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【グノーシス主義・アニメ・映画・文学考察サイト】
アブラクサスの神託
※HPに入りなおすときは↑の“アブラクサスの神託”の表記を押してください



1  申し訳ありません  (Res:1)
1【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2016/11/15(火) 00:30:44  ID:???0
当サイト、Niftyの都合でサービス期間終了とかになっておりました。
申し訳ありません。
現在他の場所に移植・修復中です。
完全修復には時間がかかるとおもいます。
修復したらこちらにリンクを貼ります。
名前:  E-mail(省略OK)
2  ヴァリスの新訳版  (Res:3)
1【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2014/05/20(火) 22:23:33  ID:???0
お久しぶりです。ご無沙汰しております。
つい先日ですが(多分)P.K.ディックの『ヴァリス』、山形浩生の新訳が出ましたね。
まあネット上でも読めますが。
三部作全部新訳出すそうですね。
2【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2014/05/20(火) 22:26:30  ID:???0
近頃は仕事で忙しく、こちらでの書き込みもほとんどなくなってしまいましたが、
生存はしております。いろいろ事情があり、掲示板の規制を強めにかけています。
鬱陶しい宣伝広告が昔のスレッドにやたらめったら貼り付けられるので。
3【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2014/06/12(木) 17:07:37  ID:???0
博士がこのサイトにまだ顔を出してくれているならばお願いがあります。
マギ総論を完成していただけないでしょうか。
またピュタゴラスやフワーリズミーを登場させてのシンクロとハーモニクスという論も
概要が書けるならば知りたいです。
名前:  E-mail(省略OK)
3  《YHWH》について  (Res:7)
1【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2009/03/09(月) 02:05:08  ID:???0
さして新しいネタというわけではありませんが、ユングのネタでソフィアの論考を
書いていたら、どうしてもヤハウェを始め、旧約の神概念をきちんと書き綴ってお
かねば気が済まない状況になり、ほぼ8割といったところですがエリアーデなども
織り交ぜてネタ満載にしたあの荒ぶる神ヤハウェを書き綴りました。
このあと、デミウルゴスとの相似点を書き、ヤルダバオトさんの論考に引き継ぐ形
にしたいと思っています。
ヤルダバオトさんにとっても『ヨブへの答え』は面白いと聞き及び、書いてみたい
要素があるとのことですので、調整をつけたいところですが、あるいは調整をつけ
ずとも見解の違いとして同時に載せてしまうというのも手かと考えています。ヤハ
ウェの創造的行為と破壊的行為についてはユング・エリアーデ・バタイユを比較検
討しつつ述べてみたいと思います。それにしてもエリアーデの野心的著作『世界宗
教史』は全世界の宗教を網羅している点で、ユングが元型論などで説明している神
話の内容などの補助になっていてすごく便利です。調整が絶妙なところでとまって
いますが、グノーシス論を書く上でユダヤ教のヤハウェは素通りすることはできま
せん。このあとソフィアと平行して、ユングをして禁治産的な神と言わしめるヤハ
ウェについて述べてみたいです。
2猫飼   :2011/02/16(水) 15:09:53  ID:tpcQxrsA0
こんにちわ。テクラグラマトン拝見し、非常によく調べておられると感服しました。
HyHは一般には「ある,いる」とBe動詞やエイミのように解されますが、「なる」という意味もあるといわれていることはもちろん御存知のことと思います。
岩波委員会訳では当該個所は「わたしはなる、わたしがなるものに」と訳されていますね。
ところで「アセル」ですが関係詞ととられるのが普通だそうですが、文語訳、関根訳、口語訳では接続詞として解されているように思えますが違いますかね?
「ありてあるもの」、「あらんとしてあるもの」、「あってあるもの」・・・いずれも「て」は接続助詞ですよね。
少なくとも関係詞として訳したとは言えませんよね。「もの」というのは70人訳の「ホ・オーン」のように1人称を3人称に訳したものであり、
関係代名詞を訳した「もの」ではないですからね。その点、どのように思われますか?
3猫飼   :2011/02/17(木) 18:11:27  ID:tpcQxrsA0
こんにちわ。先日の質問の訂正と補足です。
訂正:「テクラグラマトン」→「テトラグラマトン」
補足:文語訳は「我は有て在る者なり。」、口語訳は「わたしは有って有る者。」、
   関根訳は「わたしはあらんとしてある者である。」
※「あらん」という訳については、「エフィエ」の未完了相を訳出すべく、
<未然形+未来推量の助動詞>を用い、「として」は前置詞ですから「アシェル」に対応するものではなく
「あらん」という訳に付随する意訳と思われる。
ちなみに新改訳は「わたしは『わたしはある』という者である」、
新世界訳は「わたしは⾃分がなるところのものとなる」     以上。
4【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2011/02/25(金) 23:38:55  ID:???0
はじめまして、管理人アブラクサスです。レスが遅れてすみません、仕事が立て込ん
でるのもありますが、何よりご質問のことが私の語学力・聖書云々の知識程度では、
お答えしきれなさそうなところがありまして…(私も岩波委員会訳は書店や図書館で
調べてます。それに基づいているところもあります)。仰る通り、HyHが「在る」
とともに「成る」、つまり「存在」と「生成」という意味を併せ持っているというの
は存じておりますが…。というかあれ読み方間違ってましたね。ハーヤーでしたか?

まず明確にお断りしておきたいと思いますが、私はなんにかにしても、その手の専門
家ではなく、素人だということを予めページにて表明しております。素人が調べる必
要があったことを調べてインプットし、そうしたことのアウトプット程度にしかあの
ページを書いてません。恐らく猫飼さんの質問にお答えするには明らかに技量不足で
あると思われますが、それを抜きにしても、ご質問の意味・内容がよく解らない箇所
がありました。この掲示板を立てた目的と違うのですが、ごちゃごちゃになってるま
まにしておくのは嫌いな性分なので、明確にしたい思惑で私が色々と教えてもらって
いる語学に詳しい方に聞いたりして、調べてまいりました。そこから学んだことを、
まとめてここに載せさせていただきます。

1) 各訳とも概ね「私は〜するものである(/になる)」という体裁をとっており、
これが ehyeh asher 〜 の部分を訳したものと看做せる。「〜するもの」が asher
によって導かれる関係節に対応しており、関根訳他に於いても asher は関係詞と
して解釈されていると見て問題ないと思われ、猫飼さんがそこに疑義を挟んでお
られるところの根拠がよく解らない。

2) 各訳に目立った違いがあるのは、先に「〜」として略した部分である。これは
関係節中の(二つ目の)ehyeh に対応する。この ehyeh を新世界訳は「自分がな
る」と訳し、新改訳は「『わたしはある』という」と訳した。
同じ様に、この ehyeh を関根訳は「あらんとしてある」と訳し、口語訳は「あっ
てある」と訳している。これらの訳に助詞「て」が現れるのは、動詞 ehyeh を解
釈した結果であり、asher とは関係がない。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
5猫飼   :2011/03/10(木) 22:52:52  ID:9Z/F2X8E0
管理人様、私のわけのわからない質問にお答え下さり感謝致します。おかげさまで、たいへん勉強になりました。なるほど、「て」はエフイェの訳で生じる「て」であってアシェルの訳ではないのですか。やはりアシェルを接続詞として訳すのは誤りのようですね。いずれにしてもエフイェを繰り返して強調しているのでしょう。問題は、そのエフイェとヤハウェとの関係ですね。いずれにせよ謎めいた箇所です。ありがとうございました。
名前:  E-mail(省略OK)
4  カリオストロの数秘学判断  (Res:21)
1【管理人】セラフィエル   :2007/08/24(金) 11:57:55  ID:nVnzqzz60
さて、前回好評だったユング心理学の性格判断テストに引き続きまして、今回はユダヤ神秘主義カバラのゲマトリアに由来する数秘学のうち、カリオストロの数秘学による判断テストをやってみようと思います。
カリオストロは稀代の魔術師兼詐欺師で、外れることもありますが、このようなことも一興かと思い、エヴァのキャラクターとの比較ができますので、エヴァキャラの誰が皆さんと同じ結果が出ているかを見てみましょう。
この数秘学の判断は、まず、決まった数を決まったアルファベットに当てはめ、合計します。
に置き換えて合計しますが、数とアルファベットの対応表を書いておきます。

<カリオストロ版対応表>
1・・・A、I、J、Q、Y  5・・・E、H、N
2・・・B、K、R      6・・・U、V、W、X
3・・・C、G、L、S    7・・・O、Z
4・・・D、M、T      8・・・F、P
(0と9は無し。ただし、計算結果での数秘学の「9」は存在する)

そして自分の名前をローマ字のスペルに変えていただきたい。
ハンドルネームに過ぎないので例になりませんが、用法は以下のとおりです。
私でしたらセラフィエルを「Seraphiel」と置き換えますので、

S E R A P H I E L
3+5+2+1+8+5+1+5+3=33

この合計した数が10以上の場合はこれを十の位と一の位の数字にわけ、その数字同士を合計します。
つまり上の場合、
3+3=6
となって、私(のHN)の数秘学判断は「6」の分析になります。
用法ではHNで説明しましたが、これを本名でやってみてください。
本名をアルファベットに置き換える記述をする必要はありません。
結果だけをお書きください。みなさんが誰と同じ分析に該当するかを書きたいと思います。
で、私のHNの数秘学判断は、ユングの類型判断テストと同じく、リツコ的でした(汗)。
後はユイとも同じでしたね。なんでかなぁ・・・。
本名では「5」。
こちらはアスカと加持に該当しました。数字ごとの詳しい内容は、お答えいただいた場合、そのつど書きます。
皆様ふるってご参加くださいませ。
11Super   :2007/08/25(土) 23:33:11  ID:7cTJlMB.0
私は、
HN:6 本名:8
でした。結構合ってると思いますw
12メフメト   :2007/08/27(月) 20:54:52  ID:KBDH0HuQ0
いろいろ新しい話題を提供してくださってありがとうございます。

本名は59なんですが、これは14→5でいいんですかね?だとすると
アスカ、加持、トウジ、カヲル、ですかwどーなんすかねぇ?不安定になるような気もせんでもないですw

HNなんですが、実は正しい綴りがわかりません。セラフィエルさんご存じないでしょうか?mhannmadみたいな感じでしょうか?
13【管理人】セラフィエル   :2007/08/27(月) 21:56:14  ID:nK67iXk60
>>12 メフメトさん
メール再び送らせていただきました。
>HNなんですが、実は正しい綴りがわかりません。
ローマ字ではMehmetです(笑)。
【デジタル大辞泉】
メフメット『Mehmet』
(2世)[1432〜1481]オスマン・トルコ帝国第七代スルタン。在位1451〜81.コンスタンティノープルを攻略。東ローマ帝国を滅ぼし、征服王と呼ばれた。
全アナトリア・バルカン半島を領土とし、黒海岸を制圧。内政面では中央集権体制を固め、帝国の基礎を固めた。

たぶんアラビア語とか、トルコ語とか、英語とかで読み方が違うのでしょう。
フレデリックがフリードリッヒになったり、ジョージがゲオルグになったり、カールがカルロスになったりするのと一緒みたいに。
14【管理人】セラフィエル   :2007/08/27(月) 21:58:29  ID:nK67iXk60
ちなみにムハンマドは、『Muhammad』です。
nnではないのですね(笑)。
15メフメト   :2007/08/27(月) 22:09:05  ID:vEwy.ZP.0
ありがとうございますw

ちなみにマホメットはフランス語読みとか聞いたことあります。アラビア語がムハンマドですかね。もしくはモハメドとか。

他は存じてましたがカールとカルロスが一緒ですか。意外です。
そういうのを見つけるとちょっとうれしくなります。マニアックな趣味ですが。アンデルセンとアンダーソンとか。
16メフメト   :2007/08/27(月) 22:12:43  ID:vEwy.ZP.0
Mehmetは4で青葉・レイですか。なるほどー
17【管理人】セラフィエル   :2007/08/27(月) 22:37:20  ID:nK67iXk60
ほかにもいろいろありますよ。
・カール(独)はシャルル(仏)チャールズ(英)カルロス(西)etc
・ヘンリー(英)はアンリ(仏)ハインリッヒ(独)などですね。
ジョンなんかもヨハンとかヨハンネスとかありましたな。
ピーターにもペテル、ペテロ、ピョートルとか。
18【管理人】セラフィエル   :2007/08/29(水) 10:13:49  ID:nK67iXk60
>メフメトさん
マホメットは、まあ訛りでしょうな。
ちなみにムハンマド=アリーという人間がいると思いますが、こちらはメフメト=アリーと呼ばれることもあるそうですよ。

さてさて、こういう話題で盛り上がることができて私としてもうれしい限りです。
まだまだ面白そうな話題を提供していく所存でございます。
次はクレッチマーの性格分類判断でも行ってみましょうか。
しかしこっちの場合は体型からみたりするので完全に自己申告制になってしまいますが。
きじさん、こういうのもやってみますか?
19きじ   :2007/08/29(水) 19:13:38  ID:NpceN4hM0
いろいろやるのは楽しいので、やりましょうw
20【管理人】セラフィエル   :2007/08/29(水) 19:23:18  ID:nK67iXk60
>>19 きじさん
ありがとうございます。楽しんでいただければ幸いです。
では、また後ほどクレッチマーの方法による性格分類についてのスレッドを立ち上げます。
近々、カバラの占星術も見てみようかなと思っているところです。こっちは本を読んでいる最中なので、まだ時間がかかりますが。
とりあえず、サルベージ計画についての論考に一段落つくころなので、少々お待ちください。
たぶん、クレッチマーの分類のほうが、エヴァのキャラを分析するのにもってこいかもしれませんし、自分と照らし合わせてみるのも適しているかもしれません。
例によって、誰と一致しているかを示しますので、照らし合わせてみてください。
名前:  E-mail(省略OK)
5  新刊のお知らせ  (Res:5)
1【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2010/02/20(土) 00:00:16  ID:???0
復刊のお知らせと混ぜるとまずいので、新刊のお知らせのコーナーを作りました。
講談社学術文庫ですけど『ゾロアスター教』についてと湯川秀樹の『創造への飛躍』が
出ていましたね。
2【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2010/12/11(土) 14:22:10  ID:???0
少し遅めですが、荒井・大貫編の『グノーシスの変容』を入手してますw。といって
もほとんど大貫さんが訳してるみたいですけどw。邦訳版『ナグ・ハマディ文書』未
所収の写本の翻訳と、チャコス写本の『ユダの福音書』、及び『ヘルメス文書』の一
部が所収されてる本です。あのー、昔の人はどうしてこうも面白いことばかり考えつ
くのでしょうかねw。
たとえばこういうのw。
Ζωξαθαζω α ωω εε ωωω ηηη ωωωω ηη ωωωωωω οοοοο
ωωωωωω υυυυυυ ωωωωωωω ωωωωωωωω ζωζαζωθ.
−ヘルメス文書 第八のものと第九のものに関する講話−

最初のΖωξαθαζω(ゾークサタゾー)と最後のζωζαζωθ(ゾーザゾート)
はヘレニズム末期の地中海世界に広まっていた魔術文書の中に出る名前 ζω θαξαθαζ
(ゾータクサタズ)と文字列と発音の上での類似が著しい。
なんでも、二番目のηグループ(二個のη)は本来四個のιで、写本自体が誤記を犯してるとか。
で、ここで本来用いられていたα,ε,η,ι,ο,υ,ωの七母音は、七惑星を意味しているのだとか。
で、ωに関しては、本来はそれぞれの母音の直後にその母音の数よりも一つ多い数のωが続いてたらしい。
正確にはこうだったということ。
Ζωξαθαζω α ωω εε ωωω ηηη ωωωω ιιιι ωωωωω οοοοο
ωωωωωω υυυυυυ ωωωωωωω ωωωωωωωω ζωζαζωθ.
最後のω8個は、七惑星よりも強いことの表現で、七惑星を超える「八つのもの」を表すとか。
最初のΖωξαθαζωとζωζαζωθで圧倒的に優勢なのが子音ζとθ。
このギリシャ文字の数詞はそれぞれ7と9(!)。ζはζωή(生命)、θは θανατος(死)の頭文字。
人間の生死を、七惑星とそれを超える力との絡み合いで理解し、それに影響を及ぼそうとする魔術の呪文が背後にあるとか…w
3極東博士   :2012/11/17(土) 21:32:07  ID:tQE6G.8E0
法政大学出版局から『ゾーハル』が出ました。
エルンスト・ミューラーのドイツ語版の翻訳ですが、労作であると言ってよいかと思います。
4【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2012/11/22(木) 14:47:15  ID:???0
ご紹介ありがとうございます。アマゾン見たらシュタイナーの人智学からの解釈込み
ということで一方的に酷評している方がおられましたが、私にはむしろそういう点か
らの切り込みとかも気になるので購入しました。
5【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2013/04/15(月) 23:41:35  ID:???0
掲示板が荒らされていたのでしばらく凍結状態にしていました。

新刊じゃなくて再刊ですが、ブラヴァツキーの『シークレット・ドクトリン』が4000円
で4月26日発売とのことです。私はもう古本屋で原価で売ってたのをだいぶ前に入手して
しまっていたのでアレですが…orz。というか続編のほうをなんとかした方がいいんじゃ
ないかという…。

もう一つ、『ニーチェ物語−その深淵と多面的世界−』がちくま学芸文庫で『ニーチェ
を知る事典−その深淵と多面的世界−』として4月10日に出ました。店頭で見かけて衝
動買いしました。文庫にしては800ページ近くもある分厚さですが、2000円です。1980年
刊行のものに再編集が加わっています。全然価値が失われていないのと大変面白いので
おすすめです。
名前:  E-mail(省略OK)
6  タロットカード“吊るされた男-THE HANGED MAN-”の意味  (Res:15)
1【管理人】セラフィエル   :2007/12/02(日) 23:21:30  ID:Anb/ovrU0
以前極東博士殿が持ち出された話である、新劇場版の初号機がタロットカード「吊るされた男」ではないかというご意見について、詳しく掘り下げないままに終わってしまったので、改めて触れてみたいと思います。
とりあえず、タロットカードの図像を知らない方は、ウィキペディアでも引っ掛ければ画像があるはずです。

大アルカナ、12番目のカード「吊るされた男」は、22枚の大アルカナの中でもっとも深い意味を持つカードの一つであるとされています。
木に片足首が縛り付けられている、逆さ吊りにされた一人の男の絵が描かれたカードです。
両手は後ろで組まれ、縛られていないほうの足は、もう一方の足に交差され、ちょうど十字の形を形作るようになっています。
しかしこのように非常に苦しそうな態勢でありながら、この男の表情は実に穏やかです。
カードの作者の一人であるウェイト・スミスによれば、「聖なる“死の神秘”の後に知るであろう大いなる覚醒」へと向かうストーリーこそが、このカードの隠された意味を解く鍵であるといいます。
いわゆる宗教儀式的で、神秘主義的な、なんとも謎めかしい説明です。

あるいは、このカードを解釈する上では、北欧神話の主神オーディンの伝説と結びつけられることもあるそうです。
北欧伝説のオーディンは、宇宙樹ユグドラシルに自らを九夜の間吊るして、自発的な死を迎えています。
しかしオーディンは魔法の力で復活します。その復活後は、ほかの誰よりも優れた知恵を身につけました。
オーディンのこのような話からして、このカードは「直観」「知恵」「犠牲」といったような意味を持つと解釈されるんだそうです。
ただし、オーディンの話と吊るされた男の話は「吊るされた」という一点のみにおいて共通しているだけで、オーディンはひげを生やした老人として描かれることが多く、吊るされた男とは似ても似つかない姿だということは注釈に付け加えておきます。

なんとなく嫌な予感・・・。
これだけ見る限りでは、またしても一度補完計画で全員のいわゆる「死」を決行するというのだろうか・・・。
「聖なる“死の神秘”の後に知るであろう大いなる覚醒」
これはシンジの事を指しているのかもしれませんが・・・。
旧劇場版でも人間は一度種としての滅亡を経験しております。
しかし大いなる覚醒とはいかがなものか・・・。
当たり前のことに気づくためだけに、全ての人間を死に巻き込んだ、それは「死」に幻惑されているという点で、監督のネクロフィリアが露呈した結果になってはいるのですが、大いなる覚醒などとは恐れ多くもいえないし、帰ってきた時点でもアスカの首を絞めるといった点でまるで成長していないから倒錯もいいところです・・・。
あるいはグノーシス主義も「本質的自己(=神智・魂・霊)」の認識によって神への道をたどるわけで、ゼーレの思想と関連付けられるようですが、またしても同じことを外見だけ違ったやり方でやるつもりなのかと、やはり危惧してしまいます。
全部終わってみないとなんともいえないのは確かですが、これだけ「死」に関する要素が多いと、やはり現実における本来の意味における「成長する」ということについて倒錯しているのではないかと邪推せざるを得ませんね・・・。
2【管理人】セラフィエル   :2007/12/03(月) 22:57:45  ID:Anb/ovrU0
【Golden Tarot】by Kat Black 解説書より抜粋

将-THE HANGED MAN
A man hangs upsidedown from a crossbeam.
One leg is crossed over the other and despite his predicament, he looks quite calm and impassive.
The crossbeam from which he hangs is sprouting leaves.

The central figure I have used is of Saint Sebastian, a popular Renaissance icon who is said to have died after being tied to a tree and pierced by arrows.
He is generally accepted to be a myth rather than a real historical figure, and probably evolved from the ancient Roman legend of Attis, the Celtic Cu Chulainn, or the pagen Green Man.
All of these pre-Christian man-god figures died willingly in ritual sacrifice for the common good.

[MEANING]
Trust that all will get what they deserve.
Sacrifices may be necessary and not all battles will be won.
Some are not worth fighting, and are better of foregone.
Self-control may be necessary in times ahead ―you may need to bite your tongue and accept that others will get what they have coming to them, without need for you to intervene.

[Reserved]
A tendency toward masochism and playing the martyr needlessly.
3【管理人】セラフィエル   :2007/12/11(火) 00:49:56  ID:Anb/ovrU0
同じ「吊るされた男」でも、伝統的なタロットカードとして知られるマルセイユ版では、ウェイト版の解釈とはまた違った側面が見えてきます。
マルセイユ版の場合、この男の吊るされ方は、二本の樹木にまるで竿でもかけ、そこから吊るすかのような図になっています。
この二本の樹木は、いわゆる母性を意味しており、それにはさまれている、ということは、二人の女性にはさまれて身動きが取れない状況におかれている男という意味にもなるようです。

なお、このカードを逆さまにした状態(つまりぶら下がっているのではなく、まるでつま先でダンスを踊っているかのよう)にしたもの(18世紀のド・ジェプラン製作)も出回ったそうです。
ド・ジェプランは、このカードを逆さまにすることで、本来このカードが四つの枢要徳のうちの「賢明」を描いたものだと解釈したようですが、一般的な「賢明」の寓意画として、片足で立つ男という構図は存在せず、この解釈にはそもそもの無理があるようです。
あるいは17世紀半ばのジャック・ヴィエヴィルという人物によって作られたタロットパックの「吊るされた男」は、カード職人のミスプリによってカードの意味解釈に突然変異が生じ、もはや「吊るされていない男」となってしまったカードも存在するそうです。

また、このカードは二十世紀のタロティストたちによって神秘的な意味合いが持たされましたが、その本来は裏切り者をさしており、聖なる殉教者ではないとなっています。
歴史にみるカードの意味合いの変化ですね。

ところで、ここで私が知りたいな、と思うのは、極東博士殿をしてタロットの最高傑作だという、アレイスター・クロウリーの「トートタロット」の解釈です。
私の持ち合わせている資料ではそれに触れているところは少なく、ほとんど知らないので、ぜひとも博士にそのご説明を伺いたいものです。
4【管理人】アイオーン(仮)   :2007/12/16(日) 15:59:31  ID:Anb/ovrU0
トートタロットの説明は今のところ博士にお任せするとして、「吊るされた男」のカードができるまでの歴史をさかのぼってみましょう。
上述したように、「吊るされた男」の解釈は、二十世紀のオカルティストたちによって形成されたもので、それをさらにさかのぼってみると、意味がまったく異なることになるのです。
「吊るされた男」の図像は、ウェイト版、トート、マルセイユ版よりさらに昔からあります。
15世紀のグランゴヌール・パックのカードでは、上の三つにはない特徴があります。
吊るされている男が、その手にずた袋を持った図像となっているのです。
これに関してこのずた袋を持った男を、イエス・キリストを裏切ったユダであると見立てる説があるそうです。
モークリーという人物の説明だそうですが。
つまり、このずた袋のなかには、ユダがイエスを裏切る見返りに受け取った銀貨三十枚ではないかというわけです。
それがユダかどうかはともかくとして、この見立て自体があやまっているというわけではないかもしれません。
「吊るされた男」の本来のカードの呼称が「裏切り者」であるからです。
15世紀のイタリアでは、裏切り者や反逆者を逆さ吊りにして描くというのがしばしば見られる風習だったようです。
そういえば直接関係するわけじゃないですが、イタリアの独裁者ムッソリーニは、処刑されたあと、その死体は見せしめに吊るし上げられていましたね。逆様だったかは記憶が薄いですが。

このような風習の例をいくつかあげてみます。
1440年、アンドレア・デル・カスターニョという人物がフィレンツェの監獄の正面壁に、逆さ吊りにされた謀反人を描いています。
有名なボッティチェリもパッツィ家によるメディチ家陰謀事件の首謀者が処刑された姿を、1478年に同じ場所に描いたそうです。
さらに、1529〜30年のフィレンツェ攻囲中には、アンドレア・デル・サルトが、逃亡した将校の逆さ吊りにされた姿を、またしても同じ建物に描いているそうです。
歴史家ピーター・バーグによれば、「当時の社会の価値体系における名誉と恥辱の重要性を考えると、これらの絵は犠牲者とその家族の名誉を失墜させ、彼らを社会的に抹殺し、彼らに汚名をきせるために描かれた」といいます。
二十世紀のタロティストたちによって神秘的で深遠な意味が持たされた「吊るされた男」ですが、過去にさかのぼってみると、その本来の意味は「聖なる殉教者」などではなく、「裏切り者」だったのです。
タロットカード一つ一つにこれだけの意味解釈の分岐があるので、実に奥深いです。
8極東博士   :2012/08/12(日) 13:32:08  ID:tQE6G.8E0
タロット(正しくはタロですが)は西洋の象徴主義を具現化したもので、
東洋の思想を具現化した易経と双璧をなすものです。したがって歴史上、
著名なオカルティストは全て、この双方の奥儀に精通しています。
『ユングとタロット』なんてとってつけたような表題の本も出ていますね。
ただ、象徴であることには注意を払うべきで、「逆さ吊りにされた男」が
ユダだとか、それ以外の誰かとか詮索することはほとんど無意味だと思います。
9極東博士   :2012/08/12(日) 13:39:47  ID:tQE6G.8E0
トーとタロットに関してはクロウリーの『トートの書』の翻訳も出ていますし、
フリーダ・ハリスが描いた『トートタロット』も国内で比較的容易に入手できますので、
興味のある方は直接、ご覧いただいたほうが早いでしょう。
10極東博士   :2012/08/12(日) 13:44:27  ID:tQE6G.8E0
ユングは象徴SYMBOLと符号SIGNを区別していたのは、ご存知の通りです。
11【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2012/09/30(日) 00:02:29  ID:???0
記号:純粋に意識的なもので、未知の部分を含まない。規約的なものであり、
私的に使用される場合であれ、公的に使用される場合であれ、意味されるもの
とそれとの関連を学び慣れ親しんだものには、余す所なく解るはずのもの。

象徴:比較的未知の物事を表す可能な限り最良の表現。象徴は無意識的な側面
を有している。それは認識不可能である限りにおいて意識によって完全に把握
することができないものであり、人間の表現を超えている。従って「象徴表現」
とは、本来表現しえないものを表現しようとする試みだということ。

理解としてはこんな感じですが。丸山圭三郎もその点をきちんと踏まえて峻別
していましたね。記号はラング化されたランガージュ(表層のロゴス)の範疇、
象徴はラング化されないランガージュ(深層のロゴス=パトス)の範疇だと。
後者は前者化する宿命にあるが、逆に前者が後者へと降りていく運動も起きて
いる、という円環運動。象徴は自我意識の意図的産物であるとは考えられてい
ないですよね。無意識によっていわゆる啓示や直観という未知を経て産出され
たものであると。象徴は啓示としての機能を付与されていると。聖なるものは
象徴の字義通りの感性的意味作用によって結び付けられているが、他方で、そ
の中に宿っている象徴的意味に結び付けられている。

『三位一体の教義に対する心理学的解釈の試み』だったかだと「無意識的機能
から生じるインスピレーション」=「グノーシス」というような言い方がされ
てたような。『心理学と宗教』でもユングは「グノーシス」をそんな位置づけ
にしてたと思います。
14極東博士   :2012/11/17(土) 21:57:25  ID:tQE6G.8E0
タロットの場合は象徴と記号が混在している点が特徴であると同時に、その解釈を
困難にもしていますね。その点、易経は極めて明確な記号化の体系であり、タロットの
ように潜在意識、無意識の領域に踏み込んだものとは一線を画しています。
名前:  E-mail(省略OK)
7  ヘルマン・ヘッセの「デミアン」  (Res:9)
1【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2008/03/21(金) 00:50:54  ID:???0
アルバイトの合間を縫いつつ読書と論考の執筆にいそしむ今日この頃。
しかし、かたい革靴で動き回る力仕事のバイトというのはホント靴擦れ起こして痛い・・・orz。

とまぁ、雑談はこんなところとして、今回はユイについて触れる前に一つ新しいスレを立てることにしましょう。というかそれとも絡んではいるんですが(^^;)。
極東博士殿とは少々お話しましたが、小説家ヘルマン・ヘッセの「デミアン」についてです。
詳細は別スレ「ユイ=アブラクサス論」でも述べますが、不可知なるアブラクサスはこの小説においても登場します。
というよりも、日本人にアブラクサスといえば、「死者への七つの語らい」というよりも、こちらの方が知っている、という方も多いのではないでしょうか?
掲示板の広告コーナーでも設置しておきましたが、知らないという方で興味がある方は読んでみてはいかがでしょうか。
この小説、ユング心理学の母元型、あるいはグノーシスとそのままかぶっているところも多いどころか、エヴァともそのままなところすらありますw。
結末部分においてはまさに劇場版の展開にも似ているのですw。
その後がどうなったかという解釈が読み手にゆだねられているという点だけならまだしも「自然へ帰れ」とかw。
非常に読みやすいし、面白いのでサクサク読めます。読んで損は無い一冊です。

ところで博士、何かこれと絡んだことでまとまったことがあればこちらに書き込まれてみませんか?(笑)
なお、アブラクサスそのものについての概要(とはいっても例のごとくコアですが)を、グノーシス概論と共にアップするつもりです。
また、心理学事典の部屋ですが、近々「エンサイクロペディア」に変更しようかと思っています。
心理学だけではなく、哲学もでてきましたし、博士の論考にいたっては科学理論的解釈も用いられていますからね。
というかユング心理学用語が最近極度に乱用されているので、ユングの部屋をさらに増補しなければならないと思っていますが・・・。
また明日、チャットにてお待ちしております。ではどうぞw。
2【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2008/03/21(金) 17:05:22  ID:???0
とりあえず今日はインしてお待ちしております。
最近音沙汰が無いのが自由意志の天使さんなんですが、やはり難儀しておられるのでしょうか。
チャットしたいという連絡があったからお待ちしているんですがね・・・。

ちなみに極東博士殿、エンサイクロペディアの部屋には当然ながら澁澤龍彦を載せようと思っています(笑)。
詳しくはチャットでw
3極東博士   :2008/03/22(土) 01:00:09  ID:G6iz/z3k0
ハハァ、いつものようにいつもの方がおられますね。
つい先日、SF作家のAC.クラークが亡くなりました。
まさしく彼の作品である「幼年期の終り」「2001年宇宙の旅」とグノーシス主義、
アブラクサスを絡めた論考にしようとしていたところでしてね。
ニーチェ哲学とユイの解釈に関しては若干の差異がありますが、
そのあたりを明確にして記述できればと考えています。
4【管理人】アイオーン・アブラクサス   :2008/03/23(日) 00:46:05  ID:D.mPefg60
>>3 極東博士殿
あ、わざわざ「sage」してくださったんですか。
>ハハァ、いつものようにいつもの方がおられますね。
?なんのことですか?
ああ、例のですかね?
>つい先日、SF作家のAC.クラークが亡くなりました。
ふむ・・・、クラーク氏、亡くなられたんですか・・・。
しかし、「2001年宇宙の旅」見ましたけど・・・。
よく分からんかったです(爆)。
というか、借りてきたはいいんですけど、見る時間なくて途中で返さなければならず(泣)。
それにしても最初っからわからないっすね(汗)
なんで猿がギャーギャーわめく阿鼻叫喚図が?ってこれ、もしかしてニーチェのツァラトゥストラの冒頭の方ででてくる「猿」のことと絡んでるとか?
>アブラクサスを絡めた論考にしようとしていたところでしてね。
お、そちらでもアブラクサスですかw(・ω・)w
いや、こちらは論考の方はとりあえずアブラクサスそのものについて取りまとめているところです。
アブラクサスを創作したバシリデースの教説は、博士も仰るように、彼自身の発言ではなく、残っているのが異端反駁者の論駁報告書の類しかない、というのは分かっているのですが、どうにもアブラクサスの概念がヒッポリュトスの方でも面白い点があると思いまして。
アリストテレスの「霊魂論」との比較ですかね。自称「智恵ある建築技師(だったかな?)」でいうところの「大いなる支配者」が、宇宙と超宇宙の境界である「蒼穹」にまで達したとき、自分が至高者であると錯誤して宇宙万物の創作にかかった時、自分よりも智恵あるものを求めて「子」を基体から作ったというのがあるじゃないですか。
この父子関係がアリストテレスの霊魂論で言う「身体」と「魂」の関係であり、魂は身体の業による完成だ、というのがあると思います。
この魂に当たる「聡明な子」がアブラクサスだとなると、ナグ・ハマディ文書の用語解説に載っているそれが間違っている気がするんですけど。
というか本文を読んでいるとどうもそう思えてならないんです。博士は「バシリデースの教説」はあまり興味ありませんでしたっけ?
ヒッポリュトスは異端反駁者ですからどこまで信用していいものかは分かりません。
でも一応、それがなにかしらユング心理学の「ゼーレ」の概念との接点があるのではないかと練っているところです。
「死者への七つの語らい」、「デミアン」などと絡めて概要+発展みたいなことをしようと思っています。
どんなものか、よければご意見ください。
でもこれだとかぶってしまいますかね?(笑)
>ニーチェ哲学とユイの解釈に関しては若干の差異がありますが、
おや?書き始めから既に差異が?
参考になりますので、ぜひともお願いいたします。

ちなみに一応ですが・・・。澁澤龍彦の著書を色々と読んでいるところでございます。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
5【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2008/03/23(日) 02:22:59  ID:???0
ちなみに極東博士殿、このところ実家に居るからバイトの給料は本に散財となっていますが、中古屋にプラトン全集12「ティマイオス」が単品でありましたよ!!
状態如何は不明ですが、絶品の割には安かった!!
前に言いましたヘルメス文書の値段と同じ!
ヘルメス文書はすぐになくなってしまいましたが・・・。
いやあ、心の底から欲しいと思っていればそれは向こうから来る、って仰ってましたけど、バタイユの渋澤訳といい、なんとラッキーなw。
ちとぶっ飛んでみました(^^;)
春先は売りに出す人間も多いということなんでしょうかねぇ?
6【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2008/03/26(水) 00:49:26  ID:???0
ええと、博士。アブラクサスについては共通の話題のようですから、グノーシス概論の部屋に、アブラクサスのことを企画にした目次を作りますので、博士の論考は博士の論考で、私の論考は私の論考で、という形で同じ部屋に合併してもよろしいですかね?
もちろん極東博士著作集からもいけるようにリンクを張りますが。
また、ユイの論考は今滞っておりますが、y氏の掲示板の方で返答待ちの方がいたのでそっちの方で簡潔的にまとめてみました。
澁澤龍彦のエッセイ「快楽主義の哲学」の文体を参考にしてざっくばらんに述べてみましたよw。こっちの方にもいずれ持ってきますがw。
ミもフタもございませんがw
しかし澁澤龍彦、本当に幅が広いです。まさに天才的エンサイクロぺディスト。どこからどこまで分野を取り扱っているのかとw
もう故人ですけど存命中はおそらく生きる百科事典だったのでしょうね・・・。
若くして死んでしまったこの才能は惜しまれる・・・。
しかも奥が深い上にこのわかり安すぎる文体が非常に爽快ですw
博士が仰ってたように「秘密結社の手帖」からでもそうでしたが、その他もろもろもこれ以上簡単に取りまとめてあるエンサイクロペディア的なエッセイってないんじゃないでしょうかw
黒魔術も読んでみたいw

ところでですね、もしお時間がよろしければ、明日お話できますか?
まあ出来なければ、メールでアブラクサスの論考をお送りします。
ゼーレの論考に錬金術の坩堝を入れてみようかと思案中です。
7【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2008/03/27(木) 03:17:09  ID:???0
アイオーン・アブラクサスの概要だけは完成しました。
あとは「死者への七つの語らい」と「デミアン」のアブラクサスについて書きますが、その前に博士に今後の企画とかねて、その論考をお送りします。
こんな風な企画にする、という感覚ですので、何か意見がございましたら是非と思います。
名前:  E-mail(省略OK)
8  虹の彼方に/Over the Rainbow  (Res:5)
1WIS   :2007/09/23(日) 19:36:40  ID:2F4I8eo60
シンジとアスカが出会った場所である空母「オーバー・ザ・レインボー」。
その名前の由来が、「Over the Rainbow」(邦題:虹の彼方に)です。
1938年にオズの魔法使いの主題歌として作られた曲で、世界的スタンダード・ナンバーの一つ。
全米レコード協会主催の「20世紀最高の名曲」では第1位に輝きました。

LAS大好き人間としては、この歌詞とシンジとアスカ、エヴァ世界、LASへの関連があればなぁ・・・と思いましたが、残念ながらあまり見つけられませんでした^^;
そこで、管理人のセラフィエルさんの意見もあって、みなさんもどう思うか知りたくてここにカキコしてみます 笑

Over the Rainbow / 虹の彼方に (訳:WIS)

Some where Over the Rainbow way up high.
There's a land that I heard of once in a lullaby.

虹の向こうのどこかずっと高くに
わたしが子守歌で聞いた国がある

Some where Over the Rainbow skies are blue.
And the dreams that you dear to dream really do come true.

虹の向こうの空は青く
信じた夢は現実となる

Some day I'll wish upon a star and wake up when the stars are far behind me.
Where troubles melt like lemon drops away above the chimney tops.
That's where you'll find me.

いつかの日、わたしは星に願う
目覚めるとわたしは雲を見下ろし
悩みはレモンの粒となって
屋根の上へ溶けて落ちてゆく
わたしはそこへ行くんだ

Some where Over the rainbow blue birds fly.
Bird fly over the rainbow., why then oh why can't I?

虹の向こうのどこかに
青い鳥は飛ぶ
虹を向こうへ飛ぶ鳥達
どうしてなの、ねえ
どうして、わたしにはできないの?

If happy little bluebirds fly beyond the rainbow,
Why oh why can't I?
もしも、幸せな小さな青い鳥が虹の向こうに飛んでいくならば
どうしてなの、あぁ、どうして?

Why can't I?
Why can't I?
Why can't I?

どうしてわたしにはできないの?


どうでしょうか?訳がかなり直訳に近いので近い内にもっと良い感じに訳し直したいと思ってます。
著作権の事は・・・大目に見てくれないかなぁ。。。
2きじ   :2007/09/23(日) 23:26:18  ID:Lmu03rNI0
歌詞を読んでて8話との関連性を感じましたね。

Some where Over the Rainbow skies are blue

ヘリコプターから見える青い空が印象的

And the dreams that you dear to dream really do come true.

夢の太平洋艦隊、夢の出会い

Where troubles melt like lemon drops away above the chimney tops.

8話からストーリーが急に明るくなる

That's where you'll find me.

ボーイ・ミーツ・ガール。ミサトと加持も含まれるか。

Bird fly over the rainbow., why then oh why can't I?
Why can't I?
Why can't I?

虹のような放物線を描いて船から船へと跳ぶ弐号機

けっこうリンクしてるように思えますね。
3WIS   :2007/09/24(月) 09:14:58  ID:2F4I8eo60
きじさんのを受けて、結構考えて見ました。
最初の部分だけ、WISはこう解釈してみました。

Some where Over the Rainbow way up high.
There's a land that I heard of once in a lullaby.

虹の向こう(=空母オーバー・ざ・レインボー)のどこかずっと高く(=遠く)に
わたしが子守歌で聞いた国がある(=アスカが子供の時に壊れる前のキョウコから聞いた日本)

Some where Over the Rainbow skies are blue.
And the dreams that you dear to dream really do come true.

虹の向こう(=空母オーバー・ザ・レインボー)の空は青く
信じた夢は現実となる(=エリートエヴァパイロットとしての夢?)

ちなみに、
That's where you'll find me.を訳し間違えてましたね。
正しくは
「そこは、あなたが私を見つけるところ。」

やっぱり、シンジとの出会いとしての場所の「オーバー・ザ・レインボー」かな?
4きじ   :2007/09/24(月) 16:08:53  ID:Lmu03rNI0
アスカの視点では考えてなかったよw いいんじゃないかな。

>やっぱり、シンジとの出会いとしての場所の「オーバー・ザ・レインボー」かな?

うん、やっぱそれじゃないかな。
名前:  E-mail(省略OK)
9  アイオーン・ソフィア《ユダヤ編》  (Res:19)
1【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2009/02/28(土) 14:06:51  ID:???0
『ソフィアと《智慧文学》』のスレが博士との議論スレになりそう
なので報告は別のスレッドにしました。すでにソフィアについて、
書き上げた部分があり、順々にアップしていくつもりです。最初は
すでに述べたとおり、旧約聖書正典外典における智慧(ソフィア)
の発露の著しい『ソロモンの箴言』『ソロモンの智慧』は、ユング
の引用だけでなく、全編概観したつもりの上で解釈しました。また
『雅歌』についても一読した上で述べています。
ただ、『シラクの息子イエスの智慧』は私の持ち合わせている聖書
の中にはないという欠点があり、ユングの『ヨブへの答え』だけに
頼らざるを得ませんでした。
しかしそれにしてもユング、メソポタミアのイシュタルとタンムズ
の神話や、シヴァ神の説話におけるシャクティの話など、原型たる
神話を持ち出してはいますが、ただ書き連ねるだけで知らない人に
は分からんだろうというような記述の仕方をしていますので、私の
知りうる限りでそれらを補足させていただきました。

いまひとつは、アンドロギュヌス神話におけるアンドロギュヌスや
ヘルマフロディトスといった両性具有神の概念がいかなるものなの
か、そして、それと《シュジュギア》についてどのような関連があ
るのか、用語辞典かなにか別項で簡単に記しておくべきだったかと
いうことでしょうか。以前は初見で分からないところも多く、掘り
尽くせなかった『ヨブへの答え』ですが、今回はこれまで読んでき
たバタイユやグノーシスなどの思考もあり、さらに澁澤龍彦の『夢
の宇宙誌』の助けもありましたので、ソフィアを中心にネタという
ネタを掘り尽くすつもりです。ほんま、『ヨブへの答え』は小冊子
にもかかわらず、ネタ的には超一級品ですね。

当初の予定と若干異なりますが、まずは『雅歌』とイシュタル・タ
ンムズの神話、シヴァ神の説話との関連で語り起こしています。ア
ンドロギュヌス神話については類型を見出せばキリがないほど存在
していますので、シヴァ神の説話で打ち止めです(アダムとイヴの
関連はまた別です)。

問題なのはこの後でして、ユング式に旧約聖書を概観し、彼の言う
『ヨハネによる福音書』『ヨハネの黙示録』との関連で「パラクレ
ート」の教義と「マリア被昇天」のほうへと持っていくか、それと
も反抗的に、このユダヤにおけるソフィアの発露をグノーシス主義
との関連で語るか、どっちにしてもいずれすべて網羅したいところ
ですが、ネタが氾濫しているだけに順番的にどうすればいいか、物
すごい悩みどころです。ついでに言ってしまえば唯一神ヤハウェに
ついてきちんと触れておかなければいけない問題だとも思いますの
で。ユダヤの一神教の概念がいかなるものか、書いてからにしなけ
ればならないかなぁとも考えています。もっとも、ソフィアの項目
で、ソフィアが『エロヒーム』の『ルーアッハ』であるとあります
から、『エロヒーム』とはなんぞ、というところにも触れています
ので、何とかなるかなとも思っていますが。
8アルコーン・ヤルダバオト   :2009/04/16(木) 21:07:44  ID:HQCjQBEE0
ご無沙汰しております。
「雅歌に見る、神とヒトのジンテーゼ」、ぶっとんでますが面白いと思います。笑
イスラエルの民のシュジュゴスとして、ロゴス=キリストを当てはめてみるなんていうのは、
実験的でいいですね。結果的には、限りなくユング的なものに近い結論が導き出される気がしますが。笑
いずれにしろ『ヨブへの答え』の補完的説明が少しでも多くなされれば、
僕の貧弱な理解の助けにもなるかと思うので、ソフィアの項の続き、ぜひお願いしますw

あと、マグダラのマリアといえば、グノ文書には『マリヤによる福音書』がありますが、
(ほんと凄い発見ですね、ナグ・ハマは)
そのなかには、イエスが「他の女性たちにまさって」マリアを愛したという記述もあったりするので、
なんらかのヒントになりそうですね。
9【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2009/04/17(金) 00:26:40  ID:???0
>>8 ヤルダバオトさん
ご無沙汰しております。やはり四月はお互い時間割の準備などで慌しい
ようですね。まあ、ぶっとんでいるが面白いと評価してくださったこと
には、ようやく私もぶっとんだ話で面白おかしく解釈できるようになっ
てきたということかなと(^^;)。それがなければ面白くないと仰っ
てくださったのは博士でしたけどw。

>結果的には、限りなくユング的なものに近い結論が導き出される気がしますが。
そりゃまあ、根本的にそれをネタにして応用しているわけですからw
でもユング以前にエイレナイオスの『異端反駁』の『プトレマイオスの
教説』にも同じことが書いてありますよ。ロゴス=ソーテール(キリス
ト)だとw。
結果的に霊的人間はアンゲロスとの聖婚でもってプレーローマに引き上
げられるわけで、これは『ヨハネ福音書』のハギオン・プネウマに対応
してるといえます。ちなみにプトレマイオスのデミちゃんは最終的に義
人扱いでプレーローマには入れませんが、「ソーテール=アカモート」
がプレーローマに回帰した後に中間の場所に引き上げられて落ち着きま
すねw。あれだけを見てると自分を『ルカ福音書』とか『マタイ福音書』
の「百人隊長」にたとえているデミちゃんは「ちゃん」づけしたくなり
ますねw。『フィリポ福音書』だと中間の場所は「死の場所」になって
しまいますが。

『エノク書』はユング曰く「先駆形態」ですから、失敗例としてみなせ
るでしょう。アンゲロス(=ハギオン・プネウマ)が、この場合人間に
欲情したグリゴリ(堕落天使)だったわけで、その結果生まれたのが巨
人族、つまり自己と神とを同一視してナルシスティックな熱情に駆られ
ている傲慢な人間ですね。ユングの表現で言えば無限のヒュプリスに陥
った自我肥大(インフレ)的人間ということになるでしょう。明らかに
神人合一の失敗だということができます。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
10【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2009/04/17(金) 01:55:16  ID:???0
マグダラのマリアと『マリヤ福音書』の関連ですが、もっと参考にする
とすれば『魂の解明』なんかもいいと思います。あれは典型的なソフィ
ア神話のモチーフをものすごく簡単に単純化して説明しているといえま
す。プシュケー=ソフィアです。ご存知だと思うので詳細は省きますが、
実は今回のソフィア詳細説明の『雅歌』などを絡めた記述には、『魂の
解明』をモチーフにしてるところがあったりします。「魂の嘆き」とか
「智慧の嘆き」といった表現は、まあ分かる人だけにしか分からないか
と思いますが、これ見よがしに『魂の解明』の伏線を張っているつもり
でしたよw。

あと、マグダラのマリアの場合、まだ読めてませんが『Pistis Sophia』
の副題が「The Gnostic tradition of Mary Magdalene, Jesus, and his
Disciples」となってます。『マリア福音書』の内容とも関連があるか
も。マグダラのマリアは娼婦でしたし、シモンが伴侶にした娼婦とかと
同じようにあからさまにソフィアとの照合がされているのではないかと
思われます。
11【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2009/04/18(土) 15:47:11  ID:???0
以前も述べたことですが、ソフィアとアブラクサスを結びつけて見よ
うという試論があります。アリストテレスの『霊魂論』を流用してい
るヒッポリュトスの報告を用いることになりますが、ユングのアブラ
クサスと兼ねて、『デミアン』の解釈のしなおしといったところです
けど。ご存知の通り、『デミアン』はユングの敷衍小説的な要素があ
り、「ハイタカシンボル」が最初から何かキーを持つものとして語ら
れていたはずです。以前、ここで『デミアン』を何度か論ったことが
ありましたが、ハイタカシンボルを組み込めてなかったのが失態でし
た。とりあえず、ソフィアと『雅歌』、『ヨハネ福音書』のロゴスと
ハギオン・プネウマのネタをきちんと片してからそっちの論考を整理
したいと思います。それとウロボロスを用いているノイマン、論考書
こうと思うとネタ大杉w元型論だけでもそうだというにw。
S.I.ハヤカワの謂いをもじりますが、まさしく「ロゴス(論理思考)
のナイアガラの滝」という感じですw
12【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2009/04/19(日) 19:41:52  ID:???0
あと少しでできますが、ツメが甘いなw。
ユングは直接書いておりませんけれども『ヨハネ福音書』に隠れている
アナグラムのヒント(といってもプトレマイオスの教説を読んでいる方
にはバレバレですが)を書き綴っておきます。ちなみに、私は大貫氏の
『ロゴスとソフィア』は読んだことがないので、それとどんな関連が在
るかは知らない、ということをお知らせしておきます。読んでいる方が
いらっしゃいましたら関連性を教えてください。

「はじめに、ロゴスがいた。ロゴスは、神のもとにいた。ロゴスは、神
であった。この方は、はじめに神のもとにいた。すべてのことは彼を介
して生じた。彼をさしおいては、何一つ生じなかった。彼において生じ
たものはゾーエーであった。そのゾーエーは人々(アントローポスたち)
の光であった。」
(論理の演繹展開のために小林稔訳を若干変更してます。本当は「はじ
めに」とかも「アルケー(=ヌース)のうちに」とか訳すと面白いこと
が発覚しますがw)

ゾーエーに当たる箇所は日本語訳では「生命」とか「命」と訳されると
ころです。「彼(ロゴス)において生じたものはゾーエーであった」と
いうこれは「生じたものは彼のうちにあってゾーエーであった」とも訳
しうるらしいですが、なんにせよ、これを「ロゴス=ゾーエー」のシュ
ジュギアとみなすことが可能です。これが『ヨブへの答え』をみても分
かるように『シラクの息子イエスの智慧(シラ書)』の24章の《智慧》
の語りとほぼ一致を見る。
「私はいと高き方の口から出て、霧のように大地を覆った」
『ヨブへの答え』の林氏の訳し方で言うと「智慧は自らをロゴス・神の
言葉・と呼んでいる」とあるだけですが、この《智慧》は、私が引用し
た『ヨハネ福音書』の冒頭でいうところの《ゾーエー》と同義であると
もみなせる。そもそも《ゾーエー》自体が女性名詞でもあるわけですが、
こうみると「ロゴス=ゾーエー」のシュジュギアが「ロゴス=ソフィア」
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
13【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2009/04/22(水) 21:58:37  ID:???0
あれ、よく考えてみたら、このヨハネ福音書の解釈、もしかして、丸山
圭三郎の欲望のウロボロス的円環運動の中で踊ってた?w生命体を貫徹
するレーベン(生)のエネルギーの昂揚=言分けられる欲動の称揚=ロ
ゴスの演繹展開能力による有機空間創造の称揚=ゾーエーの称揚=ソフ
ィア(知ること)の称揚、って丸山式解釈まんまじゃないかwヨハネの
引用にはゾーエーのことまでは書いてなかったけど。なんてこったい、
『言葉と無意識』の域を超えられてなかったと後で気づいて自分で自分
に突っ込みを入れる結果となってしまいましたw。改めて思いますが、
あの本、ほんとにウロボロス的円環をなしてますねw。読んでいてよか
った、後になってその内容がそれこそゾーエーの宿ったものになってく
るというw。まあ結局ネガティヴに言えば後追いでしかないということ
になってしまいますけど…。
14【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2009/04/26(日) 13:40:22  ID:???0
ああ、ちなみに「封神演義」の話をしていますので、その中でももっと
も圧巻な話を出しておきましょうか。誅仙陣の戦いとか万仙陣の戦いで
すね。正直漫画ではめちゃくちゃになってます(とはいってもそれはそ
れで悪くはありませんが)。結局のところバタイユで言うところの「蕩
尽」です。同じ道教でも崑崙山の人間出身の仙人集団(闡教)と、妖怪
出身の仙人集団(截教)があります。構図だけ見ても面白いと思うので
紹介しておきますが、とりあえず中国の古い神話の世界観は天界・仙界
・人間界が存在しているわけですが、仙人の中でも人間出身の仙人は、
妖怪出身の仙人が気に入らない、しかも人間出身の中でも仙人としての
修行を積まずに途中で下山して、人間界でエリート生活を送っている人
間がいることも気に食わない。あるいは人間界にいるには秀ですぎてい
て混乱を招きかねないが仙人になるわけでもなしというのも中途半端。
封神演義というのはこの中途半端のなりそこないとか妖怪仙人集団を、
女媧娘々(にゃんにゃんw)の殷を滅ぼす気まぐれに乗じて、生贄とし
て抽出して、「神」の名を与えて封神台に葬り去ってしまおうという儀
式ですね。新しく「神界」というのをつくってそこに置くわけですが。

闡教の仙人は1500年置きに「殺戒」を破らなければ「やってられないわ
ん」な人が多いそうですw。バタイユのエロティシズムの「禁止の解除」
やんけ(笑)。その中でもそうではない人もいますけど。

太上老君(老子)は基本的に争いには反対で、その上に存在する仙人界
の最高人物である鴻均道人は、同じ仙人同士の争いを止めるべく一回し
か登場しませんが、この一回きりの登場の仕方が迫力満点です。
その中にはあとで西方仏教の菩薩になる仙人までいます。たとえば観世
音菩薩とか、普賢菩薩とか文殊菩薩とかですけどねw。封神演義では、
仏教もまたところどころで関与してくるから面白いw。しかも道教の仙
人だと手も足もでないようなものが仏教にまつわるものの類だというの
が面白いですよw
またこういうのをけしかける存在として、以前取り出した許由→申公豹
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
15【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2009/05/05(火) 15:30:41  ID:???0
しかし改めて思うが、封神演義には面白いことが書かれているものだ。
地球の軸の真上としての「北極」が存在するが、これは最後にいわゆ
るはぐれ者である申公豹が、太上老君の命令を受けた玄都大法師の庇
護の下に向かう先である(書き手によって事情が違うが)。この北極
の極点にある「窪み」には「時間」も「空間」もないという。だから
進歩も退行も引き起こさないというのである。外部からその内部をう
かがい知ることはできないし、攻撃手段などは一切無効化されるとい
う。「つまり勝手気ままに安心して暮らせる、かねがねそんなところ
に住んでみたいと思っていた」などというあたり、さすが帝位を譲る
と称した帝堯に「耳が腐った」と突っぱねた男。閑人ぶりもここに極
まれりといったところであろうかw。
16【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2009/05/05(火) 17:09:09  ID:???0
最近バタイユの論理が封神演義の物語とリンクしてしょうがない。ある
いはグノーシスもなのだろうが、興味深いと思うので以前書いた法術の
最終奥義「営鎮抱一」の詳細を書いておこう。

「営鎮」は、「動じて身を『営』むをそれ『魂』といい、静にして形を
『鎮』めるをこれ『魄』という」と云われる場合の「営鎮」に他ならず、
それゆえに「営鎮抱一」の第一義は「魂魄抱一」である。抱一の『一』
は「道法帰一」の『一』で、道法の根源に他ならない。そして「道法帰
一」は「万象帰無」の対極にあって、両者は「対」をなしているという。
これはつまり、一に帰するとは無に帰するということである。形ある存
在(象)を乗り越えることである。仙人が修行するのはまず不老不死を
希うからである。それを望むのは、生死を繰り返す「輪廻」の苦しみを
免れんためである。それゆえ無に還るに際して、魂魄を残してはならな
い。それを残せば、せっかく超克した輪廻の苦界に再び引きずり込まれ
て、元の木阿弥となる。したがって「営鎮抱一」の術とは、魂魄を一に
抱いて身形もろとも消え失せることに他ならない。道法との全き合一を
遂げて無に帰することなのである。仙人は死なず、ただ無に帰するとい
うわけである。(『封神演義』より)

説明だけ聞いていると重々しいが、そのやり方が実は、訳者が「至芸」
だといっているところからしても格好が面白い。左手を右足に絡めて
左足を軸に、駒のように廻る、さらにそのまま両手をまっすぐ頭上に
上げて両手首を組み縦一文字になったまま悠然と廻り続けるという動
作によって二時間ほどで完結するという。…バレエ?w
19プラダ バッグ   :2013/03/25(月) 14:38:58  ID:XOkq1uPM0
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10  あけましておめでとうございます。  (Res:2)
1【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2013/01/08(火) 18:27:00  ID:???0
一週間ばかり遅まきながらになりますが、あけましておめでとうございます。
こちらでの活動はほとんど寂れてしまっていますが、今年もよろしくお願いします。
名前:  E-mail(省略OK)
11  宇宙開闢と建築供犠−セカンドインパクト−  (Res:17)
1【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2009/01/27(火) 01:53:10  ID:???0
別スレッド「コスモスとカオス」と合わせてお読みいただきたい。
ミルチャ・エリアーデ的解釈の続投である。私はこれによって、セ
カンドインパクトの宗教儀式的意味を解釈するつもりである。まず
建築供犠とは何か、ということから説明したい。建築供犠とは「我
らの世界」として明瞭に意味づけられているコスモスの開闢的行為
である。ゲルマン神話のイミル、インド神話のプルシャ、中国の盤
古などは、その神話における世界成立を、「巨人の解体」によって
説明する。

リグ・ヴェーダの場合、これは蛇に置き換えられているが意味合い
的には同じである。蛇、あるいは龍はカオス、無定形なるもの、未
だ顕れざるものの象徴である。この頭を切り落とすことは創造の行
為、すなわち潜勢的なるもの・無形なるものから形態あるものへの
移行に等しいとされる。エヴァにもその名前が流用されているマル
ドゥックが海の怪物ティアマトの身体から世界を形成したことは知
られている。

建築供犠とは、この神話における世界成立の起源を成す太初の供犠
の模倣に他ならない。巨人解体に始まる場合、巨人の諸器官から様
々な宇宙の領域が成立するという。また、別種の神話に依れば、こ
の犠牲の結果、その身体物質から成り出でたのは、単に宇宙そのも
のだけではなく、食物としての植物、諸人種、様々な社会的階級も
そうであったという。要するにこれらは宗教的人間にとって均質的
な俗なる空間であるカオスから、聖なる空間であるコスモスが形成
される儀式なのだ。

さて、このコスモスは聖なる空間として建築されるのであるから、
その宗教的人間にとって生き生きとしていなければならない。すな
わち生命と魂とを受けねばならない。この生命と魂の譲渡は血を流
す犠牲によってのみ実現される。すなわちこの宇宙開闢としての儀
式の模倣に要するのは、動物犠牲であったり、他にあっては人身御
供、即ち人間犠牲であったりするのだ。

エヴァの世界観、すなわち裏死海文書の内容を知る一部の者たちに
とって、アダムやリリス、そのほか計画に必要な道具は全て、彼ら
にとって聖体示現である。ではセカンドインパクトとはなんだった
のか。それは世界自体が、宗教的人間の集まりであるゼーレのコス
モス、すなわち彼らにとっての聖なる空間を形成する、宇宙開闢の
ための建築供犠だったのであり、それはその中心点だったのである。

これに補足を加えておけば、一部の人間を除いて南極に居残った何
も知らない人々、すなわち葛城調査隊は、ていのよい人身御供とし
て、その建築供犠において捧げられたのだということができよう。
そしてこのセカンドインパクトによって開闢されたコスモスの中で
ネルフという機械的歯車の監獄的組織が形作られ、人類補完計画の
技術的な仕掛けに命が宿り、推進されていくことになると説明する
ことができるだろう。
6【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2009/02/08(日) 23:56:33  ID:???0
無知蒙昧な造物主デミウルゴスは、ソフィアの過失の結果によって産み
落とされたものであり、それは流産というような位置づけである。つま
り、積極的な意味での「子宮」から産み落とされたそれは、死の象徴な
のだ。グノーシス主義のデミウルゴスには別名が多く存在するが、その
中のひとつであるサマエールとは、別のところでは「死を司る天使」で
ある。要するにその存在そのものが死の象徴なのだ。

この出来損ないの征服者はカオスたる否定的な意味での「子宮=この世
の宇宙」を、ソフィアから抜き取った「範型」をもとに、似像として作
り上げることになる。これはちょうど、プラトン哲学におけるデミウル
ゴスが、原型イデアを元に宇宙万物を作り上げた要領と同じである。た
だしこの場合はそれそのものが忌むべきものであり、流産の結果であっ
て、このことによってプレーローマから神的本質が流出し、欠乏が生じ
ることになる。

グノーシス主義において人間の本来的自己は、この流出してしまった神
的本質に等しいとされ、それは、人間がこの世に生まれ出でる前にはそ
こにあったことを意味する。しかしこの「流産」によって一度死を経験
し、デミウルゴス(=サマエール)下で、肉付けられて誕生した人間は
本来の姿について忘却状態にあり、それは「本来の姿」からすれば倒錯
状況にあるから、神的本質が死んでいる状況にあるといっていい。

正統派キリスト教徒はこの場合、もともと死んでいる状況にあるから、
死ぬことはない。なぜなら、死者はかつて生きたことがないのだから、
いつか死ぬということもない、というわけである。ユングが『死者への
七つの語らい』でキリスト教徒を指して「死者」と呼んでアブラクサス
を初めとした啓示を行っていたのは知られているであろうが、ここでも
このような解釈がされているといえよう。しかしキリスト教徒は心魂的
人間であり、啓示によって復活の機会を与えられているのである。
7【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2009/02/15(日) 01:12:46  ID:???0
さて、早速であるが用語辞典の『復活』の項目を読んでいただけただろ
うか。このグノーシスにおける『復活』の考え方には二つの意味がある。
ひとつ目の意味は「啓示によって生きているうちに復活する」というこ
とだ。生きているうちに復活?生きているのになぜ復活するのだ?とい
う問いは>>6で記したことと合わせて読むならば解けるであろう。すでに
端的にはニーチェとの関連で語ったことでもあるが。

この世に生まれ出でた人間の生は、グノーシス主義においては本来的自
己の死である。この意味で丸山が言っていた連続性から非連続性へと切
り離されることで、既に一度経験しているという「死」と同様である。
混乱するかもしれないが、私はこれを無理やり逆説的な表現で語ってみ
たい。つまり、グノーシスにおいてこの世に生を受けるということは、
死んだ状態を生きるということであるから、いうなれば「生きていない
生を生きている=死んでいる」ということになるであろう。

「生きていない生を生きている=死んでいる」ので、グノーシスにおい
ては、「生きていない生を生きている」間に復活をもたらす認識の啓示
が待望されることになるのだ。それがまた肉のあるうちに復活を促され
なければならないという『フィリポによる福音書』の説明に表れている。

矛盾しているではないかと思われるかもしれないが、逆説的な表現とい
うものは、真理にそむくように見えて実際には真理をついている。私が
既に示しているこの世に生を受けるということが「生きていない生を生
きている=死んでいる」ということをよく踏まえたうえで、>>4に示され
ている「肉体」にまつわる文をもう一度読んでみると理解できると思う。
8【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2009/02/15(日) 02:53:07  ID:???0
これはそこに示されているようにロゴス(言葉)について考察しなけれ
ばならない。実は私は、博士が私にハヤカワの本(現在読書中)を薦め
てくださったのと、「ぶっとび具合ならヒトのコミュニケーション段階
をブラヴァツキーからコージブスキーまでアカシック的に概観する私論
がある」というお話を聞いて以来、ずっと今展開しようと思っている論
と何がしか関連があるのか、という点で気になっている。それらについ
ては図書館にもなく、知りえない状況にあるのでいずれその話はお聞か
せいただけるとそれを切に願って待つほかない・・・。(:_;)

ハヤカワの本を読み終えればまた見解は変わってくるのかもしれないが、
今のところ私がこのロゴスに関する部分を読んだ第一印象としては「言
霊」がそれに近いのではないか、ということである。>>4にある通り、
『フィリポによる福音書』のロゴスは、肉の領域に内在する神的存在・
諸至高霊のひとつであることを表されているわけだが、そこではそれが
どのような神話論的な枠組みが前提となっているのか定かでない。

わかるのは言葉を発することができるのが肉のあるうちに限る、という
ことであろうか。たとえ「生きてない生を生きている=死んでいる」と
はいえ、肉体的には生きており、啓示を受ければ肉のうちにある別なる
光(本来的自己)は復活する。これは「本来的自己の死」とは言い回し
の問題であって、本来的自己について、忘却状態にあることを比喩的に
言っているのだと捉えればいいだろう。実際には肉のうちにア・プリオ
リに秘められているということなのだ。それだから何を語るのであれ、
肉を離れては何一つ語れないということは、啓示を受ける前に死んでし
まえば、言葉も失われ、即ち肉のうちにある別なる光は復活を受ける前
にそのまま消えてなくなってしまうので、復活できなくなってしまうの
である。言われてみれば簡単だ、肉体がなければ言葉を覚知できる主体
が存在しないのだから。
9極東博士   :2009/02/22(日) 22:15:21  ID:G6iz/z3k0
私はロゴスに関しては「言葉」よりも「論理」が一番近い意味だと捉えています。
映画『マトリックス』に出てくるメロビンジャンなるフランス人キャラ
(プログラム)が事あるごとに口にする「原因と結果」を内実している概念だと。
10【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2009/02/23(月) 23:08:09  ID:???0
「論理」ですか。私はバタイユにしてもユングにしても、ことあるごと
に「言葉」について強調されているので、そっちと絡めておりました。
ご存知の通り、ユングがくどいほどに旧約における智恵文学のソフィア
が新約聖書『ヨハネによる福音書』のロゴスと本質的に同じであると言
う説明ですが。「至高者の口から出でた言葉」とかがロゴス=キリスト
論の表現法とそのままだという。あとは「理性」とヌースですが、これもバタイ
ユとかユングとか丸山の援用です。「論理」というと私が思い浮かべる
のはウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』の冒頭にある有名な語り
文句でしょうか。

「およそ語られうることは明晰に語られうる。そして論じ得ないことに
ついては、人は沈黙せねばならない」

論理は、語ることによって表れるが、論理それ自体に関しては人は語れ
ないとか、そういうところがバタイユの言うところの、人は《知》につ
いて実は《何も知らない》中にいるという説明とかぶっているのではな
いかと考えましたが。バタイユの論理は見るたびに論理の限界を超えて
るゆえに自分で語っていることが無力化するというところにあるんです
が、だから「自分の失敗の程度」を示すとか、ウィトがいうところの沈
黙せねばならないってところをバタイユは黙りませんねw
11【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2009/03/02(月) 21:05:27  ID:???0
博士のご返答はとりあえず待つとして、展開する予定だった残りを先に
片付けてしまうことにしよう。グノーシス主義における「復活」の第二
の意味である。「生きてない生を生きている=死んでいる」状態から、
復活した人間、即ち復活を促す啓示的な言葉(光のグノーシス)によっ
て本来的自己を回復した人間は、終末にあって肉体を脱ぎ去り、魂の故
郷であるプレーローマに回帰する。これがそのままグノーシス主義にお
ける「復活」の第二の意味である。これは積極的な意味での子宮(=両
性具有の至高神)から流産した形で経験した死(=この世の生)を一度
目の死とするなら、「この世の生」の死という形で、積極的な意味で説
明される「子宮」へ回帰する「二度目の死」である。二度目の死によっ
て連続性(=両性具有性)へと回帰するこのグノーシスの神話の表現法
は、壮大な胎内回帰物語ということになるのである。

遠回りに迂回したうえに、あらゆる意味で「生=死」と表されてしまう
この『見かけ』ペシミスティックなストーリーは、しかし「始まりと終
わりは同じところにある」というゼーレのキール議長の台詞とかかわっ
ている。ゼーレの連中は『見かけ』の点でのみ、グノーシスのこの「大
いなる胎内回帰物語とでも言い表せる思想に当てはまっている。結局、
私がエリアーデと絡めて言いたかったのは何だったかというと、連中が
この世に見出した「明瞭に意味付けられた世界=コスモス」は「閉塞し
た世界」という名の「カオス」であったということである。そしてその
ように明瞭に意味づけられたコスモス=カオスの中で、彼らが抱いた願
望から見出せるのは、弱者のルサンチマン臭がプンプン臭う、この世の
生に絶望ばかりしている安直なペシミズムである。彼らのいう「本来の
姿に還る」とは、宗教的儀式という名の自己満足的な死を、本来の姿へ
の「復活」であるとみなしたものだったのである。
12極東博士   :2009/03/02(月) 23:17:24  ID:G6iz/z3k0
ウィトゲンシュタインは戦後の、いわゆる後期が面白いんですよ。
日本では文庫の手軽さもあって『論理哲学論考』しか知られてませんけど。
13【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2009/03/03(火) 02:01:09  ID:???0
戦後、というと言語ゲームみたいなところですかね?ちくまの入門書程
度の知しかありませんが、最も後期のフーコーが「真理のゲーム」につ
いて述べているのがウィトを参考にしているそうで。ウィト自身、前期
の『論理哲学論考』は、その著作自体の彼の記述に「解決」と言い切っ
てしまうほどの自信振りが示されていますが、岩波文庫のわかりやすい
訳をしてくれている野田氏が説明しているようにウィト自身がそれを誤
りだったと認めているようで。
14【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2009/03/03(火) 21:36:22  ID:???0
ええと、ところで博士、先日メールを送っておいたんですが、今日も
一応メールを送っておきました。合計二通といったところですが、よ
ろしくお願いいたします。ちなみに論考自体に関しては沈黙されてお
られますが、大貫や丸山など、死生観について絡めているこの論考の
最後に、以前私にリクエストされていたと記憶しているゼーレの倒錯
問題をフロムの悪の説明と、弱者のルサンチマンとあわせて、グノー
シス主義概論で述べている知り方の位相の問題から、グノーシスの三
つのモチーフに該当すると思しき部分はあれども絶望ばかりしている
だけのグノーシスは本質的に倒錯であるがゆえに、何度もハリボテで
あり形骸化していると述べていると締めくくるつもりでおりました。
ところが書きあがったのもつかの間、いきなりパソコンが吹っ飛ぶと
いうアクシデント・・・。どんだけ〜としか言いようがないっす…。
15極東博士   :2009/03/15(日) 11:22:01  ID:G6iz/z3k0
お気の毒です。バックアップはとりましょう。
後期ウィトゲンはいわゆる意味論ですね。ホワイトヘッドやカール・ポパーらの
科学哲学に大きな影響を与えています。コージブスキーやS・I・ハヤカワらの
一般意味論はこの直系です。
ホワイトヘッドの直接の薫陶を受けたのが、あのハンス・ヨナスですから
意味論/科学哲学/グノーシスは重なる部分が少なくないと思います。
この辺りは研究室でMAGIとの絡みで論考しようと思っていた部分ですが。
もっとも、ホワイトヘッドの代表作『過程と実在』は「英語で書かれた最も難解な書物」
「20世紀に出版された最難解な哲学書」だといわれているので、小生ごときに理解できる
代物ではありませんが。
名前:  E-mail(省略OK)
12  構想中のネタ  (Res:9)
1【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2012/05/31(木) 02:15:00  ID:???0
こんな構想を考えてます。

個体化過程における行動を導き推進する元型[=本能]的な集合無意識(ユング)
アカシャ年代記(シュタイナー)
アルゴリズム的な自動機械プログラムとしての無意識(ペンローズ)
天使(リルケ『ドゥイノの悲歌』)
生きて活動するものの中の機械的なもの(ベルクソン)

これらを存在論的アトラクタとみなす。そしてこの存在論的アトラクタが、旧エヴァのストーリ
ー描写において、「原因と結果」の一連の系列が展開される背後に明らかに透けて見えるという
ことを、特に「残酷な天使のテーゼ」の歌詞から解釈します。

この曲を手がけたプロデューサーの大月俊倫は、作詞家と作曲家をあえて一度も会わせずに制作
させており、作詞を担当した及川眠子は本編内容をほぼ全く知らない状態で作詞している。歌手
の高橋洋子も、レコーディング時点では本編を見たことがなく内容も殆ど知らされていなかった。
及川眠子にいたっては「残酷な天使のテーゼ」の歌詞に『新世紀エヴァンゲリオン』のテーマが
示されたというのは本当か、という問いへの及川眠子の答えは「本編を見ないで作ったからあり
えない。実は今も見ていない」とのこと。

ということは、旧エヴァのストーリーと「残酷な天使のテーゼ」とは、それぞれ全く異なる独立し
た系列であるということです。ただ、結論から言ってしまえば、私の見立てではこれらの二つの系
列は「原因と結果」の一連の系列の展開という点において、同一の状況にある、と思われます。つ
まりシンクロニシティということです。ちょうど「生命のビッグバンとビッグクランチ」と並行す
る形になります。及川眠子が作詞したことをあとで製作側が製作時になぞったんじゃねというツッ
コミが来るかも知れませんが、それはそれでまた同じことが解釈されうる。まあ、このことはコミ
ック版に載ってる庵野秀明の製作にむけての「表明」(流れのままにどこへいくかまだ解らない的
なw)を見れば言われないと思いますが(そしてこの「表明」が「原因」であり、「結果」へと向
かう過程を描き出す)。
2【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2012/05/31(木) 03:27:12  ID:???0
・アトラクタとは力学系(一定の規則に従って時間の経過とともに状態が変化するシステム(系))
がそこに向かって時間発展をする集合である。
・アトラクタは力学系の位相空間の部分集合である。
3【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2012/06/09(土) 02:07:39  ID:???0
元型は存在論的アトラクタというだけじゃ不十分でした。共時性(シンクロニシティ)ならび
に布置(コンステレーション)のことを考えたら、元型には「非因果的連関の原理」の意味も
あるわけなので、元型とは「存在論的−非因果的連関アトラクタ」だといった方がよいかもし
れません。そうしないと、ユングがショーペンハウアーの偶然性と「同時性」とどう違うのか
と述べていることがあまり生きてこないかなと。
ちなみに元型に関して言えば、ゲーテが『色彩論』所収の「直観的判断力」で、カントの『判
断力批判』77節にある元型的知性(intellectus archetypus)[=直観的知性]と偶然性に
ついて引用してるところが興味深いですね。本来は長いところを余りにもはしょりすぎ、と思
われるかも知れませんがw。
「我々は次のような知性を考えることができる。すなわちそれは、我々の知性のように推論的
ではなく、直観的であるために、総合的普遍から、全体そのものの直観から特殊へと、つまり
全体から部分へと進んでいく。[…大幅中略…]その際、このような元型的知性(intellectus
archetypus)[=直観的知性]が可能であることを証明する必要は全くない。我々は形象を必
要とする我々の論証的知性、即ち模型的知性(intellectus ectypus)と、その性質における
偶然性とをこの元型的知性[=直観的知性]と突き合わせつつ、かかる元型的知性という理念
(idee)に到ることを証明するだけでよい。この理念は、それ自身何ら矛盾を含むものではな
いからである。」(カント)
4【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2012/06/09(土) 02:29:54  ID:???0
※ラテン語intellectusはドイツ語のVerstandにあたり、カントはこの2つの語を同義語とし
て扱っていたにもかかわらず、従来の翻訳では前者を知性、後者を悟性と訳しわけて同根の語
があたかも違うもののように扱われていると見えてしまう事態を起こしているとか。なので悟
性と知性とでわけずに知性で統一しました。これは「直観によって与えられる多様に、純粋知
性概念[=量・質・関係・様相といったカテゴリー]に従って統一をもたらす主観の能動的な
能力」で、対象の認識はこの純粋知性概念において初めて成立する。またこの概念によって認
識の対象について判断を下し、対象に法則を与えることも可能になると。

ついでゲーテですが、元型について次のように述べています。
「我々は、不断に創造する自然を直観することによって、その生産の営みに精神的に参加する
のに相応しい者となるべきである。私は最初は無意識のうちに、内的衝動に駆られて、かの原
像的なもの、元型的なものをひたすら追求し、自然に即した叙述を築き上げることに成功した
ので、ケーニヒスベルクの老碩学が自らそう呼んでいる「理性の冒険」を刊行するのを妨げる
ものはもはや何もなかった。」(ゲーテ『色彩論』ちくま学芸文庫所収の「直観的判断力」)
5【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2012/06/09(土) 02:55:33  ID:???0
『残酷な天使のテーゼ』と旧エヴァ本編ストーリーとが共時性[=非因果的連関]の関係
にあるということ。その類例は、リヒャルト・ヴィルヘルムによって独訳されてユングに
よって高く評価された『易経』の易占、E.A.ポオの『ユリイカ』が膨張する宇宙の時
間軸を逆に辿れば最終的にあらゆる科学法則・原理が破綻する特異点が在るということや
銀河系の中心にブラックホールが存在するということを、正確に幻視したこと、パウリの
ケプラー論「元型的観念がケプラーの科学理論に与えた影響」などを挙げておけばよいで
しょうか。同時ではなく時間差のある「有意味の偶然の一致」としての共時性。

ちなみにパウリのケプラー論ではこう言われてますね。
「ケプラーは、観念は神の精神の中に前もって存在し、また創造に際して、神の似像として
の人間の魂に植え付けられたのだと語った。このように、人間の魂が自らに内在的な「直覚」
の助けを籍りて知覚することのできる始源的イメージを、ケプラーは元型的(archetypalis)
と呼ぶ。このようなイメージと、現代心理学においてC.G.ユングが導入し、「幻想」の
「直覚」として働くものと想定された「始源的イメージ」もしくは元型とは、重なりあうと
ころが極めて大きい。」(パウリ)「幾何学こそは世界の美の元型である」(ケプラー)etc
6【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2012/06/09(土) 02:59:00  ID:???0
修正:ゲーテ
「「理性の冒険」を刊行するのを妨げるものはもはや何もなかった。」☓
「「理性の冒険」を敢行するのを妨げるものはもはや何もなかった。」◯
7【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2012/06/09(土) 04:12:08  ID:???0
今回のネタの外のことになるかどうかはまだわかりませんが・・・、
ゲーテの形態学が気になっております。これはユングの元型だけじゃなく、シュタイナー
にも関わるかと。ゲーテの場合、当時のドイツにおいては元型≒遺伝子と考えられていた
ということもちょっと注目してみたいですね。
8【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2012/06/09(土) 13:22:00  ID:???0
いわゆるユングの「元型」の運用の仕方とシュタイナーのアカシャ年代記の運用の仕方の布置連関は、
シュタイナー側だと講演録『歴史を生きる』がわかりやすかったですね。
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13  灰羽連盟のクウとグノーシス−神の王国は汝らの只中にあり−  (Res:4)
1【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2012/01/02(月) 06:14:24  ID:???0
神の王国はいつ到来するのか、とパリサイ人が尋ねたので、イエスは答えて言った。
「神の王国は見られる形で来るものではない。また、『見よ、ここにある』或いは
『あそこにある』などとも言えない。神の王国は汝らの間(只中)にあるのだ。」
(『ルカによる福音書』17章20-21節)

イエスがこのように語った神の王国(原語バシレイアには王的支配(万物支配)の
意が同時に含まれる)[=神の臨在(シェキナー)]を、言葉(ロゴス)という側
面から考えてみたい。おなじみ『ヨハネによる福音書』の冒頭は以下のようになっ
ている。

はじめに、ロゴスがいた。ロゴスは、神のもとにいた。ロゴスは、神であった。こ
の方は、はじめに神のもとにいた。すべてのこと(もの・(万物))は彼を介して
生じた。彼を差し置いては、何一つ生じなかった。彼において生じたことは、生命
であり、その生命は人々の光であった。その光は闇の中にあって輝いている。闇は
光を理解しなかった(打ち勝たなかった)。
(『ヨハネによる福音書』1章1-5節)

通常、人々の間で交わされる言葉(ロゴス)は、相手に対して自身の意向などの理
解を求めて発せられる。そこでは会話成立・相互理解・心の通い合わせが望まれる。
イエスが神の王国・神の王的支配・神の臨在が人々の間・只中にあるといったこと
を、そのままこのロゴス=神と捉えるならば、人々の間・只中にある距離・深淵の
上にこのロゴスがあることで会話が成立していて、それによる相互理解・心の通い
合わせが成立していることと捉えることができる。その共同性の前に人々を分かつ
闇である距離・深淵(つまり非連続性)は乗り越えられるのだと。

しかしイエス自身はどうだっただろうか。イエスの生涯は、人々に理解を求めて言
葉を発するも、その言葉が理解されず、またその言葉故に彼自身が滅ぶという流れ
になってはいなかったか。すると、上記の意味に照らしてイエスその人を見るなら
ば、イエスは人々との間に「神の王国・神の王的支配・神の臨在」が成立していな
いということになる。上記の意味で捉えられる限りのことから言えば、「神の王国
・神の王的支配・神の臨在」が人々との間に成立していない人というのは、孤独な
人であり、他者との間に無限の距離がある人であって、言葉によって深淵が乗り越
えられない人ということになってしまうだろう。

これでは我々がどこから来たのか、我々は何者であるのか、我々は何処へ行くのか
という問いが立っておらず、それへの探求がなされていない。人は本来的に孤独で
あり、その立ち位置のまわりには暗黒の深淵があって、孤独に生まれ孤独に死んで
行く。この孤独と暗黒は自己がどこから来たのかどこへ行くのか分からないという
闇である。上記のような「神の王国」の理解では、本来的自己が解らず、認識され
ていない状態ということであって、これは頽落そのものであるということになる。
このような捉え方は偽であり、真ではない。イエスの言葉が示しているのは上記の
ようなことではない。むしろイエス自身の姿に見出されることを中心に見る必要が
ある。これは、『トマスによる福音書』においてより強調されているように思われ
る。

イエスが言った、「もし汝らを導く者が汝らに、『見よ、王国は天にある』と言う
ならば、天の鳥が汝らよりも先に王国へ来るであろう。彼らが汝らに、『それは海
にある』と言うならば、魚が汝らよりも先に王国へ来るであろう。そうではなくて、
王国は汝らの只中にある。そして、それは汝らの外にある。汝らが汝ら自身を知る
時に、その時に汝らは知られるであろう。そして、汝らは知るであろう、汝らが生
ける父の子らであることを。しかし、汝らが汝ら自身を知らないなら、汝らは貧困
にあり、そして汝らは貧困である。」
(『トマスによる福音書』§3)

彼の弟子たちが彼に言った、「どの日に死人の安息が入り来たり、どの日に新しい
世が来るのでしょう。」彼が彼らに言った、「汝らが待っているものは既に来た。
しかし、汝らはそれを知らない。」
(『トマスによる福音書』§51)

彼の弟子たちが彼に言った、「どの日に王国は来るのでしょうか。」彼が言った、
「それは、待ち望んでいるうちは来るものではない。『見よ、ここにある』、或い
は、『見よ、あそこにある』などとも言えない。そうではなくて、父の王国は地上
に拡がっている。そして、人々はそれを見ない。」
(『トマスによる福音書』§113)
2メタノイア   :2012/12/26(水) 03:01:19  ID:rFrhA/yA0
管理人さん、はじめまして。

貴方の考察対象領域および視座は、私のそれとの親近性を強く感じます。
特に「生命とビッグバンとビッグクランチ」においての考察には、感銘を覚えました。
私は、近々以下のブログのコメント欄にエヴァ関連の考察を上げるつもりでいます。
つきましては、貴方のページのURLの張り付けと紹介の許可をお願いしたく、こちらにレス申し上げました。


サージ船長のブログ
http://two-wave.at.webry.info/
(11.22からコメントしています。)


「そして、人々はそれを見ない。」
これは、グジェフが述べていることの言い換えの先例と私は見ます。

私は、知的理解からその先を射程している者です。

 メタノイア
3【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2012/12/27(木) 20:51:04  ID:???0
メタノイアさん、はじめまして。管理人です。
私のページをお読みいただいたとのこと、また、紹介していただけるとのこと、大変嬉しく思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
4メタノイア   :2012/12/29(土) 12:49:30  ID:rFrhA/yA0
管理人さん、許可してもらい心より感謝します。

グジェフでなく、もちろんグルジェフです。失礼しました。

管理人さんにお礼として、ナンセンスを装う啓示的な1曲を贈ります。
http://www.youtube.com/watch?v=bFssS-wItcw

ありがとう御座います。

 メタノイア
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14  「From Far East Laboratory」 への質問スレッド  (Res:22)
1【管理人】セラフィエル   :2007/06/23(土) 18:44:38  ID:dnxZ8GyY0
このスレッドは極東博士殿が立てられたスレ「From Far East Laboratory」質問コーナーといたします。
これは博士が作られた講義録形式の書き込みを滞りなく進めるための処置です。
では皆々様、ふるってご参加ください。
12極東博士   :2007/07/15(日) 11:10:28  ID:G6iz/z3k0
虚数に関してはメフメトさんが言われるように、その歴史は古いが、一般に浸透するまで、
およそ300年ほどかかっているというのが定説だね。
16世紀にイタリアのカルダーノやボンベリが負の平方根√-15のような数を議論したのが虚数、
複素数の萌芽であるとされている。
それ以前にも x^2+1=0 → x^2=-1 のような方程式の解に意味があるのかは散々議論されたようだな。
実際には1777年にレオンハルト・オイラーが√-1の代わりに「i」を用いた表記法を使用し、
ガウスもこれに倣ったことから虚数iが確立されたのだね。
複素数の使用により、n次方程式の解は複素数の範囲で必ずn個の解を持つ、という数学における
最も重要な定理のひとつ「代数の基本定理」が証明できる。
さらに複素数の応用は実数が直線上の点で表すことができるように、デンマークのヴェッセルと
スイスのアルガンにより、複素平面、あるいはヴェッセル=アルガン平面と呼ぶ二次元平面上に
表すことができるようになった。
ひとつの複素数はふたつの実数に対応するからだね。これが1800年頃とされる。
数を二次元に拡張できると、それはベクトルで表すことが可能になる。
複素数 z=a+ib は方向と大きさをもつことになるからだ。
このことから、もしセフィロトとクリフォートが複素数の関係で表すことができるならば、
それはベクトルを持つものと考えていいと思う。
つまり、各セフィーラは力による「場」を、パスはそのベクトルを表していると密かに考えて
いるのだが、いかがだろうか。
13【管理人】セラフィエル   :2007/07/15(日) 15:14:27  ID:dnxZ8GyY0
>>12 極東博士殿
参考なまでにお一つ、それに関する記述があるホームページを紹介したいと思います。

http://www.school.sanyo.oni.co.jp/contest/ichinomiyakou/angelworld/sephiroto.htm

ただ、私はなにも、クリフォートがカバラである、とは申しておりません。
カバラにあらざるもの、として捉えています。
14【管理人】セラフィエル   :2007/07/15(日) 16:13:05  ID:dnxZ8GyY0
ところで博士、雑談ですが、博士の目から見たyasuakiさんの掲示板におけるビッグ5とはどなたたちのことでしょう?(笑)
15まる   :2007/10/13(土) 14:27:14  ID:Xhjuy8Jg0
はじめまして、まると申します、よろしくです。
では早速、質問です

>エヴァではご存知の「位相空間」

これ、本編のどこにこの言葉は出てきたんでしょうか?
何話のどこどこですと、教えてください

ちなみに、私は全然ご存知ではありませんし、あなたの文章で
初めてしりましたよ
16【管理人】セラフィエル   :2007/10/13(土) 16:12:23  ID:BLWlmbEA0
>>15 まるさん
初めまして、管理人セラフィエルです。
博士は体調を崩されているので、僭越ながら博士に代わってお答えさせていただきます。
位相空間は第二話におけるサキエルと初号機との戦いにおいてその説明があります。
マヤ「ATフィールドの位相空間を中和しています」
あとは、ラミエルのときも「相転移空間を肉眼できるほど、強力なATフィールドが展開されている」と言う説明があります。
なので、きちんとありますし、これについては様々な雑誌や用語辞典にも載っていることですね。
ただ、それについての詳しい説明は、私には力量不足ですww。
博士、後の詳しい説明は、よろしくお願いいたします。
17極東博士   :2007/10/18(木) 23:17:31  ID:G6iz/z3k0
まるさん、はじめまして。
そちらの質問にはセラフィエルさんが的確な回答を与えてくれたようだね。
私の出番はないようだが、少しだけ蛇足を付け加えさせていただこうか。

数学的位相空間、トポロジーとはギリシャ語の「牧歌的な場所」を意味する
トポスを起源とする数学、幾何学の一分野でライプニッツが「位置の幾何学」
と呼んだ学問の発展形だね。これは幾何学図形でさまざまな変換操作を加えて、
なお変化しないもの、つまり幾何学的共通点を探る学問だ。この場合は空間に
おける点同士の関係を意味する。もとの図形と面積や角度の違い、平行線の
関係など、似ても似つかぬ外形であっても点同士の関係が変化しなければ、
その空間は位相的に同相であるとされる。この入り口となるのが一筆書きだ。
小学生時代にさまざまな線画による図形を紙面から筆を上げることなく
描くことができるか。高校になるとこの数学的意味を学んだはずだね。
「オイラーの定理」だ。ネクタイの結び方はいくつあるかというのも
トポロジーの分野で、れっきとした”結び目理論”というものが存在する。
世界地図を国別に塗り分ける”四色問題”もトポロジーの発展と共に取り上げられた。
情報通信分野では”ネットワーク・トポロジー”は最重要問題だ。データを
送るパケットあるいはトークンをいかに効率よく端末に配置できるネットワークを
構築するか、換言すると同じローカルネットワークを二度以上通過しないで、
ネットワーク全体を通信可能状態にしておけるかがネットワーク管理者の
才能に依っている。金融機関のキャッシュコーナー、現金自動受払機は
その代表例といえる。
18極東博士   :2007/10/18(木) 23:18:24  ID:G6iz/z3k0
第20話でリツコがシンジのサルベージ計画を実施中に「クライン空間に囚われている」
という言葉を使っていたね。クライン空間などという単語も概念もないが、
内側と外側のつながった”クラインの壺”は位相空間のモデルとして
よく知られている。もちろん、表と裏がつながった有名な”メビウスの帯”
も代表的な位相空間のモデルだ。メビウスの帯の端をつなげるとクラインの
壺になるのだが、これは一般にはあまり知られていないようだ。

集合論における数学的表現を使えば位相空間とは以下のように定義できる。

1:召鮟弦腓箸垢襦
2:召良分集合の内、あるものが他と区別された開集合である。
3:それらの開集合が以下の a,b,c の三条件を満たす場合、召楼盟蟠間である。
 a:2つの開集合の共通部分はまた開集合である。
 b:任意数の開集合の合併は開集合である。
 c:昭身と空集合φ⊂召漏集合である。
19極東博士   :2007/10/18(木) 23:19:39  ID:G6iz/z3k0
物理的位相空間、フェイズ・スペースを理解するには、我々の三次元空間に
おける事象(出来事)は三つの座標により指定できるのを確認しよう。これに
時間的発展を加えた時空連続体、四次元時空は四つの座標により指定できる。
さらに古典力学での1つの質点の運動に対する初期条件は位置に対して3つ、
速度に対して3つの合計6つの座標が必要となる。この空間のことを
フェイズ・スペースと呼ぶのだね。
20極東博士   :2007/10/18(木) 23:21:31  ID:G6iz/z3k0
より具体的に言えば、三次元空間を動く粒子(物体)に対しては、
その2階微分方程式は3つの2階導関数x¨,y¨,z¨を含み、
6個の変数x,y,z,x¨,y¨,z¨の1階の微分方程式に帰着される。
つまり、運動粒子がk個あれば、6k次元の位相空間が必要になるというわけだ。
六畳一間程度を満たしている空気分子を考えても、100000000000000000000000000000次元
程度の位相空間を用意しなければならない。もっと身近な例を考えてみよう。
もし、車を買い換えようとすれば下取り価格、燃費、車検までの期間、保険料、
乗り心地、動力性能などの各要素を今現在所有している車と比較して考えるだろう。
こうした要素は高次元の点とみなすこができる。まして、他社の競合車と比較する場合は、
さらに次元が増加する。買い換え時はこの空間内で最適の領域を見つけることになる。
同じことは株式市場におけるコンピュータの自動売買プログラムに反映されている。

これはエヴァのATフィールドがある種のエネルギー障壁、ポテンシャル・バリヤー
として表現されていることから動力学と位相空間の関係を見事に表していると思われたが、
第24話で渚カヲルが「誰もが持つ心の壁」などと科学的、物理的、ハードSF的解釈に対する
見事な肩すかしを食らわしてくれたね。
22【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2012/12/02(日) 02:13:24  ID:???0
私の希望ですが、博士が以前仰っていたエヴァと三島とバタイユ、という評論を
読ませていただきたいなと思っています。他にも色々と残っているところはある
と思いますが。
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15  「“シュタイナー”『自由の哲学』入門」  (Res:1)
1【管理人】アイオーン・アブラクサス★   :2012/11/22(木) 18:19:09  ID:???0
シュタイナーが自分の霊学の哲学的基礎付けとした『自由の哲学』。
個人的に敬愛している今井重孝先生が『“シュタイナー”自由の哲学入門』
を8月に刊行されました。
これまでシュタイナーの「入門書」と呼ばれてきたものは多々あるようですが、
『自由の哲学』をまともに扱った「入門書」はこれが日本初なのではないかと思います。
そういう意味で、シュタイナーへの「入門書」としても『自由の哲学』への「入門書」
としても、重要な意味を帯びている著作となっていると思います。
刊行元のイザラ書房でも一気に品切れになり、増刷するという、かなりの売れ行きのようです。

私はどうもシュタイナーの本に関しては、はじめに『自由の哲学』ありきで他の著作を読んでいくスタイルが好きなようです。
そういうこともあって待望の書だったと思いました。
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