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現代人が納得できる日蓮教学

289一字三礼:2005/10/13(木) 21:13:12
犀角独歩さん

観世音菩薩(観自在菩薩)の起源を何処に求めるか、は難しい問題です。

犀角独歩さんが指摘されていたナナイアをはじめ、アナーヒター、アナテ、シヴァの伴侶ウマーなどが観音の起源として挙げられますが、いずれも女神、しかも’大地母神’なんですよね。

それこそ犀角独歩さんに今さら申し上げるまでもありませんが、’大地’を女神、特に’母神’と結び付ける理由は、大地に草木が種を落とし、草木が枯れ果てても、また新しい芽が出るという現象を、母が子を産むという母性原理と同一視するからであり、同時に動植物が土に還る(大地に還っていく)という側面から’大地母神’は’死’を司る側面も併せ持つものわけです。

ところが観音の原語アヴァローキテーシュヴァラ(Avalokitesvara)は男性名詞であるとのこと。

子を孕めない男性である神(観音)が、先に挙げた女神達(ナナイア、ウマー等)の根本原理である’母性’を受け継ぐことはできないのではないでしょうか。

はたして’大地母神’の性質が男性に変更されても維持できるのか、というのが私のもっとも肯けないところです。

余談ですが、松山師の多宝如来を’大地母神’に見立てる説も同様の理由で首を傾げざるを得ません。

現実に目にする観音菩薩像は、仰るように大概はヒンドゥー教の諸神、特にシヴァ神、ヴィシュヌ神の別名ばかりです。

観音菩薩は、「阿弥陀経」(小経)では会座にも侍っていなかったのに、「無量寿経」(大経)では、勢至菩薩と共に阿弥陀仏の傍らに移り、後に阿弥陀仏の救済と浄土の性質を吸収して、「不空羂索神変真言経」の成立に至ってついに阿弥陀仏からも独立し、菩薩でありながら南方に自分の浄土を持つまでになります。その間に吸収していった仏格、神格は膨大なものであったと推測されます。


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