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フランス語フランス文化質問箱

141Sekko:2007/12/04(火) 17:45:14
Synonyme
 そうですね。同語を避けて言い換えるのは、基本中の基本です。学校でよほど言われてるらしく、どんなフランス人でも自分の書いた文を読み返すとき気をつけますね。
 私は同義語辞典ほとんど使いません。ヒントを探すには普通の辞書でOKです。
 私が便利に使ってるのは韻文を書くときの脚韻辞典、ラテン語とフランス語の関係の辞典、語源辞典ですね。
 私はクロスワードパズルの変形のMots flechesというのが好きで、しょっちゅうやってます。これなら縦のカギとかを盤面と見比べなくてすむので、簡便なのです。でもヒントがマス目に入っているので、漢字などは細かくなるせいか日本ではあまり見かけませんね。で、このパズルだとヒントはたいてい「ひとこと」ですから、同義語の語彙が結構必要です。このパズル専用の辞書も出てるくらいです。私は自分でリストを作りました。

 で、実際の仏作における言い換えですが、ある言葉を言い換えようと思って同義語辞典を引いたとしても、そこで見つけた同義語を単独で使いこなせる場合でなければ、選択は難しいです。Aという言葉を言い換えようとしてBや Cという言葉を見つけて、「ああ、そうか、この手があったか」と腑に落ちる場合は使ってOKですが、そのBや Cがはじめて見る単語だとか、自分で使ったことがないものの場合は、同義の微妙なニュアンスを取り違えて使いかねませんから、やめた方が無難です。

 練習のためならどんどん使って見て先生に訂正してもらえばいいでしょうが、もし大事な文なら、変な言いかえを使うくらいなら、たとえ悪文でも、自分の使いこなせる同じ言葉を繰り返してる方が無難です。フランス語としての点数は悪くなっても、意味が通じればいいのですから。確かでない言葉を使って意味が曖昧になったり通じなくなることが最悪です。
 自分の語彙を増やしてニュアンスが分かってきたら、言い換えによってますます意味をはっきりと際立たせていく上級業も可能になります。

 まあ、せっかく同義語辞典を買ったのですから、言い換えようと思う同義語をもう一度辞書で確認してニュアンスの違いや意味の範囲を例文中でじっくり理解して納得して使うといいでしょう。音楽でドの音とレの音の組み合わせがどんな意味を持つかは和声進行を見ないと決定できないのと同じで、文脈を抜きにした同義語なんて性格には存在しないのですから。

142パサン:2007/12/26(水) 12:41:28
パサン ド ノエルと言うお菓子は
初めて質問します。フランスで新年を祝うときに「パサン ド ノエル」と言うお菓子を食べると聞きました。どんなものか知りたいのですがフランス語の綴りがわからず、カタカナで検索してもうまくヒットしません。元の綴りと、作り方とか知っていたら教えてください。

143Sekko:2007/12/27(木) 08:02:37
Passant de Noel?
パサンさま。それ、どこで聞いたんですか?
 綴りとしたらPassant しか思いつかないですが、ノエルってクリスマスだから新年の祝いにはそれはないのでは?
 どこかの地方のかもしれないとググってみましたが見つかりません。どなたか知ってたらどうぞ。クリスマス・ビスケットというのはありますけどね。
 新年は1月6日のガレットが季節の風物詩ですが、1月1日に特有のお菓子って、知りません。フランドルの田舎にはクリスマスの朝、JESUS(イエス)ってブリオッシュ・パンがパン屋に売ってますけど。役に立てなくてごめんなさい。

144Fusako:2007/12/27(木) 20:51:11
お菓子
普通、クリスマスのお菓子と言うと、ブッシュ・ド・ノエルでしょうけれども、パサンとはずいぶん語感が異なりますね。
ガレット・デ・ロワ、少し前までは、限られたところでしか扱ってなかったのですが、最近は、少なくとも東京では、ずいぶん見るようになりました。アーモンドのおいしいタルトで、宝探しのフェーヴ(タルトの中に入っている小さいおもちゃ)も楽しみですね。

145Sekko:2007/12/29(土) 02:01:31
パサンの続き
 「パサン・ド・ノエル」のこと、ちょっと周囲に聞いてみましたら、フランス人は知らないよ、で終わりでしたが、日本人からちょっと意外な仮説が出ました。
それは「サパン・ド・ノエル」の間違いじゃないの、ってこと。
 パサンといわれれば私の中では Passant に変換されてたので、Sapin とは発音も綴りも違うし全然思いつかなかったのですが、カタカナだと、それもありかなあって、コロンブスの卵?
 サパン・ド・ノエルはクリスマスツリーで、お菓子じゃないですが、日本のように、はい、25日終わったからしまって今度は門松の用意ね、ってことになりません。確かにツリーで年越して、新年を祝います。普通はガレットの1月6日までってことですが、1月いっぱいくらいデコレーションを残すところも結構あります。
 そんなわけで、ひょっとしたらパサンはサパンかもという仮説を紹介してみました。
 ガレット・デ・ロワは、私にとって、昔は、『シェルブールの雨傘』の中で、カトリーヌ・ドヌーヴの金髪に冠がよく映えて、って思い出でした。1980年の初めに東京のリセ・フランセで教えてた時、やはり金髪の女の子が、食堂でガレットのフェーヴを引き当てたといって、冠かぶって教室に来たのが可愛かったです。
 フランスでは先に切り分けといて、ふきんをかぶせて、その場にいる一番小さい子に「これはだれの分?」って選ばせるんですが、たいてい、その子の分にフェーヴが行くようにこっそり調整したものです。
 私はフェーヴに毎年の年号が入ってるポワラーヌのガレットを毎年買って、コレクション用に、小さいのも買います(絶対にフェーヴをおいとくために)。今年はパリのとらやが、アーモンドクリームの他に柚子風味あんこが2層になったベルナルド特製フェーヴ入りのガレットを売り出すというんで、つい注文してしまいました。近頃は2月半ばまでパン屋に売ってるので、毎年一つは冷凍しといて夏に食べたり、シーズンオフにしかフランスに来れない人のためにとっときます。昔は自分で手作りもして、冠も手作りしたもんです。

146パサン:2008/01/04(金) 08:58:49
パサンについてお礼
パサンについてお返事いただきありがとうございました。
パサンドノエルについてはある友人から聞いたのですが、確かにパサン、といっていたと思うのですが...、どうやらサパンらしいとの事。友人も何かわからずにフランスの習慣、と言っていたのを私が食べ物と勘違いしたのかもしれません。

147Fusako:2008/01/06(日) 20:13:16
もしかしたら
今日は6日。いつものようにPAULでガレット・デ・ロワを買いました。ポワラーヌは新宿高島屋でたしかパンを扱っていましたが、目の飛び出るようなお値段でした。で、しっかりキツネ色のやや薄型のタルト、このシンプルさがまた好きで、日本のゴテゴテ度が毎年アップするクリスマスケーキ、ビュッシュ・ド・ノエルだって、本来はただの「薪」型なのに、と考えていて、ふっと連想。その「薪」って樅の木の薪でしょうか。樅の木といえば、Mon beau sapin。薪のお菓子、ビュッシュ・ド・ノエルの別名、ということはありませんか?

148Sekko:2008/01/07(月) 23:08:57
ガレットの日。
 今年は久しぶりに公現祭が日曜になるというので、5日の午後のポワラーヌには外まで列ができてました。ポワラーヌのはノワゼットのクリームです。でもとらやの方が割高でした。ベルナルドのフェーヴはお皿のミニチュアで黒塗りに金色の虎、なかなかよかったです。
 ビューシュは樅じゃないですね。でも、フランスはビューシュ、イギリスはプディングとか、ヨーロッパは狭いのに国ごとにクリスマスのお菓子の伝統はそれぞれ違ってておもしろいです。スペインでは公現祭の1月6日は、あの国らしく、東方の3博士の等身大フィギュアの行列とかで盛大だそうで、今日が振り替え休日だそうです。
 私は昨日は客がカップル4組だったので結構疲れて、みなが帰った後、飾りつけもしまって、今日から仕事モードに入ってます。昨日の唯一の失敗は、1985年のボルドーを前日に開けてデカンターに入れとくべきだったんですが、コルクが古びてうまく抜けそうになかったので、客の一人である歯医者さんを待って開けてもらったことです。すぐカラフにうつしましたが空気を入れる(日本語ではなんていうんでしょう)までに少し時間がかかりました。それで、別の若いワインを開けました。でも、そのカラフに残ったボルドー、ひと晩寝かせた今日はすごくまろやかになってて、チーズといっしょにこれから飲みます。うふふ。(おい、仕事モードじゃなかったのか)

149greencurry:2008/01/08(火) 09:48:39
う〜、おいしそう!!
Sekkoさま、皆様、
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
おいしそうな単語がたくさん並んでて、朝(現在午前9:30.会社でこっそり見てます)から実に刺激的でした。会社の近くの百貨店の中にPAULのパン屋さんが去年できました。ガレット、そこで買えたかもしれませんね。惜しいことをしました。
85年のボルドーなんて!それとチーズですか?!いいですねー、ホントに。。。
あ〜うらやましい。垂涎ものです。あ、仕事中だった・・・

150Fusako:2008/01/13(日) 19:52:00
ガレット・デ・ロワ
最近、けっこうあちこちで出しているので、とはいえ、1月限りですから、6日にはPAULで買い、その後、BIGOTで買い、本日はLA VIE DOUCEで買い、と、一直線に子豚フェーヴの拡大版をめざしています。あと、SHIMAでも買う予定。これまでのところ、当たりはBIGOTです。ふたの模様が美しく、サイドも波型に整形、それから、これがだいじですが、フェーヴがちゃんと中に入っていたのは、これまでのところ、ここだけ。もちろんおいしかったですが、きれいな木の葉模様がつやつやしてほんとに「王様のお菓子」、見た目も一番でした。
都心では銀座にしかないBIGOTのお店に、神戸からときどきムッシュ・ビゴが来ています。ミーハーのわたしは、12月にお見かけしたムッシュに"Meilleurs Voeux"とか何とか言って、"Merci,Madame"のお返事を頂いてきゃー、と一人で盛り上がってました。ちなみに、わたしはフランス語は初心者で、これ以上の会話なんてできませんけども。

151Sekko:2008/01/13(日) 22:13:19
ガレットめぐり、楽しそう。
 フェーヴがちゃんと入ってるのはBigotだけって、本当のマメが入ってるってこと?
 それとも、porcelaine のフェーヴが入ってないガレットなんてあるんですか?

 でも、そんなにお好きなら、やっぱ、ホームメイド、お勧めですよ。 Pate feuilletee が面倒なんで、それを既製品でロールしてあって焼くだけになってるやつを買ってきて、アーモンドクリームにバターとかお砂糖とかラム酒とか、体に悪いものをいっぱい加え、たっぷりはさんで、フェーヴを入れ、切り分ける時にフェーヴが入ってるとこにナイフが当たらないように分割線をパイ皮の表に入れとくんです。きれいな模様も工夫して、どこにフェーヴが入っているか作り手にだけ分かるようにしときます。
 王冠も手作りか、既製品にビーズとかはりつけて、豪華なのを作っときます。
 小さな子が二人いる時はフェーブも王冠も二つ用意。うちは夫の誕生日がガレットの日なんで、子供が小さい時は、みんなで作らせました。王冠もパパ用に、フェーヴもパパに当たるように。そういう「仕込み」が子供たちは楽しかったようです。
 義妹のうちではチベットの旧正月にスープに入った餅みたいなのに、太陽型とか、特別のが混じっていて、それを見つけて1年の運勢とか占うってのがあり、これも子供に受けてましたね。

152Fusako:2008/01/13(日) 22:33:10
フェーヴ
日本では、フェーヴの入ってないガレットが普通でしょうね。間違ってフェーヴを食べてしまった人がいたとのことで、クレームがついたか何かしたのでしょう。「食べる前に入れて下さい」とタルトにフェーヴを添付(PAUL、LA VIE DOUCE)、フェーヴ代わりにアーモンドのホールを入れる(SHIMA)などの方法がとられていますが、フランスの方からしたら、「うっそー!!!」でしょうね。実際、ブルゴーニュに住むわたしの友人(日本人)がそれで非常に驚いていたのでした。
で、わたしは、食べるのは好きなんですが、お料理はそんなに好きじゃなくて、時間さえあれば、別の手仕事をしたり、街歩きに出かけてしまうことが多く、それに、子どもはもう一人しか家にいないのです。で、この娘は料理好きなので、彼女にやらせようかな。というか、娘が、パンはビゴ、タルトならクリーム系は好きじゃなくて、なんつったって焼き菓子!なので、甘い親がついついガレットあさりしてます。もっとも、弁解すると、娘はグルメ気取りのわがままスイーツ(「スイーツ」については検索してみて下さい)というわけではなくて、ビゴみたいなパンがヨーロッパやアメリカ(ボストンの経験あり)ならどこにでもあるのに、どうして日本にはなくて、噛み応えも味もないパンばっかりなんだろう、と、仕方なく銀座まで行ってます。時間(と、もしかしたら適切な粉)さえあれば自分で焼くのが一番かもしれませんけれど。

153Fusako:2008/01/14(月) 06:20:37
チーズほか
わたしが長く支援しているNPOで「共働学舎」というのがあるのですが(特定の団体名を出してごめんなさい、でも、宣伝の意図ではありません)、障害者が信州や北海道で農業生産をしているそこの作ったチーズが、一昨年だったか、世界的な賞をとってけっこう話題になりました。もちろん、わが家でも食べていますが、ヨーロッパのものに比べるととても淡白で、よくこれで外国で賞をとれたと思います。で、チーズだけ有名になりましたが、値段などは変わらず、とても安いのと、チーズ以外は会員しか知らないと思いますけれど、じゃがいもなどの野菜やお肉が感動的においしいのが素敵です。クリスマス用に買ったスモークチキンは、普通の市販のものに比べるとすごく薄いお肉が骨にはりついているような感じでしたが(「この鶏、筋肉質、やせ型、って感じね」と家族で食べた)、実にしっかりした味でおいしかったです。
で、本題。ここはプロテスタントの方が運営していますが、日本では、キリスト教系のNPOはどうもプロテスタントが多いように思います。カトリックって、金持ち学校の運営団体って感じかなあ。わたしの通勤する近く、四谷では、上智大学に雙葉学園、ですものね。どちらも堂々たる校舎を新装、神父さんや修道女さん(?)などの質素な制服が、なぜか浮いて見えまーす、と思いつつ近くを通っています。

154nao:2008/01/21(月) 09:27:00
La Grande trappe
Alainの<Propos sur le bonheur>の<
Bonne humueur>のところに、アランが<La grande trappe>に行つたことがかいてありました。トラピスト修道院でGrandeというのは、単に大きなというのではないようにおもいますが、どのような基準でGrandeというのがつくのでしょうか?一つの訳本は「大修道院」他の一つには「ノルマンデイのトラピスト修道院」とありました。そうすると、17世紀半ばすぎにおこつたという大改革がノルマンデイのトラツプ修道院であり、シトー会のことを、一般にトラピスト修道院とよびだしたことから、ここが「大」とつくことになつたのでしょうか?grande
という呼び名は他の修道院でもつかうのでしょうか?教えていただけると、幸いです。
アランはなんと、ここをおとずれたことが、カトリツクから離れる機縁になつたようですが、彼自身も何故、いつ、カトリツクからはなれたのか、はつきりしないそうです。いずれにしろ「解放された」という思いがあつたとか。トラピストでは墓穴を毎日ほるとか、死体を一週間見せるためにおいておいたとか、陰惨だつたそうで、彼は「上機嫌」こそ、大切な「徳」だとかいていました。

155Sekko:2008/01/21(月) 17:27:22
ただの通称
ただの通称だと思います。フランス語でグランとかプチは、物理的に大きいとか小さいとかのほかに、親愛とかのニュアンスが多いですから。
 バジリカ聖堂とかいうのは基準があって、一種の称号なので、使えるかどうかは勝手に決められないわけですが、グランド・トラップはソリニィのトラピスト修道院についた愛称というか通称でしょう。もちろん、改革の中心になったという重要性や敬意や規模の大きさがこの通称を招いたのだと思います。
 有名なのは La Grande Chartreuse 修道院ですが、これは正式名称だと思います。ここからの連想もあるのではないでしょうか。
 アランの行ったのは、ソリニィの修道院ですね。単に「大修道院」と訳するのは変ですね。固有名詞代わりなのですから。
 キュリー夫人が、「 bonne humeur は politesse だ」 と言ったのが私は共感が持てます。誰に接しても、機嫌の良さをかもし出している人は本当に快く、そばにいる人をみんななごませてくれますものね。

156nao:2008/01/21(月) 19:28:16
ありがとうございました。
お聞きしてよかつたです。読書会では「大修道院」と何となく訳していましたから。愛称、通称、固有名詞という感じは我々にはつかめておりませんでした。「ソリニイの修道院」にいつたんですね。いつてみたいものです。私は北海道のトラピスト修道院にゆきました。夫が「ここの食事最高だね」とよろこんだのがついこの間のような気がします。
キュウリ夫人のことば、ご紹介くださいまして、ありがとうございました。本当に機嫌のいい方つて、会うと嬉しいです。特に配偶者が機嫌のいい人だと幸せですね。

157confus:2008/02/07(木) 00:13:49
cafe au lait
いつもおせわになります。歯磨きしていて不意に浮かんだ疑問です。
カフェオレのlaitにはふつう部分冠詞がつくのに、なぜ au lait なのですかね。

158Sekko:2008/02/07(木) 07:28:51
カフェ・オ・レの話
 なんで歯磨きなんですか?  ま、いいですが。

 それは、lait につく部分冠詞の du 自体が、部分をあらわす前置詞の「de」と定冠詞の「le」とが組み合わさったものだからで、「a」(アクサンつき)という前置詞の後にまた「de」を重ねられないから置換したものでしょう。

 たとえば、「Aanalyse du lait」(ミルクの分析)という時の「du」も、
すでに部分冠詞の du ではなく、部分冠詞の一部である前置詞の de が、意味上の目的語をつくる de に置換されていることになります。

 このほか、Agneau de lait と冠詞なしなら、子羊の乳児、つまり雌羊の乳だけで生きてる小さいのを殺した柔らか肉、「frere de lait 」は乳兄弟、「vache a lait」は乳牛で、ニュアンスが違うことも注意です。

159confus:2008/02/07(木) 22:31:51
ほぉーー!
Sekko文法辞典さま、ほんとうにありがとうございます。
よくわかりました。つまり部分冠詞という冠詞はなくて、部分をあらわすdeがあるのみ、と考えればいいのですね。
アレ?オレ?と思ったおかげで、たいへん勉強になりました。

160Sekko:2008/02/07(木) 23:41:25
部分冠詞
「部分冠詞という冠詞」がない、といえば語弊があるのでご注意を。

 フランス語においては、「部分冠詞(article parttiif)=  部分をあらわす前置詞(la preposition a sens partitif)+ 定冠詞( l’article defini)」ということです。

http://solages.site.voila.fr/grm/article_partitif.html

とか見てみて下さい。

 De だけで 冠詞的用法もあるのでややこしいです。

 また、autour de 何とか、って複合前置詞にもなり得ますから。

 どの言語でもそうですが、簡単な言葉ほど、使われ方のニュアンスが広くて分類は難しいですね。まあ、普通に使ってると説明できなくても慣用的に使い分けられます。

 文法辞典は私に頼らず基本的に自分で調べてください。
 今回答えたのは、この質問がとても「フランス語を習う日本人」ぽいと思ったからです。ある意味新鮮でした。

161confus:2008/02/09(土) 16:21:36
再びcafe au lait
はい、その後自分でも調べてみました。

cafe au lait(牛乳)と vache a lait(乳牛)の違いはニュアンスが違うどころか、なんと日本語では漢字の前後の違いですね!

ここで、lait に冠詞がつくかつかないかは、基本的には前置詞「a」がつなぐ二つのものが混合物であるか否か、だそうです。
cafe au lait, glace au chocolat, sauce au vin などが前者で
vache a lait, moulin a eau, machine a vapeur などが後者の例です。

それでも、冠詞がつくつかないはそういうことだとして、その冠詞が部分冠詞なのか定冠詞なのか、私には調べがつきませんでした。Sekkoさまの考えでは、cafe au laitの lait についているのは部分冠詞ですね。でも、de le → du という規則が自然と頭に入っていても、du → de le と逆分解して a と de を置換するというのは、後付の理論に過ぎないような気がしてきました。ここはいっそ、カフェオレのレについている冠詞は定冠詞だと考えられませんか。
そこをつきつめていきますと、やっぱり部分冠詞という冠詞の設定不要論になります。部分をあらわす「de」と定冠詞の縮約規則があるだけと考えた方がスッキリです。「部分冠詞=部分ををあらわす前置詞+定冠詞」と言っても、そんな前置詞はフランス語ではde以外にないですよね。

まあカフェオレはcafe au lait 、なのですけど。

162Sekko:2008/02/11(月) 03:12:09
牛乳
 単純ミスかと思いますが、牛乳は lait de vache と言いたかったんでは?

漢字の組み合わせの前後関係もいろんなケースがありますが、最終的には慣用がものを言うんで、フランス語もそうですね。理屈だけでは予想できません。
 カップにコーヒー半分入れて、暖かいミルクも半分入れて、って感じの時には、絶対に「le lait 」入れて、って言わないですし、「du lait」入れて、って言いますから、カフェオレに隠れてるのはやはり部分冠詞だって気がしますけど。

 冠詞をつけるかどうかというのは日本人にはほんとに難しいですね。英語だとすごくアバウトで楽ですけど。赤ちゃんに言葉を教える本でも、英語だったら、リンゴの横に「APPLE」ってありますが、フランス語だったら、「Une Pomme」ですもの。基本的に、冠詞なしの名詞は覚えないので、ちっちゃい子供のよく言う言葉として「zanimaux」(動物の複数形の冠詞のリエゾンが名前になってる)なんかがあり、動物型ビスケットの名前になってたりします。

163Max:2008/02/28(木) 19:36:35
屋号
お店の屋号に un を付けるのは変ですか?響きがいいのでそうしたいのですが。
巷では le les しか見ないので気になっています。
よろしくお願いします。

164Sekko:2008/02/28(木) 20:47:53
お店の名前
 こちらでun とか une で始まるレストラン、今、思いつきません。
定冠詞をつけたくない場合は、「冠詞抜き」の名詞だけが一般的ではないでしょうか。そのほうがインパクトもあると思います。
 un の後に何が来るのか、たとえば、「野原の中の一人の少女」みたいな物語性のある情景を喚起したい名なのか、そのお店に行ったらそういう名の絵がかかっているとか、特別のコンテキストを想像しますが・・・
 フランス語の綴りとか文法とか間違ってる店名や品名などだって日本ではよく見かけるので、名づける本人がいいならそれでいいという感じもしますが・・これだけではなんとも言えません。

165読者:2008/02/28(木) 21:51:37
(無題)
単純な言い方ですが、フランスは平野の国、ドイツは森の国って聞きました。

そちらに暮らしていて、どうなのかお聞かせ願えれば幸いです。

166Max:2008/02/29(金) 04:05:25
屋号2
Sekko様、ご返答ありがとうございます。
冠詞抜きでもおかしくないのですね? unを付けたかったのは響きの他にひとつの、という意味も込めたかったのですが(cadeauとかpresentとかです)そちらでないということは‥、う〜ん文法的に間違っているのはいやですので‥
ちなみに「麦畑の中の一人の少年」はどうなりますか?

167Sekko:2008/03/03(月) 10:19:54
平野の国
 お返事遅れてすみません。
 そうですね。少なくともパリやパリ近郊に住んでる人にとっては、「平野の国」かもですね。フランスはもともと、ロワール以北と以南では気候も地形も違う感じです。でも、パリの人も、「ヨーロッパで一番高い山はフランスにあるんだから」って自慢します。モンブランですね。でもアルプスやピレネーなど高い山はイタリアとかスペインと国境を接してますね。どちらも、パリからはずっと南です。パリから北のノール地方なんかは、北で寒いことになってるんですが、山はなくフランドルの平野が広がってます。スキーができないんで誰も行きません。ノルマンディなんかはわりと起伏がありますね。
 普通の日本人にとっては、パリという首都からちょっと離れると、平野と麦畑とか広がっているのがすごく印象的だと思います。
 全体として平野が多く耕地面積が広く、農耕や放牧も盛んで、食料自給率が世界有数という恵まれた国という印象はありますね。ドイツは森、フランスは平野という感じは、まあ当たっているんじゃないでしょうか。

 ええと、MAXさま、仏訳の添削はある程度可能ですが、単純仏訳は受けつけてませんので悪しからず。
 屋号に一つの、という意味をこめたければ冠詞抜きで「なんたら・ユニーク」というネーミングもありかもしれませんが日本語じゃユニークは唯一のというより「珍しい、変わってる、」みたいにとられるかもしれませんね。よいお店になりますように。

168読者:2008/03/05(水) 18:52:27
なるほど
 ご返事有難うございます。付け加えると、そういった地理的条件がドイツ語とフランス語の成立に深く関与しているし、ドイツで音楽、フランスで絵画が発展したのもそのことと無縁ではないと仄聞したものですから、そちらに長く住まわれている竹下さんの実感としてはどんなものなのかな?と思いまして質問させて頂いた次第です。
まずはお礼まで。

169Max:2008/03/06(木) 04:36:09
屋号は
冠詞抜きでシンプルにいこうと思います。
Sekko様お返事ありがとうございました。

170greencurry:2008/04/08(火) 11:17:51
短い返信の仕方
私の住んでいる地域は今桜が満開で、とてもキレイです。ソメイヨシノの大木の下に立って、満開の木を見上げると、めまいがするような不思議な感覚になります。
ところで、私は週に1回フランス人の講師にフランス語を習っているのですが、例えば授業が急に中止になるとき、そのフランス人の先生が私の携帯へ中止ですというメールを送ってきてくれます。すごく丁寧な長い文章で「今度の授業はできません、他の方々にもお知らせしてください」と書いてこられます。
で、そのお返事をするのですが、パソコンがすぐに使えないとき、携帯でフランス語を入力するのがものすごく面倒なんです。
簡単な文章でしかも失礼のないように、「その件了解しました」と伝えるには、フランス語ではどのように表現すればよいでしょうか?
ご教示よろしくお願いします。

171Sekko:2008/04/08(火) 20:32:25
先生への返事
 私たちはトリオの練習がないと連絡しあう時は単に「OK,c'est bon.」ですませますが、相手が先生で、向こうが丁寧なら、

「Merci de m'avoir informee, je percute.」とか。

 「Merci, je percute.」
 「Bien recu, j'informe les autres.」
 「Merci, je mets au courant les interesses.」
 「Merci de m'avoir mise au courant, je percute.」

 とか、組み合わせは無数にあります。
 よく使う表現はどっかに記録しといてコピーしてもいいですね。

 私は子供が小さい時、連絡帳にいろいろ書き込むのに、フランス語では書き方によってすぐ教育程度が分かっちゃうので、いろいろリサーチして、表を作っときました。一度、フランス語の先生である義母がちょうどいる時に子供のプールをお休みさせたいと書くのに、代筆してもらったらすごく立派なものだったので、先生からこれも超丁寧な返事をもらいました。
 でも、今はメールとかの時代なんで、一度、娘がハーヴァードに履歴書を送る時のメールの最初に「Hi,Harvard!」なんて書いてあるのを見て、しかも後でちゃんと採用されたのを見てからは、もう悩むのはやめようと思いました。

172Sekko:2008/04/08(火) 20:38:50
さっきの訂正
 ごめんなさい、今、さっき送ったのを見たら、なぜか「Je repercute」というのが2箇所ともREが抜けてました。REのEに右上がりのアクサンがつくのを工夫しようとして貼り付けたのが消えたのです。で、 「Je repercute」の動詞の最初のEはアクサンつきですが、携帯メールジャアクサンが着かないかもしれませんね。でもどうせ日本にいるフランス人はアクサンなしのフランス語に慣れてるので平気です。Bien recu.のC も勿論ひげ付きCです。interesses もアクサン付です。

173greencurry:2008/04/10(木) 23:49:28
ありがとうございます
ありがとうございました。早速使わせていただきます。と、思ったら今朝は電話がかかってきて(7時!まだ寝てました)、とっさに対応ができませんでした。
ところで、「Merci」は、なんだか対友達のような感じがして、必ず「Je vous remercie」をつかっていたのですが、日本語の「ありがとお」(大阪弁なら語尾を上げる)ほど友達的(変な日本語)ではないのですか?

174Sekko:2008/04/15(火) 01:14:17
Merci
 メールや携帯テキストならMerciで充分でしょう。
 ただ、電話となると別です。Merci, Monsieur とか、Monsieur だれそれ、とか、名前をつける必要があります。友人でも、Prenom を付け加えますね。
 Merci bien,とかMerci beaucoup とか言っちゃったら、次がなくても失礼じゃない場合もあります。語調にもよるんですよ。

175nao:2008/05/03(土) 08:59:49
Bernadette
ルルドで聖母マリアのご出現を受けたベルナデツトは日本ではベルナデツタとよばれています。ベルナデツトはフランス語読みですが「ベルナデツタ」はどこの国のことばなのでしょうか?イタリ、スペイン、米、英のような気がするんですが。先生がどこかにかいておられたのですが、見当たりません。ご教示くだされば、幸いに存じます。

176Sekko:2008/05/03(土) 21:25:40
「タ」か「ト」か
 日本に入ってるのは多分イタリア語の「Santa Bernadetta」から来ているのでしょう。これが地名になってるところはアメリカにでもあったと思います。でも、欧米における聖人名の自国語風読み替えはすごくアバウトで自由なんで、どれが正しいということは格言できません。
 でも日本語で中国人名とかが漢字読みから現地語読み優先に変わっている事をかんがみると、ベルナデットがいいかなと思います。

 ベルナデットはもとはローカルな聖女ですし、歴史的にも19世紀後半とわりと新しいし、常に「フランスの聖女」として意識されてきたわけですから。
 そして実際にヌヴェールとかルルドに巡礼に行けばフランスなので、ベルナデットと言ったほうが通じやすいですし。
 もう一つ、ラテン国でも「Santa Bernadette」とサンタの後でもフランス語表記する時と場合はたくさんありますが、フランス語の「Sainte」の後では、必ず「Sainte Bernadette(サント・ベルナデット)」で、Bernadett「a」は使わないので、私はフランス語読みに近いということでベルナデットを使うようにしてます。
 前大統領夫人のベルナデット・シラクは、もちろんこの聖女の名ですが、日本の新聞などの表記はすべてベルナデットとなっています。

 ただし、「r」も「te」も、実際は「ル」や「ト」じゃないですから、どちらにしても厳密には対応しません。

 ただ日本人が、「ベルナデットは」とか「ベルナデットを」とかいう時は「TO」の「0」がほとんど目立たないので、結構フランス語に近く聞えるかも、です。「ベルナデッタ」と言えば、「Bernadetta」にしか聞えないでしょう。
 ただし通称が聖女名となった例で、本名はBernardeと、ベルナールの女性形ですね。

177nao:2008/05/03(土) 22:29:22
お礼もうしあげます。
早速、ご教示頂きまして、本当にありがとうございました。私はいつも「ベルナデツト」をつかつております。これで通そうとおもつていました。今回確信がもてました。ヌベール愛徳修道会の日本の女学院の職員が「ベルナデツタ」しか知らないということでしたので、どちらをつかつてもいいけれど、フランスで通りやすい「ベルナデツト」も頭においておくよう、勧めようとおもいます。ありがとうございました。

178K GOTO:2008/05/07(水) 12:28:38
>先生への返事
横レス + 過去のレス で申し訳ないのですが
4月8日の 先生への返事 内にあります、
>フランス語では書き方によってすぐ教育程度が分かっちゃう
これはorthographeのことでしょうか?
それとも
expressionのことでしょうか?
どちらとも とれる書き方であったので念のため、確認したく。
Orthographeといえば、仏のCVとLettre de motivationは
Orthographeから 人格判断を行う場合もあるため タイプではなく手書きで、
と本で読み 一生懸命手書きで清書したら、友人にPCで書き直された
ことを思い出しました。

179Sekko:2008/05/07(水) 18:23:08
今はPCですね。
 Expressionのことですね。構文とか語彙の選択です。
一時はgraphologieが流行ってたんで、履歴書などのautographeは多くの会社で必須でした。
 もともと、アメリカでは高校や大学でもタイプを自分で打ってレポートを出していたのですが、フランスでは、「タイプはタイピストの仕事」という分業がはっきりしてて、ビジネスマンも秘書に頼るだけで学生は手書きが主流でした。
 PCが普及して学生でも一人1台となったのはここ4,5年のことで、その前は自筆でしたね。PCでは綴りチェックもできますから、なおさら、語彙の選択とか言い回しのちょっとした差は目立つような気もしますが、これからどんどんアメリカ風になるんでしょう。

180K GOTO:2008/05/07(水) 22:36:43
使う言葉で御里が知れる
とは、言いえて妙で
彼女に いくつかの表現を直されてからは
かなり気を使うようになりました。

返答ありがとうございました。

181nao:2009/01/25(日) 08:56:10
beau fils et gendre
フランス人語の先生(フランス人男性)に「婿」のことを、beau fils といいましたら、「その言葉をつかつてはいけません。gendreを使いなさい」といわれて驚きました。神父さまからの手紙にはやはりgendreという表現がつかわれていました。お二人ともVouvoimentの関係ですので、vousで話すときにはbeau fils をつかつてはいけないのかしら?とおもいました。またgendreが手紙の中だつたことを考えると、文章中ではgendreをつかうのかしら?と思いました。「嫁」には文章中でbruが使われると辞書にありますが、まだこの言葉を文章中でみたことがありません。(あまり勉強できていないせいですが・・)。belle fille ということばが美しいせいか、この言葉しか知りませんでした。これらの使い分け方をご教示いただけますと、幸いに存じます。

182Sekko:2009/01/29(木) 17:34:34
naoさまへのお答え
 地方的な違いもあります。 南の Languedoc, Roussillon などでは、gendreも beau-fils も両方、婿を指せますが、他では、beau-fils は、配偶者の息子に限定されることが多いみたいです。今は特に、離婚や再婚 などによるfamille recomposee が多いですから、beau-fils は、そういう場合の義理の息子、というのが普通ですね。世代的に考えても、配偶者の息子という意味での義理の息子の絶対数が多いですから、「beau-fils=配偶者の息子」が一般的です。
 また、今は、子供世代の離婚も多いから、gendre が gendre でなくなることも多いわけで、娘婿にあまり執着しないように beau-fils という言葉=位置づけが無意識に避けられてるのかなあ、という感じがしないでもないですね。
 gendre が普通に使われているのに比べて、確かに、bruはちょっと古臭いですね。封建的な感じがします。今時、自分の娘が相手の親から bru と呼ばれてたらちょっと嫌かも。
 日本では伝統的に嫁-姑の関係が、犬猿のように言われますが、フランスではgendreとbelle-mère の関係がもっとも緊張したものととらえられているので、その辺の温度差もあるかもしれません。gendreはいつまでもgendre でしかなくて、beau-fils としてフュージョナルな関係にはなれないぞ、みたいなね。

 それに比べれば、belle-mère とbelle-fille は、わりと摩擦が少ないと了解されてるみたいです。まあ実際はケース・バイ・ケースでしょうけど。

183nao:2009/01/30(金) 17:08:23
ありがとうございました。
配偶者の息子、とお聞きして一瞬、「え〜それつて、我が子なのに?」とおもつたのは、やはり日本にいるからですね。地方の差、現代の言葉の移り変わりを教えていただき、勉強になりました。今日、フランスのニュウース読みの会で友だちと一緒にお答えを見せて頂きました。皆さん「へえ〜配偶者の子つて、どちらの子なの?」「お互いの相手の子よ」と話すのを聞いていますと、やはり日本ではまだまだ、Famille recomposeeは少ないとおもいました。ありがとうございました。

sukunain

184Sekko:2009/02/11(水) 07:15:45
hommisme
 日本でも今は離婚や再婚が多いと思います。

 でも大きな違いは、日本では、離婚家庭の子供はほぼ、どちらかに引き取られて(昔は父の「家」、今は母個人というのが多いんでしょうか)、もう一方の親との付き合いがなくなるケースが多いようです。
 フランスでは「家」の戸籍とかないので一昔前までは、離婚すると母親が親権を持つことが多いでした。でも、Francophone 系の国ではカナダなどもそうですが、フェムニスムと対をなす「オミスム=Hommisme」の運動が盛んになり、ヴァカンスの半分を父親のところで過ごすのは普通どころか、週の半分を父母が交代で、あるいは隔週でというケースも増え、親権も両方が行使できるケースも増えています。だから子供の学校を中心とした近くに両親(の再婚家庭)がそれぞれ住むこともよくあります。だから、子供たちも父母の新しい配偶者を普通にBelle−Mere とか Beau−pere とか呼んでいるし、彼らも一緒に住む親権を行使できる可能性も開けています。祖父母が孫と会う権利もあり、子供が離婚した後でもう孫と縁が切れてしまうという状態を避けることもできます。

 まあ、これはこれで、子供の情緒が不安定になることもあるので、特に、片方の親が満足のいく再婚をしないまま前夫や前妻に恨みを抱いてる時とか、けっこう問題もあります。生き別れは死に別れよりも大変だ、というのはありますね。14歳までは子供には拒否の権利がないのです。

 でも、父親としての権利を母親と同じく保証されているということで、父親に育児の自覚が出て、分業じゃなく、「いざとなれば100%の親」という意識があるのとないのでは、夫婦の関係も変わるかも、と思いますね。

185Bobby:2009/06/19(金) 12:23:36
magasin
フランス語の「店」にはいろいろな言い方があります。magasinは知人のフランス人に言わせると食べ物を売っている店は省くそうですが、magasin d'alimentationという言い方もあります。たとえば、魚屋poissonnerieはmagasinではないのでしょうか?ご回答のほどよろしくおねがいします。
また余談ですが、エッフェル塔には階段で上れなくなったと聞きましたが、本当でしょうか?ご存じだったら教えてください。

186Sekko:2009/06/25(木) 17:05:28
magasinについて
 magasinというのは、アラビア語起源で「倉庫」のような意味だったと思います。だから、基本的には生鮮食品を売る店には使いません。magasin d'alimentation というと、缶詰や調味料とか、保存できるものを中心に想定されているからでしょう。魚屋はだから、決してmagasin de poissons といいません。marchand de poissons ですね。一般に道に面した小さな店はブチックと呼べます。後は、フランスは今でも職人の資格が厳密なところなので、そのブチックの中にアトリエがあるかどうか、つまり自分で製造してるかどうかによって、店の名称が規制されるので(パン屋さんなど特に)、チョコレートなど、日本風に考えれば少し保存がききそうなものでも、magasin とかいいませんね。

 エッフェル塔のことはよく知りませんが、今サイトhttp://www.insecula.com/musee/M0054.html を検索したら、この季節なら Escalier : 9h00/0h45 dernier accès minuit とあり、1665段を8分台で制覇したとかいう最近の記事も見つけたので、上れるんじゃないでしょうか。何らかの理由で禁止の時もあるのかもしれません。しかし零時まで上れるとは知りませんでした。さすが観光都市ですね。(私はエレベーターですら上ったことがありません。東京タワーには完成した翌年に上り、そこではじめて「外人」観光客に英語で声をかけられたのを覚えてますけど・・)

187Bobby:2009/06/26(金) 11:04:03
「店」
ご回答どうもありがとうございました。真夜中のエッフェル塔、素敵ですね・・・

magasinの件ですが、アトリエがあるかどうかというboutiqueの条件、おもしろいと思いました。とすると、「保存」がきくかどうかがmagasinの見分け方になるのでしょうか。

「保存」とつながってきますが、倉庫という語源的ニュアンスからすれば、「貯蔵」できることかな、と別の方向から勝手に考えていました。というのは、もう一人知り合いのフランス人に聞いたところ、「レストランを除いてすべてmagasin」だというのです。レストランは確かに日本語では「店」といいますが、商店ではありません。商店と店の違いは何か?と考えて、stockerが可能かどうか、に思い至りました。

ただ「保存」と「貯蔵」は同じようで微妙な違いもあります。「貯蔵」は「保存」のように時間を気にしません。ストックされていても午後にはなくなることも、そのまま10年後まであり続けることもできます。生鮮品でも加工品でも広く捉えることができます。また穀物の貯蔵であれば、magasin de grainesがそのまま、現在の「店」に置き換えられているような気もします。
いま問題にしているのは魚屋ではなく「店」なのですが、ふと思い立ってpoissonnerieの定義をインターネットの辞書(CNRTL)でみてみると、筆頭にMagasin où l'on vend du poisson et des fruits de merとありました。

commerceはmagasinより商店のニュアンスが強く限定される感じがあるのですが、magasin以外に専門店であり、また日本語のように一般的に広く使用される「店」はフランス語にあるのでしょうか?

188Sekko:2009/06/26(金) 22:03:13
店の話(続き)
 私は日本語の保存と貯蔵のニュアンスの差を無視して使ったのですが、時間を気にするかどうかより、それこそ、語源的には、物を、ある「場所=蔵とか」に保存するのを貯蔵というんでしょう。「建築物の保存」なら、貯蔵とは言えませんし。で、magasin は、それでいうと、正確には貯蔵可能な商品を取り扱うもの、となりますね。今は一般的な「店」という意味にも使われているので、Magasin où l'on vend du poisson ということは言えますが、でも「靴屋=magasin de chaussures」のような意味で「魚屋= magasin de poissons」といわないことは確かなので、やっぱり生ものかどうかは大いに関係があると思います。commerce も一般的に店と使えますが、poissonnerie がpoissonnierと関係があり、commerce がcommerçant と関係があるように、そこに働いている人の顔が想定される小売店であり、magasin はデパート=grand magasin にも使えるように、ハコものというか、空間そのものと関係がありますね。ちょっとシックな含意を持たせることもできるものとして「maison」というのもありです。これならレストランでも使えることもあります。
 レストランは物を売るというよりサービスを売るので、レストランをマガザンといえないのは、美容院をマガザンと言えないのと同じですよ。でも日本語では美容院でも店とか言いますよね。それは商業施設の建物の総称だからでしょう。日仏で完全に同じ概念の店の言葉はないんではないでしょうか。ヨーロッパなどは同業組合の歴史が長く「メチエ」の概念が根強くてそれが小売にも反映してるような気がします。

189Bobby:2009/06/27(土) 14:13:01
店(終わり)
magasinをめぐって、いろいろとありがとうございました。コンテクストの中から浮き上がってくるmagasinがみえたような気がします。
フランスならではの「小売りの専門店」が、もとはといえばテーマだったのですが、最初に聞いたフランス人の知人はpoissonnerieのほうへ関心が行ってしまったようです。
ご親切でわかりやすい解釈に感謝いたします。

190迷える大羊:2009/07/13(月) 22:16:28
フランス語の数表現
 最近まで知らなかったんですが、石原慎太郎都知事が何でも、「フランス語は数数えられない、国際語に不向き」などと発言。仏語学校校長のフランス人と日本人のフランス語関係者との間で裁判沙汰になってたみたいで・・。

http://www.kit.hi-ho.ne.jp/msatou/05-08/050821tokyo-ishihara.htm

 最近みたニュースでは、石原都知事の発言への不快感はわかる、としながらも特に被告たちが損害を被ったとはいえない、ということで原告側の損害賠償(フランス語への名誉棄損、語学学校への営業妨害といったところか)の訴えは却下されたようですが。

 ところで、私はフランス語は全くの門外漢なんですが、上の記事中のフランス語解説を読むと(下の文)、うーん、確かにややこしいかも、少なくとも俺は簡単に覚えられないなぁ、なんて思ったりしますが、竹下先生はフランス語ビギナーのころ、数表現につまづくことはなかったですか?

 「もっとも、70をSoixante−Dix(60たす10)、90をQuatre−Vingt−Dix(4かける20たす10)と言うなど、日本人から見れば複雑なのは確かだ。」

 あと、この騒動、記事中では「ル・モンド」紙でも報道され、あちら(フランス)でも物議をかもしたとあるんですが、そうなんですか?
 個人的には「ほっとけば?フランス好きは日本に他にいくらでもいるし、都知事が何をいおうと関係なくフランス語習うでしょ」って思うだけですが・・。

191Sekko:2009/07/14(火) 08:07:21
フランス語と数
 この話、当時すでに、このサイトでも話題になってたような覚えがあります。石原知事は確か、同じ頃カルチエ財団の現代美術展にもけちをつけたんですよね。
 実際の計算とかでは、読み方よりも数字の字面に反応するのであまり関係ないと思います。ベルギーのフランス語では今でも、70とか90を60足す10とかじゃなく、独自の呼び方をします。フランスでは電話番号を、ふた桁ずつまとめて言うのガ普通で、そういう時は、60台とか80台が聞えても6とか8とかすぐに書きとめられず、最後まで聞かなければ実は70台か90台か分らないので不便です。で、英語では日本風に、一桁ずつ読み上げるので、その方が分りやすくて便利だなあと、異文化体験をしたフランス人ははじめてフランス語のふた桁まとめの不便さに気づきますよ。
 後、これも前書いたと思いますが、ドレミの読み方が「ソ」が「sol」で「L」も発音するので、けっこう不便です。ドも昔は ut だったんで、「T」も発音し不便なのでドが一般的になったのに、ソは相変わらずソルなので、面倒だから私は時々「ソ」ですまして音楽の生徒に悪影響を与えています。ソルだとスピードが出ないんです。数字も口頭の場合、早く数えにくいですね。私は、早く数えたい時は日本語で考えることにしています。後は、何でも慣れというか、みんな母国語をこんなものだと思っているわけですからね。
 ただ、本当に効率に差がある時は、便利なものが最終的に他を淘汰すると思います。漢数字よりアラビア数字、ローマン数字よりアラビア数字というように。数字さえグローバル化していれば後の読み方は数学でなく文化ですから、確かに他の国の批判をするのは教養がないと思われてもしょうがないですね。フランスは国家的に数学教育に力を入れてる国ですしね。
 日本での「事件」も所詮三面記事ですから知らない人の方が多いでしょう。
 最近、日本製ゲームのパッケージを、日本のものは登場人物のキャラの絵なのを、ヨーロッパ向けのものではデザインを変えて帽子とかシンボリックなものにしたそうなんですが、どちらのデザインがいいと思うかというアンケートをとったらフランス人は圧倒的に日本用パッケージを支持したそうで、キャラへの思い入れがフランスと日本では似ているのだという話を読みました。そんなところも日本のコミックやアニメのフランスでの人気につながっているんでしょうね。

192迷える大羊:2009/07/15(水) 20:22:57
フランス語の数表現2
 しかし、石原知事は一体何を考えてこんな発言を?彼の経歴に何かフランスに反発を抱くようなところってあったかな??
 でも、前から論じてますが、フランス人も意外とナイーブというか人の言うことを気にするというか。

 たとえばの話、英米人なら、「英語にはFuckだのBitchだの下品な罵倒語が多すぎる、国際語に不向き」みたいなことを言われても鼻にもひっかけないような気が・・。

 特にアメリカなんて「自国の悪口」は聞きなれてるようなところがあるし。英国などは自国に絶対の自信があって、それこそ、一部ヨーロッパを除いた外国のことなど全く興味なさげな気がしますし・・。まさに本物の「中華思想」の持ち主かも。

 ちなみにネットで観察する限り、ヨーロッパでウケてる日本式マンガ・アニメの類もイギリスではいま一つといった印象ですね(まあ、マニアが全くいないってわけではないらしいけど)。

 もっとも日本のマンガ・アニメ(黒沢・小津映画も)って別に外国に広めようと思って作ったわけじゃなくて、あくまで日本で日本人が楽しむために作られたもので、本来「国際的」とは最も縁遠い代物だと思うんですが、そういうものに限って、海外でウケる。

 具体的に名を挙げるのは憚られますが、逆に日本人が勝手に「国際的」とか「国際人」と思っているコンテンツやアーチストに限ってまるで相手にされないのは皮肉だよな、と思うのは私だけですかね?
 まさか、「オタク」が世界共通語になってるとは思いませんでした。別に外国に広めたい日本語でもないのに・・。

193Sekko:2009/07/16(木) 18:16:45
特殊と普遍
 そうですね、すごく特殊な文化の中での特殊な出来事の描写の中に普遍性がかえって際立つってこともありますよね。みんな違ってるのがデフォルトで、その中に共通点を発見すると、しみじみとなるっていうのはあります。私の場合あまり自分と状況が近いと共感の仕方もけっこう閉鎖的になります。

 フランスにはフランス語帝国主義がありますから。
 世界中にあるアリアンス・フランセーズの力とか、けっこうすごいですよ。一昔前までは、アフリカとか、アメリカンスクールのない国はあってもリセ・フランセのない国はないというので、あちこち転勤する英語圏の家族は、子供を日本なんかでもわざわざリセ・フランセに入れてました。

 逆に、アメリカなんかでは移民のブロークン英語でもまあOKですが、フランスではフランス語がちゃんとできなければまともに相手にしてもらえない時期が長いでした。でも、ちゃんとできれば、全く対等に扱ってくれるのでやりやすいとも言えます。小学校でも韻文をせっせと暗誦させたり作らせたりしますし、理科系でもフランス語や哲学のカリキュラムは文科系と同じだから、日本の子の日本語能力よりも平均して優れてるかも。

 アメリカでは中部の「田舎」とかでは、自国の悪口を聞くチャンスなんかそもそもなくて、世界はアメリカしかないと思ってる人が大半ですから、アイデンティティの確立が大変だったヨーロッパ諸国なんかとは違うでしょうね。

 オタクはアヴァンギャルドな語感があるみたいですね。まあ、私は、今や、国の差よりも世代の差の方が大きいなあというのが日々の実感なので、なんとも言えません。

194迷える大羊:2009/07/19(日) 00:14:23
日本式女子高生 IN フランス
 以前、「おしゃべりルーム」で日本アニメの学園ものなんて、あっち(フランス・ヨーロッパ)の人にわかるんかしら?みたいなスレを立てましたが、こんな映像を発見。今年のJAPAN EXPO映像らしいのですが・・。

http://www.youtube.com/watch?v=nEmt2mn6VWk

 思わず、うーんと唸ってしまいました。まさか、フランス(あるいはヨーロッパ)の少女の日本式女子高生ルックが拝めるとは夢にも思いませんでした・・。
 フランスやヨーロッパで日本式女子高生ルックのグッズって入手可能っていうか、簡単に手に入るものなんですか??

 あとこの映像、以前から話題に出してる日本アニメ「けいおん!」(すみません、最近のアニメってこれしか知らなくて)のコスプレで、「うんたん、うんたん」なんて内容知らないと出てこないギャグなんですが・・・。
 このアニメ、日本以外では放映されていないし(先月放送終了)、DVDも出てないのに(7月末発売予定)、どうやって観たのかな〜(棒読み)って野暮なツッコミはおいといて、観察すると日本で目ぼしいアニメが放映されるとすぐ、世界各国語の字幕つき映像がアップされるんですよね・・。誰が翻訳してるんですかね?

 ここのところアニメ話ばっかりでなんですが、観察すると面白い上に謎がつきないんですよね〜。

195Sekko:2009/07/19(日) 19:05:49
女子高生
 こんなのいるよ、って次女が言ってました。次女も昔、日本でルーズソックスとか買ってましたね、仲間内コスプレ用に。し亜k氏、さすがに一般のフランス人からの認知度は低いというか、ないですよ。制服自体が基本的にないですからね。
 私も、日本の女子高生の超ミニスカートとかはマンガの世界だけのものかと思っていたら、日本で、実際に普通に町を歩いてるのを見て驚いたことがあります。信じられないです。自分がそういう時代に女子高生じゃなくてよかったし、そんな日本で娘たちがそういう格好をしてるのも信じられません。長女は、東欧の若い女性は自由化の反動ですごくセクシーな格好をしてる、パリでは考えられない、と言ってましたね。パリのリセの子のデフォルトは1968年以来ジーンズじゃないかな。

196迷える大羊:2009/07/20(月) 00:25:06
学校事情
 >一般のフランス人からの認知度は低いというか、ないですよ。

 そりゃそうでしょうね。日本人からみても特殊なカルチャーですし、あれは。日本でも新聞などでもたまに「あんなスカートいいの?」みたいな投書をみかけます。
 私なんかの高校時代、ツっぱっている、あるいはトンがっている女子高生のやるファッションは現在とは逆に極度に丈が長めのスカートをはくことで、教師や親も、むしろ長いスカートの方を警戒したり、目をつけてたりしましたね。

 私が思うに丈が短くなりだしたのは90年代くらいからじゃなかろうか、と。この時代からヤンキー(おわかりになるでしょうか?要するに80年代風不良とでもいいましょうか)が「ダサイ」ものとなり、その象徴だった長めのスカートが廃れだし短くなり出したような。あと長いのがダメなら短くすりゃあいいんだろ!みたいな十代の子らしい「反抗精神」もあったのかも。

 最初はトンがった子たちがやっていた制服に短めスカートも、いつの間にやら普通の子たちにも「普及」しちゃったみたいで・・。もちろん、苦々しく眺める親や教師もいるのでしょうが、十代のころってそういう「反抗」をカッコいい、と思う時期ですし、注意しても効果なくて、今やすっかり違和感がなく、お馴染みの風景になった、ってところでしょうか。

 あと、海外の学園もののマンガとかアニメに関するコメントを見ると、どうも「部活動」っていうのも日本特有のものなのかなぁ?と思ったりするのですが、どうなんでしょう?
 フランスの学校に相当するものはあるのでしょうか?

 日本の学校だと部活選びによって学校生活の楽しさとか意義がかなり変わってくるようなところがありますけど。

197迷える大羊:2009/07/20(月) 19:07:01
先輩後輩
 あと、日本の学園アニメを眺めて、あっち(フランスなどの人)が違和感あるのでは?と思ったのは、先輩後輩関係ですね。日本の学校ですと、年次が下の下級生は年次が上の上級生に対しては敬称で呼びかけ、基本的に敬語で話すのがお約束ですよね。もちろん、学校により、所属する部活動により厳密さの程度は異なりますが。フランスやヨーロッパの学校にこういう年次による上下関係ってあるんですか?

 これ、感覚が外国の人にはあまりよくわからないのかどうか、「〜SAN(さん)」「〜SENPAI(先輩)」って日本語そのまんまの字幕がついてたりします。
 「けいおん!」劇中でも、新入部員・下級生の子は主人公たちを「〜先輩」とか「〜さん」と呼んでますし、ギターの演奏技術は明らかにその下級生の方が上だけど、「先輩・上級生」である主人公の「顔を立てて」リードギターの座を譲り、サイドギターに回る、なんて場面があったりするけど、理解されたかな?これ、なんて思ったりしますが。

 学校だけではなく、こういう年次による先輩・後輩関係は企業に入ってもあるし、日本の企業社会で転職者がぶつかる面倒は、立場や経験を共有する「同期入社組、同年次」がおらず、社内での立場が定まらず、人間関係が築きにくい、というのもありますし。
 そもそも、学生の就職活動で「部活経験」が有利、とよくいわれるのはこういう「組織適応力」というか「人間関係力」を期待される部分が大きいわけですし。

 そういえば、日産自動車現社長はフランス人のカルロス・ゴーン氏ですけど、彼はこういう日本的人間関係とか人事みたいなものをどう思っているのか、興味深いですね。
 彼も日本では毎年4月1日に学校出たての若者を前に「え〜諸君らは新社会人として・・」なんてやってるんだろうか?なんて考えてしまいます。

 今までのご質問、お話の前後から察するに娘さんにいろいろおたずねになったみたいですね。娘さんたちに私からも「ありがとうございます」とお伝え下さいませ。

198Sekko:2009/07/21(火) 02:16:51
先輩とかは・・・
あまりないですね。少なくとも高校レベルまでは。部活も学校の教育活動としてはありません。ただ小学校などは水曜が休みでみな地域のスポーツクラブとか音楽院とかに行きます。公立のものは親の所得によって経費も変わり、教育費はそんなにかかりません。でも学校での音楽とか体育がばらばらなので、学校外で活動してる子としてない子の格差は開きますね。音楽院に行かない子は中学を出る時点でドレミも読めなかったり。
 そもそも、学年ごとに年齢差があるので、高校出るまでに5人に一人はどこかで落第してますし、逆に飛び級する子もいますから、中学最終学年のクラスにで13歳の子と18歳の子がいるって状況もあります。男の子で13歳と18歳っていったら、体格も体力も全然違うし、これでは当然、日本風の体育の授業とか部活とか、できませんしね。その代わり、その上のグランゼコール予備クラスとかグランゼコールとかのレベルになると、実年齢と関係なく「同期」のつながりは深くなります。大学も医学部だとかは、1年目終わりの選抜試験に合格したかどうかで同期のつながりが生まれますね。国立しかないので、その後も基本的にずーっと。サークル活動も始まり、グランゼコールなんかでは2年生が新入生を勧誘したりするのは日本と同じ光景です。免状社会なので、同じ新卒で同じ会社に入社しても、出身校によって初任給も差がついたりします。学部卒の2年目社員より、グランゼコール卒の新入社員の方が高給だったりもします。年齢も飛び級や落第をひきずったままですからばらばらですしね。
 ただ、日本風の塾もないし、教育社会主義みたいな国なので、その気になれば、教育費が限りなくゼロに近い状態でもエリート免状を得ることは可能です。実際はやはり親の学歴水準によって情報の差が出てきますが、少なくとも、イギリスみたいな感じではないです。

199迷える大羊:2009/07/21(火) 22:40:25
同期の桜
 いつも、お忙しい中、恐れ入ります。なるほど、日本みたいに、同年齢の人間のほぼ全員が横並びに進級・進学しないので、「先輩・後輩」関係が生じようがないわけですか。私自身は目上の人間に対しての礼儀云々は苦手なタチなので、フランス人がちょっとうらやましいですね。

>グランゼコール

 しかし、お話伺うとこれすごくないですか?日本の「学閥」、霞が関のキャリア云々なんて話が可愛く思えてくるような強烈なエリート集団なんじゃ?。あと、フランスの大学には国立しかない、というのも意外で、初めて知りました・・。

 今日も、「ルパン三世」のパロディを演じるイタリアのお兄さんの映像を見て大笑いしてました・・。

200迷える大羊:2009/08/10(月) 21:44:31
ピエール・ブール氏
 ってフランスで作家として著名なんですか?今頃、と思われるかもしれませんが、私、有名な映画「戦場にかける橋」「猿の惑星」の原作者がフランス人だったなんて最近知ったもので。

 どちらも英米人の原作とばっかり思ってました。「戦場にかける橋」はの泰面鉄道建設をめぐる日本軍と連合軍捕虜の話、「猿の惑星」は猿と人間の立場が逆転した惑星に不時着した主人公が「動物」としての扱いを受ける皮肉っぽい冒険談で、チャールトン・ヘストン主演で映画化されたものが有名。

 この方、第二次大戦中、ベトナムで1年半ほど日本軍の捕虜になったことがあり、そのころの体験が作品に影響しているようで。特に「猿の惑星」に出てくる猿たちは日本人のカリカチュア、との説が映画好き、SF好きの間には根強くあるのですが・・。
 私個人も彼の別のSF作品「カナシマ博士の月の庭園」における日本人の扱いをみると、さもありなん、と思ってしまいます。

 ちなみに「カナシマ博士の月の庭園」は米ソに先駆けて月到達に成功した日本人科学者「カナシマ博士」がシステムの欠陥で地球に帰還できず、月面でハラキリをして果てる、といった話ですが・・・。

201Sekko:2009/08/11(火) 02:59:04
Pierre Boulle
 知られてないと思います。映画は有名なんで、漠然とアメリカ物だと思われています。ただし、SF読者には知られています。(私もその一人です。)
 死後に遺稿が発見されたとかでそれが出版された時は少し話題になりました。アメリカではすごく人気だそうで、研究書も出てるとか、Xファイルにも影響を与えたそうです。近代SFの始祖的なジュール・ヴェルヌもフランス人だし、わりとSF的感性はあるのかも。ブールは、レジスタンスだったから収容所に入れられたんですよね。フランス軍の方は、ベトナムに日本がきた時はもうドイツ占領下のヴィシー政権だったから、日本と戦争状態ではなく、わりと平和的に共存してた時期があったと聞きました。ブールはレジスタンスだったから、戦後派手に表彰されましたが、当時すごくアングロサクソン的状況だったんでしょう。
 日本人差別があるかどうかは・・・少なくともこっちでは問題にされてないと思いますけど。私は彼の映画はどれもあまり好きじゃないです。

202迷える大羊:2009/08/11(火) 19:50:57
お相手ありがとうございます
 そうですか、ブール氏はさほど著名でもないんですね、フランスでは。そんな彼の作品がどうして米国の映画関係者の目にとまったのかは興味深いですね。

>日本人差別があるかどうかは・・・

 とはいうものの、ブール氏版「猿の惑星」の猿たちは人間の文明を模写することで、勢力を大きくし、いつの間にやら惑星の支配者となったって設定でして。かのヒトラーは「わが闘争」の中で日本人を「サルマネばかりの二流民族」としておりますが、これってそういった第二次大戦前後の欧米人の日本人への偏見そのまんまじゃ?って思ってしまいますねぇ。

 まあ、私個人はブール氏の小説より1968年のチャールトン・ヘストン主演のハリウッド映画「猿の惑星」の方がずっと面白い、と思いますが。

 でも、いつも思うのですが、ハリウッド映画って原作がフランスだろうが日本だろうが、必ず主人公はアメリカ人、舞台もアメリカにして映画化しますよね。(例「猿の惑星」「二キータ」→ハリウッド映画「アサシン」、「ハチ公物語」→ハリウッド映画「HACHI」etc)

 SFドラマ「スタートレック」にしても、遠未来で現在あるような国家主権は消滅し「地球連邦」が成立している世界の話ですが、地球側の戦艦の名は「エンタープライズ」みたいな英米風の名前ばっかり。かろうじてロシア風の「ポチョムキン」がある程度。

 日本のアニメ、例えば「キャンディ・キャンディ」みたいに主人公も舞台設定も欧米人・欧米ばっかりで自国人(日本人)が全く出てこない作品なんて珍しくないのと比べると対照的ですね。グローバル、世界を相手に、とはいうものの、ハリウッド映画っていうのも恐ろしく「内向き」な世界だな、と思うのは私だけでしょうか?

203あがるま:2009/08/14(金) 14:54:09
シュミット
話題の映画も殆ど知らないのですが
エリック=エマニュエル・シュミット(Éric-Emmanuel Schmitt, 1960年3月28日 リヨン 生まれ)は、この間『エゴイスト・クラブ』La Secte des égoïstes. 1996 を紹介して戴きましたが、『ピラトによる福音書』2000なんてのもありました。リヨンは聖書の登場人物で一番高潔だと云はれるポンティオ・ピラトが生まれて死んだと言はれて居る処ださうなので彼も子供の頃から親しんで居たのかも知れません。
Wikiを見るまでオペラや映画でも活躍してるとは知りませんでした。
≪“Le libertin”(放蕩者)映画版は舞台以上に全裸のオンパレードとなり、別の意味で話題となった。"Monsieur Ibrahim et les fleurs du Coran" 2004年にはオマー・シャリフ主演で映画化、2006年に撮影する書き下ろし台本による“Odette Toulemonde”では監督。≫

204Sekko:2009/08/14(金) 19:01:47
シュミット
 シュミットは、若い頃に砂漠で死にそうになった時に神秘体験をしたといっており、その辺が私の関心と重なります。ユダヤ、イスラム、キリスト教に関する3部作はうまいですし、10歳の小児癌の子供が死の10日前に「神さま」に書き続けた書簡体小説『 Oscar et la Dame rose 』(ダニエル・ダリューの独演劇にもなりました)も自分で監督して映画にしたそうで、年末公開予定で楽しみにしています。今のフランスには、一昔前の無神論者と違ってこういうヒューマンな不可知論者がいて、共感をそそります。ただ、エリカからは、彼のソリプシズムはKと関係ない浅薄なものだと言われましたが。(フランス語お読みでしたら、エリカの訳少し送りますよ。このサイトの読者の感想投稿部分にメールを下されば。その場合は自己紹介お願いします。)

205あがるま:2009/08/23(日) 12:43:19
譜めくりの女
は飛行機の中で見たことがあります。
あるピアニスト志望の女の子が、試験官の女性教師が携帯電話に気を取られて居たために入学試験に落第し、その後で彼女の家庭教師や譜めくりとして彼女の家庭にとつてなくてはならない人間になつたことまでは覚えて居ますが。最後はどうなつたのか、とにかく印象的でした。
楽譜めくりが演奏家にとつてそれほど重要だとは知らなかつたが、監督のデルクールは音楽家だつたのですね。
映画監督としてはO.シュレンドルフやC.ブレイヤくらいしか知らないのですが彼らはもう過去の人かも知れません。

206すずき:2009/08/31(月) 23:29:37
信仰のエクリチュールの御論考
お恥ずかしい限りで、こちらでお聞きして良いものかと思ったのですが、以前『ユリイカ』にお書きになられた「神、バルト、ロヨラ―信仰のエクリチュールをめぐって」という御論考は、既に御著書の中に、収録されているのでしょうか? もし、収録されていらっしゃるのであれば、その本の題名を教えて頂きたいのですが…。その御論とそれに関連する文章も読ませて頂きたいので、このような場所で失礼とは思うのですが、教えて頂けないでしょうか。

207あがるま:2009/09/01(火) 00:54:04
途中で失礼
http://www.dailymotion.com/video/x9t0f6_demain-des-laube-bandeannonce_shortfilms
に『早朝に』の予告編がありLaTurneuseも続いて出て来ました。
カトリーヌ・ブレイヤの映画論も見ることが出来ます。

208Sekko:2009/09/01(火) 01:53:16
すずきさんへ
 このご質問、何だか、私にとって、グッド・タイミングでした。多分もう15年くらい前の論考だと思うのですが、今これを拝見して、雑誌は見当たらなかったのですが、当時のフロッピーが出てきたので読んでみて驚きました。もちろん多少は覚えていましたが、今書いている無神論の系譜の本の一部とぴったり重なるからで、何だか私はずっと同じテーマを追いかけていたのだなあと思うと感慨深いです。で、この論考はユリイカ以外どこにも収録されていませんが、一部加筆修正して来年2月頃出る予定の『無神論の系譜』(中央公論新社)に再録します。そこには当然これに関連する話もたくさん出てきます。神秘主義と無神論の実はすごく近い関係についてももっと掘り下げたいですが。
 私は怠け者のくせに修行とか禁欲のハウツーものが好きで、この手の話は大好きなんです。本が出る頃になればまたブログでお知らせします。

209すずき:2009/09/01(火) 20:35:21
早速のお返事、ありがとうございました
『無神論の系譜』という御著書が出版されるとのことで、早速のお返事を頂き、ありがとうございました。良いタイミングだったとのことで、とても嬉しく思います。出版を楽しみにしております。私は、拙いながらも、「日本文学」の研究をしている者です。竹下さんが、戦後のフランスの「無神論」は、一神教からの解放を目指す知識人の「信仰告白」であったと述べられ、それに対し、戦後の日本の「無信仰」は、ポストモダンのモラル不在の状況とも関わるような、無知や無関心と同義であることが多いとのご指摘をされていたのを知り、関心を持ちました。日本の文化状況を鑑みながら、時折こちらのページを拝見させて頂きたいと思います。ありがとうございました。

210あがるま:2009/09/02(水) 13:50:06
蛇足
YouTubeで『譜めくりの女』を12回で見ることが出来ますが、主人公の女の子がスタージュに行く先はオンフレイと云ふ苗字の家でした。
去年一箇月くらい滞在したロワール河沿ひの町のB&Bの60歳ほどの(カメラマンだつたといふ)女主人はM.オンフレイの10枚ほどもある哲学史講義CDを持つて居て、毛沢東に憧れて居たさうです − どうやらかつての実存主義者の名残らしい。
ジョルジュ・パラントと云ふ名前を何処か聞いたことがあつても、何者か知らなかつたが日本語のサイトもあるさうですね。(ゴダールの映画に出て来たブリス・パランと混同してました)
無神論者ならCharles de Volnayなどもさうかも知れないし、ウィーンのF.マウトナーには『無神論の歴史』と云ふ3巻の大著もありました。

211あがるま:2009/09/03(木) 13:51:16
シャルル・ド・ヴォルネイではなく
Constantin-François Chassebœuf de La Giraudais, comte Volney, dit Volney, né le 3 février 1757[1] à Craon en Anjou et mort le 25 avril 1820 à Paris, est un philosophe et orientaliste français. Il est considéré comme le précurseur des ethnologues, anthropologues et sociologues du XXe siècle[réf. nécessaire].
ださうです。

212Sekko:2009/09/05(土) 07:54:06
あがるまさん
 いろいろ情報をありがとうございます。
 まあ、無神論について、百科時点にしても意味がないし、できないんで、今回はまず、情報を最低限入れて、編集の仕方でオピニオンを伝えるつもりです。
 これは多分今度の本で触れる暇はないですが、たとえば、日本の共産党が、昭和初期とかに一度も、天皇制について無神論的言辞を使っていないのは、「西洋の共産主義=無神論的言辞を弄した擬似宗教」として出発したのとは大分違うなあと感慨深いです。「神仏を信じなくなった」という人は、平安時代にもちゃんと記録があるのですが、神の存在証明がなんとかという発想はやはり、一神教とギリシャ・ローマ世界が出会ったところに生まれた独特の信仰の変種だなあと思います。今のヨーロッパのインテリ世界のデフォルトはアグノスチックであり、無神論は、アメリカでもなければもう意味をなさない感じなんですけど。
 日本の「神」は、アニミズム的な自然神が仏教などの影響で図像化されたものと、祖霊信仰が結びついたもので、そこに儒教も関わったので、神としての天皇制も、太陽神や豊穣神と連動した祖霊信仰の一種なので、「存在論」は問題にならないんでしょうか。既成権力の転覆や革命に神がいるとかいないとかいうのって、日本人的には、考えたらすごく不思議ですよね。でも、日本の近代の知識人は、近代西洋思想とセットになった無神論を輸入してるので、そこのところをあまり誰も追及してないみたいなんです。私の考えたいことは、多分、人間精神にとって「自由とは何か」ということです。

 あすから留守にしますので、ちょっとお休みします。

213あがるま:2009/09/07(月) 11:50:54
南北朝時代から
宗教情勢が変はつて来たやうです。
Sekkoさんで納得出来ないのは『超越(或いは聖)』と云ふ言葉の(恣意的な)使ひ方です。(中沢新一や網野善彦も同様ですが)
何か場所的topologicなオーラのことのやうですが、本来は対象(実体)は、最も普遍的なものは経験や言葉を超越するので、概念では把握出来ないし、勿論感覚的にもその対象に達することは出来ない(それが超越とか超越論的と云ふ意味ですから)、或いはモノは常にコトバを超越すると云ふものだと理解します。
R.アイスラーの《哲学辞典》http://www.textlog.de/woerterbuecher.htmlによれば
Die Transcendenz ist schließlich nur ein inadäquater Ausdruck für die Incongruenz zwischen dem tatsächlichen Inhalt und dem Ideal der Erkenntnis. (E.Koenig,Üb. d. letzt. Frag. d. Erk., Zeitschr. f. Philos. 103. Bd. S. 59.).
Nach RIEHL ist transcendental 《die Form der Einheit des Bewußtseins in Abstraction von ihrem Inhalte gedacht, sofern diese Form als die allgemeine, nicht bloß für mich geltende Bedingung erkannt wird, unter welcher die Vorstellung jedes Objects... stehen muß》 (Philos. Krit. II 2, 163)

地下鉄サリン事件で「もっと多く死んでいれば霊的磁場が変わっていたはず」
と中沢新一は言つたさうですが、Sekkoさんの『超越』もそれに近づく危険を持つて居るのではないか?
《聖なるもの》と云う本を書いたR.オットオは.ハウアーJakob Wilhelm Hauer (* 1881 †??1962 ) と云ふナチ時代の宗教運動と関係があつたさうですし
超越を整合的に理解しようとすれば(両者と関係のあつた)R.シュタイナーのやうに超感覚的な能力を前提しなくてはならないでせう − 人間の表象は(分散的な)概念と(統合的な)感覚しかないのですから

214あがるま:2009/10/22(木) 20:40:16
philosophia perennis
L.クリマ『瞬間と永遠性 − 哲学的間奏曲』E.アブラム訳を手に入れました。
哲学論文集ではなく、プラハの定期刊行物に掲載された文章です。
<『我は絶対である。即ち神的状態の中にある。これは思考の論理の帰結』。(162頁『哲学素描』)>(この命題Sが根本です。しかし彼によると論理と非論理は同じものなのでこれも真偽は分からない)
<私が実際に存在することが確実だ(といふ意識の事実)と同様、私は確実に不死(な神)である − 私は存在し、そして存在するであらう。何故なら永遠性は限界のない現在の他の何物でもない(141頁『不死』)>
<思考は真と偽の外側にある第三のもの。それが齎すのは、可能性の全体(物自体、カントのX)といふ些細なものである。『私は絶対遊戯者、つまり私は絶対である』(164頁『哲学素描』)>
EgoSolisme とかEgoDeismeと彼の云ふものが、何故『無神論』や『神秘主義』ではなく『哲学的自由論』なのか分かりませんが、SekkoさんやErikaさんは(例へばWikiに)彼の(数個しかなささうな)根本命題とその帰結を明晰に叙述出来るでせう。22.10.09

215あがるま:2009/10/24(土) 14:28:32
Je
遊戯概念の説明を抜かしました。(164頁)
Quelque chose avec quoi je peux faire CE QUE JE VEUX, une simple PLASMA, une matiere plastique mise a ma disposition, un JOUET. …..,La pensee SIVE tout est JEU SIVE Conmandement souverain. LE JEU SIVE MON JEU SEUL EXISTE. このテーゼを内部から眺め、その原初的な実在性から出現する命題がJe suis LUDENS absolu,c’est-a-dire JE SUIS ABSOLU.

216Sekko:2009/10/28(水) 01:52:15
分りにくいですね。
 クリマを読んでくださる方がいるのはそれだけで嬉しいです。
 しかし・・・こうして抜粋して下さったところを見ても・・・何か分りづらいですね。

 新訳(まだ出版されていない)では、

 Quoi donc ? Le sol s’est dérobé. Il n’y a d’autre conclusion que celle-ci : le tertium, c’est
n’importe quoi, quodlibet, Tout et Rien ; quelque chose avec quoi je peux faire ce que je
veux, ― un simple plasma, ― une bagatelle, ― un jouet. ― Le complément du Jouet,
c’est le Joueur ; la somme des deux donne le Jeu. La pensée sive tout est Jeu sive
Commandement souverain. Le Jeu sive Mon Jeu seul existe. Or, cette thèse(28), vue du
dedans, tout droit, dans sa réalité réelle, devient : Je suis Ludensk absolu, c’est-à-dire Je
suis Absolu.――

 (これを読んでる他の方々、これを日本語に訳せとかおっしゃらないでくださいね。)

となっています。註28は下記です。

28. Cette thèse ― dit d’abord le dernier état du brouillon ― est une victoire sur le scepticisme, sur
l’Abîme, sur l’Archinuit gangrenée qu’engendre l’esclavage ―


>EgoSolisme とかEgoDeismeと彼の云ふものが、何故『無神論』や『神秘主義』ではなく『哲学的自由論』なのか分かりませんが、SekkoさんやErikaさんは(例へばWikiに)彼の(数個しかなささうな)根本命題とその帰結を明晰に叙述出来るでせう

 カントの自由についての講義録を読んでいてちょっと連想したのです。やはりすごくキリスト教的だなあと思いますね。エリカはともかく私にはとてもクリマの根本命題を明晰に叙述というのは無理で、まあ、自分の関心に近い部分を嗅ぎ分けて試行のツールとして使えれば嬉しいです。エリカによれば、彼は話す相手の政治的やその他の体制的カテゴリー、あるいは自分の財政状態によって、かなり迎合的なことも書いているそうで、真の姿を捉まえるのは困難なのかもしれません。でもどきりとさせられます。あがるまさんの関心の中心や研究対象がどこにあるか分れば、クリマの何が役に立つかエリカに聞きますよ。

217あがるま:2009/10/28(水) 15:10:22
ludensは現在分詞ですから
遊戯者といふ名詞より、遊んで居る状態(例へばシャッターボタンの遊び)を表すのでせう − 主体、対象、働きが三位一体である志向性のやうなもの?
それが現象世界(或いは世界といふ現象)の実態で同時に認識主体とその対象の外部にある(思考の)可能性の全体だと云ふのなら、トマス(E.ジルソン)的な存在論的差異、存在(物)と存在させる力(神の働き)actus purusの区別を指して居るのかも知れません。
でもこれはキリスト教的といふより古代的ギリシア的分別(節度)だと思ひます。
遊戯の存在論ならE.フィンクやK.アクセロスが思ひ出されますが。

Sekkoさんの考へる『自由』が
<一般的な意味での自我的な「存在」と、非特異的な無との2極に拡散される間の微小な地点に「具体的特異的な私の存在」がある。>であるならば
非特異的な無とは具体的特異的な有(個体・実体)であり、両者を統合しながら対象を取込むのが自己意識であり、その基体Substance/Traeger/porteurは自我的な存在で、その媒介活動の微分的現在が自由だと言ふのと何処が違ふのか?

彼の思想はego cogitansから出発するドイツ観念論の変種であり、カント、ショペンハウアー或いはニーチェとどう変りがあるのか分かりません。少し現代的になつて居るとは思ひますが。28.10.09

218あがるま:2009/11/10(火) 00:22:50
こじつけ
ego ludensをego cogitansから区別するのは、遊戯と云ふ現象が意味も目的もない(志向も志向対象も持たない)自由な働きだといふことでせう。
『非特異的な無』が意識のことであり、『自由』とは意志(の自由)のことなら、その意識は思考のやうな明確な対象を持つ運動ではなく、痛み(メルロ・ポンティの幻影肢)や嘔吐(サルトル)や性的オルガスムのやうな共感覚synesthesia(coine aisthesis)であり遊戯とは中動相的な様相を類比的に表現する言葉なのでせう。

219あがるま:2009/11/10(火) 00:27:05
更にこじつけ
ポアンカレの弟子のエピステモロジストでウィーンの論理実証主義団やハイエクなどのモンペラン協会の会員でもあつたLouis Rougier(1989-1982)はペタン政府の有力者だつたために戦後追放されWikiの英語版には彼の哲学的業績が書いてあるのに仏語版には専ら政治的なことしか書かれてありません。
古代からの反キリスト教の聖書とも言へる、ケルススの『アレーテス・ロゴス』の仏訳をした彼も有力な無神論者に属しますね。
ルジエが法王レオ13世のencyclical Aeterna Patris (1879)に反対する800頁以上の大論文 − アリストテレス・トミズムはキリスト教信仰と両立しない − を1924年に発表し、それについてユリウス・エヴォラ1898-1974(R.シュタイナーやR.ゲノンに並ぶエソテリズムの大物ですが)が1924年に書いて居るのを知りました。
http://thompkins_cariou.tripod.com/id3.html
その結論部分でEvolaが書いて居ることはクリマと似て居ないでせうか?
God is this final self-manifestation : the act of the individual (or essence), and, in him, of all things, so that the individual can consider himself to be God in potentia. Not by a jump between two co-existents (Catholic dualism), but by continuity and progression of construction, one passes from one term to the other. Then, it can be said, like Meister Eckhart : all the creatures want their supreme perfection, all of them want the essential life, all of them move into my reason to become reason. I - the Unique - raise all the creatures from their consciousness to mine because they become unity in it. The individual must comprehend, according to the principle of cosmic responsibility, what it is that he does.

220:2009/11/30(月) 16:02:23
C'est vite pass
すごく、レベルの高い議論が続く中を、お許し下さい。
NHKラジオ「まいにちフランス語」の応用編にチャレンジし始めました。毎回、予習が大変ですが、今のところ頑張ってます。少しわからないことがございまして、ご回答いただければ、幸いです。お忙しいところをよろしく お願い申し上げます。
11月26日(木)放送分の本文の最後に、C'est vite passé!? があり、和訳が、「すぐに過ぎるよね。」となっております。ここの文は、内容的には未来のはずなのに、なぜ複合過去(だと思いましたが)で表現してあるのでしょうか。全文を載せます。
Clara : Tu prepares ton depart au Japon?
Raphael: Oui.? J'ai une foule de choses a faire.? Et il faut aussi que je prenne quelquew cours de japonais.

ラファエルの話は続きます。

  Je suis prêt à tous les sacrifices pour que mon rêve se réalise. L'unique problème, c'est que ma copine veut que je l'emmène avec moi. Elle ne veut pas rester sans moi. Mais il n'est pas question qu'on y aille ensemble, au Japon, car so séjour n'est pas pris en charge. D'un autre côté, j'ai peur qu'elle rencontre quelqu'un d'autre en mon absence. Oui, je sais, ça ne sert à rien de se soucier de ce qui pourrait arriver. Bon, et puis trois mois, c'est vite passé!

221Sekko:2009/11/30(月) 20:34:51
話し言葉
 確かに、文法的には「Ca sera vite passé 」とか、「 Ca serait vite passé」
となるべきところですが、話し言葉って、まあこんな感じですよ。

 私も、仏文法を習った者として、間接話法の時制とかがいつも頭にあり、私が不正確に話したら「文法を知らないから」だと思われるんじゃないか、って気になることがありますが、まあ、親しい人同士では、まず、問題にされないです。接続法反過去なんてどこの国のこと?って感じ。ただし、フランス人も、学校では習ってるので、言われると理解するし、もちろん少し正式な場所とか書き言葉とか古典なんかでは普通に出て来るのですが。

 近頃の口語で、私が分っていてもなかなか口に出ないのは、今までなら「Ne t'inquiète pas!」(心配しないで)というのを「T'inquiète! 」と肯定形で言う表現。こういうのは 「s'étonner」なんかも同じで、「びっくりしないよ」を「びっくりするよ」と言ったり、分っていても、私には抵抗があります。
 でも日本語でも「とんでもないこと」と「とんだこと」が同じ意味だったり、考え出すと分りませんよね。虚辞の「ne」というのがありますが、分析的論理的な意味でなく、全体の印象に引きずられる言葉ってひょっとしていろいろあるのかも。話し言葉だけでなくネット上のたとえばブログやこういう掲示板の言葉もそうで、私の日本語ブログをフランス語の自動翻訳機能で翻訳したという友人は、全く分らなかったと言ってました。略語、当て字何か普通ですからね。

 私は、外国人は、口語は、誤解しないくらいにある程度分ればいい、話す必要はないと思います。ちゃんとした言葉を話してないと、「イザという時」に教養の程度を誤解されたりするので。映画などの会話を理解するのは難しいでしょうが、ちゃんとした言葉で書かれた文をたくさん読んだ方が得るところは多いと思いますよ。言いたいことをきっちり話せれば、ちゃんとした人なら向こうがリスペクトして対応してくれるはずです。

222Sekko:2009/12/01(火) 07:49:45
さっきの補足
 この前の返事に、フランス語でEに右上がりアクサンを打ったものが全部消えてました。ssの後とか、sアポストロフィの後とか。適当に入れてください。
 後から考えたのですが、ここは、「Ca se passe vite」と語りの現在形と言われるものでも同じ意味です。
 フランスで日本語を教える時、日本語には現在形と未来形はなく、過去の他にatemporel という無時制があるという言い方がされます。
 フランス語の語りの現在形もこれに似てます。
 たとえば、ちょっと中座する時に「すぐ戻ります」と日本語で言うように、フランス語でも「Je reviens」と言えます。英語で未来形や現在進行形を使って、I’ll return とかI’m commingなんていう時、フランス人は現在形で訳すので、英語人は理解に苦しむのだと言ったフランス語の先生がいました。こういうところは、日本人は英語の文法にあてはめないで、日本語の語感を応用する方が、フランス語が理解しやすいかも、です。私はいつも日本語とフランス語は日本語と英語よりずっと相性がいいなあと感じてました。

223あがるま:2009/12/06(日) 16:37:52
古典語の時間に
印欧語には本来の未来形といふものはなく意志を表現する接続法や希求法から来ると聞きました(或いは逆?)。
未来形が出て来たら現代語では意志を表はす翻訳表現にした方がエレガントださうです。

224Sekko:2009/12/09(水) 19:28:24
日本語も
 フランス人に日本語を教える時は、atemporel の現在か(これは先に書いたようにフランス人には分りやすいのです)、あるいは「・・・でしょう」という)「推測、予測」形だと教えます。「明日は晴れるでしょう」というのがいつも例文でした。確かに未来のことは「過去から見た未来」という時間軸でない限り、意志や予測でしかないんですから、後は、一神教的な「神の視点」でも持ち出さない限り「未来形」って言うのは変ですね。ギリシャ語ラテン語と違って、ゲルマン語系の方が「未来」形が未来形としてわりと機械的に安定している感じがしますね。こういう言語の「癖」によって時間論とか存在論も変わってきそうですね。

225迷える大羊:2009/12/10(木) 23:33:21
日本のサブカルチャー
 最近、海外における日本のサブカルチャーに興味がわいていますが、私がいろいろ調べたり、知る限りでは東アジア圏を除いた、非アジア圏でもっとも日本製サブカルチャーを受け入れている国ってフランスなんじゃないのか?という気がすごくするのです。

 私が子供だった1970年代、今から30年以上前ですが、親に連れられてパリを旅したことがありますが、すでに永井豪氏原作の日本アニメ「UFOロボ グレンダイザー」がテレビ放映されていて、子供心に「あれぇ〜、ここフランスだよね?なんでこんなもんが??」とびっくりしたことがありますし、ジャパンエキスポの繁盛ぶりはヨーロッパ一ですし、日本式マンガを世界でもっとも早く受け入れた国でもあるようですし・・・。

 それにしても、どうしてアメリカでもドイツでもなく、フランスなんだろ?って疑問がどうしても湧いてきます。フランスって国のイメージそのものはすこぶる良いのですが、一方で日本とはかなりメンタリティが違いそうな、日本文化とは相性が悪そうなイメージもあったし、いつぞやSEKKO先生がおっしゃっておりましたように、フランス語帝国主義の国でしょ?そんなところでよくもまあ、という気がどうしてもします。

 ところで、日本製サブカルチャーというとアニメ・マンガばかりが取りざたされますが、最近では日本のガールズファッションも意外とウケているらしく、最近のジャパン・エキスポなど日本式サブカルチャー関係のイベント動員数アップに貢献しているらしいです。ただ、その日本式ガールズファッションの代表格っていうのがゴスロリ(ゴシック&ロリータ)というもので、大多数の日本人の主流から外れたものであるのがなんですが・・・。

 ちなみにゴスロリに関する説明はこれ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%82%B9%E3%83%AD%E3%83%AA

 ところで、ヨーロッパでもっとも日本製サブカルが好きな国はフランス、というのは過去の話となりつつあるらしく、こんな映像も・・。

http://www.youtube.com/watch?v=FwSFiclB0e0&amp;feature=player_embedded#

 まるっきり原宿のあの娘たちとやってることが同じ・・・。

http://www.youtube.com/watch?v=HSYR34g9yGM&amp;feature=player_embedded#

 道行くオジサン、オバサン、大人の怪訝な表情は日本もあちらも同じ・・。

 まあ、ウケてます、といっても所詮は「サブ」カルチャーですから、全体からすればごく一部なんでしょうけど、日本のサブカルチャーの力って意外と侮れないものがあるなぁって思いました。

226迷える大羊:2009/12/14(月) 00:45:55
ロココとは?
 先スレで話題に出しました、ゴシック・ロリータに絡んで・・。日本におけるゴスロリファッションの定着に貢献した映画に「下妻物語」(主人公のファッションはゴスロリ、というよりはロリータですが)という映画があり、主人公は18世紀フランスのロココ風文化にあこがれている、という設定になってます。映画の冒頭に、18世紀フランスのロココ文化についての説明がありまして、それによれば、超マジメなバロックに対し、派手で軽薄、淫らであまりのバカバカしさに評論家からこきおろされることも多く・・などといういわれてましたが、そうなんですか?

 ちなみに映画「下妻物語」の説明はこれです(ウィキペディア)。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E5%A6%BB%E7%89%A9%E8%AA%9E

 あと、その「下妻物語」の劇中にてロココ調の説明が出てくる部分です。

http://www.youtube.com/watch?v=P5iRzB4fCQE&amp;feature=related

 あと、この映画、ウィキペディアによれば海外でも上映されたらしいです。(タイトルは「KAMIKAZE Girls」ベタですねぇ)。フランスで、実写の邦画としては百館で上映と過去最高の上映数だった、とありますが本当ですか?
 日本人でないと笑えないギャグが多いのに、大丈夫かな、と思ってしまいます。ただ、この映画、ウィキペディアにもありますが、主人公の性格とか、話の進み方がどことなく、フランス映画の「アメリ」に似たところがあって、意外とフランス人と日本人って、笑いとか感動とかの面で感覚が似ている部分もあるのかな?と思ったりもしますが。

227Sekko:2009/12/16(水) 03:29:50
おもしろいですね
 動画、面白かったので、もう少しで続きを見るところでした。今暇がないのでまた今度にします。
 真面目なバロックに対して軽薄なロココ、というのは始めて聞きました。バロックの方が歪んだ真珠というくらいで悪趣味だと思われている場合があるからです。基本的に、フランスでは17,18世紀くらいにクラシックと呼ばれる形式が流行し、建築ではシンメトリー、安定、など静の面、音楽や舞踊では当然動きの面が協調されました。ロココは同じメンタリティの中の、装飾品やインテリアや宮廷絵画に花開いた表現ですね。ふりふりで装飾過多というイメージがもたれているみたいですが、フランスのバロックとロココに共通するのは「演出」性です。人工性、舞台装置的な感じ。すべて計算されつくした表現で、生き方も演劇性があったと思います。バロック音楽は一部のポリフォニー教会音楽や「古楽」という呼称のせいで、「まじめ」という誤解をする人がフランスでもいるんですけど、人口的な脳内楽園みたいな感じは、音楽でも際立っています。ロココは宮廷文化で軟弱で頽廃的ってところはあるんですが、音楽や舞踊や演劇や全体を通して見ると、なかなか興味深いですよ。

 今時の若い女の子のロリータ風というかロココ趣味って、確かに一部のフランス人の女の子にも見られますが、変にセクシーなファッションなんかよりましだと思います。バービー人形よりお姫様人形の方が、自然な好みかなあと思って。

 今フランスで大人気はキティちゃんで、大人(と言っても30代くらいまでですが)の女性でも夢中な人けっこういるので、プレゼントとかしやすくて楽です。

 フランス語帝国主義って言っても、フランス語訳とかフランス語化してればそれでフランスものだということになっちゃうんです。コミックの訳もはじめは左開きで左右反対のプリントだったりしたのが、今では、まったく日本版と同じで右開きでコマ割が進むのも多いです。フランスのBDと呼ばれるハードカバーのコミックも、アートとして成立していてなかなか別の味わいがありますけど。

228迷える大羊:2009/12/20(日) 19:03:30
マリーアントワネットも
 そうですか。別にバロックだからマジメ、ロココだから軽薄とは単純にいえないわけですか。そういう西洋文化方面にはとんと疎いもので。ところで、まったくどうでもいい話ですけど、ヨーロッパの歴史・文化風俗に詳しい日本人って女性が多いのはなぜでしょうね?SEKKO先生はじめ「ローマ人の物語」の塩野七生氏とか「ベルばら」の池田理代子氏とか・・。

 あと、あの動画をみて思いましたけど、主人公は18世紀のフランスに生まれたかったようですが、逆にかのマリー・アントワネットも18世紀のフランスじゃなくて21世紀の日本に生れておれば、ちょっと不思議ちゃんだけど可愛い人、おしゃれな人ですみ、意外と幸せな人生が歩めたんじゃないかなぁと思ったりして・・。
 マリー・アントワネットさんってちょっと空気が読めないところはあるにせよ、そんなに悪い人とは思えないもので・・。私

229迷える大羊:2009/12/30(水) 11:10:03
フランスにおける外国人参政権
 なぜか、新聞・TVではあまり報道されませんが、国会などで話題になっている事項に外国人地方参政権の問題があります。つまり、日本にある一定年数以上居住しているとか、永住権のある外国人には地方に限定して選挙権を与える、というもの。
 外国人、といっても実質的には韓国・台湾など旧植民地出身者対策ですね。今のところ、進歩系メディア、社民、共産、民主党上層部などが推進派、保守系メディア、自民の一部、民主の一部、国民新党などが反対、といった感じで賛否両論入り乱れている状況です。

 ところで、フランスといえば、かつて、あるいは現代も、アフリカ、ベトナムに植民地を抱え、こういった問題に関しては日本よりはるかに「先輩」と思われますが、永住外国人に対する参政権についてはどうなっているのでしょうか?

 具体的には、フランス国籍を取得せずにアルジェリアなりベトナムなりの国籍のまま、フランスの地方議会に対する選挙権を行使することは可能ですか?また、仮に可能として、その際の条件、たとえば、フランスでの居住年数とか、国籍(旧植民地出身者とかEU圏内の出身者に限るなどの)に関する規定にはどのようなものがあるのでしょうか?
 また、このような問題に関する世論の動向はどのようなものでしょうか?

 日本のマスメディアとか有識者っていうのは、左右問わず、何かというと「欧米では」と言いたがるのですが、実際のところ、自分の論調に都合のよい事実だけをつまみ食い的に取り上げる傾向が強いので、実際に(欧米諸国に)居住されている方に、実態を聞いてみたい、と思った次第です。

230Sekko:2010/01/13(水) 23:20:57
お返事遅れてすみません
 年末年始と忙しく、昨日やっとこの掲示板見る余裕ができました。

 結論としては、フランスでは、今のところ、外国人の居住者の参政権はありません。ただし、2重国籍OKの国ですから、ベトナムやアルジェリアなど旧植民地国出身で2重国籍持ってる人も多く、その人たちはもちろん大丈夫。16世紀(1515年らしいです)以来、基本的に出生地主義なので、フランスで生まれた日本人夫婦の子供でも国籍取得して投票する人います。
 本来、「フランス人」の権利でなく基本的人権というユニヴァーサルな人間の権利を革命で謳った国ですから、理念的には、すべての人に選挙権があるはずで、実際、1793年4月24日の憲法では21歳以上のすべての男(女は人間に入ってなかった)で、で共和国に1年以上住んでいて職があるか、私有している家があるか、妻がフランス人か子供がいるか、老人や養子を扶養しているかな人は参政権があるとされていますが、一度も施行されてません。
 社会党は外国人参政権OK派ですが、あのミッテランですら、「フランスはまだその準備ができてない」、と言いまして、ユニヴァーサリズムの適用は難しいですね。それでも理念は引っ込めてないのはフランスっぽいです。
 今年は地方選挙がありまして、社会党は、外国人参政権を掲げてます。このマニフェストは選挙の度に出てきまして、今まではそれが右派を分裂させるための効を奏してたのですが、今回は、保守陣営はそろってノーみたいです。
 左派は移民の多い都市を牛耳っている場合が多く、彼らが、未来の票田として移民を大事にするのはいいとしても、時として原理主義に迎合しているのは困ったものです。社会党の書記長のオーブリー女史はリールの市長で、一部のムスリムの圧力を反映して市民プールに女性専用時間帯を設けたりしてますから。

 でも、ユニヴァーサリズムを推し進めると、国境とか移民とか外国人の概念はなくなりますから、今の世界で政治的には適用不可能ということですね。でも、昔は不可能だった女性や子供の権利も今は多くの場所で認められているのだから、希望はなくしたくないです。それが唯一の、戦争や軍備がなくなる未来ですし。普遍宗教の多くは、理念としてはすべての人の救済を目指して、「国籍」は問わないですから、それに少し救われますが。
 ある国にいる「外国人」が、外国人としてのコミュニティの利益を守るというスタンスでのみ参政権を得るのであれば、ユニヴァーサリズムへの道はむしろ後退すると思います。ユニヴァーサルな視点なしの、分断的な「外国人参政権」は意味がないと思います。男女分断的なフェミニズムが不毛なように。

231迷える大羊:2010/01/15(金) 23:58:02
フランスも
 いろいろ議論が割れるのは日本と大して変わりませんね。日本の保守派も進歩派も互いに外国、特に欧米諸国の都合のよい(自説にとって)事実ばかりを紹介し、そうでない情報はスルーという姿勢は困ったものです。ただ、フランスの場合、二重国籍ありってことで実質的に外国人参政権は実現しているような気もしますね。
 ま、いろいろあるにせよ、フランスには、たとえそれが建前とか偽善ではあっても、普遍的な人間の権利を掲げる理念があり、それがきちんと選挙など、公の場で議論されることは、素直に褒めていいでしょうね。

 日本にはそんな利害損得抜きの「理念」らしきものがないですし、民主党もこの問題は結局マニフェストにせず、選挙では全く話題にしませんでしたし、そもそも肝心の選挙民に関心がまるでない。日本でも外国からの移民とか、参政権というのは他人事でもなんでもないし、結構重大な問題であるハズなんですが・・。

 まあ、テレビ・新聞が詳細をまるで報道しないのが一番の理由なんですが。
 理由はなんとなく想像がつきます。日本の場合、外国人参政権というと実質的な対象は韓国系、中国系住民ということになるわけで・・・。ある意味、日本の新聞とかテレビがもっとも深入りしたくない分野の一つ。
 これらの国々が絡むこととなると、一昔前までの拉致事件の扱いとか長野の聖火リレーでの騒動の扱いが典型的な例ですが、とたんに臭いものにはフタ、毒にも薬にもならない論説でお茶を濁し、面倒なことになりそうなことは「報道しない」姿勢がミエミエで、正直ウンザリします。

232なち:2010/03/17(水) 21:24:35
教えてください
今、飲食店ではたらいてるのですがキッチンがホールの人たちに料理なと品物を運んでもらうようお願いするときの言い方(呼びかけ)を教えてください。

233Sekko:2010/03/19(金) 07:56:46
それは・・
 フランスのということですね。
 普通にシルヴプレ+名前とかじゃだめなんですか。

 他の人がなんて言っているかを聞いてあわせればどうでしょう。
客に聞こえるのでなければいいまわしはあまり気にしなくてもいいのではないでしょうか。日本のレストランでなんて言っているかも私は知りません。

 「はい、何番、上がり」とか、お店によってちがうのでは?

 こういうべたな質問は避けてください。「こういう時にこう言ってみたがこう返された、どこが悪かったのか」とか、具体的になってから質問してください。その方が役に立てると思います。

234迷える大羊:2010/04/20(火) 23:01:53
ギリシャ危機
 栄あるEUの一員である、ギリシャの国家財政の粉飾決算が明るみに出て、実は破綻寸前であることが判明し、何やらすったもんだしていますが・・・。

 私にとって、興味深いのは周辺EU諸国、とりわけ実質的にEUの中心メンバーで、欧州きっての経済大国フランス、ドイツの反応です。
 「欧州は一つ」「欧州合衆国」の建前、理想、ユーロの信用維持の観点からすれば、四の五のいわず、即支援、のハズですが、フランスはわかりませんが、ドイツの反応を見る限り、どうもそうはなっていないようで・・。

http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=jp09_newsarchive&amp;sid=agcKOYtAfkG8

 記事の内容は以下のとおり

『ドイツ財務省は、ギリシャに金融支援を提供する場合、その是非をめぐり議会で投票が実施されるだろうとの見方を示した。ギリシャ支援反対派の議員との対立が生じる恐れがある。
 ドイツ財務省のオフェル報道官は14日、ベルリンで記者団に対し、ギリシャが支援を求めた場合、「財務省は議会に権限の承認を求める」と述べ、連邦下院は「当然、これを承認する必要があるだろう」と続けた。オフェル報道官は議会通過のプロセスがどの程度の時間を要するか具体的には言及しなかった。
 欧州連合(EU)はギリシャに300億ユーロの融資支援策を提示したが、このうちドイツの拠出分は84億ユーロとなっている。議会投票に基づく承認が必要となった場合、これまでの方向を180度転換することになる。(後略)』

 これですと、ドイツの支援開始の時間は大幅に遅れる、最悪、支援は行わないこともあり得るわけで、要するにやる気がない、としか読めません。
 まあ、考えてみれば、この世界的不況の最中、粉飾決算をやらかすようなドキュン国家になぜ我々の血税を?俺たちだって金が余っているわけじゃないやい!といった一般国民の反発は当然予想されるわけで、安直に支援の手は挙げられない事情はなんとなくわかるような・・。
 しかし、一方で先に挙げた「欧州は一つ」「欧州合衆国」の理想と夢があるわけだし、なにより、ギリシャ破綻はユーロの信用に関わりますし、一体どうするのか?どうなるのか?その顛末が非常に気になるところです。あと、ギリシャに続いて、ポルトガル、アイルランド、イタリア、スペインといった破綻予備軍が控えていたりしますし。(PIIGSなんてひどいあだ名をつけてますが・・)。

 確か、マーヒリスト条約ではEU加盟国は経済政策、財政政策はすべて足並みを揃えるよう(たとえば、財政赤字はGDP3%以内、とか)義務付けているようですが、抱えている事情も状況もバラバラな国々で本当にそんなことできるのか?かねてから個人的には疑問でした。
 マスメディアでやたらと絶賛されるユーロ、EUですが、好況時は確かに地域共通通貨の恩恵を思いっきり受けられますが、今のような不況時には逆効果じゃ?何より今回のギリシャのように「抜け駆け」をする国が現れるとたちどころに大混乱になるんじゃ?と意地悪く(すみません、天の邪鬼で性悪思想なんです、私)思っていたら、その通りになったんで却ってビックリです。
 ギリシャの場合、いっそEU辞めて、素直にIMF入りした方が害が少なく、解決も早いような気が個人的にはしますです。

 ところで、ユーロはともかく、EUの夢というか理想(一つの欧州、欧州合衆国)って一般市民レベルでどのくらい共有されているんですか?ギリシャ問題に関するフランスの反応ってどんなものなんですかね?あと、「普通」のフランス人って「私たちヨーロッパ人」って自覚はどのくらいあるものですかね?なんか、ギリシャ騒動を見る限り、理想の達成はまだまだ遠いな、と思ったりしますが・・。

235Sekko:2010/04/23(金) 19:13:14
ヨーロッパ
フランスの世論調査なんかでは、若い人ほどヨーロッパ・アイデンティティを持ってるようです。実際、大学間の交流とか割と盛んですし。でも一般的には旧共産圏とか、経済的にもかなり差のある国の人の方がヨーロッパ意識は強いし、フランスのようなもともと中華思想の強いところはフランス人意識の方が優越感と結びついているかも。本部のあるベルギーでさえ、同国内でフランス語とフラマン語の熾烈な戦いがあるように、歴史とか経済格差とかを背景にしたナショナリズムとの戦いは、一国内ですら容易でないのが現実ですよね。ジャック・ドロールは、IMF介入を嘆いてました。マストリヒトなどで、通貨統一ばかりを偏重し、義務の強制ばかりで互助を可能にする経済政策を軽視したことのツケが来たと言ってます。EUが政治的にも生命線である独仏はすぐにギリシャ救済に向かって動こうとしたようですが、根本的に無理がありすぎですね。エゴを捨てて連帯するという創立理念がどこまでナショナリズムやネオリベラリズムノ歯止めになり得るのか、それでも気になるところです。

236迷える大羊:2010/04/23(金) 21:55:02
地中海連合
 いつも、お世話になります。お忙しい中のお相手感謝、です。

 EU内の「内輪もめ」「抜け駆け」問題として、ギリシャの破綻騒ぎを挙げましたが、フランスも「前科」があるみたいで・・。2008年7月13日、パリでEU加盟国と地中海沿岸の合計43カ国の代表による「地中海の為の連合」(UPM)が開かれました。

 これって元々あのサルコジ大統領のブチあげていた構想で、当初は「地中海連合」。EU諸国に関してはフランス、イタリア、ギリシャなど文字通り地中海沿岸諸国限定、ドイツなど地中海沿岸ではない国は対象外だったらしいのですが・・・。

 ところがドイツのメルケル首相より「ヨーロッパを分断する気?何勝手なことしてんのよ」とのツッコミを入れられ、フランス主導にブレーキをかけ、EU諸国すべてを対象とした「地中海の為の連合」と、原語ではどうなっているのか知りませんが、なんだかよくわからない名称となった経緯があるみたいですね(ソース:「知らないと恥をかく世界の大問題」池上彰著 角川新書刊)

 創設の目的(タテマエ)は「地中海に面する国家間の安全保障、文化を促進すること」、となっておりますが・・。でも、地中海のアフリカ側はかつてのフランスの勢力圏内で資源も豊富、ナポレオンの夢よもう一度、といった本音、願望、野望がフランスに関しては門外漢の私にも透けて見えるような気がしますが、気のせいでしょうか?

 これまた、フランスではどういう受け取られ方をしているのでしょうね?「アナクロ」「時代錯誤」ととられているのか?それとも、建前どおりの「理想」が語られているのか?興味深い話ですが、日本ではほとんど報道されない話なので、こちらで話題とさせていただきました。

237Sekko:2010/04/25(日) 04:47:28
UPM
 EUと地中海沿岸諸国の連合の話はもう1995年くらいからあったんですよ。それを、サルコジが、大統領選のキャンペーンの時から地中海沿岸諸国だけ、って形で、まさに、地中海に海岸線を持たない他のEU国から抜け駆けしようとしたんです。一つには、シラクが前向きに検討するとか言っていたトルコのEU加盟に否定的なサルコジがトルコに代替案を提示したというのもあります。当選した時もこのことで大風呂敷を広げていましたし、当選した2007年の秋にモロッコでまた大演説をやったので、物議をかもしました。アルジェリアは、この連合でイスラエルの政策を承認することになるんではないかと懸念を示し、エジプトもトルコもとびつきませんでした。ドイツが怒ったのはとうぜんです。ナポレオンっていうより、ローマ帝国の版図再来って感じの誇大妄想に酔ってるイメージでしたが、どうせブレーンであるアンリ・ゲノのアイディアでしょう。

 まあ、前にEUレベルですでにEUブラス地中海って合意が存在していたという経緯がなかったのなら、このプランはフランスがドイツとは別にひとりでリーダー面できるなかなか優れものの構想だったと思いますが・・・

 地中海沿岸の平和というのは世界的に見てもすごくたいせつなのでうまくいってほしいです。でも、一方でヨーロッパという恩恵を受け利用しながら、一方で「リーダー・フランス」っていうスタンドプレイが通ると思ってたのなら単純すぎですよね。

238迷える大羊:2010/04/29(木) 22:19:44
ヨーロッパもいろいろ
 ありますね。まあ、普通の人間の集まりなんだから当たり前ですが。例のギリシャ危機については欧州きっての経済大国で実質的な支援の中心国たるドイツと当事者のギリシャでまるで話がかみ合ってないような・・・。

http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=jp09_newsarchive&amp;sid=aZWRUJ5o6IDM

『ドイツ財務相:対ギリシャ財政支援、否決の可能性もある−ビルト紙
 ドイツは、欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)によるギリシャ救済での資金拠出を拒否する可能性がある。同国のショイブレ財務相が25日、独紙ビルト日曜版(オンライン版)に対し語った。同財務相は、支援は機械的に承認されるものではないと述べた。
 同紙によれば、ショイブレ財務相は「EUとドイツ政府はどちらもまだ決定を下していない。こうした状況下で、決定は承認と否決のいずれに転ぶ可能性もある」と述べた。 』

 確か、EU単位での財政支援は全加盟国の賛成が必要だったんじゃ??しかし、当事国のギリシャはえらくポジティブシンキングらしく、これまたこんな記事が・・。

『ギリシャ財務相:ユーロ圏はいかなる代償払っても通貨守る

http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920000&amp;sid=aNi9.KFBPPXw
 ギリシャのパパコンスタンティヌ財務相は、ギリシャの財政危機に対する欧州の対応について、ユーロ圏諸国がユーロを守るために必要なあらゆる措置を取ることを示しているとの認識を明らかにした。
 同財務相はワシントンで国際通貨基金(IMF)と世界銀行との会合後に記者団に対し、「ユーロ圏諸国は共通通貨にコミットしており、いかなるコストを払ってもそれを守るだろう」と語った。
 (後略)』

>「ユーロ圏諸国は共通通貨にコミットしており、いかなるコストを払ってもそれを守るだろう」

 いや、あんたがそれいっちゃいかんでしょ、と思うのは私が日本人、大和民族だからでしょうか?ドイツにとってこのギリシャ問題は不快らしく、これまでの主要紙、閣僚の発言を総合してみる限り「助けて欲しけりゃ、やることやってよね!」ってこととなるわけで。また、「島の一つも叩き売って「誠意」を見せんかい!」とまるで、「ナニワ金融道(借金をテーマにした日本マンガ)」の世界のようなセリフを吐く国会議員までいる有様。

 結局、中途半端に「同胞」「身内」だから却って腹が立つ(あのバカのおかげで・・、といった感じで)といった面があるような気がします。むしろ、全くの「他人」である方が素直に支援できるような気がしないでも。

 これが、共通通貨でなく、国ごとの通貨であれば、ドラクマは暴落、通貨安となり輸入は苦しくなりますが、ギリシャ製品、サービス、ギリシャ旅行は外国人からすると激安となり売上増、国際競争力が増し(タイや韓国は通貨危機をそれで乗り切ったのですが)、少しは破綻のショックも和らごうというものですが、共通通貨ではそんなメカニズムも働かないし・・。

 また、ユーロ加盟国でなければ、ギリシャ政府は最悪の場合、中央銀行に国債を買い取らせ、金利を抑制することができますが、(インフレになりますが)ユーロ加盟国である今、金利調整の機能をECB(欧州中央銀行)に委譲してしまっておりそうもいかないし。

 元々、金融政策は全域共通、でも財政は国家単位、なんていうシステムに無理がありすぎるような。どうみても、ギリシャの場合、ユーロ、EUの一員であることが事態と立場を悪くしているような・・。

 結局、EUとかユーロといっても、その実態はドイツの経済力なのでは?理想とか建前は美しいけど、本音は一国単位ではアメリカやら中国、経済面に限れば日本にも対抗できないから、まとまったっていうのが実態じゃ?私的には、イスラム国ということで全体主義国でもなく独裁国家でもない、ヨーロッパとも関係も深いトルコを仲間外れにしてる時点で「なんだかなぁ」と思ったりもします。

 EUとかユーロに対して、我ながらやたらと意地悪くみてしまう私ですが、別に各々の国々に対する反感とか偏見は全然ありません。むしろ、好きな方ですけど、どうしてかな?と考えると、多分、何かというと外国はうまくやっている、それに比べ日本は、みたいな論調のマスメディアとか評論家にウンザリしてるせいかも、です。

 それにしても、ヨーロッパとか経済にうとい私でも思いつくような問題点ってEU結成の際に議論されなかったんでしょうか?その辺りが不思議でしょうがないんですが。なんだかんだいっても均質性(文化、体制、宗教などあらゆる意味で)高い国々の集団であるEUからしてこれですから、アジアなど他地域での地域統合はもっと難しいでしょうね。

239あがるま:2010/04/30(金) 09:22:15
adorerとplaire
他のヨーロッパ語ではドイツ語でもイタリア語でもスペイン語でもギリシア語でも『何かが誰かの気に入る』といふ言ひ方をするのに、何故フランス語だけがモノに対しても『愛する』などと云ふ言葉を使ふのでせうか?
それが不思議です。

240Sekko:2010/05/01(土) 05:04:24
plaire
??そうですね。今の日常会話の語感では、ブログに使ったアイスクリームの例で言えば、アイスクリーム一般の好き嫌いじゃなく、Cette glace me plait.=このアイスは悪くない。みたいに、ちょっと個別の判断プラス上から目線みたいな感じです。分別感があるかも。
「よろしければ」がシルヴプレというのも、下手(したで)に出てるんですものね。


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