今の段階の仮説ですが、「言語の範囲論」と「言語の運動論」という考え方(これらの用語は私の造語です)をとろうと思います。「言語の範囲論」とは、定義と網羅であると考えます。概念の境界線を敷き、抜け漏れがないようにすることです。千々松さんの8W1Hは「言語の範囲論」の実利です。私のいる現場では有名なMECE(Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive)があり実利として用いられています(おかしなことにMEとCEが同等に大事とされていますが、CEでないと致命的ですが、少々MEであったとしても問題はないと思うのですが)。ところが残念なことに、現場はこの「言語の範囲論」で終わってしまっています。藤原さんがいう意味論の真髄は「言語の運動論」にあると思います。