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現代人が納得できる日蓮教学
296
:
小池
:2005/10/14(金) 00:06:37
引用ばかりで気が引けますが、御議論の一助としてお役に立てばと思い、
前述の平川師の「法華経を読みとく」(上)P39によりますと
「(平川師)文殊菩薩が大乗仏教のオーソドックスな正系なのです。弥勒菩薩は前の原始仏教からずっと来た人で、つまり大乗仏教の興る前から有った人ですから、大乗仏教に入ってきても正系に入れないんです。観音さまなどは余所から来た仏さまです。ヒンズー教から入ってきたのです。…
「三十三身に身を現じる」という言葉があるでしょう。あれはシヴァ神なのです。シヴァ神に三十三の名前があるのです。ですから観音さまの元をだとっていくとシヴァ神になってしまうのです。弥勒菩薩は余所から入ってきた菩薩で、生え抜きの菩薩は文殊菩薩なのです。弥勒菩薩は初めは大乗にいれなれなかったのです。般若経にも弥勒菩薩が出てきますが、法華経と弥勒菩薩の関係はもう少し研究する余地が有ります。
(望月師)先生、どういう菩薩にどういうことを説いたか、ということはあるのですか。
(平川師)それは、あまりないようです。ただ、観音さまはどういう菩薩か、お地蔵さまはどういう菩薩か、ということ、そういう場合に弥勒は将来仏ですから、阿含経にも出てくるのです。大乗仏教は弥勒から来たものではないのです。大乗仏教というのはやはり文殊菩薩です。大乗で一番古い菩薩は文殊菩薩です。文殊菩薩に関して、阿じゃせ王経とかいろいろな経典が有りまして、やはり大乗を開いた菩薩は文殊菩薩です。ただ結局、仏さまの教えを祖述しているわけです。それはやはり見仏の体験です。それが大切です。」
同書下P138「大乗仏典には必ず出てきますが、観音さまなどは他教から来た仏です。つまり、観音・勢至という菩薩は必ずしも仏教での名前ではないのです。観世音は観自在とも訳し、梵語はAvalokitesvaraと言い、avalokitaは「観られた」、isvaraは「自在」で、当時尊崇されていた神さまが仏教に入ってきて観音さまになっているのです。……大乗仏教というものがどうしてできたかというようなことは、ある一つの見方を掴むと分かってくるということがあるでしょう。文殊菩薩は大乗仏教を興した菩薩の一人です。お釈迦さまも文殊に導かれて大乗仏教に入った、ということが出てくる経典もありますから。…」
同書下P171「浄土教はもとは法華経とわりあい仲が良かったのですね。…」
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