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現代人が納得できる日蓮教学
318
:
無徳
:2005/10/17(月) 22:55:56
皆さんお久しぶりです。
私は皆さんとちょっと違った視点から「現代人が納得できる日蓮教学」なるス
レッドのテーマに即して論じてみたいと思います。
果たして「現代人が納得できる日蓮教学」と言う、当スレッドのテーマに相応
しいかどうかはわかりませんが、遺漏がありましたらご寛恕ください。
いわゆる『現代思想』と『日蓮仏法』との関係性を問うことが可能であるとす
れば、それは如何なる位相に於いて可能であり、なおかつ、現代思想に於いて
は様々な領域に於いて行き詰まり状況にあることがつとに語られる昨今である
とすれば、『仏法』なかんずく『日蓮仏法』というパラダイムから現代思想に
対し逆照射を与えつつ、さらには、現代思想の限界点も突破することすら可能
であるかどうかを、皆さん方と共に探求したいと思います。
しかし、現代思想と言ってもあまりに漠然としていて焦点が定まりませんので、
現在における現代思想に於いての最も中心的課題は『言語論』であり『言語の
謎』と言って過言ではないと思われますので、日蓮仏法に於ける『言語の謎』
という位相から現代思想と関連付けて考察してみたいと思いますので皆さ方の
お知恵を拝借したいと存じます。
まずは、仏教思想というパラダイムに於ける中心的思想つまり言語は『縁起』
であり『空』であることは多くの人が承認する処でありましょう。そして、縁
起とは全ての存在は関係性の中にあり、独存にして常一主宰のものは何一つな
いとすることも承認されることでしょう。したがって、全ての存在の態様は
『空』であることも仏法者(仏教徒)であるなら否定はしないでありましょう。
さて、日蓮仏法における最も中心言語は南無(梵語)という二字と妙法蓮華経
(漢語)という五字の合成語である『南無妙法蓮華経』と言う五字七字ですが、
果たしてこれは如何なる言語なのでありましょうか、仏教思想における『縁起』
と『空』とは如何なる関係にあるのでしょうか?
この謎に迫る前に現代思想における言語の謎とは如何なるものであるかを、確
認しておきたいと思います。とは言ってもあまり言語の謎に拘泥すると、その
言語の密林に迷い込んで出てこれなくなる危険性がありますので、次回に現代
思想の入門的な書として最適な竹田青嗣氏の『近代哲学再考』を借りて現代思
想における言語の謎の一端を確認しておきたいと思います。
それでは皆様方のお考えも是非お聞かせください。
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