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反・反戦派の方々へ
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隔日のレスになりました。色々とありますのもので。
で、ぼーん氏は「理念に於ける全人類の生命は等価である」と主張し、かつ
現実に於いてもそのように努力をするべきである、と言うことでよろしいでしょうか?
以前にも議論の俎上に上っていましたが、所詮は「本音と建前」に過ぎないだろう、
というのが私の感想です。
「等価と認めるか?」と第三者も閲覧している場所で問われれば、取り敢えずは、建前で
「理想ではそう有って欲しい」程度の事は言うでしょう。しかし、本音では違います。
と言っても、反戦派の皆さんが仰るように「別に誰が死のうが知ったこっちゃない」とは
思いません。出来れば、少なくとも市民には極力被害が発生しない事を望む・です。
更に言えば軍人にも、ですが。
しかし、これはあくまでも「私及び係累に被害が及ばない」と言う前提に於けるものです。
仮にイラク攻撃に反対した場合、何らかのテロ行動の被害に「私及び係累が晒される」ような
状況であれば、上記の「知ったこっちゃない」から更に進んで、最優先条件は
「私及び係累に被害が及ばない」状況を如何に保障するか、ですね。
「他人の痛みを我が事として、平和を希求する」と言う姿勢は立派だと思います。
揶揄でも何でもなく、そう思います。しかしながら、それは悲惨な戦場の現場では
全く解決にはならない空論に過ぎません。
ペルシャ湾で極度の緊張を強いられる機雷除去を・カンボディアでは、未だ残存する
ポル・ポト派の襲撃を警戒しながらの任務を経験した人間としての、正直な感想です。
私は皆さんほどに、理論的な事は言えません。ですが、世界は奇麗事で動いては
いません。もっとドロドロした、言わば理念の対極にある情念の比率が高いでしょう。
上記のような経験をから言えば、現状の世界では「理念」は無力です。
眼前に迫る現実の前には、何の役にも立ちません。平和を希求する理念が有用であれば、
19世紀以降、戦争・内戦等々がもっと早い時期に解消されていたでしょうし。
「反戦・平和を訴える」おおいに結構です。どんどんやって下さい。
但し、何故戦争が生起するか、という仕組みも、同時に知悉した上でお願いします。
そうで無ければ意味がありませんから。
おそらくは、私も含めて本音を建前より優先する人間が、殆ど大多数であろうと思います。
現状では。遠い未来に、人類の種としての成熟が為されたときに、建前が本音とシンクロ
するのかもしれません。
その為には、反戦派の皆さんの地道な努力が、その一助となるかもしれませんね。
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