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【失敗】廃棄小説投下スレッド【放棄】

1名無しさん:2004/11/27(土) 03:12
コソーリ書いてはみたものの、様々な理由により途中放棄された小説を投下するスレ。

ストーリーなどが矛盾してしまった・話が途切れ途切れで繋がらない・
気づけば文が危ない方向へ・もうとにかく続きが書けない…等。
捨ててしまうのはもったいない気がする。しかし本スレに投下するのはチョト気が引ける。
そんな人のためのスレッドです。

・もしかしたら続きを書くかも、修正してうpするかもという人はその旨を
・使いたい!または使えそう!なネタが捨ててあったら交渉してみよう。
・人によって嫌悪感を起こさせるようなものは前もって警告すること。

12719 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/05(土) 00:41:13
>>74,76
遅くなりましたが、感想ありがとうございます。
頑張ります!

先回から間が開いてしまいましたが、
続きを投下します。

12819 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/05(土) 00:43:22
68-72の続き



小沢と矢作がすれ違ってからどのくらい経っただろうか。
控え室で小沢を待ち続けていた井戸田は軽くため息を吐いた。
(逃げたな、やっぱり)
ここからトイレは目と鼻の先。
というよりトイレに行くということ自体が嘘だったのだろう。
どうせ自分の怒りが納まった頃かそれともさっきのADが呼びに来るまでか、
どこかでタバコでも吸っているに違いない。
(でもまぁ、一応見てくるか)

あの調子じゃトイレでぶっ倒れてるかもしれないしね。
井戸田はひとりごちると椅子から立ち上がった。
しかし小沢がいつ帰ってきても良いように、怒っているという意思表示をした
一定の姿勢を続けていたため、勢いよく立ち上がった途端足がしびれてもつれる。
「うわぁ、俺なにやってるんだろう…」

机や壁に手を借り出口にたどり着き、扉を開けるが、
しかし井戸田はしびれた足のせいか扉の敷居につま先を引っ掛け、大きく前にのめる。
「うおっ」
転びそうになる体を支えるために、近くにあるものに縋り付く。

が、それはちょうどスピードワゴンの控え室の前を通り過ぎようとした
通行人のようで、井戸田に縋り付かれた相手も「おうっ」と声を出しながら
井戸田の巻き添えを食い、足を滑らす。
のしかかってきた井戸田を反射的に避けようと相手が仰け反ったため、
井戸田もバランスが取れない。
相手の肩を押すことで体勢をたてようとしたが、
そのことが逆に相手のバランス感覚を失わせる。

12919 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/05(土) 00:45:05
結局のところ、相手を下敷きにするように井戸田は床に頭をぶつけた。
「痛い!痛い!?あ、重い!」
「痛っ、すみません!」
大声で謝りながら慌てて井戸田は下敷きにしてしまった人物から離れる。
のしかかった体が硬かったから男だろう、
(女性じゃなくてよかったよ)とちらりと思うが、重い思いをさせたのには変わりない。
「本当にすみません!」と座り込んだ体勢のままお辞儀すると相手の顔を見て、
予想もしなかった人物に絶句した。

「……やはぎさん…?」

おぎやはぎ矢作。相方は、あの小沢が「世界で一番好き」と公言する小木だ。
矢作は眼鏡の無事をひとしきり観察すると、「大丈夫みたい」と眼鏡か井戸田か、
どちらに対してか分からないつぶやきを漏らす。

眼鏡を掛け直し井戸田に向き合うと、
「ちょっと〜、どうしたのさ〜」
井戸田を責めるように唇を尖らせた。
「すみません、足がしびれて…」
転んじゃったみたいです。井戸田は苦笑いをすると、自分の足を軽く叩いた。
心地よい痺れが神経を刺激する。

足がしびれた理由には触れずに、矢作が「どっか行くの?」と訊くと、
井戸田は答えにくそうに微かに笑った。
「ちょっとトイレに…」
「あ、漏れそうなの?大丈夫?」
矢作が井戸田を立たせるようと手を差し伸べながら自分の腰を浮かせる。
「いえ、小沢さんがトイレから戻ってこないから様子見に行こうかなって思って…」
「なんかお母さんみたいだね〜」
それは気持ち悪い。茶々を入れる矢作に井戸田は顔を引きつらせながら、
「小沢さん、朝から調子悪かったみたいなんです。
トイレでぶっ倒れてるかもしんないじゃないですか。」
と言い訳をする。

へぇと矢作は感心したように声を漏らすと、
「そういえば」と思い出したように手を叩いた。
「俺さっき小沢君見たよ?」
「えっ!?」
「なんか焦ってすんごい速さで走ってたけどさぁ。
俺声掛けたんだけど、応える暇もなかったみたい」
話し込む気になったのだろう、廊下の真ん中にあぐらを掻きながら
矢作が言うと、それに釣られるように井戸田も正座で矢作と向かい合う。

「小沢さん、どこ行くつもりだったんだろ…」
「なんか急用とか、言ってなかったの?出て行く前に」
矢作の質問に井戸田は大げさに首を振る。
「なんか、ADがメモみたいなの届けてくれて…それ見てからかな?
小沢さん、トイレに行くって出てったまんま、戻ってこなくて」
「メモか…」

名探偵さながらにふうむと顎に人差し指と親指をそえつぶやくと、
矢作は廊下の端に無造作に転がった小さな固形物を見つけ、目を細めた。
そしてそれがなにか判別した瞬間に、一気に血の気が下がる思いをする。
「…あの黄色い石、お前の?」
矢作が井戸田の後ろの壁を指差しながら訊くと、
井戸田は首をひねって矢作の指差す方向に目をやる。
「あ、そうです。ぶつかった時にポケットから落ちたのかな?
ん?あれ?でも俺、この石家に置いてきたような気が…?」

言いながら石を拾い上げる井戸田を、矢作は無表情で見つめると
「その石、どうしたの?」と淡々とした声で訊いた。
「昨日道で拾ったんです。なんか宝石みたいなんで、
警察届けようかとは思ってたんですけど」
矢作によく見えるようにシトリンを目の前にかざす井戸田に、
困ったような顔で矢作が告げる。

「俺、分かっちゃったかもしんない…」

「え?」
「小沢君がなんでいなくなちゃったのか、分かちゃったかもしんない」
矢作と井戸田は見詰め合った。
二人とも相手になにを言えばよいのか分からなかったためだ。
黙り込んだ二人の頭上に影がさす。
通行人だろう、矢作が「すみません」と謝りながら立ち上がろうと腰を上げ、
井戸田もそれに続く。

13019 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/05(土) 00:45:46
「いえ、あのースピードワゴンさん、出番なんですけど…」
立ち上がろうとした中途半端な姿勢のまま二人がそろって声のした方向に首をまわすと、さきほど小沢に紙切れを手渡したADが、
廊下に座るお笑い芸人たちを不思議そうに眺めながらそこに立っていた。

「あー!このADです!小沢さんにメモ渡したの!」
井戸田が勢い良く立ち上がりながらADを指差す。
まるで「犯人はお前だ!」というノリに思わずADも
「え、え!?僕じゃないですよ〜!」と反射的に応える。

「え、こいつじゃないの?」と矢作。
「お前、嘘つくな!」と井戸田。
「僕なんにもしてないですよ!」とAD。
「なに〜黙秘?黙秘?」「俺に会っただろ、お前!」
「だから僕、真面目に働いてますよ〜」
三者がてんでバラバラの話をして収拾がつかない。

ぐだぐたの状況を打ち破るように「あー!」と井戸田が叫ぶ。
その音量に驚いた二人が一斉に口を閉じると、
当たり前のように辺りは静まり返った。
無理して声を張り上げたため、少しむせながらも井戸田はADに訊く。
「お前、小沢さんに渡したメモの中身見なかった?」
「ちらっとは見ましたけど…」
「なんて書いてあった?」
「なんか、昨日の件とか石とか…良くは分かんないです」
井戸田の剣幕に押されながら申し訳なさそうに応えるADに、
がっかりしたように息を吐くと井戸田は壁にもたれ掛かる。
矢作も何も言わない。
それはそうだ、一部始終を見ていた井戸田にすら分からない小沢の行動を、
さっき聞きかじったばかりの矢作が分かるわけない。

(…これじゃ小沢さんの居場所なんて分かるわけないよ…)
自棄になりかけた井戸田の心境に、しかし一筋の光を射すように
矢作が陽気に言い放つ。
「いや、十分だよ」
ぽかんと口を開けた井戸田とAD(このADの場合は今の状況が理解できていないという方が大きいのだろうが)を交互に見やると、矢作は言葉を続ける。

「人探しにうってつけの人、いるぜ」

13119 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/05(土) 00:46:41
「うってつけ、ですか?」
独り言のように小さな声で尋ねる井戸田に適当に視線を投げると、
矢作は道行く人に声を掛けるように、ADの肩を軽く叩いた。
「ちょっと君、ボランティアしてみない?」
「僕、ただ働きは嫌いなんですけど」
「じゃ、地球を救うのに協力するのは?」
「喜んで」

その言葉に矢作はニヤリと微笑んだ。



矢作になにかを頼まれたADがいなくなると、焦る井戸田をなだめすかしながら
二人はスピードワゴンの控え室に向かい合って座った。
「小沢の居場所を探せる人って、すぐに来れるんですか?」
調子よく鼻歌を歌いながら控え室に備え付けのポットと急須で
お茶を入れる矢作に井戸田が訊くと、
「うん」と応えながら矢作は熱めのお茶が入った湯呑みを井戸田の目の前に置く。
「でも石とか昨日とか訳分かんないし、ヒントがないですよ」
こんな状況で探し出せるんですか?と暗に告げる井戸田に、
大丈夫大丈夫と首を上下に振った矢作は自分の分のお茶をすすった。
ふうと一息つくと、

「これからさ、すんげぇ不思議な体験をすることになると思うのね」
なんでもないことの様に唐突に切り出す。
「不思議…ですか?」
きょとんと首をかしげた井戸田に対し、矢作は頷くと、
「でもま、なんとかなるんじゃない?」
蒸気で曇った眼鏡を拭きながら、妙に自信がありげにつぶやいた。

まったく要領を得ない矢作の言葉になにかを言おうと井戸田は口を開くが、
せわしないノックの音に遮らせる。
緊張したように背筋がぴくんと跳ねた。

「どーぞー」
井戸田とは対照的にリラックスした様子の矢作が扉に向かって呼びかけると、
「失礼しま〜す」とさっきのADが扉を開けた。
急いできたのだろう、少々息切れしているが、
矢作が「ありがとね」と軽く礼を言うと
「地球を救うためですから」と笑いながら応えた。

そんな二人のやり取りを強張った表情で見ていた井戸田は
促すように扉を大きく開けたADの後ろに控えていた人物、
―――正確には人物たち―――を見て、呆然とつぶやいた。


「…くりぃむしちゅー?」

13219 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/05(土) 00:49:31
今日はここまでです。

矢作と井戸田がお互いどう呼び合っているのか
調べたのですが分からなかったので、
分かり次第訂正させて頂きたいと思います。

133名無しさん:2005/03/05(土) 04:10:25
大人のコンソメでならおぎはぎとスピワの絡みがあったから
わかるんだろうけど、誰か見てないかな。

134名無しさん:2005/03/06(日) 00:46:57
>132
待ってました!!
続き楽しみにしてます。

135oct </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/13(日) 02:00:39
こんばんわ、いきなりですがトータルテンボス中心の話を
だらだらと書いておりまして、投下させてもらえたらなぁと
思っています。
ただ、石を使ったバトルらしいバトルはないので、
楽しんでいただけるかが心配です。
また、読みづらい、などのご指摘が欲しいと思ってます。
というわけで、最初の方をこちらで投下させてくださいませ。
よろしくお願いいたします!

136oct </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/13(日) 02:10:15
 ギターを爪弾く樅野が一音はずした。藤田が思わず顔をあげたら、バ
ツの悪そうな樅野の表情とぶつかった。「はずしましたよネ?」「いい
や…まさか」薄ら笑いで言葉を交わして、その後、大きな声で笑った。
その拍子にベースを弾く藤田の手元も狂った。いっそう笑えた。
 ただし笑いながらも、藤田は彼の相方のことを心配していた。20分
ほど前にこの控え室からフラリと出て行ったきり、戻らない。相方が2
0分戻らないくらいで心配するなんて、なんと過保護なコンビだろうと
思われるかもしれない。
 今日は、彼らトータルテンボスがボーカルとベースをやっているバン
ドのライブ。しかも不慣れな会場だということで、大村が迷っている、
もしくはどこかを探索しているという可能性も無いとは言えない。
 ただ迷っているのであれば、まだいい。むしろ迷っててくれ、と藤田
は念じていた。迷っているのではなく、まっすぐ控え室に戻ってくると
ころを『何者かに』『邪魔されて』いるのであれば、甚だ問題だ。…も
っとも、もし迷っているのであれば「藤田君、ワタシが居るこの場所は
いったいどこなのかね!」と横柄な口調が聞こえてくるであろう携帯電
話が、ちっともちっとも鳴らない。ということは、藤田の希望的観測は
外れているのだろう。だからこそ、藤田は20分戻らない相方を心配し
ている。
「藤田、そういえば入ってきた時から、そんなスウェット履いてた
か?」
 藤田の格好を眺めた樅野が、不意に声を掛ける。彼らのバンド「ソー
セージ・バタフライ・パスタ・フェスタ」のギターであり独特の詩の世
界観を紡ぎ出しているのが、この樅野である。
「え?なんすか」
「おまえさ、今日の服、イケてんの?」
 くくくと笑われて真っ赤になりながら、藤田は必死に弁解する。確か
に、原色使いの多いコーディネートの中、パジャマ代わりのようなグレ
イのスウェットは浮いている。

137oct </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/13(日) 02:11:22
「ち、違うんすよ!今日ジーパン履いてきてたんです!すっげイケてる
カッコしてましたよ!」
「何?漏らしたの」
「違いますって!大村の悪戯ですよ。アイツ、俺の座る椅子にシューク
リーム置いてやがったんです。俺、気ぃつかなくて、座ったらベチャッ
て中のクリームが」
「シュークリーム?」
「余計に作られてた“辛子入り”のヤツです」
 あぁ、と樅野は肯く。芸人のライブのクイズコーナーなんかでよく見
かける、ロシアン・ルーレットの小道具だ。大勢がシュークリームを口
に入れて、その中で“辛子入り”シュークリームを食べているのは誰で
しょう、というアレ。
「コントの衣装でたまたまスウェット持ってたんで、とりあえず着替え
てきたんですけど…」
 その後、まっすぐこのライブ会場に来たということなのだろう。笑う
樅野に憮然とした表情を返してから、藤田はちらりと時計を見上げた。
大村がこの部屋を出てから、30分近くが経過している。藤田はひとつ
息を吐くと、ベースを置いて立ち上がった。
「あのぉ…樅兄、オレ、ちーっと出てきます」
 藤田の声掛けに、樅野はギターから顔を上げぬままに応じる。
「おう、大村連れて戻って来ぃ」
 樅野も大村の不在に気づいて心配していたのだろうと知り、藤田は元
気のよい返事をして控え室を出て行く。その後ろ姿を見て、「大村に悪
戯されたことなんか、もうすっかり忘れてるんやろうなぁ」と樅野は可
笑しそうに笑った。

138oct </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/13(日) 02:14:19
 一方その頃、大村は目の前の相手を値踏みするような目で見ていた。
それからおもむろに口を開く。
「…白ですか、黒ですか」
「え?」
 問われた相手は一瞬呆けたように間を置いて、それから、
「あぁ!俺?俺ね?俺、俺、白よ。白」
 ほらこんな感じ、と言いながら、男は自分の白いネクタイを指して見
せた。その物にまったく説得力はないはずだが、そんな無邪気ともとれ
る仕種で、そのバックに居るのが『白』のユニットであることが信じら
れてしまう…ような気もする。
 アンタッチャブルの山崎はそんな印象の男だ。
 ただし、なぜトータルテンボスがやっているバンドのライブハウスに
山崎がいるのか。…ファンとして?顔見知りとして?…それほど暇な身
でもないだろう。
 山崎は何が楽しいのか(もしくは地顔と言うべきなのか)ニコニコと
相好を崩したまま。
「でもさ、大村くん、正直、俺が白でも黒でもどっちでもいいでしょ」
「…どうしてそう思うんですか?」
「まぁこれは俺が勝手に思ってるだけだけどさ。白サイドの人ってのは、
俺が敵かどうかを確かめたくて『黒か?』って訊いてくることが多くっ
てぇ。で、黒の側の人間は自分の味方かを確認したくて『黒か?』って
訊いてくる。どっちでもいいやーって人が『白?黒?』って訊いてくる
ことが多いぃの」
 納得できるようなできないような、そんな自説を披露して、山崎は爽
やか満面にニッコリと笑った。
「…『おまえは白か?』って訊く人もいるんじゃないんですか」
「いるね」
「そういう人は?」
「うーん…黒から改心した人か、芸人辞めた人か?…もしくは、どっち
かをスパイしてる人」

139oct </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/13(日) 02:15:09
「スパイ?」
「そう。本当は黒側なのに白のふりしてるとか。その逆とか」
 大村は意外だと思った。各ユニットにスパイがいるという話は初めて
耳にしたが、もちろん争いのあるところには付き物の話であろうから、
それ自体はさほど驚くことではない。そのことを山崎が知っていた、気
にしていたということに驚いたのだ。なんとなく、そういったことには
鈍感、もしくはとんと無頓着に見えていたから。
「…ってことは山崎さん、スパイに遭ったことがあるんすか?」
「それはいいじゃない!ま、どっちにしろスパイとかさ。そういう人は
『おまえ白?』って訊いてくるような気がする」
 山崎の言葉の真意を大村は量ることが出来なかったが、それは今は問
題ではあるまい。
「まぁぶっちゃけ?白でも黒でもどっちでもいいって山崎さんの言葉は
アタリです。それで…中立の俺に何の御用で?」
 重要なのはそこでしょ?という言葉を眼差しに込めてみる。案の定、
山崎は今度はニヤリと人を食ったような笑みを浮かべて。
「そりゃ中立の人に持ちかける話ったら大体相場は決まってるでしょ
う」
 この流れで今更友達になってください、とかナイでしょ。
 そう言って笑う山崎を前に、大村はなんとなく腰から尻のポケットに
かけて繋がるウォレットチェーンを幾度も撫でていた。
 ジーンズのベルトに繋がるチェーンの金具には、透明感のある黄色を
した石が割と無造作に繋がっている。それがじわりと滲み出すように光
を放ち始めたことに、まだ大村は気付いていない。
「仲間に入れって?」
「まぁそれもあるけど…俺が訊きたいことはそれとは別」
 いつもの不敵な笑いを絶やさぬようにしながら、大村は顔が引き攣る
のを感じていた。
 なぜだろう。山崎はこんなに友好的な笑顔なのに。
「俺が訊きたいのは…君の石の能力が何か、だよ」
 なぜだろう。俺の心臓がドクドクと、こんなに落ち着かないのは。

140oct </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/13(日) 02:26:10
中途半端ですが、今日はここまでで…。
お目汚しです。
まだゝ続いています…。

141名無しさん:2005/03/14(月) 21:45:52
乙です!
きましたね〜SBPF編(勝手に言ってます)
チャブ山崎の行動が気になる今日この頃・・・
頑張ってください!

14291 </b><font color=#FF0000>(ZTKv6W9M)</font><b>:2005/03/17(木) 00:58:23
はじめまして。
アンジャッシュ&アリtoキリギリス石井の短編を書いてみました。
内容はある番組の収録中の一コマ、という感じのサイドストーリー的なエピソードです。
時期は2004年の11月〜12月ごろのある日。
アンジャッシュについての設定は本編と同じです。
石井については>>106の設定を使っていますが
この時点ではまだ力に目覚めていない、ということにしています。

本編中心人物のアンジャッシュを扱っていること、
本編未登場でまだ設定が固まっていない石井が出てくることを考えこちらのスレに投下しました。
番外編ということでお許しください。

14391 </b><font color=#FF0000>(ZTKv6W9M)</font><b>:2005/03/17(木) 01:00:12
わいわいとスタジオで作業をしているオレンジ色の制服の集団の中にアンジャッシュはいた。

「それではこの紙を重ねて切れ目を入れてくださーい。」
女子アナが出演者に指示を出している。
今日の企画は「ペーパーブーメランを作って飛ばしてみよう」だ。
『地味な番組だよなあ』と児嶋は思う。当然視聴率もいま一つだった。
でもこの番組の雰囲気は彼にとっては居心地の悪いものではなかった。
若手のひしめき合う他の番組では無理にでもテンションを上げていかなければならないが
ここにいる若手はアンジャッシュのほかはアリtoキリギリスの石井だけである。
石井も積極的に前に出ようとするタイプではないので向こうもずいぶん楽だったに違いない。

ゲストの講師の指導でブーメランを作り終え、実際に飛ばしてみることになったとき
あるベテラン芸人が突然
「戻ってきたのを取れなかった奴はみんなにジュースをおごる!」
と言い出した。
珍しく盛り上がるスタジオ。
渡部も「いいですよ!」と俄然やる気を出している。

「では、最初は石井隊員からお願いします。」
アナウンサーの指示に従い石井が前に進み出た。
だが石井の手を離れたブーメランは遥か頭上を通過していく。
精一杯のジャンプも全く意味がなく、石井はバランスを崩して膝をついた。
その拍子に石井のポケットから何かがこぼれ落ちた。
「あー、残念。」「身長が足りない!」
ドッと沸くスタジオの中で「それ」に気づいたのは児嶋だけだった。
『なんだろう、あれ』
目を凝らしてみてもよく見えない。
気がつくと既に渡部の番になっていた。児嶋はこの次だ。
「それ」について考えるのは後回しにして児嶋は収録の方に気持ちを切り替えた。

14491 </b><font color=#FF0000>(ZTKv6W9M)</font><b>:2005/03/17(木) 01:01:27
「休憩入りまーす。」
スタッフの声がスタジオに響いた。
結局児嶋も渡部もブーメランをキャッチすることはできなかった。
キャッチできたのはジュースの賭けを言い出したベテラン芸人だけだったのだ。
「意外と難しかったな。」
話しかける渡部を「ちょっと待って」とさえぎって児嶋はスタジオの真ん中に歩き出した。

『たしかこのあたりだったはず…』
姿勢を低くして探していると視界の端に何かキラリと光るものが入った。
屈んで拾い上げたそれは透明な石だった。見えにくいはずだ。
よく見ると中に針のように細い金色のかけらがいくつもきらめいている。

石を観察する児嶋にいつの間にかそばに来ていた渡部が言う。
「その石、力持ってるぞ。」
「え?」驚く児嶋の手を石が通り抜けた。すかさず渡部が石を受け止める。
「サンキュ。…ったくこの力便利なんだか不便なんだか。」
児嶋はぶつぶつ文句を言った。
「まだ目覚めてはいないな。この石どうしたんだ?」
渡部は石をあちこち透かして見ながら児嶋に尋ねた。
「石井君が落としてったんだ。」
「石井君か。まさか黒じゃないよなあ。」

石井とはボキャブラ以来の知り合いだがあまり話をしたことはない。
テレビでは真面目キャラが浸透しているが
素の石井のことをほとんど知らないことに二人は気づいた。
もし彼が黒に取り込まれるような人間なら石を返すことは自分たちの首を絞めることになる。
判断に迷っていたその時
「あ、それ僕のです。拾ってくださってありがとうございました。」
後ろから石井の声がした。

14591 </b><font color=#FF0000>(ZTKv6W9M)</font><b>:2005/03/17(木) 01:02:09
「あーこれ石井君のだったのか、ここに落ちてたんだよ。きれいな石だね。これどうしたの。」
ほとんど棒読みの口調で児嶋は言った。
『もうちょっとうまくごまかせないのかよ』渡部は内心はらはらしていた。。
が、石井は別に不審には思わなかったらしい。
「家の引き出しの奥から見つかったんです。
自分で買ったのか誰かからもらったものなのかも忘れちゃったんですけど
なんだか気に入っちゃってそれ以来ずっと持って歩いてるんですよ。」
「へえ、そうなのか。これどういう石なの?」
「僕もあんまりパワーストーンとか詳しくなくて嫁に聞いたんですよ。
『たぶんルチルクォーツっていう石だと思う』って言ってました。
効果はえーと『持っていると元気が出る』だったかな…?よく覚えてないです、すみません。」

石井の話を聞きながら児嶋は渡部のほうをチラリと見た。
渡部が小さくうなずいたのを確認し
「じゃこれ返すわ。もう落とすなよ。」と石を石井に渡した。
石井は何回も礼を言うとその場を離れ
スタジオの奥のほうにいるベテラン芸人たちの談笑の輪に入っていった。
「…あいつあの中に入っても全然違和感ねーな。」
児嶋はぼそっとつぶやいた。

「で、どうだったのよ。」
児嶋は渡部のほうを振り返って尋ねた。
児嶋が石井と話している間渡部は石井に同調して様子を探っていたのである。
「黒じゃないみたいだな。っていうか石のこと自体何も知らないみたいだ。」
黒の芸人特有の負のオーラは石井からは全く感じられなかった、と渡部は言った。
「そうか、じゃあこれからどっちに転ぶかわからないんだ。」
「ああ。でも石が目覚めたときに黒の連中より先に接触できる点では有利かな。
アリキリはあまり他の若手とテレビに出ないし。」
「あの石が目覚めるまで番組が続くかなあ。ゴールデンなのに一ケタらしいじゃん、視聴率。」
「そう言うなって。この番組が終われば俺たちもレギュラーが一つなくなっちゃうんだから。頑張ろうぜ。」
渡部は児嶋の肩をたたいた。

14691 </b><font color=#FF0000>(ZTKv6W9M)</font><b>:2005/03/17(木) 01:05:06
だがこの番組はスタッフの不祥事という意外な形で突然の終わりを迎えることになった。
「あーあ、せっかくのゴールデンだったのになー。」
と児嶋は番組が終了した後もしばらく愚痴をこぼしていた。
視聴率のせいではないだけに余計に悔しい。
「頑張って別のレギュラーをとればいいんだよ。へこんでるヒマはないぞ。」
渡部はもう立ち直っているようだ。

そういえば石井の持っていたあの石は今どうなっているのだろう。
番組終了で石井との接点もすっかりなくなってしまった。
「ホリプロのだれかに聞いてみようか。あの石の力も気になるし。」
児嶋の言葉に渡部はやや考え込んだあと
「そっとしといてやろうぜ。戦いに巻き込まれずにすむんならそれに越したことはないんだから。」
と答えた。
「…そうだな。」
あんな思いをする芸人はひとりでも少ないほうがいい。
これまでの苦しい戦いの数々を児嶋は思い出していた。

ちょうどそのころ。
自宅のリビングで自分の手を見つめて呆然としている石井の姿があった。
テーブルの上には無残に握り潰された携帯電話。
ルチルクォーツがポケットの中で光を放ち始めたことを石井はまだ知らない。

END

147</b><font color=#FF0000>(ZTKv6W9M)</font><b>:2005/03/17(木) 01:06:57
名前欄の91という番号はクッキーの食い残しです。意味はありません。すみませんでした。

以上「ウルトラ実験隊」ネタでお送りしました。
ラストで石井のルチルクォーツが目覚めていますが
この後の話は特に考えていないので
もし石井を使った話を考えている方がいらっしゃったらスルーしてしまってください。

それでは失礼しました。

148名無しさん:2005/03/19(土) 08:48:16
乙です!
アンジャッシュと石井さんの行方も気にしつつ、
この時のナソチャンのようすもひそかに気になりまつ・・・w

149oct </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:33:06
>>136-139のトータルテンボス(SBPF)編を書いていた者です。続きを投下させてください。
この後、石は出てこないものの、とある能力だけが出てきます。
その石を悩んでいる上、もしかすると同じような能力が既にあるかもしれず…。
一旦、こちらで皆様のご意見等うかがえればと。(一応、まとめサイトを確認はしたのですが)
よろしくお願いいたします。

150ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:34:37
>>136-139の続き

「何やってんだアイツは」
 控え室を出た藤田だが、1分と経たないうちにトイレの前の廊下で立ち尽く
す大村を見つけた。じっと睨むような目線。握り締めた片方の拳と、もう片方
の手はウォレットチェーンを行ったり来たりしている。
(…あ!アイツ、石使おうとしてやがんだな?!)
 瞬時に勘付いた藤田は、そこから猛ダッシュで大村へと近付く。不測の事態
に備えて、彼の片手もウォレットチェーン――といってもスウェットには付け
られないのでポケットに放り込んでいた――を手に取る。藤田の心の焦りに呼
応するように、薄い碧色の石がふっと光を放つ。
「おーむ!何やってんだよ!」
「うるせぇ」
 肩を掴むと、大村は藤田の手を振り切り、尚且つ押し退けようとする。その
視線はまっすぐに据えられて、藤田を振り返りもしない。
「うるせぇじゃねぇよ!お前、何やってんだって」
「藤田黙ってろ、向こう行ってろ。なんか胸騒ぎがする。あぶねぇかもしれね
ぇ」
「おい大村!!」
 大村の前に回り込んで、その両肩を掴んだ。大村の視線が、初めてまともに
藤田を捉える。
「離せ!」
「“おまえ一人で”何やってんだよ大村!!」
「一人?!お前こそ何言って…」
 そう言って、大村は藤田の肩越しに視線を投げ掛ける。
 あたかも、そこに石を持った芸人が立っているかのように。
 そしてその顔は一瞬の後に、甘いと思ったシュークリームの中に辛子が入っ
ていたかのような表情を上らせて。
「どこ行った?!」
「誰がだよ」
「居たろ!さっきまでそこに!」
「お前、俺が見つけた時からずっと一人だよ。何か睨んでたけど」
「んなわけねぇよ…居たんだ」
「だから誰が居たんだって」
「え?」
 改めて訊かれて、大村は即答するのをためらった。
 藤田の口ぶりによれば、山崎は『逃げた』のではなく『存在しなかった』も
しくは『見えなかった』のだということになる。任意の者にしか見えずに惑わ
せる“幻覚”の類か。間違いなくそれを生み出したのは「石の力」だろう。だ
とすると、その「石の持ち主」は2通りのことが考えられる。つまり、「山
崎」か「山崎以外」かということだ。
 そして、うかつにそんな推測を口に出すべきか、大村は迷ったのである。目
の前に居て話をした山崎が「幻覚」だったと気付かされたばかり。
 目の前に居る藤田が“本物の藤田”かどうか、大村には分からない。なにし
ろ藤田は、目の前の幻覚山崎が消えると同時に現れたのだから。
「おい、大村?」
 黙りこくった相方を藤田が覗き込む。自分が“本物か”疑われているなんて、
微塵も考えていない表情だ。
「…藤田」
「なんだね。神妙な面持ちだねぇ」
「石、持ってるよな」
「え?あ、あぁ」
 ホラ、と石を見せられ、大村はまたしばらく考え込む。さっきの山崎(の幻
覚)は白いネクタイをしていた。身体的特徴だけでなく持ち物までも忠実に再
現するのであれば、石を持っているだけでは藤田である証拠にはならないだろ
う。

151ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:35:50
(どうすればいい?どうすれば、目の前のアフロ男が本物の藤田かどうかを判
別できる?)
 普段はネタを考える時か悪戯を考える時にしか見せないくらい真剣な表情が、
大村の顔に浮かぶ。
 すると、呼応するかのように腰の辺りにポッと熱が点ったような感覚がした。
大村が改めて確認するまでもなく、自分の石…薄い黄色の黄翡翠(イエロージ
ェイド)が輝いているのだと知れる。
(そうか)
 大村はウォレットチェーンを手繰り寄せ、石を指先で確認した。この石があ
れば、藤田の正体を確認することくらいすぐに出来るはず。
「藤田。わりぃ、ちょっと俺、ライブ前でテンパってた」
「なに?」
「疲れてんのかもしんねぇ。ジュースを買ってきてくれたまえ」
 いつも通りの大村の様子に誘われて、藤田は眉毛を吊り上げる。
「おまえっ、そのジュース買いに行ってたんじゃなかったか。フザケんなよ
っ」
「…そういやそうだっけ」
 実際は控え室を出たところで山崎(幻覚)に行き会ったので、ジュースのこ
となどきれいさっぱり忘れ去っていたのだが、大村はそこをサラリと流す。
「いいや。じゃあじゃんけんで負けた方が買ってこようぜ」
「…負けたら奢りか?」
 乗ってきた。
「望むところだ」
「よーし、やる気出てきたぞー」
 このノリの良さだけで藤田だと信じても良いくらいだったが、念のため、と
大村は腰の石を発動させる。
「じゃーんけーん、しっ」
 大村の手は、チョキ。藤田の手は、パー。石は一瞬キラリと光って、また元
の姿を取り戻す。
 負けた藤田があんぐりと口を開けるが、すぐに両手をぶんぶんと振り回して
要求をかざす。
「さささ三回勝負!なっ。オゴジャンなんだから、それくらいアリだろう」
「…しょうがねぇな」
 大村の溜め息に口に出さぬ思いが乗っていることに、藤田は気付かないだろ
う。
「ようし、じゃんっけんっ」
「しっ」
 大村・グー。藤田・チョキ。
「もういっちょ。じゃんけんっ」
「し」
 大村・グー。藤田・チョキ。
「はい、藤田くん三連敗」
 行って来い、とスウェットを履いた尻を叩きながら大村は念じた。
(来い、藤田。気付け、藤田。お前が本物なら)
「あッ!!」
 大村の願い通り、藤田はそのアフロ頭をもたげ、弾かれるように大声を上げ
た。
「おーむ、おめぇ、石使いやがったな?!」
「…やっと気付いたか」
 ほっと息を吐きながら、大村は笑った。藤田が大村の石の能力を看破するか
どうかが、この賭けの重要なポイントだったのだ。
「当たり前だろ、三連勝して余裕綽々な顔してるなんて、お前が成功率上げた
からに決まってる!詐欺だ!…んで、何笑ってんだよ!」
 藤田ががなりたてるが、彼が本物と証明できた大村は笑顔を崩さない。大村
の感情に藤田が気付くわけもないから、はたから見るとかなり奇妙なテンショ
ンの二人連れである。
「藤田」
「なんだね。ズルっこしたこと謝りたいのなら聞いてやる」
「俺の石の能力言ってみ」
「…謝らないのかよ」
 憮然とした表情ながらも、素直に大村の要求を聞き入れて、藤田は、
「今更説明させるって、なんだよ。…自分か周りのヤツのアクションの成功率
を上げる、だろ。今はじゃんけんで自分勝利の成功率を上げたってところだろ
うが」
 過不足なく大村の石の能力を説明して、これで満足か?という目を向ける。
それに向けて大村は、至極満足げに微笑んで肯く。
 先ほどの山崎の幻覚は、「君の石の能力を訊きたい」と言った。それはつま
り、山崎の幻覚を操る石持ちの芸人は、大村の能力を知らないということだ。
その人物が白か黒か、敵か味方か、そもそも何が目的で何故大村の石の能力を
知りたがったのかはさっぱり分からないが、藤田に化けることはハイリスクだ
ったのだろう。彼ら二人とも、正確な石の能力を知っているのは、今のところ
本人と相方だけなのだ。
 大村は手を伸ばして、飼い犬を撫でるのと大差ない手つきで目の前のアフロ
を撫でた。この感触は間違いなく相方…いや、この場合は、石を巡る戦いの中
でも唯一絶対的に信頼できる、親友のものだと言えた。

152ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:37:35
「それで、ライブ前のあの茶番は何だったんだよ」
 モツ煮込みを頬張りながら、藤田が大村をきろりと睨む。ライブ後の打ち上
げと称して二人で居酒屋に来たのはいいが、結局のところ三時間前に石を使っ
ていた大村の行動の理由が気になるのだろう。あの時、石を使ってまで何をし
たのか、藤田はそれを聞きたがっている。さすがに冷静に考えてみれば、ジ
ュースのオゴジャンのためだけに三回連続で石を使って成功率に細工をしたと
は信じられない。
「おやおや…茶番呼ばわりとは穏やかじゃないねぇ」
「穏やかじゃなかったのはおめーだろ。ガラにもなくマジだった」
「…ま、確かに」
 さてどこから話し始めたもんかな、と一瞬間を置くと、藤田は間髪入れず、
「誰が居た?」
 いいところを突いてきた。
「…誰も居なかった」
「誰か居たんだろ」
「誰も居なかったのはお前も見たろう」
 居なかったのを見た、とはおかしな言い方だが、藤田は肯かないわけにはい
かない。あの時の大村は、確かに虚空を睨んでいたから。
「ただし、俺の目にはある男が映ってた」
「誰だよ」
「…俺らより知名度のあるコンビの、ボケの方」
「石は?」
「…持ってなかった」
 じゃあ丸腰の相手に向けて石を使おうとしていたのか?藤田が眉を寄せるの
を見て、大村が続ける。
「俺の目には見えてたけれど、実際は居なかったって言っただろう。つまり、
幻覚だ。幻覚が、石を持っているわけはねぇ。それに、あの時点で俺は、相手
が幻覚だとは知らなかった」
 そういうことだ、と言って藤田を安心させるようにひとつ肯く。
「つまり、どこからかその幻覚を操っていたやつがいたはずだ。石の力を考え
ると、多分すぐ近くで。…それが誰か、俺には分かんねぇけど」
「…」
 藤田は、アフロの下の力強い眉毛をぎゅっと寄せて、何かしら考え込んでい
る。
「藤田」
「…一人だけ、可能性がある。いや、俺自身はこれっぽっちもそんな可能性信
じてねぇけど」
「…藤田?」
「俺らが今聞いてるとこを信じるならよ。石を持ってるってことは、芸人って
ことだろ。今日はいつものライブじゃねぇよ。俺らのバンドのオンリーライブ
だぜ?」
「…藤田おまえ」
 驚いた表情の大村に、藤田がその人物の名前を告げようとした瞬間。
「もうええよ、藤田」
 額を寄せ合って話をしていたふたりの上に、影が差す。その人物は、大村の
背後から近付いており、声を掛けられた藤田が先に顔を上げて、その人物を見
とめた。
 それはまさに、藤田が名前を口にしようとした人物。
「…樅兄…?」

153ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:39:11
 大村は振り向かないまま、藤田の表情だけを観察している。騒がしいはずの
居酒屋の中で、自分たちを中心に半径1メートルだけがぽっかりと音を無くし
ているような感覚。腰にぶら下がった石が、自分の鼓動を表すように忙しなく
明滅しているのが感じ取れる。
「ライブ前のアレは、俺の石の能力や」
 確かにそれは樅野の声。だが、振り向けばその瞬間から、樅野が白や黒のこ
ととは別に、“自分とは違う側”の存在になってしまうような気がして、大村
は振り向く意思すら見せずに問う。
「…なんで、あんなマネしたんすか」
 別に、幻覚山崎にも、その操り手だったという樅野にも、身体的な攻撃を受
けたわけではない。ただし、幻覚と対峙した間、そしてその後、幻覚かどうか
判然としない藤田を前にした時、言いようのない恐怖が胸に拡がったことは事
実だ。それは精神的な攻撃とも言えた。
「…理由は、あんまりたいしたことでもないよ。…大村、怖かったやろ?」
「…」
 背中越し、淡々と聞こえてくる樅野の言葉に、大村は応えない。否定も肯定
もしない。
「石の戦いをどこ吹く風、って白にも黒にも属さんことはできるよ。現に、そ
ういう立場を選んでる芸人もいっぱいおるはずや」
 目のまえの藤田は、信じられないという顔で樅野を見ている。
「ただ、石の能力は千差万別。その戦いの途中で、今まで白か黒かなんてたい
して気にも留めてなかった相方まで信じられんようになる時は来る。相方が自
分と同じ考えなのか。実は自分はたった一人で戦ってるんじゃないか。そもそ
も、相方は本当に昨日まで隣にいた相方なのか。…疑いが生まれたら、なかな
か消えることはない」
「そのことを俺たちに教えてくれようとしたってことですか?」
「そんな優しい気持ちやったかな。どっちかっていうと、試したってのが正し
いかもしれない」
「俺たちを試して、あなたに何が残るんです、何か残りますか」
「何も残らんよ。何ひとつ、残ったらだめなんです」
 謎掛けめいた返答にも、思い当たる節はある。
「樅野さんは、白っすか黒っすか」
 ついに頭を抱えるようにして俯いてしまった藤田のアフロヘアーを眺めなが
ら、大村は今日二度目になる質問をぶつけた。この問いに、山崎の姿を借りた
樅野は白だと答えた。
「…知りたいか?」
「知りたいことがありすぎるんで、手近なとこから知りたいですね」
「俺は、おまえらは白に入るべきだと思ってる」
 そんなことは訊いてない、と言おうとしたが、幻覚山崎の(ひいては操り手
である樅野の)せりふを思い出して、言葉を飲んだ。
――…『おまえは白か?』って訊く人もいるんじゃないんですか。
――いるね。
――そういう人は?
――うーん…黒から改心した人か、芸人辞めた人か?…もしくは、どっちかを
スパイしてる人。
 あの台詞で樅野が言いたかったことは、石を巡る戦いを知った人間で、且つ
その戦いから身を引いた人物…『芸人を辞めた人間』は、石を封印することを
願う、ということなのではないか。だから今も、彼は自分たち二人を白のユニ
ットにいざなっている。

154ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:44:55
「樅兄の考えはよく分かり…」
「待てよ、おーむ」
 大村の言葉の語尾にかぶせるようにして、いつの間にか顔を上げた藤田が手
を差し出して「ストップ」と表す。その目は、どこか怒ったように尖り、大村
は思わず口を噤んだ。
「ねぇ樅兄」
「…何?」
「俺の今日のカッコ、イケてます?」
「ん?…いや、おまえその格好で家から来たんか、て思うけど」
「…おかしい」
 常に無い、真剣な声色。大村が尋ね返す代わりに眉をひそめると、藤田は苛
ついた様子で居酒屋のテーブルをひとつ叩いた。周囲の客が一瞬こちらを注視
したが、すぐに興味を失った様子でそれぞれの会話に集中を戻した。彼らのそ
の動きはどこか不自然で、もしかしたら石の能力の中には他人の自分への興味
を失わせる、そんなものもあるのかもしれないと大村は頭の片隅で考える。
「…どうしたんだよ藤田」
「まず根本的なところがおかしいんだよ」
「…だから何がだね」
「今の樅兄が、石を持ってるはずがねぇ」
 石を持っているのは芸人だけのはずと聞いているから。
 これまで石を持っていたとしても、つい最近、樅野は石を手放していると考
えてもいいはずだ。彼の肩書きは、『作家』ではないか。
「…でもよ、石を手放すってのもすぐにはいかねぇだろ。少しくらい、猶予が
あるのかも」
「それより、この樅兄も幻覚だって考えた方がしっくりこないか?」
 藤田が、テーブル上にあった割り箸を大村の肩越しに投げる。大村は振り返
らなかったが、背後の樅野から声が上がった様子はない。普通、箸を投げつけ
られたら「わぁ」だとか「何すんだ」とか、とにかく声を上げるはずだ。
「…マジか…」
 …そう考えれば、さっき周囲の客がこちらを見てすぐに興味を失ったのもな
んとなく分かる。大村が一切振り向かなかったこともあって、傍から見れば、
自分たちは“二対一で揉めてる集団”ではなく“ただの二人連れ”なのだ。二
対一の状況なら多少目を引いただろうが、ツレ同士にしか見えない藤田と大村
だけなら、さして注目することもあるまい。
 ライブ前、大村が“一人で”何かと対峙していたように、実は「一人足りな
い」。言い換えれば、一人は幻覚。
 大村が鋭く振り返る。そこには誰も居なかった。
「…幻覚の樅兄さ、ちょっとだけ笑って、フッて居なくなった」
 ずっと樅野(幻覚)が立っていたのを見ていた藤田が、ぽつりと呟く。それ
を口に出してみると、ひどく象徴的な言葉になってしまったことに、藤田自身
が驚いた。驚いたけれど、そのことが藤田にある核心を抱かせた。
「居るんでしょう?」
「藤田?…誰に話し掛けてる?」
 さっきから、藤田は千里眼でも持ったかのように大村の思考の先を行く。大
村にとってみれば、いつもおちょくっている藤田の言動に驚くやら少しムカつ
くやらといったところだ。
「居んの、分かってんすよ」
「藤田ぁ」
 俺にも分かるように言いたまえ。
 大村がそう言おうとした矢先だった。

155ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:45:28
「…大村じゃなくて藤田に見破られんの、ちょっと悔しいな」
 聞き覚えのある、標準語と交じり合って柔らかな響きの関西弁。
 今、背後に立つ人物が、山崎・樅野、二人の幻覚を大村に見せたのであり。
 そして、振り返る前から分かった。その声は聞き間違えようもなく、
「や…まもと、さん?」
 樅野の相方だった、山本のもの。
「ライブ、実はこっそり見てたよ。よかった」
「…マジで山本さん?」
「大村は、びっくりしてるなぁ。…藤田は、いつから分かってたん?」
 穏やかな顔に、多少剣呑な表情を浮かべて、山本が藤田に向けて顎をしゃく
ってみせた。
「樅兄が出てきたところ」
 山本の問いに、藤田はお気に入りのおもちゃを取られた子供のような顔で答
える。
「なんで分かった?」
「樅兄がこんなことすんのおかしいって思った。下手したら俺らが石使って抵
抗してくっかもしれないのに、しらっと出てきて、無防備過ぎんなぁって。幻
覚って考えれば説明がつくでしょう。幻覚に俺らが反撃したって、本体は傷付
かない」
 それに、と言いさして、藤田は自分のスウェットを見下ろす。
「決定打はこのスウェット。樅兄は俺が今日なんでスウェット履いてんのか知
ってるんですよ。おーむの悪戯のせいで途中で履き替えたんであって、この格
好は家からじゃねぇってことも」
 あちゃあ、と山本の茶化したような声がした。たいしてダメージは負ってい
ない。
「…それで、その幻覚の本体が俺やって、なんで分かったん?」
「…手放した石を、樅兄がどうしたか考えたんです。あんまり考えたくはなか
ったけど、もし俺が樅兄と同じ状況ならどうするかってことも考えた」
「それで?」
「俺なら…」
 藤田はそこで一度言葉を切り、対面に座る大村に視線を合わせた。
「持たなくなった石は、きっと大村に預けます」
 山本の返事はない。おそらく、藤田の推察は的を射たものだったのだろう。
樅野はもう自分で持たなくなった(持てなくなった?)石を、元相方に預けた。
「石は、芸人じゃないと持たない。石は、俺らがコンビだったって証にもなる
でしょ。だから俺ならきっと大村に預けます。…同じように樅兄も山本さんに
預けたんじゃねぇかなって」
 樅野が何を考えて、石を山本に預けたのかは知らない。山本にすら分からな
い。
 しかし、藤田の言葉は拙いながらもある種の説得力を持っていた。芸人にな
らなくては持つことのなかった石。自分の笑いへの情熱に反応しているような
石。それを『自分が芸人である間となりに居た男』に託したとしても、驚くこ
とではない。
「…おまえらを、試しただけや」
 拗ねたようにそう呟いて、山本が二人に背を向けた。くちびる噛んで黙って
いた大村が、先輩の背中に声を掛ける。

156ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:45:54
「ねぇ山本さん。俺の石はすげぇ弱っちくて、ひとりで戦ったりとか出来っこ
ねぇんですけど、でもそれでも藤田がホンモノかどうかぐらいは見破れるんで
す。俺はそれが出来ればまぁ十分かなって思ってます」
 その場に立ち尽くしたまま、山本は動かない。テーブルの傍らで立ち尽くす
男を、店の客が胡散臭げに見上げている。この山本は確実に幻覚ではないらし
い。
「俺がホンモノかどうか、このモジャが分かんのかどうかアヤシイもんですけ
ど、でもやっぱりちゃんと見破るんじゃねぇかなって、変に信じてる部分もあ
るんですよね」
 大村の言葉に、藤田が怒ったり照れたりしているのが見えたが、今は構って
いる場合ではない。
 山本は、彼らにじっと背を向けたまま黙っている。彼の傍らのテーブルの客
が、立ち上がって、店を出て行った。そのくらいの時間をじっとしたまま待っ
て、それから山本はゆっくりと藤田と大村を振り返って。
「…相方のことが分かる、ゆうんか」
「そうですね」
「今日は俺が相手やったからそれも出来たかもしれん。せやけど、似たような
能力の石を持ったやつが、俺よりもっと周到に相方のニセモン送り込んでくる
かもしれへん。しかも、その日がいつ来るかもしれん」
「もし、ホンモノ藤田の中に一日だけニセモノが混じってたとしても、俺はイ
ヤでも気付いちまうんだと思いますよ」
「ロシアンルーレットみたいだな」
 大村の今日の悪戯を思い出して、藤田が呟く。彼のジーパンをベットリとよ
ごした、辛子入りのシュークリームが脳裏をよぎったのだろう。
「俺の石の能力があれば、山盛りのシュークリームの中から辛子入りを選び出
すことだって可能だからな」
 大村が、ニヤリと笑って藤田を見る。藤田は、これから先ロシアンシューの
罰ゲームをすることがあれば、自分は必ず「アタリ」を引いてしまうのだろう、
と悲壮な覚悟を決めた。
「…お気楽なヤツら」
 山本が呟く。けれどその声音は十分に笑いを含んだもので、二人は安心する。
「それでですね。何が言いてぇかっていうとですね。…俺も藤田も、白でも黒
でもぶっちゃけどっちでもいいんですけど、でも…白に入って石を封印できん
のなら」
「そんで、それが“いろんな人”の希みだってんなら」
 藤田の言う「いろんな人」には、大好きだった先輩も含まれるのであろう。
そして、自覚の無いまま「元相方」の思いを汲み取ってトータルテンボスを白
にいざなおうとしていた、目のまえの山本のことも。
「俺らは、白に入ってもいいと思います」
「困ったことに、俺も大村とおんなじ意見でっす」
 アフロを揺らして、藤田が明るく挙手して賛同する。
 一瞬、あっけに取られた顔をした山本が、次の瞬間、泣きそうな顔をして、
すぐにそれから弾かれるように笑い声を上げた。大きな笑い声はしかし、居酒
屋の中では埋没する。
 ひとしきり笑った後で、目じりを濡らすわずかな涙を指先で拭って、山本は
ウンとひとつ肯いた。
「頼むわ。俺はもうしばらくは、石使う気はないし」
「俺に任せてください」
「藤田に任すんは、ちょっとな」
「なんですかそれ!」
 笑い合い、居酒屋の喧騒の渦に飲み込まれていく感覚を味わいながら、藤田
は思った。
 俺は今晩のことをずっと忘れないだろう。事あるごとに思い出すんだ。…辛
子入りシュークリームを見た時なんか、特に。

157ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:46:19
「じゃあ、俺は帰る。またルミネで会おう」
 朝もやの中、カラスの鳴く居酒屋前の路地で。
 目のまえの先輩は至極さっぱりとした顔で大村と藤田を見て、続ける。
「今日のこと、“あのひと”には内緒な」
 その指示語が誰を指しているのかはすぐに知れたので、二人も問い返したり
はしない。
 その代わり、藤田がすこし躊躇って切り出す。
「山本さん」
「何、あらたまった顔で」
「山本さんの石の能力は」
「知った人の幻覚を作り出すこと。その人のことを知ってれば知ってるほど、
リアルな幻覚が作れる」
 大村が見た山崎の幻覚が奇妙なほど笑顔だったのは、山本のイメージの中の
存在だったからなのだろう。
「まぁ幻覚ゆうか…正確には“蜃気楼”みたいなもんやな。人によって見れた
り見られへんかったりするようにも出来るから、正式な蜃気楼とはちがうけ
ど」
「なんで蜃気楼でしょうね?…蜃気楼ったら砂漠?山本さんがラクダに似てる
から?」
「さぁ」
 山本が気を悪くした様子も無いので、藤田は思い切る。
「あの、山本さん。…樅兄の幻覚、もう一回作ってくださいよ」
「え?」
「俺、最後に、チャイルドマシーンの揃い踏みが見てェっす」
 もじもじすんじゃねぇ、と笑って背中を叩いて、藤田をツッコんでやろうか
と大村は思ったが、相方のデカイ体の向こうに見える山本が泣きそうに瞳をゆ
がめたので、何も言えなかった。
「…悪い、藤田。俺、今日もう打ち止め」
「…」
「1日に2人も幻覚作ったん初めてで、わりとへろへろ」
 それは言い訳ではなく、真実なのだろう。石を使った人にしか分からない疲
労感は確かにある。しかもあれだけリアルに喋る幻覚を作ることが、何度も何
度も出来るとは考えにくい。
 そっすか…とすっかりしょげかえった藤田の背中を、今度こそ大村がドスン
と重たく叩く。
「…藤田、気付け。おまえの石の出番じゃねぇの?」
 大村の助け舟に、アフロの下の藤田の曇り顔が一気にパッと晴れ渡った。そ
して「どういうこと?」と山本が問い直すより早く、
「山本さん、ハンパねぇっ!」
 早朝の空に、高らかに藤田の声が響いた。驚く山本だが、すぐに藤田のポケ
ットの中が薄い碧色に光るのが服の上からも見えたので、その意を察する。
「藤田、おまえの能力って」
 その問いには、藤田ではなく大村が応える。
「余力無い石を、ハンパねぇ状態に回復させる。ま、ゆったらタダで満タンに
してくれるガソリンスタンドみてぇなもんです」
「ちょ、それヒドくねぇ?」
 「ホントのことだろう」「だとしてもヒデェ」などと二人がちょっとした小
競り合いを始める。それを見ていた山本の隣の空気が、ちょうど人の大きさぐ
らいに、きゅぅっと密度を高めた。色はないが、透明なレンズを置いたかのよ
うな。
 …藤田の石・翡翠(ジェイド)の能力のおかげで、幻覚を作り出すことが出
来そうだ。しかし、本格的な口喧嘩になり始めた藤田と大村は、その瞬間を見
ていない。
「フザケんなよおめー!」
「やろうってのかよ。おまえのことなんざ金輪際もう知らねェ。ダチでもなき
ゃ相方でもねぇ」
「上等だ!このすっとこどっこい!」
 つい数時間前に「俺は相方を信じてる」ようなことを言っていた二人とは思
えない罵詈雑言が、薄水色の朝空の下を飛び交う。苦笑していた山本が、何か
念じるかのように、一瞬目をきつく瞑った。ペンダント式なのだろうか。石が
あるらしい山本の胸元が、淡い光を放つ。
 隣の“密な空気”が、中央からゆっくりと色を生していく。ゆらりゆらりと
揺らいで危うかったそれは、ある一瞬からしっかりと質感を持って目に映る。
 石が何かまでは明かさないが、今まさに山本は蜃気楼で人を一人出現させん
としている。

158ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:46:44
「…藤田」
「なんだね、今更すいませんでしたは聞かねぇぞ」
「おまえになど謝るかバカモノ。…いや、そうじゃなくて」
 大村がゆっくりとかざした手は、ピンと伸ばされたその人差し指で、一点を
指している。
 その先を急いで追った藤田の目に映ったのは、ゆっくりと去ってゆく先輩の
背中。
 肩越しにバイバイまたな、と手を振ってみせているのは山本。
 そしてそのとなりで一緒に歩み去りながら、一瞬こちらを振り返って、口の
かたちだけで「喧嘩すんなよ」と言っているのは、樅野。…いや、樅野の幻覚。
幻覚と分かっていても驚くほど、すごくリアルだ。
 そしてそうやって二人の並ぶすがたは、あまりに当たり前に思えるほど自然
で。
 立ち去る先輩二人を見送りながら、いつしかさっきまでの喧嘩を忘れて、ぼ
んやりと藤田と大村は立ち尽くしている。
「…なぁ、おーむ」
「…あ?」
「別に俺らはバンドん時、ふつうに樅兄に会えるんだけどさ。たぶんルミネで
あの二人に会う確率だって高いんだろうけどさ」
 目が潤んでくるのは何故だろう。
「なんか…二人並んでっと、すげぇあの背中がでっかく見えんな」
「…」
 くせぇ、と笑いもせずに、大村は真顔のまま踵を返す。山本とは真逆の方向
に歩みを進め始める。
「なぁ、大村ってば」
 その背中を追う藤田だが、顔はチラチラと反対方向に歩み去る先輩二人を見
ている。それを横目で確認して、大村は突然足を止めて。
「藤田、俺に“ハンパねぇ”かけてくれ」
「は?」
「いいからかけろよ。俺も、もう燃料切れ寸前だっつの」
「…大村、ハンパねぇ」
 藤田が気の乗らぬまま呟く。これで大村の石も全快とはいかないが、それで
もあと一回使うぐらいは出来るだろう。手元に石を引き寄せて、握りこみ、胸
にくっつける。藤田が見よう見まねの様子で同じ体勢を取る。
「“ハイライト”やんぞ」
「え?え?」
「“ハイライト”だよ。いいな?せぇの」
 一瞬先に、大村の石が淡いヒヨコ色の光を放った。『打ち合わせなしでも藤
田とのハイライト詠唱がハズれないように』成功率を上げたのだ。
 そして、二人は声をそろえて、背後の山本に聞こえる程度の声量で。
「チャ・チャ・チャイルドマシーンの、ハイライトっ」
 薄い緑と黄色の光に包まれながらそう言い放つと、脱兎のごとくその場を走
り去った。

 あとに残された山本たちが、観客のカラス相手に、いったいどんなハイライ
トシーンを見せたのか、藤田たちに知る術はないが、それは山本だけが知って
いればいいことだと思って気にも留めなかった。

 石の能力を最大限に使った疲労感を、飲み過ぎの二日酔いだということにす
り替えて、朝日に向かって二人は歩く。
「なぁ大村」
「なんだね」
 差し当たっての藤田の関心事は、白のユニットにどうやって入ればいいのか
とか、黒のユニットにはどんな人がいるんだっけ、とかそういうことよりも。
「頼むからさ、ロシアンシューで俺がアタリ引くように石使うの、ヤメね
ぇ?」
 大村が大きな声で笑い出してしまうようなそんなこと。

 何があっても自分たちが自分たちでいられれば、それでいいと思った。


End.

159oct </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:51:35
以上です。お目汚し失礼しました。ありがとうございます。
トータルテンボス個々人の能力は、文中にある通りです。
コンビ技は、以前石の能力スレで書いていたものから少し外して、

「○○のハイライト」と叫ぶことで、様々な事象のハイライトシーンを出現させることが出来る
ただしどんなハイライトになるかは選べない…といったものになっています。

160名無しさん:2005/03/20(日) 18:47:56
乙です!
すごくよかったです!私は戦いのない小説というのも好きなので楽しく読めました!
チャイルドマシーン・・・泣けてきます・・・でもすごくいい話でした。

161名無しさん:2005/03/21(月) 00:26:32
良かったです。優しい感じの話で、なんとなく読んだ後にほっこりしました。
此処に投稿するのがもったいないくらいのお話でしたよ。

162名無しさん:2005/03/21(月) 14:18:14
とっても良かったです。思わず泣きそうになりました。

163名無しさん:2005/03/23(水) 23:12:16
これだけよかったら、本スレに投稿しても良いんじゃないですか?

16419 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/24(木) 11:20:31
乙です!
すごくじんわりしました。
>>163さんの意見に賛成で、本スレ投下して欲しい作品です。


以前書いてた物の続き投下させてもらいます。

16519 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/24(木) 11:21:53
128−131の続き


澄み渡るような青空が茜色へと侵食される頃、小沢はメモが告げた倉庫の前に来ていた。
さきほど居たテレビ局からはそう遠くはないのだが、わき腹の痣から来る激痛に邪魔されてなかなか前に進むことが出来なかった。おまけに小沢は東京の地理に明るくない。のろのろと歩いているうちに日が暮れれば、その分方向感覚も狂ってしまう。
そうしてこのまま倉庫の中で待ち構えているであろう相手と長時間戦えば、その分帰り道でも迷う確率が上がってしまう。
(だからね…)
小沢は開け放たれている扉の前に立ち、倉庫の中へ足を踏み入れる。
「早く終わらせて帰んなきゃなんだよ」

倉庫の中は、開け放たれている扉と、一定の間隔で存在する窓から差し込む光でそこそこ明るかった。
その中、ちょうど倉庫の中央に小沢より背の高い男が立っていた。
(どっかで見たことあるっけな…?)
小沢は自分の記憶を探るように目を細めたが、思い出したからといって大して状況は変わらないことに気付き、思い出すのをやめた。代わりにその男に声を掛ける。
「ADにメモを渡すように頼んだの君?」
「はい。他に渡す良い方法がなくて」
小沢の質問に、気安さを交えて応えると男は言う。
「すみません、こんなところまで呼び出して」
「まったくだよ。おかげで仕事さぼっちゃったよ」
小沢も気安さを込めて、相手に応えた。
互いにワザとらしく軽口を叩く。しかし心の中では、いつ動くかどう動くか、いつでも相手との距離を図っている。
「ごめんね、来るの遅くなって」
「いいえ、大して待ってませんし、こちらこそ突然呼び出しちゃって。地図、分かりました?」
「まぁ、そこそこ」
本当は地理に疎いため地図を読むのにも苦心したのだが、そこは隠しておく。
「でもよくこんな倉庫見つけたね〜」
辺りを見渡しながら、小沢は男に話し掛けた。
倉庫はどうやら今は使われていないのか、倉庫内は物も少なく閑散としている。窓がいくつかあるが、高いところにあるのでなにか踏み台でもなければ開けることすら出来ないだろう。床に釘などの危ない物が落ちている様子もない。

16619 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/24(木) 11:22:59
(どっか隠れる場所あるかな…)考えながら、また小沢は男と距離を測るためになにげなく右にずれる。
小沢と一緒に視線を廻らせながら、男は応える。
「僕、探し物とか得意なんですよ」
「そう」
小沢は興味のない顔をつくり、ポケットの中のアパタイトを握り締めた。
戦闘準備は出来た。後は相手次第だ。
しかし肝心のその相手は、小沢の様子を気にする様子もなく淡々と話し続ける。
「昨日も路地裏でぶっ倒れてた相方、探し出しましたし」
「…昨日の!」
なんでもないことのように告げる男とは対照的に、突然の告白に小沢は驚きを隠しきれなく思わず声を大きくした。昨日のことが一気に頭の中に浮かんでくる。
昨日小沢は、一人の男に街中で襲われた。奇襲だったためわき腹にダメージを食らったが、頭に血の上っていた相手では冷静さを失わなかった小沢が負けるはずはなかった。
小沢はその男をどこかの路地裏で倒して石を封印すると、そのまま放って帰ってしまったのだ。

(あー、コンビなのに一人しか居なかったから、昨日は誰だか分かんなかったんだ)
妙に納得すると、昨日放って帰ってしまった男の様子が気になった。
確か顔面に衝撃波を食らっていた。血は出てなかったし命に別状はないとは思うが、今頃は自分のように痣に悩まされているだろう。
「怪我とか、大丈夫だった?あの人」
「大丈夫です。医者に連れてったら骨が折れてるわけでもなし、1週間ほどで消える痣って言われましたから。
まぁ固形食が食べれなくて本人は辛そうでしたけど」
「記憶は?」
「見事に吹っ飛んでました。医者は衝撃による記憶喪失、どっかの壁に誤って激突した事故ってことで片付けてくれました。」
その言葉に小沢は胸を撫で下ろした。想像したよりも大した事にはなっていないようだ。
男は少し息を吸うと、
「ありがとうございました」
と小沢に深く頭を下げた。
「なに?俺、なんかした?」
「相方を殺さないで居てくれた。おまけに黒から一番いい方法で抜けさせてくれた」
そう言うと男は顔を上げた。姿勢を正すと、小沢と真正面から向き合う。
「…君たちはなんで黒にいるの?」
「それを言うなら、小沢さんだってなんで白に?」
小沢は応えない。
男はそんな小沢に対して軽く肩を竦めると、言うことは言いました、と呟いた。
「手加減はしませんよ?」
「俺もしないよ?」

16719 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/24(木) 11:23:37


二人の間に心地の悪い緊張感が走る。その緊張感に悪酔いした小沢は相手との距離を測り損ねそうになるが、辛うじて踏みとどまる。
計ったように二人そろって息を吐き出すと、同時に声を張り上げた。
「もういいよ!」
男が怒鳴ると空気が収縮され、それは一気に小沢へと向かって放たれる。
「君って俺にも地球にも優しいんだね!」
男の放った衝撃波は小沢が指を鳴らすと共に、やわらかい風へと変わった。
小沢は男が自分で放った衝撃波に気を捕らえているうちに、右に向くとすみやかにさきほどから目をつけていた沢山と積んであるドラム缶の後ろに隠れる。
相変わらずわき腹の痣が存在を主張してくるが、あいにくとそれ構っている余裕は小沢にはない。痣のせいで少しの運動でも揚がってしまった息を整えると、小沢は状況の整理に取り掛かる。
(ここまでで分かったこと。あの男は突っ込みだ…じゃなくて、声量の分だけ衝撃波になる)
自分でボケと突っ込みを入れると、(今度はこっちから仕掛けないとね)とドラム缶から顔を出し、「そんなことより踊らない!?」 指を鳴らす。
と、小沢の能力により作られた小沢の虚像が、男に向かって走り出す。
それに虚を突かれた男は、「困る!」ともつれた声で叫んだ。
男の放った衝撃波は小沢の虚像をすり抜けて壁に激突した。
激突された壁は力をコントロール出来なかったのか、広範囲にへこんでいる。首を伸ばしてそれを確認すると、
(突っ込みさんの力は、ボケと似てんだな。ボケは集めた光を、突っ込みは声量の分だけを衝撃波に変える。コンビで似てんだろうなぁ…どっちにしても厄介だよ)
今の攻撃で分かったことをまとめると、小沢は困った。
「これが噂の八方塞りってわけね…」

16819 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/24(木) 11:24:13



男はため息を吐いた。標的である小沢が出てこなければ、一定の方向へしか衝撃波を飛ばせない自分の能力も空回りするだけだ。
「小沢さーん、聞こえます?」
声を掛けると、ドラム缶の向こうから「聞こえるよ〜」という小沢のくぐもった声が返ってきた。
「僕だって体力のこととかありますし、小沢さんだって時間ないんでしょ?このまま長期戦じゃ困ります。
僕の力は、ただただ声のでかさだけが衝撃の大きさにかわるだけです。
そんな単調な能力、恐れる理由になりますか?」
しかし男による説得を、小沢は強い調子で否定する。
「なるよ!当たったら痛いじゃん」
「…そりゃそうだ」
小沢の言葉に納得させられると、男は小沢の隠れているドラム缶とはかなりの距離を置いて置かれている木箱の後ろに隠れるように腰を下ろした。
「こりゃ長期戦になるなぁ」
疲れるの嫌だなぁ、と先ほどと同じようにもう一度ため息を吐くと、諦めたように石を握り締めた。



男は長期戦に持ち込む気になったようだ。
男の気配が小沢から離れるのを確認すると、小沢は詰めていた息を吐き出した。
暑くもないのに額からひきりなしに流れる汗を服の袖で拭うと、小沢はドラム缶に寄りかかった。
なんとなく、井戸田の顔が浮かぶ。
訳の分からない内に石と力を手に入れ、本人の望まないうちに非日常に放り出された小沢にとって、仕事とはいえいつも傍にいる井戸田に会うことは自分がまだ日常に居ることを確認することが出来る手段の一つだった。
井戸田に怪我のことも石のことも何もかもを黙ってきたのもそれが理由の一つであるし、芸人の間で密かに広まりつつある石の噂も出来る範囲内で自分たちの日常の中から排除するように、耳に入れないようにしてきたのだ。

井戸田は今、自分を探しているかもしれないしスタッフに謝って回っているかもしれない。
しかし井戸田という日常は、あの控え室で自分を待っている。

「早く帰りたいよ…」


呟いた言葉は空気中に溶け、開け放たれている扉から吹くかすかな風に攫われていった。

16919 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/24(木) 11:26:21
今日はここまでです。



石:シリマナイト(効能:危機回避)
能力:声量が衝撃波に変わる。
条件:マイクや拡声器、反響音は衝撃波には変わらない。あくまでも自分の出した分の声量にしか能力は発動しない。
衝撃波の方向を自分でコントロールすることが出来るが、一定の方向へしか向かわせることが出来ない。方向を拡散させることが出来ない。
力を使った分だけ喉を傷つけるため、使いすぎると声が枯れる=能力が使えなくなる。

170名無しさん:2005/03/24(木) 19:55:52
19さんの新作だ!!待ってました!!
いつもいつも描写が細かくて素敵です!!

171oct </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/26(土) 01:10:22
ロシアン・シュー(トータルテンボス中心)を書いた者です。
皆様、あたたかいコメントを、ありがとうございます。
おことばに甘えて、近いうちに本スレ投下させていただこうと思います。

>19さん
乙です。この先どうなるのか、わくわくします!

172</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/03/28(月) 03:34:57
進行会議スレで話したはねる編番外編投下します。

Inner Shade



――――パチン

「王手」
とあるテレビ局の片隅で。
控え室の長机の上に折り畳み式の将棋盤を広げ向かい合っている二人――――鈴木と山本だ。
一部のコント以外では出番が極端に少ない山本と、ほとんどのコントでエキストラ同然の扱いになっている鈴木は、時折待ち時間にこうやって将棋などをして暇を潰す事がある。
もちろんモニターで自分や他のメンバーの演技をチェックしたりもするのだが、それでも時間が余るという事は多々あるのだ。
今日の収録も終わりに差し掛かり、一足先に全ての出番を撮り終えた2人は既にエンディングの衣装に着替えていた。

「・・・・・・・・・・・・参りました」
数十秒後、真剣な表情で考え込んでいた鈴木が溜息と共に両手を挙げて降参の意を示すと、山本は少し心配そうな顔をしながら駒を初期配置に戻し始めた。
「鈴木さん、今日は調子悪いですね。何かありました?」
先程の対局は、山本の圧勝だった。手も足も出ない、という表現がピッタリな程の一方的な展開。
いつもならばここまで酷い負け方をする事はほとんどないのだが、今日はどうにも上手く盤面に集中する事が出来なかったのだ。
どうしても、部屋から出ていくメンバーの後ろ姿や聞こえてくる話し声に意識が向いてしまう。
「いや・・・・・・別に何かあったわけじゃないんだけどさ」
口ではそう言うものの、理由は明白だった。
最近、はねるのトびらのメンバーが相次いで手に入れたもの――――芸人達の間に広まっている、強大な力を持った石だ。
他の十人より先に石を手に入れていたドランクドラゴンの二人は、石の力を巡る争いについてある程度の知識を持っている。
悪意を持って石を扱う芸人の事や、『黒』と『白』の争いの事。
そして、それを知っている二人は他のメンバーが石を手に入れた事で自分達の関係にヒビが入る事を恐れ、石の持つ力について知っているにも関わらずつい数日前までその事を言い出せずにいた。
本当の事を言ってしまってよかったのだろうか、その事が事態を悪い方向へ向かわせてしまうのではないか――――
一度考え始めれば思考の迷路に迷い込むのが分かり切っているので出来るだけ考えないようにしているのだが、いくら考えないようにしても不安が消える事はない。
収録を進めているうちに確かな変化に気付いてしまったから、尚更。

皆の様子が少し変わった事に、鈍感な部類に入る鈴木もようやく気付いていた。
のけ者にされたわけではないだろうが、相方がそれを教えてくれなかった事に腹が立つ。
事実を早めに理解していれば自分にだって何か出来る事があるはずなのに。
信用のおける相手でも全てをさらけ出せるとは限らないと、分かってはいるけれど。
じっと耐えるしかないのだろうか。何かが足りないような気がする。
てのひらからいつの間にか零れ落ちてしまったそれを見つけられない、不安。
るつぼで溶かした鉱物のように、様々な感情が入り混じり溶け合って心を波立たせる。

――――でも、それでも俺は――――

本音が伝われば、と思う。本当は口に出して言いたい、偽りのない思い。
その言葉を口に出さなかった事を鈴木が心の底から後悔するのは、もう少し後の事になるのだけれど。

(大体、何で塚っちゃん何も言ってくんなかったんだよ・・・・・・絶対俺より早く気付いてたはずじゃんか)
収録も終わりに差し掛かってから気付く自分の鈍感さにも腹が立つが、相方が自分に何も教えてくれなかった事の方がもっと嫌だ。
もちろん、他のメンバーが居る前でその事を言うわけにはいかないのだが。
(絶対後で文句言ってやる・・・・・・)
「・・・・・・鈴木さん? 大丈夫ですか?」
「えっ?」
どうやら、いつの間にか眉間に皺を寄せて黙り込んでいたらしい。
「・・・・・・ごめん、ちょっとボーっとしてた」
心配そうな山本の声で我に返った鈴木は、眼鏡を押し上げるついでにすっかり疲れた眉間を人差し指で押さえ、深く溜息をついた。

173</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/03/28(月) 03:35:44
待ち時間が長い者同士、のんびりした性格がどことなく似ているという事もあってか、メンバーの中では山本と一番仲が良い。
こうやって一緒に待ち時間の暇潰しをする事もあるし、収録の帰りに山本を車で自宅まで送ったりする事もある。
けれど、どこか様子が変わった彼を見ているうちに、ふと不安になる。
自分は彼の事を、そして相方や仲間達の事をどれくらい知っているというのだろうか。
「・・・・・・あのさぁ、山本君」
「何ですか?」
「・・・・・・・いや、何でもないや。・・・・・・・あ、今度は将棋崩しする? 俺、そっちの方が得意なんだよね。ガキっぽい遊び方かもしんねぇけど」
ごまかすように笑いながら言うと、つられたように山本も笑みを零す。
盤上に駒を積み上げて山にしながら、鈴木はチラリと山本に視線を向けた。
番組特製のTシャツから伸びる腕は、折れそうな程に細い。
細いと言えば鈴木や板倉もそうなのだが、ジムに通って鍛えている鈴木や、自身の病弱さを自覚しているからかそれなりに鍛えるよう努力しているらしい板倉とは違い、山本の痩せ方は必要な部分も不要な部分も全部一緒くたにして削ぎ落としてしまったような印象を受けるものだ。
それでも以前よりは太ったらしいが、悩み事でもあるのか最近はむしろ昔よりやつれているように見える。
不健康そうな痩せ方だよなぁ、と余り血色の良くないその顔を見ながら心の中で呟いた鈴木は、視線を自分の足元にやった。

右足を少し動かすと、それまでジーンズの裾に隠れていた銀色のチェーンが顔を出す。
既に石を加工していたメンバーを除いて、お揃いで作ったアンクレット。
自分のアンクレットにはまっているのは、茶色や緑、赤など様々な色が交じり合った不思議な色合いの石だ。
太陽のエネルギーと共鳴して力を得ると言われている――――そして、重力を自在に操る異能の力を持った石。
銀色に輝くチェーンに視線を落としながら、鈴木はこの石の力を仲間との争いに使う日が来ない事を切に願った。



同時刻、スタジオで慌しく準備に追われるスタッフ達を見ながら、塚地は軽く溜息をついた。
次のコントを撮り終われば、後はエンディングを残すのみだ。
ただ、今塚地が気にしているのは撮影の終わりではない。

今日、スタジオにやってきてすぐの時点で、塚地は他のメンバーの様子が少しおかしい事に気付いていた。
それぞれ、何か悩んでいる様子だったり、なぜか疲れていたり、隠し切れない困惑が表情に浮かんでいたり。
その原因が石である事は、ほぼ間違いない。
だから、今彼が気にしているのは撮影の終わりではなく、石を手に入れた彼らがこれから一体どうしていくか――――『白』か、中立か、それとも――――という事だった。

そして、塚地がメンバーの変化にすぐ気付いたにも関わらず鈴木にそれを教えなかったのは――――出来れば気付いて欲しくなかったからだ。
苛々させられる事も多々あるけれど、石の力を巡る熾烈な争いの中で、呆れる程に純粋な鈴木の存在が救いになっている事も確かだったから。
信頼しているメンバーの変化に鈴木が傷付くかもしれない事が、少し恐かった。
(でも、いくらあいつでもそろそろ気付いてるか・・・・・・)
黙っていた事で文句を言われそうだが、仕方がないだろう。
沈黙で繕える程、この変化は穏やかなものではなかった。

そして、きっといつか――――

静かな、それでいて確かな予感に、塚地は酷く哀しげに眉を寄せた。



鈴木が一つ不思議な事に気付いたのは、積み上げられた駒の山に手を伸ばそうとしたその時だった。
(そういえば、今日は山本君が秋山君達と喋ってるとこ見てないな)
いつもならば必ず一度は楽しげに話しているところを見掛けるのだが。
(・・・・・・もしかして、ケンカでもしたのかな?)
いつもの三人の仲の良さを見ていると、そう簡単に仲違いするとは思えない。
ただ――――企画で秋山と馬場の故郷を訪れた時、ほんの少しだけ寂しげな表情で佇む山本の姿を見た事がある鈴木は、それがありえない事だとは言い切れなかった。
どんなに仲が良くても、ふとした瞬間に自分1人だけ幼馴染ではないという事実を痛感させられてしまうのだろうか。
秋山達が付き合いの長さに関係なく山本の事を大事だと思っているのは傍から見ても分かるし、もちろん山本自身もそれをよく分かっているはずなのだけれど。

174</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/03/28(月) 03:36:04

――――カタン。
「・・・・・・あ」
考え事をしていたせいで力加減を誤ったのか、積み上げられた山から軽い音を立てて駒が一つ零れ落ちる。
その微かな音になぜか酷く不吉なものを感じて、鈴木は無意識の内に拳を握り締めていた。

強大な力は、普段ならばすぐに忘れてしまうようなほんの少しの不安、不信、不満・・・・・・そして心の奥底に僅かに潜んだ疎外感でさえ、心の歪みへと変えてしまう事がある。
そして、本人さえ気付かないその歪みはやがて大きな崩壊を引き起こすのだ。

もしこの時鈴木がしっかり山本の表情を観察していたら、気付く事が出来たのかもしれない。
将棋崩しの方が得意じゃなかったんですか?とからかうように言ってきた山本の、その笑顔の裏に潜むもの。
相方達の故郷を訪れたあの時よりも更に深く暗い、孤独に。

175</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/03/28(月) 03:54:24
以上、はねる番外編でした。

>>ブレス様
ちなみにこの日博が秋山達と一度も話さなかった理由はどうとでも受け取れるので(本当にケンカしてたか、『黒』絡みで何かあったか)
そちらの展開に合わせる事も出来ると思います。
色々勝手に設定創っちゃってますが、何か問題があったら本スレ投下は見合わせますので。

176ブレス </b><font color=#FF0000>(F5eVqJ9w)</font><b>:2005/03/28(月) 08:10:56
>>172-175
はねる番外編拝見させていただきました。
こちらから話を繋げられそうな感じなので是非とも本スレ投下してください。
物凄く楽しませていただきました。

177名無しさん:2005/04/03(日) 23:49:23
『此方追跡者。ターゲットが建物に入って行った。この倉庫の規模を知りたい。
 空からの情報を教えてくれ僕の天使―』

『此方天使。この建物は今は使われていない模様。天井が剥げ落ちてボロボロです。
 屋根に降りて偵察を続けます。ストーカー、其方はどうで―』

『だからさ〜しずちゃん。俺はストーカーじゃなくって追跡者なんだってばー』

『だって山ちゃん自分でもストーカーだって認めてるやん』

『顔だけでしょ〜?見た目だけで人を判断しちゃいけないなぁ〜しずちゃん』

『あー…携帯の電源切れそう』

『え?嘘でしょ?ちょっと待ってよ、それじゃ尾行続けらんないじゃん』

『さっきあったコンビニで充電してくるわ』

『あとちょっとなのにもー!!待ってよしずちゃーん』

石の能力スレで出て南海キャンディーズの能力で何となく思いついた会話。
今日テレビ出てたので思いつきで適当に…

178名無しさん:2005/04/04(月) 03:04:06
>177
とても面白いです!二人の声が聞こえてきそうなリアルさw
この二人が出てくると、どんな状況でも笑いになりそうで良いですね。
ぜひ本スレでも南キャン登場に期待したいです。

179</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/04/27(水) 01:19:30
書き始めたもののどうしても続きが書けずに放置してた南キャン話(結構暗め)一応書けてるとこまでここに投下してもいいかな、と呟いてみるテス(ry

180名無しさん:2005/04/27(水) 16:09:54
是非落として欲しいなと言ってみるテスト

181名無しさん:2005/04/27(水) 17:36:35
物凄く読みたいが石の能力スレにも
南キャン書いてるのがいるなと言ってみるテスト。

182名無しさん:2005/04/27(水) 18:02:19
>>181
>>179をよく読め。「続きが書けずに〜」って言ってるだろ。
それに能力スレのヤシはM-1絡みの話を書くらしいから大丈夫だとオモ。
バトロワみたいに芸人によって書き手が決まってる訳でもないしな。

183名無しさん:2005/04/27(水) 21:46:57
見てみたいです!

184名無しさん:2005/04/30(土) 00:54:29
>179
ぜひぜひ!楽しみにしてます。

185</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/03(火) 23:31:20
〈Snow&Dark〉

〜ふゆのはじまり〜



――あるひのことです。
あくまたちが、ひとつの かがみを つくりました。
うつくしいすがたは みにくく、わらいがおは なきがおに うつる、あべこべかがみ でした――



「――しずちゃん俺の事嫌いでしょ」

きっかけは、よく憶えていない。
相方が「もうすっかり冬だねぇ」とかそういう事を話していたのは憶えているのだけれど、上の空で相槌を打つだけだったせいで、どういう話の流れでそんな言葉が出たのかは思い出せなかった。
相方がどんな声音でその言葉を口にしたのかさえ、定かではない。
真面目な口調だったのか、半分ふざけていたのか、それとも苦笑混じりだったのか。
――だから。
「……まぁ好きでない事だけは確かやな」
「ひでぇ…嘘でもいいから『そんな事ない』とか言って欲しかったんだけどな」
悪目立ちする赤い眼鏡を外し、しかめっ面で右目を擦っている山里が、やけに大袈裟な口調で呟く。どうやら目に何かゴミが入ったらしい。
その言葉を華麗に無視しつつ、隣に座る相方をジロリと一瞥して山崎は溜め息をついた。
(ここまで落差があるとある意味怖いな……)
眼鏡を外した山里は、少々殺し屋じみた目をしている事を除けば案外普通の顔立ちだ。
普段彼がキモいだの何だのと言われる原因の五割以上はその眼鏡にある――ついでに言うと、残り五割の大半はその髪型が占めている――と、山崎は思っていた。
もう一度隣の相方の様子を窺ってみると、結局目のゴミは取れないままなのか、眼鏡は掛けたものの釈然としない顔だ。
ついでに壁に掛けてある時計で時刻を確認して、あと5分ぐらいでスタッフが呼びに来るだろうか、と予想する。
この街独特のせっかちさとは無縁の緩やかな空気が流れる中、首に巻いた赤いスカーフを何とはなしに触りながら、山崎はふと窓の外に視線を向けた。
強い風に吹かれ、葉を落としていく街路樹が見える。

――冬は、まだまだこれからだ。

186</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/03(火) 23:37:52
>>179の南キャン話、序章だけですがとりあえず投下。
一番最初の文、分かる人には思いっきりこのあとの展開のネタバレなんですが、とりあえず気付かない振りをしてくださいorz
とりあえず一区切り出来るところまでは書けてるので、少し手直して投下します。

187名無しさん:2005/05/05(木) 12:33:24
すごく面白いです!こういう南キャンもいいですね。
次回楽しみにしてます。

188名無しさん:2005/05/07(土) 10:53:01
その最初のとこ分かる人的には次どうなるか気になります。









・・・山ちゃんは氷の女王に誘k(ry

189</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/20(金) 04:49:08
〜ふぶきのよかん〜

時間が流れるのは早いとよく言うけれど、ここ最近の自分の周りは特にそうだった気がする。
冬の始まりがつい先日のように思い出せるのに、もう寒さの一番厳しい時期だ。
木々はすっかり葉を落とし、枝を冷たい風に晒している。
年が明けて一月余り経ち、すっかり普段に戻った街並を、山崎は楽屋の窓からほんやりと眺めていた。
年末の一大イベントで上位に喰い込んで以来、大阪での仕事だけでなく東京での仕事も大幅に増えている。
それは勿論喜ばしい事なのだが、急に――仕事だけが原因ではなく――慌しくなった日々には大きな戸惑いを感じていた。
抗えない大きな流れに否応なく流されていく事に、柄もになく焦りと苛立ちが募っていく。
「…………」
楽屋には、先程から長い沈黙が訪れていた。
普段なら山里が――ほぼ一方的に――喋り掛けてきたりするのだが、今日は手元の雑誌に視線を落としたまま何も言わない。
最近不意に流れるようになった沈黙の時間。ほんの微かに感じる、違和感。
延々と沈黙が続く楽屋は余り居心地が良いとは言えないのだが、かといってこちらから沈黙を破るのも憚られた。
チラリと壁掛け時計を見てみると本番まではまだ時間がある。
何となくじっとしているのが辛くなった山崎は、零れ掛けた溜息を押し込めるようにわざと音を立てて椅子から立ち上がった。
そのまま部屋から出ようとして、無言のまま出て行くのは悪いと思い振り返る。
「……ちょぉ出掛けてくるわ」
「行ってらっしゃ〜い」
山里は振り返らず頭の横でひらひらと右手を振った。
どこか気障ったらしくも見えるその仕草は、いかにも彼らしい……と思えるのだが。

――刺さって抜けない棘のように、何かが引っ掛かっている――

190</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/20(金) 04:53:07



――カツン。
厚めの靴底が、少し大きめの足音を立てる。
他の出演者たちはそれぞれ楽屋で寛いでいるのか、広い廊下には人通りがほとんどない。
のんびりとした足取りで数メートルほど歩いた山崎は、ふと立ち止まると押し込めていた深い溜息を零し、俯いた。
(……右を向いても左を向いても諍いだらけ、ってのがこんなに辛いとは思わんかったわ)
ここ最近芸人の間で繰り広げられている、異能の力を持つ石を巡る争い。
『白』や『黒』に大した興味はないのに、周りが放っておいてはくれない。
石を狙う『黒』の人間に襲われた事も何度かあるし、他の芸人が争っているところに遭遇した事もある。
興味がないからといって、どちらにも付かない今の自分達が宙ぶらりんのとても不安定な状態である事を
理解していないわけではないけれど――『白』や『黒』、そしてそもそもの原因である『石』に関する知識が
足りない状態でどちらに付くか決める事も、余りに危険な賭けとしか思えなかった。
いや、それは言い訳にすぎないのかもしれない。巻き込まれたくないから、自分たちのペースを乱されたくないから、
逃げているだけなのかもしれない。

――でも、もう少しだけ。もう少しだけでいい、このままで居る事を許して欲しい。

191</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/20(金) 05:15:01

そう誰にともなく許しを請うたあと、ふと随分長い間立ち止まっていた事に気付いて、山崎は顔を上げた。
何かを振り払うようにゆるゆると頭を振って、再び歩き出す。
(……全快にはまだまだ程遠いな……)
今日は朝からそうなのだが、時折薄い靄が掛かったように思考力が鈍る。
気を抜くと、ぼんやりしてしまったり取り留めのない考えに浸ってしまう。
理性を失って暴走する程ではないが、限界まで石の力を使った副作用だ。
無意識に、首のスカーフ――正確に言うと、その内側にあるペンダントのチェーン――に触れ、その存在を確かめる。
この短い期間で、すっかり癖になってしまった仕草だ。
天使の翼を模したペンダントヘッドの中央には、赤味がかった褐色の石が填まっている。
嘘のような話だが、ファイアアゲートという名前の高価なものらしいこの石
――その時はまだ、流線型にカットされただけの加工前のものだった――は、偶然拾った財布を交番に届けた時、
偶然その交番に来ていた持ち主がその場でお礼にとくれたものだった。
遠慮したにも関わらず半ば強引に渡され、仕方なく受け取った石だったが……この石が自分に与えた力を思えば、
もしかしたらそれは必然と呼べるものだったのかもしれない。
(普通の宝石やった方が、まだ素直に喜べたかもしれんのにな……)
光を当てると水の波紋のような文様が浮かび虹色に煌く美しい石は、自分の心の中にあった、ちょっとした願望を
叶えてくれる能力を持っている。
だたそれだけなら、自分は得体の知れない力を気味悪がりつつも大いに喜んだだろう。
だが、望まぬ争いに巻き込まれた今は傍迷惑だという思いの方が強かった。

エレベーターホールに着きパネルの表示を見てみると、二機のエレベーターは二つとも一階に停まっている。
一瞬の逡巡のあと、山崎はエレベーターで降りる事を諦め階段の方へと向かう事にした。
このままエレベーターを待つより階段で目的の階まで降りた方が早いだろう、という判断もあったが、それ以上に、
軽い運動でもして少しでも苛立ちと頭に掛かる靄を晴らしたかった。
自分の中だけで抑え切る自信がないわけではないが、万が一相方に八つ当たりして本気で怪我でもさせてしまったら洒落にならない。
そう考えながら廊下から階段の踊り場に足を踏み入れ、一段目に足を踏み出そうとした、その瞬間。

192</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/20(金) 05:16:11

――トン。

不意に背中に感じた、誰かの手の感触と軽い衝撃。
ぐらりと身体が前に傾いで、踏み出した足が空を切った。
「っ!」
慌てて手摺りを掴もうとしたが、間に合わない。
咄嗟に石の力を発動させた山崎は段に右手を突き、その腕を軸にくるりと一回転して着地した。
だが充分に勢いを殺し切れず前にのめり、そのまま最後の三段程を滑り落ちる。
小さく、鈍い音がした。
「いった……」
「だ、大丈夫ですか!?」
滑り落ちた所にちょうと通りかかったスタッフが、慌てて駆け寄ってくる。
一瞬ギクリとするが、一回転して着地した時点ではまだこのスタッフの姿は見えていなかったようだから、
石の力を使った場面はギリギリで目撃されていないだろう。
そこまで考えを廻らせると、まだ充分に回復していない状態で能力を使ったせいだろう、
ほんの少し気が抜けた途端頭にかかった靄が密度を増した。
滑り落ちた際に強打した右の膝を押さえながらも、心配そうな視線を向けてくるスタッフにとりあえず大丈夫だと答える。
深い靄が掛かったように更に思考が曖昧になる中、山崎はどこかで不穏な予感を感じ取っていた。

――やがて吹き荒れる、強い吹雪の予感を。

193</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/20(金) 05:25:26
南海キャンディーズ編(一応)第1話投下です。
このあとに続く部分での致命的なミスに気付いて大幅に書き直した為すっかり遅れてしまいました……
そして細切れだったシーンを繋ぎ合わせてみると予想以上に長かったのでまだまだ終わりませんorz

194</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/20(金) 05:51:04
あと、しずちゃんの能力は「(翼を出さず)運動能力強化のみでも発動可能」という設定にしてしまったのですが、番外編ですので大目にみていただけると……

195名無しさん:2005/05/20(金) 23:33:00
乙です!
楽しかったです。続き気になります。
頑張ってください!!

196眠り犬 ◆1CYdcqmM8c:2005/05/21(土) 11:34:02
乙です!
面白くて、一気に小説の中に入り込めました!
自分の話なんかが本編で良いのだろうかと思ってしまいます…。
続編、楽しみにしているので頑張って下さい!

197眠り犬 ◆1CYdcqmM8c:2005/05/21(土) 11:35:46
あれ、なんかトリップが変だ…。

198 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/05/28(土) 03:22:03
〜ゆきぐもにおおわれたそら〜

楽屋のドアを開けると、相方は数十分前の自分のようにぼんやりした様子で窓の外を眺めているようだった。
どうやら雑誌を読み終わって時間を持て余しているらしい。
「ただいま」
「あ、しずちゃんおかえり〜」
出て行く時とは違い、山里は口元に笑みを浮かべて振り向いた。

(――あぁ、またや)

微かな違和感。ちくりと刺さる、小さな棘のような。
「随分長かったね〜。…何かあったの?」
無意識に、首元に手をやる。
「……ううん、何も」
先程の出来事を話そうかどうか一瞬迷ったあと、そう答えて楽屋に足を踏み入れた。なぜか、話しづらいと感じたのだ。
返答までに少し不自然な間が出来てしまったが、山里は大して気にも留めなかったらしい。
椅子に腰を下ろすと、山崎は隣に座る相方に気付かれないよう、こっそりと右膝に手を当てた。ズボンに隠れていて見えないが、
先程階段から滑り落ちた時に強打した膝には、湿布が貼られている。
足を引き摺ってしまう程の重傷ではないが、何しろ打撲傷というのは地味でありながらやたらと痛い。
だが今日の仕事はこれで終わりのはずだ。我慢出来ない程の怪我ではないのだから、泣き言ばかり言っていられない。
壁掛け時計を見てあと少しでスタッフが呼びに来る時間である事を確認し、山崎はそっと小さな溜息をついた。

199 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/05/28(土) 03:22:52



「どぉも〜南海キャンディーズで〜す!」
「………ばぁん」
いつもと変わらない、変わるはずのない時間。
だが――分厚い雪雲は、いつの間にか青い空を覆い尽くす。



「……あれ?」
収録が終わり、スタジオから出ようと扉の前までやってきた山崎は、我に返ったようにふと立ち止まった。
先程まで隣に居たはずの相方の姿が見えない。
慌てて振り返ってみると、数メートル先で何やらスタッフと話している山里の姿。
石の副作用でぼんやりしていたとはいえ、あれだけ存在感のある相方が離れていくのを見落とした事に
思わず苦笑しながら、話し込む二人の様子を目を凝らして見てみる。
「……あ」
山里と話しているスタッフの顔には、見覚えがあった。
間違いない、自分が階段から落ちた時に駆け寄ってきた、あのスタッフだ。
スタッフの話を聞いている山里の表情から話の内容に何となく想像がつき、山崎は顔を曇らせる。
「山ちゃん」
少し離れた相方の耳に届くよう少し大きな声で名前を呼ぶと、山里はこちらを振り返った。
見慣れた、やけに目立つ立ち姿。
だが――次の瞬間弾けるように心に浮かんだのは、あの微かな違和感だった。
深く深く刺さる、小さな棘。
「ごめんごめん、ちょっと話し込んじゃって」
話を打ち切って駆け寄ってきた山里が、不思議そうな視線を向けてくる。
「……どうかした?」
「何でもないよ……行こか」
ふとした瞬間に感じる微かな違和感が、日に日に回数を増やしていく。

――許されないのだろうか、もう少しこのままで居る事は。例え逃げだとしても、留まり続ける事は。

200 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/05/28(土) 03:23:28



「――あのさ、さっき収録のあとスタッフに聞いたんだけど」
そう、躊躇いがちに山里が切り出したのは、それぞれ私服に着替え帰り支度に取り掛かった時だった。
私服が舞台衣装とほとんど変わらない――流行の服を着ているところなど想像したくないが、この格好で街中を歩いているとそれはそれで変質者としか思えない――相方にいつも通り冷めた目線を一瞬向け、返事を返す。
「何?」
「……階段から突き落とされたってホント?」
先程あのスタッフと話し込んでいたのはその話だったのだろう、ある程度予想していた言葉ではあったが、一瞬返答に詰まる。
この違和感の正体は一体何なのだろう。
「……うん」
「大丈夫だったの? 怪我とかは?」
「ちょっと膝打っただけ。……大体、それなりの怪我してたらあんたが真っ先に気付くやろ?」
矢継ぎ早に浴びせられる質問に呆れたような溜息をついて答えると、一瞬の沈黙のあと、そっか、とポツリと呟く声がした。
「よかったぁ、大した事なくて。スタッフから話聞かされた時なんか、もう俺動揺しちゃってさ〜」
俯き、机の上に散らばった荷物を鞄に仕舞いながら言うその声音は、いつもと変わらない明るいものだ。
だが、前髪の影と眼鏡のレンズの反射に邪魔されて、その表情は読みにくい。
視線を戻し、靄の掛かった頭でここ最近感じる違和感の正体について考えを廻らせながら、机の上に転がったボールペンを取ろうと――伸ばしたその手が、凍り付いたように止まった。
(――――)
一瞬、頭が真っ白になる。
悲鳴になり損なった掠れた吐息が、無意識に口から零れ落ちた。

――すとん、と何かが落ちてきたかのように。……呆れる程簡単に、浮かんできた答え。

なぜか、思い浮かんだその答えが間違っている可能性は全く思い付かなかった。
暖房が充分効いているはずなのに、身体が足元からすっと冷えていくような気がする。
両手に余る程の鉛を呑まされたらこうなるんじゃないか、と理由もなく思う。
染み出す重い毒に、じわじわと蝕まれていくような。

「……山ちゃん」

――一度気付いてしまったら、もう目を逸らす事など出来ない。逸らしてはいけない、絶対に。

「ん、何?」
何気なくこちらを向いた山里と、真正面から視線がぶつかる。
いつもと同じ、胡散臭い程に陽気な笑顔。
突き刺さった小さな棘に、手が触れた気がした。

「――何であたしが『突き落とされた』って知っとるん?」

201 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/05/28(土) 03:32:49
投下してから「マズい!」と思った箇所が数箇所orz

色々な意味でマズい方向に向かいつつあるような気がする南キャン編ですが、予定ではあと2回で終わるはずです。
……だが予定は未て(ry
もうしばらくお付き合いください。

202名無しさん:2005/05/28(土) 16:03:34
乙です!
なんかすごく気になるところで終わってますね〜!!すごく面白いです。
サスペンスですね〜幽霊と過とは違う感じの恐怖でゾクゾクしました。
続きよろしくお願いします!

203名無しさん:2005/05/29(日) 02:47:32
乙です!二人のほのぼの口調がリアルなだけに、ストーリーの緊迫感が
際立ってて更にかっこいいですね。
次回も楽しみにしております!

204 ◆0K1u7zVO5w:2005/06/02(木) 17:35:35
現在本スレで職人さんが書かれている「笑い飯VS千鳥&ダイアン」話と、これまでに職人さんが書かれている麒麟話を読んで、触発されて書いてみました。が、時間軸の設定がよくわからないのと初ということで、こちらに投下させて頂きます。

笑い飯哲夫、番外編です。

205 ◆0K1u7zVO5w:2005/06/02(木) 17:39:57
※麒麟の二人が石の能力に目覚めて、笑い飯が黒ユニットにスカウトされた直後ぐらいの設定でおねがいします。



「おはようございます」
すれ違いざまに口の中で低く呟いて、川島は足早に去って行った。
声をかける間もなく、その背中を見送って、笑い飯の西田と哲夫は顔を見合わせた。

「何なんあいつ、今日暗ない?」
「いや、いつもあんなんやって」
「そうかぁ?」
「あれや。便秘ちゃうの?」
「便秘なん?」
「いや知らんけど」

関西某TV局の楽屋前の廊下で、早めに楽屋入りをすませた西田と哲夫は、何をするでもなく立ち話をしていた。 

「川島といえば、何か言うとったなぁあの人ら。川島の本質がどーのこーのって」
「あー言うとった」

――おかしな石を拾ったことから、おかしな能力を身につけて、「黒」とかいう
おかしな集団に入ることになったのが、少し前のこと。
平凡や普通とはかけ離れた日常に、しかし思いのほか二人は馴染んでいた。
現実ばなれした能力も、いったん慣れてしまえば生まれたときから持っていたものの
ような気がしてくるから不思議だ。
現に哲夫は、自分の能力を日常生活において上手くコントロールするすべを学んでいた。

哲夫の能力は、物体を粒子状の原子レベルまで分解して、再構築できることだった。
原子。あらゆる物質を構成する、一番小さな単位。
空気の素。水の素。土の素。すべての素。
学生時代に化学などまともに勉強しなかった人間が、物体を原子単位で分解して、
更にそれを組み立てなおすことができる能力を身につけてしまうなんて、なんだか皮肉な話だ。

(原子とか言われても、いっこもわからんねんけどな)

だが、理屈はわからなくても、使い方がわかればそれでいい。
割れたコップも元どおり。
今川焼きをたい焼きに変身させることだってできる。
シャツに染みがついたら、いったんシャツごと分解して染みだけ分離して、
5秒でシミとりクリーニング。
ポテトサラダからキュウリだけ抜くことだって、一瞬でできてしまう。 
何て便利な能力だろう。
もちろん、日常生活以外の場面でも充分に能力を生かすことができる。 
というよりも、その「日常生活以外の場面」が、だんだん日常の一部になりつつあるのだ。
自分の能力を使って誰かから石を奪うのも、物騒でおよそ現実離れしたケンカをするのも、
哲夫にとっては割れたコップを元に戻すのと、同じ感覚でしかない。
おそらく西田も同じだろう。
むきになることなどないのだ、皆。
こんなのは日常のよくある風景の一部に過ぎないのだから。

哲夫がぼんやりとそんな事を考えていると、話題の主の片割れが来るのが見えた。
田村だ。
相変わらず玄米みたいに黒い顔色をしている。

206 ◆0K1u7zVO5w:2005/06/02(木) 17:44:17
「おはようございます」
「おはよお」

田村の様子は、どこかぎこちない。
こちらの目を見ようとせず、そわそわしていて、落ち着きがない。
本人は隠しているつもりでも、こちらに対して隠し事や猜疑心があるのが丸わかりだ。

(まぁこんな誰が敵か味方かわからんような状況やったら、人のこと疑うんも当然か)

哲夫は心の中で呟いた。
だが、疑うにしても田村のそれはあまりにもあからさまで、
その拙い様子がかえって憎む気になれない。
実際、田村という男に、猜疑心や隠し事という言葉は似つかわしくなかった。
実直、素直、単純、あほ。田村にはそういう言葉が似合う気がする。

「川島もう来とったで」
「あ、はい」

そそくさと楽屋に向かおうとする田村を見て、哲夫の心に、意地の悪い感情がわきあがってくる。
試してやろうか。
カマをかけておどかしてやろうか。

「たむらー、たむらー」
「はい?」

振り返った田村に、哲夫は手のひらを差し出した。

「落としもん」

哲夫の手のひらの中のものを見て、田村は全身を硬直させた。
開いた哲夫の手のひらの上には、白っぽい小さなかたまりが乗っていた。
小さなかたまり。白い、石のような。自分が持っている、あの石のような。

207 ◆0K1u7zVO5w:2005/06/02(木) 17:46:59
「えっ!うそや?!」

慌ててポケットをまさぐる田村を見て、哲夫は半ば呆れて心の中で呟いた。
ばればれや。こいつあほちゃう。

カマかけに見事に引っかかりおった。
敵も味方もわからんこの状況で、そんな正直なリアクションしてどうすんねん。
とぼけるとか、シラをきるとかいうことが出来んのかお前は。
西田を見ると、同じ事を思ったのだろう、憮然としたような、それでいてどこか
間の抜けた顔をしていた。

田村はしばらく胸ポケットをまさぐっていたが、そこに石の感触を認めたのだろう、
安堵の息をついて、それから、西田と哲夫の顔を交互に見比べた。
顔にはありありと戸惑いの色が浮かんでいる。

――石はちゃんと、ここにある。
じゃあ、哲夫さんが持ってんのは、いったい何や?

「これ、落としてんで」

哲夫はかまわず、手のひらの中のものを田村におしつけた。
田村がじっくりと目をこらしてそれを見る。
白っぽい水晶に見えたそれは、淡いミルク色をした楕円形の飴玉だった。

「えっ、何ですかこれ?」
「何ですかって、飴ちゃんやん」
「・・・・・・俺こんなん落としてませんよ?」

戸惑ったような声のトーンから、田村が哲夫の真意を計りかねている様子が伝わってくる。

ただの偶然?いたずらか?それとも何かのメッセージなのか?
何の?信用したい。この人らを疑いたくない。
これ以上仲間の芸人が傷つけたり、傷つけられたりするのを見たくない。
だけど、自分の相方が傷つけられるのは、もっと見たくない。
どうしたらいい?ふたりは敵か?味方か?黒か?白か?

「あ、そうなん? ええから取っときーや」

 哲夫が半ば強引に飴玉を田村の手のひらににおしつける。
 田村しばし、自分の手に収まった飴玉と、哲夫の顔を見比べていたが、
 やがてひとつ礼をすると、楽屋のほうへ消えていった。

208 ◆0K1u7zVO5w:2005/06/02(木) 17:55:11
哲夫はしばらく田村の去った方を見るともなしに見ていたが、不意に
西田と目が合うと、二人は憮然として眉をしかめた。

「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」

『わかりやすぅ!!』
 狭い廊下に二人の声が響き渡る。


「あいっつわかりやすいわぁ〜〜〜〜」
「びっくりするなあのわかりやすさは」
「あいつ「黒」とか「白」のこと知らんのちゃう?何も知らなさそーな顔しとったで」
「川島の奴なんも言ってへんのちゃうん。最近あいつ一人で動いてるっぽいしなぁ」
「田村あほやしなぁ。事情説明しても、なぁ」
「まぁなぁ」
「大丈夫なんか麒麟」
「なぁ」

他人事のように話しながら、哲夫は「あの人ら」が言った事を思い出していた。
――川島の本質。川島を「黒」の陣営に引き込むための、布石、策略。そして、田村の存在。

川島の本質なんて知った事ではないが、川島に、やや内向的で自意識の強い面が
あることは知っている。
そういう川島が、田村と一緒にいることによって、救われている部分があることも。
「黒」の連中がもし川島を仲間にひきずりこもうとするなら、徹底的に彼のプライドと
コンプレックスを刺激するやり方をとるだろう。
そして、それを成功させるには、田村という存在は邪魔だとみなされるだろう。

「ややこし」
哲夫はぽつりと呟いた。

209 ◆0K1u7zVO5w:2005/06/02(木) 17:57:23
「何よ?」

西田が聞き返す。

「いや、ほんま かなんわぁ」

哲夫は口の中で小さく答えた。
黒も白も、川島も田村も知った事か。
こんなんケンカやん。ケンカやるんやったらケンカやったらええやん。
何をこそこそ動く必要がある。
何を怯える必要がある。
何を騒ぐ必要がある。
ただ、流れのままに日常を生きていく。
石を持つことも、黒の陣営に属することも、すべて日常の一部だ。
それだけの事なのに、皆何を大騒ぎしているのか。

黒に白。石。欠片。奪い合い。疑ぐり合い。物騒な。ただのケンカ。
むきになることなどないのだ、皆。こんなのは日常の風景の一部なのだから。


おわり。

210 ◆0K1u7zVO5w:2005/06/02(木) 20:26:47
sage忘れてました…。すいません。

211名無しさん:2005/06/02(木) 21:00:29
乙です!
すごく面白かったです。ってゆうか田村解りやすすぎ・・・(笑)
笑い飯の流れるような考え方好きです。

212 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/04(土) 02:48:33
〜ふきあれるふぶき〜



あの時――山崎が階段から落ちたところをただ一人目撃したスタッフは、山崎が誰かに背中を押されてバランスを崩したその瞬間は見ていない。
だから、彼女が「誰かに突き落とされた」事を知っているのは、本人と――

山崎の一言で、自分の犯した失態を悟ったのだろう。
山里の顔から、笑みが消えた。

なぜ気付かなかったのだろう。
今思い返してみれば、階段から突き落とされたあと、楽屋に戻ってきた時、相方の姿がやけに目立って――
周りから浮いているように見えはしなかっただろうか。
相方の能力も、その代償も、誰より理解していたはずなのに。
「動揺してる、ってのはあながち嘘でもないみたいやね? こんな単純なミス……」
次の瞬間頭に浮かんだ余りに場違いな言葉に、思わず苦笑が漏れそうになる。
だが、一度浮かんだ言葉は打ち消すより先に無意識に口から零れていた。
「……あんたらしく、ない」
本当に単純なミスだ。あのスタッフが言ったであろう言葉通り、「階段から落ちたんだって?」と問えば済む話だったのだから。
スタッフから「相方が階段から落ちた」と聞かされて一切心配しないのも疑われると思ったのだろうが――
思わず口を滑らせてしまったのは、相方を突き落とした事で少なからず動揺していたという事だろう。
「……俺らしくない、か……」
いつもより、ほんの少しトーンの低い声。
背筋を這い上がってきた悪寒に唆されるように、思わず一歩後退る。
「かもしんないね」
その口元には微かな苦笑が浮かんでいて、まるで感情が込もっていない無表情、というわけではない。
ただ――その表情の乏しさは、【黒い瞳のイタリア人】を自称する普段の彼から、余りに懸け離れているように思えた。
例え笑っている時でもその目が笑っていないように見える事には、慣れていたつもりだったのだが――今は、目の前に居るこの男が心底怖い。

213 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/04(土) 02:49:22
「………どうして」
その言葉を口にした瞬間、一瞬だけ山里の口元に浮かんだ笑みが深まったような気がした。
浮かびかけたのは苦笑か、それとも嘲笑だったのだろうか。
「……言っても多分分かんないと思うよ? ほら、俺嫌われちゃってるみたいだし」
少しおどけた口調。まるで笑い話だとでも言うように。
ふとその目に痛々しい程の諦念を見た気がして、思わず視線を逸らす。
「……答えになってないと思うんやけど」
「そうかな。でもさ、もうどうでもいいじゃない? 所詮言葉なんてその程度、って言ったら色んな人に失礼かもしんないけど。
どこまでいったって…伝わんない事の方が、多いような気がするんだよね」
少し芝居がかった言い回し。
悲愴さを漂わせていたわけでも、声を荒げたわけでもなかったけれど。

――もしかしたらそれは、悲鳴だったのかもしれない。

「だから、さ。自分の気持ちに正直に行動する事にしてみたんだ。馬鹿だと思うかもしんないけど」
「……あぁ」
ホンマに阿呆や、と続ける事は出来なかった。
次の瞬間、一気に間合いを詰め迷わず鳩尾を狙ってきた山里の拳を、山崎は咄嗟に左手で受け止め弾いた。
それを見るや否や素早く後ろに下がった山里は、右手を軽く振りながら小さく感嘆の溜息を漏らす。
「――まさか左手一本であっさり止められるとは思わなかったな……ホントに凄いね、しずちゃんは」
「……ドMのあんたと違って殴られるのは好きやないからな」

214 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/04(土) 02:50:25
普段より抑揚に乏しい山里の言葉にそう返しつつも、山崎にそれ程余裕があったわけではない。
咄嗟に拳を受け止めた左手は、衝撃に痺れている。
一般的な男女の力差を考えればそれ程不思議な事でもないのだが――誰かを殴る、という行為から余りに縁遠い相方を
見てきたせいだろうか、その拳は予想外に重く感じる。
「……何がおかしい?」
不意に笑みを深め俯いた相方に眉を顰め、山崎は思わず低い声で問い掛ける。
「いや……しずちゃんに殴られたり突き飛ばされたりした事なら山程あるけど、殴る側に回った事ってなかったよなぁと思って」
返ってきたのは、気が抜けるような台詞。だが、その目は相変わらず氷のように冷たく、山崎は喉に突っ掛かる言葉を無理矢理搾り出した。
「……気持ち悪い事、言わんといてくれる? ただでさえキモいんやから」
「ひっど、そっちから訊いたんじゃん」
緊張感のない会話に聞こえるが、その場に流れる空気は、気弱な人間なら泣いて逃げ出したくなるほどピンと張り詰めていた。
じわり、と背中に冷や汗が滲む。
「大体、グーで殴るのは卑怯やろ……『女の子はシャボン玉』、なんやで?」
「……シャボン玉浮いてんの見てるとさ、割りたくなんない?」
ネタ中の台詞を使って揶揄するような言葉を投げ掛けた山崎に、山里は目の笑わない笑みを向けたまま答える。
そして、次の瞬間――数メートル先でリノリウム張りの床を蹴る微かな音が聞こえたのと、
直ぐ目の前で振り被られた拳を認識したのが、ほぼ同時だった。
(っ!?)
尋常なスピードの踏み込みではない。何かの力によって、人の枷を緩めた者にしか出せないような速さだ。
普段の反応速度では防ぐ事が出来ないと無意識的に察知し、ほんの僅かに残った石の力を、理性が吹き飛ぶ境界線ギリギリまで解放する。
そして、眼前に迫るその拳を防ごうと右手を上げた、その瞬間。
視界に映った【それ】を認識して、山崎の目が驚愕に見開かれた。
間近に見える、様々な感情がない交ぜになって混沌としたその瞳の――左目と違い黒目の輪郭がぼんやり滲んだように見える、その右目。

――不吉な黒い影に光彩を覆われた、闇色の瞳。

その右目に視線を奪われたのは、動きが止まったのは、コンマ一秒にも満たないほんの一瞬。
だが、その一瞬が決定的な隙となった。

そのあとの事を、山崎はよく覚えていない。
ただ――こめかみに、重い衝撃。

215 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/04(土) 02:55:40
なんか本人達のキャラからどんどん外れてってる気がorz
というわけで南キャン編の続きです。
関東在住なので関西の人程南キャンには詳しくないのですが、
続きが書けずに止まった部分(……とりあえず続きを書いてみようかな、とは思ってます。)
まであと一回、出来る限り頑張ります。

216名無しさん:2005/06/04(土) 21:03:37
乙です
すごい展開ですね〜・・・えー山ちゃんどうしたんですか・・・
めちゃめちゃ続き気になります。
頑張ってください!

217名無しさん:2005/06/05(日) 00:18:12
シャボン玉のくだり、まさに本人が言いそうなセリフで良いですね。
ものすごく楽しみにしてます!できれば完結編まで読ませて頂けると嬉しいです。

218 ◆1En86u0G2k:2005/06/08(水) 15:48:55
なんとなく思い付いたアメザリ平井さんの話を投下します。
展開とか色々無責任なので番外編ということでどうぞよろしくお願いします。

219 ◆1En86u0G2k:2005/06/08(水) 15:50:16
その日は気温が高いくせに一日中曇りのすっきりしない空模様だった。
珍しく自分ひとりの取材があったので事務所に出向いた平井は、
インタビューを済ませた部屋でそのまま携帯を手にしていた。
メール相手は柳原。話題はこのあとのネタ合わせをどこでするか。
結局いつも使っているファミレスに落ち着き、よろしくと最後に送って携帯を閉じる。
「平井」
振り返るとそこにいつのまにか立っていた、長身の先輩。
平井はびっくりしたあ、と笑い、とっさに張った緊張の糸を切ってその男の方に向き直る。
「気配消して後ろ取るのやめてくださいよ」
「別に消してんちゃうわ。悪かったな影薄くて」
「いやいやいや、そういうつもりちゃいますけど」
けど。どないしはったんですか、そんな真面目な顔して。
できるだけ何気ないことのように振る舞ったから、相手もそれに乗って来たらしかった。
「いや別に。…なんや大変らしいって聞いたからな」
それが仕事やなんかの話でないことはすぐにわかった。非日常が日常になってしまったのはもうお互い様だ。
「そっちもなんや面倒やって話じゃないすか」
「ぇえ?や、面倒ちゅうか…、うん、まあ色々やな」
曖昧に答えて窓の外を見たので目線を追う。重たく垂れ込めた雲から今に雨が降ってきそうだった。
傘は持っていない。とりあえず自分が帰るまで持ちこたえてくれればいい。
「お前はなんで白に行こうと思ったん」
唐突に振られた問いに焦点を戻すと窓ガラス上で目線がかち合った。平井はうーん、と唸りながら鼻を擦る。
「なんで、て………やっぱりこんなんに振り回されるのは嫌やったし」
「うん」
「あと…あいつがなんや責任感に燃えてしまってですね」
『早よ止めなあかん!俺らにできることやっていこ!』
2人揃って手に入れた石。降り掛かるピンチを回避しているうちに知った黒と呼ばれる人々の策略。
甲高い声で宣言してそれから、こちらを真剣な眼差しで見つめてきた柳原。
あの時自らの石の能力が攻撃にも防御にも頼れないものだと知っていたはずなのに。
真実を絶対的に手に入れることが逆にひどい重荷になるということも予想できたはずなのに。
「だから僕もね、一緒にいてやらんと。危ないでしょ、」
笑う言葉のはしっこでもう一度自分も確認していた。
そう、守る為だ。

220 ◆1En86u0G2k:2005/06/08(水) 15:52:23
「柳原は無茶しよるからなあ」
そう言って笑う声の方を向いた時、一瞬だけここにやってきた時のような表情が浮かんだのを見た。
「俺はよう知らんけどさ、今どんどん話がでっかくなっとるやろ。
やから自分の一番最初の目的とか目標とか、ちゃんと忘れんようにしといた方がええと思うねん」
普段は自分の内面や考えをめったに吐露しないはずのその人の言葉に、平井は珍しいこともあるもんやなあと思いながら黙って耳を傾けていた。
「…少なくとも俺はあいつを守りたいし、守らなあかんと思っとるし、それだけ考えるようにしてる」
ああ、と平井は頷いてその男を思い浮かべた。
年令はそう違わないが芸暦でいえば結構な先輩であり、それでいて生来の純粋さや素直さが最強のネタにもなっている彼。
そんな男を守っていくにはきっと苦労も多いのだろうと思い、小さく笑った。
笑い事ちゃうで、と顔をしかめられたが、あの人を全力で守れるのもきっと彼だけだろうと思った。
「人操れても物壊せても、結局みんなお笑い芸人やのにな」
彼がぽつりと呟いた言葉の裏には様々な感情が渦を巻いている気がしたが、その源はあえて聞かなかった。
どんな状況に陥っても漫画みたいな展開に巻き込まれても、本来の仕事の時だけは皆今までのように人を笑わせようとしているのがある種救いだった。
平井にしても彼にしても、そして白も黒も。
でもそれならなぜ争わなければならないのだろう?考えてみてもわからないので平井はまた外を眺めた。
今は目の前のものを見ているだけで精一杯だ。

降りてきた沈黙を破ったのは自分のものではない携帯が鳴らす無闇にあかるい電子音だった。
「もしもし…ああ、うん、わかった。え?そうなん?…ん、はい。今戻る」
「仕事ですか」
「うん、長引きそうやって話でなー、キツいねん」
うーん、と背伸びをした途端に見事にコキっと背中かどこかが鳴る音がしておかしかった。
お疲れ様ですーと間延びした挨拶で彼を見送る。自分もそろそろ相方のところへ行く時間だ。
まだ雨は降り出していないだろうか。確認するためにもう一度窓を見た平井の背中に声が投げられる。
「迷惑かけたらすまんな」
「…え、」
振り向いた時はもう黒髪も曖昧な表情もそこになく、代わりにドアがパタンと閉まる音。
髪の毛をがしがしと左手でかき混ぜて平井は苦笑した。
そういえば結局あの人思わせぶりに登場しといて大事な部分はなんも話さなかったなあ。
でもわかるけど。なんとなく。
数年の同居生活は伊達ではない。変わらない表情の下にあったものの推測はおそらく間違っていない。

ついに窓ガラスにぽつぽつ水滴が落ちはじめ、ますます暗くなった空を横目に平井はキャップを深く被る。
彼が簡単に乗るとは思えないが、きっとそうも言っていられない状況にあるのだろう。
どんどん複雑に面倒になっていく展開にため息をひとつこぼし、ドアを開ける。

「有野さんとやるんはしんどいなあ…」

周りには誰もいなかったからそのぼやきはすぐに消えてしまった。

221 ◆1En86u0G2k:2005/06/08(水) 15:57:06
以上になります。
アメザリは本編の流れ通り白に、よゐこは98(ikNix9Dk)さんのお話を参考にしています。
(大変遅レスになりますが98さんのよゐこ話が2人の雰囲気が伝わってきてすごく好きでした)
それではお騒がせしました。

222名無しさん:2005/06/08(水) 21:07:26
乙です。
すごくいい話です!二人のキャラが良くわかって楽しめました!

223名無しさん:2005/06/19(日) 22:28:04
〜しろいゆめ、つきささるいたみ〜



――ざぁぁぁぁぁ……

一面の、白。舞い散る、真っ白な欠片。強い、風。
白い欠片――雪が視界を埋め尽くしている。
寒さは感じない。美しい白銀に埋め尽くされた景色を、山崎はただぼんやりと眺めていた。
微かな風の音以外に何も聞こえない。綺麗だけれど、どこか恐怖すら感じる白。

ふと、一色に埋め尽くされていた視界に白以外の色が映った。
すぐ近くに見える、黒い――人影。
(!)
ほんの一瞬、吹雪の隙間に見えたその人影が誰なのかすぐに思い当たり、山崎は思わず声を上げた――いや、上げようとした。
(っ!?)
声が、出ない。影の方へ駆け寄ろうとしても、そこに自分の足があるという感覚がない。
ようやく、山崎はそこに自分の身体というものが存在しない事に気付いた。
視界を埋め尽くす吹雪が、僅かに勢いを弱める。
視界が少し晴れ、人影の正体がはっきりと見えるようになった。
悪目立ちする真っ赤なフレームの眼鏡、緩やかなカーブを描いてきっちり切り揃えられたマッシュルームカット、『イタリアの伊達男』をイメージしているらしい、過剰に洒落たその格好――間違いなく見慣れた相方の姿だ。
足首の辺りまで雪に埋もれているにも関わらず、彼の周りだけはまるで凪のようにピタリと風が止んでいるようだった。その証拠に、服の裾が少しも靡いていない。
そしてその視線が、意識だけしか存在していないはずの山崎の方へ、しっかりと向いた。
眩しいものでも見るように僅かに目を細め、口を開いて何かを言い掛けたあと――結局何も言わず山里は微かに苦笑を浮かべた。
全てを諦めた、痛い程に静かな笑み。

224名無しさん:2005/06/19(日) 22:28:39

『言っても多分分かんないと思うよ?』

ふと思い出したその言葉が、まるで託宣のように脳裏に響く。
再び、吹雪が強さを増した。全てが白に掻き消されていく。
待てと叫ぶ喉も、引き止める為に伸ばす腕も、駆け寄る足もない。
もう、叩き付けるように降る雪しか見えない。

――ざぁぁぁぁぁ……

こんな景色は知らない。見た事もない。
だから――
これは夢だ。
わるい、わるい、ゆめ――

225名無しさん:2005/06/19(日) 22:29:48
「!…いっ……」
目を開けた途端飛び込んできた白い床を夢の続きと錯覚し、慌てて起き上がろうとした山崎は、襲ってきた頭の痛みに思わず低く呻いた。
床に倒れたままこめかみを左手で押さえ、歯を食い縛る。
じっと痛みを遣り過ごしていると、少しづつ、先程までの記憶が蘇ってきた。どうやら頭を殴り付けられて気を失っていたらしい。
頭の芯まで響くような鈍い痛みに耐えながら何とか上体を起こすと、楽屋に相方の姿はなかった。荷物もなくなっているから、先に帰ったのだろう。
チラリと時計に目を向けると、気を失っていたのはほんの二・三分だったようだ。
背後の壁に背中を預けた山崎は、軽く舌打ちした。
まだ立ち上がる事は出来ない。座り込んだまま、じっと痛みが引くのを待つしかなかった。
石を巡る争いの中多くの芸人がそうしているように、彼らも何かと理由を付けてはマネージャーと離れて行動している。
あと数分程度ならここに座り込んでいても大丈夫だろう。
「……?」
ふと、手元に四つ折りされた紙切れが落ちているのに気付いて、拾い上げる。
綺麗に折り畳まれたそれは、掌程の大きさのメモだった。
(あ……)
開いてみると、黒いボールペンで書かれた、見慣れた字が並んでいる。
何を書こうか迷った様子が窺える小さな点のあと、たった一言。
『また明日』
そして、少し間を空けて小さな文字で書き足された言葉。
『P.S
明日の仕事が全部終わるまでに、心の準備ぐらいはしておいて。……殺されたくなかったらの話だけど。
手加減なんてしてあげないから』
何の乱れもなく、あくまでいつも通りに――殺意を告げる文字。

『ほら、俺嫌われちゃってるみたいだし』

不意に思い出したその言葉。
それに引き摺られるように、記憶の奥深くから、二ヶ月程前のあの日の場景が浮かび上がってくる。

『しずちゃん俺の事嫌いでしょ』

(――ぁんの阿呆!)
山崎は思わず手にしていたメモをぐしゃりと握り潰し、握り締めた拳ごと壁に叩き付けた。
鈍い音がして手が痺れたが、知った事ではない。
「好きではない」と「嫌い」が場合によっては同義語ではないという事ぐらい、それなりに頭の回転が速い山里ならすぐに分かっていたはずなのに。
(――なんて偶然や……)
山里の右目に見えた黒い影。あの日、ゴミが入った右目を頻りに気にしていた彼の姿。
点のように散らばっていた事実が、繋がって一本の線になる。
いっそ笑い出したくなる程の偶然だ。あのゴミさえなかったら。
いや、あのゴミが――黒い欠片でさえ、なかったら。

226名無しさん:2005/06/19(日) 22:32:24

『……まぁ、好きでない事だけは確かやな』

けれど、最終的に引金を引いたのは間違いなく自分の一言なのだ。
もう一度壁を殴ろうと振り上げた手が、力なく下ろされた。
(阿呆なのはあたしも一緒、か……)
あの答えにはそれ程深い意味があったわけではなくて。
ちょっとした意地悪。ちょっとした悪い冗談。
本気で哀しませるつもりなんてなかった。傷付ける、つもりなんて。
ネタ中では【硝子のハート】を自称する事もあったけれど、山崎の知る相方はその言葉から受けるイメージよりはもっとずっと強かだったから。
だから、いつも通り冗談半分に返した。山里もいつものように笑って済ますだろうと、笑って済ましたのだと、疑いもしなかった。
「……いったぁ……」
無意識に、ぽつんと呟く。
痛い。どこが痛いのかはよく分からないのだけれど、痛かった。
打撲した膝か、殴られたこめかみか、壁に叩き付けた手なのか、それとも――傷付けられた心、なのか。
握り締めた手に、強く力を込める。

女の自分より女々しいだとか、笑っていても目が笑ってないような気がするだとか、案外腹黒いだとか、嫌いなところなら山程あるし、特別に仲が良いわけでもない。
ただ――のんびりと二人で過ごす待ち時間に居心地の良さを感じていたのも、確かで。
(いったいな、ホンマに……)
認めるもんか。絶対に認めてやるもんか。

――本当は……裏切られた事に泣きたくなる程信頼してた、なんて。

そう思っている時点でもう認めてしまっているのだと、気付いていたけれど。
(……帰ろう)
まだ鈍く痛む頭を押さえて、ゆっくりと立ち上がる。
部屋の暖房は充分に効いていたが、心は凍えそうに寒かった。

――ざぁぁぁぁぁ……

夢の中で聞いた風の音が、耳の奥に蘇る。

――春は、まだ遠い。


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