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意味論

32プロジェクトラーニング:2009/08/15(土) 21:50:43
宮本武蔵は、己とは何者か(すなわち我が当為の本質)を観るために、人と対峙しているのだと思います。五輪書においては、人を斬ることに、「我 事に於いて後悔せず」です。一乗寺下がり松では、吉岡の名目人(幼い子供)を斬り殺しています。これが「求められて」だからですか? 千々松さんこそ未だ理解が浅いのではないですか。また、以下の、スピードか質かの議論は、以上の話と何の関係もなく、また私が何かを指摘することは、その正しさ・間違いは大いにありましょうが、(私の)スピードと質のトレードオフにからめられるのは不快なことです。千々松さんのおっしゃっているのは、意欲と能力があって、外のニーズを充たすことが大事だということであり、それは良く理解しています。私は、それに対して、意欲と能力があって、外のニーズを充たしたとしても、なお当為が己のなかに確立していなければ、「我 事に於いて後悔する」のだと言っているのです。この宇宙巡礼は、各々の当為の高めあいの場ではないのですか。


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