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現代人が納得できる日蓮教学

267犀角独歩:2005/10/10(月) 14:29:21

―267からつづく―

さらに岩本師はまた、漢訳の「観」の字について、

「『観』の字をかむらせた経典……注目されることはこれらの訳者はすべて西域の出身者、また経典の構成ならびに発想法がインド的でない点である。とくに、『観経』の場合、その点が指摘される」(『極楽と地獄−日本人の浄土思想』三一新書 P51)

といいます。もちろん、同品をこれに直ちに該当するかどうかは一考を要するでしょうが、しかし、この漢訳『観世音菩薩普門品』は重大な削除が為されています。

岩波文庫『法華経』でいえば下巻 P268〜269 です。
お持ちであれば開いてみてください。なければ、真読でいえば同品の「福聚海無量。是故頂礼」と「爾時持地菩薩。即従座起」の間が大きく欠落しています。いま、その欠落部分を挙げます。

「ローケーシュヴァラ=ラージャ(世自在王)を指導者とした僧のダルマカーラ(法蔵)は、世間から供養されて、幾百劫という多年のあいだ修行して、汚れない最上の「さとり」に到してアミターバ(無量光)如来となった。(28)
アヴァーローキテーシュヴァラはアミターバ仏の右側あるいは左側に立ち、
かの仏を扇ぎつつ、幻にひとしい一切の国土において、仏に香を供養した(29)
西方に、幸福の鉱脈のある汚れないスカーヴァティ(極楽)世界がある。
そこに、いま、アミターバ仏は人間の御者と住む。(30)
そして、そこには女性が生まれることなく、性交の慣習は全くない。
汚れない仏の実子たちはそこに自然に生まれて、蓮華の体内に坐る。(31)
かのアミターバ仏は、汚れない心地よい蓮華の胎内にて、
獅子座に腰をおろして、シャーラ王のように輝く。(32)
彼はまたこの世の指導者として三界に匹敵する者はない。わたしはかの仏を賛嘆して、『速やかに福徳を積んで汝のように最も優れた人間(仏)になりたい』と祈念する。(33)」
以上はまた、以下の Kern 訳と対応するのでしょう。

28. This universal Lord, chief of kings, who is a (rich) mine of monastic virtues, he, universally worshipped, has reached pure, supreme enlightenment, after plying his course (of duty) during many hundreds of Æons.
29. At one time standing to the right, at another to the left of the Chief Amitabha, whom he is fanning, he, by dint of meditation, like a phantom, in all regions honours the Gina.
30. In the west, where the pure world Sukhakara is situated, there the Chief Amitabha, the tamer of men, has his fixed abode.
31. There no women are to be found; there sexual intercourse is absolutely unknown; there the sons of Gina, on springing into existence by apparitional birth, are sitting in the undefiled cups of lotuses.
32. And the Chief Amitabha himself is seated on a throne in the pure and nice cup of a lotus, and shines as the Sala-king.
33. The Leader of the world, whose store of merit has been praised, has no equal in the triple world. O supreme of men, let us soon become like thee!

先の観経との脈絡を大いに感じさせます。なお、33 の Sala-king とは Visnu のことで、234 に挙げた点とも一致します。

以上の点が、流通する妙法華では削除されています。この原因は、羅什が翻訳に充てた本と Kern 師・南条師が用いたテキストが違うのか、羅什は訳した後世削除されたのか、わたしはその点は落着しておりません。しかし、英訳では入っている以上、こちらが世界水準です。

「アミターバ(無量光)仏」とはことわるまでもなく阿弥陀仏のことです。
観音世菩薩の起源がマリアであり、ナナイアを経て、阿弥陀仏と関係する菩薩信仰を生み、やがて、法華経に摂取され、それを羅什は「南無観世音菩薩」と訳したという‘削除’された経緯を見なければならないということです。


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