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【失敗】廃棄小説投下スレッド【放棄】

1名無しさん:2004/11/27(土) 03:12
コソーリ書いてはみたものの、様々な理由により途中放棄された小説を投下するスレ。

ストーリーなどが矛盾してしまった・話が途切れ途切れで繋がらない・
気づけば文が危ない方向へ・もうとにかく続きが書けない…等。
捨ててしまうのはもったいない気がする。しかし本スレに投下するのはチョト気が引ける。
そんな人のためのスレッドです。

・もしかしたら続きを書くかも、修正してうpするかもという人はその旨を
・使いたい!または使えそう!なネタが捨ててあったら交渉してみよう。
・人によって嫌悪感を起こさせるようなものは前もって警告すること。

452名無しさん:2006/12/08(金) 03:07:19
















「………っ!?」
光は茶髪の男の手のひらから黒髪の男の背中に伝わり、波紋が広がっては収縮していくかのように
瞬時に彼の全身を走ると、元の茶髪の男の手のひらへと戻っていく。
周囲には多くの人が行き来していたけれど、一瞬の出来事だったからか、それともまだ日が出ていて
明るいために緑色の光が目立たなかったからか、特にこの現象について驚かれたりされる事はなかったけども。
誰よりもまず茶髪の男自身が驚いたようで、元々大粒の目を一層丸く見開いた。

もっとも、緑色の発光に関しては、実は普段から見慣れている物だったために彼としても驚く事ではない。
ただ、光の発生源である彼のブレスレットの石……持ち主の意思に応じて不思議な力を発揮する石が
彼の意図しないタイミングで勝手に光った事。
もう一つ、彼の手のひらに黒髪の男の身体を駆けめぐった緑色の光が戻ってきた直後に、
ピリッという痺れを指先に感じた事。

……何なんだ、一体。
そう茶髪の男が内心で呟くのと同時に、軽く痺れを感じた指先から鈍い痛みが襲い来て。
頭をどこかにぶつけでもしたかのような衝撃に思わず息が詰まり、男はその場に立ち止まった。

「くっ……。」
不思議な力を持つ石は、それぞれの力を発揮する事に何かしらの代償をもたらす物であるが、
彼の持つ石の場合は、触れて緑の光を走らせた相手に自分の出す指示…願いに従うよう促す事が出来る力に対して
その代償は、指示の実行の妨げになる相手の疲労や傷の痛みを指示の難易度に応じて引き受けてしまう事。
それを考えれば、光が発されて茶髪の男が痛みに襲われるのは、一連の正しい流れかも知れないけども。
これだけ露骨な痛みは、石を持つ者同士の戦いで傷ついた相手に、起きあがるよう促した時のそれに等しくて。
「一体…何やったんやろ。緊張が解けて誤作動してもーたンやろか。」
何とか痛みのピークを耐え抜き、男はぼそりと呟きを漏らす。
今はM-1という戦いの最中にあるけども、それは痛みとは無縁の戦いの筈で。
そして彼が相手に投げかけた言葉に指示にあたる言葉があったとしても、それは重い代償に値するほど
難しい内容ではなかった筈。

「……………。」
幾つか脳裏に浮かぶ疑問を投げかけたくとも、先を歩く黒髪の男の背中はいつの間にか人混みに紛れて
どこにも見つけられなくなっていて。
とはいえ完全に引ききらない痛みのせいでわざわざ捜そうという意欲も起こらず、茶髪の男ははぁ…とため息をついた。


後でそれとなく聞いてみればいいか。
結果、そんな結論に辿り着いてふらふらと再び歩き出す茶髪の男の手首では。
ブレスレットにあしらわれた石が、どこか悲鳴にも似た光の瞬きを繰り返していた。
それはまだ、11月の初めの事。

453名無しさん:2006/12/08(金) 16:25:07
乙です。

454名無しさん:2006/12/08(金) 23:07:24
乙です。
これはもしや…

455名無しさん:2006/12/08(金) 23:36:25
お〜、新作乙です!タイムリーで意味深っぽいタイトルが良い。

456名無しさん:2006/12/09(土) 16:05:26
乙です。

457451-452:2006/12/09(土) 18:02:36
>>453-456
レスありがとうございます。

お察しの通りの彼らで、石の力は能力スレの方の物を使わせていただきました。
改めて見返してみると文章が所々変ですね;
すみません。ありがとうございました。

458名無しさん:2007/01/29(月) 00:57:11
「ぐぅっ!」
普段は非力なくせに、みぞおちにくらった蹴りが想像以上に重い。
その勢いで壁に叩きつけられるなんて本来なら絶対にありえない。
「はははっ!いつまで抵抗続けるん?さっさと石渡したら楽になれるで」
蹴りをくらわせた張本人、その長身を白の上下に身を包んだ俺の相方は
泣き出しそうな顔をして笑っている。

知っとるよ、それが本来のお前やないって事を
俺がガキみたいな好奇心で白と黒の戦いに首を突っ込んで
その結果お前が黒い欠片に飲み込まれてしまった。
ならばいっそ黒に入ろうかとも思ったけれど
それは永遠に黒の欠片に相方が囚われ続ける事になる。
ただでさえ虚弱なくせに黒い欠片はその体をさらに蝕んでいくだろう…最悪の場合は死。

「石田ぁぁぁっ!!」
握り締める石が熱くなって黄色い光を放つ。
「今すぐ助けたるから待っとけよ!」
石田の手の中にある白い石がひどくくすんでいたはずなのに
放つ光が本来の色を取り戻そうとしている。
あいつも戦ってるんや。
俺相手やなく自分の中で…
全部俺のせいだから、そういう風に言う事はおこがましいのかもしれないけれど
ピンチの時にやってくるのがヒーローやから
窮地の時ほど力を発揮するのがヒーローやから
「正義の味方、ここに参上」

能力スレ532です。
こんな感じでノンスタ編を考えてました。
時間があればもっときちんとした物を書き上げたいです。

459名無しさん:2007/02/10(土) 03:42:49
遅ればせながら ◆2dC8hbcvNA様、ぜひとも430−442の話は本スレに投下していただきたいです。
名無しに戻られるのはもったいない。
もうすでに、私の中では設楽の過去はこれがデフォになってしまった。
ぜひとも小林視点の方ともあわせて、投下願います。是非に。

460名無しさん:2007/04/07(土) 06:45:30
ノンスタイル話投下であります。>>458氏の作品と思いっきり矛盾しますが……。


 井上、が黒い存在に立っていると、本人自身からの砂のような呆気ないカミングアウトによって知った。スーツの色と同じような色だからという考えなしの理由からだというが、もっともそれは強がりで、芸人間でまことしやかに噂される黒い欠片の汚染、と依存からくるなしくずしさなのかもしれないが。大事そうにまごまごと攫んでいた黄色い石も、その彼の源なるものらしい。「力を見せて」と石田は言ったが、井上に飛び跳ねられて終わりだった。
 それを聞いた昨日、何か引き寄せられるように石田もへんな石を拾ってしまった。つまりが、争いは石田をも巻き込むつもりらしい。
「……このこと考えるのやめよ」
 石田は一言つぶやいて、思考をバラバラと薄いプラに分解させ停止させた。いつ起こるとも知れぬ争いよりも、目先の仕事だ。今日は共々東京へ来ており、井上ももうすぐこの楽屋に到着するはずだ。石田は最近買ってバッグに常駐させている文庫本を探り、栞を抜き取ったページから読み始めた。
「……あれ? このページ読んだ、っけ……? 読んでないっけ……」
 初読なので如何とも言いがたい。石田はおとなしくそのページから、黙々と字面を見つめ始めた。

「イッシダー」
「うわぁ!」
 本を少し読み始めて突然背後から声がし、それがすぐに井上のものだとは理解したが、反射的な声は止まらずこれほどの反応を見越していなかった井上の肩が跳ねた。
「びっくりしたー!」
「う、うわー、何なん、俺のほうがびっくりしてんけど」
 後ろでびくつく井上。
「なんでやねん」
「お前が大声出すから……」
 彼にとっては軽い嫌がらせだったらしい。思った以上におびえた反応をする井上に、石田がつぶやきのつもりの感嘆を吐き出した。
「物音立てんかったり昨日は飛び跳ねたり、天使みたいやなー! お前」
「……へんな喩え」
 一瞬井上の表情がくすぶった、ような気がした。石田はそれに気づきながら、何か気分が悪いことを言ったのかだとか、何か気に入らない行動があったのかとかを思索していた。
ええい、直接聞くほうが。
「……どうしたん?」
「なんでもないけど、そんなこと聞く石田のほうがどうしたん?」
 黙りこむ石田。続く少しの沈黙。
「あはは、石田くん」
 井上が微笑んだ。
 覇気のない発音と緩い笑顔を発した本人は目の前に在る。
 彼が黒い立場に存在すると知った所で、石田にとっての井上は警戒すべき人物でもあるが、それでも今暢気の極みを向け語り返る井上のすべてを、全て否定することはできなかったのだ。
 井上――彼は問いかけを繰り返す。それは世界の無邪気を孕んだように、それはすべての情愛をもってしているような。未だ邪気を見せない微笑、黒い欠片よりも、一四年の情愛が勝つと信じて。
 ああ、考えないつもりだったのに。そう思いながら石田は、力んで発声した。
「井う……」
 そしてそれは遮られた。それは遮られた。
 それは遮られた。
「石ちょおだい」
 声全て発する前に、先ほどと一ミリも狂わない無邪気な声で封じられた。それは石田にとって今一番恐ろしい言葉を伴って。思えば天使のようと石田自身が比ゆしたそれも、伏線だったのか、この状況となっては井上本人に聞けることでもないが、それよりも暫く時間が止まって欲しい。……真面目な判断力が追いつかない。
 その願いかなわず、判断するまもなく紛れもなく突きつけられた真実……井上から石田への敵意……に、ただ井上のむき出しの敵意に、今現在もその幼馴染を敵として見つめられないまま、石田は心身ともに静かに後ずさるしか術はなかった。
 ――背中をくすぐられるような寒気がしたのは身体の調子のせいであって欲しい。

461名無しさん:2007/04/07(土) 06:46:07
すみません、sage忘れてた……

462名無しさん:2007/04/16(月) 23:35:28
<<460おお、けっこう良いと思います!

463名無しさん:2007/06/16(土) 09:16:08
age

464添削スレ561:2007/08/22(水) 02:29:21
添削スレ561からの続き。
まだ麒麟を使用中の書き手さんがいるのと、今の状況で本編として続けていいものか微妙だったので、これは番外編乃至パラレルとして受け取っていただければ幸いです。

黒の上層部が関わってくるので、そりゃ困るという方、不快に思った方はコメください。

465名無しさん:2007/08/22(水) 02:32:50
添削スレ>561から続いております。


朝からの局での打ち合わせが終わり、やれやれと首を回す。正面口の自動ドアを抜けて携帯電話の画面を見るともう18時を過ぎたころだった。
隣りにいたタクシー好きの相方は、局を出るなり片手を上げて、滑るように入ってきた緑の車両にさっさと乗り込んでいった。
ほんまにタクシー好きやな…控える気ないんか、と少し呆れていると、タクシーの窓が空いて茶色い顔がこっちを見ていた。
「駅までやろ、川島も乗ってけば」
「いや、俺はいい」
「なんやねん、せっかく奢ったろうと思った…っておーい」
ぶつぶつ呟く田村を無視して、俺はさっさと歩き出していた。
この時間にもなると、昼のようなキツい暑さはなく、多少は涼しい風が吹いている。歩いて駅まで行くぐらいなら、きっとちょうどいい気温だろう。
そんなことをぼんやり考えていた俺の横を、田村を乗せたタクシーが通り抜けていった。
すれ違う瞬間、ちらりと田村と目が合う。「お先に」とでも言わん許りに、にやにやとした表情。
このスティックパンめ、と遠ざかっていく車に憎々しげに呟いた。涼しい車内で寛いでるだろうその相手に届くはずのないことを知りながら。

466名無しさん:2007/08/22(水) 02:33:43
沈みかけた太陽が作り出す長い影が足下に広がっている。
タクシーが見えなくなって、やっと歩きだそうとした。しかし自分の足が、自分自身の影の上にあることに気付き、少しだけ動きを止める。
石は光ってはおらず、力が発動してるわけがないのだから、何の問題もない。だが、いつも気になってしまう。
自分の影をぐりぐりと踏み付ける。痛くともなんともない。

そうしていると、小さい頃によく「影踏み鬼」をやったのを思い出した。
タッチすることで鬼がかわる鬼ごっことは違って、影を踏んで相手を捕まえる遊び。
…今やったら、影踏んだ瞬間に影の中にめり込んでしまうかもしれんなぁ。
我ながら馬鹿な考えだと思う。ちょっとだけ笑って、ここが人通りの多い道だったことを思い出して、慌てて口を結んだ。

日はもうすぐ沈もうとしている。
影は長く長く伸び、何も言わずに着いてきていた。

467名無しさん:2007/08/22(水) 02:34:38
すいませんsage忘れましたorz
携帯からの投稿ですのでお許しください…。

468名無しさん:2007/08/23(木) 00:25:54
期待

469 ◆wftYYG5GqE:2007/08/24(金) 06:22:48
こんにちは。ちょっと投下しに来ました。
靖史が黒に入った経緯の話です。


――black brother――


「ん?」
ある朝、靖史は、リビングのテーブルの上にある二つの石に気付いた。
一方は茶色で光沢があり、もう一方はピンク色のものである。
妻や息子のものだろうかと思い、尋ねてみたが、二人は「知らない」と答えた。
では、この石は一体誰のものなのだろうか。妙に気になり出した。
「……」
靖史は、ほとんど無意識に、その二つの石をポケットに入れた。

470 ◆wftYYG5GqE:2007/08/24(金) 06:23:08
その後靖史は、レギュラー番組の収録へと向かった。
収録は、特に何事も無く、いつも通りに行われた。
収録後、靖史はトイレで手を洗っていた。
靖史は、ふと、今朝家から持ってきた二つの石の事を思い出した。
なかなか綺麗な石だから、今度仲の良い芸人と遊んだときにでも見せてみようか…。
そう考えていたその時であった。
いきなり、目の前の鏡に映っていた靖史の顔が歪み出し、
その代わりに、今しがた彼が考えていた芸人の姿が映し出されたのである。
彼がいる場所までは分からなかったが、どうやらネタを披露しているようだった。
(何やこれ!? どないなっとるん?)
その直後、靖史は、石を入れたポケットが妙に熱い事に気付いた。
ポケットから二つの石を取り出してみると、茶色の石の方が、光と熱を帯びていた。
そして靖史は、今の光景が、この石の仕業であるという事を直感的に感じた。
(この石…めっちゃ面白いやん!)


翌日、靖史は自分の石の使い方をだいたい把握していた。
どうやら、靖史が様子が見たいと思った人物を、鏡に映し出すものらしかった。
他にも色々調べ、その力を持った茶色い石は「ブロンザイト」、
もう一方のピンク色の石は「チューライト」という名前である事も分かった。
ひょっとしたら、チューライトも、何かの力を秘めているのかもしれない。
靖史はそう考えたが、何故かチューライトが熱を帯びたり光ったりする事は無かった。

471 ◆wftYYG5GqE:2007/08/24(金) 06:23:28
その日の晩、靖史が近所のコンビニで買い物を終え、コンビニを出た直後の事である。
「千原兄弟の靖史さんですね? ちょっと話があるんで、そこまで来て貰えませんか?」
いきなり靖史の前に一人の若い男が現れ、彼に話しかけてきた。
靖史は反論をする間も無く、男に強引に腕を引っ張られ、人気の無い路地裏まで連れてこられた。
そこまで行くと男は、ようやく靖史を解放した。
「いきなり何すんねん!」
靖史は怒りをあらわにしたが、男は飄々とした様子であった。
「靖史さん石持ってますよね。僕に下さい」
男がそう話したが、靖史は訳が分からなくなり、叫んだ。
「はあ!? 何でやねん!」
「…渡さないなら、無理にでも奪いますよ!」
すると、男の右手の爪が急速に伸び出し、猫の爪のようになった。
「これ、僕の石の力なんです」
そしてそのまま、男は、靖史のほうへ突進してきた。
(…あれで引っ掻かれたらめっちゃ痛いやんけ!)
靖史は身の危険を感じすぐさま逃げ出した。
しかし、相手の男とは年齢的にも体力的にもだいぶ差がついているように思う。追いつかれるのは時間の問題であった。
応戦しようかとも考えたが、ブロンザイトではどう考えても戦う事はできない。


――精神を集中させろ!
不意に、靖史の耳にそのような声が届いた。
「誰やねん!?」
靖史は驚いて立ち止まり、辺りを見回した。相手の男も靖史の声に驚き、思わず立ち止まった。
――いいから!
靖史は、謎の声の言われるがままに、その場で精神を集中させた。
男はチャンスだとばかりに、右手を振り上げ、靖史を引っ掻こうとした。
しかし靖史は男の爪の猛攻を器用にかわし続けた。そして一瞬の隙を突いて男の胸ぐらを掴み、彼を投げ飛ばした。
もちろん、普段の靖史に、このような事ができるはずが無い。
今のは、完全に靖史の石――チューライトの力であった。

472 ◆wftYYG5GqE:2007/08/24(金) 06:23:55
「…くそっ。このまま帰るわけにはいかないんだ」
男は投げ飛ばされたにも関わらず、まだ靖史と戦おうとしていた。
その時、靖史の目の前に緑色のゲートが出現し、中から一人の人物が現れた。
その人物は、靖史が以前ある番組で共演した事のある芸人であった。
突如現れた芸人は、男に対し「もうそれぐらいにしておけ」と言い、その後少し言葉を交わした。
すると男は、諦めたように、しぶしぶ帰っていった。
「大丈夫でしたか?」
その芸人――土田晃之が靖史に話しかけてきた。


「…何がどうなっとるん?」
靖史は、ますます意味が分からなくなってしまった。
「今のも、お前の石の力なんか?
…そもそも、石って何なん? さっきのヤツも狙っとったし」
「じゃあ、簡単に話しますね」と、土田による石の説明が始まった。
今、芸人たちの間で、不思議な力を持った石が広まっているという事。
その石を巡って、「白いユニット」と「黒いユニット」が争っているという事。
さっき靖史を襲った男は、黒いユニットであるという事。
彼にとっては初仕事だったらしいが、さすがに無茶をし過ぎだと感じ、土田が様子を見に行ったという事。
靖史は、ある事に気付いた。
「様子見に行ったって、それって…」
「そうです。俺も黒ユニットなんです」
土田は、あっさりと肯定した。
「それでなんですが、靖史さん……黒に、入りませんか?」

473 ◆wftYYG5GqE:2007/08/24(金) 06:24:16
土田からのいきなりの問いかけに、靖史は少し戸惑った。
「えーと…何で?」
「まあ、できる限り黒の勢力を広めておきたいからですね」
「でも、黒に入るっちゅう事は、白と戦わなあかんって事やろ? 何か面倒臭そうや」
「全員、先陣を切って戦うってわけではないですよ。補助系の能力持ったヤツとかもいますし。
黒側から襲撃される事はもちろん無くなりますし、むしろ楽になります」
靖史は、また少し考え込んだ。
「…もし、断る、って言うたら?」
「…早い話、ジュニアさんに何らかの危害が及ぶでしょうね。
例えば…もう二度と舞台に立てなくなるような事になるとか」
それを聞いた瞬間、靖史の顔が引きつった。
土田は冗談を言っている顔ではない。本気だ。
「…まさか、弟人質に取られるとは思わんかったわ」
「すいませんね。これも、黒のやり方なんで…」
「分かった。…黒に、入るわ」
靖史は、観念したように言った。

474 ◆wftYYG5GqE:2007/08/24(金) 06:24:59
「ところで、あいつの事は…」
「ジュニアさんも黒に引き入れたいってのが本音なんですが…。
靖史さんの好きにしてかまいませんよ。ジュニアさんを黒から遠ざけさす事もできますし」
それじゃあ失礼します、と言って土田は、赤いゲートの向こう側に消えていった。


路地裏は、靖史一人だけとなった。
(何かよう分からん事になってもうたけど…まあ、しゃーないか)
今更後戻りはできないため、靖史はそう割り切る事にした。
そして彼は、黒ユニットとは別の事を考え始めた。浩史の事である。
土田は、浩史を黒から遠ざける事もできると言っていたが、
そうするのは何となくだが違う気がする。
どうせなら、浩史も石の争いに思い切り巻き込んでしまおう。
浩史に石を渡して…いや、『貸して』、どこまで戦えるのかを見るのも悪くない。
我ながら酷な事をすると思う。それでも。
「…あいつなら上手い事やりよるやろ」
靖史は、ぽつりと呟いた。


それから二日後。
靖史は、仕事先の楽屋から人がいなくなった隙に、浩史の鞄にチューライトを忍び込ませる事となる。

475 ◆wftYYG5GqE:2007/08/24(金) 06:25:17
*****


「何やこれ?」
仕事先から帰ってきた浩史は、自分の鞄に一つの石が入っている事に気付いた。
浩史はそれを掌の上に乗せ、まじまじと見つめた。石は綺麗なピンク色をしている。
ここで彼は、ふと思い出した。
最近、近辺の芸人の間で囁かれている、不思議な石の話。
自分のような中堅芸人には、絶対に回ってくるはずは無い。そう思い込んでいた。
「…まさか、な」
掌にあった石が、浩史の意思にもかかわらず光りだした。
それは、これから避けられないであろう戦いを予感させるようだった。

476 ◆wftYYG5GqE:2007/08/24(金) 06:25:41
以上です。

靖史を襲った男
石:未定
能力:爪を伸ばし、相手を引っ掻いて攻撃する事ができる。
条件:一回に片方の手の爪しか伸ばせない。
使い終わった後は、爪を伸ばしたほうの手がつる。


ちなみに、本スレの「千原兄弟短編」より1ヶ月ほど前の話です。
黒幹部が登場する、靖史と土田の口調が分からないなどの理由から、こちらに落とさせて頂きました。

477名無しさん:2007/08/26(日) 23:58:44
>>464
文章に引き込まれた。展開が楽しみだ。

478名無しさん:2007/09/04(火) 14:47:08
>464-465続き

無意識のうちに、人通りの少ない道を選んで歩いていた。
局を出てからだいぶ時間が経っているが、まだ駅には着きそうにない。田村の言う通りタクシーに乗るべきだったか…、そんな考えがちらりと頭をかすめ、少し悔しい気持ちになった。
高い建物の間から見えていた夕日はもうとっくに沈んでしまっていた。
これでまた一日が終わる。
感傷的な気分とはまた違った不思議な充足感に、しばらく酔っていたかった。

479名無しさん:2007/09/04(火) 14:49:50
しかしそれは懐に起こった違和感に書き消された。
立ち止まって胸ポケットに手を入れると堅く冷たい感触が伝わってくる。黒水晶だ。
取り出すと、暗く静かな光が発せられていた。それは、他の石の存在が近いことを示している。
と同時に、ざわり、と得体の知れない感覚が身体に走った。ここまで強い力を感じたのは初めてに近い。
短く息を吐いて、石をまた同じ場所にしまう。
「麒麟の川島明」
不意に知らない声が自分の名前を呼んだ。弾かれたように振り向くと、ビルの非常階段、地上と2階をつなぐあたりの踊り場に男が立っている。
「麒麟の川島明君だね」
改めて名を呼んでくる男は、白いシャツに白いズボンという白づくめの格好をしていた。
こちらを見つめているその目は鋭く研ぎ澄まされているが、わずかに曇っているように見えるのは気のせいだろうか。
その顔には見覚えがあった。しかし名前が出てこずに、少し考える。

「…ラーメンズの、」

480名無しさん:2007/09/04(火) 14:51:44
思い出した。
正月の特番の時に、もじゃもじゃの髪の男が画面に映り、みんながその名前を連呼して話題にあがっていた。確かその相方だったはずだ。

ラーメンズはテレビに出ることはほとんどなく、大半は単独ライブのみで活動している。と記憶していた。だからこそ自分達との接点はない。

しかし今や彼は、芸人達の間で違う分野で有名になりつつあった。
その内容は、彼が黒、しかもだいぶ上位の位置にいるらしいということ。
「そう、ラーメンズのもじゃもじゃじゃない方。小林です」
おどけるわけでもなく、あくまで淡々と小林は話す。その口振りには余裕すら感じられ、嫌な汗が背中を伝った。
「何の用ですか」
そう言いつつ、さりげなく自分の足下を見た。充分な大きさの影があるのを確認して、そっと服の上から黒水晶に触れる。
「黒に来てもらいたい」
小林の言葉に、全身の血の気が引くのを感じた。
初めて聞く言葉ではない。襲撃してきた若手の芸人達(その半分ほどは操られていたが)から散々聞かされた言葉だ。
しかし今回は意味合いが違う。黒の、しかも「上」から改めて聞かされる言葉。
「…嫌です」
「そう言うと思ってた」
小林はちらと手元に目線を落とし、
「いや、そう言うとわかっていた」
と言い直した。

481名無しさん:2007/09/04(火) 14:55:29
―どうする、
読点の後は続かない。小林の能力が不明であるうちは、迂闊な行動を取れない。
「残念だけど、嫌だと言うなら、別の方法をとらなくてはいけない」
どんな方法かは、聞かずともわかっていた。少し高い位置の小林を睨み付け身構える。
それに対し小林は少し笑って言った。
「悪いけど、戦うのは僕じゃないんだ」

「川島、俺らやー」
背後から間延びした声がした。それが聞き覚えのある声であることを信じたくはなかった。
ゆっくりと振り返る。目に入る特徴的な姿が、見慣れたものであることを信じたくはなかった。
「哲夫さん…西田さん」
絶望とともに呟いた名前に、笑い飯の二人は律義にも頷いた。

信じざるをえなかった。

482名無しさん:2007/09/04(火) 15:00:10
以上です。廃棄スレということもあってだいぶ好き勝手やらせてもらっています。
何か間違いなどあったら教えていただけると幸いです。

早速間違いですが、>464-465じゃなくて>465-466が正しいですね。すみませんorz

>468さん、>477さん
どうもありがとうございます。これからもお付き合いいただけると幸いです。

483名無しさん:2007/09/06(木) 23:11:17
パラレルにしておくのがもったいないくらい面白いです
期待大

484 ◆fO.ptHBC8M:2007/09/07(金) 23:00:18
黒の幹部で書いてみたので投下。

**************

場所は都内。
若者の集まる街、渋谷。その一角にあるビルの地下へ小林は足を踏み入れた。
時間は既に午前3時を回ろうとしている。
地下に続く階段は進んでいく程に息苦しさを覚えるが果たして、実際に空調の関係で酸素が不足しているのを感じたからなのか、それとも地下に対するイメージからなのかは分からない。
しかし階段の先に現れた重厚な作りの扉を開いた瞬間、確かに小林は目の前の男に言い知れぬ空気を感じ取った。
「遅かったね『シナリオライター』」
男の名は設楽 統。
今や巨大な『黒』の中心人物、その人。
「この場所に来るのは…初めてですから」
「それは申し訳ない。まぁ、その辺に座りなよ」
シナリオライターと呼ばれた男…小林は近くにあった椅子に座ると踏み入れた地下室を見回した。
二つ三つ照明があるだけの薄暗い室内。少ない明かりのせいで広いのか狭いのか判別出来ないがバーカウンターとダーツボードが何台か見られる辺りダーツバーだったのだろうか。
内装は床、壁、テーブルや椅子に至るまで全て黒に統一されている。
まるでそれ以外の色を拒むかのような徹底ぶりは他の色を嫌悪しているのではなく、むしろ、恐怖を―「良い場所だろ?いつもの料亭も悪くはないけど」
余計な詮索をするなとばかりに設楽が問う。その表情は笑っているが視線は冷たい。
「えぇ、こういう場所も嫌いではないですよ」
「そりゃあ良かった」
小林の言葉に満足したのか設楽は大袈裟に喜ぶ仕草を見せると店内(この場合、店と呼んで良いかは分からないが)に置かれた中で一際目立つ、場違いを主張したかのような黒革の椅子に腰を下ろした。
横には唯一の白も使われているチェスボードが置かれたテーブル。
チェスは設楽が一人でやっているのか白と黒の騎士を形どられた駒が交戦していた。
しかし、ルールが分かる者なら首を傾げる戦いだろう。駒は明らかに黒が多く、失えば勝敗のつく白の『キング』の駒が既に基盤の外へ放り出されている。
一つ小さな溜息を吐くと設楽はキングに手を伸ばした。
それを指で転がし玩ぶと小林を見ずに口を開く。

「『彼』を仲間に引き込みたいんだ」

数秒、設楽の言葉に茫然としていた小林だったが意図を理解したのか驚愕の表情へと変わる。
「それは…失敗すればこちらの被害を、失う力の多くを、分かってのことですよね?」
「もちろん何も計画せずに行動するほど頭は悪くないつもりだよ」
「しかし…今はまだ確実な人員の確保を先行することに決めたばかりじゃないですか」
「そう、熱くなるなよ」
設楽のソーダライトが軽く光を帯びる。
「このチェスボードの意味が分かるだろ?『時期』は近付いている…ここで『彼』が手に入ればもう勝負はついたも同然だ」
必死に『説得』を拒否しようと小林が力強く首を左右に降る。
「確かに『時期』は近付いているかもしれない…でも、そんなことは…」
「無駄とでも?」
「……貴方は焦っているだけだ」
「……………」
設楽の顔が一瞬歪んだのを小林は見逃さなかった。
「結果を早急に求めすぎることのリスクが高いことも頭の良い貴方なら分かるでしょう?」
「……………」
数秒の沈黙が流れる。
設楽のこの命令に、しかも石を使い『説得』までしようとしたやり方に納得出来なかった。
そして、ここまでさせる焦燥の原因を小林は分かっていた。

「相方の…ことですね」

「……………」
また数秒の沈黙。
しかし、すぐにクスクスと笑い出したのは設楽だった。
そして「君には負けるよ」と視線を空に浮かせ呟くと、石の光も消えた。

485 ◆fO.ptHBC8M:2007/09/07(金) 23:11:16


戦いが激化していけば幾ら上の人間が圧力をかけた所で限界があった。
どれだけ思考を駆使し、良い『シナリオ』を書いて『説得』したところで完璧など無いのだ。
それは小林の相方である片桐に、小林が『黒』であることがバレたことからも安易に想像できる。
菊池の行動が予想範囲外だったことからしてもそうだ。
それ故に、設楽は多少の焦りを覚えてしまっている。そこから導き出された結論が良い物であるはずがない。
重い空気が室内に充満する。
そのとき、

「話し中に悪いな」

突然、現れた3人目に二人が視線を移す。
緑のゲートから現れた男は設楽と小林を確認すると小さい笑みを浮かべた。
「お前らの言い争いなんて珍しいな」
許可も得ずにどっかりと椅子に腰を下ろす男はやはり心なしか楽しそうに見える。
「覗いてたんですか?」
小林が苦笑いしながら訪ねると男は首を横に降る。
「どうにも長いこと『コイツ』と仲良くすると石の呼応がどんな感情から来てるかぐらいは分かっちまうみたいだ」
『コイツ』と呼ばれたそれも主人の意思を尊重するかのように淡く光る。
「それで?何を揉めてたんだよ」
男は煙草に火をつけると中途半端な興味を向けた。
「『彼』を仲間にしたいそうですよ」
「なんだ『彼』って?」
小林の視線の先には設楽の姿。男もそれをなぞり設楽へ視線を向ける。
「――――だよ」
低く篭った設楽の声が響いた。
闇の中でさえ存在を主張するかのようなブラックパールを手に男…土田はその名に苦い顔をする。
「確かに仲間に入れば強いな…今は…あの石も…アイツが所有している可能性が高いし…」
「だろ?シナリオライターには納得してもらえなかったんだが」
「悪いなプロデューサー…俺もシナリオライターと同じ意見だ」
予想を反した答えに設楽が驚く。
その顔は小さな子供が親に置いて行かれたような寂しく儚いもの。
しかしすぐに『黒』の顔へと戻る。眉間に皺を寄せ、普段の冷静さを欠いているのは一目で判断できた。
「…理由は?」
それでも幹部としての利己心から決して怒鳴りはせずに問う設楽。
そんな静かに苛立つ感情を直接受けても変わらず土田は続ける。
「他の芸人とは違うんだよ…お前の『説得』もアイツには効かない」
「まだ彼に『説得』をしていないのにか?」
「アイツはそういう奴だ。下手に力で強要したところで無駄骨になるっつてんだよ」
「何を根拠に」
「反発心」
そんな事も分からねぇのかと言いたげな土田にとうとう設楽も苦い顔をする。
「…確かに、強い拒絶は『説得』を跳ね返し、逆に『白』への誘導へと繋がる」
黙っていた小林も口を開いた。
二人から攻められる形になってしまった設楽は表情を歪めたまま。
らしくねぇと土田は舌打ち続きに吐き捨てた。
「説教臭くなるから言いたくねぇけど、あんまり自分達の力に驕るな」
吸っていた煙草を床に放り投げ、それを強く踏みゲートへと消えていく。
「足元すくわれるぞ」
その一言だけを二人に残して。

486 ◆fO.ptHBC8M:2007/09/07(金) 23:12:46


そんな『事件』があってから数日後。
太陽が高い位置で輝く。
事務所にある会議室ではバナナマンの二人がライヴのネタについて話し合っていた。
「設楽さん、このネタなんだけど」
「…あのさぁ」
「ん?何?」
「………………」
いつもの二人。いつもの会話。
「どうしたんだよ?」
「……もしかして」
「うん」
「太った?」
「…………はぁー!?なんだよっ!?なんか深刻な相談かと思ってドキドキしちゃっただろっ!」
「ドキドキしちゃったんだ」
「しちゃったよ!」
またドッキリでも仕掛けられたのかと思ったと愚痴る相方につい笑みがこぼれる。
「ワリィ、ワリィ。気になっちゃって」
「設楽さんがそんなこと言ってくるなんてスゲェ怪しい!カメラあんの!?」
キョロキョロあるはずのないカメラを探す日村をケラケラ笑いながら見ていたが、携帯の震動に気付いて着信相手を確認する。
「…………」
「ヤベェ!全部カメラに見えて来た!」
「日村さん」
「なっ、何!?」
「ちょっとコーヒー買ってきてよ」
「はぁ!?」
「お願い」
設楽の真剣な眼差しに渋々、日村が席を立つ。
ブツブツと文句を言いながらも部屋を出ていく日村にお礼を言うと携帯をそっと取り出した。

しかし、かけ直す様子はなく小さく呟くのだった。

「…ごめんな」

その声を言葉を表情を、誰が知ることなど出来ただろうか?

―戦いは、まだ、終わらない。



*************

廃棄スレってことでかなり自由にやってしまった(´・ω・)スマソ
反省はしてる
書く前に今までの小説とここのスレ全部読んだんだが今回落とした中で勝手に作った部分(3人がいたバーや話していた『時期』のこと、仲間にしたい『彼』、土田が言っていた「どんな感情で石が呼応しているか分かる」等)はスルーしてくれ
っていうより、他の書き手と一切相談無しで書いた物だから話自体をスルーで
ここまで読んでくれたネ申ありがとう。読み手に戻るわ

487名無しさん:2007/09/08(土) 07:53:19
>>486
おもしろかった!乙
「黒幹部の設楽」と「バナナマンの設楽」とか、うまいなーと思った
雰囲気もカコイイし、廃棄するには勿体ない気がするな

488名無しさん:2007/09/08(土) 09:23:43
>486
面白かったよー。
2対1の構図が意外だった。
仁さんにばれたことが回りまわって、菊地さんと小林さんっていうかラーメンズ?が
一戦交える結果を招いたわけだが、設楽さんは、黒同士の対立で
黒vs白の構図じゃなくなってしまいそうなのを避けたいのかな。

廃棄が勿体ないのは同意。

489 ◆fO.ptHBC8M:2007/09/10(月) 13:22:20
>>487>>488
ありがとう
流石に流れ無視しすぎてるから本スレ投下して良いものか…
ただ、いくつか構想が思い浮かんだから完璧な番外編になるけど、
別視点の黒内部とかラー・片桐編とか君の席メンバー編、書けたら廃棄に落とすよ

490名無しさん:2007/09/13(木) 01:01:31
agr

491名無しさん:2007/09/23(日) 22:33:25
小説の中に歌詞の一節を入れても大丈夫?
もちろんちゃんと分かるようにして、何の歌詞かは小説の最後に書こうと思うんだが…

492名無しさん:2007/09/28(金) 23:32:53
>>491
個人的にはいいと思うよ。

493−19歳:2007/10/01(月) 01:12:45
「あなたに憧れていました」
そういって握手を求めるように手を出してきたのは見も知らぬ男だった。
ジュニアをためらわせたのは突然楽屋に知らない人間が入ってきたという現在の状況ではない。
まるで心酔するような、何か天の上を見るような信者のそれに似た輝きを
その男の瞳の中に感じたからだった。
・・・・帽子を目深に被り、白いシャツにGパンというどこにでもいるいでたちの
少しばかり細い、まだ歳若い男・・・

一歩引く。
ルミネの壁は薄い、叫べば必ず誰かに届く、
今でさえ、舞台の歓声はどよめきと振動をもって伝わってくる。
壁を隔てた、舞台と言う名の別世界から。

「逃げないでください」
絞り出すような声
「あなたに憧れていました
 あなたのようになりたいと」

わぁっと言う歓声と拍手が津波のように響く
男の差し出された手の中には白い石。
とたんに爆発のような閃光。

それから後の事は
何も覚えていないと後々ジュニアは話した。



ドン、とぶつかった人がいた。
うつむき加減に歩いていた庄司は、その勢いに軽く跳ね飛ばされたが
ぶつかった男は振り返る様子も無く急ぎ足でルミネの外へと歩いていく
?失礼な奴だな。とは思ったが、元来物事を気にする性格ではない

楽屋の方にあるいていくと、そこには何故だか数人のひとだかり。
そのなかに見知った人間の後ろ頭を見つけた、ヒデさんだ。
「どうしたんですか?」
声を掛けると、少しおかしいような、信じられないというような、微妙な表情をしたまま振り返った
「おお、庄司おはよう」
「おはようございます、何か事故ですか?」
「いや、実はよくわからないんだが・・・」
ほら、と促されるように中を見ろというようなそぶり。
見やると幾人の頭の向こうには開け放されたままの楽屋内、
しきりに何かを話しかけている靖史さんの背中と、
話しかけられている相手は・・・まだ中学生ぐらいの少年。
ふとした拍子に顔を上げたその面差しに思わず息を呑む。
眼も鼻も口もあまりにある人物に似すぎていて。
「ジュニアさん!」
思わず声を上げてしまい、周囲の人間が一斉に振り返る。
慌ててヒデがすみませんというように頭を下げて人だかりの中から庄司をひっぱりだした。

「靖史さんがトイレから帰ってきたら、ジュニアさんがいなくなってあの少年がいたらしい」
「はぁ・・・・ジュニアさんは?」
「館内放送をかけたけど出てこない。」
「・・・・・・・・・結局、何なんですか?俺意味がよく分からないんですけど」
「俺もよくわからない。でもそれが今分かってるすべてで・・・
奇妙なことにあの少年は自分の名前を・・」
とそこまでいいかけたところで、楽屋の方から何かを叩き割る音、と壁に何かがぶつかる派手な破壊音がした。
そして関西なまりの怒声
「だからさっきから言っとうやろうが!!!俺の名前は千原浩史じゃあ!!!!」
すると人ごみの中から弾丸のように飛び出してきたものがある。少年だ。
「待たんかい!!」という靖史の声。
少年は反射的に立ちふさがって止めようとした庄司ともろにぶつかり、縺れ合うようにすっころんだ。
背中をしたたか打ちながらよく人とぶつかる日だと庄司は思った。
「そのまま捕えろ庄司!!」
言われるがままに少年の腰に手を回して動きを封じ捕獲する。
じたばたと逃れようとしながら睨みあげてくるその顔は、正しく若い頃のジュニアで
叩かれたり蹴られたりしながら、庄司はまじまじとその顔を見つめた。
「本当にジュニアさん?」
小首をかしげながら庄司が尋ねる。
「ハァ?」
吐き捨てるような返事。
そのやりとりに思わずヒデが噴出した。
「おいおい庄司・・・いくらなんでも」
「歳は?」
もう一度庄司が尋ねた。真っ直ぐな目で。
見てくれより頑丈そうな男にたじろいだのか、少しだけ少年はおさまり、
それからぶっきらぼうに呟いた

「・・・・・14歳。」

494−19歳:2007/10/01(月) 02:13:44
「絶対ジュニアさんの隠し子だと思いましたね。」

閉館後、暗いモニター室でヒデは言った。
話しかけられたのを聞こえているのかいないのか、靖史はモニターから流れる映像を凝視していた。
画面の光が青く白く靖史の顔を照らしながら点滅する。
部屋に残っているのは五人。
警備員と靖史とヒデと庄司と自分は千原浩史と名乗る少年。

「だって年齢的にできないことはないでしょう?
 きっとこの子が会いにきて
 びっくりしてジュニアさん逃げちゃったのかなぁ。あっはっは
 ・・・・くらいに思ってましたよ
 多分、今日帰らされた芸人もそう思ってると思います。ちょっと笑ってましたもん」

あの後、結局閉館時刻になってもジュニアは現れなかった。
連絡も一切無い。
靖司の判断の元、ジュニアは『急病』ということにして
何が起こったか、少年は何者なのかを興味深げに知りたが者たちに
「何も見なかったことにしてとりあえず帰れ」という無茶な一喝をし
無理矢理帰らせた。それが一時間前のこと。
庄司もどちらかというと帰りたかったが、
少年が暴れたときに取り押さえる者が必要という理由の元、そのまま居残り命を出されて現在に至る。
一人では心細いという庄司にヒデが補助を名乗り出たが、こちらはただの興味本位だ。

ことがどうやらそれだけではないということが分かったのは、本当に少し前のこと
「ジュニアさんは、ルミネには来られましたが、出て行っていません」
モニターをチェックし終わった警備員が言った一言だった。
思わず三人は首を傾げた。言っている意味が分からない。
だが警備員も、顔色が悪いばかりで上手く説明できないのか
とりあえずこれを見てくださいと、モニター室に三人+捕獲された少年を招きいれた。

そこでようやく自体の大きさを把握する。
事件が起きたと思われる時刻以降のどのモニターにも、ジュニアは映っていなかったのだ。
入り口や出口だけではない、楽屋を出たなら映らないはずはない
廊下、階段に至るまで、どこにも映っていないのである。

ジュニアが消えた。

まさかそんなはずはと目を皿のようにして、繰り返し繰り返しモニターを見る靖史。
何度見ても。自分が楽屋を出てトイレに行き、帰るまでの間・・・・
誰も楽屋から出ていない。
ただ、不思議なことに、見たことも無い男が部屋の中に入り、一分とたたないうちに部屋を出ている。
帽子を目深に被り、白いシャツとGパンをはいた青年・・・。
芸人ではない、芸人ならどんな若手でもすぐわかる。

「俺。こいつと入り口でぶつかりましたよ」
庄司が言った。靖史が振り返った。
「顔は?」
「見ましたけど、一瞬ですから・・・なんとも」
そしてその目線はそのまま庄司の隣に座っている少年に移る。
ガンとこちらを睨みつけるその姿は、無理矢理首輪を付けられたものの懐く様子のない野犬のようで
それは確かに、14歳のときの彼であった。

「お前がルミネに入ったんも映ってない。どういうことや・・・」
「知らんわ!気付いたらここにおったんじゃ!!さっきからなんかいも言うとうやろう!!」
まだ声変わりしていない少年の声で唸る。
「・・・・・・・・もしお前が浩史なら、俺とお前しか知らんことをいうてみい」
「はぁ?」
上から下へねめつけるような少年の凝視。
フォローするようにヒデが言った。
「もし君が浩史君なら。彼は君のお兄さんだ」
「靖史はそんなにハゲとらんわ!」
間髪を入れない少年の返し。それもまた確かにジュニアを思わせる。
「ほくろの位置一緒でしょう?」
一応庄司もフォローを入れるが少年の表情にはますます困惑と怯えが広がるばかり。

「・・・・とりあえず・・・」
ヒデが出来るだけ冷静に言った。
「みんなで御飯を食べに行きましょう。
 一旦頭を冷やして、それからどうするか考えませんか」

495−19歳:2007/10/01(月) 03:51:37
「本当に浩史かもしれへんな・・・」
煙草の煙と一緒に、何かを吐き出すように靖史が言った。
その目はテーブルの向かい側で肉を黙々と食べる少年の様子を、張り付いたように見つめている。
「何故です?」
ヒデが小さい声で訊ねた。
「・・・「帰りたい」って一言も言わへんやろ・・・?」
「・・・・・・ああ・・・・」
ヒデはわかったようなわからないような返事をした。
実際、なんと答えていいのか分からない。
「手の込んだドッキリかもしれませんよ
 警備員もグルの
 一番考えられるとしたらそれです
 だとしたら、どこでバラすのかが問題ですけど」
こそこそと靖史に耳打ちする。
「悪趣味やな」
靖史が苦笑した。
そんな空気を他所に
「デザートも食べる?」
と庄司は隣の少年にメニューを開いて見せている。
黙ってプリンアラモードをを指差す少年を眺めながら、靖史はぐるぐると思考を巡らす。

もしこの少年が本当にジュニアなら
あの数分の間に何があったのか、(そんなことが在り得るのか?)
いや何があったにせよ・・・一体どうしたらいいのか
あの帽子の男は何なのか。

あるいはジュニアが何らかの手段で連れ去られ
この少年を置いていったなら、何の目的でそんなことを?
一体どうやって?犯人は?あの男?
何より、その場合ジュニアの身が無事なのかどうなのか、安否が気にかかる。

・・・・もしただのドッキリなら、
(こんな夜中まで14歳の少年を巻き込んだドッキリ?!)
よくこんなにそっくりな少年をつれてきたなと笑い飛ばしてやろう

「・・・・石。」
ぐるぐると巡る靖史の思考を、ヒデの呟きが止めた。
「なんや石て」
「・・・・いや、最近の噂ですよ。芸人の間で、いろんな石が出回ってるって
それを手にすると何でも不思議な力が手に入ったり、奇妙な現象が起きるとか何とか・・・」
自分でいいながらヒデは苦笑した。
「・・・ただの噂ですよ」
「石。持ってたわ」
と少年が口を開いた。
突然のことで一斉に三人の目線が少年に集中する。
「え?」
視線は斜め前を凝視したまま、少年が呟く。
「今思い出した。石持ってたわあのおっさん」
「誰のこと?」
庄司が尋ねる。
「あの知らん部屋で目が覚めたとき、目の前に白い石持ったオッサンが立っとった。
 すぐ出てったけど。それからすぐあとに、こっちのオッサンが来た」
と靖史を指差す。
「最初のオジサンはモニターに映ってた人?」
「・・・・・たぶん・・・」
そこらへんの記憶は曖昧らしい。少年は困った顔でまた考え込んでしまった。
「『石』・・・」
思わず誰と無く呟く・・・石。
噂とはいえ奇妙に引っかかるキーワード。
石の噂。空白の数分。14歳の少年。ジュニア。パズルのように埋まってゆく何か。
一つだけハッキリしたこと。

あの『帽子の男』を探さなければ。
それがおそらく最後のピース。

「プリンアラモードお持ちしましたー!」
空気を読まない店員の声が
困惑の中を清清しく鳴り響いた。

496名無しさん:2007/10/01(月) 08:04:35
乙です。続きお願いします!

497−19歳:2007/10/01(月) 10:16:47
ういーっす。でも今日は用事なので
あさってにでもー。

498−19歳:2007/10/02(火) 21:07:13
冷静になってまじまじと見てみると
確かに兄に似ているし
確かに二人といないブサイクだ。と横に寝ている男を見て思った

時計を見ると朝の四時だった
昨日「とりあえずうちで引き取るわ」というこの男の一言の下
軽いノリで連れて来られて一晩。
「やっぱり警察に連絡した方がいいですよ」と言って別れた
あの二人の話を特に聞く気はないらしい。
とても眠れない自分の横で
うっとうしいほど大の字になって男は寝ている。

そっと布団を抜け出して、男の身体をまたいで部屋を出る。
玄関を音がしないようにそろそろと開けて外に出ると
風は冷たく、空はまだ濃い群青色をしていた。

特に当ても無く、歩き始めた。
並び立つマンション、綺麗に舗装された道路、雑草が覆い茂る空き地、小さな公園
新聞配達のバイクが横を通り過ぎる。
一瞬奇妙な目で見られたが、そういうものには慣れていた。



目が覚めたら毒虫になっていた男の話は読んだことがある
あれはなんだったか・・・・そうだ『変身』
でも目が覚めて周りがみんな変わっていたら
これは何と呼べばいいんだろう

知らない人が俺をジュニアと呼ぶ
世界中の日付が2007年になっている
モニターから流れるのは見たことも無いCM
ラジオから流れるのは聞いたことの無い音楽
異様に小さくなっている電話
さすがに鉄の猪だーと驚くことはないけれど
溢れるばかりの車の量と高層ビルが
自分の存在をわからなくさせる

周りが変わったんじゃない
自分がただ一人の異邦人なんだ
自分はやはり『変身』したんだ
そう感覚で理解するまで
それほど時間はかからなかった

神でも悪魔でもいいからこの現状から救ってはくれないかと思っていた
でもそう願っていたからこうなったんじゃなくて
何か持っていた恐ろしく大きなものを
自分は失ってしまったらしい
19年。
茫漠とした時間の量
その価値がイマイチ分からない
大変だと騒ぐのは周りばかりで
当事者であるはずの自分だけが
何がどう大変なのかがよくわからない

ただ

「にいちゃん」
後ろからふいに声を掛けられ振り返る
するとそこには先ほどの新聞配達のおじさん
「思いつめちゃいけねえよ・・・!」
江戸っ子なまりでそういうと無駄にアクセルを吹かせて横を通り過ぎていった。
しばらくそれを眺めていたが、くるりときびすを返してもと来た道を帰る。

玄関を開けると男は起きていた。
寝ぼけ眼でおお、と呻き。それから
「おかえり」
と言った。

・・・・ただ、自分に帰るところはあるらしい。

「思ったんやけどさぁ」
「あぁ?」
「毒虫はないよな」
「あ?」
「なんでよりにもよって毒虫やねんって思っとったけど
 やっぱあれはないわ
 あれよりはマシやと思うわ」
アホな顔をしたまま、男が「おぉ」と同意する
「お前なんもわかってへんやろ」
思わず笑った。
「わかってへんやろ靖史。」

そう言って屈託の無い笑顔で、少年は笑った。

499−19歳:2007/10/02(火) 22:19:58
うわっ
と声を上げて起き上がると、持っていた紙の束が一斉にバサバサと音を立てて床に落ちた。
「大丈夫?ヒデさん」
すると目の前に心配そうに覗き込む相方の顔。
「・・・・ああ」
あたりを見回すとそこは見慣れた楽屋で、どうやら調べ物を呼んでいるうちに
ソファーでうとうとと眠り込んでいたらしい
奇妙な夢をみた
奇妙な。
でも目が覚めた瞬間それは霞がかかってもう思い出せない。
心配そうな眼差しの相方に、大丈夫、と笑ってみせる。
「昨日遅くまで調べ物してたからさ。
 お前、いつ来たんだ?」
「・・・・さっき」
床に散らばった紙を拾い集める。
それらは昨日の夜最近おこった奇妙な事件・『石』というキーワードが出てく
る噂・新聞記事等を集めたもので
それがことのほか膨大な量になったことに驚きを隠せなかった。
何か大きなものが、知らないところで動いているんじゃなかろうか・・・
「ところでさ」
ワッキーが携帯を出す。
「なんか昨日動画が回ってきてさ、ルミネで窃盗があったんだって?これが犯人?」
「ああ」
それはあの廊下のモニターに映った帽子の男の映像を携帯にダウンロードしたものである。
三人はあの後、知りうる限りの人間にその映像を送った。
「メール内容が『見覚えがあったら連絡を』ってさ、それは分かるんだけどさ。
 なんで連絡先が『千原兄かヒデか庄司』なんだよ?
 なんなのこの共通性の無い三人組」
ワッキーの分のお茶を入れながら、ヒデは笑った。
「たまたまその場に居合わせただけだよ」
「しかも、なにこの最後の文章。
『あと不思議な石の噂、身の回りに起きた奇妙な事件について何か知っていたら教えてください』って
 意味わかんねぇよ」
「いやでも結構な量の噂話が来たよ」
「庄司にもコレナニ?って聞いたんだけどさ
 『実際わけわかんないし。俺考えるのも説明するのも得意じゃないからヒデさんに聞いて!』って言うんだよ」
その庄司のモノマネがことのほか似ていて、ヒデは思わず噴出した。
「確かに理解してもらう自信はないし、説明すると長くなるんだけどさ・・・」
とその時、ピロピロとテーブルの上で携帯が鳴った。メールだ。
ちょっと待って。というしぐさをして携帯を開く。
すると庄司からのメール。
「噂をすると影だな」
とヒデは笑った。

『from 庄司
sub ごめんなさい
    
    例の件について、これどういうことだって聞かれたんだけど
    俺、上手く説明できないから
    ヒデさんに教えてもらって って丸投げしちゃいました
    ごめんなさい
 
    品川がそっちに色々訊きに行くかもしれません 』

500−19歳:2007/10/02(火) 22:45:00
返信を送る。

『お前みんなに俺に説明してもらうよう言ってんのか(笑)
 今ワッキーに聞かれてたとこだよ
 あいつが来るなら一緒に説明した方が手間が省けるかな。いっそプレゼンするか』

返信の返事はすぐ返ってきた。

『?いまんとこ品川にしか言ってませんよ』

・・・・・え?

一瞬、息が止まった。
ゆっくりと携帯の画面に合っていた焦点が、向こう側にいる相方に移る。
「どうした?」
目が合った。
起きぬけで鈍っていた思考がフル回転する。
全身の細胞が緊急自体だと警鐘を鳴らした。

まさか。

「・・・・・・お前さ・・・そういえば今日、朝から名古屋で収録だから、夕方まで帰れないって言ってなかったっけ・・・」
「・・・・・ああ、早めに終わったんだ」
「・・・・・・・まだ、昼前だぞ・・・」
「・・・・・」
視線が、ゆっくりと絡まる。
目の奥に宿る光に
強烈な、違和感。

「・・・お前」
息を吸った。
「・・・・・誰だ」

501−19歳:2007/10/02(火) 22:48:24
うわぁ思いがけず長くなった
占領してしまってごめんなさい。
明日と明後日で多分終わります。出来るだけ後は短くします。

502名無しさん:2007/10/03(水) 19:45:48
おもしれー
別に長くなってもいい 期待

503−19歳:2007/10/03(水) 20:24:12
ああ、そういってもらえるとありがたいです。
よかった引かれてるかと思いましたw
頑張ります

504名無しさん:2007/10/03(水) 21:57:56
長くてもいいよー。

この時点で、ヒデさんと庄司さんは黒なんですか?
ワッキーさんと仲良く喋ってるのがちょっと嬉しかった・・・けど、
偽者かー。
この先が楽しみです。期待してます。

505−19歳:2007/10/03(水) 22:10:06
「「俺の力は」」
まるで二重音声のように声がだぶる。
「「バレると解けてしまうんよなぁ」」
絵の具が水に溶けるように、目の前の映像が滲んだと思うと、それはすぐに再びかたちを成して
見知った者の姿になった。

「・・・・・ぐっさん・・」
驚きすぎて、それ以上の言葉が出てこない。
目の前にはまるではじめからそうであったかのような堂々とした貫禄で、ぐっさんが座っている。
これは、奇妙な夢の続きじゃないか。
俺はまだ眠っているんじゃないだろうか。
「こんなに早くにバレたんははじめてやけどな」
そうして開いて見せた手の中に、光り輝く玉虫色の・・・・『石』。
眩暈がした。

「・・・ジュニアさんも、ぐっさんが・・・?」
「ジュニアになんかあったんか?」
とぼけているのか、それとも。
「・・・・突然、子供に・・・なりました」
ようやく搾り出せたのはその一言。
特に動じる様子もなく、すんなりと事情を悟った表情で
ぐっさんはゆっくりと顔を横に振った。
「何があったんか詳しくは知らんけど、それは俺と違う。
 俺の石の力は『模写』や。自分や他人を見たことあるものに変化させることは出来ても
 その人間のまま若返らせたりは出来んわ」
「・・・石。というのは一体何なんです・・」
「もう知ってるやろう?持っていたら力が使えるようになる
 まあその力の種類は、人それぞれというか、石それぞれやけどな」
「・・そんなもの、どうやって手に入れるんです・・?」
「手に入れるんと違う。石が人を選んで。人が石を呼ぶんや。
 使い方も力も石が教えてくれる
 お前もそのうち石に選ばれるかもしれへん。
 石に関わる者に巻き込まれるのは、石に呼ばれる前兆や
 そしたら俺の言ってる意味が何もかも分かるやろう」
言っている事の部分部分がまるで暗号のようでよくわからない
それ以前に信じたくない。
が、こう目の前でその力を披露されては。
・・・けれど一方で、少しずつ落ち着いてきた自分がいる。
「あの事件に何の関係もないんだったら
 何故ワッキーのフリをして俺に接近する必要があるんです
 庄司にも。」
「お前らがこんなメールをあっちこっちに送るから。何があったか調査して来いと言われたんや
 ・・・まぁ、こんなメールを送るくらいやから、まだ何も知らんのやろう
 石もまだ持っていないんやろうとは思ったけど」
「誰に」
見えてくる。
「誰に頼まれて、調査しろと」
その後ろに、何か大きな蠢きが。

「しゃべりすぎたかな」
にっ、とおおらかないつもの笑みで、ぐっさんは笑った。
「まぁ銀七出身のよしみや。何も知らんかったって報告しとく。
 だから、お前も何も聞かんかったことにして
 これ以上は関わるな」
「無理です」
思わずはっきりと返事をした。
これだけ目の前に不可思議なものを並べ立てられて、触れるなというほうが無茶な話だ。
「・・・お前のために言っとるんや。
 お前は石を持ってないから。その力がよくわかってない
 石も持たんと不用意にこちらの世界に関わることが、
 どんなに危険なことか」
「確かに、最初は好奇心で関わったことですが
 目の前で被害者が出てるんです。
 それをこの状態で突然放置しろと?」
思わず声を荒げた。
すると静かにぐっさんはため息をつき、少しばかり何かを考えているようだった。
そして、微かに、しかたないなぁ、と口元が動いたように見えた。
「・・・ヒデ、すぐにお前は自分が間違ってたって思うことやろうと思う。
 でも恨まんとってくれ、それはお前にわかってもらうためやし、 好奇心は猫をも殺すんや
 ・・・・まぁ、殺すことはない、そこまで酷いことはないけどな」
「?」
その何か暗示めいた言葉に気を取られて、ヒデは気付かないでいた。
ぐっさんの手の中の石が、鈍く、しかし強い光を帯び始めているのを。

506−19歳:2007/10/03(水) 22:13:07
>>504
いえーヒデも庄司も千原兄弟もみんな石の存在をよく知らないって設定ですー。
いまんとこ出てくる中ではぐっさんと帽子の男だけです。
でもユニットは隠れたところで出来上がっています。
本編ではもうみんな使われているので
邪魔にならないようこっちの方に投下しました。
ありがとうございます。

507−19歳:2007/10/03(水) 22:50:45
エレベーターの中で、偶然一緒になったのはワッキーだった。
「庄司、今から仕事?」
「ううん。ヒデさんにちょっと用事、今日はここの楽屋にいるって聞いてたから
 昼過ぎから連絡つかないから来てみたんだけど、もう帰ったのかな?」
足の下から浮くような感覚がして、エレベータが動く。
「いるんじゃないかな。俺も約束してたし」
「ワッキーは?」
「おれも用事。あとネタの打ち合わせ。
 今名古屋からやっと帰ってきたとこなんだわ」
「?昼にヒデさんと会ってたんじゃないの?」
「いいや?何で?」
あれ?と庄司は首を傾げたが、やはり元来物事を深く気にするタイプではない
まぁいいか。後でヒデさんに聞けばとさらりと流して
話題は今日あった出来事へと移っていった。



楽屋のドアをあけると、そこには誰もいなかった。
夕日が窓から差しこみ、静かに椅子や机に長い影を作っている。
けれど確かに誰かがいたらしい、
灰皿の上には、何か大量の紙が燃やされたような跡があり、
椅子の上には上着がかかったままになっている。
「ヒデさん?トイレかな?」
ワッキーが廊下と部屋を交互に覗く。
「荷物はあるよ。携帯も」
とその時、指差した荷物の影で何かが動いた。
「?」
しゃがんで、覗き込む。
パタン、パタン、と右に左に動く、シッポが見えた。
「ワッキー、猫がいる」
「え?マジ?」
荷物の影から姿を現したのはやや大きめの、三毛猫。
その猫はゆっくりと二人の足元までやってきて
恐ろしく悲しげに、にゃあ。と鳴いた
にゃあ、にゃあにゃあにゃあ
と、繰り返し繰り返し、何かを訴えるように。

508−19歳:2007/10/04(木) 00:01:08
俺が間違ってましたほんとうにすみませんでした。
と後悔するまでに五分とかからなかった。
ぐっさんの言っていた言葉の意味と重みを、今俺は痛いほど感じている。

「うわーこの猫オスの三毛猫だぞ」
相方が俺を持ち上げる。自分の胴が伸びるのが分かる。
「何?珍しいの?」
「遺伝子がどうのこうので、滅多にいないんだよ」
「へー、じゃ、高く売れるんじゃない?」
コラァ!と叫びたいがシャー!!としか声は出てこず
しかたないので庄司に猫キックを喰らわせた。
「こらお前庄司になにすんだよ」
ぺしりと額を叩かれる。
「どっからまぎれこんだんだろう」
「てかそれよりヒデさんは?」
おかしいなぁ、と呟いてワッキーが携帯を取り出す。
開いた携帯の上の文字列を見た瞬間、思わず手が出た。

変換機能を使って、自分がヒデだと伝えられれば・・・!

閃きと同時に手が出たことに、自分はずいぶん冷静さを失っていることに気付かされる。
ぱちん。と音がして、携帯のボタンを肉球が叩いた。
「あっはっはこの猫電話かけようとしてるよ」
「カワイイー」
爆笑する二人が今は憎らしい。

落ち着け。落ち着くんだと自分に言い聞かせる。
『俺の力は、バレると解けてしまうんよなぁ』
ぐっさんの言葉が頭の中で反芻する。
自分がヒデだと、いや最低猫じゃないと、こんな猫いないと言葉に出してもらえれば
おそらく自分は戻れるのだ。無理なことじゃない。
「抱く?」
「いや、いい」
そういって断る庄司と目が合った。
そうだ、庄司なら。
昨日今日で不可思議な事件に目の当たりにしている。
最初に少年をジュニア本人と気付いたのもこいつだし
バカは勘が鋭いというのは10年以上こいつに連れ添った品川の揺るがない持論だ。
にゃあ、と鳴いた。
気付いてくれ。何かがおかしいと。
すると庄司のガラス玉のような目がこちらをじっと覗きこんできた。
「この猫さぁ・・・もしかして・・ヒデさん・・・
 ・・・・の猫かなぁ」

「えー?右手がコロコロになればいいって言うくらいの潔癖症が猫なんて飼うかー?」
「どっかで拾ってきたとか。
 今、猫もって帰るための籠とかそういうの買いに行ってるんじゃない?」
「あーそうかも・・あれ?何かこの猫急にぐったりしたぞ。え?泣いてる?」
「お腹すいてるのかな?お弁当の残りとかないかな、煮魚とか」
「煮魚は濃いんじゃね?」
多くは望むまい。多くは望むまいと念仏のように心で唱える。
そういやこいつ品川に化けたぐっさんもスルーしたんだったっけ・・・。
というかワッキーそもそもお前が!!10年以上も連れ添った相方のお前がまず気付かんでどうする!!
俺は気付いたぞ!!!
「あれ?また急に元気になった」
相変わらず気付く様子の無い相方に
俺は思い切り猫パンチを食らわせ続けた。

509−19歳:2007/10/04(木) 00:16:38
あと5スレか6スレでまとまると思います
お言葉に甘えてちょっと長くなりました

510−19歳  ◆rUbBzpyaD6:2007/10/05(金) 01:18:30
「ヒデさん遅くなるならさぁ、先にちょっと覗いてこようかな。
 店閉まっちゃうかもしれないし」
少し冷えてきた部屋で、温かいコーヒーを注ぎながら庄司が言った。
「どこへ?」
「ここすぐ南にいったとこにある本屋。
 なんか画像の男の人に似てる人が働いてるんだって。
 後輩からメールで来たから」
「画像の男って泥棒だっけ?不法侵入?
 それ一人で行くの危なくないか?」
すると同意するかのように三毛猫がにゃーと鳴いた。
「・・・うーん・・・
 どうしようか。って相談しに来たんだけど、ヒデさん遅いなー」
庄司は少し窓の外を眺めていたが。徐々に暗くなる空を見ながら、意を決したように立ち上がった。 
「ちょっとだけ、見るだけ見てくるよ。
 見れば分かると思うんだよなー本人か違うかくらいは」
にゃにゃにゃにゃにゃー!と猫が騒ぎ立てる。
「気をつけろよ」
「うん」
(行くんじゃない!)
「でも早く解決しないと困るだろうし
 ・・・・え?」
庄司が振り返る。そこにはじたばたして鳴きわめく猫を抱きかかえたワッキーがいるばかり。
「今ヒデさんの声しなかった?」
「?いいや?」
首を傾げて、まぁいいかと上着を羽織る。
「すぐ戻るよ」
まるで寄り道でもするときのように、軽くそう言って庄司は部屋を出ていった。
ドアが閉まる瞬間、ひときわ甲高く鳴く猫の叫び声を、後ろに聞きながら。




本屋の場所はすぐにわかった。さほど大きくはない二階建ての建物。
外に並べられている雑誌の中から適当に拾い上げて店に入る。
広くは無い店内をぐるりと一周したがそれらしき人物は見あたらない。
歳若い人はみな、どちらかというとしっかりした体つきで、
あの時一瞬垣間見た、細い体と薄暗い表情のイメージとは重ならなかった。
・・・・ハズレかな。
「520円です」
そのままお金を払って店を出る。
とその時、入れ違いに入ってきた人間と、肩がぶつかった。
うつむき加減に歩いていた庄司は、その勢いに少し跳ね飛ばされる。

───Deja vu 。

あの時と違うのは、立ち止まり、振り返ったこと。
お互いが、まるで鏡のように。

511−19歳  ◆rUbBzpyaD6:2007/10/05(金) 02:44:47
シャー!!!
と声を上げて、ワッキーの手に思い切り齧り付く。
「いて!!」
緩んだその腕をすり抜けて、勢いよくドアノブに飛びつくと、
重みと反動で、ガチャリと音を立ててドアが力なく開いた。
その隙間に身体を滑り込ませ全速力で外に出る。
人の足の間を猛スピードでかいくぐる度、きゃあという声が上から何度も聞こえたが、気にしている余裕は無い。
階段を駆け下り、閉じようとする玄関の自動ドアをぶちやぶる勢いで突っ切る。
外に出ると一目散に南へ向かった。
───石も持たんと不用意にこちらの世界に関わることが、
   どんなに危険なことか───
ぐっさんの言葉を思い出す。
彼の言うとおりだ。関わるべきじゃなかった。
自分の手に余るものだと分かった時点で、大人しく身を引くべきだった。
もし本屋にいるその男が、帽子の男と同一人物であったら、不用意に接近することがどれほど危険なことか。
もしその力を発動されてしまったら、石を持っていない自分たちには、何一つ成す術がないのだ。
───早く解決しないと、困るだろうし──
庄司の言葉が頭の中をリフレインする。
大した興味さえもなく巻き込まれた上、そんな親切心で関わっているのに
わけもわからない相手に、どうにかされてしまったら、
そんな悲劇だけは、どうか。

ぐっさんは何か背後に組織があるようなことを言っていた
今なら分かる、その存在と目的の有無はともかく
石を持っていてさえ、組織に入らねば、身を守りきれないほど、危険なのだ。

人ごみを駆け抜けると目的の本屋が見えてきた。
何事もなくあってくれという期待を軽々と裏切り、
視界に庄司と──誰か、が向かい合って言い争っているのが見える。
諭そうとする庄司の声と、まるでそれを聞かない子供のようなわめき声。
そして男の手が自分の胸ポケットに伸びたかと思うと
そこから現れたのは、透き通る白い石。
さぁっ庄司と顔色が変わり、身を翻すようにして逃げだす。その後ろで石が光る
───と思われた瞬間。

に゛ゃあ゛あ゛あ゛
断末魔のような叫び声を上げ、爪と言う爪を出して三毛猫が男に飛び掛った。
その姿は猫というよりも凶暴な野生の獣のそれである。
何が起きたか把握できず、唖然とこちらを見ている庄司に叫ぶ
(逃げろ!!・・・・と言ってもわからないか・・・!)
石を持っている男の手に爪を深々と立て、思い切り引き下ろすと
「ぎゃぁ!!」という声と共に、赤い斑点が飛び散った。
そして、その拍子に石がするりと指を抜け、カン、という音を立てて地面に転がる。
(チャンス!!)
その瞬間を逃さず、猫は石を咥えて一目散に走り出した。
男は驚いて、我を忘れて必死の形相で追ってくる。

当たり前か、これが無くては、この男もただの人間。
今この時だけはこの猫の姿がありがたい

人ごみをすり抜け塀に飛び乗り、都会の裏通りを弾丸のように猫は逃げる。
どうか、今のうちに逃げてくれ、と
繰り返し繰り返し、心の中で願いながら。

512−19歳  ◆rUbBzpyaD6:2007/10/05(金) 03:46:36
街灯の下にその石を置いて見てみると、それはどうやら琥珀らしかった。
白いと思っていたがよく見るとほんのりと薄い黄色がかかっている。
珍しい色でありながら、それが琥珀だと分かったのは
まるで不気味な影をうつすように、石の中にサソリが入り込んでいたからだ。
琥珀は樹液が固まって出来た石、虫や葉が入りこむことはまれにあり、むしろその方が価値は高い。
それにしても
(気味悪いな)
というのが正直な感想だった。

あのあと町中を走り、男をまいた後、ヒデはひたすら歩いて靖史の家を目指していた。
靖史にこの石を渡せば、何かに気付いてくれる確立は高い。
「なんじゃこの猫ー」
と言ってまるで気付かれず追い出される可能性も高いといえば高いが。

どちらにしても、この姿のまま家に帰ってもしかたがないし、誰とも連絡は取れない
ここしか来る所はないのだ。
深くため息をつく。
リーリーと虫の音ばかりが聞こえる、誰もいない夜の公園の水のみ場で喉を潤す。
走り続けたため肉体は疲労困憊し、ぐったりとしていたが、ここまで来てぐだぐだしてもしかたがない。
家までもう一息だと立ち上がったその時
じゃり、
と誰かの足音がした。
じゃり、じゃり、と静かに近づいてくる足音。
街灯が少しずつ、その輪郭を浮き立たせる。
すらりとした高い背。それは先刻別れたばかりの。

───庄司。

どれくらい前からこちらに気付いていたのか、じっと張り付いたように凝視している。
驚いて見返していると、ゆっくりと口を開いた。
「・・・ここに来るまでのあいだずっと考えてたんですけど・・・」
膝を追って目線を近くする。
「・・・・・ひょっとして、ヒデさん?」

何か空気が歪むような感覚のあと
街灯が映し出す人の影が、二つになった。



「・・・助かったよ・・・」
と言うと
「いえこちらこそ」
といって庄司は笑った。
安堵と疲労で立ち上がる気力が無い。
今更になって気付いたが体中擦り傷と泥だらけでボロボロだった。
「もしただの猫ならうちで飼おうかと思いました
 俺猫アレルギーだけど」
そういって笑う庄司の肩を借りてなんとか立ち上がる。
手の中には例の琥珀。
これをあの二人の元に届けたら、とりあえず任務は終了にしよう。
でもその前に
「・・・携帯、貸してくれるか・・・?」
「はい?」
「心配してると思うから」

今は自分の手で、
電話できることがなにより嬉しい。

513−19歳  ◆rUbBzpyaD6:2007/10/06(土) 00:56:20
「石を咥えたまま人込みをジグザグに駆け抜けていく姿はロナウジーニョのようでした」
庄司は身振り手振りを交えて今日一日にあった出来事を説明する。
「大変でしたよ・・・こりごりです。
 これが終わったら、もう二度と関わらないことをお勧めします」
災難であったろうに冗談を交えて話す二人の言葉を笑いながら聞いていたが、
若干の沈黙の後、靖史は気になっていたことを口にした。

「で、これ、どうやってつかうねん」
と机の上に置かれた、問題の白い石を指差して言う。
石を中心に、四人は顔を見合わせる
「・・・さぁ・・・・?」

「例えばこうやって・・・」ヒデが石を手の中に入れて
「戻れ!」
叫んでみたが何も起こらない。
そして少し恥ずかしい。
「それなら・・・」
と庄司が石を掴んで恭しく相手に渡すそぶりをする
「監督、ウィニングボールです。」
「それはモノボケ」
と笑いながらヒデからツッコミが入る。
すると靖史がその直径4センチくらいはあろうかという白い石をひょいと取り上げて
「ピッコロ大魔王」
と言って口に咥えたので、ヒデと庄司は同時にぶはっと噴出してしまった。
そして靖史の横でその一連の光景を眺める、ものすごく不信そうな少年の目。
「あ、ごめん・・・・」
と謝る靖史から不機嫌な顔のまま、細長い手を伸ばして石を掴むと
そのまま少しだけ上に掲げて
「この錠剤には成人一日の栄養全てが含まれています」
と言った。その順応性の高さと
「大きすぎ!飲めへん!」
という間髪入れない靖史のツッコミのやりとりに、
庄司とヒデは、やはり少年はジュニアで
そしてお互いの相方で兄弟だと改めて感じる。

「ま、とりあえず。壊すか」
と靖史が立ち上がり、どこからかミノとトンカチを持ってきた。
「いいんですか?」
「しゃあないやろ。もっぺん犯人に返して『使ってくれ』って言う訳にもいかへんし
 あ、敷くもん敷くもん」
と台所からまな板を持って来ると、その上に石を置き、丁度真ん中にミノを宛がう。
幸い大きい石なので、安定はしそうだ。
「浩史下がっとけ」
と言ってトンカチを振り上げたその時。

───力が、欲しくはないか・・・・?

地の底から湧きあがるような声が、部屋に響いた。

514−19歳  ◆rUbBzpyaD6:2007/10/06(土) 01:34:11
白い石から、オーラのように何かが立ち上る。
それは変幻自在に人の手のような形になったり人型になったりと蠢き
不気味な声を発した。

───・・・力が、欲しくはないか・・・?
もし我と契約を交わすなら、
他人から芸人としての力を奪い自分のものとする
その術を与えよう・・・
才を磨き実力を蓄えたそのものが何の苦労もなく手に入る・・
このままでいたくないのなら・・・
目指すものの頂がなお高いところにあるのなら・・・
我と契約を交わせ・・・
何・・力を奪ったところで人が死ぬわけでは

ゴン。

鈍い音がした。
とたんに石から出ていた煙のようなものが、水をかけられたようにフシュンと音を立てて消えた。
そして最後の叫びのような
眼前を覆う一瞬の閃光。
全員がまぶしさに目を閉じ、そして恐る恐る開くと、そこにはもう嘘のように何も無く。
テーブルを見ると、ミノが深々とまな板に打ち付けられ
白い琥珀は、中に入っていた蠍ごとぱっかりと二つに割れていた。
靖史が、トンカチを振り下ろしたのだ。

「話くらい最後までさせてやれや」
「いや、終わったんかなーって・・・」
と靖史が言いかけたところで、全員がハッとして振り返る。
そこにはいつもと変わらない、スラリとした長身の、彼がいた。

+19年の、彼が。

「なんかまだ話したそうやったで」
そう言って笑う表情と
まるで何も無かったかのような不遜な態度に
「ジュニア!」「「ジュニアさん!!」」
と思わず待ちわびたヒーローの登場を迎えるような
三人の歓喜の声が同時にあがった。

515−19歳  ◆rUbBzpyaD6:2007/10/06(土) 03:23:27
それから数日後、警察署からの帰り道。

「だから14歳だったんですね」
と庄司が言った。
「あ?」
「何でそんな中途半端な年齢なんだろうって思ってたんですけど
 芸人として生きてきた時間を奪われたから
 修行を始める前に戻ったんだなって」
「お前危なかったな。20前に戻されるとこだったぞ」
ヒデが笑う
「俺の場合は、あの帽子の男は俺の時間が欲しかった訳じゃなくて
 力発動して若返らせて訳わかんなくさえちゃえ!
 っていう感じでしたけどね」
庄司もそういって笑っていたが、ふと、小さい声で呟いた。
「・・・・でも、脅えてましたよ。
 俺とあの本屋で目があった瞬間『見つかった!!』って顔をして
 多分、自分自身でやったことが、怖かったんじゃないでしょうか」

今となっては確かめる術もない。
あの後、例の帽子の男は仕事場に戻ることなく忽然と姿を消した。
不法侵入の犯人として警察に届けはしたが
その行方はようとして知れない。
金品の被害も無いということで、
警察の方にもあまり真面目に探す気がないというのは見て取れた。

男は、石が壊されたことを知ったのかもしれない。
あるいは、その力に取り込まれて───。

「あの後調べたんですけどね。あの帽子の男。
 貴方に憧れて、一度は芸人を志した男だったそうですよ
 真面目で努力もしたけれど結局──絶望したんでしょうね
 ある日突然、自分には才能が無いからもう止めると言い出したとか」
ヒデがいう言葉に
「・・・ああ、何かそんなこと言っとった気がするなぁ・・」
とジュニアは曖昧な返事をした。
「覚えてないんですか?」
「そこらへんは記憶がぼやけてんなぁ
 石に取り込まれてたときは
 何か奇妙な夢みたいやったわ。
 起きた瞬間は覚えてたやけど、
 どんなんか言おうとしたらもう何もわからへんような」

目を閉じて、思い出そうとしても何か混沌とした渦の中にいるような
ただその中からひとつだけ思い出せる
こちらを凝視する───心酔するような
まなざし。

516−19歳  ◆rUbBzpyaD6:2007/10/06(土) 03:27:30
おしまい。

長くなってほんとにすみません。
そして長くてもいいといってくださったかたありがとうございます。
読んで下さってありがとうございました。
廃棄だからと好き放題書きました。楽しかったです。

517名無しさん:2007/10/06(土) 05:42:28
乙!面白かったです。
ここ数日毎日読むのを楽しみにしてました。

518−19歳  ◆rUbBzpyaD6:2007/10/06(土) 20:29:31
おお、感想が!ありがとうございます。
そういっていただけると書いたかいがあります

519名無しさん:2007/10/07(日) 19:34:09
乙!
おもしろかったーー!!!1

520名無しさん:2007/12/10(月) 01:05:53
お久し振りです。>478-481の続きです。

↓念の為再び説明

主要キャラが現在使用中+本スレ停滞中なので、本編にも番外編にもなれない妙なパラレルです。
廃棄スレということもありだいぶ好き勝手やらさせていただいてます。
おかしなところがあればつっこんでやってください。

521名無しさん:2007/12/10(月) 01:07:36
「黒、やったんですか」

川島の低い声が闇に落ちる。落ち着き払った声ではあったが、それとは裏腹に胸を打つ早鐘は落ち着く気配を見せない。
「なに、しらんかったん?」
意外やわーと言いながら、哲夫は準備運動とばかりにぐるぐると肩を回している。その先に堅く握り締められた手があり、その中に石があることは明らかだった。

…ついこの間まで一緒の劇場でしかも同じ組で仕事してきた二人と、まさかこんな形で対峙するとは思いもしなかった。
混乱する感情の中に、虚無感が混ざった。小さく舌打ちをして、もう一度小林を見上げる。何も言わない白い男は腕組みをしたまま動かない。

522名無しさん:2007/12/10(月) 01:08:29
どうするん、と哲夫が問い掛けてきた。戦うのか黒に入るのか、それ以外の選択肢は用意していないらしい。
「…黒には入らん。けどお二人とも戦いたくない」
「そんなん言われてもなぁ?」
「なぁ?」
哲夫が振り返ると、その一歩後ろにいた西田が間の抜けた声で答える。その西田も先程から小林同様腕組みをしたまま動かない。

川島は混乱する頭を無理矢理回して、なんとか手を考えようとした。
戦うにしても状況はあまりにも不利だ。自分に有利な夜とはいえ、3対1、しかも相手の能力はわからない。
今までも何度か同じような状況で襲われたことがあった。しかしそれはまだ能力の使い方も知らない、若手だったからこそ切り抜けられたのだ。今とは話が違う。
それならば逃げるか。
それは何の解決にもならない、自分がいくら逃げたところで彼等の追撃は止まらないだろう。

それならばどうする―

523名無しさん:2007/12/10(月) 01:10:30
不意に思考が中断され、川島は弾かれたように顔を上げた。哲夫が近くにあったビルの壁を思い切り叩いたからである。
「何も知らんで戦うのもアレやから、俺の能力は教えといたるわ。」
哲夫は話しながら壁をコツコツと叩く。
「俺の能力は分解と再構築ができるってもん。例えば…一旦解散!んですぐ集合!」
哲夫が手を叩くと同時に指の隙間から強い光が発せられた。
光に怯んだ川島の右足に、急激な重みが襲った。何が起こったのかを把握する術はなく、バランスを失った体はよろけ、倒れこむ。
「なんっ…」
咄嗟に両手をついて、顔面から地面に激突することだけは防げたが、地についた己の膝の間から得体の知れない塊が見えて、川島は言葉を失った。

524名無しさん:2007/12/10(月) 01:11:03
それはコンクリートの塊だった。右足首からふくらはぎのあたりまで、まるで蛇のように絡み付いている。
顔を上げると、哲夫が手をついていたあたりの壁が不自然に凹んでいる。足に絡み付いたものがビルの壁だったものだとわかるまでそう時間はかからなかった。
引き剥がそうとするが、ビルの壁と変わらない堅さのそれはがっちりと組み付いて離れない。

哲夫は嗜虐的な笑みを浮かべている。その後ろで西田があ、と小さい声をあげて哲夫を呼んだ。
「『教えといたる』、て実際にやってもうたら結局卑怯やん」
「あぁそうやった」
どこまでも呑気な西田のツッコミに、哲夫は刈り込まれた頭を掻いた。

525名無しさん:2007/12/10(月) 01:13:02
―洒落にならん。
川島は心の中で呟いた。背中を嫌な汗が伝う。

「んじゃ、遠慮なくいかせてもらうな。…一旦解散!」
哲夫は再び石を光らせる。最早川島に迷っている暇はなかった。
戦うにしても逃げるにしても、まず距離を取りたい。二人の立っている後ろ数メートル付近にある影を目指して石の力を発動させる。
漆黒の空間を通り抜け、寸分の狂いもない場所から飛び出す。これで確実に背後をとれる。
―はずだった。

「かはっ…!!」

予想だにしなかった衝撃に息が詰まる。全身、特に胸辺りにはしる強い痛み。
何事かと自分の体を見れば、自分がたった今飛び出した壁から、コンクリートの塊が「生えて」いた。それが絡み付くように全身を取り巻いていたのだ。
顔を上げると、笑い飯の二人はこちらを向いている。まるでここから出て来るのがわかっていたように。
「聞いてたけど、えらい能力やな」
西田が目を丸くして言った。

能力が知られているのは予想の範囲内だった。しかし影が多い今なら、こちらの動きを読めるはずがない。それならば何故。

526名無しさん:2007/12/10(月) 01:14:35
哲夫が再び両手を構えた。
―とにかく今は、大人しくコンクリ詰めにされるわけにはいかない。
川島は貼り付けられている壁の影に再び潜り込み、今度はアスファルトの地面から飛び出した。
しかしまたも、コンクリ片が体を覆った。上半身、そして首まで締め付けるそれに、呼吸さえおぼつかなくなる。

間違いなく、動きが読まれている。

そうでなくては考えられないことだった。
大振りの能力の割に正確すぎる攻撃。それを可能にしてるのは西田の力なのだろうか。
一方で全く動く気配の無い小林の能力も気になる。
どうすればいい、

句点の後は続かない。疑問ばかりが先行して、考えがまとまらない。
どこまでも答えが見えず、全て投げたしたくなる。そんな絶望が川島を支配しつつあった。

527名無しさん:2007/12/10(月) 01:15:48
以上です。
また細々とここで更新したいと思ってます。

本スレまた賑わうといいですねー(´・ω・`)

528元・8Y(ry ◆pP7B4KibtE:2007/12/27(木) 22:10:30
まとめサイトの管理人さんと某所で偶然お会いした際にお話した短編、
どうにもこうにもまとまらず、半年以上経過してしまった事もあって
ここに投下する事にしました。

529元・8Y(ry ◆pP7B4KibtE:2007/12/27(木) 22:13:31
「あ、おい待てよ、光――」
口を衝いて出た名前に、しまった、と思った時にはもう遅かった。
相手の機嫌の悪さを物語るような耳障りな音に眉を顰めながら、田中は反射的に耳から離した受話器を思わず数秒眺めた。

――ていうかあいつも家の電話から掛けてきてたのかよ。光っちゃんに聴かれたどうするつもりだっての。

わざわざ妻が外出中である事を確認してから話し出したところを見ると最低限気を遣ってはいるらしいが、それにしても無用心だ。
『黒』の人間なら家に忍び込んで盗聴器を仕掛けるくらいはやりかねないし、事務所の社長でもある太田の妻は、それなりに
――少なくとも田中も太田も太刀打ち出来ない程度には――頭の切れる人間だ。
万が一異変に気付かれたら隠し通す事が不可能に近いのは、彼自身が一番知っているはずだが。
のろのろと受話器を置きながら、思わず溜息を漏らす。
久しぶりの丸一日のオフにいきなり相方から電話が掛かってきたかと思えば、その内容は最近食傷気味になってきた『白』と『黒』の話だ。
少しくらい無愛想な態度をしたところでバチは当たらないと思ったのだが、どうやら電話越しに伝わったこちらの不機嫌さは相方の癪に障ったらしい。
いや、叩き付けるように電話を切った原因はそれだけではないだろう。
電話を掛けてきた時点で相方の機嫌は地を這うようなレベルだったようだし、
話の途中で電話を切ろうとする相方を咄嗟に引き止めようとして、うっかりここ数年相方が嫌っている呼び方をしてしまったのもまずかった。
明日会った時に相方がまだ憮然としているようなら、少しは機嫌取りをしておくべきかもしれない。
頭が痛くなるような思いで振り向くと視界の端にちょうど机の上に出していた緑色の石が映り、思わずもう一度溜息をつく。

ルビーやサファイアと違い、エメラルドは一切の攻撃力を持たない。
その分浄化に特化した力には凄まじいものがあるが、自衛の力すら持っていないというのは余りに大きな欠点だ。
どうしてこんな面倒な石が転がり込んできたのか。それも、よりによって若手のカテゴリからはとっくに外れている自分に。

それとも、まだ自分が知らない――もしくは、『忘れている』?――何かがあるのか。
ふと浮かんだその考えに悪寒が走り、田中は頭を振ってその仮説を頭から叩き出す。
それでも、薄曇の今日の空のように、嫌な予感は頭から離れなかった。

530元・8Y(ry ◆pP7B4KibtE:2007/12/27(木) 22:16:58
追伸(というより私信)
まとめサイト管理人様へ
私事でしばらく忙しくなりそうな事もあって中途半端になってしまって申し訳ありません。

531ヴィクラモールヴァシーヤ ◆XNziia/3ao:2007/12/28(金) 02:33:52
ちょっと質問なんすけど、枡野さんの一人称って僕ですかね?
俺ですかね?出す予定なのでできれば答えて頂きたいです。

532ヴィクラモールヴァシーヤ ◆XNziia/3ao:2007/12/28(金) 02:47:41
間違えた。『升』野さんでした。

533176@まとめ:2007/12/29(土) 03:06:17
>530
ありがとうございます!秘かにお待ちしておりました。
太田さんが携帯を持っていない点や名前が出ただけでも恐い社長の威光、
ファンには嬉しい限りの行き届かれた描写で嬉しいです。
いえいえ、こちらもあれから某所にはご無沙汰でしたので。ご用事頑張ってください。

534 ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/07(月) 04:16:08
品庄の話投下します。
設定などに無理があるかも知れないので、取り敢えずこちらに。

535BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/07(月) 04:19:49
「しながわあああぁーっ!」

思わずビクッと全身が震えて、品川祐は楽屋のドアノブを掴み損なった。
顔を向ければ、駆けて来るのは次長課長、河本準一。
何ですかと歳下の先輩に訊ねれば、にんまりと丸い顔を更に丸めて見上げて来る。
同じ様に品川も顔を丸めて、今度こそドアノブを握った。

「時間あるなら、上がります?」
「そっちも時間あるならそうさせて貰うわ」

ドアを開け、どうぞと品川が促すと、いやに嬉しそうな様子で中に入る。
すぐに河本は、テーブルの向こうで寝そべっている庄司を見付けた。

「あ、庄司寝てるんか。俺らの楽屋にする?」
「いや良いですよ。こいつちょっとやそっとじゃ起きないすから」

やっぱこいつ、石使ってやがったな…
品川は大口を開けて眠りこけている庄司を見ながら、ひっそり息をついた。
庄司の石は闘争本能を飛躍的に増大させる代わりに、発動している間自身で力を制御出来ない。おまけに発動後は猛烈な睡魔に襲われるという厄介極まりないものだ。
朝会った時から欠伸を連発し、しきりに目を擦っていたからまさかとは思っていたが。
少し楽屋を空けた隙にはもう爆睡ぶっこいている相方を見て、品川のまさかは確信となった。
まあ石使わないでケガされるよりはマシっちゃマシか。
そう前向きに捉える事にして、河本に向き直った。
その表情を見て、品川は思わず苦笑を漏らす。

「めちゃめちゃ嬉しそうですね。何かあったんですか?」
「何かあったも何も。お前ら見てほんっっま安心したわ。今ホラ、あるやん。あの…」
「ああ、石…ですか?」

例の、と言うと、河本はそれ、と顔を顰めながら頷いた。

「周り誰見ても敵ちゃうんか思えて来て。俺もう人間不信なりそうや。
&nbsp品川は白やろ? もう何か、ほんま安心したわ」

白の傍にいたって襲われる時は襲われますけどね、とは思ったが言わず、代わりに小さく愛想笑いで返しておいた。
周りが全て敵の様に思えてしまうその感覚は良く解ったから。今安心し切っている先輩をわざわざ不安がらせる事もないだろう。

暫く他愛のない事を二人で喋っていたが、やがて楽屋の奥の影がむっくりと、身を起こした。
庄司は暫くしかめっ面で二人を見ていたが、それが河本と品川だと解ると、目元だけは眠そうに、緩く笑ってみせた。
まだ寝てても良いぞ、と品川が言ってやる。
しかし庄司は畳をぼーっと眺めた後、何かに気付いた様に顔を上げ、緩慢な動作で立ち上がり、壁にぶつかりながらよろよろと楽屋を後にした。
その背を、二人揃って見送る。

「…何やあいつ。大丈夫なん?」

536BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/07(月) 04:23:08
「……大丈夫でしょ。顔でも洗いに行ったんじゃないですか」

ふーん、と河本は返したが、閉じたドアを見る品川の視線が、いつもより僅かに厳しくなっている事に気付いた。
同時に、一人置いて来た相方を思い出す。
そんな河本を見透かす様に、品川は河本さん、とやはり厳しい面持ちで訊ねた。

「井上さん。今一人なんですか」
「解らん。俺がこっち来る時は楽屋に一人やった。けど、今はどうやろ。あんま他の芸人とこ遊びに行く様な奴でもないけど…」

沈黙が二人を包む。
見に行きますか、と品川が切り出すと、河本は一も二もなく頷いた。










「しょおおぉぉーじっ!」

どっかと背中からタックルを喰らい、庄司は目の前の自動販売機にへばり付いた。
振り返れば、目の前には次長課長、井上聡。
どうしたんですかと同い歳の先輩に訊ねれば、目をキラキラさせて見上げて来る。

「庄司おるなあー思って。それだけ」
「それだけですか」

苦笑を漏らしながら、自動販売機に小銭を入れ、ボタンを押す。
ガコンと音がしてから、缶コーヒーを取り出した。

「何や眠そうやなあ。あんま寝てないん?」
「俺寝起きなんです。だからコレで、目覚ましです」

屈託なく笑う庄司に釣られて、井上もそっか、と笑って返した。
プルタブを開け、缶に口を付ける。コーヒーを飲みながら、庄司は右に左にと視線を彷徨わせていた。
しかし右の方を暫くじーっと見てから、口元を僅かに持ち上げた。
それを井上は、缶の向こうに見付けた。

「ええもんあった?」
「え? …いや、何でです?」
「今めっちゃ楽しそうやったで。一瞬やけど」

そうですか? と目を細めて笑う。
やっぱり右の方を見て、飲み干した缶を脇のゴミ箱に放り込んだ。

「…そう言えば、河本さん俺らの楽屋いましたよ」
「あ、ほんま? そーなんやー。品川と?」
「そうですよ。二人で座って、何か話してました」
「へえー」
「はい…」

困った様に笑いながら口元に手を添える庄司を、井上はやっぱりにこにこと機嫌良く見上げていた。

537BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/07(月) 04:26:46
うーん、と庄司は辺りをきょろきょろと、時に井上をちらちらと窺っていたが、やがて右の方へと足を踏み出した。
井上も、それに続く。
二、三歩進んで、庄司は付いて来る井上の方を振り返った。

「あのーすいません、いのう…」
「すいません」

『えさん』、と庄司が言い切るより先に、二人に声が掛かる。
井上と庄司、二人揃って顔を上げた。

「すいません…あの、井上さんと、庄司さんですか」

うん、と同時に頷く。
井上は庄司の横に並び、知ってる? と男を見ながら小声で訊ねた。庄司の答えは、さあ。
ひょろっと背の高い優男は二人を交互に見た。

「お二人共、石…持ってますよね。大人しく渡せば、何もしません」

石…!
うわ来たわ、と井上は庄司を見上げた。
一方の庄司は面倒臭そうに腕を掻いている。
何でこいつこんな普通なん、と井上は思ったが、男からしてみれば表情に起伏のない井上も充分平静に見えただろう。

「ちょぉ、庄司」
「はい?」
「石言うてるで、あの人」
「多いですよね最近」
「うん。どうする?」
「俺は石手放す気ないですよ。井上さん、渡すんですか?」

井上はぶんぶんと首を横に振った。
それを見て男は半分諦めた様に溜息を落とした。

「俺も本当、穏便にしたいんですよ。お二人はテレビにも沢山出てますし、もう良いでしょう?」

瞬間、庄司は弾ける様に視線を上げて目だけで男を見た。が、井上は気付かない。
井上は自身の石、金の入っているポケットを、ぎゅっと押さえた。

「しょーじ、どうすんの。お前の石、何なん?」
「俺の石は一応攻撃系ですよ。向こうも一人で二人に来るんだから、攻撃系じゃないですか?
&nbspでも俺のはここで使うのはちょっと…うーん。井上さんは?」
「俺? 俺のんは…」
「いつまで話してるんですか…!」

業を煮やしたらしく、男は素早く上着のポケットから石を取り出した。
ヤバい、と井上も石を取り出す。同時に床を蹴った。

「しょーじっ、後頼んだでっ!!!」
「えっ、ちょっ、井上さん、待っ………!!」

井上の能力は、石の凍結。
俺があいつの能力止めてまえばそれで終わりや、と井上は石を握り締めた。
井上の石から光が放たれる。
井上は両手を頭上で合わせ、ピーンと全身を直立に保ったまま、勢いを殺さず床を滑った。
この時、庄司がその場にいない筈の河本の、威勢の良い競りの声を思い出していた事などはどうでも良い。


床を滑った井上の、行き着いた先は―――

538 ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/07(月) 04:31:39
一旦ここまでです。
井上の呼ぶ「庄司」は「しょーじ」にしか聞こえない。

539名無しさん:2008/01/07(月) 18:19:53
面白いです!続きがすごく気になる。
タックルかけといて
>「庄司おるなあー思って。それだけ」
という井上の言葉に笑いました。
今までの能力の設定もちゃんと生かされてると思いました。
自分は彼らについてあまり詳しくないので
個々の芸人の描き方についてはコメントできないです。すみません。
どなたか詳しい方お願いします。

540名無しさん:2008/01/07(月) 18:33:28
遅くなったけれど名無しさんの麒麟川島と笑い飯の話の続編、とても面白かった。また続きが読みたい。こつこつとでもいいので更新待ってます。

541BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/07(月) 22:32:30
しん、と静寂が落ちる。
庄司は手を前に突き出したまま、視線だけは自身の真下に向いていた。
男の目は、庄司の足下へ…

築地のマグロとなった井上は、庄司の元へと辿り着いていた。

だがしかし、井上の能力を知らない二人には何が起こったのか解らない。
庄司と男と。ゆっくりと、視線がかち合う。
ごくりと互いが生唾を飲み込む音さえ聞こえそうだ。

「お前、何かなった?」
「いや、別に…」
「俺も別に…」
「「……………」」

足下で固まったままの井上を見ながら、庄司はあーあと目を閉じた。

目覚めた瞬間、戦闘の気配を感じた。いや、気配を感じて、目を覚ました。
だから眠い目を擦って楽屋を後にしたし、眠い身体を叩き起こす為にコーヒーを飲んだ。
井上が来た時は正直、どうしようかと思った。
単純に巻き込みたくなかったし、何より戦うのなら、なるべく一人が良かった。
河本が自分達の楽屋にいると言えば井上はそっちへ行くかと思ったがそうも行かず、足を踏み出せば付いて来た。
だからはっきり、付いて来て欲しくないと言おうとした。
だけど言い切るより先にこの男が現れて。…で、今、これ。

庄司はズボンの右ポケットに手を入れ、モルダヴァイドを手の中でころころと転がした。
全く異常はない様に思う。男も何ともない、と言っていた。
井上さんの能力って何なんだろ。まさか戦意を削ぐとか、そういう系? と頭を捻りながら、庄司は男に向き直った。
ぐちゃぐちゃ考えたって仕方ない。起こった事はもう起こった事だし。

「お前さあ」
「…はい」
「何石使おうとしてんだよ。今誰もいないから良いけどさ、人が来るかも知れないじゃん。普通考えるでしょ」
「だから、です。お二人が、困ると思って…」

あー成程それ狙いかあ、と逆に納得してしまった。
まあそれでも石を渡す気はなかったし、それは井上も一緒だろう。
だからこそ今こうして、井上は直立不動のまま固まってる訳で。

少しイラついた風の庄司に、男は怯んでる様だった。
石に手を掛けようかどうか迷っている。ただ、庄司もまたポケットに手を入れているから、動けない。
庄司はそんな男に気付いているのかいないのか、まあ良いや、と歯を見せた。
それは、男が度々テレビで目にする笑顔そのままだった。

「取り敢えず、場所変えよ。ここ人来るし、派手に出来ないでしょ」










バタバタバタ、とスタッフよりも慌しく、二つの足音が廊下中に響き渡る。
品川と河本は、忙しなく左右に目と顔を動かしながらスタジオを駆け回っていた。

次長課長の楽屋に、井上の姿はなかった。
その後井上と仲の良い芸人達の楽屋を訪ねたが、何処にもいなかった。誰一人、井上の所在を知る者はなかった。
芸人達は井上を捜す手伝いを申し出たが、別に何かあったと決まった訳でもないし、大事にしたくないので断った。
通り掛かるスタッフ達に訊ねるも、皆さあ、と曖昧な答えを返すだけ。
仕方なく、手当たり次第のローラー作戦に出た。
トイレ、楽屋、階段、非常口。ありとあらゆる扉を開けて、ありとあらゆる通路を抜けて、井上の姿を捜す。
と、品川が突然足を止めた。

「ちょっ、河本さん河本さん!」
「何や、おったか!?」
「あれ、多分…井上さん? …っすよね?」

真っ直ぐに伸びた廊下を少し逸れると、僅かに広いスペースがある。
そのスペースのソファの上。品川の位置から、ピンと伸ばされた手と頭が、僅かに見えた。

「聡!」

河本が慌てて駆け寄る。
ソファの背もたれに顔を向ける形で横たわっている為、傍目には変なポーズで寝ている様に…見えなくもない。

「河本さん、井上さん動かないすけど…大丈夫なんすか?」
「良かった、大丈夫や。これ、聡の能力やから」
「どーゆー事っすか。井上さん、めちゃめちゃ冷たいですよ」
「マグロや。マグロんなって、相手の石の能力、凍らせるんや」

542BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/07(月) 22:41:55
「凍らせるって…そりゃまた凄いっすね。無敵じゃないすか」
「その代わりこいつはこれ。起きたら、暫く寒さでガッチガチや」

ふーん、と品川は井上に掛けられていた上着を掴み上げた。
ふらっと楽屋を後にした、庄司が着ていたものだ。

「…河本さん、これ。井上さん、庄司といたみたいっすね」
「ほんまか。でも、そしたら庄司は? 聡と一緒におったんやろ?」
「…さあ。井上さんと別れてどっかふら付いてんじゃないですか?」
「でも聡石使ってるんやで。何かあったんちゃうかって」
「井上さんに聞くのが早いと思いますけど。いつ元に戻るんです?」

品川の言葉を聞くと、あっ、と声を上げ、河本はゆるゆると顔を上げた。

「聡元に戻るんな…その戦闘が終わったら…やねん」
「『戦闘が終わったら』?」

河本の言葉を繰り返す。
それが何を意味するかなど、考えなくても解る。

「井上さんが凍らせたらもう終わるでしょう、普通。まだ終わってないってどういう事です?」
「解らん。でも、聡が封じ込めれるんは一度に石一個やから。相手が何人もおったり、何個も持ってたりしたら……」
「でもこんな建物の中であいつが使ったら俺すぐ解りますよ! 派手な石の力なんか感じませんよ!?
&nbsp終わるって、どう終わったら井上さん起きるんすか!?」
「そんなん俺に言われても知らへん! 聡の石が感じるんやろ。『何か』が終わったって。
&nbspそれ以上、俺には何も言えへん」

河本が言い終わる前に品川は立ち上がっていた。
掴んでいた上着を、河本に押し付ける。

「すいません河本さん、井上さん頼みます。俺、…捜して来ます」

河本の返事も待たず走り出す。
止める事も出来ず、河本は呆然とそちらを見ていたが。
やがて押し付けられた上着を井上に被せると、ソファを背にして座り込んだ。



それから数分後。
ビクリと身震いすると同時に、井上の瞳に生気が宿り始めた。










―――あのバカ、何処にいんだよ!

ほぼ毎日一緒にいる相方だ。庄司の持つ石の放つ空気は知っている。
その空気を必死に手繰りながら、品川は階段を駆け上がっていた。
何階上ったか解らない。が、品川は廊下に飛び出し、精神を研ぎ澄ませた。
この階で間違いない。きっとこの階にいる筈だ。

庄司の石は爆発的な力を生み、しかも自制する事は出来ないから、解放されればその力はほぼ垂れ流しの状態となる。
こんな建物の中で発動させれば、品川でなくとも気付くだろう。
だが今、集中しなければ存在を感じ取れない。という事はまだ大丈夫だ、少なくとも、石は使っていない。
取り敢えずその事には安心しながら、品川は廊下を進んで行く。
二個、三個と角を曲がる。
四個目の角を曲がったその時。

「庄司………!」

いた。
背の高い優男と二人、こちらに歩いて来ている。

「あれ、品川じゃん」

何やってんの、と続きそうなその調子に拍子抜けする。
庄司が若い男に、じゃあこれで、と告げると、男は会釈し、そそくさと二人の脇をすり抜けて行ってしまった。
その男を見送ってから、庄司は品川を横目で見た。
そして、言ったのは―――

「何やってんの」

あんまり予想通りのセリフに脱力して、ずるずると背中が壁を伝った。
そんな品川を、庄司は相変わらずきょとんとした表情で見る。

「何って…お前いねぇから。井上さんあんなだし」

543BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/07(月) 22:45:27
「えっ、あんなって、まだあのままなの? あの、」
「築地のマグロな。石の凍結とかすげーけど、あの格好のままフリーズはちょっと勘弁だわ」
「確かに。俺もヤかも」

薄く笑って、庄司は両手をポケットに突っ込んだ。
だが不意に、何かに気付いた様に左手を見る。
どした、と品川が訊くも、何でもないと返された。

「で、あいつ誰よ。見た事ないけど」
「あいつ?」
「さっきの若いの」
「ああ。何か、最近来たばっかの若手だってさ。何かあんまここ知らないらしいから、社内見学してた」
「お前何ともねえの?」
「何も」
「あそ」

何の為に走り回ったんだと、品川は息を落としながら床を見た。
まあ何かあったと決まった訳でもないのに、少し姿が見えないからと勝手に慌てたのは自分だ。
いやむしろ、何もなくて良かったじゃないか。
井上さんの解凍にタイムラグがあっただけかと、そう思う事にした。

「もしかして、」

頭上から掛けられた声に顔を上げる。
目の前に立つ歳下の相方は、酷く穏やかで柔らかい、大人びた笑顔を見せていた。

「捜してくれてた? 品川さん、汗だくじゃないですか」
「うるせぇ!」

キャラを作ってそう言うと、くしゃっと子供の様に相好を崩す。
よいしょと品川が立ち上がると、それを見て、庄司は伸びをしながら歩き出した。

「…ありがとな」

品川の数歩先を行きながら、聞こえるか聞こえないかの声量で落とされた、庄司の声。
滅多に言われないその言葉と、普段は高めで張っている相方にしては稀に聞く、低くて落ち着いた声色に、何だからしくねぇなと思ってしまう。
そしたら何だか照れ臭くなって、うん、もどうも、も返すタイミングを失ってしまった。
そんな自分がまた恥ずかしかったから、品川はもう相方からの謝意は聞こえなかった事にして、ただ無言のまま、庄司から数歩の距離を保つ事にした。

544 ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/07(月) 22:50:07
まだ続きますが以上です。

>>539
有難うございます!初投下なもので、もの凄く嬉しいです。
次から設定が色々怪しくなって来ますので、終わりまで生温く見守っていただけると幸いです。

545 ◆1En86u0G2k:2008/01/17(木) 23:41:01
こんばんは! 進行会議スレで確認させていただいた後の投下です。
自分の独断で考えた展開が多かったため、こちらを利用させていただきました。
当初の構想より大分早い地点で力尽きてしまったので、とりあえずアメザリとますおかの話を。
それでは、よろしくお願いいたします。

546日常のルール  ◆1En86u0G2k:2008/01/17(木) 23:42:29


都内某所、ファミリーレストランの一角。
時刻は夜の11時。店の奥に設けられた大人数用の席いっぱいに、たくさんの若者が陣取っている。
その風貌は様々だったが、とにかく彼らは、ああだこうだとひとつの議題について話し合っているようだった。
リーダーらしい男の声がボリュームを絞りつつもあまりに甲高いので、店員や客が時々、驚いたようにそちらへ目を向けている。
「…うん、とりあえずこの方向やな。コント3本と、最後にみんなで1本、ドカンとしたやつ」
たくさんのメモ書きの末、しっかりした字で書き直された計画を指で示しながら。
総括としての高音に一同が、自分たちのライブが少しずつ形になりゆく嬉しさと緊張感を交えた顔で頷く。
「じゃあみんな、大体何やりたいか考えとけよ〜。次の会議は…」
「…あのっ、柳原さん!」
小さく叫ぶような声は、携帯電話のスケジュール帳を呼び出そうとしていた男―アメリカザリガニのうるさい方こと柳原 哲也―の指を、止めた。
目線を上げれば、ふざけながらも沢山のアイディアを出してみせた後輩が、一転して顔を曇らせている。
(うわ、またか)
喜べない経験の豊富さで、予測は容易だった。ここ最近、ライブの打ち合わせ後はほとんどこんな調子なのだ。
手首に巻いた革紐の、そこに通した白い石がぼんやりと光る。
“…出番ですかっ!?”
自分よりさらに少し高いハイトーンボイスが、意気揚々と、柳原の脳裏に響いた。


要は心配性なのである。
石を手にして、妙な争いの存在を知って、真っ先に恐れたのは親しい者が巻き込まれること。
特に後輩たちは―見た目オッサンみたいなんもおるけど―まだ若く、芸歴も浅い。
何を基準に芸人たちへ渡るかは謎のまま、石は不気味な勢いで広まり続けてはいたが、基本的に年齢や知名度と石の所有率は、ほぼ反比例のグラフを描く。
この争いにおいて文字通り無力な若手たちにとっての最悪の展開といえば、やはり、強制的に先輩芸人に利用されてしまうパターンだろう。
実際、柳原自身も名も知れぬ若手に襲われた経験が何度もある。
話し合いの全く成立しない、誰かに操られた目とうつろな表情。回避という名目で行われる反撃と、傷付き倒れるその姿。
はなから納得のいく争いではなかったが、己の相手が見知った後輩になると想像すれば、許しがたいのはなおさらである。
というわけで彼は、情報収集を積極的に行い、同時に石を使ってその裏にある嘘や策略を発見し、必要であればそれを周囲に知らせ…
とにかく災厄が起きる前に叩くことに力を注いできた。
(ほんまは俺がもっと、直接色々できたらよかったんやけどなぁ)
正面突破ではなく抜け道を探すようなやり方は、あまり得意ではなかった。
ただ十分な力があればあるだけ突っ走ってしまう柳原のこと、能力が攻撃系でなかったのは、実はとても幸いだったのかもしれない。
決定的な力の行使を他人に―例えば先輩や相方に―ゆだねてしまう苦しさが、心に追加されてしまうことを除いては。


「…柳原さん?」
名を呼ばれ、はっと顔を上げた。
見回せば後輩たちは不思議そうにこちらを見つめていて、ああごめん、それで?と慌てて話の先をうながす。
ライブ前に聞いた妙な会話。先輩や後輩のささいな変化。同期にまつわる気になる噂。
誰々が石を手にした、誰々が襲われた――
報告される情報は雑多でとりとめもなく、結局争いに関係のない話だったりもする。
ただそれも全体に広がる不安と恐怖の成せる技なのだと思えば、無下に聞き流そうとも思えないのだった。
(…頼られてるんやもんな、俺)
それに今度の話は核心を突いていた。間近に控えた番組収録における、スタッフの不自然な動きと急な予定変更。読みが当たればターゲットを若手に絞った、大掛かりな作戦が練られている可能性が高い。
緊張と責任にわずかな喜びを混ぜて気を引き締め、対応策と参加できるメンバーに思いを巡らせー
途端、別の後輩が横から切羽詰まった声を上げた。
「あぁもう絶対あいつ嘘ついてると思うんすよお!柳原さん、一度会ってくれませんか!?」
「お、ええけど…誰や?別の事務所?お前の同期か?」
「僕の彼女です」
せっかく入れ直した気合いが、見事に崩れた。すう、と息を吸い、高音のツッコミを、一閃。
「―俺は嘘発見機ちゃうわっっ!!!」

547日常のルール  ◆1En86u0G2k:2008/01/17(木) 23:44:17


出番を待つ、テレビ局内の楽屋だった。
時刻は正午を回ったところ。テレビの中では人気俳優の登場に、黄色い歓声が上がっている。
その音に紛れ込ませるようにして、男が一人、携帯電話を手にしていた。
「…確かに、明日の特番、楽屋の振り分けが変わっとるわ。5つにそれぞれ分かれる予定が、大部屋ひとつ。ダブルブッキングちゅうわけでも、ないみたいやし…」
メモを片手に渋い顔のまま話を続けるのは、ますだおかだの小さい方こと、増田 英彦である。
「で、部屋割り担当が、お前が怪しい言うてたスタッフや。…これは確定かもわからんなぁ」
電話の相手は後輩との会話から、不審な気配をいち早く察知した柳原。懸念のせいだろうか、少し声のトーンが低い。
その音階を耳に時計を見上げれば、収録の開始時間はとっくに過ぎ去っていて。
といっても少し前、楽屋を訪れた若いスタッフが報告していったから、事情は把握できていた。
―ちょっとトラブルで、開始遅れてます。ああ、でも30分ぐらいで!ほんとに、30分ぐらいで!
そう聞かされてから、すでに1時間が経とうとしていたけれど。
(うわー…あの子、正直に言うてくれたらええのに)
全く始まる気配がないのを憂うべきか、それとも作戦会議を続けられると喜ぶべきか。
唸りながらテーブルに転がしていた石を指先で転がせば、応じるように淡い光が点滅する。
“…まだ、ヘコんでんの?”
脳裏で問いかける、自分に似た声。どうやら、責任を感じているらしい。


要は、ひたすらに不満なのである。
石を手にして、妙な争いの存在を知って、真っ先に懸念したのは芸人が芸人でなくなってしまうこと。
振り回される日々、費やされる時間、動向の探り合い―石がなければ起こらなかった、騒動の全て。
芸人は芸を磨き、それを披露し笑いを取って、同業者を含んだ観る者すべてを、楽しませるのが仕事である。石をめぐるややこしい諍いも、その結果付く傷も、全く意図するところではない。
この争いに強制参加するはめになった芸人を待つ恐るべき展開といえば、やはり、怪我やショックが元で活動自体に支障をきたすパターンだろう。
才能や目標に壁を感じてならまだしも、そんな理不尽な原因で芸人が減るかもしれないことが、とにかく増田には許せなかった。
せっかくみんな、それぞれ一生懸命頑張ってんのに。なんでこんなもんに、邪魔されなあかんのや。
はなから傍観するには腹立たしすぎる争いと思っていたから、状況を打破しようと決意するのはごく自然な流れだった。
というわけで彼は、芸人側から出た情報にスタッフ等別方向の関係者から聞き込んだ情報を重ねることで、これから起こる騒動や策略の概要を明確に把握し、先回りして争いを終わらせようと尽力している。
立ち位置は多分、白寄りなのだろう。どうせなら自らの考えと近い側に協力した方が、迷いも生まれないはずだった。
(ほんまは俺がもっと、そういう方向に強い石やったらよかったんやけどな)
増田の石には手にした物体を大リーガー並みのスピードで投げられる力が宿っている。
正直、求めていた類の能力ではなかった。つい最近も、逃げる黒側の若手に手加減して投げた財布がよりにもよって頭に命中し、相手が2日寝込んだと聞いて死ぬほど落ち込んだばかりだ。
相手を傷つけない能力が欲しかった。そう、例えば相方のような、何だったら笑えるぐらいの――

548日常のルール  ◆1En86u0G2k:2008/01/17(木) 23:45:16

『―あとは、方法ですね。大部屋に若手集めて、どうやっていっぺんに黒にするつもりなんか…』
柳原の声が霧散する思考を引き止めてくれた。
青田買いと称されたその番組への出演者は、まだテレビに姿を見せたことのない芸人ばかり。石を持ったという噂もほとんどなく、抵抗は受けにくいだろうが、とにかく数が多い。
よくある手として浮かぶのは黒い欠片だが、はいこれ飲んで!で納得してもらえる物体ではない。その後収録が始まるのだから、下手な騒ぎは起こせないはず。
念のため黒側に属する芸人の動きも確認してみたが、その時間帯に現場に姿を現せそうな者は少なかった。
「ちゅうことは、黒の奴に命令された代打…実際に動くんも、スタッフかもしれんな」
『僕もその線を疑ってます。ただ、方法の特定が難しくて…』
うーん、と唸り声が2つ響いたところで、楽屋のドアが不意に開く。
思わず石を握り込んで振り返れば、そこにはきょとんとした顔の相方が立っていた。
「…っくりしたぁ…お前、ノックぐらいせえよ」
「えー、自分の楽屋やのに?」
言いながら置かれたスチール缶が、カタンとテーブルで音を鳴らす。どこ行ったかと思ったらコーヒー買いに行ってたんか、ラベルに書かれた文字を追って小さく納得し――
次の瞬間、電光のようにひとつの可能性が閃いた。
「―柳原、俺ちょっと思いついたわ。相手に気付かれずに、こっそり欠片を飲ます方法…!」
(…なんや最近、こいつに助けられてばっかりやな)
貴重なヒントを増田にもたらしたとは気付かない相方は、隣でのんびり缶を開けにかかっている。

549日常のルール  ◆1En86u0G2k:2008/01/17(木) 23:45:56


そこは某テレビ局の片隅にある、ほとんど使われなくなった倉庫の中。
時刻は夕方4 時半、忙しく行き交う人々の声は遠く、さざめきのように聞こえている。
「な…なんのことか、僕にはさっぱり…」
ドアを背に、なぜかペットボトルを持ってたたずむ相手から距離を置くため、男がじりっと後ずさる。
「そないビビらんでもええよ。なんもせえへんって、頼みたいことがあるだけやから」
男にのんびり呼びかける芸人の名は平井 善之―アメリカザリガニのうるさくない方。
警戒を解かないままこちらを睨むように見上げる男のズボン、右ポケットの膨らみを指してへらりと笑う。
「とりあえず、欠片持ってたら、渡してくれへんかなぁ。黒いやつ」
「………!!」
驚愕に息を詰まらせた顔色は所持したものの正体と企みを確証づける。
続いて目の色は明らかに警戒から敵意へと変わり、首筋に走る悪寒が誰かに受けた思考汚染を予感させて。
(うーわ、ホンマにこいつやったんや)
前情報を手に入れたとは言え、平井の中では賭けに近い感覚の断定だったが―どうやら大当たりらしい。
全然嬉しくないけどなぁ。ぼやきながら首にかけた小瓶の中に意識を集中させれば、じわりと暖かい感覚が広がってゆくけれど。
“―倉庫に水って、まいてもええもんかね?”
ついでに脳裏に響く低い声が、面倒な問題をもうひとつ平井に思い出させた。


要は相方任せ―もとい、相方次第だったのである。
石を手にして、妙な争いの存在を知って、最初に気になったのは柳原の意志と動向。
多少予想してはいたが―案の定柳原は今の状況に憤り、「なんとかせなあかんやろ!」と、熱血マンガの主人公並みの勢いで言い切ってみせた。
それなりの力を手にした上での発言かと思ったが、完璧な補助系だと明かされて、どこまでもあーちゃんやわ、心中でこっそり嘆いた記憶がある。
この争いにおいて十分な力を持たない者に訪れる悲劇的な展開といえば、やはり、歯向かってあっさり返り討ちに遭うパターンだろう。
柳原の意見を尊重すれば、属するべきは黒でなく白。色の性格上白が正統だろうか、それなら大概正統派の方が苦戦を強いられるものだ。
アニメにせよゲームにせよマンガにせよ、魅力ある圧倒的な力を持った相手が主人公の前に立ち塞がることで、物語は大きな盛り上がりを見せるのだから。
はなから気の進まない争いではあったが、正義感だけで突破できるほどこの争いは甘くなく、そして柳原が傷付くのは平井の本意でもない。
というわけで彼は、柳原が見抜いた嘘やごまかしを元に探り当てた企みの、その首謀者の元へ出向いては、トラブルが起きる前にせっせと潰す日々を送っていた。
その方が派手な争いを避けられたし、石は戦闘向きでも、持ち主の意志はまた別のものである。
(ほんまは俺の方があいつみたいに、探れる能力やったらよかったのにな)
元々隠しアイテムや秘密のワープポイントに心躍らせる方だ、真っ向勝負はあまり得意ではない。
ただ柳原も柳原で苦手分野―相手の隠された本心を知るたび落ち込んでいる―に奮闘しているので、不平を言うつもりは今のところ、なかった。
真実を引きずり出すには他人や仲間を信じすぎている相方の思考が、どこかで落とし穴になるのではないかという危惧だけは、常に抱えていたけれど。


「…あ、ヤナ?終わったで、うん、正解やった」
携帯電話を肩と頬で挟みながら平井は作業を続ける。
“若手が大量出演する番組の合間を狙って、黒側が一気に仲間を取り込もうとしている”
不穏な噂は現実になりかけていたらしく、実行犯として複数のスタッフの存在が疑われ、平井はそのうちのひとり―大量の黒の欠片を渡された男に接触した形だった。
『大丈夫やったか!?ケガは!?』
「んー?いや全然……なんもしてへんよ!めちゃめちゃ穏便やって」
傍らで倒れる男は気を失っているらしいが、時々小刻みに痙攣していた。
とはいっても蔦で縛り、葉をけしかけて徹底的にくすぐり倒しただけなので、それほど経たないうちに目覚めるだろう。
「持ってた欠片も消さしてもろたし、そのへんのことは忘れるやろ…そっちは?」
『今、岡田さんと一緒に追っかけてる!こいつは、脅されてただけ!多分、いけるはずや!』
走りながら話しているのだろうか、必要以上に声が大きい。平井は思わず電話を落とさない程度に顔を背け、それからふと電話を床に置いてみる。
「あー…、この方が全然やりやすいなぁ」
『何が!?』
「今掃除中やねん」
機材の類は見当たらなかったが、水浸しの床を捨て置けばスタッフの彼が怒られるだろう、それはさすがに気の毒だ。
終わったら行くわ。届ける気のない声量で苦笑して、平井はそれきり水拭きに没頭した。

550日常のルール  ◆1En86u0G2k:2008/01/17(木) 23:47:03


それから数日後、大阪にある、某劇場にて。
時刻は夜の6時に届きかけ、滞りがなければそろそろ本番。楽屋の中には4人の芸人が顔を揃えている。
「…で、こないだのは結局、何がどうなってたん?」
「「「ぇえええ!!?」」」
間の抜けた響きにはズッコケと爆笑、頭を抱える仕草、三者三様のリアクションが向けられたが。
いたって真面目なつもりらしい男―ますだおかだのスベる方、失礼―大きい方こと岡田 圭右は、ん?と頭上に疑問符を浮かべて目をしばたかせる。
「…ちゃんと説明したやないですか、僕!」
「いや、なんやようわからんまんまでな。みんな喜んでたから、うまくいったんやな〜とは思ったけど」
「嘘やろお前…流れなら俺もあん時、話しといたやないか」
「いやいやいや、これもしかしたら、一番最初から話さなならんかもしんないすよ」
「ほんまかぁ〜…えー…やっぱり俺のせいなんかなあ…」
「いや増田さんちゃいますよ、僕の伝え方が下手やったんですきっと……」
(うわわ、これ、もしかして黙ってた方がよかったんか…)
笑いを必死にこらえる平井はさておき、増田と柳原は何やら深刻な顔で肩を落としてしまっていて。
ごまかすように半笑いで首元に触れれば、鎖で繋がった異なる色の光がチカチカと瞬く。
“うわ、出た!置いてきぼりかい!”“いつものことながら、型破りな奴やな〜…ええで!破天荒!”
身に覚えのある声がふたつ、脳裏で騒いでいたが、さすがにそれは言わないでおいた。


要は選択権をまるごと、相方に委ねたのである。
石を手にして、妙な争いの存在を知って、最初に浮かんだのは感心にも似た驚嘆。
(みんなすごいなあ。なんでこんな大変なこと、積極的にやってんねやろ)
争って、揉めて、傷付け合って―自主的に参加するには魅力がなさすぎる。いっそ石を捨ててしまおうかとすら思っていた岡田を引き止めたのは、他ならぬ増田の存在だった。
この争いにおいて意思が統一されていないコンビやトリオ―4、5人いたりするとこもおるけど、とにかく―が辿る不幸な展開といえば、やはり、その不和を原因にした仲違いや潰し合いだろう。
自分が消極的と知っても増田が怒らない自信はあったが、彼の願いは至極もっともだと思ったし、石を捨てて無力になった自分が迷惑をかける展開が望ましくないことぐらいは、簡単に想像できた。
そこで岡田は考えた。とりあえず相方の自分が間違いなく味方でいれば、ややこしい色々が、多少なりともプラスに働くはずだと。
というわけで彼は、直接の攻撃を厭う増田に代わって積極的に前線に立ち、面倒を企む相手を阻止することに決めた。―もちろん、ダメージは極力与えないように努めて。
相方の分まで動く、一度そういう方針を固めてしまえば、なぜか自分の元に石が2つも来てしまった、その理由にもなってくれそうな気がしたのだ。
(ほんまは俺よりこいつの方が、2個ある!ぐらいのハンデもらってもよさそうやのにな)
石が芸人の元にやってくる基準とタイミングについては誰も把握できていない。
よりによってなぜ、自分だったのか。
増田にひとつあげられたらええのに、なんてことを、実は今でも思っている。


「―せやから、あの日。若手がいっぱい待機しとる大部屋にはペットボトルとかやなくて、大っきな電気ポットが置かれる予定やったんです」
「中身はコーヒー…まあ、味が強かったらなんでもよかったんでしょうけど…その中に欠片を溶かして、みんなに飲ませてしまおうっちゅう、計画やったわけですね」
「大体が初のテレビ出演、そういう時はみんな、緊張して飲み物もガンガン飲むから…、全員やないにしろ、かなりの人数に仕込むことができるやろ?」
「欠片を飲んだ奴は操りやすいから、“指令が来るまでは普通通りに過ごせ”とか、帰り際にでも言うておいて」
「で、そのまま各地に散ってもらえば、準備完了ですわ」
「囮やら足止めやら様子見やら、好きなタイミングで使える尖兵のできあがりや」
最後に心底不快そうに増田が吐き捨て、やっと流れを理解した岡田はハー…と感心したように口を開ける。
「ようできた計画やなあ。そりゃまずい、止めなあかんわ」
「―だから、止めれたんですよ!岡田さんが転ばして、捕まえてくれたんが犯人ですっ!」
「えっ、ホンマか!」
「ポット持ってたやろ」
「いや、あれ使ってひとボケかますつもりなんかな〜っと思って」
「そんなわけないやないですかっっ!!」
「ふははは」
柳原は相変わらず全力でツッコんでくれ、平井は耐えきれずにまた爆笑し、増田は諦めたように首を横に振っている。
岡田はとりあえず笑っておく。こういう日々がしばらく続くのだと把握さえできていれば、多分、どうにかなるだろうと思ったので。

551日常のルール  ◆1En86u0G2k:2008/01/17(木) 23:47:45
そんなわけで、彼らは彼らなりの考えでもって、日常を時々非日常で潰しながら懸命に過ごしている。
もちろん全ての策略を見抜いて全員を救えるわけがなく、
全ての戦いを無難かつ無事に切り抜けられるわけがなく、
全ての芸人を面倒から守れるわけでもなければ、
全ての意味を悟って、納得できるわけでもない。

ただ彼らはなんとなく、このままではいけないような気がしていて。
自分たちが動くことで、何かが少しだけ、ましになればいいと思ったので。

「平井さんまた遅刻やで!」
「いや、電車がな…」
「嘘やっ!」
「あっお前、石使うんズルくないか」

「いや〜、今日の俺は輝いてたなあ」
「あれ石のおまけやろ」
「…あれ、なんでわかったん?」
「わかるわぁ、だって岡田やもん…」

落ち着いたかに見えた日常のすぐ先に、また別の策略と面倒と困難と騒動と、もしかしたら絶望が、待ち受けているのだけれど。
それはその日が来たら語ることにして、とにかく、不思議な石を手にした彼らの日々は続くのだ。
力の限り。…あるいは、それなりに。


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