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フランス語フランス文化質問箱

205あがるま:2009/08/23(日) 12:43:19
譜めくりの女
は飛行機の中で見たことがあります。
あるピアニスト志望の女の子が、試験官の女性教師が携帯電話に気を取られて居たために入学試験に落第し、その後で彼女の家庭教師や譜めくりとして彼女の家庭にとつてなくてはならない人間になつたことまでは覚えて居ますが。最後はどうなつたのか、とにかく印象的でした。
楽譜めくりが演奏家にとつてそれほど重要だとは知らなかつたが、監督のデルクールは音楽家だつたのですね。
映画監督としてはO.シュレンドルフやC.ブレイヤくらいしか知らないのですが彼らはもう過去の人かも知れません。

206すずき:2009/08/31(月) 23:29:37
信仰のエクリチュールの御論考
お恥ずかしい限りで、こちらでお聞きして良いものかと思ったのですが、以前『ユリイカ』にお書きになられた「神、バルト、ロヨラ―信仰のエクリチュールをめぐって」という御論考は、既に御著書の中に、収録されているのでしょうか? もし、収録されていらっしゃるのであれば、その本の題名を教えて頂きたいのですが…。その御論とそれに関連する文章も読ませて頂きたいので、このような場所で失礼とは思うのですが、教えて頂けないでしょうか。

207あがるま:2009/09/01(火) 00:54:04
途中で失礼
http://www.dailymotion.com/video/x9t0f6_demain-des-laube-bandeannonce_shortfilms
に『早朝に』の予告編がありLaTurneuseも続いて出て来ました。
カトリーヌ・ブレイヤの映画論も見ることが出来ます。

208Sekko:2009/09/01(火) 01:53:16
すずきさんへ
 このご質問、何だか、私にとって、グッド・タイミングでした。多分もう15年くらい前の論考だと思うのですが、今これを拝見して、雑誌は見当たらなかったのですが、当時のフロッピーが出てきたので読んでみて驚きました。もちろん多少は覚えていましたが、今書いている無神論の系譜の本の一部とぴったり重なるからで、何だか私はずっと同じテーマを追いかけていたのだなあと思うと感慨深いです。で、この論考はユリイカ以外どこにも収録されていませんが、一部加筆修正して来年2月頃出る予定の『無神論の系譜』(中央公論新社)に再録します。そこには当然これに関連する話もたくさん出てきます。神秘主義と無神論の実はすごく近い関係についてももっと掘り下げたいですが。
 私は怠け者のくせに修行とか禁欲のハウツーものが好きで、この手の話は大好きなんです。本が出る頃になればまたブログでお知らせします。

209すずき:2009/09/01(火) 20:35:21
早速のお返事、ありがとうございました
『無神論の系譜』という御著書が出版されるとのことで、早速のお返事を頂き、ありがとうございました。良いタイミングだったとのことで、とても嬉しく思います。出版を楽しみにしております。私は、拙いながらも、「日本文学」の研究をしている者です。竹下さんが、戦後のフランスの「無神論」は、一神教からの解放を目指す知識人の「信仰告白」であったと述べられ、それに対し、戦後の日本の「無信仰」は、ポストモダンのモラル不在の状況とも関わるような、無知や無関心と同義であることが多いとのご指摘をされていたのを知り、関心を持ちました。日本の文化状況を鑑みながら、時折こちらのページを拝見させて頂きたいと思います。ありがとうございました。

210あがるま:2009/09/02(水) 13:50:06
蛇足
YouTubeで『譜めくりの女』を12回で見ることが出来ますが、主人公の女の子がスタージュに行く先はオンフレイと云ふ苗字の家でした。
去年一箇月くらい滞在したロワール河沿ひの町のB&Bの60歳ほどの(カメラマンだつたといふ)女主人はM.オンフレイの10枚ほどもある哲学史講義CDを持つて居て、毛沢東に憧れて居たさうです − どうやらかつての実存主義者の名残らしい。
ジョルジュ・パラントと云ふ名前を何処か聞いたことがあつても、何者か知らなかつたが日本語のサイトもあるさうですね。(ゴダールの映画に出て来たブリス・パランと混同してました)
無神論者ならCharles de Volnayなどもさうかも知れないし、ウィーンのF.マウトナーには『無神論の歴史』と云ふ3巻の大著もありました。

211あがるま:2009/09/03(木) 13:51:16
シャルル・ド・ヴォルネイではなく
Constantin-François Chassebœuf de La Giraudais, comte Volney, dit Volney, né le 3 février 1757[1] à Craon en Anjou et mort le 25 avril 1820 à Paris, est un philosophe et orientaliste français. Il est considéré comme le précurseur des ethnologues, anthropologues et sociologues du XXe siècle[réf. nécessaire].
ださうです。

212Sekko:2009/09/05(土) 07:54:06
あがるまさん
 いろいろ情報をありがとうございます。
 まあ、無神論について、百科時点にしても意味がないし、できないんで、今回はまず、情報を最低限入れて、編集の仕方でオピニオンを伝えるつもりです。
 これは多分今度の本で触れる暇はないですが、たとえば、日本の共産党が、昭和初期とかに一度も、天皇制について無神論的言辞を使っていないのは、「西洋の共産主義=無神論的言辞を弄した擬似宗教」として出発したのとは大分違うなあと感慨深いです。「神仏を信じなくなった」という人は、平安時代にもちゃんと記録があるのですが、神の存在証明がなんとかという発想はやはり、一神教とギリシャ・ローマ世界が出会ったところに生まれた独特の信仰の変種だなあと思います。今のヨーロッパのインテリ世界のデフォルトはアグノスチックであり、無神論は、アメリカでもなければもう意味をなさない感じなんですけど。
 日本の「神」は、アニミズム的な自然神が仏教などの影響で図像化されたものと、祖霊信仰が結びついたもので、そこに儒教も関わったので、神としての天皇制も、太陽神や豊穣神と連動した祖霊信仰の一種なので、「存在論」は問題にならないんでしょうか。既成権力の転覆や革命に神がいるとかいないとかいうのって、日本人的には、考えたらすごく不思議ですよね。でも、日本の近代の知識人は、近代西洋思想とセットになった無神論を輸入してるので、そこのところをあまり誰も追及してないみたいなんです。私の考えたいことは、多分、人間精神にとって「自由とは何か」ということです。

 あすから留守にしますので、ちょっとお休みします。

213あがるま:2009/09/07(月) 11:50:54
南北朝時代から
宗教情勢が変はつて来たやうです。
Sekkoさんで納得出来ないのは『超越(或いは聖)』と云ふ言葉の(恣意的な)使ひ方です。(中沢新一や網野善彦も同様ですが)
何か場所的topologicなオーラのことのやうですが、本来は対象(実体)は、最も普遍的なものは経験や言葉を超越するので、概念では把握出来ないし、勿論感覚的にもその対象に達することは出来ない(それが超越とか超越論的と云ふ意味ですから)、或いはモノは常にコトバを超越すると云ふものだと理解します。
R.アイスラーの《哲学辞典》http://www.textlog.de/woerterbuecher.htmlによれば
Die Transcendenz ist schließlich nur ein inadäquater Ausdruck für die Incongruenz zwischen dem tatsächlichen Inhalt und dem Ideal der Erkenntnis. (E.Koenig,Üb. d. letzt. Frag. d. Erk., Zeitschr. f. Philos. 103. Bd. S. 59.).
Nach RIEHL ist transcendental 《die Form der Einheit des Bewußtseins in Abstraction von ihrem Inhalte gedacht, sofern diese Form als die allgemeine, nicht bloß für mich geltende Bedingung erkannt wird, unter welcher die Vorstellung jedes Objects... stehen muß》 (Philos. Krit. II 2, 163)

地下鉄サリン事件で「もっと多く死んでいれば霊的磁場が変わっていたはず」
と中沢新一は言つたさうですが、Sekkoさんの『超越』もそれに近づく危険を持つて居るのではないか?
《聖なるもの》と云う本を書いたR.オットオは.ハウアーJakob Wilhelm Hauer (* 1881 †??1962 ) と云ふナチ時代の宗教運動と関係があつたさうですし
超越を整合的に理解しようとすれば(両者と関係のあつた)R.シュタイナーのやうに超感覚的な能力を前提しなくてはならないでせう − 人間の表象は(分散的な)概念と(統合的な)感覚しかないのですから

214あがるま:2009/10/22(木) 20:40:16
philosophia perennis
L.クリマ『瞬間と永遠性 − 哲学的間奏曲』E.アブラム訳を手に入れました。
哲学論文集ではなく、プラハの定期刊行物に掲載された文章です。
<『我は絶対である。即ち神的状態の中にある。これは思考の論理の帰結』。(162頁『哲学素描』)>(この命題Sが根本です。しかし彼によると論理と非論理は同じものなのでこれも真偽は分からない)
<私が実際に存在することが確実だ(といふ意識の事実)と同様、私は確実に不死(な神)である − 私は存在し、そして存在するであらう。何故なら永遠性は限界のない現在の他の何物でもない(141頁『不死』)>
<思考は真と偽の外側にある第三のもの。それが齎すのは、可能性の全体(物自体、カントのX)といふ些細なものである。『私は絶対遊戯者、つまり私は絶対である』(164頁『哲学素描』)>
EgoSolisme とかEgoDeismeと彼の云ふものが、何故『無神論』や『神秘主義』ではなく『哲学的自由論』なのか分かりませんが、SekkoさんやErikaさんは(例へばWikiに)彼の(数個しかなささうな)根本命題とその帰結を明晰に叙述出来るでせう。22.10.09

215あがるま:2009/10/24(土) 14:28:32
Je
遊戯概念の説明を抜かしました。(164頁)
Quelque chose avec quoi je peux faire CE QUE JE VEUX, une simple PLASMA, une matiere plastique mise a ma disposition, un JOUET. …..,La pensee SIVE tout est JEU SIVE Conmandement souverain. LE JEU SIVE MON JEU SEUL EXISTE. このテーゼを内部から眺め、その原初的な実在性から出現する命題がJe suis LUDENS absolu,c’est-a-dire JE SUIS ABSOLU.

216Sekko:2009/10/28(水) 01:52:15
分りにくいですね。
 クリマを読んでくださる方がいるのはそれだけで嬉しいです。
 しかし・・・こうして抜粋して下さったところを見ても・・・何か分りづらいですね。

 新訳(まだ出版されていない)では、

 Quoi donc ? Le sol s’est dérobé. Il n’y a d’autre conclusion que celle-ci : le tertium, c’est
n’importe quoi, quodlibet, Tout et Rien ; quelque chose avec quoi je peux faire ce que je
veux, ― un simple plasma, ― une bagatelle, ― un jouet. ― Le complément du Jouet,
c’est le Joueur ; la somme des deux donne le Jeu. La pensée sive tout est Jeu sive
Commandement souverain. Le Jeu sive Mon Jeu seul existe. Or, cette thèse(28), vue du
dedans, tout droit, dans sa réalité réelle, devient : Je suis Ludensk absolu, c’est-à-dire Je
suis Absolu.――

 (これを読んでる他の方々、これを日本語に訳せとかおっしゃらないでくださいね。)

となっています。註28は下記です。

28. Cette thèse ― dit d’abord le dernier état du brouillon ― est une victoire sur le scepticisme, sur
l’Abîme, sur l’Archinuit gangrenée qu’engendre l’esclavage ―


>EgoSolisme とかEgoDeismeと彼の云ふものが、何故『無神論』や『神秘主義』ではなく『哲学的自由論』なのか分かりませんが、SekkoさんやErikaさんは(例へばWikiに)彼の(数個しかなささうな)根本命題とその帰結を明晰に叙述出来るでせう

 カントの自由についての講義録を読んでいてちょっと連想したのです。やはりすごくキリスト教的だなあと思いますね。エリカはともかく私にはとてもクリマの根本命題を明晰に叙述というのは無理で、まあ、自分の関心に近い部分を嗅ぎ分けて試行のツールとして使えれば嬉しいです。エリカによれば、彼は話す相手の政治的やその他の体制的カテゴリー、あるいは自分の財政状態によって、かなり迎合的なことも書いているそうで、真の姿を捉まえるのは困難なのかもしれません。でもどきりとさせられます。あがるまさんの関心の中心や研究対象がどこにあるか分れば、クリマの何が役に立つかエリカに聞きますよ。

217あがるま:2009/10/28(水) 15:10:22
ludensは現在分詞ですから
遊戯者といふ名詞より、遊んで居る状態(例へばシャッターボタンの遊び)を表すのでせう − 主体、対象、働きが三位一体である志向性のやうなもの?
それが現象世界(或いは世界といふ現象)の実態で同時に認識主体とその対象の外部にある(思考の)可能性の全体だと云ふのなら、トマス(E.ジルソン)的な存在論的差異、存在(物)と存在させる力(神の働き)actus purusの区別を指して居るのかも知れません。
でもこれはキリスト教的といふより古代的ギリシア的分別(節度)だと思ひます。
遊戯の存在論ならE.フィンクやK.アクセロスが思ひ出されますが。

Sekkoさんの考へる『自由』が
<一般的な意味での自我的な「存在」と、非特異的な無との2極に拡散される間の微小な地点に「具体的特異的な私の存在」がある。>であるならば
非特異的な無とは具体的特異的な有(個体・実体)であり、両者を統合しながら対象を取込むのが自己意識であり、その基体Substance/Traeger/porteurは自我的な存在で、その媒介活動の微分的現在が自由だと言ふのと何処が違ふのか?

彼の思想はego cogitansから出発するドイツ観念論の変種であり、カント、ショペンハウアー或いはニーチェとどう変りがあるのか分かりません。少し現代的になつて居るとは思ひますが。28.10.09

218あがるま:2009/11/10(火) 00:22:50
こじつけ
ego ludensをego cogitansから区別するのは、遊戯と云ふ現象が意味も目的もない(志向も志向対象も持たない)自由な働きだといふことでせう。
『非特異的な無』が意識のことであり、『自由』とは意志(の自由)のことなら、その意識は思考のやうな明確な対象を持つ運動ではなく、痛み(メルロ・ポンティの幻影肢)や嘔吐(サルトル)や性的オルガスムのやうな共感覚synesthesia(coine aisthesis)であり遊戯とは中動相的な様相を類比的に表現する言葉なのでせう。

219あがるま:2009/11/10(火) 00:27:05
更にこじつけ
ポアンカレの弟子のエピステモロジストでウィーンの論理実証主義団やハイエクなどのモンペラン協会の会員でもあつたLouis Rougier(1989-1982)はペタン政府の有力者だつたために戦後追放されWikiの英語版には彼の哲学的業績が書いてあるのに仏語版には専ら政治的なことしか書かれてありません。
古代からの反キリスト教の聖書とも言へる、ケルススの『アレーテス・ロゴス』の仏訳をした彼も有力な無神論者に属しますね。
ルジエが法王レオ13世のencyclical Aeterna Patris (1879)に反対する800頁以上の大論文 − アリストテレス・トミズムはキリスト教信仰と両立しない − を1924年に発表し、それについてユリウス・エヴォラ1898-1974(R.シュタイナーやR.ゲノンに並ぶエソテリズムの大物ですが)が1924年に書いて居るのを知りました。
http://thompkins_cariou.tripod.com/id3.html
その結論部分でEvolaが書いて居ることはクリマと似て居ないでせうか?
God is this final self-manifestation : the act of the individual (or essence), and, in him, of all things, so that the individual can consider himself to be God in potentia. Not by a jump between two co-existents (Catholic dualism), but by continuity and progression of construction, one passes from one term to the other. Then, it can be said, like Meister Eckhart : all the creatures want their supreme perfection, all of them want the essential life, all of them move into my reason to become reason. I - the Unique - raise all the creatures from their consciousness to mine because they become unity in it. The individual must comprehend, according to the principle of cosmic responsibility, what it is that he does.

220:2009/11/30(月) 16:02:23
C'est vite pass
すごく、レベルの高い議論が続く中を、お許し下さい。
NHKラジオ「まいにちフランス語」の応用編にチャレンジし始めました。毎回、予習が大変ですが、今のところ頑張ってます。少しわからないことがございまして、ご回答いただければ、幸いです。お忙しいところをよろしく お願い申し上げます。
11月26日(木)放送分の本文の最後に、C'est vite passé!? があり、和訳が、「すぐに過ぎるよね。」となっております。ここの文は、内容的には未来のはずなのに、なぜ複合過去(だと思いましたが)で表現してあるのでしょうか。全文を載せます。
Clara : Tu prepares ton depart au Japon?
Raphael: Oui.? J'ai une foule de choses a faire.? Et il faut aussi que je prenne quelquew cours de japonais.

ラファエルの話は続きます。

  Je suis prêt à tous les sacrifices pour que mon rêve se réalise. L'unique problème, c'est que ma copine veut que je l'emmène avec moi. Elle ne veut pas rester sans moi. Mais il n'est pas question qu'on y aille ensemble, au Japon, car so séjour n'est pas pris en charge. D'un autre côté, j'ai peur qu'elle rencontre quelqu'un d'autre en mon absence. Oui, je sais, ça ne sert à rien de se soucier de ce qui pourrait arriver. Bon, et puis trois mois, c'est vite passé!

221Sekko:2009/11/30(月) 20:34:51
話し言葉
 確かに、文法的には「Ca sera vite passé 」とか、「 Ca serait vite passé」
となるべきところですが、話し言葉って、まあこんな感じですよ。

 私も、仏文法を習った者として、間接話法の時制とかがいつも頭にあり、私が不正確に話したら「文法を知らないから」だと思われるんじゃないか、って気になることがありますが、まあ、親しい人同士では、まず、問題にされないです。接続法反過去なんてどこの国のこと?って感じ。ただし、フランス人も、学校では習ってるので、言われると理解するし、もちろん少し正式な場所とか書き言葉とか古典なんかでは普通に出て来るのですが。

 近頃の口語で、私が分っていてもなかなか口に出ないのは、今までなら「Ne t'inquiète pas!」(心配しないで)というのを「T'inquiète! 」と肯定形で言う表現。こういうのは 「s'étonner」なんかも同じで、「びっくりしないよ」を「びっくりするよ」と言ったり、分っていても、私には抵抗があります。
 でも日本語でも「とんでもないこと」と「とんだこと」が同じ意味だったり、考え出すと分りませんよね。虚辞の「ne」というのがありますが、分析的論理的な意味でなく、全体の印象に引きずられる言葉ってひょっとしていろいろあるのかも。話し言葉だけでなくネット上のたとえばブログやこういう掲示板の言葉もそうで、私の日本語ブログをフランス語の自動翻訳機能で翻訳したという友人は、全く分らなかったと言ってました。略語、当て字何か普通ですからね。

 私は、外国人は、口語は、誤解しないくらいにある程度分ればいい、話す必要はないと思います。ちゃんとした言葉を話してないと、「イザという時」に教養の程度を誤解されたりするので。映画などの会話を理解するのは難しいでしょうが、ちゃんとした言葉で書かれた文をたくさん読んだ方が得るところは多いと思いますよ。言いたいことをきっちり話せれば、ちゃんとした人なら向こうがリスペクトして対応してくれるはずです。

222Sekko:2009/12/01(火) 07:49:45
さっきの補足
 この前の返事に、フランス語でEに右上がりアクサンを打ったものが全部消えてました。ssの後とか、sアポストロフィの後とか。適当に入れてください。
 後から考えたのですが、ここは、「Ca se passe vite」と語りの現在形と言われるものでも同じ意味です。
 フランスで日本語を教える時、日本語には現在形と未来形はなく、過去の他にatemporel という無時制があるという言い方がされます。
 フランス語の語りの現在形もこれに似てます。
 たとえば、ちょっと中座する時に「すぐ戻ります」と日本語で言うように、フランス語でも「Je reviens」と言えます。英語で未来形や現在進行形を使って、I’ll return とかI’m commingなんていう時、フランス人は現在形で訳すので、英語人は理解に苦しむのだと言ったフランス語の先生がいました。こういうところは、日本人は英語の文法にあてはめないで、日本語の語感を応用する方が、フランス語が理解しやすいかも、です。私はいつも日本語とフランス語は日本語と英語よりずっと相性がいいなあと感じてました。

223あがるま:2009/12/06(日) 16:37:52
古典語の時間に
印欧語には本来の未来形といふものはなく意志を表現する接続法や希求法から来ると聞きました(或いは逆?)。
未来形が出て来たら現代語では意志を表はす翻訳表現にした方がエレガントださうです。

224Sekko:2009/12/09(水) 19:28:24
日本語も
 フランス人に日本語を教える時は、atemporel の現在か(これは先に書いたようにフランス人には分りやすいのです)、あるいは「・・・でしょう」という)「推測、予測」形だと教えます。「明日は晴れるでしょう」というのがいつも例文でした。確かに未来のことは「過去から見た未来」という時間軸でない限り、意志や予測でしかないんですから、後は、一神教的な「神の視点」でも持ち出さない限り「未来形」って言うのは変ですね。ギリシャ語ラテン語と違って、ゲルマン語系の方が「未来」形が未来形としてわりと機械的に安定している感じがしますね。こういう言語の「癖」によって時間論とか存在論も変わってきそうですね。

225迷える大羊:2009/12/10(木) 23:33:21
日本のサブカルチャー
 最近、海外における日本のサブカルチャーに興味がわいていますが、私がいろいろ調べたり、知る限りでは東アジア圏を除いた、非アジア圏でもっとも日本製サブカルチャーを受け入れている国ってフランスなんじゃないのか?という気がすごくするのです。

 私が子供だった1970年代、今から30年以上前ですが、親に連れられてパリを旅したことがありますが、すでに永井豪氏原作の日本アニメ「UFOロボ グレンダイザー」がテレビ放映されていて、子供心に「あれぇ〜、ここフランスだよね?なんでこんなもんが??」とびっくりしたことがありますし、ジャパンエキスポの繁盛ぶりはヨーロッパ一ですし、日本式マンガを世界でもっとも早く受け入れた国でもあるようですし・・・。

 それにしても、どうしてアメリカでもドイツでもなく、フランスなんだろ?って疑問がどうしても湧いてきます。フランスって国のイメージそのものはすこぶる良いのですが、一方で日本とはかなりメンタリティが違いそうな、日本文化とは相性が悪そうなイメージもあったし、いつぞやSEKKO先生がおっしゃっておりましたように、フランス語帝国主義の国でしょ?そんなところでよくもまあ、という気がどうしてもします。

 ところで、日本製サブカルチャーというとアニメ・マンガばかりが取りざたされますが、最近では日本のガールズファッションも意外とウケているらしく、最近のジャパン・エキスポなど日本式サブカルチャー関係のイベント動員数アップに貢献しているらしいです。ただ、その日本式ガールズファッションの代表格っていうのがゴスロリ(ゴシック&ロリータ)というもので、大多数の日本人の主流から外れたものであるのがなんですが・・・。

 ちなみにゴスロリに関する説明はこれ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%82%B9%E3%83%AD%E3%83%AA

 ところで、ヨーロッパでもっとも日本製サブカルが好きな国はフランス、というのは過去の話となりつつあるらしく、こんな映像も・・。

http://www.youtube.com/watch?v=FwSFiclB0e0&feature=player_embedded#

 まるっきり原宿のあの娘たちとやってることが同じ・・・。

http://www.youtube.com/watch?v=HSYR34g9yGM&feature=player_embedded#

 道行くオジサン、オバサン、大人の怪訝な表情は日本もあちらも同じ・・。

 まあ、ウケてます、といっても所詮は「サブ」カルチャーですから、全体からすればごく一部なんでしょうけど、日本のサブカルチャーの力って意外と侮れないものがあるなぁって思いました。

226迷える大羊:2009/12/14(月) 00:45:55
ロココとは?
 先スレで話題に出しました、ゴシック・ロリータに絡んで・・。日本におけるゴスロリファッションの定着に貢献した映画に「下妻物語」(主人公のファッションはゴスロリ、というよりはロリータですが)という映画があり、主人公は18世紀フランスのロココ風文化にあこがれている、という設定になってます。映画の冒頭に、18世紀フランスのロココ文化についての説明がありまして、それによれば、超マジメなバロックに対し、派手で軽薄、淫らであまりのバカバカしさに評論家からこきおろされることも多く・・などといういわれてましたが、そうなんですか?

 ちなみに映画「下妻物語」の説明はこれです(ウィキペディア)。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E5%A6%BB%E7%89%A9%E8%AA%9E

 あと、その「下妻物語」の劇中にてロココ調の説明が出てくる部分です。

http://www.youtube.com/watch?v=P5iRzB4fCQE&feature=related

 あと、この映画、ウィキペディアによれば海外でも上映されたらしいです。(タイトルは「KAMIKAZE Girls」ベタですねぇ)。フランスで、実写の邦画としては百館で上映と過去最高の上映数だった、とありますが本当ですか?
 日本人でないと笑えないギャグが多いのに、大丈夫かな、と思ってしまいます。ただ、この映画、ウィキペディアにもありますが、主人公の性格とか、話の進み方がどことなく、フランス映画の「アメリ」に似たところがあって、意外とフランス人と日本人って、笑いとか感動とかの面で感覚が似ている部分もあるのかな?と思ったりもしますが。

227Sekko:2009/12/16(水) 03:29:50
おもしろいですね
 動画、面白かったので、もう少しで続きを見るところでした。今暇がないのでまた今度にします。
 真面目なバロックに対して軽薄なロココ、というのは始めて聞きました。バロックの方が歪んだ真珠というくらいで悪趣味だと思われている場合があるからです。基本的に、フランスでは17,18世紀くらいにクラシックと呼ばれる形式が流行し、建築ではシンメトリー、安定、など静の面、音楽や舞踊では当然動きの面が協調されました。ロココは同じメンタリティの中の、装飾品やインテリアや宮廷絵画に花開いた表現ですね。ふりふりで装飾過多というイメージがもたれているみたいですが、フランスのバロックとロココに共通するのは「演出」性です。人工性、舞台装置的な感じ。すべて計算されつくした表現で、生き方も演劇性があったと思います。バロック音楽は一部のポリフォニー教会音楽や「古楽」という呼称のせいで、「まじめ」という誤解をする人がフランスでもいるんですけど、人口的な脳内楽園みたいな感じは、音楽でも際立っています。ロココは宮廷文化で軟弱で頽廃的ってところはあるんですが、音楽や舞踊や演劇や全体を通して見ると、なかなか興味深いですよ。

 今時の若い女の子のロリータ風というかロココ趣味って、確かに一部のフランス人の女の子にも見られますが、変にセクシーなファッションなんかよりましだと思います。バービー人形よりお姫様人形の方が、自然な好みかなあと思って。

 今フランスで大人気はキティちゃんで、大人(と言っても30代くらいまでですが)の女性でも夢中な人けっこういるので、プレゼントとかしやすくて楽です。

 フランス語帝国主義って言っても、フランス語訳とかフランス語化してればそれでフランスものだということになっちゃうんです。コミックの訳もはじめは左開きで左右反対のプリントだったりしたのが、今では、まったく日本版と同じで右開きでコマ割が進むのも多いです。フランスのBDと呼ばれるハードカバーのコミックも、アートとして成立していてなかなか別の味わいがありますけど。

228迷える大羊:2009/12/20(日) 19:03:30
マリーアントワネットも
 そうですか。別にバロックだからマジメ、ロココだから軽薄とは単純にいえないわけですか。そういう西洋文化方面にはとんと疎いもので。ところで、まったくどうでもいい話ですけど、ヨーロッパの歴史・文化風俗に詳しい日本人って女性が多いのはなぜでしょうね?SEKKO先生はじめ「ローマ人の物語」の塩野七生氏とか「ベルばら」の池田理代子氏とか・・。

 あと、あの動画をみて思いましたけど、主人公は18世紀のフランスに生まれたかったようですが、逆にかのマリー・アントワネットも18世紀のフランスじゃなくて21世紀の日本に生れておれば、ちょっと不思議ちゃんだけど可愛い人、おしゃれな人ですみ、意外と幸せな人生が歩めたんじゃないかなぁと思ったりして・・。
 マリー・アントワネットさんってちょっと空気が読めないところはあるにせよ、そんなに悪い人とは思えないもので・・。私

229迷える大羊:2009/12/30(水) 11:10:03
フランスにおける外国人参政権
 なぜか、新聞・TVではあまり報道されませんが、国会などで話題になっている事項に外国人地方参政権の問題があります。つまり、日本にある一定年数以上居住しているとか、永住権のある外国人には地方に限定して選挙権を与える、というもの。
 外国人、といっても実質的には韓国・台湾など旧植民地出身者対策ですね。今のところ、進歩系メディア、社民、共産、民主党上層部などが推進派、保守系メディア、自民の一部、民主の一部、国民新党などが反対、といった感じで賛否両論入り乱れている状況です。

 ところで、フランスといえば、かつて、あるいは現代も、アフリカ、ベトナムに植民地を抱え、こういった問題に関しては日本よりはるかに「先輩」と思われますが、永住外国人に対する参政権についてはどうなっているのでしょうか?

 具体的には、フランス国籍を取得せずにアルジェリアなりベトナムなりの国籍のまま、フランスの地方議会に対する選挙権を行使することは可能ですか?また、仮に可能として、その際の条件、たとえば、フランスでの居住年数とか、国籍(旧植民地出身者とかEU圏内の出身者に限るなどの)に関する規定にはどのようなものがあるのでしょうか?
 また、このような問題に関する世論の動向はどのようなものでしょうか?

 日本のマスメディアとか有識者っていうのは、左右問わず、何かというと「欧米では」と言いたがるのですが、実際のところ、自分の論調に都合のよい事実だけをつまみ食い的に取り上げる傾向が強いので、実際に(欧米諸国に)居住されている方に、実態を聞いてみたい、と思った次第です。

230Sekko:2010/01/13(水) 23:20:57
お返事遅れてすみません
 年末年始と忙しく、昨日やっとこの掲示板見る余裕ができました。

 結論としては、フランスでは、今のところ、外国人の居住者の参政権はありません。ただし、2重国籍OKの国ですから、ベトナムやアルジェリアなど旧植民地国出身で2重国籍持ってる人も多く、その人たちはもちろん大丈夫。16世紀(1515年らしいです)以来、基本的に出生地主義なので、フランスで生まれた日本人夫婦の子供でも国籍取得して投票する人います。
 本来、「フランス人」の権利でなく基本的人権というユニヴァーサルな人間の権利を革命で謳った国ですから、理念的には、すべての人に選挙権があるはずで、実際、1793年4月24日の憲法では21歳以上のすべての男(女は人間に入ってなかった)で、で共和国に1年以上住んでいて職があるか、私有している家があるか、妻がフランス人か子供がいるか、老人や養子を扶養しているかな人は参政権があるとされていますが、一度も施行されてません。
 社会党は外国人参政権OK派ですが、あのミッテランですら、「フランスはまだその準備ができてない」、と言いまして、ユニヴァーサリズムの適用は難しいですね。それでも理念は引っ込めてないのはフランスっぽいです。
 今年は地方選挙がありまして、社会党は、外国人参政権を掲げてます。このマニフェストは選挙の度に出てきまして、今まではそれが右派を分裂させるための効を奏してたのですが、今回は、保守陣営はそろってノーみたいです。
 左派は移民の多い都市を牛耳っている場合が多く、彼らが、未来の票田として移民を大事にするのはいいとしても、時として原理主義に迎合しているのは困ったものです。社会党の書記長のオーブリー女史はリールの市長で、一部のムスリムの圧力を反映して市民プールに女性専用時間帯を設けたりしてますから。

 でも、ユニヴァーサリズムを推し進めると、国境とか移民とか外国人の概念はなくなりますから、今の世界で政治的には適用不可能ということですね。でも、昔は不可能だった女性や子供の権利も今は多くの場所で認められているのだから、希望はなくしたくないです。それが唯一の、戦争や軍備がなくなる未来ですし。普遍宗教の多くは、理念としてはすべての人の救済を目指して、「国籍」は問わないですから、それに少し救われますが。
 ある国にいる「外国人」が、外国人としてのコミュニティの利益を守るというスタンスでのみ参政権を得るのであれば、ユニヴァーサリズムへの道はむしろ後退すると思います。ユニヴァーサルな視点なしの、分断的な「外国人参政権」は意味がないと思います。男女分断的なフェミニズムが不毛なように。

231迷える大羊:2010/01/15(金) 23:58:02
フランスも
 いろいろ議論が割れるのは日本と大して変わりませんね。日本の保守派も進歩派も互いに外国、特に欧米諸国の都合のよい(自説にとって)事実ばかりを紹介し、そうでない情報はスルーという姿勢は困ったものです。ただ、フランスの場合、二重国籍ありってことで実質的に外国人参政権は実現しているような気もしますね。
 ま、いろいろあるにせよ、フランスには、たとえそれが建前とか偽善ではあっても、普遍的な人間の権利を掲げる理念があり、それがきちんと選挙など、公の場で議論されることは、素直に褒めていいでしょうね。

 日本にはそんな利害損得抜きの「理念」らしきものがないですし、民主党もこの問題は結局マニフェストにせず、選挙では全く話題にしませんでしたし、そもそも肝心の選挙民に関心がまるでない。日本でも外国からの移民とか、参政権というのは他人事でもなんでもないし、結構重大な問題であるハズなんですが・・。

 まあ、テレビ・新聞が詳細をまるで報道しないのが一番の理由なんですが。
 理由はなんとなく想像がつきます。日本の場合、外国人参政権というと実質的な対象は韓国系、中国系住民ということになるわけで・・・。ある意味、日本の新聞とかテレビがもっとも深入りしたくない分野の一つ。
 これらの国々が絡むこととなると、一昔前までの拉致事件の扱いとか長野の聖火リレーでの騒動の扱いが典型的な例ですが、とたんに臭いものにはフタ、毒にも薬にもならない論説でお茶を濁し、面倒なことになりそうなことは「報道しない」姿勢がミエミエで、正直ウンザリします。

232なち:2010/03/17(水) 21:24:35
教えてください
今、飲食店ではたらいてるのですがキッチンがホールの人たちに料理なと品物を運んでもらうようお願いするときの言い方(呼びかけ)を教えてください。

233Sekko:2010/03/19(金) 07:56:46
それは・・
 フランスのということですね。
 普通にシルヴプレ+名前とかじゃだめなんですか。

 他の人がなんて言っているかを聞いてあわせればどうでしょう。
客に聞こえるのでなければいいまわしはあまり気にしなくてもいいのではないでしょうか。日本のレストランでなんて言っているかも私は知りません。

 「はい、何番、上がり」とか、お店によってちがうのでは?

 こういうべたな質問は避けてください。「こういう時にこう言ってみたがこう返された、どこが悪かったのか」とか、具体的になってから質問してください。その方が役に立てると思います。

234迷える大羊:2010/04/20(火) 23:01:53
ギリシャ危機
 栄あるEUの一員である、ギリシャの国家財政の粉飾決算が明るみに出て、実は破綻寸前であることが判明し、何やらすったもんだしていますが・・・。

 私にとって、興味深いのは周辺EU諸国、とりわけ実質的にEUの中心メンバーで、欧州きっての経済大国フランス、ドイツの反応です。
 「欧州は一つ」「欧州合衆国」の建前、理想、ユーロの信用維持の観点からすれば、四の五のいわず、即支援、のハズですが、フランスはわかりませんが、ドイツの反応を見る限り、どうもそうはなっていないようで・・。

http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=jp09_newsarchive&sid=agcKOYtAfkG8

 記事の内容は以下のとおり

『ドイツ財務省は、ギリシャに金融支援を提供する場合、その是非をめぐり議会で投票が実施されるだろうとの見方を示した。ギリシャ支援反対派の議員との対立が生じる恐れがある。
 ドイツ財務省のオフェル報道官は14日、ベルリンで記者団に対し、ギリシャが支援を求めた場合、「財務省は議会に権限の承認を求める」と述べ、連邦下院は「当然、これを承認する必要があるだろう」と続けた。オフェル報道官は議会通過のプロセスがどの程度の時間を要するか具体的には言及しなかった。
 欧州連合(EU)はギリシャに300億ユーロの融資支援策を提示したが、このうちドイツの拠出分は84億ユーロとなっている。議会投票に基づく承認が必要となった場合、これまでの方向を180度転換することになる。(後略)』

 これですと、ドイツの支援開始の時間は大幅に遅れる、最悪、支援は行わないこともあり得るわけで、要するにやる気がない、としか読めません。
 まあ、考えてみれば、この世界的不況の最中、粉飾決算をやらかすようなドキュン国家になぜ我々の血税を?俺たちだって金が余っているわけじゃないやい!といった一般国民の反発は当然予想されるわけで、安直に支援の手は挙げられない事情はなんとなくわかるような・・。
 しかし、一方で先に挙げた「欧州は一つ」「欧州合衆国」の理想と夢があるわけだし、なにより、ギリシャ破綻はユーロの信用に関わりますし、一体どうするのか?どうなるのか?その顛末が非常に気になるところです。あと、ギリシャに続いて、ポルトガル、アイルランド、イタリア、スペインといった破綻予備軍が控えていたりしますし。(PIIGSなんてひどいあだ名をつけてますが・・)。

 確か、マーヒリスト条約ではEU加盟国は経済政策、財政政策はすべて足並みを揃えるよう(たとえば、財政赤字はGDP3%以内、とか)義務付けているようですが、抱えている事情も状況もバラバラな国々で本当にそんなことできるのか?かねてから個人的には疑問でした。
 マスメディアでやたらと絶賛されるユーロ、EUですが、好況時は確かに地域共通通貨の恩恵を思いっきり受けられますが、今のような不況時には逆効果じゃ?何より今回のギリシャのように「抜け駆け」をする国が現れるとたちどころに大混乱になるんじゃ?と意地悪く(すみません、天の邪鬼で性悪思想なんです、私)思っていたら、その通りになったんで却ってビックリです。
 ギリシャの場合、いっそEU辞めて、素直にIMF入りした方が害が少なく、解決も早いような気が個人的にはしますです。

 ところで、ユーロはともかく、EUの夢というか理想(一つの欧州、欧州合衆国)って一般市民レベルでどのくらい共有されているんですか?ギリシャ問題に関するフランスの反応ってどんなものなんですかね?あと、「普通」のフランス人って「私たちヨーロッパ人」って自覚はどのくらいあるものですかね?なんか、ギリシャ騒動を見る限り、理想の達成はまだまだ遠いな、と思ったりしますが・・。

235Sekko:2010/04/23(金) 19:13:14
ヨーロッパ
フランスの世論調査なんかでは、若い人ほどヨーロッパ・アイデンティティを持ってるようです。実際、大学間の交流とか割と盛んですし。でも一般的には旧共産圏とか、経済的にもかなり差のある国の人の方がヨーロッパ意識は強いし、フランスのようなもともと中華思想の強いところはフランス人意識の方が優越感と結びついているかも。本部のあるベルギーでさえ、同国内でフランス語とフラマン語の熾烈な戦いがあるように、歴史とか経済格差とかを背景にしたナショナリズムとの戦いは、一国内ですら容易でないのが現実ですよね。ジャック・ドロールは、IMF介入を嘆いてました。マストリヒトなどで、通貨統一ばかりを偏重し、義務の強制ばかりで互助を可能にする経済政策を軽視したことのツケが来たと言ってます。EUが政治的にも生命線である独仏はすぐにギリシャ救済に向かって動こうとしたようですが、根本的に無理がありすぎですね。エゴを捨てて連帯するという創立理念がどこまでナショナリズムやネオリベラリズムノ歯止めになり得るのか、それでも気になるところです。

236迷える大羊:2010/04/23(金) 21:55:02
地中海連合
 いつも、お世話になります。お忙しい中のお相手感謝、です。

 EU内の「内輪もめ」「抜け駆け」問題として、ギリシャの破綻騒ぎを挙げましたが、フランスも「前科」があるみたいで・・。2008年7月13日、パリでEU加盟国と地中海沿岸の合計43カ国の代表による「地中海の為の連合」(UPM)が開かれました。

 これって元々あのサルコジ大統領のブチあげていた構想で、当初は「地中海連合」。EU諸国に関してはフランス、イタリア、ギリシャなど文字通り地中海沿岸諸国限定、ドイツなど地中海沿岸ではない国は対象外だったらしいのですが・・・。

 ところがドイツのメルケル首相より「ヨーロッパを分断する気?何勝手なことしてんのよ」とのツッコミを入れられ、フランス主導にブレーキをかけ、EU諸国すべてを対象とした「地中海の為の連合」と、原語ではどうなっているのか知りませんが、なんだかよくわからない名称となった経緯があるみたいですね(ソース:「知らないと恥をかく世界の大問題」池上彰著 角川新書刊)

 創設の目的(タテマエ)は「地中海に面する国家間の安全保障、文化を促進すること」、となっておりますが・・。でも、地中海のアフリカ側はかつてのフランスの勢力圏内で資源も豊富、ナポレオンの夢よもう一度、といった本音、願望、野望がフランスに関しては門外漢の私にも透けて見えるような気がしますが、気のせいでしょうか?

 これまた、フランスではどういう受け取られ方をしているのでしょうね?「アナクロ」「時代錯誤」ととられているのか?それとも、建前どおりの「理想」が語られているのか?興味深い話ですが、日本ではほとんど報道されない話なので、こちらで話題とさせていただきました。

237Sekko:2010/04/25(日) 04:47:28
UPM
 EUと地中海沿岸諸国の連合の話はもう1995年くらいからあったんですよ。それを、サルコジが、大統領選のキャンペーンの時から地中海沿岸諸国だけ、って形で、まさに、地中海に海岸線を持たない他のEU国から抜け駆けしようとしたんです。一つには、シラクが前向きに検討するとか言っていたトルコのEU加盟に否定的なサルコジがトルコに代替案を提示したというのもあります。当選した時もこのことで大風呂敷を広げていましたし、当選した2007年の秋にモロッコでまた大演説をやったので、物議をかもしました。アルジェリアは、この連合でイスラエルの政策を承認することになるんではないかと懸念を示し、エジプトもトルコもとびつきませんでした。ドイツが怒ったのはとうぜんです。ナポレオンっていうより、ローマ帝国の版図再来って感じの誇大妄想に酔ってるイメージでしたが、どうせブレーンであるアンリ・ゲノのアイディアでしょう。

 まあ、前にEUレベルですでにEUブラス地中海って合意が存在していたという経緯がなかったのなら、このプランはフランスがドイツとは別にひとりでリーダー面できるなかなか優れものの構想だったと思いますが・・・

 地中海沿岸の平和というのは世界的に見てもすごくたいせつなのでうまくいってほしいです。でも、一方でヨーロッパという恩恵を受け利用しながら、一方で「リーダー・フランス」っていうスタンドプレイが通ると思ってたのなら単純すぎですよね。

238迷える大羊:2010/04/29(木) 22:19:44
ヨーロッパもいろいろ
 ありますね。まあ、普通の人間の集まりなんだから当たり前ですが。例のギリシャ危機については欧州きっての経済大国で実質的な支援の中心国たるドイツと当事者のギリシャでまるで話がかみ合ってないような・・・。

http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=jp09_newsarchive&sid=aZWRUJ5o6IDM

『ドイツ財務相:対ギリシャ財政支援、否決の可能性もある−ビルト紙
 ドイツは、欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)によるギリシャ救済での資金拠出を拒否する可能性がある。同国のショイブレ財務相が25日、独紙ビルト日曜版(オンライン版)に対し語った。同財務相は、支援は機械的に承認されるものではないと述べた。
 同紙によれば、ショイブレ財務相は「EUとドイツ政府はどちらもまだ決定を下していない。こうした状況下で、決定は承認と否決のいずれに転ぶ可能性もある」と述べた。 』

 確か、EU単位での財政支援は全加盟国の賛成が必要だったんじゃ??しかし、当事国のギリシャはえらくポジティブシンキングらしく、これまたこんな記事が・・。

『ギリシャ財務相:ユーロ圏はいかなる代償払っても通貨守る

http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920000&sid=aNi9.KFBPPXw
 ギリシャのパパコンスタンティヌ財務相は、ギリシャの財政危機に対する欧州の対応について、ユーロ圏諸国がユーロを守るために必要なあらゆる措置を取ることを示しているとの認識を明らかにした。
 同財務相はワシントンで国際通貨基金(IMF)と世界銀行との会合後に記者団に対し、「ユーロ圏諸国は共通通貨にコミットしており、いかなるコストを払ってもそれを守るだろう」と語った。
 (後略)』

>「ユーロ圏諸国は共通通貨にコミットしており、いかなるコストを払ってもそれを守るだろう」

 いや、あんたがそれいっちゃいかんでしょ、と思うのは私が日本人、大和民族だからでしょうか?ドイツにとってこのギリシャ問題は不快らしく、これまでの主要紙、閣僚の発言を総合してみる限り「助けて欲しけりゃ、やることやってよね!」ってこととなるわけで。また、「島の一つも叩き売って「誠意」を見せんかい!」とまるで、「ナニワ金融道(借金をテーマにした日本マンガ)」の世界のようなセリフを吐く国会議員までいる有様。

 結局、中途半端に「同胞」「身内」だから却って腹が立つ(あのバカのおかげで・・、といった感じで)といった面があるような気がします。むしろ、全くの「他人」である方が素直に支援できるような気がしないでも。

 これが、共通通貨でなく、国ごとの通貨であれば、ドラクマは暴落、通貨安となり輸入は苦しくなりますが、ギリシャ製品、サービス、ギリシャ旅行は外国人からすると激安となり売上増、国際競争力が増し(タイや韓国は通貨危機をそれで乗り切ったのですが)、少しは破綻のショックも和らごうというものですが、共通通貨ではそんなメカニズムも働かないし・・。

 また、ユーロ加盟国でなければ、ギリシャ政府は最悪の場合、中央銀行に国債を買い取らせ、金利を抑制することができますが、(インフレになりますが)ユーロ加盟国である今、金利調整の機能をECB(欧州中央銀行)に委譲してしまっておりそうもいかないし。

 元々、金融政策は全域共通、でも財政は国家単位、なんていうシステムに無理がありすぎるような。どうみても、ギリシャの場合、ユーロ、EUの一員であることが事態と立場を悪くしているような・・。

 結局、EUとかユーロといっても、その実態はドイツの経済力なのでは?理想とか建前は美しいけど、本音は一国単位ではアメリカやら中国、経済面に限れば日本にも対抗できないから、まとまったっていうのが実態じゃ?私的には、イスラム国ということで全体主義国でもなく独裁国家でもない、ヨーロッパとも関係も深いトルコを仲間外れにしてる時点で「なんだかなぁ」と思ったりもします。

 EUとかユーロに対して、我ながらやたらと意地悪くみてしまう私ですが、別に各々の国々に対する反感とか偏見は全然ありません。むしろ、好きな方ですけど、どうしてかな?と考えると、多分、何かというと外国はうまくやっている、それに比べ日本は、みたいな論調のマスメディアとか評論家にウンザリしてるせいかも、です。

 それにしても、ヨーロッパとか経済にうとい私でも思いつくような問題点ってEU結成の際に議論されなかったんでしょうか?その辺りが不思議でしょうがないんですが。なんだかんだいっても均質性(文化、体制、宗教などあらゆる意味で)高い国々の集団であるEUからしてこれですから、アジアなど他地域での地域統合はもっと難しいでしょうね。

239あがるま:2010/04/30(金) 09:22:15
adorerとplaire
他のヨーロッパ語ではドイツ語でもイタリア語でもスペイン語でもギリシア語でも『何かが誰かの気に入る』といふ言ひ方をするのに、何故フランス語だけがモノに対しても『愛する』などと云ふ言葉を使ふのでせうか?
それが不思議です。

240Sekko:2010/05/01(土) 05:04:24
plaire
??そうですね。今の日常会話の語感では、ブログに使ったアイスクリームの例で言えば、アイスクリーム一般の好き嫌いじゃなく、Cette glace me plait.=このアイスは悪くない。みたいに、ちょっと個別の判断プラス上から目線みたいな感じです。分別感があるかも。
「よろしければ」がシルヴプレというのも、下手(したで)に出てるんですものね。

241あがるま:2010/05/01(土) 10:39:51
parlez-vous franglais?
今まで(強ひて)同じだと思つて居たフランス語のonとドイツ語のmanとはどうも全く違ふものらしい − 後者ではesを主語にした受動形と同じ意味なのに前者ではさうならないから。
同様に,フランス語の代名動詞も受身の意味もあるイタリア語やスペイン語とも違ふらしい − si(se) diceはse ditとは意味も違つて来るらしいから。

大分前にサルトルがrealiserと言ふフランス語に英語の実感するrealizeの意味を持たせたとエチアンブルが非難したことがあつたさうだが(Parlez-vous franglais?と云ふ本で)
愈々フランス語は英語に近い言葉に変化して来てゐるらしい。

242Sekko:2010/05/22(土) 01:41:49
ギリシャのこと
 ギリシャのことで私が何だかちゃぶ台ひっくり返したくなるようなのは、ギリシャの軍事費の高さです。ギリシャに武器を売ってる最大輸出国はアメリカ、ロシア、ドイツ、フランス、イタリアです。ドイツは世界で5指に入る武器輸出国で輸出先でトルコに次いで多いのがギリシャだそうです(潜水艦多し)。フランスも3位がトルコとか。で、フランスとドイツは、お得意がつぶれると困るからというので最初に救済案を出したはずだったんですね。
 確か、日本は戦後、航空機の製造とか禁じられてますよね。自衛隊の武器もアメリカのばかり買わされているのでしょうか? 日本は武器輸出禁止というか制限があると思いますが、自給率ってどのくらいなのでしょう。
  第二次大戦で日本と同盟国で敗戦したドイツやイタリアは、ヨーロッパの名のもとにしっかり武器輸出国になり、ギリシャやトルコに売りまくってるのを見ると、すごく嫌です。もちろん日本も武器を売ればいいと思ってるわけじゃないですよ。その反対に、こういうときにこそ武器輸出国を批判する側に回って欲しいんですが・・・・

243あがるま:2010/05/22(土) 02:57:25
音楽脳
ドイツは東独併合の時に通貨での痛ひ思ひ出があるので、例により浅墓な国民が反対してゐるだけで何よりEC東欧圏を必要としてゐることも忘れてはなりませぬ・
それより日本の米軍基地に関する論調は更に軽薄で、米国に気配りするより、通貨も含めた中国との関係が優先します。

Daniel Levitin
  This is your brain on music Dutton)
は日本語訳が今年出たさうで、宮崎純と云ふお医者さんのサイトに紹介が出てゐました
http://d.hatena.ne.jp/jmiyaza/
面白さう!

244迷える大羊:2010/05/03(月) 03:57:46
武器輸出
 そうそう、この武器輸出、軍事費の問題もなんだかなぁ、と思う点ですよね。日本のマスメディア、特に進歩系のメディアってドイツの「戦後処理」とか「反省」をやたらと持ち上げますが、一方でそのドイツが世界有数の武器輸出大国(輸出先に制限はあるようですが)である現実にはなぜか触れないのは不思議でしたね。

 ドイツのメディアもメディアで日本の「戦後」に関して「上から目線」で「反省が足りない」みたいな論調が多いんですが(まあ、日本そのものに触れることが少ないんですが)、個人的には「お前がいうな!」っていいたくなる部分がありますね。
 ギリシャって一応ナチス・ドイツの「被害国」ですが、今回のギリシャ破綻騒ぎにおいてドイツとして特に「過去の不幸な歴史に配慮」した形跡はなさそうですし・・。

 (日本が)航空機の製造が占領軍によって禁止されていたのは1945〜52年の占領中の7年間ですが、ちょうどプロペラ機からジェット機への移行期に当たる時期で、航空史上極めて重要な時期に禁止されたのが痛かったですね。しかし、それから60年近い歳月が流れているわけで、どうしてその遅れが未だに取り戻せずにいるのか?は興味深いところです。そうですね、自衛隊の兵器ってアメリカ製ばかりが目につきますね。それはそれで問題のような・・。

 ただ、軍事の問題は戦後の日本人の感覚と世界一般の感覚に大きなズレがあることは認めざる得ないですね。そりゃ、帝国主義の時代みたいに力がすべて、なんて時代ではないにしても、未だに政治力、外交手段の一つとして極めて有効な現実がありますからね。核兵器だって経済力も資源もない、国際的に孤立している国家が手っ取り早く「政治的発言力」を高めるのにこれまた極めて有効な手段だったりしますし、だから、あの手この手で核保有をもくろむ国家が絶えないわけで(特に発展途上国)。

 まあ、それでも、「債権回収」に軍事力が使われる、なんてことがなくなっただけでも人は進歩したと思わないといけないのかもしれませんね。これ(ギリシャ問題)が18世紀とか19世紀の話だったりしたら、軍隊が出てきて、力で島の一つや二つ「差し押さえ」ることは確実だったと思いますし。

245迷える大羊:2010/05/09(日) 21:45:08
フランス人は文句が多い」9割が同意、ただし「自分自身」は37% 
 先生のブログ中のエッセイ[フランス人と日本人の自虐の本音](2009年5月30日付)中に

『日本人が、
 「日本人はえてして・・・と批判される、でも、本当はね・・・日本人は正しいんだ」
 と集団的自己弁護するのに対して、フランス人は、ずばり、
 「フランス人はえてして・・・と批判される、でも、僕はね・・・ちがうんだ」
 と、個人的自己弁護をするところである』

 などという一節(2009年5月30日)がありましたが、それを地で行くような世論調査があって笑ってしまいました。今年5月9日付のロイターの記事なんですが・・。

http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-15172420100507

 内容は以下の通り。

『[パリ 6日 ロイター] フランス人は、短気なウエーターや政府が何か新しいことをするたびに街頭で始まるデモなどから、不平不満が多いというイメージを持たれがちだが、フランス人自身もそう思っていることが最新の調査で分かった。

 この調査は、保険会社Maafが市場調査会社オピニオンウエーに委託し、18歳以上のフランス人1000人超を対象に実施。それによると、「フランス人はよく文句を言う」と思っている人が93%に上った。ただ、自分自身がそうだと認める人は37%にとどまった。

 文句を言う主な理由については、約6人に1人が「そうしなければ踏みにじられる」から回答。また、4人に1人が、文句を言うことはリラックスするための一方法だと答えた。』

 え〜っと個人的に気になるのは、

>文句を言う主な理由については、約6人に1人が「そうしなければ踏みにじられる」から

 フランスってそんなに厳しい、というかキツい社会というかキッツイ人たちの集まりなんですか??数少ないフランス人との接触体験に基づいていえば、日本人一般に比べればはるかにものをはっきりいう、イヤなことを我慢して・・、そして、周囲もそれを理解して、なんて感じではないことはなんとなく分かりますけどね・・。

 笑えるのは

>また、4人に1人が、文句を言うことはリラックスするための一方法だと答えた

 ふ〜ん、文句を言うのがリラックスの方法ですか・・、言われる方はたまらんのではと思ったりもしますけど・・。全くの独断と偏見ですけどフランスはアジアでいえば、なんとなく中国っぽくって、ドイツが日本的な感じがしないでもないです。いや、あくまでなんとなく、ですけど・・。

246Sekko:2010/07/06(火) 08:47:34
おしらせ
 ようやく新しいサイトができました。まだ工事中の部分もありますが、このサイトの記録はほとんど残します。新刊のお知らせもあります。
この掲示板にはForum1というところからいままでリンクできますので引き続きお使いください。 新しいアドレスは

http://setukotakeshita.com/ です。

http://setukotakeshita.com/

247迷える大羊:2010/07/11(日) 00:00:56
死神
 いきなり物騒なタイトルで申し訳ありません。一体、何の話なのか?と申しますと、フランス、またはヨーロッパに「死神」という概念とか、それに相当する創造物があるのか?という疑問です。

 なぜ、そんな疑問を持つのかといいますと・・・。数年前に話題になったマンガ・アニメに「デスノート」というのがありまして、ブームの最中には全く興味がなかったのですが、最近読んでみるとこれが非常に面白かったもので。日本のみならず、世界中でヒットしたらしく、ウィキペディアによれば

「2004年の売り上げは、発売から1年目で年間ベスト10に入った。12巻までの世界累計発行部数は3000万部を突破しており、一巻平均が200万部を越すのは異例とされる。宝島社「このマンガがすごい!」オトコ版では、2006年と2007年に2位を獲得した。」とのこと。実際、ウィキペディアには数十カ国語、ほぼ世界中の言語での解説がついてます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/DEATH_NOTE

マンガはフランス語版もあるようです。

http://massa33.blog50.fc2.com/blog-entry-182.html

 おおざっぱな内容は、人を死なせる力のある死神のノート「デスノート」を使って犯罪者を抹殺し、理想の世界を作ろうとする主人公と、殺人を続ける彼を追う名探偵とその後継者との闘いを描く、というもの。

 ご多分にもれず、このアニメ・マンガもネット上に世界各国語の吹き替え、字幕付きの動画が出回っておりまして、フランス語版もしっかりありました。

http://www.youtube.com/watch?v=_7WX5bYC940&feature=related

 で、それがどうしたのか?と申しますと、この吹き替えで死神のことは、日本語そのまんまで「シニガミ」っていっているんですよ。フランス語だけなのか?と思ったら英語版もやはりそうなんですよね。

http://www.youtube.com/watch?v=AsJhhwiPW9Y&feature=related

 それで、冒頭の疑問、フランスとかヨーロッパ、欧米世界には死神に相当する概念とか創造物がないのかな?という疑問を持ったのわけです。ちなみに原作の日本語版は以下の通り。

http://www.youtube.com/watch?v=OW_EubqN_Ck&feature=related

 しかし、この作品、欧米のキリスト教的価値観からは相当ずれた作品と思えるのに(あちらに)結構ファンがいるみたいなんで、そのことが実は一番ビックリします。

248sekko:2010/07/11(日) 11:38:52
擬人化された死
 私はむしろ、日本の「死神」っていうのは、キリスト教中世に流行った「擬人化された死」である、マントかぶった骸骨が大鎌もってやってくる、あるいは馬の骸骨に乗ってくるアレゴリーのイメージからきてると思ってましたけど。黙示録の影響もあります。埋葬社会で白骨化が普通だし、ペストが流行った頃のダンス・マカーブルという死の踊りや、栄華を戒めるメメントモーリの図柄とか有名ですね。普通にWikiとか検索してもでてくると思います。

 ただ、キリスト教は一神教で、生を司る神と死を司る神とか、光の神と闇の神というような二元論を廃しましたから、逆に日本語の「死神」を直訳するボキャブラリーが文化的にはない、悪魔の一種みたいな感覚で、訳さないままオリジナル・キャラにしたのかもしれません。

 日本語の方は、普通に「死」=「デス」とか呼ばれる西洋の擬人キャラを、気にせず「死神」と神をつけて訳すのが平気なんだと思います。カトリックのファーザーとか、ただの「父」って言葉でも、日本は「神父」って、「神」って言葉をくっつけるでしょう。神という言葉のハードルが低く間口が広いというか・・・

 ヨーロッパでも、中世からもう、死は、偶然と言うか運命と言うか、運命の女神みたいなキャラも死神と一緒にありました。老若不定とか命のはかなさは、体制宗教の説明だけではなかなか受け入れられないものだったんですね。

249迷える大羊:2010/07/11(日) 21:10:51
中世
>マントかぶった骸骨が大鎌もってやってくる

 そうでした、それがありましたね。あれはどうみても西洋由来ですもんね。失礼しました。そう考えれば「デスノート」が欧州方面で人気があるのもわかる気がします。いわば逆輸入みたいなものですものね。
 作者(原作・大場つぐみ氏/作画・小畑健氏)も思えば中世風のモチーフを多用してたような気がしないでも?ゴスロリ少女もしっかり登場しますし。ネットで観る限りこのゴスロリ少女(弥海砂(あまねみさ))があちら(欧州)のマンガ・アニメ好きに人気らしく、こんなことやってたりしますし(ベルギーの大学生たちみたいですが)。

http://www.youtube.com/watch?v=MR4GqB3UCQ8&feature=related

250迷える大羊:2010/07/11(日) 22:10:48
中世の悪魔・死神
 「デスノート」の死神は積極的、直接的に人間に危害を加えることはほとんどなく(直接手を下すのは最終回で主人公を抹殺するときだけ)、主人公の側にも警察・探偵側にも味方せず、あくまで中立、傍観。直接、悪意をもって悪事を働くのは、あくまで人間の側です。

 で、元祖というか本物の中世ヨーロッパの死神とか悪魔っていうのは、どうなんでしょう?直接人間に危害とか加える存在だったんでしょうか?それとも、日本のマンガと同じく、あくまで中立、傍観(そそのかしはやるけど)、の姿勢だったんでしょうか?

 件のマンガ「デスノート」では死神なんかより、人間の方が遥かに怖く、邪悪で死神の側が「ここまでやるか!」と呆れるシーンがあって笑えましたが・・。

251あがるま:2010/08/14(土) 23:37:36
Come
Come
come va!

252あがるま:2010/08/14(土) 23:45:04
Come va!
イタリア語(やドイツ語)では三人称単数(非人称)なのにフランス語では何故さうなるのか?サ・ヴァ?の方が正しいやうな気がするが。
オック語ではどうなのでせうか?

253迷える大羊:2010/08/15(日) 00:28:39
フランスの右翼
 フランスの右翼政党、国民戦線の党首、ルペン党首を筆頭に英国の国民党、オーストリアの自由党、スペインのファランヘ党などヨーロッパの右翼政党ががん首揃えて、この夏(8月12日〜18日)、日本に大集合、靖国神社参拝などを行うそうです。

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20100810-OYT1T00906.htm

 興味深いのはヨーロッパの右翼というと、どうしてもナチスとかヒトラーなどの強烈な人種主義を思い浮かべてしまいますが、フランス代表(?)の国民戦線のナンバーツーである人物(すみません、名前忘れました)日本の京大を出て、日本人と結婚しているそうで。
 さらに毎日新聞の8月11日号にイタリアの右翼青年が出ていましたが、彼は三島文学の愛好者だったりして、すごく意外でした。

 ヒトラーの「わが闘争」によれば、日本人はサルまね専門の劣等民族、ですが、最近のヨーロッパの右翼はこういう人種主義からは脱却したんでしょうか?何より、笑ってしまうというか、面白いのは、インターナショナルとか国籍を超えた連帯、とかって左翼側の専売特許かと思っていたら、右翼側にもそういう考えがあるんだ・・、ってこと。

 どうも、ヨーロッパの右翼=ネオナチというステレオタイプほど単純でもなさそうです。身近に右翼とか国民戦線の支持者って人、います?いるとして、彼ら(右翼政党支持者)ってどういう人々なんでしょうか?

254Sekko:2010/08/16(月) 05:31:47
Ca va?
あがるまさんへ

フランス語で「ca va?」(cのセディーユがなぜか消えるのでcaのcはすべてひげを補って読んでください)と言ったら、話し言葉で、「元気?」という感じです。

もちろんそれは、 「Comment ca va ? 」とか 「 Est-ce que ca va ? 」の略ですが、もともとくだけた表現だから、「ca va?」になりがちで、ヨーロッパの他の人は、フランス語であいさつが「ca va?」「ca va.」と、同じ言葉で済んでしまうのにびっくりするようです。ふつうは質問と答えが違いますから。

日本人はむしろ「元気? 」「元気。」でもあり得るから違和感が少ないかも。

これについて、aller bien とか aller mal は、12世紀以来、状態の変化を表現していたのに、今は状態の継続を表す体と説明されています。
つまり「ca va?」というのは、「いつもと同じですか? 」「おかわりありませんか?」という意味ですね。だから、基本的に「いつもの状態」を知っている間柄で使うわけです。

いつもより具合悪い時は「Bof.」とかこたえちゃうわけです。

Oc語で「Quin vas ? 」(キンヴァス) というのは「Comment vas-tu?」の方じゃないでしょうか。

255Sekko:2010/08/16(月) 05:48:05
右翼と人種差別
 時差が抜けないので簡単に書きますが、すごーくざっくばらんに言っちゃいますと、フランスの場合、低所得者か低学歴者の右翼は人種差別主義者で、高所得者や高学歴の右翼は、単に貧乏な移民が嫌いなんです。
で、高学歴者や高所得者で人種差別思想を持ってる人は、それを隠すので、表向きにはいません。
 過去に戦争もせず、植民地でもなく、貧しい移民や難民のこない日本なんかはむしろ、インテリ好みで、移民差別のカムフラージュのためにも日本好きを強調したりしますね。私の周りにはさすがに極右はいません。ブルジョワ保守主義者はいますが。

もちろん若くて貧しい極右も存在しますが、清く正しい働き者という感じで、やはり移民とかを嫌いますね。

 国民戦線と言えば、がちがちのカトリックかと思う人もいるかもしれませんが、ル・ペンの娘もそうですが、離婚してるし、女性だし、意外に開けてます。というか、移民ではない、「清く正しい」労働者の票を集めるためには、それも必要なんです。都市の労働者階級は伝統的に共産主義=無神論(反カトリック)層ですから。奥は深いですよ。

256迷える大羊:2010/08/16(月) 19:56:55
日本好きは
 人種主義を隠すためのアイテムですか・・。なんだか、昔の南アフリカの「名誉白人」みたいで複雑ですね。ただ、彼らを決して、決して肯定するわけではないのですが、貧しい移民や難民を大量に輩出する民族とか国々に対しては、いくら頭や理性で、人種差別はいけない、人間としての尊厳に差などない、ということがわかっていても、なかなか同情以上の敬意を持ちづらい、特に独自のコミュニティなどを築きあげられると拒否反応を起こしてしまう、というのは、感情の問題として、現実の問題としてありますね。
 思えば、ヒトラーの時代の日本はその貧しい移民を大量に出す側でした。

>清く正しい働き者

 ヒトラーなどまさしく、このタイプですよね。まあ、私なんかは昔から「正義感」溢れる人にはなんとなく胡散臭さを感じます。

>都市の労働者階級は伝統的に共産主義=無神論(反カトリック)層

 これまた、初めて知りました。なんだかいろいろとややこしい事情がありそうですね。

 申し遅れましたが、いつもお疲れ様です。

257迷える大羊:2010/08/22(日) 22:26:58
フランスの左翼1(軍事編)
 先日は右翼についてお尋ねしましたので、今度は左翼の方を・・。フランス、およびヨーロッパの左翼についていろいろ知りたいことがあるのですが、長くなるので分割します。とりあえずは以下の点。

・防衛、軍備に対する見方、感覚

 日本で左翼といえば、日米安保反対、自衛隊反対、とにかく軍備に対してはとことん否定的、最近はさすがに流行らなくなりましたが、「非武装中立」を大真面目に唱える政党、個人、団体もあったりしますが、フランスの左派、社会党、共産党にそのようなことを唱えている団体、個人は存在するのでしょうか。あるいは軍備撤廃、とまではいかなくとも、核武装放棄ぐらいは唱える左派っていないんですかね?

 日本の社会党は政権につくと、「現状追認」ってことで「しぶしぶ」安保、自衛隊を追認しましたが、フランス社会党が政権獲得した際、「フランスを非武装に」とまではいかなくても「核武装を解除しよう」とか「国民に苦役を強いる徴兵制廃止!」なんて議論とか運動はあったんでしょうか?

 フランスではなく、ドイツの話ですが、一昔前(90年代)、戦後処理に関して「ドイツを見習え」みたいな話がマスコミで流行った時期があり、ドイツの左派系メディア「南ドイツ新聞」の特派員がやたらと登場した時期がありました。その特派員が日本の保守系雑誌「諸君」の座談会に参加していたのですが、ドイツの武器輸出の話となり、論客が「ところで、ドイツは日本に武器輸出することは可能なのですか?」と聞いたところ、「可能です。日本はNATO諸国と同じ扱いですから」と実にシレっとさりげなく答えてました。

 こちらとしては「武器輸出などドイツの恥部です。それこそ「日本を見習って」武器輸出三原則を制定せねば・・」な〜んて趣旨の反応でもあるのかな?と期待?したら全くそうではなく、「(武器輸出は)やってますよ、それがどうかしたんですか?」的(それも、南ドイツ新聞というドイツでも極めつけの左派メディアの人間が)な反応なので、「平和主義」至高の教育を受けた戦後日本人の私はビックリしてしまいました。

 ちなみに私は戦後処理に関して「ドイツを見習え」は昔から胡散臭く感じておりました。最近は日本でもその問題点
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E8%AA%8D%E8%AD%98#.E3.80.8C.E3.83.89.E3.82.A4.E3.83.84.E3.81.AB.E8.A6.8B.E7.BF.92.E3.81.88.E3.80.8D.E8.AB.96.E3.81.A B.E3.81.A4.E3.81.84.E3.81.A6

を知る人が増えたせいか、日本の進歩系メディアでも、ドイツを引き合いに出して、日本を批判、といったスタイルの記事はほとんど見なくなりましたけど・・・。

258あがるま:2010/08/23(月) 18:13:27
dativus commodi
wie geht es dir?のやうに、関与の与格dativus commodiか所有の與格dat.auctorisか知りませんが実際の主語になるはずの人称代名詞が欠けてゐるのでせうね。
valeo(etre sainの意味)と言ふラテン語と混同したのかも知れませんね。
辞書を見ると、手紙の最初にはS.V.B.E.E.Q.V.と書いてこれは si vales, bene est,ergo quidem valeoの略ださうです。またquomodo vales?はcomment vous portez-vous?と訳してありました。
come staiやcomo estasなら簡単なのに!

259Sekko:2010/09/06(月) 07:59:48
フランスの軍備など
 お返事遅れてすみません。

 大羊さん、ご紹介いただいたドイツの戦後処理についての話、はじめて日本語で読みました。その認識の推移は感慨深いですね。

 こちらにいて見ていると、やはり、ヨーロッパ諸国は地続きというところが、戦争しても何しても運命共同体的なところがあるなあと思います。ヴェルサイユ条約での強硬な態度が裏目に出たことや、やはり、二度の大戦でぼろぼろになったヨーロッパを立て直すには、底力のあるドイツを制裁するより、何が何でもまず働いてもらった方がいいということだったんでしょう。EUの初期の頃というかECの頃は、保障という形でなくとも徴用された感じで必死で働かされて、よくがんばったなあ、と思います。
 フランスの左翼については、そこは、フランス革命の国ですし、ナポレオンによる国民皆兵などが共和国のルーツにありますから、左翼が平和主義とか軍備撤廃という方向には行きません。核装備についてはまた別ですが。ドゴール主義の中で、アメリカ牽制の意味もあって核装備をしてきた国だし、ミッテランも核実験を続けていましたからね。核廃絶は右翼や左翼の差じゃなくてユマニスム系平和主義者ですね。兵役が撤廃されたのも、軍備のハイテク化とコストパフォーマンスの問題だと思います。素人を訓練して給金を払う割が合わなくなったからでしょう。まだ兵役があった頃すでに、若者への「国のために死ねるか?」というアンケートで、最下位を占めてたのが日本とフランスだった記憶があります。どちらが一番下だっけ・・・でも、妙に納得したのを覚えています。

 なんだかんだといっても、若い世代には「ヨーロッパ人」のアイデンティティを感じるという人が多いのがこれからの救いです。どの国でも若い世代を頑迷なナショナリズムに引き込む方向には向かってほしくないです。

 あがるまさん、興味深いコメントをいつもありがとうございます。

260:2010/09/07(火) 20:27:59
無神論』を通読しました。
<書くのは刺激的だつたが隘路に嵌り込むことが多かつた>さうですがフランスの晩近の状況など殆ど知らないことばかりで色々教へられました。
日本人の人文系論文は、色々丁寧に細かく調べてあるが常に何かとんでもない誤解が根底にあるので、世界の学界では相手にされないさうですが。
その無理解の一が超越範疇transcendentalisとそれに付随した、神の直観的認識と人間の概念的認識(ディスクール)の違ひの認知だと私は思つてゐます。
神が『あれ』と言へば即座に対象として何物かが存立し、その逆過程である認識も神の直観がそのまま普遍的な認識になる。人間の思惟や意志には対象を把握するのにも、個物の知覚が普遍や本質の認識に結び付くやうな(知的)直観がなく、互ひにバラバラで分散的で離接的discreteでしかあり得ない概念を使つた時間的・空間的に迂回する認識しかない。
こんな当り前なことは大学で教へることではなく、欧米の学生は高等学校までに自然に理解してゐるはずですが、そんな常識も日本にはないらしい。
更に付加すれば
命題の主語になるのは(眼の前にある)個物haec resで、それだけが実体ousiaであり、それをsubstrat被担者porteurとして述語が付加される。
超越範疇には一者(或は神)、真、善、美、存在などが挙げられ、それより上位の類概念(カテゴリー)は存在しないので、通常の定義のやうにそれに種差differentiaを加へて思考することが出来ずに、アナロジーだけが可能で、またそれらは互ひに述語として交換可能である。これらの対象には本来人間の知的直観はない − しかし善と美に関してはある、と云ふのがカント。
アリストテレスの形而上学は
?第一学問proto philosofia?本質=実体論ousiologia?存在論ontologia?一者に関する学henologia(神学theologia)である。

他にも細かな点で気になることがある  − 勿論私が正しいと言ふ意味ではないが ― 例へば、西ローマ帝国はキリスト教のために直ぐに滅んでしまひ、金髪の野獣たる北方の野蛮人しか継承しなかつたのに、それ以後千年も続いたオルトドクスについて一言も言及されないのか、アヴェロエスの二重真理説がイスラムではそのまま受入れられた − 故にイスラムには無神論が存在しない − 様に書いてあるが、そんなことがあるのか?
アリストテリコ・トミズムの優れた点は古代には区別がなかつたし、実際区別のし様がない(多様なる)存在者と(単一の)存在を統一的に把握しようとしたことにあることは慥かでせう。
エゾテリスムは『救済(して別の場所に保管する)』sozeinと云ふギリシア語(第二アオリスト受動形)から来るとばかり思つてゐたが、wiki にも内側esoterikosが語源だとあるが、これは正しいのか?英語版には誰も名前も知らないJacque Matterの他に、古代ではルキアノス、1701年に一番最初に哲学史を書いたThomas Stanleyの名前が出典として挙がつてゐた。
デフォルト(缺点)としてのキリスト教より無神論も含めたデ・ファクトとしてのキリスト教の方が重要だと思ふのですが。

261迷える大羊:2010/09/07(火) 21:18:36
フランスの左翼2(ナショナリズム・人種主義など)
 SEKKO先生、お疲れ様です。何かあったのか?と心配しておりました。お疲れのところなんですが、もう一つ。先スレでフランスの右翼の人種主義なんかについて、お話を伺いましたが、左翼、左派のそれについてはどうなんでしょう?

 なぜ、こんなことを考えるのか、といえば、かつてのフランスの対日強硬派、クレッソン女史の存在を思い浮かべるからなんです。なにしろ「日本人はアリ野郎」とまでいってのける人ですし。彼女って、右翼、右派なのか、と思いきや、左派(ですよね?)の社会党内閣の一員なのだから、ちょっと、何がどうなってるの?と戸惑ってしまいましたね。

 日本人として不愉快云々以前に、日本で左派とか左翼といえば(本音はどうであれ)一応、反人種主義、インターナショナル、反ナショナリズムで、間違っても公の場やマスコミで人種がらみの差別用語、なんて口にしないもの、過剰なナショナリズムとか人種主義は右翼、右派の専売特許と思っていたので意外きわまりなかったです。

 あと、これまた、フランスではなくドイツの話ですが、先スレで触れた、左派系の南ドイツの日本特派員ですが、彼も「左翼」なのに、妙に「愛国的」なのも印象的でした。もう、何かというと、ドイツのやり方がいかに日本より進んでいるか、といった「上から目線」の話が多かったですし、先ほど触れた「ドイツに見習え論」が日本のメディアで流行っていたころにも、やはり、(私を含めて)胡散臭く思う論客はいて、たまに、先にあげたウィキペディアに紹介されている事実のような、ドイツにとって「痛い」部分に触れると、「だからといって日本が許されるわけではない!」なんておよそ、理性的とは云いかねる反応をしたりして・・。

 これまた、日本人としてナショナリズム、愛国心=右翼、といった固定観念がある私としては意外でした。逆に右翼でも(ポーズだけかもしれないとはいえ)、日本好きだったり、日本人と結婚している人間がいたりして、単純ではないな〜、と思いましたね。

 どうも、ナショナリズムとか愛国心の感覚が日本人とは相当違う、つまり、ナショナリズム、愛国心=右翼との公式が当てはまらないような気がするのですが、実際のところどうなんでしょう?

262Sekko:2010/09/12(日) 02:05:33
左翼人種主義について
 右派左派というのは、フランス革命以来、主として内政に関してで、人種差別思想は、また別物という感覚を持っています。

前にも書きましたが、今時のインテリ左翼は教養が邪魔して表向きには決して人種差別を見せませんが、全体として明らかにありますし、右派からさえ激烈に攻撃されています。

サルコジ政権の若手黒人大臣だったラマ・ヤデは、共産党が支配しているコロンブ市で、不法滞在外国人の未成年者を道に放り出した市長を攻撃しましたし、同じパリ郊外の、ジスカール派のサン・モール市が、共産党のヴィトリイ市に、マリ人コミュニティ300人を押し付けた時、ヴィトリイは、建物を破壊しかねない強攻策に出ました。右、左と関係なく、不法滞在の外国人を押し付けられたくない、選挙権のある住民(右派の市ではブルジョワ右派、左派の市ではブルジョワ左翼と労働者左翼)の機嫌取りです。みんな既得権だけ守りたいのです。

 その他に、ブルジョワ地域では、単純に、外国人と距離があるので、実際の交流がない、外国人=犯罪者という刷り込みがあって怖い、知らないものは警戒する、という心理が働くので、それは政治的な信条とはまた別物のようです。

 アラン・ソーカルというジャーナリストがいまして、この人なんて、1990年代は熱心な共産党員、2007年に突然極右国民戦線に入り、さすがに違和感があったのか1年ちょっとで離党、今は「左派ナショナリスト協会」とか主宰しています。この人は、19世紀の第三共和制のオピニオンリーダーだったジュール・フェリーが植民地主義者であって「黒人を白人文明に引き上げるのが我々の使命」と言い切ったことなどを蒸し返し、ミッテランが植民地担当大臣だったとか、一貫してフランス左派による人種差別を告発しています。右派の人種主義は分りやすいので批判の対象になりやすく、右派はしょっちゅう謝罪を迫られるし、罪悪感にもとらわれるが、左派による人種主義、左派によるファシズムが最もたちが悪く欺瞞的である、と言っています。

 まあ、この人も、反ユダヤ主義者であることを隠してないし、目糞鼻糞を笑う、と言えばそれまでですが、やはり、人種差別は、単なる差異ではなく、植民地の歴史や戦争の歴史、それと実際の日常生活でどれだけ脅威を感じているかという実感や情報操作や無知や、いろいろなファクターの複合したものだと思います。
たとえそんなファクターをクリアーしても、今度は、似ているけれど僅差があるという同士で、より根深い嫉妬や近親憎悪も生まれますし、一般人同士の憎悪や恐怖を支配の戦略として使う権力者も消えそうもないですから、差別の問題は簡単なものではありません。

情緒に任せていたら、どうしても、そういう流れに足をすくわれますから、もう、ちゃんと理性で、「自由・平等・友愛」というものをいつもいつも頭に叩き込んでみんなが努力するしかないと思います。これは日本人同士やアジア人同士でも同じですし。

でも、政治的指導者たちが「教養」や「理念」によって、人種差別をまず形から廃止したり克服することで、世界は少しずつでも、ましな方に向っていると思いたいです。

植民地主義が広がったのは、「奴隷制」が反人間的だとようやく認識された後、では「同じ人間として助けてやらなくては」という大義を利用したわけですが、その後はそれもようやく間違いだと認識されました。というように、罪や傷跡はたくさんあっても、全体としては少しずつましな方に、金や力の論理を牽制する方向に世界は動いている気もします。ともかく、普遍主義の理想を捨てないで次の世代には少しでもましな世界を用意したいです。

私自身、もし100年前に生まれていたら、日本人、女性、など、いろいろな被差別要因に阻まれて、普遍主義、それなに?という状態で、もう今の歳には疲れ果てて日本の片隅で死んでいる可能性大です。実際さまざまな差別の犠牲になった先人のためにも、せっかくいろいろなことを考えることができる立場にある今、差別されている人の側に、形だけでも立ちたいものです。

263Sekko:2010/09/12(日) 02:29:58
あがるまさま
ありがとうございます。勉強になります。

「西ローマ帝国はキリスト教のために直ぐに滅んでしまひ、金髪の野獣たる北方の野蛮人しか継承しなかつたのに、それ以後千年も続いたオルトドクスについて一言も言及されないのか、アヴェロエスの二重真理説がイスラムではそのまま受入れられた − 故にイスラムには無神論が存在しない − 様に書いてあるが、そんなことがあるのか?」

西ローマ帝国は確かに滅んで神聖ローマ帝国は確かにゲルマン的ですが、西方教会の勢力はやはりラテン的というか、ローマ帝国由来の系譜を抜きに考えられないと思います。この本では、特にその延長としての「西欧」が、近代スタンダードになった経緯に鑑みて西方教会とその展開に注目したわけです。東方教会についてもいつか書ければいいのですが・・・
 イスラムについても同様で、イスラム神学の中には理論上の無神論もあるようだし、神の存在の証明の仕方も実用的な全く別のやり方があります。それをいうなら超越神を立てないはずの仏教の中にも無神論があるし、でも、そういうテーマについては、私より詳しい方に期待したいです。私の身近にはどちらについても専門家がいるので、中途半端なことを書かないことを選択しました。帰って誤解を与えたら申しわけありません。

「神の直観的認識と人間の概念的認識(ディスクール)の違ひの認知」について。

 『無神論』の中で触れたダマシオの理論を覚えていらっしゃいますか?
 私は、彼の本を読んでから、今となっては、今まで「直観」とか言われていたものは、実は体の内外のホメオスタシスを継続モニタリングしている神経活動が生む情動に関係しているのではないかと思うようになりました。
 超越概念と人間の認識できる概念の違いとは、実は、無意識的な体のモニタリングの表象と意識的な知覚の違いじゃないのか、って。
 カントがダマシオの神経学的仮説を読んだらどう反応したかと想像してしまいます。


「こんな当り前なことは大学で教へることではなく、欧米の学生は高等学校までに自然に理解してゐるはず」

 とおっしゃいますが、少なくともフランスの高校生が哲学の授業で理解するシェーマって、なんか未だにデカルトどまり、って気もします。実感ですよ。

264迷える大羊:2010/09/12(日) 19:28:10
理想の国
 お忙しい中、ありがとうございます。お答えいただいた内容、実態は大体、私の予想通りでした。誤解されると困るのですが、別にフランスとかドイツのアラ探しをしたり、貶めたりしたいわけじゃありません。別にかの国々に対する悪いイメージがあるわけでもないです。

 なんていったらいいんでしょうか?最近はあまり見かけなくなりましたが、外国(特に欧米諸国)を必要以上に美化し、理想化し「それに比べて日本は・・」みたいな日本メディア、評論家、インテリにありがちな典型的な評論スタイルに対して違和感があったのです。
 「いいたいことがあるなら、「外国(特に欧米)」の「権威」に頼らず、自分の言葉で言え」みたいな。また、保守系論者とか右翼みたいな、狭い「愛国心」を振りかざすつもりはさらさらないですけど、客観的にみて「日本ってそんなにヒドい国かな?」という疑問も。

 あと、あまりに非現実的ってこと。戦後処理に関する「ドイツに見習え」論で言われているドイツ像が本当なら、ドイツ人は聖人君子の集まり、イエス様の分身みたいな人ばっかり、としか思えない・・。第一、本当に「反省」「悔い改めた」人が「私はいかに悔い改めたか?」なんて、「上から目線」で「自慢」をするものなのかな?(南ドイツ新聞の日本特派員氏など)という疑問も重なって、「胡散臭く」思っていたところ、いろいろ事実関係をあたると、個人的な印象としては、その努力は否定しないけど、特別、日本より「立派」ということは全然ないだろ?、という結論となってしまったのですが。

 まあ、この手の人々にとって、事実関係は案外どうでもいいのかもしれません。どこかに自分の「理想」を体現した「夢の国」があると思っていたいのでしょう。丁度、海外に出られない江戸時代の学者が中国を過度に美化し、思い入れを深めていて、当の中国人以上に、中国古典に通じていたのと同じ感覚なんでしょうね。

 今はネットが発達したおかげで、海外メディアの論調、視点も簡単にわかりますし、海外経験がある人も増えたおかげで、こういった評論スタイルはあまり通用しなくなりましたけど。
 なんて、斜に構えたことばかりいってしまいましたが、

>普遍主義の理想を捨てないで次の世代には少しでもましな世界

 は信じていたいですよね。

265Sekko:2010/09/13(月) 06:13:05
大羊さま
今日、チベット文化フェスティヴァルに行きましたらこのテーマが頭にあったので、人種のことを考えてしまいました。それについてhttp://spinou.exblog.jp/15113423/
にアップしておきました。ご参考にどうぞ。

266KUNI:2010/09/17(金) 20:53:13
フランスの大統領
以前に、フランスの大統領は外交と軍隊、首相は内政というすみ分けがあるというお答えがありました。ロシアやポーランドなどとちがいますね。今はサルコジ大統領が内政も牛耳っていてサルコジ王国と言われているようですが、もとの、「棲み分け」の根拠は何なのでしょうか。

267Sekko:2010/09/18(土) 02:48:47
大統領のこと
フランスは、フランス革命の名残で、理想としては直接民主制と間接民主制のくみあわせになっています。後者が普通選挙による議員の選出、前者がストやデモや、そして、国民投票、中でも、国民投票による大統領選出です。
で、第五共和制のはじまりに、1964年1月31日、ドゴールが、国家権力は党派を超越したものでなくてはならない、全権は国民投票によって選ばれる大統領にある、従って、大統領は、どの党から出ても、一度選出されれば党派から離れる、三権分立のどの権力からも超越する、平時には、首相と大統領の活動領域は分けられねばならない、という趣旨のことを言いました。
 つまり、議会での立法は、その時の多数党が決定するわけですし、多数党のリーダーがたいていは行政のトップとして内閣も率いるわけですが、大統領はこれに党派的には関与しない、だから、原則として内政には関与せず国家としての外交や軍事面での決定権を持つ、ということになります。
実際には、各党が大統領候補を立てるわけで、その公約は党派色があるし、選出されればその党が多数党となり、大統領はその党から首相を選ぶことになります。
サルコジは、政府の人事において右派からも左派からも入閣させるなど、一見例外的な「開放」路線をとりましたが、内政にも立法にも関与しまくり、首相の采配余地を残しませんでした。もはや党派がどうというより「金と権力」で動いているようで、それは今の世界の全体的な傾向になっている気がします。ヴィルパンのようなドゴール派はそれをもちろん批判していますが、2012年の次の選挙でまたサルコジが勝つなら、第五共和制はほんとに終わるでしょうね。

268迷える大羊:2010/09/20(月) 10:38:00
フランスの左翼3(外交)
 いつも、ご丁寧にありがとうございます。さて、三つめのご質問はといいますと。
フランスの左翼勢力の外交方針というか、外国観ですね。

 独断と偏見がかなり入っているかもしれませんし、全部が全部というわけではないのですが、日本の左翼、進歩勢力といえば、過去の日本の帝国主義とか、沖縄の米軍基地とかイラクやら、ベトナムなど米国の過ちの追求にはとても熱心ですが、中国のチベット問題やら軍拡、北朝鮮の拉致の話になると、急にトーンダウンしたり沈黙したり、それもこれも日本とアメリカが悪いみたいな、「本題そらし」したり、と理解不能な態度を取ります。北朝鮮の拉致事件に関する姿勢は本当に見苦しいものがありました。要するに「仲間うち」には「甘い」だったり「ダブルスタンダード」で。その辺が日本の左翼、進歩派の「平和」「人権」がまるっきり信用できない理由ですが・・。

 フランスの左翼、進歩派はどうなんでしょうか?特に中国の「大躍進」「文化大革命」の時代、フランス共産党とか社会党の姿勢ってどんなものでしたんでしょうか?日本だと、「希望に満ち溢れた人民の目」とか「ハエ一匹いない清潔、清廉な新生中国」、みたいな、今にして思えば「おいおい」としか言いようがない報道が進歩派、左翼系メディアに溢れかえっていたみたいですが、フランスではどうだったんでしょう?文革時代、「リベラシオン」あたりなんか、どんな報道していたのか?知りたいですね。

269Sekko:2010/09/20(月) 23:48:42
フランス左翼と外国観
 このテーマ、特に共産主義や中国への愛憎については、別に今フランスに住んでいる私に聞かなくとも、いろいろなところで知ることができます。リベラシオンとの関係も、サルトルの思想的立場の変遷についてでも検索してください。

 ソビエト共産主義へのラブコールと、それがスターリン批判で裏切られたこと、でも、文革による「夢をもう一度」の勘違いと毛沢東へのラブコール、それに続いた68年五月革命の高揚、その後、文革がやはり狂騒として処理された後、そこに、アルジェリア独立戦争のトラウマも絡んで、フランスのインテリ左翼たちは、盛り上がりと失望と転向を重ねてきました。
 その欺瞞感は、日本の60年安保の活動家の転向や、その後の全共闘世代の学生運動家の逸脱や転向の罪悪感よりももっと根が深いと思います。

 BHL(ベルナール・アンリ=レヴィ)あたりからはじめて、あまり自分を傷つけないで転身ができるタイプのポストモダンでデジタルな知識人が出てきたかもです。

 それに、フランス左派の場合は、自分たちの原点である「フランス革命」ですら、最後は恐怖政治に終わったことなどを知ってるわけですから複雑です。
 毛沢東は文革をパリコミューンにたとえて、人民公社もコミューンだと言っていましたから、フランス人の自尊心をくすぐったかもしれません。これに加えて、私の『無神論』でも少し説明しましたが、左翼と無神論、反宗教、共産主義シンパは密接に結びつく伝統もあったので、エールを送っていた外国が失敗するたびに傷が深くなったようです。

 今、フランス人が、ダライラマを支持して、中国のチベット侵略を熱心に糾弾する傾向にあるのは、毛沢東主義に傾倒した「失敗」や、フランス社会におけるイスラムの台頭によって揺らいだ無宗教主義の弱さの自覚を、どちらもまとめてごまかせるからかもしれないなあ、と思うときがあります。

 政治的には、フランスの共産党の運命と日本の社会党(社民党)の運命が何か重なって見えますが・・・

270迷える大羊:2010/09/25(土) 00:57:42
中国への思い
 恥ずかしながら、フランスとか欧米圏の左翼にも中国や文革に入れ込んでいた時期があったなんて、初めて知りました。そんなものは、中国文化から多大な影響を受けた歴史がある日本人左翼独特の「思い入れ」とばっかり思っていました・・。

 それにしても、欧米人といい、日本人といい、中国にどうして、ある種の幻想というか現実離れした入れ込み方をする人間が絶えないのはなぜでしょうね?東アジア以外の人間にとって、東洋といえば中国ですし。それだけ、4千年にわたる歴史をもつ、奥が深く魅力的な国といえばそれまででしょうし、単純にでかくて人口も世界一ってこともあるんでしょうが。
やはり、4千年にわたる歴史と文化の魅力は人を惑わしてしまう魔力があるんですかねぇ?

 最近でも、中国がアメリカに匹敵する超大国になる、G2の時代だって話がありますし。現代だけではなく、19世紀にも「眠れる獅子」なんて評価がありましたね。しかし、アヘン戦争に敗れ、世界も日本自身も日本の敗北に終わると予想された日清戦争もフタを開けると全く逆、日本の圧勝だったりしましたし、どうも、歴史的にみてかの国への「思い入れ」「期待」は現実離れした過大評価に終わる傾向が多いような気がするのは私だけでしょうか・・・。

 20世紀に入り、世界中の左翼、インテリの「期待」と「思い入れ」を集めた「大躍進」「文革」もフタをあけるとこれも悲惨としかいいようのない有様でしたし。

 いや、今はGDPは今年ついに日本を抜いて世界第二位に躍進したし、中国市場はでかい、今や世界中の企業がなびいているぞ、、今度こそ「期待通り」じゃないのか?とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが、この21世紀の「大躍進」も、私からするといろいろツッコミたくなるところが満載で。

 そのGDPの中身の45%ぐらいが「投資」(バブル経済の典型的な特徴)、海外移民の多さ(皆が皆経済的理由ではないとはいえ、世界第二位の経済大国から?)、大卒者の就職率が6割程度(10%近くの高成長率なのに?)、海外への養子縁組、いわゆる孤児輸出の多さ(しつこいけど、世界第二位の経済大国で?)、政府の為替レート管理下にあり未だハードカレンシーではない「人民元」、日本でいうHONDA、SONYに相当するブランド企業の不在(あったらゴメンナサイ)・・・etc
 世界第二位の経済大国にしてはなぁ、といった不可解な現象があまりに多いんですよね。

 もちろん、昔より格段に豊かになっていることは間違いないし、「中国崩壊云々」は単なる保守派の中国嫌いの人々の願望ですが、米国とならぶ、あるいは凌ぐ「超大国」に云々というのはこれまた、「過大評価」の「歴史」を繰り返すだけに終わりそうな予感が個人的にはしますです。

 それにしても、話が繰り返しになってしまいますが、またまたご質問で申し訳ないのですが、フランスとかヨーロッパにも、なんていえばいいんでしょうか、日本人のような情緒的というか、ちょっと現実離れした中国への入れ込み方をする「親中派」(実は私の父がそう)って多いのですか?

 アメリカなんかは多そうな気がします。パール・バックの「大地」なんかがあったりしますし、今は方針転換してしまいましたが、オバマ大統領など明らかに日本無視、中国重視の外交姿勢でしたし(単なる実利面だけではなかったような気がしました)。

271Sekko:2010/09/25(土) 22:58:41
中国とフランス
テーマが大きいので簡単に書いときますと、フランスの中国学というのはヨーロッパの中で最も進んでいましたし、良質なものもあります。しかし、一般的なレベルで言うと、

>情緒的というか、ちょっと現実離れした中国への入れ込み方をする「親中派」

にとっては、中国も日本も同じ認識だと思います。つまり、一般的な日本人の「親ヨーロッパ派」がイギリスもフランスも区別しないような感じで。

 経済的には「これからは日本でなくて中国だ」とターゲットを変える動きはもちろんあります。でも、日本に駐在していたフランスの企業の人が、中国に転勤すると、愕然として国民性の違いに気がつくようです。

 というわけで、フランス人側から見ていると、「親中国」はあるものの、漠然とした「親東洋」とあまり区別がつかないので、中国や南北朝鮮の情報に関しては、私も日本の記事、報道を追うことにしています。

 フランスでちゃんと「日本」に特化して「親日」なのはやはりガラパゴス化しているオタク文化系に対してかもしれません。

272迷える大羊:2010/09/26(日) 00:36:15
まあ、そうでしょうね
>中国も日本も同じ認識だと思います。つまり、一般的な日本人の「親ヨーロッパ派」がイギリスもフランスも区別しないような感じで。

 私らにしたって、ノルウェーとスウェーデンの違いを正確に分かる人間は少数派でしょうし、何かというと欧米、欧米、とひとくくりにして論じたがる傾向があるので、どっちもどっち、ですね、確かに。アフリカなんかになると、もう国自体知らなかったりするわけで。

 中国に関しては、1970年代の日本と比較する論調が多いみたいですが、個人的には、1930年代、昭和初期の日本との共通点が多そうな気がします。具体的には・・。

 ・高度経済成長

 というと戦後のそれを連想しがちですが、日中戦争までの日本の経済成長率(数パーセント程度)もあの当時の世界では高い方。1955年の経済白書中の「もはや戦後ではない」というフレーズの根拠はあらゆる経済数値が昭和初期においてもっとも経済状況がよかった1936年(昭和11年)の数値を超えたこと、ですし。そんな時期になんで2.26事件のような大規模クーデターが?という話は長くなるので割愛。

 ・格差社会

 中国が非常に富裕層と貧困層、都市と農村の落差が激しい格差社会であることはよく言われることですが、戦前、昭和初期の日本もまた都市と農村、富裕層と貧困層の落差は激しい格差社会でした。一般工員の年収が600円の時代に、三井財閥理事の一夏のボーナスが40万円というのだからすさまじい。これは、左右両翼から非難、攻撃のターゲットとなり、三井財閥理事の団琢磨氏は右翼の血盟団のテロで殺害されますが・・。

 農村も昭和6年の大不況時などコメの価格暴落で悲惨な状況となり、風俗産業に身を投じる女性が後を絶たない一方、都市部では、失業さえしなければ、その「価格破壊」の恩恵をフルに受け、生活が楽になったりしてました。戦時中に田舎に疎開して、いじめられたり、終戦直後に農村にものを売りに出して、二束三文で買いたたかれたことを、つらい思い出として語る都会出身の年配者は多いけれど、農村側、田舎側からすれば、都会出身者に対する複雑な感情があったんでしょうね。
 中国も戦前の日本以上に都市と農村の落差が激しい、というか戸籍上も区別されていたりして、所得格差だけでなく、感情面でもかなりの対立というか軋轢があるんでしょうね。

・国際社会との軋轢

 現代中国がインドとの国境紛争、日本、フィリピン、ベトナムとの間に領土問題を抱え、なおかつその強引な「解決」ぶり、アフリカへの資源獲得ためのなりふり構わぬ進出ぶり、チベット、ウィグルなどでの人権問題、急激な軍備拡張で非難などなどで浴び、警戒されることが多いですが、戦前の日本も満州国建国で世界的な非難を浴び、その軍備と軍事行動は周辺諸国の恐怖の的でした。
 また、低コストによる輸出攻勢で国際市場でのシェアを急速に広げ、先進国の保護主義を招いたのも、中国と戦前日本は全く同じ。
 そういった諸外国の非難に対し、ナショナリズムが盛り上がるのも戦前日本と現代中国の共通点。6〜70年以上の時を経て、かつての被害国(中国)がかつての加害国(昭和初期の日本)に似てくる、というのはなんだか、すごい皮肉。

 ・やたらと多い海外移民

 中国人とか中国系の移民は世界の主要国のほとんどで見かけます。戦前日本はここまで広範囲ではないにしても、やはりアメリカ、ブラジルなどへの移民は非常に盛んでした。

 って、フランスでなく中国の話になっちゃいました。個人的に父親が仕事上非常に深い関わりがあったもので、中国には関心があるんです。フランス人に限らず、欧米人でここまでの関心(日本、中国に関して)と知識のある人は・・、多分、ごくごく限られた少数派なんでしょうね。

 参照 田原総一郎著「日本の戦争」、岩瀬彰著「月給百円のサラリーマン 戦前日本「平和」な生活」、武田知弘著「戦前の日本」、「ヒトラーの経済政策」

>フランスでちゃんと「日本」に特化して「親日」なのはやはりガラパゴス化しているオタク文化系に対してかもしれません

 これはもうなんて反応してよいのやら・・(笑)。オタク文化こそ、日本最強の「秘密兵器」「外交ツール」なのかもしれない、と冗談抜きで考える今日この頃なのであります。

273あがるま:2010/10/02(土) 02:03:11
クリスティアン・バッハ
彼のミラノ時代の卒業作品といはれる『ディエス・イレ』をLPで聞いた時からフアンになりました。
解説にはケミカルな魅力があると書いてありましたが、ダイナミックで力強いホモフォニックな音楽はモツァルトより魅力があります。
A.エフリキアンか誰かイタリアの録音でしたが、その後リリング指揮のものも出たやうですが聞いたことはありません。
『シリアのアドリアノ』といふハドリアヌス帝を扱つたオペラがマッケラス指揮でザルツブルグ音楽祭上演されたこともあります。
I・ヘブラーのピアノ・コンチェルト集や管楽器を交へた室内楽が有名ですが、期待ほどではなくやはり声楽曲に魅力があります。
モツァルトのオペラはイタリアオペラとは全く違ふ不自然な発想で書かれてゐるので声楽家にとつては音程を取るのが難しいと聞いたことがあります。01.10.2010

274あがるま:2010/10/21(木) 02:04:25
フランス古典劇
フランスのバロック音楽とそれに付随したバレーがギリシア・ローマの演劇と密接な結びつきがあることを読んで少し興味を持ちました。
フランス古典(悲)劇のDVDは前から探してゐたのですが中々見つからない − 日本のフランス書店でモリエールのDVDが一枚一万円だといふので驚きました。
FNACで検索したらコメディ・フランセズが1997年から2003年に上演した17枚組みのモリエール集が130ユーロほどだといふのでモリエールには興味がないけれども注文してみることにしました。
念のためにフランスのアマゾンで見ると(何故か)80ユーロほどで2〜30ユーロの送料を入れても一万円程度です。
このMoliereLaCollection,2008 Ed.MontparnasseにはCh.Moryのモリエールについての400頁ほどの本(フォリオ版)と30頁ほどのコメディフラン・セ−ズの小冊子もついてゐます。
Amazon.frはドイツ・ポストの便 − 此処はDHLと提携してるので一週間ほどで着きます。
ラシーヌやコルネイユにもこんなものがあると嬉しいのですが、ネット上では映画か劇場録画か良く分からないので困ります。コメディ・フランセズの売店に行けば売つてるのかも知れませんね。
フェードルとル・シッド、或いはユゴーのリュイ・ブラスは見つけました。

275Sekko:2010/10/21(木) 16:49:51
18世紀ディクション
コメディ・フランセーズでは現在、普通は今風の発音でやっています。学校ではちゃんと18世紀ディクションやジェスチュエルも教えていて、たまに、18世紀のヴァージョンで上演されます。子音が全部発音されたり、たたまれていた言葉が全部展開される感じです。フランス人には不自然ですが、日本人にとっては、むしろ聴きやすいです。

 今回のコンサートでは少し18世紀風ディクションでオードを朗読してもらいます。芦屋の公開レッスンでは、ソプラノの方にディクションを指導します。

今から日本に出発しますので、3週間ほどはトリオのブログのみのチェックとなります。

http://nitetis.cocolog-nifty.com/blog/

276迷える大羊:2010/12/15(水) 22:35:05
フランス転職事情
 私自身、転職を何度かしているもので、この辺りの事情に興味が持ちました。巷に流れるイメージ、ステレオタイプは欧米では転職当たり前、したことない方が珍しい、日本は転職のイメージが悪い、終身雇用、といったものですが、実際のところ、どうなのかな?と思いまして・・・。

 まあ、欧米といっても一緒くたにはできないみたいで、ドイツ系スイス人の知り合いによれば、ドイツとかドイツ語圏スイスの場合、確かに一つの企業に老人になるまで勤め上げる人は滅多にいない。その一方で、じゃあ、転職にもろ手をあげて賛成、理解しているのか?というとそうでもないみたいで、二年以下の職歴がいくつもあったり、職種に一貫性がないような転職を重ねていると、面接で厳しいツッコミをされる、40歳以上の人間の場合、リーダーシップ、つまり管理職、部下持ちの経験を求められるのは日本同様らしいです。

 また、日本で最も有名なフランス人ビジネスマン、経営者のカルロス・ゴーン氏の経歴も知る限りでは、ずーっとルノーグループ一筋で、全く無関係の他社に「転職」した経歴は見当たりません。

 逆に日本でも転職する人は徹底的にしていますし、私の実感では学校卒業から老人になるまで、ずーっと一つの企業、という人は今も昔も労働条件に恵まれている場合が多い、大企業に限られていたような気がしますし、企業への忠誠心とか職務への忠実さ云々というよりは、一部の「やり手」を除けば、年金や生涯収入の点で転職回数が少ない方が有利だから、というのが本当のところのような気がします。あと、35〜6歳を過ぎるともうカンタンに入社させてくれる企業がない、というのも。
 フランスの場合、どうなんでしょう?先生の知人、友人はやはり転職経験者が多いんでしょうか?

 ところで、欧米諸国の場合、日本のように新卒者を年度初めに一斉に入社させる、似たような時期に新卒者だけを採用する、といった制度、風習がない、学校出たての新卒者も中途採用と同様の条件で就職に望む、と聞きます。これを、アチラの人間は「自立」している証拠、それに比べて日本人は、、みたいな論調を展開する人(日本人)もいますが、考えてみるとこれって若者にすごく不利、厳しくないですか?

 だって、これってすなわち、あちらの学生さんは職務経験豊富、世間のことも知っている大人と就職で競争しないとならないんですよね?しかも、あちらには若者の給料は安く、年配者の給料は高く、といった年功序列の賃金制度じゃないわけでしょ?大抵の経営者なら経験豊富ですぐに仕事を任せられる「大人」の方がいいに決まってますよね?
 各種統計を眺めると、欧米先進国、特にフランスの若年(25歳以下)失業率がやたらと高いのはそのせいかな?と愚考しないでもないです。

 その辺も含めて、フランス、ヨーロッパの就職、転職事情をいろいろ知りたいものです。

277Sekko:2010/12/20(月) 06:48:50
フランスの転職など
お久しぶりです。

まあ、一般論を語ると長くなるので、私の周りの実例だけ言いますと、フランスの特色はやはりナポレオン以来の国家による一環教育(これはそれまで教育がカトリック教会の専売だったような事情に対抗したものです)とそれによる免状のヒエラルキーが確立していること、また職能(メチエ)というカテゴリーがはっきりしていて、職別の免状によって地位が守られていることの二つです。

まあ、EU の発展とか、グローバリゼーションのせいで、その独自の縦割りや横割りがどんどん崩れていってはいるのですが、それでもまだまだ特権指導層は自分たちのグループを守ろうとしますから、免状社会の壁はなかなか崩れません。一方で、公教育が原則無償とはいえ、やはり旧植民地系の移民の子孫などには見えないハンディがあるわけで、上級の免状を獲得するのは難しいのが現状です。そういう人たちにはいわゆるガラスの天井というのがあって、たとえ免状があっても就職が困難だと言われています。

でも、それは普通に大学や大学院を出ている場合で、グランゼコールと呼ばれるエリート養成学校にまで到達した場合には、出自差別よりも出身校の学閥の方が優先されていますし、公務員系のキャリアではなおさらです。就学中に企業研修を繰り返すのが普通で、卒業前の最後の研修先がそのまま就職先になることも多いです。
私企業だと、同期に同業務で採用されても、免状による給与差別があることは普通です。

フランスは労働者の権利が強いので、正規社員を解雇することが非常に難しいことから、最初から期間限定の条件で働く人も多く、無期限の正規社員枠はやはり免状、またはコネで決まることがほとんどです。途中でポストが空くことの情報自体にも情報格差があってすでに人脈を持っている者同士で伝え合うので、並みの免状でコネがない人は事実上かなり不利だと思います。

正規社員が就職して二年以内に転職するのは一般に警戒されます。前の会社の勤務評定のようなものも考慮されます。エリートの転職は何歳の場合でも、大体前の給料の15%増しを条件にステップアップしていくようです。

最近ブログに書いたのですが http://spinou.exblog.jp/15477316/
それでもフランスは伝統として失業者や低所得者をサポートしていくのが国の方針ではあるので、今の日本よりも弱者には住みやすいかなあという感じはしますね。

278迷える大羊:2010/12/20(月) 20:41:31
フランスの学歴社会
 うーん。かつて、日本は「学歴社会」などといわれたものですが、お話伺うと、かつての日本など比べ物にならない「学歴社会」ですね、フランスって。どうも、社会や国家、企業の将来を担うエリートとそうでない人はまったく「別人種」みたいな感じがしますね。

>正規社員が就職して二年以内に転職するのは一般に警戒されます。

 あ、やっぱりそうですか。どこの社会も甘くないですねぇ。日本の場合、新卒(または20代での早期転職)→正社員入社→長期勤務のレールにうまく乗っかれた人にとっては、「良き社会」ですが、そのレールから外れると途端に厳しくなる、敗者復活が困難、なところが問題、と個人的に感じますが、どうでしょうね?

 あと、日本の雇用についてはこういう気になる動きが・・・。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101219-00000567-san-soci

(ローソン、ユニクロ、ヤマト運輸…増える外国人留学生採用)

 今のところ、大手企業の一部ですが(だからニュースになるんでしょうが)、これが一般的、当たり前になったら。日本にいる日本人学生であっても優秀な外国人学生との競争もしなくてはならないわけで、社会的地位、収入ともに外国出身者の方が上、というケースが珍しくもなんともなくなる、なんてことがありえるわけで。で、就職に落ちこぼれた学生、若者が外国人排斥、右翼活動に走り、なんてヨーロッパで見られる光景が将来日本でもみられるようになる?考えすぎかな?。

 >正規社員を解雇することが非常に難しいことから

 これも難しいところですね。簡単に解雇できるのも問題ですが、一方であまりに解雇条件が厳しいと逆に「新規参入」が難しくなり、却って失業が増えるという問題が出てきますし。
 雇用の問題はいろんな要素が絡み合って、何がいいのか、悪いのか、一筋縄で語れないところがあって難しいですね。でも、なんでもかんでも「自己責任」で片づけられる社会はゴメンこうむりたいですね。イエスの「放蕩息子の話」「ぶどう園の労働者の話」のメッセージ、精神は忘れられないことを祈るばかりです。

 

279:2011/02/11(金) 22:18:51
諸世紀の訳について
竹下節子 様

日本で紹介されているノストラダムスの諸世紀第10巻72番の最も権威ある翻訳文は竹下様のものだと思っております。

L`an mil neuf cens nonante neuf sept mois,

を「1999年7の月」と訳されていますが、これは「1999年と7カ月」という意味なのではないでしょうか。

また、4行目の

Avant apres, Mars regner per bon heur.

「前後に火星が幸福に統治する」と訳されていますが、

「火星の前後に幸福が統治する」という意味にも読めるのではないでしょうか。

この場合の主語は、詩の2行目の「恐怖の大王」なのか、3行目の「アンゴルモアの大王」なのか、それとも、そのいずれでもないのか不明なのではないかと思いますが、如何でしょうか。

フランス後の古文の翻訳で、大変難しく、図書館などで調べても容易に分かりません。いろいろな方が、いろいろな訳を公表されていますが、正しい意味を追求しようという感じで取り組まれている方は少ないように思います。

私自身は、特に予言には興味はないのですが、以前、フランス(ニース)在住のギタリスト伊藤亜子さんとお話ししたときにノストラダムスの話題がでて、少しだけ関心持っているものです。

たまたま、こちらのサイトを拝見しまして、うかがってみよう思ったしだいです。

どうかよろしくお願いいたします。

by エトワール

280:2011/02/11(金) 22:37:11
諸世紀について
竹下節子 様

大変恐縮ですが、もう一点だけ追加でお教えください。

3行目の冒頭に「Resusciter」という語があり、「甦らせる」と翻訳されていますが、この意味は「人々の心に甦らせる」という意味にもとれるのではないかと思いますが、如何でしょうか。

どうかよろしくお願いいたします。

ブログを拝見しました。クラシック音楽、キリスト教、哲学などについての記事を大変興味深く拝見いたしました。素晴らしいブログだと思います。

by エトワール

281Sekko:2011/02/14(月) 07:01:32
エトワールさま
ブログのご愛読ありがとうございます。

さて、ご質問の件ですが、訳の可能性としてはいずれもあり得ると思います。ただしそれは解釈の範疇であって、ノストラダムスの意図がどうだったかとか、16世紀のフランス語だからこうだとかいう確実性はないものです。

http://www.geocities.jp/nostradamuszakkicho/sonota/1072.htm

にあるような

「千九百九十九年七ヶ月、

天から恐怖の大王が来るだろう。

アンゴルモワの大王を蘇らせ、

マルスの前後に首尾よく統治するために。」

というのも、妥当なように思えます。

もしも普通のフランス語風に考えるなら、

viendra という動詞だけが時制変化しているので、その後に来る二つの動詞原形は,いずれも、恐怖の大王が主語ということになります。

でも、ノストラダムスの4行詩には動詞が時制変化しないで原形で放り出されていることがよくあったと記憶しているので、「統治する」の主語がマルスという印象は受けます。コンマの使い方からも。

どちらにしても、この詩だけ取り上げても不明なので、大きい文脈を見る必要があるでしょう。そして、この詩の解釈について今の時点でなおこだわっていらっしゃるということ自体がまたどういう流れの中にあるのか、も見逃せないところです。

ノストラダムスと世界の終りの言説にトラウマを受けたという世代がいることは知っていますし、ノストラダムスに何かを言わせたいという人もたくさんいます。

フランス語には美しい詩がたくさんありますから、別のものにぜひ挑戦してください。

http://setukotakeshita.com/

282:2011/02/15(火) 14:16:53
恐怖の大王の正体
竹下節子 様

丁寧なお返事をいただき大変感謝しております。

最近のことですが、ノストラダムスの1558年6月27日付アンリ二世あての手紙に次のような記述があることに気づきました。

& auant iceux aduenemens, aucuns oyseaux insolites crieront par l'air. Huy, huy , & seront apres quelque temps esuanouys,

これらの出来事に先だって、見かけない鳥たちが空で「ユイ、ユイ」と鳴き、しばらく後に姿を消すでしょう。

この鳥というのは、2003年に運航を停止した超音速旅客機コンコルドのことではないかと思います。

エトワールの第10章72番の解釈は次のとおりです。

ノストラダムスの時代はユリウス暦でしたので、1999年7の月というのは、グレゴリオ暦の2000年7月14日から8月13日までのことだと解釈するのが正しいのではないかと思います。

「アンゴルモアの大王」というのは、フランソワ1世の父でアングレーム伯と呼ばれたシャルル・ドルレアン(Charles d'Orléans Comte d'Angoulême)とよく似た名前のシャルル・ド・ゴール(Charles André Joseph Pierre-Marie de Gaulle ste phane ruegg)のことではないかと思います。

2000年7月25日にシャルル・ド・ゴール国際空港を飛び立ったコンコルドAir France Flight 4590が、離陸直後に炎上し、墜落しています。この時の火だるまになって落ちていくコンコルドの映像は、シャルル・ド・ゴールの名前とともに全世界へ広く報道されました。

ド・ゴールの業績を顧みると「マルスの前後に幸せに統治する」というのも、思い当たる感じがします。

ノストラダムスの第10章72番の詩は、あれほど話題になっていたのに21世紀になってから誰も話題にしなくなったことを不思議に思います。

エトワールは、ノストラダムスをあまり高く評価していませんが、ご指摘のとおり世界の終りの言説にトラウマを受けた世代の一人として、第10章72番の詩には、どうしても決着をつけておきたいと常々思っていたしだいです。

1999年7の月、
空から来るだろう、恐怖の大王が、
アンゴルモアの大王を甦らせる、
前後に火星が幸福に統治する。

それでも、この美しい翻訳を目にしなかったら、今頃になって、こうしたことを深く思索することもなかったのではないかと思います。

一つ区切りがつきました。

ありがとうございました。

283迷える大羊:2011/02/19(土) 00:26:49
懐かしい・・・。
 懐かしいですね、ノストラダムス。昔、五島勉氏の「大予言」シリーズがたくさん本屋に並んでましたねぇ。しかし、あれの「1999年云々」を真に受けて、人生を悲観したり、カルトに走ったりした人間もいたのだから、罪な話でもあります。別に質問、というわけではなく、単なる独り言ですけど・・・・。

284迷える大羊:2011/02/26(土) 17:46:00
「エリート」の善し悪し1
 これまで、先生にフランスの就転職事情や大学など教育の事情を伺って、フランスって日本など足元に及ばない「学歴社会」だ、ってことと国や社会、企業の将来を担う「エリート・幹部候補生」とその「エリート」に判断とリーダーシップを委ねる非エリートがはっきりと二分化している社会、との印象を強く持ちました。(そういえば、現在の日産CEO、ルノー出身のムッシュ・カルロス・ゴーンも、やっぱり、しっかりグランゼコール出身でした・・・)

 まあ、日本でも、官庁では「キャリア組」と「ノンキャリア」ってありますし、民間企業でも有名大企業に就職しようと思ったら新卒の入社段階ですと、いわゆる一流大学でない学生は面接にすらたどり着けない(私も新卒時代、これで涙をのみましたっけ)、ってありますけど、一度入社してしまえば、あまり出身学校は、全く無関係とはいわないけれども、ほとんどこだわりを持たれることは少ないし、転職の場合はあくまで職能と実績。
 っていうか、そうでないと肝心の仕事が回っていきません。

 で、このフランスのあまりの学歴っていうか、グランゼコール偏重って問題が発生することがないのかしら、と思ったら、とあるブログにこんな書き込みがありました。なんでもフランス系の外資系企業に勤務経験がある方らしいのですが・・・。

『ええ。私も以前グランゼコール出身者の下で働いていたことがありましたが、その彼は全く実務に疎い甘ちゃんでしたね。おかげで現場は大混乱。愛想を尽かした正社員の大半が辞めてしまい、ついには派遣社員だらけになってしまいましたが、それでもフランス本国は頑として彼を更迭しようとしませんでしたね。異常な世界だと思いました。』

 まあ、匿名で具体的な企業名も記されていない書き込みですので、信憑性は?ですが、個人的には「あり得る話だ」と思いましたね。
 あと、これだと、非グランゼコールの一般労働者、サラリーマンがやる気無くしませんか?

 フランスの労働者のステレオタイプって仕事はあくまで飯のタネ、夏はバカンスをしっかり、がっちりとり、ほとんど趣味なんじゃないの?っていうくらいストライキをよくやる、サービス残業?バカじゃない?といったものですが、これ、国民性とか文化の問題ではないような・・。私だって、働き、能力、実績に関係なく、初めから高給をもらえるポストに就ける人間は決まっているのなら同じように、適当にやるよなぁ、って思いましたし。セーフティネットは充実しているようですが、これで、セーフティネットもなし、なんていったらそれこそ、ストどころか暴動起こしたくなるかも、です。

 「あのグランゼの坊ちゃん(お嬢さん)には参っちゃうよなぁ、全然、現場しらねーんだもん」「机の上で数字ばっかぎゃあぎゃあいってないで、たまにはテメェで得意先回りの一つでもやってみろってんだ」なんて、フランスの非エリートのサラリーマン、労働者は今日もビストロで一杯やりながら、愚痴っている、んですかね?

 もちろん、大半のグランゼコール出身者は厳しい勉学を頑張ってきただけあって、職場でもそれなりに優秀なんだ、とは思いますが・・・。

 

285迷える大羊:2011/02/26(土) 18:29:11
エリートの善し悪し2
 1ではグランゼコール偏重、エリート偏重の弊害面を想像して書き込みましたが、一方で、フランスが国際政治、外交の上で確固たる存在感、影響力を発揮しているのは、このグランゼコールっていうか、「エリート」、っていうか、うーん、なんていったらいいのか、「リーダー」「指導者」候補者の養成を常に怠っていない社会だから、という点も大いに関係あるかも、といった気がします。決して、核保有国だから、ということだけではないでしょうね。

 逆に日本が、単純に国力だけみれば、フランスを遥かに凌いでいるにも関わらず、国際政治、外交での影の薄さは、「エリート」不在の社会で、リーダー、指導者タイプの人間が出にくい社会だから、でしょうね。
 日本は昔から、経済一流、政治二流、だとマスメディアなどでいわれますが、それは当然で、政治家がさほど尊敬されたり、ステイタスになったりする職業でない上に、一般国民の政治そのものへの関心も低く、国勢政治でも投票率が4割以下なんて数字が珍しくない国ですから、それは当たり前ですね。決して、政治家個人個人の資質の問題、ではないと思います。
 エリートっていうと、人を高みから見下す、選民思想、なんてネガティブなイメージを持ちがちですが、一方で、組織、社会にはまとめ役、リーダー、責任者というものは絶対必要
なわけで、それは、それで大変な仕事であるわけで。そういう仕事、立場が尊敬を集めない、関心を持たれない、一目置かれない社会で、優れた政治家なり、リーダーなりが出てこないのは当然かな、と。個人的に、斜に構えて「今の政治がなんたらかんたら」とか、安直な「昔は良かった」とか、言っている人をみると、「じゃあ、どっかの政党員になって選挙に立候補したら?」「それより、ちゃんと選挙行ってる?」っていいたくなります。

 ちなみに私の住む自治体の首長は、弱冠34歳です。まだ、顔に少年ぽさが残ってます。素直にその若さで、すごいなぁ、えらいなぁ、って思います。

286Sekko:2011/02/27(日) 08:56:26
エリートの話
私の伝聞によるイメージでは、日本の外資系のトップで評判が悪いのは金融系で、トップはビジネススクール系のグランゼコールという場合です。この場合は、彼らは3年くらいの「腰掛」で日本に来るだけなので、その後は別のところに行ったりして、最終的にフランスに戻ったりするわけです。だから、日本の事情を真剣に理解しようという気もなくて、会社の引っ越しだとか迷惑なことばかりしたり・・・

カルロス・ゴーンのような理系グランゼコール出の方が、成果主義というか実務に優れていると思います。ビジネススクールの予備クラスが理系と同じく2年課程となったのはここ15年ほどのことで、その前の人は受験勉強が理系より厳しくなかった、また、基本的に国立である理系と違って、ビジネススクールはすべて私立ですから、学費もかかり、お坊ちゃん系が多くなり、学校によってレベルの差もばらつきます。

今は学歴のグローバル化が進んで見えにくくなっていますが、やはり難関の学校を出た人たちは既得権を守ることもあって学閥を作りやすいです。

その代わりすごく働くし、体力も精神力もタフです。だから、残業も当たり前で、でもバカンスにだって行きますよ。「労働者」の方は、日本よりもずっと組合の力が強いので、愚痴を言い合うだけでなくもっと強硬に出ますね。解雇させにくい国だし。

世界価値観調査というものによれば、「人生の成功は勤勉よりも運やコネによる」と言う価値観を持つ人が、日本では1995年に20.3%だったのが、2005年に41%になったそうです。
これに対して、アメリカでは22.6%、中国では24.9%、日本より比率の高いのにフランスの43%、ロシアの51.8%、だそうです。(中央公論2月号の時評で読みました)(フランスとロシアの意味はかなり違うと思いますが。)
フランスでは、「勤勉が学歴につながり、それがコネにつながる」という可能性が一応残っています。それを塾なしで、すべて無料の国公立校で実現できるのですから、ある意味、機会の均等はあります。医学部もすべて国立ですし。まあ、実際問題として、教育者の子供とかブルジョワ・ホワイトカラーの子供の方が、勤勉につながる環境にありますが・・・

日本人が政治に関心がない、という感じなのは、日本での「民主主義」の導入のされ方の聖だと思います。もとキリスト教文化由来の「近代民主主義」を普遍理念と掲げつつ実は支配の道具にしていくという欺瞞はどこでも同じですが、その方法にはお国柄が出る気がします。今それについて書いています。現在のアラブ世界の「民主革命」のことも含めて。



 

http://setukotakeshita.com/

287迷える大羊:2011/02/28(月) 21:39:02
世界に冠たるヨーロッパ?1
 フランスというよりはヨーロッパ全般の話ですが・・・。

 近年、というより、ここ十数年、欧米系、特に英語メディアで日本関係の話となると相変わらず目にする「日本衰退」の論調。リーマンショック以降、欧州経済が落ち込んでからは、「このままでは日本のようになってしまう」物言いもちらほら出始めました。
 少々古い(2010年9月9日)記事ですが、ご紹介する英国・フィナンシャル・タイムスの記事もそんな内容(もっとも日本に触れているのはほんの一段落程度ですが)。つまり、欧州は日本的に影の薄い存在になりつつある(Europe heads for Japanese irrelevance)」ということ。
 つまり、日本ってなんだかんだいっても世界有数の経済大国ですが、一方で国際政治、外交分野での影響力は、本当に影が薄い、欧州もそんな存在になりつつある、いいのか?これで?というボヤキとも警鐘ともつかぬコメントです。

http://www.ft.com/cms/s/84efd5fe-bc55-11df-a42b-00144feab49a,Authorised=false.html?_i_location=http%3A%2F%2Fwww.ft.com%2Fcms%2Fs%2F0%2F84efd5fe-bc55-11df-a42b-00144feab49a.html&_i_referer=http%3A%2F%2Fnews.goo.ne.jp%2Farticle%2Fnewsengw%2Fworld%2Fnewsengw-20100914-01.html%3FpageIndex%3D1#axzz1FFkFCukW


 記事を書いているのは、フィリップ・スティーヴンズ、という人で、フィナンシャルタイムスの副編集長のようですが。えーと、まあ、簡単におおざっぱに記事の内容をご紹介していくと・・・・。

「国際関係の主立った専門家が集う会議で話題の中心となるのはもっぱら中国で、中国がいつアメリカを追い抜くかが最大の関心事なのだと。そしてそういう場では「欧州は傍観者に過ぎないという印象は紛れもない。これが欧州にとっての問題なのだ」

 で、日本については、

「同じような話としてすぐに思い浮かぶのは、国際舞台における日本の不在だ。世界ランキングで最近になって中国に追い越されたとは言え、日本は依然として経済大国だ。しかし世界情勢の議論においてはもう長いこと、日本の姿がほとんど見えない。日本は変化を起こす側ではなく、変化を受けとめる側の役を、従順に受け入れてきた」

ゆえに「世界の新秩序、あるいは無秩序をこれから形作っていく主要プレイヤーはアメリカと中国になるのだろう」と言う筆者は、「欧州連合(EU)の弱体化」を次々と批判し、EUのみならず個別の欧州各国も世界プレイヤーとしては力不足だと書きます。「フランスは決して世界の大国であるフリを止めたりはしないが」サルコジ大統領がぶちあげる壮大な世界戦略に聞く耳をもつ者は減っていると。イギリスの新政権は国内問題にしか関心がない様子だし、ドイツがかつて大国の真似をしようとした時はとんでもない経験に終わったと。

「経済力は大事だが(中略)力を外に向けて発揮して、地政学の地図上を居丈高にのしのし歩き回るのとは、まったく別の話だ」
 というわけで、スティーヴンズ氏はドイツについてこう書いています。

 そして欧州全体についても、問題は色々あるけれども社会や政治は機能しているし、住民1人あたりの所得は中国の10倍だと。つまり欧州は「小国」として機能し、「小国」なりの影響力を発揮しているのだと。

 国内総生産(GDP)が中国に追い抜かれたと言っても国民1人あたりの所得は中国よりも高いし、社会は(世界全体と比べれば比較的)安定し、国民の自由も(比較的)保障されている日本の状況とよく似てますね、確かに・・・。(2に続く)



 

288迷える大羊:2011/02/28(月) 22:06:26
世界に冠たるヨーロッパ?2
(世界に冠たるヨーロッパ1より)しかしスティーヴンズ氏はそれでは不満なようで、「アメリカはハード・パワーとソフト・パワーを結合させる方法論を編み出した。しかし欧州はぼんやり夢想しているだけで満足なようだ」と結んでいます。つまり国際舞台において目に見える具体的な影響力(軍事力など)と、もっと緩やかで潜在的な影響力(文化伝播力など)を両方駆使しなければ、欧州はますます日本のようになるぞと。それでいいのか?

 というわけです。個人的には何が悪いんや?と思ったりしますが・・・。それこそ、事業仕訳人のれんほー大臣ではありませんが「2位じゃじゃダメなんでしょうか?」。
 確かに、相手に侮られない程度の政治外交力、軍事力は必要かと思いますが、欧州諸国は押し並べてその最低限のレベルはクリアしていると思うし、下手に大国を目指して世界中のあちこちで戦争をしているような国になる必要ないじゃん、とも。
 このスティーブン氏って一体いくつなんでしょう?世代的に「世界に冠たる、日の没することなき帝国」を懐かしむ世代ではないと思うのですが・・・。

 さて、ご質問となりますが、欧州人も「現実」は十分わきまえているかとは思うのですが、欧州が何世紀にもわたって世界の中心だったという意識は、ヨーロッパ人の多くに本能のようにして染み付いていて、世界の方向性を決める場に欧州がいないなどという事態は大英帝国が失われて半世紀以上たった今でも、本音部分ではなかなか受け入れられていないんですかね?。特に、政治軍事外交とは無関係な一般の欧州人の意識はどんなものでしょう?

 まあ、個人的に、このスティーブンス氏の母国・英国についていえば(フランスも同様ですが)私は大英帝国としてブイブイ言わせていたころのクソ生意気でゴーマンな英国よりも、モンティ・パイソンなど自虐ユーモアに溢れ、ビートルズ、ストーンズ、ツェッペリンなどブリティッシュロックを筆頭に充実したサブカルチャーが存在する戦後の英国の方がはるかに好きですし、尊敬しますけど・・。

 あと、このスティーブン氏は日本を最悪の例、と思っているようですが、そりゃまあ、確かに政府とか政治家の対外交渉力は低いけれども、世界標準からすれば経済力はあって、国民生活も(比較的)安定している」日本のポジションは、ぬるま湯ではあるけれども、戦渦に見舞われている国に比べればそこそこ悪くないよ??と苦笑しつつ、自慢したいところです。(人と比較して、アイツよりマシだから、と安心する性根は決して感心できたもんじゃないかもしれませんが)。電車は時間どおりに発車しますしね。

289あがるま:2011/03/02(水) 21:49:06
(無題)
フランスではconciergeュは禁止用語だと聞いたことがあるが、日本ではどんな意味か知らないが、本のコンシエルジュなんて言つてる。
conseillerと間違つてるんぢゃないのか?

290Sekko:2011/03/02(水) 23:14:32
本のコンシェルジュ
・・・なんて言葉が日本語にあるのをはじめて知りました。これはアドヴァイザーという意味ですよね。きっと、昔の「アドヴァイザー」という語感が「上から目線」を避ける今の風潮で、「いろんなことを知っているけれど腰を低くしてお客様のご案内をする」というニュアンスでホテルのコンシェルジュという語を転用したのでしょう。

フランス語では普通に建物の管理人です。
禁止用語じゃないですよ。gardienと同義です。でもgardienの方が広義で、刑務所の番人みたいなものも入りますから、警備員という意味はないconciergeの方がやはり少しソフトかもしれません。

ホテル業界はフランス語がけっこうステイタスになっているので、ホテルのお客様サービスにこの言葉が使われ始めたのですね。
グローバリゼーションの世の中だから、フランスのホテルでもそういう言い方をしているところがあるのかもしれませんが、普通は接客業で相談口になるのはAccueilで、そこにいる人は 「Hôte/sse d'Accueil」ということになります。

でも日本語じゃ「本のホスト」とか「本のホステス」は無理ですね。ちょっとおしゃれなコンシェルジュというのでしょう。フランス語に直訳すると意味不明ですが。

http://setukotakeshita.com/

291Sekko:2011/03/02(水) 23:35:55
世界に冠たる・・・
フランスでそんな風に言っている人って、ある種の政治家とか以外にいないんじゃないでしょうか。外憂内患と言いますが、内患の方が大変で、外に威信を発揮する暇がないというか。
昔の帝国主義のように外に拡大するどころか、今はアラブ革命で発生している大量の難民や不法移民をどうするかであせっているわけですから。

それにフランスは、「建国神話」のヒストリーをごり押しし続けたアメリカと違って、フランス革命後のテロルとかナポレオン戦争とか王政復古とか、ごまかしようのない「失敗」を重ねているんで、その分シニックで、たまに偉そうにしていても腰砕けでかわいいと言えばかわいいような・・

アングロサクソン国に比べてフランスが日本好きなのは確かなようです。アングロサクソン国は、まあ「鬼畜米英」と日本も言ってきた対称構造があるわけですからね。
ビジネスの中心は中国に移ったということで日本から中国に駐在先を移したフランス人のほとんどは、日本と中国のメンタリティの差のあまりにもの大きさにショックを受けて日本をなつかしんでます。

そう言えば大羊さんは幼少時は台湾在住で台湾語をネイティブ並みに操ってらしたということですが、単語や構造は忘れていても発音や抑揚はどこかにインプットされていると思います。それを生かすこともできると思いますよ。

http://setukotakeshita.com/

292:2011/03/03(木) 01:46:26
日本は立憲君主国か
1990年代に、フランス人の友人に聞いた話によれば、フランスでは「日本は立憲君主国であり、日本の元首は天皇である」と皆が思っているとのことでしたが、この認識は正しいものなのでしょうか。

日本政府の公式見解では「天皇をほぼ元首として差し支えが無い」としていますし、内閣法制局は「日本は、立憲君主制と言っても差し支えないであろう」としています。また、「天皇は限定された意味における元首であるとする。一方で、天皇を元首と呼びうるかは定義による」としています。外務省は「日本は立憲君主国である」としています。判例では、プラカード事件第二審において「天皇は元首である」と判示されています。

国内的な解釈は以上のとおりのなのですが、外国からはどう思われているのか興味があります。

何を持って国家元首とするかについては次の2つの有力説があるようです。

1 兵が忠誠を誓う相手が元首とする説
2 自国で開催されたオリンピック開会式の開会宣言を行うのが元首とする説

日本国憲法では明文上「軍隊」を保有しないことになっていますので、自衛隊の服務宣誓については他国における「兵の元首への忠誠」とは一線を画しているようです。自衛官は兵ではないとされています。自衛官は、天皇へも、内閣総理大臣へも服務宣誓はしていません。(自衛隊法施行規則39−42条)

オリンピック憲章では近代オリンピックの開会宣言は開催国の国家元首によっておこなわれるものと規定されています。日本で開かれた近代オリンピック(1964年夏季・1972年冬季・1998年冬季)ではいずれも天皇が開会宣言を行っています。

国内では、学会でも様々な議論があり、日本は立憲国主国かどうか、天皇は元首かどうか、いずれもはっきりとした見解はでていませんが、諸外国では「そんなの常識」という感じなのかなと長年思ってきたわけです。

フランスでは、実際のところどうなのでしょうか。

293あがるま:2011/03/03(木) 12:08:29
c'est une vraie concierge
は口語でune personne bavardeのことだと、ロベルにあつたが、軽蔑の意味はないのか!
今日ではgardien/ienneといふと。
マドモワゼルも使はずに女性は皆マダムだとも言つてたやうな。

294あがるま:2011/03/03(木) 12:44:16
ヴァインベルクの『女船客』
といふオペラ − 昨年のブレゲンツ音楽祭の録画 − をNHKで見た。
現代オペラなど殆ど見たこともないし、ナチや戦争の話は嫌なのだが、これは筋よりも音楽が素晴らしく最後まで見てしまつた。
1961年製作の映画『パサジェルカ』(ムンク監督、ダデウシュ・バイルド音楽)と同じ原作で数年後に作られた。
収容所の中では(別の)ポーランド女は、この女船客マルタの20歳の誕生日で最後まで歌へなかつた故郷を思ひ出す歌を、ドラマが終つた後で歌ふヤナチェック風なメロディの叙情的な歌が印象的。
モイシェイ・ヴァインベルクはポーランド人で殆どの家族が絶滅収容所で死んださうで、そのことを知つたのが彼の20歳の誕生日だつたのかも知れない。

295あがるま:2011/03/03(木) 12:54:01
ギャルソン!
もカフェの店員に対して使つてはいけないと一緒に言はれた(やうな気がする)

296Sekko:2011/03/03(木) 18:24:24
あがるまさま
まず、使用状況について言うと、

1.concierge  は建物の管理人について普通に使われています。


2.garçon   は、カフェのギャルソンについては呼びかけとしては死語です。
 私はフランスに暮らして以来、(カフェにいりびたっているわけではないですが)誰かがこう呼ぶのを聞いたことがありません。普通は「シルヴプレ!」でOK。若い女性が給仕していたら「シルヴプレ、マドモワゼル!」ということはあります。

concierge  についての差別的?表現があるのはこういうことです。パリでは今でも、入口に郵便受けがない古い建物が少なくありませんから、そういうところではconcierge が戸別に郵便物を配布します。 また、住居つきですから、ポルトガル移民の夫婦などが多く、奥さんが頼まれてベビーシッターや家政婦をすることも珍しくありません。建物の工事や点検のために、昼間留守の人からconcierge 鍵を預かることもあります。

そんなわけで、「家政婦は見た」ではないですが、concierge というのは各戸のプライヴェートな事情をよく知っていることが多く、共同部分の玄関などの掃除をしている時におしゃべりすることで「噂」の発祥地ともなります。それもあって、こちらではお正月になると、家賃の5%相当をチョコレートやカードと共にconcierge に渡すという習慣があります。これが廃れないのは、やはり口止め料とかいろいろあると思います。つまり、conciergeはある意味の権力を持っているわけで、警戒心と差別心が表裏をなしていると思います。もちろんconcierge の人柄にもよります。

それにひきかえ、Gardien といえば、語感から言って、外部の人間が勝手に入らないようにチェックする、という機能が中心ですね。今は、郵便受けが玄関にあって、コードやインタフォンもあって、管理人を置かないアパルトマンも増えています。もちろん、concierge に呼びかけるときは、「Monsieur XX」と呼びます。

マダムかマドモワゼルか不明の時にマダムと呼ぶ方がリスペクトしているのは今も昔も変りません。でも、フランスもアメリカ的というか今日的なjeunismeが浸透して来ているので、40代くらいの人だったら、未婚既婚にかかわらず、マドモワゼルと呼ばれて、「軽んじられている」と気分を害するよりも「若く見える」と解して喜ぶかもしれません。まあすべては文脈と言い方によります。

297Sekko:2011/03/03(木) 18:46:24
日本の元首
国家間のプロトコルにおいてはフランス語ではhomologueと呼ばれる「同格」の人の認定が必要ですね。

そういう時の日本の天皇は基本的に英国モデルにあわせていると思いますし、普通にもそう見なされています。

フランスのような国では、大統領が全権なので、もし天皇や国王が来れば大統領が対応しますが、日本や英国の首相などが来ても大統領ですね。フランスには首相もいますが、外交と軍事は大統領ということになっているので、やはり大統領です。(今の大統領には内政も全部手を染めて独裁者ふうになっていますが。

フランスはイギリスとの間でそれを使い分けているので日本にもそれを自然に適用していると思います。

日本の天皇が、政治的な権力のない元首、として外交の場で認知されているのはフランスに住む日本人はむしろ助かっていることが多いかもしれません。日本の首相はあまりにもめまぐるしく変るのでついていけなくて信用を落とすんじゃないかと気になるくらいです。 まあフランスは全体としては日本に好意的なんで助かります。

298迷える大羊:2011/03/04(金) 00:47:25
世界に冠たるフラ・・・
>フランスでそんな風に言っている人って、ある種の政治家とか以外にいないんじゃないでしょうか。外憂内患と言いますが、内患の方が大変で、外に威信を発揮する暇がないというか。

 そうですか。英国だけかな?そんなこといっているのは。まあ、目の前のことに忙しくて、そんなこと考えてるヒマなんて、っていうのはその通りでしょうね。

 でも、フランスっていうとかのドゴール主義、ゴーリズム、核武装のイメージが強いもんで。それに、パリの国際空港はそのドゴールの名を冠しているし、これから察するに彼はフランスでは英雄扱いなわけでしょ?それに最近でもサルコジ大統領の「地中海連合」の話がありましたし、そういう事実関係からつい、そういうイメージを持っちゃいましたね。

>アングロサクソン国に比べてフランスが日本好きなのは確かなようです

 ジャパン・エキスポの盛況ぶりや下記の映像をみると、若年層の一部にかなりの日本文化好きがいるようですね。

http://www.youtube.com/watch?v=vbjBYQXjBZE&feature=player_embedded

 しかし、一方で下記のBBCの世論調査によれば、日本は「良い影響を与える国」と評価しているのはフランスやらドイツよりより、アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダなどいわゆるアングロサクソン系の国の方がずっと多かったりしますね。ちなみに、かつての同盟国ドイツは日本に対する評価、認識は低いです。「よく知らない」っていうのが本当のところかも、ですが・・。

http://www.globescan.com/news_archives/bbccntryview09/backgrounder.html

 推論するに、フランスでは確かに「親日的」な人が比較的多く存在するが、それは日本に深い知識とか認識に支えられたものではない、アングロサクソン系の国々の方がまだしも、関わり合いがフランスより濃い分、日本について「良く知っている(といっても、あくまで比較的、ですが)」というのが本当のところかな?と。
 まあ、個人的には「親日派」よりは「知日派」がもっと増えてほしいところです。

 このBBCの調査、眺めるといろいろ面白いです。よく、日本の保守派は「日本人の自虐史観が〜」なんて憂いてますが、歴史観はともかく、日本人が自虐的なのは本当のようです。つまり、日本人で自国が「良い影響を与える国」と思うが41%です。海外の国々の方が日本人より日本を評価している、といった結果です。

 ちなみにフランスは72%、やっぱり中華思想の国??アメリカは60%、思ったよりは謙虚ですね。日本とよく似た現代史、戦後史を持ち、日本より「反省している」はずのドイツはなんと80%!(どうも言い方が皮肉っぽくなるなぁ、我ながら)。
 しかし、なんといってもすごかったのが中国。なんとなんと92%!!。中華思想がどうのこうのっていうより、一体、どんな教育を受けたらこんな数字が??すさまじい自虐ならぬ自尊です。

 まあ、サンプル、調査対象の問題もあるので、すべてが事実を現しているとはいえないかもしれませんが、意外な世界の姿がわかって面白い統計でした。

 

299あがるま:2011/03/05(土) 00:53:27
日本語でリスペクト
てのも抵抗があるのですが − 英悟かと思つてたがフランス語でも全く同じ意味?
尊敬ではなく尊重する程度の意味で使つてるのかな?
スタンスとか立ち位地、温度差なんて変な言葉を聞くと何だか気分が悪くなる!

300Sekko:2011/03/05(土) 01:13:00
respect
は「尊重」です。人間にではなくても抽象概念にも使えます。「他人の自由を尊重する」ように。日本語ではずっと「尊敬」のように訳されることが多く、尊敬はむしろestimeなので、困るなあと前からかんがえていたところ、いつの間にか「リスペクト」という英語が日本語化していて、これでフランス語のrespectもより正確に使ってもらえるなあ、と思っていました。同じ意味でも新しい語感を求めるのはいつの時代もあることで、残るものと残らないものがあるでしょうが私はあまり気にしていません。便利だなあと思う言葉もたくさんあります。

http://setukotakeshita.com/

301あがるま:2011/03/05(土) 13:59:40
(無題)
素人語源学によると
ciergeは教会にあるやうな大きな蝋燭でcon-ciergeはそれを持つて案内する召使、或は蝋燭そのもの。
re-spectのreはre-ligionと同じで、何度もre良く見るspectare、或いは反省する。
英悟のリスペクトはドイツ語repectoやラテン語で言ふrueck-sicht考慮する。
フランス語のレスペクトは誰かの優越性を認めること.

302迷える大羊:2011/03/19(土) 23:15:21
サルコジ氏とは?
 どういう文脈で登場した方なんでしょう?もちろん、彼の経歴、出自みたいなネットで調べられることをご質問したいわけではありません。

 具体的にはどういうフランス人が彼の支持者であり、いろいろ批判、非難を浴びつつも、民主的な手続きを経て大統領でありうるのは、彼にどのような長所、メリットがフランス人有権者の支持を集めているのか?知りたいのです。

 彼が、いわゆる左派、リベラルでないことは乏しい知識でも理解できますが、昨今のフランスの政治的潮流は「保守」っていうか、外向きっていうか「大国志向」が強いんでしょうか?(あくまで、彼の表面的な言動だけをみた上での印象ですが)
 彼の愚かしい点、デメリットについては、先生のブログなどでよくわかるのですが、その一方で、彼の支持を集めている部分(特に内政面)についても知りたいところです。

 思えば、今でこそ極悪人のように言われるヒトラーにしても、「民主的」なワイマール憲法の下、選挙戦に勝ち上がり、合法的に政権を握っているわけですし。あと、ついでに隣国イタリアのベルルスコーニ氏なんていうのも、一体どういうイタリア人が彼を支持しているのか?知りたいな、なんて思ってます、まあ、これは蛇足ですけど。

 話は脱線しますが、先生のブログでも触れられていますが、今回の震災のフランスの反応ってなんともエキセントリックでしたね。サルコジ氏も突如来日したい、って言い出すし。
 地理的に近く、自国民が多く日本にいる中国ならまだ、わかりますが、なぜフランスが??てな感じで(そういえば、BBCの対日世論調査でも、フランスの数値は不可解でしたねぇ)

303Sekko:2011/03/20(日) 02:10:22
サルコジとフランス
この震災騒ぎで仕事が遅れているので長く書けませんが、サルコジについては、リベラルじゃなく完全に「ネオリベ」の文脈で出てきた人です。国益よりも多国籍企業などの財界利益が大事。国内向けにはその場限りのポピュリズム。後、個人的にほとんど病気の権力志向や目立ちたがりの性格。彼が出てきた時点では、「学歴エリート」では決してない経歴のこの人をうまく操れると、エリートたちはたかをくくっていたんだと思います。

あと、社会党がばらばらだったり、市場経済至上主義の世の中で、フランス革命の理念など、言葉だけで棚上げされてしまったのでしょうね。

「サルコジのフランス」は別に大国志向でなく、自分が個人的に偉大なリーダーだと見られたい、ということでしょう。今回のリビアへ介入の安保決議で、「アメリカを引っ張った」といって舞い上がっていますが、中国、インド、ブラジルなどの国が「アラブ圏の民主主義革命」に冷淡なのを見ると、この世界の未来はどうなるのか、心配です。

親戚のある医師(フランス人)が、今回のフランスの態度の「上から目線」を揶揄していました。もし同じことがフランスで起これば、

集団ヒステリー、無期限ゼネスト、政府の責任追及、地震禁止条例(地球に命令)を発令、もちろん新しい税金が増え、休日がまた減る(前に猛暑で犠牲者が多かったことを受けて祭日が一日減らされたのです。その日に働く賃金が救済や対策に回されるということで)、そして原発をめぐって果てしない論戦・・・

だと。

まったくそんな感じです。

左派の日刊紙の土曜第一面には「日本はチェルノブイリに学ばなかった・・・」とありました。昨日のニュースでは、原子炉を修繕するロボットを日本に貸すと言ってました。

フランスは原子炉だらけだから報道などにバイアスかかりまくりなので、あんまり見ないようにしてます。

http://setukotakeshita.com/

304迷える大羊:2011/03/20(日) 13:39:51
なんだかなぁ
>昨日のニュースでは、原子炉を修繕するロボットを日本に貸すと言ってました

 ええ?全然知らないんですが、そんな話。ていうか、フランスっていつの間にそんなもん開発してたんですか?。ていうか、今回の場合、原子炉が壊れたんではなく、冷却機能が働かないことが問題となっているんですが・・・。どうも、この新聞の記者も問題を大して理解して書いているようではないですね。彼らが何かと対抗心を燃やす??アングロサクソン系統の国々の方がその辺、「冷静沈着」です。ちなみに私個人は、原発報道については以下のURLの方とほぼ同意見。

 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/5668

 海外からの支援についても、個人的にはなんだかんだいって、一番的確な対応をしているのがアメリカ軍のように思えますし。
 問題の所在が大してわかっていない、特に有効性のある策が講じられないなら、上から目線で大騒ぎしてないで、黙っててくれ!と思うのは私だけでしょうか?結論としては、あちらのマスコミも日本のそれと大同小異、いや、変に知ったかぶりしないだけ、まだ日本の方がマシ、との印象を受けてしまうのですが・・。

>中国、インド、ブラジルなどの国が「アラブ圏の民主主義革命」に冷淡なのを見ると、この世界の未来はどうなるのか、心配です。

 うーん、別にこれらの国々を弁護するわけじゃないですが、自分の利害に関わらない国、「よく知らない国」の「人権問題」「民主化問題」に冷淡なのは、彼らに限ったことでもないように思えますが。

 例えば、日本と関わりが深く、人権面でも、安全保障面でも大問題、リビアのカダフィ政権に勝るとも劣らないヒドイ独裁政権が続く北朝鮮の問題にしても、ネットで眺める限り、フランスや欧米で問題とされるのはもっぱら核の問題ばかりで、拉致だとか、元在日朝鮮人、韓国人の「帰国者」の問題なんてほとんど話題になってないですし、リビアのように命をかけてまで介入するつもりはなさそうですし。

 逆にいえば、リビアはフランスやその他欧米諸国にとって、のっぴきならない「利害関係」があり、地理的に近く「関心」があるし、軍事行動を起こしても、中国などの大国が積極的に絡んでくる可能性がないから「安心して」空爆実行ってところなんじゃないかな?と勘繰る私は、冷めているんでしょうか?

 ところでリビア問題でイタリアの反応はどうなんでしょう?確かリビアってイタリアの植民地だったはずですし、何かあれば、イタリアにも難民がなだれ込む可能性が高いわけで、「他人任せ」でいいわけがないですが?。何より、サルコジ大統領以上に「個性派」「目立ちたがり」のベルルスコーニ首相はどういう言動をしているのか?一向に伝わってこないのが不思議ですが・・。


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