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現代人が納得できる日蓮教学
266
:
犀角独歩
:2005/10/10(月) 14:28:58
小池さん
なかなか勉強なさっていますね。
「南無観世音菩薩」に該当する岩本師の梵本直訳は
「われらに安心を授けたもう偉大な志を持つ求法者アヴァローキテーシュヴァラを、崇め奉る、崇め奉る」(下 P246)
となっています。
観世音菩薩は Bodhisattva Mahasattva Avalokitesvara が正確なところでしょうが、Avalokitesvara 通称とされる如くです。。
南無妙法蓮華経という訳語成句より、当然のこととして、「南無観世音菩薩」のほうが先行するわけですね。その称名の功徳は同品に記される如くですが、南無妙法蓮華経は臨終正念に属する秘伝であるというのが、真偽未決書などで引用されるところで、その意味は異なります。
「此等の大師等も南無妙法蓮華経と唱ふる事を自行真実の内証と思食されしなり。南岳大師の法華懺法に云く「南無妙法蓮華経」文。天台大師云く「南無平等大慧一乗妙法蓮華経」文。又云く「稽首妙法蓮華経」云云。又帰命妙法蓮華経」云云(当体義鈔)
また、前者は菩薩信仰であるのに対して、後者は経典(経題)信仰である際があります。
観音信仰は、法華経に習合された独立した信仰であったというのが一般的な見方であったと記憶します。岩本師は観音にはかなり興味を懐いていたようでいくつか論文を発表しており、仏教界に一顧だにもされなかったのに、美術史家が絵画彫塑像の視点から岩本師の観音説に注目したということがあったようでした。(『観音の表情』淡交社に対する書評など)
また、その考察において、
「この菩薩の起源はなお明確ではないが、西アジア方面の宗教思想の影響を受けていることは疑いえない。例えば、葉枝観音に関する宗教儀礼に葉のついた枝でたたくことが知られているが、これは西アジアにおける母神ナナイアのそれである。現在、その影響はイスラエルにおけるユダヤ教の儀礼にも見られるところで、葉のついた枝は繁殖のシンボルであるという。この事実を考えると、敦煌に見られる楊柳観音・水月観音が右手に楊柳の小枝を持っているのは、ナナイアと関係のあることを疑いえないであろう。特に、観音像のあるものが女性的に描かれている事実は、この菩薩の本質ないし始源型が女性であった子とを示していると考えられる。それと同時に敦煌の楊柳観音が髭をつけているのは、変成男子のシンボルと考えられ、その菩薩の本質を明らかにしているものとして興味深い。わが国で名高い慈母観音も子どもを抱いている点から考えて、あるいはマリヤ像の変化したものであるかもしれない」(『佛教入門』中公新書 P156)
といいます。
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