レス数が1スレッドの最大レス数(1000件)を超えています。残念ながら投稿することができません。
誹謗中傷って、何?
-
最近、よくインターネットでの誹謗中傷ちうことがクローズアップ
されておるが・・・
誹謗中傷って、何?(笑)
-
>>1307
それは、「ボケ」という言葉を「痴呆」に置き換えることでごまかして、
ごまかしが利かなくなったら「認知症」に置き換えてごまかして、
さらにごまかしが利かなくなったら別の語に置き換えるというふうに、
ごまかし続けるだけになると思いますが。
-
見知らぬものが、違う角度から意見を言うなど、許せない行為だったようですね。
素直に謝ります。
僕自身、「認知症」という単語には、反対です。
ボケというのは、それぞれの個人的特性があり、個人としても、その時々で違う現われ方をします。
しかし総じて、「認知はできるが記憶ができない」ということが多いように思います。
だから「認知症」という表現をすると「認知できないなら、痴呆がアホだとも認知できないんじゃないでしょうか?」というような発言につながります。
例えば、机の上に、ペンと財布と鍵を出せば、それぞれの名前は言えますが、
その三つを覚えておいてねといって机の下に隠し、今ここに何があった?と尋ねると言えないという具合です。
今食べたばかりの食べ物が何であったかは言えないが、修学旅行でどこに行ったかという話は、
毎回同じことが言えるという具合です。
だから「認知症」という言葉は実態に合わないように思っています。
ただ本人の前で言わねばならない場合に、ボケや痴呆を使うことにも抵抗があります。
MRSAやHIVのような、アルファベットが一番いいように思います。
これなら、知識はあっても、ボケれば分からなくなるような気がしますから。
DMT(痴呆)と表記して、本人の前ではDMTというような。
-
どちらかというと、
「おばあちゃんはリウマチだから」というのと同じ感覚で
「おばあちゃんはボケちゃってるから」といえるだけの社会を
醸成しなければならないのではないかと思うのですが。
-
>>1311
>見知らぬものが、違う角度から意見を言うなど、許せない行為だったようですね。
素直に謝ります。
いえ、そんな誤る必要など全くありません。
新しい参加者の方は、個人的に大歓迎ですし、常連と意見が違うからグダグダいうような幼い方は多分おられません。
認知症についての詳しい後説明をありがとうございます。
>「認知はできるが記憶ができない」
そうすると、例えばテレビなどでこれからは痴呆を認知症と呼ぶことに成りました、と聞くとその時は理解出来るけれど、その記憶は出来ないので、後から
「あなたは認知症です」
といわれても、それがアホってことだ、とは理解出来ないこと、でいいのでしょうか?
ただ、それは現在その症状である方にしか通じないように思えるんですが。
言葉がどの程度の時間で定着するか、そもそも認知症という単語が定着するかどうかも疑問ですが、例えば今痴呆=認知症と判断できる人が一年後にその症状になったとき、それを記憶しているかどうか?
一年後なら記憶していないが、十年後なら記憶しているか、そのあたりの基準もあいまいですね。
そうなると、ボケれば解らなくなる境界をどこで引くのか?という問題が出るように思えます。
また、単語をそんなにコロコロ変えては、例えば認知症をDMTに変えたとしても、ついてこられなくなる火とが多くなるように思えます。
うーん、やはりどこか小手先のように思えるのですが。
-
>>1311
>見知らぬものが、違う角度から意見を言うなど、許せない行為だったようですね。
それは無いですよ。違う角度からの意見が許せない行為であると呆けた痴れ者
は居ないですよ。
角度が違うことよりも内容が大事だということを知って、相手を認めることが
出来る人ばかりですから。ボケた人は居ないから安心して下さい。
-
横文字崇拝を利用して誤魔化しが利くのでしょうか。
英語を使っても対応する訳語があるのでボケ⇒痴呆⇒認知の延長と同じでしょう。
-
これはどこの世界でも大なり小なりあるとは思うけれど、特に日本人は物事をはっきり言わなとか、あいまいなままにする、よね。
良くも悪くも気配り、というやつだ。差別語の自主規制もここから出ているのかも知れない。余計なことをいって波風を立てないというのは。
これは、それを発することによって傷つく人がいるから、というモラルの部分と、あたりさわりなく平穏にやりすごすためと言うルールの部分が在るんじゃないかなあ。
勿論、傷つく人がいるよりいないほうが良いし、傷つけるための行為は賤しい事だ。
ただ、人の言葉や態度によって傷ついた事が無いなんて人、いるんだろうか?
いるとしたら、信じられないほど恵まれた環境下にいるか、余程鈍感な人のどっちかだ。
人間3年も生きていれば傷つくのは当たり前じゃないのか?
-
差別は良くない、という。
けれど、人間、全てが同じであるとはありえない。そうである以上、差がついてしまうのは当たり前だし、その差に傷ついたり悩んだり、理不尽な思いをするのも当たり前ではないだろうか。
3年も生きれば、と書いたけれど。
同じお砂場で遊んでいるAちゃんは自動車のおもちゃを持っている、自分は持ってない。Bちゃんちのおやつはいつもケーキなのに内のおやつは揚げて砂糖をまぶしたパンの耳だ。
cちゃんのママはうちのママより若くてきれい。そんなのってずっと続くよな。
学校に入れば入ったで、誰は自分より勉強や運動が出来る、自分は補欠で、あいつはレギュラーだ、アノコはもてて自分はもてない。あいつは一流企業に入った。
あの人は恋愛結婚でエリートのダンナをゲットしたのに自分は見合い結婚だ、同級生のヤツは部長になったのに、自分はまだ係長、上がればきりがない。
「ナンバーワンよりオンリーワン」「みんな違うから素晴らしい」なんて言って見たところで、差は差、なんだよな。
差別って、どっから来るんだろう。いろいろあるとは思うけれど。
ひとつは、なんも考えずにただ昔からそうだから、周囲が言うから、というものある。
もうひとつは、自分の劣等感をごまかすための代償ってのもあるよね。
(「ゴー宣」の最初の方であったけれど、近所の肉体労働で子供養っている貧乏おばちゃんが、部落のこぎれいな小金持ちのおばさんを「あの人はアレなのよ」と言っていた話し。あれって、貧乏でいつも泥んこの自分より低い存在を探すことによって「でも私はアレよりまし」って思うんだよな)
あと、共通する部分は在るけれど、なにかを(または誰かを)差別することによって、自分を正当化することね。
こういうのって結局人間には僻みや嫉妬といった負の感情があるから起きることであって、けれど、それは人間誰しも持っているものではないだろうか?
「無意識の差別意識」なんて言ってしまうと、きりがないと思うのは、そのあたりなんだよね。
-
SMAPのせいで、「ナンバーワンよりオンリーワン」の意味が
変なふうに広まってしまったけれど、あれを最初に言ったのは
本田総一郎なのです。
ある分野で競り勝ってナンバーワンになっても、他社でもまねできる以上、
いつか抜かれる可能性もあるし、僅差でナンバーツーがいる場合には、
優位性が低い。
その点、他社がまねのできないようなオンリーワンの分野を持てば、
それだけで他者と差別化が図れ、優位になる。
という意味がこめられています。
そう考えると、ナンバーワンよりもオンリーワンになるほうが難しいなぁ。
-
>うろちいさん
さて、そろそろ一月ちかく経つのですがレスはどうなったのでしょうか。
あと前から思うのですが、途中で忙しくなるのが予想されるのならあまり
拡散しないように話を持っていけなかったのかと思えます。
うろちいさんのパターンとしては毎回途中で打ち切りが多いのですが、
学会の質問ではないので、「時間切れたから、はい終わり」のような
パターンは駄目だと思うのですが。
-
>>1286 イカフライさん
>それを他者に強制できるのかな?(大神さんも、前のほうで同じような内容のことを言っていますが)。
差別に対して「看過しない」という義務が万人にあります。
もしこれが義務でなければ、差別と戦うことを義務として負わされているのは非差別者だけとなります。
非差別者は差別と戦わなくては、非差別者であることに甘んじなくてはなりません。
そういう意味で、非差別者だけは否応無しに義務を負わされています。
この負荷を共有するかどうかの選択の問題です。
これは論理的に説明不能の選択の問題ですが、差別問題を人権問題と考えるならば、それはすなわち、共有することを選択したという意味です。
人権とはそういうものです。
差別問題を当然人権問題と考える僕にとって、そして当然他の方々もそのはずなのですが、差別と戦うことは趣味的なことでもなければ、牧歌的な強い親切心や同情が無いからといってしなくて良いというものでもありません。
ただ、「看過してはいけない」が真であっても、今回のK看護士に対する解放同盟の糾弾が適切であったかというのはまた、別の問題としてあるでしょうね。
また、そもそも糾弾という方法に対して問題にする人もいるでしょう。
ある観点で限ってみれば、その批判のいくつかは頷けないこともないですが、糾弾無しで差別と戦う方法を代わりに提示しないのが、この手の批判をする人たちの傾向です。
結局その人たちは、差別と戦う方法を議論する以前に差別が無いと考えているか、または、目前の差別を問題にしていなかです。
しかしながら、差別の具体事例は相変わらず確認されているようです。
確かに以前のような制度は無いにも関わらずです。
部落差別の原因は諸説あります。
共産党系の全解連は、現在の社会において部落差別は痕跡的なもので次第になくなりつつある、という説をとっています(だいぶ昔に読んだものなんで、ウソだったらすみません)。
解放同盟は部落差別は社会構造に巧みに組み込まれているとの立場です(同じく)。
ともかく、ちょっと調べたり考えたりするだけでも、部落差別の原因が何かという問題は、結構難しいです。
ともあれ、今もなお、差別の具体例は検出されているわけです。
イカさんの周辺の人たちに限って差別観はないのかもしれませんが、それだけでは、部落出身者は安心してはカミングアウトできません、おそらく東京に住んでいようとも。
カミングアウトしても、誰もなんら不利益が無いことを我々が証明できて初めて、差別問題が解消されたと言えるでしょう。
部落出身者の名簿が出回っているという現状ではとてもそのレベルではないと思いますが、違いますでしょうか。
ところで、大神さんも少し触れていますが、3本指を出してみせた患者(K看護士と同じくらいに攻撃しやすいでしょうに)に対して、もしお咎め無しなら倒錯していますよね。そのへんも現在調査中です(これもなかなか情報に到達できていません)。
>>1287
> >>1277の続きなんだけれど。
>ご立派な障害者なんて教科書の上っ面だけで、モノホンはとんでもない奴じゃネえか、
>とか思ったりすることも無いですかね?
> 却って差別の助長になる、ってのはそういうことです。
なんかしらんけど、障害者とかに限って聖者であることが求められるんですよねえ。
リアルな障害者って、およそそんなんじゃないです。
もう一つの差別かな、って思いますね。
これに関して僕も言いたいことが多いけど、今回は自粛。
-
>>1320
>差別に対して「看過しない」という義務が万人にあります。
>もしこれが義務でなければ、差別と戦うことを義務として
>負わされているのは非差別者だけとなります。
>非差別者は差別と戦わなくては、非差別者であることに
>甘んじなくてはなりません。そういう意味で、非差別者だけは
>否応無しに義務を負わされています。
(原文ママ)
これって「非」差別者じゃなく「被」差別者のことですよね?
差別を看過しない義務が万人にあると云うドグマは、いったい
何処から出てくるんですか?被差別者にせよ、そうでないにせよ、
そんな義務があるなんて初耳です。
うろちいさん個人の信条と云うなら解りますが。
>これは論理的に説明不能の選択の問題ですが、差別問題を
>人権問題と考えるならば、それはすなわち、共有することを
>選択したという意味です。
>人権とはそういうものです。
>差別問題を当然人権問題と考える僕にとって、そして当然
>他の方々もそのはずなのですが、差別と戦うことは趣味的な
>ことでもなければ、牧歌的な強い親切心や同情が無いからと
>いってしなくて良いというものでもありません。
これも今一解らない。
そもそも人間に天与の人権があるかどうかさえ解らない。
いや天与の何ちゃらてのがある筈ないけどもw
人間が人間に与えたものでしょう、人権は。人間同士の取決め
であって、それ以上でも以下でもなく、また神聖不可侵でも
万古不易でもない。
で、うろちいさんが選択する所の人権は、差別と戦う事を強制する
ドグマなんですね?何に由来するんですか、そのドグマは?
>糾弾という方法
俺としては鬱陶しいこと甚だしいのだけども、今の所それを
禁ずる法律や条例も無く、解同の糾弾を阻止するのは難しい。
人権問題として差別を考えない俺は、糾弾無しで差別を無くす
方策を考える義務もない。その義務があるのは、うろちいさんの
云う人権ドグマ信奉者だけでしょう。
>しかしながら、差別の具体事例は相変わらず確認されているようです。
その具体事例が解同のサイトに載ってる事なんですね?
相変らず確認されますよね、あんな事を差別扱いされちゃw
俺なんか365日糾弾だなw
>カミングアウトしても、誰もなんら不利益が無いことを
>我々が証明できて初めて、差別問題が解消されたと言えるでしょう。
そう云う不可能事を目標にするなら、何時まで経っても差別はなくならん
だろうね。まあ基準の違いなんでしょう。現世では不可能な事を
目標にするのは、宗教団体と変りませんよ。
-
日本国憲法
第11条【基本的人権の享有】
国民は,すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は,侵すことのできない永久の権利として,現在及び将来の国民に与へられる。
第14条【法の下の平等,貴族の禁止,栄典】
(1)すべて国民は,法の下に平等であって,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない。
-
>>1321
>今の所それを禁ずる法律や条例も無く、解同の糾弾を阻止するのは難しい。
とは言え、糾弾に出席せねばならんという法律も無いわけですから。
実際のところは、それ(出ない)というのが通るかどうか解りませんが。
以前、吉岡さんは公開を申し出たら開放同盟は拒否しないというようなことを言われていましたから、NHKあたりの生中継を入れてもらえば出ます、とか言ってみたらどうでしょうかね。
-
うろちいさんは、
・差別は看過してはいけない
と
・K看護士の話
を二つ分けていますね。
で、前者に関しては人権が大事というのは共通認識のはずだからで論を
展開していますが、番長さんも言われるようにうろちいさんのいう
看過してはいけないとうろちいさんの出している人権の話がどう結び
ついているかが不明です。
自明のことならそもそも話にも上らないはずですが、延々と人権と
絡めて押し通そうとしている点が、実は間接的にうろちいさんの理想で
あることを告白しているのではないでしょうか。現実的にはうろちいさん
の言うとおりではないのは、うろちいさんの説を支持する事実が無いので
すが。
で、次に糾弾否定に対しては
>糾弾無しで差別と戦う方法を代わりに提示しないのが、この手の批判を
>する人たちの傾向です。結局その人たちは、差別と戦う方法を議論する
>以前に差別が無いと考えているか、または、目前の差別を問題にして
>いなかです。
ここだと、糾弾に反対するのは差別を無視しているか、差別と戦うのを
放棄しているのだと決め付けていますが、これは間接的に解同の援護射撃、
それとうろちいさんの自説の補強につなげようとしているようですね。
ですが、そもそも
糾弾という行為と差別の両方に反対する
は両立するので、それを変に両立しないように制約を加えているうろちい
さんの言葉はおかしいです。それに、差別と戦うとはカタルシスを得るよ
うな闘争行為でないといけないわけではありません。差別と戦うが、個人
として差別を行わないでもいいわけで、それを団体行動のような行動で
ないといけないと考える必要はないわけです。
-
続き
・K看護士の話に関しては
>今回のK看護士に対する解放同盟の糾弾が適切であったかというのは
>また、別の問題としてあるでしょうね。
>ところで、大神さんも少し触れていますが、3本指を出してみせた患者
>(K看護士と同じくらいに攻撃しやすいでしょうに)に対して、もしお咎
>め無しなら倒錯していますよね。そのへんも現在調査中です(これもな
>かなか情報に到達できていません)。
と分からないとしていますが、そもそも差別をした人間が解放同盟の抗議
を無視しているならそれを解放同盟は非難しているでしょう。
それを書いていないということは、そもそも何もしていないと考えるのが
普通です。うろちいさんは解放同盟を善と認識するところからスタートして
いるからこのような点が理解できない、あるいは見て見ぬ振りをしないと
話が展開できないのはないでしょうか。病院と地方自治体の方が
攻撃しやすいので解放同盟がK看護士を攻撃したとは考えれないのでしょう
かね・・。
それにK看護士の糾弾が正しいかどうかは、結局うろちいさんの言う
万人は看過してはいけないというのが示されないと正当化出来ません。
ですから、人権の話に絡めて無理やり切り離そうとしても結局ここに
戻ってくるのです。
さて、別の角度からうろちいさんの言う万人は看過しえないについて
考えてみましょう。
うろちいさんはアカハラという言葉は知っていると思いますが、うろ
ちいさんのいう万人は看過しえないに則るならうろちいさんは積極的に
教授や助教授の学生に対するパワハラ、アカハラについて教授に抗議
しないといけません。間違えても助手の契約を更新してもらえないかも
知れない、娘・奥さんとの生活などを考えて躊躇してはいけません。
更には一緒に糾弾しなかった同僚についても非難しないといけません。
それに差別問題に関してはうろちいさんは生まれてから一度でも差別に
ついて、イジメについても看過したなら自己批判をしなければなりません。
もし思い当たるなら今日にでも解放同盟の門を叩いて
「ぜひとも私を糾弾してください」と言わなければなりませんよ。
結構辛辣に書きましたが、K看護士への糾弾のことを看過し得ないで
正当化しようとするならこのようになってしまうのです。そこまで
うろちいさんは考えたのでしょうか?
看過し得ないで正当化しようとするならK看護士の件だけを抽出すること
はできないわけです。
-
>うろちいさん
それと失礼ながら差別と戦おうするなら、間違えても話が自分の思う
通りでないからと
「 俺 レ ス す る の 、 や ー め た 」
で、議論の自然消滅を図られることのないようにお願いします。
忙しいなら仕方がないですが、それでも拡散化を避けるということは
出来るわけですし。
勿論、高き理想を持たれておられるので、そのようなことは無いとは
思いますが・・・。
-
>>1320
>差別に対して「看過しない」という義務が万人にあります。
に対して俺はそんな義務知らない。差別するよーん、と言われてしまった時、どうするか?ですよね、問題は。
実際、番長さんは1321でそう言ってるわけだし(藁)。
まあ、ただ「差別はいけない」というのは、とりあえずは建前であったとしても慣習的に認められている道徳では在ると思います。
少なくとも、電車に障害者が乗ってきたからといって唾を吐きかけたり暴言を浴びせたりする人は、少なくとも私は目撃したことはありません。
また、そういう行為をもし行う人がいたら呆れた顔をする人が多いだろうし、なかには注意する人もいるとは思います。
けれど、そこで「看破しない」→注意せねばならない。ということに対して強制するものは今のところ、漠然とした道徳だけなのですよね。
また、そこで注意したとしても、相手に開き直られたらお終いですし。
多分、人権擁護法案というのは、それをある程度、法制化することによって義務化っていうの、そういう風にすることだと思うんだけれど。
そうなると、どこに差別の基準を置くか、ということが出てくるわけじゃないですか?
-
>>1320
>イカさんの周辺の人たちに限って差別観はないのかもしれませんが、それだけでは、部落出身者は安心してはカミングアウトできません、おそらく東京に住んでいようとも。
>カミングアウトしても、誰もなんら不利益が無いことを我々が証明できて初めて、差別問題が解消されたと言えるでしょう。
>部落出身者の名簿が出回っているという現状ではとてもそのレベルではないと思いますが、違いますでしょうか。
程度問題がどこまでかな、ということだと思うのですが。
部落に限らず差別が無くなる、差別が無い世界というのは、私は人間が人間である限り、不可能だと思っています。
ただ、それが公的なものか、私的なものか、具体的な差別行為なのか、差別意識なのか。
自分の周辺にないからといって存在しないとは思わないし、断言する気もないですよ。
もしかしたら、私の親しくしている友人の中にも部落出身者とは結婚しない、または子供がそういうカレカノを連れてきたら結婚は許さない、という人もいるかもしれないですからね。
個人的意見としては、もしそういう人がいたら、彼(または彼女)がそういう意識も持つこと自体が賤しい人間だと思うし、はっきり言うだろうし、長年の付き合いを止めちゃうかも知れません。
ただ、これに関しては私的な差別意識なのですよね。
公的な差別意識としては、部落出身者の名簿(地名総覧というヤツですか)のように企業の雇用などの公的差別行為ですね。
これらに関しては法的なことで争えると思うし、また、争った例もあるんじゃないですか?
別に効率や権威に頼るつもりはないですが、個人の意識やモラルに頼ることって限界がありますから、なんらかもシステム構築しかないのではないでしょうか?
-
>>1327
>俺はそんな義務知らない。差別するよーん、と言われてしまった時、
>どうするか?ですよね、問題は。
>実際、番長さんは1321でそう言ってるわけだし(藁)。
んな事は云ってないよ。
差別を人権問題として考えないと書いただけ。
人権思想否定=差別肯定では全く無いからね。
-
差別がいけない、というのが何故か?というと、被差別側が不利益をこうむるからなんだよな。
ちょっと話しは戻るけれど、>>1272-1274で触れられている特に企業における女性差別について考えてみたい。(実はジェンダー論ってのもここでやりたいんだよね、ここ男性が多いし)
「女は結婚したらやめろ、30過ぎたら辞めろ、女子社員は男子社員のお嫁サン候補」
これって就業差別だよな、ちょっと前までは当たり前にあった。私が学生時代は企業ってどこもこんなもんだったらか、一生自立して働きたいなら公務員か教師か看護婦(あの当時の呼び方)よほど優秀なら医師とかもあったけれどね。
上記のような意識で企業が女性を採用する場合、与えられる仕事はかつてお茶汲みコピー取りと呼ばれた雑用中心、実際には伝票を処理したり電話の伝言(携帯メールなんて存在しない時代)をきちんと受けたりする事だって仕事が回るには必要では在るけれど、でもいっちゃなんだが誰でもできる仕事では在るし、仕事で評価よりもっと別のところの評価の方が大きかった。
評価されるほどの仕事でもないしね。当然、給料も安い。
仕事が出来ない人間が雑用しか与えられなかったり、その結果給与や安かったり役職が与えられないのは、差別じゃない、当然の評価だ。
でも、出来るか出来ないかの判断もなく「女性」という属性だけで判断されるのは差別だと私は思う。
そもそもお嫁サン候補なら「一般事務」なんて求人出さないで、「社内コンパニオン」もっと言えば「社内慰安婦」(あら、これエロ雑誌のタイトルになりそう)とか求人すれば良い。
「あなたの力量次第で玉の輿、一生3食昼寝付きの生活が保証されます」とかね(笑)。
たださ、そういうことに多くの女性が憤りを感じていたか、というとそんなこともなくて、むしろそれを利用してた女性が多かったことも事実なんだよね。
-
仕事が出来る、出来ない、といったけれど、実は有能なエリートなんていうのは男女問わず一部の人で、だからこそそう言われる。
男がみんな仕事が出来るわけではないのは、特に社会で働く男性達ならおわかりだと思う。かつての男が女を働かせたくなかったのは、仕事の出来ない男の存在を女に知らしめたくなかったんだよな。
昔の女は「仕事だ」と言えば黙ったからな。いまはそうはいかないけれど(笑)。
みんなが出来るわけではないのに、「出来る」ことを求められているのが企業社会だと思う。
そういう点で考えると、責任の無い雑用だけやって自分を好いてかわいがってくれる男性を見つけてキツイ競争社会から逃れて専業主婦になるという逃げ道が残っている女は差別されている分恵まれている、という変な状況があるんだよね。
多少ブサイクだったり気が利かなくて社内であぶれてもいざとなったらお見合いって手段も在るしね。
勿論、愛する人とめぐり合い共に一生を歩んでいくことは男女とも幸福なことだろうが、男の場合、少なくとも従来はそれでも仕事は続ける、むしろ養うべき相手が出来れば余計に仕事頑張らないといけない。でも、女は愛するダーリンとことだけ考えれば良かったんだよね。
こういうと家事育児だって重要な仕事だ、という反論が必ず出ることが多いし、確かに誰かがやらなくてはならない必要な仕事では在るけれど、今は専業でそれにかかりきらなばならないだけの労力を必要とする仕事ではないことも事実だ。
専業している人はイロイロ事情(夫が転勤族で短期バイトくらいしか出来ないとか)もいるから一概には語れないけれど、この人って専業主婦でなければどうやって生きていくんだろう、という女性もいる。
というか、もし男に生まれたらどうやって生きていくのかなあ、みたいな。例えば病弱で月の半分は家事も出来ない、なんて人が外で働けるとも思えないし、でも生活保護を貰えるほどの疾病じゃない、なんて人ね。
うーん、差別されることの利益ってやつなんだろうか?
(これについてはまだまだ言いたいことがあるけれど、ここでタイムアップ)
-
まあ、年老いた親や幼子を養う、家族の核となる働き盛りの夫婦がいて、
一人が外で収入を得て、もう一人が家でそれを切り盛りするというのは
それはそれで合理的な一面もある役割分担だからなぁ。
(家にいる側の経済的自立が無いなどの問題もあるから、完璧ではない。念為)
その合理的な部分を拡大して表現したものが、
「女は結婚したらやめろ」「30過ぎたら会社をやめてダンナを探せ」
なんて考え方になるのでしょうね。
で、自称進歩的な考え方をしているという上司なんかも、
「結婚したらやめろとは言わないが、子供ができたらやめて家庭に入るべきだ」
などと言い出すんだよなぁ。
家庭を築くプロセスのどこで辞めさせるかが違うだけで、50歩100歩なんだが。
俺なんか、しがない中小企業の会社員なので、収入も公務員よりも低い状態です。
だから、たとえば結婚相手がトヨタだの松下だのの社員で、
ひとかどのポストと収入があり、有能な社員だったりするなら、
逆に俺が家庭に入って専業主夫で(時にはパートタイマーなんかもしたりして)
暮らしてもいいかなあ、と思ってるくらいなんだがなぁ。
-
http://f17.aaa.livedoor.jp/~mikami/comic/01.html
人権擁護法案反対漫画。
郵政民営化は可決されたが、こっちの方はチト困るな。
-
>>1321 番長さん
> >>1320
>>差別に対して「看過しない」という義務が万人にあります。
>>もしこれが義務でなければ、差別と戦うことを義務として
>>負わされているのは被差別者だけとなります。
>> 被差別者は差別と戦わなくては、非差別者であることに
>>甘んじなくてはなりません。そういう意味で、被差別者だけは
>>否応無しに義務を負わされています。(誤字直しました。失礼をば)
>差別を看過しない義務が万人にあると云うドグマは、いったい何処から出てくるんですか?
>被差別者にせよ、そうでないにせよ、そんな義務があるなんて初耳です。
被差別者にとっては、戦わないと「差別が続く」というペナルティが課せられている、
そのことが被差別者に対して戦うことを強制している(義務を課している)ということを
僕は言いたいんです。
被差別者は道徳や個々の信条と関係なく差別されるが故に差別と戦うこと(でなければ差別に
無言で耐えること)が因果関係上、自然に義務化(強制)されます。
一方、被差別者以外が差別と戦う義務があるというのはドグマです。
無いというのも、ドグマですけど。
>うろちいさん個人の信条と云うなら解りますが。
前述の通り、被差別者当人にとっては信条と関係ありません。
それ以外の人たちにとっては被差別者が発生することが、自分にとってどれだけ
不利益と考えるか、その程度によって義務の強さが異なります。
不利益観を被差別者と完全に共有すると、被差別者と同じだけの義務を負うことに、
因果関係上なります。
どのくらい共有するか、という部分が信条にあたると思います。
-
>これは論理的に説明不能の選択の問題ですが、差別問題を
>人権問題と考えるならば、それはすなわち、共有することを
>選択したという意味です。
>人権とはそういうものです。
>差別問題を当然人権問題と考える僕にとって、そして当然
>他の方々もそのはずなのですが、差別と戦うことは趣味的な
>ことでもなければ、牧歌的な強い親切心や同情が無いからと
>いってしなくて良いというものでもありません。
>これも今一解らない。
>そもそも人間に天与の人権があるかどうかさえ解らない。
>いや天与の何ちゃらてのがある筈ないけどもw
>人間が人間に与えたものでしょう、人権は。人間同士の取決め
>であって、それ以上でも以下でもなく、また神聖不可侵でも
>万古不易でもない。
ま、そうなんですが、取り決めが厳格であればあるほど、結果的に神聖不可侵
だったということがわかる訳で、客観的に人類を見たときに、「自然物の一つである
人類というのは、そんな性質が備わっているんだな」とわかる訳です。
何が「天与」かなんて、自分たちで考えて作り出しちゃえばいいんじゃないです?
主観こそ客観を決める!
・・・っていうのが、人権ドグマの開き直りだと思うのですが?
まあ、専門じゃないんで学界でどう扱われてるかよくしりませんけど。
>で、うろちいさんが選択する所の人権は、差別と戦う事を強制する
>ドグマなんですね?何に由来するんですか、そのドグマは?
簡単に言えば、そのドグマが無いと、世の中どうなっちゃうのか考えて、その結果を許容するか
しないかかですね。
一般的には番長さんを含めた万人のドグマに言えることですが。
>>糾弾という方法
>俺としては鬱陶しいこと甚だしいのだけども、今の所それを
>禁ずる法律や条例も無く、解同の糾弾を阻止するのは難しい。
>人権問題として差別を考えない俺は、糾弾無しで差別を無くす
>方策を考える義務もない。その義務があるのは、うろちいさんの
>云う人権ドグマ信奉者だけでしょう。
Right!
>>しかしながら、差別の具体事例は相変わらず確認されているようです。
>その具体事例が解同のサイトに載ってる事なんですね?
それはあんまし見てないです。
>>カミングアウトしても、誰もなんら不利益が無いことを
>>我々が証明できて初めて、差別問題が解消されたと言えるでしょう。
>そう云う不可能事を目標にするなら、何時まで経っても差別はなくならん
>だろうね。まあ基準の違いなんでしょう。
ここでは目標とは別に「解消」の定義の一部を示しただけです。
原理的にはこの定義は含むしかあり得ないでしょう。
他の現実との兼ね合いから、どの程度までを未解消を許容するか、ないし、解消のために労力を
割くかは、また別の問題としてあります。
ありますが、確かにおっしゃる通り、僕の考える解消が目標なんですけど。
>現世では不可能な事を
>目標にするのは、宗教団体と変りませんよ。
不可能なことを目標にすることは世の中ではよくあることですが?
ちょっと批判のポイントが判断できかねます。
-
>>1332
男女差別について論じられる時に良く言われるのが、性差の問題だよね。
「男と女は同権ではあるが同質ではない。」
ま、それはその通りだ、だから何?ということが多い。
上の発言は主として男女平等反対論者から出ることが多い。
確かに男女の性差はある。露骨な表現で済まないがチンコがあるか、マムコがあるかだ。
が、その性差ということに関して結構無頓着に結論つけている人が実は多い。
性差と呼ばれる物が肉体構造の差異から来る生物的なものなのか?
社会的な後付けとしてすりこまれたものなのか?
性差、といわれているが、本当に性差なのか?単なる個人差ではないのか?
よく日常の中で「女って……」「男って……」と発言する人が居る、私も無意識で言っていることも多そうだ。
けれど、その中で「はあ?」ってものも多い。
記憶に残るだけでも
「女って子供好きだろ」
→子供好きな男も居るし、子供嫌いな女も居る。少なくとも女である私は無条件に子供が好きではない。
「男は処女願望があるんだ」
→少なくとも私の知っている男性でこういう男は知らない。かっこつけてるだけだ、とか、ホンネは違う、という反論もあるが、「処女が面倒くさい」という方が圧倒的だし、自分が処女の当時を思い出してもそうだなあとしみじみ思う。
ちなみに喪女は基本的に処女だ。
勿論、統計的にその傾向が強い、というのはあるだろう。世のショッピングモールを見渡すと女の服を売る店の方が男の服を売る店より圧倒的に多い。
これは女の方が男よりより沢山の種類や数の服を求める(着飾る趣味を持つ)ということだろう。
けれど、それを以ってして女は皆着飾ることが好き、というのは違う。
矮小な例をあげてしまえば、私には弟があるが、私は裸じゃなければ良い程度のファッション音痴だが、弟はとてもおしゃれで、月に一度は一時間以上かけてお気に入りの美容室に行くし、しょっちゅうスーツを新調している。
男と女は同質ではない、という一見もっともらしい理屈に、実は、狭い範囲の決め付けや思いこみ、実情と異なることも多いのではないだろうか?
-
>>1336
ども、おひさ&横レス失礼。
私見ですが、「男らしさ」「女らしさ」ってのは、時代や地域によって変わると思うんですね。
例えばアメリカなんか、「男らしさ=マッチョ」「女らしさ=グラマー」らしいですから。
あと、ゾマホンさんの祖国のベナンなんか、太った女性が一番女らしいそうですし。
我が国だと「男らしさ=甲斐性がある」「女らしさ=上品でおしとやか」ですかね?
で、この「〜らしさ」というもので、何が違ってくるのか?
個人的に考えるに、決定的な違いは、
異 性 に モ テ る か モ テ な い か
だと思うんですな、これが。
男らしい男、女らしい女がモテるのは、おそらく万国共通でしょう(もちろん、それぞれ定義は違いますが)。
その証拠に、男らしくない男の典型である「アキバ系」は全くモテませんからね。
家にこもって、ウジウジしているような男を大抵の女性は嫌いますから。
逆に、女らしくない女・・・・例えば、田嶋陽子みたいな下品な女を大抵の男は嫌いますし。
で、こういった異性に対する好き嫌いの価値観は、我が国の風土や時代の変転によって、自然発生的に作られたものだと思います。
もちろん、今後、こういった価値観が変わる可能性はあると思いますが。
ただ、それはあくまで自然にやるべきで、権力を使って強制的に変えるのはいかがかと。
よく、左側の人が愛国心の強制に反対していますが(ただし自然発生的なものは肯定していますけど)、それと同じだと思いますね。
もちろん、『女らしく生きるなんて嫌!』というなら、どうぞご自由にと思っていますが。
ただし、
そ れ じ ゃ 男 に モ テ な い よ
という忠告は必要かも知れませんが。
ただ、それを社会(=男)に責任転嫁するのは間違ってますね。
喪女の道を選んだのは自分自身なんだから。
アキバ系の男が、モテないのを女のせいにするのと同じだと思いますよ。
-
うーん、たしかに、なんでも社会のせいにするのはどうかと思いますが、
結婚したら女は家庭に入るべし、と言う考えで結婚と同時に肩たたきをしたり、
結婚したらやめてもらう(←会社が「やめさせる」とは言わないのが汚い)から、女のほうが
若いうちに辞めるので、女を入れかわり立ちかわり採用したほうが人件費がかからないなどと
のたまったりという企業がいまだに多いっていう現状に関して言えば、
ある程度「社会のせいで女性に不利益を強いている部分がある」と言っていいのではないかと思います。
(↑うちの会社も含む、印刷業界の中堅企業以下は大体こんな感じです。恥ずかしいことですが。)
-
>>1338
どうも、おひさです。
で、ここでは女性側からでなく、企業側から少し考えてみたいと思います。
簡単に結論を言えば、企業にとって既婚女性というのは非常に扱いづらいのですよ。
既婚というからには、まず子供が生まれるという前提があります。
となると、産休や育休という問題が出てくる。
あと、子供が病気になったり、何らかのアクシデントにあった場合、仕事を休むことが多々あるでしょう。
そうなると、企業は業務に支障を来すわけですね。
企業はぶっちゃけた話、利益を追求する集団なわけですから、こんな事は許されないわけです。
では、その女性が育休を終えるまで、代わりの人材を入れればいいのか?
そう簡単に終わる話じゃないんですね、これが。
もし、その女性が職場復帰したら、代用人材は余っちゃうわけです。
まさか、その代用人材を解雇するわけにもいきませんしね。
つまり、企業にとって既婚女性を残すというのは、倍の人件費がかかってしまうわけです。
大企業は別として、中小企業にとっては、これは死活問題でしょう。
下手をすれば倒産してしまいますから。
じゃあ、国が全ての企業に補助金(人件費を完全補填)を出せばいいのか?
結論を言うと、ハッキリ言って無理です。
説明するまでもなく、確実に財政はパンクしちゃうでしょうから。
それを回避するには、大増税を実施するくらいしかないですが、そうなると景気が悪化して倒産する企業が続出。
一部の女性が喜ぶ代わりに、大量の失業者が溢れることでしょう。
特に、借金だらけの今の我が国で実施するのは、まさに自殺行為。
では、解決策はないのか?・・・・と考えると一つあるんですね。
別に法律を作って社会を変革しなくても済む解決策が。
それは、
専 業 主 夫 に な っ て く れ る 男 と 結 婚 す る
これです。
旦那に家に入ってもらって、子供の面倒を見るようにさせればいいんですよ。
で、自分は仕事に出て、バリバリ金を稼げばいい。
要するに、自分自身で解決出来る問題なんですよ、これが。
それに、金を稼ぐのが不得意な男なんか山ほどいるんですから(ニートなど)、現実的にも可能です。
まあ、『そんな能なし男と結婚するのは嫌!』って言うかも知れませんが、そりゃ単なる我が儘で。
一部の我が儘のために大多数に迷惑かけるのは、明らかに間違っていると思いますね。
というか、男には男らしさを求め、自分自身は女らしくしないというのは、どう考えてもダブスタですけど。
自分の我が儘を通すために、『社会が悪い!変えろ!』はまさに子供と一緒だと思います。
-
ただ、きょう日妻を専業主婦にして養っていけるだけの収入がある男も
そうそういないわけで、であるならば、結局のところ共働きとなります。
で、20後半から30代の既婚女性となると、やはり企業もなかなか採用しない。
(↑ここで採用されるなら、はじめから肩たたきなどされない。)
そこで、やむなくパートタイムとして再就職することになるわけですな。
そうなった場合、家庭に何かアクシデントが起こったとき、正社員のダンナより
パートタイマーの妻のほうが立場的に休みやすいので、いきおい女性が休暇を取って
家庭のアクシデントに対応すると言うことになります。
「主婦は男に比べ家庭の事情で休む」のは「結婚するとやめさせられる」からであれば、
「結婚するとやめさせる」のをやめれば「主婦は男に比べ家庭の事情で休む」ことは
なくなるでしょう。
でも、妻が結婚の際に会社を辞めさせられていなければ、どちらも正社員ですので、
妻がダンナと比べて休みを取りやすいという状況ではなくなります。
このときに合理的なのは「お互いの仕事の状態を考慮して、休めるほうが休む」
ということであり、そうあるべきなのではないかと思います。
-
あと、結婚して首を切った女性に匹敵する人材をまた一から育てるのは
実は非常に時間とコストがかかるのです。
特に、私が身をおく印刷業などは、専門の職能が必要になりますので、
使い物になるまで一年。(この間は、いてもいなくても…という状態)
仕事がある程度任せられるようになるまで一年。
結婚退職した前任者と同等の仕事ができるようになるまで一年。
少なくとも、結婚退職した前任者の穴埋めを新入社員で補おうとすると
三年はかかるのです。
(その退職者がベテランだったり主任職以上だったりするともっとかかる。)
てな理由から、結局のところ、「産休を取らせて、一年後に復帰させる」方が
企業にとっても負担にならないのです。
まあ、産休取られてる間、残されたものは少々大変な目にあうわけですが、
上記の理由から新入社員を入れても大変な目にあうのは変わらないわけで、
だったら、一年後にどうなるかわからない、未知数の新人を雇うより、
一年後に有能な社員が戻ってくるのが確実である「産休」のほうが
確実性という点で合理的といえます。
また、必要に応じて期間限定で派遣社員などを雇いしのぐと言う手も
あります。
-
この派遣社員で一時的に穴埋めをすると言うのはコツがありまして、
「編集だけなら任せろ」とか「校正だけなら任せろ」とかいうスペシャリストを
一時的に派遣してもらい、編集業務とか校正業務だけを丸投げするのです。
で、残されたものはその空いた時間で産休を取っているものの仕事の穴埋めを
するわけですな。
-
…ただ、わが社でもそうですが、現実問題として
「子供が出来たらやめさせる」という風習は残っているわけで、
そして、それは「女は子供が出来たらやめると昔から決まってる」
というレベルの考察しかせずに結論を出している経営者の判断で
起こっていることであるので、全く恥ずべきことだと思います。
私も今年から管理職となり、女性の(しかもかなり有能な)部下を持つ身となりましたが、
彼女が結婚する際に会社が首を切ろうとするならば、もしかしたら会社とけんかするかも
しれません。
それはフェミニズムの観点からではなく、彼女のような有能な社員を手放すことは
会社としてプラスにならないからです。
-
>>1337
おひさでーす。
>「男らしさ」「女らしさ」ってのは、時代や地域によって変わると思うんですね。
これには同意ですが。
>異 性 に モ テ る か モ テ な い か
うーん、これはどうなんだろう?「女らしさ」に関してはある程度当たってると思いますが、男らしさと異性にもてるはイコールではない、むしろ対立する部分が大きいのではないか?と思える点も多いのですが。
「ゴー宣」の最初の方に出ていた(記憶をたどって書いているので、正確ではないかもしれませんが)んですが、小林よりのりが高校生の時グループサウンズが流行って、その時よしりんは「ワシの時代が来た」と思ったそうです。
というのは、それまでいい男というのは「筋肉質・短髪・日に焼けた肌」だったのがGSの人気タレント達は「痩せ型、長髪・色白」だった、いい男の基準が変わったと。
まあ、高校時代のよしりんが当時のジュリーやトッポやアイ高野みたいな美少年だったかどうか疑問ですが、色白のやせっぽちだったことは事実のようです。(大学時代体重が40kg代だったらしいですし)
やせて色が白い、だけで(当時の)それまでのいい男の最低条件からは外れていた、しかしこれからは……と期待したんでしょうね、よしりん少年は。
ただ、これ読んで、ん?と首を傾げたのは、「筋肉質・短髪・日に焼けた肌」というのは男らしい(というか男っぽい)男だけれど、女性が好む男像かな、と思ったんです。
別にGS以前、それどころか戦前の美男俳優として女性に人気が合ったのも長髪はともかく色白痩せ型の「優男」タイプ、多くないですか?
筋肉もりもりで毛深くて力があって寡黙で無骨な、みたいなのが古いタイプの「男らしい男」だと思うのですが、女性にもてる男っていうのは、「色白痩せ型の優男風で、まめで話題豊富で気配りが出来てセンスの良い」というのは男女同権思想以前からあるように思うんですが。
「色男、金と力は無かりけり」なんてのも、それを揶揄しているような気がします。
-
そういえば、三丁目の夕日にこんなネタがありました。
マリリンモンローが流行して、太った女の子がもてはやされている中、
自分は痩せているのでぜんぜんモテないのがコンプレックスという
女の子がいて、いろいろ悩むわけですが、
ある日ツィギーが来日し、痩せ型が急にもてはやされるようになり、
今までモテなかったその子をみんなが振り向くようになった。
>>1344の話の女版だなぁ。
-
>>1344
どうもです。
>筋肉もりもりで毛深くて力があって寡黙で無骨な
要するに、藤岡弘みたいな男ですね(w
http://www.samurai-hiroshi.com/
確かに、男が憧れるのは、藤岡弘みたいな人かも知れません。
というか、男は基本的に「強さ」というのに憧れると思いますので。
板垣恵介という漫画家の作品で、「グラップラー刃牙」というのがあって、その中のセリフに、
男 は 一 生 に 一 度 必 ず 地 上 最 強 を 目 指 す
というのがあるのですが、当たらずとも遠からずかと。
2ちゃんの格闘技板、野生動物板、格付け板なんかで、『何が最強か?』と真剣になって議論していますし。
自身は最強ではないが、そういったものに自己投影しているんじゃないかと。
少なくとも、私にもそういったものはありますから。
これは、女性の感覚では、到底理解しがたいことだと思います。
おそらく、最強であれば生存競争に勝ち抜けるという、生物的本能によるものじゃないかと推察しますが。
で、話を戻しますけど、藤岡弘ほどじゃないですが、やはり肉体的に強い、スポーツマンタイプの男性はモテると思うのですよ。
私の個人的な感想ですが、中高生時代はやはりこういったタイプの男がモテました。
あと、凶暴なヤンキータイプも、結構モテましたね。
確かに、音楽系の連中もモテましたけど、どうも個人的には強烈に惹きつけられるようなモテ方じゃなかったような気がします。
まあでも、やはり一番モテなかったのは、アキバ系ですけどね。
そして成人してからモテるタイプは・・・・金を稼ぎ、頼りになり、気前が良く、決断力があって、引っ張っていってくれるような感じじゃないでしょうか?
外面的な男らしさよりは、むしろ内面的な男らしさに変わったんじゃないかと。
筋肉ムキムキなだけじゃ、女性を守れないですから。
つまり、実社会に適応した男らしさですね。
まあ、それでも、大人になってもスポーツマンタイプはモテているような気がしますがね。
というか、不思議なのが、なぜ女性はアキバ系をあれほど忌み嫌うのかということ。
確かに男性の目から見ても、少し不気味な感じはしますが、毛虫の如く嫌う必要はないんじゃないかなって。
電車男みたいに、いい奴も結構いるんですけど、アキバ系というだけで拒否反応を示してしまう。
つーか、世の人権家は、女性によるアキバ系の迫害と差別をなぜ止めようとしないんでしょうかね?
人権至上主義者のうろちい氏あたりに、ここら辺りを聞いてみたいところです。
-
>>1346
女版アキバ系ももてませんよ(笑)。
-
>>1346
>要するに、藤岡弘
うーん、私はイメージしたのはちょっと違いますね。
外見的にはこち亀有の両津で性格的には同じくこち亀の部長タイプでしょうか。
両津は性格はともかく外見は「男っぽい」ですし、無骨でたくましいです。でも女性にはもてないですよね、それところか婦警には嫌われている。
両さんはそれでも江戸っ子っぽい軽薄さがあるから魅力的なんだけど、それが部長みたいな面白みの無い性格だったらホントに魅力の無い男だと思うんですよ。
>>1347
前の方にも書きましたが、アキバ系といわれるオタクがもてない、それどころか嫌われるのは、彼ら彼女ら自身のせいも大きいと思うんだけれど。
いいやつもいる、のは事実だとは思うのですが、オタクは他者との距離感がダメダメなんですよね。外見に無頓着過ぎるとか(他人に不快感を与えないみだしなみは必要だと思う)自分の趣味の話ばかり夢中でして相手の反応考えないこととか(話し上手は聞き上手)。
あと、へんに自意識過剰で被害者意識が強いしね。まあ劣等感の裏返しなんだろうけど。自分の知識を披瀝が大好きなくせに他人には揚げ足取りばかりしてるし。
こういう人って付き合いたいですか?まあ、全てのオタクがそうだ、とは言わないけれど。
オタって付き合い辛い人が多いのは否定できない気がします、自分も含めて。
>人権至上主義者のうろちい氏あたりに、ここら辺りを聞いてみたいところです。
いや、私も結構人権派なんじゃないかと思うんですが。
オタクや喪男喪女を弱者認定するのは違うと声を大にしていいたい。
電車男もそうですが、モテナイ人を「不器用で誠実」とか美化するのって違うよ。
モテル人は努力してるんだから。モテナイ人は自分でモテナイ行動を選択(無意識であれ)してるんですよ。
-
>>1346
>つーか、世の人権家は、女性によるアキバ系の迫害と差別をなぜ止めようとしないんでしょうかね?
>人権至上主義者のうろちい氏あたりに、ここら辺りを聞いてみたいところです。
ま、少なくとも「女性によるアキバ系の迫害と差別」とやらを肯定する人権家(?)っての
はいませんよ、きっと。
だからといって、他の大きな「迫害と差別」と比べたらまるで大したことがないから現時点で
有限の労力を割くに至らないってことでしょう。
そもそも、この問題で侵されている人権とは?
だいいち、「アキバ系」本人たちが、戦う意志がない(あるの?)
この件を問題にしている 柏葉英一郎さん自身にもおそらく無い。
ちなみに僕は昔、中学の頃に「どんな人でも人間を全否定するような嫌い方をするのダメだ
よね」っていう作文を校内の話し方大会で発表したことがあります。
本件のアキバ系が毛嫌いされるのも、身なりや性格の問題を超えた弱い物いじめ的な
何か嫌なものを感じます。
それが何かはよくわかんないんですけど。
アキバ系が本当に弱いのではなく、蔑む側が勝手に強者のつもりでいるようなところが嫌なのかな。
不気味に思うだけ、と「キモ〜イ」と言いながら表立って相手を蔑み笑うのとは次元が
ちがうよーな気が。
だからってパレスチナ解放とかと同じとか半分の声で「アキバ系を迫害するな」って
人権問題として叫ぶのは少々イタイことだと思いますが。
ところで「人権至上主義」とは?
-
>>1339 柏葉英一郎さん
>別に法律を作って社会を変革しなくても済む解決策が。
>それは、
>専 業 主 夫 に な っ て く れ る 男 と 結 婚 す る
>これです。
専業主婦になってくれる女性と結婚するのと比べて同じくらいこれが容易な社会になると良いですね。
-
>>1349 自己レス
>本件のアキバ系が毛嫌いされるのも、身なりや性格の問題を超えた弱い物いじめ的な
「弱い物いじめ的」というのは、アキバが弱いんじゃなくて、蔑む側が勝手に強者のつ
もりでいるって意味です。
-
>>1349
ってか、アキバ系って女性に差別、迫害されてるんですか?
単にもてないだけで「差別だ、迫害だ」って言うんだったら、喪男喪女はみな被差別者ですよ(笑)。
「喪女救済法」として25歳以上で処女の女性は、カリスマホストと無料でデートできて初エッチできるよう行政に働きかけますかあ。
だいたい、アキバ系の男って容姿がかわいらしくて(萌え系)巨乳のオンナノコがアニメ声で「おにいちゃん♪」みたいな女求める割には自分ではなんら努力しようとしないじゃないですかあ。
だから、アニメやゲームのオンナノコしか相手に出来ないんですよ。
電車男がネタなのかリアルなのか、解りませんが、電車は少なくともエルメスの為におしゃれをしたりいいお店を探したりしたじゃん。
まあ、自分としては、電車男の面白さはネタだと思いつつもいつのまにかマジに乗ってしまって、でもネタだよ、と安心していた掲示板参加者の前に突然リアル電車アンドエルメスが現れて、出も実はそれも偽者で、でも本物の二人は本当に実在してるらしくって……みたいなリアルトバーチャルリアルの境目があやふやになるネット掲示板のゆらぎ、みたいなものを映像化して欲しい、それこそ電車男のテーマだ、と思うんですが。
かつての101回目のプロポーズみたいなもてないダサ男が誠実さだけで完璧な美女ゲット、みたいな安易な路線になっていやだなあ、と。でも、所詮ドラマとしてはそれが限界なんでしょうかしらね。
つーか、さえない男が気の利かないデブス処女ではなくて完璧な美女と結ばれるって設定自体が、女性差別じゃないですか?
だからといって「差別だああ」と問題にする気はないけれど。
-
>>1348
ども、今晩は・・・・で、
>外見的にはこち亀有の両津で性格的には同じくこち亀の部長タイプでしょうか。
両さんは言動があまりに下品なので、女性に嫌われているのだと思います。
というか、その下品さに対する免疫が出来ている女性にはモテてますからね。
それから、大原部長ですが・・・・さすがに彼を「男らしい」と思っている男性はいないんじゃないかと。
単なる「堅物」であって、男としての憧れの対象じゃないですね。
個人的にはそう思っています。
>モテル人は努力してるんだから。モテナイ人は自分でモテナイ行動を選択(無意識であれ)してるんですよ。
まあ、これはその通りですね、モテる男はそういった努力しています。
アキバ系は逆に、そういった努力は全くしていません。
ただ、それでも大半の女性が毛虫のように嫌っているのは合点がいかないんですな。
恋愛対象以前に、近づくのさえ嫌って感じで。
イカフライ女史の様に、アキバ系の実態を知っている人ならわかるんですが、むしろそうじゃない人の方が嫌っている。
この理由がいったい何なのか、男の私にはよくわからないですね。
それから、これとは逆に、よく女性(特に負け犬)が『ありのままの自分を受け入れて欲しい』とか言っているじゃないですか?
これって、よく考えるとアキバ系と同じじゃないかなと思うんですよね。
モテるための努力をしていないという意味では。
もしも、アキバ系が同じ様なことを言ったら、バカにされますし、滅茶苦茶叩かれるでしょう。
ただ、女性が言った場合は、あまり問題にならないと個人的には感じています。
これは、この国が女性に寛容で男性に厳しいのか、それとも女性を下に見て許容しているのか、どちらかはわからないですけど。
男女板なんかでは、前者を採っていますが。
日本で差別されているのは女性ではなく、むしろ男性である・・・・って感じで。
まあ、女性優遇の法律が多々ある現状では、当たらずとも遠からずって感じかも知れませんが。
フェミニストは彼らを基地外呼ばわりしていますけどね。
-
>>1349
ども、うろちい氏、おひさです。
で、ざっとレスを読んで、私なりに要約すると、
1.アキバ系問題は大した問題ではない。
2.アキバ系自身が戦う気がないので問題として取り上げない。
ということでしょうか?
まず1ですが、パレスチナのような生きるか死ぬかのレベルと比べてもちょっと・・・・。
むしろ、我が国の国内で起こっている現象ですから、在日や同和ぐらいと比べるべきじゃないでしょうか?
で、これはあくまで主観ですが、アキバ系は在日や同和より、はるかに忌み嫌われていると思います。
在日や同和を『不気味』『怖い』と思う人より、アキバ系を『キモイ』『近づくな』と思っている人(特に女性)の方がはるかに多いでしょうから。
それから、在日や同和は自分から告白しなければわかりませんが、アキバ系は見たままですので。
より迫害や差別の度合いは大きいんじゃないでしょうか?
まあ、ようわかりませんけど。
それから、2ですが。
これは要するに、在日や同和は大声を出して訴えているから差別問題として取り上げられた。
逆にアキバ系は、誰も声を上げないので問題として取り上げられない。
つまり、声の大小で差別になるかどうか決まる・・・・ということでしょうか?
差別と言い続ければ、いつまでも差別問題として扱われる・・・・と、個人的に思ったんですが。
逆に、在日も同和も『差別だ!』と言わないようになれば、差別はなくなる?
というか、誰も取り上げなくなってしまう?
なんか、ようわかりませんが。
>この件を問題にしている 柏葉英一郎さん自身にもおそらく無い。
はい、これはその通りです。
アキバ系が迫害から脱出するには、そのライフスタイルをやめればいいだけですので。
同様に、在日は帰化すればいいし(もしくは帰る)、同和は解同を解散して同和をやめればいいと思っています。
が、そうではなく、在日&同和というライフスタイルを尊重するなら、同様にアキバ系というライフスタイルも尊重しなければならないのでは?・・・・と、思うわけです。
同和に四本指を立てるのが人権侵害なら、アキバ系に『キモイ』と言うのも同じく人権侵害になるのでは?
少なくとも、私には両者に違いはないように見えますが。
>ところで「人権至上主義」とは?
まあ、私の勝手な命名です。
人権重視と言った方が良かったでしょうか?
-
>>1352
>ってか、アキバ系って女性に差別、迫害されてるんですか?
私は一種のネタ(?)というか、良い言葉が思い浮かばなかったので、そう言い換えたのですが。
大半の女性から毛嫌いされ、ゴキブリみたいに思われているのは事実でしょう。
前にも書きましたが、モテるモテない以前の問題で、存在自体が嫌悪の対象というか。
例えば、2ちゃんの女性が多い板(女性板、毒女板など)では、彼らに対する罵倒というか蔑みが溢れていますし。
『キモヲタ氏ね』とかなんとか。
というか、自分に批判的なレスに対して、すぐにキモヲタ(=アキバ系)認定するのは、2ちゃん女性の特徴ですが。
やはり、これから見ても、蔑んでいるのは事実じゃないかなと。
-
私が前日に書いたことが、リアルで起きてしまった・・・・。
「オタ」「きもい」──スタッフのブログ発言、企業を巻き込む騒動に
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0508/23/news037.html
言い出しっぺとはいえ、私自身、自分の書いたことが現実に起きるとは思っていませんでした。
うろちい氏の言葉を借りるなら、アキバも戦う気になったということか?
アキバを擁護する人権家も、近いうちに現れるかも知れません。
うろちい氏辺りがなったら、先駆者として歴史に名が刻まれるかも。
-
お久しぶりです。
100人切りの話題は、確かこのスレッドでしたね。
今日、遺族の名誉既存裁判が、「請求棄却」
という判決を受けました。
-
変換間違いのまま送ってしまいました。
言うまでもないとは思いますが、
名誉既存は名誉毀損です m(__)m
-
追加、問題のブログ(ミラー)
http://www.geocities.jp/hotdog_bolg/bloglog/1.html
http://www.geocities.jp/hotdog_bolg/bloglog/2.html
書いたのは若い女性のようです。
やはり、これを見ても女性が『キモイ』と毛嫌いしているのは事実のような気が・・・・。
>>1357
おひさです。
ただ、これは地裁での判決ですね。
高裁までいかないと、最終的な結果はわからないと思います。
例の「焚書事件」のときも、地裁では棄却されましたが、高裁でひっくり返りましたので。
-
>>1358
百人斬り。今の日本、地裁は左翼系が多いから高裁までいくとひっくりかえる
ことがありますから目が離せませんね。
-
でも、いちおう百人斬りの信憑性には疑問符をつけていた判決だと思う。
「当時の常識の範囲内での名誉毀損にはならない程度の誇張」の範疇だから、
名誉毀損ではない、と言う判決だと理解したんだけどなぁ、俺は。
だから、記事が名誉毀損にあたらないからといって、記事の内容が事実だとは
言い切れないと思いますよ。
逆に、名誉毀損にあたるとされるのであれば、記事の信憑性自体が疑わしい
と言うことになるとは思いますけどね。
-
(i) 本件日日記事は, 両少尉が浅海記者ら新聞記者に「百人斬り競争」の話をしたことが契機となって連載されたものであり, その報道後, 野田少尉が「百人斬り競争」を認める発言を行っていたことも窺われるのであるから, 連載記事の行軍経路や殺人競争の具体的内容については, 虚偽, 誇張が含まれている可能性が全くないとはいえないものの, 両少尉が「百人斬り競争」を行ったこと自体が, 何ら事実に基づかない新聞記者の創作によるとまで認めることは困難であること, また
(ii) 被告本多において両少尉が捕虜を惨殺したことの論拠とする志々目彰らの著述内容についても, これを一概に虚偽であるということはできないこと
2) さらに, 原告ら主張に係る不作為の継続的不法行為は, 被告毎日による本件日日記事の発表という先行する作為が違法であることを前提として, その違法状態を是正しないことをもって不法行為の内容としているものと認められるから, 当該作為である本件日日記事の発表が終了した日をもって民法724条後段の除籍期間の起算点とすべきであり, 本件日日記事の発表は, 遅くとも 1937年12月13日に終了しているから, 同日から 20年をはるかに超えた本訴提起の時点においては, 同条後段の除籍期間を経過したものであると認められる.
-
要するに、
>「百人斬り競争」を行ったこと自体が, 何ら事実に基づかない新聞記者の創作によるとまで認めることは困難である
>被告本多において両少尉が捕虜を惨殺したことの論拠とする志々目彰らの著述内容についても, これを一概に虚偽であるということはできない
→嘘と断定できない以上、名誉毀損であるとも断定できない、ということですね。
嘘であると断定できないと言うことで名誉毀損を棄却する条件を満たすので、それ以上の判断(真実であると断定できるか?について)は
判断しないと言うことです。
名誉毀損であると証明するためには「真実性が疑わしい」と言うだけでは不十分で、「虚偽誇張であると断定できる証拠」が無いといけない
と言うことになります。
>連載記事の行軍経路や殺人競争の具体的内容については, 虚偽, 誇張が含まれている可能性が全くないとはいえない
→きちんと、虚偽・誇張の可能性も示唆しています。
また、
>本件日日記事の発表は, 遅くとも 1937年12月13日に終了しているから,
>同日から 20年をはるかに超えた本訴提起の時点においては, 同条後段の
>除籍期間を経過したものであると認められる.
→除籍期間ってもんがあるんだから、いまさらこんな古い話を司法の場に持ち出されても困る!
ということですね。
おそらく、控訴時にたとえ「虚偽であることを証明する科学的証拠」が提出されたとしても、
除籍期間が過ぎていると言うことを理由に棄却されるのではないでしょうか。
であれば、この記事の真偽を司法で判断することは今後ないのではないでしょうか。
むしろ、歴史研究家の手にゆだねられることになると思われます。
-
It is not who is right but what is right that is important.
ですな。
でも、現実にはなかなかそういうわけにはいかんよね。
例えば、
「金があれば何でもありじゃあないんだ!」
って言うのを、星野SDが言うと「そりゃまあそうだなぁ」となるけど、
ナベツネが言うと「お前が言うなお前が」となるもんな。
-
>>1364
誤爆(ノ.ー;
すんません。
-
>>1357
吉岡さん、お久しぶりです。
>>1356 >>1359
柏葉さん。
一人の女性がブロフで言ったからとして、それは必ずしも若い女性の共通認識の証拠にはならないですよ。
>アキバも戦う気になったということか?
いや、これは「客」という強い立場に甘えているだけでしょう。そもそも最近のオタクは甘え過ぎなんです。「きもい」といわれたくらいでガタガタ言うならタクなんてさっさと辞めろ。
例えばおもちゃ博物館館長の北原照久氏や評論家の唐沢俊一氏を「きもい」という若い女性っているでしょうか?あまり聞きません。
けれど、彼らはおたくなんて言葉も概念も世間にぞんざいしていない頃からおたく道を貫いて後、今日も姿があるわけですよ。
そもそも20年前は「マンガやアニメが好き」→20過ぎてそんな小さい子供がみるようなものが好きなの?
んなもんでしたよ。
おたくが世間に認識されておたくは堕落した。クリエーターからただの消費者に成り下がったんですよ。
昔かたぎの言い分としては、おたくよ、もっと迫害弾圧されろ、それでこそよいものが出る、と思ってるんですが。
で、おたくを同和や在日と一緒にするのはすりかえでは?
同和や在日はその立場を選んで産まれたわけではないですが、オタクは選んでその立場になっているんです。
また、おたくであるだけで「きもい」「暗い」と呼ばれるのではなくて暗くてきもいやつが圧倒的に多いからそう言われるわけですよね。
オタクな趣味を貫きながら、きちんと社会性持てばいいだけのことでしょ。
風呂入って髪切って清潔な服を着て、人の目を見てはきはき話す。
これだけで違いますよ、で、この程度のこと、社会人なら当たり前でしょ?
そういえば、昔「おたくを矯正するのは社会の荒波だ」とよく言われてたなあ。
-
>>1362
つまり、「嘘とも本当とも言えない」ということと、「時効と言える」という
ことを書いています。
で、本多氏は「百人斬りは揺るぎようの無い歴史的事実だ」と言っているけ
ど、裁判所はその本多氏の主張とは違って「本当とも言えない」としている。
ただ、この裁判長は福岡地裁判事のストーカー妻事件の時の福岡高裁の関係者
で、この事件によって裁判所が県警によって捜査されたために経歴が傷ついた
人です。そして地裁レベルでは事実認定にあえて踏みこまない傾向がある、
そしてこれで原告を勝たせたらまた騒動になって経歴が傷ついてしまうという
ことでこんな判決を出したのでしょうね。
判決文には書いていないですが、この記者と行動をともにしたカメラマンが
高齢をおして「あの記事は創作だった」と主張しているのは無視しています。
一方講演会を聞いた人の証言は判決文に書いているというアンバランスな点が
見えます。
吉岡さんも原告の訴えが退けられたという点だけではなくて、わざわざ書くなら
ここまで考えた方がいいでしょう。
-
うむ。
オタクとしてではなく、一個人として宅八郎はキモイってことですな。
確かに、宅八郎があのまんま会社員とか大工とか雑貨屋の店長とかやってても
キモイもんな。
逆に、速見もこみちあたりが家にドラマやアニメのDVDしこたま持っていたり
プラモデル作るのがムチャクチャうまかったりしても、別にキモくないしなぁ。
-
>>1338-1343
女性と仕事について。
一方で「託児所を増やせ」という意見があり、一方で「専業主婦を貶めるな」という声がある。
(後者に関しては、それだけならまあ良いが、そこから女には高等教育も経済進出もいらない、といった女性差別的見地になりがち、まあ劣等感の裏返しと思えるものが大きいが)
どちらも現状に即していないな、と思える。
託児所の予算もそうだが、今の企業の現状で正社員として働き続けると考えると、単に託児所だけでは不充分すぎる。
実際、ウチの弟の会社は男女平等というか雇用均等法以前から同一賃金だし女性管理職も多いらしい。
けれど、平等ということは仕事も平等ということなんだよね、サラリーマンはほぼそんなものだと思うけれど、定時にながれることは数える程度、転勤も出張もある。
ウチの弟の部下の女性も3歳のお子さんを保育園に預けて働いているけれど、お迎えの都合でぎりぎり6時半が退社のリミット。ご主人も彼女の仕事には協力的なんだけれど、向こうだって仕事はある。
管理職が多い、といっても、そういう女性は、殆どが独身だったり、既婚でも小梨だそうだ。
保育園があっても子供が熱を出したら預かってはくれないし、逆に小学校に入ったらどうするか?
学童保育とかあるにせよ低学年の頃は習い事の送り迎えも必要だろうし。
そう考えると、ある程度時間が自由になる、比較的休みが取り易いパートタイマーにならざるを得ない(パートだからってそうそう休めるもんじゃないが)。
公務員が共働きが多いのは、仕事や人員に余裕があるからなんだよね。かといってすべての企業の待遇を公務員並に、とか言ったら確かに潰れる会社、ぞっくぞくだ。
(その良し悪しは別として日本の経済発展は「働きすぎ」が支えてるんだよ今でも)
一方は経済活動をメインに行って一方は家事や育児を中心に行う、というのは、少なくとも今の日本の現状に即した合理的方法であることは事実なんだよな。
ただ、問題は、家庭労働を担うのは女性と決め付けること、家事は仕事より低い、という意識、この二つだろうね。
この認識を代えるのはなかなか大変だと思う、思ったより根強いからね。
-
まあ、例外的ではありますが、うちの会社には高校生の子がいる
お母さんが課長をしている部署もあります。
(おそらく今は大学生か社会人になっているでしょうが)
残業もバリバリやって、正月にはノーパソもって帰って仕事して、
子育てもすると言う、すごい離れ業です。
コンサバなうちの会社にしては思い切った人事なのですが、
その人はそれなりに成果も挙げているようです。
-
>>1368
宅八郎って今イケメンに変身して新宿のホストクラブで働いているそうですね。
いやいや、その辺をマスコミで取り上げて欲しいな。
「いかにして私はキモいオタを卒業し、イケメンホストに変身したか」
電車男なんかよりずっと役に立つんじゃない?
電車男と言えばこんなの見つけました。
キモいものはキモい。
http://web-davinci.jp/contents/tamao/contents/20050802.html
いやー、いいっすね、さとう珠緒サマ(サマ呼ばわりしちゃいます)。この人、あまり良く知らないんだけど、この文章でファンになっちゃいました。
でも、オタ系の男には好かれないでしょうね、こういう女性って。
-
>「オタクもいいかな?」って思った時期もあったんです。オタクというか、繊細すぎてネガティブな人。暗すぎて、あまり上手に笑えないような……。「ああ、この人に笑ってもらいたい!」って思っちゃったりして。それで少しがんばって献身的になるんですけど、まあ、すぐ飽きちゃうんですね。最後は「バカじゃないの!?」と気付いてしまって恋が終わる(苦笑)。
>間違ってました、私。今ならはっきり言えます。キモいものはキモいんです! 「萌え〜」ですって!? もう一回、言わせてください。キモい!
> 「女の子はこうじゃなきゃいけない」という幻想に捕らわれすぎてる人が多すぎ。しずかちゃんみたいな女の子なんて絶滅しかけているのに、相変わらずのび太の願望そのまんま。統計なんて取ったことないけれど、私センサー的には日本はロリコン汚染が広がりすぎです。もう、キショい!
このあたり上手いところついてますよね。
オタと付き合って苦い想いをされたのでしょうか? 珠緒サマ。
「繊細すぎてネガティブ」ここがポイントっすよね、この繊細さが決して他者に向けられることが無いのが、オタに限らず繊細過ぎる人の特徴です。
「自分が」傷ついた、「自分が」こんな酷い事を言われた、「自分が」「自分が」しかない。繊細な自分と比べて他人は鈍感だから自分を傷つけると思って、そんな鈍感な他者には何をしても良い、と思ってる。
自分が傷つくのだけがいやだから、「女の子はこうじゃなきゃいけない」という幻想にしがみつく。
2ちゃんで「非処女は中古肉便器」とかカキコミまくってるイタイ厨房も、このテだろうなあ、と。
-
繊細すぎてネガティブねぇ…
ナイーブなボクちゃんは傷ついちゃったぞぉ。
ボクちゃんを傷つける悪い奴は誰だぁ?
…おるおる、そういう奴。
仕事しくじった奴をどやしつけたら、
「何でそんな言い方するんですか。私だって人間だから、心があるんですよ!」
なんていわれたことあるわ。
そんで、私も人の上に立つには若いので、
「手前の失態を謝りもせずにその言い草は何だ。迷惑をかけた自覚は<以下略」
と、そいつをなだめるどころか叩きのめしてしまったもんだからorz
…苦い記憶がよみがえってしまった。
まあ、良い経験でした。
-
>>1371のブログから
>私、昔からオタク系からは好かれないんです。
>グラビアっぽいことをしていても、そういうファンがつかなかったんです。
>戦隊モノやっていたのになあ。
>歴代ピンクは人気あったのになあ。私だけダメだったみたーい。
>でも、秋葉系の人たちは見る目があるって証拠ですよね。
…自爆しとるがな。
でも意外だなぁ。あのルックスで戦隊物やってたなら、
小さなお友達よりも大きなお友達にうけそうな気がするんだけどなぁ。
(わしが小さい頃、ピンクは頭数そろえの添え物だったので好かんかった。
子供にとっては、強いか弱いかがすべてなので、小さいお友達に人気がない
のはしょうがないんだけど…唯一例外がモモレンジャーで…<以下オタ自粛)
あと、さとう珠緒のTVでのキャラクターって「萌え〜」と同じくらいキモイ
と思うのは俺だけ?
今更無理かも知れんけど、もうちょっと素のキャラに戻したほうが良いと
思うんだがなぁ。せっかく美人なんだから。
-
佐藤くらい乳があれば、前科者だろうが朝鮮総連のくの一だろうが、喜んで金出すな。
-
「キモい」というのは悪いことなんだろうか?
「キモい」と感じるのは、差別とか言う前の、もっと感覚的、反射的なものなんだよね。
例えば、私は虫とか蛇とかの類って結構平気なんだけれど、人によって、特に女性はキャアキャア言っていやがる人、多いよね。
ああいう感覚っての。鉢植えに毛虫がいたら「キャア、イヤー」とか、あれ。
これと一緒にしては非難されるかもしれないけれど、「○○は気持ち悪い、穢い」という感覚、それがどこから出るんだろ?
○○に「黒人」(あまり日本では一般的ではないかも知れないけど)とか「部落民」とか「障害者」とかいれると、それは「差別」になる。
けれど、感覚的にそう感じる人は必ずしも差別者なんだろうか? また、だとして「差別だ」と糾弾すれば事足りるのだろうか?
-
例えば私は「エッタはきたない」とは思わない。
これは私が差別心のない立派な人だ、と自慢するわけではなくて、そもそも「部落」とか「部落民」というもの自体、良く解らない。
いや知識では知っていても、感覚的ピンと来ないんだよね。あの人は部落だ、とか言われたとしても、別に見た目も変わらないし、話し言葉もなんも同じだし、出身地の住所がまあどこだろうが、東京以外はみんな田舎くらしか感じないし(あら、地方差別?)。
そう考えると、社会的スリコミってやつなのかな、とも思うが。
例えば、電車やバスに乗っていて。
隣に顔が崩れたような、顔面の半分がひどいやけどの跡がケロイド状態になっていて目鼻の区別もつかないとか、顔中に縫い後があったりとか、大きなこぶがいくつもあって、それが目鼻を押しつぶして変形させていたりとか。
そういう人が隣に座ったら「気持ち悪い顔」と思う人、多いんじゃないだろうか?というか、私だって感じてしまうと思う。
で、その場で幼い子供がいたら、どうだろう?怖がったり、泣き出したりするんだろうか?
そう考えると、生まれつき、というか、感覚的と言うか、生来人に備わっている感覚なんだろうか?とも思う。
-
うちの会社に、ひどいアトピーで顔が赤黒く変色し、ゆがんでいる人がいる。
(島田荘司のアトポスに出てくるアトピー患者ってこんな感じか?)
今はさすがに慣れたが、はじめてみたときにはギョッとしたなぁ。
-
>>1371
これ、ちょっと雑談なんだけど。「電車男」って流行ってるの?
「冬ソナ」ブームは作られた、と良くネットで言ってるけど(それに関しては、ブームなんて多かれ少なかれ仕掛けて作るもん、あとは当たるか当たらないかだ、というのが私の考えなんだけど)
「電車男」ブームこそ作ろうとして作りそびれてる、って気がしてしかたないんだけど。
てのはさ、「電車男」そのものの本(あの、スレまんま乗っけただけで1000円とってるヤツ)をはじめとして関連本も出て平積みされてるし、マンガや映画やドラマにもなっているけど(マンガに関しては3作同時連載だっけ?)
実際に人々の関心はスゴーク薄い、ってのが私の実感なのね。
雑誌でも「スパ」をはじめとしたオヤジ系雑誌では結構取り上げられているようだけど。
女 性 向 け の 雑 誌 には全くといって良いほど取り上げられていない。
「電車男に見る恋愛の形」「あなたの電車男を探そう」なんて女性誌の釣り広告で見たことありますかあ?
あれこそさ、少子化対策の為に女に縁のないオタク男と負け犬予備軍の女性をくっつけようとする政府の陰謀じゃないか?と、陰謀史観を借り巡らせてしまう(いや、あくまでジョークっすよ(^^ゞ)。
-
いい加減、「アストロ」から離れろと言われそうですが、このスレに関係あることをちょっと思ったので。
よく昔のマンガに関して「今はやばいだろうな」ということを言われます。
「アストロ」もドラマ化をきっかけに30年ぶりで読み返しているのですが、そう感じさせるせりふや描写がいくつか見受けられます。
「このドメクラが」「かたわになりたくなければ」「しょせん、女のやることだ」等。
これは「アストロ」が得に問題が多いということではなく、私が子供の頃読んだ少年マンガには、よくあった。
その頃読んだものは、ほとんどが床屋やゴミステ場にあった雑誌や貸本屋のもので、今ひとつひとつ検証することはできないが。
「巨人の星」や「あしたのジョー」の時代の少年漫画は、今の感覚でいけが、暴力礼賛、女性蔑視、差別的言質がかなり多かったと記憶する。
なにせ梶原一騎が原作者よして君臨していた時代ですから、そうそ的外れの見解ではないと思う。
で、良く、メディアのある作品が批判されるときに青少年の影響っていわれるが。
これらの時代にマンガ読んで育った少年たちが、大きくなって「暴力礼賛、女性蔑視、差別的視点」の強い大人になっているか?
今の40代のおっさんたち見れば、その回答は一目瞭然でしょうが。
確かに子供は、判断力に乏しいし経験がない分影響はされやすい。
小学生の頃「ライダーキック」とか真似してたのはウチの弟だけではないだろうし、「太陽にほえる」見て大きくなったら刑事になりたい、とか言い出した子供も多いだろう。
そういう点では、確かに影響される。
けれど、すぐ影響される反面、冷めるのも早い。
冷める、というが、子供は日々変化を学んでいく(と言うか、学ばざるを得ない)のでこの間までライダーキックをしていた男の子も、ショっカーもライダーも所詮子供だましの幻想の世界にしか存在しないことを知る。
刑事と言う職業がどんなものか(少なくとも「太陽にほえろ」ではないことを)知る。
しかし、じゃあ、メディアの影響はまったくないか?といえば、ある。
ただし、これは子供よりむしろ大人に大なんではないだろうか?
-
一時期、みのもんたのテレビで「ココアが良い」と言ったので、店頭からココアが売り切れになった、と話題になったけれど、こういうことはホンマ良くある。
健康番組とか医学番組って、何が良いだのなにが悪いだの言われると、すぐ買いに走る人は、思っている以上に多い。
ドラマが作り事だとわかっているけれど、上記のようなバラエティ系報道番組(っていうのかな?)には大人は見事にはまる。
子供番組と比べれば作りはうまいのかもしれないが、いい加減、テレビもさんざ見慣れてやらせにも敏感になっているはずなのに。
これは、ウソやヤラセではないけれど、一部の極端な例を取り上げて、それをさも全体のように思わせる手法って野言うのはテレビには結構ある。
初歩的な方法なんだけどね。たとえば、今の女子高生はこうだ、みたいなファッションを取り上げる。
確かに、渋谷を歩けばそういうコもいる、けれど、近所にはそういう格好のコはいない。
女子高生の中に一部そういうファッションをしているコがいる、それは一校に一人かもしれないし、10校に一人かもしれない。
けれど、それを取り上げればそれが大半だと思うんだ。
お前は自分の目よりテレビを」信じるのかよ、いい大人が、と思うが、いい大人だから信じるんだな。
-
「大人ってどうして大人じゃなんだろ」って思ったことが無い大人がいたとしたら、その人は、よほど自分も周囲も大人な人間んばかりの非常にハイレベルは環境にいるか、じゃなけれはよほど鈍感なヤツだ。
大人がなんでも知っているか、というと大嘘で、さして物知りでもない私が「なんでこんなことすら知らないのだ、なんてこんなに考えが浅いのだ」と思う大人はゴマンといる。
けれど、大人はアホでも大人の顔をしなくてはならない。
知らないことでも、わかっているようなふりをしないとならないのだ。
だから、テレビで言われたことをさも真実のように「知ったふり」をする。
そして、そのふりがいつしか「真実」になってしまう。
大人こそ、テレビの影響を考えないといけないのかも知れないな。
-
>一部の極端な例を取り上げて、それをさも全体のように思わせる手法って言うの
>はテレビには結構ある。
テレビがよく使う先鋭化の手法ですね。
宮崎勉が犯罪を犯した時は「オタクは危険だ」のような意見とかありましたね。
少年犯罪があった時は「現代の子供はキレやすい」とか(「キレる」という言葉
を真剣に取り上げているのは笑えましたが)。
派手さで売るというのがテレビにはありますからね。見向きしてくれないと困る
ので嘘でも言いから派手なことをいう。
マスメディアが発達した現代社会では情報が氾濫しているために、一つ一つ
の情報を吟味することが出来ないたに、視聴者は「テレビの言うことを鵜呑
みにしてしまう」というのがありますね。テレビが言うから嘘じゃないだろう
と。それについては子供も大人も無いような感じがします。
-
そういう意味では、NHK職員のたった一人が
仕事のストレスから個人的に放火したからといって、
NHKそのものに抗議が行ってしまう風潮は
どうかと思いますねぇ。
-
>>1384
貶めたいという願望があるのでしょうね。大企業に対しては。
-
唐突にまとまりのないことを書きます。(まとまらないのは、毎度ですが)
最近、傷つきやすくなっている人って多いのでしょうか?
70年代のマンガの話を前レスで書きましたね,繰りかえしになりますが,あの当時は今の感覚では問題視される表現や内容が多かった。
これは、マンガそのももの問題と言うよりは,社会全体の雰囲気だったと思います。暴力礼賛やさまざまな差別がまだまかち通って来た。
それが段段に時を経て解決された、それはまごうことなく良いことだと確信しています。
いわれなき差別で苦しむ人がいるよりいないほうがいいに決まっています。
それは良いのです。
ただ、最近の状況(というのは漠然としていますが)を見ると,あくまで私の実感として,あまりにも平等や人権があたり前過ぎて,耐えたり,乗り越えたりする力が弱くなってきていないか,と感じるんです。
-
上手くまとまらないのですが、ぼちぼち書いていきます。
>あまりにも平等や人権があたり前過ぎ。
ここではさんざんいわれている繰り返しかもしれませんが、人間は同じ機会を与えられたとしても,同じ結果にはならないものです。
そして、その結果によって当然差がつきます。
特にわかり易い例として受験をあげますが、同じ学習塾に通って,同じ授業を受けても,東大に入れる生徒と,入れない生徒も居ます。
この差がどこからくるのか?いろいろなケースが考えられますが,あえて二分化すると外的要因と内的要因があると思います。
怪我や病気をした,家庭内で問題がおきた,等々、これは外的要因です。
勉強をサボってしまった,もともと記憶力や理解力が低かった、これは内的要因です。
ここでは二分化していますが、どちらとも言えない微妙なケースはありますね。
適切な例かどうか解りませんが,恋人にフラれた、フラれるというか、恋愛が上手くいかずにその精神的な動揺から受験勉強見身が入らなくなったような場合。
(受験生は恋愛ご法度,はんて古臭いことはここではナシね)
恋愛というのは受験勉強中心に考えれば外的要因のように見えますが,恋愛を成就させるかどうかは,本人同士にかかってきている部分が大きいのではないでしょうか?
特に,過去に比べて恋愛の軋轢が少なくなったこの時代には,親の反対で引き裂かれたというケース(がないとは言いませんが,ここではそれはない、と仮定します)よりも、自分達自身の要因が大きいように思えます。
ここで、彼女にふられたせいで勉強に身が入らずに東大に落ちた,ということをどう解釈するか?
受験と恋愛を両立できなかった自分が未熟だったとか。
受験のプレッシャーを相手に押しつてけその結果,解れることになってしまった、やはり己の未熟さだ、とか。
そういうように考えられれば人間は成長すると思うのですが,どうも、そうではなくて、それをなにかのせいにする、例えば元恋人だったり、または受験に成功し恋愛も続けている友人だったり,もっと進むと漠然と今の社会のせいだったりにする人,増えていませんか?
別にデータがあるわけではなく、あくまで私の推測なんですが。
で、せいにする、と同時に感じるのが被害者意識の強さです。受験にも恋愛にも失敗した自分は弱者である、被害者である,みたいな。
あまりにも簡単におのれを弱者認定しすぎるように思える。
-
>>1386
差別に弱くなる。日本だけかなと思ったのですが、他の国でもありま
すね。アメリカだと人種差別とかにえらく厳しくなっていますし。
平等でなければならないというのはどこの国にも建前として存在して
いますので、豊かになって余裕が出てくると世の中は反差別に動きやすく
なるのでしょうね。
表現に関して言えば悪いイメージを流布されないように自主規制という
のが一番の原因かなと思います。
-
>>1388
> 差別に弱くなる。
まず、言っておきますが,私は「根性」とか「精神論」とか大嫌いです。星一徹式教育とか,ぺっぺっぺどぶに捨てろ,とか」思っています。それ、念頭において読んでください。
「自分らしく」とか「ありのままの自分」って言いますよね。
これって本来は,偏狭なカテゴリーに押し込めず個々の適正や資質を受け入れ伸ばすという意味だと思っていました。
例えば,「男の子はスポーツや格闘技、メカが好きなもの」「女の子はお人形やケーキやおしゃらが好きなもの」みたいな区分けがある中で,花やメークや編物などいわゆる女の子的なものに深い興味を示す少年がいた場合
「もっと男らしいことしなさい」「オカマみたいだ」などと言わずに,その少年の興味を伸ばしていくというような(実際,上に挙げたようなジャンルで活躍されている男性は,周囲のそういった理解があって今日の成功がある方がおられます)
ただ、最近、「自分らしく」がそういうこととは違った意味で使われているような気がして仕方ないんですよね。
人間って努力するのって大変だし,出来れば楽したい。でも、目的の達成するためには努力しないとダメなことってあります、受験でもスポーツでもなんでもそう。
でも、努力したくない怠けたい自分を容認して欲しい,みたいな。
「自分らしさ」が努力したり頑張ったりしない、無気力の言い訳になっていないかしら?
そんな風に感じるんです。
-
>>1389
「何でも許容できるものなのか」ということですよね。
「社会に「甘え」がはびこっているのではないか」ということですかね。
自由だ、被害者だという聖域に隠れて。
-
>>1390
>「社会に「甘え」がはびこっているのではないか」ということですかね。
甘え,といいきってしまえるかどうかは、解らないのですが。
打たれ弱くなっているのかなあ、と感じるんです,老若男女問わず。
これはいろいろな問題とかかわっているような気がします。
これについては、いつになるか解らないのですが,自分のブログを作る予定ですので、そちらに書きたいと思っているんですが。
深くてなかなかまとまりません。
-
>>1391
>>1386以降を見て思ったのですが、何かあったのでしょうか?
自主規制の要求される基準が更に厳しくなったとか。
-
なんか、全肯定か全否定かの2択というのがいかんと思うんだよね。
差別を認めないのであれば、運動会のかけっこで差をつけるのも認めちゃいけないとか、
運動会のかけっこで差をつけるのを認めるのであれば、差別主義者であるとか、
そういう極端な方向に走ると、おかしなことになるんじゃないかなぁ。
先に出ている根性論にしたって、根性論を認めない=根性なくてもOK!みたいに
誤解する人が出てくると困る。
単に「根性さえあれば何でもできる」訳ではないと言っているに過ぎないのだが…
-
>>1392
>何かあったのでしょうか?
いえ、個人的なことです。
-
次の差別は差別反対とともにやってくる(次のファシズムはファシズム反対とと
もにやってくる)。そんな感じですね。
-
さて、K看護士の件ですが
僕はいろいろな人をつたって解放同盟関係の人からコメントを得ようと試みました。
他はことごとく失敗に終わりましたが、1つだけ面白いコメントを得ることができました。
コメントをしたのは解放同盟本部に批判的な解放同盟全国連合会の支持者です。
曰く・・
K看護士は差別の問題を主体的に考えていなかったという点で批判されるべきである。
しかしながら、解放同盟(本部)は今回のような些細とも言える事象をめざとく見つけこれ見よがしに
糾弾会を行い、自己目的化した自らの力の拡大に利用してきた歴史がある。
今回のK看護士の件もその例に漏れないようだ。
・・・そういって過去の他の例も挙げて怒ってたそうです。
みなさん、このコメントどう思われます?
以下復習の為に問題の解放同盟のページを抜粋-------------------
差別を認め謝罪
「四つ足の動物以下」と説明
行田市の病院内で看護師が
「解放新聞」(2005.2.28-2208)
【埼玉支局】県連は、昨年12月20日、行田市地域交流センターで「村越メディカルクリニック差別事件」の糾弾会をひらいた。
自分のなかに偏見があった
この日の糾弾会には、行田市からは、横田昭夫・市長をはじめ市の幹部職員など42人が出席。解放同盟からは片岡明幸・県連委員長ら116人が参加した。
差別をおこなったK看護師は、「同僚の看護師や同和地区の人たちに大変申し訳なく思っている」「同和問題や差別問題に無関心だった」「市の研修会をとおして、差別される人たちのつらい思いや悲しさを知ることができた」と語り、謝罪した。また、「同和地区の人たちは、自分たちとはちがう人たち、程度の低い人たちと、自分のなかに偏見があった」とのべ、「今後、差別をなくしていくために努力していきたい」と語った。
さらに、K看護師は、18年前から行田市に住んでいるが、「これまで一度も研修をうけたこともなく、医療機関でも一度も研修をうけたことがない」と話した。
なお、「同和問題をどこで知ったのか」という質問にたいしては、「誰かははっきり憶えていないが、行田市に住んでから近所の人か、看護師さんに聞いた」と語り、「その時の印象が強くて、その後、間違った認識のままきてしまった」とのべた。
行田市の横田市長は、「研修会や啓発活動を見直し、人権宣言都市に恥じないように努力をしていく」とのべた。県連は、「市として、今回の事件の受け止め方と見解を、あらためて文書で示してもらいたい」と要請した。
片岡県連委員長は、「偏見を植え付けられるのは簡単だが、一度植え付けられた偏見を消すのは容易ではない」「医療機関で研修がおこなわれていないことをあらわした事件だ。地元の医師会や県の医師会など関係機関に問題提起していきたい」と語った。
行田市・村越クリニック差別事件の概要
この事件は、昨年7月に同医院で患者の一人が、診察を終えて先に帰った男性患者にたいして、4本指を出す行為をおこない、看護師の一人が先輩のK看護師にその意味を尋ねたところ、「この辺の人は、M地区の人にたいして4本指を出して合図するんだよ」と教え、「四つ足の動物以下という意味だそうよ」と説明した事件。説明したのは、行田市に住む47歳のK看護師。
-
どうも、うろちいさん。
>みなさん、このコメントどう思われます?
どうって、まあ、もっともだなあというか、まっとうだなあと。
>K看護士は差別の問題を主体的に考えていなかったという点で批判されるべきである。
これって、この看護師さんが、「四つ足の動物以下という意味だそうよ」との事実報告のあとで
「でも、そういう差別はいけないことよね」と言えばすんだことなんでしょうね。
問題に関わっている人には、確かに大きな関心なんだと思います。
ただ、うーん、それよりも、このコメントでも言っているように些細な事を取り上げて力の拡大に利用している事が、開放同盟が批判される一番の問題ではないのでしょうか?
開放同盟の問題は、組織と言うもののもつ問題性ってのがあると思うんですよね。
部落差別は完全になくなったとはいえないにせよ、かなり解消されてきた。
これについて異論を挟む人はいないと思います。
差別を解消するために作られた組織はそうなれが当然縮小していく筈です。
ところが、一度、出来てしまった組織を縮小していく事は難しい。
特に趣味やボランティアのサークルのように他に仕事や生活基盤を持っている人の集まりならともかく、構成員がその組織に生計を依存する場合は、余計です。
そうなると、いつの間にか、目的が当初と変容していき、差別をなくすための組織から組織を維持するための組織になっている。
笠井潔の小説「バイバイエンジェル」の中で、「革命は成功した瞬間から腐敗する」というフレーズがあったんですが、それにあたるのかもしれません。
宗教団体とかもそれ、あるかも知れませんね。
-
>>1396
>K看護士は差別の問題を主体的に考えていなかったという点で批判されるべきである。
これを見ると、この看護士だけではなくて、この地域の人全員が同罪
ということになる。
>しかしながら、解放同盟(本部)は今回のような些細とも言える事象をめざとく見つけ
>これ見よがしに糾弾会を行い、自己目的化した自らの力の拡大に利用してきた歴史が
>ある。今回のK看護士の件もその例に漏れないようだ。
>・・・そういって過去の他の例も挙げて怒ってたそうです。
糾弾という手段が目的化していると考えれば分かりやすいでしょう。
だから、病院とか、看護士とかの吊るし上げに弱い立場の人間を攻撃する。
-
>うろちいさんへ
ついでに、
うろちいさんの言う、「差別はいけない!」は分かるが、「論評もいけない」、
「論評ですら糾弾されないといけない」という「解同スタンダード」が
社会の規範というものはうろちいさんのを見る限りありませんでしたね。
ちなみにうろちいさんの場合は
「一生懸命擁護した」らしい(実際は異音同義語よりもマシで擁護になって
いないので、あの吉岡さんは別として私や番長さんやイカフライさんが異を
唱えたわけですが)ですが、この点
a 論評すらいけない
b 解同スタンダードで吊るし上げをしてもいいというのが社会的規範だ
といのが無いのに、うろちいさんが解同を擁護しようとしたのがおかしな
点だと思いますがいかがでしょうか?
-
>うろちいさん
連合会って、またヤバそうな人らと知合いなんですね。
-
舌の根も乾かぬうちのイカフライっす。
や、マジ、ネット議論やってる場合じゃないんっすが(結構、パワー使うんだよね、実は)
なんで、このスレかっていうと。
女帝問題スレでね、ワシの発言が、特定の人(ヤスツさんなり、柏葉さんなりに)あてたもんだ、つー意見が出とるようなんで。
ついでといっちゃなんだが、ワシのブログに書いたネット右翼が、大神さんをあてつけたもんだっつう発言もあるようで。
これ、意外だったな。
言い訳、ととれれちゃしゃあないが、や、マジね、私は、カキコしてるとき、そういう考えって全く浮かばなかった。
はっきり言って、特定の誰かにあてつけてる場合はあるが、そういうときに限って通じないな、ま、それはおいといて。
女帝論に関してはね、私も多少、サイト検索したのよ。
でさ、まあ、それなりにいろいろ意見はあるが、ネットの常として「女帝論反対」には、もてない男の女性嫌悪がたかりやすいなあ、と感じたんで、まあ、それいう時には気をつけろよ、程度、だったんだけどね。
あと、ブログの記事については、オタクとアストロの人(いや、それについては否定しないが)だけじゃなくて、そもそも、なんでネット掲示板での議論なんて不毛なことにいつまでもこだわるのか、っていう私のスタンスは明らかにしたかったてのがあるわけだ。
私のブログ、だからね。
あそこは、ノンポリつうか、ウヨサヨしい政治談議とは違うつながりの人も訪れるだろうから、自分としては、その機会を大切にしたい。
でまあ、なんで、このスレに書き込みかというと、私の「ネット右翼批判」の発言は、全く間違っていない、と確信している。
サヨクだってそうだろとか、ネットサヨクだっている、ってのに対しては、反論山のようにあるが、それは機会があれば言う。
ひとついえることは、ネット右翼の発言はネット左翼に比べてゴマンと多い。
そして、それは、「もてない故の異性嫌悪」や「コンプの反動のしての知ったか優位」(オタにありがちw)の正当化にすごく利用しやすいな、ってことなんだ。
オタクがどうしてウヨるのか、遅ればせながらやっとこ解ったんだけれどね。
てわけで、私は自分の発言を撤回する気もないし、ネット右翼批判はこれからを続けると思う。
その考えを180度転換させてくれる事が無い限り。
で、だ(やっと本題)私がブログや女帝スレで書いた発言は、誹謗中傷では私としては全く無い。
にも関わらず、少なくとも大神さんはヤスツさんや大神さんへの誹謗中傷と受け取ったわけで。
そこで、このスレのタイトルに繋がる。
「誹謗中傷って何?」
と。
(ああ、ほんと、議論ってる場合じゃないのに)
-
>イカフライさん
よく言って「言っている事に悪気は無かった」で、「無神経だった」でしょうが、
どう見てもあれはご自身の 右翼への反感 が議論の最中にポロっと出たという
ものにしか見えませんね。
で、>>1401を見て思うのですが、どう見ても単なる開き直りにしか見えませんよ。
失礼ながら。言っていることには根拠も無いし、論理的な説明も無いし。
イカフライさん式に言えば、
「左翼の平等思想は理論武装の陰に貧乏人・乞食のひがみがある」
なんてことも言えますし、
「男のフェミはモテない男が女受けしたいとしているんだ」
なんてのにも逆用できる訳で(笑)。
モテルか、オタクなのか、と右翼なのかは全然関係性がありませんよ。
あるのは単なる対立論者に対するレッテル貼りと、封殺の自己満足だけでしょう。
少なくとも、イカフライさんが「私が言っている事は誹謗中傷ではない」
とは言っても、どう見ても
「中国人は人間と猿の相の子」
と言っている人間が、
「私は本気で信じていて悪意のもとの差別・誹謗中傷ではない」
と主張しているだけのようですが。「自分にそのつもりが無い」と言えば
片が付けばそれは物事はとても楽なものだとは思いますがね。
-
珍しいスレが上がってると思ったら(^^;)
どちらにせよ、誹謗中傷かどうかは、その発言をしたものが決めるのではなくて、その発言を「見た(受け取った)ものが決める」ということだと思いますよ。
発言者はよほど意図的に悪口を言おうと思って罵倒語を探した場合(つまりは喧嘩の真っ最中に、攻撃手段としてそうした場合)を除けば、それぞれの当人なりの正義・善意に基づいた言葉選びをしているのだと思います。
その場合、発言の根拠として則っている正義・善意(信奉するもの)は、当然ながら人によって異なります。
ある人にとっての正義・善意が、別のある人にとっては正義・善意であるとは限らない。これは、>>1402で大神さんが仰っていることとほぼ同じことと思います。
であるが故に、「自分は(自分の)善意・正義に基づいて発言したのであり、自分の言葉が誹謗中傷に当たるとはまったく考えていない」というイカフライさんの言葉は、「イカフライさんの正義」に照らし合わせるなら、理解することができます。
ただし、その公式(=自分の正義・根拠に照らし合わせた自分の発言は誹謗中傷ではない)を認めるならば、他の正義・善意を根拠に投げかけられたあらゆる言葉が、自分にとって誹謗中傷のように聞こえたり、また誹謗中傷である反論したくなるような言葉を投げかけられたりした場合も、【それは誹謗中傷だと反論してはいけない】ということになります。
「自分の正義・善意は正しいが、自分以外の正義・善意は認められない」では、その両者の間での正義・善意の価値基準を共有しない限り通用しません。
そして、「正義・善意の価値基準」は、育った環境、風土、世代、地域格差、受けてきた教育や学ぶ意志の度合い、そのベクトルによって、同じ言語を使っていても同一にはなりません。
人間は「正義と善意を完全に共有する」ということは限りなく不可能に近いほど難しい。
ですから、「受け取り手の感性の相違から来る、誹謗中傷という傷つき方」を自分にされたら嫌だと思うなら人にすべきではないわけですけれども、自分がそのつもりでなくても人が勝手に傷つくことは現実にあり得るわけですね。
議論という場においては、あらゆる言葉、あらゆる可能性を検討していかなければ進展は望めないわけでして、選んだ言葉が多少誹謗中傷を孕んでいても気にしないのがよろしいのではと思います。
誹謗中傷だと言われたら、そっちこそ誹謗中傷だと言い返していたらきりがありません。
が、「自分が意図しようがしまいが、それによって勝手に傷つく人間がいる」ということについて、改善できないまでも後ろめたい気持ちを持っておく(=自分以外の正義や善意が存在し、それは自分の信奉するものとは異なる)というのは大切なのでは、と。
いずれ、自分自身の正義・善意と、それと異なる正義・善意とで正面から向き合うことになる、という予告ですから。
正面から向き合って殱滅戦をするのが「結論を求める議論」であり、
決着の付かない議論に多数決などの方法で結論を出すのが「民主主義」であり、
出された結論に従うのが「遵法精神」であり、
採用されない意見であっても主張することは許されるのが「言論の自由」である、と思います。
そして、結論を出せない議題に対して、一時的に棚上げしてその他の合意できる議題で手打ちをするのが「妥協」です。
例えばイカフライさんと大神さんの間であっても、サイド6でアストロの話題なら成り立ちます。私とイカフライさんなら「酒の話」は成立します。
成立できる合意(妥協)を、ひとつずつ何でもいいから増やしていくというのが、「信頼醸成」なのだと思います。G8サミットがリゾート地で開催され、実務的な話よりも首脳同士の懇親に重点が置かれているのと似ています。
信頼醸成を進めることで、合意できない議題であっても全面的な戦争には至らないようになるというのが、「戦争を回避する安全保障上有効な手段」であることは、国際政治の場ではすでによく知られた常套手段と思います(だからこそ、ひとつの対立を根拠にその他の妥協できる議題での合意機会すらも拒絶する中国や韓国の態度は、武力ではなく交渉による安全保障を求める態度としては、非常に稚拙であるとも言えます)。
信頼醸成の場で野暮なことさえ言わなければ、その他の場で多少なりとも独善的なことを言われても別に腹は立ちませんが、「自分が正しいと思っていることは、自分以外の人間にとっては必ずしも正しくない。自分の善意をのみ強要することは、独善の正当化であって、基準が共通化されていない場での議論にはそぐわないということを念頭に置け」というのが大神さんの主張の主旨と思います。
もし、この理解に間違いがあればご指摘をお願いしますm(__)m
-
>>1403
>ヤスツさん
遅くなりましたが、丁寧な解説有り難う御座います。
「誹謗中傷は主観に寄るものではない」ということから、「誹謗中傷ではない」
と誹謗中傷ではないと否定するのもまた主観によらないということです。
例としては ちび黒サンボ の例がありますが、受け手の主観が絶対だと
ちび黒サンボ は差別助長漫画になってしまいます。しかしながら、実際には
受け手が絶対ではないのでこの ちび黒サンボ の絶版についてはとかく
疑問視する声が上がっており、そしてその声に後押しされたのか目出度く復刊と
なりました。
また、「誹謗中傷ではない」と逆に発言者・表現者の声が絶対視され無い
のも、発言者・表現者が後で批判された時に
「私はそんなつもりで言ったのではない」
が通用しないのも同じでありましょう。今回のイカフライさんに対して私が
疑問視したのはこれですが。
今回、イカフライさんに私が言ったのは表現の取り方・受け止め方ではなくて、
ネガティブな言葉が、文の構成から私とヤスツさん(あるいは英一郎さん)に
向かっていたために疑問を呈しました。この場合は主観の問題ではなく、
文の構成ですので立場・スタンス・主観にはよらないものなので。
勿論、誹謗と中傷は主観だけでは判断できないものであり、そして
「(少なくとも)私には・・・見える(思える)」は相殺される点からもあまり
持ち出すべきではないのは私も思いますね。
-
>>1402
>よく言って「言っている事に悪気は無かった」で、「無神経だった」でしょうが
いえ、悪気はないですが、無神経だとは全くもって思っていません。
ただ、ネット右翼の定義は違うのかな、と は思いますけれど。
ところで、大神さんは自分を「ネット右翼」(右翼ではなくて)と思っているのですか?
ただ、結局、大神さん程度にはもののわかりそうな人にすら通じないのは、私の能力f不足かな?とは思いますが。
>
「中国人は人間と猿の相の子」
と言っている人間が、
「私は本気で信じていて悪意のもとの差別・誹謗中傷ではない」
「平和を唱えるヤツはテロリスト」
といっているのが、ネット右翼なんですけれどね。
-
>>1403
>成立できる合意(妥協)を、ひとつずつ何でもいいから増やしていくというのが、「信頼醸成」なのだと思います。
譲れるもの、譲れないものがなんであるか?が、問題じゃないかな?
基本的には、それは生存権だと思う。
精神より肉体が大きいんだよ。
若い頃はそうおいうのイヤなかんじしたけれど、死んじまったらおしまいだからね。
ただ、いきてさえ居ればよいか、というと、それもそんな事ないよね。
例えば、宗教なんてそれを信じていない人にとっては、なんだ、ありゃ?だし、私は無神論、というよりは、宗教は人間が作った方便だという考えだから(まあ、だからこそ時の権力者に都合よく利用されるんだろうが)別に友達なくしてまで信仰する意味なんて全く無い、くらいに思っているが、信者にとっては、まあ、人間より大事なもんなんだろ。
ネットでさ、決裂してしまった人の中には、きっと、譲れない一線が相容れなかった人っているんだと思う。
私個人でいえば、今でもぼーんさんは恋しい(って、別にネット恋愛な意味じゃなくてね)
彼とは考え方が相容れない部分があったけれど、コアにある真摯さみたいなものは、今でも、惹かれる。
たださ、今更だけど、ネットの議論って一体、なんの意味があるんかな?とか、思ってきた。
-
>>1405
>いえ、悪気はないですが、無神経だとは全くもって思っていません。
センテンスからイカフライさんが言っている事が私やヤスツさんに向かっている
とことになるとは思いませんか?
この場合は
(I)
・オタク
・女にモテナイ
・女をコントロールしたい
などの言葉は誹謗中傷などのネガティブな言葉ではない と言われるのであれば
成る程、センテンスの構成がどうであれ誹謗中傷にはなりません
また、
(II)
私やヤツスさんや英一郎さんに向けられたセンテンスの構成になっていない
というのであればそれからも私などに対する誹謗中傷にはならないでしょう。
で、イカフライさんは(I)と(II)のどっちで考えているのでしょうか?
>ただ、ネット右翼の定義は違うのかな、と は思いますけれど。
>ところで、大神さんは自分を「ネット右翼」(右翼ではなくて)と思っているのですか
イカフライさんの文からは私もヤスツさんも英一郎さんも内包されているのだろうなと思いましたよ。
>「平和を唱えるヤツはテロリスト」
>といっているのが、ネット右翼なんですけれどね。
そう言っているのは、「平和を唱えるヤツはテロリスト」と本気で思っている人間か、
ふざけて茶化している人間なのかのどちらかでしょう。
で、「人間バーベキューまだ?」と言っていた不謹慎な言葉を使っている人間は
別に政治的思想がどうかではなくて、単に不謹慎なだけではないでしょうか?
これは散々言っていますが。
イカフライさんにとっては凄く引っかかるショックな言葉だったかも知れ
ませんが、それとイカフラサイさんの右翼嫌いを結び付けても意味無いですよ。
-
>>1407
>センテンスからイカフライさんが言っている事が私やヤスツさんに向かっている
とことになるとは思いませんか?
そう思うならご勝手に、です。違う、といっても、つまり大神さんは、自分がネット右翼だといわれたと思ってむかついてるだけなんでしょうから、私がごめんなさい、するまで辞めないでしょうし、私は撤回する気はありません。
右翼嫌い、と感情論に結び付けたがっていますが、ネットの安全圏に隠れて他者の命を軽視する発言を便所の落書きのごとく投げつける品性の卑しさを嫌ってはいけないですか?
そういった意見が、ネットの右翼系のサイトにあふれている事実は、変えられないでしょう。
大神さんが、イヤ、そうではない、というのなら、感情的に反発するのではなく、ネット右翼はなぜウヨろのか、納得いく抗弁を痛いしたいですね。
ただ、最近、私はネット議論には冷め始めてます。
所詮、ネットじゃ世界は変わりません。
ネットには非常に優れた部分もありますが、所詮、責任の無い匿名の議論は便所の落書き以上のものにはならないのかなあ、とも思っています。
今更ですが。
-
>>1406
宗教の話は以前さんざんやりましたけれども、宗教の是非を外側から論じるときに、「他人との妥協点をどこに引くか」が見えてくるのでは、と思います。
私は宗教というものを「趣味」の範疇として眺めることを楽しみにしていますが、自分がそれに染まる可能性はあまり高そうにありません。
自分の考えを他の誰かに全依存してしまうことに抵抗感を感じるからでしょうね。
ですから、他の誰かが(例えばそれが自分の家族であっても)、自発的意志で宗教を選び、以後の自分の自発的思考を停止させてそれらの宗教宗旨に全依存するようになったとしても、「それが当人の望み」であるなら、無理に止めようとは考えないかもしれません。
そのときに「優先順位を決めろ。それについての自分の中での優先順位が、何よりも高いというなら止めない。その代わり、それによって起こるあらゆることに対する責任は自分で持て。こちらを頼るな」という付加条件は付くでしょうけれども。
信仰の自由というのはそういうものですし。
加えて、「おまえがそうした選択をすることを最終的には阻害しないが、その選択をこちらに強要したら全力で潰しに掛かるがその覚悟はしておけ」ということでしょうか。
他人が何かをするのは、その他人の自由。
ただし、その他人の自由な行為が自分の自由な行為・意志と衝突するときは、全力でそれを排除する。
自分以外に対して、その他人の自由な行為による障害が発生した場合、被害を被っている側から助けを求められ、かつ、自分がそれに納得するなら応援するが、そうでなければ基本的には不干渉とする。
譲れるもの(=他人が自由に生きる権利)は譲るけれども、譲れないこと(自分に対する干渉)は譲らない。
その線をどこに引くのか、どこまで「覚悟」を持つのかは、その人次第ですけれども。
>ネットの議論の意味。
あると思いますよ。
それは、我々が「一人」であったり「完全な個体」ではないという大前提を思い出し、「一人では出せない答え」や「一人では思いつかない設問」を得るための機会という意味で。
即ちこれ、ヒトは「群体生物」であることの証明かなとも思います。
こうしたネットの議論を経て得た中間的ドラフトのようなもの、イカフライさんは「いずれ放っておけば消えてしまう」とおっしゃいましたが、私は「そうしたものをノートに記録する」と称して、(もちろん主観的な視点からの取捨選択はありますけれども)記録していることはご存じですよね。
そうして記録し、タグを付けて参照/引用可能にしたものは、数年おいてもなお「引用」ができているではありませんか。私以外の方にも自由に引用して頂けるよう、そうしてまとめておりますけれども、例えば「運スレまとめページ」で検索すると実に多くの方からリンクや引用を受けているではありませんか。
議論の渦中にあっては、その経過や経緯にむなしさを感じることもあるかもしれませんが、それをどこかに書き留めておくことで他の誰かを刺激することもありうるということです。
決して無駄ではないのだと思いますよ。
|
|
|
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板