった。
耳をすませば、荒い息と心臓の振動だけが、生ぬるい部屋の中を揺らしていた。
アスカは額の汗を拭うと、ぎょっとする。袖がびっしょりと濡れてしまうくらい汗をかいていた事にすら、全く気づかなかったからだ。
……どっと疲れた感覚だけが、嫌にあった。
酷く頭が痛く、鉛の様に全身は重く、足と手は関節が錆びついてしまった様に動かなかった。
機能停止したエヴァンゲリオンの如く、ただただ暗がりにぼうっと立ち尽くす。

どくん、どくん、と、胸の芯で鳴る鐘の音が鼓膜の内側を揺らしていた。

アスカは放心して隅に座る綾乃と、窓辺にぺたりと座る初春を交互に見る。
誰も彼も視線は決して交わる事はなく、少女達の双眸は暗闇の中空を意味も無く泳いでいた。
アスカは思わず、舌を打って目を細める。
目前の女のそれは心底琴線に触れる表情だと思ったが―――瞬間、アスカははっとして細めた目を見開いた。
少女の紅色の頬に何かが伝っていたからだ。
……いいや、頬を伝うものに何かも使徒もネルフもありはしない。

涙だ。
涙だった。
それは、星芒を写してきらきらと眩く輝く涙だった。

初春飾利は、嗚咽も漏らさず気丈に振舞いながらも、泣いていたのだ。
それに気付いた瞬間、鉛のように重かったアスカの全身から、重量が、力がどっと抜けていく。
そう。そうだ。当たり前の事だった。
彼女みたく地味めで少女趣味の、優しく可愛くてムカつく性格の真人間が、取っ組み合いは愚か口論すら、余程の事がないとしない筈なのだ。
それをどうして、今になって気付く。

……そんな相手に今、自分は何を言った?

アスカは体をくの字に曲げて、右目を掌で覆う。
莫迦は私の方じゃないか。冷静さも欠いて、自分の想いを無理やり押し付けてしまったのは、他でもない、私。挙句、暴力と感情に任せて酷い事まで吐き捨てた。
唇を噛みぐっと何かに耐える様な初春の表情に、アスカは舌を打つ。阿呆なのは一体どっち。子供なのは一体誰。

「……ゴメン。言い過ぎたわ」

雫を落とす様に、アスカが呟く。仲間割れしている場合ではない。そんな事、百も承知だったはずだった。

「わ、私の方こそ……すみません」

ずずっ、と赤い鼻を啜ると、初春はぺこりと頭を下げた。アスカは頭を掻きながら苦い顔をすると、ぽかんと口を開ける綾乃へ足を進めて、その小さな頭へぽんと手を置く。

「アヤノも……ゴメン」
「あ、へっ!? はっ、はい……」

521スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:37:04 ID:lhrTcDrE0
我に帰ったように驚く綾乃を見て、アスカは溜息を吐きながらどかりと床へ腰を下ろした。綾乃はきょとんとした顔でばつが悪そうな彼女を見る。

「はぁ〜〜〜〜……らしくないなぁ、ほんッと……バカは私だったってワケね……ったく……」

パン、と両頬を掌で叩くと、アスカは大きく息を吐いた。頬はじんじんと、腫れたように痛む。
これをけじめというには些か軽過ぎるのかもしれないが、今はひとまず、それでよしとしよう。

「……取り敢えず、今はこれが“ケジメ”でいい? いつか、この借りはきっと返すから。
 兎に角、私も、アンタらも気持ちを切り替えるわよ。幾ら此処が“鉄の要塞”でも、ね」

初春は、アスカの背後のシャッターを横目で見る。
入り口は鉄のシャッター。そして、バックヤードへの出口にはセキュリティのかかった鉄扉。
そう、今、このフードコートはまさに“鉄の要塞”だった。








時は逆巻き、放送直後。
敵軍から逃げるにあたり、具体的なプランを真っ先に挙げたのが、他ならぬ初春飾利だった。
風紀委員<ジャッジメント>。その仕事柄、あらゆる施設に突入する可能性を持っており、またそれは同時にあらゆる施設の構造に精通していなければならない事を意味している。
でなければ咄嗟の判断などできないし、突入作戦にも幅が出ない。学校、銀行、図書館、地下街、駅。様々な施設での作戦、突入、脱出をシュミレートしたマニュアルはあって当然だったのだ。
そしてそれは、勿論複合商業施設とて例外ではない。剰え、初春飾利は風紀委員では情報処理、作戦、撹乱等サポーターとしての役割を担っていた。
特攻員である白井黒子とは違い、そここそが彼女の守備範囲。
そう。敵味方合わせ、この場で最も体力のない彼女は―――しかし、最もこの場を庭と出来る、戦闘参謀のプロフェッショナルだったのだ。

「まず、動線の分断と、防災センターを制圧しましょう」

なればこそ、それが初春飾利の発した最初の言葉だった。初春は徐にフロアマップを広げると、ぺたりと床にマップを置き、ペンでスラスラと何かを書き足してゆく。

「何を書いているの?」
綾乃が中腰になりながら、怪訝そうに問う。
「後方通路ですよ」
初春はペンを走らせながら、当然の様に答えた。
「……まだ私達そんなとこまで入ってないのになんで分かんのよ。っていうか、防災センターって何?」
アスカが質すと、初春はペンを止め、したり顔を上げる。

「このデパートに入る時、最悪の場合を考えて建物の形状は一通り目視で確認しました。
 それに、警備員室には一回寄ってますし、防犯カメラを潰しに防災センターも寄っています。
 閉ざされてはいましたが、外部搬入口……あ、作業車や、工事業者が入る裏口の場所の事です。それと外部非常階段の位置も把握済みです」

へぇ、とアスカが顎をさすりながら唸った。初春は愛想笑いを浮かべると、しかしすぐに真面目な顔で続ける。

「複合商業施設建築のセオリーで、だいたいこの規模なら搬入口がある方角にバックヤード……後方通路ですね。
 それが階段と搬入エレベーターで、各階縦に動線が通っています。非常階段位置から見ても、多分後方はこんな感じの絵で間違いまりません。
 防災センターっていうのは、簡単に言えば複合商業施設の中枢。
 外部からの受付、電気機器、防災機器、および物流、警備など全てが詰まった部屋の事です。……これは、モール事務所とはまた別になるんですが」

二人が初春の手元を覗き込むと、簡単なスケッチ――お世辞にも上手いとは言えなかったが中学生にしては上出来かも知れない――が完成していた。
初春はペンでその落書きの通路を人差し指でなぞりながら、二人へ施設内部を説明する。

「一般的に、防災センターは搬入口から入ってすぐそば……ここにあります。
 搬入口は地下、ここです。外部駐車場から、搬入車は地下にこう、迂回する様なルートで降りていく形です。
 まずはこの防災センターを目指して、この施設の中枢を掌握します。ある程度防災センターで機器を操作したら、これを使います」

初春はそう言うと、スカートのポケットに手を突っ込み、金属音と共にそれを掲げた。落葉の残光に照らされて、それらはきらきらと宝石のように光を反射する。

522スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:40:01 ID:lhrTcDrE0
「……鍵?」
綾乃が小首を傾げて呟く。初春は、はい、と答えた。
「防炎シャッターボックスの鍵と、分電盤の鍵、後方通路カードキー、非常扉の鍵、エレベーターの鍵、その他諸々です。
 全部、さっき監視カメラを潰すついでに拝借したものですよ」
「……アンタ随分手癖悪いわね」

アスカが肩を竦めて、溜息混じりに半ば呆れたように言う。初春は非常事態ですから、と困ったように笑った。

「とにかく、この鍵で各区画の照明やBGMを付けながら、なおかつシャッターをランダムに締めながら……勿論、武器になりそうなものも拝借しつつ進みましょう」
「撹乱作戦?」

綾乃が呟く。初春はこくりと頷くと、マップを四つ折りにして、スカートのポケットに入れた。

「さて、敵もエレベーターを使ってこちらを追うはずです。ここからは話しながら移動しましょう」

アスカは思わずその言葉に目を白黒させた。初春の態度の変わりようもあったが、それ以上に場慣れが過ぎる、と先ず感じた。
言われるがまま頷く綾乃の後ろで、アスカは首を僅かに捻る。違和感、という単語で片付けてしまうとあまりに短絡的だろうか。
いや、けれどもそれは違和感以外の何モノでもないのだ。これでは、まるで別人か何かのようだ。
使命感、或いは、義務感。そんな何かを彼女の気配から感じ取り、アスカは顔を曇らせる。
それは、戦場で最も足枷になる可能性が高い感情だからだ。

「さっき監視カメラを潰す時、幾つかの区画のシャッターを閉めたり、BGMを付けたりしてきました。
 足音や気配は、これである程度誤魔化すことができます。この建物は、地下1フロア、地上5フロアの計6フロア。今いるのが5階。スプリンクラーが作動したのは1階。
 ここからはまず、あそこの曲がり角の後方通路に入って扉をロック。あの水の化け物には気休めかもですが、ないよりマシです。
 少なくとも、サムターンがロックされた鉄扉は、生身では開けられませんから。
 その後従業員エレベーターを使って、地下まで一気に降りましょう」

そう言いながら先導する初春に続き、綾乃が、そして後方はアスカが固める布陣で、三人は慎重且つ迅速に足を進める。
ドラッグストアを横切り、家電コーナーと寝具コーナーを抜け、本屋を横切って進んで行く。
アスカは二人の背を見ながら、背後を横目で確認する。気配は無い。しかし後を追ってきているならば、二人は同じフロアに居るはずなのは間違い無く、全く油断は出来なかった。
微かにに聞こえるのは階下からのBGM。こちらの足音があちらに聞かれ難いのは構わないが、それは逆も然りだ。いつ、どこから敵が現れてもおかしくはなかった。
アスカは四方に気を配りつつ、綾乃に続いて曲がり角を曲がる。ふと初春の方を見ると、手鏡の反射で曲がり角の先を見てのクリアリング。
ふぅん、とアスカは思わず唸った。
根拠の無い強気では無く、きちんと裏付けがある。どうやらズブの素人、というわけでもなさそうだ。
角を曲がると、後方通路の入り口があった。初春がカードキーを壁の機械にあてがうと、カチャリ、と鉄扉の中から開錠の音。
扉を出ると、直ぐに目的のエレベーターはあった。初春は角から顔を出し周囲を見渡すと、後ろの二人へ掌をひらひらと仰いだ。GO、の合図だ。

「アンタ、一体何? 素人……ってワケじゃ、ないわよね?」

従業員用のエレベーターのボタンを押しながら、アスカは小声で呟く。綾乃もうんうんと頷いていた。初春は小さく笑うと、それほどでも、と呟く。

「一応、これでも警察の真似っこみたいなこと、してましたから。
 私が所属していた風紀委員<ジャッジメント>って、そういう……なんていうか、凶悪犯罪から町の平和を守るような、正義の組織みたいなものだったんです」
「せいぎのそしき」綾乃が唄う様に繰り返す。「なんだか、すごいわね……」

523スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:43:23 ID:lhrTcDrE0
チン、と電子音が鳴る。エレベーターが開くと、三人は足音を立てないよう、慎重に中へと入った。

「私の話はそのくらいにして、敵は幾ら戦闘に長けていても、あくまで一般中学生。
 ここは経験と知識があり、施設全体の空間把握、防災機能を把握できているこっちに分があります。
 なら、兎に角イニシアチブを握り続けておくことが勝利の鍵になるでしょうね」

初春が、エレベーターのボタンの下の鍵穴に小さな鍵を入れながら、呟く。
アスカはアンタ馬鹿ァ? と言わんばかりに、その言葉を鼻で笑った。

「でもそれはあくまで、敵が施設に関して知識がない場合……でしょ?
 あっちの水の化物は喰らったら即アウトなんだから、油断大敵よ。頭のキレる奴がいたら、どうなるかなんて解らないんだから」

アスカが言うと、初春はエレベーターのボタンの下から機器をぞろぞろと取り出しながら、えへへ、と笑って頷く。

「はい。あの二人がデパートなんかでバイト経験があれば同じ事を考えられてしまってアウトですが……何れにせよ、先に防災センターを抑えてしまえばこちらのものです。
 それに、忘れてませんか? こっちにはコレもあるんですよ」

機械になにやら細工をし終わったのか、初春は二人へ振り返り、それを見せた。両手に収まっていたのは、携帯電話が二つ。
ぁ、と間抜けな声が綾乃の口から溢れた。

「そっか、交換日記……!」

綾乃が掌をポンと叩いて、目を丸くする。
そう、彼女らには未来視の力があるのだ。これがある限り、少なくとも絶体絶命の状況に陥る可能性は、がくんと下がる。

「でもあくまで、それはアンタの未来。私と綾乃の予知までは出来ない。頼り過ぎると痛い目みるわよ?
 ……さ、着くわよ」

チン、と鈴の音がエレベーターの中に響く。扉が開くと、そこは地下後方通路。
恐る恐る廊下に顔を出すと、非常口の行灯の緑色の光が朧げに満ちているだけで、殆ど暗闇に近かった。
細い通路、僅かな明かり。ホラーゲーム顔負けな雰囲気に、思わず綾乃は息を飲む。

「……暗い、ですね」
「しーっ。余計な事、喋らないの。カザリ、防災センターとやらにとっとと行くわよ」

恐る恐る呟く綾乃の唇に、アスカは静かに指を当て、か細い声で言った。しかし先頭に立つ初春は、携帯の画面を見て固まったまま動かない。

「カザリ?」

アスカはエレベーターから出ようとしない初春へ怪訝そうに問う。初春は何かに納得するように頷くと、静かに振り返り、携帯の画面を後ろの二人へ見せた。

「……いいえ、やめましょう」

告げられた言葉はここまでの行動を水泡に帰すにも同義なもので、二人は目を白黒させたが、しかし画面に表示された未来を見て、彼女等も納得せざるを得なかった。


『私は防災センターに向かいます。でも、部屋の中にはあの水の怪物が居ました。しかし、周りに彼らの姿は見えません。囮でしょうか』


「……ふんふむ。この段階では死までは予知されてないけど、これは確かに引くのが得策ね」
アスカは腕を組みながら言うと、小さく溜息を吐いて、続けた。
「……地下を抑えれば勝ちとか、偉そーに言ってたのは何処の誰だっけ?」

524スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:46:14 ID:lhrTcDrE0
初春が顔を僅かに曇らせる。まぁまぁ、と綾乃がアスカを宥めた。

「ま、いいわ。作戦は全部水の泡だけど、敵は頭がキレる。私達が先ず此処に向かうって予想してトラップ仕掛けてやがったんだし、
 それが分かっただけでもよしとしようじゃないの。水の化け物の能力に監視や感知も備わっていたら、近付くだけでも拙い。そのくらい警戒しても十分でしょ。
 勿論ブラフかもしれないけれど、能力の全容が明らかにならない以上は流石に冒険出来ない」
「あっちも日記を持っているんじゃ?」

綾乃が手を控えめに挙げながら呟くが、アスカはそれはないわ、と直ぐにかぶりを振る。

「……もし予知能力があれば、こんなに回りくどい方法を取る必要が無い。罠を用意してたって事は、予知の手段が無いって吐露してる様なものよ」
「それ自体が嘘って可能性はないのかしら?」

エレベーターの扉を再び閉めながら、綾乃が訊いた。どうかしらね、とアスカは肩を竦める。

「あり得ない話じゃないけど、メリットが少ないわ。そんな事するくらいなら、今この場所に水の化け物を何匹か送り込めば私達はオシマイなわけだし」
「そ、そうですよね……」

エレベーターの隙間という隙間から、水がこちらに押し寄せ、そのまま溺死。そんな自分を想像して、綾乃は思わず身震いする。

「それにしても、行動が完全に先読みされてたのがほんっと癪に障るわ」
「はい……まさか先回りされているとは思いませんでした」

親指の爪を噛みながら言うアスカに、初春も頷く。掌の上で転がされているようで、少なくとも気分は良くない。

「まぁ、あそこに水の化け物しか居なかったんなら完全ではなく、あくまで確率論での保険だろーけど。こりゃあ多分正面の風除室にも居るわよ。
 下の階から順番に私達を追い詰めてくつもりね……十中八九、入れ知恵したのはあの女狐だわ。
 ああいうタイプはねちっこくて用心深くて超々性格悪いのよねぇ……ああ絶対そうよ、そうに決まってる。
 ……カザリ、さっきのフロアマップ貸して」
「えっ? あ、は、はい」

初春が慌ててスカートのポケットから地図を出すと、アスカはそれを乱暴に開き、地下後方通路を指で追った。

「非常階段、搬入口は防災センター横……なるほど、これで地下からの脱出は封じられたってワケ。それが狙いか、もしくは本当の罠か……。
 とにかく、今は慎重に戻る他ないわ。暫くどっかに篭ってやり過ごすしかないわね、こりゃ。
 対峙しても単純にあの水人形には敵わないし、メールによる助けの手をアテにするしかないかもね」
「助けに来てくれるでしょうか?」

綾乃が心配そうに言う。アスカは諸手を挙げ、さぁ? と肩を竦めた。

「でも、存外お人好しは多いみたいよ? カザリのオトモダチもそうみたいだし。
 ま、いざとなったら私が纏めて守ってやるから、安心しなさい」

そそくさと地図を畳むと、アスカは初春に地図を渡し、続ける。

「時間稼ぎにしかならないけど、籠城して罠を作るなり作戦練るなりするなら、どこが良いと思う? 参謀」
「……参謀?」初春が一拍置いて小首を傾げた。「私の事ですか?」
「アンタしかいないでしょ?」
アスカは当然の様に応えた。そうですよ、と綾乃もそれに同意する。

525スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:49:50 ID:lhrTcDrE0
「私が切り込み隊長」
アスカは自分の鼻の頭を指差して言う。何となく分かるかも、と初春は思った。
「で、アンタが参謀」
続けて、初春を指差して言った。指を刺されて少しだけギクリとしたが、納得といえば納得だ、と初春は思った。
「……」
そうして当然の様に綾乃を指差して……アスカが口籠ってしまうものだから、エレベーターの中は気まずい空気に包まれた。
「……。えーと」
暫く指を指したまま、アスカは眉間に皺を寄せる。
「…………」
「………………マスコット?」
「疑問系!?」

最終的に出た答えに、思わず綾乃もツッコミを入れざるを得なかった。アスカはそんな様子を馬鹿にするように、ふん、と鼻で笑う。

「う、うっさいわね。メイド服着て何言っても、説得力なんかないんだから」
「うぅ……何もいえま戦場ヶ原よ……」
「ぁ、う、ええとぉ……まぁまぁ、それは置いといて……ここからだと、そうですねぇ……」

肩を落としてべそをかく綾乃(と、シュールなギャグ)を愛想笑いでなだめながら、初春はアスカからフロアマップを受け取り、エレベーターの壁に広げた。

「三階のフードコートエリアなら、フロアの端、鰻の寝床みたいな所ですから、敵の侵入方向が入り口に限られます。
 区画性質上、入り口には鉄の防火シャッターもありますし、テナントの厨房には武器もありそうです。
 おまけにそれなりに広く見渡しが良いのでいざという時もやりやすいと思います……うん、日記にもそう出てます。道中は安全みたいですよ」

交換日記を見ながら、初春が言う。アスカは腕を組みながら頷いた。

「決まりね。行くわよ。ところでエレベーター、さっき何か弄ってたけどちゃんと使えるの?」
「独立運転にしましたが使えます。特殊な動かし方しか出来ないので、敵さんは使えないと思いますが」

初春はなにやらボタン操作をしながら答える。
独立運転の事を綾乃が初春に訊くと、搬入用の、内部操作しか受け付けない特殊操作への切り替えです、と初春が説明した。

「二階から階段を使用します。そっちの方が近いので」
「オーケイ」
「了解です」

二階に着き、アスカを先頭に三人は進む。ここまで奇跡的に日記も特に目立った反応をしていない。
順調だ、と初春は思った。否、順調過ぎる。
勿論、防災センターを抑え、施設の照明を落とすなりシャッターを一斉に降ろすなりといった大規模作戦や脱出こそ防がれたものの、
少々上手く行き過ぎではないだろうかとふと考える。
形容できない不気味さを感じながら、初春は日記を見た。未来に何らおかしな部分は無い。全てが予知通り。
でも、本当にこれでいいのだろうか。何か、見落としていやしないだろうか。一抹の不安を抱えながら、初春はアスカの背を見る。
……そろそろ、階段が見えてくる頃だ。



「ねぇ、アンタ達、テレビの中の、怪物と戦う正義のヒーロー、見たことある?」



不意に、アスカが正面を見たまま思い出した様に呟いた。綾乃と初春は小首を傾げ、互いを見る。
意図がつかめないまま、二人は怪訝そうにアスカの横顔を覗いたが、彼女の目は前髪に隠れて二人からは見えなかった。

526スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:52:41 ID:lhrTcDrE0
「そりゃあ、ありますけれど……どうしたんですか、いきなり」

綾乃が目を白黒させながら言う。

「自分がそんな正義のヒーローになったらって、少しでも考えてみた事、ある?」

……巨大なロボに乗って戦う、ヒーローにとかにさ。アスカは綾乃の質問を無視する様に、足を進めながらそう続けた。

「……はい」初春は呟く。「あります」

アスカは足を少しだけ止めたが、背後を振り返る事なく、直ぐにまた足を踏み出した。角を曲がって、階段に差し掛かる。

「正義のヒーローは、街も勝手に壊すし負ける時もあるの。誰かを殺す時だってある。殺人鬼って、責められる時もある。
 でもね、正義のヒーローはそこで止まっちゃいけないの」
「どうしてですか」

初春は間髪入れずに質す。
アスカの酷く寂しそうな背中は、その話がただの“例え話”ではない事を、背後に立つ少女達に教えていた。

「オトナと社会は、そこで止まる奴は卑怯者だって、もっと責めるから」

アスカは目前の階段の先を見上げる様に、立ち止って頭をもたげると、一拍置いて答えた。
右足が1段目に乗る。こつり、とローファーが長尺シートの床を叩いた。

「自分の心も、友達も、感情も。常に何かを、誰かを犠牲にし続けて、正義は正義として、掌をすぐにでも裏返す薄情な何処かの誰かの為に死ぬまで動かなきゃいけないから」

「……正義って、なんなんだろう」
呟いたのは、ずっと沈黙を貫いてきた綾乃だった。
「私、よく分からなくって。自分にそんなもの、あるのかも」

綾乃は力無く笑うと、続ける。

「だから、2人がすごいなって思うの。今まで当たり前の平和しか、知らなかったから。すごい、本当に。私なんか全然ダメ」

「……解らないのよ」アスカは前を見たまま静かに言った。「正義がなんなのかなんて、誰にも解らない。ただ」
「ただ?」
綾乃が神妙な面持ちで問う。アスカは肩を落として笑った。

「きっと皆、口実つけて納得してるだけなのよ。
 結局、私もよくわかってないし。譲れない何かを正当化する為に、正義って名前をつけて納得してるだけ。
 だから、ちっともすごくなんかないわ」

果たしてそうだろうか。綾乃は拳を握りながらそう思った。
正義って、そんなによくわからない、何かの言い訳になるような、ふわっとした代物なのだろうか。
少なくとも、そんな卑怯で便利な言葉ではないと思っていた。芯が通った、一本の鈍く輝く槍のようなものだと思っていた。
でも……なら、“正義”って、一体なんだろう。
私だけ、分からないままだ。そんな事、少しも考えたことなかった。
私の“正義”って、何だろう。
私は、初春さんやアスカさんみたいに、はっきりとした意見を言えるだろうか。
……“正義”って、なんなんだろう。

527スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:55:19 ID:lhrTcDrE0
「正義の反対もまた正義だ、なんて何処の誰が言ったか知らないけどね。
 あんなの、てんで嘘っぱち。だって、だったらなんでもありでしょ?」

アスカが半ば吐き捨てる様に呟いた。
ナンデモアリ、と綾乃は鸚鵡の様に繰り返す。なんでもありよ、とアスカは続けた。

「だって、正義であればなんでも正当化されちゃう事になる。
 ……多分人はね、正義っていう口実があれば幾らでも残酷になれんのよ。戦争も、虐殺だってそう。
 だから多分、こぞってみんな“せいぎ”が好きなの。私はね、本当はアンタらに訊きたいくらいなのよ。知りたいの」

アスカは階段を登りきると、窓の外の空を見た。一面が藍に染まった闇の水面に、白銀の星が瞬いている。


「この空の下に、正義なんて―――――――――――――――――――――本当にあるのかって」


ぽつぽつと、冬の新東京に降る雨の様に、アスカは呟いた。その背中は酷く寂しそうで、綾乃は声を掛けることが出来なかった。
そうして口を間一門に噤む綾乃を尻目に、初春は半ば反射的に口を開く。
しかし彼女に歯向かう為の言葉も、その行方も分からず、当てもなく開いた口を閉じる。
反論すべきという理由もない反骨心だけが、初春の心の中で、水面に浮かぶ葉の如く不安定に揺れていた。

「ねぇ」

そんな気持ちを知ってか知らずか、アスカはそう言って二人へ振り返る。ふわりと天使の輪が浮かぶ栗色の毛が揺れて、煤けた空色のスカートはバルーンを作った。
綾乃と初春は、しかし思わずアスカの面構えを見て息を飲んだ。
疲れ果てた、或いは泣き出しそうな。そんな、指で触れれば崩れかねない曖昧な表情が端正な顔に浮かんでいたからだ。
それは彼女の迷いだったのか、一瞬見せた弱みだったのか。
何れにせよ、その表情は次の瞬間にはいつもの気丈なそれへと変わっていた。
廊下には、窓から漏れた星明かりが菱形に切り取られて差している。
その光はまるで壇上を照らすスポットライトの様に、三人を包み込んでいた。

「それでもアンタ達は、正義になりたい?」

アスカの問いに、二人の少女達は考える。
誰かから恨まれても、石を投げられても、それが正義かどうかも分からなくても、正義を掲げる覚悟が、自分にはあるだろうかと。
小さなことでも、そう、ゴミを拾ったにも拘らず偽善と罵倒され、倒れた自転車を直しただけで犯人ではないのかと勘繰られ。
全く見返りがなく、損しか無くとも正義だと胸を張れるだろうか。
本物に、全てを仇で返されても平気なのだろうか。少しでも、腹が立たない保証なんて、あるのか。
利が目的ではないのだと、“してあげたのに”と、僅かでも思う心は、本当に無いと言い切る事が、果たして出来るだろうか。
出来ないというのなら、それは本当に、真の正義なのか。

「……私、は……」

初春は瞳を閉じる。瞼の裏側は、夜より深い漆黒の闇だった。辺りには、星一つありはしない。

528スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 17:59:50 ID:lhrTcDrE0
とぐろを巻きながら、思考の海で光が、正義が歪み、闇へ、深淵へと沈んでゆく。光の届かぬ、暗闇へ。空気の尽きた、死の底へ。
待って下さい、と初春は闇海の中で叫んだ。声の代わりに、ごぼごぼと口からあぶくが吹き出す。冷たい水が、容赦無く細い白い四肢から体力を奪ってゆく。
もたつく足をばたつかせ、初春は必死に届けと手を伸ばした。けれども指先の隙間をくぐり抜け、少女を嘲笑うように正義は堕ちてゆく。
待って。初春は叫んだ。声はやはり水に掻き消えて、泡沫の向こう側。
暗闇に飲まれてゆく正義を、濁りきった視界で見届けながら、ただ、思考の海中をゆらゆらと彷徨う。
初春は堪らず身震いをした。得体の知れぬ茫漠とした不安だけが、やはり胸の芯をきりきりと痛め付ける。
怖い。
そうだ。何時だって怖かったのだ。
正義が何処か遠く、自分の手の届かぬ彼方へ、消えてしまうことが。
理由と行先を失って、海原を漂うことが。
風紀委員という舵を、失うことが。
初春はゆっくりと瞼を開く。正義の正体は、きっと、少なくとも綺麗なものなんかじゃあ、ないのだろう。
だけど、それでも見つけ出して、認める必要がある。

……あの日あの時あの場所で、確かに私の中で何かが“せいぎ”になったのだと思う。

でもその先があった。その先の正義だって、本当は“せいぎ”でしかなかいのかもしれない。
なればこそ正義のその先の、何かがきっとあるのだ。そしてそれは、今度は自分自身で掴み取る必要がある。
何かに頼るのではなくて。
何かに、自分を変えてくれると期待するのでもなくて。
誰かの言葉に、約束に、導かれるわけでもなくて。

初春は瞳を静かに開いた。開く視界の先には、窓の外で煌めく、何を祝福するわけでもない、数多の星の海。

「少し、待ってくれませんか」
初春は言った。
「……解らないんです。私はきっと、まだ何も知らない雛鳥だから」

嗚呼、だけど。
だけど何時だって雛は、やがて飛び方を見つけて巣を飛び立つのだ。

「考えなさい。誰かの言葉でも、何かの決まりでもない、アンタのその花が咲いてる平和な頭でね」

“正義”の先の何か、私に、見せてよ。アスカは笑ってそう呟くと、踵を返して前に進みだす。

だから、彼女は気付けなかった。
初春飾利の顔だけでなく、杉浦綾乃の顔に、黒い影が差していたことを。

529スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 18:02:59 ID:lhrTcDrE0
時は戻り、フードコート。ここで漸く状況は回転し、止まっていた時計は動き出す。

「うわ、つめたっ。……アレ? 水、こんなとこまで溢れてきてるわね」
不意に、綾乃が呟いた。アスカが覗き込むと、その水は鉄のシャッターの向こう側から、隙間を通って滲み出してきているようだった。
「多分、スプリンクラーの水でしょ。……雑巾とか無いの?」

アスカが言った直後、初春の思考を何かが乱した。混線したように、クリアだった思考がノイズと共に濁りだす。
どくん、と心臓が跳ね、嫌な汗が背筋をつうと流れた。頭のなかで、警鐘が鳴る。水。スプリンクラー。……本当に?
スプリンクラーが作動したのは、一階のはずだ。此処は三階。
スプリンクラーから溢れた水が染みてくるなど、ましてやそれが今頃になって流れてくるだなんて、有り得ない。
ならば、どうして? 決まってる。そんなことを出来る人間は、そんなことをする人間は、一人しか、いないじゃないか。
ざざあ、と、ポケットの中からノイズの音。見なくとも、画面の文字は想像できた。デッドエンド。自分達の、死の未来。

「違う!! それは!!」

初春が咄嗟に叫ぶ。え、と間の抜けた声が綾乃の口から漏れた。
辛うじてその真意に気づいたアスカも、叫んだ張本人の初春も、反応が二歩遅かった。




「みぃつけた」




何処からか聞こえた声に、ぞわり、と三者の全身に立つ鳥肌。生暖かい舌で全身を舐められるような不快な感覚が、肌を包む。
瞬間、どう、とフードコートの入り口の方から大きな音がした。いや、音というよりはそれは強い衝撃に近い何かだった。爆音か、或いは重力か。
体の芯まで音が伝わり、びりびりと妙な圧力が肺を押す。空気と、壁と、天井と、床が、何かに恐れるように震撼した。
揺れる世界に身体のバランスを崩され、弾き飛ばされながらも、三人のうちアスカだけは、その状況を確りと双眸で把握していた。
鉄のシャッターを水圧で破壊し尽くしてもなお、緩まることのない出鱈目な速度で水流が部屋に入り込んでおり、
また、砂埃と濁流の嵐の中、廊下に、一人の人間が立っていた事を。
羽織っているフード付きのカナリアイエローの雨合羽は、きっと道中で入手したのだろう。

アスカは目を細める。黄色は幸せの象徴とか言うけれど。残念、こいつだけは例外。何が幸せなものか―――ねえ、死神、御手洗清志。

「―――――――――――――――――――――逃げろッッッ!!!!!」

叫んだのは、アスカだった。
体勢を崩した初春と綾乃が、ここで漸く状況を、奇襲を理解する。
そうしてアスカを、その視線の先の御手洗を、その醜悪な顔を見て、二人は明確な死の予感に戦慄した。

「早く!!!!」

アスカが間髪入れず叫ぶ。
「い、嫌です!!」
真っ先に反論したのは、最もアスカから遠くまで濁流に弾き飛ばされた綾乃だった。アスカは目線だけで周囲の状況を確認し、溜息を吐く。
「意地ぃ張ってる場合じゃないでしょ! 馬鹿ッ!!」
「でもそんなこと見捨てるのと同じです! そんなの出来ない!!」

530スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 18:11:42 ID:lhrTcDrE0
ばたばたと近づいてくる音に、アスカはうんざりしたように舌を打った。
ふと後ろを見れば、綾乃は直ぐ側まで近づいてきている。アスカは自分の頭にふつふつと熱い血が上るのを感じた。

「近づくな! 的が一箇所に絞られるだけよ! つべこべ言わず逃げなさい馬鹿ッ!」
「でも、でもッ!!」
「でもじゃないわよ!! いいから逃げろっての!」

アスカは側に寄る涙目の綾乃を払いのけると、横目で御手洗を見る。目の前に、水兵が迫っていた。
いつの間に、と、疾い、が重なり、体が一瞬強張る。その隙を見逃すほど、御手洗は生易しくはなかった。
人型をした水兵の蹴りが、アスカの土手っ腹へめり込み、インパクトと共に体を弾き飛ばした。

「誰も逃がさないよ」

綾乃と初春は、思わず口をぽかんと開けた。
アスカが胃の中のものを空中にバラ撒きながら、まるで人形か何かのように数メートル吹き飛び、フードコートの椅子と机をなぎ倒しながら、沈黙する。
一拍置いて、綾乃の黄色い悲鳴が上がる。最悪の状況だ、と初春は思った。

「うるさいな、お前」

御手洗は無表情のまま通路に立ち尽くし、三体の水兵をフードコートの内部へ放つ。無抵抗の綾乃を、その三体は蹂躙せんと跳びかかり―――

「させ、ませんッ!!!!」

―――白煙が、それを阻害した。

「初春さん!?」

綾乃が見ると、初春の手には、赤い大きな円筒と、黒いノズル……消火器が、握られていた。
初春は重そうに抱えていたそれを放り投げると、綾乃の手を取り引っ張る。

「逃げましょう、皆で!!」

初春は叫んだ。二の句を待つこともなく、瞬く間に消火剤はもうもうと辺りを満たし、この場にいる四人の視界を封じていった。
初春は煙のまだ届いていないアスカの元へと駆け寄り、アスカの頬を叩く。アスカは何度か咳き込み血液混じりの唾を吐くと、不快そうな顔をしながら腰を上げた。

「痛ったァ……だから早く逃げろっつったのよ、このっ、馬鹿……」
「式波さん、血が!」

狼狽える綾乃の言葉に、アスカは口元を拭う。血に染まるシャツを見て、舌を打った。内蔵をやられてはいないだろうけど、一撃でこのザマだ。

「大したこと、ないっての……別に腹、痛くないし。口の中切っただけよ」
「でも、血が!」
「煩いッ! アンタらは逃げなさい。さぁ、走って! 早く!!」
「何言ってるんですか!? 皆で逃げるんです!」

531スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 18:14:35 ID:lhrTcDrE0
震える金切り声で叫んだのは、初春だった。アスカは違和感を感じて、少女の顔を見る。
一番冷静そうな彼女の顔は、しかし冷や汗でぐっしょりと濡れ、双眸は何処か焦点が合わず、紫色の唇はぶるぶると震えていた。
拙いな、とアスカは眼を細めた。同時に、部屋の中をざあざあと雨が降り始める。
いいや、雨ではない。煙にスプリンクラーが発泡したのだ。これでは折角の白煙が晴れるのも時間の問題だな、とアスカは思う。
やれやれ、そろそろ仲間ごっこも潮時か。

「……手負いの私を抱えて逃げるって? 冗談はよしなさいよ。早く逃げなさい。私のことはいいから、早く。
 いい? バラバラに逃げるのよ。生存確率を少しでもあげる為に。後方通路にはいったら二手に別れなさい。外で落ち合うの。携帯があるから大丈夫よね?」
「でもッ!!」
初春が鼻水を垂らしながら泣き叫ぶ。
「走りなさい……このままじゃ、皆仲良くあの世行きよ」
「嫌です!!!!!」
アスカの顔から笑みは消えている。本気で言っているのだ、と綾乃は理解した。
綾乃は背後を振り返る。晴れてゆく煙の向こうに、畝る水の化物と、黄色い悪魔が立っているのが薄っすらと見えた。
「走れッ!!!!!!!」
「嫌だッ!!!!!!!!!」
間髪入れず初春が叫んだ。今にも壊れてしまいそうな、酷く不安定な表情だった。アスカは大きく息を吸う。




「走れえェえぇエェぇぇェェぇえエぇェェェぇぇえェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!!!!!!!!!!!!!!!」




天からの一閃、青天の霹靂。
雷が、綾乃と初春の脳天を打った。
その声に二人は肩を、体を、心を震わせる。断末魔の様なそれは最早願望の類ではなく、命令にさえ感じられた。
心、違う。或いは、いのち。その言葉には、命や魂のような何かが篭っていた。
二人は潤む瞼を必死に拭い、踵を返す。従わなければならない。本能でそれを理解したからだ。
まさに、脱兎の如く二人は暗闇へと駆け出す。納得のできないまま、ただただ背後を振り返らず、風のように後方通路へと駆け抜ける。

「そうよ、それでいいの……あんたらまで死なせちゃ、私の立つ瀬が無いっての」

誰もいなくなった部屋に立ち、アスカは天井を仰ぐ。スプリンクラーから溢れる雨を顔に受けながら、アスカは溜息を零した。
同時に、ぱちぱちぱち、と乾いた拍手の音。アスカは咄嗟にキッチンから拝借しておいたナイフを抜いて振り返った。
白い粉塵の向こう側に、ぼんやりと黄色の影。二秒遅れて白煙が晴れ、そいつは姿を現す。

「かっこいいね。正義のヒーローのつもりかな?」

悪魔の様に冷酷な笑みを浮かべながら、御手洗清志はそこに立っていた。

「はっ」
アスカは少年を鼻で笑う。
「笑わせてんじゃないわよ。アンタこそ英国紳士のつもり? その割には餓鬼臭いけど。身分不相応もここまで来るとギャグね」

御手洗はその言葉に、被っていたフードから頭を出し、にかりと嗤う。
紳士。自分には似合わない台詞だ、と思った。身分不相応、か。成程言い得て妙だ。

「僕は外道じゃあないからね。でも残念。お前もあいつらも、此処で死ぬんだぜ。今頃光子がどっちかを追ってるはずさ」

532スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 18:18:45 ID:lhrTcDrE0
成程それであの女狐が居なかったのか。存外ヤバイかな、こりゃ。
アスカは内心そう思い舌を打ったが、いいや、とすぐに思い直した。
信じる事くらいしてやらなければ失礼だ。それに、こいつを一瞬でのして助けに行けば良いだけなんだから。
ま、それが出来れば苦労はしないんだけど。

「あーら、本当にそうかしらね? あんたみたいなモヤシに私、負ける気しないけど?
 それに、あまりあの子達を舐めない方が良いわよ。“窮鼠猫を噛む”……確か、日本の諺よね?」

アスカは額に脂汗を浮かべながら、不敵に笑った。裏打ちのない口上は、虚勢以外の何物でもない。
勝率は、正直な話、ゼロに限りなく近い。アスカ自身それを理解していた。自分では勝てない。半ばその現実を認めてしまっていたのだ。
勝てない勝負はしない。戦士ならば当たり前の事だ。それを、どうして守らなかったのか。
アスカは苦笑する。不思議な感覚だった。少し前まで、誰かを殺そうとしている自分が、何故こんな下らない事をしているのだろう。
私は、誰の為に戦うんだっけ?
アスカは自分に問う。
誰の、為?

「へぇ。博識なんだ。でも、どれだけ腕っ節に自信があっても無駄だぜ。僕の水兵は無敵だからね」

余裕そうに初焼き肩を竦ませる御手洗に向かって中指を立てながら、アスカは自分を見た。
語弊がある表現だが、鼻息を荒くしている自分の背の向こう側で、冷静に自分を客観視しているもう一人が居たのだ。

「無敵っつー台詞はかませ犬の常套句なのよねぇ」

降り止まぬスプリンクラーの雨に濡れたスカートを絞りながら、アスカは呟く。
御手洗は表情だけで嘲笑った。前髪から、忙しなく水が滴る。

「ほざけよ。直ぐに挑発すら言えなくなる」

腰を低く落とし、アスカは懐からもう一本、ナイフを取り出した。
右に長めのナイフ、左に短いナイフを構え、じりじりと距離を詰めてゆく。ナイフの切っ先を、雫が滑り落ちた。

「つべこべ言わずかかってきなさいよ、クソガキ」
「言われなくともそうしてやるよ、クソアマ」

ぱちん、と御手洗が指を鳴らした。それを合図に五体の水兵が濡れた地面から立ち上がる絶望的な景色を見ながら、アスカは自嘲する。
自分がやった事は、何の事はない、ただの自己犠牲だ。
それを果たして、“守る”と言えるだろうか。自分が死んで、彼女達を逃がす時間稼ぎになったとして、それは、彼女達を守ったのだと、胸を張って心の底から言えるだろうか。
いいや、言えないだろう、とアスカは水兵の初撃を紙一重で避けながら思った。言える筈がない。
チナツにやられた事を、自分はあの二人にしようとしているのだ。この荷を全て無責任にほっぽり出して、あの二人に横から投げつけようとしているのだ。

「どこまで逃げ切れるかな?」

そこまで考えたところで、空気を震わせる生暖かい声に現実へと引き戻される。
はっとした瞬間には、既に目前へ鞭のようにしなりながら迫る水兵の薙ぎ払い。
かろうじてそれをジャンプで躱すと、アスカは中空でナイフを流れる様に投げた。
右手の一本、左手の一本、更に懐から三本。
風を切るように投擲された計五本は、具現した水兵の脇をすり抜け、御手洗の体へと正確に照準を定めていた。

533スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 18:20:27 ID:lhrTcDrE0

取った。

アスカは空中で身を翻しながら、そう確信した。
水兵の弱点は、術者が手薄になる事にある。能力に絶対の信頼を置き、かつ完全に攻撃を水兵に任せている御手洗は、安全圏でポケットに手を入れ仁王立ち。
懐は完全にガラ空きだ、とアスカは睨んでいた。故に狙うならば先ず本体から、と。

二秒と満たぬ滞空時間の狭間で、しかし―――――――――そのアスカの考えは、見事に打ち砕かれる事になる。
瞬きすら遅い、そんな圧縮された時間の中、朧げな星明りに反射するナイフの切先の向こう側。
御手洗の姿が、その表情が、アスカの網膜に焼きついた。
息すら飲めぬ刹那、二人の視線がナイフの軌跡越しに交差する。

違う。

アスカは思考を経由せず、半ば本能で誤りを理解した。
何故なら五本のナイフの弾丸を前にして、その絶体絶命な状況を前にして、けれども御手洗は―――笑っていたのだ。
御手洗が羽織るカナリアイエローの雨合羽。その隙間から、フードから、ボタン掛けから、袖から。細かい縫い目から。
彼を守る様に、或いは閉じ込める様に水が咲き、彼を中心として瞬く間に球体状の水のヴェールを作り上げた。

疾い。

アスカは舌を打ちながら思った。疾過ぎる。用意していなければ到底出来ない対処速度だ。
投擲されたナイフ達が虚しく水の壁に呑まれてゆく様を細めた見ながら、アスカは着地する。
読まれていた。アスカは苦虫を噛み潰す様に歯を軋ませる。その事実は百戦錬磨であるはずの彼女にとって、少なからず屈辱に値した。

「残念だったね。遠距離で僕を直接狙うのは想定済みだぜ!」

御手洗はくつくつと笑いながら吐き捨てる様に叫んだ。水のドームに浮かぶナイフを一本手に取ると、御手洗はそのままナイフで薙ぎ払う様に、水流のドームを解除する。
ナイフの軌跡に沿って弾ける数百の細かい雫の向こう側を、アスカが居るはずの着地点を、御手洗は睨んだ。

そう。
居る、はずの、だ。

瞬間、御手洗は思考に一瞬の空白を余儀無くされた。
二秒。
御手洗が状況を理解するまでに要した時間だ。
何故居ない、どこへ消えた。逃げたのか。そう思ったのが半秒。
もし、水兵の盾とナイフを目晦ましに利用したとすれば、と仮定を立てるまでに1秒。
ならば、敵は死角。背後だ。そう結論付けるまでに、半秒。
その二秒間があれば、アスカには十分過ぎた。



「でも、私の方が一枚上手ね」



死角からの妖艶な声と同時に、強い衝撃と鈍い痛みが御手洗の背を走った。
恐る恐る御手洗が頭を下げ背後を見れば、鬼の形相のアスカと目が合う。確りと握られた果物ナイフは、深々と背に突き刺さっていた。

534スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 18:23:32 ID:lhrTcDrE0
「アンタの手品、シーマンとやらは、オートじゃなくリモート系の操作能力。それは一回目の戦闘で解ってた。
 幾らあんたが賢くたって、だったらせいぜい動かせるのは五体が限度だろうって目算もあった。
 だから、先ずは本体を狙う。咄嗟の対処でまず間違いなく他の五体は動きが止まるから。
 次に、目を奪う。リモートなら、目視は絶対条件よね? その証拠に、アンタはわざわざ戦場に出向いてきてる。
 あの水のドームは悪手よ。アンタねぇ、わざわざ自分で死角作っちゃだめでしょーが」

アスカはナイフを刺したままぐるりと回転させ、にかりと嗤った。一泡吹かせてやった、そんな表情だった。

「敗因は、アンタが馬鹿だった事よ。覚えときなさい」

御手洗は崩れ落ちる様に、がくりと膝を床につく。
ただ。



「……は、……だ」



ただ、誤算があったとすれば。

「馬鹿は、お前だ」

アスカに誤算があったとすれば、それは御手洗の雨合羽の下の水兵が、一匹だけだと思っていた事だろう。
内臓の中から震え上がる様な、心臓の中から血が凍りつく様な、そんな冷たくねっとりとした声色で、御手洗は嗤う。
アスカは反射的にバックステップで距離を取った。
拙い。
そう思った時にはもう遅い。カナリアイエローの雨合羽がばさばさとはためき、隙間という隙間から、水が溢れ出す。

「二人も仲間を散らせた癖に、背後を防御しておかないわけがないだろ」

予想外の出来事に強張るアスカの全身へ、溢れ出した水が蛇の様に絡みつく。
アスカは、抵抗せず諦めた様に笑った。

「あーあ。私の、負けね」

……ああ、そうか。

目前に高速で迫る化け物を、腕と足を舐める様に絡まる水の触手を見ながら、アスカはようやく理解した。

呪いだったのだ。

自己犠牲は、呪いだった。生き残った人間に深い傷と自責と後悔を強い、“守る”事に異様なまでの責務を感じさせる、呪いだ。
何で、それを今更。
守る事に躍起になって、任された事を枷にして、役割を、役者になって履行していた事に、今更気付くなんて。
死んだところで、この役割が移動するだけなのだ。
守っているのではない。呪いを掛け直しているだけだ。残った者はまた自分を犠牲にして誰かを助ける。その連鎖だ。
そうする事でしか、この心の痛みも、罪も、傷も、癒えないのだ。


「参ったわね、ホント」


顔が化物の水面に沈んだ瞬間、アスカはナイフを水中で手離しながら苦笑した。

535スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 18:27:36 ID:lhrTcDrE0
視界が濁り、口からぼこぼことあぶくが出て行く。ゆらゆらと水に揺れる髪の向こう側に、屈折した星の光を見た。
冷たい海の中でアスカは、当然の様に抵抗をしなかった。無駄だと理解していたし、色々な事が心底うんざりだった。
死を享受しているのかもしれない、とアスカは思った。……死を、享受?
……本当に?
脳裏で真っ赤なワンピースを着た小さな女の子がけたけたと狂った様に黄色い声で嗤う。
ぼろ切れの様なぬいぐるみを大事そうに抱きながら、女の子は不意に嗤うのを止めて私を睨んだ。

うそつき。

そいつはただ一言、私にそう言う。
がぼり。口から大きな泡。酸素が、足りない。苦しくなって、目をかっと見開く。苦しい。苦しい。くるしい。嫌だ。
だれか、誰か。だれか、おねがい。たすけて。
水面から出ようと、手足でがむしゃらに水を掻いた。水面は訪れない。
嫌だ。アスカは叫んだ。嫌だ!
早く。くるしい、くるしい。いや、いやだ。嫌っ。いや。いきたくない。しにたくない。死ぬのは、嫌。
こんなに苦しみながら、どうして私が死ななきゃいけないの。孤独に、誰にも愛されずに、どうして、私が。

アスカは血走った目をぐるりと動かす。靄がかかった水のヴェールの向こう側の少年と、目線が交差した。
アスカはそいつに向かって手を伸ばす。殺してやる、と言ったが、声にはならず泡沫と消えてゆき、代わりに大量の水が口と鼻の中を逆流していった。

こんなに苦しいなら、いっそ助けなければよかった。アスカは歯を剥き出しにしながらそう思った。
あいつらを犠牲にして、生き抜けばよかった。私は、私の為に戦って、私の為に生きたかった。
どうして、何の為に、そこまで。あいつらを守っても、私には何もないのに。そんな事最初から理解してたのに。

でも、そう。じゃあ、なんで私は守ったのだろう。本当に呪いだったのか、そうじゃないのか、それが私の正義だったのか。
嗚呼、解らない。解らない。

ねぇ、ママ。わからないよ。わたし、どうすれば、よかったの。

アスカは落ちてゆく意識の底で、死への恐怖の中で、それでもなお考え続けた。
憎悪と、後悔と、憤怒と、そして満足感が入り混じるイドの底へ、落ちてゆく。堕ちてゆく。

正解は、誰にもわからないブラックボックスの中。















沸き上がる罪悪感に顔を伏せ、ただ、逃げる。
身体が、火を噴く様に火照っている。喉は干上がった湖の様にからからで、髪の毛の先から足のつま先まで、全身の全てが酸素を欲していた。
ぜぇ、ぜぇ、と体で息をする様に、水面に口を出す魚の様に、ぱくぱくと間抜けな顔で空気を吸う。
心臓は少ない酸素を身体の先の先までくまなく送ろうと、今にも爆発しそうな音を上げながら、胸の中心で跳ねていた。
びっしょりと、全身は生温い汗で濡れていた。シャツが肌にびったりと張り付いて、酷く気持ちが悪い。

536スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 18:29:02 ID:lhrTcDrE0
酸素が、足りない。
少女は先ず、痺れて感覚が無い手脚を全力で振りながら、そう思った。
霞む視界、縺れる足、震える手。暫くして何かに躓き、盛大に倒れ込み地面へ顔を擦った。かっと目を見開き、少女は全身を震わせる様に息を吸う。
四肢が立ち上がる事を拒否していた。乳酸が溜まった足が、ぶるぶると悲鳴を上げる様に痙攣している。
限界だった。もう、走れない。少女は己の体力の無さを呪った。

「っばァ゛! がっ、はぁ、がぁ、はぁ、ハァッ! アバァっ、ハァ……んくッ……はぁ、はっ、ハァ! うっゔ……ゔゔゔゔゔぅッ……!!」

止めてしまった。止まってしまった。
少女は、初春飾利は、身体をくの字に曲げて喉の奥から、肺の奥から、肺胞の一つ一つから、内蔵を捻じ切る様に様に叫んだ。
止まりたくなかった。走る事だけをただ真っ直ぐに考えていたかった。足も、思考も、目線も、ただ前だけを見て、前だけに進みたかった。

「ゔゔゔゔっ……ぐぅぅぅぅ゛ッ……!!」

がんがんと、初春は頭を何度も床に打ち付け、水っぽく咳込むと、身体を小さく丸めた。
涙と鼻水で顔を情けなく汚しながら、唇をぎりぎりと噛む。鉄の味がした。
なんて、情けない。なんて、無様。初春は血を絞り出す様に嗚咽を漏らした。

「な゛に、が、ぜい゛ぎっ……!!」

腹の底から、初春は叫んだ。打ち付けた額から、脂汗と血が滲む。

「ばも゛れ゛ばい゛ッ……だれ、びどり゛ッ……!!」

正義が聞いて呆れる。お前は、誰も守れない。ただの尻尾を巻いて逃げた負け犬だ。
最低の、人間だよ。少女の中で蠢く影が嘲る。
逃げたのだ。初春飾利は、式波=アスカ=ラングレーを見捨てて、あの状況から無様にも逃げ出したのだ。
迷いも何も関係あるものか。信頼も何もあるものか。あの地獄へ、一人の少女を置き去りにしたのだ。自分の命欲しさに、殺したのだ。それが結果だ。
そんな正義があるものか。そんな正義が居るものか。そんな人間が、生きていいものか。

……でも、あの状況ではああするしかなかった。そうでしょ? 私は何も悪くないよね?

胸の奥にぽっかりと空いた穴の奥で、影がそう言ってけたけたと嗤う。

ひとりでも生きなきゃいけないもん。だから、1人くらい居なくなったって平気平気。全員が死ぬより、よっぽど良いでしょ?
仕方ないよね。だって私、弱いもん。助けられないんだもん。だから、見捨てたんだよね? ねぇ、違う?

影が馬鹿にする様に言った。
やめて。初春は叫ぶ。やめてください。
声にならない絶叫がデパートの中に響いた。堪らなくなって、初春は嗚咽を漏らしながらがりがりと床に爪を立てる。
痛い。指先も、頭の中も、心も。胸が抉られる様な酷い鈍痛に、初春は堪らず競り上がる何かを吐き出した。
びたびたと吐瀉物が床を濡らす。鼻の奥から、つんと酸の臭いがした。何度か胃の中のものをぶちまけて、初春は震えながら深く息を吸う。
汚い。そう思った。自分も、正義も、世界も、現実も。全部、全部、濁っていた。視界に映る全てに吐き気がする。
助けて、と初春は小さく呟いた。だれか、だれか。

「だれでもいいんです……だすけて……おじえでぐだざい……わだじ、どおずれば、よがっだんでじょおが……」

537スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 18:38:32 ID:lhrTcDrE0
静まり返った空気は何も答えない。此処には誰も居ないのだ。
お調子者のスカート捲り魔も、突っ走りがちの正義感の塊のような親友も、そんなメンバーを纏める、みんなのヒーローも。
初春は嗚咽を漏らしながら、咳をした。脳裏に浮かぶのは、あの人の大きな背。私の、一番だいすきな、親友の背。

……佐天さん。貴女なら、どうしますか。

初春はその背に訊いた。彼女は手をひらひらと翻し、解らない、とこちらに背を向けたまま言った。

……解らないわよ、そんなの。その時にならなきゃ解らない。それに、私、初春じゃないから。
でもね。少なくとも、その時にやりたいって思った事をするんじゃないかな。正しいとか正しくないとか、きっとそーいうのじゃ、なくってさ。

彼女は続けた。力がなくても、未来が決まっていてもですか、と初春は間髪入れずに言った。
彼女は頷きながら振り返る。とびきりの笑顔だった。

当たり前じゃない。初春、忘れたの?
“想いを貫き通す意思があるなら、結果は後からついてくる”。ねえ、そうでしょ?
……だから、いってらっしゃい。

その言葉に、はっとした。胸の奥がじんと熱くなり、全身が震える。目が醒めるようだった。頬が打たれるようだった。
そうだ。そうだった。そうだったんだ。
ふらふらと立ち上がり、初春は笑う膝に鞭を打つ。ぐしゃぐしゃになった目と口元をぐいと拭うと、初春は情けない顔で背後を振り返った。
廊下の向こうまで、漆黒よりも濃い暗闇が続いている。
死の淵へと続く茨道だ。進めば、二度と戻れない。願いにも背くことになる。失望されるかもしれない。何も出来ないかもしれない。
初春は酸味の残った鼻水を啜りながら、足を床に擦りながら後退った。
怖い、でも。

―――いま、私が思う、やりたいこと。

初春は目を閉じる。赤みを帯びた闇があるだけで、そこにはもう親友は居ない。
でも、十分だった。夢幻でも、妄想だろうが、十分だったのだ。

「いってきます」

ポケットの携帯から、砂嵐に似たノイズが走る。未来が変わった瞬間だった。









538スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 18:48:21 ID:lhrTcDrE0
杉浦綾乃は走っていた。この場で最も正義に対して無知である彼女もまた、葛藤の迷路の中を突き進む。
心臓が胸を突き破って、飛び出しそうだった。周りの景色から、色が抜け落ちて見えた。周りの音は聞こえない。
匂いも何も感じず、自分の荒い呼吸と心音だけが、鈍く体の中を反響していた。何処を走っているのかも、何故走っているのかもよく判らない。
本当に、これが正しかったのだろうか? その疑問だけが、ぽっかりと空いた胸の中に寂しく転がっている。

「あ゛っ」

足を絡ませ、床にべちゃりと無様に倒れこんだ。ぜえぜえと全身で空気を吸いながら、綾乃は拳を握った。
走る事を止めた瞬間に、初春さんはちゃんと逃げたのだろうか、とか、式波さんは無事だろうか、とか、月並な心配ばかりが頭に浮かんできた。
そうじゃない。綾乃は倒れたままかぶりを振った。
私はそれでいいのかって事、杉浦綾乃。あんたの正義はなんなのって話よ。

「はっ、はアッ……わ、はあッ……わた、し……ハァ!……私、……違う……」

綾乃はゆっくりと立ち上がると、目の前を見た、下に降りる階段だ。これを降りきれば、安全に外へ出ることが出来る。
アスカはそれを望んだのだ。自分の身を呈して、与えてくれたチャンス。無駄にする訳にはいかない。
死になくなければ、降りればいい。初春だってそうしてるはずだ、と綾乃は汗を拭った。
今更戻るだなんて、むざむざ死ににいくようなもの。まだ、当分そちらへ行くつもりはないと、誓ったばかりじゃないか。
だったら、答えは出ているはずだった。彼女を見捨てて生き残る。それだけの、単純明快なお話。

「でも…………私が、見た、い、のは、そんな……未来、じゃ……」

一瞬の葛藤。階段を降りようとした瞬間、その隙をつくように、悪魔は現れた。




「あらあら、かけっこはもうお終い?」




聞こえた声に、慌てて綾乃は振り返った。窓を、月明かりを背に、女が、相馬光子が立っている。
咄嗟に距離を取ろうとするよりも早く、光子の拳が綾乃の無防備な鳩尾を抉った。

「か、ぐ……ぁ、か、はっ……」

堪らず体をくの字に折る綾乃の顔を全力で蹴り飛ばすと、光子はくすりと笑った。
綾乃にとって、それは初めてに近い殺意のある暴力だった。容赦も情けも微塵もないその悪意の塊に、綾乃は床をのたうち回る。
痛い、痛い、痛い!!! 綾乃は胃液を吐きながら思った。呼吸ができない。息を吸えても、吐くことが出来ない。
視界がホワイトアウトして、じんじんと体の内側から、内蔵を刺すような鈍い痛みが迫り上がる。
続いて、網膜の裏側に火花が散った。訳もわからず、地面をバウンドする。視界が一瞬、ブラックアウトした。畳み掛けるように、灰色の砂嵐が視界を走り抜ける。
顔を殴られたのだと理解するまで、数秒を要した。慌てて顔に手を当てると、鼻から信じられないくらいの血が流れていた。
痛さよりも、先ずは熱さが顔に広がった。続いて僅かに遅れて痛みが襲う。焼けるような激痛と、炙られるような熱だった。
周囲の状況を把握するよりも早く、綾乃は此処からどうにかして逃げることを先ず考えた。敵わない。殺される。そう思った。
鼻から血を無様に垂らしながら、綾乃はなんとか逃げようと階段の方へと転がる。

539スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 18:56:31 ID:lhrTcDrE0
「うふ、まるで芋虫ね」

光子はそんな綾乃に跨ると、その細い首へと手を回した。首がゆっくりと閉まる感覚を、綾乃は初めて体感する。
顔の奥が膨張するような、喉の奥が熱くなるような、そんな感覚だった。徐々に頭の中をぼうっと、靄がかかってゆく。苦しい。息ができない。

「ば、な…離、ぜッ……!!!!」

それは、綾乃の精一杯の抵抗だった。首を絞める光子の横腹を、思い切り右手で殴る。油断していたのか、光子は悲鳴を上げて簡単に首から手を離した。
その隙を見計らうように、綾乃は全力で体の上の光子を投げ飛ばした。黄色い叫び声と共に、何か転がるような音が耳に入る。




ばたばたばたばた、ごきゃり。




―――嫌な音だった。
びっくりするくらいに呆気無く、彼女達のキャットファイトは雌雄を決してしまう。それも、不運な事故という、あまりにも拍子抜けする形で。
何が転がって、どうなったのか、綾乃には直ぐに想像がついた。その鈍い音が何を砕いた音なのか、想像できないほど綾乃は馬鹿ではなかった。
ふらふらと立ち上がると、綾乃は数回、水っぽく咳をする。息を吸うと、鼻からどばどばと血が溢れてきた。
朧げな視界が次第に晴れていき、綾乃はここで漸く周囲を見渡す。
自分が階段の踊場に立っていることに気付き、そして、その階段の下で相馬光子が頭から血を流して倒れている事を、改めて把握する。
一瞬卒倒しそうになるが、綾乃は手摺に捕まり、なんとか立ったままこの惨状を理解した。

「ち、違うわよ……私じゃない、私のせいじゃ……」

覚束ない足取りで綾乃は階段を降り、光子の元へと駆け寄った。頭から血を流しながらも、ひゅう、と苦しそうに光子は呼吸をしている。

「……まだ、生きてる」

綾乃は自分の無意識の言葉にはっとした。最初に思った事が、助けたい、ではなく、まだ生きている、だった事に、思わずぎょっとする。
ざわざわと、何か背後から黒く蠢くものが、近づいて来ていた。それに身を委ねてしまうことがどれほど容易く心地良のか、綾乃は本能的に理解出来た。
綾乃が次に思ったことは、今なら止めを刺せる、だった。生きていたことに胸を撫で下ろす感情など、微塵も持ち合わせていなかった。
自分だって、敵を倒せるのだと。これで正義になれるのだ、と思ったのだ。しかし、そんな彼女の思考を悪と断言することは誰にもできない。
それをアドレナリンとドーパミンの過剰放出に寄る、正常な思考の欠如と結論付けるのはあまりに短絡的で、
寧ろ先刻まで自分を殺そうとしていた相手に対する感情としては至極真っ当な部類であったし、剰え相馬光子は、間接的にアスカの仇であった。
この時点でアスカが無事かどうかなど、綾乃にとっては些細な問題であり、遅かれ早かれまず間違いなくその未来は在るのだ。
綾乃はアスカの死の未来を覚悟していた。相馬光子達を仲間の仇と認識するにはそれだけで十分だった。

「貴女さえ、居なければ」

540スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 19:03:51 ID:lhrTcDrE0
綾乃の目から、光が消えてゆく。氷のように冷徹に、綾乃は光子を見下した。どくん、と心臓が跳ねる。
ふつふつと憎悪と怒りの感情が、全身に湧いてくる。ぞわり、と身の毛がよだつのを、綾乃は感じた。
全身が黒く、泥色に染まってゆく。それが生まれて始めて持った殺意の感情なのだと理解するまで、時間はさして掛からなかった。
最早膨らみすぎたその感情を抑えることなど、中学生の綾乃には出来なかった。
仲間を失った憎しみと虚しさの捌け口に、目の前の死に損ないほど調度良い存在は居なかったのだ。
彼女を生かす選択肢など、最初からありはしなかった。

正義なんだ、と、綾乃は自分を納得させるように小さく呟く。
私が正義になるんだ。悪を倒す正義の味方に。私が正義で、わたしが、わたしを、私だけが。私が、やるんだ。皆の仇を取るんだ。


「私だって」


闇の中、少女は足を踏み出した。ふらふらと、誘蛾灯に向かう蝶々の様に、そこへと歩く。
それの、相馬光子の側に立って、少女は自嘲した。心の中で、暗い感情がぐるぐると渦巻いている。
激しい後悔が、肉に牙を剥いていた。少女はふと思う。私は此所に来て何をしただろうか。
ただのうのうと生きてきただけで、あの二人と違って、ちっとも立派じゃない。
正義なんて、持ってすらいなかった。

「正義に、なれる」

式波さんは凄いですよね。誰よりも強くって、勇気もあって、冷静で。
初春さんも凄いですよね。直ぐに作戦を組み立てて、咄嗟の判断も理に適ってて、ちゃんと正義感があって。
本当は、二人は私を見捨てて助かることだって出来たはずなのに。
でも、そうしなかった。ねえ式波さん。私なんかを助けて、それで貴女は満足でしたか。
あの時、私を庇ったから手負いになったんですよね。私がいなければ、助かったんじゃあないの?
初春さんは参謀、式波さんは切り込み隊長。本当は、私はマスコットなんかじゃなくて、捨て駒だったんじゃあないですか?
私には何もない。強さも、勇気も、冷静さも、判断力も、正義さえも。
マスコットだなんて、誰にでもできるじゃないですか。
意味を下さい。役割を下さい。価値を下さい。怖いの。一人になりたくないの。私は、そこに居てもいいですか。

ああ、違うの、そうじゃない。はは。何考えてるの私。馬鹿みたい。そんなこと、どうでもいいじゃない。
……でも、もう居ないから。私の知り合い、みんな死んじゃったんだよ。
嫌だよ。怖いよ。一人は嫌だ。死にたくないよ。もう、誰も喪いたくない。私のせいで、誰かを喪いたくない。
私からこれ以上、何も奪わないでよ。

「この人を」

厚い自責の念と負の感情が、ずっしりと覆い被さる。下唇を強く噛み、私は堪らず自分の体を強く抱いた。
顔を腕の中へ埋めてみる。暖かさが呪わしい。渇き切った笑い声が耳に入った気がした。震えていたのは間違なくなく、私の喉。
瞳を開いた。ぴくりと動く目の前の殺人鬼を見て、私は固唾を飲む。喉がごくりと音を上げた。
しんと世界は静まり返って、まるで世界中に自分達しか居なくて、今までの事は全部夢なのではないかと、ふと思った。
でも、夢だなんて、そんなはずはない。これは現実で、私は敵に止めを刺せる。今なら、まだ、間に合う。
皆の仇をとって、私は、漸く皆と同じ、正義になるんだ。


「殺せば」


暗い影の中、少女は目を見開いて、ぽつりと呟く。震える指先を、ゆっくりと彼女の首に回した。
小さな正義<殺人鬼>が、産声を上げた瞬間だった。










541スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 19:06:22 ID:lhrTcDrE0
言いましたよね。アスカさん。私が馬鹿なんだって。私の正義なんて、法がないここじゃあ、何の役にも立たないって。
その通りだと思います。私の正義は、借り物でした。私は風紀委員を大樹にして、影に隠れて正義のヒーローごっこをしていただけなのかも知れません。
守られた世界で、役割を演じて安心する事で、変われた気になっていただけだったのかもしれません。
私、弱い自分から、普通の自分から、少しでも変わりたいから風紀委員に入ったんです。

“己の信念に従い、正しいと感じた行動を取るべし”

白井さんが教えてくれた、大切なこと。私も、自分の信じた正義は決して曲げないと、あの時、誓いました。
ぼんやりとしていた“せいぎ”が、霧に隠れた道が、見えた気がしました。でも、それはきっとまやかしでした。
私の道は風紀委員で、私の正義は風紀委員。私の居場所は風紀委員。じゃあ、私から風紀委員を取ったら、一体何が残るのでしょうか。
それを考えるのが、怖かった。居場所も、道も、依代も。全部失うのが、怖かった。
でも、もうこの島には何もない。だから、きっと旅立たなきゃいけないんです。飛び立たなきゃいけないんです。
自分で正しい事を決めて、向かうべき道を切り開いて、自分の居場所を決めなきゃいけないんです。

あの、御免なさい。私、やっぱりそろそろ行かなくちゃ。とろいから進むのはカタツムリみたいに遅いけれど。
道が見えないから、真っ直ぐは飛べないかも知れないけれど。空には星もないから、ゴールも道標も、見えないけれど。
でも嫌なんです。もう、誰も喪いたくない。いつまでも逃げていたくない。
逃げて助かって、やりたいこともできなくて。それで、何があるんですか。誰が救われるんですか。
アスカさんはそれで満足ですか、自分一人だけ死んで、それで本当にいいんですか。

私は、嫌です。

私は弱いし、何が出来るかなんて解らない。アスカさんにも怒られるに違いない。でもきっと、無様に逃げるよりは百倍マシ。
未来なんて、どうなるかなんて知ったことですか。そりゃあ生きなくちゃいけないんでしょうけど、だって、ね。
想いを貫き通す意思があるなら、結果は後からついてくる。そうでしょ、白井さん。佐天さん。御坂さん。
だから、だから。





「―――――――――――――――――だから、私は此処に来たんです」





少女はぼそりと、飴玉を転がす様な声で呟く。
それは余りにもか細く、か弱く、儚く。
しかしそれでいて何よりも鋭く、凛として、針のように真っ直ぐだった。

542スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 19:10:33 ID:lhrTcDrE0
少年は、御手洗清志は想定外の乱入者に泡を食った。いや、ただ乱入されただけでは御手洗とてそう激しい動揺は見せないだろう。
問題は、少女の、初春飾利の胸の中にあった。初春の胸には、水兵に囚われていたはずの式波・アスカ・ラングレーが、無傷で抱かれていたのだから。

「な、何だ……? 何をした……?」

水兵は“消え”ていた。アスカに止めを刺したと油断して少し目を離した隙に、綺麗さっぱり、最初からそこには何もなかったかのように、消えていたのだ。

「……な、ん、でよ……」

口から白い泡を吐きながら、アスカが息も絶え絶え、そう零した。
何故、此処に戻ってきたのか、と。呪うような、ホッとしたような。様々な感情に混沌のした視線が、初春に突き刺さる。

「……アン、タ、馬鹿ァ……?」
「はい、馬鹿です!!」

初春ははっきりと言った。アスカは思わず目を丸くする。

「私、馬鹿なんです、ホントに。でも、自分が犠牲になって私達を逃すだなんて、式波さんはもっと馬鹿です!!
 あとでこっぴどく叱ってあげますから、絶対に生きて下さい!!! 自分を犠牲にだなんて、そんな悲しいこと、絶対にもうさせません!!」

微塵も悪びれる様子もないその口調に、アスカは苦しそうに笑う。
水を出し尽くしたスプリンクラーが放水を止め、辺りは静寂に包まれた。アスカはゆっくりと紫色の唇を開く。

「開き直り……って、ワケぇ……? 今更無力なアンタが、何しに、来たのよ……」
「まず、答えを、言いに」
「答え……? 正義になりたいか、ってヤツ……? なによ、やっぱり……正義の、味方に……なりたいの、アンタ……? だから、来たっての……?」

初春は、口をへの字に曲げながらアスカを静かに床へと横たえる。
少しだけ頬に触れると、白くきめ細かな肌は、氷のように冷たかった。

「いいえ。それは違います。だって私は、」
「おいっ、僕を無視するなよ! 何だ、何をしたんだお前ッ?! 能力者か!?」

会話に割ってはいったのは御手洗だった。初春は振り返ると、アスカを庇うように手を広げる。

「……私は、ただ友達を助けに来ただけですよ」
「そんなことを聞いているんじゃあないっ!! 僕の水兵をどうやってッ」
「教える義理はありません」
「馬鹿が……図にのるなよ! どうやってやったか知らないが……そうマグレが都合よく何度も続くと思うな! 丸腰のお前なんかに、何が出来る!」

声を荒らげ、歯を剥き出しにして叫ぶ御手洗へ、初春は頷く。何も出来ないのだと認めるような素振りは、御手洗の神経を余計に逆撫でた。
こめかみに青筋を浮かべる御手洗へ、けれども初春は慄くこともせず口を開く。

「はい。何も出来ません。何も出来ませんよ、私には。誰かがいないと、何も出来ません。今だって、怖くて堪らないんです。
 膝は笑ってますし、歯だってががちがち音をあげて、拳も震えてます。私は、いつだって誰かに、何かに守られてばっかだったから。
 でも、だから」

初春は一息吐くと、胸に手を当てて唾を飲み込む。

543スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 19:12:15 ID:lhrTcDrE0
「今度は私が、助けたい。そう思っちゃ、駄目ですか。
 何も出来なきゃ、助けたいと思っちゃ、駄目ですか。力がなければ、駄目ですか。正義じゃなきゃ、駄目ですか。
 ううん、きっと、それは違う……違うんです。それより大切な事を思い出したから。
 私には……ただ―――――――――――――みんなが、必要だから」

初春はその手を力強く握った。
震える掌を隠すように、意志の強さを示すように、恐怖に負けてしまわぬように。

「ええ、確かに私は弱いですよ。能力はからっきし。運動だって、下手っぴ。
 精神だって、あのビデオを見てやられちゃうくらい。ちっとも、強くない。誰かの助けがなかったら碌すっぽ戦えません。
 能力者には勝てないし、誰かを倒すため、なんて考えたこともないんです。
 思えば私は最初から終わっていました。だって自分が負ける姿しか、想像できなかったから」

「待て。そんなことよりお前、見たのか。あのビデオを」

御手洗が狐に摘まれた様な表情で呟いた。初春は眉間に皺を寄せながら頷く。

「はい。貴方も、見たのですか」

疑問を投げて、少しだけ、初春は目を閉じる。
あの悍ましい邪悪な映像が、心の奥にある黒い何かを責める様に、網膜の裏にフラッシュバックした。

「……ああ。お前は、何を思った」御手洗が唸る様な低い声で訊く。「少なくとも、今まで通りではいられなかったはずだろ?」

初春は瞼を開く。御手洗は彼女の表情を見て、無意識的に息を飲んだ。現れた双眸があまりに澄んでいたからだ。
二対の宝石は光を失わず、どこまでも真っ直ぐに、この世界を見ていたからだ。

「どうして」
思わず御手洗は、かぶりを振りながら震える声で呟いた。
「おまえ、どうして、そんな、かおが、できるんだ」

「どうして、ですかね。でも、あのビデオは……その、価値観……と言ったらいいのでしょうか」

初春はぽつぽつと、一言一句に納得する様に零す。

「確かに、それはがらっと変わってしまいました。見えていた世界が、まるで違って見えました。
 世界は汚くて、善意なんて嘘っぱち。早く人間は、この星の為にも死ぬべきだと……あんなの見せられたら、きっと誰でもそう思うと思います」

瞬間、カカカ、と渇いた哄笑がフロアの中に谺した。
それは人として発する笑みにしてはあまりにも異質で粘着質な、獣的笑い声。
人並の感情は疾うに失せ、しかしそれでいて無機質ではなく、極限まで生物的。或いは、本能的。そんな魔獣の咆哮にも近い笑いだった。
あるものは、そう。黒よりも暗い底知れぬ狂気だけだ。これはきっと、同族に向けた狂気の笑みなのだ。
初春は半ば反射的に半歩飛び退いた。ざわり、と脳天から爪先に駆け抜ける悪寒。毛穴という毛穴が全て広がるような、得体の知れない気持ち悪さ。
少女が“身の毛もよだつ”という言葉を生まれて初めて体感した瞬間だった。
邪悪の権化のような表情の中心には、溝色をした酷く虚ろな目が、初春を、その奥の黒い感情を睨んでいた。
底が無く吸い込まれそうなその瞳は、全てを見透かされているようで初春は思わず目を逸らす。御手洗はくつくつと肩を震わせていたが、やがて息を深く吸い、溜息を吐いた。
そうして、唾で糸を引く口を開くのだ。

544スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 19:13:22 ID:lhrTcDrE0
「そうだろ。そうだろうさ。お前、解ってるじゃないか。それは正しい考え方だぜ。お前となら仲間にもなれたかもしれない。
 お前が言うように、人は死ぬべきだ。善人ぶってるだけで、全員中身は酷いもんさ。性善説なんて糞食らえだね。
 自分達が平和な日向で生かされてるから、ついつい錯覚しちまってるだけなんだぜ」

御手洗は一歩一歩初春に近付きながら、その能面のような表情に弧を浮かべ、続ける。

「誰もが人の本質を知らされず脂ぎった餌を貪り食って、平穏を約束された籠に良いように飼われて、
 のほほんと過ごしている……その餌や籠がどうやって出来ているのかすら碌に知らずに、いいや、知ろうとすらせずに!
 温厚無知とはまさにこの事さ。誰しもが全員、罪すら知らずへらへら笑いながら、正義だの平等だの好き勝手ほざいて生きてやがる!
 どれだけ面の皮が厚いんだか見当もつかないね! 奴等は全員、平和ボケした肥え豚共だ! 見ているだけで反吐が出る!」

御手洗は血眼になりながら叫んだ。初春は膝を震わせ、涙を目に浮かべていたが、いいえ、と強い口調で呟く。
引けなかった。引いてはならない戦いだった。

「確かに、そうかもしれません。その気持ちも理解できます。でも、そうじゃない人だっている。
 これは受け売りですけど、貴方が思っているよりも、人間は強いし、優しいんです。
 あのビデオは、汚い部分だけを抜き出して記録した、言わば洗脳道具みたいなものじゃないですか。
 アレに影響されて人を殺すだなんて、作成者の思うがままですよ」

少女は彼の中に、かつての自分を見る。目の前に居るのは、きっと幾つかの未来のうちの一つだった。
瞳を閉じれば、血に染まった自分が浮かび上がる。彼と同じように、人を殺して回る自分の、憐れな姿が。

「ふざけるなよ」(ふざけないで下さい)

目の前の少年の言葉を聞きながら、嗚呼、と初春は喉の奥で唸る。重なったのは、自分の声。
きっと私も、私みたいな人間に説得まがいの事をされたら、同じ科白を吐き捨てるのだろう。
そして、殺すのだろう。泣きながら、笑いながら。

「何が優しいもんか。お前、あのビデオを見たんだろ?」

御手洗が乾いた笑みを浮かべながら、初春へと震える声で問いかけた。初春はそれを真っ直ぐに見据える。
御手洗はウェーブのかかった髪を掻き上げながら溜息を吐いた。まるで冬の曇り空のように重く、冷たい溜息だった。

「……生きたまま錆びた鋏を背に入れられ、腸を引きずりだされる人魚を見たか?
 その隣でグラスワインを飲みながら、快楽に堕ちた表情でステーキを食べるどこぞの王族は?
 拘束された子供の前で、ゆっくりと足から捻り潰される妖獣の親子は見たか?
 血と涙と肉を飛び散らし、断末魔を上げながら助けを求めるその母親の目玉へ、鼻歌交じりで螺子を撃ち込む人間の表情は!?
 皮を剥がれ、痙攣しているところへ煮え滾った酸をかけられている鬼の子は!?
 その様子を下手な踊りだと下品に嗤い、優雅に友人と記念撮影する人間の雌餓鬼は見たか!?
 産まれたての子供を目前で掘削機でジュースにされ、それをチューブで無理矢理飲まされる母親を見たか!?
 その表情を見ながら、全部飲めるか賭けて遊ぶ下賤な人間共を見たか!!?」

御手洗は汗だくになりながら、血走った目をかっと見開いて叫ぶ。唾を撒き散らしながら、牙をむ剥き出しにしながら、両手を前に出しながら。
その形相は人としての何かを捨てた、憎悪の具現だった。

「全部見たなら理解できるはずだ!!! 正義のヒーローはこの世に居ないってな!!!!
 何が強さだ、何が優しさだ!!! 人は笑いながら人を殺せる!!!!
 何の罪もない子供を平気で拷問した挙句見捨てる事も!!
 命乞いする女の皮膚を剥ぎながら強姦する事も!!!
 欠伸をしながらストレス発散に妊婦の腹を蹴り飛ばす事もッ!!!!
 本当は人間なら誰でもできるんだぜ!!!!!
 俺達が、知らないだけでな!!!!!!!!!!」

545スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 19:16:16 ID:lhrTcDrE0
裏返り、掠れた声がデパートの中を反響する。アスカは水っぽく咳き込むと、イカれてるわ、と小さく呟いた。
それでも、初春は引かなかった。全身で呼吸をする鬼を目の前にして、それでも初春は逃げない。
恐怖、それもあったが、初春が先ず抱いた感情は同情や憐憫の類だった。
目の前にいるのは一匹の獣であり、しかしやはり同時に、かつての自分だったからだ。

「……そうですね。私もそうだったので、よく分かります」
「なら、なんでそいつを守るッ!!!? どうして豚共を殺さない!?!?」

御手洗は頭をばりばりと掻きながら、アスカを指差して叫んだ。アスカはぎょっとしたように体をびくりと震わせる。



「誰かを助けたい心に、理由は要りますか」



莫迦か、こいつは。

アスカは肩で息をしながら、その発言に対して真っ先にそう思った。敵も同じように、目を丸くして口をぽかんと開けている。当然だ。
アスカはゆっくりと腰をあげると、壁に背をどかりと預けて、その恥ずかしい台詞を吐いた莫迦女の背を見る。凝視せずとも判るくらいに、小さなその背は震えていた。
お人好しにもほどがある。アスカは咳き込みながらもくつくつと笑う。ビビってるくせに、口上だけは大したものだ。

「私達人間は確かに罪深くて、私も一時は、人殺しの道を歩みました。でも、それはきっと、私が弱かったから」

初春は胸に手を当て、恥ずかしげもなく続ける。
鳩が豆鉄砲を食ったような間抜け面をしていた御手洗は、その言葉にハッとしたように体を震わせ……みるみるうちに、その顔を赤く染めた。

「お前、それは僕も弱いからこうなってるって言いたいのか!?」
「そうです」

侮辱された怒りに叫ぶ御手洗へと、初春は間髪入れず言う。

「人を殺して、私の心は楽にはなりませんでした。友達を殺して、心は晴れませんでした。
 きっと、“そう”じゃなかったんです。得体の知れない罪悪感に支配されて、どうすればいいのか分からなくなって。
 人を殺しても……残ったのは、喪失感と、虚しさだけ。それ以外には何も、なかった。
 私達は全員が誰かを救けることができる、正義のヒーローじゃない。でも、だったら、全員が同じように、悪の魔王じゃない。
 確かに私達が思っているよりも、人間は汚いかもしれない。それは否定しません。ううん、アレを見て、否定なんか出来るわけない。
 でもきっと同じ様に、私達が思っているよりずっとずっと人間は強いし、優しいと思うんです……さっきも、言いましたけど」

初春は息を吸い、前を見る。怒りに震える御手洗とは対照的に、体の震えは何時の間にか止まっていた。

「私達は、きっと弱かった」

初春は力強く言う。
そう、風紀委員に入るより前と、本質的には何も変わってなかった。私は、弱い。

「あんな人間と同じって考えるだけで、自分すら汚らわしくて……あのビデオを、上手く心で受け止めることが出来なかったんです。
 あの女の子も、男の子も、妊婦さんも。目を閉じれば、私を見てきた。お前のせいでこうなったんだって。
 違うと思いたかった。だから自分が正義になって、あの人間とは違うって思い込んで……人の汚い部分を償いたくて、仕方がなかった。
 動かなきゃ、考え続けなきゃ罪の重さに狂ってしまいそうだった。少なくとも、私はそうでした……貴方は、違いますか?」

546スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 19:18:11 ID:lhrTcDrE0
正義のヒーローは、待ち続けても本当に現れる事はなかった。
どんな時も正義の味方は夢見る子供達の憧れで、大人には見えない存在で。漫画やアニメの中だけの偶像だった。
知るのが怖かっただけだ。認めるのが、嫌だっただけだ。
本当は解っていた。誰もが讃える正義の味方は、ヒーローは……。



「弱さと向き合いましょう。認めてください。私も、貴方も――――――――――――何かを裁く優しい正義の味方には、なれない」



せいぎには、なれない。
アスカは酸素不足にふらつく体と呼吸を落ち着けながら、初春の言葉を腹の中で繰り返す。
正義の味方になりたかったはずの小娘が、そう言った。言い放ちやがったのだ。
「漸く、据えたかぁ」
アスカは小さく零すと、表情だけで嗤った。莫迦も莫迦なりに、答えを見つけてきたのだろう。
さて、とアスカは敵を見やる。譫言のように何かを呟きながらがりがりと腕の皮膚を掻き毟る少年が、焦点を失った目でこちらを睨んでいる。

「違う……違う違う違うッ!! お前なんかに何が分かる! 受け入れてくれる場所も! 友達も! 自分の気持ちを吐ける強さも持ってる、恵まれたお前なんかに!
 お前と僕は違う! 僕には何も無かった!! 居場所も、友達も、心の強さもッ!! 何も、何も!!!
 でも僕には力はあるんだ! 全てを潰す“領域”の力が僕にはある……だから、僕なら出来る!!
 この腐りきった世界を変えられる!! それが一番のお前との違いだ!!! 僕は正しい!!!」

御手洗が腕を振るうと、皮膚に滲んだ血が床にぱたぱたと飛び散った。瞬間、水浸しの床から弾けるように水がねじ上げがり―――彼の異能、水兵<シーマン>が動き出す。

「くくく……お前がどんな手品を使ったか知らないが、もう通用しないぜ!!!
 さっきまで手足も震えて今にも泣きそうだったお前が、何をするつもりだ!!!???」

御手洗がぱちんと指を弾くと、二体の水兵が初春へと突進した。一匹は初春の頭部を狙い、一体はアメーバ状になり初春の足に絡みつくように飛び掛かる。
死角はゼロ。一切の逃げ場の無い、無慈悲な水の抱擁が華奢な少女を襲い―――――――――――――――――――――――そして、何も無かったかのように消え失せた。

まるでアイスピックで突かれた風船が弾けるように、一瞬にして、且つ、完璧に、水兵は“消えた”。
否、消えたのではない。御手洗は血走った目で辺りを舐めるように見て、その状況を漸く理解した。
文字通り、霧散したのだ。
瞬間、旋風がばさばさと辺りに吹き荒れる。湧き上がる水蒸気、はためくスカート、揺れる髪、舞う花びら。
白く濁った水蒸気のカーテン越しに、二人の視線が交差した。

「守る」

一対の掌を前に翳し、初春は呟く。なんだって、と御手洗は震える唇で零した。

「守ると、言ったんです。殺す為じゃなくて、勝つ為じゃなくて、戦う為でもない。
 私は、守る為に此処に来たんです。誰かを守る為に、此処に立っているんです。
 だから私は、止まらない。救ってみせる。守ってみせる。式波さんも、そして、貴方も」

547スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 19:22:05 ID:lhrTcDrE0
ぴくり、と御手洗の肩が跳ねる。泣き出しそうな表情が一瞬顔に浮かんだが、やがてそれは直ぐに鬼神のそれへと変化する。
少女の言うことは正論で、同時に、図星だった。自分は弱くて、泣き虫で、どうしようもなくて。
誰かに助けて欲しかった。許して欲しかった。認めて欲しかった。愛して欲しかった。手を差し伸べて欲しかった。
でも、それを、その台詞をお前にだけは。

「僕も、だって?」

友達も、勇気も、居場所も、想いも。
全部持ってるお前にだけは、言って欲しくなかったんだ。

「僕を、守る? 救う?」

僕とお前は同じだ、弱くてどうしようもない奴で、同じに、ビデオを見た。でも、お前は僕と違ってそうなれた、そんな目が出来るようになれた。

「ふざけるな……」

惨めじゃないかよ。馬鹿みたいじゃないかよ。餓鬼の駄々みたいじゃないかよ。
僕とお前の差が、友達と、勇気と、居場所と、想いの差みたいに見えるじゃないか。僕にどうしろってんだ。そんなものは僕にはない。だからそうはなれないってのかよ。
お前らはいつもそうだ。優しくこっちに手を伸ばして、僕らは一緒だとか、お前も守るとか、助けるとか、下らないこと言ってきやがる。
違うんだよ。人と人の間は、どうしようもなく深い水で満ちてる。他人と不安や後悔を分かち合って馴れ合って生きていくだなんて、クソ食らえだ。

「ふざけるなよ……」

そうじゃないんだよ。僕は、“そうなりたいけど、そうなりたくない”んだ。羨ましいだけで良かった。指を咥えて見ているだけでよかった。
お前には、きっとそれは分からないんだろうよ。死ぬまでな。


「ふッッッざけるなぁあァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」


御手洗は大口を開けて泣く様に叫ぶ。 裏返った声は、びりびりと初春とアスカの鼓膜を揺らした。
どう、と館内の空気が揺れる。床の水が畝りながらぐるぐると渦巻き、その中から獣の形をした水兵が初春達へと襲いかかった。
初春は、襲いかかる獣を一体一体右手で触れてゆく。触れられた水兵は、掌との設置部からぶくぶくと泡立ち、派手な爆発音と共に白い煙と化していった。
その正体は果たして“蒸発”であり、それは彼女の持つ超能力『定温保存<サーマルハンド>』に由来する“熱量操作”であった。

「ふざけてなんか、ないですよ。やっと見つけたんですから。私だけの、現実を!!」

尤も彼女はレベル1で、せいぜいが保温程度の能力限界だった。
それをここまでの短時間で、掌を高温にして水を蒸発させるほどのレベル3後半相当能力に向上させることが出来たのは、
元々彼女がレベル5にも劣らぬ高い演算処理能力を持っていた故でもあったが、『自分だけの現実<パーソナルリアリティ>』の観測が、極めて苦手だった事に起因する。

548スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 19:24:12 ID:lhrTcDrE0

『自分だけの現実<パーソナルリアリティ>』は、妄想、或いは信じる力である。

これは初春飾利の持論であり、それは暗にレベル1である自らの信じる力の無さを肯定していなければ、発することの出来ない言葉だった。
初春は自分が弱い人間だと知っていたし、自分の可能性を信じることが出来ないことも知っていた。
それは彼女がそもそも常識からズレた事象、妄想、願掛けの類を嫌う傾向にある、ある種の数学的理論屋の側面を強く持っている為でもあったが、
また、とある機構を植物に模し様々な角度から想像するという彼女独自の計算式と技能が、自分だけの現実に通用しなかった為でもある。
初春はそれ故に、理論や常識で片付けることの出来ない自分だけの現実の観測が不得手であった。
初春はやがて能力向上を諦めた。自分にはそれよりもよっぽど没頭できる情報処理の技能があったし、
何より、内部的要因により自身が変わることは無理だと思っていたからだ。
そうでなければ、何かを変えてくれると期待して、風紀委員に入るものか。
初春は外部的要因で、能力外の部分を変えようと考えていたし、今までの生活においてそれに不都合はなかった。

ただ、この島はそれを拒絶した。風紀委員を取り上げ、パソコンを取り上げ、仲間を、正義を、勇気を。少女から、全てを無残にも取り上げた。
初春飾利は、内部的要因により、決断と成長をすることをこの世界に迫られたのだ。
それは彼女にとって想像を絶するストレスでもあったが、同時に自分だけの現実と改めて対峙するチャンスでもあった。
この舞台上では、信じるものが、自分の倫理観と意思以外に殆ど存在しないからだ。

そして、最終的に初春飾利は自分の正義観と、自分が出来る可能性に向き合い、足を進め、飛び立った。
理屈よりも、分かっている未来よりも、理想と信念を優先したのだ。がむしゃらに足を動かし、闇を突っ切り、此処へと辿り着いたのだ。
目の前に化物が、それに取り込まれたアスカが居たのを見て、初春は迷わなかった。
彼女を護る。助け出す。それだけを理由に、限界寸前の足に鞭を打ち、走った。
水兵に触れた瞬間、初春は不思議と何をどうすればアスカを救い出せるのかを手に取るように把握できた。
助け出すという目的が、助け出す為の手段に転じたのだ。
彼女が持つ救う為の手段はその能力しかなかったし、打開策らしいものを何も用意せずに突っ走った事が功を奏した。
自分なりの現実、答えを見つけ出し、彼女を助けられると根拠もなく信じてた彼女は、故に自分の可能性、能力も信じることが出来た。
その瞬間、彼女の能力は爆発的成長を遂げる。持ち前の演算能力を以って、数段階の進化を遂げる。

全ては、誰かを、守る為。

「アンタ、馬鹿ァ……?」

襲いかかる水兵を軒並み沸騰させ水蒸気へと気化させる初春の背へ、アスカが呆れたように訊く。

「ええ、馬鹿です! おまけにとろいし、涙もろいし。でも、それが私だった!!」
「開き直っただけで……何にも、変わってないじゃ……ない、のよ」

鼻息を荒くして口を開いた初春の吐いた科白を、アスカは苦しそうに笑った。
いいえ、と初春は応える。辺りには白雲と熱風が立ち込めていた。

「変わりましたよ。あの時の質問にだって、答えられます」

あのときのしつもん? アスカは胸中で繰り返し首を傾げたが、直ぐに独りごちた。きっと、階段で訊いた正義の話だ。

「答えは、No。だって私、正義のヒーローじゃないですから。
 私は私にできることしかできません。間違えることもあるし、助けられる人しか助けられない」
「自分勝手な……理論、垂れてんじゃ、ない……っての」
「ええ。自分勝手なんです。悪いですか?」

初春が、肩で息をするアスカへと振り向く。アスカは思わず息を呑んだ。こんな状況で、こんなにも良い笑顔をする人間を、彼女は初めて見たからだ。

549スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 19:29:41 ID:lhrTcDrE0
「だって、正義じゃないんですから。私は、“私”。
 正義じゃない。ヒーローじゃない。風紀委員じゃない。奇跡の申し子でも、主人公でもない」


向日葵の様な笑顔をアスカに向けたまま、初春ははっきりと言う。自分が正義では、ないのだと。

「分かったんです。夢は夢で、何処にも存在しなかった。あるのは私の意思だけ。
 私がそうしたいから、そうする。それで良かった。小難しい事なんて何もなかった。それだけで良かった。
 私の正義は、私のエゴ。私が気に入らないから、そうするんです。そう考えたら見返りがなくっても、石を投げられても、罵倒されても仇で返されるのも納得出来た。
 だって世界の為じゃないから。皆の為じゃないから。それでいいんですよね、式波さん。貴女の言う正義って、そういう事ですよね?
 此処に法が無いって言うなら、私が法になります。ねぇ、それだけじゃあ、ダメですか?」
「……もう一回、言葉で聞かせて。この空の下に、正義はあると思う?」

アスカは彼女の疑問に肯定も否定もせず、俯いたまま再びその問いを訊く。初春は少しだけ考えるように指を顎に当て、やがてかぶりを振った。


「いいえ。あったのは、埃をかぶった小さな想いと、それを貫き通す、カビ臭い意思だけです」


「……そう。それがアンタの現実なのね」
「はい。それが、私だけの現実です」

アスカは顔を上げると、苦しそうに笑った。憑き物が取れたような、何かに納得したような、そんな表情だった。

やがて立ちこめる白い水蒸気が晴れ、霞んだ闇の向こう側から、カナリアイエローが、少年が姿を見せる。

「死ぬ覚悟は、出来たか?」
少年は訊いた。
「救われる覚悟は、出来ましたか?」
少女は訊き返す。
「そこを、どけ」
少年はこの世に呪詛を吐くように呟く。対する少女は不敵に、世界に挑戦状を突きつけるように笑った。
ポケットから、未来の変わる音。初春は画面を見ることはしなかった。

「いいえ、残念ですけど―――――――――――――――――――――――――――――――――――」


いつも、守られてばかりだった。いつも、裏方ばかりだった。いつも、足手まといになってばかりだった。
そんな主人公になれなかった最弱の反撃が、今、始まる。


「――――――――――――――――――――――――――――――――ここから先は、一方通行です」


この空の下に、正義は無かった。ヒーローも、居なかった。汗と土と、血に塗れた現実が、全てを墓の下に沈めていった。
だけど、想いは死なない。意思は死なない。錆びて汚れ、それでも鈍く光る魂だけが、そこに真っ直ぐ立っていた。

その結果を彼女たちの探していた本物の正義と呼んで良いのなら、これも、きっと、正義の物語。

550スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 19:31:10 ID:lhrTcDrE0
【F-5/デパート/一日目 夜】

【式波・アスカ・ラングレー@エヴァンゲリオン新劇場版】
[状態]:左腕に亀裂骨折(処置済み)酸欠(現状戦闘不可) 腹部にダメージ 全身ずぶ濡れ
[装備]:ナイフ数本@現実、青酸カリ付き特殊警棒(青酸カリは残り少量)@バトルロワイアル、使えそうなもの@現地調達
   『天使メール』に関するメモ@GTO、トランシーバー(片方)@現実 、ブローニング・ハイパワー(残弾0、損壊)、スリングショット&小石のつまった袋@テニスの王子様
[道具]:基本支給品一式×4、フレンダのツールナイフとテープ式導火線@とある科学の超電磁砲
風紀委員の救急箱@とある科学の超電磁砲、釘バット@GTO、スタンガン、ゲームセンターのコイン×10@現地調達
基本行動方針:エヴァンゲリオンパイロットとして、どんな手を使っても生還する。
1:現状をどうにかする。
2:スタンスは変わらないけど、救けられた借りは返す。
3:ミツコに襲われているであろうアヤノの安否が気になる

[備考]
※参戦時期は、第7使徒との交戦以降、海洋研究施設に社会見学に行くより以前。
※杉浦綾乃、初春飾利とアドレス交換をしました。

【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
[状態]:健康 『定温保存<サーマルハンド>』レベル3 全身ずぶ濡れ
[装備]:交換日記(初春飾利の携帯)@未来日記、交換日記(桑原和真の携帯)@未来日記、小さな核晶@未来日記?、宝の地図@その他、使えそうなもの@現地調達
[道具]:秋瀬或からの書置き@現地調達、吉川ちなつのディパック
基本行動方針:生きて、償う
1:みんなを守る。
2:辛くても、前を向く。
3:白井さんに、会いたい。
[備考]
初春飾利の携帯と桑原和真の携帯を交換日記にし、二つの未来日記の所有者となりました。
そのため自分の予知が携帯に表示されています(桑原和真の携帯は杉浦綾乃が所有しています)。
交換日記のどちらかが破壊されるとどうなるかは後の書き手さんにお任せします。
ロベルト、御手洗、佐野に関する簡単な情報を聞きました。御手洗、佐野に関する簡単な情報を聞きました。
アスカ・ラングレー、杉浦綾乃とアドレス交換をしました。

※ 『定温保存<サーマルハンド>』レベル3:掌で触れたもの限定で、ある程度の温度操作(≒分子運動操作)をすることが出来る。温度設定は事前に演算処理をしておけば瞬間的な発動が可能。
                      効果範囲は極めて狭く、発動座標は左右の掌を起点にすることしか出来ないうえ、対象の体積にも大きく左右される。
                      触れている手を離れると効果は即座に解除され、物理現象を無視して元の温度へ戻る。
                      温度に対する耐性は、能力発動時のみ得る事ができる。
                      温度設定の振り幅や演算処理速度、これが限定的な火事場の馬鹿力なのかは後続書き手にお任せします。

【御手洗清志@幽遊白書】
[状態]:全身打撲(手当済み) 右瞼に切り傷 全身ずぶ濡れ
[装備]:雨合羽@現地調達
[道具]:基本支給品一式、ブーメラン@バトルロワイアル、ラムレーズンのアイス@ゆるゆり、鉄矢20本@とある科学の超電磁砲、水(ポリタンク3個分)@現地調達
基本行動方針:人間を皆殺し。『神の力』はあまり信用していないが、手に入ればその力で人を滅ぼす。
1:獲物を始末する。
2:相馬光子と共に参加者を狩り、相馬光子を守る。そして最後に相馬光子を殺す。
3:ロベルト・ハイドンと佐野清一郎は死亡したので、同盟は破棄。
4:あかいあくま怖い……。
[備考]
※参戦時期は、桑原に会いに行く直前です。
※ロベルトから植木、佐野のことを簡単に聞きました。

551スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 19:33:48 ID:lhrTcDrE0







物語というものは、何も綺麗に終わるものばかりではない。
それは正義の英雄譚でも例外ではなく、それに漏れず、この話も綺麗には終わらない。
綺麗なものだけ視界に入れようだなんて、虫が良すぎるのだ。
誰しもが思っている以上に世界は汚くて、本当はあのビデオだって、誰かにそれを伝えようとして作られたのかもしれない。
光の裏に必ず影が出来るように、綺麗な物語の外にあるものは汚い物語だ。
誰も彼もが少なからずそれを見ないように蓋をして、視界に入れないようにしてしまっている。
いつもの道、いつもの空気、いつもの平和。その裏ではゴミ溜めが腐って蛆が湧き出ている事を、知るべきなのに。

「ぁ、ぐ……ぅっ」

閑話休題。正義というものは、一つの形にするのが難しい。式波=アスカ=ラングレーが言ったことは、恐らく、そういう事だった。
法を元にした大多数の正義は、“せいぎ”である。形のない、人間の作り出した規律を守らせるための偶像である。
それは“常識”や“都合”と置き換えてもいいかもしれない。
それは最早、正義とは言えない。リアリストである彼女にとっての正義感――便宜的にここではそう言うが――が出す答えは、即ち、そういう事なのだろう。

「ぉ、……ご、っ……あ゛……」

ただ、どうだろう。存外そういう正義の形を一方的に否定する事は、一概に出来ないのではないだろうか。
“せいぎ”があっての“正義”だと、言えないだろうか。
屁理屈や理想論者だと言われるかもしれない。
それでも、“せいぎ”すら碌に考えた事の無かった人間が、“正義”に辿り着けるかと言われれば、それは酷く難しい問題だ。
足し算を学んでない人間が掛け算を出来ないように、物事にはそれなりの順序というものがある。

「……っ、ぁ゛、お、ねが………ぃ、だ、……」

誰しもが考え付く正義は、大多数の場合“せいぎ”だ。そのせいぎを目の前で否定されては、堪ったものではない。
彼女の正義の根源を知る由は無いが、それでも、“せいぎ”を信じてきた大多数である少女には、彼女の正義感は、大きく捻じ曲がって見えた。
しかし彼女の話が的を射ていたのもまた、事実である。だから、少女は“正義”を掲げざるを得なくなった。
式波=アスカ=ラングレー、初春飾利。本当の正義を探す二人を前に、劣っている自分が嫌だったからだ。
しかし少女は思い出すべきだった。足し算も知らない餓鬼が挑戦したところで、掛け算が上手く解けるわけがないのだと。

「………っ、………ぁ゛、げ…が……ッ」

テレビで見る正義のヒーローは、誰も彼もから感謝される立派な人だ。
しかし誰かが言ったように、やはりヒーローは街を壊すし、多分、人だって知らないうちに殺している。
敵だって、警察に渡さずに滅ぼしているのだ。法と倫理は何処へ行ってしまったのだろうか? いいや、そんなの関係ないのだ。
それが正義のヒーローの条件だからだ。庶民的で常識的なヒーロー像を、誰が求めるというのか。
毎朝、ゴミの分別をチェックして主婦に注意する正義のヒーローに、誰が憧れるだろう。
かと言って、敵の怪獣が、例えば人型をしていたらどうだろう。命乞いをしてきたらどうだろう。
それを殺す事は、果たして罪になるのだろうか。
殺さなければ皆が殺されてしまうとしても、罰を受けなければならないのだろうか。
少女の腕に力が入った。一つ一つ迷いを断ち切る様に、殺す為に、ゆっくりと捻じあげる。

「……………だ……ず……………て……パ……………パ………」

552スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 19:40:25 ID:lhrTcDrE0
嗚呼、いずれにしても、それは自己満足。誰かではなくて、自分が納得できるか、否かなのだ。
せいぎも正義も、そこにはきっと関係無い。
守る為だ。少女は握る手を万力の様に強く締めながら思った。自分と皆を守る為だ。守る為に戦う事は、正義だ。正義なんだ。
少しだけ痙攣して、白い泡がぶくぶくを手の甲を伝う。
ぐるりと白眼を向いたそいつは、やがてぴたりと時を止めた様に動かなくなった。
呆気無い。人の死とはこうも簡単なものなのか。想いも、願いも、全部そこで終わってしまう。
終わったのだ。一人の女の物語が。回想もなく、一人称視点もない。情けも容赦もありはしない。
願いも想いも意思も命も平等に、全てがそこでぱったりと途切れたように死に尽くし、完結していた。

一分か、十分か。どのくらいの間、握る両手に力を込めていただろう。息を止めて一心不乱に考えていただろう。
はっと思い出した夜に、綾乃はマウントポジションから慌てて立ち上がった。ふらふらと逃げる様に後退り、膝を折る様に倒れこむ。
じんじんと熱を持つ掌と、舌をべろりと出して無残に転がる人型の何かを見る。肩で息をして、そいつを見た。
動かない胸、開いた瞳孔、合わぬ焦点、濡れた下半身、震えぬ口、鬱血した首、だらりと垂れた手足、青白い蝋人形の様な肌。
昼下がりの日曜日、お父さんと一緒にテレビドラマで見た様な、よくある殺人事件のよくある現場。
違うのは、自分が発見者でも探偵でもなく加害者で、被害者にブルーシートがかかっていない事くらい。

「私、正義でいいのよね……?」

正義を貫き、悪を滅ぼす。いつだってそれはヒーローの台詞で、だけど、いつだって崖の上で極悪非道の犯人が言ってきた台詞。
涙を流して、笑いながら、少女は泣いた。これでいい。これが正義だ。何も悪くない。自己防衛だ。生きる為だ。仕方がなかった。
悪を倒したんだ。賞賛される立派な行動じゃないか。きっと、みんなも褒めてくれるよ。
誰も殺さずにみんなで生き残る方法を見つけたい。そんなの無理だって、本当は思ってたよね。
自分だけは殺さないとか、誰かに悪を倒してもらおうとか。そんな卑怯なこと、少しは考えてたよね。
それを自分から動いたんだから、凄いことじゃない。ねぇ、だから、誰か。
だれか。だれでもいいから、私を褒めてよ。

お願いだから……誰か……だれか……。

「……助けて……」

震える唇で、絞るように呟く。
向こう側から、ぱたぱたと足音が聞こえた。来訪者が、彼女の元へと訪れる。

「お前……杉浦綾乃、だな」

嗚呼、でも、遅かった。正義の主人公が薄幸のヒロインを助けに来るには、何もかもが、誰も彼もが、遅過ぎた。
遅過ぎたのだ。



この空の下に、正義は無かった。ヒーローも、居なかった。汗と土と、血に塗れた現実が、全てを墓の下に沈めていった。
だから、正義の空席に座して悪を討つ。血濡れて汚れ、今にも黒く染まりそうな魂だけが、そこに婉曲して立っていた。

月に英雄、星には勇気、熱き血潮に正義の剣。歯向かう者へ、スノードロップの花束を。
戦おう、始めよう。踊ろう、狂おう、歌おう。誰かが死ぬまで、誰かが喪うまで。最期の一人になるまで。
最後に残った者が、正義となるのだ。異を唱えるものは殺してしまえ。
何時の時代もそうだった。正義のヒーローは、戦場で生き残った者だけが、語ることを許されるのだから。

だから、これも、正義の物語。

553スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 19:41:54 ID:lhrTcDrE0
【F-5/デパート/一日目 夜】

【杉浦綾乃@ゆるゆり】
[状態]:健康(まだ少し濡れている)
[装備]: エンジェルモートの制服@ひぐらしのなく頃、吉川ちなつの携帯電話
[道具]:基本支給品一式、AK-47@現実、図書館の書籍数冊、加地リョウジのスイカ(残り半玉)@エヴァンゲリオン新劇場版、
    ハリセン@ゆるゆり、七森中学の制服(びしょ濡れ)、壊れた携帯電話、使えそうな物@現地調達
基本行動方針:みんなと協力して生きて帰る
1:―――――――――――――――――
[備考]
※植木耕助から能力者バトルについて大まかに教わりました。
※アスカ・ラングレー、初春飾利とアドレス交換しました。

【常盤愛@GTO】
[状態]:右手前腕に打撲 、全身打撲
[装備]:逆ナン日記@未来日記、即席ハルバード(鉈@ひぐらしのなく頃に+現地調達のモップの柄)
[道具]: 基本支給品一式×6(携帯電話は逆ナン日記を除いて3台)、学籍簿@オリジナル、トウガラシ爆弾(残り6個)@GTO、ガムテープ@現地調達、パンツァーファウストIII(0/1)予備カートリッジ×2、 『無差別日記』契約の電話番号が書かれた紙@未来日記、不明支給品0〜6、風紀委員の盾@とある科学の超電磁砲、警備ロボット@とある科学の超電磁砲、タバコ×3箱(1本消費)@現地調達、木刀@GTO、赤外線暗視スコープ@テニスの王子様、
ロンギヌスの槍(仮)@ヱヴァンゲリヲン新劇場版 、手ぬぐいの詰まった箱@うえきの法則
基本行動方針:なかったことにせず、更生する
1:状況把握をして、メールの送信者を助ける
2:浦飯に救われてほしい
[備考]
※参戦時期は、21巻時点のどこかです。
※浦飯幽助とアドレスを交換しました

【浦飯幽助@幽遊白書】
[状態]:精神に深い傷、貧血(大)、左頬に傷
[装備]:携帯電話
[道具]:基本支給品一式×3、血まみれのナイフ@現実、不明支給品1〜3
基本行動方針: もう、生き返ることを期待しない
1: 状況把握をして、御手洗をぶっ飛ばす
2:常盤愛よりも長生きする。
3::秋瀬と合流する
[備考]
※常盤愛とアドレスを交換しました





【相馬光子@バトル・ロワイアル 死亡】

【残り14人】

554スノードロップの花束を  ◆sRnD4f8YDA:2015/10/12(月) 19:42:29 ID:lhrTcDrE0
投下終了です。

555名無しさん:2015/10/12(月) 20:21:48 ID:LjHljDRY0
投下乙です
読んでいるだけで心をすり減らされるような、ぐるぐるとした螺旋のそこに沈んでいくような描写でした
大人だって簡単に答えの出ない問題を、中学生が必死に考えて答えを出すのは苦しいに決まっている

初春と綾乃は違う『正義』を選択してしまったけれど、『正義』の花は実を結ぶのか散ってしまうのか、また交わることはできるのか…

556名無しさん:2015/10/12(月) 20:54:36 ID:layaz4j20
投下乙です

今のアスカはすごい美味しい立ち位置にいて、途中で三人がバラバラに成った時に、
ああ、もうこの三人を見れないのは残念だなって思ったりもしてました。
いやほんと、マスコット関係の掛け合いとかすごく好きだったんですよ、ええ。
それがこんなことになろうとは……。綾乃はやっちまっただけでもあれなのにまさかの遅れてきたヒーローでうわあ。
初春の出しきった答えがまさに綾乃のどん詰まりに対する論破になれちゃう点も救われねえ。
でも初春は本当にかっこよかった。蒸気が起こす風になびかれてるシーンとか原作絵で浮かんだもの。

557名無しさん:2015/10/13(火) 00:00:32 ID:hmDojidw0
大作の投下乙です
熱い、とにかく熱い展開でした
最初の正義論、過酷な現実の中で生きてきたアスカにとっては、初春の考え方は煮詰めた砂糖のように甘ったるいものだったんでしょうね
それでも激昂して罵倒したことが、こうして初春の覚悟完了へのきっかけになったと
正直アスカは犠牲になって死んでしまうと思っていました、悲しくても受け入れなきゃと
そこに初春が駆け付けてくれた時はほんと、嬉しかったです
そして、同じビデオを見た者同士の価値観のぶつかり合い、その上で御手洗をも救ってみせると豪語した初春
お前今、一番輝いてるぜ
一方で歪んでしまった綾乃…
幽助やアスカなら理解してあげられるがどうなる

558名無しさん:2015/10/13(火) 00:04:10 ID:hmDojidw0
あと、ひとつだけ、気になったことがあるんですが、初春の能力のことです
クロスオーバー要素として、すごく良いなと思ったんですが、水を瞬時に蒸発させるレベルの温度が使えたとして、その水に覆われてるアスカの首から上も、蒸発の際にかなりの影響が出てしまうのでは、と思います
恐らく酷い火傷になってしまうかも…

ですので、最初のアスカ救出時には別の手段で助け出して、御手洗が襲いかかってきた時に能力を使用する、という流れに変えてはどうでしょう?
あくまでパッと思い付いた提案なので書き手さんに任せますが、修正は必要なのかな?と感じました

559 ◆sRnD4f8YDA:2015/10/29(木) 16:55:24 ID:E6SRjAvY0
≫547-548
の一部を修正します。遅くなってすみません。

560 ◆sRnD4f8YDA:2015/10/29(木) 16:58:04 ID:E6SRjAvY0

御手洗は大口を開けて泣く様に叫ぶ。 裏返った声は、びりびりと初春とアスカの鼓膜を揺らした。
瞬間、どう、と館内の空気が揺れる。床の水が畝りながらぐるぐると渦巻き、その中から獣の形をした水兵が初春達へと襲いかかった。
初春は、襲いかかる水獣を一体一体右手で触れてゆく。触れられた水兵は、掌との設置部からぶくぶくと泡立ち、派手な爆発音と共に白い煙と化していった。
その正体は果たして“蒸発”であり、それは彼女の持つ超能力『定温保存<サーマルハンド>』に由来する“分子運動操作”であった。

「ふざけてなんか、ないですよ。やっと見つけたんですから。私だけの、現実を!!」

尤も彼女は本来あくまでレベル1の微弱な超能力者で、せいぜいが物体保温程度の能力限界だった。
彼女は本来の能力である分子運動の操作を、速めることも遅くすることも出来ず、“現状の運動を維持”する事しか出来なかったのだ。
それをここまでの短時間で、水分子の動きを活発化させ水を蒸発させるまでのレベル3後半相当能力に向上させることが出来たのは、
元々彼女がレベル5に負けずとも劣らぬ高い演算処理能力を持っていた故でもあったが、むしろ『自分だけの現実<パーソナルリアリティ>』の観測が、極めて苦手だった事に起因する。

『自分だけの現実<パーソナルリアリティ>』は、妄想、或いは信じる力である。

これは初春飾利の持論であり、それは暗にレベル1である自らの信じる力の無さを肯定していなければ、発することの出来ない言葉だった。
初春は自分が弱い人間だと知っていたし、自分の可能性を信じることが出来ないことも知っていたのだ。
それは彼女がそもそも常識からズレた事象、妄想、願掛けの類を嫌う傾向にある、ある種の数学的理論屋の側面を強く持っている為でもあったが、
また、“とある機構を植物に模し様々な角度から想像する”という彼女独自の計算式と技能が、自分だけの現実の分析に通用しなかった為でもある。
初春はそれ故に、理論や常識で片付けることの出来ない自分だけの現実の観測が極めて不得手であった。
やがて彼女は、能力向上を諦めた。自分にはそれよりもよっぽど没頭でき、他の追随を許さない情報処理の技能があり、また、同時にそれがアイデンティティだったうえ、
何より、内部的要因により自身が変わることは不可能だと確信していたからだ。そうでなければ、何かを変えてくれると期待して風紀委員に入るものか。
初春は外部的要因で能力外の部分を変えようと考えていたし、今までの生活においてそれに不都合はなかった。
むしろ、能力を使う機会そのものが無かったのだ。強い能力を持つ仲間、後ろ盾でもある組織、また自分の生命線である情報処理。それを最大限に発揮できるパソコン。それだけあれば十二分だったからだ。

しかし、この島はそれを尽く拒絶した。風紀委員を、パソコンを、仲間を、法を、正義を、夢を、希望を、アイデンティティを。少女から、全てを無残にも取り上げた。
外部的要因を全て失った初春飾利には、最初から、壊れてしまうか、内部的要因により決断と成長をする二択しか残っていなかったのだ。
彼女は一時は壊れてしまったものの、紆余曲折を経て結果的に今、成長と決断を迫られた。
それは彼女にとって想像を絶するストレスでもあったが、同時に自分だけの現実と改めて対峙するチャンスでもあった。
この舞台上では、信じるものが、自分の倫理観と意思以外に殆ど存在しないからだ。

そして、最終的に初春飾利は自分の正義観と、自分が出来る可能性に向き合い、彼女なりの現実へ足を進め、飛び立った。
理屈よりも、分かっている未来よりも、理想と信念と、“今”を優先したのだ。今しかない。式波・アスカ・ラングレーの言葉通りだった。
そうして彼女はがむしゃらに足を動かし、闇を突っ切り、此処へと辿り着く。

目の前に化物が、それに取り込まれたアスカが居たのを見て、初春は全く迷わなかった。
彼女を守る。助け出す。それだけを理由に、限界寸前の足に鞭を打ち、走った。走った。走り抜けた。
水兵に触れた瞬間、初春は不思議と何をどうすればアスカを救い出せるのかを手に取るように把握できた。
助け出すという目的が、助け出す為の手段に転じたのだ。
彼女が持つ救う為の手段はその能力しかなかった。打開策らしいものを何も用意せずに突っ走った事が功を奏した。
自分なりの現実、答えを見つけ出し、彼女を助けられると根拠も無く信じた彼女は、故に自分の可能性、能力をも信じることが出来た。
その瞬間、彼女の能力は持ち前の演算能力を以って、数段階の爆発的進化を遂げる。

561 ◆sRnD4f8YDA:2015/10/29(木) 16:58:41 ID:E6SRjAvY0
初春飾利の能力は、一見熱操作に見えるが、しかしその真髄は、熱ではなく分子運動の操作にある。
沸点と融点の操作だけでもそのポテンシャルは目を見張るものがあるが、もっとごく単純な話、彼女には“液体操作”が可能だった。
これは偶然にも御手洗清志の水兵と能力が合致するが、しかしその操作力には歴然の差があった。何故なら御手洗清志の水兵には、水の操作はできても水の状態の操作まではできないからだ。
即ち、水兵に出来るのはあくまでも水の状態を維持する程度までの分子運動操作。
しかし初春は、水の運動のみならず状態をも操れる。分子運動を停止させて凍らせる事、活発化させて沸騰させる事。
ただ、初春には複雑な操作や遠隔操作が出来なかった、水で人形を作るような真似は出来ないし、水を使って敵を感知したり、離れた場所で生物のように動かす事は出来ないのだ。
いずれにせよ、初春は御手洗の水兵に触れた瞬間、“水分子を操る権利”をその操作力の強さで奪い取る事が出来た。

初撃は、初春とて迷いがあった。水に囚われたアスカを助け出すには、水を蒸発する行為はNGだ。そんな暴挙に出れば、彼女を助け出すどころか火傷では済まない事態になる。
しかし、水分子の流れを操作して、水兵をアスカを中心に外部へ放射状に爆散させる事なら、初春の能力でも可能だった。
故に彼女は、熱運動ではなく、分子そのもの、水流を操作してアスカの奪取を成功させた。

操作力にて、初春飾利の“定温保存”は“水兵”の完全なる上位互換。
故に彼女の両手は、彼にとっての“幻想殺し”足り得る。
初春は、この島最強の能力者を自負する御手洗の、唯一の天敵だったのだ。

「アンタ、馬鹿ァ……?」

襲いかかる水兵を軒並み沸騰させ水蒸気へと気化させる初春の背へ、アスカが呆れたように訊く。

562 ◆sRnD4f8YDA:2015/10/29(木) 16:59:43 ID:E6SRjAvY0
修正投下を終わります。
初春の能力の解釈で問題ありましたら、ご指摘願います。

563 ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 20:56:13 ID:YiPBGXDk0
修正乙です
御手洗との対立の構図もより面白くなりましたし、これで問題ないと思います

では、こちらも予約破棄していた分のゲリラ投下をします
最初に言っておくと、実は当初の予定よりもかなり分量が多くなってしまい
前半部分だけをまず投下することにしました
破棄の上に変則的な形となってしまい、申し訳ありません

564言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 20:59:12 ID:YiPBGXDk0
正式タイトル『言いたいことも言えないこんな世の中じゃ、俺は俺をだますことなく生きていく』
(タイトルが長すぎて一度エラー食らいました)

-----


跡形もなくなった。
違う、『跡形だらけになった』と表現すべきだろう。

天を突く塔のような建造物がひとつ、ごっそりと崩れ落ちたのだから。
ここはさしずめ神様のごみ捨て場だろうかというほどの瓦礫が、小高い丘を一面に埋めつくして鉄筋の山と成していた。
今になってもまだ瓦礫が崩れ足りないように陥没を起こす音が響いて、時おり地面を余震のように揺らす。
月灯りのしたに輪郭だけを残して、『跡形だらけ』は夜闇へと埋没していた。
百メートルは離れていようかという、この杉林にさえコンクリートの塊がごろごろと散乱している。

あの瓦礫の山の最下層に、何人もの中学生が、何十匹もの犬たちが、埋もれて眠っている。

杉林の合い間からその光景をのぞいて、悪趣味な塚のようだと七原は思った。
文字どおりの一括埋葬。破壊した者も、破壊された者も、等しく飲まれて見えなくなった。

「植木は、『死にたくねぇ』って心の中で思ったとしても、言わない奴だったんだ」

菊地善人と名乗った少年は、そう言った。
横目に見ていたのは、そんな瓦礫の雨に打たれた少年の死体だった。
崩れ落ちたホテルの中から、七原によって転移させられて。
尋常ではない量の赤い血液でその身を汚したまま、永遠に動かなくなっている。

「俺、最初は植木耕助って奴はズレてるんだと思った。
哲学者のカントっつうおっさんが『道徳形而上学言論』の中で『正義の源は行動ではなく動機にある』とか書いてるのを読んだことがあってな。
おおざっぱに言うと『正義かどうかが決まる法則は、最善の行動をしたかどうかじゃなく、自分を犠牲にして他人のために尽くす動機があったかどうかで決まる』っつう理論なんだが。
俺は最初、『植木の法則』もその類だと思ってた。最初から正しかったんだ。
でも、正しすぎて周りとズレてて、バロウが襲ってきた時も、率先して自分が盾になって。
皆を守るのが当たり前で、自分が真っ先に死ぬようなことをして。
正しいだけで、こんな場所だと何も守れないかもしれない。そういう危うい奴なんだと思ってた」

菊地善人は、片膝をたてて座ったまま話している。
少し離れた位置に横たえた植木耕助を、埋葬しようという動きは見せない。
埋めたくない気持ちは、七原にも理解できた。
植木から間隔を置いて、さっきまで一緒だった少女も寝かされているから。
誰も掘り返さないホテルの跡地に埋められる瀬戸際から連れ出したのに、また地面の中へと遺体を埋める。
弔うためとはいえ、『どう違うのだ』と思ってしまうだろう。

「話を聞く限りだと、えらく我が儘な奴だな。付き合わされたら心労で死ねそうだ」
「……そうかもしれないな。勝手だったのかもしれない。
でも、シンジが死んでからは、身勝手じゃなくなっていったんだ。
 それに、俺の考えていたことだって違ってたんだ」

565言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:00:37 ID:YiPBGXDk0
語られる植木耕助という人物像は、七原にとって意外でもあり、どこか納得する印象でもあった。
宗屋ヒデヨシやテンコと情報交換したときは、植木耕助とはたいそう頼りになるヒーローのような男だと聞いていた。
それはそれで、誤りでは無かったのだろう。少なくとも、無条件で絶対に助けに来てくれる存在なんて『頼りになる』と形容してなんら差し支えない。
けれど、それだけでもない。

「植木は、自分以外の人間が――友達が目の前で死んでいった時に、すげぇ辛そうにして、泣いてたんだ。
ほんのちょっと一緒に笑いあっただけの俺らを、あっさり気の合う仲間だと思ってたんだ。
だから――正しいからとかじゃなくて、仲間だと思ったから、本気でバロウから守ろうとしてくれたんだ。
俺は、実際のところ、そういう植木と一緒にいるのが楽だった」

ただ一緒にいるだけで、楽になったんだ、と。

「だから、アイツはAIみたいに倫理的なことを自動で判断して動いてたわけじゃねぇよ。
植木だって、俺たちと同じ中学生だったんだ。
我が儘だったとしても、仲間を失いたくないから動いちまうことぐらいあるだろ」

それは淡々とした言葉だったけれど、必死に訴えるような熱がこもっていた。
なぜだか、七原は思い出した。
死んだ結衣とレナのことでテンコと喧嘩になって、黒子から『二人はそうとしか生きられなかったんだと思います』と、言われたことを。
正しいと思ったことをしたのではなく、そうとしか生きられなかったと。
そして菊地は念を押すように、七原を見つめて聞いた。

「その植木が言ったんだな。死にたくない、って」
「ああ、自分の命惜しさで言ったわけじゃなかったけどね」
「でも、自分が生きなきゃいけないから、死にたくないって言えるようになったんだな?」

頷くと、菊地は目元でも隠すように手のひらでメガネを覆った。
口が、『ちくしょう』という形に動いた。
少しだけ、堪えるようにそうしていた。

「七原だったか。ありがとうよ。最後に植木を救ってくれて」

七原は、それには答えなかった。
まだ自分の為したことが本当に『救い』なのかどうかよく分からなかったし、七原は七原で、菊地が看取った方の人間を思うところがあったから。

「あいつは――切原は、笑って死んだんだな?」

言ってから、気づいた。
あの悪魔だった者のことを『切原』と名前で呼んだのは、これが初めてだった。

566言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:01:49 ID:YiPBGXDk0
「ああ。『お前のことを心配してるやつがいたぞ』って伝えたら……憑き物が落ちたみたいな顔してたよ」
「……帰る場所なんて無い無いってしつこかったのに、最後は『やっぱり帰る場所ありました』で終わりかよ。幸せなもんだな」

吐き捨てるように、そう言ってしまった。
その語気に、菊地がややたじろいだ反応を見せる。
それが、ささくれた七原には苛立ちとして蓄積された。
俺があいつを悪しざまに言うのがそんなに意外かよ、と。

許そう、とは思わない。
許せるはずがない。
散々に暴れて、きっちり人のトラウマを抉るように、言いたいことを喚き散らして、
身勝手な理由で少女を二人殺して、それなのに奪われた被害者ヅラをしていて。
船見結衣と竜宮レナを、殺された。
彼女たちを切り捨てようとした七原がこう言うのは傲慢かもしれないが、美味しい肉じゃがを作ってくれた子たちだったのに。
そのあげくに、『お前には七原とは違ってまだ帰る場所がある』という指摘を、半ば以上認めるような形で死んでいった。

『ワイルドセブン』の引き金は、決してそこにかけた指をおろさない。
七原にとっての何者かだった少女たちを殺した人間から、憎しみを取り消すことなど不可能だ。
一度奇跡的に心を繋げられたからといってあっさり許せるのなら、それはどんな聖人だと吐き捨てている。

その苛立ちが挙動に出てしまったのか。
菊地は申し訳なさそうに嘆息し、そして控えめな声で言った。

「すまん、俺は――あいつに命を救けられたもんだから」
「知ってるよ。――俺もだよ」

知っている。
だが、しかし、それでも、と。

567言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:02:55 ID:YiPBGXDk0
切原赤也は、おそらく『悪魔』という呼称で片付けていい存在ではなかった。
白井黒子と同じ中学生だった。
そして、彼女と言葉を交わし、戦闘を交わし、最後には心を交わした。
崩れゆくすべての中で、白井黒子を、七原秋也を、菊地善人を、全員を救けるべく動いた。
そして、七原秋也と、わずかな間でも同調(シンクロ)をした。
未だにこの身に宿るたしかな能力(チカラ)。
触れたものを転移させる、『自分だけの現実』。
それは間違いなく、まぎれもなく、白井黒子と、切原赤也が、授けていったのだ。

「最後に俺に見せた笑顔はここにいない誰か宛てかもしれないけど、それを信じさせたのは白井さんか、七原がしたことの結果なんだろうさ。
なぜなら、俺じゃないことだけは確かなんだからな」

切原赤也が、最後に信じたのは何だ。かつての仲間か――おそらくそれだけではない。
不定形の『じぶん』を信じたのだろう。白井黒子もあの海岸でそうしたように。

「白井の勝ちか――いや、あいつはそういう言い方はしないだろうな」

彼女なら言うだろう。貫いて、そして守っただけだと。
何を貫き、何を守ったか。それは――
問うまでもなく、既に七原は聞いていた。

「そうだ、あんた――七原だったな。
こんな時で悪いが、杉浦綾乃っていうポニーテールの女の子を見なかったか?
海洋研究所に探しにいたかもしれないんだ」

七原の納得したような表情の変化を、見て取ったのか。
菊地はおずおずと、そしていきなり話題を切り替えた。
もとはと言えば、その女の子を探していたんだと。
知り合ったばかりの男の前で余韻に浸っていた気まずさもあったので、さっと意識を切り替えていく。

杉浦綾乃――名前くらいは聞いたことが無いわけでもない。
赤座あかりか、あるいは白井黒子か、とにかくホテルでとりとめなくお互いの話をしていた時に、そういう名前を紹介された覚えがあるような、無いような。
つまり想像できるのは、おそらくこの菊地善人とは異なる世界からきた中学生であり、殺し合いの中で知り合ってしばらく一緒にいたのだろうということ。
おそらく、七原と白井のような喧嘩上等の関係ではなく、普通に仲良くなった関係として。
ふと、いつか親友から言われた言葉を思い出した。

――おまえたち、いいカップルに見えたんだ。さっき。

「あんたら――いいカップルだったのか?」
「は!?」

568言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:04:01 ID:YiPBGXDk0
菊地善人は、ぼけっとした。
それはもう、知り合って間もない七原でさえ『こういう顔をする菊地は珍しいのだろう』と分かるほどにぼけっとした。
だったので、七原もさすがに察した。

「いや、今のは無しだ。……俺たちは海洋研究所で切原に遭ってからここまで来たけど、誰とも会わなかったよ」
「そうか……ありがとな」

悄然と肩を落としながらも、今度の菊地は冷静だった。
噛み締めるように頷き、黙考するような素振りを取る。
もとより大きな期待は抱いていなかったのだろう。七原たちと杉浦綾乃が遭遇していて、なおかつ彼女が生存しているならば、今ここまで来ている方が自然なのだから。
こちらも、探し人の特徴を聞き出すことにかこつけて情報交換に持ち込むべきか。
七原の方もそう思考した時、菊地が「そうだ」と言った。

「浦飯幽助、常磐愛、バロウ・エシャロット……こいつらの、知り合いだったりしないか?」
「いいや。名前を聞いたことある奴はいないでもないが、特に接点は無いな」

そう答えると、今度は嘆息した。
それはまるで、がっかりすると同時にどこか安堵しているように見えた。
違和感のある態度。
七原は観察力を尖らせて、そこに疑う余地を見出す。だから尋ねた。
我ながら、意地の悪い問いかけを。

「おかしな聞き方をするんだな。もし、はぐれた知り合いを探してるんなら『そいつと知り合いかどうか』なんて聞き方はしない。
さっきみたいに『会ったかどうか』を聞く方が先決だからな。
まず『関係者かどうか』を確認する……こいつはまるで、恨みを晴らしたい相手を探る時のやり方だ」

菊地の身体に、電撃のような緊張が走り抜けるのを七原は見た。
改めて七原へと向けられる視線が、『こいつは信頼しても大丈夫なのか』と探るようなそれへと変わる。
声の出し方も少なからず硬化させて、菊地は言った。

「……言っとくが、そいつらは誰にとっても危険人物だ。
 だから殺してもいいなんて言うつもりはないけど、さっきの七原達だって『復讐は絶対にNO』って思想でも無いんだろ?」

なるほど、その通り。
先刻の戦いで、これは俺たちの因縁なのだから、殺し合いになるだろうけど手を出すなと、七原は菊地たちに公言している。

「ああ、別にアンタを責めるつもりは無いよ。ただ、気になるんだ。
俺がもし『その人達はボクの大切なお友達なんです。何をしたかは知りませんが、ボクが絶対に止めますからどうか殺さないでください』って答えたらどうしてた」

569言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:05:23 ID:YiPBGXDk0

少し、痛いところを突かれたという顔。
そんなところだろうかと、菊地の苦そうな表情を見て推測する。

「そうだな……そのときは悪いと思ったかもしれないけど、『よし分かった、あいつらが改心してくれると信じよう』にはならなかっただろうな。
第一、 お友達から説得されたぐらいで良心を取り戻す連中じゃない、あいつらは」

七原にとって、それは甘かった。煮え切らなかった。
冷徹に腹を据えているようで、まったく甘いと思った。だから七原はそう言った。

「ツメが甘いな。そこまでキマってるなら、最初からあんな聞き方しちゃいけねぇよ。
俺がその浦飯ってやつの親友だったら、お前を止めにかかってたかもしれないんだぜ?」
「手厳しいんだな。七原には、それができるぐらいに殺す覚悟が決まってるのか」

いくらか警戒を孕んだ声に、「まぁな」と軽く肩をすくめて返す。
人を食ったような返答になってしまったが、これでも内心ではひどく驚いていた。
最初から『殺して終わらせる』ことを(まだ煮え切らない言い回しだが)肯定している反抗者に出会ったのは、なんとこれが初めてのことだ。

――よりによって白井黒子が死んだ直後に、『初めて』を経験したくはなかったが。

「それより、その三人は危険だって話してくれるなら、どう危険なのかも教えてくれるとありがたいんだけどな」

己ばかり情報を吐き出す側になっていることに抵抗もあったのか、菊地はまったく正論だと頷きながらも眉をひそめていた。
しかし、語りだした。
やはり根の部分では警戒心が薄いのか、それとも七原に詳らかにしたところで、マイナスにはならないだろうと判断したのか。


◆  ◆  ◆


たびたび毒を含ませた皮肉だらけの言い回しをする、鼻につく男。
それが、ここまでの七原秋也に対する菊地善人の総評だった。
ただし、それをことさらに憤慨したり、いわゆる『こんな怪しい男と一緒にいられるか!俺は部屋に戻る!』とかやらかすほど菊地も神経質ではない。
菊地がここに至るまでに何度も仲間を失ったように、七原秋也だって多数の喪失を経験してきたに違いないのだから。
むしろ、三十数人の死体が転がっているこの場所で、未だに精神をすり減らすことなく健全そのものの中学生がいたら、そちらの正気が疑わしいところだ。
七原秋也から雰囲気として見え隠れしている凶暴さを帯びた何かも、この世界では『よくあること』のひとつでしかないのかもしれない。
それに正直なところを言えば、悪い意味でなく、驚いている。
七原の言う『覚悟』について、探りたいと思っている。

それはつまり、『敵を殺人によって排除する覚悟』ということだから。

菊地は何度も『防衛のために殺すことを否定しない』『殺人を否定するなら殺しに代わる手段を見つけろ』と綾乃たちに説いてきたけれど。
同じように、己にもそれができるのかと自問してきたけれど。
あからさまに『殺して終わらせる』ことを(断言は避けているようだが)肯定している反抗者に出会ったのは、なんとこれが初めてのことだ。

570言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:06:29 ID:YiPBGXDk0



「――待て」



七原秋也が、止めた。

「そいつは本当に、宗屋ヒデヨシか?」

宗屋ヒデヨシの臨終を聞いて、そう遮った。

「それは、どういう意味だ?」

真面目な顔で不可解な質問をされて、菊地は眉にしわを寄せる。
しかし、察しの良い方である彼は、すぐにその理由を閃いた。

「お前……もしかして、俺たちが出会う前の宗屋ヒデヨシに会ったのか?」

ここで初めて名前を登場させたはずの宗屋ヒデヨシにだけ追及をするとしたら、その可能性がまず浮かんだ。
そして……邪推かもしれないが、『それは本当に宗屋ヒデヨシなのか』という尋ね方が怪しい。
七原にとっての宗屋ヒデヨシは、『菊地が話したようなことをしない』ということなのか。
自覚的に険しい目をしていく菊地を見て、七原はひとつ嘆息した。
やれやれ、と。これからとても疲れることをするかのような、そんなため息だった。

「最初に警告しておく。俺は嘘をつくつもりはないが、信じるかどうかはアンタしだいだ」

そう言って、七原は不思議な動きをした。
右手を己の胸にあてて、少しの間だけ、目を閉じていたのだ。
まるで、話すべきかどうかを自問するように。
胸の中に、問うべき誰かでも住んでいるかのように。
そして、告げた。

「宗屋は、赤座あかりを殺したよ」


◆  ◆  ◆

571言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:07:15 ID:YiPBGXDk0

全てを話した。
最初に山小屋の近くで宗屋ヒデヨシに佐天涙子の二人と出会ったところから、
宗屋ヒデヨシの錯乱に振り回されてホテルを逃げ出し、海洋研究所に流れ着いたところまで。

「おい」

遮ることなく全て聴いた菊地は、冷たい声を出した。
言葉を探すように唾をのみ、ずれたメガネを直す。
そして声の温度をそのままに、言った。

「じゃあ何か?
お前の知ってる『宗屋ヒデヨシ』は、『だだをこねて仲間内に亀裂をいれた上、急に疑心暗鬼にかられて戦闘を妨害したあげく、発狂してなんの罪もない赤座あかりを撃ち殺して逃げていった』。
そういう奴だってことか?」
「『俺の知ってる宗屋ヒデヨシ』なら、その通りだ。アンタの知ってる宗屋はまた違ったらしいけどな」

菊地にしてみれば信じられないような話だろうが、七原からしても困惑するような話だ。
あのヒデヨシが、植木耕助たちと再会したときには本来の勇敢なヒデヨシとして行動しており、仲間のことを激励しながら希望を残して死んでいった、なんて結末は。
信じるかどうかは菊地善人しだい。
そう警告しておいたが、さて。

「……俺は、信じられないとは言わないさ。
だが、つまり、七原はどう思ってるんだ?」

質問に、質問が帰ってきた。

「宗屋ヒデヨシ君は、殺し合いの極限状況やら、桐山和雄がいるストレスに耐えられなくて発狂しました。
だから身体を張って植木君を助けてくれたのも何かの間違いです。
彼を殺しにかかっていた浦飯君たちも、もしかしたら狂った彼と戦っていただけなのかもしれません。
そういうことになるのか? そう言いたいのか?」
「そこまでは言わないさ。本当に浦飯とやらが凶悪犯なのかは正直決め打ちできないけど、
もしそいつらが襲ってきたりしたら容赦なく殺せるしな。
 だから、俺としては話の真偽がどうだったとしてもスタンスは変わらないんだ。信じるかはアンタの問題だよ」

572言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:08:02 ID:YiPBGXDk0
菊地がギリ、と唇を噛んだ。
信じられないと言いたいのか、あるいは他人事のようにスタンスが変わらないままの七原に苛立ったのか、どちらにせよ七原に対する好感情でないことだけは伝わる。
こうなるだろうからこそ、さっき話すかどうかで躊躇したのだから。

「なら、聞き方を変えるぞ。宗屋ヒデヨシは、どうして赤座あかりを殺したんだと思う?」
「分からないさ。俺たちはあんたと植木ほど『一緒にいて楽な仲間』じゃなかったからな。
主催者は殺し合いで優勝すれば生き返らせるとか抜かしてたが、その放送があったのはあの一件の後だしな。
ただ……そうだな。強いて言えば、宗屋は俺たちに知らない『何か』をポケットに隠し持ってた。
秘密兵器の支給品か何かを見て、『赤座あかりは殺さなきゃ』と思っちまうようなことを知ったのかもしれない。良くない未来を予知したとか」

あるいはその時点で発狂していたのかも、という可能性はさすがに言わなかった。
何も好きこのんで菊地を苛立たせることを言うつもりはない。
ただ、七原視点では、その可能性もあったのではないかとさえ思っている。
宗屋ヒデヨシは、『全員で欠けずに仲良く力を合わせてハッピーエンドを迎える』ことにこだわっていたから。
かつての七原秋也と同じぐらい、そう願っていたから。
それが絶望視されたときに何を思い、どんな行動に走るのかなど、それこそ『未来予知』でも使わなければ読めなかっただろう。

「俺は――あんたの話を嘘八百だと決め付けるわけじゃない。
それでも『俺の見た宗屋ヒデヨシ』を信じる」

そして、菊地はそう言った。
断固として譲らない。
菊地の声色が、メガネの奥の眼が、そう言っていた。

「宗屋ヒデヨシは、アンタの言うとおりホテルを出た時には錯乱してたのかもしれない。
でも、その後でちゃんと正気に戻ってくれたんだと、そう信じる。
だってあいつは、『後を任せた』って言ったんだ。
植木に――今となっちゃ俺に、自分のやろうとしたことを託そうとしたんだ。
錯乱して人を殺し回ってたような奴が、仲間にそんな風に託せるわけがない。
あいつは自分の過ちに気がついたんだ。でも、せっかくまっとうな道に戻れたのに、浦飯の連中に殺されちまったんだ」
「そうか」

菊地は、あくまでヒデヨシを信じる方を選んだ。
だとすれば、七原の立場からは何も言うことはない。
七原秋也は、浦飯幽助のことも常磐愛のことも知らないし、宗屋ヒデヨシが命を落とした場面も目にしていないのだから。
ただ、あれだけの事をやらかしておきながら、それでも仲間との絆を持ち続けたまま逝けたのかという虚しさだとかやっかみが少しあるだけだ。
これで宗屋ヒデヨシの話は終わり。あとは菊地善人とせいぜい傷つけ合わない関係を築ければいい。

573言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:08:43 ID:YiPBGXDk0
「それで、大事な仲間を殺された仇だから、さっきの三人は問答無用で撃ち殺すのか?
そりゃまたずいぶんと短絡的に方針転換したもんだな」

それでいい。
そのはずだった。
文句も不満も何もないし、ちょっかいを出すような権利も義務もないはずだった。
七原は浦飯や常磐に関する因縁の外にいて、完全なる第三者のはず、だったから。

「短絡的、かよ?」
「植木耕助の仲間だったにしちゃ、短絡的だなぁと思ったんだよ。
 あいつは、あの切原のことも『救けられないって諦めるのは、嫌いだ』って言ってたぜ。
 最後の時も、誰も彼も守るんだとか『正義』だとか言ってたな。
『託された』ってんなら、植木は浦飯や常磐を殺すことなんか託しちゃいなかったんじゃないのか」

菊地の顔に、石でもぶつけられたようにカッと怒りが点った。

「ああ、そうだよ。これは植木じゃない俺の――それも【正義】なんかじゃない、偽善者【さつじんき】の考えだ。
植木や杉浦が見たら、激怒して止められるだろうさ。『独善で突っ走らないことを説いた菊地先生が、どうしてそんなことをするんだ』ってな」

吐き捨てるような言葉。
ああ、そりゃあ怒るだろうなと思いつつ、しかし怒らせていることが何故かたいそう小気味よかった。
なぜ、菊池に苛立つのかがよく分からない。白井との喧嘩ではあるまいし、この状況下で争ったところで誰も得をしないのに。

「殺人鬼――ねぇ。じゃあ菊地から見て、俺も殺人鬼になるのか?」
「殺したかどうかじゃなくて、在り方の問題だよ。
たしかに俺は平和ボケした日本人として15年生きてきたけど、『殺さなきゃ殺される』って時に、考え抜いた上で殺すことを否定するつもりはなかったんだ。
極端な話、たとえ『死にたくないから殺し合いに乗ります』って考えだったとしてもな。
そういうやつらを殺人鬼呼ばわりするほど、冷たい人間にはなりたくないんだ」

最初から殺すことを否定していたわけじゃなかった。
その言葉は七原にとっては意外だったし、そこに関しては悪くない思いがした。
少なくともこの場所では、ずっと見えないところでも『お前は間違っている』と言われ続けていた気がしたから。

574言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:09:58 ID:YiPBGXDk0
「でも、今の俺はそうじゃないんだ。考えずに殺そうとしてる。まだ迷ってる。
どころか、今さら自分のやろうとすることは、間違いだと思ってる。
植木や宗屋に託されたとか言いながら、アイツ等の遺志を裏切るようなことをするんだからな。
植木は、『全員を救ってみせる』って言った。
杉浦は、『人を殺さなくても済む方法を絶対に見つける』って言ってた。
アイツ等がどんなに本気でそう思ってたか、知ってるんだ。一番近くで見てたんだから。
これからやることは、殺人である以上に仲間の裏切りなんだ。
何の相談もなしに、杉浦や植木が殺さずに救おうとしたやつらを殺すんだからな」

苛立ちを覚える理由のひとつが、分かった。
おそらく、彼は彼なりに頭が割れそうなほど苦悩しているのだろう。
見ていてそれが分からないほど、七原も想像力が劣悪ではない。
しかし七原視点では、それはそれとして無自覚に酔っているように見える。
悩みに悩んで、酔っているように。

「間違ってると思うならやらなきゃいいじゃないか。
俺だって、『仲間』の遺志を聴いた後だってのに、いきなり逆のことを言い出す奴の覚悟が本物だとは思えねぇよ」

七原だって、一度や二度の失敗で諦めを覚えたわけじゃなかった。
山のような死屍累々を見てきたから、何度も心が死にかけたから、こうなった。
似たような考えの持ち主だというなら一緒に行動するのも楽だけれど、
そいつが『改めて死人を見てナーバスになったから、間違ってることは分かってるけど、本当に本当にやりたくないけど、仲間の復讐に走るのも兼ねてアンタと同じようにします、俺は賢いから』というポーズを取っていたら。
歯ぎしりして憤慨するなという方が無理だ。
ああ、これが理由の二つめだ。
しかし。

「そんなに『いきなり』か? 」

菊地善人が、哂った。

「なぁ、俺は本当に、『いきなり』か?」

とてもただの中学生が、同い年の少年に向ける目つきではなかった。
七原がまさに、その殺したい仇であるかのような目だった。

「たしかに、植木の遺言をもらったそばからこんなことを言い出すのは仲間失格だな。
でもな。じゃあ――その植木を殺したのは、誰だ?」

575言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:11:16 ID:YiPBGXDk0
俺が七原のことを知らないように、七原だって俺のことを知らないだろう。
これが誰にも見せたことのなかった『菊地善人』だと、
夜闇の中でギラギラと光る眼に、そう言われたかのようだった。

「まさか、この崩壊がただの事故だと思ってるわけじゃないよな?
元からホテルが自然崩壊するほどボロかったら、俺たちだってあんな無用心にホテルの中を探し回ったりしなかったよ。
じゃあホテルをぶっ壊したのは誰だ。放送で呼ばれた人数を引いて、生存者は18人。
ホテルの下にいた5人を差し引いて13人だ。俺の知ってる殺し合い反対派を差し引けば、容疑者はもっと狭められるな。
今のところ、最有力容疑者はバロウだよ。あいつの『神器』を使えば、ボロボロのホテルを倒壊させるぐらいはできるだろうさ。
浦飯にもやれるだろうけど、あの光線を撃ったなら目立つはずだし、俺たちもあの遭遇からかなり急いでここまで来たからな。可能性としてはだいぶ低いってところだ。
もしくは、まだ会ったことない誰かが、俺も知らない能力だとか支給品を使ってやったのかもしれない」

冷静に、おそらくはとても頭脳明晰なのだろう、その理性で分析をしていく。
これまでにどうやって、守りたかったものを潰されたのか。

「『いまさら』なんだよ。こんな場所で、手を汚すことを否定はしないさ。けど、許せるはずもないだろ。
殺すかどうかを必死に悩んでる連中のすぐそばで、満足そうに、良心の呵責もなしに人を殺す連中がいる。
バロウは、死にたくないからとかじゃなくて、最初から自分の夢を叶えるために、自分勝手のために殺し合いに乗ったって植木が言ってた。
常盤と浦飯は、俺たちの、仲間の絆を利用して、踏みにじって、陥れて皆殺しにしようとした。
そんな連中のせいで、シンジも、神崎も、宗屋も、植木も、俺の見てる前で殺された。
……守ろうとしても、救けようとしても、主催者の手先みたいな連中がみんなみんな奪っていくんだ。こんなのって、ないだろ?」

誰もが切原のように、よりどころを奪われたせいで『悪魔』として狂ったわけじゃない。
誰もが白井と切原のように、本当は同じ場所に立っているわけじゃない。
最初から痛みもなしに人を殺せる、積極的に悪の道を選んだ中学生もいる。

「七原はさっき言ってたな。桐山和雄は『理由』も無く殺し合いに反抗してたんだって。
その逆の、『理由』もなしに人を殺す悪党もいるんだよな。
そんな奴らを生かしておくのが、がんばって生きてる奴らのためなのか?
この殺し合いを開いた大人どもだってそうだ。もし脱出するまでに連中と戦わなきゃいけないなら、七原だって大人どもを殺すんだろ?」

576言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:12:13 ID:YiPBGXDk0
間違っていることを知りながら、みんなのために殺す。
すべて喪ったと自負する七原と違って、菊地はまだすべて喪っていないのだから。
そういう意味では、彼は『一度目の殺し合い』での七原秋也なのかもしれないし、しかし今の七原と違っているのも無理はない。
喪わないために、失おうとしている。

「俺は、植木の理想が叶うんだってことも、杉浦の『答え』も、守りたいんだ。
 だから、杉浦たちが生きて『殺さないで済む答え』を見つけられるように、俺が、理想を捨てる。
 だってあいつ等には、俺と違って、まだ可能性が残ってるんだから」

本気だった。
その眼は絶望を見てきたように暗いが、七原のように冷えた眼ではない。むしろ、すがりつこうとする者の眼だ。
それもそうかもしれない。彼は七原にとっての中川典子を喪わないように、そうするのだから。
それは、七原からしても、おそらく賢いのだろうと思える決断だ。
だが。

「菊地は、間違ってないよ」

七原は、肯定する。
菊地は驚いた顔を見せ、しかし頷く。
菊池が間違っているなら、七原も間違っているようなものだ。
いや、ある意味では間違っているのかもしれないが、ある少女から『それもまた正しい』と肯定されたばかりだし、ここで自己否定に走っても埓があかない。
これが菊地善人にとっての『正義』なら、否定する理由も否定されるいわれもないはず。
だが。

吐き捨てた。
唾棄するように、吐いて捨てた。

「間違ってない――――――――けどな、気に入らねぇ」

胸のうちに、ふつふつとした怒りが宿る。
はっきりとした。
七原秋也は、こいつだけは、肯定するわけにはいかない。
理由の三つ目。
そして、一番大きな理由だ。

「ああそうだ、さっきから気に入らなかったんだよ」

気に入らない。
間違っているでも、悪いでも、くだらないでもなく。
その表現が、一番しっくり来た。
白井黒子に感じた、灼熱のような羨望と哀れみとは別のものだ。
少なくとも、七原秋也はこいつを羨ましいとか妬ましいとは絶対に思わない。
いや、『一緒にいるだけで楽になれる』なんて言葉を何のてらいもなく言えるところに関しては羨ましいかもしれないが。

577言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:13:04 ID:YiPBGXDk0
ただ――とてつもなくムシャクシャと、怒りがある。
俺の絶望(カクゴ)を、こんな半端な覚悟と同列にされたくないという憤慨がある。
何よりも、一番に気に入らないのは



「殺す理由を仲間のせいにしてんじゃねえよ、頭でっかち」



菊池の頭に青筋が浮くのが、はっきりと見えた。
構うものか。白井黒子だって、すれ違ったら『また喧嘩しろ』と言っている。
仮に黒子がこの場にいて止めたとしても、やっぱり言っていただろうけど。

「何が『みんなのため』だよ。お前はただ、復讐心を満たすために仲間を理由に使ってるだけじゃないか。
みんなのためって言えば、罪悪感が少しはマシになると思ったのかよ。
なら、殺したことのある俺から言ってやる。どんな悪党だろうと、狂人だろうと、殺したら手は汚れるんだ。傷だらけになるんだ。誤魔化すな。
桐山は理由もなしに殺す危険人物だったけどな、それでもアイツだって被害者だったことには変わらねぇんだ。正しいと思ってないくせに、正義の味方(ヒーロー)気取ってんじゃねぇ」
「は? お前今、『気取り』っつったか」

青筋を浮かせて怒る菊地が、視線を刃のように携えて七原を睨み据える。
ちっとも恐れるものではない。今の七原なら、鼻で笑えた。

「気取りだよ。俺の知ってる本物の『正義の味方(ヒーロー)』はな、一度も俺や切原やロベルトのことを『悪』とは言わなかったぜ?
 俺たちの言葉でどんなに傷ついても、『貴方たちのためにやってるのに』とは言わなかったぜ。
 道徳の教科書を丸呑みしたようなことを言ってきたけど、押し付けてきたけど、でも、それが『頼りにされたい』っていう私情で、我儘なんだってことは、否定しなかった」

『ありがとう』や『おつかれさま』を欲しがっていても、欲しがっているからこそ、『私が正義(せいぎ)を実行するのは、皆のためだ』なんて絶対に言わなかった。
七原と否定しあったけど、最後には認め合ったけど、そこだけはずっと変わらなかった。

578言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:14:09 ID:YiPBGXDk0
「それは――俺だって、自分のためでもあって……」
「さっき『仲間への裏切りになるのは分かってる』って言ったな。本当に分かってるのか?
テンコは俺のことを『犠牲になったやつがみんな正しいと思ってる』とか言ってたけどな。
でもな、俺だって、『なんで俺なんかを助けたんだ』って思わないわけじゃない。結果的にどう転ぶかなんて分からないんだ。
俺や白井の見た景色を、お前は見てない。痛みも重さも知らない、まだ堕ちてないお前が、堕ちた景色を見てきた風に語って、仲間まで巻き添えにすんな。
『俺と違って後輩には可能性が残ってる』とか、ぜんぜん感動できねぇよ。自分ができないことを人にやらせて、思考停止してんじゃねぇ」

怒りか、狼狽か、菊地の顔がみるみると鼻白んでいく。
正直なところ、少し愉快だった。
その口が開き、怒鳴り返される。

「だったら! 後輩のためにできること考えるのは無意味かよ! 俺にはそれぐらいしか、してやれることが無いんだよ!」
「無意味じゃないさ。でも、所詮は我儘なんだ。
俺を守って死んだ年上の友達はな、死ぬ時に『復讐なんかしなくていい』って言ってたぜ?
ただ、好きな女の子を守って生きてくれたら、それでいいってな。
でも、俺は、ぶっ壊そうとする方を選んだ。死んでいった連中のために壊したいって思ってたけど、そうじゃない。
俺のためなんだ。そうしなきゃ、俺が前を向いて生きられなかったんだ」

川田章吾は、最後に『国を壊すなんて、そんなことしなくていい』と言った。
その願いを踏みにじりたいわけじゃなかった。それでも、何もしないでいることは選べなかった。

「みんな我儘なんだよ。テレビの中で怪獣を倒してる正義の味方(ヒーロー)は、ついでに街も壊してる。
白井が切原を『帰そう』としたのも我儘なら、俺が『革命』しようとするのも我儘なんだ。植木が仲間を助けようとしたのだって我儘だったろうさ。
でもな、その『我儘』と呼ばれるものこそが、俺たちにとっての、正義(ヒロイズム)なんだ」

つまるところを、そう言った。
菊地にどうしろと言いたいわけじゃない。
ただ、このままだとこいつに未来があるはずないし、きっと白井のように理想のその先に行きつくような結末は得られないと、そう思った。
それに、植木耕助に向かって『想いが死なないようにする』と言ったこともある。
……本当に真からの現実主義者(リアリスト)なら、こんなことで熱くなったりはせずに、菊地のこともなあなあで肯定して利用していくのではないかという自覚もある。

「お前はさっき、自分が『正しくない』と言ったけどな、たとえ正しかったとしてもお前は『正義の味方(ヒーロー)』にはなれないよ。
 誰もが正義の味方(ヒーロー)になれるわけじゃないんだ。なろうとすることもない」

最後に、だいぶ語調を和らげて、そう言った。
誰もがなれるなら、白井だって一度狂いかけることはなかった。
それが分かっているから、七原も、菊地の感情を逆立てないようにそう言った。
だから。

579言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:14:53 ID:YiPBGXDk0

「そうかよ」

その言葉を聞いた菊地が、今までで一番辛そうに表情を歪めるとは、予想外だった。
怒ったのでも、悲しんだのでもなかった。
辛そう、としか形容できなかった。

「そっか。俺は知らないのか。
 そりゃあな。俺にはまだ喪ってない奴らがいるよ。それに、元の世界に帰ったら、まだ生きてる友達だって担任だって待ってるさ」

小声でそんなことを言いさして、その唐突な感情を引っ込める。
無の表情に戻ると、冷徹そうに矢継ぎ早の言葉を繰り出した。

「けどな――お前と同じところまで堕ちなきゃ、何か言う資格さえないのか?
お前、たびたび自分たちが一番不幸みたいな話し方になってるよな。そりゃあ実際、そういう目に遭ったんだろうな。
けど、堕ちなきゃヒーローを語れないみたいに言うな。俺だってな、『お前が俺たちよりどんだけ重いのか』ぐらいは察しがつくんだ」

どうした、まずい地雷でも踏んでしまったのかと、戸惑ったのがしばらくのこと。
そして、遅れて言葉の意味が頭に入ってきてからは、ぎくりとしたのが二割、むっとしたのが八割だった。
不幸ぶっている。それは否定できなかったし、自分の不幸に酔うなんて行為はたいそう嫌悪していたから苦い顔もしたくなる。
白井と喧嘩した時なんかは、露骨に『平和な世界』に向かって八つ当たりをした。
けど、まったく卑屈にならずに生きろという方が無理だろう。むしろ、殺し合いをやっとのこと生き延びて逃亡生活を始めたところで、別の殺し合いに招待されて、ともに生き延びた恋人をも失いました、なんて最悪の経験をしたことに比べれば、ぜんぜん不幸自慢を表に出してない方だとさえ言いたい。
『むっとした』の中身を言葉にするとそういうことで、だから『察しがつくはずない』と思っていた。
たぶん菊地からは『お前は俺よりもずっと仲間の死を見てきたのだろう』とか『お前はとっくに何人か殺してるんだろう』とか、そういうことを言われるのだろうと予想した。

だから、その次の言葉は、頭を横殴りにされるような不意打ちだった。

ペラペラとよどみなく、菊地は暗唱を始めた。
それは、七原もよく知っている言葉だった。

「『さて、『六十八番プログラム』は、そうした情勢下にあるわが国には、ぜひとも必要な実験であります。
 確かに、15歳のうら若い命が幾戦幾万と散ってゆくことについては、私自身も血涙をしぼらずにはおられません。
 しかし、彼らの命がこの瑞穂の国、我ら民族の独立を守るために役立つならば、彼らの失われた血は、肉は、神の御代より今に伝えられましたる美しき我が国に同化し、未来永劫、生き続けるとは言えないでしょうか』」

四月演説。
中学一年の歴史の教科書。
誰も顔さえ見たこと無い、総統閣下のサインがもらえて。

「――待て」

580言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:15:57 ID:YiPBGXDk0
張りつめた声で遮ると、菊地はこれ見よがしに肩をすくめた。

「控えめに言っても頭おかしい演説だよな」
「お前――俺たちと同じ世界から来たのか?」

冷静に顧みれば、『報告書』の時のように支給品を利用したという可能性もあったのだろう。
しかし、そう問い返した七原の顔はかなり間の抜けたものだったらしく、菊地が口端を上げて笑った。
もしかすると、『浦飯たちは仲間ではなく仇だろう』とずばり当てられたことを、やり返したつもりかもしれない。
無言のまま、菊地はディパックを開けて中を探ると、分厚い本を取り出して手渡してきた。
携帯電話の灯りをつけて、七原は本の表紙を確認する。
図書館にあった蔵書らしく、透明なカバーがかけられて、背表紙にはバーコード付きのシールが貼られていた。
年鑑であるらしい、その本のタイトルは『総統閣下の御言葉で振り返る20世紀』。

「杉浦が見つけてきたんだ。四月演説とやらも全文載ってたぜ」
「……一回かそこら読んだだけで覚えたのか? 記憶力がいいんだな」
「リンカーン大統領のゲスティバーグ演説を原文で覚えてみたのに比べりゃ楽だったよ」
「中学生の学習範囲じゃねぇだろ。……どうやって、俺がこの世界出身だと分かった?」

総統閣下に行幸されて歓喜にむせび泣く観衆の写真をひとりひとり油性マジックで仮想的に血まみれにしいたような不快感を抱きながら、七原は本を閉じる。

「俺は今まで少なくとも六つぐらいの世界の人間に会ったけど、大東亜共和国の世界から来た奴は一人もいなかった。
なら、いい加減に遭遇してもおかしくない頃かと思ってたんだ。
そして、仮に俺が悪趣味な殺し合いを主催する大人だったとしたら、だ。この世界から殺し合いの参加者を選ぶとして。
 俺なら普通の一般中学生より、この『プログラム』とやらを経験した中学生の中から選定するね。
だから『この世界』から来た参加者がいたら、そいつは『殺し合い』からのリピーターである可能性が高い。そう思ってたのさ。
で、さっきのアンタの発言を聞く限り、自分には帰る場所が無いみたいな言い方をしたり、殺す覚悟についてよく知ってる風だった。察しがつくには、それで充分だ」

言い終えると菊地は口端をあげたまま、年鑑を受け取ってディパックに戻す。
こいつは本当に何を考えているんだと、七原は苦々しい感情で満たされた。
確かに七原はこいつの神経を逆撫でして苛立たせてきたかもしれないが、しかしそれをやり返すためだけに相手のトラウマかもしれない過去をひけらかすように暴きたててドヤ顔をしたりすれば、その時点でもう立派な『悪者』といっていい。
それが分からないほど周りが見えないわけではないはずだ。

「すごい名探偵だな。いや、本当にすごいよ。これが殺し合いじゃなくて絶海の孤島殺人事件とかだったら菊地善人無双になるな……それで、何が言いたいんだ?」
「いや、前提条件を確認したんだよ。確かに俺はあんたから見たら半端ものなんだろうが、少なくとも俺は『アンタに比べて何も知らない』ことは知ってるんだってな。
それに、もうひとつ聞きたかったのさ。俺は本のおかげでアンタの口から喋るでもなく分かったけど、アンタは今までその身元を仲間に話してきたのか?」
「……相手によったな」

実のところ、白井黒子たちには支給品のせいで丸裸なまでに知られてしまったこともあり、執拗に隠そうとする気もいい加減に失せていたのだが。

581言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:16:52 ID:YiPBGXDk0
「なら、ホテルで白井さんと赤座さんも交えて警戒しながら話し合ってた時には、まず言えなかったってことだよな。
 たぶん、桐山が赤座あかりの友達をヘタすりゃ殺してたことも、桐山和雄に特殊な事情があったことも、桐山と七原が最終的に殺し合うことも、ずっと言えないままだったんじゃないか?」

今さらそこを問うのか、と虚をつかれた。
思えば、スイッチが『七原秋也』から『革命家』へと切り替わったのは、あの会話からだったとも言える。
桐山も宗屋も白井黒子も赤座あかりもいた、あの場所からだった。七原が大東亜共和国のことも桐山のことも伏せて、利害の関係を築こうとしたのは。

「悪いか? 仮に言ってたとしてもまた誰かが暴走するか、まず良い結果には転ばなかっただろうけどな」

あれで間違っていなかったと思っている。
あの場で、まだ互いを理解できていない関係で、『俺たちは互いに脛に傷を持っていますし、桐山にいたっては人を簡単に殺せる人間ですが仲良くやりましょう。赤座さんの友達の船見さんを殺しかけてしまったことはごめんなさい』などと釈明を始める人間がいたら、そちらの方が馬鹿だ。
だいいち白井たちが桐山に反感を持って言い争いになれば、桐山が同盟に見切りをつける可能性さえもあった。

「間違ってないよ。お前は、あの時にできるベストを尽くしたはずだ。
 たとえあの場にいたのが俺だったとしても、桐山って奴を警戒したり、白井さんの反感を懸念したりで、打ち明けたくなくなるだろうな。
 ……けどな、お前は、その後の事件を話すとき、宗屋ヒデヨシの暴走と白井さんの甘さがああいう結果を生んだかのように言ったよな。
 理想や正義で人が救えないってんなら、逆に言うけど、理屈だけで人を動かせるのかよ。
 あの時、宗屋の隣にはいつ人を殺すかしれない危険人物がいた。そいつが人を蜂の巣にするところを見て、知り合いがあっけなく死んだりもしたんだ。
しかも、『出会ったばかり』の七原は、宗屋よりも桐山とばっかり仲が良さそうに話していて。
そんな状態で宗屋に『自分を信用して何もするな』ってのは、ちと要求のレベルが高すぎやしないか?
勘違いするなよ――俺は別に、七原の責任を追及しようだとか、七原は間違ってるとか、そういうことを言いたいんじゃないんだ
『宗屋や白井さんの甘ったるい考えが招いたせいにして、それで終わらせることでも無いよな』って言いたいんだ。つまり――」

口端をあげていた菊地の顔から笑みがすっと引いた。
作り笑いを外した下から出てきたのは、こちらを真剣に見据える顔。
まるで鏡の前で笑顔の練習をしていたら、鏡に映った自分が急に笑顔をやめて真顔になったような不気味さだった。

「ただ、あんたの言葉を借りるなら――間違ってないけど、気に入らねぇ」

菊地が動いたのは、七原がまばたきをして眼を開けるほどの時間だった。
眼前に、握られた『拳』があった。

582言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:17:36 ID:YiPBGXDk0





              !?






親指を人差し指の隣にそえて握りこんだ、りっぱな『ぐー』だった。

おい待て、と思ったがそれで拳が止まるはずがない。
かろうじて、歯を食いしばるのが間に合った。



「頭でっかちで悪かったな!!」



ゴン、と鈍い音を耳ではなく身体が聴いた。
叫び声と同時に、思いっきり殴られていた。
左頬から顎にかけてのあたりをえぐり抜くような一撃だった。
そのまま体が地面を浮き、斜め後方へと吹っ飛ばされて尻餅をついた。

痛い、というよりもひたすら重い、と感じた。
なぜこんなことを、と思うより先に、『こんなに力があったのか』という驚きが先に来た。
地面に手をついて顔を上げた時に、震えの混じった菊地の叫び声が追いかけてきた。

「自分だって理屈ばっかりのくせに、人を理屈だけ呼ばわりしてんじゃねえ!!
俺だってなぁ……好きで半端だったわけじゃねぇよ!!」

殴ったそいつの姿を見れば、姿勢こそ整っているものの、視線はすっかり『ガンをつけている』人間のそれだし、真横に固くむすばれた口元は歯を強く食いしばって臨戦態勢を継続していることが分かる。
殴った拳は、怖いわけでもあるまいに構えられたまま震えていた。
よく分からないが、それでも分かったのは、逆ギレされたということ。

それを理解した瞬間に、七原の理性もまたプッツリと遮断された。

人間なんて、単純なものだ。
宗屋ヒデヨシを初めとする何人もの人間から、行動原理を非難された時よりも。
撃たれたら即死するような銃口を向けられた時よりも。
殺し合いに乗った人間と対峙した時よりも。
“いきなり殴られた”という事実の方が、簡単に『やりかえそう』というリミッターを外した。

七原秋也は、必要なら少女だろうと撃ち殺すつもりの『革命家』だったけれど、
しかし、あの白井黒子にだって、掴み上げても、突きとばしても、それでも手を挙げることだけはしなかったぐらいには『紳士(フェニミスト)』だった。
しかし、

583言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:18:36 ID:YiPBGXDk0
今目の前にいるこいつは、男だ。
いかにもお坊ちゃん育ちのガリ勉くんのような容姿をしているけれど、れっきとした男だ。
それも、おそらく。

――こいつ、歯が折れるぐらいのことは度外視して殴りやがった。

手をあげない、理由がない。



「やりやがったなテメェ!!」



人間を殴り返す時の言葉なんて、どんな状況だろうとテンプレートなものだ。
右の拳を振りかぶり、即座に踏み込む。
元運動部だったこともあってステゴロは経験豊富とはいかないが、これでも孤児院育ちだ。やり方の心得ぐらい当然ある。
だからそこそこ自信のある拳だったのだけれど、菊地は首の動きと軽い後退だけでいなしきった。
何か格闘技の経験でもあるのかと察した時には、空振りした右腕を掴まれている。
菊地の左手だけで七原の腕をねじるように捕らえたまま、二人は30センチ少々の距離で視線を交えた。
ギリ、と歯から軋みの音をさせた後、菊地はまた口を開く。
訴えるような目で、絞り出すような声で。

「資格がないことなんて知ってるさ! でも! 俺だって…………『主人公(ヒーロー)』になりたかったよ!」


◇  ◇  ◇


あらかじめ言っておくと、菊地善人はただの中学生である。
中学生相応の身体に、中学生相応の精神。
担任教師、鬼塚英吉のようなゴキブリ以上のしぶとさもなければ、彼のように何度も生徒を救い、ミラクルを起こすだけの求心力もない。
無茶に無茶をかさねれば道理も吹っ飛ばす、担任教師とは違う。
無茶に無茶をかさねても、できないことだってたくさんある。
菊地のファインプレーで鬼塚や3年4組の生徒たちが助けられたことも何度となくあったけれど、
鬼塚なら身体ひとつで解決するような誘拐事件やら学校籠城事件のような大人の犯罪に身を投じるには、まだまだ経験も実力も伴っていない。
そもそも生徒だから巻き込まれてはならない、そういう年頃の少年に過ぎない。

584言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:19:26 ID:YiPBGXDk0
ただひとつ、『天才』だということを除いては。
どんなことも平均以上、一位が当たり前。
大学のセンター試験を受けても優秀な得点をたたき出せるし、いきなり外国に放り出されても困らないぐらいには複数の外国語に堪能している。
たゆまぬ努力に因っている部分もあるけれど、その努力もひっくるめて『天才』と呼ぶに差し支えない。
しかもいわゆる社会でステイタスとなるお勉強だけに留まらず、数日以内に800万円の借金を返済する方法や、絶対に露見しないカンニングで全国一位を取る作戦を考案したりもする。
身を滅ぼさないラインを見極めた上で『物事を思い通りに運ぶ手腕』を学習していて、実践の機会さえあれば面白がっていかんなく発揮してきた。
それも、ただIQがたくさんあるだけの天才ではない。いつの間にか空手の道場に通って有段者になってしまったりと、『中学生が遭遇するかもしれないたいていのトラブル』にはあっさりと対処できる力を持った天才だ。
神崎麗美という『自分を超える天才』や、鬼塚英吉という『自分にないものを持っている人物』がそばにいたこともあって決して己を過大評価はしていないが、
それでもクラスメイトを相手に『これだから凡人は』と気取るぐらいには有能だし、有能であろうと努力している。

いつか鬼塚だって驚かせるぐらいビッグになってやると、未来の夢を見られるぐらいには。


◇  ◇  ◇


俺だって主人公(ヒーロー)になりたい。
言葉にしてみれば、なんて子どもっぽい、器が小さい、恥ずかしい、菊地様らしくない。

でも、この場所に限っては、そうなりたかった。そうあらなければと思っていた。
だって菊地善人は、最初から意識していたのだから。
『鬼塚英吉は、ここにはいない』
『鬼塚英吉でも、ここまで助けにくるのは不可能だろう』

菊地と神崎麗美が違うのは、鬼塚に対しての認識だった。
神崎は、困った時は助けに来てくれる神様のように思っていたけれど。
菊地は、一人の先生として、同じ人間として見ていた。
過剰に信頼せず、かといって全くの信頼がないとも言わず。

だから、神崎なら思わないことを、決意する。
つまり――あんな主人公(ヒーロー)のように、自分もなりたい。
先生みたいに、殺し合いなんてものを始めた悪党どもに一発キメてやると。

ましてやこの世界には、彼らの鬼塚英吉(主人公)がいなかったのだから。
そして鬼塚英吉がいない3年4組なら、クラスの参謀役である菊地善人が、それらしい役回りを演じてみようとするしかなかったのだから――

585言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:20:44 ID:YiPBGXDk0
「論破されたら暴力かよ。しかも武道を喧嘩に使っていいのか」

七原の右手を止めたのはいいけど、その直後に少し困った。
このまま押し倒しに移行するのは簡単だけれど、一方的に殴りかかって押し倒してにでは、何がしたいのかちょっと分からない。
いや、殴りたいのは本音だったけれど、一方的にフルボッコにしたかったのかと言われたら違う気がすると血が上っているなりに分析する。

「お前こそ、殺し合いの経験がどうたら言ってたくせに、全然なってないじゃねぇか!
人の殴り方も知らないのかよ!」

とりあえず売り言葉に買い言葉で言い返す。
七原の額に青筋がびしりと浮き、その頭が勢いをつけるようにのけぞる動きをした。
空いた左腕で殴っても躱される、と読んでの頭突き。
追い詰められた人間がヘタを打つ時と同じだと菊地は予想して――その予想を、完全に外された。

「だっ……!!」

頭突きではなく、噛み付き。
それも、拘束していた手の指先を、犬歯で食いちぎるように。
左手から力が抜けた隙を逃さずに七原の腕が自由になり、そして右ストレートのやり直しが菊地の腹に突き刺さっていた。
身体は鍛えていたが、それでも痛かった。

「がっ……!」
「殴り方、なんか知らなくても、殺し合いは、できんだよ!
そっちこそ、ご自慢のその拳はここじゃ役に立たなかったのか!?」

腹を曲げて身体を追ったところで、七原の蹴りが追撃する。
根性を発揮して転がるように回避。
距離をとってから身を起こしつつ、回復する間を持たせるためにも叫び返す。

「ああ、使うつもりだったさ!! 使う機会なんか来なかったさ!!
腕から鉄球を出したり鉄柱を出したり、指からビームまで出したり!
空手をかじった程度でどうにかなるレベルじゃなかったさ!!」

七原は律儀にも、菊地が立ち上がるまで待っている。
これまでに遭遇してきた敵の中では、正直、こいつが一番『中学生』らしかった。
化物じみた力を持つ者がうろうろしているこの世界。
バロウ・エシャロットも浦飯幽助も、さっき立ち会ったホテルひとつを倒壊させる規模の戦いも。
正直なところ、菊地とは違う次元にいる超人達が戦っているようにしか見えなかった。

「だったら自分(テメェ)の限界ぐらいは分かるだろうが!
 ヒーロー気取りで他人の心配する前に、死なないことを考えてろ!」

そう言い返されたことが、菊地を奮起して立たせた。
もっぺん殴る。
そのために最適化された拳を構えて、一陣の風のように飛び出す。
わざと『気づかせる間』を与えた最初のワンパンとはレベルが違う。
空手と言えば『破壊力がある』『実戦向き』というイメージが公にも知られているが、それはつまり『速い』ということに他ならない。

586言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:21:54 ID:YiPBGXDk0

しかし最善の一撃よりも早く、『ヒュン』と空気を裂く音が鳴った。

「テメ……能力を使うのは卑怯だろうがっ!」

テレポートを使って菊地の背後に回り込んでからの背中蹴りが繰り出されるのと、
菊地が咄嗟に振るった裏拳がタイミングよく激突するのは、ほぼ同時だった。
双方ともに1ヒットを稼いたことになり、顔をしかめながらよろけ、そしてまた立ち上がる。

「格闘技経験者を相手に、卑怯も何もあるか!」

というのが、頬を抑えながらの七原の弁。

考えてみれば、ステゴロと口論を並行して繰り広げる必要性はどこにもなかったのだが。
いつしか二人には、拳の応酬と怒声のキャッチボールを同時に遣り取りする流れが出来上がっていた。

右の拳を振り上げ、振りぬきながら、菊地が叫ぶ。

「でも、七原は戦ってきたじゃねぇか! そんな、能力を手に入れる前から!」

七原は覚えたてのテレポートによってまた消失し、菊地も不意打ちを警戒してその場から無作為に跳んだ。
テレポートを回避手段として使うようになったことで、双方がタイミングを見計らうようになり、通常攻撃がその分だけ浅いものとなっていく。
七原を探しながら、菊地は溜めていた言葉の続きを吐き出す。

「俺と同じ一般人なのに、負けたり、失ったり、傷ついたり……それでも、ロベルトとか切原とか相手に、ずっと前線に出てたじゃねえか!
 俺にとっては、それだけでも『主人公(とくべつ)』なんだよ!!」

主人公(とくべつ)な人間のことを、菊地はよく知っている。
漫画やドラマの主人公みたい――なんて形容は気取っているかもしれないが、それでも『吉祥学苑でそれに当たる存在は誰だ』と尋ねれば、生徒の誰もがそいつの名を挙げるだろう。
その教師は、決して天才などではなかった。むしろ、ただの人間より劣っていること多数だった。
最初は、尊敬するとか軽蔑するとか以前に呆れた。
今までに出会った人間の中でも一番の、斜め上をいくような馬鹿だったのだから。
それなのに、まさかこんな教師がいるなんて、と感嘆だけが残る。
これまでに積み重ねてきたIQ180の勉学も、タイ語や北京語なんてマイナーなものも含めてしっかりと詰め込んできた知識も、合成写真作りだとか隠し無線の制作だとかの実用的な小技も、
すべてをフル活用して勝負したとしても、とうてい敵わない『特別な人間』がいることがたいそう愉快だった。

そして、この世界にも主人公(ヒーロー)たる存在は何人もいた。
まっすぐでも歪でも、揺るがない信念を持っていて、それを貫くだけの強い心を持っていて。
彼らは菊地と同じ中学生だったけれど、菊地よりもずっと立ち向かう術を、大切なものの守り方を、知っていた。

587言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:22:49 ID:YiPBGXDk0
「勝手に憧れてんじゃねぇ! 俺が何をしたか、少しでも話しただろうが!」

連続でテレポートを使ったのだろう。
七原は菊地の眼前に出現して、いい音がする右ストレートで菊地を転ばせた。

「佐天を死なせて、典子を死なせて、桐山も、赤座さんも、竜宮も、船見も、白井も!
 死なせてきたり、殺したりの連続なんだぞ!」

知っている。菊地には七原を羨む資格はないどころか、どだい無礼かつ不謹慎な感情だろう。
だが、それでも。
全身がギシギシ軋んできたのを無視して、菊池は上体を起こした。
七原を見上げて、吐き出した。

「憧れたりしてねぇよ! でも、俺みたいな卑怯者より、ずっと頑張ってる!
俺は、皆に戦わせて棒立ちだったんだからな!」

知恵をしぼって、知略を尽くして、あるかもしれない脱出の光明を探す。
犠牲になってしまった人たちのためにも、生き残ることを考える。
人間離れした連中に襲われた時には、植木のようなヒーローが戦ってくれる。せめて適材適所として、彼らのサポートでも演じたい。
それでいいと、思おうとしてきた。割り切ろうとしてきた。
でも。
植木も杉浦も、いなくなった。
たった一人で、そんなことできやしないと分かった。

「いい先輩ぶって、後輩から慕われて、そういうのが、嬉しかったんだ!楽だったんだ!
 俺はお前みたいにできねぇよ! たった一人になっても、自分のやってることに誇りも正義も持てないんだよ!」

殴ると見せかけて、脛を思い切り払ってやった。
七原の表情に驚きが浮かび――しかしよろめきながらも、菊地の袖を掴んで引いた。
二人して、杉林の腐葉土にどさりと転倒する。
取っ組み合う。殴り合う。
拳を振り下ろしながら、振り下ろされながら、それでも合間に、息継ぎをするように怒鳴る。

「俺だってそうだったよ! 好きで――ぐっ……こうなったんじゃない!
プログラムでっ……亡くしたんだよ! 家だって無くなった!」
「俺だって、クラスメイト亡くし――だっ! 亡くしてるよ!
 全員じゃないけど……はぁっ……三年四組には、戻らないんだ!」

胴体の間に膝をいれて、膝蹴りの応用で七原を投げた。
七原の背中が腐葉土に落下する、どさりという音がする。

「急に持ち出すな――っんなの、初耳だ!」
「仕方ねぇだろ! 俺だって我慢してんだよ! 俺のが先輩だしゲェホッ……後輩の方が、ショックでかそうだったん、だから!」

吉川のぼるの名前と、相沢雅の名前が呼ばれた。
泣いていた植木耕助や杉浦綾乃がいた手前、二人の心痛を慮ることばかりに苦心していたけれど。
クラスメイトが笑顔を取り戻し、更生していく過程を見てきた菊地にとって、その死が軽くなかったはずがない。
四組のいじめられっ子筆頭だったけれど、鬼塚がやって来てからは見違えるほどの度胸をつけていった吉川のぼる。
何度も鬼塚派と敵対してきたけれど、一年の頃からクラスを共にし、四組のアルバムを作って『いつもクールな菊地クン』とかアルバムに書きこんでいた相沢雅。
植木耕助のように、戦友というわけではなかったけれど。
杉浦綾乃のように、暇さえあれば共に過ごすような密度の濃い友人という付き合いでもなかったけれど。
それでも、彼らは『四組の仲間』だったのだ。

588言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:24:38 ID:YiPBGXDk0
1人だけ涙を見せずに落ち着いていられたのは、抑えていたからだ。
植木たちがそばにいなければ、八つ当たりで手近にあったものを殴って蹴り砕いて壊しつくすぐらいのことだってしていただろう。

「何もできねぇんだよ! 年下の奴らにばっかり戦わせてきたんだ!!
だったら……だったら俺は、せめて、『先輩』としてぐらい、しっかりしてなきゃ駄目だっただろうが!」

叫ぶと息が切れて、ぜいぜいと喘いで、そして咳が止まらなくなった。
ゲホゲホと、肺から咳が出ていくたびに、弱くて汚い胸の内が吐き出されていく心地がする。

目の前で、神崎麗美をも喪った。
その死を前に、何もしてやれなかった。
もしかしたら菊地の言葉が何かを変えられたのかもしれないけれど、それを確かめる前に、
救おうとしていた神崎麗美から庇われて、救けられてしまった。
麗美のことばかりじゃない。
守るとか守れないとか、成功するとか失敗する以前の問題だ。
動くことさえ、できなかった。

バロウ・エシャロットが図書館を襲った時には、『自分にできることはないから』と正義の味方(ヒーロー)の植木耕助にすべて押し付けた。
そんな菊地のことを諭して、植木を助けた真のヒーローは、碇シンジだった。

二度目にバロウが襲ってきた時は、これまた年下の越前リョーマに戦ってもらって、綾波レイや高坂王子もそれぞれに戦ったなかで、何もせず見ていただけで。
越前や高坂は迷わずに綾波を止めようとしたのに、シンジの遺志を知っていたはずの自分はただ、止めることさえも迷っていただけだ。

軽い偵察気分でいなくなっていた間に、杉浦綾乃の身には何事かが起こっていて。
菊地は彼女がいてくれたことで、支えられてきたのに。
彼女がいなくなったのはもしかすると、菊地が杉浦のそばを離れていたせいかもしれなくて。

浦飯幽助たちとの戦いの時も、菊地が駆けつけた時にはとっくに手遅れで、宗屋ヒデヨシが犠牲になった。

ホテルでの戦いに居合わせた時には、菊地以外の全員が体を張ったおかげで生かされた。

菊地の代わりに陣頭に立っていた主人公(ヒーロー)たちの責任なんかでは断じてない。
菊地自身が迷ったり出遅れたりしたせいで、何も成せなかったのだから。

『先生』ぶってあれこれ口を出してきたけれど、そんな言葉を送った生徒の多くが死んでしまった。
生きている彼女たちだって、こんな時にそばにもいてやれない人間の言葉が、今、どれほど支えになるものか。
今だって、一刻も早く杉浦を見つけなければいけないのに、海洋研究所にいないと分かれば、もうどこに行ったのか見当さえつかない。

「俺だって――役に立つ男になりてぇよ!! 主人公(ヒーロー)みたいに――一発キメられる男になりたかったよ!!」

589言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:25:54 ID:YiPBGXDk0
未だに『悪党を排除するかどうか』なんてことに悩んでいる菊地とは違う。
自分にしかできないことを持っている、己の役割で人に影響を与えられる、そんな主人公になりたかった。
もちろん、鬼塚と菊地ではスペックが違うのだから、まるっきり彼のように真似てみるような愚行には走らなかったけれど。
それでも、『生徒(こうはい)の進む道を照らしてやる』とか『生徒(こうはい)が助けを求めていたら駆けつけて危機を救う』とか、そんなことが、できるようになりたかった。
主人公どころか、何もしていない。
役割が欲しい。価値が欲しい。じっと棒立ちのまま死んでいくのを見るなんて、もう嫌だ。活躍したい。意味をください。

まだ生きている誰かを守れる、力をください――

「――頑張ってる、とか言われたのは初めてだったよ」

腐葉土に転がったまま、七原がそう呟いた。
なんで殴られながら褒められたんだよ、とぼやくのも忘れずに。

「竜宮には立派だって言われたし、白井には正しいって言われたけどな。
 あいつらはあいつらなりに悩みを抱えてたから、頑張ってたから、逆に出てこない言葉だったんだろうな」

身体にはどっしりと疲労感が乗っている。
場違いかもしれないが、遠足や林間学校から帰った後の、熱っぽいような疲労とも似ていた。
身体はボコボコに凹んでいてもおかしくないぐらいに痛かったけれど。

「――ちょっと、偉そうに言い過ぎたな。
 役に立たなかったのは、プログラムの時の俺だって同じさ。
 俺だって、一回目は川田にほとんど押し付けてたようなものさ」
「そうでもないだろ。戦い方見てりゃあなんとなく分かったよ。
 ……正直、どっちが不幸自慢してたのか分からなかったな」

それが謝罪の代わりだったのだろうか。
そう言ったことで、本当に最後の力が抜けた。
杉林の隙間から星空が視界に入ってくる。
強敵だった。
七原の戦い方は、噛み付きやテレポートまで何でも使ってくる容赦のなさがあった。
単に、ずるい、というだけじゃない。
とっさにそれらを使う選択肢が普通にあるほど、がむしゃらに戦場を生きてきたはずだから。
七原にもまた、菊地の戦い方を知られた気がする。
さかんに『格闘技経験者』と愚痴を吐いていたが、それはつまり、基礎のスペックでは圧倒的に開きがあり――菊地がそれだけのものを積んでいたことを、認めたということだから。

拳で語れば全てが分かる、なんてクサイことは信じていないけれど。
それでも二人は、気が済むまで、喧嘩をした。

「――馬鹿だろお前」
「うるせぇなぁ。馬鹿って言うやつが馬鹿なんだよ馬鹿」
「今自分で言ったぞ馬鹿。なら俺たちはどっちも大馬鹿か」

そして。
菊地はこの時になって初めて。
友達のためではなく、自分のための涙を、少しだけ流した。


◆  ◆  ◆

590言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:27:51 ID:YiPBGXDk0

「結局、決意は固いのか?」

七原が、進路について悩んでいる学生ふたりのような平穏さで、そう尋ねた。

「ああ。頭は冷えたけど――それでも俺にはやっぱり、他の道は選べないと思う」
「それは結局、思考停止かもしれないぜ?」
「そうかもな――でもな、本当なら、今、自分の進路を決めるなんて、しなくていいはずだろ……?」
「進路、ねぇ……」
「七原だって、今日明日にでも復讐を始める予定じゃなかったはずだろ。
 プログラムが終わって、まずは生き延びて――十年計画とかで、革命のやり方でも覚えるつもりだったんじゃないか?」
「そりゃあ、な」

答えを見つけられるのは、すごいことだ。
けど、見つけられなかったからって、本当なら焦ることなんかないはずだ。
鬼塚英吉だって、和久井繭事件の時に言っていた。
10年後でいいのだと。10年後にBIGになって、見返しに来いと。

『そんぐれぇ背負って生きた方が張り合いが出るもんなんだよ人生っつーのあよ』

生徒にはみんな、未来があるはずだと。

「でも、10年後じゃ駄目なんだよ。ここでは皆、今しかない。今決めないと、死んじまう。
でも、ほんとなら『今しかない』はず無いんだ。未来が欲しいんだ」

階段に座り込んで、終わらない夢の話を、いつまでも続けられるような。
そんな未来が、菊地善人のハッピーエンドだ。

「主人公じゃなくていい。悪役(さつじんき)でいい……先生からぶん殴られたって、植木と同じところに逝けなくたって、杉浦から軽蔑されたっていい。
 未来のためなら今、殺していいなんて思わないけど。みんなが『今だけ』じゃなくなるなら、それでいい」

ハリセンを持ってダジャレを言っていた、杉浦の笑顔を思い出した。
二度目に出会った時は――正直シンジのことを思うと寂しくはあったけれど、
越前と綾波が、ずいぶんと距離を縮めていたのを思い出した。
植木耕助が気にかけていた、天野雪輝がまだ生きていることを思い出した。
初めて出会った同い年の少年、七原秋也の方を見た。

591言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:29:06 ID:YiPBGXDk0
「未来ねぇ……俺は今すぐ大人になったっていいけどな」
「七原はそれでいいんじゃないか? それに、言うほど大人でもないみたいだしな」
「大人だって殴り合いの喧嘩ぐらいするだろ」
「そこじゃない……七原が、色んなことを俺に教えてくれた心境の変化のことさ。
 現実主義者(リアリスト)なら、宗屋のことなんか、いくらでも自分に悪印象な情報はごまかして、都合のいい話を作れたはずだろ」
「さっきの放送を聞いたろ? もう二十人も生き残っちゃいないんだ。
その中で殺し合いに反抗するつもりでいる奴はもっと少ないだろうな。
より有益な情報を持ってるやつだって、既に死んじまったか分からない。
こんな状況で、お互いに情報を出し渋って、お互いに何も分からないまま自滅していくよりは、打ち明けた方がマシだとは思っただけさ」
「それだけか?」
「一応、聞いてみた。『ずっとここにいる』って言った奴がいたから、胸に聞いてみたんだ」

直後に、言いすぎたと思ったらしく、寝そべったまま顔を90度背けられた。
菊地も聞きすぎたと分かったので、話題を逸らすことにした。

「まぁ、反則スレスレの技を喧嘩で使ってくるあたりは、大人げないかもな」
「有段者が初心者をボコボコにするのと、どっちが大人気ないんだよ。
 だいたい、喧嘩ってのは勝つためなら何でもありじゃないのか?」
「いや、言っとくけど、俺はもっと本気でやろうと思えばできたからな」
「加減してたのか?」
「いや、わりと本気だったよ。ただ、喧嘩に有利な道具を持ってたけど、使わなかった」

まだ紹介をしていなかったこともあり、菊地はその携帯電話と説明書をディパックから取り出した。
元々は、宗屋ヒデヨシが持っていた説明書きと、電話番号のメモだった。

「未来日記か……?」
「ああ、さっきかけてみたら、契約の許可を出してもらえたんで、しておいた」
「ああ、話をする前に電話をかけたりしてたやつか」

七原は寝転んだまま説明書きを月明かりに透かして読み始めた。
菊地も寝転んだままディパックをまさぐり、大きなタオルを二枚取り出す。

「ほれ」

一枚を七原に投げた。
元は、神崎麗美のディパックに入っていたもので、どこかのサービスエリアの売店にあるタオルのように知らない地名がプリントされている。

「おー、ありがとよ」

七原が頭にタオルを被り、だるそうにゆっくりと汗を拭く。
菊地も同じようにした。
ただのタオルなのに、神崎が遺したものだと思うと少し切なかった。
だから菊地は、しばらく布の中で両眼を閉ざしていた。


◇  ◇  ◇

592言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:30:19 ID:YiPBGXDk0


それは、分岐点。

あの時、気分が変わって外出していなければ。
あの時、ちょっと気が向いて友達に電話していなければ。

人生には、そんな選択肢が往々に存在する。
『いなければ』の後にはたいてい、一生引きずるような大事故に遭うだとか、逆に知っていなければ大失敗をするところだった情報を知って掬われるだとか、そんな分岐点が待っている。
その時、七原秋也に訪れた選択肢も、最初は何気ないものだった。

汗を拭きながら、ふと閃いたのは、ちょっとした思いつきにすぎない。

頭には、全面を覆った大きなタオル。
右手には、無差別日記の携帯電話。

その効果は、先ほど電話番号の書かれた説明書きを読んで覚えた。
所有者の周囲で起こる出来事を、所有者は除いてむさ別に予知する未来日記。
これまでに見てきたいくつかの未来日記の中でも、極めて汎用性が高い。

そして、現在未来日記の所有者となっているのは菊地善人だ。
つまり、無差別日記は、菊地のそばにいる七原の予知ができるということになる。

体育座りのような姿勢で座って、頭からタオルをかぶってぼーっとしているようにする
そういう仕草をすることで、ごまかす。
体育座りならば膝の上に置いている両手を、それとなくタオルの内側へ。
どこかで監視なり盗聴なりしている主催者からは見えないように、布をへだてた下で携帯の画面を開く。

左手で、首輪に手を当てる。

右手にある携帯電話の、未来予知を確かめる。

これから試すのは、『首輪を外そうとすることで、未来がどう変わるのか』だ。

そして――。


◇  ◇  ◇

593言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:31:08 ID:YiPBGXDk0

結論から言えば。

この時、ほんの思いつきから行動していなければ、七原秋也は知らないままだった。
行動していたことで、七原秋也は知ってしまった。
知ってしまった真実は、ひとつ。











――七原秋也の『首輪』は、機能が停止している。

594言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ◆j1I31zelYA:2015/10/31(土) 21:32:28 ID:YiPBGXDk0
以上、前編の投下を終了します
後編と状態表はなるべく近日中に、遅くとも次の月報までには投下させていただきます

595名無しさん:2015/11/07(土) 13:29:21 ID:/hTHtooE0
投下乙
ここでもサバイバルキャラと日常キャラの争いが!

596名無しさん:2015/11/09(月) 17:05:28 ID:q14mwtaU0
投下乙です。
全く違う、だけどどこか似ているような二人のぶつかり合いが
読み応えありました。最後の引きもニクイw
後編も楽しみにしています。

597名無しさん:2015/11/09(月) 23:14:25 ID:y5h6ibhU0
投下乙です

気のせいだったら申し訳ないけど菊地にニセアカギみたいな言い回しがあってニヤリとしてしまったw

598 ◆j1I31zelYA:2015/11/15(日) 00:33:15 ID:JAKGsiC20
感想ありがとうございます
そして分割でお待たせして申し訳ありませんでした、後編を投下します

599POISON ◆j1I31zelYA:2015/11/15(日) 00:34:57 ID:JAKGsiC20

放置できない脅威がある。

しかしその脅威を排除することは、さらなる脅威を生み出すことになるかもしれない。

そんなとき……君なら、どうする?


◆  ◆  ◆


「はーっ。やっと解放されたのじゃ」

「「「「「「「おかえりなのじゃ!」」」」」」」

空席の神の座を、神の眷属たちが囲う因果律大聖堂。

一度消えていた一匹のムルムルが、凝りをほすぐように伸びをしながら姿を現した。

「ずいぶん長いこと呼び出されておったのじゃな。もう七原たちの方も、情報交換が終わりかけておるのじゃ」
「さっきの殴り合いは漫画みたいで見ものだったのじゃ。後で映像を見るといいのじゃ」

残りのムルムルたちが、各々で鑑賞していた殺し合いの光景――アカシックレコードに記録された会場の映像画面を閉じて、いっせいに出迎えてねぎらい始める。
迎えられたムルムルは、どっと疲れたときの顔で己の席についた。

「ちょうど、仮眠からたたき起こされた機嫌の悪い坂持と兵士に捕まったのじゃ。
 銃口を向けられて、会場まで『HOLON』まで復旧の手はずを整えるから案内しろと脅されるわ、アカシック・レコードの過去像を飽きるほど再生させられるわ。
 さすがに会場の方はオリジナルと会場担当ムルムルにやってもらったのじゃが」

本来なら十二人の日記所有者が立っていた円形の床にごろんと寝そべると、他のムルムルたちに囲まれえて尋問を受けた。

「しかし、どういうことだったのじゃ?」
「お主は決定的瞬間の映像を見せるために呼ばれたのじゃろ?」
「なぜ七原秋也の首輪がいきなり止まった?」
「『HOLON』がどうとか言うておったのは関係あるのか?」
「11tや坂持はどう考えておるのじゃ?」
「ゲームの進行に支障は無いのか?」
「ワシらも映像を見比べながらそれらしい考察をしたけれど、分からなかったのじゃ」

役人たちのところに呼び出しを受けていたムルムルは、面倒そうにしっしっと追い払う仕草をした。

「また説明をさせられるのか? さっきも大東亜の研究者や秘書の黒崎と一緒にさんざん説明したばかりなのじゃあ……」

しかし目の前にトウモロコシをいくつも積まれると、一転してまんざらでもなさそうに顔を緩めた。
かじかじと、トウモロコシを回してかじりながら、

「お主ら、七原秋也の首輪が機能停止したタイミングは覚えておるか?」

「もちろんなのじゃ!『HOLON』が首輪の機能停止を知らせた時間と、会場の映像を照会したのじゃ」
「ちょうど、ホテルが崩れる真っ最中のことだったのじゃ」
「会場に舞う土煙が酷くて、映像でもよく見えなかったのじゃ」
「切原赤也がホテルの中にテレポートしてから、連中が脱出するまでの間のことだったのじゃ」

600POISON ◆j1I31zelYA:2015/11/15(日) 00:38:54 ID:JAKGsiC20

「そうかそうか、ならば、何が原因だったかはお主たちもすでに察しておるのではないか?」

トウモロコシをしゃくしゃくとかじり進めながら、逆にそう聞き返した。

「それは……ひとつしか心当たりが無いしのう」
「ちょうどそのタイミングで首輪が壊れていたということは……」
「……切原赤也、そして白井黒子との『同調(シンクロ)』をして、『大能力(レベル4)』になったことしか考えられないのじゃ!」
「そう、それで正解なのじゃ。では、それでどうして首輪が止まることになったのか、分かる者は?」

かじりかけのトウモロコシを、教鞭のように揺らして尋ねる。
しかし、ムルムルたちは難しい顔をしたままだった。

「ヒントじゃ。首輪の中にある『生体反応感知センサー』は……参加者が死ぬとどうなる?」

ムルムルの全員が首をかしげて、やがて同じ答えに至る。
一匹が代表して、言った。

「もしかして……同調をした白井黒子が瀕死だったことと関係があるのか?」

トウモロコシを一口かじり、答えを知っているムルムルは頷いた。

「うむ、それが原因らしいのじゃ。一種の臨死体験というやつらしいの。
 切原赤也はビル脱出後もしばらく生存していたらしいから、おそらく白井黒子の影響だろうということじゃ。
あの瞬間、生と死の境界にいた白井黒子に引っ張られて、七原秋也も短時間だけ『そちら側』に逝ったのではないか。それを受けた首輪のセンサーが、『七原秋也の心停止、脳停止』の信号を送ってしまい、受信と生死判定をしていた『HOLON』が『七原秋也は死亡した』という判断をした。『HOLON』を任されている『守護者(ゴールキーパー)』の役人たちもそう結論づけたのじゃ」

もちろん、本来は『同調』も『自分だけの現実』も、相手が死んだりすれば自分も死ぬような類のものではなかったのじゃが、ただでさえ生きるか死ぬかの状況だったようじゃし、と付け加える。
ムルムルたちはなるほどそういうことか、と声を上げていたが、一匹だけ納得いかないと反論した。

「しかし、ちょっとやそっと仮死状態になったぐらいで、HOLONがそう簡単に死亡したと誤認するのもか?
『樹形図の設計者(ツリーダイヤグラム)』の演算処理器も組み込んでおるのじゃろ?」
「言われてみればそうなのじゃ。それに、そんな単純な誤作動を解明するのにお主が疲れるほど手間がかかったというのもおかしいのじゃ」

そう問われたムルムルは、己が責任を追及されたかのように目をそらした。

「死亡判定については……もともと首輪のバッテリー自体が長持ちを想定した造りでは無かったからのう。
七原秋也は『センサーが反応する→主催が首輪のスイッチを押す→爆発する』と考察しておったようじゃが、実際のところスイッチを押しているのはコンピュータなのじゃ。
 一度首輪から『死亡』の信号を送られたら、そのまま機能停止する都合になっておる以上は仕方なかったようなのじゃ。
 時間がかかったのは……実を言うとな、並行してもうひとつ事件が起こっていたからなのじゃ」
「「「「「「「事件?」」」」」」」

601POISON ◆j1I31zelYA:2015/11/15(日) 00:40:21 ID:JAKGsiC20
大聖堂に、ムルムル7匹が輪になっての唱和が響いた。
とりあえずお前ら、そろそろ仕事に戻れと語り部のムルムルがうるさそうに追い返す。
全員がポーズだけでも会場のモニターを再開するのを待って、ムルムルが説明を始めた。

「お主ら、会場の地下にある3台の『HOLON』で、首輪の管理と一緒に『未来日記』のサーバーも積んでいたのは覚えておるか?」

己もまた四角い映像を呼び出し、話しながらも会場の監視は続ける。

「もちろんなのじゃ。首輪の生死判定と連動して動かした方が、『DEAD END』の結果と照合もしやすいと聞いたのじゃ」
「『ALL DEAD END』を観測するためにも、誰がいつどのような経緯で死亡したか、会場の未来日記の予知と一致したかは、とても大事になるのじゃ」
「孫日記のサーバーも会場に設置する必要があったしの」
「我妻由乃と接触したムルムルだって、むしろそっちの見張りが本来の職務なのじゃ。知らないわけがないのじゃ」
「皆も『HOLON』に組み込んだ未来日記を見て、『ALL DEAD END』の動向を観察しておるしの」
「うむ。では前置きをする必要はないか」

実はな、と切り出した。

「当初に予知されていた未来通りならば、ホテルが崩れ落ちた時に、七原秋也は死んでいるはずだったのじゃ」

その意味が、ムルムルたちに浸透するまでにしばらく時間がかかった。
そして、浸透したムルムルたちが、次の質問を放つまでには、もっと時間を要することになった。
やがて、ムルムルたちは質問を返し始めた。

「おかしな言い方なのじゃ。『The rader』の予知が覆ったというのか?」
「それならば大騒ぎにはなるかもしれないが、大問題というばかりでも無いはずじゃ。
 どうすれば因果律を変えられるのか、手がかりになることもあるのではないか?」

当のムルムルは、どう答えたものかと改めて悩むように目をすがめつつ、

「それが、手がかりをつかむどころか、予知が覆るまで『The rader』には何の予兆もなかったのじゃよ。
 ……しかも『HOLON』は処理落ちを起こしてしまうし」

そう答えた。
「ちょっと待てどういうことじゃ」というムルムルたちの声が次々とあがるのがおさまってから、言葉を続ける。

「七原秋也がホテルから脱出した時、『ALL DEAD END』までの経過で予知されていた、『次の放送で呼ばれる人数』が一人減ってしまったのじゃ。
 それも、本来ならば未来日記が書き変わるタイミング――切原赤也と白井黒子が選択をしたタイミングで予知が書き変わったのではなく、七原秋也の生存が確認された時――これは、三人の同調らしき反応がおさまった時間とぴったり同時なのじゃが――つまり結果が出た後になってから、予知が書き変わった。
どういうことかというと、『The Rader』の予知が変化していなかった、予知が働かなかったということじゃ」

そこでもったいをつけるように、二本目のトウモロコシをかじってから、

602POISON ◆j1I31zelYA:2015/11/15(日) 00:41:29 ID:JAKGsiC20
「要するに、七原秋也の命が助かったのは、全くのイレギュラーだったということじゃ。
 そして、その推測される原因は――」

ムルムルは視線だけ会場の監視へと向けながらも、上着の中から一冊の綴りファイルを取り出して、隣の席にいるムルムルに渡した。
回し読みしろ、という意味らしい。

表紙には黒いインクで『Dream Ranker』と題字がされている。


◆  ◆  ◆


空間移動(テレポート)という能力は、『その世界』でもとりわけサンプルに乏しい素材だった。
なぜなら能力の伸びしろが少なく、レベル5に至れる可能性なんてまず無いだろうし、そんな発展性のない能力者に付き合うほど、学園都市の研究者は暇を持て余してはいないから
――なんてことは、ぜんぜん全く無い。
学生の中には、そのような流言飛語に惑わされて『見放された』と感じる者もいるけれど、もっと根本的な理由がある。
まず、絶対数が少ない。希少だから、どうしても実例の不足が否めない。
強度0から5までの格差はあれど学生230万人が全て『能力』をもっている学園都市の中でも、たった58人しかいない。
それでも複雑な計算を要求される能力なので、58人の平均レベルは他の能力者と比してもたいそう高いことは明るい要素だろう。
よって、『空間移動(テレポート)』は学園都市の中でもむしろ研究を推奨されている分野だった。
できればもう少し絶対数が増えてほしいという危機感もあって、時おり『研究者には助成金を出します』というテコ入れが行われたりもする。
学生からすれば、そういう広告を見て「ああ、空間移動系(テレポート)の研究をしたがる人って少ないんだな。確かに、便利な能力だけど『それだけ』っぽいもんね。パシリに向いてるし」と思い込み、移動能力者(テレポーター)を軽んじる者もいる。
今回の殺し合いで選出された白井黒子にも、まるで中間管理職でも見るような眼で見られた経験がそれなりにある。
しかし、単純に能力の強度だとか、伸びしろのこと話をするならば、決して『それだけ』の能力ではない。
学園都市でもっとも強い力を持つ『移動能力者』ならば、『レベル5』判定を受けてもおかしくいほどの応用性もある。
その能力者ならば総重量4トンを超える多量の荷物を、数百メートルも離れた地点へと一度に運ぶこともできる。世の中のためにも、たいそう役に立つものだ。

しかし、ただ物を移動させるだけなら、念動力(サイコキネシス)や空力使い(エアロハンド)でも同じことができる。
『空間移動(テレポート)』が他の能力よりも特異にあたるのは、むしろ『十一次元の世界を使って、ヒトやモノをやりとりしている』ことだった。
念動力も空力もそれ以外の電気も火力も読心も、そして予知能力も、多くの能力は三次元の世界で動いていることだ。
人によっては『十一次元なんてすごく計算が難しそう』と言うし、人によっては『ただの量子力学だ』と言うし、総じて研究者は『また調べ尽くされていない学問だ』という認識で一致する。
研究者の視点からすれば、決して顧みられなかったことは無い。むしろ、どちらかと言えばその逆だった。

だから、サンプルの絶対数は少ない。
しかし、研究資料としては、特に近年になってからは、そこそこの数が揃っている。

603POISON ◆j1I31zelYA:2015/11/15(日) 00:43:00 ID:JAKGsiC20
特に、『アカシック・レコード』を通じて世界で起こっているあらゆる出来事をのぞき見できる者達ならば、『学園都市』の『書庫(バンク)』には記されていない事例さえも集めることができる。
それをいいことに、ムルムルたちも『ゲーム』の開催前にはずいぶんと大東亜の研究者から依頼されて『事例集め』をやらされた。

そんな研究資料の中から、『空間移動(テレポート)』と『予知』で検索をかければ、ほどなくしてその一冊はヒットした。

「しかし『空間移動(テレポート)を使ったから予知を覆せた』というのがよく分からんのじゃ。
それができるなら、今までだって白井黒子には『The rader』を破れたはずではないのか?」
「……結局、順を追って説明するハメになるのか」

回し読みを終えたムルムルから追及されて、寝そべりトウモロコシを食みながら監視を再開していたムルムルは、しぶしぶと口を開いた。

「たとえば、日常の中でも『数時間後にとつぜん車が突っ込んできて死ぬ』とか、そんな『DEAD END』のヤツがおるじゃろ?」
「「「「「「「うむ」」」」」」」と耳を傾ける、全員分の相槌が返ってくる。

もちろん、その未来を予測できたとして『今日は別の道から行こう』と行動したぐらいでは簡単に未来は変わらない。
『DEAD END』とは回避不能の死亡予告、これが大原則だ。
未来日記を持たない一般人がどうあがいても、『事故に巻き込まれて死んでしまう』という因果律のレールが、そこには厳然と存在する。

「この時、『事故が発生する未来』へとことを運んでいる因果律は、基本的に『三次元』の枠組みで起こっていることになる」

たとえば、トラックの運転手がハードスケジュールでの勤務を強いられていて寝不足でぼんやりしている。
たとえば、運転していた大型車両のブレーキの効きが悪くなっている。
そんな流れとどこかしらで巡り合い、違う道を選んで歩いたとしても、別の暴走車両によって事故に遭う結果は変えられない。
そういった事象が生まれるのはすべて、人類が生きている現実の世界――つまり、三次元の枠組みで起こることだ。
未来予知と結果とのメカニズムは、『学園都市』の世界でもほとんど解明が進んでいない。

「しかし、空間移動(テレポート)の十一次元がどういうものか説明すると長くなるので省略するが――とにかく、人間がふだん暮らしている次元よりも上位の次元の枠組みを使って移動することになるのじゃ」

つまり、空間移動能力者(テレポーター)は、『逃げ場のない三次元の結末』に干渉できる。

その言葉を聴いた他のムルムルたちはいっせいに何か言いたそうな顔をしたが、当のムルムルは無視して説明を言い終えてしまうことにした。

「つまり、『The rader』の未来日記でも、七原秋也が『空間移動(テレポート)』に目覚めた結果として引き起こす事象にまでは、計算が及んでいなかったということじゃ。
 じゃから、七原秋也が脱出を成功させた後になってから未来が変わった。
 それが『HOLON』にとっても理解不能だったようでの。『七原秋也が死を回避する未来』が存在しないはずなのに、七原秋也が生きている、という矛盾が処理しきれずに、フリーズを起こしてしまったらしい。
 もちろん『HOLON』は3台で運用しているから1台が止まったところでゲームには支障なかったのじゃ。しかしスーパーコンピュータが処理しきれずにフリーズを起こすなんてことがそうあっていいはずも無いからの、そのせいで、大人たちがああも慌てて、わしも呼び出されておったというわけなのじゃ」

604POISON ◆j1I31zelYA:2015/11/15(日) 00:44:35 ID:JAKGsiC20

なるほどなるほどと、ムルムルたちがようやくの納得を得てうんうんと頷いた。
しかし、即座に次の疑問を呈したムルムルもいる。

「しかし、それなら七原秋也が今後どんどん未来を変え放題になるのではないか?
 そもそも白井黒子(テレポーター)を参加させるのは危険だったということにもなるぞ?」
「それは違うのじゃ。なぜなら、さっき言ったたとえは全て『人間がふだん暮らす世界で未来予測をした場合』に限ってのことなのじゃ。
 あいにくと、この世界はただの『三次元の世界』ではないのじゃ。なぜなら、10種類もの因果律の異なる世界から、参加者が集められておるからじゃ」

支給された『未来日記』が予測する範囲には、『並行世界からやって来た者』の未来さえも含まれる。
51人の中学生は、誰しもそれぞれの世界でたどるはずだった運命を無理やり捻じ曲げられて、様々な世界の法則が混在した会場で未来を予知されている。
『世界樹の設計図(ツリーダイヤグラム)』による観測の補助もあって、『The rader』で観測される未来には、あらゆる次元を超えた全ての参加者が補足されている。
――その中に、十一次元という枠組みで能力を使う者がいたとしても。

「空間移動能力者(テレポーター)が1人いたところで、予知の想定内だったはずなのじゃ。
 原因は『同調(シンクロ)』を果たしたことで、より大規模にこれが使われてしまったことじゃな。
11次元×11次元で121次元……というほど漫画みたいな答えにはならんのじゃが、多数の移動能力者(テレポーター)が次元を使って移動するとなると、『The rader』でも追いきれなかったそうなのじゃ」

もし、あのホテル崩壊の現場で『あの場にいた誰か1人』が空間移動(テレポート)を使っただけだったならば。
七原秋也か、菊地全員か。そのどちらかが救い出されずに死亡していた公算が大きかった。
あの場で使われた空間移動の強度(レベル)では、一度に運ぶことができるのは二人か多くとも三人だろう。
元から助からない傷を負っていた植木耕助と、白井黒子。
そうではない七原秋也と、菊地善人。
まったく視界が効かない暗闇の中で、七原と菊地の二人ともを、空間移動(テレポート)に必要な『接触』をクリアして連れ出せなければ、次の放送で呼ばれる名前が1人増えていたことなる。
だとすれば、本来の因果律に定められていた未来は『そこまで』だった。

「つまり、空間移動(テレポート)による予知崩しはあれ一回きりのことじゃから、ゲームはこれまで通りに続けることになるのじゃな?」
「そういうことになる。『空白の才』にせよ1人が持っているだけでは同じことはできぬから、再現性は低い出来事のようじゃし。
……坂持たちは万が一に備えて、いったん沖木島――大東亜側の連絡支部に引っ込むことにしたようじゃが」

ポイ、と食べ終わったトウモロコシの芯を、空席に置かれていたごみ箱に放り投げた。

605POISON ◆j1I31zelYA:2015/11/15(日) 00:45:25 ID:JAKGsiC20
「それで済ませるのか? 七原が生き残ったせいで『誰かを優勝させる方向に因果律を操れるかどうか』という試みに支障が出るかもしれんのではないか?」

隣席にいたムルムルが眉を寄せて懸念を示した。
モロコシを捨てたムルムルは、しれっとした顔をしている。

「現段階では、様子見しかできんのじゃ。どっちみち、七原秋也も『ALL DEAD END』までに死亡することは揺らいでおらんからの」
「そうなのか?」

何を今さら、とムルムルが酷薄そうに笑った。
感情の無い生き物が持つ、喜色はあっても気色のない、形だけの笑みだった。

「ああ、次の放送までに呼ばれる人数が一人減ったが、『ALL DEAD END』に到達する時間は少しも動いておらんからの。
これまでにも死亡する人間の内訳は変わったかもしれんが、死亡するペースは変動しておらんかったじゃろ」

確かに、と隣席のムルムルは、同じ笑みを作った。

あるいは、七原秋也でさえも次の放送を迎えるまでに死亡する可能性はある。
次の放送で呼ばれる人間が一人減っただけで、七原秋也がこのまま生き延びるとも限らないのだから。

これまでにも、『The rader』の予知を絶対基準として、主催者側の手元にある『孫日記』を使ったゲームの経過予測は行われてきた。
それらは会場で支給されている未来日記と同様に何度か『DEAD END』予測を覆してきたけれど、決して殺し合いを減速させるものではなかった。

『Day:the third quarter of the first day

式波・アスカ・ラングレーは、吉川ちなつに撲殺される。

御坂美琴は、初春飾利に焼殺される。

菊池善人は、神埼麗美に射殺される。

遠山金太郎は、天野雪輝に刺殺される。』

吉川ちなつが、式波・アスカ・ラングレーを庇って死んだ。
御坂美琴は、初春飾利の起こした爆発が死因となった。
神崎麗美は、菊地善人を庇って死んだ。
遠山金太郎は、天野雪輝を庇って死んだ。

だから大人たちも、ムルムルたちも、過程が変わった程度では焦らない。
『ALL DEAD END』への到達予定時間は――まだ変わっていない。


◇   ◇   ◇

606POISON ◆j1I31zelYA:2015/11/15(日) 00:46:34 ID:JAKGsiC20
右手には、『無差別日記』の携帯電話を持つ。
左手の指先には、首輪が触れている。

思考することは、一つだ。

『無差別日記の予知が変わるかどうかを見てから、首輪をちぎって無理やり外そうとする』

タイム・パラドックスの観点で言えばどうなるのかは分からないが、これで解答欄を先に見てから答えを記入するようなことが期待できる。
もし首輪を外すことに成功するならば、菊地の無差別日記には『七原が首輪を外すことに成功した』という予知が出ることになる。
もし首輪を外すことに失敗して爆発すれば――こちらの可能性の方がはるかに高いのだが――『七原が首輪を爆発させて死亡する』という予知が表示されるか、あるいは何も変わらない画面のままになっているだろう。
七原だって、本当に死んでしまうなら外そうとするはずがないのだから、『何も変わらない=失敗を予想して首輪を外そうとしなかった』だと解釈して、失敗だと見なしていい。

もとより、失敗するだろう前提の実験だった。
肝心の実験はこの後に行うつもりだった。
同じ方法で、『空間移動(テレポート)を使って生者の首輪を外そうとした場合』を確かめるための実験だった。

もしも本当に首輪を外せてしまったとしても、その後で七原が主催者側に目をつけられて首輪以外の方法で処分されにかかるリスクもあったわけだが、
少なくとも『空間移動(テレポート)で首輪を取り除くこと自体は可能である』と確認できれば、それだけでも収穫にはなるはずだった。

だから。
その予知が白く四角いメモ帳の上に浮かび上がった時には、己の目を疑った。

『七原が、無理やりに首輪を外そうとしたけれど首輪は爆発しなかった。
 七原が驚きの声を上げた。』

もちろん、そう日記に記されていても、本当に外そうとしてみる気にはなれなかったので、すぐに無差別日記は元の白紙に書き変わってしまったが。
驚きの声だけは、無差別日記に警告されたことで、どうにか飲み込んだ。


◇   ◇   ◇

607POISON ◆j1I31zelYA:2015/11/15(日) 00:47:59 ID:JAKGsiC20


驚愕の事実を、すぐに菊池に教えて作戦会議に移行しよう、というわけにもいかなかった。

どこかで見ているであろう主催者の目に止まらないように伝えるのが難しそうだったこともあるし、すぐに別の作業も待ち構えていたからだ。

菊地と話している間に、命令をして海洋研究所へと向かわせていた『犬』が帰ってきた。
白井黒子たちが戦っている間も、どうにかディパックの中で生き残っていたしぶとい犬だった。
命令したとおりに、海洋研究所から、竜宮レナたちのディパックをくわえて戻ってきた。
放送が終わった後ですぐに白井黒子の元へと駆けつけたために、そのまま研究所へと置いてきてしまったものだった。

ありがとよ、と犬の頭をなでて、ディパックの中身を芝生に広げる。
思えば、ホテルで赤座あかりや白井黒子と知り合った頃からの、唯一の生き残りだった。
言葉を何も発さないマスクをつけた犬が、まだこの場でしっぽを振っているというだけのことに、自分でも驚くほど安堵した。

ひとまず犬の荷物と白井たちのディパックからは、必要だと思った武器などを集めて、残りを菊地にも渡す。
「分けようぜ」と言うと、菊地は意外そうな顔をした。

「荷物をここで分け合うってことは……一緒に行動するのか?」
「バラバラに動く理由もないだろ?」
「俺たち、さっきお互いに『気に入らねぇ』とか言い合いしたばっかりのはずなんだが……」

七原としては、それはもう喧嘩をした時に何となく消化したつもりになっていたことだったので、改めて指摘されると妙に悔しかった。

「だからって、一緒にやっていけるかどうかは別問題だろ。
俺も一人になろうとしたことはあったんだけど、どうしても一人にさせてもらえなくてな。
……だから、折れた。一人になれないうちは、誰かと歩いてもいいかと思ったんだ」

そう言うと、菊地もそれ以上は聞いて来なかった。
しばらくして、こう暗唱した。

「“夢かもしれない。でも僕は一人じゃない。いつか君も手を繋いでくれるかい。その時世界は一つになるだろう”ってか」

驚いた。
驚きの度合いで言えば、『四月演説』をべらべらと朗読された時よりも大きかったぐらいだ。
とても親しんでいた、懐かしい言葉だったのだから。

「レノンを知ってるのか?」
「ジョン・レノンも知らない奴の方が珍しいだろ――ああそうか、世界が違うんだったな。
俺たちの世界でもジョン・レノンな有名なロックスターだよ。ディランも、ルー・リードも、スプリングスティーンも実在する」

言われてみれば、納得できることだった。
彼らの世界にもアメリカ合衆国は存在するのだから、ロック歌手が存在していてもおかしくない。
そんな発想も何もなく、白井黒子にロックの歌詞を説いていた己のことが、おかしくて微笑した。

608POISON ◆j1I31zelYA:2015/11/15(日) 00:49:10 ID:JAKGsiC20
七原秋也に、もうロックは歌えないと思っていた。
人と人は手をつなげるかもしれないが、それで世界が一つになるなんて夢が有り得ないことを知ってしまった。
『ウェンディ、二人一緒なら悲しみを抱えても生きていけるだろう』――七原にとってのウェンディだった中川典子は、とっくに死んでしまった。

でも、ロックという音楽は、ただ理想を歌い上げるだけの音楽じゃなかった。

―――leeps in the sand.
 Yes, 'n' how many times must the cannon balls fly,Before they're forever banned.
 The answer, my friend, is blowin' in the wind,The answer is blowin' in th―――
―――(殺戮が無益だと知るために、どれほど多くの人が死なねばならないのか。 答えなんざ風に吹かれて、誰にも掴めない)―――

自分たちの問題をきちんと歌った音楽で、それを上手く伝えるためのメロディとビートがあった。
ままならない現実社会だとか、無力な自分を嘆くことだとか、世間から見たら正しくない自分に対する精一杯の強がりだとかも、歌っていた。

自分がロックだと思ったら、それがロックだ。

七原秋也は、そういうロックを好きになったはずだった。
七原はロック(理想)を歌えなくなった。
でも、ロック(理想家)は、七原秋也を『間違っている』と弾いてなんかいなかった。
いつだって、どの世界でも、ただそこにあった。プラスのエネルギーをこめて、唄われていた。

「ロックが好きなのか」と菊地が尋ねた。
「愛してるよ」と七原は答えた。

歌えるかどうかはともかく、素直にそう言えた。

そうか、と菊地は頷いて、七原の手から無差別日記の携帯電話を受け取る。
そのまま荷物を確認してディパックへと移す作業を始めた。

お互いの口元には、タバコがくわえられていた。
七原の持っていたタバコを、菊地へとわけたものだった。
タバコの煙が、二条、夜空にのぼっていった。

609POISON ◆j1I31zelYA:2015/11/15(日) 00:50:44 ID:JAKGsiC20
菊地が荷物の整理をする傍らで、七原は己の日記を使ってメモ帳にさっきの『発見』を書き込んでいった。
何が首輪の機能停止に繋がったのかを確認するために、殺し合いの中で己が選択してきた行動も全て書き込んでいく。
『七原が気づいていること』が極力ばれないように、タオルを被って監視の死角を作ったまま書き込んでいった。

菊地も『何をやっているんだろう』という視線は向けてきたけれど、七原なりに意図があって何かをしているのだろうと判断してくれたのか、何も言わなかった。
最悪、七原が死んでしまったとしても菊地ならば『七原が携帯に何かを書き込んでいた』と考察を発見してくれるだろう。
一方で菊地の方からは、さっきの情報交換では抜けていた部分――主にこれまで出会った知り合いの情報――を説明してくれた。
何もしていないと嘆いていたくせに何人もの人間とラインを作っていたんじゃないか、と七原は評価した。

「なるほどね。そうなると、杉浦さんの他にも接触しておきたいのは、天野雪輝、越前リョーマ、綾波レイ――それに合流できたとすれば、秋瀬或の一団だな。
 特に天野雪輝が『神様』の関係者だっていうのは気になる。
 一方で、確定の危険人物はバロウ・エシャロット。浦飯常磐は菊地の問題として、あとは秋瀬或を殺そうとしてたっていう我妻由乃もそうだな」
「我妻由乃もかよ。そいつはいちおう、天野雪輝の――仮にも協力者の、恋人なんだが」

植木耕助が『天野雪輝』を気にかけていた経緯もあってか、菊地は遠慮がちに口をはさんだ。

「そりゃあ状況は見て判断するさ。情報を持ってるかもしれない相手だしな。
『殺す』ってのはあくまで、我妻由乃が自分の意志で殺し合いに乗ってて、交渉の余地が無い時……たとえば天野雪輝も含めた全員皆殺しのつもりだったりした時だな。
天野雪輝からは恨まれるかもしれないが――さっきの戦いと同じように、いざとなったら俺が殺す側にまわるつもりだ。
それに、個人的な事情を言わせてもらえれば、許せないしな。切原赤也の時みたいに、理由があって『狂った』わけじゃない。最初から殺し合いに乗る気満々だった上に、主催者と繋がってるかもしれない中学生、ってのは。
お前が浦飯やバロウって連中を憎んでるのと似たようなものさ」

これだけは、『救える限りは救う』とか『ハッピーエンド(理想)を目指す』という命題とは別問題だ。

「俺にとっちゃ、同じだから――この殺し合いを開いたクソったれの『神様』とやらと、同類になるんだからな」

己が生き残るためでもなく、この状況に絶望して狂ったからでもなく、ただ『殺し合いに賛同して』殺し合いに乗った連中。
宣誓した。
宣戦布告をした。
たとえ、誰も彼もが『そいつ』を許しても、手を差し伸べても。
七原秋也だけは許さないし、伸ばさない。未来永劫に、憎み続ける。
『こんな不条理を敷いた者が許されてしまう世界』なんて、認めない。
クラスメイトが。川田章吾が。中川典子が。赤座あかりが。竜宮レナが。船見結衣が。白井黒子が。
彼らを失わせる『理不尽』そのものが肯定されるなんて、認めないと決めた。

610POISON ◆j1I31zelYA:2015/11/15(日) 00:52:38 ID:JAKGsiC20
菊地は、肯定も否定もしなかった。
菊地自身が手を汚す側に回ると宣言した手前、否定できないのかと七原は思った。
しかし、菊地は荷物を探す手も止めて、硬直していた。

「おい」

そう言った声が、震えていた。

その手に握られていたのは、切原赤也と、白井黒子の遺体から回収された携帯電話だった。
その携帯電話は、点滅を繰り返していた。
メールの受信があることを示す、点滅だった。


◆   ◆   ◆


白井黒子も、切原赤也も、放送の後にメールを読まなかったことは責められないだろう。
切原赤也は、仕留めそこねた標的がいた海洋研究所を目指すことばかりを考えていたはずだし、
白井黒子が慕っていた『御坂美琴』の名前が放送で呼ばれたことを、七原は知っている。

ただ、その受信されていた『天使メール』が菊地善人にとっては、最も欲しがっていたメールだったことが痛手だっただけだ。

「すぐにデパートに行くぞ」

七原はメールを読み終わるなり、そう言った。
「え……」と菊地は携帯を持ってしゃがんだまま、呆けた顔をしている。
その反応の遅さに、七原は苛立った。

「なに呑気な顔してんだよ。生きてる可能性が少しでもあるなら駆けつけるだろ。お前がさっき守りたいって言ったのは嘘か」
「いや……じゃなくて、」

すごく何か言いたそうに口をぱくぱくさせること数秒、菊地は立ち上がった。

「お前も普通に熱いこと言えるのかって驚いた。あと、俺の台詞取るな、俺より先に立つな」
「最後のは理不尽だろ! ……それに俺の空間移動(テレポート)を使った方が圧倒的に速いからだよ」

それに俺は元から熱い男だと、言うべきか迷ってやめた。
今回の殺し合いでは、ずっと冷たい側にいたことは事実だし、
誰かさんたちの影響かもしれない、と考えるのは癪だったから。

611POISON ◆j1I31zelYA:2015/11/15(日) 00:53:55 ID:JAKGsiC20
「俺も跳ばしてもらえるのか?」
「たしか白井は、130キロまでなら大丈夫だとか言ってたしいけるだろ。
さっきの喧嘩で跳び方には慣れたしな」

七原の体重は58キログラム。
菊地の体重は分からないが……見たところ体格は七原とそう違わないから、70キロを超えるということはないだろう。

「しっかり捕まってろよ。重くて疲れたら放り出すけどな」
「そっちこそ、いざとなったら戦ってもらうから覚悟しとけよ。なんせお前、菊地様の後輩でも中学生でもないんだからな」

同い年の中学生と、非中学生の二人。
肩を掴まれながらの歩みは、やがて駆け足となり、そして跳躍(テレポート)へと切り替わる。
加速していく。周囲の景色が飛んでいく。
おそらく時速百キロをゆうに超える世界だ。
仮に一秒で80メートル移動するとすれば、最高時速はいくらだろう。
80かける60かける60だから……とっさに暗算はできないが少なくとも250キロを超えることは間違いない。

一人ではない速さで、守りたいものの元へと跳ぶ。

自分らしい速度で。我儘を貫くために。
我が、儘に。

【C-6 ホテル近辺/一日目・夜中】

612POISON ◆j1I31zelYA:2015/11/15(日) 00:56:00 ID:JAKGsiC20
【菊地善人@GTO】
[状態]:『悪役』
[装備]: ニューナンブM60@GTO、デリンジャー@バトルロワイアル、越前リョーマのラケット@テニスの王子様、無差別日記@未来日記
[道具]:基本支給品一式×6、ヴァージニア・スリム・メンソール@バトルロワイアル 、図書館の書籍数冊(大東亜共和国の書籍含む) 、カップラーメン一箱(残り17個)@現実 、997万円、ミラクルんコスプレセット@ゆるゆり、草刈り鎌@バトルロワイアル、
クロスボウガン@現実、矢筒(19本)@現実、火山高夫の防弾耐爆スーツと三角帽@未来日記 、メ○コンのコンタクトレンズ+目薬セット(目薬残量4回分)@テニスの王子様 、売店で見つくろった物品@現地調達(※詳細は任せます)、
携帯電話(逃亡日記は解除)、催涙弾×1@現実、死出の羽衣(使用可能)@幽遊白書、バールのようなもの、弓矢@バトル・ロワイアル、矢×数本
遠山金太郎のラケット@テニスの王子様、よっちゃんが入っていた着ぐるみ@うえきの法則、目印留@幽☆遊☆白書、乾汁セットB@テニスの王子様、真田弦一郎の帽子、銛@現地調達、穴掘り用シャベル@テニスの王子様
基本行動方針:皆に『未来』を、『先輩』として恨まれようとも敵を排除する
1:一刻も早くデパートに向かい、杉浦を救ける
2:常磐達を許すつもりも信じる気もない。
3:落ち着いたら、綾波に碇シンジのことを教える。
[備考]
※植木耕助から能力者バトルについて大まかに教わりました。
※未来日記の契約ができるようになりました。

【七原秋也@バトルロワイアル】
[状態]:頬に傷 、『ワイルドセブン』であり『大能力者(レベル4)』
[装備]:スモークグレネード×1、レミントンM31RS@バトルロワイアル、グロック29(残弾5)、空白の才(『同調(シンクロ)』の才)@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×5(携帯電話に、首輪に関する考察とこれまでの行動のメモあり) 、二人引き鋸@現実、園崎詩音の首輪、首輪に関する考察メモ 、タバコ@現地調達、月島狩人の犬@未来日記、第六十八プログラム報告書@バトルロワイアル、ワルサーP99(残弾11)、裏浦島の釣り竿@幽☆遊☆白書、眠れる果実@うえきの法則、、ノートパソコン@現地調達
基本行動方針:このプログラムを終わらせる。
1:一刻も早くデパートに向かう。
2:走り続けられる限りは、誰かとともに走る
3:バロウ・エシャロットや我妻由乃といった殺し合いに賛同する人間は殺す。
4:プログラムを終わらせるまでは、絶対に死ねない。
[備考]
白井黒子、切原赤也と『同調(シンクロ)』したことで、彼らから『何か』を受け取りました。



[全体備考]一日目・夜中(ホテルが崩壊した時間)に、秋瀬或の『The rader』が書き変わります。次の放送で呼ばれる人物が一人減ります。

ーーーー

以上で投下を終了します

613名無しさん:2015/11/15(日) 09:55:16 ID:BjvQNaR60
投下乙です
取り急ぎ月報失礼します


話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
106話(+2) 14/51(-1) 27.5(-1.9)

614名無しさん:2015/11/20(金) 16:36:00 ID:.hRW6p5s0
投下乙〜!
ムルムル達はALL DEAD ENDまでの過程に狂いはないと余裕ぶってるが、実際その中身が重要なんじゃないかなあ
ムルムル側の予知ではみんなマーダーとして誰かを殺したように描かれてるけど、現実では故意じゃなかったり庇って死んでる人が多いしね
人が脱落するタイミングに狂いがなくても、残った人に対主催が多いなら少しずつでも因果律に狂いが生じてきそうにも思える
一方で、七原達もアスカ達も今一番輝いてるからフッとその灯りが消えてしまいそうで怖くもあるな…

615名無しさん:2016/01/16(土) 00:00:59 ID:PqBzR7Mg0
集計者様いつも乙です
月報失礼します


話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
106話(+0) 14/51(-0) 27.5(-0.0)

616<削除>:<削除>
<削除>

617名無しさん:2016/08/17(水) 21:56:41 ID:d7rNxI5w0
糸冬

618 ◆7VvSZc3DiQ:2016/11/03(木) 22:51:22 ID:ju7RNNqk0
投下します
予約スレにも書きましたが、投下時間が長くなってしまいそうなので、ひとまず前編を投下し、期限内に後編の投下を予定しています

619 ◆7VvSZc3DiQ:2016/11/03(木) 22:52:09 ID:ju7RNNqk0

私はずっと、何かになりたかったんだと思う。伏し目がちな自分とは全然違う、周囲の注目と期待を浴びて、どんな壁も一気に飛び越えてしまうような、誰かに。
それは、御坂美琴だった。あるいは、白井黒子だった。彼女たちが持つ能力が、理想を叶える力が、羨ましかった。
だけど私は彼女たちとは違う。私は、私にしかなることができない。そんな当たり前のことに気付くまでに、取り返しのつかないことをたくさんしてしまった。
これから行おうとしていることが、それらの罪に対する贖罪になるだなんて思ってはいない。私はこれから、罪を背負って生き続けなければならない。
だからこれは、最初の一歩。風紀委員(ジャッジメント)という肩書きや低能力者(レベル1)という評価を全て取り払って、最後に残った初春飾利という無力な少女が踏み出す、第一歩だ。

瞳を閉じて、深く、とても深く息を吸う。自分の身体を確かめるために。自分の存在を感じるために。
スプリンクラーからまき散らされた水はそこら中を水浸しにするだけじゃ物足りなかったのか、小さな分子の集合になって空気の中に溶け込んでいる。
じっとりと湿っていて冷たくて、どこか重いその空気を一息に吸った。怯えながら走り回って、たくさんの汗を流しているうちに渇いてしまった喉が、少しだけ潤う。
肺の奥まで飛び込んできた空気。そこから酸素を取り込んで、熱が生まれる。胸の奥で生まれた熱が全身を巡って、力になっていく。
拳を握った。濡れそぼって冷たくなっていた指先は、もう温かい。手のひらの熱は、行き場を探している。
水の怪物から逃げ出すときには恐怖に震えていた足で、地面を踏む。今度は逃げ出すためではなく、真っ直ぐ向かうために。
大丈夫。私の身体は、もう震えていない。

ゆっくりと目を開くと、夜のとばりに包まれた薄暗い世界が、視界に広がった。視界の端で、緊急用の誘導灯が青白く光っている。放水を止めたスプリンクラーから、ぴちょんぴちょんと滴が垂れている。
フードコートに設置されていたテーブルと椅子は、水の怪物が暴れ回ったせいでパステルピンクとライムグリーンの残骸の集合体になっていた。
見える。見えている。私には今、世界がはっきりと見えている。視界と世界を狭めていた恐怖や混乱は、もう何処かへ消え去ってしまっていた。
一緒に、消えてしまったものあるけれど。けっして短くないあいだ少女の中心に在った正義は、この世界の無法や不条理に晒されて見失ってしまったけれども。
それで私が、空っぽになったわけじゃない。殉じていた法がなくなろうとも、信じていた正義を失おうとも、残ってくれたものがある。

この世界で見つけた自分だけの現実と、昔からずっと抱き続けていた小さな想い。
それを貫き通すための、黴臭い古鉄のような意思。
身体の奥、心の底。初春飾利の核心にこびりついて剥がれないそれが在る限り、私は闘える。

「――私は貴方を、救います。貴方が何を言おうと。何を思おうと。それが私のやりたいことですから。絶対に譲れないことですから」

620 ◆7VvSZc3DiQ:2016/11/03(木) 22:53:11 ID:ju7RNNqk0
初春は、自分に言い聞かせるように決意の言葉を口にする。
もしもここが騒がしい都会の片隅だったならば、誰にも届かないまま消えていたような、けっして大きくはない声。
だけどここでは、それで十分だった。小さいけれど感情と意思が込められた初春の声は、届けるべき相手に確かに届いた。
――その相手が初春の言葉をどう捉えるのかは、また別の問題なのだけれど。

初春と相対する少年は、身を包むカナリアイエローのレインコートの下で、身体を震わせていた。
初春の言葉によって揺さぶられた感情が、彼の身体を迸っている。それは怒り。そして憎悪だ。
御手洗清志は初春飾利の言葉を受け入れない。否定する。醜悪な人間の業など、認めてやるものかと拒絶する。

「さっきから五月蠅いんだよ……僕がどう思おうと関係ないだって? やりたいことをやるだって? だったら僕も、お前に同じことをしてやるよ!
 お前が何をしようとしているかなんて関係ない! 僕はお前たちを殺して、他のヤツらも全員殺して、人間という人間を全て殺し尽くしてやる!
 止められるなら止めてみろ! 救いたいなら救ってみせろ! どうせそんなことできやしないんだ、人間はそういう風にできてるんだからなァ!
 ……来いよ、偽善者。お前が自分勝手に押し付けている理想ってやつが、まったく現実に即していないただの幻想だってことを教えてやるよ。

 ――その理想<げんそう>ごと、殺してやる」

御手洗は、己に支給された鉄矢を握りしめた。鏃が御手洗の手のひらに突き刺さり、裂かれた皮膚から血液が流れ出るのを感じる。
共に感じるのは、鋭い痛み。これまでにも領域(テリトリー)の能力を使うたびに御手洗が感じてきた痛みだった。
さらに強く、鉄矢を握る。握りしめた拳の隙間から真っ赤な血がこぼれ落ちて床の水たまりを赤く染めた。
そして御手洗の膨れ上がる憎悪に呼応するように水たまりから巨大な手が生まれ、続いて腕が、肩が、胴体が形成される。
御手洗の能力は、己が血が混入した液体を意のままに操る能力だ。巨人、あるいは獣の形を取る自らのしもべを、御手洗は「水兵(シーマン)」と名付けた。
水兵の中こそ御手洗の領域――いわば、彼にとっての「自分だけの現実」。醜悪な現実を塗りつぶすための、ただ一つの武器。

御手洗のそばで、彼の数倍の巨躯を持つ水の怪物が唸りをあげる。
先ほどまで使役していた水兵をも大きく上回る巨体。ちょうど人間と異形の中間に位置するような造形をした水兵だった。
だが、これでもまだ足りないと、御手洗は矢を握る手に力を込める。より強く。より深く。刻まれた傷から、水兵の力の源になる血液が流れ出る。
御手洗の手からしたたる血液が床に落ち、二体目、三体目の水兵が続けて生み出された。

621 ◆7VvSZc3DiQ:2016/11/03(木) 22:54:10 ID:ju7RNNqk0
血色を失い青白くなった腕をだらりと上げて、御手洗は初春を指さした。腕が、重い。血を流しすぎている。
脳に回る血液も足りていないのか、いつもより思考が鈍い。ただでさえ光が足りなくて薄暗い視界が、さらに霞んでいた。
だが、逆に好都合だと御手洗は口の端を歪めた。余計なことを考える必要が無い。余計なものを見る必要も無い。
人間<てき>を殺し尽くす。ただそれだけできればいい。アイツを殺せ、と水兵に命令を下した。

巨体に似合わぬ俊敏な動きで、水兵は初春に接近する。水兵の内部は御手洗の絶対領域だ。
もしも水兵に捕まり、その中に取り込まれてしまえば、そこから脱出することは不可能である。
――しかし、何事にも、例外というものがある。
本来ならば御手洗清志が進んでいたはずの未来において、桑原和真が次元を切り裂く能力に覚醒し、水兵と外部を隔てる領域の壁を突破して脱出を果たしたように。
本来ならば「低能力者<レベル1>」のまま一生を過ごしていたはずの初春飾利もまた、この世界の現実に打ちのめされることで、水兵の天敵といえる能力に目覚めていた。

近づく水兵に向かって、初春は右の手のひらをかざす。重要なのは、確信だ。自分の力は世界を塗り替えられると、妄信ともいえる確信を持つことだ。
初春はこの世界で、たくさんのものを失った。それは肩書きだった。それは信念だった。それは正義だった。それは親友だった。
奪われ続けて、ようやくここまでたどり着いた。奪われなければたどり着けない場所だった。
世界は優しいだけじゃない。くそったれ、と柄にもなく汚い言葉で罵りたくなるくらいに、許せないことばかりがあった。
だからこそ、思うのだ。
自分ばかりが奪われ続けるのは不公平だ。自分だって、世界にちょっとばかりの仕返しをしたっていいじゃないか。
我が儘に、あるがままに、自分を世界にぶつけてしまおう。それこそ、世界を自分の思うがままに塗り替えてしまうくらいの強さで。

「こういうのも、開き直りっていうんですかね、式波さん」

呟きとともに、自然と笑みがこぼれた。世界を塗り替えるだなんて大それたことは、今までの初春では考えたとしても実行はしなかっただろう。
臆病で、気弱で、鈍くさくて、そんな自分が世界を変えるだなんてできるはずがないと決めつけていた。それが初春の限界だった。
だけど、今ならば――!

初春の右手が、迫り来る水兵の拳を受け止めた。水兵の剛腕によって振るわれた打撃は、初春の小柄な肉体では到底受け止めきれないはずだった。
だが、打ち勝ったのは初春のほうだった。初春を吹き飛ばすはずだった水兵の腕は、肘から先が霧散し消滅していた。
これこそが、初春が見つけた自分だけの現実。彼女が世界を塗り替えるための能力。
『定温保存<サーマルハンド>』――物質の温度、ひいては物質の分子運動を操作する初春の能力は、御手洗の領域に干渉し得る強度にまで成長したのだ。

しかし――初春の顔から、笑みが消える。先ほどまでの水兵ならば、初春の手のひらが触れた瞬間に全身が霧散していたはずだ。
だが今回の水兵は、肘から上はまだ残したまま。残るもう片方の腕で、さらなる追撃を繰り出してくる。初春は、左の手のひらで水兵の追撃を迎え撃つ。
手のひらが水兵に触れる瞬間に超高速の演算を実行。目視で予測していた数値に次々と修正を加え、実際のそれに近づけていく。
水兵を構成する水分子の運動を制御。初春を襲う衝撃そのものは、初春の能力では打ち消すことができない。故に、衝撃と真逆の方向へ分子運動を加速させ相殺を狙う。
それと同時に水兵の内部状態を書き換え、爆散と蒸発を命令。初春の計算通りにいけば、これで水兵を無力化できるはず――!

622 ◆7VvSZc3DiQ:2016/11/03(木) 22:55:34 ID:ju7RNNqk0
「これで……どうですかっ!?」

しかし、初春の叫びも虚しく。一瞬にして消し去るはずだった水兵は、両腕を無くしながらも未だ屹立していた。
驚愕と混乱を表情に浮かべながら、初春は自分の計算通りに水兵を消滅させることができなかった理由を探し始める。
最初に考えたのは、自分の能力が想定していたよりも低出力だったのではないか、ということだった。
初春は元々、学園都市における序列では最下層に位置する低能力者<レベル1>の一人にすぎない。
劇的な進化を果たしたといえども、せいぜい強能力者<レベル3>といったところだろう。
まして覚醒を果たしたばかりでは能力が不安定であるのかもしれない。しかし――初春側だけの問題ではないと、彼女は直感していた。

「カザリ、後ろ! ボーッとしてんじゃないわよ!」

御手洗の操る水兵によって重傷を負い、未だ動けず二人の戦いを見守ることしかできなかった式波・アスカ・ラングレーの怒号が、初春の思索を強制的に途切れさせた。
危機的な状況であると知っても、それを確認する余裕はなかった。後ろに振り返ると同時に、両手を突き出す。だが、間に合わない。
いつの間にか初春の後方へ回り込んでいた二体目の水兵の一撃が、初春を吹き飛ばした。

「ぐ、うぅっ!」

骨まで軋むような痛みが、初春の全身を苛んだ。ごろごろと床を転がって、フードコートに設置されていたテーブルの足に背中をしこたま打ち付けて、ようやく止まる。
痛みを我慢して起き上がろうとしたが、折れたテーブルのささくれが初春のセーラー服の襟に引っかかって、そのまま転んでしまう。
早く立ち上がらなければいけないと頭では考えていても、身体のほうが言うことを聞いてくれなかった。全身からSOS信号が出されている。
水兵の攻撃が正確に初春を狙っていたために、急所だけは守った『定温保存』によって威力を軽減することはできた。
衝撃の完全相殺には間に合わず、防御をした上でなお水兵の重い打撃は初春の身体を吹き飛ばすに十分だったわけだが。

容易く御手洗の水兵を霧散させていた初春の『定温保存』が不発に終わったのは、ひとえに御手洗の執念の賜物だった。
水兵にとって天敵ともいえる初春の能力だが、かの『幻想殺し』のように御手洗の領域そのものを無効化していたわけではない。
分子運動操作に特化した能力によって御手洗の領域を上書きするように水兵を操り、瞬時に爆散・蒸発させていただけに過ぎないのだ。
いわば、能力の強度差をもって強引に打ち負かしていただけ。しかも手のひらで直接触れなければ発動できず、一瞬で操作できる液体の量にも限界がある。

対する御手洗の能力は、彼の血液を媒介に液体を操るものだ。そして混入された血液が多ければ多いほど、使役される水兵はより巨大に、より強靱に、より精密に行動するしもべとなる。
御手洗は、初春飾利を殺害するというただ一点の目標のために、多くの血を流した。御手洗の血を吸い肥大化した水兵は、初春の干渉に対する抵抗力を高めていたわけだ。
結果として、初春の『定温保存』による水兵への干渉は一瞬で水兵を消滅させるほど絶対的なものにはならず、片腕を吹き飛ばす程度のものになってしまっていた。

――あるいは、初春飾利が戦闘技術に長け、経験も豊富な少女だったならば、結果は違っていたのかもしれない。
いくら初春と御手洗の能力差が縮まっていたとはいえ、優位に立っていたのは依然として初春のままだったのだから。
だが、初春は予想外の事態に慌て、二体目の水兵による不意打ちを回避することができなかった。それが彼女にとっての、どうしようもない現実だった。

623 ◆7VvSZc3DiQ:2016/11/03(木) 22:56:56 ID:ju7RNNqk0
「ハッ、いいザマだな。どうだ、これで分かっただろう? お前のいう『救い』なんて、ただの幻なんだよ」

御手洗が歯を剥き出しにして、フロア中に響き渡る大きな声で笑い始める。大量の血を失ったことで青ざめながらも、その表情は喜びに歪んでいた。
床に転がったまま立ち上がることすらままならない初春の姿は、御手洗の目にはとても無様なものに見えた。
大言壮語を吐いた少女は、口にした言葉を何一つ実現させることができずに地に這いつくばっている。溜飲が下がるとは、まさにこのことをいうのだろう。

「苦しいか? 苦しいだろうなぁ! 僕が憎いか? 憎くないはずがないよなぁ!
 それでいいんだよ。人間なんてそんなものなんだよ。ただ生きているだけで他の生物を苦しめて、自分勝手に欲を満たそうとする薄汚いけだものさ!
 なぁ。顔を上げてみろよ。いつまで俯いてるつもりだ? さっきまでの威勢の良い啖呵はどうした? お前が貫きたい意地ってのは、そんな簡単に折れるような薄っぺらいものなのかよ!」

最後には、絶叫になっていた。御手洗はぺろりと唇を舐める。血を失うということは水分を失うということと同義だ。唇はかさかさに乾いて、割れていた。
霧のような空気をいくら吸っても喉の渇きは満たされなかった。身体の芯まで焼き尽くすような憎悪の炎は、言葉を吐けば吐くほどに勢いを増していった。

「おい。なんとか言ってみろよ。――この、人殺し」

ふらつきながら懸命に立ち上がろうともがいていた少女に向かって、御手洗は吐き捨てる。御手洗の言葉を聞いた初春は、身体をびくりと震わせた。
動揺を隠せない初春の様子を見た御手洗はほくそ笑み、そのまま次々と言葉を重ねていく。その言葉には重みがあった。呪いと言い換えてもいい。
御手洗と初春という、本来なら交わることがなかったはずの二人を結ぶ共通項。それは、黒の章という人間のありとあらゆる暗黒を、罪を撮影した映像。

「人を殺しておいて、よくもそんな綺麗事が言えたもんだな。お前の両手は、もう血と罪に染まってる。そんな手で誰かを救おうだなんて笑わせるぜ。
 お前もあのビデオの中で笑っていた屑どもと同じさ。外面だけはいかにも善人のふりをしておいて、その中身はあいつらのように膿んでやがる。
 お前は、本当は誰かを救いたいんじゃない――救われたいんだ! お前は悪くない、悪いのはこんな殺し合いをやらせる人間のほうだって言ってもらいたいだけだろう!
 ――甘えてるんだよ。あのビデオを見て、それでもなお自分のことを省みようともせず、犯した罪を自分勝手な理屈で責任転嫁して、赦されようだなんて思うなよ!
 思い出してみろよ。お前が殺してきた人間の、最期ってやつをな。きっとそいつらも、あのビデオの中の被害者と同じ表情を浮かべていただろうさ」

御手洗の糾弾に対して、初春は反射的に反論をしようとした。そんなことはない。御坂美琴は最期まで常盤台のエースの名に恥じない姿を初春に見せてくれた。
初春がこちら側に戻ってこれたのだって、美琴が自らの命を懸けて初春を救ってくれたからだった。彼女はきっと、絶望になんか屈しないまま、逝った。
吉川ちなつもそうだった。アスカから聞いたちなつという人物は、この殺し合いに順応できるようなタイプの人間ではなかった。
きっと、かつての初春以上に殺し合いに怯え、恐怖していたはずだ。その彼女だって、殺し合いに抗ってみせた。アスカを救ってみせた。
美琴は死に際に、最弱だって最強に勝てるくらい人間は強いんだと言ってくれた。ちなつはきっと、美琴の言葉通りの強さをアスカに見せてくれた。
そんな彼女たちの死を侮辱するような御手洗の言葉は、絶対に許せない。そう思って、反論をしようとして――だけど初春の口は、うまく言葉を紡いでくれなかった。

「桑原、さん……」

624 ◆7VvSZc3DiQ:2016/11/03(木) 22:57:59 ID:ju7RNNqk0
代わりに口をついたのは、初春がこの場所に来て初めて出会った人物の名前だった。桑原和真と名乗った、とても未成年には見えない老け顔の少年の名だ。
初春が初めて彼を見たとき、やけに慣れた手つきでホームセンターの品物を根こそぎバッグに詰め込もうとしていたことを思い出す。
強面でガサツで、非常事態なら多少の犯罪行為だって大目に見てもらえるだろうという適当な倫理観を持っていて、けっして善人だといえるような人物ではなかったけれど。
不安を隠せなかった初春にかけてくれた彼の言葉の端々には、いかつい外見には似合わない優しさが見え隠れしていた。勘違いされやすいだろうけれど、根は悪人じゃないだろうなと感じていた。

「桑原? もしかして、桑原和真のことか? ……そうか、お前が桑原を殺したのか」
「っ……!」

そうだ。初春飾利は、桑原和真を殺した。それも、もっとも苦痛に満ちた死に方の一つと言われる焼死によって。
初春に支給された火炎放射器から発射された炎は、一瞬で桑原の頭部にまとわりついた。彼がごろごろと転がって火を消そうとしても、炎の勢いは衰えることがなかった。
やがて激しく暴れ回っていた桑原の身体はびくんびくんと痙攣をし始めて、最後に一度だけ大きく跳ねて、それっきり動かなくなった。
炎に反応して作動したスプリンクラーがわずかに残っていた火を消し止めて、真っ黒になった桑原の頭部が露わになった。そこには、何の表情も浮かんではいなかった。

初春はあの陰惨な光景を忘れることができない。映像だけではない。肉が焦げるあの臭いも、耳をつんざくような桑原の叫びも、何一つとして忘れ去ることなどできやしなかった。
いや、忘れてはいけない。初春飾利は桑原和真を殺したという罪と共に、あの光景も一生背負っていかなければならないのだから。

「あなたは……桑原さんのお知り合いだったんですか?」

だから、訊かなければならない。もしも目の前の少年が桑原和真の知り合いだったとしたら、初春は彼に謝らなければならない。
今にも機能停止しそうな身体を奮い立たせて、初春は立ち上がった。痛い。痛すぎる。もしかしたら骨の一本や二本は折れているかもしれない。
だけど、寝転んだままでいるわけにはいかなかった。痛みを懸命に堪えながら、初春は毅然とした視線を御手洗へ向け、自らの罪を告白する。

「あなたの言うとおりです。――私が、桑原さんを殺しました」
「……お前が思っているとおり、僕は桑原のことをよく知っている」

初春の告白を聞いた御手洗は、やっぱりな、と吐き捨てた。その視線に込められていたのは軽蔑。
御手洗の目に射竦められたように感じて、初春は身体を強張らせた。続けなければいけないはずの言葉が浮かんでこなくなった。
初春がいくら言葉を重ねたところで、桑原和真を殺したという事実は覆らない。桑原和真が生き返るわけでもない。かえって御手洗の神経を逆撫でするだけかもしれない。
それでも、御手洗が桑原のことをよく知る人物であったというならば。言わなければならない言葉がある。

「……すみません。ごめんなさい。……こんな言葉じゃ足りないことは分かってます。でも――」
「謝る必要なんかないさ」

しかし、必死に紡ごうとした初春の言葉は、御手洗の声によって制止されることになった。
薄明かりに照らされた御手洗の表情に浮かんでいたのは、冷ややかで酷薄な笑みだった。

「アイツは、僕の標的(ターゲット)だった。お前が殺さなくても、いずれ僕が殺していただろうな。だから今は、あえてこう言わせてもらおうか。
 ――『ありがとう』。僕の手間を省いてくれて。この世界から人間を一人減らしてくれて。
 アイツを殺した気分はどうだった? やっぱりお前も、あのビデオに映ってたヤツらみたいに笑いながら桑原を殺したのか? なぁ?」

御手洗から初春へ贈られたのは、感謝。そして追及の言葉だった。

625 ◆7VvSZc3DiQ:2016/11/03(木) 22:58:51 ID:ju7RNNqk0
「いったいどうやってアイツを殺したんだ? 醜悪な中身を隠すように無害な振りをして、外面だけ取り繕ってアイツに近づいたのか?
 あぁ、そういえばアイツは女には滅法弱いって調査結果も出てたっけなぁ。その貧相な身体で桑原を誑かして、鼻の下を伸ばしたところで殺したのかもなぁ!
 違うか? 文句があるなら言ってみろよ! お前がいくら否定しようと、誤魔化そうと、人を殺したっていう事実は変わらないけどな!!」

御手洗は己自身の言葉に激昂し、熱くなり、汗を撒き散らかしながら喉が枯れんばかりに叫んだ。初春は何の反論もできず、ただ俯いた。
だが――御手洗の言葉を遮るように、声が、水浸しのフードコートに響いた。それは、これまでずっと二人の対決を見守っていた少女の声だった。

「アンタ、バカぁ?」

式波・アスカ・ラングレー。御手洗の操る水兵に取り込まれ、酸欠により戦闘不能に陥っていた少女が、遂に立ち上がる。

「――さて、アンタたちが長々とおしゃべりしてくれてたおかげでようやく動けるようになったわけだけど」
「おいおい、起きて早々に人をバカ呼ばわりかよ。死にかけの身体で苦し紛れの抵抗でもするつもりか? 黙って寝ていれば、苦しまずに殺してやったのにな」
「ハッ、冗談! 誰がアンタなんかに殺されるもんですか。それに、バカって言ったのはアンタに対してじゃないわ」

アスカは御手洗から視線を切ると、初春を指さしながら彼女に向かってもう一度「バカ」と呟いた。
「アンタに言ってんのよ、カザリ。このバーカ」
「式波さん……」
「ほらもう、そこですぐ黙ろうとする! すーぐ自分が悪いんだっていうような顔をする! それもうやめなさいって言ったでしょうが!」
「は、はい! すみません……」
「だから謝るなっちゅーの!」

眉間に思い切り皺を寄せ、苛々とした様子を隠そうともしないアスカは、苦々しい顔をしながらこぼした。
「答え、見つけたんじゃなかったの? それともアンタの答えは、あんななよなよした男にちょっとつつかれたくらいで見えなくなっちゃうような、曖昧なものだったワケ?」
「――違います!」

アスカの言葉を聞いた初春は、咄嗟に反論する。
アスカはあの階段で、こう訊いた。この世界に、この空の下に、この地面の上に、人の間に、正義はあるのだろうか、と。
それは気丈に振る舞うアスカが見せた、ほんの少しの弱音のようなものだったんだと、初春は思った。
だから即答できなかった。初春の中ではその答えは自明で、初春は自分自身の中にも、世界の理の中にも、確かな正義が存在していると考えていたけれど。
それはきっと、アスカが求める正義とは違う正義だったからだ。世界の命運を背負わされる14歳の少女が求める正義は、初春が考えるそれとは、きっと違っていた。
だから、それでも正義になりたいのかというアスカの問いにも、答えることができなかった。

「だったら、もう一回言ってみなさいよ。――アンタは、何になりたいの? みんなを守る法の番人? 悪の怪人から地球を守る正義のヒーロー?」
「私が……私が、本当になりたいのは――!」

626 ◆7VvSZc3DiQ:2016/11/03(木) 22:59:45 ID:ju7RNNqk0
なりたかったものは、沢山あった。それこそアスカが言う法の番人は風紀委員として皆を律する白井黒子そのもので、正義のヒーローとは御坂美琴を表現するのにもっとも相応しい単語で。
初春が彼女たちに抱いていた憧憬は、けっして嘘偽りではなかった。彼女たちのように強くなれればと、そう思って初春なりに努力を重ねてきた。
けれど、初春は弱かった。能力の開発は進まず、基礎体力でも到底追いつけない。それでも彼女たちは初春に優しくしてくれた。友達だと、言ってくれた。
それでいいと思っていた。強さを彼女たちに任せて、弱さを初春が預かって、せめて彼女たちの支えになれれば、それでいいと。
だけど今は、それだけでは足りない。

「私は、強くなんかないです。だからきっと、英雄にも主人公にもなれない」

そっと瞳を閉じて、胸に手を当てる。御坂美琴や白井黒子の顔が脳裏に浮かんで、すぐ消えた。初春は彼女たちのような強い人には、きっとなれない。
代わりに浮かんできたのは、親友の――佐天涙子の向日葵のような笑顔だった。いつも隣にいてくれた、初春にとって一番大切な友人。
彼女の優しさに、初春はいつも救われてきた。彼女がいてくれたからこそ、背中を押してくれたからこそ、初春は後ろを振り返ることなく正義を信じることができた。

「私は――いつも誰かのそばにいてあげられる、やさしい人になりたい。法の番人でも主人公でもない、ただの初春飾利として誰かの隣に立ってあげたい。
 その人の悲しみも弱さも、全部受け止められるように、なりたいんですっ!」

眉間から力を抜いたアスカが、小さく笑った。お人好しの考えだ、と初春の言葉を受け止めながらも、その笑みに嘲りの意味は込められてはいなかった。
やりたいことをやれる限りやってみせる。以前のアスカなら、努力の足りない甘ったれた考えだと一刀両断にしていただろう。
だがアスカは、訓練も経験も積んでいない一般人の吉川ちなつに救われてしまった。だったらそれを否定するわけにはいかない。

「アンタは十分優しいわよ。こっちが辟易するくらいにね。だけどマジメすぎ。だからあんなヤツの言うことまでいちいち真に受けちゃって反論もできなくなるワケ。
 ま、日本人は本当の議論ってものを知らないからしょうがないか。だから――アンタがゆっくり考える時間を、あたしが作ってあげるわ」

アスカは支給品の特殊警棒を強く握りしめながら、御手洗を睨みつける。
――今の自分では御手洗に勝つことはできないと、アスカは理解していた。あくまで一般常識の範囲に収まる能力しか持たないアスカでは、御手洗の操る水兵に対抗することは難しい。
勝つためには互いの手の内を隠したまま駆け引きに持ち込み不利を跳ね返すしかなかったが、今となっては不可能な話だ。今のアスカにできるのは、せいぜい時間稼ぎ程度だろう。
本当のことを言えば、立ち上がるだけで精一杯だった。一度酸欠状態になった脳は、まだ完全には回復していない。ぐわんぐわんと視界は歪み、鈍痛が全身を苛んでいる。
それでも――意地があった。アスカの生来の気性が、このまま何もせずに初春任せにすることをよしとしなかった。立ち上がれるなら、歩けるはずだ。歩けるなら、闘えるはずだ。

「リターンマッチよ、ワカメ頭」
「――来いよ、アバズレ女。今度こそ叩き潰してやる」

627 ◆7VvSZc3DiQ:2016/11/03(木) 23:00:29 ID:ju7RNNqk0
御手洗の周囲を囲むように、三体の水兵が音もなく出現した。そのうちの一体は御手洗を守るように彼の前に鎮座し、残る二体はアスカに狙いをつけ、拳を振り上げながら迫り来る!
アスカが取れる手段は、回避の一択だ。もしも水兵の指一本でもアスカの身体を掠めれば、そのまま水兵の内部に捕らえられてしまう。

「……チッ! やっぱり厄介ね!」

にゅるりと伸びた水兵の腕をなんとか回避するアスカ。不定形の存在である水兵は、そのリーチも動きも自由自在だ。人間を相手にするように回避していてはいずれ捕まってしまう。
故に、アスカは水兵から大きく距離を取るような回避を選択せねばならなかった。当然、御手洗との距離も縮めることはできず。

「どうした!? 逃げ回ってるだけじゃ僕には勝てないぜ!!」

御手洗の挑発に青筋を立てながら、アスカは状況を再確認する。
まず、アスカの第一目的は何なのか。アスカが最低限こなさなければならないのは、初春が回復するまでの時間稼ぎだ。
アスカが見る限り、初春が能力を十全に発揮できれば御手洗の水兵はほぼ無力化できる。経験豊富なアスカが初春をサポートしながら二対一の状況を作り出すことができれば、こちらの有利は確定的だろう。
――そしてそのことは、御手洗も気付いているはずだ。そうなる前にアスカか初春のどちらかを戦闘不能にしてしまえば、能力差を数の有利で覆しうる御手洗が勝利に大きく近づくことになる。
勝負の鍵は、初春が戦線に復帰するまでの時間をアスカが稼げるかどうかにかかっている。

「ったく、まさかこのあたしが前座だなんてね。まぁいいわ。――こっちはね、アンタにも言いたいことがたくさんあるんだから!」

アスカが現在所持している武器は特殊警棒とナイフの二種類。あとは壊れた拳銃に即席のスリングショット。遠距離から御手洗を攻撃できる武器はない。
ならば戦闘によって御手洗を打ち負かすのはほぼ不可能と言っていい。だったら――今のアスカが取れる最善手は、舌戦で御手洗の動揺を誘うこと。
そして、そういった打算を抜きにしても。アスカは御手洗に対して、思うところがあった。言いたいことがあった。

「あたしはカザリみたいに優しくないからはっきり言わせてもらうわ。――人間舐めるのもいい加減にしなさいよ、このクソガキッ!
 自分だけが不幸で可哀相で、自分だけが人間の真実を知ってるだなんて勘違いして、無茶苦茶なこと言って他人を巻き込もうだなんて――ふざけんじゃないっての!!」

一気呵成に吐きだした。そうだ。アスカは最初から、気にくわなかった。御手洗が否定した『人間』とは――アスカたちエヴァンゲリオンパイロットが、命を賭して守ろうとしていた存在だ。
アスカだって人間がそんなに素晴らしい生き物だなんて思ってはいない。それこそ御手洗が言うように、自分たちの繁栄のために他の生物を蔑ろにして環境を汚しているという側面だってある。
だが、だからといって――すべてを否定されれば、腹が立つ。そんなもののために命を懸けているお前は大馬鹿者だと蔑まされているような気にもなる。

「お前は、あのビデオを見ていないからそういうことが言えるんだよッ!」
「ええ、そうかもしれないわね! でもあたしなら、アンタみたいに捻くれてねじ曲がったりなんかしないわ!」
「どうしてそんなことが言える! 何も知らない、お前がッ!」

確かにアスカは御手洗と初春が見たという黒の章というビデオの内容を、二人からの伝聞という形でしか知らない。
二人の精神を狂わせたというその映像は、御手洗の言葉通りならば筆舌に尽くしがたいほどの酸鼻を極めたものに違いない。
それこそ、アスカが今までに見たことがないような地獄絵図が、そこには広がっているのだろう。
だが、それを言うならば。アスカだって、御手洗が知らない世界を知っている。

「……何も知らないのは、アンタのほうよ」

628 ◆7VvSZc3DiQ:2016/11/03(木) 23:01:48 ID:ju7RNNqk0
エヴァンゲリオンパイロットでなければ知り得なかったはずの世界。そこには多くの思惑と策謀と暗躍があった。世界を揺るがす秘密があった。
各々の目的のために動く大人たちの行いに子どもたちは振り回され、傷つけられた。それはけっして、「優しい世界」だなんて言えないものだった。
その中でアスカは、辛酸を舐めながら生き抜いてきたのだ。自分の価値を守るために。己の意味を見つけるために。

「不幸自慢なんて趣味じゃないからやらないけどね。あたしが生きてきた世界だって、アンタには想像もつかない世界だったってことよ!
 あたしはそこで、強くなきゃいけなかった! 弱さなんて誰にも見せられなかった! 他の誰でもなく、あたしが、あたしであるためにッ!
 だから――自分の弱さを正当化するために他人を言い訳の道具にして、ガキの癇癪を叫び散らすばっかりのアンタみたいなヤツに、あたしは、負けらんないのよ!」

アスカが否定したのは、御手洗の弱さだった。いや、正確に言えば、弱さを理由に身勝手な正義を振りかざして自らの矮小さを誤魔化そうとする、その在り方だった。
弱さを他者に見せないように隠すでもなく、それも己の一部なのだと受入れることもせず。弱くて何も持っていない自分は、虐げられる自分は悪ではなく正義の側にいるのだと主張して。
それが甘えでなくて、なんだというのだ。認めない。受け入れない。初春飾利ならばそんな御手洗清志さえも救済の対象としたかもしれないが、式波・アスカ・ラングレーは違う。
御手洗が己を改めるつもりがないのならば、アスカの全身全霊をもって御手洗清志という存在を否定する。それが、アスカの中に残るプライドが出した答えだった。

「五月蠅い……五月蠅い五月蠅い五月蠅いッ!」

御手洗の怒号と共に、水兵が再び動き始める。水兵が掴んだのは、フードコートに散らばる無数の椅子。
二体の水兵がそれぞれアスカと初春に狙いをつけ、椅子を力任せに投擲する。

「――カザリっ! 避けなさい!」

初春の能力が無効化できるのは、あくまで御手洗の領域能力のみ。水兵の投擲によってもたらされる物理的ダメージに対して、初春は無力だ。
水兵が投げつけた椅子が初春の小柄な身体にぶつかる寸前、初春は身体をよじってすんでのところで回避。
転がる初春のもとへ駆けつけたアスカが、初春の手を握り物陰へと強引に引っ張り込んだ。そのまま姿勢を低くして、御手洗から隠れるように場所を変えていく。
水兵を操るには御手洗の目視が必要だということはわかっている。暗闇に紛れてしまえば、ある程度の時間稼ぎにはなるだろう。

「カザリ、大丈夫?」
「ええ、どうにか。式波さんこそ、傷のほうは……」
「このぐらいなら、まぁなんとかね。多少の無茶は承知の上よ。とにかく今は、アンタがあたしたちの生命線なんだからしっかり自覚すること! 分かった?」
「……はい!」

続いてアスカは、初春に彼女の能力について詳細を尋ねた。初春にとっても急激に成長・進化した『定温保存』については未知数の部分も多かったが、ここまでの経験と己の感覚から得た情報をアスカと共有する。
基本的には「手のひらで触れた物体の温度を操作する」能力であり、「温度変化に必要な分子操作を応用することで水流のベクトルを変化させる」こともできる。
しかし御手洗のように水を自由自在に操作するほどの応用力はなく、せいぜい一方向に向かって液体を爆散させるのが関の山。それだって攻撃手段に使えるほどの強度にはならない。

629 ◆7VvSZc3DiQ:2016/11/03(木) 23:02:56 ID:ju7RNNqk0
「向こうだってそのことには薄々気付いてるでしょうね。だから怪物に直接殴らせず、椅子や机を武器代わりにし始めたってところかしら」
「最初に私が怪物を消し飛ばしたときに比べて、抵抗力も上がってる気がします。時間をかければ無力化は可能だと思いますが……」
「気付いてる? ……多分、アイツが能力を使うには……」

アスカが何を訊こうとしているのか察して、初春は頷いた。御手洗の能力の条件についてだろう。
御手洗との戦いの中で、彼が明らかに不自然な――本来ならば必要が無いはずの行動を取っているのを何度か目にした。
彼は自分の身体を傷つけ、その血を水に垂らしていた。おそらく御手洗の能力は、己の血を媒介に水を操る能力なのだとアスカと初春は推測する。

「これはあくまで予想ですが、血が能力の源なら、注ぎ込む血液の量を増やせば能力の強度も上がると考えるのがセオリーです」
「だからカザリの能力も効きにくくなったし、怪物自体の大きさやパワーも上がってるってわけね」
「ですが、それだけ彼は――」

二人が移動しながら小声で会話を続ける間にも、御手洗は当てずっぽうに水兵を暴れさせ、フードコート内のすべてを壊さんという勢いで破壊を続けていた。
人間に対する呪詛を撒き散らかしながら破壊の限りを尽くしている御手洗の相貌は――蒼白に染まっている。
領域の過度の行使による体力の消耗、水兵を操るための多量の出血。その両方が少年から生を奪い、死に近づけている。

「カザリ。例のビデオとかいうのを見たっていうアンタに訊くわ。――アイツは、自分が死ぬことになろうとも、人間を殺そうとすると思う?」

アスカの質問に対して、初春は咄嗟に答えを返すことができなかった。それに答えようとすれば、自分の記憶を遡ることになる。思い出したくない殺人の記憶を辿ることになる。
これが初春の傷を抉るような質問だということに、アスカは気付いているだろうか? 初春が顔を上げると、真っ直ぐにこちらを見つめてくるアスカと、視線が交錯した。
アスカの瞳の中に、出会ったばかりのころのような高圧的なそれは、なかった。初春が頑なに正義を謳っていたときに見下すような目を向けてきたアスカは、ここにはもういない。

ようやく認められたような気がした。そして、同時に気付く。初春を信頼してくれているからこそ、アスカは初春に訊いたのだと。
だから、初春も答えなければならない。桑原を殺したときのことを、ちなつを殺したときのことを、美琴を殺したときのことを思い出して。
黒の章という悪意に呑まれ、人間という種をこの世界からなくしてしまおうと彷徨い歩いていた、あのときに考えていたことを。

「……きっと。きっと、あの人も――自分が死ぬことになろうとも、その行いを止めようとはしないでしょう。
 だって、彼が殺そうとしている『人間』には、彼自身も含まれているから。自分が死ぬことすら、彼にとっては贖罪の一つなんです」

はぁ、とアスカは大きなため息をついた。理解ができないわと呟きながら、かぶりを振る。

「あたしはね、人類を守るために戦ってたの。だからあたしは強くなきゃいけなかった」

薄闇の中、アスカの握る拳に力が込められたのが、初春にも分かった。アスカの手は、震えていた。

630 ◆7VvSZc3DiQ:2016/11/03(木) 23:04:27 ID:ju7RNNqk0
「世界のため。人類のため。みんなのため。そんなことを言われながらあたしは戦ったけど、それは全部、自分のための戦いだった」

強く在るということが、アスカの存在理由だった。強く、優秀でなければアスカを求める人間はいなくなってしまう。強くなければ生きる理由がなくなってしまう。
強迫観念に似た歪な価値観に支配され、アスカは己の価値を磨き上げ、周囲に誇示することに執着するようになっていった。

「バカシンジでもエコヒイキでもダメなの。あたしが使徒を倒さなくちゃ、誰もあたしのことを認めてくれないの。
 ……自分が死ぬことになろうとも人類を守れって言ってくる大人たちの顔、アンタは見たことある?」

そう言って、アスカは力無く笑った。そしてアスカの言葉を聞いた初春の中では――なにかが、ぱちんとはまった。
御手洗とアスカは、「自分が死ぬことになろうとも人類を殺すと決めた少年」と「自分が死ぬことになろうとも人類を守れと命令された少女」だった。
或いは、「自分の弱さを認められず世界を壊そうとした少年」と「世界に認められるために自分の弱さを殺した少女」だった。
まるで正反対のようで――その実、根本は同じだ。発露の方向が違っていただけで、始まりは同じだ。
震えるアスカの手を、初春はそっと握った。初春の手が触れる瞬間、予期せぬ接触に驚いたアスカの手がびくんと跳ねた。

「いっ……いきなり何すんのよ!?」
「すみません、つい……! でも、」

でも、という逆接の後ろに続く言葉を初春は探した。今自分が言うべき言葉は、いったいなんだろう。いくらか頭の中で考えて、しかしどれもしっくり来なくて。
「式波さんの手……冷たいですね」
水使いと対峙し、ずぶ濡れになったアスカの手に触れた感想を、そのまま言うことになった。
「……ヘンタイ」
返ってきたのは、ジト目だった。

「ち、違うんですよ!? いや、違わないというか……確かに急に触っちゃったのは私が悪いとは思うんですけど……」
「……別に、イヤって言ってるわけじゃないわよ」

初春の手が振り払われることはなかった。許容してくれたんだと解釈して、初春は少し嬉しく思う。
初春が握る手に力を込めると、アスカもまた握り返してくれた。初春の手のひらの熱が、少しずつアスカの手に移っていく。

「式波さん。こんな話を知ってますか? ……手が冷たい人はですね、心が暖かいそうですよ」
「知ってるわ。でも、非科学的にもほどがあることわざじゃない」
「ええ、科学的根拠なんてまったくありません。でも、素敵だなって思いませんか? それとですね、私が好きなのは、その逆の言葉はないところなんです」
「手が暖かかったら、心が冷たいって話は……確かに聞かないわね」
「ね? 初めてそれに気付いたとき、あぁ、なんだかいいなぁって思ったんです」

勝手に人のことを心が暖かいと認定するのも乱暴な話だけれど、心が冷たいだなんて決めつけることもないのは、とてもいいことだと思う。うん、いいことだ。

「式波さんも、優しい人ですよね。私、知ってます」
「はぁ? なによ、ちょっと一緒にいたくらいであたしのこと分かったつもりになるなんて――」
「優しくないところも知ってますよ。両方合わせたら、もしかしたら優しくないところのほうが多いかもしれませんね」
「……ちょっとアンタ、あたしのことバカにしてんの?」
「いいえ、違います。尊敬してるんです」

631 ◆7VvSZc3DiQ:2016/11/03(木) 23:05:47 ID:ju7RNNqk0
思えば、アスカがいてくれたからこそ、初春は自分を閉じ込めていた固い殻を破り、自分だけの現実を見つけることができた。
罪の重さに潰れそうになる初春を支えてくれたから、ここまで自分の足で歩いてくることができた。
アスカは、優しい人とは言えないかもしれない。優しさ以上に厳しさがあって、周囲の妥協を許そうとしない。
だけどそれもまた、隣の誰かを奮い立たせるやり方の一つではあった。実際に、初春はアスカに救われたのだから。

「今までありがとうございました。――今度は、私の番です」
「……言葉は、見つかった?」

御手洗を説得するための言葉。それは見つかったのかと、アスカは問う。
生半可な言葉では、人間は害悪なのだと断じ、自らの命すら投げ出す覚悟を決めた御手洗には届かない。
アスカの問いに対して、初春は、小さく首を振った。だがそれは、肯定を表す頷きではなく、否定を示す横の振り。

「せっかく式波さんに時間をもらえたのに、私はまだ言葉を見つけられません。でも、やり方は思いつきました」

そう言って、初春は微笑んだ。
あぁ、とアスカは感嘆する。自分のことを無力だと卑下して、あれだけ固執していた正義を投げ捨てて、なのにこれだけ美しい笑みを浮かべられるのだから――初春飾利が、弱い人間なはずがなかった。

「――初めて私達が出会ったときのことを、覚えていますか? きっとあのとき、こうやって私たちが手を握り合う未来なんて、想像もできなかったと思うんです。
 でも今、私たちは一緒にいる。考えは違っても、思いは違っても、傍にいて、隣にいて、互いを支え合うことだってできる。
 だからきっと、彼とだって、同じことができるはずなんです。私はそう信じてるんです。信じたいんです。それが幻想なんかじゃないって、証明したいんです。
 ゆっくりと時間をかけて、たくさんの話をしましょう。一つの言葉で彼の心を動かすことができないなら、十でも百でも、千でも万でも、たくさんの言葉を届けましょう。
 ――そのための時間を、私たちで作りましょう。式波さん、ごめんなさい。もう少しだけ、あなたの力を貸してください」

繋いだ手から、初春の熱が伝わってくる。本気の熱だ。アスカの視線と初春の視線が、交わった。
こちらをじっと見つめてくる初春の瞳に、混じり気はなかった。この殺し合いの舞台で幾度も叩きのめされて、剥がされて、それでも残った純粋な感情。
単純で、だからこそ綺麗で。周りの人間すべてに疑念を向けて、ただひたすらに自分のために生きてきたアスカですら、思わず信じてしまう慈愛が、そこに在ったから。
――アスカは、素直に自分の負けを認めた。

「ま、発破かけたのもあたしだし。ここまで来たら最後まで付き合うわ」
「……ありがとうございます!」
「さ、それじゃさっさとすませるわよ。このままじゃ、あたしたちが止める前にアイツが死んじゃうわ」

632 ◆7VvSZc3DiQ:2016/11/03(木) 23:06:49 ID:ju7RNNqk0
暴走と言ってもいい御手洗の破壊活動は、未だ翳りを見せることなく続いていた。彼が滾らせた憎悪の炎は、自身の生命まで燃やし尽くさんと暴れ狂っている。
相貌は蒼白という表現でも生温いほどに豹変し、生気の一切を欠いた土気色になっていた。美少年と形容されていたはずの整った目鼻立ちも今では憤怒に歪んでいる。
このままだと彼の命の灯火はそう遠くないうちに燃え尽きてしまうということは、誰の目にも明らかだった。彼を救うために残された時間は、あまりにも短い。

「時間がない。最短距離で突っ走って、最速でアイツを止める――アンタの能力が鍵よ、カザリ」

アスカの声に、初春はこくりと頷いた。二人が御手洗のもとへ辿り着けるかどうか。すべてはそこに懸かっている。
今の衰弱しきった御手洗が相手ならば、アスカと初春の二人が力を合わせれば彼を拘束してしまうことは難しくないはずだ。
問題は、道中に立ちふさがる水兵たち。常識外の膂力を誇る水兵に対抗できるのは、初春の『定温保存(サーマルハンド)』のみ。

「あたしが前に出て囮と盾になる。あのバケモノたちへのトドメはアンタに任せるわ」
「……お願いです。無理だけは、しないでください」
「あぁ――それはちょっと、無理なお願いね」

アスカは、初春と繋がっていた手を振り払うように離した。狼狽する初春を後目に、緑色の非常灯に照らし出される御手洗の所在を確かめる。
そしてアスカは、初春のほうを見ることなく呟いた。

「だってもう、お”願い”は先約があるもの。チナツとミコト――あの二人の”願い”で、あたしはもういっぱいってワケ。
 二人の”願い”通りに、絶対にアンタをあそこまで届けてみせる――それがあたしのプライドだから」

だから――次の瞬間、アスカは駆け出した。

「おりゃあああああああああっ!!」

アスカの叫びに反応した御手洗が、視線を向けると同時に水兵を仕向けた。総計四体の怪物が一斉にアスカを目指し向かってくる。
しかし水兵が目の前まで近づこうとも、アスカの速度は緩まない。御手洗に向かって、一直線に、ただひたすらに走る。
いち早くアスカの元へ辿り着いた水兵の腕を、身を捩りながら回避。不自然な体勢に捻れたことで、先ほどの戦闘で負った怪我がぶり返す。
身を引き裂くような鋭い痛みと熱を感じながらも、アスカは歯を食いしばり、呻き声を噛み殺し、更に加速した。
アスカに脇をすり抜けられた水兵は振り返り、再び腕を伸ばし――しかしその腕は、アスカを捉える寸前で霧散する。

「――式波さん!! 後ろは任せてください!」

水兵がアスカを捉えるよりも先に、初春の右手が御手洗の領域を塗り替え水兵を消し飛ばしたのだ。
初春の声を聞いて、アスカは頬を緩めた。アスカの後ろをついてくるだけだった雛鳥が、任せてくださいときたもんだ。
だが、今の初春になら背中を任せられる。そう思い、アスカは更に一歩を踏み込んだ。

633 ◆7VvSZc3DiQ:2016/11/03(木) 23:08:05 ID:ju7RNNqk0
以上で前編の投下を終了します
予約期限内に後編の投下をしますので、少々お待ち下さい

634名無しさん:2016/11/05(土) 03:59:01 ID:FKUv6rro0
熱いです、美しいです
後半期待してます

635名無しさん:2016/11/15(火) 00:43:53 ID:NRa082JI0
お久しぶりです
月報失礼します


話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
107話(+1) 14/51(-0) 27.5(-0.0)

636名無しさん:2017/08/02(水) 20:10:45 ID:XtsQGu/A0
糸冬

637名無しさん:2017/11/07(火) 17:07:50 ID:avuANzwY0
丸一年はもうおわたくさい

638 ◆7VvSZc3DiQ:2019/05/06(月) 02:39:10 ID:c.bgJDYw0
長らく企画の進行をストップさせていたこと、誠に申し訳ございません。
ひとえに私の怠惰が理由であり、他の住人の方たちに対していくら謝罪の言葉を述べても足りないことは重々承知しております。
恥を重ねる形になってしまいますが、>>619-632の後編を書き上げましたので投下させてください。
よろしくお願いします。

639 ◆7VvSZc3DiQ:2019/05/06(月) 02:40:53 ID:c.bgJDYw0
続く二体目、三体目の水兵も、アスカと初春は難なく撃破していく。己の操る下僕が次々と突破されていくさまを見た御手洗は、憤怒と憎悪に顔を歪ませた。
御手洗は四体の同時操作のために分散していた思考リソースを、残る最後の一体に集中させる。今から新たな水兵を生み出している時間的、体力的な余裕はなかった。
多量の失血の影響か、意識はどんどん朧気になっていく。こちらに向かってくる二人の少女の姿さえ焦点が合わず、輪郭はぼやけてしまっていた。

そんな状態であるにもかかわらず、御手洗は迸る殺意を抑えることなく、満身創痍の身体を無理矢理に奮い立たせて、アスカと初春の二人を睨みつける。
御手洗とは決して相容れない主義を正義と主張し、自分たちの行いこそが正しいのだと言い張る彼女たちは、御手洗にとって不条理な世界の象徴そのものだった。
――だからこそ、絶対に負けられなかった。負ければ、何の意味も無くなってしまう。御手洗清志という存在の全てを、否定されることになる。
失血によってどんどん擦り減らされていく御手洗の思考は、強迫観念に似た妄執と、それに由来する殺意に満たされていく。

だが、それでも。御手洗がいくら感情を滾らせようとも。彼の感覚の鈍化は止められない。
「くそっ……! くそっ、くそっ、くそったれぇ!」
手放しかけた意識を悪態で繋ぎ止めても、それは応急処置にすらならないその場しのぎ。出血とともに失われた感覚は戻らず、御手洗の視覚は闇に沈んだままだ。
いくら水兵に己の血を注ぎ込み強化していたとしても、標的を満足に捉えられないまま闇雲に振るった拳が空を切るばかりでは何の意味もない。

「なんでだよ……! 僕は、正しいのに……間違ってるのはあいつらのほうなのに……!」

――御手洗にとっての『正しさ』が、世界のそれと決定的に違ってしまったのはいつのことだったろうか。
規範でならなければならないはずの教師が、何食わぬ顔で嘘をついたのを見たときだろうか。
それとも、いじめられていたクラスメイトをみんなが見て見ぬふりをしていたことに気づいたときだろうか。
或いは、いじめの新たな標的にされ、真冬の男子トイレで頭から冷水をかけられていた、あのときかもしれない。

『正しさ』はみんなを守るためのものだと信じていた。『正しさ』は悪に負けることなく、最後には必ず勝つものだと信じていた。
けれど現実には、正義の味方ぶってクラス内のいじめを止めようとした御手洗は新たなターゲットになり、いじめという悪はさらに加速した。

『ほらほら御手洗クゥ〜ン? お名前のとおり、みんなのトイレを綺麗にしましょうねぇ〜?』

――分かるか? みんなの前で無理やり便器に顔を突っ込まれ、黒ずんだ汚物を舐めさせられる人間の気持ちが。
少しの汚れを見るだけで拒否反応が出るようになってしまうほどの傷を心に刻まれた人間が、何を考えたのか。

「お前たちが言っているそれは……もう僕が捨てたものだ! そんなもの、僕を守ってはくれなかった! だから捨てたんだ!
 なのに……なのに! どうして今さら、そんなものを僕に突きつけようとするんだよ!!」

御手洗の悲痛な叫びが、広々としたフードコート内で反響した。同時に、御手洗が操る最後の水兵がその巨体を震わせる。
この水兵が御手洗にとっての最終防衛線。これを突破されれば御手洗を守るものは何一つ無くなってしまう。
御手洗は更なる力を求めて、鏃を握りしめようとした。だが、返ってくる感触はない。握力はとうに失われて、流れる血も残ってはいなかった。

残された力だけで、少女たちを殺すことができるだろうか。今の御手洗にはそれを考える余裕すらなかった。
御手洗の中に残った、ただ一つの執念が、人間を殺さなければならないという盲信が、彼を衝き動かす。
もう何も見えてはいなかった。視界は真っ暗で、どこを向けばいいのかも分からなくて、何があるのかすら不明瞭になっていた。
世界と御手洗を繋ぐラインがぶつんぶつんと途切れていく。自己とそれ以外が断絶され、孤立する。

640 ◆7VvSZc3DiQ:2019/05/06(月) 02:42:01 ID:c.bgJDYw0
それでもなお、御手洗は足掻こうとして――彼にとっての「自分だけの現実」である領域(テリトリー)を展開した。
テリトリー。自分の場所。世界から爪弾きにされた少年が、それでもなお自分の居場所を見つけようとして、手に入れた能力。
それを御手洗は、ただ振り回した。まるで癇癪を起こした子どものように。
そんな攻撃が、当たるはずがなかった。水兵の拳は何も捉えられず、ただ御手洗の生命をいたずらに消費するだけに終わるはずだった。

だが、もう一つの領域(テリトリー)が。「自分だけの現実」が。御手洗の存在そのものを受け止めるように――

「――私はいま、此処にいます。此処まで、来たんです。貴方の傍まで、手が届くところまで。貴方の手を、掴むために!」

水兵と初春の交錯は、一瞬だった。その一瞬の間に、水兵の腕は爆散する。初春が願う現実が、御手洗の思う現実を塗り潰したのだ。
本来ならば、起こるはずがない交錯だった。水兵はまるで見当違いの場所を殴りつけていたし、初春とアスカがその横をすり抜けて真っすぐ御手洗のほうへ向かえば、それで決着していたはずだった。
だが初春は、自ら水兵の正面へと回り込み、それを受け止めた。何故そんなことをしたのか、理由は初春自身にも分からなかった。
ただ、考えるよりも先に、身体が動いたのだ。頭ではなく心が、そうしたいと願ったのだ。そうしなければならないと、叫んだのだ。
御手洗に勝つためではなく、倒すためではなく、戦うためではなく。
守るために、救うために――初春は、此処に来たのだから!

「私は――貴方の全てを受け止めて、その上で救ってみせる! それが私の、救う覚悟なんです!」
「うるっ……さいんだよぉぉぉぉぉぉ!!」

御手洗の怒号と共に、水兵は残った腕で転がる椅子を拾い直す。先の接触で、少女たちの大まかな位置は分かった。
水兵の巨体が、大きく振りかぶる。近接戦では初春に分がある。ならば近づかれる前に仕留めるだけだと水兵が投擲した椅子が、一直線に初春へと飛来する!
響くのは甲高い衝撃音。そして――水兵によって椅子が投げられたその先には。同じく椅子を握り、投擲された椅子を叩き落としたアスカの姿があった。
強引に弾き落とした反動でじんじんと痺れる手に舌打ちをしながら、アスカは初春へと言葉を投げる。

「行きなさい、カザリ! あんたが信じたもののために! あんたの願いのために!」
「――はいっ!」

頷いて、初春は走り出した。アスカは黙ってそれを見守る。それは、ほんの少し前に見た光景に似ていた。
アスカが初春と綾乃の二人を御手洗から逃したときのそれだ。あのときの初春は、逃げることしかできなかった。
だが今は、逃げるためではなく、救うために走っている。後ろではなく、前へ。過去ではなく、未来へ。
行き先を見失っていた雛鳥が、ようやく飛び立ったのだ。

「……ミコト。あんたの”願い”、ちゃんと叶えたわよ」

走る初春を目掛けて、水兵が第二射を放とうとする。振りかぶった水兵の腕から放たれた瞬間――アスカが投げつけた椅子と、空中で衝突する。

「ま、自分で言いだした手前、仕方ないか。時間稼ぎなんて性に合わないんだけど、今日だけは特別ね」

勝つ必要はない。初春が御手洗のところまで辿り着けば、自動運転ではなく遠隔操作である水兵は動きを止めるはず。たった十数秒の足止めがアスカの勝利条件。
しかしそれさえも難しいほどに、アスカもまた限界が近づいていた。水兵との連戦は容赦なくアスカの体力を奪い、受けたダメージも殆ど回復していない。
それでもアスカは、膝を折ることなく立ち上がる。それがアスカのプライドだった。初春と同じようにぼろぼろになるまで傷つきながら、最後まで残った核心だった。
水兵がゆらりとアスカのほうを向く。アスカはぎゅっと、得物を握りしめた。

641 ◆7VvSZc3DiQ:2019/05/06(月) 02:42:44 ID:c.bgJDYw0
 ◇

手を伸ばせば届きそうなほどに、二人の距離は近づいていた。初春が手を差し伸べる。だが御手洗は、その手を、初春がもたらす救いを振り払った。
初春の言葉は、御手洗にとって悪魔のささやきだった。自分が――人間が犯してきた罪を赦され、幸せになる。それはあまりにも甘美な誘惑だった。
それはかつて御手洗が信じていた『正しさ』に、限りなく近い。正しく、美しく、誰もが幸せになるハッピーエンドだ。これ以上はない、最高の、理想の結末――

だからこそ。御手洗はその理想を、幻想だと断じた。

理想はあくまでも理想だ。現実はそんなに甘くはないんだ。罪を投げ捨てて幸せになるんだなんて烏滸がましいことが許されるはずがないんだ。
ヒトは、犯した罪に対して罰を受けなければならない。いくら罰を受けても償いきれないほどの罪を、人間は積み重ねてきたのだから。
御手洗は人間が犯してきた罪の数々を、黒の章に収められた映像という形で目の当たりにした。あれを見てもなお人間の存在を許容するなど、御手洗には到底出来ることではなかった。
御手洗にとって初春の言葉は全てが薄っぺらい虚飾だらけの戯言。初春の救いを肯定すれば、彼が今まで行ってきた全てを否定することになる。
かつて御手洗を襲った、人間の奥深くに棲む悪意こそがどうしようもなく現実で。自分を助けてくれなかった救いは幻に過ぎないのだと、御手洗は叫ぶ。

「幻想なんだよ! そんなもの、救いなんかじゃない! その手を取って救われるのは僕じゃない! お前なんだ! お前が罪から目を背けるために、僕を利用しようとしているだけだ!
 ――もう僕は選んだんだ! 人間という存在を、この世界から消し去ってしまうことを! お前が言う救いなんて、この世界にはないんだから!」


「……それは、違いますよ」


御手洗の叫びを聞いてなお、初春はそう言い切る。

「私は、救われたんです。だから此処にいるんです。私を救ってくれた人たちのことを――否定なんてさせません! 幻想だなんて、言わせません!」

初春の手を引いてくれた人たちが、初春の背中を押してくれた人たちが、初春の隣を歩いてくれた人たちがいた。
忘れられない人たちの存在を、忘れてはいけない人たちの思いを、初春は背負っている。だから何度でも、幾ら振り払われようとも、初春は手を伸ばす。
故に、両者の意見は平行線。交わることのない意思が、ただぶつかり合うのみ。

「だったらお前は、人間は罰を受ける必要なんかないと思ってるのかよ! あれだけの罪を重ねてきた人間たちがのうのうと生きるのを、見過ごせるのかよ!」
「私だって、罪をそのまま見過ごしていいだなんて思いません! でも……っ! 貴方がやろうとしていることは、私がしようとしていたことは、罪無き人に罰を与える行為です。
 きっとそれは、間違っている。私は貴方の間違いを見逃すわけにはいかないんです。私もそうやって、間違えてしまった人間だから!」

初春は自分と御手洗を重ねていた。夥しい悪意に飲み込まれ、正しさを、正義を見失ってしまった初春と御手洗は、よく似ている。
だからこそ分かることがある。見えてくることがある。伝えられることがある。

「貴方の質問に、答えてませんでしたよね。――桑原さんを殺してしまったとき、私が何を考えていたのか。何を感じていたのか。
 ……そこには、何もなかった。人を殺したのに、何もなかったんです。真っ暗で、真っ黒で――ただひたすらに、『無』だった。
 私は貴方に、同じ思いをさせたくない。だから私は何度だって、貴方を救うために、この手を伸ばします!」

642 ◆7VvSZc3DiQ:2019/05/06(月) 02:43:26 ID:c.bgJDYw0
初春は愚直に手を伸ばす。御手洗がこの手を握ってくれるまで、決して諦めないと誓う。

――きっと。初春が御手洗を救うには、何もかも足りない。

もっと言葉を識っていれば、すぐにでも彼を止められただろう。
もっと力があれば、御手洗がここまで傷つく前に救えただろう。
もっと時間があったなら、足りないものもいつか補えただろう。

だが今の初春は、何も持ってはいなかった。
初春の手からこぼれていった、すくいきれなかった多くのもののことを、彼女は思う。
自分の手の中は、空っぽになってしまったけれど。だからこそ握れる。何も残っていない手のひらなら、何だって掴める。

――――そして。伸ばされた右手が、ついに届く。

世界を憎んだ少年と、世界に救われた少女。二人が生きる世界は、本来は決して交わることがなかった世界だ。
だが、今この瞬間。幾多の悲劇と奇跡を経て、二人の世界は交錯する。
初春の手のひらの熱が、御手洗へと伝播していく。

「やめろ……! 僕に……僕に、触れるなぁぁぁぁ!」

御手洗は初春の手を振り払おうと、必死に身を捩った。
だが多量の失血により、御手洗の膂力は初春の細腕に抗うことすら不可能なほどに弱まっている。
握ったダーツを苦し紛れに振り回すも容易く取り押さえられ、そのまま押し倒される格好となる御手洗。

「……私は、」

初春の呟きが、御手洗の耳朶を打った。細い声だ。
先ほどまでの叫びとは違う、この距離でなければ届かない静かな声。
優しさと慈しみで構成されたその声は、御手洗の頑なな抵抗をするりとかわし、彼の中に溶けていく。

「貴方に伝えたいことが、沢山あるんです。訊きたいことも、沢山あるんです。
 私を救ってくれた人たちのことを、貴方に教えたい。貴方を縛って離さないもののことを、私は知りたい。
 それはきっと、とても時間がかかることだから――だから私に、貴方の時間をくれませんか?」

――聞くな。聞くんじゃない。
御手洗は、目を閉じて初春の声を無視しようと試みる。
だがいくら目を閉じても、耳はふさげない。少女が握る手からは、温もりが伝わってくる。
かき乱される。御手洗を今まで苦しめていたもの――しかし、彼が心の奥底では求めていたもの。
初春はそれを、御手洗に与えようとしている。彼が切り捨ててきたものを拾い集めて、手渡してくる。

「違う……! 僕は、お前とは違うんだ!」
「同じです。同じ、人間です。同じところも沢山あって、違うところも勿論あって、でも同じように、生きている。
 だから――貴方だって、きっと変われます。私が変われたように。沢山の人に変えてもらったように――貴方も、変われるんです」

初春の言葉を聞いた御手洗は、多量の失血により霞んでいく一方の朦朧とした意識の中で、己の道程を思い出していく。
己の中に在った正しさを見失い、自暴自棄になっていた御手洗に新たな目的と力を与えた人物――御手洗清志という少年の本質を変えてしまった男。
それが、仙水忍だった。

643 ◆7VvSZc3DiQ:2019/05/06(月) 02:44:25 ID:c.bgJDYw0
仙水は言った。人間は存在そのものが悪であり、罰を受けるべきなのだと――その生命をもって、罪を償わなければいけないのだと。
これはその証拠だと、黒の章と呼ばれる映像を見た。その中で繰り広げられていた光景は、御手洗のそれまでの価値観を覆すに十分だった。
同時期に得た『領域(テリトリー)』という名の能力はそのための力なのだと教えられ、仙水に言われるがままに人間という種を抹殺するための準備を進めてきた。
その矢先、この殺し合いに巻き込まれ――やはり人間は、罪と業を背負った存在なのだと痛感した。

そして――確かに。初春飾利が言うように、それまで御手洗清志が接してきた『人間』の中にはいなかったのかもしれない。
御手洗清志という『人間』を、そのまま受け入れ、愛してくれる『人間』が。
不意に御手洗の身体から力が抜ける。張り詰めていた緊張が解け、これまで拒絶し続けてきた初春の言葉がすんなりと耳に届く。

仙水は僕を同志だと受け入れたけれど、受け入れたのは御手洗清志という一個人じゃなくて「仙水の思想に賛同する人間」だった。
仙水が僕に与えたのは使命と役割だけで、僕が本当に求めていたもの――救われたいという心は、否定した。

だけど、僕は――いつだって償いの機会を、救われる機会を待ち続けていた。
眠るたびに夢を見る。あのビデオの中で泣き叫んでいた人たちが、僕を見つめてくる。
彼らを傷つけ、殺したのは僕じゃない。そう分かっていても、毎晩うなされるたびにまるで僕がやったことのように、心を苛まれる。
もう嫌だった。すべてを終わりにしてしまいたかった。

だから、己が傷つくことを恐れずに御手洗を受け入れようとした少女の姿に、救いを見てしまったのかもしれない。
それは心の奥底で御手洗が求めていた存在だったから。できるならば彼自身もまた、そういう者になりたいと、願っていたから。

御手洗は、ようやく気付く。少女の言葉は、既に御手洗を変え始めていたということに。

「そうか……僕も、変われる……いや、もう変わり始めてたんだ……」

御手洗がこぼした呟きに、初春は答える。

「そうですよ。私達は弱い人間ですけれど――変われるくらいの強さは、持ってるんですから」

そう言って微笑んだ初春の目尻には、涙が浮かんでいた。御手洗はそっと手を伸ばして、その涙に触れる。
それは誰のために流された涙なのか。御手洗のため? 初春自身のため? 恐らくは、その両方のために流された涙は、まだ温もりを保っていて。
ありがとう、と御手洗は呟いた。僕のために涙を流してくれる少女がいたから、僕は自分が変わったことに気付いた。

そして――御手洗は、握りしめていた鏃を、己の首元へと深々と突き刺した。

644 ◆7VvSZc3DiQ:2019/05/06(月) 02:45:00 ID:c.bgJDYw0
「えっ……!?」

初春が咄嗟に御手洗の腕を抑えるも、既に傷口は深く。鮮やかな赤が、その首からは流れ出ていた。
御手洗は笑う。とても穏やかに。
大事な存在の名前を、己を変えてくれた少女の名を、御手洗は言祝ぐように口にする――

「だから僕は――光子を、僕を救ってくれたあの人を――守らなきゃ――」

相馬光子という少女が、御手洗にとっての救いだった。初春飾利と対面する、ずっと以前から――御手洗は彼女に救われていた。
血を失い、死の淵に立ってようやく気付く。御手洗の中で、人間の罪や業など、優先順位は二の次になってしまっていた。
この世界がどうなろうと、人間がどうなろうと、それよりもただ、光子だけが御手洗にとっては重要で。

彼女がけっして綺麗な存在ではないということは最初から知っていた。
いや、或いは御手洗がこれまでに出会ってきた人間の中で、彼女が一番汚れていたかもしれない。
自分だって、仙水だって、おそらくは初春も式波も、相馬光子ほど犠牲者の側にいた人間ではない。
相馬光子は彼女を取り巻く世界から虐げられ、誰よりも黒く汚れていった。
だがそれでもなお美しく咲く孤高の花は――御手洗にとっての希望となった。

もう身体は動かない。立ち上がることすらままならないだろう。こんな状態では、光子と再会しても彼女を守るどころか足手まといになるだけだ。
だったら、自分がすべきことは、彼女が最後の一人になる確率を少しでも上げること。せめて目の前の少女を殺し、逝く。
その一心で、御手洗は首筋から流れ出る最後の生命の残滓を用いて、水兵を生み出す。
視界は闇に染まったままだ。何も見えないまま、残る力の全てを懸けて、ただ闇雲に振り回す。
それが何かに当たった手応えを感じて――御手洗の意識は、ぷつんと途絶えた。

645 ◆7VvSZc3DiQ:2019/05/06(月) 02:45:52 ID:c.bgJDYw0
 ◇

「――式波さん!」
「……生きてるわよ、なんとかね」

御手洗が放った一撃は、確かに初春を捉えていた。
だが、衝撃の瞬間――初春をかばうようにアスカが割り込み、一瞬だけ生まれた間隙を縫うように初春は『定温保存』を発動し、水兵の一撃を緩和させた。
勿論アスカ、初春ともに少なからずダメージを受けることにはなったが、両者ともに生命に関わるほどの傷を負ったわけではない。
戦闘の結果だけを見れば――御手洗は瀕死となり戦闘続行は不可能。初春とアスカはボロボロながらも生存と、その明暗ははっきりと分かれた。
初春とアスカは――勝ったのだ。

しかし初春は――呆然と座り込んだままだった。そこには勝利の余韻など欠片もなく、ただただ悲壮感と疲労感だけが、あった。
初春は元々、勝利など求めてはいなかった。初春が目指したのは、自分を逃がすために独り死地に残ったアスカを守り、自分の合わせ鏡のような存在である御手洗を救うこと。
だが――

「式波さん……私は、私は……っ! 彼を、救えなかった……!」

初春のやり方が、間違っていたのだろうか。或いは最初から上手くいく方法なんかなくて、ただ無駄に傷ついただけなのだろうか。
御手洗を救おうとしたこと自体が、初春のただの自己満足に終わってしまったということなのだろうか。

「……悪いけどね、カザリ。あたしはアンタが欲しがってる答えなんか、持ってないわ」

アスカもまた、全身を地に投げ出したまま答えた。
度重なる連戦と負傷で、アスカの身体ももう限界を迎えようとしている。

「でも、アンタの答えは、ちゃんと覚えてる」

「アンタは、こう言ってたわよ。アンタは、ヒーローじゃない。英雄でもない。主人公にもなれない」

でも。

「ただ、誰かのそばにいてあげられる、そんなやさしい人間になりたい――」

アスカは、御手洗を指さし、こう言った。
「アイツ――死ぬわよ」

御手洗は意識も朦朧としたまま、ピクリとも動かない。浅い呼吸の間隔はどんどん遠くなっていき、今にも止まってしまいそうだった。
もはや、指一本動かす力さえ残っていないだろう。今の初春とアスカに、御手洗を助けるための手段はない。御手洗の死は、確定していると言い切っていい。

「――このままアイツを死なせることが、アンタが望んだこと?」
「…………違い、ます……!」

震える足を必死に押さえつけながら、初春は立ち上がった。一歩ずつ、御手洗へと近づいていく。
救いは――そこに、ないのかもしれない。本当に、ただの自己満足のまま終わってしまうのかもしれない。
それでも、と初春は独りごちた。
ここで膝を折るのならば。ここで立ち上がらないのならば。最後に残った、ちっぽけなプライドすら捨ててしまうなら。
初春飾利のこれまでを、否定することになる。
彼女が関わってきた多くの人たちと、受け取ってきた多くの思いを、無かったことにしてしまう。

646 ◆7VvSZc3DiQ:2019/05/06(月) 02:46:23 ID:c.bgJDYw0
御手洗のもとへと辿り着く。ここまで来てもなお、初春は自分がどうすればいいのか、分からなかった。
何が出来るのだろう。どんな言葉が紡げるのだろう。何も分からないまま、初春は御手洗に寄り添った。

――声が、聞こえた。か細い声だ。今にも消えてしまいそうな声だ。

「みつ、こ……寒い、よ……」

――きっと、今。御手洗の傍にいるべき人間は、初春飾利ではないのだろう。彼に救いを与えられる人間は、相馬光子なのだろう。
それが分かっていても、なお。なお。

初春は、語る言葉を持たない。語ればそれは、初春飾利の言葉になってしまう。それはきっと、今の御手洗が欲しいものではない。
最後まで、伝えられる言葉を見つけられなかった。時間すらも、作れなかった。
だから、ただ――御手洗の手を、握りしめた。

最初に感じたのは冷たさだった。およそ人のものとは思えないほどに冷え切った、白い手だった。
血の気を失ったその手は、しかし、柔らかかった。そして、小さかった。小柄な初春の手と比べてもさほど変わらない。
思う。彼もきっと――自分の命よりも大事なもののために、戦っていたのだと。

ぎゅっと、強く握る。ぽろぽろとこぼれる涙が、二人の手の上に落ちていく。

「みつ、こ……?」

御手洗の呟きに対して、初春は沈黙を貫いた。彼の最後に傍にいる人間が、自分であると悟られることがないように。
せめて彼が、少しでも幸せな――救いを得てほしいと、強く願う。

「……あたたかいよ、みつこ……」

現実は、辛くて、冷たくて、悲しい。だから初春は、そんな現実を塗り替えようと――『自分だけの現実』を使う。
だが、この能力には世界を塗り替える力なんて存在しない。できるのは、せいぜい――握った手を、温めるくらいのことだ。
ただそれくらいのことしかできない無力さに、初春は泣いた。でも、最後にそれができたことにも、泣いた。

御手洗の手から、温もりが消えてしまうまで。
初春はずっと、彼の手を握り続けていた。


【御手洗清志@幽遊白書 死亡】

【残り13人】

647 ◆7VvSZc3DiQ:2019/05/06(月) 02:47:10 ID:c.bgJDYw0
【F-5/デパート/一日目 夜中】

【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
[状態]:打撲 疲労(大) 『定温保存<サーマルハンド>』レベル3 全身ずぶ濡れ
[装備]:交換日記(初春飾利の携帯)@未来日記、交換日記(桑原和真の携帯)@未来日記、小さな核晶@未来日記?、宝の地図@その他、使えそうなもの@現地調達
[道具]:秋瀬或からの書置き@現地調達、吉川ちなつのディパック
基本行動方針:生きて、償う
1:みんなを守る。
2:辛くても、前を向く。
3:白井さんに、会いたい。
[備考]
初春飾利の携帯と桑原和真の携帯を交換日記にし、二つの未来日記の所有者となりました。
そのため自分の予知が携帯に表示されています(桑原和真の携帯は杉浦綾乃が所有しています)。
交換日記のどちらかが破壊されるとどうなるかは後の書き手さんにお任せします。
ロベルト、御手洗、佐野に関する簡単な情報を聞きました。御手洗、佐野に関する簡単な情報を聞きました。
アスカ・ラングレー、杉浦綾乃とアドレス交換をしました。

※『定温保存<サーマルハンド>』レベル3:掌で触れたもの限定で、ある程度の温度操作(≒分子運動操作)をすることが出来る。温度設定は事前に演算処理をしておけば瞬間的な発動が可能。
                     効果範囲は極めて狭く、発動座標は左右の掌を起点にすることしか出来ないうえ、対象の体積にも大きく左右される。
                     触れている手を離れると効果は即座に解除され、物理現象を無視して元の温度へ戻る。
                     温度に対する耐性は、能力発動時のみ得る事ができる。
                     温度設定の振り幅や演算処理速度、これが限定的な火事場の馬鹿力なのかは後続書き手にお任せします。

【式波・アスカ・ラングレー@エヴァンゲリオン新劇場版】
[状態]:左腕に亀裂骨折(処置済み) 腹部にダメージ 疲労(極大) 全身ずぶ濡れ
[装備]:ナイフ数本@現実、青酸カリ付き特殊警棒(青酸カリは残り少量)@バトルロワイアル、使えそうなもの@現地調達
   『天使メール』に関するメモ@GTO、トランシーバー(片方)@現実、ブローニング・ハイパワー(残弾0、損壊)、スリングショット&小石のつまった袋@テニスの王子様
[道具]:基本支給品一式×4、フレンダのツールナイフとテープ式導火線@とある科学の超電磁砲
風紀委員の救急箱@とある科学の超電磁砲、釘バット@GTO、スタンガン、ゲームセンターのコイン×10@現地調達
基本行動方針:エヴァンゲリオンパイロットとして、どんな手を使っても生還する。
1:体力の限界。
2:スタンスは変わらないけど、救けられた借りは返す。
3:ミツコに襲われているであろうアヤノの安否が気になる

[備考]
※参戦時期は、第7使徒との交戦以降、海洋研究施設に社会見学に行くより以前。
※杉浦綾乃、初春飾利とアドレス交換をしました。


※御手洗の所持品が亡骸のそばにあります。
(基本支給品一式、ブーメラン@バトルロワイアル、ラムレーズンのアイス@ゆるゆり、鉄矢20本@とある科学の超電磁砲、水(ポリタンク3個分)@現地調達)

648 ◆7VvSZc3DiQ:2019/05/06(月) 02:52:04 ID:c.bgJDYw0
以上で投下終了となります。
タイトルは「ストレンジカメレオン」になります。

重ね重ね、私の不徳の致すところにより企画進行を妨げてしまったことをお詫びいたします。
誠に申し訳ございませんでした。

649名無しさん:2019/05/06(月) 22:54:23 ID:qc9AcsFQ0
投下乙です
キルスコアは出せなくても初期からマーダーとして戦い続けた御手洗もこれで退場だと思うと感慨深いですね。
遅すぎたけど伸ばした手は確かに繋がって、最期は救われた。
血に塗れた現実と向き合った正義の物語の最後に相応しい話でした。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板