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ジョジョ×東方ロワイアル 第八部

1 ◆YF//rpC0lk:2017/12/27(水) 20:28:42 ID:gcTLuMsI0
【このロワについて】
このロワは『ジョジョの奇妙な冒険』及び『東方project』のキャラクターによるバトロワリレー小説企画です。
皆様の参加をお待ちしております。
なお、小説の性質上、あなたの好きなキャラクターが惨たらしい目に遭う可能性が存在します。
また、本企画は荒木飛呂彦先生並びに上海アリス幻楽団様とは一切関係ありません。

過去スレ
第一部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1368853397/
第二部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1379761536/
第三部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1389592550/
第四部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1399696166/
第五部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1409757339/
第六部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1432988807/
第七部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1472817505/

まとめサイト
ttp://www55.atwiki.jp/jojotoho_row/

したらば
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/16334/

401黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:08:13 ID:DAf9RJjQ0



「それでは伺いましょう、プッチ神父。
 ───貴方が目指す『最終目的』とは、何でしょうか」



 男は以前、白蓮に向けてこう言い放った。
 本当の意味で人を救うのは『天国』───過去への贖罪なのではなく未来への覚悟だ、と。
 白蓮には未だ推し量れずにいる。

 彼の言う『天国』とは、結局のところ何なのか?
 プッチとDIOの二人は、何を企んでいるのか?




 地面が僅かに揺れた。
 地下に広がる空間で行われている、DIOとサンタナの激闘の余波だろうか。
 中庭の窓の庇に積もった雪が、振動によりぱらぱらと落ちてゆく。

 未だ白蓮は坐を象った姿勢で、今にも襲いかからんとする白蛇の構えを丸腰で待ち受けていた。
 既に絶命必至の間合い。
 敵の攻撃が白蓮の鉄壁を容易く通過する能力に対し、白蓮からの攻撃は全く無効化するというのだから、この距離が如何に彼女の不利を語っているかは、幼子が見たって理解出来る。



『天国とは、時の加速により宇宙が一巡を迎えた“先”にこそ存在する。
 それこそが、全人類が手にするべき真の幸福であり、私とDIOのみが実現可能な〝正しさ〟なのだ』



 荒唐無稽としか思えない文節の連なりが、新雪の中に透ける白蛇の唇から、白い息と共にフッと吐き出された。
 言葉の意味を咀嚼するより早く、白蓮の洗練され尽くした感覚に危険信号が発される。

 時間の止まっていた白蛇の手刀が、生命を吹き込まれたかの如く始動した。

 今度は、本気の殺意。
 スタンドに漲った筋肉の動きを直視するより、息の根を止めんとする邪悪な害意を肌で感じた。
 真横に薙ぐ白き一閃を無抵抗に受けていれば、白蓮とて魂ごと分離されていたろう。
 が、ホワイトスネイクの動きはあのDIOのスタンドに比べると劣る。
 白蓮は坐りながらにして、足を組んだまま攻撃を躱した。
 首を後方に引かせただけの、軽い回避。白蛇の手刀は彼女の髪の毛一本攫う事すら叶わず、虚しく宙を切った。

 当然。殺意を込めたスイングは一振で終わらない。
 ガっと膝を立て、土と雪を蹴りながら白蛇が前のめりとなる。
 重心を地へ伸ばして安定させ、今度は両腕での突き。
 これもまた、全てが空を切る。
 坐禅、つまり胡座を掻いたような不安定の体勢で、上半身のみを紙切れのようにヒラヒラ舞わせた白蓮に、刀の切っ先すら入らない。
 空振り三振バッターアウト。打者の力足らずなどという事は決してないが、ただ其処に鎮座するだけの硬球にバットはまるで掠らない。

 白蛇はいよいよ立ち上がり、覆い被さるようにして尼へと飛び掛る。
 両腕を大きく広げ開け、躱す隙間すら与えずに三方から潰そうと。

 パサ

 ダイレクトの瞬間、雪をはたいたような軽薄な音が響く。
 その音は、まさに雪をはたいただけの衝撃。白蓮が静かに両掌を揃え、雪を被った地面を叩いた音。
 ただのそれだけの行為に、彼女の体は宙へ浮いた。
 座ったままの姿勢で空を浮き、左右と前方から迫り来る攻撃を、残った後方の逃げ道へと跳んで躱した。これが弾幕ごっこなら、難易度イージーもいい所といった低級弾幕だ。

 粉飛沫と化した雪を振り撒きながら、フワリ浮く女が声を投げた。

402黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:08:37 ID:DAf9RJjQ0


「貴方は弥勒菩薩にでも成るおつもりですか」


 宙空で姿勢を解き、ようやく坐禅を崩して両足で着地する。
 説の時間は終わり。不本意の気持ちもあったが、やはり彼らは言葉では止まりそうもない。

 白蓮が再び戦闘態勢に入る。
 目に見えて暴の空気を吐き出した彼女を前にし、白蛇も本気で身構えて、言った。


『数億、数十億年というレベルの話ではない。
 この宇宙を一度、直ちに終わらせるという次元の世界だ』


 白蓮の出した『弥勒の世』は、一説には56億年以上も先の未来の話。
 人間世界に弥勒菩薩が現れ、一切衆生を救い、世界を理想郷にするという仏教の思想。

 何十億年、という次元にすらない宇宙の終焉。
 プッチは。DIOは。
 それを人為的に起こそうとしている?
 如何な強大な魔法──禁術を行使したとしても、それ程の大掛かりな規模の術など聞いた事がない。
 スタンド、という異能はそんな事まで現実に移せるのか?

 だが……白蛇の口から轟くプッチの声色は、迫真に迫っている。
 奈落の闇から吹き出す、身も心も凍えそうな谷風。そんな冷気を孕んだ声だ。
 どうやら冗談を言っているつもりではないらしい。


「私は、それを許容する訳にはいきません!」


 男の語る理想は幻想の都でも類を見ない、末恐ろしき野望だ。
 宇宙を終わらせる、という終末は、具体性を得ない計画であるにも関わらず。
 超人の異名を取った大魔法使いをも、震撼させた。
 そこには、バトルロワイヤルという波瀾の枠内に留まらない、スケールを飛び越えた邪心が牙を研いでいる。


『いいだろう。私とお前……どちらの“運命”がより正しい結末に引き合うか。
 試してみるのも良いかもな』


 これは、双方の理解を得る為の戦争などではない。
 元よりそういう覚悟で立ち寄り、向き合う両者は。
 片や、膨れ上がる巨悪の断罪を決意した、善の拳。
 片や、運命に翻弄された男の歪み切った、悪の拳。


「貴方は『救済者』ではなく、哀しく歪んだ『破壊者』です───プッチ神父ッ!」
『ならばどうするね? ひとつ言っておく。
 お前に私は“殺せない” ───聖白蓮』


 善悪の彼岸に立った二人が、飛沫を撥ねらせ交差した。
 賽の河原にてぶつかる、善と悪の幕引きに相応しい紅魔の舞台は。
 ただただ、飛び交う演者たちを嘲るように見下ろしていた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

403黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:09:17 ID:DAf9RJjQ0
『秋静葉』
【夕方 16:08】C-3 紅魔館 一階個室


 白のシーツに包まう静葉へと覚醒を促したのは、小刻みに揺れる床の微振動だった。
 地震だろうか、と虚ろな思考を浮かべながらも静葉の意識は、今しがた見ていた『夢』らしき光景への没頭から抜け出せずにいる。

 DIOの影。そう表現する他ない存在から、幾つもの『声』を囁かれ続けた。
 その声は、静葉の頭の中を掻き回してやまない『殺した者達の声』よりも一層妖しく響き、彼女が持っていた倫理観に溶け込むようにして、いつの間にか消えていた。


 ───代わりに、死者達の『声』は未だに頭へと響き続けている。


 この声は『痛み』だ。
 分不相応の身で殺戮を働いた、静葉が受け入れるべき痛みなのだ。
 痛みは、拒絶するものではない。それはきっと楽な道には違いないが、静葉の望む未来には通じていない。
 自らを苦しめる声の幻聴と、これから先どう折り合いを付けるか。或いは、付ける必要性すら無いのかもしれない。

 声に潰されたら、それまで。
 ゲームに優勝し、妹を蘇生させるという願いは、そういう暗澹とした生き方を選ぶということ。


「今……何時だろ…………」


 客室だからか、この部屋にも館主の嫌う窓は備わっている。
 そこから漏れる黄金色の陽光は、空に広がる乱層雲の隙間から僅かに差し込まれた、希望を思わせる光の筋に見えた。
 つまり、もう夕刻。
 時計の針は16時過ぎを指していたが、部屋に入るなり時刻を確認せずそのままベッドへと倒れ込んだ為、自分がどれほど寝入ってしまったかの判別が付き辛い。実際の所は一時間程度なのだが。

 しかし、随分と深く睡眠を貪った感覚が残っている。
 悪夢のような眠り心地だったにも関わらず、また現在進行形で頭の声は止まないに関わらず、身体に蓄積されていた疲労はすっかりと抜け落ちていたのだ。
 このゲームにて、比較的安全な睡眠が取れる環境を確保できたというのは、間違いなく幸運に違いない。
 肉体的な休息が重要なのは勿論、いつ寝込みを襲われるか用心しながら横になるというのは、メンタル面においても多大な負荷をもたらすからだ。

 見た事もないような豪勢なベッドを心中惜しみつつ、そこからモゾモゾと抜け出した静葉は、同じく立派な装飾の備わったドレッサーの前まで歩んだ。
 鏡面に映る自分の顔は、相変わらず酷いものだった。
 地獄鴉に灼かれた左半分の顔面は健在であるし、ノイローゼの患者みたいに表情には生気が無い。(これは単に寝起きだからかもしれない)
 一番の懸念である箇所……『心臓』には、ハッキリとは分からないが当然のように『結婚指輪』がぶら下がっている感覚もある。
 考えてみればたった33時間しかない制限時間の内、必要とはいえ不意の睡眠に浪費してしまったのは迂闊だとすら思え、段々と焦燥を覚えてくる。

 そもそもたった33時間そこらで、雑魚オブ雑魚神の紅葉神に「俺を倒せるほど強くなれ」と無理難題を押し付けるあの狂人も大概だ。
 まともにやったって敵う訳がないのは身に染みており、多少経験値を掻き集めてレベル上げをした所で、雀の涙にしかならない。

404黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:10:19 ID:DAf9RJjQ0

 では、強くなるとはどうなる事か。
 私は既に、夢の中で答えを貰っている。
 その為に何を成すべきかも、理解していた。

 今までそれは、『感情を克服すること』だと信じて戦い抜いてきた。
 間違ってはいない。でも、感情を克服するというのは、感情を捨て死人同然となってでも……という意味ではなかった。
 死人が、命ある者に勝てる訳がない。
 それを、教えて貰った。
 感情とは、決して捨ててはならない『自己』の一部なんだって。


 ───『愛すべきは、その未熟さだ。未熟さこそが自分の最大の魅力で武器なのだと、胸を張るといい』


 彼は戸惑う私にこう言ってくれた。
 こんなどうしようもない自分の事を認めてくれたみたいで、少しだけ嬉しかった。


 ……もう一度、会ってみたいな。





「にゃあ?」


 鉢のまま這って動いたのか。そこらに転がしたままだった気がする猫草が、いつの間にか窓際で日向ぼっこを楽しんでいた。


「ふふ。……あんたは良いね。悩みとか、これっぽちも無さそうで」


 愚痴のような独り言を零し、上機嫌らしい猫草の頭をもにもにと撫でてやった。
 たまに凶暴だけども、もしかすれば愛くるしいペットなのかもしれない。
 しかし私にとって“これ”は、人殺しの道具だ。
 自分に懐く生物として愛でるというのは、誤りなのだろう。


「……なんだか、外が騒がしいな」


 だとしても。
 すぐに訪れる、次の波瀾までの僅かな間だけでも。

 癒しを求めて“この子”と触れ合う時間を作るというのは、弱者である私にとっては……代えがたい『ひととき』のように感じた。

            ◆

405黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:10:56 ID:DAf9RJjQ0

『マエリベリー・ハーン』
【夕方 ??:??】?-? 荒廃した■■神社


 私は、か弱い存在でしかなかった。
 此処にはとても頼りになる男の人と、浮世を渡るに長けた強い女の人が多くいる。
 そんな中で、私っていう存在はちょっと境目が見れる程度の、普通の女の子でしかない。

 だから、かな。
 爪も牙も持たない弱者の私にとっては……こうして紫さんと普通に会話できる今は、代えがたい『ひととき』のように感じた。


「DIOは消えたわ。少なくとも、この世界からは」


 私と紫さんは、町の風景が見下ろせる神社の石段に腰を落としていた。
 クラスの友達と学校帰りに喫茶店で駄弁るような、そんなノリで。
 こんな事をしている場合じゃないような気もするけど、紫さん曰く「此処は時間流の進行が緩慢」らしく、こんな事をするべき場合なのだとか。

 ……時間にルーズ?な所は、何だか蓮子にも似てる。

「じゃあ、蓮子の『肉の芽』も……!」
「残念だけど、消えたのはあくまでDIOの気配。
 此処からじゃあ、あの芽は取り除けないわ」

 いやにあっさり退いたのが少し気になるけど……と付け加えて、紫さんは一瞬だけ目を細めた。

 それにしてもゾッとする話だわ。さっきまで朦朧だった私へと延々囁いていた蓮子の正体が、DIOだったなんて。
 もしも紫さんが来てくれなかったら……そこまで考えて私は、かぶりを振った。せっかく助かったんだから、そうならなかった場合のifなんて考えても詮無いことよ。

 その紫さんがどうやってここまで来れたかだけども、なんでも私の『SOS信号』をキャッチしたから、らしく。
 はて。私には全く身に覚えがないし、支給品の中に防犯ブザー的な物も無かった。
 キョトンとした表情で本人へ尋ねても「乙女のヒミツよ(はーと)」などと、ウインク混じりにはぐらかされた。私の顔でそれをやるのはやめて欲しい。


「紫さん。所で、あの……」


 強引に話題を逸らし……というより、いつ切り出そうか図り兼ねていた事柄があった。
 阿求のスマホに配信されていた『殺人の記事』……その真贋について。
 あの写真に載せられていた人物は、確かに紫さんだ。そっくりさんでも影武者でもなく、今私と会話している彼女本人だというのが私には理解できる。
 更に『被害者』の一人に幽々子さんの従者がいた、という話を私はおずおずと伝えた。どうやら紫さんは、その記事については詳しく知らないらしかったから。

「そう……そんな記事が出回っているのね」
「はい。幽々子さんも内容を知っています」
「で、貴方はその記事……信じてるのかしら?」

 悪戯心を芽吹かせる少女のような。
 真を追求する誠実な大人のような。
 相反する年格好と善悪の含みが、この人の表情に浮上した気がした。
 虚実を混ぜこぜに溶かして周囲を欺く形態を目撃し、彼女が人間でなく妖怪だという確固たる事実を再確認させられる。

「い、いえ! 勿論信じてません!」

 だから私は少し怖くなって、やや早口で答える。
 当然、紫さんを信頼している気持ちに変わりはない。

 でも、次に返ってきた言葉は……私が期待していた内容とは違っていた。


「───残念ながら、事実よ。半分は、だけど」


 静寂の中にガラス玉が落とされたような音が聴こえた。
 不吉な響きは、鼓膜の奥へと驚くほどすんなり入り込んで。
 私は、声を失った。

406黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:11:52 ID:DAf9RJjQ0


「その記事を私は見てないから何とも言えないけど……私から言える事実は『二つ』。
 魂魄妖夢と星熊勇儀の命は、私が奪った。
 もう一人……人間の男の方は違う。そっちは完全な捏造ね」


 悪びれる様子や、開き直る様子は微塵もない。
 真実を語る彼女の表情は、平然としているみたいだけど。

 私には、どこか『痛み』に耐え忍んでいる苦悶の顔にも見えた。
 それを見て、ちょっぴり安心する。
 やっぱりこの人は、そんな非道を働くような人じゃないと分かったから。

「あら……『人殺し』を前にして、随分お気楽な面構えじゃない?」
「貴方は、人殺しなんかじゃありませんよ」
「随分と知った風ね。一応、人間を攫いもする妖怪なんだけど」
「知ってますよ。貴方の事でしたら」
「さっき、ちょっと怖がってたクセに」
「……バレちゃってました?」
「そりゃそうよ。貴方は『私』なんだもん」

 あはは。うふふ。
 純朴と鷹揚の笑いが飛び交う、微笑ましいやり取り。
 記事のことは杞憂だった、だなんて、幽々子さんの状態を考えればとても言えないけれど。
 その拗れは多分、紫さんと幽々子さんの間でしか解くことの出来ない、複雑なもつれ。
 私と紫さんは、もしかするとただの他人ではないのかもしれないけど。
 幽々子さんの親友である『八雲紫』は、『私』ではない。
 だから、二人の間に『私』が入っては駄目。
 そう思う。

 あぁ。何だかやっぱり、友達ってイイわね。
 そんな事を考えていたら、途端に自分の親友に逢いたくなってきた。


「マエリベリー。幽々子の事は───……〝私〟がきちんと伝える。
 あの子も何だかんだ強い子だから、きっと大丈夫。
 だから、心配しなくていいわ」


 ……?
 気のせい、かな。今、紫さんの言葉のどこかに強い『違和感』というか……妙なニュアンスを感じた気がする。
 言い淀むかのような、若干の迷い……?


「それより、今は貴方のことよ。私のこと、でもあるんだけど」


 不意に感じた私の違和感を強引に拭い去るように、紫さんが話を前に進めた。
 蓮子に早く逢いたい……。私が浮かべたそんな気持ちを掬い取り、本題へ急ごうとこちらに目配せする。

「DIOは貴方に言ったそうね。貴方が『一巡後』の私だと」

 一巡後。
 言葉の意味は正直、よく分かっていない。
 でももし……この場に蓮子が居たなら、彼女はきっと嬉々としてその謎を暴こうとするだろう。
 だって、それが私たち秘封倶楽部なんだから。

「まず確認しておくわ。DIOの語った話は、恐らく事実でしょう」
「どうしてそう言えるんですか?」

 とは返したものの、実際の所、私自身もDIOの話を信じかけてきている。
 少なくとも私と紫さんが魂のどこかで繋がった存在なのだという事は、心で理解出来ているから。
 でもそれは蓋然性としては乏しい理屈。“なんとなくそんな気がする”程度の拙い根拠だ。
 対して紫さんやDIOには、何かしらの裏付けがあるみたいで。

 何食わぬ顔でこの人は、続けて言った。


「だって私、貴方の話にさっき出てきた『スティール・ボール・ラン』なんてレース、初耳だもの」


 スティール・ボール・ラン。
 私だってよく知っているワケじゃないけど、少なくとも私の住んでいる世界の史実には、その単語がちっちゃく並んでいる。
 あのDIOも興味津々みたいな顔で尋ねてきたから私も気になっていて、さっき紫さんと会話してる時に何気なくその話を出した。
 彼女は一瞬だけ考えに耽けるような、神妙な顔付きをしたっきりだったけど、その時は特に突っ込まれることなく場を流された。

407黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:12:24 ID:DAf9RJjQ0

「これでも外と内の情勢はそれなりに把握しながら賢者やってる身よ。
 そのレースの開催が西暦1890年だとして、歴史の教科書に載る程度の知名度なら、この私が今の今まで全く見聞きすらしなかったなんて有り得ない」
「つまり私と紫さんは、幻想郷と外界なんてレベルの区切りではなく、そもそも全く異なる『別世界』に住む存在って事……ですか?」
「貴方の話を聞く限りだと、可能性はかなり高くなったわね」

 狐に摘まれたような話だった。
 とは言え、参加者同士の連れてこられた年代が違うって話は既に聞いていたから、スケールとしては大差無いのかもしれないけど。

「でも……もし別世界の人同士だとして、一巡後っていう概念がよく分からないんですけど」

 オカルト……所謂SFの世界では、例えば『並行世界』なんて単語はよく聞くし、私もどちらかと言えば信じてる側の人間だ。
 パラレルワールドといえば、所謂『超ひも理論』にも通ずる考え。ズバリ蓮子の専攻する理論だから、彼女ならこういう話も目を輝かしながらすんなり受け入れられるんだろうけど。
 ……あれ? じゃあ蓮子が私の能力の謎に心当たりがある風だったのは、私と紫さんの関連性に超ひも理論(並行世界)をある程度結び付けられていたから?
 うーん、専門って訳じゃないから私には何とも言えないし、本人を目の前にした今となってはどうでもいいとも言える。

 だけどDIOは『一巡後』と述べた。それはつまり、横ではなく縦に繋がった次元の並行世界。
 ちょっと発想が突飛というか……どうしてそういう結論に至るのかが不明瞭だ。

「そうね……外の人間には、ちょっとその辺のメカニズムは理解し難いのかもしれないわね」

 馬鹿にしたニュアンスではないだろうけど、ちょっとムッとした。
 これでもオカルトを扱う(メンバー全二名の)サークル代表片割れだ。蓮子程じゃないけど、その手の心得なら一般大衆よりも精通してる自信はあるもの。

「───って顔してるのが丸わかりよ、貴方。もう一人の私とはいえ、まだまだ青いわねえ〜」

 ここぞとばかりに扇子を広げて口元を隠す紫さん。
 今度は確実に馬鹿にしてますわよってニュアンスを(扇子の奥では釣り上がっているであろう口元と共に)申し訳程度に隠しながらも、実態は隠し切れていない。
 ……妖怪って、皆こうなのかしら。清廉だったり、おどけたり、本当に掴めない人だ。


「まま。ジョークはこの辺にしといて」


 前置きを終え、紫さんはこほんと咳払いして次へ移る。


 ここから私が聞く話は、まるで青天の霹靂を実現させたような。
 常識では考えられない……『夢』を見ているみたいな話ばかりだった。


「まず初めに───この宇宙は、主に『三つの層』から成り立っているの」


            ◆

408 ◆qSXL3X4ics:2018/10/13(土) 19:13:47 ID:DAf9RJjQ0
ここまでです。
次で終わりを予定しています。

409名無しさん:2018/10/14(日) 16:40:49 ID:9VDuzoG.0
投稿お疲れ様です


長かった紅魔館の乱戦もついに決着か!?
どういう展開になるか気になって仕方がないです、続き楽しみに待っています

410名無しさん:2018/10/14(日) 22:16:00 ID:WUWbCklM0
投稿お疲れ様です
>「まず初めに───この宇宙は、主に『三つの層』から成り立っているの」
よもやここで霊夢も言っていた物理・心理・記憶の層の理論がでてくるとは…

411名無しさん:2018/10/16(火) 19:24:30 ID:Id1vJPcY0
投稿お疲れ様です
バトルの決着が参加者の生死に直結しそうなものばかりでどれも続きが読みたいッ

412名無しさん:2018/10/19(金) 22:30:34 ID:SbNRb2DY0
投稿お疲れ様です
DIOと柱の男の初激突。どのような決着を迎えるだろうか

413名無しさん:2018/10/23(火) 21:09:41 ID:PtMgM8Cs0
今、サンタナが熱い




……………………元々熱風だけど

414名無しさん:2018/11/07(水) 19:15:04 ID:ZnWljzA60
進行ペースに目標を立てた方がいいんじゃあないか?

415名無しさん:2018/11/08(木) 11:47:16 ID:UzwY.sTI0
>>414
黙って待つってのができねぇのかテメエはよォ〜

416 ◆qSXL3X4ics:2018/11/20(火) 03:53:34 ID:mCm9debw0
予定していた長さを大幅に超えてしまい、次で終わりだと宣言した矢先で本当に申し訳ないのですが、あと一度分割させた方が良いと判断しました。
本文の方はあらかた終えていますが、一先ずという形で投下します。

417黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 03:57:26 ID:mCm9debw0
『DIO』
【午後 15:54】C-3 紅魔館 地下大図書館


 “変わった”

 火色の後ろ髪を目まぐるしく逆巻かせたサンタナの新形態を目撃し、DIOは実感と共に冷静な解析を終えた。無論、今までとは明らかに毛色の異なる奴の風貌を指しての印象でもあるが。
 特段と“変わった”部分は、見た目以上に戦闘への器用さだ。


「鬼人『メキシコから吹く熱風』」


 二桁にも上ろうかという数の爆炎が、形を保ちながら火矢の如く揃えて撃ち出された。
 大衆の喝采と何ら違わない喧しい音色を放出させつつ、弧を描いて一斉に射られた炸裂花火は、『世界』のみでカバー出来る範疇を追い越した。
 横に広がった弾幕は、DIOが誇る無敵の矛と盾を悠然と抜き去り、その本体の心臓を捉えて飛ぶ。

「ムンッ!」

 吸血鬼の動体視力と跳躍力で、その身に迫る全ての高温弾幕が空を切り、散った。床を蹴り上げ宙を駆け。デカい図体を掲げる重力の次なる足場は、壁。
 DIOは図書館の壁に“立ち”、地上からこちらを見上げる鬼人を忌々しげに見下ろした。

 戦闘への器用さ。つまりはあの形態、サンタナのパフォーマンスの幅が格段に増幅したことに繋がる。奴が『鬼』の流法とやらに転化した瞬間、颯爽と弾幕が飛び交うようになってきたのだ。
 以前までの闘牛を相手取る様に一辺倒とした近接戦から、ミドルレンジの遠距離武器が加わった。ただのそれだけで、攻撃の応用というものは恐ろしいくらいにバリエーションが富む。
 グーしか出さない相手がパーの札を手にした様なもの。こちらがパーを出し続ける限りまず負けは無いが、リスクを避けた無毒の駆け引きで白星を期待出来るほど安い相手ではなさそうだ。
 冷や汗をかこうが危険を顧みず、時にはバクチに打って出て、駒に頼らず王自ら敵を捻り潰す。

 それこそが『真の戦闘』だ。

(だが……それは『一か八か』ではない。オレの求める『天国』に、運任せは必要ない)

 この世で唯一の帝王たるDIOが望む、この世で最大の力。
 まさにそれが───『引力』と呼ぶに相応しい、千万無量の絶大なるパワー。
 賽の目で『六』を望めば『六』が現れるような、不確定の未来すらも自身の決定に引き寄せられるほどの圧倒的な引力。
 万物の理すらも味方にし、不都合な運命を叩き潰す事こそが、男が到達すべき理想郷であった。


「サンタナ。君は何故、その形態を手にするに至った?」


 壁へと直立不動したままの状態で、こちらを見上げる鬼人に問い掛ける。
 サンタナは黙して語らず。元々饒舌な生き物では無かったが、意図して沈黙を貫いている──というより、DIOとの会話を避けているように見えた。
 この無愛想な態度にDIOは不服を覚える。一方的に喧嘩を仕掛けられ、意思の疎通すら拒絶されるとは。幻想郷の異変解決においてはよく見られる光景であるが、何かしらの戦う理由が聞きたい所だ。白蓮に対して、DIOが探ったように。

 しかし男は先程、彼なりの答えを既に示している。
 サンタナが、サンタナにとって必要なモノを取り返す為……と。
 DIOはじっくりと襲撃者を観察する。睨め付けるように覗き、心の隙間に手を差し込むのだ。
 相手が放った数少ない言葉や挙動から推察し、逆に何故押し黙ろうとするかも仮説を立ててみよう。


「私が石仮面により吸血鬼の力を願った理由とは、『必要』であったからだ。相応の力を手にするには、秤の釣り合う理由が必要となる。リスクもな」


 DIOの言葉に耳を貸そうともしないサンタナが、傍に立つ本棚へ手を掛けた。大容量に貯蔵する書物の数々を含め、それは相当の重量を占めていると一目に分かる物であるが。
 丹念に床へ固定された巨大な本棚は戒めごと外され、鬼人の腕力により軽々と持ち上げられる。紅魔の魔女が後生大事に蓄えてきた由緒ある本たちが、バラバラと派手な音を立てて舞い落ちない内に、

 ───壁に立つDIOに向かって、棚ごとブン投げた。

418黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 03:59:07 ID:mCm9debw0


「力とはとどのつまり、『勝利』する為に得るものだ。君のその『鬼』のような異形も発端は同じなのだろう?」


 目前に迫る巨大な塊を、何一つ狼狽えること無く『世界』の拳で爆ぜらせる。一点から粉砕された本棚は敵への突進力を失い、無惨にも無数の木片と化した。
 代わりに、本棚の内臓を担う書物たちは一斉に吐き出され、埃の煙幕に紛れながら辺りに飛び舞う。
 敵の狙いがコンマ数秒ほどの撹乱・目潰しだとDIOが悟った時、地上からこちらを見上げていたサンタナの姿は既に消失していた。


「君は恐らく……孤独だった。
 何も与えられず、何も得られず。
 そこに不満を覚えていた嘗ても、過去の幻像。
 気が付けば君は〝善〟も〝悪〟も持たない……〝無〟の兵となっていた。
 その感情の起伏の薄さを眺めれば理解出来るさ」


 夥しい数の書巻、洋書、文献、図鑑、教材、禁書……書という書が、視界を埋め尽くす弾幕と化してDIOへと降り注いだ。
 子供がオモチャ箱をひっくり返したように雑な投擲。それ自体に攻撃能力はさほど無い。従って、本の雨あられなど気に留める必要ナシ。
 敵の動きのみに集中したDIOの視界では、周囲がスローモーションの様に緩慢となって見えている。
 ゆっくりと、疎らに飛び交う本と本の隙間。煙幕の奥が点滅と同時に光り、揺らめいた。
 またもや炎の弾幕。自分の位置を誤魔化す狙いか、一箇所からでなく数点から撃たれた火炎は、宙に舞う書物達を食い散らかしながらDIOへと迫る。


「人間を。或いは吸血鬼を。
 狩っては喰い、狩っては喰い……空腹を満たす為だけの、虚空の人生。
 腹に溜まるのは枯れた肉と、無味の糧。
 空虚と孤独に押しやられ、いつしか君は渇望する事すら忘れてしまった空蝉へと堕ちた」


 DIOは炎が苦手である。
 それは吸血鬼の体といえど熱には……という話でなく、彼の過去──三度経験した敗戦の記憶に『炎』が大きく絡んでいるから。
 だからではないが、男はまずこの火炎の回避に専念した。まだまだ稚拙と言える炎の弾幕は、集中力を欠かずに挑めたDIOによって完璧に見切られてしまう。
 重力に反発する全身を強引に動かしているにも関わらず、固い壁の上をスイスイと歩き回るDIOの足捌きは流麗の一言に尽きた。
 スケートリンクを舞う氷精。男にとってのリンクが氷上でなく壁上だということを差し置かずとも、その所作一つ一つには美しさすら感じ取れるほどだ。
 当然、付け焼き刃で得た弾幕などDIOには欠片も掠る筈はなく。火の粉が燃え移り、赤々と熱を吹く蔵書の数々を生み出すだけというあられもない結果となった。


 瞬間、DIOの目の前にサンタナの『左腕』が現れる。
 目の前に飛んで来たのは奴の腕のみで、本体は見当たらない。肉体を分裂させただけの実に浅い策だ。
 スタンドを前へと回らせ、叩き落とそうと構えるも。
 遠隔操作された片腕の中から先程と同じように『刃物』が突然飛び出し、『世界』の心臓を狙った。
 この武器──緋想の剣はスタンド貫通の威力を誇る、一癖ある得物だ。叩き落としから真剣白刃取りへと瞬時にして対応を変えたDIOは、妖しく輝く切っ先を紙一重で止めることに成功する。


「しかし君は今日。
 おそらく生まれて初めて、“得る為”の戦いに身を焦がそうとしている。
 大花火を上げる筒の導火線は、既に着火されているようだ」


 不可思議な事が起こった。
 煙に紛れていた鬼人の殺気がなんの脈絡もなく、DIOの背後に唐突として萃まったのである。

 背中に、奴が居る。

 しかし解せない。目潰しの撹乱に若干気を取られてはいたが、地上に立っていたサンタナがこの一瞬で背後に回った事に気付かぬほど集中は欠いていない。
 振り返る暇など与えてくれるわけが無い。『世界』もDIOの前方におり、咄嗟の対応は不可能。隙丸出しとなった吸血鬼の首を掻っ切る非情の一撃が、背後より穿たれる。

 ───が、そこにあった筈のDIOの首は、既に影も形も消え失せている。

 まただ。この予兆無しの動きが、鬼人の決定的な一撃を必ず虚空へ逸らしてくる。
 絶好の好機をまたも外したサンタナは、DIOがやる様に足首を壁に突き刺して固定し、焦る心中のままに敵の姿を探した。

419黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:01:38 ID:mCm9debw0


「未だ味わった試しの無い『勝利』の味に酔うが為に……このDIOへと挑んだのではないかな? いや、そうである筈だ。
 私に勝つ為、ではない。茫漠とした君自身の『運命』へと勝つ為に、だよ。
 全てを終えた後に呑む美酒は、さぞや美味いだろう。尤も、私は酔いどれが大嫌いだがね」


 無性に響く声の主は背後や頭上の死角からでなく、遥か前方でこれみよがしに腕を組んでいた。
 壁に立つDIOとサンタナの視線が、10メートルの距離を跨いでぶつかる。

 ───ナメられている。

 幾度も訪れた、勝負を決するチャンスを一向に突き詰めようとしないDIOに対し、サンタナが身を震わせるのはごく自然な感情であった。
 サンタナはワムウの様に、闘いに礼儀や美風を持ち込む気質ではないが、此方が一世一代の大勝負を仕掛けているのに対し、DIOはと言えば不遜な態度で邪険にしマトモに取り組もうとすらしていない。

 サンタナの苛立ちは募る一方である。

 この10メートルという距離は今までの戦闘間合いから言って、奴のスタンド『世界』の影響範囲外である事までは学習している。
 加えて鬼の流法には弾幕がある。奴を相手取るなら、この区間を維持していれば一先ずは脅威とはならない。


「人が成長するにあたって、勝利することは限りなく重要だ。
 しかし、それ以上に『敗北』が人を根源的に強くするファクターとなる。
 君は今日だけで果たして何度敗北した?
 奈落に堕ち、這い上がった分だけ確実に強くなっている筈だ」


 吸血鬼の頭が後方にククッ……と仰け反った。
 距離を開けたまま訝しむサンタナ。何かする気なのだと、身構えた瞬間……


 ───DIOの唯一開かれている右眼から、凄まじい速度の光線が射出された。


 眼球から圧縮された体液を超高速で撃ち出し、敵を貫く特技。帝王はかつてこの技を生涯唯一の“好敵手”に放ち、殺害に成功している。
 後に別の吸血鬼から『空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)』と名付けられたこの技を男が使用したのは、実に100年前の闘い以来であった。
 一見すれば強力無比な遠距離技であるが、スタンド戦においてはそうとも限らない事が、この技の使用をDIOが躊躇していた理由である。
 連発は不可能であるし生み出す隙も少なくない。殺傷力こそ抜群だが、スタンド相手には容易く防がれる……という諸々の点で、まだ銃を携帯した方がマシだという結論に至ったのだ。

 しかし相手にスタンドという盾が備わっていない場合でなら、この技も大きく有効だ。


「君は初め、自分の名を大きく叫んだ。その名乗りには、きっと深い意味があるのだろうね。
 名前には言霊という不思議な魔力が宿るのだから」


 果たしてDIOが不意打ちで披露した空裂眼刺驚は、10メートル先の壁に立つサンタナの脳を見事粉微塵とさせた。
 光線はそれだけに留まらず、彼が立ち止まっていた壁や柱も纏めて斜めに切断し、図書館ごと真っ二つにしかねない程の巨大な亀裂を入れた程だ。

 それほどの破壊を叩き込まれても、サンタナの身体はそこから崩れ落ちずにいた。
 違う。粉砕したと思っていた鬼人の頭部は、内部から炸裂するように肉片ごと霧散させ、光線を直前で躱していた……というのが真実であった。
 闇の一族の特徴として、骨肉をも畳むレベルの異様な肉体変化があるが、今サンタナが見せた霧散は肉体変化どころの技ではない。
 もはや『霧』と化す領域にまで身体を分解させている。あれでは攻撃など当たらない筈だ。

420黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:02:34 ID:mCm9debw0


「何だろうな…………そう、なんと言うか。
 君は『面白い』人材かもしれない。凄く……面白いよ。
 空っぽだったが故にか、吸収するのも早そうだ。
 いや……物事を、という意味で、物理的な食事の方の意味ではない」


 頭部を霧化させ、攻撃を回避したサンタナが。
 今度は体全体をも霧状とさせ、そこから消えた。
 先程、DIOの背後を容易に取れた手段も同じ技によるものだろう。
 あれも『鬼の流法』とやらの恩恵か? 以前よりも輪をかけて変則的だ。
 滅多に披露しない必殺技を躱されたにも関わらず、帝王は感心するように唇を吊り上げる。

 瞬間、霧状となった鬼人が猛烈な勢いで突っ込んで来る。
 ただの回避に終わらず、そのまま移動・攻撃に繋げられる幅広い形態は脅威の一言だ。速度も充分に伴っている。
 迎え撃たせた『世界』は、当然の様にすり抜けられてしまう。勿論狙うは、DIO本体への絶望的な一撃だろう。

 ヒットの直前、霧が集結して人型へと戻った。
 鬼人の構えはシンプルにして強大。

 ───握り締めた右拳を一瞬、DIOの体躯並に巨大化させ、殴り抜けるという暴虐だ。

 どこぞの波紋使いは『ズームパンチ』などという、関節を外して腕を伸ばすように見せかけて殴る子供騙しを好んでいたが。
 目の前のこれは錯覚ではなく、実際に拳が巨大になっている。受ければ重傷は免れそうにないが、そもそもパワー以前にこのサイズの皮膚と接触すれば全身を捕食されかねない。

 さて。カラクリは何だ?
 先の霧状化といい、体積をこれ程まで極端に増減させる事は人体の理屈に合わない。風船ではあるまいし。
 吸血鬼というよりは、どちらかと言えばスタンド使いや妖怪じみた『種』がありそうだ。

 仮説を立ててみた……が、まずは避けなければ。
 いや。身を捻って躱すまでもない。


 これまでの中で、最も巨大な爆破音が空間を歪ませた。鬼人がその規格外なパワーで『壁』を殴りつけ、大穴を開けた振動音だ。
 生物に命中したならば、ミンチと同時に一瞬にて取り込まれる凶暴さ。『鬼喰らい』と称すべき、恐ろしき攻撃。

 ───サンタナの拳は、壁になど打った覚えはない。目の前に居たはずのDIOは消え、代わりに身代わりとなったのは部屋の壁である。
 今度はDIOが避けた訳ではない。拳を打ったサンタナ自身が何故か位置を変え、標的を別の対象へと移された。

 やはり奴のスタンド……瞬間移動などではない。
 まるで───世界を支配するかの如く、自由自在にこの空間を捻じ曲げているみたいだ。


 パチ パチ パチ パチ パチ……


 背後から、耳に障る拍手の音が届いた。
 振り返ることすら億劫だ。だが、いつまでも無残な姿へと変貌した壁の穴など眺めていても仕方ない。
 諦めるようにしてサンタナは、音のする方向へと首を曲げる。


「いやいやいや。やはりだ……やはり君は面白い」


 余裕のままに君臨する帝王の姿。
 相も変わらず、サンタナに対し殺意を向けようとしない。

421黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:03:20 ID:mCm9debw0


「パワーも然ることながら、そうまでして私を喰い殺そうとしてくる『執念』に感服したよ。
 この“白熱の攻防”で、君の想いの根源も何となく理解してきた。あまりに純粋な渇望だ」


 今や完全に遊ばれている。鬼の流法をしても、根本的に次元が違う。
 成程、改めて理解した。スタンド戦というものは、単なるパワーの強弱で勝負が決するものでは無いという事を。


「だがサンタナ。君は『不運』だ。恐らく、仲間や主従に長らく恵まれていなかった。
 君の持つ潜在能力を効率よく引き出してくれる指導者に、出会えなかった。嘆かわしい事だ」


 どう倒せば良いのか。
 今のままのサンタナでは、解を導き出すことは不可能とすら思えた。
 マトモな取っ組み合いでは自分に分のある相手。敵もそれを理解しているからこそ、マトモには組み合わない。


 では、どうすれば。


「だが、それも今までの話。
 私ならばその不安を解消してあげられる」


 どうすれば、この吸血鬼を倒せる。

 どうすれば……ッ





「───私の『仲間』にならないか? 〝サンタナ〟」





「ふざけるなッッ!!!!」





 ここが限界だった。
 今まで敵の言葉に返答の意思すら見せなかったのは、会話したくなかったからだ。
 言葉を交わしていれば……自分の中の何かが変えられてしまう。DIOが吐き出す言葉には、そんな魔性の魅力があったのだから。
 敢えて無視し続け、暴流に身を任せる。これが最も自分を傷付けない、最良の近道だと思い込もうとしていたからだ。

 だが──────


「さっきから聞いていれば、ごちゃごちゃと上から目線で……!」
「おや、嬉しい言葉だ。てっきり私の語り掛けは、全て右耳から左耳へすっぽ抜けているものかと諦め掛けていた頃なんでね」


 既にDIOはスタンドすら解除し、サンタナと友好的な関係でも築こうとしているのか、無警戒に歩み寄ってくる。
 その態度も、その言葉も、全てがクソに寄り付く蝿のように鬱陶しい。奴の一挙手一投足が、何もかも苛立たしかった。
 今まで誰にも……それこそ本人にすら不明であった心の内に、土足で上がり込んで来るこの男がサンタナは嫌いだった。他者に対し、こんなにも明確な嫌悪感を抱いたのも初めての事だ。
 これを良い兆候と捉えるか、悪い兆候と捉えるか。その判断を下すに足る人生経験が、サンタナには不足している。


「……ッ、オレは……DIOッ! 貴様を殺しに来たのだッ! これ以上ふざけた事をくっ喋るな!!」
「それは違う。君は私を殺しに来たのではない。運命へ『勝ち』に来たのだ。
 蔑まれ、奈落に転がる自分の運命を覆す、ただ一つの勝利を得る為にここへ来た。
 私を殺すというのは単なる一つの手段に過ぎない」


 どこまで。
 この男は、どこまでオレの心を覗くのだ……!
 何故……オレを『理解』しようとする!?
 どうしてオレを『仲間』に欲しいなどとぬかせる!?
 そんな言葉は、同胞からすらも掛けられた試しがない……!


「一つの手段? 違うッ!
 オレに残された手段は、最早それしかないのだッ!
 ここで貴様を殺し、主から認められるッ!
 そうしてオレはもう一度、証明しなければ───」

「───私なら」


 猛る声を遮るようにして、DIOが。
 とうとうオレの眼前にまで歩み、足を止めた。


「私なら……君が再び『在るべき場所』へ返り咲く手段を、きっと用意できるだろう」


 伸ばされる腕は、友好の証。
 握り合う掌は、信頼の証。
 だとするなら。
 オレは目の前に差し出された、裸の腕を───

422黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:04:34 ID:mCm9debw0







「ほざくな。誰が吸血鬼の下なんぞに」


 払い除けた。

 DIOの腕に殺気の類は込められていなかった。
 不意を打って殴りつけても良かったし、握り返すフリをして喰えば全て丸く収まったろう。
 どういうわけか、それを行う気になれなかった。

「下、か。別に侍らせるつもりは無かったが」
「同じ事だ。たかが吸血鬼にオレの心は理解出来ん」
「究極的にはそうかもしれないがね」

 開き直った様子でDIOは払われた掌を引っ込め、やれやれと軽く首を振った。
 こうなる事はあたかも予想していた、とばかりに半笑いを作りながら。

「個人の抱える葛藤や痛みは、所詮他人とは共有出来ない。
 だが『干渉』し、和らげる事は出来る。君はそれを望まないかもしれないが」

 当然だ。相手が敵なら尚更の事。
 虫酸の走る輩だ。体の良い話を建前に置きながら、本音ではオレを使う気満々の癖して。

「お前がオレのメンタリストになるとでも? ……馬鹿馬鹿しい」
「いや。その様子なら君には言葉など必要無いだろう。だがこれもまた『引力』かな。偶然にも君と似たような境遇に陥った者がいる。私も先程少し話しただけだがね。
 白状してしまうと、彼女との会話を済ましていたからこそ、君の背後にある『闇』をある程度予想出来たに過ぎないのだよ。人と人の共通点ってヤツだ」
「…………関係、ない」

 そうだ。コイツが何を話そうと、誰と引き合わせようと。
 関係などあるか。オレはこの男を殺しにここまで来たのだから。


 ───だが、毒気を抜かれた。


「おや。鬼の流法とやらは終いかい?」
「……興が削がれた」

 ワムウみたいな台詞を吐く。切羽詰まった状況を顧みれば、興などで動く訳が無いというのに。
 流法が解かれ、ドっとのしかかる重みを内身に隠しながらDIOへ背を向ける。
 やはり持続時間は長くない。コイツにマトモに闘う気がない以上、これ以上は不毛だった。

 だが、背を向けてどうする。
 今やオレ自身、先程までの昂りが嘘のように静まり返っている。焼け石に冷水を、掛けられすぎた。

「お帰りかね」
「……お前の顔を、見たくない」
「世知辛い事だ。戻る場所があるのなら止めはしないが」

 痛い所を突く奴だ。分かってて言っているのだろう。
 そうまでして、オレを引き止めたいか。
 〝サンタナ〟の価値を、他の誰でもない……こんな吸血鬼なんぞに見定められる、など。

「君さえ良ければだが、会って欲しい人材がこちらにもいる」
「……オレに、大人しく応じろと?」
「好きにすればいい。気に入らないようなら喰っていいし、力は全く以て脆弱な少女だ」
「さっき言ってた奴か? 毒にも薬にもなりそうにないが、オレに何のメリットがある」
「少なくとも、君はこのままノコノコ戻る訳にもいかないんじゃあないかな?
 会って君がどう感じるかなど誰にも分からないし、ならばメリットが無いとも言い切れない。意地の悪い方便の様で、少しズルい言い方かもしれんがね」

 方便、というのは言い得て妙かもしれない。
 DIOという男は、方便で相手を絡み取り、望むがままの道にまで誘い込むようなタチの悪い芸達者だという事がよく分かった。
 こと今のオレにとっては最悪の相性だ。

 さて。この申し出をオレはどう受け取るべきなのだ?
 正直、揺れている自分がいること自体に驚愕せざるを得ない。
 コイツは我々からすれば舐め腐った傲慢さだが、皮肉にも今のオレはそういった誇り高いプライドを失った、謂わばマイナスの立場だ。

 だからこそ、言葉に揺さぶられる。
 だからこそ、心中では無視できずにいる。
 オレの精神が弱いという、何よりの証明だ。


「……少し、ここで頭を冷やす。
 そいつをとっとと連れて来い」


 出した結論は、身を任せる事であった。
 なるように、なれ。そんな身も蓋もなく出たとこ勝負の、受動的な成り行きに。
 しかしそれは決して従来みたいに主体性を持たず、無心が儘……という意味ではない。
 己に芽生えた確固たる意志が、自分から急流に身を投げたのだ。端から何も思考を産まず、ただ河の底で蹲るだけだった今までとは異なる考え方だった。

「嬉しいよ。彼女の方も、君とは多少『縁』がありそうでね」
「何だっていい。オレはオレのやりたいようにやらせてもらう」

 すっかり肩も透かされ、オレはドスンとその場へ胡座をかいた。
 DIOの側もやはり害意は無いのか、はたまた本気の本気でオレを誘う腹積もりなのか。乱れた衣服を几帳面に正し、脱ぎ捨てられていた黄のマントを肩へ掛けてこの場を気障に離れる。

423黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:07:07 ID:mCm9debw0


「おっと、そう言えば……?」


 出入口に足を向けていたDIOが、唐突に振り返った。
 なるべくならコイツの言葉をこれ以上耳に入れたくないのも事実なので、オレも心底気だるげな表情で視線を返す。

「一つだけ、聞きたい事柄があったのを思い出した」
「……?」
「先程の戦闘で君が見せた、身体を霧状に分散させる技。アレは元々君の持つ能力か何かか?
 無粋だが、気になった事があれば“昼”も眠れないタチでね。種明かしをお願いしたいのだよ」

 何かと思えば、そんな事。
 あの技は夢中で“再現”したものだが、以前のオレでは到底真似できない芸当だ。他の同胞であろうと、同じく。

「……能力の種明かしを望むのはお互い様だろう。答える義務がオレにあるのか?」
「フフ……すっかり嫌われ者か。まあ、拒否して当然。誰しも手の内など知られたくはないからな」

 そうとも。それが知れれば誰もこんな苦労などしていない。

「だから少し、推察してみた」
「お得意の当てずっぽうか」
「そう言うなよ。自説をひけらかすのも私の趣味みたいなものだ」

 この余裕がオレとDIOの違いなのだろうか。早くも友達気分でいるのか、DIOは床にバラ撒かれた古本を興味無げに拾い上げ、実に適当に中身を開きながら颯爽と自説とやらを語っていく。

「私たち吸血鬼も肉体をバラバラにされた程度なら本来は再生できる。
 その応用で君は細胞をマイクロレベルにまで分解させ、大気中にて再構成させた」
「口で言うなら簡単だな」
「無論、簡単どころの話ではない。が……幻想郷にはかつて、それが出来る『鬼』が居たようだ」

 驚きを通り越して、呆れてくる。
 どうしてDIOがあの小鬼を知っているかはどうでもいいが、その博識さがあの異様な分析力に磨きをかけているらしい。

 密と疎を操る程度の力。
 闇の一族の持つ能力と、奴を取り込んで得た莫大な妖力を掛け合わせて構築した、簡易版能力と言った所か。
 再生力に関して異常な力を発揮する我々の力は、小鬼の操る『分散』と『集合』の能力とは非常に相性が良かったらしい。
 悔しいがDIOの予測は殆ど正解だ。霧状になったり、一部分を巨大化させる能力は、闇の一族の力の延長線に過ぎない。
 あの小娘から得た力が、それらを助長し発展させたのだ。これで尚、未完成な所は自覚もしているが。

 人は幻想に干渉され、現実を形作る。
 あの本に綴られていた理が、此処ではオレに味方した……といった所か。

「サンタナ。君は恐らく、まだまだ伸びる。渇きとは、人を無際限に強くするものだからね」

 男が背中越しに語る言葉は、馬齢を重ねただけのオレよりも遥かに豊富で重厚な歳月を生きた……老練家を思わせるアドバイス。
 しかし半端に残った種としての矜恃が、奴の言葉など真に受けまいと腹の奥でもがいている。
 それはそうだろう。少なくとも以前のオレならば耳を傾けることなく、空の心を揺すぶられる事なく一蹴していた。

「……オレの主は、お前ではない。カーズ様だ」
「君の渇望から生まれた『性』は、そんな形だけを取り繕った忠義で慰められるのか?」

 主の名を出すオレの声色に含まれた、ほんの些細な機微でも感じ取ったのか。
 オレの、主たちへ捧ぐ忠義心が、体裁を守るだけの荒廃した忠義だという事にDIOは気付いてしまっている。

「埋められん。ひとたび遠のいた威光を再び手にするには途方もない努力と、チャンスを懐に引き寄せる『引力』が必要なのだ」

 DIOは。
 オレにとってのカーズの立場に、なり変わろうとでもしているのか。

「私はただただ……君を惜しいと思う。
 この先を決めるのは君自身だが、私とて頼りになる『仲間』が欲しい切迫した状況でね。出来るなら良い返事を期待しているよ」

 ……違う、らしい。
 オレを、オレの能力を、惜しいのだと。
 去り際に放った一言は、またしてもオレの心を誘う蜜の味を占めていた。


「では、また。件の少女には話を通しておこう。
 蓮子。……それと、青娥もだ。上に戻るぞ」

424黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:09:50 ID:mCm9debw0

 奴の部下らしき──戦闘に巻き込まれないよう端で備えていた黒帽子の女と、一体何処に潜んでいたのか、ヒラヒラの服装をした妖しげな女が上から降り、共にDIOに付き添って行った。
 奴にも部下がいる。そいつらは何故、DIOに従うのか。
 尊敬か。支配か。興味か。いずれにせよ、今のオレに理解出来よう筈もない。



 残ったのは、オレ独り。
 今までの喧騒が嘘のように、辺りは静まり返っている。


「───オレは、奴を殺しに来た……筈だったがな」


 醜態以外の何者でもないが、このまま撤退するのが無難だ。
 実際、一刻も早くここから去りたい気持ちで一杯だった。
 それを、やらない。気力が湧かない。
 何故か。
 DIOという男の魔力が、オレを捕らえて離さない。
 それは同時に……オレの未来から訪れる、また別のオレの姿が。
 ふとした時に、瞼の裏に浮かんでくるからなのかもしれない。


 火に飲まれ、半分が灰となった本が傍に落ちている事に気付いた。
 何となしにそれを手に取り、読める部分をパラパラと捲ってみても……内容は、全く頭に入ってこなかった。
 手持ち無沙汰と感じているのは、迷いが生じているからだ。


 オレは今、途方もない『選択』を強いられていた。


            ◆


「感心しないな、青娥。君にはメリーの護衛を命じた筈だったが」


 臆面もなくしゃあしゃあと背後を付いてくる邪仙の顔は屈託なくニヤニヤしたそれであり、彼女の良好な御機嫌が窺えた。
 その機嫌の根源など簡単に想像はつく。彼女の気質を考えれば、非常に心震わせる『見世物』をタダで観られたから、以外に無かろう。

「気付いておられたなんて、DIO様も一言言ってくだされば……。でもその点は本当にお詫びのしようがありませんわ。
 不肖、青娥娘々……居てもたってもいられず。気付けばその足は、一散に会場の陣取りへ泳ぎ出し。その手は、一心に貴方様への応援の鼓舞へ回り出し。
 ……あぁ、淑女としてお恥ずかしい限りです」

 言葉とは裏腹に、青娥の表情からはお恥ずかしさや申し訳なさ、必死さといった感情は見当たらず。ハッキリ言って癪に障るのだが、実のところ私は大して怒りなど抱いていない。

「元々、予想済みだったさ。君の軽薄な行動はね」
「まあ、人が悪いですわ。……と言っても“そうだろう”と私自身思ったからこそ、こうして堂々と抜け出たんですけども。
 ───メリーちゃんと八雲紫。あの二人を、会わせてみたかったのでしょう?」

 邪仙の胡散臭い笑顔が、一層影を増して黒ばむ。やはりこの女は相当に鋭いようだ。普段の奔放とする姿も偽りではなかろうが、腹に一物二物抱えた曲者である事を再認識出来た。
 部下としては正の部分も負の部分も持ち合わせる、組織を掻き混ぜるタイプのイレギュラーだ。そこがまた、彼女独自の素晴らしさだとも思うが。
 なので青娥の命令違反に関しては咎などあろう筈もない。そんな事よりも遥かに重要な計画がある。

 メリーと八雲紫を会わせる。
 それこそが私の目的の一つであり、眠りについたメリーを一旦は手元から離した理由だ。
 ディエゴの支配から解き放たれた八雲紫は、きっとメリーの奪還に戻ってくる。思ったより随分早い帰還ではあったものの、私の予想はズバリ的中したようだ。
 奪還の際、私が傍に居たのでは向こうも警戒を敷いてくるであろう事も踏まえ、敢えて部屋に置いてきた。青娥を護衛に命じたのは一応の体裁であり、興奮した彼女がすぐさま護衛対象を放置して来ることも計算済みだ。
 まあ、私のその予想すらも邪仙が読んでいたことはやや慮外ではあったが。

「……理想としては、二人を会わせるのはメリーを支配下に置いた“後”の方が都合が良かったがな」
「紫ちゃんが館に戻ってくるタイミングが、想像より早すぎたという事ですね」

 既に肉の芽内部で二人が出会った以上、恐らくメリーの陥落自体は難しくなった。傍にいる八雲紫がそれをさせないだろう。
 が、それならそれで構わない。優先順位はあくまで、メリーの『真の能力』……その羽化にある。
 きっかけは恐らく、メリーと八雲紫の邂逅。二人が『一巡後』の関係という予想が正解ならば、この引力にはきっと意味がある。

425黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:11:01 ID:mCm9debw0


「───DIO様」


 後ろを歩く蓮子が、少々困惑気味といった様子で私に声を掛けた。言わんとする内容には予想も付くが。

「肉の芽の事だろう? 蓮子」
「はい。芽に侵入してきた相手は、八雲紫のようです。……申し上げにくいのですが、これでは今すぐメリーを堕とす事が困難になりました」

 蓮子の肉の芽の内部という事は、私の中という事でもある。初めにメリーと竹林で会話した記憶が私にもあるように、現在蓮子の肉の芽で何が起こったかは朧気ながら把握出来ている。
 と言っても、それは紫が現れた時点までだ。意識のみとはいえ彼女が見張る今、メリーとの間で何が起こっているかは私とて知る手段が無い。
 尤も、芽の中の『私の意識』を退かせたのは敢えてだ。全てはメリーの能力を円滑に引き出す為の舞台作り。彼女らにとって、私という観客すら邪魔者以外の何者でもなかろう。

「肉の芽の中で起こっている事柄については、流れに任せよう。定められた方向に反発するエネルギーというのは、気難しい運命からは排除されてしまいがちだからね」

 八雲紫は、メリーの覚醒に必要不可欠な要因であるのは間違いない。
 逆を言えば、紫の価値とはそれ以外に無い。長く生かしておけば、必ず大きな障害となる筈。


 早めの始末も、考えておかなければ。



「ところで〜。さっきDIO様が撃った『目ビーム』……隠れて見ていた私に危うく直撃しそうだったんですけど!」

 光線によって千切れたであろう羽衣の端を見せつけながら、青娥が不満げに頬を膨らませた。どうせ安物だろうに。
 もう10センチほど右を狙っていれば、そのお喋りな口ごと削ぎ落とせたろうか……と、私は冗談半分真剣半分に思いふけながら、プッチが待つ上への階段を登って行った。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『聖白蓮』
【夕方 16:07】C-3 紅魔館 食堂


 神父服を纏った男が、無様に転がっていた。
 横転した椅子の背もたれ部に何とか肩を掛け、息も絶え絶えといった様子で睥睨する男の姿は、相対する白蓮から見れば滑稽には映らなかった。

 荒い呼吸が示す通り、彼は重傷を負っている。たった今、白蓮が痛め付けた傷だ。
 足を折られ、腕を折られ、アバラを折られ、とうとう立つこともままならない症状で口を動かす男の表情に浮かぶは、どういう訳だか不敵の色。
 白蓮の嗜虐心が今の満身創痍な神父を作った訳では決してない。免れなかった戦いの中、彼の殺意を伴った抵抗の結果として、男はこうして虫の息となっているに過ぎないのだから。

 容易に、とまでは言わないが、こうもあっさりと男が追い込まれたのは、プッチと白蓮の力量差を考えれば至極当たり前と言えた。
 邸内に身を潜ませながらの攻撃とはいえ、壁という壁を破壊しながら猛烈な勢いで本体を索敵する白蓮を止めるには、ホワイトスネイクでは過ぎた強敵である。
 猛追する白蛇をいなし、奥に長く伸びた食堂ホールに身を隠した神父を発見するのに、大した時間は掛からなかった。
 そうなってしまえば、均衡していたように見えた戦況など器から溢れ出した水の様に儚く、止め処無いものである。元々負傷も多かったプッチでは、結果として成す術もない。

 病院送りは確実である負傷と引き替えに神父が得た僅かな戦果と言えば、白蓮の体力と、取り分け厄介な得物『魔人経巻』の強奪くらいだ。
 割に合わない結果。

「……どうした。早く、やれ、よ……白蓮」

 だと言うに、男の苦し紛れに放った間際の台詞は、諦観や虚勢とは程遠い場所からの───挑発するような一言である。

「……その台詞は、私を試している……おつもりですか?」

 サーベル状に尖った独鈷を右手にぶら下げ、白蓮はプッチを見下ろしながらくたびれたように言う。
 魔人経巻を奪われた今、以前までの常識外れな速攻は発揮出来ない。攻撃の合間に詠唱を挟む必要があるからだ。
 が、それもこの戦況なら些事でしかない。右手の武器をプッチの胸へと、ケーキにナイフでも入れるようにストンと差し込めば、それだけで決着する。

「試す……? それは、違う。
 急かしている、だけさ。勝負は君の勝ち……だ」

 プッチは戦いの前に、こう言った。
 聖白蓮では私を殺すことは出来ない、と。

 確かに、白蓮は甘かった。
 それは彼女が戒律上、決して殺生を行わない人物である事をプッチが理解していた事も含まれるのだし、現にこうして彼女は未だにトドメを刺そうとしない。
 白蓮が本気でプッチを無力化させるつもりであれば、戒律など捨てて殺すべきである事も自分で理解出来ているだろうに。

 単に、決心の時間を要しているだけだろうか。
 又は、彼女に人殺しなどやはり荷が重いのか。
 どちらにせよ、と男は思う。
 こうなる未来も、初めから『覚悟』していた。
 だからこそ、プッチの顔には恐怖の片鱗すら浮かばない。

426黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:11:46 ID:mCm9debw0

「……ジョルノが、さっきから見当たらないな。
 息の根を止めるトドメだけは彼に任せようという魂胆ならば、聖女が聞いて呆れるが」

 気にはなっていた。一緒だったジョルノ・ジョバァーナの姿が無かったことに。
 隠れた陰から不意打ちの可能性も考えたが結局音沙汰は無いし、そもそもプッチにはジョルノの位置が『感知』出来る。すぐ近くには居ない事が分かっていた。
 今更彼の行方を尋ねたって無益な行為だ。女に叩きのめされ、録に動けぬ体たらくとなった今では。

「最初に申した筈です。私は……聖女でも何でもない、と」
「その、ようだ。……君はやはり、人を導くに足る覚悟を有していない」

 人が敗北する原因は……『恥』の為だ。
 人は恥の為に死ぬ。
 あの時ああすれば良かったとか、なぜ自分はあんな事をしてしまったのかと……後悔する。
 恥の為に人は弱り果て、敗北していく。

 つまり。

「つまり……人は未来に起こる不幸や困難への『覚悟』を得る力を持たないから絶望し……死ぬのだ」

 荒い息を整えながら、白蓮がプッチの前に立った。
 手には独鈷。弱々しい魔力ながら、殺しには充分な威力を保った形状を漲らせる。
 見上げる神父の顔は……覚悟を決めていた。

「それは……貴方自身の体験談ですか? プッチ神父」

 後悔が人間を弱らせ、死なせる。
 ある町で神父に起こった悲劇は。
 確かな後悔を、青年へと齎した。

「そうでもある。しかし私のそれは、既に過去の話だ」

 一人の吸血鬼との出会いが、青年を後悔の呪縛から解き放った。
 天国。親友となった吸血鬼が呟いた其の場所に、いつからか神父は夢を見た。
 其処は、この世の全ての人間が『未来』を一度経験し、覚悟を得られる理想郷。

 加速する時の中……宇宙のループを経て元の場所へと帰り着く。
 予め予定されている未来。目指した場所とは、其処のこと。

 故に、今のプッチに後悔は無い。そう呼べる感情など、過去に置いてきた。
 妹を失った残酷な運命すら、神父を上へと押し上げる糧へと移り変わった。

「君には無いモノだ。過去を乗り越えられないままに迷う、未熟な君には……ね」

 まるで『勝利者』は、手も足も出せず立つ事すら出来ずにいる神父の方なのだと。
 まるで『敗北者』は、武器を振り上げ男の心臓を狙っている聖白蓮の方なのだと。

 悟ったように嘲る男の貌が、裏側に隠された真意を如実に表していた。

 恥、の為。
 後悔。
 聖白蓮には、振り払えるわけのない邪念がある。
 寅丸星への後悔が、未だ腹の底で疼く。
 神父が指しているのは、その事に違いなかった。
 曇ってしまった心眼が、白蓮の最後のラインを割らせる。

 命を、奪う。
 邪気も萎縮も漂わない、彼女の最後の覚悟。
 それは───
 『神父らを生かしては、きっとまた後悔する事になる』
 『無関係である穢れなき生命達が、消えてしまう』
 そんな未来を危惧し、自らの手を穢すことも厭わない覚悟。
 地獄にも堕ちてやらんとする覚悟が、泥のように重たらしい彼女の腕を動かした。

 この覚悟を固めた時点で、私は清らかではなくなってしまう。
 もう誰かを導く資格など、失ってしまう。
 それでも、と。
 邪心を持つ神父を止めるには、その生命の脈動をも止めるしかないと彼女は判断する。


 独鈷の切っ先が、神父の臓腑を穿つ寸前。
 男の額から、見覚えのある───煌めく『円盤』が半身を覗かせたのが、

 白蓮に、見えた。


 攻撃が、ほんの一瞬……緩む。



「やはり最後には、『ジョースター』が私に味方した」



 神父が邪悪にほくそ笑んだ。
 額から飛び出た『ジョナサンのDISC』を見せ付けながら。
 致命的な動揺を抑えきれなかった白蓮の額に、白蛇の牙が噛み付いた。


 戦いは終了した。
 女の両眼から、生命の灯火が尽きて。


            ◆

427黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:12:31 ID:mCm9debw0

『マエリベリー・ハーン』
【夕方 ??:??】?-? 荒廃した■■神社


「三つのUですか?」
「層ね。層。───『三つの層』よ」


 雨上がりに掛かる虹景色をバックに、紫さんはそう言った。聞き慣れない単語を耳にしたからか、私もつい変な返しをしてしまったけれど、紫さんは冷静に訂正を入れながら『この世の理』について語り始める。

「この世には──いえ、あの世にもだけど。『異界』と呼ばれる数多くの世界が存在しているの」

 異界。普通の人間ならばそんな言葉を聞いた所で、変な顔となるか、一笑にふせるのかもしれない。
 勿論、我が秘封倶楽部はその限りではない。
 私にとっては、特に。

「冥界、地獄、天界……といった具合にね。そして異界には何らかの特殊な条件か力が無いと行き来出来ない。
 さて。貴方にも身に覚えがあるんじゃないかしら?」

 それは、日常の中に隠れる非日常。
 別の言葉では『結界』とも。

「貴方は過去に幻想郷を訪れている。それも何度か。幻想郷は、貴方にとっての『異界』となるわけね」

 紫さんの言う通り、私は自分の能力によって幻想郷に赴いたことがある。
 いえ、あの時は其処が幻想郷だなんて知る由もなかったかもしれない。ただ元の世界とはちょっぴりだけ違う場所の不思議な土地、程度の認識だったと思う。
 そんな体験があるからか、紫さんの話は特に引っ掛かる事なくスムーズに受け入れられている。
 少なくとも、ここまでは。


「ここからの内容は……マエリベリー。
 ───物凄く『重要』な話になる。心して聞きなさい」


 そう前置きする紫さんの顔つきが、僅かにシリアスなものへと澄まされる。
 思わずゴクリと唾を飲んでしまった。この人はユーモアも備えた多様な女性であったから、そのギャップに余計に空気が強ばる。


「この世界は三つの層から成り立つ。
 まず、生き物や道具などがある物理法則に則って動く『物理の層』よ」


 曰く、物体が地面に向かって落下したり、河の水が流れたりするのがこの層だと。
 万物が万物たる所以。私たち人類は永い時間を掛けて、この物理法則と呼ばれる真理を解明してきた。そしてそれらの探究は、これからもずっと続くのだろう。


「二つ目は『心理の層』。心の動きや、魔法や妖術などがこの層に位置付けされる」


 曰く、嫌な相手に会って気分を害したり、宴会を開いてわだかまりを解いたりするのがこの層だと。
 先程の物理の層とは真逆で、こっちは精神的な働きで構成される世界らしい。未解明の領域という意味では、物理の層と然して変わらない。私からすれば目に映らない分、心理の層の方がミステリアスな域の様に思える。

「大抵の妖怪はこの『物理の層』と『心理の層』の理だけで世界を捉えているから、歴史が繰り返したり、未来が予定されているといった戯れ言を言うものよ」
「歴史が……繰り返す?」

 何気なく述べられた“歴史が繰り返す”という言葉に、私は多少引っ掛かりを覚えた。その疑問を解消するべく、紫さんは自らの説明に補佐を加えながらフォローしていく。

 曰く、ご存知の通り(それほどご存知でもないのだけど)妖怪とは長命な生き物。永き寿命を生きる彼らからしてみれば、人間の百年にも満たない活動は、生まれてから死ぬまで同じ事を延々繰り返している様に見えるのだと。
 付け加えるなら、人間の人生がある一点の時期にまで辿り着くと、そこを起点にして再び過去と似たような行動を繰り返し始める。
 生まれて十年、三十年、六十年目といった一定の周期を迎え、記憶の糸は一旦途絶える。彼らの歴史は巻き戻り、再び同じ様な行動を始めてしまう──様に見えてしまうらしいのだった。妖怪達からの視点では。
 よく『歴史は繰り返す』といった言葉を聞く。私の中のイメージだと、その手の言葉を使うのは頭髪もすっかり薄れ立派な白髭をたくわえた、村の長老といった肩書きがよく似合うヨボヨボのお爺さんだ。
 永い時を生きた者からすれば、確かに人間の歴史なんて繰り返しループされている様に見えるのかもしれない。
 紫さんが語る話は、つまりはそういう人と妖の視点の違いから覗いた世界の片側を指していた。

「勿論それは真理ではない。あくまで妖怪側から覗いた、人類の歴史の一側面というだけ。
 実際は違うわ。未来が予定されていて、人々がループを繰り返しているなんて事象は“有り得ない”のよ」

 ハッキリとした否定。そんなワケがあるものかといった具合に、紫さんは凛として紡いだ。
 その理由というのが───

428黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:13:55 ID:mCm9debw0


「三つ目の世界の層。それが『記憶の層』。
 この層の働きこそが、世界のループを拒んでいるの」


 曰く、万物が出来事を覚えるのがこの層だと。
 これは今まで出てきた二つの層と違い、ピンとは来ない。『物理』と『心理』は人間のごく身近な環境に確固として漂う理だけども、三つ目の『記憶』とは果たしてどういう事なのか?
 流石の私も首を捻りながらクエスチョンマークを頭上に浮かべると、紫さんは何処からともなく(本当に何処から?)正四角形の物体を一個、取り出して見せた。

「何ですか、それ?」
「見ての通り、賽子よ。極々普通で、種も仕掛けもございません」

 どちらかと言えば賽子本体より、何処にあった物なのかが気になるのだけど、ここは『夢』の世界のようなもの。ただ念じれば具現化出来るのだとすれば、種も仕掛けもないのは本当だろう。気にしたら負けなんだ、きっと。

「例えば、この賽子を一回振って『一』が出たとします」

 紫さんは袖を抑えながら屈み、手に持つ賽子を石段の上へと軽く落としてみせた。
 出た目は……『一』。偶然か必然か、宣言された目の数とピタリ一致。

「それではマエリベリー。質問よ。
 もう一度この賽子を全く『同じ条件』で振ると、賽の目はどうなると思う?」

 付加された条件とは『賽子の初期条件を前回と完全に一致させたなら』という内容。
 つまり位置、角度、力の入れ具合も全く一緒にするという条件で再び振ると、賽子はどうなるという問い掛けだ。
 私は凡そ直感で問題に答えることにした。

「前回と同じ目になる、ですか?」

 別段、おかしな解答にはなっていないと思う。合理的に考えれば、そうなったって何の不思議もない。

「なるほど。じゃあ、試してみましょう。これからさっきと全く同じ条件で、この賽子を振ります」

 ふわりと紫さんの腕が舞った。
 舞ったというのは無論比喩であり、地に落ちた賽子を拾い上げ、もう一度袖を抑えながらそれを構える彼女の姿が、残像を残しながら緩慢に動いたように錯覚したからだった。


 果たして、賽子の目は私の出した答えとは異なり───『六』の目をひけらかしていた。


「残念。結果は前回とは違ったわね」


 ……いやなんか、納得いかない。
 というのも当たり前の話で、普通に考えれば「そりゃそうでしょう」と不貞腐れたくもなる当然の結果だ。
 まず『賽子の初期条件を前回と完全に一致させる』という条件が極めて困難だと思うし、確かに今の紫さんの挙動は最初に投擲した動きをトレースさせている様には見えた。
 だからといって、実際どうかなんて分かりっこない。というか、そんな神技が人為的に可能なのだろうか。なにか、専用の装置のような物があればまだしも。

「貴方の不満顔は尤もでしょうけど……実際に今、私は確かに一回目の投擲を完璧にトレースしたわよ?」

 自己申告なんかで「したわよ?」とか自信満々に言われてもなあ。

「いえいえ。この程度の単純計算なら、我が未熟な式神ならともかく、私に掛かれば充分可能よ。
 位置、角度、力の入れ具合も完璧に計算した結果として、この賽子は『六』の目を弾き出したのですわ」

 正直、半信半疑だけど……そんな技巧が可能か不可能かなんて話題はどうでもいい。
 重要なのは『全く同じ条件で振ったに拘らず、前回と異なる目が出た』という結果。紫さんが言いたいのは、その事だろう。

「前回で『一』が出たという事実を、“この賽子が覚えている”以上、同じ確率になるとは限らない。
 何故なら『記憶の層』がループを拒む性質を持っているから。万物に蓄積された記憶が、過去のある一点と完全に一致する事はないの」

 曰く、物理の層が物理法則で、心理の層が結果の解釈で、記憶の層が確率の操作を行う感じで、相互に作用して『未来』を作るのだと。
 この世の物質、心理は全て確率で出来ていて、それを決定するのが記憶が持つ『運』だと紫さんは付け加えた。

 この事実は、『未来が予め予定される事は有り得ない』という結論へと結ばれる。
 理由は、万物に宿る記憶の層の性質上、世界は決してループすることがない、という理論。
 これこそが、紫さんの持論だという。

429黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:16:08 ID:mCm9debw0

「じゃあ……紫さんは一体どっち側なんですか?」
「……と、言いますと?」

 実にして要領を得ない質問が口から飛び出してしまったものだと、言い終わって後悔してしまう。
 この話を一通り聞いて、私は少し混乱している。当たり前だ、いきなりこんなスケールの理論をさも当然の表情で聞かされたならば、普通は受け入れたりしない。
 でも私はどういう訳だか、紫さんの話を疑おうなんて思いもしなかった。そして一方で、彼女の立場に確かな疑問が生じ、今みたいに曖昧な質問を投げ掛けてしまう。

「最初に貴方は『妖怪側から見た人間の歴史はループを繰り返している』と仰いました。
 でも……言うまでもなく貴方自身がその『妖怪側』の視点の筈であり、でも一方においては歴史のループを否定しています。
 じゃあ紫さんの立場は、果たして『何処から』覗いたモノの視点なのかなって……」

 八雲紫という女性は、賢者とはいえ妖怪だと聞かされた。
 長命な妖怪であるなら彼女自身が例に出したように、人間達の歴史は滑稽な反復行動に見えているんじゃないだろうか?
 それこそが私の抱いたちょっとした疑問だった。でも彼女は「何だそんなこと」とでも言いたげな面貌に変わり、こう答えた。

「賢者として幻想郷を囲うにあたり、様々な人脈・妖脈が必須となる懸念や課題も多々出てきます。
 一例として、八雲の者はとある“頭の良い人間の家系”と代々、良好に及ぶ関係を結んできました。あまり世間には公言せず、秘密裏に……という形ですが」

 それが───稗田の一族。
 その名前を聞いて、私の脳裏に阿求の健気な姿が自然と浮かんだ。
 この世界で出来た私の友達、稗田阿求。今思い返してみると、あの子はスマホに写った紫さんの写真に対し『八雲紫様』と敬称を付けていたように思う。

「その頭の良い人間は、体験した記憶を全て本に書き留めて代々受け継いできた家系なの。
 だから永く生きてきた妖怪にも、記憶の少ない人間にも判らない世界が見えてくるんでしょうね」
「じゃあ紫さんが今語った論は元々、阿求──彼女から伝え聞いた話で……?」
「というより、遥か昔に彼女の一族の者とそういった議題を交わした記憶があるわね。
 表沙汰にはされていないけど、稗田は独自のパイプを用いて時折、妖の者と接触する。幻想郷のバランスを取るって名目だけど、腹の内では人間側を優位に立たせる為に。
 結果として稗田家は様々な視点から歴史を俯瞰する術を得て、現在までの人里の特異な位置付けに立場を構えているのよ」

 ……何だか、私が想像していた以上に阿求という人間は大物だったみたい。
 力は私と大して変わらないどころか、人並みに悩み、躓き、それでも懸命に歩もうとする格好はどこまでも一般的な『人間』を体現しているというのに。

 人間側でありながら、裏では妖怪達とのコネクションを密かに繋げる稗田家。
 妖怪側でありながら、特異な人間達へと協力関係を築き世界の理を見る八雲。

 同じ妖怪でも、八雲紫という存在は格別に異端らしかった。
 異端ゆえに、通常では見えない世界の裏側が見えてくる。
 理の陰で蹲る深淵の幕を、まるでスキマを覗くかの様に。

「だから私は少々特殊。無論、立ち位置としては妖怪側なのだけど。
 幻想郷のバランスを保つ為には、人間との架け橋を担う役割がどうしたって必要なのよ。良くも悪くも、ね」

 そう言って彼女は西方の彼方に沈み往く陽光と、尚も途切れることの無い七色の架け橋、そしてその奥に煌めく七星の連なりを順に眺めた。


「……と、まあそんなこんなで、この世には今話した『三つの層』があり、宇宙を成り立たせているのよ。ここまでは理解できたかしら?」
「あ、はい。……何となくは」


 一呼吸を置いて、紫さんがこちらへと振り返る。
 未だ空に残る優雅な黄昏色が、その流麗な金色の髪に溶け込むように絡む様は、まるでキラキラと光る海辺の砂粒を思わせた。
 どこを取っても美女たる要素が有り余る程に存在感を醸す紫さんに見惚れる一方で、私の頭の冷静な部分では、今の話がほんの前置きに過ぎないことを理解している。

「でも、紫さん。今の『三つの層』の話は、一体何処に繋がるんですか? 元々、私と紫さんの住まう『世界』の違いについて説明されていた筈ですけど」
「うん。貴方、思った以上にずっと賢くって柔軟な頭をしてるみたいね。流石は私」

 どうやら彼女は一々茶化さなければ話を前に進められない性格をしてるらしい。やっぱりこの人、回りくどいわ……。

430黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:17:34 ID:mCm9debw0

「今の話の、特に『記憶の層』のくだりを下敷きにしておいて欲しいのだけれど。
 DIOの言う『一巡後』……つまり私から見た貴方達の世界は、別の宇宙である可能性が非常に高い」

 別の宇宙。それはつまり、銀河の果て同士にある別々の地球……という意味ではなく。

「SF的に言うなら……平行宇宙という言葉がしっくり来るわね。
 それもただの平行宇宙ではなく、私の知る世界に存する事象線上が一旦は終焉を迎え、宇宙が行き着く所の特異点に辿り着いた──その『先』に生まれた『新世界』……それが貴方達の世界」

 一巡後とは宇宙が究極の終わりにまでとうとう辿り着き、夜明けと共にまた新たな宇宙が誕生した先の世界を云う。
 実に……実に巨大なスケールで展開された話を、私が持つ知識を総動員させて頭の中で組み込んでいく。

 紫さんが話したような内容に、昔見た本だったか……とにかく私は覚えがある。
 確かアレは、そう。

「それって例えば……『サイクリック宇宙論』、とかですか?」
「あら、よく知ってるわね。そうね……人間達の理屈だと、それに近いかもね」

 サイクリック宇宙論。
 宇宙は無限の自律的な循環に従うとする宇宙論。
 例えばかのアインシュタインが簡潔に考えを示した振動宇宙論では、ビッグバン(誕生)によって始まりビッグクランチ(終焉)によって終わる振動が永遠に連続する宇宙を理論化した、とか云々かんぬん。
 こういう専門的な知識はまたもや蓮子のお家芸だから、私では上手く言語化出来ないけど。
 要するに『この宇宙は既に誕生と終焉のサイクルを幾度となく繰り返して生まれた後の宇宙である』みたいな理論だったと思う。

「私の住む地球が……そうね。例えば『50回目に創造された宇宙』と仮定しましょう。
 一方でマエリベリー。貴方達の住む地球は『51回目の宇宙』の次元、という論が私やDIOの仮説なのです。
 尤もそれは52回目かもしれないし100回目なのかもしれないけど、そこは重要じゃない」

 私の口は、情けなくも半開きになっていたかもしれない。
 こんな壮大な、都市伝説の域を遥かに超える奇説をさも当然のように聞かされているのだから無理からぬ事だ。
 さっき引き合いに出したナンタラ宇宙論だって、別に学者間で決定的な根拠などある訳もなく、世間的にはトンデモ論に位置付けられる突飛説に過ぎないのに。

 でも───だからこそ面白いし、胸が高まる。
 何故って? そんなの私がこの世の謎を暴く『秘封倶楽部』の一員だからに決まってるじゃない!

「でも紫さん。幾ら別々の宇宙の世界だからといって、新宇宙が生まれる度に『地球』そっくりな惑星までもが新たに生まれるものですか?」

 私達の地球だけが知的生命体の住む星なのだとは別に思わない。
 でも紫さん達の話を聞く限りでは、彼女達の住む地球と私の住む地球は酷似している。例のレースの存在など、要所では微妙に食い違っているみたいだけども。

「あら。私と貴方の存在自体が、貴方の疑問に完璧に答えているのではなくて?」

 と、紫さんはこれ以上ないくらい美麗な笑顔を私へと向けてきた。首を傾けながら微笑む美女の絵は、同性の私すらをも虜にさせかねない程の破壊力を秘めていて、思わず返答に窮してしまう。

「ま、理屈じゃあないみたいよ。原初の成り立ちっていう構造なんて。
 宇宙の果てを知らないように、たかだか幻想郷の一賢者である私如きではそんな謎、知らないものね」

 開き直ったような素振りで、紫さんはぷいと視線を外した。知らないものねと言いつつ、実はこの人は何もかもをも知っている上で、敢えて含んだ言い方をしてるんじゃないかしら、とたまに訝しげずにはいられない。
 それに『理屈じゃあない』というのも真実で、私と紫さんがただの他人じゃないという奇妙な確信が私の中にあるのだって、きっと理屈じゃあないのだから。

431黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:19:13 ID:mCm9debw0


「あ、もしかして」


 ここまでを考えた時、私にはある考えが閃いた。
 先程にも出た『記憶の層』とやら。この層が、私と紫さんの間で繋がる『奇妙な確信』に一役買ってるのではないか、という考えだった。
 物が過去の出来事──それも宇宙が一巡してしまうくらいに途方もない過去すら──を覚えているのが『記憶の層』だとすると、私と紫さんが出会ったことによってその層がある種の『シグナル』を発している、とは考えられないかしら。

 厳密には違うのだろうけど、分かりやすいようにここでは敢えて『前世』という言葉を充てさせてもらう。
 紫さんが私の前世である事は、この世界の記憶の層に刻まれる『マエリベリー・ハーン』が無意識下で覚えている。
 だからこそ私は彼女に並々ならぬ親しみを感じていて、逆に紫さんも私からのシグナルを受け取っている。私が立て続けに祈っていた『SOS信号』とやらも一種のシグナルで、紫さんはそれをキャッチしてここまで来た。
 私は前世の記憶を無意識の内に覚えている。記憶の層が物だけでなく人の意識にも適用されるというなら、充分に信憑性のある仮説じゃないかしら、これって。

 素人なりだけど、当事者なりでもある拙い意見。私がこの考えを紫さんに話すと、彼女はそれはそれは嬉しそうに頷き、愛用の扇子をパタンと閉じた。

「私が言いたかった事はまさにそこよ、マエリベリー」
「宇宙は終わりを迎え、また新たな宇宙が新生される。そして新たな地球が生まれる。でも……」
「ええ。記憶の層の話は、ここに繋がるの。新宇宙が創造されたとして、その事象が必ずしも歴史のループとはならない。一見これらは繰り返された宇宙規模の歴史の様に見えるけども、それは大きく違う」
「何故なら、私と紫さんの様に『似ているけども別人』といった事例や、前の地球には無かった『SBRレース』の存在が、歴史の繰り返しを否定している他ならぬ証左……ですね」
「そういうこと。では何故、似た地球が生まれながらこのような露骨な差異が現れるか……?
 それが『記憶の層』の働き。たとえ宇宙が終わろうとも、層に刻まれた幾多の記憶がループを拒もうと反発作用を起こす」
「そして記憶の深層に眠る無意識下での化学反応が、私と紫さんの魂に『共感』の信号を齎した」
「記憶の層とはつまり、物事ひとつひとつが歩んできた夢想の歴史。そしてこの宇宙全体が記憶する壮大な書物そのもの。
 原始からの全ての事象、想念、感情が記録されているという世界記憶概念──アカシックレコードの様なモノなの」


 紡がれる言葉の数々が私の瞳に真実となって映り、まるで踊りを舞うように煌めいた。


「私とマエリベリーが出逢った。その事実に大宇宙の意思が関し、引力となって互いを引き合わせたのなら。
 これこそが『運命』でしょう。そして、この運命には必ず『意味』があると私は考えます」


 それらはとても美しい言葉が羅列する唄のように聴こえ、同時に儚さをも纏っていたように……私は感じた。


「私がマエリベリーと出逢えた事に『意味』があると言うのなら。
 その意味を、私達は考えなければならない」


 ここまでは、単なる余興。
 最後の本題とも言うべき言葉が次に続いて、私は己の存在意義へと疑を投げる事となる。

432黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:20:17 ID:mCm9debw0

「ここで一つ、過去を振り返ってみましょう。
 貴方は……如何にして結界を越える事が出来るのかしら?」


 賢者の問い掛けは、とても単純な内容で。
 私の原点へと立ち返る疑問を孕んでいた。


「それは『時』だったり、『場所』だったり。
 貴方の能力が発動し異界へ足を運ぶには、そんな条件が必要だった筈よ」


 私の能力。境目が見える程度の力について、根底的な謎。
 紫さんが言うように、私が『境界』を越えるには幾らかの条件が必要だった。
 私と彼女が出逢えた事が運命だとするのなら。
 その運命に意味があったとするのなら。
 引き合わせた『引力』とは、物理的にはそもそもどういった力か?


「貴方自身も、薄々感じてたんじゃなくって?」


 薄々、とは思っていた。
 今までの紫さんの話を聞いていて……ひとつ、筋が通らない事がある。
 というよりも、この筋が通ってしまえば……到底信じられないような、とんでもない事実が生まれてしまう。
 心のどこかで見ないようにしていた、私自身の謎。


 単純だ。
 それは私の『真の能力』について。


「今まで不思議に思わなかったかしら?
 『私と貴方が過去に出会った事がある』。それ自体の不整合性──矛盾について」


 そう。矛盾なのよ。
 言うなら、私と紫さんは表裏一体の存在。
 自分の前世の存在と会話している今現在そのものが、既に道理に沿ってないのだ。
 しかし事実として、私は過去にも幻想郷へと赴いた事がある。子供の頃には、紫さんらしき女性にも会っている。紫さん本人も、私と会った事があるとまで漏れなく発言している。食い違いは、無い。

 違う宇宙に生きる自分自身へと、私は遭遇しているのだ。
 現在の、この特異過ぎる状況の話ではない。
 過去の、日常生活の中で、だ。
 そこに疑問を挟むことさえ出来たのなら、真実など思いの外、単純で、簡単で。


 ───途方もない、現実だった。



「結果から述べると……マエリベリー。
 貴方の真の力は、言い換えたなら……


 ───『宇宙の境界を越える能力』、って事になるわね」



 そういう事に、なってしまう。
 だって紫さんが住む幻想郷が、私とは違う宇宙の場所ならば。
 過去に其処へと到達した経験のある私は、宇宙を越えたことになってしまうのだから。
 意図しない所ではあったけど、私は自らの能力を使って『禁断の結界』を乗り越え……また別の平行宇宙に存在する地球へと辿り着ける。
 一巡前だろうと、一巡後だろうと、無関係に。



 それが、私。
 マエリベリー・ハーンの、本当の能力。



            ◆


 この時点でのメリーではまだ知り得ない事実が『二つ』ある。
 無力でしかなかった少女の力はまさに。
 DIOとエンリコ・プッチの二人が焦がれ、求めてやまない境地であったこと。
 今在る宇宙を終わらせてまで欲した、全く新しい新世界──『天国』へと、その少女は扉を開いて行くことが出来る、神の如き力の片鱗を有していた。

 そしてもう一つ。
 まだまだ不安定なその力は、もう一人の自分──八雲紫との邂逅を経て、深層下で目覚めつつあるという事。


 冷たいままであった蛹は今、誰も見たことのない羽を彩った蝶へと羽化しようとしていた。

 邪悪の化身が握ろうと企む操縦桿は、まさに───


            ◆

433黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:21:24 ID:mCm9debw0

『エンリコ・プッチ』
【夕方 16:10】C-3 紅魔館 食堂


 天国への階段──ステアウェイ・トゥ・ヘブン──


 かつてDIOが目指し、別の未来においては“後継者”エンリコ・プッチが到達した新世界。
 時の加速を経て、神父は其処への螺旋階段を駆け巡り……『天国』を実現させた。

 そして、今。
 其処へ到れる唯一つの螺旋階段。
 望み、焦がれた『天国』への階段を。
 気の遠くなる程に長い階段を経る必要すらない、秘宝の如く隠された近道が存在するのなら。

 其の『扉』とは、何処にあるのか。
 其の『鍵』とは、誰が握っているのか。


 天国への扉──ヘブンズ・ドアー──


 とある吸血鬼は。遥か東方の小さな島国にて──その少女と運命的に出逢った。
 天国への扉。その『境界』の向こう側に、男の望む楽園は広がっているのだろうか。

 扉の『鍵』は、二つ。
 鍵となる女は、鏡写しの様に似通った形をしていた。


 天国より創られし楽園──メイド・イン・ヘブン──


 理想郷は、すぐそこに在る。


(DIOは理解していたのだ。『あの少女』が天国への鍵となる、大いなる可能性だと)


 神父は心の中で、ゆっくりと唱える。
 神へと祈るように、友を讃える想いを。


(我々の勝利だ、DIO。今日という素晴らしき日を、私は生涯忘れないだろう)


 その少女と巡り逢えた幸運を。
 その少女と巡り逢えた引力を。
 その少女と巡り逢えた運命を。

 この素晴らしき世界──The World──を、DIOと共に祝福しよう。

 What a Wonderful World...


「私達の望んだ天国。それが今日、叶う」


 もしも……未来に起こる不幸が確実な予知となって、人々の脳裏を過ぎったとしても。
 運命の襲来に対し『覚悟』出来るのならば、それは絶望とはならない。
 覚悟は絶望を吹き飛ばすからだ。


「私が創り上げる宇宙とは、そういった真の幸福が待ち受ける世界なのだ」


 そんな世界が、もしも存在するのならば。
 人々が『前回の宇宙』で体験した出来事を、そのまま『次の宇宙』にまで“記憶を保持したまま”持ち越す事が可能ならば。
 言うなら『記憶の層』と呼べるような事象があり得、人類全てに根付いた記憶が無意識的に未来を予知出来る世界を生み出せたなら。
 
 例えば──あくまで例えであるが。
 産まれてくる息子の死という運命を、母親は覚悟して迎えることが出来るのなら。
 そうであるなら、きっと。
 息を引き取った息子を、他人の健やかな赤子とこっそり取り替える愚行など……決して行わない。
 エンリコ・プッチとウェス・ブルーマリンのような、呪われた運命に取り憑かれる非業者も……次第にいなくなり、完全に枯渇するだろう。

 神父には、そんな奇跡が可能だった。
 いや、可能だと疑ってもいなかった。

 親友DIOの遺した意志と、骨と、日記を読み取り。
 プッチは、そう解釈した。

 そしてそれこそが、親友DIOが夢見た天国だとも。
 プッチは、そう解釈した。

 未来は予定されている。
 歴史は繰り返される。
 プッチは、そんな奇跡を望んだ。

434黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:23:50 ID:mCm9debw0


「まことに儚く、諸行無常……です」


 鮮やかであった瞳の色を無に薄めながら、女は虚空へと力無げに呟いた。
 穏やかながら隆々としていた生気は、消滅へと限りなく近付いている。
 彼女の生存がもはや絶望的だという確たる証明が、その覇気の無さに現れていた。

 それも止むなし。
 ホワイトスネイクから円盤を抜かれた者であるなら、如何な超人であろうと賢者であろうと、魂を強奪される事と同義。すなわち死だ。
 白蓮が覗かせてしまった僅かな隙の起因は、神父が予め額に潜ませておいた『ジョナサンのDISC』。トドメの刹那、彼女はその光景を目撃し陥ってはならない思考に囚われた。

 ───もしこのまま神父を貫いたなら、彼と一体化しているジョナサンの円盤はどうなる?

 分かりはしない。しかし最悪……神父の死に釣られて円盤も“死ぬ”のではないか?
 生まれた躊躇はそのまま硬直と化し、神父が貪欲に窺っていた反撃の隙を生んだ。

「今の台詞は……君が求めた理想への皮肉か?
 それとも……永久不変の幻想を憂う、胸の内に抱えた本音か?」

 叩き折られた右足を庇いながら、プッチは荒い呼吸で何とか立ち上がる。
 白蓮を下に見る為に。
 否。彼女よりも更に『上』へと昇る為に。

「貴方達の……『夢』の、話です」

 女の視線だけが、プッチを捉えていた。
 小さく掠れた声が、しんと冴え澄んだ食堂ホールの全域に反射したようであった。

 白蓮の生命線であるDISCが奪われたにもかかわらず、仰向きのままに倒れた彼女の声帯から萎んだ声が捻出された理由。それは、魂の痕跡が際の所で器を動かしているだけに過ぎない。
 かつて空条承太郎が娘を庇い、白蛇から額の円盤を奪われた時も同じだった。直ぐに昏倒する様など見せず、ゆっくりと眠りにつくように、次第に意識を失う事例もある。

 ただのそれだけ。
 聖白蓮は抜け殻だ。じきに意識は絶える。
 失われた円盤を在るべき場所に戻せば蘇生はするだろう。
 それを、目の前の男は決して許さない。
 神父が最後の力を振り絞り、スタンドの右腕を相手の心臓に狙い付けている構えが、殺意の証明。
 今やプッチに、瀕死の女なぞと禅問答を交わすつもりは無い。

「君の危惧した通り、さ。
 私のDISCは、体内に入れたままその者が死ねばDISCも消滅する」

 プッチの命と共に、ジョナサンの命をも喪う。
 男が白蓮に用意した天秤とは、そういった謀略を含んでいた。

「だが全ては無駄だ。君の判断で無事に済んだジョナサンのDISCはこれより、皮肉にも君の体内に仕込まれる。実の所……処分に困っていたのだよ、コイツは」

 フラフラとした様子で、男は宿敵の意志が篭った円盤を眼下へと見せ付ける。
 物理的な破壊が困難なDISCを効率よく消し去る術。神父は、白蓮の肉体を利用する手段を考案した。
 実に簡単な事だ。壊せないならば、目の前の死に掛けに“連れて行って”もらえば良い。

 不意に男が膝をついた。
 女に差し込もうと手に持っていた円盤が、コロコロと床を転がる。
 両者とも体力はとうに限界だった。格好を付けようと立ち上がる姿勢すら保つことが難しい。全く情けない醜態だと、男は自嘲せずにはいられない。
 しかし既に制した女ほどではない。歩行もままならない状態だが、スタンドの腕を練り上げる体力程度は残っていた。
 女を超人たらしめる肉体強化の魔法は、とっくに途絶えていた。すなわち、彼女の肉体的強度は常人にまで戻っている。魔人経巻も無いのでは完全に打つ手はないだろう。
 だが、やはりプッチの肉体も同様に悲鳴を上げている。このまま時を待ったとしても男の勝利は揺るがないが、別行動中のジョルノの警戒も忘れてはならない。尤も、首のアザの反応はここより近辺には無いが。


 その事に僅かなりの安堵を抱いてしまったからだろうか。
 プッチにとっては完全なる慮外者の接近に、気付くのが遅れた。



「ヘイ、お二人さん。立てないならば、肩でも貸すかい?」



 軽薄な声の主は、神父の属する一味の仲間であり。
 白蓮にとって見れば、顔も知らない赤の他人。それどころか新手のスタンド使いという認識でしかない。
 突如として姿を現したカウボーイがこの場に立つ、そもそもの因果を辿ったなら。


 かの住職の無邪気な身内が叫んだ最期の山彦が、全ての始まりだったのかもしれない。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

435黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:25:45 ID:mCm9debw0
『ホル・ホース』
【夕方 16:05】C-3 紅魔館 二階客室

 どれだけの時間を無為に浪費したのか。ホル・ホースには計りかねた。
 時計を見やると、あれから30分の時間が経過していた。これを多いと取るか少ないと取るかは判断に困るところだ。

 あれから──突如スキマから現れた謎の美女がよく分からない理屈で寝床に入ってから──護衛を任された男は何をするでもなく、ただ部屋の中で待機するだけの時間を過ごした。
 無防備な姿でベッドに横たわる女は、曲がりなりにも美女と形容するに有り余る美しさを誇っている。男の欲を刺激する美貌と肉体をふんだんに手にした女が、息一つたてずに目の前で眠っているというのだ。
 オプションとして隣には、娘か妹かと見紛いかねない程に似た容姿の少女が同様に眠っていたが、こちらはホル・ホースの守備範囲からは外れていた。
 女とはやはり、相応に経験を蓄えた齢が放つ独特の魅力。大人の女性であることが、ホル・ホースのストライクゾーンである。
 従って八雲紫は彼から見ると、是非ともモノにしたい条件をクリアした、およそ完璧な美女である。

「見た目はモンク無しだし、中身だって許容範囲なんだがねぇ」

 手持ち無沙汰に『皇帝』を弄りながら、彼女への評価を冷静に口から零す。
 「おイタは駄目よ」と媚び声で釘を刺された以上、目の前に置かれた妖しい果実を齧ろうという悪戯心などホル・ホースには湧かない。
 毒があるかも、とかそんな理由は無きにしも非ずだが、それ以前に彼は女の扱いに関しては意外と紳士な事を自称している。
 寝込みを襲うといった野蛮な手口よりも、正当な手順を踏んでの行為を望む男である。この世の多くの女性がムードや雰囲気を重視するものだとも理解しており、そうであるなら女性側の気持ちを尊重してあげたいというのが、誰に問われた訳でもないが彼のモットーだった。

 以上の至極尤もな理由で、彼が八雲紫に手を出すことは無い。当人が望まない限りは。
 第一にして、女癖のある彼であろうと、今の状況で色に溺れるほど現実が見えてない訳でもない。下手をすれば返り討ちにあって死ぬ、なんて事も普通に起こり得る。

 よって、この男は暇を持て余していた。

(……さっきから建物全体が響いてやがる。DIOのヤローが戻ってきたら、オレァなんて説明すりゃいいんだ?)

 予想以上に長く、紫の意識が戻らない。
 待機中に気付いたことだが、よく考えればこの部屋にはDIO達がいずれ戻ってくるに違いない。
 その時、ベッドに眠る彼女達を訝しんだDIOは、きっと現場責任者のホル・ホースに説明を要求するだろう。その場は誤魔化しきる自信はあるし、そもそもホル・ホースに現段階で過失は見当たらないので、誤魔化す必要すら無いかもしれない。
 が、面倒だ。少なくとも紫から(一方的に)任された護衛の任務は、あえなく失敗する未来が見える。

 とっとと目を覚ませ。さっきから浮かぶ言葉はそればかり。
 いよいよとなれば彼女を見捨てる決断も視野に入れてきた頃、外野の『騒音』が間近に迫ってくるのを、男の耳が捉えた。
 敢えて考えないようにしていたが、これは戦闘音だ。それも、この部屋からそう遠くない場所で。
 では、何者との戦闘か? それを考えずにはいられない。

「まさか、だよな」

 その『まさか』であった場合、ホル・ホースには選択が迫られる。
 捜し求めていた人物がこの館に侵入しているのは分かっている。だが『彼女』は既にDIOと交戦している可能性が高く、そこにホル・ホースが割って入れば──最悪、DIOに粛清されかねない。
 馬鹿げた選択だ。『彼女』と自分には、直接的な関係は皆無だというのに。
 それでも、あのサイボーグ野郎から自分を救った恩人の少女の影が、頭から離れようとしない。


 戦闘音が、止んだ。


(……終わったな。様子を見に行くくらいなら……バチは当たらねーか?)


 チラとベッドの女二人を一瞥する。
 起き上がる気配すらない。部屋を出れば、紫の頼みごとに反する。


 (様子を……見るだけだぜ)


 男は壁に掛けていた相棒のカウボーイハットを手に取り、音も無く部屋から退出した。
 約束を破るという行為が女をどれほど不機嫌にさせる起爆剤となるかを、深く理解しつつも。

            ◆

436黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:27:29 ID:mCm9debw0

『命蓮寺か、たしかお前が住んでるとこだったな。で、その聖様とか言う奴はそんなに強いのか?』

『もちろん! 聖様は阿修羅みたいに強くって、お釈迦様みたいに優しいんだから! それにね、それにね!───』


 確かあの声のデカいガキンチョは、聖白蓮の事をそう評価していたか。
 オレの知る住職サマのイメージは、そこに転がっている女の着こなす恰好とは大きくかけ離れていた。詳しくねーが、寺の住職っつーのはバイクスーツみてーなスタイリッシュなのが普段着なのか?
 いや、偏見は良くねー。住職でもバイクくらい乗るだろーし、だったらこんなボディラインの強調されたスーツだろうが着るだろう。
 つか、想像以上にべっぴんの姉ちゃんというか……エロいな。本当にこのチチで住職か? こりゃさっきのスキマ女並みに上玉じゃねーの? いやいや、ンなこたーどうでもいい。
 ……それより、生きてんのか? お陀仏ってんじゃねえだろうな。


「お前は……ホル・ホース、か」


 長テーブルに腰掛け肩で息をする神父服の男が、背後に立つホル・ホースを振り返って言った。
 脈絡なく現れたホル・ホースには、今目の前で苦しそうにしている神父の顔に見覚えがある。さっきエントランスでDIOと共に居たプッチとかいう男。
 となればDIOもどこか近くに居るのかも知れない。迂闊な行動は自らの首を絞めるだろう。


「素晴らしいタイミングで現れてくれた。そこに落ちている円盤を彼女の額に嵌め込み……ホル・ホース。

 ───聖白蓮を……撃て」


 肉体の負傷が激しいのか。プッチは呼吸するのも一苦労といった様子で、ホル・ホースに指示を飛ばす。
 足元には神父の言うように一枚の円盤が光っていた。先程聞こえた会話から察するに、件の『ジョナサンのDISC』だろう。
 腰を屈めて手に取ったそれは通常の円盤と違い、グニャグニャした手触りがなんとも奇抜だ。ホル・ホースはこれが、白蓮が追っていた重要な物品だという事を心得ている。
 これを相手の額に挿したまま命を奪えば、円盤ごと消えるという事も聞いた。

 合点がいった。プッチは、白蓮とジョナサンの二名を同時に殺害するつもりか。

「どうした、ホル・ホース。DIOからは君が極めて優秀な銃士だと聞かされている。
 見ての通り、私は多大なダメージがある。“君”にやって欲しいのだ」
「……ああ、なるほど。そういう事ですかい」

 状況は、極めて厄介。
 ここで白蓮を撃つのは容易い。見たところ彼女は反撃する様子など微塵も無いし、言われた事を行動に移せば神父やDIOからは小遣い程度の信頼くらいは貰える。
 しかし、その前に彼女とは一言二言交わすべき言葉がある筈だ。何よりもその事を最優先として、今の今まで会場中を彷徨っていたのだから。
 その努力が、全部パァとなる。それだけならまだしも、響子の気持ちを最悪な形で裏切る結果となる。


 何よりも、女は撃ちたくない。美人であるなら、尚更。


「神父様。DIOのヤロ……DIOサマは今、どちらですかい?」
「彼は地下に現れた下賎な敵と交戦中だ。尤も、時間の掛かる仕事にはならないだろう」
「そうですか」

 神父の目の前で、白蓮と言葉を交わすことは可能だろうか。
 危険はある。ホル・ホースとプッチは現状、仲間の括りに纏められており、そうなると白蓮は建前上──敵だ。リスクの芽がある以上、考え無しに水を撒くと後の開花が怖い。
 それにプッチとて、ホル・ホースがNoと断れば自ら動くだろう。少し疲れたから仕事を代わってくれないか、程度の代役なのだ、これは。


 本当に、極めて厄介なタイミングで顔を出してしまったものだ。オレとしたことが。
 周囲を確認する。白蓮が破壊した痕であろう壁の大穴以外、密封されたホールであり人目は無い。

437黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:29:07 ID:mCm9debw0

「人は誰しもがカンダタとなりうる。そんな世の中で白蓮……君がやろうとした行い。そしてやろうとしなかった行いは、誰にも責められるべきでない。
 地獄に堕ちてでも私を殺害しようとした決意は称賛しよう。だが、やはり『覚悟』が足りなかった。
 ジョースターを道連れにしてでもとは考えず、垂れ下がった一本の蜘蛛の糸を彼に分け与えようとした。皮肉な話だが……君の敗因はそれだ」


 銃を構えて白蓮に狙いを付けるホル・ホースの背後。
 プッチは最後に語った。

 人は恥の為に死ぬ。
 聖白蓮はこれより、己が抱いた『迷い』という名の恥によって殺される。
 このような悲劇を生まない為にも、プッチは夢を創りあげようと手を染めているのだ。
 理解を求めようとは思っていない。彼の理解者は、唯一の友人だけで事足りた。
 未来が予定されてさえいれば。
 自らに訪れる困難を全人類が予め覚悟出来れば。
 聖白蓮は、こんな末路を辿ることも無かったろうに。


「感謝しよう聖白蓮。
 君の迷いが私に勝利をもたらし人類を幸福に導く礎となる、『天国』の為の運命に……感謝しよう」


 その言葉が、エンリコ・プッチが世に遺した最期の言葉であった。



「じゃあオレが“こうする”未来は……覚悟出来ていたかい? 崇高なる神の代弁者さんにはよォ」



 倒れた白蓮を貫く未来はいつまで経っても到来せず、唐突に背後を振り返ったホル・ホースがプッチの心臓に銃口を向けた。


「そんなに天国へ行きてぇなら、オレが連れてってやるぜ」


 パンと、不気味な程に静かな破裂音が一発だけ轟く。


 〝善〟も〝悪〟も無い。
 崇高な目的など芥程も考えていない。
 今撃つべきクソッタレの邪魔野郎はこの神父だという、単なる直感。
 神も運命もどうだっていい。
 信じるは己の経験とカン。それに従って、引き金を引いただけ。
 迷いなんか、あるか。
 人を撃つ覚悟など、どれだけ昔に済ませたかも覚えていない。


 僅かな震えも起こさず、〝白〟にも〝黒〟にも属さない、只々無機質な〝灰〟の弾丸が───神父の臓腑を、正確無比に穿った。


 赤黒い血飛沫が神父の空いた胸から散った。
 弾丸が背へと貫通することは無かった。銃士の卓越した技術が、心臓を通過した一瞬のタイミングを狙って弾丸を解除するという神業を成功させたからだ。
 これで死因となる弾丸痕は胸の一つのみ。なるべく死体には目立つ傷を付けたくなかった。
 血の溜まり場に沈んだプッチの遺体をホル・ホースは慎重にうつ伏せの形へと覆した。焦げ付いた風穴が神父の胸と床との間に隠れる。一目では『銃殺』とは気付かないだろう。無論、少し遺体を検分すれば即座に見抜かれるだろうが、やらないよりかは随分とマシだ。
 『犯人』がこの自分だと気付かれるのは、勘弁願いたい所だった。こんな雑な工作にどれほどの意味があるかなど分かったものでは無いが、後から本格的に死体遺棄へ移せばどうとでもなる。

「返り血は……よし、掛かってねえな。
 オイ! 聖の姉ちゃん、まだ意識はあるよな?」

 ホル・ホースはそれきりプッチの殺害など忘れた過去のように、ピクリとも動かない白蓮の元へ駆け寄った。
 真っ先に呼吸を確認する。今にも途絶えそうな程に弱々しい。


「あ、なた…………どうし、て…………?」


 虚ろだった女の視線が、僅かに彷徨った。小さいが、声もしっかり届いた。
 この瞬間、ホル・ホースが胃の奥に今までずっと溜めていたドロドロとした気持ちがとうとう溶け始め、解消された。
 長かった。アレは今日の朝方……いや、まだ日も出てない時間帯だから、ちょうど半日くらいか。
 山彦が吼えた瞬間を、まだよく憶えている。必死に耳を閉じようとした気もするが、隙間からヌルりと侵入してきた少女の最期の雄叫びは、ホル・ホースをひどく動揺させた。
 本当の所は、寅丸星が逝く前に辿り着くべきだった。それに間に合わなかったのは誰のせいでもなく、運が無かっただけ。そう思おうと努力した。

438黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:32:34 ID:mCm9debw0


「オレの名はホル・ホース。聖白蓮だな? アンタをずっと捜してここまで来た」


 最悪の事態には間に合ったらしい。正直、聖白蓮の生存も半ば諦めかけていた所だ。余計な死体が一つ生まれてしまったが、彼女さえ無事ならば後は共にトンズラこくなりすればいい。
 教誨師を撃つという非道の罪にも、さほど心は痛まない。この神父に怨みは無いが、まあ『運』が無かったんだろうと切り捨て、女との会話を優先した。

「わたし、を……?」
「そうとも。響子の嬢ちゃんに頼まれ……たわけじゃあねぇんだが、オレなりのケジメだ」

 響子。その名前を出した時、白蓮の瞳に色が灯った。
 懐かしい響きに寄り掛かるように、灯った瞳をそっと閉じ……涙を流した。

 優しい涙だな、とホル・ホースは思う。
 この綺麗な一雫を間近で見れただけでも、今までの苦労が全て救われたとすら感じた。

「そ、ぅ、ですか……。あの娘は、貴方と……」
「オレもあのガキに救われたクチさ。響子ちゃんは本当にアンタと、その……寅丸星の事を最期まで想っていたぜ」

 一瞬、口ごもった。その響子を殺害した張本人の名前を出す事に。
 幼い少女へあまりに惨い運命を用意してくれたもんだと、ホル・ホースは今更ながらに歯痒くなる。

「星から、事の顛末は聞いております。彼女も、その罪を償おうと改心してくれましたが……」

 今度は白蓮が口ごもる。
 改心した矢先の……悲劇を思い出してしまったから。

 沈黙が場を支配した。
 遣りきれない思いがあって当然。
 幽谷響子も、寅丸星も、聖白蓮も、ホル・ホースも。
 誰一人として救われない結末を経験したのだから。


 逸早く沈黙を破ったのはどちらだろうか。殆ど同時だったように思う。
 ホル・ホースは彼女らほどの悲惨を迎えてはいないし、本来のひょうきん者の性格が一助になったからか。
 聖白蓮は当事者であり少女らの家族のような位置付けであったが、同時に命蓮寺の長たる立場だからか。
 この沈黙に意味は無い。黙祷するならば、然るべき時と場所を用意すればいい。
 やがて、どちらからともなく口を開け……先んじてホル・ホースが、うっかりしていたとばかりに立ち上がった。

「……とと。いや、話は後回しだ。アンタ、例の円盤を抜かれたんだろ?」

 今、額に戻してやるからな。
 男はそう言って慌てて神父の遺体をまさぐり、程なくして白蓮の物らしき円盤を発見した。


「見っけたぜ。これだろ? お前さんの───」


 嬉々の表情で、ホル・ホースは白蓮に確認を取るために振り返った。





「───そこに居るのはホル・ホースか。聖白蓮も居るのか?」





 五臓へ沈む重い声差しに、全身が硬直する。
 金縛りとは今の状態を指すのかもしれない。
 あまりに理不尽なタイミングに、唾を吐きたくなった。
 白蓮との再会を遂げた気の緩みが、ここに更なる絶望を呼び込んでしまったのだ。


「倒れている人物は白蓮と───我が友人、プッチのものか」


 最悪は、黄昏を喰らう宵闇を顕現したように、音も無く忍び寄っていた。
 扉の開閉音があれば、このだだっ広い食堂ホールだ。直ぐに気付く。
 侵入経路は、白蓮の破壊した壁の大穴。

 そこから一人、二人……三人。


「それで? ホル・ホース。お前は一人、ここで何をやっている? 死体のすぐ傍で」
「ディ……DIO、様……っ」


 DIO。
 霍青娥。
 宇佐見蓮子。

 突如に現れた三人を前にし、然しものホル・ホースとはいえ絶望の暗幕が心を覆った。
 背中からどっと嫌な汗が噴き出す。心臓が鎖にでも縛り付けられたように、きゅうと苦しい。

439黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:36:12 ID:mCm9debw0

(み、見られたか……!? 神父を撃った所を……!)

 焦燥が体内の血の巡りを加速させる。浮かび上がった最悪の予想は、取り敢えず頭の冷静な部分で否定させた。
 銃殺のシーンを見られたにしては、登場のタイミングがやけに遅い。ホル・ホースとて目撃者には最大限気を配っていたのだから、ひとまずは見られていないと判断した。
 つまり、まだ弁明の余地は充分にある。問題はこの男がきちんと誤魔化されてくれる迂闊者か、だ。

 カツカツと優雅ったらしく靴音を立てながら歩み寄るDIOの表情に警戒色は皆無だ。ただ、当然ながら訝しんでいる。
 クソ。せめて白蓮のDISCを戻した後に現れてくれれば、まだ逃走の余地はあったろうに。
 それならば、この状況を大いに利用して誤魔化す。白蓮には悪いと思いつつも。

「オレがこの部屋へ辿り着いた時には、既にこの状況が仕上がってたんでさァ。どうやら……『相打ち』のようですぜ、こりゃ」

 自身の用心深さがここで活きた。念の為プッチの遺体に工作しておいて助かった。
 パッと見では神父の死因が銃殺とは分からない。都合の良い事に、白蓮の付近にはサーベル状の武装が一本転がっているのだから、相打ちと言われても信じてしまえる。
 何と言っても、ホル・ホースには動機がない。聖白蓮を捜してこの館まで辿り、彼女を救う為にはそこの男が邪魔だったなどとDIOに分かるわけがない。

(……だなんて都合良く考えるオレはオメデタ頭か〜!?)

 DIOという男はホル・ホース以上に用心深い男だ。世界中から部下や用心棒を集め、エジプトなどという果てに身を隠し、アジトも定期的に移動する。
 そんな周到な奴が、こんなお粗末な工作で納得してくれるだろうか?

「先程、銃声の様な音が一発聴こえた。アレは何だ?」

 ホラなクソッタレ!

「す、少なくともオレじゃあありません。二人の戦いの音が、発砲音のように聴こえたのでは?」

 苦しい! 苦しいぞこの野郎!
 どーすんだこの後始末! チクショウ、やるんじゃなかったぜこんな事なら!

「フム。……で、お前が手に持つ『それ』は?」

 膨れ上がる威圧を伴いながらいよいよホル・ホースの目の前まで来たDIOは、男が左手に持つ円盤を目敏く指摘する。
 言われて気付いた。白蓮のDISCを持ったままである事に。

「こ……コイツは」

 駄目だこれ以上は誤魔化しきれない。
 覚悟を決めなければ。DIOはきっと、うつ伏せに倒れる神父の遺体を詳しく検分する為に座り込むはずだ。遺体との位置関係からして、それはオレに背後を見せながら屈む事となる。
 そいつはこれ以上無くデケェ隙となる筈だぜ……!

「ああ神父様、なんと痛々しいお姿に……おいたわしや、よよよ……」
「DIO様……心中お察しします。私が身代わりになれたならどれほど良かったか……」

(だが……後ろのオンナ共が邪魔くせえ! チックショー、妙にヒラヒラした青い女は知らねーが、アヌビス神持ってる奴が最高に厄介だ……!)

 DIOとは少し離れた後方に、部下の女が二人いる。青い髪をかんざしで留めた女は肩に掛けた羽衣みてーな布で口元を押さえ、大袈裟なくらいに悲壮感を表現していた。(どう見ても嘘泣きだが)
 黒い帽子の女の方は、青い女と比べればホンモノっぽい悲壮感を漂わせながら神父を見つめていた。反応自体は二人共似た様なモンだが、どこか対照的でもある。
 隙丸出しのDIOを奇跡的に一発で仕留められたとして、残りの……特にアヌビス神の方はオレの『皇帝』じゃあどうにもならねえ。

 ……待てよ? この円盤を聖の姉ちゃんに嵌めれば、復活してくれんじゃねえか?
 そうに違いねえ。だったら彼女にも協力して貰って、この場を力技で何とか……!


「ディ……オ……」


 あまり芳しいとは言えない策をホル・ホースが脳内でこねくり回していた時だった。
 唐突に、倒れていた白蓮の口が開いた。

「ほう。DISCを抜かれた状態で、まだ喋る元気があるか。大した生命力だ、聖白蓮」
「プッチ、神父を……刺した、のは…………殺めたのは…………この、わたし、です」

 もはや力を揮うことすら出来ずにいる白蓮が最後に示してみせた行為は、偽ることであった。
 それも、殺生という最悪の罪への偽り。
 死に掛けていながら、罪を被る事への迷いはその瞳に映らない。

「真に罪深きは、この聖白蓮……です。
 尼で、ありながら、明確な殺意……伴って、人様を……殺め、まし……」

 この期に及んで、このお優しい住職サマは……生き意地汚いオレなんぞを庇っているのか、と。
 ハットの下で、ホル・ホースは唇を強く噛んだ。男として、なんて情けない野郎なんだと。

440黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:41:43 ID:mCm9debw0

「寺に勤める尼が神父を殺す、か。確かに大罪だな」

 ひ弱な告白をDIOが素直に信じ込んだかは不明である。
 しかし窮地のホル・ホースにとって、この上ない救いの手が垂れ下がった。
 この糸にぶら下がらないという選択は、無い。
 逃せば、死ぬのだから。

「犯した罪に、偽りなど……申しません。
 全ては……『覚悟』の、うえ…………です」

 女の眼に震えは無い。
 違えた真実で他者を欺く。
 よりにもよって、殺生の戒で。
 その行為は、嘘をついてはならないという領域の不妄語戒を破る行いでもある。
 
 白蓮は決してホル・ホースとは視線を合わさない。
 ホル・ホースの方は、白蓮のその行為から目を背けまいと、逆に視線を外そうとしない。
 そこに不自然さは無く、極めて細々とした偽りの告白が場に流れるだけであった。
 この嘘により、ホル・ホースの命は助かるのかもしれない。しかし、白蓮の命は粛清という形で確実に奪われる。
 またしても、自分は女に庇われて一命を取り留めるのだ。


「プッチは私の友であった」


 寂しげもなく、そこにある事実を告げるだけのようにして、DIOはただ伝えた。
 今度はDIOの告白だった。白蓮はどうあれ、男の告白を聞く義務がある。身内の喪失を嘆く彼女にとって、友を亡くしたという感情は分からなくもなかった。
 しかしDIOのそれは、名状し難い表情と共に無味の声色で広がった。

 男は、エンリコ・プッチの事をどう思っていたのか。
 本当に、誰もが持つような唯の友だと思っていたのだろうか。
 プッチ本人と深く言葉を交わした白蓮は、薄れゆく心中でそれを疑に感じた。失礼な事だと思いながらも。


「ホル・ホース。聖白蓮を撃て」


 DIOのただ一言だけの告白は終わり、非情な命令が飛んだ。命じられた男は、深いハットの下で僅かに目を見開く。
 わざわざホル・ホースに命じた理由を察せないほど、彼は鈍感な男ではない。
 ホル・ホースは大した逡巡もなく皇帝を右手に顕現させ、倒れる白蓮の額に銃口を狙い済ました。


 震えは、なかった。
 ならば、迷いは。


「どうしたホル・ホース。君の腕前ならば、なんの難しいことも無い筈だ。
 君と彼女は全くの『無関係』なのだからね」


 ああ、その通りだ。
 無関係。無関係なんだ、元々。
 女は撃たないっつーポリシーはあるが、テメェの命が掛かっているとなっちゃあ話は別だろうが。
 彼女だって、こうなる事を分かってあんな嘘を吐いた。
 だったら、その良心にあやかろうじゃねえか。
 これにて全部元通り。丸く収まる話だろう。

441黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:51:36 ID:mCm9debw0


「早く撃てよホル・ホース。君が撃たずとも、どの道彼女はここで死ぬのだぞ?」


 うるせえな。分かってんだよ、ンなこたァ。
 だからこうして素直に銃を構えてんだろーが。
 どの道、死ぬ。そうだ、死ぬんだよどの道コイツは。
 誰が手を下すかの違いだこんなモンは。笑わせるぜ。
 もしDIOを裏切り聖を助けたところで、オレはどうなる?
 莫大な恩赦金でも出るのか? 寺から。
 出ねーだろ。なんの金にもならねー話だろ。
 たとえ出たとして、オレはそっからどうすりゃいい?
 撃たねーっつー事は、DIO一派を敵に回すっつー事だろ。
 撃つっつー事は、何だ? オレを庇った女が一人死ぬだけっつーこったろ。
 だから言ったじゃねーか。この女はどの道、死ぬ運命なんだ。不憫だとは思うがよ。
 ああもう、クソ。これじゃオレが殺すみてーだろ、彼女を。
 いや、オレが殺すっつー話だがよ。違うだろ、これは。


「ホル・ホース。これが最後の警告だ。
 聖白蓮を、撃ち殺せ」


 何でこんな事になっちまってんだ? マジで何でだ?
 オレが何した? 何も悪い事やってねぇよな? 人生の話じゃねえ、今日の事を言ってんだ。
 寧ろ、滅茶苦茶人助けみてーな事やってきてんだろ、今まで。
 それか? だからなのか?
 人なんざこれまで散々ブッ殺してきたオレが急に人助けやり始めたもんだから、ツケが回ってきたとか、そんなんか?
 神父なんか殺すもんじゃねえぜ、やっぱり。因果応報っつー力はあンだろーな、この世にゃ。
 あー、何か初めて人を殺した時も確かこんな感じだったよな。
 あん時ァ、腕がクソ震えてたのを覚えて……いや、どうだったかな。
 どうでもいいか、昔の事はよォ。それより今だ。
 早く撃てよオレ。DIOのクソ野郎が背後で睨んでやがるぞ。
 わざわざオレなんぞに撃たせやがって。忠心でも試してやがんのか? 性格悪すぎだろコイツ。
 撃ちたくねェなあ。女には世界一優しいんだぜ、オレはよォ。
 腕震えてねえよな? 汗も掻いてねえよな? ……大丈夫みてーだ、流石に。


 情けねえ。
 マジで情けねえぞ、男ホル・ホース。

 …………。

 ……覚悟、決めたぜ。
 撃てばいいんだろ、撃てば。

 こうなりゃ、ヤケだ。
 オレの皇帝ならやれるさ。
 一発で楽にしてやるぜ。
 降下中の鷹だって目をひん剥く早業だ。
 見てやがれ。潰れたその片目で見えるならな。






 今度こそ脳みそ床にブチ撒いてやる。
 死ね、DIO。

442 ◆qSXL3X4ics:2018/11/20(火) 04:54:39 ID:mCm9debw0
投下終了です。
ラストパートの方も近日投下予定です。

443名無しさん:2018/11/23(金) 16:43:35 ID:Py3ngOfs0
投下乙
ホルホースの心情が読み手にも伝わってくる臨場感、素晴らしいです…
やっと聖に会えたのに、絶体絶命大ピンチ
漢ホルホース、せめてDIOに一発でけえのブチ込んだれ!

444名無しさん:2018/11/23(金) 17:31:13 ID:IO7bzWuw0
投下乙です。
最後の状況が、あっ…(察し)だが、さてどうなることやら

445名無しさん:2018/11/23(金) 21:59:28 ID:tXPtE.xU0
ホルホース…せめて一発だけでも叩き込んで意地を見せてくれ

446 ◆qSXL3X4ics:2018/11/26(月) 00:41:31 ID:dCSol15U0
お待たせしました。投下します

447黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:43:28 ID:dCSol15U0






 今度こそ脳みそ床にブチ撒けてやる。
 死ね、DIO。






 室内に揺蕩う圧迫の大気。
 それらを凝縮させ放たれた弾丸が、一抹の慈悲もなく心臓を抉った。
 予想したより遥かに重厚な炸裂音が空気を裂き、鼓膜を揺さぶり、そして。

 即死。
 こうして、
 誰よりも優しく、誰よりも強く、
 慈愛で人々を導いてきた聖白蓮という聖女は、
 無慈悲な一発の弾丸によって、その永い一生を閉ざされた。


 〝悪〟を受容した、堕ちた紅葉神の手で。




「───なに?」




 短く漏れた声の主は、誰よりも動揺を与えられたホル・ホースのもの。
 虚を衝かれた。然もあらん。
 今まで幾度となく聴いてきた我が皇帝の吐く咆哮は、こんな重い響きを持たない。
 何より自分はまだトリガーを引き絞っていない。どころか、背後から睨む標的に対し視線を向けてすらいない。

 影のように現れた、謎の金髪の少女。
 彼女が手に持つ『植物』が銃声の出処だ。
 聖白蓮の命を横から唐突に奪ったのは、この少女だ。


「お前……」


 ホル・ホースは唖然として固まる。脳裏に浮かぶのは、満月に照らされた鉄塔での出来事だ。
 間違いないし、忘れようもない。この女は『あの時』、寅丸星の隣に居た赤い服の女。


「───静葉か」


 其の者の名を、DIOは静かに呟いた。
 男の呟きを起因として、ホル・ホースはハッと我に返る。
 瞬間、一筋も滲んでなどいなかった手の汗が、思い出したように溢れ出てきた。


 今、オレは誰を撃とうとしていた?


 己に非情な命令を飛ばした、生意気な吸血鬼の脳漿をブチ撒けてやろうと企てていなかったか? それでDIOが大人しく死んでくれれば御の字だが、今なら確実に言える。
 もしもさっき、振り返ってDIOを撃っていれば……死んでいたのはオレの方だろう、と。
 酔っていた。不意打ちでならDIOをも殺せると、完全に正常な判断が出来ていなかった。身震いがする。九死に一生を得たのだから無理もない。

 そして、ホル・ホースの生還と引き換えに……救おうとしていた女は死んだ。
 秋静葉。彼女が、聖女を殺害したという。
 結果を見れば、ホル・ホースの命を寸での所で繋ぎ止めたのはこの少女の殺意であった。彼女が居なければ間違いなく自分も殺されていた。

 ……殺意?

 自分で唱えた言葉に違和感を覚えたのはホル・ホース自身だ。
 彼女は確かに殺意をもって白蓮を殺害した。それが真実だ。

 じゃあ、静葉のこの『表情』は何だ?


「……はっ……はっ……はっ……、うぅ……っ!」


 ひどく怯えていた。
 恐怖、とも言い換えられる。
 元々はそれなりに整っていたであろう顔の半分ほどは火傷で燻っており、顔が蒼白に塗れていた。目は虚ろで、玉粒の様な涙すら流れている。両肩はカタカタと小刻みに震え、今にも膝から崩れ落ちそうな様はとても見ていられない程に弱々しいものだ。

 異常、と言えるだろうか。
 違う。彼女は正常だ。呆れ返るほどに。
 まるで『初めて人を殺した少女』のように怯えている。
 それが現在の秋静葉を表現した、最も適切で正しい形容だ。

 あまりに不可解な様相。
 抵抗の末に意図しない殺人を犯してしまったと言われたなら理解も出来る。
 しかしそうでない事はこの場に立っていたホル・ホースがよく知るところだ。自ら身を乗り出し、男の横から掻っ攫うようにしてわざわざ殺害したのだ。しかも相手は、放っておいてもあの世行きだった瀕死の坊主ただ一人。
 怨みを持っていたのか? ならば寧ろ逆だ。因縁があるなら、弟子を奪われた白蓮の方から静葉に対してだろう。

 こんな苦悩する思いを背負ってまで女を殺したその理由が、ホル・ホースには不明であった。

448黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:45:03 ID:dCSol15U0


「なるほど。つまりそれが、君の『答え』という訳だね。秋静葉」
「…………は、……い……、」


 誰にも理解出来なくていい。
 静葉の中でのみ、この儀式には絶対的な意味があるのだから。

 少女の腕の中で、白蓮を殺した『武器』がにゃあと鳴いた。
 この奇妙な生物に、『奪う』という行為の意味は理解出来なくていい。
 静葉の中でのみ、殺しを遂げた事実が渦巻いていれば良いのだから。

 理解出来なくていい。理解出来なくていい。理解出来なくていい。
 誰も私を理解出来なくていいし、する必要なんかない。
 私は『必要』だから殺した。誰だって良かった。
 他者の骸を足元に積み上げる、それ自体に意味があるのだから。
 私は今、泣いているのだろうか?
 どうしてなのかな。もう、『四人目』だというのに。
 前の三人は平気だった……いや、一人目の時は、同じように泣いていたと思う。
 あの時と同じだ。初めて明確な意思で、誰かを殺したあの時と。
 忘れてなんかいない。その時の『恐怖』は。
 ……いや、それも違う。
 『忘れよう』としていた。その時の恐怖を。
 感情を忘れて、ひたすらに目的だけを見据えていた。
 DIOに会って、その行為が『逃げ』だと気付かされた。
 そして、諭された。強引に思い出された。


 私は『弱い』のだと。
 そして、その自覚を忘れるなと。


「頭の中の『声』は、どうなったかね?」
「…………消えません。どころか、一つ増えました」


 だろうな、と。予想していた静葉の返答に、DIOは感慨無さげな反応で終えた。
 裏腹に、彼の心中では少女の『戦い』へと万雷の拍手を送っていた。単なる殺人鬼ならば嫌という程に見飽きた。今までの機械的な静葉であれば、その道へと進み抜け……半ばにして倒れていたろう。
 無論、今の『本来』の秋静葉であれば、更なる苦境が待ち構えている事はもはや確定事項だ。それを受け入れ、弱き己を認め、その上で逃げずして、再びこのDIOの前へと姿を見せた。

 己を誤魔化さずに、正面から受け止めた。
 何よりその勇気ある行動を称賛すべきだと、DIOは本当に嬉しく思う。

「君は神の身でありながら『聖女』を殺した。この先もっと辛い運命が、君を様々に悪辣な方法で試すだろう」
「…………理解、して、います」

 未だ息荒くするか弱き少女は、私の望むがままの答えを示してくれた。
 彼女には伸び代がある。ここに来てようやくスタートラインに立てたと言えた。
 これより先の荒野を駆けるのは、彼女の足だ。私はそのきっかけを与えたに過ぎん。

「鳥は飛び立つ時、向かい風に向かって飛ぶのだという。追い風を待っていてはチャンスなど掴めん。君は君自身が握る操縦桿で、空を翔ぶのだ」
「わたし、自身の…………」

 死ぬかもしれないという恐怖。
 害されるのは嫌だという拒絶。
 手を血で染める行為への忌避。
 今の秋静葉には、負の三拍子が揃っている。
 弱者には当然備わるべき気持ちを、誤魔化さず、捻じ曲げず。
 本来の秋静葉が持つ弱さ/強さだからこそ、私は傍に置きたいと真に思う。


「改めて───友達になろう。秋静葉」
「私なんかで……良ければ、是非とも……」


 優しく差し出された腕に、静葉は縋るようにして応えた。
 少女が男の前で涙を流すのと、腕を取るのは、共に二度目となる。一度目とは大きく異なる意味を擁したアーチは、『声』にうなされ続ける静葉の頭の中を熱く蕩けさせた。まるで麻薬だ。
 先程までとは別の意味で焦点が合わさらない少女の瞳目掛けて、腕を解いた男は新たに投げ掛ける。

「実はね、静葉。君に会わせてみたい人物が館の地下図書館に居る。彼は、君の境遇と少し似ているかもしれない男だ。興味があるならば……話してみても良いかもしれない」

 危険な生物、とは敢えて警告せずに伝えた。折角手駒に加えた良質な『仲間』が、早くも壊される可能性を危惧しつつも。
 しかし奴──サンタナは、静葉など問題にならない程に強力な人材。故になるべく懐に迎えたいが、手網を握るのは困難な暴れ馬に違いない。
 そこで、まずは静葉を遣わせ様子見だ。奴はどうやらこの自分に対し、ある種の嫌悪を抱いている様子なのは明らかだからだ。静葉が喰われた所でさほどのダメージとはならないが、奴を本格的に敵へと回すデメリットは静葉のロスを優に超える勘定と判断する。

「君とは……多少の『縁』もある筈だ。きっと有意義な時間を過ごせると思う」

 騙すような物言いとなったのは少々気が引けるが、物は言いようといった言葉もある。
 果たして静葉は、DIOの言葉を疑いもせずに歩み出した。その後ろ姿をしばらく眺めていると、途端に男はホル・ホースへ向き直り、先とは打って変わった禍々しさを添えた笑みを浮かべて喋くる。

449黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:45:58 ID:dCSol15U0
 仮面が、剥がされた。
 対峙するホル・ホースには眼前の吸血鬼がそう映り、慄く以外の全ての行動を丸め込むように封鎖された。
 警戒しているのか、DIOはプッチの遺体をこれ以上検分しようとしない。そんな必要など無いと言わんばかりに、男は次の台詞を吐き出した。


「さてホル・ホースよ。お前がとっとと撃たないから、獲物を横取りされてしまったようだな?」


 今やDIOは床の死体を一瞥もしない。代わりに見据えるのは、恐怖心を押し殺して打開を探るカウボーイの伏せた双眸だ。
 皇帝を具現させる暇すら与えてくれない。DIOはもう、決して隙など見せてくれない。


「お前が聖を撃たなかったのは……『迷い』が生じたゆえだ。だがそれは、お前の未熟には繋がらない。
 寧ろ、だ。───素晴らしい。最後の最後、お前の双眸は完全に恐怖を支配していた。殺意に塗れた、躊躇なく人を殺せる者の眼を完成させていた。背後に立つ私からでもよく分かる程に、ね」


 爪の垢を煎じて静葉に飲ませたいくらいだ。男はそう続かせ、ジョークでも零すみたいにクク……と肩を震わせ笑った。ゆらりと揺れた黄金の髪が、ホル・ホースには不吉な兆しにも見えた。
 ホル・ホースは浅はかな勘違いをしていた事に、ようやっと気付かされた。先の場面で静葉が横から割って入らなければ、蛮勇を振り翳したホル・ホースはきっと背後のDIOを攻撃し、あえなく返り討ちにされていたろう。静葉の行動が、結果的にホル・ホースを救ったのだと。

 ───そんな甘い夢みたいな、勘違いに。


「お前の実力に素晴らしい才能があるだけに───とても残念だ」


 静葉の横槍など、この男の前では関係無かった。
 あのとき死ぬか。これから死ぬか。違いなどそれだけで、自身の寿命がほんの僅かに延びたに過ぎない。
 ただ、それだけだ。結果は何も変わりはしなかった。


「残念だよホル・ホース。お前が最後に披露した本物の殺意を向ける相手が……『私』でなければ、きっと信頼出来る部下になれたろうに」


 変わりはしない。
 ホル・ホースが迎える死の結果は、変わりはしなかった。


「私の友を撃った愚挙は水に流してやろうと考えていたのに。君はその『信頼』を裏切った。



 本当に残念だが───お前はここで死ぬべきだ、ホル・ホース」



 長々と時間を掛けながら全身徐々に氷漬けにされていく悪寒がホル・ホースに取り憑く。指先をピクリとも動かせない一方で、歯だけはカチカチと警鐘のように喧しい音を鳴らし続けていた。皇帝で反撃しなければという、なけなしの戦意すら湧いてくれなかった。
 殺し殺されが蔓延る暗夜の世界で生きている以上、いつの日か無惨にくたばる未来が訪れることは承知しているつもりであった。死ぬなど絶対にお断りだと思ってはいるが、もし『その時』が訪れれば、それはそれで結構あっさりした気持ちを迎えながら死ぬのかもなあ……という漠然たる気持ちも何処かにあった。


 それでも。あぁ、そうだとしても。

 DIOのとある部下が、いつだか彼に語っていたあの言葉が……最後になって理解出来た。




  ───この人にだけは、殺されたくない───

450黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:47:58 ID:dCSol15U0










「見付けましたわ。レディを二人も部屋に置き残して消えた、薄情なスケコマシさん?」










 迫り来る絶対的な『死』に心を折られ、視界を暗黒に閉ざしたホル・ホースが闇の底で拾った声。それはこの場にそぐわぬ女性の佳音。
 ハッと意識が呼び戻された。地獄に堕ちる最中のホル・ホースが無我の中から掴んだ蜘蛛糸の先に、その女は立っていた。男との逢瀬を約束した時と場に降り立つと、相手が見知らぬ女性と手を交わしている。そんな場面を目撃してしまった女性が浮かべるような、お冠な面立ちで。

 〝彼女〟は、ホル・ホースに冷ややかな笑みを差し出していた。


「貴様……八雲紫ッ!」


 ホル・ホースが闖入者の女に意識をやるより早く。
 前方で自分へと睨みを利かしていたDIOが、一際大きな声を張り上げる。
 瞬間、ホル・ホースの真横に影が走った。その正体は人影ではなく、床に亀裂を入れる黒い線。亀裂はまるで意思を得た弾幕の如く縦横無尽に床を駆け抜け、一人の少女を終点にして口開いた。


「〜〜〜っ!?」


 宇佐見蓮子。
 黒い線は待機していた彼女の足元にまで辿り着き、人間一人を呑み込める程度の『スキマ』にまで成長して、その少女を闇の下へと突き落とし、また消えた。


「古来より人間共を恐怖させてきた謎の消失現象──『神隠し』の犯人が、この大妖怪・八雲紫だと。……DIO。貴方は御存知だったかしら?」
「チッ……!」


 蓮子が『攫われた』。不意の事態がもたらすこの結果に、DIOは苦い顔で舌を打った。
 彼女はDIOにとっての人質であり、それを懐から引き剥がされたとあっては敵の狙いは瞭然だ。


「───〝マエリベリー〟! ……後は、お願いします」

「───ええ。……任せて、〝紫さん〟」


 旧来の相棒であるかの様に、現れた二人の女性は互いに目配せする。
 八雲紫と、マエリベリー・ハーン。
 いつの間にか『夢』から帰還していた彼女らは、再びDIOの前に姿を見せた。
 別れを惜しむ間もなく、二人はすぐに別離する事となる。

 一人は、邪悪の化身を足止めする為に。
 一人は、変貌した親友を取り戻す為に。

 DIOの前に立ちはだかった八雲紫が右手を上げると、後ろに控えていたメリーの足元には再びスキマが現れた。


「させんッ! 『世界』! 時よ、止ま───!?」


 世界が停止する。
 DIOがそれを行為に移した時点で既に八雲紫が放っていたのか、無限の弾幕が男の周囲にバラ撒かれていた。
 たとえ時間が固められていても、これだけの密度を備えた弾幕を回避するのは容易ではない。ならば回避を捨て、『世界』の腕によって全て防げば良いだけの話。
 そしてこの罠に嵌められた時点で、用意された制限時間内にメリーの離脱を止める術は奪われたも同然。彼女らの立ち回りの良さを見れば、入念なプランを練って来ているのは明白だ。


 ───DIOは後手に回らざるを得ず、時は再始動する。

451黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:50:36 ID:dCSol15U0

「……流石に、今のでは仕留められないわね。それなりに丹精込めて配置した弾幕なのだけれど」
「フン。皮肉の達者な妖怪だ」

 それなりに、と紫は言ったが、今のはメリーを安全に『地下』へと送り届ける為の妨害策。よってDIOへの攻撃能力にはさほどの重きを置いていないコケ脅し弾幕だ。
 横目でチラと後方を窺う。無事メリーは宇佐見蓮子を追って行ったようだ。
 後は彼女に全て任せよう。DIOを受け持つこっち側は大した問題でもない。適当な頃合いを見て離脱すれば、作戦は半分ほど成功なのだから。

 始動した時間の末に見たDIOの身体には、今放った弾幕の掠り痕は一片すら見当たらない。元々激しい戦闘の直後だったのか、所々に負傷が見られるが、それは紫の知る所ではない。
 予想した通り、今ここで戦ってもこの男には勝てやしないだろう。彼に弾幕ごっこをやらせれば、初心者なりに随分といい所まで行くのではなかろうか。

 フゥ、と息をひとつ吐いた紫は、床に倒れた一人の女性を発見する。〝こんな身体〟においても、心はしっかりと痛みを伝えてくれるようだ。
 思わず唇を、強く噛む。

「……聖白蓮は、間に合わなかったか」

 極めて感情を抑えて発した言葉のつもりだったが、思いの外それには気怠い無力感が混ぜられてしまった。
 決してそこのホル・ホースへ向けた非難の言葉などではない。だが負い目を感じているのか、彼は伏し目がちに紫へと返す。

「……すまねえ」

 ただその一言だけを、男は零し。
 直後に踵を返した。

 遁走の行く先は当然、紅魔館の出口。紫がメリーを伴ってここへ現れたのは蓮子とDIOの分断目的であって、白蓮はともかくホル・ホースについては言うならついでだ。
 彼とてそんな事は理解出来ている。そして紫が寄越してくれた小さな目配せに「今すぐ逃げろ」の意が含まれていた事にもすぐさま察し、従った。
 逃げるという行為、それ自体は大いに受け入れるのがホル・ホースなる男の信条であったが、女を盾にして逃走するという無様は苦痛以外の何物でもない。それで女の方が無事に済むというのであればなんら問題無い。しかし、盾にした女が無事に済まなかった体験が既にして一度身に染みている。

 複雑な心境のまま、孤高のカウボーイは再び戦場から去った。彼の気配が室内から消えたことを完全に確認すると、紫は残された白蓮の亡骸に思いを馳せる。
 聖白蓮とは幻想郷にとって、そして八雲紫にとってどんな存在であったか。彼女の、人と妖の共存を謳う理想論はこの土地にとっては皮肉なことに、根本的に噛み合わない。
 それでも白蓮は善く尽力してくれた。新参勢力ではあったが、過去の異変にも駆け付けてくれた。その純粋な正義を紫個人が心中で好ましく思っていたのは、嘘偽りのない事実だ。
 せめて彼女の遺体は寺へと持ち帰ってあげたい。そんな憐れみも今この時において、邪悪の目の前では霞んでしまう。

「……青娥」
「はいはい」

 DIOは対峙する紫からは目を離さず、控えの青娥に声を掛けた。この期に及んで彼女は大して狼狽えることなく、“指示待ち態勢”から姿勢を直してDIOへ返答する。

「すぐに二人を確保して来い」
「優先度は如何が致しましょう?」
「出来れば両方だが、優先するなら蓮子の方が好ましい。今はな」
「了解です。この青娥娘々にお任せあれ〜♪」

 晴れやかな笑顔と、慎ましい会釈を残して。
 邪仙はステップを踏むかのように、優雅な足取りで部屋から去った。

 紫は歯痒くもそれを見送るしか出来ない。断固阻止するべきだったが、DIOの横を通り抜けて一瞬の内に、という条件付きでは難関すぎる。
 兎にも角にも、紫の目的はあくまでDIOの足止めだ。賢者はスっと目を細め、のんびり過ぎるくらいに穏やかな口調で男との再会を喜ぶ。

「さて、と。……ちょっと久しぶりかしら? DIO」
「そうなるな。何しろ私が最後に見たお前の本来の姿が、ディエゴの支配を受ける直前の無様に這い蹲る敗北の姿だったかな」

 紫からしてみれば耳の痛くなる過去話。ディエゴの恐竜化を受けたあれから、様々な事があった。預けてきた霊夢に関しては心配不要だ。傍に付いた人間──霧雨魔理沙なら何とか霊夢をフォローしてくれるだろう。
 悪い事も多かったが、良い事もあった。特にジョルノ・ジョバァーナとマエリベリー・ハーンの二人との出会いは、紫にとって大きな収穫であった。

452黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:52:05 ID:dCSol15U0

 マエリベリー。彼女はまだ、あらゆる意味で若い。
 どんなに桁外れな異能力を秘めていようと、たかだか二十程度の短い人生を生きただけの少女なのだ。

 ───『宇宙の境界を越える能力』

 彼女の翼は誰も見た事のない程に大きく、制御の困難な羽根だと判明した。あるいは、そこのDIOによって判明させられたのかも知れない。巨大な操縦桿を握るには相応の資質が不可欠であり、今のメリーには過ぎた代物だ。
 だからこそ、傍でずっと支えてくれる人間が必要。


(それは恐らく……私では、ない)


 寂しげに認識した自身の言葉を、紫は強く確信する。少なくともメリーに必要な人間は八雲紫ではないのだ。同じ自分を必要とするなんて、それこそおかしな話であるから。

 では、誰か。
 聞くまでない。少女にはもとより、大切な『友達』がいたのだから。
 これはあの娘にとって、邪悪に魅入られた友達を救う為の戦い。
 きっと……最初で最後の、運命そのものを決する戦い。
 ならば私は、私に出来ることをやろう。


「あの娘──マエリベリーの『力』を、貴方はずっと欲していた」


 メリーの友達を奪ったDIO。
 私自身の心も、この男の所業を決して許さないと喚いているのが分かる。

「お前のその様子だと、メリーの『力』は目覚め始めたようだな。礼を言うぞ。大妖怪・八雲紫」

 DIOは何食わぬ顔でそう宣う。この男も気付いていたのだろう。夢の世界──竹林の中で出会ったメリーとの話に潜む、根本的な矛盾について。

「DIO。貴方は『夢』の中であの娘と話をしたそうね。そして奇妙な矛盾に気付いた」
「気付いたのは会話を終え、夢の中からメリーが去ってしばらく……そう。この紅魔館で“もう一人の私”ディエゴ・ブランドーに出会った後からだ」

 つまりDIOとディエゴも、私とメリーと同じ。
 『一巡前』と『一巡後』の同一存在。

「基点は『スティール・ボール・ラン』の存在だった。ディエゴはそのレースに深く関わる人間だが、私はそんな催しなど聞いた事もなかったからな。
 お前はどうだ? かのレースの存在を今まで知りもしなかったのではないか? 何故ならお前も私と同じく『こっち側』の宇宙に生きる存在だからだ」
「ご名答。そして貴方はきっとメリーにもこう訊いた事でしょう。『スティール・ボール・ランを知っているか?』とね。結果は……言わずもがな、かしら」

 メリーはディエゴと同じく『あっち側』の宇宙から来た参加者だった。通常では考えられない理をDIOは更に突き詰めた。そうであれば、どう考えても辻褄が合わない事柄が浮き出てくる。

「では……メリーは過去『如何にして』幻想郷に渡ったというのか? メリーの住む世界線に幻想郷は無い。在るのかもしれないが、そこに八雲紫という名の妖怪は居ないだろう」
「矛盾というのはその部分ね。マエリベリーが幻想郷に来れたこと、それ自体が既に奇妙だった。
 しかしあの娘の話を聞く限り、与太話とも白昼夢とも到底思えない。つまり何かしらの特異な『手段』を以て、彼女は無意識にも秘めたる扉を開いた」

 『手段』というのは、単純にして強大な『力』。
 その力を、メリーは自分なりの見解で『結界の境目が見える程度の能力』だと自覚し、称していた。

 実際はそれどころではない。人間が許容できる範疇を過度に踏み越えた、禁断の力を有していた。
 異なる平行宇宙に住む彼女が幻想郷に足を踏み入れたという事実は、誰が想像出来るよりも遥かに強大で、唯一無二なる能力。
 言ってみれば───


 ───「「宇宙の境界を越える能力」」


 憎らしいことに、紫とDIOの言葉は完全に重なった。
 二人の知将は少女の体験談を元に、同じ結論に至った。
 宇宙をも揺るがしかねない、あまりに壮大な答えへと。


「……彼女は。マエリベリーは、それでも……何処にでも居るような、普通の女の子よ」


 夢で会話し、それを実感した。
 普通に人の子として生まれ、
 普通に両親の愛を授かり、
 普通に学び舎へと通い、
 普通に道徳を修得し、
 普通に友達を作り、
 普通に恋愛をし、
 普通に生きて、
 普通に死ぬ。

 これまでもそうであったし、
 これからもそうあるべきだ。

 この世に生を受け、真っ当な生き方を貫き、そして最期には綺麗な体のままで墓に入れられる。
 そんな誰しもが持って守られるべき、少女の普通の人生を。

 DIOは、奪おうとしているのか。

453黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:53:33 ID:dCSol15U0

「貴様は『妖怪』なのではなかったか? 随分とまあ、たかが人間の少女一人を徹底して擁護する口ぶりだ。それとも、やはり自分の顔を持つ者には人間といえど甘いのか?」

 たかが人間、と男は言う。
 それは真実であると同時に、決定的な矛盾を孕んでいた。

 何しろ───メリーは既に、たかが人間とは言えなくなっている。

「……ええ。本当に、貴方の仰る通りですわ。どこまで行っても私は『妖怪』で、あの娘は……『人間』ですから」

 表向きに吐いた紫の言葉は、あくまで人間と妖怪を強調させるように。
 それが言葉通りの意味から逸していると知る者は……八雲紫とメリーの二人、だけであった。
 この時点では。


「───DIO。貴方はマエリベリーの能力を利用し、擬似的に『一巡後』を目指そうと企んでいるのね」


 メリーには恐らくそれが出来る。今はまだ未成熟の力だが、能力が完成形へと昇華されたならば不可能ではない。だが問題は、DIOが其処──男の言う所の『天国』──へ行って、どうするかという事だ。
 一巡先の宇宙へ到達する。メリーの能力の性質上、それはDIO個人だけでも到達出来れば構わないという企てだ。

 コイツの真の目的が、未だ不明だ。

「擬似的に、ではない。メリーの力とはまさに……『この宇宙を越えられる』という稀代の能力だ。君ですらそんな魔法は実現出来ないだろう」
「その為に貴方は随分と回りくどい下ごしらえをしてきたものね。『夢』の中で私とあの娘を会わせたのも、彼女の力を滞りなく羽化させる為かしら」
「蛹というモノは、羽化する前に強引に開くとドロドロした不完全な奇形となって現れるのを知ってるかね?
 故に慎重にならざるを得なかった。何しろ蛹にとっての『羽化』とは、人生で一度きりの大イベントなのだから失敗は許されない」

 誇らしげに紳士ぶる、そのすまし顔が紫にして見れば不快でしかない。
 道理で夢の中に潜んでいたDIOの影は、やけにあっさりと掻き消えたわけだ。全てはこの男の計算ずく、か。

「メリーは自らの才能の『真の使い方』をまだ知らない。まだ、ほんの蛹なのだよ。
 このまま羽化せず一生を終えたのであれば、これほど愚かなこともない」

 何様を気取っているのだと、もう一人の己に対するDIOの扱いを耳に入れながら紫は腹立たしく感じた。思わず爪を皮膚にめり込ませる。
 これではまるで道具扱いだ。DIOはメリーに執着している様に見えてその実、彼女の本質を全く目に入れてなどいない。

「見たところ、彼女はまだ未覚醒。自在に『扉』を行き来できるとは、まだとても言えないような半人前だった。
 ならばどうする? 私は考えた。同一存在である八雲紫と引き合わせれば、何かしらの化学反応が発生するのではないか? 奇しくも『スタンド』にもそういう性質があったりする。
 ───人と人との間にある『引力』とは、起こるべくして起こるモノだからだ。私には確信があったよ」

 見ているのは。語っているのは。
 全部、メリー自身が望んで手に入れた訳でも無いであろう、彼女に内在する『力』そのものだ。

「私が彼女に本当の“空の翔び方”を教えてやろう。教養とは、その者の埋もれた才能に気付き、開花させる手ほどきを授ける事を云うのだから」

 なにが教養。なにが手ほどき。
 男がメリーを肯定する理由など、蛹の中身が自分にとって都合の良い道具だと分かったからに過ぎない。

「人間社会には自らの才能すら見い出せずに、羽化出来ぬまま朽ちゆく哀れな蛹たちがまだまだ蔓延している。私からすれば狂気の沙汰だ」

 社会の堕落を憂う気持ちなど、DIOには欠片たりともありはしない。
 世に蔓延る有象と無象が、自分にとって吉かどうか?
 それが彼の『世界』の、全てだ。

454黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:54:37 ID:dCSol15U0
「メリー……あの少女は、そんな彼らに比べたらとても幸福だ。私という存在と引き合えたのだから。これを『引力』と言わずしてなんと言う?」

 あるいは、DIOはこのようなタチの悪い演説を心から、本気で宣っているのかもしれなかった。無類の前向き思考。自分にとっての吉の因子を無作為に取り込み、都合良く解釈する。
 いや、言ってしまえばDIOのそれは、未来に巡り会うべき運命にある事象を彼自身の力で実際に引き寄せているのかも知れない。本当の意味での『引力』が彼に働き掛けているのではないかと、こうして相対する紫は思わずにいられない。
 ふざけた話だが、つまるところ彼は強運の男なのだ。だからこそあらゆる物事が彼を中心に回り始めていると言っても過言ではなかった。
 その辺りは、どこか霊夢にも相似している。彼女とDIOの持つ『運のメカニズム』は、共通点も多い。
 しかし霊夢と違い、DIOはやはり邪悪だ。自己中心的過ぎる道程を踏破した末の結果にて、望む物が手に入れば良い。過程などどうでも良く、無数の骸が積まれようが男は躊躇せずして歩みを止めないだろう。


「私はメリーと共に『天国』へ辿り着く。……もう、お前は要らないな。八雲紫」


 外界の人間や社会が腐ろうが、DIOの礎になろうが、紫にとって然したる暗礁とはならない。どうでもいいとまでは言わないが、外は外。中は中で完全差別化出来ているのだから。
 紫の危惧する問題とは、男の目指す道の過程に幻想郷への著しい悪影響が発生しかねない可能性だ。

 そこに横たわる聖白蓮の亡骸が既に、幻想郷の被害者なのだから。

 DIOは次に、メリーをも毒牙に掛けるのだと宣言している。
 あれは幻想郷どころか我々の住む宇宙側にも一切関係無い、境界が見えるだけのただの少女。

 ───けれども、もう一人の私だ。


「貴様にマエリベリーは渡さない。必ず護ってみせます」


 八雲紫の宣誓した、その瞬間には。
 DIOの口の端は不気味に釣り上がり、そして。


「貴様程度では、このオレには勝てん。今までに誰一人として仲間を護れなかった、貴様ではな」




 『世界』が、八雲紫の心臓部を貫いていた。









「───あの娘を護るのは、私ではない」


 口の端を釣り上げていたのは、DIOだけではなかった。
 胸を穿たれた女が喉奥から吐き出したモノは血ではなく、敵の煽りを否定する希望の言葉。
 身体の中心を『世界』にて抉ったDIOは、その感触に圧倒的な違和感を覚え、間を挟むことなく答えに辿り着く。
 肉を潜り進む陰惨な触覚が、拳の先から伝わらない。かと言って、十八番のスキマにより肉体に穴を開いて躱したのでもない。

 これは。
 “この”八雲紫の体は。


「……人形かッ!」


 拳大の穴をほじられた紫の体が見る見るうちに変貌し、変色し、物質を変えていった。

 木。

 不敵に微笑んでいた彼女の表情すらも、無面の木材質へ変わっていく。バキバキに砕かれた木人形は食堂の壁に叩き付けられ、糸が切れたようにへたり込んだ。
 それは所謂デッサン人形として使われるような、人のシルエットを形作り簡単な関節を宛てがわれた等身大の木偶人形。
 八雲紫に変身能力があったのか? 恐らく否、だ。
 DIOは今の今まで、八雲紫の姿と声と性格を与えられたお人形と会話していたという事になる。恐ろしい事に、本人の服装すらも完璧な模倣を可にするコピー人形。

 木偶人形をまるで『スタンド』が如く遠隔から操る。
 そんな真似が出来る木偶が『あの場』には居た筈だ。

(確かディエゴの報告にあった。『奴』は変身能力を持つ人形を傍に立たせていたという……!)


 間違いない。“この”八雲紫の正体は……!

455黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:56:45 ID:dCSol15U0




「鈴仙・優曇華院・イナバ! きさま! 見ているなッ!」




 DIOの右眼の『空裂眼刺驚』の光線と、窓の外で響き渡った少女の「わ゛ひゃあ!?」という情けない悲鳴は同時に発射されたものであった。
 洋燈も窓枠もカーテンも鋭い光線により、纏めて斜め一直線に切れ目が入れられ、一部崩壊した壁の亀裂から陽光が差し込まれる。

「……ちっ」

 壁の向こうの足音が一気に遠のく。逃げられたようだ。
 吸血鬼の身体では外部へ追走する事も叶わない。してやられた、という事。
 怪我を負った筈の兎が動いていたという事は、ジョルノが一枚噛んでいたという事だろうか。いや、それよりもジョルノ本体の姿がここに来て見えないまま。
 奴は今現在、何処で何をしている……!?


 答えは直後、一帯に轟く崩壊音によって明かされた。


「しまった! ヤツめ、まさか『館』を!?」


 見ていたかのようなタイミングで壁が、床が、天井がグラグラと震え上がる。これが地震でなく建物の崩れる前兆であるなら、実行犯はジョルノ以外にない。
 支給品にダイナマイトなどが紛れ込んでない限り、奴のスタンド『ゴールド・エクスペリエンス』による生命化──大方、紅魔館そのものを植物にでも変えながらの破壊活動に勤しんでいるのだろう。
 やることのスケールが徹底的だ。時間は掛かるだろうが、ことDIOにおいては有効な対策であるには違いない。日中であれば外部に飛び出すなど論外。瓦礫の下敷きとなりたくなければ、DIOの逃走経路は『地下』に限定された。
 恐らくジョルノは建物上部から植物化させ、次第に館の支えを無力化させている、といった所だろう。ここが一階である以上、射し込む日光を避ける為の時間的余裕は多少マシか。

 地下の闇へと紛れ込む前に確認すべき事がある。期待薄だろうが、DIOはすかさずプッチの亡骸を改めた。
 ……『アレ』は無かった。覆した胸部に一発の弾痕なら発見したが、今となってはどうだっていい。
 念の為、白蓮の方の亡骸も調べたがやはり見当たらない。考えられるなら、持ち去った相手はホル・ホースだろうか。……奴にその動機があるとも思えないが。

「くっ! 日光を避けるのが先決か……! ジョルノめ、やってくれたものだ」

 青娥やディエゴがこの程度の崩落に巻き込まれるとも思えない。DIOが最優先で確保したいのは、奴らの一計によってスキマに消えたメリー……でなく、寧ろ蓮子の方だ。
 メリーの能力はまだ機が熟していないのは明らか。ゆえに後回しで構わないが、それは蓮子という人質カードが手元にある場合だ。
 それが奪われた今、メリーが自発的にDIO陣営へと戻ってくる保証はゼロ。こうなればこちらとしても強引な手段でメリーの拉致──最悪、予測不能のリスクを孕む『肉の芽』の使用を検討しなければ。

 蓮子は今、地下空間の何処かに運ばれている。先程の『神隠し』の現場を目撃した限り、蓮子と対している相手はメリー本人だ。
 いや、紫だと思っていた相手が影武者だと判明した以上、本物の紫だって何処に居るのか分かったものでは無い。
 メリーは規格外の能力を秘めているとはいえ、基本は無力な少女。彼女に蓮子の肉の芽がどうこう出来るとも思えないし、寧ろ最初の竹林の時のように逆に取り込まれる可能性すらある。しかし現状、奴らの次なる行動は蓮子に埋められた肉の芽の『解除』しかない。
 だからこそ奴らは真っ先にDIOと蓮子を分断させた。つまり肉の芽の解除方法にアテがあるという公算が高く、それをまさかDIOの真横で行う訳にもいかない故の処置といった所か。


(フン。……『無駄』だぞメリー。お前に親友は、決して救えない)


 マントを翻し、男の足はもう一度地下に向かう。
 いや、地下図書館にはまだ『奴』が居座っているだろうから決して安全なシェルターとは呼べないが、とにかくあの生物には静葉を当てておく。
 メリーと蓮子の捜索は一先ず(大いに不安があるが)青娥に任せよう。オアシスの能力を操る彼女が最も軽いフットワークを備えているだろう。
 館より『外』の連中……特にホル・ホースが持ち逃げしたであろう『アレ』の行方は把握しておく必要がある。ここはディエゴの翼竜を使おう。

 一癖も二癖もある我が陣。急造ゆえ、長い目で見るならいずれは内部から亀裂が入る事など理解している。今回のような短期のゲームであればどうとでも操れるだろうが。
 エンヤ婆といった参謀がどれほど貴重で有能な人材だったか。彼女の始末を命じたのは他の誰でもないDIO自身だったが、今にして思えばその有り難みが身に染みる。

456黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:58:36 ID:dCSol15U0



 ……有能な、参謀か。



 男は思い詰めたように、部屋の出入口で足を止めた。
 最後にもう一度振り返ろうとし……やはり、止めた。

 崩れ始める室内に冷たく残された、二名の聖職者の亡骸。
 その片方の神父へ男が寄せる『想い』の真意を知る者は。


 ───全ての宇宙においてDIO、唯一人。


 これまでの過去も。
 そして……きっと、これからの未来も。


【エンリコ・プッチ@ジョジョの奇妙な冒険 第6部】死亡
【聖白蓮@東方Project星蓮船】死亡
【残り 49/90】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【C-3 紅魔館 食堂/夕方】

【DIO(ディオ・ブランドー)@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:肉体疲労(大)、左目裂傷、吸血(紫、霊夢)
[装備]:なし
[道具]:大統領のハンカチ、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに勝ち残り、頂点に立つ。
0:日没までひとまず地下へと身を隠す。
1:メリーの力の覚醒を待ち、天国への扉を開かせる。
2:神や大妖の強大な魂を3つ集める。
3:サンタナを手駒に加えたい。
4:ジョナサンのDISCの行方を調べる。
[備考]
※参戦時期はエジプト・カイロの街中で承太郎と対峙した直後です。
※停止時間は5→8秒前後に成長しました。霊夢の血を吸ったことで更に増えている可能性があります。
※名簿上では「DIO(ディオ・ブランドー)」と表記されています。
※古明地こいし、チルノ、秋静葉の経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民、幻想郷についてより深く知りました。また幻想郷縁起により、多くの幻想郷の住民について知りました。
※自分の未来、プッチの未来について知りました。ジョジョ第6部参加者に関する詳細な情報も知りました。
※主催者が時間や異世界に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。
※恐竜の情報網により、参加者の『14時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※八雲紫、博麗霊夢の血を吸ったことによりジョースターの肉体が少しなじみました。他にも身体への影響が出るかもしれません。
※マエリベリー・ハーンの真の能力を『宇宙を越える能力』=『宇宙一巡後へ向かえる能力』だと確信しています。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

457黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:59:06 ID:dCSol15U0
『ホル・ホース』
【夕方 16:34】C-3 紅魔館 周辺


 こうした経緯でホル・ホースは長きに渡り関わってきた命蓮寺の交錯に、一つのピリオドを打った事となる。それも、望ましくない方向への形として。
 命からがら逃げ出してきた悪魔の館。湖に囲まれたその土地から脱する為の一本道の中途で、男はハットに付着した雪を払いながら恐る恐るといった様子で後方を振り返る。
 あわやDIOの拠点たる紅魔館は、半身の上部を巨大な木の群生に変えられ見るも無残な様相を呈していた。それだけならオシャレなデザインアートとの融合を果たした巨大施設に見えなくもなかったが、無茶な重心を四方八方に伸ばされた壁や屋根の一部からは既に崩壊が始まってきている。
 じきに完全崩壊へ移行するのは明らかだ。DIOが共に潰れてくれれば御の字だが、期待は出来そうにない。

「さて、どうするかね」

 後ろ髪を引かれる思いは解消されない。けれども響子の山彦を始めとし、当人である寅丸や白蓮亡き今、彼は目指すべき標を失いかけていた。
 思い返すにこの殺し合いについては然程の情念など無く、また優勝を狙うといった野心も、他の化け物共が翳す強大なパワーを目の当たりにしてくれば薄まるというもの。
 ジョースターみたいな正義の輩が一丸となって主催打倒の企みを講じている最中かもしれないが、ハッキリ言って勝率はあまり見込めない。せめて脳に取り憑いた爆弾とやらを一刻も早く捨てるか押し付けるかしたいのだが、それが可能な専門家がどの程度居るのか、そもそも現状生存しているのかも不明。


「ジョースター…………か」


 思考の過程で自然に浮かべた一族の名に、ふと引っ掛かりを覚えた。
 懐をまさぐると、一枚の『円盤』が男の空しい瞳へと銀光を主張している。先のいざこざでポケットに仕舞ったままなのを忘れていたらしい。

 このDISCは何だ。神父が抜き取った、件のジョナサンの重要な何かか?
 違う。これは『意志』だ。
 あの山彦──幽谷響子が最期まで想っていた『家族』への愛が、形を変えながら巡り巡って到達した一つの『結果』だ。
 因果の因は、響子の山彦だった。少女の声がホル・ホースの足を動かし、寅丸星へと辿り着いた。
 何もかも手遅れではあったが、そこから聖白蓮を巡り、ここ紅魔館へと到着し。またしても女に庇われ、今この手の中にジョースターのDISCが収まっている。これが因果の果だ。

 あらゆる偶然が重なっただけの遠因に過ぎない事は自覚している。それでもホル・ホースには、この円盤に反射する像が自分のくたびれた顔でなく、無垢な笑顔の犬耳少女の像に見えてならない。


「あーー…………ま、死に損なっちまったモンは仕方ねえよなァ」


 大事な値打ち物を仕舞うような手つきで、男は円盤を再度懐に戻した。
 使命などと大仰な事を言うつもりもない。託された訳でもない。
 自分が持ってしまっているから。偶然この手の中にあるから。
 ただのその程度。男が南の方角へ再び足を向けたのは、それだけの簡単な理由であった。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【C-3 紅魔館 周辺/夕方】

【ホル・ホース@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:鼻骨折、顔面骨折
[装備]:射命丸文の葉団扇、独鈷(10/12)
[道具]:基本支給品(幽谷響子、エンリコ・プッチ)、不明支給品(0〜2プッチと聖の物)、幻想少女のお着替えセット、要石(1/3)、ジョナサンの精神DISC、フェムトファイバーの組紐(1/2)、オートバイ
[思考・状況]
基本行動方針:とにかく生き残る。
1:果樹園の小屋に戻り、ジョナサンのDISCを届ける。
2:大統領は敵らしい。遺体のことも気にはなる。
[備考]
※参戦時期はDIOの暗殺を目論み背後から引き金を引いた直後です。
※どさくさに紛れて聖とプッチの荷物を拾って行きました。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

458黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:59:46 ID:dCSol15U0
『サンタナ』
【夕方 16:36】C-3 紅魔館 地下大図書館


 サンタナは、非常に不似合いながらも頭を抱えていた。
 格好だけを述べるなら、腕を組んで床に胡座を掻き、深く物思いに耽るポーズであるも、項垂れた頭部から下がる長髪によって男の表情は幕の向こう側に隠れている。
 悩む、という思考の過熱はこれまたサンタナに不似合いの現象だが、近頃はそれにも慣れて適応しつつある。それは彼が一個の『人格』を確立させた何よりの証明に他ならない。齢上では万を越えた生物であるにかかわらず、人間で言うところの幼児期や思春期にあたるパーソナリティ形成時期が、彼にとってようやく訪れたと言える。

 これまでに自分は悩んだ事が無い。
 超生物が抱えるにはあまりに世俗的なその事実に、サンタナは今まさに灯りの見当たらない不安を抱えていた。
 彼は自分の道を既に歩み出している。始めの一歩を踏み出すまでに途方もない年月を掛けてしまったものの、そこを歩む自己に対して後悔は無い。
 狭き道であり、唯一の道。しかし唯一だと思っていた道に、ここに来て『分岐点』が発生した。


 主達に仕えながら個を貫くか。
 離反し、新風を受けてみるか。


 仮にこのまま主の元に戻るルートを取るとする。
 言うまでもなく主は呆れ返るだろう。間違っても、傷付き帰還したサンタナへと労りの言葉など掛けやしない。最悪、怒りを買って首を撥ねられかねない。

 では、DIOの下に付くルートではどうなるか。いや、吸血鬼の家来にまで成り下がるのは幾ら何でも有り得ない。しかしDIO自身が口にしていたように、奴はあくまで『仲間』としてサンタナを欲していた。無論それだってサンタナの矜恃をある程度保たせる為の奴なりの方便であり、そこに大差は無いのかもしれない。
 どうあれ、DIOが未知数の相手である事に変わりはない。従ってDIO側に付くルートを辿った場合、そこからの道程は更なる未知が待ち受けているだろう。
 主達から離反するその行為自体には、然程の抵抗は無い。ワムウほどのお堅い忠義心は、サンタナの中ではとうに形骸化しつつあるゆえに。
 しかしそうなった場合、主の怒りを買うどころではない。彼らは飼い犬に手を噛まれるという侮辱行為を塗りたくられたと憤怒し、本格的にサンタナを狩猟対象に捩じ込むのが目に見えている。

 つまり、所詮は馬鹿な思い上がりなのだ。DIOの側に付くという愚行は。
 じゃあ何故、こうにも悩む自分が居る?


「オレは……一体どうしてしまったのだ?」


 孤独が故にサンタナには今の状況を合理的に判断出来る経験がまだまだ足りていない。合理的とは言ったものの、誰が考えたって主達の元に戻るルートが最も無難な行動なのは彼自身理解している。
 最高の結果を求めるなら、やはりDIO討伐を成すべきだった。そうでなくともスタンド能力の秘を掴むくらいには届かせるべきだった。こうなってはもう後の祭りでしかないが。


「……スタンド能力、か」


 天啓が降りてきた、という程の閃きでもないが。別にわざわざ戦いの中で奴の秘密を探る必要など、全く無いのではないか?
 確かにサンタナ個人の目的を考慮すれば、主の命令以上に重要な到達点とはDIOとの戦いの延長線上にあったものだ。とはいえ命令の完遂をしくじる事は、サンタナの道の終点を意味する。少なくとも『ザ・ワールド』の秘密くらいは、どのような過程であれ探り取るべきだ。

「首とまではいかなくとも、土産のひとつぐらいは絶対条件か……」

 このまま帰還すべきでない。拙い悩みの末にサンタナは、この地での滞在へと方針を切り替えようとする。

 どうにか……どうにかして奴の部下からでも何でもいい。
 『ザ・ワールド』の秘密を探る。現状のオレにおける最善はそれしかない。短時間で、という条件付きでな。



 サンタナは保身に近い理由を強引に編み出し、DIOに近付こうと目論んだが。
 その『真意』は実際の所やや異なる。都合の良い建前で自らの本音をも濁し、許し難い感情からは一先ず目を背けた。


 なんのことは無い。
 サンタナはDIOへと、興味が湧いているのだ。


 愚かな感情など、視界に映らない端へと置き。
 長時間、思考の渦に飲まれていた事実をやっとの事で認識して。
 手元の時計に目をやろうとした、その時。

459黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:00:15 ID:dCSol15U0



「──────貴方……」



 入口から影のように現れた、不安定な足取りの少女ひとり。
 顔面の半分が焼け爛れ、紅葉のように真っ赤な服を来た金髪の女。DIOが言っていた少女とはコイツの事か。

 どんな奴かと思えば肩透かしだ。その女は弱者たるオレの目から見ても、酷く弱々しく映ったのだから。これはDIOなりの、オレへの当てつけか何かか? 期待をしていた訳ではなかったが、ハズレくじを引かされた気分だ。


 オレはおもむろに立ち上がって、蒼白なツラで固まるそいつへと威圧的に歩み出した。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【C-3 紅魔館 地下大図書館/夕方】

【サンタナ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(大)、全身に切り傷、再生中
[装備]:緋想の剣、鎖
[道具]:基本支給品×2、パチンコ玉(17/20箱)
[思考・状況]
基本行動方針:自分が唯一無二の『サンタナ』である誇りを勝ち取るため、戦う。
0:秋静葉を……どうするか?
1:戦って、自分の名と力と恐怖を相手の心に刻みつける。
2:DIOの『世界』の秘密を探る?
3:自分と名の力を知る参加者(ドッピオとレミリア)は積極的には襲わない。向こうから襲ってくるなら応戦する。
[備考]
※参戦時期はジョセフと井戸に落下し、日光に晒されて石化した直後です。
※波紋の存在について明確に知りました。
※キング・クリムゾンのスタンド能力のうち、未来予知について知りました。
※緋想の剣は「気質を操る能力」によって弱点となる気質を突くことでスタンドに干渉することが可能です。
※身体の皮膚を広げて、空中を滑空できるようになりました。練習次第で、羽ばたいて飛行できるようになるかも知れません。
※自分の意志で、肉体を人間とはかけ離れた形に組み替えることができるようになりました。
※カーズ、エシディシ、ワムウと情報を共有しました。
※幻想郷の鬼についての記述を読みました。
※流法『鬼の流法』を体得しました。以下は現状での詳細ですが、今後の展開によって変化し得ます。
・肉体自体は縮むが、身体能力が飛躍的に上昇。
・鬼の妖力を取得。この流法時のみ弾幕攻撃が放てる。
・長時間の使用は不可。流法終了後、反動がある。
・伊吹萃香の様に、肉体を霧状レベルにまで分散が可能。


【秋静葉@東方風神録】
[状態]:自らが殺した者達の声への恐怖、顔の左半分に酷い火傷の痕、上着の一部が破かれた、服のところが焼け焦げた、エシディシの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の正午に毒で死ぬ)
[装備]:猫草、宝塔、スーパースコープ3D(5/6)、石仮面、フェムトファイバーの組紐(1/2)
[道具]:基本支給品×2(寅丸星のもの)、不明支給品@現実(エシディシのもの、確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:穣子を生き返らせる為に戦う。
0:この『大男』は……!
1:頭に響く『声』を受け入れ、悪へと成る。
2:DIOの事をもっと知りたい。
3:エシディシを二日目の正午までに倒し、鼻ピアスの中の解毒剤を奪う。
[備考]
※参戦時期は少なくともダブルスポイラー以降です。
※猫草で真空を作り、ある程度の『炎系』の攻撃は防げます。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、ディエゴ、青娥と情報交換をしました。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

460黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:02:14 ID:dCSol15U0
『ジョルノ・ジョバァーナ』
【十数分前:夕方 16:14】C-3 紅魔館 屋上


 穏やかな性格で周囲からの人望も厚い聖白蓮という者は、途端の融通を利かせてくれる臨機応変な女性に違いないと。彼女との付き合いはごく短いものであったが、僅かな会話を交わしただけのジョルノにもそう思わせる空気が白蓮にはあった。
 実際、その評価は決して間違っていない。戒律を守るべき立場の彼女には信者への厳しさこそあったものの、規律から脱す範疇でなければ大抵の要望や嘆願は献身的なまでに応じてくれた。

 そういった女性であったし、だからこそ彼女は人妖問わず慕われたのだろう。
 しかしその一方で、白蓮にはある種の頑固さが同居していた。


「プッチ神父とは……私一人で決着を付けさせてください」


 真っ直ぐな視線で放たれたその言葉には、白蓮の決意の全てが含まれていたようにジョルノは思う。

 地下図書館からバイクにて飛び出したジョルノは直ぐに、紅魔館の破壊策を彼女へと伝えた。地下を脱出した理由にはこの破壊活動が含まれるからだ。館の屋根や壁面さえ取り除いてしまえば、少なくとも吸血鬼のDIOだけは無力化出来るかしれない。今後を考えると、アジトの破壊もやれる時にやっておくべきだ。
 その旨を伝えて尚、白蓮はジョルノの作戦への参加を拒んだのだった。作戦自体には了承したものの、彼女はあくまでプッチとの決着を望んでいたようで、館の破壊はジョルノに任せると残してそのまま中庭にて神父を待ち構えた。
 愚かだ、とはジョルノは思わない。彼女と神父の間に何かしらの確執があったのは目に見えていたし、強い決起を宿したその覚悟をジョルノが止める道理も無い。

 何より……白蓮の瞳を見てジョルノは感じ取った。彼女はきっと、気付いていたのだろう。あのまま彼女と戦線を共にして神父を迎え撃っていたならば───

(僕は多分、プッチを躊躇なく『始末』していた。あの女性は僕を見てそんな未来を漠然ながら予感し……避けようとしたんだと思う)

 あるいは逆に『始末されていた』かも知れないが……どちらにしろ白蓮は、その結果を嫌った。だからジョルノと共同戦線を張る案を良しとせず、一人でプッチを迎え撃とうとした。
 白蓮は、敵である神父が万が一死ぬ未来すらも回避しようとしていたのだろうか……? そこまで来れば『甘い性格』で済ませられる話ではない。
 しかしジョルノには、それも間違いだという確信があった。確信と断ずるには拙い、心の占の様な予感だが。


(あの人はきっと……他の誰でもなく『自らの手』でプッチを───)


 怨恨はあったのかも知れない。白蓮とて……人の子なのだから。
 責任も感じていたのだろうか。良心の塊みたいな人なのだから。
 だがそんな自己的な理由で、彼女はその綺麗な手を自ら穢そうとしないだろう。
 分かりはしない。白蓮が何思い、何感じてプッチと相対するに至ったのかなど。
 ジョルノにそれを知る術など、無いのだ。
 他人の心を読む術でも無い限り。


 現在ジョルノは、紅魔館の屋上によじ登り『破壊活動』に精を出していた。破壊といっても屋根や壁を植物の『蔦』などに変え、囲いとしての役割を奪っているに過ぎないのだが。
 白蓮とは結局、別れた。事が終われば館の外で待ち合う約束まではしているが、もしも彼女がプッチから返り討ちにあっていれば、ジョルノは白蓮を見殺しにしたという見方も出来る。
 ジョルノ・ジョバァーナという少年は正義感の強い人間ではある。しかし彼はイタリアの裏世界を牛耳る巨大ギャング組織のボス。庇護する対象が力の無い弱者であるならまだしも、白蓮は強大な力を正当なる方向へと扱うことの出来る一端の大人なのだ。その様な彼女にあれだけの覚悟を示されれば、否定などとても出来ない。少年はそんな立場ですら無いのだから。
 更に言えばジョルノは、ギャング同士の抗争に一般人を直接巻き込む事を毛嫌いしている。その信念を逆さに見るなら、「関わるな」と遠回しに願い出た白蓮らの因縁に、進んで割って入る気にもなれなかった。彼女には彼女なりの『落とし前』の付け方もあったのだろう。
 ジョルノの持つそういった素っ気ない部分は、他人から見れば『冷酷』に映るのかも知れない。

461黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:03:14 ID:dCSol15U0


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!」


 よって彼は自身に課せられた役目を完璧にこなすべく、こうして『黄金体験』を広い範囲にて使用し、次々に館の囲いを取り除いていた。
 どちらかと言えば破壊と言うよりは変換だ。瓦礫を拡散させつつも、拳を打ち込んだ傍からスルスルと植物化していくその光景に、見た目ほど派手な爆音は響いていない。尤も、支柱が失われ本格的に崩壊が始まれば辺り一帯に大きく轟く崩壊音にはなるだろうが、それには少々時間が掛かる。


「───ジョルノくぅ〜ん! も、もうそのくらいで充分じゃないかしらー!?」


 館の下、玄関部に当たる場所から聞き慣れた声が控えめな音量で叫ばれた。
 手を止めて下を覗くと、お馴染みとなりつつある長い兎耳。それがしおしおと垂れ掛かる丸い頭が、こちらを見上げていた。一時期は危険な状態だっただけに、回復具合が極めて良好な経過を見ると少なからず安堵する。

「鈴仙か。という事は、これで館を一周出来たかな」

 蔦に変容していく壁に掴まりながら、ジョルノは声を飛ばした少女の元へ降り立った。さくりと、土に被った新雪を踏む心地好い音が伝わる。

「鈴仙。君はついさっき意識が戻ったばかりなんだから、無理せず横になっていて下さい」
「こんな悪魔の館の玄関口に寝かしておいてよく言うわよ……」

 鈴仙がやや呆れ顔で苦情を申し立てる。DIOから受けた心臓への傷は浅いものでは無かったが、ジョルノの迅速な処置が功を奏して身体を動かせるまでに回復した。素でディアボロの一撃に耐える程度には鍛えられている鈴仙の身体。先刻、博麗霊夢の絶望的な負傷を何とか塞ぎ止めたジョルノだが、人間の霊夢と比較すれば妖獣の鈴仙はその強度が高い印象を受けた。
 治療する際、当然ながらその衣服を脱がした経緯があるとは鈴仙には伝えていない。地霊殿内にて彼女の一糸纏わぬ裸身をわりとじっくり目撃した状況を思い起こせば、伝えてもロクな事になりはしないと心得ていたからだ。

「それで……これからどうするの? 紫さん、まだ中に居るんでしょ?」
「そこなんですが───ん? これは……」

 こちらから積極的に紫と落ち合うというのはなるべく避けたい。プッチは白蓮に任せっきりでいるが、囮を任されたジョルノ達に引き付けられた他の敵が紫の周囲に集まるという状況は彼女の望む所でもない。
 考えあぐねていたジョルノは、暫くの間不動だにしなかった紫の『位置』がすぐ近くまで迫っている事を感知した。彼女に預けていたブローチの効力である。

 八雲紫がいつの間にか動いている。
 目的を達成したのか、その動きは迷いなく真っ直ぐな軌跡であった。


「───あ、居た居た。ジョルノ君」


 館の玄関からやや離れた位置に目立たぬよう立つジョルノらへと二つの影が近寄る。少し見ない間であったが随分と久しぶりの様に錯覚してしまうのは、館内にて演じられた一幕が想像以上に色濃い軋轢であった反発か。

「紫さん! ……心配しましたよ、あまりに動きが無いものですから」

 八雲紫。見た目には以前と何ら変わらない姿が、一人の少女を横に伴って現れた。

「怪我は無いですか? それに隣の女の子は……?」
「わ……紫さんに、なんか凄く似てる……」

 ジョルノも鈴仙も、紫の連れてきた少女の容姿に驚きを隠せずにいる。彼女が紫へと『SOS』を求めてきた誰かなのだろうが、それにしても八雲紫の外見とあまりに酷似しているのだから。
 少女はジョルノ達の前に立ち、そつのない所作で頭を下げた。

462黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:03:56 ID:dCSol15U0


「〝マエリベリー・ハーン〟です。こちらの〝八雲紫〟さんから助けて頂きました」


 初対面の相手になんの緊張もない自己紹介の姿を見て、清純で要領の良い女の子だとジョルノは見受けた。しかし大人しそうな性格は、横にいる紫とは似つかないだろうか。

 頭を上げた少女の瞳の中が視界に入る。星宙を模したように美しく煌めく瞳に、ジョルノは既視感を覚えた。
 並び立つ紫のそれと見比べて、すぐに得心する。二人は所々に違いこそ見られるが、本当によく似ていたのだから。マエリベリーがすっかり大人の女性へと成長を遂げれば、そのまま八雲紫になるのではないのだろうか。

「ジョルノ君に……鈴仙、さんですね。お二人の事も紫さんから聞いております」
「そうでしたか。マエリベリー、君が紫さんへ懸命に助けを求めていたことは知っている。とにかく、無事で安心しました。僕はジョルノ・ジョバァーナ。よろしく」
「あ、私は鈴仙よ。えっと、よろしくねマエリベリー」

 自然に交わされる握手。繋がり触れた少女の温かな手のひらに、ジョルノは心做しかの引っ掛かりを覚えるも、紫の急かすような言葉がその違和感を描き消した。

「挨拶はそこまでにして、少しお仕事をお願いしていいかしら? ジョルノ君」
「え……私まだ握手してない……」

 サラリと自分の番を飛ばされた鈴仙が悲しげな瞳を浮かべる光景を、紫はせっせと無視する。言うまでもなく、ここはまだ敵陣の只中である。事務的な挨拶などは後回しにし、火急の事態を優先するべく紫は手を叩きながら注目を集めた。

「家に帰るまでが遠足と言いますが、我々が家に帰る時間にはまだ早い、という事です」
「え!? か、帰りましょうよ! こんなおどろおどろしい館からとっとと……!」
「そうもいかないのよ鈴仙。これはマエリベリーたっての希望なのだから」

 マエリベリーの希望。危険を承知で助けに来てくれた三人に更なる我儘を押し付けるような身勝手に、願い出た本人も心を痛めた。
 しかし今回ばかりはどうしても妥協する訳にいかない。この頼み事が却下されたなら、せめて自分だけでも引き返す事になる。それでも構わないと、マエリベリーは強い決心で頭をもう一度、先ほどよりも深く下げた。


「お願いします! 私、絶対に蓮子を……友達を、DIOから救い出したいんです!」


 マエリベリーが駆け足で説明した話によると、紅魔館の中──DIOの隣にはまだ、彼女の親友である宇佐見蓮子が拉致されているらしい。心を支配された状態という、極めて厄介な有様で。
 彼女を救い出すまではマエリベリーもここを離れる訳にはいかない。紫もそんな彼女を不憫に思い、ジョルノと鈴仙の力を借りたく思ってこの場に現れた。
 紅魔館全域が崩壊を始めるまではまだ時間が掛かる。それまでにDIOと接触し、肌身離さず連れているであろう蓮子をまずはスキマの能力で分断させる。肝心なのは話に聞く肉の芽の解除だが、それも境界を操る力で何とかなるらしい。

「鈴仙。確か貴方は『サーフィス』っていうスタンドを持っているのだったかしら?」
「え……あ、いや、持ってますけど……アレは媒体となる『人形』が要るみたいで……」

 気のせいか声に覇気がない鈴仙。紫から突然話を振られれば、良い予感など全くしなかった。

「人形が大雑把で良ければ僕のスタンドで作れますよ。生み出した木を削ってそれらしい形に整えれば、鈴仙のスタンドにも適応してくれると思います」
「ジョルノ君は空気読んでよ〜っ!」

 鈴仙の身からすれば、ジョルノのナイスフォローが今だけは有難くない。この流れなら紫は鈴仙のスタンドを起用し、何かしらの“危険”を彼女に背負わせる役柄を与えてくるだろう。
 只でさえ病み上がりなのだが困った事に八雲紫という人でなし、もとい妖怪でなしは、猫の手だろうが赤子の手だろうがお構い無しにこき使ってくる女なのだという事を鈴仙も学んできた。

「オーケーよジョルノ君。早速だけども鈴仙。すぐにサーフィスを発動して、私のコピー人形を作って」
「紫さんの……?」

 紫が立案した蓮子奪還作戦。作戦と呼ぶにも浅薄なものだと彼女は前置きし、説明を進めた。
 作戦の要はマエリベリーだ。まずは鈴仙が紫をコピーし、マエリベリーと共にDIOの元へ向かわせる。中の様子がどうなっていようとも蓮子の確保を最優先とし、彼女をマエリベリーと共にスキマの中へ落とす。残った紫(サーフィス)は、そのままDIOの足止め。

463黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:05:56 ID:dCSol15U0

「ままま待って!」

 紫の説明に慌てて割って入った鈴仙は、すぐに異を唱えた。サーフィスが足止めの役を担うという事は、本体である鈴仙も必然近くに控えてなければ通らない道理だ。
 幸いにも鈴仙本体には隠密能力があるものの、つい数十分前に自分を瀕死に追い込んだあのDIOの近くに潜むというポジションを強要されるのは流石に御免被りたい。

「私のサーフィスの『射程距離』はそんなに長くないですよ!?」
「だから?」
「……私、いちおー瀕死から復活したばかりの病み上がりなんですけど」
「退院おめでとう。無事で良かったわね」

 といった決死の抗議を、当の紫は「頑張ってね」と一言のみを添え、何事もなく話は続けられる。この世の絶望をいよいよ体現させた鈴仙の生気無き兎耳をしかとシカトし、紫は残ったジョルノに目を向ける。

「ジョルノ君は私とここで少し待機ね」
「アザの反応によりDIOから勘付かれるから、ですか」
「そう。マエリベリーと蓮子を分断させDIOを足止めした後、戻ってきた鈴仙を拾って紅魔館から一旦離れるわよ」

 マエリベリーと、正気に返った蓮子がすぐに追い付くから。紫はそう言い終えて、何か質問はあるかとジョルノへ聞く。勿論ある。

「大前提として……見た所マエリベリーは普通の少女の様ですが、本当に彼女に肉の芽をどうにか出来るのですか?」

 話を聞く最中にもひしひしと感じていた大きな疑問だ。この作戦の要はマエリベリーであると言うが、果たして本当にそうだろうか。
 そもそも紫のコピーを作るまでもなく、本人がマエリベリーの傍に付いてフォローしてやった方がよほど安泰な気がする。紫のことだ、考えあっての策なのだろうが。

「質問に答えるわね。マエリベリーに肉の芽が解除出来るかどうか……?
 それに必要な『手段』と『力』は、私からマエリベリーへと既に貸し付けてあります」
「貸し……?」
「そう。幸運なことに、彼女の『器』は私のモノと非常に良く似ていますので。大妖怪〝八雲紫〟の力をこの子に多少貸す程度なら、充分可能な程に」

 偶然なのか運命なのか、二人の器は相似しているという。
 かつてディアボロは『魂』の形が良く似た自分の娘トリッシュの肉体に潜り、強引にスタンドを動かしたりもした。それと同じに紫とマエリベリーも、自身の力を互いに貸し与えたり出来るという理屈だろうか。
 だとしても、危険なことに変わりない。やはり見直した方がよいのでは……と、ジョルノが口を開こうとした時、マエリベリーがそれを遮るように前へ出た。

「あの! ジョルノ君!」
「……マエリベリー?」
「紫さんには私から頼み込んだの! 蓮子を元に戻す役目は私に任せて欲しいって!
 そうですよね、紫さん?」
「……そうよ。部外者の私なんかより、親密な間柄であるマエリベリーの方がまだ可能性がある。だから私は力をこの子に貸した。少しくらいの弾幕やスキマ能力くらいは使えるようになってる筈よ」

 険しい顔を作りながらも紫は振り返ってきた少女に同調した。肉の芽の仕様は分からないが、親友のマエリベリー自ら蓮子へと本気で訴えれば、抑え込まれていた蓮子本来の感情を呼び起こすというのは医学的な領域でもあり得る話だ。
 とはいえ、ここはジョルノの推測も及ばない方面。恐らくDIOと蓮子の分断まではそう難しいことではないだろうが、件の『肉の芽』については何とも言えない。
 そんな不安が顔に出ていたのだろう。ジョルノの難色に紫はもう一つ、判断材料となる事実を落とし混ぜた。

「肉の芽についての危惧ならマエリベリーは寧ろ、うってつけの人選よ。そうよね?」
「……はい。以前も同じ様に、DIOから支配された男の人の芽を取り除いた経験はあります。だから大丈夫、とは言い切れませんが……いえ、きっと何とかしてみせます。
 蓮子は───大切な、親友ですから」

 大切な、親友。
 その言葉を発する瞬間、マエリベリーと紫の視線が交差した。
 狭間にあったのは、意味深なアイコンタクトのみ。顔色を窺うといった懐疑的な視線でなく、確信めいた何かだ。彼女達の間でしか通じ得ない、独自の絆の様な空気は確かにあるのだろう。

464黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:06:23 ID:dCSol15U0

 ジョルノは紫を信頼している。彼にとって『信頼』とは軽々しい気持ちなどではない。ひとつのミスが死に直結するギャングの世界に属する以上、そこを何よりも重要と考えるのは当然の事だ。
 紫とマエリベリーの間にも奇妙な信頼関係があるようだった。ならばジョルノとしても、二人の信頼を疑うような気持ちなど持つべきでない。
 それは彼の嫌悪する、他人を『侮辱』する行いと同義である。

「ベネ。解りました。僕に出来ることは少ないのかも知れませんが、尽力します」
「ありがとうございます、ジョルノ君……!」

 マエリベリーはここ一番の朗らかな笑顔を浮かべ、もう一度ジョルノの手を、今度は両手で包むようにして取った。
 またしても、何か引っ掛かる。さっきも似た違和感を感じ取ったが……。
 頭の片隅に残ったモヤモヤの正体を掴み取るより早く、またもや紫が前に出てその思考を霧散させた。

「私からも、グラッツェ。ジョルノ君。
 じゃあ……そろそろ動きましょうか。タイミングを逃す前に……」

 館が崩れ始める前にDIO達へと接触しなければ意味が無い。ジョルノは鈴仙のサーフィスを発動するのに必要な『人形』を作る為、身近な物から紫の身長サイズの小木を生み出す。

 と、今更ながらに気付いた。
 紫へ事前に渡しておいたブローチが、彼女の衣服から消えている。

「ん? ああ、貴方のブローチなら……マエリベリー」
「あ、コレですか? ゴメンなさい、勝手に借りちゃって……」

 紫を彩った衣装に似合うブローチは、マエリベリーの胸へと新たに飾り付けられていた。
 成程。発信機ならばジョルノと共にする紫よりかは、孤立させるマエリベリーに付けていた方が都合が良い。

 胸元の赤いリボンの上から飾り付けられたブローチに、少女マエリベリーの頬は緩む。そこから連想されるのは、記念日に男性からアクセサリーを贈られた女性のような、上品さと純粋さを混ぜた笑み。


「でも……素敵ですよね。“ナナホシテントウ”型のブローチなんて」


 囁いて少女は、雪の降る空を仰ぎ見た。
 天上に煌めく雨上がりの虹を、探し求めるように。
 ジョルノが釣られて見上げたそこには、薄べったく広がる暗灰色の雪雲しか見当たらない。


 八雲紫を形取ったサーフィスを引っ提げた鈴仙と、マエリベリー・ハーン。
 彼女達がDIOの前に再び現れる、僅か数分前の空色は───寒々とした雲の隙間に射し込む黄金の筋が、とても印象的であった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

465黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:07:28 ID:dCSol15U0
『〝マエリベリー・ハーン〟』
【夕方 16:24】C-3 紅魔館 地下道


 永い……永い、永い、気の遠くなる程に永い暗闇のトンネル。
 メリーにとっては本当に……永過ぎる闇だったのだろう。
 仲間の力を借り、DIOを嵌めて。上も下も周囲全てが真っ暗闇の『スキマ』の中を通り抜けると、そこもまた闇だった。
 それでも、今までの暗闇とは比較にならない程に明るい。
 地下道に備え付けられた電灯程度の灯りでも、今の彼女にとっては希望の光だ。
 光は、手を伸ばせば届くほど近くにまで迫っている。
 そう思えて、仕方が無い。

 普通である少女にとってはあまりにも絶望的な殺し合いの鐘が鳴って、16時間が経つ。彼女にとっての暗闇は一日にも満たないが、この十数時間の間……これまでの人生で体験したことの無いくらい、深い深淵であったのだ。
 ついさっきまでの『夢』の中でメリーは、とうとう自分すらも見失い掛けた。邪悪の化身が植え付けようとした闇とは、それ程までに底の見えない奈落の闇だった。
 闇から引っ張り上げたのは、メリーを鏡写しに描いた様な女性。
 名を、八雲紫という。

 奈落から、大空へ。
 メリーは空を翔ぶ術を手に入れた。
 しかし少女は、奈落に堕ち続ける『親友』の姿を放ってはおけなかった。

(蓮子は……必ず私が元に戻してみせる。闇の中から引き上げてみせる。そう約束したんだから)

 こんな薄暗い地下道でも、メリーが溺れていた闇に比べれば『天国』みたいなものだ。
 だって、宇佐見蓮子はもう───すぐ目の前にいる。
 これが希望の光でなくて、なんなのか。
 今までとは違う。ここには、蓮子を引き上げる術がある。
 あの夢の中で、八雲紫とマエリベリー・ハーンが〝交叉〟した。
 この奇跡がきっと、闇に閉ざされた蓮子を救い出してくれると信じ。

 少女はとうとう。


「───ここまで、来たわよ。蓮子」


 メリーと蓮子は、真の意味においては未だ再会を果たせていない。目の前に立つ蓮子は、メリーの知る宇佐見蓮子ではないのだから。
 ジョルノ・ジョバァーナと鈴仙の力を借りて、ここまで来ることが出来た。
 DIOに一泡吹かせ、蓮子を分断させる所まで来れた。
 ただの少女であったこの腕には〝八雲〟の力が僅かなりに秘められている。

 ───後はもう、私の力で。


「……メリーもしつこいなあ。せっかくDIO様から目に掛けられてるってのに、馬鹿の一つ覚えみたいに『蓮子蓮子』ってさ。私、いつからメリーの彼女になったワケ?」


 スキマの力で地下道まで叩き落とされた蓮子。その身には怪我一つない。そうなるよう、気を遣って落としたのだから。
 無論、メリーの体にだってかすり傷一つない。お互い万全な状態で、空を堕ちる様に落ちてきた。

「あら。その言葉、そのまま返せるわよ? どこかの誰かさんだって、二言目には『ねえメリー、ねえメリー』って。耳にタコが出来るかと思っちゃった」

 二人っきりのアンダーグラウンド。
 白い帽子の少女は笑い、
 黒い帽子の少女は嗤っていた。

「そりゃあそうよ。私、メリーのこと大好きだもん」
「ありがとう。私も、蓮子のことが好きよ」

 いつもの大学のカフェの、いつものテーブルで冗談を掛け合う、いつもの日常。
 笑い/嗤いながら交わされる二人の言葉のみを捕まえれば、殺劇の舞台には相応しくない会話。

「ふーん? 嬉しいけど女同士でそういう台詞、ちょっとアブなくない?」
「人様の『初めて』を奪っておきながら、今更そんなこと言うの?」
「あはは。アレはさあ、空気っていうか、流れじゃん? もしかしてメリーは嫌だった?」
「嫌に決まってるでしょう。ノーカンよ、あんなの」

 少女達の距離は縮まらない。
 とても近い者同士の会話に見えてその実、二人の距離は星と星の間のように遠い距離。

 それも、これまでの話だ。
 この遠い遠い距離は、これから埋める。
 蓮子から歩み寄ることは決してないだろう。
 然らば、こちら側から一方的に歩み寄ればいいだけの話。

「でもね、蓮子」
「うん」
「───〝マエリベリー・ハーン〟が好きなのは、嘘に塗れた『貴方』じゃない。……秘封倶楽部の頼れるムードメーカー『宇佐見蓮子』なのよ」


 手を取るとは、そういう事なのだから。
 ああ。何だか、今までとは逆だ。今までは蓮子がメリーの腕を掴んでいたのに。

466黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:08:28 ID:dCSol15U0


「……メリー。私、前に言ったよね。『秘封倶楽部、もう解散しようか』……って」


 メリーからの拒絶を意味する言葉を聞き入れ、蓮子の言葉に含まれる温度が一変した。急激に冷えていく蓮子の言葉は、対峙する少女の余裕を幾分か削ぎ落とした。
 妖しく輝くのは、黒帽子の下に隠れた深淵の瞳と……右手に持つ妖刀の刀身。

「もしかして……“まだ”未練でもあるの? あんな子供じみたお遊びサークルに」

 ズキ……と、メリーの胸の奥が針に刺されたみたいに痛んだ。
 これは蓮子の本心が言わせた台詞などではない。そう分かってはいても、言葉に仕込まれた毒はこの身体に強く染み込み、動悸を誘う。

「はぁ……。いいわ、分かった。メリーがあのサークルをそうまで大事に思うんなら、取り消すわ。解散しようって台詞、撤回しましょう」

 やれやれ、といった如何にも仕方無しな態度で、蓮子は軽く首を振った。
 そしてメリーの瞳に向き直し、断言する。


「───私、宇佐見蓮子は今日限りで『秘封倶楽部』から籍を抜くわ。ごっこ遊びを続けたいのなら、メリー独りでやってれば?」


 堪らなくなって。
 或いは、堰を切ったように。
 メリーはその顔を悲痛に歪ませながら、駆けた。
 自然と、この身体が動いた。


「あの場所は! 私と蓮子! 二人揃って、初めて『秘封倶楽部』なんじゃないッ!」


 妖刀を携えて迎え撃つ蓮子を前に、メリーは徒手空拳だ。かつてポルナレフに巣食った肉の芽を解呪した時だって、彼女には多くの仲間達が力を貸し、白楼剣の能力を以て偉業を達成できたというのに。

「私と蓮子のあの場所は! 二人で『夢』を掴む為に在るんでしょう! もう忘れたの!?」
「夢ですって!? バッカみたい! いつまでも子供みたいに夢なんか見ちゃってさぁ! そーいうのが『ごっこ遊び』っつってんのよ!」

 蓮子の元へと真正直に突っ込んでくるメリー。その脳天へと振り翳す妖刀に込められた殺気には、微塵も躊躇が無い。
 『殺す』──今や蓮子の頭にある感情は、その凄然たる二文字だった。敬愛するDIOが何よりもメリーを重用している事実すら忘却し、その命を奪おうとする行為など愚かの極地と言える。
 或いは、DIOを敬愛しているからこそ。主への歪なる愛情にも似た感情が蓮子の中に存在するからこそ、その彼がいたく気に入っている親友が許せないからだろうか。
 嫉妬心、と偏に言い切ることなど出来ない。もとより、蓮子の中のDIOへの感情など、芽によって歪められた紛い物でしかない。

「夢見ることすら出来ないなら、最初から秘封倶楽部なんて作ってんじゃないわよ!!」
「はぁ!? 別に私が作った訳じゃないっての! そんな事も知らなかったクセに、なに気取ったこと言ってんのよッ!」

 紛い物。所詮は、紛い物なのだ。今の蓮子が吐き出す、全ての言葉など。
 ゆえに、そこに感情が宿る道理など無い。嘘っぱちの言霊に、想いなど宿りはしない。
 ではどうして、こうも猛るような大声でいがみ合うのだろう。……お互いに。

「気取ってるのはどっちよ! 一人で勝手に大人ぶっちゃって、バカみたいなのはどっちよ!! 『ごっこ遊び』なんかやってるのは、どっちなのよ!!!」
「メリーの方でしょそれは!! 私はもう夢なんか見るのは疲れたのよ! DIO様に気に入られてるからってチョーシ乗んなッ!」

 数多の血を吸い、達人の術を学んできた絶命必至の妖刀がメリーの脇を掠った。素人に過ぎない蓮子を熟練戦士の域にまで押し上げるのは、アヌビス神の特性があってこそ。
 残像を置いてくるレベルにまで成長した刀速を、本当の意味での素人であるメリーが躱すなど理屈に沿わない。
 当然、この芸当をただのメリーが演じるのは不可能である。しかし、今の彼女には八雲の力が多少なりと備わっていた。
 大妖怪・八雲紫の力とはそれ即ち、幻想郷全ての規律の骨となる『弾幕ごっこ』の力と同義。つまりは敵の技を見切り、優雅に回避する為の基本技術を指す。

 相手の得物は何処ぞの庭師と同じに、刀だ。
 ならばこれだって、形だけを見れば立派な弾幕遊戯。『ごっこ遊び』なのだ。

「疲れたですって!? そんな台詞は、しっかり頑張った人間だけに許される辞世の句よ!」
「……っ! だったらメリー! アンタの言う『夢』って何!? 独りぼっちになったアンタのしょっぱい秘封(笑)が暴く、最期の夢とやらを教えてよッ! 私に教えて……その後に死んで!」

467黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:08:59 ID:dCSol15U0

 そう。これはごっこ遊び。
 弾幕を撃てる力を得たにもかかわらず、メリーは弾幕を撃とうとはしない。
 蓮子も狂喜乱舞するかの如く、命を刈り取る目的だけの為に妖刀を振るう。
 救う為。
 殺す為。
 致命的に背反する互いの意思が、延々にすれ違い続けたとしても。

 これは、何処まで行っても……ごっこ(模倣)遊び。
 邪悪に支配され、もはや〝宇佐見蓮子〟を模倣しただけの……堕ちた肉人形。
 人形と交叉し合うこの少女も、〝マエリベリー・ハーン〟を模倣しただけの。
 今や孤独な───普通の女の子。
 模倣と模倣の、滑稽な織り交ぜ。
 ただ、白の少女は。
 宇佐見蓮子に『真実』を取り戻す為に、こうして舞を踊りながら、演じている。
 その気持ちだけは、きっと本物だ。


 そして、とうとう。
 幾度も伸ばした、マエリベリーを模倣した身体の……ボロボロの、右腕が。



「───蓮子だって、知ってるでしょ」



 触れた。
 届いた。

 左肩から先を囮に──犠牲にして、ようやく。



「秘封倶楽部の理念たる『夢』は……『世界』によって隠蔽された『謎』を追い、そして」



 親友の額に巣食う、肉の芽へと。
 伸ばした人差し指が、繋がった。



「そして───『境目』の奥に潜む『真実』を……暴く!」



 触れた途端、蓮子の動きが停止する。
 指先から芽の中へと流されたのは、大妖怪・八雲紫の本領とされる異能。


 ───境界を操る程度の能力。


「それが私たち“二人”の秘封倶楽部でしょう!! 思い出してよ……っ 蓮子!!」


 メリーの途切れた左腕から、赤い飛沫がシャワーの様に噴き出す。
 遅れて、斬り飛ばされた先端が空を舞いながら冷たい地へ落ちた。
 痛みは、無かった。
 腕なんかよりも、目の前の親友を喪うことの方が何倍も耐えられない。
 〝マエリベリー〟の抱く喪失の感情が、この身にひしひしと伝わってくる。
 それが恐ろしくて、少女は目の前で固まる親友の体を思わず抱き締める。
 片腕になろうとも、血がべっとりと付着しようとも、構わずに。
 少女は、大好きな親友を力強く抱き締めた。


「──────………………、 …………、」


 ガクリと、蓮子の膝だけが折れた。抱き締めていたメリーの膝も釣られて折れる。
 反応は、それだけだった。
 額の芽が消え去る訳でもなく、蓮子はただ項垂れ、微動だにしない。
 黒帽子に隠れて、額も見えなくなる。どんな瞳を宿しているかも、隠れてしまう。

 メリーが芽へと流した『境界を操る力』は、微弱なものだった。元々それほど大きな力など残っていない。それでも芽を除去するに至る力には足りていた筈だ。気功を突くように、ほんの僅かな力でだって、エネルギーの流動を精密に流し込めばこの悪魔の芽は堪らず浄化される。
 妖力が足りる足りないというのは問題ではない。『宇佐見蓮子』と『悪の気』の中継点となる肉の芽の境界を中和し、遮断する。
 その『場所』へと物理的に辿り着けるか、着けないかという話。


 メリーの腕は、今。
 確かに『その場所』へと辿り着けたのだ。

 だったら。

468黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:09:23 ID:dCSol15U0












「…………………………蓮子?」






 呆然としていた蓮子の唇が、小さく動いた気がして。

 メリーはもう一度親友の名を呟き、真っ直ぐに見据えた。













「──────────メ、リー」









 少女の額に巣食っていた『肉の芽』は。

 疑う余地もなく、綺麗に消滅していた。

 この瞬間、蓮子を蝕んでいた邪悪の芽はこの世から滅んだ。







            ◆

469黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:11:34 ID:dCSol15U0

『八雲紫』
【夕方 ??:??】?-? 荒廃した■■神社


「そろそろ、この『夢』から醒めましょうか。あまり時間も残されてないわ」


 長い石段の下に広がる街の景色を眺めながら、八雲紫はそう言って立ち上がった。
 雨上がりの黄昏に光る夕景は鳴りを潜めつつあり、幻想的な夜景に移り変わらんとする時刻だ。
 空に架かった『虹』は暗くなるに従い、益々輝きの光子を振り撒いていた。
 まるで七色のオーロラだ。更にオーロラの隣には、一つ一つの閃光を鮮明に主張し続ける『七つの星』が瞬いている。
 紫は星々を名残惜しむように目を細め、それら光景を自身の瞼に焼き付けた。

「……さあマエリベリー。私と一緒に、この鳥居を潜るのです」

 後ろには荒廃した神社。そこへと続く道の途上には古ぼけた鳥居が立っている。その鳥居の口の奥に広がる空間が、ぐにゃりと歪んでぼやけていた。まるで蜃気楼のように光が屈折して集まり、異界への入口を思わせる扉。
 紫は扉の前に立ち、未だ石段の上に立ち尽くすメリーを振り返る。

 メリーは動こうとしない。鳥居を見ることすらせず、日暮れの空を呆然と眺めていた。

「マエリベリー。突然伝えられた、貴方自身の『真の能力』に困惑するのは分かります。しかし今はこの『夢』の中から脱出し、DIOから離れる事が先決。
 外には私の仲間も二人居ます。彼らは今、囮となってDIOの注意を引いてくれている。時間が無いと言ったのは、そういう事なの」

 駄々をこねる幼子を優しくあやす母のように、紫はなるべく立ち竦むメリーを刺激しない言い回しで現状を伝えた。
 自分の秘めた力の真髄が『宇宙を越える能力』だと言い渡されたメリーの心情は、推して知るべしである。まして少女は、基本的には『日常』の側に生きる普通の女の子。
 動揺するのは当たり前だ。それでも紫には、その少女が逆境に立ち向かえる強さを持つ少女だと言う事を理解している。
 理屈ではない。魂の奥底に刻まれた記憶が、マエリベリーという少女を知っているのだから。


「…………紫さん」


 だから少女が何か思い詰めた表情で振り向いたのを見て、彼女のそれが困惑とはかけ離れた色だという事に紫はすぐに気付いた。

「私、まだ逃げる訳には行かないんです」

 覚悟。手のひらに収まるくらいの、小さな覚悟の火だったが。
 メリーの顔に浮かぶ色は、敢えて言うならそのようなモノだった。

「友達がいるの。宇佐見蓮子って言って、その子は凄く頼りがいのある人で、いつもいつも私の手を引いてくれた。助けてくれた」

 ええ。勿論、知っているわ。
 私もあの子と話した。あの子は、貴方と同じ気持ちを持っていた。
 メリーという友達を探し出して助けたい……という純粋な心配だ。

「蓮子の肉の芽の事、紫さんは知ってるんですよね?」
「知ってるも何も、此処がその肉の芽の『中』の世界よ」
「此処からじゃあ、あの芽は取り除けない。さっき、そう言ってましたよね」
「言いましたとも。私と貴方の『本体』……つまり肉体は、あくまで宇佐見蓮子とは離れた場所で睡眠状態に入っているのだから」

 部屋に残したホル・ホースが変な真似をしていなければ、紫もメリーもあの部屋のベッドの上で眠っている筈だ。
 だからこそ悠長にしてはいられない。夢の世界であろうと、決して『時』は止まってなどくれない。針は刻一刻と、歩み続けている。

「私……館からは逃げません。蓮子を元に戻すまでは、絶対に」

 DIOは本当に用意周到で、用心深い知能犯だったらしい。
 たとえ外部からメリーを奪われても、しっかりと彼女の心に『おまじない』を掛けておいたのだ。籠から逃げ出した小鳥が戻ってくるように、歪な首輪を嵌め込んでいた。
 それが宇佐見蓮子という名の鎖。DIOとメリーを繋ぐ、冷たい鉄の糸。

「蓮子は貴方を都合良く操る為の、言うなら人質。そう簡単に殺したりはしないでしょう」

 そう言いつつも紫の心の中では、自分の吐いた言葉とは真逆の考えを唱えていた。
 奴はそんな甘い男ではない。メリーが本格的に自分の元から離れたりすれば、蓮子はいよいよ始末されるだろう。あるいはそれよりも非道い、惨たらしい罰が蓮子を襲うかもしれない。
 それを分かっていながら紫は、尚もメリーの命を優先する。今DIOの元に戻る行いは、あまりにリスクの高い悪手だ。

470黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:12:27 ID:dCSol15U0

 八雲紫は正義の味方などではない。人間を食い物にし、利用する妖怪だ。
 慈善事業で人助けなど、気まぐれが起こらない限りやりはしない。ましてや件の少女はメリーの親友とはいえ、幻想郷とは無関係な外の世界の人間だ。
 とはいえ紫も、鬼や悪魔ではない。鬼は紫の友人にもいたし、悪魔は館を不在にして好き勝手に暴れているだろうが。余裕があるのなら、メリーの親友というのだ、助けに奔走するくらい請け負ってやる。
 問題は、その余裕が無いことにある。
 こちらの戦力はメリーを省いても三人。対するDIO一派の全勢力は不明。先の予測が出来ない危険な賭け。それにメリーを巻き込むのだけは、したくなかった。

「紫さん……! お願い、します。私がここから逃げたら、DIOはきっと蓮子を……」

 深々と頭を下げるメリーの姿に、紫の罪悪感がはち切れそうな程に膨らむ。
 こんな冷酷で心が軋むような宣告、やりたくてやってる訳ではない。

 紫は平常心を偽る裏で、かつてない『選択』に迫られていた。

「どうかお願いします! 私一人じゃあ、蓮子を救えない! 誰かの助けが必要なんです!」

 垂れ下げ続けるメリーの顎先から、雫が落ちた。
 その懸命な姿を無視してでもメリーを連れ出す権利が、自分如きに有るのだろうか。
 誰にだって有りはしない。少女の操縦桿を好き勝手に握り強制する権利など、この世の誰にも。


「……それほどまでに、蓮子の事が大事?」


 やがて、紫が言い放った。
 眼差しはあくまで冷たいままで、出来るだけ低い声色を作り上げて。


「大好きな、友達です」


 返ってきた言葉は、紫の『選択』を決定付けるに充分な答えだ。
 この決定は、幻想的の未来すらも左右しかねない重大な分岐点。
 もし『しくじれば』……八雲紫はそこで死ぬ公算が高いのだから。
 そして、そうなってしまえば。目の前で頭を垂れる少女にとっても……その人生を大きく変えてしまいかねない、選択。


(……やっぱり、こうなってしまうのね)


 誰にも聴こえない声量で呟かれた、彼女の言葉。
 その中身が示す通り、紫は心中の何処かで『こうなる事』を予想していたのかも知れない。
 予想、というよりは、予感。
 それはともすれば、夢の中でメリーと出逢うよりも前から感じていた漠然な予感。
 いつからだろう。
 ジョルノへと夢を語った、あの時から?
 メリーからのSOSを朧気ながらキャッチした、あの時から?
 それとも。この会場に運ばれ、目を醒まして初めに見た……あの鮮明な星空に浮かぶ七つの星。
 ───彼らを見上げた時から?


 予感とは曖昧だ。
 それがたとえ、自分の中に確固として渦巻くモノであっても。


「───負けたわ。貴方のその、純粋な気持ちに」


 かくして八雲紫は、『選択』の末に舵を切った。
 メリーの涙を見なかった事にして前へ進めるほど、紫は強い女性ではない。

「……え」
「なんて顔をしているの。『蓮子を助けてあげる』って言ったのよ」

 涙と鼻水でグシャグシャに汚れる寸前の顔を、メリーはグンと勢いよく上げた。
 可愛げのある少女を見て、紫は対照的に笑ってみせた。誰もが心を射止められるような、美しく朗らかな笑顔で。

「ほ、ホントですか!?」
「あら。嘘であって欲しいの?」
「い、いえそんなっ! あの! あ、ありが……」
「お礼はいいの。私は貴方で、貴方は私なんだから。
 私は私の為に、貴方を助けるようなものよ。だからお礼はナシ。いい?」
「わ、分かりました……?」

 人を惑わすような理屈でまた丸め込められ、メリーは袖で顔を拭いながら了承する。

471黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:13:11 ID:dCSol15U0

「じゃ、じゃあ早速この『夢』から目覚めて蓮子の所に……!」

 そうと決まれば、と言わんばかりにメリーは浮き足立つ。くしゃくしゃだった表情には希望が灯り、鳥居の向こうまでいざ往かんと駆け出そうとする。しかし紫はそんな彼女を制し、空を仰いで冷静に状況を見つめ直す。

「こらこら待ちなさいな。そうとなれば作戦と事前準備は必要よ」
「作戦、ですか? でもあまり時間が無いんじゃあ……」
「降らぬ先の傘、って用心の言葉があるでしょう? 相手はあのDIOなんだから尚更」

 未だ濡れそぼる紫色の傘をクルクルと弄びながら、辺りに水滴を撒き散らす。思案しているというよりは、単にどう切り出すかを狙っている様な振る舞いだった。
 プランならば既に頭の中にある。こうなる事は初めの内から予感していたが故にプロット自体は完成していたが、それを実行する選択を取るつもりなど紫には無かっただけ。
 罪な女だと。紫は自分をほとほと卑下する。
 だが今はもう決めてしまった。ならば最後まで抗って抗って、メリーの為に動き出そう。

 宇佐見蓮子は、責任を以て自分が救い出す。
 もう決めた事だ。メリーの無垢な笑顔を見ていると、悩んでいた自分が愚かだとすら思えてくる。

 これから話す内容は、メリーにとっては些細な話。
 しかし同時に、心に刻み付けて欲しい戯言でもある。


「───ねえ、マエリベリー。貴方には『夢』はあるかしら?」


 唐突に紫は、傍の少女へと語りかける。
 その質問と同じ内容を、かつてはあの黄金の少年にも問い掛けた。

「夢……?」

 首を傾げる自分と同じ顔の少女に、紫は苦笑しつつ。
 すっかり日も暮れた夜空の向こう。疎らに点灯していく人工の光たちの、もっと上。
 夜景に咲く満開の虹を扇子で指し。御伽噺を朗読するように穏やかな口調で語る。


「貴女は、虹を見るとどんな気持ちになるかしら?
 夢。希望。幸運。
 虹は『転機』の象徴であると同時に、光そのもの。七色には、それぞれ意味があるの」


 紫はあの虹の向こうに希望を見た。
 ここにいるメリーは今、巨悪に立ち向かおうとしている。
 肉の芽などというモノは欠片に過ぎないが、これを浄化し友人を救うという行動は、DIOに立ち向かうという無二の勇気に他ならない。

 だからこそ紫は、少女に敬意を表した。
 だからこそ紫は、少女を手伝いたいと思った。
 そしてきっと。
 そんな健気な少女の『味方』となってくれる者は、自分以外にいる筈だ。
 この少女には、もっと出会うべき正義──喩えるなら、『黄金の精神』を持つ者達が存在する筈だ。

 マエリベリー・ハーンに真に相応しい味方は、私なんかじゃない。
 そんな予感が、紫の奥底で胎動していた。


 スゥ……と、紫は瞳を閉じた。空を指した腕は、そのままに。
 七色の演者達を誘う指揮者のシルエットが、無音の旋律を導き出す紫の指先から重なっていく。
 虚空のステージで煌びやかに舞踏を舞うは、気まぐれな指揮者の愛用する小綺麗な扇子。
 タクトと呼ぶには装飾の過ぎるそれが、始めに示した先の演者は──〝赤〟のトランペット。

「あの美しい虹を御覧なさい」

 夜空に聳える幻想的な七色を、大舞台の楽団に見立てて。
 壇上に佇む紫は、その最も強い光を放つ色から一つ一つを指し示してゆく。
 指揮棒の役割を賜った扇子は、独特のリズムで紫の指先を舞い続ける。
 観客席には、彼女もよく知る少女ただ一人。

472黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:14:09 ID:dCSol15U0


「〝赤〟とは、最も目立ち、血や炎の様に漲る生命力を放つ色。
 血は生命なり。強きエネルギーを秘めた始まりの赤/紅は『生命』の象徴」


 序曲は、“哭き幻想の為の七重奏【セプテット】”
 宇宙の原初は赤き炎の爆発より胎動し、亡霊じみた血脈の業を産み出した。


「〝橙〟とは、パワフルで陽気な喜びの色。
 赤の強きエネルギーと黄の明るさを兼ね揃えた、悪戯好きな『幸福』の象徴」


 業を受け継いだ異質なる血は流転し。
 渦を象る戦いの潮流に、素幡を掲げながら橙の波紋を躍らせる。


「〝青〟とは、クールさと知性を内包させた、しじまの色。
 内に秘めた力を静かに、冷静に奏でる調停者は『平和』の象徴」


 無限に広がる波紋の粒は、やがて銀河の星々を形成せしめる。
 絆げられた青き綺想の宇宙に、星屑の十字軍が超然と巡る。


「〝黄〟とは、一際明るく軽やかな、ポジティブを表す色。
 周囲に爽快を与え日常的な安心へ導く、この世で最も優しい『愛情』の象徴」


 銀河の星屑は、まるで暗夜に咲く金剛石【ダイヤモンド】。
 決して砕けることのない黄の耀きを望み、有頂天より眩い夜が降り注ぐ。


「〝紫〟とは、神秘性と精神性を兼ねた、人を惹きつける色。
 古くより二元性を意味する高貴な色は、何者よりも気高き『高尚』の象徴」


 金剛の光は燐光を放ち、古代の人々はそれを標に据える。
 鮮やかな黄金の風に導かれ、紫に煌めく夜が降りてくる光景を、彼らは夢へ喩えた。


「〝藍〟とは、アイデアと直観力を産み出す気丈の色。
 七色では最も暗くあるが、見た目のか弱さの中に活動的な力を秘める『意志』の象徴」


 心地良い黄金の風は循環し、星の器へと還る。
 箒星を仰ぐ少女は母なる藍海を求め、石の海から宇宙の外へと飛び出した。


「〝緑〟とは、バランスと調和を融合させる成長の色。
 幾億の歴史から進化してきた生命・植物は、父なる大地と共存する『自然』の象徴」


 宇宙の輪廻は、石の海の向こうに新天地を創った。
 マイナスであった意志は鋼に変わり、壮大たる緑の大陸を自由に翔ける姿はまさに風神の如く。


「宇宙は一巡を経験し、また『新たな零』の地点へと還ってくる。虹色もまた、同じ。
 全ては輪廻し、巡る様に構成されている」


 『生命』滾りし赤
 『幸福』巡らし橙
 『平和』奏でし青
 『愛情』与えし黄
 『高尚』掲げし紫
 『意志』仰ぎし藍
 『自然』翔けし緑


「それら七光のスペクトルが一点に集うことで、初めて『虹』は産まれる。
 虹は『天気』であり『転機』でもあるの。あるいは『変化』とも」


 情熱と静寂。
 指揮者は二つの属性を、音の波に浮かべながら詩を唄う。


「私の役目は。私の夢は。
 その変化の行く末───〝虹の先〟に何があるかを見届けること。
 星羅往かんと翔ける旅の中道で、私と貴方は出逢った。それって凄く素敵じゃないかしら?」


 雨が上がれば虹が架かる。
 今見ているこの夢は、私と貴方を繋ぐ『七色』のような夢であれ。


「大切な事はね、マエリベリー。
 幾ら宇宙が一巡しても。何度世界が創造されても。
 決して世界は“ループなんかしていない” 。未来は“予定されてなどいない”。
 一秒後、自らに起こる運命など人は知る術など無いし、知るべきでは無い、という事。
 覚えておきなさい。貴方の未来は、貴方自身にしか作れない」


 こうして指揮者は、全ての演目を終えた。
 たった一人の観客に掛けた言葉は、その少女の進むべき未来を暗示しているようで。

473黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:14:36 ID:dCSol15U0


「記憶の層というのは人々に『未知』を授ける。『未知』であるからこそ、人は逆境に立ち向かえる。
 これから先、貴方には予想も付かない困難の未来がきっと待ち受けるでしょう」


 虹に誘う指揮者から、ただの八雲紫へと戻った彼女は。
 胸に付けられた『ナナホシ』のブローチを取り外し、少女の手のひらへそっと収めた。


「貴方はもう、蛹じゃない。私という紫鏡から解き放たれた、一羽の蝶。
 自分の操縦桿は、他の誰でもない貴方自身が握るの。貴方の周囲には、それを手伝ってくれる者達がきっと居ます」


 いつの間にか空の虹は消えて見えなくなっていた。
 隣に輝いていた『七星』も同様に。


「その『七星天道』のブローチは御守り。身に付けておけば、きっと貴方を護ってくれるわ」
「紫さん……貴方は」


 何かを言いかけたメリーの唇に紫の人差し指がそっと宛てがわれ、言葉は止んだ。


「その先は言わなくてもいい。貴方は自分の事だけを考えなさい。
 そして貴方自身の『夢』……それは、秘封倶楽部に関係するのでしょう?」


 メリーの夢、と呼べるほど大袈裟なものでもない。
 それでもそのささやかな夢に、秘封倶楽部は無くてはならない存在。
 つまり親友である宇佐見蓮子の存在も、メリーの夢には無くてはならない存在。

 紫の指が離れていく。言葉を紡ぐことを許されたのだ。


「……私の『夢』。それは蓮子と一緒に、秘封倶楽部を──────。」


 誰にでもあるような、本当にささやかな夢が。
 少女の口から語られた。
 妖怪の賢者はそれを聞き遂げると、満足したように笑った。


「じゃあ、友達は絶対に助けなきゃね」


 そして改めて、意を表明した。
 上を見渡すと、虹も、星も、空そのものも、時間と共に消失していくのが見えた。
 そろそろ夢の終わりだ。現実へと目覚める時間が差し迫ってきたのだ。


「───蓮子を救い出す『作戦』を説明します。よく聞いて、マエリベリー」


            ◆

474黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:16:13 ID:dCSol15U0

『〝マエリベリー・ハーン〟』
【夕方 16:28】C-3 紅魔館 地下道


 八雲紫とメリーが見ていた『夢』。二人はそこから目覚め、すぐに行動を始めた。
 目覚めたその部屋には、待機させていた筈のホル・ホースの姿は無かった。薄情な男とは思ったが、微睡みの最中に何かされた形跡も見当たらず、結果的には支障はない。
 二人は足早に館を出た。まずはジョルノと鈴仙への合流が先決。程なくして、館を揺らしていた犯人のジョルノらと再会出来た。
 彼らに作戦を伝え、宇佐見蓮子の救出を最優先事項とさせ。快い協力のもと、蓮子とメリーの二人は無事に地下へと落とされ───


 そして今。
 少女は、邪悪の根源となっていた親友の『芽』を、とうとう摘んだ。
 宇佐見蓮子は、親友の腕の中で支配から解放されたのだ。



 ───『肉の芽』と云う名の、支配から“は”。










「……………………れ、ん……こ…………、?」









 妖刀が、メリーの心臓を真っ直ぐに貫いていた。


「……………………ぁ、」


 メリーの腕の中で、〝宇佐見蓮子〟は再び嗤っていた。
 刀を握り、口角を大きく釣り上げながら。
 “嗤い”は次の瞬間、“笑い”となって、ひっそりと寝入っていた地下に木霊する。



「クク…………ギャーーーーーハッハッハッハ!!! バァーーーカッ!! まんまとしてやったりのつもりだったのかァーーー!?」



 声は蓮子そのもの。しかし『意思』は蓮子とは別人。勿論たった今消し去ってやった肉の芽が生んだ意思でも無い。
 串刺しにされたメリーは胸を襲う痛覚よりも、自分の失態に絶望する後悔の気持ちが全ての感情を凌駕する。

 この蓮子の正体を、自分は知っている。
 どうしてそこに考え至らなかったのか、何もかもを後悔する。


「そーーーだよオレは蓮子じゃあねーぜッ! 喋ってんのは蓮子嬢ちゃんが握ってる『刀』の方だよボケ! 『アヌビス神』のスタンドさァ!!」


 癪に障る声など、耳に入らない。少女にとっては、全くそれどころではない。
 DIOの肉の芽を解除出来たのは確かだ。手に残った感覚が、邪悪の消滅を完全に証明している。
 じゃあ目の前で高らかに笑う『コイツ』はなんだ?

(違う……私はコイツを知っていた。何故、今までその事を失念していた……!?)

 蓮子の腕の中で不気味に光る妖刀がどれだけに厄介な得物かは、身を以て理解していた。
 だが肉の芽への対策に気を取られ過ぎていた。芽さえ取り除けば、蓮子を蝕む全ての『魔』はすっかり祓い清められるのだと。

 支配は『二重』に掛けられていた。今になって気付かされた真実。
 肉の芽の呪いが強烈過ぎたが為に、触れただけで意識を乗っ取られるアヌビス神の支配力すらも上書きされていた。アヌビスの呪いを上から更に抑え付け、蓮子の全意識を支配していた悪魔の芽。
 それが今、消滅した。するとどうなる?

「すると『こうなる』って事だよォ〜〜ン! お前には礼を言っとくゼェ〜メリーちゃんよォー!」

 DIOからセーブされていたアヌビス神を結果的に蘇らせたのは、皮肉にもメリー。

 しかし、それの比ではない過酷な運命がこの時……二人を包んだ。

 メリーは、高笑いする妖刀に胸を貫かれたから動けないのではない。

 メリーは、自らの失態に唇を噛んでいたから痛みが無いのではない。

 メリーは、自身に訪れる死を悟ったから顔を歪めているのではない。

 逆だった。

475黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:17:02 ID:dCSol15U0





「─────────あ?」





 妖刀は馬鹿笑いから一転、停止する。
 ツツーと、赤黒い血が唇から漏れた。

 敵を抉った側である筈の、蓮子から。


「…………ブ、ふっ……ぅ、あ」


 醜く歪められていた蓮子の顔色は、一瞬にして青ざめていく。
 直後、絶望的な量の血飛沫が、蓮子の口から勢いよく吐かれた。
 蓮子を上から繰っていた邪悪の糸は最後の最後、その全てをぷつりと途切らせて。
 今度こそ少女はメリーの腕の中へと倒れ込んだ。


「───ぁ、……蓮、子?」


 メリーの命を穿つ軌跡であった妖刀の切っ先は。

 彼女の胸のリボンに飾り付けられた『ブローチ』ごと、相手を串刺しとした。

 ジョルノが『ゴールド・エクスペリエンス』の力を込めて紫に渡しておいたそれは、『御守り』の加護を受けたままメリーの衣装に紡がれた。

 皮肉にもその『加護』は、メリーの肉体を凶刃から確かに護り抜き、


 ───全ての攻撃を蓮子自身に『反射』させた。



「蓮子ォォーーーーーーーーーー!!!」



 絶叫が、少女達の身体を揺さぶる。
 飛び散る血痕と共に抜き取られたアヌビス神が、カランカランと金属音を立てて転げ落ちた。

『れ、蓮子嬢ちゃん!? どうしたってんだよ突然!? オイ!!』

 突如として血を吐き倒れた宿主の異常。その真実に、アヌビス神は辿り着けない。
 DIOの支配から解放されるやいなや、人斬り衝動にただ身を任せて斬りつけただけ。それが何を意味するかも知らずに。

 メリーは悲劇の根源である妖刀の喚き声に目もくれず、朽ち果てる友の身体をぎゅうと抱きしめ続ける。
 どくんどくんと高まる動悸は、果たしてどちらの肉体が伝えているのか。

 走馬灯のように思い出されるのは、あの時のこと。


───『その〝ナナホシテントウ〟のブローチは御守り。身に付けておけば、きっと貴方を護ってくれるわ』


 虫の知らせでも働いたのか。ブローチは八雲紫からメリーへと受け継がれた。
 御守りとして身に付けられた装飾は、与えられた機能を十全に発揮してくれた。それは間違いない。

 もしもこのブローチが無ければ……間違いなくここに倒れていたのは宇佐見蓮子ではなく、もう片方の少女だったのだから。

『オイ! ちょっと待ってくれよ今のはオレのせいじゃねーぜ!? てかなんでお前刺されたのに生きてんだよオイ!!』

 慌てふためく妖刀。そこから浮かぶジャッカルを模したスタンド像が、事の無実を証明しようと言い訳がましく捲し立てる。そのあまりに愚昧な姿を視界の端に入れていたメリーは、絶望の脇で『別の感情』を沸かせていた。

 倒れ込んだ蓮子を無い腕で胸に抱いたままに、一本となった腕を地面の刀へと向ける。

 アレはこの世に在ってはならないモノだ。
 この世界にどうしようもない不幸を齎す呪物だ。
 元を辿れば西行寺幽々子の従者、魂魄妖夢を悪鬼に陥れたのもアレの仕業だったのだろう。そして彼奴は今また、蓮子の身体を使って悲劇を繰り返した。


「お前は……私の〝大切な人〟が〝大切にしている人〟を『二度』も奪った」


 アレはこの世に在ってはならないモノだ。
 この世界にどうしようもない不幸を齎す呪物だ。
 メリー本来の姿と意思から著しく乖離した少女の姿が、底の無い怒りを伴って殺気を沸かし始める。

『ちょちょちょ!! オイ待て落ち着けって! だからオレじゃねーだろ今のは! お前も見てたろ!? 突然血ィ吐いてブッ倒れたのは嬢ちゃんで、オレが殺そうとしたのはお前の方……あ、いやいやいや違う違うッ! 違うからまずは話を聞けっての!!』

 柄を握り、力を奮ってくれる宿主はもう居ない。そこに転がる刀は、今や魑魅魍魎にも劣る無力な雑物に等しい。
 本体の手から離れたアヌビス神に出来る精一杯の抵抗は、唯一動かせる仮初の口でみっともない弁明を説き、目の前の凶悪な人間の怒りを何とか鎮めるだけだ。
 相手は、友人の命を奪った仇敵を破壊せんとする怒りに身を任せており。
 刀に向けて翳された右手には、彼女の肉体に残った全ての妖力が集約しつつあった。

476黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:18:25 ID:dCSol15U0

『だから待て! 頼むオレの話を聞いてくれよッ! そ、そもそもアンタら二人が戦う羽目になったのは……そ、そう! DIOのせいだ! だろ!? 諸悪の根源はあのバカみてーに真っ黄色な変態服着て王様気取ってやがるアイツだ!! オレは悪くねーってだからその右手下ろせって! なっ!? なっ!? あ、そうだ良ーこと考えた! 妙案を閃いたぜッ! お前……い、いや、お嬢ちゃん! オレと一緒に仇を討とうじゃねーかあのDIOのクソッタレによォ! オレは役に立つぜェーーマジで! う、嘘だと思うならよ! ちょっとだけ! ちょっとだけお試しで握ってみなよオレの柄を! ホント信じてくれ! 絶対にお買い得品だからよオレは! い、今ならこのアヌビス神を買ってくれたお客様にはもう一本同じアヌビス神が付いてきま───』


「去ね」





 『彼』は──アヌビス神の名を賜ったそのスタンドは、世に蔓延るスタンドの中においても特別に異色である。
 本体の意識を越えてスタンドそのものに意思が宿り、自己と知性を手に入れる事例は珍しいものでもない。
 しかしこの妖刀が産んだ意思は、『自己の消滅』を過剰な程に恐れた。元来のスタンドの使い手であった刀鍛冶が遥か500年前に死して尚、スタンドの意思のみが現代にまで生き続けている程に。
 自己の消滅───即ち『死』という現象をこうまで恐れるスタンドは本当に稀だ。あるいは、DIOが彼に興味を抱いた一番の点はその自己心なのかもしれない。

 彼は最後の最後まで妖刀としてこの世に生を受けた本懐を遂げたかっただけ。
 人斬りというアイデンティティが失われる事あれば、妖刀としては死と同義。
 まるで妖怪。アヌビス神は、自己の消滅に恐怖する妖怪となんら変わらない。
 〝彼女〟が生きた妖刀を手に掛ける理由に、同族意識もあったかもしれない。
 憐憫。同情。そういった気持ちが、ゼロとは言わない。言わないが、しかし。

 この妖刀は遊びが過ぎた。
 故に、弾幕ごっこという名の『遊び』の境界を逸脱した、この本気の弾幕で“消す”に相応しい。



「───『深弾幕結界-夢幻泡影-』」



 夢、幻、泡、影とはそれぞれ淡く壊れやすく儚いもの。
 人の世も人の生も、またそれと同じくとても儚いもの。
 スタンドとて、然り。

 自慢の太刀で肉を喰う快感は、まるで夢みたいに。
 思うがままに刃を振う興奮は、まるで幻みたいに。
 純潔な少女の血を吸う至福は、まるで泡みたいに。
 自由奔放なる道を味う人生は、まるで影みたいに。
 アヌビス神の死を厭う最期は、まるで夢幻泡影を謳うみたいに。



 淡く、儚く、呆気なく、壊れた。
 


【アヌビス神@ジョジョの奇妙な冒険 第3部】破壊

            ◆

477黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:21:40 ID:dCSol15U0

 これまでの何もかもが、あたかも儚き『夢』だったかのように。
 別れは、突然に降ってきた。

 蓮子の傷は致命傷。即死では無かったが、救う術は皆無。弱体化を受けた『境界を操る程度の能力』では、心臓を穿いた傷は塞げなかった。
 地上には傷を治せるジョルノがいる。もしかしたら合流の為、すぐ近くにまで来ているのかもしれない。

(……駄目。間に合わない)

 自分でも恐ろしいくらい冷静に蓮子の現状を認識し、悲劇の回避は叶わないと悟っていた。死に堕ちゆく少女の瞼は閉ざされ、止めどなく流れ続ける赤い水溜まりの中心が、二人の世界であった。

 なんて、無力。
 メリーはここに至って、自らの力の無さをこれ迄になく痛感する。
 聡明な彼女であるからこそ、蓮子の死はどう足掻いたって避けられないと理解した。
 そして、だからこそ。
 自分の心の内には、こんなにも冷静でいられる自分が存在するのかと自虐する。
 その冷静さが、彼女にある行動を促した。

 メリーの一番の友達である宇佐見蓮子は、これから死ぬ。
 残された時間は一分と無いだろう。夥しい血の量が、全てを物語っている。
 少女の視覚が、聴覚が、意識が、ギリギリの所で肉体にしがみ付いているよう胸の中で願いつつ。

 〝彼女〟は、今自分が最も優先して行うべき行動を、迷いなく選択した。


「蓮子!! お願い、目を覚まして!! 私よ蓮子! メリーよ!!」


 傷を塞ぐ為に殆ど力の残っていない境界の能力を、悪足掻きだと理解しながらも使うか。
 傷付いた蓮子の肉体を強引に背負い、地上への昇降口でも探してジョルノに引き渡すか。
 どれも違う。メリーの選ぶべき行動は、成就の見込みが極めて薄っぺらい神頼みではない。


「肉の芽は消えたのよ! アヌビス神も壊したわ!
 貴方(蓮子)はここに居て、私(メリー)もここに居る!!」


 最後になってもいい。たった一言でもいい。
 証明が、欲しかった。


「秘封倶楽部(私たち)……やっと『再会』できたのよ! だから……死なないでよぉ……っ!」


 “私たちの愛した秘封倶楽部は、ここにいる”
 その証明には、二人の言葉が不可欠。
 〝メリー〟と〝蓮子〟……この二人が揃って言葉を交わし合う。
 死を免れない親友への、せめてものレクイエム。
 たった一言でも、それ以上は望まない。望んではいけない。

 それが秘封倶楽部にとっては───これ以上にない最高のように思えたからだ。


「起きてよ、蓮子……もう一回、秘封倶楽部……一緒に、やり直そうよぉ……」


 〝彼女〟は、そう考えた。

 そして、その相方である少女も───同じことを思ったのかもしれない。


「………………ぁ、…り、が…………ううん……、」


 小さな言葉は、今まさに交わされようとしていた。
 あまりにもか細い声だったが、メリーの耳には確かに届いたのだ。

 本当に、ただ一言の為。
 蓮子は薄らと瞼を開け、自分を抱きながら涙を流す親友の姿を仰ぎ……もう一度だけ、口を開かせた。



「秘封倶楽部(私たち)は、ずっと一緒だよ。───〝メリー〟」



 最期の言葉は、ハッキリと聴こえた。
 そして、蓮子はメリーの片腕の中で。
 嬉しそうな表情で───眠りについた。
 夢見る少女のままで。親友の腕の中で。

478黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:22:13 ID:dCSol15U0

















「……………………ごめんなさい。本当に……ごめんなさい……蓮子」



 私は、独りになっていた。
 何故、こんなにも涙を流しているのだろう。
 何故、こんなにも謝っているのだろう。
 蓮子を救えなかったから?
 違う。そんなわけがない。
 私の心は、何も失われていない。
 宇佐見蓮子など、所詮は人間の少女。死んだところで心は大して痛まない。

 じゃあ、止めどなく頬を流れるコレは、何処から溢れだしているものなのだろう。
 これは〝私〟の涙なんかじゃない。
 これはマエリベリーの涙に過ぎない。
 友達を喪った哀しみが、あの子の心を通して〝私〟へと流れて来ている。


 ただ、それだけ。
 そうに、違いなかった。


「ごめん、……なさぃ…………蓮子…………っ」


 じゃあ、絶え間なく喉から転がる謝罪は、何処から溢れだしているものなのだろう。
 これは〝私〟自身の言葉だ。
 これは宇佐見蓮子を最期まで偽った負い目から溢れる言葉だ。
 死にゆく少女に〝メリー〟だと偽って嘘を吐いた……〝私〟自身の罪だ。


(私は……一体何故、〝あの娘〟に成りきろうとしていた……?)


 秘封倶楽部の活動は世界の『真実』を解き明かし、『謎』を暴くこと。
 では、蓮子は今際の際にどうしただろう?
 腕の中で眠るこの少女は何を想い、最期の一言を発したのだろうか?
 蓮子は。本当は……気付いていたのかもしれない。


 死にゆく自分へと懸命に声を掛け続ける親友の正体が。
 マエリベリー・ハーンの姿を借りた〝八雲紫〟という偽者。その『真実』に。


 少なくとも蓮子は。目の前の友の姿がメリーではないという事には気付いていたに違いない。
 いつからだろうか? それすら、もう分からなくなってしまった。
 真実に気付いていながら、彼女はその『謎』を無理に暴こうとしなかった。暴くべきでない謎も、この世には在ると理解していたのだろう。
 蓮子は「ありがとう」と、最期にそう言い掛けて……止めた。
 すぐに言い直して、メリーの名をしっかりと呼んで、死んだのだ。

 何が「ありがとう」なのか。
 自分を騙したつもりでいる相手に掛ける言葉ではないというのに。
 その言葉は、何故最後まで紡がれなかったのか。

 八雲紫はずっとメリーに扮してきた。メリーの殻を着たままに、親友である宇佐見蓮子を偽ってきた。
 それは蓮子の視点から見れば、悪趣味な演技以外の何物でもない筈なのに。
 どうして彼女は、気付いてない『フリ』をしたままに、笑いながら逝ったのか。

 ああ。それは凄く簡単な事だ。
 蓮子は、紫の『優しい嘘』がとても嬉しかった。
 紫の演技が悪意や打算などではなく、もう助からないと悟った蓮子へ魅せる、秘封倶楽部という名の『最期の夢』なんだと分かり、心から嬉しく思ったのだ。心優しい嘘に、咄嗟に「ありがとう」と言い掛けてしまい、気付かないフリで誤魔化した。

 何もかも、蓮子の為。紫の嘘は、蓮子を想うが為にあった。
 蓮子もそれを分かっていたから、何も言わず、〝メリー〟の名を呟いて……逝った。

 要は、紫は気遣われたのだ。
 それは蓮子が紫の嘘に対して嬉しく思ったからこそだった。
 優しい嘘を優しい嘘で返すような、意趣返し。
 本当に、とても単純な話。


 出来ることなら……彼女を『本当』のメリーに会わせてあげたかった。
 今はもう、叶わぬ夢だと分かってはいても。


「私はただ……『必要』だからあの娘と入れ替わった。それだけなのにね?
 …………蓮子」


            ◆

479黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:22:51 ID:dCSol15U0

『八雲紫』
【夕方 ??:??】?-? 荒廃した■■神社


「───蓮子を救い出す『作戦』を説明します。よく聞いて、マエリベリー」


 七色と七星の見守る、一筋の夢の狭間。
 この素晴らしき夢幻が醒める前に、紫はメリーへと策を伝えた。
 メリーの大切な友達、宇佐見蓮子を救い出す最善の策を。


「───以上。外にはジョルノ君と鈴仙が居ると思うから、二人への合流がまず先ね。まあ、彼らが無事だったらの話だけど」


 凡そ完璧な作戦とは言えない、リスクという名の穴も幾らか見え隠れする凡策。それでも今、この場で蓮子をどうしても助け出すというのなら、これが最善だと紫には思えた。

「……作戦は理解しました。でも、あの……紫さん」
「分かってるわよ、貴方の言いたい事は」

 メリーは、紫の話した作戦の『ある一部分』においてだけ引っ掛かっていた。
 その内容というものは……


「『私と紫さんが入れ替わる』……っていうのは?」
「そのまんまよ。私が貴方に。貴方が私に『成りすます』って意味よ」


 入れ替わる。
 確かにメリーと紫の容姿は酷似しているが、衣装など交換したところで髪の長さや雰囲気など諸々の点では異なっている。
 成りすましなど可能かどうか分からないし、そもそもその行為に何の意味があるのかがメリーには理解に及ばなかった。

「まず『入れ替わり』の可否だけども、一言で言えば『可能』です」
「どうやって入れ替わるんですか? 身長とか、その……体つき、とかもちょっと違うように見えるんですけど。……主に私の体が足を引っ張る方向で」
「別に変装しようって意味じゃあないわよ。見た目に関しては私の境界を操る能力で何とかします。幸いにも容姿の方は殆ど同じだから、『夢』から醒める過程でスムーズに肉体を交換出来るでしょう」

 紫はあたかも服のサイズが合うかどうか程度のように軽く言ってみせたが、果たしてそう簡単にいくものだろうか。
 肉体を他人の物と交換するという、ただの少女が経験するには些か常識外れのイベント。それはそれでちょっと面白そうかもと、不謹慎ながらメリーは少々胸を高まらせた。なにせ目の前の大人かつ妖艶な美女の姿に変身できる様な話なのだから。

「少し難しいのは『中身』の方ね。私の方はともかく、貴方の演技力で〝八雲紫〟を完璧にトレース出来るとは……まあ、ちょっと思えないわねえ」

 何ですかそれ……と抗議しようとしたが、止めた。
 全くその通りであり、ハッキリ言ってメリーには紫のような独特の艷らしい空気を出せる自信などない。悲しいことに。

「そこでマエリベリー。貴方には、私の『記憶』や『能力』を分け与えます。“ちょっとだけ”ね」
「記憶と能力、ですか……?」
「ええ。私の持つ記憶や意思、スキマの力の使い方とか……『八雲紫』の持つ全てを一時的に貸すという意味よ。同時に、貴方の記憶も私と同調──つまり『共有』させて貰う。ひとえに演技するといっても限界があるからね。
 貴方自身は難しい事なんて考えずに、貸与された『私の意志』へ自然に肩を寄せてればいい。記憶と意思さえ共有すれば、貴方もありのままの〝八雲紫〟を振る舞える筈ですわ」
「えっと……よく分からないんですけど、そんな事まで出来るんですか?」
「普通は無理ね。ただ、貴方はやっぱり『特別』みたいだから」

 メリーと紫の間には、通常存在する『個の境界』が特別に薄いのだと言う。それは人格だとか、人間性だとか、人や妖怪の全てを形成する無二のアイデンティティ。それらを潜り抜け、メリーが紫に、紫がメリーの器に潜り込み、あたかも本人そのものの様に振る舞うことは難儀ではないと。
 鏡に映った互い同士を、鏡界を超えて交換するようなものだという。なにぶん初めての体験であるので、メリーにはいまいちピンと来ない。しかし賢者が可能だと断言する以上、それはやっぱり夢物語なんかじゃなくて。

 メリーは紫の提唱した肉体トレード策に、力強く頷いた。これも蓮子を救う方法ならば、何だってやってやると。

480黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:23:25 ID:dCSol15U0

「全部DIOを『騙す』為よ。あの男は貴方の能力に相当固執している。作戦の過程で何らかのアクシデント……つまりは『失敗』して、貴方が再び囚われないとも限らない」

 DIOを騙す。つまりはそれこそが入れ替わる目的だと紫は説明する。
 あの男の執念は末恐ろしく、相当なものだというのはメリーとて存分に味わっている。それへの対策として、予めこの方法を取るのだと。

「……つまり、それって」

 恐る恐る、メリーは不安を口に出すようにして問う。

「そう。もしもの時は、私が『身代わり』になる」
「そんなっ!」

 籠から逃げ出した小鳥が戻ってくる。そうなればDIOは大喜びでメリーを籠に閉じ込め、本格的な支配に身を乗り出すだろう。
 その時、捕らえた小鳥の中身が全く別の物──レプリカであったなら、男は怒りに顔を歪ませ、計画はおじゃんとなる。一泡食わせてやれるのだ。

「だ、駄目ですよそんな……!」
「駄目? それはどうしてかしら?」
「だってそれって、もしも入れ替わってる事がDIOにバレたら……」
「始末されるって? 貴方ねえ、私のこと見くびってるでしょう?」

 賢者の見せる余裕は、メリーの不安を払拭させ切るには至らない。紫の妖力が絶大なモノである事は理解し始めてきているが、DIOの恐怖を骨の髄まで伝えさせられたメリーにとっては、紫よりもDIOの悪意が更に強大なそれだと認識している。そして『悪意』に関してなら、その認識は決して的外れではなかった。

「それに私の力を貸すといっても、最低限の範囲よ。たとえ器を違えても、大妖怪の力は充分に残す。もし囚われても、尻尾を巻くぐらいの力はある」
「でも! 私の身代わりにさせるなんて、そんな事が……!」
「聞き分けなさいマエリベリー。何の為にこんな『夢』の中まで貴方を救出しに来たと思ってるの。それにこれは起こり得る最悪のアクシデントが発生した場合の予防線。そうならない為にも、貴方は館の外で祈ってなさい」

 紫の話した作戦の内容。それはメリーに扮した紫と、紫に扮した『サーフィス』の人形が二人でDIOに接近し、蓮子を分断させるというものだ。
 所詮はコピー人形のサーフィスが弾幕やスキマの力を発揮出来るかは怪しいものなので、傍に付いたメリー(紫)が“あたかも紫(サーフィス)がスキマを使った”かのように見せればこの問題はクリアでき、DIOすら騙し通せるだろう。
 そしてその頃には当然、本物のメリーはDIOから離れた安全な館外へジョルノと共に身を隠している……というのが、紫の作戦の全貌である。

「私と貴方の『入れ替わり』についてはジョルノ君達にも秘密よ。少なくとも完璧な安全を確保出来るまでは、ね」

 地下道には見当たらなかったが、外にはまだディエゴの翼竜が目を光らせている。余計な漏洩を防ぐ為の処置でもあった。特に鈴仙辺りが事前に知ってしまえば、うっかり口漏らすくらいやってもおかしくはない。


「そしてこれは作戦の性質上、蓮子の芽を解除する役目は私が就くことになる」


 力を貸しておくとはいえ、メリーでは荷が重い。敵組織の正確な数も分からないし、あの厄介なディエゴだってまだいるのだから。それにメリーの姿形に応えて蓮子の意識が元に戻る、というのも考えられない話ではない。であるならば、半ば蓮子をも騙す形とはなるが試す価値はあるというもの。


 以上が、二人の肉体を交換する理由。
 紫がメリーを想うが故に、リスクは全て紫が請け負う。
 これは『必要』な事なのだ。


「さあ、そろそろ本当に『夢』から目醒めましょう。
 さっき渡した『ブローチ』も身に付けておいてね。ただの装飾品じゃないんだから」


 紫の指差した鳥居の奥では、現実世界の『部屋』が歪んだ形で渦巻いている。
 ここを潜れば、メリーと紫の意思は互いの肉体へと交換される。
 そして。
 すぐにも宇佐見蓮子はメリーの元へと帰ってくるだろう。
 親友同士とは、そういうものだ。
 だから。


「だから……蓮子は、私が必ず元に戻します」
「紫さん……」
「そして───『秘封倶楽部』をやり直す。……でしょ?」
「……はい! 蓮子のこと……お願いします!」


 メリーの為に、蓮子を救うと。
 そう決心し始めていた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

481黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:23:52 ID:dCSol15U0
『マエリベリー・ハーン』
【夕方 16:25】C-3 紅魔館 玄関前


「……マエリベリーに付けていた『ブローチ』の反応が地下に移動しました。どうやら作戦は成功したようです、紫さん」
「それは良かった。後は〝マエリベリー〟が蓮子ちゃんを元に戻して私たちと合流すれば撤退。
 さ、鈴仙が帰ってきたら、こんな目に悪い赤赤しい館からはさっさと退散しましょう」


 紫さんと私の肉体はどうやら本当に入れ替わる事が出来ているらしい。今や私の体は『八雲紫』そのもので、不思議な事にあの人の持つ『記憶』すらも私の中にある。それが私の口調や所作を八雲紫の振る舞いとして映るよう、ごく自然に動かしていた。

 その事が、私にとっては少し怖い。

 私と紫さんが肉体を交換した理由──その『表向き』の理由は、DIOを騙す目的。あの人は困惑する私へと、笑みすら交えながら説明した。
 嘘ではない。でも……『本当の理由』が、言葉の裏側には隠されていた。あの人と記憶を共有した私には、それが分かってしまった。

 分かっていながらあの人を行かせたのは、きっと。
 紫さんの抱えた『覚悟』や『想い』が、彼女と同調を遂げた私にも理解出来てしまったから。

 何故あの人が、わざわざ〝マエリベリー〟へ代わったのかも。
 何故あの人が、『夢』の中で『七色の虹』の話を語ったのかも。

 〝八雲紫〟の意思と記憶、力を受け継いだ私には……全部、理解出来る。

 だから私は……今がとても怖い。
 紫さんは先にこの場を離れろと指示した。後から二人で追い付くから、と。
 それは私の安全を思っての事なんでしょう。ここはまだ、敵の陣地内なんだから。

 早く……早く二人に逢いたい。逢って、安心したい。
 未来なんてものは結局、誰にも分からないから。
 もしひどい未来を知ってしまったなら、人はそれを回避しようと躍起になる。
 そうなれば……もっと悲しい結末になるかもしれないのに。
 だから『覚悟』なんて出来ないし、するべきでないと思う。


 そして───だからこそ人は『今』を精一杯に生きようとするに違いないもの。




「……鈴仙が慌てふためきながら帰ってきたわ。DIOの足止めにも成功したようだし、すぐにここを離れるわよ、ジョルノ君」

 見れば、鈴仙さんが涙目でこっちに走ってくる光景を確認できた。
 良かった。私は囮役を引き受け(させられ)た鈴仙さんの無事に心から安堵する。
 ジョルノ君も私と同じように彼女の無事を認め、安心して。
 私へ確認するように、唐突に言った。


「……紫さんは、それでいいのですか?」
「……え?」


 彼が私をじっと見つめる。空気が少し、重くなった。

「いえ……杞憂かもしれませんが、僕はやはり〝マエリベリー〟が心配です。さっき初めて彼女と会話を交わした僕ですらそう思うのですから、貴方はもっと心配なのではないですか? 彼女の事が」
「……マエリベリーの事なら、私は信頼してますので」

 気丈に振る舞う言葉とは裏腹に、心中ではジョルノ君の言葉に大きく揺さぶられていた。
 心配。そんなの、当たり前だ。紫さんは今、たった一人で蓮子と向き合っている。
 あの人は私の『身代わり』になってまで、戦っているのだから。

「信頼というのは……とても重要です。僕自身も貴方のことは信頼してます。しかし、今回ばかりは……貴方の判断に首を傾げています。
 ハッキリ言いますよ。僕は今からでも、地下のマエリベリーの元に向かうつもりです」
「ジョルノ、君……」

 強い意思を持った人だと感じた。とても年下の男の子とは思えないくらい『気高い覚悟』を持つ人だなと。

 彼の言葉を聞いて、私も決心できた。
 ごめんなさい、紫さん。
 私もジョルノ君と一緒。貴方を残して行けません。

「……ふう。分かったわ。共に地下へ降りましょう。私だって二人が心配だもの」
「ありがとうございます。……それとは別件なのですが」

 軽く礼をしたジョルノ君は、すぐに私を訝しむような顔つきへと変わった。


「───紫さん。もしかして〝貴方〟は…………いえ、何でもありません」


 思い詰めた表情を切り替えるようにして、彼は私から視線を逸らした。
 私も何となく、彼が『私の正体に気付いているのかも』とは感じていたけども。
 でもジョルノ君はそれ以上何を言うこともなく、駆け寄ってくる鈴仙さんに労いの言葉を掛けて気付かない『フリ』をしてくれた。


 今は、私もそれでいいと思って。
 紫さんの『フリ』を続けて、クタクタの鈴仙さんを労わってあげた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

482黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:25:08 ID:dCSol15U0
『八雲紫』
【夕方 16:30】C-3 紅魔館 地下道


 もしも。
 未来に起こるひどい出来事を、知ってしまったなら。
 確定された末路を、事前に知らされてしまったなら。
 人は、どうするだろう。

 抗うか。
 受け入れるか。
 更に絶望するか。

 柄にもなく、そんな無意味を考えてしまう。
 記憶の層が在る限り、未来が予定されているという事象は有り得ないのだから。
 明日何が起こるのか判らない。それこそが、私たちの暮らす当たり前の世界なのだから。




 どうしてこんな事になってしまったのか。
 大妖怪・八雲紫ともあろう賢人が、呆けから立ち直るまでに手間取っている。
 だから、だろうか。こんな無意味を考えてしまうのは。

 もしも。
 眼前で起こった悲劇の未来を、知ってしまったなら。
 確定された末路を、事前に知らされてしまったなら。
 私は、どうしただろう。

 …………。

 …………きっと、私は。

 ────…………いえ。


「本当に、無意味……ね。……〝私〟らしくもない」


 〝私〟か。
 今の〝私〟は、一体〝どっち〟なのかしら。

 〝八雲紫〟?
 それとも、〝マエリベリー・ハーン〟?

 宇佐見蓮子と向き合った時の私は、きっと〝マエリベリー〟に成りきろうとしていた。
 それは純粋に、蓮子の……ひいてはマエリベリーの為になると信じていたから。

 死にゆく蓮子の前でさえ、私は〝マエリベリー〟に成りきろうとしていた。
 だって、秘封倶楽部の二人は最後まで『再会』する事が叶いませんでした、なんて。


「───そんなの…………哀しすぎるじゃない」


 血で穢れた蓮子の口元を綺麗に拭い、冷たくなった身体をそっと横にした。
 蓮子の亡骸は、幸せそうな顔だった。
 まるで『夢』を見ているような。
 夢の中で秘封倶楽部の活動を再開し、いつもの日常に戻っているような。

 ……この娘の身体を、このまま暗い地下の底に置いて行く訳にはいかない。こんな血の滲み渡った仮初の箱庭などではなく、この娘の故郷へと還してあげたい。
 今の状況では難しいだろう。せめて、地上へ運んで土に埋めてあげるくらいはしなくては、マエリベリーに会わせる顔がない。彼女の顔を借りている身だけに、余計に心苦しい。
 
 本当に、私の心を占める人格が判らなくなってきた。
 マエリベリーには「八雲紫の力と記憶を少し分ける」と言ったが……実の所、元ある殆ど全ての力も、意思も、記憶も、彼女に与えていたのだから。
 最低限残していたのは、蓮子を肉の芽から救い出せる程度の力だけ。
 それすら叶わなかった今の私は、本当に───『普通の女の子』のようなもの。

 入れ替わりを著明にする為にマエリベリーから借り受けた記憶や意思が、現在の私を大きく構成する要素になりつつある。
 蓮子の前で披露した『演技』は……もはや演技とは言えなかった。私の中に渦巻く〝マエリベリー〟の意思が表に露出し、リアルな感情となって蓮子に吐き出されたのだ。
 そうであるなら、今となっては寧ろ〝八雲紫〟の意思の方が演技なのかもしれない。


 白状しましょう。
 マエリベリーに〝八雲〟の力を全て託す……これこそが、私たちの肉体を入れ替えた『本当の理由』、だった。
 罪深いことなのは承知している。これであの娘は、本当の意味でただの『人間』では無くなってしまった。
 けれどもそれは、きっと必要なこと。これからの未来で、必要になること。
 幻想郷の為? 私の為? マエリベリーの為?
 いずれにしろ私は近い将来に訪れる、自らの『滅亡』を予感していたのかもしれない。
 ずっと前から、こうなる事が分かっていたのかもしれない。
 罪無き少女に妖怪の力を託すことは、苦渋の選択であった。

483黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:25:33 ID:dCSol15U0


「あ。……蝶」


 私の胸に添えていた、ナナホシのブローチが。
 蓮子の命を、結果的には奪ってしまって───違う。
 私の命を/マエリベリーの身体を、護ってくれたブローチが。

 この世のものとは思えない程に色鮮やかな『虹』を、その翼に彩って。
 まるで蛹から羽化したみたいに……『蝶』へと変わって、空を翔んだ。


「ジョルノ……」


 彼が発動させたのだろうか。
 それとも、これは私が見ている幻想か。
 蝶にはあの世とこの世を行き交う力があるとされ、輪廻転生の象徴とも呼ばれている。
 虹の翼を羽ばたかせる蝶は、蓮子を弔うかのように彼女の周りを飛び続け。


 幻想的な七色の鱗粉を舞わせ……やがて闇の奥へと姿を消した。


「まるで……幽々子の蝶みたい」


 力無く笑った紫は、自身の“傷付いた胸”を押さえながら、ゆったりと立ち上がった。
 右腕だけとなったその手には、べっとりと血がこびり付いている。
 蓮子の血ではない。斬り飛ばされた自分の左腕から流れ出るモノでもない。
 ゴールド・Eの反射は……アヌビス神の刀を全て防ぎ切った訳ではなかったらしい。

 物体透過能力。
 妖刀はブローチの盾を僅かだが『貫通』し、紫の心臓にそのまま損傷を与えていた。

 この反射が100%作用していたならば蓮子は〝メリー〟と再会出来ず、最期の言葉を交わす暇なく即死していただろう。
 この反射が全く作用していなければ紫は死に絶え、蓮子は妖刀に支配されたままに哀しき人斬りを繰り返していただろう。

 偶然にしては出来すぎだ。
 仮初の姿を通してではあったが。一瞬限りではあったが。
 秘封倶楽部の二人が『再会』出来たのは、この偶然が成した結果であった。


(この傷は……私が受容すべき戒めの傷。甘んじて、受け入れましょう)


 受け入れるべきは肉体への傷でなく、紫の心への傷。
 今の身体はマエリベリーの物。何に代えてでも癒すべきなのは当然だった。
 決して浅いものではないし、左手の欠損も重傷。ここでもジョルノの力を借りなければならない無様に、本当に嫌気がさす。


 悔やまれるが、少しの間だけ蓮子の亡骸は置いて行くことになる。
 あの蝶の先にジョルノは居る。マエリベリーも一緒だ。先に脱出しろとは指示しておいたが、こんな自分を心配してそこまで来ているのかもしれない。

 心から情けない事ではあるが。
 まず許される失態ではないことも承知しているが。
 マエリベリーに、謝ろう。
 目を背けたりせず、共に蓮子を弔おう。


「すぐに、戻ってくるから。だから……少しだけ、待ってて───蓮子」


 血で穢れた唇から漏れ出た、その言葉は。
 果たして〝八雲紫〟の言葉か。
 それとも〝マエリベリー〟の言葉か。
 それを考えることなど、やはり無意味だ。
 世界でただ一つの秘封倶楽部に、穢れた自分などが入り込む事は……許されないのだから。

484黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:26:04 ID:dCSol15U0

















 ひた。


 ひた。




 蝶を追おうとした彼女の…………その背後から。
 つまりは、横たわった蓮子の身体を挟んだ、その向こう側の闇から。
 “それ”は響いてきた。
 
 暗闇に木霊する、雫の落ちる音とでも形容しようか。
 どうしようもない終焉の足音。自らの破滅を予感させる楔(くさび)が、床を嘗めずるように近付いてくる。


 コツ。


 コツ。


 足音は、靴の音色へと変わっていた。
 裸足で闇を踏むようなさっきの音は、錯覚だったらしい。
 この不吉な錯覚を認識した紫は、全てを観念したように……背後へと振り返った。



「女の勘……とでも言いましょうか」



 聴く者によってその声は『聖女』とも『悪女』とも呼べる、しんしんとした柔らかな奏で。
 真っ暗闇の会場でただ一人の観客となってしまった紫にとって、その声がもたらす調律は後者を予期させた。


「何となく……分かってしまうものですの。同じ女である貴方様にも、ご理解頂けるかと。


 ────ねえ。〝八雲紫〟サマ?」


 霍青娥。
 邪仙の忌み名を冠する彼女が、当たり前のようにそこへ立っていた。
 浮かべる笑みは、驚くほど静かに波打っており。
 涼やかな感情の内に渦巻くほんの僅かに混ぜられた『怨恨』に、対面する紫は気付く事が出来ずそのまま会話を続ける。

「……よく、分かったわね。蓮子ですら、“私”だと気付けなかったのに」

 この言葉は戯言だ。
 蓮子は、目の前の親友の姿が嘘っぱちだと気付いていた。

「だから女の勘ですよ。それに……蓮子ちゃんだって、まだまだ子供とはいえ立派な女。本当に貴方が“メリーではない”って気付く事なく逝ってしまわれたのかしらね?」

 “メリー”に扮した八雲紫は、青娥の知った風な疑念に言葉を詰まらせる。
 そんな言葉を、よりによってこの女から聞きたくはない。不快だ。

 宇佐見蓮子は“どうして”最期に笑ってくれたのか。
 それは彼女の優しさだったのだろうという都合の良い解釈が、自分の中にあるのは事実。
 かもしれない。そうに違いない。そんなあやふやな解釈で宇佐見蓮子を“知った気でいる”紫には、彼女を真に測る資格など無いというのに。
 少女の胸に抱えられたまま眠りについた真実は、結局……彼女にしか分からない。
 永久に、分からないのだ。
 それはもう、終わったこと。

 ここにいる紫は、事実はどうあれ結果的に蓮子を騙した事になる。
 たとえそれが、秘封倶楽部を慮った行動だとしても。
 思い遣りから生まれた行動が、巡り回って真実を遠ざけてしまったとしても。

 紫の心からは罪悪感は拭えない。
 そして。
 だからこそ紫には、蓮子を偽り、彼女を看取った責任がある……と、そう感じている。
 本来の“八雲紫”の姿を与え、別行動を促したメリーに対し、すぐにでも伝えるべき言葉は多くある。
 あの子にとって、きっと……とても辛いことになるが、全ての責は紫にある。その事も含め、話さなければならない。
 こうなってしまった以上、メリーが大きく傷付く未来は避けようもない。
 そんな彼女の手を取り、導く者が必要となる。
 当事者である紫自身では、きっとない。恐らくは───


 紫は首を振り、目の前の事象に目を向けた。

485黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:27:07 ID:dCSol15U0


「……いつから、見ていたの?」
「初めから、ですわ。それはそれは、第三者が踏み入れる雰囲気でないことは瞭然だった故に。少し空気を読んで、敢えてお声は掛けませんでした」


 あれを見られていたという知りたくもなかった事実が、紫の心に更なる不快感を植え付けた。
 邪仙はこう言うが、その実態など、人間が生む最期の欲を観察したいが為、などといった利己的な理由に決まっている。闇の片隅で、心底純真な眼でそれを眺めている青娥の姿を想像すると、途方もない怒りすら湧き出てくる。

 しかし……今の紫には、この性悪な女を潰す力など一切残っていない。
 改めて、思う。
 ここに来たのが〝マエリベリー〟でなく〝私〟で、本当に良かったと。



「───時に紫サマ? 貴方の式神が何処でどうやって死んじゃったか……ご存知ですか?」



 紫の内が抱え始めた不安と、青娥の切り出しは同時だった。
 動揺は決して表に出さず、急な話題の中心に現れた我が式神の姿を紫は追想する。

「藍かしら? それとも橙を言ってるの?」
「んー。ま、ここでは優秀な方の式神ちゃんの事ね。どうせ知らないんでしょ?」

 何故、ここでその名前が邪仙の口から出てくるのか。
 突如として安易に触れられた八雲紫の地雷。その爆弾が爆発するより先に、紫はどうしようもなく嫌な予感が脳裏を掠めた。


 きっとこの先。青娥の口から聞かされる言葉は。
 私にとって、凶兆となる。


「青娥。今、貴方と遊んでる暇は無いの。3数える内に、視界から消えなさい」

 これが虚勢であると、目の前の邪仙は気付いているのだろうか。
 どちらにしろ、コイツは『目的』を果たすまで消えようとしないだろう。

「あーでも。別に貴方の式神がどこで野垂れ死んだのかは、この際どうだってよくってよ」

「3」

「重要なのは……『貴方の式神』である『八雲藍ちゃん』が、とうに舞台から御退場してしまったっていう事実なのよね〜」

「2」

「私としては『ザマーミロおほほ』って感じではあるんですが、それはそれでちょっと消化不良といいますか……煮え切らない気持ちもあるっていうか。死ぬくらいじゃ生温いと思ってるんですよ」


 もう、我慢ならない。

 紫はとうに枯渇している妖力の残りカスを井戸から何とか引き揚げ、目前の道化へと翳した。



「───だから、私の大事な大事な『芳香ちゃん』をバラバラにしてくれちゃったあの女狐への『仕返し』は、主人である貴方が代わりに受けて頂きます」



 零に等しくも、あらん限りの力を放出する瞬間……その言葉が耳に入り。

 愛する従者への侮蔑に怒りを抱いているのは自分ではなく、青娥の方であったと。

 不出来な式神がしでかした行為の因果が星回って、今。己を喰い尽くす禍へと変貌したのだと。

 八雲紫が、それを理解したのは。



 ───青娥の右腕が胸から潜り込み、心臓を引き裂きながら背中まで穿いた、一瞬の後であった。

486黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:28:00 ID:dCSol15U0


「ディエゴ君から予め伺っておいたのです。『芳香ちゃんを殺した輩は誰?』って。
 ……まさか、貴方の式神の仕業だなんて思いもよりませんでしたよ」


 近いようで、遠い場所。
 すぐ傍なのに、ガラスで遮られた境界の向こう側。
 隔壁の先から響き渡る青娥の、一字一句を刻み付けるかのようにじわじわとした呪言が耳元から這いずって駆け下り、裂かれた心臓をきゅうと締め付けた。

 邪仙の吐き出した、如何にも取って付けたような戯言。信用に値しないのは今までの行いからも明白。
 藍への侮蔑を「ふざけるな」と斬って捨て、愚かな虚言の報いを与える。そうあるべきだと、沸騰を迎えた感情が胸倉を掴んでいるというのに。

 何故だか紫の心は、青娥の言葉に偽りは無しと、あっさり受け入れられている。
 藍が、同郷の仲間達を傷付け回っていると。
 そしてその行為は、全て私を想ってのこと。
 汚れ仕事を、率先して行使しているのだと。

 今ではもう、叱りつけたくても出来ない。
 抱擁で諭したくても、この腕は届かない。


(馬鹿……ね。あの子も……私も……、みんなみんな、空回り)


 青娥の毒牙は、正当なる報復でしかない。
 こんな時、どんな表情をすれば良いのか。
 紫にはもう、分からなかった。
 ただ、靄のかかる意識の中。

 家族のように愛した、もう既にいない式神たちの事とか。

 最後の最後に生まれた、目の前の女に対しての贖罪のような馬鹿げた気持ちとか。

 同じく従者の命を奪う結果となってしまった、今はまだ何処かにいる亡霊の友達の安否とか。

 何もかもを押し付ける形でバトンを渡してしまった、我が写し鏡であるメリーへの罪悪感とか。

 そういった負の一切を帳消しなどには出来ない、してはいけない、どこまでも落ちぶれた『大妖怪・八雲紫』の、惨めったらしい絶望の只中であるべき貌(かお)は。


 不思議と、大いなる希望を灯すように安らかなモノへと移り変わっていた。


 それは、朧気に成りゆく光景に映り込んだ、一匹の蝶々。
 ジョルノが紫の為に与え、宇佐見蓮子を滅ぼした一因となってしまった筈の、虹色の蝶々。
 闇の奥に輝く蝶が、消え入る紫にとって……まるで『夢』へと導く希望の象徴に見えたからであった。


 赤黒い飛沫が、喉をせり上がって噴かれた。
 貸してもらっていたメリーの身体と、容赦なくその肉体を抉った青娥の肩が血で穢れる。
 心のどこかでは、このような悲劇的な末路が訪れる事も予感していた。
 自己嫌悪の混ざった血の海で溺れながら、八雲紫は自らの元に帰って来た虹色の蝶へと腕を伸ばした。

 震える腕には、もう力の一片だって籠らない。
 そんな非力な大妖怪の手を取るかのように、フワフワと漂うばかりであった蝶が降りてきて。

 紫の伸ばした人差し指の先へ、止まり木に絡むように……そっと留まった。

 蝶は全てのしがらみから解き放たれたようにして、元のブローチの形……


 ───『ナナホシテントウ』の姿へと時間を逆行させて、静止する。


 それは、この醜悪なる催しの演者として降り立った紫が初めに見た光景。
 夜空に浮かんだ『七つの星』と、同じ模様を背に描いたアクセサリー。
 ナナホシのブローチを血塗れの胸に引き入れて抱くと、あの満天の星空を仰いだ夜に感じた『希望』と同じ気持ちが、紫の中で生まれた。


 気掛かりは、数え切れないくらい沢山ある。
 夢半ばで朽ちる事への恐怖が、無いと言えば嘘になるだろう。
 けれども。
 世に生まれ出で、今まで多くの躓きと挫折を反復し。
 永い夢でも見るような、悠久の刻を積み重ね。
 やっと、幻想郷はこの形を得た。
 ここまでは、私の成すべき仕事。
 そして、ここからは若者たちの作り上げる『夢』。
 
 名残惜しくもあるけれど、私の見てきた永い永い『夢』はここで終い。
 黄昏を超えた境界。その向こう側に、真のフロンティアが在る。


 (……あぁ、瞼が重くなってきたわね。また、少しだけ……眠ろうかしら)


 私の見る夢は終わっても、幻想の見る夢は終わらない。
 受け継ぐ者たち。語り継ぐ者たちがいるなら。
 少年少女は空を辿り、光り輝く虹の先へと到達できる筈だもの。

487黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:28:46 ID:dCSol15U0



 ───……リー。

 ……マエリベリー。

 ごめんね、マエリベリー。

 蓮子のこと、救ってあげられなかった。

 その上、まだ子供の貴方にまで、色んな重荷を背負わせてしまった。

 大人の自分勝手なエゴで、貴方から色んなものを奪ってしまった。

 本当に、ごめんなさい。

 でも、マエリベリー。貴方はとても、強い子。

 冷たい殻の中でうずくまる蛹なんかじゃあない。

 殻を破り、自分の意志で空を翔び、七色の虹の先へと辿れたなら。

 そこにはきっと、貴方にとっての黄金郷が見付かるわ。

 仲間を見付けて。

 貴方の手を取ってくれる仲間たちが、此処には居るはず。

 マエリベリー・ハーン。

 貴方が宇宙を輪生し、一枚の境界を超えて『八雲紫』へと成った。

 紫鏡のあっち側で育った、私の半身。

 せめて私は……貴方が辿る旅の、幸福を祈っております。












「何か、最期に残したい台詞でもおありですか?」


「…………そう、ね」


「仙人とは慈悲深いもの。たとえ怨敵であろうと、かの大妖怪・八雲紫様の今際のお言葉とあれば……耳を傾けてさしあげましょう」


「………………あなたの、欲の……興味本位って、だけでしょ」


「うふふ」


 最期の言葉、か。
 邪仙にとっては、さぞ興味あるのでしょうね。大妖怪が世に遺す、辞世の句は。
 でも……この闇に遺すべき言葉など、私には無い。
 全ての『意志』は既に、夢と共に託してきた。
 なので御期待のところ、申し訳ないのだけれど。


 八雲紫の遺す“最期”は、やはり戯言こそが相応しい。

488黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:32:17 ID:dCSol15U0



「───夢」


「……なんと?」


「貴方、『夢』って……ある?」


「……そう、ですね。敢えて言うなら、貴方のような方の欲を見届ける事こそが、私の『夢』……って所かしら」


「…………そ。良かった、じゃない。夢、叶って」


「叶うのはこれから、ですわ。私、貴方様の『夢』とやら……興味ございます」


「………………わたしの、夢……か」






「───うん。わたし、『普通の女の子』になりたかったの」






「……それはそれは、素敵ですわ。おめでとうございます。お互い、夢が叶って何よりですね」


 今の貴方は、かよわい普通の女の子も同然の体たらくですから。



 ───失望の念を、心より禁じ得ません。八雲紫。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

489黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:33:02 ID:dCSol15U0
『ディエゴ・ブランドー』
【夕方 16:34】C-3 紅魔館 一階廊下


(フーン……。あの女の能力が『宇宙を超える』、ねぇ)


 まるで『大統領』のヤツが得意な能力みたいだな、とディエゴは口漏らす。
 かのD4Cは物と物との間に挟まる事で『隣の世界』へ行ける。そしてそれは、周囲の人物も巻き込む事で同様の現象を与えられる。
 ヤツの場合はあくまで『少しだけ違う世界』というものだ。それですらブッ飛んだ能力には違いないし、ディエゴ自身も隣の世界へ飛ばされて死に掛ける、といった体験は記憶に新しい。
 片やメリーの能力とは、複合的な条件こそ必要であるらしいものの、宇宙の輪廻をも飛び越えて扉を開くというもの。謂わば、完全なる別世界へ入門出来るようなものだ。
 宇宙を越える、という新仮説をDIOも紫も同意見として導いていた。それはつまり、何十億、何百億年単位で『時空』を飛び越える事になる。

 DIOのように『時間操作』タイプの能力者、という見解も出来るのだ。


「面白くなってきやがったな。あの女、是非ともモノにしたいところだ」


 大袈裟に裂けた唇が三日月型に歪み、恐竜の牙が覗いた。ディエゴの肩には通常索敵に使用する翼竜型ではなく、屋内潜伏に適したトカゲ型の小型恐竜が乗っており、DIOと紫の会話内容を盗み聞いたのは彼の功労だった。
 翼竜よりは目立たないが、それでも屋内だと不便はある。が、館内の諜報役としてはこれくらいで充分。お陰で貴重な話が聞けた。

「それにしたって翼竜共の集まりが悪いな。低温気候のせい……というより、あの『フード男』の仕業か」

 外の雪のせいで、斥候の招集率が悪化してきた。そしてこの『雪』が、自然現象による気候ではないという事もディエゴは既に勘付いている。

 ウェザー・リポート。いや、ウェス・ブルーなんたら、だったか? とにかく、その男がスタンドによって雪を降らしている。
 意図的だろうがなんだろうが、ヤツの行為によってこっち側の『足』がどんどん潰されているのだ。

「ウザったいな……早めに始末しておくべきか」

 戦うとなれば苦戦は必須。現状を見ても分かるように、ディエゴの『スケアリーモンスターズ』とあの天気男は相性がすこぶる悪い。湖の前でゴミ屑にしてやった『傘』も雨を操り固めていたが、相性はというと同様に悪かった。
 出来れば他の人間……相性で決めるなら、文句なくヴァレンタイン大統領に向かわせるべきか。


「……っと。この場所も流石に崩れてきそうだ。オレも地下に潜るか」


 さっきから建物を伝わる振動がディエゴを小刻みに揺らしている。ジョルノの一計でこの紅魔館もオシマイの運命という訳だ。アジトの移動は余儀なくされるだろう。
 取り敢えずウェスの始末と、ホル・ホースの持ち去った『DISC』が目下の優先事項か。

 そういえば、メリーと蓮子を追跡させた恐竜がまだ戻らない。
 あそこには青娥も向かった筈だ。つい先程、そこの廊下で出くわしたのだから知っている。
 あの女に渡しておいたDISC──翼竜が会場のどこかから一枚だけ拾ってきた奴だ──は、果たして有効活用されてるだろうか。

「まあ、あの悪女が素直にオレの言うことなど………………聞くかもなあ」

 特別、反抗心がある女ではない。ただ、あの頭花畑女は如何せん自分に正直すぎる。
 己が認めた人間は無礼が付くほど持ち上げ、自分は全く別の次元から眼下の光景を俯瞰して楽しむような女だ。
 つまり結局、奴は周囲の人間全てを見下しているのだ。DIOだろうが、オレだろうが、誰だろうが。

 だからオレは、あの女が本当に嫌いなんだ。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

490黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:33:34 ID:dCSol15U0
【C-3 紅魔館 一階廊下/夕方】

【ディエゴ・ブランドー@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:右目に切り傷、霊撃による外傷、全身に打撲、左上腕骨・肋骨・仙骨を骨折、首筋に裂傷(微小)、右肩に銃創
[装備]:なし
[道具]:幻想郷縁起、通信機能付き陰陽玉、ミツバチの巣箱(ミツバチ残り40%)、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る。過程や方法などどうでもいい。
0:地下に避難する。
1:ウェスとホル・ホースの動向を注視。
2:幻想郷の連中は徹底してその存在を否定する。
3:ディオ・ブランドー及びその一派を利用。手を組み、最終的に天国への力を奪いたい。
4:同盟者である大統領を利用する。利用価値が無くなれば隙を突いて殺害。
[備考]
※参戦時期はヴァレンタインと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※主催者は幻想郷と何らかの関わりがあるのではないかと推測しています。
※幻想郷縁起を読み、幻想郷及び妖怪の情報を知りました。参加者であろう妖怪らについてどこまで詳細に認識しているかは未定です。
※恐竜の情報網により、参加者の『16時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※首長竜・プレシオサウルスへの変身能力を得ました。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、静葉と情報交換をしました。
※DIOと紫の話した、メリーの能力の秘密を知りました。
※現時点ではメリーと紫の入れ替わりに気付いておりません。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

491黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:33:59 ID:dCSol15U0
『霍青娥』
【夕方 16:35】C-3 紅魔館 地下道


 柄にもなく、霍青娥は苛立っていた。
 いや、苛立つという表現は些か大袈裟かもしれない。
 面に出るほど気を立てているという自覚は少なくとも彼女に無いし、へそを曲げるといった可愛げのある表現ですらまだ言い過ぎだ。

 精々、なんか面白くないですわ程度の、蚊に刺された様な不機嫌。
 どうしてだろうか。

 愛しのキョンシー・宮古芳香をあんな酷い目に遭わせた式神風情の清算として、その保護者には死を以て償わせた。八雲紫はこうして無様な屍体へと成れ果て、報復は無事に終えることが出来たのだ。


 めでたしめでたし。


「……ち〜っとも、めでたくないですわね」


 孤独となった場所で、ため息と共に独りごちる。めでたくない理由など、とうに分かっている。
 それはひとえに、想像していた以上に紫がつまらない女だったからだ。


 青娥は別に、戦うことが大好きな戦闘狂ではない。力のある者は好きだが、その相手と競り合いを演じる事に至上の幸福を得るタイプではない。全然ない。太古より地上で猛威を奮っていた鬼たちを筆頭に、幻想郷にはその手の自信家や熱血漢は案外多いが、そいつらと同類にされても困る。
 青娥とて厳しい修行、秘術の研究を積み重ねて体得した仙術の数々を相手に見せ付けるのが趣味であるが、それもあくまで自慢が目的である。
 寧ろ、戦うのはキライだ。慣習的に襲撃を続けて来る死神連中を適度にあしらうだけで充分だと内心ウンザリしているくらいだし、他人のファイトを観戦するくらいが一番性に合っている。


(それなりに、期待してたんですけどねえ)


 冷たい床の上には、仲良く手を握り合う様にして倒れた二つの死体。
 形だけを見るのなら、メリーと蓮子の息絶えた姿。
 青娥はもう一度、ため息混じりに二人の亡骸を眺めた。


 “他人の欲を覗く”
 このバトルロワイヤルで邪仙の狙う目的らしい目的はと問えば、つまるところそれに終始する。DIOに仕えるのも、彼女の目的を叶える上で最も近道足り得る手段だから。
 何故なら彼は、人の心に澱む欲を引き出すのが非常に達者なのだ。秋静葉が強引に振舞っていた、本来には備わっていない貪欲さを彼はそっと抑え込み、心にすっかり沈澱させていた安息への欲求を逆に掬い上げた。
 彼女は秋の神だが、敢えてこう表現しよう。

 DIOは秋静葉を、人間へと戻した。
 戻した上で、更なる深みの〝悪〟の道へ誘った。

 また一見怪物の様に見えたあのサンタナの、内に燻る渇欲や名誉欲といった血生臭い欲求を手玉に取り、コントロールするといった老獪なやり口を披露したのには舌を巻いた。
 蚊帳の外から見ていた限りではこの上なく凶悪なあの鬼人を口八丁手八丁で丸め込み、何だかんだ懐刀に迎え入れようと画策したのだ。奴を本気で潰すつもりなら出来ていたろうに、感心を通り越して寒気を覚えるくらいの口巧者なのがよく分かる。

 一方で、あの『肉の芽』は青娥的には頂けない。あれは人の持つ欲を完全に上から抑え付け、似非忠義を強制させる様な代物だ。忠実なる下僕を作るには最適だろうが、傍から観察する分には勿体ないとさえ思う。だから蓮子の芽が解除された時は、彼女本来が最期に見せた欲を静かに見守る事を我が使命としたのだが。
 河童のスーツにより透明化を図り、わざわざ暗がりから観戦していたのが先の二人の交錯。DIOから彼女たちの確保を命じられはしたが、勿体ないと感じ取り敢えず傍観に徹していた。お陰様で優先して確保する対象の蓮子は死んでしまったが、それでもいいと青娥は満足する。

 実に人間らしい、お涙頂戴の物語。
 人と人の紡ぎ出す『絆』は、かくも美しいものか。
 弱者には弱者なりの、生きた証が見られた。
 『欲』を言うなら、彼処には〝八雲紫〟などという紛い物なのでなく、本物の〝マエリベリー・ハーン〟を用意して欲しかったという希望はあったが。


 だから青娥は、二人の邪魔をしようとは最初から最後まで考えなかった。

492黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:36:42 ID:dCSol15U0
 深い欲も、浅い欲も。
 高尚な欲も、凡庸な欲も。
 個々人によって大小の差はあれ、その差別こそを楽しむのもまた一興。それが青娥の、普遍的な価値観。
 勿論、欲にも彼女なりの嗜好が出る。傾向としては、強者であるほど欲に深みが現れ、観察する楽しみも格段に増す。
 強い相手を好むという彼女の性質は、身を焦がすほどの欲を愛し、耽溺し、自分を満足させてくれる割合が破格だからという本意的な部分を基点としている。

 故に、八雲紫ほどの大妖怪ともなれば、最期に醸し出す欲の度量──肝に当たる部分は、さぞや美味なる品質に違いないと期待していた。
 他者から見れば『嘘っぱち』の秘封倶楽部を最後まで見届け。ようやくメインディッシュの八雲紫を、報復と共に突き崩すチャンスが訪れた。彼女の欲はそんじょそこらの凡夫とは一味違う筈だから。
 舌舐めずりを抑えながら開いてみたディッシュカバーの中身は……期待に反し、青娥の興味欲を一層削いでしまった。

 蓋の中から飛び出した紫の欲は、深いようであり、浅いようでもあり。
 高尚なようであり、凡庸なようでもあり。
 早い話が、欲ソムリエである青娥をして“よく分からない”であった。

 何故なら彼女の最後の抵抗は、想像以上に『普通』だったのだから。
 いや、抵抗と呼べる行動すら起こさなかった。本当に、普通の女の子そのものの力だった。

 ガッカリ。
 面白くない。
 つまんない。
 ビミョー。

 さっきから青娥の頭をグルグル回るのは、それらの単語ばかり。口先をアヒルみたいに尖らせながら、何をするでもなく、こうして二つの亡骸をトボトボと見比べてはションボリと項垂れる。

 こちらが勝手に、一方的に期待していただけ。紫を愚痴るのはお門違いというものだ。
 その実態を理解しているだけに、何とも遣りようのない萎縮が肩透かしの形となって、青娥の口から「はぁ〜」と吐き出されていく。


「ねえ、紫さま〜……。貴方は最期に何を思い、何を見ていたのかしら」


 紫が天を仰ぎながら零した、最期の言葉。
 あの大妖怪が遺す最期の言葉というのだから、青娥も内心胸を高鳴らせていたのに。
 その末路は、どうにも解せない。


『───うん。わたし、“普通の女の子”になりたかったの』


 言葉の意味はこの際、重要とはならない。表面のみを捉えれば紫の遊び心とも言える。
 戯言も同然の台詞。それは裏を返せば、遊べるだけの余裕があの瞬間の紫に発生した。
 その余裕の根源が青娥にはよく分からない。わざわざ直前に、式神の暴走行為まで示唆してやったというのに。
 いや、少なくともあの瞬間までの紫は相応の──青娥の期待通りの反応を見せてくれたのは確かだ。

 その直後。
 『夢』を語る最中の彼女に、理解し難い変貌が訪れたのだ。


「満足……? ちょっと、違うわね」


 感覚としては近いが、紫は決して全てに満足を覚えながら逝ったようには見えなかった。
 賢者を冠する彼女にも、幾つもの心残りを憂うような顔の相は垣間見えた。
 満足というよりは、妥協と呼んだ方が更に近い。


「恐怖……? それこそ似合わない」


 自身の消滅を怯えない妖怪などいない。大妖であろうと、例外は無く。
 少なからず彼女に恐怖はあったろうが、存在を脅かす敵へと震え上がるような弱音ではなく、この世に憂いを残すことによる無念さが際立っているようだった。


「諦観……? だとしたら、一番不愉快なパターンだけど」


 何もかもの敵対事象に対し、両手を上げながら諦める。それは言うなら、青娥の最も毛嫌いする、マイナス方面での無欲だ。紫に限ってそれは無いと断じたいものだが、少なくともあの時の彼女は、ある種の諦めも見えた。
 仏教において『諦め』とは、物事への執着を捨てて悟りを開く事とも云う。自分などより数倍胡散臭いあのスキマ妖怪に悟りが開けるなどとは全く思わないが、『執着を捨てる』という線はかなり近いように思える。
 その線で考えたなら、執着を捨てたというのはつまり、『執着を持つ必要がなくなった』とは言い換えられないだろうか?

493黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:37:10 ID:dCSol15U0


(執着…………『何』への?)


 ───夢。


 確かにその賢者は、『夢』などというお子様じみた言動を繰り返していた。
 夢が叶ったから、執着を持つ必要はなくなった?
 または……夢が叶う展望が開けたから、胸に残った未練を捨て切れた?

 そうとでも考えなければ……あの時。
 夢を語る瞬間、あの女が『微笑んだ』理由が分からない。

 あの八雲紫が、夢? ……馬鹿馬鹿しい。
 そもそも彼女の願う『真の夢』とはなんだったのだろう。
 まさか本当に『普通の女の子』になりたかったとでも言うのか。今際の際に発した渾身のジョークとしか思えないが。

 だが、とはいえ。
 そのジョーク通りに、この紫は正しく普通の女の子に極めて近い。
 含めた意図は不明だが、見た目には完全にマエリベリー・ハーンの容姿へと偽装出来ているし、妖力の方も通常の八雲紫と比べればあまりに微小。話にならない力だった。


 ───何故?


 容姿の入れ替わりについては、周囲を欺くという一応の建前は推察できる。いわば隠れ蓑として機能させる事も可能な、小賢しい一芝居だ。
 が、その中身……大妖としての力までが極めて縮小されていたのはどういう訳だ? 戦闘による衰弱には見えなかった。
 事前に何事かあったのか。その“何事”という要素が、紫の欲の謎に迫るイレギュラーなのか。

 泥水の中に埋もれた失せ物を、目隠しでまさぐって探すような不快感すら覚えてくる。


「……はあ。ま、終わった事はもういいか」


 お手上げだった。
 青娥も元々、尽くすタイプであると同時に飽きやすいタイプでもある。
 八雲紫が期待を裏切る『大ハズレ』であった事実は大いにモチベーションを削る結果となって終わったが、それに見合う『収穫』だってちゃっかりゲットした。
 それで良しとしよう。この『土産』は、DIOを満足させるに足る代物であるはずだ。


「ディエゴ君の予想、ドンピシャだったわねん。
 ───八雲紫の『精神DISC』、入手完了っと」


 先程から事も無げに、青娥の手の中で弄られていた円盤の正体。
 八雲紫の精神DISCとの呼称を与えられたその円盤は、正確には『ジャンクスタンドDISC』という名で配られた支給品。

 メリーに扮装した八雲紫を追う過程で、青娥はディエゴとすれ違っていた。その際に受け取った物が、この一見使い道の見えないジャンクDISC。
 無能力のカス円盤であることから、あのノトーリアス・B・I・Gの円盤以上に価値観が薄い物品。

 故に青娥のお眼鏡にかなう事は無いと思ったが。


 ──
 ─────
 ─────────


『DISCとは元々、魂やスタンドを封じ込めておく器の役割があるようだ。こいつはオレの翼竜が一枚だけ拾ってきた物だが……お前にくれてやる』

『あら珍しい。でもディエゴ君? 私が欲している円盤っていうのは、素晴らしいオモチャが詰まっている枕元の靴下に限りますわ。こんなゴミDISC一枚押し付けられたってねえ』

『確かに、この円盤は“空っぽ”のようだ。支給品としては最下層に位置するハズレ中のハズレ、だな』

『えぇ〜…………かえす』

『まあ聞けよ。第二回放送終了後、オレ達があの神父との接触を優先させたのは何故だ?』

『神父様のスタンド能力による、大妖や神に並ぶ強大な魂の収集ですね』

『そうだな。そしてその手段はエンリコ・プッチの生存が大前提となる。そして今、オレたちが連れて来たプッチは早くもくたばっちまったってワケだ。さあ、困った事になったぜ』

『……もしかして、ディエゴ君』

『別の方面から考えようって話だよ。ジャンクDISCとはいえ、これもホワイトスネイクから生み出された能力の残滓だ』

『ふ〜〜ん。……読めましたわ。ま、そうであるというなら一先ず、コレは預かっておきましょうか』

『その円盤は会場内に多く振り分けられているらしいが、オレたちの手元には現状、それ一枚きりだ。無くすなよ』

『はいはい。ディエゴ君はどうするの?』

『どうもしない。今回は情報整理ついでに身体を休めておくさ。これでもスポーツ選手なんでね。……お前は?』

『逃げた小鳥が戻ってきたようですので。少し、お迎えと……“仕置き”を』

『そうかい。あまり好き放題にやるなよ』

『お互い様、ですわ』


 ─────────
 ─────
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494黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:37:35 ID:dCSol15U0

 結論から述べれば、『実験』は大成功に収めた。
 青娥は紫を殺害する間際、彼女の頭にこの『空のDISC』を差し込んでいた。挿入した上で、そのまま殺した。
 通常ならDISCを埋め込んだまま本体が死に至ると、DISCは『死』に引っ張られて消滅するらしい。その性質ゆえ、この実験は一種の賭けではあったが、失敗しても失うのはゴミ円盤一枚。ローリスクハイリターンの実験だったと言える。

 死亡し肉体から剥がれ落ちた紫の魂は天国へと昇らず、このDISCの中へと吸い込まれていった。
 これはホワイトスネイクの行使する能力を、そのまま擬似的に応用した形である。かつ、本来なら作用するDISCの消滅は免れたまま、こうして青娥の手の中で無事形を保っている。

 この謎の解答を持つプッチが死亡してしまった為、青娥なりに仮説を立ててみた。
 本体が死ぬとDISCもそれに引き摺られて消える、というのはDISCの中身が入っている場合の話だ。GDS刑務所にて青娥自身ヨーヨーマッから聞き出した情報だし、裏付けとしてプッチ本人からも聞いておいたので真実味のある内容だった。
 秋静葉が殺害した寅丸星にもスタンドDISCが挿入されていたらしいが、寅丸死亡後にDISCの生存は確認されなかったと聞いている。まあ、これは寅丸の肉体自体が消滅したからDISCも一緒に、という考えも出来るが。

 対して青娥の使用したジャンクDISCは、ディエゴが話した通りに『空っぽ』の物だ。念の為、事前に自分の額に差し込んでみたが、一度目は失敗した。既に『オアシス』のDISCが入っていた為か、バチンと弾かれて放出されたのだ。
 それならと、一度オアシスDISCを外しジャンクの方を差し込むと、“このDISCでスタンド能力は得られません”といった旨の音声が、ご丁寧に脳内で流れてくる始末。
 正真正銘の空っぽDISC。通常のDISCとの違いはその点であるという事は明白。本当にただの『器』である故に、DISCの崩壊は起こらなかった。代わりに、死にゆく紫の魂を空のDISCに取り込んだ。

 DISCについてはまだまだ未知数な所がある為に手探りだが、ステップとしては

 『空DISCを挿入する』
→『本体の殺害』(魂を剥がす)
→『DISCを取り出す』(魂の取り込み完了)

 この一連の流れで、恐らく魂は収穫可能だ。
 ホワイトスネイクとは違い、ジャンクDISCの消費と、相手本体の直接的殺害というステップが加わるが、この発見によりプッチ以外の人物による魂回収作業がグンとやり易くなった。


「ともあれ、これでやっと『一つ目』ですわ。八雲紫ほどの大妖怪サマであれば、魂の質量というハードルは余裕綽々の棒高跳びでしょう」


 集めるべき『三つ』の魂には、大妖怪・神に相当する強大なモノであるというハードルがある。
 言うまでもなく、八雲紫とは幻想郷を代表する大妖怪だ。これ程の魂であれば、もはや青娥の勲章は大金星。


「DIO様、きっと喜んでくれますわよね〜♪」


 先程までの不満顔は、手にした戦果によって一気に吹き飛んだ。
 勢いよく立ち上がり、鼻歌すら歌いながら青娥はこの場を上機嫌で後にする。

 いまや彼女の頭には、八雲紫への失望や、愛するキョンシーを奪われた怒りなど消え失せていた。報復の達成によって不満や憎悪が消化された──ワケではない。
 魂の確保という収穫により、渦巻いていた怨恨が、戦果を挙げた高揚へと上書きされたに過ぎなかった。元々大した怒りなど無かったような気がしてならない。
 芳香を喪った事については本当に、ホンット〜〜に悲しく辛い経験だったが、キョンシーなら“また”どこかで良さげな死体でも見繕い、産み出せば済む話なのだから。

 長年、愛用していた大好きな玩具が壊れた。
 邪仙にとって宮古芳香の死とは、その程度の喪失。
 “替えのきく”、大切な大切な家族だったのだ。

495黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:38:00 ID:dCSol15U0

 その時、視界の端の闇に、俊敏な動きで這う生物の影を邪仙の視力が拾った。
 光量の微少な地下道であるゆえ見過ごしかけたが、そいつは確かに青娥の荷物から飛び出したように見えた。正体には凡そ予想がつく。

「……トカゲ? ディエゴ君ね、どうせ」

 仕込まれたのはさっきだろうか。中々のスピードで走る輩であったが、青娥はそれを難無くとっ捕まえた。ディエゴの下僕は例の翼竜だけかと思っていたが、トカゲタイプも居たのか。

「どこまでも食わせ者ねえ、あの子も」

 邪仙・霍青娥は、マエリベリー・ハーン(紫)と宇佐見蓮子の乳繰り合いを蚊帳の外からニヤついて観ているだけでした。そんな報告がDIOに渡っても面倒臭い。
 青娥はほとほと苦笑しながら、尻尾を掴まれオロオロするトカゲを空いた手でグチャと握り潰し、泥団子の様に丸めて隅っこへと棄てた。





「あ、そういえば『良さげな死体』なら、此処にも二つあるじゃない」


 双輪に結った頭に一際明るい豆電球が点灯した。今更な閃きではあるが、蓮子とメリーの死体を使ってキョンシーを作り上げるというのも悪くない。

「……いや、流石に悪いわね。そこまでしちゃあ」

 妙案はすぐさま取り下げられる。常識的な倫理観など持たない彼女が“可哀想”とまで同情し、結局二人の死体は置いて行く事にしたというのだ。
 青娥にとってそれは、本当に、単純に、ただ『カワイソウ』だっただけ。
 形だけでもせっかく『再会』出来た秘封倶楽部のか弱い二人を、キョンシーにしてまで好き放題するなんて……


「───私の『良心』が痛みますわ。せめて安らかに眠ってね、秘封倶楽部のお二人さん♪」

 
 ああ……なんて不憫な子達なのかしら、と。
 少女の片側へは、自ら手に掛けたという事実も棚に上げて。

 邪仙は、心の底から薄っぺらな同情を掛けやり───少女達の死体には、もう見向きもせずに去り行く。


「〜〜〜♪ 〜〜♪」


 軽快な足音と耳に障る鼻歌の余韻のみが、誰も居なくなったこの場所に生きる最後の音。
 結局、邪仙には最後まで分からない。
 八雲紫の弱体化の裏側。最期に見せた笑み。


 その根源は、彼女が託した者達へと繋がっているという事に。


            ◆

496黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:38:30 ID:dCSol15U0







 後に残ったのは、〖白〗と【黒】の衣装が対を成した、二つの屍。

 マエリベリー・ハーンに成りきろうと慟哭した骸と、宇佐見蓮子の物言わぬ骸のみ。

 〖モノクロ】に交わった彼女達を彩るかのように、赤いドレスが血溜まりを形成し、二人を中心に沈めた。



 〖白い少女〗の右手と
 【黒い少女】の左手は
 この宇宙から崩壊した〖秘封倶楽部】を
 いつまでも……いつまでも此処へ繋ぎ止めるように
 合わさったその手に『境界』なんか在りはしないと示すように



 ───固く結ばれ、絆いだ証をこの世に遺していた。



【八雲紫@東方妖々夢】死亡
【宇佐見蓮子@東方Project】死亡
【残り 47/90】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

497黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:39:01 ID:dCSol15U0
【C-3 紅魔館 地下道/夕方】

【霍青娥@東方神霊廟】
[状態]:衣装ボロボロ、右太腿に小さい刺し傷、右腕を宮古芳香のものに交換
[装備]:スタンドDISC『オアシス』、河童の光学迷彩スーツ(バッテリー30%)
[道具]:ジャンクスタンドDISC(八雲紫の魂)、針と糸、食糧複数、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:気の赴くままに行動する。
1:DIOの元に八雲紫のDISCを届ける。
2:会場内のスタンドDISCの収集。ある程度集まったらDIO様にプレゼント♪
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、静葉と情報交換をしました。
※ディエゴから譲られたDISCは、B-2で小傘が落とした「ジャンクスタンドDISCセット3」の1枚です。
※メリーと八雲紫の入れ替わりに気付いています。
※スタンドDISC「ヨーヨーマッ」は蓮子の死と共に消滅しました。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

498黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:41:32 ID:dCSol15U0
『マエリベリー・ハーン』
【夕方 16:41】C-3 紅魔館 地下道










「………………『メリー』って、ね。呼んでくれたの───蓮子が」


 寄り添い合うように眠る、〖秘封倶楽部】の番(つがい)を。
 〝八雲紫〟の姿で、しゃがみ込んだままじっと見つめる少女。

 気遣うように距離を置いたジョルノと鈴仙は、彼女の背後に無言で立ち尽くしている。
 掛ける言葉も見当たらない、という言葉がよく似合っていた。

 ただただ目の前の現実を歯噛み、自分の力の無さを実感する。


「最初に『メリー』ってあだ名で呼んでくれたのは、蓮子だったわ。『マエリベリーじゃあ呼びにくいから』って……」


 蓮子。宇佐見蓮子。
 マエリベリー・ハーンの、大切な友達で。
 秘封倶楽部の、たった一人の相棒。

 それだけ。
 それだけ、だった。
 メリーにとっては、それだけで充分だった。
 ただそれだけの……何処にでもいるような、元気一杯の少女だった。


「『どうしてメリーなの?』って、その時の私は困惑しながら訊いたわ。そしたら『“マエリベリー”って発音しにくいし、語感の良い感じに縮めた』って。
 縮めたんならメリーじゃなくて“マリー”じゃない。ほんと……可笑しいわよね」


 本当に可笑しそうな様子で、メリーは背を向けたままに連ねる。
 震えを我慢する声に染み込んだ悲壮が、ジョルノにも鈴仙にも、沈痛に伝わる。


 貴方は〝マエリベリー〟なのですか。
 それとも〝八雲紫〟なのですか。

 先程ジョルノは彼女へそう尋ねようとした。交わされた握手を通して、ゴールド・Eが彼女の生命力に『違和感』を感じたからだった。それでも紫とマエリベリーの意を汲んで……やはり尋ねなかった。
 姿形は八雲紫そのものだが、この少女の本質は間違いなく〝マエリベリー〟というジョルノもまだ知らぬ人間だ。
 彼女の独白と今の光景を見れば、それは嫌でも理解してしまう。

 
「……私、此処に飛ばされてから。この世界に来てから。まだ、あの子と『再会』出来てない。
 〝宇佐見蓮子〟とは、何一つ、会話も……会話、すらも……してない」


 邪悪に支配された蓮子に蹂躙されたメリーは、彼女を『宇佐見蓮子』とは見れなかった。
 芽の呪いから蓮子を解き放ち、初めて二人が『再会』を果たせると。
 そう、信じて頑張ってきた。


 メリーは、とうとう『宇佐見蓮子』に逢えず───今生の別れを突きつけられたのだ。


 こんな辛い不幸は誰のせいだ、と怒りを燃やすことも。
 あの時こうしていれば、と我が身を責め立てることも。
 愕然として夢から覚める様な現実を、見つめることも。
 頭が麻痺して光景を受け入れられず、逃げ出すことも。
 拒絶したいほどの悲哀に屈し、大粒の涙を流すことも。

 そのどれもこれもの感情が、自分の中で上手く湧き上がらない。



「なんで、かな」



 一言、呟いた。


 少女の手の中には、いつの間にか。
 七つの星をその背に彩った、てんとう虫型のブローチが握られている。

499黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:42:07 ID:dCSol15U0

「それは、僕の……」

 ジョルノがハッとして、思わず口に出す。
 それは繋ぎ合った〖秘封倶楽部】の握り合う手の中に守られていた物だ。
 それは蓮子を救出する前、紫の衣装からメリーへと継がれたブローチだ。


 そして、それは。
 妖刀に支配された蓮子から、八雲紫を守る為。
 ゴールド・エクスペリエンスの反射が働き、結果的に蓮子の命を奪い取ってしまったブローチ。


 ブローチの中心には刀で突き刺したような小さな痕跡。
 血溜まりの中に倒れる蓮子の胸にも、同じような刺傷。
 辺りには、刀だったモノの、最早欠片とも呼べぬ残骸。
 それが一体、何を意味するか。


 ほんの断片的な情報が顕とされ、ここで起こった『真実』をジョルノは可能な限り推測した。


 真実とは、時に残酷だ。
 かつて真実を求め、苦難の道を歩んできたジョルノにとって。
 未だかつて無いダメージが、彼の心を蝕もうとしていた。

 
「───貴方のせいじゃないわ。ジョルノ君」


 脳へと響くグラりとした衝撃に、よろめきかけるジョルノを救う声がメリーの口から漏れた。
 罪の自覚に動揺するジョルノを支えるような、その言葉は。
 ここで起こった悲劇が、彼女にも凡そ理解出来たということを証明していた。

 メリーはアヌビス神が持ち主を操る妖刀だという事も、ゴールド・Eが攻撃を反射するという事も知らない筈だ。
 だが“今のメリー”には、八雲紫の記憶・意志が受け継がれ、以前とは比較にならない情報量を得ている。
 現状を見れば、少なくとも宇佐見蓮子の死因がジョルノのブローチによる反射だ、という真実に辿り着くことは、メリーにとってもそう難儀な推理ではない。

 その真実を知ってなお。
 メリーは、ジョルノの胸中を労る言葉を掛けた。
 彼女の『聖女』のような優しさに、「なんて強い子なのだろう」とジョルノは思う。
 真に傷付いているのは、間違いなくメリーの方だというのに。

 彼女の優しさは、その未来に暗雲をもたらすかもしれない。
 ジョルノのよく知る、今はもうこの世にいない……あの勇敢なるギャングリーダーのように。


「……貴方の友人は、僕が死なせてしまったようなものです。本当に、なんと言えば……」


 だからジョルノは、メリーの優しさを軽率に受け取らない。
 簡単に受け入れては、誰の為にもならないと思った。

「ジョルノ君……」

 そんな悲痛な面持ちのジョルノは見たことがない。すぐ横で二人の顔を窺う鈴仙も、掛けるべき言葉を見い出せずに胸へと手を当てた。


「少なくとも、ここで眠っている蓮子の表情は……とても人間らしい顔をしているわ。
 DIOに支配されていた時よりも、遥かに穏やかな顔。……少し、哀しそうだけれども」


 メリーは膝を下ろし、蓮子と……片割れの紫の頬をそっと擦る。
 動かない蓮子の額に、肉の芽は無かった。きっと紫が約束を果たしてくれたのだろう。
 宇佐見蓮子を必ず元に戻す。そう交わして、邪悪の魅せる悪夢の中から蓮子を引き上げてくれたに違いなかった。


「ジョルノ君のブローチが、蓮子と……紫さんを『救って』くれた。
 私は、そう信じています」

500黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:42:42 ID:dCSol15U0

 初めて、メリーが笑った。
 その微笑みはとても脆い形ではあったが、ジョルノの心を大きく清めてくれた。

 実際の所、ジョルノのブローチが八雲紫を守ったのは事実だ。
 結果としてそれは、蓮子の命を散らせた直接の出来事を生んでしまったが。
 もしもブローチが無ければ紫は殺され、蓮子は妖刀の呪いから解き放たれることも無かったろう。
 それでは、意味が無かった。
 それでは、『宇佐見蓮子』は永遠に戻ってこれなかったかもしれない。

 だからこれで良かった──だなんて、言えるわけが無いけども。

 七星のてんとう虫が、宇佐見蓮子を最後に『人間』へと戻し。
 彼女に『秘封倶楽部』を思い出させ。
 そして八雲紫も、『夢』を仰ぎながら眠った。
 自分は最後まで蓮子と再会出来なかったが。
 蓮子はきっと、最後に〝メリー〟と再会出来た。
 メリーには、そう思えてならない。


 状況証拠のみを検分し、都合の良い妄想に逃げ込もうとしているだけかもしれない。
 それこそ、夢見心地に浸りたくて。
 だとしても八雲紫の意志は、今やメリーに在る。一心同体なのだ。
 あの人を信じるという事は、自分を信じるという事に繋がる。

 蓮子を『救った』ジョルノには、感謝こそあれ。
 自分を責めることなど、しないで欲しかった。


「だから、ジョルノ君にはそんな表情をして欲しくないんです。
 私なら、大丈夫。……大丈夫、ですから」


 大丈夫なわけがなかった。
 大事な人を、一度に二人も喪ってしまったのだから。

 だからこそジョルノは固く決心する。自分には責任を果たす必要がある、と。
 彼女と───マエリベリーと共に『真実』に向かおう。
 色々な事が起こり、多くを喪い、傷付いた少女を『導ける』のは、ここに居る自分なのだ。
 自惚れかも知れなかったが、紫から受け継いだ物は正しい方向へと導かなければならない。


「───僕には、部下がいます」


 ジョルノは、マエリベリーと手を取り合える距離まで足を踏み出した。
 彼女は『護る対象』ではない。共に歩く相手として、正当なる関係をこれから築かなければいけないと思い、互いを知ろうと思った。


「組織のトップとして、多くの部下は居ますが……真に僕を慕う者は多くない。組織の構成上、仕方ないことではありますが。
 それでも命懸けで僕を慕ってくれている彼らに対し、僕は心から嬉しく思う。そして、掛け替えのない信頼を築いていこうと尽力もしている」


 ボスの娘を護る護衛チーム。ブチャラティを筆頭としたかつての少数チームが、ジョルノにとっては『始まり』であった。
 その始まりは、今となっては一人だけ──此処には居ないパンナコッタ・フーゴしか残っていない。だからこそ彼との間には、深い『絆』がある。


「その絆の証明……の様なものかも知れません。彼らの中には、僕を『ジョジョ』と呼ぶ者も居ます。そう呼ぶよう、僕の方から願ったのですが」
「ジョジョ……?」
「はい。ギャングのコードネーム……とかでは全然ないんですが。
 なんと言うか、そう呼ばれると安心するんです。ただそれだけ、ですけどね」


 ジョジョ。そのあだ名は不思議なことに、メリーにとっても奇妙な親しみがあった。


「マエリベリー。君が良ければだけど……どうかこれからは僕を『ジョジョ』と呼んで欲しい。組織とか部下とか関係なく……それでも。
 君の中に紫さんの意志が生きているとしても、僕と君との関係は『新たな信頼』からでなくてはならない。そう思うんです」


 『夢』から始まった物語。
 黄金のように気高い夢と、虹を見るようなささやかな夢。
 少年は少女の前へと、腕を差し出した。


「私の名前はマエリベリー・ハーン。“マエリベリー”の綴りを崩して、蓮子からは『メリー』と呼ばれていました。
 ジョルノ君───いえ、『ジョジョ』。そして鈴仙さんも、私の事は『メリー』と呼んで欲しいの」


 少女は、決起の瞳でそれを取る。
 そこに加わるのは、もう一人の少女の腕。


「もう! ジョルノ君、私のこと忘れてない!?」
「忘れてませんよ、鈴仙。……改めて、よろしく」
「……うん! よろしくね、ジョジョ!」


 その笑顔は、かつての鈴仙の『負』を微塵も感じさせないくらい快活だった。
 ジョルノと、メリーと、鈴仙。
 三人の輪が、様々な隘路を経て繋がった。



「これからよろしくお願いします。ジョジョ。鈴仙」


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