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現代人が納得できる日蓮教学
224
:
Poh
:2005/10/03(月) 10:07:25
9)
たとえば、制作年ははっきりしませんが法華経と同時代とも言われ、また「無量寿」を法華経の久遠実成の本仏思想が展開したものであると考えて、法華経よりもやや後代の作との推察もある浄土教の根本教典『無量寿経』には、
「我滅度之 復生疑惑 当来之世 経道滅尽 我以慈悲哀愍 特留此経 止住百歳 其有衆生 値斯経者 随意所願 皆可得度」(巻下流通分・弥勒付属)とあります。
つまり「当来之世 経道滅尽」「特留此経 止住百歳」=「将来、経道がことごとく滅した時(法滅尽)、100年間だけ(100年=人の一生分から転じて、永き世との解釈もあり)無量寿経だけがこの世にとどまる」という論法を使って、無量寿経の優越を説いているわけです。
こうしてみると、「仏教の漸衰滅亡を示す言葉とそれを使ったロジック」は、少なくとも法華経の専売特許とまではいえないようですね。
ではそれは、時代の流行だったのか?
ただ単に、たとえばどこかの集団がミトラ教など他の宗教や思想の論法を「これは使える!」とばかりに拝借したのが、他の集団にも広まったものなのか?(ああいう場所に生きていた人々ですから、ミトラ教だろうと、救世主思想だろうと、ギリシャ神話だろうと、終末思想やプレニアム=千年紀であろうと、習合に習合を重ね、また「ええとこ取り」することなど当たり前で、要は「何でもあり」という感じがしますね)
そして法華経がそれを先導し、無量寿教がそれを拝借しただけなのか?
それとも、当時の大乗仏教の担い手たちが「今こそ法は滅した」と本当に世を憂い、鬱憤を募らせ、それゆえ出た、両教典制作者たち共通の認識だったのか。だとしても、それは大乗仏教徒に限った「鬱積=俺らの教えこそ正しいのに、上座部のやつらばかりがのさばっていやがる」という独善的気分を「正しい教えが滅びる時代」に見立てているのか、あるいはたとえば外来民族による侵略により、乱暴狼藉、抑圧と迫害に苦しんだこの地のアーリヤ系インド人=民衆たちを前にして「なんとか救わねば!」という当時の時代状況の悲惨さを、それに見立てたものなのか?
――ちなみにもう十年以上前の記憶になりますが、やはり大乗の華厳経をざらっと読んだ時には、そういう深刻な「仏教衰滅の言葉やそれを使用した論法」があったという記憶はないんですよ(実は現在、ある必要性からもう一度読み直さなければならなくなったので、またそこで見つかったらご報告と訂正をさせて頂きますが)。
もしもその記憶通りだったら、また新たな想像も出てきますね。
もっともあのお経は、上座部に追われるようにカイバル峠から北上し、パミール高原から崑崙山脈北縁沿いに西行した大乗仏教徒たちが最初の腰を落ち着けた、中央アジアのオアシス国家ホータン(現:和田)で法華経よりも百年ほど後以降に編まれたもの。あの当時のホータンは、大乗仏教徒にとってユートピアのように、国は栄え、平和を謳歌し、また上座部の干渉もなく、国王の厚い保護のもとで大乗仏教徒がインドから退去押し寄せたと言われていますから、あるいはそういう環境では「仏教衰滅」の実感がなく、よってその言葉やそれを使用した論法が好まれず、あるいは忘れられ、またあるいはせっかく庇護してくれる国王の信仰心におもんぱかってそういう言葉をあえて使用せずにおいたということなども考えられましょうが……。
いずれにせよ、法華経梵本に見られる「仏教の漸衰滅亡を示す言葉とそれを使用した論法」の真に意味するところは、法華経それ自体の客観的かつ詳細な検証とともに、先の無量寿経のみならず、他の成立時代が重なると思われる大乗教典、いやむしろ上座部の当時の教典・論書などと比較対照することで、時代の流行だったのか、法華経制作者のみに見られる深刻な「憂い」「鬱憤」だったのか、あるいは上座部の優位とそこからの干渉・排除に対抗する大乗教団共通の論法だったのかといった当時の実情が、より一層浮かんでくるかもしれませんね。
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