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('、`*川魔女の指先のようです
101
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:09:47 ID:ZLy5QeVs0
「収穫はあったか?」
錨で固定された高速艇から声をかけてきたのは、サングラスをかけたテーロス・シャープネス少佐だ。
半袖の軍服さえなければ、バカンスを満喫する筋肉質の健康的な中年男性そのものである。
口に咥えたマウスピースを取り外して首を横に振る。
「駄目です、沈没船のネジ一本も見つかりません」
テーロスは腕時計に目を向け、頷いた。
「少し休憩を挟んでから、場所を変えて探してみよう。
もう十一時だ」
「同感です。
恐らく海流で流された可能性もあります」
今一番欲しいのは、スペイサー・エメリッヒ伍長を死に至らしめたライフルが存在した証拠だった。
彼の防弾ベストは拳銃弾ならば防げるよう設計されており、ジュスティアが船内にあったとする武器ではそれは実現不可能な話だった。
それは彼らの言い分が正しい。
だが銃創の大きさを調べたところ、ライフル弾並の銃弾が使用されたことが分かっている。
つまり、その点に於いてはジュスティアの言い分は誤っている。
それも、致命的な過ちである。
犯人達が爆殺された際にライフルが砕けたのか、それとも海に投棄したのか、はたまたジュスティアがその存在を隠しているのか。
有力な証拠として見つけたいのが、実際に使用されたライフル本体だ。
いくら死体の銃創を発表したところで、凶器そのものが見つからなければ意味はない。
船に上がり、背負った装備を船尾に降ろす。
続けて浮上したアレッサンドロとチャックが金属を入れたネットを掲げ、海水を口から吐き出しながら首を横に振った。
「駄目です、めぼしい物は見つかりません」
「よし、休憩にしよう。
二人とも上がってこい」
二人に手を貸し、一気に引き上げる。
「当時の海流を計算して、もう一度探そう。
ニクス、やれるな?」
海軍として海図を読むのは地図を読むのと同じぐらい簡単な話だが、ニクスはそこから更に海流の動きなどを想像することに長けており、それを自分の武器として戦地で活かしてきた。
小型上陸艇で敵地に侵入する際には、その能力を生かし、エンジンを使うことなく海流に乗って陸づけすることを得意とした。
沈没当時から現在に至るまでの海流データさえあれば、十分もあれば残骸が流れた可能性のある範囲を調べなおすことが出来る。
「沈没した地点から計算してみます」
「頼んだぞ。
礼と言っちゃなんだが、コーヒーを淹れてある。
体を温めておけ」
102
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:11:54 ID:ZLy5QeVs0
三人は体が冷えることで引き起こされる運動能力と思考力の低下について、よく知っている。
夏の日差しを浴びているとは言え、海中で長時間運動をしていると体温が低下し、運動能力も下がってしまう。
特に恐ろしいのは体が動かなくなることだ。
冷たい海流に捕まりでもしたら、筋肉が力を失い、そのまま浮上することなくボンベ内の酸素を使い果たして死に至るだろう。
熟練のダイバーが溺死する原因の一つがそれだ。
操舵室に用意された適度な温度のコーヒーを啜りながら、ニクスは海図を睨み始めた。
細かく線の引かれた海図には海流が描かれていないが、その上に透明のフィルムを一枚被せると、赤いペンで書かれた海流の向きを示す矢印が海流の上に現れた。
今度は船が沈没した場所と砲撃した場所、その後の船の動きが緑色の矢印と書き込みで分かるようになった。
後はその強さ、そしてここ四日間の海流のデータが記入された紙を見ながら潮の流れを予想する。
事件現場の潮は東から西に向けて流れているが、入り組んだ海底ではその流れが変わってくる。
それを予想することが出来れば、沈んでしまった証拠品が今どのあたりに流れ着いているのか、大まかではあるが予想をすることが出来るという寸法だ。
海流をなぞるようにして指を海図の上で走らせ、その指がある一か所で止まる。
「北北西の辺りか……」
その指は、これまで彼らが捜していた場所から北北西に五〇〇メートルほど離れた場所で止まっていた。
今までは密漁船の動きばかり追ってきたが、ニクスが新たに注目したのは哨戒艇だった。
スペイサーの体を貫通した銃弾は未だに見つかっていないが、それが見つかればジュスティアが証拠隠滅を行ったと逆に糾弾することも出来る。
その一帯は深さも水深三〇メートルほどと深く、ジュスティアがまだ調査をしていない可能性は十分にあった。
しかし、今日までその近辺の調査を念入りに行わなかったのには理由がある。
密漁船の沈没地点はジュスティアの海域であり、つまりその一帯は、非常にデリケートな海域であるという事なのだ。
現在調査をしている場所も、境界を示すブイから一キロしか離れていない。
ジュスティア海軍の哨戒艇と鉢合わせにでもなれば、最悪の場合は戦闘にも発展しかねない。
だが、あえてその海域に行くだけの価値はある。
「少佐、この辺りを探してみませんか?」
「何かあるのか?」
氷の浮かんだアイスコーヒーを啜りながら、テーロスが海図を覗き込む。
「スペイサー伍長の体を貫通した銃弾がこの辺りに沈んでいるかもしれません」
「証拠物件A002か」
事件の重要証拠として挙げられているのが、スペイサーを殺めた銃弾の存在である。
これは現在も捜索中の証拠物件であり、後々のためにナンバリングされ、発見され次第正式にそれを証拠物件として登録する予定だった。
この証拠物件A002と証拠物件A001であるライフルさえ見つかれば、事件がこれ以上イルトリアとジュスティアの関係を悪化させずに済むだけでなく、戦争の勃発を防ぐことも出来る。
しかし、たった一発の銃弾を海の中から探すのは途方もない作業だ。
砂漠の上に落とした指輪を探すよりも困難だ。
それでもニクスがそれを提案したのには、ジュスティアに対する信頼からだった。
彼らは証拠を徹底的に捜索し回収しただろうが、それが自分達の街の人間にまつわる物だけだと考えると、この証拠物件A002がまだ彼らの手元にあるとは思えない。
彼らの徹底ぶりはよく知っているからだ。
回収されたり破壊されてしまった可能性のある証拠物件A001を探すよりも、確実に存在する有力な証拠を探した方が有意義だと思えたため、ニクスはこの証拠の捜索に賭けることにしたのである。
103
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:15:18 ID:ZLy5QeVs0
「砂に埋もれた可能性も含めて考えると、沈没船の財宝を探した方がよっぽどいいな」
「ですが、これしか手はないかと」
「なら、やるか」
即決したテーロスは覚悟を改めたかのようにアイスコーヒーを飲み干し、海図の横にそれを置いた。
船尾でコーヒーを飲む二人に合図を出し、抜錨する。
速度を上げ、間違ってもジュスティアの海域に入らないように慎重に舵を切りつつ、最短距離を急ぐ。
「……少佐、四時の方向に民間の船が」
船が目的地に近づいてきた時、双眼鏡を手にしたアレッサンドロが怪訝そうな声で報告をした。
ここはティンカーベルの海域であるため、民間の船舶がいたところでなんら不思議はないが、四時の方向――彼らから見て後方右手――となると、そこはティンカーベルの海域になる。
「シュノーケリングの装備を持っています」
「……沈没地点の付近でシュノーケリングは禁止にさせたと思ったが」
テーロスの発言に対し、アレッサンドロは首肯しながらも双眼鏡から目を離さなかった。
事件直後、イルトリアはティンカーベルの漁業組合と観光組合に対して沈没地点から半径一キロ圏内での仕事の一切を禁止するよう要請した。
迂闊に民間人が証拠を手にしてしまえば、その効力は勿論、下手をすれば証拠が消えてなくなる可能性すらあるからだ。
海面に浮かぶブイの位置と船の位置を見て、問題の船は間違いなくティンカーベル領にいることを確認した。
「どうしますか?」
「警告してどうこうなる連中ならいいんだが……どこの連中か分かるか?」
「環境保護団体のマークがあります」
「なら、どうこうなりそうだ」
舵を切り、テーロスは高速艇を民間船の正面に移動させた。
甲板には一人だけポロシャツ姿の男が座っていて、サングラスを下げてこちらを警戒するように睨んだ。
その目つきは少なくとも環境保護団体の人間がするには険しく、敵意に満ちていた。
服を下から押し上げる二の腕は丸太のように太く、単純な腕力にも自信があるためか、高速艇を見ても全く恐れた様子がない。
ふてぶてしい態度を取る男に対し、拡声器を持ち出したチャックが威圧的な声を発した。
「そこの民間船に告ぐ、この近辺は現在立ち入り禁止になっている。
今すぐダイバーを回収し、立ち退きなさい!」
下げていたサングラスを上げて目を隠し、男は大声で返答した。
「許可はもらってる、悪いが他所に行ってくれ!」
「そんな許可は下りていない!警告に従わない場合は、力ずくで排除する!」
104
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:16:44 ID:ZLy5QeVs0
「本当だ!嘘だと思うんなら――」
アレッサンドロの手の中にある拳銃が火を噴き、銃声が男の虚言を遮った。
船のすぐ横に水柱が立った。
一切の許可は出されていないのは分かっている。
そのような例外がない中で虚言を吐くという事は、彼らが何かやましいことをしている何よりの証だ。
ジュスティアが派遣した人間である可能性が高く、そうであれば、思わぬ幸運と不幸に遭遇したことになる。
相手が何人で、装備が何なのかも分からない中での戦闘は非常に危険だ。
こちらにあるのは備え付けのブローニングM2重機関銃と短機関銃が三丁だが、もしも相手に対戦車擲弾発射筒のRPG-7などがあれば、こちらが優位とは言い難くなる。
一触即発の空気を作り出したアレッサンドロだが、彼は顔色一つ変えず冷静そのものと言える顔をしていた。
例えこの場で戦闘が始まったとしても、銃爪を引くことに躊躇はしないだろう。
例えそれが戦争の銃爪になったとしても、だ。
幸いにして相手は今一人しかないため、制圧するには絶好のタイミングだと考えられる。
「今のは警告だが、もしもこのままこちらの指示に従わない場合は当てるぞ!」
だがしかし、その場に居合わせたイルトリア軍の全員が男の反応が異常なことに気付いていた。
当たらないにしても撃たれたはずなのに、男は動揺した気配を見せないのだ。
明らかに銃声に慣れた人間の反応だったのである。
不信感が高まり、男の正体に強い違和感を覚える。
「ニクス、俺は島の本部に連絡を入れる。
お前はM2を用意しておけ。
チャック、お前は海中を警戒しろ」
「了解」
ニクスは操舵室の上にある銃座に付き、M2重機関銃の棹桿を引いて狙いを船に定めた。
この重機関銃の威力ならば、小型船程度なら鉛弾の力だけで文字通り無残に引き裂くことも出来る。
当然、人間に当たればひとたまりもない。
チャックはH&KMP5短機関銃を持ち、海から上がってくるかもしれないダイバーに対して警戒する。
「分かったよ、分かったから撃たないでくれよ!」
男はしぶしぶ操舵室に戻り、エンジンをかけた。
船をティンカーベルの方に向きなおし、走らせる。
抵抗がないことを不審に思いつつも、二つの銃腔は船を追ってゆっくりと動く。
その様子を見ながらテーロスは無線で本部に呼びかけ、沖合で不審船と接触していることを伝えた。
一切の油断も許されない空気が漂い、銃把を握る手に、舵輪を握る手に汗が滲み始める。
船は次第に遠ざかり、島を目指してその姿を小さくしていった。
ようやく懸念点が一つ減ったところで、まだこの状態が終わるわけではなかった。
肝心のダイバーがまだ浮上してきていないのだ。
喫水線に穴を空けられると、ほとんどの船が沈んでしまう。
少量の火薬、微量の爆薬で十分なのである。
105
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:18:30 ID:ZLy5QeVs0
エンジンを切る事さえせず、テーロスはモニターに目を向けた。
超音波を利用して海底の形を知るための物だが、魚群を捉える事も出来るそれには、大きな影が二つ見えていた。
恐らくは人間だろうと予想したテーロスは船外にいる部下二人に命令を下す。
「チャック、アレッサンドロ、ダイバーがいないか見てこい。
抵抗するなら殺しても構わない」
その命令に従い、二人は潜水道具を準備して海中に飛び込んだ。
「少佐、本部は何と?」
銃座に付いたままのニクスは、偏光グラスをかけて出来る限り海中の様子を探ろうとしていた。
「船が島に付いたら捕まえて尋問するとさ」
仮にあの男がジュスティア軍人であれば、ティンカーベルに於ける捜査を止めるようにというイルトリアの警告を無視したことになる。
「嫌な展開ですね」
「だが逆に考えると、ジュスティアの連中がティンカーベルの海域を調べるってことは、何か見つけなければならない物が残ってるかも知れない。
いい傾向だ」
今さら彼らが何を探しているのかは分からないが、邪魔されるのは御免だった。
一発の銃弾が歴史を変えるという諺の通り、彼らは状況を逆転し得る可能性を持った銃弾を探しているのだ。
それさえ見つかれば、これ以上ジュスティアに我が物顔はさせずに済む。
少ししてチャックとアレッサンドロが海中から浮上し、首を横に振った。
「駄目です、水中スクーターを使われました。
途中まで追いましたが、島の方に行きました」
「用意のいい連中だ。
仕方ない、追跡は諦めて証拠物件A002を探してくれ」
エンジンを切り、錨を降ろして船を固定させ、調査を再開する。
その時、正午を告げる鐘の音がグルーバー島のグレート・ベルから鳴り響いた。
ガラスを打ち鳴らすように澄んだ音色は幻想的な響きを含み、ティンカーベルが鐘の音街と呼ばれている事を思い出させた。
その音に、顔を海面に出していた二人が島の方を振り向いた。
その時、チャックの頭がザクロのように爆ぜ、脳漿が海面に飛び散った。
あまりにも唐突すぎる光景に、三人の行動は経験値によって大きく分かれてしまった。
真横で味方の頭が爆ぜたことに呆けるアレッサンドロは、次に自分がそうなる事にも気づかぬまま、同じようにして絶命した。
彼の眼球が海に落ちる前に、ニクスは飛び降りるようにして船内に戻った。
テーロスは身を屈めてエンジンを始動し、緊急事態を告げるために無線機に手を伸ばしたが、風防ガラスと同時にそれが砕け散って火花を上げる。
マイクが無残に千切れ落ち、テーロスの目の前に落ちてきた。
超遠距離からの狙撃であると判断した二人は、伏せたまま操舵室から動けなかった。
「銃声は?!」
106
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:19:08 ID:ZLy5QeVs0
「聞こえませんでした!ですが、方角はティンカーベルの方からです!」
銃声さえ聞こえれば距離が分かるが、音は全く聞こえなかった。
砕けたガラス、そして二人の死に際から辛うじて銃弾の飛んできた方向は分かった。
不審船の消えた方向からの銃撃。
決してこの二つは無関係ではないだろう。
無線でこの事態を報告することも出来ないため、ニクスは手帳に克明に記入することにした。
万が一、この二人が死ぬことがあっても、この手帳が真実への道標となる。
ニクスの手帳に生暖かい血がかかったのは、彼がペンを取り出した正にその瞬間の事だった。
壁に空いた一つの穴。
その先にあるのは、否、あったのはテーロスの頭部だった。
そしてそれが、ニクスの見た最期の光景となった。
______________________∧,、___
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
グレート・ベルが鳴り響く三〇分前、イルトリアのティンカーベル駐屯基地には穏やかな空気が流れていたが、
緊張感が失われているというわけではなく、それぞれのやるべきことを理解した軍人らしい無駄のない動きが見せかけの平穏を作り出しているのである。
アサルトライフルの安全装置を解除した状態で肩から提げ、入り口の警備を行うのはヴェル・バーノフ二等兵とバスクール・ドランチェフ兵長の二名である。
二人は激しい内戦が続く地域での長期駐屯と戦闘経験があり、このような事態に直面しても動揺することはない。
同様に、近くを通りかかった人間や車輌にも注意を配り、僅かな変化や不審な動きに対して抜かりなく即応出来る体制が整っていた。
二人は特に市街戦での戦闘に長けており、万が一ティンカーベル市街で戦闘が発生したとしても作戦を遂行出来るだけの技量を備えている。
この二人がペアとして選抜されたのは、二人がかつて同じ作戦で同じ部隊にいたことを考慮しての事である。
戦場を共にした者同士の絆の強さは、窮地に立たされた際にその者達が生存する確率と部隊の生還率に大きく貢献し、延いては作戦そのものの成功率に関わってくる。
また、バスクールはスペイサーと同じ隊に所属していたことがあり、今回の増援に際して彼の無念を晴らしたい思いがあり、任務に対して並々ならぬ意欲が垣間見られた。
彼らが手にするH&KG36Kアサルトライフルはイルトリアが正式に採用している銃で、その精度、汎用性、操作性、耐久性は非常に優れたものとして知られている。
彼らのライフルには通常の弾倉よりも三倍の弾が装填されたドラムマガジンが装着されており、多数を相手にしても引けを取らないように備えていた。
守衛所と門の前で一時間ごとに交代しつつ、二人は定時連絡を欠かさずに行い、不審者情報も逐一報告した。
今の段階で不審車輌などは見当たらなかったが、警備場所の交代までの残り三時間で何かが起きないとも限らない。
油断した時にこそ最悪がやって来ることを二人は良く知っていた。
一方、基地内部の哨戒を担当するギリアン・クリスティ上等兵、メルヴィン・ライス兵長、トリスタン・フィリップス兵長、
そしてパーシ・カルディコット上等兵もまた、ライフルの安全装置を解除した状態で基地周辺に張り巡らされた金網と有刺鉄線の傍を歩きながら、不審な点がないかをくまなく確認していた。
基地を囲む金網は特殊合金で編み込まれているが、バーナーや油圧カッターを使えば簡単に切断することが出来てしまうため、信頼性は絶対ではない。
基地への侵入を試みる人間が知るとしたら間違いなく夜を狙ってくるだろうが、準備として昼間の内に下見に来る場合が非常に多い。
警備の手薄な個所の金網に目星をつけ、暗闇に紛れてそこから侵入されると、一気に基地全体の守備力が低下し、籠城することが困難となってしまう。
防ぐ手立てとして有効なのは、こまめな哨戒と侵入しにくい環境を作り出すことぐらいだが、人員が不足している現状ではどうしてもそれが難しくなってしまう。
二人一組で哨戒するべきであることは重々理解していたが、状況が状況であるだけに単独での行動が余儀なくされていた。
107
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:20:35 ID:ZLy5QeVs0
大量の銃火器はかまぼこ型の倉庫に兵站と共に厳重に保管され、戦車に攻め込まれても対処出来るだけの物が揃っている。
基地の要の警備と基地内部の哨戒も兼ね、一時間ごとに各施設の巡回を任されているのは最多の六人。
バーチェフ・ビルチェンコ二等兵、バリス・ブランドー一等兵、ノア・シモンズ二等兵、ドゥエイン・レンフィールド兵長、ジェイソン・ファリントン上等兵、そしてウィル・ゴドルフィン上等兵である。
この六人は全員がスペイサーと共に非常に危険な内戦鎮圧作戦に従事した経験者であり、その胆力と技術、
経験値からくる無駄のそぎ落とされた言動は機械仕掛けの兵隊を彷彿とさせるが、仲間の死によってその心には人間らしい荒々しい復讐心が芽生えて、瞳の奥には復讐に燃える炎が輝いていた。
各所からの定時連絡を集約するのは、レド・レプラス上等兵とバルト・ペドフスキー上等兵である。
ヘッドフォン越しに入ってくる状況を逐一紙に書き留め、それを上官であるペテロ・アンデルセン少佐に報告する。
そして何か気になる点があれば即座にそれを伝え、決して警備体制に綻びが生じないように助力していた。
そんな中、彼らの無線に大きな変化があったのは、午前十一時四七分のことだった。
『こちらテーロス。
環境保護団体のロゴの付いた船舶が沈没地点付近にいた。
許可をもらっていると言っていたが、こちらにその連絡は一切来ていない。
必要に応じて排除する許可をもらいたい』
無線に応じたのはバルトだった。
手元に来ている全ての情報を参照し、手短に指示を出す。
「こちらにもそのような報告は入っていません。
規則に従い、排除要請は承認されます」
『了解。
……どうやら港の方に逃げたみたいだ』
このような状況が起きた際、真っ先に行わなければならないのが不審船に対する尋問だ。
例えば彼らがジュスティアの息のかかった人間であれば、それを利用した外交に持ち込むことも出来るし、知らずに利用された哀れな民間人であったとしても利用価値はあるのだ。
「了解しました。
到着を確認したらすぐに拘束します」
そこで無線が切れ、ペテロは深い溜息を吐く代わりにマグカップに注いだフランシス・ベケットの淹れたコーヒーを飲み下した。
彼の淹れるコーヒーは絶品であり、指揮官の身分でありながらも、彼は少ない休憩時間を犠牲にして状況証拠などの整理をする基地の人間全員にコーヒーを手ずから振る舞ってくれた。
今しがた入ってきた厄介ごとを解決――船がどの港に寄るのかを調べる――するためには、今休憩している人員を割く以外に手段はない。
数少ない休憩時間を奪うのは忍びないと思うが、彼らも任務であることを理解し、すぐに行動してくれることだろう。
少なくとも、フランシスの淹れたコーヒーの影響がある限りは、嫌な顔一つしないはずである。
やがて、正午を告げるグレート・ベルの鐘の音が鳴り響く。
これがデイジー紛争の第二幕の始まり、即ち、イルトリア軍の壊滅という演目の幕開けであった。
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
ジュスティア、そしてイルトリア両軍の拮抗状態を崩したのは、ジュスティア軍に下された一つの命令だった。
それは瞬く間にティンカーベルに潜入していた軍人達に広まり、躊躇と呼ばれる感情が芽生えるよりも先に彼らに行動を促した。
後に歴史に刻まれることになる命令が下ったのは、午前十一時五〇分のこと。
108
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:21:31 ID:ZLy5QeVs0
遂にジュスティア軍の一人がこの事件に於ける決定的な目撃証拠を手に入れたことにより、作戦総指揮を担当する陸軍最高指揮官テックス・バックブラインド大将はイルトリア軍をティンカーベルから排除するため、派遣していた陸、海、海兵隊の各班に対し、基地の強襲を命じた。
人数では劣るが、連携力を駆使すれば必ずや打破出来ると見込んでの命令だった。
ただし、最初の指示にあった通り、イルトリア側からの発砲が確認されない限りは、決して交戦してはならないという条件が付けられた。
この命令に対し、各狙撃チームが考え出した作戦は周囲を狙撃兵で囲み、基地を哨戒している警備兵達を排除してから内部へと攻め入り、基地を制圧するという物だった。
正面切っての戦闘は数か質で圧倒していない限り成立しない愚行であり、現在その両方ともがイルトリアの方に軍配が上がっていた。
基地を北から見下ろすことの出来るビルの屋上に陣取ったのは、海軍のジョルジュ・ロングディスタンスとスクイッド・マリナーの狙撃チームだ。
位置は風下という最悪の場所だが、基地は海に面しているため、海上に陣取らない限りは風下からは逃げられない。
向かい風の中行う狙撃は非常に難しく、できれば風向きが変わるのを待つか場所を変わるべきだが、二人はそうした困難の中でも狙撃を敢行してきた。
観測手としての役割を担うスクイッドはレーザー測量機能のついたスコープを覗き込み、基地までの距離が約七〇〇メートルであることを確認した。
風の強さと向きの基準となる物は基地から全て撤去されていたが、哨戒する兵士の服の裾の動きから判断する。
ジョルジュは分解されたL96AWS‐Cライフルを組み立て、バレルを静音性重視の物から通常の物へと交換した。
「おそらく、歩哨は一〇名程度かと思われます」
スクイッドは短くジョルジュにそう伝え、無線機を使って陸軍の観測手へとその情報を発信した。
______________________∧,、___
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
海兵隊のチームが狙撃ポイントに到着する五分前に、陸軍のヒッキー・キンドルとツー・トップバリュの二名は西から基地を見下ろすことの出来る坂途中のホテルの一室を取り、ライフルの組み立てと観測を終えていた。
違うのは彼らが使用するライフルのバレルは静音性を重視した物で、基地の入り口までは道路を挟んで二〇〇メートルと非常に近く、ブラインドを下ろした窓から入り口にいる二人の兵士にその銃腔が向けられていた。
弾倉は外されているが、時間になり次第いつでも射撃を始める準備は出来ていた。
静音性が重視されているとはいっても銃声が鳴らないわけではないが、この距離で発砲しても撃たれた本人はその銃声に気付くことはないだろう。
鉄柵の正面に立つ男を殺すのは簡単だが、問題は防弾ガラスに囲まれた小さな守衛所にいる男だ。
防弾ガラスを撃ち抜くためには静音性を捨てなければならない。
外におびき出す方法を模索しながら、ヒッキーは周囲の状況を少しずつ把握しつつあった。
無線機から短いノイズの後にスクイッドの声が続く。
『こちらブラボースリー、アルファスリー聞こえるか?どうぞ』
(-_-)「こちらアルファスリー、聞こえている。
どうぞ」
『こちらが見た限り、哨戒している兵士は一〇名ほどだ。
そちらではどれだけ把握しているか?どうぞ』
(-_-)「少し前から観測している限りでは、同じく一〇名前後だと予想している。
どうぞ」
『了解した。
アウト』
そして、海上で命令を受けた海兵隊のチームは舵を漁港から軍港へと切り替え、時間に間に合うよう速度を上げた。
舵を握るのはチームの頭であるボルジョア・オーバーシーズで、その後ろで黙々と装備を整えるのはギコ・コメットとタカラ・ブルックリンだった。
危うく戦闘になるところを終えてすぐの命令に対して、三人は若干の疑問を抱いていた。
作戦の意図するところが見えず、その行動の目的が読めなかったのだ。
109
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:22:31 ID:ZLy5QeVs0
______________________∧,、___
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
果たしてその命令を最初に実行することになったのは、グレート・ベルがその美しい鐘の音を響かせたその瞬間、基地を包囲していた海軍と陸軍の狙撃チームだった。
それまで不規則に哨戒をしていたイルトリアの軍人達が唐突に銃を肩付けに構え、それを周囲に向け始めたのである。
明らかな戦闘態勢に、一気に緊張感が高まる。
彼らに何があったのか、それは分からない。
分からないが、それでも彼らが十分な脅威と成り得るというその可能性だけで十分だった。
スコープ越しにその光景を見ていた陸軍と海軍の狙撃手はすぐにライフルの安全装置を解除し、棹桿を引いて初弾を薬室内に送り込んだ。
十字線を兵士の体に合わせ、発砲を確認したらすぐに撃てるようにした。
ジュスティアの動きに気付いての行動だとしたら、いつ戦闘が始まってもおかしくはない。
相手にはこちらの姿が見えていないが、こちらは見えている。
つまり、開戦した際に有利なのはこちらだ。
がむしゃらに撃って当たるほど、この世界の物理法則は都合よくできていない。
加えて、イルトリアが好戦的な性格をしているとはいっても、戦場に於ける最初の一発が持つ意味の重さを知らないわけではないだろう。
だがしかし、あらゆる予想を裏切ってスコープの向こうで守衛所の中にいた男が口から血を撒き散らして倒れたのを見たヒッキーは、我が目を疑った。
包囲する誰かが撃ったのだとしたら、発砲があったか発砲許可が下りたということだ。
発砲音は鐘の音に紛れて誰の耳にも届いていないが、確かにイルトリア軍の人間が一人、防弾ガラスに血の跡を残して倒れたのを見れば、誰であれ友軍からの発砲があったのは間違いない。
与えられた命令の順序として、こちらが発砲するのは撃たれた時だけであり、こちら側が発砲したという事は、イルトリアが発砲したという事に他ならない。
恐らくは海軍のジョルジュが弾種を徹甲弾に切り替え、防弾ガラスの問題を突破したのだろう。
遅れを取るまいとヒッキーはもう一人の兵士に狙いを合わせ、銃爪を引いた。
押さえられた銃声は鐘の音のおかげで、ホテルの宿泊客の耳に届くこともなく、味方の唐突な死に驚く男を襲う。
見えない拳に殴られたかのように兵士が背中から鉄柵に激突したが、防弾着を貫通できなかったのか血が流れない。
薬室から空になった薬莢を廃莢し、第二射を男の太腿に合わせて撃った。
肉が爆ぜ、赤黒い血が男の足から流れ出ていく。
これで失血死は免れられないはずだ。
力なく倒れる男から照準を外し、次なる標的を探る。
観測手のツーは冷静に、かつ淡々とした口調で次の標的を見つけ出し、指示を出す。
(*゚∀゚)「二時の方向、距離約六〇〇メートル先の建物の影に一人います。
ヘッドショットは可能ですか?」
仮にもヒッキーは〝オールレンジ(全距離)・ヒッキー〟の渾名で呼ばれる狙撃手であり、狩場のような安定した場所からの狙撃はむしろ相手にとって気の毒なほどに彼の狙撃精度を高め、例えスコープの中に浮かぶ像が蟻の頭ほどの大きさしかなくても、十分すぎるほどだ。
(-_-)「いけるさ」
そして、ヒッキーは銃爪を引く。
やや時間を置いて、その像が倒れた。
(*゚∀゚)「流石です、曹長」
______________________∧,、___
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
110
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:23:06 ID:ZLy5QeVs0
ヒッキーから離れた場所に陣取る海軍所属のジョルジュもまた、その光景を見て戦闘が知らぬ間に始まっていることに気付いた。
確認していた兵士が慌てて動く様子を見て、観測手のスクイッドが指示を出す。
「四時の方向に向けて風が流れています。
防弾着を抜くのは難しそうなため、足を狙えますか?」
_
( ゚∀゚)「ばっちりだ」
単独で哨戒をしていた男の脹脛を吹き飛ばす。
風の影響で若干弾が右にそれてしまい、致命傷には成り得なかった。
男の手にあるライフルの銃腔が閃光を放つが、この距離で弾が当たらないことを知っているジョルジュは瞬きひとつせずに棹桿操作を済ませ、第二射を男の額に命中させた。
ロックンロールミュージックの始祖とも言える〝ジョルジュ・ビー・グッド(凄腕のジョルジュ)〟という歌にもじって呼ばれる彼の渾名は伊達ではなく、
狙撃はロングディスタンス家の言わばお家芸、伝統的に引き継がれてきた才能であった。
それを証明するかのように第三射が新たな兵士の喉を撃ち抜き、冥府へと落としていく。
廃莢がスムーズに行われ、陸、海の二人の狙撃手はその腕前を競うかのようにして次々と銃弾を敵兵へと浴びせ、死体の数を増やしていく。
電撃戦は速度が何よりも重要であり、その速度が増せば増す程作戦の効果は上がっていく。
今や形勢は完全にこちらが有利であり、相手はこちらの位置さえ把握することが出来ていない。
この混乱の中、どれだけ成果を出せるかは各人の腕次第である。
反撃など、決して許しはしない。
それまで銃声を隠してきたグレート・ベルの鐘の音が鳴り終わっても、その銃撃は止むことはなかった。
時代に刻まれる戦争の戦端は切って落とされ、後は猛火が野を焼き払うのと同じように、ただその本質を発揮するだけである。
銃声が街に届くようになり、それに怯えた人々が悲鳴を上げて近くの建物へと逃げ込んでいき、
それまで穏やかだった島が途端に恐怖におびえ竦んだ空気に支配されるが、銃声はほどなくして止んでしまう。
それは悲鳴に臆して銃爪を引くことを躊躇ったのではなく、狙撃手達がこれ以上弾を当てる標的がいなくなったことを意味し、
同時に、その一連の射殺劇が鐘の鳴り響いた一分ほどの出来事だったことを意味していた。
狙撃出来たのは最終的に確認しただけで一一人となった。
それが基地を哨戒していた人間全員であることは、観測手達の報告から分かっており、つまり、残りは基地の中にいる人間だけという事になる。
つまり、作戦はいよいよ制圧へと移行するわけだ。
すでに二人の偵察係が基地に向かっており、潜入が可能な状態となったのかどうかを聞き次第、陸軍の狙撃チームがその増援に回り、海軍が狙撃による援護を行うことになっている。
海上からこちらに向かっている海兵隊のチームも陸軍と合流し、基地の制圧を行う。
十一人のイルトリア人の屍を積み上げたことは彼らの戦闘意欲を掻き立て、恐怖を忘れさせていた。
______________________∧,、___
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
基地入口が完全に無力化したことを建物の影から双眼鏡で確認したパレンティ・シーカーヘッドは、隣でデイパックの中に隠していたライフルを組み立てるハインリッヒ・サブミットに視線を向け、頷いた。
彼らに配給されたライフルは銃身を切り詰め、より小型化したM4カービンライフルである。
当然、嵩張る高倍率のスコープは付いておらず、近距離でその真価を発揮するホロサイトが付いているだけだ。
それでも、これからの作戦内容を考えればこれで十分とも言える。
基地の中に入れば遠距離よりもむしろ近距離での戦闘が予想されるため、あまり倍率が高いと支障が出てしまうことから、この倍率のホロサイトが最も戦闘向きであると彼らは考えていた。
ただし、ハインリッヒには〝マスターキー〟が与えられていた。
「ハインリッヒ、準備は出来ているな?」
111
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:24:17 ID:ZLy5QeVs0
从 ゚∀从「はい、少尉」
ライフルを手渡されたパレンティは棹桿操作を行い、初弾を薬室に送り込んだ。
すでに基地周辺の民間人は建物の中に避難しているため彼らが見咎められることはそうないが、黒い目出し帽を深く被り、素顔を隠す。
仮面は正体を隠すだけでなく、人間の持つ善意すらも隠す力がある。
相手にこちらの素顔が分からないことにより、良心に苛まれることなく容赦のない攻撃が出来る。
そのため、多くの特殊部隊は正体の秘匿と良心の呵責を捨てさせるため、面を被るのである。
互いに死角を補い合いながら、基地の入り口へと進み、倒れている兵士の呼吸を確認する。
一人は失血によるショック死状態にあり、もう一人は頭部を失った状態で守衛所の机の上に突っ伏していた。
鉄柵の間に倒れる瀕死の男にせめてもの慈悲として、ハインリッヒは彼の頭部に一発の銃弾を贈呈してやった。
彼はもう二度と苦しむことはなくなり、ある種の安堵の顔を浮かべていた。
パレンティは頭の無い死体を押し退け、入り口を固く閉ざす鉄柵を開くスイッチを押した。
難攻不落と彼らが考えていたイルトリア軍基地の扉が開き、これまでに感じたことの無い達成感と征服感に、二人は息をのんだ。
こんな日が来ようとは夢にも思っていなかった。
イルトリアと言えば軍人として徹底的に鍛え上げられ、その戦闘能力は明らかに常人を逸した物であり、ジュスティアにとっては永遠のライバルとも呼べる存在だ。
その彼らが今や、この少数精鋭の狙撃チームに圧倒されている。
それが証拠に、情けの一発を見舞ってやれるだけの余裕まである。
悲願とも言える打倒イルトリアは、今日から始まるのだ。
扉の向こうの閑散とした基地内には二つのかまぼこ型の建物があり、その内の一つは海沿いに位置しており、明らかに乾ドックの役割を担っている。
だがセオリー通りに行けば、最も目立つ三階建ての兵舎に高位の兵士がいるはずだ。
「こちらアルファワン、アルファチームの現在地はどうなっている?どうぞ」
少しの空電の後、返答があった。
(-_-)『こちらアルファスリー、後一分もあれば到着出来る。
ホテルからの退却に手間取っている。
どうぞ』
「了解、アルファスリー。
敵の司令部を叩くため、守衛所で合流しよう。
どうぞ」
(-_-)『了解、アルファワン。
アウト』
守衛所の扉を開け、血の匂いのする空間で合流するのを待つことにした。
死体からは血だけでなく、糞尿の匂いが漂い始めている。
悪臭を我慢すればこの空間は防弾ガラスに覆われた安全な空間であり、無駄な危険を冒さずに済むことの出来る素晴らしい場所なのだ。
そして五分ほど経過した頃、ようやく陸軍の狙撃チームのヒッキーとツーがやってきた。
「問題はなかったか?」
(-_-)「ホテルの宿泊客が銃声に気付きましたが、どうにか誤魔化しておきました」
112
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:25:28 ID:ZLy5QeVs0
ヒッキーの報告にパレンティは満足げに頷き、それから作戦を伝えた。
「兵舎、それから隣にあるかまぼこ型倉庫、そして乾ドックの順にクリアリングを行う。
ツー、海軍の奴らにもそう伝えておいてくれ」
(*゚∀゚)「了解です」
無線連絡を終え、四人は改めて武器の具合を点検し、不具合がないことを確認した。
イルトリア人を前に銃が不具合を起こそうものなら、たちどころに蜂の巣にされるだろう。
決して何一つとして、こちらが失態を晒すわけにはいかないのだ。
四人がそれぞれの死角を埋めながら、基地内に足を踏み入れる。
『こちらブラボースリー、アルファワンを確認した。
周囲に敵影はない。
接近している兵舎にも動きはない』
これで確実に遠方からの援護の手が届く事となった。
三階建ての兵舎からこちらを狙撃しようとすれば、逆にこちらの狙撃手がそれを仕留めてくれる。
高度の優位性は言うまでもないが、優位に立つ人間の心理を更に逆手に取る援護狙撃こそ正に、神の見えざる手とも言える最高の援護だ。
兵舎の入り口と思わしき扉の前に到着し、鍵がかかっていることが分かると、解錠を任されたのはハインリッヒだった。
ライフルの銃身下に付けられた短身のショットガンはあらゆるドアを開けることからマスターキーの名で呼ばれ、このような状況に於いて重宝する魔法の鍵だった。
蝶番を狙い、一気にドアをその付け根から破壊する。
流石に軍事施設なだけあり、ハインリッヒは所持していたブリーチング弾をほとんど使ってしまった。
扉の両脇に三人が立ち、ハインリッヒは助走をつけて扉を蹴り壊した。
そこで生じた隙を三人が援護する。
跫音を押さえて各部屋をクリアリングし、慎重に敵兵の姿を探す。
もしも見つけた場合、相手に戦意があろうと無かろうと射殺しなければならない。
今は捕虜を取っているだけの余裕もないし、イルトリア人は諦めが悪いため、捕虜になるぐらいなら戦って死ぬのを選ぶだろうし、傷つけないようにして捕えられる自信がなかった。
先頭を歩くツーは拳銃――ベレッタM92F――に持ち替え、近距離戦闘に備えていた。
ベレッタは非常に優秀な拳銃であり、その構造もそこまで複雑ではないために整備が容易な上、
世界中で広く使われているために替えの部品を簡単に手に入れられるという大きな利点もあることから、ジュスティア軍ではこれを正式採用拳銃としている。
装弾数は一五発と多く、撃ち合いになった際にはそれが窮地を救う事もある。
唯一欠点を挙げるとしたら威力に欠ける九ミリ弾を使用している点ぐらいだが、そもそも拳銃を主として戦闘を行うような場面はまず発生し得ないため、問題はあまりない。
一階の探索が終わるが、ただの一度も敵兵と遭遇することはなかった。
となると、残った二階と三階に分散している可能性もゼロとは言い難い。
例え優位だとしても、ジュスティア軍の中に慢心する者は一人もいなかった。
彼らは慢心が死を招く最高の招待状であることを理解しており、ましてやイルトリア軍に慢心するような自信家もいなかった。
イルトリア軍は紛れもなく世界最高の軍隊の一つであり、ジュスティアは彼らの力を甘く見積もるほど愚かではない。
形勢が不利だと判断したのであれば、イルトリアは撤退戦、もしくは防衛戦を強いられる。
そうなれば、どれだけ安全かつ長期間に渡って立て籠もることが出来るかがポイントになってくる。
113
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:26:10 ID:ZLy5QeVs0
続けて階段を上って二階の探索も行われたが、結果は同じだった。
これは明らかに不自然であると判断したパレンティは三階に行く前にツーに鏡を使い、上の様子を見るように指示した。
小さな正方形の鏡を棒切れに取り付け、階段の踊り場からそっと出して様子を窺う。
角度を変えながら伏兵がいない事を確認し、ツーは後続の人間に問題がないことを伝え、三階に上がり始めた。
少し距離を空けて三人も続く。
何事もなくツーが三階の床に足をつけようとした、正にその時である。
(* ∀ )「ぎっ」
湿った肉を地面に叩き付けた様な不快な音と共に、ツーが仰向けに階段から転げ落ちた。
銃声というよりかは重い砂袋を鉄で殴った物に近い音が聞こえ、それが銃声であると理解するのにそう時間は必要なかった。
「接敵(コンタクト)!!」
パレンティの声に、残る二人がライフルの銃腔を階段の上に向け、追撃に備える。
その間にパレンティがツーの体を引きずり、下の階まで運んだ。
ツーの喉に大きな穴が空き、そこから大量に赤黒い血が流れ出てしまっている。
手遅れなのは一目見て分かった。
やはりイルトリア軍はこちらが来ることを予期し、備えていたのだ。
味方を殺されたことは業腹ではあるが、パレンティは流石のイルトリアであると感心する気持ちを押さえられなかった。
この中で最もイルトリアと戦ってきた経験のある彼は、だからこそ、彼らを正当に評価していた。
ここからがようやく、本当の戦闘なのである。
「二人とも下がれ!」
相手の正確な数が分からない中、二人で相手をさせるのは自殺行為と言う他ない。
その指示に従い、二人が階段を降りてくるが、その間に放たれた銃弾は一発もなかった。
相手は攻められていると言う状況下に於いても冷静に無駄弾を撃つことなく、正確無比な射撃でこちらを翻弄してきた。
「やっぱりイルトリアか……」
三階に陣取られているとなると、やはり厄介だ。
下方から上方を攻める場合、不利な立場を強いられることになる。
相手はこちらの動きを上から眺められる上に、絶対的な死角を持つことになるため、攻める際には必勝の策略が必要だ。
「ヒッキー、どうにか出来ないか?」
(;-_-)「あの位置からでは流石に狙えません。
頭を出した瞬間にこっちが撃たれかねません」
あと一歩という所でイルトリアに追いつけないことの悔しさと、部下が殺されたことに対する怒りが彼の心に大きな傷をつけた。
やはりイルトリアは一筋縄ではいかないということだ。
サプレッサーで押さえつけられた銃声はライフル程の物だろう。
ならば、連射が可能であり、突撃を敢行したところで待っているのは死だけだ。
悪態を吐きながら、パレンティは自分の無線機を使って狙撃チームに連絡をした。
「ブラボースリー、聞こえるか?」
114
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:26:46 ID:ZLy5QeVs0
『こちらブラボースリー、聞こえています。
どうぞ』
「ツーが死亡した。
兵舎の三階に陣取られてこれ以上進めない。
援護出来るか?どうぞ」
『ガラスは防弾ですか?どうぞ』
「おそらくそうだろう。
徹甲弾で対応してみてくれ。
どうぞ」
『徹甲弾は無いので対応できないです。
どうぞ』
「何? だが、守衛所のガラスを撃ち抜けたならいけるはずだぞ。
どうぞ」
『いえ、こちらは守衛所を撃っていません。
角度的にも狙えなかったので陸軍がやったと思いますが。
どうぞ』
「確認してみる。
オーバー」
無線機をいつでも使えるようにした状態で、隣でライフルを抱える狙撃手に声をかけた。
「ヒッキー、守衛所はお前が墜としたのか?」
(-_-)「いいえ、海軍ではないのですか?」
「……何だと?」
この場面でパレンティはイルトリアの戦闘能力の高さではなく、味方のしでかしてしまった可能性を考え、背筋が凍る思いがした。
狙撃チームは全部で三つあり、その内の一つは海上にいる。
つまり陸軍と海軍の狙撃チームだけが基地を狙っていたのであり、その両方ともが発砲していないと言っている。
有り得ない事態だった。
ジュスティア軍が別の狙撃チームを派遣した可能性も否定はできないが、そうだとしたら連絡の一つがあって然るべきだ。
恐ろしいのはその連絡がないことではなく、状況を考えると最初に戦闘行為を行ったのはジュスティア側であり、事実上の先制攻撃にして宣戦布告だった。
最も避けなければならない事態を招いてしまった可能性を考えると、これは処罰どころの騒ぎでは済まされない。
ジュスティアとイルトリアの全面戦争のきっかけを作ってしまったのかもしれないのだ。
戦犯として永遠に記録され、記憶される。
これが世間に知れ渡ることはジュスティアにとって非常に都合の悪い話で、これまで世界の範として正義を口にしてきた街が、宣戦布告もせずにいきなり他の街で戦争行為を始めるという愚劣な行為に手を染めてしまったのだ。
決して知られてはならない事を理解したパレンティは無線機をしまい、これ以上情報が広がるのを食い止めることに努めるしかなかった。
「この件は後で話すとしよう。
ハインリッヒ、俺とヒッキーがここで連中の動きを見ている間に倉庫から使えそうな武器を持ってこい」
115
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:29:02 ID:ZLy5QeVs0
从;゚∀从「了解」
短く返答し、ハインリッヒは階段を降りて兵舎を出て行った。
残った二人は一先ず階段から離れ、近くのロッカールーム――おそらくは更衣室――に移動し、扉に鍵をかけた。
「ヒッキー、仔細漏らさずに思い出してくれ。
お前はイルトリアが発砲するのを目視したのか?」
(;-_-)「いえ、違います。
確認したのはイルトリア兵が射殺されたのを見て、友軍が発砲を確認して応戦したのだと思って私もそれに続いて……」
「つまりそれまでに発砲は確認できなかったんだな?」
(;-_-)「えぇ、はい、そうです」
「海軍はあの守衛所を狙えない位置にいて、尚且つ徹甲弾を持っていないと言っているんだ。
これがどういう事か分かるか?」
(;-_-)「なら、我々は誰が撃ち始めたのか分からない中で相手を殺したってことに……」
ようやく事態の深刻さと要点が理解出来たのか、ヒッキーの顔から血の気が引いていく。
引いた銃爪は弾丸のみならず、最悪の場合は世界を巻き込む戦争のそれでもあったのだ。
「それどころじゃない。
俺達はパンドラの箱が勝手に開くのを待っていればよかったのに、あろうことかそれを開いてしまったんだよ!これが世間に知られれば全面戦争になる。
いいか、これは絶対に知られてはならないことなんだ。
そのためには全員が口裏を合わせ、最初に防弾ガラスをぶち抜いたどこかの馬鹿を見つけ出さなければならない。
その前にはまず目撃者のイルトリア軍を全員、一人残らず叩き潰さなくちゃならない。
絶対に奴らを全員殺すんだ。
いいな、しくじれば打撃を受けるのは俺達じゃなくてジュスティアなんだ」
あまりの剣幕に気圧されたのか、ヒッキーは何度も頷いて理解を示した。
一人たりとも逃してはならない。
ジュスティアの失態を、世界に知られるわけにはいかない。
彼ら自身の世界を守るためにも、それは絶対に果たさなければならない一つの任務なのだ。
例え味方を何人失おうが、この秘密を守ることが出来ればそれでいい。
結果的にはジュスティアを救うことになり、延いては世界の正義を守る事にもつながるのだ。
从 ゚∀从『こちらブラボーワン、聞こえますか?どうぞ』
ハインリッヒの声が無線機から聞こえ、二人は体を強張らせた。
「こちらアルファワン、聞こえている。
どうぞ」
从 ゚∀从『RPG-7がありました。
これで屋外から奴らを撃ちます。
どうぞ』
116
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:29:54 ID:ZLy5QeVs0
もともとは対戦車用の武器として開発されたその武器は、戦車の装甲を撃ち抜く目的で設計されているため、建物の壁を吹き飛ばすのに向いているだけでなく、弾頭を交換して使うことから連続して発射することが出来る。
「でかした。
階の四方に穴を空けてやればブラボーが狙撃出来る。
どうぞ」
从 ゚∀从『了解です。
これより攻撃を開始します。
オーバー』
ハインリッヒの手柄に、未来が輝かしく見えてきた。
取り急ぎ消さなければならないのがイルトリア軍の人間であり、証言者を消すことが出来ればこの頭痛の種は霧散してくれる。
一刻も早く人を殺したいと思ったのはこれが初めての事だった。
そして、爆発音と衝撃が上階からロッカールームを揺らした。
三〇秒後、二度目の爆発音が天井の埃を落とした。
「よし、行くぞ」
腰を上げたその時、空電を挟んで無線機からボルジョア・オーバーシーズの声が響いた。
( ・3・)『こちらチャーリーワン、たった今基地に到着した。
派手な花火が見えるが、これは友軍の物か?どうぞ』
「こちらアルファワン、待っていました。
兵舎に立てこもっている奴らを炙り出すためのプレゼントです。
どうぞ」
( ・3・)『了解したアルファワン。
こちらもこれからその作戦に参加する。
オーバー』
だが待ってはいられない。
奇襲はその始まりにこそ価値があるのだ。
事態の深刻さを共有した二人はロッカールームを出て階段を駆け上り、鏡を使って様子を窺いながら素早く壁の影に隠れることに成功した。
濛々と立ち上る爆煙を壁に空いた穴から注ぎ込む陽光が照らす中、二人は一気にクリアリングを行う。
どうやらここは通信室の様で、無残に壊れた無線機の類がいくつか床に転がり落ちていた。
三発目の弾頭が再び建物を揺らした。
一向に応戦する様子がないことに不信感を覚えながらも、物陰に潜んでいる可能性を考慮し、銃を短く構えて足を少しずつ動かす。
明滅を繰り返す蛍光灯は濃霧のように立ち込める煙の中に転がる物を照らすことは出来ず、気休めほどの助けにもなっていない。
ふと、パレンティの足が柔らかい何かを踏みつけた。
屈んでそれを見てみると、千切れた人の腕だった。
そして最後の爆発と爆炎が、一瞬だけではあるがその空間に広がる地獄絵図を浮かび上がらせた。
117
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:30:57 ID:ZLy5QeVs0
死は身近な物で、死体はその象徴とも言える物だ。
戦場にいれば様々な死体を見ることがある。
ナイフで喉を掻っ切られた死体や、銃殺された死体、水死体や腐乱死体などだ。
だが、人としての原形を保っていない死体に対しては、いくら見ても見慣れるものではない。
それは人間と言うよりかは、人間と呼ばれていた肉の塊と言い換えた方が最も適している姿だ。
今まさにパレンティが見た光景は、精肉工場を彷彿とさせる一面の肉塊だった。
先ほどまで殺したいと考えていた気持ちが一気に萎え、その無残な姿に同情すら覚えた。
一体何人分の肉が転がっていたのだろうか、正確な数を数えるには時間が足りず、そしてあまりにも細かくなりすぎていた。
吐き気を押さえつつ、クリアリングを終わらせた。
その間に足の下に感じた肉や油の感触は数知れず、震える手で無線機を取り出し、ハインリッヒに繋ぐ。
焼け焦げた肉の匂いと血の匂いが、彼の肺を満たした。
「こちらアルファワンより各位へ。
兵舎は落ちた。
繰り返す、兵舎は落ちた。
どうぞ」
( ・3・)『こちらチャーリーワン。
了解。
アルファワン、ご苦労だったな。
オーバー』
『こちらブラボーワン。
了解しました。
オーバー』
達成感はなく、虚しさがパレンティの胸を襲った。
確かに彼らを殺すつもりでここに来た。
だが、肉片にするために来たのではない。
RPG-7の威力を考えても、ここまで木っ端微塵になるものだろうか。
直撃したのならばまだしも、一度は分厚い壁によって阻まれた爆発だ。
自分が爆風に巻き込まれて負傷していないことと、砕けた壁の残骸の量を見れば、疑問に思うのも当然である。
無残な光景を目にしたためかそれ以上思考がまともに働かず、酷い頭痛に襲われた。
次第に晴れていく爆煙の向こうに浮かぶ埃の付いた肉片は、彼が一瞬だけ見た物以上の代物だった。
まるで至近距離で爆発したような有様で、転がる頭部の断片とどこの部位かもわからない肉片を集めて体を作り上げればその正確な数が分かるだろうが、今はそれをする気持ちにはならなかった。
口元を押さえながら階段を降り、残りの作業をヒッキーに任せた。
海兵隊の一行と階段の途中ですれ違いになったが、声をかける気力さえ湧かなかった。
潮の香りを孕んだ風を肺の中いっぱいに吸い込み、脳に酸素を送り込む。
少しでも本来の気分を取り戻そうと深い深呼吸を何度も繰り返し、落ち着きなく兵舎の周囲を歩きまわる。
RPG-7の発射筒を肩に担いだハインリッヒが心配そうな目でこちらを見、恐る恐ると言った様子で声をかけてきた。
从;゚∀从「何かあったのですか?」
「……しばらく肉料理は食えなさそうだ」
118
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:32:29 ID:ZLy5QeVs0
从;゚∀从「そこまで酷い有様だったんですか?」
「あぁ、酷いなんてものじゃない。
ここ最近で一番糞ったれな死体だったよ」
ハインリッヒは少し申し訳なさそうな表情を浮かべたが、それは決して死んだイルトリア軍人に向けての物ではない。
だが、ややあってハインリッヒは疑問の色をその目に浮かべ、パレンティを見た。
从;゚∀从「私は下方から撃ちました、角度で言えば四五度ほどですから、爆風は上に抜けるはずですが」
「確かにそうか……だがそれが――」
そこまで言いかけて慌てて口を紡いだが、彼の中で疑問が膨れ上がり、それは確信的なまでの疑念へと成長した。
だがそれはあまりにも馬鹿げた疑念であり、そんなことを誰かに話したところで信じてもらえるような物ではない。
第三者が意図的にこの事件を戦争へと昇華させようとしているなど、あまりにも荒唐無稽な妄想なのだ。
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八月八日午後一時二七分。
イルトリア駐屯基地はジュスティア軍によって制圧された。
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噂は手紙よりも速く、そして無尽蔵に広がり続けるものだ。
たった一人の目撃者がそれを三人に話すと、その三人が今度は五人に話し、一五人になり、その一五人が一〇人に話し、という具合に知れ渡ってしまう。
それが衝撃的な話で尚且つ人の興味を引くネタであれば、その広がり方は爆発的と言う表現を使うのが適切になってくる。
今回、イルトリア駐屯基地がジュスティア軍の奇襲により陥落し、基地にいた兵士全員が死亡したことは爆発的な速さで島中に知れ渡る事となった。
噂の速さには劣るが、イルトリアがいなくなったティンカーベルに派遣されたジュスティア軍が基地を我がものとする速さは、獲物を追う肉食獣を彷彿とさせた。
派遣されたのは陸、海、海兵隊から選ばれた人間で構成された一五〇人規模の中隊で、基地の掌握に要した時間は到着から僅かに一時間の事だった。
本当なら更に短縮化が出来たのだが、現場で指揮を執る陸軍大将テックス・バックブラインドが最初に出した指示が、三〇分で完了する作業を一時間にまで伸ばしたのである。
その指示とは、殺したイルトリア軍人の遺体回収だった。
射殺体は容易に回収が出来たが、最後に肉片になった死体の回収に手間取ってしまったのだ。
それでも回収を終えた肉片は頭部とそれ以外に分けられ、正確な殺害数を割り出すことに成功した。
海上を漂っていた船からも回収した死体を合わせて、最終的に出された数は死者二四人。
対してジュスティア側の被害は一名と圧倒的に少なく、これまで拮抗していると思われた両者の戦闘能力に対しての認識が変わり始めようとしていた。
圧倒的な戦果にも関わらず、ジュスティアは決して傲慢な態度を取るわけでもなく、両軍の死者に対して深い追悼の意を表するという、実にジュスティアらしい対応をした。
出来れば死者を出したくなかったというジュスティア陸軍大将の言葉は、ジュスティア人ならではの考え方を代弁しており、戦闘行為に対して島から非難の声が出ることはあまりなかった。
イルトリア人の死体は全て死体袋に詰められ、島の死体安置所に運ばれ、後は火葬待ちの順番を待つばかりだった。
こうしてたった一時間半ほどの戦闘によって島に駐屯する軍隊が変わる事となり、翌日にはジュスティア軍の船が沖合のパトロールに出て行くことが決定された。
全てが異例の速度で進められる中、英雄と称えられる八名は兵舎の一階にある休憩室に鍵をかけて話し合いを行っていた。
(;・3・)「どうなってるんだ、本当に……」
119
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:34:28 ID:ZLy5QeVs0
頭を抱えて苦悩に満ちた声を吐き出したのは海兵隊のボルジョアだ。
三杯目のコーヒーを飲み下し、同意を求めるようにして周囲に目を向ける。
(;・3・)「確かに命令はあった、あったのに……」
親指の爪を噛んでパニックに陥りかけているのはハインリッヒだった。
从;゚∀从「そんな命令を下した記録がないってどういうことなの……」
世間に知られている戦闘記録と実際のそれが違う事を知ったのは、全てが終わった後の事だった。
テックスは彼らに証言や証拠があったという事も、基地を包囲するような命令を下した記録もなく、
彼らが共通して認識していた唯一絶対の命令が存在しなかったというのだから、安心などしていられるわけがない。
それだけでなく、海兵隊が遭遇した軍人達も狙撃され、死亡したと判明した時には、背筋が凍る思いがした。
誰も彼らを撃っていないのだ。
撃っていないのに人が射殺されることはない。
つまり、彼らの知らない誰かが撃ったのだとしか言えない。
パレンティの危惧も相まって、彼らはとんでもない状況を作り出した罪人として罠にかけられたのだと知り、その真相を暴こうにも、彼らの行いが周囲に知られ、大きな戦争へと発展してしまうという危険性を危惧していた。
ボルジョアは全員の顔を見ながら、今一度確認するかのように口を開いた。
(;・3・)「だが俺達は確かに聞いたんだ。
なら、俺達を嵌めて利益を得ようとしている奴がいるはずだ。
……提案がある」
その言葉に、残った七人が同じようにして身を軽く乗り出し、耳を傾けた、次の言葉を待つ。
(;・3・)「俺達の手で、俺達を嵌めた糞野郎を見つけ出すんだ」
_
(;゚∀゚)「ですがヒントがあまりにも少なすぎませんか?」
おずおずとジョルジュの口から出てきた疑問に、ボルジョアは首を横に振った。
( ・3・)「逆だ。
ヒントが少ないが、その分、特定が簡単になる。
俺達の無線に割り込んで大将を偽れたってことは、つまりジュスティア軍人の誰かが犯人の可能性が高い。
そして、そいつは狙撃手だ。
もちろん、これだけの事をやるってことは一人だけとは考えられない。
複数の、それも大掛かりな組織が関わっていると俺は考えている。
この事件を俺達の手で解決して真実が白日の下にさらされれば、俺達が咎められることはない」
_
( ゚∀゚)「でもどうやって探すんですか?相手が軍内部にまで入り込むほどの影響力を持つ組織で動いているなら尚更です。
俺達の行動だって筒抜けになるかもしれません。
そうなれば、今度は俺達を事故か何かで消すことだって出来るはずです」
当然の危惧を口にしたジョルジュの意見に、周囲が無言の同意を示す。
120
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:35:13 ID:ZLy5QeVs0
ジュスティア軍に不穏分子が入り込むというだけでもかなりの大事なのに、彼らの作戦に関しての情報を入手しているという事は、軍のかなり上の地位を持つ細胞が存在するという事である。
単独行動をしようものならその行動の意図に気付くことは造作もないことで、こうして集まっている事さえ知られている可能性もある。
すでに罠にかけられた彼らがその罠から足を抜け出そうと画策することも織り込み済みで計画をしていると考えるのが自然であり、どうあがこうとも結局は掌の上で踊っているに過ぎないのだ。
口にはしないが、犯人探しなど考えるだけ無駄だと誰もが言っていた。
それらを承知の上で、ボルジョアは一人ひとりの目を見た。
( ・3・)「いいか、ここにいるのは少なくとも最高の狙撃チームだ。
なら、やることは決まっている。
獲物を探し、獲物を分析し、獲物を狩る事だ。
場合によっては餌で釣ればいい」
時に狙撃の現場に於いては、標的を誘い出すために危険を冒す場合がある。
意図的に作戦を相手が知るように仕向け、こちらの狙った通りに行動させたところを狙い撃つ時もあれば、恨みを買う人物とその人物を消そうとする人間の出会いを仕組み、狙撃することもある。
時には単独で相手の司令官を殺す時もあるが、それらはあくまでも作戦に守られているという安心感の元での行動に過ぎない。
支援もなく、味方にすら悟られないように黒幕と対峙するのは、はっきり言って無謀である。
しかし。
それでも、ジュスティア人はその言葉に反応せざるを得ない。
圧倒的な逆境。
圧倒的な悪の存在。
それは、彼らが正義の都に生きる人間である以上、ある意味では待ち望んでいた物だった。
それらを打破し、打ち倒し、正義を示すこと。
それこそが、典型的なジュスティア人の性なのだ。
_
( ゚∀゚)「やりましょう、少尉。
逆に今なら俺達を嵌めた奴もこの島にいる可能性がある。
反撃するなら今しかありません。
俺達には与えられている任務がまだある、そうでしょう?つまり、まだ情報収集が終わっていないってことです。
命令中止も終了の話もない今なら動けます」
从;゚∀从「だが全員で動けば流石に目立ちます」
不安からこめかみを押さえていたハインリッヒはその手を机の上で組み、ジョルジュに意見した。
それを予期していた、あるいは、待ち望んでいたかのようにギコが手を挙げた。
(,,゚Д゚)「狙撃手だけで行動しましょう。
それなら最小限かつ効率的です。
襲われても対応出来ますし、単独行動をしても不思議じゃない。
俺達が気付いたと知られる前、つまり今ならまだ間に合う。
許可をください、パレンティ少尉」
「ヒッキーとジョルジュは?」
その投げかけと同時に、二人は声を揃えて返答した。
_
( ゚∀゚)(;-_-)「「勿論です」」
121
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:36:00 ID:ZLy5QeVs0
事前に打ち合わせをしていても、こうまで綺麗に声が揃う事はないだろう。
話を聞いた段階で答えを用意し、相手の言葉がこちらに向けられることを理解していて、誰よりも早くそれを口に出そうという気持ちがそうさせたのだ。
正義を貫き通す。
巨悪に立ち向かう。
それが彼らの心を一つにしていた。
作戦についての詳細を話し合い、それをメモに書き留めることも固く禁じた。
一切の証拠を残さず、全ての作戦はその場にいる八人だけで共有することにした。
他に知る者は誰もいない状況を作り上げることで、心理的な安心感を全員が手に入れ、互いに守り合うという関係を築いた。
( ・3・)「なら、その作戦でいこう。
残った俺達で軍内部の裏切り者を見つけ出す。
無線での連絡は無しだ。
聞かれたくはない。
例え信頼している上官にも、このことは絶対に話すな。
どこに目があるか分かったもんじゃない。
それと、狙撃チーム。
忘れるなよ。
お前達の背中は、俺達が守る。
だから安心して戦ってきてくれ」
仲間からのその言葉は、彼らは百戦錬磨の勇者として奮い立たせ、最前線に於いて常に勇敢であり続けるための魔法のそれである。
この世界に蔓延ろうとする悪を根絶やしにすることこそが、彼らの真の目的。
ならば、このようなところで立ち止まるわけにはいかず、例え最後の一人になろうとも、その歩みは止まらないのだ。
______________________∧,、___
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
最悪の知らせは噂よりも速くイルトリアに届いていた。
血気盛んなイルトリア軍の兵卒達は仇を討つべく軍の派遣を熱望したが、それは終ぞ承認されることはなかった。
陸軍、海軍、海兵隊の最高権力者である三人の大将は事前に打ち合わせていたかのように同じ結論、つまり、派兵だけは断固として容認できないという物に至っていた。
部下を諌める際に使用した理由は共通しており、全面戦争をするには状況証拠が不足しすぎているため、という事だ。
その後に設けられた会議の場に於いて、部下を失った三人の大将は態度に表すなどと言う無意味な行動はしなかったが、それぞれの顔には怒りと悲しみ、そして不信の色が滲み出ていた。
最もその色が濃く出ているのが椅子に浅く腰掛け、手を顎の下で組む海軍大将アサピー・クリークだった。
(-@∀@)「奴らは素人ではなかった」
普段は感情を表に出さない男だけに、彼がどれほど激怒しているのか、他の三人は空気から察していた。
無論、陸軍と海兵隊も戦闘経験のある人間を送り込み、その将兵がことごとく殺されたことに激憤していた。
(-@∀@)「あいつらは訓練された立派な兵士だった」
もう一度、アサピーが強調した。
(-@∀@)「ジュスティアの狙撃部隊如きに破られるなど、あり得ない」
122
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:37:43 ID:ZLy5QeVs0
(-@∀@)「ジュスティアの狙撃部隊如きに破られるなど、あり得ない」
彼らが入手した情報の中で、大きく変動があったのが十一時四七分。
環境保護団体を名乗る船舶の発見を知らせる無線が届いてから、一切の無線が基地から送られてこなくなった。
意図的に基地側で無線機を切り、定時連絡を中断せざるを得ない状況が起こったと考えられたが、報告が無くてはその理由も分からない。
そして戦果である。
不可解極まることに、哨戒中の兵士が全員射殺され残った兵士は兵舎の無線室で爆死したという。
一か所に固まって戦闘行動を行うのは籠城に於いて悪手であることは、誰もが知っているはずだった。
なのに、彼らはその悪手を選んで遂には肉の塊と成り果ててしまったのだ。
あらゆる状況が不自然であり、不可解であり、理解に苦しむものだった。
何が起きて彼らは無線を切り、そして何を考えてジュスティア相手に初弾を撃ち込んだのか。
判明している事よりも分からないことの数の方が多く、辛うじて手元に入ってくる情報も全てが現地の協力者によるものだというのだから、作戦指揮を担う人間が苛立つのも無理からぬ話である。
ノパ⊿゚)「落ち着け、アサピー大将」
氷のように冷え切った声で宥めたのは海兵隊のヒート・ブル・リッジその人で、部下達に質問攻めにされた時には隠していた剣呑な空気を漂わせつつも、
口元には笑顔が浮かんでいたが、それは徹底的な報復を望む人間のそれだ。
ノパ⊿゚)「この場にいるという事は分かっているはずだ。
何者かが天秤を動かし、戦争を起こさせようとしている。
それに乗っかってやるわけにはいかない。
ジュスティアと戦争をすれば喜ぶのは我々の後釜を狙う輩だ。
互いに疲弊したところを討ち取ろうと考えているんだろう。
部下の無念を晴らしてやりたいが、戦争を回避することの方が優先だ。
ジュスティアもそれを分かっているからこそ宣戦布告もしないし、最初に少人数の部隊を派遣したんだろう。
悔しいが、実に賢いやり方だよ。
大人数を派遣すれば世間に非難されるが、少人数を送り込めば気付かれない。
死人に口なし、例え向こうから仕掛けても、全滅させれば誰もジュスティアが先制攻撃を仕掛けたとは分からないし、言った者勝ちだ。
部下の数が少なければ口減らしも容易くなる。
仮にジュスティアが攻撃を先に仕掛けていたのが真実だったとしても、こちらが報復をすればたちまち戦争になる。
やることがジュスティアらしくないが、一度こうなってしまえばもうどうにも出来ない」
(-@∀@)「分かっているからこそ、私も派兵は反対だ。
だがそれでも、許してはおけん」
(’e’)「だがどうする?誰がそれをやるというんだ?」
陸軍大将セント・ウィリアムスの声は苛立ちがはっきりと聞き取れる程で、仮にこの場に一般人がいるのであれば、その声だけで気絶させられるだろう。
立場のある彼は部下の手前、感情的になるわけにも感情を表に出すわけにもいかず、また、感情的に行動することが出来ない事からその憤りが溜まっているのは明白だった。
ノパ⊿゚)「手がないわけじゃないさ」
(’e’)「向こうの報告では死者は二四人、つまり全滅だ。
対して相手の被害は一人。
更に追加で一中隊だぞ。
部隊を送らずに何が出来るというんだ?政治で解決出来るレベルじゃない」
その時ヒートが浮かべた笑顔は、彼女がこれまでに潜り抜けてきた多くの戦場が如何に過酷だったのか、そしてその戦場を如何にして潜り抜けてきたのかを物語るほどに雄弁で、そして底なしの悪意に満ちた物だった。
123
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:39:02 ID:ZLy5QeVs0
ノパ⊿゚)「言っただろう、こっちには切り札がいる。
死者二四人、それも基地の中での話であれば、あの女は生きているということだ。
どこの誰だか知らんが、私の部下を取りこぼしたのが運の尽きだよ」
二人の大将が彼女を見る。
市長は眉一つ動かさずに話を聞いている。
ノパ⊿゚)「……市長殿、遅れたが私の部下から連絡があった。
詳細は後ほど報告するが、取り急ぎ今この場で言うべきことは一つだけだ。
狩りを始めるそうだ。
一人でな」
その部下がペニサス・ノースフェイスである事は、名前を言わなくともその場の全員が分かった。
しかしたった一人でどう狩りをするのか、彼女の事を詳しく知らない陸軍と海軍の大将はその言葉に懐疑的な表情を浮かべたが、市長は相変わらず無表情そのものだった。
______________________∧,、___
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
その狙撃手は誰よりも遠くから全てを見ていた。
自らの直観に従って基地を遥か眼下に見ることの出来る山頂に向かい、観測用のスコープを使って六〇倍に拡大された像を見ていた。
正午の鐘が鳴り響いた時、その心臓が鐘楼のように激しい鼓動を刻んだ。
冷や汗が手に滲み、知らず歯ぎしりをしていた。
教え子が殺され、部下が殺され、上官が殺され、それを静かに観察している自分に憤った。
今すぐライフルケースから狙撃銃を取り出し、基地に土足で上がりこむ人間を一人残らず撃ち殺したかった。
だが、それは無理だった。
彼女の持つ銃弾の殺傷範囲は最大でも二キロ。
山頂から基地までの距離はその倍以上は優にあり、とてもではないが人を殺すことは出来ない。
代わりにその狙撃手は全てを見届けることにした。
心にその光景を刻み込み、必ずや復讐を果たしてみせると己に言い聞かせるために、基地が陥落する様子を最後まで見届けたのだ。
別の街の軍人が我が物顔で駐屯基地の新たな所有者として働き始め、
刈り取った雛菊(デイジー)をゴミ袋に詰めるように黒い死体袋に死体を詰めている様子さえ、唇から血が出るほどに強く自制して見続けた。
その甲斐あって、送り込まれた部隊の規模は一〇〇人以上で、一個中隊程度と見極められた。
陽が水平線に沈みゆく中、狙撃手は死体袋を積んだ大型トラックが基地から出て行くのを見て、ようやくスコープから目を離した。
唇に付いた血はすでに乾き、掌に食い込んだ爪の痕は若干赤みが引いていた。
狙撃手はライフルケースを背負いバイクに跨って来た道を引き返し、黄昏時の街に消えて行った。
これが第三幕の始まり、〝魔女〟と呼ばれる狙撃手の復讐劇の幕開けである。
第三章 了
124
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:40:43 ID:ZLy5QeVs0
第四章 【狙撃手の夜】
八月八日、午後九時三〇分。
虫達が冷気を孕んだ夏の夜風に吹かれながら、雑木林や街の片隅に生えた雑草の隙間から涼しげな音を奏でる。
無数の星が夜空に煌き、大きな月が白く柔らかな光で街中を照らし、昼に起こった惨事など全く気にも留めない様子を見せている。
海から吹き込んでくる風が森の木々を揺らし、いつもと変わらぬ、夏夜を作り出していた。
バンブー島にある遺体安置所兼火葬場は鉄筋コンクリートで作られた古建物で、警備員はおろか番犬すらおらず、
宿直の人間が一人いるだけだったが、その仕事ぶりは決して感心出来るものではなく、
死者が蘇るなどと言う奇跡や恐怖の類の現象が発生すると信じるには歳を取りすぎた人間らしく、施錠の確認以外は特に何も行わなかった。
だがその日は大量の死体が運ばれ、死体安置所は冷たい賑わいを見せた。
漂う血の匂いは離れた宿直室にまで漂い、その日の担当者であるバルトロメイ・アレクセーエフは眉を顰めながら部屋の窓を開き、新鮮な空気を部屋に取り入れることでどうにか対応していた。
風は冷たかったが、どうしてもバルトロメイは全身に嫌な汗が浮かぶのを押さえられなかった。
決して暑いわけではなく、むしろこのティンカーベルは避暑地として知られるぐらいの気温と室温なのだが、
体の奥から湧き出てくるその不可解な汗の原因が分からず、扇風機の風を間近で浴びてそれを蒸発させた。
それでもまだ、彼の体からは汗が絶え間なく湧き出て、彼の体温を過剰なまでに低下させた。
闇夜に紛れて音もなく侵入してきた一人の女性の存在など、当然だが気付くはずがなかった。
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長い髪を首の後ろで結ったペニサス・ノースフェイスは跫音一つ立てることなく死体安置所に入り込み、今日運び込まれたばかりの死体を調べ始めていた。
彼女は死体の一つひとつを調べ、気になる点を探した。
一番気になっていたのは、銃創だった。
狙撃手の持っていたライフルの口径で殺された遺体と、それ以外の遺体――守衛所で警備をしていたバスクール・ドランチェフ――の傷を比べると、ペニーの疑問は確信に変わった。
傷の大きさが異なっている。
明らかに口径が違う。
という事は、使用された銃弾が違うという事になる。
原形を留めている死体で違うのは、この死体の傷だけだった。
防弾ガラスに守られていたバスクールを殺したのは、一人の狙撃手、それもラプアマグナム弾を使用した長距離狙撃に長ける人物である。
どうやら、基地を襲った狙撃チームとは別に行動をする存在がこの島にいるらしい。
街で購入したインスタントカメラで銃創を撮影した。
海上で調査をしていたニクス・テスタロッサ達の死体袋を開くと、そこで再びラプアマグナム弾の銃創を見た。
四人が四人ともラプアマグナム弾で射殺されており、全員が一発で殺されている。
それも写真に収め、ジュスティア軍人が海上の人間も殺したという証拠を手に入れた。
そして最も気になっていたのは、爆死したとされる七人の軍人だった。
一か所に固まっていたためにRPG-7の直撃で死亡したとされているが、それはあまりにも不自然極まる話であり、そのまま素直に受け止められない物だ。
そもそも、強化コンクリートの外壁を破壊するだけでかなりのエネルギーを消費したRPG-7の爆風などたかが知れており、
遠方から確認した壁の壊れ具合を見ると、例え七人が密になって固まっていたとしても、爆死は考えられない。
報告そのものがでっち上げなのか、それとも死因が違うのか。
どちらにしても、この目で見て確かめない事には分からない。
125
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:42:25 ID:ZLy5QeVs0
他の袋達とは明らかに形状が歪な死体袋を開き、立ち上る悪臭に思わず口元を覆った。
黄色い脂肪が浮かんだ赤黒い肉塊は誰のものなのか以前に、性別や年齢、部位すら判別することが出来ない程の醜いものだった。
それでも、ペニーは七つの袋を一つ一つ開き、不自然な点を必死に探した。
気付けば涙が出そうになっていた。
死別は戦場の常であるが、何よりも辛いのはそれが誰の死体なのかも分からないという事だ。
区別出来る手段は血で黒ずんだ階級章か運良く残った体の特徴を調べることで、それを淡々とこなすには、ペニーは彼らの事をあまりにも知りすぎていた。
濁り、汚れ、半分潰れた眼球はユリアン・レオニードのそれに違いなかった。
バルト・ペドフスキーの顔は半分以下になっていた。
ペテロ・アンデルセンの鍛え上げた肉体の名残は、今や第二関節から先の人差し指にしか残っていない。
フランシス・ベケットは汚れた階級章と名札だけになり、レド・ラプラスは足に残った古傷によって判別出来る状態だった。
最も酷く損傷していたのはビル・ダイナックとチャーチル・アンダーソンの二人だった。
チャーチルに関しては消去法でしか身元の特定が出来ず、ビルの体は骨まで黒く焼け焦げていたが、訓練中に事故で負った腰の火傷の跡が手がかりとなった。
当然、これはペニーだから分かる事であって、ジュスティアの興味と仕事の範囲外であるため、明日の火葬では骨壺に貼られたラベルによって適当に割り振られることだろう。
名前の分かる死体は名前の付いた骨壺だが、それ以外に書かれる名前は決まっている。
ジョン・ドゥ(名無しの男)だ。
ペニーは七つの死体袋の中身を調べ、爆死の背景に何があったのかを調べた。
訓練を積んだ軍人達が何故、あのような無謀な陣形を取ったのか、それが気になって仕方がない。
死体に何かその痕跡が残されていないかを調べるが、肉塊に残されているのは酷い擦過傷や火傷の痕ばかりだ。
念のために写真にそれぞれの姿を納めつつ、ペニーは根気強くその作業を続け、遂にそれが一つの証拠に突き当たった。
最も酷い状態だったビルの肉塊の一つに、本来爆死では出来るはずのない傷があるのを見つけた。
まだ新しい銃創である。
傷の上に火傷があり、それはつまり、発砲された後に爆発に巻き込まれたという事だ。
何があったのか、ペニーは想像も出来なかった。
彼らは被弾しなかったはずだ。
終始見ていたが、壁に対戦車榴弾が撃ち込まれてから銃声はなかった。
発砲を確認出来ることもなかった。
それに、侵攻が困難と判断したからこその榴弾だったのだ。
順番がおかしい。
何かがあったのだ。
ジュスティアが報告していない空白の時間に何かが起きて、七人は通信室に立てこもり、そこで爆殺された。
銃創と火傷の写真を納めたところで、ペニーは腕時計で時間を確認した。
午後十一時。
そろそろ頃合いだと判断し、誰にも見咎められることなく施設から出て行った。
林の中に隠しておいたバイクに跨り、次に目指したのはグルーバー島にある宿泊先のホテルだった。
部屋には彼女が用意した等高線の引かれた地図やコンパスなどが机の上に乱雑に置かれたままで、基地の襲撃以降全くの手つかず状態だった。
ペンを取り出して地図に基地の中に配置された兵士の位置を書き込み、侵入方法を模索することにした。
幸いなことにジュスティアはペニーの存在に気付いていない。
手に入れた写真を持ってイルトリアに帰還するためには、船に頼るしかない。
陸路と言う手もあるが、グルーバー島をバイクで走った際に大陸に続く唯一の橋で検問が行われているのを確認したため、その選択肢は最後の手段として残すしかなかった。
封鎖した意図は不明だが、軍事作戦を他の街で行ったことに対する非難をコントロール下に置き、
イルトリアよりも誠実かつ徹底的に島の安全に口と手を出すことで密漁船の事でジュスティアに向けられていた負の感情を払拭しようという思惑があるのかもしれない。
126
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:43:33 ID:ZLy5QeVs0
流石にここまで介入されれば、武力の無い島の人間も黙ってはいないだろう。
島の市長の対応によっては、ペニーは予定を変えなければならないが、
ここまで素早く作戦が展開されている様子を考えると、すでに市長をジュスティアの使いが訪れ、話をつけてしまっているかもしれない。
イルトリアからジュスティアに武力行使の代行者が切り替わるだけで、島自体に目立った損失は出ない。
最初の数年は文句が出てくるかもしれないが、すぐにそれは収まり、イルトリアとの乱暴な交代劇は終息するに違いない。
彼らが必要としているのはイルトリアではなく、軍事力なのだ。
それがどちらの街だろうと、やるべきことをやってくれさえすればいいのである。
存在を知られていない狙撃手は例え中隊が相手であろうとも脅威であり、恐怖の運び手としての役割は果たせる。
もともと単独行動を好み観測手を必要としないペニーにとって、今置かれている状態は絶望的な物ではない。
ただし、必要な物はまだある。
情報と道具である。
その両方を手早く手に入れるには、一度基地に入り込む必要がある。
だが基地の警備は中隊規模の増員によってより厳重になり、フェンスを切断して侵入することも正面突破も不可能だろう。
更に詳しい警備の状況を知るため、地図とペンを防水袋に入れて、山を目指すことにした。
基地の動きを監視するには、見下ろすことの出来る場所でなければならない。
歩哨の動きは規則化されているに違いない。
ジュスティア軍は規則化を好み、それを忠実に果たすことで整然とした動きで戦況を支配下に置く。
逆にそれが彼らの弱点でもある。
規則正しい動きは規則正しく隙を生み、規則正しく死角を作る。
それを知ることが出来れば、侵入するための手段も見つけられる。
夜のグルーバー島は道路と路地裏を照らす明かりが疎らに灯るだけであまり賑やかではないが、落ち着いた雰囲気の静けさが漂い、車の走る音も聞こえない。
間もなく日付が変わろうとしている時間帯に出歩く島民はいない。
ここにはネオンの輝きもなければ、人の性を堂々と売り物にする店はないのだ。
無論、裏ではそう言った売り買いは行われている。
生きるためにはそうしなければならない人がいるし、それを買いたがる人間がいるのも事実なのだ。
ただし、見つかれば直ちに島中の噂となって広がり、平穏な生活は出来ないだろう。
夜の裏で働く人間の常とは、そういうものである。
月明りだけを頼りにバイクを走らせ、車道の脇に停めてから林道を徒歩で移動し、山の中腹を目指した。
ヘッドライトが森の中を照らし出せば、基地からでもその位置が確認できてしまう。
また、バイクが目撃されている可能性を考慮して離れた場所に停めておけば、ペニーが今いる位置を特定することは出来ないはずだ。
直線距離で約三キロ。
狙撃をするには距離が離れすぎた場所だが、相手からも銃弾が飛んでくることはない。
仮に飛んできたとしても、木々がその弾道を狂わせ、ペニーに当たる前に樹木を痛めつけるだけである。
観測用のスコープを使い、白いライトが照らす基地の様子を窺う。
コンクリートの地面に残った血の跡までよく見える。
手元の地図と兵士の配置を照らし合わせ、矢印でその移動経路を書き込み、武器などの装備も記録した。
流石はジュスティアである。
死角がないように歩哨を配置し、哨戒し、武器もカービンライフルにホロサイトとブースター(無倍率のホロサイトに倍率を加える照準器)を装着しているため、
中距離にも対応出来るようになっている。
足運びや目の配り方を遠目で見ても、彼らが実戦経験を豊富に積んだ兵士であることが分かった。
また、本来は通信室として機能していた兵舎の三階にサーチライトを設置し、高所からの監視を兼ねた狙撃手がそこに待機しているのが分かった。
127
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:45:28 ID:ZLy5QeVs0
監視塔の設置はティンカーベルとの契約で――あくまでも漁業権の保護が目的であるため――見送られたのだが、
ジュスティアはそう言った契約による縛りがないため、監視塔と言う基地の警備に必要不可欠な物を手に入れた。
恐らくは観測手もいるのだろう。
狙撃手は同じ場所で何時間も、何日間も待機して獲物を待たなければならない時がある。
例え悪天候だとしても、悪臭漂う環境だとしても、毒虫が体の上を這い回ろうともその集中力を途切れさせることなく強い精神力を保持したまま狙撃を敢行する彼らの任務を考えると、雨風を防ぐ建物がある上にいつでも交代要員がいる監視塔での任務は天国に近いだろう。
だがそれでも、侵入経路が無いわけではなかった。
地上が駄目なら地下を使えばいいだけなのだ。
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砕けた壁の欠片が除去された兵舎三階でスコープを覗き込むのは、パル・パティーニ上等兵である。
基地に侵入を試みる者がいないかどうかを見張るのが彼らの仕事だが、本心ではそんな人間はこれから先現れないと確信を持っていた。
イルトリアを退けさせた軍隊相手に喧嘩を売るような根性を持った島民はいるはずもなく、ましてや、そのような愚行をする義理さえもないのだ。
狙撃手のバール・バーバリーはパルとは違って仕事熱心で、決して油断することなく任務に没頭している。
二人のスコープが睨んでいるのは海の方向だったが、そこに見えるのは白波と黒い海だけだ。
人がそこから見えることがあれば、それは水死体に決まっている。
水死体を撃ち殺すことは出来ないが、せいぜい報告することは出来る。
反対方向を見ている方がまだ生産的だと思う。
カーティス・エリントンとゴヴァン・ヘンリソンは街の方に銃腔とスコープを向け、有意義な時間を過ごしている。
彼らが配置についてから口にしたのはカフェインレスのコーヒーとサンドイッチぐらいで、その味付けは非常に濃く、
長時間の任務に於いて栄養を蓄えやすいようにと考えられた食事だった。
味を楽しむ様なものではないが、腹は満たされた。
床に散乱していた瓦礫は消えたが、まだ細かな塵が風で舞い上がり、月光に照らされて視界を白くぼやけさせる。
定時報告の内容にも変化が望めるはずもなく、雑談をすることも出来ない退屈な任務にパルは欠伸をかみ殺すのが精いっぱいだった。
「こちらイーグルワン、異常なし」
定時報告を終えたパルの仕事の内容に問題はなかった。
彼は根気強く、それこそ愚直と言い換えてもいいほどの姿勢で海に目を向けて侵入者や不審物が漂着しないか目を凝らして任務を果たし、欠伸をした時でさえスコープから目を離すことも瞬きもしなかった。
つまり、任務に対する姿勢はさておいて、彼は立派に仕事をこなしていたことになる。
そして仕事への取り組む姿勢については書類に残ることがないため、その間に地下で起こっていた事、そしてその後に起こった全ての事態に関して彼が非難されることはなかった。
彼が見ていたのは海上。
事が進行していたのは地下だったのだから。
______________________∧,、___
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基地には意図的な死角が作られていた。
それは脱出、もしくは基地が占拠された際の侵入経路として設けられたもので、基地を指揮する人間だけが知る極秘事項だった。
それを知ったのは基地が攻め落とされた際にヒート・ブル・リッジに携帯電話で連絡を取った際に彼女が何かに使えるだろうと教えてくれたからだ。
128
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:47:45 ID:ZLy5QeVs0
地下を無言で歩くペニーは薄手の長袖シャツにジーンズというラフな格好をしており、それは、一切の疑念の余地もなく無防備そのものの服装だ。
被弾すれば銃弾は彼女の肉を穿ち、臓器を傷つける。
最悪の場合は骨を砕き、その奥にある血管を傷つけて大量の赤黒い血を体外へと放出することだろう。
そうなれば自力での止血は不可能であり、失血死は避けられない。
より良い装備で臨めればいいが、突発的にこのような事態に巻き込まれたペニーに十分な装備などあるはずもなく、特に嵩張る衣服の装備は最も低い優先順位に位置している。
服は環境に適応するために作られ、運用する物で、決して戦闘力や殺傷力を高めることを目的としていない。
足りないのであれば実力で補えばいい。
冷たい空気の地下道はこれまでに一度も使われたことも点検も掃除もされたことの無いもので、ペニーが歩くごとに足元で埃が舞い上がった。
誰もいない空間にブーツの踵がコンクリートを踏み慣らす音が響く。
ここには監視カメラも警備もいないが、籠って澱んだ空気が肺を蝕む。
明かり一つない空間を、ペニーは無言で進んだ。
潜入任務ならばそれ相応の服装や装備があるのだが、今のペニーは贅沢を言える余裕はなく、そのような状況にもないため、私服で潜入する他なかった。
防弾ベストもなければ、室内戦で威力を発揮する短機関銃もなく、あるのはグロックと剃刀のように切れ味のいいナイフだけだ。
もっとも、この武器を使う機会はまずないだろうというのがペニーの見解だ。
敵の只中で拳銃とナイフだけを頼りに戦うというのはあまりにも現実離れした話で、勝算はないに等しい。
無謀な賭けに出るにはまだ早く、そこまで絶望視するような状況でもなければ、楽観的に考えて対抗出来るような相手ではない。
世界の正義としての地位を確かなものにしつつある街の軍隊を相手にするには、もっと徹底した準備が必要だ。
倉庫に通じる梯子階段を上り、頭上を塞ぐハッチのバルブを両手で捻る。
金属が軋む音をさせながら、重く丸いハッチが少しずつ開いていく。
やがて蛍光灯の淡い光がペニーの目に入ってきた。
ベージュ色のリノリウムの床、そして背の高い棚とコンテナの林が続く。
倉庫内を歩く跫音は勿論、人の気配もしない。
ハッチを完全に押し開くと、ペニーは慎重にそこから半身を出し、周辺に銃腔を向けて改めて注意を払った。
誰もいない事を完全に確認し、跫音を立てないように気を付けて全身を出し、再び軋む音をさせながらハッチを閉める。
偽装用の床板をその上に乗せると、そこにハッチがあったことも、あることも分からなくなった。
広々とした倉庫の天井は高く、湿度と室温はエアコンで最適に管理されている。
弾薬や爆薬が厳重に保管された倉庫に湿気と火気は厳禁。
保管されているのは銃器だけでなく、軍服や軍靴、救急セットや野営道具一式といった兵站そのものだ。
棚にはオリーブグリーンのコンテナに兵站が納められ、隙間なく積まれている。
ペニーは事前にアサルトライフルのコンテナからG36の入った四角いケースを取り出し、予備弾倉と弾薬をグロックの物も合わせて大量に用意していた。
更に、別のコンテナからG36とグロック用のサプレッサーも調達し、倉庫の隅に駐車されたバイクのパニアに武器弾薬を全て積み込んでおり、
万が一の際に準備に時間を取られないようにしていた。
その一工夫が、今ここで生きた。
本当であれば、使わずに済めばいい準備だったがペニーは予感に従い、準備をした。
準備を怠ればそれは数十倍、数百倍になってその人間を襲う事があると知っているからだ。
常に備え、常に最善の状態で戦いに挑む。
それが戦場で長生きするための秘訣でもある事を、ペニーはよく知っていた。
129
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:48:27 ID:ZLy5QeVs0
銃声をある程度抑制するサプレッサーは射程距離を縮め、命中精度と威力にも影響を与える。
長距離狙撃の時には間違っても使うことの無い装備だが、室内や街中での戦闘では重宝する時がある。
銃声が相手の耳に届かないという事は、相手にこちらの位置が伝わりにくいという事で、それはつまり相手に気付かれないようにして殺すことが出来るという事。
狙撃手はその役割柄、場所を知られることを嫌う。
場所が分からない相手に銃弾は届かず、砲弾もそよ風になって髪を撫でるだけに成り得る。
今回の一件には、間違いなく腕利きの狙撃手が関わっている。
ラプアマグナム弾を使い、遠距離から人間の心臓を撃ち抜くだけの技量と自信の持ち主。
人間の心臓は思ったよりも小さく、体の中心には存在しない。
それを正確に狙い撃つ狙撃手は腕に自信があり、人体構造をよく知っているだけでなく、紛れもない実力者だ。
厄介なのはラプアマグナム弾を使われると、狙撃場所が特定しにくくなることだ。
半径一五〇〇メートルが狙撃地点となる。
防弾ガラスを貫通するという事は、一キロ以内の場所から撃った可能性が濃厚だ。
だとしても、途方もない数の場所が狙撃地点の対象となる。
死体を見た限りでは基地で一人、そして海上で四人。
それぞれの距離関係を考慮すると、最低でも二人の狙撃手がラプアマグナム弾を使用していることになる。
毒を以て毒を制す。
炎を以て炎を制す。
狙撃手を以て狙撃手を制するのだ。
必要ならばここにやってきたジュスティア軍の全員を殺してでも、ペニーは死んだ者の仇を討つ覚悟があった。
完全防水のオリーブドライのカバーを被ったバイクに近づき、カバーを一気に剥す。
そこにはペニーの愛車が傷一つない完全な状態であった。
キーを差し込んでバイクの状態をモニターに表示させ、前もって準備しておいた通り充電は完了していることを確認した。
必要な物はこれで全てだった。
武器、弾薬、そして機動力のあるバイク。
これで戦える。
だが、挑むのは今ではない。
挑むのは次の段階を満たしてからだ。
次に必要なのは物ではなく、時。
定刻ではなく、自ら作り出す契機だ。
熟した時こそが、不利な状況を一変させ得る力を持つ。
満を持して戦うのはそれからだ。
そして次に行ったのは、この基地を脱出するための破壊工作だった。
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八月九日、午前一時。
定時確認のために倉庫の扉を開いたフロレスタノ・アンドレオッティは、自分の体が爆発四散した経験はなかったが、
次の瞬間に彼を襲った衝撃による痛みを感じる間もなく命を落としていたため、その後の人生で同じ苦しみや痛みを味わう事はなかった。
細かな肉片になって夜空に舞い上がった彼の肉体は、同時に生じた紅蓮の炎によって炭と化した。
慈悲深い炎は彼を煉獄の炎で焼き、次いで、倉庫の扉の大部分を吹き飛ばした。
火の粉が空に舞い上がり、黒煙が濛々と夜空に昇っていく。
130
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:50:36 ID:ZLy5QeVs0
爆発は夜空を赤く染め上げ、基地中にサイレンが響き渡る。
その爆音にいち早く対応したのは兵舎にいた狙撃手二人と観測手二人だった。
すぐさま二組は銃腔を倉庫に向け、様子を見る。
銃の安全装置を解除し、初弾を薬室に装填した狙撃手達は不審者に照準が合った瞬間に発砲出来るように準備をした。
残る二人の観測手は暗闇に隠れているかもしれない不審者を探し、過激派による襲撃なのか、それとも倉庫に保管されていた爆発物が暴発したのかを観察する。
スコープの向こう側でみるみる内に炎が倉庫を覆い、次々と爆発が発生する。
銃弾が保管されている場所での火災は消火活動が文字通り命がけとなるため、すぐに手出しが出来ないでいた。
「こいつはやばいぞ!」
思わずバールの声が上ずる。
炎によって熱された銃弾が暴発する音が響き始め、いよいよもって手出しが出来ない状態と化した。
暴発した銃弾が民家にでも飛べば、最悪の場合は民間人の死者が出る。
保管されていた武器弾薬の種類を正確に把握していなかった彼らは、
被害がどこまで広がってしまうのかが分からない焦りに集中力が散漫になり、彼らを狙う銃腔に気付くことが出来なかった。
次の瞬間、スコープを覗いていた四人は数十発の銃弾を全身に浴び、最後は脳漿を派手に背後にまき散らして命を落とした。
彼らの命を奪った銃声は爆発音と暴発した銃声に紛れて誰かの耳に届くことはなかった。
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大勢の敵を少数で撃破する時、最も有効とされているのはゲリラ戦(小さな戦争)だ。
数の劣勢を地理や戦術で補い、更には相手の精神に対して打撃を与えるゲリラ戦が今の状況では最も適した作戦であることは、考えるまでもない。
だが今のペニーに味方と呼べる勢力も存在もいないため、通常期待される効果は圧倒的に減る。
特に、少数を多数に攪乱させる作戦に於いては工夫がなければ全く効果が見込めない上に、状況と相手によっては自分を窮地に追い込むだけだ。
ペニーは今の状況に於いては規模を知られず、尚且つ混乱を誘導するように行動する必要が普通以上にある事を理解していた。
必要だったのは、大混乱。
混沌こそが突破点を作る唯一の材料であることを見抜き、作戦を計画した。
その最大の目的は武器と弾薬を確保した上で基地からバイクで脱出することにある。
武器と弾薬だけならば地下通路を使えば達成出来る目標だったが、バイクがある以上、そうはいかなかった。
バイクは音を発生させ、否が応でも兵士に察知されてしまう。
特に、馬力のあるペニーのバイクは低いエンジン音が特徴的で、より一層兵士の注意を惹きつけてしまう事が懸念された。
バイクを放棄すれば、後の作戦に必要な機動力を失ってしまう。
軍から借りたオフローダーでは速度に難があり、考えていることの半分も達成することが出来ない。
それに、二台あれば万が一の時にでも代えが効く。
物資がこれから限られてくるのは必然にして必死の事だ。
少しでも物は揃えておきたい。
それをより現実的に実行可能にする作戦として挙がったのが、倉庫を爆破し、その音に紛れて脱出するという計画だった。
バイクを基地から持ち出すときに最も障害となるのが周囲を囲むフェンスと監視の目だ。
フェンスを断ち切れば警報が鳴るし、入り口から堂々と出て行くことは無理。
ならばいっそ、大きな騒ぎを起こしてその隙に動くのが現実的だろうという判断が下された。
131
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:52:03 ID:ZLy5QeVs0
出口はフェンスに穴を空けるしかない。
ならば空ければいいのだ。
フェンスを如何に突破するかを考えると、相手の視線と注意を事前に別の場所にどのようにして向けさせるのかが問題となってくる。
その点を考慮すると、大惨事になりかねない倉庫の爆破を実行すれば、相手が誠実な人間であればあるほど、その効果が期待出来た。
フェンスと倉庫に高性能爆薬を仕掛けるだけで十分だったが、あえて倉庫の扉を開くのと連動して爆発する仕掛けにしたのは、巡回に来た兵士を一人でも多く葬り去ることが出来るからだ。
その甲斐あって爆破工作は上手くいき、爆発の被害を確認しようとした高所の狙撃手と観測手をアサルトライフルで射殺することも出来た。
直線距離にして約一〇〇メートルの射撃は、ペニーにとってはなんら苦ではない。
ましてや、G36には最初から低倍率とは言えスコープまで付いているため、弾倉一つを使い切れば嫌でも当たってくれる距離だ。
銃声に銃声を紛れ込ませた射撃は誰にも気づかれることなくペニーにとって障害になり得る存在を消し去り、彼女がバイクで走り去る姿を見られる可能性を減らす。
銃を捨て、バイクに跨った。
エンジンを始動し、予定通りの道を使って基地から脱出を試みる。
倉庫の入り口と反対方面に開いた穴の向こうには、フェンスだったものが炎を纏って倒れている。
クラッチを繋ぎ、アクセルを捻る。
すぐにギアを上げ、速度を増していく。
顔に吹き付ける熱い風も、今は何も気にならない。
サイレンと爆音、そして銃声を背にペニーは基地から走り去った。
基地を後にしてからも街中を走り、山を走り、追跡や尾行車がいない事を念入りに確かめてからホテルにバイクを停め、パニアを取り外して部屋へと急ぐ。
部屋の扉に取り込み中の札をかけ、扉の鍵とチェーンをかける。
ルームサービスのそのせいで部屋に持ち込んだ武器弾薬を見咎められれば一瞬にしてペニーの正体が露見し、通報されることだろう。
それを避ける手段はホテルではなくアパートを借りる事だが、資金も時間も足りない以上、不可能な計画だ。
考える中で最も有効な方法として挙げられたのが、武器弾薬を部屋の天井裏に隠すことだった。
G36は正確な射撃が期待出来る銃であるため、SVDの弾薬を節約する際に代用として期待が出来る。
この二挺をライフルケースに収めて運べば、追い詰められても数十時間は戦える。
まずは寝室の天井にある換気扇の蓋を外し、天井裏のスペースを確保する。
弾薬を保管するには光と湿気を最低限回避しなければならない。
パニアケースから弾薬箱を取り出し、それを静かに天井板に乗せていく。
一箱に約八〇〇発が入っている。
二つ合わせて一六〇〇発。
新たに駐屯した兵士を一〇回殺せるだけの量だ。
ライフルケースに入った銃の状態を確認する。
事前に確認しているとはいっても、銃器の状態は常に最高でなければならない。
何かがあってからでは遅いのだ。
弾倉をそれぞれ外した状態で薬室に弾がないかどうか、今一度確認をする。
バレルが汚れていないか、銃爪の重さは適切かなど、細かな点をよく調べる。
最も注意を払わなければならないのがスコープだ。
レンズに汚れはないか、妙な傷はないかなどを念入りに確認する。
三〇分かけて行った確認の結果、SVDとG36の状態は良好だった。
装備は揃った。
今晩の花火を受けて、ジュスティアがどう反応するか、それがペニーの次の行動を決定する。
132
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:53:48 ID:ZLy5QeVs0
______________________∧,、___
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
基地で起きた火災は倉庫を全焼させ、保管されていた全ての兵站を灰燼へと変えた。
保管に優れるコンテナでも、爆発と爆炎、そして高熱には耐えられなかったという事だ。
死者は五名。
重軽傷者は合わせて二〇名にも及んだ。
基地の管理権が移行した翌日に起きた不祥事に対し、駐屯基地の責任者であるテックス・バックブラインドは緊急会議を開いた。
その場にいるのは彼を含めた三人だけ。
第一に優先して行うと決定したのは、この不祥事が事件ではなく事故である事を強調するため、情報操作を行う事だった。
地元の新聞社、ラジオへと情報を素早く提供し、イルトリア軍の爆薬に対するぞんざいな管理体制を公表した。
勇敢な五人の軍人が命がけで行った消火活動の甲斐あって、被害は基地の内部だけに留まったと流布した。
当然、事実は異なる。
むしろイルトリアの兵站の管理は万全であり、明らかに何者かの細工によって倉庫が焼失したのである。
また、死亡した五人も射殺、そして爆殺と言う形で殺されている。
残された残骸から分かったのは、倉庫を吹き飛ばした人間は複数の爆薬を使って倉庫の扉、弾薬、フェンスを同時に爆破させるトラップを仕掛けた。
不運にも定時確認にやってきたフロレスタノがその起爆の鍵となり、倉庫は月まで飛ぶこととなった。
次に、兵舎三階から基地全体の監視を行っていた二組の狙撃チームは、体中にNATO弾を受け、死亡した。
倉庫の爆発によって暴発した弾ではなく、明らかに狙われた射撃だった。
その証拠に、焼けた床からライフルと薬莢が見つかっている。
だが距離にして一〇〇メートル。
それも、難しいとされる下方からの射撃を、弾倉一つを使い切って成功させている。
死体から発見された銃弾の数が二三発と言う点から、使い切る必要すらなかったのかもしれない。
それが第二の会議の主題だった。
全滅させたはずの基地に、生き残りがいた。
それも、恐ろしく射撃に精通した人間が。
下方から上方への射撃は、考えているよりもずっと高度な計算が必要になる。
弾道の特性、そして周囲が燃えているという環境。
低倍率のスコープから一〇〇メートル先の標的を狙い撃つだけの技量は、並の狙撃手には出来ない芸当だ。
それを可能にしたという事は、並ではない射手が生き延びていることを示している。
テックスはその話を聞いた時、体の震えを隠すことが出来たのかどうか、不安になった。
陸軍のトップとして生きてきて、一人の兵士に恐れを抱いたことはそう何度もない。
特に、大将に昇格してからは初めての事だった。
彼の勘は生き延びたのが狙撃手であることを告げるのと同時に、その者がこれから彼らに対して報復行動に出ることを確信させた。
たった一人。
されど一人。
一人の狙撃手が戦況を逆転させた例など、数えきれないほど知っている。
だからこそ彼は、狙撃手に対して人一倍警戒心を持っていた。
彼らを見くびれば、一個小隊は軽く全滅する。
133
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:54:57 ID:ZLy5QeVs0
彼がまだ新兵だった頃、熱帯雨林の戦場で味わった恐怖を忘れたことは一日もない。
蒸し返すような空気を切り裂いて飛来した銃弾が彼の先頭を歩く兵士のヘルメットを貫通し、脳髄をテックスの顔に浴びせた。
それがゲリラ兵の雇った狙撃手の仕業だと分かったのは、一個小隊が全滅し、三個小隊が二日間足止めを食らった末に分かった真実だった。
その狙撃手の最期は斬首と言う形で幕を下ろしたが、兵士達の心に与えた傷は癒えることはなかった。
狙撃手は一人でも戦える。
観測手がいようがいまいが、彼らは仕事を完遂出来るよう訓練し、そして経験を積んでいる。
例えば、一人の狙撃手が一日に二人の兵士を射殺したとしよう。
一〇人の兵士を殺すのにかかるのは、五日ではない。
もっと短い時間で狙撃手は一〇人の兵士を殺す。
三日で十分なのだ。
死を目の当たりにし、それが自分に迫っていると知った兵士は、例え訓練を重ね、実戦経験豊富だったとしても、必ず恐れを抱く。
恐れは彼らの思考を弱体化させ、精神を蝕み、やがては恐慌状態に陥れる。
そうなってしまえば、後は勝手に的と化して狙撃手の餌食となる。
ではそれが、一五〇人からなる中隊では何日必要になるか。
一か月。
二ヵ月。
半年。
もしくは、一週間かもしれない。
すでに一四五人に減った中隊の間には動揺が走り、焦りと緊張が生じている。
それらを押さえることは無理だ。
早急に狙撃手を見つけ、殺さなければならない。
狙撃手が一日に一人のペースで兵士を殺せば、一週間で兵士は本来の能力を失う。
それに、狙撃手が殺す一人と言うのは常に最善の一人である。
少数で状況を変える狙撃手は無駄を嫌い、影響力のある一人を殺すことで他の人間を殺す確率を上げてくる。
作戦の指揮者、鼓舞する者、状況把握に優れた者が真っ先に餌食となる。
特に指揮官は格好の標的だ。
指揮官が失われれば作戦は破たんしたのも同然で、経験の浅い者はパニックに陥る。
そうして弱体化させてから、確実に殺せる人間を殺していくのだ。
狙撃手の早急な特定と発見。
会議は初めから難航していた。
「こちらで手に入れている名簿と死体の数は一致しています」
端的に、かつ正確に情報を伝えた部下の言葉はテックスの神経を逆なでしたが、彼は顔色一つ変えない。
その代わりに、彼は鋭い眼光を部下に向けた。
大佐という階級にありながらも、彼は怯えた様子を見せた。
死体の数が正しいのも、名簿が正しいのも知っている。
知らないのは、誰も知らない何者かがこの基地にいたことだ。
見当すらつかない人間の正体を掴むことは霧を掴むような物。
今さら改めて分かり切っているこちらの不都合と不利を口にしたこの部下は、果たして本当に今の状況が理解できているのだろうか。
「それで、何か手がかりは見つかったのか?」
134
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:55:41 ID:ZLy5QeVs0
「いえ、何も……侵入の痕跡はおろか、どう侵入したのかも現在調査中でして……」
つまり、何も進展がないという事だ。
何か一つぐらい証拠が掴めれば、狙撃手の足取りを追えるというのに。
だがこればかりは部下を責められない。
事実、彼の部下は事件からすぐに調査を開始し、鎮火後は瓦礫の山を全てひっくり返す勢いで調べていた。
それでも見つからないのであれば、犯人はよほど念入りに痕跡を消したのだろう。
見つからなくても部下の責任とは言えなかった。
少なくともまだ犯人は島にいるだろうというのが彼の見解だった。
イルトリア軍を島から排除した時に橋は封鎖し、怪しい人間は全て通行不可にしている。
イルトリア人ともなれば問答無用で捕え、尋問の対象となっている。
だが今の段階で、イルトリア人は一人も島から出入りをしていない。
何かしらの方法で狙撃手をおびき出せば、身元と位置を特定出来るかもしれない。
そうすれば後は人海戦術で圧倒すればいい。
臆することは狙撃手にとって絶好の反応だ。
「……狙撃手をおびき出すしかない」
「ですがどうやって?」
議事録をノートに書き写していた参謀が怪訝な顔をした。
狙撃手の狙いはジュスティア軍そのものだ。
彼らが何かをせずとも、向こうから勝手にやって来る。
それは間違いない。
相手はこちらを皆殺しにしようとしている。
それがイルトリア人だ。
だが、相手が動かざるを得ない状況を作ればどうだろうか。
例え人道に反することだとしても、それで狙撃手がおびき出せるなら御の字である。
「火葬の予定はどうなっている?」
「二時間後の九時からを予定しています」
「今すぐ、その情報をラジオと島の放送を使って流すんだ。
勇敢なイルトリア人に敬意を表して火葬を九時から執り行う、と。
同じイルトリア人であればその場に現れるはずだ」
火葬場はバンブー島にある。
火葬の情報を事前に流せば、仲間の葬儀の場に現れたイルトリア人を捕える事が出来る。
気付かれないように火葬場の周囲、そして山中に兵を潜ませておけば、相手がこちらを狙撃した瞬間に居場所が分かる。
そのためには是が非でも相手がその場に現れるように整えてやらなければならない。
「葬儀には私も出席するという情報も付け加えるんだ」
「ですが、それでは……」
135
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:56:47 ID:ZLy5QeVs0
「無論、嘘に決まっている。
だが私の顔を相手は知らないだろう」
陸軍最高権力者の一言に対して反論する馬鹿はいない。
彼の作戦に対して周囲の人間が出来るのは異見ではなく提案と同意だけなのだ。
もちろん、彼が求めるのもそれだ。
「狙撃チームを用意した方がよさそうですね」
愚かな情報を提供した大佐が、ようやくまともな言葉を口にした。
狙撃手には狙撃手で対抗するのが最善だ。
互いの思考を最も理解し、相手が取る行動を予測出来るのはやはり同じ狙撃手に限る。
殺された狙撃チーム以外にもこの基地には別に狙撃手はいる。
それも、軍を代表する腕利きの狙撃兵が。
出し惜しんで全てが水泡に帰しては元も子もない。
今は、出来る限り最善の手で迎え撃つ。
覚悟を決める。
イルトリアとの戦争も視野に入れ、切り札を切ることにした。
「すぐに作戦部隊を編成する。
ジョン・ドゥも用意しておけ」
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
遮光カーテンで朝日を遮った暗い部屋で、その人物は焦りを感じていた。
焦燥を覚えるのは久しく、それは計画全体に支障をきたすまではいかないまでも、その人物を臆病にしかねない毒として認識していた。
臆病であることは時には必要なことだが、計画を考え付き、実行に至った段階でその脆弱な思いは捨てなければならないものだった。
その人物は大勢を裏切り、大勢を犠牲にし、そしてより大勢を救うという大役を担っていた。
今さら臆してはならない。
その段階はとうの昔に過ぎている。
そもそもの計画の狂いが生じたのが、いるはずのない人物の登場だった。
当初は二五人、それが全員のはずだった。
その数を殺せば難なく終わるはずだったのに、二六人目が現れてしまった。
イルトリア軍きっての狙撃の天才、ペニサス・ノースフェイス。
数多くの戦場で数多の屍を築き上げ、観測手を嫌う稀有な狙撃手は、今の状況でその本質を発揮することだろう。
それは予定にないことだった。
そもそもの計画では、彼女は登場しないはずだった。
彼女がいなければ今頃は、当初の計画通りに物事が進み、願いが叶う瞬間、花が芽吹く瞬間を特等席で眺めていた事だろう。
望む世界の到来を、歓喜を以て迎え入れ、自らの行いの正しさを示していたはずだ。
だがそうはならなかった。
136
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:57:14 ID:ZLy5QeVs0
たった一人の生存者、たった一人の例外が全てを狂わせた。
協力者に連絡を取ろうにも、今の状態と状況がそれを許さない。
今は立場がある。
どうにか別の手段で計画を逸れてしまった軌道を元に戻し、目的を達成しなければならない。
それが困難であることを理解しているからこそ、その人物は焦っていた。
ペニサスは間違いなく障害となり、準備した計画を一瞬で終わらせてしまうかもしれない。
長年の夢。
今、この些細な障害一つで人生最後の願望が頓挫してしまう事を恐れた。
夢が夢のままで終わることほど悲しいことはない。
夢は成就してこそ、初めてその価値と意味を持つ。
形にならない夢など、ただの妄想と変わりない。
それが、たった一人の人間によって起きてしまうなど、あってはならない。
多少強引にでも夢を実現させるための行動を起こさなければならないと意を決し、その人物はオバドラ島のホテルからグルーバー島を見つめた。
朝日が照らすグルーバー島。
恐らくあそこに、ペニサスがいる。
憎き魔女。
忌まわしき魔女。
ナパーム弾で街もろとも焼き殺せば、労力を割かずに済むというのに。
こうなれば、容赦も情けもいらない。
彼女には最優先で消えてもらう他ない。
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かつて、これほどまでに多くの訪問者が島唯一の火葬場に来たことがあっただろうか。
否。
市長が死んだ時でさえ、これほどまでの人だかりはなかった。
一〇〇人を優に超す参列者、もしくは、見学者の群れは小さな火葬場を取り囲み、鉛弾で体重を増やした死体や細切れになった死体が焼かれるのを、今か今かと待っている。
私服姿で興味本位の者がほとんどだったが、一部には喪服を着て、これから焼かれる軍人達に対して敬意と共に離別の悲しみに涙する者もいた。
その中に紛れるようにして、周囲に鋭い視線を向ける者達もいたが、島民の中に気にする者は誰一人としていないだろう。
無論、山中から火葬場を見下ろす多くの視線に気づく者など皆無だった。
山中で少数のグループに分かれて警戒をするのは、合計五〇名の兵士達だ。
森林用の迷彩服に身を包み、会話をすることも無暗に音を立てることもせず、静かに林の間を通りすぎていく。
人の気配に驚いた鳥や野生動物達が反応を示すが、彼らは一切意に介することなく散策を続ける。
火葬まで残り三〇分。
その前後に生き残ったイルトリアの軍人が行動を起こす可能性は高く、その場所として選ぶとしたら、火葬場を見下ろすことの出来る位置だ。
火葬場の状況を把握することが出来る位置にいれば、射撃能力の高さを活かして高官を狙い撃つことが出来る。
それを防ぐためには、場所の特定と敵の正体を知る事が必要だった。
137
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:58:22 ID:ZLy5QeVs0
兵士達に与えられた敵に関する情報は二つ。
一つは、射撃の腕が並外れて優れた人物。
二つ目は、狙撃手の可能性が高いという事だった。
単独行動をする狙撃兵は厄介だ。
彼らはカモフラージュ術に優れ、どのような場所にでも姿を溶け込ませる術に長け、動物達にすら気づかれることなく行動することが出来る。
その道の一流の人間ともなれば、目の前を人が通り過ぎても気付けない程の偽装術と集中力を持っている。
彼らが探すのは、まさにそう言った類の一流の人間だった。
ジーン・オサリバンは以前に狙撃手と共に作戦に参加したことがある。
戦場でジーン達が汚れ、銃弾の洗礼を受ける中、狙撃兵は遠方の安全な場所から敵の指揮官を狙撃し、ジーン達の撤退を援護した。
彼が気付かない間に背後に忍び寄っていた敵の脊髄を一発の銃弾が撃ち抜いた瞬間、
ジーンがこれまでに抱いていた狙撃手に対してのイメージが一変し、その心強さは神のそれに匹敵するのだと理解した。
故に、ジーンは狙撃手の恐ろしさが分かる。
彼らは人並みならぬ訓練と経験を積み、一発の銃弾に並々ならぬ集中力を用いる。
それは鋼鉄の精神を持った人間。
機械のような正確さと冷静な判断力に基づき、最適の一発を放つ死の運び手。
油断をした人間から真っ先に命を奪いに来る彼らを探し出すというのは、自ら死に歩み寄るような物である。
彼らは優れた射手であり、狙いは必中にして必殺。
射程圏内に入る前に姿を捕捉され、射程圏内に入った瞬間に撃ち殺される。
それが狙撃手だ。
身震いをどうにか押さえつつ、ジーンは鬱蒼と茂る木々の間にせめて変わった何かが見つけられないかどうか努力していたが、
本気になった狙撃手がそうやすやすと見つかるはずがないことを知っており、無意味であることを理解しながらも任務に没頭していた。
何か異常が見つかれば、せめてもの手がかりになる。
その異常がないことが、すでに正常の証とも言えた。
結局、全ては大将の推測にすぎない。
推測の域を出ない以上、そもそも狙撃手がいるかどうかも危うい。
これが思い過ごしであればいいのにと、ジーンは切に願った。
すでにこの規模の兵士を動かしている時点で、相手の狙撃手の力が如何程の物なのかが容易に知れる。
比率で言うならば一対五〇。
たった一人を相手に五〇人が血眼で探しても見つからず、例え見つからなかったとしても、五〇人がたった一人を相手にするという異常さを考えればその重要性と危険性が分かるという物だ。
木々の間から差し込む緑色の光が、幻想的に森の姿を照らす。
朝の澄み切った空気に、少しずつ地面から立ち上る湿った空気が混ざり、森の香りと呼ばれるそれが生み出されていく。
湿った落ち葉と乾いた落ち葉を踏みしめる跫音が重なり、風に吹かれた枝葉が擦れる音が潮騒と混ざる。
刻一刻と迫る火葬の時間。
何事もなく終わってほしいと願うのは、ジーンだけではないだろう。
腕に巻いた時計の秒針が進むのを止めたいと渇望するのもまた、無理からぬ話だ。
出来る事ならば戦闘は避け、命を危険に晒すリスクを減らしたい。
誰も好んで死地に足を踏み入れたくはないのだ。
後続の兵士達の集中力が次第に散漫になってくるのが、ジーンには分かった。
慣れが兵士の寿命を縮めることをよく理解しているジーンは、振り向き、手振りで集中するように指示をする。
時間までに見つけられなければ、先手を取ることは不可能だ。
狙撃手相手に後手に回るのは生存確率を極端に下げる。
138
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:59:07 ID:ZLy5QeVs0
生き残り、そして勝つには生き残った兵士が何か行動を起こすよりも先に彼を見つけ出し、捕獲もしくは射殺しなければならない。
だが無線機は一向に敵発見の知らせを告げてはくれない。
五〇人の他にも狙撃に精通している人間が位置に着いているはずだが、その彼らでさえも沈黙を保ったままだ。
果たして本当にいるのだろうか。
確かに、早朝に起こった事件の内容を考えれば狙撃手の存在が濃厚だろう。
観測手と狙撃手の四人をアサルトライフルで狙い撃つなど、並の兵士の仕業ではない。
それでも、狙撃手が賢ければ中隊相手に一人で戦争を仕掛けるとは考えにくい。
イルトリア人ならば猶の事そうだ。
彼らは徹底した軍人だ。
感情ではなく利害で作戦を考え、行動する。
その様は機械の様でもあるが、戦い方は獣そのものである。
基地が攻め落とされた今でも報復をしてこないのは、彼らが大きな戦争の果てに残る物が何なのかを冷静に分析し、理解しているからに他ならない。
倉庫を爆破したのは一時の報復で、それ以上は何もしてこないかもしれない。
楽観的な意見が鎌首をもたげたその一瞬。
無線機から火葬が始まった事を告げる連絡が入ってきた。
______________________∧,、___
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
火葬が始まると、予想していたよりも島民の反応が大きく、女性の一部は口元を隠して涙を流した。
死体を焼き始めた証である黒煙が煙突から立ち上ると、そのどよめきは大きくなった。
参列者に扮して潜入していた兵士達は、周囲に視線を向け、不自然な行動をする人間がいないかを探した。
兵士同士で視線が合うと、彼らは首を横に振ってこの状況の中で探し出すのは非常に難しいことを表現した。
もしも一人だけが感情的な反応をしていればすぐにでも見当が付けられるが、数が増えれば当然それが難しくなる。
とてもではないが、数十人規模の人間を理由もなく確保するのは無理だ。
半ば諦めの感情が入り混じる中、彼らの中にはもう一つの思いがあった。
仮に敵が森ではなくこの人ごみの中にいるのだとしたら、この混乱を利用していつ誰が殺されてもおかしくはない。
ある種の恐怖が彼らの中に芽生えつつあった。
その時、彼らのイヤフォンから蚊の鳴く様な小さな声が聞こえてきた。
『ぜ、全員に……通達……い、イルトリアの兵士が……!!』
直後、耳をつんざく絶叫が彼らの耳を聾した。
この世のものとは思えない、苦痛に満ちた叫び声。
それは人ごみの中から聞こえてきた。
断末魔の声が響き渡り、それは周囲に恐慌状態を引き起こさせた。
悲鳴が響き、人ごみが一気に動く。
引き留める訳にもいかず、動けなかったのは訓練された兵士達だけだった。
そして、血溜まりの中に膝をついて俯く喪服姿の一人の男。
139
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 22:59:55 ID:ZLy5QeVs0
胸元から流れ出る赤黒い血が彼の白いシャツを染め、土の地面に染み込んでいく。
顔は青白く、周囲の騒がしさにも微動だにしない。
項垂れた生気のない顔は、グレーボヴィチ・チェルチェソフのそれに間違いなかった。
人が去った火葬場の前に取り残された喪服の男達は、全員が同じ行動をほぼ同時に取った。
「コードレッド!繰り返す、コードレッド!グレーボが殺された!」
緊急事態発生を告げる暗号を無線機に向けて叫ぶ。
走り去った民間人達を追うのも捕まえるのも無理だと素早く判断し、グレーボヴィチの脈を測る。
見た目の通り、脈は止まっていた。
死んだばかりのグレーボヴィチの元に駆け寄り、死体を調べる。
殺されたばかりという事は、証拠になりそうなものがあるかもしれない。
あれだけの混乱の中で完全の証拠を隠しきるのは難しいはずだ。
彼の背中から胸に貫通しているのは、どこにでも売っているアイスピックだった。
肋骨に当たらないように解剖学めいた正確さで突き殺したとなると、その腕は一流と認めざるを得ない。
むしろ、あれだけの人がいる中で正確に軍人だけを刺殺したことが恐ろしい。
背後から忍び寄り、彼を脅し、殺したのだ。
グレーボヴィチはアメフト選手のように立派な体格をしていて、腕っ節で押さえつけるには相当な力がいる。
また、アイスピックをここまで深く突き刺すとなると、小柄ではなく大柄。
女はあり得ない。
男だ。
つまり、体格のいい男が敵の正体。
他には何も残されていないが、彼らが見ていない物を見ている可能性がある。
「誰か何か見てないのか?!」
それは、火葬場周囲の山に散った五〇人の兵士達に向けての言葉だった。
上から見下ろしていれば、何かを見た者がいるかもしれない。
だが、期待した答えは一つも返ってこない。
「くそっ!!」
大将の推測は当たっていた。
凄腕なのは間違いない。
最早、疑念の余地もない。
一流の狙撃手と言うだけでなく、一流の軍人だ。
そして、その一流の軍人はジュスティアに対してまだ復讐をやり遂げるつもりでいる。
正気ではない。
狂気の沙汰だ。
いくらイルトリア人とはいえたった一人で出来る事など限られていると油断した結果、これだけの人がいる中で堂々と刺殺された。
無線が飛び交い、目撃情報や手がかりを必死に集めようと必死になっている。
民間人の群れをどこかで止めなければ、敵はまんまと逃げおおせてしまう。
それを阻止するために決断を下したのは、サミュエル・キングスレーだった。
140
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:00:15 ID:ZLy5QeVs0
『橋を封鎖しろ!今すぐに!』
バンブー島から外部に逃げるには、二つの橋を使う必要がある。
一つはジュスティアに通じる大きな橋――すでに封鎖済み――と、グルーバー島に通じる橋だ。
この橋を封鎖すれば、敵はバンブー島に閉じ込められる。
いくら正体不明の人間でも、四方を囲まれた狩場に誘い込まれれば間違いなく捕まる。
山で索敵をしていた五〇人がその命令に従い、一気に下山し、橋の確保と逃げ出した民間人の足止めを急いだ。
取り急ぎ行わなければならないのが、車輌で移動した民間人を島から出さない事だ。
万が一敵が車輌で逃亡を図った際にと用意した部隊が橋を封鎖するのが先か、車輌が通過するのが先か。
無線が上手く繋がってくれていることを願うばかりである。
『橋の封鎖、完了いたしました!通過車輌は今のところいません!』
物の数分で封鎖が完了したことに驚きと感動を覚え、兵士達の士気が高まる。
今なら間に合う。
仲間を殺した敵と邂逅し、仇を討てる。
事件の終わりが見えてきたことにより、兵士達はこれまで以上に慎重に、そして早急に行動を起こした。
山から下りてきた五〇人は半分に分かれ、一方は走って逃げる市民を追い、一方は陽動作戦の可能性を警戒して友軍の周囲に警戒の目を向けた。
市民に紛れていた兵士達はセダンに分乗し、敵を追うことにした。
三人の兵士が残り、殺されたグレーボヴィチの死体を死体袋に詰め、火葬場の中にある死体安置所に運んだ。
そこで手がかりになりそうな物を探し、仲間に伝えることで犯人像をより明確にする狙いがあった。
ステンレス製の台の上に寝かされて徐々に体温が低下していく死体を見つめ、バルトロメイ・アスタは慎重にアイスピックを引き抜いた。
赤黒い血がどろりと溢れ出し、死体袋の中に溜まっていく。
抜き取ったアイスピックをビニール袋に詰め、死体に何か残されていないかを調べようと、死体を袋から出して、死体が血で汚れないように気をつけつつ、体の傷を探していく。
ふと、誰かの視線を感じて顔を上げる。
だが誰もいない。
死体安置所には三人。
他の二人は死体に視線を向け、熱心に探し物をしている。
気のせいだと思い、再び視線を死体に向けた。
鈍い銃声が二つ、安置所に響いた。
「なっ?!」
目の前の死体が二つになっていたことも驚きだったが、彼に銃腔を向ける人物が若い女性である事にも驚いた。
鳶色の瞳は鋭い眼光を放ち、夜のように黒い髪は後ろで一つに束ね、長身の体を包むのは黒い喪服。
まるで地獄からの使者だ。
サプレッサーを付けたグロックの銃腔は彼女の瞳と同じく、静かに彼を睨めつけているだけだが、何よりも雄弁な存在だった。
この女性がイルトリア人であることは、言葉を聞かずともその雰囲気だけで十分に伝わった。
まさか、彼らが追っていたのがこれほどまでに若く美しい女性であるとは、夢にも思っていなかった。
この場に残っている友軍は三人だけ。
銃声は室外に漏れたとしても、物を叩く程度のそれに減っているだろうから、誰かに聞かれた可能性は少ない。
助けは期待できない。
141
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:01:41 ID:ZLy5QeVs0
「お前が……」
('、`*川
女性は人差し指を唇に当てて、沈黙を要求した。
その仕草はとても女性的で、人を二人殺したばかりとは思えないほどの優雅さがあった。
軍人とは少し違う、妖艶な雰囲気。
これから殺されるのだと分かっていても、心が恐怖に怯え竦む気配がない。
自分のことながらバルトロメイは自分が分からなかった。
恐ろしいはずなのだ。
憎いはずなのだ。
それなのに、心に生まれたのは死と向き合う穏やかな心だった。
殺されるのであれば潔く。
死ぬのであれば騒がずに。
この女性が慈悲深くもその機会を与えてくれたのであれば、諦める他ない。
無意味な抵抗をして殺されるぐらいなら、静かに死なせてもらおう。
ゆっくりと瞼を降ろす。
広がるのは暗闇。
血と硝煙の香りが鼻孔を刺激する。
だがそれも、次の瞬間にはただの暗闇へと変わり、彼がそれ以上何かを感じることはなかった。
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考え得る限り最悪の成果だった。
敵を探すはずが新たに四つの死体が増えただけで、更には橋を封鎖したにもかかわらず何も成果を挙げることはなく、島民を長い間拘束できないこともあり、封鎖は解除された。
その封鎖が生んだ成果は島民の不満だけだった。
使用された銃弾は九ミリ口径の物で、イルトリア軍が正式採用しているグロックであろうと推測された。
だが意味のない結果だ。
凶器の種類はさほど大きな意味を持たない。
使った人間がどこにいるのか、それが大切なのである。
それ以外の情報は、今は何の気休めにもならない。
この最低の成果を聞いた瞬間、陸軍大将は捜索隊を組み、改めてバンブー島を虱潰しにして探すという結論に至った。
検問で見つけられなかったという事は、まだ島に残っているはずなのである。
橋で不審者に対する検問は継続し、森や廃屋に逃げ込んだと考えられる敵を探さなければならなかった。
唯一、進展があったことがある。
142
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:02:15 ID:ZLy5QeVs0
敵の正体について、ある情報が入ってきたのだ。
信頼性のある情報筋から敵兵についての情報を手に入れたジュスティア軍は、これまで以上に慎重に作戦に取り組まなければならなかった。
相手は練磨の女性狙撃兵。
長距離狙撃に長けたその人物の人相までは分からないが、彼らが当初想像していた兵士像とは真逆の人物で、女一人に踊らされていたというその事実が、兵士達のプライドを傷つけた。
男社会が根強いジュスティア人にとって、それは許されざる行いだった。
名誉挽回のために、兵士達は血眼になって島を捜索していた。
燃えるような夕日が水平線の彼方に沈もうとする中、手がかりと呼べるものは一つも見つかっていない。
だがそれは予想通りだった。
優れた狙撃兵は簡単には捕捉できない。
ならば、根気強く徹底的に調べるまでだ。
作戦の指揮を任された陸軍のハインツ・カーコフ大佐は仮設指令部のテント内で煙草を吸いながら、心の中に湧き出てくる苛立ちを抑え込んでいた。
ハインツは狙撃兵に対して怯える軍人の姿が気に入らなかった。
射撃の才能があろうが、単独行動に長けていようが、所詮は一人の軍人でしかない。
軍人も職業を捨てればただの人間だ。
魔法使いや化け物ではない。
優れた人間と言うだけで、怯え、ここまで大事にしなければならないのが我慢ならなかった。
しかし、それでもハインツは狙撃手の優秀さを否定するわけではない。
彼らは弾薬を節約し、少数で戦局を変えるだけの影響力を秘めている。
それは事実だ。
事実ではあるが、やはりその域を出ない。
狙撃手には狙撃手が最良の対抗手段だと考える彼は、すでに動員した五〇名の兵士とは別に三組の狙撃チームを動かしていた。
彼らは少数にも拘らず、一人の犠牲でイルトリアの駐屯基地を攻め落とした優秀な人材の集まりだ。
パレンティ・シーカーヘッドが指揮を執る狙撃チームは、今頃は狙撃手の好みそうな場所、狙撃手が逃げ込みそうな場所を重点的に調べているだろう。
捜索隊には徹底して集団行動を意識させ、少数の部隊を編成している。
はぐれてしまえば知らぬところで殺される可能性がある事は、すでに火葬場で証明されている。
互いに背中を守るという意識を持たせたことにより、兵士達は安心して任務に当たることが出来ていた。
また、部隊に一人だけいる無線手にはゴーグルタイプの暗視装置を携帯させている。
暗視装置を使えば、木の葉の下に隠れていようが熱を発する以上、見つけることが出来る。
対赤外線用のスーツでも持っていれば別だが、そう簡単に手に入れられるものでもない。
また、同士討ちを避けるために半日近く発光するペンライトを装備させており、遠目に見ても友軍がどこにいるのかが分かるようにしてある。
逆を言えば相手にとっては獲物の位置が分かるが、それも一つの狙いだ。
位置が分かる相手に攻撃を仕掛けてくれば、こちらも相手の位置を知ることが出来る。
それに、日中の明るい時間帯でなくても、こちらは敵を探すことが出来る。
むしろ、この夜という時間を待っていた。
相手が例え優れた狙撃能力を持っていても、夜闇の中で行う狙撃が日中のそれとは比べ物にならない程難しいことに変わりはなく、相手の狙撃精度が落ちる今こそがこちらにとって好機と言えた。
打倒するならば今が最適にして最高の瞬間と言える。
少しずつ空が暗くなり、テント内を照らすランタンが頼もしく思えるようになってきた。
143
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:02:58 ID:ZLy5QeVs0
大型の無線機からは絶えず報告が行われ、それを聞いた兵士は地図上に印をつけて捜査網の動きを逐一確認していた。
同じ場所に向かいそうになった時にはこの本部から無線が飛び、無駄な動きや網の死角を指摘することで狙撃手の動きを制限した。
ここは一つの大きな頭脳として機能し、作戦方針を部隊全体に通達し、必要とあれば救援のための指示もする。
離れた位置から戦場を見ることで得られる考えもある事を、彼は熟知していた。
優れた一つの頭脳が数多の部隊を動かす様子は、チェスを彷彿とさせる。
事実、彼は優れたチェスの名手だった。
「……さて、どう出るかな」
紫煙と共に吐き出す言葉には、ある種の挑戦的な響きが含まれていた。
軍人として心が躍っているのは事実だった。
ハインツはチェスの腕前は我ながらたいしたものだと自負しており、頭を使う事が好きだった。
その彼が普段から夢想していたのは、イルトリア軍との戦闘だった。
もう長い間、イルトリアとジュスティアは戦争をしていない。
彼が知るのは先人が語る話だけで、それはお伽噺のような物だった。
だがその話を聞かされ続けた彼は、いつしか物語に出てくる悪魔のような軍隊との戦闘を望むようになっていた。
一度手合わせをしたかった。
ハインツの頭の中では、すでに駒が動いていた。
無論、相手の駒も。
要は互いの手の内をどれだけ読めるか、それが勝敗を決する。
チェスと同じく、相手の次の手を予想し、それに合わせた最適な動きを相手よりも先にすることが出来れば、被害は最小限に抑えたまま勝利を手にすることが出来る。
軍人として優秀なイルトリア人との戦いは、互いの思考をどれだけ読めるかの勝負でもある。
相手も無能な人間でなければ、こちらの動きを読んでくるはずだ。
先の先を読み、それが最終的にどこまでの成果を出せるか。
軍人として生きる彼にとってそれは職業柄得ることの出来る旨みであり、楽しみでもある。
相手がどう反応するのか、実に楽しみだった。
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ライフルケースを背負ったペニサス・ノースフェイスは眼下の森で光る無数のライトと、開けた場所に建てられた野営陣地を頂から眺めていた。
正確な人数は分からないが、捜索部隊は三〇名を下ることはないだろう。
規則正しい行動と無駄のない動きは、明らかに訓練で培われた物だけではなく、誰かが指示をして成り立っている物だと一目で分かった。
まるで巨大な一つの個体のように動き回る彼らがペニーを見つけるのは時間の問題だ。
しかし、何よりも感心するのは彼らがバンブー島の、この山をピンポイントで捜索対象に選んだことだった。
海からの脱出や街中の潜伏などの可能性を捨てて、真っ先に山を選んできた。
頭が切れるだけでなく、大胆な指揮をする人間がこの作戦の指揮官であることはまず間違いない。
優秀な指揮官は兵卒の部隊でも歴戦の古強者のように動かすことが出来るという。
先に殺しておけば、この作戦の綻びを作るには十分だろう。
いくら正義感に溢れるジュスティア人でも、指揮官が最前線に出てくることは考えにくい。
ドラグノフの上に装着された赤外線暗視装置付光学照準器を覗き、赤い熱源として表示される人影の位置を確認する。
大きく三つの部隊に分かれ、扇状に広がって山中を動いているようだ。
間をすり抜けて司令部に到達するのは難しい。
144
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:04:15 ID:ZLy5QeVs0
相手もこれだけの規模の兵士を暗闇の中で行動させるという事は、この闇は相手にとって不利ではない事を意味している。
それはつまり、暗視装置の類を持ち込んでいるか、もしくは強化外骨格を持ち出している可能性が高かった。
その両方も勿論可能性として考えるには十分な物で、ペニーが葬儀場で彼らに与えた打撃が逆鱗に触れたことは間違いない。
相手が激怒したことを想像し、思わず笑みがこぼれる。
これで、彼らは戦いの舞台から降りられなくなった。
後は燃え尽きるまでやり通すだけ。
詰まる所、戦争とは感情のぶつかり合いに近い。
ペニーは感情で戦わないように訓練を受けてきたが、それは感情を表に出さないように戦うという事で、感情そのものを殺して戦う事ではない。
仮に完全に心を殺して戦う人間がいるとしたら、任務中に求められる臨機応変な対応と言うのは一切期待が出来なくなる。
チームワークの欠如した兵士は邪魔者でしかない。
だからペニーは今回、感情に身を任せての復讐ではなく、より確実な方法でジュスティアに報復する手段を考え続けている。
感情に捉われた人間の思考は単調な物であり、読むのは容易くなる。
だからこそペニーは相手を怒らせるような行動を起こし、次の行動を予期しやすくしたのである。
基地の爆破、人ごみの中での刺殺。
この二つはジュスティアの面子に泥を塗り、侮辱するものだった。
彼らがいる限りその場所は絶対に安全だという自負を、ペニーが二度も覆したのだ。
激怒して当然だし、激怒しなければジュスティア人ではないとまで思っていた。
予想外だったのはここに至るまでの適切な指揮だ。
こちらの素性は知られていないにも関わらず、狙撃手を相手に想定した動きは、少ない証拠から短時間で正体に検討を付けてきた。
この作戦と同一人物かは分からないが、ジュスティア軍人の優秀さを改めて肝に銘じざるを得ない。
それでも、相手は完璧だったとは言えない。
この状況にありながら、ペニーは不利ではない。
それどころか、有利とさえ言える。
所詮は物量の問題だ。
質は量に勝る。
烏合の衆が集まったところで勝てない存在というのは実在するという事を、冥途の土産に教えてやろう。
この大胆な作戦は人員の差からくる自信と、最新の装備を豊富に持つ彼らの方が夜間では有利に動けると考えての行動なのだろうが、愚かとしか言いようがない。
むしろ逆だ。
多数が相手なら、簡単に攪乱することが出来る。
陽動は狙撃手の十八番であり、その技術は場を重ねるごとに進化をしていく。
いや、巧妙化していくと言った方がいいだろう。
小難しい細工や最新の道具は必要ない。
相手の思考を読めば、そのような大層なものなど必要とせずとも、相手を意のままに操ることが出来る。
最も近い集団がペニーのいる峰に到着するまでには、早めに見積もっても一五分程度。
作業をするには十分な時間である。
大きな木の枝を使って土を掘り起こし、そこに枯葉と枝を重ねていく。
そしてメタルマッチを使い、火を起こす。
徐々に火が大きくなると、火を安定させるために太い枝をくべた。
背の高い石でその周囲を囲んで、風防を作る。
145
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:04:45 ID:ZLy5QeVs0
そして、石の下に枝を二本、穴の上をまたぐ形で置く。
その上に大きな葉を乗せ、そこに一発の銃弾を乗せた。
葉のフライパンで銃弾を炒る様な奇妙な装置を作り上げ、ペニーはその場から駆け出した。
稜線から体を出さないように気を付け、島の西を目指す。
島の西には南の麓まで続く清流がある。
その清流に沿って進めば、自ずと敵の拠点にまで辿り着ける。
川の水流がペニーの跫音を隠してくれるため、絶好の奇襲ルートだった。
狙いは全滅ではなく、指揮官の殺害による指揮系統の麻痺。
全滅させるのはその後でいい。
落ち葉を踏みつける音が森に吸い込まれ、風の生み出したそれと同化していく。
闇の中でも駆け抜ける速度は堕ちていない。
生い茂る木々の間を難なく走り抜けるために、ペニーは目を暗闇に順応させてあった。
月光だけでも十分な光源となる今、ペニーは日中と同じ感覚で森を走ることが出来る。
違いは色彩が鮮やかでない事だけ。
モノクロの世界の中、浮かび上がる木々の輪郭や木の根のシルエットは分かり易く、それ故に躱すのは簡単だった。
夜行性の肉食獣を彷彿とさせるしなやかな動きで駆ける彼女の姿を見咎めるのは、物言わぬ動植物だけだ。
枝葉の間から降り注ぐ月光が光の柱となって幻想的な景色を作り出し、海底に降り注ぐ陽光を連想させる。
黒いマウンテンパーカーとオリーブドライのカーゴパンツという格好は、軍用の戦闘服の代用品だった。
マウンテンパーカーは保温性と防水性、そして透湿性が高く、極めて軽量で頑丈な点が特徴である。
激しい運動に支障をきたすこともなく、まさに理想的な上着と言えた。
カーゴパンツについてはチャックやボタンで留めることの出来るポケットが複数あり、弾倉を多く携行出来るからである。
弾の数は命を持たせるための時間と言い換えてもいい。
現代戦に於いてナイフが活躍する場面は減り、拳銃がその地位を獲得している。
だがいくら銃が優れた武器だとは言っても、弾がなければただの鈍器でしかない。
銃を鈍器としてではなく、本来の飛び道具として使うのであれば、弾は必要不可欠だ。
当然の理屈ではあるが弾は無限ではなく、ナイフのように研石があればどうにかなるような物ではない。
現地調達も必ず成功するわけではないし、当然、弾の中には不良品もある。
一〇〇人の敵に対して同じ弾数では足りない。
イルトリアではそのことを徹底して教え込まれ、拳銃の弾よりもライフルの弾を多く持つようにと訓練を受けている。
主に使われている拳銃の弾種は限られており、現地調達は比較的容易だ。
対してライフル弾はその種類が多く、仮に殺した敵から弾を奪っても自軍では使えないことが多々ある。
少し開けた場所に出て来た時、ペニーはその足を止めた。
周囲を見渡し、夜光塗料で浮かび上がる腕時計の針を見る。
一分弱で数百メートルを移動したことを確認し、再び地面を掘り始めた。
先ほどと同じ要領で火を起こし。
銃弾を葉に乗せようとした正にその時、ペニーが最初に仕掛けた装置がその役割を果たす時を迎えた。
熱され、乾燥した葉は燃え、そしてその上に乗っていた銃弾と共に火の中に崩れ落ちる。
そして、熱された銃弾の火薬がさく裂する。
146
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:06:30 ID:ZLy5QeVs0
森中に響き渡る一発の銃声。
これが合図となった。
銃声が鳴り響いたその瞬間、森中に一気に緊張が走った。
目に見えずとも、音が聞こえずとも、ジュスティア軍の全員が攻撃を受けたと思い、緊張状態となったのは空気の変質によってペニーの肌に伝わった。
仕掛けの仕上げとして銃弾を乗せ、ペニーは元来た道を引き返した。
______________________∧,、___
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
サンディー・スティーブンの耳に銃声が届いた時、彼はその銃声の発生源に最も近い場所にいたが、
森に木霊した銃声はその位置を特定し辛く、音が聞こえてから頭を上げても発砲炎は見えないため、彼はそれに気付けなかった。
それに、光が見えなければ発砲場所までの正確な距離も分からない。
「銃声を確認しました!」
考えるよりも速く、サンディーは無線機に向かって叫んだ。
彼と同じ考えをした多くの人間も同様に銃声があったことを告げる報告をしたことにより、無線が交錯し、混乱状態となった。
全ての情報は本部に集約される。
集約された情報に従って動く彼らは、本部からの応答を待った。
それは台風の目のような状態だった。
混乱の直後に訪れる一瞬の静寂、そして再び始まる混乱。
誰もが足を止めて、無線機からの答えを切望する。
ハインツ・カーコフはその望みに答えた。
『こちら本部。
銃声はこちらでも確認した。
第二射を見逃さないようにしつつ、予定通り山頂を目指すんだ』
「了解!」
話によれば相手は狙撃手だという。
なら、一射目の後には必ず移動をする。
その移動する方角が分かればその方向に先回りが出来る。
第二射で目視し、第三射で動きの法則性を把握する。
『被害状況報告』
「こちらサンディーS、被害はありません」
堰を切ったように次々と数十の部隊から状況報告が入り、情報が集約されていく。
パズルのように集まった情報は自然と一つの答えへと導かれ、次の動きへの標となる。
『こちら本部。
幸いなことに被害状況は皆無だ』
147
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:08:21 ID:ZLy5QeVs0
一安心するまもなく、次の銃声が響いた。
そして今回は、大勢の人間が発砲の際に生じる光を音よりも先に確認できた。
サンディーもまた、その内の一人だった。
「サンディーS、発砲炎を確認しました。
こちらから十一時の方角。
音は約二秒遅れました」
『こちらバイロンB、発砲炎を一〇時の方角に確認。
こちらも約二秒の遅れ』
『ディートリッヒA、二時の方角に確認。
こちらは約一秒の遅れです』
全ての部隊からの目撃情報により、その正確な位置と距離が割り出される。
音は環境や季節によってその速さを変える。
狙撃手はそれも瞬時に計算に入れて射撃をするというが、サンディーはその知識がなく、概ね秒速三四〇メートルと記憶していた。
光を視認してから二秒後に聞こえたという事は、七〇〇メートルほどの位置に狙撃手がいることになる。
『本部、相手の位置が分かった。
第二射は山の頂上、島の西側と思われる。
本部から見て一〇時の方向だ。
ディートリッヒ隊から約七〇〇メートル』
「急ぐぞ!」
狙撃手は一度発砲をした場所からすぐに移動をする。
彼らは馬鹿ではない。
リスク管理をした上で発砲をする。
発砲場所が特定されれば自分の命が危険に晒されることぐらいは百も承知であるため、すぐに場所を変える。
その次の場所がどこなのかは、点と点を結ぶようにして発砲場所を繋ぎ、その移動の法則性を把握することにある。
例えば、一発目から一時の方向に移動して発砲したとなれば、移動する方向は多くても六パターン。
追手から遠ざかるという絶対の法則がある以上、方角が限られてくる。
途中で偽装掩蔽壕に隠れたとしても、こちらには体温を見ることの出来る道具がある。
相手が卑劣にも隠れるという手段を取った時、それが狙撃手の寿命を一気に縮める行為となる。
落ち葉で滑る足場に悪戦苦闘しながら、部隊は山頂を目指す。
再び閃光。
三発目の銃声が一秒後に耳に届いた。
距離は縮まり、そして位置は先ほどと変わっていないように見える。
つまり、まだその場所にいるという事だ。
「サンディーS、発砲を確認しました!方角は同じです。
銃声は一秒遅れです!」
『いいぞ、サンディーS。
恐らく現状でディートリッヒAと君の部隊が一番近い。
そのまま最短距離を進め。
他の部隊は扇陣形を崩さず、西と東から攻め込め。
退路を断ち、包囲網を縮めるんだ』
148
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:10:01 ID:ZLy5QeVs0
サンディーは赤外線暗視装置をかけ、視界を暗闇の世界から熱源を表す極彩色の映像に目を凝らす。
彼の目には世界が青から赤までの鮮やかな色が浮かび、熱が高ければ高いほど、赤に近くなる。
これでどこに隠れていようが一目で分かる。
山頂から拭き降りてくる温い風が葉擦れ音を引き連れて、兵士達の頬を撫でた。
心臓を何かに鷲掴みにされたような錯覚を覚える。
相手は狙撃手。
彼らが感じた感覚は、決して大げさなものではない。
狙撃手が本気で狙ったら一キロ以上先からでも人を殺す。
今のところ三発の銃弾は誰の命も奪っていないが、油断はできない。
四発目が誰かの心臓を貫かないとは限らないのだ。
『アルバート隊、ギリー隊、ベンジャミン隊、マイル隊はフラッシュライトを使用し、陽動を行え。
狙撃手を追い立て、他の部隊は出てきたところを捕えるんだ。
捕獲が難しそうなら射殺しても構わない』
誰もが正義の鉄槌を悪の狙撃手に振り下ろす瞬間を心待ちにしていた。
捕獲などしなくていい。
殺された仲間の家族のために、そして何より、彼らの仲間である自分達の望むのは狙撃手の速やかなる死だ。
彼らは正義の執行者。
彼らは正義の代理人。
その矜持こそが彼らの最大の武器であることを、今こそ狙撃手に知らしめる時だ。
彼らが奏でる軍靴に怯え竦ませてやると息を巻き、安全装置を外したライフルを掲げ、暗闇に潜む狙撃手を炙り出し、火炙りにしてやると決意を固める。
三〇分ほど山を登り、頂上が近付いてくるも、人の気配は当然感じ取ることが出来ない。
だが、硝煙のかすかな香りは嗅ぎ取ることが出来た。
周囲を睨めつけるようにして体温の高い生物の姿を探す。
「サンディーS、目的地付近に到着。
引き続き――」
――そして、四発目の銃声が鳴り響く。
だが、今度はどこにも光を見ることが出来なかった。
彼ら以外の部隊が目撃していたことを期待し、無線に呼びかける。
「銃声を確認!だが発砲炎は見えなかった!」
『ベンジャミンV、こちらも銃声は確認したが発砲炎は確認できない!確認出来た部隊は報告を!』
それから散発的に銃声の報告は入るが、誰も発砲炎を見ていない。
本部が何か新たな指示をしてくれるのを皆が待ちながら、それより前に与えられた指示を実行しながら今か今かと切望する。
だが本部は何も言ってこない。
情報の集約に時間がかかっているのかもしれない。
「被害はどうだ?」
149
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:11:33 ID:ZLy5QeVs0
サンディーの声に素早く返答が来る。
「全員無傷です」
その直後の事である。
エンジン音が森に響き、そして遠ざかっていくのを聞いたのは。
『エンジン音を確認した。
民間人か?!』
『方角はどこだ?確認出来る部隊は?!』
突如として聞こえてきたエンジン音。
それはバイクのエンジン音に思われた。
夜間の森をバイクで走る様な民間人も、この時期であればいないとは断言できない。
銃声に驚いたキャンパーが逃げ出したのかもしれない。
あらゆる可能性が頭を駆け巡る中、彼らは情報を渇望した。
一向に情報が本部から流れてこないことに苛立ちと不安を募らせ、捜索が続けられる。
その時、サンディーの暗視ゴーグルに怪しげな物が飛び込んできた。
数十メートル先の地面に赤い水溜りのように広がる熱源。
周囲よりも高いことを示す赤い表示は、まるで狙撃手がそこに伏せているようにも見える。
自らのヘルメットを叩き、後続の部下に注意を促す。
そして敵らしきものを見つけたことを知らせるハンドサインを送り、熱源に向けて忍び寄る。
銃把を握る手に汗が滲む。
そして、熱源の正体がはっきりと視界に映った時、サンディーの背筋に冷や汗が浮かんだ。
人にしては熱の大きさが小さすぎる。
暗視装置を外して肉眼で確認したのは、地面に掘られた穴に残る焚火の跡。
そしてその焚火の上に乗った真鍮製の薬莢。
キャンパーは銃弾を食べない。
つまり、これは誰かが意図的に作った陽動装置という事になる。
銃弾を熱することで銃声と光を同時に生み出し、焚火の熱が人体のそれを作り出す。
「こちらサンディーS!一杯喰わされた!銃声は陽動だ!狙撃手はここにはいない!」
ではどこにいるのか。
最大の疑問の答えは、未だに分からないままだった。
______________________∧,、___
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
四発目の銃声が響く五分前。
ペニーは山中を駆け下りていた。
視線を逸らすことが出来たのならば、次に必要なのは行動だった。
つまり、陽動ではなく本命の行動をするということだ。
150
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:13:13 ID:ZLy5QeVs0
度重なる陽動によって、敵は何が本当の攻撃なのか分からなくなっている。
三発の銃声をさせながら負傷者はゼロ。
狙撃手の技量はさほど高くなく、誰も傷ついていないが、警戒はしなければならない。
その重いが足を鈍らせる。
そして四発目こそがペニーの狙う一撃。
ペニーが山を下る速度は、少なくとも生身の人間に出せるような速度ではなかった。
時速五〇キロで山を駆け下りる彼女は、確かに、生身の状態ではなく道具を使う事でその有り得ない速度を実現させていた。
目的地を目指す彼女はバイクに跨り、ブレーキを巧みに使いこなして木の間をすり抜ける。
カモシカのような軽快な速度だが、バイクはエンジンを切った状態だった。
マニュアル車であれば例えエンジンが切れていても、下り坂ならば走行することが出来る。
それも、ほぼ無音の状態で、だ。
開けた場所に出たペニーは、そこから敵の司令部のテントを見下ろした。
テントを内側から照らすランタンの頼りの無い明かりが揺れ、そこに人影を浮かび上がらせる。
位置と大きさ、そしてテントの上に立つアンテナは司令部としての機能を果たしていることを容易に想像させた。
狙うのであればそこだ。
獣を仕留める時に動体ではなく頭部を狙えばいいように、司令部を叩くことで打撃を与えることが出来る。
例えそれが群れであったとしても、群れのリーダーを始末すればその機能が著しく低下する。
それと同じように、指揮官を殺せば確実に軍隊に打撃を与えられる。
バイクを停め、ライフルケースからドラグノフを取り出す。
スコープを覗き込み、司令部を十字線に捉える。
浮かび上がるモノクロの映像は熱源によってその色を変える。
テントの内側で椅子に腰かける人間を見つけ出すのは、難しいことではなかった。
これだけ広い場所に部隊を展開するためには、情報の統制が必要になってくる。
統率者を始末すれば、部隊は脳を失った体と同じように機能が麻痺する。
そこに隙を見出せる。
弾倉を差し込み、交換を引いて初弾を薬室に送り込む。
全ての部品が滑らかに稼働し、銃に命が宿る。
掌に感じる木の銃把。
鉄の冷たさとその重みが、命を奪い取る道具としての信頼性を語ってくれる。
数歩下がって柔らかなバイクのシートに銃身を乗せ、安定させる。
肩の骨に銃床を当て、頬をチークパッドに乗せ、腕全体で完全にライフルを固定させる。
筋肉ではなく骨で固定させることで、余計な振動がなくなってくれる。
人差し指をゆっくりとトリガーガードに添えるようにして合わせ、それから銃爪にそっと触れる。
息をゆっくりと吸い込み、倍近く時間をかけて吐き出す。
距離、風向き、風力、湿度を考慮し、十字線の位置を動かす。
距離は一キロほど。
151
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:14:38 ID:ZLy5QeVs0
彼女の手に抱かれるドラグノフの有効射程内であるが、急所に当てなければ必殺とは言い難い距離でもある。
狙う場所は防弾着では守ることの出来ない頭部。
小さな豆のようにしか見えないそこに狙いを合わせ、動きが落ち着くのを待つ。
頭部は人体で最も動く場所と言っても過言ではない。
その動きにあるパターンを読み、十字線の位置を微調整する。
呼吸が少しずつ整い、体がリラックスした状態になる。
力みはいらない。
必要なのは赤子のような脱力と、機械のように正確な動きだけ。
弾道を予測し、木々の動きで風を読む。
心臓の鼓動を遅らせ、心臓が脈打つ間を少しでも長くする。
中距離程度の狙撃であれば気にしなくてもいいが、鼓動一つで照準が狂ってしまう長距離狙撃の時には必ず鼓動の間に銃爪を引かなければならない。
どれだけ過酷な条件下でも狙撃手はそれが出来る。
そう訓練されているのだ。
風の音。
夜の匂い。
星々の光。
自分を取り巻く全ての環境がペニーと一つになり、遂には自分そのものが消えてなくなる感覚。
風向きの微妙な変化、湿度の変化に伴って照準が動く。
これがペニーの才能。
環境に同化し、集中力を極限まで高め、環境の変化に伴う狙点の調整を無意識の内に行う事の出来る、狙撃の才能。
硝子で出来た銃爪を引き絞るようにして、優しく、その指に力を込めた。
直後、独特の金属音を伴った銃声が響いた。
反動が肩に訪れる。
その数瞬後、視線の先の人影が倒れた。
狙い違わず側頭部に当たり、即死しただろう。
倒れた体が奇妙に痙攣するのを確認し、その死を確信した。
まだ熱を持つ薬莢を拾い上げ、それをポケットにしまう。
銃に安全装置をかけ、ペニーはそれをライフルケースにしまい、ヘルメットを被る。
バイクに跨ってエンジンをかけ、急いで山を下った。
エンジンを切った状態で逃げるという選択肢もあったが、敵を混乱させるには複数同時に多くの情報が与えられた方がいい。
多すぎる情報は時として、不利な状況を作り出す材料の一つにもなるのだ。
それを防ぐために情報の取捨選択をする司令部があるが、その司令部は今機能を失っている。
つまり、必要な情報とそうでない情報が錯綜することになる。
仮に誰かがその役割を代行したとしても、すぐには機能しない。
山の東側を目指し、アクセルを捻る。
ギアはセカンドに入れ、ブレーキよりもエンジンブレーキによる減速を優先した。
クラッチとアクセルを巧みに操作し、最速で山下りを果たした。
舗装路に出てすぐにギアを上げ、アクセルを捻って速度を上げた。
152
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:15:47 ID:ZLy5QeVs0
今回ペニーが持ち出したのは、軍で借りたオフロードタイプのバイクだった。
スピードを出すことに特化していないが、障害物を乗り越えることに関しては強みがある。
選んだ理由としては、山道を電子制御のサスペンションなしでも走破出来る事と、イルトリア軍の生き残りがいるという恐怖を彼らに植えつけられるという点からだった。
強烈な印象はその後の行動にも影響を与える。
特に、それが最初の遭遇であればなおさらだ。
例えば、どれだけ根が真面目な人間でも、偶然その人間が怒り狂っている時に出会った人間は、その後彼の事を怒り狂った人間である、という印象を持ち続けることになる。
それ以降何か善行をしたとしても、それは一生覆ることの無い印象として、残り続ける。
ペニーの狙いは正にそれにあった。
恐ろしい死神の印象を与え、戦闘経験の浅い人間の心に恐怖を植えつけることで、今後の戦闘で有利になるように仕向けるのだ。
そのためにはまだ恐怖が足りない。
狙撃手の得意分野の一つが、恐怖の拡散だ。
どうすればいいのかは、よく分かっている。
司令官を失ったことに部隊が気付くのには時間がかかる。
その間に新たな死体を生み出せば、経験の少ない人間は、次は自分の番ではないかと恐れ、一歩を踏み出すのが遅れ、顔を動かす領域が減る。
本来、狙撃手はその遅れを稼ぐのに特化した兵士であり、そのための工作を得意としている。
道路を南下し、グルーバー島に通じる橋へと走る。
司令官を殺した以上、山中にいる部隊に用はない。
用があるのは別の人間達なのだ。
検問所の明かりが見えて来た時、ペニーは徐々に速度を落としていった。
人の顔が分かるまでの距離に来たところで、ペニーはバイクを停めた。
検問所の兵士が二人、ライフルを下げた状態でペニーの前に立ちはだかる。
他に兵士はいなかった。
「すみません、現在検問中でして。
ご協力いただけますか」
視線と素顔を見られるのを避けるためにヘルメットのバイザーを上げることなく、ペニーは頷いた。
ギアをニュートラルに入れ、逃走する意思がないことを示す。
運転手が女性であることに安心しているのか、兵士達の物腰は柔らかい。
('、`*川「勿論です。
先ほどから銃声のようなものが聞こえているのですが、何か知りませんか?」
兵士二人が顔を見合わせる。
何事かを話し、手前の男が首を横に振った。
「それについてはまだお答え出来る段階になくて」
('、`*川「そうですか。
それで、身分証をお見せすればいいですか?」
「そうしていただけますか?」
153
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:18:02 ID:ZLy5QeVs0
ペニーはカーゴパンツのポケットの一つから手帳を取り出し、それを手渡した。
受け取った兵士がそれを見る。
それで十分だった。
視線と注意を逸らせれば、二人を殺すには十分だった。
電光石火の速度で抜き放ったサプレッサー付きのグロックが魔法のようにペニーの手に現れ、手帳に目を向けていた男の頭を銃腔が睨んだ。
物言わぬ銃腔が火を噴き、男の脳漿を吹き飛ばした。
事態に気付いたもう一人が銃を構える前に、ペニーは第二射を男の顔に撃ち込み、三発目を喉に当てた。
彼らが最期に残した言葉は、言葉にならないうめき声のような物だった。
頭の一部を失い、糸が切れた人形のように力なく崩折れる男の手から手帳を取り返し、全てが終わった。
この間、実に一秒半。
機能を失った検問を通り、ペニーはグルーバー島に戻ることが出来た。
しかし。
ペニーの背後からビームライトを点けたハンヴィーが猛スピードで迫ってきたのを見て、彼女は思わず目を見開いて驚愕した。
検問所に撃ち漏らしはいなかったはずだ。
となると、ペニーの動きを予想して動く別の部隊がいたという事になる。
これは完全に予想外だった。
一般兵ではないはずだ。
つまり、指揮から外れた別の部隊。
遊撃隊とも言うべき部隊が山に入っていたのだ。
それに選ばれるのは技量と経験がある人間。
間違いなく、厄介な相手だ。
予想外ではあったが、想定の範囲内ではあった。
必ず成功する作戦がないことは、百戦錬磨のペニーはよく知っている。
不都合が起こることも想定して作戦を組み立て、実行に移す。
ギアを更に上げ、追跡を振り切る事よりも自分にとって都合のいい場所に追い込むことを考えた。
ハンヴィーでは走ることの出来ない場所に誘導し、乗っている人間を降ろさせることが出来れば、
防弾使用のフロントガラスで護られたハンヴィーの優位性は完全に消失し、少なくとも有利な位置を先に手に入れることの出来るペニーに勝算がある。
市街地での戦闘は避けた方がいいだろう。
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
ハンヴィーに乗る陸軍所属のパレンティ・シーカーヘッドとヒッキー・キンドルは自分達の勘の良さに驚くと同時に、相手の技量に戦慄していた。
一撃離脱、一撃必殺を旨とする狙撃手としての仕事を見事に果たした腕利きの人間だ。
「見つけたぞ!」
ハンドを握るヒッキーに、ルーフから顔を出して機関銃を構えるパレンティが報告した。
彼らの眼前には赤いテールランプの尾を残して走るバイクが一台。
検問所を突破したイルトリアの狙撃手が乗るバイクは、グルーバー島の市街地へと逃げ込もうとしている。
イルトリア基地を襲った狙撃チームは山狩りの際に、狙撃手ならではの考えで行動をするようにと言われ、パレンティとヒッキーは本部の近くから山を見上げ、部隊の動きを見ていた。
本部の守りが手薄になってしまえば何らかの問題が生じかねないと危惧しての行動だったが、後にそれが大きな手柄を手に入れ、危惧が現実のものとなってしまった。
154
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:19:18 ID:ZLy5QeVs0
一発目の銃声の時には運悪く発砲の光を確認できなかったが、それ以降は全て見ていた。
部隊が向かっているのとは逆方向、東側から四発目の光を確認した時、敵の狙いが読めた。
それまでの銃声は全て囮で、本命は部隊を自分から遠ざけ、理想的な場所からの狙撃を行う事だった。
そしてその対象は、情報の統括者であり部隊の指揮者であるハインツ・カーコフ。
狙いに気付き、テントに急行するとそこには頭の一部が爆ぜたハインツの変わり果てた死体が横たわっていた。
彼の机上に置かれた大型の無線機からは、情報を求める連絡が絶え間なく流れ込んでいる。
情報が溢れかえり、兵士達が混乱していた。
どうにかその混乱を納めるべきではあったが、それは別の人間に任せることにした。
指揮系統の混乱はそう簡単に整えられない。
そうしている間に狙撃手はどこかへと逃げ去り、再び同じことが繰り返されてしまう。
それを防ぐために、二人はハンヴィーに乗り込んでバイクを追うことにした。
その判断は正しかった。
結果として検問所にいた兵士二名が射殺されたが、逃亡される直前に追いつくことが出来た。
「速度を上げろ!逃げられるぞ!」
パレンティはルーフを拳で叩き、エンジンと風の音に負けないよう大声で指示を出す。
(;-_-)「これで精いっぱいです!」
返ってきた弱気な返事に満足できず、パレンティは車内に戻り、怒鳴った。
「市街地に入られると厄介だ!お前のライフルを借りる!」
ハンヴィーのルーフにはM2重機関銃が搭載されている。
しかし、戦闘区域でもない中で機関銃を発砲するには上層部の許可がいる。
ジュスティア軍は縦に命令系統が構築されており、それが覆ることはない。
例えそれが最善の意見であったとしても、下から一番上に連絡をすることは出来ない。
段階を踏んで一番上に報告され、そして段階を踏んでようやく返事が返ってくる。
いや、降りてくると言った方が適切だ。
今こうして追跡行動をしているのは彼らが独立した行動を許可されているからだが、それでも限界がある。
狙撃ライフルにサプレッサーを取り付け、各部の動作を確認する。
「無線は絶対に繋ぐなよ!」
発砲許可や交戦の状況を知られれば、後で懲罰が待っている。
彼らだけでなく、初期の狙撃チームにとって懲罰や時間を取る様な事は避けなければならなかった。
彼らは真実を追っている。
何者が彼らに銃爪を引かせたのか。
誰がこの争いを仕向けたのかを調べ、そしてそれを白日の下に晒すという義務がある。
無意味に殺してしまったイルトリア人のためにも、彼らはここで立ち止まるわけにはいかないのだ。
そのためには、目撃した可能性のある最後のイルトリア人を始末しなければならない。
「こんな射撃は久しぶりだ」
155
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:20:03 ID:ZLy5QeVs0
高速、かつ縦横無尽に動く標的は普段の戦場ではお目にかかることがない。
パレンティにとってこれは草原を駆けるガゼルを撃ち殺した時以来の経験だ。
棹桿を操作し、初弾を薬室に送り込む。
ボルトアクションは連射が出来ない。
そもそも狙撃手は一撃必殺の射手。
二射目を考える時点で間違っているのだ。
例え相手がどれだけ速く移動しようが、そんなものは関係ない。
当てることが出来ればそれでいいのだ。
息を吐き、呼吸を整える。
他人のライフルでも、どうにか使えるだろう。
殺すのではなく、止めるための射撃ならばそこまで精密さは必要ない。
どこかに当たりさえすればいいのだ。
市街地と山の分かれ道に差し掛かり、パレンティは予測射撃をするため、十字線を市街地に続く東の道に向けた。
距離がある場合、着弾までには時間がかかる。
加えて相手が移動している場合、まっすぐに狙っても弾は標的に当たらない。
ある程度相手の進路予想地点に着弾するよう調節すれば、相手から銃弾に当たりに行く。
しかし今は夜。
視界は限られ、必中は難しい。
普通の狙撃手ならば、だ。
ヒッキーには劣るが、パレンティも狙撃の経験がある。
最長距離は一キロ。
相手は会合中のテロリストのリーダーで、環境に恵まれたこともあったが、標的はほとんど動かなかったから成功したようなものだ。
今回のような狙撃は動物を相手にするような物。
当たれば御の字。
当てなければ破滅という緊張感あふれる狙撃だ。
銃爪に徐々に力を入れるが、その前にバイクのライトは山へ続く北の道を選んだ。
予想外の動きにパレンティは戸惑った。
安全なのは市街地だ。
それは間違いない。
軍人は民間人への攻撃を恐れ、ジュスティアは民間人から犠牲者を出したくはない。
こちらにとっては幸いだが、果たして、相手が何を目的として山を選んだのかが分からない。
「……待てよ、あいつ!」
ヘッドライトがバイクのシルエットを捉え、パレンティはその車種にようやく気付いた。
それはオフローダーだった。
つまり、山道、荒地の走破を得意とする型のバイクだ。
林道や登山道でさえも容易に駆け巡る事が出来るバイクに対し、ハンヴィーは車幅があるため、山道を走るので精いっぱいだ。
ましてや、速度は今よりも遥かに落ち、慎重な運転が要求される。
林道にでも逃げ込まれれば追いつくことは不可能になる。
156
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:20:53 ID:ZLy5QeVs0
「気を付けろ!ハンヴィーで追えなくなるぞ!」
(;-_-)「分かっていますが、どうにか奴の速度を落とせませんか!」
「無線は切ってあるな?!」
(;-_-)「大丈夫です!」
ライフルに安全装置をかけて車内に戻し、パレンティは備え付けの機関銃に手を伸ばした。
棹桿を引き、初弾を送り込む。
そして、両方の親指でトリガーを押し込み、機関銃を発砲した。
凄まじい銃声と反動が生じる。
二発に一発の割合で装填された曳光弾が鮮やかな尾を引き、テールランプに向けて飛んでいく。
まさかこちらが重機関銃を発砲するとは思ってもいなかったのか、バイクは慌てたように右手側に広がる山へと向かった。
先んじて銃腔を木々の生い茂る暗い闇へと向ける。
木が文字通り引き裂かれ、音を立てて倒れた。
テールランプが不自然に傾き、遂にはそれが九〇度傾いた。
転倒したのだ。
「よしっ!」
二輪車はバランスを取るのが非常に難しい。
熟練のライダーでも転倒はまれに降りかかる災厄であり、走行中でなくとも駐輪場で降車の際に転倒することも度々目撃されるほどだ。
林道という不安定な地面を走破出来るバイクであろうが、運転する人間がバランスを保てなくなれば当然転倒する。
多分に漏れず、件の狙撃手も落ち葉と銃撃によってバランスを崩し、転倒した。
「追うぞ!」
徹底的に発砲して射殺も可能だったが、簡単に殺してはいけない。
場合によっては狙撃手が何らかの有益な情報を手にしている可能性もある。
仲間が大勢殺されたが、情報を手に入れてから殺したのでも遅くはない。
しかし、相手は一騎当千の力を持つイルトリア軍人。
単独でここまでの狙撃と混乱をもたらす人間であれば、決して油断は出来ない。
むしろ、畏敬の念さえ持って接するべきだ。
同じ狙撃手として、パレンティは相手の恐ろしさをよく分かっている。
現代、狙撃手は単独では行動をしない。
狙撃手にかかる負担の大きさは世界を二分する大戦の際に再検討され、観測手という存在が重要視された。
狙撃には周囲の環境がもたらす細かな変化、そして計算が必要になる。
それはあくまでも最低限狙撃に必要な情報と計算だが、狙撃手は常に背後に気を遣わなければならない。
隠れ切っていると考えていても、偶発的に敵対勢力と遭遇することがある。
そうなる危惧を常に考えていると心拍数に影響し、延いては狙撃の精度にも影響を及ぼす。
観測手はそういった煩わしい問題の全てを解決するための助手であり、掛け替えのない仲間だ。
つまり、ストレスを如何に軽減するかが現代狙撃に欠かすことの出来ない課題であり、それは現代で活躍する狙撃手にとって、観測手の持つ重要性を意味している。
157
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:21:27 ID:ZLy5QeVs0
だが、イルトリアの狙撃手は観測手を伴っていない。
ジュスティアでは考えられない行動だ。
英雄的行動と言うべきか、それとも無謀な行動と言うべきか。
いずれにしても、パレンティに分かるのは相手が卓越した実力と胆力、抜け目のない思考力を持つ狙撃手という事だ。
テックス・バックブラインドが下した評価よりも、遥かに優秀な人間だった。
バイクが転がる手前でハンヴィーを停車させ、二人は逃げたイルトリア人を追うために準備を始める。
無論、無線機は切ったままにしてある。
友軍の支援があれば心強いが、口封じのためにイルトリア人から情報を聞き出すよりも先に殺される可能性があった。
そうなれば、暴くことの出来たはずの真実が永久に闇に葬り去られることになってしまう。
銃声に気付かれたとしても、この場所の特定までは至らないはずだ。
車内に一度戻ったパレンティはライフルを手にしかけたが、後部座席に積まれたモスグリーンのコンテナに目を向けた。
相手が優秀ならば、装備は万全にしなければならない。
強化外骨格の使用は、考えすぎとは言えない。
当然の保険とも言える。
車から降り、後部座席からコンテナを引き摺り出して背負う。
肩に信頼に足る兵器の重みを感じ、気を引き締める。
ジョン・ドゥは独自の兵装を持たない強化外骨格であるため、人間がそうするように、武器を使わなければならない。
そこで選んだのは狙撃銃ではなく、弾数で圧倒出来るアサルトライフルを選んだ。
ジョン・ドゥには銃撃を補助する装置が付いているため、アサルトライフルでも正確な射撃が望める。
「俺がジョン・ドゥを使う。
お前は狙撃銃を使え」
そう言い、パレンティは起動コードを入力する。
『そして願わくは、朽ち果て潰えたこの名も無き躰が、国家の礎とならん事を』
体が背負ったコンテナの中に招き入れられ、体に合わせて自動で装甲が取り付けられていく。
全身を覆う強化装甲は彼の身体能力を向上させ、防御力も高める最新の鎧となる。
装着を終えると、自動でコンテナが体から離れてその場に落ちる。
放置されたコンテナは安全な場所に管理するか、内蔵された発信装置を使って後で回収するのが常だ。
場合によってはその場に投棄し、新たなコンテナを使用するという手段もある。
そう簡単に軍の備品を消費出来ない事から、今回は車に積み込むことにした。
パレンティはカメラの設定を切り替え、熱源探知モードに切り替えた。
〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『ここでケリを付けるぞ』
(;-_-)「了解です」
狙撃手は高地を取りたがる。
そうすれば全体を見下ろし、標的をスコープに捉えることが出来る。
下から上に狙い撃つのは非常に難しいが、上から下の場合は簡単だ。
特に斜面になっていれば、それだけ優位に立てる。
158
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:22:31 ID:ZLy5QeVs0
脚部に力を入れ、パレンティは一気に駆け出した。
補助装置が働き、不安定な足場をものともせずに斜面を駆け登る。
肉眼では見ることの出来ない夜の森でも、ジョン・ドゥのカメラには昼間よりも鮮明な映像が映っている。
事故を起こしてからまだそう時間は経っていない。
人間の足で山道を駆けたとしても、せいぜい八〇〇メートルほど進むのがやっとだろう。
それに対してジョン・ドゥはその倍以上の速度で動くことが出来る。
追いつくのは時間の問題だ。
人間の体温に近い何かを見つけ、それが武装をしていれば間違いなくイルトリアの軍人だが、万が一民間人だった場合を考慮すると、索敵殲滅とはいかない。
今の時期、グルーバー島にはキャンパーが大勢いる。
間違えて捕まえてしまった場合、謝罪だけでは到底済まない問題へと発展するだろう。
しかし、パレンティは幸運だった。
彼の視線の先に、ライフルケースを背負った人影が駆けているのが見えたのだ。
ライフルを肩付けに構え、足元に発砲する。
〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『動くな!イルトリアの狙撃兵!』
これで、長い夜は終わりになる。
______________________∧,、___
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
ペニーは足元に着弾したのを見て、相手がこちらをすぐに殺す気がないことに確信を持った。
殺すつもりなら、重機関銃を発砲した際に殺せたはずだ。
だが相手はそうしなかった。
それは彼らがジュスティア人だからという事と、事件の濡れ衣を全てペニーに被せようと考える人間がジュスティア軍内部にいるため、
生きたまま連れ帰りたいという考えがあるというのが、ペニーの想像だった。
二度にわたってペニーを生かした彼らの行動は、生け捕りこそが彼らの主な狙いだという事に違いなかった。
想像は所詮想像だが、事実、彼らはペニーを殺さなかった。
これは、ペニーの想定通りだった。
想定外だったのは、彼らが強化外骨格を持ち出したことだった。
たった一人を追い詰めるのに貴重な強化外骨格を持ち出すというのは、言ってしまえば破格の待遇だ。
それを遊撃隊的な部隊に与え、山狩りの際に使わなかった事が疑問として残ったが、ひょっとしたら、それすらも見越して強化外骨格を配置したのかもしれない。
銃腔が背中を向いている事を感じ取り、ペニーは走るのを止めた。
優位性は今、向こうにある。
〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『大人しく、ゆっくりとライフルケースを地面に置くんだ』
その声は、間違いなく聞き覚えのあるものだった。
喫茶店で会ったパレンティ、と呼ばれていた男のそれだ。
〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『抵抗はするなよ』
強化外骨格には共通した弱点と呼べるものが一つしかないが、今はそれを狙えない。
狙うためには、背中を見なければならない。
背中にあるバッテリーを徹甲弾で撃ち抜けば、強化外骨格を強制的に停止させることが出来る。
159
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:23:09 ID:ZLy5QeVs0
ライフルケースに手を伸ばし、それを地面に置く。
〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『よし、そのままこっちを向け。
両手を頭の上で組んで膝を突け』
声が近付いてくる。
おおよそ五〇メートル、とペニーは予想した。
もう少し接近してもらわなければならないため、ペニーは相手の指示通り、両手を上げた。
そしてゆっくりと膝を曲げるが、途中で落ち葉に足を取られて転倒しそうになる。
膝の上に手を乗せてそれを防ぎ、膝を突いた。
一度は緊張した空気が流れたが、パレンティは気を取り直して接近してくる。
跫音が耳に届き、距離は二〇メートルに縮まる。
〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『こっちを向け』
静かに振り向いたペニーは、眼前に立つ二メートル弱の巨人を見上げた。
〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『やっぱり、あんた軍人だったのか』
('、`*川「やっぱり、ってことは、気付いていたんですね」
〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『道理で空気が似ているはずだ』
この察しの良さは、経験がもたらす実力だ。
だが、足りなかった。
すでにパレンティはペニーの射程距離に足を踏み入れている。
背中は間違っても見せないだろうが、それでも、他の手段がある。
後は、機会を手に入れることが出来ればパレンティを殺すことが出来る。
('、`*川「それで、私をどうするつもりですか?拷問でもしますか?」
〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『見くびるなよ、イルトリア人。
俺達はお前達とは違うんだ』
('、`*川「軍人の違いなんてライフルの扱い方ぐらいですよ」
〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『これ以上無駄話をするつもりはない』
若干の恫喝じみたパレンティの言葉が、マイクを伝って出てきた。
マイク越しにも有無を言わせぬ力が感じ取れるが、ペニーは一向に気にすることなく質問をした。
('、`*川「基地を襲ったのは誰ですか?」
〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『知る必要のないことだ』
('、`*川「いいえ、私にとっては知る必要のある事です」
〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『くどい女だな』
160
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:23:47 ID:ZLy5QeVs0
苛立ちの色が声に滲み出る。
ペニーが望むタイミングまで、もう少しという所だ。
('、`*川「えぇ。
私、結構くどいですよ」
〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『いいからさっさと立て……!』
腕を引いて立ち上がらせる。
それだけの動作だった。
それが彼の命を終わらせる致命的な行動だと気付くのは、
ペニーがカーゴパンツからグロックを抜いてジョン・ドゥのカメラ――人間の目の位置――に向けた瞬間だけだっただろう。
ライフルは大なり小なり、その長さから近距離に於いては不利になることがある。
距離がある程度空いていれば優位に立つが、取り回しが不可能なほどの距離に接近された場合、銃弾は物理的に当たることがない。
例えば、ペニーを無理やり立たせるために腕を掴むほどの距離。
それは、ライフルの銃腔が一旦地面を向き、相手を死角に招き入れる行為そのものだ。
〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『くそっ……!』
('、`*川「残念でしたね」
月光を背に、ペニーは微笑む。
それは断じて嘲笑ではない。
これから死にゆく者に対する慈しむ笑みだった。
銃声。
反動。
血飛沫。
カメラを破壊した銃弾はそのままパレンティの眼球を同様に貫き、脳髄に到達して絶命に導いた。
立ったまま絶命したパレンティをその場に放置し、ペニーはライフルケースを背負いなおした。
相手が何人でペニーを追って来たのか、それが分かっていない。
少なくともパレンティ一人だけではありえない。
最低でも二人はいる。
重機関銃を発砲したのが一人、そして運転手が一人。
ペニーはライフルケースからドラグノフを取り出し、照準器のカバーを開けた。
次の瞬間、ペニーの肩を何かが高速で通過した。
遅れて銃声が響き、ペニーは狙撃されたことを理解した。
生き残ったもう一人は狙撃手。
銃声と着弾まで、おおよそ一秒。
距離は五百メートルほどと考えればいい。
飛んできた方向はペニーから見て麓。
今の一発で修正を加えるまでには三秒程かかるだろう。
161
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:24:34 ID:ZLy5QeVs0
ペニーはすぐにライフルを構え、浮かび上がった白い人影に向けて発砲した。
銃弾が当たる直前、敵は木の陰に隠れて事なきを得た。
この高低差がある環境はペニーにとっては有利だが、生い茂る木々が邪魔だ。
応援を呼ばれでもしたら、今度こそペニーはおしまいだ。
早急にこの狙撃戦を制し、次の動きに移らなければならない。
長い夜は、ここで終わらせる。
______________________∧,、___
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
ヒッキーは正直、自分の目で見た状況が理解出来ないでいた。
強化外骨格は力の化身であり、それが生身の人間によって負けるというのは、あり得ない話だった。
遠距離から対物ライフルで頭部を撃ち抜かれたのならばまだ理解が出来るが、あれだけの近距離で射殺されたというのは、未だに信じがたい光景だった。
相手は化け物かそれに準じる何かであると、ヒッキーは恐怖を感じざるを得なかった。
それでも彼は恐怖を押し殺す術を心得ていた。
機械として機能するよう訓練を受け、指先が部品の一つであるかのように動くことが出来る。
中距離での狙撃手同士の撃ち合いは初めての経験ではない。
中距離での撃ち合いは狙いを定め、銃爪を引くまでの速度が肝心となる。
L96はボルトアクションライフルであるため、どれだけ急いでも次弾装填の際に時間がかかり、隙が出来てしまう。
それは相手も同じだろう。
相手の使う銃の種類は分からないが、狙撃手であれば、精度の高いボルトアクションライフルを使うはずだ。
一射目は外してしまったが、スコープを調節して挑めば二射目で仕留められるかもしれない。
立ち位置はこちらが不利だが、それを言い訳に負けるつもりはない。
しかしそれは相手も同じだろう。
スポッターもいない中での撃ち合いを制するためには、相手よりも先んじた思考が必要になる。
先を読み、それに合わせて動く。
木の影から軽く身を出し、相手の動きを窺う。
これで撃ってくるようならば相手の技量も知れたものだが、銃弾は飛んでこない。
ライフルを肩にかけ、腰のホルスターからベレッタを抜く。
状況が不利ならば狙撃戦に持ち込まなくてもいいと考えたヒッキーは、暗視ゴーグルをかけた。
視界に映るのは温度の差を示す鮮やかな映像だ。
視野が狭くなるという点に目を瞑れば、相手よりも優位に立てる。
強い風が吹き、木々のざわめく音が森中に広がる。
今一度、今度は反対側から相手の位置を探るために顔を影から出す。
すると、視界いっぱいに広がった赤と白の映像がヒッキーを待っていた。
(;-_-)「なぁっ?!」
強烈な痛みが腹部に訪れ、次いで、拳銃を持つ手を激痛が襲った。
たまらず拳銃を手放したヒッキーの体は次の瞬間、まるで冗談か何かのように宙を舞い、背中から地面に叩きつけられた。
幸いにして土と落ち葉の地面だったため、そこまでのダメージはなかったが一瞬だけ呼吸が止まる。
162
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:25:49 ID:ZLy5QeVs0
すかさず馬乗りにされ、暗視装置が取り外された。
目の前にいたのは、黒く長い髪の若い女性だった。
頭上に輝く月明りが幻想的な雰囲気を彼女に纏わせ、逆光の中輝きを放つ鳶色の瞳は宝石の様だった。
その手にはグロックが握られ、銃腔はヒッキーの頭を捉えている。
指はいつでも発砲が出来るよう銃爪にかけられ、数グラムの力を込めるだけでヒッキーの命は土に吸い込まれることになる。
('、`*川「いくつか質問をするから答えてもらえますか?」
丁寧な問いだったが、その声には有無を言わせぬ力強さがあった。
(;-_-)「答えたら俺はどうなるんだ?」
('、`*川「綺麗な状態で殺してあげます。
死体も動物に食べられないよう配慮します」
残酷な返答にヒッキーは息をのんだ。
目の前の女性は本気だ。
本気でヒッキーを殺す気でいて、殺した後の処理も考えている。
(;-_-)「何を訊きたい?」
('、`*川「イルトリアの基地を襲った人間とその理由を知っていれば、全て話してください」
(;-_-)「復讐でもするつもりか。
そんな無意味な」
言葉の途中で、女のグロックが火を噴いた。
いつの間にか銃腔はヒッキーの右肩に狙いが移り、その付け根に鉛弾を送り込んできた。
肉が爆ぜ、骨が砕けた。
悲鳴を上げるヒッキーの首を女の繊手が襲い、空気の道を塞ぐ。
('、`*川「静かにしてください。
質問の答えだけを口にすればいいんです」
(;-_-)「くっ……糞女がっ!」
('、`*川「弾がある限り貴方の死体が醜くなるだけですよ?」
(;-_-)「俺だよ!俺とさっきあんたが殺した二人だけだよ!」
どれだけ酷いことになろうが、仲間は決して裏切らない。
それがジュスティア軍だ。
('、`*川「嘘ですね」
次は左肩の付け根に銃弾が撃ち込まれた。
筆舌に尽くしがたい激痛がヒッキーの体を駆け巡る。
標本にされた虫がもがくのを見るかのような冷たい視線が、まっすぐにヒッキーの目を射抜く。
失血からではなく、ヒッキーは恐怖によって全身が凍る思いだった。
163
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:26:31 ID:ZLy5QeVs0
('、`*川「この辺りには狼がいます。
生きたまま食い殺されたいのですか?」
(;-_-)「……っ」
('、`*川「大丈夫です。
貴方が喋った事は誰にも分かりませんから」
苦痛に屈したのはヒッキーの精神ではなく、体だった。
どれだけ意志が強くても、体の痛みに逆らう事は出来なかった。
それでも彼は、仲間を裏切るのではなく、せめてこのイルトリア人に真実を探す協力をさせようと試みることにした。
それが彼の精いっぱいの抵抗だった。
(;-_-)「……命令があったんだ。
イルトリア軍が発砲して来たら撃ち返せと」
('、`*川「イルトリア側からは発砲をしていません。
つまり、貴方方が独断で攻撃を仕掛けたと?」
(;-_-)「違う!それについては俺達も混乱しているんだ。
別の誰かが勝手に攻撃を始めたんだ。
それを見た俺達は、てっきりイルトリアが攻撃をしてきたものだと思って……」
('、`*川「もう少し状況を詳しく話してください」
(;-_-)「詳しくも何も、俺達が基地を監視していたらいきなり基地の人間が警戒を始めたんだ。
そして、さっき言った通りだ……」
('、`*川「俺達、ということは他の人間がいるのですね。
その名前と特徴は?」
(;-_-)「それは話せない!あんたもイルトリア人なら分かるだろ、ジュスティア人がどういう人間か!」
その一言を聞いた女は、ゆっくりと頷いた。
因縁の深い二つの街の軍人は、互いの気質をよく分かっている。
ヒッキーは仲間の数や名前だけは、決して口外しないと心に固く決めた。
再び撃たれるのならば舌を噛んででも阻止する覚悟を決め、女を睨む。
('、`*川「えぇ、分かります。
では、何か家族に言い残すことがあればメモで残しておきますが?」
(;-_-)「上着のポケットに入っているから必要ない」
狙撃兵に限らず、兵士の多くは戦地に足を踏み入れる前に遺書を用意しておく。
恋人に宛てた手紙だったり、家族に宛てた手紙だったりするが、内容は大差ない。
それでも、それが後に遺された人間達の心の救いになる事をヒッキーは知っており、常に手紙を肌身離さず持っていた。
その手紙と同じものは、基地の自分の荷物の中にも入っている。
仮にこの女がヒッキーの手紙を焼き捨てたとしても、手紙はヒッキーの家族に届けられる。
('、`*川「宗教上の祈りの文言でもあれば構いませんよ」
164
:
名無しさん
:2017/12/25(月) 23:27:21 ID:ZLy5QeVs0
(;-_-)「いいや、必要ない」
('、`*川「そうですか。
では、さようなら」
悪態を吐く間もなく、光がヒッキーの視界を覆い、彼は生涯最後に白い世界を見た。
彼の長い夜は、そこで終わった。
第四章 了
165
:
名無しさん
:2017/12/26(火) 19:17:09 ID:t9wRBDQg0
乙
166
:
名無しさん
:2018/01/04(木) 08:53:57 ID:OtvUkrhE0
今晩VIPにてお会いしましょう
167
:
名無しさん
:2018/01/04(木) 19:10:48 ID:OtvUkrhE0
('、`*川魔女の指先のようです
http://hebi.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1515060272/
投下中でございます
168
:
名無しさん
:2018/01/05(金) 19:43:00 ID:/I1FvFmQ0
('、`*川魔女の指先のようです
http://hebi.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1515148288/
投下中でござい
169
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 14:02:13 ID:9ft78oqo0
今晩VIPでの投下でお終いとなります
よろしければ是非お越しください
170
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 14:58:58 ID:U26BMP/E0
いよいよラストか
楽しみにしてるぜ
171
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 14:59:12 ID:7JJOIBvg0
待ってる
むしろ舞ってる
172
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 18:22:39 ID:9ft78oqo0
('、`*川魔女の指先のようです
http://hebi.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1515316439/
投下中です
173
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:29:15 ID:9ft78oqo0
第五章 【嵐の夜】
八月十日。
狙撃手達の長い夜が明け、新たに五人の名前がジュスティア軍の戦死者名簿に載ることになった。
その結果がジュスティア本土に伝わり、早急に会議が行われた。
イルトリア人の生き残りが単独でここまで多くの死者を生み出すことになるとは、誰が予想出来ただろうか。
敵が殺したのはいずれも多くの戦場を生き延びた実力者で、相手が何者であっても決して油断することはない者だった。
子供相手にも銃爪を引くことの出来る彼らの経験値は、言い換えれば自信であり信頼だった。
誰よりも彼らの実力を信じていた市長フォックス・クレイドウィッチは机の上で拳を作り、それをどうにか振り下ろさないように自制し、普段はあまり吸うことの無い葉巻を口に咥えていた。
葉巻から吐き出す紫煙が部屋に霞のように広がり、彼の感情と同様に他者にも広まっていた。
正義の執行者たるジュスティアの市長に就任して以来、これほどまでに激怒したことはなかった。
激怒と言う言葉すら生ぬるいと感じる程の怒り。
憤りはフォックスの氷のような精神に沁み込み、自制心を犯した。
負けるはずのない、負ける要素のない兵士達がなす術もなく殺された。
軍人としての経験があるフォックスには、その異常さがよく分かる。
大胆不敵な行動で次々と兵士を殺し、未だにその正体が分かっていない。
陸軍が入手した情報によれば相手は凄腕の狙撃手という事が分かっているが、それ以外については謎のままだ。
回収された薬莢は拳銃の物だけで、狙撃銃から発射された薬莢はジュスティアの物しか見つかっていない。
一切の手がかりのない亡霊が相手の場合、軍隊は太刀打ちが出来ない。
あれだけの過酷な訓練を経た軍人がろくな抵抗すら出来ずに一方的に翻弄された事実は、受け止めなければならない。
爪'ー`)「テックスから連絡は?」
(´・_ゝ・`)「未だにありません」
海軍大将デミタス・ステイコヴィッチが頭を横に振る。
フォックスは葉巻の煙を肺に送り込んで、静かに吐き出す。
爪'ー`)y‐「狙撃手の正体だけでも分からないのか」
要は狙撃手の正体が分かっていないから手古摺るのだ。
正体さえ分かってしまえば、島のどこに隠れていようが島民の目撃情報を元に居場所を突き止め、殺すことが出来る。
(´・_ゝ・`)「死体から見つかったライフル弾を調べたところ、7.62㎜弾が使用されていました。
これはモシンナガンなどに使われている弾です。
しかし、イルトリアでは――」
爪'ー`)y‐「要点だけを言えばいい」
妙にもったいぶった言い方をするデミタスに、フォックスは苛立ちを辛うじて抑え込んだ声で強調した。
余計な言葉は時間の無駄であり、思考の邪魔になる。
(´・_ゝ・`)「はっ、失礼いたしました。
イルトリア軍では使用されていない弾種です。
一人を除いて」
174
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:29:47 ID:9ft78oqo0
爪'ー`)y‐「誰だ、その一人というのは」
もったいぶっている、というよりもそれは言い淀んでいると言った方がいい口調だった。
デミタスはその事実を認めたくない立場にあり、それを報告したくないようだ。
(´・_ゝ・`)「本名は分かりませんが、〝魔女〟と呼ばれる狙撃兵です。
分かっていることは使用するライフルがドラグノフであるという事と、女であるという事だけです」
爪'ー`)「……女一人に殺されたのか、あの勇者達は」
〝魔女〟という狙撃手に聞き覚えのないフォックスは、デミタスの言わんとすることが分からなかった。
狙撃手は時には一人でも脅威になるが、女の狙撃手ごときに後れを取るジュスティア軍人ではないはずだ。
(´・_ゝ・`)「お言葉ですが、イマルデスの戦闘を覚えておいでですか?」
爪'ー`)「知っている。
イルトリア軍との代理戦争だ。
忘れるはずがない」
三年前に起きたイマルデスという街を二分する内戦にイルトリア軍が軍事介入し、ジュスティアが支援する指導者との間で激しい戦闘があった。
その際、渓谷にイルトリア軍を追い込んだはずの部隊が猛烈な待ち伏せにあい、壊滅状態となった。
三日三晩に及ぶ戦闘は多数の死傷者を出し、兵士達にトラウマを植えつけた。
イマルデスの戦闘は深追いすることの危険性と、イルトリアとの直接戦闘は危険だという事を強く認識させる教訓となった。
(´・_ゝ・`)「では、撤収を援護していた801大隊が全滅した時も覚えておいでのはずです。
あれが、その〝魔女〟の仕業なのです」
爪'ー`)「どういう意味だ?」
当初は優勢と思われた追撃部隊が渓谷で猛攻にあって壊滅状態に陥り、すぐさま即応部隊(QRF)が編成されて派遣された。
死体を含めて誰一人として戦場に置き去りにはしないという信念の下、ジュスティア軍は自軍兵の救出を行った。
その際、いくつかの部隊が文字通り全滅する事態が発生し、救出作戦は泥沼化したのである。
(´・_ゝ・`)「言葉通りの意味です。
エンジンを一発で撃ち抜き、車輌を全てその場に足止めにしました。
そしてそれから、指揮官を正確に選び抜いて撃ち、指揮系統を乱しました。
そして民兵が部隊に追いつき、後は無残な結果となりました。
殺された指揮官とハンヴィーのエンジンルームからは7.62㎜弾が見つかっています。
その銃を使うイルトリア人は一人しかいません。
イマルデスの戦闘で捉えた捕虜の口から狙撃手についての情報が入り、狙撃手が女であることが分かりました。
それ以降、我々はその女狙撃手を〝魔女〟と呼んでいます」
爪'ー`)y‐「私の耳にその人間の話は届いていないぞ」
(´・_ゝ・`)「兵士一人の名前をお伝えするまでもないので。
我々の知る限り、この女は最高の狙撃能力を持った人間です」
爪'ー`)y‐「それが今回の生き残りだと?」
175
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:30:16 ID:9ft78oqo0
(´・_ゝ・`)「おそらくは。
使用された弾の線条痕を今分析中です。
イマルデスの戦闘で使用された物と一致すれば、間違いなく〝魔女〟の仕業です」
爪'ー`)「分かったところで何がどうなる?人相も分からないのならば意味がない」
(´・_ゝ・`)「人相よりも手法が分かれば次の手が読めます」
爪'ー`)「そんな悠長なことをしていられる状況ではない。
クックル、君の意見はどうだ」
番犬のように静かに腕を組んでいた海軍中将クックル・フェルナンドは即答した。
( ゚∋゚)「街中を探すのが確実です。
次の手を打たせないよう、グルーバー島を完全に封鎖します。
オバドラ島、バンブー島に通じる橋を即時封鎖、あらゆる車両の通行を止め、船舶の往来も禁止にします。
ですが、兵士の数が不足しています」
(´・_・`)「クックル、これ以上兵士の数を増やすつもりか?イルトリアを非難していた我々がそんな事をしてみろ、それこそ話がややこしくなる」
目頭を押さえながら、海兵隊大将ショーン・ブルーノが反論した。
報告が入ってからすでに一〇杯以上のコーヒーを飲み、カフェインの力を借りて会議を冷静に続けてきた彼も、クックルの提案には声を荒げざるを得なかった。
しかし、上官の激昂ぶりを見てもクックルは引き下がる様子を見せなかった。
( ゚∋゚)「ですがショーン大将、これ以上奴を野放しにしておけば更に被害が出ます。
生身の人間が〝棺桶〟を拳銃で負かしたんです。
奴の技量は異常です」
(´・_・`)「それについて会議の最初の方で話したが、やはり撤収させるのが一番だ。
これ以上被害が出てみろ、世界中に恥を晒すことになるぞ」
(´・_ゝ・`)「だがな、ショーン。
すでに死者が出ているんだ。
今さら退いたところで恥をかいた事実に変わりはない」
落ち着かせるような口調でデミタスがショーンを諭す。
(´・_・`)「数を悪戯に増やしても相手の思うつぼだぞ。
相手が死ぬまでにこちらの死体袋が増える。
それも将兵のが、だ」
兵士の命は平等ではない。
階級、社会的な地位によってそれは変化する。
一般兵と中尉が人質となった場合、優先するのは中尉の命だ。
それは経験値と部下を持つ人間を生かしておいた方が得だから、という考えだが、表向きには命は平等として取り扱っている。
しかし、派遣される部隊の質と時間は圧倒的なまでの差があるのが事実である。
現に、武装地帯で捕えられた一般兵は見殺しにされているのに対し、将兵はすぐに救出部隊が編成されて現地に送り込まれているのである。
176
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:30:58 ID:9ft78oqo0
今回ショーンが危惧していることを、フォックスはよく分かっていた。
すでに派兵された人間は経験値が高く、一朝一夕で作り上げられる存在ではない。
一人として欠かしたくない人間達ばかりだった。
上に立つ人間は時として大胆な提案と決定をしなければならない時がある。
それが今だと、フォックスは意を決した。
長い深呼吸をし、気持ちを落ち着けてからフォックスは短い提案をした。
爪'ー`)「なら、武器を送ろう」
(´・_・`)「武器?ライフルがグレードアップしても、撃つ人間が変わらなければ意味がありません」
爪'ー`)「戦車と迫撃砲を使えば爆殺出来る。
戦車隊と砲兵隊を派遣する」
ショーンは目を見開き、市長を見た。
彼の正気を疑う素振りを隠そうともせず、ショーンは掴みかかる勢いで身を乗り出す。
(´・_・`)「それは兵器です!戦争をするつもりですか!」
その言葉に、市長は首を横に振った。
爪'ー`)「いいや、兵士が使う道具である以上武器だ。
それにこれは紛争だ」
(´・_・`)「言葉遊びをしているのではありません!お言葉ですが、私はイルトリアの強さを知っています。
奴らとはまだやりあうべきではありません!残念ながらジュスティア軍はまだイルトリア軍と戦えるだけの力がありません!」
爪'ー`)「イルトリアの動きを見てみたまえ、ショーン大将。
奴らは増援も出していない。
つまり、狙撃手は見捨てられたんだ。
街対街の争いではない。
個人対街の問題だ。
いわば治安活動の一環だ」
市長の物言いに言葉を失ったショーンは、他の人間達を見た。
部下のハルーシオ・マイトビー中将、リリプット・グランドオーダー少将も同様に驚いた表情で市長とショーンを見比べている。
しかし、陸軍のマタンキ・グラスホッパー中将とミルナ・バレスティ少将はショーンの事を軽蔑の眼差しで見つめている。
陸軍と海兵隊との間には長年の軋轢がある。
決して埋めることの出来ないその溝は、軍隊の設立時代からある化石のような物だ。
このタイミングでそれが出てくることにショーンはどうしようもない憤りを覚えた。
今はプライドを捨ててでも一つにならなければならない時期なのだ。
冷静に考えても見れば、こうしてジュスティア軍が翻弄されているのはたった一人の狙撃手によるもので、それ自体が異常であると認識し、垣根を越えて問題解決に取り組むべきだったのだ。
それが、陸軍のマタンキが熱烈な好戦派であることが分かり、彼が白熱した言葉を並べたために今の事態に発展したと言っても過言ではなかった。
本来であればもっと穏便に――それこそ、机上の話し合いで――解決出来たはずだった。
177
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:31:50 ID:9ft78oqo0
(;´・_・`)「治安維持で戦車と迫撃砲を使うなんて言語道断です!
むしろそれが生み出す社会的混乱を考えても見てください!
戦争狂のイルトリアでさえ一線を越えなかったのに我々がその一線を越えるのですよ!
市長、これが歴史の教科書に載ってもいいのですか!」
歴史的大罪を犯した人間、もしくは勢力は例外なく教科書に載る。
太古の話ならばまだしも、現代の場合は徹底的に掘り下げ、そして第三者の立場にある人間が偏りなく記載する物事が史実として永久に残るのだ。
偽造が可能な昔ならばいざ知らず、現代においてそれを書き換えるなど不可能と言っていい。
複数のメディアがそれをすかさず流し、それが真実として民衆に知れ渡ってしまう。
汚点となって永久に語り継がれる。
爪'ー`)「我々は正義を完遂する。
いいか、女一人にここまでコケにされて黙っている方が問題なのだ。
我々が狙うのは軍人ではなくテロリストだ。
テロリスト相手に遠慮するのか?」
無論、市長である自分の発言が如何に暴言なのかは理解している。
どれほどの効果を後の世にもたらすのかも予想は出来ていた。
しかしながら、今ここで何もしないでいるのはジュスティア人ではない。
正義を世に見せつけるために、動かなければならない。
(´・_・`)「市長!私は断固反対です!」
爪'ー`)「テロリストには屈しない、それは常識だ」
(;´・_・`)「何故ですか市長!何故もっと慎重にならないのですか!」
頑なに反対の意思を示すショーンに、フォックスもまた、断固とした態度で答える。
爪'ー`)「棺桶を生身で倒した人間を捕まえるのに、またどれだけの人間が死ねば君は満足するんだ?
私はもう、これ以上ジュスティア人の死体を増やしたくない。
そのためなら、世の中の評価など知った事ではない」
(;´・_・`)「言わんとすることは分かります、ですが!」
(´・_ゝ・`)「ショーン、落ち着け。
市長、私ももう少し慎重に動くべきだと思います。
この事がきっかけでイルトリアと戦争にならないとは断言出来ません」
大将二人が同じ意見を並べてきたが、フォックスの意志は揺らがなかった。
慎重に事を行うべきだという事も、撤退するのが被害を最低限に収められることも分かっている。
しかし、それでもフォックスはリスクの管理者としてではなく、一人の人間として、正義の都を束ねる市長としての意見を口にした。
爪'ー`)「今引き返すことは、我々が生んだ犠牲の全てに対する冒涜になるからだ。
兵士が無意味に死んだとは思いたくないんだよ、私は。
奪われた命とその家族に報いるためには、正義を執行するしかない!分かるか!
奪われた者達の無念を晴らせるのは我々しかいないんだ!ならば怒りに震える拳で叩き潰してやればいい!
イルトリアが何だ!正義の代行者が巨悪を前に臆するのか?冗談ではない!イルトリアが挑んでくるのならば返り討ちにすればいい!」
178
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:34:27 ID:9ft78oqo0
感情を露わにした市長を前に、今度は誰も反論をしなかった。
そして、そうなるように仕組んだ人間は内心でほくそえんでいた。
______________________∧,、___
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
陽が頭上で輝き、青々とした夏の空が広がる。
白い綿のような雲が流れ、海鳥が気持ちよさそうに風に乗って飛翔する。
銃撃戦から一夜明けたティンカーベルは、いつもと変わらない様子の穏やかな風が流れていた。
しかし、噂話は夜明け直後から街中に広まっていた。
山で響いた銃声。
それも、バンブー島とグルーバー島の二か所でそれが聞こえたというのだから、軍属でない人間にはいささか刺激の強いニュースだ。
イルトリア軍がジュスティア軍に撃滅され、銃声は止むものと思われたが、結局のところ銃声は続き、死者は増えるばかりだった。
中にはジュスティア軍が無能なだけなのではと噂する者もいたが、関心事はすぐに別の方向に移った。
この後どうなるのか、ジュスティア軍はどう出るのか。
ある種のゴシップネタとして人々は重大な事件に捉えず、ほとぼりが冷めるのを待つことにした。
連日の銃声と死者のニュースが、島民の神経を麻痺させていた。
漁師の反応は少しだけ違っていた。
密猟者を懲らしめたイルトリア軍を排除したジュスティア軍が何者と争っているのか、その正体に興味があった。
一部の漁師がイルトリア軍の生き残りがジュスティア軍に対して反抗しているのだという情報を入手し、それは瞬く間に島中に広まり、正午には全島民に知れ渡るところとなった。
午後一時。
狙撃手を追い詰めるはずだった作戦に失敗し、悪戯に兵を失ったジュスティア軍は一度基地に戻り、上層部からの指示を待っていた。
出し抜かれたことに対して憤る兵士も入れば、司令官と仲間を失ったことに対してショックを受ける兵士もいた。
戦意は高いとは言えず、いつどこから狙われているのかも分からない不安にストレスを感じた兵士の中には、早くもこの場から故郷に帰りたいと思う者もいた。
哨戒が増え、厳戒態勢となった基地の片隅では普段よりも遠い距離の標的を狙い撃つ射撃訓練が行われていた。
それが狙撃手と中距離で遭遇した際の訓練であることは、今さら説明の必要もなかった。
隊狙撃手用の訓練以外に、兵士達は不安を解消するかのように体力トレーニングにも精を出していた。
それが絶好の標的となると分かっていても、彼らは日課であるトレーニングを行う事で精神を安定させようと試みていた。
人は日常が継続すればそれだけで安心する生き物だ。
精神的に不安定な場合、取り分けプレッシャーやストレスに押し潰されそうな時に日常的行動を行えばリラックスすることが出来るのは科学的にも証明されている。
優れた運動選手達は試合直前やここぞという時に日常的に行っているある種のまじない的な行動をすることで、精神を安定させるという。
一方で、兵舎の中で休憩をする者もいた。
昨夜の捜索活動で山を登り、探し、下り、そして再び見つかった死体とその近辺の捜索に参加したことにより、二四時間以上起きている者がほとんどだった。
疲労の色はまだ顔には出ていないが、精神的な疲労は戦闘経験豊富な人間にも見えていた。
狙撃手がもたらした被害は、死体袋の数以上に深刻だった。
割り当てられた部屋に集まる海軍狙撃チームの三人は海兵隊のそれと同じく自由行動の権限を与えられていたが、
必要な出撃はしばらく後だろうという事で、粗末な食事を摂った後に各々のやり方で休憩していた。
精神的な緊張や疲労はあるが、同じ狙撃手としてその動きは見習うべきだし、次の機会には必ずや返り討ちにするという決意があった。
ベッドの上に寝転がり、ペーパーバックの短編小説を読むのはスクイッド・マリナー。
ブロック食糧を食べながらコーヒーを啜り、机の上に広げたティンカーベルの地図を睨むのはハインリッヒ・サブミットだ。
ジョルジュ・ロングディスタンスはベッドの上でライフルの分解整備を行い、ガンオイルを染み込ませた布で部品を磨き上げている。
179
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:36:58 ID:9ft78oqo0
三人はパレンティ・シーカーヘッドら陸軍の狙撃チームが全滅したことにショックを受けていた。
彼らはそう簡単に殺される人間ではなかった。
何度も修羅場を潜り抜け、戦場を生き抜いてきた本物の兵士だった。
パレンティは強化外骨格を使用したにも関わらず、弱点と呼ぶにはあまりにも小さすぎるカメラを狙い撃ちにされて死亡した。
それは、ジョン・ドゥの性能をよく理解しているだけでなく、豪胆な人間である証拠だった。
敵は、人間離れした人間だった。
対戦車砲を手に戦車に立ち向かうのが可愛く見える程の無謀としか言いようがない。
強化外骨格は人の力を上げることはあるが、下げることは絶対にない。
全身を覆い隠す装甲を持つ種類の強化外骨格であれば、生身の人間が銃を持ったところで太刀打ちするのは不可能だ。
ジョン・ドゥはその拳足だけで人を殺せる。
銃で武装しようが、当たらなければ意味がない。
ジョン・ドゥはオーソドックスな強化外骨格だが、それ故に使われ続けてきた理由がある。
汎用性の高い設計もそうだが、何より無駄がないのだ。
人を殺すこと、相手の兵器を破壊することに長け、持ち運びにも問題がない。
仮にジョン・ドゥの弱点を知る人間がいたとしても、近距離でそれを実行に移せと言われても――仮にジュスティア人であろうとも――断固として拒否するだろう。
また、パレンティの死は全体の指揮官を失うのに等しい打撃だった。
これで真実を追うチームが二つとなっただけでなく、指揮をする人間が失われたことにより全体の士気に多少なりとも影響が出てしまう。
自由に行動する権限も今の状況では期待できず、誰がイルトリア軍との戦争を誘発したのかを追う人数が減ってしまったため、しばらくは行動を控えざるを得ない。
_
( ゚∀゚)「どうする?」
声を出したのはその部屋で最も階級の高いジョルジュだった。
相変わらずライフルの整備は続けたまま、その声は二人に投げかけられ、返答は確実に求められていた。
从 ゚∀从「情報が少なすぎます。
迂闊な行動は出来ません」
地図に線を引いていたハインリッヒがその手を止めて答えたのに合わせ、スクイッドは本から目を離して答えた。
「ハインリッヒ曹長と同意見です。
まだ動くのは危ないと思います」
_
( ゚∀゚)「だが、俺の意見は違う。
イルトリアと戦争をさせようとしている人間なら、今このタイミングで何か行動を起こすはずだ。
スクイッド、無線の傍受が得意だったよな?」
ジョルジュにはある考えがあった。
ジュスティア軍内部に裏切り者がいたとしても、それは決して一人ではない。
外部にいる人間と連携し、タイミングを合わせて行動しているに違いなかった。
これだけの規模の事を考えるとなると、単独犯では有り得ない。
外部の人間と確実に連絡を取る方法は無線を使った通信。
そして、事態が大きく動いた時にこそ連絡は行われるものだ。
流石に名指しで呼ばれたスクイッドは本を閉じて起き上がり、傾聴する姿勢を取った。
_
( ゚∀゚)「今から二四時間体制でこの基地周辺の無線を全て傍受して、怪しそうな周波数を見つけるんだ」
180
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:37:47 ID:9ft78oqo0
「……分かりました、何とかやってみます」
_
( ゚∀゚)「それとハインリッヒは、街に出て狙撃手を探してくれ」
意表を突かれたハインリッヒは、少し躊躇いがちに、だが力強い口調で答えた。
从 ゚∀从「ですが、狙撃手の特徴が何も分からないまま捜索に出かけても、これまでと何も変わりません」
_
( ゚∀゚)「そうだそれでいい。
狙撃手の位置ではなく、狙撃手の次の行動を読んで動いてほしい。
幸いにも狙撃チームは自由行動が出来る。
二人がどう動いても、不自然さはない」
後は海兵隊側の狙撃チームとの連携を考慮に入れるか否かの選択に迫られるが、ジョルジュの答えは否だった。
連携に力を入れれば、それはかならず明るみに出ることになる。
それが察知される事態は避けなければならない。
ここは別行動を取るべきであり、互いにその行動を知らない方がいい。
目的の根幹さえ同じであれば、結果はいずれにしても同じになる。
それに、余計な人間に知られる恐れもない。
ジョルジュは決して口にはしないが、裏切り者は狙撃チームの中にいる可能性さえあるのだ。
狙撃に長けた知識と技術、作戦内容を知っているという点を考えると十分に容疑者として数えられる。
むしろ、十分すぎるぐらいの存在だ。
だがそれを口にしないのは、それを言えばジョルジュも容疑者の一人になってしまう上に、真の裏切り者の思惑通りになってしまうからである。
_
( ゚∀゚)「善は急げ、だ。
二人ともすぐに動き始めろ。
名目はイルトリアの狙撃手探しで統一だ。
海兵隊にもそう伝える」
______________________∧,、___
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
隣の部屋では、海兵隊の三人が黙々と食事を口に運んでいた。
六枚切りの食パンにレタスとハムとチーズを挟み、マヨネーズで味の統一化を図っただけの簡素なサンドイッチ。
泥のように濃いコーヒーでそれを胃に落とし込み、部屋にはその音だけが漂っていた。
普段は饒舌なタカラ・ブルックリンも冗談を口にする余裕すらなく、ただ、次の機会に備えて万全の状態であるために栄養を補給している。
同じ階級であるギコ・コメットは五杯目になるコーヒーを啜り、部屋の壁を遠い目をして見つめていた。
ボルジョア・オーバーシーズはまるでそれが敵であるかのようにサンドイッチを口に押し込み、咀嚼し、嚥下した。
何かをしなければならないというのは分かっていた。
ボルジョアは生き残った狙撃チームの中で最も階級が高く、必然的に指揮を執る立場にあった。
陸軍の狙撃チームが強化外骨格と共に全滅したのは大きな打撃となり、今や、
軍内部の裏切り者を探し出すだけでなくイルトリアの狙撃手に対する対抗手段も考えなければならなくなってしまっていた。
恐るべき狙撃能力を有するイルトリアの狙撃手に関する情報は、まだ彼らのところに伝わってきてはいない。
181
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:38:54 ID:9ft78oqo0
裏切り者の捜査を進めようにも、情報の不足と状況がそれを簡単には許してくれない。
基地内を探らせるべきか、それとも街を探させるべきか。
与えられた権限を正しく受け止めるのなら、狙撃手を探すために街へ足を運ぶべきだ。
基地の中を調べる必要はどこにもないが、それは他の人間から見た場合の判断だ。
彼ら狙撃チームは今、イルトリアと戦争をさせたがっている人間も同時に探さなければならない。
狙撃チームには真実を暴き戦争を回避する責任がある。
単調な味付けの食事で腹を満たしたボルジョアは食後のコーヒーを飲み、次の行動を考えていた。
戦争をしたがっている人間は、今この瞬間こそが契機だと考えているに違いない。
兵士達がイルトリアに対して憎しみを抱き、銃爪を引く力がいつもよりも増しているこのタイミングならば、容易に戦争へと発展させることが出来る。
火種はあるのだ。
後は、それをどのタイミングでどのように誰が大火にするのか。
今以上の好機はそう生まれることはない。
ゆめゆめ忘れてはならないのは、彼らの目的は非人道的な行いをしたイルトリアをこの島から追い出すことであり、島民の平穏を守る事だ。
心を落ち着けることでようやく、ボルジョアは舌先に味を感じることが出来た。
苦みが意識に働きかけ、カフェインの力を借りて眠気を抑制した。
今は考えなければならない。
すぐに考え、すぐに答えを出せば必ずや得られるものがある。
しかし、二つを同時に得ようとするのは強欲というものだ。
狙撃手か、それとも裏切り者か。
追うのであれば、どちらか一方にした方がいい。
多くの仲間を殺した狙撃手か。
それとも、混沌を望む何者か。
心情からすれば狙撃手を選ぶべきだが、そもそもの原因を考えると、選ぶべきは後者だ。
混乱と争いを持ち込もうとする者を消さなければ、死んだ兵士達の魂が救われることはない。
無念を晴らすためには、彼らを死に追いやった張本人よりも、殺される状況を作り出した人間を屠るべきだ。
( ・3・)「二人とも、いいか」
声をかけると、二人はすぐにボルジョアを見た。
その目には疲労の色があったが、次の言葉が命令であればと願う、期待に満ちた色は失っていない。
( ・3・)「基地内の裏切り者を探す。
イルトリアの狙撃手は後回しだ」
( ,,^Д^)「いいんですか?基地は今狙撃手一色ですよ?」
懸念を示したのはタカラだった。
彼の指摘はもっともだった。
( ・3・)「だからこそだ。
狙撃手探しは他の連中に任せて、諸悪の根源を叩く。
今は裏切り者も動きやすい。
つまり、今が一番相手の動きが活発になる時だ。
それと、この件は海軍のチームには話さない」
182
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:41:46 ID:9ft78oqo0
(,,゚Д゚)「え?!」
驚いたギコがマグカップに注いだコーヒーを零しそうになるが、それに気づいていない。
( ・3・)「行動を合わせると察するチャンスを与えかねん。
リスクを減らす」
(,,゚Д゚)「せめてその旨だけでも伝えた方がいいのでは」
( ・3・)「言いたくはないが、裏切り者の息がかかった人間が海軍にいないとも限らない。
言った通り、リスク管理をする」
予想ではあるが、戦争を望んでこれだけの事をやる人間はそれなりの地位にいる人間だろう。
それについては海軍との話で意見が合っている。
だが、地位がある人間だけに本腰を入れて行動すれば目立つ。
そのため、手足となる細胞がいるはずだ。
細胞はどこに潜んでいるか分からない。
テロリストの細胞と同じように、一見無害そうな人間が狂信者であることは珍しくないのである。
子供を持つ主婦が神の名を叫んで自爆をするように、ジュスティアへ忠誠を誓っておきながら戦争を起こそうとする人間がいても不思議は何もない。
例えそれが、信頼しなければならない仲間であっても、だ。
( ・3・)「だから、狙撃手を探すという体で裏切り者を探す。
海軍の連中には、俺からそう伝えておく」
______________________∧,、___
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
それを吉報と捉えるか、それとも凶報と捉えるべきなのか、イルトリアの市長室には微妙な空気が漂っていた。
すでに走り始めた復讐の歯車を止められるのは、ペニサス・ノースフェイスただ一人だけ。
大都市同士の戦争に発展しかねないその復讐劇は、早くも大きな成果を上げていた。
だが、その成果が大きくなればなるほど、戦争が起こる可能性も高まる。
どこかで止めなければ、この演目を考え付いた何者かの思惑通りに事が進んでしまうのは火を見るよりも明らかだ。
しかし市長室に集う各軍の代表者達は戦争を起こすつもりはなかった。
それは何度も部下に、そして自らに言い聞かせている事だった。
孤軍奮闘するペニーに増援を出すのも救出部隊を出すのも、裏で糸を引く人間の欲を満たすだけで、悪戯に犠牲者が増えるに違いなかった。
救いの手を差し伸べることもままならず、彼女には文字通り孤軍奮闘してもらう他ない。
部下を戦場に一人置き去りにするのは、胸を引き裂かれる思いがした。
それが優秀な部下なら尚更だ。
反面、彼女の強さを再認識してヒート・ブル・リッジは関心さえしていた。
単独で行動する狙撃手の脆さが常識と化している現代に於いて、彼女の存在は異常だ。
普通、一五〇もの軍勢を前にすれば生きて撤退する方法を模索するだろうが、彼女は復讐を優先した。
狙うべき指揮官を狙い、撃ち果たすべき敵を屠った。
彼女は信念に従い、無謀極まりない復讐と戦火の火種をティンカーベルの地に振り撒いた。
あの島が焼け野原になろうとも、彼女は歩みを止めないだろう。
183
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:42:33 ID:9ft78oqo0
イルトリアの軍人はそう訓練されているからだ。
それに、彼女は大人しそうに見えてその実、感情の何もかもを表出させるのではなく圧縮し、原動力とする性格をしている。
新兵訓練を担当した上官は、彼女の卓越した感情のコントロール力に驚いた物だ。
狙撃兵の訓練は過酷を極め、中には発狂して途中で脱落する者の方が最後に残る人間よりも多い。
訓練はあらゆる場所で行われた。
怖気を催す虫の大群で満たされた箱の中で。
何もかもが氷結する山奥で。
血が煮えるような熱砂に囲まれた灼熱の大地で。
実弾が飛び交う内戦の地で。
血と泥と雨に顔を汚し、死体が積み重なる街を歩き渡り、静かで確実な死を戦場に運んだ。
ライフルを頼りに、訓練生はただひたすらに生きる術と殺す技を学んだ。
一方でペニーは射殺ではなく相手を行動不能にするための射撃を学んだ。
人を殺すよりも殺さずに撃つ方が何倍も難しく、次に彼女が人を殺す時の心理的なハードルを下げるための配慮だった。
彼女は多くの人間の手足を奪い、生き地獄を与えてきた。
罪悪感や良心の呵責に苛まれるその訓練を通じても、ペニーの精神は壊れなかった。
その訓練課程では、狙撃手候補生と観測手候補生が二人一組のチームを組んで共に訓練を乗り越え、戦地を転々とする慣わしがあった。
ペニーも例外なく同期の訓練生と観測手とチームを組んだ。
観測手の名はクリス・ハスコック。
一〇代前半と言う驚異的な若さのペニーをリードするクリスは、彼女に狙撃手として必要な事を数多く教え、仲間というよりかは師弟のような関係にあった。
一〇代の訓練生はペニーしかいなかった。
彼女にとっては、訓練生は皆同期の仲間ではなく多くを教えてくれる先輩だった。
訓練の最終調整はペニーが一五歳の時に行われた。
実際の戦場に行き、彼女は人を殺した。
一撃必殺。
狙撃手として要求される最善の手を彼女は現場で学び、実践した。
小さな町を占拠していた敵勢力は一日で全滅し、一日で彼女が生み出した死体は二三。
最高の結果となった。
指導者とその部隊を撃退したことにより戦争はこれで終わるかに思われたが、そうはならなかった。
帰り道で彼女を待っていたのは復讐に燃える民兵達による狙撃手狩りだった。
熱心な信奉者達が指導者の仇を討つため、狙撃手だけを狙って攻撃を仕掛けてきた。
執拗な追撃は丸一日続いた。
救出部隊が到着した時、ペニーはクリスの亡骸の傍らにいるところを発見された。
銃弾はクリスの腹部を貫き、止血の甲斐も虚しく長い時間をかけて死に至った。
二人の間に何があったのか、詳しいことは分かっていないが、その日を境にペニーが観測手を嫌うようになったのは事実だ。
単独で行動し、単独で成果を上げ、そして一等軍曹にまで上り詰めた。
ペニーならばこの状況でも上手く立ち回る術を知っているし、経験もある。
だがそれでも、ヒートは彼女が一人で戦っている構図がどうにも好きになれなかった。
まるで、死に急いでいるような、燃え尽きることを望む蝋燭のような印象がするからだ。
184
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:43:09 ID:9ft78oqo0
カップ一杯のコーヒーではもはや足りず、大将三人は皆魔法瓶か巨大なマグカップを持参して意識を保っていた。
会議の議題は一つ。
個人対軍隊の紛争に対して、イルトリアが介入するべきか否かの最終決断だった。
ここで介入が決定されなければ、イルトリアはこの紛争に対して一切の手出しをせず、ペニーがどのような状況に陥ろうとも決して救出などは行われない。
少数の秘密部隊を送ることも、交渉することも、ましてやジュスティアのやり方を非難することもない。
介入をするという意見は最初から上がることはなく、問題は、それを決定とするのか保留とするのか、それだけだった。
つまりそれは、殺された全ての部下達の死も見捨てるという事だった。
後続の道を作るために死んだのでもなく、誰かを守るために死んだのでもなく、何もなさずに殺された。
軍人としてこれほどの屈辱はない。
等しく部下を失った三人の大将は、それ故に苦悩し、決断しかねていた。
眉間にしわを寄せ、その皺に親指の腹を当てて撫でさすり、唸るようにしてアサピー・クリークは声を絞り出した。
(-@∀@)「ヒート、報告は来ているのか?」
ノパ⊿゚)「いいや、無線や電波を元に発見される恐れがあるから当然、そんなことはしない」
(-@∀@)「そうか……」
(’e’)「逃げるよう指示は出来ないのか?」
魔法瓶に残っていたコーヒーを喉に流し込み、セント・ウィリアムスが苦々しい声で投げかけた疑問に対し、ヒートはソファに背を深々と預けて両肩を竦めて答える。
ノパ⊿゚)「無理だ、こちらからの連絡には応じない。
電源が落ちているのか、それとも電池がないのか、それすらもわからん状態なんだ」
携帯電話が普及していたと言われる太古の話ならまだしも、現代では所有者の少なさからそれが放つ電波を捕捉するのは非常に簡単だ。
ペニーが報告を手短にかつ最低限しかしてこないのは、そういうわけだ。
だから報告は遠距離無線機を使い、携帯電話はそれ以外の場合にのみ限定しているのである。
一度作戦が始まれば、携帯電話は狙撃手にとって居場所を知らせる枷でしかなくなる。
ノパ⊿゚)「しかし、おかしな話が一つある」
ティンカーベルにいる情報提供者から届いたばかりの情報が書かれた紙を懐から取り出し、それをマホガニーの机に置く。
これがヒートに決断を躊躇わせ、会議を開くことになった原因だった。
ノパ⊿゚)「ペニサス一等軍曹の情報が漏れてる」
(-@∀@)「……何?」
185
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:44:59 ID:9ft78oqo0
ノパ⊿゚)「名前までは出ていないが、〝魔女〟と呼ばれる女の狙撃手をジュスティア軍は血眼で探してる。
イルトリアでドラグノフの弾を使う狙撃手はペニーだけだからな。
だが、妙なんだ。
その情報は島民から流れている。
おかしいとは思わないか?ジュスティアの奴らが意地でも隠したい情報が島民に漏れているんだ。
聞き込みの可能性はない。
女一人にしてやられたと吹聴するような物だからな。
じゃあ何故この情報を島民が知っているのか。
誰かが喋ったんだ、狙撃手の正体を。
つまり、イルトリアしか知らないはずの情報とジュスティア軍が隠し通したい情報が、何者かによって漏洩されている。
あの島に、我々かジュスティアか、もしくは両方の裏切り者がいる可能性がある」
爆弾発言と言っても過言ではないヒートの言葉に、二人の大将は示し合わせたようにしてソファに背中を預けた。
セントは両の手で額から後頭部にかけて頭を撫で、アサピーは天井を仰いだ。
世界最強の軍隊と呼ばれる軍隊の総指揮権とイルトリアに於けるあらゆる決定権を持つ市長のロマネスク・アードベッグは溜息を吐くでもなく、
頭を押さえるでもなく、ただ静かにヒートの言葉に耳を傾けていた。
裏切り者がイルトリア内にいるという発言を、誰も疑わなかった。
状況がそう告げているからだ。
ペニーはたまたま休暇であの島にいただけで、イルトリアが公式にも非公式にも派遣したわけではない。
つまり、一兵卒程度では知り得ない情報なのである。
それを知るのはこの場にいる四人と派遣した部隊の人間だけだ。
ジュスティア側から情報が漏れ出た可能性もゼロではないが、考えにくい物だ。
たった一人の女狙撃手に翻弄される正義の都、という構図が世間体的に考えれば大恥であることは明白であり、ジュスティアがそのような失態を自ら晒すということは考えられない。
ましてや、渾名まで広まっているのが解せない。
ノパ⊿゚)「ジュスティアはこれで間違っても舞台を降りられなくなった。
ペニーも同様だ。
我々が真に対応すべきはこちらの問題だろう」
( ФωФ)「情報の出所は聞けているのか?」
ノパ⊿゚)「いいや、市長殿。
島の協力者も噂が流れている程度でしか知らなかった。
今のところジュスティアは聞き込み捜査を行っていないという情報もある。
つまり、意図的に流された噂である可能性が高い。
狙いはペニーの抹殺か、もしくは戦争を確かなものにしたいのか、それは分からない。
しかし分かるのは、裏切り者がいるということだ」
( ФωФ)「だがどうやって、存在すらも分からない裏切り者を探す?」
情報が漏れているのはまず間違いのないことだ。
だが、誰が漏らしたのか。
イルトリアか。
ジュスティアか。
186
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:46:43 ID:9ft78oqo0
それともただの偶然なのか。
それは分からない。
裏切り者がそもそも存在しない可能性もあるのだ。
それを考えに入れて行動するのは、あまりにも気の遠くなる話だ。
しかし、幸いなことに情報の出所は限られている。
限られているという事は、対処が出来るという事だ。
ノパ⊿゚)「知り得た人間は我々と基地にいた人間だけだ。
つまり――」
( ФωФ)「死んだ人間の調査をすると?」
ノパ⊿゚)「死者は疑われないからな。
一度彼らの身辺調査をしようと思う。
私はこの会議に於いて救出部隊を派遣するか否かについてはまだ決める必要がなく、代わりにこの調査をすることを提案する」
誰もが重い決断をしなくて済むことに安堵を示すが、代わりに提案された内容に新しく頭痛を覚える思いだった。
アサピーは無言だったが、深い溜息を吐いた。
彼女の意見に反対はしないが、気が重いことを示していた。
(’e’)「私はその意見に賛成だ」
(-@∀@)「私も賛成だ。
市長はどうお考えですか?」
深い溜息が市長の鼻から漏れ出た。
慎重に言葉を選び、黒煙を吐き出すエンジンのように力強く告げた。
( ФωФ)「やらなければならないだろうな。
一等軍曹が向こうで戦っているように、我々も戦わなければならない。
仮に我々の中に裏切り者がいなかったならばそれでいい。
だがそうでなかったのなら」
それから先の言葉は言わずとも誰もが分かっていた。
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
イルトリアの市長室から遥かに離れたその部屋は窓から取り込んだ太陽の光で程よい明るさに保たれ、空気中に舞う埃が光の帯となって浮かんでいる。
部屋には調度品は最低限しかなく、冷暖房装置すらなかった。
グルーバー島の外れにある安ホテルの一室には椅子は一つとベッドが一つ。
そして三人の男がいた。
ベッドに腰掛ける男二人は帽子を目深に被り、部屋唯一の椅子に座る男を睨むようにして見つめていた。
細長い葉巻を咥えたその人物は、紫煙をゆっくりと吐き出した。
その煙は室内に白い靄のように滞留しているが、目の前でカフェインレスのコーヒーを飲む二人の人物は全く気にする様子もなかった。
その目は死んだ魚のように虚ろだが、その奥に湛えた剣呑な雰囲気は不気味なまでに爛々と輝きを放っている。
187
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:48:12 ID:9ft78oqo0
椅子に座る男が腕時計を見た。
時刻は午後の二時半だった。
「知っての通り、問題が起きた」
葉巻を咥える男が紫煙を口に含み、静かに煙と共に気だるげな口調で手短に告げた。
「対処をしてもらいたい」
二人は首肯した。
男は満足げに煙を肺に送り込んだ。
目の前の二人は仕事を心得た本物のプロフェッショナルだ。
彼らならば発言の意味するところ、その奥にある事も汲み取る事だろう。
そうでなければこの計画に助力を依頼することもなければ、同じ志の元に行動をすることもなかった。
「部隊に合流する手筈は整っている。
君達の名前は最初から名簿に載っている、疑われる要素はない」
再び、無言の承伏。
手筈は全て整っている。
万全の状態で待機していた二人にとっては、この状況も対処可能な領域にあるはずだというのが、葉巻を咥える男の考えだった。
事実、眼前の二人はこれまでに不可能と思われた多くの任務を成功させ、英雄として知れ渡っている猛者達だ。
非公式な作戦への従事経験も豊富にあり、男の望む〝対処〟を任せるには適任だった。
「奴の写真は確認したな?グルーバー島のどこかにいる。
殺し方は任せるが、油断はするなよ」
無言。
沈黙は肯定の証だった。
「それと聞いているだろうが、ジュスティア軍内で妙な動きをしている連中がいる。
そいつらもまとめて消してもらう。
やり方は任せる」
それから男は淡々とジュスティア軍人の名前を述べた。
その人数は六人だった。
名前を聞いている間、男達は無表情だった。
仕事を心得ている人間の証拠だった。
ベッドの上にいた二人は示し合わせたかのように同時に席を立ち、無言のまま部屋を出て行った。
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スクイッド・マリナーは残骸の山を見て、全ての機械類が壊れているわけではないことに気付いた。
爆発の衝撃で確かにガラクタと化している物もあるが、部品を繋ぎ合わせれば使える物もありそうだった。
188
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:49:56 ID:9ft78oqo0
工具を使って壁と一体化していた通信機器を外し、分解し、部品取りを行う。
スクイッドの実家は家電の修理を行う傍ら、発掘された太古の技術の復元作業を趣味半ばで行っていた。
幼い頃から親の仕事を見て育ったスクイッドは、簡単な構造の電子機器ならば作り上げることが可能だった。
特に得意としていたのが、無線機器の修理と組み立てだった。
ドライバーとハンダごてさえあれば、ある程度の無線機修理は彼の手に負えた。
その応用として、彼は無線の傍受を行う装置を作ることが出来た。
基盤を見て無事な物を選び、それを積み上げていく作業が続く。
地道な作業だったが、スクイッドはこの作業が好きになり始めていた。
無線傍受が出来れば、彼らを貶める何者かの正体に迫り、順調にいけばその相手の特定も夢ではない。
つまりこの無線傍受器作成という任務は、大きな役割を担っているのだ。
スクイッドは久しぶりに自分が重要な仕事をしている実感を覚え、部品探しに精を出した。
床に付着している血が、悪夢の夜を思い出させた。
何者かが武器保管庫を爆破し、監視の仕事を担っていた狙撃チーム四人を殺した夜。
イルトリアの生き残りと思われるその人間は、パレンティ・シーカーヘッドとヒッキー・キンドルを新たに殺害していた。
その人物がどちら側の人間なのか、スクイッドには想像も出来なかった。
裏で糸を引く人間の手先なのか、それとも本当にイルトリアの復讐鬼なのか。
考えがぐるぐると頭を巡り、もやもやとした気持ちが抜けきらない。
「精が出ているじゃないか」
突如、背後から声がかけられたことにスクイッドは心臓が止まる思いをした。
その声の主をスクイッドは良く知っていたが、この基地に派遣されているとは思わなかった。
作業を中断して敬礼をすると、その人物はスクイッドに楽な姿勢をするよう指示をした。
「無線機なんて分解してどうしたんだ?」
「はっ、小型の無線機があれば、街中での潜入捜査も容易になるかと……」
「はははっ、誤魔化さなくていい。
大方無線傍受装置でも作ろうとしているんだろう?やはり、君も同じ考えか」
「いえ、自分は……」
「この事件、背後で糸を引く人間がいる。
そうは思わないか?」
突如として投げかけられたその言葉に、スクイッドは内心でたじろいだ。
計画を知る人間は狙撃チームだけであるため、如何に信頼に足るこの人物とはいえ、安易に肯定は出来なかった。
「……どういう、ことでしょう」
「何ね、私も少しは話を聞いているんだが、君達が最初にこの基地を攻撃した時の事を考えると、
イルトリアとの衝突を望む何者かが介入していると考えても不思議ではないからね」
「一体、どこでその話を」
189
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:50:54 ID:9ft78oqo0
「こう見えても、私は顔が広くて耳がいいんだ。
私にも手伝わせてくれないか?」
魅力的な話だった。
この人間が手を貸してくれるのであれば、鬼に金棒だ。
しかし、独断で決める訳にはいかなかった。
これは非常にデリケートな問題であり、他言は身の破滅につながる。
「そうは言っても、決断は難しいだろうな。
だが、考えておいてくれるだけでもいい。
私も、役に立ちたいんだ」
そう言って、その人物は手に持っていたコーラのプルタブを開き、スクイッドに手渡した。
「根の詰めすぎに気を付けるんだ」
それ以上は何も言わず、その男は通信室だった場所を後にした。
残されたスクイッドはしばし考え込んだが、コーラを一口飲んでから作業に戻ることにした。
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
一時間前に自らの知らぬところで名簿に載った名前を読み上げられたハインリッヒ・サブミットは、サングラスをかけ、軽装で街中を歩いていた。
昼下がりの街は心なしか人が少なく、皆、どこか怯えた様子をしていた。
連日の銃撃戦の後、いつそれが市街地で起こるのかと心配しているのだ。
当然の危惧だった。
脅かされてはならない平穏が脅かされたのだ。
不平不満が出て当然のことなのである。
しかし、誰を恨めばいいのかとハインリッヒは何度も自問していた。
漁船を操縦していた民間人か。
漁船を沈めた軍人か。
軍人を殺した彼女達か。
彼女達を脅かす狙撃手か。
それとも、陰で糸を引く人間か。
全てが歪な歯車となって噛み合い、動いている以上、どこを責めても始まらない。
恨む対象など、すでにその境界が曖昧となって誰にも分からなくなってしまっている。
こうして狙撃手を探していても、見つけられるかどうかは分からない。
それに、探す意味さえ今は不明瞭だった。
命令に従って探しているが、本当に探すべきは事件の裏にいる人間ではないのだろうか。
ひょっとしたら、イルトリアが漁船を沈めたことさえもその人間の策略だったのかもしれない。
こうして争うように仕向け、今頃はどこかで高笑いをしているのかもしれない。
それを考えると、どうしようもない焦燥感にかられ、罪悪感からハインリッヒの脈は早まった。
彼女達は罪もない軍人を奇襲の形で殺した。
大勢を殺し、民間人の平穏を壊した。
理由はどうあれ、結果としてはその構図が覆ることはない。
190
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:51:15 ID:9ft78oqo0
そう考えるだけで息が苦しくなり、どこかで休む必要を感じた。
誰でもいいから話を聞いてもらいたいという欲求が胸の中で膨らみ、ペニサスの顔が脳裏によぎった。
あの女性なら、話を聞き、ハインリッヒの葛藤を楽にしてくれるかもしれない。
だが再び会うのは難しいだろう。
彼女は休暇を使ってツーリングに来ている人間だ。
騒ぎに巻き込まれる前に島を出たかもしれないのだ。
仲間にこの胸の内を話せば、きっと狂人として扱われるかストレスで頭がおかしくなった哀れな女として認識されることだろう。
軍人が殺人に対して罪悪感を覚えるのは最初の頃までで、それ以降は慣れ、何とも思わなくなる。
最終的には相手をどのように殺したかを誇るまでになるのだ。
当然、狙撃兵として訓練を積んできたハインリッヒもそのようにして死体を増やしてきた。
少年兵であろうとも、間違いなく仕留めた。
それというのも、自分達の行動に対して絶対的な自信があり、正義の行いをしてきたと信じてきたからだ。
今、それが崩れていた。
正義の名のもとに自分がしてしまった行動をどうにかして清算したいという気持ちと、誰かにこの行いは過ちではなく、ハインリッヒ達もまた被害者なのだと理解してくれる人が欲しかった。
罪人が教会に足を運び、罪を告解するような物だ。
兵士としては失格だと分かりながらも、ハインリッヒは救いを求め、少し気持ちを落ち着けるためにどこかで休憩をすることにした。
ちょうど目の前にあった喫茶店に足を向け、その扉を押し開いた。
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
午後三時。
ジャケットとスラックスに着替えたペニサス・ノースフェイスは何事もなかったかのように、喫茶店で紅茶とホットサンドの遅めの昼食を摂った。
気持ちいいぐらいに晴れていたが、安全面からテラス席ではなく屋内の出口に近い席を選んでいた。
焦げ目の付いたホットサンドに挟まれたレタスとハムとチーズは、素朴な味だったが、ペニーの胃袋を満たしてくれた。
付け合わせのフライドポテトとサラダも全て平らげ、追加でグラタンを注文し、それも綺麗に胃に収めた。
グラタンの皿に残ったソースをパンで拭い取り、それを食べながら文庫本の間に挟んだ縮小された地図を眺めていた。
昨夜の戦闘を振り返り、最後に殺した男の発言を反芻した。
複数の狙撃チームが基地を襲撃したが、彼らは彼ら以外の何者かが戦闘を始め、その結果として基地に対する攻撃に参加してしまったと言っていた。
つまり、彼らは嵌められたと思っていた。
誰が何を目的として嵌めたのか、ペニーには皆目見当もつかない。
この戦闘の背後に陰謀があったのだとしても、ペニーは基地を襲った人間を皆殺しにするつもりだった。
最終的にそこは譲らない。
しかし、順番を変えても問題はない。
先に影法師を見つけ出し、始末し、それから狙撃手を殺しても遅くはない。
殺される原因を作り出した人間がいるのなら、それもまたペニーの復讐対象なのだから。
何かの陰謀で殺された戦友達のために今出来る最善の事は、ジュスティア側の人間と接触をし、裏にいる人間を探し出すことだ。
つまり、一時的とはいえ仇の人間と手を組み、共闘歩調を歩むという事だ。
最後は殺す相手と協力し合うのを考えると、まるで喜劇だ。
仲良く共通の敵を殺した後は、ペニーによって墓場に送られる。
191
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:53:28 ID:9ft78oqo0
実におかしな話だ。
そんな話に相手が乗ってくるとは考えにくいが、必ずしも不可能と言うわけでもなさそうだ。
昨晩の様子を見ていると、彼らは操られ、己の意志とは別に銃爪を引いてしまった言わば被害者という認識を持っている。
その認識を逆手に取れば、一時的に力を貸してくれるかもしれない。
問題は接触の方法だ。
ジュスティア軍人と追われているイルトリア軍人が正面から対話の場を設け、仲良く話し合うなど、土台無理な話だ。
一人で行動しているところを狙い、拉致し、誘い出すのが現実的だろう。
だがそこまでした場合の心象は最悪だ。
どうにかして別の手段を考え出さなければならない。
ふとペニーが地図から視線を上げると、入り口に見たことのある女性が立っていた。
大きなサングラスをかけているが、間違いなくハインリッヒだった。
僥倖とはまさにこのことを指し示すのだろう。
ペニーは本を閉じ、そっとヒップホルスターの銃把に指で触れて存在を確かめた。
視線が合い、ペニーは笑みを浮かべた。
敵意を感じない事から、まだこちらの正体に気付いていないようだ。
ペニーの席にまで来たハインリッヒは向かいの席に座り、注文を取りに来たウェイトレスにアイスコーヒーを注文した。
('、`*川「奇遇ですね、ハインリッヒさん」
从;゚∀从「えぇ本当に、ペニーさん」
('、`*川「何か疲れていますが、どうかしたのですか?」
心配する風を装い、ペニーはハインリッヒの警戒の内側に侵入するところから始めた。
从;゚∀从「仕事で少し難しい問題にぶつかってしまって、ちょっと滅入っているんです」
('、`*川「あら、大変ですね。
パティさんはお仕事中ですか?」
他ならぬペニーが殺した男だ。
仕事などしているはずがない。
何も知らないという風を装い、ペニーは自分が事件について何も知らない人間の立場を演出した。
从;゚∀从「え、えぇまぁ。
ちょっと本部に呼び出されて島を離れてしまったんです」
('、`*川「それは大変そうですね……」
彼女が注文したアイスコーヒーが運ばれ、会話が中断される。
ペニーは相手の言葉を待った。
ストレスで心に多大な負荷がかかっている時、人はその負担を減らすために会話が増える。
一度話せばそれは堰を切ったように一気に溢れ出てくる。
192
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:55:11 ID:9ft78oqo0
その時を待つのだ。
カウンセラーという仕事の多くが会話であるように、会話にはストレスを減らす効果がある。
建設的な会話でなくてもいい。
話を聞いてもらうだけでも人はかなり楽になるのだ。
从;゚∀从「……ペニーさん、ご迷惑でなければ私の話を聞いてもらってもいいですか?」
('、`*川「私でよければ、もちろん」
从;゚∀从「自分がとんでもない罪を犯してしまったのではと、悩んだことはありますか?」
('、`*川「えぇ、何度もありますよ。
今でもそうです。
寝る度に私は自分の行動を振り返り、果たしてそれが本当に最善だったのか、他に手段はなかったのか、と思います」
特に、人を殺した時はいつもそうだ。
慣れたと思っていても、後々になってそれはペニーの心に死霊となって現れる。
殺された人間の家族の無念や絶望。
奪われた家族に復讐されるのではないかという想像。
それらは今なおペニーの頭の中から消えることの無い残像だ。
从;゚∀从「自分では正しいつもりでやっていた事が、後になって大変な過ちだったと分かったら、どう向かい合えばいいんでしょうか……」
('、`*川「いくら振り返っても過去は変わりません。
過去の見方だけが変わるだけです。
なら、その過去を自分の経験として取り入れ――それが罪だったとしても――、生きていくしかないと思います。
だから、仮に大罪を犯したのだとしたら、その罪と共に生きる他ないと、私は思っています。
もしよければ、お話を聞かせてもらってもいいですか?」
変わらないはずの店内の話し声が嫌に大きく聞こえる。
从;゚∀从「……実は私」
('、`;川
ハインリッヒが話しかけたその時、ペニーの視線は彼女から離れて大きく見開かれた。
その反応に言葉半ばでハインリッヒもペニーの視線の先を見て、同様の反応を示した。
ペニーの目はヘルメットを被った四人の男が店に入ってくるのを捉え、その手が不自然なまでに膨らんだ懐に伸びるのを目撃した。
スモークシールドのために視線の向きは分からない。
しかし。
それでも分かったのは、次の瞬間に四人が懐から取り出したのは財布ではなく、撃鉄の起きたコルト・ガバメントだったということだ。
その四五口径のオートマチック拳銃は、人間を撃ち殺すのに申し分ない威力と信頼性を持ち、武器を売る店では必ず目にかかる程の流通量を誇る傑作自動拳銃だ。
使い方によってはどこの街でも通用する完璧な貨幣とも言える。
それを見た客が短く悲鳴を上げるが、銃腔が店中を舐めるようにして向けられ、それは途中で止まった。
銃腔はあまりにも雄弁に客に沈黙を要求し、次の要求を素直に客に届けさせた。
193
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:57:03 ID:9ft78oqo0
「全員動くな!金目の物を全部机の上に置け!馬鹿な真似をしたら撃ち殺すぞ!」
銃腔を向けられた店員はレジから金を出し、強盗達は油断なく客に注意を払い、鞄から財布を出させ、腕時計や貴金属を体から外すように恫喝した。
典型的な強盗のやり口だ。
ペニーはその強盗の存在が奇妙に思えた。
正義の代行者を語るジュスティアが群れを成して来ているというのに、喫茶店を狙った強盗と言うのは不自然だった。
狙うのならば宝石店か銀行で、人目につかない夜が常識だろう。
何故あえてこの喫茶店を選び、何故昼を狙ったのか、理解に苦しんだ。
誰よりも早く視線から逃れるために素早く机の下に隠れたペニーは出口に近いという利点があったが、逃げるという選択肢は頭になかった。
今、せっかくこうして目の前にハインリッヒがいるのだから、それをみすみす見逃す手はない。
彼女はペニーほど俊敏ではなかったが、同じようにして机の下に逃げ込んでいた。
('、`;川「どうしましょう……」
ここで銃を抜けば、ハインリッヒに正体がばれる。
正体がばれれば、最悪の場合はここでハインリッヒに捕まってしまう。
そこでペニーは、軍人であるハインリッヒの動きを待つことにした。
彼女が厄介な問題を始末してくれればそれでいい。
その後で彼女を取り押さえ、話をすればいいのだ。
ペニーの持つ銃を見れば少しは素直に話し合えるかもしれない。
だが、彼女とはなるべくそのような形での話し合いはしたくなかった。
「ほら、この袋に全員金目の物を入れろ!」
麻袋を持った男がテーブルを周り、仕事を始めた。
時期にペニー達が隠れている席にもやって来るだろう。
そうなれば、何をされるかは火を見るよりも明らかだ。
从 ゚∀从「……ごめんなさい、ペニーさん」
('、`*川「え?」
突然の謝罪の言葉に、ペニーはハインリッヒを見た。
彼女の目には深い悲しみと怒りの色が浮かんでいた。
苦悩の末に下した決断の色をしていた。
从 ゚∀从「私、貴女に嘘を吐いていました」
ハインリッヒは足首に巻き付けていたコルト・ディフェンダーを手に取り、それを巧妙に隠しながらゆっくりと立ち上がった。
彼女は自ら正体を明かすことを選んだのだ。
完全にペニーを信頼しての行動だった。
勇ましく銃を手に立ち上がったハインリッヒは、銃を最も近い距離にいた強盗に向けようとした。
なるべく銃が見られないよう、ハインリッヒは巧妙な立ち方をした。
立ち上がるハインリッヒに気づいた強盗の反応は、ペニーの予想とは違っていた。
「……おっ、あいつだ!見つけたぞ!」
194
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:57:38 ID:9ft78oqo0
男がコルトをハインリッヒに向けるよりも速く、ハインリッヒは銃を構えてディフェンダーの銃爪を引き、男の心臓に一発撃ち込んでいた。
そして次々と銃弾がハインリッヒと強盗の持つ銃から放たれ、店内は銃撃戦のあまり騒然とした。
狙いが逸れて銃弾がグラスを割り、机を砕き、硝子を粉々にした。
悲鳴があちらこちらから上がる。
しかし、銃声はそれよりも大きな音で店内を支配していた。
ハインリッヒはたまらず近くの席の影に隠れ、空になった弾倉を捨てた。
奇襲が失敗したハインリッヒが仕留めた強盗の数は二人。
残った二人は怒りのままに銃爪を引き、ハインリッヒの隠れるソファを穴だらけにした。
ハインリッヒの表情は暗かった。
非常用の武器として持ってきたコルトの予備弾倉が無いのだ。
それが証拠に、彼女は再装填を行わない。
否、行えないのだ。
弾がなければ近接戦闘しかない。
格闘戦で拳銃に挑むには距離が開きすぎており、いくら体術に自信があっても、そう簡単には解決出来る問題ではない。
「この糞女!」
ペニーは決断した。
相手は素人だ。
話の内容から察するに、何者かによって雇われ、ハインリッヒを殺すついでに強盗を働いた。
強盗はカモフラージュで、その真の狙いはハインリッヒの殺害。
その割には杜撰な対応であることから、彼女の正体などは知らされていなかったのだろう。
つまり、使い捨ての駒としてここに来たのだ。
何故だろうかと理由を考えるのは後にして、ペニーはヒップホルスターからグロックを抜き放った。
気乗りはしなかった。
それでも、ペニーはハインリッヒがそうしたように、やるべきことをやることにした。
グロックには安全装置がない。
それは構えてすぐに撃つ意志さえあれば発砲出来る構造をしており、ペニーは構えた瞬間にヘルメットのバイザーを撃ち抜き、その奥にあった頭部を破壊した。
その後、三発連続で銃爪を引いて放った銃弾は最後の一人の両肩と腹部を貫通し、衝撃で男を後頭部から倒した。
派手に転倒した男は近くのテーブルに載っていたコーヒーカップを巻き添えにし、いくつも皿が割れた。
悲鳴すら上がらず、店内に静寂が広がった。
流れる血に溺れるようにして倒れた男は何事かを口にしようとするが、ごぼごぼという音が口から出るだけで声にならない。
('、`*川「これでおあいこですね」
短くハインリッヒにそう告げ、ペニーは銃を降ろした。
('、`*川「少しお話をする前に、あの人に話しを聞きませんか?」
ハインリッヒは何も言わなかった。
無言の肯定だった。
瀕死の男の傍に向かい、ペニーは膝を突いて話を始めた。
195
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 20:59:23 ID:9ft78oqo0
('、`*川「誰に雇われたんですか?喋れば救急車を呼びます」
「し……っ……しらっ……ねぇ……」
('、`*川「何も知らないのなら、救急車は不要ですね」
「ま、待てっ……お、男だった……背の高い男が、そこの……女を殺せば金をくれるっていうから……」
やはり、この強盗達はハインリッヒを狙って雇われていたのだ。
何故ハインリッヒを殺そうとしたのか、理由は雇い主しか分からないだろう。
ペニーに出来るのは精々予想をするだけだ。
予想をするにしても、情報が不足しすぎているため、真実に近づくのは困難だろう。
だが、生き証人であるハインリッヒがいれば、状況は変わってくるはずだ。
('、`*川「ハインリッヒさん、少し静かなところでお話をしませんか?そう、山の方に行きませんか?公園があるんです、とても静かで、あまり人が来ない公園が」
銃を向けずとも、ハインリッヒはペニーのささやかな提案に抵抗することはなかった。
抵抗すれば次に自分がどうなるのかは、強盗達がその身を以て証明したからだ。
弾のある銃と無い銃。
この二つを武器として持つ人間が対峙した時、どちらが優勢かは言うまでもない。
从 ゚∀从「……そうしましょう」
そして二人は店を後にした。
ペニーが何も言わなくとも、ハインリッヒが先に歩き、山に続く石畳を歩いて行った。
銃は向けなかったが、彼女は素直に行動した。
二人はこのような状況の時、どうすれば人目につかずに現場から逃げられるかを知っていた。
人と目を合わせず、決して走らず、黙々と歩き、振り返ることなく目的地を目指すだけでいい。
人の間を抜け、二人は街を見下ろすことの出来る山腹の小さな公園へと辿り着いた。
彼女達を追ってくる人間は誰もいなかった。
木々に囲まれた小さな公園には遊具が無く、木で作られた小さなテーブルとイスはペンキが剥げ、そして海を向いて置かれた鉄のベンチがあるだけだった。
葉の屋根で日陰になった蒼海を一望できるベンチに並んで腰掛け、ペニーが先に口を開いた。
('、`*川「ジュスティアの狙撃手、ですね」
从 ゚∀从「貴女はイルトリアの狙撃手なのね」
沈黙が流れる。
('、`*川「私が、パティさん達を殺しました」
从 ゚∀从「……やはり、そうですか」
('、`*川「そして、貴女達は私の仲間を殺しました。
私は今、そのことで貴女を咎めるつもりはありません。
聞きたいのは、あの時に何があったのか、です」
196
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 21:00:05 ID:9ft78oqo0
決して強い口調ではなかったが、ペニーの考えはハインリッヒに伝わっているだろう。
ここで口論をするのも、銃で撃ち殺すのも簡単だが、それではいい結果を生まない。
彼女は少なくともペニーに対して悪い感情を持っていない。
ならば、まだ話が通じるのだ。
話が通じれば、何か突破口が見出せる。
敵同士であることが分かっても、まだ交渉の余地があるのだ。
从 ゚∀从「それを私が話すと、何故思うんですか?」
('、`*川「あの時に何かがあったんですよね。
貴女達が予想しない何かが。
そして、銃爪を引いた。
つまり、争いの発端となる何かが起きた。
そう聞いていますよ」
从 ゚∀从「……その通りです。
イルトリア側からの発砲を確認し次第、私達は攻撃を許可されていました。
そんな中、誰かが撃ったんです。
それを目視した私達は、てっきりどこかで攻撃を受けた物だと判断して、狙撃を行いました。
ですが、チームの誰も発砲をしていなかったんです。
与えられていた装備では防弾ガラスを貫通できない事が分かっていたため、他の何者かが攻撃をしたんです。
ジュスティア側の作戦を知っていた何者かが、それを行ったに違いないんです」
優しい風が海から吹き付け、二人の髪を後ろになびかせた。
長い沈黙が、二人の間に流れた。
水平線の向こうに浮かぶ白い入道雲。
海鳥と蝉の鳴き声。
葉擦れが潮騒と合わさる。
降り注ぐ緑色の木漏れ日の中、果ての見えない海を黙って眺めた。
从 ゚∀从「それで、何を望んでいるんですか?」
痺れを切らしたように、ハインリッヒが口を開いた。
それを待っていたペニーは、単刀直入に告げる。
('、`*川「手を組みませんか?」
从 ゚∀从「……どういう事でしょう」
('、`*川「私達はお互いにプロとして自分の仕事をして、その過程で互いに仲間を失いました。
ですがそれは、貴女の言う何者かが発端になり、私達をぶつけさせた。
なら、このままでは互いにその何者かの目論見通りに傷つけあうだけです。
憎しみは癒えることはありませんが、少なくとも、それを今激突させるのは利巧とは言えません」
ハインリッヒは無言でそれを肯定した。
197
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 21:01:55 ID:9ft78oqo0
('、`*川「黒幕が分かるまでは私も貴女を攻撃することはありません。
どうですか?互いの情報を交換し合えば、今よりも簡単に調査が進みますよ」
ペニーは一つ、鎌をかけた。
彼女は暴漢達と遭遇する直前、ペニーにその胸の内を話していた。
それがヒントになり、ペニーは彼女が自分のした行為に罪悪感を抱き、贖罪の機会を求めていると予想した。
それを抱えたままの人間は、ストレスを解消するために何らかの解決手段に出るはずだ。
それが軍人で隠密行動を得意とする狙撃手ならば、間違いなく実力行使に出る。
彼女がその行動をするつもり、もしくはしていると踏んだその発言の答えは、ハインリッヒの意を決したような表情が雄弁に物語っていた。
从 ゚∀从「……そうですね、でも私一人で決める訳には」
('、`*川「では、貴女の仲間に伝えてください。
もし協力するつもりがあるのなら、下手な殺し合いを避けるために今夜十一時、またこの公園に集まって顔合わせをしましょう」
从 ゚∀从「その時に貴女が私達を殺さないという確約は、どう保証してくれるんですか?」
('、`*川「それは貴女も同じです」
从 ゚∀从「それもそうですね。
ところで私は貴方の事を何と呼べば?」
('、`*川「これまで通り、ペニーで結構ですよ、ハインリッヒさん」
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ハインリッヒが基地に戻ったのは、オレンジ色の陽が水平線に沈みゆく午後六時の事だった。
基地内が少しざわつき、慌ただしくなっていることに気付くのに、そう時間はかからなかった。
目の前を小走りで駆けていく兵士を捕まえ、ハインリッヒは騒ぎの原因について訊いた。
从 ゚∀从「何があったの?」
兵士は声を潜めることなく、端的な言葉でそれに答えた。
「それが、スクイッド二等軍曹が亡くなられたんです」
从;゚∀从「死んだ?!」
健康そのものの彼が死んだというのは、かなりの問題だ。
何が原因で死んだのか、ハインリッヒはまるで想像できない。
考えられる中で可能性が高いのは、内部にいる裏切り者の犯行だが、そうであれば別の表現を使っているはずだ。
「何でも、蜂に刺されて亡くなられたとのことです。
実は、それ以外にも面倒なことが起きていて」
从;゚∀从「何があったの?」
198
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 21:02:33 ID:9ft78oqo0
「実は、本部から戦車隊と砲兵隊が来たんです。
市街地に出る、出ないで今揉めていて……」
ジュスティア軍の戦車隊と砲兵隊は、来るべき日――イルトリアとの激突の日――に向けて、温存され続けていた陸軍の秘蔵っ子だ。
おいそれと表に出す部隊ではないのだが、それがどうしてこのタイミングで派遣されたのか、ハインリッヒはまるで見当がつかなかった。
それに、選ばれた人間だけが配属される部隊だけあって、その意識の高さは時として同じ軍の人間との衝突の原因となることがある。
从;゚∀从「テックス大将はどう対応を?」
「賛成していますが、それ以外の人間が猛反対していまして」
ハインリッヒの意見は後者だ。
市街地に戦車を出せば、住民達は今以上に怯えた生活を余儀なくされる。
たった一人の狙撃手、ペニーがもたらす影響力の高さを改めて理解すると同時に、ハインリッヒはテックスの行動に違和感を覚え、彼らしくない判断だとも思った。
「何でも、本部の意向でもあるようなんです。
なので、市街地に送る部隊の編成と指揮系統を今整えているところなんです。
夜の九時頃には戦車隊が橋を封鎖し、砲兵隊が位置に着けるようにとの命令で、急いで準備をしていて……」
狙撃手一人を相手に戦争をするつもりだとしか思えなかった。
今はそれを置いて、ハインリッヒはスクイッドの死について詳しい情報を手に入れたかった。
从;゚∀从「分かりました。 では」
早足で兵舎に向かう途中、戦車や迫撃砲を搭載した車両とすれ違った。
本気でペニー一人に対して戦争を仕掛けるつもりなのだ。
兵舎に入ってすぐ、タカラ・ブルックリンに出会った。
その顔には悲壮感が漂っており、今の基地内の状況も相まって、青ざめていた。
( ,,^Д^)「ハインリッヒ曹長、スクイッド二等軍曹が亡くなりました……それと本部が戦車隊と砲兵隊を派遣してきました」
从;゚∀从「どちらも聞いています。
何か私達の動きに変化は?」
( ,,^Д^)「市街地に派兵される前に、一度ミーティングをすることになっています。
そこで、改めて決定があるかと」
从;゚∀从「分かりました。
それで、スクイッド二等軍曹が死んだ状況を知りたいのですが」
周囲を見回し、タカラは声を潜めて言った。
( ,,^Д^)「いったん部屋でお話します」
二人は海兵隊の狙撃チームに割り当てられている部屋に入った。
ボルジョア・オーバーシーズとギコ・コメットがそこにいた。
(;・3・)「ハインリッヒ曹長、戻ったか。
状況は聞いたか?」
199
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 21:03:51 ID:9ft78oqo0
ボルジョアの言葉に、ハインリッヒは首肯した。
(,,゚Д゚)「スクイッド二等軍曹についてですが、我々が聞かされている情報では本当に蜂に刺されて亡くなったという事です。
実際にボルジョア少尉が死体を見て確認されました」
( ・3・)「奴は作業中にコーラを飲んでいて、それにつられて出てきた蜂に刺されたらしい。
猛毒を持つ蜂だが、この島でも見られる個体の毒だそうだ」
不運な事故なのか、それとも、と続けずともその場の人間は理解している事だろう。
蜂が近付いてくる時、その羽音に気付かないはずがない。
作業に集中していたとしても、接近されれば本能的に逃げるのが人間だ。
当然、ボルジョアはその結末が自然のものとは思っていないようで、苦虫を潰したような顔で吐き捨てた。
(;・3・)「……また、人数が減ったな」
扉が数回ノックされ、間隔を空けてもう一度ノックされた。
開いた扉から現れたのは、ジョルジュ・ロングディスタンスだった。
汗に滲んだ戦闘服を着たジョルジュは、部屋を見回して五人となった狙撃チームの存在を確認した。
( ・3・)「これで全員揃った。
よし、ミーティングだ」
ボルジョアが溜息を吐きつつ、そう言った。
( ・3・)「知っての通り、一人減って、団体客が来た。
海兵隊で調べて分かった事は特にないが、海軍も同様か?」
_
( ゚∀゚)「えぇ、新たな情報は特に――」
ジョルジュの言葉を遮り、ハインリッヒが強く主張した。
从 ゚∀从「――二点、ありました」
全員の視線がハインリッヒに注がれる。
傾注されていることを自覚しつつ、ハインリッヒはゆっくりと、要点をまとめて報告を始めた。
从 ゚∀从「一点目、休憩中にカフェ強盗に襲われたのですが、彼らは私を殺すよう依頼を受けていたようです」
_
( ゚∀゚)「昼に街であったあれか」
ジョルジュがはっとしたような声で口にした。
ジュスティア軍駐屯中の日中に起こった大胆不敵かつ愚かな犯行は、すでに島中に広まっている事だろう。
その現場から逃走した二人の女性については、おそらくは知られていないはずだった。
_
( ゚∀゚)「あの現場にいたのか」
从 ゚∀从「はい、休憩していたところ襲われたため、反撃しました」
嘘は吐いていない。
確かに反撃をしたが弾が足りずに窮地に陥っていたところイルトリア人に助けてもらったとは、まだ言えない。
200
:
名無しさん
:2018/01/07(日) 21:05:42 ID:9ft78oqo0
( ・3・)「誰に頼まれた?」
从 ゚∀从「背の高い男、とだけ。
弾の当たり所が悪くてすぐに死んだため、これ以上の情報は得られませんでした」
( ・3・)「その男も恐らくは頼まれただけの人間だろうな」
ボルジョアは唸るようにそう言い、ハインリッヒに続きを促した。
从 ゚∀从「もう一点は……イルトリアの狙撃手と接触しました」
沈黙は時に最上の同意になるが、時として、最上の驚愕の表れにもなる。
今回の沈黙は、間違いなく後者だった。
痛いほどの沈黙を破ったのは、ジョルジュだった。
_
( ゚∀゚)「いろいろと訊きたいことはあるが、まずは経緯から教えてもらおうか」
从 ゚∀从「先ほどの強盗と遭遇した際、命を救われました。
死体を調べれば、コルトではなくグロックの弾が見つけられるはずです」
_
( ゚∀゚)「相手はお前の事を知っていて助けたのか?それとも偶然なのか?」
从 ゚∀从「前者です。
こちらの素性にある程度の目星をつけていたようで、私が銃を抜いても驚いた様子がありませんでした」
_
( ゚∀゚)「その人間とは以前にも接触があったのか」
从 ゚∀从「はい、ありました。
ただ、お互いに民間人として会っただけです。
強盗と遭遇した際も、全くの偶然でした。
彼女が先に店にいて、私が後から入った形です」
_
( ゚∀゚)「強盗がその女に雇われた可能性は?」
その可能性も考えていたが、あまりにも不自然すぎた。
ペニーが本気で殺そうと思えば、強盗を使うまでもなく、食事で使用したナイフ一本でハインリッヒを殺せただろう。
从 ゚∀从「あり得ないと思います。
私を殺そうと思えばその手で殺せるほどの腕前ですから」
_
( ゚∀゚)「……で、次だ。
何でお前が生きているんだ?」
从 ゚∀从「一時停戦の上、共闘態勢を取ろうと交渉されました」
_
( ゚∀゚)「何?あれだけ殺しておいて、今さら共闘だと?」
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