C'est l'histoire de quatre individus :
Chacun, Quelqu'un, Quiconque et Personne :
Un travail important devait être fait,
et on avait demandé à Chacun de s'en occuper.
Chacun était assuré que Quelqu'un allait le faire, Quiconque aurait pu s'en occuper, mais Personne ne l'a fait.
Quelqu'un s'est emporté parce qu'il considérait que ce travail était la responsabilité de Chacun.
Chacun croyait que Quiconque pouvait le faire, mais Personne ne s'était rendu compte que Chacun ne le ferait pas.
A la fin, Chacun blâmait Quelqu'un, du fait que Personne n'avait fait ce que Quiconque aurait dû faire.
サービス精神にあふれてます。考えさせられます。
ただ、この話では大事な仕事を4人に頼んできたのは「4人以外の外側の人間」だと考えられるので、住民と役所のような、すでに責任関係(役所は住民のサービス機関とか)がある間の2者のやり取りは適切じゃないかもしれません。この話の核は、「成員が同等な課題遂行能力を有するグループの中にいる『私と私以外』という意識の問題」だと思うんです。他の誰かができるからといってやらない自分は免責できるのかという話ですね。Blamer を「顔を青くした」と訳された方、このBlamerはブラスフェ−ム(冒涜)の語源の言葉なので、Bleu とは関係ないです。あ、考えるタネの最新記事にフランス語の発音の悩みを書いてます。コメントや、似たような体験があればどうぞ。
では次の質問。また仏文和訳。
解説つきでもどうぞ! 文字化けの問題があるらしいのでアクサンつけません。敷衍してくださっても、前後の文を勝手に足してくださってもOKです。(liberte の最後のEに右上がりアクサンです。)
La liberte, ce n'est pas faire ce que l'on veut, mais vouloir ce qu'on fait.
フィギュア・スケート
ベルシーのフィギュアスケートのスター・オン・アイスに行ってきました。昔はよくホリデイ・オン・アイスとか行きましたが、フィギュア・スケートのショーは初めて、しかも世界チャンピオン級のは今までTVでしか見たことがありません。今回は、フランス人のブライアン・ジュベールが42年ぶりでフランス人男子シングルの世界チャンピオンになったばかりで、華やかです。私は日本人なので、女子チャンピオンの日本人も見たい感じですが、女性ソロはワルシャワであったヨーロッパ選手権の2位のサラ・メイヤーというスイス人、3位のキラ何とかいうフィンランド人でした。キラさんは最も美しいスケーターに選ばれたそうで、「もちろんブロンドで」とかいうナレーションは「なんかなあ」と思いました。サラ・メイヤーさんはブロンドじゃないけど美しかったし。カップルのアイスダンスが多かったので、ソロですべる人は何となく寂しそうに見えたのも意外。第一部のはじめの方で、転んだりする人が出て、司会者が、「ベルシーですべるのはすごく難しいんです。ベルシーだから、パリだから」とフォローしてました。この「パリだから」というのも、すごくフランス的だなあと思いました。国際大会とかで、「日本だから」「東京だから」みんな緊張するとは日本のアナウンサーは言わないだろうなと。出演者の主力はフランス・チームなので、この「パリだから」というのは、多分ほとんどのスケーターが地方出身者だということを意味してるのかもしれません。
それで、男子ソロはこないだの日本で行われた世界選手権の金銀銅が全員出てました。銀の高橋大輔くんも。その順位で行くとまず銅のステファヌ・ランビエルが滑って、次に高橋、最後にブライアンかと思ったら、高橋が一部も二部も3人の中では前座扱いの最初でした。最もランビエルは2005年と2006年の世界チャンピオンだから、総合の格から言うと、高橋の後に滑るのが妥当かもしれない。それに彼はフランス系スイス人でフランス語を話すし、フランスでも人気だから。私は高橋がフリーで最高得点を出したのをTVで見ていたので、ベルシーでかっこよく滑るのを期待していたのですが、そして、期待通り上手でしたが、何か違う。完璧で高性能という感じで、集中力も伝わり、色気さえあるんですが、そして最後に「J'adore la France]とフランス語で言うというサービスも見せて受けていたんですが、ランビエルやブライアンにあって彼にないもの、それは余裕と華かもしれません。このショーは選手権とかじゃないんだから、ミスをしないとか完璧とかいうより、もっとはじけてほしかったです。3人の中では彼が一番若く、その差も多少出てくるのかもしれません。ブライアンも若いんですが、アレクセイ・ヤグディンの薫陶を受けたせいか、楽しんで、それをコミュニケートするという喜びをちゃんとあらわせています。彼が出てきたときの「華」というのは、スポーツ選手の華というより、なんだか宝塚の男役トップスターの華です。あたかも技術なんか2次的なような。「がんばる」という感じが見えていたらショーにはならない、フィギュアスケートはスポーツだけど、バレーなんかに非常に近いので、選手はアーティストである必要があります。ショーとなると、アスリートが完全にアーティストに変身しなくてはならないんですね。エンタテイナーといってもいいです。後、ッスケートクラブの女の子たちなんかが客席からすごい声で叫ぶんですが、その抑揚が独特で、掛け声の文化というのはどこにでもあるのだと感心しました。仏文和訳2の解説は明日にでも。
「 La liberte, ce n'est pas faire ce que l'on veut, mais vouloir ce qu'on fait.
『欲することを成すのが自由ではない。成すことを欲するのが自由なのだ。』
まあ〜、なんて単純。
それより、ひとつ質問させてください。初めのce que の後にはl' が入ってce que l'on veutになってますが、二度目の ce que の後にはなくて ce qu'on fait.になるのは、なぜなのでしょうね? リズム感の問題?(笑)
この l' の使い方って、難しくて、入れようとするとどこにでも入れてうるさくしてしまう気がするし、なければないでなにか抜けたような気が。慣例句のようになっているのは最低入れるように心がけてはいますが・・・あやふやなのです。むかし、フランス語の先生(外人に教えるフランス人)は、『あなたたちは使わなくてよろしい』と言いましたが・・・。」
ええと、単純ですがリズムがあってきれいな訳です。それに、単純なだけ、幅があって無難ともいえます。自由を2回繰り返したところがテクニックですね。最初のonに l' がついているのに2度目についてないのはやはりリズムの問題です。このlの挿入で、最初の部分のシラブルが2番目のちょうど2倍になっています。だから読んだ時に落ち着きがあります。日本人が書く時には確かに難しいですね。
これも含蓄がありますね。サルトルが選択の問題を自由と絡めたのは、キリスト教における自由意志の問題を意識しています。自由意志があるから、責任が生じ、責任があるから善悪の観念もでてくるわけです。
Dieu se chisit. il n'est pas ce qu'il est, el est ce qu'il veut.というのはFrancois Varillon の言葉。コクトーは人間に自由意志を与えたのは神のアリバイだ、と言ってます。「私は自由だ、神さま、私を自由から遠ざけてください。」といったのはクローデル。逆にFerdinand Galianiは、「もし宇宙にたった一人でも自由な存在がいたとしたら、神はもう存在しないだろう」と言っています。この世に善悪が混在する現実の前に、人間の自由は神のアリバイであり、神の自由は人間のアリバイなのかもしれません。サルトルが神を捨てた時、神なき自由意志だけを引き受けたわけで、自由と欲望と責任と倫理とがのしかかってきました。自由がなければ原罪もなく悪も生まれなかったというユダヤ=キリスト教文化がベースにあります。
Nier Dieu, c'est se priver de l'unique interet que presente la mort.
です。interet の最初のeに右肩がりアクサンが、2つ目のeに山形アクサンがはいります。presente の最初のe にもアクサンテギュがつきます。サーシャ・ギトリィの言葉です。sekko-culturelavo@hotmail.co.jp か個人メールにお願いします。コメントつき歓迎。その2のお答えに関するコメントは直接この掲示板に書き込んでください。
en の使い方
竹下先生、en の使い方について質問があります。
私は、友達5人でアランの幸福論を原文で読んでいるのですが、第9章 Maux d'esprit の中で次のような文章があります。
「L'imagination est pire qu'un bourreau chinois; elle dose la peur ; elle nous la fait gouter en groumets.」
で、最後の en groumets をどう訳すかよく分かりませんでした。
結局、「食通のように」と訳すのでいいのだと落ち着きましたが、en にはこのような使い方があるのですか?
順調でよかったです。
フランス語が溶けてきてよかったですね。でもこういう段階って、溶けて入ったものを OUT PUT する時に、不純物というか思い込みのフィルターを通すことも多いので、時々は意味や綴りのチェックをしたほうがいいですよ。私なんか、本で読むことのない話し言葉で10年以上も違う綴りをイメージしていたり、外来語で勝手に性別や発音を変えていたことってありました。外来語は一般に男性名詞とするって昔習ったものですから、ポテトチップのことを、男性名詞で使ってたんです。それが子供にうつって、彼らが大きくなってからママのせいで今でもchips(シップス)を口にする時は緊張するとか言われました。後、Puzzule はわざわざフランス語風に「ピュズル」って発音してたんですが、英語風のパズルでいいってことが後でわかって、これも子供に指摘されました。外来語って難しいです。30年前はハンバーガーを「アンビュルジェール」って完璧フランス語風に発音する人もいましたが今は「アンバーガー」ですし。こういう英語から来た言葉って、意味は分かっているものだからそれこそすぐ頭で溶けちゃって、わざわざフランス語の辞書を引いたりしないからけっこう要注意なんですよ。
フランスで最初に通った語学のクラスで先生が黒板に「MAT」って書いてその意味を質問したんですが、誰も知らず、私はマストのことだって知ってたんですが、脳内では「MAT=マスト」変換であってすぐにはフランス語で説明できなかったんで、結局答えられませんでした。やっぱりまめに仏仏辞書を引かないとフランス語アウトプットは上達しません。
後、日本人の主婦なんかで、簡単におばさんたちの会話に入っていけるようになる人が、それを普通のフランス語だと思って、子供の学校の先生にも話しているとかもよく見ましたから要注意。外国人なんだから、丁寧語だけしゃべれた方がまだましなんです。出るとこへ出たらちゃんと話せるというポイントを抑えることが大事です。日本よりも教養の差が言葉に出ますからね。
マルセル・プルースト
励ましのお言葉痛み入ります。実は日本語教室のアシスタントのようなものもやっていて、そこで高校生にも日本語を教えているのですが、まだ叱り方がわかりません。この間、「Tais-toi」「Sois tranquille」「Calme-toi」の違いを説明してもらいました。日本語の「コラ〜」にあたるのが「Eh〜」だと教わったのですが、あまり使っているのを聞いたことがありません。
さて本題です。実は今トゥーサンのヴァカンスなのですが、マルセル・プルーストの「Du cote de chez Swann(1913)」の中の「L'edifice immense du souvenir」を要約してこいという宿題が出されました。高校生にもどったつもりで辞書を引き引き意味を調べています。当然仏語で要約するのですが、なかなか気持ちが乗りません。和訳でもプルーストは1冊も読んでいないので興味が湧かないと言えばそれまでですが・・。要約の方法もよくわからないのですが、どのようにしてモチベーションを高めていったら良いのでしょうか?ただ思ったより古語は少なく、文語調の言い回しが見受けられるくらいです。こんな質問は失礼かとも思ったのですが、なにせ一向に進まず苦しんでいるものですから・・。ヒントをいただければ幸いです。
単独で「Ce n'est pas inexact.」と言えばやはり「間違っているというわけではない」か、文脈によっては「C'est tres exact」の逆説的表現だったりしますね。
「Non,」で始まる否定文は本来否定辞(ne pas とか aucun とか personne とか nul とか)を含んでいなければなりませんけど、口語では否定の接頭辞入りの肯定文ですまされちゃうことはありますけれど。
「Non,ce n'est pas possible.」の代わりに
「Non, c'est impossible.」と言うとか・・
と、ここまで書いてから、好奇心で Petit Robert をひさしぶちに開きましたら、確かに、Non,c'est inexact の例文がありました。それだけから推論して飛躍しちゃったのだとしたら、誤解ですね。