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現代人が納得できる日蓮教学

1管理者:2005/07/16(土) 10:06:55

新しいスレッドテーマの提案が有りましたので、立ち上げます。提案文は以下の通りです。

1721 名前: 顕正居士 投稿日: 2005/07/16(土) 06:59:06

ここは「つぶやきすれっど」なので1700 1705 1706 1709 1718 1720などの内容について意見を交換するスレッド
を作ってはどうでしょうか?「現代人が納得できる日蓮教学」とか。

わが国の仏教の「現代」はいつ始まるのか?飲光慈雲が悉曇学を復興し、富永謙斎が経典成立史を解明した
18世紀だろうとおもいます。この時点では睡眠中の仏徒は未だ覚醒せず明治の廃仏に至った。ようやく各宗は
欧州へ留学生を送って、現代仏教学が誕生した。以後、わが国の仏学の発達はめざましい。だが各宗の先哲、
さまざまに改革の努力をしたけれども、ついに葬式仏教から脱化しなかった。現代仏教学の知見は薄弱にしか
普及せず、伝統宗学の学習すら衰退した。そこで人民の宗教需要はほとんどが新興宗教に吸収されていった。

結局、わが国の仏教は今は整然、3種類に分かれるに至った。学問仏教、葬式仏教、仏教系新興宗教である。
伝統宗学も学問仏教に属する。いつの時代でも高等な学問は少数学僧のことで、在家信者の多数は基礎的な
宗学も知らなかったといえばそうであろう。問題は間を繋ぐ一般僧侶の教養である。かつて日蓮宗諸派の壇林
では能化に至るのには20年ほどかかった。天台の六大部を隅々まで学習するのにはそれくらい必要であった。
今日では僧侶と在家信者の教養には大差がないから、仏教学者、宗学者たちは直接に在家信者を対象にした
著作をよく出すようになった。葬式仏教、新興宗教に満足しない読者は増加しているようである。読書仏教の
隆盛である。わが国の仏教が結果的に当たり前のところに到着したのだといえる。現代仏教学の見識の上に
立った仏学書を手引きにして、次には自ら仏典を読む、それが在家仏教徒の基本である。中国、台湾の仏教
はまったくこういうあり方である。漢文がわれわれよりも楽に読めるからであるが、仏教学が発達した日本では
サンスクリット語、パーリ語からの現代日本語訳経典も溢れており、仏教を学ぶにはわが国が最高の環境です。

263古池:2005/10/09(日) 08:11:22

乾闥婆さん

262 
貴重な内容を教えて頂き、大変有難うございました。

264犀角独歩:2005/10/09(日) 09:05:38

乾闥婆さん

読む限り、平川師の説は説得性があります。

西暦前後、仏教の教理は如何に生まれ、また、如何に伝承されたのでしょうか。
メディアがあるわけではありませんから、生み出す集団があり、そこに所属し学ぶという形であったろうと思われます。空の思想を生み出した集団、もしくは地域があり、そこから、般若経は生じたということになるのでしょうか。

この集団と、法華経を生み出した集団は別のものである。般若経創作集団から、独立した、もしくは別の集団である法華経創作集団が、空を肯定的に捉えながら、自分達の教理を作り上げた、しかし、その元来の在り方は「有」であった…。

以上のような仮定は成り立つのでしょうか。

平川説で興味深いのは「信は有に拠る」という件でした。
空観というのは無限の追究連鎖のようなところがあります。最終的には「空」が教理として実体化すれば、それ自体がまた空である…、と延々と続くわけです。信も何もあったものではありません。あるとすれば、空であるという論証を信じることですが、これ自身もまた空であるとなっていくわけです。教理上の空は四句分別止まりでいちおう、その辺でうち切られますが、その気になれば、この己心観察は無限の追究連鎖となりますね。

たしかに法華経寿量品にいう、漢訳仏典に依拠する教理でいう久遠本仏を「空」と見れば、もはや、信仰は成り立たないわけです。平川師が指し示していることとは、別意でしょうが、ここ数年のわたし自身の信仰に対するメランコリックの正体を見た思いがあります。まあ、この正体もまた、空ならば…となりますか。一つの法華経を見る客観的な視点を提供したものと評価できると思えました。

資料のご呈示、有り難うございます。

265古池:2005/10/10(月) 12:01:21
独歩さん

おはようございます。
妙法蓮華経観音品第25に「一心称名…称其名号…称観世音菩薩名者…一心称観世音菩薩名号……倶に声を発して・南無観世音菩薩と言わん・其の名を称するが故に・即ち解脱することを得ん…皆応に観世音菩薩の名号を受持すべし…」とありますが、「南無観世音菩薩」と唱えることと、「南無妙法蓮華経」と唱えることとの違い・異同などについて教えて頂ければありがたいです。

266犀角独歩:2005/10/10(月) 14:28:58

小池さん

なかなか勉強なさっていますね。

「南無観世音菩薩」に該当する岩本師の梵本直訳は

「われらに安心を授けたもう偉大な志を持つ求法者アヴァローキテーシュヴァラを、崇め奉る、崇め奉る」(下 P246)

となっています。

観世音菩薩は Bodhisattva Mahasattva Avalokitesvara が正確なところでしょうが、Avalokitesvara 通称とされる如くです。。

南無妙法蓮華経という訳語成句より、当然のこととして、「南無観世音菩薩」のほうが先行するわけですね。その称名の功徳は同品に記される如くですが、南無妙法蓮華経は臨終正念に属する秘伝であるというのが、真偽未決書などで引用されるところで、その意味は異なります。

「此等の大師等も南無妙法蓮華経と唱ふる事を自行真実の内証と思食されしなり。南岳大師の法華懺法に云く「南無妙法蓮華経」文。天台大師云く「南無平等大慧一乗妙法蓮華経」文。又云く「稽首妙法蓮華経」云云。又帰命妙法蓮華経」云云(当体義鈔)

また、前者は菩薩信仰であるのに対して、後者は経典(経題)信仰である際があります。

観音信仰は、法華経に習合された独立した信仰であったというのが一般的な見方であったと記憶します。岩本師は観音にはかなり興味を懐いていたようでいくつか論文を発表しており、仏教界に一顧だにもされなかったのに、美術史家が絵画彫塑像の視点から岩本師の観音説に注目したということがあったようでした。(『観音の表情』淡交社に対する書評など)

また、その考察において、

「この菩薩の起源はなお明確ではないが、西アジア方面の宗教思想の影響を受けていることは疑いえない。例えば、葉枝観音に関する宗教儀礼に葉のついた枝でたたくことが知られているが、これは西アジアにおける母神ナナイアのそれである。現在、その影響はイスラエルにおけるユダヤ教の儀礼にも見られるところで、葉のついた枝は繁殖のシンボルであるという。この事実を考えると、敦煌に見られる楊柳観音・水月観音が右手に楊柳の小枝を持っているのは、ナナイアと関係のあることを疑いえないであろう。特に、観音像のあるものが女性的に描かれている事実は、この菩薩の本質ないし始源型が女性であった子とを示していると考えられる。それと同時に敦煌の楊柳観音が髭をつけているのは、変成男子のシンボルと考えられ、その菩薩の本質を明らかにしているものとして興味深い。わが国で名高い慈母観音も子どもを抱いている点から考えて、あるいはマリヤ像の変化したものであるかもしれない」(『佛教入門』中公新書 P156)

といいます。

267犀角独歩:2005/10/10(月) 14:29:21

―267からつづく―

さらに岩本師はまた、漢訳の「観」の字について、

「『観』の字をかむらせた経典……注目されることはこれらの訳者はすべて西域の出身者、また経典の構成ならびに発想法がインド的でない点である。とくに、『観経』の場合、その点が指摘される」(『極楽と地獄−日本人の浄土思想』三一新書 P51)

といいます。もちろん、同品をこれに直ちに該当するかどうかは一考を要するでしょうが、しかし、この漢訳『観世音菩薩普門品』は重大な削除が為されています。

岩波文庫『法華経』でいえば下巻 P268〜269 です。
お持ちであれば開いてみてください。なければ、真読でいえば同品の「福聚海無量。是故頂礼」と「爾時持地菩薩。即従座起」の間が大きく欠落しています。いま、その欠落部分を挙げます。

「ローケーシュヴァラ=ラージャ(世自在王)を指導者とした僧のダルマカーラ(法蔵)は、世間から供養されて、幾百劫という多年のあいだ修行して、汚れない最上の「さとり」に到してアミターバ(無量光)如来となった。(28)
アヴァーローキテーシュヴァラはアミターバ仏の右側あるいは左側に立ち、
かの仏を扇ぎつつ、幻にひとしい一切の国土において、仏に香を供養した(29)
西方に、幸福の鉱脈のある汚れないスカーヴァティ(極楽)世界がある。
そこに、いま、アミターバ仏は人間の御者と住む。(30)
そして、そこには女性が生まれることなく、性交の慣習は全くない。
汚れない仏の実子たちはそこに自然に生まれて、蓮華の体内に坐る。(31)
かのアミターバ仏は、汚れない心地よい蓮華の胎内にて、
獅子座に腰をおろして、シャーラ王のように輝く。(32)
彼はまたこの世の指導者として三界に匹敵する者はない。わたしはかの仏を賛嘆して、『速やかに福徳を積んで汝のように最も優れた人間(仏)になりたい』と祈念する。(33)」
以上はまた、以下の Kern 訳と対応するのでしょう。

28. This universal Lord, chief of kings, who is a (rich) mine of monastic virtues, he, universally worshipped, has reached pure, supreme enlightenment, after plying his course (of duty) during many hundreds of Æons.
29. At one time standing to the right, at another to the left of the Chief Amitabha, whom he is fanning, he, by dint of meditation, like a phantom, in all regions honours the Gina.
30. In the west, where the pure world Sukhakara is situated, there the Chief Amitabha, the tamer of men, has his fixed abode.
31. There no women are to be found; there sexual intercourse is absolutely unknown; there the sons of Gina, on springing into existence by apparitional birth, are sitting in the undefiled cups of lotuses.
32. And the Chief Amitabha himself is seated on a throne in the pure and nice cup of a lotus, and shines as the Sala-king.
33. The Leader of the world, whose store of merit has been praised, has no equal in the triple world. O supreme of men, let us soon become like thee!

先の観経との脈絡を大いに感じさせます。なお、33 の Sala-king とは Visnu のことで、234 に挙げた点とも一致します。

以上の点が、流通する妙法華では削除されています。この原因は、羅什が翻訳に充てた本と Kern 師・南条師が用いたテキストが違うのか、羅什は訳した後世削除されたのか、わたしはその点は落着しておりません。しかし、英訳では入っている以上、こちらが世界水準です。

「アミターバ(無量光)仏」とはことわるまでもなく阿弥陀仏のことです。
観音世菩薩の起源がマリアであり、ナナイアを経て、阿弥陀仏と関係する菩薩信仰を生み、やがて、法華経に摂取され、それを羅什は「南無観世音菩薩」と訳したという‘削除’された経緯を見なければならないということです。

268犀角独歩:2005/10/10(月) 17:27:10

【267の訂正】

誤)始源型が女性であった子と
正)始源型が女性であったこと

誤)後者は経典(経題)信仰である際があります
正)後者は経典(経題)信仰である差異があります

269古池:2005/10/10(月) 17:37:07
独歩さん
266-267 大変有難うございました。

>真読…同品の「福聚海無量。是故頂礼」と「爾時持地菩薩。即従座起」の間が大きく欠落

おっしゃる欠落しています。
法華経の中に記されているということは、アミターバ仏並びにその脇士である観世音菩薩(アヴァーローキテーシュヴァラ)に対する親和性があったと想像されます。
そして、観世音菩薩への信仰を認めていると想像すると寿量品の久遠実成仏・釈尊に対する信仰との関係はどうなんだろうと思いました。

270古池:2005/10/10(月) 17:46:55
真偽未決の「御講聞書」では、「…観音とは法華の異名なり、観音と法華とは眼目の異名と釈する間・法華経の異名なり…」とあり、
真偽未決である「御義口伝」では、「…この品は甚深の秘品なり・息災延命の品なり・当途王経と名づく…観音・法華・眼目異名と云いて観音即ち法華の体なり…」とありますが、「眼目異名」という意味が分かりませんでした。

271犀角独歩:2005/10/10(月) 17:54:01

小池さん

> 「眼目異名」

これは、そんなむつかしい意味ではありません。
眼も目も、意味するところは同じで、名(字)の異なりである、という意味です。
つまり、その程度の差であるということでしょう。

わたしはこの言葉を、『大日蓮』に載った『皆目抄』説法で聞いたのをいまでも覚えています。

272犀角独歩:2005/10/10(月) 17:55:44

また、打ち間違えてしまいました。

誤)『皆目抄』
正)『開目抄』

273犀角独歩:2005/10/10(月) 22:23:49

ざっと検索してみる限り「眼目(之)異名」は

『俱舍論記 (卷18) 』
http://www.buddhist-canon.com/ABHIDARMA/pitan/T410289a.htm

『大乘玄論』
http://humanum.arts.cuhk.edu.hk/~hkshp/cclassic/suitang/jicang2.txt

に見られ、その他、主要な疏には法華、般若、浄土を問わず、使用されていますね。

法華義疏
http://w3.cbeta.org/result/normal/T34/1721_005.htm ほか

意味は、法華般若を眼目異名とする、もしくは報応二身を眼目異名とするといった用法が主だったものと見えます。

274一字三礼:2005/10/10(月) 23:15:54
横レス失礼します。

阿弥陀仏と観音菩薩

無量寿仏(アミターユス)の成立は古く、大乗仏典の中でも最初期に成立した経典のひとつ「般舟三昧経」からすでに登場します。

「妙法蓮華経」の化城喩品第七では「阿弥陀」、薬王菩薩本事品第二十三では「阿弥陀仏」とだけ記されておりますので、アミターユスかアミターパか分かりかねますが、「正法華経」の往古品第七では「無量壽超度因縁如來」、藥王菩薩品第二十一では「無量壽佛」と書かれていることからアミターユスとしての仏格で登場していることがわかります。

岩波文庫「法華経」の該当箇所では七の’前世の因縁’では「西の方角には、(九)アミターユス(無量寿)という如来と、」、二二の’バイシャジヤ=ラージャの前世の因縁’では「かの尊きアミターユス如来」とされます。

そこで妙法華は梵文が未だ発見されていないので正確には分かりませんが、正法華、岩波版現代語訳の二種類に共通していることから、法華経で阿弥陀仏が登場する時の仏格はアミターユスだったのではないかと考えられます。

また、華厳経(六十華厳)でも小品般若経でも登場する阿弥陀仏はアミターユス(無量寿)仏。
無量光仏(アミターパ)は、浄土三部経では「大経」に、「小経」では無量寿仏(アミターユス)です。

経典からはアミターユス(無量寿)とアミターパ(無量光)では、アミターユスの方が仏格成立が古いように感じられますが、もしかしたらその発生場所自体が異なるのかもしれません。

岩波文庫「法華経」二四の’あらゆる方角に顔を向けたほとけ’では「アミターパ仏」として登場しておりますが、同テキスト内で他の場面ではアミターユスですし、正法華経でも同様なので、ここだけアミターパとあるのは不自然です。(一)


阿弥陀仏と観音菩薩と勢至菩薩は常にセットのように考えられておりますが、「般舟三昧経」に登場するアミターユスは観音菩薩を伴ないません。「小品般若経」でも、アミターユスと観音菩薩は違う場面で現れます。法華経テキストも同様にアミターユスが登場する場面では観音菩薩は出てきません。

「般舟三昧経」「小品般若経」「法華経」から言えることは阿弥陀仏は少なくともアミターユスの段階ではまだ観音菩薩と密接に結び付いていなかったという事実です。(二)


(一)と(二)から岩波文庫「法華経」の下巻 P268〜269 のアミターパと観音菩薩が共に登場する部分は、他の法華経テキスト(正法華経・妙法蓮華経)に欠落していたのではなく、後代に付加されたとみるべきではないでしょうか。つまり、岩本師の採用したテキストがかなり新しいものだったのではないでしょうか。

275犀角独歩:2005/10/11(火) 06:53:42

一字三礼さん

274のご投稿、たいへんに興味深く拝読しました。

> 化城喩品第七…薬王菩薩本事品第二十三

Kern 訳では以下のとおりで、仰るように無量寿仏です。

Tathâgata named Amitâyus(CHAPTER VII.ANCIENT DEVOTION.)
Amitâyus(CHAPTER XXII.ANCIENT DEVOTION OF BHAISHAGYARÂGA.)

それに対して、たしかに観音経のみ、無量光仏となっています。

the Chief Amitabha,(CHAPTER XXIV.CHAPTER CALLED THAT OF THE ALL-SIDED ONE, CONTAINING A DESCRIPTION OF THE TRANSFORMATIONS OF AVALOKITESVARA.)

> アミターユスの方が仏格成立が古い…その発生場所自体が異なる…

なるほど。そして、観音を伴うのは無量光仏であるということですね。
一字三礼さんに申し上げるまでもありませんが、法華経に現れる観音は、「観自在」とするほうが正しく、「観世音」は合成語理解の混同から生じた訳だというのが岩本師の解説でした。「あらゆる方角に顔を向けたほとけ」とは、 Samantamukha という別名を充てたということでした。この点は岩本師は Kern/Nanjiou の英訳を踏襲しているのだろうと見えます。

> 「正法華経」
こちらの漢訳は実に難読で、対照するのに骨が折れますが、観音に相当する菩薩は「光世音」と訳されているわけですね。ここでも、無量光仏に該当する箇所はないようでした。

いちおう、『添品妙法蓮華經』でも当たってみましたが、無量光如来(Amitabha)に該当する章句は、やはり、ありません。

> 欠落していたのではなく、後代に付加

なるほど。たしかにこの見方は説得性があります。

> 岩本師の採用したテキストがかなり新しいもの

岩本師が、というより、Kern 師・南条師本が、ということですね。

Saddharmapundarika,ed.by H. Kern and B. Nanjio, St.-Petersbourg 1912(Bibliotheca Buddica X)

実際のところ、羅什が翻訳した梵本法華経と、Kern/Nanjiou 本、特に観音・陀羅尼のあたりでは、相違が著しいわけです。元より、違うテキストによる二つの訳を並べて編集するという岩波文庫『法華経』の編集方針というのは、感心しません。

話が横道に逸れましたが、一字三礼さんのご指摘からすると、

Amitâyus > 羅什翻訳梵本成立 > 羅什訳 > Avalokitesvara(Samantamukha)/Amitabha > Kern/Nanjiou 本

という成立推移があるということになるのでしょうか。

276犀角独歩:2005/10/11(火) 07:58:32

重ねて一字三礼さん

『法華経』上(岩波文庫)の『解題』では

24.Samankamukha. ― <正法華> 光世普門品第23 ― <妙法華> 妙音菩薩品第23(同 P423)

となっていますが、対応する妙法華の章は、観世音菩薩普門品第25だと思うのです。
この対照表、間違っていると思いませんか。

277犀角独歩:2005/10/11(火) 13:52:43

古池さん

ただいま、Pohさんから、お電話を頂戴し、わたしが、ずっと古池さんのお名前を間違えているとのご指摘を受けました。いやはや、たいへんに申し訳ありませんでした。
謹んでお詫び申し上げます。

278一字三礼:2005/10/11(火) 21:27:19

犀角独歩さん

レスありがとうございます。

> 法華経に現れる観音は、「観自在」とするほうが正しく、「観世音」は合成語理解の混同から生じた訳だというのが岩本師の解説

 岩本師説は以下の論考について考慮いないように思います。少し長い引用になりますが、

 「観自在―原語アヴァローキテーシュヴァラ(Avalokitesvara)を玄奘は「観自在」と訳した。この語は「観」(Avalokita)+「自在」 (isvara)と分解し得るのでそのように訳した。チベット訳語(spyan ras gzigs dban phyug)も同様の解釈に立っている。しかしクマ  ラジーヴァ(Kumarajiva 鳩摩羅什、略して羅什という)は『法華経』を漢訳したときにこの語を観世音または観音と訳した。
  何故そのように訳したか?第一の見解によると、クマラジーヴァが『観音経』の趣意をとってそのように美しく訳したというのである  。『観音経』すなわち『法華経』の普門品には      
      『若有無量百千万億衆生、受諸苦悩、聞是観世音菩薩、一心称名、観世音菩薩、即時観其音声、皆得解脱』
  とある。(柳博士『梵語学』二四一頁以下)第二の見解によると、観音の原名は古い時代にはAvalokitesvaraではなくて       Avalokitasvaraであったと推定され、またそのことは『法華経』西域本によっても確かめられる。(例えば本田義英博士『法華経論』  弘文堂、昭和十九年、一九五頁以下、同氏「観音の古名について」『竜谷大学論』第二九六号、昭和六年二月)その場合には、衆生に  音声を観ぜしめるという仏菩薩の慈悲行を、ついに人格化してここに観音という菩薩を表現したのであると解せられている。」(岩波  文庫 般若心経・金剛般若経)

第二の見解での、いわゆる’観音’は古名であるというのも事実のようです。(中村元説)


> Amit&acirc;yus > 羅什翻訳梵本成立 > 羅什訳 > Avalokitesvara(Samantamukha)/Amitabha > Kern/Nanjiou 本

先に挙げた中村師説を考慮に入れれば、

Amit&acirc;yus/Avalokitasvara > 羅什翻訳梵本成立 > 羅什訳 > Avalokitesvara(Samantamukha)/Amitabha > Kern/Nanjiou 本

となりますでしょうか。


> この対照表、間違っていると思いませんか。

イージーミスとは言えませんね、完全に誤りですね。

279小池:2005/10/11(火) 22:45:17

独歩さん、一字三礼さん

大変有難うございます。

上記のすばらしい解説で尽きていますが、あくまでひとつの参考までとしてですが、

「大乗仏典・法華経」(中央公論社、昭和51年刊)の訳注では、ちなみに次のように記されています。

観世音菩薩について
173 「自在に観察する」Avalokitesvaraに相当する漢訳としては、「観世音」よりも「観自在」のほうがふさわしい。ただし、中央アジアで発見された写本の断片にはAvalokitasvaraとなっていることから、これが観世音と訳されたとも考えられている。…

普門品偈について
177 「普門品偈」と呼ばれる詩頌は、「法華経」のなかで最も遅く成立した部分と考えられている。「妙法華」のなかのそれは羅什の訳ではなく、「添品」からのちになってとれいりられたものと推定されている。しかも、「添品」のばあいも、それ以前に訳されていた先賢の訳をそのまま編入したと考えるのが最も妥当な解釈かと思われる。

普門品偈の28から33の欠について
181 詩頌27から33は漢訳に欠く。これらは詩頌26までよりもさらに遅く成立したもので、おそらく「無量寿経」などに見える観世音菩薩を阿弥陀如来の脇侍とする思想になじんだものが加えたものであろう。
(注:詩頌27は28と思われます)

無量光如来について
182 「世間の主の王」は、「量り知れない光明(無量光)」如来、すなわち阿弥陀如来がまださとりをひらく前、「法の源泉(法蔵)」菩薩であったとき指導した本師の如来のこと。

アミターバかアミターユスについて
7化城喩品 無量の寿命(阿弥陀)という名の、正しいさとりを得た尊敬さるべき如来
22薬王品 無量の寿命(阿弥陀)如来
24観音品 無量光如来、量り知れない光明(無量光) 

と使い分けられていますね。なぜ(阿弥陀)となっているかは不明です。

280犀角独歩:2005/10/12(水) 07:11:01

> 一字三礼さん

観音の古名のこと、参考になりました。


> 古池さん

引用の書籍、長尾雅人師のものですか。
だとしたら、わたしは30年前に読みました。


> Pohさん

昨日はお電話有り難うございました。
以下、お二方へのレスも含めて、やや記します。

■法華経の成立は西暦前後200年という大枠で、わたしが考えすぎているとのご指摘

以下は『法華経』上 (岩波文庫)P428 に載る図を写し。

原型┬中央アジア本┬┬─正法華
  │      │└─コータン本
  │      └──妙法華
  └カシミール本┬──ギルギット本
         └┬─添本法華
          └┬チベット語本
           └ネパール本

(上記の表形式が崩れて見える場合は、Ineternet Explorer の[ツール(T)]、[インターネット オプション(O)]、[フォント(N)]、[Web ページ フォント(W)] のフォント種類を‘MS P〜’を‘MS〜’に変更すると、崩れずに表示されます)

■法華経の成立を西暦150年までに、とする点。

「たしか、『法華経』(田村芳朗・中公新書)に…」と仰った本、手許にありましたので、めくりました。

「…西暦150年ごろと見なしたのは、200年前後の出身であるナーガールージュナ(竜樹)の『大智度論』に『法華経』の最後の章まで引用されているからである」(P44)

とのことでした。なるほど、そうだったかと思い出しました。

仰るように‘この時点の法華経’として、立論するのは短絡でした。
なお、同論と竜樹、成立年代などには、その後、種々、検討されてもきましたが、いまは繁くなるので、ここまで。

281犀角独歩:2005/10/12(水) 07:11:46

―280からつづく―

■Kern の法華経はネパール本を校訂

田村師によれば、「オランダのケルン(H. Kern)と日本の南条文雄師が、デーヴァ・ナーガリー文字でもって法華原典を出版した。これは、ネパール系諸本に中央アジア系のペトロフスキー本などで校訂…英訳を試み、1884年にオックスフォードから“The Saddharmapundarika; or, The Lotus of the True Law”」(同P58)

ということでした。

岩本師は『法華経』上で「『添本法華経』は…現行のネパール所伝のサンスクリット語原典と一致している…従って現行原典の祖型はその訳出年次(世紀601年)より以前に遡れることが知られよう」といいます。

しかしながら、わたしが問題にした普門品の「阿弥陀」(Amit&acirc;bha)の記載に当たる文は『添本法華経』にはありません。7世紀の段階ではなかったわけです。この点で、岩本師の訳文と『解題』は整合性がありません。

ところが、この点について、『極楽と地獄』には、ちゃんと書いていました。

「3世紀と5世紀の初めに訳された『正法華経』にも『妙法蓮華経』にも見当たらない。すなわち、この二つの漢訳の原本にはこの箇所はなく、現在の梵本の祖先に後に添加された…アミダ信仰は後世の附加物といわねばならないだろう」(三一書房 P80)

一字三礼さんの274に「後代に付加」とのご指摘は的確な問題提議であったわけです。
よって、古池さん、謹んで訂正します。

■この法華経梵本テキストはいつ頃のものか

岩本師は「ペトロフスキー本…7・8世紀の書写といわれる」(上 P416)、また、大谷本…ギルギット…5・6世紀の書写とされ」(同 P421)といいます。

田村芳朗師は「ネパール系は11世紀、中央アジア系はそれ以前…7、8世紀の筆者と推定されるもの(ペトロフスキー本)もある。ただし、最近になって一部、新説が出てきた。7、8世紀の筆者と推定されたものを含め、2、3の中央アジア系写本はむしろネパール系より新しいという」(『法華経』中公新書、昭和44年7月25日 P58)

11世紀!、Pohさんの記憶は合っていました。「日蓮の100年前」という指摘もまさにそのとおりでした。

皆さん、有り難うございました。
今後とも、有意義なご投稿をお願いいたします。

282Poh:2005/10/12(水) 14:26:53
独歩さん

すっかりお手間とらせてしまい申し訳ありませんでした。
とにかく私が、手持ちの学会&仏教関係書籍と資料を人に貸してしまっているため、
自分で調べることができないのが悪いのです。

掲示板への投稿を休むにあたり、「資料や書籍がなければ、書き込みもできまい」などと浅慮を働かし、
元々少ない蔵書の大半を知人の求めに応じて貸し出してしまったのが、かえってあだとなってしまいました。
といって、しばらくは図書館等で調べ直す時間もなく……ということで、昨日の電話と相成った次第です。

私は仏教に関してはほとんどが『読み学問』のため、人名、経典名ほか、なにかと間違った発音をすることが多く、
電話での聞き取りにはご苦労をおかけしますことも、加えてお詫び申し上げておきます。
私の頓珍漢な考察や解読不能の発音にも、いつも笑いもせず真剣に耳を傾けてくださる独歩さんには、本当に頭が下がるばかり。

事の関係で、このような気軽な書き込みなら打ち込む時間はなんとか作れるのですが、
この掲示板へのマジレスの場合はそういうわけにもいかず、
しかと種々の資料を精読し、しっかり裏付けをとるための時間がどうしてもとれません。
(その上、ここ3年ほど学会や仏教にはとんとご無沙汰だったですし……)

その点、ご迷惑をおかけしますが、今しばらくわがままをお許し下さいませ。
今度とも何卒宜しくお願いいたします。(土下座!)

283小池:2005/10/12(水) 20:20:19
独歩さん

大変有難うございます。大変勉強になります。

ささいなことですみませんが、
10月9日の独歩さんのブログを拝見していたところ
>「本尊説を確立されたのは望月歓厚師。立正教学の基盤を確立したといっても過言ではない」
と記されていますが、法華経の題目観についての考えなども望月師の考えは拝聴すべきものがあるのでしょうか。もしもご存知でしたら教えて頂ければありがたいです。

284小池:2005/10/12(水) 23:45:50
独歩さん


不軽品20で、「我深敬汝等。不敢軽慢。所以者何。汝等皆行菩薩道。当得作仏。」
(我深く汝らを敬う。あえて軽慢せず。ゆえんはいかん。汝らみな菩薩の道を行じて、まさに作仏することを得べし)
の24文字の略法華経をもとに仏となったというものだと思うのですが、間違っているかもしれませんが、敬う心で仏になるという理屈なのでしょうか。
単に敬う心が大切ならば、人に瞋恚を生じさせるような振る舞いをしなくてもいいと思うのですが。この品の文脈も私の浅薄な頭ではよく把握できませんでした。

御義口伝では「この24字と妙法の5字は替われども・其の意はこれ同じ・24字は略法華経なり」とありますが「其の意」が妙法5字と24字で同じというのはどういう訳でなのでしょうか。
いつも幼稚な質問ですみません。教えて頂ければありがたいです。

285犀角独歩:2005/10/13(木) 08:30:25

Pohさん

また、お気付きの点がございましたら、ご一報ください。
有り難うございました。

286犀角独歩:2005/10/13(木) 09:26:28

小池さん(こちらの字でよろしいのでしょうか)

> …法華経の題目観…望月師の考えは拝聴すべき

ブログは、一種の備忘録で、該当記載も片岡邦男師の講義内容を記すばかりです。
望月師の題目観を、不勉強なわたしには直ちに簡潔に思い出せませんが、参考にすべき内容があれば、資することは大いにけっこうなことであろうと考えます。

> 不軽品…敬う心で仏になるという理屈

そのように言えないこともありませんが、より正確に記せば、ここのコンセプトは、礼拝行であり、「其罪畢已」ということでしょう。その礼拝は「敬い」「堪忍」に基づくという順位でしょう。そのような不軽の心身は「浄い」=罪を積まない=過去から蓄積された罪が消える=結果、仏果を得るということであろうと思います。

> 人に瞋恚を生じさせるような振る舞い

「瞋恚」するかどうかは、礼拝された相手の心の問題です。
敬われ、敬いの心、信順の心が生じれば順縁、瞋恚が生じれば逆縁、順逆共に仏縁、瞋恚の人有って・敬礼する側が心にただ礼拝の順のみあれば、罪を滅するというのが教学的な態度であろうかと存じます。

「不軽菩薩の悪口罵詈せられ、杖木瓦礫をかほるも、ゆへなきにはあらず。過去の誹謗正法のゆへかとみへて、其罪畢已ととかれて候は、不軽菩薩の難に値ゆへに、過去の罪の滅するかとみへはんべり」(転重軽受法門)

> 御義口伝…「其の意」が妙法5字と24字で同じ

御義口伝を日蓮の直接の説とすることはできません。この点については、わたしのサイトに執行海秀師の『日蓮教学上に於ける御義口伝の地位』という秀でた論文を置いているので資してください

http://www.geocities.jp/saikakudoppo/kaishu_002.html

該当の箇所は

「第五 我深敬汝等 不敢軽慢所以者何汝等皆行菩薩道当得作仏の事
 御義口伝に云はく、此の二十四字と妙法の五字は替はれども其の意は之同じ。二十四字は略法華経なり」

と二十四文字についての御義口伝という体裁を取っています。その意が同じというのは、この二十四文字が示す、敬い、軽慢しない、一切衆生が菩薩道によってやがて仏を得るとする点が、法華経典全編であれ、二十四文字であれ、題目の五字であれ、同じである、故にこの二十四文字は簡略に示された法華経といえるということでしょう。

この解釈は当を得ています。ですから、いま、法華経を信仰する、日蓮を信仰するといい、経巻、遺文を読み、口に題目を唱えても、相手が不信、謗法であるなどと理由を付けて、敬わず、軽慢すれば、そのような信仰者は法華経、日蓮の意に外れるということを、この文は示しているのです。信仰者、行者の心の置き方を示した簡潔な説明です。

なお、真跡で、この「二十四文字」を示すのは、やはり、以下の文でしょう。

「本門の本尊・妙法蓮華経の五字を以て、閻浮提に広宣流布せしめんか。例せば威音王仏の像法之時、不軽菩薩、我深敬等の二十四字を以て彼の土に広宣流布し、一国の杖木等の大難を招きしが如き也。彼の二十四字と此の五字と、其の語は殊なりと雖も、其の意、之同じ。彼の像法の末と、是の末法の初めと全く同じ。彼の不軽菩薩は初随喜の人、日蓮は名字の凡夫也」(顕仏未来記)

言うまでもありませんが、「不軽菩薩は今の教主釈尊なり」(日妙聖人御書)で、この点は不軽菩薩品に「豈異人乎 則我身是」で菩薩行の釈尊です。比して日蓮は、その初発心の弟子・上行の自覚で名字凡夫を言うのでしょう。ただし、これは名字凡夫=示同凡夫=自受用という日蓮のあずかり知らない『秘密荘厳論』の諸説とは関係のないことです。生仏(衆生・仏)の配立に基づくのであろうと考えます。

「天台大師の云く ̄是我弟子応弘我法〔是れ我が弟子なり、応に我が法を弘むべし〕。妙楽の云く ̄子弘父法有世界益〔子、父の法を弘む。世界の益有り〕。輔正記に云く ̄以法是久成法故付久成人〔法是れ久成の法なるを以ての故に久成の人に付す〕等云云」(本尊抄)

という教学的態度です。

287犀角独歩:2005/10/13(木) 10:07:36

一字三礼さん

観音についてですが、「自在(isvara)」ということがキーワードになっているわけですね。

『あらゆる方角に顔を向けたほとけ(CHAPTER CALLED THAT OF THE ALL-SIDED ONE, CONTAINING A DESCRIPTION OF THE TRANSFORMATIONS OF AVALOKITESVARA.)でも登場する世自在王(Lokeshvararaja)は Siva に起源を求める説もあるわけです。

オウム真理教がシバ大神をサティアンに祀ったとき、「オウムが仏教だというけれど、シバなんか祀るのは仏教はない」と言って失笑を買った識者がいたと記憶します。それもそのはずで、Siva は日本名で他化自在天、第六天の魔王として日蓮漫荼羅にも勧請されているからでした。。

この世自在王の自在、観自在菩薩の自在、共に「自在」で共通していることになります。これは偶然ではないと思えます。

ただ、自在(isvara)にどのような思想性があるのかは、わたしにはわかりません。ただ、この脈絡から『御義口伝』の「自受用身(ほしいままにうけもちいるみ)とは一念三千なり」という一節が思い起こされました。説明するのは容易なことではないのですが、何らかの脈絡を感じなくもありません。

もう一点。世自在王(Lokeshvararaja)が Siva であり、シャーラ王(Sala)が Visnu であるということは、要は、ここの記述はヒンドゥー教の二大神を意識した構成になっているわけなのですね。その延長にある Amitabha という位置づけが窺えます。

今さら気付きました。

288一字三礼:2005/10/13(木) 21:11:52
小池さん

「大乗仏典・法華経」(中央公論社、昭和51年刊)の紹介、ありがとうございます。

無量寿(アミターユス)の方が、無量光(アミターバ)よりも成立が古いという推測は成り立つのかもしれませんね。

無量寿(アミターユス)は、’尽きない寿命’から仏の、もしくは仏法の永遠性を表現したもの。

無量光(アミターバ)は、’太陽光’から仏の、仏法の普遍性を表現したもの。

’永遠性’の方が’普遍性’よりも先に成立した理由は何でしょうか。

法華経の「如来寿量品」でも「慧光照すこと無量に 寿命無数劫」と表現しながらもその仏の性質は光ではなく、寿量ですね。これに対して華厳経の教主は廬遮那仏(毘廬遮那仏)です。

法華経の方が華厳経よりも成立が古いという説も成り立つかもしれませんね。

289一字三礼:2005/10/13(木) 21:13:12
犀角独歩さん

観世音菩薩(観自在菩薩)の起源を何処に求めるか、は難しい問題です。

犀角独歩さんが指摘されていたナナイアをはじめ、アナーヒター、アナテ、シヴァの伴侶ウマーなどが観音の起源として挙げられますが、いずれも女神、しかも’大地母神’なんですよね。

それこそ犀角独歩さんに今さら申し上げるまでもありませんが、’大地’を女神、特に’母神’と結び付ける理由は、大地に草木が種を落とし、草木が枯れ果てても、また新しい芽が出るという現象を、母が子を産むという母性原理と同一視するからであり、同時に動植物が土に還る(大地に還っていく)という側面から’大地母神’は’死’を司る側面も併せ持つものわけです。

ところが観音の原語アヴァローキテーシュヴァラ(Avalokitesvara)は男性名詞であるとのこと。

子を孕めない男性である神(観音)が、先に挙げた女神達(ナナイア、ウマー等)の根本原理である’母性’を受け継ぐことはできないのではないでしょうか。

はたして’大地母神’の性質が男性に変更されても維持できるのか、というのが私のもっとも肯けないところです。

余談ですが、松山師の多宝如来を’大地母神’に見立てる説も同様の理由で首を傾げざるを得ません。

現実に目にする観音菩薩像は、仰るように大概はヒンドゥー教の諸神、特にシヴァ神、ヴィシュヌ神の別名ばかりです。

観音菩薩は、「阿弥陀経」(小経)では会座にも侍っていなかったのに、「無量寿経」(大経)では、勢至菩薩と共に阿弥陀仏の傍らに移り、後に阿弥陀仏の救済と浄土の性質を吸収して、「不空羂索神変真言経」の成立に至ってついに阿弥陀仏からも独立し、菩薩でありながら南方に自分の浄土を持つまでになります。その間に吸収していった仏格、神格は膨大なものであったと推測されます。

290小池:2005/10/13(木) 21:28:25
286 独歩さん

大変有難うございました。よく拝読致したいと存じます。

291小池:2005/10/13(木) 21:54:28
288 一字三礼さん

大変有難うございます。

>無量寿(アミターユス)の方が、無量光(アミターバ)よりも成立が古いという推測は成り立つのかもしれませんね。
’永遠性’の方が’普遍性’よりも先に成立した理由は何でしょうか。

私自身はこのへんの知識を有していませんので、渡辺照宏師「お経の話」岩波新書P194から引用します。
「浄土信仰の発生
東アジアで浄土教といえばアミダ仏の極楽世界の信仰にきまっているようだが、アミダ教の成立までには次のような予備段階があった。
第一、シャーキャムニが生まれた地方には古くから過去仏の信仰があり、彼は比較的近い系列のうちの第七番目と信じられていた。
第二、シャーキャムニ仏陀の弟子のうちで若くして世を去った天才マイトレーヤがつぎに出現する未来仏として期待された。
第三、他方の諸世界にもそれぞれ仏陀が出現するという信仰が発生した。それらの世界の構成は民間信仰の神話的世界観に準じて構想された。
第四、多くの仏国土のうちで、はじめは東方のアクショービヤ(阿しゅく)が優勢であったが、やがて西方のアミターバがそれに代った。
第五、アミターバ(無量光)仏陀はやがてアミターユス(無量寿)となり、その不死性が強調されるようになった。」

と記されています。1967年の著書ですので、最近ではもっと新しい見解が出ているのかもしれませんし、アミターバ→アミターユスとなった詳細が記されていないと思います。
確かに、普遍性(太陽の光)と永遠性(仏の寿命の長遠)という観点も重要だと思います。

292小池:2005/10/13(木) 22:16:29
観音について、御議論の邪魔になったらお詫びしますが、
平川彰・望月良晃「法華経を読みとく」(下、春秋社2000年)P195には
「観音さまはAvalokitesvaraと言いまして、観自在菩薩と訳します。avalokitaは「観られた」、isvaraは「自在」という意味で、あわせて「観自在菩薩」です。般若心経の中で、玄奘は「観自在菩薩」と訳しています。
羅什は「観世音」と訳しています。古形のAvalokitasvaraのsvaraというのは「音」という意味で、「観られた音」と訳せるのです。苦しんでいる衆生の言葉を観て観音さまがそれを済度されるというのが、Avalokitasvaraなのです。
つまり、「観自在菩薩」と言えば一切世間のものを自由自在に観られる菩薩という意味になり、「観世音」と言えば「世間の音」すなわち苦しんでいる衆生の音、その姿を観て済度される、という意味です。」

293小池:2005/10/13(木) 22:39:14
一字三礼さん

すみません。アミターバとアミターユスについて、渡辺師の本の続きを書き漏らしていました。

P196-197「無量寿経
東アジアのアミダ経では、いわゆる「浄土三部経」を根本聖典とする。「無量寿経」(通称「大経」)、「阿弥陀経」(通称「小経)および「観無量寿経」の三であり、年代的にみてこの順に成立したものと考えられる。厳密にいうと、この三つの経典の内容には少しずつ差があり、それぞれ別の環境において成立したものと思われる。 中略

むかし世自在王如来のとき、法蔵(ダルマカーラ)という出家修行者が将来、仏陀になろうとして多数の仏国土の状態を学び知り、それらのうちから長所をえらびとり、それによって自分の理想の浄土を建設する誓願をたてた。その誓願が成就して、現在、西方にスカーヴァティー(安楽、極楽)とよばれる仏国土があり、そこにアミターバという名の仏陀となっている。中略

つぎに、アミターバ仏陀の寿命について述べる。古い二訳によると、寿命がきわめて永いというのみであって、ついには入滅し、そののちは観世音が仏陀となって後を継ぎ、さらにそのあとには大勢至が続くことになっているが、このことは魏訳以下には省いてある。この変更に伴って誓願の項(漢訳第14、呉訳第19、魏訳第13)もまた変更されることになった。すなわち古い二訳では「人人が一所懸命になって計算してもきわめつくせない」ということであったのに対して、魏訳以下ではただ「きわめつくせない」ということにしてしまったために、ついに「無量寿」(アミターユス)という観念が生じた。 以下略」

294犀角独歩:2005/10/13(木) 23:45:51

一字三礼さん

観音像が両性具有である理由はどのようにお考えになりますか。

295犀角独歩:2005/10/13(木) 23:48:00

なお、わたしが問題にしたのは、「自在」という点です。
この点は興味深いと思います。

296小池:2005/10/14(金) 00:06:37
引用ばかりで気が引けますが、御議論の一助としてお役に立てばと思い、
前述の平川師の「法華経を読みとく」(上)P39によりますと
「(平川師)文殊菩薩が大乗仏教のオーソドックスな正系なのです。弥勒菩薩は前の原始仏教からずっと来た人で、つまり大乗仏教の興る前から有った人ですから、大乗仏教に入ってきても正系に入れないんです。観音さまなどは余所から来た仏さまです。ヒンズー教から入ってきたのです。…
「三十三身に身を現じる」という言葉があるでしょう。あれはシヴァ神なのです。シヴァ神に三十三の名前があるのです。ですから観音さまの元をだとっていくとシヴァ神になってしまうのです。弥勒菩薩は余所から入ってきた菩薩で、生え抜きの菩薩は文殊菩薩なのです。弥勒菩薩は初めは大乗にいれなれなかったのです。般若経にも弥勒菩薩が出てきますが、法華経と弥勒菩薩の関係はもう少し研究する余地が有ります。
(望月師)先生、どういう菩薩にどういうことを説いたか、ということはあるのですか。
(平川師)それは、あまりないようです。ただ、観音さまはどういう菩薩か、お地蔵さまはどういう菩薩か、ということ、そういう場合に弥勒は将来仏ですから、阿含経にも出てくるのです。大乗仏教は弥勒から来たものではないのです。大乗仏教というのはやはり文殊菩薩です。大乗で一番古い菩薩は文殊菩薩です。文殊菩薩に関して、阿じゃせ王経とかいろいろな経典が有りまして、やはり大乗を開いた菩薩は文殊菩薩です。ただ結局、仏さまの教えを祖述しているわけです。それはやはり見仏の体験です。それが大切です。」

同書下P138「大乗仏典には必ず出てきますが、観音さまなどは他教から来た仏です。つまり、観音・勢至という菩薩は必ずしも仏教での名前ではないのです。観世音は観自在とも訳し、梵語はAvalokitesvaraと言い、avalokitaは「観られた」、isvaraは「自在」で、当時尊崇されていた神さまが仏教に入ってきて観音さまになっているのです。……大乗仏教というものがどうしてできたかというようなことは、ある一つの見方を掴むと分かってくるということがあるでしょう。文殊菩薩は大乗仏教を興した菩薩の一人です。お釈迦さまも文殊に導かれて大乗仏教に入った、ということが出てくる経典もありますから。…」
同書下P171「浄土教はもとは法華経とわりあい仲が良かったのですね。…」

297犀角独歩:2005/10/14(金) 01:08:29

ちょっと、今日は少し酒が入って帰ったので、簡単に記しますが、要は33に変幻“自在”というところに、ポイントがあり、また、観音、阿弥陀、法華経を考えるとき、重要なキーワードは「変成男子」ということです。

また、たとえば観音でも准胝観音などはシバの后が原形といわれ、そうなれば女性形ということになります。

ですから、一字三礼さんのご指摘はもっともですが、女性形・変成男子・男性形という男女二性のほかに、もう一つ、考えないとこの辺りの思想風土は解けないと、わたしは考えています。

298犀角独歩:2005/10/14(金) 01:25:19

あと、華厳経は法華経より古い?というのが一般的な見解なのでしょうか。松山師は般若、法華経の順位ということでした。

また、一つ、法華経では寿量(=無量寿)思想が見られ、実際のところ、編入されている阿弥陀は Amit&acirc;yus (無量寿)で整合性があります。その後、添加されたのが Amitabha で、この場合、無量光(Amitabha)という順番です。

岩本師は、まず Amit&acirc;yus が西暦1世紀頃、ついで、Amitabha が西暦2世紀という説です。Amitabha の法華経編入が後代に属することと整合性があるとわたしには思えます。

…、やや説明不足で記しましたが、単に斥けるのではなく、まあ少し、わたしが書き込んだことを考えてみてください。

299Poh:2005/10/14(金) 08:53:29
1)
独歩さん

華厳経関係の書籍・資料は貸し出しておりませんので、幸いなことに多少は手元にありますし、また先にお話ししたように、ちょうど現在必要に迫られて再読をしはじめたところでもあります。
先だってお手数をおかけしたお詫びに、せめて引用だけでもさせて頂きましょう。(笑)

「インドにおいては、『華厳経』を構成している各品である『十地経』や「入法界品」などは流布していたが、これらの小さなお経を集めて編纂された大華厳経は、まだ存在していなかった。中央アジアの于■【門+眞】[うてん]において初めて現存する『華厳経』が編纂されたのである。」(鎌田茂雄『華厳の思想』講談社学術文庫。P24)

「『華厳経』、詳しくいえば『大方広仏華厳経』とよばれるものが漢訳に三本あり、巻数にしたがってそれぞれ『六十華厳』『八十華厳』『四十華厳』とよばれるが、このうちの第三は前の二の最後の大きな章『入法界品』のみに相当する。
 『華厳経』のうちでサンスクリット語原典が現存するのは『十地品』『入法界品』の二章のみで、いずれも独立の経典としてネパールでは“九の法”のうちに数えられている(*)。
          *そのほか『普賢品』の大半と『十廻向品』の一部とが『シクシャーサムッチャヤ』
           (漢訳『大乗集菩薩学論』)の中に引用されていて、その原文をみることができる。
 また『華厳経』のうちのいろいろな部分はそれぞれ独立の経典として漢訳されているものがある。翻訳は古くは二世紀後半から新しいものは八世紀末までにわたり、同じ本が何度も訳されているのを比較すると変遷の跡もわかるが、また異本が同時に並行して行われたと思われる例もある。さまざまの漢訳の単行本があるところをみると、もともと別別の経典であったものを次第に集成して『華厳経』という一大集成ができたものと推定される」(渡辺照宏『お経の話』岩波新書。P149)

「華厳経は『大方広仏華厳経』の略で、方広(ヴァイプリヤ)は大乗を示し、仏華厳は仏が完備する深遠なさとりを花環(アヴァタンサカ)で飾りたてる。その原典は『十地経』と『入法界品』という別の二部であり、それぞれは古く、サンスクリット本も漢訳もある。現存する華厳経は、漢訳が五世紀はじめの六十巻本と、七世紀末の八十巻本とあり、別に『入法界品』の八世紀訳である四十巻本もあって、各々は六十華厳・八十華厳・四十華厳と通称され、そのうち六十華厳が古くから読まれる。」(三枝直悳『仏教入門』岩波新書。P153)


「華厳経として現在あるものはひじょうに厖大なものですが、最初からこのような大きな経典がまとまったものとしてあったわけではありません。はじめは各章(品といいます)が、それぞれ独立した経典として少しずつつくられました。もっとも古いものは「十地品」で、『十地経』(サンスクリット語で「ダシャブーミカ(Dasabhumika)」)として編纂されたのがだいたい西暦紀元一世紀から二世紀ごろです。そして『華厳経』全体が集大成されたのは、、四世紀ごろではないかと推定されます。
          (中略)
「入法界品」の原名はガンダヴューハ(Gandavyuha)であったことが知られていますが、ナーガールジュナ(竜樹)の著作に『不可思議解脱経』として引用されていることもありますから、古くはこの名でよばれていたこともあったのでしょう。Gandavyuhaとは「雑華の飾り」という意味です。そうしてまた『華厳経』の原名もGandavyuhaと称していたようです。『華厳経』はまた、『雑華経』とか『百千経』とかよばれていたこともあったようです。
          (中略)
『華厳経』はいろいろな人が手を加えたらしいので、訳によってかなり相違がありますが、古い訳である六十巻本によると、この経典は七処八会、三十四品(章)からなっています。七処とは、説法の場所が七つあることを示しています。八会というのは、集まった会座の数が八つあるということです。」(中村元『華厳経・楞伽経』東京書籍。P16〜P21)

300Poh:2005/10/14(金) 08:55:07
2)
「九十九偈半の詩句(Poh註:六十巻本「入法界品」の最後――すなわち『華厳経』終結部、善財童子が普賢菩薩に会って教えを請うた際、普賢菩薩が、「求道の末に到達する究極の仏の境地=仏徳、あるいは仏のはたらき=果用」を説くために唱えたとも解釈される九十九の詩句[韻文]のこと)は、自由奔放ではありますが、内容が単純で、体系的に教えが述べられていませんから、原本(サンスクリット語のもの)はかなり古い時代の成立だと思われます。この六十巻本(Poh註:東晋の仏陀跋陀羅訳)は418年から420年に漢訳されましたから、原本は四世紀にはまとまっていたはずです。
 ところが、遅れて成立した八十巻本(唐の実叉難陀訳)や四十巻本(唐の般若訳)では、その一連の詩句がすっかり異なっています。そしてまた、この一連の詩句に対応するものが、『普賢菩薩行願讃』(不空訳)として独立に伝えられていますし、さらに独立のサンスクリット原文も今日に伝えられ、刊行されています。
 また、六十巻本では九十九偈半の詩句でしたが、四十巻本に近いサンスクリット原文では六十二の詩句になっています。そして、そのうち第一から第四十八偈は、普賢菩薩があらゆる仏を讃歎し、人々に奉仕することを誓うという内容ですが、第四十九から第六十二偈には、阿弥陀(アミターバ、無量光)仏にたいする讃歎のことばが出てきます。釈尊に言及している一説に阿弥陀仏が突然出てくるのは奇異ですし、趣旨が矛盾しているようにも思われるのですが、アミターバ信仰がようやくさかんにおこりつつあった時代に、この部分がつけ加えられたのではないかと考えられます。
 このように、いわゆる「普賢行願讃」といわれるこの一連の詩句は、華厳思想を奉ずる人々のあいだでもそうとう複雑な変遷あるいは発展があったことが知られていますが、それは大きく三つの段階に分けられると思います。
 第一段階。(一)毛の尖端や微塵の中にも全宇宙を見出し、過去・現在・未来のすべてを現在の一刹那のうちに見出す原始華厳思想をいただいていた人がいました。その名は不明ですが、かれは普賢菩薩を崇拝していました。(二)そして、その実践は「すばらしい行い」(bhadra-cari)とよばれ、それがまたこの一連の詩句の題名となって、この題名のもとに後世に伝えられました(bhadra-cariとは「良い、すばらしい、めでたい」などの意味合いがあり、漢訳者はこれを「賢」と訳しました。しかし、今日「あの人は賢い人だ」などというときの「賢い」とは少し意味合いがちがいます)。(三)ここではすべての仏を礼拝しています。とくに一人の仏に限ることはありません。
 第二段階。阿弥陀仏の信仰がさかんになるにつれて、この仏を讃歎する詩句があとでつけ加えられました。
 以上一連の詩句がつくられたのは、おそらくクシャーナ王朝時代、つまり西暦三世紀以前です。全体が崩れた仏教サンスクリット語で書かれていて、美文体(kavya,ornate style)の影響を受けている入法界品の散文とは様式を異にしています。そうしてこれらの詩句の文法は、クシャーナ時代の諸碑文の文法と類似している点があるのです。
 第三段階。これら一連の詩句が後代に、四十巻本の『華厳経』の末尾に付加されました。八十巻本『華厳経』が漢訳されたのが695年から699年であり、四十巻本が漢訳されたのが795年から798年ですから、現存のサンスクリット原典には、その中間の、八世紀初頭から中葉にかけて付加されたのでしょう(八十巻本にふくまれている行願讃は四十巻本のそれとはかなり異なっています)。
          (中略)
(Poh註:四十巻本中の「普賢菩薩行願讃」(般若訳)と、サンスクリット原文(鈴木大拙・泉芳蓂校訂)を対照すると)第四十六から第四十八詩は、サンスクリット原文と般若三蔵との漢訳がかなり異なっています。おそらく、第四十九詩以下はアミターバ(阿弥陀)仏を讃えている部分で、あとでつけ加えられたのでしょうから、古い部分に接合するときに、加筆する人の手が異なっていたためでしょう。
(Poh註:また四十巻本のうちの「普賢菩薩行願讃」よりも、現存のサンスクリット文はかなり長くなっていて、これを中村氏は「きっと後世の増広でしょう」と推察している)」(中村元『華厳経・楞伽経』東京書籍。P129〜P167)

301Poh:2005/10/14(金) 08:55:49
3)
ことに最後のアミターバ(阿弥陀)信仰と普賢菩薩行願讃の、中村元氏の考察は興味深いですね。
普賢菩薩に関しては、なにやら法華経・普賢菩薩勧発品第二十八との関連性も匂ってくるような?(笑)

しかし、経典の根本思想を探り、その変遷を追うためには、なるほどサンスクリット&漢訳の後代による部分的加筆修正の跡をたどってゆくのは絶対不可欠とはいえ、どうもパンドラの箱を開けてしまうかのような危険な香りも漂ってくるような気がしてしようがないのは、はて私の錯覚でしょうかしら?(笑)

ということで、長い引用になりましたが、ご参考まで。

302Poh:2005/10/14(金) 09:09:04
ついでといっては何ですが、先だっての長文レス(>>216>>230)中の訂正を。

>>224
>崑崙山脈北縁沿いに西行した
     ↓
崑崙山脈北縁沿いに東行した

>>228
>キルギット
   ↓
ギルギット

他にも、「教典→経典」とか「退去→大挙」とか、わんさかあるのですが、致命傷と思われるものだけピックアップいたしますこと、ご容赦下さいませ。

いやそれにしても……どうもすっかり記憶力が退化して、地名などをうろ覚えで書くといけないようです。
その上、大好きな高杉晋作(東行)まで西行法師と間違ってるし……。(涙)

あ、ちなみにすでに何度かお話ししていると思いますが(年寄り同士のやりとりの典型ですな……笑)、私は独歩さんよりほんの少しだけ年下――ただし四捨五入すれば、もはや五十でありますよ。

303Poh:2005/10/14(金) 10:28:09
独歩さん

ついでのついで、ですが……
先般、霊鷲山のビデオをお貸しする約束をしましたが、それまでの「つなぎ」に、とりあえずこんなHPなどどうぞ。

http://www32.ocn.ne.jp/~mrhiro/india/rajgir2.htm
http://www.saray.co.jp/osaka/city-info/rajigir.htm

これも電話でお話ししましたが、霊鷲山で釈尊が説法するという場面設定は、無量寿経も同様です。
――ご承知のように、釈尊が一万二千人の比丘と無数の菩薩などに向かい、阿弥陀仏について説法するというストーリー仕立てになっておりますようで。

304犀角独歩:2005/10/14(金) 11:10:19

Pohさん

有り難うございます。
このスレで、というより、当掲示板で、話が華厳経に及ぶとは思いませんでした。
この経典は量が多すぎて、絞って語るのがむつかしいですよね。
天台は法華経というより、華厳経に重があると書いていたのは、たしか坂本幸男師であったと記憶します。こうなると、天台の法華経理解の、どこに華厳理解の影響が反映しているのかは重大なテーマになり、となれば、華厳の理解は必須となりますが、もはや、現段階では手に負えない気分になります。

全体にレスをすると長くなってしまうので、ピックアップして。

華厳経の古名が入法界品の原名 Gandavyuha であるという点です。 vyuha はPohさんの引用では‘飾り’となっていましたが、荘厳と訳されることもあるわけでしょう。

阿弥陀経の原名が Sukhaavatiivyuuha で‘極楽の荘厳’でした。華厳経にも阿弥陀の影響があるとのことでしたが、原名で、キーワードが同じとなっている点が興味が惹かれますね。

華厳の華とはどんな華を指すのでしょうか。原名であるという Ganda は‘雑華’ということなのですね。花と言えば、法華経、pundarika, padma(lotaus)が彷彿とします。この起源がどこに求められるのか、これもまた、たいへんな話になるので、取り敢えず議論は置きますが、花がキーワードで法華経とコンセプトを同じにしているように思えました。

漢訳の‘方広’(vaipulya 毘仏略)が初期の大乗の漢訳語であったことはいまさらことわるまでもありませんが、この漢訳は興味深いと思いました。‘方’とは四角ということで、古代の世界観では大地が方形(四角)をしており、その一つひとつの角が東西南北に当たるということでした。要は、この方形が広いというのが‘方広’ということでしょうか。それとも方は方形(四角)というばかりではなく、四角い箱(=入れ物)といった意味合いもあるのでしょうか。そうなると、これは乗り物にも通じるわけで、大乗・小乗といった言葉と、意味合いが俄然近くなってきます。大乗は Mahāyāna の訳語ですから、まあ、‘方広’とは違うという意見もあるかも知れません。Pohさんも引用された大方広仏華厳経は Buddhavatamsakanama-maha-vaipulya-sutra で maha-vaipulya が対照語となりましょうか。この辺まで来ると話が法華経から離れるので、取り敢えずやめにしますが、インド文化を「文明のるつぼ」と称した学者がいましたが、まさにその様相を呈しています。

追っての霊鷲山紹介ページのご紹介、有り難うございました。
二つめのサイトの説明文、

「霊鷲山山頂の香室跡。ここで法華経や観無量寿経の他、たくさんのみ教えが説かれた」
これはちょっと笑えました。

なお、打ち間違いは、変な突っ込みなしで「判読」をお願いするしかありません。
ブログと違って、投稿は修正できないのはつらいですね。

305Poh:2005/10/14(金) 12:04:45
独歩さん

華厳経の経名については、吉田叡禮氏による、教学いやさ驚愕のHPサイト『華厳無盡海』によれば、
http://homepage3.nifty.com/huayan/eirei.htm

「中国の華厳学者たちは、これを「偉大(大)で、正しく(方)、広大(広)な、仏(仏)〔の世界〕を〔菩薩の様々な実践の〕花(華)によって飾る(厳)〔ことを説く〕経」という意味に解釈する。」
とあり、その後、氏の興味深い考察が続いています。
http://homepage3.nifty.com/huayan/doctrine/sutra01.htm

とにかくこのHP、その量といい質といい、私のような者には読みこなすのがあまりに大変なので、ご紹介のみさせて頂きます。(苦笑)

>「霊鷲山山頂の香室跡。ここで法華経や観無量寿経の他、たくさんのみ教えが説かれた」
>これはちょっと笑えました。
これ書いた人、大真面目に書いているのでしょうかね?……それとも、やむなくか?(笑)。

あと蛇足ですが、私も個人的に、天台系の思想・解釈を語るに、歴史的にみても、華厳(ことに縁起思想)抜きにはできないと考えておりますが……。

306Poh:2005/10/14(金) 12:54:54
>>305 自己レス補足
>私も個人的に、天台系の思想・解釈を語るに、歴史的にみても、
>華厳(ことに縁起思想)抜きにはできないと考えておりますが
これは言葉足らずでした。
私は坂本幸男氏の記述に乗っかった発言ではなく(氏の記述の主旨がよく分かっていないので)、
少なくとも昭和以前の日本における大乗仏教研究が、常に天台系「実相論」と華厳系「縁起論」の対比の中で語られ、
また発展してきたという歴史的経緯を踏まえての発言です。

307小池:2005/10/15(土) 08:39:24
独歩さん

おはようございます。

297についてですが、教えて頂けますでしょうか。
>要は33に変幻“自在”というところに、ポイントがあり、また、観音、阿弥陀、法華経を考えるとき、重要なキーワードは「変成男子」ということです。
また、たとえば観音でも准胝観音などはシバの后が原形といわれ、そうなれば女性形ということになります。
…女性形・変成男子・男性形という男女二性のほかに、もう一つ、考えないとこの辺りの思想風土は解けないと、わたしは考えています。

について、もう少し解説頂ければありがたいです。

「もう一つ考えないとこのあたりの思想風土は解けない」というのは、「空」ということでしょうか。空であれば男女にこだわることはないと思うのですが。
あるいは、ガンダーラ地域の西暦1、2世紀あたりの思想風土がどのようなものだったのか私にはわかりませんが、現代で言う性転換みたいな形で男性になってしまうということでしょうか。
あるいは、仏の梵語は男性名詞とかいうらしいですが、仏の場合は男女を超えているという見方なのでしょうか。

あと「変成男子」という考えに岩本先生が注目されておられますが、このあたりについてもう少し教えて頂けますでしょうか。

308小池:2005/10/15(土) 11:06:25
Pohさん 独歩さん

Pohさんの218-229を再度拝読し、その豊富な内容に深く感謝申し上げます。
これを踏まえて、教えて頂ければありがたいです。

1.法華経が成立した地域は、西北インド・ガンダーラ地方だろうと想定されており、「法華経製作者」はインド人だとばかり思い込んでいたのですが、もしかしたらインド人以外の民族(イラン人とかギリシャ人とか中央アジアの人とか)ということも考えられるでしょうか。
2.法華経は現代の本にすれば2〜300ページくらいの量だと思うのですが、それを100〜200年間もかけて作成していくというのは法華経製作者たちが何代にもわたり営々と作業していたのでしょうか。気の遠くなるような気がしました。
3.法華経の内容には、ヒンズー教(ヒンズー教の成立時期とバラモンとの違いがよくわかりませんが)、ギリシア・ローマの諸神やミトラ教、救世主思想、ゾロアスター教・ヒンドゥー教の諸神の影響が見られるのかと思いますが、特にヒンズー教あたりの思想(権化思想、シヴァ・観音など)や神々などを取り入れていった考えというものは何なんでありましょうか(いいものなので取り入れるとか…)。

309犀角独歩:2005/10/15(土) 14:10:35

Pohさん

ご紹介、有り難うございます。
読み終えるのにはしばらく時間が掛かりますね(笑)


小池さん

> 変成男子

という思想がどのような背景で定着したのか、わたしはまだ落着していません。

松山師が、法華経講義でよく口にするのは、女性社会から男性社会への以降という点です。原始社会では出産をする女性が中心の社会であり、この頃はまだ性交渉と出産の関係が理解されていなかった。その後、この関係がわかり、男性社会へと移行する…。

いわば、それまで支配されていた男性から女性へのリアクションというか、そのような態度が種々歴史に刻まれているというのです。女性蔑視、その他は、女性社会時代の反動ではないのかという考え方です。

このような視点が適切であるかどうか、わたしはある程度、説得性を感じます。
そのような文化背景による?とも見えるのが「変成男子」という考え方です。また、極楽には女性はいないといった思想も、そんな延長にあるものかどうか。これが一つ。

もう一つ。現代は男女二性のどちらかでなければならないという戸籍上、もしくは宗教の取り決めがあります。しかし生物学的には、両性具有は存在します。わたしはこのような人々が神格化されたという背景は、観音信仰、変成男子といった点を考えるうえで看過できないと考えています。

描かれる観音像はその体刑はしなやかで胸の膨らみを表し女性形です。しかし、その顔面には男性の特徴である髭が添えられます。観音は両性具有の造形になっています。

観音、そして、阿弥陀という思想系譜を考えるうえで、上記の点は看過できないということを申し上げたわけです。ただし、この点は書き出すと、繁くなります。わたし自身資料の整理も終わっていないので、考察のヒント程度に、いまのところは留めさせていただきます。

> 1.法華経…製作者…インド人以外の民族

この点は明確なところはわからないのではないでしょうか。そもそも、インド人とは、どのような人々を指すのかという問題もあります。

> 2.法…100〜200年間…法華経製作者たちが何代にもわたり営々と作業

伝承された写本を時々場所場所に編纂し、添削した繰り返しがったと言うことだと思います。特定集団が継承しするといういまの日本社会に見られるような門派教団的な仕組みとはかなり違うと思えます。

> 3.法華経の内容……特にヒンズー教あたりの思想(権化思想、シヴァ・観音など)や神々などを取り入れ…いいものなので取り入れるとか…

これは当然のことでしょうね。そもそも仏陀、世尊、阿羅漢というもの自体、仏教のオリジナルではないわけです。日蓮漫荼羅に見られる諸仏諸神、その他の衆生もほとんどが採り入れたものでしょう。

地獄は古いインドの伝承、餓鬼も先祖供養されなかった亡霊といったバラモン思想、畜生は万国共通、修羅は対抗思想の善神が仏教で悪神扱いされたもの、人は万国共通、天は仏教以前から仏教以後の外来の神々、二乗は弟子ということと、当時の自由思想家、菩薩はミトラから弥勒、仏陀は目覚めた者という旧来からあった思想に基づくのでしょう。

さらに日蓮漫荼羅で見れば、天照大神は大陸から亘ってきた新支配者信仰、八幡神は韓国の神、梵天帝釈はバラモン教の神、鬼子母神・十羅刹女はインドの食人風習があった部族の神、第六天の魔王はシバ神などなど、みんな採り入れられていったものでしょう。他地域ではまた違う形で摂取されています。

以下、サイトは簡潔にまとめています。

インドの神と日本名対照表
http://www.ffortune.net/symbol/indo/sinwa/nihon.htm

310犀角独歩:2005/10/15(土) 14:37:05

一つ書き落としました。

バラモン教とヒンドゥー教ということですが、バラモン教はインドにアーリア人が侵入定着し、アーリア人信仰と、まあ、極めて雑駁ながらいうことができるかと思います。

後者は、では、ヒンドゥー教という特宗教があるかといえば、そんなものは当地の人々に認識はないのではないでしょうか。ただし、それなりの歴史的研究は当然為されています。

ネット検索すればいくつも出てくると思いますが、いくつか挙げておきます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%BC%E6%95%99
http://www.tcat.ne.jp/~eden/Hst/dic/hinduism.html
http://encyclopedie-ja.snyke.com/articles/%E3%83%92%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%BC%E6%95%99.html

311小池:2005/10/15(土) 15:49:20
309-310 独歩さん

大変ありがとうございました。
ヒンドゥー(教?)と仏教にについて、観音が元々はヒンドゥーあたりからと知って驚きましたが、仏教の根幹部分、「法」というのでしょうか。例えば妙法華なら諸法実相ですか、般若なら般若波羅密とか。
そして、その実践は八正道、あるいは六波羅蜜、五種頓行。こういう根幹以外の部分は外来思想を取り入れることはなんら問題ないということなのですね。
特に、法華経の場合は、開会の思想なので、南無観世音菩薩と唱えることもあってよいという寛容性があるということですね。
ただ日蓮になるとやや不寛容になるのでしょうか…。

312犀角独歩:2005/10/15(土) 16:06:47

小池さん

> 仏教の根幹部分、「法」というのでしょうか。例えば妙法華なら諸法実相

この点はかつて顕正居士さんが参加してくださり、議論になったことがありました。
わたしは「諸法実相」というのは羅什の教条的ドグマであって、梵本とは無関係であると考えています。

> 般若なら般若波羅密とか。

般若とは智慧という意味ですから、法を知る智慧であっても法ではありません。

> 法華経の場合は、開会の思想

これは漢訳仏典を起訴にする漢訳教学のドグマであって、法華原典とは関係ありません。

> 南無観世音菩薩と唱えることもあってよいという寛容性

これは何を仰っているのかわかりません。唱えてよいも何も、「南無観世音菩薩」とは明らかに法華経の漢訳仏典に現れる信仰形式です。

> 日蓮になるとやや不寛容

日蓮の場合、不寛容というより、漢訳妙法華からきた当然の帰結ということではないでしょうか。

小池さん、わたしが記すところを、ざっと読み流すのではなく、ちゃんと咀嚼されたほうがよろしいでしょう。大部分が未消化になっていませんか。

313犀角独歩:2005/10/15(土) 16:07:38

【312の訂正】

誤)漢訳仏典を起訴にする
正)漢訳仏典を基礎にする

314小池:2005/10/17(月) 20:49:55
312 独歩さん

大変有難うございます。
いままでの内容を再読しています。
非常に深い内容なのでどこまで咀嚼できるか難しいですが努力していきます。
>要は法華経に書かれていることと、天台が言っていること、まして日蓮が言っていることは「違う」ということです。その違いをしっかりと認識したうえで…
という部分が十分わかっていませんでした。
法華経は法を指し示しているだけで法の内容は明確にしていない、天台は妙法華等から諸法実相を主唱したが梵語法華経には書かれていない(そこに違いあり)、日蓮の題目は法華経の経題ではあっても法の内容そのものとはいえないのではないか(そこに違いあり)…
更に再読してみます。

315犀角独歩:2005/10/17(月) 21:03:12

小池さん、一見、わたしの突き放したようなレスにも真摯にお答えになる真摯な姿勢にわたしは敬意を表します。
いつか、耄碌したわたしをお導きください。

316犀角独歩:2005/10/17(月) 21:29:19

重ねて記します。

314の整理は、そのとおりです。

317小池:2005/10/17(月) 21:38:16
315-316 独歩さん

大変有難うございます。
三読してみます。其の上でまたわからない部分などお教えください。
本当に有難うございます。

318無徳:2005/10/17(月) 22:55:56
皆さんお久しぶりです。
私は皆さんとちょっと違った視点から「現代人が納得できる日蓮教学」なるス
レッドのテーマに即して論じてみたいと思います。

果たして「現代人が納得できる日蓮教学」と言う、当スレッドのテーマに相応
しいかどうかはわかりませんが、遺漏がありましたらご寛恕ください。
いわゆる『現代思想』と『日蓮仏法』との関係性を問うことが可能であるとす
れば、それは如何なる位相に於いて可能であり、なおかつ、現代思想に於いて
は様々な領域に於いて行き詰まり状況にあることがつとに語られる昨今である
とすれば、『仏法』なかんずく『日蓮仏法』というパラダイムから現代思想に
対し逆照射を与えつつ、さらには、現代思想の限界点も突破することすら可能
であるかどうかを、皆さん方と共に探求したいと思います。

しかし、現代思想と言ってもあまりに漠然としていて焦点が定まりませんので、
現在における現代思想に於いての最も中心的課題は『言語論』であり『言語の
謎』と言って過言ではないと思われますので、日蓮仏法に於ける『言語の謎』
という位相から現代思想と関連付けて考察してみたいと思いますので皆さ方の
お知恵を拝借したいと存じます。

まずは、仏教思想というパラダイムに於ける中心的思想つまり言語は『縁起』
であり『空』であることは多くの人が承認する処でありましょう。そして、縁
起とは全ての存在は関係性の中にあり、独存にして常一主宰のものは何一つな
いとすることも承認されることでしょう。したがって、全ての存在の態様は
『空』であることも仏法者(仏教徒)であるなら否定はしないでありましょう。


さて、日蓮仏法における最も中心言語は南無(梵語)という二字と妙法蓮華経
(漢語)という五字の合成語である『南無妙法蓮華経』と言う五字七字ですが、
果たしてこれは如何なる言語なのでありましょうか、仏教思想における『縁起』
と『空』とは如何なる関係にあるのでしょうか?

この謎に迫る前に現代思想における言語の謎とは如何なるものであるかを、確
認しておきたいと思います。とは言ってもあまり言語の謎に拘泥すると、その
言語の密林に迷い込んで出てこれなくなる危険性がありますので、次回に現代
思想の入門的な書として最適な竹田青嗣氏の『近代哲学再考』を借りて現代思
想における言語の謎の一端を確認しておきたいと思います。

それでは皆様方のお考えも是非お聞かせください。

319無徳:2005/10/18(火) 00:42:52
竹田青嗣氏の『近代哲学再考』によれば、まずはギリシャに於いてターレス
やヘラクレイトス等のミレトス学派によって『存在の謎』が提出され、続いて
パルメニデスやゼノンと言ったソフィスト達によってパラドックスと言う『言
語の謎』が自覚的に作り出されたとされています。

つまり、『言語の謎』とはギリシャ哲学発祥の頃から提起されていた古くて
新しい謎と言うことになります。さらに近代哲学においてはその『存在の謎』
や『言語の謎』を人間の厳密な認識の可能性を問うと言う形で『認識論』が
哲学の主流となりますが、現代哲学にいたってそれが『言語論的転回』とな
って、再び『言語の謎』へと姿を変えて再登場することになったとされてい
ます。

つまり、これらの事柄を私なりに解釈すれば、世界の存在や人間の存在さら
には自己の存在と言ったアプリオリな謎は、釈尊が無記として語らなかった
謎であり、人間の認識能力を超えた謎でもあると言えましょう。

しかし、人間は様々な問いを発せずにはおれない存在でもあり、したがってそ
の問いを立てるにしても、その問いに答えるにしても言葉を使用する事が唯一
の方法といえます。(身振り手振りも言葉の一種)しかしながら、アプリオリ
な難問(謎)を言葉によってコミュニケイトすることは原理的に無理がありま
すから、人間は巧みな比喩や物語を屈指して伝えようとしたのが、宗教におけ
る教義でありそれを記述したのが経典でありましょう。

したがって、言語なるものは本来的に限界を有するものであり。パラドックス
を抱えた存在と言って過言ではないといえます。現代思想の領域では言語の分
析を通じてギリシャ哲学以来の形而上学批判を展開していますが、竹田青嗣氏
も指摘しているように、現代哲学の『言語論的転回』はもともとはヨーロッパ
近代哲学の形而上学的「話法」に対する対抗として生じてきたが、カントがは
っきり示したような<答えの出ない問いを果てしなく問い続けること>という
意味で捉えるならば『言語論的転回』も『言語の謎』と言う形而上学的な有り
様と言わざるを得ません。

320乾闥婆:2005/10/18(火) 01:04:27
>>318

無徳さん。お久しぶりです。
覚えていらっしゃらないかも知れませんが、以前「キウ」というHNでniftyなどで議論させていただいた者です。

>仏教思想における『縁起』と『空』とは如何なる関係にあるのでしょうか?

小池さんの引用された平川氏の説にもあるように、「すなわち法華経は、空系列の経典であるよりも、真如や如来蔵思想に発展してゆく有の系列の経典と考えるべきである」といったことは、やはり言えると思うのです。犀角独歩さんとの議論の中で確認しましたが、蓮祖が霊鷲山に常住する釈尊の実在を信じていた、その上での見仏である、といったことも、どのように「空」といった思想と折り合えるのか、関心があります。概念や理念としての「時我及衆僧 倶出霊鷲山 我時語衆生 常在此不滅」ではなく、実在としてのそれであるならば、法華経は、なかんずく蓮祖は「空」思想と折り合えなくなってしまわないでしょうか。

>次回に現代思想の入門的な書として最適な竹田青嗣氏の『近代哲学再考』を借りて現代思想における言語の謎の一端を確認しておきたいと思います。

竹田青嗣氏の『言語的思考へ』(径書房)は非常に刺激の多い本でありました。ちょうど続いて『近代哲学再考』を読んでみようと思っていたところです。仕事が忙しくあまり書き込めませんが、楽しみにしております。

321無徳:2005/10/18(火) 07:50:28
乾闥婆さんお久しぶりです。そうでしたかキウさんでしたか良く覚えています
よ。
私も20年以上も前からniftyの掲示板で、sunyaさんに助けていただきながら様
々な論議に参加していました。北条さんという方の文体が私にとっては理解し
難く難渋していましたら、sunyaさんが見事に読み解きつつ北条さんと論議し
ているのをみて、sunyaさんの読解力に感嘆したことを今も鮮明に覚えていま
す。

その頃の私はすでに40歳を過ぎていましたが、学問とはほとんど無縁に生きて
きましたので論議に参加すること自体冒険でした。それまでと言えば、好きで
科学関連の本と少々訳あって三島由紀夫や吉本隆明の本を読んでいたのみで、
後は創価学会経由の教学と耳学問が大半でした。

しかし、インターネットの普及によって、この掲示板のようにいろいろな方が
参加して、自由に論議できる場がたくさん出来た事はすばらしいの一語に尽き
ます。私も拙いながらいろいろな掲示板に参加することによって、様々に刺激
や示唆を受けながら勉強させていただいております。

私が
>仏教思想における『縁起』と『空』とは如何なる関係にあるのでしょうか?

としたのは、あくまで南無妙法蓮華経と縁起・空の関係を問うたものです。
私の書き方がまずかった為に縁起と空の関係を問うたような印象になってしま
いすみませんでした。しかし、縁起と空の関係と言うことも論ずべき立派なテ
ーマとなり得ますね。

>小池さんの引用された平川氏の説にもあるように、「すなわち法華経は、空
>系列の経典であるよりも、真如や如来蔵思想に発展してゆく有の系列の経典
>と考えるべきである」といったことは、やはり言えると思うのです。犀角独
>歩さんとの議論の中で確認しましたが、蓮祖が霊鷲山に常住する釈尊の実在
>を信じていた、その上での見仏である、といったことも、どのように「空」
>といった思想と折り合えるのか、関心があります。概念や理念としての「時
>我及衆僧 倶出霊鷲山 我時語衆生 常在此不滅」ではなく、実在としての
>それであるならば、法華経は、なかんずく蓮祖は「空」思想と折り合えなく
>なってしまわないでしょうか。

とのキウさんからの問題提起に対しては次回において私なりにお答えしたいと
存じます。

それから、私も最近竹田青嗣氏の『言語的思考へ』を読みました非常に刺激的
で示唆に富む内容でしたね、今後とも様々な論議通じて共に研鑽してまいりま
しょうよろしくお願いします。

322犀角独歩:2005/10/18(火) 14:54:46

無徳さん

お久しぶりです。
先の経過がありますから、特に争論とはしたくない。その前提で記します。
ただし、当スレには当スレの脈絡がありますから、記すべきことはしっかりと記さなければなりません。

宗教哲学の問題が、9割方が言語の問題であるという指摘は、ご承知のとおり、『現代書学と仏教』で石田次男氏が行っていました。

彼が、無徳さんと論法的に違うのは、西洋哲学における弁証法を斥け、仏教教団における伝統的な古因明によるべきだとしたことでした。つまり、西洋哲学が仏教を破壊したというのが、その主張でした。より具体的に記せば、彼が言う現代諸学とは、つまり、言語論も含む西洋哲学であり、それを、外なる道、すなわち外道=現代諸学といったのでしょう。日蓮の教えは内外相対からはじまるわけだから、外道を簡んで、内道に採るという立場です。ですから、いま、無徳さんが仰るような形で、日蓮を解題するとすれば、まずこのハードルを越える必要があるでしょう。

> 答えの出ない問いを果てしなく問い続けること

宗教には、こういった問題は着いてい回ります。しかし、この言葉が逃げ口上になれば、その宗教は卑屈なだけです。

いままでの議論で、法華経が釈尊の直説ではないこと、どのように成立してきたかという点で継続しています。それ以前に末法についても、論じ合いました。これらは別段、答のでないことではありません。答は出ていることです。

また、宗教といわず、大石寺について言えば、答が出ることがあります。

先ず、所謂「本門戒壇の大御本尊」についてです。これは、既に論証してきたように日禅授与漫荼羅を原本として臨模・作為された彫刻であることは明白です。答が出ないことではありません。また、歯にくっついた肉が700年はおろか、1日とて生きていたり、ましてや成長したりするはずはありません。このようなものを本物であるというのは、答が出る出ない以前にペテンという言います。

以上のような、インチキ、ペテンのまがい物によっている集団において、無徳さんが呈示くださった言語の問題は、当てはまりません。

殊に日寛の教学を現在、担ぐことにおいて、この彫刻の無謬性が根幹とするわけですから、その教義は既に瓦解しています。

以上のような事態を、言語=教義の問題は形而上の問題であるから、「答えの出ない問いを果てしなく問い続けること」とは、言えません。はっきりと答が出ていることです。

ですから、当スレのテーマで言えば、現代人に通用する日蓮とは、そのようなインチキ、ペテン、まがい物を排除したところから出発するものであることは言うまでもないことでしょう。

もちろん、無徳さんが仰ろうとされていることは、以上の前提に基づくことであると、わたしは信じます。しかしながら、ロムする人々のなかで、信仰を言語での論証不能であるから、信じることがすべてだなどという逃げ道を与えることは、いままの議論が水の泡になりますので、いちおう、記させていただきました。

当然のこととして、ご呈示いただいたテーマは、21世紀の日蓮を考えるうえで避けては通れないところです。故に、引き続く、ご投稿を楽しみにしております。

323無徳:2005/10/18(火) 16:14:38
>小池さんの引用された平川氏の説にもあるように、「すなわち法華経は、空
>系列の経典であるよりも、真如や如来蔵思想に発展してゆく有の系列の経典
>と考えるべきである」
>中略
>「時我及衆僧 倶出霊鷲山 我時語衆生 常在此不滅」ではなく、実在としての
>それであるならば、法華経は、なかんずく蓮祖は「空」思想と折り合えなく
>なってしまわないでしょうか。

と、小池さんや乾闥婆さんが示された平川彰氏による当該箇所は私も、かなり
以前に読んでなかなか理解し難い文意に戸惑ったことを思い出しました。

ただ、乾闥婆さんが独歩さんとの論議の中で引用された講座・大乗仏教第四巻
『法華思想』(41p)の中にある当該箇所は、平川彰著作集第六巻の『初期大乗
仏教と法華経』(356p)の中にもほぼ同文が載っていますが、若干内容に違いが
あります。

それは、『初期大乗仏教と法華経』の中では、「仏教思想を空の系統と有の系統
に分けるとすれば、法華経は有の系統に属するというべきであろう。」の後に
「しかしその有は、空を離れた有ではない。この点が誤解されやすいが仏教で
は、空と有とは矛盾するものではない。同じことを、空をおもてと見るか、有
をおもてと見るかの違いである。空は論理で理解できるものではないのであり、
教理の思索から長年月の間に自然に体得せられるものである」となっています。

それにしても、<法華経が「有」の立場に立つことは、法華経が「信」を重視
することにも関係がある。信仰は実在を対象とするからである。>との論点に
は少々驚きます。私の考えでは有である実在を対象とするのであれば信を強調
する必要はなく、そもそも仏教を実在論的に理解することは現在では迷妄とさ
れているように思われますが如何なものでしょうか?

324犀角独歩:2005/10/18(火) 17:28:05

> 有である実在を対象とする

板漫荼羅信仰というのは、まさにその有の最たる万年不朽の楠板の彫刻を信仰しているのではないでしょうか。

325無徳:2005/10/18(火) 18:55:01
楠板の彫刻その物を信仰しているのではありません。御本仏たる日蓮大聖人が
書き表された御本尊として信仰しているのです。

貴方は現在の大石寺にある板曼荼羅を偽としていますが、私は今のところ偽と
は断定していません、しかし、貴方の考察や河辺メモ等を考慮に入れると偽の
可能性も否定できません。

私は「三大秘法抄」は宗祖のご真筆と信じておりますので、いわゆる本門戒壇
に安置されるべき御本尊を表されたであろうことも信じております。

しかし、もし何がしかの理由でその御本尊が失われたと仮定したとき、その御
本尊に代わるべき御本尊が再興されても不思議はないであろうと思います。

石田次男さんも私がもし焼失なりなんらかの理由で戒壇の御本尊が失われたと
きはどうなるのでしょうと質問したところ、日蓮正宗の宗務院と信徒の総意で
再興すればよいといわれ、御本尊そのものは決して物体ではなく宗祖のおん魂
であられると申されておりました。

326犀角独歩:2005/10/18(火) 19:12:41

では、無徳さん、お尋ねします。

325にあなたが記されたことは、大石寺に通用しますか。
しないでしょう。しないことをもって反論することが何の意味がありますか。
また、

> 私は今のところ偽とは断定していません

ならば、真であることを、ここに証明されればよいだけです。

> 本尊に代わるべき御本尊が再興

ですから、ここでも、まだ、再興されるモノ(有)に拘っているでしょう。
そんなものは空などとはいえないのでしょう。どうですか。

> 書き表された御本尊

とは、何でしょうか。具体的に記してください。
空たる本尊ですか。言語には限界があれば、南無妙法蓮華經という言語にも限界があり、さらにそれを書き表したものにも限界がある、ともに有ではないでしょうか。
それが有でないというのであれば、ここにちゃんと説明してください。

要は、無徳さんの論法は引用する哲学、言語論と著しい齟齬を来しているとしか思えませんが如何でしょうか。

327無徳:2005/10/18(火) 19:57:22
独歩さん相変わらずですね。

大石寺に通用しますかとのことですが、現在時点で通用するとは思いませんが
もしも、万が一にも戒壇の御本尊が失われるようなことがあれば、おそらく通
用することになることでしょうとしか申し上げようがありません。

また、御本尊たる板曼荼羅が単なる物体でなく宗祖が法華経を身口意の三業で
読みきられて、末法の衆生に残された曼荼羅であり、その曼荼羅を御本尊とし
て尊崇し御題目を唱え感応同交することによって成仏が可能になるであろうこ
とも大石寺の教学から学んだことです。

>ですから、ここでも、まだ、再興されるモノ(有)に拘っているでしょう。
>そんなものは空などとはいえないのでしょう。どうですか。

とのことは、私は御本尊は単なる物ではないと申し上げておりますよ。

>言語には限界があれば、南無妙法蓮華經という言語にも限界があり、さらに
>それを書き表したものにも限界がある、ともに有ではないでしょうか

とのことについては後日私の試論を述べてみたいと思います。

まあ貴方自身の215のご意見に齟齬を来たさぬよう期待します。

328犀角独歩:2005/10/18(火) 20:30:34

無徳さん

> …相変わらずですね。

それはあなたのことでしょう。議論の流れを無視して、突然書き込みをする、まあ、それはよいとしましょう。次に、こちらから「お久しぶり」と挨拶をしても、返答もせず、持論をごり押し、遂に頭に来れば、反論だけ書く。そんな態度は、大人げないでしょう。ですから、あなたはここでは議論ができないのです。215を云々していますが、敬うことを人に強要する前にまずは自分が手本を示されるべきでしょう。
年齢に見合った見本となってもらいたいということです。

あなたのやり方は、議論のエチケットに反していますよ。

> 大石寺に通用…戒壇の御本尊が失われる…通用する

何を言っているのだか、わかりません。

> 曼荼羅を御本尊…御題目を唱え感応同交…成仏が可能

ですから、その漫荼羅を弘安2年10月12日本門戒壇の大御本尊と規定することは実在かではないのかという質問です。

> …御本尊は単なる物ではない

では、単なる物でなければ何でしょうか。

漫荼羅の魂というのであれば、それを、では是としましょうか。
ならば、弘安3年5月9日の、それも真筆と認められない日禅授与漫荼羅を臨模・作為して弘安2年10月12日の本門戒壇の大御本尊に仕立てられた本尊の魂とは何でしょうか。それに魂があれば、嘘、偽りと言うことでしょう。

> 貴方自身の215のご意見に齟齬

まあ、こんな嫌みしか言えず、問われたことに何も答えない、相変わらずのやり方では、個人の信仰のからは守れても、社会一般には通用しません。
この言葉については、冒頭に記したとおりです。


さて、ついでに書いておきましょう。

この漫荼羅と魂の問題を突き詰めると、ついには弘安2年10月12日・本門戒壇の大御本尊のみとすることはできなくなります。

なぜならば、その信仰者は、遠目でしかそれを見られず、何が書かれているのかもわからないからです。また、弘安2年10月12日という日付に拘っても、そこに何らこの本尊が唯一であるとする裏付けはありません。つまり、この日付に魂はありません。

漫荼羅ではなく、その魂と言うことであれば、日蓮の、どの漫荼羅と断定することはできません。すべての漫荼羅は等しく日蓮の魂が宿るのであり、また、その日蓮を崇拝し、書写された漫荼羅も等しく魂を有するでしょう。

以上のように考えていけば、漫荼羅・魂論とは弘安2年10月12日楠板彫刻本尊という特定漫荼羅本尊を斥ける結果になるのは理路整然としたところです。

329小池:2005/10/18(火) 21:11:06
独歩さん

独歩さんのお考えを理解するために整理してみたメモです(まだまだよくわからない部分が多く未消化ですが…)。

【Ⅰ.法華経でいう「法」とは何か】
1.「法」と言えるのは「妙法」と羅什が訳した言葉が指したもの。
2.「妙法蓮華經」は「経典」の「名」であり、「南無妙法蓮華經」はその「経典」に「南無」するという以上の意味はないところを「経題」そのものを「法」とした教学的な姿勢を直視する必要がある。
3.法華経全編を見ると、諸仏はこの経典によって成仏した、経典自体が遠い過去から存在していたとはあるが、経典自体が「法」であるという記述はない。
4.その「法」が何であるのかという点で明確に記述される句を探すと「教菩薩法」に尽きる。この漢訳に該当する梵本直訳を見ると「菩薩をいましめ」る(岩波文庫『法華経』上 P45)という以上の意味はない。法華経とは菩薩を教え(いましめ)、成仏記別を与える教えという内容になっている。
5.この「法」は「理法」ではなく、間違いなく「教法」(もしくは「行法」)である。教えは教(菩薩)法、行は菩薩行(六波羅蜜)である。これは実際の実践の行を教えること。それにも拘わらず、その教えを書いた本の名前を「法」と捉え違いするとき、実践行はそこで廃れてしまう。まさに「お題目だけ」ということになる。行法としては、六度(また八正道)といった実践行を忘却したところに後退があったと主張したい。
6.「妙法蓮華經は経題である」、なんでそれが「法」なのだという当たり前の疑問であり、このような当たり前の疑問は、古来からいわれていたようで、台釈にしても、日蓮教説にしても、その弁明に終始していると強く感じる。
7.私は、「題目」(五字七字)が「法」であるという教理解釈には反対の立場。

330小池:2005/10/18(火) 21:12:40
【Ⅱ.教の違い】
梵本法華経
梵本法華経は菩薩の戒めから計り知れない寿命を持つ如来になるために、法華経典を弘める「菩薩行」を督励するもので、この経典は古代の東西を凌駕した「聖典信仰の系譜」にあるように思える。
経典は誰かが作ったものであるというより、神秘な存在として永遠の過去から存在しているというもの。
経典は仏が説いたというのが旧来の在り方だが、法華経ではむしろ経典が仏にしたというコンセプトが散見できる。
その経典は誰が作ったのかということには言及せず、神秘の存在というコンセプト。
舎利信仰、仏塔信仰、仏像信仰も肯定はされているが、その骨子は「経典信仰」にある。
ここでいわれる「法」は「教法」であり、宇宙の真理であるとか、心の有り様であるといったことを問題にしていない。
この法華経が教える菩薩の戒めこそ、唯一の教え(法)であり最高のものである、菩薩以下の衆生も菩薩道を行じて仏になるという。この菩薩は徹底した無抵抗、非暴力、不怒の菩薩。

天台
しかし天台はこの「法」を什訳方便品の「諸法実相」から心から整理していく。「説己心所行法門」(己の心に行ずる訪問を説く)という解説はそれを端的に物語る。天台が法という場合、それは心法であり、その観察を十界、十如、三世間から三千の止観禅として結実したという点で、梵本法華経のコンセプトと大きく異なる。天台の時点では一念三千という成句化はない。「言語道・断、心行・処滅」をモットーとした天台が、このように三千分類観察する心法をしかし、三千であるとするわけがなく、三千はまた一心として、非三千にして、しかも非一、亦三千にして、亦一とするのは、実に勝れた観点である。
ところが妙楽は、天台の言う一心を一念とし、三千という定数化を天台が簡んだにも拘わらず、一念三千とした。個人的にこの妙楽解釈は、天台から大きく後退したものと思う。

日蓮
日蓮に至っては、この妙法蓮華経という経題を末法付属の正体として、法華経典への南無ではなく、この五字への南無として、「南無妙法蓮華経」とし、漫荼羅という独自な境地を展開していった。

331小池:2005/10/18(火) 21:13:15
【Ⅲ.行の違い】
梵本法華経
法華経は、菩薩を教えるといい、その成仏の結果は寿量(量り知れない寿命)であるという。ここで重点となっているのは「菩薩行」。

天台
羅什は、五何法と言われる箇所を九如是と約して恣意的な方向性を定めてしまった。
慧師を通じて天台はこの九如是を十如是として、唯識思想、また老荘思想、華厳思想、涅槃思想等と総合して三千不可思議境という座禅(止観)の方法を論じる。
妙楽はこれを一念三千とし、妙楽解釈の天台が天台として日本に伝わる。
ここで重点になっているのは止観という禅。

日蓮
日蓮は、伝教以降、真言密教の影響を受けた天台学と念仏の影響下で純天台を目指す意識を持ちながら、南無妙法蓮華経の唱題行を立てるという独自な展開をすることに。

332小池:2005/10/18(火) 21:13:53
【Ⅳ.末法】
今回の末法についての呈示は、末法思想を鼓舞する人々が、自分達が生きている時代こそ末法であるという認識に立っているという点である。

梵本法華経の制作者といえども、この例外ではないと考える。彼らが経典を創作し、釈迦滅後の時代を描写するのは、自分達こそ、その「末法」の弘法者であるという認識を、紀元前後の段階で既に持っていたからと考える。創作者たちがいう末法とは梵本法華経成立時点、さらにそこに登場する釈迦を担う主人公・地涌菩薩の出現もまた、創作者とその集団を指した西暦前後その時代を想定したものであったろうと考える。

重要な点は法華経制作者も、天台教派も、そして、日蓮も、通じて、自分達の時代が末法であるという自覚に基づいているという点である。

末法認識とは、現実社会が乱れ、滅亡に向かう様相を呈し、さらに人心が退廃している理由を、正しい教えの滅尽したことに理由を求める構造で古今一貫しているという点である。

法華経は、末法(教説が絶える=法滅)という時代に、釈尊を仰ぎ、「この世をどうするのか、衆生をどうするのかを考えた」経典であったという点(厳密に言えば「」で括った部分)が評価できる。

末法‘思想’は、この世をどうするのか、どう変えたかによって意味をなす‘思想’であるという点を再認識し、実際に活かされれば今日的な意義を持つに至るのではないか、その可能性があるのかが議論したい点。

333無徳:2005/10/18(火) 21:22:16
独歩さん貴方がおしゃられる様に私は大人気ない人間です、そのことは否定し
ようが有りません。

>あなたはここでは議論ができないのです

との事ですのでこれにてこの掲示板から去ります。
なにせ、貴方が中心の掲示板でありましょうからね、他の皆さんには私のレス
が中途半端になってしまった事をお詫びします。

もしも、他の掲示板にてお会いすることがありましたらその時はよろしくお願
いします。それでは失礼します。

334無徳:2005/10/18(火) 21:56:41
管理人さん、どこに書き込んでよいのか解りませんでしたのでここに書き込ま
せていただきます。

長らくお世話になりました私も管理者メニューにアクセスでき得る立場に居り
ましたので、後々のため管理者パスワードの変更をお願いします。

それでは失礼します。

335犀角独歩:2005/10/19(水) 00:57:08

無徳さん

まあ、あまり血圧が上がらないように冷静にと申し上げておきましょう。
そもそも、当スレは、ここのところ、法華経の成立その他を真剣に議論してきたわけです。それが一つの流れです。

そこで、突然、「『現代思想』と『日蓮仏法』との関係性を問う」と、脈絡なく、書き込みがあったわけです。これにお答えになったのが乾闥婆さんで、そこに挨拶その他のコミュニケーションもあったわけでしょう。

わたしとしては、折角、ここのところ、一字三礼さん、Pohさん、小池さん、また、乾闥婆さんと積み上げてきた議論があるわけですから、そこの新たなテーマをもたらすのであれば、相応の挨拶、また、イントロがあってもよいだろうという思いがあるわけです。

第一、当掲示板は、特定の相手を決めて、他を無視し、問われれることも無視して、一方的に自分の意見を述べることを制する不文律があります。問われれば、解答し、特定の相手で綴じた議論をしないという佳例です。

ところが、これを無徳さんは常に無視をするわけです。ですから、「当掲示板では議論がきない」と申し上げるほかないわけです。

まず、わたしの挨拶を無視したうえで、さらに、わたしが投げた322の投げかけを無視したわけです。さらに326に投げかけたことにも解答をよくしていません。

わたしは石山彫刻の是非を語るにつけ、利を尽くし、いまで切る証拠(写真、画像)をも尽くして、それを論じてきたわけです。それに反論するのであれば、同じく利を尽くし、写真、画像の証拠も示して、それに答えて、「本門戒壇の大御本尊」の正統を論じてこそ、誠意と筋があります。それをなさらない。さらにあのインチキな生きた御肉関しても頬被りを決め込んでいる。このような不誠実な態度をとりながら、ただ、自分の意見を、一方的にごり押しするような態度は、好ましくないと言ったのです。

自分の主張をしたいのであれば、まず、投げかけられた疑義に対して、答を尽くし、語るのが筋であると申し上げているわけです。

ところが、お見かけするところ、自分の言うことに反論されること自体に立腹されたようで、これでは真っ当な議論が成り立ちません。ここは自涜を晒す場ではなく、議論の場です。そこで議論するためには、それなりの礼節とルールが存する、それを無視していると、わたしは指摘したまでです。当然のことであろうと思います。

また、ここはわたしが中心であるはずはなく、わたしは単に自分が主張したことにつき、投げかけられた疑問は一切、お答えし、齟齬が生じれば、それを修正して、本日までやってきたに過ぎません。問答名人さんを筆頭に、れんさん、彰往考来さん、顕正居士さん、パンナコッタさん、乾闥婆さん、独学徒さん、Pohさん等々、その他大勢の方々と、質疑応答を繰り返し、それなりの成果を上げてきました。

わたしは自分の考えに執着する理由は何もなく、あるのは、ただ真実を知りたいという欲求のみです。その事実の前で、自分の考えに間違いがあれば、皆さんの叱正を仰ぎ、ただ訂してきた、自分で考えたことを披瀝し、反論に関しては、細大漏らさず、一切応じてきた、そのようなわたしの在り方を中心というのは、まったくの勘違いでしょう。

以上のような成り立ちですから、無徳さんのように相手を選び、投げかけられた疑問は無視し、ただ、自分の考えだけをごり押しするような態度は、残念ながら、馴染まないと言うことです。しかし、別段、だからといって、去る・去らないなどという短絡を迫っているわけではなく、皆で作り、守ってきた議論のルールは守らなければ、ここでは通用しない、故に守ってくださいと言っているのに過ぎません。

今一度、冷静になって、再考ください。

336犀角独歩:2005/10/19(水) 00:57:32

小池さん、たいへんによく整理をしていただき、まことに有り難うございました。
ここに312の指摘を撤回します。

337犀角独歩:2005/10/19(水) 01:07:09

慌てて打ち、また訂正、恐縮です。

【335の訂正】

誤)特定の相手で綴じた議論
正)特定の相手で閉じた議論

誤)議論がきない
正)議論ができない

誤)いまで切る証拠
正)いまできる立証

誤)生きた御肉関しても
正)生きた御肉に関しても

338乾闥婆:2005/10/19(水) 02:02:35
無徳さん、犀角独歩さん。

私は以前の経緯を知りません。

犀角独歩さんから無徳さんに対して、「本門戒壇の大御本尊」についての問いただしがあるということは、そのような議論がかつてあり、その曼荼羅をめぐる議論においての何らかの経緯が両者にあったのだろうと、理解いたします。

以前にも記しましたが、私は曼荼羅を道具であると思っています。道具は役に立たなければ意味がありません。

当時、月例登山会があり、何度も正本堂で御開扉を受けましたが、子供心にこれでは意味がないと思ったものでした。犀角独歩さんが言われるとおり、曼荼羅がさっぱり見えないからです。自宅に帰ると達師による曼荼羅があり、非常によく読め、ほっとしたものでした。蓮祖の曼荼羅は文字なのですから、読めなければいけません。読めない文字は意味がありません。今は実家を離れ寛師の曼荼羅であるのですが、実に不満です。字がつぶれていて読み取りにくいからです。

犀角独歩さんの「謂「本門戒壇之大御本尊」の真偽について」には目から鱗の落ちる思いをしましたが、実のところ精神的なショックというものはあまりありませんでした。ああ、やはり、そうなのか、といった思いのほうが強かったくらいです。もともと遠すぎて読めなかったものに、まさに、物に、私は信仰をしてはいなかったからです。

『仏教の思想5 絶対の真理<天台>』(角川文庫)に田村芳朗氏は宮澤賢治を紹介しつつ雨ニモマケズ手帳なるものの写真を掲載しております。そこに宮澤賢治による「曼荼羅」がありました。真ん中に「妙法蓮華經」、両脇に釈尊と多宝如来、その脇に四菩薩、汚いけれど、はっきりした字で書かれています。この写真を見たときに私ははっとしました。うまく言えませんが、ああ、そういうことなのだな、と思いました。そのとき私は「本門戒壇の大御本尊」から完全に自由になれたのだと思います。その後、大日蓮展で臨滅度時の曼荼羅を見たときもその文字が作り出す世界に、その蓮祖の精神に素直に感動しました。よく見えもしない「本門戒壇の大御本尊」では、本当に用を成さないと思いました。

現代人が納得する、とは、やはり文字なら文字で、よく読めること、そしてそれは文字に過ぎないこと、しかし文字は人に作用すること、それ以上でもそれ以下でもないこと、そういうことではないかと考えました。

とりとめもない感想を書き散らしました。お詫び申し上げます。

無徳さん。

><法華経が「有」の立場に立つことは、法華経が「信」を重視
することにも関係がある。信仰は実在を対象とするからである。>との論点に
は少々驚きます。私の考えでは有である実在を対象とするのであれば信を強調
する必要はなく、そもそも仏教を実在論的に理解することは現在では迷妄とさ
れているように思われますが如何なものでしょうか?

というよりも、実在を信じる、ということではないでしょうか。ですので「法華経は、なかんずく蓮祖は「空」思想と折り合えなくなってしまわないでしょうか」、すなわち、仏教とは言えなくなってしまうのではないでしょうか、といった私の問いであったのです。

ほとんどロムに近い私が言うのも変ですが、このままでは非常に残念ですので、よろしかったら、書き込みを続けられてはいかがでしょうか。言葉に対しては感情ではなく、言葉で対処するべきだと思います。

339犀角独歩:2005/10/19(水) 14:34:21

乾闥婆さん

> 正本堂で御開扉…もともと遠すぎて読めなかった…私は信仰をしてはいなかった

以前も、独学徒さんの開扉記を拝読したときも思ったのですが、わたしのような宝蔵、奉安殿、正本堂という堂宇を経てきた者にとって、800万人・500億円の供養をもたらした「本門戒壇の大御本尊」信仰は実感できます。しかし、世代を経、いまの創価学会の人々には、恰も日本の戦前に天皇が現人神と崇められていたのと同様、過去の物語になっているということを、わたしはなかなか実感できませんでした。

創価学会は石山のみならず、日蓮も卒業すべきであるとわたしは考えていますから、それはそれでけっこうなことなのでしょう。ただ、800万人を突き動かしたけじめは、被害者でありながら、加害者であるわけですから、総括はすべきであると考えます。もっとも、いまの規約を見る限りまだ遠い将来に属しそうですね。

> …宮澤賢治…雨ニモマケズ…手帳…曼荼羅

わたしは、これを「日蓮正宗創価学会」時代にはじめて見、当時は「謗法」と思ったものです。しかし、いまは、あの手帳に密かに書き懐中にあった思いがわかる気がします。
このように記すと誤解を生じるかも知れませんが、わたしは『雨ニモマケズ』というあの詩は、賢治が自分自身で紡いだ彼の法華経なのだと思います。

> 臨滅度時の曼荼羅…文字が作り出す世界…蓮祖の精神に素直に感動

同感です。
わたしがはじめて日蓮の文字というのを見たのは、国立博物館か何か展示された『立証安国論』でした。筆の毛先一本一本が確認できる筆致、墨色は黒は黒でも、濃厚な緑がかった色、700年を経た紙質…。真筆でなければ、けっして観じ得ない日蓮の魂をそこに見ました。

現代のように特にインターネット、プリンター等も発達し、肉筆というものを見る機会はめっきり減りました。しかし、文章は書いた本人の肉筆に真価があると思えます。その意味において、たしかに墨痕鮮やかに書される漫荼羅は、その文字文化の昇華、日蓮門下にとっては、その頂点にあるのだと思います。日蓮の真筆は、それを写真、製版印刷したものには遠く及ばない迫力、真跡を存しないまでも「日蓮がたましひをすみにそめながして」という件は、まさに真筆しか持ち得ないものであろうと考えます。

> よく見えもしない「本門戒壇の大御本尊」では、本当に用を成さない

一般のお宝は、案内に写真を出します。写真は写真であって、本物ではありません。しかし、ガイドにはなります。しかし、石山はそれをできない。できないなりの理由は彰往考来さんと話し合ったところで、当たりでしょう。

> 現代人が納得…文字…よく読めること…文字に過ぎな…人に作用…それ以上でもそれ以下でもないこと…

多分、日蓮はこの文字(有)を窓として、空を垣間見せようとしたのかも知れません。

やや、補足になりますが、ここのところ、空・有という議論が続いていますが、この前提は有といえば、無との対照、しかし、有無といえば、空との対照で、また、中と対照というのが議論の筋であろうかと存じます。日蓮を西洋哲学解きすると余計な要素が入り込み、かえってややこしくなると思えますが、如何でしょうか。もちろん、西洋哲学を斥けるという意味ではありません。別のものとして扱うということです。

一つ、お尋ねしたいのですが、文字は読めてはじめて、用を為すという点ですが、たとえば、SGIのように全世界の非漢字圏の人々にとっては、漫荼羅は読めないわけですが、このような人々には、この点、どのようにお考えになりますか。争論の意図はありません。少しこの点でもお考えを頂戴したいと思っております。

340乾闥婆:2005/10/20(木) 01:14:04
>>339

犀角独歩さん。

>創価学会は石山のみならず、日蓮も卒業すべきであるとわたしは考えていますから、それはそれでけっこうなことなのでしょう。ただ、800万人を突き動かしたけじめは、被害者でありながら、加害者であるわけですから、総括はすべきであると考えます。もっとも、いまの規約を見る限りまだ遠い将来に属しそうですね。

そうですね。自己批判をするところからはじめられればよいのでしょうが、うやむやにしつつ、なかったことにしようとでもしているかのようです。過去を知っている人が死に絶えるのを待ってでもいるかのような。思えばもはや今の未来部の子供たちは大石寺登山も、御開扉も、ほとんど知らない世代なわけですから、もう十年、二十年も経てば、まったく宗門とのしがらみがない人たちが組織の中心に来るのでしょう。しかし日蓮仏法を創価学会は結局のところ卒業できないと思っています。池田氏の死後、何を持ってその組織の求心力とするのかと考えますと、日蓮仏法を振りかざすしかなくなるのではないでしょうか。そのときになって、まだ天台五時であるとか、「本門戒壇の大御本尊」であるとか、そういうことを、正当性・唯一性の根拠のように言っていないといいのですが。

>わたしは、これを「日蓮正宗創価学会」時代にはじめて見、当時は「謗法」と思ったものです。

はい、私もそのように思い、ぎょっとして、そして思い直したのでした。そのようなことにぎょっとする自分のほうがおかしいのではないかと。あれは宮澤賢治の、まさに、見仏であったのでしょう。そういう素直な感情の吐露を、謗法といってしまうのはやはりおかしいと思い直したのです。

>わたしは『雨ニモマケズ』というあの詩は、賢治が自分自身で紡いだ彼の法華経なのだと思います。

同感です。どの本で読んだのか記憶が定かではないのですが、詩中の「デクノボー」を常不軽菩薩に重ね合わせておりましたが、非常に共感いたしました。

>しかし、石山はそれをできない。できないなりの理由は彰往考来さんと話し合ったところで、当たりでしょう。

はい、そのあたりの経緯、「本門戒壇の大御本尊様の偽作説について」を読ませていただき、驚いております。それにしても、いまだに曼荼羅を写真に取られることにはためらいを感じるのですが、この心の癖はなかなか抜けません。

>ここのところ、空・有という議論が続いていますが、この前提は有といえば、無との対照、しかし、有無といえば、空との対照で、また、中と対照というのが議論の筋であろうかと存じます。

同感です。空の対義語は有ではないだろうと思います。有は無に対応します。

>日蓮を西洋哲学解きすると余計な要素が入り込み、かえってややこしくなると思えますが、如何でしょうか。もちろん、西洋哲学を斥けるという意味ではありません。別のものとして扱うということです。

そうですね。私はそれほど西洋哲学に詳しくはありませんが、現代人が納得できる日蓮教学ということでいえば、別の言葉での置き換えは、しなければならない部分はあるのだろうと思いました。それが西洋哲学であったり、言語学であったりしてもよいとは考え、無徳さんがそのような自説を展開されるのであれば、やはり関心は持ち、楽しみにも思ったのでした。

>文字は読めてはじめて、用を為すという点ですが、たとえば、SGIのように全世界の非漢字圏の人々にとっては、漫荼羅は読めないわけですが、このような人々には、この点、どのようにお考えになりますか。

ずっと違和感はあったのです。非漢字圏の人々が「南無妙法蓮華経」と唱えることは、どういう事態なのであろう。しかもあの文字曼荼羅に向かい、漢訳された法華経を、日本語の音で読むとは、どういうことなのだろうかと。いっそう法華経はそれぞれの母国語に翻訳されたものを読まれたほうがいいのではないかと思ったりもしました。聖書もそのようにされて普及しているのでしょうし。蓮祖の宗教はインドの宗教でも中国の宗教でもなく日本の宗教ですし、日本語の宗教だと思います。「たしかに墨痕鮮やかに書される漫荼羅は、その文字文化の昇華、日蓮門下にとっては、その頂点にあるのだと思います」と犀角独歩さんも言われるとおり、ある程度、漢字文化を受け入れないと、やはり文字曼荼羅を信仰対象として受け入れることは難しいのではないでしょうか。そこに曼荼羅というモノが信仰対象としてあることの限界を感じます。聖書のように、聖典宗教であるならば、法華経の翻訳を持って用を為すわけですが、曼荼羅を翻訳して図顕するのでは、何か、根本的に違ってしまうように思います。

341犀角独歩:2005/10/20(木) 15:56:13

乾闥婆さん

ご丁重なレス、有り難うございます。

> 池田氏の死後、何を持ってその組織の求心力…日蓮仏法を振りかざすしかなくなる

そうですね。ただ、わたしは日蓮を振りかざすためには、そこに必ず真筆漫荼羅が、ついて回ることになる点で、創価学会教学は、条件を欠いていると思えます。日蓮を煎じ詰めていけば、最終的に日蓮真筆漫荼羅へ引力があります。それは非漢字圏の人々であっても同様なのだろうと思います。しかし、これを結果的にすべて斥けた形になっています。「すべて」というのは、唯一、認める「三大秘法の御本尊」をあの彫刻とすれば、あれは真筆ではなく、第二に偽物であるからです。つまり、いまの創価学会は、日蓮真筆漫荼羅の一切を否定して、成り立っているわけです。これには限界があるでしょう。

また、「三大秘法」を言い、二箇相承を肯定していれば、最終的に富士戒壇論、富士=大石寺という問題にもぶち当たり、富士大石寺が聖地であり続ける矛盾を解消することは出来ません。これはまた、日寛を担いでも同様です。

結局のところ、立正佼成会のように、日蓮を相対化し、教祖崇拝でいくしかないのだろうと思います。立正佼成会は裾野の広いボランティアで社会に開いていますが、創価学会は公明党という政治活動です。宗教が政治に手を出すことは、政治の転覆が=宗教の転覆となる構造を孕むことになるので、わたしは危険だと思うわけですが、教祖崇拝(宗教)と政治活動(対社会)という二本立て以外では、既に専従3万人、周辺30万人とも言われる創価学会で生計を立てる人々の生活を保障することは出来ない経済構造も出来上がっている以上、致し方がないのでしょう。

池田氏崇拝の完全化、もしくは日蓮を相対化し間口を広げ、彫刻から日蓮真筆漫荼羅へ、日寛から汎仏教への転換か、その折衷しか道はないように思えます。

> 『雨ニモマケズ』…詩中の「デクノボー」を常不軽菩薩に…

ええ、よく言われる解釈です。しかし、わたしはこの解釈は一部分的であると思います。何故ならば、不軽菩薩は「但行礼拝行」であって、人助けをするような実践をしないからです。むしろ、「デクノボー」の特徴は、もっと広義の菩薩道です。『勧持品二十行の偈「為斯所軽言 汝等皆是仏 如此軽慢言 皆当忍受之」の訓読について』でも、この点に基づき記しましたが、法華経の菩薩の特徴は「いからず」「相手を、やがて仏になると敬う」という二大特徴を有します。これはしかし、不軽菩薩に限ることではありません。法華経に登場する菩薩に共通した特徴です。

http://www.geocities.jp/saikakudoppo/doppo_001.html

しかし、法華経の菩薩にも限界があります。何か。法華経の菩薩の菩薩行は経典流布を弘教に、菩薩道を限定してしまう点です。しかし、大乗(と言われる)仏教全般における菩薩行は我が身を供養する実践であるわけです。賢治の「デクノボー」は、この菩薩まで立ち入っています。彼の『雨ニモマケズ』は、最後に一尊四士漫荼羅を図します。その諸尊に「南無」を冠し、帰命から捨身を陳べたものであるにも拘わらず、ある面、法華経の菩薩の欠点も補っているとわたしには映じます。つまり、より利他の本質的な部分で法華経典における菩薩思想より勝っていると思えるという意味です。故にわたしは「彼の法華経」と記しました。

342犀角独歩:2005/10/20(木) 15:57:21

―341からつづく―

> 現代人が納得できる日蓮教学…別の言葉での置き換えは、しなければならない…西洋哲学…言語学…

なるほど。そのようにお考えですか。僭越ながら記せば、わたしはこのお考えとは違います。仰るようなやり方は、仏教が中国に渡った段階で行われたことと同じですね。所謂「格義仏教」です。創価学会的な解釈法であるといってもよいと思えます。

しかし、他の文化圏の思想の語彙を使えば、それは、その思想の範疇から出られないことになります。ですから、必要なことは、仏教が、就中、日蓮仏法の「言語」から構築されたものでなければ、オリジナルとは言えないと、わたしは考えます。(ここでいう「言語」とは、おことわりするまでもなく、話し書く言葉という一般の意味より、もっと広義です)

実際のところ、中国に輸入された仏教は、挌義を経て、経典漢訳のために、新漢字を作りながら、遂に中国仏教となっていきます。この時点では、もはや、他の「言語」思想で説明する必要はなくなりました。独自化であり、完成系と言えるでしょう。文化となったということだと思います。21世紀の日蓮を考えるのも同様の道程であると、わたしは考えるわけです。

もっとも、日蓮の教えといわず、大乗仏教自体がシンクレティズムの結晶に違いありません。しかし、この点は不可逆的です。日蓮の「言語」で説明されるようになれなければ、、他「言語」思想範疇に吸収されて終わってしまうと思うわけです。それは恰も、ブッダがヒンドゥー教の化身の一人として吸収されて、衰退したように、です。ですから、21世紀に通用する日蓮は、自分たちの「言語」を確保した形以外では滅するというのが持論です。

わたしは創価学会などで「仏教哲学」という言葉の使用を嗤います。なぜならば、仏教は哲学ではないからです。哲学でないものを哲学で説明することは、その本質理解を枉げてしまいます。ですから、日蓮の原型を素描する必要をこの掲示板で訴え続けてきました。哲学、現代思想で日蓮を考えようとするやり方は、特に初期の創価学会から、見られますが、これは牧口氏という教育学者が創立者であることと関連するのでしょう。創価教育学会でも、また、『折伏教典』でもそうですが、この牧口価値論、人生地理学から、日蓮仏法を捌くという編述が多く見られましたが、やがて、姿を消し、日蓮から考えるようになっていったことは、日蓮という範疇からすれば好ましいことであったわけです。同様に、生命論という大正時代の流行からも卒業できることを願っています。

こちらの掲示板でもお馴染みの‘Nichiren Shonin Gohonzon Shu O'Mandalas by St. Nichiren’では、御御本尊、お漫荼羅が、音写されて翻訳されずに定着しています。

http://nichirenscoffeehouse.net/GohonzonShu/001.html

多くの理解は自国語でなすほかありませんが、以上のような形が日蓮の‘文化’化ということで、日蓮門下の基本的スタンスにならなければ、他思想で解釈されて別のものとなってしまうでしょう。(もちろん、本尊は密教もしくは、儒教、漫荼羅も然りという、前段の考証はあります。しかし、ここは日蓮が摂取した既存思想という意味です)

その意味で、西洋哲学その他で解釈することにわたしは反対の立場です。もちろん、乾闥婆さんのお考えを否定する意図はありません。そのような方向で議論しませんかという、いわば、お誘いです。また、そのようなスタンスで、当スレを進めてきたつもりです。

343犀角独歩:2005/10/20(木) 15:57:50

―342からつづく―

> 非漢字圏の人々が「南無妙法蓮華経」と唱える…文字曼荼羅に向かい、漢訳された法華経を、日本語の音で読む
この件を考える点で、わたしは(1)現代日本人と鎌倉時代人、(2)漢字圏、(3)非漢字圏の三つに分けて考えてきました。

(1) 既に記したことですが、大野晋師の研究によれば、旧い日本語には、ハ行(h-a〜o)の濁音はバ(b-a〜o)ではなく、パ(p-a〜o)であり、それがふぁ(hu-a〜o)を経て、今の音になったといいます。これを裏付ける証拠は『御義口伝』にあります。パンナコッタさんとの遣り取りでも挙げた「薩達磨分陀利伽蘇多攬」の‘分陀利伽’です。これを現代語で「読めば、「ふんだりか」となります。合成語ですから、その前の「達磨」に続く場合は‘濁る’わけです。では、「ぶんだりか(bundarika)」かと言えば、そうではなく、これは、もちろん、「プンダリカ(pundarika)」です。多分、当時もそのように読まれていたのでしょう。しかし、現代の発音とは齟齬が生じます。故に「ふんだりか」と読んで逃げているわけでしょう。大野説を裏付けています。

また、たしか、平家物語の研究で研究で言われるようになったことですが、たとえば‘蝶’は「てふ」、‘今日’は「けふ」と旧い仮名で書かれ、これを「ちょう」「きょう」と読みますが、当時は、書かれたとおりに読まれていたと言います。蝶は、あくまで tehu であり、今日はあくまで kehu ということです。

さらに、ワ行の「ゐ(wi)、う(wi)ゑ(we)、を(wo)」といういまでは「いうえお」としか読めない失われた母音も、別の発音であったことが指摘されます。

以上の点を総合すると、日蓮が「めうほうれんぐゑきやう」と書けば、‘meu-poh-renguwe-kiyah’という読みが、当時の発声をより近く表したことになり、現代とは著しく異なっていることになります。

「どうでもいい」と言えば、それまでですが、お題目を行とする立場からすれば、その発声は大問題であるとわたしには思えます。

(2) わたしは中国語、朝鮮語、ともにまるでダメですが、この国の人々が、日本・日蓮を意識せず、「南無妙法蓮華経」と発声したとき、どうなるのでしょうか。また、乾闥婆さんが仰るよう、法華経を読経するとき、日蓮の出生国の側であるわれわれからすれば、まるで違うお経を唱えている感じとなるでしょう。これを受容できるかどうか。日蓮出生国側としては、原型が崩壊する違和感があるでしょうか。

(3) これが非漢字圏になると、本来に日本(というかヤマト?)にとって、外来文化である漢字を、先のGohonzon、O'Mandala のように、日本語読みで伝播するというのは‘文化’的には、まさに日蓮文化といったところでしょうか。しかし、先に言った現代読みと、日蓮の時代の読みの相違が横たわります。

> 曼荼羅を翻訳して図顕するのでは、何か、根本的に違ってしまう

そうですね。だいたい、梵漢一致というコンセプトがまず壊れます。
不可能だと思えます。

やや脱線しますが、日蓮漫荼羅を書写するのに「仏滅度後二千二百三十余年」が不文律になっていることに、わたしは不思議を感じてきました。小野文著師に、「末法の始め500年は日蓮聖人の時代のこと」と言われ、わたしは目が覚める思いがしました。

もちろん、仏滅年代の問題はありますが、それを取り敢えず置いて、日蓮の教学は末法の始め500年に限定された教学大綱があり、その後は、まったく違う意味を持ちます。それにも拘わらず、「仏滅度後二千二百三十余年」で時間が止まってしまっています。
個人的には、この日付を毎年、更新したらどうかと思っています。まあ、しかし、それでは、日蓮‘書写’漫荼羅として、成り立たないのでしょう。

先に、れんさんと、石山上古本尊では、「書写」の有無が話題になりましたが、書写では「二千二百三十余年」、図示では加算という別分けがあって然りという気がしないでもありません。まあ、勝手な提案と言うことになるのでしょうが。しかし、700年以上も、「二千二百三十余年」感覚のままで、末法の始めをやっていることが、日蓮原理主義から脱却できない大きな要因になっていると思えます。

話がやや拡散しましたが、当スレ「現代人が納得できる日蓮教学」、換言すれば、人々は、何に疑問を懐いているのかという点の、踏み台にしていただければ、と存じます。

344乾闥婆:2005/10/21(金) 01:27:55
>>341

犀角独歩さん。

懇切丁寧なレス、ありがとうございます。

>池田氏崇拝の完全化、もしくは日蓮を相対化し間口を広げ、彫刻から日蓮真筆漫荼羅へ、日寛から汎仏教への転換か、その折衷しか道はないように思えます。

そうですね。しかし創価学会はなかなか「本門戒壇の大御本尊」を捨てません。組織の中心にいる世代のことを考えれば、捨てられないのでしょうが、もしかすると、まだ強い未練があるのではないかと思うこともあります。1997年に発売された『日蓮大聖人の思想と生涯』(第三文明社)は会館でも販売されていますが、「本門戒壇の大御本尊」に触れていませんし、巻末の年表にも記載されておりません。これは画期的なことだと当時は思ったのですが、結局その後弘安二年十月十二日が学会の関連書籍から消えることはありませんでした。すべてのほとぼりが冷めたときに(そんな時が来るかどうかは分りませんが)、学会はもう一度宗門と寄りを戻したいと考えているのではないかと危惧します。確かにそのような事態よりも犀角独歩さんが言われるとおり「日蓮を相対化し、教祖崇拝でいく」ほうが、よいように思えます。しかし「池田氏崇拝の完全化」の究極は、池田氏自身が曼荼羅を図顕することなのでしょう。そちらの方向へ振り切れてしまうことも同時に危惧します。

>より利他の本質的な部分で法華経典における菩薩思想より勝っていると思えるという意味です。故にわたしは「彼の法華経」と記しました。

よく腑に落ちました。宮澤賢治は自身の身で法華経を読んだのでしょう。その表現として『雨ニモマケズ』はあるのだと思いました。それはまさに法華経を身で読んだならではの「彼の法華経」であるのだと思います。

345乾闥婆:2005/10/21(金) 01:28:36
>>342

>しかし、他の文化圏の思想の語彙を使えば、それは、その思想の範疇から出られないことになります。ですから、必要なことは、仏教が、就中、日蓮仏法の「言語」から構築されたものでなければ、オリジナルとは言えないと、わたしは考えます。

確かにその通りなのです。蓮祖の生きた、その時代のまさに言説の中において、蓮祖を見なければ、正しく見えないし、オリジナルとも言えないと、私も思います。しかし逆に、オリジナルなものが、現代人に納得を得られるものであるのかは、難しく思うのです。もちろん、納得をされるために、事実をゆがめることは許されませんが、現代人はやはり現代の言説の中に生きているのであり、その「言語」の中に、いやおういなく中世日本を生きた蓮祖をおかざるを得ないのだと思います。もちろん西洋哲学の範疇において、日蓮仏法を見ようというのではなく、そのような西洋哲学であるとか言語学であるとか、また科学的歴史的基礎知識といったことを、私たちは前提として持っており、そのような視点はいやおうなく入り込んでこざるを得ない、ということです。

>哲学でないものを哲学で説明することは、その本質理解を枉げてしまいます。

その点はよく分かります。創価学会の中にいて、いつもいらだたしく思っていたのは、この仏法の正しさは、いずれは科学で証明されうる、といった態度です。今は少なくなったと思いますが、ほとんど私には信じがたい態度で持って、そのような確信している人たちは多かったように思います。宗教は宗教であり、科学とは別の範疇に属するものであると、強く思っておりました。哲学に関して、そのような強い割り切りを私は持っておりませんでしたが、おそらく犀角独歩さんが言われていることは、そのようなことに近いのではないかと感じました。

>その意味で、西洋哲学その他で解釈することにわたしは反対の立場です。

そのような意味でありましたら、もちろん同意いたします。

>そのような方向で議論しませんかという、いわば、お誘いです。また、そのようなスタンスで、当スレを進めてきたつもりです。

了解いたしました。

346乾闥婆:2005/10/21(金) 01:28:59
>>343

>この件を考える点で、わたしは(1)現代日本人と鎌倉時代人、(2)漢字圏、(3)非漢字圏の三つに分けて考えてきました。

それぞれの分類における諸問題点の提示、ありがとうございます。頭が整理されました。

私は宗教のその地域の色を強く担った固有性というものは、許容されるべきだと思っています。蓮祖の宗教が日本の言語文化に固有のものとしてあることは、何もおかしくないし、何も卑下すべきものではないと思います。創価学会が世界公布と言っても、日本という枠組みを取り外して考えることは無理ですし、そうすべきではないと考えます。他の地域には他の地域に固有の宗教があり、それでいいのだと思います。むしろ恐れるべきなのは、地域の固有性を踏みにじるような、絶対的な宗教という幻想であると思っています。現代と中世の時間の隔たりは、また別次元の問題として残るとは思います。

「仏滅度後二千二百三十余年」は確かに、時間が止まっていますね。指摘されると確かに首をひねります。いつまで経っても末法は始まったばかりですね。

347犀角独歩:2005/10/21(金) 14:29:24

乾闥婆さん

> 池田氏自身が曼荼羅を図顕…危惧

「危惧」ですか。わたしは、一つのカードとして、別段、そのようになったとしても「可」と思います。創価学会がこれをやらないできたのは、本尊書写は(血脈を受けた)法主一人の権能であるという石山アナウンスを墨守するからでしょう。また、それに従ってきた歴史的経緯があるからでしょう。ナンセンスと考えます。

現段階では物的証拠を握っているわけではありませんが、戸田氏も一遍首題を書いたという話はまことしやかに囁かれています。田中智学しかり、宮沢賢治しかり、日蓮を究極的に詰めていくとき、実際に漫荼羅を書写してみることは、わたし個人としては、否定されることとは考えていません。ただ、写真に撮った漫荼羅が印画紙に焼いたり、コンピュータのモニターに映るだけでは本尊足り得ないように、各人が写した漫荼羅が本尊足り得るかどうかという問題があるだけです。漫荼羅を書くことが「謗法」だというのは、ただの思考操作に過ぎません。

わたしは何度も書いてきました、池田氏は他に類例を見ないほどの合理主義者です。わたしがここで書いてきたことは先刻ご承知でしょう。承知のうえで、数百万人の創価学会が不信を抱いたり、学会路線を踏み外さない‘さじ加減’を正確に見極め‘小出し’をしてきたのでしょう。これは「池田氏が」というより、「宗教法人創価学会が」といったほうが、より適切なのかも知れません。

会員は、その時その時の‘指導’に踊らされますが、実際の創価学会の方向性は、そんなところにはないでしょう。長期数十年計画の、自分たちの行き着く方向性は見極めていることでしょう。しかし、そこで一番の大きな問題になっていることは何かという点に、わたしは目を向けてきました。ただし、それは単なる創価学会批判などと言う感情論ではありません。

創価学会のアキレス腱は、日蓮でいくのであれば、結局のところ、自前本尊を持てないという一点に問題があることは明白です。

創価学会の最大の弱点は、石山型の日蓮を担いでしまったことです。
日蓮を追い求めていけば、必ず、日蓮真筆漫荼羅に行き着きます。

それは恰も、宮沢賢治の童話、詩、そして、人生に興味を懐き、賢治を追い求めていくとき、ついに『雨ニモマケズ』の詩、その精神に行き着き、そして、通常の詩集では割愛されているにもかかわらず、その詩の最後に記された漫荼羅に行き着くようなものです。

しかし、ここで石山「日蓮」は大きな障壁になります。しかも、それを壁に作ってしまったのは、まさに昭和30年代の創価学会でした。しかも、先にも記したとおり、いまの創価学会はこの宮沢賢治の断末の筆跡、漫荼羅を認めたことを肯定するキャパはないわけです。そして、さらに深刻なことは、先にも記したとおり、日蓮真筆漫荼羅を一切、否定した立場にあるということです。日蓮真筆漫荼羅を無視した日蓮など、まさに魂なき日蓮であって、日蓮とは言えません。

しかし理念としての日蓮であれば、漫荼羅は要らないとも言えます。
ところがいまの創価学会は日寛書写漫荼羅を使っているわけです。ここに矛盾があります。
乾闥婆さんご自身、この本尊に拠っていらっしゃるとのことで、以下、申し上げるのはやや気が引けます。しかし、決して、乾闥婆さんの信仰、また、その様を侮蔑しようなどということではなく、純粋に論考として記します。日蓮真筆漫荼羅に比べれば、日寛本尊など、巨匠の書画と、小学生の筆字ほどの差があるでしょう。いや、もっとあります。天地雲泥の差です。

今後、創価学会が変わらず、漫荼羅本尊でいくのであれば、実は道は二つしかないでしょう。一つは池田氏が書くこと、もう一つは、適当な日蓮真筆漫荼羅によるかです。そうしなければ、会員は欺けても、仏教界の冷笑は已まないからです。もっとも、池田氏が漫荼羅を書けば、「新興宗教」のレッテル貼りの思う壺、となれば、わたしは日蓮真筆による以外道はなしと読みます。

結局のところ、日蓮を追い求めるとき、必ずや、日蓮真筆漫荼羅への思いは喚起するわけです。しかし、その漫荼羅は日蓮宗各寺院に格護されているわけです。その宝蔵寺院を「邪宗日蓮」と侮辱し、攻撃してきてしまった創価学会は、この漫荼羅に行き着く方途を自ら閉ざしてしまった。その閉ざしてしまったところからしか、着想、方向性を定められないところに、結局、創価学会が、「日蓮」に至れない大きな要因があるわけです。

文化芸術に興味を示す創価学会が、日蓮の筆という日蓮信仰者が追い求めて已まない宗教と芸術の昇華の精緻・日蓮真筆漫荼羅から、目を背けることでしか成り立っていないことは如何にも残念なことです。

348犀角独歩:2005/10/21(金) 14:29:51

―347からつづく―

また、日蓮真筆に関する知識の欠如が、いまだにあの彫刻を日蓮原本であるとする見識眼のなさでしか成り立たない迷信を罷り通らせているわけです。

> 宗教のその地域の色を強く担った固有性というものは、許容されるべき

随方毘尼ということですね。
写本遺文『月水御書』のなかに一度、現れるところです。
この点に、なんら異見はありません。

> 地域の固有性を踏みにじるような、絶対的な宗教という幻想である

このお考えには、もちろん、賛同します。ですから、「唯一絶対、最高の宗教」ということ自体が幻想であるということも意味するのでしょう。

また、地域の固有性は認めるが、他の宗教の固有性は認めないということが矛盾しないと考えるのは宗教者ぐらいのものでしょう。結局、ここでポイントになるのは、他の固有性を認めるということですから、「アーメン」も「南無阿弥陀仏」も認めるとならなければ、この論法は不完全であることになります。つまり、大乗仏教でいえば、「寛容」が叫ばれる要因は、まさにここにあるのだろうとわたしには思えます。各人の固有さを損なわず、共存し続けるという在り方です。ところが、この考えは著しく日蓮の教えに違反することになるところに問題が生じてきたわけでした。戦後、日本社会でまた、このような宗教風土を作ってきたのもまた、創価学会であることは紛れもない事実です。

ただ、わたしはその批判をここに繰り返すことを目的にしているわけではありません。わたしが乾闥婆さんに、非漢字圏の信者につき、ご賢察をお尋ねした理由は、SGIに限らず、日蓮宗においても、海外で日蓮漫荼羅本尊を奉安し、題目を唱える信徒は実際にいるからです。漢字を理解できない方々です。しかし、実際には、信仰体験と歓喜も得ているのでしょう。わたしはこの点を否定しません。つまり、このような海外信徒の存在、また、顕正会員が、見たこともない「本門戒壇の大御本尊」に歓喜し、捨身布教に走る様も同様です。彼らに至っては日蓮真筆漫荼羅を完全に封鎖されているばかりではなく、自宅拠点、また、石山・学会からの転教者以外は、自宅に本尊すらありません。石山、学会信徒も、勤行唱題には本尊の「妙」の字を見ることが教えられ、諸尊勧請のためにその一々に目を凝らすこともありません。いや、それどころか、「御本尊のことを、とやかく考えること自体、謗法である」と信じ込まされているでしょう。

つまり、字で書かれているのにも拘わらず、漫荼羅は神秘化され、それを論じることをタブーとされ、イメージになっているわけです。このようにイメージ化された、現実の目の前にある漫荼羅本尊を見ない形で成立しながら、しかも法悦と体験を得る‘仕組み’に関して、わたしは着眼しているわけです。

日蓮が、あの10年間に図示した漫荼羅は現存を確認される限りで130幅足らず。実際に図示した数は、その倍数とも類推されるますが、そこから大きく外れることはないでしょう。しかしながら、当時の板東武者は8人1人ほどしか字が読めなかったという説もあります。庶民となれば、ほとんどが読めなかったのでしょう。

中尾師は、佐渡で日蓮が漫荼羅を顕わすのを見て、当地の人々は吃驚した、彼らは紙も文字も見たことがなかったから…という話をされていました。また、文字の読める弟子檀那にしても、それまで見たこともない文字で書かれた漫荼羅を日蓮から授与され、その意味がわからず戸惑い、また、それを説明する日蓮の遺文が散見できると講義されていました。

近日、当掲示板でも話題になってきましたが、そもそも、日蓮は、漫荼羅を本尊として、現代のように拝ませていたのか?という点は、実のところ、何もわかっていません。
その意味において、漫荼羅を‘見ない’イメージとして捉える人々は、漢字が読めない外国の信者、また字が読めなかった日蓮当時の信者方と、同じ心象にあるのかも知れません。

> 「仏滅度後二千二百三十余年」は確かに、時間が止まっていますね。指摘されると確かに首をひねります。いつまで経っても末法は始まったばかりですね。

そのとおりなのです。
わたしたちは、日蓮滅後700年、当時の換算では仏滅3000年、いま至れた結論からすれば仏滅2500年という時代を生きているわけです。

顕正居士さんが、かつて、いまの時代に日蓮が生きていたらという一文をご投稿くださったことがありますが、まさに、いま、ここに日蓮がいたらという視点で、時代を読み解くことは大いに意義のあることであると考えています。しかし、現実には、没した日蓮から700年を経た今日から、日蓮を見ることこそ、大切であるともちろん、思うわけです。

349乾闥婆:2005/10/22(土) 01:38:51
>>347-348

犀角独歩さん。

見事な創価学会の現状分析、ありがとうございます。非常に頭が整理されました。

>「危惧」ですか。わたしは、一つのカードとして、別段、そのようになったとしても「可」と思います。創価学会がこれをやらないできたのは、本尊書写は(血脈を受けた)法主一人の権能であるという石山アナウンスを墨守するからでしょう。また、それに従ってきた歴史的経緯があるからでしょう。ナンセンスと考えます。
>日蓮を究極的に詰めていくとき、実際に漫荼羅を書写してみることは、わたし個人としては、否定されることとは考えていません。
>漫荼羅を書くことが「謗法」だというのは、ただの思考操作に過ぎません。

もちろん私は曼荼羅書写を謗法とは思っておりません。ただ池田氏の立場で曼荼羅を書くということは、創価学会の究極の本尊となるであろうということ、そしてその究極の本尊を顕わした池田氏は本仏と扱われるに至るであろうということ、そのようなことを「危惧」したのでした。もっともいまの創価学会を大過なく池田氏死後に守っていくには、犀角独歩さんの言われるとおり、有効な一つのカードであるとは思います。また、そのようになってこそ創価学会は首尾一貫するのかもしれません。現状、その下地は組織内部において十分できていると思います。

>もっとも、池田氏が漫荼羅を書けば、「新興宗教」のレッテル貼りの思う壺、となれば、わたしは日蓮真筆による以外道はなしと読みます。

創価学会はその関連書誌媒体では、自身の評価を落としかねないほど、口汚く他者を罵ったりします。この組織は、どこか、世評を激しく気にする部分と、まったくその世評を感じとる感性をまったく欠いている部分とが、共存しています。池田氏曼荼羅書写は十分に踏み切る可能性はあるのではないでしょうか。気にしているとすれば、組織内部の者たちがついてくることができる、そのタイミングだけなのかもしれません。

>適当な日蓮真筆漫荼羅によるかです。

この可能性はあるのでしょうか。私は組織内部にいて、他山の日蓮真筆漫荼羅を持ってくることは、宗門とのよりを戻すことよりも、不自然な流れと映ります。

>ところが、この考えは著しく日蓮の教えに違反することになるところに問題が生じてきたわけでした。戦後、日本社会でまた、このような宗教風土を作ってきたのもまた、創価学会であることは紛れもない事実です。

そうですね。そこが私自身の内部でも矛盾するところです。それぞれの固有性を大事にする思いが、日蓮仏法への信仰を弱め、その信仰を強めようとすると、それぞれの固有性を有する世界を、心の中で消去してしまいます。

>つまり、字で書かれているのにも拘わらず、漫荼羅は神秘化され、それを論じることをタブーとされ、イメージになっているわけです。このようにイメージ化された、現実の目の前にある漫荼羅本尊を見ない形で成立しながら、しかも法悦と体験を得る‘仕組み’に関して、わたしは着眼しているわけです。

この御考察、うならされました。まさに、曼荼羅はモノとして、また文字として、ある以上に、関係性、仕組みとして、あるのですね。私はおそらく、このようなイメージ化、神秘化に、抵抗しているのだと思います。その抵抗の足がかりとして、この曼荼羅が図像ではなく、文字であることを強調し、意識しているのでしょう。私は主知的でありたいと思い、信仰を持つことと主知的であろうとすることは矛盾しないと、考えているのだと思います。しかしそれは曼荼羅の受容の実態にあっていないのかもしれません。識字率の低い時代での曼荼羅受容は、確かに非漢字文化圏の方々の曼荼羅受容と、条件としては重なりますね。

しかし現代人に納得される日蓮教学とは、そのようなイメージ化、神秘化を脱却したところに成り立つ何かであるのではないでしょうか。しかしそれはもはやオリジナルな日蓮教学ではなくなってしまうのでしょうか。

350犀角独歩:2005/10/22(土) 09:53:19

乾闥婆さん

> 池田氏の立場で曼荼羅を書く…創価学会の究極の本尊…池田氏は本仏…「危惧」
> この組織…世評を激しく気にする部分…感じとる感性をまったく欠いている部分

なるほど。ご賢察と拝します。

> 池田氏曼荼羅書写は十分に踏み切る可能性…気にしている…組織内部の者たちがついてくる…タイミングだけ

いまはどうだか知らないのですが、わたしが在籍していた頃は、池田氏は盛んに色紙を配っていました。(この代筆グループがあるのをあとから聞いて驚いたのですが)
そのなかで「妙」という揮毫があったわけです。わたしが話を聞いた石山の坊さんは、これだけでも略漫荼羅だということでした。そんなものかと思ったのです。わたし自身は色紙は色紙だろうという思いがあったからです。あと、これも確認したわけではありませんが、学会が模刻した板本尊に池田氏の自筆署名が彫り込まれていたといいます。模刻問題は、板に刻んだことより、この署名の法が問題だったといった坊さんがいました。その人は宝蔵に収められた板本尊を目で見て確認したといったのですが、その真偽はわかりません。

「妙」揮毫、板本尊に署名という事例は、ある意味、池田氏の欲求を示しているようで、その心象風景は如何ばかりであったのか、興味が惹かれます。この延長で、漫荼羅書写となるといえば、もちろん、短絡でしょうが。

> 他山の日蓮真筆漫荼羅を持ってくることは、宗門とのよりを戻すことよりも、不自然な流れと映ります。

そうですね。これはたしかに、現学会からは考えづらいことです。
ただ、八王子に牧口記念会館が建設された頃、創価学会が日蓮真筆漫荼羅を探しているという噂がまことしやかに流れました。そのために、真筆漫荼羅が動き、途方もない値段が付いた騒ぎがありました。この件は、ちょっと詳しくは書けませんが、しかし、実際に学会が探していたとすれば、この可能性はなきにしもあらずということでしょうか。

もう一つ、可能性があれば、それは漫荼羅離れということです。
学会を端から見ている側からすると、一番、驚くのはその簡易化です。表装をやめて一枚刷りにしたり、携帯本尊という流れは、それを本尊にしている人にとっては耳障りな表現かも知れませんが、まさに‘簡易化’です。

簡易化の行き着くところは廃止ということですが、この可能性はどうでしょうか。
もちろん、今日明日の話ではなく、10年20年というスパンでの見通しです。案外、池田氏書写・真筆漫荼羅使用より、こちらのほうが、可能性が高い気がします。

SGIなどは、かなり世界を意識しているわけですね。
先にも「空」という話題がありましたが、この点からすれば、特定漫荼羅への拘りは、仏教を理解しようとする側からすれば首を傾げることです。凡夫本仏が行き着くところは、己心本仏ですから、実は漫荼羅は対境としての十界も、己心十界覚知で事足りるとするというのは流れになります。廃止とはいかないにしても、重点が己心へ移行すれば、重要度が低下していくことはあると思えます。実際のところ、世界を意識すれば、漫荼羅が遠のくのではないのかという思いがわたしにはあります。

その傍証と言えるかどうかわかりませんが、勤行・唱題の重要度も学会では極端に下がってきました。その現れが、勤行の簡易化でしょう。この簡易化は、要するに、本尊に向かっている時間の短縮を意味するわけです。時短は結局、重要度の低下という心的作用をもたらします。一つの学会の方向性が看取できるようです。

> …現代人に納得される日蓮教学…イメージ化、神秘化を脱却…成り立つ何か

現代人が宗教に望むことに神秘性は依然として強く、ならばイメージかも否定されないのだと思います。ただ、その神秘性の質ということに科学文明社会は拘るわけでしょうね。要は「この教えは科学と矛盾しない。価額を超えたものだ」という口上です。
このニーズに答えていくと、宗教は呪術化し、人を隷属させやすい形になりますね。
いくらニーズがあっても、このような宗教には警鐘を鳴らさなければなりません。
わたしが彫刻を批判するのもこのためです。
わたしは宗教は、呪術・隷属から、公益性の宗教への転化を目指すべきであると考えています。わたしが尊敬する浅見定雄師は常々「何を信じているのかを問題にするのではなく、何をしているのかを問題にする」と語ります。宗教団体が集める人員と金銭を、その宗教団体内のみの益とするのではなく、他に対して何をしているのかという点で評価を考えるということです。

351犀角独歩:2005/10/22(土) 09:55:11

―350からつづく―

学会はようやく重い腰が上げつつありますが、まだまだ不十分です。石山はもはや絶望的、問題外でしょう。器物・呪術・隷属に囚われて、公共性など、かけらほど考えていません。信者は、ですから、そのようなものに興味を懐かず、閉鎖性は更に高まり、比例して差別観は高まるばかりです。この現況は彫刻問題と共に深刻です。
日蓮宗全般は、緩慢ながら、それでもようやくと動き始めています。

宮沢賢治の話が出ましたが、わたしは賢治の菩薩観は不軽菩薩を超え、大乗菩薩道であると記しました。この菩薩道を、弘教と宗教典礼に限定すれば、信者は隷属化し、宗教集団以外のことはしなくなります。しかし、本来の菩薩道とは、あらゆる意味における利他行であるはずです。六度万行、八正道で培われた心身で、社会に対して、非信者に対して、何をしているのか、換言すれば、公益性が今後の宗教の是非を計る尺度になるとわたしは考えています。

わたしはいつも引用する岩本師が引いた一節があります。
杉本苑子氏が記された『西国巡拝記』の一節です。

「坊さんのすべてが、もう一度、出家しなおしたら、どんなにすばらしいことかと思う。皮肉などで決してない。実感である。
 三十三カ所霊場とは限らない。日本の寺々にはともすると、草創の古さ、寺格の高さ、皇室はじめ過去の権力者にどれほどの庇護や帰依をうけたかを、とくとくと語り、あたかもそれを寺の誇りとするごとき傾向をまま見かける。しかしそんなことが、寺の名誉でも威信でもないことはあきらかである。もし寺院が、それなりに矜持(きんじ)を持つとすれば、仏の智、仏の愛を、どれだけ積極的に民衆のなかに弘通し、彼らの悩みを救ったかという一点にしぼられるはずである。過去はもちろん、現在も未来も、立派にそのつとめを果たし得る自信、そしてその実績――。寺院の誇りはこの一事に尽きる。伝統や寺歴を、問題外にするのではないが、そういうものはあくまで第二義のはずと思うのだ。かたちはでんとかまえているが、ひっくり返してみたら下のほうが腐りかけていた南瓜……。そういう哀しい存在に、寺院が成り下がることを、日本の民衆は一人として望んでいないのである」

> イメージ化、神秘化を脱却…オリジナルな日蓮教学ではなくなってしまうのでしょうか。

話を戻せば、この点を乾闥婆さんは、漫荼羅受容という側面から仰ったわけですね。
わたしは日蓮の漫荼羅図示は、弟子としての允可証であったと考えています。
ですから、拝む対象であるとはいまは考えていません。
オリジナルの日蓮教学が何であったのか、それが明瞭ではない現実があります。

日蓮の心象は、仏のみならず、神を信じ、それら神仏が悪国・悪人を亡ぼす神秘の世界に生きていたのでしょう。この点を現代に当てはめていくことには困難を感じます。しかし、結果がイメージ、神秘からの卒業であっても、よいとわたしは考えます。

仏教にも造詣の深い精神科医・高橋紳吾師は、釈迦が最も忌避したものは執着であるといい、舎利であれ、経典であれ、援用すれば漫荼羅であれ、それらに執着することを象徴(シンボル)の病と評しました。(『超能力と霊能者』岩波書店)
これはまた、空の問題、道の問題とも密接に絡みますが、いずれにしても、世界全般から見る仏教の一つのスケールを意識した師の記述は参考になります。また、新宗教新聞の編集長廣橋隆師が、カルト問題を新宗教という視点から語ったパネルディスカッションを聴講したことがあったのですが、ここで、仰るような点を宗教からのぞくことが脱カルト運動のように扱われることがあるが、果たしてどうか、「悩ましい問題」とコメントしていたのを覚えています。

やや、話が横道に逸れ、適切な返レスになっていない点をお詫びします。

352乾闥婆:2005/10/23(日) 01:35:34
>>350-351

犀角独歩さん。

仕事が忙しく、明日も仕事ですので、申し訳ありませんが、今晩は少なめなレスになります。

>簡易化の行き着くところは廃止ということですが、この可能性はどうでしょうか。

そうですね。そもそも勤行の簡略化の理由が、国外へのさらなる流布を視野に入れてのことでした。廃止にまで至るのか、分りませんが、創価学会がまさに日本の固有性、蓮祖の固有性を捨てることはありうるのかもしれません。

>この菩薩道を、弘教と宗教典礼に限定すれば、信者は隷属化し、宗教集団以外のことはしなくなります。しかし、本来の菩薩道とは、あらゆる意味における利他行であるはずです。

実践的な側面ではやはりこのような方向へ向かうことが望ましいのですね。

>オリジナルの日蓮教学が何であったのか、それが明瞭ではない現実があります。
>しかし、結果がイメージ、神秘からの卒業であっても、よいとわたしは考えます。

それらの点を探求する場として、この掲示板に参加させていただいております。時間を見つけ自身も学びながら、これからも皆様の書き込みに学ばせていただきたいと思います。ありがとうございました。

353犀角独歩:2005/10/23(日) 05:47:02

乾闥婆さん

やや長い議論にお付き合いいただきました。
有り難うございました。

お時間があるときにまた、お気軽にお声を掛けてください。

354小池:2005/10/23(日) 09:19:03
独歩さん

10月17日のブログで
>「法華経は三世諸仏説法の儀式也。…」…活発な議論となったが、ここには略す。…「三世というのは過去・現在・未来といった今言われるような時間軸ではない」…
と記されておりますが、原始仏教などでの釈迦の教説は来世については「無記」だったように思います。法華経等は三世観を記しているように思われますが、どのように理解すればいいでしょうか。
お教え頂ければ幸いです。

355犀角独歩:2005/10/23(日) 15:55:54

354 小池さん

> 原始仏教…来世…「無記」…法華経等は三世観を記している

原始仏教は伝承に基づくシャキャムニの言説を記、しかし、法華経は創作物語であるから、そこに齟齬が生じるのは当然のことだということでしょう。

しかし、ただ、一点言えることは、シャキャムニは、死後については無記ですが、それは文字どおり、無記だということです。あるともないとも言ってはいないと言うことです。
神格化された釈迦無尼仏は一切正遍智と神話化されますが、現実の釈尊はわからないことはわからない、わからないことに拘って時間を無駄にするより、いま現実の修行に励めというのが死の間際まで「修行者」と呼ばれたシャキャムニの姿であったということでしょう。

これは現在も同様であり、わかりもしないことを、さも、知っている如く雄弁に語る話は、対外は嘘だということです。わたしは確信ある言説というのは、要は嘘つきの詐弁であると考えます。

356小池:2005/10/23(日) 16:49:50
独歩さん

大変有難うございました。
死後についてあるともないとも言っていない現実の釈尊。対して三世観を記す法華経は創作物語。
ということですね。

357犀角独歩:2005/10/23(日) 17:11:38
やや、補足すれば、法華経は創作物語と片付けてしまうわけではなく、そのエッセンスは数百年、受け継がれてきた仏教徒の延長にはあるということでしょう。
ただ、それはシンクレティズムの要素を多分にはらんでいるということであろうと思います。

358小池:2005/10/23(日) 17:27:14
独歩さん

有難うございます。
としますと、創作物語と片付けるのではなく、「そのエッセンス」は役立つものもあるということですね。
シンクレティズムについて、また、仏教について、いつも紹介されている岩本裕師の本をよく読もうと思います。他にも立派な学者はいると思いますが、岩本師は本当にすごい学者だと思います。

359犀角独歩:2005/10/23(日) 21:42:26

小池さん

わたしも岩本師は非常に影響を受けたお一人なんですが、どうも学者、研究者には評判が悪いのです。しかし、よいところもたくさんあります。

師の「シンクレティズム」に関する説明は『佛教入門』(中公新書)179頁に載っています。まあ、ほかにもたくさん、あろうかと思いますが。

360小池:2005/10/25(火) 09:00:37
359 独歩さん

大変ありがとうございます。
「仏教入門」拝読してみます。
すばらしい先生ですね。いま観音について先生の本を読んでいるところです。

361通りすがり:2005/10/27(木) 23:52:53
岩本さんは、創価学会の教授ですね。日蓮聖人は、梵本を重視せず羅什が仏教哲学を集成した「妙法蓮華経」を釈尊の真意と捉え、「妙法蓮華経」に限るとします。日蓮聖人の哲学的なアプローチを認識しないと、その思想は理解できませんよ。

362小池:2005/10/28(金) 04:40:08
361 通りすがりさん

大変有難うございます。
>岩本さんは、創価学会の教授ですね。日蓮聖人は、梵本を重視せず羅什が仏教哲学を集成した「妙法蓮華経」を釈尊の真意と捉え、「妙法蓮華経」に限るとします。日蓮聖人の哲学的なアプローチを認識しないと、その思想は理解できませんよ。

このことについて、もう少し詳しく御説明頂ければありがたいです。
「梵本を重視せず…真意と捉え」という部分は、ここ100年あまりの仏教学の成果と照らしてどのように判断すればいいのでしょうか。
特に、「日蓮聖人の哲学的なアプローチを認識しないと、その思想は理解できません」という部分について、「日蓮聖人の哲学的なアプローチ」というのはどのような内容なのでしょうか。


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