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YOU、恥ずかしがってないで小説投下しちゃいなYO!2

1名無しさん:2010/02/13(土) 18:55:28 ID:UhsYlmek
前スレ
YOU、恥ずかしがってないで小説投下しちゃいなYO!
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/7864/1157295929/l100

30ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/03/31(水) 04:06:17 ID:IrWe6Rr.
そして、予感は的中した。

「そんなに嫌って言われると、牛乳って言われても反論できなくなるくらい大きくしたくなっちゃうな〜。
具体的には揉んで揉んで揉んで揉んで揉んで揉んで揉んで揉んで揉んで揉んで揉みまくって。
もう嫌だって言っても、謝るから許してって言っても、自他ともに牛乳だって認めざるを得なくなるほど大きくなるまで、揉むのを止めない」

その台詞を聞いて、悪寒が体中を駆け巡った。
あの望ちゃんの目は嘘や冗談や脅しではない。本気だ。
それを理解した瞬間、わたしは望ちゃんに背を向け

「そ・・・・・・・・・・・・そんな事されてたまるかあーっ!!」

部室から逃げたした。
しかし、その程度で危機が回避される訳がなかった。

「あははははははははははははははははははははは! 逃がさないよっ!」

笑いながら追いかけてきた。
怖い、怖いよ! 某前原さんも某鉈女に追いかけられている時も同じような恐怖を味わったのだろうか。

「つーか、あたしから逃げられるとでも?」

後ろから声が聞こえる。が、その声はバカみたいに笑っていた時より、よっぽどよく耳に届いた。
つまりは・・・・・・距離を詰められている?
恐る恐る、後ろを振り向く。
もう手を伸ばすだけで届きそうな、そのぐらいの距離しか空いてなかった。
そういえば、今の今まで忘れていたが、望ちゃんって野球部でも一、二を争う俊足だった。
さらに一年生限定で言うならば、間違いなく一番の速さだろう。
だけど、捕まる訳にはいかない。
捕まったら、望まぬバストサイズのアップで身も心も凌辱されると断言できる!

「だ、誰か助けてえーっ!」

わたしは誰かからの助けを求めながら、力の続く限り全速力で逃げ続けた。





【目指せ、甲子園−10 おわり】

31ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/03/31(水) 04:06:52 ID:IrWe6Rr.
とりあえずここまで
野球部女子マネ、市村早苗視点での【野球部の活動記録】という名のキャラ紹介『女子部員編』終了です
なので、地の文が説明口調ですが、ご了承ください
とりあえず、もうすぐ試合させるつもりですし、5話で加入した三人はまともな発言すらない状態でしたので、試合が始まる前にどんなキャラが紹介しておこうと思ったので・・・・・・

という事で、次回も市村早苗視点での、キャラ紹介『男子部員編』です

では、また次回


それにしても、部室での早苗と望のシーンは予想より長くなった。あんなに長くするつもりはなかったのに・・・・・・

32名無しさん:2010/03/31(水) 23:01:02 ID:v.RO.j2w
GJ!

33名無しさん:2010/03/31(水) 23:42:56 ID:???
gj!

34名無しさん:2010/04/01(木) 04:39:33 ID:???
GJ!
三点リーダから中黒に変わってね?

35 ◆jz1amSfyfg:2010/04/03(土) 01:49:49 ID:NBpNwVHI
>>34
携帯変えたから三点リーダーの出し方わかんなかった、だから『・』を半角にして代用しました

36名無しさん:2010/04/04(日) 22:53:14 ID:???
携帯で書いてるのに驚いた

37 ◆jz1amSfyfg:2010/04/09(金) 19:59:16 ID:ynB7BwtE
>>36
むしろ携帯の方が早い

38 ◆YVw4z7Sf2Y:2010/04/09(金) 22:55:58 ID:???
同じく。

39名無しさん:2010/04/09(金) 23:37:31 ID:Z4hpT3EQ
パソコンないの?
校正とか大変だと思うけど

40 ◆YVw4z7Sf2Y:2010/04/10(土) 12:17:57 ID:???
プロレタなオイラにそんなものがあるはずないのです。
校正は1レス毎、投下時にしてますがそれでもミスる時はミスります。

……えぇ、開き直りですとも。

41ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/10(土) 17:52:12 ID:NYUH4sic
>>39
パソコンは一応あるけど、携帯の方が慣れてるし打つのも早い
メモ帳に書き溜めて投下する前にざっと読み返して、誤字脱字探して直すので、それほど大変ではないですね
それでも誤字脱字出る時はありますけど

42ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/10(土) 17:52:14 ID:NYUH4sic
>>39
パソコンは一応あるけど、携帯の方が慣れてるし打つのも早い
メモ帳に書き溜めて投下する前にざっと読み返して、誤字脱字探して直すので、それほど大変ではないですね
それでも誤字脱字出る時はありますけど

43 ◆jz1amSfyfg:2010/04/10(土) 17:56:25 ID:NYUH4sic
うわ、ミスって名前入れてしまった。しかも同じ内容の二つ書き込んでしまった
すいません

44名無しさん:2010/04/11(日) 10:42:28 ID:???
パソコンなら一万ぐらいから売ってると思うのぜ
俺は逆に携帯とかほとんど触らんので
出先とかにも持っていける執筆用ノートが一台ある

45名無しさん:2010/04/15(木) 22:27:38 ID:xu1r0mXY
>>43
気にするなww
ま、いくらやっても誤字脱字って絶対出て来るよね……

46 ◆jz1amSfyfg:2010/04/21(水) 01:02:59 ID:dsn9A/OQ
>>45
ありがとw
そこらへんはしょうがないって割り切るべきなのかな

>>44
一万って……そんなに安く売ってるのか

47ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/23(金) 18:05:06 ID:Lg5vGo6g
【目指せ、甲子園−11】





「はぁ……」

今日のわたしは自分でも自覚できるほど、元気がなかった。
原因は昨日の逃走劇のせいだ。
あの後、なんとか望ちゃんから逃げおおせたが、長時間の全力疾走のツケとして、今朝から体を動かすと節々が痛む。いわゆる、筋肉痛だ。
さすがに放課後になると、痛みも大分和らいで普通に動ける程度にはなった。
ただ、あくまで『普通に動ける程度』であって、体を使う事をするとしばらく痛みが振り返す。
そう、例えば今みたく、練習用の道具を準備している時とか。

「い、痛い……両腕とか両足にズキズキくる……!」

痛みを堪えて、練習用の道具を全て運び終える。
それとほぼ同時、グラウンドに着替え終わった部員達が集まる。
今日は特に用事のある人はいなかったようで全員が集まった。
全員で円陣を組んで、坂本先輩からの二、三言、その後柔軟体操、ランニング、そして個人練習に移る。
この間、わたしは柔軟体操のお手伝いくらいしかやる事がない。
何らかの使命感にかられていた昨日のわたしなら物足りない気分になっただろうけど、筋肉痛が辛い今のわたしには有り難かった。
みんながランニングしている間に体を休めていたら、振り返した痛みが幾分か収まった。
個人練習に入ると、練習のお手伝いするために呼ばれるので、その前に痛みが収まったのは幸運だった。
いくら筋肉痛が辛かろうとマネージャーとしての仕事はキッチリとこなさないと。

「まだ少し痛いけど、これなら大丈夫だよね……うん、大丈夫」

自問自答し、痛みが振り返さない程度に軽く準備運動をする。

「……ん?」

準備運動をしながら、みんなの様子を見ていたが、なんか妙だ。
円陣を組んでいるかのように、全員が一カ所に集まって……何かを話している、のかな?
みんなから少し離れたところにいるわたしまでには声は届いていない。
しかも、ここからじゃ誰が話しているのかもわからない。
わたしの準備運動が終わった頃、話の方も終わったのか、全員一度頷いてからそれぞれが個人練習に移っていった。
一体何の話だったんだろう。
ま、大切な話なら後でわたしにも誰か話してくれるよね。

「おーい、誰か手伝ってー!」

お、早速お呼びがかかった。

「はーい! 今、行きます!」

さて、今日もマネージャーとして頑張るぞ!

48ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/23(金) 18:06:14 ID:Lg5vGo6g
「こっちだ」

声のする方に近づくと、眼鏡をかけた、いかにも賢そうな男子に手招きされる。
この眼鏡の男子は麻生良太君。
二学期になってから入部してきた五人のうちの一人だ。

「トスバッティングするからボールをトスしてくれ」
「はい」

少し離れたところにしゃがみ、ボールの入ったカゴから数個のボールを取り出す。

「じゃあトスしますよ」
「ああ」

ボールを、麻生君の腰と同じくらいの高さにトスする。
瞬間、麻生君の振るった金属バットが快音を発し、ボールをネットに叩きこんだ。
芯で捉えた良い打球だ。
四、五回ほとんど同じ高さでトスし、その球を打ち込まれる。
そして悪戯心で、次の球を麻生君の膝くらいの低さでトスする。
いきなりトスされた球の高さが急に変われば、普通なら空振るか打ち損じるかのどちらかだろう。
特に初心者なら、空振る確率が高いだろう。
だが、麻生君は

「おっと」

少し膝を曲げて、ゴルフのスイングのような軌道を描き、低くトスをした球をネットに打ちこむ。
初心者のはずなのに、不意の事態に対応してみせるこの反応速度には驚かされる。

「まだまだだ。今のは単に当てただけだ。振り抜かないと……」

麻生君は悔しそうに呟いていた。
野球を始めて一週間程で、今の高低差に食らいつけるなら大したものだと思うのだけれど。
どうやら、麻生君は自分の野球の、技術レベルの理想を高く設定しているようだ。

「よし、もう一回だ。頃合いを見てもう一度、高低差のある球を頼む」

そう言うと、気持ちを切り替えるように眼鏡のブリッジを指で押し上げ、再び両手でバットを握る。
ここまでやる気になってくれると、手伝う方としても気合いが入る。

「はいっ、わかりました」

返事をして練習を再開する。
腰の高さにボールをトスし続け、麻生君がトスしたボールを打ち続ける。
その繰り返しが十分程続いた頃、『そろそろ頃合いかな……』と考えた。
何が頃合いなのかは言うまでもなく、低めの球をトスする頃合いの事である。

「(よし、行くよっ!)」

心の中で自分自身に合図を送りつつ、表面上では何事もないかのように振る舞い、しかし内心ではどうなるか楽しみに思いながら、何度も反復してきた動きを繰り返し、ボールを低くトスする。

49ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/23(金) 18:07:05 ID:Lg5vGo6g
「っ!?」

麻生君は、トスバッティングに夢中になりすぎていたのか、低い球の事を忘れていたらしく、一瞬反応が遅れた。
そんな状況でスイングしても、まともな当たりになるはずもなく、バットの芯で打てなかったボールは低く鈍い音を響かせネットとは見当違いの方向に転がっていった。

「……………………やはり、いきなりそう上手くはいかないか。わかっていたさ、わかっていたとも」

打ち損じて転がっていくボールを見て、凄くショックを受けていた表情になっていたところを見た身としては、言い訳のようにしか聞こえない。
とにかくフォローをしておこう。

「そうですよ、始めから上手くできる人なんてそうそういませんよ。上手くなるには練習と経験、それが一番です」

とにかく言い訳がましいという事には目をつぶり、できるだけ麻生君の発言の内容を肯定しつつ、練習への意欲を高めるように言葉を選びつつ、言葉を紡ぐ。

「ああ、そう……だよな」

麻生君はそう言うと、バットをしまいグラブを掴んで坂本先輩の方に向かった。気持ちを切り替える為に守備練習でもするのだろう。
麻生君が行ってから、すぐに他の部員……成田秀二君に練習を手伝ってほしいとお願いされた。

「じゃあ、バントの練習するからマシンの操作を頼むよ」

成田君は、いかにも女子が騒がずにはいられなさそうなイケメンフェイスに爽やかな笑みを浮かべながら、自分の金属バットを取り出し、素振りをしている。
わたしの仕事は、バッティングマシンにボールをセットするだけ。セットしたら何もしなくても勝手に投げてくれるからね。
数回の素振りを終えた成田君は、バットの先端に左手を添え、即座にバントできる構えに入る。
わたしはマシンの後ろに行き、カゴからボールを取り出しボールをセットする。
球種は当然ストレート。スピードは……初心者だし100キロぐらいでいいかな。
設定を終わらせた。後はたまにボールを追加する事以外では見てるだけ。
マシンのアームがゆっくりと持ち上がり、ボールを持ち上げた瞬間、急激にアームのスピードが増し、設定した通り100キロ(多分)のストレートで、ストライクゾーン(成田君を基準とした場合)に向かっていく。
次の瞬間にコツン、と小さな音がバットから鳴り、ボールが弱々しく地面を転がる。

50ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/23(金) 18:07:50 ID:Lg5vGo6g
「よしっ」

成田君が小さく、だが満足そうに呟いた。
今のは、ボールをバットに当てた部分に加えてバットを引くタイミングが良く、打球が上に上がらず球の勢いもいい具合に抑える事が出来ていた。
球速を抑えていたとはいえ、今のは上手い。

「今のは上手なバントでしたね」

上手にバントできた成田君を誉めておく。
これひとつで部員のモチベーションを上げやすいので、誉める事はわりと重要だ。

「ありがとう、いいバットだろ?」

喜んでいる成田君は、わたしの予想してない、少し的が外れた返事を返してきた。
バント技術の事を誉めたつもりなのに、成田君からはバットの事を自慢するような返事が返ってきた。

「え、ええ、いいバットですね」

とにかく、バットの方も誉める事でモチベーションの増加に繋がるかもしれないので、余計な事は言わずにバットも誉めておいた。
その途端、成田君は爽やか?なスマイルを浮かべ、自らの手にあるバットに熱い視線を注いだ。
その眼に、ある種の怖さを感じた。
成田君の様子が少しおかしいので、バットの事をもう少し聞いてみる事にした。

「あの、そのバットって何か特別なバットなんですか?」

わたしが聞くと、成田君はウットリとした顔でバットから視線を外し、頷いた。

「そうなんだよ、なにせ楓たんモデルのバットだからね!」
「え……かえ…? え?」

ん? 聞き間違いかな?
聞き間違いじゃないとすれば『楓たん』って言ったよね?
そもそも『楓たん』って誰? そこからわからない。
みたいな事を成田君に言ったところ、成田君は怒涛の勢いで喋りだした。
早口でまくしたてる感じだったので聞き取りづらかった。
なんとか聞き取れたところから話を整理すると、成田君の見ている深夜アニメに出てくるヒロインの一人が、件の『楓たん』らしい。その深夜アニメは野球を題材にしたものらしく、かなり人気があるらしい。で、その『楓たん』モデルのバットがでたらしく、そのヒロインのファンの成田君は『楓たん』モデルのバットを買ったらしい。
以上が、話の中から聞き取れたところをわたしなりに整理してみた結果だ。
つまり、要約するとアニメキャラのモデルのバット買ったって事のようだ。
たったこれだけの事を理解するだけなのに、酷く疲れた気がする。
とにかく、聞いてる間は練習中止してしまったから練習再開しないと。

51ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/23(金) 18:09:14 ID:Lg5vGo6g
「ちょ、成田wwwお前、楓派かよwwwwwきめえwwwwww」

練習再開しようと思った矢先に、背後からやけにテンションの高い声が聞こえてきた。
この独特のテンションは一人しかいない。

「安川君ですか」

そう言い、後ろを振り返ると、予想通り安川慎吾君だった。

「当たりwwそれより、成田よぉwwwww楓派ってどういう事だよwww」
「何か文句でも?」

何やら不穏な空気が、二人の間に漂う。

「当たり前だろwwww楓よりも秋子に萌えるだろjk」
「秋子だって? 冗談だろ!? 秋子より楓たんの方がずっといいだろ」
「はっwwwwwお前目が腐ってんじゃねぇのwwwwwww」
「そっちこそ、視力大丈夫? いい眼医者知ってるから教えてあげるよ」
「違うかwww腐れているのはお前の脳みそかwwwwwwww」
「安川こそ頭がおかしいよ。いい精神科医教えてあげるから一生入院してろよ」

ああ、居心地が悪いことこの上ない。
二人ともアニメの話してたはずなのに、いつの間に罵りあいになったんだろう。
と、とりあえず止めないと!

「あ、あの二人とも喧嘩はいけないとおm」
「「市村さんは黙っててくれ!」」

二人からどなられた。しかもシンクロされた。
こう言われた以上、わたしでは何を言っても無駄だ。
残念だが黙らざるを得ない。
途方に暮れていると、誰かがわたしの隣を通り抜けていった。

「ここは私に任せろ。市村は、青山達のところに行け。練習の手伝いを探していたぞ」

わたしは、手の骨を鳴らしながら通りすぎていったキャプテンの指示に従い、青山君達のところに向かった。

余談だけど、この出来事から一時間程経った頃、あの二人がどうなったのか気になり、グラウンドを見渡してみた。
二人は、グラウンドの端っこの方で正座していた。しかも、俯いて、何かに怯えるようにガタガタと震えながら。
……いったい、あの後に何があったんだろう。

52ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/23(金) 18:09:55 ID:Lg5vGo6g
この時間だと、青山君は山吹君と投げ込みしているはず。
正直、投げ込みの練習では何か手伝いできるとはあんまり思えないんだけど、坂本先輩の言った事なので、口からの出まかせとは思えない。
ま、行ってみればわかるよね。
と、言う訳でビニールハウスで作られた簡易ブルペンの前に着いた。
いつもならここで練習しているはず。
ビニールハウスの扉を開くと、予想通りに投げ込みをしている二人……そして、予想外な事に、キャッチャーの斜め前方、わかりやすく言うならバッターボックスの位置にバットを構えて立っている者がいた。
ビニールハウスの中にいた三人……青空翔太君、山吹陽助君、川村龍一君、は一斉にわたしの方を向いた。
多分、誰が入ってきたのかと思って見たのだろう。頭の中ではそう理解できるのだけど、実際に一斉に見られると、不可視の圧力みたいなのを感じて、軽くのけ反りそうになる。
しかし、今はのけ反っている場合ではない。のけ反るよりも練習の手伝いという大切な事がある。

「えっと、坂本先輩に言われたんです。青山君達の練習で人手が足りないって」

ここに来た理由を簡潔に述べると、バッターボックスにいた川村君が構えていたバットを下ろす。

「……それなら、俺の役目は終わりだな…………」
「役目? 役目ってなんですか?」
「少しでも実戦に近い雰囲気で練習したかったから、仮想敵バッターとして、龍一にバッターボックスに立ってもらったんだ。ただし、バットは振らずに立ってるだけでな」

川村君の台詞の疑問に、青山君が答えた。

「そもそも、ここでボール打とうものなら、ビニールに穴空いちまうな。龍一のパワーなら尚更だ」

山吹君の言葉に、わたしは心の中で頷いた。
川村君は、入部当時からずば抜けたパワーの持ち主だった。飛ばす事に関しては多分部内一だろう。
その反面、バットコントロールがイマイチで、ボールに当たる事は十球中、一、二球がやっとといったところだ。

「……マシン打撃してくる」

川村君は、山吹君の台詞にも表情一つ変えず、バットを持ったままビニールハウスから退出した。今言った通り、バッティングマシンで練習しにいくのだろう。

「じゃあ、早速だけどバット持って打席に入ってくれ」
「はい」

近くに立てかけてあったバットを手に取り、川村君がいた場所と同じ位置に立つ。

53ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/23(金) 18:11:16 ID:Lg5vGo6g
「あ、言い忘れるところだった。おい、陽助、市村さんが見てるからって、調子に乗ったり力んだりするなよ?」
「そ、そんな事しねえよ! 考えてすらねーよ!」

からかうような口調で喋る青山君の言葉を、山吹君は必死な様子で否定する。

「そうか? その割には焦ってるように見えるんだが?」
「焦ってないっ! 余計な事言ってないで早く構えろ!」

焦りまくっている山吹君を見て満足したのか、青山君は言う通りにキャッチャーミットを一度拳で叩いて、前に突き出す。

「よし、来い」

山吹君は頷くと、大きく振りかぶり、左足を前に出し、ボールを持った右手を真横に振り抜く。
振り抜いた右手から放たれたボールは、サイドスロー独特の軌道を突き進み、青山君が外角低めに構えていたキャッチャーミットに納まる。
山吹君は、やはりコントロールがいい。
球威や球速があまりない分、狙ったところにきっちりと投げる事ができるコントロールは目を見張るものがある。
そして、そのコントロールの良さを一層良く見せているのが、青山君のキャッチングの上手さだ。
捕手のキャッチングが上手ければ、投手は心理的な余裕が生まれるし、投球にも幅ができる。
とはいえ、この二人が出場した試合を見た事がないので、このコントロールとキャッチングの良さが、試合でも通用するかと言われれば、?マークがつく。

「力みすぎだ。もう少し力を抜け」
「抜いてるぞ!」
「嘘つくな。俺が何回お前の球を受けてきたと思ってるんだ」
「嘘じゃねえって!」

二人は言い合いをしながらも、全生徒下校時刻が来るまで練習の手を止めはしなかった。



今日も練習時間が終わった。
わたしの場合、ここからもう一仕事がある。練習用具の片付けだ。
普段ならなんて事はないのだが、今日は筋肉痛なので、ただの後片付けも苦行になる。その辛さは今日、練習用具を準備した時に体験済みだ。
幸い、今日の練習手伝いはたいして辛くない部類に入るものが多かったので、今の痛みはほとんどない。
とはいえ、また重い物を持ったりしたら痛みが振り返すんだろうなぁ…………

「……はぁ」

でも、これもマネージャーの仕事なんだし、仕方ない事なんだ。
憂鬱な気分になりながらボールカゴに手を伸ばすが、ボールカゴを掴む寸前で、カゴが浮き上がった。

54ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/23(金) 18:11:54 ID:Lg5vGo6g
「えっ?」

素でそんな声が喉から漏れた。
訳がわからなかった。
だって、青山君がボールカゴを持っているのだから。
なんで今、青山君がボールカゴを持っているのだろうか。
もう練習時間は終わったのだ。

「筋肉痛なんだろ? 今日は俺達が片付けておくから、休んでていいよ」

色々と思考を巡らせていたわたしは、その一言で頭の中が真っ白になった。
……否、一つの疑問が残った。

「なんで、筋肉痛の事……いつから……」
「なんでって、昼休みに聞いたから」

青山君が指さした方向には、両手を顔の前で合わせ、ひたすら頭を下げる望ちゃんがいた。

「昨日、戻ってこなかったから何かあったのかと思って、市村さんと一番仲の良い望に聞いてみたんだけど……」

青山君は、一度言葉を切り、横目で望ちゃんの方を見る。

「コイツがそもそもの原因だったとはな」

望ちゃんは何か反論するつもりだったのか、口を開きかけたが結局何も言わずに閉口した。

「ま、そんな訳で今日のところは俺達に片付けさせてくれよ、な?」
「でも……」

わたしの都合で迷惑をかけさせる訳にはいかないと思い、断って自分で運ぼうとしたが

「でもも何もないっ……女の子なんだから体は大事にしとけ」

青山君はそう言うと、返事を待たずにボールカゴを持ち上げ、体育系部活共用の練習用具室へと歩きだした。
それに続いて、他の部員達も次々に練習用具を持ち、歩きだした。
その様子を、ただ茫然と眺めながら、青山君の言った言葉を脳内で反芻した。

「昼休みに聞いたのかぁ……」

同時に謎が解けた。
わたしが準備運動してた頃、ランニングを終えたみんなが何か話してたけど、わたしの筋肉痛の事だろう。
だから、今日の手伝いはたいして体を使わない、軽いものばかりだったんだ。
ああ、結局みんなに気遣わされちゃったか、マネージャーなのに……わたし、まだまだだなぁ。
マネージャーとしてこんな事、もう二度と無いようにしよう。
わたしは、心から決意した。

55ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/23(金) 18:13:11 ID:Lg5vGo6g
そして、片付けも終わり、本来ならここで解散なのだが、今日は解散前に野球部監督の豊永哲也先生から言う事があるとの事で全員グラウンドに集まっている。

「さて……今日は重要な発表がある」

豊永先生は定年間近の割には、張りのある声で語りだした。
重要な発表? なんだろうか?
豊永先生はみんなの視線を一身に浴びながら、口を開いた。

「春の甲子園をかけた、秋の予選大会が迫ってきてるのは、ここにいる全員が知っていると思うが……」

豊永先生は一度沈黙し、ため息をついてから、再び口を開いた。

「我が野球部は、秋の予選の出場を辞退する事にした」





【目指せ、甲子園−11 おわり】

56ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/23(金) 18:13:51 ID:Lg5vGo6g
とりあえずここまで
キャラ紹介『男子部員編』も終わり、キャラの視点も早苗さんから翔太へと戻ります
そろそろ翔太にも女の子っぽい格好させてみようかなあ……

というわけで、また次回

57名無しさん:2010/04/23(金) 21:51:26 ID:???
GJ!

58名無しさん:2010/04/24(土) 22:40:13 ID:???
>>56
gj!

59ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/05/31(月) 19:02:56 ID:/9.UHC3I
【目指せ、甲子園−番外編3】




【安全地帯を求めて……】



俺は今、母親による選択を迫られている。
メイド服か、普通の服(ただし女性用)か……って、そんなのは考えるまでもない。

「普通の服着るよ。さすがにメイド服はない」

この姿を、父さんや兄貴に見られたら、おそらく爆笑されるだろう。そんな屈辱を味わうのはまっぴらごめんだ。

「あら、そう……残念だわぁ」

残念がるな。

「じゃあ、俺着替えてくるから」
「あ、待った」

踵を返した瞬間に呼び止められた。
父さんと兄貴が帰ってくる前に着替えてしまいたいのに。

「何?」

俺は振り返らず、母さんに背を向けたまま、言葉を返した。

「はい、プレゼント♪」
「うわっ!?」

な、なんだ? 何かを被せられた……のか?
頭に手をやるが、何もない。いや、いつもと何かが違うような気がする。

「母さん……何したの?」
「鏡見てみなさい」

居間まで行き、設置してあった全体を写し出す事ができるほど大きな鏡を覗き込む。
そこに写っていたのは、もちろん俺だったんだが……一瞬、別の奴が写りこんだのかとおもった。
なぜなら、鏡に写りこんだ俺の姿が、いつもの俺とは掛け離れていたからだ。
いつもの俺は男用の服に短髪なのだが、今の俺は太股のあたりが心許ないメイド服(一応ニーソックスも履いているが、それでも心許ない)着用の上、何故か髪が腰のあたりまで伸びている。

「これって、もしかして……」

手の近くにあった一束の髪を掴んで引っ張る。
頭皮が引っ張られる感覚が無いまま、音も無く床にカツラが落ちた。

「やっぱり、カツラだったか」

呟いて、もう一度鏡を見るとメイド服こそ着たままだったが、髪はいつもの短髪に戻っている。

「しかし、いつの間にこんな物を……」

いや、いつ用意したかなんてどうでもいい。それより、こんな物を用意した母さんに文句の一つでも言ってやろうと、カツラを拾い上げ、台所に戻る。

「おい、母さん!」
「なに? あら、外しちゃったの?」

母さんが、残念そうな口調とともに眉が八の字になる。

「残念がるな。それより、何だこのカツラは!」
「翔太が必要になる時があるかと思って、こっそりと用意してたのよ♪」

母さんにカツラを突き付けるが、のほほんとした雰囲気の口調で返された。

60ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/05/31(月) 19:04:37 ID:/9.UHC3I
ダメだ、この話は時間がかかりそうだ。
続きは着替えてからにしよう。再び母さんに背を向け、台所から出ようとして

「忘れ物よ、翔太」

また、カツラを被らされた。

「…………どうも」

ここで「いらん!」とか言って突っ返しても、また隙を突かれて被らされるに決まってるんだ。それなら、自室に持ち帰って処分する方が安全かつ確実だ。

「やっぱり可愛いわ。さすが私の娘ね!」

くくく、馬鹿め。このカツラを準備した苦労が水の泡になるとも知らずに笑ってやがる。
あと、娘言うな。心はまだ男だ。
さて、今度こそ着替えて……

「「ただいまー」」

こ、この声は……父さんと兄貴! もう帰ってきたのか!?

「ハラ減ったな〜今日のメシはなんだろうか」

父さんの声と足音が次第に大きくなっていく。台所に近づきつつある証拠だ。
ヤバイ! か、隠れないと……って、隠れるようなスペースはこの台所には見当たらない。
……仕方ない。窓から外に出よう。
窓を開き、窓枠に足をかける。

「黙ってあげるかわりに、貸し一つね」

そんな母さんの台詞を背に、一気に外に飛び出す。
このままだと、俺の姿が台所から窓越しに丸見えなので、着地と同時にその場でしゃがむ。
一拍遅れて「母さん、今日の夕飯何?」と言う声が、開きっ放しの窓から聞こえてきた。
ふう、ギリギリだったけどなんとか見られなかったようだ。
今のうちに、玄関から家に入って自分の部屋まで戻ろう。
少し腰を上げ、なるべく足音をたてないように歩きだす。
辺りには人の気配が無かったので、人目を気にせずに動けるのはラッキーだった。
三十秒くらいで入口の前までたどり着けた。
入口のドアも極力音をたてないように静かに開ける。
……よし、誰も来る気配はないから気づかれていないようだ。
玄関に入り、上がりかまちを乗り越える。
普通だと靴を脱ぐが、靴は履いてないので、当然そのままだ。
今、俺の前には二つの道がある。上がりかまちを乗り越えた所にある左右に別れた廊下。左折した先の廊下にあるドアと、右折した先にある階段だ。
とはいったものの、とりあえず左折はしない。
なぜなら、左折を選んだ場合にあるドアの先は、居間になっている。もちろん、居間から台所にも行けるようになっている。

61ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/05/31(月) 19:07:01 ID:/9.UHC3I
さっきから一分程度しか経っていないので、父さんはまだ台所もしくは居間にいる可能性が大である。それに、一階に俺の部屋は無い。
というわけで、二階に向かう事になったが、兄貴という不安な要素が一つある。
二階には、俺の部屋だけではなく兄貴の部屋もある。
何かの拍子に、兄貴が部屋から出てきて鉢合わせして見られる可能性が十分にある。
リスクを軽減するために、まずは玄関の方に戻り、自分の靴を持っていく。
これなら、出会い頭でも靴をぶつけて視界を防ぐ事ができる。
……その後、仕返しされそうだけど、その事については深く考えないようにしよう。
いざという時に即座に投擲できるように、片手に一つずつ靴を持ちながら、部屋に進む。
特に何事もなく階段を上りきる。
手前の方と奥の方。二つの部屋がある。
俺の部屋は残り三メートルしかない手前の方なので、ここまで来ればもう着いたも当然。
一応、念の為に足音をたてずに部屋の中に入る。
ドアを後ろ手で閉め、安堵のため息を吐き、ドアに体重を預ける。

「やっ……たぁっ!」

無事に部屋まで着いた達成感のせいかテンションが上がって、靴を持ったままの両手を上にあげる。
父さんが来た時は危なかったけど、アレ以外は特に何も無かったし、これじゃあ兄貴の事を警戒する必要は無かったな。
さてと、さっさと着替えてしまおう。
まずはエプロンから……

「おい、翔太。いるか?」

口から心臓が飛び出るかと思った。それほど驚いた。

「あっ、兄貴っ、なな何?」
「? どうした、翔太? 何か焦っているような……」
「なっ、なんでもない! で、何!?」
「貸した本とCDを返してほしいんだけど」

ああ、あれか。しかし、今はこの服なので兄貴の前に出れる訳がない。適当な事を言って、後にしてもらおう。

「あ、ゴメン。今、手が離せないから……」
「いいよ、勝手に持っていくから」

兄貴のそんな台詞と共にドアノブが回り、ドアが開かれ……

「せええええい!」

俺の、気合いを込めた蹴りでドアごと兄貴を押し戻す。
ふう、間一髪。

「うおわっ!?」

兄貴は大きくバランスを崩したようで、ドアの向こう側から成人男性が床に叩きつけられるような音が聞こえた。

62ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/05/31(月) 19:08:36 ID:/9.UHC3I
しかし、マズイ事になった。このタイミングで兄貴が来るとは。
しかも、断りも無しにドアを開けようとしやがった。まあ、油断して鍵かけるのを忘れた俺も悪いんだけど。
開ける途中で、死角からドアごと蹴り飛ばせたから、俺のこの格好には気づいていないだろう。

「翔太〜!」

ドアの向こう側から、怒りを押し殺したような声が聞こえる。

「聞かせてもらおうか。なぜ蹴った?」

メイド服を着ているところを見られなくなかったからです! とは言えない。言える訳がない。
なんて言い訳をしよう。兄貴を納得させる事ができるぐらい説得力のある言い訳を。何かないか、何かないか、何かないか……ダメだ、焦りすぎて思い浮かばない。

「理由もないのに蹴ったのか?」

兄貴の口調が平淡なものに変わるが、逆にそれが怖い。

「えーと、ご……」
「ご?」
「ごめんなさい」

謝り、即座に鍵をかける。

「おい、ふざけんな!」

兄貴の怒りの声と、ドンッ、とドアを叩いたような音が部屋に響く。

「第一なぁ、兄貴も悪いんだよ! ノックも無しにいきなり人の部屋に入ろうとすんじゃねえよ、バーカバーカ!」
「なんだとおぉぉ!」

さらに怒らせてどうするよ、俺。怒りに火がついたのか、もの凄い勢いでドアを叩いてる。
このドアが壊れちゃうんじゃないかってくらいの勢いだ。
そんな事を考えていると、ミシリ、という音と共にドアの鍵を取り付けている部分にヒビが入る。

「……え?」

思いもよらなかった事に、思わず声が出る。
もしかして、ドア全体が壊れるような事はなくとも、鍵をつけている部分は壊れやすい……とか?
その考えを肯定するかのように、ドアを叩く音と共にヒビが広がっていく。
この様子だと長くはもたない。せいぜい一分程度だろうか。
一分だと着替えるには時間が無さすぎる。
残された道は窓から外に逃げるしかない。
しかし、逃げるといっても問題がある。
一つはどこに逃げるか、である。つまり、こんな格好の状態で行くアテはあるのか、という事。
そして、もう一つ。他人の目、である。つまり、通っている学校の関係者、特に俺と同じクラスの人間に見られると非常に厄介な事になる。無論、人通りの少ない所を選んで通るつもりだが。
とはいえ、このままじゃ見つかるし行くしかない。
急いで靴を履き窓から出ようとして、部屋の隅でオブジェと化していた、マスクと目が合った。

「無いよりはマシか」

63ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/05/31(月) 19:09:57 ID:/9.UHC3I
そんな訳で、鹿の頭のマスクを被って、窓から飛び降り、庭に着地する。
普段から野球部で鍛えてたおかげか、足に痺れが走っただけで済んだ。
痺れを感じる足をすぐさま動かし、庭から外へと逃げ出した。



その三十分後、俺はとある階段の中腹で休憩を取っていた。

「前にも思ったけど、ここは疲れる……」




脱出に成功した俺はまず、この先どこに行くか、を考えた。
学校関係者に遭遇する危険性に関しては、鹿のマスクを被っているので見られてもバレる事は無いだろうから、そこは悩む必要はない。
となると残る当面の問題は行き先だった。
近くの公園の女子トイレに隠れて考えた結果、今の俺が行っても大丈夫そうな所が一カ所だけ思い浮かんだ。というか、今の俺の状況ではそこ以外での良さそうな場所は思いつかなかった。
ただし、問題が一つ。
その場所は俺が勝手に思いついただけで、アポイントメントを取っていない。つまり、向こうは俺は来る事を知らない。
……いきなり訪ねて迷惑にならないだろうか。
とはいえ、躊躇してたらこのままトイレに篭りっぱなしだ。
厚かましいとは思うが、行くしかないか。



そう決意しトイレから出て、今に至る。

「さすがにマスク被ったままはキツい……」

休憩を終え、立ち上がると同時に鹿のマスクを外す。
今まで着けっぱなしだったから外すのを忘れていた。
やけに普段より息苦しいと思ったら……そりゃ、こんな物被っていたら普段より早く息苦しくなるに決まってる。迂闊だった。
マスクを外した途端、夕方の涼しい風が火照った顔を冷ましてくれた。

「あ、気持ちいい……」

思いがけず小さな幸せを味わい、再び階段へと立ち向かう気力が湧いてきた。

「よし、サクッと上っちまおう!」



そうして二十分後、階段を上りきり、目的地の『みちる先輩の家』に着いた。
まあ、俺の正体や事情を知っている、という条件がある以上行き場所はみちる先輩の家しかない訳であって。
とりあえず、インターホンのスイッチを押して、待つこと数秒。
扉の向こうから「はーい」という声と、微かに聞き取れる程度の足音が聞こえる。
う……妙に緊張する。

「お待たせしまし……」

みちる先輩が、扉を開いて俺を見た途端フリーズした。
今の俺の格好を考えれば無理もないだろうけど。

「あ、お、俺です。青山翔太です」
「あ、青山……君?」

先輩は心底驚いたような表情のままだった。

64名無しさん:2010/05/31(月) 19:10:37 ID:???
リアルタイムキタコレ

65ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/05/31(月) 19:11:26 ID:/9.UHC3I
今、俺は居間で座っている。
そして、俺の前にはみちる先輩が向かい合う形で座っている。
この状況は、前に先輩の家に来た時と酷似している。
もっとも両者の精神状態は前回ほど、よろしくはない。

「えーと、先輩。落ち着きました?」

俺は申し訳なさげに、先輩に問いかける。

「まあ、なんとか……見苦しいところをお見せしてすいませんでした」

先輩の言う『見苦しいところ』とは、さっき俺の姿を見た時の反応の事だ。
先輩は、驚愕の……と言うよりありえないものを見たような表情のままフリーズしていた。
それからフリーズが解けて居間に行くまで、十五分はかかった。しかも、居間についてから今のように落ち着くまで、さらに十分ほどかかった。
それほどまでに、俺の格好は衝撃的だったのだろうか。
昨日まで男子の格好してた奴が、鹿のマスク片手に長髪のメイドへと変わっていたら、確かに衝撃的だろうけど。

「見苦しいなんて、全然そんな事なかったですよ!」

ちなみにこの台詞は社交辞令ではなく、本当に思った事である。

「ありがとうございます。ところでその格好はいったい……?」

とうとう聞いてきた。
言いにくいなあ。この格好をした事を説明すると、ここに来た理由も説明しなきゃいけなくなる。実に言いにくい。
でも、ここに来た理由を上手くごまかして説明したとしても、いずれ聞かれるだろうし、ちゃんと言っておいた方がいいか。
俺は意を決して、話しだした。
母親のせいでこの服を着るはめになった事。我が家からの脱出、潜入、再脱出の経緯。そして、ここに来た理由。
それら一切を包み隠さず、ありのままを喋った。

「と、いう訳です」
「なるほど。よく判りました」

先輩は半ば呆れたような顔で頷いた。
なんで呆れられているのか、よくわかんない。

「それで……よろしければ男性用の服を貸して欲しいんですけど」

この家に来たもう一つの理由がコレだ。
一年前まで男だった先輩なら、まだ男物の服を持っているかもしれない。
前に来た時は、弟がいると言っていたのでお下がりで着せるために残している可能性はある。
そこらへんの可能性にかけて言ってみたが……さあ、どうなる?

「まだ前のが残ってますから構いませんけど……」

俺の読みは当たっていたが、何やら乗り気ではないようだ。
何故だろう?

66名無しさん:2010/05/31(月) 19:11:36 ID:???
wktkしつつ出かけてくるノシ

67ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/05/31(月) 19:12:41 ID:/9.UHC3I
「その……服のサイズ、大丈夫でしょうか?」

……そこは考えてなかった。
ちなみに今、先輩との身長差は目測だが10cmくらい。
女体化すると、大抵の場合体格が縮むらしい。
俺は女体化してもあんまり体格が変わらなかったが、先輩はどうなんだろう。

「あの、先輩の男の時の身長ってどのくらいでした?」
「えっとですね、一年の身体測定の時が……」

先輩の言った数値を聞いて、俺は絶望感に包まれた。
今の俺と15cmも違う。
俺が先輩の服を着たら、間違いなくダボダボになってしまうね。
その状態で家に帰ろうとしたら間違いなく人目を集めるし、家に帰ってからもなんやかんやとうるさく言われるだろう。
しかし、まだだ。先輩がダメでもまだ弟さんの服がある!

「えっと……弟さんの服は」
「弟はどっちとも小学生ですよ?」

ダメでした。
同年代の奴らと比べて、体格の小さい俺でもさすがに小学生の服は辛い。
どうしよう、望みが断たれた。
俺がこの後どうしようか迷っていると、玄関の方から扉が開く音がし「ただいまー!」という元気の良い声が三重に重なって俺の耳に届いた。

「あ、弟達と妹が帰ってきたようです」

先輩のその言葉と同時に居間のふすまが勢いよく開かれ、活発そうな男の子が二人、少しおとなしそうな女の子が一人入ってきた。

「あ、姉ちゃん。ただいま!」
「ただいま、姉ちゃん!」
「お姉ちゃん、ただいま」

三人ともバラバラのタイミングで先輩にただいまの挨拶をした後、俺に気づいたようで弟さん達は俺の方を指さして「この姉ちゃん誰?」と先輩に聞き、妹さんは俺の方をジッと見ている。

「三人とも、おかえり。この人は私と同じ野球部の人よ」
「じゃあ、なんでメイドさんの服を着てるの?」

先輩が答えると、妹さんが首を傾げながら、さらに尋ねてきた。

「えっと、これはね……」

先輩は妹さんくらいの歳の子でも判りやすいように苦労しつつも説明をした。
苦労かけてすいません、先輩。

「という訳よ。わかった?」

三人とも、頷いて肯定の意味を示した。

「じゃ、三人とも早くうがいと手洗いしてきなさい」
「「「うん!」」」

三人は元気よく返事すると、台所の方へと向かっていった。

「すいません、騒がしくて……」
「いえいえ、元気が良くていいじゃないですか」

頭を下げかけた先輩を、手を上げて止める。

68ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/05/31(月) 19:13:58 ID:/9.UHC3I
しかし、これからどうしよう。
こんな格好じゃ帰れない。かといって、男性用の服を借りたとしてもサイズが合わずにとても外に出られないような、だらしない姿を晒す事になるだろう。仮に譲歩して女性用の服を着るとしても、男性用と同じくサイズが合わないだろう。
買いに行くにしても、財布置いてきてしまったし、そもそもこんな格好で外にはもう出たくない。
まさに八方塞がりだ。

「なんとかするのは難しいですね……」

俺の思考を感じ取ったのか、先輩はそう結論づけた。

「そう、ですね……」

何も手段がない。
それでも何か手はないか、二人で頭を働かせたいると

「……あ、一つ手段思いつきました!」

先輩が先に思いついたようだ。

「どんな手段ですか?」
「青山君は今のまま家に帰れない状況にあって、それで悩んでるんですよね?」

先輩が当たり前の事を聞いてきた。

「はい、そうですけど……」
「じゃあ今日は帰らなきゃいいんですよ」
「……え?」
「私の家に泊まっていけばいいんですよ」

一瞬、先輩が何を言ってるのか判らなかった。

「せ、先輩の家に泊まる、ですか?」
「はい。嫌、ですか?」

いえ、嫌ではないんですが。
ありがたい事なんだけど、なんか話が急すぎるというか。

「話が急すぎますよ。先輩のご両親の許可を取らなくてもいいんですか?」
「大丈夫ですよ。多分、父も母も断りませんから」

妙に自信たっぷりな口調だが、先輩がそう言うのなら大丈夫なんだろう。
それに今のところ、先輩の提示した手段しか良い方法が思いつかない。
とはいえ、やはり泊まるという行為は多大な迷惑をかけてしまうのではないか?
やっぱりサイズが合わなくても服を借りて帰るべきか、と悩んでいると、三人が戻ってきた。

「ねえねえ、メイドの姉ちゃんは今日家に泊まるの?」
「だったらさ、俺達とゲームして遊ぼうよ!」
「…………」

どうやら、先輩の言葉は三人の耳にも届いていたらしく、弟さん達は俺の前に立ってしきりに遊ぼうと誘い、妹さんは無言のままメイド服の裾を握ってきた。まるで「帰らないで」と言っているようだった。
……はあ、仕方ない。

「ではお言葉に甘えて、ありがたく泊まらせていただきます」
俺は先輩に向かい、頭を下げた。

こうして先輩の家に泊まる事になったのだが、その話はまた後日。





【目指せ、甲子園−番外編3 おわり】

69ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/05/31(月) 19:14:59 ID:/9.UHC3I
とりあえず、ここまで
なんとか5月中に投下できた……
でも、このペースじゃ6月は無理だろうね
という訳で次回は7月に投下予定です

では、また次回

70 ◆jz1amSfyfg:2010/05/31(月) 19:18:12 ID:/9.UHC3I
>>64
初めてのリアルタイムで一瞬びびったww

>>66
ノシ

71名無しさん:2010/05/31(月) 20:51:13 ID:ovvXaCLM
GJ!!

72名無しさん:2010/07/12(月) 23:40:57 ID:6CxoPmWM
だれもいない
俺ひとりだけ

73名無しさん:2010/07/13(火) 03:06:06 ID:???
俺もいるぞ

74名無しさん:2010/07/14(水) 23:35:41 ID:I60Rrn.c
大丈夫
俺もいるぜ

75名無しさん:2010/07/15(木) 00:44:37 ID:s2pprzg2
なんとこのコミュニティはまだ存続していたのか

76名無しさん:2010/07/15(木) 02:05:29 ID:SOK4J6g2
ほっそりとやってますぜ
また浮き上がるきっかけは絶対にあるはず…

77ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/16(金) 15:30:40 ID:6.IVxbCU
【目指せ、甲子園−12】





「我が野球部は、秋の予選の出場を辞退する事にした」

監督の急な宣言に、誰も、一言も、言葉を発せない。
そんな状況でも監督はお構いなしに話を続ける。

「つい一時間程前、ウチの生徒が暴行事件を起こした」

俺を含めた部員全員に動揺が走った。

「その報告を受け、我が校は全ての部で近々開催される大会の出場を自粛する事が決定し」
「待ってください!」

坂本先輩が監督の言葉に待ったをかけた。

「なんだ?」
「事件を起こしたのは野球部の部員ではありませんよね?」
「そうだ」

監督がゆっくりと頷き、それを見た坂本先輩も逸る気持ちを抑えるようにゆっくりとした口調で質問を続ける。

「ならば、他の部の部員ですか?」
「いいや、違う。事件を起こした奴はどの部にも在籍していない」
「では、何故出場の自粛を……」
「世間体ってやつだよ」

監督の放った一言は、坂本先輩を黙らせた。

「いいか、世間様ってのは思っているより頭が固えんだ。大体の奴らは学校の生徒達を単独ではなく、集団として捉える」
「と、いうと?」
「つまり、問題を起こした生徒とお前らは同じ学校の生徒ってだけなんだが、頭の固い奴らからすれば、今回問題を起こした奴もお前らも同じ問題児と見なされる。同じ学校の生徒と言うだけで、だ」

なるほど。つまり『箱の中の蜜柑が一個腐っていた。だからこの箱の蜜柑は全部腐っている』みたいな解釈をされる、という事か。

「そんな馬鹿な……!」

坂本先輩は、苦々しい表情で呻くような声での呟いた。

「という訳だ。この状況ではさすがに出場は避けたいのでな。ついさっき、出場を辞退する旨を伝えた」

監督は淡々と告げた。

「もちろん野球部だけではなく、近日中に行われる大会に出場予定だった部は出場中止となった。以上だ、今日は解散!」

解散が告げられたが、すぐに動き出す者は誰ひとりとしていなかった。

78ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/16(金) 15:32:09 ID:6.IVxbCU
突然の衝撃宣言から一夜明けた、翌日の放課後。俺と麻生の二人は職員室の前にいた。
昨日の話について気になる所があり、監督に問いただしたい事があって、同じく気になったという麻生と共に、放課後に職員室にへと向かった。
麻生と顔を見合わせ、どちらからともなく頷くと、職員室のドアをノックし、中に入る。先頭は俺だ。

「失礼します」

中に入ると、職員室独特の雰囲気を感じ取れる。が、今はそんな事に構っている暇はないのだ。
辺りを見渡すと、椅子に座っている監督を見つけた。

「監督」

近寄り声をかけると、監督は書類に走らせていたペンを止め、こっちを振り向く。

「青山と麻生か。何か用か?」

二人とも同じ用事なので、俺が代表して話す。

「実は昨日の話についてなんですが……」
「その話はもう決着がついただろ。我が校は出場辞退だ」

それだけを言い、もう話す事は無いと言わんばかりに机の方へと向き直った。
だが監督に話す気は無くても、俺達にはある。

「監督、その件についてなんですけど気になる事があるんです」
「なんだ?」
「なんで監督は嘘をついたのかと思いまして」

書類の枚数を数えていた監督の手の動きが、一瞬止まった。
もちろん、その反応を見逃すような事はしない。
監督が何か言おうとしたが、それよりも速く、俺が口を開く

「昨日、監督は言いましたよね。近々開催される大会に参加する予定するだった部も、野球部と同じく出場停止にするって」

監督は無言。俺はそれを肯定の意を示すものだと受け取り、話を続ける。

「だけど、おかしいんですよ。俺のクラスに、野球部以外の『近々大会に参加する予定のある部』に所属している奴が三人程いるんですが、全員が大会出場停止の事は聞いていないって言うんですよ」

監督は、何も言わず、書類を数える手も止めず、ただ黙っている。

「それで、その三人はそれぞれの部の顧問の先生に出場停止になるのか聞きに行ったけど、全然そんな事はなく、逆に『何故、出場停止になるのか?』と聞かれたそうです」

監督は数え終わった書類を手放すと、ペンを手に取り書類に何かを書き込みはじめた。
その清々しいまでのシカトっぷりに俺は少々不安になる。だがもうここまで話したら止まらない。

79ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/16(金) 15:33:32 ID:6.IVxbCU
「おかしいですよね、この『なんで出場停止になるのか?』って聞かれたの。監督は、ウチの生徒の暴行事件のせいだと言った。監督は知ってるのに、なんで他の先生は出場停止になる程の事件の事を、誰一人として知らないんでしょうか?」

監督は素知らぬ顔でペンを走らせる。

「つまり、この状況で一番自然な考え方としては、暴行事件は監督のでっちあげた実際には起こっていない嘘の事件だって事です」
「ついでに言うと、昨日一日ウチの生徒は誰も暴行事件を起こしてはいない」

俺の後ろにいた麻生が、付け加えるように言った。

「マジで?」
「ああ、信頼のおける筋から情報だから間違いない」

麻生は自信満々といった様子で告げた。
コイツがここまで自信ありげに言うのなら、まあ間違いはないだろう。

「……と言う事ですが、どういう事か聞かせてもらえますか?」

俺がそう言うと、監督はペンを置くと立ち上がり「屋上で話す」と言い、俺達の脇を通り抜け歩きだした。
俺達は慌てて監督の後をついていった。



屋上には、俺と麻生と監督の三人しかいない。
わざわざ場所を変えたという事は聞かれたくない系の話だろう。それを考えると都合が良かった。
監督は金網の向こう側に広がる校庭を見下ろしながら、口を開く。

「お前らの言う通り、暴行事件は俺の作り話だ」
「なら、大会には……」
「しかし、大会出場を辞退したのは本当だ。もっとも、連絡したのは昨日ではなくついさっきだがな」
「……!」

暴行事件が嘘だと判明し、大会に出れるかと喜びかけたところで「大会出場辞退は本当」と来たもんだ。しかも俺達に何も言わず、独断で。
危うく、一瞬本気でキレそうになったが、麻生が強く肩を掴んでくれたおかげで、監督に飛び掛かるのを我慢できるくらいの理性を保つ事ができた。

「な、なんで、嘘までついて大会出場したがらないんですか」

どうにも収まらない怒りが爆発しないように堪えつつ、監督に尋ねた。

「……俺は勝つ見込みのない勝負はやらない主義なんだよ」

監督の言葉が耳に入り、頭の中で反芻しながら言葉の意味を少しずつ理解していき……頭が沸騰しそうな程の怒りが込み上げるのを自覚した。

80ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/16(金) 15:35:13 ID:6.IVxbCU
勝つ見込みの無い勝負はしない? ふざけるな。たったその程度の理由で貴重な試合の機会が、甲子園に行くチャンスが消えたんだぞ。
そして、俺達はまだしも先輩達はどうする。今回辞退した事で甲子園出場のチャンスは、来年の夏の一回きり……正真正銘のラストチャンスしか無くなったんだぞ。
勝つ見込みの無い勝負はしない。たった、それだけの理由で……!



「……い…おい、おい! 止めろ、青山!」

麻生の声が意識に割りこんできた。
止めろって、何をだよ?

「その手を離せ!」

手……?
俺はゆっくりと右手のある方を見る。
そこには、監督の胸倉を掴んで金網に押しつけている俺の右手があった。
そうだ、確か俺は監督の言葉にキレて頭の中が真っ白になって、肩を置かれていた麻生の手を振り払って、怒りに任せるままに監督の胸倉を掴んで、金網に力任せに押しつけたんだった。
どうやら、キレて記憶がトンだようだ。トンだ記憶を思い出すと同時に怒りを蘇ってくる。
虚脱しかけていた右手に再び力を入れ、監督を全力で金網に押しつける。

「ぬぐ……!」

監督が苦しそうな呻き声をあげる。
と同時に背中に衝撃を感じ、何者かに羽交い締めにされた。
今の状況を考えると、俺を羽交い締めにしているのは麻生以外には考えられない。

「離せ、麻生!」
「気持ちはわかるけど、まずは落ち着け!」

俺は麻生から逃れようとがむしゃらに暴れたが、麻生は割と力が強く、いくら暴れても逃れる事はできなかった。
しばらくそのままでいたが、俺が落ち着いてきたのを察知し、麻生は羽交い締めを解いた。
その直後に監督は口を開いた。

「青山、お前が激昂した理由、わからなくもない。しかし、出場したところで時間の無駄だ」
「なっ……!」

ようやく精神状態が落ち着いたところでこの物言い。
再び怒りが込み上げてきた。

「いいか、野球は九人いないとできない」

監督はごく当たり前の事を言った。
俺は今の言葉を不可解に思い、眉をひそめるが、監督は構わず話を続ける。

「今の野球部は四人が新入部員、しかも素人だ。仮に秋の大会に出場するとして、実戦までに鍛えたとしても使えるのは運が良くても一人だろう。他の三人は戦力として計算できない初心者的な存在となるだろう」

監督の言っている事は概ね正しい。と同時に反論一つできない自分を悔しく思う。

81ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/16(金) 15:36:46 ID:6.IVxbCU
「さらに高校野球での実戦経験の無い者が四人。戦力と数えるには未知数すぎる」

その中の一人として、監督の言葉は精神的に痛く感じる。

「まあ、仮に四人全員が戦力になるとしよう。そして、さっき言った新入部員、上手くいって一人が戦力になったとしよう。そして、残った一人の坂本については戦力になる事はわかっているな?」

俺は頷いた。坂本先輩に関しては、普段の練習風景に加え、夏の大会でその実力を逃す事なく見ていたので、言われずとも戦力になるという事に異論は無い。

「しかし、そこまでだ。戦力になるのは多く見積もっても六人、残り三人は戦力にならない役立たずのままだ」
「役立たずって……」
「なら、どう言えと? 例えどんな言い方をしたとしても、役立たずなのは事実だ」
「……っ」

監督の言ってる事は間違いではない。
ついこの間入った、みちる先輩以外の新入部員四人はお世辞にも戦力と言えるようなレベルではない。秋の大会に合わせた練習をしたとしても、十中八九中途半端なまま終わるだろう。
でも、だからって監督の言い方は酷い。しかも、ここには新入部員の一人である麻生もいるのに。
横目で密かに麻生の様子を伺う。
麻生は自信なさ気にうなだれていた。野球を始めたばかりなので仕方ないとはいえ、役立たず呼ばわりされたショックは大きいようだ。

「でも、そうだとしても俺達がカバーすれば……」
「言ったはずだ、野球は九人いないとできない」

監督がさっきと同じ台詞を発するが、その言葉の意味はさっきとは全く違う。

「四人も足手まといを抱えている。こっちは五人で戦っているようなものだ。相手が弱小校ならまだしも中堅クラスの高校と当たってみろ。ほぼ確実に負ける」

監督はここまで言うと、一度言葉を止め、締めの一言を口にした。

「俺は勝つ見込みの無い勝負はやらない主義なんだ」

勝つ見込みの無い勝負はやらない……中堅クラスと当たると確実に負ける……? そんなの……やってみないとわからないじゃないか!

「どうやら納得できないようだな」

監督は俺の顔を見ると、ニヤリと笑いながらそう言ってきた。

「当たり前です!」

俺は監督に色々な鬱憤をぶつけるかのように怒鳴った。
監督は俺の怒鳴り声を聞くと、不敵な笑顔をさらに歪め、携帯電話を取り出した。

「なら、試してみるか?」

82ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/16(金) 15:37:26 ID:6.IVxbCU
試すって……何を?
それを聞く前に、監督はどこかに電話をかけた。

「俺だ。ああ……ああ、そうだ、嫌とは言わさんぞ。お前は俺に五万程貸しがあったはずだ。断ると言うのなら、今日、それも今から返してもらいに行くだけだ。なに? 今月はピンチだから勘弁してほしい? そんな事、俺が知るか。……そうだ、最初からそう言えばいいんだよ。じゃあ今月末の日曜日でいいな? ……ああ、じゃあな」

そう言い、監督は携帯電話をポケットにしまう。

「決まったぞ」
「決まったって……何が?」
「何がって、練習試合だよ、花坂高校との」

監督は当たり前の事のように言ってのけた。
だが、俺達にとっては予想外すぎる事だ。
急に試合が決まった事もそうだが、相手が花坂高校と言うのも全くの予想外だ。
花坂高校は、今年の夏に泉原高校の野球部……つまり、俺達が在籍している野球部と甲子園行きを巡って決勝戦で激闘を繰り広げた関係である。ちなみに花坂高校は甲子園出場の常連校。つまり、ここの地区では最強クラスの高校である。

「証明してみろよ、今のチームで勝つ自信あるんだろ?」

なるほど、わざわざ強いチームを当ててまで自分の言った事は正しいと判らせる気か。
上等だ。

「例え、相手が花坂だろうがどこだろうが、やってやるよ」
「良い返事だ」

監督は楽しそうな笑顔を見せると「試合は今月末の日曜だ、励めよ」と言い残し、屋上から去っていった。

「麻生、部活に行くぞ」

俺は、急展開すぎる状況についていけてない麻生に声をかけ、部活に行くように促す。
花坂高校に勝つため。いまや、一秒たりとも時間を無駄にできない。
俺は麻生の腕を掴み、部室へと駆け出した。





【目指せ、甲子園−12 おわり】

83ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/16(金) 15:38:00 ID:6.IVxbCU
とりあえず、ここまで
今回は展開が強引すぎたかもしれませんが、とりあえず試合が決まりました
ようやく試合パートが書けます
とは言っても、次回はまだ試合前の出来事を書くつもりです

とりあえず次回は八月中に投下できるように頑張ります。



では、また次回

84名無しさん:2010/07/16(金) 22:08:02 ID:???
乙!

85ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/20(火) 11:46:38 ID:r4k7nYMw
【目指せ、甲子園−13】





「「「偵察?」」」

部室に集まった十人の内、九人が異口同音に疑問の言葉を口にした。

「そう、偵察して敵の戦力を確認するんだ」

この場で、疑問の言葉をただ一人発しない人……坂本先輩がそう言った。
そもそも、何で偵察とかいう話をしているのか。それは、今日の放課後、ほんの二〜三時間程前に起こった、とある出来事のせいである。
簡潔に話すと『監督の嘘を暴きに行ったら、練習試合を組まされた』って感じだ。どうしてこうなったんだっけ……。
ま、いいか。
それから、部活が終わり試合の事を皆に話した。
すると、坂本先輩が「偵察しよう」と言い、現在に至る。

「偵察メンバーは厳選する。誰が偵察に行くかという事だが……」

坂本先輩の言葉に心の中で頷く。
確かにメンバーは選んだ方がいい。全員で行くと確実にバレそうだ。
それに、花坂は夏に対戦したばかりだ。俺達一年生の顔は覚えてないだろうが、四安打五打点を叩きだした坂本先輩の顔はキッチリと覚えているだろうから、坂本先輩は行けないだろう。

「まずは、ピッチャーの山吹。偵察でも情報は入るが、レギュラー陣の打撃は直に見ておいた方がいいだろう」
「了解っす!」

陽助が頷くのを見て、坂本先輩はこっちに視線を向ける。

「青山、お前もだ。お前はキャッチャーの視線から、レギュラー陣のバッティングを探ってくれ」
「は、はい!」

まさか自分が指名されるとは思ってなかったので、慌てながら返事をする。

「さて、次は逆に行かない人間を発表する」
「「え?」」

俺と陽助の声がシンクロした。
まさか二人だけで行けと?
しかし、先輩は俺達の声など聞こえていないかのように無視し、口を開く。

「まずは私だ。夏の大会で暴れすぎたから、向こうに私の顔を覚えている奴がいるかもしれん」

その言葉には皆が頷いた。
先輩は続ける。

「それと、麻生、明石、安川、成田の四人も行くな。現状では偵察に時間を裂くよりも、練習に時間を裂いた方がいい」
「「「「…………」」」」
「返事は?」
「「「「……はい」」」」

四人は不服そうに返事をした。
「あと、市村もだ。こいつらの練習を手伝うには、私だけでは間に合わない」
「わかりました」

市村さんは、四人とは違い素直に返事をした。

86ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/20(火) 11:47:20 ID:r4k7nYMw
「さて、残りは川村とみちるだが、この二人に関しては各自に任せる」
「……どういう事すか?」

龍一が聞くと、坂本先輩は間髪入れずに答えだした。

「つまり、二人と一緒に偵察に行ってもいいし、偵察の方が行っている間、こっちで練習していてもいい、って事だ」

この二人は、坂本先輩に比べると有名ではないだろうし、新しく入った四人に比べると野球の技術も不安に感じない程度にあるから、偵察でも練習でもどっちでもいいって事か。

「なら……偵察で」
「じゃあ、私も偵察で」

龍一とみちる先輩の偵察班入りが決定した。

「よし、二人とも偵察だな。では明日にでも偵察の詳しい話をするとしよう」

坂本先輩のその一言で、その場は解散となった。



そして、翌日の放課後。練習が少し早めに切り上がり、部室にて偵察に関しての詳しい話が行われた。
割と長く話し合ったので、最終的に決まった事だけ話すと
『偵察は試合の一週間前の日曜日、朝九時』
『集合場所は自由、ただし花坂高校には必ず四人揃ってから向かうこと』
『泉原高校の生徒だとバレないようにすること』

と、だいたいこんな感じで決まった。
しかし、泉原の生徒にバレないようにって、アバウトだなぁ……。万が一にも、俺達の顔が割れている可能性があるかもしれないから、それに注意しろって意味なんだろうけど……どうすればいいんだ。

「どうすればいいと思います?」

俺は帰り道で偶然鉢合わせ、ついでに一緒に帰る事にしたみちる先輩に聞いてみた。

「万が一、顔を知られている場合ですか……そうですねえ。単純に顔を隠すだけなら、何か被り物をするという手段がありますけど、それは流石に……」
「ですよね。紙袋やマスク着用で行ったりなんかしたら、確実に注目集めますもんね」

当然ながら却下である。

「うーん……後は変装とかでしょうか?」
「変装、ですか?」
「ええ、髪型変えたりとか眼鏡かけたりするだけでも、割と変わって見えたりするものですよ」

87ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/20(火) 11:48:01 ID:r4k7nYMw
なるほど、その方法は思いつかなかった。
顔を知られてなかったとしても、試合では確実に顔を合わせる訳だし、偵察してた事がバレたら多分対策を打ってくるだろうし、変装くらいはした方がいいか。

「しかし、変装ってどんな風に変わるかを考えるのがちょっと面倒そうです」

正直な感想を述べたところ、みちる先輩が「大丈夫です」と微笑みを返してきた。

「もし良かったら、どんな変装をするか私に任せてくれませんか? 変装に必要な物はこっちで用意しますし」

それは、俺にとって思わぬ、そして願ってもない申し出だった。
先輩に物品を用意してもらうというのは、少し心苦しいが、変装の事で頭を悩める必要が無くなるのは大いに感激すべき事だ。

「じゃあ、せっかくなんでお願いします」

俺が小さく頭を下げて頼むと、みちる先輩は笑顔で「任せてください」と言った。

「おっと、じゃ俺の家はこっちの方なんで、ここでサヨナラです」
「そうですか。ではまた明日、部活で」
「はい、また明日」

先輩と別れの挨拶を交わし、家へと向かい再び歩きだした。
なんでだろう。変装は先輩に任せたから、安心のはずなのに……何故か嫌な予感が脳裏に纏わりついて離れない。





【目指せ、甲子園−13 おわり】

88ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/20(火) 11:48:33 ID:r4k7nYMw
とりあえず、ここまで
次回、偵察編
最初は偵察編も入れて、一話の予定でしたが長くなりそうなので分割しました

次回投下はたぶん八月



では、また次回

89名無しさん:2010/07/20(火) 22:21:47 ID:???
乙!
続きwktk

90歩兵:2010/08/02(月) 01:29:13 ID:???
お久しぶりです。

…うん、チラs…原本の復元はできた。

でも、間が開きすぎたなぁ…

どうしよう?

91名無しさん:2010/08/02(月) 20:41:28 ID:???
いつでも投下待ってます

92ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/08/30(月) 15:03:40 ID:ADk4VZI2
【目指せ、甲子園−14】





今日は、練習試合一週間前の日曜日。つまり、花坂高校に偵察をしかける日。
それで後々の事を考えて、変装しようって事になって、俺の変装はみちる先輩が考えてくれた。
そして、俺はみちる先輩の用意してくれた変装をするために先輩の家に行った。
んで、家に入るなり手渡された変装用の衣装というのが、セーラー服だった。

「なんでだよっ!」

思わず床に叩きつけそうになったが、他人の物なのでギリギリのところで堪える。

「青山君、どうかしましたか?」
「どうしましたか? じゃないですよ!」

なんで、そんな平然とした様子で聞けるの?
むしろ、そっちにどうかしましたか? って聞きたいよ!

「なんで、女装なんですか!?」
「あら、青山君は女の子なんですから女の子の服を着てもおかしくと思いますよ?」
「いや、それはそうなんですけど……」

確かに正論なんだけど、今日は陽助達も一緒だからマズイ。
バレる事はないと思うけど、代わりに女装趣味の変態だと、謂れのない冤罪を被らされる可能性が高い。
すると、今後の人間関係にも影響が出てくるかもしれない。
みちる先輩には悪いけど、やっぱりこの衣装は着るべきじゃないな。

「先輩。すいませんけど、別のにしてもらえませんか?」
「すいません。それしか考えてないので、ありません」

なん……だと……?
まさか、一パターンしか考えてなかったとは。完全に予想外である。

「しょうがない。今着てる服で行くか……」

今着ている服は当然ながら男物である。
このままでは変装っぽくないが、眼鏡をかけて髪型を変えればどうにかなるだろう。

「き、着てくれないんですか?」

先輩は何やらショックを受けているようだ。だからといって、着ようという気はないが。

「いや、さすがに女装はまだ抵抗があるというか……」
「この間、メイド服着てたじゃないですか」

ぬう、あの時の事は一刻も早く忘れたいというのに。

「あ、あの時は他に着る物が無かったからしょうがなく……」
「なるほど、よくわかりました」
「え……?」

なんで、先輩はこっちににじり寄ってくるのか。
そして、なんでその先輩の手つきにとても不吉なモノを感じるのか。

93ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/08/30(月) 15:04:30 ID:ADk4VZI2
「あの、先輩? いったい何をする気なんですか?」
「いえ、せっかく用意した物を無駄にしちゃうのもなんなので、少々無理矢理にでも着てもらおうと。他に着る物が無ければ、私が用意してくれた服を着てくれますよね?」

ま、間違いない。先輩は俺の服を奪い取る気だ。
その証拠に、表情としては笑っているけど目が笑っていない、本気の目だ。
ここに居たら間違いなく危ない、逃げないと。
先輩に背を向けて走り出そうとした瞬間、両足が重りでも付いているかのように動かなくなった。

「わっ!?」

咄嗟に両手を床について顔面強打は免れたものの、四つん這いしているような今の体勢では、先輩からは逃げられない。

「はい、捕まえました」

ほら、もう捕まった。とはいえ、肩に手を乗せられているだけなんだけどね。
でも、まだ足が満足に動かせそうにないから、不審な動きを見せたら、どうなるかわかったもんじゃない。
しかし、何故急に足が動かなくなったんだろう。
不思議に思い、自分の足の方を向くと、体格からして小学生くらいと思われる子供が三人、俺の足にしがみついていた。
俺はその子達に見覚えがあった。
みちる先輩の弟達……正確には弟二人と妹一人だ。
以前、先輩の家に泊まらせていただいた時に知り合い、それ以来、妙に懐かれている。

「お前ら、いったい何を……」

俺は、文句の一つでも言ってやろうかと口を開くと、三人から一斉に睨まれた。
……なんで、俺が睨まれてるんだ?

「お、お姉ちゃんをいじめちゃダメっ!」

先輩の妹の、あかねちゃんが俺に向かって言い放った。

「ちょ、待った! いじめてないって!」

どうやら、さっきのやり取りは傍から見ていて、いじめに見えていたようだ。
さすがに、いじめてると思われるのは心外なので、反論する。

「いじめてたじゃんかー!」
「姉ちゃんが一生懸命考えたのに文句言ってたしー!」

即座に先輩の弟達……優一と優二に反論された。
しかし、対弟達用にこれ以上反論できない台詞は考えてある。

「いや、でもさ、お前らだって先輩に『女装しろ』的な事言われたら断るだろ?」

どうだ。これなら、女装趣味の奴以外はだれだって『断る』としか言えないだろう。
もし、仮に先輩の顔をたてて『断らない』と言ったら、女装趣味と誤解されるリスクがある。

94ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/08/30(月) 15:05:27 ID:ADk4VZI2
さあ、どう答える?

「う……俺達の事はどうだっていいだろ!」
「そうだよ! 今は、それより大事な話してるんだよ!」

くっ、強引に話を逸らしやがった。だが、一度話を逸らした程度で俺が追求を止めると思ったら、大間違いだ。

「あのな……ん?」

俺が反論しようとした時、服の袖を軽く引っ張られる感覚がした。その方を見ると、引っ張っていたのは、あかねちゃんだった。

「お願い……お姉ちゃんの選んだ服、来てください。お姉ちゃん、一生懸命考えたのに……それなのに、それ、な、のに……」

やばい、あかねちゃんが涙目になりかけている。このまま泣いたら、俺が泣かせた事になるのか?
とにかく、泣かれるのはまずい、精神的に。直接的とまではいかないだろうけど、間接的ぐらいには泣かせた事にはなりそうだし、そうなると後味が悪い。
それに、偵察メンバーの今日の集合場所はここだ。俺は着替えがあるから少し早く来たけど、そろそろ残りの二人も来る頃かもしれない。
その時、俺と俺の服の袖を掴みながら泣いている少女を見たら、どう思われるか。
多分、俺が泣かせたと思われるだろう。
そんな誤解されたら、すごく気まずい。ましてや、これから偵察に行くというのに。

「うっ……うう……」

色々考えている間に、あかねちゃんの限界は近づいている。
背に腹は変えられない、か……仕方ない。

「わかったって! 着るよ、着るから泣かないで!」

なかば、やけくそ気味に言うと、あかねちゃんは蚊の鳴くような声で「本当?」と聞いてきた。

「うん、本当だから。だから泣かないで、ね?」

俺がそう言うと、今にも目から零れそうな程の涙を堪えながら、小さく頷いた。



俺は先輩からセーラー服を受け取り、空き部屋で着替えてる間中、一つの事を考えていた。
こんな事になるんなら無理にでも、坂本先輩達と一緒に学校で野球の練習をしていた方がよかった、と。
なんとか着替えを進めていき、上下共に着替え、先輩のいる部屋に戻る。

「先輩、着替えましたけど……」
「あら、似合ってますね。サイズもピッタリで……っと、忘れるところでした」

先輩は呟き、近くのソファに置いてあった黒いロン毛のカツラを俺に被せた。
これって、この前先輩の家に泊まった時に処分しといてくださいって置いていった、あのカツラだ。

95ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/08/30(月) 15:06:24 ID:ADk4VZI2
「捨てるのもなんだかもったいなくて、取っておいたんですけど正解でしたね」

なんて笑顔で言う先輩を見ると、問い詰める気が無くなってしまう。

「ところで、割と着替えるの早かったですね」

無理矢理結んでヨレヨレになった、俺の着ているセーラー服の胸元のリボンを綺麗に結び直しながら、先輩は尋ねた。

「まあ……このシャツとスカートの上下だけだったんで」
「だけど、なんか足りない気がしますね」

先輩は腕を組み、視線を上下にさまよわせる。

「俺も足りない気がします……」

特に下半身の辺りが。
もっと厳密に言うと、スカートの丈が。

「短いですよ、コレ……」

客観的に見れば、丈は決して短すぎではなく、ごく一般的な長さだろう。
しかし、自分の一挙一動に浮かび、翻るスカートを見るとこの長さでは心許なくなってくる。
特に俺の場合は、女物の下着を着ける決心がつかず男物のままなので、ものすごく不安だ。

「せめて膝下十数センチあれば……」
「それは長すぎです」

先輩から冷静なツッコミが入った。
しかし、先輩のこの反応から察するに俺と先輩の考えている『足りない何か』に対する視点は違っているようだ。
聞いてみるか。

「じゃあ、先輩は今の俺に何が足りないと思います?」

俺の言葉に、先輩は一瞬だけ首を俯かせ、視線を『とある場所』……俺の胸部へと向け、ハッとしたように視線を俺の顔に戻し、ニッコリと笑う。
俺には、その笑顔が、失態を取り繕うような、そんな感じの笑顔に見えた。
ってか、そんなに胸が残念に見えるのか。確かに、どんなに贔屓目で見ても大きいとは言えないサイズではあるけど。

「ス、スカートの長さどうしましょうか?」

あっ、あからさまに話を変えにきた。
でも、スカートの長さは俺にとって大事な話なので、指摘はしない。

「スカートの長さって、今から変えられるんですか?」

先輩はチラッと時計を見て、首を横に振った。

「さすがに時間が足りませんね……二人に指定した時間まで後五分くらいまでしかありませんし」

先輩は顎に手を当て、少しの間眉を歪め、何か思いついたらしく明るい声で「そうだ!」と言った。

96ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/08/30(月) 15:07:08 ID:ADk4VZI2
「つまり、スカートがひらひらとひるがえるから、不安で丈を長くしたいんですよね?」
「はい」
「じゃあ、ちょっと待っててください」

先輩は、そう言って家の奥の方に引っ込んでいった。

「どうする気なんだろう」

それから、すぐに先輩は戻ってきた。

「青山君、コレを穿いてみてはいかがでしょうか?」

そんな台詞と共に、先輩が差し出したのは、短パンだった。
確かにこれを穿いてれば、スカートの動きや短さは気にならない。
万が一、スカートの中身が見えてしまう時でも、ガードは万全だ。

「そうっすね、短パン借ります」

先輩の申し出をありがたく受け取り、短パンを装着する。

「どうですか、穿き心地は?」
「あ、問題ありません」

あえて言うならば、全体的にちょっと大きめな気がするが……まあ、問題にならないレベルだ。

「それ、私が中学の時に使ってた物だから、小さくてサイズが合わないと思っていたんですけど、問題ないみたいでよかったです」
「…………」

俺の体型が中学生並み、と言われたようで少し複雑な気分だ。
まあ、いいか。不安の一部はなくなったし。
さて、そろそろ陽助と龍一が来る頃かな。
なんて思っていたら『ピンポーン』とチャイムの音が流れ、玄関の方から先輩を呼ぶ陽助の声が聞こえる。

「来たみたいですね、行きましょうか」
「……うっす」

さて、あいつらはこの格好を見たら、どんな反応をするだろうか。
……不安だ。





【目指せ、甲子園−14 おわり】

97ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/08/30(月) 15:07:48 ID:ADk4VZI2
とりあえず、ここまで
まさか、着替えるだけで一話使うとか予想外だった
『次回、偵察編』とか書いておきながら、話の展開遅くて行けませんでした、すいません
次回こそ、偵察編
9月中に投下できれば、します

では、また次回



そういえば、なにげに第一話を投下してから一年経ってますね

98名無しさん:2010/08/30(月) 21:10:01 ID:qLaCishc
乙!
続きwktk

99名無しさん:2010/08/31(火) 09:43:00 ID:wGt62dBI
投下キテタ!
ファンタさん毎度乙です
自分もそろそろ投下しようかな・・・

100 ◆jz1amSfyfg:2010/09/01(水) 21:42:51 ID:FHKkKXvQ
>>99
待ってますよー

101ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:06:34 ID:YZYDeeig
【目指せ、甲子園−15】





【翔太視点】

結論から言うと、二人に『女装が趣味の変態』だと誤解を与える事はなかった。もちろん、女だとバレる事もなかった。
それはよかったのだが……なんか、さっきからすごく視線を感じる(だいたい陽助のいる方から)んだけど、どういう意味なんだ……?
あー、でも聞くのめんどいし、いいや。

「皆さん、車の準備が出来たので乗ってください」

先輩が車の前で俺達に向かって手招きをしている。
今回、花坂高校に行くにあたり、移動手段としてみちる先輩のお父さんが車で近くまで送ってくれる事となった。しかも、帰りも乗せてくれるとの事だった。
後で、ちゃんとお礼を言っておかないと。

「よし、じゃあ行って、お父さん」

俺達が車に乗り込んだのを確認してから、先輩も助手席に座り車は進み出した。



それから車で二十分。
花坂高校の近くにあるコンビニに止めてもらい、車から降り徒歩で花坂高校に向かう。
道中、龍一について、どうしても気になる事があるので、聞いてみる事にした。

「なあ、龍一」
「……なんだ?」
「お前のその格好は、いったい何を意識してるんだよ」

『その格好』とは、もちろん服装の事である。
今日は、偵察なので顔を覚えられても都合が悪くならないように、変装してくるように二人にも言っておいた。
みちる先輩の『変装』は、髪を三つ編みにして眼鏡をかける、という、とにかく地味な外見になっている。
そして、陽助は髪型をオールバックにして、眼鏡を着用している。
偵察だから地味にする事は普通だと思う。
先輩と陽助で眼鏡が被ってしまったけど、大した問題でもないだろう。
だけど、龍一は違っていた。
サングラスをかけ、上下共にスーツを着ていた。
これくらいなら、普通はあんまり注目されないだろうけど、龍一が着る場合は別だった。
龍一は野球部の中で一番身長が高く、体格もいい。さらに高校生らしからぬ強面な上、妙な威圧感もある。そんな男がサングラスとスーツを着たら、どう見えるだろうか。
少なくとも俺には、頭に『ヤ』のつく危ない職業に就いている人に見える。
と、そんな事を考えている俺とは対照的に龍一は

「……高校生っぽく見せないためにスーツ着て…………今日は陽の光が強めだったから、サングラスをかけてきた」

102ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:07:24 ID:YZYDeeig
などと言った。
いや、確かに高校生には見えないよ。見えないけどさ……堅気の人にも見えないよ。
これじゃ目立つんじゃないのか?
不安を感じた俺は、先輩の方に視線を送る。
先輩は俺の不安を感じ取り、解決策を提示してきた……なんてことはなく、ただ笑顔を見せているだけだった。

「せ、先輩っ」

俺はたまらず先輩に近づき、小声で話す。

「いいんすか? 龍一の服装をどうにかしなくても」
「私はそのままでいいと思いますよ。少なくとも高校生には見えませんから変装の意味はありますし」

いや、いくらバレない格好でも注目されたらあまり意味ないんじゃ……あー、でも龍一なら見た目が見た目だけに、どんな格好でも目立ちそうだな。なら、下手に普通の格好させるよりは今の格好の方がいいのか?
と、一人悩んでいる間に花坂高校の校門がもう目前にある。
ここまで来たら仕方がない。なるようにしかならんか。

「あ、大事な事を忘れてました」

校門をくぐる寸前、先輩がそう口にした。

「チーム決めをしておきませんと」

チーム? いったい何の事だ?
俺は余程『何の事?』って感じの顔をしていたのか、先輩が俺の方を見て小さく笑った。

「考えてみてください。四人で固まって入って、全員で練習をジロジロ見てたら、どう思われると思います?」

もし、自分達が見られる立場になったら、と想像してみる。
練習をジロジロ見ている奴らがいると知ったら、気になるし気が散るかもしれない。
つまり、注目されるという事だ。しかも人数が多いほど、気づかれる確率は高まる。
偵察を行う側からしては、注目されるのは避けたい。
ならば、四人で固まったまま入るのは、あまりいい方法とは言えない。
陽助と龍一も同じ結論に達したようだ。
俺達の表情を見て、先輩は「わかったようですね」と呟いた。
それから、俺達は校門の前で手早く相談し、チームを決めた。
チームは人数の都合上、二人一組のチームを二組作る事となり、一組は俺と陽助、もう一組は龍一とみちる先輩となった。

「じゃあ決まりましたし……行きましょう」

先輩の言葉と共に、俺達は校門をくぐり花坂高校内へと侵入した。

103ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:08:25 ID:YZYDeeig
高校の敷地内に入り、すぐに先輩達と別れた。
先輩達はそのままグラウンドへ向かい、俺達は別の方向へ。
念には念を入れて、野球部のいるグラウンドには二十〜三十分程の時間差で入るつもりだ。

「んで、どうする?」

陽助が質問してきた。質問の意味は、グラウンドに行くまでの二十〜三十分の間、どこでどうやって時間を潰すかという事だろう。

「敷地内を適当にぶらついてりゃ、すぐに時間になるんじゃない?」

ここは他校だから、校内に入らずとも敷地内をぶらついていれば何か物珍しい事の一つや二つあるかもしれない。それを見てれば二十分や三十分なんて、すぐにたってしまうだろう。

「ま、他にプランもないし、それでいくか」

そんな訳で、俺達はアテもなく敷地内をうろついた。

104ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:09:29 ID:YZYDeeig
【みちる視点】

私は、川村君と一緒にグラウンドの方に向かった。
途中ですれ違う生徒と思わしき人達が、みんな目線を合わせようとせず、何気なく距離を空けていた。そんなに川村君の格好怖いかな?

「…………」

川村君は何にも言わない。
もともと寡黙だから、心中が図り知れない。

「着きましたね」

目的の、野球部の練習場に辿り着いた。とはいえ、いきなりフェンス近くまで行き、食い入るように見つめるなどというような真似はしない。
目立たないように、花坂高の戦力を探らないと。ちなみに、打撃陣の私達は花坂の投手陣を探る。
通行人のふりをして、花坂の投手陣が練習している場所を探す。

「……先輩、あそこじゃないすか……?」

川村君が、視線のみで場所を示す。
私も視線を動かし、示した場所を見る。
そこには、雨風や日光をしのぐ屋根だけで構成された簡素なブルペンがあった。とはいえ、ブルペンがビニールハウスな我が高に比べれば、大分マシだろうけど。
とりあえず、さりげなく偵察する。
幸運な事に、野球部の部員達は私達の存在に気づかない程、練習に熱中していた。
さて、ここの投手陣の実力はどんなものか。
練習中の投手達に視線を走らせる。

「ふむ……」

強豪校だけあって、いい投手が揃っている。が、これで甲子園常連と言われると疑問符が浮かんでしまう。
私は、今年の夏の地区大会の決勝戦、つまり我が校と花坂高校の戦いをテレビで見ていたが、当時の花坂のピッチャーは三年のエースが登板していた。彼は投手として素晴らしい実力を持っていて、敵側の立場で見ていた私ですら凄いピッチャーだったと思った。
が、今の花坂には私にそんな思いを抱かせるピッチャーが一人もいなかった。
いくら三年が抜けたからって……これじゃあ、春に甲子園に行けるか怪しいところだ。
とはいえ、こっちは甲子園どころか一勝できるかどうかすら危うい。きっちりと戦力を調べないと。
そんな時、一人の少女がブルペンに入ってきた。
歳は、見た目で言えば15歳くらい。周りの部員と同じユニフォームを着ているから、あの子も部員のようだ。
セミロングの暗い茶髪を揺らしながら、キャッチャーミットではなくグローブを左手にはめる。どうやら投手のようだ。

105ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:10:29 ID:YZYDeeig
彼女がプレートの前に立つと、続けてブルペンに入ってきた少女と同い年くらいの少年が、慌ててキャッチャー用の装備を着けている。どうやら、彼が彼女の球の受け手のようだ。
途中で彼女に急かされながらも装着が終わり、横一列に並んでいるキャッチャーの横にしゃがみ、構えた。
彼女もまた、横一列に並んでいるピッチャーの横に立ち、右手にボールを握る。
大きく振りかぶって、ボールを投げた。
ごく普通のオーバースローだ。
そう、普通の投げ方だった。
しかし、彼女が投げたボールは私の予想を超えた速さで、少年のミットに突き刺さった。

「な…………」

絶句していた私の耳に、川村君の驚いたような声が入りこんできた。
川村君にも私と同じ物が見えたらしい。という事は、今のは私の見間違いではないようだ。
そして、周りの部員達が何事もなかったかのように平然と練習を続けているところを見ると、まぐれでもないらしい。もっともまぐれで投げられるような球ではなかったけれど。

「今のどのくらい?」

そう言い、彼女は後ろを振り向いた。
彼女の視線の先には、ジャージを着たマネージャーらしき女の子がいる。手にはスピードガンを握っていた。

「えーとですねえ……」

マネージャーらしき子はスピードガンに表示されている数字を見て、小さく「わっ」と声をあげる。

「142キロ出てますよー!」
「当然よ。私を誰だと思ってるの」

報告を聞いた少女は腕組みをし、自信に満ち溢れた表情で答えた。

「流石です、遥お嬢様」

キャッチャーの少年が話しかけると、少女はさらに気を良くしたのか抑えきれなさそうな笑顔を浮かべた。
しかし、少年が言った「お嬢様」とは、変わったあだ名だ。
……あだ名だよね?
と、そんな時に他の部員達がヒソヒソと小さな声で話を始めた。

「しかし、春風は凄えよな。どっかいいトコのお嬢様ってだけでも十分なのに」
「それに加えて一年なのにあの実力だろ? 人生って不公平だよなぁ……」

なるほど。あの『春風 遥』と言う少女は本当にお嬢様だったのか。
しかし、知りたい情報が都合良く知りたいタイミングで出てくると、ちょっと不安になるね。

106ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:11:30 ID:YZYDeeig
それにしても、一年生で142キロか……この目で見なきゃ、とてもじゃないけど信じられなかった。
そもそも、女性投手で140キロ台を出せる選手自体が少ない。プロでも一チームに一人いるか、いないか、といった程度。
それを、つい半年前まで中学生だった者が投げれるなんて……驚いたどころじゃ済まない。
これは強敵になるかもしれない。
とりあえず、もっと観察しておかないと。
と思ったのだけど、春風はジャージ姿のマネージャーに何やら耳打ちすると、グローブを預けてグラウンドから出ていこうとする。

「お嬢様、どちらへ? よろしければ僕もゲフウッ!?」

それを見たキャッチャーの少年が慌てて春風についていこうとして、春風に蹴り倒された。
そして春風はそのままグラウンドの外へと消えていった。

「……遼君、お嬢様はトイレに行くって言ったんだよ」

マネージャーがしゃがんで、倒れた少年に話しかけるが、少年は起き上がる事なく、しばらく痙攣していた。

107ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:12:38 ID:YZYDeeig
【翔太視点】

「しかし、ここは活気があるな」

俺の言葉に、陽助は頷く。

「そうだな、どの部活も熱心に練習している」

この二十分間、屋外で活動している部活を見て回ったが、全ての部が休日だというのにまるで平日の放課後のような人数で活動している。しかも、ほとんどの部員がやる気に満ち溢れていて、面倒くさそうにしている者はごく少数だった。
休日返上してるんだから、強い訳だ。
今、高校に残って練習しているうちの新入部員達に見習わせてやりたい。

「さて、そろそろ良い時間だし行こうぜ、翔太」
「あ、もうそんな時間か」

腕時計を見ると、敷地内に入ってからすでに二十分が経っていた。
丁度、時間潰しも終わったところだったし、良いタイミングだ。

「んじゃ、行くか、陽助」
「おう」

野球部のいるグラウンドへと行こうとしたが、途中で尿意に襲われた。

「陽助、先に行っててくれ」
「どうした、翔太?」
「ちょっとトイレ行きたくなったから、学校でトイレ借りてくる」
「そうか、寄り道すんなよ」
「わかってるって」

こうして、俺はグラウンドに向かう陽助と別れて、校舎へ向かった。
来客用玄関から入り、事務の人にトイレを借りる旨を伝え、校内に入る。

「花坂高校の校舎の中って、こんな感じなんだ……」

校内は我が校と比べると小綺麗で、部活に続いてうちの高校との差が開いた。
しかし、ゆっくり眺めている暇はない。早くトイレに行かないと。
適当に先に進んでいると、トイレを見つけた。だけど、職員用トイレだった。
職員用トイレに入るってのは、気分の良いものじゃない。ましてや他校のなんて、余計にだ。
まあ、もう漏れそうって訳でもないし、他のトイレに行こう。
その後、一階を歩き回ったがトイレは見つからなかった。
まあ、普通ワンフロアにトイレは二つもないよな。

「しょうがない、二階行くか」

階段を上って二階に行き、トイレを探し回る。

「あっ、トイレあった……って故障中か」

トイレには男女両方に『故障中』と書かれた紙が貼ってあった。
仕方ない。どうせこのフロアにもトイレはないだろうし三階に行くか。

108ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:13:18 ID:YZYDeeig
三階に上がって、トイレを探す。

「よし、トイレ見つけた……って、今度は掃除中かよ!」

三階のトイレには男女両方に『清掃中』と書かれた立て札が立てられていて、トイレの中からはブラシで床を磨く音が聞こえてくる。
結局、三階も駄目だった。しょうがない、四階に行くか……トイレに行くだけなのに、なんでこんなにあっちこっち歩き回らなきゃならないんだ。
それにトイレのある場所は、階段から遠い場所にあるから余計に歩き回ってる感がある。

「はあ…………」

ため息を漏らしながら、階段を上がる。
しかし、この学校って四階もあるのか。うちの学校は三階しかないのに。
……なんか、うちの学校ってことごとく花坂高校に劣っているような。
まあ、いいや。とりあえずトイレ。
しかし、この階は三階とちょっと構造が違うような。そのせいか一通り歩き回ったのに、トイレが見つからない。

「参ったな……あ」

困り果てて視線をさ迷わせていると、近くの廊下で男子生徒二人が何やら話をしていた。
丁度良い、あの二人にトイレの場所を聞くか。

「あの……あっ」

おっと、危ない。普段通りの低い声で話すところだった。
今の俺は女の格好してるんだった。
声を少し高めにするように意識しながら喋らないと。

「ん?」
「なんだ?」

男子生徒達がこっちを振り向く。
声を高めに意識して、と。

「すいません、聞きたい事があるんですけど」

よし、とりあえずこの声なら男に聞こえないだろう。

「「…………」」

な、なんだ、こいつら。口をポッカリと開けたまま黙ってやがる。何か言えよ。
とりあえず、沈黙は気まずいんでもう一度話しかけてみよう。

「あの……」

と話しかけようとした瞬間、男子生徒の片割れが言葉を発した。

「可愛いな……」
「……え?」

可愛いとか言われたような……聞き間違いか?
もう一人の男子生徒も口を開いた。

「ああ……ねえ、キミどこから来たの?」
「え、えーと……」

な、なんなんだ、この状況? 何がどうなってるんだ?
しかも、俺が質問するはずだったのに先に質問されたし。

109ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:14:06 ID:YZYDeeig
「どこから来たの?」って言われたんだけど、質問には答えなきゃダメなんだろうか?
バカ正直に答えるのはNGだろうし、なんて言ってごまかすか決まってないし、あんまり答えたくない。

「キミこの後、暇?」

考えている間に、次の質問が飛んできた。
この後、暇かと聞かれると答えはNOだ。今からトイレに行かなきゃならないし、その後は野球部の偵察だ。暇なんかない。

「あの、ちょっと用事があって暇じゃないです」
「じゃあさ、その用事っていつ終わるの?」
「えーと、ちょっといつまでかかるかは判りません」
「だいたいでいいからさ、教えてよ」

なんで、こいつら執拗に聞いてくるんだよ。俺はトイレの場所聞きたいだけなのに。
このままじゃ時間の無駄だ。他の人に聞くか自力で探そう。

「ごめんなさい、用事があるので俺……じゃなかった、私はこれで……あっ」

強引に話を切り上げて立ち去ろうとしたが、男子生徒の一人に腕を掴まれた。

「ちょっと待ってよ、用事終わったらでいいから俺達と遊びに行かない?」

今、この男の台詞で気づいた事がある。
もしかして、俺……ナンパされてる?
考えたくはないが、そうとでも考えないと解釈できない台詞もあるし……うへえ、冗談じゃない。
つーか、こいつらいつまで俺の腕掴んでるんだよ。

「あの……離してください」
「あっ、ゴメン」

男子生徒が掴んでた腕を離したのを感じ、俺は逃げだした。

「ちょ、待てって!」

しかし、数歩も進まないうちに再び腕を掴まれた。
逃走失敗。

「なんで逃げようとすんだよ。遊びに行かないか聞いただけなのに!」
「ははは、おめえが怖え顔してっから何か変な事されるかもってビビってんだよ」

いいえ、ナンパされるのが嫌だからです。
って言えればどんなに楽だろうか。

「とりあえずさぁ……変な事する訳じゃねえんだし、遊びに行かねえかって誘ってるだけだしさ」
「い、いえ、私忙しいし……」
「そうつれない事言わないでさ」
「痛っ……」

くっ……こいつ、俺の腕を力入れて握ってきやがった。
こっちをただの女だと見て、少し痛みを感じさせれば言う事を聞くと思ってるんじゃなかろうか。

110ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:15:26 ID:YZYDeeig
生憎だが、俺の精神はまだ男だ。この程度の痛みには屈しない。
だが、掴まれている場所がまずい。
右腕、もっと細かく言うと右手首である。
右利きで左打ちの俺にとって、右手首の怪我は攻守ともに痛手を負う事になる。
特にキャッチャーにとっては、送球に支障が出るのが痛い。
俺は、ただでさえ弱肩なのにさらに送球に難が増える事になってしまったら……ヒットが全て二塁打、場合によって三塁打なんて事になる。
それはまずい。

「あのっ、離してください!」

痛みを感じた事を隠さず表情に出しながら、男子生徒の手を振り払おうと右腕を振り回す。が、ガッチリと掴まれて振りほどけない。
男子生徒の顔を見ると、俺を見下したような下卑た笑顔を浮かべていた。所詮、女子と侮っているのだろうか。
その顔を見た瞬間、怒りが沸いて空いていた左手を固く握りしめた。
我慢の限界だ、ぶん殴る。
他校で騒ぎを、それも暴力沙汰を起こしたくはなかったが、ここまでくれば正当防衛だろう。
そのニヤけた面をぶっとばしてやる!
怒りに任せて拳を突き出そうとした瞬間、横から別の手が伸び、俺の手首を掴んでいた男子の腕を掴んだ。

「えっ?」

男子の腕を掴んだのは、もう一人の男子ではなくユニホーム姿の女子だった。
その女子は、暗い茶髪の隙間から冷たい視線を、腕を掴んでいる男子に向けた。

「二人とも、練習に来ないと思ったらこんなところでサボって、おまけに他校の女子とは……結構なご身分ですわね」

視線同様に冷ややかな言葉をぶつけられた男子達は、逃げるように去っていった。

「大丈夫でした?」

呆然と、茶髪の女子と男子達の様子を見ていた俺は、女子からかけられた言葉で我に返った。

「あ、は、はいっ」
「手首掴まれてたようですけど、痛みませんの?」
「はい、なんとか……」

助けてくれたし、とりあえず悪い人ではなさそうだ。
ちゃんとお礼を言わないと。

「あの、危ないところを助けていただいてありがとうございました、えっと……名前は」
「春風 遥ですわ」
「ありがとうございました、春風さん」

111ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:16:11 ID:YZYDeeig
俺がお礼を言うと、春風さんは優雅に微笑みながら「当然の事をしたまでですの」と返してきた。
その仕草からは気品のようなものを感じだ。

「でもいっぺんに二人も追い払うなんて凄いですよ」

そういえば、春風さんは二人の事を少なからず知っているような口ぶりだったな。

「あの二人と知り合いなんですか?」

その質問に、春風さんは少し寂しげに眉をひそめ、答えた。

「あの二人は、私と同じ野球部に所属していますの」
「野球部に……」

意外な感じだった。この高校の部員はみんな熱心だと思っていたから、サボリがいるとは思ってもいなかった。

「ええ、あの二人はいつもサボリ癖がついているから苦労して……と、すいません、愚痴になってしまいましたわ」

「いえ、大丈夫です」

という事は、春風さんも野球部員か。
もしかしたら、来週戦う相手になるかもしれない。

「ところで何故、他校の生徒が校舎内に?」

あの二人の行動のインパクトが強くて忘れていたが、大事な用件を済ませていなかった。

「あの……」
「なんですの?」
「トイレの場所……教えてください」





【目指せ、甲子園−15 おわり】

112ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:16:57 ID:YZYDeeig
とりあえず、ここまで
今回は視点が変わります。変わる際には一応、その視点キャラの名前を【】で挟めて書いてあります

偵察はとりあえず長くなりそうなので、前後編にしました
次回の投下時期は十月を予定していますが、十一月になるかも……



では、また次回

113名無しさん:2010/09/28(火) 22:42:22 ID:???
乙!

114名無しさん:2010/10/27(水) 00:55:33 ID:a7HTuyho
初めまして、なんか思いついたので投下してみようと思います。
書き溜めもないし遅筆なので忘れた頃にでも続きを書けるようがんばろうと思います。
稚拙でしかも短くてスマソ(´∀`;)


−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅰ


「………………」
 ある土曜日、中学時代から仲が良かった女友達と、いつもの如くウチで遊んでいた。
 別段卑猥なことはしていない、普通にゲームをしていた。
 自分に姉が二人いたこともあって、女の子といることに慣れてたから、女の子と遊ぶのも男と遊ぶのも特に差異がなかった。
「………まじかぁ………」
 だから別に、いつものように家で一緒にゲームをして、疲れたから少し姉の部屋で昼寝をしていたんだ。
 姉はもうとっくに自立して家を出てたからここはもう一つのオレの部屋だし。友達はゲームしてるし。
 で、なんだか妙な夢を見て、でもそれがなんだか心地よくて、目が覚めたときまだ夢の続きを見ていたいと思いながら寝ようとしたんだが、やっぱり眠れなかった。
 そして寝返りをうってうつぶせになったとき、気がついたんだ。


「……オレまだ、15歳なって一週間だぞ……」


 あまりにも長いこと部屋に戻ってこないオレを怪訝に思った友達……ケイコが、呆然としているオレに声をかけてきた。
「おーい、いつまで寝て……起きてるじゃん。起きてるならこっちきなよ」
「あ、あぁ、あの、ちょっと……」
「どしたん? もう夕方だし電気点けるよ?」
「ちょっと! 待って! 電気ダメ!」
「はぁ?」
「いや、その、ちょっと悪いんだが、電気点けないでこっち来てくれないか」
 オレの体が異常事態を起こしてなければ、まるで卑猥な行為を誘っているかのような台詞だな、等とこの非常時に考えているオレは冷静なのかバカなのか。
「あぁ、まぁいいけど……」
 ケイコがベッドの横で膝立ちになり、ベッドに座っているオレに目線を合わせる。
「ちょっと、手貸して」
「ほれ」
 差し出されたケイコの手を取るオレの手は汗ばんでいた。こんな形でケイコの手に触れることになるとは思わなかったが、そのケイコの手がなんだか、小さい様な大きいような、不思議な感じがした。
 そして、おそるおそる、まるでこれが夢ではないか確かめるかのように、オレはケイコの手をオレの胸にあてた。


「………あちゃー………」


 その、どこかのんきな言葉で、オレはこれが現実であることを悟った。


 −続く−

115名無しさん:2010/10/27(水) 22:00:58 ID:???
乙!

116名無しさん:2010/10/28(木) 00:30:46 ID:c6VZ/9Jw
−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅱ


 とりあえず現実を無理矢理把握したことにして、オレは苦笑いするケイコに連れられて階下のリビングに降りていった。
 そしてキッチンで仲良く夕飯の支度をしている両親に声をかけ、二人が振り返ってオレを見ると……
「え……?」
「あら……まぁ……」
 やはり驚いた。そうだよな、そりゃ驚くよな……と思ったのも束の間、親が何に驚いたのかを聞いてオレはすっころんだ。
「おまえ、ケイコちゃんとしてなかったのか!?」
「あなた、ケイコちゃんの前で言うことじゃないでしょ」
 いや、そこは、言うことが違うでしょってツッコむところだよ母さん。
「いやぁ、なんというか、面目ないというか、すみません」
 ケイコが苦笑いしながら謝る。いや、謝るなって。なんかオレ惨めじゃん。
「いやいやいや、ケイコちゃんが悪いわけじゃないから! そういうのはむしろ、この意気地無しなミノルがいけないんだし」
「悪かったな意気地無しで」
 そう言ってそっぽを向くオレはあれか、さしずめツンデレのツンってやつか。
「それにしても……先週15歳になったばかりなのにねぇ……」
 まったくだ。
「女の子になるならなるで、いろいろ準備しなきゃいけないのに……」
 我が母ながらこの順応性と天然性にはついていけん。
「あ、それなら明日あたしがいろいろ見繕ってあげますよ。あたしの着ない服とか譲りたいですし」
「じゃぁ、お願いしちゃおうかしら」
「まかせてください」
 なんか声がおかしいので黙ってたらいつの間にか明日のスケジュールが決まってしまった。オレの意見は聞く気なさそうだし。
「よ〜し! じゃぁ張り切って服とか持ってきますね! そしたらいろいろ発掘しなきゃいけないんで今日は帰ります!」
 発掘って。おまえの部屋は遺跡か。
「また明日! ミノルは着せ替え人形になる覚悟を完了しといてね!」
 ケイコはハイテンションにそう言い残して颯爽と帰って行った。


 が、試練は翌日を待たずして訪れた。
 そう、風呂だ。
 夕飯を食べて部屋に戻り、現実の重さにげんなりしていると、階下から「お風呂入りなさ〜い」という母の声が聞こえてきたので、ため息をつきながら下着と着替えを持って浴室へ向かう。
 そして再びため息をつきながらシャツを脱いだとき、眼下にある控えめなふくらみが目に入ってどぎまぎしてしまった。
 いやいやいや、いくら女の体でもこれ自分だぞ? いや、でも女が好きだったんだから女の体は好きなわけで………何考えてんだオレ。
 っていうか、これ、下はもっとすごいことになってるんだよな………?
 おそるおそるズボンを脱ぐと、ボクサーパンツの前にあるはずの見慣れた膨らみが無い。さらにおそるおそるボクサーパンツを脱ぐ。
「ま、まじか……まじでないのか……」
 正直上から見ただけじゃ何もわからん。長年慣れ親しんだ体の一部が消滅し、残りは陰毛に隠れて何もわからん。だが触って確かめるのは怖いのでやめておく。
 オレは浴室の鏡を見るのが恐ろしい気持ちと楽しみな気持ちが8:2ぐらいの割合で混在しながら、ガラリと浴室の戸を開けた。


 一つわかったことがある。女の乳首って気持ちよかろうとどうだろうと、刺激があれば立つんだな。これは勉強になった。
「なんのだよ……」
 思わずセルフツッコミを入れてしまうほどオレは参ってるようだ。もう寝よう。
「あぁ……トイレ行かなきゃ……」
 えーと、小さい方でも座ってするんだよな。なんか、男の時より我慢が難しい……うわ、なんか、まっすぐ出ないんだな、女が立ちションできない理由がわかった。

 等と難儀しつつ、翌朝もぼーっとしたまま慣れないトイレを済ませ、朝食を食べ終えたころケイコがやってきた。
 すげー大荷物で。


 −続く−

117名無しさん:2010/10/28(木) 22:13:56 ID:???
乙です!
続きwktk

118名無しさん:2010/10/28(木) 23:57:13 ID:/WnRAz9w
反響あると励みになりますね(*´Д`)

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅲ


「こんにちは〜」
 そう言って大荷物を抱えたケイコがウチへ来ると、早速オレの部屋は布で埋め尽くされた。
「下着は……合わないね。これは買いに行こう。服はサイズ合いそうなの全部あげる。早速着てみて」
 抵抗するのは無駄だろうと思い、言われるがまま様々な服を着た。
 ワンピース、ブラウス、キャミソール、ホットパンツ、ドルマン、スキニージーンズ、フレアスカート、ミニスカート、ロングスカート、ってスカート多くないか。
「せっかくだし買い物行くときはミニで生足を強調して……」
「ちょ! それは勘弁!」
「えー、じゃぁせめてスカートははいてよー」
「あぁ……可哀想なオレ……」
 というわけでロングスカートの下になんだこれ、レギンスとかいうのを履いて、ブラの代わりに体にぴったりするタンクトップを着て、その上に七分袖のシャツを着る。
 さらにその上に薄手のカーディガンを着て………化粧をしてもらうと、鏡の前に立ってるのは24時間前ここにいたヤツとはまったく別人の女だった。
「なんか……あたしより女らしくてむかつくんだけど」
「褒められてる気がしねぇ。にしても、髪が短くても女は女に見えるもんなんだな……」
 複雑な心境ではあるが、しっかりコーディネートされたオレはもう立派な女の子だった。元々釣り目だったので、ちょっとキツそうな顔のショートヘアなボーイッシュ女の子、といった感じか。
 醜く変化しなかったのがせめてもの救いか……といってもまぁ、周りのすでに変化してしまった人達は、不思議とみんな綺麗になってるから不思議だ。
 変化の代償として美しくなるよう遺伝子に組み込まれてでもいるんだろうか。
「よし、買い物行こう! まずは最優先の下着と、化粧品と生理用品と……ヘアピンとか小物も欲しいね!」
「おまえ、ずいぶん元気だな」
「まぁ、なっちゃったもんはしょうがないじゃん? くよくよしてるより、現状を受け入れてそれに順応し、せっかくなら女を楽しまなきゃ人生もったいないじゃん」
 真顔のケイコにそう言われて、なんだか目からウロコが落ちたような気がした。
「………そっか、どっちにしろ元に戻る訳じゃないもんな」
「そうそう、明日学校でみんなの度肝を抜いてやんな」
「げ! そういやそんな大イベントが残ってた!」
「同じクラスでよかったわぁ〜みんなの驚く姿とあんたのどぎまぎする姿を拝めるんだもんね〜」
「………悪趣味」
「うるさいわね。ほら、行くよ」


 というわけで、最初に下着屋へ来たわけなんだが……
「すいませ〜ん、この子のサイズ測ってもらえますか〜?」
「は〜い」
 うん、くよくよしてても仕方ないけど、人間そんなすぐ開き直れないよね☆キラッ
 そんなわけでめっちゃどぎまぎして挙動不審なオレに、下着屋のお姉さんは苦笑していた。
「えと、この子あれなんですよ、つい昨日女の子になっちゃって」
「ちょ! そんなあっさりバラすなよ!」
「あ〜なるほど。まぁ、そういう方はけっこう来られますし、みんな同じような反応をするのでそうかな〜とは思いました」
 はははと笑う二人の前で、オレだけ赤面してるのはなんか不公平な気がする。
 で、なんとかサイズを測り終えたオレは、女性用下着の値段の高さに驚愕した。
「パンツ一枚で済んじまう頃が懐かしいぜ……24時間前だけど」
「ふむ。意外と胸板あるのね、今後変わってくるのかしら。どちらにしろまぁBカップってのは妥当ね。(あたしより大きかったらぶっとばしてるところだわ)」
「え? 何?」
「何でもない。さ、次は化粧品ね」

 こうして、オレの貴重な休みは慣れない買い物に費やされ、一日前まで縁のなかった大量の物資と、果てしない疲労だけを残して過ぎていった。

 −続く−

119名無しさん:2010/10/29(金) 00:05:47 ID:???
GJ!

120名無しさん:2010/10/29(金) 23:30:25 ID:rfyuTAqA
ついに学校です。
そろそろなんか、えろいシーンを書きたいところですw

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅳ


 翌朝、さすがにトイレには慣れてきたが、Bカップのブラジャーを着けるのに悪戦苦闘し、恥ずかしながら母親に手伝ってもらった。
「これをこれから毎日着けなきゃいけないのか……」
 正直言って、胸の下が締め付けられて苦しい。あとかゆくなる。まぁ着けなきゃいけないのはわかるけどな。
「ふむ……制服は男子のでいいよな、とりあえず」
 女性用下着を着け、男性用のシャツを着て、男子の制服を着る。体が女じゃなかったらちょっとキワドイ趣味の人だなこりゃ。
「じゃぁ、行ってきます。めっちゃ勇気いるわ」
「まぁまぁ、学校行けばケイコちゃんいるんだから」
「それも逆に怖ぇって」
 しかし母さんはずいぶん慣れたようだ。オレの500倍は順応してやがる。


 で、とりあえずは運良くクラスメイトや他クラスの友達に会うことなく教室にたどり着いた。
「うーす」
「うぃーす」
 いつも通りの挨拶をする。可能な限り声を低めて。
 とりあえずパッと見では誰も気づいてないようだ。よかったような困ったような。
 が、早くもオレの運命はオレを翻弄することとなった。
「出席とるよ−、座りなさーい」
 そう言いながら担任の、背が高くて穏和で柔和な初老の男、竹本先生が入ってきて教壇に立ち、クラス全体を見回す。彼はそうやって生徒の顔をざっと見てチェックするのが日課だそうだ。具合悪そうなヤツがいるとすぐ気づくからすごい。
 で、その視線がオレの前で一瞬止まったわけよ。
「橋本ワタル……深谷カナエ……藤井ミノル……」
「はい」
 呼ばれたので返事をした。もう半ば覚悟完了だ。
「うん? 藤井、その声どうした?」
 やっぱ気づいたよ。この先生なら絶対気づくと思ったよ。
「いや、別に」
「ふぅむ………ちょっと立ってみろ」
 覚悟完了。
「はい」
「ふむ、なるほどな。まぁ心配するな、先生は今まで何十何百という人数を見てきたんだ。別に驚きはせん」
「先生はそうでも、みんなが驚きますよ」
 もう声を低めるのも諦めて普通に喋ってみた。途端に教室が、某マンガによく書かれてるざわざわ状態になった。
「ミノル……おまえもしかして……」
 前に座る角谷(すみや)がオレを見上げて驚愕している。オレは返事の代わりにため息をついた。
「とまぁそういうわけで、今日から女子が一人増えるからみんなよろしくな。特に女子、はじき者にしたら先生ぶち切れるからそういうことないように」
 この穏和な先生が笑顔でそういうコトいうと逆に凄味がハンパない。
 で、案の定教室中が大騒ぎになった。先生はこういう事態に慣れてるらしく、苦笑するだけであえて止めなかった。
「ちょっと、なんでそんなにかわいくなるのよ! あたしも男から女になりたい!」
「うわ〜、ウチのクラスじゃ初だよね〜、仲良くしようね〜」
「ねぇねぇ、下着は女物着けてるの? 制服は女子の着ないの?」
 愕然とする男子をよそに、女子はどことなく嬉しそうだった。何故だ?
「っていうか、藤井君がなるとは思わなかったわ。ケイコといいカンジだったからてっきり……」
「そうそう、私もそれ思った」
 まるでオレが据え膳を見過ごしたかのような言い方だ。
 いやまぁケイコのことは好きは好きだよ。恋愛対象にならないってわけでもないけど……逆に近すぎてそういうカンジにならなかったっていうのが妥当なところかもしれん。

 とまぁそんなわけで、オレは高校一年の秋までを男で過ごし、残りの人生を女で過ごすことを痛感したのだった。


 −続く−

121名無しさん:2010/10/30(土) 00:10:07 ID:???
乙!

122名無しさん:2010/10/30(土) 23:51:56 ID:cTqUBfAU
今回のミノルはかわいいですよ、えぇ。

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅴ


「とりあえず女子の制服ができるまではその制服で登校してくれ。トイレはすまんが教員用のトイレを使ってもらう。学ラン着た女子が女子トイレはまずいし、男子トイレはちょっと別の意味でまずいんでな」
 そう、オレは貞操を守る側にまわったのだ。今までオレが女子を見ていたような目で男子がオレを見る。

 いや、見るのか? 元男だぞ。あぁでも男って(一昨日までのオレを含めて)バカだからなぁ……体が女ならその辺は案外気にしないのかも。

「しかし、教師の私が言うのもなんだが、このクラス初の女性化がおまえとは意外だ」
「先生まで言いますか、それ」
 オレは今、小会議室で、担任と女性化担当教諭と話をしている。一応こういう例に関するガイドラインが学校にはあるようだ。
 まぁ当たり前か。年に何十人と変わるわけだもんな。
「いやまぁ、なぁ。最近は世間的にもそこまで学生同士のSEXを咎める風潮が無くなってきたし、なぁ」
 いつから女性化が始まったのかは知らないが、最近女子は好きな男子がいると、女性化されると困るので早いうちに童貞を捨てさせようとけっこう大胆になるし、ガードが緩く……というかガードしなくなるらしい。
 まぁこれは童貞捨てたダチの話だけど。
「とにかくなっちゃったもんは仕方ない。クラス初ではあるが学年初ではないし、そのうちウチのクラスでも他にこうなるヤツが出てくるだろう」
「そういう意味じゃ、オレは貧乏くじ引いた感じですね」
「まぁそう言うな。藤井は元々女子とも仲が良かったから、そこはすごく助かってるんだ」
 確かに女子に嫌われてるヤツがなるよりはクラス内での問題は起きにくいだろう。


 とまぁそんな感じでオレは様々な困難とわずかな幸福と共に女としての人生を歩き始めたわけだ。


 わずかな幸福ってのはアレだ、その、なんだ、女子の生着替えはぁはぁってやつだ。
 女になって初めての体育はやばかった。っていうかオレは参加できなかった。
 だって目の前で十数人の女子が下着姿だぞ!?
 童貞には刺激が強すぎるって!
 思い出すだけで赤面しちまうわ!

「えーと……オレどうしたらいいんだろう?」
 体育の授業の前、教室から男子を追い出し、女子だけになったところでオレはどうしたらいいかわからなくなってしまった。
 だってオレ、追い出される側だったんだぜ?
「普通に着替えればいいんじゃない?」
「まぁ、それはそうなんだけど……みんなよくオレがいて大丈夫だね」
「だって女同士じゃん」
「ついこないだまでさっき追い出したヤツらと同じで、みんなのことえろい目で見てたんだよ? で、体が女性化したって中身まですぐ女になるわけじゃないし……」
「おぉ、つまり照れてるんだな、かわいいやつめ〜」
 楠サナエという、ケイコほどではないが仲のいい女子がそう言いながらオレに近づいてきた。上だけ下着姿で。
「ちょ! こっち来んな!」
「た、たしかにかわいいかも……」
 赤面しながら後ずさるオレのどこがかわいいっていうんだ。何故か知らんが他の女子まで寄ってきた。というか、追い詰められた。
「胸は小ぶりなのねぇ。あ、でも肌がすっごい綺麗」
「見て鎖骨が超綺麗! 羨ましいんだけど!」
「あ、でもおしりはけっこうあるのね」
 慣れてないせいで着替えの遅いオレは、ちょうど上だけ脱ぎ終わったところで女子に群がられた。うぅ……辺り一面女の匂い……ちょっと幸せかも……
「ねぇねぇ、おっぱい触らせてよ」
「だ、だめ!」
 思わずブラウスをつかんで胸元を隠す。マンガでよくあるよな、こういう光景。
「えーいいじゃない、あたしのも触らせてあげるからさー」
 とかなんとかやってるウチに、サナエが戯れにオレの首筋を舐めやがった。
「ひゃぁっ!」
 なんだこれ! なにこの感覚! 腰が……
「え、あ、ごめんごめん、まさかそんなに感度がいいとは」
 驚きと、初めて感じるこのなんだ、腰にくる感覚で、オレはしゃがみこんだまま立ち上がれなくなってしまった。ますます赤くなってうつむくオレ。こういうのマンガで以下略
「サナエー、そういうのは学校終わってからにしなさいよねぇ」
 ようやくケイコが来てくれたが、ツッコむところ間違ってませんか。
「立てる?」
 言われてオレは首を振った。
「ごめんごめん、先生には私から言っとくから〜」


 女ってすごい。女って怖い。


 −続く−

123名無しさん:2010/10/31(日) 00:30:19 ID:???
GJ!

124名無しさん:2010/11/01(月) 00:22:42 ID:HjBxycdc
青い春ですねぇ。

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅵ

 それから一週間、日常のよくあることは大概経験したので、オレはだいぶ女でいることに慣れてきた。もう風呂に入るたび自分の体を見てどぎまぎなんてしない。
「でも他人の女の体はダメなのよね〜」
 そう、ケイコが言うとおり、自分の体を他の人に見られたり、女子の体を見たりってのはどうしてもだめなのだ。
「女を好きだったんだからそう簡単に変わらんでしょ」
 そういえば言葉遣いは変わってないな。
「あたしの従兄弟は三年前に女になって今彼氏とよろしくやってるみたいだけど、ミノルもいずれそうなるのかねぇ」
「それよりおまえの心配しろよ」
「ごもっともで」
 結局女になったところでオレのすることは変わらず、またいつも通り土曜にウチでケイコとゲームなんぞしている。
 で、今度はケイコが先にオレのベッドで昼寝を始めたので、オレは姉の部屋で昼寝することにした。女性化した時と同じようにしたら起きたとき元に戻ってないかなーと淡い期待をしながら。


 が、オレが目を覚ましたとき直面したのは、男の体に戻っているという奇跡ではなく、オレの頬を撫でるケイコの申し訳なさそうな顔だった。
「あ、ごめん、起こしちゃったね」
「いや、ケイコのせいで起きたわけじゃないよ」
 暗い部屋で身を起こす。前は、この状況でケイコがオレの女性化を知ったんだったな……
「ごめんね、ミノル」
「ケイコが起こした訳じゃないんだから謝るようなことはないぞ?」
 オレの手に自分の手を重ねながらうつむいてそう言うケイコはどこかいつもと違った。
「………あたしがさ、もっと積極的になってればミノルは女にならなくて済んだかもしれないんだよね……」
 なるほど、だから謝ってたのか。そういえば学校では前と比べて関わりが減ったし、これを気にしてたんだな。
「いくら仲良くても好きでもない男とやる気にはならないだろ? ケイコが責任感じることないさ」
「あたしは………好きでもない男とこんなにしょっちゅう家で遊んだりしないよ」
「え?」
 正直、かなり驚いた。
 よく考えてみれば、男の家に遊びに来るって女からしたらそれなりに覚悟がいることなのか。
「あたしは、初めての相手がミノルだったらいいなって思ってたし、ミノルの初めてはあたしがいいなって思ってた」
 ケイコがオレの手を握った。
「あたしとミノルの関係って、ちょっと変な距離だったじゃん? ミノルは私を求めるような素振りなかったし、恋愛対象として見られてないのかなって」
「………」
「ホントは、女性化しないために抱かせてくれって、そんな理由でもよかったのよあたしは。15歳になったし、危機感募れば求めてくれるかなって思ってたのが甘かったかな」
 そう言ってオレに微笑むケイコの頬が濡れていた。オレはケイコの手を引いてベッドに来るよう促した。二人で壁を背にして座る。
「やっぱ、他の子みたいにあたしからいかなきゃいけなかったね。でもなんか、怖くてさ。はしたない女だって思われて軽蔑されたら嫌だし、今の関係が壊れるのも嫌だったし」
「………正直まだ女として生きることを全面的に受け入れられたわけじゃないけど、オレはそれを誰かのせいになってしないぞ」
 オレはケイコの手を握った。ケイコがおそるおそる握りかえしてくる。
「なっちまったもんはしょうがないって教えてくれたのはケイコだろ? こうなったのは無意識にオレが選んだ道だったんだよきっと。だからケイコが気に病む必要は無いよ」
「うん……」
「それにな、体が変わったって、気持ちは変わらないんだ」
 オレは壁から離れ、ケイコの正面に回ってケイコを抱きしめた。今となってはオレの方が若干身長が低いので、どうにもしっくりこないが。
「オレは、女性化したくないために抱きたいだけなんでしょって思われて軽蔑されるのが怖かったのかもしれない。でも好きならやっぱ、言って、行動しなきゃだめだよな。だめだったよな」
 そうして、オレたちは静かに涙を流しながら初めてキスをした。

 オレがこうなってからじゃ遅いって思われるかもしれないけど、オレはそうは思わない。
 少なくとも今は、ケイコの温もりと匂いがオレを安らかな気持ちにしてくれるんだ。


 −続く−

125名無しさん:2010/11/01(月) 21:46:05 ID:???
毎日乙です!

126名無しさん:2010/11/01(月) 22:37:02 ID:s2Y2aias
そういえばⅡあたりに書いてある15になってすぐが高一の秋っておかしいですよね( ゚д゚)
そこは中三の春です。申し訳ない。

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅶ

 そんなわけでオレは女として学生生活を送ってるわけだが、やはり位置的にはどうしても普通の女子のようにはいかない。
 やっぱり15年間を女として生きてきたか男として生きてきたかはでかいな。
 男子の友達はもちろんいるわけで、そっちと仲が悪くなるわけでもないし、女子は女子でまた仲良くなれるし、中立国スイスみたいなもんか。
 ただ、オレと同じコトを普通の女がやってたらすげー反感買うんだろうな。
「で、どうよ、もうやったんか?」
「何の話だよ」
 なるべく昼飯は一日おきで男友達グループと女友達グループを行き来している。今日は野郎共と一緒だ。
「そりゃおまえ、女になってまずやることといったらアレしかないだろ?」
「あぁ、あれな、うん。おまえも女になればわかるよ。意外とな、勇気いるんだぞ」
「オレはもう童貞捨てちまったからなぁ。で、どうだったんだよ?」
「やってないって。やれねーって。まだ女の体になって一ヶ月も経ってないんだぞ」
 今一緒にいるのは、ワタルとコースケだ。ワタルはもう童貞捨てたと公言してるが、コースケからそういう話を聞かないので、もしかしたらいつか仲間入りするんじゃないかと危惧している。
「しっかしなぁ、女っけのないコースケならまだしも、ケイコと仲良いおまえがなぁ……」
 そう言って二人がケイコを見る。ケイコは今机の上に座って女子と話しているところだ。
「なんか不満だったんか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「もしや、女になる前から男が好きだったのか!?」
「死ぬか、おまえ一回死ぬか」
 ワタルはホントによく喋る。コースケはあまり喋らずにこにこしてることが多い。こいつ女子に人気無いわけじゃないと思うんだがなぁ。

「ってかそうだ、おまえやっぱ男好きになったのか?」
「そう、そこなんだよ。そこ悩んでんだよ」
 オレはパックのコーヒー牛乳を飲み干すと真面目な顔になって続けた。
「元々女が好きなのは、まぁオレんちで勝手にエロ本発掘した失礼極まりないおまえなら知ってると思うが」
「おぉ、おまえがM気質なのもよく知ってるぜ」
「殴っていいか、殴っていいよな?」
「まぁまぁ落ち着け。で、どうなんだよ?」
 こいついつか殴る。
「全然男好きになんないんだわこれが。普通に女の子大好き」
「おまえ……体育の時いっつも顔が赤いのはそのせいか」
「はっはっは、役得役得」
 喜んで良いのか、これ。
「女になってすぐ男好きになるわけじゃないんかねぇ?」
「知らん。周りにいないから聞きようがない」
「でもおまえ、そのまま女好きでも困るよな」
「え?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
 先日ケイコとお互いに思いを告げ合ったばかりなのだが、それはよろしくないのだろうか?

「だっておまえ、女として生きてくなら男好きなのが当たり前じゃんか」
「………」
 オレは、ケイコを好きでいちゃいけないのだろうか……


 翌日オレは女子がよくやってるのを真似て、昼食のときさりげなくサナエに紙切れを渡した。


「ミノルもだいぶ女子がわかってきたね〜こんな手紙のよこし方するなんて」
 放課後、屋上の扉前に来て欲しいと書いといたのだ。
「ちょっと相談したいことがあって」
「ほうほう」
 サナエはしゃべり方こそ軽いが、けっこう空気を読んでくれる。あまり大きな声で話さないオレの側に来てくれた。
「あれかな、ケイコのことかな?」
「え……なんでわかった?」
「ん〜、なんかケイコちょっと変だったし、ケイコと一緒にいるときのミノルも変だったから」
 こいつ、なかなかやりおる。
「君ら両思いなんでしょ? ずっと前から」
「う……たぶん。オレは好きだった、と思う」
「はっきりしないなぁ」
「なんか、恋愛に発展する前に友情が先だったからさぁ」
「ふぅむ。で、今はどうなの?」
「それなんだけど……」

 続きを言うのが少し怖かった。


 −続く−

127名無しさん:2010/11/02(火) 22:15:59 ID:???
続きwktk

128名無しさん:2010/11/02(火) 23:11:25 ID:bma9zcRk
いわゆるフラグってのを立ててみましたw
お決まりだろうとなんだろうとこの展開は外せない。

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅷ

「オレはさ、ケイコを好きでいちゃいけないのかなぁ?」
 うつむきながらそう言ったオレの言葉に、サナエはすぐ返事をしなかった。
「女になって、女として生きてかなきゃいけない以上、ケイコを好きでいるのもおかしいっていうか……ケイコにも悪い気がして……」
 そう、オレだけの問題じゃなく、ケイコまで巻き込んでしまうのだ。
「ミノルはさ、今もケイコのこと好きなの?」
 サナエの直球な質問にオレは少し戸惑ってから小さな声で呟いた。
「……好き」
「じゃぁ、別にいいじゃん」
「え?」
 オレの不安をよそに、サナエは何をそんなことで悩んでるんだかとでも言いたいかのようにそう言った。
「まぁ、当人じゃないから言えるのかもしれないけど、好きな人を好きでいちゃいけないなんて、その方がおかしいと思うんだ」
 それは……そうかもしれん。
「女同士で幸せになってる人なんて山ほどいるだろうし、実際女性化しても女の子好きで女の子と付き合ってる人もいるらしいじゃん?」
「え、そうなの?」
「二歳年上の先輩でそういう人はいたよ。今どうかはわからないけど」
「そうなのか……」
「ケイコも今のミノルを好きだってなら、別に問題ないと思うけど〜?」
 サナエが笑顔でそう言う。オレはそれに救われたような気がした。
「でも、きっとミノルはモテちゃうからねぇ、そこが心配といえば心配かな〜」
 そう言いながらサナエがオレの腰に手を回し、自分に向き直らせてあろうことかオレの顎に指をかけた。
「ちょ!」
「ミノルかわいいんだもん。ケイコには悪いけどあたしもミノルに手ぇだしたいな〜」
 今のオレはサナエと大して身長差がない。こんな風に抱き寄せられるとちょっとドキドキしてしまうのだが……何故だ。
「だ、だめ……」
「そ、その恥じらい方がまたかわいい……!」
「ていうかケイコはまだオレに手なんて出してない!」
「あら、オクテなのね二人とも」
 そう言うとサナエはオレを解放した。胸の動機がなかなかおさまらない……
「ま、そういうわけだからさ、無理に好きじゃなくなろうとか、そんなこと考えなくて良いと思うよ」
「わかった……」
 ついでだから聞いてみようか。
「あの、もいっこ聞きたいんだけど」
「ん〜?」
「今サナエに抱き寄せられてすごいドキドキしちゃったんだけど、なんで?」
 オレの言葉を聞くなり、サナエが殴られたかのようなリアクションをとった。
「あんたはぁぁぁぁ、あたしを誘ってるのかぁぁぁぁ!?」
「な、なんでそうなるんだよ!」
「そんなかわいいこと言われたらムラムラしちゃうでしょーが!」
「オレは女だぞ!」
「あんただって今女が好きって言ってたじゃんかぁ〜!」
 とまぁそんな感じで二つ目の質問は答えがもらえなかった。


 その日の夜、ケイコから電話があった。


「ねぇミノル、新しい名前って決まった?」
「あぁ、一応。親がもう手続きしてる」
「何て名前になるの?」
「あんまり変わらないようにって、『ミノリ』っていう名前になるらしい」
「らしいって、他人事みたいに言うねぇ」
「実感はない」
 その後少し他愛ない話を続けると、ケイコがどことなく言いづらそうにしながらこう言った。
「あの、さ、今週の土日ってなんか用事ある?」
「昼間にサナエが買い物に付き合えって言ってきてるくらいかなぁ」
「そっか。じゃぁ夜は空いてる?」
「うん」
「ウチにさ、泊まりに来ない?」
「え? 何故に?」
「いや、ちょっと土日親が実家に行くっていうからさ、日帰りは難しいからあたし一人だし、よかったらこないかなって……」
 ちょっと待て、何故オレの胸がどきどきしてくるんだ。
「え、えと、うん、いいよ。買い物の後行くのでいいのかな?」
「うん、待ってるね」


 電話を切ってから、オレはこの謎のときめきについて考えながら布団に入り、なかなか眠れずとても困ることになった。


 −続く−

129名無しさん:2010/11/03(水) 00:11:21 ID:???
百合フラグktkr


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