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反・反戦派の方々へ

1イカフライ:2003/05/04(日) 14:53
 え-、よく晴れたゴ−ルデンウイ−クにネットに向かってるのもネクラなんですが、時間のあるうち、ということで。

 今更ですが、反・反戦派、まあ、戦争容認派、反戦懐疑派、いいかたはなんでもいいんですが、の方々の主張は、まとめるとこんなところでしょうか。

1・戦争に賛同するわけでも推進するわけでもないが、無くす手段が無い以上、容認せざるをえない。
2・だから、反戦運動は、無駄である。
3・人間は利益、利害で動くものだから、関係無い他者がいくら死のうが関係無い。
4・もし戦争になって、自分や家族が死んでも、その時は、仕方ない。

159柏葉英一郎</b><font color=#FF0000>(HCOHd/MU)</font><b>:2003/05/12(月) 23:49
次は「本音」と「建前」について。
ぼーん氏の主張によれば、この間の矛盾を指摘することに意義があるという主張でした。
で、私なりに、矛盾点を指摘された場合どうなるかを考えてみました。

 1.無視・放置。
 2.建前をとる。
 3.本音をとる。
 4.本音と建て前の間に整合性を求める。

1は臭い物にはふた、都合が悪いから無視ってことですね。
で、その矛盾点を先送りにすると。
表面だけ綺麗事を言い、裏では全く違うことをするわけで。
ダブスタ、偽善とも言いますね。
まあ、こういう輩は実際にいますよ。
某政党など特に。

次に2。
本音を捨てて、建前をとる。
理念を自分で設定し、それに向かって努力するということですね。
もしくは、そうであろうとする。
要するに、理想論を実践すると。
儒教なんか、これにあたりますね。

お次に3。
これは『何の役にも立たない建前など、くそ食らえ!』ってな具合に、建前を捨てて本音に突っ走ると。
一種、開き直りとも言えますが、現実主義とも採れるでしょう。
現在、憲法九条を変えろと言っているのは、これにあたりますね。
何の役にも立っていないから、こんなものは捨てちまえと。
まあ、その都度、利益になることを選択するのですから、柔軟性はあります。
ただ、行きすぎるとマキャベリズムに陥る可能性はありますけど。
私はどちらかといえば、この立場に立っていますが。

最後に4。
本音と建て前の間に、何らかの理屈を付けて正当化するもの。
具体例で言えば、自衛隊。
憲法九条との間の整合性を求めるため、『軍隊ではない自衛隊だ』『軍事力ではない防衛力だ』ってな具合に。
また、昔のキリスト教が『殺すなかれ』と言っておきながら、異教攻撃のために、『異教徒は人間ではない』って屁理屈をつけたのもそれかも。
共産主義における「人民の敵」ってのも、よく似てはいますが。

どうやら、ぼーん氏&武蔵氏は2を指向しているみたいですが(というか、そう見える)。
1、3、4についてはどうでしょうか?

160武蔵:2003/05/13(火) 00:12
>>156

>>ぼーん氏&武蔵氏。
>とりあえず、日本国憲法前文は私の負けでいいです。

あれま!?! 勝ったとか負けたとか・・・勝負なさってらっしゃるのですか?
私がここに来るのはそんな目的ではありませんので・・・・ここに来ても不毛ですね。

161柏葉英一郎</b><font color=#FF0000>(HCOHd/MU)</font><b>:2003/05/13(火) 00:34
>>160

では、言い方を変えますね。
あなたの解釈で間違いはないでしょう。
ただ、それは建前に過ぎないというのは>>156でも言っています。

162武蔵:2003/05/13(火) 00:42
>>158

>なぜか私が、ぼーん氏の主張に於ける理解者陣営に入っているようですが?

恐らく、「理解」というより「読解」という言葉を使った方がいいかと・・・・

>私は「理念として」であれば、全ての人類の生命は等価であると言う主張には
賛同します。

今求められている命題としては、とりあえず討論の俎板に乗るだけの条件は満たしていると思います。

わたしだって、具体的な命のやり取りの場で、己の命と敵対者の命と同等な価値があってウンヌンというような聖人(といっていいのかさえ分かりませんが)であるとは思っておりません。
軍隊に行った老人が言います。
人間を殺したことの感触で、いまだに夜中にうなされる。
しかし、あの時は殺さなければ殺される戦場だった。仕方がなかったとも思う。しかし、あの感触からは死ぬまで逃れられないと。

そんな究極の事態はなんとしても避けねばならない。
殺すことも殺されることもない、つまり戦争をさけねばならない。

人間が大事にされる社会を作らねばならない。
そのためには今、何をしなければいけないのか、それを探しにここに来ています。

163武蔵:2003/05/13(火) 01:48
>>158

>所謂「平和を叫ぶ人々」はアフガンに於けるタリバンの・イラクに於ける
フセインの「軍事政権の圧制による犠牲者」を、「敢えて見ないように」している
ように感じられます。

そんなことありませんよ。
フセイン、ジョンイル、の圧政に対して何らかの具体的活動をしている、あるいは模索しているのも、やっぱり反戦組織であって、反戦反対派ではありません。
脱北者支援とかの話しですが・・・

少し角度を変えてみましょう。
北の話です。困った政権です。何とかしなければなりません。
その場合、ヒステリックに悪を言い立てるだけではなく客観的分析も必要になってくると思います。
拉致はテロである。異議ありません。
拉致を庇う気など全くないということを断った上で、拉致を考えてみましょう。
あのころ冷戦の真っ只中でした。
アメリカとロシアのスパイ合戦など、007を見るまでもなく、すさまじいものでした。
闇に葬られた命がどのくらいあったのか・・・・無垢の民間人に手出しをした北の犯罪は許しがたいですが、
無垢の民間人が巻き添えを食ったということなら、両陣営ともにあった事でしょう。
北と対応して韓国自体、手を汚していなくはありませんでした。
韓国の拉致としては有名な事件、「KT」という映画を見ましたね?
しかし、冷戦は終わりました。韓国も民主化しました。
しかし、北はそうはなりませんでした。
北朝鮮に関してだけ見れば、あの国は冷戦時代以上に厳しい位置に立ったからです。
冷戦時代にはバックアップしてくれていたロシアも中国も、本気でバックアップしてくれなくなり、いまや四面楚歌というところです。
ジョンイルが、国民とともに身の安全を本気で考えるならば、独裁者をやめて自由化と民主化を図るという英断を下すべきなのですが、独裁者の保身は、そんなかっこいいことを許さないのでしょう。今まさに追い詰められて、全く見苦しい断末魔の足掻きをしています。
保身は時に凶暴な行動に走らせます。
果たしてジョンイル猫の首に鈴をつけることが出来るのか?
どんな方法があるのか? 私は決してアメリカのミサイルではないと思っています。
われわれ日本人の命が守られ、そして北朝鮮の国民の命が守られる方法を、何とか捜し出さねばと思っています。

164ぼーん:2003/05/13(火) 03:40
>>159
> 1.無視・放置。
> 2.建前をとる。
> 3.本音をとる。
> 4.本音と建て前の間に整合性を求める。

民主国家で1ができるのは、端的に我々が追求しないから、ですよ。

3を取るのは、取りたい人の自由です。ただし、その場合には、αを否定すること
の論理的帰結をも受け入れてくださいね。>>103
民主国家ですら「他国の国民の権利を踏みにじっても、日本の国益を」という非道
がまかり通るなら、僕は潔く反戦平和なんてあきらめますよ。まぁ、大抵の人はα
受け入れてるんで(何度も言いますが)、あきらめる必要はなさそうだ、って見通
してますがね。

4。屁理屈については、「屁理屈だ」と言っていくのがまずは大事でしょう。
1に準じます。

165ぼーん:2003/05/13(火) 03:42
>>158 by JDSみらい氏
>ぼーん氏
> なぜか私が、ぼーん氏の主張に於ける理解者陣営に入っているようですが?

単に、「読解」という程度の意味です。
気にするこっちゃありません。

> 「本音と建前」の話題も出ているようですが、「本音」の箇所を変えることが
> 出来なければ、所詮は「理念」=「建前」であり、実現は不可能な空論に堕して
> しまうのでは無いでしょうか。

民主主義というシステムは、可能性としては「建前 = 本音」を要求し、実現する
ことのできる数少ない制度です。少なくとも、アメリカや日本のような国では、愚直
に「建前 = 本音」を要求することが、政権交代を実現することすら可能です。

ブッシュが「石油のためにイラクを侵略します」と言ってごらんなさい。
そのとき、アメリカ国民が「今のように」アメリカ政府を支持できるかどうか。
そのとき、小泉首相が「今のように」アメリカ政府を支持できるかどうか。
確実に、今よりも難しい状況になります。

民主社会において、「建前 = 本音」が実現しないのは、単に皆が真面目に追求し
ないからですよ。だから追求すればいい。

では、フセイン政権や金王朝についてはどうか。
少なくとも当面、国内においてはそんな民主的改革は不可能ですね。

しかし、国際社会ではどうか。あくまでも国際社会が民主的に運営されていくなら、
フセインとて好き勝手はできないわけですね。国際社会において大国とされている国
はひとまずすべて民主国家の体裁を取っています。後は、その国々の国民がそれを実
際に使用するかどうかだけが問題なのです。そして、そうした国が正されれば、イラ
クなど中小勢力の一角に過ぎません。

なんで国際社会でフセインの我侭が一定の支持を受けるのかと言えば、そもそもそれ
を批判してるはずのアメリカその他がフセインと同じことをやってるからでしょう。
いや、これでは表現が控えめすぎますね。実際には、フセインよりヒドイことをやっ
ていますから。そんなことだから、アメリカが言うことも「所詮おためごかし」とし
か受け取られません。

だから、あくまでも本来民主的な国である大国が正されれば、国際社会も相当改善さ
れ、イラクや北朝鮮のようなならず者国家(アメリカよりはつましいが、確かになら
ず者国家ではあろう)の問題も軽減されるだろう、と僕は見通してます。

166ぼーん:2003/05/13(火) 03:43
>>158 by JDSみらい氏
> ぼーん氏が「全ての人類の生命は等価である」と、「理念」を説けば、平時に限定し、
> かつ直接的な利害が無ければ、私にしても「全くその通り」と肯首するでしょう。
> しかし、平時でなければその答えは全く異なってきます。

↑こういう態度は、単なる「論理的な間違い」に過ぎません。
その意味するところは、結果として「αを否定しているに過ぎない」わけです。

> そのような事態であれば、私は>>95の主張をして自らに全く恥じる事はありません。
> 「全ての人類の生命は等価である」「故にいかなる戦争(戦闘行為)」も許容されない。
> と言う主張は、耳触りの良い台詞ではありますが、現実に・眼前に生起しつつある
> 戦争に対しては全く無力です。

話が理解できている、と書いたのは買いかぶりだったかなぁ。あなたがそういう意見
を言うのはあなたの自由ですよ。と僕は最初から申し上げているのです。
僕が言っているのは、あなたがそういう意見を言うならば、次のことです。

「あなた自身が、あるいはあなたの大切な人がヒドイ目にあわされたとき、それを「腹
が立つ」とか「悲しい」とか、そういうことを言う自由はあなたにはある。しかし、α
を拒否するならば、「それは不正だ」と言う資格は、あなたにはありません。ただただ
腹を立て、ただただ悲しんでください。「犯人を捕まえて罰して「欲しい」」とは言う
自由はあります。しかし、「犯人を捕まえて罰する「べきだ」」という資格はありませ
ん。αを拒否するとは、こういうことです。」(>>103 より)

>>102-106あたりを読み直してみてください。

167ぼーん:2003/05/13(火) 03:44
>>158 by JDSみらい氏
> 何故でしょう?例え「大嫌いなアメリカ」の所業であっても、そこには「解放」が
> 現実に存在しているのに。「反戦」を訴えるのであれば、米国による解放が為され
> なかった場合と、為された場合の「民衆の犠牲」の推定数を納得出来る説明と共に
> 提出すれば良いだけのことでしょうに。何故それをしないのでしょうか?

人質として拘束されるのは嫌だが、犯人もろとも殺されるのはもっと嫌だ。
というごくごく単純なことだけで根拠になると思いますよ。

イラク国内で続々と国民の処刑が進行していた、とか言うなら別ですよ。
しかし、事態はそうではないわけです。まして、フセインも査察に協力しはじめた矢
先、ですよ。査察団も査察の継続を主張していた。武力行使以外の真面目に考慮すべ
き選択肢がある状態で武力行使をすることは、まったく正当化できません。

# もちろん、長期的に見て、そのような処刑がしばしば行われていたのは確かです
  が、今回のアメリカの攻撃による犠牲者よりは圧倒的に少ないのは明らかです。

以上8行は、アメリカの戦争が「本当に解放であったなら」という前提つきです。


実のところ、アメリカがやっていることはまったく解放なんかではないんですね。
たとえば、 http://asyura.com/0304/war33/msg/352.html を参照。

この文章以外にも、ロバート・フィスクのレポートは考慮すべき重要な事実を伝える
ものが多いです。
ALL About Robert Fisk → http://a.hatena.ne.jp/go?http://www.geocities.co.jp/Hollywood/1123/annex/fisk/index.html20030506150637

フセイン政権下でのフセインに協力した権力者側の人道的犯罪者について、アメリカ
は調査する気も、裁く気もまったくないようです。フセインの首をすげかえて、むし
ろそういう連中を再び権力の座につかせようとしてる。もしくは、少なくとも、それ
を黙認してる。そういう実態が見て取れます。

> 現役の軍人(敢えて「軍人」とします)の感覚としては、「理念」のみでの
> 「世界平和」の達成は、ほぼ不可能だろうとの感想を付記します。
> 理念が無ければ空論になるでしょうが、理念のみで現実が見えない場合もまた、
> 同様に「空論」に堕してしまいます。

まったくそのとおりですね。
「アメリカの戦争が解放である」という事実とは異なる政治宣伝を元に議論すること
も、また空虚である、とも付け加えておきましょう。

168柏葉英一郎</b><font color=#FF0000>(HCOHd/MU)</font><b>:2003/05/14(水) 00:05
>>164

なるほど、1ですか。
つまり1を選択することこそ、民主国家であるという認識ですね。
で、

>民主国家ですら「他国の国民の権利を踏みにじっても、日本の国益を」という非道
>がまかり通るなら、僕は潔く反戦平和なんてあきらめますよ。まぁ、大抵の人はα
>受け入れてるんで(何度も言いますが)、あきらめる必要はなさそうだ、って見通
>してますがね。

>>156に出ている私が挙げたデータを見る限りは、本音を選択するような気配です。
ただ、仮にそういった選択をしたところで、諦める必要はないと思いますよ。
別の方法を考えればいいだけですので。
理念に反しない、違うアプローチの仕方を。
ところで、ぼーん氏や武蔵氏は以下のサイトをご存じでしょうか。

 日々是上田わ〜るど
 http://www.d5.dion.ne.jp/~twenty/

このサイトの管理人の理念は(私の見る限り)ぼーん氏や武蔵氏、うろちい氏などに非常に近いと思います。
ただ違うところは、その理念を政策に反映させようとしている点でしょうか。
あと、現実世界を踏まえた上で、考えているところと。
何度か彼とは(別のBBSで)議論をしたことがありますが、国際法にかなり詳しい方ですね。
ハッキリ言って、私とはその主義主張は全く違っており、完全には納得していません。
が、それなりに、なるほどとは思いますね。
一度、ご覧になることをお勧めします。

169ぼーん:2003/05/14(水) 01:07
>>168 by 柏葉氏
> なるほど、1ですか。
> つまり1を選択することこそ、民主国家であるという認識ですね。

すいません。ちょっと、何がいいたいのかわかんないです。

柏葉氏があげた1、2、3、4、それぞれのタイプの反応があるわけで、
それぞれに対してどうするつもり?みたいな質問だと理解してるんですが。
まして、1なんてぜんぜん推奨してません。

> >>156に出ている私が挙げたデータを見る限りは、本音を選択するような気配です。

世論調査は、決してαの論理的帰結なんて回答者につきつけてませんから、あなた
が言うように「本音を選択するような気配ですよ」なんて決して言えません。

# そもそも、読売自体が、>>103に書いたようなこと無視して、矛盾をはらんだ
  態度を恥じることなく掲げるメディアですからねぇ。

そういう連中は、そういう選択が、僕が>>103に述べたようなことを受け入れるこ
ととセットでは考えていないんですよ。つまり、1のような連中です。


> このサイトの管理人の理念は(私の見る限り)ぼーん氏や武蔵氏、うろちい氏などに非常に近いと思います。
> ただ違うところは、その理念を政策に反映させようとしている点でしょうか。
> あと、現実世界を踏まえた上で、考えているところと。

そもそも読めてもいないあなたからこんなこと言われると、本気で「アイタタタタ」
という感じです(笑)

170イカフライ:2003/05/14(水) 13:37
>>168

なんか、数日カキコミしないうちに、議論が進んでいて、どこから話に入っていいのだか、という感じをしているのですが。
>日々是上田わ〜るど
 http://www.d5.dion.ne.jp/~twenty/
こちらのサイトは、非常に参考になりました。ざっと読んだ限りでは共感する部分が多いです。
特に、平和論と、それから、知について書かれたことについてです。

ご紹介、ありがとうございますm(__)m

171イカフライ:2003/05/14(水) 13:59
本音と建前についてですが。

 >1.無視・放置。
 >2.建前をとる。
 >3.本音をとる。
 >4.本音と建て前の間に整合性を求める。

>>159で柏葉さんは、反戦主義者は2をとる傾向があるように(少なくともぼ-んさんと武蔵さんは)感じられているようですが、
私個人としては、むしろ、反・反戦側の方のほうが、建前論が強い傾向を感じます。
いまさらですが、このトピを立てたのも、
「いろいろ理屈つけてるけど、本音はどうなのさ?」
と聞きたかったことも理由のひとつです。
ただ、個人的には柏葉さんは、あまり建前は並べないな、と感じているので、そういう点で、お話するのに信頼感は持てます、個人的意見ですが。

 で、本題ですが。
1は、現実的に一番多いと思います。実際、戦争と平和について、反戦について、それほど考えている人はいません。
もっと言ってしまえば、普段の生活の中で、人間は別に論理的整合性なんて求めなくても、生きていけます。
ただ、これは、議論の場では、通じない、というか、そういう人なら、そもその議論の場になんてでてこないでしょうね。

2についてですが。
 反戦を唱える人って、建前を取っているのでしょうか?
 少なくとも、私は、本音なんですが。
 で、建前をとる時ってどういう時か? と考えれば、ひとつはとりあえずそれを言っておけば、角が立たない時。
 もうひとつは、まあ、これと重なる部分もありますが、組織が内部の人間をまとめたり、上の人間が下の人間に言うことを聞かせたりする時。
 学校の規則や教師の説教って、建前論多いですよね、だから、説得力がなんですが(笑)
 いずれにせよ、建前っていうくらいですから、本音は別のところにあるわけです。
で「戦争反対」といって本音が別にある場合(それこそ、実は反戦団体に仮装した他国の工作員組織とか)ならともかく、そうではない個人は
「戦争に反対」という本音を言ってるだけだと思うのですけれど。

3について
 本音を通せることって、個人でも組織や国家でも実はあまりないですね。
 例えば、日本が再軍備する理由として、日本になんら敵意も脅威も無く、資源が豊かで軍事力がいまひとつ弱い国が有るとします。
 その国を侵略して資源を横取りする、という政策を政府が取るとして、いくら国益論者の柏葉さんでも賛成しますか?
 また、もし賛成したとしても、それは多数派のコンセンサスを得られるでしょうか?

172イカフライ:2003/05/14(水) 14:33
続きです。

4について。

 本音と建前との間に整合性のある理論って、どうも説得力があるものは、記憶にありません。
当たり前です、本音と建前って違うんですから。違うものを整合できるわけなんです。
 で、この本音と建前の整合性って、どんな時に見られるのか?
 この一番が戦争のプロパガンダだって気がしますね。
「我々は決して戦争を望んではない、しかし、敵の指導者(または、指導部)は悪魔のような人間(達)」であって
「我々は、かの国の民衆を悪魔のような指導者から解放する。」とか。
「我々は、国家人民の安全のために自衛手段としてやむなく戦争と言う手段をとらざるを得ない」とか、
まあ、ほかにもいろいろあります。
 今回のアメリカだって、テロの脅威から国民を守るとか、イラクの民主化とか建前を並べたわけですよ。
 ただ、あまりにそのごまかしが稚拙過ぎて、説得力のなさが目立ちすぎただけであって。

 で、この本音と建前ですが。
 反戦意見が建前の様に感じるのは「他者の命や痛みを我がものと同様に感じる」という意見が現実と違うから。
そのあたりでしょうか?
 確かに、人間が我が身を投げ出せる範囲は、せいぜいが自分の身内や恋人程度でしょう。
 自分の子供のために死ねる親は多いでしょうが、他人のしかもみずしらずのよその国の子供のために命を投げ出せるのは、それこそ、宗教的境地に立った聖人とかでのない限り、無理です。
 けれど、その辺のおばちゃんやニイちゃんが、他人の命や痛みに全くなにも感じないか?
と言えば、それも「ノ−」なのが、現実です。
 殆どの人は、人間が不当に死んでいく、殺されていくことがイヤなんですよ。
 幼い子供が飢えて死んでいくのがイヤです。
 爆弾で命を失う子供がいるのは、イヤなんです。
 子供が無理矢理兵隊にされて、あげくに戦死するのはいやなんです。
 幼児が両親に虐待されたあげく殺されるのはイヤです。
 ロリコン変態に誘拐されて殺されたり、小学校に乱入されて刺し殺されるのは、イヤなんです。
 「子供が死ぬというのはやめろ」という意見もありますが、子供が死ぬのはイヤなんです、殆どの人は。(まあ、子供だけではありませんが)
1の無視・放置派の人の中にも、見ると知らざるを得ない、知ってしまったら考えざる得えない、だから無視を決め込む、という人もいますよ。
 だから、人の痛みや命を我が事のように感じる、というのは、建前ではなく本音だと思うんです。
 ( ぼ-ん教信者がきっと多い、という根拠はこの辺ですね、きっと。)

 戦争は仕方ない、というほうがむしろ建前で、戦争はイヤ、というのは、本音だと思う。

 「こうありたいが現実はなかなか思うようにはならない」
 結論すればこんな感じでしょうか?
 その「こうありたい」は、本音だと思うんですけれどね。

173柏葉英一郎</b><font color=#FF0000>(HCOHd/MU)</font><b>:2003/05/14(水) 14:38
>>169

では、読売と対極にある朝日新聞のデータを挙げましょうか。

 内閣支持率45%、わずかにアップ 朝日新聞世論調査
 http://www.asahi.com/special/shijiritsu/TKY200304200188.html
 ミサイル防衛、民主に積極論 北朝鮮脅威論に対応
 http://www.asahi.com/special/nuclear/TKY200304020279.html

あの朝日でさえ、40%もいるんですよ、小泉首相の判断への支持が。
そして、その原因は、間違いなく北に対する脅威にあります。
要するに、自分の身に危険が迫れば、人間は本音をとるということです。
そして、北の脅威感が高まれば高まるほど、その傾向は強くなるでしょう。
人間いざとなったら、正義も論理的矛盾も問題ではなくなる、それが現実です。
で、その現実を考慮しなければならないってこと。
そしてその現実は、「自己保全」という本能に根ざしたものであり、理念ではどうにもならないこと。
また現在、我々が人権などを受け入れているのも、これに役立っているから受け入れているに過ぎないのですね。
他の役に立つ理念が出現すれば、喜んで捨てるでしょうね。
人類の歴史を見れば、それは自明でしょう。
例えば、イスラムなんてその典型ですしね。

で、ハッキリいえば、あなたの仰っていることはガキの論理なんです。
『俺のいうことが正しい』『みんな必ず俺の主張を受け入れてくれるはず』『理解できないのはそいつがバカだからだ』ってのは、そのものです。
『大人は悪じゃよー』って叫んでいる、どこぞのミュージシャンと変わりがありません。
あなたはどうやら、自分の主張が大多数に受け入れられると確信しているようですが、逆に少数派になるかも知れないと考えたことはありませんか?
その場合、どこぞのインチキ宗教と何ら変わりがなくなるのですよ。
自分達の殻に閉じこもって、はい終わりって感じで。
まあ、それでいいというなら、私には何も言うことはありません。
ガキの戯言として聞き流すだけですので。

で、本音と建て前の矛盾ですが、私はあってもいいと思います。
例えば、今回のイラク戦争で米軍は、なるべく民間人に被害が出ないよう考慮した戦術を採りました。
これは建前があってこそ、こういった戦術を採ったと思いますよ。
本音だけだったら、ドレスデンや広島みたいに軍民関係なく、徹底的にやったでしょう。
つまり、本音をとることに変わりはないが、建前も少しは気にするということに。
要するに、建て前が本音に対する抑止になっているわけですね。

というか、世の中、万事そういったケースがほとんどですが。
そういった矛盾を抱えてこそ、上手く行く場合もあるってことです。
日常生活でも、本音剥き出しばかりだったら、それこそトラブルが絶えませんしね。
『チョン氏ね』とたとえ内心では思っていても、実際にはなかなか言えないということで。
下手に矛盾点をつけば、それこそやぶ蛇になりかねないのではないでしょうか。
特に切羽詰まった状況だと、本音だけを選択する可能性も多分にあると。
少なくとも私はそう思いますが。

174ぼーん:2003/05/14(水) 15:44
>>173
ガキの論理ねぇ(苦笑)
そのガキの論理の前に手も足も出てないのは誰なんでしょうね。

# あ、その自覚はないんだっけか。これは失礼。

自分の殻に閉じこもっているというのは、αを自分に対しては適用しながら、他
者が踏みにじられているときには都合よくそれを忘れる、その振る舞いに対して
言われるべきでしょう。
ガキの論理というのは、これまたαを自分に対しては適用しながら、他者が踏み
にじられているときには口をぬぐう、その一貫性のない論理をさして言うべきで
しょう。

あなたが読売だろうと朝日だろうと、どこからだろうと持ってくる世論調査とや
らは、「あなたがこう答えることはαを否定することになり、それは>>103のよう
なことを認めることと同値ですが、それでいいんですか?」という理性的検討を
まったくうながしてないんです。だから、僕が述べていることに対する反証には
なりません。

ガキがガキの論理を貫こうとするときに、きちんと「一貫性を求めること」、僕
が述べているのはただそれだけのことです。なんで世論調査とやらが反論の根拠
になりえるんだか。

# そもそも調査というものは、「どういう聞き方をしたか」という前提条件が
  分からない場合、ほとんどデータとして役に立つものではないのです。
  あなたの調べてきた世論調査とやらが、αとの一貫性について問い詰めるよう
  な圧迫的な状況における意見表明だったというソースがあるなら、それを出
  してごらんなさい。それがない限り、あなたの出してきたソースは、「聞い
  てみた。こう言った」という程度の幼稚なデータでしかありません。

さて、あと細かい点。
> で、本音と建て前の矛盾ですが、私はあってもいいと思います。
> 例えば、今回のイラク戦争で米軍は、なるべく民間人に被害が出ないよう考慮した戦術を採りました。

劣化ウラン弾ばら撒いたり、クラスター爆弾やデイジーカッターを使用する作戦が
「民間人に被害が出ないように配慮した」作戦だとは、なかなか面白いジョークで
すね。

そもそもがようやくイラクが査察に協力的になりだした「矢先」、自らが送り込ん
だ査察団までもが「あと数ヶ月」という要望を出していたにもかかわらず、どうい
う理由でか開戦に踏み切ったのが「民間人の犠牲に配慮した」もんではまったくな
かったわけです。

あなた、先の世論調査の件でもそうですが、根本的にニュースの見方、ってもんが
あまりにも手前勝手です。出直してきてください。

175ぼーん:2003/05/14(水) 15:47
>>172
> 本音と建前との間に整合性のある理論って、どうも説得力があるものは、記憶にありません。
> 当たり前です、本音と建前って違うんですから。違うものを整合できるわけなんです。

おっしゃるとおりです。

僕自身、反戦というのは、まごうことなき本心ですから。

柏葉氏の出した1、2、3、4、というのは、あくまでも本音と建前が「違う人」
そして、建前が反戦、人道にも関わらず、本音がそうではないような人たちがと
る行動について言っているもんだと僕は理解してました。

176柏葉英一郎</b><font color=#FF0000>(HCOHd/MU)</font><b>:2003/05/14(水) 20:21
>>170

>ご紹介、ありがとうございますm(__)m

いえ、こちらこそどういたしまして。
上田氏はかなり話せる方なので(私見ですが)、一度話を聞くのもいいと思います。

>>171

>反戦を唱える人って、建前を取っているのでしょうか?
>少なくとも、私は、本音なんですが。

いえ、反戦平和主義者が、おそらく本音と建前が一致しているというのは認めていますよ。
まあ、ご指摘通り、違う方もいるかも知れませんが。
ただ、他の人間が果たしてそうかといえば違うと。
特に切羽詰まった状況に陥れば、そうなる可能性が高い、正義・不正義など関係なく。
これはやはり、本能(自己保全)に根ざしたものですから、どうにもならないのではないかと。

そういう状況に陥っても、「自分と他者を同価値に置く」など出来るわけがないと。
というか、今まで日本人はそういった状況に(少なくとも戦後に限れば)なかったわけですよ。
アメリカ人が現在、ブッシュを支持しているのは、やはり自分達が実際に危機に晒されている(9・11の影響)、そういった恐怖心に起因しています。
他人のことなど、かまっていられないんですね。
ソマリア派兵の時とは大違いなのはこの点にあります。
あのとき、米軍が撤退した最大の理由は『何でアカの他人のために俺達が死ななきゃならんのだ』ってものでしたので。

上記の上田氏も言っていましたが、彼らに冷静な判断を促すなどほとんど無理です。
逆に批判すればするほど、『お前らに何がわかる!』ってな具合に意固地になりますし、実際にそういう風に見えます。
ヤスツ氏がよく言う「長者の論理」では、説得は出来ないと。

>本音を通せることって、個人でも組織や国家でも実はあまりないですね。
>例えば、日本が再軍備する理由として、日本になんら敵意も脅威も無く、資源が豊かで軍事力がいまひとつ弱い国が有るとします。
>その国を侵略して資源を横取りする、という政策を政府が取るとして、いくら国益論者の柏葉さんでも賛成しますか?
>また、もし賛成したとしても、それは多数派のコンセンサスを得られるでしょうか?

もちろん、強欲をかきすぎることに対しては私は批判的ですよ。
というか、あまりやりすぎると自分にもとばっちりが来てしまうので。
これは長期的に考えれば損になりますから。
お互いに儲けましょうという、プラスサムの方向は最も望ましいでしょうね。
ただ、私の言っているのは切羽詰まった状況に置いては、本音をとると。
普段は建前によって、それを抑制しているわけですね。
余計なトラブルを招くことは、自分にとって損になりますので。

で、要するに私の言いたいのは、状況が違えばそういうものが通用しないと。
日米の現在置かれた状況は、ある意味切羽詰まったものでしょう。
脅威に対する恐怖心を取り除かない限り、なかなか難しいのではないでしょうか。
これらを踏まえて私が考えるに、全ての国がある意味、そういう切羽詰まった状態にならないことを模索する、平和運動としてはこの方が妥当ではないかと。
観念的ではなく政策としてどうするかを考えると。
かなり難しくはありますが。

177柏葉英一郎</b><font color=#FF0000>(HCOHd/MU)</font><b>:2003/05/14(水) 20:54
>>172

>本音と建前との間に整合性のある理論って、どうも説得力があるものは、記憶にありません。
>当たり前です、本音と建前って違うんですから。違うものを整合できるわけなんです。

これは、その通りでしょうね。
だから、屁理屈というのだと思います。
ただ、アメリカ人にとっては屁理屈でも何でもいい、正当化したいという思いがあるのではないかと。
本音は自分達の恐怖を和らげることですが、いっそ大義名分的にやっちまった方が精神的にも安定できるので。
心理学についてはそれほど詳しくないですが、こんな感じがしますね。

>反戦意見が建前の様に感じるのは「他者の命や痛みを我がものと同様に感じる」という意見が現実と違うから。
>そのあたりでしょうか?

だいたいは間違っていないと思います。
その現実を踏まえた上で、どうするかを考えた方がいいというのが、おそらく私を含めた反・反戦派共通のものではないでしょうかね。

>戦争は仕方ない、というほうがむしろ建前で、戦争はイヤ、というのは、本音だと思う。

私も戦争はなるべくないに越した方がいいとは思います。
また仰るとおり、『戦争が嫌』というのも、おそらくは本音と思いますよ。
自分がそうはなりたくないと本音から。
つまり、突き詰めれば、まず自分が中心にあるのではないかと。
よく映画や漫画で感動できるのは、自分がその主人公に感情移入できるからです。
だからこそ、泣けると。

が、いざ自分が切羽詰まった状況に置かれれば、どうなるか?
これは何度も繰り返しますが、大概の場合は、自分を選択します。
自分が実際、そういう目に遭うからこそ、他人のことなどかまっていられないと。
つまり、現実に物語の主人公になってしまうわけで。
この場合、仕方がないとあきらめ、自己の生存に全力を注入するでしょう。
本音というよりは、むしろ本能に根ざしたものではないかと思いますね。
人間の業といってもよいでしょう。

178柏葉英一郎</b><font color=#FF0000>(HCOHd/MU)</font><b>:2003/05/14(水) 21:00
ここからは余談ですが、私自身、自分の言いたいことのほんの何分の一かしか表現できていません。
このレスについてもそうです。
私自身、何で自分の言っていることが伝わらないのかと、もどかしく思うときがあります。
これは壱学生氏も同じことを仰っていたと思いますが。
ただ、このことを持って他人のせいにしたりはしないと。
出来ないのは、あくまで自分が至らないからでしょう。

だからこそ、ぼーん氏のような『理解できないのは、お前がバカだからだ』という態度に怒りを覚えます。
他人のせいにするのは簡単ですよ。
が、それは子供のやることだと思います。
また、罵詈雑言を浴びせるだけ浴びせ(バカ、インチキなど)、何ら釈明もないところなど。
語気が荒くなるのは仕方がないとしても、これは許せません。
だからこそ、私は彼のことを「ガキ」だと言っているのです。
これは議論云々言う以前の問題ですよ。

179柏葉英一郎</b><font color=#FF0000>(HCOHd/MU)</font><b>:2003/05/14(水) 21:02
>>174

>ガキの論理ねぇ(苦笑)
>そのガキの論理の前に手も足も出てないのは誰なんでしょうね。

ああ、勝手にそう思えばいいでしょう。
お前みたいなガキにこれ以上、何も言うことはない。
以上。

180JDSみらい</b><font color=#FF0000>(W3va7n4o)</font><b>:2003/05/14(水) 22:05
>ぼーん氏
再度過去ログを読み返してみましたが・・・少なくとも、賛同は出来ません。
私なりにぼーん氏の主張をまとめてみると、「β」とは
1・理念として、万人の生命は等価である。
2・「1」に基づき、自分に近しい人間がなんらかの不正な被害を被った場合も、
  赤の他人が不正な被害被った場合も等しく「不正である」と言うべきである。
で、よろしいですか?

そして「α」とは
3.赤の他人が被った不正な被害については、 「不正だ」又は「仕方がない」と
  言うが、自分に近しい人間が被った不正な被害については、「不正だ」と言う。
でしょうか?

上記の私なりの理解を前提として話を進めると、「1」の「理念」には条件付きで
賛同します。その条件とは、既述したように私及び係累に危機が及ばない・或いはその
可能性が無い場合です。そうで無い場合であれば、「2」では無く「3」を選択します。

理論(理念)的には、上記の姿勢はダブルスタンダードと非難されるものでしょう。
しかし、その理念には現実が伴っていないとも言えます。柏葉英一郎氏も述べておられ
ますが、人間も動物である限りは、本能が当然ながらあるでしょう。

動物の多くは、本能により家族(群れ)の生存を第一義とします。
そして、多くの人間も理性によって「万人の生命は等価である。」と言う理念を
認めながら、本能では「自身及び係累の生命>万人の生命」を選択すると思います。
その選択が私が>>158で言っている「現実」でしょう。

私が結果として「α」を選択したと言う事実を以って、議論する価値の無い人間と
断ぜられるのであっても、致し方ありません。しかし、前述のように私と同様の
価値観を持つ人間は、私の周囲の全てと言っても過言ではありません。
私の周囲が、全て極一部の例外的な人間がたまたま集まっているだけとは思えません。

ぼーん氏の説得に応じ、「β」を「うんうん、そうだね」とする人間もいるでしょう。
しかし、その賛同は「理念のみ」で為されたそれではありませんか?現実に自身及び
係累の生命に危機が及んだ場合も、同様の行動をするでしょうか?
「理念のみ」で賛同した人間は「眼前の現実」に、容易に「α」に転向するのでは無いか、
と思うのは私だけでしょうか?

181<未入力>:2003/05/14(水) 22:21
イカフライ氏へ

建前:反戦平和主義側について言えば、対話を成し遂げる為に根気強く振舞うケースが、それに当たると思います。
「ンな事やってられるか!バア〜ロウ!!」じゃあ、対話が成立しないから、例え、そんな事を思ったとしても、本音だからといって、正直な行動を取る訳にもいかないと思います。

本音:個人的に言ってしまえば、人が死ぬのは自然の摂理なので、逆に無理に心肺蘇生するのは疑問を感じます。そういう意味では、逆に助ける方が無駄かなあとさえ思います。まあ、はっきり言って自分は鬼です。人が死ぬのは別にイヤではありません。
だからと言って、戦争で無理に人を殺す必要は無いように思いますけどね。通り魔事件で人が殺されるのを目の当たりにしたら、自分だったら逆切れして、今度は自分がそいつを殺してしまうかも知れません。その場になってみないと、どんな行動を取るか解りません。通り魔みたいなキチガイを生かしておいたら又やらかすだろうし、許せないのが本音です。そういう奴は、いなくなったほうが世の為人の為とさえ思います。
対話が全ての人と成り立つかといえば、はっきり言って「No」です。キチガイには、如何努力しても対話は成り立ちません。それと同じような理由で、戦争も起きるんだと思います。

自分は、申し訳ないけど、人が死ぬのを見たくない側には入れません。「反戦」と「人が死ぬのを見たくない」は、別物だと思います。「反戦」は、政治や国益等が絡んでいるので、何とも言えませんが、環境破壊・自然破壊を考えるに、やらないに越した事はないと思います。以上。

少なくとも、自分の場合は本音を取ります。嫌われることは百も承知で。その方が、後々さっぱりします。

182<未入力>:2003/05/14(水) 22:46
#そうだ、これを書いておこう。

やっぱり、人が死んだら嫌な時(というか困る時)が有ります。
それは、その人が担っていた役割分担が手薄になる場合です。そんな場合は死なれると困りますね。次の人員を早く用意しないと、自分が負担になります。

183<未入力>:2003/05/14(水) 22:46
#そうだ、これを書いておこう。

やっぱり、人が死んだら嫌な時(というか困る時)が有ります。
それは、その人が担っていた役割分担が手薄になる場合です。そんな場合は死なれると困りますね。次の人員を早く用意しないと、自分が負担になります。

184JDSみらい</b><font color=#FF0000>(W3va7n4o)</font><b>:2003/05/14(水) 23:55
このスレの趣旨とは、かなり隔たってしまうと思いますが・・・・
とりあえず、ここに書かせていただきます。各位、ご容赦あれ。

有事法制が、自・公・保と民主党の合意により衆院委員会で可決されました。
世界的に見ても、相当規模となる「軍隊」を保持しているにも関わらず、これまで
ROEの基本と成る有事法制が不備であったのが、異常だったと思います。

反戦派の皆様が仰るように、米軍に絡む問題は多少なりとも残っていますが、
まずは現役軍人として「慶祝」としたく思います。

185ぼーん:2003/05/15(木) 13:10
>>180
多分、αとβが逆ですが、それを除いては概ねその要約でいいと思います。

> そして、多くの人間も理性によって「万人の生命は等価である。」と言う理念を
> 認めながら、本能では「自身及び係累の生命>万人の生命」を選択すると思います。
> その選択が私が>>158で言っている「現実」でしょう。

それは端的に「αを否定している」に過ぎません。

僕は何も、αを肯定するならば家族を見捨てろ、と言うつもりはないのです。
αを認めるならば、最低でも次の2つのことが言えます。

1つ。家族を優先して救うことが「正義だ」とは決していえない。
単に、正義であろうとなかろうと、私たちはそうする、というだけに過ぎない。
そう認めること、これは大事です。

そして、その際に、私たちは「不可避的に不正を犯している」こともあります。
それを「仕方が無かった」と言ったり、「その場合には許される」と述べてはな
らない。仕方がなかったのであれば、「仕方なく不正に加担した」というべきで、
そのことの落とし前を自分に対してつけるべきです。それを明確に自覚すべきで
す。

2つ。
αを守るための努力の拡大が常に目指されるべきである。
αをまったく字義どおりに取るならば、私は私の全財産の大半を寄付しても、ま
だ「もらいすぎ」ということになるでしょう。僕はそれほど多くの寄付をしませ
んから、そこでは、「不正に加担している」と言わざるを得ないでしょう。
よく言うように、寄付に応じて幾ばくかのお金を投じる人は、「偽善者だ」とい
われますが、これはまったくその通りなのです。

ただし、大事なことは、その不正と偽善を徹底的に自覚することです。
自覚することによって、少なくとも不要なものを購入したりする欲から、ある程
度は自由になれます。寄付の額はわずかながら増えます。アタマじゃわかってて
もそう人間は変わりません。しかし、意識して念頭におきつづけるならば、少し
ずつ変わっていきます。

さらに、それでも不十分でしょうが、自分の不正義を常に自覚することは、常に
周りに向かって発話していく方向へと自分を動かします。私が不正に加担してい
ると言わざるを得ないのは、私一人ではどうにもならない大きな構造がそうなっ
てしまっているからです。だから、私は確かに不正に加担していますが、単にそ
こから下りることによってだけでなく、その構造の内部で一人一人に語りかけ、
態度変更を迫ることでよりマシな状況を作り出していく可能性が生まれます。
これも、言葉を受け取る人によりますが。

これはしばしば衝突を引き起こします。嫌われもします。多少の勇気が必要です。
義務感が必要です。義務感は、不正に加担していることの強い自覚、そして
それに対して個人として責任を負っていることの自覚が必要になってきます。
それをもつため、持たせるためにも、αを強く意識することが大事です。

イカフライさんがよく言うように、私たちにはできることしかできないのです。
しかし、できることすらしない人間が余りにも多すぎるために、少数の人間の
「できること」では本当に微々たるものにしかならない。それが現実なのです。
だから、一人一人に問うわけです。
僕自身と同じように JDSみらい氏にも柏葉氏にも壱学生氏にも責任がある。
それを引き受けるか引き受けないかの違い。

# ちなみに、壱学生氏が言うように、「それを引き受けます」という宣言をす
  るかどうかとはこれはまったく関係がありません。宣言をしないならば、そ
  れは即ち現状への加担であり、αの否定に即つながります。
  だから、引き受けない人間は、αを否定したことの責任を取るべきです。
  すなわち、>>103に書いたように、自らが不正の犠牲者になっても、潔く、
  「悔しい」とだけいい、正義を求めるな、ということです。

186ぼーん:2003/05/15(木) 13:19
>>177
生存本能は、僕にもあります。
問題は、それを根拠に正義を語ることはできない、ということです。

>>178
なんか、ぼーんに腹が立つって?
もし、あなたが「そのような議論のやり方はよくない(ぼーんはそのような態度
をするべきではない)」と言いたいのならば、それは、αに対するコミットなん
だけど、それは自覚してますか?

それとも、この>>178は、単に「悔しい」というだけの意味ですか?
あなたの心情の吐露ですか?だったら、別にいいんだけど。
「ご愁傷様」と言うだけのことです。

187ぼーん:2003/05/15(木) 13:26
社会的現実―倫理―生存本能という現実

があります。
私たちは、これらすべてが論理的に整合した体系にしなければならない。

一番安易な道は、現実と生存本能をそのままにし、倫理を変更することでしょう。
しかしこの場合、既に示したように「αの否定」にしかならない。
つまり、倫理の否定に他なりません。

反戦平和主義者が言うのは、しばしば生存本能という現実を変更させようとします。
これは無茶だ。と少なくとも一部の人に言われるのはわかります。

# ついでに言えば、生存本能の否定は、生きる権利の部分的な否定につながり、
  倫理そのものを掘り崩す場合もあります。

というわけで、これもダメ。

だから、私たちが取りえるのは、倫理と生存本能という現実を維持しながら、
社会的現実を変えていくことだけなんですね。

じゃ、社会的現実をかえるとはいかにしてか。

社会的現実を変えるといっても、私たちは無力です。
しかし、そんなことは最初から分かっているわけです。
何せ民主主義社会ですから。
1人1人が1人だけで有力なら、それは民主主義社会ではありません。

だから、「こうすれば社会が変わる」ような方法を提出せよ、というのは、
民主社会においては考える意味がありません。
私たちは、一人だけでは世界を決定できない。
かつ、すべての人が世界を決定しているのです。
あくまでも、「その人が、その人の行動のみにおいて、どちら側に決定しているか」だけが問題。

だから、社会的現実を変更するにあたり、私たちの責任は、無力かどうかとは関係ないところで決まります。
すべての人が同調するならば実際に世の中が変わるように行動せよ。
これが民主社会における私たちの行動原理でなければならないわけです。

逆に、すべての人がそれに同調することによって不正が生き延びるような行動をしているなら。
その人は、その行動の倫理的責任を負うべきです。

私たちは、世界を変えることはできません。
単に、世界をある可能性に開くことしかできないのです。
だから、私たち一人一人は、どのような可能性に向かって世界を開くかにおいて責任を果たさねばなりません。

だから、微々たる物でしかないと知りつつ寄付を行ったりデモに行ったりするわけです。

で、その上で、そのような世界で、JDSみらい氏は、柏葉氏は、壱学生氏は、イカフライ氏は、
武蔵氏は、うろちい氏は、どうするんですか?
という問いかけをすることが大事なんです。

端的に、壱学生氏などは、自分が口にしさえしなければ、その責任を負う必要が無い、などと嘯いてます。

しかしはっきりいっておきます。この世の中に生まれ、民主的な枠組みの中でなしうることができる立場にいるならば、
(これは単に選挙権の有無だけを言うのではない。言語能力をもって世の中に働きかける能力があれば、
それをするかしないか、というレベルでも責任は問われる)
世界の現実という文脈に対して責任がある。とみなす。というのが僕の立場です。

# かりに責任がないとみなすならば、それは、端的に言って民主主義というものを実効的に否定しているのです。
  ぼーんの勝手な立場と言いたいならば、自分が民主主義を否定する人間だと公言した上で言うべし。

まぁ、いろいろまとめると、こんな感じですよ。とりあえず。

188<未入力>:2003/05/15(木) 17:53
ROMしている者です。
熱論中に水を差すようで申し訳ありませんが、議論が本来のトピックから随分とずれてしまっているようです。
イカフライさんが知りたいと思っていることが、まだ殆ど語られずに、ぼーんさんの考えとそれに対する議論が中心になってしまっています。
提案ですが、ぼーんさんの考えについて議論するスレを、新しく立てては如何でしょうか。

個人的には、ぼーんさんがαを認める人達と、どのように反戦平和を構築してゆくのか興味があるので、現在のところαを認めていると思われるイカフライさん、うろちいさん、武蔵さん等とのディスカッションを中心にして、ぼーんさんの考える平和達成の過程を見てみたいと思っております。

それから、イカフライさんがこのスレで知りたいと思われている、「反・反戦派が何故ここに来ているか」についても興味があります。

以上、提案でした。

189柏葉英一郎</b><font color=#FF0000>(HCOHd/MU)</font><b>:2003/05/15(木) 21:19
>>186

あ、そう思うならそう思ってもいいですよ。
ただ、現実社会でぼーん氏の様なスタンスでは、まず間違いなく手が出るわな。(笑)
正義・不正義と、相手を怒らせることはまた別の話ですよ。
私はその事を言っているのですけどね。

まあ、簡単に言えば、おそらく私も含めた懐疑派は正義・不正義を最初から問題にしていません。
というか、現実社会でそんなことを言っている人間はほとんど希です。
法、慣習、道徳、宗教・・・・・・そもそもこれらは、人間社会にとって役に立つからあるわけで。
別に神から与えられたものでも何でもないんですね。
そういったものがあった方が、全体として上手くいくから存在していると。

米国はまあ、「正義」って言葉を多用しますが、それ以外の国々の場合だと、大概の場合「自衛」って言葉を使って戦争をするわけです。
これは『自分の身を守るため』って明確に語っていると思います。
また、理念を標榜する米国ですら、「9・11」以降のものは「自衛」ですね。
イラク戦争における理由も、最初はそれだったわけで(イラクの民主化云々は後付)。
例えば、我が国の近代史なんかを非難している方もいますが、ああしなければ生き残れなかったのは明白でありまして。
だからこそ私は正義・不正義なぞ問いません。
まあ、あるとすれば国際法(ハーグ陸戦条約など)くらいですかね。

戦争というのは利益の衝突から発生し、正義云々は、まあ後から出てくるわけです。
ナチスにはナチスの正義、共産主義には共産主義の正義、民主主義には民主主義の正義、って具合に。
これは歴史を見れば明らかなことで(そして、勝った奴が正義を独占する)。
たとえ、ある正義の矛盾点をついたとしても、また別の正義を持ち出し(それが何なのかは知りませんが)、拡大再生産されるだけではないかと(今回の米国を見ればわかると思います)。
正義(理念)を発端にして起こった戦争など、宗教戦争を別にすれば、ほとんど存在しません。
また、その宗教戦争ですら、利益が多分に介在しているわけで、利益と理念が一致しないとなかなか起こりにくいです。
例えば、あの教条的なソ連ですら、米国との直接対決は回避したわけで。
なぜかといえば、直接対決をすれば、甚大な被害を被るから。
利益が理念を上回ったよい例だと思います。

で、実際問題として、倫理とか道徳とかを標榜したところで現実世界ではほとんど無力に近いです。
というか、倫理とか道徳を叫ぶ云々のようなことは、人類が有史以来やってきたことで。
数千年間やってきても、あまり効果がなかったんですな(きちんとした秩序と強制力がある国内は別ですが)。
おそらく世界が統一されてから、こういったものは通用するでしょうね。
反戦派は、どうやらこれには反対みたいですが。

で、統一されていない世界で我々に何が出来るか?
戦争が利益の衝突(紛争)で起こるなら、それを未然に防げばいいわけで。
潜在的な危機を取り除く、もしくは極力押さえ込むと。
で、こうしたことを(少なくとも戦後)我が国は今までに実際にやってきたわけです。
総合安全保障といった形で(もちろん、これは国益にも繋がります)。
我々日本人がやれることといえば、そういった方針をとっている政府を支えることでしょう。
ただ、北朝鮮みたいに、もはや顕在的危機になった場合は、どうしようもありません。
なるべくやりたくはないですけど。

190<未入力>:2003/05/15(木) 23:44
>>188
別に、このままでいいんじゃないでしょうか。

191ぼーん:2003/05/16(金) 00:57
>>189 by 柏葉氏
呆れたねぇ。この>>189の書き込みは「宗教ではない」つもりかい?>柏葉氏
まぁ、いいや。

> ただ、現実社会でぼーん氏の様なスタンスでは、まず間違いなく手が出るわな。(笑)
> 正義・不正義と、相手を怒らせることはまた別の話ですよ。

バカは、相手がいつも自分に対するように人に対すると勘違いする(苦笑)。
それこそ手が出せるものなら出してみなよ。くだらねぇ。
僕は、あなた自身が選び取っている倫理の体系に「ふさわしい」態度であなたに
接している。あなたは、自分と他人が同じ価値がある、という、他者と関わるに
あたっての最低限の前提すら認めないすっとこどっこいなので、少なくともその
スタンスを維持している限り、まともに相手する価値がないと言われても反論は
できない。怒る資格はない。

# なぜならば、あなたの選び取っている倫理は、差別を許容しており、それは、
  あなた自身が差別されることをも許容しているからだ。それは、あなた自身
  が選び取ったルールの帰結だからだ。

議論にあたって意見によらずお互いを尊重する、というのは、その根本において
「α」を前提しているんだよ。だから、αを否定するあなたが怒ったって、それは
「私は怒った」「私は悔しい」という以上の何の意味ももたない。
道徳の根本=αを否定するあなたが、議論における人との対し方を云々するという
のは、まぁ、噴飯モノだね。

> まあ、簡単に言えば、おそらく私も含めた懐疑派は正義・不正義を最初から問題にしていません。
> というか、現実社会でそんなことを言っている人間はほとんど希です。
> 法、慣習、道徳、宗教・・・・・・そもそもこれらは、人間社会にとって役に立つからあるわけで。
> 別に神から与えられたものでも何でもないんですね。
> そういったものがあった方が、全体として上手くいくから存在していると。

↑まさにこういったあたりが「宗教」なんだけどね。
人には言っても自分のは自覚してないかい?
> 法、慣習、道徳、宗教・・・・・・そもそもこれらは、人間社会にとって役に立つからあるわけで。
って、一体誰が証明したんだよ。1つのありえる「解釈」に過ぎんよ。
それを絶対みたいに言うんなら、それこそ「ソース出せよ」の世界ですよ。

# ま、αを否定するんだし、人にはソース出せよと言っても、自分は出さない。
  これでも確かに矛盾はしてないね(笑)。意味もないけど。

> で、実際問題として、倫理とか道徳とかを標榜したところで現実世界ではほとんど無力に近いです。
> というか、倫理とか道徳を叫ぶ云々のようなことは、人類が有史以来やってきたことで。
> 数千年間やってきても、あまり効果がなかったんですな(きちんとした秩序と強制力がある国内は別ですが)。

国家という暴力装置に対して、個々人では何の対抗する力も持っていないのに、た
だ「法がある」ということだけで私たちは多くの場合に国家からの暴力にさらされ
ない。そんな時代・場所に(幸運にも)生きているにも関わらずこんな台詞が吐け
るというのはどんな神経の人間なんだろうねぇ。

実際に法や倫理の恩恵を受けながらその根本を否定して、なお、己の一貫性のなさ
を恥じない。とても「大人」のすることじゃあありませんなぁ。

> だからこそ私は正義・不正義なぞ問いません。
> まあ、あるとすれば国際法(ハーグ陸戦条約など)くらいですかね。

バカだなぁ。ハーグ陸戦条約1個を受け入れるなら、それは「正義・不正義を問う
ている」んですよ。通常考えられないくらい瑣末な問い方、ばかげた問い方をして
いるとはいえますが、それでも、君は間違いなく「正義・不正義を問うている」ん
ですよ。

正義・不正義を問うのではなく、ただただ「ハーグ陸戦条約はとにかく守ろうや」
みたいな話をするなら、それこそ見事なくらい無意味だ。
なぜなら、単に法の普遍性を問わずにただ「ハーグ陸戦条約ってのがあるやんかぁ」
という事実だけに立脚するなら、「都合のいい間は守るけど、都合が悪くなったら
破るよ」という約束主義的戦略を非難できない。たとえば、今回の戦争でイラク軍
は民間人を装ったゲリラ戦を展開したわけだけど、「それを非難できない」ってこ
とだ。

いや、面白いことする人だね。

繰り返すけど、僕は、僕の主張を述べるにあたって、論理しか用いていない。
僕に反対したいなら、潔く、徹頭徹尾αを否定しなよ。αを否定するなら、ハーグ陸
戦条約だって、一体なんで守る必要があるんだか。ハーグ陸戦条約みたいなものを
引っ張りだしたいなら、潔くαを一貫して認めなよ。

192ぼーん:2003/05/16(金) 00:58
>>189 by 柏葉氏
呆れたねぇ。この>>189の書き込みは「宗教ではない」つもりかい?>柏葉氏
まぁ、いいや。

> ただ、現実社会でぼーん氏の様なスタンスでは、まず間違いなく手が出るわな。(笑)
> 正義・不正義と、相手を怒らせることはまた別の話ですよ。

バカは、相手がいつも自分に対するように人に対すると勘違いする(苦笑)。
それこそ手が出せるものなら出してみなよ。くだらねぇ。
僕は、あなた自身が選び取っている倫理の体系に「ふさわしい」態度であなたに
接している。あなたは、自分と他人が同じ価値がある、という、他者と関わるに
あたっての最低限の前提すら認めないすっとこどっこいなので、少なくともその
スタンスを維持している限り、まともに相手する価値がないと言われても反論は
できない。怒る資格はない。

# なぜならば、あなたの選び取っている倫理は、差別を許容しており、それは、
  あなた自身が差別されることをも許容しているからだ。それは、あなた自身
  が選び取ったルールの帰結だからだ。

議論にあたって意見によらずお互いを尊重する、というのは、その根本において
「α」を前提しているんだよ。だから、αを否定するあなたが怒ったって、それは
「私は怒った」「私は悔しい」という以上の何の意味ももたない。
道徳の根本=αを否定するあなたが、議論における人との対し方を云々するという
のは、まぁ、噴飯モノだね。

> まあ、簡単に言えば、おそらく私も含めた懐疑派は正義・不正義を最初から問題にしていません。
> というか、現実社会でそんなことを言っている人間はほとんど希です。
> 法、慣習、道徳、宗教・・・・・・そもそもこれらは、人間社会にとって役に立つからあるわけで。
> 別に神から与えられたものでも何でもないんですね。
> そういったものがあった方が、全体として上手くいくから存在していると。

↑まさにこういったあたりが「宗教」なんだけどね。
人には言っても自分のは自覚してないかい?
> 法、慣習、道徳、宗教・・・・・・そもそもこれらは、人間社会にとって役に立つからあるわけで。
って、一体誰が証明したんだよ。1つのありえる「解釈」に過ぎんよ。
それを絶対みたいに言うんなら、それこそ「ソース出せよ」の世界ですよ。

# ま、αを否定するんだし、人にはソース出せよと言っても、自分は出さない。
  これでも確かに矛盾はしてないね(笑)。意味もないけど。

> で、実際問題として、倫理とか道徳とかを標榜したところで現実世界ではほとんど無力に近いです。
> というか、倫理とか道徳を叫ぶ云々のようなことは、人類が有史以来やってきたことで。
> 数千年間やってきても、あまり効果がなかったんですな(きちんとした秩序と強制力がある国内は別ですが)。

国家という暴力装置に対して、個々人では何の対抗する力も持っていないのに、た
だ「法がある」ということだけで私たちは多くの場合に国家からの暴力にさらされ
ない。そんな時代・場所に(幸運にも)生きているにも関わらずこんな台詞が吐け
るというのはどんな神経の人間なんだろうねぇ。

実際に法や倫理の恩恵を受けながらその根本を否定して、なお、己の一貫性のなさ
を恥じない。とても「大人」のすることじゃあありませんなぁ。

> だからこそ私は正義・不正義なぞ問いません。
> まあ、あるとすれば国際法(ハーグ陸戦条約など)くらいですかね。

バカだなぁ。ハーグ陸戦条約1個を受け入れるなら、それは「正義・不正義を問う
ている」んですよ。通常考えられないくらい瑣末な問い方、ばかげた問い方をして
いるとはいえますが、それでも、君は間違いなく「正義・不正義を問うている」ん
ですよ。

正義・不正義を問うのではなく、ただただ「ハーグ陸戦条約はとにかく守ろうや」
みたいな話をするなら、それこそ見事なくらい無意味だ。
なぜなら、単に法の普遍性を問わずにただ「ハーグ陸戦条約ってのがあるやんかぁ」
という事実だけに立脚するなら、「都合のいい間は守るけど、都合が悪くなったら
破るよ」という約束主義的戦略を非難できない。たとえば、今回の戦争でイラク軍
は民間人を装ったゲリラ戦を展開したわけだけど、「それを非難できない」ってこ
とだ。

いや、面白いことする人だね。

繰り返すけど、僕は、僕の主張を述べるにあたって、論理しか用いていない。
僕に反対したいなら、潔く、徹頭徹尾αを否定しなよ。αを否定するなら、ハーグ陸
戦条約だって、一体なんで守る必要があるんだか。ハーグ陸戦条約みたいなものを
引っ張りだしたいなら、潔くαを一貫して認めなよ。

193ぼーん:2003/05/16(金) 01:09
二重カキコ失礼。

>>188
うーん、個人的には関係ある内容のつもりなんだ。
彼らが何しにきたかは、ある程度明らかじゃない。
(一般的な)反戦派の議論に納得いかないから、納得させて欲しい。
もしくは、納得のできないものでしかない、と確認したい。

あるいは、特殊なケースとしては、壱学生氏のように、
「自分に納得の行く形で「問わせたい」」というのもありますね。

共通するのは、「自分は問わない、問う奴の答えを聞きたいor叩きたい」
というスタンスなんですよね。あくまでも反戦派に対して「問う」というスタンス
を取る。そもそも、そうやって他人事みたいに「問う」というスタンス自体が成立
しないのだ、ということを僕は言っているのね。

共に問うか、でなければ「来る意味のない(したがって相手する意味のない)単な
る邪魔モノに過ぎない」か、そのどちらかでしかありえないよ、って言ってるつも
りなんだけど。

# まぁ、そろそろ大きな話は終わってしまったようにも思うので、終わっても
  いいとは思いますが。

> 個人的には、ぼーんさんがαを認める人達と、どのように反戦平和を構築してゆ
> くのか興味があるので、現在のところαを認めていると思われるイカフライさん、
> うろちいさん、武蔵さん等とのディスカッションを中心にして、ぼーんさんの
> 考える平和達成の過程を見てみたいと思っております。

まぁ、イカさんとうろちいさんと話すことって、もうほとんどないんだよね。
「何について語る必要があるのか」っていう情報交換レベルのことしか、最近は
話さないな。少なくとも反戦のスタンスだとか、状況に対する責任についての考
え方だとかは、ほとんど意見一致してると思う。>どう?>うろちいさん、イカさん

後は、次に誰に向かって語りかけるか、ですね。
αを受け入れている誰かがいれば、それを徹底するように話します。
つまり、ターゲットは、αを受け入れてるのに、イラク攻撃を「仕方ない」とかい
うような不徹底な人たち。ですが、この板には、
「αを否定するバカ」
「αに対する態度を示さないことで結果的に否定しているのと同じバカ」
「αを肯定した上で、それを徹底するとこまで進んだ人」
しかいないのね。
だから、この板では、僕が話すべきことはもうあんまり残ってない感じですね。

194柏葉英一郎</b><font color=#FF0000>(HCOHd/MU)</font><b>:2003/05/16(金) 22:53
>>191

>議論にあたって意見によらずお互いを尊重する、というのは、その根本において
>「α」を前提しているんだよ。だから、αを否定するあなたが怒ったって、それは
>「私は怒った」「私は悔しい」という以上の何の意味ももたない。
>道徳の根本=αを否定するあなたが、議論における人との対し方を云々するという
>のは、まぁ、噴飯モノだね。

あのねえ、ぼーんちゃん、滅茶苦茶なこじつけはよして下さいよ。
あんたが主張するαだっけ?
なんで、議論において関係あるの?
無理矢理リンクしてない?
私が『他人がどうなっても知ったことか!』っていう主張をしたとしても、それとこれとは話が別でしょ。
現実世界とこの場は全く別のものでしょうが。
私はねえ、現実世界のことを言っているんですよ。
そこのところ、わかっていますか?

>>法、慣習、道徳、宗教・・・・・・そもそもこれらは、人間社会にとって役に立つからあるわけで。
>って、一体誰が証明したんだよ。1つのありえる「解釈」に過ぎんよ。
>それを絶対みたいに言うんなら、それこそ「ソース出せよ」の世界ですよ。

あなたの脳内解釈では違うの?
ソース云々って、どんな本(法学や道徳など)にも上記のようなことは「社会規範(社会のルール)」って書いてありますけど。
個人に対する規範じゃないんだな、これが。
で、社会規範ってのは、社会を社会としてたらしめ、維持する役割があるんだね。
あと、これは国内社会と国際社会に分けることが出来ますね。
前者が国内法、後者が国際法というわけで。
前に壱学生氏も言っていたと思いますが、これは利益が出ると思われるからあるんだね。
どんな本でも、最初に出てくることだと思いますが。
ローマ法や韓非子の頃から本質は変わってないっすよ、ハッキリ言って。

195柏葉英一郎</b><font color=#FF0000>(HCOHd/MU)</font><b>:2003/05/16(金) 22:55
>>194の続き。

>バカだなぁ。ハーグ陸戦条約1個を受け入れるなら、それは「正義・不正義を問う
>ている」んですよ。通常考えられないくらい瑣末な問い方、ばかげた問い方をして
>いるとはいえますが、それでも、君は間違いなく「正義・不正義を問うている」ん
>ですよ。

バカだなぁ。
私は、単にハーグ陸戦条約という基準から正義・不正義を判断できるって言っているだけ。
他の基準からだと違うかもしれんわな。
あんたの言うαからだったら、また別の見方もできるでしょうし。
また「桃井基準」からだったら、もっと違うことになりますしね。

>正義・不正義を問うのではなく、ただただ「ハーグ陸戦条約はとにかく守ろうや」
>みたいな話をするなら、それこそ見事なくらい無意味だ。
>なぜなら、単に法の普遍性を問わずにただ「ハーグ陸戦条約ってのがあるやんかぁ」
>という事実だけに立脚するなら、「都合のいい間は守るけど、都合が悪くなったら
>破るよ」という約束主義的戦略を非難できない。たとえば、今回の戦争でイラク軍
>は民間人を装ったゲリラ戦を展開したわけだけど、「それを非難できない」ってこ
>とだ。

これまた、バカだなぁ。
戦時国際法を守る最大の理由は、それが相互にとって利益があるから。
これは戦争する上において、最低限のルールを設けましょうってことでつくったのよ、本来は。
クラゼヴィツが言っている「無制限の暴力」を抑止するため、あと民間人の被害を防ぐためにね。
暴力が無制限に繰り返されれば、お互いに大変な損になるから。
あんたの言っているような理由じゃないんだな。

で、戦前・戦中の我が国は、これに照らし合わせれば、ほとんど何も悪いことしちゃいないんだな。
南京でゲリラを皆殺しにしたことも、別に悪いことではないと。
こりゃ、あんたの言っていることと全く違うと思うんだけど?
ハーグ陸戦条約、読んだことあります?

>繰り返すけど、僕は、僕の主張を述べるにあたって、論理しか用いていない。
>僕に反対したいなら、潔く、徹頭徹尾αを否定しなよ。αを否定するなら、ハーグ陸
>戦条約だって、一体なんで守る必要があるんだか。ハーグ陸戦条約みたいなものを
>引っ張りだしたいなら、潔くαを一貫して認めなよ。

それよか、世の中にはいろんな基準があるってことを認めたらどうかね?
また、その基準は利益を根拠に構築されてるってことを。
さらに、戦争は理念とは関係ない、全くの別次元・・・・・・つまり利益から発生するってことを。
であるから、理念をいくら説いたところで全くの無駄ってこと。
十九世紀の戦争なんか、誰も「正義」なんて掲げてやってたわけじゃあないからね。

で、元々私は反対しているわけじゃないんだな。
だって、ぼーん氏の言っていることは戦争の抑止には全く関係ないから。
要するに次元が違うんだな。
賛成も反対もせず、最初から問題にしないというのはこのこと。
んなもん関係なしに、戦争は起こりますからね。

196柏葉英一郎</b><font color=#FF0000>(HCOHd/MU)</font><b>:2003/05/16(金) 22:55
というかね、正直なところ、ぼーん氏はおそらく、私の何倍も頭はいいと思いますよ。
私自身、彼の言っているように「バカ」だと自覚しています。
ただね、社会経験はおそらく上だと思いますが(確か、ぼーん氏は一昨年、就職したはずですよね?)。
その経験上、人間の本性は結局のところ利益に忠実だと実感したわけですよ。
綺麗事だけで生きている人間なんて、まずお目にかかったことがありません。
また、これは反戦派全般について言えることですが、戦争そのものや、戦史、軍事についての知識がお粗末のように見えます。
私もそれほど詳しいとは言えませんが、ただ、最低限のことは知っているとは思います。
まあ、反戦側はひょっとしたら知っているのかも知れませんが、今まであまりこういった話にはお目にかかったことがないので。

それから、ぼーん氏。
私の言いたいことは、これで終わりです。
別にディベートをしたいわけじゃないんでね。
私がなぜここにいるかといえば、>>19に書いてあることが全てですので。
反戦側から、何か国益のためになるようなことが聞ければなあってことですので。
実際、ぼーん氏との議論では、国益になるようなことはなかったですが。
どうも、世界平和が国益に繋がるようには感じられませんでしたので。

よって、あなたが私の相手にしないというなら、ま、それはそれでいいです。
今後、レスはしませんので。
日本第一主義、国益第一主義の私の信念はいささかも変わらないのでね。
というか、より強固になったというのが正直なところ。
その意味では有意義であり、感謝しています。
というわけで、これからは「我が国の国防を考える」スレに専念したいと思います。

197JDSみらい</b><font color=#FF0000>(W3va7n4o)</font><b>:2003/05/17(土) 01:32
隔日のレスになりました。色々とありますのもので。

で、ぼーん氏は「理念に於ける全人類の生命は等価である」と主張し、かつ
現実に於いてもそのように努力をするべきである、と言うことでよろしいでしょうか?
以前にも議論の俎上に上っていましたが、所詮は「本音と建前」に過ぎないだろう、
というのが私の感想です。

「等価と認めるか?」と第三者も閲覧している場所で問われれば、取り敢えずは、建前で
「理想ではそう有って欲しい」程度の事は言うでしょう。しかし、本音では違います。
と言っても、反戦派の皆さんが仰るように「別に誰が死のうが知ったこっちゃない」とは
思いません。出来れば、少なくとも市民には極力被害が発生しない事を望む・です。
更に言えば軍人にも、ですが。

しかし、これはあくまでも「私及び係累に被害が及ばない」と言う前提に於けるものです。
仮にイラク攻撃に反対した場合、何らかのテロ行動の被害に「私及び係累が晒される」ような
状況であれば、上記の「知ったこっちゃない」から更に進んで、最優先条件は
「私及び係累に被害が及ばない」状況を如何に保障するか、ですね。

「他人の痛みを我が事として、平和を希求する」と言う姿勢は立派だと思います。
揶揄でも何でもなく、そう思います。しかしながら、それは悲惨な戦場の現場では
全く解決にはならない空論に過ぎません。

ペルシャ湾で極度の緊張を強いられる機雷除去を・カンボディアでは、未だ残存する
ポル・ポト派の襲撃を警戒しながらの任務を経験した人間としての、正直な感想です。

私は皆さんほどに、理論的な事は言えません。ですが、世界は奇麗事で動いては
いません。もっとドロドロした、言わば理念の対極にある情念の比率が高いでしょう。
上記のような経験をから言えば、現状の世界では「理念」は無力です。

眼前に迫る現実の前には、何の役にも立ちません。平和を希求する理念が有用であれば、
19世紀以降、戦争・内戦等々がもっと早い時期に解消されていたでしょうし。

「反戦・平和を訴える」おおいに結構です。どんどんやって下さい。
但し、何故戦争が生起するか、という仕組みも、同時に知悉した上でお願いします。
そうで無ければ意味がありませんから。

おそらくは、私も含めて本音を建前より優先する人間が、殆ど大多数であろうと思います。
現状では。遠い未来に、人類の種としての成熟が為されたときに、建前が本音とシンクロ
するのかもしれません。

その為には、反戦派の皆さんの地道な努力が、その一助となるかもしれませんね。

198ぼーん:2003/05/17(土) 02:26
>>194
> 私が『他人がどうなっても知ったことか!』っていう主張をしたとしても、
> それとこれとは話が別でしょ。

別じゃないですよ。まったく同じ。ルールというものは、「俺も守るし、おまえも
守るべきだ」という要素を必ず含みます。つまり、「α 自分と他者を同等に価値
があるものとみなす」を基礎にしている規範です。

だから、αを否定したあなたは、議論における無礼を悔しがったり悲しがったりは
してもいいけど、非難する資格はないんです。

> あなたの脳内解釈では違うの?
> ソース云々って、どんな本(法学や道徳など)にも上記のようなことは「社会規範(社
> 会のルール)」って書いてありますけど。

「法、慣習、道徳、宗教・・・・・・そもそもこれらは、人間社会にとって役に立つから
ある」という言明が、本来証明が必要なのにあなたが信じているだけの「宗教」で
す。役に立つという事実と、役に立つ「から」ある、というのはまったく別の話で
す。

>>195
> 私は、単にハーグ陸戦条約という基準から正義・不正義を判断できるって言っているだけ。

繰り返しますが、あらゆるルールがαを基礎にして成り立ってるんですよ。
αを否定した以上、ハーグ陸戦条約も否定したも同然。
ま、単に

> 戦時国際法を守る最大の理由は、それが相互にとって利益があるから。

というだけなら構いませんけどね。でもその場合、
「利益がなくなったときに破りまーす」と言うのもアリです。
つまり、ルールとしての体をなしていないわけですね。(あー、無意味)

> それよか、世の中にはいろんな基準があるってことを認めたらどうかね?

ありますよ。そんなこと否定してません。
で、そのいろんな基準はすべて「αを満たしている」んです。論理的に言って。
で、僕は、「柏葉氏の基準を否定している」のではないのですね。
柏葉氏はαを否定してますので、「柏葉氏はおよそ基準というものを持たない」
と述べているだけです。そこらへん、取り違えないように。

>>196
> というかね、正直なところ、ぼーん氏はおそらく、私の何倍も頭はいいと思いますよ。
> 私自身、彼の言っているように「バカ」だと自覚しています。
> ただね、社会経験はおそらく上だと思いますが(確か、ぼーん氏は一昨年、就職したはずですよね?)。
> 綺麗事だけで生きている人間なんて、まずお目にかかったことがありません。

基本的に社会経験とかまったく関係ないところでお話してたんですけどね。
αを否定したければすればいいでしょう、って言ってるんだから、綺麗事の話でもない。
単にあなたがαを否定しているつもりで、毎度毎度αを持ち出して人を非難する。
その矛盾を毎度毎度指摘していただけなんです。

# 綺麗事の話なら、「αを認めろぉ〜〜」って言うでしょ。
  僕は常に、αを認めるか、否定するか、好きにしな、と述べているので。

ちっとも「ディベート」なんてもんじゃなかったんですね。その意味で。
単にあなたの勘違いとその指摘が交互に出てきただけ。
スレが読めない人には分からんのは仕方ないけど。

199ぼーん:2003/05/17(土) 02:36
>>197
別に世の中奇麗事で動いてる、と言うつもりはないんですよ。

「私及び係累に被害が及びそう」なときに、私とその係累のものを守るために、
責任のない第三者を殺すこと。(たとえば、今回の戦争でのイラク民衆の位置
にいる人を殺すこと)

それをする必要があるなら、僕はするでしょう。
しかし、そのときに、それをして良いことだとは言わない、というのが守るべ
き最後の吟じだ、ということです。
私は、究極の選択の状況で、不正を犯した。その事実を引き受けて生きるべき
です。

むしろそういう態度こそが「綺麗事ではない現実を、綺麗事ではないこととし
て語る」態度じゃないですか?

多分、JDSみらいさんの言っていることと、僕の言っていることに、大きな
隔たりはない。違うのは、その究極の選択において自分を守って誰か無関係な
人を殺すときに、それを仕方ないというか、それはそれで不正として認めて引
き受けるか、という語法の違いに過ぎません。

# しかし、この語法の違いは、根本的な世界認識のありようの違いにつなが
  るという意味で重大なものであることは主張しますが。

> 但し、何故戦争が生起するか、という仕組みも、同時に知悉した上でお願いします。
> そうで無ければ意味がありませんから。

その言葉、そっくりお返しいたします。

安全保障の名のもとに、徹底的に他者を抑圧しつづけるイスラエルが、結局の
ところまったく平和な生活というものを手に入れられないでいるのです。
やればやるほど、イスラエル人にとっての平和も破壊されていく。
それが現実です。

他者の抑圧の上に平和を作ろうとするならば、他者を「根絶」しない限り無理です。
しかし、その道はナチスですらなしえなかったことです。
だとすれば、他者を根絶しない、他者を抑圧しないことの上に平和を作るしかありません。

それこそが、「もっとも現実的な道である」と強く主張します。

200ぼーん:2003/05/17(土) 02:37
>>199
吟じ、じゃなくて矜持ですね。
大ボケ(笑)。

201ぼーん:2003/05/17(土) 02:37
>>199
吟じ、じゃなくて矜持ですね。
大ボケ(笑)。

202ヤジ:2003/05/17(土) 12:53
誠に失礼ですが、ぼーん氏とその他諸氏の議論は見ごたえがありまするなあ。
双方とも楽しみでありまする。ガンバ〜!!

203スライムベス:2003/05/17(土) 22:07
トピずれなんですけど、一点だけ指摘しておきます。

>>195
>で、戦前・戦中の我が国は、これに照らし合わせれば、ほとんど何も悪いことしちゃいないんだな。
>南京でゲリラを皆殺しにしたことも、別に悪いことではないと。
>こりゃ、あんたの言っていることと全く違うと思うんだけど?
>ハーグ陸戦条約、読んだことあります?

ハーグ陸戦条約については「反日教科書」トピで少し議論しました
(たぶんご覧になっていると思いますが)。
もし柏葉英一郎さんが八百鼡さんと同様の理由で
上のように考えているのなら、
条約の解釈を勘違いしています。

204柏葉英一郎</b><font color=#FF0000>(HCOHd/MU)</font><b>:2003/05/18(日) 22:34
こっちには、もうレスつもりはなかったのですが、他のスレにも飛び火しているみたいなので。(笑)
まあ、ぼーん氏の言っているαでしたっけ?
誤解があるようですが、私は別に否定しているつもりはないんです。
ある部分、条件下、ケースにおいては認めていますよ。
というか、私自身、我が国で生活している以上、(建前とはいえ)それは受け入れているわけです(理由は違うと思いますが)。

私の場合は、ある集合内における要素としてなら認めているんですよ。
が、その集合内における要素を、他の集合にまでそれを当てはめられるかといえば「?」なんですね。
なぜなら、それぞれの集合は各自独立しているから。
要するに横軸の考え方なんです。
国際法においても、主権国家は同等という考えがあるというのは周知だと思います。
よって、私の場合「差別」ではなく「区別」なんですね。
『他の集合のことなど知ったことではない』ってのが、本心ですか。

ある独立した集合であるAとBがあるとします(この場合、国に置き換えてもいいです)。
その集合内には、まあいろんな要素があるわけで。
Aの要素xをBに置いても存在する、当てはめる場合には私が考えるに、「A⊇B」もしくは「A∩B」もしくは「A=B」でないと、おかしくなるのではないかと。
「A⊇B」は、要するにAの中にBという集合がある場合(日米関係がこれかな?)。
「A∩B」は、AとBとの交わりですか(国際法なんかがこれにあたるでしょうか)。
「A=B」は、現実社会ではそもそも成り立たないので問題にはなりません。

ぼーん氏の場合ですと、xがAにある、それはまあ証明などしなくてもわかるのですよ。
そもそもあるのですから。
が、これをもってxをBにも適用しろとなるから「?」になるわけで。
なぜならxはBに存在していませんから。
そこらあたりが、まあ、ようわからんのですわ。(笑)

ただ、「A⊇B」「A∩B」以外にもxの存在を証明出来ます。
AもBも含む、全体集合としてのCが存在するなら。
要するに「A⊆C」「B⊆C」になると。
つまり、この場合だと、Cにおいてxという要素があれば、それで事足りるわけです。
まあ、それがあるのかないのか、私には全くわかりませんけど。
もしも、ぼーん氏の主張が全体集合Cの中にxがあるというのでしたら、まあそのCとxの存在を証明できればいいわけです。
私は少なくともそう思いますが、どうでしょうか?

205柏葉英一郎</b><font color=#FF0000>(HCOHd/MU)</font><b>:2003/05/18(日) 22:53
>>198

>別じゃないですよ。まったく同じ。ルールというものは、「俺も守るし、おまえも
>守るべきだ」という要素を必ず含みます。つまり、「α 自分と他者を同等に価値
>があるものとみなす」を基礎にしている規範です。

>>204ともかぶりますが、それは同じ集合内にいるならそうでしょう。
この場合、私とぼーん氏は「談話室2」という集合内に存在しているわけです。
その集合内に両者が存在している以上、そのルール(要素)に従うのは当然ですし、私はそれを否定していません。
が、別の集合においてはそうではないと(私やぼーん氏はその中にいないので)。
私の言っているのは、つまりそういうことです。

>「法、慣習、道徳、宗教・・・・・・そもそもこれらは、人間社会にとって役に立つから
>ある」という言明が、本来証明が必要なのにあなたが信じているだけの「宗教」で
>す。役に立つという事実と、役に立つ「から」ある、というのはまったく別の話で
>す。

えーと・・・・・・となると、それらの本は間違っていると?
デュルケムなんかも私と同じことを言っているのですが。
法律なんかは、ある目的を達成する為にあると思うんですがね。
有事法制なんかもそうですよね。
じゃあ、何のためにあるんですかね?

>というだけなら構いませんけどね。でもその場合、
>「利益がなくなったときに破りまーす」と言うのもアリです。
>つまり、ルールとしての体をなしていないわけですね。(あー、無意味)

ですかた、相互が「約束」を守ることに意味があるんですね。
まあ、実際にはぼーん氏の仰るようなことが、ままあります。
ただ、その約束を守っているからこそ、平和があるのも事実なわけで。
ヤクザ同士が協定を結んでいることと同じなんです。
が、北朝鮮みたいに簡単に約束を破るような奴だと信用を失い、長期的に見れば不利益になることもまた事実。
そういった視点も必要なわけですね。
ただ、国際社会がそういった紙一重にあることも認識する必要があるとは思いますが。

他のことは>>204でも言っているから省略します。

206柏葉英一郎</b><font color=#FF0000>(HCOHd/MU)</font><b>:2003/05/18(日) 23:05
>>203

>ハーグ陸戦条約については「反日教科書」トピで少し議論しました
>(たぶんご覧になっていると思いますが)。
>もし柏葉英一郎さんが八百鼡さんと同様の理由で
>上のように考えているのなら、
>条約の解釈を勘違いしています。

ひょっとして、軍事裁判の有無にことについてですか?
まあ、言いたいこともありますが、また別の機会にしていただければと。
時間と能力、それに気力に限界があるので・・・・・・すいません。
代わりといっては何ですが、以下のサイトをご紹介します。

 電脳日本の歴史研究会
 http://www.history.gr.jp/index1.html
 北の狼ファンクラブ
 http://www.interq.or.jp/sheep/clarex/index.html

ご参考になればどうかと。

207ぼーん:2003/05/19(月) 00:02
>>204 by 柏葉氏
> まあ、ぼーん氏の言っているαでしたっけ?
> 誤解があるようですが、私は別に否定しているつもりはないんです。
> ある部分、条件下、ケースにおいては認めていますよ。

どこまでアホなんでしょうね。
そういうのを「否定している」と言うんです。

# 「俺は殺人は罪である、というルールを否定しているんじゃない。ただ、
  今、俺には当てはめるな、って言ってるだけだ」← まるでバカですね。

> 私の場合は、ある集合内における要素としてなら認めているんですよ。
> が、その集合内における要素を、他の集合にまでそれを当てはめられるかといえば
> 「?」なんですね。

あなたの言う、恣意的な限られた集合において認めていいなら、「世界全体」という
1つの集合において認めてよくない理由はありません。それが「?」であるのは、あ
なたが自分の都合の悪いところでは途端に思考力が低下するという非常に便利な性質
故でしょう。

あなたの発言に則して言えば、まず世界全体=Xにおいてxがあるわけです。
Xの部分であるAにおいてもaがあると主張する。そういう構造になってるんですよ。

あるいは、こうもいえます。
Aにおいてxがある。このxの論理的性質を見るとき、「××ならば誰でも」という
普遍主義的主張が含まれる。だから、AにあるxはXにもあることになり、その部分
集合であるBにもある。といわねばならない。

208ぼーん:2003/05/19(月) 00:03
>>205
> >別じゃないですよ。まったく同じ。ルールというものは、「俺も守るし、おまえも
> >守るべきだ」という要素を必ず含みます。つまり、「α 自分と他者を同等に価値
> >があるものとみなす」を基礎にしている規範です。

> >>204ともかぶりますが、それは同じ集合内にいるならそうでしょう。
> この場合、私とぼーん氏は「談話室2」という集合内に存在しているわけです。
> その集合内に両者が存在している以上、そのルール(要素)に従うのは当然ですし、
> 私はそれを否定していません。
> が、別の集合においてはそうではないと(私やぼーん氏はその中にいないので)。
> 私の言っているのは、つまりそういうことです。

なぜ、僕とあなたがいる集合、場を、「この談話室」という場に限定できるのでしょう
か?僕はまったくそんなことを考えてはおらず、「世界全体」のその片隅でこうしてや
りとりをしている、と考えています。

あなたの認識が正しく、僕の認識が間違っている、という根拠はなんでしょうか?
まずは、それに答えてください。

逆に、僕の認識が正しく、あなたの認識が間違っているという根拠はあります。
過去に書いたものの繰り返しにしかなりませんが、やはりあえて繰り返します。
ルールというものは「××ならば誰でも」「俺も守るからおまえも守れ」という普遍主
義的主張を要素として含みます。だから、部分集合Aにおけるルールxは全体Xにまで
適用されねばなりません。

あなたは、僕のこの議論の正当性を覆し、なおかつ、この談話室に限ってルールについ
て語ることの正当性をきちんと説明してください。

> >「法、慣習、道徳、宗教・・・・・・そもそもこれらは、人間社会にとって役に立つから
> >ある」という言明が、本来証明が必要なのにあなたが信じているだけの「宗教」で
> >す。役に立つという事実と、役に立つ「から」ある、というのはまったく別の話で
> >す。

> えーと・・・・・・となると、それらの本は間違っていると?
> デュルケムなんかも私と同じことを言っているのですが。

間違っているとは言っていませんね。証明の必要な命題である、と言ってるんですね。
そして、論証を抜きに「正しい」と言い張るなら、それは「信仰」に過ぎませんね。

デュルケムがそう言っているなら、その根拠、説明があるでしょう?それはどんなんな
んですか?デュルケムの名前を出す暇があったらその説明の方を出したらどうです?

# 思うに、現代において法とか慣習とかを議論するためには、後期ウィトゲンシュタイ
  ン以後の言語哲学の知見が不可欠です。デュルケムは1917年に死んでるみたいですか
  ら、デュルケムの議論はその点では不十分なものになっていると想像されます。
  デュルケムが言っていることの中に現代に通用するものがまだある。とは思いますが、
  デュルケムの言っていることはすべて現代に通用する、と言われればそれは多分違うでしょう。

209ぼーん:2003/05/19(月) 00:04
>>205 by 柏葉氏(続き)
> >「利益がなくなったときに破りまーす」と言うのもアリです。
> >つまり、ルールとしての体をなしていないわけですね。(あー、無意味)

> ですかた、相互が「約束」を守ることに意味があるんですね。
> まあ、実際にはぼーん氏の仰るようなことが、ままあります。
> ただ、その約束を守っているからこそ、平和があるのも事実なわけで。
> ヤクザ同士が協定を結んでいることと同じなんです。

僕の言っていることの意味がさっぱりわかってないみたいですね。

ですから、ヤクザが協定を破ったときに、「あーあ、協定破りやがった、仕方ねえな、
相手するか」とか、言わないんですね。「あのやろう、協定破りやがった、卑怯もん」
と言うわけです。

あなたが言うように「利益になるから守る」というだけなら、そこから「卑怯もん」と
いう台詞は出てこないわけです。

ハッキリいっちゃいましょう。
「なぜルールが守られるか」
「なぜルールを守らないことが非難されるか」
これらは別の話なんですね。

単に「利益になるからルールを守る」んなら、「利益にならないなら守らない」わけで
すが、そのときに、それを「仕方ないなぁ」ではなく、「非難すべきこと」として言え
るのは一体なぜか?という問題なんです。

そして、あなたの立論では、それは「非難できない」としかならない。
それでいいんならいいけど、それではルールとしての体をなしていないですね、って言
ってるわけです。

> が、北朝鮮みたいに簡単に約束を破るような奴だと信用を失い、長期的に見れば不利
> 益になることもまた事実。
> そういった視点も必要なわけですね。

この場合の「北朝鮮の利益」って、一体誰の利益だよ?

金正日の利益なら、国家が信用をなくそうとどうなろうと、とにかく自分が生きている
間さえ乗り切れれば「利益は達成された」となるでしょうよ。その意味では、今やって
いるような政策は、十分に彼の利益になっている。

一方的に割を食っているのは、かの国の一般大衆なわけで、それは金正日の利益とは違
う。「北朝鮮の利益」なんて粗雑な概念でモノを考えるからおかしくなるんじゃないの?

210188:2003/05/19(月) 16:57
>> 193
ぼーんさんへ

亀レスすみません。ご丁寧なお返事ありがとうございます。

>> 個人的には、ぼーんさんがαを認める人達と、どのように反戦平和を構築してゆ
>> くのか興味があるので、現在のところαを認めていると思われるイカフライさん、
>> うろちいさん、武蔵さん等とのディスカッションを中心にして、ぼーんさんの
>> 考える平和達成の過程を見てみたいと思っております。

> まぁ、イカさんとうろちいさんと話すことって、もうほとんどないんだよね。
> 「何について語る必要があるのか」っていう情報交換レベルのことしか、最近は
> 話さないな。少なくとも反戦のスタンスだとか、状況に対する責任についての考
> え方だとかは、ほとんど意見一致してると思う。>どう?>うろちいさん、イカさん

今までのやり取りを見ていて、ぼーんさんは「αを認めていることが大前提であり、そこから反戦平和構築のための議論が始まる」と言われていたように思ったのですが、αを認めるのを確認したら、それで話はおしまいなのですか?
それとも、うろちいさんやイカフライさんとは、既にどこかで充分に議論を重ねて来られたのですか? 
ぼーんさんとしては、対話する相手がαを認めるのを確認できたら、そこからどうして行くのですか?

この掲示板では、ぼーんさんはαを認めない人達としか議論されていないので、αを認める人達との議論について、見ることができないのは残念です。

211横レスですが:2003/05/19(月) 18:42
ぼーんさんとイカフライさんとうろちいさんは、仰せの通り、他所で議論を重ねてこられています。

それだけ、伝えます。

212ぼーん:2003/05/19(月) 21:45
>>210 = >>188
> うろちいさんやイカフライさんとは、既にどこかで充分に議論を重ねて来られたのですか?

イカさんらとのやりとりは、たとえば、
http://club.lycos.co.jp/club.asp?cid=p0200010
でやってますね。

でも、最近は皆忙しいので(特にうろちいさん)そこでもあまりやっていません。

> 今までのやり取りを見ていて、ぼーんさんは「αを認めていることが大前提であ
> り、そこから反戦平和構築のための議論が始まる」と言われていたように思った
> のですが、αを認めるのを確認したら、それで話はおしまいなのですか?

実は、それに近いもんがあります(苦笑)
αを認めつつ、柏葉氏のようにあれこれ理由をつけてその範囲を限定しようとする
アドホックな態度を取るのであれば、その態度をまずは批判するでしょう。
αを認めるなら、それを普遍化して認めよ。と。

> ぼーんさんとしては、対話する相手がαを認めるのを確認できたら、そこからどうして行くのですか?

それも認めて、αを認めることの意味がわかった人同士では、多分、具体的なケー
スにおける、より具体的な話になるのじゃないかと思います。
パレスチナ問題なら、その問題についての具体的な文脈があるわけで、どうする
ことがパレスチナ・イスラエル双方を同等に尊重することになるか、また、その
際にパレスチナ・イスラエル以外の人々の責任とはどういうものか、そういった
ことについて議論ができる。そして、多分、そういう個別具体的なケースについ
ての話になる。αは共有できているので、よりうまくαを実現する方法について話
す、ということになると思います。

あるいは、αを共有している者同士、ある人はアフリカについて考えるし、ある人
は中東について考える、という具合に、当面専念するフィールドは異なると思いま
その場合、議論、というよりも、意見の交換みたいなものが中心になりますね。
αが共有できれば、後の話は結構事務的に淡々と進んでいくように思います。
少なくとも、僕の周りではそうですね。

213法の受験人:2003/05/19(月) 22:41
たまにココをロムってる者です。
なんか、宗教論争を読んでいるようで、
ちょっと頭が混乱しております。

>>212
αって、平和のための交渉に本当に必要なんですか?
当事者の利害関係が調整できたら、
相手の理念が180度食い違ってても
彼らの間に平和協定を結ぶことができると思うのですが。

昔、十字軍がイスラム勢力と和約を結んだように。

214ぼーん:2003/05/19(月) 22:54
>>213
> 当事者の利害関係が調整できたら、
> 相手の理念が180度食い違ってても
> 彼らの間に平和協定を結ぶことができると思うのですが。

結ぶことができますね。それを否定しません。
そして、一度協定を結んでも、事情が変われば協定を破るでしょう。
利害のことを言うなら、これも当然起こるでしょう。

問題は、その協定破りに対して、何を言うか、です。
もし、「仕方ないなぁ」と、協定破りも「アリ」という態度でできる対応をする
だけなら、それはそれでいいです。
しかし、もし、「協定破りは不正である」といいたいならば、それは単に協定に
同意した、というだけのことからは出てきません。単なる利害以外の、「協定と
いうもの、ルールというものが独自に持っている意味」が必要です。
それが、αである。

僕の主張はそういうものです。

> 彼らの間に平和協定を結ぶことができると思うのですが。

できますね。しかし、それは唯一の道ではないのです。利害とは別のものに訴えて、
協定というものを作ったって構わない。

さらに、利害にのみ訴えてルールを作った場合、それは協定破りを批判できないと
いう意味で、およそルールの体をなしていません。

そうした問題点から、利害のみの観点からルールを考えるのは不十分だし、かつ、
問題を無駄に困難なものにしてしまってもいる。というのが僕の主張です。

215武蔵:2003/05/19(月) 22:57
>αって、平和のための交渉に本当に必要なんですか?

なんか、思い違いなさってるみたい。
平和のためにというより、人間社会に生きていくためにといっていいほど
基本的な理念であって・・・・・
人の命の価値は違うのだ、生きる価値のある人間と生きる価値のない人間がいるのだ、
という理念を持っている人とは、共存できないと思います。
(つまりお前なんか生きていく価値がないと言われてしまう可能性がありますからね)

216法の受験人:2003/05/19(月) 23:40
>>214
別に協定破ってもいいんですよ。
なぜなら、協定というのは、所詮紙切れに書いた文字に過ぎないからです。
つまり協定について論争してもどうしようもない

この協定を当事者間に守らせている理由は
強制力がもっとも大きいのではないでしょうか。
つまり、協定を破ることによって、報復として当事者に不利益を与えられたら
当事者は自己の保身の為に協定を必死に守ろうとするのではないのでしょうか。

この強制力、国内においては司法の裁決に基づく執行機関が、
国際においては軍事力が担っているといえます。
すると、平和協定の作成、成立、準用、どれをとっても、αが介入しない
んですよ。
ですから、ぼーんさんから私に、是非ともここにαが使えるような
理論を教えてほしいんですが。

>>215
ええと、人間社会に生きていくために最低限必要なのは、まず食い物です。
この食い物の取得のために理念が必要なのでしょうか?
武蔵さんからは、私に理念で食い物を取得できる方法を教えていただきたく
存じます

217ぼーん:2003/05/20(火) 00:26
>>216
かなり前に終わった話のところで勘違いしてますね。
うろちいさんの発言があった前後あたりで確か議論してたと思います。
まぁ、一応繰り返します。

平和へのアプローチは、とりあえず2つある、としています。
(1) すべての人が利己的であるという前提のもとでもうまくいく方法を考える。
(2) 実際にすべての人が徹頭徹尾利己的ではないという現実から使えるものを取
り出し、それを元にしてうまくいく方法を考える。

論理的に言って、これら2つのアプローチ、どちらを行こうとその人の勝手です。
僕は(1)が難しそうなので、(2)の道を行っているんですね。
別に(2)の道を行くからといって(1)の道を否定しているわけでもない。

(1)の道を行くとしても、αを肯定しても否定してもいいんですが、まぁ、否定
したいならば、>>103に書いたようなことを守っていただければ、とりあえず僕
は文句はありません。つまり、

「あなた自身が、あるいはあなたの大切な人がヒドイ目にあわされたとき、それ
を「腹が立つ」とか「悲しい」とか、そういうことを言う自由はあなたにはある。
しかし、αを拒否するならば、「それは不正だ」と言う資格は、あなたにはあり
ません。ただただ腹を立て、ただただ悲しんでください。「犯人を捕まえて罰し
て「欲しい」」とは言う自由はあります。しかし、「犯人を捕まえて罰する「べ
きだ」」という資格はありません。αを拒否するとは、こういうことです。」>>103

ということです。

ですから、

> 別に協定破ってもいいんですよ。

とあなたがおっしゃるならば、これ以上僕があなたに申し上げることはありませ
ん。

> ですから、ぼーんさんから私に、是非ともここにαが使えるような
> 理論を教えてほしいんですが。

あなたの行く道と僕の行く道は違うんですよ。

で、僕は、「どんな前提においてもαを認めていなければならない」とは言ってな
いんですね。ただ、「およそルールというものに訴えたいならば、αは必ずなくて
はならない。」と述べているだけです。で、あなたの議論は、「ルールに訴えない」
ことを述べているのですから、そういう状況では、αは不要です。

思う存分修羅の道を行ってください。さようなら。

とまぁ、こういう話なわけです。

218ぼーん:2003/05/20(火) 00:34
>>216
この部分は横レスですけど。

> ええと、人間社会に生きていくために最低限必要なのは、まず食い物です。
> この食い物の取得のために理念が必要なのでしょうか?
> 武蔵さんからは、私に理念で食い物を取得できる方法を教えていただきたく
> 存じます

食い物の取得において、
「実力行使で取得できずに餓死するとき、それを悲しかったり怒ったりするとして
も、それを「不正だ」とは言いません」
というならば、αはいりません。

そうは言わず、手に入らなくて「生きる」という最も基本的な機能が達成できない
ことを社会の不正と文句を言いたいならば、その人はαにコミットしているのです。

逆にいえば、正/不正の話をしたくないならば、この話は関係ないんです。

> この食い物の取得のために理念が必要なのでしょうか?

食料の取得において、理念は必要条件でもないし、十分条件でもない。
食い物の取得は、理念による方法も、実力行使による方法もある。
理念によって手に入れたいならば、先に理念を正当だとみなす必要がある。
理念を正当だとみなさないならば、実力行使以外のものに訴えるな。
そういう話をしているだけです。

# 思うんだけど、多分、過去ログほとんど読んでないでしょ?
  もしくは・・・・読めてない。あんま言いたかないけど。

219OKE:2003/05/20(火) 00:45
>「あなた自身が、あるいはあなたの大切な人がヒドイ目にあわされたとき、それ
> を「腹が立つ」とか「悲しい」とか、そういうことを言う自由はあなたにはある。
> しかし、αを拒否するならば、「それは不正だ」と言う資格は、あなたにはあり
> ません。ただただ腹を立て、ただただ悲しんでください。「犯人を捕まえて罰し
> て「欲しい」」とは言う自由はあります。しかし、「犯人を捕まえて罰する「べ
> きだ」」という資格はありません。αを拒否するとは、こういうことです。」

それは違いますね。
腹が立たないようなこと、悲しまないようなことにならないためにはどうすべきか
という話しをしているのであり、公正や不正という話しはするつもりも無いし、していません。

そして、腹が立つこと、悲しむべきことがあった場合、「犯人を捕まえて罰する」
という行為は、今後「腹が立つこと、悲しむべきこと」が起こらないことへの
抑止になりうる。だから「犯人を捕まえて罰するべき」という姿勢はαを肯定しようと
否定しようと成り立つのです。
あなたの指摘は、的外れです。

ただ、後段、
> 「およそルールというものに訴えたいならば、αは必ずなくて
> はならない。」と述べているだけです。で、あなたの議論は、「ルールに訴えない」
> ことを述べているのですから、そういう状況では、αは不要です。

これはいえるかもしれません。
αをとらない態度というのは、この世界には結局はルールなど無い実力主義の
厳しい世界である、という世界観の現れです。
修羅の道、といわれればそうかもしれませんね。

220スライムベス:2003/05/20(火) 00:56
>>206

>ひょっとして、軍事裁判の有無にことについてですか?

これは何を指して言ってるのかよく判りません。

私が言っているのは、

もし柏葉英一郎さんが八百鼡さんと同様に
「ハーグ国際法では、ゲリラは捕虜にせず殺しても構わないことになっている」
と考えているのなら、それはまったくの勘違いです。

ということです。

ご紹介していただいたHPは相当膨大な量がありますね。
また気が向いた時に読んでみます。
「国防」スレもまた気が向いたらレスさせてもらいます。

221武蔵:2003/05/20(火) 01:08
>>219

前段を否定、後段を肯定とは変ですね。
同じことを言っているのに・・・・・

>腹が立たないようなこと、悲しまないようなことにならないためにはどうすべきか
という話しをしているのであり、公正や不正という話しはするつもりも無いし、していません。

αってのは確か、《他者と自分に、「理念的な意味での」等しい価値をおく》
ってことですよね。
それを否定する限り、「腹が立つ、悲しむ」ということを個人の問題にしてしまうということでしょう。
公的に「べきだ」は言えなくなるってことです。

222OKE:2003/05/20(火) 02:15
一応いっておくと、私はαという前提を完全に否定してはいません。
ただし、そのような前提が通るのは一国内だけではないかととらえています。
なので、国防ということを考えるにおいては、αという前提はひとまず置いておいた
方がいい、という態度をとっています。

いうなれば、国際社会には本当の意味での「正・不正」は存在しない。
本当の意味で実力のみの世界である、ということです。

ただ、それでも国際社会において「正・不正」を問うこと自体は否定しません。
前のほうで出てきた、「建前の部分を攻める」というやつですね。
しかし、だからといって本音の部分に対する対応をないがしろにすることもない。

理念でどうにかできることならそうすればいい。ただし、実力行使によって
しかどうにもならない事がある、という懸念があるなら、
実力行使を否定することもない。
どちらかを選択しなければならない問題ではないととらえていますが。

223武蔵:2003/05/20(火) 02:43
>いうなれば、国際社会には本当の意味での「正・不正」は存在しない。
本当の意味で実力のみの世界である、ということです。
>ただ、それでも国際社会において「正・不正」を問うこと自体は否定しません。
前のほうで出てきた、「建前の部分を攻める」というやつですね。
しかし、だからといって本音の部分に対する対応をないがしろにすることもない。

それであなたは、国際社会において「正・不正」を問うているかどうか、と言う問題じゃあないですか?
私も別に「本音の部分に対する対応をないがしろに」しろと言っているわけではないです。

224法の受験人:2003/05/20(火) 08:34
>>217
なるほど、あなたのおっしゃる意味がだいたい
わかりました。

交渉というのは第一に話し合いでございます。
このテーブルにつく当事者というものは、やっかいな
ものでございまして、
こちらが相手方の人格や理念などを強制できるものではございません。
さらに厄介なことに、そんな話したくもないやからと話し合い、
合意を得なければならないわけです。

ぼーんさんの実行されている行為
いわゆる「あなたの行く道と僕の行く道は違うんですよ。」の理念では
ではこの点が最大の弱点であり、平和に対する
最大の危機となります。

これを解消するには、
「あなたの行く道と僕の行く道は違うんですよ。」
の理念を完全に放棄する以外にないと思うのですが?

225ぼーん:2003/05/20(火) 09:50
>>224
> なるほど、あなたのおっしゃる意味がだいたい
> わかりました。

だったら、あなたの読解に誤解があったこともわかったでしょう。
それならば、このスレを読み返そう、という気にはなりませんか?
あなたのこの>>224のレスのような内容にも「一番最初に」答えてます。
ハンドルが違うだけで同じ事を繰り返す人にまた同じ答えを一所懸命書くのはばかげてます。

これは平和の理念を捨てることにはなりません。
あるいは、少なくとも捨てることになると決め付ける根拠はありません。

226イカフライ:2003/05/20(火) 10:04
 >>224への直接のレスではないのですが。

 >交渉というのは第一に話し合いでございます。

 この話し合いと言うことについて。私がこのトピを立てた理由のこれが一番です。
 はっきり言えば、話し合うべき意義があるのかどうか、ということですわ。
 反戦がわに意見をいってくる人は、みな一様に「話し合いが大切というなら、話に付きあうべき」という論理を持たれているようです。
 確かに、国際政治の場では、それは当然だと思うのですよ、いえ、国際政治とまで話を広げなくても、個人のトラブルや喧嘩でもいえとりますね。
 ただ、掲示板の議論の中で、その話し合いがどこまで「反戦」に意味や意義がある話し合いなのか? もっと言ってしまえば、無駄話ならする意味が無い、ということです。
 反戦に限らないのですが、掲示板の議論と言うというのは、不毛なやりとりに終始してしまうことって多いです。それは考え方の違いによる平行線というよりは、議論のための議論、ただの言葉遊びに陥って、相手の揚げ足取りだけが目的となって、最終的に消耗して終わり、という事があまりにも多いから。
 で、このサイトの目的は「平和造り」です。いわゆる「反戦」でない方々の意見を取り上げているのも、それを平和造りに役立てる為です。
 だから、反戦に対する誤解があれば溶きたいし、従来の反戦運動の問題点を改善できる方法論として採用できる意見があれば採り入れる。
 これど、「言葉遊び」や「無駄話」をしたい人と付き合う気は無いです。
 実際、反戦の人は、忙しいですよ(笑)。自分に出来る活動をリアルでもするでしょうし、ネットでもいろいろなところに呼びかけることもあるでしょうし、いろいろな本を読んだり、それこそ空き缶拾いのボランティアすることもあるでしょう(笑)。
 空いた時間の全てを掲示板に費やしてられない。
 反・反戦側の方の中には、そんなことが無駄、と思う方もいるでしょうが、無駄だと思う人と話すほうがより無駄な場合も、十分ありです。

 で、私はこのトピを読んできて、話す意義がある意見と無駄な意見というのは、ある程度、見えてきています。
 まあ、それが収獲かな?

227ぼーん:2003/05/20(火) 10:04
>>222
> それは違いますね。
> 腹が立たないようなこと、悲しまないようなことにならないためにはどうすべきか
> という話しをしているのであり、公正や不正という話しはするつもりも無いし、していません。

「腹が立たないように、悲しまないようにするために」公正や不正を問う必要は必
ずしもありませんが、「問うことによる道」「問わない道」2つあり、私は前者の
やり方をしようとしているだけです。
あなたが後者の道を行きたいならば勝手に行けばいい、とスレの頭から述べている。

# なぜなら、前者の道の方が簡単そうだからです。

# そして、後者の道は、アメリカの9.11、イスラエルでのパレスチナとの抗
  争を見るかぎり、決して成功しているとはいえない。

> 一応いっておくと、私はαという前提を完全に否定してはいません。
> ただし、そのような前提が通るのは一国内だけではないかととらえています。

αとは、あるいはルールとは、普遍性を要求します。
あなたが言うようにある狭い範囲にそれを限定しようとするなら、それは正確には
「αを否定している」と言うのです。ということも何度も繰り返した話。


200あまりのスレを全部読み返せとは言わないけどさ。
あまりにも過去ログの内容を理解してないので、正直こんなの相手にしてたらキリがない。

228イカフライ:2003/05/20(火) 11:29
>>222

今まで話されている流れに関して、思うと。
本音と建前、というよりは、理想と現実という言葉のほうが、私には近いように感じます。
「正・不正」を問う、ということは、「他者の価値を自己と同等に考える」ということであって、それに対して、堂々と不支持を表明する人はあまりおらんし、しても殆どの賛同は得られない。
 で、本音と建前というのは、これが、プロパガンダのように使用される、例えば、本当は利権のための戦争だけど、民族解放の為、とかいっちゃう場合ですよね。
 ただ、ここでパンピ−の多くは、「利権」は支持しないが、「民族解放」は支持する。
 これは、建前でもあるのかも知れませんが、自分達が「利権の為の戦争」という悪に加担したくない、あくまで「虐げられた民族の解放」という正義を支持したい、というあらわれでもあるんじゃないでしょうかね?
 ぼ-んさんのいわれる「ぼ-ん教信者が多い」っていうのは、これだと思ってるんですが、私。
 単純に言えば、悪役より正義の味方になりたいんですよ、みんな。

 で、柏葉さんやOKEさんがいっているのは、そうは言っても、いざ事になった場合、人間自分が大事だから、自分を犠牲にしてまで正義って貫徹できないよ、ってことじゃないでしょうか?
みらいさんも意見もこんなカンジかな?

 で、まあ、これはダブスタといえば、ダブスタ以外なにもんでもないけど、現実に人間はそういうもんだ、というのは、確かですね。

 ですから、話している命題がずれているのでないか? と感じるんですが。

229イカフライ:2003/05/20(火) 12:12
>>228

で、みんなが正義の味方でいられる、というか、悪に加担せずに済む方法を考える、というのが、現実的だと思うんです。
 そういう意味で、私が、話す意義があるかどうか、の境界線として考えるのは、そうは言っても仕方が無いよ、とばかり、悪に加担(これは強いいい方ですが、ダイアモンド買うのだって悪に加担になる、という意味で)せざるを得ない言い訳をするだけの意見とは(その発言者ということではなくて)話す意義は無いな、ということはあります。
 人間は、そうそうきれいではいられない、そのくらい、程度差こそあれみんなわかってる筈です(それがわからない人は、余程鈍感な人でしょう)。
 それは仕方ない、と言ってしまうのは、簡単です、その「仕方ない」の先を考えたいんだよね。

230法の受験人:2003/05/20(火) 12:13
>>226

「無駄だと思う人と話すほうがより無駄な場合も、十分ありです」

これこそ、貴殿の『平和造り』に対する重大な脆弱性であり、
『別に何の平和活動もする必要性はない』
と解釈できる発言だと思う次第なのです。

といいますのも、紛争の解決手段はなにも話し合いだけじゃないからです。
話しても無駄な人間には、武器を使って脅迫することもできるわけです。
武力を使うか、あるいは話し合いにするか、それは当事者が決めることです。

例えば、アメリカはイラクのフセイン政権を『武力で』滅亡する方を選択し、
第二次湾岸戦争をおこしました。
だからといって、アメリカは北朝鮮に宣戦布告してません。
話し合いを選択しています。

つまり、『話し合い』も所詮、一手段にすぎないのです。
したがって、極論としては、侵略戦争によって平和が創られるという
可能性もあるわけです。
これらが、パクス・ロマーナ、パクス・ブリタニカ、パクス・アメリカーナと
呼ばれているものの正体ではないでしょうか。

231法の受験人:2003/05/20(火) 12:13
ただ、貴殿はこんな「戦争」によって「平和」が創られるなんて嫌だと
お思いでしょう。(私も嫌です(笑) )
したがって、『平和造り』を仮に

「戦争による平和を創ることを認めず、
国家間の話し合いによって平和を創る」

行為と解釈します。
この『平和造り』によって「平和」を創るならば、
『平和造り』の目的、理念、方法を壱学生さんや柏葉さんらの
ような、辛辣であっても中身のある批判にも積極的に傾聴し、
議論を積み重ねる中で、精錬していかなければならないと
愚考する次第でございます。

232武蔵:2003/05/20(火) 12:25
>>230

勘違いしていますね。

>といいますのも、紛争の解決手段はなにも話し合いだけじゃないからです。
話しても無駄な人間には、武器を使って脅迫することもできるわけです。
武力を使うか、あるいは話し合いにするか、それは当事者が決めることです。

ここは紛争の場ではありません。
武器を使って脅迫するという解決を、イカフライさんがやっていつわけでもありません。
話し合うことができればしようと思って、ここで話をしてはいるんです。
しかし、俺は俺の利益だけを優先するんだとして「第一の命題」を否定するひとと、
同じことをいつまでもいつまでもエンドレスに話し合う必要なんかここではないのです。
あなたはあなたの道を行ってください―――何が悪いのですか?
強制することもない。
結論をだす必要もない。
そういう場所でしょ?ここは。

233イカフライ:2003/05/20(火) 12:35
>>232

>勘違いしていますね。

 のようですね。
 というより、もっと簡単に言えば、時間は有限だ、ということです。

 この場で、言葉遊びに付き合うよりも、他にすべきことがある。
例えば、他の、それこそあまり政治に関係無いサイトにいって、支援の情報を呼びかける、とかのほうが、意義も香かもある、ということです。

ましてや、なにもしない言い訳を聞く必要はなんですよね。

234イカフライ:2003/05/20(火) 12:39
>>231

ちなみに、柏葉さんと壱学生さんの意見やスタンスは、随分と異なりますよ。

>辛辣であっても中身のある批判にも積極的に傾聴し、
議論を積み重ねる中で、精錬していかなければならないと
愚考する次第でございます。

 中身の無い批判に答えるのは、時間の無駄、といっているのですがね。

 ということで、本当に時間がなくなってきたので、ここで失礼。
  ちなみに、法の受験人さんが現実的な方法論を話すならお付き合いしますが、言葉遊びをするつもりなら、悪いけど、時間取れません。

235法の受験人:2003/05/20(火) 12:51
>>232

いえ、貴殿の方が勘違いをなさっております。

             理     由

I.事実関係

『平和造りの部屋』サイト内のページ「このサイトのねらい」
http://mbl.myftp.biz/~uro/aim.html)によりますと、
  『訪問者の皆さんといっしょに平和造りについて
   考えたいと思っています。そのために僕は、考察や実践の
   ための情報や議論の場を皆さんに提供していきます。』
という記載がございます。


イカリング氏は、>>226において
「私は、『平和造り』を目的とした議論を受け付ける」
という趣旨を述べられております。


わたくしは、>>231において
「『平和造り』をより一層精錬するため」という趣旨の批判を述べました。


武蔵氏は、>>232において、>>231はイカリング氏が述べておられる
ところの「無駄な議論」と断定し、私がここで発言したことを
批判しております。

236法の受験人:2003/05/20(火) 12:52
II.判断


まず、事実1と事実2はまったく矛盾するものではないことは明らかです。


つぎに、事実1の『考察や実践の(中略)議論』という文は、
当然『考察や実践』に対する批判も含まれると解釈できます。
このことから、事実1と事実3は矛盾しません。


ここで、事実4における「無駄な議論」というものを、
イカリング氏の>>226と付き合わせて考えると、
これの意味するところは、「事実1の趣旨と反する発言」と解釈できます。
しかし、このことは判断2に矛盾しています。


よって、この場合においては、事実4の存在が矛盾しているという結論になり、
したがって武蔵氏は勘違いをなさっておられるという結論が導きだせます。

以上

237法の受験人:2003/05/20(火) 13:35
>>234
あー、それは論点のすりかえ、つまり詭弁ですね。

貴殿に対して要望されたのはあくまで
『平和造りの理論への批判』に対する反論であります。

しかし具体的方法論を提出することと、
批判をすることはまったく関係ありません。
よって、方法論を提出していないことで
批判の質を断定できません。

時間がない、というのは議題とはもっと関係ありません。
誰もそんなこと気にしていません。

要するに、貴殿が「中身のない」批判と断定できる根拠が
未だに示されていないのです。

238武蔵:2003/05/20(火) 17:17
>>235

いえ、あなたが勘違いしているのです。

>4
武蔵氏は、>>232において、>>231はイカリング氏が述べておられる
ところの「無駄な議論」と断定し、私がここで発言したことを
批判しております。

231を「無駄な議論」と断定し・・・じゃあありません。
このスレで、エンドレス論議をするのが無駄な議論であるといっているのです。
ここは、結論を出す場でもなし、(ましてや爆弾で結論をだす場でもなく)αを共有するかどうかだけを問うている(反・反戦でもかまわないんですよ)
とりあえずαを共有しない方は、己の道を行ってくださいということです。

新しくこられた方ですよね?
このスレ、はじめの方だけでもいいから読んで下さいね。

239野次馬:2003/05/20(火) 17:26
法の受験人さんが言いたいことは、ここではもう充分語られ尽くした事だと思うから、過去ログ全部読んでもらうしかないな。(面倒だと思うけど)
で、論客それぞれのキャラクターを把握してもらうのが良いと思う。
キャラクターが見えてきて、初めてそれぞれの発言の主旨が見えてくると思う。
時間がかかるよな。相手の人柄読み取るまでは。話し合いは根気に尽きるな。

240法の受験人:2003/05/20(火) 17:58
んー、ちょっと私の方がフレイムしてしまったようですね。
どうやら、議論価値の論争=宗教論争をますます
激化してしまったようで。
すみません。

ところで、この掲示板に於いて争われた論題を一言で
言えば、
  「この平和造りへの問題指摘」
ということなんですね。

特にぼーんさんがおっしゃっている(イカリングさんや武蔵さんまで
言い出したのは驚きましたが)
『己の道を行ってください』
というのが、平和を考える上で非常に重要な問題であると認識しております。

ちょくちょく平和や反戦を主張なされている方の意見を見ています。
ぼーんさんのαとか、普遍的な人権があれば平和が達成できるという
主張が多いのですが、
いざ議論してみると、最後にはその発言者の方が、「相対主義」に
陥ってしまっていくんですね。
つまり、あなたはあなた、わたしはわたし。
わたしの集まり、党では勝手にさせろ。あなたも勝手にやってよろしい。

このような考えでは、戦争を生み出しているようなものです。
勝手にやっていいのであれば、戦争すら引き起こしてもいいわけですから。

そこで、ここで自分の主張を一旦止めて、
他人の主張にあわせて物事を考えてみてはいかがでしょうか?
実際、私としても、平和主義という物の考え方をいろいろ適用してみるわけです。
すると、今まで「イラクを攻撃せよ」という私の戦闘的な考えが、だんだんやわらいで、
「やっぱりイラクとも対話が必要だったのか?」と思えてきたのです。

実際、人の考え方を拒絶するのではなく、人の考えをちょっと失敬して、
自分の考えにいれちゃう。
こうすることで、その人の視野や知識がもっと広がるんですね。

241法の受験人:2003/05/20(火) 18:17
>>240
もうちょっと補足しておきます。というのは、コペルニクスの考えです。

中世欧州においては、天動説という、太陽が地球の中心を回っているという
考えが主流でした。
これに、コペルニクスは異をとなえ、現在の地動説を唱えました。

ところが、コペルニクスは、元来伝統的な「天動説」を学んでおり、
コペルニクス地動説は、現在我々が知っている地動説とは違って、
遥かに「天動説によく似た」地動説だったんです。

今の地動説は、それより時代が下ったケプラーなどの学者によって
修正されています。もちろん現在でも、理論の追試や修正は頻繁に
行われています。

つまり何がいいたいかというと、何か新しいものを創造するときは、
(1)昔ながらの伝統的な考え方
   (たとえば、パワー・オブ・バランスや、戦争で平和を創る)
   で物事を考える。
(2)しかし、その考えではおかしい。
   (関係ない民衆がどうして殺されるの?)
(3)でも、それ以外になかなかいい案がうかばない。
   (武力以外にフセインや金正日政権を倒す方法があるだろうか?
    もしくは、旧イラクや今の北朝鮮を戦争を使わずに変えることができるだろうか?)
(4)新しい案を作る
   (北朝鮮に経済援助して対話の機会を増やそう!)
(5)それに対して批判がくる
   (北朝鮮は拉致をしたし、核を作ろうとしている)
(6)それに対して自分の意見を修正する
   (確かに、対話は難しい。
    だったら、経済制裁を使おう!)
(7)また批判がとぶ
   (独裁政権に経済制裁は有効ではない)
(8)再び自分の理論を修正する
   (じゃあ、国連決議で査察団とか、監視団とかいうようなものを
    送ってはどうか?)
(9〜)……(5,6)の繰り返し

こうして、洗練された理論が生まれていくわけです。
科学の世界でさえ、この方法を使って、天文学、生物学、物理学が
人間を月に送ったり、癌を治療できたりするようになったのですから、
どうして平和活動に援用できないことがありましょうか?

もちろん、これらの考えは平和活動をなさっている方々だけではなく、
この掲示板で平和活動に対し、批判を加えている方々にも申し上げたいことであり、
さらには、わたくし自身にも、これによって知識を修養したいと思っているのです。

実際、わたくし自身も、イカリングさん、武蔵さん、ぼーんさん、
もしくは壱学生さん、柏葉さん、その他大勢の論者さんの発言から、
いろいろ学んでおります一人の学生なのでございます。

242法の受験人:2003/05/20(火) 18:25
実際、「傲慢」というのはたぶんに主観的であります
それゆえ武蔵さんが壱学生さんに感じたように、
あるいは壱学生さんが武蔵さんに感じたように、
他人を相傷つけあい、結局議論は平行線をたどり、物別れに終わろうとしています。

それでは議論をする意味がないので、
私も含めて、両者、我慢して他人の意見を受け入れ、
自分の主張を省みてくれればと思います。

私が上のぼーんさん、武蔵さんに宛てたレスにおいても、
ちょっと相手をバカにするようなところがあったのではないかと
反省しております。
また、議論の場を無用に、そして再び混乱に落そうとしたことに
対しても同様でございます。

願わくば、この場が
両者が争いながら、両者が成長する場にならんことを。

243法の受験人:2003/05/20(火) 18:33
申し訳ありません、もう一つだけ補足させてください。

あの相対性理論を発明した鬼才アインシュタインですが、
その天才とよばれた彼でさえ、
間違った理論、あるいは完成できなかった理論がいくつかあると
うかがっております。
彼は「統一場理論」を完成できずにでこの世を去ったとうかがっております。
(何が間違った理論だったのかちょっと失念いたしましたが)

彼のような人物でさえかくのごとくなのですから、
私たちが果たして最初から正しいことを言えるのでしょうか?
私たちが正しいと思っていることは、全て、
先人たちが、間違いながら、それでも修正を加え、破棄し、あるいは
新しい理論を創ってやっと作り出したものではないでしょうか。
悲惨な第一次大戦から、パリ不戦条約、ハーグ陸戦協定が
生まれたように。

私は間違いを批判することはあれ、間違いの存在を否認するような
ことはしたくありません。
そして、私が絶対正しいということ事態が間違いであり、私は
必ず間違える存在である。
だから、他人の意見を積極的に取り入れていかなければならない、
こう思っております。

244武蔵:2003/05/20(火) 19:09
>>240>>243

ごじゃごじゃ…何が言いたいのですか?
平和を作るための建設的な、反・反戦の意見を拒否しているのではないんですよ。
頼むから、はじめの方だけでも読んで頂戴。

私もヤスツだかヤツスだかいまだにしゃっきりせんのだから
あなたがイカフライさんのことを、イカリングとおっしゃること、マ仕方ないと思います。
年取ると、片仮名は覚えにくいものです(笑)
イカさんはそんなこと気になさる人じゃあないですが・・・・私は気になります。
私と同じアホがもう1人いることがね(笑)
私もヤスツさんのこと、覚えられなかったらヤーさんと呼んでもいいですから
あなたもイカさんとお呼びになればいかが?

245<未入力>:2003/05/20(火) 19:36
>>244

ひどい言い方…
自分の真意を一生懸命下手にかつ前向きに、説明している人にそんな言い方はないだろう。
あんたの方こそ、ここ数カ月にたくさん登場したくらいで、過去ログ全部読んだのか?
イカフライさんは、このサイトの創設からずっと席を立たずに頑張っている唯一の人(管理人を除き)だから、
こんな議論は不毛なんではないかと思う気持はわかる。
しかし、あんたはここに来て、まだ数カ月ぢゃないか。
もっと相手の真意を読み取る努力をすべきぢゃないのかねえ。
端で見ていて、読解力不足が目立つぞ。

ヤスツ氏はヤーさんと呼んでもいいとは言わなかった。
カタカナ三文字だけなんだから、きちっと覚えてねと言った…

246<未入力>:2003/05/20(火) 19:43
>>240

前の方のスレを読んでいないので、詳しい事は私も勘弁。

だけど、いろんな考え方を取り入れて視野を広めるという点は、賛同します。
現状では、全くそれが出来ていないので、「平和作りの部屋」という名前に反していると思います。
平和作りにここに来た人で、特に初めての人なんか、変だなと思うんじゃないのかな?

247246:2003/05/20(火) 19:44
>>245

同意!反戦平和が聞いて呆れる!

248法の受験人:2003/05/20(火) 19:48
なるほど、イカフライさんでございましたか、
これは失礼いたしました。
謹んで謝罪いたします。

ちょっとわかりにくいという指摘がありましたので、
例を挙げてみます。
(1)「ごじゃごじゃ…何が言いたいのですか?」(>>244)
この認識は、私の発言が価値がないということを理由として出た
発言だと解釈できます。
しかし、果たして私の言っていることは価値がないのでしょうか?
ほんとうはあるのではないだろうか?
いやいや、彼は何がいいたいのだろう?
もしかしたら、こういうことをいいたいのではなかろうか?
そうだとしたら、この人はこういう理念を持っているのではなかろうか?
だとしたら、自分の理念は間違っている? それとも批判には足りない?
こんな感じで、私に限らず、壱学生さんらの発言を
考えてみたことはありますか?
そういう武蔵さんなりの解釈をもっともっと
たくさん発言していただければと存じます。

(2)
 『はじめの方だけでも読んで頂戴(>>244)』
この言葉は、このスレにおいて発言すべきではない、
と考えたことはありますか?
いえ、もっと根源的なことをたずねましょう。
なぜ、自分はこんな発言をするのだろう、と考えたことはありますか?

(3)
  『私もヤスツだか……(省略)……とお呼びになればいかが?』(>>244
この発言についても同様です。
この発言をすべきか否か、考えてみたことはありますか?
もしくは、なぜ自分はこの発言をしたのだろうかなと後になって考えてみた
ことはありませんか?

もしかしたら、自分は、考えが足りてないのでは?
自分の知らないことで重要なことがあるのではないか?
こういうことを考えていただきたい。

柏葉さんも、このスレの>>19においておっしゃっています。
『ただ、ひょっとしたら、私の主張が間違っている可能性もあるのですよ。』と。

別に結果を用意して、誘導尋問をしているのではありません。

そして、最後に。
(4) 私と同じアホ(>>244
 自分が「アホ」から脱出しようと思ったことはありませんか?
 自分が、今よりももっと賢くなりたいと思ったことは?
 そして、その賢くなる方法について考えたことは?

武蔵さんの発言には、いろいろと考えられるところが
いくつも見出せます。
もちろん、それは武蔵さんに限定した話ではありませんが。

249イカフライ:2003/05/20(火) 20:32
>>248
 まあ、武蔵さんへの発言ですが。

>この認識は、私の発言が価値がないということを理由として出た
発言だと解釈できます。

じゃなくて、ほんとに何が言いたいのかわからないって、言葉とおりに解釈したらどうですか?

>しかし、果たして私の言っていることは価値がないのでしょうか?
>ほんとうはあるのではないだろうか?
>いやいや、彼は何がいいたいのだろう?
>もしかしたら、こういうことをいいたいのではなかろうか?
>そうだとしたら、この人はこういう理念を持っているのではなかろうか?
>だとしたら、自分の理念は間違っている? それとも批判には足りない?
>こんな感じで、私に限らず、壱学生さんらの発言を
>考えてみたことはありますか?
 
 私に関して言えば、さんざやってきたわけです。
 まあ、最近こられた方には悪いとは思いますが、まあ、特にこのスレを読み直せば、内容の無い無駄話がどれか? は、わかると思いますよ。
 いちいち指摘することは、今更繰り返しですので、辞めますが。

 で、法の受験人さん、あなたに関しては、今のところのスタンスはまだ解りません。

 ただ、反戦を唱えるのならば話し合え、という多くの人が「僕の言葉遊びに付き合って」という要求を一方的に行っている、そんな可能性は考えないでしょうか?

 時間の問題は関係無い、と言われるでしょうが、時間は有限です。
 そして、その限られた時間の中で人間はなにを選択するか? ということです。
 無駄話の相手をすることと、他の支援活動(それこそ、古着の整理でも)をすることと、どちらを選ぶか? 
 そうなれば、後者を選ばざるを得ないのです、意義と効果を考えた場合。

 それから、前後しますが
>特にぼーんさんがおっしゃっている(イカリングさんや武蔵さんまで
>言い出したのは驚きましたが)
>『己の道を行ってください』
>というのが、平和を考える上で非常に重要な問題であると認識しております。

 これについてですが。
 私、こんなこと言ってませんが。
 ただ、これについて言えば、
「自分はなにもしないし、なんの責任も負わない」
と公言している人に対して、「責任を負え」とは言えないわけですし、言っても、その人の意志も行動も変えることは出来ないのです。
 その人が変わろうとしない限り。
 そして、なにもする気は無いし、責任を負いたくも無い、という考えならば、本当になにもしない、ということが、理念と行動の一致、だと思うんですが。
 いかがでしょうか?

250イカフライ:2003/05/20(火) 20:36
それから、これは法の受験人さんへのお願いなんですが。

出来れば、文章をもう少し、手短に解りやすくしてもらえないでしょうか?
まあ、単純に言えば、難しい言葉、使わないで、ってことです。

これは、他の方に対してもですが、高卒のパ−ト主婦にもわかる言葉を使ってください。
いちいち、要約するの、大変で(笑)。

251法の受験人:2003/05/20(火) 21:06
>>イカフライ氏
まず、貴殿のハンドルネームを誤記したことをお詫びいたします。

>>250
すみません、この点につきましては、
論議を重ねる上で、修正していきたいと思います。
ただ、やさしい単語ばかり使ったら文が長くなり、
文を短くしたら難しい単語を使わなければならない
ことをご了承いただけたら、幸いなのですが。

252法の受験人:2003/05/20(火) 21:09
>私に関して言えば、さんざやってきたわけです。
よくわかります。議論をするというのは、とても疲れることです。
私も、イカフライさんの心労も考慮するよう努めます。

>(前略)まあ、特にこのスレを読み直せば、内容の無い無駄話がどれか? は、わかると思いますよ。
確かに、わたくしも、まだ過去ログの読解が足りないでしょう。
これについては、早急に対処したいと思っています。

>法の受験人さん、あなたに関しては、今のところのスタンスはまだ解りません。
これを話すとまた長くなりそうなので、簡単にいいますと、
「知が好きだから」ということになります。

>ただ、反戦を唱えるのならば話し合え、という多くの人が「僕の言葉遊びに付き合って」という要求を一方的に行っている、そんな可能性は考えないでしょうか?
>……(略)……無駄話の相手をすることと、他の支援活動(それこそ、古着の整理でも)をすること>と、どちらを選ぶか?そうなれば、後者を選ばざるを得ないのです、意義と効果を考えた場合。
なるほど。ただ、この掲示板というシステムは、便利なものです。
自分の好きな時間に返答をする……それでいいのではないでしょうか?
もし、ただ単に返答ができないことを逃亡とか喜んでいる方がいらっしゃるなら、
その人は嘲笑されるだけでしょう。(状況によりますが)
もし議論をしたくなったら、書き込む。
嫌になったら、書き込まない。
議論は、自分のためにしているから、別に返事を返す必要はないよ。
と割り切ってみるのも一つの方法ではないでしょうか。
私は、それでかまわないと思っていますが。

253武蔵:2003/05/20(火) 21:25
>>252

>>法の受験人さん、あなたに関しては、今のところのスタンスはまだ解りません。
>これを話すとまた長くなりそうなので、簡単にいいますと、
「知が好きだから」ということになります。

「知」が好きで、「知」を求めるなら、ならここは場違いだと思いますが・・・・・
「知」をひけらかされるのも場違いだと思いますしね。
「学界」などがおふさわしいかと・・・・・

254武蔵:2003/05/20(火) 21:29
>>251

>ただ、やさしい単語ばかり使ったら文が長くなり、
文を短くしたら難しい単語を使わなければならない
ことをご了承いただけたら、幸いなのですが。

いや。イカさんの「手短に解りやすくしてもらえないでしょうか」
という言葉の方を、もっと重視してください。
本当に知的な人の文章は、簡潔で分かりやすいものです。

255法の受験人:2003/05/20(火) 22:21
>>253
なるほど、それはごもっともです。しかし……

「知」を具体化するには、「技術」が必要です。
「技術」は大学に限らず、社会に多く眠っています。
そこで、私は、この「技術」の習得を、この掲示板でも実践しております。

この試みは現在成功しています。例えば、

「イカフライさんは、労働者である」
        ↓
「イカフライさんは、労働の苦労(ストレスなど)を受けている」
        ↓
「しかし、この掲示板の侃々諤々とした議論にも返答している」
        ↓
「よって、イカフライさんは疲れている」
        ↓
「相手方となる論者が受けている労働の苦労も
 きちんと考慮して、議論をしなければならない」

という「議論の技術」を得られました。

では、武蔵さんにおうかがいしますが、この「議論の技術」は、
大学の授業、あるいは哲学書のどこで習得すればよろしいのでしょうか?
また、なぜ「知」を得るところ、
「知」を発言するところを大学や学界に限定しないといけないのでしょうか?
このことに答えていただけると幸いです。

256法の受験人:2003/05/20(火) 22:22
>>254
>本当に知的な人の文章は、簡潔で分かりやすいものです。
その言葉は非常に耳が痛いです。
私も、もっと文章が上手になるよう努めましょう。

257武蔵:2003/05/20(火) 22:30
>255

>「知」を発言するところを大学や学界に限定しないといけないのでしょうか?
このことに答えていただけると幸いです。

いや。もちろんここでロムして分析なさることは一向に構いませんよ。
その分析をここで披露なさるのは議論の横道にそれすぎると思いますが・・・・

258法の受験人:2003/05/20(火) 22:35
しまった。
この掲示板は、「知」について語る掲示板ではない……!

ええと、>>255は、
『ここでは、「平和造りという技術」を学べるからです。』
と変更しておきます。
すみません。




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