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Ammo→Re!!のようです

1名も無きAAのようです:2015/02/08(日) 19:35:24 ID:F94asbco0
前スレ
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/13029/1369565073/

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                            配給

【Low Tech Boon】→ttp://lowtechboon.web.fc2.com/ammore/ammore.html

【Boon Bunmaru】→ttp://boonbunmaru.web.fc2.com/rensai/ammore/ammore.htm

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373名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:41:01 ID:eFiZr2lo0
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        {::.::.//  {::l::.!: ./V   {{ィfトイV㍉、, }::.::}::.://厶}ノ.::}::.::}::.「´
       メァイ/    Vヘト、{    、__゙f竺シ_,  '_ノ_:./.:厶广/.::.::/.::/.::/
      /{ {/.:{ __   ヽ. ヽ.      ̄ ̄`   ノイL} ゙V.::.::.イ::.//
.    /   Vハ/  }  / \ ヽ            マAmmo→Re!!のようです
.  _/     ,イ弋/、 {  Ammo for Reknit!!編 序章【concentration-集結-】
´ /      弋. く ヽ. \!   { {、  /ーー`、_、_ / ,/
 {          ヽ ヽ. 丶、 ヽ. \{     l:::/ .イ/
        ト、 __ _ヽ ヽ.  丶、 ヽ. \   }/ /゙{
        | }_} }ム ヽ. ヽ   丶、ヽ \´/
        └; 〈 レ′ 〉 〉    >ー } 
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まずは情報の整理から取り掛かることになった。
五人のブロック長はそれぞれのブロックで出た被害状況を仔細漏らさず集約し、まとめあげた。
簡単なように思われる作業だが、実際には非常に繊細で神経をすり減らす作業だった。
被害状況の把握をするだけでも大掛かりな作業となり、一時間も経たずに会議室の隅に書類の山が出来上がった。

こうして集められた情報を精査し、重要な物を優先して処理出来るよう、ランク分けをした。
ランク分けを任されたのは第二ブロック長、オットー・リロースミス。
膨大な情報を前に、ロミスは挽きたてのコーヒーを飲みながら優雅に仕事をこなしていた。
余裕の表れではなく、彼なりの精神集中方法だった。

£°ゞ°)「……うん、いいコーヒーだ」

コーヒーを片手で飲みつつ、付箋を貼りつける手は止まらない。
色分けされた付箋はその書類のランクを意味している。
ミスの許されない作業をこなすロミスの顔は、だがしかし、色の異なる紙を仕分けているかのように涼しげだった。

マト#>Д<)メ「ロミスさんが挽いたんですか?」

£°ゞ°)「あぁ、それぐらい当然じゃないか」

彼は山と化した書類を驚くべき速度で選別し、瞬く間に山の背が縮んでいく。
そして分けられた書類の中から、最も重要なランクの物に目を通すのは第五ブロック長マトリクス・マトリョーシカ。
彼女は最重要書類を読み、次に必要な対処方法を大きめの付箋に書いて書類に貼り付けた。
分厚いマニュアルに基づいて下されるその対処方法は、彼女の頭の中にしっかりと記憶されており、彼女はマニュアルを読まずにそれを書き記すことが出来た。

ノリパ .゚)「では、飲食店については説明した通りの対応をしてください」

こうして処理方法が判明した書類と電話を手にするのは、第三ブロック長ノリハ・サークルコンマだ。
各ブロックにいる責任者達に連絡し、即座に対応させる。
その指示を受けた人間は部下を引き連れ、処理に走った。
ロミス、マトリクス、ノリハが最初に処理するべきだと判断した仕事は、掃除だった。

374名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:42:21 ID:eFiZr2lo0
臨時で追加の船内清掃係を雇い、徹底した衛生管理と景観の復旧を急がせた。
昨夜はお祭りのような騒ぎで盛り上がりを見せていたが、その盛り上がりを殺さない内に急いで掃除をしなければならない。
視覚情報は非常に重要で、特に、争いの痕跡の一切を消し去ることを徹底させた。
弾痕、僅かに焦げた椅子や床も元通りに掃除をさせ、最優先にして最速の仕事を要求した。

現場では清掃係は軽んじられるが、マニーが直々に清掃係の全員に向けて激励の言葉を送った。

¥・∀・¥『乗客全員――勿論、君達も含めて――があの悪夢を少しでも忘れ、最高の時間を取り戻すためにはどうしても君たちの協力が必要だ。
      このリッチー・マニー、諸君らの実力を見込んでお願いする。
      賊に汚されたオアシズを、君たちの手で美しい姿に戻してほしい。
      ……この通りだ』

多くの清掃員はそれまで、あまり自分の仕事に誇りを持っていなかった。
だが、マニーの言葉で彼らはその考えを改めた。
彼らが担っているのは乗客の日常。
清掃員は気を引き締め、マニーの言葉に鼓舞されて清掃を行った。

後に乗客が撮影した写真が話題を呼ぶのだが、彼らは船尾から一ブロックずつ徹底して清掃と修理点検を行い、所要時間は合計で五時間足らずだった。
一切のミスもなく、無駄もなく、彼らはマニーの言葉に感化されて仕事を完遂したのだ。
ノリハはそれとほぼ同列で、船内の警備態勢を強化させた。
そして、警備員たちにマニーが送った言葉は、後にこのオアシズの警備員の標語となった。

¥・∀・¥『君たちはこの船の安全そのものだ。
      君たちは笑顔を絶やさず、注意を怠らず、そして愛想を忘れることなく職務にあたってほしい。
      そうすれば、武力ではなく君たちの魅力で乗客が安心するんだ。
      頼む、どうか乗客達を安心させてやってほしい。

      彼らに日常を取り戻させるのは、君たちにしか出来ないんだ』

その言葉を聞いた警備員たちは、二人一組で行動し、乗客を見つけては笑顔で挨拶をした。
挨拶は日常の行為であると同時に、敵意がない事を示す有効の証だ。
船のあちらこちらで挨拶が交わされ、乗客たちは事件がなかった時のように船旅を楽しみ始めた。
それを見て、警備員たちは自分達の行いが間違っていなかったことに深く感動し、更に徹底して挨拶を行った。

('゚l'゚)「擦過傷はっと……」

二人のブロック長の後ろで、第一ブロック長ライトン・ブリックマンは被害者の正確な状況の把握を行っていた。
負傷者、死傷者、行方不明者。
それらをリスト化し、治療の状況、保証金額を明確にしていく。
これは金で解決できるものと、そうでない二種類に分けられる。

医者の手配が必要な人間はティンカーベルに到着したら搬送し、そうでない人間は船内で治療を受けてもらう。
発生する費用の大まかな金額をはじき出し、それを経理担当者に伝えなければならない。
正式な第一ブロック長として急遽任命されたライトンは、それでも自分に出来る精いっぱいの事をしていた。
彼の計算は素早く、そして精確だった。

('゚l'゚)「……むむ」

375名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:43:46 ID:eFiZr2lo0
電卓とリストとを見比べる彼の正面には、そこで出された負傷者と乗客のリストを照らし合わせるクサギコ・フォースカインドがいた。
負傷した人間がどこの誰なのか、今回の事件の場合はそれがかなり複雑化していた。
途中で現れた特殊部隊ゲイツの人間なのか、それとも一般人なのか。
書類の山にジュスティア軍人の名前が埋もれないよう、クサギコは信じがたい正確さで書類を見比べる。

ジュスティア警察の人間も数名混ざっており、それを見失わないよう、そして速度を落とさないように仕事をこなす。

W,,゚Д゚W「えーっと、こいつは……」

('゚l'゚)「クサギコさん、ちょっとこれについて訊いてもいいですか?」

W,,゚Д゚W「おう、どれだ」

クサギコは複数同時の仕事を処理することに関しては、この五人の中でも最高の能力を持っていた。
不慣れなライトンのサポートを引き受けたのも、彼が自分自身の能力に対して自信を持っているからだった。
その自信は的確な物差しで測られ、評価されていた。
彼はライトンへの指示を考えつつ、自分の仕事の処理も考えていた。

W,,゚Д゚W「それはな、こっちの保険を適応するんだ」

元々彼らブロック長は選び抜かれた精鋭であり、優れた能力を見込まれて今の地位にいる。
名前だけではなく、彼らは実力のある責任者だった。
新任のライトンもまた、“メモいらず”と称されるほどに記憶力と応用力があった。
そして全員が、マニーから受け取った言葉に少なからず影響を受けていた。

¥・∀・¥『私の、ではない。
      我々のオアシズを取り戻すんだ』

そして彼らの知らないところで、マニーは船内にある全ての店の責任者に対して言葉を送っていた。
全てのレストラン。
全ての物品店。
一つの例外もなく、一店の抜かりもなく、マニーの言葉は彼らの耳に届けられた。

¥・∀・¥『美味い食事、素晴らしい商品、最高の定員。
      これらは君たちにしか演出することが出来ない最高のエンタテインメントだ。
      日常を、非日常を、その全てを君たちが演出するんだ。
      オアシズという街を支えるのは、そんな君たちが客に与える幸福感なのだ。

      さぁ、見せてやろうじゃないか。
      ここは海上の楽園、ここは船内の理想郷。
      我々のオアシズはテロリストや海賊如きでは揺るがないという強さを!!』

376名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:44:30 ID:eFiZr2lo0
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     総合プロデューサー・アソシエイトプロデューサー・制作担当【ID:KrI9Lnn70】
       r.--ヽ. _..-'''' ̄ヽ=r.._  ミ     i
      .r'' ̄`ヽ=. <(::)>ノ  ~"'-._y   i
      i <(:)丿/ヽ.____,,..r'"    i i~ヽ.-...i
      ヽ__.r'(   '';;        i r'"(~''ヽ
      「   ヽ-⌒-'        \i > ) /
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生き残った人間がいた。
最悪の状況下に於いて、最高の運に恵まれた人間がいた。
それはマティアス・ノルダールとリリー・リトホルムの二人だった。
彼らはオアシズに於ける一連の事件のバックアップとして配置され、当初の予定で在れば何もすることなく、その役割を終えるただの観光客のはずだった。

だが、転機は訪れてしまった。
計画が破綻し、彼らの所属する秘密結社の重要人物が警察に捕まってしまったのだ。
何としても彼女、ワタナベ・ビルケンシュトックを解放し、この船から逃げなければならない。
ティンカーベルに到着する前に、この船を去らなければ同志との合流は叶わない。

同志と合流が出来れば、結社内の彼らの地位は間違いなく上がる事だろう。
生きて帰る。
生きて連れ帰る。
それが、彼らの任務。

焦ってはならない。
時期を待ち、確実に彼女を解放できる瞬間を待たなければならない。
彼らは黄金の大樹。
待ち続けている悲願の日々を考えれば、数時間待つことは苦ではない。

最も苦痛なのは、彼らの夢を阻害する人間の存在だ。
刑事を殺してでもワタナベを奪還し、同じ夢を追う彼女を救い出し、共に夢を追うのだ。
世界を変える夢を見る彼らが所属するのは黄金の大樹を掲げ、世界中にその根を張り巡らせる“ティンバーランド”。
同じ大樹の一人として、誰か一人を目の前で見捨てるなど、決してできない。

世界が黄金の大樹となるためならば、この船が沈むことになろうとも、良心は痛まない。

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           編集・録音・テキストエフェクトデザイン【ID:KrI9Lnn70】
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377名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:46:13 ID:eFiZr2lo0
黄金の髪と青空色の瞳を持つ旅人、デレシアはオアシズの屋上に一人立っていた。
屋上は人払いがされ、彼女以外の人影はなく、聞き耳を立てる者もいない。
正面から吹いてくる風が、軽くウェーブした彼女の髪をまるで梳くように撫で、ローブの裾をたなびかせる。
潮の香りで肺を満たし、手摺に肘を乗せ、デレシアは青空の下に広がる大海原を眺めている。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

彼女の視線は大海原の果て、船の進行方向の遥か彼方。
水平線の向こうに浮かぶ入道雲の下に向けられていた。
普通の人間であればその入道雲を目視することは出来ない程の距離だが、デレシアの瞳は確かにその雲を捉えていた。
彼女の表情はいつもと変わらず、ブーン達に向けられる笑顔のままだったが、瞳の奥にある深淵は何を考えているのかを誰にも悟らせない。

デレシアは瞼を降ろし、静かに呼吸を整えた。
遠い昔に思いを馳せるようにしたのは、ほんの一瞬の間だけ。
次の瞬間には瞼を開き、何事もなかったかのように再び水平線の向こうを見つめた。
風の音とローブの布擦れするような音だけが、屋上に響いている。

他に聞こえるのは波の音と、上空を飛ぶ海鳥の鳴き声だけ。

ζ(゚ー゚*ζ「悪いわね、せっかくの旅行中に」

( ФωФ)「なぁに、他ならぬお主の誘いだ。
       それで、何があった?」

いつの間にか屋上に現れたロマネスク・O・スモークジャンパーを振り返り、デレシアは驚いた様子も見せずに声をかけた。
対するロマネスクも、跫音一つ、扉を開く音さえ立てなかった自分に気付いたデレシアに対して驚くことはなかった。
海を背にし、デレシアは旧友の様な親密さで元イルトリア市長に話しかける。

ζ(゚ー゚*ζ「ここ最近、あの大馬鹿達の動きが目立ってきているわ。
      大樹と言うよりも雑草ね、あれは」

( ФωФ)「ティンバーランドか。
       聞いてはいたが、このような形で実際に相手にするとはな」

忌々しげな声で、ロマネスクはその名を口にした。
心なしか、次に出てきたデレシアの声にも不愉快そうな色が見え隠れしていた。

ζ(゚ー゚*ζ「ただ、船の中にいる奴らはもう少し泳がせようと思うの。
       今回はかなり大規模な事を考えているらしいから、何を考えているのかとても楽しみでね。
       その方が潰し甲斐があるものね」

ぞっとするような優しげな声のデレシアの言葉に、ロマネスクは冷笑した。
それは相手に対する同情と言うよりも、怒らせてはならない人間を怒らせた輩が当然迎えるべき結末を知る者の笑いだった。
これまでに彼女を怒らせた人間がどうなったのか、ロマネスクは良く知っている。

( ФωФ)「ほほぅ。
       次の停泊先があの島なのは偶然か必然か、いずれにしても興味深い事だ」

ζ(゚ー゚*ζ「おそらくは偶然だけど、おもしろい話よね。
       ティンカーベルで私達にちょっかいをかけてくるのは間違いないでしょうね」

378名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:47:10 ID:eFiZr2lo0
オアシズが次に停泊するのは、“鐘の音街”ティンカーベル。
それはデレシア達の目的地であり、ロマネスク達イルトリア人にとっては深い意味を持つ土地だった。
一世紀以上前、その地でイルトリアとジュスティアの戦争があった。
その戦争は“デイジー紛争”と呼ばれ、両軍に大きな被害を出し、島に爪痕を残した。

デイジー紛争の影にティンバーランドという秘密結社の存在があると分かったのは、戦争終結後しばらく後の事だった。
その秘密結社の存在を知っている者からすれば、ティンカーベルはティンバーランドとは切っても切れない関係のある場所だ。
ティンバーランドがデイジー紛争に関わりさえしなければ、イルトリアだけでなく、ジュスティアの兵士も死なずに済んだのだ。
だがそのことを知る者は少ない。

戦争終結の際、ジュスティアとイルトリアとの取り決めにより、いくつかの歴史が“作られた”。
戦争の発端。
戦争の内容とその結末が考えられ、耳障りのいい物へと変わった。
こうして歴史にデイジー紛争が記録され、今日まで語り継がれている。

勿論、その事実を知るのは歴代の市長と一部関係者だけである。

( ФωФ)「手を貸すか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、是非お願いしたいわ。
       私達は島に行くから、その間この船にいてほしいの」

ロマネスクの提案をデレシアは受け、そう声をかけてくれることを予期して用意していた言葉を送った。
その言葉を聞いたロマネスクは僅かに考え、口を開く。

( ФωФ)「マニー坊やのお守りか」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、今この時があの子にとってはとても大切な時間なの。
       誰にも邪魔させたくないのよ。
       この船を任せてもいいかしら?」

彼女の考えを理解したロマネスクはそれを快諾した。

( ФωФ)「いいだろう。
       ところで、ブーンについて訊きたいことがある」

ζ(゚ー゚*ζ「何かしら?」

突風が吹き付け、その言葉を二人だけの秘密にしてしまう。

( ФωФ)「―――」

ζ(゚ー゚*ζ「―――、―――――」

(´ФωФ)「――」

ζ(゚ー゚*ζ「――――――」

風が止み、最後にロマネスクは嬉しそうに言った。

379名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:50:39 ID:eFiZr2lo0
( ФωФ)「イルトリアに来る時には、必ず連絡をするのだぞ。
       最高のリンゴを用意しておく」

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     | 撮影監督・美術監督・美術設定・ビジュアルコーディネート【ID:KrI9Lnn70】
     |   :::: ::/::::::::::::::::::::::: ィワ\::: :::::  |/: :'´>:\::::: |:: |
     |  :::::::/:ヽ、,::、::::::イ_ 代ノ´\:: :::::::  |: :/´ ::::::ヽ::::::::|: |
     |  :::::::/:|:t巧ッ.|    `.:::::::  ヽ:::::::::::: |:.:|   ::: |:::::: |: .ヽ
     | :::::::/:::::| ´` |          \:::::::: |:::|::   :::':::::::  |  |
     .| ::::::/:::::/:|  .| 、         .ヽ:|::  |::::`:::/::|::::::  |  ヽ
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船に入ってくる無線処理の担当者デジアイ・トーロがそれを捉えたのは、偶然ではなかった。
音楽大学を首席で卒業し、微細な音の変化に関する論文と収音機の発明により、彼はいくつもの特許を持っている。
音の天才である彼が高価な無線傍受装置をこよなく愛し、高価な機器を堂々と常時稼働させることに対して許可を得ていたのは、偶然ではないのだ。
それまで隠れていた彼の優秀さを聞きつけたマニーが無線に関する全ての権限を与え、飛び交う全ての無線を記録するよう命じていたのだ。

彼はヘッドフォンを耳に押し当て、送られてくる微弱な信号を聞き取った。
不規則な感覚で聞こえてくるその音は、間違いなく暗号だった。
ノイズの少なさから、このオアシズに向けて直接送られている物に間違いない。
しかし、通常の無線ではなく、特殊な無線信号を使っていた。

発信元を特定するため、周波数とノイズの特徴を手元のノートに書かれたリスト――彼の自作――と照会する。
彼の指はジュスティア海軍のところで止まり、数字を二度見直し、それが海軍の発信する電子音である事が確認された。
何かオアシズに秘密で伝えたい事があるのだろうかと思い、送られてくる暗号を紙に書き留める。
聴力に特別な才能を持つデジアイは一言一句違わずに書き留め、それを暗号表と見比べた。

だが。

(HнH)「……あれ?」

どの暗号表とも一致しなかった。
緊急用の暗号とも異なるそれは、彼の推測だが、ジュスティア海軍が独自に使用する暗号文の可能性が高かった。
という事は、この船にいる全軍人に向けて発信された暗号文であると考えられる。
ジュスティアが何の相談もなしにこのような事をしてくるという事は、かなり重大な事態に違いない。

1から26の数字で構成された文章。
もしくは、特定の法則性を持つモールス信号の類。
重要な暗号だと察した彼は、メモに取った暗号を専用の封筒に入れ、厳重に封をした。

(HнH)「これを市長のところに持って行ってくれ」

何もなければいいのだが、と思うデジアイだったが、彼の願いは叶う事はなかった。
彼が受け取った暗号はその数十分後、別の人間の手によって解読され、上司達の間で共有された。
そして、結果的にトラギコ・マウンテンライトの元から一人の犯罪者を逃がすことに繋がってしまったのだが、それは彼のせいではなかった。

380名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:55:06 ID:eFiZr2lo0
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     総作画監督・脳内キャラクターデザイン・グラフィックデザイン【ID:KrI9Lnn70】
                 (\        ___      / :|
                    〕ヽ``丶、/ '⌒ヽ _ ノ| >'" ノi:|
                  }ノ \ : :. { 〜 :. :. :.ノ : :{ /  j
                  ∨ノ y   :{\``〜、、  \ノ  :ノ
                  ヽ .:/   .:|:. \   ``〜、、∨{
                   { / :| .:| : :.   ``〜、、. . . ``〜、、__
                   :  | .:|:/`、:. .  \:. . . . . . . . . . --<
               __,.ノ.:i  | .:|__`、:\:. {\:.斗‐:. :. :. :. :./
              \:. . . .八 :从:lx===ミ \:. :.:ィf丐 》i:. :.| 、 ̄\___
            {\     7<ヽ :八 vソ ヽ \ vシ  |:. |:. >    /
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ロープを張ったリングの上に、二人の女性が相対する形で立っていた。
その両手には本革製の分厚いグローブがはめられ、ヘッドギアを装着して万全の状態だった。
動きやすいよう、二人はタンクトップとスパッツ姿で、拳を守るために綿が詰められたグローブの具合を確かめている。
癖の強い黒髪を持ち、深紅の切れ長の瞳を持つロウガ・ウォルフスキンは正面に立つヒート・オロラ・レッドウィングに挑戦的な笑みを向けた。

リi、゚ー ゚イ`!「……」

ノパ⊿゚)「……」

それを受け、ヒートは瑠璃の様な碧眼で彼女を睨んだ。
互いに恨みはないが、ヒートのリハビリも兼ね、ブーンに近接戦闘時の動きを見せるいい機会を作れるとあり、ロウガの提案に乗ることにしたのだ。
彼女の提案は非常にシンプルだった。
模擬戦闘を行い、その戦闘方法をブーンに視覚的に教えるという物だった。

要するに、戦闘を行い、ブーンはそこから何かを学び取るというわけだ。
尤もらしく聞こえるし、実際、言葉ではなく動きを模倣することで得られるものもある。
だが彼女の本音が別にもう一つある事にヒートは気付いていた。
確かにブーンの学習という目的もあるのだろうが、大きな目的はヒートと手合わせをすることに違いない。

彼らイルトリア人は戦いに生き甲斐を見出し、戦いの中で喜びを感じ取る人間が多い。
ロウガも多分に漏れず、その類の人間なのだろう。
戦闘に対する貪欲な姿勢は、彼らイルトリア人の強さの根底にある物だ。
彼らは武人として教育され、武人になるのだ。

イルトリア人と戦うのは初めてではない。
元イルトリア軍の男がマフィアの用心棒として働いており、その男を殺す時に随分と苦戦させられた記憶がある。
彼らはその肉体も強靭だが、武器全般に精通し、強化外骨格の扱いも一流だ。
しかし、相手は前市長のボディーガード。

前とは違い、楽に勝ちを取れる人間ではないだろう。
相手は人間以上の身体能力を持つ耳付きであり、その戦闘力は未知数だ。
リハビリがてら、ヒートは自分の力がどこまで通用するのか試す機会を得たことに感謝した。
ヒートは怪我を理由に休んでいられる性格をしていない。

381名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:56:50 ID:eFiZr2lo0
これからの旅先では、間違いなく戦いが待っている。
強化外骨格ばかりに頼った戦いをしていれば、遅かれ早かれ倒れ伏すことになる。
まずは体の調子を取り戻し、技術を身につけ、次に備えるのだ。
グローブの下で拳を握り固め、ヒートは覚悟を決めた。

これはスポーツではない。
これは殺し合いではない。
これは互いに互いを試すための場。
ブーンに手本を見せる場、試合なのだ。

ノパ⊿゚)「いつでもいいぞ」

リi、゚ー ゚イ`!「こちらも、同じく」

リングの下では、ブーンが丸椅子に座って二人の戦いを見守っている。
彼は気付くだろうか。
一歩も動いていない段階ですでに戦いが始まり、相手の動きを予測し終えた段階で行動に移るという事に。

ノパ⊿゚)「……」

リi、゚ー ゚イ`!「……」

流石はイルトリア人。
一部の隙も無く、仮に隙が見えたとしたら、それは巧妙な罠なのがよく分かる。
恐らく、ロウガは隙を見せないだろう。
こちらが気を抜き、知らぬ間に隙を生みだすのを待っているのかもしれない。

時間による体力の消耗を待つよりも先に、ヒートは動くことにした。
静よりも動。
動の中に活路がある。
相手の胸の動きで呼吸を読み取り、息を吸い込み始めた瞬間にヒートは先手を打った。

必殺の右ストレート。
狙いは胸部の強打による呼吸停止――

ノパ⊿゚)「しっ!」

リi、゚ー ゚イ`!「……」

――その裏に巧妙に隠した、胴を狙った左の一撃。
レバーブローによって相手の動きが僅かにでも鈍ればと考えた一発は、だがしかし、ヒートの目論見通りにはならなかった。

リi、゚ー ゚イ`!「ほう、いいフェイントだ」

右肘でレバーブローを防ぎ、左のグローブで胸への一撃を防いだロウガの口からは感嘆した様な声が漏れ出た。
バックステップで下がろうとしたヒートは、自分の右手が掴まれていることに気が付いたが、もう遅かった。
急いでプランを練り直し、相手の動きを予期して左腕で腹部を防御する。
その予想は当たった。

382名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:57:31 ID:eFiZr2lo0
ノハ;゚⊿゚)「っあが!!」

だが、想像していた威力と実際に訪れた痛みは次元が違った。
ロウガの繰り出した蹴りは、十分な加速すらさせずともヒートの左腕を痺れさせる威力があった。
それは手加減を加えられた一撃だった。
これが実戦だったら、ヒートの腕は折られていたはずだ。

リi、゚ー ゚イ`!「いい勘をしている。
      流石は“レオン”。
      正直触れられてやるつもりはなかったが、まさか、私にガードをさせるとは。
      噂に違わないセンスだ」

その言葉はヒートの耳に届いていなかった。
一瞬で沸点に達したヒートはロウガの動きを分析し、次の手を考えていた。
彼女は拳ではなく、足技が得意に違いない。
蹴りは拳よりも距離があり、威力があるが、速度がない。

ノパー゚)「褒めてもらって光栄だ……!!」

リi、゚ー ゚イ`!「謙遜する必要はない。
      さぁ、次の一手はどうする?」

ノパ⊿゚)「慌てるなよ、いい女は待つもんなんだよ」

リi、゚ー ゚イ`!「ほぅ、ではどう――」

より近距離で戦いを挑めば、蹴り技は使えなくなる。
退くのではなく、進むのだ。
掴まれた拳を引き寄せ、ヒートは頭突きを放ち――

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        。   .   。  . 撮影・演出・音響・衣装・演技指導・編集【ID:KrI9Lnn70】
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八月八日。
その日の夜は、雲が晴れて綺麗な月と星が見える、幻想的で静かな夜だった。
だが、オアシズにある市長室に集まった二人の女性の表情は晴れやかとは言い難かった。
デレシアとヒートは極秘裏に呼ばれ、マニーの話を聞いて呆れと驚きの溜息をほぼ同時に吐いた。

383名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:58:32 ID:eFiZr2lo0
二人が溜息を吐いた理由は二つある。
一つは、トラギコ・マウンテンライトが捕えていたティンバーランドの一人が非常用脱出艇を使って逃げた――これは想定済み――という事。
そして二つ目は、オアシズの厄日を引き起こし、船から逃げ遂せたショボン・パドローネ達がまた事件を起こしたという事だった。
オアシズから逃げ去ってからあまり時間も開いていないのに、彼はすぐに新たな問題を起こした。

舞台はティンカーベルのジェイル島。
オアシズに負の歴史を残したように、彼はティンカーベルに負の歴史を残した。

¥;・∀・¥「情報の出所と精度は確かです。
      ジェイル島から脱獄者が二名出ました。
      ユリシーズ、ガーディナのカスタム機も破壊されたそうです」

ショボン達は難攻不落、脱獄不可能の代名詞であるセカンドロック刑務所を強襲し、そこに収監されていた二人の死刑囚を脱獄させたのだ。
彼も強化外骨格を使う人間――棺桶持ち――だったことは意外でも何でもなかったが、ジュスティア軍人の駆る強化外骨格に勝るとは驚きだった。
デレシアの知る限り、ジェイル島に派遣される棺桶持ちは実戦経験豊富な者が選ばれるため、素人相手に後れを取るはずはない。
まして、慢心から来る油断をすることは絶対に有り得ない。

彼らはジュスティア軍人。
戦いに無意味な正義感を持ち込むことはあるが、任務に支障をきたすような人間ではない。
襲撃者の中にショボンがいたことは疑いようのない事だが、彼が戦いに参加したかどうかが気になった。

ζ(゚、゚*ζ「襲撃者の数は分かる?」

¥・∀・¥「正確な数は不明ですが、棺桶が二機使用されたそうです。
      申し訳ありません、この情報を流した人間も全てを知っている訳ではないそうで……」

マニーは有事に備え、世界中に幾つものつながりを持っている。
例えば船が難破したり沈没したりした際、すぐに助けを求められるようにリッチー家が脈々と築き上げてきた繋がりの中には、金銭による繋がりも多くあった。
その内の一つにジュスティア人の繋がりがあり、偶然にもその人間はジェイル島に派遣されていたのだ。
ジュスティア人の中にも稀に金で動く人間がいるが、探すのは非常に難しい。

マニーは逐一オアシズに関係のありそうな情報を収集し、それを踏まえて航海をしてきた。
どれだけ些細な情報でも必ず金を払って収集し、協力者が常に新鮮な情報をマニーにもたらすように習慣づけていた。
その習慣が実を結び、今回の情報をもたらした。

¥・∀・¥「ただ、脱獄者の名前は分かっています。
      シュール・ディンケラッカーとデミタス・エドワードグリーンです」

反応したのはヒートだった。
裏の世界に深くかかわっていた経歴を持つ彼女は、その二人の名に聞き覚えがあった。

ノパ⊿゚)「愉快な面子とは言えねぇな。
     シュールって言えば“バンダースナッチ”だろ?
     子供を誘拐して売り捌いて、臓器売買もやってたらしいじゃねぇか。
     おまけにデミタスは“ザ・サード”。

     その二人だけ脱獄させた理由が気になるな。
     殺しをやらせるんなら別の連中を選んでもよさそうだけどな」

384名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:59:45 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚、゚*ζ「……何かを奪うつもりね、私達から」

デレシアの言葉にヒートが訊き返した。

ノパ⊿゚)「奪う?」

ζ(゚、゚*ζ「シュールは子供を誘拐することが得意で、デミタスは物を盗むことが得意。
      どっちも奪い取ることを得意としているわ。
      島の中で仕掛けてくるのか、それとも船の中なのかは分からないけどね」

¥;・∀・¥「またこの船が……」

オアシズで大量殺人をされたマニーとしては、もう二度と彼らを船に乗せたくないはずだ。
一度だけでなく二度も同一人物に船の安全を脅かされたとなれば、オアシズは街として死んでしまう。
せめて準備するだけの時間があればいいのだが、終息から二日しか経っていない海上で新たな従業員や資材を仕入れることは不可能だ。
あまりにも急すぎる展開に頭を抱えるマニーだが、デレシアが力強く言い放った一言が、彼の表情から不安を消し去った。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫、そうはさせないわ。
      私達が島に行けば、あいつらはこの船にこないはずよ」

ショボン達の狙いがデレシア達であれば、彼女達が島に上陸した方が互いにとって何かと都合がいい。
デレシア達は降りかかる火の粉を払いのけられるし、オアシズは無意味に被害を拡大せずに済む。

¥・∀・¥「助かります、デレシアさん……」

ζ(゚ー゚*ζ「その代り、ちょっと協力してもらう事があるわ」

¥・∀・¥「私に出来る事であれば」

ζ(゚ー゚*ζ「狙撃用のライフルとバイク、それと幾つか道具を用意してほしいんだけど、いいかしら?」

¥・∀・¥「どちらもご用意できますが、品物についてはご希望の種類があるかどうか……」

オアシズには武器保管室があり、ライフルや弾薬を用意することが出来る。
中には銃を扱っている店もあるため、物に困ることはないだろう。
問題なのはバイクだ。
輸送コンテナに入っているバイクの種類は人気の車種が主で、デレシアの希望に添える物があるかは分からない。

ζ(゚ー゚*ζ「ライフルは何でもいいわ。
      ただ、バイクはアイディールを借りたいの。
      “サンダーボルト”が使っていたやつよ」

そのバイクの名前を聞いて、マニーはデレシアの意図が理解できたかのように頷いた。

¥・∀・¥「それであれば、万全の状態でお貸しできます。
      メンテナンスは一日たりとも怠っておりません」

ノパ⊿゚)「アイディール?
    バイクは結構知ってるつもりだけど、そんなバイク聞いたことねぇな」

385名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:06:36 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚ー゚*ζ「すごく珍しいバイクなの。
      ジャネーゼっていう場所にあった四つの会社が共同で開発したバイクで、私の知る限り、最高のバイクよ」

ヒートが知らないのも無理のない話だ。
現存するだけで僅かに30台。
発掘された設計図やパーツを基に復元され、製造されたそれはその名の通り、バイク製造にかかわる人間とバイクを愛する人間にとっての理想形だった。
高性能な電子制御システムによってあらゆる環境下で最適な走りを可能にし、まるで生き物のように乗り手の好みを学習する人工知能が搭載されている。

乗ってきた人間によって性格を変えることから、アイディールは生きたバイクとして大勢のバイク乗りの憧れとしての地位を確立している。
だが、あまりにも希少なバイクであるが故に、それを見てもその価値に気付かない人間がほとんどだ。
残ったアイディールのほとんどが金持ちのコレクションとしてガラスケースの中に収められているか、外部の目に触れたり知られたりしないようにして保管されている。
マニーの所有する一台も遺品整理のオークション会場で偶然見つけた物を彼の祖父が買い取り、コレクションの一つとして所有している物だった。

¥・∀・¥「よろしければ、後で試乗されますか?」

ノパ⊿゚)「あぁ、是非」

ヒートは頷き、デレシアも絶賛するバイクの正体と性能を早く知りたい気持ちが表に出ないよう、どうにか抑えた。
だが、デレシアには見破られていた。

ζ(゚ー゚*ζ「ふふ、後で一緒に乗りましょ。
      ヒートは何か必要なものはあるかしら?」

ノパ⊿゚)「あたしは9ミリの弾でももらおうかな。
    強化外骨格が相手になるだろうから、それ用の徹甲弾もあると嬉しい」

¥・∀・¥「勿論ご用意可能です。
      弾倉に入れた状態でお渡しいたします」

ノパ⊿゚)「あぁ、そうしてくれると助かる。
    ところで、“サンダーボルト”って誰だ?」

ζ(゚ー゚*ζ「ジュスティアにいた狙撃手よ。
      といっても、昔の人だけどね」

ノパ⊿゚)「ふーん。どんな奴だったんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「さぁ、私はあまり関わらなかったからよくは知らないわ。
      でも、ペニと仲が良かったのは知ってるから、面白い人だったんでしょうね」

デレシアが口にしたペニサス・ノースフェイスの名を聞き、ヒートはその人物に少しの興味を持った。
“魔女”と呼ばれた天才狙撃手であるペニサスは、フォレスタでその身を挺してブーン達を守り、死んだ。
彼女はブーンにとっての先生、ヒートにとっての恩人、そしてデレシアにとっては友人だった。
一体彼女がどのような経緯でジュスティアの軍人と交流を持ったのか、気になるところだ。

デレシアも知らないというペニサスの過去。
それを知る術は、もうどこにもない。

ζ(゚ー゚*ζ「それと、マニー。
       明日お願いしたいことがあるの」

386名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:09:22 ID:eFiZr2lo0
¥・∀・¥「何でしょうか?」

ζ(゚ー゚*ζ「虎をあの島に上陸させる手助けをしてほしいのよ」

¥・∀・¥「トラギコ様をですか?
      しかし、ジュスティア軍だけでなく、警察にまで例の暗号が発信されています。
      我々にもトラギコ様にこの事を知られないよう協力するようにと、連絡がありました。
      どうやら、あの方をジュスティアに連れ帰りたいそうです。

      もちろん、我々としてもトラギコ様が島への上陸を望んでいる事を把握しておりますし、その願いを叶えたいと考えております。
      島に行けば間違いなく追われますが、いいのですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「あの刑事さんならどうにかするはずよ。
      ジェイル島の事も教えてあげてね。
      そうすれば、絶対に動くから」

ノパ⊿゚)「何で動くって分かるんだ?
     あの刑事、言っちゃあれだけどあんたに夢中だろ」

間違いなく、トラギコはデレシアを追っている。
恐らくは、オセアンで起こった事件の重要参考人として目星をつけ、確固たる証拠を手に入れようとしているのだ。
だが捕まるつもりも、尻尾を見せるつもりもない。
彼にはまだ別の事で働いてもらいたいというのが、デレシアの考えだった。

ζ(゚ー゚*ζ「優秀な刑事なら、何を先に処理するべきか分かるはずだもの。
      現に一人、貴重な証人を逃がした上に、ジュスティア軍と警察に追われていると知ったら、オアシズに留まるはずがないわ。
      彼が動けば、島にいるジュスティアの人間も動く。
      そうすれば私達の道が見えてくるって寸法よ」

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八月九日の午前九時、オアシズの正面にティンカーベルの姿が見えてきた。
予定通りマニーはトラギコに情報を流し、彼はそれに食いついた。
デレシアの予想した通り、トラギコは島に上陸するとの事だった。
全てがデレシアの予定通りになった事もあり、彼女の部屋にいる三人は荷造りに取り掛かっていた。

387名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:10:57 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚ー゚*ζ「脱獄犯がどうにかなるまでは、オアシズはここに停泊するそうよ」

マニーが船内にある店を使い、デレシアのために揃えられた道具がカンバス地のザックに詰めて渡され、デレシアは中身を確認しながらそう言った。
同じくマニーから弾を受け取ったヒートは弾倉をザックに詰め、自分自身の装備を最終点検している。
両脇のホルスターには彼女の愛銃であるM93Rが納められ、後ろ腰の鞘には大ぶりのナイフがあった。
オリーブドライのローブを被り、装備が引っかからないかを確認した。

ノパ⊿゚)「となると、ティンカーベルの後はまたオアシズに戻るのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「結末次第ね。
       私達の当初の目的はニューソクを不能にすることだったから、まずはそれを処理しないとね」

(∪´ω`)「にゅーそくってなんですかお?」

ベッドの上でザックを抱えるようにして座るブーンの質問に、デレシアが答えた。

ζ(゚ー゚*ζ「発電機の一つよ。
      小型で安全で、効率よく発電できる装置よ」

(∪´ω`)「おー?」

ブーンはよく分かっていない様子だった。
装備の確認を終えたヒートは、デレシアの方を向いた。

ノパ⊿゚)「でもデレシアはどうしてそんなのがこの島にあるって知ってるんだ?
    あいつらも知らないんだろ?」

ζ(゚ー゚*ζ「この島に何度か来たことがあるから、たまたま知ってただけ。
      かなり分かりにくい形で保管されているから、あいつらも気付けなかっただけよ」

ローブを頭から被り、デレシアも準備を終えた。
ベッドの上に置いてあったライフルケースを開き、そこから一挺の狙撃銃が現れた。

ζ(゚ー゚*ζ「私達が出かけるまでにはまだ時間があるから、少し銃の練習をしましょうか。
      ブーンちゃん、ロウガとの練習でライフルは撃った?」

(∪´ω`)「おー、ありますお」

ロウガとの試合後、三人は射撃練習を行った。
ヒートはM93Rの具合を確かめ、ブーンは彼でも問題なく使える銃を探すことを主に行ったが、まだ見つかっていない。
銃を撃つ機会が増えれば、自ずと見つけられるだろう。

ノパ⊿゚)「確かレミントンを使ってたな」

ζ(゚ー゚*ζ「なら、こっちも使えるはずよ。
      これはね、WA2000っていうライフルよ」

デレシアが掲げたのは、木と鉄が融合したライフルだった。
セミオートマチック狙撃銃であるワルサーWA2000は非常に高価な銃で、民間に出回っているのはその廉価版の方だ。
ボルトアクションに引けを取らない射撃精度に加えて、オートマチックならではの連射力を兼ね備えたこの銃は、確かに初心者には最適な銃とも言える。

388名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:13:11 ID:eFiZr2lo0
ノハ;゚⊿゚)「って、何を撃つつもりなんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「トラギコがちゃんと生きて島に上陸できるよう、手を貸すだけよ」

弾倉を抜いたそれをブーンに持たせ、その重さを実感させた。

(∪´ω`)「まえにつかったのより、おもいですお」

ζ(゚ー゚*ζ「そう、重い分扱いやすくなってるのよ。
      さ、屋上に行きましょうか」

荷物を置いて、三人は部屋を出た。
船内には放送が流れ、島に上陸することはまだ認められていないという連絡が繰り返されている。
必要備品があれば船員が買い出しに行くとの旨が告知され、その費用はオアシズが全額負担するという捕捉もされた。
今や、ティンカーベルは新たな人間を受け入れることも、外に出すことも許されていない状態だ。

複数の島で構成されているティンカーベルにも、島と島の行き来が禁止され、ジュスティアは完全に犯人たちを島に閉じ込める作戦に出たのだ。
かつてこの島であったデイジー紛争の時を彷彿とさせる動きに、デレシアはジュスティアの徹底主義が時代を経ても変わらないことに安心すると同時に、呆れた。
こうして封鎖状態を作ることで逃げ道を失うのは自分達も同様なのだ。
恐らく、彼らとしてはその昔とは状況が違う事を踏まえた作戦なのかもしれない。

ティンカーベルはジュスティアの支配下にある街だ。
どこの街よりも早く増援を送り込めるため、優位にあると考えるのも無理もない。
あの時代はまだこの島に駐屯していたのはイルトリア軍で、迂闊に手出しが出来ない状態だった。
今はもうそれを気にしないで作戦を展開できるという事は、確かに、ジュスティア警察にとっては有利だろう。

元ジュスティア警察官であるショボンに悟られないよう、どのような作戦を展開するのか、興味に絶えない。
未だ封鎖中の屋上へと上がり、三人は太陽の下で改めてティンカーベルの姿を見た。

(∪*´ω`)「おー! でっかいおー!」

ζ(゚ー゚*ζ「島の真ん中に塔が見えるかしら?」

(∪´ω`)「お、みえますお!」

ζ(゚ー゚*ζ「あれがグレート・ベル。
      ティンカーベルの象徴よ」

(∪´ω`)「ぐれーと、べる」

ノパー゚)「偉大な鐘、ってことさ。
    島に行った時に見に行こうな」

ヒートの目にもグレート・ベルは見えているが、ぼんやりとした白い何かが浮かんでいるだけだ。
ブーンの目に見えるそれはきっと、もっとはっきりとした形をしているのだろう。

(∪´ω`)「お!」

ζ(゚ー゚*ζ「ヒート、ちょっとスコープで波止場の方を見てもらってもいい?」

389名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:15:01 ID:eFiZr2lo0
ノパ⊿゚)「おう」

観測手用の高倍率な単眼鏡を受け取り、倍率を上げてその先を見る。
小さな船が一隻、波止場とグルーバー島を繋ぐ橋の傍に浮かんでいる。

ノパ⊿゚)「船が出てるな……」

ζ(゚ー゚*ζ「やっぱりね。
      その船、間違いなくジュスティアの船よ」

ノパ⊿゚)「根拠は?」

ζ(゚ー゚*ζ「犯人が真っ先に逃走経路に選びそうな船の出航を許すわけないもの。
      哨戒艇の類でしょうね」

ノパ⊿゚)「なるほど、確かに。
    ってことはよ、トラギコの事を待ってる連中かね?」

ζ(゚ー゚*ζ「きっとそうでしょうね。
      ジュスティアも流石に分かってるわね、あの刑事が大人しくしているはずがないって。
      船の中で付け回してたし、本人も分かってるでしょ」

船が近付くにつれ、島全体が大きく見えてくる。
緑豊かな三つの島。
西からバンブー島、グルーバー島、そしてオバドラ島。
鐘の音街の象徴であるグレート・ベルはグルーバー島にあり、船はその手前にある波止場に停泊する予定だ。

美しい自然が見どころの街だが、非常に閉鎖的な街であることはガイドブックには書かれていない。
ティンカーベルの人間が外部の人間と接する姿勢は、非常にビジネスライクだ。
観光客に対しては驚くほど友好的に接するが、観光客が困っている時には一切の手助けをしない。
彼らは観光客を金と面倒を持ち込む存在としか考えておらず、それは外の街から島に越してきた人間に対しても同じような接し方がされる。

何十年と時間をかけてようやく受け入れられた時には、その人間もいつしか他の島民と同じように外部の人間に接するようになっている。
負の連鎖は、決してなくならない。
それは四方を海に囲まれた小さな街が生き延びるための工夫であり、生き方なのだ。
事実、島の中で決められている掟さえ守ればよほどのことは起こらない。

彼らが異なった価値観を持つ人間を恐れ、忌み嫌うのはその掟を破る存在だからだ。
当然、異質な存在も彼らにとっては排除するべき対象だ。
例えば、島で障害児が生まれた時、彼らはその赤子を海に捨てる。
島の平和を護るためであり、そうした方が赤子のためでもあるというのが彼らの言い分だ。

ましてや、耳付きとなると災厄の運び手としか見ない。
耳付きが生まれた場合、その場で即座に殺され、母親は島の外に逃げざるを得なくなる。
そのため、ブーンを連れていくためには帽子が不可欠になる。
彼の正体に気付いて何かをしてくる人間がいれば、デレシアとヒートがそれを排除するだけだが、揉め事はニューソクを見つけてからの方がいい。

390名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:18:02 ID:eFiZr2lo0
目立つことでショボン達に居場所を知られ、邪魔される確率が高くなってしまう。
まずはトラギコが島に上陸し、それからデレシア達が上陸すれば、いくらかの露払いをしてくれることだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「だから、私達が手を貸して上げれば上陸しやすくなるでしょう」

やがて、オアシズはその巨大な船体をゆっくりと止め、小さな波止場に接岸した。
甲板から綱が投げられ、すぐに係留柱に結び付けられる。
また、巨大な錨が海中に落とされ、船をその場にしっかりと留めさせる。
その光景を、三人は屋上から見下ろし、それからその場に伏せた。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、ライフルの使い方実践編よ。
      ブーンちゃん、沖に船が見える?」

(∪´ω`)「はい、みえますお」

ζ(゚ー゚*ζ「何が乗っているか見えるかしら?」

(∪´ω`)「えーっと……じゅうをもったおとこのひとがいますお」

ノハ;゚⊿゚)「……この距離でそこまで見えるのか」

ブーンが人間離れした身体能力の持ち主であることは知っているが、ヒートの目算で海に浮かぶ船までの距離は軽く一マイルはある。
白い小さな点にしか見えないが、ブーンの目には人間とその武器が見えるらしい。
橋までの距離も同じく一マイルほどあり、一見すれば無害な船に思えなくもない。

ζ(゚ー゚*ζ「って言う事は、あの船はトラギコの邪魔をするつもりってことね」

デレシアはWA2000にサプレッサーを取り付けてからバイポットを降ろし、屋上の縁から船に向けて銃を構えた。

ノパ⊿゚)「当てられるのかよ、一マイルはあるぞ。
     サプレッサーなんて付けたら射程が縮むぞ」

ζ(゚ー゚*ζ「面倒事は避けたいから、仕方ないわよ。
      さて、ブーンちゃん、よく見ているのよ。
      まずは風向きを見ましょう。
      ヒートは波止場の方で動きがあったら教えて」

ヒートは船の左手側へと移動し、単眼鏡を覗いた。

ノパ⊿゚)「準備オッケーだ」

船倉から輸出品を詰めたコンテナがトラックに乗せられ、そのトラックはジュスティア軍の人間が厳重に調査し、そして軍人の手で島内に運び込まれることになっていた。
マニーの話によれば、トラギコはコンテナが降ろされる瞬間を狙って動くとの事だ。

ノパ⊿゚)「おっ、トラギコだ……
     っておい、さっそくなんか絡まれてるぞ」

ζ(゚ー゚*ζ「人気者の宿命よ」

そして次の瞬間、デレシアとブーンが同時に反応した。

391名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:18:55 ID:eFiZr2lo0
(∪´ω`)「おっ」

ζ(゚、゚*ζ「あら」

その意味をヒートは遅れて理解した。
眼下でバイクに乗り、今まさに逃げ出そうとしていたトラギコが吹き飛んだのだ。
不自然極まりない転倒の仕方は、前輪に何かが起きたことを示していた。

ζ(゚、゚*ζ「撃ったわね、あの船から」

ノハ;゚⊿゚)「船上からこの距離を?
     しかも相手はバイクだぞ!」

ζ(゚ー゚*ζ「へぇ……面白いことするわね」

ヒートの視線の先で、トラギコが走り出した。
だがバイクに弾を当てられる人間がいるのならば、人間がいくら走ったところで逃げ切れるはずもない。
デレシアの手元でくぐもった銃声が鳴った。
しかし、ヒートの視線の先でトラギコは足を撃たれて転倒している。

ノハ;゚⊿゚)「おいおい、当たって――」

再びデレシアが発砲する。
すると、トラギコが掲げていたコンテナが衝撃を受けたのように彼の手を離れた。
やがてトラギコは黒塗りのSUVに乗せられ、その車はグルーバー島へと猛スピードで走って行った。

ζ(゚ー゚*ζ「これでよし」

ノハ;゚⊿゚)「どういうことだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「弾道を変えたのよ。
      だから、最初の一発は足に当たったし、次の一発はケースに当たったでしょ」

ノハ;゚⊿゚)「……はぁ?!」

ζ(゚ー゚*ζ「飛んできた弾に当てて、致命傷を外させたのよ。
       たぶん、狙撃した方は何かのミスだって思うでしょうね」

ノハ;゚⊿゚)「マジかよ……」

飛来する弾に弾を当てる。
それは曲芸の一つとして実際に可能な技だが、距離と条件が違う。
曲芸として見せる技はタイミングが決められ、距離は非常に近く、方向は限定されている。
だが今回、デレシアがやったという狙撃は一マイル離れた距離から狙撃された弾丸を狙い撃つという物。

正面から弾を受け止めるのではなく、上方から相手の弾道に侵入させ、僅かに擦り当てることで狙いだけを変えるという行為は偶然や運の要素があったとしても、狙えるものではない。
理論上は可能だろうが、ヒートには想像も出来ない技だ。
見えない物に当てるだけでなく、そのタイミングを予期しなければ決して出来ない。
デレシアに対する疑問が一つ増えたが、次に彼女の口から出てきた言葉に、ヒートは流石に押し黙るしかできなかった。

392名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:21:13 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚ー゚*ζ「ペニならもっと上手にやれたわ」

ライフルケースと薬莢を回収し、デレシア達は屋上を後にする。
部屋に戻った三人は用意しておいたそれぞれの荷物を持ち、船倉へと向かうことにした。
道中、ブーンは幾つかの質問をした。

(∪´ω`)「ペニおばーちゃん、デレシアさんよりもすごかったんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、ペニおばーちゃん以上に狙撃が上手い人間はそうそういないわ」

(∪´ω`)「おー、ペニおばーちゃんすごいおー!」

ζ(゚ー゚*ζ「ふふふ。もし機会があれば、おばーちゃんのお話をしてあげるわね」

(∪*´ω`)゛「おねがいしますお」

そして次の質問は、ホットドッグの屋台を見つけた時にぽつりと彼の口から出てきた。

(∪´ω`)「……シナーさん、どこいっちゃったんだろ」

ヒートはその答えを知っていた。
ブーンに優しく接した餃子屋の店主は、オアシズの厄日の際、トゥエンティ―・フォーを使ってヒートと対峙した。
結果としては分厚い装甲に幾つもの穴を空けたが、中の人間には当たらないよう、巧妙に攻撃を受け止められていた。
そしてショボンが逃げるのとほぼ同時に、彼自身も逃げ遂せたのだ。

彼はデレシア達の敵だった。
本音を言えば敵として出会いたくない、出会わなければよかったと思う人間だった。
ブーンの成長に少なからず関与した人間が敵という事実は、出来れば彼には伝えたくない。

ζ(゚ー゚*ζ「忙しい人だから、また別のところで餃子を売りに行っているわよ」

(∪´ω`)「おー、つぎにあったら、もっとおはなししたい……ですお……」

ノパ⊿゚)「大丈夫、その内会えるさ。
     こういうのを縁、って言うんだ」

(∪´ω`)「えん?」

ノパ⊿゚)「あたし達が出会ったようなものさ」

(∪´ω`)「お、じゃあまたあえますかお?」

ノパー゚)「……あぁ、きっとな」

どのような形で出会うかは、言う必要はないだろう。
次に会う時はおそらく、完全な時として殺し合う関係で出会う事だろう。
船倉に到着し、コンテナの前で三人を出迎えたのは市長と五人のブロック長達だった。

ζ(゚ー゚*ζ「あら、随分と大げさね」

393名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:24:58 ID:eFiZr2lo0
¥・∀・¥「デレシア様、どうかお気を付けください。
      円卓十二騎士も脱獄犯を捕まえるために派遣され、正直、島はあまり快適な状態とは言えません」

ジュスティアが誇る十二人の騎士。
彼らはジュスティアを守る騎士としてその実力と忠誠心を認められた正真正銘、正義の都の最高戦力である。
その名が出ても、デレシアは表情一つ曇らせなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ。 ちょっとお散歩するような物だから」

¥・∀・¥「何かあれば、これを使ってください。
      逆探知防止機能の付いた携帯電話です。
      常に出られる状態にしておきますので、何なりとお申し付けください」

ただの携帯電話だけでも相当な価値があるが、逆探知防止機能が付いた物になると、市民の平均生涯年収にまで達する。
デレシアは黒い携帯電話を受け取り、微笑んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、マニー。
       とても助かるわ」

¥・∀・¥「ジュスティア軍と警察に、特例としてアイディールが島に上陸する旨は伝えてあるので引き留められることはないはずです。
      それと、アイディールはデレシア様にお譲りいたします。
      それは私の様な海の人間には無用の長物。
      世界を旅される方にこそふさわしい乗り物です。

      その方が、祖父もバイクも喜ぶはずです」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがたくいただくわ。
       ブロック長の皆さんも、忙しいところありがとう」

マニーの背後に一列で整列し、腕を前に組むのは五人のブロック長。
ずい、と前に一歩踏み出したのはノリハ・サークルコンマだった。

ノリパ .゚)「はい、オアシズの恩人が発たれるというのに何もしないようでは、我々ブロック長の沽券にかかわります。
     いえ、それだけではありません」

マト#>Д<)メ「我々のオアシズを救って下さった方に、この程度しか出来ない不甲斐なさ……
       もし我々に出来る事があれば、いつでも、何でもお力になります」

W,,゚Д゚W「ジュスティアの無線の傍受はすでに信頼できる部下達に行わせております。
     何か大きな動きがあれば、逐一ご連絡いたします」

('゚l'゚)「このご恩、我々は決して忘れません」

最後に歩み出たのは、オットー・リロースミスだった。
彼は恥じ入るかのように首を垂れ、デレシアに非礼を詫びるとともに、バイクのキーをデレシアに手渡した。

£°ゞ°)「数々のご無礼、ご容赦ください。
      僭越ながら、アイディールにパニアを装着させていただきました。
      全て防弾仕様で、9ミリ弾までは耐えられます」

394名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:26:10 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、ロミス。
      貴方が自分の行いを過ちだと思うのならば、その過ちを次に活かしてね。
      貴方達ならオアシズをより良い街に出来るはずよ。
      ……じゃあ、私達は行くわね」

コンテナに積まれていた一台のバイク。
それは、全てのバイク乗りの羨望の的であり、理想の形。
車体の半分は蒼いカウルに包まれ、本来は後輪を挟む位置にあるはずの大口径二本出しのマフラーが後部座席の下に収まっており、前の乗り手が改造したのだと分かった。
フロントライトの下には鳥の嘴を彷彿とさせるカウルがあり、三つの鋭い形のライトが伝説に登場する猛禽類の目を彷彿とさせる。

ナックルガードは鉄芯が入っており、転倒したとしても破損することは間違ってもあり得ない。
エンジンガードとアンダーカウルには傷や錆もなく、大切に扱われてきたことを如実に物語っていた。
フルパニアを装備したバイクは埃一つ積もっておらず、つい先日まで乗り回されていたかのような生気があった。
柔らかいシートの上には一組のライディンググローブが用意されていた。

グローブを付けてからシートに跨り、デレシアはスイッチを操作し始めた。
エンジンの位置が地面から僅かに離れ、アドベンチャータイプの様な姿へと変わる。
これがアイディールの最大の特徴。
電子制御による車種の変更だ。

エンジンの位置を高くすることも、低くすることも、全て電子制御装置が行ってくれる。
更に、走行中にもその可変機能を使用することが出来るため、路面状況の変化に即応できるよう設計されていた。
セルフスターターとキックスターターを両方供えた実用性重視のアイディールは、あらゆる需要に応え、あらゆる供給をすると絶賛された車種だ。

ζ(゚ー゚*ζ「……いい子ね」

一言そっとそうつぶやき、デレシアはタンクを優しく撫でた。
セルスイッチを押すと、低く、そして静かなエンジンが始動した。
ギアをファーストに入れ、クラッチを軽く握りながらアクセルを回す。
コンテナからバイクを出したデレシアはギアをニュートラルに入れてから、ブーンを自分の前に乗せ、ヒートをその後ろに乗せた。

£°ゞ°)「ご要望通りのヘルメットです」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、ロミス」

デレシアとヒートはジェットヘルメットを、ブーンはゴーグルの付いたハーフヘルメットを用意させた。
ブーンだけヘルメットの種類が異なるのは、彼が人とは異なる耳を持ち、それを上手く隠せるのがハーフヘルメットだったからだ。
デレシアは目の前に座るブーンにヘルメットを被せ、ストラップを首の下で止めると彼の垂れた耳が丁度隠れた。
ヘルメットの感触を確かめるように、ブーンが両手でヘルメットを触る。

395名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:27:02 ID:eFiZr2lo0
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                         , へ、
                   /.:.:.二≧、
                 /.:.:.:.:.:.:.:.:.;二>――‐- 、
                 /_.:.:.:.:.:.:.:ノ________\   /|
                  /.:.:.:.:.:\:.〃  ̄ ̄八i:i八 ̄ ̄ `Yi:iV L....,
              ∨ ̄`ヽ:.:/i{___,,.≦Y⌒Yi≧: __,}:i{:}ハ  く
                /    ,:/{i:i:i:i:i:i:i:i:i/__\i:i:i:i:i:i:i:i入iハ/  おっ
               /      ||i:i≧=-‐ ≦、: :ノ : |l ,≧ ‐-=≦ドi:,
              /       ||i:{,xく: :/⌒/} : :八⌒\}l : ヽ| |l
           {     V ∨ }}: : :,x:=ミイ/ ,x:=ミ、从 : : | ||
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(∪´ω`)「おー」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、やっぱり似合うわね」

ノパー゚)「あぁ、ばっちりだ」

(∪*´ω`)「おー」

準備が整い、デレシアとヒートはバイザーを降ろし、デレシアはブーンのゴーグルをかけてやった。
コンテナがクレーンで動かされ、鉄の軋む音が船倉に木霊する。
その中でも、デレシアの声は見送りに来た六人の耳に明瞭に聞こえた。

ζ(゚ー゚*ζ「それじゃあ、行ってくるわ。
      また会いましょう」

エンジン音を残し、デレシア達三人はオアシズを出てティンカーベルへと向かった。
その姿は小さくなり、やがて、消えて行った。
斯くして、この日。
様々な思惑を持つ人間達が、一つの島に集結することになる。

これは――

396名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:28:51 ID:eFiZr2lo0
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               これは、力が世界を動かす時代の物語
      This is the story about the world where the force can change everything...

                 そして、新たな旅の始まりである
              And it is the beginning of new Ammo→Re!!

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Ammo→Re!!のようです Ammo for Reknit!!編
序章【concentration-集結-】 了

397名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:30:05 ID:eFiZr2lo0
長らくお待たせいたしました
第一章は今月中に投下したいと思います

これにてReknit!!編の序章はおしまいです
何か質問・指摘・感想などあればお気軽に

398名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 21:24:20 ID:XvxH0X3w0
乙乙

399名も無きAAのようです:2016/08/08(月) 00:07:06 ID:KcW95vd.0

トラギコが大怪我した裏で化物みたいな技巧が披露されてて笑った

400名も無きAAのようです:2016/08/08(月) 19:23:17 ID:7VdMkyIg0
にしてもギコ空気だな

401名も無きAAのようです:2016/08/27(土) 17:17:21 ID:Byl/w/Yg0
明日、VIPにてお会いしましょう

402名も無きAAのようです:2016/08/27(土) 18:08:54 ID:B5qmOFYE0
全裸待機

403名も無きAAのようです:2016/08/27(土) 21:15:15 ID:I.yGHkmk0
待ってるよ

404名も無きAAのようです:2016/08/29(月) 21:36:35 ID:7ME1XqpU0
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貴方が走る道。
貴方と走る道。
貴方と過ごした全ての時間を、覚えている。

                   I d e a l
――こ れ が 、 バ イ ク の “ 理 想 形 ”


                                 ――“アイディール”のキャッチコピー

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橋の上は風が強く、東から西に抜ける横殴りの風が吹いていた。
長い橋は小さな波止場から島に続く唯一の道で、そこを走るのはたった一台のバイクだった。
蒼いハーフカウルを纏うそのバイクは、車高がやや高めで、ちょっとした悪路でも問題なく走れる姿をしていた。
楯のように備え付けられたウィンドスクリーンは、搭乗者の上半身を風から守るために、高く設計されている。

三つのライツを眼のように光らせ、風に押し流されることなくゆったりとし走る姿は、架空の獣の様でさえある。
アイディールと呼ばれるそのバイクを運転するのは、癖の強く豪奢な金髪を持つ碧眼の女性だった。
空を閉じ込めた様な美しい瞳は、まっすぐ正面に向けられている。
そこにあるのは豊かな自然の象徴である山であり、白い鐘楼が聳え立つ“鐘の音街”、ティンカーベル。

ζ(゚ー゚*ζ

どこか愁い影が見え隠れする笑みを浮かべ、バイクを駆る女性の名前はデレシア。
二十代の若々しく、そして整った顔立ちとは裏腹に彼女のカーキ色のローブの下には大型自動拳銃と水平二連式ショットガンがそれぞれ二挺隠されていた。
力が全てを変え得る現代に於いて、銃は老若男女、身体的な障害を除けば全ての力を拮抗させる最高の道具だ。
銃爪を引き絞る力と狙える力さえあれば、赤子でも人を殺せる。

デレシアの後ろには、もう一人、若い女性が座っていた。
こちらは赤い茶色の髪が外側に向けて跳ね、大きな瞳は深い青色をしている。
海原を連想させる青い瞳は、島ではなく、海の方に向けられていた。
ティンカーベルの澄んだ海は陽光を浴び、キラキラと輝いている。

こちらの女性も、デレシアと同じローブを身につけ、その下に銃を隠し持っていた。
彼女の銃は二挺の自動拳銃だが、デレシアのそれと比べて口径は小さく、連射速度と装弾数で勝っていた。
雑兵を相手にするのであれば、こちらの装備の方が理に適っているが、状況によってはデレシアの装備が力を発揮する時もある。
それは、赤毛の女性の背負うコンテナが答えだった。

軍用第三世代強化外骨格、通称、“棺桶”と呼ばれる兵器が関係していた。
棺桶は使用者を強化し、人間離れした力を与える軍事発明品の究極系だった。
堅牢な装甲と強力な武装で、対人は言うまでもなく、対戦車戦闘までも可能にする
デレシアの持つ自動拳銃と専用の弾であれば、大抵の装甲を撃ち抜き、使用者――棺桶持ち――を殺傷せしめる。

ノパ⊿゚)

405名も無きAAのようです:2016/08/29(月) 21:50:29 ID:7ME1XqpU0
勿論、赤毛の女性、ヒート・オロラ・レッドウィングも強化外骨格と戦う術を持っている。
彼女の背負う棺桶こそが、正にそのための道具だ。
“レオン”という開発名を持つ彼女の棺桶は、コンセプト・シリーズと呼ばれる単一の目的に特化して設計された物で、非常に希少な物だった。
ヒートの使用する棺桶は、対強化外骨格用強化外骨格。

つまり、棺桶を破壊するための棺桶なのだ。
対人でも、対空でもなく、棺桶同士の戦闘でその真価を発揮する。
AからCの記号で大きさを分類する棺桶の中で、レオンは最小・軽量に該当するAクラスの棺桶だが、その力は大きさでは測れない。
巨躯を誇る人間が小さな銃弾で殺されるのと同じように、大きさは単純な力を示しはしない。

デレシアの存在が、それを何よりも雄弁に物語っている。
彼女はその身一つで棺桶相手に大立ち回りを披露し、圧倒する力を持っている。
謎の多いデレシアがどのように生きて来たのか、ヒートは知らない。
デレシアもまた、ヒートがどのように生きて来たのかを知らない。

デレシアの前に座り、タンクに両手を乗せる少年がいた。
過ぎ去る景色に目を細め、喜びを露わにする少年。
その少年もまた、二人と同じローブを着ていた。
違うのは、少年は銃器だけでなく、一切の武器を身につけていない事だった。

幼さの固まりとも言える少年だが、その深海色の瞳の奥には、深い悲しみの色が見え隠れしている。
かつて奴隷として売られ、奴隷として生き、物のように扱われてきた過去を持つ少年は、同年代の子供たちよりも多くの事を経験してきていた。
あらゆる理不尽、暴力、差別を経験した少年の体には沢山の傷が刻まれている。
彼がそのような境遇になったのは、彼の容姿が原因だった。

(∪*´ω`)

ヘルメットの下に隠れている犬の耳と、服の下にある犬の尾。
普通の人間とは明らかに異なる、獣と人間が融合した姿はこの世界では嫌悪と差別の対象だった。
耳付き、と呼ばれる人種である少年は生まれながらにして理不尽な世界で生きざるを得なかった。
だが、その日々は終わりを告げた。

デレシアが彼に救いの手を差し伸べ、共に旅をすることで彼は世界を見知る事となる。
人と出会い、人と別れ、少年は少しずつ成長していった。
少年の名は、ブーン。
名も無き少年にデレシアが与えた、彼の名前だった。

三人を乗せたアイディールの人工知能は、デレシアの運転の癖を学習し、同乗者の体重移動を記憶容量に保存した。
人工知能は三人の名前を記録し、その身長・体重も覚えた。
これで、誰が乗ってもすぐに搭乗者の好みに合わせた走行が出来る。
だがアイディールは己の能力をひけらかすことも、言葉を発することもない。

空を飛ぶ海鳥の鳴き声。
蝉の合唱。
潮の香り。
そして、風を切る音。

406名も無きAAのようです:2016/08/29(月) 21:52:41 ID:7ME1XqpU0
多くの情報が人工知能に蓄積され、更新され、自己学習機能の向上に役立てられた。
やがて人工知能は、今走っている場所がティンカーベルであることを結論付けた。
この地は前の所有者が何度も訪れ場所であるため、その時のデータを呼び出し、地形ごとに最適な走行情報を用意した。
だがアイディールは何も語らない。

八月九日、三人の旅人と一台のバイクはティンカーベルのグルーバー島に上陸した。

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Ammo→Re!!のようです
Ammo for Reknit!!編
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                                          第一章【rider-騎手-】

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バンブー島、グルーバー島、オバドラ島と小さな島々で構成されるティンカーベルの歴史は古く、島に残る多くの建造物が築一世紀以上の物ばかりだ。
長年風雨に晒され続けてきた家屋は、薄汚れているというよりも、経年変化によってその魅力を高めた革製品の様な上品な佇まいをしている。
デレシア一行を乗せたバイクは、その街並みを横目に、山に向けて疾走していた。
傾斜に合わせ、デレシアはギアを一速落とし、アクセルを捻る。

トルクのあるアイディールは、急斜面であろうとも、最低限のギア操作だけでも十分に登り切れるだけの力を持っていた。
道中、すれ違う車輌はごく少数だった。
バイクに乗る人間がすれ違う際、どちらともなく左手を挙げ、軽い挨拶を交わした。
起源については諸説あるが、互いの安全と旅の無事を願うこの行為は“ヤエー”と呼ばれているバイク乗り特有の挨拶だった。

(∪´ω`)「いまのひと、しっているひとなんですか?」

ヘルメットに内蔵された骨伝導スピーカーから、ブーンの声が聞こえてきた。

ζ(゚ー゚*ζ「いいえ、全く知らない人よ。
      だけどバイクに乗っている人同士の挨拶はそういうものなのよ」

始まりはデレシアが生まれるよりも昔にあった習慣だ。
当時は廃れつつあったこの挨拶も、今では大分定着している。
方法については特に形が定まっているわけではなく、自由の効く左手で思い思いに挨拶をする。
例えばデレシアが行った様に手を挙げるだけの挨拶もあれば、ピースサインで挨拶をする場合もある。

事故を起こせば大怪我をする可能性のあるバイクに乗る人間同士、互いの無事を願うのは同じ危険を承知でいる人間だと分かるからだ。

(∪´ω`)゛「なるほどー」

ζ(゚ー゚*ζ「次はブーンちゃんもやってみる?」

407名も無きAAのようです:2016/08/29(月) 21:53:39 ID:7ME1XqpU0
(∪´ω`)「おー、やってみますお」

車道を覆うようにしてその手を伸ばす木々が作り出す緑のトンネルに差し掛かる。
夏の日差しを忘れさせる木陰が万華鏡のように輝き、三人と一台はその中に入っていった。
自然のトンネルの中は夏とは思えない程涼しく、肌寒さすら覚える程だった。
この時期、ティンカーベルの気候は避暑地に相応しく、夏を忘れさせるほどの気温の低さだった。

一世紀ほど前は今ほどの涼しさはなかったが、ある時期から急激に気温が下がった事でティンカーベルは避暑地として有名を馳せている。
普段であれば観光客の運転する車やバイクで賑わいを見せる時期だが、今は非常事態という事もあり、外出をする人間は少なくなっている。
セカンドロックを破られ、脱獄を許した分かれば、更に外出者は減るはずだ。
こうして平和に挨拶を交わせるということは、島の人間に島が封鎖されている本当の理由は告げられていないだろう。

ジュスティアが持つティンカーベルへの影響力は、他のどの組織よりも強い。
島を束ねる人間よりもジュスティアの影響力が強い理由は、言わずもがな、軍や警察の派遣が迅速に行えることにある。
言い換えれば、ティンカーベルはジュスティアに決して逆らえない。
迂闊にジュスティアの機嫌を損ねれば軍が島を占拠し、ジュスティアの一部として吸収されないとも言い切れない。

現に、今こうして島全体を封鎖しているのはジュスティアなのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ほら、来たわよ」

デレシアが言った通り、対向車線にヘッドライトの明かりが見えてきた。
丸いライトが複数連なって現れ、集団でツーリングをしている人間だと分かった。
距離が縮まり、デレシアが左手でピースサインを出す。
その後ろでは、ヒートが右手を振る。

そして、やや躊躇いがちにブーンも手を振った。
返ってきたのは、壮観な光景だった。
先頭を走る人間は手を振り、その後ろでは両手を挙げ、更に後続車は立ち上がって手を振り、終盤は立ち上がりつつ両手を挙げるライダー達の返礼。
十数台のバイク集団からの挨拶を受け、ブーンはやや興奮気味に――本人の意思とは無関係に――その尾を振った。

(∪*´ω`)゛「おー!」

振り返り、ブーンは喜びを露わにする。

ζ(゚ー゚*ζ「気に入った?」

(∪*´ω`)゛「おっ!」

これまで、一般人からまともな扱いを受けたことがほとんどなかったブーンにとって、差別とは別次元のこの行為はいい刺激になりそうだった。
人という生き物は、外見から判断するものだ。
ブーンが差別を受けるのも、その耳と尾を見て判断をした結果だが、それが隠れていれば、誰も彼を差別しない。
差別の材料が視界に入らない限り、彼はただの少年でしかないのだ。

408名も無きAAのようです:2016/08/29(月) 21:54:38 ID:7ME1XqpU0
特に同族意識の強いバイク乗りにとって、子供と女性は貴重な存在であり、その両方から挨拶をされれば答えないはずがない。
そしてデレシアの目論見通り、ブーンは自分を忌避していた人間との交流を果たせた。
これで彼はデレシア達以外の人間にも心を開きやすくなり、これから先の旅で彼の成長の機会を得やすくなる。

ノパー゚)「やっぱりいいな、この挨拶ってのは」

ヘルメットから聞こえてきたヒートの声に、デレシアは同意した。

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、本当にそうね」

挨拶と言う行為は人間と動物を隔てる一つの要素でもある。
相手に敵意がない事の表現としての挨拶を、人間は幾種類も持ち、使い分ける。
それは言語を介して、時には非言語で行われる行為で、ここまで高度に発達したコミュニケーション手段を持つのは人間だけだ。

ノパ⊿゚)「それで、まず何をどうするんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「まずは拠点の確保ね。
       島がどうなっているのか、それを探るのはそれからにしましょう」

ノパ⊿゚)「拠点、ねぇ」

ヒートはあまりその提案に納得していない様子だった。
それもそうだ。
この島はもともと部外者に対して排他的で、今は神経も尖っている状態。
いつにもましてデレシア達は歓迎されないだろう。

拠点を手に入れるとしても、宿泊施設を探さなければならない。
歓迎されない状態で借りる宿泊設備となると、あまりいい気分で泊まることは出来ない。

ζ(゚ー゚*ζ「今日は、キャンプをしましょう」

(∪´ω`)「きゃんぷ?」

ζ(゚ー゚*ζ「そう、キャンプ。
      建物じゃなくて、自然の中で寝泊まりするの」

(∪*´ω`)「……たのしそうですお」

そのための道具はすでに用意してある。
足りないのは食糧ぐらいだった。

ノパー゚)「そりゃあいい。
    飯はどうする?」

ζ(゚ー゚*ζ「後で買いに行きましょう。
      まずはキャンプサイトに行って、そこでテントを張りましょう」

脇道を曲がり、細い坂道を登って行く。
舗装されていた道が途中から砂利道になるが、アイディールのセンサーが変化を感知し、サスペンションの調整を行った。
そのため、砂利が立てる音さえなければ路面が変わったことに気付けない程の快適な走行に、ヒートが感嘆の声を上げた。

409名も無きAAのようです:2016/08/29(月) 21:55:46 ID:7ME1XqpU0
ノパ⊿゚)「すげぇな、このアイディールってのは。
    電子制御サスか?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうよ。 この子は路面変化を感知してサスペンションを自動で最適化してくれるのよ。
       それ以外にも自動で切り替えてくれるから、あまり細かい操作はしないでいいの」

ノパ⊿゚)「ほほう」

ζ(゚ー゚*ζ「それに、一度走った道は記録されるから二度目、三度目の時はもっと快適になるわ。
      この子は何度もこの島に来たことがあるみたいだから、もう結構最適化されているわね」

アイディールの優れているのは、自己学習機能を備えた人工知能が搭載されている点だ。
路面情報、走行情報、運転情報などを考慮してすぐにサスペンションなどを最適化させるのだが、常に学習を続けるため乗り手とその土地に合わせた設定を導き出し、細かな不満点をも解消してくれる。
長く乗り続けることによってアイディールは学び続け、乗り手に合った唯一無二の存在と化すのだ。

(∪*´ω`)「すごいおー」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、そう。 この子は凄いのよ。
      そうだ、せっかくだし、名前を付けてあげましょうか」

物に名前を付けるという行為は、愛着を強めることになる。
物であれ人間であれ、名前を与えられたものは特別な存在として名付けた人間に認識される。

(∪´ω`)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、ブーンちゃん。
      このバイク、何て名前がいいかしら?」

(∪;´ω`)「ぼくが、かんがえるんですか?」

困惑するのも無理のない話だ。
名前と言う概念は、ブーンにとってはまだ新しい物。
彼はデレシアに名前を与えられた存在であり、それまで名前は別次元の存在だった。
つい最近与えられたものを、別の物に与えるというのは、ブーンにとっては未体験のこと。

デレシアが彼に経験させたいのは、正にその“未体験”そのものなのだ。
彼が名付けることを経験すれば、彼は更に別の事を経験することになる。
得る事と、失う事。

ζ(゚ー゚*ζ「そうよ。これから一緒に旅をするんですもの。
      この子はきっと、私達と仲良くなれるわ」

(∪´ω`)「おー…… えっと……
      あいでぃーる、だから……」

アイディールは悪路による速度低下を懸念し、自動的に両輪走行モードに切り替えた。
タイヤが力強く地面を蹴り、速度が落ちることはない。
キャンプ場まで残り500ヤードと表記された看板を通り過ぎ、ようやく、ブーンが答えを出した。

(∪´ω`)「……ディ?」

410名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 02:32:34 ID:IIxgPy7c0
あれ?

411名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 06:53:53 ID:MK6lQA6.0
したらばが調子悪くてやめた?

412名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 16:22:35 ID:/3kRZ8SI0
結局続きは?

413昨日したらばが動かなくてorz:2016/08/30(火) 20:25:20 ID:t6mV4x2M0
出てきた名前は、非常にシンプルだった。
それ故に呼びやすく、ブーンなりに考えたものだとよく分かる名前だった。

ζ(゚ー゚*ζ「いい名前ね。
      じゃあ、この子は今日からディちゃんね」

ノパー゚)「あぁ、呼びやすくていい名前だ」

(∪*´ω`)「ディ……!」

心なしかエンジン音が嬉しそうに高く響いた気がしたが、デレシアは何も言わなかった。
ほどなくして三人と一台はキャンプ場に到着した。
開けた場所には背の低い草原が広がり、小さな炊事小屋が一つと少し離れた場所に仮設トイレがあるだけの、非常にシンプルなキャンプ場だった。
利用者は少なく、設営されているテントは五張りだけ。

ディでテントサイトに乗り込み、他所のテントから離れた場所に停めた。
エンジンを切り、ヒート、デレシア、そして最後にブーンが下りた。
キーを抜いたデレシアがタンクを撫で、ディに労いの言葉を小さくかける。

ζ(゚ー゚*ζ「お疲れ様、ディ」

それを見ていたブーンも、真似をしてタンクを撫でた。

(∪´ω`)「おつかれさま……」

ノパー゚)「いやしかし、ほんといいバイクだな」

ヒートも同じように、ディのシートを撫でる。
三人はヘルメットを外し、それをシートの上に乗せた。
デレシアは手櫛でブーンの髪の乱れを直し、ニット帽を被せた。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、テントを張りましょう」

パニアからテントと野営道具一式を取り出し、準備に取り掛かる。
四人用のドームテントはヒートとデレシアが広げ、ブーンは折りたたみ椅子を開いてディの傍に置いた。
他に自分が何をすればいいのかデレシア達に訊こうとした時、ブーンは足を止めてディを見た。

(∪´ω`)「……」

「……」

エンジンを切ったバイクが話すはずもなく、当然、何らかの反応を示すこともない。
だがブーンは、ディのエンジンから何かが聞こえているかのように、そこに視線を注いでいた。

(∪´ω`)「……お」

無意識の内に、ブーンの手がタンクに伸ばされる。
蒼い光沢を放つ金属製のタンクは滑らかな触り心地で、生物とは明らかに異なる質感をしていた。
明らかに無機物。
しかし、ブーンが注ぐ視線は無機物に対してではなく、生物に対して向けられるものだった。

414名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:26:54 ID:t6mV4x2M0
デレシアはそれに気付き、内心で少し驚いた。

ζ(゚ー゚*ζ「どうしたの?」

テントを組み立てながら、デレシアがブーンに声をかける。

(∪´ω`)「ディは、おんなのこなんですか?」

その発言は、デレシアにとって意外そのものだった。
船乗りはやバイク乗りは船やバイクの事を彼女、と呼ぶことがある。
愛着を持つために乗り物に性別を与える行為は乗り物を愛する人間の間ではよくある行為だが、ブーンがそれを知っているはずがない。
思わず作業の手を止め、ブーンの言葉の真意を聞き出そうとした。

ζ(゚ー゚*ζ「どうしてそう思うの?」

(∪´ω`)「なんとなく……です……」

エンジンが入っている状態ならばまだしも、エンジンを切っている状態で人工知能と接触出来るはずがない。
ならば、乗車中に人工知能と何らかの接触をしたのだろうか。
そうだとすれば、このアイディールの人工知能の性別が女性に設定されていることを知る事が出来る。
彼は、本当に“なんとなく”でそれを当てたのか。

ノパ⊿゚)「おーい、タープ張るのを手伝ってくれよ」

テントのペグを地面に打ち込んでいたヒートが、二人に声をかけた。
彼女の足元にはタープの入ったバッグが置かれている。
ドームテントと違って、タープは人数がいた方がすぐに出来上がる。

(∪´ω`)「お!」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、ちゃちゃっと建てちゃいましょう」

タープをバッグから取り出し、ブーンは説明を受けながら三人でそれを組み立てて行く。
ほどなくしてテントの前にタープが建ち、気持ちのいい日影が出来た。
ブーンは椅子をそこに運び込み、デレシアはディを移動させた。
テントの中に調理器具などを入れていくと、パニアケースの中に空きスペースが出来た。

ζ(゚ー゚*ζ「はい、完成。
      これが私達の拠点よ」

どちらも森林迷彩柄をしているのは、オアシズでテントとタープを取り扱っていた店で最も丈夫で信頼性のある品が、これしかなかったからだ。
その分実用性は高く、どちらの素材もそう簡単に破れそうにない。

ノパ⊿゚)「いい感じだ。
    で、この後はどうする?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうねぇ…… 温泉でも行きましょうか」

(∪´ω`)「おんせん?」

415名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:27:49 ID:t6mV4x2M0
ζ(゚ー゚*ζ「大きなお風呂よ」

夏の温泉はいいものだ。
ティンカーベルは涼しいが、それでもジワリと汗をかいている。
ブーンは子供であるため、体温が高く、やはり汗もかきやすい。

ノハ;゚⊿゚)「まぁそうだけどさ……
     でも、大丈夫なのか? その、よ」

ヒートが危惧していることは分かっている。
彼女は、ブーンの事を心配しているのだ。
温泉となれば、ブーンはニット帽を取らざるを得ないし、ローブも脱がなければならない。
そうなれば、獣の耳と尾が露見し、それを目撃した人間から心無い言葉や暴力を受けかねない。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ。地元の人も知らない場所だもの」

ノパ⊿゚)「そんな場所よく知ってるな」

ζ(゚ー゚*ζ「ペニが随分昔に見つけて教えてくれたの。
      何度か使ったけど、誰も来ないわよ」

ティンカーベルには多くの温泉施設があるが、地元客と観光客で賑わう場所ばかりだ。
人が来ない施設は、ブーンにとっては非常にありがたい。

ノパ⊿゚)「へぇ…… ん?
    誰も来ないって、そこは温泉施設じゃないのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「露天風呂よ。 ある意味天然で、ある意味人工のね」

(∪´ω`)「ろてん、ぶろ?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうよ。自然の中にあるお風呂の事よ」

ノハ;゚⊿゚)「いろいろと難易度高けぇなおい……」

ζ(゚ー゚*ζ「でも気持ちいいわよ」

装備を整え、三人は再びディに跨った。
エンジンキーを回すと、五連メーターに淡いピンク色の明かりが灯った。

ζ(゚ー゚*ζ「あら……」

オアシズで乗った時、メーターを照らす明かりは青白いはずだった。
設定を変更した記憶はなかったが、おそらく、デレシア達の言動が人工知能に影響を与えたようだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃん、ディが喜んでるわよ」

(∪´ω`)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「名前を貰って、嬉しいみたいね」

416名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:29:28 ID:t6mV4x2M0
(∪*´ω`)「おっ……」

両脚の下にあるタンクを見て、ブーンは両手でそれを撫でた。

(∪*´ω`)「おー」

デレシアの記憶が正しければ、このアイディールは自らの状態を色で表示することが出来るはずだった。
色鮮やかな光で警告や報告を行う機能があり、ピンク色は車両が最高の状態である事を示す色だった。
気候などが関係しているのかもしれないが、おそらくは、別の要因が大きいだろう。
エンジンを始動し、デレシアはキャンプサイトを後にした。

再び林道へと戻り、そのまま山の北西の方に向かう。
山道を下り、道なき道を進んでゆく。
腐葉土の上を駆け、林の間をすり抜け、小川を走り抜ける。

ノハ;゚⊿゚)「確かにこりゃ、人が来るにはきついな」

ディの車高は最大となり、サスペンションもその効力を最大限に発揮しているため、快適な走行は保たれたままだ。
オフローダーでもこうはいかないだろう。
デレシアの腰にしっかりと両手を回し、ヒートは落ちないようにそこに力を込めた。

ζ(゚ー゚*ζ「そろそろ着くわよ」

その言葉通り、三人の耳に水音が聞こえてきた。
川の音に似ているが、しかし、微妙に異なる。
林の間から見えてきたのは、青みを帯びた水で満ちた瓢箪型の池だった。
否、池のようにも見えるが、それは地下から湧き出る湯が作り出した天然温泉だった。

陽の光は生い茂る木々の枝葉によって遮られ、光の筋となって降り注いでいる。
光の筋が照らすのは、温泉から立ち上る湯気だ。

ζ(゚ー゚*ζ「はい、到着」

ノハ*゚⊿゚)「おぉー!」

(∪*´ω`)「おー」

その温泉は林に囲まれる形で存在し、人の手が加えられた様子は微塵もなかった。
正に天然温泉。
人の気配など、全くない。

ζ(゚ー゚*ζ「ね? 人は来ないでしょ?」

ノパ⊿゚)「あぁ、こりゃあいい温泉だ。
    だけど、どうしてここに来ないんだろうな」

ζ(゚ー゚*ζ「存在そのものが新しいからね。
      それに、ティンカーベルには漁師はいても猟師はほとんどいないの。
      ここまで来る人間は自殺志願者か遭難者ぐらいね」

417名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:30:53 ID:t6mV4x2M0
バイクから降り、三人は温泉へと近寄る。
澄んだ色をした湯を眺めて、ブーンが尾を振る。

(∪*´ω`)「いいにおいですおー」

ノパー゚)「硫黄っぽくないのはありがたいな」

湯の下には簀子が敷かれていた。
温泉を見つけた人間が手を加えた唯一の物だった。

ζ(゚ー゚*ζ「気に入ってもらえればなにより。
      さ、体を洗って入りましょう」

デレシアの提案に二人は同意し、すぐに一糸纏わぬ姿となった。
ブーンは以前に二人と風呂に入ったこともあり、特に抵抗なく服を脱いだ。
ヒートは僅かだが上着を脱ぐ際に躊躇しかけたが、それはほんの一瞬の事だった。
裸になったデレシアの体を見て、ヒートが目を丸くする。

ノハ;゚⊿゚)「……すげぇ」

主にその視線はデレシアの胸に注がれ、次いで均整の取れたシミや傷の無い全身に向けられる。
自然の中に溶け込みつつも、異常なまでの美しさは明らかに浮き出ている。
悠久の時間を経て形成された究極的な美は同性ですら魅了し、自然と調和をすることを、ヒートは改めて理解した。
衣類を手ごろな岩に乗せ、ブーンの背中を押した。

ノパ⊿゚)「じゃあ体を洗うぞ、ブーン」

(∪´ω`)「おっ」

ヒートはその背中に大きな火傷の跡を残していた。
一生消えることも、消すこともない傷。
その傷は彼女の人生を変えた傷。
彼女が“レオン”として生きることになった理由は、その傷が無くても一日たりとも忘れたことはない。

湯で体を濡らしてから、タオルで汚れを落とす。
すでに一度朝方に体を洗っているため、そこまで神経質にならなくてもいいだろう。
ヒートはブーンの体温が高く、汗をよくかく事を知っていたため、彼が体を洗う様子を注意深く見ていた。

ノパ⊿゚)「どうだ、背中に手は届くか?」

(∪´ω`)「はい、とどきますお」

ノパ⊿゚)「……洗い方がぬるいぞ。
    あたしが洗ってやるから、こっちに背中を向けろ」

(∪´ω`)「おっ」

418名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:32:20 ID:t6mV4x2M0
小さなブーンの体には無数の傷がついており、その全てが彼を痛めつけるためだけに付いた物であることは、簡単に推測が出来る。
彼は耳付き。
奴隷として売買された人間は、道具以下の存在でしかない。
道具に八つ当たりをしようとも、誰も咎めないし、良心も痛まないのだ。

傷だらけの背中を、ヒートはタオルで擦る前にそっと触れた。
酷い物だった。
彼の背中は、誰かを守るために傷ついたのではなく、ましてや、自分を守るために付いたのでもない。
ある種の欲望を一方的に吐き出され続けた結果の傷だった。

この歳の子供が背負うべき傷ではない。
獣の耳と尾が何だというのだ。
そんなものは、人間の本質を隔てる要素には成り得ない。
心の奥にしまい込んでいた古傷から、憤りが染み出してきたことに気づき、ヒートはそれを紛らわせるためにブーンの背中を洗った。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

その様子を、デレシアは微笑ましく見守っていた。
ヒートが過去を押し隠し、ブーンに接しているのは初めて会った時から分かっていた。
彼女がブーンを見る目は、姉が弟を見る慈愛に満ちた目であり、深い悲しみを癒すために何かに縋る者の目をしている。
理由はどうあれ、彼女がブーンの味方である事実に変わりはない。

それでいい。
それで十分だ。
ブーンには手本となる味方が必要なのだ。
体を洗い終えた三人は、湯気の立つ温泉に静かに身を沈めた。

爪先から伝わる湯の温度は四十度弱と、他の温泉と比べると低めだ。
肩まで浸かり、たまらず溜息が漏れ出た。

ζ(゚ー゚*ζ「ふぅ……」

ノハ*゚⊿゚)=3「ほっ……」

(∪*´ω`)=3「おー……」

涼しい風が吹く中で熱い湯に身を浸す感覚に、三人は揃って目を細めた。
表現し難い気持ちよさが爪先から頭に走り、体の緊張が一気に解けだす。
並んで空を見上げ、ゆったりとする。

(∪*´ω`)「きもちいいですおー」

ノパー゚)「あぁ、いいなぁ……」

ζ(゚ー゚*ζ「夏の温泉もいいものよね。
       こういうのをね、風流っていうのよ」

(∪*´ω`)「ふーりゅー?」

419名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:33:44 ID:t6mV4x2M0
ζ(゚ー゚*ζ「そう。風流。
      冬の満月を背に飛ぶ渡り鳥、朝焼けを背にする桜の木、水平線の向こうに浮かぶ入道雲、黄昏時の銀杏並木。
      いいな、と思ったものが風流なのよ」

ブーンにはまだ少し早い言葉だったが、覚えておいても損はないだろう。

ノパ⊿゚)「しっかし、この温泉を他の人間が知らないってのは不思議な話だな。
    噂にもならないのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「デイジー紛争で出来たばかりの温泉だし、狼も多いからね。
       誰もこっちの方まで来ないし、調べないのよ」

ヒートがぎょっとした表情でデレシアを見た。

ノハ;゚⊿゚)「……おい、狼って言ったのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうよ、狼。
      何か問題でもあるの?」

ノハ;゚⊿゚)「いや、問題も何も、大丈夫なのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ。 ここの狼は人に慣れていないから」

人に慣れた獣は厄介だ。
人を恐れず、人を危険な生き物と認識しないで攻撃してくる。
しかし、野生に生きる生き物であれば相手の力が分からないのに攻撃をすることはない。
じっくりと出方を窺い、必要最小限の動きで相手の戦力を分析し、それから判断を下す。

狼は群れを成す生き物で、その群れの統率者が優れた判断力を持っていれば、決してデレシア達には手出しをしない。

ζ(゚ー゚*ζ「狼が来たら、私が追い払ってあげるから」

獣が相手であれば、双方の力量の差を理解して無意味な争いを回避するだろう。
目の前にある木の隙間から、潮風が吹きつけてくる。
葉擦れの音に混じって潮騒の音も聞こえてくる。
平穏そのものの光景に、三人は静かにその身を委ねた。

鳥の鳴き声。
虫の声。
静かな風の音。
言葉は、もう必要なかった。

(∪*´ω`)

ノハ*´⊿`)

ζ(´、`*ζ

420名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:34:38 ID:t6mV4x2M0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
August 9th
                    _イニl__ / ̄ヽ_。
                 _,,-ィi三=ー─-、L_Y_ノ,─、
                 Oo='' _,,-──-、ri>`l l   |
                   _,,-':::::::::::::::::i::ト :|=\ ノ __
      r──-、_      /:::::::::::::::::::ノ::ノ,-、:|_二i::l、l_)
    /ニヽ::::://::::::`-、__/:::::::::_,,-──'l l' l.l :トーフ :|
 > ̄::::::::::::: ̄\:::::::::::::::_,,-┴─< r─, `l=_))フ/ l :|ー|| l :|___
 ll_ノ7 ̄ ̄`-、_>ー'' ̄-、=<_,-l、_/_/`-、 //;;/ .l :| ||_,-'::::::::::::::::::>-
  /::::;-─-_,-',-' l、  ) / ゚l、彡 |ー''/ミ-、//7-、 イ`レ::::::::;-─' ̄:::::::::`-、
 /:::::/ミ_,,-'_,l |=、l、_/-、 l彡三Vミミ/-、/ /;;;/   > L,-'ヾV |//7-、:::::::`-、
r-i-'`_,-'-、<l:::::レ-'_,-─',─、__|ミミ/ ////;;;;/   |::::l ::|ミ | ∧//|/,-、::::::::::l、
`┬-、__/___,-'_// l   Y  .V ,-'-/ /;;;/   .|:::|:| l ::|  |X|//,-'/_l、::::::::l、
AM09:45
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

三台のネイキッドバイクがグルーバー島の山中深くにある車道で停まっていた。
バイクに乗る三人は同じデザインの黒い皮製のジャケットを着込み、ヘルメットは被っていない。

( ''づ)「くっそ、見失った……!」

先頭の一台に跨る男が忌々しげに声を荒げた。
その後ろにいる男は首を横に振り、サングラスを外した。

(,,'゚ω'゚)「この先はオフローダーしか行けないぞ」

三人の前で舗装路は終わり、狭い砂利道が暗い森の中に続いている。

从´_ゝ从「くそ……」

彼らの乗るネイキッドタイプのバイクでは、悪戯に車体を傷つけるだけだ。
タイヤも舗装路を走るのに最適な物であり、砂利道や泥道でのグリップ力は期待できない。
転倒すれば彼らの愛車が傷つく上に、そうまでした結果、追跡対象の居場所を把握できるとは限らない。

( ''づ)「どうする?」

(,,'゚ω'゚)「ドジェならまだしも、俺らのじゃ無理だ。
     キャンプ場所は分かってるんだ、装備を整えて夜にやればいい」

( ''づ)「そうするか。他の連中も呼んでやっちまおう」

三人はUターンし、山から街へと向かった。

421名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:36:01 ID:t6mV4x2M0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
August 9th
;;;。;";;';;;:;ヾ ゞゞ"”;"”";;';:;";;;:;ヾ ゞゞ'      . . . .. . . . . . . ..  . : .
ノソ:;";;';:;";;;:;ヾ ゞゞ;:;ヾ;ゞゞ;ゞ ヾ;ゞゞ;ゞ                 ノヽ人从ハヘ ノミゝ人
;;;;;(;li/::;;;;ゞゞ:;ゞy”:;ゞゞ;ゞi/:;";;ゞゞ:; ミゞ;;ミゞ             彡::ソ:ヽミゞヾゞ:;ノミヾ::
;;;⌒";ゞゞ;ゞ ヾ:::::"`";;';"”";;';"” ”";;';"”              ノノキ;;ゞilノミ彡个ヽミ爻ゞ
;;;;;ヾノソ";;';"”/ ::,;;ヾノソ";;'ミゞ;;ソゝミゞ;;   ' "''' .':'''' " " '"' "'''. '::: "' "'':::'"''::'':::':'''':::'"''::':'"''
ノ:、\ゞ;ゞ ヾ;li":; / " `;:;";;';:;"”:; ..:i;i;!;!;!i;;..i;i;...;!;i;i;.i;i;,, ..i;ii ,,..'.;'":;. :..''"'"    "''' '''.'
::';" ;;;";;'//;" ;;:。,ゞゞ;ゞ ヾ”:;;  : .:.  .:   *。 .:  .:.:.:.:.';''"'"'i;i;il;l;";!;!i;i;i;;'"'  "'''."''' '''.'"'''.
'ミゞ\” ;:; ::, ;;;;(;;;:`;:;ヾ ゞゞ  :.:.::: :.:.:. :: :: :: :::。: :: :.:. :.:.: ::: : : : ';i;i;i;''!;!;i;:' "'''.  。.. ,、
.:.:.;;:。,,;'ヾ;ヽ ;ミi!/;';"y”” ::::::::::.:.::::. : : : : : :.:.:.:. :.:. : : : : : : : : : :-:::;!;!;!;!;i;:."'''、::::::'''.'"
.:.:.:.:.:.:.:.::l' ;:;ミi!/ );;;)   ;;;  .:.:.:::::::::: 〜:::::::::::..:.:.::.:.:.:._::::::''"'"' "'''.':'''"'ヽヾ.. '.':,、,、:::. :::
.:.:.:.:.:.:.:.:,i' ;:;ミi| .:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:::: :::::::::: :::::: :::::::;;''"'"' "'''.'''.;'":ソ''.':,、,、::::::。.. ::"::::::''"'""::'
,, ;''.'''"':.i' ;;,;ミi|、 ,, ;''.'''"'ヽヾiツィ "'''ヽ ,、 ':,、,ヾi ,、  。.. ,、 ':,、,、::::::。.. ::":::
.:.:.:.::.:.,.,i' ;:,,;,ミ'i,, :,ミ'i,,'.':,、,、:::. "::::::''"'"' "'''':,、,、::::::。.. ::"::::::''
::::'''.''.:wijヘ;;vkWゞ::::::'''.''.':,、,、:::. ':,、,、::::::。.. ::"::::::''
"::::::''、:::.'.''.''."'''AM10:30
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

温泉から上がった三人は服を着て、温まった体を潮風で冷やしていた。
流石にローブを纏う事はせず、ヒートは薄手のジャケットを羽織り、ブーンはローブを腰に巻いた。
上気した体が風で冷やされ、今の季節を忘れさせる。

ノパ⊿゚)「いやー、いいもんだな、夏の温泉」

(∪´ω`)「おー、きもちよかったですお」

ζ(゚ー゚*ζ「それは何より。
       さて、実はまだ続きがあるの。
       はい、どうぞ」

デレシアはパニアから瓶に入ったコーヒー牛乳を取り出し、ブーンとヒートに渡した。
まだ冷えた状態を保つそれは、オアシズでマニーに用意させた一級品だ。

ζ(゚ー゚*ζ「これがなくっちゃね」

ノパ⊿゚)「おいおい、キンキンに冷えてるじゃないか!」
 つ凵

(∪´ω`)「きんきん!」
  っ凵

ヒートは腰に手を当て、喉を鳴らしながら瓶の中身を一気に飲み干した。

ノパー゚)「美味い!」

それを見たブーンも、両手で瓶を持ってコーヒー牛乳を飲んだ。
ヒートのように一気に飲むことは出来なかったが、時間をかけて一瓶を飲み切った。

(∪´ω`)「ぷふぁー」

422名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:37:06 ID:t6mV4x2M0
口の周りに付いたコーヒー牛乳をデレシアが指で拭ってやる。

ζ(゚ー゚*ζ「温泉とこれはセットの様なものね。
      どう? 気に入った?」

(∪*´ω`)「おっ!」

尻尾を振りながら、ブーンは嬉しそうに頷いた。
頭を撫で、デレシアは微笑む。
二人から空き瓶を受け取ってパニアに戻し、ディに跨った。
小さく嘶くようにしてディのエンジンがかかる。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、次は街に行きましょう。
      お昼ご飯を食べてからお買い物ね」

そのついでに、街の様子を観察する、という言葉は言う必要がなかった。
再度三人を乗せたディは、少しも力を衰えさせることなく山道を登り始めた。
来た時とは違う道を使って舗装路に戻り、島の北側から時計回りに進んで南にある街に向かうことにした。
道中、左手の視界が開け、大海原と青空が現れた。

白い雲が夏の真っ青な空に気持ちよさそうに浮かび、空よりもずっと深い青色をした海が宝石のように煌めく。
自然豊かな街の景色は、絵葉書としても人気のある風景だ。
長い緩やかな坂道を走り、再び、自然の作り出した緑のトンネルを通過する。
風呂上がりの体を撫でる風は三人の体を優しく冷やした。

やがて島の北へと戻った三人だが、エラルテ記念病院の前を通りかかった時、デレシアは病棟を見上げた。
そこには今頃、緊急手術を終えたトラギコ・マウンテンライトが入院しているはずだった。
彼の体力がその渾名通り“虎”並ならば、今日にでも退院したいと暴れるに違いない。
優秀な警察官である彼ならば、デレシアの期待を裏切らずにこの島に逃げ込んだ逃亡犯を追いつつ、デレシア達を探すことだろう。

いや、彼がどこまでの警察官なのかは予想でしかない。
ひょっとしたら、最初から逃亡犯に興味はなく、デレシア達を追い続けるかもしれない。
それだとしても、この島に潜む愚か者共の思惑を邪魔する嵐として動いてくれるのは間違いなさそうだ。
時々いるのだ。

生きているだけで周囲に多大な影響を及ぼす人間が。
多くの場合、そういった人間――今回の逃亡犯の様な人間――は犯罪者として世の中に災厄と混乱を撒き散らした末に死に絶えるのだが、警察官として働く場合も稀にある。
トラギコは間違いなくそういう人間だ。
犯罪者にとっては災厄の象徴であり、嵐を伴って現れる獣。

彼は出来るだけ近くにいた方がよさそうだった。
追いつかれず、見失わない絶妙な距離。
その距離を保てば、トラギコはデレシア達に近づく虫を払いのけてくれるはずだ。
彼が望むと望まざるとに関わらず、トラギコは自分の獲物として認識しているデレシア達を横取りされるのを黙って見ていられる人間ではない。

グレート・ベルが見えてくると、ブーンは興奮した様子だった。
周囲の建物と比べてあの鐘楼は背が高く、どこからでも見上げることが出来る。
どこからでも見上げられるという事は、どこからでも見下ろされるという事でもある。
鐘の音街と呼ばれる所以として、相応しい姿だ。

423名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:38:34 ID:t6mV4x2M0
昔ながらの姿を保ったままの市街地には多くの飲食店がある。
地元の魚を使った店などが観光客には人気だが、デレシアはそういった店を今回選ばなかった。
彼女が探したのは世界各地に店を構えるレストランだった。
そういった系列店は内外の人間の区別を付けないし、何より、過干渉ではない。

マニュアル通りに対応する人間はある意味で貴重だ。
マニュアル外の行動をする人間は緊急時には敵にさえなり得る。
特に、今は非常時。
デレシア達を追う人間の中には身分を偽ることに長けている者が数名おり、民間人に扮して彼女達を襲ってこないとも限らない。

むしろ、それが相手の狙いだろう。
この島に逃げ込んだ脱獄犯がデレシア達を襲うには、この混乱に乗じるのが定石。
人目に付く場所は彼らにとって絶好の狩場となる。
彼らがそこに現れると分かれば、デレシアも対応がしやすくなる。

こうして選ばれたのは、全国に店舗を構える大型のファミリーレストランだった。
駐車場にはほとんど車がなかった。
バイクを降り、三人は店の中に入っていった。
案内されるまでもなく、空いた席に進んでいく。

選んだのは、非常口に最も近く、窓から離れ、尚且つ店全体を見渡すことの出来る奥の席だ。
万が一強盗に扮した人間が店に押し入って来ても、余裕を持った対処が出来る。
銃だけでなく、ヒートは強化外骨格という頼もしい兵器を持ち歩いている。
小型・軽量の部類になるAクラスの棺桶を納める運搬用コンテナは、見方によっては楽器ケースに見えないこともない。

ローブで覆い、その全貌を見えないようにして壁際に立てかけているヒートは、流石に手馴れているようだ。
一般人の前でコンテナを見せびらかすことの危険性と、それを携帯しないことによる危険性の両方を理解している。
棺桶には棺桶を持ち出すのが最も理に適った行動だ。
ヒートの持つ“レオン”は強化外骨格との戦闘にのみ特化したもので、それさえあれば、ほぼ全ての強化外骨格との戦闘を制することが出来る。

それを傍らに置き、ヒートは濡れた手拭きで両手を拭いながら、ラミネート加工されたメニューを眺めている。
通路側に座るデレシアの隣ではブーンがヒートの真似をして手を拭い、コップの水を飲んだ。

ノパ⊿゚)「何食うよ?」

腕時計で時間を確認し、ヒートは今の時間が昼食には少し早いことを暗に指摘した。

ζ(゚ー゚*ζ「お茶でも飲みましょうか。
      ご飯はその後でも頼めるわ」

ノパ⊿゚)「そうだな。
    なら、あたしはハーブディーでももらおうか」

デレシアもメニューを開き、リンゴジュースとアイスティーを注文した。
運ばれてきた物を手にしたとき、デレシアは店に一人の顔見知りが入ってくるのをガラスのコップに反射した像で見咎めた。
最後に会ったのは何年前だったか、よく思い出せないが、その顔はよく覚えている。
特徴的な太い眉毛の下に垂れた鳶色の瞳、白髪交じりの茶髪は手入れがされておらず、まるで鳥の巣だ。

初めて会った時から大分老けこんでいるが、放つ雰囲気は熟成され、そこに刺々しさも付加されている。

424名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:39:46 ID:t6mV4x2M0
  _
( ゚∀゚)

ジョルジュ・マグナーニ。
ジュスティア警察でその腕を振るい、多くの事件を解決してきた凄腕の刑事だ。
今のトラギコと似た部分が多々あり、特に似ているのがデレシアを追ってくる点だ。
かつてジョルジュも、デレシアを追ってどこにでも現れた。

理由は分からないが、彼が警察を去ったと風の噂で聞いてからは、それも止んだのだが。
それが今こうして現れたのは、決して偶然の類ではないだろう。
用心深く対処しなければならない。
彼は今世紀でも五指に入る程の優秀な警察官だったのだ。

運よく入り口に背を向ける位置に座っていた事と、背の高いソファだったことが幸いした。
デレシアに気付いていれば、すぐにでも行動を起こしてくるはずだ。
デレシアは卓上に置かれていた紙ナプキンとボールペンを取り、ナプキンに指示を書いた。
ヒートにそれを見せると、彼女は無言で頷いた。

指示は単純に、注文の類を全てヒートが行い、デレシア、という名前を出さない事だった。

ノパー゚)「……ブーン、あたしとゲームをしよう」

(∪´ω`)「おっ?」

ノパ⊿゚)「マルバツゲームだ」

ボールペンと紙ナプキンを使い、ヒートは上下左右に二本ずつの線を引いた。

ノパ⊿゚)「で、この枠のところに三つ揃えれば勝ちだ」

丸とバツを交互に書き、三つ揃った個所に直線を引く。
陣取りゲームの一種で、幼い子供も簡単に出来る。
しかし、その本質は戦略を考え出すことにあり、短い勝負の中でいかに効率よく勝利を手に出来るかが重要だ。
この三目並べは人の性格がよく反映するゲーム。

ブーンの性格がどのようなものか、ヒートは少し試したい気持ちになった。

(∪´ω`)「おー?」

ノパ⊿゚)「まずはやってみようか」

そう言って、二人はゲームを始めた。
三度目でブーンは容量を掴み、どうすれば勝てるのかを考えられるようになってきた。
次第に勝敗が付かないようになり、線の数が増え、ルールの一部が変更された。
それに伴って勝負が決するまでの時間が長くなり、思考する時間が増えた。

ブーンはヒートに一勝も出来ていないが、応用が出来るようになってきていた。
横でその様子を見ながら、デレシアはグラスに反射させたジョルジュの姿が店から出て行くのを確認した。

(∪*´ω`)「おー、おもしろいですお」

425名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:41:57 ID:t6mV4x2M0
ノパー゚)「そりゃよかった。
    頭の体操にちょうどいいから、今度また時間がある時にやろうな」

ζ(゚ー゚*ζ「ねぇ、ヒート。
      あたしとやってみない?」

ノパ⊿゚)「その言葉を待ってたよ、デレシア」

引かれた線は八本。
通常の二倍。
勝利条件は印を六つ揃える事。
戦闘は、ヒートの第一手から始まった。

ヒートが選んだのは定石と言える、図の中央。
要を押さえたヒートに対し、デレシアはそれを楽しむかのように図上の端に印をつけた。
それに応じてヒートが印をつけ、静かに勝負が続く。
その攻防をブーンは黙って見続け、三分後の決着後も、紙上の印を見ていた。

ノハ;゚⊿゚)「やっぱり強いなぁ……」

ζ(゚ー゚*ζ「偶然よ。ブーンちゃん、どう? 何か分かった事はあるかしら?」

(∪´ω`)「おー……」

少し考え込み、ブーンは首を横に振った。

(∪´ω`)「よく、わかりません……お。
      どうして、デレシアさん、さいしょにここにかいたんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「それはね、ここに書いておけば相手の狙いが分かるからよ」

(∪´ω`)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「様子を探るために、こうしたの。
       相手が深く考えてくれるおかげで、相手の狙いがよく見えるのよ」

ノハ;゚⊿゚)「……やっぱりか。
     おかしいとは思ったんだよ、そんなところに書くなんて。
     深読みしすぎちまったか……」

ζ(゚ー゚*ζ「悪くはないわよ。
       ヒートの性格がよく出た勝負だったわね」

(∪´ω`)「……デレシアさん、ぼくと、やってくれませんか?」

その申し出を待っていたデレシアは、喜びを隠すことなく、満面の笑みを浮かべた。
新たな紙を取り、線を引く。
先手はブーンに譲った。

(∪´ω`)φ″

426名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:43:35 ID:t6mV4x2M0
ブーンが最初に選んだのは、ヒートと同じく、図の中央。
その初手に、ヒートとデレシアは揃って軽く驚いた。
前の勝負で使われた手を選ぶのは、何故なのか。
デレシアはヒートの時とは異なり、ブーンの印の斜め隣に印を置いた。

やがて、そこから攻防が始まった。
奇妙な攻防だった。
一進一退の攻防ではなく、すぐに決着をつけようとしない戦いだった。
最初、ヒートはデレシアが手加減しているのだと思ったが、すぐにそれが誤りだと気付いた。

ブーンの印のつけ方はヒートのそれに酷似しているが、デレシアの手法にも似ている。
デレシアが行っているのは、ブーンがどのような手を選んでくるか、その見極めだった。
例えば、Aの場所に書くのが定石だとしたら、ブーンはCを選ぶ。
Cに対してDが有効な対処であれば、デレシアはKの場所を選んだ。

こうして勝負が決した時には、ほぼ全ての場所に印が書かれていた。

ζ(゚ー゚*ζ「惜しかったわね」

(∪´ω`)「おー、ざんねんですお……」

ブーンは気付いていないだろうが、彼はこの短時間でヒートの攻めとデレシアの搦め手を取り入れてそれを使っていた。
やはり、ブーンには優れた才能がある。
1を知れば10を理解するのではなく、1を知れば10を吸収する才能。
その正体を理解できないため、彼自身は気付くことが出来ないが、実践の場では大いに力が発揮される種類の才能だ。

(∪´ω`)「……お」

ブーンがおずおずと、遠慮がちにヒートを見上げた。

ノパー゚)「あたしともう一回やってみるか?」

(∪*´ω`)「おっ!」

こうして、ヒートとブーンは第二戦を始めた。
ヒートの思った通り、ブーンは人の技を吸収しているというのがよく分かった。
最初の頃とは違い、ヒートと同じ様に好戦的な位置に印を書いていた。
彼女の考えでは、このゲームは防戦した者は負けるか、勝機を逃すかの二択だった。

攻撃こそ最大の防御であり、最善の策だ。
炎には炎を。
ブーンもその考え方を己の一つとして吸収してくれるのであれば、この上なく喜ばしいことだ。
彼の中に自分の考えが根付き、彼を形成していくのは子を育てる喜びに近い。

もっとも、ヒートにとってブーンは子と言うよりも弟としての認識が強かった。
それでも喜びは同じだ。
それはデレシアも同じだった。
彼女もまた、ブーンが多くを吸収する姿を見て喜び、感心していた。

ノパー゚)「残念、あたしの勝ちだ」

427名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:45:20 ID:t6mV4x2M0
そして二人の勝敗を決したのは、年季の差だった。
ヒートは戦いながら、いくつもの道を用意していた。
それに対してブーンは、ヒートの攻める姿勢を学んだがために、その道に気付けなかった。
デレシアの搦め手を用いても、ヒートは一方的に攻め続け、ブーンの策略を打破した。

彼はまだ、策略を策略として使いこなせていない。
だがそれは経験の問題だ。
この紙上で行ったゲームで分かったのは、ブーンにはもっと多くの経験を積ませる必要があり、それが彼の力になる事だ。
吸収した物を理解し、それを応用できれば、間違いなく今以上の速度で成長できるはずだ。

全ての勝負で負けたが、ブーンは満足そうだった。

(∪*´ω`)「おー、ありがとうございました……」

敗北を引きずるのではなく、そこから学ぶ姿勢がブーンにはある。
それがある限り、彼は全ての事象から学び続ける事だろう。
すっかり時間も過ぎ、昼時となったのを機に、三人は昼食を摂ることにした。
メニューを開き、デレシアはピザを、ヒートとブーンはローストビーフサンド、そしてアイスカフェオレを三つ注文した。

注文した品は驚くような速さで提供された。
回転率を重視する店ではよくあるように、この店でも冷凍食品を解凍し、淡々と盛り付けて調理するだけの料理が出される。
それで栄養価が下がるという者もいるが、そのような些細な問題を気にしていたら、この世の中で生きることは出来ない。

ζ(゚ー゚*ζ
ノパー゚)  『いただきます』
(∪*´ω`)

三人は声をそろえてそう言ってから、目の前の食事を食べ始めた。
デレシアの注文したピザはトマトソースの上にモッツアレラチーズ、そしてバジルの葉を乗せただけのものだった。
しかし、デレシアは複雑さが料理の上手さに直結しない事を知っていた。
このピザはある意味で完成系の一つであり、これ以上余計な物を乗せる必要もないのだ。

八分の一に切り分けられた内の一切れを食べ、期待を一切裏切らない味に、満足そうに笑みをこぼした。
モッツアレラチーズとトマトの組み合わせが至高の一つに数え上げられるように、それの添え物として最適なのはバジルだ。
甘みの中に溢れ出る旨みを堪能し、瞬く間に一切れが胃袋に消えた。

(∪´ω`)「んあー」
  つ□⊂

ブーンは、その口には大きすぎるローストビーフサンドに齧り付いているところだった。
見るところ、三枚の白いパンに挟まっているのはクレソンとローストビーフ、それとサニーレタスの様だ。
一口食べる度、レタスが千切れる子気味の良い音が鳴る。
頬張り、咀嚼し、飲み下す。

その一連の動作が年相応の子供らしくあり、デレシアは食事を忘れてその姿を見ていた。
向かいのヒートもまた、ブーンと同じようにして齧り付いている。
それが彼女の配慮なのだと、デレシアは気付いていた。
ブーンには食事のマナーを教えるよりも、食事を楽しい物だと認識させなければならない。

428名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:46:40 ID:t6mV4x2M0
彼はこれまで、今では想像も出来ない程の環境にいたのだ。
生ごみの食事を与えられ、暴力の挨拶で一日が始まり、罵倒の言葉を浴びせられて過ごしてきたのだ。
今では人の目を見て話が出来るようになり、言葉にも最初の頃の様なたどたどしさはなくなっている。
道中に出会った人間の影響というのは大きく、ブーンは日に日に多くの言葉を学んでいる。

未だに発音はぎこちないが、完璧に発音できる単語が一語だけあることに、デレシアは気付いていた。
“餃子”である。
オアシズ内の露店で販売されていたそれを食べたブーンは、本来発音の難しいとされるその言葉を素直に覚えた。
それ以外の言葉についても同じようにして吸収できるかと思われたが、今のところ、餃子の一語だけである。

ノパー゚)「うん、美味いな」

(∪´ω`)「おー」

こうして見ていると、ブーンはヒートによく懐いているのが分かる。
彼女と同じメニューを頼んだのもそうだが、ヒートが無意識の内にする仕草を、ブーンも真似る時がある。
例えば美味だと感じたものを食べた後、小さく唸るところ。
例えば、紙ナプキンで口を拭う仕草。

ブーンはヒートを手本に、多くを学んでいた。
それが嬉しかった。
デレシアだけに頼るのではなく、ブーンは他の人間を信頼し、その動きを取り入れる事が出来ている。
徐々に人間らしさを取り戻す彼の姿に、デレシアの胸が温かくなった。

食事を終えた三人はレストランを後に、腹ごなしも兼ねてスーパーマーケットへと徒歩で移動した。
輸入品の全てが停止した状態とはいえ、まだその初日だけに打撃は少なそうだった。
店頭に並ぶ生鮮食料品の数が減ってくるのも時間の問題だろう。
この緊急時に漁が許されるとは思えないため、まず真っ先に店頭から消えるのは魚だ。

ティンカーベル近海の魚は豊かな自然に育まれ、実にいい味をしている。
カツオのたたきを食べたかったのだが、デレシアは別の機会にすることにした。
別の場所でもそれを食べることは可能だ。
夕食に必要な食材の前に、まずは献立を考えなければならない。

ζ(゚ー゚*ζ「何か食べたいものはある?」

買い物かごを押すブーンとヒートに、ブーンは後ろからそう尋ねた。

ノパ⊿゚)「使える調理器具を考えると、そうさな……」

(∪´ω`)「……」

ノパ⊿゚)「ん? どうした、ブーン?」

(∪´ω`)「あの、えっと……」

ζ(゚ー゚*ζ「遠慮しなくていいのよ、ブーンちゃん」

(∪´ω`)「……ヒートさんのおりょうり、たべてたい……です……お」

429名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:48:42 ID:t6mV4x2M0
ノパ⊿゚)「……あたしの?」

全く予想していなかった言葉に面食らったヒートは、カートを押す手を止めてブーンを見下ろした。
以前にブーンが食べたヒートの食事は、ペペロンチーノだけだった。
それは二人が最初に会った日の夜の食事。
思い出のメニューだ。

(∪´ω`)「だめ……ですか?」

ノパ⊿゚)「いいけどよ、何であたしなんだ?」

(∪´ω`)「えっと……その……」

助けを求めるような目でデレシアを見るが、デレシアは微笑んだまま、ブーンに自力で想いを口にするよう促した。
しばらくそうして葛藤し、ブーンは頬を赤らめながら、勇気を出して言った。

(∪*´ω`)「ぼく……ヒートさんとおりょうり……すきで……
       それで……いっしょに、つくってみたくて……」

間があった。
そして、感情の爆発があった。
カートから手を離し、ヒートはブーンを抱き上げた。

ノハ*^ー^)「嬉しい事言ってくれるじゃないか、えぇ、ブーン!!
      よし、あたしと一緒に料理しよう!」

(∪*´ω`)「やたー」

ローブの腰の辺りが揺れているのは、ブーンの尾が喜びで反応している証だった。
左手でブーンを抱き上げたまま、ヒートは右手でカートを押し始めた。
その背中に背負う棺桶の重量を考えれば、彼女の膂力は大したものだ。
並の男よりも鍛え上げられた筋肉と無駄をそぎ落とした体は、彼女がその体を手に入れるために血の滲むような努力を費やしたことを如実に物語る。

仲のいい姉弟のように、二人は売り場を見て食品を手に取ってはヒートがブーンにそれについて教えた。

ζ(゚、゚*ζ

デレシアは慈母の目で二人を見ていた視線を店の片隅に転じさせると、途端に冷酷なそれに代わった。
科学者が実験動物を見るように、化学反応を見守るようにしてそこに立つ買い物客を睨む。
腰を曲げた老人。
熟練の探偵が注意深く観察してみても、老人の挙動にしか見えないだろう。

だがデレシアは、その老人がこちらに注意を払っていることに気付いていた。
恐らくは、ティンバーランドに属する人間だろう。
今すぐに撃ち殺すことは勿論の事、誰にも気づかれずに縊り殺すことも出来る。
その選択は後でも選べるし、今は、相手に情報を与えておいても問題はない。

430名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:49:24 ID:t6mV4x2M0
むしろ、こちらが与えた情報を基に動いた方がこちらも予想がしやすい。
さて、これで相手はこちらがこの島に上陸したことを把握したことだろう。
これによって、相手がとる行動を制限する事が出来る。
実に不便で哀れな連中だ。

こ ち ら の 位 置 が 分 か る た め に 、 行 動 が 制 限 さ れ る と い う 事 は 。

ノパー゚)

ヒートもその視線に気づいており、デレシアに視線を向けた。
彼女も同じように、相手の監視をそのままにしておく方が得策だと判断したようだ。

(∪´ω`)「ヒートさん、これはなんですか?」

ノパー゚)「それは鮪っていうんだ」

(∪´ω`)「まぐろ」

ノパー゚)「そう、鮪だ」

ブーンはその視線に気づいた様子がなく、買い物と語学学習に夢中だった。
海鮮コーナーを見終えた二人は、すでにいくつかの食品をかごに入れていた。
今日の献立はヒートが考える流れになっている。
ならばデレシアは、二人が無事に買い物を済ませ、料理を作れるように見守る役割を担えばいい。

次々と買い物かごに入れられる食品から、デレシアは献立がゴーヤーを使ったチャンプルーと呼ばれる料理であることを見抜いた。
必要なのは豆腐、ゴーヤー、そして豚肉。
細かな調味料の類を除けば、全て揃っている。
バラ肉が用意できなかったため、ヒートはベーコンを代用するようだ。

デレシアは米を炊くのは時間と手間がかかることから、ロールパンを一袋手に取った。
パニアにはすでにいくつもの道具が詰まっており、そこまで広い空きスペースはない。
買い溜めは野営に向かない。
カゴにロールパンを入れ、デレシアは周囲にさりげなく視線を巡らせた。

会計を済ませてからも、三人を監視する視線は消える気配がなかった。
買い物袋をブーンと一緒に持つヒートは、デレシアに目配せした。
その目はこの後どう動くのかを訊いている目だった。
デレシアはそれに、何も気にする必要はないと微笑み返した。

恐らく、彼らは夜に騒ぎを起こすはずだ。
ジュスティアが駐屯している今、この昼間に事を起こすはずがない。
そこまでの下地を整える余裕はなかっただろう。
仮にあったとしても、彼らの性格を熟知しているデレシアは、昼間の襲撃はまだ先の事だと分かっていた。

荷物をバイクに詰め込みつつ、デレシアは一計を案じることにした。

ζ(゚ー゚*ζ「ちょっと、どこかの宿に行きましょうか」

431名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:50:18 ID:t6mV4x2M0
そう言って、デレシアは二人を乗せてグレート・ベルの傍らにある宿を目指してディを走らせた。
石畳の道を通り、グレート・ベルの姿が大きくなってくる。
やがてある建物の看板を見つけたデレシアは速度を落とし、他の二人に声をかけた。

ζ(゚ー゚*ζ「……あそこにしましょう」

それは古びた石造りの三階建ての建物で、看板が無ければ民宿とは分からない。
申し訳なさ程度の看板も木で作られ、遥か昔にその塗装がはげ落ち、朽ちたものだ。
営業しているのかどうかも危うい。
トタンの屋根が付いた駐車場にディを停めて、木製の扉を前にした。

ノハ;゚⊿゚)「えらく味のある宿だな、おい」

ζ(゚ー゚*ζ「ここは基本的に無人だからね」

ノパ⊿゚)「無人の宿?」

ζ(゚ー゚*ζ「ずーっと昔にあったシステムなんだけどね。
       最低限の人間だけでやりくりするために、掃除担当の人間ぐらいしかいないのよ」

ノパ⊿゚)「それでやってけるのか?」

無人宿泊施設。
その仕組みが確立されたのは遥か昔で、費用をかけずに観光客を大勢招き入れるために生み出されたのが始まりだ。
ここでは無人のフロントで部屋の鍵を販売機で購入すれば、誰でも部屋を使うことが出来る。
料理は一切なく、ただの宿泊施設としての機能を備えたそれは、効率を徹底して求めた末に辿り着いた一つの到達点。

扉を押し開くと、そこには販売機だけが佇むだけで、人の気配はまるでない。
埃っぽい建物の床は木で作られ、歩くたびに軋む音がした。
ブーンの体重でも床は軋んだが、それは警報にもなる事を意味している。
滞在日数に応じた銅貨を販売機に入れ、空き部屋の鍵を手に入れる。

デレシアは鍵を持って三階まで上がり、殺風景な部屋に入るとすぐにカーテンを閉めた。
ヒートは部屋の鍵とチェーンをかけた。

ζ(゚ー゚*ζ「さて、今の状態について確認しましょう」

ノパ⊿゚)「スーパーからここに来るまでに一人、つけてたな」

ブーンをベッドの上に乗せて、ヒートは言った。
デレシアもヒートと同じ意見だったが、別の点で言えば、その数字は異なる。

ζ(゚ー゚*ζ「尾行は一人、でも、観察者は複数いたわ」

ノパ⊿゚)「っていうと?」

ζ(゚ー゚*ζ「一人はグレート・ベルの上から。
      もう一人は建物の上から見ていたわ」

432名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:53:28 ID:t6mV4x2M0
カーテンを引いた窓の外に目を向け、デレシアはそう言った。
向けられていた視線は二種類。
一つは狙撃手のそれ、そしてもう一つは、捕食者のそれだ。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、これから忙しくなってくるわよ」

そして、デレシアとヒートはこれからの動きについて話を始めた。
ブーンもその話を聞きながら、自分がこれからどう動いていくべきなのかを理解しようと努めた。
計画は単純だった。
そもそもの目的はニューソクの無力化にあり、ショボン一行の排除ではない。

彼らが襲ってくるのであればそれを叩き落とすだけで、攻め入るような真似は必要ないのだ。
備え付けのキッチンで湯を沸かして、デレシアは紅茶を三人分用意した。
ブーンのそれには、砂糖をたっぷりと入れた。
それは、このホテルに置かれている唯一の飲食物と言ってもいい。

ζ(゚ー゚*ζ「まずは私達を狙ってる人間がいる事を前提に、ニューソクを無力化しないとね」

ノパ⊿゚)「で、どこにあるんだ、そのニューソクは」

ζ(゚ー゚*ζ「ティンカーベルに幾つも島があるのは知っているわね?」

ノパ⊿゚)「あぁ、詳しい数は知らないけどな」

(∪´ω`)スズッ……
  つ凵

ζ(゚ー゚*ζ「その島の一つに、グリグリ島っていうのがあるの。
       島の地下にニューソクがあるわ。
       と言っても、一度も稼働したことがないから、動くかどうかは元から分からないけどね」

ティンカーベルを代表するのはバンブー島、グルーバー島、オバドラ島だが、それ以外にもジェイル島などの小さな島が多く存在する。
グリグリ島もまた、そう言った小さな島の一つ。
特長と呼べる特徴もなく、住んでいる人間もいない。

ζ(゚ー゚*ζ「そこに行くには、グルーバー島から船を出さないといけないの。
      周囲は人工と天然の岩礁で木製の船からあっという間に沈んじゃうわ」

ノパ⊿゚)「なら、どうするんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「海が駄目なら地下を使えばいいのよ」

ノパ⊿゚)「……連絡用トンネルでもあるってのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「その通り。 作業員用のトンネルがあるの。
      ただ、そのトンネルの入り口がちょっと面倒なのよ」

433名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:54:25 ID:t6mV4x2M0
小さなメモ帳に、デレシアは島の地図を描いた。
島の南側。
そこに、とある施設がある。
正確には、施設の跡地が。

ζ(゚ー゚*ζ「元イルトリアの駐屯基地があるの。
       そこに入り口があるの」

ノパ⊿゚)「元、ってことは、今はどうなってんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「ジュスティアの駐屯基地よ」

そう。
島の有事に備えてジュスティアは駐屯用の基地をティンカーベルに用意しており、今はその有事の時だった。
基地には武器を持った兵隊たちが屯し、派遣された警察官たちも大勢いる事だろう。

ζ(゚、゚*ζ「ね、面倒でしょ?」

ノパ⊿゚)「確かに、面倒だな。
    だがよ、そこを使わないといけないんだろ?」

ζ(゚、゚*ζ「行こうと思えばやれるんだけど、あんまり好きじゃないのよね。
      円卓十二騎士も来てるし、面倒を増やしたくないの」

ノパ⊿゚)「円卓十二騎士って、そこまで厄介な相手なのか?」

ζ(゚、゚*ζ「そうねぇ…… 厄介と言えば厄介ね。
      ジュスティアの最高戦力で、おまけに所属に関係なく独立して動けるのよ。
      だからある意味、トラギコと同じぐらい厄介ね」

ジュスティアの最高戦力ともなればトラギコとは違って多くの組織を自由に動かせる権限を持ち、一度恨みを買って追いかけまわされれば、旅自体に支障が出てしまう。

ノパ⊿゚)「そりゃヤだな」

ζ(゚、゚*ζ「もう一つあるわ」

他にも円卓十二騎士が厄介な点がある。
彼らの大好きな言葉は正義であり、不正を決して許さない。
犯罪者を前にすれば、警察官以上の正義感で仕事を果たそうとしてくる。
ヒートが殺し屋の“レオン”だと分かれば、例え緊急時だとしても見逃すことはない。

その点に注意をするようデレシアが伝えると、彼女は返事をする代わりに紅茶を啜った。

434名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:56:07 ID:t6mV4x2M0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
August 9th
                            厶 --====ミ
     /三三三三三ミト、      __,. -===   ̄ ̄ ̄ ̄/
     .∨         `ヾヽ  ,. 彡 ´           /
      :∨            \Y/             /
      : r∨          | |              /
      入∨             | |           ,.  ´ ̄}
     :〈  ) )           | |          (_,..  ´ ̄}
PM07:21
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

それに最初に気付いたのは、ブーンだった。
夕食の時間を過ぎてからも文句一つ言わず、オアシズでもらったスウドクの本を黙々と解いていた手を止め、窓の外に目を向けた。

(∪´ω`)「お?」

次に気付いたのは、デレシアだった。
僅かに遅れて、ヒートも気付いた。
何やら、街が騒がしい。

ζ(゚、゚*ζ「……何かしら」

(∪´ω`)「かじ……?」

答えを出したのはまたもやブーンだった。
彼の耳は人間のそれよりも遥かに発達しており、外の声を聞き取ることなど造作もない。

ζ(゚、゚*ζ「ブーンちゃん、ヒート! 耳を塞ぎなさい!」

(∩´ω`)「お」

ノ∩゚⊿゚)「ん?」

その判断の正しさが、窓を震わせる大音量の鐘の音によって証明された。
デレシアはこのタイミングで起きた二つの動きを関連付け、それがティンバーランドの人間が仕掛けた物だと結論付けた。
この鐘の音は何かを隠すための物で、火事は鐘の音を鳴らすための物だ。
なりふり構っていられないという事なのだろう。

ティンバーランドの人間は、よほどデレシアに強い恨みを抱いたのだろう。
それでこそ、潰し甲斐があるというものだ。

ζ(゚、゚*ζ「建物を出るわよ!」

相手の次の動きを読み、デレシアは建物から出ることを選んだ。
二人に窓から離れるように指示を出す。
鐘の音が声による意思疎通を完全に遮断していた。
しかし、ヒートにならばデレシアの意図は伝えられるはずだ。

435名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:56:48 ID:t6mV4x2M0
身振りでこれからカーテンを開くが、そのタイミングで部屋の明かりを消すように伝える。
ヒートはそれを理解し、デレシアが動くのを待った。
デレシアの見立てではグレート・ベルに狙撃手が一人いるが、大した脅威にはならない。
こちらが窓から飛び出しでもしない限り、角度と言う最大の問題がある。

高所から遠距離を狙う狙撃手は、その性質上、足元が死角となってしまう。
今回デレシアが鐘の音を我慢してでもこの宿を選んだのは、狙撃の目を摘むためでもあった。
本気でこちらを殺そうと思っているのならば、狙撃手だけでなく、別の部隊も来ているだろう。
しかし、グレート・ベルに狙撃手がいるというのも、別働隊も全てはデレシアの推測にすぎない。

そこで、狙撃手に一発撃たせることで、その位置と存在を確かめようと誘うことにした。
デレシアは窓の前に立ち、カーテンに手をかける。
合図をして、一気にカーテンを引いた。
部屋の電気が消え、デレシアがその身を軽やかに翻した瞬間、窓ガラスが割れた。

だが銃声は鐘の音のせいで一切聞こえず、床に開いた小さな穴だけが銃撃が確かにあった事を物語っている。
角度を見て取っていたデレシアは、それが間違いなくグレート・ベルから放たれた物だと察した。
となると、当初の予定ではやはり狙撃によってデレシア達を亡き者にしようとしていたのだろう。
この宿にデレシア達がやって来た時点で計画は破たんしたと判断するべきだろうが、おそらく、別の目的もあって火事を起こしたのだろう。

ならば別の人間達がデレシア達を追うべく配置されているはずだ。
手を空けるため、二人にヘルメットを被るよう指示をする。
これで多少の音は防げる。
また、顔も隠せるため、万一の襲撃者がいたとしても時間を稼げるだろう。

デレシアは左手でデザートイーグルを抜き、それを構えて部屋の扉を蹴り破った。
蝶番ごと吹き飛んだ扉は向かいの壁にぶつかって砕け、細かな木片が散った。
鐘が鳴るたび、床板も床に散った木片も振動していた。
デレシアが先行し、その後にブーン、そしてヒートが続く。

彼女の手にはすでに銃が握られていた。
難なく一階まで降りて来たデレシアは、胸のどこかにあった違和感の正体に気付いた。
これはテストなのだ。
デレシア達がどう動くのか、どのような人間なのかをシュール・ディンケラッカーとデミタス・エドワードグリーンに見せるための試験。

出方を窺うためのから騒ぎなのだ。
本気ならば、部屋の前にクレイモアを仕掛けたり、建物を爆破したりすればいい。
成程。
前回の反省を生かすという点で言えば、相手も少しは成長したようだ。

デレシアは駐車場に向かい、ディに跨る。
視線が、夜空をオレンジ色に染め上げる方角に向けられた。
間違いなく、エラルテ記念病院の方角だった。
そこはトラギコが入院しているはずの病院で、そこが燃やされている可能性は高かった。

ζ(゚、゚*ζ「……」

436名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:59:27 ID:t6mV4x2M0
憤りを抑え、デレシアはバイクを山に向けて走らせた。
最初の予定通り、キャンプサイトを拠点として使えばいい。
もっとも、そのキャンプ場さえ特定されている可能性の方が高いだろうが。
夕食を摂る時間ぐらいは得たいものだ。

尾行者がいない事を確認しながら、デレシアはアクセルを捻った。
すっかり日の暮れた山道は、当然だが、午前とは違う表情を見せていた。
迷い込む者を歓迎する、夜の口腔。
獣の潜む魔城。

街灯などと言う気の利いた物はなく、月と星だけが頭上から彼女達を照らしていた。
ディはすでに記憶された道を走っていることを理解しており、デレシアの運転と路面に合わせて最適な走行状態を選んでいる。
悪路はただの路として三人の前に広がり、ディは難なくそれを走破した。
宿を出てから三十分後、三人はキャンプサイトに到着した。

タープの下にディを停め――キーは差したまま――、パニアから食材を取り出した。
ヒートはテントからランタンを取り出し、そのスイッチを入れてタープから吊るした。
鐘の音はまだ響き続け、消火活動のために走る消防車のサイレンも合わさった。
山から見下ろすと、やはり、燃えているのはエラルテ記念病院の様だった。

だが森に住む生物たちは何事もなかったかのように、各々の歌を歌い、蠢いている。

ノパ⊿゚)「やっぱり来やがったな」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、でもあれは様子見のための動きね。
      本命は別のタイミングにあるはずよ」

ノパ⊿゚)「様子見だったら、あれはあたし達がどう反応するかっていうのを見るのが目的だったってことか?」

ζ(゚ー゚*ζ「その通り。そしておそらく次は、戦闘方法を盗み見ようとするはずよ。
       それでデータは揃うはずだから」

襲撃の際に知っておきたいのは、相手の行動パターンだ。
攻撃と逃走。
この二種類の行動さえ見ることが出来れば、襲撃方法を考案することが出来る。

ノパ⊿゚)「なら、その前に飯を食わなきゃな。
    ブーン、腹減ったろ?」

(∪´ω`)「……お」

ノパー゚)「遠慮すんなって。
    今からちゃっちゃと作るから、手伝ってくれるんだろ?」

ナイフとアウトドア用のまな板――把手が付いている――を手に、ヒートが緊張や苛立ちを感じさせない優しげな声でブーンに話しかけた。
その笑顔と声に感化されたのか、ブーンは不安そうだった表情を綻ばせた。
早速調理を始め、ブーンは野菜の下ごしらえをすることになった。
デレシアはナイフの使い方をブーンに教え、手本としてゴーヤーを切った。

ζ(゚ー゚*ζ「中の種は綺麗に取ってあげるのよ」

437名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:01:49 ID:t6mV4x2M0
(∪´ω`)「お!」

街で起きている喧騒をものともせず、三人は和気藹々と食事を作り始めた。
バーナーに火を灯し、クッカーを乗せてそこでベーコンを焼く。
ベーコンから染み出した油を利用し、切り分けたゴーヤーと豆腐を混ぜ、塩コショウで味を調える。
炒め終えたチャンプルーを皿に取り分け、主食となるロールパンと共に食べる事となった。

ブーンは調理中、ヒートが手際よく食材を切り、それを炒める様子をじっと見ていた。
その目は好奇で嬉々として輝き、ヒートの動きは魔法のように見えたことだろう。
瞬く間に調理を終えた料理を前にして、ブーンの尻尾は終始揺れ続けていた。

ノパー゚)「さ、何はともあれ飯だ、飯!」

(∪*´ω`)゛「おー!」

ζ(゚ー゚*ζ「美味しそうね」

ノパー゚)「ちょっと薄味だが、口に合えばいいんだけどな」

ヒートが何故薄味にしたのか、考えるまでもない。
ブーンのためを思っての事だ。
彼は聴覚や視覚、嗅覚だけでなく味覚も人間よりも発達している。
濃い味付けの物は彼にとって毒に成り得る。

ζ(゚ー゚*ζ「いただきます」

ノパー゚)「いただきます」

(∪´ω`)「いただきますお」

三人は口を揃えてそう言ってから、皿に盛られた食事を食べ始めた。
ブーンが幸せそうにチャンプルーを口に運ぶ姿を見て、ヒートは嬉しそうに微笑んでいた。

ノパー゚)「どうだ? 美味いか?」

(∪*´ω`)「はい!」

ζ(゚ー゚*ζ「お世辞抜きに美味しいわ」

デレシアもこの味付けが気に入った。
ゴーヤーの苦みと塩味が絶妙に合わさり、夏の味を感じさせる。
豆腐とベーコンもいい仕事をしており、味に物足りなさを感じるという事もない。
練り込まれたバターの味がするロールパンとの相性も良く、この夕食は先ほどまでの緊張状態を和らげてくれた。

ノハ*^ー^)「そりゃ良かった」

ヒートの笑みはデレシアとブーンの言葉に向けての反応だったが、本当は、ブーンの言葉と反応が彼女を笑顔にしたのだと分かる。
日に日にブーンとヒートの距離は近いものになり、歳の離れた姉弟そのものへと変わっている。
実に喜ばしく、良い事だ。
調理したチャンプルーを全て平らげたブーンは、パンをちぎってそれで皿を拭った。

438名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:02:57 ID:t6mV4x2M0
ζ(゚ー゚*ζ「あら、偉いじゃない!」

(∪´ω`)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「パンでお皿を拭うの、偉いわ」

(∪´ω`)「えっと…… ししょーが、こうしたほうがいいって……」

ブーンにとっての師匠とは、ロウガ・ウォルフスキンの事である。
イルトリアの軍人であり、前市長の護衛。
狼の耳と尾を持つ耳付きの彼女の実力はヒートをも凌駕し、棺桶を使っての戦闘でも引けを取らない事だろう。
“レオン”の能力が如何に優れていても、使い手の経験値が低ければ意味がない。

ロウガの経験値は、殺し屋として生きてきたヒートを遥かに凌ぐ。
彼女は生粋の戦闘家。
キャリアが違う。
オアシズで訓練がてら手合わせをしてヒートが負けたのは、必然としか言えない。

それでも、ヒートはまだ強くなるだけの余地がある。
ロマネスク・O・スモークジャンパーとロウガの意見と同じように、彼女のこれからに期待できる。
食事を終えた三人はそれぞれの食器を持って炊事場に向かい、それを丹念に洗った。
洗い終えた食器を持ってテントに戻る途中、デレシアは二人に提案をした。

ζ(゚ー゚*ζ「この後、せっかくだからテントでゆっくりと寝ましょうか」

ノハ;゚⊿゚)「……マジか?」

ζ(゚ー゚*ζ「休める時に休むものよ、人間はね」

確かに、この非常時に眠るのは敵に無防備な姿を晒すことになりかねない。
だが、休まないのも相手の思惑にはまることになる。
休息を怠った人間が普段では決してはまることのない罠にはまり、取り返しのつかない事態に発展するのは珍しい話ではない。
デレシアは休息の重要性を理解していた。

相手がこちらの力量、反応を調べる段階にあるのだとすれば、本命を投入してくることは考えられない。
使うとしたら、雑兵だ。
雑兵で計測を終えた後、本命として手元に置いているシュールとデミタスを動かすだろう。
ならば今は休む時だ。

この島で動くには、ジュスティアとティンバーランドの二つの勢力の目を掻い潜らなければならない。
一人ならば造作もないが、二人も同行者がいれば、そう容易に事は運べない。
だからこそ、休むのだ。
休息し、これからに備える。

それが最も理想的なこちらの対抗策だ。
攻め入る者と、それを受ける者。
有利に働くのは数で勝る方だ。
相手の戦力が読めない以上デレシアにとっての立場は後者、つまり、攻撃を受ける側という事になる。

439名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:04:43 ID:t6mV4x2M0
こちらにとって生命線になるのは言わずもがな、相手の情報だ。
知る限りではショボンが関わり、それ以外の人間については現地で雇った雑兵ぐらい。
正確な数を知らないこちらが不利なのは言うまでもない。
ショボンと言う男は、それを知った上で、二人の人間を脱獄させたのだろう。

脱獄犯であれば情報は少なく、かつ、即戦力になるからだ。
彼らへの情報提供を兼ねて、今回の計画を練ったと考えれば、次もまた、有象無象の捨て駒を使ってくるはずだ。
それも、時間を空けて。

(∪´ω`)「あの……」

ζ(゚ー゚*ζ「ん? どうしたの?」

(∪´ω`)「ディは、何も食べなくていいんですか?」

補給、という単語を知らなかったのか、ブーンは食べるという単語を使った。
それがある意味で的確なため、デレシアは訂正することはしなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、せっかくだからここのお水をあげましょうか」

ディはバッテリー、そして水を動力源として動く。
バッテリーも水もまだ十分にあるが、ブーンは自ら名付けたバイクに何かをしたくて仕方がないのだ。

(∪*´ω`)゛「おっ」

自分にも何かが出来ると分かったブーンは、その日で一番の笑顔を浮かべた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
August 10th
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AM00:58
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それは、火事の騒ぎも静まり、キャンプサイト全体も虫の鳴き声しかしなくなった深夜の事だった。
川の字になって寝ていたデレシア一行は、静まり返っていた山に響いたエンジン音で目を覚ました。
高いエンジン音が複数。

ζ(゚ー゚*ζ「お客さんよ」

ノパ⊿゚)「……リハビリがてらだ、あたしがやるよ。
     運転を頼む」

ζ(゚ー゚*ζ「よろしく、ヒート」

440名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:06:32 ID:t6mV4x2M0
二人はヘルメットを被る。
すでに戦闘準備は整っていた。

(∪うω`)「お……」

まだ寝ぼけているブーンを抱えて、デレシアはディに乗った。
起きている状態ならまだしも、眠っている状態でバイクにそのまま乗せるのは危険だ。
ブーンを後ろに座らせ、ローブを使って彼とデレシアをしっかりと結び付けた。
その後ろにヒートが乗り、同じようにしてデレシアと自分をローブで固定させ、それからブーンにヘルメットを被せた。

ノパ⊿゚)「よっしゃ、いいぞ!」

ζ(゚ー゚*ζ「ちょっと激しいドライブになるけど、しっかりね」

ノパ⊿゚)「任せな」

キャンプサイトの入り口に、一つ目のライトが浮かんだ。
そして、続々と現れたのはバイクのヘッドライト。
総勢で十台以上はいるだろう。
深夜という事を完全に無視した爆音を響かせて現れたバイクは、友好的な人間が乗っているとは思い難い。

各々が掲げるのは銃身の短いショットガンやアサルトライフル。
モーターサイクル・ギャングの特徴とも言える黒い皮のジャケットを着た彼らは、ライトに照らし出された蒼いバイクを見た時、反応が追いつかなかった。
ヒートが右手に持つベレッタM93Rの瞬きは、半数以上の男達の命を一瞬の内に奪い去った。
彼女のM93Rはフルオート射撃が可能なように改造されており、律儀にも自らの頭部の位置を示す格好で現れたのが仇となった。

デレシアはディを一気に加速させ、山道に入り込んだ。
遅れて銃声が数発響くが、すでにその射線上にデレシア達の姿はない。
慌てて後に続くオフローダータイプのバイクは三台のみ。
最後尾に4WDのランドクルーザーが続く。

ノパ⊿゚)「……っ!」

山道を登る四台のバイク。
性能の差は、瞬く間に現れた。
銃を構えるヒートはその照準が思った以上に揺れないことに驚いていたが、後続の三台はヘッドライトが上下に激しく動いている。
狙い撃つのは難しそうだが、やってやれないことはない。

狙いをヘッドライトよりわずかに上に向ける。
そこに胴体が必ずあるからだ。
そして銃爪を引き、一台が転倒した。
続く二台目は、それを踏みつけて追跡を続行する。

大した努力だが、とヒートは嘲笑した。
三発を連続で発砲し、二台目のバイクに乗っていた人間がバイクから落ち、しばらくの間オフローダーは無人のまま走ってから倒れた。
残りはオフローダーが一台と、車輌が一台だけ。

ノパ⊿゚)「しつこい連中だ!」

ζ(゚、゚*ζ「下り道になるから気を付けて」

441名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:09:27 ID:t6mV4x2M0
ノパ⊿゚)「あいよ!」

デレシアの宣言通り、バイクは峠を越えたかのように急な下り道を走り始めた。
ブーンに背中を預け、ヒートはバイクが現れるのを待った。
飛ぶように現れたバイクに向けて、ヒートは弾倉を使い切るまで銃爪を引き続けた。
銃弾の当たり所が良かったのか、そのバイクは爆発を起こし、花火のようにばらばらになった。

残るは車輌。
だが、今ヒート達が走っている道には入ってこれないことは分かっていた。
となると、先回りされている可能性が考えられる。
弾倉を交換し、ヒートはデレシアの腰に手を回した。

ζ(゚、゚*ζ「飛ぶわよ!」

ノハ;゚⊿゚)「おっ!!」

反射的に、ヒートはデレシアの腰に回した腕に力を込め、ブーンが万が一にも落ちないように気を付けた。
そして、浮遊感。
舗装された車道に飛び降りた衝撃のほとんどはディのサスペンションが吸収し、無効化した。
速度と路面の変化を感じ取ったディはすぐに走行スタイルを変更させ、デレシアはそれに応じてギアを上げて速度も上げた。

すぐ後ろにはセダンが走っており、更にその後ろには追跡者であるランドクルーザーがいた。
バックミラーに映る二台の車両の内、敵勢力はランドクルーザーだけと判断したデレシアは、更に速度を上げて二台をミラーの点に変えた。

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August 10th
      '(ヽ(:::::::   ) ソノ  ))) /ヽ     ||  ((ヘ) (::::: (::::::::    \  へ  )
       ヽ(::::::::   )ノ ノ/|| /  \       |:|   (:::: ( (:::::::::: ⌒      )
        `ヽ从人/ノ::::: ))  || /    \     |:|   ヽ从ヽ(::::::::::   ソ    )'
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AM01:23
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それに気付いたのはヒートだった。

ノパ⊿゚)「……何か来るぞ」

音が接近してくるのもそうだったが、小さな明かりが近付いてきていた。
車でも、バイクでも有り得ない程の速度。
カーブをものともせずにやって来るそれは、こちらを追っているのだと分かる。
そうでなければ、あれほどの速度で走る必要がないからだ。

デレシアはミラーに一瞬だけ目を向け、答えを出した。

442名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:10:07 ID:t6mV4x2M0
ζ(゚、゚*ζ「……あぁ、やっぱり。
      さっきのセダンに乗ってたの、ライダル・ヅーだったのね」

ノハ;゚⊿゚)「……あの、ライダル・ヅーか?」

ジュスティア市長の秘書である彼女の事を、ヒートは聞いたことがある。
幾度も死刑判決を言い渡し、死神とさえ呼ばれる彼女は、ジュスティアの体現者の一人だ。
一度掴まり、彼女が事件を担当した時には死を覚悟しなければならないと言われるほどの冷酷さ。
その女性がこの島にいるのは、ジュスティアがよほど事態を深刻に見ているからに他ならない。

ζ(゚ー゚*ζ「ま、イージー・ライダーだから大丈夫よ。
      顔を向けないように気を付けてね」

ノハ;゚⊿゚)「何がどう大丈夫なのか分からないんだが……」

鬼火の様な光が接近してくるのを見て、ヒートはそれが人型である事に気づき、驚愕した。
コンセプト・シリーズの棺桶だ。
高速で走るディに追いつけるほどの速度で迫るそれに、ヒートは銃を向けようとしたが、諦めた。
この弾丸では、装甲を破ることは出来ない。

(::[ ◎])『そこのバイク、止まりなさい!』

バイクを転倒させられたら、こちらは間違いなく死ぬ。
追いつかせるわけにもいかないため、ヒートは背負っている棺桶を使おうか逡巡した。
だがそれは必要なかった。

ζ(^ー^*ζ「ディの方が優秀ってことよ」

その言葉の意味を理解したのは、デレシアが突如として進路を山中に向けた時だった。
未知の変化を察知したディはオフロードタイプに切り替わり、悪路をものともせずに走るが、後ろにいた棺桶は車道からついて来ようとしなかった。
否、ついてこれないのだ。
急斜面と悪路を前に恐れをなして、その足を止めたのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「舗装路でしかあの速さを発揮できないのよ、あの棺桶は」

その一言は、ヒートの中にある疑問を更に増長させた。
強化外骨格は非常に多くの種類があるが、コンセプト・シリーズの棺桶はそれ一種類しか存在しない。
量産機ではないのだ。
だから、その名前と能力を一致させるためには古い文献――イルトリアに保管されているとされる書物―――か、実際に戦闘をしなければならない。

デレシアは先ほどの棺桶の名前だけでなく、弱点まで知っていた。
果たして、彼女はこの世界の何を知っているというのだろうか。
いや、逆だ。

443名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:11:34 ID:t6mV4x2M0
.





彼 女 の 知 ら な い 物 は 、 こ の 世 界 に あ る の だ ろ う か。






Ammo→Re!!のようです Ammo for Reknit!!編
第一章【rider-騎手-】 了

444名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:12:15 ID:t6mV4x2M0
ちょっと途中で止まってしまいましたが、これで第一章は終了です。

何か質問、指摘、感想などあれば幸いです。

445名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 22:07:06 ID:cEh5Oss20
乙乙
Vipでも読んだけど面白い。
出てきた新キャラの中で1番気になっているのが、ジョルジュ・マグナーニなのでこのあとデレシアとどう関わっていくのか気になりますね。
差し支えなければでいいんですけど、ジョルジュ・マグナーニのモデルはダーティハリーの警部さん?

446名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 22:11:29 ID:t6mV4x2M0
>>445
おっ!
その通りです!
彼の持っている棺桶も起動コードもまんまあの人です!

447名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 22:19:17 ID:cEh5Oss20
>>446
あっ、やっぱりそうなんですね。
ということはジェイソン・ステイサムがモデルのキャラが出て来る可能性もあるな。トランスポーターとかメカニックとか。
質問に答えてくれてありがとうございます。

448名も無きAAのようです:2016/08/31(水) 16:57:52 ID:QXA/Bgv20
>>442
未知の変化→道の変化?
未知の道ってかけてる?

449名も無きAAのようです:2016/08/31(水) 21:03:49 ID:DYpp8EZc0
>>447
(=゚д゚)「……」
https://www.youtube.com/watch?v=VSB79jprKow


>>448
誤字で……ございまする……

450名も無きAAのようです:2016/08/31(水) 22:23:12 ID:YTeS0Z0g0
>>449
トラギコさんすいませんでした。orz

451名も無きAAのようです:2016/09/04(日) 13:31:16 ID:TOAzsqvU0
虎かっけえなおい

452名も無きAAのようです:2016/10/01(土) 17:47:35 ID:NrOKzHQY0
明日VIPでお会いしましょう

453名も無きAAのようです:2016/10/01(土) 18:12:15 ID:6NdHa8aU0
お見かけします

454名も無きAAのようです:2016/10/01(土) 19:55:18 ID:m1qNR.6g0
待ってます

455名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:10:01 ID:slfccTV.0
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      The fuckers who deny my vendetta can't stop me, forever and never.
               復讐を否定する奴に、あたしは止められない。
     ヽ/ ! ` l´,ヘ ', ヘ.∧,-、   ` ‐' ‐-='´---,
      | | !   f'/,ィV ', ',∧^リ         _, ‐'‐-..、
      | | !   | イリ' V.', ',∧'、     -/:::::::::::::::::::::::
.     -=| l. l /    l. ', l ∧ ヽ r-.、γ´::{:::::, ---- 、
       ',ヘ. ヘ. __    ! l ト. ト.ヽ/:::::::::{:::::::::l:':::::::::::::::::::::   Heat ・ Ororus ・ Redwing
        ヾヘ. ハ. ` _ j ハ | ', l >ヽー-、{::::::::::',::::::::;:::::::'l´ ――ヒート・オロラ・レッドウィング
         \ 'ーチl !| l | (.!|' 、:::`:::::::',::::::::::',:::::::::::::::l
          ∨ l. ト. リ':l |::_lj〉`:ヽ::::::::::}::::::::::}::::::::::::∧

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┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

月明りが世界を仄かにモノクロに染め上げる静かな夜。
一台のバイクが、鬱蒼と茂る木々の間を猛烈な速度で走り抜けていた。
巧みなハンドル捌きで運転する黄金色の髪を持つ女性は、ヘッドライトを切った状態にも関わらず、周囲の木の位置が分かっているかのように運転していた。
曲芸じみた技術を目の当たりにし、驚きの表情を浮かべるのはタンデムシートに座る赤髪の女性。

闇に目が慣れてきた彼女も、密生した木の輪郭を見つけることが出来るが、この速度を保ったままバイクを運転できるかと言えば、答えは否だった。
路面が不安定であり、尚且つ高速移動中に視界が狭まる事を赤毛の女性は知っていた。
そして、二人の間では一人の少年が小さく寝息を立てていた。
犬の耳と尾を持つ少年は、運転する女性の服を辛うじて掴んではいるが、まるで起きる様子がない。

三人を乗せた高性能なバイクは、世界中、あらゆる場所を走破できるように設計されており、落ち葉や腐葉土で柔らかく不安定なこの地面でも二つの車輪はしっかりとその役割を果たしている。
二輪駆動によって実現する並外れた走破能力は、野生動物さながらである。
四本の足を持つ動物がその足で大地の変化を察するように、そのバイクはタイヤ越しに大地を感知し、走りの性質を変えていく。
それだけではなく、馬が主人と認めた者の走り方を覚えて気遣うのと同じように、このバイクは運転手に合わせて多くを学習し、それを形にしていく力があった。

バイクの名は、アイディール。
全てのバイクの理想形であり、作り手と乗り手の理想の結晶だった。
アイディールには名が与えられていた。
それは、アイディールが――彼女が――誕生してから、初めての事だった。

(#゚;;-゚)

カタログ上の名前ではなく、個として識別するための名前。
他の誰のものでもない、自分だけの物。
名前を与えられた彼女は、何度もその瞬間のことについて反芻し、自己学習を行った。
間違いなくそれは人間の感情で“喜び”であり、“感謝”の気持ちが芽生えていることが分かった。

自分で導いた答えに、彼女は疑問を持たない。
彼女の中に疑問はないのだ。
彼女は人工知能。
声を発することの無い、寡黙な存在。

456名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:12:19 ID:slfccTV.0
乗り手が心地よく走るためだけに生み出された道具。
道具が疑問を持つ必要はない。
道具に必要なのは、ただ、乗り手に奉仕をするという気持ちだけなのだ。
この瞬間、“ディ”と名付けられた人工知能は己の矛盾した考えに一瞬の内に気付いた。

乗り手に奉仕をするだけであれば、喜びなどと言う感情は不要のはずだ。
はずだ、という考えがディに更なる考えを促した。
不要ならば最初からシステムに組み込まれないし、生まれることの無い考えだ。
だがそれが生まれたという事は、必要な物だから生まれたのだ。

ディは考えた。
思考することで彼女の人工知能は成長し、よりよい物へと進化する。
そう作られているのだ。
自己学習機能を備える彼女は、全ての経験を糧として機械的に日々成長を重ねる。

その過程で産まれた“感情”は、最初は形骸的な物だったと記憶している。
喜怒哀楽。
その四つだけだった。
特に深い意味はなく、それがバイクにとって良い物か、それとも悪い物かでしか判断は出来なかった。

やがてそれが経験と共に深みを持ち、複雑な感情が生まれたのだ。
ある時は若い狙撃手の女性を乗せて、短い間ではあったが旅をした。
彼女はディとあまり交流を深めようとするタイプではなかったが、その扱い方は常に気遣ってくれていた。
かつてこの島の山と道を走ったのも、彼女とだった。

彼女が今どうしているのか、ディは知らない。
その次の乗り手は、若い男性だった。
彼もまた狙撃手で、その前の乗り手の女性と一緒に乗る事が多かった。
狙撃手の彼はマフラーの位置を変えて、より多くの路を走れるようにしてくれた。

数十年、彼と世界を走り回った。
だが彼も、ディの存在には気付いていないかのように走り、気を遣ってくれた。
ただ、彼の気遣い方はまるで宝物を扱うようだった。
そうして、彼が今どこにいるのか、ディが知る術はない。

次の持ち主はディにほとんど跨ることなく、彼女を飾って眺め、時折エンジンを吹かして室内で走らせるだけだった。
やがて過去の記録を振り返っては考えることで時が流れ、今の持ち主――恐らくは金髪の女性――が久しぶりにディの事を認知してくれた。
彼女に認知され、そして、少年が認知した。
本来、名前は意味のない情報という事で記録されないのだが、この二人の名前ともう一人の搭乗者の名前は非削除対象として記録された。

金髪の女性はデレシア。
耳付きの少年はブーン。
赤髪の女性はヒート。
この三人は、ディの記録媒体に初めて記録された搭乗者の名前だった。

これまでの記録と照合しても、彼女達のような人間は初めてだ。
ライトを消して夜の林道を猛スピードで駆け登る人間も、これだけ激しい運転の中、完全に安心しきって眠る少年も。
ディにとっては、知らない人間だらけだった。
彼女達との旅は、どれだけ続くのだろうか。

457名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:13:48 ID:slfccTV.0
当然、その答えを彼女が知るはずもない。
乗り手が旅を止める時、彼女の旅も終わる。
かつて、彼女が生まれたばかりの時代の乗り手達がそうであったように、別れは突然やって来るのだ。
それを悲しむことなく、彼女は新しい乗り手のために尽くし続けるだけ。

だがそれでも。
ディは、機械らしからぬ感情を抱いていることに気付いていた。
久しぶりの未知の存在は、彼女にどのような経験をさせてくれるのだろうか。
彼女達はどのような旅をして、どのような道を見て行くのだろうか。

自分は果たして、どこまでそれを見て行くことが出来るのだろうか。
この三人が共に居続けるかどうかなど、ディには分からないのだ。
彼女は何も喋らない。
彼女に口はなく、何かを話す必要がないのだから。

(#゚;;-゚)

彼女は、無言で疑問を抱き続け、考え続け、成長し続ける。
この先の旅が実りあるものである事を願いながら、ただ、走り続けるのだった。

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Ammo→Re!!のようです
Ammo for Reknit!!編
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                         第二章【departure-別れ-】

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┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

夜襲から時間が経過し、日付の変わった暗い時間。
虫たちですら、その声を潜め始める真に暗い時間帯。
三人の旅人を乗せた一台のバイクは、キャンプサイトに戻ってきていた。
エンジンを切ったデレシアは、小さく溜息を吐き、冷えた空気を肺に送り込んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ふぅ……」

月が傾き、夜の闇も大分深まった深夜。
彼女達が戻ってきたキャンプサイトには、生きている人間は一人も残っていなかった。
テントの中で銃声を聞いた少数のキャンプ客は皆一目散に逃げ出し、後に遺されたのは無人のテントと死体だけだ。
死体は皆、同じデザインの服を着ていた。

モーターサイクル・ギャングと見て間違いないだろう彼らの傍らには、エンジンの切れた愛車が無残に横たわっている。
後部席にいたヒート・オロラ・レッドウィングが降り、熟睡するブーンを担ぎ上げた。
体を丸めて少しでも体温を保とうとする彼を赤子のように胸に抱くヒートは、ブーンの寝顔を見て感心した風に声を発した。

458名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:15:17 ID:slfccTV.0
ノパ⊿゚)「あれだけ暴れたっていうのに、よく寝られるな」

銃撃戦然り、激しいカーチェイス然り。
大人でも心臓の鼓動が激しくなることは必至の状況下で、ブーンは割と早い段階で眠りに落ちていた。

ζ(゚ー゚*ζ「安心しきっているのよ。信頼の証として受け取りましょう」

ノパー゚)「そうだな……」

確かに、ブーンは二人を信頼していた。
二人にとって、ブーンは家族の様な物だ。
彼が困った時には手を差し伸べるし、彼が成長するのを誰よりも身近で見守る事が出来るのは彼女達にとって至上の喜びだ。
眠る彼の頭からヘルメットを取り、乱れていた髪の毛をヒートが手櫛で直してやる。

(∪*´ω`)「……お」

ブーンは身じろぎし、ヒートの方に体を寄せた。

ノパー゚)「……」

眠るブーンの頬にそっと口付けし、ヒートは愛おしげにブーンを見つめている。
その目は慈愛に満ち、強い母性が垣間見えた。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、少しだけ寝てから街で朝ごはんを食べに行きましょう」

ノパ⊿゚)「だな。 早朝なら連中もそうそう動かねぇだろう」

二段階の襲撃を振り払ったとしても、それで終わりになるわけではない。
デレシア達を狙う人間は現地にいた人間を使い捨ての駒として使ってきただけで、直接的な被害は何一つ被っていないのだ。
強いて言うなら、間抜けな狙撃手が銃弾を無駄にしたぐらいだろうか。
こちらの反応を見たティンバーランドの人間は、もう間もなく本命の駒を動かしてくるはずだ。

雑兵で得た情報を使い、動かしてくる駒はおそらくは二つ。
盗みに長けた“ザ・サード”デミタス・エドワードグリーン。
誘拐に長けた“バンダースナッチ”シュール・ディンケラッカー。
この駒を動かし、デレシア達の命を奪う、もしくは別の何かを狙ってくるだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「むしろ逆かも知れないわね。
       なんにしても、私達が休まないようにしてくるでしょうね。
       だから今は少しでも休みましょう」

テントにそのままにされていた寝袋を整え、ヒートがブーンをそこに寝かせた。

ノパ⊿゚)「どうする? 順番に見張るか?」

ζ(゚ー゚*ζ「私が見てるわ。
       だから、ブーンちゃんの傍にいてあげて」

ノパ⊿゚)「分かった」

459名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:18:08 ID:slfccTV.0
ヒートはブーンの隣に寝そべり、瞼を降ろした。
テントの入り口を閉めて、デレシアは星空を見上げた。
見事な星空だ。
かつて、世界が第三次世界大戦を迎える前には想像も出来なかったであろう圧倒的な星の輝き。

星の海、という表現が最適だろう。
葉擦れの音と潮騒の音が横殴りの雨のように周囲に満ちている。
そして煌く星々の音さえも、そこに紛れていそうだった。
静かなこの夜の時間は、昔から少しも変わっていない。

全てが黒の輪郭へと変わり、本来の像を曖昧にする時間。
デレシアは折り畳み式の椅子に座り、ステンレスのマグカップを直接バーナーの上に置いて湯を沸かした。
沸いた湯にスティック状の袋に入ったインスタントコーヒーを溶かし、適温に冷めるのを待つ。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

かつて。
星はもっと遠くの存在だった。
月は手の届かぬ存在であり、星は夢そのもの。
何もかもを手に入れた人類が、決してその手にすることが叶わなかったこの満天。

手に入らぬと理解した人類は汚れた夜空を見捨て、街の明かりに価値を見出した。
人の営みの証である豊かな明かりを発する街は、宇宙から見ても都市の形がはっきりとわかる程煌々とし、人々の視線を空から地上に引き摺り下ろした。
星を地上に再現した彼らがこの空を見たら、どう思うだろうか。
気の遠くなるほど長い時間をかけて世界が取り戻した、この夜空を。

この時代に生きる人間にとっては何ということの無い景色だが、肉眼で星の帯をここまではっきりと直視出来る事が、どれだけ素晴らしい事か。
別の銀河が目に映るこの夜空の価値は、どれだけ希少な宝石にも勝る。
そして、それを見上げながら飲むコーヒーの味は格別だ。
挽きたてのコーヒーでなくとも、その水面に映る星の輝きだけで十分。

コーヒーを飲み、そっと溜息を吐く。
思い返すのは、ヒートとブーンの関係の進展具合だ。
出会ってからまだ約十日。
半月も経過していないが、二人の仲はかなり親しくなっている。

初めてであった頃のブーンは人間全般に対して恐怖心を抱いている感じだったが、今ではその名残も薄れている。
彼は出会いと別れの中で成長し、年相応に人に甘えることを覚えた。
ようやく取り戻した彼の人生は、これから先、どう変化していくのか。
すでにティンバーランドと関わりを持った以上、彼の人生は平穏無事に進むことはない。

デレシアがかつて何度も潰してきた組織の芽が、彼女の目を掻い潜ってここまで成長していたとは予想外だった。
“世界を黄金の大樹にする”、という彼らの理想はいつの時代も多くの信仰者を作ってきた。
これまで鳴りを潜めていた彼らがこうして目立った行動をするという事は、ある程度の準備が整ってきたという事なのだろう。
今さら潰しようがない、潰されようがないと慢心しての行動なのだろう。

確かに、今回の相手は世界に根付く大企業、内藤財団が背後にいる。
財力、影響力共に申し分ない。
隠れ蓑として使うのにも十分だ。
これまで通り旅を続けていても、再びデレシアの旅路を邪魔してくるに違いない。

460名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:19:04 ID:slfccTV.0
旅はまだ途中。
果てしのない旅を足止めする者があるのならば、デレシアのすることはただ一つ。
路傍の石ころと同じように処理するだけだ。
蹴り飛ばすか、踏み潰すか。

あまり二人には迷惑をかけたくないが、同じ旅をする以上、多少は手を貸してもらった方が助かる。
恐らくだが、敵はデレシアを直接狙うのではなくその周囲から切り崩しにかかってくるだろう。
直接的な対決ではデレシアに勝てないと知る者がいれば、間違いなくそうしてくる。
そうなると真っ先に狙われるのはブーンだ。

なるほど。
相手の狙いは二つだ。
一つはブーンの命、もしくはそれを利用してデレシアを動揺させる。
そしてもう一つは、ヒートの持つ棺桶だ。

ほぼ全ての強化外骨格の天敵である“レオン”は、ティンバーランドが是が非でも手に入れたいものだろう。
実際、オセアンで狙われていたのは“ハート・ロッカー”と“レオン”だった。
そのために街一つを犠牲にするような作戦を展開したが、まるで焦った様子も躊躇う様子もなかった。
彼らが強化外骨格を手に入れるために文字通り手段を選ばないのは、オアシズでも証明されている。

シュールがブーンを攫い、デミタスが棺桶を盗む。
そしてこちらが混乱している隙を突いて、デレシアに攻撃を加えるつもりだろう。
コーヒーを新たに口に含み、胃に収める。
夜明け前まではまだ時間がある。

それまでの間、デレシアは無言で星空を満喫することにした。
星は何も語らない。
数百年前の輝きを見るデレシアは、その輝きが生まれた時、地球がどうなっていたのかを想った。
今の文明レベルに到達するまで、人類はとてつもなく長い時間を要した。

スカイブルーと紫の帯を背景に散らばる星々の歴史を想像すると、あまりにも現実離れした規模の自然現象に圧倒されかける。
その昔、デレシアは彗星が夜空に美しい光景を作り出したのを見たことがあった。
美しい尾を引いて現れた彗星が、空中で無数の小さな隕石へと分裂し、夜空に百を超える流れ星を作り出したのだ。
圧倒的な光景だった。

主となる彗星に追随するようにして、数百の小さな星が赤い尾を引いて空を支配した。
素晴らしく感動的な光景。
忘れられるはずのないその夜空を、デレシアはよく覚えている。
いつか、その空を二人にも見せたかった。

コーヒーを飲みつつ、デレシアはテントの中の二人について考えた。
ヒートは何故、あそこまでブーンに愛情を注いでいるのだろうか。
確かに、この世の中には耳付きに嫌悪感を抱かない人間が少数だがいる。
ヒートもその類の人間だろうが、愛情の注ぎ方が明らかに強い。

出会った初日から、ヒートがブーンを見る目は明らかに異なっていた。
ただの耳付きとして見ているのではなく、別の誰かを重ねて見ているようだった。
誰を見ているのか。
それは、彼女の過去に関係がありそうだった。

461名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:21:02 ID:slfccTV.0
彼女が語るまで、その過去には触れない方がよさそうのも間違いなさそうだ。
時間と共に徐々に月が沈む。
コーヒーの香りが森の香りと混ざり、得も言われえぬ芳香へと変わる。
それを楽しみながら、デレシアは空の移り変わる様子を無言で眺めていた。

やがてデレシアは飲み干したカップを地面に置いて、静かに立ち上がった。
時刻は朝の三時半。
水平線の向こうに小さな明かりが浮かび始めている。
間もなく空に新たな色が付け加わり、夜明け前にだけ見られる見事な瑠璃色の空が姿を現すだろう。

もうそろそろ良い時間だろう。
テントに歩み寄り、抱き合って眠る二人にデレシアは優しく声をかけた。

ζ(゚ー゚*ζ「おはよう、お二人さん」

ノハ´⊿`)「……おう、おはよう」

(∪´ω`)「……おはおーございまふお」

まずはヒートが起き上がり、続いて、ブーンも起き上がる。
ブーンは大きな欠伸を一つして、目を擦って四肢を伸ばした。

         o″
″o(∪´ω`)  「んぎー……」

ノパ⊿゚)「ブーン、顔を洗いに行くぞ」

(∪´ω`)「お」

ブーンの手を引いて二人が炊事場に向かう。
二人が戻るまでの間にデレシアはタープとテントを畳んで、それをパニアに詰めた。

ノパ⊿゚)「わりぃ、片付け全部やってもらっちまったな」

ζ(゚ー゚*ζ「いいのよ、気にしないで」

(∪´ω`)「おー、ごめんなさいですお」

ζ(゚ー゚*ζ「もう、謝るのはもっと違うわよ。
      私が好きでやった事なんだから」

ブーンの頭を撫でてやり、デレシアは二人にヘルメット手渡す。

ζ(゚ー゚*ζ「かなり早いけど、朝食を食べに行きましょう」

ノパ⊿゚)「なぁ、今度はあたしに運転させちゃくれねぇか?」

ζ(゚ー゚*ζ「勿論いいわよ」

462名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:22:38 ID:slfccTV.0
背負っていた棺桶と引き換えにキーを受け取り、ヒートはディに跨ってエンジンを始動した。
低く唸り声を上げ、マフラーから白い蒸気が吐き出された。

ノパ⊿゚)「よろしく頼むぞ、ディ」

タンクを撫で、ヒートが一声かける。
エンジンが一瞬だけ、頷くようにアイドリングした。
ヒートの後ろにブーン、そして棺桶を背負ったデレシアが乗る。
しっかりとブーンの両手が腰に回されていることを確かめてからギアを一速に入れ、ヒートはアクセルを捻った。

走り出すと、ディは車高を高く変更させ、素早く路面に対応させた。

ノパ⊿゚)「おぉ、すげぇな!」

乗車した時の車高はかなり低めに設定されていた。
それはデレシアが設定した物ではなく、ディが自ら判断しての事だった。
前夜に三人乗りをしたことを参考に、その中に子供が混じっていることを知ったディは乗りやすいように車高を変えて待機していたのだ。
これが自己学習機能を搭載した人工知能のなせる業だ。

無論、ディがそれを自慢することはない。

ノハ*゚⊿゚)「ひょおおお!!
     こりゃあいい! すっごく良い!!」

興奮するヒートは、更にアクセルを捻って速度を上げた。
まだ暗い中、三人を乗せたバイクは林道を下る。
段差のある場所を走れば必然、ライトは上下に揺れる。
だがそれは、このディには当てはまらなかった。

ライトは一点に向けられたままで、その進路をまっすぐに照らし出している。
優れたサスペンションも然ることながら、電子制御されたサスペンションを地形変化に応じて即応させる機能がそれを可能にしていた。
林道から車道に出たヒートは、素早くギアを変え、西回りで街を目指す進路を取った。
すると、ディはその車体を低く変化させてそれに応じた。

右手には海が広がり、空と同じ色をした水面が揺れていた。
街までは二十分もあれば到着できるだろう。
急な左カーブに差し掛かり、ヒートは車体を傾けた。
色彩を徐々に取り戻しつつある世界を、彼女達を乗せたバイクが疾走する。

鎧のようなカウルと楯のようなスクリーンで、彼女達に正面から吹き付ける風は殆ど無力化されている。
黒主体の景色が、次第に、モノクロの姿へと変わる。
白んでいく空。
夜明けの世界。

僅かだが街から伝わる活気を感じ取ったブーンは、ヒートの横から顔を出して下り坂の途中から見える街並みを眺めた。
グレート・ベルの鐘が見えたと思った次の瞬間には、枝葉のトンネルに遮られる。
昼間とは打って変わって、そのトンネルは夜の闇を守るようにして三人を迎え入れた。
影よりも濃い黒。

463名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:25:51 ID:slfccTV.0
その景色は、思わず息を呑むほど幻想的であった。
静かなモノクロの世界。
デレシアは黒い空を見上げ、目を細めた。
嗚呼、と思う。

世界はいつだって、美しいのだ。
醜い醜悪極まりない人間がいたとしても、世界は世界のまま。
いつだって、世界は世界であり続けている。
いつか、ブーンにもそれを知ってもらいたい。

残酷な現実。
悲惨な真実。
それら全てを内包した世界の姿の美しさ。
あてもなく旅を続けるデレシアが辿り着いた一つの答えに、いつか彼も到達するだろう。

いつか、きっと、彼ならばこの世界を――

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::::::)ー- ー"  |王ll王ll王|  ┌─┐___      ( ...:::    ヽ
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         |圭ll圭ll圭|  | 圭|圭l+|___,,|!!|!|!!|!!|___ェェ__ ...:::::::: )        ____,,,,,,,,,,____
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スタードッグス・カフェに到着したのは、朝の四時丁度だった。
バイクは近くの駐輪場に停め、ヒートはキーをデレシアに放り渡した。
駐輪場は当然だが空車だらけで、新聞会社のスーパーカブが停まっているだけだった。
ヒートとデレシアは髪の乱れを直し、ブーンは毛糸の帽子を被って獣の耳をカモフラージュした。

ζ(゚ー゚*ζ「どうだった?」

ノパー゚)「あぁ、いいバイクだ。
     あたしが乗った中で最高の一台だよ」

これまで、ヒートは数多くのバイクに跨ってきた。
故にその癖や特徴が体に染みついて分かっているが、ディはそのどれとも違った。
一切の癖がなく、意のままに操れるバイクだった。
曲がりたいと思う時に曲がり、駆け抜けたいと思う時に駆け抜ける。

正に人馬一体。
バイク乗りの理想の体現と言うだけあり、何一つ不満点がなかった。

ノパ⊿゚)「今日の朝食ぐらい、あたしが奢るよ」

普段、旅の資金はデレシアが出していた。
彼女はほぼ無尽蔵とも思えるほどの資金を持ち、金貨や銀貨を惜しげもなく使っているが、一向に底が見えてこない。
とはいえ、ヒートとしては毎度彼女の世話になるわけにもいかない。

464名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:28:21 ID:slfccTV.0
ζ(゚ー゚*ζ「あら、それじゃあ御馳走になろうかしら。
      ブーンちゃん、こういう時は御馳走になります、って言うのよ」

(∪´ω`)「ごちそーに、なります?」

ζ(^ー^*ζ「その通り。
       簡単に言えば、食事を奢ってくれるって言った相手の好意に甘えるってことね」

(∪´ω`)「おごる?」

ζ(゚ー゚*ζ「何か物を買ってくれる、ってことね」

(∪´ω`)「ぼく、いつもおごられてますお……」

ζ(゚ー゚*ζ「うーん、それはちょっと違うわね。
      それについては今夜、またお勉強しましょうね」

勉強、という言葉にブーンの尾が揺れた。

(∪*´ω`)「おべんきょー! やたー!」

そして、思い出したようにはしゃぐのを止め、ブーンはヒートをまっすぐに見上げた。
青い瞳が、ゆらりと揺れて、ヒートの目を必死に捉える。

(∪´ω`)「ごちそーに、なります」

ノハ*^ー^)「あぁ、遠慮なく食べてくれよ、ブーン」

ヒートはブーンの手を引いて、カフェのテラス席を選んで座った。
席には大きな傘が付いており、日除けと雨除けの対策が施されていた。
机に置かれたメニューを広げ、ヒートはそれをブーンに見せた。
デレシアは背負ってた棺桶をヒートの傍に置き、自分自身もメニューを見た。

コーヒー一杯の値段としては高価だが、喫茶店が空間を提供する店であることを考えれば、相応の値段と言えよう。

ノパ⊿゚)「あたしはホットサンドセットにするよ」

(∪´ω`)「ぼくもそれがいいですお!」

すぐ隣の席に座りブーンが笑顔でそう言った。
きっと、よく分かりもせずに頼んでいるのだろう。
だがそれが可愛らしく、愛おしかった。
ヒートは、失われた過去を埋め合わせるようにして、この時間を堪能することにした。

ヴィンスでの記憶は、とうに過去の物。
清算を済ませた過去なのだ。
今はこの時を楽しむべきだ。

465名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:29:04 ID:slfccTV.0
ζ(゚ー゚*ζ「そうね、私もそうしようかしら。
      コーヒーをブラックでお願い。
      後、今朝の朝刊が欲しいわ」

三人の注文が確定し、ヒートが手を挙げて店員を呼ぶ。
髪を後ろで結った女の給仕が静かに近づいてきた。

ノパ⊿゚)「ホットサンドセットを三つ。
    飲み物はコーヒーのブラックを二つと、甘めのロイヤルミルクティーを一つ頼む。
    後は今朝の朝刊を頼む」

定員はそれを素早く書き留め、一礼してその場を去った。
空の色が変わり始め、徐々に人の動きが活発になってきた。
コーヒーを待つ間に給仕が今朝の新聞をデレシアに手渡し、デレシアは紙面に素早く目を走らせ、すぐに畳んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃんはヒートの事大好きなのね」

(∪´ω`)「だいすきですお!」

ノパー゚)「こりゃ嬉しいことを言ってくれるね。
    あたしも大好きだよ、ブーン」

(∪*´ω`)「おー」

ブーンの境遇を考えれば、ヒートは彼の成長の速さに驚きを覚えていた。
トラウマと人間不信に陥ってもおかしくない環境で生きてきて、一カ月も経たずに人を信じられるようになっている。
その順応性と成長速度は、彼の持つ長所の一つに違いない。
肩を抱いて胸元に寄せ、ヒートはブーンの頭を撫でた。

注文した商品はすぐに届いた。
早朝という事もあり客の入りもまだ少なかったが、急な客の増加に対応するのと同時に冷蔵庫内にある食材――痛みやすい物――を一気に消費するために作り置きがされているのだと分かった。
ホットサンドを重ねて保管していた証に、重なったパンの片面が湿っている。
幸いだったのは、まだ温かさが残っていることで、斜めに両断された断面からは蕩けたチーズが顔を出している。

薄いハムが幾重にも重ねられ、レタスとの間にはマヨネーズが塗られていた。
非常にシンプルなホットサンドは、一つを半分に切り分けた物が紙皿に乗っていた。
量が少ない分、小さなチョコクロワッサンが添えられている。
陶器のカップに注がれた飲み物からは湯気が立ち、香ばしい香りは挽きたてなのだと分かった。

ζ(゚ー゚*ζ「それじゃ」

ノパー゚)「いただきます」

(∪´ω`)「いただきます」

温いホットサンドに齧り付き、もぐもぐと咀嚼する。
レタスはサラダで食べても美味いが、こうして火を通してもその美味さは損なわれない。
この絶妙な歯応えがたまらないのだ。
ブーンは大きな口を開けて早くも二口目に取り掛かっていた。

466名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:30:08 ID:slfccTV.0
見ていて気持ちのいい食べっぷりだ。

ノハ;゚⊿゚)

――その胸の痛みは、何の前触れもなしに訪れた。
フラッシュバックしたのは、眩しいばかりのかつての記憶。
ヴィンスで見た、家族の記憶。
幸せで終わることの無かった、家族最後の思い出。

その瞬間に、彼女が今見ている光景は酷似している。
ヒートはこの光景を夢見た。
何度も夢見た。
決して戻らない日々として、その胸に幸せの断片として刻み込んだ。

それが重なって見え、ヒートの胸は痛んだのだろう。
終わった事を今さら振り返る時期は終わったはずなのに。
二度と味わいたくないその痛みが、前触れもなく今再びヒートを襲った。
六年前に嫌と言うほど味わった感覚が全身に広がる。

次に胸を襲うのは、克服したはずの虚無感、無力感。
屈託のないブーンの笑顔が呼び起こしたのだろうか。
寒気にも似た感覚が背筋を撫で、ヒートは周囲を見渡した。
背中の火傷が疼く。

その疼きは、彼女に何か警告をしているようだった。
忘却を許さない、彼女の復讐の証。
確かにこれまでに何度かあの日の事を思い出し、胸を痛めることはあった。
だが、火傷の痕がじくじくと痛むことはなかった。

何かがおかしい。
周囲にいる客層、否。
周囲の環境、否。
自分達の状況、否。

別の何かが、ヒートに警鐘を鳴らしている。
平和そのものの光景のどこかに、ヒートの本能を反応させる何かがある。
悪寒の正体は空気だとすぐに思い至った。
漂う空気にこそ、彼女の記憶を呼び起こす物があった。

平穏な空気の中に混じる、不穏な匂い。
それは悪意、敵意、殺意と呼ばれる類の匂いだった。
何者かが、この空気をこれから破壊しようとしている。
視線を巡らせ、奇妙な物、不自然な物を探す。

注文を取る給仕。
朝市で買ったと思われる魚を運ぶ老人。
コーヒーカップを置いて立ち上がる客。
新たにやって来た客。

467名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:32:48 ID:slfccTV.0
不揃いな石畳。
駐車された車。
シャッターの下りた店。
遠くから聞こえてくる潮騒と海鳥の鳴き声。

そして、ヒートは遂に見つける。
今まさに席を立った客の席の上に置き忘れられた、黒い鞄を。
全身が総毛立ち、一瞬で神経が興奮状態に陥った。
何か確定的な情報を手に入れるよりも早く、ヒートの体は反応していた。

直後、その黒い鞄が爆発した。

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誰よりも早く反応したのは、爆発よりも先に行動を起こしていたヒートだった。
それは彼女の体に刻み込まれた悪夢が、後悔の念がそうさせた。
何百回、何千回と見てきた悪夢。
無力さを何度も自分自身になじられ続け、責められ続け、変わることの無い結末を見せつけられる悪夢。

救う事も守ることも、何も出来なかった瞬間は記憶に刻まれ、彼女の体に消えない傷として今も残り、そして悪夢として苦しめ続けた。
悪夢から解放されるには長い時間が必要だった。
それと同時に、彼女の体と心は痛めつけられた。
細胞の全てが悪夢を記憶し、復讐を誓った。

苦痛の日々に彼女の体は悪夢を覚え、次なる瞬間に備えていた。
次にもし、愛しい存在が同じような危機にさらされたとしたら。
もしもあの瞬間に戻る事が出来るとしたら。
家族を失ったあの日に戻ることが出来たならば、この体は決して彼女を裏切らない働きをすると誓いを立てた。

細胞レベルにまで刷り込まれた、息をするような自然なその動きは、その場で最速の動きを実現させた。
防御の道具としても使える運搬用コンテナを一瞬で背負い、ブーンを自分の胸に抱き寄せて押し倒し、鞄に背を向ける。
次に動いたのはデレシアだった。
料理の乗った机を鞄の方に向けて蹴り飛ばし、心もとないが爆炎と爆風を遮断するための楯を作り出した。

全ては一瞬の内に起こり、終わった。
爆発はまず、薄手のパラソルを吹き飛ばし、その骨を砕いた。
続いてプラスチック製の机が熱で溶かされた挙句に破壊され、石畳を抉り、その破片によって粉々にされた。
そして座っていた三人の旅人を爆風によって地面に押し倒した。

468名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:34:01 ID:slfccTV.0
耳鳴りが周囲の音の全てを消し、平衡感覚を狂わせる。
徐々に音が戻ってきて最初に聞こえたのは、悲鳴だった。
だが悲鳴などどうでもよかった。
まずは目の前にいるブーンの息が聞こえるかどうか、それが重要だったが、彼は睫毛の数が数えられるほどの近距離から不安げにヒートを見上げていた。

自分の四肢が残っている事を確認するよりも先に、ヒートはブーンの安否を気遣った。

ノハ;゚⊿゚)「……大丈夫か!」

(∪;´ω`)「だ、大丈夫ですお……」

コンテナが爆発の威力を全て受け止め、ブーンには擦り傷すらなかった。

ζ(゚-゚ ζ「すぐにここから退くわよ」

服に付いた瓦礫を払落し、デレシアが二人に手を貸して立たせた。
その顔からは余裕が窺えないが、立ち振る舞いは冷静そのものだった。
爆破されたことに対しての怒りを完全にコントロール下に置き、状況を把握して的確な行動をとろうとしている。
今のヒートは、少なくとも彼女よりも冷静に動ける自信がなかった。

早朝の人が少ない時間帯という事もあり、三人は誰かに止められることなくディのところに向う事が出来た。
だが。

ノハ;゚⊿゚)「何で……」

ヒートは徐々に冷静さを失いつつあった。
心に渦巻く思いは、困惑。
終わらせたはずの悪夢の再来、再現に彼女が戸惑うのも無理はなかった。
先ほど巻き込まれた爆発の一連の動きは、かつて彼女が経験したものとほぼ同じだったのだから。

――“レオン”が生まれることになった、あの事件と。

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ヒートの様子がおかしいことに、デレシアは気付いていた。
ディに乗って現場から離れた場所にあるレストランに到着し、三人は今後の動きについて考えなければならなかった。
だがヒートの意識は明らかに別の場所に向けられていた。

ζ(゚、゚*ζ「ヒート、何かあったの?」

気分転換のためのハーブティーを飲みながら、デレシアは向かいに座るヒートに声をかけた。
彼女の隣に座るブーンも、不安そうにヒートの顔を見上げている。

469名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:34:42 ID:slfccTV.0
ノパ⊿゚)「……何でもねぇよ」

(∪;´ω`)「お……」

人の感情の変化に敏感なブーンは、その言葉が無くてもヒートが本当は怒りを押し隠していることに気付いていた。
怒りの矛先は彼でないにしても、人の怒りはブーンにとってはいい思い出の無い感情だ。
彼が怒りの匂いを嗅ぎ取った時、ほぼ間違いなくブーンは八つ当たりの対象として暴力を受け続けてきた過去がある。

ζ(゚、゚*ζ「……探しに行くの?」

観念したように、ヒートは肩を竦めた。
その目は笑っていなかった。
氷のように冷たく、憎悪と殺意にぎらついていた。

ノパ⊿゚)「……やっぱり、あんたにゃかなわねぇな。
     あぁ、ちょっと訊きたいことがあるんでね」

ζ(゚、゚*ζ「そう。 目星は?」

爆弾を仕掛けた人間の人相が分からない事には、探しようがない。
しかしながら、方法がないわけではない。

ノパ⊿゚)「心配しなくても大丈夫さ。
    あいつらの跫音はでかい」

それはかつて殺し屋として生きてきた人間の言葉として捉えれば、十分説得力のあるものだった。
相手がプロであろうとも、彼女は探り出すだろう。
それに、相手はヒートにも用がある可能性があり、自然と彼女の方に近づいてくるかもしれない。
怪我はまだ完治していないように見えるが、ヒートがそう望むのであれば、止める権利はデレシアにはない。

これは彼女の過去に起因するものだ。

(∪;´ω`)「……ヒートさん、どうしたんですか?」

流石に黙っていられなくなったのか、ブーンがヒートに声をかける。
安心させるための笑顔を浮かべるだけの余裕もなかったが、声色を落ち着けたものにすることは辛うじて出来ていた。

ノパ⊿゚)「ちょっと出かけてこようと思ってね」

その言葉に嘘がある事にブーンは気付いた。
そして、救いを求めるようにデレシアを見る。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ、ブーンちゃん。
       ヒートが強いことは知ってるでしょ?」

(∪;´ω`)「でも……でも……」

470名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:36:39 ID:slfccTV.0
子供は空気に敏感であり、耳付きは更に一層空気に気を遣う。
ヒートがもう帰ってこないかもしれないと、ブーンは彼女の言葉と放つ空気から察しているだろう。
しかし彼女の覚悟を止める理由はない。
それなりの理由があって、彼女は意を決したのだろう。

ノパ⊿゚)「心配すんなって。
     な?」

(∪;´ω`)「お……」

理由は訊かなくてもいい。
デレシアが己の過去を語たらないのと同じように、ヒートも過去を無理に曝け出す必要はないのだ。
エスプレッソを一気に飲み、ヒートは席を立った。

ノパ⊿゚)「なぁに、あたしの勘違いかも知れないし、案外すぐに終わるかもしれないからな。
    少しの間だけ、お別れだ」

屈んで、ブーンの額にそっと口付けた。

ノパー゚)「あたしがいなくても、いい子でいるんだぞ」

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              `=ニ三彡: : : :l : : : l三ミ≧、 ̄ ̄,彡ィ.l : : l: : :ミニ=′
                     /: : : /.l: : : :l::::::心     〃,ィ刈 l: : :l三彡´
               ,ィ彡 : : : : マl: : : :l辷歹ヾ    仆::ノ ,/l: : ム
             `=ニ三彡イ: : : : '; : : l       ,   ̄ /ノl: :,'三彡′August 10th AM05:31
               ミ三彡イ : : : ', : :l、   ._  _  .ノヾ::l: ,′
                   ノ彡イノ:'; : l \    ̄  .イ: : : :}:,′
                        〃ゞ',: ト 、:::...  イ::::)ゝ`l._i,'__r 、
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――四時半を過ぎてから再び鳴り始めた鐘の音が、まだ響いている。

店を出たヒートは、まず気持ちを落ち着ける事よりも先に情報を得ることにした。
爆破事件で騒然とする現場に足を運び、遠目にその状況を見る。
血と周囲の状況から、怪我人の数は少なそうだった。
かつてヒートが経験したのと同じように、指向性の爆弾が使われたのだ。

狙われた方向以外には被害はほとんどないが、その威力は石畳の地面にクレーターを作る程の物だった。
デレシアが机を爆発方向に向けて蹴り飛ばし、棺桶のコンテナとローブが無ければ、ヒートの背中は新たな傷と火傷を負っていただろう。
勿論、彼女の体が過去の悪夢に備えて最適な動きを何度もイメージし続けてきた事が被害を抑え、最小限に留められたのは言うまでもない。
以前は病院のベッドで長い間過ごすことになったが、今は違う。

情報が新鮮な内に動くことが出来る。
ブーンが向けた悲壮な表情を思い出しても、彼女の心は麻酔を
まだ封鎖が不十分な状態で、新聞記者と思わしき男がカメラを手に現場の調査をしていた。

(;-@∀@)「おぉっ……!! スクープ、スクープ!!」

471名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:38:03 ID:slfccTV.0
現場の写真を撮影し、メモを取る男の顔は嬉々としている。
他に記者は誰もいない。
となると、この男が誰よりも新鮮かつ多くの情報を持っているという事だ。
利用できる。

建物の影に隠れ、ヒートは男が動くのを待った。
一通りの取材を終えたのか、男は足早に移動を開始した。
ヒートの尾行に気付いた様子はなく、素人だとすぐに分かった。
偶然あの場に居合わせた記者がどのような情報を持っているのか、ヒートは大いに興味があった。

上手くいけば、犯人の写真や人相を手に入れているかもしれない。
記者を尾行するヒートの顔には“レオン”として人を殺していた頃の剣呑な表情が浮かび、あらゆる感情の一切が排除されたような顔をしていた。
復讐することだけを生きる糧として、立ちはだかる全ての障害を排除してきたあの日々。
殺戮に彩られた日々を思い出し、ヒートは気分が悪くなった。

全員殺したはずだった。
爆破の実行犯も、その組織の人間も。
平凡な日々を永久に奪い去った人間に関わる全ての人間を殺したはずだった。
乳飲み子を含めて家族全員を殺し、ペットも殺した。

死体の山を生み出し、恐怖を振り撒き、ただひたすらに殺し続けた。
それがまだ続くのかと思うといい気分はしない。
出来る事ならばもう、“レオン”として戻ることはしたくなかった。
だから故郷に帰り、静かに暮らそうとした。

しかし、出会ってしまったのだ。
奇妙な二人の旅人に。
弟の生き写しの、ブーンに。

ノパ⊿゚)「……」

記者の男は、モーニング・スター新聞の建物に入っていった。
これで、男がモーニング・スターの記者であることが分かった。
今建物に入り込むのは賢い判断ではない。
出てくるのを待ち、それから――

「覗き見とは悪趣味な女だな」

――背後から、声がした。
声がしたが、姿が見えない。
その場から大きく飛び退いて、ヒートは左の脇からM93Rを抜いて声の方向に銃腔を向けた。
まるで手品のように、二〇フィート離れた位置に一人の男が出現した。

(´・_ゝ・`)「よぅ」

薄手のジャケットとジーンズと言うラフな格好は、観光を楽しむ中年の男そのものだ。
だが、男の現れ方はただの人間ではない。
恐らくは、強化外骨格が成した奇術。
量産型ではなく、“名持ち”の棺桶だろう。

472名も無きAAのようです:2016/10/03(月) 21:39:16 ID:slfccTV.0
コンテナを背負っていない、という事はすでに身につけ、その大きさは小型のAクラス。
服の下に隠れるタイプとなると、攻撃特化ではなく姿を消すことに力を注いだタイプに違いない。

ノパ⊿゚)「誰だ、手前」

(´・_ゝ・`)「お前が“レオン”だな?
     全く、あの爆発でも生きてるとはな……」

その言葉を銃爪に、ヒートは目の前にいる男を嬲り殺すことに決めた。
この男はあの爆破に関わっている。
あの爆破に関わっているという事は、ヒートのかつての復讐の対象者である可能性があるという事。
六年前とほぼ同じ条件下で行われた爆破は、決して偶然ではないはずだ。

情報を引き出してから、腸を引き摺り出して殺す。
それを察したのか、男はおどけたように両手を挙げた。

(´・_ゝ・`)「おいおい、待てよ。
      何も殺し合いをしようってんじゃないんだ」

ノパ⊿゚)「なら、何が目的なんだ?
     自殺したいってんなら、手を貸すぞ」

ヒートを襲おうと思えば、簡単にできたはずだ。
それをあえてしなかったのは、何故か。

(´・_ゝ・`)「背負っている“レオン”を寄越してもらいたい」

ノパ⊿゚)「断る」

予想通りの答えに、ヒートは用意しておいた言葉を放つ。
足を撃って動けなくしてから爆破の事について訊けばいい。

(´・_ゝ・`)「はぁ…… 気乗りしないな、女を殺すのは」

ノパ⊿゚)「誰が誰を殺すって、男?」

(´・_ゝ・`)「……強情だな、女」

両者の間に緊張が走る。
どのような手を隠しているのか、ヒートには分からない。
相手は姿を隠すことの出来る何かを持っている。
今、ヒートの手の中にあるM93Rは中身の人間には有効だがそれ以上の装甲を持つ物が相手の場合は意味がない。

引っかかるのは、ヒートの背後を取っておきながら攻撃をしなかった事だ。
あれだけ優位な位置にいながら、何故。
プロならば、絶好の機会を逃すなど、あり得ない。
そこでヒートは、男の正体に目星をつけた。


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