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現代人が納得できる日蓮教学

274一字三礼:2005/10/10(月) 23:15:54
横レス失礼します。

阿弥陀仏と観音菩薩

無量寿仏(アミターユス)の成立は古く、大乗仏典の中でも最初期に成立した経典のひとつ「般舟三昧経」からすでに登場します。

「妙法蓮華経」の化城喩品第七では「阿弥陀」、薬王菩薩本事品第二十三では「阿弥陀仏」とだけ記されておりますので、アミターユスかアミターパか分かりかねますが、「正法華経」の往古品第七では「無量壽超度因縁如來」、藥王菩薩品第二十一では「無量壽佛」と書かれていることからアミターユスとしての仏格で登場していることがわかります。

岩波文庫「法華経」の該当箇所では七の’前世の因縁’では「西の方角には、(九)アミターユス(無量寿)という如来と、」、二二の’バイシャジヤ=ラージャの前世の因縁’では「かの尊きアミターユス如来」とされます。

そこで妙法華は梵文が未だ発見されていないので正確には分かりませんが、正法華、岩波版現代語訳の二種類に共通していることから、法華経で阿弥陀仏が登場する時の仏格はアミターユスだったのではないかと考えられます。

また、華厳経(六十華厳)でも小品般若経でも登場する阿弥陀仏はアミターユス(無量寿)仏。
無量光仏(アミターパ)は、浄土三部経では「大経」に、「小経」では無量寿仏(アミターユス)です。

経典からはアミターユス(無量寿)とアミターパ(無量光)では、アミターユスの方が仏格成立が古いように感じられますが、もしかしたらその発生場所自体が異なるのかもしれません。

岩波文庫「法華経」二四の’あらゆる方角に顔を向けたほとけ’では「アミターパ仏」として登場しておりますが、同テキスト内で他の場面ではアミターユスですし、正法華経でも同様なので、ここだけアミターパとあるのは不自然です。(一)


阿弥陀仏と観音菩薩と勢至菩薩は常にセットのように考えられておりますが、「般舟三昧経」に登場するアミターユスは観音菩薩を伴ないません。「小品般若経」でも、アミターユスと観音菩薩は違う場面で現れます。法華経テキストも同様にアミターユスが登場する場面では観音菩薩は出てきません。

「般舟三昧経」「小品般若経」「法華経」から言えることは阿弥陀仏は少なくともアミターユスの段階ではまだ観音菩薩と密接に結び付いていなかったという事実です。(二)


(一)と(二)から岩波文庫「法華経」の下巻 P268〜269 のアミターパと観音菩薩が共に登場する部分は、他の法華経テキスト(正法華経・妙法蓮華経)に欠落していたのではなく、後代に付加されたとみるべきではないでしょうか。つまり、岩本師の採用したテキストがかなり新しいものだったのではないでしょうか。


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