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避難用作品投下スレ

325深夜の奇襲3:2007/01/23(火) 01:54:14 ID:O1m.R34I
柚原春夏
【時間:2日目午前3時半】
【場所:F−5南部・神塚山】
【所持品:要塞開錠用IDカード/武器庫用鍵/要塞見取り図/支給品一式】
【武器(装備):500S&Wマグナム/防弾アーマー】
【武器(バッグ内):おたま/デザートイーグル/レミントンの予備弾×20/34徳ナイフ(スイス製)】
【状態:このみのためにゲームに乗る】
【残り時間/殺害数:9時間49分/4人(残り6人)】

柏木耕一
【時間:2日目午前3時半】
【場所:F−5南部・神塚山】
【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(1/8)・大きなハンマー・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:春夏と対峙、右腕軽症、柏木姉妹を探す】

川澄舞
【時間:2日目午前3時半】
【場所:F−5南部・神塚山】
【所持品:日本刀・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:耕一の援護に、祐一と佐祐理を探す】
【備考:髪を下ろしている】

Remington M870(残弾数1/4)は周辺に落ちている

(関連・558・578)(B−4ルート)

326名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:31:14 ID:n2kR5K4o
――静かな朝だった。いつも彼女が寝ている、よく知っている彼女の家で、穏やかな日常に相応しく、柔らかな日光が窓から降り注ぐ。
そして、起き上がった水瀬名雪はなんて酷い夢を見ていたのだろう、と思った。
たくさんの人が殺し合う夢だった。
いきなり訳も判らず武器を持たされ、見も知らぬ孤島へと放り出された。武器の内容は――よく覚えていない。きっと混乱していたせいだろう。
『夢の中の』島で襲われたことは鮮明に覚えていた。まず目つきの悪いいかにも凶悪殺人犯、というようないでたちの男に襲われ、次にナイフを持った歪んだ笑い方をする女に切りつけられ――
そして恐怖が限界に達して、意識を失おうかというときに母、秋子が助けてくれて――そこで夢が醒めたのだった。
随分と悪趣味な夢だった。いつもはまだ眠気が残っているはずの頭から、きれいさっぱりとお掃除したかのように眠気が吹き飛んでいた――最近、ホラームービーを見たわけでもないのに。
けれども、これが夢なのだと分かって、名雪は心からの安堵を覚える。いや、夢に決まっていたのだ。友達や家族で殺し合うなんて――そんなこと、現実に有り得るはずがなかったのだから。
「…あっ」
時計を見る。短針が八の数字、彫心は十一の数字を指しかけている――遅刻だ。ま、いつものことだけれど。
どうせなら、一回くらい思いきり遅刻してもいいかもしれない、と名雪は思った。こんな悪夢から覚めた朝なのだ。一日くらい戻ってきた日常の味を噛み締めても、バチは当たらないだろう。
「――けど、祐一を待たせるわけにはいかないよね」
いつものように名雪への文句を垂れている、その家族の姿を思い浮かべる。言葉が今にも聞こえてきそうで、名雪はふふ、と笑った。
そうだ、今日は祐一やあゆちゃん、真琴を誘ってみんなでイチゴサンデーでも食べに行こうかな。
理由は何でもいい。とにかく、みんなで楽しく騒いで、あの夢をワンシーンでも多く消し去りたかった。
「そうだ、それがいいよね」
ぽん、と手を叩いて自らの案に満足する。――そして、一刻も早くこのことを伝えようと、名雪は思った。
祐一も、あゆちゃんも真琴も、きっと頷いてくれるよね。

327名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:31:58 ID:n2kR5K4o
いつもより数段早いスピードで着替え、自分の部屋を後にし、きっと美味しい匂いが広がっているであろうリビングへ向かった。
「おはようございま…」
朝の挨拶をしかけて、名雪は異変に気付いた。
皆が皆、机に突っ伏して寝ているのである。まるでいつもの名雪のように。
「もう…みんな、どうしちゃったの? もう八時前だよ?」
そんな時刻に起きてくる名雪が言えた台詞ではなかったが、文句を言っておく。――しかし当然のように、皆返事をしない。よく見れば、食事もまだ作られていなかった。
「仕方ないなぁ…ほら、真琴、起きて」
手近にいた真琴を揺さぶって――すると、ぶしゅ、と真琴の背中から何かが吹き出し、名雪にまともに降りかかる。
「わ…っ!?」
一瞬、どうなったのか分からなかった。『それ』は何だか生暖かくて、そして赤い色をしていた。
「え? え…?」
目の前の異様な事態に対応できず、困惑した声を出しながら名雪は一歩、後ずさる。真琴は、いつのまにか床に赤い水溜りを作って――その中央に佇んでいた。
「ま、まこと? あ…あ、ど、どうしよう、どうなったの? お母さん…そうだ、お母さん、大変、真琴が、真琴が!」
同様に寝ている秋子に駆け寄りこちらも揺さぶろうとして――少し揺らした時、ゴト、と何かが外れる音がした。
「――え?」
信じられない光景。名雪の目の前で、我が母親の頭と胴がきれいに切り分けられていたのだ。
当然、秋子が生きているはずがない。
きれいなピンク色をしている首の切り口を見た瞬間、名雪の脳にあの恐ろしい悪夢がフラッシュバックする。
――嘘だ! あれは夢、ただの出来の悪い夢だったのに!
必死で否定するが、たちまち体に震えが広がっていく。何が何だか分からない。どうして、皆死んでいるのか。いや、でも、誰かがいない――
「あ、そ、そうだ、祐一が、祐一がいな、いないよ? ゆういち、どこ、どこ…?」

328名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:32:31 ID:n2kR5K4o
真っ白な頭で、それでもまだ僅かながらに残っていた祐一に助けを求める。
早く来て。一体何がどうなっているの――
恐怖に耐えかねて、しりもちをついたときに、ガタン、と玄関が開く音がした。
「ゆ…祐一?」
――そうだ! きっとそうだ! 祐一が私を助けに来てくれたんだ! ああ、それにお母さんや真琴を助けてもらわないと――
希望と絶望が入り混じり、泣き笑いの表情を浮かべながら玄関へと走る名雪。
「祐一っ! お母さんが、真琴が!」
顔についた『それ』を拭いもせず、ひたすら助けを求めて叫ぶ。
――だが、玄関にいたのは全身血まみれになり、傷だらけになっている祐一の姿であった。
「――う、な…なゆ…き、か」
「――ゆ、ゆう…祐一っ!」
言うが早いか駆け寄り、血がつくのも気にせず祐一の体を支える名雪。
「祐一っ、どうしたの、ねえ、一体何がどうなってるの、教えてよ祐一!」
「く、くそっ…痛てぇっ…に、逃げろ名雪、さつ、さつ、じん、き、が――」
力を振り絞るように祐一は言うと、そのままがっくりと項垂れ、動かなくなった。
「祐一っ!? 祐一ぃっ!」
一心不乱に体を揺すってみてもどうにもなりはしないのだが、それでもそうしないわけにはいかなかった。
だって、あれは夢、夢なのに――
きぃ、ともう一度扉が開く音がした。
「なんだ、まだ生き残りがいたのか」
夢の中で聞いた、凶悪な殺人鬼の声。そんな、まさか、という思いで顔を上げる。
間違い無い。確かにそれは、あの『夢の』中で見た、最初に出くわした――
「じゃあ、死んでもらうか」
――黒服の、目つきの悪い男だった。
そして、ゆっくりと手に握っていた拳銃を持ち上げ、名雪の額に押し当てる。
「じゃあな」
やけにリアルな音がして、名雪の意識が暗転した。
     *     *     *
目を覚ましたとき、そこにはあの黒服の男はいなかった。
何秒か経って、名雪はあれも夢だったのか、と認識するに至る。――とすれば。
寝汗で張りつく前髪を払いながら、恐る恐るカーテンの隙間から外を確認してみる。
――そこは紛れも無い、あの『夢の中』の世界だった。
「わたし、わたし…まだ、ここにいるんだ」

329名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:33:05 ID:n2kR5K4o
自分がまだ生きていることに、名雪は不思議な感慨を持った。先程見ていた本当の悪夢で、殺されていたからかもしれない。
「――そうだ、祐一」
思って、すぐに名雪の中であの光景が蘇った。
全身に傷を受け、ぼろぼろになって死んでいった祐一。
まだ無事な名雪を見て、逃げろと言って死んでいった祐一。
そして、同時に助けを求めていたようにも見えた祐一。
今、祐一はどうしているだろう? これが夢でないとするならば――
これは続いている、まぎれもなく続いている。
そして、この瞬間にも、祐一はあの黒服のような人間に襲われ、命を落としかけているかもしれない――そう思うと、名雪の体に震えが走る。
「嫌…そんなの、絶対に嫌だよ…」
七年前のあの雪の日から、ずっと祐一の事を想い続けてきた。それはこんな狂った状況でも変わりなく。
会いたい。抱きしめたい。言葉を交わしたい。一緒にいたい――
祐一に対する欲望と失う絶望が入り混じり、さらに悪夢の影響で、名雪の精神はかなり擦り切れていた。さらにこの部屋の暗闇が、恐怖を増長する。
――それが、名雪に錯覚を起こさせた。
『わたし、わたしはどうしたいの?』
「…えっ?」
部屋のどこからか聞こえてくる、妙に懐かしい声。それが、昔の自分の声だと気付くまでに、数秒を要した。
『正直に答えて。ね、わたしが一番したいことって、なあに?』
どうしてこんな声が、と考える余裕はすでに名雪にはなかった。心のままに、名雪は答える。
「…祐一と、一緒にいて、いつまでも、一緒にいたい」
『そう、だったら、そうできるようにしようよ』
「そうできるようにって…わたし、どうすればいいの?」
『簡単だよ。わたしと、祐一以外の、みーんなを殺しちゃえばいいんだよ。そうしたら、何に怯える事もなくなって、いつまでも大好きな祐一といられるよ』
「みんなを…殺す…」
それは、今まで思いつきもしなかった魅力的な提案だった。

330名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:33:39 ID:n2kR5K4o
――この時、名雪は見つづけた悪夢のせいで既に正気を失っていたのかもしれないが、それでも、まだいる同居人の存在を思い出して、ぎりぎりのところで踏みとどまった。
「で、でも…まだ、お母さんや、真琴もいるし…」
『そんなの後にしちゃえばいいじゃない。――それに、もう、真琴だって殺されてるかもしれないよ? お母さんだって、分からないよ?』
確かに、そうだった。名雪が殺さなくても、祐一を殺そうとする殺人鬼が真琴や秋子を襲わない保証などどこにもない。
『ね、やろうよ。祐一を守るために』
よりいっそう、耳元で囁いたように大きな声になる。ほとんど、名雪の良心が消えかけていたところに――
「――みなさん聞こえているでしょうか。これから第2回放送を始めます。辛いでしょうがどうか落ち着いてよく聞いてください。今までに死んだ人の名前を発表します」
男の声が、いきなり聞こえてきた。死者の発表。それにはじかれるように、全神経を集中してその放送に聞き入った。
次々と、読み上げられていく死者の名前。そして、その中に――
「――52番、沢渡真琴」
その名前で、名雪の中にある何かが切れた。
そこに追い撃ちをかけるように、声が呟いた。
『――ね、言った通りだよ。もう真琴も殺されちゃった。だから、みんな、殺そ?』
その囁きに、名雪はゆっくりと頷いた。
「うん、そうだね、それしかないよね。わたしが頑張らなきゃ…わたしが頑張って、ゆう、いちを、守らなきゃ」
今までとは打って変わったような力強い足取り。妙に落ち着き払っている呼吸。――そして、取り憑かれたかのような、濁った、狂気を孕んだ瞳。
殺す、殺す、みんな、殺す――
水瀬名雪の思考は、人を殺す、ただその一点に絞られていた。
     *     *     *
名雪が狂気に彩られる少し前。放送の直前になって、るーこと澪の二人が起きだしてきた。
「…うーへい、どうして起こしてくれなかった」

331名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:34:15 ID:n2kR5K4o
開口一番、るーこが言ったのは交代で見張りをすると言っておきながら朝まで替わらなかった春原に対する不満の声だった。
「嘘つきだぞ、うーへい。嘘は『るー』ではとても思い刑罰だ。首ちょんぱになる」
冗談じゃなさそうなるーこの語気に、春原は冷や汗を浮かべて弁解する。
「い、いや、起こそうとはしたんだけどさっ、あまりに気持ち良さそうに寝てたから起こすに忍びないと思ったというか、無我の境地で見回りしてるうちにいつのまにか夜明けを迎えたというか…」
必死に身振り手振りを交えてるーこの機嫌を取ろうとする。ああ、こういうのを何と言ったか。そうだ、蛇に睨まれたカエルか? いや、違うような…
「まあまあ、陽平さんは好意でやってくださっていたんですからここは大目に見てあげましょう? これから朝食を作りますから気を取りなおして下さいね」
夜明けまで主に外の見回りをしていた秋子が戻ってきて、るーこを諭す。年長者の言葉だからか、渋々ながらもるーこは素直に聞き入れ、分かった、と言った。
「けど、次からは必ず見張りは交代だぞ。うーへいにだけ重荷を背負わせるわけにはいかない」
見ると、るーこの目には本気で春原の事を心配している、そんな感じがしていた。
「るーこ…」
朝日が差し込む民家に流れる、ほんのりとした甘い空気。ビタースウィートなカップルの惚気、今なら特売、お安くしていますよ――そんな空気に耐えかねたのか、澪がこっそりとスケブで愚痴る。
「『バカップルなの』」
一方の秋子は、まるで気にした様子もなく、見張りをしていたときの武器をテーブルに置き、いそいそと朝食作りに励んでいた。
「…そうだ、一つ重大な情報があるぞ」
しばらく春原と見つめ合っていたるーこが、思い出したかのように言葉を発し、ため息をついていた澪の肩に手をかける。
「うーみおもこれから一緒に行動することになった。よろしくしてやれ、うーへい」
「え? 澪ちゃんも一緒に?」
昨日は外に出るのを躊躇っていたのに。気付かない間にるーこが説得していたのだろうか。
「『足手まといにはならないように努力するの』」
別にそんなことは気にしていなかったが、けれども、とにかく一歩踏み出してくれる勇気を持ってくれてよかった、と春原は思った。
「いいよ、大歓迎さっ。秋子さん、いいですよね?」

332名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:35:01 ID:n2kR5K4o
「了承」
一秒だった。決断の早い人だなあ、と春原は感心する。が、「ただし」と秋子が付け加える。
「くれぐれも無茶はしないでね。いい?」
うんっ、と澪が大きく頷く。それに満足したように微笑みを浮かべると、秋子はまた朝食を作り始めた。
「そうだ、これを返しとくよ」
話が一段落したのを見計らって、春原がウージーをるーこに手渡す。
「いいのか?」
「いいも何も、元々るーこの支給品じゃないか。僕はこっちで十分さ」
リビングの隅にまとめてあるデイパックから、本来の支給品であるスタンガンを取り出す。最大で100万ボルトもの電圧を生み出すそれは、人を殺すまでにはいかなくとも一発で気絶させられるだけの威力を備えている。
正直なところ、銃は向いていないと春原は思っていた。撃ち損じて致命傷になってしまったら取り返しがつかない。
その点はるーこも同じだが、まあ、彼女なら間違いはないだろう。勘だけれど。
スタンガンを取り出した時に、聞くのは二回目となる、あのくぐもったスピーカー音が響き渡った。
「――みなさん聞こえているでしょうか。これから第2回放送を始めます。辛いでしょうがどうか落ち着いてよく聞いてください。今までに死んだ人の名前を発表します」
一気に、その場にいた全員が氷漬けになったように、動きを止めていた。秋子すらも、包丁を止めて放送に耳を傾けていた。
少し間を置いた後、よく聞いておけと言わんばかりのゆっくりとした声で名前が読み上げられていく。
春原は心中で妹の無事を願う。頼むぞ、頼むから生きていてくれよ。
妹が、芽衣が自分より先に死ぬはずがない。何たってあいつは要領がいいし、それに性格からして危害を与えるような奴じゃない。大丈夫、大丈夫――しかし、どこかで、もしかしたらという危惧はあった。
そして、それは現実のものとなる。

――春原芽衣

あ…と、春原の口から声にならない声が出た。嘘だろ?あの出来のいい妹が、自分より先に逝ってしまうなんて――しかし、これは現実、まぎれもない現実である。否定できなかった。
だって、春原達は既に巳間良祐という人間に襲われて命からがら逃げてきたのだから。
「…うーへい」
春原、という名字で全てを察したのか顔を、どこかのしがない画家が描いた絵画のようにしている春原に何か声をかけて慰めようとする。

333名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:35:35 ID:n2kR5K4o

――深山雪見

「なっ…」
今度はるーこが、そして澪が絶句する。澪はスケッチブックをごとん、と取り落としていた。
せんぱい、とこちらは口だけをぱくつかせ(実際澪は声が出せないのだが)、血の気の引いた顔で壁に体をつけて、へたり込んだ。
一方の秋子も、内心動揺は隠せなかった。沢渡真琴が死亡していた。あのこは、とても大切な家族、そう、何が何でも守りたい内の一人であったのに。
それでも、秋子は平然としているように振舞わなければいけなかった。自分は年長者だ。皆の模範となって、落ちつかせなくてはならない。
「陽平さん、澪ちゃん…どうか、気を落とさないで下さい」
何と陳腐で、心のこもっていない言葉なのだろうと秋子は思ったが、それでも気を取り直してもらうにはとにかく言葉をかけなければならない。
「――ねえ、秋子さん、僕の行動って…やっぱり間違っていたんですかね?」
先に反応したのは、春原だった。
「思うんです。やっぱり、自分一人だけでも先行して、芽衣を探しに行けば…どこかで、見つける事が出来たんじゃないかって」
涙声だった。頬を伝うものを拭おうともせずに、ひたすら懺悔室で罪を告白するように。言葉を並べる。
「そんなの、可能性の一つにしか過ぎないってのは、バカな僕でも分かります。ですけど…やっぱ、こんなにあっさりと名前が読み上げられると…間違っていたんじゃないかって思わずにはいられないんです」
「…それは違う、うーへい」
首を振って、るーこが春原の首に手を回し、息がかかるかかからないかのところまで、顔を近づけていた。
「間違っていない、絶対、うーへいは間違っていないぞ。るーはうーへいが間違ってないと、信じてる」
理由も何もなかった。しかし、そんなに自分を責めないで欲しい、と言っているように春原には聞こえた。自分一人だけで、苦悩を抱え込むな、と。
るーこは、だから、と一旦言葉を切ってから顔を少し離し、目と目をつき合わせる。
「信じろ、うーへい」

334名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:36:09 ID:n2kR5K4o
何を? と以前の彼なら言っていただろうが、今はるーこの言わんとしていることが分かる。
行動を、思いを、仲間を、そして、生きて帰れる事を。
「――ああ、そうだね…芽衣もこんな僕の姿なんて望んじゃいないはずだ。それに…まだこの放送では藤田や川名はまだ呼ばれてない…あいつらだって、きっと頑張ってるはずだ。澪ちゃん、まだ川名は探せる。まだ川名は死んでないんだ。行こう、探しに」
それまで、ずっと口を閉ざしていた澪に声をかける。まだ雪見の死のショックから立ち直れていないのか(それも普通は当たり前であるが)、ぼろぼろ涙をこぼしていた澪だが健気にそれを拭って、うんっ、と頷いた。
秋子はそんな彼らを見ていて、きっとこの子達なら、わたしがいなくても大丈夫ね――と、心中で思っていた。想像以上に彼らの精神は強い。引き止める理由など、ない。
「…でも、その前に腹ごしらえしたいね。さっき泣きまくってたせいで腹減ったな…はは、カッコ悪い」
心持ちなさげに腹部を押さえる春原。それで少し緊張がほぐれたのか、澪も少しだけ笑みを見せた。
秋子が、「あらあら、それじゃあすぐに作りますね」と言い、再び料理を始めようとしたときだった。
澪の背後から、人影が現れた。
「…おっ? 秋子さんの娘さんの…なゆ」
現れた名雪に声をかけようとした春原が、彼女の異変に気付いた。いや、それは予感に近いものであった――雰囲気が、何かまともじゃない!
「澪ちゃん! 逃げろっ!」
えっ、と澪が背後の名雪を振り向いたときには、既に名雪が、秋子のデイパックから持ち出していたスペツナズナイフが、澪の胸部に深々と突き刺さっていた。
そのまま、名雪はぐりっ、と無理矢理ナイフを上に押し上げて澪の生命を完膚なきまでに削り取った。
最後まで何が起こったのか理解できないまま――上月澪は、目を見開いて、死んだ。
「う…うーみおっ! …貴様っ! よくもっ!」
ウージーを構え、今すぐにでも発砲しようとするるーこを上からウージーを押さえつけて動きを制する春原。

335名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:36:46 ID:n2kR5K4o
「何をする! こいつに、うーみおが、うーみおがっ!」
「やめるんだ! 今ここで撃ったら、秋子さんまで敵に回すことになるぞ!」
ハッ、として背後の秋子を見やるるーこ。――そこでは、秋子が呆然とした顔で、それでも本能的にとった戦闘体勢は崩さぬまま、春原達の方向を向いていた。
空間的には、水瀬親子に囲まれていることになる。状況は、春原側の方に不利だった。
「くそっ」
るーこが毒づき、秋子の方へウージーを向ける。発砲はしないが、牽制は怠らない。
ピクリ、と秋子の体が動きかけて、それを何とか押し留めるようにして、震えた声で名雪に話しかける。
「――名雪? 今、いま、一体…何をしたの?」
その声はただ震えていた。名雪が、まさかこんな蛮行に走るとは思いも寄らなかったからである。
さてその水瀬名雪と言えば、いたって冷静な――むしろ感情を殺したような、冷たい目線を秋子に向けて、
「何してるの、お母さん? 早くその人たちを殺してよ。敵だよ? この人たち」
何をボサッとしているのか、というような口ぶりだ。秋子はその一言で、名雪がもう二度と取り返しのつかない世界へ入ってしまったのだ、と知る。
「やめて…名雪。ね、いい子だから…お願い、お母さんの言う事、聞いて?」
それでも、秋子は説得を試みる。我が子が、殺人鬼になってしまうなど耐えられない事だったからだ。
しかし当の名雪は、半ば懇願している秋子を見捨てるように「もういいよ」と吐き捨てた。
「じゃあ、わたし一人でやるよ。結局…祐一を守れるのはわたしだけなんだから!」
血に染まったスペツナズナイフで春原に突進する名雪。陸上部の部長という肩書きは伊達ではなく、一瞬にして距離を詰める。
ロケットだ、と春原は思った。400馬力のハイパワー。お買い得だと思いますけど、お客さん?
「冗談キツイっての!」
ヘッドスライディングの要領でナイフを回避して澪の死体が転がっているところまで逃げた。
そこで、解剖されかけたカエルのような澪の死体が、春原の目に入る。ちくしょう、ホラームービーだ、まるで。ついさっきまで、言葉を交わしてたっていうのに!
「うーへい!」
るーこは動けなかった。春原を援護すれば秋子が動く。秋子が動かないのは、まだ春原やるーこに対する保護者としてのストッパーが働いているからだ。だが、それはいつ外れるか分からない。
わずかな動きで、いともたやすく外れてしまう。
攻撃を外した名雪はと言えば、るーこを狙う事なくすぐに反転して春原に斬りかかる。動けないるーこよりも動ける春原の方が脅威と判断したからだ。

336名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:37:24 ID:n2kR5K4o
「くそっ! るーこ、こらえてくれっ! 僕が必ずなんとかするっ」
必死で名雪の斬撃を回避しつつ、スタンガンのスイッチを入れた。後は、当てられさえすれば!
腕を伸ばし、スタンガンを押し当てようとするが、しゃがまれて下から斬りつけられた。今までに経験した事のない、ホンモノの痛みが春原の腕から神経を伝わり、脳へ届いた。
「〜〜〜〜〜〜っ!」
スタンガンを取り落としかけるほどの激痛。だが、手放しはしない。これは名雪を傷つけずに倒せる、唯一の武器なのだから。
「好き勝手にされてたまるか!」
攻撃直後の隙を狙いスタンガンを振り下ろそうとして――名雪が、スペツナズナイフを奇妙な持ち方をしているのに気付く。柄の部分を、まるでスイッチを押すような持ち方だ。刃の先は、当然春原の方を向いている。
朝で薄暗い部屋の中だというのに、それはやけに輝いて、春原の目に写っていた。
タン、と軽い、まるでばねのおもちゃのような音がして、ずぶりと肺の部分に何かが突き刺さる。
――ナイフの、スペツナズナイフの刃だった。
「そんな…仕込みナイフかよっ…ついてねえや」
ひゅー、ひゅー、と呼吸が荒くなる。口にも何かが込み上げ、舌が鉄の味を感じ取る。やがて、足が感覚を失って、春原は床板にどさりと倒れこんだ。
「そ…そんな、うーへいっ! 冗談はやめろっ!」
今すぐにでも駆け寄りたかったるーこだが、それはできない。何故なら、水瀬名雪が春原との間に立ち塞がっているからだ。また、秋子の存在もあった。
その名雪は、柄だけになったスペツナズナイフを投げ捨てて、今度は机の上に置いてあった――料理を始める前、秋子が置いていた――ジェリコ941をおもむろに手に取り、るーこに標準を合わせた。
「くそっ…!」
ウージーの標準を合わせようとするも、既に構えている名雪より先に発砲出来るはずもなかった。
ここまでか、とるーこは思った。
しかし名雪の発砲は、バチッという甲高い音と共に中断された。名雪の体が硬直し、でく人形のようになる。そして、その音の原因は。
「――言ったろ、好き、勝手に、させるか…って」
肺の部分から盛大に血を流し、口から血を吐きながらもここまで這いずって来た、春原陽平だった。手には、スタンガンを持って。
言い終えた直後、肺から突き上げてくる痛みに耐えきれず、口から大量に血が吐き出され、春原はまるで他人事のように、あ、こりゃ死んだな、と思った。
「うーへいっ! 大丈夫か、しっかりしろっ、るーが助けてやるぞ!」
ぼんやりしていて、るーこの顔がよく見えなかった。――ああ、いや、焦点が合ってないのか。頼むよ、僕の目。ボロのカメラじゃないんだから。
「安心しろ、るーの力で…そんな傷なんて…だから死ぬなっ、うーへいっ、うーへい…」

337名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:38:08 ID:n2kR5K4o
るーの力というのが何のことだか分からなかったが――もうどうでもいいや。それより、女の子がそんな顔してちゃだめだろ? 台無しじゃないか。
…いや、これって僕のせいだよね、ちくしょう、最後に女の子泣かせるなんて、なんてカッコ悪いんだよ。ああ、くそっ、そんなバカなことを考えてる場合じゃないんだ、逃げないと、出来るだけ遠くに。
「も、もう…僕の事は…いいから、武器と、にも、つを持って、ここ、から、逃げろ」
「そんな事が出来るか! 約束しただろう、生きて帰るって、また、うーさきや、うーひろと…合流して…」
死に際になって、初めて春原はるーこの、ものすごく女の子らしい側面を見たと思い、それから、るーこが好きだったことに今更気付いた。グレイト、なんて要領の悪い。
「はっ、は…肺を…やられてる。こ、こればっかりは…ブラックジャックでもどうしようもないさ…だ、だだだ、だからら、たのた、頼むよ、僕ののの、かわりに――」
唇が震えて、まるでビビったチキン野郎のような声だった(あ、そりゃ正しいのか)。けれども、最後の言葉だけは、はっきりと伝えなくちゃいけない。これはとても、大事なことだ。
「――最後まで、戦ってくれよっ」
言えた。僕にしてはいい出来だったんじゃないか? そう思って、春原は笑みの形を浮かべた。
それをどう受け取ったのかは分からないが、ともかく、るーこは、「…分かった…」と感情を押し殺すように呟いて、部屋の隅に置いてあった春原とるーこの荷物を引っ掴み、澪の死体を乗り越えて屋外へと逃走した。
残ったのは、春原と、気絶した名雪を抱きかかえている秋子だった。るーこが逃亡したのを見計らったように、秋子が何事かを呟いたが――既に春原の耳はそれを捉えることが出来なくなっていた。
だんだん、心臓の音も鼓動の感覚が広くなってきた。もう、一分と経たない内に、死ぬだろう。
――思った。クソ、芽衣、もうお前のところまで行きそうだよ。ついさっき生き残るって決意したってのに。
――思った。るーこ、お前には死ぬよりつらいことを背負わせてしまったかもな、ごめん。
――思った。岡崎、杏、ざまあねえや。
――思った。ああ、美味いメシが、食いてえっ…せめて、僕は――
そこまで思ったときには、彼の心臓は、活動を停止していた。まだ思い残すことがあったのか、決して満足な顔ではなかった。



こうして、春原陽平は、ここで息絶えたのだった。

338名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:38:34 ID:n2kR5K4o
【時間:2日目6時30分】
【場所:F−02】

水瀬秋子
【所持品:木彫りのヒトデ、包丁、殺虫剤、支給品一式×2】
【状態・状況:健康。主催者を倒す。ゲームに参加させられている子供たちを1人でも多く助けて守る。ゲームに乗った者を苦痛を味あわせた上で殺す】
春原陽平
【所持品:スタンガン・支給品一式】
【状態:死亡】
ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品:IMI マイクロUZI 残弾数(30/30)・予備カートリッジ(30発入×5)、支給品一式×2】
【状態:民家の外へ逃亡。服の着替え完了】
上月澪
【所持品:フライパン、スケッチブック、ほか支給品一式】
【状態・状況:死亡】
水瀬名雪
【持ち物:IMI ジェリコ941(残弾14/14)、GPSレーダー、MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)、赤いルージュ型拳銃 弾1発入り、青酸カリ入り青いマニキュア】
【状態:肩に刺し傷(治療済み)、気絶。マーダー化】

【その他:スペツナズナイフは刃が抜け、床に放置されています】
B-10

339三人:2007/01/27(土) 14:49:27 ID:5P7WLVFw
診療所の一室で、傷付いた秋子と観鈴は寝息を立てている。
その部屋で、環、敬介、往人の三人は情報交換を行なっていた。
思い思いに、それぞれがそれぞれの経緯を語る。
一通り話を終え、往人がその内容を確認する。
「つまり、観鈴はまだ晴子が死んだ事を知らないんだな?」
「ええ。私はまだその事を教えてませんし、もう少し時間を置いてから教えるべきだと思います」
「そうだね……」
歩んできた道は違えど、観鈴を思う気持ちは変わらない。
だからこそ揃って憂いの表情を浮かべ、溜息をつく。
そのまま三人は黙り込んでしまった。

静寂の中、時だけが経過してゆき―――
やがて、往人がポツリと呟いた。
「なあ、敬介」
「何だい?」
「晴子は―――」
「……やり方は間違っていたけれど、晴子は最期まで観鈴の為に戦いながら逝ったよ」
「……そうか」
再び訪れる沈黙。
そして往人は、かつての生活へと思いを馳せた。


終わりの無い、永き旅路の途中で観鈴と出会った。
観鈴と晴子と、三人で暮らしたあの家での生活。
旅人である自分にとって、それはあくまで一時的な物に過ぎなかった筈だ。
しかし彼女達との生活には自分が忘れかけていた暖かさが確かにあった。
陽気で豪快で、時に暴走しがちな性格の晴子であったが―――嫌いじゃなかった。
酒盛りの相手をさせられた事も、人形を撥ねられた事も今となっては懐かしく感じられる。
もう―――あの日々は戻らぬ思い出になってしまったのだ。

ベッドで眠っている観鈴へと視線を移す。
観鈴は母親の死を乗り越えられるだろうか。
分からない……いや、きっと大丈夫だ。
観鈴は強い子だから。
そう、信じたい。







340三人:2007/01/27(土) 14:50:23 ID:5P7WLVFw
往人達とは別の病室。
宗一と葉子は体を回復させるべく、睡眠を取っている。
英二はソファーに座り、身を休ませている。
そんな中、リサは栞が使っているベッドのすぐ傍で椅子に腰を落としていた。
「栞、気分はどう?」
「薬を飲んでぐっすり寝たら、だいぶマシになりました」
「良かった。本当、一時はどうなるかと思ったわ」
流石に診療所というだけあって、薬は一通り揃っていた。
解熱剤のお陰で栞の熱は下がった。
全快にはもう少し時間を要するだろうが、まずは一安心だ。
リサが安堵の息を吐いていると、あかりがお盆を持って病室に入ってきた。
お盆の上には湯気を上げている茶碗が沢山置いてある。
「皆さん、おかゆはいかがですか?」
「Oh!美味しそうね」
「ありがとう、あかり君。頂くよ」
英二が軽く礼を言い、差し出される茶碗を受け取る。
あかりは会釈した後、リサと栞の分を配ろうとした。
「栞、ちょっと待って」
「?」
リサは栞の分のおかゆを手にした。
一同の疑問の視線に気付く事なく、何度か息を吹きかけてから、栞にそれを渡す。
「はい、冷ましたから安心して食べてね」
「あ、ありがとうございます……」
いささか過剰な気遣いに面食らっている栞。
その様子を見た英二はぷっと吹き出した。
「英二、どうしたの?」
「いや失敬。まるで親子みたいで、おかしくてね」
我慢出来ずに、ついついまた笑ってしまう英二。
あかりも釣られて笑い出した。
笑い続ける二人とは反対に、リサと栞は見る見るうちに頬を膨らませる。
「……それって私がママで栞で娘って事?私はまだまだ若いわよ」
「そんなこと言う人嫌いです……私、こう見えても高校生なんですからねっ」
「う……」
一応紳士であるつもりの英二としては、女性二人に批難されたままなのは頂けない。
英二は慌てて謝罪を始めていた。
あかりも笑う事を止めて、椅子に腰掛けた。

(そう言えば……この島に来てからこんなに笑ったの、始めてかも)
おかゆを口にしながら、あかりはふと、そんな事を思った。
絶望的な状況なのに、ここにいる人達は皆明るく振舞っている。

―――しかし忘れてはいけない。

341三人:2007/01/27(土) 14:51:04 ID:5P7WLVFw
ここに来たばかりの時、リサは言った。
『栞には祐一が死んだ事は話さないで頂戴』
あかりにはリサがそう言った理由が簡単に分かった。
栞の姉、美坂香里は自分の暴走のせいで死んでしまった。
続けざまに探していた人に死なれては心へのダメージが大き過ぎるだろう。
……もう大勢の人間がこの島で命を失っている。
生き残った者も皆、深い悲しみを抱えている。
誰一人として、例外無く。
この島は―――地獄なのだ。








怪我人達の治療も、情報交換も、食事も、終えた。
そして、診療所の玄関で、往人、あかり、環の三人は出立しようとしていた。
見送りに来たのはリサ、英二、そして敬介だ。
「あなた達、もう行くの?」
「そうだ。俺には観鈴の他にも守りたい奴らがいる……あまり遠くには行けないが、せめてこの村くらいは探索しておきたい」
聖、美凪、そしてみちる。
この二人の名前は放送で呼ばれていなかった。
出来る事なら彼女達も見つけ出して、守りたい。
それにあかりの探している人間もまだ見つけていない。
ここで自分だけのうのうと過ごす気にはなれなかった。
「でもこの村の何処かに殺人鬼が潜んでいるかもしれない。やっぱり僕も行った方が……」
「駄目です、英二さんまで来たらここの守りが薄くなってしまいます」
この診療所には多くの怪我人がいる。
いくらリサといえども一人で守りきれる範囲には限度がある。
守りに就く人間は多いに越したことは無かった。
英二もその点は十分に分かっているので、すぐに頷いた。
続いて往人が口を開く。
「敬介も……」
「ん?」
「俺が戻ってくるまで、観鈴をよろしく頼む」
「端からそのつもりさ。安心して行ってきてくれ」
今や観鈴の唯一の肉親となってしまった敬介。
しかしだからこそ、信頼度という点ではこの上無い。
彼が付いていてくれれば、自分がいなくても観鈴は大丈夫だと思う。
危ないのは、英二の言う通り自分達の方だ。
細心の注意を払って動かねば、ミイラ取りがミイラになってしまうだろう。
手にした銃を見つめる。
自分はまだ銃を一回も撃っていない。
いざ戦闘になった時に、狙い通りの場所に弾が飛んでくれるだろうか。

そんな事を考えていると―――突然、近くの部屋の扉が開いて。
「往人さんもいなくなっちゃうの?」
「―――!」
そこには、観鈴が立っていた。

342三人:2007/01/27(土) 14:52:35 ID:5P7WLVFw
【時間:2日目・午後1時30分】
【場所:I−7】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数12/20)】
【状態:左肩重傷・右太股重傷・腹部重傷(全て治療済み)、まずは睡眠をとって体の回復に努める、それからの行動は後続任せ】
橘敬介
【所持品:支給品一式、花火セットの入った敬介の支給品は美汐の家に】
【状態①:左肩重傷(腕は上がらない)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て治療済み)】
水瀬秋子
【所持品:ジェリコ941(残弾10/14)、澪のスケッチブック、支給品一式】
【状態:睡眠中、腹部重症(治療はしたが再び傷が開いた)。起きた後の行動は後続任せ】
緒方英二
【持ち物:H&K VP70(残弾数0)、ダイナマイト×4、ベレッタM92(6/15)・予備弾倉(15発×2個)・支給品一式×2】
【状態:健康】
神尾観鈴
【持ち物:フラッシュメモリ、支給品一式】
【状態:脇腹を撃たれ重症(治療済み)】
リサ=ヴィクセン
【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾30、予備マガジン×4)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】
【状態:健康】
美坂栞
【所持品:無し】
【状態:軽度の風邪】
鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式】
【状態①:肩に軽症(手当て済み)右大腿部銃弾貫通(手当て済み、動けるが痛みを伴う)。一応マーダー】
【状態②:まずは睡眠をとって体の回復に努める、それからの行動は後続任せ】
国崎往人
【所持品1:ワルサーP5(8/8)、トカレフTT30の弾倉、ラーメンセット(レトルト)】
【所持品2:化粧品ポーチ、支給品一式(食料のみ2人分)】
【状態:氷川村を探索しようとしている】
神岸あかり
【所持品:水と食料以外の支給品一式】
【状態:氷川村を探索しようとしている、月島拓也の学ラン着用。打撲、他は治療済み】
向坂環
【所持品①:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(15/15)、包丁、ロープ(少し太め)、支給品一式×2】
【所持品②:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:氷川村を探索しようとしている、頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)】


(関連655 ルートB-13)

修正:
>>341
>この二人の名前は放送で呼ばれていなかった。
 ↓
この三人の名前は放送で呼ばれていなかった。

343名無しさん:2007/01/27(土) 14:56:55 ID:5P7WLVFw
それとルートB13の全キャラが放送の時間帯を越えたので
479b13 第2回放送(ルートB-13)で呼ばれる死者の部分に沢渡真琴を追加お願いします
お手数をおかけして度々申し訳ございません

344Case0:I will gouge out your eyeballs and skull fuck you.:2007/01/27(土) 15:09:27 ID:LWltYFXE

鬼教官の名は、伊達ではなかった。

「男は体力! まずは基礎体力作りから始めるわよ!」

七瀬の言葉に容赦はない。
とても逆らえる雰囲気ではなかったが、とりあえずそろそろと手を挙げてみる冬弥。

「あの、七瀬さん……」
「教官と呼びなさい」
「では、教官……」

即座に言い直す。

「何か質問でも? つまんないこと言ったらはっ倒すわよ?」
「あ、いえ、だったらいいで……」

言い終わる前に、殴られていた。

「男なら言いたいことは最後まで言い切る!」
「は、はひ……」

腫れた頬を押さえながら、涙目で答える冬弥。

「……で、質問は何? モタモタしてると左のほっぺたも真っ赤になるわよ?」
「ぐ、グーはもう勘弁してください!」
「だったらさっさと言う!」
「は、はい……! ええっと、体力づくりって何をするんでしょ……」

言い終わる前に、左の頬に鉄拳がめり込んでいた。

「登山」
「こ、答えるなら何で殴ったんだ……?」

345Case0:I will gouge out your eyeballs and skull fuck you.:2007/01/27(土) 15:10:00 ID:LWltYFXE
青い顔で呟いた孝之が、七瀬にぎろりと睨まれ、慌てて目を逸らす。

「つまんないこと訊くからよ。前もって訊いたからってメニューが変わるわけでもなし」
「ひでぇ……」
「……何か?」
「いえ、何でもありません、教官!」

わかればよし、と頷く七瀬。おもむろに遥か彼方を指差す。
その指の先を、おそるおそる見やる冬弥たち。
木々の切れ間から見えていたのは、

「あれって……」
「地図によれば、神塚山……だったか?」
「ダッシュ」
「……え?」

聞き返した瞬間に、殴られていた。

「走りなさいって言ってんの!」
「ひ、ひぃぃ!」

そこからは、地獄だった。


******

346Case0:I will gouge out your eyeballs and skull fuck you.:2007/01/27(土) 15:10:43 ID:LWltYFXE

「ぜぇ……はぁ……」
「おぇぇ……」
「ったく、だらしないわねえ……」

神塚山、山頂。
腕組みをした七瀬が、うずくまる二人を呆れ顔で見下ろしていた。

「どうして男が女の子より力が強いか、わかってる? いざって時に女の子を守るためよ!
 なのにあんた達ときたら……」

はあっ、と大きなため息をつく七瀬。

「……もういいわ、しばらく休憩にします」

うずくまる二人は、呼吸を整えるのに精一杯で返事すらしない。
心底から情けなさそうな顔をして、七瀬は一人、その場を離れる。
近くの平らな岩に座り込んで、またもや特大のため息をついた。

「あんなんじゃ女の子を守るどころか、逆に守ってもらうことになるわよ……」
「―――同感じゃな」
「ひゃあっ!?」

突然背後からかけられた声に、七瀬が文字通り飛び上がる。

「だ、誰!?」
「驚かせてしまったようですまんの。わしは―――」

慌てて振り向いた七瀬が見たのは、厳しい顔つきをした一人の老人であった。
とうに楽隠居していてもおかしくないような歳に見えたが、ぴしりと黒の三つ揃いに身を包み、
背筋は微塵も曲げることなく、真っ直ぐに立っている。
その顔に刻まれた無数の皺が、深い人生経験を物語っているようだった。

「―――長瀬源蔵。来栖川の家令を勤めておる者じゃ」

347Case0:I will gouge out your eyeballs and skull fuck you.:2007/01/27(土) 15:11:14 ID:LWltYFXE
声の張りも見事に、老人は名乗った。
そして文句のつけようのない、見事な一礼。
つられて七瀬もぺこりと頭を下げる。

「く、来栖川って、あの……?」
「知っておるなら話が早いの。そう、来栖川のお嬢様方が酔狂でこの催しに加わっておってな。
 わしはそれを連れ戻しに来たんじゃが……」

そこで、源蔵は眉根を寄せる。

「色々と、手違いがあるようでな。お嬢様方の居場所が掴めなくなってしもうた。
 残された気を辿ってはおるが、この島にはどうにも強い気が多すぎていかん」
「はぁ……」
「そこで、じゃ」

ずい、と顔を近づける源蔵。
話の流れが掴めずに聞き流していた七瀬が、思わずのけぞる。

「な、なんですか!?」
「お主ら、お嬢様方を見かけんかったかの」
「い、いえ、見てませんけど……」
「本当に?」
「は、はい」
「ふむ……ま、綾香お嬢様はかなり羽目を外しておられた様子……。
 出会っておれば、お主らただではすまんだろうしの」
「わかってもらえたら、顔を離してほしいんですけど……」
「おお、すまなんだな……む?」

邂逅が平和裏に終わろうとしていた、そのとき。
事態を致命的に悪化させる者たちがいた。
いわずと知れた、ヘタレどもである。


******

348Case0:I will gouge out your eyeballs and skull fuck you.:2007/01/27(土) 15:11:38 ID:LWltYFXE

「お、おい、あれを見ろ……!」

孝之が指差したのは、七瀬が頭を下げて一礼した、その場面であった。
見やった冬弥が色めき立つ。

「誰だ、あの爺さん……いつの間に!?」
「七瀬さ……教官、何か謝ってるぞ……?」
「まさか、因縁つけられてるのか……!」

勘違いもはなはだしかったが、勝手に盛り上がっていくヘタレども。
その脳裏には、つい先刻の七瀬の言葉が浮かんでいた。

『どうして男が女の子より力が強いか、わかってる? いざって時に女の子を守るためよ!』

絶好の機会というわけだった。
ヘタレもヘタレなりに、頑張ろうとはしているのだった。
丁度そのときである。二人の見ている先で、源蔵が七瀬に顔を近づけていた。

「爺さん、なんて破廉恥な……!」
「七瀬さんが危ない……!」
「お、俺たちで教官を助けるぞ……! ヘタレボールを出せ、藤井君!」
「よ、よし、わかった!」

俺たちで助ける、と言ったその舌で助っ人に任せようとする二人。
その行為に何の疑問も持っていない。

「よし、来栖秋人くん―――君に決めた!」

冬弥の投擲したボールから、一人の少年が飛び出してくる。
引き締まった筋肉質の体つきが頼もしい。

「何だかわからんが、あの爺さんをぶっ飛ばせばいいんだな!」
「ああ、頼んだぞ!」

349Case0:I will gouge out your eyeballs and skull fuck you.:2007/01/27(土) 15:12:09 ID:LWltYFXE
一直線に駆けていく来栖の背を、信頼をこめて見守る二人。
その目の前で、

「―――ぐぁらばっ!!!」

来栖の身体が、弾け飛んでいた。

「「……え?」」

驚愕に漏らした声が、ハモった。


******

350Case0:I will gouge out your eyeballs and skull fuck you.:2007/01/27(土) 15:12:41 ID:LWltYFXE

(あの……バカども……!)

七瀬は内心で頭を抱えていた。
引き攣るこめかみを、必死で押さえる。

「……お嬢さん、説明してもらえるかの?」

老人が、目を細めている。
その眼光から、温度というものが失われていくのがわかった。
白い手袋からは鮮血が滴っていた。
振り返ることもせず、裏拳一発で来栖を文字通り木っ端微塵に破壊せしめた拳である。

「あの……ですね……、あれは……その」

口ごもる七瀬を色の無い眼で見やると、源蔵は飛び散った血飛沫の前にへたり込む、冬弥と孝之へと視線を移した。

「……お嬢さんがご存じでないなら、あちらの二人に直接聞くとしようかの」

言いながら、血塗れの拳を握りこむ源蔵。
ざり、と磨き上げられた革靴が山肌を踏みしだく。

「ちょ、ちょっと待ってくださ……!」

七瀬が血相を変えて源蔵に手を伸ばそうとした、その瞬間。

「―――ちょっと待った、爺さん」

山頂に、新たなる声が響き渡っていた。


******

351Case0:I will gouge out your eyeballs and skull fuck you.:2007/01/27(土) 15:13:23 ID:LWltYFXE

「……む?」

源蔵が足を止め、声のほうへと振り向く。
声は、山肌に聳え立つ巨岩の上から。

「いい歳こいて弱いもの苛めはいただけねえな、爺さん」

声の主は、サングラスをかけた、一人の男であった。
黒いレンズの下で、男がにやりと笑う。

「退屈ならよ、俺と……戦ろうぜ」
「……お主、わしに気配を悟らせず近づくとは、只者ではないな」

男が笑みを深める。

「なあに、それほどのもんじゃあねえさ」

男の手には、奇妙な形状の銃が握られていた。
それを見た源蔵が、ゆっくりを構えを取る。
戦闘が、始まろうとしていた。


******

352Case0:I will gouge out your eyeballs and skull fuck you.:2007/01/27(土) 15:14:03 ID:LWltYFXE

「……あんたたち……」

呆然と成り行きを眺めていた冬弥と孝之の耳に、背後から小さな声が聞こえてきた。
振り向く。七瀬留美が、険しい表情でそこに立っていた。
囁き声のまま、七瀬が二人を促す。

「逃げるなら今の内よ……、急ぎなさい……!」
「そ、それが……」
「何よ……!」

情けなさそうな声をあげる二人。

「腰が抜けてて……」
「動けません……」

吊り上がっていた七瀬の眉が、ハの字を描いた。

「もう……いいわ……」

うなだれたのも一瞬。
決然と顔を上げると、七瀬は二人の首根っこを引っつかむ。

「うわっ!?」「ぐぇっ!」

そのまま、猛然と斜面を駆け出した。
後ろで上がる悲鳴は完全に無視する。

「ヘタレどもを引きずって一気に山を駆け下りる……乙女にしかなせない業ね……」

目尻を濡らす感触は、幾分弱まってきた雨の雫だと思い込むことにした。

353Case0:I will gouge out your eyeballs and skull fuck you.:2007/01/27(土) 15:14:32 ID:LWltYFXE

 【時間:二日目午前9時ごろ】
 【場所:F−5、神塚山山頂】

七瀬留美
 【所持品:P−90(残弾50)、支給品一式(食料少し消費)】
 【状態:鬼教官】

藤井冬弥
 【所持品:H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、
     支給品一式(水1本損失、食料少し消費)、沢山のヘタレボール、
     鳴海孝之さん 伊藤誠さん 衛宮士郎くん 白銀武くん 鳩羽一樹くん 朝霧達哉くん
     来栖秋人くん(死亡) 鍋島志朗くん】
 【状態:ヘタレ】

長瀬源蔵
 【所持品:防弾チョッキ・トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・支給品一式】
 【状態:戦闘開始】

古河秋生
 【所持品:ゾリオンマグナム、他支給品一式】
 【状態:ゾリオン仮面・戦闘開始】

→420 434 643 ルートD-2

354男子、三人:2007/01/30(火) 00:24:53 ID:.Vu4fUqQ
(これはまずいな・・・・・・)

改めて、手にした携帯電話を見つめる北川潤の表情に焦りが走る。
ただの携帯電話ではなかっという事実、それも爆弾が仕込まれているとは想像もしていなかった。
また、これだけなら、良かった。
中に仕込まれていたボイスメッセージ、それによるとこの携帯電話は遠隔でも爆発させることができるらしく。

リモコンは灯台に隠されているとのこと、今潤のいる民家からでは距離もかなりある。
そもそもゲームが開始してからかなりの時間が経っているのだ、既に他の参加者が見つけて手に入れてしまっているのではないか。
・・・・・・知らない間に命の危機にさらされていたということ、これでは生きた心地がしない。
早急に、この場から離れるべきだ。万が一他者の手にリモコンが渡っていた場合、持ち主が意味も分からずボタンを押してしまう可能性は計り知れない。

だが、発つにしても他のメンバーに不信感を与えるわけにはいかない。
見張りを引き受けた自分が、いきなりここを発つ理由をでっちあげる必要がある。
ちらっと隣を省みると、先ほど通りのテンションのままの春原陽平が目に入った。

(・・・・・・こいつは、かなり馬鹿だ。ちょっと無理があっても信用はとれる、はず)

時間が惜しい、思いついたところで潤は携帯を手に移動しようとする。
陽平にはさっき話した携帯電話を持つ知り合いに連絡を取ると伝え、人目のない廊下の奥げと場所を移したのであった。





(で。どうするか、だ。)

この島で知り合った仲間と連絡が取れたから合流しなおす、早急に移動の準備をする必要がある。
動機については・・・・・・電話をしている間にあちらのメンバーが襲撃にあい、援護を求めてきた。これでどうだ。
いや、しかしそんな緊急事態を作り出した場合自分にもそれ相応の演技力が求められてしまう。
元より、他のメンバーを起こさないで静かに行動は移したい。あまり派手なものは控えた方が賢明であろう。

355男子、三人:2007/01/30(火) 00:25:33 ID:.Vu4fUqQ
(うーん、次いつ会えるか分からないんだから早めにもう一度会っておきたい、とか?)

荷物をなくしてしまったようなので援護に向かわなければいけない、ケガをしてしまったようなので以下同文。
そんな案をいくつも思い浮かべ、潤はその場に応じてどれかを選択すればいいかという結論を出す。
・・・・・・来栖川綾香の時とは違うのだ、ここで五人グループという大所帯に疑念を抱かせ自らの立場をあまりにも不利にするのは得策ではない。

あまり綿密にし過ぎてもリアリティに欠けるだろうしと、潤は件について一端考えるのを止めた。
もう少し時間を潰して、何食わぬ顔であちらに戻り「電話をかけてきたふり」を演じれば完璧だ。
それで、この危なっかしい状況からはおさらばできる。

「・・・・・・」

じっと、その権化である水瀬名雪の支給品である携帯電話を、改めて見つめる潤。
今リモコンのスイッチを押されたら一たまりもない、そんな危険は承知の上なので事は早急に済ませるべきであった。
だが、もう二度とこの支給品に触れる機会はないであろう。
目が覚めたら陽平はメンバーに携帯電話の機能を話し消防分署に向かうはずだ、ならば自分はその逆である氷川村辺りに身を置くべきであって。
勿論百パーセントという可能性はない、ある意味もう一度出会う可能性を考慮し自分がリモコンを手にしておくのも一理あるが・・・・・・先の通り既に持ち去られている場合もある。
今後このグループは警戒すべき存在となった。中々厄介な面子と知り合ってしまったことに舌打ちをするものの、今はそれは置いておくとして。

とにかく、この携帯電話の通話機能自体には未練があるのだ。
脳裏に浮かぶのは威勢の良いつっこみ体質のあの少女の姿、最後に声を聞いたのはいつだったであろうか。

(なるようになれってか。俺だってちょっとくらい良い思いしたいもんな・・・・・・)

通話中に爆発したら、運がなかったと諦めるしかない。
自分の携帯から彼女の番号を赤外線で送る、例のメッセージが表示されたと同時に潤はその番号をコールするのだった。

356男子、三人:2007/01/30(火) 00:26:04 ID:.Vu4fUqQ








結果的には、かけてよかった。
広瀬真希はまだあの民家にいたようだった、遠野美凪は眠っているとのことで声を聞くことは叶わず。
真希は起こしてでもと口にするが、それは潤が引き止めた。
こんな状況である、ゆっくり休むことができるなら邪魔はしたくない。

『何よ、私は叩き起こしといて美凪にはそれなの?!』
「いやはや、広瀬は大丈夫だって。タフだし」
『褒め言葉じゃないわよね、それ』
「そんなことないって〜」

久しぶりのやり取りが心地よかった、瞼を閉じればいくつもの世界で彼女と過ごした時間が蘇る。
幸せだった。ジョーカーとして周囲を混乱させるために存在する自分が、こんな穏やかな時を過ごしていること事態が非現実的に感じられる。
真希の話によると、どうやら彼女達の進路はまだ決まっていないらしかった。
首輪に関しても、確かにあれだけではこれからどうするかを決められるはずはない。
技術者との会合が求められるが、生憎潤はそんな得意能力を持つ知り合いを持っていない。
世界の記憶からも情報は得られなかった、要するにそれに関しては覚えていないのだ。

「うーん、そっちはそっちで頑張ってくれよ」
『あんたねぇ・・・・・・っていうか、北川はどうなのよ』
「はい?」
『友達、探すんでしょ。それとももう見つけたの?』
「・・・・・・いや、まだだ。早く見つけたいんだけどな」

357男子、三人:2007/01/30(火) 00:26:35 ID:.Vu4fUqQ
そういえば、真希達と別れる際にはそんな台詞で煙をまいた気がした。
今になって思い出す、あまり適当なことを言うものではないなと反省の余地ができる。
・・・・・・実際、相沢祐一にとってかけがえのない存在である月宮あゆが第一回の放送にて名前を呼ばれたので、あながちそれも間違いではないのだが。
あゆと面識のない潤は知る由もない、しかしそんな事実も確かに存在はしていた。

それからまた少し談笑した後、潤は静かに電話を切った。
電話帳を見つけるべく消防署を目指すことになるであろう秋子達と合流されると厄介なので、二人には鎌石村から早く出て欲しい思いもある。
彼女等に灯台にあるリモコンを回収させる案もあった、もし見つけられたらボタンを押して欲しいと頼めば。
そこには、また一つの惨劇が訪れるはずであった。

しかし、知らずうちにといえど彼女達の手を赤く染めさせるような行為はさせたくないという思いが強く、結局潤は何も言わなかった。
これは、贔屓になるのかもしれない。
ジョーカーして平等性に欠けてはいけないという規則はないので特に咎められることもないだろうが、行き過ぎたら警告くらいは受けるであろう。
それでも、守りたいものの一つや二つくらい多めに見て欲しいものだと。潤は自嘲気味に微笑むのだった。

そして、真希の番号、発信記録といった証拠を消すと同時に。
ごく自然な動作で、潤はリモコンの存在を示すボイスメッセージを削除したのであった。






「遅かったね、上手く連絡とれたの?」

戻ってきた潤に対し、陽平が即座に声をかけてくる。
彼なりに心配してくれたのであろう、名雪の携帯電話を陽平の手に返しながら潤は口を開いた。

358男子、三人:2007/01/30(火) 00:27:00 ID:.Vu4fUqQ
「ごめん、俺もう行くわ」
「え、ちょ・・・・・・何いきなり言い出すんですかねっ?!」
「待ち合わせて、合流することになったんだ。ごめんな、見張りの途中だってのに」
「それは全然構わないけど・・・・・・朝になってからじゃ駄目なわけ?夜は目が利かないし、寒いと思うんだけど」
「いや、もう出るよ。万が一のことも考えて、早めに行動していたいんだ」

話は唐突に切り出す、そうすれば相手に考えさせる間を与えない方が効率は良い。
狙い通り陽平はあたふたと、ろくな質問もできないまま押し黙った。
語気が荒かったかせいかと少し不安にも思う。だが次の瞬間陽平はにやっと口の端を吊り上げ、潤の二の腕をひじでつついてきた。

「なぁなぁ、もしかしてさ」
「な、何だよ」
「これから会うのって、さっき言ってた『コレ』のことなんじゃないの?ヒューヒュー!!」
「あはは・・・・・・ご想像にお任せするよ」

小指をピンッと立てる陽平は、やはり陽平であった。
一緒に見張りをするのがるーこや秋子でなくて良かったと、潤は心から思うのだった。





「これは餞別だ」

身支度を整え終わった潤は、そう言って身に着けている割烹着を脱ぎだした。

「ヒィッ!悪いけど操なんてお断りだよ?!」
「馬鹿、違うよ。これさ、防弾性なんだ。ちょっとの間だけど春原にはお世話になったし、良かったらとっといてくれ」
「北川・・・・・・」

359男子、三人:2007/01/30(火) 00:27:23 ID:.Vu4fUqQ
それには見張りを扱いやすい陽平と行えて良かったという、ある意味失礼な感謝の気持ちも含まれていた。
もとよりいくら防弾性とは言えこの格好は目立ちすぎる、破棄する予定がないわけではなかったので彼に引き取ってもらい有効活用してもらうのも悪くはない。
ちょっと危なっかしいのでこれで少しでも彼の寿命が延びてくれればという、潤なりの親切心でもあった。
手渡された割烹着と頭巾を、陽平はぎゅっと握り締めながら見つめている。ちょっと皺くちゃになっていた。

「北川、僕はあんたのことを忘れないよ」
「あんがとな」
「気をつけろよ、またこっちから電話するからね」
「・・・・・・ああ、待ってる」

やっべ、そういえば俺の番号登録されてんだっけか・・・・・・と今更気づくがもう遅い。
割烹着に着替える陽平を尻目に荷物をまとめながら、潤は今後背負うちょっとしたリスクにうんざり舌を打つ。

「じゃあな、生きて帰ってくれよ戦友!」
「ああ、お前も妹さんに会えるといいな・・・・・・そんじゃっ」

お互い熱く敬礼、背中に陽平の熱い視線を感じながら潤は暗闇に向かって走り出すのであった。






(ふう・・・・・っていうか動機以前にどこに行くかとか、何もつっこまなかったな・・・・・・さすが春原)

夜道を歩きながら、ふと思う。
あれだけ悩んだことを何一つ口にしていないのだ、これでは気を配りすぎていた自分が馬鹿みたいだ。

(まあ、楽に越したことはないんだけどね・・・・・・っていうか、俺の番号が登録されてたのすっかり忘れてたし。ああもう、面倒くさいな!)

360男子、三人:2007/01/30(火) 00:28:03 ID:.Vu4fUqQ
いっそ自分の携帯電話を壊してしまおうか。
だが後に役に立つことがある可能性は捨てられない、そうなると簡単には決断をくだすわけにもいかず。
・・・・・・面倒だが、仕方のないことであった。

(あー、これからどうするかな。一応灯台の方行ってみるかねぇ・・・・・・)

とりあえずはあの民家から離れることができたので、また新しいターゲットを探す必要がある。
灯台への道中で誰かに知り合えたら便乗すればいい、会えなければ会えないで灯台へ立ち寄るのも一つの手だ。

(ああ、でもちょっと休みたいかも・・・・・・徹夜はつらいって)

欠伸を噛み締めながら、潤はぷらぷらと街道沿いに進むのであった。








一方、同時刻琴々崎灯台・地下にて。

「・・・・・・なんだ、これ?」

眠りから覚めた城戸芳晴の手には、例のリモコンが握られていた。

361男子、三人:2007/01/30(火) 00:28:39 ID:.Vu4fUqQ
春原陽平
【時間:2日目午前3時半】
【場所:F−02・民家】
【所持品:防弾性割烹着&頭巾・スタンガン・GPSレーダー&MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)・支給品一式】
【状態:北川を見送る】
【備考:名雪の携帯電話に入っていたリモコンの存在を示すボイスメッセージは削除されている・時限爆弾のメモは残っている】

北川潤
【時間:2日目午前3時半】
【場所:F−02】
【持ち物:SPAS12ショットガン(8/8+予備4)九八式円匙(スコップ)他支給品一式、携帯電話、お米券×2 】
【状況:民家から離脱、灯台方面へ移動】

城戸芳晴
【時間:2日目午前3時半】
【場所:I−10・灯台】
【持ち物:名雪の携帯電話のリモコン、支給武器不明、支給品一式】
【状況:エクソシストの力使用不可、他のメンバーとの合流、死神のノート探し】

(関連・346・641)(B−4ルート)

362広瀬真希と少女の澱:2007/02/01(木) 18:38:53 ID:fDNpZvog

「美凪……」

その声に、意味などなかったのだろう。
遠野美凪は既に事切れていた。
血に塗れたその巨体が、ゆっくりと崩れ落ちていく。

常識の範疇外にある出来事。
人が死ぬ。つい先程まで談笑していた人間の命が唐突に終わる。
殺される。理不尽な暴力に、対抗し得る手段も無く。

取り乱さなければいけない、と思う。
何の変哲もない、ごく普通の女子校生は、こういうときには悲鳴を上げて、あるいは涙を流して、
目の前の現実を否定しようとしなければならない。
それが当たり前、そうあるべき姿というものだ。

そして『私』は、ひどく冷静に、その光景を見つめていた。



放送で北川の死を知った。
唐突に消えたと思えば、どこかで殺されていた。
そんなものか、と思った。
それだけの、朝だった。

異形と化した遠野美凪といえば、しかし変わったのは姿かたちだけであると、すぐにわかった。
彼女の用意した朝餉を食べて、静かに時間が過ぎるのを待っていた。
外に出る気はなかった。どうせ同じことだと、思っていた。
死ぬ順番が変わるだけだ。
あるいはそうでなかったとしても、何一つ変わらない。
何故だか私はそれを、知っている気がした。

だから、突然の砲撃のようなもので壁が崩れても、『私』はちらりと目をやっただけだった。
轟音と塵芥の向こうに立つ少女を見て、ああ、ようやく来たのかと、それだけを呟いた。

363広瀬真希と少女の澱:2007/02/01(木) 18:39:39 ID:fDNpZvog
「……くー……」

目の前の少女は、そう、立ちながら眠っているように見えた。
傍らで宙に浮かんだ物体が、その異様を際立たせていた。

侵入者に向かっていく遠野美凪の背に、『私』はかける言葉を持たなかった。
意味がないと、わかっていた。
それは、ここで遭ってしまってはいけないものだった。
目の前にそれが立っているという状況が、私たちの確実な死を意味していた。

だから、『私』は美凪が死を迎える様を、じっと見ていた。
覚えていようと、思った。



ずるり、と。
少女が、美凪の身体から貫手の形に整えた手指を引き抜いた。

「……くー……」

相変わらず目を閉じたまま、静かに寝息を立てている少女が、一歩を踏み出す。
革靴の底で、飛び散った硝子片が硬い音を立てた。
次は、私の番というわけだった。
告死の少女に向かって、『私』は静かに口を開く。

「カエルのぬいぐるみ、とはね……水瀬の力も、芸幅が広いわね」

『私』は、何を言っているのだろう。
水瀬の力、とは何だろう。わからない。わからないが、口からは自然と言葉が滑り出してくる。
きっと、わからないのは、普通の女子校生である私だけなのだ。
遠野美凪の死を、噴出す血飛沫や吐瀉物と共に吐き出される濡れた呼吸の音を、心乱すことなく
観察していた『私』には、きっとそれが何を意味する言葉なのか、充分にわかっているのだろう。
だから私は、今度は『私』自身を、じっと見つめることにした。

364広瀬真希と少女の澱:2007/02/01(木) 18:40:00 ID:fDNpZvog
「眠っている時にだけ目覚める力? ……悪い冗談もいい加減にしてほしいわね。
 継承したんなら、それなりの格好をつけなさいよ、水瀬の当主」

継承。当主。わからない。構わない。
それが何なのかわからなくとも、私が死ぬことには変わらないと、それだけを確信していた。

「―――どうせ初めから眠ってなど、いないくせに。」

そう告げた『私』の言葉はひどく酷薄で、その声音は侮蔑に満ちていた。
言葉の内容か、それを告げた態度か。あるいは、その両方かもしれない。
いずれにせよ『私』の言葉に含まれていたのだろう何かが、少女に変化をもたらしていた。

「―――」

足を止めた少女が、私を、見ていた。
少女の目が、開いていたのだ。

「煩いな」

はっきりと、そう言った。
寝息でも寝言でもなく、明確にそう言い放った少女の、冷たい眼光が、私を射抜いていた。

「そう、その顔。それでこそ水瀬よ」
「……」

少女は、底冷えのする視線で私を見つめている。

「そうしてると母親そっくりね。人を殺した手でご飯を食べられる顔」
「……」
「どうして眠ったふりなんかしてたの? どうせ出くわした人間は皆殺しにするくせに。
 油断させるため? やめなさいよ、そういうの。水瀬ならもっと胸を張って人を殺しなさい」

『私』は、ひどく奇妙なことを言う。
会ったこともないはずの少女、その母親をよく知っているような口振りだった。

365広瀬真希と少女の澱:2007/02/01(木) 18:40:48 ID:fDNpZvog
「……何だ、お前」

少女が、その視線を更に険しくする。
よくない気配のする眼だった。
水を飲む、ということと人の息の根を止める、ということを同列に捉えられる、そういう眼だと思った。
だが『私』は、まるで数秒後の死を弄ぶかのように、どこか楽しげですらある口調で、言った。

「―――それとも、そうでなければ相沢祐一には守ってもらえない、とでも?」

一瞬の、間。
少女の眼に宿る光の種類が、変わった。
重く、澱のように溜まっていたある種の薄暗さが、消えていく。
代わりに浮かんできたのは、虚を突かれたような、あるいは痛快な冗談に笑みを堪えるような、
不可思議な色だった。

「……本当に、何なんだ、お前?」

声音からも、険が取れている。

「わからないの? 水瀬でしょう、あんた」
「ん? ……お前、もしかして……『勝った』ことがあるのか?」

軽口を叩くような『私』の声に、少女は驚いたように答える。

「それは……珍しいな。
 毎回、死にぞこないは出るみたいだけど……『勝った』のがまだ残ってるなんて、思わなかった」
「お生憎さまでね。こうして元気にやらせてもらってるわ」

少女と『私』の、奇妙なやり取り。
勝つ、とは何だろう。何に勝つのか。残っているとは、何のことか。
私を置き去りにして、会話は続く。

「大抵、何度か繰り返す内に生まれてこなくなるんだがな……。
 よっぽど図太いのか、それとも『勝った』のが最近なのか」
「どっちでもないわ。こうしている私には、何がなんだかわかっていないくらいだし」

366広瀬真希と少女の澱:2007/02/01(木) 18:41:51 ID:fDNpZvog
『私』は、私のことを的確に言い表す。その通りだった。
少女と『私』の会話は、私にとって未知の共通認識に基づいているようで、まったく理解できなかった。

「不完全な持ち越し……。成る程、未だ絶望せずにいられるのはそういうことか。
 ある意味、うちのお家芸に近い状態なんだな」
「そういうことになるかしらね」
「しかし、水瀬の記憶にもない繰り返し方とは……お前、よほど妙な勝ち方でもしたのか?」
「……その辺はご想像にお任せするけど」

一瞬、『私』の言葉が曇る。
だが少女がそれを気に留めることはないようだった。

「別にいいさ。覚えておけば、済むことだ」

言って、少女は口の端を上げる。

「……さて、殺す前に一つ訂正しておきたいんだが」

傍らに浮く巨大なカエルのぬいぐるみを、ぽん、と叩いて少女が言う。
自身の死を宣告された『私』は、しかし無言。
私も、特段に思うことはなかった。そうなると、わかっていた。

「お前、私が眠ったふりをしてるのは、そうしなければ祐一が守ってくれないからだと言ったよな?
 弱い私、無力な名雪、守らなければ殺されてしまう愚鈍な女」

少女は微笑む。

「……そうでなければ、祐一は守ってくれないと。こんな、」

と、カエルに視線をやる少女。

「こんな異形の力で平然と人を殺す私では、祐一が守ってくれない、と」

367広瀬真希と少女の澱:2007/02/01(木) 18:42:30 ID:fDNpZvog
だが、と少女は笑む。
一片の邪気もなく、一筋の悪意もない、それは、はにかむような笑顔だった。

「祐一は、守ってくれる」

大切なものを、そっと撫でるように。
少女はその名を口にする。

「私がどんなに強かろうと、どれだけ人を殺そうと、そんなことは関係ない。
 祐一はそれ以上に強く、それ以上に人を殺しながら、私を守ってくれる。
 これまでずっとそうだったように。これからもずっと。
 何度も、何度も、何度も何度も何度も何度もそうしてきたように。」

だから、と。
少女は私を見る。

「だからこそ私は、弱い名雪でいたいんだ。
 弱く、愚かな、祐一に守ってもらうに相応しい、そんな私でいたいんだよ。
 ―――わかるだろう?」

そう言った少女は、ひどく遠いところを見るように、私の向こう側にいる『私』を見ていた。
それはどこか、老いさらばえた女がする仕草のように、私には思えた。

「……けれど、あんたの知ってる相沢祐一は、もう」
「夢を」

『私』の言葉を遮るように、少女は呟く。

「こういう夢を、みていたいんだ。ずっと」

どろりと低い、声だった。

「それでいいんだ。それだけが、私の望みなんだ。私はそうして生きている。
 水瀬としての私も、名雪としての私も、それだけを望んで生きているんだ。
 だから―――どちらも本当の、水瀬名雪の顔さ」

顔を上げた少女は、疲れたように力なく笑っていた。

「……さようなら、久々に楽しかったよ。
 最近はこういう話もなかなかできなくてね」

少女が、その手をゆっくりと上げていく。

「できれば次も、こうして私に殺されてくれると嬉しいな」
「……ろくな死に方しないわよ、あんた」
「いつものことさ」

喉を裂かれ、一瞬で絶命した私の、それが最後の記憶だった。

368広瀬真希と少女の澱:2007/02/01(木) 18:44:00 ID:fDNpZvog
【時間:2日目午前10時ごろ】
【場所:B−5】

水瀬名雪
 【所持品:なし】
 【状態:水瀬家当主(継承)・奥義:けろぴー召喚】

広瀬真希
 【状態:一行ロワイアル優勝者・死亡】

遠野美凪
 【状態:死亡】

→336 →400 ルートD-2

369踊らされていたということ。:2007/02/01(木) 21:14:02 ID:kKQkn.R.
「きゃっ?!・・・・・・な、何なの・・・」

柏木耕一からの情報を頼りに、来栖川綾香は『まーりゃん』の元へ向かい駆けていた。
走り続けることで息も大分上がり、いい加減体力に自信があったにも関わらず膝をつきそうになった時。
綾香は、それとそれとすれ違った。

疾風。あまりの速さに綾香も即座には反応できなかった。
猛スピードで走り去っていったのは少女であろうか、長い髪という情報でしかそれは読み取れないものであったが。
それは、対面する綾香を素通りして今彼女が超えてきた神塚山に向かっているようだった。

(気にしても、仕方ないわよね・・・・・・それより先を急がなきゃ)

確かに気になる存在ではあるが、今は他のことに気を留める余裕などない。
再び前を見て走り出す綾香は、背後を振り向くことなくただ前方へ集中するのだった。



それから暫く経ってのことであった。

「あっれー!ちょっとちょっと、来栖川さんじゃない?!」

軽い声、聞き覚えのある明るい少女のものだった。
長岡志保、共通の友人である藤田浩之経由での知り合いが目の前に躍り出る。
茂みの中に隠れていたのだろうか、危うく素通りする所であった。

「きゃー!!さすが志保ちゃん、運命の女神様に好かれすぎて困っちゃうわよ〜」

走り寄ってくる彼女の警戒心は皆無であろう・・・・・・またこんな場面かと、自分の運のなさに嫌気がさす。
しかもまた、志保の後ろからゾロゾロと彼女のグループのメンバ−であろう少女達が現れ日にはさすがの綾香も苦笑いを堪えられなかった。

(よりにもよって、何でこういうのばかりなのかしら・・・・・・)

370踊らされていたということ。:2007/02/01(木) 21:14:41 ID:kKQkn.R.
先ほどの浩之との会合からあまり時間も経ってないというのにこれである、手にしたS&Wの標的がまた身内になってしまうのかと考えるだけで嫌な気分になる。
だが、このようなことを積み重ねていけばいつかこの甘さも消えるかもしれない。
それは一種の期待であった。
修羅になりきれない葛藤を振り切りたいという思い、しかし綾香の理性はそれを拒むかの如く彼女の精神的疲労を増やしていく一方で。
目の前の知人を、改めて見つめる。志保は綾香の複雑な胸中に気づくことなく、彼女の事を仲間達に説明していた。
その、楽しそうな様子・・・・・・ゲームに乗った自分には程遠い朗らかな表情であった。

「・・・・・・初めまして、来栖川綾香よ」

このような場面で名乗らなかったら、それこそ不自然だ。
綾香は社交辞令混じりの自己紹介をして、場の様子を窺った。
目の前にいるのは志保を含め四人の少女達。
うち二人は志保と同じ制服、そしてもう一人は綾香にとって最も見慣れたデザインの物を着込んでいた。

「あなた、寺女なの?」
「はいっス、今年入学したばかりっス」

明るい無邪気な声、この年頃特有の幼さの残るイントネーションが可愛らしい少女だった。
クリクリとした目がどこか動物を彷彿させる・・・そう思った瞬間、気づく。
よく見ると彼女、吉岡チエの瞼は少し腫れていた。それはまるで涙を流した後のような状態。
・・・ここで口にするのも野暮というものであろう、そう思い綾香は口を閉じる。

「そういえば来栖川さん、やけに急いでたみたいだけど・・・・・・どうしたのよ?」

そんな綾香に飛んできたのは志保からの何気ない疑問、確かになりふり構わず走る彼女の姿を見ておかしく思うのは仕方のないことであろう。
ああ、と答えようとして。やっと綾香は自分の目的を思い出すことができた。

「人を探していたのよ、あなた達ここら辺で着物を着た小さいガキ・・・じゃなくて、小さな女の子。見なかったかしら」
「女の子っスか?」
「うーん、そういう子は見ていないんよ」

371踊らされていたということ。:2007/02/01(木) 21:15:12 ID:kKQkn.R.
一同、首を傾げる。

「そう・・・・・・こっちに来たはずなんだけど」
「せやかて、私らがここに来てからここを通ったのは今のところ来栖川さんだけやで」
「何時頃からここにいたのかしら?」
「三十分前くらいやと思う」

・・・・・・時間からいって、それより前に目的の人物がここを通ったのだとしたら。
このまま突き進んでも『まーりゃん』を見つけることができる可能性というのは、多分ほとんどないだろう。
落胆が隠せない、無念が綾香の胸中を満たしていった。

「来栖川さんはこれからどうするの?」
「とにかくあいつを探しに行くしかないわよ、手がかりがこれしかないんだもの」
「ええ?!ちょっとちょっと危ないわよ、ここら辺すっごく物騒なのよっ!
 志保ちゃんは一緒にいた方が安全だと思うけどな〜・・・・・・」
「でも時間はないから。ごめんなさいね」

そう、こうして話をしている間すらも惜しい。
だから、綾香はこれで終わりにするつもりだった。
利き手に握られているS&W、先ほど弾を補充したばかりなので弾切れの心配もない。
さっさと場を離脱するべく、事は一気に終わらせたかった。
・・・・・・ここで参加者を取り逃がすなんて、ゲームに乗った人間は絶対しないのだから。
そして自分はゲームに乗った人間なのだから、やるべきことは一つである。
覚悟は決めている、知り合いだろうが何であれ・・・・・・排除するべき存在には、変わりないのだから。

綾香の表情は真剣であった、その真面目な様子は周囲を圧倒させるだけの迫力もあり。
志保とのやり取りを見つめている一同に彼女の意中を察することはできないであろう、智子もその中の一人であった。
何故彼女がここまで思い入れているのか、その理由に気づくことはない。これから彼女が何をしようとするか、それも読めるはずはない。
しかし、だからこそ。分からないから言える一言を、彼女は口にした。

372踊らされていたということ。:2007/02/01(木) 21:15:44 ID:kKQkn.R.
「名前は分かるんかいな、良かったらこっちでも調べてみるで」
「・・・・・・え?」
「悪いけど私らはここら辺から動くわけにはいかないんや、待ってる人がいるさかい。
 来栖川さんと一緒にどっか行くのは無理やけど、人探しの手伝いくらいなら買って出たる」
「そうだよ、それくらいならお手伝いできるよっ」

それは、綾香にとって素晴らしく都合のよい提案だった。
この広い島の中一人の人物を見つけるために動くというのは余りにも無謀なのだ、そもそもが。
ここまで辿り着けたのも北川潤の情報があったからこそ成せたものである、つまり他者の協力を最初から綾香は得た上で行動していたのだ。

そして思う。そう、殺すだけが全てではないのだと。
騙して、利用することで自らの力を増させる方法もあるのだということを。

「ありがとう、じゃあお願いしてもいいかしら」
「いいで、任しとき」

人を殺すだけがゲームに乗るという意味にはならない、それに綾香はやっと気づいた。
勿論人手を増やすといっても、直接共に行動をとったり身近におくような者などを必要とするわけではない。
亡くした友はそれが原因でこの世を去ったのだから、もう他者を百パーセント信じるなんて馬鹿げたことはできないに決まっている。
・・・・・・ならば、噂を流すだけでもいい。
今はグループで行動しているという『まーりゃん』の信用を下げ続ければいいのだ。
そういう画策を続ければ、いつか『まーりゃん』の周りは自然と敵だらけになる。
思い浮かべるだけで、それは非常に滑稽な場面であった。
自然と笑みがこぼれそうになるが、綾香は堪えてポーカーフェイスを保たせた。

「それでそれで、名前はなんて言うの?」
「川澄舞よ」

せかす志保の問いに落ち着いて答えた。しかし。

「・・・・・・ぇ?」

373踊らされていたということ。:2007/02/01(木) 21:16:14 ID:kKQkn.R.
・・・・・・どうしたのだろうか。綾香の口がその名を発した途端、少女達の様子は一変した。
驚き目を見開く彼女達の中、一際反応の大きかったチエが改めて聞き返してくる。

「舞さん、っスか・・・・・・?」
「あなた、川澄舞の知り合い?」
「いえ、はい、その・・・・・・舞さんでしたら、ついさっきまで一緒にいましたっスよ?」

・・・・・・話が、噛みあわない。
彼女等は言った、ここに着物を身に着けた小さな少女は現れていないと。
しかし彼女は言った、『川澄舞』とはついさっきまで一緒に行動していたと。
どういうことであろうか、『川澄舞』は着物を既に脱いだ状態で彼女等と行動をしていたのだろか。
綾香の頭の中をグルグルと周り続ける自論、しかしそれで真実を知ることができるはずもなくただただ彼女は混乱するばかりで。
また、場にいる少女達も事の真相を理解できないでいた。それはそうだ、当事者でないのだから。
そんな彼女等に説明するかの如く、綾香は慌てて『川澄舞』についての自分の知る限りの情報を語りだす。

「えっと、こんなチンチクリンでピンク色の髪して・・・・・・『まーりゃん』っていうあだ名で・・・・・・」
「まーりゃん?川澄さん、そんな可愛いあだ名だったのかな」
「え、あれ・・・・・・そういえば・・・・・・」

花梨が何か口にしようとした時だった、それに気づかなかった智子は一歩前に出て綾香に問う。

「あのな、来栖川さん」
「な、何よ・・・・・・」
「その『まーりゃん』っつーのが、自分が川澄舞だと名乗ったん?」
「それは・・・・・・違う・・・・・・」
「少なくとも、私らの知ってる川澄さんは自分のことをまーりゃんと呼ぶことはしてなかったみたいやけど?」
「自己紹介しあった時もそんなこと一言も言ってなかったわよ、うんうん」
「ほな、来栖川さんの言う川澄舞は誰やっちゅーことになる、しかもその『まーりゃん』が自分で名乗ったんと違うんやろ?」
「それ、はっ!」

言葉が続かず口を紡ぐ綾香に対し、止めとばかりに・・・・・・智子は、口にした。

「なあ、来栖川さん。誰かに一杯食わされたんとちゃう?」

374踊らされていたということ。:2007/02/01(木) 21:17:03 ID:kKQkn.R.
答えられなかった。呆然となる綾香は、一同からの静かな視線に晒されることになる。
それに含まれているであろう同情と名のつく粘つく感情、綾香はそれが耐えられなかった。
銃を手にしていない方の手をきつく握りこむ、だがこの程度では怒りが収まることもなく。
どこで間違ったのか、どこで自分はずれてしまったのか。

簡単だった、道は一番最初の時点で既に外れてしまっていたのだから。

「・・・・・・つよ」
「え?」
「あいつよ、割烹着を着たふざけた男・・・・・・っ!そう、『春原陽平』よ!!
 あいつにしてやられたのよっ」
「お、落ち着いてくださいっス、あんまり大声を上げると・・・・・・」
「五月蝿い!!!」

近づいてきたチエを突き飛ばす、荒れる感情を綾香は押さえつけることができなかった。

「ここまで・・・・・・あいつを信じてここまで来て・・・・・・、ばっかみたいっ!!」
「ちょっと、来栖川さ・・・」
「来ないでっ!」

戸惑う面々、しかし怒りを隠そうともしない綾香はそれを周囲にぶちまけるかの如くどなり続けた。
そして、尻餅をついて困惑した表情で綾香を見つめてくるチエを一瞥した後。
綾香は何の躊躇もなく、S&Wの銃口を彼女に向けた。

「な・・・・・・?!」
「来栖川さん何をっ」
「信用してたまるもんか・・・・・・たまるもんかあっ!」

次の瞬間鳴り響いた銃声と、背面に倒れていくチエの体が全てを物語る。
ついさっきまで親しげに話していた面影はない。目の前で銃を構える少女の激情に包まれた表情は、正に修羅と呼ぶに相応しい雰囲気であり。

「誰も信用しない!何も、誰も・・・・・・信用しないわ!あんた達も、みんな、みんな敵よっ!!!」

膨れ上がった感情、その矛先は目の前の少女達へと向けられる。
ついさっきまで考えていた「他者を利用して」なんて事柄は全て吹っ飛んでしまっている、短気な彼女は残り三人の少女達を排除することしか見えていなかった。

375踊らされていたということ。:2007/02/01(木) 21:17:50 ID:kKQkn.R.
【時間:2日目午前3時半】
【場所:E−5北部】

来栖川綾香
【所持品:S&W M1076 残弾数(5/6)予備弾丸22・防弾チョッキ・支給品一式】
【状態:ゲームに乗る、腕を軽症(治療済み)。麻亜子とそれに関連する人物の殺害(今は麻亜子>関連人物)、ゲームに乗っている】

長岡志保
【所持品:投げナイフ(残:2本)・新聞紙・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:綾香と対峙、足に軽いかすり傷。浩之、あかり、雅史を探す】

保科智子
【所持品:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り2発)、支給品一式】
【状態:綾香と対峙】

笹森花梨
【所持品:特殊警棒、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)】
【状態:綾香と対峙】

吉岡チエ  死亡

チエの支給品は近辺に放置

(関連・558・578)(B−4ルート)

376再会のローディスト:2007/02/03(土) 18:12:58 ID:6RPJff6.

「―――ん〜、いい感じ」

ぐつぐつと煮える鍋をかき回しながら、相楽美佐枝がひとつ頷いた。
その背後から、力ない声がする。

「うぅ、お腹のすく匂い……美佐枝さん、まだ〜?」

放っておけば液状化してしまいそうな、情けない顔で机に突っ伏しているのは長岡志保である。
振り返る美佐枝。

「はいはい、もうすぐできるからね。食器、並べておいてもらえる?」
「やたっ! ごはん、ごっはん〜♪」

先程までの脱力はどこへやら、小躍りする勢いで立ち上がると鼻歌交じりに食卓を整えていく志保。
そんな志保の現金さに苦笑すると、美佐枝は最後の仕上げに取りかかるべく鍋へと向き直る。

「っと、その前に味見、味見……」

言いながら、美佐枝がおたまに掬った汁を啜ろうとした瞬間。
ばん、と盛大な音を立てて、勝手口の扉が開いた。

「―――それを口にするのは、やめておきたまえ」

あまりにも突然の出来事に反応できず、ただ眼を丸くして呆気にとられる美佐枝と志保。
二人の視線を受けて立っていたのは、白衣姿の女性であった。

「……」
「……」
「……こほん。突然の非礼はお詫びする」

沈黙と注視に耐えきれなくなったのか、女性が頬を染めて咳払いをする。

「あー、私はただ、そんなものを食ったらただでは済まんぞ、とだな……」
「コ……コジロー……?」
「……ん?」

おそるおそる、といった風情で女性に問いかけたのは美佐枝である。

377再会のローディスト:2007/02/03(土) 18:14:15 ID:6RPJff6.
「あなた、もしかして……コジロー、……じゃない?」
「な……その名をどこで……!? ……いや、待てよ……? ん……?」

うろたえたのもつかの間、眼をすがめてじっと美佐枝を見つめる女性。
空気についていけない志保が、とりあえず鍋の火を止めたりしている。
しばらくの間を置いて、女性が驚きの声をあげた。

「君はもしかして……トウマ、……あのトウマなのか?」
「わ、やっぱりコジローだ!」
「なんと……何年ぶりだろうな、こうして会うのは!」
「うわー、ははは、何よその格好、コスプレ?」
「やかましい、私は本物の医者になったんだ!」
「すごーい、あたしなんか寮母さんよ、寮母さん! お互い歳くったわねえ!」

いきなり盛り上がる二人に、志保が怪訝そうな顔で声をかける。

「あの……美佐枝さん、お知り合いなんですか……?」

その言葉に、同時に振り返る二人。
互いに互いを指差し、

「「不倶戴天の敵」」「だ」「よ」

綺麗にシンクロしながら言い放った二人の眼に、しかし敵意はなかった。
むしろ気脈の通じ合った仲間を見るような視線に、ああ好敵手と書いてライバルと読むってやつね、と
志保は理解する。しばらくご飯はお預けねえ、と内心で涙しながら、思い出話に花を咲かせる二人を
ぼんやりと見守ることにするのであった。

と、妙にニヤニヤと笑いながら、女性が美佐枝に問いかける。

「しかし懐かしいな。……そうだ、君はそろそろ羽柴姓になったのかな?」
「……ぐ」

一瞬で固まる美佐枝。
受身も取れずに脳天逆落としを食らったプロレスラーのような表情である。

378再会のローディスト:2007/02/03(土) 18:14:47 ID:6RPJff6.
「……う、うるさいわねえ。あんたこそメキシコはどうしたのよ、メキシコは」
「が……」

石化する女性。
まるで入団会見の自己紹介で思いっきり噛んでしまったドラフト一位高校生のような赤面ぶりである。

「や、やかましい! あの後、彼はイタリアに渡ったんだ!」
「ふうん、じゃイタリア行ったの?」
「し、幸せなウェディングを見せつけてから言え、羽柴美佐枝!」
「やめてええ」
「お互い様だ、バカ者!」

へたり込んで半液状化している志保をよそに、二人の思い出話、もとい古傷の抉りあいは続く。
何という運命の悪戯であろうか。
ナチュラル・ボーン・ローディストと呼ばれた『コジロー☆大好きっ子』。
アウシターナ・オブ・アウシターナと讃えられた『トウマの花嫁』。

―――かつて読者投稿界の竜虎と並び称された二人の、宿命的な再会であった。


******


「……というわけで、こちらは霧島聖。ま、昔馴染みね」
「霧島だ。よろしく」
「よろしく〜」

気を取り直して自己紹介する女性、聖。
適当なところで不毛な言い争いに決着をつけたのは、大人としての分別といえるだろうか。
しかしそこで余計な火をつけるのが、長岡志保という少女であった。

379再会のローディスト:2007/02/03(土) 18:15:25 ID:6RPJff6.
「そういえば、あたしも知ってますよ、ファンロードとかOUTっていうの」
「ほほぅ、感心な若者だ」
「本当に、長岡さん?」
「はい!」

満面の笑みで頷く志保。

「志保ちゃん情報によれば―――」
「うんうん」

言い放つ。

「―――大昔の痛いオタク雑誌! ですよね?」
「……」
「……」
「……あれ?」



……
………


「まったく……大人をからかうからだ」
「そうねえ、今のは長岡さんが悪いわ……あたしだって手加減するのがやっとだったもの」
「しくしく……志保ちゃん、もうお嫁にいけない……」

乱れた着衣のまま、さめざめと涙を流す志保。
そんな志保の嘘泣きを無視して、聖が美佐枝に向き直る。

「……しかし相楽、その鍋だがな」

その真剣な口調と視線に、美佐枝が姿勢を正した。

380再会のローディスト:2007/02/03(土) 18:16:05 ID:6RPJff6.
「……そういえば言ってたわね。この鍋を食べちゃいけないとか何とか」
「うむ。正確には、鍋の具が問題なのだ」
「具……?」

言われ、美佐枝が材料を指折り数えだす。

「人参、ジャガイモ、牛蒡はそこの冷蔵庫に入ってたやつだし……」
「お味噌もそうよね」

後ろから志保も口を出す。
と、何かに気づいたように声をあげる美佐枝。

「まさか、この用意されてた食材に毒でも入ってるの……?」
「ええーっ!? それじゃ美佐枝さん、さっき危なかったんじゃない!」
「……いや、そうではない」

聖の落ち着いた声。

「実は先ほど、この家の外で見かけたものなんだが……」
「……?」

言いながら突然しゃがみ込んだ聖を、何事かと見守る二人。
そんな視線をよそに、聖はがさごそと足元に置いた大荷物を探っている。

「……これは、何だね」

言葉と共に取り出したのは、血に汚れた襤褸切れのようなもの。
しかしそれを見た美佐枝と志保は、目を見合わせると事も無げに言った。

「ああ、それ」
「さっきの虎の毛皮でしょ?」
「そうそう。臭いし、邪魔だから外に出しといたやつ」

381再会のローディスト:2007/02/03(土) 18:16:59 ID:6RPJff6.
それが何か、と言いたげな二人の視線に、聖は深いため息をつく。

「……この毛皮の持ち主の肉が、入っているだろう」

その視線は、まだ湯気を上げている鍋の方へ向けられている。

「へ? ……うん、入ってるわよ?」
「やっぱりお肉がなくっちゃ始まらないもんね〜。……やば、お腹空いてたの思い出した」

涎を垂らさんばかりに鍋を見つめはじめた志保に、聖は静かに告げる。

「……何度も言うが、やめておきたまえ」
「え、なんで〜?」
「……もしかして、虎の肉って火を通しても食べられないの?」

美佐枝の問いに、聖は首を振って答える。

「臭みはあるだろうが、鼻をつまめば食えるさ。……普通の虎なら、な」
「……?」
「君たち、普通の虎が立って歩いたりすると思っているのか」
「聖さんが何を言いたいのか、全ッ然、わかんないんだけど……」
「ごめん、あたしにも……」

要領を得ない二人に、聖は小さく眉根を寄せると、口を開いた。

「……平たく言って、君たちが料理した虎は病気持ちだ。ムティカパ症候群、と呼ばれている。
 感染すればただでは済まん」

虎ではなく人間だ、とは言わなかった。
それを告げることには意味がないと、聖は考えていた。
聖の内心など露知らず、二人はその言葉に目を丸くしている。

「うっそ〜、それじゃ……」
「そうね、危ないところだったわ……」
「……そもそもどう始末したのかは知らんが、虎を相手に大立ち回りとは無茶をする。
 夕餉になっていたのは君達の方かもしれなかったんだぞ」

ため息をつく聖に、美佐枝がどこか恥ずかしげに目を逸らす。

「それが、……笑わないでよ、聖」
「急になんだ、改まって」
「……あたしがまたドリー夢に目覚めた、なんて言ったら……どう思う?」
「うわははははは!」

聖、大爆笑。

382再会のローディスト:2007/02/03(土) 18:17:37 ID:6RPJff6.
「あ、あんたねえ!」
「ははは、いや、すまん、ははは」

息を切らして笑っている。

「……いやいや、君もまだまだ若い、と嬉しく思ってな」
「言わなきゃ良かった……」
「何、恥ずかしがることはない。……私はこの島で奇妙な力に目覚めた人間を何人も見てきた」
「奇妙な……力?」

美佐枝が、小さく呟く。

「ああ、それこそ虎など問題にしない力を持った者も多くいた。
 君がそれに目覚めても何ら不思議は無いさ」
「……そう、なの?」

美佐枝の脳裏には、昨日の光景が浮かんでいた。
奇妙な光線銃で少年を撃退した、古河パンの店主。

「ああ。……たとえそれが、過去の少しばかり痛々しい趣味と繋がったところで、笑う者は……わははは」
「あんた、笑いすぎっ!」
「えーっと……、はい、先生!」
 
それまで年長者二人のやり取りを黙って見ていた志保が、手を挙げていた。
顔を赤くして食ってかかろうとする美佐枝を片手で抑えながら、聖が志保を指名する。

「何かね、長岡君」
「ドリー夢って、なんですか?」
「ふむ、いい質問だ」
「ちょ、ちょっと聖! そういうことは別に……」

慌てたような美佐枝の声を無視し、聖はひとつ咳払いをしてから重々しく答えた。

383再会のローディスト:2007/02/03(土) 18:18:01 ID:6RPJff6.
「ドリー夢とは、な……物語の登場人物などを自分と置き換えて妄想をたくましくする、
 多感な若者、特に思春期の少女に特有の病気だ」
「へぇぇ……イタいですねっ」
「ああイタいな。だがあまり言ってやるな、こうして本人も恥ずかしがっている。
 思うに、彼女は何かの登場人物になりきってその力を発揮する能力に目覚めたのだろう。
 ……わはははは」
「聖ーっ!」

美佐枝が、聖に飛びかかった。


******


「……ところで聖。その大荷物だけど、他に何が入ってんの?」

ひとしきり騒動が収まったところで、美佐枝が聖に尋ねていた。
その顔にはいくつかの引っ掻き傷がある。

美佐枝の視線が向かう先にあったのは、人ひとりを包み込もうかという大きさの布袋であった。
支給品のデイバックと共に、聖の背後に置かれている。

「おっと、そうだった」

ぽん、と手を叩く聖。
いやすっかり忘れていた、などと呟きながら布袋の口に結ばれた紐を解きだす。

「なんか、ドラマに出てくる死体袋みたいで嫌ね……」

眉を顰めながら聖の手元を見ている美佐枝。

「いや、まぁ似たようなものだが……」

言いながら開けた、その布袋からごろりと顔を覗かせたのは、

384再会のローディスト:2007/02/03(土) 18:18:20 ID:6RPJff6.
「ひっ……!?」
「どうしたの、美佐枝さ……う、うわわ、し……死体ぃ!?」

青白い顔で目を閉じた、少女の頭部であった。
瞬間的に後じさり、壁に張りつく美佐枝と志保。

「ん? どうした、二人とも」
「ど、どうしたって、あんた……」
「そ、それ、まさか……聖さんがこ、殺したの……!?」

震える指で差され、聖はようやく合点がいった、というように頷く。

「や、やっぱり!」
「聖、あんた……!」
「いやいやいや、そうではない。落ち着きたまえ」

身構える二人に、聖は害意が無いことを証明するかのように両手を広げてみせる。

「そもそも君たちは重大な勘違いをしているぞ」
「な、何よ……!?」
「彼女は死体ではない。限りなくそれに近い状態ではあるが……まだ生きている」
「……」
「……」

数秒の間。
何度か瞬きをしてから、美佐枝がようやく口を開く。

「……今、なんて?」
「だから、彼女はまだ辛うじて生きていると言っているんだ。死体扱いは可哀想だぞ」
「……」

更に数秒の間が空いた。
見る見るうちに、美佐枝の表情が変わっていく。

385再会のローディスト:2007/02/03(土) 18:18:36 ID:6RPJff6.
「……あ、あ、あんたねえ! そういうことは早く言いなさいよ!」

怒りと、ある種の使命感が混じった顔でそう怒鳴ると、美佐枝は聖を押し退ける勢いで
布袋に包まれた少女へと駆け寄った。

それからの美佐枝の動きは、誠に迅速といえた。
志保に矢継ぎ早に指示を出し、なぜ私がと訝しがる聖の尻を叩いて、瞬く間に寝室を整えていく。
大急ぎでベッドを空け、湯を沸かして泥で汚れた少女の身体を拭き、火傷で張り付いた制服を切って
上から新しい寝間着を着せ、布団に寝かせて額に濡れタオルを乗せるまで、実に二十分とかからなかったのである。



 【時間:2日目午前7時前】
 【場所:F−2 平瀬村民家】

相楽美佐枝
 【所持品:ガダルカナル探知機、支給品一式】
 【状態:健康】

長岡志保
 【所持品:不明】
 【状態:空腹】

霧島聖
 【所持品:魔法ステッキ(元ベアークロー)、支給品一式、エディ鍋、白虎の毛皮】
 【状態:ドクター形態】

川澄舞
 【所持品:村雨・大蛇の尾・鬼の爪・支給品一式】
 【状態:瀕死(肋骨損傷・左手喪失・左手断面及び胴体部に広く重度の火傷・重度の貧血・奥歯損傷・意識不明・体温低下は停止)】

→472,474,650 ルートD-2

386訣別のアウシターナ:2007/02/03(土) 18:19:31 ID:6RPJff6.

「……どうなの、あの子は?」

沈痛な面持ちで、美佐枝が聖に訊ねる。
目線はベッドの上の少女に向けられていた。
計るまでもない高熱と、か細く荒い呼吸。素人目にも、容態が良くないと知れた。

「火傷も酷いし……それに、あの手……あれじゃあ、」

生きている方が不思議だ、という言葉を、美佐枝は飲み込む。
少女の左手は、手首から先が失われていた。
傷口は火で焼かれたらしく、ケロイド状に爛れていた。
まるで拷問でも受けたかのような、惨たらしい有様だった。

「―――正直、助かる見込みは殆どない」

医療関係者特有の、ある種の冷たさを感じさせる声で、聖が言う。

「そんな……!」
「落ち着きなさい、長岡さん。……聖、それで?」

志保を抑えながら、美佐枝が先を促す。
聖も医師として己の感情を殺して宣告していると、分かっていた。

「……彼女は、明らかに深刻な失血状態にある。
 どういうわけか低体温症は免れているが、内臓機能への影響は避けられない」
「……」
「脳死に至るのが早いか、多臓器不全に陥るのが早いか……いずれにせよ、時間の問題だ」
「輸血……とか」
「まず器具がない。彼女の血液型もわからん。……手の打ちようがない」

387訣別のアウシターナ:2007/02/03(土) 18:19:53 ID:6RPJff6.
淡々と告げる聖。
と、うな垂れていた志保が唐突に顔を上げた。

「そ、そうだっ!」
「どうしたの、長岡さん!?」
「地図に、あったじゃない!」
「地図よ、地図! あ〜もう、どうしてわかんないかなあ!」

頭を掻き毟る志保に、聖が静かに声をかける。

「……診療所かね」
「そう、それよ! 診療所! 地図にあったじゃない!」
「そうか、そこならもしかすると……!」
「―――片道で」
「……え?」
「片道で優に14、5Km」

ボルテージを上げていく二人に冷水を浴びせ掛けるような、聖の声だった。

「往復で30Km近い道のりだ。加えてこの島には殺人鬼が跳梁跋扈している。
 さて、何時間後になるかな」
「……!」
「間に合わんよ。無事に帰ってこられるかどうかも怪しい」
「あんた……!」
「元々、せめて最期くらいは安らかに迎えさせてやろうと思って連れてきたんだ。
 素人考えでつまらないことを言うもんじゃない」
「―――!」
「聖……っ!」

ぱん、と。
小さく、渇いた音が響いた。

388訣別のアウシターナ:2007/02/03(土) 18:20:16 ID:6RPJff6.
「み……美佐枝、さん……?」
「……」
「……ごめん、聖」

美佐枝が、聖の頬を打った音だった。

「……あんたの言いたいことはわかってるつもり。でも……」
「……」

聖は叩かれた頬を押さえることもなく、ただ静かに美佐枝を見つめている。

「でも、それ以上は聞きたくない」
「美佐枝……さん……」

美佐枝の目には、涙が浮かんでいた。

「……あたしは行く。行って、輸血の道具、持って帰ってくる」
「美佐枝さん……!」
「それで、いいのか」

穏やかにすら聞こえる声で、聖が尋ねる。
時折震える声で、美佐枝が答えた。

「あんなことがあって……道は分かれたけど。
 でも……でも、きっと同じところを見てるって、そう思ってた」
「……」
「あんたがそうやって、動けないようになっても……あたしはまだ、走れるんだ」
「……」
「あんたはあんたの仕事をすればいい。あたしは、あたしにできることをする」
「……そうか」

その言葉が最後だった。
あとは聖の方へ目をやることもなく、手早く荷物をまとめはじめる美佐枝。

「ちょ、ちょっと美佐枝さん……!」
「あなたは残りなさい」
「そんな、美佐枝さん……!」

389訣別のアウシターナ:2007/02/03(土) 18:22:03 ID:6RPJff6.
突然のことにうろたえる志保。
視線を左右させるが、美佐枝も聖も無言のまま、顔を上げようとはしなかった。
志保が言葉を探して立ち尽くす内に、美佐枝が立ち上がる。
まとめた荷物は既に背負われていた。

「じゃ、行くわ」
「……ここは、借りておく」

簡素なやり取り。
片手を上げて、振り返りもせずに美佐枝は戸口をくぐっていった。

「ちょ、そんな……」
「……君は、どうするのかね」

聖の言葉に、志保が半泣きの表情を向ける。
目線を合わせようともしない聖と、美佐枝の出ていった扉と、最後に横たわる少女とを交互に見て、

「……待って、待ってよ、美佐枝さん……!」

雨の戸外へと、駆け出していった。


******


「……すまんな、二人とも。気をつけるんだぞ」

扉の閉まる音を耳にしながら、聖が小さく呟く。
その表情は、ひどく哀切に満ちていた。

「―――人の身でありながら、人ならざるものに抗おうとする、愚かで、そして強い命」

立ち上がり、ベッドに横たわる少女へと歩み寄る。
不規則に荒い呼吸を繰り返す少女を、じっと見つめる聖。

「ここで潰えさせるわけにはいかないんだ。……決して。
 そして……この先を、君たちに見せたくはなかった」

言って、そっと少女を抱き起こす聖。
その手には、すっかり冷めてしまった、小さな鍋が提げられていた。

390訣別のアウシターナ:2007/02/03(土) 18:22:24 ID:6RPJff6.
 【時間:2日目午前7時ごろ】
 【場所:F−2 平瀬村民家】

相楽美佐枝
 【所持品:ガダルカナル探知機、支給品一式】
 【状態:憤然】

長岡志保
 【所持品:不明】
 【状態:狼狽】

霧島聖
 【所持品:魔法ステッキ(元ベアークロー)、支給品一式、エディ鍋、白虎の毛皮】
 【状態:ドクター形態】

川澄舞
 【所持品:村雨・大蛇の尾・鬼の爪・支給品一式】
 【状態:瀕死(肋骨損傷・左手喪失・左手断面及び胴体部に広く重度の火傷・重度の貧血・奥歯損傷・意識不明・体温低下は停止)】

→「再会のローディスト」 ルートD-2

391乱入:2007/02/05(月) 01:28:31 ID:zS/mQtoM
張り詰めた空気の中、睨み合う少女とロボット。
少女の手にしたボーガンに、矢は刺さっていなかった。
ロボットの手にする立田七海が、武器になるわけはなかった。
そんな二人の様子を、起き上がることができず地面に投げ出されたままの小牧郁乃、そしてすっかり出張るタイミングを逃した沢渡真琴は静かに窺い続ける。

「あ、あの・・・・・・・落ち着いてくだ・・・きゃうっ!」

襟首を掴まれあたふたする七海のその一言が、戦闘開始の合図になった。
力強く地面を蹴りだし、朝霧麻亜子が一気に間合いを詰めてくる。
手にした矢の装着されていないボーガン、麻亜子はそれを振りかぶりほしのゆめみに向かって投げつけた。

「おおっと、随分乱暴だなっ?!」

七海の襟首を掴んでいない手で薙ぎ払うゆめみ、機械の腕が悲鳴を上げるがそれなりに頑丈にできているらしく損傷はゼロに等しい。
しかしそれはフェイクである、次の瞬間ゆめみの目の前に飛び込んできたのは自らのバックに手をつっこみ新しい獲物を出そうとする麻亜子の姿であった。

「お覚悟ー!!!」

慣れた手つきで取り出した鉄扇を広げる麻亜子、黒い輝きが月の光に反射する。
走りながら横に切りつけてこようと腰を捻ってくる彼女に対し、ゆめみは即座の判断で保護していたはずの七海を投げつけた。

「きゃああああああ〜っ!」

情けない悲鳴が場に響く。
タイミングがずれれば七海自身が刻まれる乱暴な手段であるが、うまく麻亜子の肩口に命中した七海はそのまま彼女を押し倒した。

「なにおっ、ちょこざいな」

この程度ではへこたれないと言わんばかりの威勢の良さで、即座に麻亜子は半身を起こす。
鉄扇はまだ手にしたままだ、手始めに臭気を放つ着物にダイブして気絶した少女に止めを刺そうとそれを振りかぶる。

392乱入:2007/02/05(月) 01:29:06 ID:zS/mQtoM
「どこ見てんだよっ」

だが、それは叶わない。七海に気を取られていた麻亜子に向かい、跳躍したゆめみが一気にせまる。
気がついた時にはもう遅い、視線をやると既にゆめみの足の裏が目の前にせまっていた。
そして、そのまま見事顔面に命中。再び麻亜子は床に身を落とすのであった。

「ぞれはあぢぎろ十八番らっつーのに、ひきょうらぞ」

血の滴る鼻を抑えながら、身軽に着地するゆめみの背を見やる麻亜子。

「ハンッ!知らねーな、んなもん」

ひょうひょうと言ってのけるゆめみは、勢いで吹っ飛ばされた七海を回収すると彼女を部屋の隅へ投げ捨てた。
さらには勝ち誇ったかのような笑みを浮かべ、麻亜子を見下し挑発する。
・・・・・・余裕を持っていたはずがこの仕打ち、さすがの麻亜子も気を引き締めねばならなかった。
丸腰の相手に苦戦しているわけにはいかない。鼻血を垂らしながらも立ち上がり、もう一度ファイティングポーズをとる。

「まだやるってのか?諦めのわりぃヤツだな」
「あたしにもプライドっちゅーもんがあるからね。ヤられるだけじゃ収まんのよ」

そう言って、先ほどのように広げた鉄扇を横に構える。ゆめみはバックステップを踏み、彼女との距離を再び開けた。

「ちょ、あんまこっち来ないでよ?!」

どうやら背後に郁乃がいる辺りに移動してしまったらしい、だがゆめみはそんな彼女の言葉に返すことなくただ麻亜子の出方を待ち続けた。
すっと、先ほどのように腰を捻らせ鉄扇を横に薙ぎ払うかのように構える麻亜子。次の瞬間、それは彼女の手から離れていた。

「馬鹿の一つ覚えかよ!」

393乱入:2007/02/05(月) 01:29:35 ID:zS/mQtoM
少し体勢を崩せば簡単にかわせる、左に飛んだゆめみはそれが最初に麻亜子の仕掛けてきたフェイクのやり方と同種の物だと判断し次に彼女が新しい武器を取り出す前にと早めに行動を移した。
駆ける背後で金属同士がかち合うの物だと思われる騒音が鳴り響く、「あ、あたしの車椅子が?!!」などという悲鳴も耳に入るが気にしてなどいられない。
距離を詰めながら麻亜子を捉えるべく、ゆめみが拳を固めた時。激しく、嫌な予感がした。

「・・・・・・とくと見よ、これがあたしの神の一手だぁあ!」
「げえ?!」

きらりと光る銀の輝き、構えられたと同時に迫力のある音が響き渡る。
イナバウアーよろしく背をそらすゆめみの視界にほんのちょろっと入るそれは。間違いなく、拳銃であった。

「おま、それはズルいだろ?!」
「何おう、命をかけた勝負の世界にズルもクソもないのだよ」

ちょこまかと外周を周るかの如く銃身から身を逸らそうと走り出すゆめみ、そんな彼女を追って麻亜子の構えるSIGが再び火を吹いた。
圧倒的な力の差がここに来て生まれた、近づくことができなくなったゆめみを麻亜子は追い詰めるかのごとく狙い続ける。
・・・・・・かと言って、弾に関しては限界があるので無駄使いはできない。
既に二発撃ってしまったので残りの弾も二発、ここは慎重に行かねばならないと麻亜子もさらに気を引き締める。
が、ここにきてチャンスが訪れる。足を取られたゆめみが転倒したのだ。

「ふもっふ!あちきの大勝利で幕を閉じるかね」

チャキッと、すかさず銃口をゆめみの頭部に向けて固定する。悔しそうな視線が心地よかった。
しかし引き金を引こうとした瞬間、感じたものは激しい打撃。防弾性の着物越とはいえ焼けるような痛みが背中に走る。
息ができなくなり前のめりに倒れそうになるが、それを抑えて原因を突き止めようと視線をやると。
ガチャンと音を立てながら床を転がっているそれは、見覚えのある品だった。
そう、銃を構える麻亜子に向かって飛んできたのは彼女の所持品であった鉄扇だった。
痛みを堪え振り向くと、腕を投げ出したポーズで肩で息をする少女が目に入る。

「車椅子のお返しよ・・・・・・」

394乱入:2007/02/05(月) 01:30:08 ID:zS/mQtoM
額に汗を浮かべる郁乃、それは足を動かせぬ彼女が根性で行った反撃であった。
先の花蝶扇にて破壊された車椅子の恨みを果たすべく、這って鉄扇を回収しに行った郁乃は強引に片手で自身の体重を支えながら鉄扇を麻亜子に向かって投げつけた。
そして見事クリーンヒット。その隙にとゆめみも再び体勢を整えることに成功する。

「でかしたガキ!」
「別に、あんたの、ためじゃないわ、よ・・・・・・」

再び麻亜子とゆめみの間に距離ができた、ゆめみは彼女の出方をうかがいながらも何か対抗する物がないか周囲へと視線をやる。

・・・・・・しかし、それがいけなかった。
少しゆめみが目線を外したその瞬間、銃声が、また響く。
けれどゆめみは倒れない。何が起きたかと慌てて麻亜子の方を見やるとそこには。

猫背のまま、屈みこむように後方を見ながらSIGを放つ、麻亜子の姿があった。
銃身の先には身動きを取らぬ郁乃が、そしてじわじわと漏れ出てくる液は彼女の血液だろうか。
そんな光景が、あった。郁乃は反撃する余力も、逃げることのできる自由に動く足も持っていなかったというのに。

「ふう。これで邪魔者はナッシングかね!」

一方、顔を上げた麻亜子の表情は非常に清々しいものであった。

「さーて、次はお嬢さんだよ?」
「この外道が。まだあの女は触ってねーっつーのによ」
「外道はくたばるまで外道味やで、分かっとるんかクソロボットってな」

不適に微笑む麻亜子の銃口が、もう一度夢身を捉える。
次にこの距離で、銃弾をかわせる自身はない。
正に万事休す。そして・・・・・・銃声が、また鳴った。

395乱入:2007/02/05(月) 01:30:34 ID:zS/mQtoM
横に飛び退り転がるゆめみ、しかし追ってくるものは何もない。
変わりに、何故かすぐ隣で対峙していたはずの麻亜子が吹っ飛んできた。
・・・・・・彼女の脇を見ると、着物の部分が抉り取られたかのようにパックリ割れていて。
これの指す意味が分からず固まっていると、部屋の入り口辺りから女性の声が響き渡る。

「大丈夫ですか?」

それが自分にかけられた声だと気づくのに、そう時間はかからない。
ゆめみがゆっくり振り向くと、そこには見知らぬ女性が立っていた。
右手で拳銃と呼んでいいのか分からないくらいの大きな銃を構える女性、いや。
耳で、分かる。彼女がただの『女性』ではないということに。

「どのような事態かは存じませんが、助太刀いたします」

麻亜子が入ってきた際開けっ放しにしていた扉にて仁王立つのは、ゆめみの他にもう一体ここに存在していたロボットであった。







【時間:2日目午前1時】
【場所:F−9・無学寺】

396乱入:2007/02/05(月) 01:31:03 ID:zS/mQtoM
立田七海
【持ち物:無し】
【状況:汚臭で気絶、郁乃と共に愛佳及び宗一達の捜索】

沢渡真琴
【所持品:無し】
【状態:寝たふりで様子をうかがっている】

ほしのゆめみ?
【所持品:支給品一式】
【状態:転がってる】

朝霧麻亜子
 【所持品:SIG(P232)残弾数(1/7)・バタフライナイフ・投げナイフ・制服・支給品一式】
 【状態:吹っ飛んだ、着物(臭い上に脇部分損失)を着衣(それでも防弾性能あり)。貴明とささら以外の参加者の排除】

イルファ
【持ち物:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬5発、他支給品一式×2】
【状態:麻亜子を撃った・首輪外れてる・左腕が動かない・珊瑚瑠璃との合流を目指す】

小牧郁乃 死亡


・ささら・真琴・郁乃・七海の支給品は部屋に放置
(スイッチ&他支給品一式・スコップ&食料など家から持ってきたさまざまな品々&他支給品一式・写真集二冊&他支給品一式・フラッシュメモリ&他支給品一式)
【備考:食料少し消費】

・ボーガン、仕込み鉄扇は周辺に落ちています

(関連・539・617)(B−4ルート)

397狂乱:2007/02/07(水) 23:06:51 ID:833Dfc.Q
それは約束の時間の10分前―――13:50分頃に訪れた。
「美佐枝さん……何か聞こえませんか?」
「……え?」
美佐枝が耳を澄ますと、小さな音が聞こえた。
地響きのようなその音は次第に大きくなってゆく。
「これは……足音?」
足音と呼ぶには余りにも派手過ぎるが……一定のリズムで刻まれるそれはどんどん接近してくる。
そして音は美佐枝達のいる建物の傍で止まった。

「どうやら誰か来たみたいですね……」
「そうね。さて、鬼が出るか蛇が出るか……運命の分かれ道って所ね」
武器を手に、緊張した面持ちで話す二人。
今愛佳達がいる広間は、役場の玄関を入ってすぐの所にある。
もう殆ど時間を置かずに、来訪者がこの場に現れるだろう。
誰かが来る事は分かっていたが、ゲームに乗っている人間が来たかどうかは対面してみるまで計りようがない。

案の定、すぐにドアの前に人が立つ気配がした。
ドアのノブがガチャッと音を立てて回された瞬間、愛佳は思わず声を漏らしそうになる。
それは何とか堪えたが―――入ってきた女性を見た瞬間、今度こそ愛佳は声を漏らしてしまった。
「ち、ちづ……る…さ……ん?」
愛佳は呆然としながら、疑問系で呟いた。
その女性は確かに柏木千鶴だった。
しかし千鶴の姿はあまりにも変わり果ててしまっていた。
愛佳の記憶の中にある千鶴と同一人物とは思えない程に。


「こ……この女、一体何なの……!」
美佐枝は思わずそんな事を口走ってしまっていた。
顔に、手に、服に、付着している赤い液体。
艶やかだった髪はくすみ、奇妙に歪んだ泣き笑いのような表情。
そして一番恐ろしく感じられたのが―――目だ。

以前のような凍りついた冷たい目をしているのならまだマシだった。
だが、今の千鶴の瞳は爛々と熱を帯びて赤く輝いていた。
それを目の当たりにした瞬間、美佐枝はぞくりと寒気を感じた。
そして理解した―――柏木千鶴はもう、壊れてしまっていると。


その事に気付いているのか、気付いていないのか―――愛佳は体を震わせながらも千鶴に話し掛ける。
岸田洋一と対峙した時のように精一杯の勇気を振り絞って。
「ち、千鶴さん……お話があります」
「なあに、愛佳ちゃん?」
紅い瞳がぐるりと動いて愛佳に向けられる。
本能が逃亡を訴えかけてくるが、愛佳はそれを強引に押し留めた。
「あの……色々大変な事があったんでしょうけど……その……もう、人を襲うなんて止めてくださいっ!」
「……どうして?」
「どうしてって……そんなの当たり前じゃないですか!人を襲うなんておかしいですよぉ!」
愛佳が叫ぶと、千鶴の顔から笑みが消えた。
暫しの間、静寂がこの場を支配する。
それから千鶴はゆっくりと語り始めた。

「私の大事な妹―――楓は死んだわ」
それは愛佳の質問の答えになっていない。

「本当に良い子だった。とても……とても……」
愛佳はどう答えて良いか分からず黙ってしまっていた。

「あの子はね、絶対ゲームに乗るような子じゃなかったわ。それなのに、殺されたのよ?」
それでも構わず千鶴は一人で言葉を続けてゆく。

「耕一さんも初音も、とても酷い目にあっていタわ。この島の人間達は、私と家族を苦しめるだケなのよ」
もう愛佳の方を見ようともせず、視線を虚空に泳がせながら。

398狂乱(修正版):2007/02/07(水) 23:09:34 ID:833Dfc.Q
「ソんな連中と協力し合えるわけが無いじゃナい。だったらコロしてしまった方がいいデしょ?」
語調すら、徐々に狂ってゆく。

「死をもっテ償わセルのよ。優勝すればワタしの家族も蘇らセられルし一石二鳥でしょ?」
無表情だった顔が、段々と一つの形に変わってゆく。

「もちろん愛佳ちゃンは特別扱いするわよ?ちゃんと後で生き返らセテあげるわ」
それは笑顔と呼ばれているものだった。

「すべテが終わっタらわたしの家にあそビにきなサイ。きっと楽しイわよ」
笑顔と呼ばれているものだったが―――

「だかラ――マナかちゃンも、ワタシといっしょにヒトをコロシましょう?」
見る者全てを竦み上がらせるような、おぞましい笑顔だった。

千鶴は威嚇するように手にしたウージーの先を揺らした。
まるで従わなければ殺す、という意思表示のように。
愛佳の顔が恐怖と絶望に歪む。

(ここまでね……!)
美佐枝は逃げ出したい衝動を必死に抑え、今やるべき事を考えた。
もう説得は無理だろう……なら自分が、愛佳を守らなければならない。
あの化け物に銃を向けてトリガーを絞る。
一秒にも満たぬ、それだけの動作で決着はつく筈だ。
先手必勝―――美佐枝は即座に行動に移った。


「愛佳ちゃん、下がって!」
叫ぶとほぼ同時に美佐枝の手元から閃光が発される。
だが―――89式小銃の向けられた先では千鶴の姿がもう消えていた。

「いまワタしはまなカちゃんとおはなシしているの……ジャまものハきえなさい!」
ぞっとするような声が横から掛けられる。
美佐枝は嫌な予感がして、ばっとその場を飛び退いた。
その直後にはもうそれまで美佐枝がいた空間を銃弾が切り裂いていた。
背後に置いてあった接客用らしきカウンターが派手な音と共に砕かれてゆく。

「このぉっ!」
照準を定める時間は無い。
美佐枝は振り向き様に89式小銃を連射した。
水平方向に死の直線が描かれる。
その圧倒的な破壊力で広間の設置物が次々に壊されてゆく。
だがまたしても目標の体はその射線上に無い。
千鶴が膝を折って銃撃の軌道から逃れ、その姿勢のまま地面を蹴って突進してきていた。
その手元の銃口の向いた先には美佐枝の体―――

美佐枝は慌てて上体を捻った。
それで何とか千鶴のウージーから吐き出される銃弾を躱す事が出来た。
だが態勢は完全に崩れてしまっている。
迫る千鶴から逃れる事はかなわず、次の瞬間には美佐枝の視界は反転していた。


瞬きする間もなく千鶴は倒れている美佐枝にのしかかる。
美佐枝は、紅い瞳に間近で射抜かれただけで心臓が止まるかと思った。
「シね」
ウージーの銃口を額に押し付けられる。
体を凄まじい力で押さえつけられている美佐枝には対応する術が無い。
そして凶弾が美佐枝の額を貫こうとしたその時だった。

399狂乱(修正版):2007/02/07(水) 23:12:31 ID:833Dfc.Q


「やめてぇぇぇ!」
背後から腕を引っ張られ、ウージーを地面に落としてしまう千鶴。
振り向く千鶴の視界の中に愛佳がいた。
「もう……もうやめてください!」
異常なこの状況に気押されながらも愛佳は戦いを止めようとしていた。
「まなかちゃン……」
千鶴の動きが一瞬止まる。
その注意が愛佳に逸れたかと思われたが……そうでは無かった。

千鶴はさっと手を伸ばし、美佐枝の89式小銃を奪い取った。
そして猛獣じみた動きで乱暴に鮮やかに腕を一閃する。
89式小銃の先には銃剣が取り付けられてあり、刃物としての機能も併せ持つ。
完全に不意を討たれた美佐枝は反応が間に合わない。
せいぜい、微かに肩を動かせた程度だ。

「ごっ……ぼっ…」
美佐枝の喉を鋭利な銃剣が一閃し、血煙が周囲を赤く染める。
さらに返す刃が美佐枝の顔面を縦に深く斬り裂いていた。
「ああああっ…美佐枝さぁぁぁんっ!!」
三人の視界が真紅に染まる。
千鶴は噴水のように噴き出る美佐枝の鮮血を全身に浴び、恍惚の笑みを浮かべた。
美佐枝は激痛とショックでごぼごぼと声にならない悲鳴を上げている。
千鶴は大きく腕を振り上げ、美佐枝の喉に銃剣の先端を突き刺した。
(愛佳ちゃん……芹香ちゃん……守ってあげられなくてごめんね…………)
最後にそれだけを思って、美佐枝の意識は途切れた。

「あああっ…ああっ…いやああああああっ!!」
愛佳が絶望の叫びを上げる。
美佐枝の亡骸に縋りつきながら。
千鶴はすくっと立ち上がり、そんな愛佳を見下ろし―――


その時ドアが開いた。
「こ……これは……!?」
そこから現れた者達は息を切らしたまま呆然と立ち尽くしている。
彼女達の名は川名みさき、吉岡チエ、そして、藤田浩之だった。


【時間:2日目14:00】
【場所:C-03 鎌石村役場】

柏木千鶴
【持ち物:支給品一式(食料を半分消費)、89式小銃(銃剣付き・残弾14/22)、ウージーの予備マガジン弾丸25発入り×3】
【状態:左肩に浅い切り傷(応急手当済み)、肩に怪我(腕は動く)、マーダー、狂気、血塗れ】

藤田浩之
【所持品1:デザートイーグル(.44マグナム版・残弾6/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1】
【所持品2:ライター、新聞紙、志保の支給品一式】
【状態:呆然】
吉岡チエ
【所持品1:投げナイフ(残り2本)、救急箱、耕一と自分の支給品一式】
【所持品2:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)】
【状態:呆然】
川名みさき
【所持品:護の支給品一式】
【状態:呆然】

小牧愛佳
【持ち物:ドラグノフ(7/10)、火炎放射器、缶詰数種類、他支給品一式】
【状態:絶叫】

相楽美佐枝
【持ち物1:包丁、食料いくつか、他支給品一式】
【所持品2:89式小銃の予備弾(30発)×2、他支給品一式(2人分)】
【状態:死亡】

【備考:ウージー(残弾12)は床に転がっている】

ウォプタル
【状態:役場の近くに放置】

(関連631・634・666)

本スレ『狂乱』の修正版です、こちらをまとめサイトに掲載お願いします
お手数をおかけして重ね重ね申し訳ありませんでした

400Crisis:2007/02/10(土) 00:25:40 ID:kPVWjO32
目前の敵を睨みつけ、猛然とワルサーP5を引き抜いたのは、国崎往人と呼ばれる男である。
銀色の髪はこの戦場においてなお美しく、身に纏った黒い服との対比がそれを一層際立たせていた。
もう躊躇は無い。今の彼にあるのは、目の前の敵を、来栖川綾香を屠る意思だけである。
往人の明確な殺意を受けて、綾香がにやりと笑った。まるで、この場の緊張感すらも楽しんでいるかのように。
「何度も言う気はないから、一度だけ忠告してあげる。今の私の標的はまーりゃんと環であって、あんたじゃない。
邪魔をしないって言うんなら、見逃してやっても良いけど?」
それは明らかに、最後通牒だった。これを断れば、綾香の手にしたマシンガンが、容赦無く往人にも牙を剥くだろう。
だが――守るべき仲間の存在、それに地に倒れ伏せているあかりの無念。危険を顧みてなどいられない。
「断る。俺は仲間を撃った敵を――お前を、許すつもりはない」
往人は綾香を見据えたまま、断言した。腕を上げ、ワルサーP5の銃口を綾香へと突きつける。
応えて、綾香はマシンガンを深く構え直した。
「――そう。ならあんたも殺してあげる。その反吐が出るお仲間意識も……全部!粉々に砕いてやる!」
それまでの冷静だった態度から一変し、綾香は感情を剥きだしにして、叫んだ。

――それが戦闘開始の合図となった。
往人が横へ跳ねた直後には、それまで往人がいた場所を銃弾が貫いていた。
相手の武器がただの拳銃なら、これで難は逃れた事になるのだが――生憎、今往人を狙っているのはマシンガンだ。
弾丸の群れが、往人が動いた軌跡を辿って迫ってくる。その攻撃から逃れるには、相手の連射を遮るしかない。
往人は綾香に向けて、ワルサーP5の引き金を引いた。
しかし往人が銃を扱うのは今回が初めてだ。移動しながらでは、狙い通りの場所を撃ち抜く事は叶わない。
綾香は掃射を再開し、連続した銃弾が往人を捉えそうになる。
「やらせないっ!」
声が聞こえるとほぼ同時に綾香がさっと身を引き、遅れて別の銃声が聞こえた。
綾香のすぐ目の前で、地面に生えた雑草が千切れ飛ぶ。往人が視線を移すと、環が綾香にレミントンの銃口を向けて、立っていた。
往人が銃を構え直すより早く、綾香が環を射抜こうとし――またも、綾香は後ろに跳躍した。
「甘いぞぅ、あやりゃん。あたしの目が黒いうちは、たまちゃんには指一本触れさせないよっ!」
麻亜子が、これまでの時間で矢を装填したのであろう、ボーガンを構えている。
唸りを上げる矢が放たれたが、それは綾香を損傷せしめる事が出来ず、ただ空気を裂くに留まった。

401Crisis:2007/02/10(土) 00:28:12 ID:kPVWjO32


辺り一帯に銃声が響く。暴力の嵐が吹き乱れる。
銃弾、ライフル弾、そしてボーガンの矢。綾香が攻撃体勢を取ろうとすると、それを遮るように攻撃が放たれる。
「くっ……雑魚共が群れて調子に乗ってんじゃないわよっ!」
綾香は忌々しげに吐き捨てた。その言葉通り、先程から往人ら三人が綾香一人を攻撃する構図が続いている。
往人達と麻亜子が、示し合わせた訳ではない。麻亜子がゲームに乗っている事は、今この時もなんら変わりは無い。
しかし麻亜子にとって、自分とその知り合いを優先的に狙う綾香の存在は、危険極まりないものである。
また、往人と環は、あかりを撃った綾香を許す事など出来ない。必然的に、三人の攻撃目標は綾香一人に絞られていた。
かつてない勢いで撃ち込まれる連撃を前に、綾香が後退する。
それを好機と取ったか。

環が地面を蹴り、疾風の如き勢いで綾香との間合いを詰める――!
今までよりも遥かに近い距離で繰り出される、レミントンの銃撃。
ライフル弾によるそれは、防弾チョッキの上からでも、致命傷を与えうるだけの貫通力を有している。
環は防弾チョッキの存在など知らないのだが、ともかく命中すれば一撃で綾香を仕留める事が出来る。
「チイ――――!」
咄嗟に身を捻った綾香の真横の空気を、ライフル弾が切り裂いてゆく。
今度は逆に、環の方が致命傷を受けかねない状況だ。シャワーのようなマシンガンの攻撃を、近距離で避ける事は不可能に近い。
往人が、綾香から攻撃の時間を奪うべくワルサーP5を放つ。綾香はしなやかな動きで、その銃撃も回避してゆく。

――強力な重火器に、防弾チョッキ。異能を持たぬ人間の中では、男女の分け隔てなく上位に入る身体能力。
加えて平瀬村の大乱戦で、柳川祐也との死闘で得た、豊富な殺し合いの経験。
今の綾香は、ゲーム参加者の中でも特に優れた戦闘力を誇っている。
だが往人達もまた、一般人としては充分に強力な部類である。
そんな人間を三人同時に相手にしては、正面からでは反撃もままならない。
不利を悟った綾香が、攻撃を捨てて回避に徹し、後退を続けてゆく。
そのまま綾香は後ろにあった民家の塀を飛び越え、それを盾にするように身を隠した。

402Crisis:2007/02/10(土) 00:30:40 ID:kPVWjO32
「逃がすかっ!」
間髪入れず、往人がその後を追おうとした。銃を構えて前へ走る。
「国崎さん、下がって!」
そんな往人を制しながら、環がレミントンを撃った。放たれたライフル弾が命中し、塀の一部が破損する。
何故この有利な状況で後退を促がすのか――往人にはその意味を図りかねたが、すぐに思い知る事になる。
綾香が塀の向こうから顔を出し、すぐに引っ込めた。その直後にマシンガンを持った手が現れる。
遅れてマシンガンから銃声が鳴り響く。幾多の銃弾の内の一つが掠り、往人はちりっと頬の表面に熱を感じた。
綾香は、遮蔽物を防御に利用する事で、自分が攻撃する時間を作ったのだ。
この瞬間、攻守の立場が逆転した。このまま自分達だけ身を隠さずに戦えば、全滅は必至だ。
「こっちです!」
言われて、往人は環に追従し、近くにある農耕用の大型トラクターの陰に飛び込んだ。
既に麻亜子はそこに隠れており、ボーガンに矢を装填しようとしている。
「国崎さん、苛立つのは分かりますが落ち着いてください」
環が静かな声色で諌めてくる。それは些か冷静に過ぎるように思えた。
往人は反論しようとしたが――環の握り締められた拳から滴る血に気付いた。
そうだ、環とて悔しくない訳が無い。それでもここでやるべき事は、感情に任せて犬死にする事では無い筈だ。
「そうだな……すまん」
だから、往人は大人しく自分の非を認めた。
あくまで冷静に――あの女を、来栖川綾香を倒す。

「しかし、どうする?」
銃の残弾を確かめてから、往人が尋ねる。
往人のワルサーP5の残弾は5発、余裕があるとは言い難い。麻亜子のボーガンにも、この状況では期待出来ない。
綾香の隠れている民家とは60メートル以上離れている。それを弓で撃ち抜くのは、神技に等しい芸当だろう。
それに麻亜子が、いつ自分を攻撃してくるかも分からない。往人と麻亜子は、敵同士なのだから。
「私の銃は元々、狙撃用のライフルの筈です。これを使って綾香が攻撃する瞬間を狙いましょう」
環が、銃に弾を詰めながら答える。往人には、環の提案した作戦が正しいように思えた。
相手も訓練を積んだ軍人という訳ではあるまい。
遠距離の戦闘に限って言えば、命中精度に優れるライフルを有するこちらの方が有利だ。

403Crisis:2007/02/10(土) 00:32:22 ID:kPVWjO32
だがそんな二人の目論見を打ち消すかのように、麻亜子が言った。
「――まずいぞ」
「何がだ?」
「あやりゃんがここに来た時、最初に何が起こったかね?」
言われて往人は、思考を巡らした。綾香が来た時最初に生じた事態。
あかりが撃たれるより、更に前に起こったことだ。有紀寧と麻亜子と、牽制し合っていた時に、膠着を打ち破ったもの。
それは――
往人が答えに達するとほぼ同時に、環も同じ結論を得た。
「く、っ――――――――!」
走りこんで勢いをつけ、考えるより早く跳ぶ。他の事に気をやる余裕は無い。
とにかく全力で、力の限り、地面に滑り込むつもりで、三人は真横へ跳躍する。
そして――それまで三人が隠れていたトラクターは、綾香のレーザー式誘導装置によるミサイルを受け、粉々に爆散した。

早めに回避行動に移ったことが幸いした。
再び轟音と爆風に襲われた往人だったが、今度は少し距離があって吹き飛ばされずに済んだ。
しかし綾香も、避けられる事くらいは予想しているだろう。このまま態勢を立て直そうとすれば、あかりの時の二の舞だ。
まだ硝煙が邪魔で視界がはっきりとしないが、それでも往人は綾香が隠れていた方向に向け、銃を放つ。
煙が目隠しになるのは自分達にとっても同じ――銃声で場所を特定されぬよう、往人は少し移動してから、また狙撃した。
往人の行動が功を為したのか、綾香のマシンガンの音が響き渡る事は無い。

しかし――今日の往人はとことん天に見放されているようで。
「あぐっ!」
聞こえてきた悲鳴の方へ目を向けると、環が血が流れ出る左肩を抑えている。
いつの間にか、逃亡した筈の男――長瀬祐介が、包丁片手に戻ってきていた。
「くそっ、こんな時に!」
往人は環を援護しようと考えたが、それを実行する事は無かった。
何故なら、綾香が塀を乗り越えて、マシンガンを撃とうしているのが見えたから。
素早く移動して、連射された銃弾の軌道から逃れる。その最中に、往人は思った。
(……絶体絶命、ってヤツだな)

404Crisis:2007/02/10(土) 00:34:06 ID:kPVWjO32
【時間:2日目・15:15】
【場所:I−6】

朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン、サバイバルナイフ、投げナイフ、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態:マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、全身に痛み】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】

国崎往人
【所持品:ワルサーP5(3/8)、ラーメンセット(レトルト)、化粧品ポーチ、支給品一式(食料のみ2人分)】
【状態:目的は綾香の殺害と仲間を守る事、全身に痛み】

神岸あかり
【所持品:水と食料以外の支給品一式】
【状態:瀕死、月島拓也の学ラン着用。打撲】

向坂環
【所持品①:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、包丁、ロープ(少し太め)、支給品一式×2】
【所持品②:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に痛み、左肩に包丁による切り傷】

長瀬祐介
【所持品1:包丁、ベネリM3(0/7)、100円ライター、折りたたみ傘、支給品一式】
【所持品2:懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、支給品一式】
【状態:環に攻撃中、有紀寧への激しい憎悪、全身に痛み】

来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(27/30)・予備カートリッジ(30発入×3)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き)】
【状態①:右腕と肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)】
【状態②:まーりゃんとささら、さらに彼女達と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う】

→686
→687

405Climacus -Messiah's identity-:2007/02/10(土) 18:21:16 ID:V3.oKtaE

「どこへ行くんだ?」

少年が静かに問いかけた。
彼がいつもそうするように、優しく。

「誰もいないところ」

少女が、小さく呟いた。
常ならば絶対に浮かべない、硬く強張った表情のまま。

ざあ、と風が鳴る。
梢に溜まった水滴が、流れて落ちた。
雨は既にやんでいたが、垂れ込める雲は未だ陽光を遮っている。
雲間から日輪が覗くには、いま少しの時を要するようだった。

「いつまで歩くんだ?」

光射さぬ島の上、重ねて少年が訊ねる。
泥濘を歩きながら、その足元には染みひとつない。
まるで汚れの方が少年を避けて通っているかのようだった。

「お前がいなくなるまで」

目線を動かすことなく、少女が答えた。
スニーカーの足元のみならず、その顔にまで泥が撥ねていた。

「俺なら、お前を救ってやれる」

再び、風が鳴いた。
灰色の世界の中、少年がそっと、少女へと手を伸ばす。

406Climacus -Messiah's identity-:2007/02/10(土) 18:21:41 ID:V3.oKtaE
「―――いらない」

即答した少女が、荒々しく少年の手を振り払う。
少年はなおも追いすがり、続けた。

「お前が望むなら、運命だって変えてみせ―――」
「やめろ。」

強い言葉が、響いた。
少女が足を止め、振り向いていた。沈黙が降りる。

ざ、と音がした。
梢から落ちた雫が下の葉を揺らし、そうして集まった水滴が樹を揺らす音だった。

少女は少年を真っ直ぐに睨んでいた。
その表情には、侮蔑と拒絶が、ありありと浮かんでいた。

「やめろ。そういうことを口にするな。できそこないの唯一者」

一言一言を区切るように、少女ははっきりと口にした。

「美凪がいなくなるなら、みちるもここから消える。
 それは、今度も同じ。ずっと同じだったように、今度も同じなんだ」

哀切がそのまま形になったような、それは言葉だった。
その眼に涙を浮かべたまま、少女は、少年を断罪する。

「お前なんか、いらない」

407Climacus -Messiah's identity-:2007/02/10(土) 18:22:31 ID:V3.oKtaE
瞬間、少年が凍りついたように動きを止めた。
指先一本に至るまでの全身の身動きは勿論、瞬きも、呼吸や鼓動すらも、止まっているように見えた。
時に置き忘れられた彫像のような、それは正しく異様だった。

少年の異様を、しかし少女は気にも留めない。
一切の興味をなくしたように、視線を逸らす。

「今度の美凪は、みちるにも国崎往人にも会えずにいなくなった。
 ……だけど、それでいいんだ」

独り言めいた呟きが、風に巻かれて消えていく。

「国崎往人が死ぬのも、みちるが消えるのも見なくてすんだ。
 悲しくて、悲しくてつぶれてしまうよりも、ずっとずっといい終わり方だった」

ひどく悲しそうに、ひどく嬉しそうに、少女は灰色の空を見上げた。

「悲しいことは、つづくけど」

歳不相応の大人びた眼差しに曇天を映したまま、少女は呟く。

「今度の美凪くらいにしあわせであってくれれば、みちるはそれでいい。
 ……だから、」

視線を下ろした少女は、少年を疎ましげに一瞥すると、言い放った。

「―――お前なんかに、救われたくない」

少女の言葉と共に、少年の彫像から色彩が失われていく。
目映いばかりに煌いていた鎧が、その豪奢な装飾が、曇天の色に侵される。
麗しく風に靡いていた銀色の髪も、透き通る紫水晶の瞳も、瞬く間に色褪せていく。

「どっかいけ、役立たずの救世主」

少年の背に生えた六枚の翼が、砕け散った。
きらきらと輝いていた銀翼の破片は、薄汚く燃え残った煤のように、風に吹かれていった。

「消えろ。―――もうお前なんか、いらない」

少女の言葉が、少年の彫像を打つ雷鳴となったかのように。
灰色の少年が、音もなく、弾けた。

408Climacus -Messiah's identity-:2007/02/10(土) 18:22:59 ID:V3.oKtaE

ざあ、と。
三度、風が鳴いた。

みすぼらしい灰色の欠片が、同じ色をした空に溶けるように、消えていく。
少女はそれを、じっと見つめていた。

「……甘ったれ」

誰にともなく呟いた少女が、その足元から輪郭を薄れさせていく。
それきり少女は、真一文字に口を結び、一言も漏らすことはなかった。

木々と、空と、雨滴と泥に囲まれて、少女が殺戮の島から完全にその姿を消したのは、
それから程なくしてのことだった。



【時間:2日目午前10時すぎ】
【場所:E−2】

みちる
 【状態:消滅】

相沢祐一
 【状態:消滅】

→432 474 676 ルートD-2

409Climacus -The Ladder of Divine Ascent-:2007/02/10(土) 18:23:51 ID:V3.oKtaE

 ―――東京某所


喧騒さめやらぬ室内に、ひとり静かに情勢を見守る男がいた。
肘掛に頬杖をついたまま、なんでもないことのように呟く。

「―――唯一者が、消えたようだな」
「ま、こんなものだろうね。錆の浮いた救世主にしては、よくもった方だと思うよ」

独り言めいた呟きに答えたのは、男の傍らに影の如く立つ少年であった。
その軽い口調に、男が片眉を上げる。

「いいのかね、そんなことで」
「別に構わないだろう? 今回の計画に、あんなものは必要ない。僕にとっても、そっちにとってもね」
「それはそうだが、な」

男が嘆息する。
本気なのか、ポーズなのかは見て取れない。どうにもつかみどころのない男であった。

「……しかし、必要ない、か。その程度の言霊で消滅するものなのか、唯一者は」
「勿論、昔からそうだったわけじゃないさ。あそこまで脆くなったのは最近の話だよ」
「神殺しの剣、究極の一……哀れなものだな、道化の救世主というのも」
「昔は皆が望んだ存在だったんだよ。命が神に抗っていた時代には、彼は紛れもなく救世の希望だった」
「神なき今は無用の長物というわけか」
「それでも彼は甦り続けた。救いを求める者の前に、求められるまま、求められる形で」
「挙句があの様かね」
「あれは本来、世界を救うために造られたんだからね。エゴの救済なんて、ノイズを溜め込むばかりさ。
 造物主のメンテナンスもなしに復活を繰り返せば、ロジックは崩壊していく一方だ」
「今となっては簡単な言霊……救済を否定する意思で消えてなくなる、泡沫のメシアと成り果てたか」
「そういうことだね」

おどけるように、肩をすくめてみせる少年。

410Climacus -The Ladder of Divine Ascent-:2007/02/10(土) 18:24:33 ID:V3.oKtaE
「……しかし、唯一者の消滅は数年前にも観測されている。どうせまたすぐに現れるのだろう」
「さてね。それはあの島に残った人間次第だけど」
「救済を求める者など、残っていたかね」
「僕に聞かれても困るな」

少年が苦笑する。
と、男がにやりと口の端を上げて話題を変えた。

「そうだ、消えたといえば」
「……何だい?」

男の怪しげな笑みに、少し警戒したような表情で聞き返す少年。

「君の影も消えたようだが、」
「問題ない」

にやにやと笑う男の言葉をはね付けるように、少年が断言する。
呆れたように男を睨みつける少年。

「何を思いついたのかと思えば……まったく、それは嫌味のつもりかい」
「嫌味とはひどいな。これでも心配しているんだよ」
「その顔でかい? ……まあいいさ、改めて言うほどのことでもないけど、問題はないよ」
「おやおや。君の、文字通り手足となって動いてくれた彼に、随分と冷たいじゃないか」

男の軽口は止まらない。
閉口したように、少年が眉根を寄せる。

「……確かに、あれは影の中でもなかなか精巧に作ったつもりだからね。
 手間も時間もそれなりにかかってはいるけど……それだけだよ。似姿だけなら、今すぐにでも作れるさ」
「その精巧な影も、今回はあまり役に立たなかったようだね」
「うるさいな。ここまで膨れ上がったら、影なんかじゃ手のつけようがないんだよ。
 これまで、個々が目覚めることはあったけど……これほどに大規模な覚醒は見たことがない」

どこか心配げな少年の声音に、男が少し慌てたように言う。

「おいおい、ここまできて手綱を放さんでくれよ」
「伝えとくよ。……それより、そっちこそいいのかい、神機のこと」
「ん? 何か問題があるかね」

突然の話題転換に、男がとぼけてみせる。
少年は男の態度など気にも留めずに続けた。

411Climacus -The Ladder of Divine Ascent-:2007/02/10(土) 18:24:53 ID:V3.oKtaE
「カミュに続いてウルトまで覚醒してるみたいけど……あれはそっちの切り札じゃなかったのかな?」

斬りつけるようなその口調にも、男の表情は変わらない。
茫洋とした態度を崩さずに答える。

「……なに、構わんさ。切り札は一枚というわけではない。
 それにどの道、約束の日を越えられなければ、いくら戦力を温存したところで意味などないのだろう?」

奇妙なことに、上座に座るその男の声は、周囲でモニターからの情報を逐一処理している白衣の男たちには
何一つとして聞こえていないようだった。傍らに佇む少年だけが、男の言葉に答えている。

「思いきりのいいことで。……その割に、貴方の部下は随分とエキサイトしていたみたいだけど」
「長瀬博士は何も知らんからな。彼はまだ今回のプログラムが実験の一環だと考えている。
 ……困ったものだね」
「貴方が説明しなくちゃ誰にもわからないだろうに、困った人はどっちだろうね……」

参った、というように天を仰いでみせる男を、少年は軽く睨む。

「いや実際、長瀬博士の行動は頭が痛いんだよ。
 君もさっき見ていただろう、久瀬君の怒鳴りようときたら、まだ耳鳴りがするくらいだ」
「貴方が余計に怒らせたんだろうに……」
「何か、おかしなことを言ったかね。覚えがないな」
「……そもそも最初に御子息を捻じ込んだのは貴方だ、公私混同のツケをこっちに回すな、とか」
「ああ、言ったな。……だが私はこうも言ったぞ。御子息も何やら頑張っておられるようだし、」
「―――ここは一つ、温かく見守るのが親の務めというものじゃないかね、って?」

自身の言葉を引き取った少年の冷たい声音に、男が戸惑ったような表情で少年を見返す。

「……まずかったかね?」
「貴方はそういう人だよ……」

深くため息をつく少年。

412Climacus -The Ladder of Divine Ascent-:2007/02/10(土) 18:25:24 ID:V3.oKtaE
「しかしね、久瀬君もあの調子でゴリゴリやる方だから、制服組からの評判が芳しくないってことは
 自分でもわかってただろうに」
「おや、随分と長瀬とやらの肩を持つね」
「吊るし上げを食いかねない素地はあった、ということさ。
 ……とはいえ、長瀬博士も技研時代は現場と大分やりあってた人間だからな。
 そう簡単に制服組が彼の言葉に従うとは思えないんだがね」
「何か、裏があるって?」
「君たちのことだ、どうせ知っているのだろうに」
「そういうことにはあまり興味が無いんだよ」

国家の命運をかけた問題を、まるで明日の天気の話題のように軽く扱う二人。
虚々実々のやり取りを楽しんでいるかのようだった。

「……まあ、その辺りはいずれ報告が上がってくるからな。それを待つさ」
「いいのかねえ、そんなことで」
「それに、向こうには『彼』がいる。任せておけばどうとでもなるだろう」
「……いい加減なものだね。仮にも一国の頂点に立っている人間が」

半眼で睨む少年の視線を受け流すように、男は小さく笑ってみせる。

「そう言ってくれるな。確かに私一人の力では、小舟の一艘も漕ぐことはできないがね。
 皆が力を貸してくれれば、国家という大船の舵を取ることだってできるのさ。
 人の上に立つとは、そういうことだよ」

男の、どこか自信に満ちた言葉に、少年は肩をすくめて呟く。

「そんなものかね」
「……ま、黙っていても勝手に要点をかいつまんだ報告書をまとめてもらえるのが、
 この仕事のいいところでね」
「台無しだよ……」

少年が何度目かのため息をついたのとほぼ同時に、男にかけられる声があった。

「―――総理、お電話です」
「私に直接? ……誰かね、この番号を知っている人間はそういない筈だが」

受話器を持って男に差し出した係官が、何事かを耳打ちする。

「……ふむ。少し、面白いことになるかもしれんな」

男が、一瞬だけ政治家の顔を覗かせる。
受話器を受け取ると、回線の向こうの相手に向かって口を開いた。

「―――ああ、久しぶりだね。うん、今ちょうど、その話をしていたところだよ」

413Climacus -The Ladder of Divine Ascent-:2007/02/10(土) 18:26:41 ID:V3.oKtaE

「こうなると長いんだよね……」

話し込んでいる男をつまらなそうに見ていた少年だったが、ふと何かの気配を感じたかのように振り向いた。
その視線の先に立っていたのは、はたして少年より一回り小さな影であった。

「……ああ、おかえり」

憮然とした表情で自身を見つめるその影に向かって、少年は微笑んでみせる。
男と軽口を叩き合っていたときとは違う、心からの優しげな笑みだった。

「頑張ったね、みちる」

少女は答えず、ただ静かに少年を見つめていた。




【時間:二日目午前11時ごろ】
【場所:東京某所】

主催者
 【状態:詳細不明・総理】

少年?
 【状態:詳細不明】

みちる
 【状態:詳細不明】

→034 311 383 514 693? ルートD-2

414姉と弟:2007/02/11(日) 18:52:42 ID:nlusYtBc
来栖川綾香と国崎往人が居なくなった事に気付いた朝霧麻亜子は、二人を探して走り回っていた。
武装差を考えれば、あの二人の戦いは来栖川綾香が勝つだろう。
自分が綾香に勝つチャンスは、その戦いの決着が着いた瞬間しかない。
自分の謀略――綾香を修羅の道に引きずり込む目論見は、確かに成功した。
あの強力な武装、そして躊躇の無い戦い振り。間違いなく綾香は、これまでに何人も殺している。
その事は麻亜子の作戦通りなのだが――綾香は予想以上に強くなり過ぎた。
そして殺戮の道を歩み続け、一層強まってさえいる麻亜子への復讐心。
もはやあの女の存在は、ささらの生存率を大幅に引き下げる要因に他ならない。
何としてでも打ち倒さなければならない。そう、自分の撒いた種は自分で刈り取る。

そう考えながら血眼になって走り回っている時、遠くから例のマシンガンの音が聞こえてきた。
「あやりゃん……これ以上、好き勝手はさせないよっ!」
麻亜子はそれを聞き取るや否や、即座に音が聞こえてきた方向に駆け出した。





一方麻亜子が走り去った戦場では、姉と弟――血を分けた実の姉弟が対峙していた。
向坂環は気力を振り絞って立ち上がり、正面でベネリM3を握り締めている向坂雄二を見据えた。
雄二の顔には、一度戦った時と同じ――『壊れて』しまった者のみが浮かべる歪んだ笑み。
あの時雄二を放置していったのは、冷却期間が必要だと思ったからだ。
時間を置けば、きっと正気に戻ってくれると。私の弟なら、狂気に打ち勝ってくれると。そう信じていたからだ。
だが結果的に、雄二は前以上の狂気を纏って舞い戻ってきた。その事実に心が折れそうになる。
「どうしたんだよ姉貴、そんな情けねえツラしやがって。……今更臆病風に吹かれたなんて、言うなよ」
思った以上に、感情が顔に出てしまっていたらしい。呆れたように、雄二が告げる。
環もこう言われては黙ってはいられない。姉としての自覚が、自信が、今にも崩れ落ちそうな自分を何とか支えている。
「……言ってくれるじゃない。前に一度、素手の私にやられたのを、もう忘れちゃった訳?」
「――――!」
場の空気が凍る。狂気で満たされていた雄二の瞳に、どす黒い殺気が混じってゆく。
その殺気に気圧されて、環は僅かに後退してしまった。

415姉と弟:2007/02/11(日) 18:53:57 ID:nlusYtBc
「ああ、確かに一度俺は姉貴にやられたよ。……一度だけじゃねえな。姉貴にはずっと、何をやっても勝てなかった。
小さい頃から姉貴は完璧で、何で勝負しても俺が勝てる事なんてなかった」
雄二は、常に姉に対して心の奥で――尊敬と畏怖の念を抱いていた。壊れてしまった今ですら、それは変わらない。
恐怖を乗り越え真理に辿り着いたと自負している雄二ではあったが、姉に対しての劣等感は未だ消えていない。
「この島に連れて来られて、ゲームに乗って。俺は何でも出来る気になっていたよ。誰よりも強くなった気でいたよ。
それがいざ姉貴と戦ってみると、あのザマだ……。いつもいつも、そうだった。どんなに苦労しても、俺は姉貴に勝てないんだ」
今の雄二は、もはや狂気と、環への劣等感のみで動いていた。彼の歯車は修正不可能どころか――文字通り、『壊れて』しまっている。
その事を眼前に突きつけられた環は、ぎりっと下唇をかみ締めた。

「俺はもっと強くならなきゃなんねえんだ。この島じゃ、強けりゃ何をしても許されるんだからな。
……そうだ。強くなれば、姉貴を越えれば、今まで人を殺してきた事だって許される。
誰にも負けずに、優勝して、ゲームに巻き込まれた奴らを全員生き返らせれば、みんな俺に感謝する筈なんだ!」
包み隠す事なく、己の感情を吐露する雄二。それは自身に対しての言い訳に過ぎない。
狂気に負けて月島瑠璃子を――行動を共にしてきた仲間を、誤殺してしまった事実を認めない為の、虚しい言い逃れだ。
正常だった頃の雄二は、極悪非道な男だった訳ではない。
寧ろ人一倍友情に厚い雄二だからこそ、自分の行為を正当化しなければ生きて行けなかったのだ。

「だからこそ姉貴は、俺自身の手で殺さなくちゃいけねえんだ。姉貴は俺が神になる為の、最後の壁なんだよ!」
雄二の言葉の一つ一つが、環に教える――もはや、雄二を救う手立ては無い、と。
(ごめんタカ坊――私も、狂気に飲まれちゃわないといけないみたい)
そう、これから自分がしなければいけない事は正しく狂気の沙汰だ。
救えないのならこれ以上罪を重ねる前に、せめて、この手で殺す。それが姉としての自分の、最後の役目だ。
銃は使わない。実の弟の命を奪うのなら、そんな簡単な手段に頼ってはいけない。
環はレミントンを地面に捨てて包丁を握り、目の前の狂人を真っ直ぐに睨み付けた。
「……何が神よ。ただ現実から目を逸らして、逃げてるだけじゃない!良識も、愛情も、友情も、全部……大事な物を全部捨て去って!
ただ罪の意識から、逃げてるだけじゃないっ!」
「黙れ黙れ黙れっ!俺は正しいんだ……今度こそ姉貴を倒して!この島の神になるんだっ!!」
実の姉による糾弾は、雄二の壊れた精神を更に傷付けてゆく。
雄二が悲鳴のような絶叫を上げ、ベネリM3の銃口を環に向けた。

416姉と弟:2007/02/11(日) 18:55:00 ID:nlusYtBc
環はすぐに反応して横に跳躍したが――べネリM3が火を吹く事は無かった。
弾切れに気付いた雄二はちっと舌打ちし、武器を金属バットに持ち替え、環に襲い掛かった。
「つぅ……!」
環はそれをどうにか包丁で受け止めたが、傷付いた肩が衝撃で酷く痛む。
一発で打ち切りではない。二発、三発と、雄二は繰り返し金属バットを振るう。
それを防ぐ度に、環の肩から血が噴き出し、苦痛に顔が歪んでいく。
満身創痍の今の環にとって、これはとても勝ち目が薄い戦いなのだ。環は堪らず、後ろへ飛び退いた。
「逃がすかよっ!」
それを雄二が、猛然と追って来る。叫びと共に、乱暴にバットを振り下ろす――!
加速が付いたその威力は、先程の比ではない。これを受け止める事は不可能だ。
「く――!」
環はすんでの所で体を捻って回避していた。大振りした影響で、雄二の次の動作は遅れている。
その無防備な横腹を狙って包丁を振るう。だが、大幅に体力を消耗してしまっている環の攻撃は遅過ぎた。
雄二は笑みすら浮かべながら、悠々と環の斬撃から逃れていた。
慌てて環は後退し、雄二と間合いを取った。今度は雄二も、すぐに追おうとはしない。
「――何だ、その程度か姉貴?俺にとってのラスボスの癖に、あんまがっかりさせんなよな」
話す雄二の息は全く乱れていない。対する環は既に息を切らし、肩からの出血量も増してきている。
環はぎしりと、歯軋りした。

――勝てない。このままでは、無惨に殺されてしまうだけだ。
パワーもスピードも、両方の要素で、今の自分は雄二より劣っている。
肩の傷もあり、長期戦での不利は明確。戦いが長引けば長引くほど、戦力差は顕著に現れるだろう。
ならば短期決戦しかない。包丁を命中させる事さえ出来れば、今の自分でも雄二の命を奪える筈だ。
だが、どうやってそれを成し遂げる?雄二の武器は金属バットだ。
殺傷力という点でこそ、包丁には劣るが、それは一撃で致命傷にならない可能性が高いというだけの話。
勝負を決するには、十分な威力を秘めている。そしてそのリーチは、包丁の倍以上ある。
自分より優れた能力で振るわれるそれを掻い潜って、一撃を入れなければならないのだ。
単純な力押しでは無理だ。そう、相手の裏を突かなければならない。
環は極めて短時間で勝利への道を模索すべく、頭脳を総動員させた。

417姉と弟:2007/02/11(日) 18:56:37 ID:nlusYtBc
「来ねえのか?来ねえなら――こっちから行くぜっ!」
そう言うや否や、雄二が再びバットを振り上げて走り込んできた。
その攻撃を受け止める事は無理だろう。速度で劣る以上、ただ避けても好機は生まれない。
ならば――近接戦になど、応じない。
環は痛む左肩を酷使して、デイバックを雄二の顔面目掛けて投げつけた。
「はんっ、こんなもん効くかよ!」
雄二はバットでそれを叩き落すと、勢いを落とさずにそのまま環に向かって突進する。
環もあの程度の攻撃で、雄二が止められるとは思っていない。所詮陽動、本命の攻撃は別に考えてある。
目前に迫る雄二のバット――だが、環は、引かなかった。
「――なっ!?」
雄二が目を見開く。それも当然だろう。環は雄二の横をすり抜けるように、地面に滑り込んでいたのだから。
予想だにしなかった事態に、雄二の反応が大きく遅れる。
環は体が地に着くのを待たずに、雄二の背中を狙って包丁を投げつけた。
振り返った雄二の瞳に、鋭利な包丁の刃先が映る。バットでの防御は、もう間に合わない。

――負ける?また負けるのか、俺は?何をやっても姉貴には、勝てないのか?
「くそ……負けてたまるかよぉぉぉぉぉっ!」
雄二は絶叫しながら、左手で包丁を受け止めた。腕に激痛が走り、鮮血が噴き出す。
それでも負けるくらいなら腕を失った方がマシだ。今の自分にとって、環への敗北以上に怖い事などない。
これで相手は手詰まり。武器を失い、体力ももう限界だろう。片腕が使えなくなった自分でも、勝てるんだ!
雄二はそう考えながら環の姿を探し――そして、声を掛けられた。
「雄二」
「――え?」
環が姿勢を低くして、雄二の足元にまで迫っていた。とても怪我人とは思えない動きだった。
そして環の手に、さっき自分が弾いた筈の包丁が握られていた。
それはすぐ近くに倒れている長瀬祐介の武器だったのだが、雄二にその事は知る由も無い。
――勝負あった。
立て続けに裏をかかれ傷を負った雄二に、環の攻撃を防ぐ術は無い。
「うわ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
雄二は苦し紛れに金属バットを振り下ろしたが、あまりにも遅すぎる。
環の包丁は確実に雄二の体を切り裂き、その命を奪うだろう。

418姉と弟:2007/02/11(日) 18:59:20 ID:nlusYtBc





――雄二は見た。
環の手にした包丁は正確に雄二の胸を貫こうとし――そしてその寸前で、動きを止めたのだ。
包丁が雄二の体を捉える事は無くて。雄二の手に確かな手応えが伝わり。環は右肩を強打され、地面に力なく倒れこんだ。
仰向けに倒れている環の目に以前のような殺気は無く、それどころか涙すら溢れている。
雄二の脳裏に浮かぶのは、勝利の喜びではなく、疑問のみだった。
「あ、姉貴――?」
理解出来なかった。何故あのまま包丁を振り切らなかったのか。そうすれば負けていたのは自分だった。
環は自分を殺せた筈だ。確実に殺せた筈なのに――
「な、何でだよ姉貴っ!どうして俺を刺さなかったんだよっ!」
「……ただ思っただけよ。このまま包丁を振り切れば雄二は死んでしまう、って。そして――そんなの嫌だ、って」
「――は?」
「私はね、あんたを弟として、愛してるわ――。だから、覚悟を決めたつもりでも、あんたを殺す事なんて出来なかった。それだけの話よ……」
環は、とても落ち着いた声でそう口にしていた。それは雄二にとっても大事な存在だった、向坂環の姿だ。
乱暴で、我侭で、容赦が無くて――でも、本当はとても優しかった、自慢の姉の姿だ。
「あんたの勝ちよ……私を殺しなさい。あんたを説得するのが無理だって事は分かったわ。
それでも雄二は私の大事な弟だから……絶対に、生き延びなさい」
もう堪える事など出来ない。環は涙を流しながら、姉として、弟に向けて語りかける。
雄二はその姿を見て、自分の胸に何か熱いモノがこみ上げるのを感じた。そう、失いかけていた感情だ。

だが、それを認める訳にはいかない。それを認めたらもう人を殺せなくなってしまう。
だったら今までの自分の行動は何だったのだ?人を殺し、少女を強姦し、挙句の果てには実の姉にまで手を上げて。
それらの行為が全て間違いだったとすれば、自分はもう取り返しのつかない罪を犯し過ぎている。
今更正気に戻る事など許されない。狂気に身を任せ、ゲームに優勝するしか道は残されていない。

419姉と弟:2007/02/11(日) 19:01:07 ID:nlusYtBc




「わあああああああああああああああああっっ!」
錯乱した雄二は環の頭部に向けて、咆哮と共にバットを振り下ろそうとした。迫る死を、環は目を閉じずに眺め続けた。
少しでも長い間、弟の姿を見ていたかったから。
だが――銃声が聞こえた。既に何度も銃声は聞いていたが、今回のは一際大きく感じられた。
そして雄二の右腕が、弾け跳び、血飛沫が環の顔に降りかかった。
「ぐあぁぁぁっ!」
雄二は肘から先が消滅した腕を押さえて、うずくまった。
「――掠らせるだけのつもりだったんだが……。使った事が無いだけあって、このタイプの銃は扱いが難しいな」
声が聞こえ、雄二が顔を後ろへ振り向けた。その視線を環も追い掛け――

爆発の影響で、まるで空爆が行なわれた後のような荒廃した地に、長身の男が立っていた。
眼鏡をかけ、カッターシャツを着込んだ、一見真面目そうに見える格好。
それとは逆に、とても鋭い――ぎらぎらとした猛獣のような目。
その男は、柳川祐也と呼ばれている男だった。爆発音を聞きつけた彼は、一目散に駆けつけてきたのだ。
雄二に向けてイングラムを深く構えて、柳川は言葉を続ける。
「問い質す暇は無かったので撃たせて貰った。貴様がゲームに乗る気が無いのなら、それ以上の抵抗は止めておけ」
威圧するような声、冷酷な瞳――この男は、決して容赦しない。環にはそれが分かった。
口振りからしてゲームには乗っていないようだが、マーダー相手ならば顔色一つ変えずに殺してのけるだろう。
だが完全な錯乱状態に陥っている雄二に、そのような事を考える余裕がある筈も無い。
「てめえ!よくも俺の腕をーっ!!」
雄二は無事な左腕でバットを拾い上げると、柳川に向かって走り出した。
柳川の手にしたイングラムが火を吹き、雄二の直ぐ前の地面を跳ね上げる。
「止まれ――止まらないのなら、貴様を殺す」
明らかな威嚇、そして死刑宣告。それでも雄二は止まらない。
「うるせえ、うるせえっ!俺は姉貴にも勝ったんだ!俺は誰にも負けねえんだっ!」
「やめて……雄二、もうやめてぇぇぇぇっ!!」
環の悲鳴とほぼ同時。雄二を捉える柳川の瞳に、一瞬だけ憂いの色が混じった。
そしてイングラムがもう一度火を吹き、そこから放たれた銃弾の群れが雄二の体を貫いた。
腹に、胸に、足に。一発一発が十分過ぎる殺傷力を秘めた弾丸が、雄二の体を破壊してゆく。
弾を撃ち込まれる度に雄二の体が後ろに跳ね飛ばされる。それでも雄二の足は前進を続けようとし。
柳川が掃射を止めると、雄二の体は前のめりに地面に倒れこみ、その時にはもう雄二は死んでいた。

420姉と弟:2007/02/11(日) 19:02:40 ID:nlusYtBc


「ゆ、雄二ぃぃっ!!」
環が起き上がって、雄二に走り寄る。そして、雄二の体を抱き起こし、その顔を眺めた。
雄二の死に顔は、彼の狂気をそのまま表していた。血走った目は見開かれたままだった。
その顔にかつての雄二の面影は無いが――それでも今環が抱いている体は、間違いなく弟のものなのだ。
「生き延びろって言ったのに……どうしてあんな事したの……?」
雄二の体はまだ温かい。だが、死んでいるという事は確かめるまでも無かった。
環の目から止め処も無く涙が溢れ出す。
「あんた昔からそうよ……。人の言う事を聞かなくて……勝手な事ばかりして……。あんた馬鹿……本当に馬鹿よ……!」
環は雄二の死体に縋り付いて、この島に来てもう何度目かになる涙を流し続けた。





「はぁ、はぁ……」
爆発音が聞こえた後、柳川は一人でその音がした方向へ走って行ってしまった。
そのペースは凄まじく、二人にはとてもついて行けなかった。ようやく現場に辿り着いた時には、もう戦いは終わっていた。
そこには死体に縋り付いて泣いている女性と、それを顔を僅かに歪めながら眺める、柳川の姿があった。
辺りを見渡すと、もう一つ、別の死体――まだ佐祐理達はその正体を知らないのだが、藤田浩之の幼馴染。
赤い髪の少女、神岸あかりの死体も転がっている。
銃弾で、爆発で、蹂躙された土地は荒れ果てており、正しく地獄と呼ぶに相応しい様相を呈していた。

421姉と弟:2007/02/11(日) 19:04:25 ID:nlusYtBc

【時間:2日目16:10頃】
【場所:I−6】

朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン、サバイバルナイフ、投げナイフ、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態:マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、全身に痛み】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】

柳川祐也
【所持品:イングラムM10(18/30)、イングラムの予備マガジン30発×8、日本刀、支給品一式(片方の食料と水残り2/3)×2、青い矢(麻酔薬)】
【状態:困惑、左肩と脇腹の治療は完了したが治りきってはいない、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)】
【目的:環が落ち着いてから現状の把握】

倉田佐祐理
【所持品1:舞と自分の支給品一式(片方の食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】
【所持品3:拾った支給品一式】
【状態:困惑】
【目的:同上】

七瀬留美
【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、日本刀、青い矢(麻酔薬)】
【所持品2:スタングレネード×1、何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(3人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】
【状態:困惑】
【目的:目的は冬弥を止めること。千鶴と出会えたら可能ならば説得する、人を殺す気、ゲームに乗る気は皆無】

向坂環
【所持品①:包丁、支給品一式】
【所持品②:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:号泣。頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に痛み、左肩に包丁による切り傷、右肩骨折、疲労困憊】

長瀬祐介
【所持品1:100円ライター、折りたたみ傘、支給品一式】
【所持品2:懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、支給品一式】
【状態:気絶、後頭部にダメージ。有紀寧への激しい憎悪、全身に痛み】

向坂雄二
【状態:死亡】

神岸あかり
【状態:死亡】

【備考】
・柳川の射撃精度は、マシンガン系の武器だと低下します
・金属バット・ベネリM3(0/7)・支給品一式×2、包丁、レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、ロープ(少し太めは地面に放置

→691
→695
→696
→697

422ため息:2007/02/13(火) 11:41:56 ID:an3MsS0g
診療所に戻ってきた三人は、那須宗一の勧めに従って佳乃と渚がまず休憩を取ることにした。
最初渚は宗一一人で見張りをすることに消極的だったが佳乃が「しっかり休んでおかないと宗一くんの足手まといになっちゃうから、ね?」と諭したのでようやく渚も納得してもといた部屋で休憩することにしたのだった。
「ふぅ…」
二人が部屋の中に入り、一人になった宗一は秋生(渚の父親だという人。むちゃくちゃ若かった)と早苗(渚の母親だ。この人もむちゃくちゃ若かった)のデイパックに残っていたものを取り出し、整理を始めた。
「…S&W M29、か。弾丸は入ってない…デイパックには…何だ、あるじゃないか。悪いが、こいつは借りてくぜ。何しろトムキャットをあげちまったからな」
デイパックの中にあった予備弾を詰め直し、構えてみる。異常は…無さそうだった。秋生は手荒く扱っていなかったようで安心する。
「しかし、コイツは俺の趣味じゃないな…皐月あたりなら喜びそうだが。ま、やっぱ俺はオートマの方がいい」
最も、皐月が愛用しているのはM36、通称チーフスペシャルだったが。
机の上にM29を置くと、今度は食料を並べ始める。流石に五人分もあるだけあって量も相当多い。おにぎりなんかと合わせると丸三日は持ちそうだった。
「残りはおいてくか…地図やコンパスは数あってもあまり意味がないからな」
荷物は極力最小限に。サバイバルにおける基本だ。
「さて…」
近場にあった椅子に座り直しこれからどうするか、を考える。
正直な所、現状では知らない事が多過ぎる。情報が無ければ身動きがとれないのである。
情報収集はエディの役目なのだが…まったく、今頃になってエディの偉大さが身に染みて分かった。
(ともかく、まずは首輪だ)
盗聴されているのは間違い無いだろう。レーダーだけでは参加者の動きを完全に把握できないからだ。カメラがあるかとも思ったが鏡などで確認してみてもCCDカメラらしきものも見当たらない。これは単純に機能の限界だろう。
となれば、下手なことを口に出さない限りはこっちが爆破される恐れは無い。しばらく、脱出云々は伏せて、仲間集めに奔走したほうがいいかもしれない。

423ため息:2007/02/13(火) 11:42:32 ID:an3MsS0g
佳乃の姉貴にも合わせてやりたいしな。
古河…だったか、彼女の方に関してはもうどうすることもできない。しかし両親が目の前で殺されたというのはあまりにも酷い事柄だ。
果たして古河の精神状態はどうなっているのか。
普通の人間なら錯乱するか、発狂しているか、あるいは現実逃避に走るか――そうなるのが常というものであるが古河にその兆項は見られない。
彼女の話し振りからして親と仲が悪かったというわけでもないのに。
「強い…んだろうな、彼女は」
両親を目の前で殺されてもなお殺人を否定した。それは自分とは違う次元での強さだ。自分が、一生追い求めても得られないもの。
…だが、彼女の強さは本格的な戦闘では役に立たない。どんなに言葉を交わしても決して分かり合えないというものも存在するのだ。自分と、醍醐のように。
(それでも、古河は戦わないことを選ぶんだろうな)
撃たれても、あるいはもっと大切な人を殺されても、だ。
(ま、それはそれでいいさ。そういう奴こそ、俺が守らなくちゃいけないんだ)
「宗一くん…入っていいかな?」
遠慮がちに、ドア越しにかけられる声。誰かと警戒しかけたが、すぐに佳乃のものであることに気付く。
「何だ、まだ寝てなかったのか? 夜更かしは健康に悪いぞ」
「ごめん、どうしても寝られなかったから…」
声色が、あまり良くない。冗談を言っている場合ではなさそうだ。
「いいぜ。眠たくなるまでお喋りしちゃる」
ありがとう、という声が聞こえて佳乃がゆっくりと入ってきた。あはは、と顔は笑っているが泥や煤、血糊で汚れているせいでとてもじゃないが可愛くは見えない(クソ、シャワーくらい完備しとけってんだ)。

424ため息:2007/02/13(火) 11:43:12 ID:an3MsS0g
「宗一くんは眠たくないの?」
「俺はいつでも眠りたいときに眠れるんだ」
「ふ〜ん、便利な体なんだね。羨ましいなぁ。ね、じゃあ一時間おきに寝たり起きたりできるの?」
「ああ、勿論だ。何なら今ここで実演してやろうか?」
「ウソばっかり〜」
今度はさっきよりいい笑顔だった。…けど、ウソじゃないんだけどなあ。職業柄、どこでも寝られるようにしている。
「…そうだ、古河はどうなんだ? あいつは眠っているのか」
渚の名前を口に出すと、佳乃はばつの悪そうな顔をしたが、しかしはっきりと言った。
「寝てるよ。でも…泣いてた。泣き疲れて…寝ちゃったみたいだけど…やっぱり、ものすごく辛いんだね、きっと」
「…そうか」
やはり渚は強い人間だった。人前では決して涙を見せずに…むしろこちらを宥めてくれたりもした。
「…けど、少しくらいこっちに寄りかかってもいいのにな。一人で抱え込むには…大き過ぎるんだ、これは」
「そうだね…」
そのまま二人の間に沈黙が流れる。気まずい空気になっていた。宗一はそんな空気を少しでも変えようと、佳乃にM29を手渡す。
「持っとけ。古河の親父さんが持ってたやつだ。古河は…たとえどんな状況でも人を撃てるような子じゃない。ああいや、佳乃が人をバンバン撃つような危ない奴って言ってるわけじゃないんだが…
まあ、その、なんだ。こいつで、自分の身や古河を守ってやってくれ」
佳乃の手に乗っているM29は、その手に余るくらい大きいものに見えた。
「でも…これは、人を殺す道具…だよ?」
「…佳乃や古河の命を守る道具だ」
もう一度、M29を握らせる。非情な行為だった。最低の人間だな、と宗一は思う。女性に鉄砲持たせるなんざ紳士のすることじゃないのに。
「…持っとくよ」
目にはまだ殺人の道具を持つ事への不安の色が見えていたが、それでもしっかりと自分でM29を握る。

425ため息:2007/02/13(火) 11:44:07 ID:an3MsS0g
「ま、佳乃が撃つような自体にはそうそうならないから安心しろ。なんたって俺は」
「世界No.1エージェント、NASTYBOY、でしょ?」
「そういうことだ」
今度こそ、佳乃が心からの笑みを漏らした。未だに信じられないけどー、という余計な一言もついてきたが。
「やかましい。それより、もうお喋りは終わり終わり。さっさと寝ろ」
「はぁい」
「…適当に時間が経ったら起こすからな」
「うん、分かったよ。でも渚ちゃんは…」
「ああ、寝かせておくよ」
佳乃が部屋に戻った後、再び宗一はため息をついた。こんなにのんびりしてていいものか。リサあたりなら既に何回かドンパチやってそうなのにな…
ま、この際地味屋になっておくのも、今はいいか。そうだろ、ゆかり?
もう二度と出会う事が出来なくなってしまった友人を思いながら、宗一はもう一回だけ、ため息をついた。

【時間:午後11時30分】
【場所:I-07】

霧島佳乃
【持ち物:S&W M29 6/6】
【状態:睡眠中】

古河渚
【持ち物:なし】
【状態:睡眠中】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数20/20)包丁、ロープ(少し太め)、ツールセット、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式、おにぎりなど食料品】
【状態:健康。渚と佳乃を守る】

【その他:食料以外の支給品は全て診療室に置いてある、ハリセンは放置】  →B-10

426狂風烈波の名にし負う:2007/02/14(水) 04:15:25 ID:k7wfzhVc

正面から、少女が駆けてくる。その姿はまるで疾風のよう。
だけど、私は風を恐れない。
手にした拳銃を少女に向けると、引き金を絞る。

躊躇はなかった。
少女の殺意は明確で、ひどく鋭角な、それは奪うという意思だった。
隆山では毎日のように向けられていた、殺意。
来栖川の差し向ける刺客は山といて、年齢も性別も扱う道具もバラバラだったけれど、
私たち姉妹を殺すという一点においてのみ、共通していた。
その全員が死に、内の何人かは私が殺した。

銃を扱ったことはなかった。面倒だったからだ。
私たち姉妹に限って言えば、そんなものに頼る必要など、ありはしなかった。
だが今、私は少女を殺すために、銃を撃つことにした。それがルールだと、思った。

人間は銃で撃たれれば死ぬ。
否、最も効率よく人を殺すための方法論が突き詰められたのが、銃というものだった。
だから無数の人間が殺し殺される、下らない戯れの中では、人は銃によって死ぬのが相応しいと、
ただそう思ったのだった。

―――しかし。

「―――!?」

私は眼前の光景に驚愕していた。
疾風の少女は、銃弾に屈することはなかったのだ。
肩に担いだ猟銃を何気なく振り回した、ただそれだけのように、見えた。
そして、ただそれだけの動作で、私の放った銃弾は正確に叩き落されていた。

「そんな”ドーグ”で……湯浅さんが止められるッ!?」

嬉しそうに笑いながら、叫んでいた。加速する。
あり得ないと、そう思う。
私たちの一族ならばともかく、常人に銃弾を見切り、ましてそれを迎撃するなど、不可能だった。

427狂風烈波の名にし負う:2007/02/14(水) 04:15:58 ID:k7wfzhVc
「眠たい真似……してんじゃないよっ!」

不可能が、爛々と目を輝かせて迫っていた。
眼下、死角から、猟銃が振り上げられる。思考に硬直していた私は、反応が一瞬遅れた。
衝撃。
かち上げられた猟銃が、私の手を直撃していた。
激痛と共に、掌中の拳銃が天高く跳ね上げられる。
顎への直撃は、かろうじて避けていた。
唸りを上げる猟銃が前髪を弾く、ち、という音が耳を打つ。

身体が重い。重心移動が遅い。手足の統制が取れていない。
それらをまとめ上げるべき頭脳はいまだ第二撃を予測しきれずにいる。
振り上げた猟銃を返す刀で落としてくるのか、それとも勢いを殺さずにもう一度下からか。
どちらだ。思考を認識できる段階で、遅きに失している。
切り替えが鈍い。
あり得ないというノイズが、戦闘本能の枷になっている。
そんなことだから、

「……が……っ!」

神速をもって跳ね上げられた少女の脚を、かわすこともできない。
視界に閃光が散る。
猟銃をかわしてのけぞった、その姿勢の戻りを正確に狙われた。
顎が、抵抗もできず天を向く。回復しつつある視界が、少女の靴先だけを捉えていた。
仰向けに倒れることは避けようと、後傾の姿勢をなおも強引に引き戻そうとする。
そしてそれが、更なる悪手だった。
瞬間、右腹部、肝臓の部分に、追撃が入っていた。
が、とも、げ、ともつかない無様な声を漏らしながら、私は吹き飛ばされていた。

吹き飛ばされながら、私は苦笑する。
何をしているのだろう。
人間相手に、こうも一方的に連打を浴びて。
咥内には、鉄の臭いと胃液の味が充満していた。
歯も、欠けているかもしれない。

428狂風烈波の名にし負う:2007/02/14(水) 04:16:37 ID:k7wfzhVc
す、と血が冷めていくのを感じる。
―――いつまで、人間を相手にしているつもりでいるのか。

ただの棒切れ一本で、エルクゥである自分に傷をつける者が、人間だと。
鬼の眼に見切れぬ蹴りを放つ存在が、常人の域に留まっているなどと。
―――私は何を、寝ぼけている。

じわり、と脳が熱くなる。
刃の上を裸足で歩くような、眼球を針で擦るような、そんな、思わず笑い出したくなるような、悦楽。
人と交わって生きる上では不要な、感覚。

右手の爪が、伸びていく。
黒く染まった指から伸びる、真紅の爪。
人を殺すための武器ではなく、ヒトを狩るための、凶器。
鬼としての自分が、ようやく陽のあたる場所に出られたと、快哉を叫んでいた。
いま鏡を覗けば、紅の瞳孔を煌かせる私は、さぞ化け物じみているだろう。

文字通りと飛ぶように流れていた視界が、急に緩やかになったように感じられる。
どろりと濁った空気の中で、私は手近な民家の塀に、手を差し入れた。
ブロック塀が豆腐のように崩れるが、気にしない。
そうして制動をかけると、空中で軽く身体を丸めて体勢を立て直す。

そのまま足を伸ばせば。
私はコンクリート製の電信柱に、音もなく「着地」していた。
重力が私を絡め取るよりも早く、地面と平行の視線が、少女を捉える。
この瞬間より、少女は私の敵から、獲物へと成り下がった。
撓めた足に、必殺の意思を込める。

―――もう、時間は私に追いつけない。

足場とした電信柱が、背後で折れ砕ける。
その音をすら追い抜くように、飛ぶ。
絶対の速度、それこそが私、柏木の三女、楓の狩り。

429狂風烈波の名にし負う:2007/02/14(水) 04:17:49 ID:k7wfzhVc
速さという概念の限界をもって、少女に迫る。
目を見開く暇すら与えず、裂く。
右の手が、閃いた。

「―――」

着地。
学校指定の革靴の底が、煙を上げた。

私は憮然とした表情で、自らの右手を見る。
少女の首筋を掻き切るはずの爪。
その爪を宿した人差し指は、第二関節から手の甲の側に反り返っていた。

脳裏に甦ったのは、拳銃を跳ね上げられたときに感じた衝撃だった。
トリガーにかかったままの人差し指は、あの瞬間に折れていたらしい。
鬼の血の影響で、痛覚が鈍っていたのが災いした。
あれから実時間にして、数秒。治癒もまだ間に合わなかった。

「……命拾い、しましたね」

言いながら、振り向く。
我ながら、空々しい言葉だった。
命拾いなどと言ってみても、ほんの数十秒の話だった。
人差し指こそ届かなかったが、他の爪の手応えはあったのだ。
滴る鮮血が、与えた傷の深さを物語っていた。

だが、

「……っ……」

皮を裂かれ、肉を抉られた苦痛にのたうっているはずの、少女は。

「……っはは……っ」

絶望と、眼前に迫る死に怯えているはずの獲物は。

「……はははっ……はっははははは……っ!」

私に背を向けたまま、大笑していた。
痛みに狂ったかと考え、すぐに思い直す。
―――これは、そんなものではない。

430狂風烈波の名にし負う:2007/02/14(水) 04:18:45 ID:k7wfzhVc
少女の笑いは、心からの悦びに満ち溢れた、それだった。
嬉しくて仕方がないというような、思わずそれが零れてしまったかのような、笑い声。
震える肩に合わせて、少女の外套に大書された『狂風烈波』の四文字が揺れている。
その異様に、私は思わず身構えてしまう。

「……ははは……はははははっ……、―――ねえ、あんた」

笑い声が、やんだ。
異様が、ゆっくりと振り返る。

まず見えたのは、血塗れの顔面だった。
少女の右眼、そのすぐ上から斜めに一直線、耳の下辺りまでがざっくりと裂けていた。
紛れもなく、私の親指の爪がつけた傷だった。
傷口からはじくじくと血が流れ出している。
見開かれたままの目にも鮮血が流れ込んでいるが、少女は瞬き一つしない。

完全に私へと向き直った少女を見て、私は、己の手応えが正しかったことを確認する。
少女の肩口から、ほぼ平行に三本。
日本刀で袈裟懸けに斬られたような傷が、開いていた。
特攻服というのだろうか、裾の長い派手な外套の、千切れた襟元から覗く傷は、決して浅くない。
下に着込んでいたらしい学校の制服も下着ごと裂け、血塗れの乳房が露になっていた。
肋骨の最下段にまで達しようかという傷からとめどなく鮮血を流しながら、少女は立っている。
そして、あろうことか。

「―――やってくれるじゃない」

それでも少女は、笑んでいたのである。
ひどく現実離れした、その鮮血の笑みを前に、私は。

―――ああ、この少女はどこか、梓姉さんに似ている、と。

そんなことを、思った。

431狂風烈波の名にし負う:2007/02/14(水) 04:19:19 ID:k7wfzhVc

【時間:2日目午前10時】
【場所:平瀬村住宅街(G-02上部)】

柏木楓
【所持品:バルキリースカート(それとなく意思がある)・支給品一式】
【状態:武装錬金】

湯浅皐月
【所持品:『雌威主統武(メイ=ストーム)』特攻服、ベネリ M3(残弾0)、支給品一式】
【状態:大出血】

→684 ルートD-2

432case1:sir,yes sir!:2007/02/15(木) 23:17:28 ID:RiqHGaA2

「はぁぁ……まったくもう、あんたたちと来た日には……」

盛大に嘆息する七瀬留美の前には、二人のヘタレが正座させられている。
言わずと知れた、藤井冬弥と鳴海孝之だった。
全身泥まみれの上に細かい傷だらけなのは、数キロの距離を引きずられたためである。
大の男二人を引きずりまわした張本人はといえば、息を乱すこともなく説教を続けていた。

「いい? あんたたち、冗談抜きで死ぬとこだったのよ?」
「実際一人死んでるんだけど……」
「だ・か・らっ!」

七瀬がすごんでみせると、二人はたちまち萎縮する。

「状況も相手の強さも見ずに喧嘩売って、挙句腰が抜けて逃げられないって……」
「はぁ……」
「勇気と無謀の区別をつけなさい! っていうかそれ以前の問題!」
「お恥ずかしい限りです……」
「―――と、いうわけで」

び、と七瀬があらぬ方向を指差した。
素直にそちらを向いた二人が見たのは遥か遠く、昼なお暗い森の中で怪しく輝く、一人の男の姿だった。
距離にして数十メートル。何事かを呟きながら、辺りを見回している。

「……あれが今回の目標よ。乗り越えてきなさい」
「いやいやいやいや」
「何か問題でも?」

同時に首と手を振って拒否の意思を示した冬弥と孝之が、七瀬の視線に射すくめられながらも
懸命に抗弁しようとする。

433case1:sir,yes sir!:2007/02/15(木) 23:18:02 ID:RiqHGaA2
「問題というか、あのね七瀬さん……」
「教官と呼びなさいっ!」
「はいっ」

反射的に背筋を伸ばしてしまう二人。
何だかんだ言いつつ、調教の成果は出ているようだった。

「そ、それでは、教官!」
「何?」
「いや、あれ……」

と、冬弥が件の男を顎で示しながら、

「なんか、オーラみたいなの出てるんですけど……」

言う。事実であった。
男の全身からは、何やら乳白色の光がゆらゆらと立ち昇っている。
炎のようにも、湯気のようにも見えるそれを遠目に見ながら、孝之が言う。

「俺、昔ああいうの観たことあるよ……マンガとかアニメとかで」
「俺も同じこと考えてた……絶対ヤバいって」

目を見合わせて頷きあう二人を見下ろす七瀬の言葉は、明快だった。

「―――で?」

鬼面の眼光が、二人に選択権など存在しないことを示していた。


******


芳野祐介ことU-SUKEは、有り体に言って道に迷っていた。

「……まだ、上手く加減できんな」

これがブランクというものか、と自らの肉体を見下ろして眉をひそめるU-SUKE。
確かに肉体強度そのものはかつての自分を大きく凌駕している。
しかし、その超強化がU-SUKEをして苦しませる結果となっていた。

軽く小突いただけで大木を薙ぎ倒す腕力に、踏みしめた大地にクレーターを作る脚力。
普通に歩こうとするだけで、万力で生卵を掴むような苦労を強いられていた。
気を抜くと、瞬く間に数キロの距離を移動してしまう。
あまりにも急激な変化に、いまだその圧倒的な身体能力を制御しきれずにいるのだった。

434case1:sir,yes sir!:2007/02/15(木) 23:18:29 ID:RiqHGaA2
「U-1の気を追っていたつもりだが……これでは、いつになったら辿りつけるやら……」

憂鬱そうにひとりごちたそのとき、U-SUKEの鋭敏な感覚が妙な気を捉えていた。
小さすぎて今の今まで気がつかなかったが、気の持ち主は二人。
どうやら自分に向かってきているらしい。

「まったく、雑魚の相手などしている暇はないというのに……」

常人からすればほとんど瞬間移動に近いその移動速度をもってすれば回避は容易だったが、
逃げたように思われるのも癪な話だった。
のろのろと近づいてくる二人組を、ただひたすらに待つ。

(あれで走っているつもりなのか……退屈しのぎにもなりそうにないな)

果たして、茂みの向こうから現れたのは、いかにも頼りなげな青年たちだった。
姿を見せたというのに、何やら額をつき合わせて小声でやり取りしている。

「お、おい」
「な……何だ、打ち合わせ通りやれよ」
「やっぱりヤバいって……逃げようぜ」
「バカ、そんなことしたら七瀬さんに殺されるぞ」
「だよなぁ……」

その姿を見るや、U-SUKEはため息をついて首を振る。
相手にするに値しない、と確信したのだった。
だが、その仕草をどう取ったのか、腰の引けていた青年たちが俄かに勢いづく。

「お、おい……奴さん、ビビってるぞ」
「もしかしてあのオーラ、こけおどしか……?」
「よし、そうとわかれば……!」

青年たち、胸を張って口を開いた。

「おい、そこのお前!」
「……」

超知覚で会話を聞いていたU-SUKE、呆れ果てて返事をする気にもなれない。

「お前、おとなしく俺たちにぶっ飛ばされろ」
「……」
「どうした、ビビって声も出ないか」
「おい、こいつ真剣ヘタレだぜ……」
「ああ……こんなヘタレ野郎、見たことないな」

頷きあう青年たち。
U-SUKEの表情が次第に硬くなっていくのにも気がつかない。

435case1:sir,yes sir!:2007/02/15(木) 23:19:19 ID:RiqHGaA2
「―――おい、貴様ら」

だから、その氷点下の声音が誰の発したものか、青年たちが理解するまでに数秒を要した。

「…………へ?」
「Uの」
「……ゆうの?」
「Uの称号を持つ者に喧嘩を売る……、それがどういう意味だか、分かっているのか?」

鷹の如き視線が、青年たちを射抜いていた。
どうやら様子がおかしいと気づいたらしく、青年たちの顔色が見る間に青ざめていく。
だが、既に遅かった。

「……ああ、いい。貴様らに答えられるとは思っていないさ」

す、と目を細めるや、だらりと下げていた右手を小さく打ち振るU-SUKE。
軽く手首のスナップを利かせた、ただそれだけの動作に見えた。

「……何だ? は、ははは、やっぱりこけおどし―――」

青年の言葉が終わる、その直前。
ぴしり、と小さな音が響いた。
奇妙なその音に、青年が怪訝そうな顔をして音の出所に目をやる。
近くに立つ樹木の、表皮。
重ねた年月を誇示するかのようなその外皮に、小さな皹が入っていた。

「え? ……う、うわあぁっ!?」

刹那。
轟音と共に、青年たちの傍らに立っていた大木の数本が、倒れた。
そのすべてが、U-SUKEの拳圧によって一瞬の内に極太の幹を砕かれたのだった。
顔色一つ変えず、静かに口を開くU-SUKE。

「……前置きは充分だ。かかってこい」
「え、い、いや、あの、その……」

今や隠しようもなくガタガタと震えだした青年たちに、U-SUKEは微笑む。

436case1:sir,yes sir!:2007/02/15(木) 23:19:43 ID:RiqHGaA2
「安心しろ。貴様ら如きに本気を出したりするものか」
「ひ、ひぃぃ……」
「ハンデをやろう。……俺はここから一歩も動かん。そして、」

言葉を区切り、右の小指を立ててみせるU-SUKE。

「この指一本だけで戦うと、誓おう」

U-SUKE、にやりと笑ってみせる。
対する青年たちはといえば、その言葉に少しだけ気を取り直したのか、互いに頷き合って身構えた。

「よし……行くぞ!」
「おう!」
「朝霧達哉くん……君に決めたッ!」

言いざま、腰につけたボールを投げる青年。
どんな攻撃を見せてもらえるのかと、思わず口の端を上げるU-SUKEの前に、

「え!? ……今の流れで俺が行くの!? ちょっとおかしくない、それ?」

またもや、頼りなげな青年が立っていた。

「……」

とりあえず頭痛がしてきたので、こめかみを揉んでみるU-SUKE。
新たに現れた青年は、どうやら最初の二人に何やら抗議しているようだった。

「どう考えたってお前らが自分で突っ込む流れだろ!?」
「いやだって俺、ヘタレトレーナーだし……」
「じゃ鳴海、お前が行けよ!」
「俺は真打ちだからな。最後に出ると決まってるだろ」
「うわ汚え!」

一向に攻撃をしてくる気配がない。
段々、待つのが面倒になってきた。

「大体、何で俺なんだよ!? 白銀とか衛宮、鍋島さんなんかの方がよっぽど戦闘向きだろうが!」
「最初はやっぱり様子見がセオリーだろうと思って」
「あ、やっぱり捨て駒扱いかよ!」

ぐ、と伸びをしたU-SUKEが、そのまま腕を振り下ろす。
音速を超過したその動作に、大気が裂けた。衝撃波はそのまま疾り、

「それなら鳩羽だってぱべらっ」

新たに現れた青年を、両断した。

437case1:sir,yes sir!:2007/02/15(木) 23:20:10 ID:RiqHGaA2
「「うわああっ!?」」

飛び散る血と肉に、青年たちが悲鳴を上げて飛び退く。
そんな姿を見て軽くため息をつくと、U-SUKEは心底つまらなそうな顔で言う。

「なあ、俺だってそう暇じゃないんだ。やるなら早くしてくれないか」
「き……、」

失禁すらしかねない顔色のまま、青年が何かを言いかける。
震えて歯の根が合っておらず、なかなか言葉にならない。

「き?」
「……き、……汚いぞ!」

ようやく放った一言が、それであった。
怪訝そうな顔をするU-SUKE。

「汚い……? 戦いはもう始まっているというのに、いつまでも下らん言い争いをしている方が悪いだろう」
「そ、そうじゃないっ! お、お前さっき、小指だけを使うって言っただろうが!」
「……?」

意味が分からない、という顔で首を捻るU-SUKE。

「そ、それが何だ、今のは! 離れたところから真っ二つなんて、は、話が違うじゃないか!」
「……ああ」

U-SUKEが、ようやく合点がいった、と頷く。

「何かと思えば。俺は約束を違えたつもりはないぞ?」
「う、嘘をつけっ!」
「何が嘘なものか」

言うや、目にも留まらぬ速さで腕を振るうU-SUKE。
一陣の風が舞った。
寸刻遅れて、近くの木々がへし折れる。

「ひ……!」
「……お前たちが言っているのは、これのことだろう?」
「そ、そうだ! それのどこが小指だけだっていうんだ!」

半分涙目になりながら、必死で食い下がる青年たち。
内心で頭を抱えながら、U-SUKEは振ってみせたばかりの腕を、二人に見えるように差し出す。

「……?」
「よく見ろ」

二人の視線が、U-SUKEの腕を舐め回すように這う。

438case1:sir,yes sir!:2007/02/15(木) 23:20:30 ID:RiqHGaA2
「……小指だけ、立ってるだろうが」

途端、庭先を歩く通行人に吼える犬のように、青年たちが抗議の声を上げた。

「そ、それがどうしたっていうんだ!?」
「俺たちを誤魔化そうったって、そうはいかないぞ!」
「……だから、今のは小指で作った衝撃波だ」
「何だと!?」
「小指の先だけで大気を切り裂いた。……何か文句があるのか?」

うんざりしたようなU-SUKEの声。

「ぐ、ぐぬぬ……」
「……今度は、お前たちがその身で味わってみろ」

何気ない仕草で、U-SUKEが再び腕を振り上げた。
怯えた顔つきで後じさりする二人。

「お、おい……!」
「く、くそ、こうなったら……!」

青年の一人が、決死の形相で腰を探る。
取り出したのは、三つのボール。

「衛宮士郎くん、白銀武くん、鍋島志朗くん……君たちに決めたッ!!」

それらをいっぺんに、投げた。
同時に、U-SUKEがその必殺の手を振り下ろす。

「―――!」

大気が断ち割れた。
きん、という可聴域を超えた高音が通り抜けた後、一瞬の静寂が訪れる。

439case1:sir,yes sir!:2007/02/15(木) 23:21:12 ID:RiqHGaA2
静寂を打ち破ったのは、悲鳴に近い声だった。

「あ、ああ……」

否、それは紛れもなく悲鳴であった。
だらしなく口を開けたまま、青年が腰を落とす。

「そ……そんな……」

へたり込んだ青年の、すぐ眼前。

「俺たちの中で……最強の三人が……」

三人の体が、上半身と下半身で、綺麗に二つづつ。
計六つの断片となって、転がっていた。

「一瞬、で……、そんな……馬鹿な……」

呆然とする二人に向けて、U-SUKEが静かに口を開く。

「―――もう、奇術はおしまいか?」

それは、正しく死刑宣告に他ならなかった。
力なく座り込んだまま、目線だけを動かしてU-SUKEを見る青年たち。
その目には、既に反抗の意思は宿っていなかった。

「……そうか。ならば最期にUの力、目に焼き付けて死ぬがいい」

あくまでも淡々と、U-SUKEは言う。
ゆっくりと、その手が振り上げられていく。

「さらば―――」
「―――どぉぉぉぉぉっ、せぇぇぇいっっ!!」

響き渡ったのは、雄々しくも頼もしい、声だった。

440case1:sir,yes sir!:2007/02/15(木) 23:22:03 ID:RiqHGaA2
背後で巨大な気が膨れ上がるのを感じ、肩越しに振り返ったU-SUKEの視界を、影が覆い尽くしていた。

「……む!?」

それは、ひと一人分ほどもある、巨大な岩石であった。
振り上げていたその腕を、咄嗟に岩石に向けて振るうU-SUKE。
U-SUKEを叩き潰すかに見えた岩石は、しかしその眼前でいとも容易く砕け散った。
轟音と共に、破片が周囲に撒き散らされていく。
土埃が収まるのを待って、U-SUKEはゆっくりと辺りを見回した。

「逃げた……か」

へたり込んでいたはずの青年たちの姿は、既になかった。
注意しなければ感知できないほどの小さな気が、瞬く間に遠ざかっていくのを感じる。

「逃げ足だけは大したものだな……」

苦笑するU-SUKE。
服についた埃を払い落とそうとして手を止めた。
下手に扱えば一張羅が襤褸切れに変わってしまう。

「わざわざ追うまでもない、か……。しかし……」

顔をしかめながら、U-SUKEは先程、背後から感じた気を思い返す。

「あれほどの気を、あの瞬間まで感知できなかったとはな……」

試しに集中してみても、周囲にそれらしい気配はない。

441case1:sir,yes sir!:2007/02/15(木) 23:22:24 ID:RiqHGaA2
「Uの域には遠く及ばんが……暇潰しくらいにはなったかもしれん」

惜しいな、と呟いたそのとき。
遠くで、小さな声が響いたような気がした。
それが、何故だかひどく胸をざわつかせる響きに聞こえて、U-SUKEは声のした方を見やる。
棘だらけの球体が心臓の中を転がるような、奇妙に痛痒い感覚。

「向こうには……たしか、学校があったか」

距離にして、おおよそ1キロ以上。
しかしU-SUKEの足であれば、そこに要する時間はゼロに等しかった。
U-1と相見える前に、力の加減を覚えるためのリハビリも必要だろう、とU-SUKEは己に言い聞かせる。
それがどうにも言い訳じみているとわかっていても、足は止まらなかった。



 【時間:2日目午前10時すぎ】
 【場所:E−6】

U−SUKE
 【所持品:Desart Eagle 50AE(銃弾数4/7)・サバイバルナイフ・支給品一式】
 【状態:ラブ&スパナ開放。超回復により五体満足。U−1を倒して最強を証明する】

七瀬留美
 【所持品:P−90(残弾50)、支給品一式(食料少し消費)】
 【状態:漢女】

藤井冬弥
 【所持品:H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、
     支給品一式(水1本損失、食料少し消費)、沢山のヘタレボール、
     鳴海孝之さん 伊藤誠さん 衛宮士郎くん(死亡) 白銀武くん(死亡) 鳩羽一樹くん
     朝霧達哉くん(死亡) 鍋島志朗くん(死亡)】
 【状態:ヘタレ】

関連:369 664 D-2

442ファースト・コンタクト:2007/02/16(金) 03:03:08 ID:ZXj8yAgY

閃光は、突然だった。

その瞬間、林道を歩いていた天沢郁未は、曇天の空に突如として雷鳴が閃いたように感じていた。
青白い光が、刹那の内に彼女の視界を奪い去っていたのである。
至近に落雷したのだ、と郁未はぼんやりと考える。
しかし耳を劈く轟音はいつまで経っても鳴り響かない。
その代わりとでもいうように、彼女の右腕が、金切り声で悲鳴を上げていた。
白く染まった視界が、徐々に色彩を取り戻していく。
あまりにも突然の衝撃に、その意味をはかりかねていた郁未の脳細胞が、ようやくにして
己の仕事を思い出した。痛覚という信号が、一瞬にして彼女の全身を支配する。

「あ……ぐぅっ!?」

反射的に傷口を押さえた手が、ぬるりと滑る。
激痛と、鼻をつく鉄の臭いに、郁未の意識が遅ればせながら事態に追いついた。

「―――郁未さん!」

声と同時。
横っ飛びに地面を蹴って転がる。
声を上げた相棒、鹿沼葉子もまた即座にその場を飛び退いていた。
一瞬前まで二人のいた場所に、新たな閃光が奔っていた。
腕を押さえながら、転がった勢いを殺さずに立ち上がる郁未。
その眼光は既に命のやり取りをする者のそれへと変わっている。

「……葉子さん、ビンゴ?」

視線の先には、一人の少女が立っていた。
ひっつめ髪を二本のおさげにまとめた、小柄な少女だった。
実用的なデザインの眼鏡の奥にある瞳は、何の感情も浮かべていない。
能面のような無表情だった。

「……ええ、あの額の輝き……砧夕霧に、間違いないでしょう」

郁未の問いかけに答えた葉子の視線は少女、夕霧の額に吸い寄せられていた。

443ファースト・コンタクト:2007/02/16(金) 03:03:55 ID:ZXj8yAgY
それは、正しく奇怪だった。
少女の額は、恐ろしく縦に長かったのである。
眉から顎にかけての端正な顔立ち、そのパーツを収めた、いわゆる顔にあたる部分が、
二つはすっぽりと収まってしまいそうな、極端なバランス。
その巨大な額が、灰色の空の下でなお、ギラギラと輝いていた。

「あれが光学戰、完成躰―――なんて、醜い……」

吐き捨てるように言った葉子が、手にした鉈を握りなおす。
それを見た郁未もまた、背負った薙刀の刃を払う。

「……腕は、大丈夫ですか」
「ん、どうやらかすり傷で済んだみたい」

言いながら、郁未が右手を何度か開いては握る。
傷口は焦げ、化繊製の制服も傷の周囲で溶けて皮膚に張り付いていたが、筋肉や骨には
達していないようだった。

「おっけ、いける」
「……敵は光学兵器です。攻撃を見てからでは避けられません」
「それは、身に沁みて分かったわ」

郁未が苦笑してみせる。

「ですが、それは同時に攻撃範囲の制限を意味します」
「どういうこと?」
「光は直進することしかできません。そして―――」

葉子の視線が、夕霧の額を見据えている。

「あの構造では、おそらく額の正面にしか反射光を打ち出せないでしょう」
「さっすがデコの先輩、よく分かるじゃない。なら……」
「はい。敵の顔が向いている方には、決して遷移しない。それが、最も単純な対処法です」

承知とばかりに、郁未が頷く。
手にした薙刀の刃が、鈍く煌いた。

444ファースト・コンタクト:2007/02/16(金) 03:04:21 ID:ZXj8yAgY
「私も思いついたわ」
「一応、聞いておきましょうか」
「うわムカつく。……まあいいわ、相手がビーム反射板ってことは……」
「はい」
「同時にニ方向へは、攻撃できない。……でしょ?」

どうだ、という口調。

「……はい、よくできました」
「うわ何か倍付けでムカつく。……ふん、じゃそういうことで」

言うや、郁未が地面を蹴る。
葉子もまた、低い姿勢で駆け出していた。

「―――合わせなさいよ!」
「そちらこそ、遅れないように」

目線をかわすことすらなく、左右に分かれる二人。
じっと佇んでいた夕霧の無表情が、小さく揺れた。
間を置かず、その額から光線が放たれる。目標は郁未。

「―――二度も、同じ手を食うかっ!」

叫んだ郁未は、既に光線の着弾位置にはいない。
足を止めることなく、夕霧の脇を大きく迂回しながら背後に出ようとする動き。
それを追うように振り向こうとする夕霧の、死角となった逆側に。

「終わりです」

音もなく、鹿沼葉子が走り込んでいた。
手にした鉈が、閃く。

「―――っ―――」

けく、と小さく吐息を漏らすような音を立てて、砧夕霧の首が、飛んだ。
数瞬の後、とさりと地面に落ちる。

445ファースト・コンタクト:2007/02/16(金) 03:04:52 ID:ZXj8yAgY
「はい、一丁上がり!」

噴き出す血潮を器用に避けながら、郁未が小さくガッツポーズを決める。

「……綺麗な連携でしたね」
「うん、上出来。……にしてもさぁ」
「なんでしょう」
「決戦兵器なんていうわりには、案外あっけなかったわねえ」

斃れた夕霧の躯を見やりながら、郁未が唇をとがらせる。
不満げな顔だった。

「葉子さんが散々脅かすから、どんなヤバい敵かと思ったけど……」
「……」
「確かに攻撃はなかなかのもんだったけどさ、身体自体は一般人並みじゃない。動きも鈍いし」
「……何を、言っているのですか?」
「正面にさえ立たなきゃ、どうってこと―――え?」

瞬間。
郁未が、目を見開いた。
眼前で険しい表情をしていた葉子が、彼女を突き飛ばしていたのである。

「な……!」

何をするの、とは言えなかった。
思わず尻餅をついたそのすぐ目の前を、光条が一閃していた。
ぢ、と嫌な臭いが鼻をつく。郁未の前髪が焦げる臭いであった。

「―――何を、油断しているのですか」

郁未を突き飛ばした葉子は、林道を挟んだ反対側に立っていた。
その表情は些かも緩んでいない。
厳しい視線は郁未に向けられることなく、周囲を見回している。

「立ってください。死にますよ」
「え、あ―――」

446ファースト・コンタクト:2007/02/16(金) 03:05:20 ID:ZXj8yAgY
半ば無意識の内に、郁未が立ち上がる。
本能が鳴らす警鐘に、ようやく気づいていた。

「い、今のって……」
「説明したでしょう。私の知る限り、量産体は数体でユニットを組むのが基本だった筈です」
「相手は、一人じゃないってこと……?」
「はい。今の攻撃がその証拠です。砧夕霧は必ずまだ、近くにいる」

事ここに至って、郁未がようやく状況を把握する。
慌てて周囲に目をやった郁未が、すぐに声を上げた。

「……つったって、こう木が多くちゃ……」
「はい。わざわざ道に立っていてくれた先ほどとは違います。気を引き締めてください」
「遮蔽物が多いってことは、向こうのビームだって通りにくいってことでしょう……!」
「樹木を貫通するだけの威力が無いことを祈ってください」

葉子の険しい声に、郁未が眉を顰めて舌打ちする。
ざわ、と梢が鳴いた。
かさかさと落ち葉が立てる音、虫や小動物が下生えを横切る音、それらすべてが郁未たちを包んでいた。

「厄介ね……」
「いえ、私の考えている通りなら、あれらの真価はこんなものでは―――っ、郁未さん!」

息を呑むような葉子の声。
問い返そうとする郁未の言葉を、遮るかのように。

「―――上です!」

郁未がその背を預けていた大木、その樹上。
つられて視線を上げたその先に、冷たく輝く眼鏡があった。

「―――ッ!!」

意識するよりも早く、身体が動いていた。転がるように、飛んだ。
刹那、閃光が奔る。
前方へと身を投げ出すようにした郁未の、革靴の底が、閃光を浴びて欠けた。

447ファースト・コンタクト:2007/02/16(金) 03:05:43 ID:ZXj8yAgY
「せ―――あぁぁッ!」

裂帛の気合と共に、葉子が手の鉈を投擲する。
風を切り裂いて飛んだ鉈が、狙い違わず、閃光を放った直後の砧夕霧の額を割った。
転がる郁未と体を入れ替えるようにして、葉子が走る。
垂れ落ちる鮮血を気に留めることもなく、樹上から転がり落ちてくる夕霧の額から鉈を抜き放つと、
険しい声を上げる。

「郁未さん! まだいます! 足を止めないでください!」

声に打たれたように立ち上がった郁未が、舌打ちして走り出す。
葉子の言葉に誘われるように、小さな人影が梢の陰から覗いていた。
途端に奔る光条を、斜行してかわす郁未。

「そこかぁっ!」

下段に構えた薙刀を、掬い上げるように振るう。
長物を横向きに薙げない不利を背負うのが、林という地形であった。
しかし郁未は人影の隠れた樹の幹を削ぐように、絶妙の軌道で薙刀を操っていた。

「まずは―――ひとつっ!」

顔を引っ込めそこねた夕霧が、その眼鏡ごと頭部を両断される。
脳漿と鮮血が、盛大に跳ね上げられた。

「……葉子さんにばっかり、スコア稼がせてらんないからね。次っ! ……って」

振り返った郁未が見たのは、並び立つ二人の夕霧を、鉈と手刀で同時に断ち、貫く葉子の後ろ姿であった。
返り血を浴びながら、葉子が静かに振り返る。

「……何か、言いましたか?」
「……いえ、別に」

び、と鉈を振って血糊を払う葉子を、郁未は半眼で見やる。
そんな視線を気に留めることもなく、葉子が口を開いた。

448ファースト・コンタクト:2007/02/16(金) 03:06:17 ID:ZXj8yAgY
「今の戦いで、幾つか分かったことがありますね」
「……なに」
「……もしかして郁未さん、気づかなかったんですか」
「だから、なにを」
「木の上から郁未さんを狙った攻撃、最初に倒した一体のそれよりも威力が落ちていました」
「そんなの分かるわけないでしょ、逃げるのに必死だったんだから!」

噛み付かんばかりの郁未の形相を無視して、葉子が続ける。

「大声で主張することですか? ……話を続けてもよろしいですね」
「……あのさ」
「……最後に私が倒した二体に、攻撃と呼べるほどのことはできませんでした。
 郁未さんが相手をしていた一体に、充填用と思われる光を飛ばしただけです」
「いや、あの、葉子さん」
「反射用の数体で増幅した光を攻撃用の一体に集中させることで、このような弱い光量下でも
 充分な威力を発揮する……それが、完成体のコンセプトのようです」
「もしもし」
「しかし、曇っている今ですから、まだ単純に数を減らすことでユニットごと機能しないように
 することも可能でしたが……。天候が回復してくれば、単体でも脅威となってくるでしょう」
「すいませーん」
「やはり早めに叩いておかなければ、取り返しのつかないことになりかねませんね……」
「いい加減にせんかぁっ!」

すぱん、と小気味いい音が響いた。
腕を組んで一人頷く洋子の後頭部を、郁未がはたいたのである。

「……何をするのですか」
「あっち、よく見てみなさいよっ!」

言われ、周囲を見渡した葉子が、何度か瞬きする。
曇天の下、林道の遥か向こうで、土煙が立っていた。

449ファースト・コンタクト:2007/02/16(金) 03:06:33 ID:ZXj8yAgY
「……おや」

もうもうと上がる土煙の向こう側で、きらりと光るものがあった。
それはまるで、満員のスタジアムで閃く撮影のフラッシュのように、いくつもいくつも連鎖する。

「どうやら、探すまでもなかったようですね」
「……どうすんの、あれ」
「決まっているでしょう。……殲滅あるのみです」

何気なく言ってのける葉子に、今度こそ郁未は絶句した。
無数の眼鏡を光らせながら歩くそれは、文字通りの意味で数え切れないほどの、砧夕霧の大群だった。

450ファースト・コンタクト:2007/02/16(金) 03:07:49 ID:ZXj8yAgY
【時間:2日目午前10時すぎ】
【場所:F−9】

天沢郁未
 【所持品:薙刀】
 【状態:唖然】

鹿沼葉子
 【所持品:鉈】
 【状態:光学戰試挑躰】

砧夕霧
 【残り29995(到達0)】
 【状態:進軍中】

→562 690 ルートD-2

451March and winter:2007/02/16(金) 21:15:20 ID:p43BYa3k
「…表、か」
冬弥の目に映ったコインの面。すっかり酸化して輝きを放たなくなってはいるが、それでも冬弥にはまるで新品のように輝いているように見えた。
「いいだろ。決め事は決め事だ」
10円玉を拾いなおすと、もう一度冬弥は親指でそれを弾いた。
軽い金属音がしてくるくると宙を舞う。てっぺんまで舞った後、重力に引き摺られて10円玉が落ちる。それを横から、しっかりと掴み直した。
ゆっくりと手のひらを開き、今一度、10円玉の面を見る。
表。
予想通り。
「行くか。ま、冷静に考えれば片っ端から襲って弾薬を浪費するのも意味がないよな」
観音堂の外へと歩を進める。由綺や理奈が、がんばれ、と言っているのが、聞こえたような気がした。
問題はここからだ。どのようにして殺人鬼どもを放逐していくか。いかに手元にP-90があろうとも自分は一般人。おいそれと戦闘の手練に手を出せば敵を討つどころじゃない。
仲間が必要だ。自分と同じく、殺人鬼を殺すことに躊躇の無い人間が。
共に行動した少女、七瀬留美のことがふと頭に浮かんだが、すぐにその考えを打ち消した。彼女はとてもじゃないがそんなことのできる人間とは思えない。
「当たるも八卦、外るも八卦、か…」
適当に出会った人間が自分と同じような人間であることを願うしかない。
何はともあれ、まずは鎌石村だ。
     *     *     *
鎌石村消防署の一室、かつて英二達が休憩していたところで、篠塚弥生は目を覚ました。
どうやら、まだ自分は生きているようで呼吸も普通に行える。だが、両手両足を縛られ今寝転がっている所――消防署備え付けのベッドだ――からまったく動く事ができない。
もっとも、縛り付けているもの(そこらへんのロープだろう)を解こうとしても英二に撃たれた脇腹が痛んだのですぐに諦めてしまったが。
なんと無様な。

452March and winter:2007/02/16(金) 21:16:17 ID:p43BYa3k
弥生は地面にツバでも吐きたい気分になった。まったく似つかわしくないことだと自分でも思ったが、英二の甘さに助けられ、生き長らえているという事実がそう思わせたのだ。
だが、すぐに弥生は思考を切り替え現在の状況を把握しようと努める。あれからどのくらい時間が経ってしまったのか。寝ている間に放送はあったのか。
何か手がかりになるものはないかと首だけ動かして周囲を見まわしてみるがこの部屋には窓がないばかりか時計すらない、完全な密室であった。
あるいは、英二がそうなるように手配でもしたのか。唯一確認できたのは部屋の隅に、申し訳程度に置かれている弥生のデイパックがあったということだけだ。
デイパックの膨らみ具合からして、まず武器は取られているだろう。当然だが。
結局、それだけしか分からなかったのでまた眠る事しかやることがなくなった。
ゲームに乗っているにしろ乗っていないにしろ人が来るのを待つしかないのだ。
ぼーっと見た天井には、恐らく英二がつけっぱなしにしていった蛍光灯が、煌々と輝いている。暗闇で怖くならないようにという英二の配慮だろう。もっとも弥生は暗闇などに恐怖するという性質の人間ではなかったが。
この部屋に窓がない以上、この明かりを頼りに誰かが訪れるという可能性は低い。これがどう影響するのか。
そんな風にして色々考えながら時間を潰していると、不意に閉ざされた扉の向こう、廊下のほうで規則正しい(たぶん人間の足音だ)音が聞こえてきた。
どうやら部屋を探しまわっているようで徐々にこちらに近づいているようであった。
誰かは知らないが、この部屋だけ探さないという理由はない。
鬼が出るか、蛇が出るか。
弥生にしては珍しく、動悸が加速度的に増していた。何しろ生か死かを賭けた至上最大の賭博なのだ。ゴクリ、と弥生の喉が鳴る。
ガチャ、とドアノブが回される音がして足音の主が侵入してきた。そして、その相手は――
「…弥生さん、か?」
――森川由綺の恋人(今となっては元、とつけるべきか)、藤井冬弥だった。
     *     *     *
「…なるほど、そんなことがあったんですか」
冬弥の助力でようやく拘束から抜け出した弥生は、これまでの経緯を説明した。
英二の件に関しては、もちろん真実を話したわけではなく、「いきなり何者かに撃たれ、気絶させられて気がついたら縛られていた」と説明した。

453March and winter:2007/02/16(金) 21:17:03 ID:p43BYa3k
弥生にとって、冬弥がまだ敵か味方か判断できなかったためだ。スターダムにのし上げるべき人、森川由綺を失ったことで、今や弥生にとって他の人間などどうでもいい存在になっていた。
藤井冬弥でさえも。
その冬弥はというと、立ち話に疲れたのか部屋に置かれてあった椅子に座ると何か考えるような目をしてからぽつりと喋る。弥生は縛られていたベッドに座ったまま、その言葉を聞く。
「しかし…どうして襲った相手は殺さずに武器だけ奪っていったんでしょう? 殺しこそすれ、気絶させるだけなんてことはないはず」
「さあ…襲った人間の心理など、私には図りかねます」
それもそうですね、と冬弥は嘆息し顔を天井に向かせた。
「ですけど、ひょっとしたら…襲った人間は、弥生さんの知り合いだったのかもしれませんね」
一瞬、どきっとしたが相変わらず無表情なまま弥生はどうしてそう思うのですか、と尋ねる。
「殺すには忍びない、だが武器を持って殺戮はして欲しくない、そんな風に考えるのは弥生さんの知り合いだけでしょう?」
「…なるほど、そういう考え方もありますね」
英二はまさしくその考え方だっただろう。
「…ところで、今は何時くらいでしょうか。気絶させられてからずっとそのままでしたので」
いつまでもこんな話題に拘泥しているのは得策ではないと思い、話題を転換する。
「ああ、今はちょうど…7時半といったところですね。…2回目の、放送がありました」
「…教えていただけますか」
デイパックから参加者一覧を取り出して死亡者を確認する。冬弥のものと示し合わせてもみたが実に20人以上もの人間が死んでいた。
この殺し合いは、間違いなく加速している。
チェックを終えた弥生が、また冬弥に尋ねた。
「これから藤井さんはどうなさるおつもりですか」
この質問だけは必ず先手を取っておかなければならなかった。返答次第で、行動を変えねばならないからだ。
冬弥は少しだけ笑ってから、肩にかけていたP-90を壁の方向へと向けた。
「由綺や理奈ちゃん…はるかや美咲さんをやった奴らを探し出して…殺します」
顔色を窺ってみる。そこには静かだが、激しい憎悪の色が表れていた。

454March and winter:2007/02/16(金) 21:17:44 ID:p43BYa3k
「…ですけど、さすがに無関係の人間までは殺しません。目的が同じような人間がいたら一緒に行動するつもりでした。…弥生さんは、どうなんですか」
今度は、こちらに質問が飛んで来る。返答次第では、こちらも撃つという考えがありありと出されていた。
それはすでに察知していたので、明確な返答を避けておいた。
「由綺さんを殺された私には…もう、目的というものはありません。恨みは、ありますが」
冬弥同様、由綺を殺した人間に報復したいという気持ちはあったがそれ以上のものはない。それは、偽らざる弥生の本心だった。
「そうですか…なら、俺と一緒に行動しませんか?」
P-90を再び肩にかけ、冬弥が目をこちらにむけて提案する。
「最終的な目的は違うかもしれませんが…由綺の仇をとるという点では利害は一致するはずです。その時まで」
その後はどうする、と返答しようかと思った弥生だったがそんな未来のことなど、誰にも分かりはしない。
「分かりました…協力しましょう」
だから、完結にそう答えた。冬弥の目に感謝の色が広がっていく。
「助かります。弥生さんはもう今では数少ない、信頼できる人ですから」
信頼――その言葉が、どこか弥生には遠い国の言葉のように思えた。弥生は自らのデイパックを持ち上げると、最後に問う。
「ならば、行動は早いほうがいいでしょう。それから…藤井さん。他に、何か伝えることなどありますか? 例えば、気をつけるべき人物とか」
ゲームに乗っている者の情報は、手っ取り早く掴んでおきたかった。いつどこで、冬弥と離れ離れになるやもしれないのだから。
「…いや。今まで何人もの奴と出会ってきましたけど交戦は一度だけです。まあ、返り討ちにはしましたが…一応、これまでに会った奴らの名前を言っておきましょうか?」
「いえ、結構です。知ったところで別に利益もないでしょう。他には?」
「他には…ああ、そうそう。放送の時に珍しく主催者から直接の声がかかりました。何でも…優勝者には、何でも願いが叶えられるとか」
その瞬間、弥生の心に戦慄が走った。平常心が失われていくのを隠しつつ「…続けてください」と先を促す。
「死人を生き返らせることも出来るとか言ってましたけど…それは与太話でしょう。普通に考えてそんなこと出来るはずありませんからね」

455March and winter:2007/02/16(金) 21:18:25 ID:p43BYa3k
確かにそうだ。冬弥の言う事は…理に適っている。
「俺には…もう由綺以外の望みなんてありませんから、褒美なんていりません。だから、仇だけは取るつもりです」
だが…もし、万が一にでも、『それ』が本当だとしたら? もし、森川由綺がこの世界に戻ってこれるとしたら?
冷静な、普段の篠塚弥生がその考えを必死で否定しようとする。だが――こんなにも多くの参加者、来栖川財閥、倉田家の礼嬢までもこの殺し合いに参加させている彼らなら…そんな事も可能なんじゃないか?
弥生の額に、冷たい汗が流れ落ちる。
恐らく――藤井冬弥が弥生のような考えに至らなかった理由は、単純に由綺の仇を討つということに固執しているのでそこまで考えていない、ということかもしれない。あるいは違うかもしれない。
だが、もし弥生の考えている通りだとしたら。
由綺の仇をとった後、彼はどうするだろうか。もしかしたら――自殺を図る可能性すらある。
ここで、彼女に新たな疑問が生じる。
仮に生きかえらせることが出来たとして、果たして『何人』生きかえらせることが出来るのだろうか?
一人か、あるいは何人でも、か? その辺りの事を尋ねてみようかとも思った弥生だが、すぐにその考えを打ち消す。
冬弥が知っているはずがないと思い至ったからだ。主催者のことだ、生きかえらせることができる、とだけ言ったに違いない。それに、下手に聞けば――冬弥に、敵だという疑念を抱かせることにもなりかねない。
代わりに、弥生はもう一度尋ねてみた。
「藤井さん…藤井さんは、このゲームに乗っているわけではない、ということですよね」
為された質問に首をかしげながらも、冬弥は言う。
「ええ…まあ、一応は。敵ならば容赦なく撃ちますが、こっちに害を及ぼさないのなら」
そうですか、と弥生は答える。そして、それが引き金となった。
「なら、私は協定を破ります」
何のことだ、と冬弥が問おうとしたときには、弥生が冬弥の肩から、P-90を奪い取っていた。
「藤井さん。朗報を教えてくださって感謝します。これで…私はまた、戦う理由ができました」
冬弥の顔面に、P-90を押しつける。唖然としていた冬弥だが、すぐに大声を上げて反論した。
「まさか…あの与太話を信じてしまったんですか!? あんなもの、大嘘に決まっているでしょう!」
「万が一、ということもあります」
「そんな理由で!」
冬弥が大声を上げるのを遮るかのように、さらに強く銃口を押しつける。ぐっ…と声を詰まらせる。
「信じがたい話ではあります。ですが…信じなかったところで、由綺さんは帰ってきません。なら、それが悪魔の所業だとしても私はそれに賭けようと思います。私には…由綺さんしか、由綺さんしか、いません。私の人生は…由綺さんそのものなんです」
冬弥がまた反論しようと口を開けたが、いたずらに刺激するだけだと考えたのか、堅く口を結ぶ。
「藤井さんは私とは違います。私よりは、よほど強い人間。だから…まず手始めに」
言い終わる前に弥生の次の行動を察知した冬弥が、思いきり体を捻った。
銃弾が、何発か冬弥の脇をすり抜けていく。
間髪いれず冬弥が、部屋を脱出して廊下へと駆ける。逃がすまいと思った弥生だが、大ぶりなP-90ではすぐに第二射を放てない。
連射を諦め、弥生も冬弥の背中を追った。

456March and winter:2007/02/16(金) 21:19:09 ID:p43BYa3k
【時間:2日目7:00】
【場所:鎌石村消防署(C-05)】

篠塚弥生
【持ち物:支給品一式、P-90(46/50)】
【状態:ゲームに乗る。冬弥の殺害を狙う。脇腹の辺りに傷(痛むが行動に概ね支障なし)】

藤井冬弥
【場所:C−6・観音堂(移動済み)】
【所持品:支給品一式】
【状態:逃走、マーダーキラー化】

457March and winter:2007/02/16(金) 21:21:02 ID:p43BYa3k
すいません、訂正お願いします
藤井冬弥
【場所:C−6・観音堂(移動済み)】
【所持品:支給品一式】
【状態:逃走、マーダーキラー化】



【場所:C−6・観音堂(移動済み)】

を削っておいてください

458March and winter:2007/02/16(金) 23:24:25 ID:p43BYa3k
すんません、さらに追加…

B-10です、本スレ950の人、指摘サンクス

459Mother:2007/02/18(日) 06:11:38 ID:swIjNkyk
朝の激闘から、時を経る事六時間以上。
ようやく意識を取り戻した水瀬秋子は、すぐさま診療所を発つべく玄関に向かった。
そこで那須宗一とリサ=ヴィクセンに遭遇し、二人に見送られる形となった。
幾分かマシにはなっているが――秋子の顔色は優れているとは言い難い。それも当然だ、もう何度も無理をしているのだから。
秋子は、体の不調を気力だけで埋めようとしている。そんな彼女を気遣い、リサが声を掛ける。
「一応の処置は済ませたけど……あまり無茶するとまた傷口が開きかねないわ。それでも行くつもりなの?」
「愚問です。私にはもう名雪しかいませんから……こんな所でぐずぐずとしている訳には行きません」
取り付く島も無いとは、この事だろう。秋子は考え込む仕草すら見せずに、断言した。
「……OK。私はこれ以上力になれないけど、健闘を祈るわ」
「ありがとうございます。それから――宗一さん」
秋子はそう言って、視線を宗一の方へと移した。秋子と宗一は、一度完全な敵同士として戦闘している。
その事が原因か、宗一は険しい表情をしていた。
「何だ?」
「謝っても許されるとは思いませんが……本当にすみませんでした。私の軽率な行動で……こんな結果に……!」
秋子は何も守る事が出来なかった。澪も祐一も、死なせてしまい、みすみす自分だけ生き残ってしまった。
俯きながら、彼女は微かに肩を震わせた。宗一の位置からその表情を窺う事は出来なかったが、おおよそ推測は出来る。
宗一は諦めたように目を閉じ、そして言った。
「……過ぎた事を悔やんでも仕方無いさ。それより、これからどうするべきかを考えた方が良いぞ。
それに――俺はあんたみたいな美人には甘いんだ」
宗一はそう言うと、表情を緩め、微笑んで見せた。まるで、気にするなと言わんばかりに。
秋子は一瞬きょとんとした顔になったが、やがて頬に手を当て、笑顔を形作ろうと努力した。
強引に作られた表情は秋子本来のものとは程遠かったが、それでもそれは笑顔と呼べるものだった。
「重ね重ね、ありがとうございます。それでは失礼します――あなた方も、どうかご無事で」
「ああ、あんたもな」
宗一とリサに向けて、最後に一礼する。そうして秋子は、診療所を飛び出した。
今度こそ、罪の無い子供達を守る為に。己の命に代えてでも、最愛の娘を守る為に。

460Mother:2007/02/18(日) 06:12:38 ID:swIjNkyk



「あの人、大丈夫かしら……」
リサは不安げに呟いた。秋子の怪我の深さは、治療をした自分が一番知っている。
「正直不安は残るが、これ以上俺達がしてやれる事は無い。後は本人次第、ってトコだろうな」
「……そうね」
次々と大事な人間を失った秋子を、穏便に引き留めるのは不可能だ。無理に休ませようとすれば、また争いになりかねない。
それだけは絶対に、避けなければならなかった。自分達が倒すべき相手は主催者であって、他の参加者達ではないのだ。
「ところで宗一。さっきあなたが言った事についてなんだけど……」
秋子を見送る為に、宗一との話し合いは途中で中断してしまっていた。その時の話題を思い出し、リサが尋ねる。
「優勝者への褒美、についてか?」
「ええ。どうしてあなたは、あれが本当だと思ったの?」
どんな願いでも叶えられる――その事に関して、宗一とリサはまるで正反対の意見を持っている。
リサは主催者の話をまるで信じていなかった。ただの扇動に過ぎぬと、そう考えていた。
ならば、褒美の話を肯定する宗一の考えに疑問を持つのも当然の事だった。
「このゲームには、裏の世界や表の世界で名を馳せる人間達が、多数参加させられている。
それだけの面子を、僅か1日で強制的に集めれる者――それはもはや、人と呼んで良い存在じゃない。
そんな化け物ならば、願いを叶えるという事も不可能では無い筈だ」
「……それは否定しないわ。だけど『叶えられる』という事と、『叶える』という事は、イコールでは繋がらない」
「そうだな。主催者が約束を破る可能性だって、勿論ある。だが俺は……褒美を与えるというのは嘘じゃないと思う」
言われて、リサはとても意外そうな顔をした。
「Why?」
「そもそも、こんなゲームに何の意味がある?俺には、主催者の酔狂で行なわれているとしか思えない。
そう、奴はきっと遊んでいるだけなんだ――なら、最後に約束を破って興を削ぐような真似はしないだろう。
俺の経験則から言って、こんな事を考え付くような連中は、自らが作ったルールだけはきちんと守るもんさ」
もっとも自分にとって害になるような願いは受け入れないだろうけどな、と宗一は付け加えた。
「でも……優勝した人間の反撃を恐れて、首輪を爆発させる可能性も考えられるわ」
「それは無い。主催者にとって俺達はただの駒、復讐なんて警戒していないさ」

461Mother:2007/02/18(日) 06:15:18 ID:swIjNkyk

――その通りだった。主催者は、少なくともこれまでは参加者を完全に手玉に取っている。
参加者を警戒しているのならば、とっくの昔に首輪を爆発させているだろう。
思い通りに弄ばれてしまっている現状を再認識し、リサは爪をガリッ、と噛んだ。
「逆に考えれば主催者のその余裕こそが、俺達が付け入れる唯一の隙なんだ。連中が油断してる以上、突破口はある。
そして、正しく状況を判断する為には……主催者を倒す為には、もっと情報が必要だ」
「――そうね。まずは診療所にいる他の人達だけとでも、情報交換しましょうか」
現状では情報が圧倒的に不足している。これ以上憶測だけで話を続けるよりも、情報を集めるべきだ。
二人は席を立ち――そして、何かの音が近付いてくるのを聞き取った。
「これは……車か?」
「そのようね。私が様子を見てくるわ」
外敵の警戒は、五体満足な自分の役目。リサはすぐに銃を手に取り、玄関の外へと向かった。



【時間:2日目16:05】
【場所:I-7】

リサ=ヴィクセン
【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾30、予備マガジン×4)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】
【状態:健康、診療所を守る】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数12/20)】
【状態:左肩重傷・右太股重傷・腹部重傷(全て治療済み)、まずは情報を集める】

水瀬秋子
【所持品:ジェリコ941(残弾10/14)、澪のスケッチブック、支給品一式】
【状態:腹部重症(再治療済み)、何としてでも名雪を探し出して保護】

篠塚弥生
 【所持品:包丁、ベアークロー、携帯電話(GPSレーダー・MP3再生機能・時限爆弾機能(爆破機能1時間後に爆発)付きとそのリモコン】
 【状態:マーダー・脇腹に怪我(治療済み)目的は由綺の復讐及び優勝】

藤井冬弥
 【所持品:暗殺用十徳ナイフ・消防斧】
 【状態:マーダー・右腕・右肩負傷(簡単な応急処置)目的は由綺の復讐】

【備考】
・FN P90(残弾数0/50)
・聖のデイバック(支給品一式・治療用の道具一式(残り半分くらい)
・ことみのデイバック(支給品一式・ことみのメモ付き地図・青酸カリ入り青いマニキュア)
・冬弥のデイバック(支給品一式、食料半分、水を全て消費)
・弥生のデイバック(支給品一式・救急箱・水と食料全て消費)
上記のものは車の後部座席に、車の燃料は十分、車は診療所方向に向かってます

(→601)
(→557)
→663
→687
→699

462Distrust:2007/02/18(日) 19:43:37 ID:GmBnvYnc
――すれ違い。
運命の悪戯というものだろうか。確かにすぐ近くに来ていたのに。声を掛けられる距離に居たのに。
渚が目を醒ました時にはもう、朋也の姿は何処にも無かった。
事の顛末を説明された渚が、それを確かめるように秋生に声を掛ける。
「それじゃ朋也君は……」
「ああ。役場に行く、つって出て行っちまった」
「そんな……!」
それは余りにも無謀な行動。包丁1本で、朋也は過酷な戦いの場へ身を投じようとしているのだ。
容易に想像出来る凄惨な結末に、見る見るうちに渚の顔が青褪めていく。
娘の悲痛な表情を目の当たりにして、秋生は思わず顔を逸らしてしまう。
お互い何も言えなくなり、暫しの間沈黙が場を支配する。やがて渚が意を決し、声を発した。
「お父さん、お願いがあります」
「……何だ?」
「わたし、朋也君を助けに行きたいです」
「――!」
言われて、秋生は眉を顰めた。渚は縋るような瞳でこちらを見ている。
これは本来、予測しておくべき事態。渚に朋也の事を話したのは、秋生の完全な判断ミスだった。
秋生の愛娘である古河渚は元来、自分自身よりも他の者を大事にしてしまう心優しい娘だ。
そんな彼女が他ならぬ朋也の窮地を、放っておく筈が無かったのだ。
しかし――秋生は静かに首を振った。
「駄目だ。悪いがその頼みは聞けねえ」
「なっ……どうしてですか!?」
「どうしてもこうしてもねえよ。小僧が、なんで一人で行ったのか分からねえのか?
俺達を……いや――お前を危ない目に遭わせたくねえからだろ」
秋生は朋也が一人で向かったのは、負傷してしまっている渚を気遣っての事だと思っていた。
にも関わらず、ともすれば阿鼻叫喚の危険地帯となりかねない場所に向かっては、朋也の想いを無駄にしてしまう。
いくら渚の頼みとは言え、そう簡単に頷く訳にはいかなかった。

463Distrust:2007/02/18(日) 19:44:47 ID:GmBnvYnc

「でもっ……!」
「何度言われても、こればっかりは譲れ――」
「みちるも岡崎朋也を助けに行きたい!」
なおも食い下がろうとする渚を、断固とした態度で撥ね付けようとした所で、突然叫び声が聞こえた。
見ると、朋也が連れて来た少女――みちるが、何時の間にか目を覚ましていた。
「岡崎朋也はね、とっても苦しんでるんだよ……。友達を守れなかったって、きっと今も心の中では泣き続けてる……」
「――え?」
みちるは、彼女らしくないとても悲しそうな顔で、まだ秋生達が知らぬ悲劇について語り始めた。







「あのガキは折原の知り合いか?……にしても、どうやらタダじゃ済みそうにねえ雰囲気だな」
黒髪の青年と、その青年に銃を突き付けている青い髪の男。視界にその二人を認めた途端、浩平は走って行ってしまった。
高槻達が近くまで来た時には既に、浩平は殺気立った様子で銃を構えており、これから起こりうる事態は充分に予想出来る。
「面倒くせーが、ちょっくら行ってくる。お前らはここで待っとけ」
「また……あたし達は待ってるだけなのね」
レミィが殺された時と同様に待機を命じられ、若干不満気味な郁乃。だが高槻は、まるで取り合わない。
「うっせーな。今はどう見てもやべえ事になってるんだ、文句なら後にしてくれ」
ぶっきらぼうにそう言うと、郁乃と七海を置いたまま、高槻はポテトだけを連れて浩平の傍まで歩いていった。
「おい、折原。これはどうなってやがんだ?」
浩平の横に並んで問い掛ける。無論コルトガバメントはいつでも構えられるよう、もう手に持っている。
「……そっちの腹を押さえてる奴は、俺の知り合いの七瀬彰だ。あっちの銃を構えてる男の方は、知らない」
高槻は改めて、二人の青年を見比べた。
浩平の知り合いである七瀬彰という青年の方は、腹部から血を流していた。
逆に浩平の知り合いでは無い男、岡崎朋也の方は、こちらに注意を払いながらも銃口は彰に向けたままだ。
「――そうか。つまりあの青い髪のガキの方が、ゲームに乗っているんだな」
状況を飲み込んだ高槻は、眉を吊り上げて、コルトガバメントの銃口を朋也へと向けた。

464Distrust:2007/02/18(日) 19:46:20 ID:GmBnvYnc


マーダーを排除しようとしているだけなのに、度重なる妨害を受けている。朋也は当然、現状を良しとしない。
自分に掛かった疑惑を否定するべく、そして彰の正体を伝えるべく、言葉を洩らす。
「お前ら何か勘違いしてねえか?俺はゲームに乗ってなんかいないし、この男は凶悪な殺人者だぞ?」
「違う、そんなの言い掛かりだっ!」
「――テメェ。また性懲りも無く、嘘を吐く気かよ!」
事情を教えようした朋也だったが、またも彰の厚顔無恥な出任せによって邪魔されてしまう。
この場において、自分は決定的な証拠を持ってはいない。その点に関しては彰も同じだ。
だが、二人には決定的な差があった。
「おい彰、こいつの言ってる事は――」
「嘘だ。信じてくれ折原、僕はゲームになんて乗ってない!」
この場で唯一の知り合いの浩平に対し、必死の演技で訴えかける彰。
それを援護するかのように、高槻も自分なりの推論を述べる。
「俺様も、七瀬って奴の言ってる事が正しいと思うぞ。大体その青い髪の野郎がゲームに乗ってないなら、その手に持ってる銃は何だってんだ?」
「そうだな。それに俺は彰と一緒に行動してた事があるけど、襲われたりはしなかった」
「…………っ」
朋也にとって、絶望的な会話が続く。
朋也は彰を殺害しようとしている所を見られてしまっているし、潔白を証明してくれる知り合いもこの場にはいない。
二人から銃を向けられている今、自身の銃を手放す訳にも行かない。
護身の為に絶対必要な銃だったが、その存在が誤解に一層拍車をかけてしまっていた。

465Distrust:2007/02/18(日) 19:47:46 ID:GmBnvYnc

【時間:二日目・13:40】
【場所:B−3】
古河秋生
【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
【状態:左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流。聖の捜索】
古河渚
【所持品:無し】
【状態:目標は朋也の救出、右太腿貫通(手当て済み)】
みちる
【所持品:セイカクハンテンダケ×2、他支給品一式】
【状態:目標は朋也の救出と美凪の捜索】



【時間:二日目・14:10】
【場所:C−3】
岡崎朋也
 【所持品:S&W M60(2/5)、包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、三角帽子、他支給品一式】
 【状態:マーダーへの激しい憎悪、現在の第一目標は彰の殺害、第二目標は鎌石村役場に向かう事。最終目標は主催者の殺害】
湯浅皐月
 【所持品1:セイカクハンテンダケ(×1個+4分の3個)、.357マグナム弾×15、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:宝石(光3個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金】
 【状態:気絶、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】
七瀬彰
 【所持品:薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:腹部に浅い切り傷、右腕致命傷(ほぼ動かない、止血処置済み)、疲労、ステルスマーダー】
ぴろ
 【状態:皐月の傍で待機】
折原浩平
 【所持品1:34徳ナイフ、H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)】
 【所持品2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、ほか支給品一式】
 【状態:彰の救出、朋也に強い疑い、全身打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)】
ハードボイルド高槻
 【所持品:分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:7/7)予備弾(6)、スコップ、ほか食料・水以外の支給品一式】
 【状況:朋也に強い疑い、岸田と主催者を直々にブッ潰すことを決意、郁乃の車椅子を押しながら浩平の下へ】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、S&W 500マグナム(5/5、予備弾7発)、車椅子、ほか支給品一式】
 【状態:待機中、車椅子に乗っている】
立田七海
 【所持品:フラッシュメモリ、ほか支給品一式】
 【状態:待機中】
ポテト
 【状態:高槻に追従、光一個】

→672
→706

466とんだ再会:2007/02/19(月) 02:25:01 ID:lyyld6YM
「くっそ、えらい目にあったよ・・・・・・」

思い出すだけで肌が粟立つ、思わず自らを抱きしめるように柊勝平は身を縮めた。
それでも足を動かすことは止めない、万が一あの男が目覚めた場合先ほどの悲劇が舞い戻ってくるとしたらたまったものではない。
今、彼は校舎二階の廊下を歩いていた。
辺りは静かで、聞こえてくるのは勝平が踏みしめる木造の床が軋む音のみ。

(あいつ等、まだ下にいるのかな)

反対側を探索しているはずの、相沢祐一と神尾観鈴のことを思い浮かべる。
そんな余裕が出てきたからこそ、彼等と過ごした時間も一緒に脳裏を掠めてきた。
たった数時間、一緒に食事をしたりちょっとした会話をしたこと。
そして見張を押し付けられ、観鈴にあの質問をされ。

『勝平さんは、誰か守りたい人とかっている?』

それは、随分昔のことのような気がした。
あの時彼女に問われた際、勝平はそれに答えることができなかった。
今ではどうか。

(・・・・・・そっか。僕、杏さん殺しちゃったんだよね。椋さんにどんな顔して会えばいいんだか)

しかし、これは勝平にとっては予定調和な出来事である。
祐一と、そして藤林杏に復讐することを目的として彼はここまでやってきたのだから。
そして目的の一方は達成され、あとは祐一を排除すれば彼の復讐は幕を閉じる。
では、この復讐が終わった後。どうするのか。

「・・・・・・」

467とんだ再会:2007/02/19(月) 02:25:27 ID:lyyld6YM
そのビジョンを、勝平は全く持っていなかった。
思い描けない未来の変わりに、その隙間を最期まで自分を非難してこなかった少女の姿が埋めていく。
自分の受けた屈辱を味あわせたかったのに。
あの悔しさを、身をもって教えたかったのに。
それなのに。

呪詛の一つでも吐いて欲しかった、それを聞いて優越感に浸りたかった。
それなのに。

「ああもう!くそっ!!」

もやもやとした憤りに苛立ちを覚え、思考を中断させる。
・・・・・・考えても仕方のないことであった。とにかくそれら全ての問いに対し、今の勝平が出せる答えはないのだから。

(先のことよりもそうだよ、まずは目の前の問題を終わらせよう。その後、考えればいいんだから・・・・・・)

一応は、それで無理矢理自身を納得させるしかなかった。
そうでないと、手にした電動釘打ち機の引き金が引けなくなる時がきてしまう。
そんな不安が確実に生まれてしまったことに対する戸惑いを、勝平は隠せなかった。




それから少ししてのことだった。
今まで聞こえなかった物音、そう。複数の足音が、勝平の耳に入る。
音は、正面から聞こえてきた。

「は、離してな、一体どこまで行くのかな・・・・・・」

思わず構えた電動釘打ち機を握る手から、力が抜ける。
その聞き覚えのある口調、声。

468とんだ再会:2007/02/19(月) 02:25:52 ID:lyyld6YM
「お前、何でここに・・・・・・」
「か、勝平さんっ?!」

現れたのは、小柄な少女と彼女に手を引かれて歩く観鈴であった。

「か、勝平さん助けてぇ」
「はぁ?」

思わず、見合う。
距離的にも近くなったことから、双方とも既に足を止めていた。
観鈴は懸命に少女の拘束を解こうとしていたが、掴まれた腕はびくともしないらしく結局は現状を維持するしかないようで。

「お前、相沢はどうした。一緒じゃないのか?」

まず気になったことはそれだった、共に行動していた彼の不在に勝平は疑問を持つ。
見知らぬ少女のことも気にかからない訳ではないが、祐一は勝平にとって復讐をすべき相手である。
優先すべき確認は、まずそれだった。

「がお・・・・・・祐一さんは・・・・・・」
「おとこはころす」
「は?」

俯き加減に観鈴が悲しそうな声をあげる、しかしそれを遮るように重なった音がある。
見知らぬ少女の声だった。
ただ一言、彼女は呟くように声を出す。

「おとこはころす」

繰り返す。勝平の疑問符を、打ち消すべく。
少女はこちらに目を合わせず、下を向いたまま微動だにもしなかった。
そんな少女の様子を見て、勝平は今になってやっと彼女の異様さに気づくのだった。

469とんだ再会:2007/02/19(月) 02:26:17 ID:lyyld6YM
・・・・・・改めて見ると、彼女の佇まいは悲惨であった。
見る者が見ればすぐ分かる暴行の跡、ぼさぼさの髪に張り付く粘液の正体に吐き気が沸く。

そんな少女は、左手で観鈴の利き腕をしっかりと掴んでいた。先ほど抵抗していたが結局観鈴が振りほどけなかったその手は、蒼白だった。
しかし、何故かもう片方の手は鮮やかな赤に染まっていて。
その手に握りこまれたカッターナイフにも滴っている。そして服の袖口まで染み込まれているように思えるそれの正体は、彼女の台詞で憶測がついた。

「成る程、お前が殺したのか」
「・・・・・・」

少女は答えない。しかし、次の瞬間観鈴が声を張り上げた。

「し、死んでない!祐一さんは死んでないっ」
「どういうことだ?」
「死んでないもん・・・・・・ゆ、祐一さん、お腹刺されてたけど死んでなかったっ」
「・・・・・・」

やはり、少女は答えなかった。その代わりと言っては何だが、観鈴の嗚咽が場に響く。

「死んで・・・・・・ないもん、死んで・・・うぇ・・・えぇ・・・」

二人の様子を見守るが、結局どちらが真実かは勝平には分からなかった。
ただ、自らの手をくださずに事が済んだかもしれないという一つの事実に対し。
勝平には、何の感情も沸きあがってこなかった。
自分で止めを刺せず悔しかった、とか。ざまーみろ、とか。
そのような思い描けるであろう可能性を、今の勝平は。全て、否定していた。
そして、自身も戸惑っていた。

胸の中に広がる空洞の指す意味、再び思い描くのは杏の最期の姿。
恨み言も何も吐かず、ただ勝平の言葉を否定し続けた彼女は―――――――――。

470とんだ再会:2007/02/19(月) 02:26:38 ID:lyyld6YM
「違う!間違ってない、間違ってない!!」

これ以上、先を考えてはいけない。目を瞑り、勝平は思考を中断させる。
理解しようとしてはいけない、前に進めなくなってしまう。

(でも、相沢が死んだっていうなら・・・・・・僕は一体、これからどこに進むっていうんだ?)

浮かんだ疑問に対し、汗が止まらなくなる。
耳を塞ぐ。頭を振るが、それでも杏の姿は決して消えない。

「どうして、どうしてだよっ!!」

何故か涙腺まで緩んでくるが、ここで感情に流されることだけは嫌だった。
懸命に自身と戦い続ける勝平は、もう周りのことなど一切気にかけていなかった。見向きもしなかった。
だから、彼女の接近にも気づかなかった。

「おとこはころす」

うっすらと目を開けると、あの少女が目の前にいた。
隣には、今だ腕を掴まれたままの観鈴。まだ泣き続けているのか、しきりに瞼を擦っている。

「おとこはころす」

少女は、もう一度呟いた。その手にはカッターナイフが握られていた。
・・・・・・ああ、ここで終わるのも悪くない。ふと、そのような考えが頭を過ぎる。
勝平の手には電動釘打ち機があった、なので反撃などいくらでもできた。
しかし今の彼に、その気力は全くなかった。

何だか全てが面倒になっていた。自暴自棄と言えばいいのか。
もう、どうだって良かった。だから、勝平は事態に身を任せるつもりだった。
が。

471とんだ再会:2007/02/19(月) 02:27:45 ID:lyyld6YM
「おんなはつれていく」

次の瞬間響いたのは、木製の床の上を何かが跳ねる旋律だった。
視線をやると、少女の手から離れたカッターが転がっていく姿が目に入る。
では、空いた彼女の右手はどこにいったのか。
考えると同時に、力強い感触が勝平の左腕に伝わった。
視線を動かすと、赤く染まった少女の手が見える。
それは、確かに勝平の腕を掴んでいた。

「おんなはつれていく」

そして、彼女は繰り返す。勝平の疑問符は、さらに倍増するばかり。
ぐいっと手を引かれる、どうやら少女は観鈴と共に勝平を連行しようとしてるらしい。

「ちょ、待て!おい、お前まさか・・・・・・」

嫌な予感がした。

472とんだ再会:2007/02/19(月) 02:28:19 ID:lyyld6YM
柊勝平
【時間:2日目午前2時15分過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校二階】
【所持品:電動釘打ち機11/16、手榴弾三つ・首輪・和洋中の包丁三セット・果物・カッターナイフ・アイスピック・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:由依に連れて行かれそうになっている】

神尾観鈴
【時間:2日目午前2時15分過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校二階】
【所持品:フラッシュメモリ・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:すすり泣き、由依に連れて行かれている】

名倉由依
【時間:2日目午前2時15分過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校二階】
【所持品:ボロボロになった鎌石中学校制服(リトルバスターズの西園美魚風)+祐一の上着】
【状態:少し勘違い気味、岸田に服従、全身切り傷と陵辱のあとがある】

由依の支給品(カメラ付き携帯電話(バッテリー十分)、荷物一式、破けた由依の制服)は職員室に放置
【備考:携帯には島の各施設の電話番号が登録されている】

カッターナイフはそこら辺に落ちています

(関連・662・700)(B−4ルート)

473.yumemi//機能拡大:2007/02/19(月) 16:39:26 ID:uUkMQoNg
                    ______
                   |MISSION LOG|
                     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
激闘の末、ようやく岸田を追い払う事に成功した高槻達。
しかし岸田との戦闘でこちらも沢渡真琴(五十二番)を失い、さらに
新入隊員の折原浩平(十六番)も身体中に怪我を負い、ほしのゆめみ(支給品)
も腕が動かないという事態に陥った。
そんな折、新たに現れた女、藤林杏(九十番)と、
あわや戦闘になりかけたが誤解だと分かり、行動を共にすることになった。
現在、彼らは鎌石村への街道を歩いている…
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                   |  E X I T  |
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474.yumemi//機能拡大:2007/02/19(月) 16:40:18 ID:uUkMQoNg
…とまあ、いつも拝啓おふくろ様(以下略 では芸がないので今回はハードボイルドっぽくあらすじを書いてみたぞ。どうだ、中々カッコイイだろ?
いつの間にやら仲間がどんどん増えて当初の目的など場外ホムーランしてしまった俺様だが、まだまだ美女をゲッツするってのは諦めちゃいない。
こうなったらヤケだ。いっそのこと折原以外が全員女なのをいいことにハーレムを作ってやろうという結論に達した。(ちなみに折原は召使いだ)
そう言えば、これは最近(ゆめみにこっそり聞いた。勉強家だろ?)知ったことなのだが、ハードボイルドというのは「固ゆで卵」の意から転じて冷徹、非情の意を表すらしい。
なるほど、俺様にピッタリだ…と思えなくなってきたのは何でだろうな…

「そう言えばさ、ここ一連のゴタゴタで言い忘れてたことがあるんだけど…」
俺様の悲嘆をよそに、藤林に車椅子を押してもらっている郁乃が(俺様は前衛。ポイントマンというそうだ)七海のデイパックを指して言った。
で、そのデイパックの持ち主の七㍉さんは折原の背中ですやすやと寝て…あいや、気絶していらっしゃる。ゆめみが片腕を使えないし、俺様は前述の通り前衛でコイツしかいないから仕方がないんだが…
べ、別にめんどくさいとか疲れるからだとか、そんな理由だからじゃないんだからねっ、勘違いしないでよっ!
郁乃風に言い訳してみたが、気持ち悪くて仕方ない。やはり男には似合わないな。
「七海のデイパックにフラッシュメモリがあるでしょ? あれをゆめみに調べてもらっていたんだけど、役に立ちそうなファイルがいくつかあったのよ」
ほう。それは朗報だ。いくつかということはファイルは複数あるということだ。情報が圧倒的に足りない俺様にとってはたとえ主催側からの情報であってもありがたい。
これを足がかりに奴らに噛みついてやる。窮鼠猫を噛む。
「バカ、これは追い詰められた時に使う言葉じゃない」
「…おい、俺様の崇高な心の声を読むんじゃない」
俺様の的を射た言葉をバカという2文字で完全否定する小牧郁乃嬢に反論…って、待て。
「郁乃、お前って人の心が読めたのかっ!?」
「…本当にバカね。自分で声に出してたじゃない」
『バカ』の追撃。言葉の矢が突き刺さる。

475.yumemi//機能拡大:2007/02/19(月) 16:40:55 ID:uUkMQoNg
「…ね、折原。コイツがあんたらを窮地から助けたって、ホント?」
「オレも信じたくない」
後方にて藤林と折原の援護射撃。もずくに浸かってパズルを食べて、俺様の心はボロボロだ。
ダディアナザーン! オンドゥルウラギッタンディスカー!!
「あ、あの…小牧さん、お話を続けた方が…高槻さんがかわいそうです」
ゆめみが非情な助け舟を出してくれる。ちくしょう、俺様がアホの子みたいじゃないか。ハードボイルドなのはこいつらだと思うんだが、どうよ?
それもそうね、と郁乃が言ってゆめみに例のメモリを取り出してもらう。それから「もう一度お願いできる?」と続けた。もう一度? 何をするのやら。
わかりました、とゆめみは心なしかこちらを気にするようなそぶりを見せてから後ろを向く。カチャカチャという機械音が聞こえて、次にゆめみが振り向いた時にはフラッシュメモリがイヤーレシーバーの横にあるUSBポートに接続されていた。
「へぇ…最近のロボットっていうのはよく出来てるのね」
藤林が感嘆の声を上げる。ありがとうございます、とゆめみが照れ臭そうに応じた。パソコンみたいなロボットだよな…なんだったっけか、どっかにそんな感じの漫画があったな…
「ゆめみ、出してくれる?」
郁乃が一声かけると、同じくイヤーレシーバーから光が出て、目の前にホログラフを作った。
スクリーンなしで映るのかと思ったが実に綺麗に画面が映っていた。最新式のコンパニオンロボは伊達ではないらしい。
俺様を含めた全員が画面に見入る。テキストファイルやら、何かの実行プログラムやらがいくつか並べられている。
「私とゆめみが見たのが、これ」
『今ロワイアル支給武器情報』という文字を郁乃が指した。郁乃の説明によれば、文字通りこのファイルには全参加者の支給武器の詳しいデータが載っているという。
俺様や藤林、折原も確認してみたが郁乃が気になったもの以外はめぼしいものはなかった。
「オッサンの支給品はやっぱポテトだったんだな…」
オッサン言うな折原。で、その話題の支給品はと言うとウリ坊(ボタン)と仲良く遊んでいた。
この野郎、一人だけ幸せそうに…
「春原…芽衣…妹さんが…預かってくれてたんだ、ボタン」
俺様がポテトへのやつあたりを計画していたところ、藤林がらしくない、涙ぐんだ声で漏らす。意外と人情家なのかもしれない。
「知り合い、だったのか?」
春原芽衣という名前はすでに放送で呼ばれている。
俺様が訊いたところ、藤林は首を横に振った。
「直接会ったことはないんだけど…よく陽平…春原陽平ってあたしの悪友がよく言ってたのよ。『僕の妹はよく出来てんだぞ』って」

476.yumemi//機能拡大:2007/02/19(月) 16:41:34 ID:uUkMQoNg
数奇な運命だな…と柄にもなく感慨に耽ってしまう。そういや、俺様と郁乃&七海も…いや、気にしないでおこう。
「みんなもういい? それじゃ、次に行くわよ?」
いつのまにやら仕切り役になっている郁乃がファイルを閉じるように指示する。コイツ、学校では委員長だったに違いない。
「後残っているのは…ええと、『エージェントの心得』と、『HMXシリーズ用プログラムインストーラ』ですね。どうしますか?」
「何でエージェントなんかについてのファイルがあるんだ?」
折原が不思議そうな声を上げる。ふふん、ここで俺様の知識の見せ所だ。FARGOで培ったアングラサイト知識を見せてやろう。
「知らんなら教えてやる。エージェントってのはだな、まあ要するにスパイだ。任務中は常に命の危険に晒されてる。従って一流のエージェントってやつはサバイバル知識も豊富なわけよ。で、これにはその秘伝が書かれてるってことだ」
久々に鼻高々。見ろ、あの郁乃や藤林でさえも感心した目つきじゃないか。やはり俺様は頭脳派だ。これからはポアロ・高槻と名乗ることにしよう。
「…ってことはここにはサバイバル知識や戦闘術が書かれてるのね。参考にはなりそうだけど…今見る必要はないんじゃないかしら。こっちは大人数。敵も迂闊には手を出してこないはずよ」
「そうね…安全そうなところについてから改めてみた方がいいわね。じゃあこれは後回しってことで」
…が、やはり話の主導権は郁乃と藤林の女連中に握られていた。見ろ折原。亭主関白という言葉はもはや死語になりつつあるのだよ。
「オッサン、なんでそんな目でオレを見る」
理解してもらえなかった。これだから優男というやつは…そうか、きっとこいつはMなんだな。そうに違いない。
「…だから何だよオッサン、その哀れむような目は」
オッサンオッサン言ってるのには目をつむっておこう。
一方話の主導権を握っている女連中はホログラフを見ながらきゃあきゃあ言っている。弱者の意見など聞いてもらえそうにない。
「このインストーラってええっと…来栖川エレクトロニクスのメイドロボシリーズにしか使えないんでしょ? ゆめみはどうなんだっけ?」
郁乃の質問に、ゆめみは頭も動かさず答える。

477.yumemi//機能拡大:2007/02/19(月) 16:42:11 ID:uUkMQoNg
「はい、わたしはコンパニオンロボということになっていますが…基本のOSはHMX系統のものを用いておりますので恐らく、ではありますけど使用できるのではないかと思います。ただ…わたしは試験体ですので最新型のHMXのアップデートに対応しているかは…判断できません」
なるほど、要は最新型のメイドロボをWindows vistaだとすればさしずめゆめみはMeってところだな。
「ってことはインストーラも使えるのね。それじゃ…んふふ、ゆめみさんを改ぞ…じゃなくて、機能拡大してみましょうか?」
藤林がマッドサイエンティストばりの笑みを浮かべる。のんびり屋のゆめみも流石に藤林のただならぬ雰囲気を感じ取ったらしく、カメラアイをあっちこっちに動かしている。
さらばゆめみ。俺様はお前の事を、永遠に記憶の片隅にとどめておくであろう。シャボン玉のように華麗ではかなきロボットよ。
俺様と折原は黙って背を向けた。…まあ実はゆめみの歩行能力にはいささかの不満もあったので機能が良くなることについて異存はない。折原もそれは分かっているようだった。
「ポチッとな」という声が聞こえて(実際起動するのはゆめみだが)、インストールが始まった。
「郁乃ー、どんくらい時間はかかる?」
「んー? ホログラフを見ると…あ、2、3分で終わるって」
何だ、意外と早いじゃないか。これなら退屈せずに済みそうだ。
「ん…うーん…」
などと思っていると、折原の背中から呻き声が。子泣き爺ではない。
「おっ、立田が起きたみたいだ」
折原が起きそうなのを悟って地面にゆっくりと下ろす。ほどなくして七海が目を覚ました。
「あ…あれ、ここはどこ…ですか?」
きょろきょろと周りを見まわしている。そりゃそうか、目覚めたら外の世界だもんな。
「七海、今はわけあって鎌石村まで移動中だ。それから、ゆめみが今…」
俺様がゆめみのことを口にしようとした時。
「更新が完了致しました、通常モードへ復帰します」
やたらと事務的な声が聞こえて、ゆめみのほうも終わったようだった。
「ゆめみさんが、どーしたんですか?」
純粋な疑問の瞳で聞いてくる七海。俺様は冗談半分で、言った。
「パワーアップして帰ってきた」

478.yumemi//機能拡大:2007/02/19(月) 16:43:00 ID:uUkMQoNg
【時間:2日目・07:30】
【場所:D−8】

ポアロ・高槻
【所持品:日本刀、分厚い小説、ポテト(光一個)、コルトガバメント(装弾数:7/7)予備弾(6)、ほか食料・水以外の支給品一式】
【状況:外回りで鎌石村へ。岸田と主催者を直々にブッ潰す】

小牧郁乃
【所持品:写真集×2、S&W 500マグナム(5/5、予備弾7発)、車椅子、ほか支給品一式】
【状態:外回りで鎌石村へ】

立田七海
【所持品:フラッシュメモリ、ほか支給品一式】
【状態:目覚めた。支障などはない】

ほしのゆめみ
【所持品:忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
【状態:外回りで鎌石村へ。左腕が動かない。色々パワーアップ】

折原浩平
【所持品1:34徳ナイフ、H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)】
【所持品2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、ほか支給品一式】
【状態:全身打撲、打ち身など多数(どちらもそこそこマシに)。両手に怪我(治療済み)。外回りで鎌石村へ】

藤林杏
【所持品1:包丁、辞書×3(国語、和英、英和)、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、ほか支給品一式】
【所持品2:スコップ、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、ほか支給品一式】
【状態:外回りで鎌石村へ】

ボタン
【状態:ポテトと遊んでいる】
→B-10

479凹□地味+つき添いの先生2:2007/02/22(木) 00:57:04 ID:XmV31TEA
「あたし達、これを調べようと思って」

そう言う広瀬真希の指差す先には、彼女の首にはめられた首輪があった。

「もし脱出するにしても、一番のネックはこれだろうし。何とか解決策を見つけられたらと思って」
「成る程、確かに問題ではあるな」

霧島聖も改めて自分の首輪に触れて、その命があくまで主催者側に握られているという事実を思い知る。
俯く少女達、その中で一ノ瀬ことみだけは飄々としていた。

「あんたは呑気でいいわねぇ・・・・・・」
「?」
「はぁ、あたしも楽観的になりたいものだわ」
「むしろ、あなた達が何でそんなに頭を抱えているか分からないの」
「ちょっと、話聞いてなかったの?!」
「くー・・・・・・」
「美凪も?!」
「ことみちゃんはちゃんと聞いてたの、その上で言ってるの」

いつの間にか用意していた湯のみに口づけ、さも当たり前のことという風にことみは言ってのけた。

「そんなの簡単なの」
「はぁ?」
「チョチョイのチョイなの」
「あんた、自分で何言ってんのか分かってんの?」
「証拠を見せてあげてもいいの」
「・・・・・・からかってんなら、マジで怒るわよ」
「ふぅ、短気は損気なの」

480凹□地味+つき添いの先生2:2007/02/22(木) 00:57:33 ID:XmV31TEA
怒りを通り越し呆れたかにも見える、そんな真希の視線にもことみはケロッとしていた。
それがますます沸点の低い彼女の感情を刺激しているのだが、当の本人は気づかない。
囲んでいるちゃぶ台をいつひっくり返してもおかしくないだろう、そんな真希を止めたのは彼女の隣にて押し黙っていた遠野美凪であった。

「真希さん、しー」
「はぁ?」

徐に鞄の中からこの島を取り出し、ひっくり返す美凪。
手にしたシャープペンシルで、さらさらと走り書きをする。

『盗聴の可能性あり』

今度は彼女が首輪を指差しながら、周りを見渡した。

「あ・・・・・・」

真希も北川潤と話し合ったことを思い出したのだろう、はっとしたように口を閉じる。

「それは、本当なのか?」

驚いたように声を上げたのは聖だった。そのようなことを考えたことがなかったらしい彼女は、口元に手をあて考えるように身を乗り出す。

「よく気がついたの、褒めてあげるの」
「あんたはあんたで一体何様なのよ?!」
「・・・・・・いじめる?」
「いや、いじめやしないけどさ」
「あっそ」
「おま、本気でシメたろか?!!」
「真希さん、しー」

481凹□地味+つき添いの先生2:2007/02/22(木) 00:57:59 ID:XmV31TEA
一方、ことみはというと相変わらずの調子であった。

「でも、ちょこっと見直したの」
「何よ・・・・・・」
「ちゃーんと分からなきゃいけないことは見抜いてるの、これなら一緒にいても一安心なの」

そう言って自らも筆記用具を手にし、ことみは美凪の走り書きの下にちょこちょこと文字を書き始める。

『私たちは脱出をしようと思ってるの』
『そのためにも、キーとなるのは以下の4つなの』

『①現在地の把握』
『②脱出路の確保』
『③主催側の人間の目的』
『④首輪の解除』

『①については、灯台にてこれから確認を取るの』
『それがまず分からない限り、②を考えるのも難しいのでこっちは後回しなの』
『④については、心配しないで欲しいの。何とかできるの』

「ちょっと待って、だから何でそんな簡単に済ませようとするのよ!」

引き続き文字列を増やそうとしていくことみに対し、真希がつっこみを入れる。

「・・・・・・?」
「これが一番厄介なのよ、下手したら死んじゃうのよ?!」
「・・・・・・」

言葉で答えず、ことみは再び視線を下げ書き込みを行った。

482凹□地味+つき添いの先生2:2007/02/22(木) 00:58:35 ID:XmV31TEA
『さっき言った通りなの、数分前のことを蒸し返されても困るの』
『これぐらいならちょっとした工具があれば解体できるの』

書き終わったと同時に、ブイッと元気よく右手を上げることみ。
眉を潜めた真希は、またもや胡散臭そうに彼女を見やる。

「本当なの」
「あのねぇ、ふざけてたらマジでブン殴るわよ?」
「信じて欲しいの」
「・・・・・・」
「やってやれないことはないの」
「ここにきて不安を煽る発言やめてよ?!」

しかしそう言うことみの表情は相変わらずではあったが、確かにその言葉に真剣さは含まれていた。ようにも感じる。

『ただ、今は外すべき状況ではないと思うの』
『主催側の人間が、私がそういうことできるってこと。知らないとは思えないの』

「と、言うと・・・・・・」

『あっちの出方が分からない限り、変に目をつめられたくないの。
 この首輪には仕込んでいないと思うけど盗撮されている可能性もなくないの、死んだ人間がカメラに映ったらおかしいの』

483凹□地味+つき添いの先生2:2007/02/22(木) 00:59:07 ID:XmV31TEA
「成る程。だがことみ君、一体どうやってそれは調べるつもりなんだ?」
「・・・・・・」
「ことみ君?」
「考えてないの」
「ブン殴る!!」
「真希さん、しー」
「んー、何かしら外と通じることができるモノが手に入れば・・・・・・」
「例えばどんなものだ」
「パソコンとか、携帯電話とか。何でもいいの」
「こんな辺鄙な場所では、パソコンは期待できないな」
「え、携帯電話ならあたし持ってるけど」

俯くことみと聖に向かい真希が差し出したのは、彼女の私物である携帯電話。
ぱっと聖が目を輝かせたが、通話はできないと聞くとその表情はすぐ落胆のものになる。
ことみは何か考えているようだった、その間にと真希は彼女の書き込んでいた用紙に自らも筆記用具を用意し書き込みをはじめる。
そして、チョイチョイと指を差す。

『これはあくまであたし達の推測だけど、この島には妨害電波があると思うの』
『赤外線での番号の交換はできたんだ、でも通話はできない。だからそうじゃないかって』

『よく分かんないけど、あたしはこれを最初っから持ち込めたの。あっちが回収し忘れたみたい。
 で、もう一人、持ち込んでる参加者もいる。さっきそいつから電話がかかってきたんだけど、そいつは支給品として配られた携帯電話を使ってきたらしいの』

「それは、本当?」
「勿論よ」
「ふざけてたらマジでブン殴るの」
「真似すんじゃないわよ!」

そんなやり取りをしながら、ことみもボールペンを走らせていた。
会話が終わったと同時に、先の真希と同じようにチョイチョイと指を差す。

484凹□地味+つき添いの先生2:2007/02/22(木) 00:59:41 ID:XmV31TEA
『ジャミングの線は多分合ってると思うの。
 それを破ることができる支給品ということなら、改造すれば外と繋がる電話にすることも可能かもしれないの』

「ちょ、ちょっと、本当に?!」

コクン。静かに頷くことみ、集まる視線は驚愕そのもの。
すくっと立ち上がり周りを見渡してから、ことみは宣言する。

「決まりなの。当面の目的は学校を通って灯台へ行くの、あとはその携帯電話を手に入れればこっちのもんなの」
「そうね、また北川から電話かかってくるかもしれないし・・・・・・その時に合流できるよう伝えるわ!」
「頑張るの」
「頑張りましょう!」

がっちりと握手を交わしながら見つめあうことみと真希の間に、何やら熱い空気が流れる。

「ぱちぱちぱち・・・・・・」

そんな二人の新しい門出を祝うかのように、美凪も拍手を贈る。

「してないの、口で言ってるだけなの」
「っていうか別に頑張るのあたし達だけじゃないわよ、あんたもやるんだからね!」

はしゃぐ三人娘、一歩下がり聖は楽観的な彼女達を見つめていた。
幸先は決して悪くない、真希達の情報とことみの能力が交差したことにより自分達は誰よりも脱出を可能にすることができる参加者になったであろう。

(ただ、こんなに簡単に進んでいいものなのだろうか・・・・・・)

聖は一人、今後の展望に対する不安を拭えずにいるのだった。

485凹□地味+つき添いの先生2:2007/02/22(木) 01:00:56 ID:XmV31TEA
【時間:二日目午前5時過ぎ】
【場所:B−5・日本家屋(周りは砂利だらけ)】

一ノ瀬ことみ
【持ち物:毒針、吹き矢、高圧電流などを兼ね備えた暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)、100円ライター、懐中電灯、お米券×1】
【状態:健康。まず学校へ移動・北川を探す】

霧島聖
【持ち物:ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式、乾パン、カロリーメイト数個】
【状態:健康。まず学校へ移動・北川を探す】

広瀬真希
【持ち物:消防斧、防弾性割烹着&頭巾、スリッパ、水・食料、支給品一式、携帯電話、お米券×2 和の食材セット4/10】
【状況:健康。まず学校へ移動・北川を探す】

遠野美凪
【持ち物:消防署の包丁、防弾性割烹着&頭巾 水・食料、支給品一式(様々な書き込みのある地図入り)、特性バターロール×3 お米券数十枚 玉ねぎハンバーグ】
【状況:健康。まず学校へ移動・北川を探す】

(関連・673)(B−4ルート)

486LoVE & SPANNER,and LOVE(前編):2007/02/22(木) 04:05:44 ID:19DpzjK.

じゃり、と嫌な音がした。
窓枠を超えて侵入してきた男の靴底が、割れ落ちた硝子の破片を踏みしだく音だった。

「ひ……ああ……」

七瀬彰は、声にならない悲鳴を上げ、ベッドの上で身をよじった。
その眼は恐怖に潤んでいる。

「ケケ……いいな、その顔……」

男が、爬虫類じみたその顔を笑みの形に歪ませ、彰ににじり寄る。
頬を紅潮させて震える彰の手を、男は強引に掴むと一気に引き寄せた。

「あっ……!」

なす術もなく、たくましい男の胸板に飛び込むかたちになる彰。
高熱に蝕まれ、頭がうまく働かない。
男は彰のおとがいに手をかけると、軽く上向かせた。
蛇のような眼に見据えられ、彰は身動きが取れなくなる。

「んっ……」

頬に、気味の悪い感触。
べろりと、男の舌が彰の頬を舐め上げていた。
舌は、蛞蝓のように彰の顔を這い回る。
紅潮した頬から涙の溜まった目尻、震える瞼を経て、鼻筋へ。

「や……だ……、んんっ……!?」

ぽろぽろと涙を流しながら呟いた口唇を、奪われた。
慌てて口を閉じようとするが、男の手が彰の頬を強く押さえ、それを許さない。
強引に開かれた彰の口腔を、男のヤニ臭い舌が侵蝕する。
歯茎の裏を舌先で擦られ、そのおぞましさに彰はただ涙を零した。
ねっとりとした男の長い舌が、彰のそれを絡め取る。
粘膜同士が触れあう感触に、彰の鼓動が早くなる。

「ん……ふ……」

鼻から漏れる吐息が、次第に荒くなっていく。

487LoVE & SPANNER,and LOVE(前編):2007/02/22(木) 04:06:10 ID:19DpzjK.
(こんなの、やだ……)

と、男の舌が彰の口腔から抜ける。
はぁっ、と深く息を吸い込む彰。
だが次の瞬間、彰の視界は九十度回転していた。

「え……?」

ぎし、とスプリングが鳴る。
ベッドに押し倒されたのだ、と理解するよりも早く、彰の着ていた服がまくりあげられた。

「や……っ!」

慌てて押さえようとした、その手を逆に掴まれた。
赤く指の跡が残るほどの強い力に抗えず、彰は男のなすがままに身体をまさぐられる。
薄く浮いたあばらを、骨に沿ってなぞるように、男の舌が這い回った。

「この肌……白くて、すべすべしてらぁ……。ケッケ、たまんねぇな……!」

無精ひげが彰の腹を擦る。
臍の中までも、男の舌に蹂躙された。

「いや……だぁ……」

頬を紅潮させ、かぶりを振る彰。
その恥辱に歪む表情に嗜虐心をそそられたか、男の無骨な手が、彰の服を乱暴に胸の上まで捲る。

「……ん? お前……」
「……っ!」

薄いココア色の乳首をまじまじと眺めて、男が神妙な顔をする。
その表情に、彰の中に最後まで残っていた意地が、弾けた。

「そ……そうだよっ……! 僕は……僕は、男だっ!」

白を基調とした室内に、静けさが下りる。

「……」
「……」

嫌な沈黙だと、彰は思った。
ねっとりとした重苦しい空気が、手足を絡め取っているように感じられた。
しばらくの間を置いて、ゆっくりと、男が口を開いた。

「……安心しろ」
「え……?」

ひどく優しげな笑みを、男が浮かべたように、彰には見えた。
ぬるりと濁った眼が、ヤニで黄色く染まった歯が、笑みの形のまま、彰に近づいてくる。

「―――俺は男の方にも慣れてるからな。ケッケッケ」

絶望が、かたちを成して彰の前にあった。

488LoVE & SPANNER,and LOVE(前編):2007/02/22(木) 04:06:33 ID:19DpzjK.
「んんっ……! ぁ……!」

再び、唇を奪われた。
男の空いた手が、彰の腹をまさぐる。
指先で一番下の肋骨をなぞるようにしながら、手を彰の背に回していく。

「ひ……あぁ……」

くちゅくちゅと音を立てて唾液を混ぜ合わせられながら、男の手の動きに翻弄される彰。
つう、と背筋を引っ掻くように辿る、男の爪の感触に、彰は身を捩ろうとする。

「あ……ら、や……」

唇を甘噛みされた。
眼を白黒させる彰の隙を縫うように、男の手が彰のベルトにかかる。
そのまま片手だけで、実に素早く、ベルトが抜かれた。
ズボンの隙間から、男の手が侵入する。

「や……やぁぁぁっ……!」

高熱のせいでいつもより熱を持っている逸物を、男の指が探る。
柔らかいままのそれが、男の爪にかり、と引っかかれた。ぴくりと震える。

「ん……くぅ……」

男はそのまま、広げた掌で撫でさするように、彰の逸物を嬲る。
ねっとりとした愛撫に、彰のそれが、徐々に滾っていく。

「ひ……うぁっ……!」

尿道を親指で擦られた。
逸物が、一気に肥大化する。
男の手を押し退ける勢いで膨らんだそれが、突然冷たい空気に晒された。

「ん……く、ぁ……?」

ズボンが、下着ごと下ろされていた。
ぶるん、と勢いよく反り返る彰の逸物が、男に掴まれる。

「何だ、お前……顔に似合わず立派なモン、持ってんじゃねえか……?」
「や……だぁ……」

涙を流しながら、ふるふると首を振る彰。
恥らう彰をニヤニヤと眺めていた男だったが、何を思ったか突然にその手を離した。
彰の耳元に口を寄せ、獣じみた息を吹きかけながら、囁く。

「ま、いいさ……今日は、こっちは使わねえからな」

489LoVE & SPANNER,and LOVE(前編):2007/02/22(木) 04:06:55 ID:19DpzjK.
こっちは、使わない。
その言葉が意味するところの理解を、彰の思考は拒絶した。
悲鳴だけが、彰の口から迸っていた。

「いやだ……いやっ……いやあああああっっっ!!」

心の底から、殺してくれ、と願った。
懐かしい日常も、心安い仲間達も、あんなにも恋焦がれたはずの澤倉美咲の笑顔でさえ、
その瞬間の彰は、思い出すことができなかった。
ただ、目の前の絶望から逃れたいと、それだけを思った。

そして同時に、それはひどく不思議なことだったが、彰の心に浮かんだ、もう一つの願いがあった。
殺してくれという願いと同じだけの重さで、生きたいと、七瀬彰は思った。
誰のためでもなく、ただ、生きたいと願った。

殺してくれ。生きたい。
絶望から逃れたい。生きたい。
助けて。生きたい。なんでもする。生きたい。
助けて。なんでもする。生きたい。生きたい。助けて。助けて。助けて―――

「―――助けて、僕を、僕を助けて、誰か……っ!」

願いが、言葉となって迸った。

瞬間。
光が、射した。

「―――」

響き渡ったはずの轟音は、彰の耳には聞こえなかった。
ただ、光の中に佇むひとつの影を、彰は凝視していた。

壁を木っ端微塵に破壊して、その男は立っていた。
風が、吹き抜けた。

「―――失せろ、下種」

その声すら、天上からの響きのように、彰には感じられていた。

490LoVE & SPANNER,and LOVE(前編):2007/02/22(木) 04:07:16 ID:19DpzjK.
【時間:2日目午前10時過ぎ】
【場所:D−6 鎌石小中学校保健室】

七瀬彰
 【所持品:アイスピック】
 【状態:右腕化膿・高熱】

御堂
 【所持品:拳銃】
 【状態:異常なし】

U−SUKE
 【所持品:Desart Eagle 50AE(銃弾数4/7)・サバイバルナイフ・支給品一式】
 【状態:ラブ&スパナ開放】

→665 707 ルートD-2

491おろかなるものへ:2007/02/22(木) 13:46:18 ID:WkK.7gNg
まずい、実にまずい。
雛山理緒は自らが招いてしまった(と勘違いしている)状況にどうするどうすると思考回路をフル稼動させて打開策を考えていた。
(どどど、どないしよ、これは所謂橘さんのピンチというやつでないでっか、いや、芸人になってる場合とちゃうねん、つーかこの言葉遣いをまずやめんかいっ!)
「…なんや、挙動不審なやっちゃなー」
理緒本人は頭だけを働かしているつもりだったのだがそこかしこで腕や足がひっきりなしに動いている。そのあまりの挙動不審っぷりに晴子は苦笑するしかなかった。
この分かりやすさ。それが、どこか観鈴と似ていた。姿かたちは全然似てないが。
敬介が彼女と行動を共にしている理由が何となく分かったような気がした。
「…もうええわ。バラすんだけは勘弁したる。さっさと武器や食料置いてどこへでも行きぃ」
「…見逃してくれるのか?」
「でなかったら何や? ええんやで、死にたいなら撃っても」
不敵に、晴子が笑った。敬介は手を上げると、「分かった、もう何も言わずに去るよ」と言って理緒に荷物を捨てるよう指示する。
理緒はびくびくしながらもさっさと荷物を下ろして、敬介の後ろへ引き下がった。
「よーし、そのまま後ろへ下がるんや…ヘンな真似するんやないで」
VP70で牽制しつつ敬介と理緒を後ろへ下がらせる。
さて、どんな武器を持っているのやら。いつでも荷物を取り出せるようにだろう、半分開いているデイパックをちらりと覗いてみる。
「何やこれ」
思わず、呆れた声を出してしまった。鋏、アヒル隊長、トンカチ…とても役に立ちそうなものとは思えない。
「敬介。アンタ、ピクニックかなんかに来てるんか?」
「せめてクジ運が悪かった、って言ってもらえないか」
元々敬介はヒキの悪い男だと思っていた晴子だが…これは、流石に。
「なんか、無駄弾を撃ってしもうて損した気分やわ…はは」
敬介のために激昂して一発撃ってしまったことが今更ながら悔まれた。肩を落としかけていた晴子だが、ふとデイパックに未開封のものがあることに気付く。
「そういや、荷物がみっつあるんやな。誰のや、これは」
晴子の疑問に、今度は理緒が答える。
「それは…その、一人の女の子の…遺品なんです」

492おろかなるものへ:2007/02/22(木) 13:46:44 ID:WkK.7gNg
「誰や」
晴子の声が、険しくなる。放送で呼ばれてないだけで、それが観鈴のものである可能性も否めなかった。その剣幕にたじろぎながらもはっきりと理緒は言った。
「名前は…分からないんですけど、茶髪で短い髪の女の子でした」
「そうか…ならええわ」
観鈴のものではないことに安心し、中身を確認する。晴子としては、この先拳銃一丁では心許ない。できればもう一丁は拳銃が欲しいと思っていた――のだが。
「なんや、ハズレか」
かつての椎名繭の支給品はノートパソコン。相応の技術を持つ人間ならこれ以上ない支給品だが生憎そんな知識など持ち合わせていない晴子にとっては重たいだけの文字通り『お荷物』であった。
「あんたら、ホンマにヒキが悪いねんな」
「「余計なお世話だ!(です!)」」
ハモりながら反論する二人に、今度こそ晴子は本当の笑みを漏らす。何でかは知らない。とにかく、さっきまでまとめて殺そうとしていたとは思えないくらい、無性におかしかった。
「…何がおかしいんだ、晴子」
「知るかい。ウチにも分からん。…ま、こんなん持っててもしゃーないわ。そのノートパソコンだけは嬢ちゃんが持って行きぃ。遺品なんやろ?」
「…いいんですか?」
理緒はおろか、敬介でさえも予想しえなかった言葉に目をぱちくりさせながら、理緒は答える。
晴子は「重たいだけや、こんなん」と言うとデイパックに封をして理緒に投げ渡した。その重さによろめきながらも、しっかりとそれを受け取る。
「ありがとうございます…」
「礼なんていらんわ、ウチの得にならんと思うただけや」
憎まれ口を叩きながらも晴子の言葉には棘がなかった。しかし、すぐにそれを修正するかのようにドスの利いた声で「もう交渉は終わりや、早よ消えんかい」と言った。
敬介としても丸腰は危険だと思い、早急にその場を去ろうとして、その時、視界の隅にとある二人組を見つけた。うち一方は――銃を構えている! 狙いは…晴子!
「晴子っ、後ろだ!」
敬介の大声に反応して、すぐさま晴子が地面を蹴って、転がる。刹那、晴子のいた場所を『何か』が通りぬけて行く感触がした。
「チッ…ホンマにヒキが悪い…」
反撃しようと銃を構えた、その時。
「た、た…橘さぁんっ!」
今にも泣き出しそうな、少女の声。振り向くと――そこには、胸から血を流して息も絶え絶えな敬介の姿があった。
何があったんだ、と一瞬混乱しかけた晴子だがすぐにその原因が分かった。

493おろかなるものへ:2007/02/22(木) 13:47:07 ID:WkK.7gNg
「あのアホ…流れ弾なんかに当たりよってからに!」
自分で警告しといて自分で当たれば世話ない。間抜けだ、と晴子は思ったが一方で怒りも感じていた。どうしようもないアホだが…対立していたが…それ以前に、橘敬介は晴子の『友人』であった。
「誰や! 卑怯くさいマネしおって! 出てこんかい!」
大声で叫ぶと、ようやくその『犯人』が姿を現した。天沢郁未と、来栖川綾香。
一方は知らない人間だったがもう一方は見覚えがある。こんなところで借りを返せようとは。晴子はにやり、と口元を歪める。
これほどまで…ほれほどにまで、こんなに気分が高陽していたことはない。妙に感覚が研ぎ澄まされている。ハダで微妙な空気の動きまでも分かるほどに。
(敬介。ウチはこのゲームを止める気はあらへん。観鈴が生き残るには殺して回るしかあらへんのや。…だけどな、アンタのカタキくらいはとったるわ!)
VP70を気高く、猛々しく、綾香に向けて敵意たっぷりに言ってやる。
「ほぅ…いつか邪魔をしたクソジャリかいな。なんや、今は人殺し街道邁進中か?」
「あら…いつかのオバサンじゃない。久しぶりね、今のは仲間?」
「アホ。昔の知り合いっちゅうだけや。それにウチはオバハンやない、まだ十分に『おねーさん』言える年齢や」
「気にするってことはそれくらいの年なんじゃないの、オバサン」
ピク、と晴子の血管が引き攣る。さっきの台詞は綾香のものではなく、郁未のものだったからだ。
「じゃかあしいわ! 見ず知らずのアンタに言われたかないねん、いてまえクソジャリ!」
言葉は激しいものだったが、行動は冷静だった。無闇に銃を撃つことはせず、敬介から奪い取ったトンカチを、思いきり投擲したのだ。二人固まっていた綾香と郁未が驚き、やむなく森側へ散開した。
晴子の考えは一つ。
敬介を撃ち殺したアホを始末し、銃を奪い取る。それだけだった。

494おろかなるものへ:2007/02/22(木) 13:47:27 ID:WkK.7gNg
【時間:1日目午後11時30分】
【場所:G−3】

神尾晴子
【所持品:H&K VP70(残弾、残り15)、支給品一式】
【状態:綾香に攻撃、激しい怒り】
雛山理緒
【持ち物:繭の支給品一式(中身はノートパソコン)】
【状態:敬介の側に】
橘敬介
【持ち物:なし】
【状況:胸を撃たれ致命傷(息はまだある)】
来栖川綾香(037)
【所持品:S&W M1076 残弾数(2/6)予備弾丸28・防弾チョッキ・トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・支給品一式】
【状態:興奮気味。腕を軽症(治療済み)。麻亜子と、それに関連する人物の殺害。ゲームに乗っている】
天沢郁未
【持ち物:鉈、薙刀、支給品一式×2(うちひとつは水半分)】
【状態:右腕軽症(処置済み)、ヤル気を取り戻す】

【その他:鋏、アヒル隊長(13時間半後に爆発)、支給品一式は晴子の近くに。(敬介の支給品一式(花火セットはこの中)は美汐のところへ放置)。トンカチは森の中へ飛んで行きました】

→B-10

495おろかなるものへ:2007/02/22(木) 13:51:10 ID:WkK.7gNg
すみません、以下の部分に訂正させてください

>>493
>敬介を撃ち殺したアホを始末し、銃を奪い取る。それだけだった。

>敬介を撃ったアホを始末し、銃を奪い取る。それだけだった。

によろしくお願いします

496LoVE & SPANNER,and LOVE(後編):2007/02/24(土) 16:28:29 ID:IZffcNZk
「―――失せろ、下種」

鎌石小学校の外壁を、まるで障子紙を破るように破壊してのけた男の名を、芳野祐介という。

「ゲェェーック! 何だ、貴様……ッ!?」

咄嗟に振り向いた御堂が、しかしその瞬間、凍りついたように動きを止めた。

「ゲ……ゲェェ……ック」

七瀬彰を嬲る間も肌身離さずに持っていた拳銃を抜き放とうとする手が、震えていた。
瞬く間に、御堂の全身に嫌な汗が噴き出す。

「ほう……少しはやるようだな。互いの力の差くらいは理解できるか」
「き……貴様、何者だ……!?」

だらだらと汗を流しなら、御堂が声を絞り出す。
芳野が、鋭い眼差しで御堂を射抜きながら口を開く。

「―――雑魚に名乗る名は持ち合わせていない。……そいつから離れろ」
「グ……ち、畜生……」

絞り出すような声で呻く御堂。
ぎり、と奥歯を噛み締める。

「聞こえなかったのか? ……もう一度言う。そいつから、離れろ」
「こいつ……こいつ、は……俺の……!」

御堂が言い終わる前に、芳野の手が動いていた。
風通しの良くなった室内に、軽い音が響く。

497LoVE & SPANNER,and LOVE(後編):2007/02/24(土) 16:29:00 ID:IZffcNZk
「が……っ! なん、だと……!?」

驚愕に慄く御堂を、芳野はただ静かに見つめている。
はらり、と何かが宙を舞っていた。

「き、貴様……、俺の……軍服を……!」

震える声で唸る御堂は、いまや一糸纏わぬ姿であった。
舞い散っていたのは、御堂の着込んでいた軍服の切れ端である。
御堂の戦慄も無理からぬことであった。
芳野がしたことは、ただ差し出した手の先で、指を鳴らしてみせたという、それだけのことだった。
ただそれだけの動作で、御堂の軍服は千々に切り裂かれ、ズボンに挿していた拳銃は輪切りにされ、
そして、御堂自身にはかすり傷一つついてはいなかったのである。
達人の使うという剣圧の類と見当はつけてみても、御堂は動けない。
否、何気ない仕草でそれをやってのける技量が推し量れるからこそ、御堂は身じろぎ一つできないでいた。
それだけ、彼の眼前に立つ男の力量は圧倒的であった。

「―――勘違いするなよ、下種」

全裸の御堂を見据えたまま、芳野が淡々と言う。

「お前を殺さないのは、そいつに血を見せたくないからだ」

そいつ、と口にした一瞬、芳野が御堂の背後、彰へと目をやる。
その視線にどす黒い殺意を掻き立てられながら、御堂は芳野を睨み返した。
敵う相手ではなかった。一矢を報いることすらできぬと、わかっていた。

「ゲ……ゲ……ゲェェェーック!」

ベッドの上で中腰になった御堂が、じりじりと、円を描くように動く。
芳野との距離を詰められぬまま、壁に空いた大穴へと近づいていった。
最後にちらりと彰を見ると、御堂が言う。

「ケッケッケ、覚えてろよ……俺はいつでも、お前の傍にいるからな……!」
「次に顔を見たら、素っ首叩き落す。そのつもりでいろ」
「……ゲェーック! ゲェーック!!」

芳野の視線から逃れようとするかのように、御堂が飛び退いた。
そのまま振り返らずに走っていく。
校庭を横切り、森に入ってその後ろ姿が見えなくなるまで、芳野は厳しい眼でそちらを見据えていた。


******

498LoVE & SPANNER,and LOVE(後編):2007/02/24(土) 16:29:35 ID:IZffcNZk

「……もう、大丈夫だ」

振り向くと、芳野は普段の彼を知る者が見れば驚くような、柔和な笑みを浮かべて言った。
慈しむようなその視線は、真っ直ぐに彰へと向けられている。
ベッドの上で、握り締めたシーツで身体を隠すようにしている彰へと、そっと手を伸ばす。
だが、その雪のように白い肌に触れようとした瞬間。

「……っ!」

彰が、声にならない悲鳴をあげて身を震わせた。
何か眩しいものを見るようだったその瞳も、怯えた小動物を思わせる色を浮かべている。

「す……すまん」

慌てて手を引く芳野。何をしているのだ、と自省する。
目の前の少年はたった今、強姦されかかったのだ。
見も知らぬ人間を警戒するのは当たり前だった。

「い、いえ、僕のほうこそ助けてもらったのに……すいません」

そう言って、涙目のまま頭を下げる彰。
その姿を目にしたとき、芳野は不思議な温かさが全身に広がるのを感じていた。
ずっと感じていた胸の中の棘が大きくなるような、それでいて転がる棘が決して痛みだけではない何かを
もたらすような、奇妙な感覚。
それはひどく甘やかで、懐かしい感情だった。
目の前の少年のことを、もっと知りたいと思った。

「俺……俺は、芳野祐介。お前の名前を、聞かせてくれないか」
「あ……、僕は七瀬、七瀬彰です」
「彰、か……いい名前だな」

彰、あきら。
その名を舌の上で転がすように、何度も小さく繰り返す芳野。

「その、ありがとうございます……芳野さん」
「祐介でいい。……俺も、彰と呼ぶ」
「はい……祐介さん」

上目遣いで見上げながら己の名を呼ぶ少年の瞳を見返した瞬間、芳野は心拍数が跳ね上がるのを感じていた。
動揺を誤魔化すように目を逸らし、咳払いしながら口を開く。

499LoVE & SPANNER,and LOVE(後編):2007/02/24(土) 16:29:59 ID:IZffcNZk
「そ、それより早く服を着てくれ。その格好は、その……目に、毒だ」
「え……、あ!」

全裸に近い格好のまま、シーツで前を隠しているだけの彰が、己の姿に気づいて赤面する。
白い肌が、一気に紅潮した。
赤く染まった耳と細く白い肩のコントラストから視線を剥がすのに苦労しながら、芳野はようやく口を開く。

「き、着終わったら声をかけてくれ」

そう言うと、後ろを向く芳野。
背後から、小さな衣擦れの音が聞こえてくる。
目を閉じるとあらぬ妄想が浮かんできそうで、芳野は瞬きもせず己が破壊した壁の向こうに見える景色を凝視していた。
風が吹きぬける音だけが響く静けさの中で、時が流れていく。
しばらくそうしていた芳野だったが、とうとう痺れをきらして声をかけた。

「も、もういいか……?」
「……まだ、です」
「そ、そうか」

どこか恥らうような声。芳野は自身の堪え性のなさに内心で頭を抱える。
自分にとってはひどく長い時間に感じられたが、もしかすると実際には数秒しか経っていなかったのかもしれない。
そんな風にすら思えた。
明らかに平静ではない己の精神状態が、しかしひどく心地よくて、その二律背反に芳野はまた悩む。
胸の中の棘が、転がった。
痛痒いその感覚に、胸を掻き抱いて蹲り、思う様叫び出したい衝動に駆られる。

「……ね、祐介さん」

歯を食い縛って衝動に耐える芳野の背後から、小さな声がした。
恥じ入るような、それでいながらどこか鼻にかかったような、囁き声。

「なん―――」

振り向こうとした芳野の腰に、白い腕が回されていた。

500LoVE & SPANNER,and LOVE(後編):2007/02/24(土) 16:30:18 ID:IZffcNZk
「な……!?」

彰が、芳野に抱きついていた。
見下ろした彰の、ミルク色の細い肩のラインがひどく艶めかしくて、芳野は正視できない。
彰は、その身に何も纏っていなかった。

「なに、を……」
「―――お礼が、したいんです」

芳野の腹の辺りに顔を埋めながら、彰が言う。
服越しに感じる吐息の熱さと声の振動に、芳野は体の芯から何かがせり上がってくるのを感じていた。

「さっき、とっても怖かった」

言いながら、彰は芳野のベルトに手をかける。

「ひどいことされて、殺されるって、思った」

かちゃかちゃと音を立てて、ベルトが抜き取られた。

「助けてって、思ったんです。誰か助けて、って」
「クッ……や、やめ……!」

ジッパーが、そっと下ろされていく。

「そうしたら、来てくれた。僕を助けに来てくれたんです。祐介さんが」

反射的に彰を突き飛ばそうとして、芳野は必死で己を抑える。

(駄目だ……! 今の俺がそんなことをすれば、こいつは……!)

加減のきかない力は、彰の華奢な身体をいとも簡単に破壊してしまう。
壁に叩きつけられて物言わぬ屍となる彰の姿が、脳裏をよぎる。

「……だから、祐介さんにお礼がしたいんです」

言葉と共にボクサーパンツが下ろされていくのを、芳野はなす術なく見守るしかなかった。

「僕にできることなんでもしてあげたいって、そう思ったんです。だから―――」

そう言うと、彰は躊躇なく、芳野のモノを口に含んだ。


******

501LoVE & SPANNER,and LOVE(後編):2007/02/24(土) 16:30:46 ID:IZffcNZk

―――汚らしい。

七瀬彰は、芳野のモノを舌の上で転がしながら、そう思う。
瞬く間に大きく、硬くなりはじめたそれを、一旦口から出すと、そそり立つモノに舌を這わせる。
舌全体を広く使いながら、亀頭を舐め上げていく。

「くぅ……」

芳野の、獣じみた吐息。
こいつも同じだ、と彰は内心で唾を吐く。
高槻と、軍服の男と、同じ種類の生き物だ。
汚らしい、獣欲にまみれた、畜生以下の屑どもだ。

「どう……? 気持ちいい……?」

そうして自分は、そんな屑に奉仕している、最低の人種だ。
玉袋に添えた指をやわやわと揉むように動かしながら、エラの張った雁首を、舌先でつつくように刺激してやる。

助けて、と願った。
誰か助けて、と。何でもする、生きたい―――と。
その結果が、この様だ。
どこか遠くにいる神様が、意地悪な顔で笑っているような気がした。
どうした、生き延びるためなら何でもするんじゃなかったのか。
男に身体を差し出すくらいが何だ、その程度でお前を助けてやろうというのだ、安いものじゃないか―――。
そんな声が聞こえてくるような気すら、していた。

(ああ、やってやるさ……何だって、ね。だからそこで……黙って見ていろ、クソッタレの神様め)

たっぷりと唾液をまぶした舌で、裏スジを上下に舐める。
空いた指の腹で雁首を擦りながら、上目でちらりと芳野の様子を窺う。

「う……あ、彰……」
「ん、ふぅ……」

眼が合うや、頬を真っ赤にして視線を逸らす芳野。
予想以上の反応に呆れながらも、彰は一つの確信を得ていた。

502LoVE & SPANNER,and LOVE(後編):2007/02/24(土) 16:31:28 ID:IZffcNZk
(僕には……一つの才能が、ある)

潤んだ瞳。
高く、薄い声。
少女じみた童顔。
細く華奢な体つき。
白くキメの細かい肌。
それら、これまでの人生ではコンプレックスの種でしかなかった自分の身体的な特徴が、
今のこの島では、大きな財産になり得る可能性を秘めていた。即ち、

(僕の身体は……一目で、男を惹き付ける)

特にその効果は、青年期を過ぎた男性に顕著なようだった。
高槻は出会って間もなく自分を愛していると断言し、文字通り身体を張って自分を守り通した。
軍服の男は、即座に自分を犯そうとした。
そして今、芳野祐介だ。
人間離れした能力を持ったこの男は、明らかに自分に惹かれている。
ならば、と彰は考える。

(なら、もう僕から離れられないようにしてやる……)

そのためならば、こうして奉仕することも厭わない。
口先と身体だけの愛ならば、いくらだって捧げてやる。
それほどに、芳野祐介の力は圧倒的だった。この男といれば、この場を生き延びるどころか、
ターゲットを殺害しての帰還すら現実的なものとなると、彰は思う。
澤倉美咲と合流したとしても、うまく誤魔化す自信があった。
何しろ自分の身体に群がる男たちの思考回路など、獣以下だ。

(そのためにも……今、頑張らないと)

先走り液を指に絡ませながら、彰は竿をしごき上げる。
亀頭は口にすっぽりと含んでいた。
口蓋と舌とで包み上げると、頭ごと前後に動かすようにして刺激を強める。

503LoVE & SPANNER,and LOVE(後編):2007/02/24(土) 16:31:56 ID:IZffcNZk
「く……うぅっ、彰……」

びくり、と芳野のモノが震えた。
限界が近いらしいことを感じ、彰は最後の仕上げに取り掛かった。
わざとぴちゃぴちゃと音を立てながら、咥内のモノを出し入れする。
竿に這わせた指の力を、少しづつ強めていく。裏スジを、爪の先で掻いた。
速いペースでしごき上げながら尿道を舌先でつついた瞬間、

「あ、あき、ら……くっ、うぁ……あぁああっっ……!」

どくり、と芳野のモノから、濁った液体が溢れ出した。
あまりの濃さに、白濁を通り越して黄色がかった粘液が、びゅくりびゅくりと彰の顔を汚していく。
頬といわず鼻筋といわず、芳野の精にまみれる。
垂れてきた液体を、ぺろりと舌を出して受け止める彰。
おぞましさを噛み潰しながら、上目遣いで芳野に照れたような笑みを見せる。

「祐介さんの……いっぱい、出てる……。……え?」

彰の表情が、凍った。
見上げた芳野の様子が、おかしかった。

「う……うぁ……ぉぉ……と、とまら……ない……くぉぉ……っ」

苦悶に顔を歪めながら、芳野が呻いていた。
そしてその言葉通りに、射精も止まる気配を見せない。
明らかに異常な量を放出していながら、いまだに粘液を吐き出し続けていた。

「祐介さん……! 大丈夫、祐介さ、……う、うわぁぁぁぁっ!?」

我知らず、彰は悲鳴を上げていた。
涙すら流して苦しむ芳野の、その顔が、彰の見る前で急速に痩せ衰えていた。
瞬く間に頬がこけ、眼窩は落ち窪み、肌に皺が刻まれる。
死が色濃く見て取れる老人の如く、芳野が枯れ果てていく。


******

504LoVE & SPANNER,and LOVE(後編):2007/02/24(土) 16:32:12 ID:IZffcNZk

「ぐ……おぉぉぉぉッ!」

絶望と苦悶の中で、芳野祐介は己の過ちを悟っていた。
超絶的な肉体が、禁欲と過剰薬物のバランスによって成立していることを失念していた。
天秤の片方から錘を取り除いてしまえば、そのバランスは崩壊するのが自明といえた。

精液と共に、己を支えていた無数の生殖細胞が体外へと排出されていくのがわかる。
超速移動によって断裂した全身の筋細胞が、死滅していく。
回復能力を失った骨が、そこかしこで砕けるのを感じた。

死を前にして、芳野はひどく冷静に、思う。

(―――ああ。ようやくわかった)

しばらく前から、胸の中を焦がす感覚の正体。
射精によって肉欲が薄れ、ようやくにして思い出すことができていた。

(恋、か―――)

かつて、伊吹公子と出逢った頃に感じていた、胸の高鳴り。
ざわめき、揺れ、身悶えするほどに高まった、感情。
七瀬彰という少年との出会いは、そういうものに、似ていたのだ。

(すまん、公子……俺は、最期までどうしようもない男、だったな―――)

既に視力も失われ、黒一色に染まった視界の中に、たった一人の女性を思い浮かべながら。
芳野祐介は、その波乱に満ちた生涯を終えた。


******

505LoVE & SPANNER,and LOVE(後編):2007/02/24(土) 16:32:31 ID:IZffcNZk

木乃伊の如き遺骸を前に、七瀬彰は呆然と座り込んでいた。
どうして、とそればかりが頭をよぎる。

何も残らなかった。
汚辱と恐怖とに耐えながら築き上げようとしたものは、芳野祐介と共に文字通りの灰燼に帰した。
破壊しつくされた室内。床と、壁と、そして己を穢す、栗の花の臭い。
吐き気がした。堪えきれず、白濁液が溜まる床にぶちまける。
びちゃびちゃと撥ねる吐瀉物が、白濁液と混ざり合ってマーブル模様を作り出し、その様にまた
悪心がこみ上げてきて、更に吐く。胃液に刺激されて、涙が出てきた。

「ち……く、しょう……」

感情が、決壊した。
声をあげて、彰は泣いていた。
近くにある物を掴んで、手当たり次第に投げつけた。
そうして手の届く範囲に物がなくなると、ベッドに蹲って叫んだ。
くぐもった泣き声が、ただ響いていた。

506LoVE & SPANNER,and LOVE(後編):2007/02/24(土) 16:32:52 ID:IZffcNZk

【時間:2日目午前10時過ぎ】
【場所:D−6 鎌石小中学校保健室】

七瀬彰
 【所持品:アイスピック】
 【状態:右腕化膿・高熱・慟哭】

芳野祐介
 【所持品:Desart Eagle 50AE(銃弾数4/7)・サバイバルナイフ・支給品一式】
 【状態:死亡】

御堂
 【所持品:なし】
 【状態:全裸】

→717 ルートD-2

507LoVE & SPANNER,and LOVE(後編):2007/02/24(土) 17:11:39 ID:IZffcNZk
訂正です、「→717」ではなく「→716」でした。
申し訳ありません。

508Misunderstanding:2007/02/24(土) 18:53:37 ID:R1aRfFxo
古河秋生は娘の渚を背負い、みちると共に走っていた。一直線に、役場を目指していた。
「あの大馬鹿野郎……何で俺に相談の一つもしねえんだっ!」
思い起こせば、朋也の様子はどこかおかしかった。先程別れた時の朋也は、必要以上に感情を抑えているように見えた。
自分の名前を騙っての扇動などという真似をされた日には、普段の朋也の性格ならば激怒している筈だ。
にも関わらず朋也は怒りを露にしようとせずに、逆に落ち着き払った様子で対応策を練っていた。
それもこれも、みちるから話を聞いて全て合点がいった。朋也は既に、かつての朋也では無くなってしまっていたのだ。
風子、そして秋生の知らぬもう一人の少女を守れなかった事。その事実がどれ程朋也を苦しめたか、想像するのは難しくない。
無力感と復讐心に苛まれた者が行動を起こすのならば、自身を犠牲にしてでも何かを成そうとするのものだろう。
人を救おうとするにしろ、マーダーへの報復を行うにしろ、捨て身の覚悟で行う筈だ。
そんな自殺行為は今すぐ止めさせなければならない。

前を走るみちるが、心配そうにこちらを振り返る。
「おじちゃん大丈夫?もう少しゆっくり走ろっか?」
傷付いた体で渚を背負い走る今の秋生の速度は、みちるよりも更に遅い。
左肩と脇腹より伝わる痛みで何度も身体がふらつき、その度に気力で堪えてきた。
「みちるちゃんの言う通りです。わたしはもう歩けますから、降ろしてください」
渚も、気遣うように声を掛けてくる。秋生は少女二人を不安にさせてしまっている己の不甲斐なさに、内心で舌打ちした。
「おいおい、俺はおじちゃんって呼ばれるほど、衰えてねえぞ。そんな俺だから当然……こんくれえ平気だ」
精一杯強がって見せる。それは明らかに空元気だったが、休んでいる時間は無いし、娘の足に負担をかけたくもない。
だから秋生はひたすら耐えて、走り続けた。


     *     *     *

509Misunderstanding:2007/02/24(土) 18:55:08 ID:R1aRfFxo


岡崎朋也の最優先目標は、十波由真と伊吹風子を殺害した張本人――七瀬彰の殺害であった。
しかし朋也は高槻、折原浩平の両名に銃を突き付けられ、動きを封じられてしまっていた。
嘘を吐いているのは朋也の方だと判断した高槻が、棘々しい視線を送りつけてくる。
「残念だったなガキ。俺様を騙そうだなんて百年はええぜ」
「クソッ……」
追い詰められた朋也の心に、どす黒い感情が膨らんでゆく。
何故どいつもこいつも自分の言い分を無視して、彰のような極悪なマーダーを信じる?
もう、何を言っても自分の疑いが晴れる事はないだろう。なら、これからどうするべきだろうか?
仮にこの場から逃亡した場合、また彰と出会えるとは限らない。
故に離脱するというような事はしない。絶対に、その選択肢はありえない。ここで必ず、どんな手を使ってでも彰を殺す。
そうだ、もう自分に残された選択肢はここで決着をつける以外ないのだ。障害を排除して、そして彰を仕留める。
彰の味方をする気ならば、ゲームに乗っていない者でも容赦はしない。銃を向けてくる以上、逆に撃たれても文句は言えまい。
しかし、まずはこの――二人から銃を向けられている状況を何とかしなければ駄目だ。

朋也が打開策を模索している最中、高槻が刺すような冷たい声を掛けてくる。
「とっとと銃を下ろせ。そうしねえと――撃つぞ」
脅す高槻の目には、何の迷いも躊躇も見られない。従わなければ警告通り、発砲してくるだろう。
ここで逆らっても犬死にするだけだ。今は言うとおりにする他無い。
「分かったよ……」
短く答えて、朋也はS&W M60の銃口を下ろす。抵抗する意志が無いという事を、示すかのように。
「ようやく自分の立場が分かったみてえだな。そのまま、銃をこっちに投げな」
「ああ。ほら――――よっ!」
「――――っ!?」
朋也は物を投げる準備動作を小さく行って、そして――真横に跳ねて地面を転がった。銃を投げずにだ。
油断無く銃を構えていたつもりの浩平と高槻だったが、大人しく降伏するかに見えた相手の突然の行動に、一瞬硬直してしまう。
二人が慌てて銃弾を放った時にはもう、照準が合わさっていた位置には朋也の姿は無く、弾丸は空を切るばかりだった。
高槻は再度銃撃するべく朋也の姿を追い、そして朋也が銃を構えている事に気付いた。

510Misunderstanding:2007/02/24(土) 18:57:22 ID:R1aRfFxo
「――!!」
「危ねえ、オッサン!」
幾分早く朋也の動きを察知していた浩平が、すんでのところで高槻の腕を引く。
「がっ……!!」
しかし、予めこの展開を予測していた朋也の方が早かった。朋也の手元より放たれたS&W M60の銃弾が、高槻の左肩を貫く。
突然の激痛に高槻は銃を手放してしまったが、それでも何とか踏みとどまって、すぐに上体を伏せた。
高槻の頭の上を、紙一重で弾丸がすり抜けていく。肌に伝わる風圧に、高槻の頬を嫌な汗が伝った。
「このっ……ナメやがって!」
浩平が朋也に向けて銃を構えるが、浩平の銃はH&K PSG−1――いわゆる狙撃銃であり、いかんせん狙いをつけるのに時間がかかる。
弾丸が切れた朋也は、小刻みに左右へ跳ねて浩平の銃撃を掻い潜り、一気に距離を縮める。
そのまま朋也は大きく左腕を後方に振りかぶり、全体重を乗せてS&W M60の銃身を振り下ろした。
「うおっ!?」
浩平は咄嗟にH&K PSG−1を盾にしてそれを受け止めようとしたが、甘い。殺し切れなかった衝撃で手が痺れ、浩平は銃を取り落としてしまう。
手を押さえて背を丸めている浩平目掛け、また銃を振りかぶろうとする朋也。だが、その視界を突然白いものが覆った。
「な、何だっ!?」
「ぴこーーーーっ!」
それは生物学的にはかろうじて犬に分類されるであろう、白い珍獣――ポテトだった。
ポテトは浩平の背を踏み台にして朋也の顔に飛びつき、そのまましっかりと張り付き、彼の視界を完全に奪い去っていた。

511Misunderstanding:2007/02/24(土) 18:58:49 ID:R1aRfFxo
「でかした、ポテトっ!」
相棒の作ってくれた隙を逃さず、高槻が動く。地面を蹴って、その推進力も上乗せした拳を朋也の腹へと放った。
「ぐがっ……」
高槻の硬い拳が腹にめり込んで、朋也は苦痛に顔を歪める。それでも――朋也は下がらなかった。
浩平と高槻の銃は地面に落ちたままだった。今距離を取れば、瞬く間に銃を拾い上げられるのは明らかである。
「邪魔を……するなあああっ!」
苦痛に耐え切った朋也は、がむしゃらに腕を振り回して高槻を押し退けた。そして右手でポテトを鷲掴みにして、そのまま勢い良く投擲する。
ポテトが投げつけられた先にいるのは――今にも朋也に殴りかかろうとしていた、浩平だった。ポテトは浩平の顔面に直撃し、両者に強い衝撃を与える。
「ぴこぉっ……」
ポテトはその衝撃を凌ぎ切る事が出来ず、その場でぐったりと倒れて気を失ってしまった。
「ぐっ……」
浩平は気絶こそしなかったものの、カウンター気味に受けた攻撃に、一瞬意識が飛びかる。
2対1の戦い――普通ならば高槻達が圧倒的に有利であったが、彼らのこれまで負った怪我が、勝負の行方を予想し難いものにしていた。


     *     *     *

512Misunderstanding:2007/02/24(土) 19:00:24 ID:R1aRfFxo


高槻達の戦いを、固唾を呑んで見守っている郁乃と七海。先ほどから七海は、仲間が――そして、朋也が殴られた時も、辛そうに目を閉じている。
優しすぎる性格の七海からすれば、人が傷付け合う事自体が耐え難い光景だったのだ。
七海はとうとう我慢出来なくなり、戦いを止めようと足を踏み出し始める。しかし、その後ろ手を誰かにがっしりと掴まれた。
「――郁乃さん?」
「駄目よ七海、危ないわ」
七海が振り返ると、郁乃が真っ直ぐな瞳でこちらを見つめていた。
「でもでも、このままじゃみんながっ!」
「私達が行ったって、邪魔になるだけよ……。あの馬鹿を――高槻を、信じよう?」
「……はい」
語る郁乃の手には、しっかりとS&W 500マグナムが握り締められている。しかし、それを使って援護する事は出来ない。
高槻達は今、殴り合いの混戦をしている。郁乃や七海のような子供が下手に銃を撃てば、誰に当たるか分かったものではない。
郁乃も七海も、歯を食い縛りながら人が傷付いていくのを見ているしかなかった。非力な、子供の身である自身を呪いながら。
しかしそんな彼女達に、救いの声が掛けられる。
「君達、ちょっと良いかな?」
その声を発した人物は、この戦いの元凶とも言える七瀬彰だった。郁乃にとって、彰は招かねざる存在である。
郁乃は彰に向けて、ジロリと疑いの視線を浴びせ付けた。当の彰は気にした風も無く、言葉を続ける。
「頼みがあるんだ。僕に――その銃を貸して欲しい。そうすれば、あの人達を助けられる」
「――――!」
郁乃は思わず息を飲んだ。確かに非力な子供の自分よりも、彰の方が数段上手く銃を扱えるだろう。
苦境に立たされている高槻達を救う事も、彼なら十分に可能かもしれない。
だが、そう簡単に信用していいものか?彰がマーダーで無いというのは、あくまで高槻と浩平の推測に過ぎぬ。
彰が嘘をついている場合も考えられるという事を、失念してはいけない。いつもの郁乃なら、ここで安易に銃を渡しはしなかった。
彰への疑念を捨てずに、この場で最善といえる対応を考え出そうとしていた筈である。
しかし――仲間の戦いを見守る事しか許されなかった郁乃にとって、彰の囁きはあまりにも甘く。
「分かったわ……お願い、彰さん。みんなを助けてっ!」
郁乃はS&W 500マグナムを、そして予備弾すらも、殺人者に手渡してしまった。

513Misunderstanding:2007/02/24(土) 19:01:50 ID:R1aRfFxo

【時間:二日目・14:10】
【場所:C−3】
古河秋生
【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
【状態:現在の目標は朋也の救出。疲労、左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流。聖の捜索】
古河渚
【所持品:無し】
【状態:秋生に背負われている、目標は朋也の救出、右太腿貫通(手当て済み、痛みを伴うが歩ける程度には回復)】
みちる
【所持品:セイカクハンテンダケ×2、他支給品一式】
【状態:目標は朋也の救出と美凪の捜索】



【時間:二日目・14:20】
【場所:C−3】
岡崎朋也
 【所持品:S&W M60(0/5)、包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、三角帽子、他支給品一式】
 【状態:高槻、浩平と格闘中。マーダーへの激しい憎悪、腹部に痛み、現在の第一目標は彰の殺害、第二目標は鎌石村役場に向かう事。最終目標は主催者の殺害


湯浅皐月
 【所持品1:セイカクハンテンダケ(×1個+4分の3個)、.357マグナム弾×15、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:宝石(光3個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金】
 【状態:気絶、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】

514Misunderstanding:2007/02/24(土) 19:03:22 ID:R1aRfFxo
七瀬彰
 【所持品:S&W 500マグナム(5/5 予備弾7発)、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:腹部に浅い切り傷、右腕致命傷(ほぼ動かない、止血処置済み)、疲労、ステルスマーダー】
ぴろ
 【状態:皐月の傍で待機】
折原浩平
 【所持品1:34徳ナイフ、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)】
 【所持品2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、ほか支給品一式】
 【状態:朋也と格闘中、頭部と手に軽いダメージ、全身打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)】
ハードボイルド高槻
 【所持品:分厚い小説、コルトガバメントの予備弾(6)、スコップ、ほか食料・水以外の支給品一式】
 【状況:朋也と格闘中、左肩を撃ち抜かれている(怪我の度合いは後続任せ)、最終目標は岸田と主催者を直々にブッ潰すこと】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、ほか支給品一式】
 【状態:待機中、車椅子に乗っている】
立田七海
 【所持品:フラッシュメモリ、ほか支給品一式】
 【状態:待機中】
ポテト
 【状態:気絶、光一個】

【備考】
以下の物は高槻達が戦っているすぐ傍の地面に放置
・コルトガバメント(装弾数:6/7)、H&K PSG−1(残り2発。6倍スコープ付き)

→711

515Dancing in the Forest:2007/02/25(日) 19:09:18 ID:F9ga/RUo
相楽美佐枝と長岡志保がその行く手を遮られたのは、午前十時を少し回ったあたりであった。

「み、美佐枝さん……」
「……わかってる」

不安げに声を上げる志保を庇うように、美佐枝が前に出ながら言う。
鋭く見据えたその視線の先には、数十人を遥かに超える少女たちがいた。
少女たちの異常性は、一見して明らかだった。
何しろ、そのすべてが同じ顔をしていたのである。

「どう見たって、マトモじゃないわね……」

そもそも、朝の放送の時点で参加者の残り人数は半数を割り込んでいたはずだった。
頭数の計算からして既におかしいし、何よりも手元の探知機にまるで反応していない。
となれば目の前の少女たちはイレギュラーな存在であるか、

「あるいは、何かの能力によって生み出された、とかね……」

自分がドリー夢の能力に目覚めたように、と美佐枝は考える。
いずれにせよ、採るべき道はそう多くなかった。

「何なの、あいつら―――?」

背後で怯えたように言う志保に、美佐枝は短く声をかける。

「長岡さん」
「なに、美佐枝さん……?」
「―――あなた、先に行きなさい」
「……え?」

516Dancing in the Forest:2007/02/25(日) 19:09:33 ID:F9ga/RUo
虚を突かれたような声。
そのようなことを言われるとは、考えてもいなかったのだろう。
しかし、美佐枝は淡々と続ける。

「ここは私に任せて。あなたには先に行って、輸血の器具を探してほしいの」
「……そんな、美佐枝さん!」
「あたしたちが何のためにこうしているか、わかってちょうだい」
「でも……」
「いいから、早く!」

一喝する。
霧島聖の連れてきた少女の容態は、素人目にも一刻を争うものだった。
出立から既に数時間が経過している。
現時点で少女が存命しているかどうかすら、危うかった。
周囲を警戒しすぎて移動が遅れた、と悔やんでも遅い。

「あたしもここを片付けたら、すぐに追いかけるから」
「でも、美佐枝さん一人じゃ……」
「足手まといだって、言ってるの」
「……っ!」

方便ではあるが、事実だった。
敵の数は多い。包囲されれば、志保を庇いながら戦うのは難しかった。
彼女を戦線から離脱させるなら、今しかなかった。

「……わかったら、行って」
「っ……気を、つけてね?」

志保の言葉に、美佐枝は苦笑する。

「それはこっちの台詞。あたしが追いつくまで、無茶しちゃダメよ。
 怪しいヤツにあったら、すぐ逃げて」
「う……うん」
「……さ、それじゃ、早く」

517Dancing in the Forest:2007/02/25(日) 19:10:10 ID:F9ga/RUo
そっと、志保の背中を押す。
心配そうな顔で何度も振り返りながら、志保は木立の中へと入っていった。
それを見届けて、美佐枝は前方へと視線を移す。

「さて、っと……」

自分の役目ははっきりしていた。
できる限り注意をひきつけて時間を稼ぎ、しかる後に離脱する。
全滅させる必要はない。肝心なのは、とにかく足止めをすることだ。
そう再確認して、美佐枝は一歩を踏み出す。

「鬼が出るか、蛇が出るか……」

見れば、前方に展開する少女たちが立ち止まっている。
こちらの存在に気づいたのだろう、と考えて、美佐枝は大きく息を吸い込む。

「どんなキャラになるのか分かんないけど、トウマだったらいいなあ、うん。
 ―――行くぞ、あたし!」

ぴしゃりと両の頬を叩いて、走り出す。
正面突撃。相手の手の内を見定めてから仕掛ける余裕は、なかった。

「―――」

洗礼は、光のシャワーだった。

「う……わ、っとぉ、熱ッ!?」

身体スレスレををかすめる光の束に、慌てて首をすくめる美佐枝。
見れば、光に触れた部分の肌が赤く腫れていた。

518Dancing in the Forest:2007/02/25(日) 19:10:48 ID:F9ga/RUo
「火傷……? レーザー光線ってわけ……!」

距離をとれば一方的に攻撃されると判断。
足を止めずに、志保が向かった方向とは反対側の林に飛び込む。
遮蔽物のない林道では、近づく前に集中砲火を浴びるだけだった。
追いかけるように、幾筋もの光線が薄暗い林を照らし出す。

「よし、樹でも充分、盾になる……!」

下生えの草はそこかしこで煙を上げていたが、生育した樹を貫くほどの威力はないようだった。
少女たちが木立の中に踏み入ってくるのを確認し、美佐枝は再び走り出した。
木々の陰に隠れながら、徐々に距離を詰めていく。

「よし、思ったとおり……! これなら……」

美佐枝を見失って周囲を見回す少女たち。
その内の一人に、美佐枝は背後から近づいていく。
遭遇した際にも感じていたことだが、少女たちの視認能力はそれほど高くない、と美佐枝は確信する。
どうやらあの眼鏡は純粋に低い視力の補正に使われているらしい。

「せぇ、のっ!」

一気に飛び出し、羽交い絞めにする。
捕捉された少女は、しかし動きが鈍い。
声を上げようとすることもなく、のろのろと自身に回された美佐枝の手を振り解こうとする。

「悪いけど……しばらく眠っててもらうわ」

少女の体温は、人間のそれだった。
その温もりに嫌悪感を覚えながら、美佐枝は少女の首に回した腕に力を込める。
数秒を待たずに、少女の全身から力が抜けていった。
美佐枝が手を放すと、どさりと倒れる少女。

519Dancing in the Forest:2007/02/25(日) 19:11:42 ID:F9ga/RUo
「次……っ!」

物音を聞きつけたのか、周囲に草を踏みしだく音が増えていく。
身を低くしながら、美佐枝は移動を再開した。程なく目の前に新たな少女を発見する。
背後からそっと近づき、少女の首に腕を巻きつけた、その瞬間。

「……ッ!?」

美佐枝は驚愕していた。
たった今捉えた少女を中心にして、それを取り巻くように少女たちの姿があったのである。
冷ややかに輝く無数の眼鏡が、美佐枝を囲んでいた。

(罠……!)

誤算だった。
少女たちを、完全に侮っていた。
簡単に自分を見失って辺りを見回す仕草に、あるいは自分を振り解こうとする動きの鈍さと非力さに、
勝手に愚鈍な少女たちというイメージを作り上げていた。
じり、と包囲の輪が狭まる。

「こりゃちょっと……マズい、かな……?」

頼みのドリー夢能力は、いまだに発動しない。
そりゃ必殺技はピンチになってからって決まってるけど、と美佐枝は焦燥と共に思う。

(武装はもう少し早くたっていいと思うのよね……)

鼓動が、極端に早くなっていくのを感じる。
少女たちの無数の視線が、美佐枝一人に向けられていた。

(ち、ちょっと勿体つけすぎ、じゃない……!?)

ぎらりと、少女たちの広い額が、輝いた。
思わず目を閉じる美佐枝。

520Dancing in the Forest:2007/02/25(日) 19:12:22 ID:F9ga/RUo
(―――!)

瞬間、風が唸りを上げた。
同時に、何か重いものが地面に転がるような音。
目を開けた美佐枝が見たのは、

「……大丈夫?」

言いながら、倒れ伏した眼鏡少女のこめかみから何か長いものを引き抜く、一人の少女の姿だった。
波打つ長い髪に、意志の強そうな瞳。
ベージュのセーターに眼鏡少女の返り血が飛ぶのも気にせず、美佐枝を見ている。

「え、あ……」

咄嗟に言葉が出てこない。
言いよどむ美佐枝を安心させるように微笑むと、少女は手にした物を勢いよく振るう。
少女の背丈ほどもあるそれは、

「槍……?」

時代劇にでも出てくるような、それは一本の長槍だった。
長い柄には豪奢な刺繍布で意匠が施されているそれを、少女は脇に手挟むと、何気ない仕草で
くるりと回ってみせた。

「え……?」

それは、魔法のような光景だった。
少女の回転に合わせて回る槍の穂先は、周囲の眼鏡少女たちの首を、正確に切り裂いていたのである。
血煙が、上がる。

521Dancing in the Forest:2007/02/25(日) 19:13:12 ID:F9ga/RUo
「―――」

赤い霧の中心に、踊る少女がいた。
少女が舞踏する。長い髪と、豪奢な槍が、ゆったりと回る。
その度に、数人の眼鏡少女が、悲鳴を上げることもなく斃れていく。
狭い木立の中、ゆらりと槍を操る少女の姿はただ美しく、その足元に伏す幾体もの骸すら、
まるで舞台に置かれた小道具のように、美佐枝には見えていた。

ふうわりと、少女のスカートが翻る。
最後に、とん、とステップを踏んで、少女がその舞いを終えても、美佐枝は身じろぎひとつできなかった。

「……はい、おしまい」

少女の言葉に、美佐枝がはっとする。

「あ……ありが、とう……」

上手く声が出せない。喉が渇ききっていた。
どうにか言葉を搾り出すようにして、美佐枝が礼を口にする。

「た、助かっ―――」
「ああ、いいわよ、そんなの」

ぴ、と槍を振るって血を払いながら、少女が苦笑する。

「で、でも……」
「別にあんたを助けたわけじゃないから」

何気ない一言。
しかし、美佐枝は思わず言葉を止めていた。
少女の声音は、なぜだかひどく酷薄に、聞こえていた。

522Dancing in the Forest:2007/02/25(日) 19:13:40 ID:F9ga/RUo
「そういえば、自己紹介が遅れたわね」
「あ、あたしは……」
「結構よ。あんたの名前になんか興味ないから」

切り捨てるような言葉に、美佐枝は絶句する。

「はじめまして。GL団最高幹部、”鬼畜一本槍”……巳間晴香よ」
「じ、ジーエル……?」
「どうやら、もう一人は逃げたようだけれど……」

戸惑ったような美佐枝の呟きを無視して、少女は艶然と微笑む。

「まあ、餌は一人いれば充分ね」

少女はそう言って、笑った。

523Dancing in the Forest:2007/02/25(日) 19:14:05 ID:F9ga/RUo

 【時間:2日目午前10時すぎ】
 【場所:H−5】

相楽美佐枝
 【所持品:ガダルカナル探知機、支給品一式】
 【状態:混乱】

長岡志保
 【所持品:不明】
 【状態:疾走】

巳間晴香
 【所持品:長槍】
 【状態:GLの騎士】

砧夕霧
 【残り29932(到達0)】
 【状態:進軍中】

→654 682 690 ルートD-2

524破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:33:10 ID://a6FKMA
「wow……堂々と車を乗り回すなんて、なかなかやるわね」
それが診療所の近くで停止した車を見た時に、リサが抱いた第一感想だった。
こんな殺し合いの最中ならば普通は目立つ事を避けようとする筈だ。
自分や宗一ならばともかく―――それ以外の者がこんな判断をするとは、思ってもみなかった。

車を使用して移動するという判断は間違いではない。
高速で移動する車を狙って狙撃する事がどれ程難しいか、リサはよく知っている。
燃料にさえ気をつけていれば寧ろ安全と言える移動手段なのだ。
あの車の搭乗者達の判断は的確だ。
だからこそ、油断出来ない。
何事においても、相手の能力が高ければ高いほど警戒せねばならない。
それが幼い頃から過酷な環境で生きてきたリサにとっての鉄則だった。

自分の腕ならばどんな銃を使ってもスナイパーライフル並の精度を出す事が出来る。
相手が何か怪しい動きを見せたら―――即座に撃つ。

停まったまま動きを見せない車に向けて、リサはM4カービンを深く構えていた。
だがその警戒は杞憂だったようで、相手は何も武器を持たずに車を降りてきた。
車から出てきた二人の男女は、まるで警察官の集団に囲まれた犯人のように両手を挙げている。

525破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:34:24 ID://a6FKMA
リサは構えを緩めないままつかつかと二人に歩み寄り、距離を10メートルほど置いた位置で足を止める。
リサが何か話す前に、女性の方が先に話し掛けてきた。
「最初に言っておきます……私達は殺し合いをする気はありません。貴女はどうですか?」
ともすれば冷淡に見える目が印象的な、整った顔立ちの綺麗な女性だった。
向けられた銃に怯える様子は微塵も見受けられない。
大したものだ、とリサは思った。
「私がそのつもりだったら、あなた達はとっくに蜂の巣にされてるんじゃないかしら?」
銃口を下ろして軽い調子で答えると、女は軽く肩をすくめて見せた。
「私はリサ……リサ=ヴィクセンよ。貴方達の名前は?」
「こちらの方は藤井冬弥さんです。そして私は――篠塚弥生と言います」
「―――!?」
その名前を聞いた直後リサは動いた。
注意していても目で追いきれない程の速度で、M4カービンを再度構える。
すると、男―――藤井冬弥の方が息を飲むのが分かった。

しかし肝心の篠塚弥生の方は、いまだに凛とした表情をしている。
肝が据わっている―――それも至極当然の事だった。
緒方英二から聞いた話によれば篠塚弥生はゲームに乗っているのだから。
「口は災いの元よ?私は貴女がゲームに乗っていたという話を聞いた事がある。浅はかな嘘は控える事ね」
「嘘など言っていません。確かに私はゲームに乗っていましたが……それは過去の話です。今はもう、そんなつもりはありません。
大体ゲームに乗っているのなら、二人で行動なんてしないと思いますが?」
そう言って、弥生は冬弥の方へと視線を移した。
冬弥はリサの銃口から視線を外さずに、けれど黙って二人の話を聞いていた。

526破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:35:48 ID://a6FKMA
確かに弥生の言う事にも一理ある。
このゲームで生き残れるのは最終的には一人。
ならばゲームに乗った者は基本的に単独行動を取る筈である。
誰かを騙して利用するという手も考えられるが、弥生がゲームに乗っていたという事を聞いても冬弥は驚かなかった。
弥生が冬弥を謀っているという事は無いだろう。
それでも―――
「それだけじゃ貴女がゲームに乗っていないという証明にはならない」
「そうですね。信用出来ないというのなら大人しく去りますが―――どうしますか?」







―――現状を説明すると、だ。
Nastyboyこと俺、那須宗一は診療所にいる人間を全員待合室に集めていた。
入り口近くにある、窓際の椅子に俺は腰を落とす。
部屋の中央にあるテーブルを囲む形で、栞にリサ、敬介、葉子が座っている。
そして俺とリサ達に挟まれる形で、篠塚弥生と藤井冬弥が立っていた。
弥生と冬弥の肩にデイバックはかかっていない……置いてこさせたのだ。

527破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:37:46 ID://a6FKMA
武器を携帯しない事、そして情報交換が終わったら速やかに立ち去る事。
これが俺とリサが弥生達に示した条件だった。
勿論ポケットなどに何か仕込んであるかもしれないが、その可能性も考えて今の配置にしてある。
俺とリサで挟んでいる限り、相手が何かしようとしても余裕を持って対応出来る筈だ。

「葉子、足の具合はどうだ?」
「おかげ様でだいぶ楽になりました、ありがとうございます」
「そうか、そりゃ残念だ。ずっと足が治らないようだったら俺がオンブしてやったのにな」
「遠慮させてもらいます。どさくさに紛れて色んな所を触られそうですし」
「ちぇっ、釣れないなあ」
軽い冗談を飛ばしあう。
葉子の顔色はすっかり回復しており、足の具合が良くなったという言葉に嘘は無いだろう。
いざ移動する段になった時に、まだ歩けません、となったらどうしようかと思っていたので、俺はほっと胸を撫で下ろした。

「……さて、と。話を始めようか」
俺は手にしていた紅茶を置くと、弥生の目を見据えながら言った。
「はい。それではまず、私から知っている事をお話しますね」
「ああ、そうしてくれ。取り敢えず情報が欲しい。マジで、知ってる事は全部話してくれ。
何がこのゲームをぶっ壊す鍵になるか分からないからな」
最初に弥生から話をさせる理由は簡単、相手の本性を見極める為だ。
嘘を吐かれる可能性もあるが、相手が信用できるかどうか判断材料が多いに越した事はない。

528破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:40:27 ID://a6FKMA



「―――そして、今に到ります」
……滞り無く弥生の話は終わった。
弥生の話は上手く要点が纏められており、実に分かりやすかった。
簡単に説明すると森川由綺の死を知った弥生は、復讐の為にゲームに乗ろうとしていた。
しかし英二にお灸を据えられて頭を冷やし、現在は知り合いの藤井冬弥と共に脱出を目指しているという事だった。
だが……残念な事に俺にとって有用な情報は無かった。
せめて皐月や七海と出会っていてくれれば、その場所次第ではあいつらを探すという選択肢も出てきたんだが。

軽くリサに目線を送る―――「信用出来そうか?」と。
するとリサは、他の奴には勘付かれないくらい小さく首を振った。
恐らく判断しかねているのだろう、そしてそれは俺も同じだ。
弥生の、エージャント顔負けの落ち着き払った様子からは何の感情も見えてこない。
今ある情報だけでは何とも言えなかった。

「―――そう言えば」
俺が考えを纏めていると、高い声が聞こえてきた。
それはリサの連れ人、美坂栞のものだった。
「由綺さんって……柳川さんが戦ったって人じゃ?」
「――――!」

瞬間、リサが息を飲むのが分かった。
そして一秒後には、冬弥がどんと席を立っていた。
「何だって!?その話、詳しく聞かせてくれ!由綺は俺の大事な……恋人だったんだ!」
「え……あの、その……」
困惑する栞に、今にも掴み掛らんばかりの勢いで冬弥が叫ぶ。
もっとも、リサが険しい顔つきで銃を向けていたので冬弥が実際に詰め寄る事は無かったが。
栞はどうにか言葉を搾り出そうとしたが、それをリサが手で制した。

529破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:41:45 ID://a6FKMA
「私から話すわ。柳川祐也―――昨日私が出会った人の話によると、森川由綺さんはゲームに乗っていたそうよ。
それで柳川は仕方なく由綺さんを殺害したらしい」
厳しい視線、鋭い眼光で、リサが容赦なく告げていた。
俺もリサから聞いてその事は知っていた。
教えるべきじゃないと思っていたんだが……こうなった以上はそうもいかないだろう。
「……ハハハ、何の冗談だよ?あの由綺がゲームに乗ってただなんて、ねえ?」
冬弥は話を真に受けていないのか、苦笑いをしながら弥生に目線を移した。
しかし弥生はただ黙って、話の続きを待っていた。

「信じないならそれで良いわ。でも柳川が嘘をついてるとはとても思えないし、私は彼を信じる」
「馬鹿な事を……!由綺が人を襲ったりするわけ―――」
「藤井さん」
冬弥の言葉が途中で遮られる。
向けられた銃口すらも無視してリサに食って掛かろうとした冬弥の肩を、弥生が掴んでいた。
仮面をかぶっているかのように無表情だった弥生の顔に、ほんの少しだけ翳りが見られた。
「信じるも信じないも個人の自由、不毛な論争は止しましょう」
「…………そうですね、すいません」
それで落ち着いたのか、冬弥はこれ以上この事を追求しようとはしなかった。
口を閉ざした冬弥の代わりに、弥生が質問を続けた。
「それでリサさん、柳川祐也という人物はどのような外見をしておられるのですか?出来れば直接会って話を伺いたい」
「―――柳川は白いカッターシャツを着て眼鏡をかけている、長身の男性よ」
「そうですか、ありがとうございます」
そう言うと、弥生はペコリと一礼した。

530破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:43:22 ID://a6FKMA
―――冬弥の気持ちは良く分かる。
俺だって皐月やゆかりがゲームに乗ったと言われれば、冬弥と同じような反応をするだろう。
しかしこのゲームでは何が起こっても不思議ではない。
葉子の話によれば、あの穏やかに見えた佳乃でさえもがゲームに乗ってしまったという。
少なくとも俺と一緒にいた時の佳乃はとてもそんな事をする子じゃなかった。
けれどエージェントという仕事柄、人の黒い部分を嫌と言うほど見てきた俺には分かる。
たとえ普段はどんなに聖人君子に見える奴でも―――いざって時には、何をするか分からないと。
この島に満ちた狂気が、極限まで追い詰められた状況が、人を狂わせるんだ。

「藤井さん、さっき渡したアレを―――」
「ん、ああ……そうだね」
弥生に促されて、冬弥はポケットに手を入れた。
まさか、銃か―――!?
思わず俺はFN Five-SeveNを構えていた。
しかし冬弥が取り出したのは何てことは無い、ただの携帯電話だった。
弥生は冬弥からそれを受け取ると、俺の方へと歩いてきた。

「これは私が支給された道具なんですが、どう思いますか?」
「……実は俺達も似たようなんを持ってる。話が終わったら改造しようと思ってたトコだ」
「そうですか。私達が持っていても使い道がありませんし、要りますか?」
そう言われて、俺は少し考えた。
改造に成功して電話が繋がるようになったとしても、携帯電話が一個では効果が薄い。
それよりも携帯電話を二個持って、連絡を取り合いながら別々に動く方が遥かに効率が良い。
とりわけ―――俺とリサで一個ずつ携帯を持って動けば、情報が集まる速度はそのまま倍になるだろう。
結論、携帯電話は二つ必要だ。

531破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:44:34 ID://a6FKMA
「そうだな。良ければ貸して欲しい」
「分かりました。では―――」
弥生は携帯を俺の目の前に差し出してきた。
俺がそれを受け取った瞬間―――弥生が動いた。

「―――ッ!?」
弥生はまだゲームに乗ったままだったのだ。
腰を落として、弥生は俺の左手に握られている銃を奪い取ろうとしている。
しかし所詮素人、その動きは大した速さじゃない。
リサや醍醐のオッサンに比べれば、その動きはスロー再生しているかのように見えた。
弥生の後ろからは、冬弥がこちらに向かって走ってきている。
二人纏めてここで組み伏せる事も十分可能だったが―――俺は敢えて銃を手放し、リサ達の方へと大きく跳んだ。
距離を取り、そして弥生と冬弥を孤立させる。
「リサァッ!」
「イエッサーーーーーッ!」
何も怪我をしている身体で、無理に不確定要素の多い近距離戦をする必要は無い。
今の俺には心強い仲間―――米軍エースエージェント、リサ=ヴィクセンがいるのだから。
ここはM4カービンの斉射に巻き込まれない位置に逃げて、彼女が攻撃しやすい状況を作るのがベストだ。

弥生と冬弥は俺が下がったのを見て、これ以上攻撃しようとはせずに入り口から逃げ出そうとしていた。
しかしそうは問屋が、女狐さんが卸さない。
俺の目には、リサがしっかりと弥生達の背中に照準を定めるのが映って―――
「―――え?」
俺の手元の携帯から、閃光が発された。

532破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:46:53 ID://a6FKMA






―――誰かの泣き声が聞こえる。
その泣き声で、橘敬介の意識は現実世界へと呼び戻された。
「う……僕は一体……?」
倒れた姿勢のまま目を開けると、軽くヒビが入っている白い天井が見えた。
すぐに、直前の記憶が蘇ってくる。
弥生と冬弥の突然の行動、そしてその後に起こった―――

「そうだ、みんなは!?」
痛む身体を起こした敬介の目に飛び込んで来た光景。
辺りに散らばっている、黒く焦げた木材。
立ち尽くす栞に、地面に座り込んで泣いているリサ。
そして。

「そ……宗一君……?」
黒く焼け焦げた、宗一の姿だった。
敬介はよろよろとした足取りで宗一の所へと歩いていった。
周囲の至る所に小さな赤い塊が散乱している。
敬介はゆっくりと、宗一の身体を抱き上げた。

533破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:48:35 ID://a6FKMA
体の右半分はまだ割と綺麗だったが、携帯電話を持っていた左腕の側は損傷が酷く、見るに耐えない状態だった。
しかし敬介は、目の前の光景をそう簡単には信じられなかった。
「け……怪我をしているだけに決まっている……かるい怪我さ……ほら……喋りだすぞ……今にきっと目をあける……。
宗一君……そうだろ?僕達を驚かして楽しもうって……ちょっと茶目っ気を起こしただけだろう?もうちょっとしたら何事も無かったみたいに起きてくれるんだろ?」
語りかけるが、宗一の口から言葉が紡がれる事は無い。
敬介の腕の中の宗一の身体からは、重力以外の力は何も伝わってこない。
「ほら、リサ君達が悲しんでいるよ……もう良いだろ?起きて……起きてくれ……!頼む……起きてくれ宗一君っ!」
敬介は宗一の体を乱暴に揺さぶって、それからはっと気付いて宗一の手首を握り締めた。
「そ……そんな、馬鹿な……あっけ……無さ過ぎる……」
宗一の脈は無かった……鼻と口に手を当てたが、呼吸もしていなかった。

脈と呼吸が無い状態で生命活動を維持していられる人間はいない。
もう、疑いようも無い。
冷たいように見える時もあるが本当は暖かい男。
秋子に追われていた敬介を身を挺して救ってくれた男。
そしていざという時は、どんな大人よりも遥かに頼りになる男。
世界Topエージェント―――Nastyboy、那須宗一は死んだ。

「やられましたね……」
半ば放心状態にある敬介の横から、落ち着いた声が掛けられる。
それは鹿沼葉子のものだった
「彼らの本命は奪った銃による攻撃ではなく―――恐らくはあの携帯に仕込んであった、爆弾……」
葉子は淡々とした口調で分析を続けている。
敬介は宗一の死体をそっと地面に横たえて、それから立ち上がった。
「な、何で……君は何でそんなに落ち着いているんだ?」
やり場の無い怒りを籠めて、冷たい顔をした葉子を睨み付ける。
「宗一君は君の仲間だっただろう!?僕達の仲間だっただろう!?彼が死んだっていうのに、何で平気そうな顔をしているんだっ!」
「―――黙りなさい」
捲くし立てる敬介の声が、ぴしゃりと一発で撥ねつけられる。

534破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:50:03 ID://a6FKMA
「騒いでも宗一さんは生き返りません。それよりも今やれる事をしなさい。少なくとも私はそうします」
葉子はくるっと踵を返して、敬介達がいる方とは反対側に足を踏み出した。
「何処へ?」
「決まっているでしょう。私はこれから弥生さん達を追って―――殺します」
無論の事、それは嘘だった。
ただこのメンバーから離脱する理由が欲しかっただけだ。
リサの真の実力を知らない葉子にとって、宗一を失ったこの面子には何の利用価値も無かった。
足手纏いの世話などするよりも、郁未を追って合流するべきなように思えた。

「そういう訳ですので、私はこれで失礼します。では―――」
葉子はそう言うと、唖然としている敬介の方をもう一瞥もせずに入り口の扉を開けて歩き去っていった。







―――あの爆発の瞬間。
リサが驚異的と言える反射速度で栞を抱えて後退した甲斐あって、栞は殆ど無傷だった。
しかしその代償はあまりにも大き過ぎた。
那須宗一の身体は、栞とリサの視界の中で爆発に飲み込まれた。

535破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:51:50 ID://a6FKMA


そして今、リサは力無く地面にうずくまっている。
栞は信じられない思いだった。
あのリサが―――とても強くて気丈なリサが、泣いている。
「わ……わた……私が……あの人達を……中に入れたから……」
「リ、リサさん……」
「私が……うっ、うわぁぁぁぁぁぁっっ!」
「リサさん、リサさんっ!しっかりしてください!」
栞は叫びながら座り込むと、リサの肩を掴んで懸命に言葉を投げかけた。
しかしその言葉が今のリサの耳には届いていないのか―――リサの嗚咽は止まらない。

「だ……め……駄目よ……。私のせいで……宗一は……」
「リサさん、落ち着いてください!リサさん一人の責任じゃありません!」
「いっそわたしも宗一の後を追って死ねば―――」
そこで、パチンという高い音が聞こえた。
「そんな事言う人……嫌いです」
栞がリサの頬を叩いたのだ。
リサは頬を押さえて、眼前にいる人物をまじまじと見つめた。
震える肩、潤んだ大きな瞳、そして―――白くて小さい手。
栞はこんな華奢な身体で、リサを励まそうとしている。
その姿がリサに再び立ち上がる気力を与えた。

リサは掌でごしごしと涙を拭き取り、両の足で地面を踏みしめて直立した。
そして手を差し出して、栞も立ち上がらせる。
「ごめんなさい……今は泣いてる場合じゃないわね」
「リサさん……」
「ともかくこの場を離れましょう、ゲームに乗った人間に知られた以上診療所はもう危険よ」
弥生達が再び襲撃してくる可能性は十分にある。
正面勝負なら自分が負ける事はありえないが……間違いなく弥生達は正面からは仕掛けてこないだろう。
何か策を講じて、勝算が生まれてから動くはず。
ならばこちらも警戒して動かなければいけない。
一般人など相手にならないという油断が―――宗一を死なせてしまったのだから。

536破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:52:58 ID://a6FKMA
リサと栞は立ち尽くしている敬介の方へゆっくりと歩を進めた。
敬介はいまだ心ここにあらずといった感じで、何かを考えているようだった。
「敬介、ここは危ないわ。移動しましょう」
リサが切り出すと、敬介は申し訳無さそうにゆっくりと首を横に振った。
「すまない、僕にはしなくちゃいけない事があるんだ」
「と言うと?」
敬介は軽く息を吸って、それからリサの目を真っ直ぐに見ながら言った。
「僕は観鈴を探してくるよ。国崎君との約束もあるし……何より僕自身がそうしたいんだ」
「……分かったわ。それじゃここでお別れね」
「ああ。僕が無事に観鈴を保護出来て、また会う事があれば……その時は一緒にこの殺し合いを管理している人間を倒そう」
「あの……敬介さん。どうか―――ご無事で」
栞の言葉に頷くと、敬介は体を翻して診療所の外へと走り出した。

リサと栞も荷物を持って外に出て、敬介の背中が森の中に消えるまで見守っていた。
だがその時、リサの頭の中に浮かんでいたのは敬介の安否を気遣う心では無かった。
職業病の域にまで達している彼女の冷静な思考は、既に今後の展望を考えていた。
(エディも……宗一も……死んでしまった。いまだ脱出の手掛かりも無い…………。私は本当にこのゲームを止められるの……?)
リサは焦る気持ちを誤魔化すように親指の爪を噛み続けていた。

537破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:54:27 ID://a6FKMA
【時間:2日目16:30頃】
【場所:I-7診療所】

リサ=ヴィクセン
【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾30、予備マガジン×4)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】
【状態:診療所を離れる、体は健康】
美坂栞
【所持品:無し】
【状態:リサに同行、体は健康】

橘敬介
【所持品:支給品一式、花火セットの入った敬介の支給品は美汐の家に】
【状態:観鈴の捜索、身体の節々に痛み、左肩重傷(腕を上げると激しい痛みを伴う)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て治療済み)】

鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式】
【状態①:肩に軽症(手当て済み)右大腿部銃弾貫通(手当て済み、激しい動きは痛みを伴う)。マーダー】
【状態②:まずは郁未の捜索】

篠塚弥生
 【所持品:包丁、FN Five-SeveN(残弾数12/20)、ベアークロー】
 【状態:マーダー・脇腹に怪我(治療済み)目的は由綺の復讐及び優勝】
藤井冬弥
 【所持品:暗殺用十徳ナイフ・消防斧】
 【状態:マーダー・右腕・右肩負傷(簡単な応急処置)目的は由綺の復讐】

那須宗一
【所持品:無し】
【状態:死亡】

【備考】
・FN P90(残弾数0/50)
・聖のデイバック(支給品一式・治療用の道具一式(残り半分くらい)
・ことみのデイバック(支給品一式・ことみのメモ付き地図・青酸カリ入り青いマニキュア)
・冬弥のデイバック(支給品一式、食料半分、水を全て消費)
・弥生のデイバック(支給品一式・救急箱・水と食料全て消費)
上記のものは車の後部座席に、車の燃料は残量75%程度、車の移動方向は後続任せ

(関連:710)

538夜明け前より闇色な:2007/02/26(月) 23:59:07 ID:hEHeXMMM
距離が近かったせいか、運がいいかどうかは知らないが、まあとにかく一ノ瀬ことみ&霧島聖の頭脳派コンビは目的地の学校まで辿りつくことが出来た。
まだ時刻が夜明け前だからだろうか、鎌石村小中学校は闇に照らされて不気味にそびえ立っている。それはあたかも、怪物がまさに獲物を呑み込もうと大口を開けているようにも見える。
一ノ瀬ことみはその一種独特な雰囲気に飲まれそうになるが、頭の中で般若心経を一回唱えることで解決した。
心頭滅却すれば火もまた凉し。ぶいっ。
「――で、ここに来た理由を説明してもらおうか、何故かは知らんがVサインをしていることみ君」
どうやら行動に出してしまっていたらしい。ことみは「特にVサインに理由はないの」としれっと言った後、校舎を見上げて言葉を続ける。
「それは…また後で。取り敢えず私についてきてほしいの」
トントン、と首輪を指で軽く叩く。聖はそれで事情を察して、黙って頷いた。
「…分かった。どこに行くつもりだ?」
「職員室」
言いながら、ことみは首を振って目的地がそこでないことを示す。聖が再び頷く。
「分かった、行こう」
口裏を合わせる。ことみは聖が聡明な人で良かった、と思う。頭の中に浮かぶ友人の面々は…悪いとは思ったが、絶対にしくじりそうだと思った(特に杏ちゃん)。
校舎の方へ歩いて行くと、部屋の一部分に明かりが灯っているのに気付いた。同時に、いくつかの窓が割れているのにも。
「…先客がいるらしいな」
聖がベアークローを構える。ことみも慌てて十徳ナイフを取り出す。正直な話、戦闘にはまったく自信がない。頼りは聖だが…果たして、戦闘能力はどれほどなのか。職業、性別、(見た目から判断した)年齢、性格から計測すると――
「ちーん、沖木島に墓標がふたつ」
「…おい、何を物騒な想像をしている」
ぎらりっ、とベアークローの刃がことみを向いて、光る。
「冗談でもそんな想像はするんじゃない」
「ご、ごめんなさい…」
半殺しにされた挙句また治療されて以下無限ループでは洒落にならないと思ったので素直に謝る。それに、さっきのはいきすぎた、と自分でも思った。
「ことみ君よ、君は私の事を弱いと思っているんだろうが…」
にやり、と聖が笑う。違うの? と言いかけて今度こそ半殺しになると思ったので、言わない事にした。
「私は強いぞ。それはもう、並大抵の…そうだな、人形遣いくらいは楽勝だ」
比べる対象がいまいち分かりにくかったがとにかく腕っ節に自信があることは分かった。

539夜明け前より闇色な:2007/02/26(月) 23:59:38 ID:hEHeXMMM
そうこうしているうちに開いている扉を発見する。どうやらここから入れるようだった。無論、侵入者には警戒しなくてはならない。
聖を前衛に、抜き足差し足で潜入する。聖が前方を、ことみが後方を警戒する。しばらく進んでみるが…異様なほど、静かだった。音はと言えば、木製の床がゆっくりと軋む音くらいだ。
「やけに静かだ。物音一つしないな…どうする、ことみ君」
どうする、というのはこのまま真っ直ぐことみの考える目的地へ向かうか、それとも警戒して別の部屋から探索していくかということだ。
ここに潜んでいるマーダーがじっと身を潜めている可能性はある。あるいは怯えた参加者の一人がいるということもある。誰もいないという可能性もあった。考えていけばキリがない。
ならば行動は迅速。下手に動き回って危険に身を晒す可能性を高めるよりも素早く目的地へ行き、目的を達成するのが最上だ、とことみの脳内コンピュータが叩き出す。
「真っ直ぐ、視聴覚室へ」
了解、と一声応じて再び歩き出す二人。…が、同時にあることに気付いた。
「「視聴覚室って、どこ?」」
     *      *     *
結局あちこち歩き回った挙句視聴覚室を見つけて入った時には、二人からは当初の緊張感は失われていた。かなり動き回ったにもかかわらず物音が何もしないので、『ここには誰かがいたがもう用済みになって出ていった』ということで一応の結論をみた。
「まったく…電気が付けっぱなしになっているから慎重になってみたが…拍子抜けしたぞ」
「ともかく、一応は安全だと分かってめでたしめでたし」
電気がついていた部屋は二箇所あったが、誰かが潜んでいる可能性を考えてこの二部屋は後回しにしたのだ。明かりが消えている部屋のどこにも視聴覚室はなく、残された二つのどちらを調べるか、ということになり一階よりは三階にありそうだ、とのことでこちらから探した。
「しかし、視聴覚室に明かりがついている、そしてここにあるパソコンの電源がまだついているということは」
「…誰かが、パソコンをいじったということになるの」
今は二人でそのつけっぱなしになっていたパソコンを、ことみがあれこれいじくり回している。
聖には何やら分からぬプログラム言語をあれこれ打ち込んでいるが時折警告音が鳴るだけで、成果は芳しくない、ということは聖にも分かった。
「うーん…やっぱり俄仕込みの知識じゃ限度があるの」
ことみが首を捻る。どうもだめということだろう。
「で、結局何をしようとしていたんだ? そろそろ私にも教えてくれないか」
「えーっと…」
ことみがマウスを動かし、メモ帳を開いた。これで会話しろ、ということか。
聖にもキーボードを打つくらいの操作はできる。
『しばらくどうでもいい会話をするから、口裏を合わせて欲しいの』

540夜明け前より闇色な:2007/02/27(火) 00:00:05 ID:lO49iZVw
コクリ、と聖が頷いたのを確認して、ことみが言葉を続ける。
「何か首輪に関するデータがないかと思ってあちこち調べてたんだけど…結局何もなかったの」
「まあ当然だろうな、外されたらそもそも殺し合いなど成り立たなくなる。そんなものが都合よくあるわけがない」
『先生、お上手』とことみが打ち込む。ニヤリ、と聖が笑った。
「うん、でも些細な事でも情報が欲しかったから」
「まあな…だが、ここには何も無さそうだな。ここでは打つ手はないのか?」
「私達だけで出来ることは…もうほとんどないと思うの」
さも深刻そうに言って、ことみが『本当は、ハッキングを試みていたの。首輪を管理するにはそれ相応の大きさのコンピュータが必要だと思ったから』と打ちこんだ。
この演技派め、と聖は思いつつ横から打ちこむ。『で、それは失敗したわけか』
「だから、誰か技術を持っている人を探せれば…」
そう言いながら、器用にことみは文字を打ってみせる。『うん、私の得意なのはコンピュータじゃなくて、物理学とかの理論なの。まあそれはおいといて…さてここで問題です。この島の電力はどこでまかなっているでしょう?』
いきなりクイズか? と思ったが聖も疑問に思った。地図で見る限り、発電所などはどこにもない。本来の沖木島なら本土からの送電もあり得るが…前に考察した通り、ここは本物の沖木島ではない。
ことみが続けて打ちこむ。
『可能性としてはみっつ。この島から離れた…そう、どこかの大陸か、海中か、あるいはこの島の地下』
「ああ、なるほど…」
仮初めの会話にも、筆談にも通じる言葉で応じる。ことみが『…先生、面倒くさがり』と不満そうに打ちこむ。
『…でも、一番可能性が高いのは地下なの。海中なら電力ケーブルは不可欠だから、もし切れたら大惨事。大陸でも万が一首輪を外されたら確認しに行くのが大変。下手したら乗ってきた船ごと強奪されてあら大変』
まあよくもこんな軽口を叩けるものだと聖は感心する。
「しかし、ことみ君でも出来ない事はあるんだな。物知りだからパソコンも詳しいと思ったんだが」
聖が言っている間にもことみがキーを叩き続ける。『だから、首輪を外された時でもすぐに確認に行けるように中枢部は地下にあると考えるのが妥当。そして、その入り口は必ずこちらからも入れるようなところにあるはず』
一旦切ると、仮初めの会話に戻ることみ。
「人間そんなに上手くはできてないの。ハッキングなんてだめだめのぷー」
よく言うよ、と内心で笑う。『しかし、島のどこを探す? ハッキングできない以上位置も調べようがないんじゃないか? 首輪をわざと外しておびき出すのもいいが…』

541夜明け前より闇色な:2007/02/27(火) 00:00:34 ID:lO49iZVw
『いい線行ってるの、先生。最終的にはそれを使うけど…まず用意するものがあるの』
「…ま、それは仕方ないな。それじゃあ人探しか…どこから探す?」
言いながら、打ちこむ。
『何を?』
『爆弾』
ニヤリ、と今度はことみが笑った。聖は絶句しかけたが…ことみは余裕で続ける。
『作り方さえ知っていれば案外簡単に作れるの。極端な話、ナトリウムを水の中にどぼーんと入れるだけでも十分に爆弾足り得る性能があるから』
なるほど。医者の勉強をする過程で化学はやっていたが…確かに、色々方法はある。
『何を使うんだ? ここが学校ということは…そこから頂戴するんだろう? 材料を』
「えっとね…」
『冴えてるの、先生。元々ここにはそのつもりで寄ったから。それで、必要なのは…硝酸アンモニウムと、灯油と…それから、雷管』
「まずは、予定通り灯台へ向かったほうがいいと思うの」
『雷管はまた別に作るけど…家庭用品で作ろうと思えば作れるから』
『ちょっと待て』
聖が止めに入ったのを、『???』と打ちこんで疑問の意を表すことみ。構わず、聖はツッコむ。
『どうして雷管の作り方なんて知ってるんだ』
物知りだとは思っている。が、これはおかしいんじゃないか。仮にも学生だ。そんなことを知っているわけがないのである。爆弾とは言っても火炎瓶だとかそれくらいの簡易的なものだと思っていた。しかし、ことみはさも当然のように、打ちこんだ。
『ご本で読んで覚えたの』
『何のご本、なんじゃーーーーいっ!!!』
叫びたいのをギリギリ、理性で押さえてチョップでツッコむ聖。
『いぢめる? いぢめる?』
目の端に涙を浮かべるアブナイ天才少女ことみちゃん。更にツッコもうとした聖だが会話が途絶えるのを危惧して本当に言いたい事を喉の奥に押しこみ、冷静な口調を装って言った。
「…そうだ、な。灯台へ行こう。佳乃も…探したいし、な」
『ち、ちなみに図書館に寄贈されてあった化学の専門書で、内容は』
『説明せんでええわいっ!』
メモ帳の中で喧嘩漫才を繰り広げる仲良しコンビ聖&ことみ、略してNHK。あーそこそこ。料金滞納は勘弁してくださいねぇ。
「…まあ、その前に、ちょっと休憩しよう、か。慎重に探っていたせいで疲れただろう?」
このまま二重に会話を続けるのに疲れ始めた聖はメモ帳の会話だけに集中したいと思い、そう提案した。ことみは未だ涙目ながらも素直に「うん。それじゃ各々ちょっとお休みなの。私はもうちょっとパソコンをいじるけど」と言った。

542夜明け前より闇色な:2007/02/27(火) 00:01:13 ID:lO49iZVw
キーを叩く音を感づかれるのを警戒しているのだろう。聖はゆっくりと頷いた。
はぁ、と一息いれて窓の外を見る。日はまだ見えないが、もう少ししたら夜明けだ。
だが…この漫才はまだまだ続きそうだ、と聖は思うのだった。

【時間:二日目午前5時半】
【場所:D-6】

霧島聖
【持ち物:ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式、乾パン、カロリーメイト数個】
【状態:精神的に疲労】
一ノ瀬ことみ
【持ち物:暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)、100円ライター、懐中電灯】
【状態:健康。爆弾作りを目論む】

B-10

543ココニイルトイウコト(前編):2007/02/28(水) 20:31:49 ID:fLx5V8H2
「ふう。ここまでは何とか無事にこれたけど……」
「貴明さん、本当に大丈夫なんですか?」
「そうよ。ただでさえそんなズタボロな体なのに……」
梓、皐月と別れた貴明たち一行は神塚山を経由して氷川村へと急いでいた。
しかし、貴明が藤井冬弥、少年との戦いで受けた傷のダメージは、ささらたちが負った怪我とは違い、未だ癒えたわけではない。
それが災いし、3人の足取りは決してスムーズというわけにはいかなかった。
「先輩たちの気持ちは嬉しいですけど、さすがに今は弱音なんて吐いていられませんよ。
まーりゃん先輩が他の罪もない人たちを殺すのを止めるためにも、俺たちは一刻も早く人が集まりそうな場所へ行ってあの人を見つけなきゃ……」
「ですが……」
「貴明、確かにあなたも男とはいえ――――ん? ねえ2人とも……」
「なんだ?」
「はい?」
ふと貴明に意見しようとしたマナが何かに気が付いたように足を止め貴明とささらを呼び止めた。
「――何か聞こえない?」
「えっ?」
マナがそう言ったので、貴明とささらも耳を済ませてみる。
すると――――

『―――ぴー!』
『ちょ――まちな――タン!!』
『杏さ――待ってくだ――』

何かの動物の鳴き声と2人の女の子の声が微かに聞こえてきた。
そしてそのうちの1つはささらには馴染みある人物の声であった。

544ココニイルトイウコト(前編):2007/02/28(水) 20:32:22 ID:fLx5V8H2
「この声は――ゆめみさん?」
「ゆめみ?」
「それって、ささらや真琴たちと一緒に行動していたって言うあのコンパニオンロボットの?」
「はい。あ……」
その時、ゆめみのことをもう少し詳しく2人に説明しようとしたささらの目の前を1匹のウリ坊が駆けていった。
もちろん貴明とマナもすぐさまそれに気づいた。

「……猪の子供?」
「うん。そう……よね?」
「なんでこんな所に……ん?」
この島には獣の類である野生動物も結構いるのだろうか、などと貴明が思っていると、ウリ坊が走ってきた方から今度は2人の少女が息苦しそうに走ってくることに気が付いた。
――1人はストレートに伸ばした髪にリボンをした学生服の少女。もう1人はツインテールで見慣れない服をした少女であった。
そして後者の子は貴明がささらから聞いたほしのゆめみというロボットの特徴とぴったりと一致していた。
「そうか、あの子が……」
「ゆめみさん!」
貴明が言い終わるよりも早く、2人の少女の存在に気づいたささらが彼女たちに向かって叫んだ。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「ちょっと、本当にどうしたのよボタンは!?」
目の前を黙々と突っ走るボタンを追いながら杏はゆめみに尋ねる。
「わ……わたしに聞かれましても〜〜〜…………」

話は少し前に戻る。
休憩を終えた後、荷物が重いからという理由で杏はデイパックからボタンを出していた。
その後、一向は高槻が言っていた暗くて長いトンネルを迂回しようと南へしばらく歩いていた。
その途中、ボタンが何かを感じとったのか、それとも見つけたのか知らないが、いきなり猪突猛進とばかりに神塚山の方へ走り出したのである。
それは本当に突然の出来事であった。

545ココニイルトイウコト(前編):2007/02/28(水) 20:32:54 ID:fLx5V8H2
「杏さん。ボタンさんのこういう行動は今までもあったんですか?」
「う〜ん……たま〜にあったような、なかったような…………。それにしても……この山……結構きついわね……」
「だ…大丈夫ですか?」
「ま、まだまだ大丈夫よ……ん?」
杏がゆめみに苦笑いを浮かべながら言い返すと同時に、すっと前方に3人の人影が姿を見せた。
「あれ? 人がいる……?」
「え? あ……! あの人は…………」
前を向いたゆめみが前方の人影のうち、1人の正体に気づいたのと同時に――
「ゆめみさん!」
ゆめみが会いたかった人の1人の声が杏とゆめみの耳に聞こえた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「――――ということは、杏さんもこのゲームには乗っていないんですね?」
「あったりまえでしょ」
やや風が強くなってきた山を歩きながら、貴明たち5人はボタンを探していた。これまでそれぞれの身に起きたことを一通り説明し、情報を交換しながら――――
「そうですか……あの後またあの男の人が……」
「はい。そして沢渡さんは……」
「――もしかして、その岸田って男も私たちが倒した少年と同じ主催者側の人間……」
「いえ……それはないと思います。あとから気づいたのですが、あの人は首輪を付けていなかったので……」
「興味半分、面白半分で殺し合いに乱入したってこと?」
「おそらく…………」
「――許せないな……そいつ…………」
貴明は誰にも聞こえないようにボソリとそう呟いた。

(――殺し合いを楽しんでいるっていうのか? ――ふざけるな! 人は……人の命は遊びの道具じゃない! これならまだ少年の方が遥かにマシだ!!
――ただ己の自己満足を満たすためだけに罪もない弱者を踏みにじるこの殺人ゲームの主催者……そして岸田洋一……俺は…いや、俺たちはお前たちだけは絶対に許さない!!)
貴明の中で主催者に対する怒りの炎が燃え上がった。

546ココニイルトイウコト(前編):2007/02/28(水) 20:34:37 ID:fLx5V8H2
「それと、これは鎌石村に行く途中だったんだけど………あっ。いたいた……ボタン!」
「ぷぴっ!」
しばらく歩いていると、貴明たちは無事にボタンを見つけ出した。
「もう、急にどうしたのよ? 私心配して……っ!?」
ボタンに駆け寄ろうとした杏だったが、突然その足を止めた。
「? どうしたの杏さ……うっ!?」
不思議に思い、マナたちも杏に近づく。すると、マナたちの目にも『ソレ』が映った。

――矢が刺さったデイパックと黒いコート。そして……銃で撃ち殺された1人の男の死体――――

「――ボタン……これの匂いを嗅ぎつけたのね?」
「ぷぴっ……」
ボタンをそっと抱き上げる杏をよそに貴明たちは男の亡骸と、彼の物であろうコートとデイパックに目を向けた。
「この矢は……もしかして…………」
「ああ、間違いない……まーりゃん先輩の持ってたボウガンの矢だ……」
「そんな……」
「それにこの人、銃か何かで背中から胸を撃ち抜かれて殺されている……。ということは今のまーりゃん先輩は銃も持っているってことだ……」
貴明のその言葉を聞いたささらたちに重い空気が流れた。
――自分たちは遅すぎたのか? もうあの人を止めることは出来ないのか、と……
「出来ることなら、別の誰かが先輩からボウガンを奪い取ってこの男を殺したと思いたい……」
そう言うと貴明は男の亡骸を仰向けに寝かせ、両手を胸の当たりで組ませた。簡単な弔いである。
「貴明さん……」
「――行こうか」
そう呟くと貴明は男の者であろう黒いコートを手にゆっくりと山を下りていった。
そんな彼の背中はささらたちには寂しそうにも見え、そして、恐ろしく見えた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇

547ココニイルトイウコト(前編):2007/02/28(水) 20:35:08 ID:fLx5V8H2
貴明たちが神塚山を下りた頃には既に夕陽が西の空に沈みかかっていた。
そのため、貴明たちはやむなく近くの鷹野神社に立ち寄り、翌日の朝まではそこを拠点として急速を取ることにした。
本当は貴明はすぐに氷川村にも行きたかったのだが、ささらとマナがそんな彼に対して「さすがに今日はもう無理をしないほうがいい」と言い出し、杏やゆめみにまで「休んだほうがいい」と言われてしまったためついに折れてしまったのである。

「――わかったよ……その代わり、少し周辺を見回りしてきていいかな? それが終わったら休むから……」
そう言って貴明はささらたちにステアーと鉄扇以外の物を預けると、周辺の見回りをすることにした。



――――ふと感じる。
俺の中から『何か』が少しずつ削り取られ、代わりに『何か』がゆっくりと侵食していくのが。

それが何なのか俺には判る。

――削り取られているのは『掛け替えのない日常』。侵食していくのは『怒り』や『憎悪』といったどす黒い感情だ。
そしてその黒い感情は主催者や岸田という男のような人間に対するものであると同時に、まーりゃん先輩のようなゲームに乗り人を殺す人たちに対するものだ。

失ってからはじめて判る、掛け替えのない大切なもの――それを失った俺の怒り矛先はどこにいくのだろう?
――――決まっている。主催者、そしてゲームに乗った奴らにだ。

もしかしたら、まーりゃん先輩も俺の手で…………



(――こればかりは久寿川先輩たちに言えないよな……)
神社に戻ろうとした貴明であったが、その時、茂みの中に日の光を反射して何か光るものを見つけた。

548ココニイルトイウコト(前編):2007/02/28(水) 20:36:40 ID:fLx5V8H2
「これは……銃? ――って、重っ!? リボルバーみたいだけど、皐月さんのリボルバーよりも遥かにデカいし重いっ!」
貴明は茂みの中に見つけたソレ――フェイファー ツェリザカを手に取ると、その重さと大きさに一瞬度肝を抜かれた。
「弾丸は……弾切れみたいだな…………誰かが放棄したのか? まあ無理もないか……こんなに重――――」
重いんだから荷物になっちゃうよな――そう言おうとした貴明であったが、その言葉が彼の口から出ることはなかった。

――なぜなら、貴明は見つけてしまったから……
「イルファ……さん……………?」
そう。かつてイルファと呼ばれていたメイドロボの成れの果てを…………



 【時間:2日目・17:15】

河野貴明
 【場所:鷹野神社周辺】
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、予備マガジン(30発入り)×2、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:フェイファー ツェリザカ(0/5)】
 【状態:左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷・右足、右腕に掠り傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー化】
 【思考】
  1)イルファさん……
  2)俺は……下手をしたらまーりゃん先輩も殺すかもしれない……
  3)主催者を……殺す!
 【備考】
  ※情報交換により岸田洋一を危険人物、抹殺対象と認識しました
  ※聖、ことみの死については杏が未だ話していないので知りません


※ルートB−13
※他のキャラの状況、所持品は後編にて

549深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:19:04 ID:Homp4jlU
「動かないで」

告げられた言葉に、逃げ場のないことを思い知らされる。
構えたマグナムの引き金を引くのと、自分の首にあてがわれた日本刀が振り払われることのどちらが速いか。
いや、速さだけならばほぼ同時かもしれない。しかしそれでは意味がない。
自分が命を落としてしまっては、本当に意味がない。

「・・・・・・降参よ」

だから、柚原春夏は静かにマグナムを放ると共に両手を万歳の体勢に持っていき、そう宣言したのであった。





「耕一、大丈夫?」

俯いたまま大人しくしている春夏のその向こう、仲間の一人に問いかける。

「ああ、マジ助かった」

柏木耕一の答えを聞き、彼の窮地に間に合うことができたということを実感できた川澄舞は、ほっと一つだけ息を吐くのだった。
鼓動の高鳴りはまだ続いている、表には出さないが本気で走り続けてきたので体力自体はかなり消耗している。
そんな彼女の元へ、春夏の剥き出しであった敵意に抑制がかかったことにより身動きをとることができるようになった耕一はすかさず回りこんできた。

「長岡さんと吉岡さんは・・・・・・」

一緒に逃げたはずの二人が見当たらないことからだろう、不安そうに聞いてくる。
長岡志保の知り合いでもある保科智子等と合流した旨を伝えると、彼もやっと安心したような笑みを浮かべた。

550深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:20:00 ID:Homp4jlU
・・・・・・短時間とはいえ、足止め役として場に残らせてしまった耕一の疲れは目に見えている。
早く彼を休ませるためにも、吉岡チエ等の下に戻らなければ。
しかし、そのためには春夏を何とかしなければいけない。

「・・・・・・」

すっかり大人しくなってしまった来襲者の背中を見やる、敵意はもう感じない。
どうしたものか。このまま首を撥ねることも可能だが、そのような行動を取る気は舞自身全くなかった。

そう、刀を構え続ける舞の脳裏に思い浮かぶのは、誰よりも大切な存在である倉田佐祐理の笑顔であり。
舞の中では彼女が悲しむような選択は消去されていた、それに敵意のある殺戮者ならまだしもこうして敗北を認めている様を見せつけられてしまっては手を出しづらいというのもある。

しかし、それでは埒が明かない。
殺さず野放しにした所で、また人を襲うかは分からない。
また、それではこのゲームに乗ってしまった人間を説得し更正出来るのかと言うと、口下手な自分では正直自信はもてない。
無言で舞が悩んでいる時だった。

「よくも・・・・・・住井君をやってくれたな」

いつの間にか来襲者が手放したマグナムを拾い上げた耕一が、彼女に向けてそれを構えていた。
反抗の兆しはない。静かに瞼を閉じた来襲者は、ただ最期の時を待っているようで。
怒りの形相でマグナムを構える耕一に、舞のような戸惑いの色は一切ない。
いつでも彼は、その引き金を簡単に引くことができたであろう。

「・・・・・・耕一」

声をかける。反応はない。

「耕一」

551深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:20:42 ID:Homp4jlU
もう一度、声をかける。顔だけこちらを向けた彼の瞳には、絶対零度の冷ややかさが秘められていた。
彼がこのような残忍な表情を持つとは意外であったが、特に驚いた様子もなく舞は黙ってそれを見つめ返す。
耕一が口を開くことはない、舞の言葉を待っているのだろう。
しかし、話しかけたものの何と言えばいいのか。そもそも、この声かけには何の意味があるのだろう。
少しまた悩んだが、そうやって考えれば自然と台詞は口をついた。

「殺すの?」

ぽそりと何気ない調子で放たれたそれに対し、厳しい表情の耕一はますますそれを歪めながらも一応は問いに答えてくる。

「当たり前だ、こいつは俺達をめちゃめちゃにした。こんな・・・・・・こんなゲームに乗った人殺しは、人間の屑だ!」
「だから、耕一も殺すの?」
「・・・・・・何が言いたい」

もはや、修羅と呼んでもいいほどの迫力。しかし舞がそれに屈することはなかった。
普段通りのまま表に感情を出すことなく佇んでいる、あくまで冷静に事を進めようとしているのであろう。

そう、目の前の彼からは先ほどまでの疲労の色が一切消えてしまっていた。
怒りの方が上回っているのだろう、理性的に物事を考えようとしないのもそのせいかもしれない。

「何が言いたいんだって、聞いてんだよっ」

怒声を浴びせられても尚、舞は動じない。それが余計に耕一を苛立たせているのかもしれないが、舞に伝わるはずもなく。





そんな、気がついたら二人だけのやり取りを。舞と耕一は、していた。
春夏はそれに対し、ずっと耳をすませ続けていた。
耕一がマグナムを拾い上げた瞬間、もう自分の命は終わったものだと彼女も半分諦めていた。
しかし予想外、まさか乱入してきた少女の方が彼を止めるなんて。
二人の雲行きは怪しい、このままいけば仲間割れになるかもしれない。

552深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:21:10 ID:Homp4jlU
・・・・・・春夏は待った、上手くいけば逃げおおせることも可能かもしれない。
銃口が逸れてさえくれば、相手も拳銃に対してはそこまで正確な射撃が出来ないことが先の撃ち合いで分かっている。
それまでは抵抗せず、どうなるか場を見極めることに対し注意を向け続けていた。

「川澄さん! 何で分かってくれないんだよ!!」

男が叫ぶ。正直この状況を自分が男の立場になった場合でも、春夏は同じような行動をとったであろうとふと考えた。
そう、もし目の前でこのみが殺されてしまったとしたら。殺害した参加者には必ず自ら手をかけ復讐を行うであろう。
だからこその憤り、ここでは「人を殺してはいけない」というモラルが上回る人間は厄介な存在になる。

(・・・・・・ふふっ、しっかり殺人鬼色に染まってきちゃったわね)

思わず自嘲、それは悲しい笑みだった。
しかし、今こそチャンスでもある。
男の矛先は自分には全く向いていない、春夏はしっかりと肩にかけたデイバックを握り締め走り出す準備をした。
そして、ついに男の銃口の角度がぶれだしたその時。

春夏は脱兎のごとく、駆け出した。







「なっ?!」

舞も、耕一も唖然となってその背中を見送るしかない。

「待てっ!」

553深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:21:33 ID:Homp4jlU
叫ぶ耕一、手にしたマグナムで無茶苦茶に発砲を繰り返すものの手ごたえは全く感じられないようだ。
連射したことによる痺れが利き腕を支配し始めるが、耕一は止めることなく引き金を引き続けた。
そして、カチッカチッと弾切れの合図が出たところで。ゆっくりと、マグナムを降ろすのだった。

「耕一・・・・・・」

舞が呟くように声をかける。しかし耕一はそれを無視して、呆然と春夏の去っていった方向を見つめるばかりで。

「何でだよ・・・・・・」

渇いた声。こちらに振り返ることなく、耕一は吐き捨てるように言葉を紡ぐ。

「何でだよっ、何で止めたんだ!! あいつは住井君を殺ったんだぞ、俺達をめちゃくちゃにしたんだぞっ?!」
「耕一、落ち着いて」
「落ち着いてられるかよ、これが! なんつーことしてくれたんだ・・・・・・」
「耕一」

舞の言葉はあくまで平坦であった、そこに焦りと言ったものは全く見え隠れしない。
耕一だけが叫んでいた、耕一だけが感情を高ぶらせていた。これでは先ほどと同じである。

彼にとってそれすらも怒りの対象となっているという事実に、舞は気づいていないのであろう。
彼女は焦った面を覗かせることもなく、淡々と耕一に問いかけた。

「耕一は、そんな簡単に人を殺そうと思うの?」
「そういうんじゃない、そういうんじゃないんだよ! 俺はただ、住井君の敵を・・・・・・」
「本当に?」
「当たり前だろう!!」
「今の耕一は、ストレート過ぎる。周りが見えていない。敵とかじゃない、あの人を殺すことを目的にしていた気がする」
「何だよ、それ・・・・・・」

554深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:21:55 ID:Homp4jlU
言い返してはいるが、耕一の語気は明らかに弱弱しくなっている。そこを舞は見逃さなかった。

「私は違う。絶対、そんなことはしない」
「・・・・・・どういう、ことだよ」
「悲しませるようなことは、しない」
「何がだよ! あいつの家族や、友達が泣くからとかそういう理由なのか?! そんなの・・・・・・」
「佐祐理が悲しむから。だから殺さない」

きっぱりと、言い放たれたその二言。
佐祐理。倉田、佐祐理。耕一の頭の中でリフレインするその固有名詞は、知り合った頃に舞の口から聞いた覚えがあるものだった。

「祐一も、きっと悲しむ。私は魔物を討つ者だ、そのためにずっと剣を振るってはいた。でも、人を殺めるのとそれは、違う」

口数の少ない彼女が、嫌に流暢に話す様を。耕一は、じっと見つめていた。
そして、そんな舞の言葉を噛み砕きながらゆっくりと瞼を閉じ。
冷静に、彼女の言い分を考察しようとする。

「・・・・・・死ぬんだぞ」

ぼそりと。
脅すかのような低い声色、意識した物ではなくそれは自然と漏れたものだった。
短い髪をクシャッと掻き分け、目を逸らしながら耕一は抗議する。

「相手が殺る気ならこっちだって殺らないと・・・・・・死んだら、お終いなんだぞ」
「そうならないために、私も努力する。守ってみせる」
「誰をだよ、この島にいる全員をか?! 馬鹿げてる」
「・・・・・・」
「だから、殺さないのか?」

555深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:22:22 ID:Homp4jlU
誰も殺さないなんていう甘い考えで、生き残ろうなんてどうかしている。あまりにも、非現実的だとしか思えなかった。
徹底した綺麗な理想を貫こうとでもしているようにしか見えない、それが「倉田佐祐理」が悲しむからという理由だけ成り立つなんて。
耕一には、理解できなかった。

その、次の一言までは。

「耕一は、誰も悲しまない?」

真っ直ぐな瞳に射られる、純粋な疑問であろう。
しかし、それが決定打でもある。

そうだ、もし自分が人殺しになったとしたら。
千鶴は、梓は、初音は・・・・・・亡くなってしまった、楓は。彼女達は、一体どのように思うだろうか。
軽蔑するだろうか、仕方ないと許してくれるか・・・・・・それとも。

『お兄ちゃん・・・・・・』

その中でも一番明確なヴィジョンが作られたのは、末っ子でもある初音だった。
半分泣いたような顔で、胸の前で手を組みながらもきっと彼女はこう呟く。
仕方ないよね、と。つらそうに、まるで自分のことのかのように、きっと彼女は―――――――。

ああ、と。それでやっと耕一は、頑なな態度を取り続ける舞の気持ちが、分かったような気がした。

「耕一の家族は、耕一が人を殺して・・・・・・本当に、悲しまない?」

ダメ押しでもう一度問われる、答えることなんて出来やしない。
だから耕一はそれに返すことなく、違う問いを口にした。

556深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:22:56 ID:Homp4jlU
「川澄さんは、その・・・・・・佐祐理って子達が嫌がるから、誰も殺さないっていうのか?」
「違う。嫌がるからじゃない、悲しむから」
「じゃあ、川澄さん自身はどうなんだ? 目の前で佐祐理って子が殺されたら、どう・・・・・・」

言葉は、続かなかった。
舞の表情は変わらない、先ほどの彼女のまま。
しかしその瞳の湛える意志の強さはますます増しているかのようだった、舞はそのまましっかりと耕一を見据え続ける。
だが耕一もここで引こうとはしない、途切れた啖呵の続きは口にせず問いの意味を投げかけた。

「人を手にかけないていうことに対し、川澄さん自身の意志があるのかないのか。それがちょっと気になったんだ」
「これは私の意志、これが私の意志。例外はない」

即答、そこに揺らぎはない。
何てしっかりとした子なんだと、何てはっきりとした自我を持っている子なんだと。驚愕が胸を包むと同時にやっと川澄舞という人物が理解できたような。
そんな風に、耕一が思った矢先だった。目の前の彼女の頭が、いきなり項垂れたのは。

「ただ、前の私だったら迷わず斬っていたかもしれない、でも私は変わったから。
 変われたから。佐祐理と、祐一と出会えたことで」
「・・・・・・そうか」
「だから、人を殺そうなんて思わない。復讐もしない、それを佐祐理が望むとは思えないから」

どうしてだろうか。先ほどまでと一転して、今度は随分と小さな少女に見えてきた気がする。
ある種の儚すら感じた、そして考えた。
この答えに辿り着いた彼女の聡明さと、その裏に存在にするであろう不安を。
彼女の強みは「倉田佐祐理」、そして「相沢祐一」の存在というバランスでしか成り立っていない。

そしてその心の支えは、今彼女の傍にはいない。

「・・・・・・耕一?」

557深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:23:21 ID:Homp4jlU
気がついたら目の前の細い体を両腕で包んでいた、細く華奢なそれは簡単にすっぽりと収まることになる。
特に抵抗されることもなかったので、耕一は力を加減しながらもぎゅっとそのまま舞を抱き込んだ。
腕の中の舞は、特に何も何も口にしなかった。ただその暖かな温度だけが彼女を抱いている証のようにも思える。
しかし、ここまで反応がないというのも困ったことで。
もしかしたら突然のことに怒っているのだろうか、不安に感じた耕一は躊躇いながらも口を開く。

「ごめん、嫌だった?」
「ぽんぽこたぬきさん」
「え?」
「・・・・・・別に。ただ、どうしてって思った」

ぐっと少しだけ胸板を手で押し返される、密着していた頬を剥がし耕一の目線に合わせて舞は静かに問いかけた。
耕一はというとその純粋な視線に照れを覚えながらも、感じたことに対し素直に答えようとする。

「何か、泣きそうに見えたんだ。川澄さんが」
「・・・・・・」
「勘違いかもしんないけどさ、その。確かに川澄さんの決意の強さは分かった、でも・・・・・・何ていうか、強がりだってあるような気がして」
「・・・・・・」
「余計なお節介かもしれないけど、あんまり一人で背負い込もうとしなくてもいいからさ・・・・・・ほら、俺達だって仲間なんだから。
 君の大事な友人ほどにはなれないかもしれないけど、頼ってくれればって。思ったんだ」
「・・・・・・はちみつくまさん」

ぎゅっと、胸の辺りのシャツが引っ張られる感覚を得る。
見下すと舞が両の手でそれを握り締めていた、そしてぽふっと先ほどのように頬をくっつけてくる。
ああ、甘えているのだと。少女のリアクションの意味が分かると同時に、そこに愛しさが生まれだす。
さらさらとした黒髪に指を通すと、舞は気持ち良さそうに目を細めた。
それを何度も繰り返す、艶のある彼女の髪を触るのは耕一自身も楽しかった。

558深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:23:49 ID:Homp4jlU
しばらくの時間が過ぎた所で、また胸を押し返される。
ゆっくりと拘束を解くと、そこには口元を少し緩ませた優しい表情の舞がいて。

「私は、誰かを守るためにこの剣を振るう。チエも、志保も・・・・・・耕一も」

それは宣言だった。多分抱きすくめられた際に落としたのだろう、日本刀を拾い上げながら舞は言う。

「誰かを傷つけるために私はいるわけじゃない、耕一だってそう。守るために、戦う」
「そうだね、そして俺達の大事な人のためにも」

こくり。

「誰も殺さないで、事を進めるんだ」

耕一が言い終わる前に、舞は既に頷いていた。

その澄んだ瞳にじっと見つめられるだけで、耕一はまるで心が浄化されるような感覚を得た。
そして、今更になって思う。ああ、自分は彼女の虜になりかけていると。

「行こう、耕一。よっち達が待ってる」

多分舞は気づいていないだろう、一途だからこそ今は目の前の「守るべき対象」しか目に入っていないはず。
それも彼女の魅力だと思った、だから耕一は黙って頷き同意を表したのだった。




舞はすぐにでもチエ等のもとへ駆け出す気であっただろう、しかしそこは謝り耕一は先の戦闘にて手放したトカレフを探しだす。
一応弾も一発だけだが残っているはずだったので、ここで手放すには少々惜しいからだ。
感情が高ぶっている際に乱射したマグナムにはもう残弾はない、切り札としてトカレフは手放せない存在になるであろう。
落とした場所はすぐそこであったのでそれ自体は簡単に見つけ出せた、手に取り確認するものの異常は見られない。

559深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:24:37 ID:Homp4jlU
「ああ、そういえば」
「?」

これで思い出したと言ったら失礼かもしれないが、トカレフを預けていった少女のことが頭を過ぎる。

「友達には無事会えた?」

舞に絶対会わなければと意気込んでいたあの少女のこと、身体的特徴から見て舞から聞いていた「倉田佐祐理」でないことだけは理解できる。
名前は聞かなかった、制服は・・・・・・見覚えはあったがよく思い出せない。
何しろ辺りが薄暗いということにも拍車がかかっていて、耕一の中でもあの少女のことはかなりおぼろげな記憶としてでしかなかった。

「髪の長い、すらっとしたスタイルのいい子。君を探しに追って行ったんだよ」
「・・・・・・?」
「え、会わなかったかな」
「誰?」
「ああ、名前は聞かなかったんだけど。川澄さんの名前知ってたから・・・・・・友達じゃなかった?」

首を傾げる舞、訝しげなその視線に耕一の胸中を嫌な予感が埋めていく。

「そういう知り合いはいない・・・・・・どういうこと?」

固まる空気。
耕一の表情に、焦りの色が浮かびだす。
舞は続けて言った、このゲームに参加している知り合いは「倉田佐祐理」と「相沢祐一」のみだと。

「ここに来てからもよっちや耕一達としか面識はない、他の人間には会っていない」

では、あの少女は一体何者なのか。
何が目的で舞を探していたのか。

560深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:25:24 ID:Homp4jlU
「・・・・・・耕一、その人はどっちに行った」
「ああ、うん。川澄さん達が逃げてった方向だけど」
「・・・・・・」
「えっと・・・・・・」
「行こう、耕一」
「え、ちょ、ちょっと?!」

背中を向け、耕一の言葉を待つことなく舞はいきなり走りだす。
生み出たのは小さな不安、後ろを顧みず舞は再び足を動かし続けるのだった。





柚原春夏
【時間:2日目午前4時】
【場所:F−5南部・神塚山】
【所持品:要塞開錠用IDカード/武器庫用鍵/要塞見取り図/支給品一式】
【武器(装備):防弾アーマー】
【武器(バッグ内):おたま/デザートイーグル/レミントンの予備弾×20/34徳ナイフ(スイス製)マグナム&デザートイーグルの予備弾】
【状態:このみのためにゲームに乗る】
【残り時間/殺害数:9時間19分/4人(残り6人)】

柏木耕一
【時間:2日目午前4時】
【場所:F−5南部・神塚山】
【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(1/8)・500S&Wマグナム(残弾数0)・大きなハンマー・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:チエと志保の元へ、誰も殺さない、右腕軽症、柏木姉妹を探す】

川澄舞
【時間:2日目午前4時】
【場所:F−5南部・神塚山】
【所持品:日本刀・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:チエと志保の元へ、誰も殺さない、祐一と佐祐理を探す】
【備考:髪を下ろしている】

Remington M870(残弾数1/4)は周辺に落ちている

(関連・656)(B−4ルート)

561雨中、真紅に燃えて:2007/03/01(木) 15:01:10 ID:STP5xe1k
「この島は、いいところだ」

サングラスの男は、そう口にした。

「手前ェの器ってもんを試すチャンスが、いくらでも転がってやがる。男にとっちゃ最高だ。
 あんたもそう思うだろう、爺さん?」

言って、笑う。
どこまでも快活な笑みだった。
対する老爺は、黒い三つ揃いの襟を正すと、白い手袋の拳を握り込んだ。
静かに構える。軽い前傾姿勢のボクシングスタイル。

「―――名を聞いておこうか。口が利けんようになってからでは遅いからの」

老爺の静かな言葉に、サングラスの男がニヤリと口の端を上げる。

「人に名を尋ねるときはまず自分から―――、そいつが紳士の嗜みってもんじゃねえのか」

言われた老爺は眉筋一つ動かさず、答える。

「失礼した。長瀬源蔵、号をダニエルと申す。
 ……いざ、尋常に立ち合われたい」
「長瀬……源蔵……? マジかよ、爺さん……!」

老爺、源蔵の名乗りに、サングラスの男が短く口笛を吹いた。
心底から楽しそうな笑みが、口元に浮いている。

「ハハッ、こりゃあいい、こりゃあいいや!」
「……そこもとの名は」

腹を抱えんばかりに笑う男に、源蔵があくまでも静かに問いかける。
男がぴたりと笑いを止めた。正面から源蔵を見据え、口を開く。

「古河秋生。……あんたは知らないだろうが、爺さん。
 俺さ、あんたの役、演ったことあるんだぜ」

言ってサングラスの男、秋生がまた笑う。
それはまるで、少年のような、笑みだった。

562雨中、真紅に燃えて:2007/03/01(木) 15:01:30 ID:STP5xe1k
「―――」

雨が、降りしきっていた。
秋生の手にはいつの間にか、一丁の奇妙な形状をした拳銃が握られていた。
その銃口は、拳を構えた源蔵の正中線をぴたりと狙っている。
しかし源蔵は微動だにせず、じっと秋生を見据えていた。
二人の男は、動かない。

「……飛び道具なぞに、長瀬が膝を折るとでも?」
「はは、そいつはやってみなけりゃわからねえさ。
 実際、俺の演ったホンじゃあ爺さん、あんた結構苦戦してたぜ?
 もっとも満州にいた頃のあんただがね」
「ふむ」

源蔵の、しとどに濡れた髭から雨粒が滴り落ちる。

「十四、五の時分のこととてな。ようは覚えておらなんだが……そのようなこともあったかの」
「俺に聞くなよ」

秋生が苦笑する。

「立志伝中の人物、ってやつだ。
 本当のあんたが何をしたのか、何を見たのか―――そいつはあんたにしかわからねえさ」
「さて、芝居の種になるような生き方じゃったかの」
「充分さ。がむしゃらで、破天荒で……爺さん、若い頃のあんたは、俺のヒーローだったんだぜ」
「小僧に多くを望むでないわ」
「違いねえ」

秋生が一瞬だけ、どこか遠くを見るように小さく笑う。

「ガキどもにはいつだって苦労させられる」
「それが老いる楽しみでもあるさ」
「爺さんの境地に達するには、俺は若すぎるんだよ」
「そのひよっこが、さて何を見せてくれるのかの」
「そいつは見てのお楽しみ、だ」

閃光が奔った。
言い終えるや、秋生が引き金を引いたのである。
一瞬の静寂。
雨滴の、地面を叩く音が、一際大きく聞こえる。

563雨中、真紅に燃えて:2007/03/01(木) 15:01:58 ID:STP5xe1k
「……おいおい」

秋生が、呆れたように呟く。
赤い光線は、雨を裂いて確かに源蔵を貫いたかに見えていた。
しかし、秋生の視線の先には、いまだ平然と立つ源蔵の姿がある。

「……あんま無茶すんなよ、爺さん」
「ふむ」

片足を引くことで半身をずらす、ただそれだけの動作で必殺の第一射をかわしてみせた源蔵が、
息一つ乱さず言葉を返した。

「……まさか光線銃、とはの。少々肝を冷やしたわ」
「見てから避けられるはず、ねえんだがな」
「なに、見えずばその先を取るだけの話よ」
「簡単に言ってくれるじゃねえか」
「そも、」

源蔵が、一拍置く。

「見たことがなくては防げぬ、では……警護は務まらぬからの」
「そらまあ、そうだ」
「……さて、今度はこちらの番かの―――」

言いながら源蔵が、す、と足を踏み出す。
何気なく踏み出されたはずのその一歩は、しかし、接地と同時に轟音を響かせた。

「ぬぅぅぅぅ……ンッ!」

周囲の大気が、震えた。
老人の痩身が変化を遂げていく。
上品な仕立てのシャツが、ぴんと張り詰めた。
内側からの圧力。源蔵の肉体が、膨れ上がっていたのである。
半世紀もの間、来栖川の盾として磨き上げられてきた、それは鋼鉄の肉体だった。

「何だ、そりゃあ!? 反則じゃねえか爺さん!」
「―――参る」

言葉と共に、源蔵が跳んだ。
踏み出した足の下で、泥濘が爆発的に弾ける。
巌の如き拳が、轟と風を巻いて秋生に迫った。

564雨中、真紅に燃えて:2007/03/01(木) 15:02:24 ID:STP5xe1k
「ちぃッ!」

迎撃しようとした秋生は、瞬時に間に合わぬと判断。
前に出れば砕かれる。後ろへ避ければ詰められる。

「なら―――こっちだろッ!」

横っ飛び。
タックルにいくような低い姿勢で身を捻り、肩甲骨から接地する。
そのまま重心移動だけで起き上がり、肩越しにめくら撃ちで三点射撃。
軸足で回転した秋生の眼前に、歯を剥き出した源蔵の笑みがあった。

「……ッ!」

その左の袖が千切れ、隆々たる筋骨が覗いていた。
紙一重でかわされた、と秋生が理解した瞬間、その腹を衝撃が貫く。

「がァ……ッ!」

一気に数メートルを吹き飛ばされる秋生。
回転する視界の中で、しかし秋生は地面に向けて光線を放っていた。
泥濘が陥没し、小さなクレーターを作る。
射撃の反動で、秋生の回転が止まっていた。空中での強引な姿勢制御。
追撃すべく飛び出していた源蔵が、その表情を凍らせる。

「悪ぃな爺さん、ゾリオンには色んな使い道があるんだよ……!」

笑う。カウンターでの斉射。
赤光が、源蔵に迫る。

「ぬぅぅぅッ!!」

瞬間、秋生は己の目を疑った。
絶対にかわせぬタイミング。必中の光線を、源蔵は己が腕を交差させて受けたのである。
肉を焼き、骨を断つはずの赤光は、しかし、源蔵の腕を貫くことはなかった。
源蔵の腕から立ち昇った黄金の霧に、光線が阻まれているように、秋生には見えた。

「焚ッッ!!」

大喝と共に、赤光は弾かれていた。
驚愕に目を見開きながら、秋生が着地する。

565雨中、真紅に燃えて:2007/03/01(木) 15:02:51 ID:STP5xe1k
「クソッタレ……無茶しすぎだろ、爺さん……!」

突進を止めることには成功したが、しかし秋生の前に立つ源蔵は、まったくの無傷であった。
ゾリオンの赤光を防いでみせたその両の袖口がズタズタに裂けているのが、唯一の瑕疵といえた。

「ふむ……、替えは持ち合わせておらんのだがな」
「服の心配かよ……!」
「何、わしに闘気を使わせた男は久しくおらん。誇ってよいぞ」
「闘気だぁ……? さっきの、金色のやつか……」

光線を受けた一瞬、源蔵の腕から湧き出した、黄金の霧の如きものを、秋生は思い起こしていた。
源蔵が、重々しく口を開く。

「貴様の銃に様々な使い道があるように、わしの闘気にもそれなりの使い方というものがある」
「気合がありゃあ何でもできる、ってか……これだから大正生まれはタチが悪ぃんだよ」
「せめて半世紀を生きてから物を言え、ひよっこ」
「ハ、戦前に帰りやがれ、満州の爆弾小僧!」

走り出しながら、秋生が光線を放つ。
距離をとろうとする動き。
させじと、源蔵が詰めていく。

逃れ、詰める。時折、赤光が奔り、風が唸る。
それは雨の森を舞台と見立てた小さな輪舞の如く、穏やかにすら見える暴力の応酬だった。

「ああ畜生、楽しい、楽しいなあ、爺さん」

秋生が、泥を撥ね上げながら口を開く。
表情は快の一字。

「楽しいついでだ、聞いてくれよ、爺さん」

源蔵は答えず、横蹴りで秋生の腹を狙う。
大きく跳ぶ秋生。

「俺の女房は、ちっとばかし頭の弱い女でな」

構わず言葉を続ける。

「世界が平和になりますように、なんて本気で言い出すような女でよ。
 俺みてえなヤクザ者もあいつにかかりゃあ、本当はいい人、素敵な人、ってな。
 他人のいいところしか見ねえ、いや見えねえんだ。ま、言ってみりゃあ病気だぜ、半分方」

秋生の鼻先を、源蔵の磨き上げられた革靴が掠めた。

566雨中、真紅に燃えて:2007/03/01(木) 15:03:22 ID:STP5xe1k
「……ああ、勘違いすんなよ? どんだけ頭が弱くたって俺は女房を愛してるからよ。
 うおお、無性に叫びたくなってきた、早苗、愛してるぜぇぇーっ!」

拳圧だけで周囲の木々を薙ぎ倒さんばかりの一撃を、紙一重でかわしながら叫ぶ秋生。

「ま、そんな感じでな。ついでに娘もとびっきりの器量よしだぜ、写真見るか?」
「わしは孫を亡くしたよ」
「そうかい、そりゃ残念だ」

秋生の手にした銃から、光線が飛ぶ。
赤光は一瞬前まで源蔵がいた空間を切り裂き、草木を灼く。

「でまぁ、そのちっとおつむの弱くてとびっきりのいい女が、だ」

連射。
矢継ぎ早に飛ぶ赤光を、源蔵は左右に身を振ることで回避。
秋生は後退しながら広範囲に弾幕を張る。

「俺のことをな、ヒーローだって、本気で信じてやがるのよ」

なおも詰める源蔵。
眼前に展開される飽和攻撃を、最低限度の動きでかわしていく。

「だから俺は爺さん、あんたにだって負けねえ。……負けられねえッ!」

だが秋生は、その動作を予測していたかのように速射。
疾風の如き源蔵の回避軌道に合わせ、それ以上の速度をもって赤光が駆ける。
しかし、

「―――若いな」

命中の瞬間、再び源蔵の腕から闘気が立ち昇っていた。
右正拳、一閃。黄金の拳が、赤光を粉砕した。
秋生が次の弾幕を展開するよりも早く、源蔵が肉薄する。

「信念だけでは、この拳は撃ち抜けぬ」

左が、秋生の顔面をかち上げる。
間髪をいれず右。たまらず秋生がのけぞった。
体を引きながら、空いた腹に打ち下ろしの左。下向きのベクトルに、秋生の体が釘付けにされる。
流れるような三連打。既に右の拳は引き絞られている。
源蔵の拳に、黄金の闘気が宿った。

「さらばだ、小僧―――!」

567雨中、真紅に燃えて:2007/03/01(木) 15:03:53 ID:STP5xe1k
古河秋生を葬り去る、必殺の一撃。
昇竜天を衝くが如き右の拳は、

「ぬぅ……ッ!?」

秋生の眼前で、止まっていた。

「―――爺さん、やっぱりあんた爺さんだ」

否。源蔵の拳は、止められていた。

「歳食って、磨り減っちまってる」

秋生が手にした拳銃から、赤光が伸びていた。
常であれば瞬間に飛び去り消えるはずの赤光は、しかし燃え盛る炎の如く、その場に留まっていた。
それはまるで、銃口を柄と見立てた、一振りの剣。
真紅の剣が、黄金の拳を押し返す。

「昔のあんたなら、胸を張って応えたはずさ。手前ェの負けられねえ理由、ってヤツで」
「ぬ、ぬぅゥゥッッ!?」
「信念の無ぇ拳が……俺のゾリオンを止められるかよッ!!」

ぎり、と源蔵を見返した秋生の瞳が、大剣と同じ色に燃え上がった。
赤光が、黄金を飲み込んでいく。
ついに秋生の大剣が、源蔵の拳を包む闘気を弾き飛ばした。

「ぐぅッ……!?」
「名づけて必殺、ゾリオンブレード! ―――サヨナラだ、俺のヒーロー!」

真紅の刃が、鋼鉄の肉体を肩口から、切り裂いた。

568雨中、真紅に燃えて:2007/03/01(木) 15:04:33 ID:STP5xe1k
 【時間:二日目午前10時前】
 【場所:F−5、神塚山山頂】

古河秋生
 【所持品:ゾリオンマグナム、他支給品一式】
 【状態:ゾリオン仮面・戦闘中】

長瀬源蔵
 【所持品:防弾チョッキ・トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・支給品一式】
 【状態:肉体増強・戦闘中(斬られている)】

→664 ルートD-2

569譲れない想い:2007/03/01(木) 19:40:13 ID:tQg92mBA
激しく殴り合う岡崎朋也と、高槻・折原浩平。だがポテトの投擲攻撃を機に、とうとう彼らの拮抗は崩れた。
「うがっ……!」
ポテトを投げつけられて動きの鈍った浩平の顎を、朋也の鋭い裏拳が正確に打ち抜く。
浩平の体が、勢い良く地面に叩きつけられる。浩平は何とか起き上がろうとしたが――腕が、足が、命令を拒否する。
「ぐ……う……」
浩平は脳を大きく揺さぶられて、いわゆる脳震盪の状態に陥ってしまっていた。
動ける筈が無い。寧ろこの状態で意識を保っていられる事が既に、驚くべき事だった。
残るは白衣に包まれた左肩を真っ赤に染めた高槻と、腹部に軽い痛みはあるもののほぼ無傷の朋也のみ。
一対一、そして満身創痍の人間と五体満足の人間の勝負――もう、これ以上続けるまでも無かった。
高槻に向けて、刺々しい睨みを効かせてくる朋也。あの長身に加えて、この猛獣のような眼力。
高槻には朋也の姿が、悠然とそびえ立つ不気味な塔のように見えた。
「もういいだろ……俺の勝ちだ。諦めて彰を――その殺人鬼を庇うのを止めろ。
出来ればゲームに乗ってない奴を、悪人じゃねえ奴を殺したくはねえ」
朋也は可能な限り、怒気を抑えて言った。本当なら今すぐにでも障害を排除して、彰を八つ裂きにしたい。
しかしそれでは、この島を闊歩する殺人鬼達と同じでは無いか。
朋也の中に残った一欠片の最後の理性が、ぎりぎりの所で彼を押し留めていた。

570譲れない想い:2007/03/01(木) 19:41:23 ID:tQg92mBA
昔の高槻ならば、ここで素直に引いただろう。いや、そもそも最初から彰を庇いさえしなかっただろう。
自分以外の人間。それも、仲間ですら無い人間を庇う。その行為にどれだけの意味がある?
良いじゃねえか、見捨てちまえば――頭の中で、そんな囁きが聞こえてくる。
だがそれでも。高槻は静かに、朋也の目を眺め見たまま語り始めた。
「――なあ、てめえ。勘違いしてるようだから言っとくが」
「何だよ」
「俺様はどうしようもねえ悪党だ。この島に来る前までは色々と悪いことをやったさ……」
突然の告白に、その意図を計りかねる朋也。
「それがどうしたってんだ?自分は悪人だから殺してくれとでも言いたいのか?」
高槻はそんな朋也の言葉を無視して、淡々と喋り続けた。
「だが俺様はこの島で、馬鹿なクソガキ――沢渡真琴って奴に出会ったんだ」
その名前が出た瞬間、浩平も、郁乃も七海も息を飲んだ。
真琴は、彼女はもう――
「あいつは口は悪かったけど……こんな俺様に懐いてくれた……こんな俺様を頼ってくれた……」
高槻はそこまで言うと、目線を落として、拳を潰れそうな程握り締めた。左肩の傷口から流れ落ちる血の勢いが増す。
「なのに俺様はあいつを……守れなかった……。守れなかったんだよ、畜生……!」
「な……なん……だと……」
高槻の言葉に、朋也の頭の中が真っ白となる。
(こいつは――俺と一緒じゃないか。守りたい奴がいて、精一杯守ろうとして、それでも守りきれなかった。俺と何も変らないじゃないか……)
動揺する朋也をよそに、高槻は一層語気を強める。
「今も俺様の仲間は馬鹿なガキばっかりだ。けどよ……こいつらは俺様を頼ってくれているんだ。
こんな俺様を必要としてくれるんだ……。折原も、勿論郁乃も七海も俺様の大事な仲間だ」
そして最後に高槻は、この島に来てから一番強い――否、人生の中で一番強い想いを籠めて、言った。
「だから今度こそ俺様はこいつらを守ってみせる。こいつらの笑顔も守ってみせる。彰ってガキが浩平のダチだってんなら、そいつも守る。
そうだ、俺様は絶対に引かねえ……引く訳にはいかねえんだ!」
朋也はもう、答えられなかった。自分と同じ経験を経て――違う道を選んだ強き者を前に、何も答えられなかった。

571譲れない想い:2007/03/01(木) 19:42:45 ID:tQg92mBA


あの無愛想な男の、高槻の、信じられないような内容の独白――
そこで郁乃はちらっと横を見た。彰は先ほどから何やら、銃の照準を合わせる方法を模索しているようだ。
玩具とは訳が違う。もしまかり間違って仲間を撃ってしまっては取り返しがつかない。まだもう暫くは時間がかかるだろう。
郁乃は視線を正面に戻して、高槻の背中を見つめた。
「…………ねえ、高槻」
「何だ?」
背を向けたまま答える高槻。無茶だとは分かっているが、それでも郁乃は、自分の願いを口にした。
「お願い……勝って!」
高槻は答えない。だがその背中が少し笑って見せたような気がして――直後、高槻は駆け出した。

572譲れない想い:2007/03/01(木) 19:43:37 ID:tQg92mBA


「くっ――」
一発、二発、三発、四発。連続で繰り出される高槻の拳を、朋也はかろうじて受け止めていた。
――早い。怪我をしている筈なのに、左肩が痛む筈なのに。高槻は怯む事無く、嵐のように攻撃を繰り出してくる。
――重い。死んだ仲間の為だけでなく、生きている仲間の為にも振るわれる拳は、何よりも重い。
「けど俺だって……負ける訳にはいかねえんだよっ!!」
朋也が吼える。自分とて、風子と由真の命を背負っている。引けないのは同じだ。
彼女達の敵を取るまでは、彰を葬り去るまで、たとえ五体が引き千切れようとも戦い続けてみせる。
「うらあ!」
高槻の強烈な左フックが朋也の頬を捉える。朋也の口と、高槻の左肩から血が流れ出る。
「く……あああ!」
朋也が高速で左足を横薙ぎに振るう。腹を蹴られた高槻が低い呻き声を上げる。
「このっ……ナメんな!」
高槻は朋也の髪を掴んで、その顔に頭突きを放った。朋也の鼻から、血が噴き出す。
「ぐあっ……でも、まだだ!」
朋也は前蹴りを放って、高槻を後ろに押し退ける。
「いい加減倒れやがれっ!」
高槻が大きく右腕を振り上げて、渾身の一撃を振り下ろす。
「てめえがな!」
朋也は大きく腰を捻り、勢いをつけて右の拳を斜めに振り上げる。
どちらも防御など考えてはいない。ひたすら攻めて、自分の気持ちを叩き付けて、敵を打ち倒すのみ。
「ぐはっ……」
「げぼっ……」
クロスカウンターの形でお互いの拳が交差し、互いの体を酷く痛めつける。
骨の芯にまで届く、大きな衝撃。神経が断裂するかと思うほどの、凄まじい激痛。
それでも二人は、ガクガクと震える膝を叱り付け、咆哮をあげてまた殴り合う。
その度にまた二人の体に傷が増え、地面に赤い鮮血が飛び散る。それが自分の血か、相手の血か、判別する事はもう出来ない。
命を、魂を、削り合うような、男の意地を掛けた殴り合い。それは永遠に続くようにさえ、思われた。

573譲れない想い:2007/03/01(木) 19:44:54 ID:tQg92mBA


しかし、死闘の終わりは唐突に訪れる。
「――やめやがれぇぇぇぇぇぇっ!!」
場の空気を吹き飛ばす、巨大な叫びが響き渡る。高槻と朋也は、ピタッと動きを止めて、ゆっくりと横へ振り向いた。
そこには真実を知る三人――古河秋生、古河渚、そして、みちるが立っていた。

【時間:二日目・14:30】
【場所:C−3】
古河秋生
【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
【状態:現在の目標は戦いを止める事。中程度の疲労、左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流。聖の

捜索】
古河渚
【所持品:無し】
【状態:自力で立っている、目標は朋也の救出、右太腿貫通(手当て済み、痛みを伴うが歩ける程度には回復)】
みちる
【所持品:セイカクハンテンダケ×2、他支給品一式】
【状態:目標は朋也の救出と美凪の捜索】

574譲れない想い:2007/03/01(木) 19:46:02 ID:tQg92mBA
岡崎朋也
 【所持品:S&W M60(0/5)、包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、三角帽子、他支給品一式】
 【状態:マーダーへの激しい憎悪、疲労大、全身に痛み。第一目標は彰の殺害、第二目標は鎌石村役場に向かう事。最終目標は主催者の殺害】
湯浅皐月
 【所持品1:セイカクハンテンダケ(×1個+4分の3個)、.357マグナム弾×15、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:宝石(光3個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金】
 【状態:気絶、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】

七瀬彰
 【所持品:S&W 500マグナム(5/5 予備弾7発)、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:腹部に浅い切り傷、右腕致命傷(ほぼ動かない、止血処置済み)、疲労、ステルスマーダー】
ぴろ
 【状態:皐月の傍で待機】
折原浩平
 【所持品1:34徳ナイフ、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)】
 【所持品2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、ほか支給品一式】
 【状態:脳震盪(回復にはもう少し時間が必要)、頭部と手に軽いダメージ、全身打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)】
ハードボイルド高槻
 【所持品:分厚い小説、コルトガバメントの予備弾(6)、スコップ、ほか食料・水以外の支給品一式】
 【状況:全身に痛み、疲労極大、出血大量、左肩を撃ち抜かれている(左腕を動かすと激痛を伴う)、最終目標は岸田と主催者を直々にブッ潰すこと】

575譲れない想い:2007/03/01(木) 19:47:54 ID:tQg92mBA
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、ほか支給品一式】
 【状態:待機中、車椅子に乗っている】
立田七海
 【所持品:フラッシュメモリ、ほか支給品一式】
 【状態:待機中】
ポテト
 【状態:気絶、光一個】

【備考】
以下の物は高槻達が戦っているすぐ傍の地面に放置
・コルトガバメント(装弾数:6/7)、H&K PSG−1(残り2発。6倍スコープ付き)

→720

576ココニイルトイウコト(後編):2007/03/02(金) 12:58:34 ID:YC4yZi4s
「河野さん、このお方は…………」
「イルファさん……俺の……友達だよ…………」
鷹野神社の一室。そこには貴明が運んできたイルファだったモノを中心に、神社にいた全員が集まっていた。
「イルファさんが死んだことは2回目の放送の時点で知っていた……だけどこんなの……酷すぎる…………」
もう一度変わり果てたイルファを一瞥すると貴明はギリッと奥歯をかみ締めた。
そんな彼の手には今、イルファの遺品であるフェイファー ツェリザカが握られている。


(今頃、珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんはどうしているだろう―――?
イルファさんのことを聞いて悲しんでいるのだろうか? それとも―――)
ツェリザカに予備の弾丸を装填しながら、貴明はイルファの大事な家族である姫百合珊瑚、瑠璃のことを思った。
その時、貴明の中であるひとつの考えが浮かんだ。
(ん? 珊瑚ちゃん………?)


「そうだ!」
突然、そんな声をあげて貴明が立ち上がる。
「た…貴明さん!?」
「ど…どうしたのよ、いきなり!?」
「観月さん、悪いけど携帯電話貸してもらえないかな?」
「え? 携帯?」
そう言われてマナは慌ててポケットから携帯電話を取り出し、貴明に渡した。
「ありがとう。よし、早速…………」
「ちょっと。その前に何をしようとしているの!? 説明しなさいよ!」
「ごめんなさい杏さん。説明は後でします。その前に今はこれで……」
そう言いながら貴明は一度部屋を出た。
そして部屋を出ると、携帯電話の電話帳の機能である場所の番号を確認すると早速そこに電話をした。

577ココニイルトイウコト(後編):2007/03/02(金) 12:59:09 ID:YC4yZi4s
――そこに電話をかけると、コール音が鳴り始める。
貴明が電話をかけた場所は氷川村にあるという診療所だ。
電話帳のアドレスには島の名所が50音順で登録されていた。そして一番上にあったのが沖木島診療所の番号。
貴明はまずはそこに電話をかけてみることにした。

誰でもいいから繋がって欲しい……貴明はコール音を聞きながらそう願い続けた。
――――しかし、いつまで経ってもコール音が途切れることはなかった。
「ちっ……!」
貴明は一度舌打ちして電話を切ると、急いで次の名所の番号を確認する。
(俺たちや杏さんたちがさっきまでいた鎌石村周辺の名所は今は飛ばすとして……次に登録されているのは…………)

――教会。
「ここか……」
貴明は地図を見て教会の場所を確認する。
教会は平瀬村の近く、エリアG−3の隅っこに位置していた。

(頼むぞ……)
そう願うと、貴明は決定のボタンを押し、再び電話をかける。
またしても貴明の耳にコール音が鳴り響いた。

しばらくの間、コール音が鳴り響く。
(ここも駄目か……)
諦めかけていた貴明であったが、次の瞬間――――コール音が途切れた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇

578ココニイルトイウコト(後編):2007/03/02(金) 12:59:36 ID:YC4yZi4s
『はい。もしも〜し』
(やった……!)
通じた。電話の向こうから聞こえたのは聞き覚えのない少年の声。
しかし、電話が通じたというだけでも今の貴明にとって大きな収穫である。
瞬時に気持ちを落ち着かせると、貴明は口を開いた。

「もしもし。え〜っと、そこは教会であってるかな?」
『ああ。あってるよ。――ところで誰だお前?』
「あ…俺の名前は河野貴明っていうんだけど…………」
『河野……貴明!? 河野貴明だって!?』
「あ…ああ」
『ということは、君がるーこや珊瑚ちゃんたちが探していた……』
「!? るーこと珊瑚ちゃんを知っているのか!?」
電話の向こうの少年から知り合いの名前の名前が出てきたので、貴明は思わず叫んでいた。

『うん。今2人は一緒にいるんだけど……代わろうか?』
「ああ。是非!」
『はいはい。ああ。そうだ。自己紹介がまだだったね。僕の名前は春原ようへ……って、2人とも何するんだ!?』
『うるさいぞ、うーへい。電話の向こうにはうーがいるのだろう。ならば早く代われ』
『せやせや。うちらも早く貴明とおしゃべりしたいんやもん』
電話の向こうから懐かしい声がした。
(よかった。2人とも無事みたいだな……)
電話の向こうから聞こえるそんな声を聞いて貴明は肩を撫で下ろした。

579ココニイルトイウコト(後編):2007/03/02(金) 13:00:19 ID:YC4yZi4s
『代わったぞ、うー』
「るーこか。その様子だと、そっちも大丈夫みたいだな」
『ああ。――ところで、うーは今どこにいるのだ?』
「俺? 俺は今、みんなと鷹野神社にいる。久寿川先輩もいるぞ」
『そうか。うーささも無事か』
「うん。……あ。そうだ。いきなりで悪いけど、珊瑚ちゃんに代わってもらえるか?」
『わかった』
るーこのその声が聞こえてしばらくした後、別の少女の声がした。

『貴明?』
「ああ、俺だ。珊瑚ちゃんか?」
『うん。貴明たちは大丈夫なん?』
「うん。怪我してる人多いけど、まあ大丈夫だよ。――それよりも……」
『?』
「イルファさんのことなんだけどさ……」
『!?』
「今……鷹野神社にいるんだけど、そこで見つけちゃったんだ。イルファさんの亡骸を…………」
『そうなんか……』
「――それでさ。俺……今からそっちにイルファさんを珊瑚ちゃんのもとに運びに行こうと思うんだ」
『えっ?』
「そのほうがイルファさんも喜ぶと思うし……それに、実は俺たちのもとにも1人ロボットの女の子がいるんだ」
『ロボットの?』
「ああ。名前はほしのゆめみ。最新式のコンパニオンロボットらしいんだけど、胴体を銃で撃たれたせいで左腕が動かなくなっちゃったらしい。
それで――珊瑚ちゃんなら彼女を直せられないかなと思って…………」
『出来ないことはないかもしれへんけど……今うち別のことで忙しくって……』
「別のこと? なんだい?」
『ああ、ごめんなー。ちょっとそのことは今は貴明たちには話せないねん』
「そうか……」

580ココニイルトイウコト(後編):2007/03/02(金) 13:00:53 ID:YC4yZi4s
『でも……いっちゃんたちを連れて来てくれるならうち待ってるで』
「いいのか?」
『うん……貴明の言うとおりそのほうがいっちゃんも喜んでくれると思うし……瑠璃ちゃんも……』
「!? 瑠璃ちゃんがどうかしたのか!?」
『瑠璃ちゃん……死んじゃった…………うちを護るために…………』
「!?」

貴明はその後、瑠璃の死の内容を詳しく説明してもらった。
来栖川綾香という珊瑚の仲間の1人、藤田浩之の知り合いがゲームに乗っていたと。
綾香に珊瑚を庇う形で瑠璃が殺されたこと。
現場に駆けつけた柳川裕也という刑事たちのおかげで綾香は退けたこと。
そして、綾香は防弾チョッキと参加者の首輪を探知するレーダーを装備しているということを――

「そうか……ごめんね。そんなこと聞いちゃって…………思い出させちゃった……よね?」
『大丈夫や。うちがいくら嘆いたところで瑠璃ちゃんは帰って来ることはあらへん。瑠璃ちゃんに助けてもらった分もうちは生きなきゃいけないもん…………』
「…………」
『うちらは教会におるよ。平瀬村の方は今のところ大きな騒ぎとかは起きてへんから、来るなら安心して来るとええよ』
「わかった……ありがとう。それじゃあ切るよ」
『うん。みんなで待っとるで』
珊瑚のその声を聞きながら、貴明は電話を切った。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


――自分が思っていたよりも、珊瑚は強い子だった。
もしかしたら彼女は俺たちなんかよりもぜんぜん強い子なのかもしれない。

俺はそう思いながら部屋に戻った。
そこには荷物をまとめているみんなの姿があった。

581ココニイルトイウコト(後編):2007/03/02(金) 13:01:28 ID:YC4yZi4s
「お待たせ。説明しようと思ったんだけど……」
「言わなくていいですよ貴明さん」
「え?」
「うん。全部聞こえていたし……」
「ぷぴっ!」
「な!?」
「行くんでしょ? 教会に……」
「…………うん」
俺は頷くと、イルファさんを背負い、彼女の遺品であるツェリザカをズボンに差し込んだ。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


教会までは道なりではなく、森林地帯の方を通っていくことにした。
このほうが敵に遭遇する確率も低いだろうし、万一遭遇しても、木々や茂みに身を隠すことが出来るからだ。

「暗くなってきましたね……」
空を見ながらゆめみが呟いた。
「そろそろ6時……3度目の放送の時間ね…………」
「2回目の放送の影響がどれだけ出たか……そこが問題ね」
「はい……」
「――みなさんは天国のことをどう思いますか?」
「え?」
「ぷぴ?」
突然ゆめみがそんなことを口にした。

582ココニイルトイウコト(後編):2007/03/02(金) 13:02:05 ID:YC4yZi4s
「ゆめみさん、突然なにを……」
「いえ……私も何故こんなこと言いたくなったのか判らないのですが、私やイルファさんのようなロボットでも皆さんと同じ天国に行くことが出来るのでしょうか、と思いまして……」
「う〜ん……どうなのかしら?」
「確かに『壊れる』という概念はあるだろうけど、本来機会に『死』なんて概念はないしねえ…………」
ゆめみの問いに杏やマナたちは難しそうな顔をする。
そんな一行に対して貴明は呟いた。
「いけるさ……イルファさんもゆめみも……」
「え?」
「たとえ人であろうとロボットだろうと、俺たちはこの世界に存在していることに代わりはない。
だから……きっといけるさ。みんな同じ場所に…………同じ天国に…………」
「貴明……」
「貴明さん……」



――神様。もし本当にこの世界にいるのでしたら、どうか聞いてください…………
いづれ別れの時はやって来る。でも、いつかまた出会えるときが来る…………

だから…………


「天国を、ふたつにわけないでください」


貴明一向は皆、己のこころの奥底でそれぞれ誰の耳に聞こえることなく、そう呟いたのだった。

583ココニイルトイウコト(後編):2007/03/02(金) 13:02:35 ID:YC4yZi4s
【時間:2日目・18:00前】
【場所:G−4・5境界】

河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリザカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリザカの予備弾(×10)】
 【状態:左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷・右足、右腕に掠り傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー化、境界へ】
 【備考】
  ※イルファの亡骸を背負っています
  ※情報交換により岸田洋一を危険人物、抹殺対象と認識しました
  ※電話により来栖川綾香を危険人物、抹殺対象と認識しました
  ※聖、ことみの死については杏が未だ話していないので知りません

観月マナ
 【装備:ワルサー P38(残弾数5/8)】
 【所持品1:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、他支給品一式】
 【所持品2:SIG・P232(0/7)、貴明と少年の支給品一式】
 【状態:足にやや深い切り傷(治療済み)。右肩打撲。教会へ】
 【備考】
  ※情報交換により岸田洋一を危険人物と認識しました
  ※電話により来栖川綾香を危険人物と認識しました

久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)、教会へ】
 【備考】
  ※情報交換により岸田洋一を危険人物と認識しました
  ※電話により来栖川綾香を危険人物と認識しました

584ココニイルトイウコト(後編):2007/03/02(金) 13:03:04 ID:YC4yZi4s
藤林杏
 【装備:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾(12番ゲージ弾)×27】
 【所持品:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×3(国語、和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、支給品一式】
 【状態:健康、教会へ】
 【備考】
  ※情報交換により岸田洋一を危険人物と認識しました
  ※電話により来栖川綾香を危険人物と認識しました

ほしのゆめみ
 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
 【状態:休憩中、胴体に被弾、左腕が動かない】
 【備考】
  ※左腕が動かないので両手持ちの武器が使えません
  ※情報交換により岸田洋一を危険人物と認識しました
  ※電話により来栖川綾香を危険人物と認識しました

ボタン
 【状態:健康、杏たちに同行、教会へ】



【その他備考】
※珊瑚ならゆめみを修理できるかもしれません
※イルファの左腕は肘から先がありません

585最悪の出会い(後編):2007/03/03(土) 13:06:53 ID:FbNVbNcI
リサ=ヴィクセンは美坂栞を連れて診療所を離れた後、村の中を街道沿いに歩いていた。
しきりに辺りを警戒しながら前を行くリサに、栞が話し掛ける。
「これからどうするんですか?」
「……少し時間が必要よ。まずは落ち着ける場所を探しましょう」

宗一の死で全ての歯車が狂ってしまった。
現状では主催者を倒す為の戦力が圧倒的に不足している。
はっきり言って、このまま策も無しに動き続けても勝算は皆無だ。
まずは作戦を練り直す必要があった。

そんな時である。
リサが突然斜め後ろの方へと振り向いたのは。
女―――宮沢有紀寧が、女優顔負けの完璧な笑顔で歩いてきたのは。







586最悪の出会い(後編):2007/03/03(土) 13:08:19 ID:FbNVbNcI

「なんて酷い事に……」
「ええ……正直、参ったわ」
「何て言えば良いか分かりませんが……とにかく、お悔やみ申し上げます……」
リサが宗一の死について話すと、有紀寧はまるで自分の事のように表情を大きく曇らせた。
有紀寧は先程からこの調子で、人が死んだ話を聞く度に深い悲しみを見せていた。
自分達以外にもゲームの破壊を企てている人間達がいる事を伝えると、パッと極上の笑顔を浮かべる。
美坂香里の死については、栞を何度も慰めていた。
あの感情の機微を殆ど見せなかった弥生とは全く違う。
そのような有紀寧の様子は、リサと栞の信用を勝ち取るに十分であった。

「それで―――脱出の段取りはどのように?」
有紀寧が真剣な面持ちで尋ねてくる。
リサは申し訳無さそうな顔をしてから、紙を取り出して現状を書き綴った。

・会話は全て盗聴されている事
・エディが死んでしまった以上、首輪を解除し得るだけの技術を持った人物には心当たりが無い事
・つまり、今の所―――脱出の足掛かりさえ掴めていない事

これらの内容を書いた紙を見せると、有紀寧は難しい顔をしたまま考え込み始めた。
きっと必死に脱出の術を探しているのだろう。
リサはパチッと音を立てながら爪を噛み締めた。

587最悪の出会い(後編):2007/03/03(土) 13:10:40 ID:FbNVbNcI
こんな少女でさえ健気に頑張っているのに―――自分はこれまで、何を築き上げてきた?
ただ悪戯に仲間の死体の数を増やしてきただけではないか。
(……は……トップエージェントが、聞いて呆れるわね……)
肩を竦めて心の中で自嘲気味に呟いた。
「リサさん……」
自分を責めているリサを気遣って栞が声を掛けようとする。
だがそこで三回目となる、絶望を告げる放送が始まった。


リサが祐一の死を隠し続けてきたのは、逆効果だったとしか言いようが無い。
―――栞が、第三回放送を耳にした時に感じたもの。
抗いようの無い無限の喪失感。
自分の中で、人が生きていくのにとても大事な何かがガラガラと音を立てて崩れ去ってゆく。
「ゆ……うい……ち……さん」
相沢祐一の笑顔を思い出す。
余命いくばくも無い状態で姉にも避けられ、直ぐにでも砕けてしまいそうだった自分の心を救ってくれた人。
大好きだったあの人は、もうこの世にいない。
栞は床に崩れ落ちて、死人のような瞳で、虚空に視線を漂わせた。

588最悪の出会い(後編):2007/03/03(土) 13:12:22 ID:FbNVbNcI


―――リサが、第三回放送を耳にした時に思った事。
観鈴を自分達に託して出発したあの勇ましい青年、国崎往人が死んだ。
また一人、ゲームを破壊する為の貴重な戦力と成り得る人物がいなくなってしまった。
彼だけでは無く、見知らぬ多くの人間達も命を落としてしまっている。
「宗一……。私どうすれば、良いの……」
絶望的な現実に打ちのめされて、リサは地に伏した。
残り人数は約三分の一。
死人の出るペースから考えれば、殺戮者達は未だ健在だろう。
この状況で主催者を倒す?……馬鹿な。
最早ゲームの破壊どころか―――この事態を引き起こしたマーダー達の殲滅すら、成せるかどうか危うい状況である。


そして―――絶望感に苛まれるリサに掛けられる声。
「どうすればいいか―――簡単ですよ。ゲームに乗れば良いんです」
それは紛れも無い、人の皮を被った悪魔の囁きだった。 
「―――――!?」
リサが驚愕に顔を上げると、有紀寧が見下ろすように立っていた。
心優しい純真な少女の笑みを、その顔に貼り付けたままで。
しかしその唇の動きと共に発せられる言葉は。
「優勝すれば願いが叶えられるんでしょう?だったら参加者全員殺した後に、優勝者への褒美でこのゲームを無かった事にすれば良いじゃないですか。
出来もしない脱出を馬鹿みたいに夢見ているより、そちらの方が余程現実的です。私は何か間違った事を言っていますか?」
数多の戦場を渡り歩いたリサですらも寒気を覚えるくらい、非情なものだった。

589最悪の出会い(後編):2007/03/03(土) 13:13:52 ID:FbNVbNcI
次の瞬間、リサは動いた。
「ふざけないでっ!」
目にも留まらぬ、文字通り常人には目視も困難な速度でトンファーを振り下ろす。
トンファーは有紀寧の頭上、後数センチで彼女の頭に達そうかという所で停まった。
「貴女何を考えてるの?次そんな事を言ったら……」
「次そんな事を言ったら何ですか?もしかして、殺すと仰るつもりですか?」
「Yes。私はゲームに乗った『悪』相手には容赦しないわ」
殺気を剥き出しにして、射殺すような目で警告する。
しかし有紀寧は余裕の表情を崩さなかった。

「―――何を勘違いしているんですか?この島での殺人に善悪などありません」
「戯言を……。罪の無い人を襲う―――これが『悪』じゃなきゃ、何が悪だっていうの?」
「そうですね……強いて言うなら、『悪』とは貴女のような、現実から逃げている人の事ではないでしょうか」
「……私が現実から逃げてる?」
「ええ。ゲームに乗った方達も、元から悪い人という訳では無かったでしょう。自分なりに目的を持って、仕方なくその道を選んだんだと思います。
それが間違っている事だと言い切れますか?」
「…………っ」
リサは答えに窮し、沈黙した。
確かに有紀寧の言い分の方が正しいかも知れない。
醍醐や篁はともかく、他の参加者達の殆どは名前も聞いた事の無い一般人だった。
彼らの中にゲームに乗った者がいたとしても、それは自ら望んでの事ではないだろう。
ある者は生き延びる為に、ある者は大切な人を生き返らせる為に、否応無しにゲームに乗っただけなのだ。
彼らを『悪』と断定する権利が、自分にあるのだろうか?
エージェントとして仕事を行う上で、何人もの敵を殺してきた自分に。

590最悪の出会い(後編):2007/03/03(土) 13:15:32 ID:FbNVbNcI
「そして、冷静に考えれば分かる筈です。今からゲームの破壊を目論むのと、優勝への褒美がブラフで無い可能性に賭けてゲームに乗る。
どちらの勝算が高いかという事くらい」
「…………」
「自らの手を汚してでも現実を直視して懸命に戦っている方々と、自分だけ綺麗なままで居続けようと現実から逃げているリサさん。
さて、『悪』いのはどちらでしょうね?」
有紀寧は揶揄するような調子を混ぜて、自信満々に言い放った。
対するリサはトンファーを投げ捨て、代わりにM4カービンを取り出して、それを有紀寧に向ける。

「貴女の言うとおり、ゲームの破壊は絶望的よ。でも―――私がゲームに乗ったら……最初に死ぬのは貴女よ」
「分からない人ですね……良いですか?こんな事言うまでも無いと思いますが、一人より二人の方が有利です。
つまりリサさんと私が協力して勝ち残れば良いんですよ。最終的に同じ志を持った人間の中の誰かが生き残れば、それで良いんですから」
「お生憎様、私はそんなに弱くないわ。その気になれば一人でも勝ち残ってみせる」
それは地獄の雌狐としての、絶対の自信。
だが有紀寧は超一流エージェントのその自信を、一笑に付した。
「何が可笑しいの!?」
「これでは宗一さんという方も浮かばれませんね。その油断と慢心が宗一さんを失う原因となったんですよ」
「―――――!」
「いいですか?二人で行動すれば交代で休憩も取れるし、私も銃を持っていればリサさんの援護くらいは出来ます。
それに、こう言ってはなんですが……貴女は甘すぎます。私が貴女の立場なら、もうこの場で栞さんを撃ち殺していますよ?」
「―――え……?」
リサは意味が分からず呆然となった。
何度か頭の中で有紀寧の言葉を反芻して、栞を殺せと言っている事に気付き、憤慨した。

「どうしてっ!?栞は関係無いじゃない」
「ええ、優勝する為には関係の無い……只の足手纏いですね。そんな人間はここで切り捨てるべきです。
ここで栞さんを殺せなければ、貴女はきっとまた躊躇う。無抵抗の人間を殺す事など永久に不可能でしょう」
一旦言葉を切ると、有紀寧は真剣な表情をして、告げた。
「選んでください。ここで栞さんを殺して、私と組んで勝ち残るか。それとも偽善を掲げて、誰も救えないままに野垂れ死ぬかを。
選択肢は二つ―――他に道はありません」

591最悪の出会い(後編):2007/03/03(土) 13:16:45 ID:FbNVbNcI
優勝……優勝すればやり直せる。
宗一の推理が間違っていなければ褒美の話はブラフでは無い。
誰も救えなかった自分にとって、それはどうしようもなく魅力的な話だ。
それでも―――リサの脳裏に浮かぶ、柳川と交わしたあの約束。
『私もあなたと同じよ。栞は絶対に守るわ。』
それが、リサの決壊寸前の堤防をぎりぎりの所で支えていた。

「私は栞を守るって決めたの。絶対に……それだけは譲れないわ」
「妄言を……。主催者は倒せない、栞さんは殺せない。ではどうなさるおつもりですか?まさか漫画のように都合良く、奇跡が起こるとでも?」
「……きっと……諦めなければきっと……奇跡だって起こせ……」
途切れ途切れになる言葉を懸命に繋げながら、なおもリサは反論しようとしていた。
冷徹なエージェントとして何をすべきか、自分の中でもう結論が出ているのに、だ。
だがそれ以上彼女が話を続ける事は無かった。

理想と現実―――その狭間で苦しんでいるリサ。
今も戦い続けている彼女を、暖かい感触が包み込む。
栞がその小さい体で、リサを優しく抱き締めていた。
「―――リサさん」
「……栞」
栞は小刻みに震えるリサの肩を掴んで僅かながら距離を離した。

592最悪の出会い(後編):2007/03/03(土) 13:18:11 ID:FbNVbNcI
顔を向き合わせながら、全てを受け入れた悲しい笑顔で栞が口を開く。
「起こらないから、奇跡って言うんですよ。それに―――」
栞は一瞬言葉を切らして、息を吸い込んでから続ける。
「奇跡が起こっても、私はもう駄目なんです。祐一さんもお姉ちゃんもいない世界で生きていくなんて嫌です。
だったら私はもう一つの可能性に賭けます。リサさんが優勝して、みんなを生き返らせてくれる可能性に」
栞はリサの腕を取って、M4カービンの銃口を自分の胸に突き当てた。
リサの体も、栞の体も、ガクガクと揺れていた。
「うあ……あああ……」
「お願いします……。勝って……お姉ちゃんと祐一さんを……」
栞は恐怖に震えながらも、リサの指を引き金に掛けさせる。
「し……おり…………」
リサが無意識のうちに目の前の少女の名前を紡ぐ。

―――死んだらどうなっちゃうんだろう。
―――お姉ちゃんと祐一さんにまた会いたいな……。
そんな事を考えながら、栞はリサの人差し指を押した。

「うああっ……ああああああっ!!」
銃声と共にリサの悲痛な絶叫がこだまする。
胸を貫かれた栞はドサリと、仰向けに崩れ落ちた。
赤く濁った液体が地に広がってゆく。
目を閉じ、笑顔のままで。
―――栞はもう、動かなかった。

リサは一目散に栞の体に駆け寄ろうとしたが、その背中を呼び止められる。
「あらあら、栞さんのお気持ちを無駄にするつもりですか?栞さんはリサさんに優勝して貰いたくて、自分からその命を差し出したんですよ?
それなのにリサさんがまだ甘い感情を捨てきれないのなら―――栞さんは本当に無駄死にですね」
その言葉でリサはピタリと動きを止めた。
それから壊れた機械のようにゆっくりと、有紀寧の方へ振り返る。

593最悪の出会い(後編):2007/03/03(土) 13:19:27 ID:FbNVbNcI
「……OK。貴女のお望み通りゲームに乗りましょう」
答えるリサ……その瞳から色は消え去っていた。
どんな感情も、もうそこからは読み取れない。
「でもね、私は貴女を信用していない。最後の二人になったら……貴女も殺すわ。本気になった地獄の雌狐の実力―――たっぷりと、見せてあげる」
今有紀寧の眼前にいるのは、もう数分前までのリサ・ヴィクセンではない。
目的の為なら躊躇無く手を汚す事の出来る、宗一と出会う前の復讐の亡者だった。
「―――ご自由に」
その亡者に、悪魔が一際大きな笑みを浮かべて答えた。


―――有紀寧は掌に付着した汗を、ポケットの中で拭き取っていた。
これは有紀寧にとってもかなり危険な賭けだった。
栞を人質にしてリサを隷属させる、というのが当初の作戦であった。
しかし、である。
リサの能力は正直予想以上だった。
話してみて分かったが、リサは強いだけで無く頭も切れる。
栞の首輪爆弾を作動させるくらいは出来るかもしれないが後が続かないだろう。
そんな事をすれば確実に組み伏せられ、武器を奪い取られる。
リサは間抜けでは無い……解除は自分しか出来ないと嘘を吐いても欺けまい。

だから嘘をほぼ用いぬ方法で説得するしか無かった。
今回有紀寧は殆ど嘘を付いていない。
主催者の打倒よりも優勝を目指す方が現実的なのは疑いようも無い事実。
リサが優勝を目指すべきだと思っているのも本当だし、一人より二人よりの方が勝利に近付けるというのも真実だった。
リサが戦っている最中は、自分の身が危機に瀕しない範囲で援護だってするつもりだ。
もっとも―――

594最悪の出会い(後編):2007/03/03(土) 13:20:37 ID:FbNVbNcI
「私は優勝者への褒美なんて夢見事、信じていませんけどね」
小さく呟く。
自分は要らぬ事を口にしていないだけだ。
これからはリサが積極的に参加者を襲うように仕向け、自分はサポートに徹する。
いくらリサといえども前線で戦い続ければ傷付いてゆく筈。
頃合を見て残り人数が僅かになった時に、消耗したリサを後ろから撃ち殺せば良い。
当然ながらリサも警戒しているだろうから、騙し合いの勝負にはなるだろう。
しかしリサやその他の猛者達とまともにやり合うよりは、遥かに勝ち目のある戦いだった。

―――地獄の雌狐、悪魔の策士。
その二人が、それぞれの目的を果たす為に手を組んでしまった。

【時間:2日目・18:10頃】
【場所:I-7】

宮沢有紀寧
【所持品①:コルトバイソン(4/6)、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(2/6)】
【所持品②:ノートパソコン、包丁、ゴルフクラブ、支給品一式】
【状態:前腕軽傷(治療済み)、マーダー、自分の安全が最優先だが当分はリサの援護も行う、リサを警戒】
リサ=ヴィクセン
【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾28、予備マガジン×4)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】
【状態:マーダー、目標は優勝して願いを叶える。有紀寧を警戒】
美坂栞
【所持品:無し】
【状態:死亡】

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595少女軍歌:2007/03/04(日) 23:21:01 ID:rdS.kel6

立っていられるはずがない、と柏木楓は思う。
与えた傷は文字通りの致命傷となっている、はずだった。
血の海で死を待つはずの獲物は、だが、笑んでいた。

「あー……血ィ流れてる」

けたけたと、笑っている。
ゆらゆらと風に揺らめく白い特攻服が、血染めの緋色に変わっていく。
相手にするな。放っておけ。理性が告げる。
あれだけの出血だ、しばらくすれば野垂れ死ぬ。
それが常識的な判断というものだった。
しかし柏木楓の、狩猟民族としての本能は、まったく別の回答を提示していた。
即ち、戦闘はいまだ続いている、と。
だから、素直に言葉が出た。

「……何故、動けるんです」
「んー……?」
「人間が、その傷で立っていられるはずがないのに……」

率直に、訊ねる。
不可解を残したまま殺すには、この相手は些か奇矯に過ぎた。
答えは、明快だった。

「なァに言ってんの、あんた」
「……」
「関東無敗の湯浅皐月さんがさあ……斬られた程度で、くたばれないでしょ?
 常識で考えろ、って。あー、クラクラしてきた……」

言ってまた、けたけたと笑う。
理由もなく、根拠もなく、ただ理不尽に、少女は立っていた。
精神論というにはあまりに幼く、我慢と呼ぶには度を越している。
そういうものを何と呼びならわすか、楓は心得ていた。

「……見上げた根性ですね」

共有できない概念、理解できない情念。
それが少女の原動力だというならば、疑念の霧は晴れた。

 ―――この少女はやはり、柏木梓と同じ類の生き物だ。

596少女軍歌:2007/03/04(日) 23:21:41 ID:rdS.kel6
ならば、採るべき道は一つだった。
楓は真紅の瞳を細めると、右の手を握り、開く。
折れた指の骨は、既に繋がりかけていた。

「……終わるまで、やるだけです」
「へえ」

獲物の声が、低くなる。

「上等切ってくれんじゃん。……やってみなよ」

答えず、す、と身を低くする。
撓めた身体に、音速の壁を越える力が蓄えられていく。
視界が、クリアになる。
音を超える世界に、意識がシフトしていく。
生垣から垂れ落ちる水滴の一粒一粒を、認識できる世界。
ヒトの踏み入れること能わざる、神速の領域。
確殺の意思を込めて、真紅の爪が鳴く。
宙空を、駆けた。

鮮血に塗れ、なお立つ獲物の姿が、迫る。
薙ぎ、刻み、切り払うべく、必殺の爪を繰り出す。
刹那という単位。
瞬きすらも叶わぬ、絶対時間。
その中で。

「―――!?」

立ち尽くし、狩られるだけの獲物が、ニヤリと顔を歪めたのである。
ぷう、と獲物の口が、膨らんだ。
爪の間合いに飛び込むよりも、文字通りの一瞬だけ早く、視界が暗転した。
べしゃりとした気色の悪い感触が、楓の顔一面に広がる。

「……ッ!?」
「―――ォォォォオオオオオッ!!」

咆哮が、楓の耳を震わせた。
獲物が咥内に溜めていた血を噴いたのだ、と。
理解するよりも早く、風を感じた。
失われた視界の中で、楓は確信する。

 ―――これは、拳だ。拳の迫る、風だ。

カウンター。
正確な軌道。間違いなく顔面を直撃すると、楓はどこか他人事のように考える。
神速の突撃は、敵の拳にも同等にその恩恵を与えていた。
頭蓋の破壊さえ避けられれば再生は可能か、とまで思考したところで。
黒一色の視界が、白く染め上げられた。

通常を超過した認識速度が、鼻骨の潰れる感触と上顎骨の砕ける音、折れた前歯が舌を裂き、
咥内に刺さる瞬間の痛みまでを、正確に伝えてきた。
極端な慣性に揺られた脳が、一瞬意識を落とす。

597少女軍歌:2007/03/04(日) 23:22:22 ID:rdS.kel6
楓の意識が再起動したのは、受身もとれぬまま背中からアスファルトに落下し、肘や膝、腰、
その他各部の関節を巻き込んで盛大に痛めつけながら転がっている最中だった。
瞬間、天地を認識。重心を制御して、強引に回転を止める。
袖で乱暴に目を拭い、片膝をついたまま、見上げた。

「……くくっ」

いまだ霞む視界の中、獲物は、湯浅皐月と名乗った少女は、やはり笑っていた。

「……惜しいなあ、惜しい」

呟いて笑う、皐月の拳は完全に砕けていた。
音速を超過する一撃、鬼である楓の顔面を砕くほどの衝撃である。
反作用に人体が耐えられるはずもないと、楓は分析する。
しかし肉が裂け、骨すら覗く拳を事も無げに振って、皐月は続ける。

「もう少しだったんだけどなあ……この妙なナイフさえなけりゃ、決まってた」

言いながら、太股に手をやる皐月。
そこには、鈍色に煌く巨大なナイフが、深々と刺さっていた。
はっとして、楓は己の脚に目をやる。
果たして、そこに取り付けられていた器具から伸びるフレームが折れ、ナイフが一つ失われていた。
残る三つのナイフが、まるで楓に気づいてもらえたことを喜ぶように小さく揺れている。

「完璧なカウンターだったんだけどなあ……こいつが刺さった分、踏み込みが浅くなっちまった。
 ……便利なもん、持ってるじゃないの」
「……そうですね」

すっかり存在を忘れていた、とは口にしなかった。
それを言えばまた目の前の少女に笑うのだろうし、何より、おそらくは命を救ってくれたのであろう
ナイフたちが悲しむような気がしていた。

 ―――ナイフが悲しむ、なんて。

ひどく非論理的なことを考えている自分に苦笑する。
口元を歪めようとして、上顎が砕けていることに気づいた。
舌先で、咥内に刺さった歯の欠片を取り除く。
溜まった血ごと、吐き捨てた。

598少女軍歌:2007/03/04(日) 23:23:00 ID:rdS.kel6
「へえ、随分と男前になったじゃん。感謝してよ」
「……それは、どうも」

拭ったそばからじくじくと染み出す血に辟易しながら、楓が返す。
再生は既に始まっているが、折れた歯が生えてくるまでにはしばらく時間がかかるだろう。
それまでの自分の顔を想像しようとして、楓は強引に思考を止める。
代わりに黙って潰れた鼻をつまむと、軽く握った。
鼻腔に溜まっていた鼻水と血が、噴き出す。

「うわ、すげえ顔」
「……」

ふと見れば、白いワイシャツの両の袖口が、すっかり赤く染まっていた。
じっとりと血を吸ったそれを、楓は無造作に破り取る。
白い肌が、肩口までさらけ出された。

「……やる気じゃん。そうこなくっちゃあ、ね」

ニヤリと笑って、皐月は己の太股に刺さったナイフを、何の躊躇もなく引き抜いた。
鮮血が、噴き出す。

「大腿動脈が裂けているようですが……?」
「知らないよ、そんなの」

呆れたような楓の言葉に、軽く肩をすくめて皐月が答える。

「生き汚いですね」
「どこの星の言葉よ、それ。お互い様でしょーが」
「……違いありません」

小さく、楓が笑った。
白い肌を血に染めて、端正な顔に幾つもの醜い傷痕を残して、楓が笑う。

「……いい女だね、あんた。一緒に暴走ってみたかったよ」
「きっと姉に止められます」
「そう、残念だね」
「ええ、残念です」

言葉が、途切れた。
ほんの一瞬だけ見つめあうと、二人は同時に動いていた。
ブロック塀に、アスファルトに、互いの血が飛び散っていた。

599少女軍歌:2007/03/04(日) 23:23:27 ID:rdS.kel6
神速は最早、自分のの専売特許とは言えなくなったと、楓は思考する。
どういう原理かはわからないが、皐月は神速の領域に反応していた。
理由を訊ねれば、きっと理不尽な答えが返ってくるのだろう。
常識を度外視して、あの女は生きている。
一撃の重さでは、あるいは皐月の方が自分を上回るだろう。
ならば、勝負をかけるべきは―――。

「……両手で十本、そして脚には三本の刃……!」

ぎ、と楓は歯を食い縛る。
左手も、鬼のそれへと変化させていた。
鬼の血に呑まれずに戦える時間には、限りがある。
圧倒的な手数をもって、飽和攻撃を仕掛けるが、勝利への筋道。
仕留めきれれば、

「私の、勝ちです……!」

疾駆が交差する一瞬、同時に十三の斬撃を叩き込む。
右上から五、左から胴を狙って五、左の脚はかち上げながら顔面を、そして軸足の右からの二本は、
間合いギリギリで相手の脚を削ぐ円の軌道。
十三すべてに手応えがあり、そして、

「浅い……!」

左の脚からフレームを伸ばし、手近なブロック塀に突き入れる。
アンカーの要領で、強引にブレーキをかけた。
同時に右の脚とフレームを地面に叩きつけて、即時反転。
視界の先では、腕を上げて顔面だけをガードした皐月が、同じように振り向いていた。
ズタズタに避けた腕と、新たに鮮血を零す右の脇腹を庇おうともしていない。
前屈みのまま、走り来る。

「……ゥラァァァッッ!!」

中手骨をさらけ出しながら、真紅に染まった拳が繰り出される。
咄嗟に脚のフレームの内、二本を緩衝材として翳す。
そこに裏から腕を交差させながら当てることで、防御と為す。

600少女軍歌:2007/03/04(日) 23:24:02 ID:rdS.kel6
「……ッ!」

相応の衝撃はあったが、止まった。
突進を止められた皐月が、右拳を突き出したまま、歯を剥く。

「けど、こっからどうするよ……ッ!」
「……両腕が、塞がっていたって……!」
「―――ッ!?」

右脚のナイフの内、一本は自由。
フレームが伸び、銀色の刃が走る。

「な……ッ!?」

深々と、ナイフが皐月の腹に刺さるかと見えた、瞬間。

「……こんな、もんでぇ……ッ!」

すんでのところで刃を止めていたのは、皐月の左手であった。
掌の真ん中に刃を突き刺したまま、掴み止めている。
だらだらと、鮮血がナイフを伝って零れ落ちた。

「ォォアアアアアッ!!」

咆哮と共に、ナイフがフレームごと引き千切られた。
ほぼ同時に、皐月の前蹴りが楓の腹を抉る。
ダメージにはならないが、強引に距離を開けられた。

「ハァ……ハァ……ッ、ふたぁ……っつ、めぇ……!」

ガラン、と重い音がして、皐月の手からナイフが落ちる。
常軌を逸したその生命力にも、楓は最早驚くことはなかった。
ナイフの一つで片手が潰せれば、安いものだ。
もっとも風穴が開いたくらいであの拳が止まるかどうかはわからないけれど、と内心で呟いて、
楓は再び加速する。

「死ぬまで、切り刻むだけです……!」
「上ッ、等ォォォッッ!!」

鮮血と咆哮を撒き散らしながら、湯浅皐月が天を仰ぐ。

601少女軍歌:2007/03/04(日) 23:24:53 ID:rdS.kel6
「こっから先、こっから先だ、あたしらの勝ち負けはッ!!」
「結末は変わりません……!」

仁王立ちの皐月に向かって、楓は疾駆する。
今や十二となった刃のすべてが、皐月を微塵に刻むべく、奔った。
バックハンド気味に、右の爪を叩きつける楓。
後ろにかわせば詰む状況、皐月は当然の如く、刃の嵐の中に身を投じてくる。
爪の届かない裏拳の甲、そこにぶつけるように、頭を投げ出す皐月。
硬質の皮膚に当たった額が、ぱっくりと割れた。
しかし流れ出す血を気にした風もなく、皐月は真っ直ぐに楓を見つめている。口元には、獰猛な笑み。
応えるように、楓は真紅の瞳を弓形に細める。
皐月の額で止められた右手の、その上から切り裂くようにして左の爪を落とす。
狙うのは一点、皐月の眼。
貫手の形に整えられた爪を、しかし皐月は瞬間的に身をずらし、肩で受けた。
皮膚を裂く感触にも、楓は苦々しげに表情を歪める。
肩を貫き、鎖骨を断った程度でこの女は、

「止められない……っ!」

瞬時に判断。
左右のフレームから伸びたナイフを、自分と皐月の間に割り込ませるように展開する。
十字に交差し、大鋏の様相を呈した二本のナイフが、皐月の胴を左右から襲う。
が、

「なんて……無茶な……!」

皐月は、それをかわそうとは、しなかったのである。
二本のナイフは、皐月の両の脇腹を、確かに刺し貫いていた。
刺し貫き、そして、ただそれだけのことだった。

602少女軍歌:2007/03/04(日) 23:25:16 ID:rdS.kel6
「―――つかまえぇ、たぁぁ……」

湯浅皐月は、臓腑を貫かれた程度で止まりはしなかった。
彼女の腕が、ズタズタに裂けて血に染まり、見る影も無い腕が、楓の右手を、跳ね上げていた。
離れなければ、と本能が警告を発するが、それは叶わない。

 ―――ナイフが……!

深く刺さったナイフとフレームが、二人を結び付けていた。
そして左手の爪は、いまだに皐月の肩に刺さっている。
密着した状態で、防ぐものとてない楓の視界を、皐月の笑みが塗り潰していく。

「死んだら―――」

声が、ひどく遠くに聞こえた。
衝撃と、流れ出る血と涙で、視界がブラックアウトする。
治りかけの鼻が、再び潰されていた。
渾身の頭突きを受けたのだと理解した瞬間、次の打撃が入っていた。

「ぐ……ぇ……」

左右の脇腹に、連打を受けていた。
腹が裂けるかとすら感じられる、痛撃。
身体を連結された状態では、吹き飛ぶことで衝撃を逃がすこともかなわない。
五臓六腑を貫通する地獄の痛みに、胃の内容物が血と共にせり上がってくる。

「―――死んだら化けて出ろッ、待っててやる……ッ!」

第三の打撃が、鳩尾に入っていた。膝が突き刺さっている。
下がった頭を上から押さえ込むように、首に腕が回された。
血反吐を吐き散らしながら、楓は己が回転しているのを感じていた。

「……ぁ……か……」
「これがあたしの―――、メイ=ストームだぁぁッッ!!」

首を支点として、皐月の背中側へと、投げ飛ばされようとしている。
遠心力で加重された、二人分の体重が、楓の頚骨を捻り上げていた。
ごぐり、と。
奇妙な音が響くのを、楓は感じていた。
頚骨が粉砕される音だと、理解していた。
体が動かない。脊椎で脳からの指令が遮断されている。
このまま叩きつけられれば確実に死ぬと、楓は正しく状況を読み取っていた。
そして、体が動かない以上、受身は取れない。
柏木楓は、死を覚悟していた。

603少女軍歌:2007/03/04(日) 23:25:34 ID:rdS.kel6

荒い呼吸が、住宅街に響いていた。
妙に濡れたような咳が、時折混じる。

「が……ハァッ、……ハァ……ッ、」
「くぁ……、ゲホ、ゲェ……ッ……」

血反吐と肉片が飛び散り、この世の地獄を思わせるその一角で、鮮血の少女たちは、
ゆっくりと立ち上がろうとしていた。

「ハァ……ッ、ハァ……畜生、……本当に、ゲホ……ッ、厄介な、ナイフだね……!」
「……そちら、こそ……ッ、命冥加……な、ことです……、が……ッ!」

重大な損傷に回復が追いつかないのか、反吐塗れの顔を歪めながら身を起こそうとする楓。
その脚に残っていたはずのナイフが、フレームの根元から折り砕けて転がっている。

「受身……代わりってか……! けど、もう次は……助けて、くれないよ……ッ!」
「充分、です……っ、あとは……、死に損ないを、片付ける、だけですから……っ!」

少女たちの瞳には、互いの影しか映っていない。
敵と認めた、ただその存在を打倒すべく、少女たちは立ち上がる。

「……こっから、だ……ッ!」
「……終わり、です……!」

だから周囲を埋め尽くす、無言の影に、少女たちは眼もくれずに走り出す。

「―――ォォォォオオオオオッッ!」
「―――ぁぁぁッ!」

光線が、奔った。
周囲の家を燃やす光線を、湯浅皐月が片手で打ち砕き、
街を灼かんとする光芒を、柏木楓が真紅の爪で薙ぎ払う。

少女たちの戦場に迷い込んだ介入者が、次々にその仮初めの命を散らしていく。
煌く光条をまるで舞台装置とみなすが如く、少女たちはただ互いの敵を滅するべく、物言わぬ人形達を蹂躙する。
街を鮮血に染め上げて、幾多の屍を積み上げて、そして二人は止まらない。

604少女軍歌:2007/03/04(日) 23:26:17 ID:rdS.kel6
 【時間:2日目午前11時前】
 【場所:平瀬村住宅街(G-02上部)】

柏木楓
 【所持品:支給品一式】
 【状態:満身創痍・鬼全開】

湯浅皐月
 【所持品:『雌威主統武(メイ=ストーム)』特攻服、支給品一式】
 【状態:満身創痍・関東無敗】

砧夕霧
 【残り29548(到達0)】
 【状態:進軍中】

→690、704 ルートD-2

605名無しさん:2007/03/04(日) 23:50:25 ID:rdS.kel6
修正です。
>>599 1行目、

>神速は最早、自分のの専売特許とは言えなくなったと、楓は思考する。



神速は最早、自分の専売特許とは言えなくなったと、楓は思考する。

へ修正します。申し訳ありません。

606(空腹に)負けるな国崎往人!:2007/03/06(火) 00:53:46 ID:v5MNipJQ
先程少年との激闘を演じた国崎往人はあれから休みを取る事無く、神岸あかりと共に山越えを続けていた。
往人としてはあの厄介な少年を野放しにしておくのは非常に都合が悪い。援軍が来てくれたお陰で何とか命は繋いでいるものの、来てくれていなかったら確実に、そうコーラを飲むとゲップが出るくらい確実に死んでいた。
あの少年にかかっては観鈴や晴子の命などいくつあっても足りやしないだろう。
今度こそ、絶対に仕留めねばならないと往人は思った。
「はぁ、はぁ…く、国崎さん、待って下さい〜」
呼ばれて、ようやく往人はあかりが息も絶え絶えに着いて来ていることに気付いた。
「は、速すぎますよ…っ、痛…」
背中を押さえるあかり。手当てはしたものの所詮は応急手当の上にあかりは女の子だ。ついて来れなくて当然だ。
だのに『放っておいてさっさと行ってしまおう』という結論に達しなかったのはあかりが女性だということに起因していた。いくら外見が怖くても国崎往人も紳士なのである。
旅は道連れ世は情けというからな。
聞こえないように往人は呟くと、「少し休憩にするぞ」とぶっきらぼうに言って適当な木に身を預けてそのままずりずりと地面に腰を下ろした。歩き詰めだったために何とも言えない疲労感が妙に心地よい。
「ありがとうございます…ふぅ、つかれた…」
往人の対面にあかりが座り、ぐったりと頭を垂れる。余程体力を消耗していたのだろう。
普通に考えてあかりくらいの年の女の子なら今頃は布団の中で夢を見ている最中だ。
野外で寝ていたところ、幾度となく夜中に何を勘違いしたか市民が国家権力にテレチョイスして追いたてられた事のある往人なら(主にすぐ逃げるため)どこでも寝たり起きたりできるがあかりはそうはいくまい。
「浩之ちゃん…雅史ちゃん…それに他のみんなも…無事なのかな? 会いたいな…」
顔を上げないままあかりが言う。その声はいつもにも増して弱々しい。溜まりに溜まった疲労が精神に影響を及ぼしているのだろうと往人は思った。
これまでの会話でも一度も聞いていないが、恐らく放送でも死んだ友人はいるだろう。往人のほうはまだどの知り合いも放送では呼ばれていないが――これだけ時間が経っているのだ、誰かが死んでいても…
そこまで考えて、やめよう、と往人は思った。こんなことに頭を使うのは性にあってないからだ。あかりに何か声をかけてやろうかとも思ったが、同様にそういうことも苦手だ。
「…メシは食ったのか」
なので、取り敢えず健康の心配をしてやることにした。
あかりは少し顔を上げて力なく首を横に振った。
「なら、メシにするぞ。少しでも食って体力を回復しろ」

607(空腹に)負けるな国崎往人!:2007/03/06(火) 00:54:46 ID:v5MNipJQ
そう言って、往人が元・月島拓也のデイパックからあるものを取り出す(実は食べ物類は神岸にあずけておいた。水はなくなったがな)。支給品のパンだ。本当はラーメンセットを食べたかったのだが生憎とお湯と器がない。
ちくしょう、まず補給すべきは○印の給湯ポットだな。
「二人分あるんだ。一応弁明しておくと、これはもらい物なんだからな。殺して奪い取ったわけじゃないぞ」
燃費の悪い往人にしてみればここでの食料の消費は痛いものがあったが何しろ自身も腹が減っていた。というか、今ようやく思い出した。
くそっ、思い出したら猛烈に腹が催促を始めたぞ。分かった分かった。今仕事を与えてやるから勘弁してくれ。
「…神岸の食料は?」
「一応あります。まだ全然食べてませんので」
「ならよし。いただきます」
「いただきます」
傷つき、ボロボロになった二人の遅すぎる食事。きっとお肌にはよろしくないに違いない。往人にはどうでもいい事だったが。
     *     *     *
腹には入れたものの、往人の腹はまだ催促を続けていた。
えーかげんにせーっちゅーねん、無駄に食料を浪費するのは避けたいんだよ、つーかパンは全部食っちまって後はレトルトのラーメンセットしかないんじゃい、我慢しやがれこんちくしょう。
「あの…国崎さん、大丈夫ですか? 目が虚ろになってますけど…私のパン、分けてあげましょうか?」
「マジか!?」
あかりの願ってもない提案に目をきゅぴーん! と光らせてあかりの肩を引っ掴む往人。
「は、はい…国崎さん、体力回復出来てなさそうだから」
うるさいよ、と言おうと思ったが国崎往人は空腹を満たせるならプライドをあっけなく捨てられる男なのである。
ビバ新たな食料。
差し出されたパンを満面の笑顔(と往人は思っている)で受け取ろうとしたが…
「――みなさん……聞こえているでしょうか。
これから第2回放送を始めます。辛いでしょうがどうか落ち着いてよく聞いてください。
それでは、今までに死んだ人の名前を発表…します」

山中に、悪夢の放送が木霊する。

608(空腹に)負けるな国崎往人!:2007/03/06(火) 00:55:14 ID:v5MNipJQ
【場所:E-06】
【時間:二日目午前6:00】

国崎往人
【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 5/5 +予備弾薬10発、拓也の支給品(パンは全てなくなった、水もない)】
【状況:空腹、疲労はやや回復】
神岸あかり
【所持品:支給品一式(パン半分ほど消費)】
【状況:応急処置あり(背中が少々痛む)、疲労やや回復】

→B-10

609撤退:2007/03/07(水) 13:13:56 ID:se/HRpe6
絶句する高槻達。
誰も事態の移り変わりについていけなかった。
それも致し方ない事だろう。
気絶していた少女が何時の間にか起き上がっていて、冷静沈着極まりない戦いぶりでこの争いに終止符を打ったのだ。
更にその少女が青い色の宝石を天にかざすと、綺麗な球状の光がそこに吸い込まれていった。
少女は宝石をポケットに戻し、やれやれといった感じで肩を竦めた。
「全く今日は厄日かしら……。馬鹿みたいに強い奴に追っ掛け回されるわ、仲間になったと思った奴がゲームに乗っているわ、ホント最悪」
ぶつぶつと呟きながら、少女はポケットから何かを取り出した。
それは何箇所か噛んだ後がある、シイタケのような物だった。
その物体を口の中にいれ、もぐもぐと咀嚼する。
食べ終わると、少女はきょろきょろと周りを見渡した。
目に映ったのは、満身創痍という言葉がピッタリ当てはまる者達の姿。
皐月は小さく溜息をついてから、言った。
「……貴方達、何をボーっとしてるの?早く治療するなり、移動するなりした方が良いと思うけど?」
そのまま少女はつかつかと歩いて、S&W M60を拾い上げた。
そこでようやく他の者達も硬直が解けたのか、それぞれ行動を開始する。


「おいオッサン、平気かよっ!?」
「オッサン……じゃなくて、高槻だって……言ってんだろ……」
浩平が、今にも倒れそうな高槻を支えようとする。
高槻の服には無数の赤い染みが付着しており、眼の焦点も微妙に合っていない。
だが余裕が無いのは浩平も同じで、高槻の体重が圧し掛かった途端にバランスを崩しそうになる。
そのまま二人は不恰好に縺れ合いながら、郁乃の座っている車椅子の方へと歩いていった。

610撤退:2007/03/07(水) 13:15:28 ID:se/HRpe6
「郁乃ちゃん……郁乃ちゃんっ!」
高槻達が車椅子の傍まで来ると、七海が気絶している郁乃の体を揺すっていた。
「ぅ……」
やがて弱々しい声を上げて、ゆっくりと郁乃が目を開く。
「郁乃ちゃん、何処か痛くないですか?」
言われて郁乃は首の付け根あたりをさすった。
「ちょっとこの辺が痛いかな……ってそうだ、彰は!?あたし、あいつに襲われたのよ!」
そこで高槻が郁乃の肩を叩き、物言わぬ躯と化した彰を指差した。
「あいつ……死んだ……の?」
「ああ。最後は知らねえガキが決めやがった」
「そう……」
郁乃は少し沈んだ表情で、彰の死体を眺め見た。
たとえゲームに乗っていたとはいえ、人が死んだ事は悲しかった。
「あいつがゲームに乗ってたなんて……まだに実感が沸かないな……。とてもそんな風には見えなかったのに……」
浩平が暗い声でぼそぼそと呟く。

そんな折に、近付いてくる複数の足音が聞こえてきた。
歩いてきたのは、岡崎朋也と古河渚の両名だった。
朋也は両手で高槻達の荷物―――彰の命令で投げ捨てた装備品を抱えている。
「これ……お前達のだろ?」
朋也はそれを手渡そうとして―――受け取る余裕すら無さそうだったので、浩平と高槻の鞄に突っ込んだ。
それから少し目線を伏せて、言った。
「彰は多分、お前と一緒に居た時はゲームに乗ってなかったんじゃないか?あいつがゲームに乗ったのは二回目の放送からだと思うぞ。
あいつ―――俺達を襲った時に言ってたよ。ゲームに優勝して美咲さんを生き返らせるんだ、ってな……」
「そうだったのか……」
それを聞いて、浩平の心の中から疑問が消えた。
彰は澤倉美咲を何としてでも守りたい、と言っていた。
その美咲の死が第二回放送で発表された。
それを聞いた彰がどうするか―――冷静に考えれば、十分に予測しうる事態だった。

611撤退:2007/03/07(水) 13:17:08 ID:se/HRpe6
「んじゃ、俺達はそろそろ行くな」
「ちょっと待てよ。確か……岡崎だっけ。お互いゲームに乗ってない事は分かったんだし、一緒に行動しないか?」
立ち去ろうとする朋也に、浩平が提案を持ちかける。
だが朋也はゆっくりと首を横に振った。
「俺達は今から役場に行かないと駄目なんだ。お前達は怪我の手当てをしないといけないだろうし、一緒には行けない」
役場には、岡崎朋也という名前での書き込みを見た人間が来ているだろう。
銃声が聞こえてきてから、もうだいぶ時間が経過してしまっている。
間に合うかどうか分からないが、それでも行かなければならなかった。
朋也はそのままくるっと踵を返そうとする。
だがそこで、渚が朋也の裾を強く引っ張った。
「朋也君、ちゃんと言わないと駄目ですっ!」
「……そうだな」
朋也は高槻と浩平の方へ向き直って、それから軽く頭を下げた。
「その……悪かったな。お前達は悪くないのに襲っちまって……」
「けっ。ごめんで済んだら警察はいらねえって言いてえとこだが……俺達もまんまと騙されてたからな。特別に、チャラって事にしてやらあ」
高槻がそう言うと、朋也は少し微笑んでから「じゃあな」と手を振って歩き去った。


「―――私を殴った事はすっかり忘れてるみたいね……。ま、どうでもいいけどね」
言葉とは裏腹に少し不機嫌そうに呟くその少女の名は、湯浅皐月。
皐月はつかつかと高槻達の方に歩み寄った。
「七海、久しぶりね。怪我は無い?」
「あ、はい。大丈夫です」
「そう。それじゃ行きましょうか」
「―――え?」
七海が目をパチクリさせる。

612撤退:2007/03/07(水) 13:19:28 ID:se/HRpe6
皐月は断りも入れずに郁乃の車椅子を押し始めた。
「ちょ、ちょっとあんた誰よ!?あたしを何処に連れて行く気!?」
「私は湯浅皐月……七海の知り合いよ。行き先は鎌石局。色々便利な物が置いてあったから、治療に使える物もあると思う」
皐月は半ば事務的に答えて、そのまま車椅子を押していく。
高槻と浩平は聞きたい事が色々あったが、体力的にまるで余裕が無いので黙って後をついてゆく。
そんな中、七海が皐月の横に並びかけた。
「あの……皐月さん」
「何?」
「なんかいつもと印象が違うんですけど……どうかしたんですか?」
七海は皐月とそれ程親しい訳ではない。
宗一と一緒に居る時に数回会った程度だ。
それでも今の冷静過ぎる皐月には、大きな違和感を覚えざるを得なかった。
普段とは言葉遣いも少し異なる。
何か……おかしかった。

皐月は黙ってごそごそと鞄の中を漁り出し、紙を七海に手渡した。
七海はそれをばっと広げて、音読し始める。
「『セイカクハンテンダケ』説明書:このキノコを食べると暫くの間性格が正反対になります。かなり美味ですので、是非ともご賞味下さい」







613撤退:2007/03/07(水) 13:20:14 ID:se/HRpe6
「いてて……少し無理し過ぎちまったな」
「岡崎朋也……大丈夫?」
みちるが朋也を気遣って声を掛ける。
高槻に比べればかなりマシではあったが、朋也もまた大幅に体力を消耗してしまっていた。
体の節々が痛み、気を抜くと転倒してしまいそうになる。
そんな朋也の様子を見かねて、秋生が唐突に言った。
それは朋也にとって、とても冷たい声に感じられた。
「―――止めだ。家に戻るぞ」
「は?何言ってんだオッサン、そんな事出来るわけ……」
「おめえボロボロじゃねえか……そんな体で行っても死ぬだけだ」
秋生は朋也の腕を握って強引に引っ張ろうとした。
朋也はそれを振り払い、目一杯怒鳴った。
「ふざけんじゃねえ、俺の友達が襲われてるかもしれねえんだ!見捨てろっていう気か!?」
今にも秋生に飛び掛りかねないくらい、朋也は激昂している。
その目は仲間を見る目では無く、敵を睨みつけているかのようだった。

秋生は朋也の怒りの視線を真正面から受け止め―――大きく頷いた。
「良いか小僧。誰かを愛するって事は何かを捨てなきゃいけねえって事だ。ここでおめえが無理して死んじまったら、渚はどうなる?
渚を大切に思ってるんなら、ここは堪えろ」
朋也は渚の方に首を向けた。
見ると、右太腿に巻かれた包帯が血で滲んでいた。
秋生の体にも数箇所、包帯が巻かれてある。
朋也はただ体力を大きく消耗しているだけで、怪我自体は大したことが無い。
だがこの二人の怪我は自分とは違って、治るまでには時間がかかるだろう。
もし自分が死ねば―――渚の生存確率が大幅に下がるのは疑いようの無い事実だった。
「みんなすまねえ……。俺はまだ死ぬ訳にはいかないんだ……」
朋也は顔を悲痛に歪ませながら役場の方向へ目を向けて、それから秋生達が隠れていた家へと歩を進めた。

614撤退:2007/03/07(水) 13:21:57 ID:se/HRpe6






「遅かったみたいだな……」
「うん……」
呟くその声は全く力の無いものだった。
高槻達が去ってから五分後。
北川潤と広瀬真希は、彰の死体の傍で立ち尽くしていた。
「誰だか知らないけど、せめて安らかに眠ってくれ」
北川はそう言って、祈るように顔の前で手を合わせた。
真希もそれに習い、同じような仕草をする。
二人は身を寄せ合うようにしたまま、見知らぬ少年へと黙祷を捧げた。

【時間:二日目・14:45】
【場所:C-3】
古河秋生
 【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
 【状態:B-3民家へ移動、中程度の疲労、左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流。聖の捜索】
古河渚
 【所持品:包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、他支給品一式】
 【状態:B-3民家へ移動、銃の暴発時に左の頬を浅く抉られる。自力で立っている、右太腿貫通(手当て済み、再び僅かに傷が開く)】
みちる
 【所持品:セイカクハンテンダケ×2、他支給品一式】
 【状態:B-3民家へ移動、目標は美凪の捜索】
岡崎朋也
 【所持品:三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:B-3民家へ移動、マーダーへの激しい憎悪、疲労大、全身に痛み。最終目標は主催者の殺害】

615撤退:2007/03/07(水) 13:23:05 ID:se/HRpe6
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、S&W M60(0/5)、.357マグナム弾×15、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:宝石(光4個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:性格反転中、鎌石局に移動、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】
ぴろ
 【状態:皐月の後ろを歩いている】
折原浩平
 【所持品1:S&W 500マグナム(4/5 予備弾7発)、34徳ナイフ、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)】
 【所持品2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、ほか支給品一式】
 【状態:鎌石局へ移動、高槻を支えている、疲労、頭部と手に軽いダメージ、全身打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)】
高槻
 【所持品:コルトガバメント(装弾数:6/7)、分厚い小説、コルトガバメントの予備弾(6)、スコップ、ほか食料・水以外の支給品一式】
 【状態:浩平に支えられている、全身に痛み、疲労極大、血をかなり失っている(出血はほぼ止まった)、左肩を撃ち抜かれている(左腕を動かすと激痛を伴う)】
 【目的:鎌石局へ移動、最終目標は岸田と主催者を直々にブッ潰すこと】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、ほか支給品一式】
 【状態:鎌石局へ移動、首に軽い痛み、車椅子に乗っている】
立田七海
 【所持品:フラッシュメモリ、ほか支給品一式】
 【状態:鎌石局へ移動、健康】
ポテト
 【状態:郁乃の膝の上に乗っている、気絶、光一個】

616撤退:2007/03/07(水) 13:25:55 ID:se/HRpe6

【時間:二日目・14:50】
【場所:C−3】
北川潤
【持ち物①:SPASショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
【持ち物②:スコップ、防弾性割 烹着&頭巾(衝撃対策有) お米券】
【状況:黙祷中、チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
【目的:みちるの捜索】

広瀬真希
【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)×2】
【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、包丁、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
【状況:黙祷中、チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
【目的:みちるの捜索】

(関連731・734)

訂正>>614
×二人は身を寄せ合うようにしたまま、見知らぬ少年へと黙祷を捧げた。
○二人は身を寄せ合うようにしたまま、見知らぬ青年へと黙祷を捧げた。

617ENCHANT/あやまち:2007/03/10(土) 16:54:56 ID:ADUPJLXg0

「はぁ……、はぁっ……」

大きく呼吸を乱しながら、ちらりと後ろを振り向いて舌打ちしたのは長岡志保である。

「まだついてきてる……しつこいわねえ、もうっ!」

眼鏡の少女、砧夕霧の集団に包囲される前に離脱した志保だったが、しかし診療所へと向かう途上には
数は少ないものの、林道から溢れ出した夕霧が展開していたのだった。
濡れた下生えに革靴の足を取られながら、志保は逃走の一手に徹していた。

(これじゃ、いつまでたっても……!)

迂回と逃走を繰り返し、一向に診療所へと近づけないことに志保は苛立つ。
しかしすぐに首を振って、気を取り直した。

「……ううん、きっと美佐枝さんが来てくれる、よね」

一人残った相楽美佐枝の身を案じながら、走り続ける志保。
と、唐突に目の前が開けた。

「森を抜けた……の? ん、あれは……?」

雲間から射す陽射しに目を細めながら志保が見たのは、二人組の男の姿だった。
自分と同じように走っている。
参加者であることは間違いなかったが、得体の知れない殺人眼鏡少女軍団から逃げる志保にとっては、
それは救いの神にも思えた。

「おーい、おーい!」

両手を大きく振る志保。
向こうも気がついたらしい。手を振って走ってくる。

618ENCHANT/あやまち:2007/03/10(土) 16:55:27 ID:ADUPJLXg0
「ねえ、あんたたち! ちょっと助けてほし……って、え?」

志保が目を丸くする。
手を振りながら必死の形相で走ってくる男たちの背後に、キラリと光るものを見たのだった。

「おい、お前! 早く逃げないと危ないぞ!」
「ひぃぃっ(;゚皿゚)」

男たちは、砧夕霧の大集団から追われているようだった。

「う、嘘でしょー!?」

思わず足を止めてしまう志保。
見る見るうちに、男たちが迫ってくる。

「おいお前、何をボサッとして……うぉぉっ!?」

男たちの片割れ、目つきの悪い方を背後からの光線が掠める。

「何とかしてくださいよ国崎さん! って、ひいいっ!?(;゚皿゚)」

もう一人の、少し腹の出た頭の悪そうな少年を光線が直撃していた。

「きゃあ! ちょっと大丈夫!?」

大丈夫なはずがないのだが、志保はそう声をかけてしまう。
しかし国崎と呼ばれた男は撃たれた少年の方を見ようともせずに平然と答える。

「気にするな、そいつは大丈夫だ。おい春原、早く立て」
「ってそんなわけないじゃな……え?」
「メチャクチャ熱くて痛いんですけどねえっ!(;゚皿゚)」

金髪の頭をチリチリのアフロヘアーにしながら、春原と呼ばれた少年が立ち上がる。
思わず一歩引く志保。

「あ、あんた本当に人間……?」
「アンタ初対面の相手に失礼っすねえ!(;゚皿゚)」
「こいつの個性だ、気にするな。それよりお前、こんなところで突っ立ってると……」

言いかけた国崎の背後で、また光線が閃いた。

619ENCHANT/あやまち:2007/03/10(土) 16:55:53 ID:ADUPJLXg0
「くそっ、とにかく逃げるぞ!」
「……ってちょっと、そっちは!」
「―――うぉぉっ!?」
「ひいいっ!?(;゚皿゚)」
「言わんこっちゃない……!」

森に踏み入りかけて、今度は正面から迫る夕霧の群れを目にしてたたらを踏む男二人。
急いで引き返してくる。

「おい、どういうことだ!」
「あたしが聞きたいわよ! 自慢じゃないけどあたしだって逃げてきたんだから!」
「ホントに自慢じゃないっすねえ!」
「っさいわね! あんたたち男なんだから、なんとかしなさいよ!」
「無茶言うなっ!」

背中合わせになって言い合う三人。
既に退路は塞がれていた。
ぐるりと周りを取り囲む夕霧に目をやりながら、国崎が苦々しげに口を開く。

「完全に囲まれたか……」
「も、もしかして志保ちゃん大ピンチ?」
「もしかしなくても大ピンチだ。……こうなったら、春原を盾にして強行突破するか」
「アンタねえっ!(;゚皿゚)」
「……冗談だ」
「その微妙な間が気になるわね……」
「アンタら余裕っすね!」

じり、と包囲の輪を狭めてくる夕霧軍団。

「くそ、せめて武器があればな……お前、何か持ってないのか?」
「あ、あたし!? ……そういえばバッグの中、まだ見てなかった」
「いいから早く出せっ」
「そ、そんなこと言われても……」

必死にバッグを開けようとする志保だったが、手が震えてジッパーを開けることもままならない。
焦ったように国崎が叫ぶ。

「くそ、いいからそいつごと貸せっ!」
「うわ、国崎さん! あいつら撃ってきますよ!」

春原の声に、二人が同時に顔を上げる。
周囲に展開した夕霧の額が、淡い光を帯びていた。
斉射の兆候だった。

「くそっ……!」
「芽衣……今行くからな……」
「そんな……美佐枝さん、助けて……!」

周りを取り囲む光が、三者三様の絶望を明るく照らし出す。

「いや……嫌ぁぁぁぁっ―――!」

絶叫が、響いた。


******

620ENCHANT/あやまち:2007/03/10(土) 16:56:30 ID:ADUPJLXg0


「―――?」

志保は、そっと目を開けた。
痛みも衝撃も、来なかった。

「あたし……まだ、生きてる……?」
「―――動くな」

冷たい声が、頭の上からした。
見上げようとして、志保は自分が抱えられていることに気づく。

「え……あんた……?」

自分を抱えている腕が、国崎と呼ばれていた男のものだと分かってなお、志保は己の眼を疑っていた。
国崎の発する雰囲気が、先ほどまでと一変していたのである。
今の国崎は見る者の背筋を凍らせるような、ひどく鋭利な雰囲気を漂わせていた。

「動くな。任務の妨げになる」

短くそれだけを告げると、国崎は走り出した。
見れば、もう片方の腕には春原と呼ばれた少年を抱えている。凄まじい膂力だった。

「ってそういえば、さっきのビームを、どうやって……?」

志保の疑問は、すぐに払拭された。
正面から新たに放たれた光線を、

「ぎゃああっ!?(;゚皿゚)」

国崎は無造作に春原で受け止めたのである。

「ってちょっとあんた、それはいくらなんでも……」
「問題ない」
「ありまくりっすよねえ!」
「死にたくなければ黙っていろ」

国崎の声は、ひどく冷徹だった。
先ほどまでのどこか憎めない男という印象は、今やまったく感じられない。
次々に光線に対し、何の躊躇もなく春原をかざし、的確に攻撃を避けていく。

621ENCHANT/あやまち:2007/03/10(土) 16:56:54 ID:ADUPJLXg0
「(;゚皿゚)! (;゚皿゚)!? (;゚皿゚)!!」

口から黒煙を吐き出す春原に絶句する志保。
と、国崎が短く口を開く。

「武器を確認しろ」
「え? ……あ、バッグの中……?」
「迅速に済ませろ」

抱えられたまま、志保はバッグの中を漁る。
中から出てきたのは、

「拳銃……?」
「……モーゼル・ミリタリー、7.62mmか。丁度いい」

古風で無骨なデザインのそれを一目見て、国崎は頷く。
春原で光線を弾きながら包囲網に近づくと、同じく手にした春原で夕霧の一体を殴り倒した。
ざ、と包囲網が割れる。一気に駆け抜ける国崎。

「……ここで大人しくしていろ」

言って志保を下ろしたのは、大樹の陰だった。
志保が、おそるおそる声をかける。

「あんた……本当にさっきまでのあんた、なの……?」
「……任務を続行する」

それだけを告げて志保の手から拳銃を取ると、国崎は踵を返す。
一片の感情も感じられない、まるで機械のように怜悧な動作だった。

「じゃ、僕もここでおとなしく……って、ひいいっ!?」

春原の襟首を掴むと、国崎は大樹の陰から飛び出した。
射線の方向が集中することで、光線による攻撃は激しさを増していた。
しかしそのすべてを、国崎は的確に捌いていく。

「もう!(;゚皿゚) どうとでも!(;゚皿゚) してくれよっ!!(;゚皿゚)」

左手に春原、右手に拳銃。
ただそれだけの装備をもって、国崎は周辺を埋め尽くす夕霧を薙ぎ払っていく。
盾として、あるいは鈍器として春原を振るい、時折銃火を閃かせながら、国崎が駆ける。

622ENCHANT/あやまち:2007/03/10(土) 16:57:33 ID:ADUPJLXg0
「すご……い、けど……」

その様を大樹の陰から覗く志保。
しかしその表情は暗かった。眉根を寄せ、何事かを考えている。
嫌な予感が、黒雲のように膨らんでいた。

「―――任務、完了」

その声に、はっと顔を上げる志保。
気がつけば、周囲を埋め尽くしていたはずの砧夕霧が、一人残らず地面に倒れ伏していた。
ボロ雑巾と見分けがつかなくなった片手の春原を、国崎が無造作に投げ捨てる。

「生まれて、すみません……」

どさりと落ちる春原。
慌てて駆け寄る志保の目の前で、国崎がゆらりと揺れた。

「え、ちょ……」

咄嗟に身をかわす志保。国崎が、顔面から倒れた。

「ちょ、ちょっとあんた……どうしたのよ!?」

恐々と伸ばされた志保の手が、触れるか触れないかの寸前。
国崎が、ゆっくりと身を起こした。
びくりと手を引っ込める志保。

「……っ痛ぅ……! なんだ、一体何が……」

頭を抱えながら何事かを呟いていた国崎が、周囲を見回した瞬間、凍りついた。

「って、うぉぉっ、何だこれは!?」
「あんたが……やったのよ……?」

志保の声に、国崎が驚いたような眼を向ける。

「俺が……?」
「まさか……、覚えてない……?」
「いや、まったく記憶にないが……どうした、顔色が悪いぞ?」

心配もされるだろう、と志保はどこか他人事のように思う。
今の自分はきっと、ひどく青白い顔をしているはずだ。
体の芯からくる震えが止まらない。全身に嫌な汗が噴き出していた。

「……おい、本当に大丈夫か? 具合が悪いなら、」
「あたし―――」

国崎の言葉を遮るように、志保は口を開いていた。

「あたし、行かなきゃ……! このままじゃ美佐枝さんが……美佐枝さんが……っ!」

言うや、踵を返して走り出す。

623ENCHANT/あやまち:2007/03/10(土) 16:57:49 ID:ADUPJLXg0
「おい! ちょっと待て、お前!」

背後の声など、既に耳に入らない。
志保の予感が確かなら、事態は既に遅きに失していた。
それでも、走らずにはいられなかった。
自分を逃がした相楽美佐枝の背中が、脳裏をよぎる。

(美佐枝さん……どうか、無事でいて……!)

国崎の変貌。
突然の超絶能力、そして記憶の欠損。
志保には、その光景に覚えがあった。
昨晩、虎と戦ったときの美佐枝と、それはひどく、符合していた。

国崎と、美佐枝。
それぞれ同じ類の能力に目覚め、その力を発揮したのであれば、それでいい。
しかし、もしも。
もしも二人の共通項が、自分だったとしたら。
ドリー夢と美佐枝が呼んでいた能力は、相楽美佐枝のものではなく―――、

(あたしの、力だ……!)

他人に、何らかの能力を付与する異能。
それが昨晩の美佐枝をして虎を仕留める力を与えたのであれば。
今の相楽美佐枝は、無力であった。

(美佐枝さん……!)

長岡志保の祈りに似た呼びかけは、虚しく心中に響いていた。

624ENCHANT/あやまち:2007/03/10(土) 16:58:09 ID:ADUPJLXg0


 【時間:2日目午前10時すぎ】
 【場所:G−4】

長岡志保
 【所持品:なし】
 【状態:異能・ドリー夢、疾走】

国崎往人
 【所持品:人形、ラーメンセット(レトルト)、化粧品ポーチ、支給品一式×2】
 【状態:唖然】

春原陽平
 【所持品:なし】
 【状態:妊娠(;゚皿゚)・ズタボロ】

砧夕霧
 【残り29438(到達0)】
 【状態:進軍中】

→552 606 721 ルートD-2

625乙女の想い:2007/03/10(土) 18:12:23 ID:IQ5olZbU0
突然現れた車を用いての襲撃者に対して、フロントガラスに飛びつくという、一見無謀にも思えるような方法で対抗した柳川。
微かに聞こえてくる放送の音。だが今はそんな物に気を取られている暇は無い。
柳川は放送に集中力を割かずに、車の搭乗者達の観察に全力を注いだ。
やがて車は平野を抜け、街道を乗り越えてゆく。視界を失っている車はそのまま、民家の密集地帯に近付いてゆき――
「――クッ!」
そこで大きな衝撃が柳川を襲う。この状況に業を煮やした相手が、遂に急ブレーキを掛けたのだ。
予想していた事とは言え、やはりその反動は凄まじい。今前方に振り落とされれば、そのまま車の下敷きとなってしまうだろう。
柳川は車体の縁を必死で掴んで、落とされてしまわぬよう耐えた。
車のスピードが急激に落ちてゆき、やがて柳川の体に伝わる揺れも少なくなってくる。
だが相手の攻撃は、ここからが本番だろう。フロントガラス越しに見えた銃。
少なくとも敵の一人は銃を――いや、ここは最悪の状況を想定して、二人とも銃を持っていると考えるべきだろう。
柳川は片腕を放し、肩に掛けたデイバックの中へと手を突っ込んだ。
そこから日本刀を取り出し――ドアが開くのとほぼ同時に、車から飛び降りた。
素早く地面に着地して、車から出てきた男目掛けてそれを振るうと、大きな金属音がした。
男――藤井冬弥の構えようとしたFN Five-SeveNを、鋭く奔る刃が捉えていた。
「つっ……」
痺れる程の大きな衝撃と共に、冬弥の手から銃が弾き飛ばされる。
冬弥の顔が焦りの色に染まる。だが柳川は隙だらけの相手を敢えて攻撃せずに、後ろに大きく飛び跳ねた。
その直後、冬弥の肩口の向こうから鋭く光る物が飛び出して、それまで柳川がいた空間を貫いていた。
車を運転していた女性……篠塚弥生が、ポーカーフェイスを崩さぬままに包丁を突き出してきたのだ。
包丁を握っていない方の手には、ベアークローがしっかりと取り付けられている。それはさながら、映画に出てくる暗殺者のような姿であった。
「随分と物々しい格好だな。――だが!」
柳川は空気を切り裂くような勢いで、弥生達に向かって真っ直ぐに突っ込んだ。

626乙女の想い:2007/03/10(土) 18:12:59 ID:IQ5olZbU0
――敵は、銃を一つしか持っていない。
その確信を持ったからだ。相手が銃を二つ持っているのならば、二人で一個ずつ分けて持つに違いない。
しかし弥生の方は両手が塞がっている為、銃を使う事は出来ぬだろう。故に、敵の銃はただ一つという結論に達したのだ。
冬弥が持っていた銃は既に弾き飛ばしている。その銃を拾われる前に、一気に決着をつける。
弥生が包丁をこちらに向かって投げつけてくる。柳川はそれを、事も無げに刀で叩き落した。
そのまま距離を詰め、間も無く敵を切り裂けるかのように思えたが――その時、弥生が冬弥の鞄からFN P90を取り出した。
「なッ――」
完全に予想を外された。このまま行けば、確実に蜂の巣とされる。
柳川は全力で地面を蹴り飛ばし、強引に横方向へとスライディングした。
それでも避けれるかどうかぎりぎり、紙一重のタイミングだと思ったが、銃声は鳴り響かない。
体を起こした時にはもう、弥生がFN P90をあっさりと地面に捨て、FN Five-SeveNを拾い上げていた。
そこで柳川はようやく、自分の確信が間違いではなかった――つまり、FN P90は弾丸の無い、ただの威嚇用の道具に過ぎぬと気付いた。
柳川は左斜め後ろ、右斜め後ろとジグザグに飛び退き、弥生が放つ弾丸を避けながら距離を取る。
それから何時でも回避に移れる体勢を維持したまま、言った。
「……貴様、戦い慣れているな。これまで何人の人間を殺してきた?」
まるで親の仇を見るかのような、突き刺す視線を送りながら問い掛ける。
弥生はその質問を無視して、横にいる冬弥へちらっと視線を向け、小さな声で呟いた。
「あの男は相当な手練のようです……まともに銃を撃っても当たるとは思えません。藤井さん、足止めをお願い出来ますか?」
冬弥は鞄の中からナイフを取り出す事によって、その申し出に応える。
そんな時だった――遥か遠く、柳川の後方から大きな叫び声が聞こえてきたのは。

627乙女の想い:2007/03/10(土) 18:13:47 ID:IQ5olZbU0
「……ふじ……い……さ……ん…………!」
弥生と柳川は、警戒体勢を維持したまま微動だにしない。だが、冬弥は違った。
体の筋肉、それどころか細胞一つ一つまでもが硬直するような感覚に襲われ、ナイフをぽろっと取り落とす。
その声、そして向こうから走ってくる人影、それは正真正銘、七瀬留美のものであった。
「――藤井さんっ!」
距離が詰まり、留美の声がはっきりと聞き取れるようになる。その悲痛な響きが耳に入る度に、ズキンと冬弥の胸が痛んだ。
走り寄る人影はどんどんと大きくなってゆき、やがてその表情すらも正確に読み取れるくらいの距離となった。
「七……瀬……さん……」
冬弥は呆然と立ち尽くしながら、何とかその言葉だけを口にした。
留美はそのまま走り続け、柳川の前まで躍り出る。そして潤んだ瞳で、冬弥をじっと見つめた。
留美の心を占める感情の一つは、再会の喜び。だがそれ以上に大きな感情が、それを塗りつぶしていた。
それは――悲しみ。
「下がっていろ、七瀬。この者達は殺し合いに乗っている……。なら、俺は容赦しない」
柳川が厳しく言い放つ。第二回放送を聞いた時の、留美の悪い予感は的中していた。
冬弥達の乗った車は、何の警告も無く自分達を轢き殺そうとした。それは、藤井冬弥がゲームに乗っているという証明に他ならなかった。
「なんで……藤井さん……?なんで、こんな事を……」
それでも留美は、冬弥の真意を聞かずにはいられなかった。放たれた質問を前にして、弥生が冬弥の代わりに答える。
「見れば分かるでしょう?私と藤井さんは、やる気になっているという事です」
「…………う……あ……」
冷たく告げると、見る見るうちに留美の表情が絶望に歪んでいく。弥生はその隙を逃さずに、FN Five-SeveNの銃口を留美へと向けた。
先程から冬弥は何度も何度も、明らかに集中力を欠いた状態になってしまっている。
その原因がこの少女にあるという事が、弥生には分かった。ならば今すぐ、自分達にとっての障害を排除する。
「ク――!」
柳川が、全速力で疾走する。しかし、まず間に合わない。銃弾より早く動ける生物など存在しない。
それは、鬼であろうとも例外ではない。ましてや力を制限されている柳川では、絶対に間に合わない――

628乙女の想い:2007/03/10(土) 18:14:24 ID:IQ5olZbU0
「ま、待ってくれ!」
「――っ!?」
だから、留美を救ったのは柳川では無かった。弥生の銃を握っている方の腕が、冬弥にがっしりと押さえられる。
今度ばかりは弥生も怒りを隠そうとはせず、ぴんと眉を吊り上げた。
「……一体どういうおつもりですか、藤井さん」
刺々しい声で、厳しく問い掛ける。険しい顔で睨みつけると、冬弥は申し訳無さそうに目を逸らした。
「事情はよく分からんが……形勢逆転というヤツだ。銃を捨てろ」
威圧するような声が聞こえ弥生が視線を移すと、柳川がイングラムM10を構えていた。その横には金髪の少女――倉田佐祐理の姿。
佐祐理は柳川が捨てていった荷物を拾っていたので、留美より少し遅れてここに辿り着いたのだ。
「仕方……ありませんね」
冬弥を振り払って発砲すれば、七瀬という少女は殺せるだろう。だがその直後、自分も射殺されるのは目に見えている。
それは絶対に避けなくてはならない。ゲームに勝つ為には、人を殺す事に拘り過ぎてはいけない。
最後まで生き延びる事を最優先に、行動を組み立てていくべきなのだ。
弥生は銃を手放そうとして――銃を持っていない方の掌で、冬弥の背中をどんと押した。
そのまま冬弥の後ろに隠れるように車の中に駆け込み、素早くドアを閉める。
ガラス越しに、冬弥の唖然とした表情が見えるが――どうでも良かった。
戦いの度に迷いを見せる冬弥は、はっきり言って足手纏いだ。特に今回は酷かった。
何度も放心状態に陥り、事もあろうか決定的なチャンスの邪魔をしてくる始末。
これでは自分一人で行動した方が、優勝に近付けるだろう。この後冬弥がどうなろうが、知った事では無い。
弥生はアクセルを思い切り踏み込み、車は柳川達の横を抜けるように急発進した。
「逃がさんっ!」
柳川は運転席へと狙いをつけて発砲したが、銃弾は全て硬い装甲の前に弾き返される。
イングラムM10がカチッカチッと音を立てて弾切れを訴え、マガジンを再装填した時にはもう車は視界から消えていた。
柳川は銃を冬弥に向けるか一瞬迷い――止めておく事にした。
とにもかくにも、この男は留美の命を救ったのだ。見れば飛び道具も持っていない様子、ここは留美に任せて良いだろう。

629乙女の想い:2007/03/10(土) 18:15:04 ID:IQ5olZbU0

「藤井さん……」
留美がゆっくりと、冬弥に近付いていく。一歩一歩、両者の距離が縮まってゆく。
涙を溜め込んだ瞳、泣き笑いのような表情。そんな留美の顔を前にして、冬弥は激しく自責の念に駆られた。
少女が冬弥を止める為にずっと頑張っていた事が、彼女の表情を一目見て分かってしまったからだ
――由綺の死を知った時。
自分は暴走してしまった。間違いを諫めようとした浩平を、叩き伏せた。
泣き縋る留美の言葉を無視し、彼女の元を離れた。そんな自分を、留美は未だに探し続けていたのだ。
留美は信じられないくらい、強くて優しい女の子だった。それに比べて自分はどうだ?
復讐――それは確かに自分で選んだ道だった。それが正しい選択だったとはもう思わないが、少なくともそこに明確な意思は存在している。
そう意味では、まだマシだった。だが二回目の放送以降の自分は恐らく、この島でもっとも愚劣な人間だろう。
ゲームに乗るか否か――この島に連れて来られた人間ならば、必ず突きつけられる選択。
全員が全員、悩み抜いた末に道を選んだ訳では無いだろう。あっさりとゲームに乗った人間もいるかも知れない。
だがそのような人間でも、自分よりはマシだ。何しろ自分は選択する事すら放棄して、コインなどという物に運命を託したのだから。
そして流れに身を任せて、復讐とは無関係の人間を次々と襲撃していった。
それでも弥生に助けられて、どうにか復讐の対象に辿り着いた。
自分一人では、まずここまで漕ぎ着けられなかったというのに――大事な場面で、弥生の邪魔をしてしまった。
留美を救ったのも、何か考えがあって行動したという訳では無い。ただ、身体が勝手に動いただけだ。
まるで、操り人形。自分以外の意思でしか動けぬ、操り人形のようだった。
そんな自分が、これからどのように生きていけば良いのか。
もう復讐心は薄れている――その道が間違いだと、気付いてしまったから。
だが後戻り出来るとも思えない。それだけの罪を自分は犯してしまった。
これからどうすれば――

630乙女の想い:2007/03/10(土) 18:15:55 ID:IQ5olZbU0
「藤井さん」
聞こえてきた声に意識を戻す。留美が、もう手の届く位置まで来ていた。
「七瀬さん……俺は……俺は――」
冬弥は何か言おうとしたが、言葉が思いつかなかった。
留美が冬弥の背中に手を回して、唇を突き出す形で顔を近づけてきて――
「――――!?」
そして、冬弥は唇に柔らかい感触を感じた。それはがしっと歯が当たるくらい、不器用なものだったけど。
紛れも無く、キスと呼ばれている行為だった。やがて、唇が離れる。
「七瀬さん……一体……?」
冬弥が口を開く。どうしてこういう事になっているか、サッパリ分からなかった。
留美は冬弥の疑問に短く、しかしこれ以上ないくらいの気持ちを籠めて、答えた。
「――好き」
冬弥の目が見開かれる。そして再び冬弥の唇が塞がれた。
七瀬留美の――乙女の想いは、この過酷な環境の中で、恋と呼べる程の物に成長していた。
普段浩平に良いようにからかわれている留美は、決して口が上手い方ではない。
だから、ただ自分の感情をストレートにぶつけた。それ以外に、方法が思いつかなかったのだ。
しかしその想いは一切汚れのない、とても純粋なもので――冬弥の迷いを吹き飛ばすには、十分なものであった。
冬弥もまた留美の背に腕を回して、唇を合わせたまま彼女を優しく抱きしめた。
(俺はこれからどうすれば良いか、まだ分からない……。でも一つだけ、分かった事がある。それは――)
唇を離して、それから久しぶりに、本当に久しぶりに、強い意志と共に言葉を紡ぐ。
「決めた。俺は七瀬さんを――留美ちゃんを守るよ。こんな弱い俺でも、少しくらいは力になれると思うから」
そしてもう一度、留美と口付けを交わした。どの道を選べば良いか……簡単な事だった。
初めから正解など用意されていない。それならば、自分の気持ちに従って動けば良いだけなのだ。
確かに自分は取り返しのつかない事をしたし、いつかは罪を償わなければならない時も来るだろう。
しかし、そうなったらその時に考えるだけだ。今はただ留美を守る事だけを考え続けよう。
もう――迷わない。

631乙女の想い:2007/03/10(土) 18:16:33 ID:IQ5olZbU0
「七瀬さん……本当に、良かったですね」
佐祐理が留美達の様子を遠巻きに見ながら、笑顔でぼそっと呟く。その言葉に、柳川が小さく頷いた。
「ああ。ガサツな女だと思っていたが……どうやら俺は、見る目が無かったらしい」
普段の留美からは想像もつかないが、今の彼女の姿は乙女そのものであった。
柳川は自分達を襲った冬弥を完全に信用した訳は無かったが、ここで邪魔するのは余りにも野暮というものであろう。
佐祐理と柳川は肩を並べたまま、留美達の様子を見守り続ける。そこで、佐祐理はある事を思い出した。
柳川は車に飛び乗るという、かなり無茶な行動を取った。見た所大きな怪我はしていないが、打ち身くらいにはなっているかもしれない。
「柳川さん、あの――」
佐祐理は柳川にその事を尋ねようとし、横を振り向いて――民家の扉から二つの人影が出てくるのを見た。金髪の白人女性、そして小柄な少女。
両方の正体に佐祐理は心当たりがあったが、今はそれ所では無い。何せ、金髪の女性は、銃をこちらに向けているのだから。
「――危ないっ!」
佐祐理は反射的に柳川を突き飛ばした。銃口の正確な向きなど、佐祐理に読み取る事は出来ない。
あの女性が誰を狙っていたか、確実な判断材料があった訳では無い。
しかし佐祐理の直感が告げていた――柳川が危ない、と。次の瞬間には銃声が鳴り響いていた。

632乙女の想い:2007/03/10(土) 18:17:25 ID:IQ5olZbU0


「……倉田っ!?」
柳川の服に、赤い液体が降りかかり、次々と斑点を描いてゆく。
銃弾は柳川の胸を、精密機械の如き正確さで貫こうとしていた。その軌道に、佐祐理が割り込んだのだ。
そして桁違いの殺傷力を秘めた5.56mm NATO弾は、佐祐理の左肩を掠め取っていった。
佐祐理と柳川の身長差が幸いしての結果だった。佐祐理の身長がもう少し高ければ、弾は佐祐理の肩を砕き腕を引き千切っていただろう。
柳川は機敏な動きで佐祐理を抱きかかえて、跳躍する。その後を追うかのように、地面が次々と弾け飛んでいった。
銃声が止んだ後、柳川は襲撃者の正体を確かめるべく首を動かした。
太陽は既に地平線の彼方に消えつつあり、空には暗雲が立ち込めている。辺りは薄暗くなっているが、何とか敵を視認する事は出来た。
銃を構えている金髪の女性――見覚えがある。主催者を打倒するに当たって最も頼りにしていた人物だ。
そして、かつて仲間だった者の横で薄ら笑いを浮かべている少女。その外見的特長は、春原陽平の話と一致する。
柏木耕一や、川澄舞。その他にも、多くの少年少女達の命を奪う元凶となった存在。
柳川は己の中に蓄積していた憎しみ全てを搾り出して、叫んだ。
「宮……沢……有紀寧ぇぇぇっ!!」


【時間:2日目18:25】
【場所:I−7】
柳川祐也
【所持品:イングラムM10(30/30)、イングラムの予備マガジン30発×7、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1、青い矢(麻酔薬)】
【状態:左肩と脇腹の治療は完了したが治りきってはいない、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)】
倉田佐祐理
【所持品1:支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】
【状態:左肩重症(腕は上がらない)】
七瀬留美
【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、日本刀、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】
【所持品2:スタングレネード×1、何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(3人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】
【状態:状態不明、千鶴と出会えたら可能ならば説得する、人を殺す気、ゲームに乗る気は皆無】
藤井冬弥
【所持品:暗殺用十徳ナイフ・消防斧・】
【状態:状態不明、右腕・右肩負傷(簡単な応急処置)、目的は留美を守る事】
宮沢有紀寧
【所持品①:コルトバイソン(4/6)、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(2/6)】
【所持品②:ノートパソコン、包丁、ゴルフクラブ、支給品一式】
【状態:前腕軽傷(治療済み)、マーダー、自分の安全が最優先だが当分はリサの援護も行う、リサを警戒】
リサ=ヴィクセン
【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾22、予備マガジン×4)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】
【状態:マーダー、目標は優勝して願いを叶える。有紀寧を警戒】

633乙女の想い:2007/03/10(土) 18:18:25 ID:IQ5olZbU0


【時間:2日目18:15】
【場所:I−7】
篠塚弥生
【所持品:ベアークロー、FN Five-SeveN(残弾数10/20)】
【状態:車に乗っている、マーダー・脇腹に怪我(治療済み)・逃亡中・第一目標は優勝、第二目標は由綺の復讐】

【備考】
・冬弥の近くにFN P90(残弾数0/50)、包丁が落ちています。
・柳川・佐祐理・留美・弥生・冬弥は戦闘に集中していた為、第三回放送の内容を聞き逃しています
・島の天気が曇りに変りました
【備考2】
・聖のデイバック(支給品一式・治療用の道具一式(残り半分くらい)
・ことみのデイバック(支給品一式・ことみのメモ付き地図・青酸カリ入り青いマニキュア)
・冬弥のデイバック(支給品一式、食料半分、水を全て消費)
・弥生のデイバック(支給品一式・救急箱・水と食料全て消費)
上記のものは車の後部座席に、車の燃料は残量50%程度、行き先は不明

→733
→742
ルートB13、B16

634浩之の残したもの:2007/03/10(土) 22:42:53 ID:UKZq6jWU0
「ごぉっ……ぐふぅ……」
浩之の放ったデザートイーグルは確実に岸田の内腑を痛めつけていた。
腹の底から響く鈍痛に悶え苦しむ。
「がっ……はぁ、はぁ……糞……」
沸いてくる血と唾液をまとめて吐き出す。
一度デザートイーグルの洗礼を受けたアーマーは最早アーマーの役目を果たしていなかった。
多少の斬撃程度なら守ってくれるだろうが、同じ場所に銃弾が食い込もうものなら砕けて破片までも肉に食い込むことになるだろう。
唯の錘と成り下がったアーマーを脱ぎ捨てる。
「糞……これでは……」
このままではあの忌々しい高槻を刈る事が出来ない。
今銃を撃てば反動で自分の体が壊れかねない。
折れた肋骨が肺に食い込んでないのが僥倖だ。
「くそっ……! この餓鬼……」
眼下の浩之の死体を蹴飛ばす。
その動作も衝撃となって岸田に返る。
「ぐっ! ……糞」
数秒逡巡して、やはり一旦引くことを決める。
「フン……必ず殺してやるからな……高槻……」
そうして岸田は死体を残し、一人役場から離れて行った。

635浩之の残したもの:2007/03/10(土) 22:43:33 ID:UKZq6jWU0
【時間:二日目・15:45】
【場所:鎌石村役場】

岸田洋一
 【装備:電動釘打ち機(5/12)、カッターナイフ、鋸、ウージー(残弾25/25)、デザートイーグル(.44マグナム版・残弾7/8)、特殊警棒】
 【所持品:支給品一式、ウージーの予備マガジン(弾丸25発入り)×1】
 【状態:肋骨一本完全骨折・二本亀裂骨折、胃を痛める、腹部に打撲・内出血、切り傷は回復、マーダー(やる気満々)】
 【備考:アーマー、カッター、鋸は荷物軽量化のため捨てていきます】

→741
B-13,B-16,B-17

636落穂拾い(前編):2007/03/11(日) 14:48:43 ID:9HYljyok0
島の西部を流れる唯一の川。
その河口に面する民家の一つに、坂上智代ら三人の少女は早めの宿を取っていた。
安心感からか、里村茜と柚木詩子はくつろいで気ままなことをしている。
「ねえ、見て見て。エロビデオのテープがあるよ。なんかワクワクして来たわ」
「私はそんなもの、興味はありません」
「この“美少女狩り”なんてタイトルからして面白そう。茜はどれがいい?」
「わたしは……“GL〜ガールズラブ”がいいと思います」
舌の根も乾かぬうちに茜は前言を撤回していた。

あまりの緊張感の無さに智代は二人を苦々しく見ていた。
「お前達、他の仲間が苦難に遭ってるかもしれないのに、なんという弛んだ精神をしておる!」
「そんな仮定の話してもしょうがないでしょ。他の人は他の人。あたし達はあたし達なの」
「智代も堅苦しいことばっかり言ってないで、いっしょに見ましょう」
茜もテープを手に取ってはタイトル見て物色している。
「ほら、“トモヨ あふたー”ってのもあるよ。でもタイトルからして面白くなさそう」
「もういいっ! わたし一人で鎌石村へ行く」
「そんなあ。今着いたばかりなのに」
──こうして智代達は五分そこらで家を出たのであった。



「あれは……船」
智代は珍しく笑みを浮かべた。
到着時には気づかなかったが、砂浜から岩場への境目に一隻の船が乗り上げていた。
船体は破損が目立つが修理できるかもしれない。
三人とも嬉しさのあまり興奮を抑えることができず、はしゃぎながら船へと駆ける。
「エンジンはどうなんだろうな。生きていればいいが」
「まずは希望の灯りが見えたようなもんね」
智代を始めに茜が、そして詩子が船に乗り込む。

637落穂拾い(前編):2007/03/11(日) 14:50:22 ID:9HYljyok0
喜びも束の間、三人の笑みが一瞬にして消えた。
船室の扉を前に一同は凍り付いている。
希望を打ち砕くかのように、あたりには異臭が漂っていた。
「生ゴミじゃないですよね」
茜がポツリと呟く。
「たぶんな。いや間違いなく……」
口にこそしないが、みんなその臭いが死臭だと感じていた。

「智代、早く開けなさいよ」
「わかってる。今開けるから」
詩子にせかされ、緊張の面持ちで扉をゆっくりと開く智代。
「うわっ!」
全裸の女の死体が横たわっていた。
皆驚きのあまり声も出せず、立ちすくむのみである。

「この人、首輪をしていません」
しばらくして茜の落ち着いた声が響く。
「ホントだ。もしかして主催側の要員だったりしてね」
三人とも気を取り直して女や船の状況を調べることにした。
「しかし酷い様だな。死ぬ直前まで性交をしていたような気配だ。傷の具合からして死因は……何だろうな」
射殺でも絞殺でも撲殺でもない。どうやら座礁の際の全身打撲によるもののようだ。
「乳首を噛まれた痕があるね。あたしもこのくらいオッパイがあったらいいなあ……あれ、居ない。茜!」
詩子は女の胸を触りながら茜が居ないことに気づいた。
「船の傍に複数の足跡があります。デイパックも二つありました」
応えるように船室の外から返事があった。
「何か武器は? 銃とかあるか?」
「残念ながらありません。共通のものだけです」
「そうか……判ったから戻って来てくれ。なるべく目の届くところに居て欲しい」
いつ襲われかもしれないのに大胆なことをするものだと、智代は舌打ちした。

638落穂拾い(前編):2007/03/11(日) 14:52:24 ID:9HYljyok0
「機関は死んでないみたい。燃料は十分あるわ」
「詩子は機械をいじれるのか?」
「原付のエンジンはいじったことあるけどねえ。船はないよ。でも四級小型船舶は取ってるから」
「ほう、船を操作できるのはありがたいな」
詩子の特技は期待できそうだ。
「乗馬とかお花とかお香も一通りはできるよ。あとクレー射撃もね」
「そんなこと聞いてないって……え? 詩子って、上流階級のお嬢様なのか?」
「フフフフ。秘密だよ」
「実は元華族の流れをくむ家系です。……って、嘘です」
いつの間にか緊張感は解けて冗談さえ言える雰囲気になっていた。
「この人を外に出そう。茜と詩子は足を持って」

結局女の身元は判らず、砂浜に埋葬することにした。
船を後に一行は歩き始める。
西日を浴び、浜には三人の長い影が映えた。
と、突然、茜が智代の腕をクイクイと引っ張った。
「ん? どうした」
茜は二人に手で座るよう指示する。
何事かと思っていると、砂浜に文字を書き始める。
【首輪の盗聴器のこと忘れてました。船を見つけたこと、喋ってまずくないですか?】
あっ、と軽い悲鳴を上げたが既に遅い。詩子を見ると同じように気まずい顔をしている。
【まずかったな。今は私達が生き残ることを考えようではないか】
──前向きに考えよう。
そのためにはまず、ウサギの指示通りに行動する者達──敵を斃さなければならない。
(望まずとも殺し合いをすることになるんだな)
立ち上がると暗い気分払拭するように沖の方を眺める。
あいにく大海原は見えなかった。泳いで渡れそうなほどの距離にある小さな島に遮られて。

639落穂拾い(前編):2007/03/11(日) 14:53:54 ID:9HYljyok0
「元気を出してください。リーダーが務まりませんよ」
「ひゃあっ!」
背中から臀部にかけてスウーッと指がなぞられ、智代は軽く仰け反った。
「あははーっ、行きますよーっ」
「この不良め、お仕置きをしてやる」
「ずるい、あたしがやりたかったのにー」
逃げる茜と追いかける智代と詩子。
少女達は海岸を駆けた。


【時間:2日目・17:50頃】
【場所:D−1の砂浜】

坂上智代
【持ち物:手斧、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式】
【状態:健康、鎌石村へ】

里村茜
【持ち物1:包丁、フォーク、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、救急箱、他支給品一式】
【持ち物2:拾った二人分の食料】
【状態:健康、鎌石村へ】

柚木詩子
【持ち物:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式】
【状態:健康、鎌石村へ】

【備考:茜が見つけたデイパックからは食料だけ抜き取り、残りは放置されてます】

(関連:121、668 B-13)

640誇りに懸けて:2007/03/14(水) 12:53:57 ID:m6Hl9Iu.0
岡崎朋也は一人、暗闇の中ですっかり蝋が溶けてしまった蝋燭を見ながらまだ出会えていない友人達の事を考えていた。
こうして伊吹風子には会えたもののまだまだ所在の分からぬ人間はたくさんいた。特に心配なのは古河渚の事だった。
渚の場合、父母である古河秋生、早苗がいるからどちらかと出会えて共に行動している可能性は高い…が、これだけ広い島なのだ、簡単に出会えていたら苦労しない。
(けど、渚にはあのオッサンがいるんだ、何となくだけど――もう、渚の家族は会えている気がする)
それは勘ではなく、直感に近いものであった。僅かな時間ではあるが古河家で過ごした濃密な時間で彼ら家族の絆はどんなものより強いものだと確信している。
むしろ問題はこっちにあるのかもしれない。
このままこんなことをしていて大丈夫なんだろうか?
果たして他の仲間と合流できるのか?
そもそも肩を壊した自分がまともに武器を持って戦えるのか?
敵が強力な武器を持っていたら?
俺はみんなを守りきれるのか?
そしてそれ以前に――本当に、この島から脱出できるのだろうか?
逃げ場なんてないんじゃないかという疑惑が朋也の中で渦巻く。
大前提として、この殺し合いはどう足掻いても脱出できないように様々な仕掛けを張り巡らせているはず。首輪の爆弾など、その一端に過ぎないのでは?
具体的なプランがない以上『仲間を探す』以外に明確な目的がない朋也にとって、この状況は不安を煽るには十分過ぎた。
朋也の不安は加速する。
この島で――自分を必要としてくれる人間が、果たしてどれだけいるんだろう。
かつての、バスケットをしていたころの自分ならまだ体力にそこそこの自信もあったが今ではすっかり廃れ、おまけに肩まで壊している。戦闘にこれで闘えるのか。
自分より優れた人間なんていくらでもいる。
みんなが知人と会えたら自分は用済みなんじゃないか。
ここにいる連中だって、風子以外は知り合いと会えたらそちらにくっついていくに決まってる――
(ダメだ! 何を考えてるんだ俺は!)
由真やみちるに対して少しでも疑いの念を持とうとした自分に嫌悪する。
このまま疑念に囚われてばかりいたら、本当にあのウサギの思い通りになってしまう。
今一緒にいるこの仲間、こいつらが探している奴らと会えてから後のことは考えればいい。
誰に必要とされるかなんてまだ関係ない、絶対に会わせてやるんだ。
余計な雑念は捨てろ、岡崎朋也。
朋也は自分の腹に拳を叩き込んで気合を入れ直す。これからはもっともっとシビアな状況が待っているのだ、一瞬でも行動を迷えば即、死に繋がる。

641誇りに懸けて:2007/03/14(水) 12:54:27 ID:m6Hl9Iu.0
薄暗がりの中、民家についていた時計で現在時刻を確認する。夜光塗料でぼんやりと光を放っている時計針が指し示した数字は、3。
こんな夜遅くになら『乗って』いる連中だって流石に眠って…
(って、言ってるそばから楽観的になってるんじゃねえっての…けど、眠い…)
「んん…岡崎さん、まだ起きてるの…?」
いきなり声が聞こえたので多少なりとも驚いてしまったがすぐに由真のものだと分かった。
「何だ、十波か…あんたこそ起きてたのか」
「ついさっきだけど。ごめん、本当なら交代で見張りをするべきなのにね」
「いいさ、疲れてたんだろ? そりゃ空腹で死にかけるくらいだもんな」
「…その事は忘れて」
表情は見えないが、きっと赤くなってるんだろうなと朋也は思った。
「そっちも眠たいんでしょ? 今度はあたしが見張りするから朝まで寝てていいよ」
願ってもない申し出だったが、ちらりと先程考えたことが頭をかすめる。このまま任せていいのか、と。
(バカ、腹減って死にそうになる奴なんだぞ。裏切るような奴じゃない! いい加減にしろよ!)
きっとこんな異常な状況がこう考えさせてるんだと言い聞かせて「任せる」と由真に言った。
それから由真から毛布を借り、床につく直前。
「あのさ、十波…」
「何?」
「…いや、何でもない。お休み」
「…? 変なの」
由真の笑うような声が聞こえた。
自分でも変だと思う。一体、何を言おうとしていたのか分からなかった。少しでも疑おうとしていた事を言おうとしていたのだろうか。
結局、その疑問に答えを見出せないまま朋也はごく浅い眠りについた。
     *     *     *
翌朝。
まどろみの中で朋也は、耳の中に何やら男の声らしきものが聞こえてきているのに気付いた。
(何だ…? 一体誰が…)
気にはなったが意識が覚醒しない。しかしどうでもいいや、と思い始めてきた時。
…今までに死んだ人の名前を発表…そんな声の一部が、偶然か必然かはっきりと聞き取れたのである。
当然、朋也は跳ねるようにして飛び起きる。
「何っ!? 放送が始まったのか!? 十波、どうして起こして…って、オイ」
目の前の光景に朋也は呆れてしまう。そう、見張りを任せたはずの十波由真はすやすやと二回目のお寝んねをなさっていらしたのである。

642誇りに懸けて:2007/03/14(水) 12:54:46 ID:m6Hl9Iu.0
こんな奴が裏切ると少しでも思った自分を、別の意味で恥じた。人を見る目がない、と。
「寝てんじゃねぇ! 起きろ! 風子! みちるもだ!」
怒鳴る朋也だが誰も起きる気配すら見せない。お前ら、適応能力が高すぎるぞ。
「――それでは発表します」
しかし無情にも放送は待ってはくれない。ああくそ、と朋也は悪態をつきながら自分一人だけでも放送を聞くことに集中しよう、と決意したのであった。
――しかし、放送が終わった時には聞いていたのが自分一人で良かったと朋也は思わざるを得なかった。
死んだ人間の数が、あまりにも膨大なものだったからだ。
朋也の知り合いも何人かそこに名を連ねている。けれども一番朋也にとって衝撃的だったのは…
「冗談だろ、オッサンも、早苗さんも死んでるなんて…」
名簿を持つ手が震えているのが分かる。あの二人、あの二人だけは絶対に死ぬはずがないと心のどこかで思っていた。
「…そうだ、渚っ!」
秋生と早苗の名前で思い出す。
渚はあの中には入っていない。となれば、どこかでまだ生きているということになる。血の繋がっていない自分でさえこんなにうろたえているのだ、まして渚がこんなのを聞いたら…
「くそっ! 暢気に寝てる場合じゃなかったんだ!」
すぐにでも飛び出そうとしたとき、朋也の目には未だ放送を知らぬ三人の仲間の姿が目に映る。
こいつらを放っておいて俺一人、渚を探しに出ていいのかという疑問がよぎる。
もし目覚めて自分がいないことに慌て、なりふり構わず自分を探し、結果他の人間に襲われたりしたら?
そして何より、約束を破ってまで渚を探しに行けるような権利が自分にあるのか?
どう考えてもみちるや風子といった戦闘に不向きな連中を由真一人が守りきれるとは思えない。
だが、こうしている間にも渚の身が危険に晒されているとしたら…
「オッサン…俺は、どうすりゃいいんだ?」
もはやこの世にいないと知ってしまった、秋生の名を呼ぶ。あの人ならどんな選択をするだろうか?
夜が明けて、朝日が差し込む窓。その先に広がる空を朋也は見上げた。
「決まってるよ、すぐ出発するに決まってるじゃん、岡崎朋也」
そんなとき、この島で最初に出会ったクソ生意気な少女の声が後ろから聞こえた。
「ずっと…聞いてたのか、みちる」
「ううん…岡崎朋也が渚、って人の事を言ってたときから」
放送は直接には聞いていなかったということらしい。
「渚、っていう人は岡崎朋也にとって…すごく大切な人なんだよね? それで、今その人は…ひとりぼっちかもしれないんだよね? だったら今すぐ探しに行くべきだよ」

643誇りに懸けて:2007/03/14(水) 12:55:23 ID:m6Hl9Iu.0
昨日見せていたものとはまったく種類の違う雰囲気に、朋也は戸惑いを感じずにはいられなかった。
なんて悲しげな声なんだろう。まるで、自分も家族を失ったかのような…
「みちる…お前――」
朋也が何か言葉をかけようとしたとき、次々に体を起こす気配が見られた。どうやら風子も由真もお目覚めのようだ。
「コラーーーッ! いつまで寝てんだこのねぼすけーーっ! さっさと出発するよっ」
威勢のいいみちるヴォイスが響き渡り風子と由真の意識を無理矢理覚醒させる。風子は相変わらずマイペースで「…んーっ、清々しい朝ですっ」などと言う側で由真は「えっ? あれっ? ね、寝てたの、あたし?」なんておろおろしている。
「早くしろーーーいっ!」
やかましいみちるの声に急かされて二人とも(と言っても風子はそんなに変わらないペースだが)簡単に身支度を整える。
みちるには先程感じた悲壮な雰囲気なんて微塵も見られない。いつも通りだ。
「気のせい…だったのか?」
朋也が疑問に思うまでもなくみちるの視線がこちらにも向けられる。
「はいっ荷物! 男のくせにトロトロするな岡崎朋也ー!」
ずいっ、と目の前にデイパックが差し出される。
「お、おう」
慌ててデイパックを受け取る。ちょいと失礼な発言があった気がしなくもないがこの際無視しておこう。
全員が荷物を持ったところで由真が思い出したかのように叫ぶ。
「あっ! そうだ放送! ねえ、あたし達が寝てる間に放送は無かったの!?」
その一言で全員が動きを止める。特に朋也は――あれだけの人数が死んだのを伝えていいのかと迷っていた。
ちらり、とみちるを横目で見る。それに気付いたみちるは1回だけ、ちいさく頷いた。大丈夫だよ、と。
隠してたって、いつかは知らなければいけない事だ。ごくっ、と喉を鳴らし覚悟したように言い出す。
「――俺が、聞いてた」
由真と風子の目が一斉に朋也の方へ向いた。二人ともが、不安と覚悟の入り混じった表情になっている。
「言うぞ」
それから数分間、自らが名簿につけた新しい印にある人間の名前を朗読していく。
死者の名前を読み上げるということは想像以上につらいものがあった。
あの放送をしている人間もこんな気持ちだったのだろうか。
今にして思えば、あの放送をした若い男の声も震えていた、ような気がする。

644誇りに懸けて:2007/03/14(水) 12:55:48 ID:m6Hl9Iu.0
「これで2回目は全部だ」
読み終えた後。何分かの沈黙の後、最初に声を発したのは由真だった。
「そっか…もう、いなくなっちゃったんだ、おじいちゃん」
「おじいちゃん…ですか?」
風子がおずおずと尋ねる。由真は嘆息した声で「うん」と言って続ける。
「長瀬源蔵…それがおじいちゃんの名前なんだけどね、まあこれが何というか…親バカというか、子煩悩な人っていうか…言い方が分からないけど、とにかく、過剰なくらいあたしを可愛がってくれてた」
「いいじいさん、だったんだな」
「そうでもないわよ…悪いところもいっぱいあった。けど…尊敬してたし、誇りにも思ってた」
大事な人が亡くなったというのに、由真は気丈に、涙も流さず淡々と語っていた。
「…十波」
「何も言わないで」
冷たさすら感じる、きっぱりとした拒絶の声。
「まだ泣く訳にはいかないの。たぶん、今ごろはあたしなんかよりももっともっと辛い思いをしてる人がいるだろうから。それに…あたし達年上がびーびー泣くわけにもいかないでしょ? ね、岡崎さん?」
意地の悪い声でニヤリと笑いながら由真は言った。
あてつけか、あてつけなんだな?
「…一つ言っとくぞ」
怒りたいのを我慢して恐らく勘違いしてるであろう十波由真に事実を言ってのけてやる。
「お前、風子を何歳だと思ってる」
「へ? 小学生か中学生くらいなんじゃないの?」
「やっぱり…こいつは俺と同い年、18なんだぞ。貴様なんかよりよっぽど年上の先輩なんだ」
「え? えええぇーーーっ!? ウソォ!?」
突き付けられた新事実に後ずさりながら驚愕する由真。当然、この驚きに激怒する風子。
「何でそんなに驚くんですかっ! 失礼ですっ! ぷち最悪ですっ! 岡崎さんクラスに最悪ですっ!」
ぷりぷり怒る風子だがとても高校生が怒っているようには見えない。
一方の朋也は内心で「よっしゃ、ようやく俺と同レベルの奴が風子の中で生まれた」とほくそ笑んでいた。
「まったく、岡崎さんの連れてくる人はヘンな人ばかりですっ。類は友を呼ぶって本当です」
「「お前が言うな」」
「…ねぇ岡崎朋也ぁ、早く出発しようよぉ」

645誇りに懸けて:2007/03/14(水) 12:56:09 ID:m6Hl9Iu.0
     *     *     *
放送後の重苦しい雰囲気は、もう一同にはなかった。
風子の年齢云々が緩衝材になったのだろう。朋也も夜に感じていた色々な不安は今はほぼ感じていない。渚の無事を心配する気持ちはまだあったが、きっと知り合いか、頼りになる人間と一緒にいるはずだと希望を持つことにした。
現在岡崎朋也一行は南から廃墟となったホテルへと向かっている最中だ。
探している人物の情報を交換し合った結果、全員が全員おとなしそうな性格(まあよくもこんなやかましい人間に穏やかな性格の友人がいるものだ)らしいのでどこか目立たないところで身を潜めているかもしれないとのことで見解の一致をみたからである。
街道沿いに向かうのは見つかりやすいということで敢えて森を突っ切って行く事にした。体格の小さいみちるや風子にとっては厳しい行程になるだろうが安全のためである。
「随分歩いたわね…ねえ、ホテルはまだ見えない?」
山道の途中。ここまでやや強行で来たせいか朋也以外はみな少しずつ疲労を感じているようだ。
「いや…まだ見えないな」
「岡崎朋也ぁ…ひょっとしてもう通り過ぎちゃったんじゃないの?」
街道に沿って歩いてない以上目測を見誤ってまったく別の方向へ歩いているという可能性もあった。迷ってしまうのは一番避けたい。
「岡崎さん」
この中では2番目に元気のある風子が手を上げて提案する。
「そろそろこの辺で街道に出てみる事を提案しますっ」
「そうね、道を確かめてみるくらいならいいんじゃない?」
続いて由真が手を上げる。
「みちるもー」
「3対1で賛成多数、決定です。行きましょう行きましょう」
手を上げるが早いか、そそくさと下って街道へ出ようとする3人。
「待て、俺はまだ何も言ってないぞ」
「反対なの? 岡崎さん」
「いや、別にそうってわけじゃないが…静かにな」
「失礼です。風子はいつでも粛々とした淑女です。いつもやかましい岡崎さんと一緒にしないで下さい」
お前がいうか、と文句を言おうとしたが自分が大声を上げれば世話ない。ぐっ、と我慢することにする。ふふん、自分は大人なのだ。
「岡崎朋也、なんか偉そう」
「んなわけないだろ? 行こう」
朋也が先行して下り、整備されている街道を探す。程なくして街道は見つかった。
「ここから行けそうだな…まず俺が先に下りるよ」

646誇りに懸けて:2007/03/14(水) 12:57:10 ID:m6Hl9Iu.0
街道と森の間は坂になっている。朋也は左右に用心しつつゆっくりと滑りおりた。遮るものがなくなって痛いくらいに日光が突き刺してくる。
見上げると、まだ太陽の位置は低くそれほど日が昇りきっていないように感じる。まだそんなに時間は経っていないのだろうか。
「岡崎さん? 下りるわよ」
特に何もしない朋也にしびれを切らしてか由真と風子が次々に下りてくる。
由真は周囲をきょろきょろと見回して誰もいないのを確認する。今のところ、街道には人の気配はない。
「大丈夫…みたいね。みちるー、下りてきてもいいわよ」
「んに、今行くよ――」
そう言ったときぱららららら、とタイプライターを叩くような音が聞こえて、みちるの体が不自然に跳ね上がった。
「…えっ、な、に、今の…音」
由真が声にならない声を上げた直後、バランスを崩したみちるが赤い色をした水飛沫を上げながら坂を転げ落ちてきた。
その顔が、身体が、べっとりとした鮮血に染まっている。
「――あ、あ…わぁぁぁーーーーっ!」
普段なら絶対に聞けないであろう、心底からの悲鳴を風子が上げ、ぺたりと地面にへたり込んだ。
「て…敵なのかっ!」
初めての敵襲に恐れ戸惑い、矢鱈滅多に周囲を見まわす朋也。武器と言えるものがない以上銃、しかも銃声から判断するにマシンガンの類には抵抗する術が無い。
『敵』はこちらの出方を窺っているようで出てこようとしない。だったら、すぐにでも逃げるのが得策ではあるのだが。
(みちる…)
ぴくりとも動かない仲間の遺体を放っておくのは――
「…ぅぅ…」
わずかに聞こえてきた呻き声に朋也は目を見張った。まだみちるは辛うじて生きていたのだ!
「みちるっ!」
朋也が悲鳴に近い声を上げて呼ぶ。呼ばれた当の本人は虚ろな目で必死に焦点を、呼びかけた主に対して合わせようとしていた。しかし出来ないと思ったのか、今度は震えている手を朋也へと伸ばそうとする。
「――ぉか、ざき、とも」
朋也の名前を呼ぼうとしたが、それはまたすぐに『タイプライター』に遮られた。
けたたましい音がしたかと思うと、もう一度だけみちるの体がびくん、と跳ねてそれきり動かなくなった。
「あっ」

647誇りに懸けて:2007/03/14(水) 12:57:35 ID:m6Hl9Iu.0
自分でもマヌケだと思えるくらいの情けない声が漏れる。
死んだ。
自分よりも遥かに年下で、生意気で、元気なのが取り柄だったみちるが、守るべき仲間が、死んだ。
呆然とする間もなく、坂の上から『敵』が飛び降りてくる。
その『敵』こと『七瀬彰』は朋也と同じくらいの背丈で、体格もそれほど変わらず、しかし殺人鬼の目をしていた。
そしてその手に握っているのはイングラムM10。『タイプライター』の正体だ。
「…あ、ああ…」
由真と風子はただ恐怖していた。目の前で人が撃ち殺されたのだから。
だが、そんな彼女らの心情など目の前の殺人鬼が汲みとってくれるはずなどない。冷静に、冷酷に、七瀬彰はイングラムの標準を合わせた。
「美咲さんのためだ、死んでもらうよ」
ただ一言、そう言った声はゾッとするほど普通の声色だった。
その一瞬の間、朋也は考える。
(俺は結局、何をしていたんだ? このままこうやって殺されてしまうのか?)
夜に、たとえ少しでも疑ってしまっていたとはいえ、仲間を守ると決めたはずだ。
なのにどうだ、このザマは。みちるを守れなかったばかりか全員が殺されようとしている。
ちくしょう。
自分はどうしようもなくダメな人間だ。
きっと春原にさえ笑われてしまうくらいの。このままでは、自分は春原以下の人間になってしまう。
そんなのは…死ぬより、イヤだ。
だから、せめて、これだけは――

(渚…悪いが、先に行くな。後のことは、あいつらに託す)
ニヤリ、と朋也は自分でも気付かないほどの小さな笑みを浮かべていた。それは『敵』に向けたものか、『仲間』に向けたものかどうかは本人にさえ分からなかったが。

――譲れない。
「十波! 風子! 走れぇぇぇっ!」
立ったまま震えている由真を突き飛ばすと、敢然と朋也はイングラムの銃口の前に立ち塞がった。
「うっ!?」
一瞬迷うように銃口を反らしかけた彰だが、構わずイングラムのトリガーを引いた。
ぱらららら、という音が次々と朋也の体を壊してゆく。想像を絶する痛みに意識が飛びそうになるが、まだ倒れるわけにはいかない。

648誇りに懸けて:2007/03/14(水) 12:57:56 ID:m6Hl9Iu.0
しっかりと大地を踏みしめ、足に力を入れて、撃たれ続けながらも朋也は彰に飛びつき押し倒す事に成功した。
倒れる直前、イングラムの銃口が反れて今度は肺を直撃したが痛くはなかった。痛覚が麻痺してしまったのだろうか。
彰と共に地面に倒れる。その時かすかにだが、足音が遠ざかってゆく音が聞こえた、ような気がした。由真と風子が逃げていったものだと、信じたい。
でなければ、こんなことをした割に悲し過ぎる結末だ。
「くそっ、どけよっ!」
朋也の下敷きになった彰が押し戻そうとする。しかし朋也も残された力を振り絞り彰の体を押さえこむ。
「まだ…行かせるわけには…いかないんだよ」
「死にかけのくせに…! さっさと死んで楽になれっ!」
横からイングラムを撃とうとするがカチ、カチッという音しかしない。弾切れだった。
「ぐっ…そこまで命を張って…何になるっていうんだ!」
朋也に力が残っている限りは状況をひっくり返せないと思った彰は悪態をつくしかなかった。
「誓った…からに決まってるだろ」
「何…? 誰にだよ」
「あんたは、その美咲さんとやらに殺してでも生き残ると誓ったんだろ? 俺は仲間を生き残らせるとついさっきだけど、誓った。――自分の、誇りにだ」
「………!」
彰が言葉を失う。呆れたのか、何か思うところがあったのか、そんなこと朋也には分からない。
だが…それでも、目的を達成できた自分に――

腕から力が抜け、彰がようやく体を押し戻す。再び立ちあがった彰の目には、山林の風景しか映っていなかった。
朋也を見下ろす。彼は既に、死んでいた。

――満足だった。

649誇りに懸けて:2007/03/14(水) 12:58:24 ID:m6Hl9Iu.0
【時間:二日目 8:30】
【場所:F-4】 
伊吹風子
【所持品:スペツナズナイフの柄、三角帽子、支給品一式】
【状態:軽い疲労、ホテルへ向け逃走】
十波由真 
【持ち物:ただの双眼鏡(ランダムアイテム)】
【状況:軽い疲労、ホテルへ向け逃走】
岡崎朋也
【持ち物:クラッカー複数、支給品一式】
【状況:死亡】
みちる 
【持ち物:武器は不明、支給品一式】
【状況:死亡】
七瀬彰
【所持品:イングラムM10(0/30)、イングラムの予備マガジン×8】
【状態:右腕負傷(かなり回復。まだ少々痛む)。マーダー】

→B-10

650汚れた手:2007/03/14(水) 17:41:57 ID:BnSXdwQ20
   *     *     * 第三回放送・河野貴明の場合 *     *     *

「雄二……由真……」
悪夢のような内容の第三回放送。また多くの知り合いが死んでしまった。
だが貴明の心はもう、揺らがなかった。それは『本当の強さ』というものを身に付けたからだろうか?
きっと違う。今貴明が感じているのは、イルファの死体を見つけた時と同じ感覚だ。
『掛け替えのない日常』がどんどん自分の中から失われ、生じた空白を『怒りと憎悪』が埋め尽くしてゆく。
その変化は、ゲームで生き残る上では有利に働くかも知れない。
この島に連れて来られた当初の貴明なら、このみの死で取り乱していただろう。
或いは少年との死闘の際に死んでしまっていたかもしれない。
だが貴明はまだ意志を確かに持って、生きている。
このみの死を乗り越え、花梨の命を犠牲として少年に勝利し、生き延びてきた。
心も身体も傷付きながら、色々な物を捨て去って、背負いきれない程の重荷を背負って、先に進み続けている。
本来貴明が持っている優しさや人間味を放棄してゆく代わりに、人を殺す覚悟と戦う意志を手に入れた。
今の貴明を支えているのは悪に対する殺意――それは余りにも哀しい、偽りの強さだった。

651汚れた手:2007/03/14(水) 17:42:54 ID:BnSXdwQ20
   *     *     * 第三回放送・藤林杏の場合 *     *     *

「椋……ごめん、間に合わなかったね……」
一番会いたかった、そして守りたかった妹の死。こうなる事も、ある程度予想はしていた。
椋は杏と違って、大人しくて優しい女の子だ。殺し合いなど出来る訳が無い。
悪意のある者と出会ってしまえば為す術もなく殺されてしまうのは、当然の帰結だ。
椋が生き残るには、誰かが保護してあげなければならなかったのだ。
椋と遭遇した場合、確実に保護するであろう人物は三人。杏、朋也、そして――柊勝平だ。
勝平は半ば狂ってはいたし、襲い掛かっても来たが、少なくとも椋の事は心配していた。
その勝平を、杏は自らの手で殺してしまった。椋が死んだ一因は間違いなく自分にあるのだ。
そして、ことみについても同じ事が言える。あの時無理をしてでも藤井冬弥を止めていれば、ことみは死なずに済んだかも知れない。
どうすればあの二人に償える?
自殺――論外、そんなのただの現実逃避に過ぎない。冬弥探しを続行して復讐――意味が無い。
復讐した所でことみは喜ばないだろうし、そもそも犯人が冬弥であるか定かでは無い。
椋とことみが共通して望むであろう事。それはきっと彼女達が全幅の信頼を寄せていた、岡崎朋也の幸せに他ならない。
朋也は気が短い所もあるが、ゲームに乗るような人間では無い。それは杏もよく知っている。
ならば朋也の幸せに繋がる事は一つ。ゲームの破壊――つまり、主催者の打倒だ。
それで自分が犯した罪を償いきれるとは到底思えないが、やらないよりはマシだろう。
(……って、何長ったらしい言い訳を考えてんのよ。本当は分かってるわよ……。椋を失ったあたしには、何でもいいから――)
生きる目的が必要だった。ただそれだけだった。

652汚れた手:2007/03/14(水) 17:43:43 ID:BnSXdwQ20

   *     *     *    *     *     *

第三回放送が流れてからもう四十分程経っただろうか。
春原陽平とルーシー・マリア・ミソラ(通称:るーこ)は、教会の礼拝堂で肩を並べ十字架を眺め見ていた。
「藤田も川名も死んじゃったんだな……。何だかまだ、実感沸かねえや……」
「るーもだ……。うーひろは強いうーだった。それにうーひろやうーみさとは、少し前まで一緒にいたんだ。
 それが突然、もう二度と会えなくなった。るーはその事実が何よりも悲しくて、怖い」
柏木の者達との死闘の後――再会を誓って、そしてそれぞれの目的の為に別れた十二人の同志達。
皆強い意志を持っていた筈なのに、希望を持って一生懸命生きていた筈なのに――そのうちの二人が、早くも帰らぬ人となってしまった。
もう、何が何だか分からなくなってくる。人が簡単に死に過ぎるのだ、この島では。
どれだけ固い決意を持っていようとも、どれだけ優れた戦闘能力を持っていようとも、死はすぐ近くにある。
それがこの島の冷たい現実だった。
二人が視線をぼんやりと地面に落としていると、誰かが歩く音が聞こえてきた。
足音の主――姫百合珊瑚は、礼拝堂に入るとすぐに、手招きをした。
「るーこ、陽平、ちょっとええかな?」
「うーゆり、どうした?」
「あ……ううん、やっぱ何でもないわー」
「……?」
るーこは眉を寄せて怪訝な顔をしたが、珊瑚はにこっと笑ってみせ、紙にペンを走らせた。
『首輪解除の方法が分かったで』
陽平は目を見開いて、驚きの声を上げたい衝動に駆られたが、何とか抑えた。
それから慌てて紙を取り出して、そこに文字を書きなぐった。乱雑な書き方だが、それでも珊瑚の字よりは綺麗だった。
『それは本当かっ!?』
『うん。この紙を見て貰えれば分かると思うんやけど、仕組みさえ知ってれば誰でも出来ると思う。簡単なトラップがいくつか仕掛けてあるだけや。
 ……内部構造を知らなかったら、ウチが解除しようとしてもドカン!やったけどね』
珊瑚はそう言って、陽平達に一枚の紙を差し出した。陽平とるーこはその紙にじっくりと目を通す。
そこには首輪の仕組みと外す為の手順が、これ以上無いくらいに分かりやすく示されていた。
判明した事実は二つ。首輪の解除は紙に書いてある手順通りに行えば、特殊な技術を持っていなくても問題無い。
そして解除された首輪は、装備していた者が死んだという情報だけを主催者側に送り続けるという事だった。

653汚れた手:2007/03/14(水) 17:45:11 ID:BnSXdwQ20
『……そうだね、これなら僕だって出来そうだ。首輪の仕組みが分かったって事は、ハッキングに成功したの?』
珊瑚は小さく首を横に振り、ペンを握り直した。
『うーん……まだ一部だけや。首輪の情報は引き出せたけど、他の部分はガードが固くてまだ分からへんねん。
 でも心配しないでええで。この調子で行けばいずれ他の情報……主催者の居所や正体も掴めると思う』
『そうか。うーゆりばかりに任せてすまないが、頑張ってくれ』
すると、珊瑚がぐっとガッツポーズを取ってみせた。それは珊瑚らしく無い……どちらかというと、今は亡き瑠璃のような姿であった。
『任せといて。うちが皆の役に立てるのはこれくらいやし、絶対に主催者のパソコンを乗っ取ったる!
 ……と言っても、これ以上ウチがする事は殆どないんやけどな。前の参加者の人が用意してくれてたCDのおかげで、だいぶ楽にハッキング出来るようになってる。
 もう敵の防御パターンは解析済みやから、後は放っといてもどんどん作業が進んでく筈やで』
『じゃあ早速首輪を外そうよ。こんな気分の悪い物からは、一秒でも早く解放されてえよ』
『今外す訳にはいかへんよ……敵も来てへんのにいきなり死亡信号が送られたら、主催者だって怪しむやん。
 それに首輪を外すのには工具が必要やで。教会の中を探してみたけど、使えそうな道具は無かった……』
珊瑚が少し考えて、ペンを再度走らせようとした所で、るーこは突然H&K SMG‖を拾い上げた。
鋭い眼差しを十字架とは逆の方向――つまり、教会の出入り口へと向ける。
「――おい、るーこ。いきなり何を……」
「静かにしろ。来客のようだぞ」
「……え!?」
珊瑚と陽平が聴覚に神経を集中させると、確かに足音――それも複数、聞こえてきた。
慌てて陽平は鉈を取り出し、珊瑚もコルト・ディテクティブスペシャルを構えた。
三人の緊張した視線が、一様に入り口へと降り注ぐ。陽平は、緊張するとすぐに喉が渇くんだな、と場違いな事を考えた。
重い沈黙が続く。しかしその沈黙は、来訪者の側があっさりと破った。
「るーこ、珊瑚ちゃん、それから春原だっけ?貴明だけど……入っていいかな?」
扉の向こう側から、るーこと珊瑚のよく知る声がした。

654汚れた手:2007/03/14(水) 17:46:59 ID:BnSXdwQ20
「貴明っ!?」
珊瑚が弾かれたように飛び出して、扉を勢い良く開け放つ。
そこには確かに、今や珊瑚にとって、唯一心の底から気を許せる人物――河野貴明が立っていた。
張り詰めていた緊張の糸が切れた珊瑚は、貴明の胸に飛び込んで嗚咽を漏らし始めた。
「貴明……」
「……久しぶり、珊瑚ちゃん」
貴明は複雑な表情で、珊瑚の身体を抱き締めながら思った。
(――汚れてしまった俺に、こんな事をする資格はあるのかな……)


【時間:二日目18:50頃】
【場所:G-3左上の教会】

姫百合珊瑚
【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD】
【状態:嗚咽、ハッキングはコンピュータの演算に任せている最中、工具が欲しい】

ルーシー・マリア・ミソラ
【持ち物:H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6、ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)】
【状態:綾香に対する殺意・主催者に対する殺意、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み、裂傷の傷口は概ね塞がる)】

春原陽平
【持ち物1:鉈、スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
【持ち物2:鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】
【状態:全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】

655汚れた手:2007/03/14(水) 17:48:03 ID:BnSXdwQ20
河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリザカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリザカの予備弾(×10)、イルファの亡骸】
 【状態:左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷・右足、右腕に掠り傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー】

観月マナ
 【装備:ワルサー P38(残弾数5/8)】
 【所持品1:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、9ミリパラベラム弾13発
入り予備マガジン、他支給品一式】
 【所持品2:SIG・P232(0/7)、貴明と少年の支給品一式】
 【状態:足にやや深い切り傷(治療済み)。右肩打撲】

久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】

藤林杏
 【装備:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾(12番ゲージ弾)×27】
 【所持品:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×3(国語、和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、支給品一式】
 【状態:健康、目的は主催者の打倒】

ほしのゆめみ
 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
 【状態:胴体に被弾、左腕が動かない】

ボタン
 【状態:健康、杏たちに同行】

【その他備考】
※珊瑚ならゆめみを修理できるかもしれません
※イルファの左腕は肘から先がありません

→732
→752

656勘違い2:2007/03/14(水) 23:13:58 ID:XfQZJz1g0
「何故こんなことになってしまったんだ・・・・・・」

柊勝平の左腕は、今だしっかりと名倉由依に捕らえられたままだった。
目の前には神尾観鈴、ようやく泣き止んだのか大分落ち着いているようにも見える。
その間、由依は二人を拘束したまま一言も口を聞かずただ静かに座っていた。
そんな三角形を職員室で作る三人、時間だけが刻一刻と過ぎていく中勝平はもう一度疑問を口にした。

「何故、こんなことに・・・・・・」
「ぐすっ・・・・・・」
「お前もせっかく泣き止んだんだから、もう繰り返すなよ」
「だ、だって」
「・・・・・・」

勝平と観鈴の話に、由依が混ざることはなかった。
目を開いているのにどこも見ていないような空ろさが不気味であった、なので勝平も自ら彼女に話しかけようという思いは特になく。
・・・・・・先ほどのような感情の揺れは、もうない。
静かな時間は、勝平の自暴自棄になりかけた精神を落ち着かせるのには充分な効果をみせることになったようだ。
勿論、問いに対する答えを自身で出せたわけではない。しかし投げやりに事を任せるのは、彼のプライドが許さなかった。

(で、どうするかだ)

相沢祐一の生死に関しては、この目で確かめる必要がある。
しかし問題となるのが、この少女で。

「・・・・・・」

ぐいっぐいっと力任せに剥がそうとしても、由依は絶対掴んだ手を離そうとしなかった。
電動釘打ち機を構えても、怯えることなく飄々としたままで。大した根性の持ち主である。

657勘違い2:2007/03/14(水) 23:14:27 ID:XfQZJz1g0
(いや、これは根性ってレベルじゃねーだろ・・・・・・)

見た目の通り、精神が病んでしまったと考えるのが正しいかもしれない。

「おい」

無言で地面を見つめていた観鈴に話しかける、彼女は赤い目を携えたままゆっくりこちらに振り返った。

「こいつ、最初っからこうだったのか?」
「え・・・・・・」
「お前が初めて会った時も、こんな調子だったのか」
「う、うん」
「そうか」

口を開いた由依の台詞はたった二種類。「おとこはころす」、そして「おんなはつれていく」。
その意味の通り、祐一が殺され観鈴が連行されたというなら話は通じる。

「ん、待てよ?じゃあ、何で僕が捕まらなくちゃいけないんだ。おいちょっと、何でお前は僕を殺そうとしない」
「・・・・・・」

由依は答えない。

「僕は男!どう見ても、男の子!!」

そう自身を指差し強調させた所で、やっとこちらに目をやる由依。
しばし見つめあう。何の感情も見えない由依の瞳に映る自分の姿を、勝平もじーっと見続けた。

658勘違い2:2007/03/14(水) 23:14:53 ID:XfQZJz1g0
「・・・・・・?」
「首を傾げるな!!」
「えっと、勝平さん・・・・・・何やってるの?」
「だーもうっ、こいつ、僕を女と勘違いしてるかもしれないんだよ」
「え、違ったの?」
「なっ?!」
「にはは、冗談冗談」
「お前こんな時に余裕かますなっ!!」
「がお、ごめんなさい・・・・・・」
「・・・・・・??」

無表情だった少女の顔に、初めて戸惑ったような色が見え隠れする。
このチャンスを見過ごすわけにはいかない、誤解を一瞬で解く方法として勝平は即座に立ち上がり自分の着用しているズボンに手をかけた。

「ゴルアッ!これでどうだ!!」

左腕にはまだ由依がつかまっていたが気にしない、そのまま一気に引きずり落とした。
二度の屈辱に神経が麻痺したかどうかは分からないが、そこには恥も外聞もない。ある意味男らしい。

「か、勝平さん?!!」

突然のことに、観鈴も目を白黒させながら硬直する。由依も同じく。
いや、由依に到っては勝平の腕を掴んでいたお陰で、距離的にもかなり近い状態でそれを見せ付けられてしまったためダメージも倍であろう。

そう、彼女の視界は今勝平のパオ〜ンで埋め尽くされていた。

「・・・・・・」

659勘違い2:2007/03/14(水) 23:15:20 ID:XfQZJz1g0
沈黙が、場を包む。
顔を真っ赤に染めながらも、目が離せない観鈴。
真顔のまま、それを凝視する由依。
そして、今だ開放的な姿で居続ける、勝平。

(・・・・・・すべったかっ?!)

悲鳴の一つでも上げられれば万々歳だったのだが、これではまるでただの変質者である。
いや、それ以前にもう現時点で変態であることは確定されていたが。

「ちょっと待て!ちょっと待ってくれ、これには深い訳が・・・・・・えっ!?」

慌ててパンツを引っ張り上げようとすると同時に、ガクンと片腕に体重がかけられる。
腕を取られた為勝平自身もバランスを崩し膝をつく、ズボンが絡まり前のめりに倒れそうになるのを何とか堪えると、その目の前には。
顔から床に直で崩れていったらしい、由依がいた。

「・・・・・・気を失ってるみたい」

チョンチョンと、指先で由依の肩口をつついた後観鈴が口にする。
その間、由依はぴくりともしなかった。





力を失った由依の両手からそれぞれ拘束を外した後、勝平は改めて祐一について観鈴に問う。

「この子凄い格好だったから、祐一さんが上着をかけてあげたの」
「・・・・・・ああ、何か見覚えあると思ったら、あいつのだったのか」

660勘違い2:2007/03/14(水) 23:15:47 ID:XfQZJz1g0
由依の羽織っているジャケットに改めて視線を落とす、群青色の上着は確かに祐一が身に着けていたものだった。

「でも、そしたらいきなり祐一さんのこと刺して・・・・・・。
 で、でも、祐一さん生きてるの、死んだわけじゃない・・・・・・そうだ、こんなことしてる場合じゃないのっ」

立ち上がり駆け出そうとする観鈴の腕を掴み取る、「離してっ!」と叫ぶ観鈴に勝平はきっぱりと言い放った。

「僕が行く、お前はここにいろ」
「え・・・・・・?」

そう。もし彼の生命がまだ続いているとするならば、それに止めを刺さなければいけないから。
蔑ろにはできないあの悔しさを決して忘れてはいけない。迷いが拭えたわけではないが、中途半端にすることだけはしたくなかったから。
勝平は、目先の目標を優先するのが第一だと考えた。
そんな真剣な眼差しを受け、観鈴も半ば勢いに飲まれる形になったがゆっくりと頷き肯定の意を表してくる。

「・・・・・・分かった。祐一さんをお願い」

観鈴の願い、だがそれに対する返事はできない。
無言で廊下に出る勝平を静かに観鈴は見送った、由依が目覚める気配はまだない。

661勘違い2:2007/03/14(水) 23:16:19 ID:XfQZJz1g0
柊勝平
【時間:2日目午前2時30分過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校二階・職員室】
【所持品:電動釘打ち機11/16、手榴弾三つ・首輪・和洋中の包丁三セット・果物・カッターナイフ・アイスピック・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:祐一のもとへ】

神尾観鈴
【時間:2日目午前2時30分過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校二階・職員室】
【所持品:フラッシュメモリ・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:勝平を見送る】

名倉由依
【時間:2日目午前2時30分過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校二階・職員室】
【所持品:ボロボロになった鎌石中学校制服(リトルバスターズの西園美魚風)+祐一の上着】
【状態:失神、岸田に服従、全身切り傷と陵辱のあとがある】

由依の支給品(カメラ付き携帯電話(バッテリー十分)、荷物一式、破けた由依の制服)は職員室に放置
【備考:携帯には島の各施設の電話番号が登録されている】

662勘違い2:2007/03/14(水) 23:30:34 ID:XfQZJz1g0
すみません、関連が抜けていました。
→712、B-4です。

663罅割れた絆:2007/03/15(木) 12:03:28 ID:.ODGpUgI0
無慈悲な第三回放送により、相沢祐一の死を知らされてから約二刻程。
長森瑞佳はあの手この手を尽くして、水瀬名雪を元気付けていた。
最初は錯乱状態に戻りかけていた名雪だったが、瑞佳の懸命な励ましを受けて、徐々に落ち着きを取り戻していった。
それもこれも、死んだと思っていた水瀬秋子が存命である事が分かったからだろう。
もし秋子まで死んでしまっていたら、瑞佳がどれだけ頑張ろうとも、名雪は二度と戻れぬ狂気の世界へと足を踏み入れていた筈であった。
「水瀬さん、そろそろ出発しよ。ふぁいと、だよっ」
「それ、私の口癖……」
まだ気持ちが沈んだままであった名雪だが、瑞佳に促されどうにか立ち上がる。
このまま茂みの中で座り込んでいても、秋子とは再会を果たせない。
『頑張りなさい、名雪! 私は絶対に貴女を見つけ出してあげるから……諦めちゃ駄目よっ!』
それは幻聴か――心の中で何度も繰り返される、母親からの叱咤激励。
未だ傷付いた身で自分を探し回ってくれているに違いない母親と、少しでも早く逢いたかった。
(お母さん、ありがとう……。私、頑張るからね……お母さんは……せめてお母さんだけは、無事でいてね……)



(やれやれ……全く世話が焼ける……)
二人の少女が立ち上がるのを見て、月島拓也もすくっと腰を起こす。
名雪の中に響いていた声。それは拓也が毒電波を用い、名雪の母親の声を模して聞かせたものだった。
制限されている毒電波でも、名雪の衰弱し切った精神に侵入する程度の芸当は出来る。
名雪の精神を垣間見た拓也は、彼女にとって一番大事な者の声を借りて励ましていたという訳である。
勿論……言うまでも無い事だが、名雪の為に電波を使ったのではない。
拓也としては名雪のような役立たずなど捨て置きたかったのだが、瑞佳がそれを許さないだろう。
今は比較的容態が落ち着いているものの、瑞佳が重傷である事に変わりは無い。
治療、そして食事が必要だ。穏便に、極力早く、鎌石村を目指さなければならなかった。
「よし瑞佳、おんぶしてやるぞ」
「うん、ありがとっ」
拓也はくるっ背を向け、瑞佳も大人しく彼に身を任せた。
出会って半日と経たぬ二人だったが、彼らの間には既に本当の兄妹のような信頼関係が芽生えつつあった。

664罅割れた絆:2007/03/15(木) 12:04:18 ID:.ODGpUgI0
拓也は瑞佳を背負いながら、茂みを後にし街道まで歩いてきた。その後ろを名雪が追従する形で、三人は鎌石村を目指す。
天を仰ぎ見ると、沢山の雲が上空を覆い尽くしつつあった。拓也は、雨が降り出したら厄介だな、と思った。
そんな矢先、瑞佳がぼそっと拓也に話し掛ける。
「お兄ちゃん、一つ不安があるんだけど……」
「どうした? 僕の事なら心配しないでいいぞ。こう見えても体力はあるんだ」
「そうじゃなくて、放送についてだよ。また大勢死んじゃったから、優勝を目指そうとする人が増えてくるかも……」
「……? すまん、言ってる事がよく理解出来ない。死人が増えたからって、なんでやる気に奴まで増えるんだ?」
拓也には瑞佳の危惧している内容が分からなかった。
死人が増えるという事は、それだけ多くの戦いが起きたという事。やる気になっている人間だって死んでいる筈である。
主催者を打倒するに当たって人手が減ったのは痛いが……少なくとも、主催者以外の敵は減ったのではないか。
だが拓也の疑問は、瑞佳の次の一言によって完全に払拭される。
「だって優勝したら何でも願いを叶えるって、主催者が言ってたでしょ? あの言葉を信じて、死んじゃった人間を生き返らせようって考える人も増えそうじゃない?」
「――は?」
寝耳に水といった諺がピッタリと当てはまる事態に、拓也の頭の中が真っ白になる。
「な、何だそれは……。主催者が何時そんな事を言ってたんだ?」
「二回目の放送の時だよ。お兄ちゃん、聞いてなかったの?」
「…………」
僅かの間、沈黙。そして次の瞬間には、拓也は瑞佳を抱えた手を離していた。
それまで拓也に身体を預けていた瑞佳は、反応する暇も無く地面に尻餅をついた。
「きゃっ! ……もう、どうしたの?」
突然の出来事に、事態がまるで把握出来ない瑞佳。そんな彼女の疑問に答えたのは――
「おにい……ちゃん……?」
瑞佳の眼前に突き付けられる物。それは闇夜の中悠然と輝く、八徳ナイフの刃だった。

665罅割れた絆:2007/03/15(木) 12:04:57 ID:.ODGpUgI0
「瑞佳……そんな大事な事はもっと早くに言ってくれなくちゃ駄目だろ? 僕は危うく、瑠璃子を生き返らせる機会を逸してしまう所だったじゃないか」
「何を言ってるの!? あんな出鱈目、信じたら駄目だよ!」
「出鱈目? ハハハ、瑞佳は主催者の力を知らないからそんな事が言えるんだよ。このゲームを運営してる奴らは、底知れない力を持っている……。
 人を生き返らせる事だって、本当にやってのけるかもしれないぞ」
瑞佳は詳しく知らぬ事だが――主催者は、異能による力の大半を封じてしまっている。
そのような化け物じみた離れ業をやってのける主催者なら、人間の蘇生すらも不可能とは言い切れない。
実際に力を制限されてしまっている拓也がそう考えるのも、仕方の無い話であった。
「止めてお兄ちゃんっ! 今なら許してあげるから!」
「許してくれなくていいよ。僕は君を殺して……偽りなんかじゃない、本当の妹を蘇らせるんだ」
「そんな……そんなのって……」
瑞佳は目の前の光景が信じられなかった。先程まであれだけ優しかった拓也が、今は自分を殺すと言っている。
確かに主催者の提案は魅力的なものだったが……本当である筈が無い。どうして?
どうして拓也はそんなに簡単に、主催者の話を信じてしまったのだ?
極度の恐怖と混乱で視界が半ば硬直してゆき、背筋を冷たい汗が伝い落ちてゆく。



しかし――拓也は怯えきった瑞佳の表情を見て、胸のどこかがズキンと痛む感覚を覚えた。
頭の中に浮かぶのは、瑞佳の可愛い笑顔、恥ずかしがって真っ赤になった顔、そして過去の拓也が置かれていた境遇を聞いた時の泣き顔。
短くも心温まる瑞佳との一時は、拓也にとって掛け替えのない思い出の一つとなっていた。
(く……迷うな! 瑠璃子を……瑠璃子を生き返らせるには、コイツも殺さなきゃいけないんだ!)
八徳ナイフを握った拓也の手が天高く翳される。それは浩平という想い人がありながら、拓也に運命を託した瑞佳への、裁きの鉄槌のようであった。
「……じゃあね、『妹』よ」
断罪すべく振り下ろされた鉄槌が、空気を切り裂いて奔る。瑞佳は死を覚悟し、ぐっと目を瞑った。
「ぐがぁっ!?」
ところが、拓也の八徳ナイフが振り切られる事は無かった。拓也は背中を押さえて、二、三歩、よろよろと後退する。
それから拓也はくるりと半回転して、自分を襲った衝撃の正体を確かめた。

666罅割れた絆:2007/03/15(木) 12:05:43 ID:.ODGpUgI0
「ぐっ……そうか……。君の存在をすっかり失念していたよ……」
瑞佳のすぐ傍に、名雪が肩を突き出す形で立っていた――つまり、拓也に体当たりを食らわせたのだ。
「水瀬さんっ!?」
「長森さん、駄目だよ。こんな人を説得しようたって無駄に決まってるんだから」
名雪は地面に落ちている大きめの石を拾い、強く握り締めて、それから言った。
「私はね、何度も殺し合いの現場に遭遇したんだよ。だから分かる……人殺しには、何を言ったって無駄なんだよ。
 殺さなきゃ殺される。だったら私は殺すよ。殺人鬼なんか殺して、それからお母さんを探しに行くっ!」
名雪の瞳に、強い憎しみの光が灯る。名雪はゲームに放り込まれて以来、ずっと『被害者』だった。
伊吹公子に肩を刺され、神尾晴子に人質として利用され、河野貴明に追い掛け回された。
そんな彼女の中に強く根付いたマーダーへの憎しみ――衰弱した彼女の精神では、芽を咲かせる事は無い筈だった。
だが皮肉な事にも、拓也が聞かせた秋子の声が、戦いに耐え得るだけの活力を名雪に与えていた。

だが、直ぐに畳み掛けなかったのは、名雪の失策だった。
非日常の世界を歩んできた拓也にとって、向けられる殺意の眼差しは逆に心地の良いものだった。
状況を把握して落ち着きを取り戻した拓也は、ナイフを構え直して、歪な笑みを浮かべた。
「自慢じゃないけど、僕は運動神経に自信がある方でね……。まずは君から壊してあげるよ」

     *     *     *

667罅割れた絆:2007/03/15(木) 12:06:19 ID:.ODGpUgI0

「名雪……何処にいるの…………!?」
娘を探して島の中を駆け回る一人の母親。それは水瀬秋子という名の女性だった。
放送で、また多くの人間が死んでしまった事が分かった。名雪の名前はその中に無かったが、もう一刻の猶予も無い。
残り人数が少なければ少なくなるほど、次の放送で名雪が呼ばれる可能性も高くなるだろう。
最後に見た名雪は錯乱しきっていた。あの状態で第三回放送まで生き延びていた事が、既に奇跡だ。
絶対に、何を犠牲にしてでも見つけ出して、そして守ってやらねばならない。
「つっ……」
腹部の傷に灼けつくような痛みが走る。服の上から傷口を押さえていたにも関わらず、手が真っ赤に染まっている。
定まらぬ視界、乱れる呼吸――国崎往人によって休息を取らされなければ、とっくに死んでしまっていただろう。
水瀬秋子は自分自身の命を削りながらも、確実に娘の下へと迫っていた。

【時間:2日目・19:10】
【場所:D−8街道】
月島拓也
 【持ち物1:八徳ナイフ、トカレフTT30の弾倉、支給品一式(食料及び水は空)】
 【持ち物2:トボウガンの矢一本、支給品一式(食料及び水は空)】
 【状態:背中に軽い痛み、マーダー(ただし瑞佳を殺す事には迷いがある)】
 【目的:まずは名雪を殺害、最終目標は優勝して瑠璃子を蘇らせる】
長森瑞佳
 【持ち物:なし】
 【状態:呆然、尻餅をついている。重傷、出血多量(止血済み)、一時的な回復】
 【目的:不明】
水瀬名雪
 【持ち物:大きめの石】
 【状態:やや精神不安定、マーダーへの強い憎悪】
 【目的:拓也を殺害後に秋子の捜索】

668罅割れた絆:2007/03/15(木) 12:07:07 ID:.ODGpUgI0
【時間:2日目・19:10】
【場所:D−8下部街道】
水瀬秋子
 【所持品:ジェリコ941(残弾10/14)、澪のスケッチブック、支給品一式】
 【状態:腹部重症(傷口は開いている)、出血大量、疲労大】
 【目的:何としてでも名雪を探し出して保護、マーダーには容赦しない】

→653
→710
→747

669突破口:2007/03/15(木) 13:16:10 ID:3aGA141s0
自分の一挙一動は完全に監視された密室。
そもそもここがどこなのかもわからない。
何らかの手段でここを出られたとして、その先に何があるかがわからないのだ。
確証を得なければいけない。この先を抜けてウサギ達を一泡吹かせれる何か。
もしくは確実に参加者と合流できる手段の何か。
一番重要なのは成す前に死なない事だ。
どんな画期的な案が浮かんだとしても空想論ではまったく意味が無い。
考えろ、考えるんだ――。

『そんな難しい顔をして、どうしたんだい?』
突然部屋にウサギの声が流れ始め、久瀬は思わず狼狽する。
久瀬の慌てふためく格好がよほど滑稽だったのか、ウサギが下卑た笑い声を上げる。
『くくく……まあ大方どうすればここから逃げれるかとか考えていたんだろうとは思うけどね』
「――っ!」
まさに図星だった。
動揺を悟られぬようにウサギの言葉には答えず、顔を伏せて沈黙で対立する。
『あらら、当たっちゃったかな?』
一切の返答をせず俯く久瀬に対しウサギは気にもとめない声を上げ言葉を続ける。
『別に隠さなくてもいいよ。こっちはそうなる事がわかった上で君を拉致したんだから』
ウサギの言っている意味がわからない。
逃げたいと考えるのは自由だが逃がすつもりは毛頭無いと言う事だろうか。
『いやあ前回の観測者もね、3回目放送が終わったぐらいにいきなり反抗的になりだしたからさ。
久瀬君もそろそろかなとか思ってみたりしたわけなんだな』
「……参考までにそいつはどうした?」
『ん? 気になる? 気になる? たしか暴れだして部屋の中のものを壊しだした挙句に首輪がボーンだったかな』
「…………」
笑いを含めた言い方に何も答える気が起きなかった。
むしろ怒りだけがこみ上げ、叫びだしそうになるのを両の拳をぎゅっと握り締めて耐える。

670突破口:2007/03/15(木) 13:17:01 ID:3aGA141s0
『――で、放送直後だというのに顔を出したのは他でもないんだ。また新しい仕事でも頼もうかと思ってね』
ウサギの提案に久瀬の全身が硬直する。これ以上何を自分にさせようと言うのだろうか。
『そんなに身構えなくてもいいよ。どちらかと言えばこれは今まで役目をしっかり果たしてくれたご褒美みたいなものなんだからね』
ウサギが言い終わると同時に、久瀬の座る真横の床が異音と共にゆっくりと開かれていく。
そしてそこからは一台のパソコンが置かれた机がせりあがって来たのだった。
『簡単に言えば情報操作さ。まあつけてみるといい』
突如現れたパソコンに躊躇いながらも、言われたとおりに電源をつける。
起動の間に訪れる静寂がなんとも苦痛だった。
それを感じ取ったのか、ウサギの声が再び響き渡る。
『ゲーム開始から36時間経過ってところかな。知っての通り参加者も半分以上を切った。
まだ殺し合いに参加しているものもいるとはいえ、前回の教訓から言ってもそろそろ誰も行動に移そうとしなくなるだろう――そこで君の出番だ』
丁度OSが立ち上がり画面を凝視する。
――参加者一覧表
――支給品武器一覧
――各種島内施設概要……
久瀬はデスクトップにおかれたさまざまなファイル名を憑り付かれたように眺めていた。
一心不乱にマウスを操作する久瀬の姿にウサギは満足げな声を上げる。
『その中に入っている情報は好きに使っていいし、勿論掲示板も使えるようになっているから参加者に伝えるのも自由だ』
「参加者に伝えてもいい……だと?」
『うん、簡単に説明するとね。こちらの施設にハッキングを仕掛けた参加者がいてね。
殺し合いで何が起ころうとも介入するつもりはない――ああ、一部の例外の参加者もいたけどね。だが基本的にすべてを黙認することにしている。
ゲーム内には確かに首輪の解除を示唆したものはあり、それで解除なりするのは一向に構わないのだがそれはあくまで彼らが"ルールに則ってる場合"に限る。
ハッキングなどによる私たちに不利益を齎すもので得られることではないんだよ。
気づくのが早かったおかげで侵入者はダミーを持っていって満足しているようだけどね』
「ダミー?」

671突破口:2007/03/15(木) 13:17:36 ID:3aGA141s0
『ああ、解除ではない。起爆用の手順を踏んだものさ』
「つまりその首輪を外そうとしている連中は外そうとした瞬間首が飛ぶ……と?」
『うん、そう言う事だね』
「それなら今までのおまえらのやり方なら僕にそいつらを殺して来いって命令するぐらいすると感じたんだが……。
そうするわけでもなく、参加者を助ける手伝いをさせるだと? 貴様らは一体何を考えているんだ……」
主催者の目的。それが久瀬の一番の疑問であった。だがその問いと同時にウサギは高らかに耳障りな笑い声を発しだした。
聞いているだけで嫌悪感が沸き起こり耐え切れなくなり思わず耳をふさぐ。

『――希望と、より深い絶望を……かな』

唐突に発せられたその言葉を最後にウサギの声はぷつりと途切れ、再び部屋には静寂が訪れる。

久瀬は頭を抱え、ゆっくりと状況の整理をし始めていた。
なぜ急にこんなことを言い出した?
放送で不利益なことを話すなとウサギは言っていた、これでは先ほどまで言っていたこととぜんぜん違う。
……と言う事は僕がこれを使って参加者と情報を交換することが彼らにとっての利益になるということだろうか。
中途半端に自分たちの情報を盗まれるよりは、敵側に内通者がいると思わせたほうが良いと言う事だとも推測できる。
参加者に何を伝えても良いといわれたところで自分が知りうる情報ではウサギ達に迫れるもの自体は何も無いのだから。
勿論推測の域をまったくでないが……だがこれはウサギの慢心をついた千載一遇のチャンスだった。
何もわからぬまま、恐怖に怯え、悲しみの中で、何人もの人間が理不尽な死を遂げてきた。
少なくとも何もできない状況から見えた一筋の光明……これが奴らを打ち崩す鍵になるかもしれない。
これが今自分にできる唯一の方法と判断し、久瀬はパソコンを一心不乱に操作しはじめるのだった――。

672突破口:2007/03/15(木) 13:18:09 ID:3aGA141s0
久瀬
 【時間:2日目19:00】
 【場所:不明】
 【状態:パソコンから少しでも情報を得るため行動】
 【備考:中に入っている情報は作内以外にもお任せ、ただし主催に関する情報は入ってはいない】
 【関連:→747 →755 B-13・B-16】

673case2:do or die:2007/03/15(木) 15:52:19 ID:ttSVZLeQ0

きょろきょろと辺りを見回しながら林の中を歩く、二人の青年がいた。
藤井冬弥と鳴海孝之である。

「な、なあ……やっぱり勝手なことしたらマズいって」
「だけど、このままじゃ余計にヤバいだろ」

二人は焦っていた。
オーラを放つ男―――芳野祐介との戦いから命からがら逃げ延びて以来、七瀬留美はずっと口を閉ざしたままだった。
むっつりと座り込む七瀬の醸し出す空気にいたたまれず、辺りを見回ってくるという建前で逃げてきた二人だが、
離れれば離れたで、嫌な想像が膨らむのを抑えきれないのだった。

「相当怒ってたからな……」
「そりゃま、そうだろうな……」

仲間を無為に失った。
その上、自分たちも殺される寸前で、またもや七瀬に助けられた。

「元はといえばあの子が言い出したことなんだけどな……」
「それ、面と向かって言い出せるか?」
「悪い冗談はやめてくれ」
「だな……」

顔を見合わせて、深々とため息をつく二人。

「だからこうして、歩き回ってるんじゃないか……」
「しかし、丁度いい相手といってもな……」

七瀬の怒りに対して、二人の出した結論は単純だった。
自分たちの不甲斐なさに七瀬留美は落胆し、あるいは憤慨している。
ならば、失望を吹き飛ばすだけの成果を見せてやればいい。
それはつまり、強敵に挑んで勝つということだ。

674case2:do or die:2007/03/15(木) 15:52:38 ID:ttSVZLeQ0
「強敵に勝つ……か」
「俺たちにできるのか……?」
「やるしかないだろ……。このままじゃ、教官に殺されかねん」
「いや、とにかく正々堂々と敵を迎え撃って、追っ払えればいいんだろ」
「まあ……な。この際、強敵じゃなくてもよしとするか」
「そうだな、とにかく誰かを追っ払えればそれでいい」

そうだそうだ、と頷きあう二人。
当初の目標が際限なく下方修正されていくが、気にも留めない。
よし頑張って褒めてもらうぞ、などと怪気炎を上げている。

「……ん? おい、あれ……」
「なんだ? ……お」

意気揚々と歩く二人が前方に人影を見つけたのは、そのときである。
つい先程の窮地も記憶に新しい二人、さすがに慎重に相手を見定めようと試みた。

「見た目……は、普通だな」
「高校生か……。わりとガタイはいいが……それだけっぽいな」
「それに見ろ、あの覇気の無さ」
「ああ、何があったか知らないが……すっかりしょげちまってるみたいだ」
「……よし」

顔を見合わせる。
チャンスだ、と互いの瞳が語っていた。


******

675case2:do or die:2007/03/15(木) 15:53:06 ID:ttSVZLeQ0

岡崎朋也はぼんやりと歩いていた。
長い時間を雨に打たれたその身は冷え切っていたが、省みることもなく歩き続けていた。

野晒しにされた藤林杏の無惨な骸が、脳裏をよぎる。
千切り取られた肉の赤さを思い出し、傍らの木に寄りかかって嘔吐する朋也。
もう、吐く物は残っていなかった。
涙だけが滲み出す。

行くあてなどなかった。
ただ、杏の遺骸から逃げ出したかった。それは、死の具現だった。
走り出し、すぐに息が切れた。
かつて運動部でならした体力は、すっかり失われていた。
苦笑しようとして、失敗した。
僅かに顔を歪めたまま、朋也はふらふらと歩き続ける。
雨は既にやんでいたが、頭蓋の内側にはいつまでも雨音が残響しているようだった。

だから、その目の前に二人の青年が現れたときも、朋也はぼんやりと目をやっただけだった。
何か喋っているようだったが、聞き取る気になれなかった。
人の声は、この世界に自分以外の誰かがいることを思い出させた。苦痛だった。
だから、聞かない。目の前にいるものも、生きている何かと、それだけの認識に留めた。
靄がかかったように、視界が書き換えられていく。
網膜に映った像が、朋也が見たいと望んだものへと塗り替えられていくのだった。
何か、鉛筆で塗り潰された落書のようなものが、ノイズを発している。
恐怖はなく、嫌悪もなく、ただ不快だった。
それが、岡崎朋也の見る世界のすべてだった。

676case2:do or die:2007/03/15(木) 15:53:38 ID:ttSVZLeQ0
だから、朋也は足を止めることもなく歩き続けることにした。
その果てにはきっと終わりがある。
嫌なことも、思い出したくないことも、見たくないものもない、ただの終わりがある。
そのことだけを胸に抱いて、朋也は足を進める。

ノイズを発するものに目掛けて、どこからか大きな星のようなものが飛んでも、朋也は目をやらなかった。
それは、終わることと関係ない。関係ないから、気にならない。朋也は歩く。

ノイズを発するものが一つ増えた。
関係ない。

一つ増えたノイズを発するものが、赤く染まった。
岡崎朋也が、足を止めた。

真っ赤なそれが、地面に倒れる。
じわりと、赤いものが拡がっていく。
岡崎朋也が、呼吸を止めた。
心臓の鼓動がうるさいほどに高鳴り、雨の残響を掻き消していく。

ノイズを発するものを赤く染めたのは、白い「何か」だった。
意識するなと、朋也の精神が警告を発していた。
見るな。聞くな。考えるな。思い出すな。
あれは、あってはいけないものだ。あんなものは、ないのだ。

白い虎など、いない。
ノイズを発するものを、人間を、鋭い爪で押さえ込み、剥き出した牙で食い殺す獣など、目の前にはいない。
獣などいない。直立する獣など存在しない。
全身に長い体毛を生やした人間などいない。
野獣の体に人の面影を宿すものなどいない。
ヒトの言葉を口にするような獣などいない。

「―――風子、参上」

そんな声など、聞こえない。
わからない。意味を理解しない。してはいけない。
杏は死んだ。

「う……ぅぁぁぁああああああああああああああああああああああ」

我知らず、声が漏れていた。
杏は食い殺された。知らない。
逃げなければ。逃げる理由などない。
そこにいる。そこにいるものなどない。

足は、止まらなかった。
何か恐ろしいものが、追いかけてきているのがわかった。
恐怖に涙を流しながら、悲鳴を迸らせながら。
岡崎朋也は、逃げ出した。


******

677case2:do or die:2007/03/15(木) 15:53:55 ID:ttSVZLeQ0

藤井冬弥と鳴海孝之は、困惑していた。
状況の激変に認識がついていかない。
鳩羽一樹が、突然現れた人面獣身の少女に食い殺された。
かと思えば標的たる少年はこの世のものとは思えぬ悲鳴を上げて逃げ去っていった。
そして少女もまた、それを追うように消えていた。

「……なんなんだよ……」

冬弥の呟きに、孝之が応える。

「さあな……。けど……」
「けど?」
「あいつ……女の子残して、逃げやがった……」

冬弥が、小さく眉をひそめる。

「あれ、女の子なのか……?」
「俺にはそう見えた」
「まあ、あいつを守ろうとしてたのは……確かだよな」

少年を庇うように立ちはだかった、獣少女の姿を思い起こす冬弥。
同時に、その姿を眼にするや絶叫して逃げ出した少年の姿が脳裏に浮かぶ。

「すげえ……カッコ悪かったな……」
「ああ……」
「けどさ」
「……何だよ」
「俺たちのやってきたこと、あいつとあんま変わんないよな……」
「……」
「……」

無言のまま、顔を見合わせる二人。

「……戻ろうか」

どちらからともなく、言い出していた。


******

678case2:do or die:2007/03/15(木) 15:54:18 ID:ttSVZLeQ0

「―――すんませんっした!」

大きな声が、梢を揺らした。
葉に溜まった水滴が陽の光を浴びてきらきらと輝いている。

「な、何よ突然……?」

戸惑う七瀬留美の前に、深々と頭を下げる冬弥と孝之の姿があった。

「俺たち、結構どうしようもない奴らだったな、って……」
「色々あって、思い知りました」

言葉を切って頭を上げると、冬弥は七瀬の瞳を真っ直ぐに見据える。
少し頬を染めてたじろぐ七瀬。

「え、いや、その……」
「もう一度、鍛え直してくれますか、俺たちのこと」

孝之も言葉を添える。

「いつか、教官に頼りにされるような男になりたいと思ってます。だから……」
「……」

二対の視線をしばらくじっと見つめ返していた七瀬だったが、やがて小さく咳払いをして口を開いた。

「―――これまで以上にビシビシいくわよ?」

その顔には、小さな笑みが浮かんでいた。
二人の返事が、同時に響く。

「はいっ!」

よろしい、と頷く七瀬。
だが次の瞬間、その表情は険しく引き締まっていた。

「……?」

突然のことに、また何か失態を犯したかと背筋を伸ばす二人。
しかし七瀬はそんな二人の様子には構うことなく、厳しい眼で周囲を見回していた。

「あの、どうし……」

冬弥の言葉を遮るように、七瀬が鋭い声を放つ。

「―――囲まれてるわ」

言い放った七瀬の視線の先で、木々の間からぎらぎらと光を放つ無数の眼鏡が、覗いていた。

679case2:do or die:2007/03/15(木) 15:54:48 ID:ttSVZLeQ0

 【時間:2日目午前10時30分すぎ】
 【場所:E−6】

七瀬留美
 【所持品:P−90(残弾50)、支給品一式(食料少し消費)】
 【状態:漢女】

藤井冬弥
 【所持品:H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、
     支給品一式(水1本損失、食料少し消費)、沢山のヘタレボール、
     鳴海孝之さん 伊藤誠さん 鳩羽一樹くん(死亡)】
 【状態:ヘタレ?】

岡崎朋也
 【所持品:お誕生日セット(三角帽子)、支給品一式(水、食料少し消費)】
 【状態:絶望・夜間の変態強姦魔の記憶は無し】

伊吹風子
 【所持品:彫りかけのヒトデ】
 【状態:ムティカパ妖魔】

砧夕霧
 【残り29438(到達0)】
 【状態:進軍中】

→633 690 707 ルートD-2

680依存症:2007/03/16(金) 22:35:55 ID:cNAakmuo0

白い部屋に、時計の音が響いていた。
破壊された壁から、風だけが吹き抜けていく。
床には白く濁った液体がこびりつき、無数の小物が散乱している。
破壊された壁と窓ガラスの破片も相まって、さながら廃墟のようだった。

七瀬彰はそんな部屋の中で、膝を抱えていた。
涙はもう、枯れ果てていた。
いまだに熱の引かない身体と、どろりと黒い感情を持て余しながら、ベッドの上でぼんやりと壁を見つめている。

がらりと扉を開けて高槻が戻ってきたのは、時計の長針が真下を向いた頃だった。
膝を抱えたまま、彰が目線だけを動かす。
相変わらず焦げたようなパーマ頭に、風采の上がらない顔立ち。
どこか濁った、死んだ魚のような瞳は自分の悪感情がそう見せるのか。
知らず、彰は口を開いていた。

「お前が……」

それは、しわがれた老婆のような声だった。
泣き疲れ、叫び疲れた果ての、醜い声。
そんな声しか出せない自分に余計に嫌気が差して、彰は刺々しく言い放つ。

「お前が遅いから、こんなことになったんだ」

指差すのは、芳野祐介のミイラのような死体。
そして、破壊されつくした室内だった。
全身からかき集めた憎悪と軽蔑を視線に込めて、彰は高槻を責める。

「僕を放って、どこ行ってたのさ」

悪意だけが、声に乗っていた。

「僕を愛してるとか、言ってたくせに。危ないときには姿も見せないで、何が愛してる、だ。
 僕がどんな目に遭ったか、想像がつく? つくわけないさ、お前なんかに」

無言で立ち尽くす高槻の姿に、彰の苛立ちは加速する。

「何とか言ったらどうなのさ。言い訳してごらんよ。
 どこで何をしてたら、愛してる僕を見捨てる理由になるのかは知らないけどね」

681依存症:2007/03/16(金) 22:36:26 ID:cNAakmuo0
歪んだ笑みを浮かべて、彰は言葉を投げつける。
そんな彰を、どこか茫洋とした表情で見つめながら、高槻が小さく口を開いた。

「……すまん」
「―――何だよ、それ!」

短いその言葉に、彰が激昂した。

「お前、僕を馬鹿にしてるのか!?
 それで謝ったつもり!? この、……ふざけるなよ、お前!」

彰が、握り締めた拳で傍らの壁を叩いた。
鈍い音が室内に響いた。

「お前さあ……なんなんだよ、それ。
 僕が……僕が、どんな気持ちでいたか、わかんないのかよ……!」

身勝手な言葉だった。
それが高槻に対する甘えであると、自分でも理解していた。
そんな自分が許せず、彰の憤りは出口を見失って彼自身を灼いていた。

「冗談じゃないよ……なんなんだよ……!」

あとは言葉にならなかった。
喘鳴と、小さな叫びとがない交ぜになって、彰の口から迸っていた。
細く、高い、それは絶叫だった。

「―――!?」

が、その絶叫が、唐突に止まった。
じっと彰を見つめていた高槻が突然、彰の腕を掴み、己の方へと引き寄せたのである。

682依存症:2007/03/16(金) 22:37:04 ID:cNAakmuo0
「な……!」

何をするんだ、と言いかけた彰の声が、途切れた。
思わず息を呑んでいたのである。
少し遅れて、ガラン、と大きな音がした。
つい今しがたまで彰が座り込んでいたベッドが両断され、バランスを失って床に崩れた音であった。
ベッドの断面は、ぶすぶすと黒い煙を上げている。
高熱を伴う何かに焼き切られたのだと、彰の考えが及ぶのとほぼ同時。

「う……うわっ!」

高槻が、無言のまま彰を抱えあげていた。
途端、彰の足元から嫌な臭いが立ち込める。

「今の……光……?」

何か、光の帯のようなものが床を焼いたのを、彰はかろうじて目にしていた。
光条の飛んできた先、窓の外に目をやって、彰は悲鳴を上げた。
窓枠に、小さく細い指がかかっていた。
その向こう側にあったのは、ぎらぎらと光を反射して輝く眼鏡。
異様に広い額を持った、それは少女であった。
少女は、一人ではなかった。
いつの間に忍び寄っていたのだろうか。
窓の外、グラウンド一面に、まったく同じ顔をした無数の少女が群がっていたのである。

「ひ、ひゃああっ!?」

高槻に抱き上げられたまま、彰が暴れる。
不気味な少女たちから一歩でも遠ざかろうとする、本能的な動きだった。
だが高槻の腕は緩まない。がっちりと彰を抱え、離すことを拒んでいた。

「くそっ……降ろせよ、このっ! 僕を、僕を守れ……!」

矛盾する物言いにも表情を動かさず、高槻は彰を抱えて、開け放たれたままの扉から飛び出した。
がらんとした廊下に、次々と小さな音が響いていた。
それが、沢山の窓ガラスが割られる音だと気づいて、彰は必死に辺りを見回す。
左手、薄暗い廊下の先に、少しだけ明るい空間が見えた。昇降口のようだった。

「あっちだ、走れっ!」

指差した瞬間。

「―――そっちはダメだ! 戻れっ!」

聞き覚えのない声が、廊下に木霊した。

683依存症:2007/03/16(金) 22:38:05 ID:cNAakmuo0
突然のことに戸惑う彰の視界に、小さな光が映った。
それは高槻の足が向かう先、昇降口からのものだった。
無数の眼鏡が煌いているのだと気づいたときには、遅かった。

「と、止まれ……っ!」

彰の切羽詰った声が、空しく響く。
長く延びる廊下の直線上、遮るものは何もなかった。
彰が、光線の餌食になるために飛び込んだようなものだったと悟った刹那。

「―――鳳翼天翔!」

背後から、凛とした声がした。
同時に、頭上を何かが飛び越していくのが見えた。
彰の視界を朱々と染め上げたそれは、

「炎の……鳥……!?」

廊下の幅いっぱいに広がったそれが、彰の前方、少女たちの群がる昇降口へと翔んでいく。
直後、炸裂した。
熱風が廊下を吹き抜け、遠く離れた彰の髪を揺らす。

「今だ、走れっ!」

背後からの声が、彰の意識を引き戻した。

「た、高槻! 後ろ、……引き返してっ!」
「……ああ」

彰の言葉に従うように、高槻が踵を返す。
どこか生気のないその動きにも、彰は気を払う余裕がない。

「こっちだ!」

見れば、保健室の向こう側。小さく開かれた扉から、手招きするものがあった。
罠を警戒することもなく、彰を抱えて高槻が飛び込む。
瞬間、扉が素早く閉ざされた。

684依存症:2007/03/16(金) 22:38:34 ID:cNAakmuo0
彰がその小さな部屋に抱いた第一印象は、やけに薄暗いな、というものだった。
立てかけられた大きな旗と、頭上高く並ぶ何枚もの写真。どうやら校長室らしい。
陽射しが射しこむはずの窓が、ソファーやテーブル、棚といった機材で塞がれている。
まるでバリケードのようだった。
そしてまた、何よりこの部屋を特徴付けているのは、床一面に散乱した瓦礫の山と、

「天井が、崩れてる……?」
「ぶち抜いたんだよ」

その声に、彰が慌てて振り向く。

「……大丈夫か、あんたら」

彰たちを部屋に招き入れたと思しき者が、そこにいた。
険しい表情で扉の向こうを見やる、それは奇妙な鎧を身に纏った少年だった。
鎧下に学生服を着込んでいるらしいのが、ひどく違和感を醸し出している。

「君は……?」
「ま、話は後だ。とにかく、そいつに掴まってくれ」

言って顎で指し示したのは、天井の大穴から垂れ下がる一本のロープだった。
戸惑う彰を、鎧の少年は強引に促す。

「よし、いいぞ柳川さん。頼む」

困惑顔のまま、彰がロープを掴んだのを確認して、少年は階上に声をかける。
瞬間、彰の視界が猛烈な速度で流れた。
凄まじい力で二階へと引き上げられたのだと気づいたときには、彰はその身を投げ出されていた。

「痛ぅ……」

全身を床にしたたかに打ちつけ、顔を顰める彰。
乱暴な扱いに、文句の一つも言ってやろうと顔を上げた彰が、小さな悲鳴を上げた。

「ひ……っ!」

一階の校長室よりは幾分か広い間取りの部屋に、異形の影があった。
彰の悲鳴に、影がゆっくりと振り向く。
漆黒の肌に恐ろしい巨躯、真紅の爪とずらり並んだ乱杭歯。
見下ろすその瞳は、鮮血の赤に染まっていた。
それは、正しく伝承に伝えられる鬼、そのものの姿であった。

「ば……化け、物……!」

あまりに異様な光景に、満足に声も出せない。
尻餅をついたまま後ずさりする彰の背中が、何かに突き当たった。

「ひぁ……!」

涙目で見上げたそれは、鎧の少年であった。
いつの間に上がってきたのだろうか、階下にいたはずの少年が、震える彰を宥めるように口を開く。

「……ああ、大丈夫だ。柳川さんは敵じゃねえよ」

言いながら、鬼の腕を軽く叩く少年。
鬼が、ひどく心地良さそうに喉を鳴らし、眼を細めた。
まるで飼っている犬か猫をあやすかのような少年の姿に、彰がようやく声を絞り出す。

「き、君は、一体……」
「俺か? ……俺は藤田、藤田浩之だ。こっちは鬼の柳川さん。……あんたらは?」

浩之と名乗った少年は、奇妙な鎧を身に纏ったまま、そう問いかけた。

685依存症:2007/03/16(金) 22:38:53 ID:cNAakmuo0

【時間:2日目午前10時30分過ぎ】
【場所:D−6 鎌石小中学校・2F】

七瀬彰
 【所持品:アイスピック】
 【状態:右腕化膿・発熱】

高槻
 【所持品:支給品一式】
 【状態:彰の騎士?】

藤田浩之
 【所持品:鳳凰星座の聖衣】
 【状態:鳳凰星座の青銅聖闘士】

柳川祐也
 【所持品:俺の大切なタカユキ】
 【状態:鬼(最後はどうか、幸せな記憶を)】

砧夕霧
 【残り29218(到達0)】
 【状態:進軍中】

→522 665 690 719 ルートD-2

686その手が離れない:2007/03/19(月) 03:35:07 ID:8jO6fv920

「……ん? 何だ、柳川さんにビビってんのか?」

浩之と名乗った少年が、柳川を凝視したまま言葉もない彰を見て言う。
苦笑して、傍らの巨躯を軽くひと撫でする浩之。

「ま、無理もねーか。凶悪なツラ構えだしな。
 けどな、見た目はこんなんだけど、頼りになる人なんだぜ?」
「人……? 何がヒトなもんか!」

浩之の言葉に、尻餅をついたままの彰が噛み付いた。
表情には紛れもない恐怖と怯えが浮かんでいる。

「そんな化け物を頼りにする……? どうかしてるんじゃないのか、君は……!」

叫ぶ彰の剣幕を浩之に対する攻撃と受け取ったものか、柳川が一歩を踏み出す。
悲鳴を上げて逃げようとする彰が、無言で立つ高槻のズボンの裾を見つけ、しがみついた。
その様子を見て、浩之と名乗った少年がため息をつく。

「……ああ、いいんだ柳川さん。……すまねえが、ちょっとだけ元の姿に戻れるか?」
「タカユキ……オレ、コワイカ……?」
「そうじゃねえって。ただ時間もねーし、さっさと話を進めたいんだよ」
「ワカッタ……」

ひび割れた声で言うや、柳川の身体に変化が現れていた。
漆黒の皮膚が見る見る人肌の色を取り戻し、背も縮んでいく。
生理的な恐怖を催させる鬼面もまた、肉食獣を思わせる牙が小さくなり、真紅の瞳が鳶色へと変わる。
突然の変化に声が出ない彰の目の前で、柳川と呼ばれた鬼が、見る間にその姿を変えていくのだった。

「ふぅ……。これでいいのか、貴ゆ……いや、藤田君」

数瞬の後、そこに立っていたのは、一人の理知的な顔立ちをした男であった。
鋭い眼光を隠すように、浩之から受け取った眼鏡をかける。
全裸であることを除けば、奇妙な点はどこにも見当たらない。

「浩之でいいって。昨夜、さんざん話し合っただろ。
 ……それよりあんたら、これで納得してくれるか?」

どこか悲しげな柳川の言葉をたしなめるように言った浩之が、彰に向き直る。
思考に整理がつかず、彰は言葉を紡げずにいた。
状況の変化に追いつこうと必死な彰だったが、どうしても脳が上手く働かない。
短時間の内に起こった様々な事柄が頭の片隅をよぎっては消えていく。

「……時間がねえ。手短に状況を説明するぜ」

彰の無言を肯定と捉えたか、浩之が口を開いた。

687その手が離れない:2007/03/19(月) 03:36:06 ID:8jO6fv920
「さっきので分かったと思うが、俺たちは連中に包囲されてる。
 一人づつは大したことねーんだが、とにかく数が多すぎてキリがねえ。
 囲みを抜けてこの学校から出ないことにはジリ貧だ」

言いながら、床に小さな図を描き始める浩之。

「で、だ。この学校は、大きく分けて東西二つの棟に分かれてるらしい。
 東側が、俺たちの今いる中学校棟。で、西側が小学校棟だ」
「……それぞれ北東、北西を角にしたL字型の校舎が、北側で渡り廊下によって結ばれている。
 南側を残して校舎に囲まれた中庭があり、校舎の東西はグラウンドになっている。
 人口の割りには大仰な校舎だ」

冷静な口調で浩之の言葉を引き取ったのは柳川だった。
指の腹で眼鏡を押し上げると、図形を指して続ける。

「俺たちはヤツらに押されて中庭からここ、」

と言って東棟の南北に伸びる部分、その中央あたりを指差す。

「校長室に退避した。お前たちのいた保健室はそのすぐ南側にあたる」
「で、俺たちも色々と脱出経路ってやつを考えてたんだけどな……。
 出入り口はいくつかあるが、使えるのはほとんどねえ」
「まず西側の小学校棟はダメだ。完全にヤツらの巣になっている」

息の合った調子で交互に言葉を続ける浩之と柳川。
彰は口を挟む隙を与えられない。

「南側、正門も連中の大群がそっち側から押し寄せてきてて話にならねえ。
 東西のグラウンドを突っ切るのも難しい。開けた場所じゃ狙い撃ちにされるからな」
「……そこで、俺たちが狙うのはここだ」

柳川が指差したのは、東西二つのL字型が接触する場所だった。

「北側、職員玄関。渡り廊下の脇にある。
 ここを突破し、裏門から北へ抜けるのが最善と判断した」
「で、一階は窓から連中が入ってくるからな。
 この二階廊下を伝って職員玄関の真上まで辿り着こうってハラだ。……どうだ?」

688その手が離れない:2007/03/19(月) 03:36:32 ID:8jO6fv920
と、浩之が唐突に彰へと言葉を振る。
問われた彰は一瞬、呆気に取られたような顔をしていたが、慌てて口を開いた。

「ちょ、ちょっと待ってよ。僕らにはまだ、何がなんだか……」
「あー……、いや、無理もねえが……」
「やめておけ、……浩之」

少しだけ照れたようにその名を口にした柳川が、すぐに表情を引き締めて彰の方を向いた。
冷徹とすら見える眼光に射竦められ、彰がたじろぐ。

「状況説明は以上だ。問いは一つ。我々と来るか、ここで果てるか、だ」
「おい柳川さん、そういう言い方は……」
「……」

たしなめる浩之をよそに、彰は熱で鈍った思考を必死に巡らせていた。
自身の置かれた環境、手持ちの戦力、眼前の異形。
結論は単純だった。

「……一緒に行くよ。僕たちだけじゃ、どうにもならないみたいだ」

座り込んだまま、言う。
彰に、選択肢はなかった。

「話が早くて助かるぜ。……よろしくな」

差し出された手は取らず、彰はふらつく足で立ち上がった。

「……二階にもさっきみたいなのが出たらどうするんだい?」
「出たら、つーか……現にうようよしてるけどな」

事も無げに言い放つ浩之に、彰の表情が曇る。

「心配いらねーよ。何度か戦りあって、コツは掴んでる」

ちらりと窓の方に目をやる浩之。

689その手が離れない:2007/03/19(月) 03:37:05 ID:8jO6fv920
「あいつらの……ビームか? ありゃ太陽の光を集めて発射してるみたいだからな。
 屋根のある場所じゃ、思うように力を発揮できねーらしい」
「……屋外からの光線を中継する個体を、浩之の技で遠距離から潰していけば恐るるに足らん。
 廊下の直線上では射線も限定される。撃ち合いになれば俺が浩之の盾になれる」
「ニ、三発食らっても柳川さんの身体なら、あっという間に治っちまうからな。
 頼りにしてるぜ」
「ああ、任せろ」

不敵な笑みを浮かべて拳を打ち合わせる浩之と柳川。
その仕草がどこか癇に障る気がして、彰は二人から視線を逸らすと高槻に声をかける。

「ねえ、ずっと黙ってるけど……あんたはどうするの?」
「……俺は」

ぼそりと、高槻が呟いた。
ひどく湿った、聞き取りづらい声だった。

「俺は、彰と一緒だ。……どこまでだって」
「……そう」

ざわざわと、胸の奥に嫌な感触が広がる。
陰気な声だと、彰は内心で眉を顰めていた。
こんな喋り方をする男だったかと思い返そうとして、彰は自身の思考を中断する。
自分の中に高槻という男の像を結ぶことは、何故だか屈辱のような気がしていた。
悪心を振り払うように、彰はことさら何気ない風を装いながら浩之たちに話しかける。

「……で、ここから脱け出したらどうするつもり?
 僕たちは殺し合いの最中だったはずだけど」

言いながら、彰はちらりと柳川に目をやって考える。
記憶が確かなら、柳川祐也という名はターゲットに含まれていたはずだ。
なるほど、思い出してみれば放送で言っていた通りの化け物だった。
アイスピックでどうにかなるとも思えない。

「……んなこと、後で考えりゃいいだろ。今はここから出るのが先決だ」

困ったように、浩之が言う。
考えてもいなかったのかと、彰は内心で藤田浩之という少年に対する評価を一段下げる。
たしかに自分たちとは比べ物にならない強大な戦闘力を有しているが、案外と脇は甘いようだった。
上手く扱えば面白いことになるかもしれないと、彰がそこまで考えたとき、扉の外を窺っていた柳川が
張り詰めた声を上げた。

690その手が離れない:2007/03/19(月) 03:37:24 ID:8jO6fv920
「―――どうやら、こちらに気づいたようだ。何体か向かってくるぞ」
「マジかよ……。おい、あんたら」

表情を引き締めた浩之が、彰たちを一瞥する。

「俺たちの後ろにくっついて離れるなよ。それと窓には不用意に近づくな」
「行くぞ、浩之―――!」

遮るような言葉と共に、柳川が再びその姿を変えていく。
見る間に異形の鬼と化した柳川と目配せすると、白い鎧を纏った浩之が扉を蹴り開ける。
一瞬の間を空けて、柳川が飛び出した。
途端、光の束が狭い廊下を奔る。
その数本を身体で受け止め、黒い煙を上げる柳川の背後から、浩之が火の鳥を飛ばす。
たちまちの内に、廊下は戦場となっていた。

「勝手なことばっかり言って……!」

舌打ちすると、彰が浩之を追って廊下に出ようと様子を窺う。
ほんの数瞬しか経っていないにもかかわらず、戦局は既に柳川たちの勝利に傾こうとしていた。
初撃を柳川が受け止め、浩之が的確に撃ち返す。
と見れば、浩之が炎の鳥を弾幕として展開し、稼いだ時間で柳川が傷を癒している。
見事に息の合ったコンビネーションだった。
瞬く間に、廊下の制圧が完了する。

「……今だ、出てこい!」

浩之の声に、彰が教室から足を踏み出す。高槻もまた、無言で続いた。
廊下は惨憺たる有様だった。
至るところに黒ずんだ焦痕があり、ムッとした熱気に包まれている。
そこかしこに倒れた少女たちの躯から、嫌な臭いのする煙が上がっていた。
眉を顰めながら走る彰。
と、前方の教室の扉を開けて、新たな少女たちが行く手を塞ぐ。

「数が多いな……!」

言いざま、浩之が傍らの扉を蹴り破る。
ちらりと中に目をやって、背後の彰たちに叫ぶ。

「流れ弾に当たると危ねえ、この中に隠れててくれ! ―――鳳翼天翔ッ!」

巨大な火の鳥が浩之の手の中から生み出され、飛んでいく。
前方の少女たちの何人かが、炎にまかれて隊列を乱した。
皮膚を焼け爛れさせながらも、絶叫を上げるでもなく、くるくると回転しては倒れていく少女たち。
眉筋一つ動かさずに次の火の鳥を撃ち出す浩之を、何かひどく気味の悪いもののように見ながら、
彰は教室に駆け込んだ。

691その手が離れない:2007/03/19(月) 03:37:45 ID:8jO6fv920
「―――」

薄い壁一枚を隔てて戦闘は続いているが、ここはどこか別世界のような気がした。
ひんやりとした空気を胸一杯に吸い込んで、大きく吐き出す。
深呼吸をしたら世界がくらりと歪んで、彰は自身の体調不良を思い出した。

「勝手に殺しあえ、化け物ども……」

小さく呟いて、気づく。
傍らに、音もなく高槻が立っていた。

「なに突っ立ってるのさ、気持ち悪―――」

言葉が、止まった。
高槻がその手を伸ばして、彰の腕を掴んでいた。

「いたっ……痛いって! 何だよ、離せよ……!」

もがく彰。しかし高槻の手は離れない。
それどころか、ますます強い力で彰の腕を握り締めてくる。
痛みと困惑で半ば涙目になりながら、彰が拳を固めて高槻を叩く。
しかし非力な彰のこと、熱で弱っていることも相まって高槻はこ揺るぎもしない。
ただ無言のまま、腕を締め付けてくる。

「な……何なんだよ……っ!?」

続けて罵詈雑言を投げつけるべく息を吸い込んだ彰だったが、それが果たされることはなかった。
視線は、窓ガラスに釘付けにされていた。
それは、雲間が切れ始め、時折青空を覗かせる空を背景に、そこにいた。
まるでトカゲのようだ、と彰が心のどこかで思う。
手足をべったりと硝子に張りつけて、ぎょろぎょろとした目玉で周囲を窺う、醜い蜥蜴。
あまりに非現実的な光景に、脳が状況を把握することを拒んでいた。
眼鏡の少女が、逆さ吊りにされたような格好で、窓ガラスの向こう側からこちらを、覗いていた。

692その手が離れない:2007/03/19(月) 03:38:10 ID:8jO6fv920
「―――ッ!」

上の階の窓から、何人かで手足を支えあって、ぶら下がっている。
理解した瞬間、高い音が教室内に響き渡った。
身を反らして勢いをつけた少女が、その広い額を窓ガラスに叩きつけたのである。
ガラスにヒビが入り、小さな穴が開いた。
眼鏡の向こう側で、ぎょろりと少女の目玉が動いた。
目が合った、と彰が慄いた瞬間、にたりと笑って、少女が彰の視界から消えた。

「落ち……た……?」

思わず一歩を踏み出そうとして、彰は悲鳴を上げることになる。
窓ガラスの向こう、上の階から、新たな少女がずるりとその身を現していた。
新たに降りてきた少女が、やはり身を反らす。

「やめ……、」

彰が叫ぶより早く、ガラスに開いた穴が大きくなった。
割れた破片を眼鏡の向こうの眼球に刺したまま、にたりと笑って少女が落ちる。

「あ……、ああ……」

絶句する。
高槻に掴まれたままの腕の痛みも忘れていた。
新たな少女がずるりと現れ、ガラスに額を叩きつけ、にたりと笑って落ちていく。
ずるり、ぱりん、にたり、……べしゃ。
ずるり、ぱりん、にたり、……べしゃ。

「もう……やめ……」

悪夢のような光景に、彰が弱々しく声を上げたとき。
何人目かの少女が、ついに血塗れのガラスを突き破ることに成功した。
ぐしゃり、じゃり、と、音がした。
少女が頭から教室の床に着地して、散らばったガラスの破片に額を擦りつける音だった。
少女が、ゆっくりと立ち上がる。
その顔は、やはり、にたりにたりと、笑っていた。

693その手が離れない:2007/03/19(月) 03:38:45 ID:8jO6fv920
「ひ……ああ……」

顔を鮮血で真っ赤に染めて、少女が一歩、また一歩と近づいてくる。
後ずさりしようとして、彰が呆然と横を見た。
高槻の手が、がっしりと腕を掴んでいた。

「おい……何やってんだよ……、冗談だろ……?」

彰の震える声にも、高槻はぼんやりとした瞳で見返すだけだった。
手は、微動だにしない。
少女が、次の一歩を踏み出す。

「はな、離せよ……おい……!」

ぐいぐいと、高槻の指が食い込んでくる。
血塗れの少女が、ゆっくりと手を伸ばす。

「高槻……高槻さん、やめ、助け、」

高槻のどろりと濁った瞳が、彰の泣き顔を映していた。
少女の手が、彰の肩にかけられた。

「―――ッ!!」

か細いその手は、服越しにもひどく冷たかった。
少女の、にたりと笑う表情が、彰の視界を埋めつくす。
その額、小さなガラス片が刺さったままの、たらりと血を流す広い額が、ゆっくりと輝きを帯びていく。
高槻の手は、離れない。

「―――」

少女の額が、輝きを増した。
白一色に染まった視界の眩しさに、彰が思わず瞼を閉じた。
からからに渇いた喉からは、悲鳴も上がらなかった。
煮詰められた思考の中で、すべての言葉が空回りして、何一つ浮かばず、

「―――鳳翼天翔―――ッ!」

刹那、響く声があった。
彰が目を開けて見たのは、にたりにたりと笑ったまま爛れていく、少女の顔であった。
数瞬の後、少女は燃え尽きると、ゆっくりと倒れていった。

「……っ、……はぁ……っ」

汗が、全身から噴き出した。
呼吸もままならず、その場にへたり込む。
痛いほどに締め付けていたはずの高槻の手は、いつの間にか離れていた。

「おい、大丈夫かっ!?」

声の方に、涙で歪んだ視界を向ける。
白い鎧を纏った少年、浩之が心配そうな顔で覗き込んでいた。
その姿を目にした途端、彰は己の意識が途切れるのを感じていた。
黒く染まる意識の中で、にたりと笑う少女の顔が、何故だか高槻のどろりとした瞳に重なって見えた。

694その手が離れない:2007/03/19(月) 03:39:27 ID:8jO6fv920

【時間:2日目午前10時30分過ぎ】
【場所:D−6 鎌石小中学校・2F教室】

七瀬彰
 【所持品:アイスピック】
 【状態:気絶・右腕化膿・発熱】

高槻
 【所持品:支給品一式】
 【状態:彰の騎士?】

藤田浩之
 【所持品:鳳凰星座の聖衣】
 【状態:鳳凰星座の青銅聖闘士】

柳川祐也
 【所持品:俺の大切なタカユキ】
 【状態:鬼(最後はどうか、幸せな記憶を)】

砧夕霧
 【残り28988(到達0)】
 【状態:進軍中】

→761 ルートD-2

695御堂受け:2007/03/19(月) 11:02:46 ID:omaBwL5I0
「やおいよ・・・・・・これはやおい臭よっ!」

観月マナは駆けていた。鎌石村小中学校、そこから出る電波を受信したマナの頭の中はますますピンク色になっていた。

「やおいカーニバルよ!これは激しくホモの予感よ!」

叫んだ、ひたすら自身の内に秘めたる情熱を発散した。
快感だった。何故こんなにも開放的になっているのかマナ自身気づいてはいなかったが、その欲望に忠実になる様は傍から見ても気持ちよいぐらいハッスルしていた。
走るマナの左手に抱えられている図鑑も、まるで彼女のテンションに呼応するかのごとく青い光を放ち続けている。

ふと目をやると、その光は道を指し示すかのごとく一筋となって伸びていた。
さながらラピュタの方角を表す飛行石である。

「え、何・・・・・・あっちからBL注意報?!」

図鑑の力が働くとしたら、そのような考えしか思いつかない。
ますますテンションを上げたマナは、その光に沿って全力で走り出すのだった。





一方芳野祐介に惨敗した御堂は、裸身で森の中を進んでいた。
この格好を何とかするためにも、一刻も早く何かしらの衣服を手に入れなくてはいけない。
島の地形は覚えている、人の集まりやすいどこかの村にでも行けば簡単に入手できると彼は踏んでいた。

参加者に関しての知識もそれなりに入手はしてある、芳野といったイレギュラーはそんなに多くもないはずだ。
もう負けるわけにはいかない、負ける気もない。

696御堂受け:2007/03/19(月) 11:03:32 ID:omaBwL5I0
御堂は一度自分で頬を強く打ち、気合を入れなおした。
次に襲うとしたら、女ではなく男でなくては意味がない。あくまで目的はみぐるみを剥がすことだからだ。

「うおおおぉぉぉ見つけたわよズリネタあぁぁぁぁぁぁ」

そんな時だった、前方から咆哮が鳴り響いたのは。
とうっ!とさながらライダー戦士の如く軽い身のこなしで現れた少女は、黒いツインテールを揺らしながら御堂の行く手を塞ぐように彼の前に仁王立つ。
彼女の手には、見覚えのある冊子が握られていた。それが全てを物語る。

「ほほーぅ? こんな所でBLのお嬢に会えるとは奇遇だなぁ」

ニタリと、獲物を捕らえるかのごとく鋭い視線を御堂は送る。
しかしマナはそれを逆に嘗め回すかのように、逆に視姦し返した。

「嬢ちゃん、中々に肝が座っているようだなぁ。これは面白くなってきたぜぇ」
「・・・・・・け」
「はぁ?」

御堂の問いに答えることなく、マナは小さく呟いた。
そして、今一度。今度は人差し指を突きつけながら、宣言する。

「あんたは受け!!」
「何ぃ?!」 ガビーン

ちなみに、いつの間にかマナの背後に集まった見覚えの集団も、一緒に復唱し始めた。

『ミドウウケッ!』
『ミドウウケッ!』
「ちょ、お前ら腐女子だったのかっ?!!」

御堂さんある意味ピンチです。

697御堂受け:2007/03/19(月) 11:03:58 ID:omaBwL5I0
【時間:2日目午前10時15分】
【場所:D−6】

観月マナ
【所持品:BL図鑑・ワルサー P38・支給品一式】
【状態:瑠璃子の電波により頭の中が桃色カーニバル・BLの使徒Lv1(クラスB×3)】

御堂
 【所持品:なし】
 【状態:全裸】

砧夕霧
 【残り28988(到達0)】
 【状態:進軍中】

(関連・527・719)(D−2ルート)

698満足:2007/03/19(月) 12:35:26 ID:Pu/JvNCA0
「はっ……はっ……」
長瀬祐介は走っていた。体力がある方では無いのに、身体を酷使して走り続けていた。
何故祐介がここまで焦っているのか――それは、第三回放送を聞いたからだ。
悪夢のような放送で、柏木一家の名前が一気に告げられてしまった。ただ一人、初音を除いて。
全てを失った初音がどうするか――考えるまでも無い。
自分の身の危険など顧みず、悲劇の元凶となった有紀寧を倒そうとするだろう。
しかしあの恐ろしい有紀寧に初音が勝てるとは露ほどにも思えない。
有紀寧と初音が戦えば、確実に初音は殺されてしまう。一刻も早く、初音を見つけて保護しなければならない。
(初音ちゃん……どうか早まった真似はしないでくれっ……!)
祐介は駆けた。氷村川の中を、ただひたすら駆け回り続けた。
  
   *     *     *

699満足:2007/03/19(月) 12:36:46 ID:Pu/JvNCA0
倉田佐祐理、七瀬留美。二人の背筋を、冷たい汗が伝い落ちてゆく。
眼前には勝ち誇ったような笑みを浮かべる宮沢有紀寧。そして有紀寧に銃を突き付けられている、藤井冬弥の姿があった。
「では武器を――そうですね……鞄に入れて、こちらに投げてもらえますか?」
その声は弾むように、愉しげに――有紀寧が武装解除を要求してくる。
装備を手放せばこの後どうなるか、火を見るより明らかなように思えたが、それでも冬弥を見捨てる事など出来ない。
留美は手に持っていたS&W M1076を、佐祐理は握り締めていた投げナイフを、指示通り鞄に仕舞った。
「素直で助かります。さ、早くその鞄をこちらに……」
「駄目だ! そんな事をしたら、全員殺されるっ!」
有紀寧の言葉を、冬弥の懸命な叫び声が遮る。
(――余計な事を!)
有紀寧は不愉快気に表情を歪めた後、銃口をゴリゴリと冬弥の後頭部に押し付けた。
「自分の置かれている状況を、理解していらっしゃらないようですね。余り余計な事ばかり言っていると、つい撃っちゃうかもしれませんよ?」
「そうよ……悔しいけど藤井さん、ここは有紀寧の言う通りにして!」
冬弥の仲間である留美ですら、有紀寧の弁護をしていた。にも関わらず、冬弥は―ー
「……撃ちたきゃ撃てよ」
「藤井さんっ!?」
留美の目が見開かれる。冬弥は大きく息を吸い込んで、それから叫んだ。
「俺は守りたい人を守れないなんてもう嫌だ! 留美ちゃん、俺に構わず逃げてくれっ!」
「――――ッ!」
留美の身体がピクンと硬直する。本当は冬弥の言い分の方が正しいのは、留美にも分かっていた
ここで有紀寧に従った所で、全員殺されるだけだ。それより犠牲を一人で抑える方が、何倍もマシというものだろう。

700満足:2007/03/19(月) 12:37:21 ID:Pu/JvNCA0
一方で有紀寧は、相変わらず冷静を保ったままに思考を働かせ、思った。
(『俺に構わず逃げろ』……馬鹿ですか? 死んだら何にもならないし、本当に捨て身の覚悟なら、私を倒させようとするべきじゃないですか)
捨て身で、冬弥を犠牲にして戦えば、恐らく留美達は有紀寧を倒せるだろう。
だが冬弥達は全員が全員、この極限状態の最中で正常な判断を下せる余裕が無い。
そう考えた有紀寧は、素早く選択を投げ掛けた。
「――だそうですが、どうします? この方を犠牲にして逃げ延びるか、武器を渡すか、お選びください」
有紀寧としては、ここで三人全員始末しておきたかった。
それでは何故、冬弥を見捨てて逃げるという方法を、敢えて自分から提示したのか。理由は簡単だ。
留美達の思考を、冬弥を見捨てるか、武器を手放すかの二つに絞らせる為だ。
下手に他の事を考えさせて、真の正解である有紀寧の打倒という結論に思い至られては堪らない。
(さて、どう出ますかね――?)
暫しの間続く沈黙、それは留美の呟いた一言によって破り去られる。
「……駄目よ」
「留美ちゃんっ!?」
冬弥が驚きの声を上げるが、それを無視して、留美は張り裂けんばかりに叫んだ。
「折角藤井さんとまた会えたのに……分かり合えたのに……そんなのってないよ!」
「留美ちゃん……」
留美の大きな瞳には涙が滲んでおり、その肩は震えている。
有紀寧は最高の戦果が得られる事を確信し、唇の両端をぴんと持ち上げた。
「鞄なら渡すわ! だから藤井さんは……藤井さんだけは、助けてあげてっ!」
「良いでしょう。では今度こそ鞄をこちらに投げてください」
留美と佐祐理が、緊張した面持ちで、しかしはっきりと頷き合う。

701満足:2007/03/19(月) 12:38:19 ID:Pu/JvNCA0
彼女達が鞄を投げようとした、その時だった。
一つの感情に支配された少女の足音が、近付いてきたのは。
「……やっと見つけたよ」
かつて有紀寧の傀儡として、良いように利用され続けてきた少女――柏木初音が駆けつけてきたのは。
この場にいる全員が目を丸くして初音を見ていたが、すぐに有紀寧だけは事情を把握した。
「放送――聞いたよ。耕一お兄ちゃんも、千鶴お姉ちゃんも、梓お姉ちゃんも、皆死んじゃった」
底冷えするような声で、初音が言葉を紡ぐ。何の事は無い――初音は、復讐しにきたのだ。
しかし初音の性格を一から十まで把握している有紀寧は、余裕の笑みで応えた。
「ご愁傷様です。ですがそれ以上近付かない方がいいですよ……あまり近寄られると、この方が死ぬ事になりますから。
 初音さんが人の命を見捨てる事が出来ないお人好しだという事は、分かっていますよ?」
それは絶対の自信を持った推論。あの初音が見ず知らずの人間とはいえ、人の命を犠牲にするとは思えなかった。
しかし初音は一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、腹を抑えて笑い始めた。
「あは……あはは……あはははははっ…………!」
「……?」
何が可笑しいのか全く理解できず、訝しげな表情を浮かべる有紀寧。
初音の笑い声は何故かとても不気味な物に感じられて、この場にいる誰もが、愕然としていた。
笑い声がピタリと止んで――初音は、物の怪のようなおぞましい眼つきで睨みつけた後、言った。
「馬鹿だね、有紀寧お姉ちゃん。全てを失った私が――そんな事で止まる訳ないじゃないっ!」
「――――なっ!?」
初音は鋸を右手で強く握り締めると、地面を蹴って、一直線に有紀寧の方へと疾走した。
その俊敏な動作には、何の迷いも有りはしない。

702満足:2007/03/19(月) 12:39:34 ID:Pu/JvNCA0
「血迷いましたかっ!」
有紀寧は素早くコルトバイソンの銃口を向け、その瞬間にはもう引き金を引いていた。
照準を碌に定めなかった銃弾は、狙った場所とは着弾点のズレが生じ、初音の左腕を貫いていた。
左肘の半分が消失し、そこから下の腕はだらりと垂れ下がるだけとなっていたが――初音は止まらなかった。
「アアアアアァァァッ!」
咆哮を上げて、夥しい血を噴き出す左腕を意にも介さず、初音が斬り掛かる。
有紀寧はその一撃を、後ろに飛び退く事で何とかやり過ごした。
(……ここまでですね)
幸い初音と自分以外の三人は状況の変化についていけず、呆然としてしまっているようだが、それもほんの数秒しか保たぬだろう。
このままこの場に留まれば、四人の集中攻撃を受けて死ぬだけだ。
有紀寧はすぐに踵を返して、留美達とは正反対の方向へと駆け出した。
「逃がすもんかぁ!」
鬼気迫る形相でそう叫ぶと、すぐに初音も有紀寧の背中を追って走り始めた。
(く……まさか、こんな事になるなんて……!)
有紀寧は初めて自分が死の危機に瀕している事を悟り、脳がじじりと焼け付くような感覚を覚えた。
足音から判断するに、今の所追って来ているのは初音だけだが、他の三人が追撃を選択しない保障は何処にも無い。
リサはいつ戻ってくるか、分からない。自分一人で……この絶望的な死地を凌がなければならないのだ。
(こんな所で死ぬ訳にはいきません……。策を――戦局を覆す策を、考えなければ……)
まずは地の利を取らなければならない。
過剰なまでに保身を優先する有紀寧は、自分の留まる家の構造――とりわけ逃げ道に関しては、特に注意深く調べている。
正面勝負では勝ち目が無い以上、それを利用するしかない。
この付近で構造を熟知している民家は一つ。祐介捜索の名目で初音を切り離した、あの家だ。
あそこに逃げ込んで、まずは玄関の鍵を閉める。
初音はすぐに回り込んで、窓を割って中に侵入してくるだろうが、二ー三十秒は時間を稼げる筈だ。
その間に――

703満足:2007/03/19(月) 12:40:20 ID:Pu/JvNCA0
   *     *     *

地面に膝を付いたまま、走り去る有紀寧達の背中を呆然と見送る冬弥。
急展開の連続で思考が付いていかなかったが、とにかく助かったのだ。
冬弥はすくっと立ち上がって、留美と佐祐理の方へ振り向いた。
「よく分からないけど、今がチャンスだ。留美ちゃん、それから……倉田さん、で合ってるかな。早くこの場を離れよう」
柳川が足止めをしてるとは言え、余り長居をすると、リサ・ヴィクセンが舞い戻ってくるかも知れない。
人数こそ勝っているが、アサルトライフルを持つリサを相手にすれば、全滅は避けられないだろう。
ここは深追いせずに、柳川の指示に従って逃亡に徹するのが最良だ。
それなのに――留美が俯いたまま、ゆっくりと呟いた。
「……待って。あの子、長瀬さんの言ってた初音ちゃんだよね。今私達が逃げたら、あの子絶対殺されちゃうと思う……」
見た所有紀寧は飛び抜けた戦闘能力は持っていないようだが、銃を持っているし、何よりも様々な謀略を駆使する。
初音一人では、勝ち目が無いのは明らかだった。
留美はバッと顔を上げて、それから強い調子で言った。
「私、人が殺されるのを黙って見過ごすなんて嫌だよ……助けに行こう! それに今ならきっと、有紀寧を倒せるわよ」
確かに留美の言い分にも一理ある。危険は伴うが、今は有紀寧を倒す絶好の好機でもあるのだ。
どちらを選ぶにせよ、時間的な余裕は全く無い。冬弥はすぐに思考を纏め、口を開いた。
「……分かった。留美ちゃんが望むのなら、手伝うよ」
留美は真剣な表情で頷いた後、視線を佐祐理に向けた。
「佐祐理も良い? 怪我は大丈夫……?」
「はい、佐祐理も行きます。柳川さんに守られているだけでは、私何の為にいるか分からなくなりますから」
肩の怪我の影響か顔色が優れない佐祐理だったが、それでもはっきりと頷いた。
三人はもう一度頷き合い、そして有紀寧が走り去った方向へと駆け出した。

704満足:2007/03/19(月) 12:41:06 ID:Pu/JvNCA0


「くそっ……何処に行った……!」
冬弥が苛立ちを隠せない様子で毒づく。
有紀寧と初音が走り去ってから、冬弥達が追跡に移るまで、時間にすれば三十秒にも満たない。
しかし陽が落ちてしまい、すっかり見通しが悪くなった視界では、二人の姿を捉えるのは叶わなかった。
ただがむしゃらに民家の密集地帯を走り回る三人。
たまに聞こえてくるのは、柳川とリサが戦いによるものであろう銃声のみ。
もう有紀寧と初音は別の場所に行ってしまったのかも知れない――そう思い始めた矢先。
「……っ!?」
ガラスか何かが割れたのだろう、派手な音がすぐ近くの民家から聞こえてきた。
「あっちよ!」
留美達は一目散に、その音の出所に向かって、夜の静寂をかき乱す足音で疾走した。
古ぼけた和風の民家を囲む背の高い塀を避けて、正面の門へと駆け込む。
玄関に辿り着いた冬弥が力一杯、扉を開こうとするがビクともしなかった。
「駄目だ、閉まってる!」
一目見た所、この家の玄関を塞ぐ扉は頑丈な作りであるようだった。
三人は早々に正面からの侵入を諦め、裏庭へ回り込んだ。
そこで、留美達はさっき聞こえた音の正体を知った。庭に面した大きな窓が、粉々に割れていたのだ。
十分過ぎる程の大きさである穴が開いていたので、そこを通って民家の中へと入り込む。
入る瞬間に外の方から一際大きな爆音と閃光が発されていたが、三人はそれを無視した。
「……暗いですね」
家の中は薄暗く、視界が非常に悪いので、佐祐理が懐中電灯に火を灯そうとする。
しかし留美が無言のままに手を伸ばして、佐祐理の行動を制止した。
懐中電灯などつけてしまえば、こちらの居場所を敵に教えているようなものなのだ。
懐中電灯を鞄へ戻した後、三人は息を潜めて周囲を観察する。
微かに漂う血の臭いが、この家が決戦の地である事を顕著に表していた。

705満足:2007/03/19(月) 12:42:11 ID:Pu/JvNCA0

(これは……)
留美に肩を叩かれ、冬弥が彼女の視線を追うと、床に丸い赤の斑点――怪我を負っていた初音のものであろう血が零れていた。
三人が血の道標に従って、抜き足差し足で廊下を進むと、すぐに個室の扉の前に辿り着いた。
その扉の隙間から漏れている明かりが、この中に初音と有紀寧がいる確信をもたらす。
留美達はごくりと唾を飲み込んだ後、各々の武器を手に勢い良く扉を開け放った。
「――――っ!?」
和風の広間の中央部に立っていた初音が、驚いた顔でこちらに振り向く。
既に腕の傷口から多くの血を失ったのであろう――その顔色は蒼白となっており、額には大量の汗が滲んでいた。
初音は留美達の正体を確認するとすぐに顔を戻し、何かを探すようにきょろきょろと首を回し始めた。
部屋の中に初音以外の――つまり、有紀寧の姿は見当たらなかった。
冬弥が恐る恐る、初音に言葉を投げ掛ける。
「――なあ、有紀寧は何処へ行ったんだ?」
「……分かんない。でもこの部屋の方から音がしたから、何処かに隠れてると思う」
初音は冬弥に背を向けたまま、それだけを答えた。
――この部屋に隠れている?
冬弥達は部屋の中を見渡したが、あるのは開け放たれたクローゼット、小さなベッド、タンス……とても隠れる場所があるとは思えない。
しかしもし、何処かに身を潜めているとすれば、今も有紀寧はこちらの様子を――そこまで思い至った瞬間、冬弥が叫んだ。
「まずいっ、今すぐこの部屋を出るんだっ! 狙い撃ちにされるぞ!」
その一言に、留美が大きく息を飲んだ。
有紀寧は銃を持っていた――こんな所で右往左往していては、良い的になってしまう!
冬弥の言い分を全員が素直に聞き入れ、彼らは弾かれたように部屋を飛び出した。

706満足:2007/03/19(月) 12:42:53 ID:Pu/JvNCA0
「あの女、何処に隠れたのよ……!」
廊下まで後退した留美が、扉の向こう側にある部屋を観察しながら苛立った声で話す。
あの部屋に窓らしき物は無かった。となると、確かにあの中に有紀寧はいる筈である。
全員で部屋の中を隈無く探せば直ぐに見つかるだろうが、そんな事をすれば一人か二人は、確実に射殺されてしまうだろう。
留美が少しばかり思案を巡らした後、悔しそうに言葉を漏らした。
「……ここは退きましょう。条件が不利過ぎるわ」
逃げ道の無い部屋に有紀寧を追い詰めたこの状況は絶好の好機だったが、仲間の命には変えられない。
佐祐理と冬弥は直ぐに頷いた。しかし初音だけは、留美の提案に大きく首を振る。
「お姉ちゃん達が誰か知らないけど……私は逃げないよ。私は有紀寧お姉ちゃんを殺せれば、死んだっていいもん」
左肘から今も血を垂れ流し続けながら、掠れた声で話す初音。
自分が死んでも相手を殺す――それは、留美が理想としている道とはまるで正反対の考えだった。
「ちょっと、何を言ってるのよ! そんな……」
今にも掴みかからんばかりの勢いで留美が猛る。
そこで背後から、ガチャッと撃鉄を上げる音が聞こえた。
「あらあら……お喋りしてるなんて随分余裕ですね」
「――――ッ!?」
心臓がドクンと一際大きな鐘を打つのを感じながら、冬弥達は後ろを振り向いた。
そこには、まだ部屋に隠れている筈の宮沢有紀寧が、コルトバイソンを構えて立っていた。
銃口は――留美の方を向いている。
冬弥が半ば反射的に留美の前へ躍り出て、その瞬間にはもう有紀寧が撃っていた。
留美を貫く軌道で飛来した銃弾は、冬弥の腹部に吸い込まれてゆく。
有紀寧は冬弥の腹の辺りが赤く染まるのを見て、酷く歪んだ笑みを浮かべた。

707満足:2007/03/19(月) 12:43:48 ID:Pu/JvNCA0
――有紀寧の用いた作戦、それはクローゼットの中、天井部分にある屋根裏部屋への入り口を使う物だった。
開け放たれたクローゼットの中に、相手が隠れていると疑う者はいないだろう。
外から見る分には、屋根裏部屋への入り口があると気付かれる事はない。
それを利用して、わざとクローゼットの扉を開けたまま屋根裏部屋へと昇った。
続いて秘密裏且つ迅速に屋根裏を移動して、冬弥達の背後に回ったのだ。
作戦は見事的中、完全に敵の隙をつく事に成功した。
敵の中で唯一銃を持っている少女を狙い、男が身代わりとなった。
だがお人好しの多いこの島だ、そのくらいの事態は当然想定している。
男が倒れた瞬間に、後ろで呆然としているであろう銃持ちの少女を、今度こそ射抜けば良いのだ。


しかし――有紀寧はすぐに驚愕で目を見開く事となった。
「あ……ありえない……」
笑みの消えた唇から、呆然とした声が漏れ出る。
間違いなく冬弥は腹を撃たれ、顔を歪めていたが――倒れなかったのだ。
冬弥がかっと目を見開き、叫んだ。
「みんな、今だっ!!」
その一言で、止まっていた場の時間が動き出した。冬弥の横から猛然と初音が飛び出してゆく。
すぐに有紀寧は踵を返して、玄関の方へと脱兎の如く逃亡する。
遅れて留美が有紀寧の背中を狙おうとしたが、初音の身体が邪魔で引き金を引けなかった。
冬弥は鞄で自分の腹部の辺りを隠した後、留美の肩を掴んで静かに言った。
「あの初音って子には気の毒だけど……俺達は長居し過ぎた。リサが戻ってくる前に、この場を離れよう」
「確かにもう、仕方ないと思う……って藤井さん、大丈夫なのっ!?」
慌てて留美が尋ねると、冬弥は笑みを作って見せた。
「大丈夫、ちょっと血が出てるけど急所は外れてるさ。それより急ごう、時間が無い」
銃で撃たれた傷が浅い訳が無いが、この様子ならば大事には至らないだろうと、留美は思った。
冬弥は強引に留美の手を引いて、足を進め始めた。

708満足:2007/03/19(月) 12:44:26 ID:Pu/JvNCA0


冬弥が先頭に立って、どんどんと村の中を進んでゆく。
民家の密集地帯は見えない位置まで遠ざかり、氷川村の最上部に位置する街道が見えてきた。
「あの……藤井さん。怪我の治療をなさった方が……」
「心配してくれてありがとう、倉田さん。でももう少し先に進んでからにしよう」
冬弥は平然とした――少なくとも、薄暗い闇夜の中ではそう見える顔で、答えた。
佐祐理の肩の傷は、歩きながらも傷口の横を包帯で強く縛り付けて、止血だけは行った。
しかし冬弥は先程からこの調子で、佐祐理や留美が治療を申し出ても、一向に聞き入れようとはしない。
それからも冬弥は速度を緩める事なく足を踏み出してゆき、やがて街道を通過して薄暗い森の中へと入っていった。
「藤井さん、もう良いでしょ?怪我を……」
「まだだ。もう少し進もう」
また治療するよう留美が話し掛けたが、冬弥はまるで取り合わない。だがここまでリサが追ってくる、という事は無いだろう。
「もう、何を焦ってるの?」
留美は強引に冬弥を立ち止まらせようとその肩を掴み――途端に、冬弥の身体が崩れ落ちた。
そのままどさっという音を立てて、冬弥が背中から地面に倒れ込む。
「――冬弥さんっ!?」
留美は冬弥に駆け寄り、その頭を抱き起こした。
佐祐理も留美と同様に駆け寄って、それから彼の腹に押し付けられた鞄を引き剥がす。
「ああ……あああっ…………」
佐祐理の喉の奥から、意図せずして掠れた声が絞り出された。
冬弥の服は――小さな穴を中心に、真っ赤で大きい染みを作り上げていた。
留美が慌てて冬弥の服を捲り、大きく目を見開いた。
鮮血、深い傷口、その奥底に見える赤黒い何か――どう見ても、致命傷だった。

709満足:2007/03/19(月) 12:45:13 ID:Pu/JvNCA0
「藤井さん……藤井さんっ! どうしてこんな酷い怪我、隠してたの!?」
留美が悲痛な声で叫んだ。冬弥が一回吐血してから口を開く。
「隠してたのは、謝るよ……。でも、ああしなきゃ……留美ちゃんは、逃げようとしてくれなかったろ?」
冬弥の怪我がどれ程の物か知れば――留美が放っておく訳が無い。危険を顧みず、その場で治療しようとしただろう。
そんな事をすれば、銃声を聞いて駆けつけたリサ・ヴィクセンに、全滅させられてしまう可能性が非常に高い。
冬弥はそれを分かっていたからこそ、痩せ我慢をしたのだ。
「いいかい、留美ちゃん」
冬弥は焦点の定まっていない目で、しかしはっきりと留美の目を見据えながら言った。
「俺が死んでも復讐しようだとか、絶対に考えないでくれ。俺は一度復讐鬼に成り下がった……だからこそ分かる。復讐なんて下らないものだよ」
留美がポロポロと大きな瞳から涙を零し、絶叫した。
「死んだらなんて、縁起の悪い事言わないでよ! 死ぬなんて駄目、絶対駄目よっ!」
「……留美ちゃんだって、分かるだろ?俺の怪我は……、もうどうしようもないって……」
ごほっと一際大きな堰をして、冬弥が大量の血を吐き出した。
「藤井さんっ! 嫌ぁぁっ!」
静かな森に泣き声はよく響いたが、留美は構わず泣き喚いていた。
「泣かないでくれ……、留美ちゃん……。俺は、満足してるんだからさ……」
「…………え?」
留美の涙で滲んだ視界の中で――冬弥は笑った。苦しそうに、それでも笑っていた。
「理奈ちゃんも……はるかも……由綺も……まもれなかったけど……最後に……君を、守れた……」
「わた……し……?」
「ああ。るみちゃんを……かばって、死ねるなら……本望……さ……」
その言葉を聞いて、留美の瞳から一層強い勢いで涙が溢れ出し、ぽたぽたと冬弥の顔に零れ落ちた。

710満足:2007/03/19(月) 12:46:04 ID:Pu/JvNCA0
「……なあ、留美、ちゃん」
今にも消え入りそうな声で、冬弥が言葉を押し出した。
「……さっきの俺、格好良かった、かな?……あの世で、由綺に……かおを、合わせられるくらい、男らしかった、かな……?」
留美はごしごしと服の袖で涙を拭き取り、冬弥に口付けをした――血の味だった。
それから大きく息を吸い込んで、叫んだ。
「あったりまえじゃない!! 藤井さんは本当に……胸が締め付けられるくらい格好良かったわよ!」
冬弥は目をとじて、ニコッと微笑んだ。
「……よかった」
それが最後の言葉だった。冬弥の唇からはもう、何の言葉も発されなかった。
「――冬弥さん?」
冬弥の身体を大きく揺すったが、その身体はぴくりとも動かない。
留美は冬弥の身体に覆いかぶさって、声にならぬ嗚咽を上げ続けた。


――藤井冬弥がこの島で成した事は決して多くない。
元の生活での知り合いは、誰一人として救えなかった。
唯一生きたまま出会った弥生も、冬弥と弥生、双方の裏切り行為という最悪の形で決別してしまった。
コインの出目などというものに身を委ね、罪の無い者を何人も殺してしまった。
それでも、最後に決めた目標……留美を守るという事。
それだけはやり遂げたから。精一杯、その道を貫いたから。
藤井冬弥は、満足した顔のままにこの世を去った。

711満足:2007/03/19(月) 12:47:21 ID:Pu/JvNCA0
【時間:2日目19:35】
【場所:H−7】
倉田佐祐理
【所持品1:支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】
【状態:やり切れない思い。左肩重症(止血処置済み)、まずは教会へ移動】

七瀬留美
【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、日本刀、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】
【所持品2:何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(2人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】
【状態:涙。人を殺す気、ゲームに乗る気は皆無、まずは教会へ移動】

藤井冬弥
【所持品:暗殺用十徳ナイフ・消防斧】
【状態:死亡】


【時間:2日目・19:15】
【場所:I-7】
柏木初音
【所持品:鋸、支給品一式】
【状態:有紀寧を追跡中、何としてでも有紀寧を殺害、左肘が半分欠損、出血大量、首輪爆破まであと13:35(本人は37:35後だと思っている)】

宮沢有紀寧
【所持品①:コルトバイソン(2/6)、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(2/6)】
【所持品②:ノートパソコン、包丁、ゴルフクラブ、支給品一式】
【状態:逃亡中、前腕軽傷(治療済み)】


【時間:2日目18:30頃】
【場所:I-7】
長瀬祐介
【所持品1:100円ライター、折りたたみ傘、金属バット・ベネリM3(0/7)・支給品一式×2、包丁】
【所持品2:懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手】
【状態:後頭部にダメージ、疲労大、ロープ(少し太め)で木に括り付けられている。有紀寧への激しい憎悪、全身に軽い痛み】
【目的:初音の救出、その後は教会へ】

→728
→737
→751

712満足:2007/03/19(月) 14:48:17 ID:Pu/JvNCA0
>>710
>「――冬弥さん?」

「――藤井さん?」

に訂正お願いします
お手数かけて申し訳ございません
ってか最後の台詞を間違うのは最悪だ……orz

713名無しさん:2007/03/19(月) 14:58:16 ID:K.VZROrA0
どんまいですよー
後差し出がましいかもですが708にも留美が冬弥呼ぶところで名前になっていたので多分訂正ではないでしょうか?

714満足:2007/03/19(月) 15:18:44 ID:Pu/JvNCA0
指摘ありがとうございます
>>708
>「――冬弥さんっ!?」

「――藤井さんっ!?」
に訂正お願いします
重ね重ね申し訳ございません

715葉子の野望:2007/03/20(火) 01:11:25 ID:PGGQTXMA0
遠くで断続的に響く銃撃音を背に、一人の女性が脚を引きずりながら村の外れへと歩いていた。
彼女は右脚の痛みを堪えながらもできるだけ早足で進む。
(この村から早く離脱した方がいいですね)
鹿沼葉子は戦闘に巻き込まれないよう氷川村を彷徨う。
そのうちに村の西のはずれに至った。
ここから先は当分民家は見当たらないようだ。
時間からして天沢郁未は他の村へと行ってしまったのかもしれなかった。
銃がなく、しかも走れぬこの体では戦うに戦えない。
どこか人気の無いところに潜んで傷を癒した方がいい、葉子はそう考えた。
地図を見ると潜伏に適した場所──鹿野神社があった。
傷ついた脚を休めることなく再び歩を進める。
第三回の放送が流れたのは麓から三分の一ほど来たあたりであった。

(郁未さん、あなたともあろう人が……逝ってしまったのですね)
膝の力が抜け膝立ちになり、そのままがっくりと手をつく。
四つん這いになりながら、葉子は唇を噛み締めた。
涙が零れ落ち、アスファルトに黒い染を作った。
少年、そして邪魔をしてくれた芳野祐介も死んだ。

知り合い──FARGOの関係者といえば、もう高槻しかいない。
(あの男のことだから殺し合いに乗っているのは間違いないわ)
しかし──
もし出会うことがあっても高槻と組もうとは思わなかった。
葉子にとって下卑た笑いが印象に残るその男は、思い出すだけでも不快以外何ものでもなかった。

(あのコは名前は何だったかしら……そういえば聞いてなかった。でも、もう生きてはいないでしょうね)
せっかくの初物になるはずだった少女──長森瑞佳。
なぜか、もし生きていたら会って話がしてみたい気がしたが──
「バカバカしい。私としたことが何をつまらないことを考えてるのでしょう」
郁未の死は葉子の士気に多大な喪失感を与えていた。

716葉子の野望:2007/03/20(火) 01:12:56 ID:PGGQTXMA0
山の中だけに鷹野神社に辿り着くよりも早く、あたりは夜の闇に支配されていた。
境内に入り社の扉を開け、懐中電灯で中を照らしたが誰もいないようである。
蝋燭に火をともすと暖かな灯りが部屋の隅々の状態を浮かび上がらせる。
疲れた体を横たえようとした時、葉子は違和感をおぼえた。
(──生活感がある。誰かここに居たんだわ!)
すぐに火を消し気配をうかがう。
鼓動が高鳴り頬を汗が滴り落ちた。
メスを手に何の気配も感じないことを確認すると外に出る。
どこかいい所はないものかと見渡すうちに、意外な隠れ場所があった。
(フフ、ここなら安全ですね)
葉子は懐中電灯を照らしながら社の床下へと潜り込んで行った。

真ん中あたりまで来ると風は吹き込まず暖かい。
食事を摂ろうとデイパックを漁るうちに意外なことに気づく。
今夜の分を最後に支給品のパンはもうなかった。
翌日は食料をどこかに調達しに行かなければならない。
(平瀬村か鎌石村へ行ってみようかしら。それとも……)
距離からすれば氷川村の方が若干近いが、今日の当事者がまだ残っているかもしれなかった。
少なくともゲームに乗った者達とは会いたくなかった。
(まあいいわ。明日になってから考えましょう)

パンを齧りながら今後の戦略を考える。
傷が癒えるまではおとなしくしていよう。
それまでは主催者を斃そうとする者達と、消極的ながらも行動を共にするのがいいかもしれない。
以前のように機会さえあれば殺すというのは、どう考えても無理がある。
こちらの意図がバレない限り、彼らは自分を殺すことはない。
勝者になるのは島を脱出してからでもいいのだ。
(私はきっと生き残ってみせますよ、郁未さん)
葉子は不適な笑みを浮かべながら眠りについた。

717葉子の野望:2007/03/20(火) 01:13:50 ID:PGGQTXMA0
【時間:2日目19:15頃】
【場所:G−6 鷹野神社・床下】 

鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式(食料なし、水は残り3/4)】
【状態:就寝中。肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、激しい動きは痛みを伴う)。マーダー】

【関連:100、722】

718No.766 君がくれたもの:2007/03/20(火) 04:09:28 ID:HWpERD7o0
「皆の意思をある程度統一させておいたほうが良いと思うんだ」
皆の自己紹介を終えて、貴明はそう口火を切った。
腹の底に怒りの火種を燻らせて。
「これから俺達は脱出に向けて動く。その時に何があるかは分からない。不測の事態には出来るだけ備えるべきだと思う」
「そやね。でも、その前に……」
ずっと俯いていた珊瑚が顔を上げる。
未だその眼は潤んでいた。
「いっちゃん、みせて」
「……うん」

719No.766 君がくれたもの:2007/03/20(火) 04:10:03 ID:HWpERD7o0
珊瑚は椅子に座らせられていたイルファのところに行く。
封印されているとはいえ鬼の力でもって砕かれた身体は損壊が激しかった。
三度、珊瑚は涙ぐむ。
「いっちゃん……ごめんな……ごめんな……」
既に電気の通っていない、躯となった身体を抱きしめる。
細かな破片が珊瑚の腕に刺さる。
構わず珊瑚は抱き続けた。
「ごめんな……ごめんな……ごめんな……」
腕に僅か血が滲む。
頬に涙が一筋流れる。
「ごめんな……ごめんな……ごめんな……」
ひたすらに。
ひたすらに謝る珊瑚の声と一緒に漏れる嗚咽だけが教会に響く。
「珊瑚ちゃん……」
後ろから抱きしめられる感触。
暖かな感触。
「貴……明……?」
「うん……」
彼女にとっての最後の世界の欠片。
貴明は珊瑚をイルファごと抱き続ける。
「貴明……ウチな……いっちゃんと一回あってん」
「え?」
嗚咽にも等しいその呟きを拾って問い返す。
「いっちゃんな……ずっとウチと瑠璃ちゃんのこと探してくれててん。でな、神社でようやくあえた。でもその後すぐに女の人に……
そこでいっちゃんがウチと瑠璃ちゃん逃がしてくれてん……『必ず追いつく』ゆうて……」
珊瑚の眼からまた涙が溢れる。
静謐な空間に唯珊瑚の泣き声が木霊する。

720No.766 君がくれたもの:2007/03/20(火) 04:10:41 ID:HWpERD7o0
「珊瑚ちゃん」
応えは無い。
それでも聞こえているはずだと信じて続ける。
「イルファさん……さ。イルファさんがどう考えてたかは……もう俺には分からないけどさ。
イルファさんは珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんを逃がしたくて……一人残ったんだよね」
「……」
嗚咽はやまない。
それでも貴明は続ける。
「そして……珊瑚ちゃんは今生きている。生きて、ちゃんとここに、いる。
だから、イルファさんが……死んでしまったことは……絶対に無駄じゃない。
それだけははっきりと言える。言う。絶対に、無駄じゃない」
「……っ」
珊瑚の体が震える。
「――俺が、守るから。これからは、俺が、守るから。
何が出来るかはわからないけど、何も出来ないかもしれないけど、出来るだけ……俺が珊瑚ちゃんを守るから。
だから、泣かないでなんて言わない。
絶対にこんな島、生きて出よう?」
「――っか……あ……き……」
珊瑚はイルファを抱いたまま動かない。
それでも懸命に貴明に応えた。
「っ……うん……っん……ぇったい……かえろ……なぁ……」
「うん……うん……」
嗚咽の中から呟きを拾って聞く。
小さなそれには、珊瑚の決意が一杯に詰まっている。
協会に、やまない嗚咽が響く。
それでも、そこに空虚さは無かった。

721No.766 君がくれたもの:2007/03/20(火) 04:11:38 ID:HWpERD7o0




――俺は、多分、屑だ。
既にこの手は血に塗れている。
そして岸田や綾香……戦う意思の無いものを殺して廻る者を殺す。
その手で珊瑚ちゃんを抱いて、あまつさえ守りたいと言う。
珊瑚ちゃんだけではない。
久寿川先輩も、観月さんも、るーこも。
そんなこと俺なんかにそうそう出来る筈が無い。
それでも、守りたいと思う。
――笑わせる。
何の力も無い俺が殺人鬼二人を殺して、その間誰一人殺させないようにするなんて。
でも。
それでも。
腕の中で泣いている珊瑚ちゃんを守りたいと思う。
何処かの哲学者が言っていた。
――曰く、神は死んだ。
この哲学者が――そうだ、ニーチェとかいったっけ――どんなつもりでこれを言ったかは知らないけど、なるほど確かにここには神なんていなそうだ。
何に祈ればいいんだろうな。俺達は。
星? 悪魔? 運命?
誰でもいい。
何でもいい。
俺から何を取っていってもいい。
偽善かもしれないけど、唯珊瑚ちゃん達から何も取らなければそれでいい。


俺にこの娘を……皆を守る力を下さい――

722No.766 君がくれたもの:2007/03/20(火) 04:12:16 ID:HWpERD7o0





【時間:二日目19:00頃】
【場所:G-3左上の教会】

姫百合珊瑚
【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD】
【状態:嗚咽、決意。ハッキングはコンピュータの演算に任せている最中、工具が欲しい】

ルーシー・マリア・ミソラ
【持ち物:H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6、ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)】
【状態:綾香に対する殺意・主催者に対する殺意、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み、裂傷の傷口は概ね塞がる)】

春原陽平
【持ち物1:鉈、スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
【持ち物2:鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】
【状態:全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】

河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリザカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリザカの予備弾(×10)】
 【状態:祈り。左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷・右足、右腕に掠り傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー】

723No.766 君がくれたもの:2007/03/20(火) 04:12:39 ID:HWpERD7o0

観月マナ
 【装備:ワルサー P38(残弾数5/8)】
 【所持品1:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、9ミリパラベラム弾13発
入り予備マガジン、他支給品一式】
 【所持品2:SIG・P232(0/7)、貴明と少年の支給品一式】
 【状態:足にやや深い切り傷(治療済み)。右肩打撲】

久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】

藤林杏
 【装備:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾(12番ゲージ弾)×27】
 【所持品:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×3(国語、和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、支給品一式】
 【状態:健康、目的は主催者の打倒】

ほしのゆめみ
 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
 【状態:胴体に被弾、左腕が動かない】

ボタン
 【状態:健康、杏たちに同行】

イルファ
 【状態:死亡、椅子に座らされている、左の肘から先が無い】

【その他備考】
※珊瑚ならゆめみを修理できるかもしれません

→755

724No.766 君がくれたもの:2007/03/20(火) 04:14:26 ID:HWpERD7o0
訂正を
イルファ
 【状態:死亡、椅子に座らされている、左の肘から先が無い】

イルファ
 【状態:停止、激しい損壊、椅子に座らされている、左の肘から先が無い】


725:2007/03/21(水) 03:42:15 ID:xe1qXsw20

その女は、笑んでいた。
何一つの慈悲も、欠片ほどの温もりもなく、笑んでいた。
深い紅の双眸は、どこまでも静謐で、そして昏く澱んでいた。

白い肌に何かが撥ね、小さな赤い染みを作った。
返り血だった。
女、柏木千鶴のたおやかな指が、染みを拭う。
紅の文様が、広がった。
その手には、既に血に染まっていないところなどありはしなかった。

血化粧に笑みを湛え、千鶴が歩を進める。
手指を、振るった。
瞬間、その白く長い指が禍々しい変貌を遂げる。
古代の爬虫類のそれを思わせる無骨な漆黒の皮膚に、真紅の長い爪。
柏木の家が伝えてきた、鬼の力だった。

何気ない動作でその腕を振り上げた千鶴が、吹く風を楽しむかのように手を伸ばす。
血飛沫が、舞った。

726:2007/03/21(水) 03:42:37 ID:xe1qXsw20
「来栖川の臭いがする」

詠うように、千鶴が言葉を紡ぐ。
伸ばした手の先には、少女、砧夕霧の体が垂れ下がっていた。
顔面の中央を貫かれ、後頭部から爪の先が突き出している。
既に絶命しているのが明らかだった。

「腐った泥を固めて捏ねた臭い」

小さく、交響曲の端緒を開くタクトのように、爪を振る。
眼鏡が断ち割られ、鼻筋が両断された。
ずるりと、夕霧の躯が地に落ちた。

「ひとのかたちをした蟲の臭いだ」

大空を愛でるように、天を見上げて胸を張り、両の腕を伸ばす。
両の手指、合わせて十の爪の先が、左右にいた夕霧の頭を、それぞれ六つに断ち割った。
噴水のように、血潮が溢れた。

727:2007/03/21(水) 03:43:04 ID:xe1qXsw20

千鶴が、軽やかにステップを踏むように、その足を進める。

「生きて動けば汚らわしい」

夕霧の腕が、もがれて落ちた。
ぐらりと揺れるその肢体が、地面に倒れるまでに細切れにされる。
ぼとりぼとりと、四角い肉の塊がいくつも零れた。

「死んで斃れて、なお醜い」

居並ぶ夕霧の首が、まとめて刎ねられた。
天高く飛ぶその頭の鼻先が、順番に串刺しにされていく。
千鶴の広げた手指にちょうど十の夕霧の首が晒され、すぐに打ち捨てられた。

「生まれ落ちて疎ましく」

夕霧の膝下が、喪われた。
もぞもぞと這いずる夕霧の背に、五月雨のように爪が突き降ろされる。
びくりと震えて、動きを止めた。

「屍を晒して救われない」

長い爪が、肋骨の隙間を縫うように、夕霧の身体に突き入れられた。
一気に、左右に引き裂かれる。
回遊魚の鰓のように、夕霧の胴が割れていた。

「ああ、ああ」

千鶴がわらう。

「お前たちはやはり、来栖川だ」

幾十、幾百の骸を眼下に並べ、悠然と、まるでそれが、芳しい香りを放つ花畑だとでもいうかのように。

「鏖にしてなお、飽き足りない」

そう言って、心の底から楽しそうに。

728:2007/03/21(水) 03:43:23 ID:xe1qXsw20

柏木千鶴が、砧夕霧を駆逐する。

「憎い、憎い来栖川が」

駆除し、

「殺して、殺して、殺して殺して殺しても」

切除し、

「尽きることなく涌いてくる」

削除する。

「こんなにありがたい話はない」

刹那をもって、

「こんなに愉快な世界はない」

苦痛の限りを与えながら。

729:2007/03/21(水) 03:43:57 ID:xe1qXsw20

「死ね」

砧夕霧の喉が裂かれた。

「手足をもがれて死ね」

砧夕霧の四肢が斬り落とされた。

「脳漿をぶちまけて死ね」

砧夕霧の頭蓋が両断された。

「臓物を抉り出されて死ね」

砧夕霧の臓腑が、飛び散った。

「死ね」

砧夕霧の乳房が削ぎ落とされた。

「幸せを渇望しながら死ね」

砧夕霧の手指が寸断されて散らばった。

「喜びを思い出すことなく死ね」

砧夕霧の貌が、轢き潰された。

「生まれたことを悔やんで死ね」

砧夕霧の両の耳朶に、爪が突き込まれた。

「死ね」

柏木千鶴は、笑んでいる。

730:2007/03/21(水) 03:44:28 ID:xe1qXsw20

「これは」

何百体めかの砧夕霧を解体しながら、千鶴は謳う。

「これは断罪だ、来栖川の係累」

殺戮の只中で、千鶴は踊る。

「罪ゆえに死ね」

並べた骸を舞台とし、流れた血潮を書割に。

「罰を受けて死ね」

さながら終末を告げる御遣いの如く。

「尊厳を奪われ、省みられることもなく」

或いは総てを奪い去る、黒死の風の如く。

「踏み躙られて死ね」

柏木千鶴が、舞い踊る。



「死んで、死んで、死に尽くすまで」

大地と、木々と、吹き抜ける大気をすら、鮮血の赤に染めながら。

「私が、殺してやる」

柏木千鶴は、笑んでいる。

731:2007/03/21(水) 03:44:52 ID:xe1qXsw20

【時間:2日目午前10時すぎ】
【場所:I−4】

柏木千鶴
 【所持品:なし】
 【状態:復讐鬼】

砧夕霧
 【残り27641(到達0)】
 【状態:進軍中】

→532 690 ルートD-2

732満たされぬ歩み:2007/03/21(水) 22:03:07 ID:qjYz5/2.0
舗装された道を、颯爽と駆け抜けて行く人影がふたつ。
それは鎌石村役場へと急ぐ、坂上智代と里村茜であった。
先立つ事十数分前、彼女らは偶然発見したロワちゃんねるに岡崎朋也と銘打たれた書きこみを見つけ、その真偽を確かめる為に走っているのだ。
二人分の吐息が断続的に吐き出される。ここまで一睡もしておらず喧嘩紛いの事までしているというのに、スタミナ切れという言葉を知らないが如く身体を動かし続けている。
仲間の為に、そして主催者に抗するために走る彼女らの姿は、まさしく月夜に照らされる戦士の姿だと言っても相違無い。
…作業着に身を包み、『安全第一』のヘルメットをかぶってさえいなければ。

「どうした茜、さっきから目をきょろきょろさせて。尾けられているのか?」
挙動不審気味な茜を心配に思ったのか、智代が小声で話しかける。茜は「いえ、そういうことではないのですが…」と、歯切れ悪く言って言葉を濁した。
「何だ、はっきり言え。少しでもおかしいと思うところがあったら警戒するに越した事はないんだからな」
言いたい事をずばずば言う茜にしては珍しく口を濁したので智代はさらに言葉を入れる。茜はしばらく反応しなかったが、一分くらい経ったところでようやく、「くだらない事ですけど…」と前振りをして言った。
「やっぱり、この服装はおかしい…というか、恥ずかしいのですが」
「…だから、もうそれは言うな。私だって恥ずかしいんだ…もしこれをあいつにでも見つかったら一生の不覚になるんだぞ」
あいつ、とは恐らく智代の友人の事(岡崎か、春原とかいう人のどちらかに違いない。口ぶりから判断して)だろうと茜は思った。
茜とて、折原浩平には見つかりたくない。格好のネタにされる気がする。
ここで弁明しておくが、彼女らは決して工場の作業員を馬鹿にしているわけではない。二人ともが、普段の姿とギャップがあり過ぎると思っているからだ。まだ二人は、花も恥らう乙女なのである。
「…だったら、作業着だけでも脱ぎませんか」
茜が提案するが、智代は首を振る。
「確かに恥ずかしいが…命には代えられないだろう」
その一言で、茜は沈黙せざるを得なかった。
そうだ、忘れてはいけない。これはたった一つの命というチップを賭けた史上最悪のゲームなのだ。
都合が悪くなったからといって、リセットは出来ないのだ。電源ボタンはあるけれどもそんなものを押す気は、茜にはさらさらない。
「それより、ここからはより一層の注意が必要だぞ」
智代が道の先を指差す。まだ暗くてよく見えないが、僅かに住宅街が見えてきたような気がする。

733誇りに懸けて:2007/03/21(水) 22:03:26 ID:qjYz5/2.0
「ここから先は、どんな人間が隠れていてもおかしくない。細心の注意を払って進もう」
黙って茜は頷いた。一応武器は調達したとはいっても性能は銃器、爆発物には遠く及ばない。役場につくまでは派手な行動を起こさず慎重に進むことが肝心だ。
「私が前衛になる。茜、バックアップを頼むぞ」
また、黙って頷く。智代はそれを確認すると茜の前に立って、ゆっくりと走りから歩きにヘと転じる。茜もそれに倣って左右へと警戒を始めた。
村に入ると、まずは一番近くの民家の壁へと張りつき、回りの様子を窺う。どの民家も明かりはついておらずまるでゴーストタウンに迷い込んだかのような感触が二人を覆った。
だがそれに怖気づく事なく、慎重に状況を確認しゆっくりと先に進んでいく。
「明かりはどの家にも付いてませんね…敵を警戒するなら当然ですが」
「だな。何にしろ、無闇に街の真ん中を歩くことはないぞ。街中というのは狙撃されやすいからな」
「それにしても…」
「ん? 何だ?」
「智代、随分と手際がいいですね。サバゲーにでも参加したことがあるんですか?」
一瞬何の事か、と智代は思った。さばげー? 鯖? 海で何かするのだろうか。
「よく分からんが、漁に出た事は一度もないぞ」
「…生まれ持った素質だと思う事にします」
呆れるように茜がため息をついた。失礼な。人をランボーみたく言って、と智代は心中で憤慨する。
ともかく、二人は細心の注意を払いながら夜が明けるくらいの時刻に役場に到着することができたのだった。
既に内部に誰かがいるかもしれないとのことで警戒は崩さず、むしろより警戒しながら役場の扉を押す。
ギィ、と重厚な音が響き少しづつ日の光が入り始めた役場の光景が目に入る。
街中とは違う、紙と建築材の匂いがまず鼻を刺激し、続いて埃が風によってふわりと舞いあがるのが見える。ドアを閉めると埃がまた地面に舞い戻っていく。
「流石に、まだ誰もいないのでしょうか」
茜が耳元で智代に問い掛ける。極力気配を悟られるのを警戒して、だ。智代はまだ分からない、と首を振った。
前衛は智代、後衛は茜という基本スタイルは崩さず一歩一歩奥へ進んで行く。床に敷き詰められたリノリウムがミシ、ミシっと音を立てて軋む。
役所に所狭しと並べられた机には何かしらの本や書類が乱雑に並べられている。何か脱出の鍵になるものはないかと内容を確認してみるがやはりただの本や書類であった。
「やはりそう簡単にはあるわけないか…しかし、やたらと机が多いような気がしないか?」
部屋に所狭しと並べられている机のせいでまるで迷路のように通路が狭くなっている。誰かが隠れたりするには絶好の場所だ。必然的に、智代達の注意も足元へと向く。

734満たされぬ歩み:2007/03/21(水) 22:05:02 ID:qjYz5/2.0
「そうですね…それに、机の配置からして適当に並べただけというような感じもします」
茜が何気なく口にした言葉。それが智代の何かに引っかかる。この島に来た時から度々感じている違和感だ。だが、その違和感の正体について考えを巡らせるのは、今はやめた。
「奥にも部屋はあるみたいだな」
迷路のような通路を抜けると、奥にはさらに何部屋かあるようだった。恐らく、応接室や給湯室なのだろう。さらにその近くには階段も見えた。
「2階も探索するか?」
「そうしましょう。まだ予定の時間まではまだまだ余裕がありますし、この建物の構造を把握しておいて損はありません」
同感だ、と智代も頷きゆっくりと二人は2階へと足を進めた。
     *     *     *
2階は1階以上に乱雑になっていて、古い机やその他備品などが言葉通り『放置』されていた。一応物置の体裁は保っているがとても清潔感があるとは言えない。
「汚いな…ロッカーも横倒しになってるぞ。まるで地震の後みたいだな」
棺桶のように床に寝かせられているロッカーを、軽く足でつつく。カンカンというロッカー特有の金属音が音の無い室内に響く。
「遮蔽物も多いですね…隠れる分には最適だとは思います」
ダンボールの山をかき分けながら茜が奥へと進む。
「だな…人が隠れててもまず気付かない」
智代は机や床の上にばら撒かれているプリントを拾う。ここにも何かヒントになるようなものは落ちていないかと思ったのだがやれ料理のレシピだの学校で扱っているような授業のプリントなどてんでヒントにもなりそうにないものばかりだった。
「物置じゃなくて、ゴミ捨て場だなこれは」
嘆息していると、部屋を一周してきた茜が戻ってきた。
「特に何もありませんでした。本当に誰もいないようですね」
「そうか、だったらここで『自称』岡崎を待つことになるんだが…ただ待つのもな」
壁に身を預けてうーむ、と悩む。それを見た茜は、「こんなのはどうでしょう」とあるアイデアを持ち出す。
「罠?」
「そう、罠です」
茜が持ち出したアイデアはこの役場に罠を仕掛けてやってきた人物を迎撃する、という内容だった。確かに自分達に有利な状況で戦えるというのは魅力的ではある。
「…だが、関係ないというか乗っていない奴が引っかかったらどうするんだ」
「そこはそれ。仕掛ける場所を限定するんです。例えば2階とか…つまり、戦闘になったらさっさと撤退して罠を使いながら迎撃するんです」
なるほど…と智代は感心する。武装の貧弱さは地の利でカバーする。戦闘にならなくても無駄にはならないだろう。用心に用心を重ねる事は悪い事ではない。

735満たされぬ歩み:2007/03/21(水) 22:05:26 ID:qjYz5/2.0
「しかし罠なんてどうやって作るんだ? 私は経験がないからさっぱり分からないが」
すると茜はどん、と胸を叩いて高らかに(全然似合わなかったが)言った。
「任せて下さい。とあるクラスメイトの馬鹿騒ぎをいつも見ているお陰で多少知識はあります」

「ぶえっくしょーい! うおお、何か噂をされてる気がするぞ」
「おい、鼻水垂れてるぞ折原」
話のタネになっていることを、浩平は知らない。

そして智代も知らない。有紀寧がやったものだとはいえ、その名前で書きこまれた張本人、岡崎朋也が既にこの世からいなくなっていることも。

【時間:2日目8:30】
【場所:C-3、鎌石村役場】
坂上智代
【持ち物:手斧、ペンチ数本、ヘルメット、湯たんぽ、支給品一式】
【状態:作業着姿。罠の設置開始】

里村茜
【持ち物:フォーク、電動釘打ち機(15/15)、釘の予備(50本)、ヘルメット、湯たんぽ、支給品一式】
【状態:作業着姿。罠の設置開始】

736満たされぬ歩み:2007/03/21(水) 22:07:28 ID:qjYz5/2.0
→B-10

>>733はミスです、ごめんなさい

737名無しさん:2007/03/21(水) 22:10:14 ID:qjYz5/2.0
言葉が足りなかった…
>>733の題名がミスってことで

738とりあえず出発:2007/03/22(木) 01:23:39 ID:mVh5YqOY0
目が覚めたら、全く見覚えのない場所にいた。
とりあえず仲間を探した方がいいと周囲を探索しようとしたものの、辺りは闇に包まれ視界は殆ど利かない状態であった。
意外と森が深く、月の光もほとんど差し込んでこない。
これでは埒が明かないと、城戸芳晴は一端灯台に戻り上から今いる場所についての情報を探ろうとした。

「と言っても、見通しはやっぱり悪いよな」

集落のようなものも何となく確認できたが、如何せん住居に灯る光が一切なかったので人がいるかも判別がつかない。
これは朝にならないと難しいであろう。コリン達には悪いが、芳晴は一晩をこの灯台で越すことした。

・・・・・・が。一時間ほどで、その眠りは覚めてしまう。
自分でもよく分からないが、嫌に目が冴えてしまっていたのだ。
少しブラブラして見るかと、明かりをつけ灯台の中をウロウロする。

その時だった。埃臭い地下に構えられた部屋、中央のテーブルに無造作に置かれたそれを見つけたのは。

「なんだ、これ・・・・・・」

表を見て、ひっくり返してみて。とにかく用途を探そうとしてみる。
形状的にはテレビのリモコンを髣髴させるものだった、しかし一つしかないボタンが何のためについているのかはよく分からない。

「うーん、どうするかな」

何が起こるかは分からない、しかし芳晴の好奇心はその危険性を増していた。
もしかして秘密の部屋でも出てくるかなーと、ちょっとした期待をこめボタンへと人差し指を伸ばす。

「こーら、あんまり簡単にイジると後が怖いわよ?」
「え、ルミラさん?!」

いきなりの声かけに心臓が飛び出そうになる。そんな芳晴の半分裏返った間抜けな声に、背後から現れた見知った女性が笑みを零す。
ルミラはB5サイズのノートのようなものを手にして、入り口にて佇んでいた。

739とりあえず出発:2007/03/22(木) 01:24:05 ID:mVh5YqOY0





「何か、やばいことに巻き込まれちゃったかもしれないわ」

ちょっとしたダイニングのような場所、見つけたランプに明かりを灯し二人は向かい合って席に着く。
他の照明に関しては、全てルミラの指示で落とすことになった。
その意図が分からず疑問を口にする芳晴だが、ルミラは「後で説明するわ」の一言でそれらを全て流した。

そして今、こうして落ち着いた時間ができた所で。
何か思うところでもあるのだろうか、妙に身構えたルミラは先ほどから手にしていたノートを芳晴に向けて差し出してきた。

「中、見てみて」

普通の大学ノートのようだった。外見は。
しかし、中を開けた途端。芳晴の表情に、驚きが走る。

「・・・・・・何です、これ」
「『全支給品データファイル』ですって。このノートの・・・・・・ほら、ここ。載ってる」

身を乗り出し、芳晴の前に置かれたノートをぱらぱらとめくり指を差す。
アイテムNO.98 全支給品データファイル。似たような形で、隣のページには参加者の写真つきデータファイルというものが紹介されていた。

「参加者?」
「ここで何か大会でもしているのかしらね。それにしては、血生臭さがきつい気もするんだけど」
「えっと・・・・・・その、この隣のデータファイルに載ってる人の持ち物の一覧が、このノートってことですか?」
「多分、そういうことになるでしょうね。ほらこれ、鞄の中に入ってた名簿に載ってる人の情報じゃないかしら」

740とりあえず出発:2007/03/22(木) 01:24:28 ID:mVh5YqOY0
そういうルミラの手荷物を見て、芳晴はやっと自分も持たされたデイバッグのことを思い出した。
あれはどこにやったのか、寝室に置きっ放しだったかな。
そんなことを考えていた時、ふと溜息をついているルミラの様子に気がついた。

「ちょっと、体が重くてね。ワープの影響かしら、何だか疲労感が抜けない感じなの」

芳晴の視線に気づいたルミラが答える、そういえばと思い芳晴も自分がエクソシストの力が使えないことを彼女に伝えた。

「・・・・・・芳晴もなの?」
「え、ということは・・・・・・」
「私も、魔法が出せなくなってるみたい」
「そ、そうなんですか」
「おかしいわね、何か変な呪いでもかけられたのかしら。・・・・・・でも、そんないつの間に・・・・・・」

再び俯くルミラ。
その中で、芳晴も一つの可能性に気づく。

「えっと、じゃあこの辺りの土地自体にかけられてるって可能性もあるんじゃないですかね」
「・・・・・・」
「俺はここに来て一番に気づいたのがそれでしたし。もしかしたら、ですけど・・・・・・」
「そうかも、しれないわね。さっさとエビルのノートを見つけて、早めに離脱した方が懸命だわ」

バンッと机を叩き、勢いよく立ち上がったルミラはそのまま部屋の入り口に向かって歩き出す。

「行くわよ」
「はい?」
「あの子達を一刻も早く見つけてあげなくっちゃ」
「え、でもこんな暗い所じゃ・・・・・・」
「大丈夫、私を誰だと思ってるの。夜目なら多少は効くし、安心して着いてきなさい」

741とりあえず出発:2007/03/22(木) 01:25:01 ID:mVh5YqOY0
ウインクするチャーミングな仕草の中にも、頼もしさが含まれている。
・・・・・・男である自分がリードされてしまうのは情けない限りだが、相手が相手なのでここは任せた方が無難だと自分に言い聞かせる芳晴であった。






「そうそう、そのノートの最初の方をきちんと見た方がいいわよ」
「え?」
「結構、ヤバいことに巻き込まれちゃうかもしれないから」

寝室に置き忘れていた荷物を取りに行き、いざ出発と芳晴が気持ちを切り替えた時であった。
既に支度を終え入り口にて佇むルミラが、もう一度あの冊子を芳晴に向けて差し出してくる。
月の光がいまいち上手く届かない場所なので、やはり視野は効き難いがそれとなく捉えることはできた。

ぺらっと捲った最初のページ、映し出される写真はどれも闇に溶け込む黒ばかり。
それらは、全て銃器の類であった。

742とりあえず出発:2007/03/22(木) 01:25:33 ID:mVh5YqOY0
ルミラ=ディ=デュラル
【時間:2日目午前4時45分】
【場所:I−10・灯台】
【持ち物:全支給品データファイル、他支給品一式】
【状況:魔法使用不可、他のメンバーとの合流、死神のノート探し】

城戸芳晴
【時間:2日目午前4時45分】
【場所:I−10・灯台】
【持ち物:名雪の携帯電話のリモコン、支給武器不明、他支給品一式】
【状況:エクソシストの力使用不可、他のメンバーとの合流、死神のノート探し】

【備考:二人はバトルロワイアルに巻き込まれていることを理解していない】

(関連・670)(B−4ルート)

743嵐の前触れ:2007/03/22(木) 22:04:18 ID:1VjX0TdE0
この殺し合いの舞台において、一際異彩を放つ神秘的な建造物。
平瀬村の外れにある教会の中で、河野貴明達は今後の方針について話し合っていた。
行われたやり取りは、主に情報交換だ。その中でも特筆すべきはやはり、首輪についての情報だろう。
主催者側に盗聴されている事、そして首輪の解除方法が既に確立されている事は、驚愕すべき事実だった。
ささらが話し合った内容を確認しようと、紙の上に文字を綴る。
『つまり首輪の解除方法はもう調べ終わって、今はハッキングをプログラムに任せている状態なんですね?』
『うん。それで、頼みたい事が一つあるんやけど、ええかな?』
『大体予想出来るよ。工具を取りに行って欲しいんでしょ?』
貴明が確認するよう書き返すと、姫百合珊瑚は大きく頷いた。
『そや。首輪を外すのにもゆめみを修理するのも工具が必要や』
珊瑚がゆめみの構造を軽く調べてみると、所々に知らない技術が使われているものの、修理は可能であるようだった。
だが流石の珊瑚といえども、素手で修理を行うのは無理難題に過ぎるというものだ。
『僕が村まで一っ走りして取って来ようか?』
春原陽平が全員の顔を見回す。それからこほんと一回咳払いをした後、言った。
「僕はこれから仲間を集めに平瀬村に行こうと思うんだけど、どうかな? 動くなら暗くなった今が良いと思う」
勿論仲間を集めに行くという口実は盗聴対策のフェイクであり、実際は工具を探しに行くというのが本音である。
陽平の意見を受けて、ルーシー・マリア・ミソラ(通称:るーこ)は考え込むような仕草を見せた。
確かに隠密行動のしやすい夜の方が、安全性は高いが――ゲームに乗っている者と出会う可能性がゼロになる訳ではない。
「ちょっと待て、うーへい。一人では危険過ぎるだろう」
「……じゃあさ、全員で行けばいいんじゃない?それなら万が一の事があっても安心よ」
「あんま人数が多いと目立っちゃうわよ。それにここを留守にする訳にもいかないでしょ」
観月マナの意見をきっぱりと否定した後、藤林杏が言葉を続ける。
「あまり怪我が酷くない人達――あたしと陽平、マナとるーこの四人で行く、ってのはどう?」
工具を探しに行く役目を請け負う者は、外を歩き回る為に軽いフットワークを要求される。
怪我をしている者達が行くべきで無いのは明白だった。

744嵐の前触れ:2007/03/22(木) 22:05:10 ID:1VjX0TdE0
杏が一人一人に視線を移していくと、ほぼ全員が頷く事で返事をする。
そんな中、唯一貴明だけが杏の意見に乗り気ではなかった。
(ここでただ待っていろだって? そんな事、俺には出来ない……!)
仲間の身を危険に晒して、自分は安全な場所に留まるなど耐えられない。
貴明は反論しようと腰を上げたが――途端に身体のあちこちに痛みが走った。
「はいはい、怪我人は無理しない。ここはあたし達に任せときなさいって」
安心させるように、杏がどんと胸を叩く。その仕草は彼女の言葉同様、頼もしげに見えた。
それでようやく貴明も、これ以上反論するのは諦めた。
自分の私情を押し通して強引に同行したとしても、その結果周りの足を引っ張ってしまっては何にもならない。
今は――仲間を信じる他なかった。


すぐにそれぞれが出発する準備を始め、程なくしてその作業も終わりを迎える。
開け放たれた扉の向こうで出発してゆこうとする四人と、それを見守る四人。
貴明が少し思いつめたような表情をした後、短く言葉を搾り出す。
「るーこ」
「何だ、うー?」
「……死ぬなよ」
不安げに視線を寄せる貴明。するとるーこは、ばっと両手を上げて”るーのポーズ”をとってみせた。
「るーは勇敢な戦士だ、問題無い。うーこそ、るー達の居ない間しっかりと此処を守るんだぞ」
「ああ、分かってるよ」
貴明が力強く返答すると、るーこはにこっと微笑んでから踵を返して歩き始めた。
闇夜の中に消えゆくるーこ達の背中を、貴明は唯じっと眺めていた。

   *     *     *    *     *     *

745嵐の前触れ:2007/03/22(木) 22:06:07 ID:1VjX0TdE0
夜の闇と同化するように努めながら、平瀬村へと急ぐ春原陽平ら四人。
メンバーと殆ど面識の無いマナはともかく――陽平は杏やるーこと相当に親しい間柄である。
基本的に明るい性格の陽平なら、雑談の一つでもしながら平瀬村へ向かうのが普通だろう。
しかし今回ばかりは、陽平はおろか誰の口からも言葉が発される事は無く、薄暗い森の中を駆けてゆく。
ただひたすら迅速に、閑静に、工具を手に入れる事だけを目的として平瀬村を目指す。
盗聴対策で陽平が言った、『仲間を探す』などといった事をするつもりは毛頭無い。
教会で首輪の解析作業を行っている事は、既に多くの同志に知らせてある。
自分達から探し回るような危険を犯さずとも、仲間は自然と集まってくる筈なのだ。
今自分達がすべき事は脱出に必要な要素を揃えていく事、そしてそれを守る事だ。
ならば極力穏便に工具を入手し、なるべく早く教会へ戻って防衛の任に当たるのが最良だろう。
今回の陽平達の判断は的確であり、落ち度らしい落ち度は無かった。




――だから、最も見つかってはいけない人物に見つかってしまったのも、運が悪かっただけだ。
「おやおや、あの時のチビ助君じゃないか。 随分急いでるようだけど、何処に行くつもりかね?」
陽平たちが通過した場所より少し離れた木の影に、一人の少女が息を潜めていた。
スクール水着の上に、可愛らしい制服を着込んだ、おおよそ殺し合いには相応しくない外見の少女。
しかしこの少女――朝霧麻亜子は既に多くの参加者を血の海に沈めた、強力な殺人者なのだ。
麻亜子はこれからの行動について思惑を巡らせていた。敵は四人、真っ向勝負を挑むのは正直分が悪い。
もっとも相手は何かの用事があって急いでるようなので、隙をつくのは十分可能であるが――もう一つ、気になる事がある。
(あのチビ助……たかりゃんやさーりゃんと一緒にいた奴だよね。もしかしたらこの近くに、二人が居るのかも知れない……)
学校で別れて以来会っていないが、放送で二人が無事だったのは分かっている。
だがそれは『生きている』というだけであって、五体満足でいる保障が得られた訳では無い。
(さーりゃん、たかりゃん、元気でやってるかな……)
自分はゲームに乗っている以上、再会した所で何もしてやれないのだが……無性に二人の事が気になった。

746嵐の前触れ:2007/03/22(木) 22:07:24 ID:1VjX0TdE0


(あれは春原にるーこ……。まさかまだ平瀬村に居たとはね……)
そして朝霧麻亜子の背後で、鋭く目を光らせる少女、来栖川綾香。
胴体部を防弾チョッキで守り、圧倒的火力を誇るマシンガンを携えた綾香は、他の参加者にとって死神にも等しい存在だ。
右手に持ったレーダーは、教会に居る貴明達の光点も逃さず映し出ている。
多くの人間を憎み、同時に多くの人間に憎まれている彼女だったが、この場で唯一人、誰にも存在を悟られていない。
(さて、まーりゃんはどう出るかしらね?)
少女は口元を笑みの形に歪めながら、戦場の趨勢を見守っていた。

【時間:2日目・19:40】
【場所:g-2・3境界線】

朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン、サバイバルナイフ、投げナイフ、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態:次の行動を考える、マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、全身に痛み】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、特に綾香の殺害。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】

来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(25/30)・予備カートリッジ(30発入×2)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き)】
【状態:右腕と肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)】
【目的:様子見、麻亜子を尾行、麻亜子とささら、さらに彼女達と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う。】

747嵐の前触れ:2007/03/22(木) 22:08:36 ID:1VjX0TdE0
ルーシー・マリア・ミソラ
【持ち物:H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6、ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)】
【状態:平瀬村で工具を探す、綾香に対する殺意・主催者に対する殺意、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み、裂傷の傷口は概ね塞がる)】

春原陽平
【持ち物1:鉈、スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
【持ち物2:鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】
【状態:平瀬村で工具を探す、全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】

観月マナ
 【装備:ワルサー P38(残弾数5/8)】
 【所持品1:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、9ミリパラベラム弾13発
入り予備マガジン、他支給品一式】
 【所持品2:SIG・P232(0/7)、貴明と少年の支給品一式】
 【状態:平瀬村で工具を探す、足にやや深い切り傷(治療済み)。右肩打撲】

藤林杏
 【装備:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾(12番ゲージ弾)×27】
 【所持品:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×3(国語、和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、支給品一式】
 【状態:健康、平瀬村で工具を探す、最終目的は主催者の打倒】

ボタン
 【状態:健康、杏の鞄の中に入れられている】

748嵐の前触れ:2007/03/22(木) 22:09:21 ID:1VjX0TdE0
【時間:二日目19:20頃】
【場所:G-3左上の教会】

河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリザカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリザカの予備弾(×10)】
 【状態:左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷・右足、右腕に掠り傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー】

久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】

ほしのゆめみ
 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
 【状態:胴体に被弾、左腕が動かない】

姫百合珊瑚
【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD】
【状態:決意。ハッキングはコンピュータの演算に任せている最中、工具が欲しい】

イルファ
 【状態:停止、激しい損壊、椅子に座らされている、左の肘から先が無い】

→745
→766

749希望を目指して:2007/03/23(金) 13:46:00 ID:u9p.xRPc0
突如遠くから響いた銃声と爆発音に環の身体に戦慄が走る。
その音は自分の向かっている場所……診療所の方角から聞こえてきたからだ。
「――そんな、まさかっ!」
きしむ身体を押さえながら歩く速度を上げる。
だが環の考えとは裏腹に、思うように動いてくれない足が彼女の体勢を大きく崩していた。
「なんで……なんでこんな時に。動いて、動いてよっ!」
両足を叩きながら環の瞳から小さな涙がこぼれていた。
首輪を外すことが出来るかもしれない。
そうしたらもうこんなくだらない殺し合いなんかする必要なんか何もなくなる。
タカ坊も診療所にいる仲間達も、笑って日常に帰れるはずなんだ。
気落ちする心を奮い立たせるように再び立ち上がったその時だった。
環の耳に聞きなれた……だがずっと聞いていなかったこの島では異質な音が届く。
それが車のエンジン音だと思い出した瞬間、弾かれた様にすぐそばの大木の傍らに身を隠そうと地を跳ねていた。
全身を襲う激痛に耐えながらそっと身を乗り出すと、遠くを一台の車が走り去っていった。
「――あれはあの時の……」
車を運転していた人間。それは鎌石村で自分たちを襲おうとし、そして英二が撃った人間だった。
ウインドウ越しに見えた弥生の姿と車が来た方向に、抗いようのない絶望感に襲われる。

「行かないと……早く……みんなに伝えないと!」
押し寄せる不安を拭い去るように足に力をこめ立ち上がろうとし――突如目の前が真っ暗になり、環の意識は闇に落ちていった。





750希望を目指して:2007/03/23(金) 13:46:50 ID:u9p.xRPc0
「――こんな……ひどい」
横たわる少女の無残な死体を目の前に、敬介は呆然と立ち尽くしていた。
美しかった顔は血にまみれ、制服はところどころが破られており、そして身体に付着している白い液体。
何が起きたかをすぐ理解すると同時に、行き場のない感情が敬介の心を締め付けた。

平瀬村での戦い……秋生の言葉から察するに美汐の何かしらの言動が事態をあそこまで大きくし、晴子をはじめたくさんの犠牲をはらんでしまった。
本当に彼女が? だとしたらなんのために?
それを確認するために敬介は美汐と出会った家に戻ってきた。
最悪、再会したところで戦闘になるかもしれないと覚悟すらしていた。
彼女は殺し合いに乗っていた可能性もあり、それによって自身も仲間も危険に陥っていたのかもしれないのだ。
だがもう真実を確かめる方法は何もなく、わかることは少女の身に起こった悲劇のみ。
敬介に叩きつけられた現実はこの島の凄惨さをまざまざと感じさせ、怒りよりも恨みよりもやりきれない悲しみだけが押し寄せていた。
「何も出来ないけれど……せめて安らかに」
言いながら絶望に歪み見開かれたままの瞳を右手でそっと閉じる。
美汐との間にたいした接点があったわけではない。
それでもわずかながらでも関わり会話をした少女を慈しむ用に目を瞑ると黙祷をささげ、家を後にしていった。


「観鈴、国崎君……」
氷川村を探索する敬介の足取りは重かった。
疲れもさることながら、終わりの見えない惨劇に精神が疲弊していたのもあるだろう。
再び離ればれになってしまった愛娘の姿を求めひたすら歩き続けた。

周囲を警戒しながら見回し、そして不意に目に入った一人の女性の姿に敬介は叫びながら駆け寄っていた。
「向坂さんっ!」

751希望を目指して:2007/03/23(金) 13:47:29 ID:u9p.xRPc0
全身に付けられた傷を見て顔をしかめながら必死に呼びかけるも環の口から返事はない。
最悪な想像が浮かびながら環の腕を取る……が脈も呼吸もあり、気絶しているだけと気づいたときには安堵のため息が漏れていた。
「どうしようか……ここじゃ危険すぎる」
(一度診療所に戻るか……もしかしたら緒方さんが観鈴を連れ戻して来ているかもしれない。
その時誰もいなかったらあの惨状を見たら診療所を後にしてしまうだろう)
環を休ませる意味でも闇雲に探し回るよりはと敬介は決心し、環の身体を抱え上げると、再び診療所へと足を向けた。






「う……ん……」
「――気がついたかい?」
環の小さな呻きに気づいた敬介は、手元のタオルを絞りながら小さく声をかける。
「ここは……私は……?」
気だるさが襲ってくるがそんな事は気にしていられず体を無理やり起こす。
かけられたシーツが床に落ち、右腕が割れるように痛んだ。
「――っ」
ふらついた環の身体を敬介が優しく抱きとめると、たしなめる様に声をかけた。
「無理しないほうがいい、全身怪我だらけじゃないか」
環の呼吸が落ち着くのをゆっくり待ちながら、水に濡れたタオルを差し出すと環の額をそっとぬぐう。
冷たい水の感触に息を落ち着かせながら視線を横にそらすと、環の目に半身が焼け焦げた宗一の死体がベットに横たえられているのが映った。
「――宗一さん?」
先ほどの爆発音のせいだろうと瞬時に理解した。

752希望を目指して:2007/03/23(金) 13:48:11 ID:u9p.xRPc0
慌てて周りを見渡しても他の者の姿はどこにもいない。
「……英二さんは!? 観鈴は!? それに他のみんなはっ!?」
声を荒げるながら尋ねる環にたいし、敬介は顔を伏せたままポツリと口を開き語りはじめた。
悲痛に顔を歪めながらも、それに返すように環も今まで起きていたことを話し始めた。

お互いの持つ情報をすべて交換し合った二人はもはや息をするのも億劫なほどに項垂れていた。
訪れるのは重苦しい空気に気が遠くなるような静寂……。
どうしていいかわからず黙りこくる二人の耳に第三回目ともなる放送が鳴り響いた。

「国崎君まで……」
飛び出した観鈴とそれを追っていった英二の名前が挙がらなかったことに安堵していたのも一瞬のことで
とどまることを知らず増え続ける死者の数……その中には国崎往人の名前も挙げられていた。
敬介の顔は知らず知らずのうちに不安に歪んでいた。
二人が出て行ってから数時間が経過している。
自分がここを離れた際にやはり来ていたのではないか……待つと言う選択をしなかった自分に無償に腹が立った。
拳を握り締め叫びだしたい衝動を必死に抑えながら環に視線を移すと、痛む身体を気にもせず立ち上がろうと身体を起こしていた。
「向坂さん!?」
叫ぶ敬介の言葉も気にせず環はベットから抜け出るとデイバックを手に取り……その重さに崩れながら片膝を突いた。
「無茶だ、そんな身体で!」
慌てて敬介は環の身体を支えようと駆け寄るが、切羽詰ったように環は声を絞り出し敬介の身体を突き放すように押しのける。
「みんなを探して……教会に向かわないと。寝てる暇なんか無いんです。こんなこと早く終わりにしないと!」
鬼気迫るその顔に、いつもの環の余裕は無かった。
「もう誰も死なせない。希望が目の前に広がっているのだから」
決意に満ちたその言葉に、敬介は少しの間考え込むとおもむろにデイバックを漁り始めた。
「……わかった。ならこうしよう」

753希望を目指して:2007/03/23(金) 13:48:46 ID:u9p.xRPc0
言いながら、中から筆記用具を取り出すと敬介はスラスラとペンを走らせる。
この先英二たちが戻ってきた場合の事を考え、足跡を残しておく。
(もしも道中見つけれなくてもこれに気づいてさえくれれば……)
その紙を宗一の綺麗な左手に握らせると、環の元へ走り寄りデイバックを奪うように持ち上げる。
「橘さん……」
申し訳なそうに口を開こうとする環の言葉を、首を左右に振りながら制しにっこりと微笑みかける。
「――さあ行こう」

敬介の言葉に環が力強く頷き返し、二人は診療所を後にする。
ふと見上げた空はこれからの運命を暗示するように辺りを黒く覆いつくしている。
だがけして歩みは止めず、別れた仲間の身を案じながらゆっくりと歩き出した。





敬介と環が立ち去り、中には宗一の死体が転がるのみとなった診療所。
そこに一人の人影――柳川との戦闘を終え、体力の回復を図っていたリサの姿が現れる。
無作為に歩き回るよりも、地図により指針のある診療所のほうが合流しやすいだろうと考えたためだった。
最初に別れてしまった際の合流方法を決めておかなかったのは失敗だとも考えた。
だがいつかは殺す相手だ。有紀寧とは合流出来ようが出来まいがどちらでもいいと考え直す。
診療所に戻ってきたのは自分の甘さを消すための再確認。

「宗一……」
冷たくなった宗一の手をそっと握り、寂しげに微笑みながらリサは声をかける。

754希望を目指して:2007/03/23(金) 13:49:24 ID:u9p.xRPc0
返事など返って来るわけもない。返ってきたところで、馬鹿な真似はやめろと殴り倒されるのが関の山だったろう。
もう止めてくれる者はいないのだ。だからもう止まらない。
ガサリ――と手に当たる感触。
そこに握られていたのは敬介の残したメモだった。

『観鈴、緒方さん。無事にこれを見つけられていることを祈ってる。
僕と向坂さんは平瀬村に向かうよ。もしかしたらここから脱出できる糸口が掴めるかもしれないんだ。
また再会出来ると信じて―― 橘敬介』

メモに目を通したリサの顔に笑みが浮かぶ。
殺戮の道を選んだとは思えないほど優しい笑顔。
「みんな頑張っているのね……」
それはほんの少しでも共通の意識を持った仲間への賛辞だった。
「でもね……脱出なんてさせられない。私は優勝しなければならないのだから!」
だが一瞬にして顔をこわばらせるとメモを握りつぶし、休む間もなく荷物を持ち上げた。

「――ごめん宗一、私行って来るわ。地獄でまた……会いましょう」

755希望を目指して:2007/03/23(金) 13:49:53 ID:u9p.xRPc0
【時間:2日目18:15】
【場所:I−7】
向坂環
【所持品①:包丁、レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、】
【所持品②:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:観鈴と英二の捜索をしつつ教会に向かう、頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に痛み、左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み)、焦りと疲労】
橘敬介
【所持品:支給品一式x2、花火セット】
【状態:観鈴と英二の捜索をしつつ教会に向かう、身体の節々に痛み、左肩重傷(腕を上げると激しい痛みを伴う)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て治療済み)】


【時間:2日目19:30】
【場所:I−7】
リサ=ヴィクセン
【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾15、予備マガジン×3)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】
【状態:マーダー、目標は優勝して願いを叶える。有紀寧と合流出来ればする、軽度の疲労、一路教会へ】


備考
・花火セット等の入った敬介の支給品の中身は美汐の家から回収済
・敬介の残したメモには教会の位置が記載
・→718 →722 →751

756No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:40:41 ID:AS3Yq5iQ0
――考えろ。考えるんだ。
これはあの忌々しい兎共が生んだ油断。
この相手の油断を最大限活用するんだ。
ハッキングをしてきたから僕にこれを渡したと言った。
つまり今生き残っている参加者の中には首輪解除のハッキングが出来る位の技術を持った人間がいるということ。そしてここは孤島。首輪を解除しても帰る手段など無い。
この殺し合いで優勝するつもりの人間には首輪の解除技術など必要ないはず。
つまりこれは主催者妥当を掲げた人間がやったことのはず。
――ああ分かっている。穴だらけの理論だ。兎が油断でこれを僕に渡した確証はないし殺し合いをするものがハッキングした可能性だって否定できるもんじゃない。しかしハッキングの技術を持った人間などそうそういないはず。
僕が出来るのはこのまま黙って殺し合いを見守るか、裏切られる覚悟でハッキングした人間に連絡を取るか、それとも兎の言っていた掲示板で忠告を残すかだ。
馬鹿馬鹿しい。
座して見守るなど出来るものか!
最早相当数な人間が死んでいる。
相沢君も川澄君も既に……
止めるんだ。
止められる可能性の高い行動をするんだ。
0%で無くなった。僕は止められる可能性を手に入れた。
この可能性を尽くせ。
全面的に信頼するんだ。僕一人で解決できることじゃない。
このパソコンは兎共に見られているとみて良いだろう。
その上で正しい情報を送りハッキングした人に信じてもらうんだ。
――――――――よし。
いこう。

757No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:41:25 ID:AS3Yq5iQ0


『メールが届きました』
「?」
メールが届いた?
そんな馬鹿な。
誰が使っているかも分からないパソコンに対してメールが届いた?
「珊瑚ちゃん……これ……」
「うん……」
メールのタイトルは『放送者よりハッカーへ』
! 
ハッキングがばれている!?
珊瑚ちゃんは一瞬の逡巡を挟んでメールを開いた。


『はじめまして。久瀬というものです。
はじめに断っておきますが、僕は主催者達を心底憎んでいます。
出来るならこの殺し合いを止めたいと思っています。
僕は貴方達がこの殺し合いを止めようとしていると信じてこのメールを送ります。
貴方達からでは僕が本当に主催者側でないのかは分からないと思います。
ですから僕は唯貴方達に情報を送ります。
それらをけして鵜呑みにせず、自分で考えて行動してください。
僕が誤った情報を掴まされている可能性も在ると言うことも覚えておいてください。
主催者達は貴方がハッキングしたことに気付き、僕にこのパソコンを渡しました。
恐らくこのパソコンでした行動は全て主催者に筒抜けでしょう。
あの兎共が僕にパソコンを渡したら僕がどう行動するか、予想しないはずがありません。
それでもあの兎は僕にパソコンを渡した。
理由を尋ねたら
『うん、簡単に説明するとね。こちらの施設にハッキングを仕掛けた参加者がいてね。
殺し合いで何が起ころうとも介入するつもりはない――ああ、一部の例外の参加者もいたけどね。だが基本的にすべてを黙認することにしている。
ゲーム内には確かに首輪の解除を示唆したものはあり、それで解除なりするのは一向に構わないのだがそれはあくまで彼らが"ルールに則ってる場合"に限る。
ハッキングなどによる私たちに不利益を齎すもので得られることではないんだよ』
と言い、
そして最後に
『――希望と、より深い絶望を……かな』
と答えました。
僕がもがく姿を見たいだけなのかもしれませんが、他にも意味があるかもしれません。

主題です。
ここは絶対に軽んじないで下さい。
あの兎はハッキングで首輪の解除方法を見られた事に対して『気づくのが早かったおかげで侵入者はダミーを持っていって満足しているようだけどね』と言いました。
事実かどうかは僕からは分かりません。
しかし、兎は『解除ではない。起爆用の手順を踏んだもの』と言いました。
これがもし事実だった時貴方が首輪を解除しようとしたら爆発してしまいます。
もしかしたら本当の解除方法を貴方が手に入れてそれを兎共が何とかしようと僕にパソコンを渡して貴方達に思いとどまらせようとしているのかもしれません。
考えてください。
心当たりがあるなら十全に考えてからしてください。
これそのものが主催者側の罠であるかもしれませんが、僕は僕に出来ることをします。
判断は任せます。
生き残ってこの島を脱出してください。

最後にこのパソコンに入っている情報の一部を添付します。
役立ててください。
そして、この無益な争いを止めてください。
それでは。』

758No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:42:05 ID:AS3Yq5iQ0


……………………メールを見終わって、一息つく。
珊瑚ちゃんも久寿川先輩もゆめみさんも何も喋らない。
――もしこれが本当だったら、俺達は九死に一生を得たことになる。
「珊瑚ちゃん……これは……」
珊瑚ちゃんの指が唇に当てられる。
「これ……なんなんやろ。ゆめみ? それで左腕以外は大丈夫なん?」
「あ……は、はい。左胸に穴は開いていますが動かすのに支障は無いようです」
「やとしたら……うーん……」
『待って。これがウチらに送られてきたとして、ウチらの正体が主催者にばれてるとは限らん。もしかしたらハッキングした奴を炙り出す為にやってるのかもしれへんしな』
あ……!
しまった。完全に失念していた。
ここで動きを見せたりメールについての会話をすること自体が罠かもしれない。
この久瀬とかいう人がこちらの状況を知らずに善意でやったとしてもそれが主催者の狙いだったら最悪だ。
……こちらの首にはまだ枷が付いているのだから。
『だとしたら貴明さん、このメールから得られる情報をここで考えるほうが先決じゃないかしら』
『わたしもそう思います。無駄に出来る時間はありませんが、これは大きなチャンスです』
……うん。その通りだ。主催者がこちらを特定したいのだとしたら現状こちらの正体は割れていないことになる。
それでなくてもこのメールから読み取れることは数多くあるはずだ。
書いてあることからも、無いことからも。
『うん。そうしよう。大前提として主催者は絶対悪であると仮定する。もう一つ。これが完全に無意味な気紛れな行動で無いとする。でないと考える意味がなくなるから。そこからはじめよう』
皆一様に頷く。

759No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:43:06 ID:AS3Yq5iQ0
取り敢えず簡単なところからはじめてみよう。
『久瀬って言う人がこちらの敵と仮定する。その時久瀬と主催者の目的は何だと思う?』
『私達の、つまりは姫百合さんの特定が第一じゃないかしら。こちらが割れていないとすれば、だけど』
『もっと単純に得られた情報が誤情報だと錯覚させての時間稼ぎかも知れません。ですが』
その後を引き継ぐ。
『うん。もし俺達が誰かを犠牲にするつもりで外すのなら主催者にとってこんなことをする意味は無くなる。こんなことやりだす主催者が俺達の善意に甘えるような行為をするとは考えがたい』
こんなことを平然と考えるあたり俺も壊れてきたのかな。
半ば自嘲気味に考えてみる。
『寧ろ情報が俺達に来る分主催者が不利になるだろう。でもやっぱり時間を稼ぎたいだけと言う可能性はあるけどね』
他に何かある?
眼で問うけど少なくともすぐ出てくるような意見はもう無いようだ。
と、珊瑚ちゃんが何か書く。
『ないことないけど、これは後にする』
『分かった。じゃあ、次。久瀬が反主催者としたときの目的。このときは主催者と久瀬は別の目的で動くことになるけどね』
『正直なところ、私はこっちだと思うの。久瀬さんの放送聞いているとどうしても主催者に自分から従っているようには思えないの』
『わたしもそう思います。こんなことを喜んでやる人がそんなにいるとも思いたくありませんし』
『ウチもそう思いたいけど』
珊瑚ちゃんが書く手を止める。……俺と同じことを考えているんだろうか。
『このメールが久瀬から来たって言う保証は無いよ』
代わりに書いてみる。珊瑚ちゃんもそれをみて微かに頷いた。
『でも、今はそれを考える時じゃない。久瀬、ないしはこのメールを送った人が反主催者としたときのことを考えよう』
先輩とゆめみさんも頷く。
『まず、主催者が伊達や酔狂でこれを久瀬に送ったと言うのは無いと思う』
『でも、そうなるとこの『――希望と、より深い絶望を……かな』というのが引っかかりませんか?』
『久瀬を騙してるんか、それとも本気でそう考えてるんかは知らんけど、そうだとしても考える意味がなくなるからそれは今はおいとこ』
『私達が何も出来ないから、束の間の希望から叩き落すため、と言うのなら楽なのにね』
『久瀬の真意は簡単だ。正にここに書いてある通りだよ。この俺達に『考えろ』って何度も言っているのは主催者にとっては一番痛烈な行動だと理解しているからだと思う』
『これが主催者やったらウチらの思考をひとつにまとめようすると思うねん。主催者にとって不利益なこと、ってかいてあったやろ? 主催者にも触れられたくないところはある。そしてウチらの行動はそこを突ける。そういう意味や。ただ』
『それらをひっくるめて主催者の罠、って言う可能性もある、と。これはここで悩んでも答えは出ないけどね』

760No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:43:42 ID:AS3Yq5iQ0
『確かにそうですね。そうなると次は姫百合さんの手に入れた情報ですが』
『これはちょっと心当たりあるねん。実はな』
そういうと珊瑚ちゃんはハッキングのためのCDを手に入れた経緯を説明してくれた。
前参加者の遺品、だったらしい。
『前のこれがいつあったのかわからへん。でも、前回からセキュリティがまったく変わってないとは限らへんやん。時間掛ければこれでもいけたのかも知れんけど、主催者がそれより先に気づいたとしてもおかしない』
なるほど……
確かにそう考えると主催者が気付いたのは事実かもしれない。
『でも姫百合さん、それだと主催者が久瀬さんにそのことを教えたことに対して疑問が残るんじゃないかしら。そのことを久瀬さんが知らないのなら私達も気付かずに首輪を爆発させていたかもしれないのに』
ああ……確かにそれもそうだ。しかし……
『そうだね。でも、それで確定させるのはやっぱり危険だ。もう一度ハッキングするにしてもこれは珊瑚ちゃんに任せるしかないと思う』
『そうですね。わたしたちだけではどうやっても首輪の解除は出来ません。姫百合さん。お任せして宜しいでしょうか』
『あたりまえやんか。ウチが出来るんはこんくらいやもん』
そう言って微笑む珊瑚ちゃん。
――強いよな。やっぱり。
そういえば――
『珊瑚ちゃん、さっき何か言いかけてたよね。あれは?』
『ああそやね。もうええかな。うん。あのメール、ウチに送られてきたやろ? どうやってウチのこと特定したんかなーって』
「!!」
そうだ。その通りだ。あのメールは明らかに珊瑚ちゃん宛だ。でも久瀬は受け取り手が珊瑚ちゃんとは書いてない。にもかかわらずこのパソコンに送られてきた。と言うことは全てのパソコンに送ったと言うのか?そんなことをしたら綾香や岸田のような奴らが見る可能性が飛躍的に増えるのに? 久瀬は主催者側の人間だったのか? いや待て。そうとは限らない。相手が誰だか分からなくともハッキングをしたパソコンなら分かるのかもしれない。それなら説明は付く。いや待て。早計だ。それなら主催者だってそのパソコンは分かるはずだ。そして主催者は俺達の首輪から盗聴をしている。つまりそのパソコンの周辺にいる人間が誰か分かるはずだ。違うのか? では主催者が久瀬にパソコンを渡した目的は? ハッキングをした珊瑚ちゃんの首輪を爆発させない理由は? ああもう駄目だ! 頭の中で整理しきれない! 何で俺はこんなに馬鹿なんだ! ここで考えなくていつ考えるんだ!
「っ……」
柔らかな、感触。
珊瑚ちゃんが抱きしめてくれている。
ふっ……と楽になった気がした。
『皆で考えよ。な?』
黙って首肯する。
そうだ。元より俺一人で何とかできる問題じゃない。俺は俺に出来ることをするしかないんだ。

761No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:44:20 ID:AS3Yq5iQ0
『あの、つまり久瀬さんが全てのパソコンにこれを送ったと言うことですか? そんなことをしたら岸田みたいな人が見てしまうかもしれないのに』
『じゃあ久瀬さんは主催者側の人間で、姫百合さんを妨害するためだけにこのメールを送ったと言うことですか?』
『そうとはかぎらへんよ。どうしてもウチに連絡を取りたいから無理に送ったのかもしれへん。でも、それよりありそうなんが』
俺も書き綴る。
『ハッキングに使ったパソコンだけがばれている、って言う線だ。よね? 珊瑚ちゃん』
珊瑚ちゃんは頷く。
『でも、そうなると主催者だってそのパソコンが分かるはずなんだ。そして主催者は久瀬が持っていない情報も持っている。うん。そう。これだ』
久寿川先輩とゆめみさんが首に手を伸ばすのを見て肯定する。
『これのせいで俺達の会話、場所、生死が筒抜けになっている。そう考えて良いんだよね? 珊瑚ちゃん。だからつまり久瀬がパソコンの狙いを絞ってここだけに送ってきたんだとしたらそれは主催者にも出来るはずなんだ。そしてそのパソコンの周辺にいる人間もわかるはず。つまり珊瑚ちゃんのことが割れていると言うことになってしまうんだ。ここが俺にはわからない。全てのパソコンに久瀬が送ったんでないならどうして主催者は珊瑚ちゃんを放っておくんだ?』
久寿川先輩がペンを取る。
『もしかしたらどのパソコンか分かってもそのパソコンの場所が分からないんじゃないのかしら』
ああ……確かに。それはそれでありえそうだ。
『そうかもしれませんね。でも、そうなると他のパソコンも欲しいですね。他のパソコンに送られているかを見れば一目瞭然ですから』
『そうだね』
と、何かを考え込んでいた珊瑚ちゃんが書き出した。
『あんな、ウチ最初レーダーもっててん。そのレーダーなんやけどな、人の場所がわかるようなもんやったんや。多分この首輪。これが発信機かGPSになっとる。あのレーダーやと番号までは分からんかったんやけど、もし主催者もおんなじやったら』
『そうか。俺達がどれかわかんないから首輪を爆発させることが出来ないのか』
『と、思いたいんやけどな。盗聴機能がある上にあの放送のことを考えると、やっぱりわかってるって考えるほうが自然やと思う』
『えっ? でもそうなると主催者がわたし達をほうっておく理由が見つからないのですが』
『そこやねん。ウチら明らかに反主催者やのに、何でほっておかれとるんか。何でやと思う?』
それについて考え始めた時。
再び俺達の元にメールが届いた。

762No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:44:44 ID:AS3Yq5iQ0

『メールが届きました』
「!!」
また、届いた。
俺達から何も連絡は入れてないのに。
どういうことだ?
珊瑚ちゃんがパソコンを動かす。
件名は……『先程書き損じた事と他』
……書き損じ?
安心していいものだろうか。
しかし……
珊瑚ちゃんのほうをみる。
頷く。
久寿川先輩とゆめみさんも反対側で頷く。
そうだ。
見なければ進まない。
仕掛けるならさっきのメールで仕掛けているはずだ。
……さっきのメールと違う人間が書いた可能性もあるが。


『申し訳ありません。
まず先程書き忘れていたことをいくつか。
僕は何処とは知れぬ個室に監禁されています。
外にでることも外のことを知ることも殆ど出来ません。
私がいる部屋にはモニターがあり、そこに逐一その島の映像が送られてきます。
そして僕は定時放送、つまり午前・午後六時前になると寝ていても起こされ、放送の名前を読み上げさせられます。
それとあの兎の言った優勝者の望みを叶えると言う言葉。
あれは僕は嘘だと思っています。
またこのパソコンに入っている情報の一部を添付します。
それでは。』

763No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:45:29 ID:AS3Yq5iQ0



俺は即座に天井を仰ぎそうになって……何とか踏みとどまった。
今ここで天井を見たら俺達がこのメールを見たことが丸分かりになってしまう。
慌ててペンを取る。
『皆、これは』
『うん。迂闊やった』
『主催者の情報収集の手段が首輪一つと思ったのがそもそもの間違いでしたね』
『でもこれで主催者が私達を特定できていたのはまず間違いないと思うわ』
……待てよ。そうなるとこの盗聴対策も完全にばれていると言うことになるんじゃないのか?
『待って。それじゃあもう筆談の意味がなくなるんじゃないか?』
しかしそれには珊瑚ちゃんが間髪入れず答えてくれた。
『どやろ。この島広いし、カメラどんくらいあるんやろな。待ってて』
そう書き残すと珊瑚ちゃんはデイパックを取りに行った。
そして地図を取り出す。
『この地図10-10で区切られとるやろ? んで、大体半分くらいが陸やねん。色々歩いてきたかんじ、1マス2キロくらい。だから本当適当やけど大体200平方キロくらいになるねん。200平方キロにカメラおくとどんくらいいるんやろな』
久寿川先輩が声なき声を上げる。
そうだ。この教会一つだって死角を作らないようにカメラを置くんなら相当数必要になる。カメラの有効距離は決して広くない、筈。それこそ1000あっても1平方キロに5個平均になってしまう。
『ある程度ポイントを絞ってカメラを設置している、と言うことですか?』
『それは分からん。でも、島をくまなく覆うほどカメラを置いたらそれこそ見てる余裕なんてなくなると思う。それにいくらカメラでも室内である限り筆談の文字まで読めるほど精密なんは無いと思う。そんなおっきなレンズやったら簡単に見つかるやろうし、あってもウチらの身体で隠せばええしな』
『カメラは置いておくにしても、やっぱり主催者が私達を放っておく理由はなんなのかしら。私達なんか何しても覆せるわけない、って言う余裕?』
『うーん、単に主催者にとって看過できないものを掴むまで放置されているだけかもしれない。根拠は弱いけど』
『どちらにしても主催者の気分一つで簡単に殺されるって言うのは気分のいいものじゃないわね』
『それをいったらこんな島に閉じ込められてることなんて最悪に気分が悪いけどね』
『あの、もしかしたら爆発させるわけには行かない理由が何かあるんじゃないでしょうか』
『理由。何かあるかしら。私達を殺せない理由なんて』
『主催者側にも何かルールがあるのかもしれません。全くの想像でしかないのですが』
『もしかしたら、やけどな。爆発できんのかもしれん。希望的観測やけど、ちゃんと個別で爆発させるようなもんがあるとしたらこの島にその為の塔みたいなもんがないとおかしいもん。一番高いのはあの山やけど、あの山』
そこまで書いて、珊瑚ちゃんの手が止まる。
眼を閉じてしばし。
真剣な眼で再び書き綴る。
『瑠璃ちゃんといってん。頂上まで。でも、なんもなかった』
『じゃあ、主催者は任意で爆弾を爆発させることは出来ないんですか?』
『それはわからへん。あくまで希望的観測やし。でも、電波が届きにくいだけでも取れる選択肢は増えるはずや。電波は水でかなり減衰する。爆発されるタイミングがわかっとったらお風呂に飛び込むだけでももしかしたら何とかなるかもしれん。さすがに首輪は防水やろうけどな』
『凄いね珊瑚ちゃん。それが分かっただけでも十分すぎる収穫だ。ねぇ、皆。まだあのメールから読み取れることあるかな?』
『私はもうないわ』
『わたしももうありません』
『ウチももうおもいつかへん』

764No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:46:10 ID:AS3Yq5iQ0
『俺もだ。じゃああのメールに対してどう動くか。多分一番重要なところだ。ここを間違えると、多分死ぬ』
皆の顔に緊張が走る。
『俺は』
俺は……ここから先を書いていいのだろうか。
俺が一番守りたいと思っている人に全てを押し付けるような選択を。
一番……危険な……選択を。
『貴明』
手を握られた。
珊瑚ちゃんだ。
珊瑚ちゃんは俺が見てる前で文字を三つ重ねる。
『ええよ』
――お見通し、か。
僅かな諦めと大きな感謝でもって止まった手を動かす。
『どんな道を通るにせよ、誰も犠牲にしないつもりなら』
もう手は止めない。左手が勇気を伝えてくれる。
『最終的に珊瑚ちゃんにハッキングをしてもらうしかないと思う。首輪の爆弾の解除法、正しいにせよ間違っているにせよその判断は今の俺達では付けられない。それに、主催者共を殺すつもりならその情報もいる。脱出方法も探らなければならない。前回の参加者がいたと言うことは前にも同じような殺し合いがあったんだ。それを知るだけでも大きい筈だ。本当は爆弾を解除してからしてもらいたかったんだけど、最早それも叶わない。だったら』
「あ!」
久寿川先輩が急に声を上げる。
どうしたんだ?

765No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:46:33 ID:AS3Yq5iQ0
「あ……ご、ごめんなさい!」
「あ、いえ。大丈夫です。痛くないですから」
ゆめみさんナイス。
『ごめんなさい! ちょっと待ってて!』
そういうと先輩は立ち上がって……デイパックを取りに行った。
なんだ?
先輩はデイパックから何かを取り出す。
……スイッチ? と、紙。
楽になれます、ねぇ……
『見るからに怪しいねこれ。比喩でなく爆発しそうなくらい』
『私もそう思ったから今まで忘れてたんだけど。おまけに充電器もないし』
『わたしも始めて見ました』
『ごめんなさい。でも、今一つ目のメールで『ゲーム内には確かに首輪の解除を示唆したものはあり、それで解除なりするのは一向に構わない』って言うのでふと思い出したの。もしかしたらこれのことなんじゃないかしら』
『でも、これスイッチやで? スイッチが押した人を判別できるとは思えんけど』
『ってことは押されたスイッチから全方位半径数メートルの人全員とか?』
『どんな効果かは分からんけどそうかもしれへん』
『でも、これどうしましょうか?』
『そうよね。これの効果が分からないと結局は使えないし』
『あの、わたしが実験してみましょうか?』
『駄目だ!』
『貴明さん』
『やめてくれ。無駄に犠牲になるのは』
『無駄じゃありませんよ。このスイッチの効果が分かります』
『分かったところで充電器がないのなら使えないだろう。戦力が欠けるのも困る』
『貴明、ゆめみ』
珊瑚ちゃんが割って入ってきた。
『ええよ。そんなことせんで。なんもないよりましやん。どうせ今からハッキングやるんやから、首輪が爆発されそうになったら押せばええやん。運が良ければそれで助かるで。保険が入ったと思えばええよ』
『そう、ですね』
『取り敢えずハッキングの前に久瀬と連絡取ったほうがええかもな』
『そうだね。それで見えてくる事もあるかもしれない』
『じゃあ、いくで』


『メールを送りました』

766No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:47:39 ID:AS3Yq5iQ0







【時間:二日目20:00頃】
【場所:G-3左上の教会】

姫百合珊瑚
【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD】
【状態:決意。メールを送った。工具が欲しい】

河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリスカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリスカの予備弾(×10)】
 【状態:左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷・右足、右腕に掠り傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー】

久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】

ほしのゆめみ
 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
 【状態:胴体に被弾、左腕が動かない】

イルファ
 【状態:停止、激しい損壊、椅子に座らされている、左の肘から先が無い】

久瀬
 【場所:不明】
 【状態:主催者と戦う決意、珊瑚達に全てを託すつもり、パソコンに入っていた情報を小出しにして主催者の出方を伺う】
 
【備考:久瀬・珊瑚のパソコンの中に入っている情報は作内以外にもお任せ、ただし主催に関する情報は入ってはいない、一回目に久瀬が送った添付は参加者一覧表、二回目は各種島内施設概要】

767No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/25(日) 00:36:40 ID:/2nZ.tp60
忘れてた。
追加で
→758→772

768挺身:2007/03/25(日) 02:02:34 ID:8IppEzck0
僅か半日とはいえ、強固な信頼関係を結んだはずなのにその絆は脆かった。
長森瑞佳は豹変した月島拓也を前に呆然としていた。
瑠璃子に対する愛情は聞いていたが、正邪をひっくり返すほどのものだったとは。
(もう駄目。月島さんは狂ってしまった)
宵闇の中、それぞれの姿はもうほとんど見えない。
かろうじて影がわかる程度である。
ナイフを手に襲いかかる拓也と、かわしながら石を武器に反撃を試みる水瀬名雪。
体力からして名雪が力尽きるのは時間の問題であった。
名雪が殺されれば次は自分の番なのだ。

手探りで手ごろな石を拾い呼吸を整える。
過去二回命拾いしただけに、気持ちの切り替えは早かった。
(やっぱりわたしには月島さんを殺すなんて……でも、どうしたらいいの)
そのうちに「キャッ」という短い悲鳴とともに、名雪が転倒したのがわかった。
「このぉっ、分際を思い知らせてやる!」
「おにいちゃん、やめて!」
瑞佳が悲鳴を上げた直後、一条の照明が絡み合う二人を闇の中から浮かび上がらせた。
「ううっ、誰だ。眩しい」
照明の中心は確実に拓也の目に向けられる。
「女の子を放しなさい」
「はっ、その声……」
「そこの不良少年、聞こえませんか? 放しなさいと言ってるんです!」
押し殺したような女性の声。
次の瞬間、一発の銃声が響いた。

「う、撃つな! 放すからっ」
「お母さん! お母さんだね」
名雪は拓也を突き飛ばすと声の主へと駆け寄る。
そこには左手に懐中電灯を、右手にジェリコ941を手にした水瀬秋子の姿があった。

769挺身:2007/03/25(日) 02:03:49 ID:8IppEzck0
「よくぞ生きていてくれました。会いたかったわ……名雪」
「私何回も殺されそうになったんだよ。怖かったよ。命からがらずっと逃げ回っていたんだよ」
「名雪、持ってなさい」
秋子は感慨に耽ることもなく、名雪に懐中電灯を渡すと銃口を向けたまま歩み寄る。
「おばさん、待ってください。僕の話を聞いてください……くっ、だめだ」
相手が名雪の親だけに言い訳は通用しない。
毒電波を用いたが秋子にはまったく効かなかった。

「ナイフを渡してもらいましょうか。もう威嚇用に弾は使いたくないので警告はしません」
秋子は笑みを浮かべたまま、しかし冷ややかな声で話しかける。
座り込んだまま拓也は仕方なく八徳ナイフを放り投げた。
「うぐっ」
次の瞬間、拓也は蹴倒され地べたに転がっていた。
「両手を伸ばしなさい」
「するから……赦してください! ゴホッ」
「光陰矢のごとしというでしょ。命乞いなんて聞いてたら、おばあさんになってしまいますよっと」
「うあっ、あぁぁぁぁぁぁっっ!」
右の掌にナイフが深々と刺さっていた。
「まったくもう、悪い子ですね。名雪が受けた苦しみをたっぷりと味あわせてあげましょう」
「あぁぁぁぁぁぁっっ! やめてくれぇ! 許してくれぇ!」
秋子はナイフを抜くとすかさず左の掌を貫通させた。
名倉有里の時と同様、苦痛を味あわせた上で殺すつもりである。

「男の子だから……そうだわ、クルミ割りをやってみましょうね、ウフフフ」
足先で拓也を仰向けに転がすと楽しむように股間を踏みつける。
──つま先が睾丸を捉えていた。
「おばさん! 頼むからやめ……ぎゃああああああっ!」
危うく潰れかけたところを拓也は渾身の力を振り絞り、身をよじって逃れた。

770挺身:2007/03/25(日) 02:06:11 ID:8IppEzck0
瑞佳は名雪の力を借りるべく彼女を見た。
よくはわからないが名雪は楽しむようにニタニタと笑っているようだ。
(ああ、名雪さんまで狂ってる!)
思いつめた末、秋子の前に走り出る。
「お願いです。どうか──」
言い終わるよりも早く銃口が額に突きつけられていた。
「名雪、この方は?」
「長森瑞佳さん。私を助けてくれた恩人なの」
「これは娘がたいそうお世話になりました。ありがとうございます」
秋子は瑞佳の瞳をじっと見つめた。
悪企みとは無縁の純粋な心の持ち主の少女ということは聞かずとも解った。
「そこの極悪人、月島さんの従妹だそうだよ」
「えっ、いとこ?」
眼下の二人の関係が名雪と相沢祐一のことと重なり、戸惑いを覚える秋子。

瑞佳は俯き跪いた。
真面目なことで嘘をついたことがないため、嘘を通そうものなら顔に出てしまう。
名雪には義理の妹といってあるが、本当のことは伝えてない。
初めてながら真剣勝負の演技をするしかなかった。
顔が強張り背中を冷たいものが流れ落ちる。

「は、はい。そうなんです。どうか拓也おにいちゃんを赦してあげてください」
「何いってんの? 私達殺されそうになったんだよ。今殺さないでどうするの?」
「瑞佳ちゃん、これはどういうことなの?」
「おにいちゃん、放送でいってた優勝したら何でも願いを叶えるということを聞いておかしくなったんです」
つい先ほど前までは自分と名雪のためにかいがいしく面倒を見てくれた。
話せるところは正直に話して拓也を赦してもらうのが瑞佳の考えであった。
もちろん赦してもらったところで拓也が悔悛する見込みは殆どない。
境遇が折原浩平と似ていることから、拓也をなんとか助けたい──それが瑞佳の切実な願いであった。

771挺身:2007/03/25(日) 02:08:09 ID:8IppEzck0
「あなたには悪いけど、拓也さんには死んでいただかなければなりません」
しばし考えた末、秋子はきっぱりと言った。
「わたしが命をかけて説得しますから、もう一度おにいちゃんに悔い改める機会を与えてください」
「長森さん、そんなことしてたら命がいくつあっても足りないよ」
「名雪さんのお母さん、どうか命だけは助けてあげてください。お願いします」
瑞佳は引き下がらず懇願する。
「さてどうしましょ。ねえ、名雪」
目の前の少女の身内を処刑するとあって、秋子はどうしたらよいものか名雪を振り返る。
薄明かりに浮かぶ名雪は、一寸の迷いもく首を横に振った。

「おにいちゃん、あなたからもお願いしなさいよっ!」
拓也の胸倉を掴むな否や瑞佳は平手打ちをした。
「……瑞佳」
「ほうら、水瀬さんに謝るんだよ! 早くするんだよっ!」
夜の闇に乾いた音が何度も響く。
「……ごめんなさい。心を入れ替えますから、どうか赦してください」
拓也は痛みを堪えながら起き上がると、土下座して赦しを乞うた。
彼自身どこまでが本気がわからないが、この機会を逃すと助からないと判断したのである。

「わかりました。今回は瑞佳ちゃんに免じて赦してあげましょう」
必死の願いに秋子はついに折れた。
「おかあさん! 駄目だってば。月島さんは猫かぶってるんだよっ」
「私と名雪はここに来る途中にあったお寺に泊まります。瑞佳ちゃんもいらっしゃい」
「わたしは……もう暫くここにいます。おにいちゃんと話をした上で参ります」
「長森さん、あなた殺されるわよ」
「お気遣いありがとう。わたし頑張るから」
「馬鹿だよ、こんな極悪人を助けるなんて。私、あなたといっしょにいたかったのに……」
名雪は瑞佳をひしと抱き締め涙を流した。
「また会えるよ、きっと」

772挺身:2007/03/25(日) 02:10:25 ID:8IppEzck0
秋子は名雪の肩を借りながら闇の中へと消えて行った。
八徳ナイフとトカレフの弾倉は没収されてしまった。
「怪我、大丈夫? 止血しなきゃ」
デイパックから懐中電灯を取り出し、灯りを点ける瑞佳。
胸のリボンと右手に巻いていたリボンをほどき、拓也の両手に巻きつける。
「赦してもらってよかったね。しばらく手を上げてると血が止まるよ」
労いの言葉をかけた途端、左の頬に強烈な痛みが走る。
「ありがとよ、馬鹿な『妹』め。お前のお人よしには反吐が出るぜ」
言うなりまた殴りつけ、瑞佳をアスファルトに叩きつける。
怪我のためいくらか力は弱いが、それでも本気で殴られたため瑞佳は一溜まりもなかった。

「ねえ、もし願いをかなえてもらったとしても……あの兎が日常に帰してくれると思うの?」
「どういうことだ?」
「お約束の展開なんだよ。悪い人に何かのことで利用された挙句、最後は殺されてしまうんだよ。無事に帰してはくれないんだよ」
「そんな! ……でも、僕には瑠璃子が必要なんだっ」
「瑠璃子さんには及ばないけど、わたしじゃ駄目かな? わたしが付いていてあげるから……おにいちゃん」
瑞佳は肩で息をしながら悲しい眼差しで見つめる。
三発目を下そうとしたが、拓也は何を思ったかそれ以上はせず、鼻をすすりながら闇の中へと去って行った。

すべては徒労に終わった。
薄れ行く意識の中で瑞佳は命懸けの努力が水泡に帰したことを悟った。
(住井君、会えたらいいね。わたしももうすぐいくから待っててね)
夕方の放送で住井護の死を聞くも、悲しみを堪え名雪を励ますことに全力を尽くした。
ある意味、浩平よりも自分のことを大事にしてくれた住井。
彼に会えるならば、狼だろうがまーりゃんが現れようが怖くはない。
本来なら山の中で芳野祐介と運命を共にするはずだったのが、少しだけ遅れただけのこと。
心残りといえば、浩平に会えることなくこの世を去ろうとしていることだ。
(浩平、会いたかったよ。ぎゅってしてもらいたかった。どうか無事でいて……)

773挺身:2007/03/25(日) 02:12:18 ID:8IppEzck0
意識が途切れかかった途端、誰かに体が抱き起こされた。
「ごめんよ、瑞佳。僕が悪かった」
何があったか知らないが拓也は戻ってきた。
「おにいちゃん、わかってくれたんだね。ありがとう」
「瑞佳の優しさを、温かさを、愛を、僕はずっと感じていたいんだ。どうか死なないでおくれ」
地面に置いた灯りに涙を流す拓也の顔が照らし出される。
「もう大袈裟なんだから……恥ずかしいこといって──」
そこまで言いかけて唇が塞がれた。
軽いキスの後拓也は囁く。
「瑞佳とならこの苦境を乗り越えることができるような気がする。どうか僕のために生きてくれ」
再び唇を求められ、口腔を蹂躙されながら瑞佳はどこか安堵感に浸っていた。
(よかった。月島さんはまだわたしを必要としてるんだ)

だが次の言葉で現実に引き戻される。
「僕は寂しいんだ。寂しさを紛らわすためにも瑞佳のすべてを知りたい。だから……交わりたい」
「交わるって……どういう意味なの?」
「セックスだ。セックス! セックス! セックス! セックス! セックス! セックス!──」
「やめてぇっ!」
「ごめん。うっかり高揚してしまった。……でも、より絆を深めるためにもセックスをしたい。駄目かい?」
すがるような目つきに瑞佳は戸惑ってしまう。
「ごめんなさい。そこまでは……その、わたし、こういう体だから……後になってから考えようね」
「うん、今は一刻も早く治療をしなければな。さ、背中に乗って」
拓也は狂気に走る以前の優しい少年に戻っていた。

「手は大丈夫なの? ちゃんと握れる?」
「まだ痛むけど、手当てしてくれたからどうにか使えるよ。それよりも具合はどうかい? 苦しかったら少し休むけど」
「わたしのことを大切に想ってくれるのが何よりも励みになるよ」
先ほどの悪夢を乗り越えるかのように互いを気遣う少年と少女。
雨降って地固まるとはこのようなものであろうか。
瑞佳は揺られながら希望を胸に眠りに落ちて行った。

774挺身:2007/03/25(日) 02:14:13 ID:8IppEzck0
【時間:二日目・19:40】
【場所:D-8街道】 
月島拓也
 【持ち物:支給品一式(食料及び水は空)】
 【状態:両手に貫通創(止血済み)、睾丸捻挫、背中に軽い痛み。疲労】
 【目的:瑞佳の治療のため鎌石村へ】

長森瑞佳
 【持ち物:ボウガンの矢一本、支給品一式(食料及び水は空)】
 【状態:睡眠中。重傷、出血多量(止血済み)、衰弱】


【時間:二日目・19:40】
【場所:E-8上部街道】
水瀬秋子
 【持ち物1:ジェリコ941(残弾10/14)、澪のスケッチブック、支給品一式】
 【持ち物2:八徳ナイフ、トカレフTT30の弾倉】
 【状態:腹部重症(傷口は開いている)、出血大量、疲労大。マーダーには容赦しない】
 【目的:休養のため名雪を連れて無学寺へ】

水瀬名雪
 【持ち物:なし】
 【状態:疲労、マーダーへの強い憎悪】

 【関連:757】

775挺身:2007/03/25(日) 02:22:31 ID:8IppEzck0
訂正をお願いします。
水瀬秋子
 【持ち物1:ジェリコ941(残弾9/14)、澪のスケッチブック、支給品一式】

776狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:42:23 ID:nzSvzy/k0
静寂に包まれた夜の村を二人の少女達が走る。
前方を往く、つまり追われる立場にある宮沢有紀寧は、聞き耳を立てながら逃亡を続けていた。
自分の後を追う足音はただ一つ、柏木初音のものだけだ。
他の三人――藤井という男とその仲間達は、撤退したと考えて間違いないだろう。
それならば後は初音を殺害すれば、自分に降りかかる火の粉は全て払った事になる。
だが有紀寧は敢えてそれをしなかった。勿論初音に情けを掛けようなどとしている訳では無い。
ただ単に銃弾を温存したかっただけだ。コルトバイソンの銃弾は残り二つ、これ以上の消費は極力避けたかった。
包丁を用いて迎え撃つという手もあるが、接近戦などという危険過ぎる真似を行うのは馬鹿らしい。
となると残る選択肢は一つ、逃げの一手だ。自分は体力がある方ではないが、初音は大怪我を負っている。
このまま走り続ければ、程なくして振り切れるだろう。
初音は決死の覚悟で追ってきているようだが、こちらの知った事ではない。わざわざ決戦に応じるなど単細胞のする事だ。
放っておけばいずれ野垂れ死ぬであろう愚物相手に、貴重な弾丸を使う価値は欠片も無い。
そう考えて、有紀寧は走り続けていたのだが――
「はっ……はっ……はぁっ……」
大きく乱れる吐息、痛みを断続的に伝える事で肺が限界を訴える。
ノートパソコンやコルトバイソンはこの島で生き抜くに当たって大きな武器となるが、今はその重量が恨めしい。
(――しつこいですね……)
ほぼ無傷の自分がこんなにも一生懸命走っているのに、初音の気配は一向に遠ざかる気配を見せなかった。
終わりの見えぬ追走劇の末、有紀寧の体力は限界に達しつつあった。
有紀寧の誤算はたった一つ、初音に流れる鬼の血による力をまるで理解していなかった事だ。
初音も鬼の端くれ――片腕に致命的な損傷を受けている状態であろうとも、有紀寧程度の身体能力で引き離せる相手では無い。
とうとう観念した有紀寧が突発的に足を止め、振り向きざまに背後へとコルトバイソンの銃口を向ける。

777狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:43:04 ID:nzSvzy/k0
「――――!」
銃口を向けられ、初音もすぐに勢いのついていた体を押し留め、その場に静止する。
無理をして激しい運動を続けた所為で、左肘から先は言い訳程度にぶら下がっているだけであり、少し力を加えれば千切れそうな状態だ。
有紀寧は乱れる呼吸をゆっくりと整え、それから忌々しげに言葉を吐き捨てた。
「いい加減にして下さい……貴女のその傷ではすぐに治療をしなければ命に関わるでしょう。そこまでして早死にしたいんですか?」
「言った筈だよ。全てを失った私は止まらないって」
「……勝てると思っているんですか? その身体で銃弾を躱しながら距離を詰めれるとはとても思えません。
 貴女を殺すのは簡単ですが、私としては無駄に弾丸を消費したくないんですよ。ここは退いて頂けませんか?」
有紀寧は威嚇するように軽く銃口を上下させ、極めて冷淡な口調で言った。
すると初音は多くの血を失い青白くなっている唇を歪め、薄ら笑いを浮かべてみせた。
「そっか、有紀寧お姉ちゃんはここで弾を使いたくないんだね。だったら私がここで殺されちゃっても、少しは意味があるって事になるね?」
「……正気ですか?」
たった一発の弾丸を失わせる事と引き換えに、初音は己が命を散らそうとしている。
立っているのも辛い筈なのに未だに鋸を握り締めているその姿が、彼女の決意の固さをどんな言葉よりも雄弁に物語っていた。

778狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:43:37 ID:nzSvzy/k0
(さて――こうなった以上は確実に、一発で仕留めなければなりませんね)
強力な切り札であるコルトバイソンを使用する以上、銃弾の消費は一発で抑えたい。
一発目を外して二発目を使わざるを得なくなれば、初音を倒したとしてもこれから先の戦いが大きく不利になるだろう。
最悪の場合、二発共回避されて手痛い一撃を受けてしまう可能性すらもある。
ならばどうするか――
有紀寧は小さく溜息をついて、それからゆっくりと口を開いた。
「仕方ありません、ここで雌雄を決する事にしましょう。ですが一つだけ、貴方を殺す前にお教えしておきたい事があります」
「…………?」
有紀寧の顔に、微かに笑みが浮かび上がる。
良く言えば悪戯をする前の子供のような、悪く言えば計画を着々と進めている犯罪者のような、押し殺した笑みだった。
「――長瀬さんは、第三回放送の後に死にました。私がちゃんと殺しておきましたよ」
「……有紀寧お姉ちゃん、それは本当なの?」
初音の瞳に宿った明らかな動揺の色を見て、有紀寧は作戦の成功を確信した。
それから初音と出会ったばかりの頃の、優しい笑みを形作りながら言葉を繋いでゆく。
「あの人には苦渋を嘗めさせられた恨みもありますので、たっぷりと苦しめてから止めを刺してあげました。
 長瀬さんは最後まで――貴方を、馬鹿みたいに心配していましたよ。それなのに貴女はここで犬死にするんですから、あまりにも報われませんね?」
「祐介……おにい……ちゃん……うわあああああああああああっ!!」
初音が動物のような叫び声を上げながら一直線に向かってくる――そう、銃口の先から逃れる事すら忘れて。
人間とは錯乱してしまえば、ごく簡単な判断すらも誤るようになるのだ。
初音の精神を乱す方法は簡単、彼女にとって最早一番大切な存在となったであろう、長瀬祐介を用いて話を捏造すればよい。
「さようなら初音さん。貴女は十分に役立ってくれました」
初音はもう眼前に迫っている。有紀寧は引き金にかけた指に、静かに力を加えた。
 
   *     *     *

779狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:44:28 ID:nzSvzy/k0
「この音は……!」
夜の静寂を切り裂いて響き渡る銃声は、長瀬祐介の耳にも届いていた。
それは聞き覚えのある銃声――宮沢有紀寧が藤林椋の命を奪った時に聞いた、殺戮の鐘だった。
銃に詳しくない祐介でも聞き分けられるくらい、その音は近くから聞こえてきた。
有紀寧が銃弾を無駄に使用する愚を犯すなどありえない……戦闘が行われていると考えるのが妥当だろう。
勿論有紀寧が初音と戦っているとは限らない、例えばゲームに乗った者と殺し合いっている可能性もある。
だが何故か確信が持てた。今有紀寧と戦っているのは初音で……戦いは既に始まってしまっていると。
「初音ちゃん……お願いだ、無事でいてくれっ!」
民家の密集地帯を抜け、街道を越え、ひたすら音の出所を目指して駆け抜ける。
初音を探し始めてから二時間以上も走り続けた祐介の体力は、とうに限界を超えていた。
もうどれだけ走ったかも分からないし、戦いの現場に辿り着いた所で何が出来るかも分からない。
それでも走った。形振り構わず全力で、祐介は走り続けた。
やがて祐介の瞳に、闇夜の中に一つのシルエットが伸びているのが映った。
僅かな月の光に助けられ、その影の正体が何であるかはすぐに見て取れた。
「有紀寧っ……!」
祐介は足を止めて、冷笑を携えた人影――宮沢有紀寧を睨みつける。
数多の人間の命を踏み躙った絶対悪。祐介にとって有紀寧は、もう主催者以上に憎むべき対象となっていた。
殺人を重ねてきた少女が放つ、言葉では表せぬ身の毛もよだつ迫力。自分如きが敵う相手とは思えぬが、それでも祐介は有紀寧から目を逸らさない。
有紀寧は自身に向けられた殺意の眼差しを、余裕の表情で受け流す。
「ふふ、一足遅かったですね。もう――終わりましたよ」
「終わった、だって……?」
「ええ、そちらをご覧下さい」
有紀寧が指差した方向を追って、祐介が首を動かした。呼吸が止まるような思いだった。

780狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:45:23 ID:nzSvzy/k0
月明かりに照らされた冷たい地面の上。そこに形成された円状の、紅い水溜り。
その中央部に大きなゴミ袋か何かみたいなものが転がっていた。
祐介はその物体が何かを確認しようと少し足を進めて、そして自分の中の世界が崩れてゆくのを感じた。
「う……あ……初音ちゃあああああんっ!」
見間違えるはずも無い、祐介の探し人――初音がぐったりと土の上に倒れ伏せていた。
祐介が慌てて駆け寄り初音の身体を抱きかかえると、その胸から止め処も無く血が流れ落ちているのが見えた。
あの愛らしかった瞳は光を失い、どろりと濁っている。
儚げな白い肌は血で赤く染まり、胸の奥に赤黒い臓器が見え隠れしていた。
「うそ……だ……」
祐介が喉の奥から掠れた声を漏らした。
「初音ちゃん、分からないのかい? 僕だよ、祐介だよ。僕は初音ちゃんを助けにきたんだよ。
 あ、首輪の事なら心配いらないよ。どうにかなりそうなんだ」
初音の身体を支えながら、矢継ぎ早に言葉を続けてゆく。
「だからさ……、早く起きようよ。 やっと……やっと会えたんじゃないか。僕がずっと初音ちゃんを守る……から………、一緒に行こう」
だが、かつて祐介を優しく慰めてくれた少女の口からは、もう何の言葉も紡がれはしない。
「初音ちゃん……。お願いだから、目を開いてくれよーーーーーーっ!!」
数多くの悲劇を生み出した氷川村に、また一つ、悲痛な叫びが響き渡る。
視界がぐにゃりと歪んでいく。それでようやく祐介は、自分が涙を流しているのだと分かった。
続いて自分の意識すらも、段々と薄れてゆく。正常な思考能力は既に失われている。
どうしてこんな事になってしまったのか、祐介にはまるで分からなかった。
自分が死ぬのは、ある意味まだ許容出来る。強要された上での事とは言え、無実の人間を襲ったのだから。
だがこの子が……初音が何をした?彼女はとても心優しい女の子だった。
いつだって初音は自分よりも周りを第一に考え、その小さな身体で頑張ってきたのだ。
人に感謝されこそすれ、不当に命を奪われる謂れなど存在し得ない。
初音の人生は本当に尊い、何者であろうと奪ってはならないものだった。
それがただ一人の悪魔による身勝手な謀略で、完膚無きまでに踏み躙られてしまった。

781狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:45:56 ID:nzSvzy/k0
後ろであの女の声がする。
「……憎いですか? 悔しいですか? 『祐介お兄ちゃん』」
初音の胸に顔を埋めていた祐介が、ゆらりと幽鬼のように立ち上がり、涙に塗れた瞳で有紀寧を捉えた。
「お前の所為だ。お前みたいな生きる価値も無い外道の所為で、初音ちゃんがっ……!!」
祐介の頬を伝う涙。初音の血が混じり薄い赤色に染まったそれは、まるで血の涙のようだった。
有紀寧はその赤い涙に対して、コルトバイソンの暗い銃口を向ける事で応えた。
「貴方如きに銃弾を使うのは本来なら避けたいのですが、窮鼠猫を噛むという諺もありますからね。念には念を押させて貰います」
体力を消耗しきった祐介では、銃弾を躱すなどという芸当は到底無理だ。
コルトバイソンに装填されている最後の銃弾は確実に祐介を貫き、彼の抱いている想いなど意にも介さず全てを終わらせるだろう。
しかし祐介は武器も持たずにすっと目を閉じて、頭の中で『あの日の事』を思い出していた。

   *     *     *

782狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:46:37 ID:nzSvzy/k0
――月島拓也と対峙し、彼の毒電波によって精神を破壊されそうになったあの日。
自分はただ月島瑠璃子を救う事だけを願った。それを成す為のより強い力を願った。
その時に瑠璃子が教えてくれた、祐介の中に隠された最強の兵器。
もう二度と使う事が無い……憎しみと狂気の大半を失った自分では使える筈の無かったあの爆弾。
世界を燃やし尽くし、人という人を例外無くドロドロに溶かす最悪の狂気。
それは確かに、まだ自分の心の奥底に存在している。原型はとうの昔に完成させてある。
後はただ感情に――次から次へと溢れ出す、憎しみと狂気に身を任せるだけだ。
憎い憎い憎い憎い憎い憎いニクイニクイニクイニクイニクイ……!
全てが憎かった。宮沢有紀寧も、主催者も、初音にあんな仕打ちを与えたこの世界そのものも憎かった。
自分も憎かった。初音を守ると誓ったにも関わらず、結局何も出来なかった愚かな自分が。
みんな壊れてしまえばいい。瑠璃子も初音ももう死んでしまった。
初音を救えなかった自分に生きる資格など無いし、この世界にだって存在する価値など無い。
だってそうだろう?仮に首尾よく主催者を倒せたとしても、瑠璃子も初音も決して生き返りはしない。
彼女達が余りにも理不尽に命を奪われたのに、今この瞬間だって世界の至る所で人々は能天気に笑っているのだ。
そんなの、許せる筈も無い。こんなどうしようも無い世界など、壊れてしまえば良い。
初音や瑠璃子と同じように、みんな死んでしまえば良いのだ。
今自分の眼前には、一つの導火線がある。月島拓也と戦った時を遥かに凌駕する、圧倒的な爆弾の導火線だ。
誰かの為などと言う意識の混じっていない、純粋な破壊を願う狂気のスイッチだ。
祐介は一度だけ瑠璃子と初音の顔を思い出し――そして、全ての終わりを望んだ。

   *     *     *

783狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:47:45 ID:nzSvzy/k0
「くっ……これは……!?」
目を開くと、銃を取り落とした有紀寧が、何が起こったのか全く分からないといった感じの顔をしていた。
当然だろう、電波による攻撃を受けた経験なんて無いに違いないから。
祐介が生成した巨大過ぎる毒電波は、制限を受けてなお宮沢有紀寧の身体の自由を完全に奪い去っていた。
だがその程度で済んだ事実に有紀寧は感謝せねばならない。
今の祐介の毒電波は、制限さえ無ければこの島に存在する全ての人間を壊し尽くす程のものだった。
突然頭の中に侵入され、意識がある状態で身体の自由を奪われる恐怖は、実際に体験した自分が良く知っている。
祐介はにやりと歪んだ笑みを浮かべ、それから口を開いた。
「やっとお前の心を犯す事が出来たよ。これが、僕の力――『毒電波』だ」
「……毒……電波……?」
「そうだ。人の脳に侵入して、自分の思い通りに相手を操れる史上最悪の力さ。
 制限されていたから今の今まで殆ど使えなかったけど……お前のおかげで多少は使えるようになったよ」
有紀寧が否定しようと口を動かそうとした瞬間、祐介は電波の力を強めてそれを遮った。
「分かる……分かるよ。『何を馬鹿な……そんなの力が存在する訳無い』って言おうとしたんだよな。
 でも実際にお前の身体は動かない。それが僕の言葉が真実である、何よりの証明だろ?」
かつて自分がされたように嘲笑うような口調で告げると、有紀寧の顔が見る見るうちに絶望の色に染まっていった。
少し前まではまるで勝てる気のしなかった悪魔が、今はとても矮小な存在に思えた。

784狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:49:06 ID:nzSvzy/k0
祐介は鞄の中から金属バットを取り出すと、有紀寧の身体を操って転等させ――そして敢えて、電波の力を少し緩めた。
恐怖に歪んだ顔でこちらに視線を送る有紀寧に、弾んだ声で話し掛ける。
「僕はお前の言うように『お人好し』だからね、少し電波を弱めてあげたよ。これ以上は力を強めないから、逃げたきゃ逃げてみろよ」
「…………っ!」
有紀寧は体を動かして立ち上がろうとしたが、すぐにバランスを崩して転んでしまう。
ばっと顔を上げると、バットを持った祐介がゆっくりと自分の方へ近付いてきていた。
「ほらほら、早く逃げないとお前の頭を砕いちゃうぞ? それとも得意の悪巧みで何とかするつもりか?」
粘りっこく纏わりつくような、そんな重い声が有紀寧の耳に届く。
説得は無意味――祐介はどんな言葉を掛けられようも、決して止まりはしないだろう。
「――ぁ、うぁ……」
有紀寧は迫り来る恐怖から逃れる為に手足をバタバタと動かして、必死に地面を這った。
顔が地面と擦れ合い、口の中に苦い土の味が広がってゆく。
――時間など与えず即座に祐介を殺していればこんな事態にはならなかった。
有紀寧の心は、強い後悔と途方も無い恐怖で覆い尽くされていた。
「いいザマだな。その調子で芋虫みたいに這って、僕を楽しませてくれよ」
背後から何か声が掛けられたが、もう聞こえはしなかった。
死んだらどうなってしまうのだろうか。死後の世界?……馬鹿らしい、そんなものある訳が無い。
全ての人間は命を失えば等しく、蛋白質の塊となってしまうだけだ。
死は人間にとって完全な終幕――身内を失った経験のある有紀寧は誰よりもそれを理解しており、だからこそ死を異常に恐れていた。
(嫌……嫌だ……私はまだ……死にたくないっ……!)
有紀寧が涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、不恰好な匍匐前進を続ける。
程なくして、そんな彼女の脇腹を強烈な衝撃が襲った。
呻き声を上げる暇すらなく、有紀寧はその衝撃に吹き飛ばされて仰向けに倒れた。
空を仰ぐ有紀寧の視界に足を振り上げた祐介の姿が映り、それで自分は蹴り飛ばされたのだという事が分かった。

785狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:50:08 ID:nzSvzy/k0
「がはっ……げふっ……」
「僕なんて『如き』で表現出来るような小者なんだろ? 早く宮沢有紀寧様の大者な所を見せてくれよ。
 沢山の人をゴミみたいに扱ってきたお前ならそれくらい簡単だろ?」
痛み苦しんで、もがく有紀寧の腹を無造作に蹴り上げる。
「あぁ、うあああっ!」
有紀寧の口から次々と漏れる苦悶の声は、祐介にとって何よりの快楽だった。
腹を蹴るのを止めると見せかけて、次は左腕を思い切り踏みつける。
「ひぐぅっ!」
祐介の足に肉を踏み潰す嫌な感触が伝わり、有紀寧が奇声を上げた。
祐介は最後に有紀寧の髪を乱暴に掴むと、大きく拳を振り上げた。
相手の意図に気付いた有紀寧が、必死の形相で許しを請う。
「や、やめ――」
「駄目だね。お前も初音ちゃんの苦しみを味わってみろよ」
全力で振るわれた拳が有紀寧の頬に突き刺さり、歯を数本叩き折っていた。
本来身体を吹き飛ばしていた筈だった衝撃は全て頭皮に吸収され、大量の髪が有紀寧の頭から千切れ落ちた。
「…………っっ!!」
口の中に血が溢れているので、悲鳴を上げて苦痛を紛らせる事すら叶わない。
血反吐を吐きながら苦しそうに咳き込む有紀寧を見て、祐介は満足げに哂った。
「さて……本当なら月島さんがやったみたいに陵辱してから殺したいけど……。僕はまだまだやる事があるからね。そろそろ死んで貰おうか」
有紀寧を痛めつけるのは、祐介にとって人生最大の愉悦だったが、まだまだ殺すべき敵は残っている。
何しろ自分は参加者を全て殺し、主催者も殺し、世界も壊さなければならないのだ。
祐介はその第一歩を踏み出すべく、地面に落ちていたコルトバイソンを拾い上げて、有紀寧の額に押し付けた。
「た……助けて……」
息も絶え絶えといった様子で、有紀寧が助命を懇願してくる。祐介はそれを、一笑に付した。
「あの優しい初音ちゃんに対して、お前は何をやった? 僕がお前を許す訳が無いだろう」
余りにも見苦しい命乞いに、祐介はほとほと呆れ果てていた。
この世界でこれ以上有紀寧が生命活動を続けるなど、到底許容出来ぬ。
祐介がコルトバイソンの撃鉄を上げた後、大きな銃声が夜の氷川村に反響した。

786狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:51:06 ID:nzSvzy/k0
――銃声は祐介がコルトバイソンの引き金を絞る寸前に聞こえてきた。
それから一瞬遅れて、祐介は身体の数箇所に跳ねるような痛みを感じた。
コルトバイソンを取り落とし、地面にがくりと膝をつきながら横を見ると、金色の髪をなびかせた美しい白人女性が立っていた。
その女性の手にはコルトバイソンの数倍はあるであろう、大きな銃が握られていた。
あの銃から吐き出された銃弾が、自分の身体に、恐らくはもう助からない程の損傷を与えたのだ。
女性――リサ・ヴィクセンの手元にあるM4カービンが再び祐介に向けられる。
祐介はその銃口から逃れようとはせずに、自身に残された力を全て精神の集中に費やした。
腹の中で熱の感触が膨れ上がってゆく――気にしている暇など無い。
痛みにのたうち回るのも、初音の死体を弔うのも、死ぬのも、目の前の敵と有紀寧を屠った後で良い。
今は自分が持ちうる最強のカードを使用する事に全てを注ぎ込むんだ――!
「壊れろ……壊れろ……壊れてしまええええええっ!!」
一瞬で形勢された毒電波の塊を、リサに向かって乱暴に放出する。
回避も目視も不可能な電波の雪崩は一瞬でリサの身体を制圧するかのように思えたが、そうはいかなかった。
「く……あ……!?」
リサの身体を大きな脱力感が襲ったが――それ以上は何も起こらなかった。
「そ、そんな……こんな筈は……!」
再び電波の力を集めようとしたが、その前にリサの手元から強烈な閃光と轟音が放たれる。
祐介の胸から腹にかけて、複数の大きな風穴が開き、そこから血が噴き上げた。
上半身をくの字に折り曲げながら、祐介は思った。
時間が足りなかった――制限された環境下においては、一瞬で集めれる程度の電波くらいで敵の自由を奪えはしなかった。
朦朧とする意識の中で、しかし冷静に失敗の原因を分析した祐介は、再び電波のエネルギーを収集する。
もう身体の感覚は無いし、自分が呼吸をしているかさえ分からなかったが、問題無い。
最後の電波を生成する為に必要な、脳の機能さえ保てていれば十分だ。

787狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:52:38 ID:nzSvzy/k0
イメージするのは世界の崩壊、身を任せるのは熱くねっとりとした殺戮の衝動。
罅割れる大地、猛り狂う空、灼熱地獄のような炎の中、逃げ惑う愚民共の姿。
妄想の世界の中では神である自分が描いた爆弾によって、民衆が次々と溶けてゆく。
彼らの悲鳴と懇願を無視しながら、自分は最後の爆弾を放つのだ。
――祐介がそこまで想像した時には、十分過ぎる程膨大な電波が集まっていた。
「ア……ア……アアアァァァァッ!」
今度こそ膨大な量の電波に飲み込まれ、リサの身体は完全に制御を失っていた。
もう祐介の筋肉はその機能を果たさなくなっているので、相手を停止させるだけでは意味が無い。
残された手段はたった一つ、リサの身体を操って有紀寧を殺した後に自害させるのだ。
だがそこまで考えた時、祐介は突然喉に異物が侵入してゆく感触を覚えた。
(…………ッ!?)
奇跡的にまだ機能を維持していた祐介の瞳に、包丁を構えた有紀寧の姿が映った。
その顔にはいつものような余裕の笑みは無く、戦慄に引き攣っていたが――ともかく自分は、負けたのだと分かった。
恨みを籠めた言葉の一つでも浴びせたかったが、切り裂かれた喉からはひゅうひゅうと、耳障りな音が発されるだけだった。
(初音……ちゃん……)
横を見ると、初音の見開かれた目が自分の方を向いている気がした。
(初音ちゃん、初音ちゃん、初音ちゃん……!ごめんよ……僕は……)
もう電波を生成する時間も余力も、自分には残されていない。
祐介が最後にイメージした世界は、自分と初音の、二人だけの世界。
その世界の初音は穏やかな、信じられないくらい穏やかな表情をしていた。
――僕は結局、最後まで何も出来なかった。ごめんね、初音ちゃん……。
――ううん、良いよ……気にしないで。
――でもっ……!
――あんな世界なんて、もうどうでも良いじゃない。それよりこっちの世界で、楽しくやろうよ。
――……そうだね。僕もあんな世界、どうなったって構いはしないよ。
――うん。それじゃ、行こっか?
差し出された初音の小さな手を取って――そこで、もう一度銃声が響き、彼の世界は終わった。

788狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:54:16 ID:nzSvzy/k0
    *     *     *

「…………」
「…………」
宮沢有紀寧とリサ・ヴィクセンは無言のままに、祐介と初音の死体を眺め下ろしていた。
何処にそんな力が残っていたのか、祐介は地を這うように移動して、しっかりと初音の手を握り締めたまま息絶えていた。
そう、息絶えている筈だ。リサが放った銃弾は確かに祐介の後頭部を破壊し、疑いようも無く殺害せしめた筈なのだ。
それでも次の瞬間にはまた狂気の力を放ってくるような気がして、二人共何も言えなかった。
地面に横たわる少年の、何も映さぬ漆黒の瞳。それが何よりも恐ろしかった。


【時間:2日目19:45】
【場所:I−7】
リサ=ヴィクセン
【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】
【状態:精神的に疲労、肉体的には軽度の疲労、マーダー、目標は優勝して願いを叶える。一路教会へ】

宮沢有紀寧
【所持品①:参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(2/6)】
【所持品②:ノートパソコン、包丁、ゴルフクラブ、支給品一式】
【状態:肉体精神共に疲労、前腕軽傷(治療済み)、腹にダメージ、歯を数本欠損、左上腕部骨折】

789狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:55:10 ID:nzSvzy/k0
長瀬祐介
【所持品1:コルトバイソン(1/6)、100円ライター、折りたたみ傘、金属バット・ベネリM3(0/7)・支給品一式×2、包丁】
【所持品2:懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手】
【状態:死亡】

柏木初音
【所持品:鋸、支給品一式】
【状態:死亡】

→764
→773

790名無しさん:2007/03/26(月) 20:15:52 ID:nzSvzy/k0
>>780
以下のように訂正お願いします、お手数をおかけして申し訳ございません
>月明かりに照らされた冷たい地面の上。そこに形成された円状の、紅い水溜り。
      ↓
空を覆う雲の間より漏れる月明かりに照らされた、冷たい地面の上。そこに形成された円状の、紅い水溜り。

791世界で一番綺麗な場所へ:2007/03/28(水) 15:19:09 ID:oXLpm9G.0

思うさま叩きつけた拳にこびり付いた血と鼻汁を、次の一人の腹に正拳を捻じ込むことで拭き取る。

「―――二百と、十八」

淡々とした声。
身体をくの字に曲げた眼鏡の少女、砧夕霧の無防備な首筋に肘を落としながら、松原葵はカウントを一つ増やす。
腕を折ろうと膝を砕こうと蠢き続ける夕霧に対して、葵が見出した最も簡易な対処法は、頚骨を砕くことであった。
延髄を破壊してしまえば、さしもの夕霧も生命活動を止める。
頭蓋を砕くよりも、頸を折る方が早かった。

葵が歩を進める。
身を沈め、右の脚を鞭のようにしならせて繰り出す。
相手の足を刈るような水面蹴り。
重心を強引にずらされ、夕霧が綺麗に横転する。
倒れた夕霧を、何の感情も浮かべない瞳で見下ろして、葵は足を踏み出した。
震脚。何気ない動作に全体重を乗せたその踏み込みに、夕霧の喉がひとたまりもなく弾けた。
けく、と空気の抜ける音を残して、夕霧が息絶える。

「二百十九」

呼吸すら乱さず、葵が次の夕霧を殺すために視線を動かした。
その先には、にたにたと笑みを浮かべた夕霧がいる。
空虚な笑みを、その命ごと破壊するために、葵が拳を振るった。

792世界で一番綺麗な場所へ:2007/03/28(水) 15:19:42 ID:oXLpm9G.0

瑠璃子と呼ばれた女の足取りを追うのは、容易かった。
葵の行く先には、常にどこからともなく砧夕霧が現れていた。
それが瑠璃子の差し金であることは疑いようがなかった。
何となれば、葵の前に姿を見せた夕霧は、一様に同じ表情を浮かべていたのである。
どろりと濁った瞳に、張り付いたような中身のない笑み。
見紛いようもない、瑠璃子と呼ばれていた女の浮かべていたものと寸分違わぬ表情だった。

まるで葵を誘うように、夕霧は現れた。
そのすべてを殺し、砕き、壊しながら、葵は歩き続けていた。
拳に死を纏う、それは道行きであった。



松原葵は死ぬべきだと、葵は思っている。
悪に敗れた拳に、存在意義などありはしなかった。
暴力に屈した強さなど、辱められ、絶望の中で死ぬべきだと、そう思う。

瑠璃子と呼ばれた女は、葵を辱め、そして去った。
ならば、あとは絶望の中で死ぬことだけが、葵に残された道だった。
それが、松原葵の奉じる強さの末路であるべきだった。

だが、葵は生きている。
殺されず、生き恥を晒している。
ならば自らの手で死のうと思い、そして果たせなかった。
恐怖ゆえにではない。未練ゆえにでは、断じてない。

ただ、足りなかった。
己を埋め尽くし、塗り潰すだけの絶望が。
見上げた空には一片の希望もなかったが、絶望もありはしなかった。
虚ろな灰色の空が、ひどく近く思えて、手を伸ばした。
何一つ、掴めなかった。

死ねなかった。
絶望もなく、悲嘆もなく、身を切るような悔恨もなく、こんなに虚ろなままでは死ねないと、
死んではいけないと、思った、
もっと、もっともっと、絶叫と涙に塗れて、あらゆる後悔に苛まれながら、死ぬべきだと思った。

だから、瑠璃子と同じ表情の少女たちが現れたとき、葵は微笑みすらしたものだ。
これが慈悲かと、目にはうっすらと感謝の涙を浮かべながら、最初の一人を殺した。
道は、続いていた。絶望という救済へ続く道を、瑠璃子は残しておいてくれたのだ。
終末は、完成された死だった。
己が命を弄びながら、松原葵は夕霧を殺していった。

793世界で一番綺麗な場所へ:2007/03/28(水) 15:20:01 ID:oXLpm9G.0

眼前が、開けていた。
鎌石小中学校。傍らのプレートには、そう刻まれていた。
門をくぐれば、そこは校舎に囲まれた中庭のようだった。
中央には噴水が配され、休み時間ともなれば学徒たちの憩いの場となるのだろう。
だが、今そこに立っているのは前途洋々たる子供たちではなかった。
虚ろな笑みを浮かべたまま、中庭を埋め尽くしていたのは、砧夕霧の大軍勢である。
それを見やって、嬉しそうに笑うと、松原葵はそっと呟いた。

「―――殺してもらいに、来ました」

瞬間、すべての砧夕霧が、葵に目掛けて殺到していた。
葵もまた、応えるように、拳を固めて走り出した。

殺意なき殺戮が、始まった。

794世界で一番綺麗な場所へ:2007/03/28(水) 15:20:14 ID:oXLpm9G.0


 【時間:2日目午前10時30分過ぎ】
 【場所:D−6 鎌石小中学校・校門】

松原葵
 【持ち物:支給品一式】
 【状態:空虚】

砧夕霧
 【残り27328(到達0)】
 【状態:電波】

→628 ルートD-2

795困惑:2007/03/29(木) 14:35:41 ID:LhiNRSkE0
広瀬真希が示してみせた見覚えのあるロザリオを、みちるがじっと凝視する。
「……それは美凪がつけてたペンダント?」
「ええ……そうよ」
沈痛な表情で、真希が答える。少し遅れて、一人、また一人と顔を歪めていき、場が静まり返った。
岡崎朋也とみちるだけが場に流れる空気の意味を理解出来ず、きょろきょろと辺りを見回している。
古河秋生は苦々しげに大きく舌打ちをした後、真希と北川潤に向かって手招きをした。
「おめえらは敵じゃなさそうだな。となりゃいつまでもここで話してる事も無いだろ……中に入んな」
「オッサン?」
続けて何かを言い掛ける朋也。それを遮って、秋生が小さく耳打ちをする。
「――覚悟はしとけ。多分、悪い話を聞かされる事になる」
「え……?」
呆然と立ち尽くす朋也にはもう構わずに、秋生は家の中へと踵を返して歩き出した。

居間に戻るとある者は床に、ある者は椅子に腰掛け、緊張を解いてゆく。
そんな中で唯一朋也だけは、構えこそ解いているものの、銃は握り締めたままだった。
その姿がちらっと目に入り、北川はごくりと唾を飲み込んだが、すぐに口を開いた。
「――じゃあ説明するぞ。なんで俺達がみちるちゃんを知ってたか……。そして、みちるちゃんを探していた理由を」
北川は話し始めた。まずは広瀬真希と――遠野美凪の出会い。この時点で既に、みちるの外見的特長は聞いていた。
そして、藤林杏を襲っていた柊勝平との一戦。
完全に狂気に取り込まれていた勝平の様子と最期を語ると、朋也が思い切り床を殴りつけた。
「畜生! なんでアイツ、こんなクソッタレゲームに乗っちまったんだ!」
その剣幕の凄まじさに、全員黙り込んでしまう。だが程なくして朋也は我に返り、「……すまん、続けてくれ」と言った。
続けて語られるは相沢祐一達との別れ、ホテルで知った前回大会についての事項と、その後に起こった悲劇。
このみが殺された理由は未だ分からないままだが、とにかく首輪に爆破機能が付いてる事は証明されてしまった。

796困惑:2007/03/29(木) 14:37:19 ID:LhiNRSkE0
それから――
「あの、何してるんですか?」
「うーん、ちょっとな」
古河渚の問い掛けに生返事をしながら、北川が紙に鉛筆を走らせてゆく。
渚達がその紙を覗き込むと、そこには驚くべき内容が書かれていた。
『俺達は二日目の夜明けと共に平瀬村工場に行って、そこで知ったんだ――盗聴されている事を』
「え――」
大きく声を上げそうになった渚の口を、済んでの所で秋生が塞ぐ。
北川はぐっと親指を立てた後、紙に続きを書き始めたが、その動きが途中で止まった。
『工場を出た後、俺達は柏木千鶴と柏木耕一にいきなり襲われて、それで……』
北川はみちるの方を見て、奥歯を強く噛み締める。
「…………?」
不思議そうな瞳でみちるが視線を返したその時、彼らの耳に三回目となる放送が届いた。




――重苦しい空気が流れ、静寂が部屋の中を包み込む。放送が終わった後、誰もが俯いてしまっていた。
それ程に今回の放送は各自に大きな精神的ダメージを与えていた。

797困惑:2007/03/29(木) 14:37:59 ID:LhiNRSkE0
「何だよこれ……。アイツラみんな、死んじまったってのか……?」
朋也の知人、相良美佐枝、藤林椋、一ノ瀬ことみ、芳野祐介、幸村俊夫。彼女達はもうこの世にいない。
美佐枝は面倒見の良い人間だったから、きっとこのゲームの中でも誰かの世話を焼いていただろう。
椋は大人しい女の子だったが、根はしっかりしている。自分から人を傷つけようなどと、する訳が無い。
ことみは……頭が良過ぎて行動は予測出来ない。しかし彼女なら、常人の想像など及ばぬような方法で脱出を企てていた筈だ。
芳野祐介や幸村俊夫だって、殺人者になった末に死んだとはとても思えない。
ならば答えは一つ、彼女達は何も悪い事はしていないのに、理不尽な暴力で命を奪われてしまったのだ。
(クソ……クソクソクソッ! ふざけんなよ……!)
大きな喪失感と彰に抱いた以上の憎しみで、朋也の理性は弾け飛ぶ寸前だった。
再び復讐鬼としての道を歩む為に、今すぐ家を飛び出したい衝動に駆られたが、そこで声が掛けられる。
「朋也君、落ち着いてください……。きっと死んじゃった皆は復讐なんて望んでいません」
「けどっ……!?」
朋也が反論しようとした矢先、彼の胸を柔らくて暖かい衝撃が襲った。
渚が上半身を少し倒して、朋也の胸に顔を埋めていた。
「渚……?」
「――私さっき怖かったんです」
渚の声は、何時に無く震えていた。
「朋也君が人を殺しに行ったって、死んじゃうかも知れないって聞いて、凄く怖かったです」
「…………」
渚の顔は下を向いていたが、どんな表情をしているかは想像に難くない――朋也の服に染み込んだ暖かい液体が、彼女の心境を教えてくれた。
「お母さんはもう死んでしまいました。お願いですから朋也君まで……居なくならないで下さい」
「……ごめん」
朋也はそれだけ言うと両腕を伸ばし、渚の肩を抱きしめた。
(そうだ……これ以上俺が暴走する訳にはいかない。復讐心は殺人者と出会うその時までとっとけば良い。
 今はこいつを……渚を守る事だけを考えるんだ……)
とてもか細いその身体の感触が、胸に伝わる体温が、朋也の心に落ち着きを取り戻させていった。

798困惑:2007/03/29(木) 14:38:56 ID:LhiNRSkE0
   *     *     *

今回の放送では、北川の知人も多く名前を呼ばれてしまった。
ホテルや平瀬村で出会った仲間達からも沢山の犠牲者が出ていたが、それ以上に重い存在の死で北川の心は一杯になっていた。
「相沢……お前逝っちまったんだな……」
あの祐一が殺された。それは北川にとって、にわかには信じ難い事実だった。
祐一の土壇場での行動力は自分などとは比べ物にならない。仲間も、別れた時点では沢山居た筈だ。
だが放送で名前を呼ばれてしまった以上、祐一の死を疑う余地は存在しない。
目の前で掛け替えのない仲間を失った経験のある北川は、取り乱したりはしなかった。ただ――
(もうアイツとつるんで、馬鹿やれた時間は戻ってこないんだな……)
完全に喪失した日常を思うと、胸の奥がずきんと痛んだ。
「川名先輩や藤田も死んじゃったね……」
真希が横から話し掛けてくる。彼女は涙こそ流していたかったものの、とても悲しそうな顔をしていた。
「これが夢だったら良かったのにな……」
「そうね。潤と出会えなくなるのは嫌だけど、あたしもそう思うよ……」
この島で芽生えた絆だって確かにある。北川が真希や美凪と築いた絆は、親友の祐一とのそれにも匹敵する。
それでも人が余りにも沢山死に過ぎて、失う物が多過ぎて、二人はこの悪夢が醒める事を願わずにはいられなかった。

   *     *     *

799困惑:2007/03/29(木) 14:40:00 ID:LhiNRSkE0
「ちっ……もう謝る事すら、出来なくなっちまったな……」
抱き合う朋也達を横目で見ながら、秋生が一人小さな声で呟く。
霧島聖は死んだ。霧島佳乃を守れなかった侘びを入れるのは、もう永久に不可能となった。
秋生はやり切れない気持ちになったが、すぐに感傷に浸っている場合では無いと思い直す。
過ぎ去った事に思いを馳せても人は生き返らない以上、ここで心を痛めていても何も変わらない。
今は最年長の自分が、悲しみに支配されたこの場を纏めなくてはならないのだ。
「……落ち込んでるトコ悪いが、ちょっと聞いてくれるか」
秋生の声に、一同の視線が集中する。
「皆色々思う所はあるだろうけど、頭を悩ませるのは生きて帰ってからにしてくれ。非情なようだが、今俺達が考えるべきはこれからの事だけだ」
それは揉めるのも覚悟の上で行った、冷たい言い草の発言だ。
しかし秋生の予想に反して、誰も突っかかってこようとはしなかった。
生き残った者に課せられた義務は何か、この島で生き延びるには何が必要か、もう誰もが分かっているのだ。
北川がまた紙に文字を書いて、それから真希の手を引いて立ち上がった。
「まずは食事にしよう。腹を膨らませた方が良いアイデアも浮かぶってもんさ」
そう言い残して北川と真希は台所に消えていった。すぐに秋生達は残された紙に目を通す。
『いきなり悪いな……。でも俺達は、みちるちゃんにハンバーグを作ってやってくれと、美凪から頼まれてるんだ。
 伝えたい情報は大体鞄の中に入ってる紙に書いてあるから、それを見ながら待っててくれ』
北川の鞄を漁ると、長々と情報が書き綴られた紙が入っていた(教会での情報交換の際に使用したものである)。
それによると、首輪を解除し得る技術と装備を併せ持った――姫百合珊瑚とその仲間が平瀬村周辺の何処かにいる。
そして宮沢有紀寧こそがロワちゃんねるに偽の書き込みをした犯人であり、最も警戒すべき敵の一人だという事実だった。
(宮沢……お前まで殺し合いに乗っちまったのか……)
自分の知る有紀寧とは大きく逸脱した行動に、朋也は強い怒りを悲しみを覚えていた。
もう憎悪に身を任せはしないが、沸き上がる感情だけは自制しようも無い。
大きく深呼吸をして気を落ち着けた後、思考を纏めようとして――みちるの様子がおかしい事に気付いた。

800困惑:2007/03/29(木) 14:41:31 ID:LhiNRSkE0
「みちる……?」
みちると美凪がとても親密な関係であったのは聞いている。
だから朋也は、みちるが泣き崩れているものだとばかり思っていた。
年端もいかぬ少女が大切な存在を失ったら、悲しみを抑えきれないだろうと、そう考えていた。
しかし朋也が視線を動かした時、みちるは泣いてなどいなかった。
「そんな……筈無い……だってみちるは美凪の夢なんだから…………」
みちるは焦点の定まらぬ目をしたまま、ぶつくさと理解出来ぬ事を呟いている。
「おいみちる、どうしたんだよ?」
「……美凪が死んだら……みちるも消えちゃうに決まってるのに……」
朋也が話し掛けても、みちるはこちらを見ようともしない。まるで二人の間に、透明な壁があるかのようであった。
どう対応すれば良いか検討もつかなくなり、朋也の思考は混乱の一途を辿っていった。

【時間:二日目・18:30】
【場所:B-3民家】
古河秋生
 【所持品:S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
 【状態:情報を整理中、左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流】
古河渚
 【所持品:包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、他支給品一式】
 【状態:情報を整理中、左の頬を浅く抉られている(手当て済み)、右太腿貫通(手当て済み、痛みを伴うが歩ける程度に回復)】
みちる
 【所持品:セイカクハンテンダケ×2、他支給品一式】
 【状態:呆然、混乱】
岡崎朋也
 【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:混乱。マーダーへの激しい憎悪、全身に痛み(治療済み)。最優先目標は渚を守る事】

801困惑:2007/03/29(木) 14:42:22 ID:LhiNRSkE0
北川潤
 【持ち物①:SPASショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:スコップ、防弾性割 烹着&頭巾(衝撃対策有) お米券】
 【状況:真希を手伝う。チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)×2】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、包丁、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:ハンバーグ作成中。チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】

※北川達は珊瑚が教会にいる事までは知りません
→634
→747
→767

802後悔:2007/03/30(金) 21:31:50 ID:ZLJdWx7c0
緒方英二、そして篠塚弥生――それぞれの想いを吐露し、二人は対峙する。
数少ない元の世界からの知り合いなのに、二人が協力する事はもう未来永劫あり得ない。
少しでも何かが違っていたら、こうはならなかっただろう。
森川由綺が死にさえしなければ、弥生は殺戮の道へと身を投じなかった。
英二が街道沿いのルートを選ばなければ、このような窮地に追い込まれはしなかった。
だが運命の歯車は確かに噛み合ってしまい、二人に決着を強要する。
空を覆い尽くす暗雲は、彼等の行く末を暗示しているかのようであった。
守る為に、殺す為に、十メートル程の間合いを取って、互いの身体に銃口を向ける。
今の状況は両者にとって最大の好機であると共に、絶体絶命の危機でもある。
このまま攻撃するだけでは確実に撃ち殺されるし、回避を優先すれば機会を逸してしまうだろう。
ならばどうするか――決まっている。二つ纏めて行えば良いのだ。
「さあ――ラストダンスといこうか?」
「ええ、お相手させて頂きます」
瞬間、二人は動いた。
英二は銃を放つと同時に横へ飛び退こうとし、弥生もまた同じ行動に出る。
少し遅れて英二の肩が、弥生の左腕が、夥しい鮮血と共に大きく抉られた。
「うぐぁっ!」
「え……英二さんっ!」
後ろから観鈴の悲鳴が聞こえてくる。
跳ねるような激痛に悶絶しそうになりながらも、英二の目は戦意を失っていない。
大地を蹴り上げて、強引に体勢を整える。
英二は左方向にいる弥生へと、視線を向け――視界の隅で、自身の左肩から白いモノが見え隠れした。
しかしそんなものに気を取られている時間は、一秒たりとも存在しない。
怪我の痛みも不安も思考から排除し、今は弥生を倒す事だけに全ての意識を集中させる。

803後悔:2007/03/30(金) 21:33:16 ID:ZLJdWx7c0
それでも武器に秘められた威力の差か――先のダメージから立ち直り第二激を放つのは、弥生の方が早かった。
弥生の構えたFN Five-SeveNが轟音と共に火花を噴く。
(観鈴君を無事に帰すまで……僕は死ねないんだっ!)
英二は横に転がり込む事で、襲い掛かる一撃から身を躱そうとする。
背中に思い切り殴られたような衝撃が伝わったが、何とか直撃だけは避けられた。
出来の悪いアクション映画のように地面を転がりながら、ベレッタM92の引き金を立て続けに引く。
両者の距離はかなり近いが、素人では派手に動きながら的を射抜くのは困難――だからこそ、『数撃てば当たる』という作戦を実行した。
放たれた弾丸は四発。その内の三つはあらぬ方向へ飛んでいったが、一発は弥生の左足大腿部を貫いた。
「がっ……!!」
脳が焼け付くような激痛を感じ取り、弥生は小さな呻き声を上げた。
自身の闘志とは無関係に身体が揺れ、膝が地面についてしまう。
腕から、足から、雪崩の如く血を流しながら、それでも弥生は顔を上げて再び戦おうとする。
ただ一つの目的の為に――森川由綺を生き返らせる為に、立ち上がろうとする。
そんな弥生の姿を哀しげな瞳で見据えた後、英二はすっと身体を起こした。
肩を伸ばし、腕を持ち上げて、ベレッタM92のトリガーを引き絞る。

804後悔:2007/03/30(金) 21:34:56 ID:ZLJdWx7c0
――そして、弥生の腹部を中心に、花火のような形で大量の血が舞った。
(ここまで……ですか……)
弥生の視界が、白色の薄霧で覆われてゆく。
意識がどんどんと、希薄になっていく。
まるで走馬灯のように――否、事実走馬燈なのであろうが、次々と視界の中に見知った顔が浮かんでゆく。
あのお節介な医者、霧島聖。もし『あの世』で会う機会があれば、謝りたい。
別れ際の、呆然とした顔をしている藤井冬弥。意志は弱いけれど、優しい青年だった。
見捨てた自分が言えた義理では無いが、彼には生き続けて欲しいと思う。
死が目前に迫ってようやく、これまで押し隠していた素直な感情が溢れ出していた。
しかしその次に浮かんだ顔が、弥生に最後の活力を与える事となる。
この島では結局会う事の出来なかった、森川由綺。彼女の顔が浮かんだ瞬間、弥生の決意が蘇った。
ここで自分が死ねば、由綺は生き返らない。それだけは自身の誇りに賭けても、絶対に避けねばならない。
自分の身体が限界であろうとも、知った事ではない。
英二の道こそが正しく、自分の選択が間違いであろうとも、関係無い。
絶対に勝つ。殺して殺し続け生き延びて、由綺を取り戻してみせるのだ。
その為にはまずこの薄れていく意識をどうにかして、現実に押し留めなければならない。
「く……ああああっ!」
「――!?」
これまで冷静を保っていた英二の顔が、驚愕に大きく歪む。
弥生はボロボロになった左腕に残された筋肉を総動員して、自身のもう用を足さなくなった左足にベアクローを突き刺したのだ。
絶叫を上げたくなる激痛に襲われるが、その痛みこそが弥生の意識を現実世界へと引き戻した。
右腕に持ったFN Five-SeveNの銃口をすっと上げて、英二の胸をポイントする。
弥生の光を半分失った、しかし強い意志だけはまだ内に込めた瞳が、英二の目を睨み付けた。
これだけは――この一撃だけは、絶対に外さない。
「しまっ……!」
英二が咄嗟に身を低くしようとするが、それよりも早く破壊を齎す銃声が響き渡った。

805後悔:2007/03/30(金) 21:37:38 ID:ZLJdWx7c0
「英二……さん……?」
観鈴の瞳は、決着の一部始終を逃さず捉えていた。
「観鈴……君……少年…………芽衣ちゃん……すまない…………」
小さな呟きの後、英二の口から膨大な血の塊が吐き出される。
胸から鮮血を吹き出しながら、英二の身体がゆっくりと前方へと傾いてゆく。
そのままドサリと地面に倒れる様は、まるで国崎往人が殺されたシーンを再生しているかのようであった。
英二の身体を中心に、街道の土が赤い死の色へと染まっていった。

   *     *     *

……勝った。
酷い手傷を負い、もう立ち上がる事さえ満足に出来そうも無いが、とにかく勝った。
「つっ……くぅ……」
身体の至る所から、弥生の意識を奪い去らんとする激痛が伝わってくる。
大量の出血により意識が混濁し、視界が壊れかけのテレビのように点滅する。
だが気絶する訳にはいかない。まだまだ自分の戦いは、これで終わりでは無いのだ。
まずは英二にトドメを刺して(生きていればだが)、観鈴を殺し、武器を奪い取る。
それから車の後部座席に置いてある治療道具を使って、怪我の応急処置をする。
今の自分の傷で助かるかどうかは正直疑問だが、何としても生き延びてみせる。
生き延びさえすれば、まだ車という移動手段が残されている以上、優勝の芽はある。
目標を成し遂げられる可能性は、潰えてはいないのだ。
弥生は必死に由綺の顔を思い浮かべて、執念で意識を押し留めた。

806後悔:2007/03/30(金) 21:39:09 ID:ZLJdWx7c0
がくがくと震える右手に力を入れて、FN Five-SeveNをしっかりと握り締める。
獲物の――観鈴の姿を探そうとして、そしては狩られる立場にあるのは自分の方である事を悟った。
「ゆるさ……ない……」
これが先程までのおどおどとした少女と同一人物なのだろうか?
観鈴の、憎しみを込めた声と殺意の宿った視線が、弥生に鋭く突き刺さる。
その手に握られたワルサーP5の小さな銃口は、確実に弥生へと向けられていた。
「許さないっ! どうしてみんな、私から大切な人を奪っちゃうの!」
ドンッという爆発音と共に、弥生の胸に赤い点が刻まれる。
服に開いた穴から血を噴き上げ、FN Five-SeveNを取り落とし、弥生はうつ伏せにゆっくりと倒れた。

冷たい土の肌触りを感じながら正面を見ると、倒れている英二と目が合った。
弥生は血に塗れた口元を歪め、皮肉な笑みを浮かべた。
「緒方さん……殺し合いなんて……下らないものでしたね……」
「はは……。全く、だな」
英二が笑みを作って、震える声を搾り出し返答する。
少し間を置いて、弥生が寂しげな声音で呟いた。
「私は……間違っていた……のでしょうか……?」
「僕には……何が正しいか、なんて……分からない…………けど、自分の信じた道を貫いたのなら…………それは誇れる……事だろ……?」
英二の目は既に視力の大半を失っていたけれど、弥生がまた微かに笑ったのを認識する事は出来た。
「そう、ですか……」
英二が、弥生が、静かに目を閉じる。
――それきり二人の身体は、もうぴくりとも動かなくなった。
後はただ薄暗い街道の真ん中に、二つの死体が横たわるだけだった。

807後悔:2007/03/30(金) 21:40:02 ID:ZLJdWx7c0
少しばかりの静寂の後、観鈴がぺたんと地面に両膝をつく。
往人のように、或いは相沢祐一のように、血溜まりの中倒れ付す英二――また自分を庇おうとして、大切な人が死んでしまった。
同時に、嫌でも視界に入る血塗れの女性――自分が、明確な殺意を持って殺してしまったのだ。
「あ……ぅぁぁ……」
再び絶望の淵に叩き落された観鈴は、ただぶるぶると震えていた。
自分がもっと早く戦っていれば、祐一は、往人は、英二は死なずに済んだかも知れない。
或いはここで大人しく殺されておけば、少なくとも人を殺害してしまう事だけは避けられた。
だがどれだけ後悔しようとも誰も生き返らないし、人を殺してしまったという事実も消えはしないのだ。
「うあああああああっ……!!」
観鈴は両手で顔を覆い、子供のように首を振り回しながら泣きじゃくった。
静まり返った村の中に、少女の泣き声がいつまでも響き渡っていた。

808後悔:2007/03/30(金) 21:40:43 ID:ZLJdWx7c0
【時間:2日目19:00】
【場所:I-6】

神尾観鈴
【持ち物:ワルサーP5(1/8)、フラッシュメモリ、紙人形、支給品一式】
【状態:混乱、号泣。綾香に対して非常に憎しみを抱いている、脇腹を撃たれ重症(治療済み、少し回復)】
緒方英二
【持ち物:H&K VP70(残弾数0)、ダイナマイト×4、ベレッタM92(0/15)・予備弾倉(15発×2個)・支給品一式×2】
【状態:死亡】
篠塚弥生
【所持品:ベアークロー、FN Five-SeveN(残弾数7/20)】
【状態:死亡】

【備考1】
・聖のデイバック(支給品一式・治療用の道具一式(残り半分くらい)
・ことみのデイバック(支給品一式・ことみのメモ付き地図・青酸カリ入り青いマニキュア)
・冬弥のデイバック(支給品一式、食料半分、水を全て消費)
・弥生のデイバック(支給品一式・救急箱・水と食料全て消費)
上記のものは車の後部座席に、車の燃料は残量40%程度、車は弥生達の近くに停車

→760

809落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:31:52 ID:tB1LGHsk0
放送が終わるとあたりには何事もなかったかのように、ただ波の音だけがしていた。
浜辺に座り込む坂上智代、里村茜、柚木詩子の三少女はそれぞれがあらぬ方向を向いたまま呆然とする。
彼女達の仲間の川名みさき、幸村俊夫、相良美佐枝、藤田浩之の名前があったからである。

半日ほど前まで共に行動し、姉御的な存在だった美佐枝の死は詩子に大きな衝撃を与えた。
(美佐枝さんもで死んじゃったんだ。もう会えないなんて、こんな悲しいことをあたしは知らなかったよ)
「……ううっ、うぐっ」
すすり泣く声の方を向くと智代が泣いていた。
彼女にとっても美佐枝は大事な知り合いということは聞いている。
悲しみに暮れる中、柏木千鶴の死は唯一の吉報といえるものだった。
七瀬留美と話し合い、可能なら説得すると合意したが恐らく無理だろうとは思っていた。
あの超人的な俊敏さと弩力を二度も目の当たりにしただけに、思い出すだけでも体が震える。
まともに戦っても勝ち目はなさそうだった。
(もしかしたら美佐枝さん達が命と引き換えにやっつけてくれたのかもしれない)
前向きに考えるべく、智代に声をかけようとしたところ──
「くそぉっ!」
目の前を手斧がクルクルと回転しながら飛んで行き、林の中の一本の木に刺さった。
「軽挙に走ってはなりません!」
茜が珍しく声を荒げた。
「わかってる。わかってるが──」
「斧を取って来るんです! 今襲われたらどうするんですか? 銃を持ってるのは詩子だけなんですよ」
「智代のやるせない気持ちを理解してあげなよ。茜だって司が居なくなったからわかるでしょ?」
「今……なんて言いました?」
目を丸くし口をポカンと開けたまま茜は次の言葉を待つ。
「あれ、司って誰だっけ? あたし何言ってんだろ。うーん……」
思わず口にした茜の想い人──城島司のことを思いだそうとする詩子。
しかし頭の中の引き出しが引っ掛かっているような感じに加え、思い出そうとすると頭痛がする。
「思い出してくれたんですね? ねえ、あの人のこと思い出してくれたんですね?」
「……ごめん、なんだか頭痛くなってねえ。あたし混乱して別の人と間違えたのかな」

810落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:33:26 ID:tB1LGHsk0
「女の子が倒れてる。こっちに来てくれ」
突然林の中から声がかかり、茜と詩子は身内話を中断し智代の許へと走る。
「なあっ、死んでる」
駆けつけてみると、眼鏡をかけ目を見開いたまま事切れている少女が仰向けに倒れていた。
その少女、保科智子が九時間前この地で少年と死闘を演じたことなど智代達は知る由もない。

詩子は智子が手にしているバズーカ砲に注目した。
「こんな大層な武器、扱えるのだろうか。……取説取説っと」
同じことを智代も考えていたようで、さっそく取扱説明書を見始める。
「弾は一つだけ。あとは拳銃弾らしいものがいっぱいありますよ。ざっと五十以上」
「この砲弾やけに軽いよ。茜も持ってみて」
「……残念ながら爆発能力はないようだ。中に入ってるのは網らしい。用途は捕縛だそうだ」
「網だって。だっさ」
失笑が漏れ、重火器を手に入れた快哉は糠喜びと終わった。

「他に誰か犠牲者がいないか調べてみましょう」
茜の提案を受け付近を捜索していると、智代の悲痛な声が聞こえた。
「この人が智代の言ってた先生なわけ?」
「そうだ、幸村先生だ。先生の性格からしてゲームに乗るとは到底考えられない」
「あの女の子と行動を共にしていたのでしょうか?」
「たぶんな。手違いで同士討ちしたとも考えられぬ。何者かに襲われて命を落としたのだろう」
「じゃあ、船で死んでた女の人との関わりは?」
智代も茜も答えられず黙りこんでしまった。

その後捜索範囲を広げてみたものの、犠牲者は見つからなかった。
時間も遅く、迫り来る夕闇が彼女達の活動を消極的にさせる。
三人は幸村を智子の隣に寝かせ冥福を祈った。
「先生、見知らぬあなた。今はしてあげられるのはこれが精一杯です。許してください」
智代は遠ざかりながらも、後ろ髪を引かれるように何度も振り返るのであった。

811落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:35:35 ID:tB1LGHsk0
幸村達の下を去って間もなく、詩子は百メートルほど先の浜辺で倒れている人物を発見した。
無念の思いのままこの世を去ったのであろうか。
倒れていたのは老人で顔を顰め、死してなお険しい顔つきをしていた。
「まあ、幸村先生と同じくお年寄りの方ですね。お気の毒に」
謎の老人の死に、茜はたいそう心を痛める。
「ナイフで一突きか。くそっ、弱者と見て銃を使うのをもったいぶったのだろう。外道め、許さん!」
「ねえねえ、このじいさんの荷物、手付かずだよ」
「なんだって!」
それぞれ悲しみと怒りに浸っていた茜と智代の目がギラリと光る。
デイパックの口からは細長い物が突き出ていた。

あたかも餓死寸前の人間が食べ物にありついたような、妙な雰囲気が満ちていた。
詩子が手をつけたのをきっかけにデイパックの奪い合いが始まる。
「私が出します! 早く銃を、銃、銃、銃ーっ!」
「うろたえるな! 私が開ける! 二人とも手を離せ! 落ち着くんだあっ!」
「あたしが見つけたんだから待ちなさいって。もう、茜も智代も下品なんだからっ」
「きゃあっ! 酷いです。突き飛ばさなくてもいいのにっ」
「痛っ……かわいい顔して本性は凶暴なんだね。七瀬さんみたい」
茜も詩子も殺気立ち、懐の得物に手をかけつつも、かろうじて理性で押さえる。

結局力の差で智代が奪い取ってしまった。
「正義は勝つのだ。リーダーたる智代さんのいうことを素直に聞くがよい」
「智代の場合は性の技の方のくせにっ」
「フフ、さあてどんな銃が入ってるかしらん♪」
取り出してみると銃にしては銃巴の部分がない。
「……ねえ、なんか傘みたい。タグに何か書いてある」
「……『マイナスイオン効果付き』って書いてあります」
本体を包んでいる緑色のカバーを外すと、詩子が言った通りピンク色をした傘が出てきた。
「おのれ、ふざけやがって。くそ兎め!」
智代は激怒し傘を投げ捨てようとした。

812落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:37:30 ID:tB1LGHsk0
「待ってください。その傘、私にください」
茜に呼び止められ智代は投げかけた腕を止める。
「この傘なんか変だぞ。やけに重い」
ただの傘にしては異様に重く、まるで鉄棒を持っているような感じがした。

詩子は取扱説明書を読み聞かせる。
「えーと……防弾性仕込傘。日傘雨傘兼用。遣い手によっては性格が変わる妖刀。注意、だって」
「なに、仕込傘?」
智代は柄の部分をかすかに捻り、二つに引いてみる。
すると残照を浴び、茜色に染まる直刀の抜き身がその姿を現した。

「わあ……素敵です。私にください」
「はあ、刀か。まあ、いいや。……しかし遣えるのか?」
見た目にも非力な茜が刀を遣えるとは思えない。
「持っているだけでも気付けになります。もしもの時には智代に渡しますから」
「そうか。それでは私はナイフをもらっておこう。手裏剣代わりになりそうだ」
智代は老人の胸からナイフを抜くと血を拭った。
「あたしの鉈、研いでくれたんだね。ありがとう」
「刃こぼれまでは直せなかったが、幾分ましにはなってるからな」
「智代、ありがとうございます。今度何か見つけたらその時はあげますから」
「ああ、期待してるぞ」
茜は傘に頬ずりしながら嬉しそうに顔をほころばせる。
先ほどの険悪な雰囲気は消え、三人の仲は元に戻っていた。

「そろそろ行こうよ。日が暮れちゃう」
詩子は立ち上がるとスカートの砂を払い二人を促した。
一時はグループ解消かと気を揉んだが杞憂に終わりホッとした。
(やだ、雨降るのかな。茜は雨女だからね〜)
海の方を見ると彼女達の前途を暗示するかのように、西の方から雨雲が近づいていた。

813落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:39:41 ID:tB1LGHsk0
【時間:二日目・18:30頃】
【場所:C−2の砂浜】

坂上智代
【持ち物1:手斧、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用】
【持ち物3:スペツナイズナイフの刃、食料1食分(幸村)】
【状態:健康】

里村茜
【持ち物1:包丁、フォーク、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、救急箱】
【持ち物3:防弾性仕込傘、食料三人分(由真・花梨・篁)】
【状態:健康】

柚木詩子
【持ち物1:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(智子)】
【状態:健康】

【目的:鎌石村へ】

(関連:026、512、750 B-13)

814落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:56:43 ID:tB1LGHsk0
補足
防弾性仕込傘の耐弾力は北川と真希が着用している割烹着と同じ程度。


※名称を防弾仕込傘に変更してください。

815太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:28:42 ID:E1x9FCpI0

「―――これで最後、と」

その手に残る炎を振るい消しながら、浩之が周囲を見回す。
柳川もまた、最後の夕霧を相手にしているところだった。
鷲掴みにされた夕霧の頭が握り潰されるのを目にして軽い嘔吐感を覚えるが、眉間を押さえて堪える。
相手は人間ではない。同じ顔をした人間が何百人もいるはずがない。
それ以上は深く考えずに、浩之は柳川の大きな背に軽く拳を当てる。

「お疲れさん。ここいらの連中はあらかた片付いたな」

振り返れば、廊下には至るところに焼け焦げと血飛沫がこびり付いていた。
倒れ伏す夕霧の群れをなるべく視界に入れないようにしながら、浩之は凄惨な光景の中に立ち尽くす男に声をかけた。

「あんたにもお疲れ、だ」
「……」

ぐったりとした白皙の美少年を背負ったその男、高槻はどろりと濁った瞳で浩之を見やると、無言で頷いた。
その陰気な様子に少し鼻白みながら、浩之は言葉を続ける。

「何発か危ないのが行っちまってすまねーな。けど、本当にヤバいのはこっから先だ。
 そいつのこと、気合入れて守ってやれよ」

言いながら顎で指し示したのは、校舎全体でいえば北東の隅にあたる曲がり角だった。
南北に延びる校舎を夕霧を撃破しながら縦断し、辿り着いたのがこの場所である。
ここまでの道程はほぼ無傷。しかしこの先はそうはいかないだろう、と浩之は思案する。
振り返った廊下の薄暗さと、曲がり角の向こうから漏れてくる明るさの差に眉を顰める浩之。

「窓、か……。厄介だな」

知らず、口に出してしまう。
ここまで突破してきた校舎の南北部分は、廊下の両側に教室が配されていた。
それぞれの教室には勿論、窓が存在していたが、扉と壁に隔てられた廊下には直接の光はほとんど届かなかった。
なればこそ、各教室からの採光を中継する個体を遠距離から潰していくことで夕霧群の攻撃能力を激減させ、
柳川の頑強さを頼りに突破することも可能だったのだ。
しかしこの先、東西に伸びる校舎は勝手が違った。
校舎の北側、曲がった先の向かって右側には、これまでのような教室が存在しなかった。
そこには採光性に優れた広い窓硝子が、延々と連なっていたのである。
余計なことをしやがる、と口の中で呟く浩之。
学生の健全な精神の育成には必要かもしれないが、今現在の浩之たちにとっては有害以外の何物でもなかった。

816太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:29:14 ID:E1x9FCpI0
「ダイジョウブ……オレ、タカユキ、マモル」

浩之の思案顔を見て、柳川が無骨な黒い手をそっと伸ばしてくる。
遠慮がちなその仕草に、浩之のしかめ面が苦笑に変わった。
ハイタッチをするようにその手をはたいて、ことさらに明るい声を上げる。

「そうだな、俺と柳川さんなら大丈夫だよな!」

己を奮い立たせるような声。
ぱん、と頬を挟むように叩く。

「うっし、気合入った。……すまねーな、心配させちまったみたいで。
 グダグダ考えてても仕方ねえ、どの道、時間が経てば経つほどヤバくなるんだしな」

言って、視線を窓へと向ける。
硝子の向こう側にはいまだ曇天が広がっていたが、しかし所々では雲に切れ間が見え隠れしていた。
天候は回復しつつある。
敵が太陽光線をその攻撃の要因としているならば、直射日光によってその威力が跳ね上がることは想像に難くない。
何としても、その前に包囲を突破する必要があった。

「オッケ、それじゃ基本はさっきまでと同じ、フォワードとバックアップだ。
 完全に制圧する必要はねえ、一気に駆け抜ける。―――あんたも、いいかい?」
「……ああ」

高槻が首を縦に振るのを見て、浩之が一つ頷き返す。

「じゃ、いくぜ……一、二の、三!」

声と同時。角に張り付いていた柳川が、咆哮と共に躍りだした。
その背に隠れるように、浩之も続く。
手近な夕霧を撃ち落としつつ弾幕を展開しようとした浩之の表情は、しかし次の瞬間、凍りついていた。

817太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:29:43 ID:E1x9FCpI0
「何だ……この、数……!?」

浩之たちを迎えていたのは、無数の視線と、濁った笑顔だった。
床に這いずっていた。
天井に張り付いていた。
壁に身を預けていた。
立っていた。跪いていた。あるいは倒れてさえいた。
互いに互いを押し退けんばかりに、砧夕霧がひしめき合っていた。
奇妙な笑みを貼り付けたその顔が、一斉に浩之たちを見つめていた。
刹那、光条が炸裂した。

「やば……っ!」

あまりの光景に一瞬、我を忘れていた。
先手を取るどころか、いまや迎撃すら遅きに失していた。
廊下を薙ぎ払わんばかりの光に思わず目を瞑ろうとする浩之。
しかしそれよりも僅かに早く、その視界を黒い影が遮っていた。

「柳川、さん……!」

オォ、と。
応えるような咆哮が、浩之の耳朶を打った。
浩之を抱えるように庇ったその背に、光線が幾つも直撃していた。
目映い光芒の一閃が文字通りの光速で飛び去り、廊下にほんのひと時の静寂が戻る。

「グ、ォォ……」

明るさの反動か、突如として暗がりに踏み込んだような錯覚を覚える浩之の眼前で、
柳川の巨躯がガクリと膝を落とした。
真紅の瞳も苦しげに歪められていたが、浩之を認めると必死に優しげな笑みの色を浮かべようとする。
思わず声を詰まらせた浩之に、柳川の低い声が語りかけていた。

「タカ……ユキ、ダイジョウ、ブ……カ……?」
「―――ッ!」

言葉にならなかった。
眦に込み上げる熱いものを心中で燃え盛る炎と変え、浩之は拳を打ち出していた。
これまでとは比較にならない、巨大な火の鳥が柳川の背後へと飛んでいく。
着弾。轟、と風が吹き抜けた。並んだ窓硝子が、片端から割れ砕けた。
次の瞬間、爆炎が噴き上がった。

818太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:30:20 ID:E1x9FCpI0
「ォォォオオオッッ―――!」

最前列の夕霧が一瞬にして消し炭と化すのを見届けることもなく、浩之が次弾を叩き込む。
大気を呑み込みながら、炎の鳥が羽ばたいていく。
割れた窓から気圧差で吹き込む暴風が、炎の尾を渦巻かせる。
胴を穿たれた夕霧が、頭と足を残して吹き飛んだ。
翼の先が掠めたものは、熱で溶けた化繊の制服を水脹れに包まれた肌に張りつかせ、悶えて死んだ。
暴虐の炎を逃れたものも、熱風を吸い込んで肺を焼け爛れさせ、もがいている。
びくびくと手足を痙攣させていたものたちは、三羽め、四羽めの炎の鳥によって灰塵に帰した。

「ハァ……ッ、ハァ、ッ……!」

乱れた呼吸を整えようともせず拳を突き出したままでいた浩之が、視界の範囲に動くものがなくなったのを見届けて、
ゆっくりと膝をついた。
見れば、スチールの扉は軒並み高熱によって歪み、開閉を拒んでいた。
床からは陽炎が立ち昇っている。
吹き込んだ涼風が、赤熱した壁や床にあてられて、たちまちの内に熱を帯びていった。
灼熱の地獄の中で、浩之が膝をついたまま、柳川を見上げる。
その装甲の如き黒い皮膚が、光線の直撃を受けた背の部分だけごっそりと欠け落ち、その下の肉を垣間見せている。
湯気を上げながら再生しようとするその傷に、浩之はそっと手を伸ばす。

「痛いか……?」
「ダイ、ジョウブ……オレ、ツヨイ……」
「そっか……。あんま、心配させないでくれよ……」

安心したように脱力して、壁に肩を預ける浩之。
聖衣に護られた身体は、陽炎を立ち昇らせるコンクリートの熱をものともしない。

「今の内に抜けちまいてえが……しばらくは動けない、か」

柳川の傷を痛ましげに見ながら浩之が言う。
だがその眼前で、柳川の黒い巨体が動いた。
どうやら震える膝を押さえながら、立ち上がろうとしているようだった。

「お、おい、無理すんなって!」
「オレ……モウ、ヘイキ……」
「歯ぁ食い縛りながら言う台詞じゃねえって!」

慌てたような浩之の言葉も、柳川は頑として聞き入れようとしない。

「イマノ、ウチ……イク……」
「……ああくそ、わかったよ! けど、頼むから無理しないでくれよ!?」
「ワカッテル……タカユキ、ヤサシイ……」
「その傷が治るまでは俺が前に出る、面倒だけど出た端から一つづつ潰していくぞ。
 ……あんたも、いちいち振り回して悪いがついてきてくれよ」

819太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:30:42 ID:E1x9FCpI0
いつの間にか無言で立っていた高槻に言葉を残すと、浩之もまた立ち上がる。
傷を庇う柳川を先導するように、油断なく周囲を見回しながら歩き始める浩之。
だが、その遅々とした歩みが、東西に伸びる校舎の半ばまで進んだ頃。

「さっきのであらかたは潰したはず、だったんだがな……」

苦々しげに、浩之が呟く。
前方に、新たな夕霧が姿を見せていた。
ぞろりと揃ったその数は、先程に勝るとも劣らない。
目指す階段の向こうから、尽きることを知らぬように涌いて出ていた。

「―――西校舎との、渡り廊下か……!」

失念していた。
それぞれL字型をした東西の校舎は、北側で渡り廊下によって結ばれていると、自身で口にしたことだった。
そして西校舎は、完全に夕霧によって占拠されているとも。

「くそっ、とにかく進むしかねえってのに……! 鳳翼、天翔ッ!」

火の鳥を展開しながら、浩之が毒づく。
こうなれば、とにかく間断なく攻撃して戦線を押し上げていくしかない。
敵の予備戦力は、絶望的という一点において無限と等しかった。
柳川の傷が回復するまで、あと何分か、何十分か。
その間、自分の弾幕で状況を維持できるのか。
様々な自問を振り払って、浩之は両の拳に力を込める。

「鳳凰星座は逆境に真価を発揮する……そうだろ、俺の聖衣……!」

纏った白い鎧が、どくんと脈動したように、浩之は感じた。
それを返答と受け取って、次なる炎を撃ち出そうとした浩之の、その後ろから、飛び出す影があった。

「な……柳川さん、無茶だっ……!」

820太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:30:58 ID:E1x9FCpI0
薄皮が張ったばかりの背中が、浩之の視界を埋める。
黒い巨躯が、狼の遠吠えの如き咆哮を上げながら猛烈な突進を開始した。
炎の弾幕に遮られていた光芒が幾条も柳川に突き刺さる。
その都度、小さく鮮血を撒き散らしながら、柳川は止まらない。
広げた両腕が、廊下の端から端までを覆う。
そのままの勢いで、夕霧の群れと接触した。
べぎ、と何か硬いものが圧搾機に放り込まれたような音が連続する。
最前列に立つ夕霧の何人かが、柳川の巨体を受け止めかねて文字通りの挽肉になる音だった。

「やな、がわさん……!」

朗々と、狭い廊下に咆哮が響き渡った。
鬼の突進が、数十人の砧夕霧を撥ね飛ばし、ひき潰し、ついには押し返していく。
その間も、同胞の遺骸を貫いて無数の光線が柳川の身体を灼いていた。
対する浩之はしかし、廊下一杯に広げられた腕とその巨躯に射線を塞がれ、見守ることしかできない。

「柳川さん、もういい、無茶するなっ!」

浩之の悲痛な叫びも空しく、柳川の黒い肉体はじりじりと夕霧の群れを圧していく。
そしてついに階段の向こう側まで辿り着いた柳川は、一際高く吼えると、その広げた両腕を身体の前で
強引に閉じていく。圧潰した夕霧の肉片が、血と混ざって飛び散った。
両の手指を組んだ柳川の拳が、天井をかすめて振り上げられた。
瞬間、凄まじい音が轟いた。

「な……!?」

爆風の如き衝撃に、思わず身を庇う浩之。
翳した腕の陰から見たのは、驚くべき光景だった。
塵芥の収まったそこに、続いていたはずの渡り廊下は、存在しなかった。
ひび割れた床は階段へと続く角のすぐ先で断絶していた。
壁も、天井も、壮絶な衝撃を物語る断裂を残して、途切れていた。

「まさか……渡り廊下ごと崩した、ってのか……」

途切れた廊下の手前側に倒れ伏す黒い巨躯が、それを成し遂げたのだと思い至って、浩之は我に返る。
一も二もなく駆け出した。

821太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:31:36 ID:E1x9FCpI0
「柳川さん……!」

断絶した西校舎から散発的に飛ぶ光線を、弾幕を展開して沈黙させる。
途方もない重量の身体をどうにか引きずって、階段の踊り場へと退避させる浩之。
いつの間に逃げ込んだものか、高槻は彰を背負ったまま、既に踊り場に佇んでいた。
それをいぶかしむ余裕もあればこそ、浩之は柳川の巨大な頭部を抱え込んで、必死に声をかける。

「柳川さん、しっかりしろ! おい! 目を開けてくれ!」

叫びが届いたか、柳川の瞼が片方だけうっすらと開き、真紅の瞳に浩之の姿を映した。
何事かを言おうとして口を開き、果たせずに荒い吐息だけが漏れる。

「いい、喋るな……!」

首を振る浩之。
だがそのとき、抱きかかえた柳川の重みが、ふと掻き消えたように感じられた。
愕然とする浩之の眼前で、柳川の黒い巨躯が、その姿を変えていく。
瞬く間に、柳川は人の姿に戻っていた。血に塗れた痩身が、床に倒れている。

「どう、して……」
「……心配、するな……、浩之……」

呆然と呟いた浩之の耳に、苦しげな吐息交じりの声が聞こえた。
それが人の姿に戻った柳川のものだと気づくまで、一瞬の間を要した。

「や、柳川、さん……」
「そんな……顔を、するな……」

言って、口の端を上げようとする柳川。
だがすぐに身を丸め、咳き込んでしまう。
吐き出した痰に、血が混じっていた。

「……鬼を、保つ力が……残っていない、だけだ……」

しばらく息を整えてから、柳川が静かに言った。

「時間さえ経てば……傷は、癒える……こう見えても、我が一族は、しぶとくてな……」
「そっか……はは、柳川さんがタフだってのは……俺も、よく知ってる……」

苦しげに顔をゆがめながら言う柳川に、浩之は無理に笑ってみせる。
叫び出したい内心を必死に堪えて、言葉を紡いだ。

「だから……今はゆっくり休んでくれ、な……?」
「……い、や」

822太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:32:00 ID:E1x9FCpI0
ぐ、と身体に力を込めようとして、柳川が崩れ落ちた。
慌てて抱きかかえる浩之。

「おい! 何やってんだよ、あんた!」
「浩之は……俺が、守ると、言ったろう……」
「な……!」
「あと、一息だ……ここさえ、抜ければ……」
「バ……、」

堪えきれなかった。
内心の嵐が形を成すように、言葉が溢れた。

「バカ野郎! そんな身体で何言ってんだよ! いくら柳川さんだって本当に死んじまうぞ!」
「ひろ、ゆき……」

浩之は、抱きかかえている柳川の身体に目をやる。
傷の治りかけていた背中は、無理な運動に薄皮が破れ、血を流している。
そして身体の前面は重傷を通り越して、見たままを言うならば、生きているのが不思議なくらいだった。
胸から腹にかけて至るところが焼け爛れ、水脹れが破れて血とリンパ液の混じった膿がじくじくと溢れている。
端正な顔には、片目を縦断する大きな傷が走っている。腕や足にも、無数の火傷があった。

「それ、でも……俺は……、お前を……」
「まだわかんねえのかッ!」

叫ぶ。
心の底からの悲痛な声に、柳川が言葉を止めた。

「今度は……、今度は俺が、あんたを守る番なんだよ……!
 そんくらいわかってくれよ、なあ……」
「浩之……」

それでも何事かを言い募ろうとした柳川だったが、口を閉ざすと、そっと微笑んだ。

「……ならば、頼む」
「ああ。……ああ、まかせとけ」

そのまま、柳川の身体から力が抜けた。
動転しかけた浩之が、すぐに聞こえてきた規則正しい呼吸に安堵する。
どうやら気を失ったようだった。

823太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:32:30 ID:E1x9FCpI0
「……まかせとけ」

もう一度呟いて、柳川の身体を両腕でそっとかき抱き、立ち上がる。
階段の下の様子を窺うが、夕霧の気配はない。
どうやら職員玄関を抜けることはできそうだった。
しかし、問題はその先だった。
職員玄関から裏門までの、十数メートル。
ほんの僅かな距離が、今は果てしなく遠く感じられた。
そこには、先ほど柳川が廊下ごと落とした夕霧の群れが、確実に存在する。
そしてまた、断絶した西校舎の二階からも、裏門を抜けようとする自分たちは格好の的だった。
渡り廊下の崩落で、中庭の大群にも気づかれたと考えるのが妥当だった。
それだけでも状況は最悪に近いというのに、それを正真正銘の最悪へと叩き落すとどめの一撃が、
浩之の腕の中にあった。
前衛となるべき柳川は、いまや完全に無力だった。
更に悪いことには、浩之の鳳翼天翔は、両腕が自由にならなければ放てない。
防御と攻撃、両方の手段が失われていた。

周囲は敵に完全包囲され、集中砲火を浴びることが確実な状況で、盾も矛もなく、十数メートルを
駆け抜けなければならない。
そう考えて、浩之は思わず苦笑を漏らす。

「鳳凰星座は逆境に真価を発揮する、ってか……マジで、頼むぜ」

頼りは聖衣の防御力だけだった。
炎を操る鳳凰星座、熱に強いのが唯一の救いと言えた。
呟いてから、浩之は傍らに目を移す。
まるで存在していないかのように、無言で立ちつくす男の姿があった。

「とんだことになっちまったな。お互い怪我人抱いて走ることになりそうだ」
「……俺のことは、気にしなくていい」

陰気な声が、踊り場に染み込むように響いた。

「そう言ってくれると助かる。
 景気のいいことを言っといてすまねーが、どうもあんたたちまで庇いきれそうにはねえ」
「構わない。……俺たちは、大丈夫だ」

無口を貫いてきた男の、その奇妙に迷いのない断言に違和感を覚えたが、浩之はひとまず疑問を胸にしまい込む。
実際、彼はここまでの道のりもいつの間にか潜り抜けてきていた。
それが強運によるものなのか、何らかの能力によるものなのかは定かでなかったが、
今はそれを考えている場合ではなかった。
大丈夫だというのなら、それでいい。

「なら……行くぜ」
「……」

無言で見返してくる視線に一つ頷いて、浩之が階段へと踏み出す。
高槻もまた、後に続いた。
中庭から狙撃される可能性のある踊り場の窓を、身を伏せてやりすごす。
折り返しの階段を、一気に駆け下りた。
一階は奇妙に静まり返っていた。これ幸いと、階段脇の職員玄関を飛び出す。
扉を蹴り開けた先、正面に位置する中庭をちらりと見やる浩之。
噴水が、花壇が、ベンチが、植えられた桜の樹が、砧夕霧で埋め尽くされていた。
まるで隙間を作ることが罪悪であるかのように、ぎっしりと詰め込まれた、それは歪んだオブジェのようだった。
虚ろな笑みを浮かべる人型のタイルを貼り付けた、悪夢のオブジェ。
正視すれば叫び出してしまいそうで、浩之はそれを視界から外す。
その内のいくつかが、きらきらと輝く眼鏡と額を、こちらに向けていた。
胸にしっかりと抱きかかえた柳川の重みを感じながら、浩之は中庭に背を向ける。

824太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:32:50 ID:E1x9FCpI0
一歩目を踏み出した瞬間、背中に異様な感触が走っていた。
ひどく熱いような、それでいてどこか冷たいような、息の詰まる感覚。
それが激痛だとようやく理解して、浩之は噛み締めた歯の隙間から声を漏らした。

「が……ぁ……!」

足は止めない。
振り返ることもしない。
ただ耐えて、長い十数メートルの、次の一歩を踏み出した。
第ニ波が、直撃する。

「―――ぁぁ……ッ!」

背中に当てられた五寸釘を、力ずくで捻じ込まれるような感覚。
身を捩りかけて、堪えた。
どうにか前傾姿勢を維持するその背に、更なる衝撃が走った。
後方からではない。上からか、と思う。
西校舎二階、そして三階。
渡り廊下が失われ、ぽっかりと校舎に開いた穴から、射線が開いていた。
足を、踏み出す。三歩、四歩、五歩。

「ぐ……おぉ……!」

幾度めかの直撃に、意識を持っていかれそうになる。
白一色に染まりかけた視界を、小さく首を振って引き戻す。
胸の中の、柳川の体温が、浩之の意識を押し止めていた。

一歩、また一歩と、校門が近づいてくる。
その先は、細い林道に続いていた。
遮蔽物の多い林に逃げ込むことができれば、やりすごせる可能性は格段に高くなる。
だが、それはどこか、手を伸ばしても届かない蜃気楼の如く儚い目標のように、思えた。

825太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:33:23 ID:E1x9FCpI0
(遠すぎる、だろ……)

駆け出してから、ほんの数秒のはずだった。
思い出せないほど遠い昔のように、感じられた。
駆け抜けるまで、ほんの数歩のはずだった。
決して叶わぬ夢物語のように、思えた。

一歩を踏み出す。
それすらも、惰性のようだった。
次の一歩を踏み出す。
背中からの衝撃に、押し出されただけのようだった。

意識が、遠のいていく。

(ここ……までか……)

その瞬間。
浩之は、自身の背に新しい熱を感じていた。
衝撃はなかった。
光線による暴力的な灼熱ではなく、どこか心を和ませるような、柔らかな温もり。

「―――」

それが、陽光だと。
雲間からついに顔を覗かせた日輪の、遮るもののない原初の温もりだと理解した刹那。
浩之は、真の絶望を覚えていた。

826太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:33:44 ID:E1x9FCpI0
耐えられるわけがなかった。
分厚い雲に遮られた光ですら、あの衝撃なのだ。
死への恐怖よりも、苦痛への忌避が、浩之の心を侵していた。

足が、止まった。
柳川を抱いたまま、その場にくずおれる。
抱きしめたその身体が、ぼやけた視界に映る。
ごめんと呟いた、その唇が震えた。
訪れる死を、待っていた。

「―――?」

ひどく長く感じられるその時間が、実際に相当な間を置いているのだと、浩之は気づいた。
高鳴る心臓が数度、数十度の鼓動を刻んでも、死の閃光は見舞われなかった。
そっと、後ろを振り向く。

それは、実に奇妙な光景だった。
中庭を埋め尽くしていた砧夕霧の、そのすべての笑みが、ただ一つの方へと向けられていた。
自分を狙っていたはずの至近の夕霧、更には校舎の上にいる夕霧たちまでもが、一点を見つめている。
静かに風が吹き抜ける、その視線の先には、校門があった。
そこに、誰かが立っているように、浩之には見えた。
小さなその人影を見定めようと目を凝らす浩之の傍らに、音もなく近づく影があった。

「……!」

高槻だった。
どこをどう逃げたものか、或いは今まで物陰にでも隠れていたものか、その身体には傷ひとつない。
背負った彰にも、変わった様子はなかった。

「……」

無言で見下ろすその視線に、浩之は我に返る。
何が起こっているにせよ、今が千載一遇の好機だった。
立ち上がり、走り出す。
あれほど遠く思えた裏門は、ほんのすぐそこだった。あっさりとそれを乗り越える。
追撃すら、なかった。
振り返れば、夕霧たちはやはりただ一点を見つめたまま、動かない。
校門の人影はどこか見覚えのあるシルエットのような気がしたが、それもすぐに見えなくなった。
林道に入ったのだった。
頭の片隅に残る疑問符を振り払って、浩之は足に力を込める。

(そうだ、今は―――)

一刻も早く、ここを離脱する。
それだけを考えるべきだった。

827太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:34:06 ID:E1x9FCpI0

【時間:2日目午前10時30分過ぎ】
【場所:D−6 鎌石小中学校北・林道】

藤田浩之
 【所持品:鳳凰星座の聖衣・柳川】
 【状態:鳳凰星座の青銅聖闘士・重傷】

柳川祐也
 【所持品:俺の大切なタカユキ】
 【状態:鬼(最後はどうか、幸せな記憶を)・重態・気絶中】

高槻
 【所持品:支給品一式】
 【状態:彰の騎士?】

七瀬彰
 【所持品:アイスピック】
 【状態:気絶・右腕化膿・発熱】

砧夕霧
 【残り27117(到達0)】
 【状態:電波】

→762 777 ルートD-2

828名無しさん:2007/03/31(土) 17:36:28 ID:tB1LGHsk0
>まとめサイト様
「落穂拾い(後編)」に重大な欠陥がありましたので、
>>811-813を削除してください。

あと、以下のように訂正してください。
【時間:二日目・18:30頃】
【場所:C−2の砂浜】

坂上智代
【持ち物1:手斧、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(幸村)、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用】
【状態:健康】

里村茜
【持ち物1:包丁、フォーク、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、救急箱】
【持ち物3:食料二人分(由真・花梨)】
【状態:健康】

柚木詩子
【持ち物1:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(智子)】
【状態:健康】

【目的:鎌石村へ】

(関連:521、750 B-13)

829闇に潜む修羅:2007/04/01(日) 00:37:55 ID:aFhIBKOM0
空は不気味な漆黒の色で覆い尽くされていた。
この島で殺し合いが行われているのが疑わしくなるくらい、辺りは静まり返っている。
そんな中、春原陽平とその仲間達は脇目も振らず、平瀬村を目指していた。
駆ける足を緩める事は無く、生い茂る木々が視界の隅を通り過ぎてゆく。
首輪を外せば全てが終わる訳では無い。主催者にどう対抗するか・脱出の為の移動手段など、他にも問題はある。
しかしとにかく首輪さえ何とかすれば、もう殺し合いを続ける意味など無くなる。
首輪を解除出来るという確かな証さえ示せば、あの来栖川綾香のような凶悪な者以外は、協力してくれる筈だ。
確実なる死という絶対的な強制力さえ排除してしまえば、いくらでも手の打ちようはあるのだ。
――走った。一刻も早く、首に取り付けられた枷から解放される為に。
――走った。一刻も早く、この哀しい殺戮劇に幕を下ろす為に。
やがて長い森を抜け、大きく開けた視界に平瀬村の風景が飛び込んできた。
まだ中心部には達していないので、民家は言い訳程度に点在してあるだけだった。
だが簡単な工具を探すだけならそれで十分。少し探し回ればすぐに見つけることが出来る筈だ。
陽平は周囲の様子を見渡した後、隣にいるるーこへと視線を移す。
「やっと着いた……ね。どうする?」
「時間が惜しい。二手に分かれて探すぞ」
決断は一瞬。戦力を分散すれば、襲撃を受けた際に不利になるのは否めない。
だが四人纏まって動いた場合に比べ、捜索時間を半分近くにまで縮めれるだろう。
ここで費やす時間が長くなればなる程、自分達も教会にいる仲間達も、危険に晒される可能性が高くなるのだ。
すぐに全員が頷き、陽平とるーこは左に見える民家へ、観月マナと藤林杏は右に見える民家へ走り出した。

830闇に潜む修羅:2007/04/01(日) 00:38:47 ID:aFhIBKOM0


杏とマナはすぐに一件の家屋に辿り着き、慎重な足取りで玄関から侵入する。
杏はRemington M870を握り締める自身の手が、汗でじっとりと湿っているのに気付いた。
グリップを握る指が滑っては堪らないので、何度も制服のスカートで拭いた。
先程陽平が見せた、悲壮感さえ覚える程の真剣な顔が思い出される。
このゲームにおいては、お調子者の陽平ですら別人のように変貌してしまう。
それは何時殺されてしまってもおかしくない戦場では、寧ろ当然の変化なのだ。
(落ち着きなさい、あたし。焦ってもどうにもならないんだから……!)
高まる心臓の動悸を抑えるよう、自分に言い聞かせる。
先を行くマナの後に続いて大きな居間に侵入し、そこに置かれているタンスを一段一段調べてゆく。
素早い動作で全ての段を調べ終わったが、工具らしき物は見当たらなかった。
「駄目……無いわ。マナ、そっちはどう?」
「こっちも外れよ。次の部屋に行こっか?」
部屋の隅々まで探した訳では無いが、あまり細かく探していては無駄に時間を食う。
それに一般的な家庭ならば、わざわざ分かり辛い場所に工具を隠したりはしないだろう。
杏達は早々に居間での捜索を諦め、次の部屋へと移動を開始した。

831闇に潜む修羅:2007/04/01(日) 00:39:39 ID:aFhIBKOM0


(むふふ、潜入成功っとね)
杏とマナが必死の捜索を続ける民家へ、限りなく無音に近い動作で侵入する少女の名は朝霧麻亜子。
四人を同時に相手すれば、今の装備では勝算が薄い。奇襲で一人は倒せるにしろ、残る三人に倒されてしまうだろう。
麻亜子がそう考えていた矢先に、何と敵は自分達の方から分散してくれた。
麻亜子は陽平達が二手に分かれたのを見て取り、攻撃の対象を杏達へと絞ったのだ。
――銃火器を強く追い求めていた彼女だったが、今回ばかりはボウガンの利点に感謝せざるを得ない。
たとえ家の中であろうと銃を撃ってしまえば、轟音は周囲一帯に響いてしまうだろう。
しかしボウガンならば、家の外まで音が漏れるはしない。上手く奇襲を繰り返せば、一人で敵を全滅させられる。
そして、ここまで生き延びてきた者を四人も倒せば、綾香に対抗出来るだけの装備が得られる筈だ。
(人数の差が戦力の決定的差では無い事を、教えてあげようではないか)
薄暗い闇の中に溶け込み、自身を修羅と断じた少女が足を踏み出す――
  
 *     *     *    *

832闇に潜む修羅:2007/04/01(日) 00:41:28 ID:aFhIBKOM0
修羅を追う者――復讐鬼来栖川綾香は民家に程近い茂みで、選択を強いられていた。
尾行の最中、レーダーに映っている四つの光点が突然足を止めたのだ。
不審に思い少し距離を詰めると、陽平の一団が二手に分かれ民家に駆ける姿が見えた。
それを好機と取ったか、怨敵である朝霧麻亜子も遂に積極的な行動に出た。
麻亜子が追っていたのは、陽平やるーことは別の参加者達だった。
ここで綾香の頭の中に、ある一つの考えが浮かび上がった。
折角麻亜子が敵の片割れを襲撃しにいったのだ、この隙に陽平への報復を済ませるべきではないか?
好き勝手に罵詈雑言を浴びてきた陽平は、麻亜子程では無いにしろ憎憎しい存在だ。
徒党を組んでいるあの男を殺す好機は、今を置いて他には無いだろう。
勿論それは余分な欲望であり、最優先目標を果たす為には必要の無い行動である。
マシンガンやミサイルを使用すれば、麻亜子は綾香が居る事に気付いてしまうに違いない。
そうなってしまえば、たとえレーダーがあるとは言え、次も同じように尾行出来るかとうか分からないのだ。
二兎を追う者、一兎も得ずという言葉もあるが――偽善者を叩き潰すのは、愉悦の極みだろう。
博打に出るか、確実に麻亜子への復讐を遂行するか。
運命の賽が、綾香の手に握られていた。


【時間:2日目・20:00】
【場所:g-2右上】

朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン、サバイバルナイフ、投げナイフ、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態:マナ達がいる方の民家に侵入、マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、全身に痛み】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、特に綾香の殺害。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】

833闇に潜む修羅:2007/04/01(日) 00:42:35 ID:aFhIBKOM0
来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(25/30)・予備カートリッジ(30発入×2)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き)】
【状態:右腕と肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)】
【目的:外で思考中、麻亜子とささら、さらに彼女達と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う。】

ルーシー・マリア・ミソラ
【持ち物:H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6、ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)】
【状態:陽平と同じ民家の中で工具捜索中、綾香・主催者に対する殺意、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み、裂傷の傷口は概ね塞がる)】

春原陽平
【持ち物1:鉈、スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
【持ち物2:鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】
【状態:るーこと同じ民家の中で工具捜索中、全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】

観月マナ
 【装備:ワルサー P38(残弾数5/8)】
 【所持品1:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、9ミリパラベラム弾13発
入り予備マガジン、他支給品一式】
 【所持品2:SIG・P232(0/7)、貴明と少年の支給品一式】
 【状態:杏と同じ民家の中で工具捜索中、足にやや深い切り傷(治療済み)。右肩打撲】

藤林杏
 【装備:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾(12番ゲージ弾)×27】
 【所持品:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×3(国語、和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、支給品一式】
 【状態:マナと同じ民家の中で工具捜索中、平瀬村で工具を探す、最終目的は主催者の打倒】

ボタン
 【状態:健康、杏の鞄の中に入れられている】

→772

834『狂気の果てに』『闇に潜む修羅』作者:2007/04/01(日) 12:32:59 ID:2sozLSkk0
誤字を数箇所発見したので修正お願いします。
お手数をお掛けして申し訳ありません。

>>784
>祐介は鞄の中から金属バットを取り出すと、有紀寧の身体を操って転等させ――そして敢えて、電波の力を少し緩めた。
      ↓
祐介は鞄の中から金属バットを取り出すと、有紀寧の身体を操って転倒させ――そして敢えて、電波の力を少し緩めた。

>>785
>「僕なんて『如き』で表現出来るような小者なんだろ? 早く宮沢有紀寧様の大者な所を見せてくれよ。
    ↓
「僕なんて『如き』で表現出来るような小物なんだろ? 早く宮沢有紀寧様の大物な所を見せてくれよ。

>>831
>しかしボウガンならば、家の外まで音が漏れるはしない。上手く奇襲を繰り返せば、一人で敵を全滅させられる。
     ↓
しかしボウガンならば、家の外まで音が漏れはしない。上手く奇襲を繰り返せば、一人で敵を全滅させられる。

835侵食汚染:2007/04/01(日) 17:01:48 ID:kgDwZYaE0
どうしてこんなことになったのだろう。
その瞬間、岡崎朋也は、ぼんやりとそんなことを考えていた。
真っ白に染まった世界の中で、嘲笑うような声が聞こえる。

『そりゃお前、お前が底抜けのバカだからだよ』

憎らしげな、それでいてどこか馴れ馴れしい、奇妙にベタついた声だった。
声は、軽蔑した様子を隠すこともなく続けた。

『実際、お前ほどのバカは見たことがねえ』

言って、深々とため息をつく声。
心底からの侮蔑と失望に満ちた声音だった。
不思議と誰の声なのかは気にならなかった。
一度も聞いたことがないような、生まれたときから知っているような声。

『テメエでテメエの命綱を切ってまわりゃあ、こうなるのは目に見えてたってのによ』

命綱。助かるための、希望。心当たりがなかった。
必死に思い出そうとしても、記憶は空回りするばかりだった。

『ああ、いい、いい。無理だよ、お前にはわからねえ。わかってたら、こんなことにはなってねえさ』

こんなこと。
こんなこと、とはなんだろうと、朋也は靄がかかったような頭で考える。
今度は、答えがすぐに見つかった。ひどく簡単で、間違いようのない答えだった。

「―――俺、死ぬのか」

836侵食汚染:2007/04/01(日) 17:02:23 ID:kgDwZYaE0
呟いた途端、声が爆笑した。
姿は見えなかったが、きっと腹を抱え、目には涙すら浮かべて、笑っているのだろうと思った。
ひとしきり笑い尽くして、乱れた息を整えてから、声が朋也に囁く。

『当たり前だろバカ』

やっぱりな、と思う。
何しろ、と朋也は己の身体を見下ろして苦笑する。
腹に大穴が空いていた。人間の内臓を見るのは初めてだと、他人事のように考える。
他にも腕や足、肩から胸にかけて、つまりは全身くまなく、火傷と裂傷に覆われていた。
痛みを感じることもなく、おそらくは致命傷であろう傷を眺めているうちに、段々と記憶が鮮明になっていく。
奇態な眼鏡の少女。木洩れ日の眩しさ、大きな星型の手裏剣。

『―――思い出したか?』
「……まだ、よくわからない」

雑多な記憶の断片が、脳裏をよぎっては消えていく。
いくつもの映像が浮かぶ中で、朋也は奇妙なことに気がついた。

「どうして、」
『どうして思い出せない』

朋也の自問に被せるように、声がしていた。

『どうして空白がある』

心の襞を、ざわざわと撫で付けるような、声。

『―――どうして、そこに何がいたのか、思い出せない』

声は、いつしかひどく悲しげな口調に変わっていた。

『お前は』

間。

『お前は、だから死ぬんだよ』

どこか自嘲めいて、その声は聞こえた。
声に含まれた哀れみが、朋也を刺す。

『夜を待たずに、俺を待たずに』

囁くような声が、掠れていく。
声が遠のいていくのと期を一にするように、白一色だった世界が、端から黒く染まっていく。

『じゃあな、岡崎朋也。愚かなまま死んでいく、……もう一人の俺』

837侵食汚染:2007/04/01(日) 17:02:56 ID:kgDwZYaE0
その言葉を最後に、声は聞こえなくなった。
代わりに、渺々と吹き抜ける風の音が、朋也の耳朶を打っていた。
しかしその音もまた、徐々に薄れていく。
完全な無音が訪れるときが、己の命脈の尽きる瞬間なのだと、朋也は理由もなく思う。
頭は働かない。ひどく、眠かった。

「智代、……杏、それから、それか、ら―――」

音が、絶える。
岡崎朋也はその生涯の最期まで、伊吹風子の存在を忌避したまま、死を迎えた。

838侵食汚染:2007/04/01(日) 17:03:20 ID:kgDwZYaE0

 【時間:2日目午前10時30分すぎ】
 【場所:E−5】

岡崎朋也
 【所持品:お誕生日セット(三角帽子)、支給品一式(水、食料少し消費)】
 【状態:死亡】

→759 ルートD-2

839絶対包囲:2007/04/01(日) 17:04:01 ID:kgDwZYaE0

神塚山麓北側、山道から外れた林。
踏み入る者とてないはずの木々の合間に、いくつもの気配が蠢いていた。
砧夕霧の群れである。
一路山頂を目指すはずの一群が、しかし今はその足を止めていた。
光芒が閃いた。どうやら夕霧たちは、戦闘に入っているようだった。

幾筋もの光が交錯する先には、小さな影があった。
突然、夕霧の内の何人かが、何か鋭い刃物で切り裂かれたように身体を断ち割られ、鮮血を噴いて倒れた。
小さな影が投擲した武器によるものだった。
木洩れ日を受けて鈍色に煌く武器が、円弧を描いて影の手元に戻っていく。
受け止めた小さな影の、その背丈の半分ほどもある、それは星型の手裏剣だった。

影が、吼える。
威嚇の色を強く打ち出したその咆哮にも、しかし夕霧たちは表情一つ変えない。
倒れた前列の同胞の遺骸を踏みしだいて、その穴を埋めるように新たな夕霧が現れる。
膨大な数の夕霧が、小さな影を十重二十重に取り囲んでいた。

光線が、影を掠める。
影は身を捩って光線をかわすと、再び手裏剣を投げる。
幾人かの夕霧が倒れ、それに倍する数の光線が影に向かって飛んだ。
影の小さな身体のそこかしこから、嫌な臭いのする煙が上がっていた。
ほとんど狙い撃ちにされながらも、影はその場を動こうとしない。

影の足元からも、煙が上がっていた。
襤褸雑巾のような様相のそれには、よく見れば手足がついていた。
黒焦げになった、それは人間の遺体だった。
影はその傍に立ち、そうしてそこから動かない。

己が身を厭うこともなく、影は遺骸に寄り添うように立っていた。
光線が影を灼き、咆哮が上がる。


******

840絶対包囲:2007/04/01(日) 17:04:29 ID:kgDwZYaE0

目も眩まんばかりの光芒の嵐の中で、伊吹風子は思い出していた。
心に刻まれた、最後の命令。そしてそれと相反する、自分の使命を。


化け物、と主は言った。
踵を返して走り去るその背を、風子は無言で見守っていた。
主の厳しい顔は少しだけ悲しかったが、心の中で自身の使命を繰り返し唱えて、その姿を追う。
主の身を守る、それだけが風子の果たすべき使命であり、存在の意味だった。

周囲に嫌な気配が漂っているのはわかっていた。
何度もそれを警告しようとしたが、主は決して耳を傾けようとはしなかった。
ただ、悲鳴のような声を上げて、走り去るだけだった。
獣の身体が、少し恨めしかった。
喉を鳴らす。遠雷のような音が、木々の合間に木霊した。
主がまた声を上げて、足を速めた。


程なくして、主は嫌な気配に取り囲まれていた。
敵だと直感した。主の前に飛び出す。

 ―――風子、参上。

声は言葉の体をなさず、獣の咆哮が朗々と響いた。
爪と牙、そして海星の刃が、敵を断ち割り、噛み裂き、押し潰した。
今ならばまだ囲みを抜けられると、主のほうを振り向く。

841絶対包囲:2007/04/01(日) 17:04:49 ID:kgDwZYaE0
主は、その場に座り込んでいた。
その身に何かあったのかと、慌てて駆け寄る。
主が奇妙な声を漏らして後ずさりした。
寄るだけ、逃げられた。
主の奇態は心配だったが、今は囲みを抜けるのが先だと考える。
逃げるより早く駆け寄って、身体を擦り付ける。
背に乗れと、そう訴えた。
身体は主の方が大きかったが、その程度なら乗せて走ることは造作もなかった。

主が、金切り声を上げた。
見れば、身体を擦り付けたところの服が、赤く染まっていた。
返り血がこびり付いていたのだった。
主の服を汚した非礼に怒っているのだと、そう思って身を縮めた。
許しを請うように、主の足元に頭を垂れて、詫びる。
主が、叫んでいた。

来るな。
近づくな。
化け物、化け物、化け物。
来るな、来るな、近づくな。その顔を近づけるな、化け物。
いなくなってしまえ。消えろ。消えろ、化け物。

そう、叫んでいた。
主命が、風子を拘束する。
それは身を引き裂かれるような、命令だった。
敵の新手は、すぐ傍まで迫っていた。
今、主を残して去れば、その身が無事であるとは思えなかった。
主を守るという使命と、去れという主命が、風子を責め苛んだ。

許しを請うた。
消えろと、言葉が返された。

絶対の主命が、強制の力をもって風子の身体を突き動かす。
心中の抵抗が、徐々に押し返されていく。
そしてついには、主から遠ざかっていくように、足が動き出した。

幾度も振り返り、主を見た。
厳しい視線が、風子を貫いていた。

842絶対包囲:2007/04/01(日) 17:05:07 ID:kgDwZYaE0

主が新たな敵に遭遇し、逃げ惑い、その身を焼かれて倒れるのを、風子は遠くからじっと見ていた。
主が血を流し、苦痛に呻くたび、風子は己が抉られるような痛みを覚えていた。
最後に何事かを呟いて、主は事切れていた。

それを見届けてから、風子はゆっくりと歩き出した。
主命は、いまやその強制力を失っていた。
ならば、残された使命こそが、風子の在り続ける唯一の意味だった。
主を踏み躙らんとする敵から、その身を守るのが、伊吹風子だった。

静かに主の傍らに跪き、酷い火傷の痕が走るその顔を、舐め上げた。
小さく主の名を呼んで、身を起こす。
周囲の敵を一瞥した。

主の墓所に踏み入らんとする愚かな敵に向けて、手にした海星を投擲する。
幾つもの首が、刎ねられて転がった。
戻ってくる海星を、片手で受け止めた。
大きく息を吸う。

 ―――風子、参上。

天に届けと、地に轟けと、名乗った。


******

843絶対包囲:2007/04/01(日) 17:05:23 ID:kgDwZYaE0

神塚山麓北側、山道から外れた林。
踏み入る者とてない木々の合間に、小さな影があった。

小さな二つの影は、木洩れ日の中、寄り添うように倒れている。

844絶対包囲:2007/04/01(日) 17:05:44 ID:kgDwZYaE0


 【時間:2日目午前11時前】
 【場所:E−5】

伊吹風子
 【所持品:彫りかけのヒトデ】
 【状態:死亡】

岡崎朋也
 【状態:死亡】

砧夕霧
 【残り26765(到達0)】
 【状態:進軍中】

→783 ルートD-2

845最後の鬼:2007/04/02(月) 00:06:59 ID:bEvLAYWo0
鬼――日本でよく知られている妖怪。民話や郷土信仰に登場する悪い物、恐ろしい物、強い物を象徴する存在。
人に化けて人を襲う鬼の話が伝わる一方で、憎しみや嫉妬の念が満ちて人が鬼に変化したとする説もある。
それらはあくまでフィクションの世界での話であり、現実世界に鬼がいるなどと信じている人間は殆どいないだろう。
しかし実際には確かに鬼は――柏木の血を引く者は存在する。

今やこの島で唯一、雄種の鬼の血を継いでいる人間となった柳川祐也は、源五郎池のほとりにある古びた小屋で休息を取っていた。
そんな折、部屋の隅に置いてあった旧式のデスクトップ型パソコンを発見する。
ただ休憩していても時間の無駄だ、それに聞き逃した第三回放送の内容も気になる。
柳川はパソコンのモニターについた埃を払い、電源を入れた。
目当ては当然、ロワちゃんねるだ。記憶に間違いが無ければ『死亡者スレッド』というものがある筈。
程無くしてパソコンの起動が終わり、目的のスレッドを開いて――柳川は、呆然と声を漏らした。
「な……に……?」
画面にはっきりと映し出されている名前――89番、藤田浩之
ロワちゃんねるには浩之と川名みさきの名前があった。
二人は戦いを止めようと、吉岡チエと共に鎌石村役場へ向かった筈だ。
となれば、何が起こったか考えるまでも無い。ミイラ取りがミイラとなったのだ。
「馬鹿が……。早まった行動はするなと…………言っただろう……」
柳川は目線を伏せ、途切れ途切れに呟いた。
あの甘い浩之の事だ。きっと仲間か、或いは見知らぬ誰かを救おうとして傷付き、死んだのだろう。
人を信じ殺人を極力避けようとする浩之のスタンスは、このゲームで生き延びるには不向きだったと言わざるを得ない。
しかし浩之の生き方は決して馬鹿に出来るようなものでは無いし、あの愚直な生き様は正直羨ましくもあった。
柳川がとうの昔に捨て去ってしまったものを、浩之は確かに持っていたのだ。
そして、鬼の血を引く人間も柏木初音と自分を除いて死に絶えた(柳川が知らないだけで、実際には初音ももう死んでいるのだが)。
この島に吹き荒れる殺戮の嵐は、未だ留まる事を知らない――

846最後の鬼:2007/04/02(月) 00:08:15 ID:bEvLAYWo0
柳川は腰を上げ小屋を飛び出すと、凄い勢いで走り出したが、すぐにその足を緩めた。
焦る気持ちはあった。嫌な予感もしていた。一刻も早く教会に向かわなければと思った。
だが感情に任せて強行軍を続ければ、疲労は蓄積してゆく一方だ。
消耗した状態でまたリサ=ヴィクセンとやりあえば、今度こそ確実に殺されてしまうに違いない。
それに佐祐理達が教会に着くのはまだまだ先だろう、自分一人焦った所で意味は無い筈。
このゲームの参加者の大半は、まだ年端もゆかぬ少年少女達だ。
そんな中で刑事であり大人でもある自分が、一時の感情に流されて判断を誤る訳にはいかないのだ。
隆山署で孤立していた自分は社交性のある人間では無いし、皆を導こうなどとも思わない。
狩猟者でもあり、冷淡な人間である自分の役目は一つ。
決して心を乱さず、冷徹に――どこまでも冷徹に、敵を殺し続けるのみ。そう、浩之とは逆に、殺戮の道を歩むのみ。
残り人数は約三分の一。それだけ人が死んだという事は、ゲームに乗っている人間の数ももう多くはない筈だ。
決着の時もそう遠くはない。首輪を解除する目処もある程度は付いている。
ゲームに乗った者を殲滅し、主催者の喉元に牙をつきたてるその時まで、生き延びてみせる。
当然その過程で倉田佐祐理を死なせるつもりは微塵も無いし、他の仲間だって可能な範囲で守るつもりだ。
自分の中に潜む忌々しい鬼は、皮肉な事にも主催者が施した『制限』により抑えられている。
この調子でいけば、最後まで自分の意思で戦い抜けるだろう。
どれだけ手を汚そうとも最終的に目的を成し遂げれば、川澄舞や浩之の無念も多少は晴らせるというものだ。

847最後の鬼:2007/04/02(月) 00:09:14 ID:bEvLAYWo0
――主催者の奴ら、絶対に許さねえ!
――佐祐理をお願い
(ふん、言われるまでも無い……)
心に秘めた感情を排し、あくまで冷酷な鬼として、柳川は闇夜の中を突き進む。

【時間:2日目20:20】
【場所:H−6】
柳川祐也
【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1、青い矢(麻酔薬)】
【状態:左肩と脇腹は8割方回復、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、左腕軽傷、軽度の疲労】
【目的:佐祐理達との合流、まずは教会へ移動。有紀寧とリサの打倒】

【備考】
※柳川が見た時点での死者スレ最終更新時刻は18:00
→751

848伝令:2007/04/02(月) 02:02:00 ID:Bkc/E23Q0
放送が終わり、室内は沈鬱な空気に包まれていた。
それがこの場にいる五人の仲間の心境を表していた。
折原浩平はぼんやりと四人の表情を眺める。
「あのClass Aのいくみんが……いくみんいくみんいくみん……」
高槻は悲しそうに何事かブツブツと呟いている。
湯浅皐月も立田七海も手で顔を覆い泣いている。
小牧郁乃は……知り合いがいなかったように見受けられるが、死者の多さに衝撃を隠しきれないようだ。

(住井も先輩も澪も死んでしまったか。先輩達はハンディがあるだけに一刻も早く身柄を確保したかった)
浩平は川名みさきと上月澪の顔を思い浮かべ、頭を抱え打ち震える。
先ほど出会った古河秋生達に消息を聞いておくべきたっった。
(長森、どうか無事でいてくれ。七瀬も茜も……)
特に付き合いの長い長森瑞佳のことが心配でたまらなくなる。

「折原、今から至急役場へ行って古河のオッサンに会って来てくれ」
瑞佳の身を案じていると、突然が声がかかった。
「で、用件は?」
「作戦会議をすると言ってくれ。上手く言いくるめて奴らをここへ連れて来るんだぞ。俺は怪我してるから動けないとな」
高槻は気分を切り替え現実に対処しようとしていた。

鎌石村役場はここから約二キロほどの距離にある。
さほど遠くなく、瑞佳達の消息を知るには渡りに船だった。
しかし外は薄暗く、安全のためにももう一人同行者が欲しい。
浩平は三人の少女達を見回し──
「もう一人誰か……立田、俺と来てくれないか?」
「私ですか? いいですよ」
七海は二つ返事で了承した。
「確か銃持ってなかったよね。あたしの持って行くといいわ」
そう言って皐月はS&W M60と予備弾を握らせる。
「わあ、ありがとうございます」
ウインクして微笑む皐月を後に、二人は荷物を手に夕闇の中へと歩き出した。

849伝令:2007/04/02(月) 02:04:07 ID:Bkc/E23Q0
「あたしは隣の部屋で寝てるから、何かあったら起こしてね」
「おお、気を利かしてくれて悪いな。永遠にお寝ねんねしてていいぞ、と」
高槻は洒落にならない冗談を浴びせる。
「なんですって? 永遠ってさあ、貴方……」
「皐月さんの気持ち考えてあげなさいよ。まったくもう、しょうもないこと言って……」
「本気にすなーって。ちゃんと熱いキスで起こしてやるかさらあ。そのスレンダーな体一面にキスマークつけてやるぜい」
「ハイハイおじゃま虫は消えるから。でも盛りのついた猫みたいな声上げないでね」
皐月は頬を膨らましながら後手にドアを閉め、布団に潜り込む。
目を閉じると瞼の裏にありし日の那須宗一の笑顔が浮かんだ。
「宗一の馬鹿。どうして死んじゃったのよう。あたしどうしたらいいの? はうぅ……」
枕を抱き締めながら皐月はすすり泣いていた。



「永遠はあるよ、ここにあるよ、っていうじゃないかあ、いくのん。昨日の夜の続きをしようぜい」
「昨日の夜の続きって?」
「無学寺で宮内の巨乳に邪魔される直前のことに決まってるじゃないか」
郁乃の顎に手を据え、顔を近づける高槻。
「えっと、何だっけ。……あっ、急にそんなこと言われても……」
何のことか理解した途端、郁乃の頬が朱をさすように赤く染まっていく。

「シャイな俺の手が勝手に動いていくぞぉっ。これははたまた不可視の力なのか。かっぱ海老煎と同じ止まらないぃ〜」
「あっ、ちょっとそんなところ……やん、駄目ったらぁ、このヘンタイ……」
「俺様が検診をして悪いところを見つけてやろう。車椅子ばっかだと足が駄目になるから秘口を突いてみような」
指技で女をとろかすのは朝飯前のことだけに、郁乃が陥落するのに時間はかからなかった。
「はああぁ……あふう、あたし、体が熱い……」
それまでの生意気な性格はどこかに消え去っていた。
二言三言囁き合うと、密室に二つの影が重なった。

850伝令:2007/04/02(月) 02:04:57 ID:Bkc/E23Q0
「どうして私を指名したんですか? 銃の腕なら皐月さんの方が上なのに」
「うん、何というか……小さい頃死んだ妹に印象が重なってな。立田といっしょに行ってみたくなったんだ」
隠すようなことでもなく正直に意図を伝えておくのがいいだろう──浩平はそう思う。
「はあ? それって喜んでいいんでしょうか」
「素直に受け取っておけって」
「ありがとうございまーす。あはっ」
七海は浩平の腕にしがみつき喜びを臆面もなく表した。
「おい、ここは戦場だぞ。はしゃぐのはほどほどにな」
「すみません。私ったら──」
「ま、腕じゃなく手を握ってくれ。これなら緊急時にも対処できるから」
「はい。では……」

これで良かったのかもしれない。
七海の憔悴ぶりを見るにつけ、どうにかして気を紛らわしてやりたかった。
そうは言っても浩平自身、悲嘆に暮れていることからどう慰めたらよいかわからない。
単純になんとなくいっしょにいてやりたいと思っただけである。
ただ夜の危険地帯を歩くのは考えものではあるが……。

握り合った手を通じて七海の温かさが伝わってくる。
少し強めに握ってやると彼女も同じように握り返す。
小さくて柔らかく、温かい七海の手。
浩平は目頭が熱くなるのを覚え、夜空を見上げる。
(みさおも生きてたら今頃は立田みたいな感じだろうか。……みさお、おにいちゃんに力を貸してくれ)
二人は手を繋いだまま黙々と歩き、秋生達が居るはずのない役場へと向かっていた。

851伝令:2007/04/02(月) 02:06:57 ID:Bkc/E23Q0
【時間:二日目・18:15】
【場所:C−4街道】
折原浩平
 【所持品:S&W 500マグナム(4/5 予備弾7発)、34徳ナイフ、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)、支給品一式】
 【状態:頭部と手に軽いダメージ、全身打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)】
 【目的:秋生との連絡、鎌石村役場へ】
立田七海
 【所持品:S&W M60(5/5)、M60用357マグナム弾×10、フラッシュメモリ、ほか支給品一式】
 【状態:健康】
 【目的:秋生との連絡、鎌石村役場へ】

【場所:C−4一軒家】
高槻
 【所持品:コルトガバメント(装弾数:6/7)、分厚い小説、コルトガバメントの予備弾(6)、スコップ、ほか食料以外の支給品一式】
 【状態:全身に痛み、中度の疲労、血を多少失っている、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を動かすと激痛を伴う)。ラブラブモード】
 【目的:最終目標は岸田と主催者を直々にブッ潰すこと】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、ほか支給品一式】
 【状態:首に軽い痛み、車椅子に乗っている。ラブラブモード】
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:宝石(光4個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:性格反転中、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)。すすり泣き】
ぴろ
 【状態:ポテトとじゃれ合っている】
ポテト
 【状態:ぴろとじゃれ合っている、光一個】

【備考:浩平の要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図は家に保管】
→743、753

852No.787 悪鬼羅刹と血に染まりし英雄:2007/04/03(火) 10:44:37 ID:.aVB1WQA0
「うぁあ……ああ……」
涙が枯れるまで泣きつくした観鈴に残ったものは憎悪と大量の武器だった。
「ああ……もう……お母さんも……往人さんも……祐一さんも……英二さんも……」
憎悪の先は奪った者。
「殺……された……」
来栖川綾香。
「がお……がお……」
名前も知らないあの顔を。
「にはは……ゆきとさん……もうぽかってやってくれないんだね……」
この手で、殺そう。
「でも……」
その前に。
「にはは……」
まずは英二を奪ったこの人から。
「はは……」
観鈴は弥生の持っていた銃を取り上げて。
村に、七発の銃声が木霊した。

853No.787 悪鬼羅刹と血に染まりし英雄:2007/04/03(火) 10:45:25 ID:.aVB1WQA0

「車……」
観鈴の目の前に、弥生の乗っていた車がある。
「動くのかな……」
弥生が乗ってきたものだ。動かないはずもない。
「お母さんが言ってたよね……『あんなもんはアクセル踏めばうごくんやー』って。にはは……観鈴ちんでもできるかな」
デイバックを車に乗せ、自身も乗り込む。
「あれ……踏むのがふたつある……どっちかな……」
取り敢えず右のほうからゆっくりと踏んでみる。
「……動かないや。こっちかな」
左も踏んでみる。
「……うーん、なんで動かないんだろ。観鈴ちんぴんち」
鍵やワイパー、ギアと色々触ってみる。
そして右を踏むと……
「あ、動いた。にはは。観鈴ちんすごい。じゃあ、こっちで止まれるのかな」
踏んでみる。
「あ、止まった。うんっ。大丈夫。……英二さん、いってくるね」
往人殺したあの人を、殺しに。
「うーん、でもどうやって探せばいいのかな。観鈴ちんぴんち」
ハンドルに突っ伏す。盛大なクラクションが鳴り響いた。
「わっ……ど、どうしたのかな?」
恐る恐るハンドルの真ん中あたりを押してみる。
再びクラクションが鳴る。
「わっ……あ……これ……」
何かを思いついて、観鈴は先程自分で二目と見れぬ肉塊に変えた弥生の元へ駆けていった。

854No.787 悪鬼羅刹と血に染まりし英雄:2007/04/03(火) 10:46:58 ID:.aVB1WQA0


「……よしっ。決めた」
あの狡猾な麻亜子の事だ。一度気付かれた時何を画策するか知れたものではない。どうせあの女は二組とも殺すつもりなのだろう。片方を殺した後春原の下へ向かうはずだ。その時に纏めて殺せばいい。いや。麻亜子は殺さない。手足を捥いで動けないようにしてから奴の大好きなささらとやらを連れて来て目の前で嬲りいたぶり尽くしてやるのだ。いや。まだ生ぬるい。奴と同じ制服を着た奴は全てだ。奴の目の前で。そうだ眼を閉じられないように瞼を切り落とすか。舌を噛まないように顎ごと刺し貫くか。ああユカイでたまらない。楽にはさせない。自分のしたことを千倍も万倍も後悔させてやる。ああさっきからうるさいな。何だ? 何の音だ? 音? 音だって!?
綾香は麻亜子を嬲り続ける妄想を中断して音源の方を反射的に振り向く。
車。
何故かクラクションを鳴らし続けたぼこぼこの車がハンドル操作も危なっかしく道を走っている。
何?
何をしてるの?
あんな馬鹿みたいに大きな音を出し続けていればすぐに見つかるどころじゃない。
自分から人を集めているようなものじゃないの。
ん?
集める?
誰を?
! 決まってる! 今の私のように馬鹿面晒して突っ立って見てる奴の事よ!
とっさに綾香はその場を蹴る。
車の窓が開いて何かが綾香のいたところに投げ込まれる。
1! 2! 3……
ド……ッガアアアアアアアアアアン!
「がぁっ!」
咄嗟に木の陰に隠れようとしたが、すんでで間に合わない。
大半は隠れられたが、傷ついた右腕が爆風に炙られる。
隠れた部分も無傷とはいかなかった。
爆圧が痛んだ内腑を抉る。
「ぐぉ……ああ……」
っざけ……るな……!
ここまで麻亜子を追い続けたというのにこんなところで……!
殺す……殺してやる……!
誰だか知らないけどお前も……お前もお前もおまえもぉぉぉぉ!

855No.787 悪鬼羅刹と血に染まりし英雄:2007/04/03(火) 10:47:22 ID:.aVB1WQA0


「にはは……観鈴ちんつよい」
観鈴は開いた窓を閉めた。
そのハンドルには血に塗れた服が巻き付けられている。
「ゆきとさん……観鈴ちん負けないよ……」
周囲の茂みに突っ込みながらも車を反転させ、再び綾香を狙う。
ここで綾香を見つけられたのは僥倖。
神が味方しているのか悪魔に操られているのか。
そんなことは関係ない。
唯目の前にいる敵を討つのみ。
再び、今までにない速度でアクセルを踏む。
「がお……がお……がおー……」
きょうりゅうはつよいんだ。
あんなやつに負けない。

綾香の蒔いた種は確実に育ち、綾香へと牙を剥いた。
綾香の最も望まぬ形で。

856No.787 悪鬼羅刹と血に染まりし英雄:2007/04/03(火) 10:47:44 ID:.aVB1WQA0






【時間:2日目・20:10】
【場所:g-2右上】

神尾観鈴
【持ち物:ワルサーP5(1/8)、H&K VP70(残弾数0)、ダイナマイト×4、ベレッタM92(15/15)・予備弾倉(15発)、フラッシュメモリ、紙人形、支給品一式】
【状態:綾香に対しての明確な殺意、脇腹を撃たれ重症(治療済み、少し回復)】

・英二のデイバック(支給品一式×2)
・聖のデイバック(支給品一式・治療用の道具一式(残り半分くらい)
・ことみのデイバック(支給品一式・ことみのメモ付き地図・青酸カリ入り青いマニキュア)
・冬弥のデイバック(支給品一式、食料半分、水を全て消費)
・弥生のデイバック(支給品一式・救急箱・水と食料全て消費)
上記のものは車の後部座席に、車の燃料は残量30%程度

来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(25/30)・予備カートリッジ(30発入×2)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き)】
【状態:右腕大火傷(腕を動かせない位)。肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)。全身に軽い火傷】
【目的:麻亜子とささら、さらに彼女達と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う。】


【備考】
ベアークロー、FN Five-SeveN(残弾数0/20)は弥生の元に残してあります
ダイナマイトの音は恐らく民家にも聞こえていると思います

857一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:31:39 ID:wVtpPgvM0
民家の中にある、暗闇に支配された薄暗い廊下。
そんな環境下において、観月マナが狩人の存在を察知できたのは奇跡に近いかもしれない。
「危ないっ!」
「え?」
マナが思い切り、藤林杏を突き飛ばす。Remington M870を取り落とし、尻餅を付いている杏の顔に、赤い雫が降りかかった。
ことん、という音を立ててワルサーP38が地面に落ちる。
杏が顔を上げるとマナの左肩に、羽根のようなものが付いた棒が突き刺さっていた。
「あぐっ……」
「な……どうしたのっ!?」
マナは銃を取り落とし、肩の傷口を押さえながら、それでも一方向を凝視している。
杏は頭の中が真っ白になってしまい、よろよろと起き上がりながら、マナの視線を追うように首を動かした。
マナが睨みつける方向――廊下の曲がり角の辺りにある古びたクローゼットの扉の隙間から、ボウガンの銃身が生えていた。
「ちっちっちっ、駄目じゃないかチビ助君。折角楽に殺してあげようと思ったのにさ」
まるでゲームでもやっているかのように楽しげな声をあげ、少女が扉の中から姿を現す。
少女は殺し合いの場に相応しくない、可愛らしい制服を着ていた。
しかしその手にはしっかりとボウガンが握り締められており、そこから矢が放たれたのは疑いようが無い。
「朝霧……麻亜子……」
マナが洩らしたその一言で、杏は全てを理解した。
この女こそが河野貴明の言っていたまーりゃん先輩なる人物であり、今自分達はその殺人鬼に命を狙われているのだ。
「こんな所で何をしてたか知んないけど、残念ながらチミ達はここでゲームオーバーなんだな、これが」
そう言って麻亜子が鞄から予備の矢を取り出そうとする。杏は地面に落ちている二丁の銃へと目を移した。

858一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:32:51 ID:wVtpPgvM0
駄目だ――到底間に合わない。こちらが銃を拾い上げて構えるよりも先に、撃ち抜かれてしまうだろう。
杏は咄嗟の判断で鞄の中に手を突っ込み、そして、
「ふざけんじゃないわよっ!」
四角くて分厚い物体――所謂国語辞書を、全力で投擲した。
異常とも言える肩力を誇る杏の投擲攻撃は、初見では到底避けきれるものでは無い。
「ぬわっ!?」
唸りを上げる辞書は麻亜子のボウガンに命中し、見事に弾き飛ばしていた。
「――――今!」
マナはその機を逃さずワルサーP38に飛びつき、構えようとする。
だが敵は百戦錬磨とも言える朝霧麻亜子だ、その立ち直りの速さは尋常ではない。
麻亜子はマナが構えを取るよりも早く横に跳ね、廊下の角の向こうへと走り去った。
「こっちよ!」
杏が素早くマナの右腕を引き、敵とは反対の方向へと走り出す。
相手の武器はボウガン、拾い上げ矢を装填するまでにはかなり時間が掛かるだろう。
その隙に自分達は距離を取り、この家を出て陽平達に危険を知らせねばならない。
確か居間には、裏口があった筈。あそこから脱出すれば逃げ切れるだろう。
マナが居間への扉を勢い任せに開け放ち、二人は中へと駆け込んだ。
そして杏がドアを閉めようとしたその時、一発の銃声が鳴り響いた。

859一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:33:45 ID:wVtpPgvM0
遅れてドサリ、とマナの身体が地面に崩れ落ちた。
「え……ええ……?」
マナの腕を掴んでいる杏の手がぐっしょりと濡れ、生暖かい嫌な感触が伝わる。
冷たい悪寒が背筋を立ち上り、重い絶望が心を支配する。
「ちょっと、マナ!?」
必死に呼び掛けてみるが、マナは両眼を閉じたままぴくりとも動かない。
首から腰の辺りまでが真っ赤に染まり、その腹部からはどす黒い血が流れ出ている。
杏は知る由も無いのだが、その傷は麻亜子の切り札であるデザート・イーグル .50AEによって撃ち抜かれたものだった。
杏は何か治療に使えるものは無いかと闇雲に鞄の中を探そうとしたが――すぐに自分の頬を叩いた。
(落ち着きなさいあたし。こんな時こそ……クールによ!)
ここで取り乱してしまっては、本当に取り返しがつかなくなる。
勝平を殺してしまった時のように錯乱して、周りに迷惑を掛けるのは二度と御免だ。
自分は救急箱を持ってはいるが、この状況で落ち着いて治療などさせて貰える筈が無い。
視線を横に動かすと、麻亜子が廊下に落ちているRemington M870を奪取すべく駆けていた。
杏はワルサーP38を拾い上げ、廊下の方へと銃口を向けた。
「むう、そんな危ない物を人に向けたら駄目だぞう」
杏の反撃を完全に見透かしていた麻亜子は、悠々とその場を飛び退き銃口の先から逃れる。
しかし――杏は麻亜子を狙っていた訳では無かった。
「誰があんたを狙ってるって言ったのよ?」
「……なぬっ!?」
ワルサーP38から放たれた銃弾はRemington M870のすぐ傍に着弾した。
その衝撃でRemington M870は廊下の奥まで弾き飛ばされていった。

860一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:34:40 ID:wVtpPgvM0
杏は即座に鞄の中へワルサーP38を放り込み、荷物とマナの身体を手早く抱え上げた。
全身の筋肉を総動員してそのまま裏口まで担ぎ込む。
扉の鍵を――まどろっこしい。扉を強引に蹴り破り、民家の外へと躍り出た。
だがそれとほぼ同じタイミングで、この場所と陽平達が居る家との中間点辺りから、大きな爆発音が聞こえてきた。
(まさか……新手っ!?)
迷っている暇は無い。マナを抱え上げた状態で、戦火を潜り抜けられるとは到底思えない。
杏は荒々しく地面を蹴り飛ばし、民家の裏側へと身を隠した。
武器の回収を優先したのか、爆発音に気を取られたのか――麻亜子は追ってきていないようだった。
「マナ、しっかりして!」
マナの上着を脱がせ、傷口の状態を確かめる。
途端に杏は、『血の気が引く』といった感覚がどのようなものかを思い知った。
マナの腹部からは膨大な量の血が溢れ出て、救急セットの包帯を巻きつけてもまるで意味を成さない。
あっという間に包帯が真っ赤に染まる。陽平達の家の方から銃声、続いて爆発音が聞こえてくる。
(クールに……クールによっ……!)
心の奥底から沸き上がる焦燥感から逃れるように、震える手つきで包帯を取り替えようとする。
死なせたくなかった。たとえ出会ってからさほど時間の経っていない人間であろうと、助けたかった。
包帯を巻く。すぐに血に塗れて使い物にならなくなる。取り外す。
救急箱から新しい包帯を取り出す。巻く。赤く染まる。外す。
単純なその作業を何度も何度も続けて――やがて思いついたようにマナの手首に指を添えて、ようやく杏は気付いた。
「う……そ……」
マナが既に息絶えてしまっている事に。どんなに冷静さを保って行動しても、精一杯頑張っても。
「こんなの……うそ……よ…………」
常に努力が報われる訳では無いのだ。

   *     *     *

861一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:35:36 ID:wVtpPgvM0
「殺してやる……殺してやる……殺してやる……っ!!」
復讐の完遂を目の前にして、予想外の奇襲を受けた綾香の心は、ドス黒い殺意で埋め尽くされていた。
もう苦しめて殺すなどといった遊戯は止めだ。ささらを見つけるまで待ってなどいられるものか。
これだけ多くの憎たらしい連中が一堂に会しているのだ。これ以上の我慢など出来る筈が無い。
朝霧麻亜子も車に乗った襲撃者も春原陽平もルーシー・マリア・ミソラも、等しく死を与えてやる。
過程や方法なども、もう拘るまい。どんな手を使ってでも全員殺してやる。
この場にいる人間全てを殺し尽くさねば、この烈火の如き怒りを納める事は叶わない。
綾香は迫る車に背を向けて民家――春原陽平達が中にいるであろう建物に向かって駆けた。
程無くして民家の塀の前まで辿り着き、綾香は車に顔を向けて吼えた。
「さあ、近付けるもんなら近付いてみなさいよっ! 壁にぶつかってペシャンコになりたきゃね!」
あの車の運転手の狙いは単純にして明快。
車で距離を詰め、至近距離にてダイナマイトを投擲するというものだ。
ならば近付けさせなければ良い。障害物の近くにいれば、車は激突を恐れ距離を詰めれぬ筈だ。
前方から一直線に向かってくる車は、もうそろそろ方向を変えるだろう。
反転したその瞬間に……蜂の巣にしてやる。
車の奴を殺した後は陽平とるーこだ。ミサイルをぶちこんで、民家ごと潰してやる。
最後に麻亜子をズタズタに殺し尽くして、復讐は完了だ。
しかし――

862一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:36:36 ID:wVtpPgvM0
「な……死ぬ気っ!?」
車は方向を変えない。言い訳程度に速度を緩めながらも真っ直ぐに突っ込んでくる。
恐らくは自分の身の危険など顧みず、極限まで接近してくるつもりだろう。
綾香の誤算はただ一つ。車の運転手が神尾観鈴――自分と同じく、復讐鬼と化した人間であった事だ。
車は直進を続け、そのライトは焦りを隠せぬ綾香の顔を照らしていた。
(くそっ……ここは避け――いや、間に合わないっ……!)
綾香は回避動作に移ろうとしたが間に合わない事を悟り――土壇場で、ある作戦を思いついた。
綾香は素早く民家の塀を乗り越えて、そのまま庭へと侵入した。
接近する車の音に注意しながらも、一心不乱に駆ける。
車のエンジン音で距離を判断し、ぎりぎりのタイミングで傍に生えている木の裏に回りこむ。
それより少し遅れて、車が大きく孤を描いて塀の間近を通過し、窓からダイナマイトが放り投げられた。
白い閃光が夜の闇を切り裂き、巨大な爆発音が静寂を打ち破る。
巻き起こる爆風が周囲一帯にある全てを蹂躙してゆく。
煙が吹き上がり、辺り一帯が覆い尽くされ――やがて、景色が明瞭になってくる。
打ち上げられたコンクリートか何かの破片が、天より降り注ぐ。民家は庭を爆心地として、半壊状態になっていた。
民家を囲っていた塀のうち、爆風に巻き込まれた部位は完全に吹き飛んでいた。
民家本体も庭に近い部分は基本的な骨組みだけしか残っていない上に、その骨組みさえも真っ黒に焦げている。

863一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:37:39 ID:wVtpPgvM0


「……やったの?」
神尾観鈴は車を止め、窓越しに崩壊寸前の民家を眺め見た。
綾香が庭に飛び込む所までは視認出来たが、それから先は車の運転とダイナマイトの投擲で手一杯だった。
あれから綾香がどうなったかは分からない。
怪我は確実に負っているだろうが、もしかしたらまだしぶとく生きているかも知れない。
絶対にそんな事はあってはならない。往人の命を奪ったあの女は、ここで確実に殺す。
もう一度至近距離からダイナマイトを投げ込んで、中にいる者に逃れようの無い死を与えてやる。
観鈴はアクセルを軽く踏んで車をゆっくりと動かし、民家のすぐ傍まで近付いた。
そこで車を停車させて窓を開ける。塀は半分以上が崩壊しているので、庭の様子まで見て取れた。
綾香の姿は見当たらないが、散在している瓦礫の下に埋もれているかもしれない。
観鈴は窓から上半身を乗り出し、ダイナマイトに火を付けようとして――そこで爆発の影響で歪んだ玄関の扉が、鈍い音を立てて開いた。
中から出てきた桃色の髪をした少女が、冷たい眼でこちらを一瞥した後、躊躇う事無くH&K SMGⅡの銃口を向けてくる。
観鈴が頭を引っ込めるのとほぼ同時に、少女――ルーシー・マリア・ミソラの手元から火花が発された。
「あうっ!」
直撃こそ避けられたものの、防弾性である車の頑強さが逆に災いした。
銃弾は開け放たれた窓から車の内部に侵入した後、フロントガラスに跳ね返される形で跳弾と化す。
そのうちの一発が観鈴の腹部に鋭く突き刺さっていた。
フロントガラスにぶつかった時点である程度衝撃は弱められている為、即死にまでは至らない。
しかしそれでも皮膚を切り裂き、骨を砕き、鮮血を撒き散らす程度の威力は残っていた。

864一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:38:22 ID:wVtpPgvM0
――るーこ達が民家の中で捜索を行っていた時。
藤林杏らが向かった民家の方角から銃声が聞こえてきた。
るーこ達が銃声に反応し救援に向かおうとしたその時、今度は別の方向から物凄い爆発音がした。
るーこ達は一瞬どうすべきか悩んだが、考えている暇など無いとすぐに気付き玄関に向かう。
そして今度は家のすぐ近くで爆発が巻き起こり、るーこ達もその煽りを受けたのだ。
玄関が庭とは離れた所にあった為まだ損害は軽かったが、一歩間違えば死は免れなかっただろう。
るーこ達にとって先程放たれたダイナマイトは無差別攻撃以外での何物でもなく、その犯人である観鈴はゲームに乗った者と解釈されたのだ。


「……仕留め切れなかったか」
観鈴に攻撃を仕掛けた張本人――ルーシー・マリア・ミソラが、落ち着いた声で口を開く。
すぐにその後ろから彼女の仲間である、春原陽平が姿を表した。
「るーこ、さっきのはあいつの仕業か?」
「ああ。あのうーはダイナマイトを投げようとしていたし、間違いな……?」
そこでるーこの身体がぐらりと揺れ、陽平は慌ててその身体を支えた。
陽平は下に視線を落とした後、目を大きく見開いた。
「お、おい! 大丈夫かよっ!?」
るーこの左足から、赤い血が滴り落ちていた。陽平は素早い動作で、るーこの左足に突き刺さっていた瓦礫の破片を抜き取る。
それからキッと鋭い眼つきで、前方の車を睨みつけた。
「畜生、よくもるーこを! 誰だか知らないけど許せねえっ!」

865一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:39:34 ID:wVtpPgvM0
るーこが弾切れを起こしたH&K SMG‖に銃弾を装填するよりも早く、車は再び走り始める。
その背面に照準を合わせ、るーこが銃を連射したが、銃弾は全て防弾ガラスの前に阻まれた。
陽平が信じられない、といった表情を浮かべる。
「何だよアレ!?」
「く……うーの技術も捨てたものではないな」
るーこは軽く舌打ちした後、毒々しげに吐き捨てる。その間にも車は走り続け、どんどんと加速してゆく。
ライトのおかげで夜天の下でも車を見失う事は無く、遥か遠くで大きくUターンする姿まで見て取れた。
方向転換を終えた車が一直線にこちらへと向かってくる。
るーこはそのフロントガラスに向けて何度もH&K SMG‖を放ったが結果は変わらない。
全ての銃弾は金属音と共に、あっさりと跳ね返されてしまう。
車は速度を落とす所か、逆に加速してどんどん接近してくる。
「ヤベェよこれ……るーこ、一旦引こうっ!」
陽平が動揺の色を隠し切れない声で退避を訴えかける。
しかしるーこはぎゅっと口元を引き締めた後、静かに首を振った。
「無理だ……るーの今の足では到底逃げ切れない」
「そんなっ……!」
陽平はるーこを何としてでも守りたかった。銃弾なら自らの身を盾にして防ぐ事が出来る。
しかしダイナマイトによる広範囲攻撃は防ぎようが無い。
陽平がるーこを庇おうとした所で、二人揃って吹き飛ばされるのがオチだ。
「どうすりゃいいんだ……?」
これと言った打開策が思い浮かばず、陽平の顔が絶望に引き攣ってゆく。
しかしそんな陽平の頬に、るーこの白い手が添えられた。
「るーこ?」
「手はある。るーを……るーの力を信じるんだ。うーへいはるーを信じて、しっかりと支え続けていて欲しい」
あの銃弾の通じぬ鋼鉄の塊にどう立ち向かうのか、陽平には皆目見当も付かない。
しかしるーこは強がりを言うような性格でもないし、何より信頼すべき大切なパートナーだ。
だから陽平は何も聞き返さず、ただ力強く頷いた。

866一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:40:11 ID:wVtpPgvM0
   *     *     *

「往人さん、待っててね……あの人達をやっつけて……往人さんを殺した人も…………やっつけるから……」
息も絶え絶え、といった様子で観鈴が言葉を紡ぐ。
先程るーこの銃撃により受けた跳弾は、観鈴の身体に重大な損傷を与えていた。
ハンドルに巻きつけた服すらも血で真っ赤に濡れており、油断すれば手を滑らせてしまうだろう。
それでも観鈴は決して逃げようとしなかった。大切な人を奪い尽くされたこの世に最早執着は無い。
ならば残された道は一つ。この命を犠牲にしてでも、往人の仇を討つ。
立ち塞がる者は誰であろうとも容赦しない。
この命ある限りは戦い続け、目的を果たしてみせる。
この選択が間違いなのは知っている。往人が生きていれば、確実に自分を叱るだろう。
それが分かっていても観鈴はもう止まれなかった。
それ程までに、今の彼女は憎しみに支配されていた。
敵は、前方に見える民家の庭からこちらを睨んでいる。
何度か発砲してきたけれど、それは全てこの車が防いでくれた。
このまま直進して、民家の横を通過するその瞬間にダイナマイトを投げ込む。
たとえそれで仕留め切れなかったとしても、民家は確実に倒壊するだろう。
遮蔽物さえ無くなってしまえば、逃げ場の失った相手をこの車で轢き殺してしまえば良いのだ。
そこまで考えた時、観鈴は喉の奥から血を吐き出した。
「が……がお……。駄目……だよ……まだゴール…………しちゃ……いけないんだから……」
視界がぐにゃぐにゃと歪む。身体の何箇所は、もう感覚を失っている。
揺れる視界の中、目標の民家がすぐ近くまで迫ってきた。
敵は諦めたのか、もう銃を下ろしている。
観鈴は震える手で何とか窓を開け、ダイナマイトに火を点けた。
残る力を振り絞って、それを投げ込むべく振りかぶる。

867一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:41:01 ID:wVtpPgvM0
「――え?」
瞬間、敵と目が合った。
陽平にしっかりと支えられているるーこが、こちらに向けて銃を構えていた。
敵の狙いは単純明快――攻撃の為に窓を開け、本体が姿を晒したその瞬間を撃つ、というものだ。
それを観鈴が理解した時にはもう、るーこのH&K SMG‖が火を噴いていた。
今度ばかりは身を引くのも間に合わず、観鈴は荒れ狂う銃弾の嵐に巻き込まれていた。
夥しい鮮血が車内に飛び散り、フロントガラスが真っ赤に染まった。
(ゆき……と……さん……)
ダイナマイトを膝の上に取り落とし、観鈴は力無く座席に倒れ伏す。
もう体が殆ど動かない。数秒後にはダイナマイトの爆発に巻き込まれるだろう。
観鈴は自身に死が訪れる事を、認める他無かった。
しかし――憎しみに取り憑かれ、暴走していた観鈴だったが、最後に抱いた念は意外なものだった。
(あの……ひとたち……なかよさ……そうだった……な……)
支えあう陽平とるーこの姿を一目見て、彼らがお互いをどれだけ大切に思っているかが分かってしまった。
それは在りし日の往人と観鈴のようで――羨ましかった。
観鈴はポケットに入れてあった紙人形をしっかりと握り締める。

868一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:41:57 ID:wVtpPgvM0
その瞬間、奇跡かそれとも観鈴が見た幻覚か――紙人形が光を放ち、もうこの世に居ない筈のあの人が姿を表した。
銀色の髪、黒い服、鋭いけれど奥底に優しさを秘めた瞳、それは紛れも無く国崎往人その人のものであった。
「ゆ……きと……さん……?」
「観鈴、よく頑張ったな」
優しい声で、往人が語り掛けてくる。
「がお……でも観鈴ちん……やられ……ちゃったよ……」
観鈴がそう言うと、往人は表情を大きく歪め、悲し気な目になった。
「もう良いんだ。もう殺し合いなんてしなくても良いんだ……!」
往人は倒れ伏して観鈴の体を抱き上げて、優しく両腕で包み込む。
「もう止めてくれ。復讐なんて良いから……いつもの笑顔を見せてくれ……。俺はお前の笑顔さえ見られれば、幸せでいられるんだから……」
愛でるように、ぎゅっと観鈴の体を抱き締める。
その瞬間、動かない筈の観鈴の体が動くようになり、少女は往人の背中に手を回した。
「ああっ……往人さん……往人さあんっ……!」
往人の暖かさを感じながら、ぽろぽろと大粒の涙を零す。
泣きながらも、その顔には信じられないくらい幸せそうな笑みが浮かんでいた。
「ゴール、だよ……」
そこで光が大きく広がり、観鈴の体も意識も、強風を浴びせられた煙のように霧散していった。

869一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:42:36 ID:wVtpPgvM0




――前進を続けていた車は、陽平達の前方30メートル程の所で爆散した。
燃え盛る炎、鼓膜を痛めつける凄まじい爆音。
眩いその閃光は、生命の終わりと共に放たれた、最後の輝きのようであった。
陽平とるーこは肩を並べながら、その光景をじっと見つめていた。
「あの車に乗ってたの……僕達と同じ歳くらいの女の子だったよね……」
「……そうだな」
二人はやりきれない想いで一杯だった。どうして殺し合いなどしなくてはいけないのか。
どうして自分達と同年代の少女に命を狙われ、戦わなくてはならないのか。
日常生活の中で出会えてれば良い友達になれたかも知れないのに……どうして殺さなくてはいけないのか。
どれだけ考えても、答えは出そうに無かった。
「とにかく杏達が心配だ。様子を見に行こう」
杏達が向かった民家の方角より銃声が聞こえてきてから、もうだいぶ経ってしまっている。
間に合うかどうかは分からないが、それでも行かねばならない。
陽平はるーこの体を支えながら、くるりと横を向いて――大きく目を見開いた。
「随分派手にやりあってたじゃないか。 そろそろあたしも混ぜてくれたまへ」
陽平の視線の先には、Remington M870を手にした朝霧麻亜子が立っていた。

   *     *     *

870一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:43:48 ID:wVtpPgvM0
「……まずはあの車の奴が死んだか」
陽平達が麻亜子と対峙しているその頃。
来栖川綾香はすぐ近くにあった畑を区切る、あぜの影に身を潜めていた。
マシンガンは地面に置いて、唯一無事な左腕でレーダーを握り締めている。
左目は視力の大半を失ってしまっているので、右目だけでその画面を覗き込んでいた。
レーダーに衝撃を与え過ぎた影響か、遠くの光点までは映し出せなくなっている。
高速で動き回ってた――あの車の主のものであろう光点は、先の爆音と共に消失した。
それ以来エンジン音も聞こえてこないし、どういう手を使ったかは分からないが、車ごと破壊されたと考えるのが妥当だろう。
この近辺で残る光点は四つ。一つは麻亜子が向かった家のすぐ傍で止まっている。
残る三つ――恐らく、るーこ、陽平、麻亜子のものと思われる光点は一箇所に集中している。
麻亜子は当然として、陽平もるーこも気に食わない。出来れば三人とも自らの手で嬲り殺したい。
だがしかし――綾香はぎゅっと歯を食い縛った。

綾香が土壇場で敢行した、陽平達とあの車の運転手を戦わせるという作戦は、見事に実を結んだ。
車の運転手は死亡したし、きっと陽平達だってダメージを受けただろう。
だが代償はかなり大きかった。木の幹を盾としても爆風を防ぎきる事は叶わず、吹き飛ばされてしまった。
その時の衝撃の所為で綾香の左目は失明寸前まで追い込まれてしまったし、体の節々に新たな痛みも走る。
このような状態で三人を同時に相手するのは危険過ぎる。
勿論今も自分の心は溢れんばかりの憎悪で満ちているが、しかしだからこそ、ここで無茶をしてはいけない。
麻亜子を殺せず、逆に倒されるのだけは絶対に許容出来ない。
ここは耐えて、機会を待って――最高の好機が来たら、一気に勝負を決めるのだ。
「今はあんた達だけで潰し合っときなさい。最後に笑うのは……私よ」

871一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:44:39 ID:wVtpPgvM0
【時間:2日目・20:25】
【場所:g-2右上】

朝霧麻亜子
【所持品1:Remington M870(残弾数4/4)、デザート・イーグル .50AE(0/7)、ボウガン、サバイバルナイフ、投げナイフ、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態:陽平・るーこと対峙、マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、全身に痛み】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、特に綾香の殺害。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】

ルーシー・マリア・ミソラ
【持ち物:H&K SMG‖(17/30)、予備マガジン(30発入り)×3、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6、ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)】
【状況:麻亜子と対峙、綾香・主催者に対する殺意、左足負傷、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み、裂傷の傷口は概ね塞がる)】

春原陽平
【持ち物1:鉈、スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
【持ち物2:鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】
【状態:麻亜子と対峙、全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】

藤林杏
 【装備:ワルサー P38(残弾数4/8)、Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27】
 【所持品1:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×2(和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、支給品一式】
 【所持品2:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、9ミリパラベラム弾13発
入り予備マガジン、他支給品一式】
 【状態:失意、最終目的は主催者の打倒】

872一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:45:16 ID:wVtpPgvM0
ボタン
 【状態:健康、杏の鞄の中に入れられている】

来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(25/30)・予備カートリッジ(30発入×2)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き、一部損傷した為近距離の光点のみしか映せない)】
【状態1:右腕大火傷(腕を動かせない位)。肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)。全身に軽い火傷、疲労、体の節々に痛み】
【状態2:左目失明寸前。陽平達がいる民家の近くにある、あぜの影に身を潜めている】
【目的:付近にいる人間を、手段を問わずに全滅させる。麻亜子とささら、さらに彼女達と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う。】

【神尾観鈴】
【状態:死亡】
観月マナ
【状態:死亡】

【備考】
車の荷物、観鈴の荷物は全て大破。
SIG・P232(0/7)、貴明と少年の支給品一式、国語辞典は杏達が捜索していた民家の中に放置。

→782
→787

873貫いた信念:2007/04/04(水) 21:43:11 ID:H0vHhZJk0
急変した来栖川綾香の態度に、場にいる四人の誰もがすぐの反応を取ることができなかった。
その内の一人、吉岡チエが倒れゆく様の現実感の無さに長岡志保は呆然とするしかなかった。

「・・・・・・よっち!?」

渇ききった、自身でも驚くくらいの痛みが喉に走るが、それでも志保は喉を潤すことに優先事項を置かなかった。
すぐ隣、銃声、構えているのは来栖川綾香。倒れた彼女、その腕にはしっかりと青いリボンが握られていて。
咄嗟に手を伸ばすが次の瞬間肩を強い力で引かれ、前に進むことができない志保はそのまま後方へと引きずられた。

「アホッ! 何やってんやっ」

肩を竦ませる、耳元で怒鳴られ放心しかけた志保もはっとなる。
そんな彼女の肩を掴んでいたのは、綾香の危険性をいち早く認識していた保科智子であった。
智子はまだ機敏な動作ができあいであろう志保の手を取り、再び銃を構えてくる綾香から逃げるべくそのまま後方の茂みへと走り出た。
それと共に、耐えることなく連続して響き渡る銃声が綾香の容赦の無さを物語る。
志保を引いていては対策を考えることも出来ず、悪くなる一方の状況に智子も思わず舌を打った。

「逃げられると思うんじゃないわよ、クソがっ!」
「ひぃ!」

動く的に対し照準が上手く合わせられないのか、それは牽制の意味にしかなっていない。それだけが逃げ惑う三人にとっては救いだった。
後ろを振り向く余裕もなく、智子も志保もただただ必死に足を動かし続けていた。
と、その時突然後ろの方で綾香が上げたらしき悲鳴が二人の耳をつく。
思わず振り向いた智子の視界、そこにはブイサインを掲げながら追いついてきた花梨の姿を捉えていた。

「や、やった!」
「・・・・・・でかした、笹森さん! このまま一気に逃げ切るでーっ!」

様子から、花梨が何かやらかしたというのは一目瞭然である。
呻いている綾香が走っているこちらに追いつくのは厳しいであろう、今のうちにと智子は走る速度を上げ綾香との距離を伸ばそうとするのだった。

874貫いた信念:2007/04/04(水) 21:43:52 ID:H0vHhZJk0




「こ、ここまで来ればとりあえずは大丈夫かな・・・・・・」

はぁ、はぁと息を弾ませた花梨が小さく呟く。
木の幹に腰を降ろした彼女の近く、智子も背を低くし綾香含め他の参加者に気づかれないよう気を配った。
志保も、その輪の真ん中にてつられるように座り込む。
こうして静かな落ち着ける場所に辿り着いたことで、おぼろげだった志保の思考回路もやっと回復することができた。
頭の整理ができるようになったということ、しかしそれは彼女につらい現実を見せ付けることにしかならない。

態度を急変させた綾香は、いきなり牙を向いてきた。
そしてその中で失われたのが、吉岡チエの命であり。
彼女が何故このような強行に出たのかという経緯は分からない、しかしその結果に痛む胸を抑える志保の表情は苦渋に満ちていた。

「笹森さん、あんた来栖川さんに何したん?」
「ん、あーえっと・・・・・・ちょっと危ないかもって思ったんだけど、もうこっちがピンチだったからさ。警棒を、こうね」

志保の様子に気づかないのか、智子は先ほどの花梨の武勇伝に耳をすましていた。
振りかぶるアクション、それが物語る花梨の行為にしてやったりといった感じで、二人は顔を見合わせほくそ笑む。
志保を置いたまま、二人はしばらくそんな話で盛り上がっていた。

「うーん、でも上手い具合に顔に当てちゃったから・・・・・・傷ができたら可哀想かな」
「そんなこと言ってる余裕はなかったんや、それぐらいは自業自得と思ってもらわんと」
「そだね。ああ、でもこれであたしの持ち物は貝殻だけに・・・・・・って、え、長岡さん?」

ようやくと、言えばいいのだろうか。二人の視線が志保へと向けられた。
それと共ににこやかな空気は瞬時に掻き消える、智子も花梨も表情を改め彼女をじっと見つめた。
志保はただ唇を噛み締め、拳を握り締め、そして肩を震わせながら堪えるように地面を睨んでいた。
智子も花梨もかける言葉が見つからないのか俯くことしかできず、そんな中沈黙はしばらく続くことになる。

875貫いた信念:2007/04/04(水) 21:44:27 ID:H0vHhZJk0
逆に言えば、しばらくしか続かなかった。
足音が、草木を踏みつける微かなそれが三人の聴覚に一斉に伝わったのだ。
慌てて気配を潜めようとする三人、しかし嫌な予感ほど当たりやすいと言ったもので。
距離的にはまだまだある、しかし流れる黒髪がチラチラと視界に入ることから近づいてきた人物は彼女しかいなかった。

(くそっ、逃げ切れんかったんか・・・・・・っ)

智子の眉間に皺がよる、まともな武器がないのに相手が拳銃では全く勝ち目は望めないだろう。
いざという時のため、それでも装備をしておいた方がマシだろうと思い智子は自身の支給物である捕縛用ネット専用バズーカーを取り出した。
しかしネット弾の残弾が二発しかないという頼りなさに、思わず苛立つ気持ちも込み上がってくる。
そんな時だった。

「ごめん、保科さん。先行ってくれる?」

ぼそっとした小さな呟きを捉え、智子は声の主・・・・・・志保へと、視線を合わせる。
その表情には先ほどまでの憤りを耐え続けた色は全くなく、きりっと前を見据える瞳には意志の強さも伺えるようだった。
思わず絶句する智子、しかしそんな彼女の様子を気にすることもなく志保は言葉を続けてくる。

「逃げてってこと。あたしが足止めしてみる」
「あ、アホ抜かせ! そんなん無茶やろ」
「無茶でも何でもいいのよ、いいから私に任せて行っちゃって。ここじゃあ見つかるのも時間の問題だわ」

確かに、綾香の足取りは間違いなくこちらを経由する道のりを手繰っていた。
しかしそれとこれとは別である、智子からしても志保を犠牲にしてまで逃げ延びようと考えられる訳はなかった。
そう、彼女が次の言葉を吐くまでは。

「・・・・・・あのさ、あたしこれで二回目なのよ。もうこれ以上、自分のせいで誰かが死ぬ姿見るなんて真っ平なのよっ」

その言葉が、先ほど涙しながら打ち明けられた話に繋がると言うことを、頭の良い智子が気づかないはずがない。
だから、志保の台詞に対し。智子は、それ以上何も返せなかった。

876貫いた信念:2007/04/04(水) 21:45:06 ID:H0vHhZJk0
「ううん・・・・・・それ以前に。今度は、自分で後始末くらいはしなくっちゃ」

すくっと立ち上がる志保、最後のは自分に言い聞かせたものだったのだろう。
もう今の彼女は、隣にいる智子も花梨も視野には入れていなかった。

「長岡さん!」

智子が叫んだ時には、既に志保は駆け出していた。
デイバックから取り出したナイフを利き手に握り締め、まだこちらに気がついていない綾香へと向かい猛然と走りこんだ。

(住井君、悪いけど力を貸してくれるとありがたいわよ・・・・・・っ)

それは、志保が生前の住井護から譲り受けた投げナイフだった。
護身のためにと自らの支給品を分けて合った護と志保は、間違いなく仲間であり、かけがえのない絆を持っていた。

そんな護を、自身の不注意により失った志保。
そして、今度はチエさえも。
知り合いだからと気軽に声をかけたせいで、綾香という人殺しと接触する機会を作ってしまったということ。
そのせいで智子や花梨まで命の危機を脅かされているということ。
・・・・・・ケアレスミス、それらは全て志保が要因となって起こった事象だった。

時間は巻き戻すことなどできない、しかし志保が取り返しのないことをしてしまったのもまた事実。
だから、志保は蹴りをつけようとした。自身の手で。
カバーをしてくれた柏木耕一と川澄舞の二人はいない、いや、本当は山頂の件も二人に任せず志保が何とかいけないことであっただろう。
それが、彼女の責任だった。

そして今、その償いの時をする機会が現れたのだと。志保は、そう思うことにした。

「やってやるわよ、覚悟しなさい・・・・・・来栖川綾香ぁっ!」

877貫いた信念:2007/04/04(水) 21:45:47 ID:H0vHhZJk0
叫ぶ、それと共に静かな森に響いた木々のはせる物音により、綾香もこちらに瞬時に反応することができたようだった。
遠慮なく引かれるS&Wの轟音に対する恐怖心は隠せない、しかしそれでも志保は走ることを止めようとはしなかった。
綾香が引き金を引こうとすると同時に、足を動かしたまま志保もナイフを振りかぶる。
しかし速さでは綾香の方が圧倒的に有利である、放たれた銃弾はしっかりと志保の腰部分を貫いた。

「・・・・・・くっ!」

斜め前に跳ぶことで致命傷を避けること自体はできたが、それが原因となり志保の姿勢は著しく崩れることになる。
綾香も距離を詰め、正確な狙いを改めてとった上で改めてS&Wの引き金を引いてきた。
声は漏れずとも、焼き付くような痛みが肩に広がることで志保はダメージを判断するしかなかい。
さらに一発二発と撃ち込まれ、勢いの削がれたスピードのまま志保は膝をついてしまった。
手にしていたナイフも、いつの間にか取り落としてしまっている。

「あ・・・・・・ぐっ・・・・・・」
「武装の差は最初から分かってたことでしょ。・・・・・・無様ね」

余裕の笑みを湛えながらも、近寄ってくる綾香の姿。
・・・・・・しかし待った、志保はチャンスを待ち続けた。
勝利を確信した彼女なら、すぐに止めを刺さずこちらをいたぶってから殺そうとするに違いないとはずだと、そう思って待ち続けた。

「かっこつけようとしてんじゃないわよ、何、自己犠牲で仲間を救おうとするなんて反吐が出るわ・・・・・・」
「っ!!」

また銃声が鳴る、今度は志保の健康的な太股が赤く染められてしまった。
痛々しい傷跡が視界に入り思わず嘔吐感に襲われるものの、志保はなんとか堪えてそのまま機会を窺い続けた。

「どうせあんたも肝心な所で裏切られるわよ、どうせこの島の人間なんかほとんどが赤の他人なんだから。
 そうよ、そんな奴生かしておけるもんか、死ぬがいいわ弱さを憎みなさい、運を憎みなさい。
 私だってずっと憎み続けているもの、だから憎みなさい、それで・・・・・・」
「寂しい、人ね・・・・・・」
「っ、何よ?」

878貫いた信念:2007/04/04(水) 21:46:33 ID:H0vHhZJk0
綾香の呪詛を途中で止め、志保はしっかりと彼女を睨みつけながら言い放った。

「全部がっ、全部、悪い人間だって・・・・・・決め付ける、ことの方がっ、反吐が出るっつーのよ・・・・・・」
「まだ、そんな口聞ける余力が残ってたの? 中々の根性ね」
「うっさい、はぁ・・・・・・なか、まに恵まれなかったのはっ、残念・・・・・・だったわね、でも・・・・・・」

息継ぎをしながらの志保の台詞は聞きづらいものであったが、それでもそこには彼女の信念が詰まっていた。

「あたし等、は、こんな、短い間でも、信じられる大切な・・・・・・大切な、仲間ができたんだからああぁぁ!!」

瞬間、綾香の頬を裂く何かが志保の手から放たれた。
投げナイフ、もう一本あったそれを綾香の顔面に狙いをつけていたようだが、惜しくも掠れるだけで致命傷を与えることは叶わなかった。
しかし、それで何とか一本の糸にて繋がれていた綾香の堪忍袋の緒は、あっという間に断ち切られたことになる。

「なめんじゃ・・・・・・ないわよおぉ!!」

怒声、少女のものとは思えない凄みのそれが、志保が最期に耳にした音だった。





再び静けさが戻った森、そこで綾香は一人地団太を踏んでいた。

「クソがっ! この、この・・・・・・っ!!」

最後の最後でコケにされていたというのが、彼女のプライドを傷つけた。
踏みしめる、すっかり土で汚れてしまった彼女の靴は、そのまま今度は息絶えてしまった志保の体をターゲットに捉えた。

「クソが、クソが! 弱者が私に意見してんじゃないわよ、このっこのっ!!」

879貫いた信念:2007/04/04(水) 21:47:14 ID:H0vHhZJk0
いつしか綾香は、このぐにゃっ、ぐにゃっと足の裏に伝わる柔らかさに快感を覚えていた。
そして、踏みつける度に滑稽なダンスを披露する志保の体が、堪らなく面白く感じるようになっていた。

「きゃはっ! あはっ、このっこのっ」
「・・・・・・ええ加減に、せえよ」

夢中だった、だから彼女の接近にも綾香は気がつかなかった。
ぴたりと振り下ろしていた足を止め、綾香は声の出所を探ろうとする。
しかし顔を向けた瞬間、何かが張りつく感覚を得て綾香はそのまま尻餅をついてしまった。
何が起きたか、慌てて立ち上がろうとするものの邪魔をするものがある。
ネット。運動会の障害物競走などで味わうそれが、今綾香を閉じ込め彼女の身動きを封じていた。

「・・・・・・今の私等に、あんたを仕留められる武器はあらへんけど。ここに来て、初めて人を殺したいって思ったわ」

前方から人影が現れ、慌てて目を凝らす綾香。
暗闇の中から現れたのはバズーカーを手にした智子と、目に零れてしまいそうなほどの涙を湛えた花梨だった。

「間に合わへん、かったか」
「長岡さん・・・・・・」

バズーカーにネット弾を装着している間に、二人の攻防は終局してしまっていたということ。
その事実が、二人の心を影を落とす。

「こんなんやったら、形振り構わず援護に来るべきやったわ・・・・・・」

苦虫を噛み潰したような歪んだ表情の智子、花梨は見ていられないといった風に顔を覆って泣き出してしまっている。
そんな二人を、綾香はぼーっと見つめていた。
悔しそうな智子の様子も涙する花梨の姿も、綾香にとっては全て遠くの光景のように思えるものだった。
そう、それはまるで綾香の生きる場所とは全く違う世界。
しかし、かつては綾香のいた世界。
綾香も涙した、悔しさで心を痛めた世界。そこは『奪われた者』しか味わうことのない痛みが充満した、悲しい空気に満ちていた。

880貫いた信念:2007/04/04(水) 21:47:54 ID:H0vHhZJk0
・・・・・・奪う側に回った綾香が、今更何を言えた義理ではなかった。
しかし彼女とて最初は巳間晴香を奪われたのだ、残された者の痛みを理解できないわけではない。
ある種の葛藤が込み上げるが、ここで屈する訳にはいかないと綾香も自分に言い聞かせる。

「・・・・・・どうせ、最後は一人になるんだからいいじゃない」

ぽそりと。本心とはまた違うが、それでも自分で決めた道を進むには綾香はこう言わなければいけなかった。

「そのために躊躇して何になるのよ、全員殺してでも生きたいって思わなくちゃ残れる訳ないじゃない」

殺し合いに乗った、今更引き下がるわけにはいかない、そして・・・・・・必ず、奪わなければいけない命があるということが綾香の背に重く圧し掛かる。
智子にも花梨にも、そんな彼女の心が届くことはなかっただろう、二人は無言で去っていった。
綾香に止めを刺すこともなく、憤りだけを胸に抱き。

場に残されたのは捕獲ネットにかかった綾香と、土ぼこりにまみれた志保であった少女の遺体のみであった。
高ぶった精神は既に冷静さを取り戻していて、綾香には自分で起こした現状を受け入れなければいけないという苦悩に襲われる。
・・・・・・これで、綾香が手にかけた人間は四人。うち、知り合いは二人。

「大丈夫、もっと殺せば・・・・・・きっと何も感じなくなるわ」

流れる涙はもうないけれど。
痛む胸をどうすることもできないけれど。
それでも、綾香は前に進むしかなかった。
朝霧麻亜子を殺すために・・・・・・そして、自分を罠に嵌めた新しいターゲット、『春原陽平』を殺すために。

しかしその中で、綾香は新たな恐怖心に襲われることになる。
夢中で殺した、たった今止めを刺したこの少女の命を奪おうとしていた自分の欠損し過ぎている理性が。
熱くなっていたとはいえ、こうまでも残忍なことができたということが。
・・・・・・最後、亡者を弄ぶことで快感さえも生み出していた自身が。
綾香は、恐ろしくて仕方が無かった。

881貫いた信念:2007/04/04(水) 21:49:00 ID:H0vHhZJk0




無言が場を包む、そこはかつて志保達四人が彼女を見送った場所だった。
見送られた本人、川澄舞は目の前で横になったまま身動きを取らない少女のことを、呆然と見やっていた。

「・・・・・・よっち?」

白い顔、真っ赤なかつては黄色だったセーターと同じ赤が、地面の土にも染みこまれている。
よろよろと震える足で、舞はゆっくりとチエへの元へと近づいた。

「嘘だろ・・・・・・」

後方、柏木耕一もまさかの場面に気が動転してしまっている。
舞から聞いた話では、チエ達二人は志保の知り合いの元で保護されているはずだった。
しかし、二人が辿り着いた矢先に入った光景が、このチエの変わり果てた姿であり。

「そうだ、長岡さん!」

思い出したように叫ぶ、耕一は脇目も振らず志保の名前を呼び続けた。

「長岡さん、長岡さん! どこだよ、返事してくれよ、長岡・・・・・・」

四方八方、茂みの中を探し出す耕一。しかし、舞はそんな彼を置いたまま、ただじっとチエを見つめていた。
ぺたんと座り込み、まるで眠っているかのようなチエの頬に手を添える舞。
少し冷えてはいるが、それでもそこにはまだ温もりと呼べるものが残っていた。
視線を全身に這わす、すると何か大事そうに握り締めているチエの手が舞の視界に入る。
それは。

882貫いた信念:2007/04/04(水) 21:49:38 ID:H0vHhZJk0
「よっち・・・・・・」

別れる前に、舞が託した彼女のリボンだった。
どうしてチエが死んだのか舞が分かるはずもない、表情には浮かばないが舞の心は焦燥感で埋め尽くされていた。
ショックは体にも影響を及ぼしだす、頭がぐらぐらしだし頭痛とはまた違う感覚が突如舞を襲いだした。

「・・・・・・っ!」

受け入れがたい現実からくる不安、舞は縋りたい気持ちで徐に耕一の姿を探そうとする。
しかし舞は気づいていないが、今耕一は志保の姿を探しにこの場から離れていた。
つまり、どれだけ舞が求めようとも、耕一が彼女の元へと走りよってくることはないのだ。

「耕一、耕一・・・・・・」

呟きは暗い闇の中へと瞬時に掻き消えてしまう、舞の思いは届かない。
そんな時だった、一際強い衝撃が舞の頭の中を走り抜けたのは。
思わず目を瞑る舞、その瞼の裏に映し出される光景、何故か明確な映像がいきなり舞の中に流れ込んで来る。

それは、まだ舞と二人だけで牛丼を食べていた時のこと。
今では懐かしい思い出、しかし舞の知る『あの時間』ではなかった。



――倒れゆく、チエの姿

――女が手にしているのは、血の滴るバタフライナイフ

――挑発、女の顔は自信に満ちていた

883貫いた信念:2007/04/04(水) 21:50:25 ID:H0vHhZJk0
――そして。真っ赤な長い髪を揺らしながら、女は向かってくる



(誰に・・・・・・私に?)

生まれる疑問、しかしその問いに答えられる要素は舞の中に存在しない。
そして、そんな中途半端なシーンで映像はいきなり途切れるのだった。
目を開ける、先ほどと同じような月の光しか届かない暗い森が舞の視界に飛び込んでくる。
隣にはチエの死体、そう、そこは何も変わらない風景だった。

「今の、な・・・・・・に・・・・・・」

疑問は増すばかり、そのうち考えること自体を舞の体は拒否しだす。
おぼろげになっていく意識、霞む視界、頭がぐらぐらとした感覚は今もまだ連続的に襲ってくる。
舞が意識を失ったのは、それからすぐであった。





その頃耕一も、受け入れがたい現実に襲われ涙していた。
土に汚れた志保の体にはいくつもの銃痕があった、明るくはしゃぎ回った彼女の面影は皆無である。
すぐちかくには、ナイフか何かで裂かれた跡のあるネットが丸まっていた。
・・・・・・志保の身に何が起きたか、耕一が知る術はない。

初めて出会った時、変態扱いされ困ったのが懐かしかった。
後輩の子というのに襲われている彼女を助け、一緒に行動を取るようになったのも随分昔の事に思えた。

884貫いた信念:2007/04/04(水) 21:50:58 ID:H0vHhZJk0
そして、一緒に牛丼を食べたあの微笑ましい、和やかな時間が今では嘘のように幸せに思え。
ただただ、悲しみが耕一の中を満たしていく。

結局、あの五人の中で残ったのは舞と耕一だけであった。







【時間:2日目午前4時半】
【場所:E−5北部】

来栖川綾香
【所持品:S&W M1076 残弾数(0/6)予備弾丸22・防弾チョッキ・特殊警棒・投げナイフ×1・支給品一式】
【状態:ゲームに乗る、疑心暗鬼気味、腕を軽症(治療済み)。
    麻亜子とそれに関連する人物の殺害、『春原陽平(北川が名乗った偽名)』の殺害】

保科智子
【所持品:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、支給品一式】
【状態:逃亡】

笹森花梨
【所持品:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)】
【状態:逃亡】

885貫いた信念:2007/04/04(水) 21:51:37 ID:H0vHhZJk0
柏木耕一
【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(1/8)・500S&Wマグナム(残弾数0)・大きなハンマー・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:号泣、誰も殺さない、右腕軽症、柏木姉妹を探す】

川澄舞
【所持品:日本刀・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:気絶、誰も殺さない、祐一と佐祐理を探す】
【備考:髪を下ろしている】

長岡志保 死亡

チエの支給品はチエの死体傍に放置、
そこから少し離れた場所に、志保の遺体と支給品(新聞紙、他支給品一式)、投げナイフが放置されている

(関連・133・677・727)(B−4ルート)

886あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:32:53 ID:PMXO2Cjg0
――――――――本当はあの子と出会うのが怖かった…。



第三回定時放送より数十分、鎌石村のB-3民家ではそれぞれが悲しみに包まれ思い思いの時を過していた
北川潤と広瀬真希は夕食を作るために台所に古河親子と岡崎朋也とみちるは居間に。

(なんでみちるは生きてるんだろ…美凪はもういないのに…。)
居間の床に座っているみちるは目の焦点が定まらぬまま思考を張り巡らしていた
横に座っている岡崎朋也はどうすれば良いのか解らずただみちるを見つめることしか出来なかった。
遠野美凪が死んでしまえば自分は存在するはずが無い、しかし今自分が存在している
一体何のために自分は存在しているのか、誰のために存在しているのか…みちるには理由が解らなかった。
「……うにっ!」
みちるは一通り悩んだ末に結論はでなかった、
待っていても何も解らないとにかく自分が動くことが先決だ
…そう思い意を決してキッチンの方へと乗り込んでいく、この島で美凪が最初から最後まで一緒にいた二人の処に…。
(俺は…何をしているんだ…今までみちるのことを考えたことはあったのかよ…。)
キッチンの方へ走っていくみちるを見て朋也は呆然とし何も出来ない自分に無力を感じた、
(朋也くん…。)
落ちこむ朋也を見て渚はどうすれば良いのか解らなかった。

887あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:33:52 ID:PMXO2Cjg0
台所では割烹着の北川潤と広瀬真希が晩御飯を作っていた
幸いにも冷蔵庫の中には食材が一通り揃っており、窓の外にはみかん等を入れる赤いネットの中にタマネギが吊るしてあった。
道具にしても通販で流れている、万能包丁やフードミキサー、真空パック調理器等至れりつくせりだった。
ガスコンロの前では真希がテーブルの前では北川がそれぞれの作業をしてる

「……あたし達って、なにやってるんだろうね。」
真希は落ち込んでいた、無事にみちるに合えたしこうして美凪の願いであるハンバーグも作っている、事は順調に進んでいる…しかし何かが違う
真希は両の手でハンバーグの種をキャッチボールして空気抜きをし、
コンロでグツグツと何かを煮ている鍋の中を見ながら自分の相方である北川に話を切り出す
「う〜ん、そうだなぁ。」
不安になる真希の問いに北川は適当に相槌を打ちながら味噌汁の煮干のハラワタと頭を取り除く作業をしている
伝え方にも色んな方法がある、果たして真希にどう伝えて良いものかと脳内で検索している模様だ

真希が何を言いたいことは解るつもりだ、一日と少しの付き合いとは言え真希と美凪との付き合いは数年来の付き合いと代わらないものだった
何処かの誰かが【思い出に時間は関係ないです】と言った時の様に…。
「何かが違う…それにこんな所でこんな事していていいのかってことだろ?」
北川は料理の下準備の作業を止めず真希の問いかけに的確に答える、彼の持っている中鍋の中には昆布と煮干が少しづつ増えていく。
「うん……こんな所で御飯なんか作ってていいのかな…もっとみちるに色々と話さないと…。」
不安になり落ちこむ真希、まだみちるに美凪の事を謝ってもいない…
島での付き合いが長い北川だから解る事だが、普段は勝気だが真希はとても臆病である、心なしか真希は泣きそうだと北川は思う、
これは真希がこの島で合う前からの知り合いにも見せた事も無い言わば北川と美凪だけが知っている真希のもう一つの顔だった。

888あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:35:35 ID:PMXO2Cjg0
真希のもう一つの顔を知っているが故、北川はそっと手と昆布と煮干が入った中鍋を差し出しニッカリと笑みを見せて真希を励ます、
「そんな顔で色々と話してもしかたないだろ?お前がそんな感じだと美凪も悲しむし…みちるも落ちこむ、もちろんオレもだ。」
北川の顔を見て真希は元気を取り戻す、真希から見た北川は普段は頼りなく軽く見がちだが
彼は恐怖に立ち向かう決断力と行動力を持っている,柊勝平の時も、ことみの首輪が鳴り出した時も…。
【自分達にしか出来ないことをする】この北川のスタンスは依然に変わらなかった、それが真希が北川の魅力だと思った
そして北川の励ましに真希は応える、同じように白い歯を見せニッカリと笑みを返す真希
「そうね、とにかく料理作っちゃおう!!」
そう言って真希はハンバーグ種をバットに置いて、
煮上がった付け合せの茹でたジャガイモとラディシュとえんどう豆の湯切りをする

北川は真希の笑みを見て安心する、しかし真希への励ましとは裏腹に彼の心の中は不安だった…。
(次の手を打たないとな……。)
みちるが何をどう考えているのか解らない…それが北川の不安だった。
岡崎朋也と古河親子に対して自分達の今までの経緯を説明している最中に放送が始まった…これが問題だった。
その後に済崩し的に台所へ向かった自分と真希…事実みちるに対して説明責任も謝りの言葉も伝えてはいないからだ…。
(オレはともかく…真希だけは…。)
臆病な真希、彼女の心を護りたい…これは自分にしか出来ないことだ、かけがえの無い大切な人…北川はそう思う
そんな北川の不安を他所に自分達の居る台所に向かって足音がトコトコトコと近づいてくる、勿論真希も気が付いている
歩幅は短く早足…狭い日本家屋の構造上大人は走れない…どう考えても子供の足音――――みちるだ。
不慮の事態は突然遣って来る――――消防署の時も、ホテル跡の時も、工場の時も………美凪も殺された時も。
(……成る様に成れってかよ。)
みちるとの対面の段取りを整え切れなかった事に焦りを感じる、最悪の事態は避けたい…それが北川の本音だった。

889あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:36:29 ID:PMXO2Cjg0



「みちるちゃん、どうしたの?」
後ろを振り返った真希は台所の入り口にちょこんと立ってるみちるに問いかける
先ほどの放送と美凪の手前もあり真希は遠慮がちだった、対するみちるも多少なりともオドオドとしているように見えた。
「ごめんね…夕御飯もう少し時間がかかるから、もうちょっと待っててね。」
どう考えても拙くぎこちない会話、真希は何を如何話せばいいのか解らない…頭の中は真っ白と言うよりもグルグルと色んな事が回っていた。
いつもの彼女なら数時間前に七瀬彰の死体を見つけた時のように北川の行動を見て合わせるところだがそんな事も忘れている
一方の北川もいつもとは違い真希が会話の流れを先行してしまったので対処に追われている。
そんな二人を余所にみちるは口を開ける…。
「ねえ…おねえちゃん達…。」
おずおずと真希に近づいてくるみちる…二人にはどんな表情か読み取れなかった…。
真希は一旦作業を止めみちるに向き合う、どちらにせよ自分が臆している所をみちるに悟られるわけにはいかない。
「なあに…みちるちゃん…?」
自分の出しているたどたどしい口調を不甲斐なく感じる真希

(ちゃんとしなさいよあたし!こんなのいつものあたしじゃ無いでしょう!!こんなの美凪と出合った時と同じじゃない!!)
ゲーム当初の時の事を振り返る真希

―――この島に連れてこられ一方的に殺し合いを強制され全速力で逃げたあの頃…。

―――あの時に鎌石小中学校の通り道で美凪に出会えなければ…。

―――そして、鎌石村消防署で潤と出会えなかったら…。

ホテル跡で…平瀬村で多くの人たちと出会えなければ自分はここまで来れなかっただろう、
勇気が欲しかった…みんなと同じような踏み出す勇気を…。拳をギュッと握る真希

彼女に出会うのが真希は怖かった………怨み言を謂われても仕方が無いと思いつつも怖かった
出合った頃の美凪が楽しそうに嬉しそうに話していたあの子――――――みちる
想像するだけで怖かった…小さいあの子の口から呪詛の言霊が放たれるのが…。

そして向き合うふたり…北川は手が出せない

…先に口を開いたのは真希よりもみちるだった…。

890あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:37:42 ID:PMXO2Cjg0
「あのね………夕御飯、みちるもいっしょに作っていい?」
真希はみちるの一声を聞いたあとに小粒の涙を流す、鎌石村消防署で美凪と御飯を作った時のことを思い出す…
(なにを勘繰りしてるんだろ…あたし、みちるが…この子がそんな事を考えるはずないじゃない…。)
ポロポロと瞳から涙がこぼれ出る真希、自分のあたまの中で勝手にみちるを悪い方向へ考えていた自分を恥じる。
「大丈夫…?おねえちゃん、涙流してるよ…。」
涙を流している真希を心配するみちる、こうしてる間にも周りの空気は湿っぽくなっていく一方だった
(駄目よ!あたし…こんなので如何するの!やっと出会えたんじゃない。)
涙を拭いて自分を鼓舞し頭を切り替える真希、涙といっしょに臆病な心も拭き取る、そして少ししゃがんで身長差をみちると同じにしてに話しかける
「大丈夫よありがとうね、たまねぎの汁が目に入っただけだから。」
「にょわっ、そうだったのか、たまねぎめ〜!!」
バレバレの嘘で誤魔化して笑顔でみちるに語りかける真希、みちるも会話を続けるために真希に合わせていた。
「じゃあ手を洗おうか、でも服が汚れちゃうわね。」
「張り切って手伝うぞ〜!!」
水道の蛇口前までみちるを招く真希、空かさず、みちるのために椅子を持ってきて台座代わりにする
みちるが手を洗ってる間に真希はみちるの長い髪の毛を美凪の頭巾で纏める
そして割烹着を一枚脱いでみちるに着せる、かなりブカブカだったがその辺は腕まくりさせたりしていた。

(やれやれ…オレの出る幕は無いな・・・。)
そのやり取りを微笑ましく見ている北川、みちるに対して怖かったのは真希だけでは無い
真希と同じく北川は自分を恥じていた―――何でもかんでも自分がやればいいと思っていた事に
美凪が死んで取り乱した時の事を思い出す、あの時支えてくれたのは真希だった、―――お互いが支えあって行けることがとても嬉しかった
(大丈夫…真希は強くなった。)
そんな事を思いつつも、真希に対して特別な感情を持っている自分に気付く北川…。
時には落ち込んで、時には泣いて、笑って、怒って、喜んで、そんな真希の表情が一つ一つがとても愛しいと思った。
(真希はオレの事どう思ってるんだろ…。)
ふと疑問に感じる北川…すると!!


「ちょっと、家政夫!!いつまで手を休めてるの!!しっかり働きなさい!!!」
北川が呆けている間に、威勢の良い御姑さんの声が台所に響きわたるハッと気が付く北川
「い〜い?みちる…こいつはあたし達の家政夫だからね、ガシガシこき使っちゃいなさい♪」
「マキマキの家政夫、よろしくな〜!」
いつの間にか意気投合してる真希とみちる、いつの間にか真希はみちるを呼び捨てにしてみちるは真希をニックネームで呼んでる…
「ハイハイッ、久々にこのパターンかよっ!!」
そんな事を言いつつも、美凪といっしょにいた時も今にしてもこの三人の遣り取りが嫌いでは無かった。
「ハイは一回にしなさい…潤!!」
「そ〜だぞ!きたがわぁ〜!!!」
「はいっ!!」
とても微笑ましい光景だった。

891あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:38:54 ID:PMXO2Cjg0
何だかんだで楽しく料理をする三人、時間は少しずつ過ぎていった…。
真希は隣でハンバーグの空気抜きをしているみちるを見る、
みちるは最初は悪戦苦闘しながらキャッチボールをしていたが作業を重ねるにつれ、それなりに様にはなっていった…。
いつの間にか北川は台所からいなくなっていた、どうやら真希に気を利かせたみたいだ…台所は真希とみちるのふたりだけだった。
「…みちる。」
真希がみちるの名前を呼ぶ
「なあに真希。」
真希は一旦ハンバーグの空気抜きの作業を止めて、みちるの方を向く…みちるにこれだけは伝えておかないといけないからだ
みちるも一旦作業をやめて真希の方を向く、
「あたしも潤も…みちるに言わなければ成らない事があるの…聞いてくれる…?」
「…うん。」
真希は美凪のことを謝らなければならなかった、そのためにここまで来たのだから。
でもみちるに会って台所で一緒に料理を作ってる間に真希はみちるに対して色々と心が変わっていた。
だから伝えるべき言葉も代わっていた…謝罪の言葉から…。
「ありがとう」
みちるは真希の言葉を笑顔で返した。

892あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:39:44 ID:PMXO2Cjg0
時間:二日目・17:00】
【場所:B-3民家】

北川潤
 【持ち物①:SPAS12ショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:スコップ、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有) お米券】
 【状況:真希を手伝う。チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、包丁、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:ハンバーグ作成中。チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
みちる
 【所持品:セイカクハンテンダケ×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)他支給品一式】
 【状況:ハンバーグ作成中】



古河秋生
 【所持品:S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
 【状態:情報を整理中、左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流】
古河渚
 【所持品:包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、他支給品一式】
 【状態:情報を整理中、朋也が心配、左の頬を浅く抉られている(手当て済み)、右太腿貫通(手当て済み、痛みを伴うが歩ける程度に回復)】
岡崎朋也
 【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:混乱。マーダーへの激しい憎悪、全身に痛み(治療済み)。最優先目標は渚を守る事】


備考
みちるに美凪の割烹着を渡しました。

関連
→778

893あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 02:36:21 ID:PMXO2Cjg0
訂正お願いします
 
時間:二日目・17:00】
【場所:B-3民家】
   ↓
時間:二日目・19:00】
【場所:B-3民家】


感想スレ・避難場の356さん指摘ありがとうございます。

894女二人の語り合い:2007/04/06(金) 02:07:03 ID:s.8up3JE0
倉田佐祐理は、最早帰らぬ人となった藤井冬弥の亡骸に縋りつく七瀬留美を、眺め下ろしていた。
「うう……うううっ……」
留美の目からは大粒の涙がぼろぼろと零れている。
一度別れて以来、冬弥を捜し求めてきた。何回か死にそうな目にあったけど――それでも、再び逢えたのに。
初めて実った恋の余りにも早すぎる崩壊に、留美は酷く打ちのめされていた。
「どうしてよぉ……やっと……分かり合えたのに…………」
その悲痛に過ぎる嗚咽を聞き、佐祐理は胸が張り裂けそうな感覚に襲われた。
慰めてあげたかった。自分と同じく、目の前で大切な人を失ったこの少女を。
ずっと冬弥の遺骸の傍にいさせてあげたかった。せめて、泣き止むまでは。
それでも佐祐理は告げなければならない。非情な現実を。
「七瀬さん」
「…………何?」
留美が止め処も無く溢れる涙を拭おうともしないまま、視線をこちらに向ける。
佐祐理は覚悟を決める為に、一度だけ大きく深呼吸をした。
柳川は最強の敵にたった一人で立ち向かい、離れ離れになってしまった。
ここで留美に言葉を伝えられるのは自分しかいない。
ならばどれだけ疎まれようとも、心を鬼にして自分の役目を果たさねばならない。
この場で柳川ならどうするか――深い悲しみを乗り越えた、今なら分かる。
「私達は氷川村で何人かに、全てを話してしまいました。つまりリサさん達も、教会で行われている事に関する情報を、入手している可能性があります。
 事態は一刻を争います――もう、行きましょう。……泣いている時間なんてありません」
冷酷な宣告。確かに時間的な余裕は皆無と言って良いだろう。
何としてでもリサ達より先に教会へ辿り着き、仲間に危険を知らせねばならない。
しかしそれでも、留美の行為は本来咎められるようなものでは無い。
大切な者を失った人間が悲しみに暮れるのは当たり前であり、かつて佐祐理自身だって行った事だ。
だが佐祐理はそれを完全に否定した。ただ目的を果たす為だけに、少女の涙を否定した。
「…………?」
留美には分からなかった。今自分に浴びせられた言葉は、どのようなものだったのか。
呆然としたまま固まり――言葉の意味を理解した瞬間、佐祐理の胸倉を掴み上げていた。
「ふざけないで! 人事だと思って!」
激しい怒りで理性が消し飛び、脳内が真っ赤に埋め尽くされる。

895女二人の語り合い:2007/04/06(金) 02:08:11 ID:s.8up3JE0
――この女は何を言っているのだ?自分だって、冬弥に助けられた癖に。
冬弥が身を挺して行動してくれなければ、きっと一人残らず宮沢有紀寧に殺されてしまっていたのに。
その命の恩人たる冬弥の死に対して、事もあろうか涙を流す時間すらも無い、だと?

「……もう一度だけ聞いてあげる。本気でそんな事を言ってるの? そうじゃないわよね?
 ちょっと冗談を言ってみたくなっただけだよね?」
沸き上がる感情をぎりぎりの所で抑えながら、どうにかそれだけを口にする。
佐祐理は大切な仲間だ。出来る事ならば――憎悪の対象にはなって欲しくない。
しかし留美の願いも虚しく、佐祐理は縦に、首を振った。
「冗談なんかでこんな事言える訳がありません。理解出来なかったのなら何度でも言ってあげます。
 こんな所でこれ以上泣いてる暇は無いんです、早く出発しま……」
「――――!!」
最後まで聞いてなどいられなかった。
留美はもう憤怒の炎に抗おうとはせず、佐祐理の頬を張り飛ばしていた。
「あっ……!」
男勝りの膂力をモロに受けて、佐祐理はどすんと地面に尻餅をついた。
留美がわなわなと肩を震わせながら、大きな怒声を上げる。
「よくも……よくも、そんなふざけた台詞を吐けるわねっ! あんたは悲しくないのっ!?
 そりゃ佐祐理と藤井さんは、殆ど面識が無かったかもしれないけど……。でも藤井さんは、命掛けで私達を助けてくれたじゃない!
 それなのに、涙も流さず! 埋葬もしてあげないで! 藤井さんの事なんか忘れて、とっとと先に進めって言うの!?」
その言葉を聞いた瞬間、佐祐理の眉が吊り上り、口元がぎゅっと引き締められた。
怒りの表情を浮かべたまま佐祐理は立ち上がり、つかつかと留美に歩み寄り、そして――

896女二人の語り合い:2007/04/06(金) 02:08:49 ID:s.8up3JE0
「…………な?」
パチンッ、という軽い音が薄暗い森の中に響き渡る。
佐祐理は初めて人に――それも女性に、手を上げていた。
「ふざけているのはそっちです! 悲しくない訳がありません! 忘れろなんて言ってません!」
「だったらどうして! 藤井さんを放って行くなんて言うのよ! どうし……?」
そこで、留美は初めて気付く……佐祐理の瞳の奥に、たっぷりと涙が溜まっている事に。
「……佐祐理?」
留美は自分の中に巣食っていた怒りが、急速に醒めていくのを感じた。
もう泣かないって決めたから――佐祐理が必死に涙を堪えながら、言葉を紡ぐ。
「もし逆に七瀬さんが藤井さんを庇って死んでしまったとしたら、何を願いますか? 藤井さんにどうして欲しいと思いますか?」
「そ、それは……」
「……私なら助けた人には生き残って欲しいと思います。前を向いて、自分の分も生き続けて欲しいと思います!
 もしここで泣き続けた所為で! 希望が全てリサさん達に……摘み取られてしまったら! 藤井さんは……きっと……悲しみます…………!」
最後の方は、嗚咽が交じっていた。泣かないと決めていたのに、これ以上は無理だった。
堪え切れなくなった佐祐理は、両手で顔を覆って、堰を切ったように涙を流し始める。
「だから……早く……行きま……しょう…………」
そのまま佐祐理は、その場に力無く座り込んでしまった。
「さ……ゆり……」
留美の瞳からもまた、再び涙が溢れてくる。
そのまま崩れ落ちそうになるが――瞬間、留美は傍にあった木を殴りつけた。
拳より伝わる痛みが痺れた意識を回復させ、体に力を戻してゆく。
留美は血に濡れた手を伸ばし、佐祐理の腕を引き上げた。
「ごめん佐祐理……私が間違ってたわ……」
「七瀬さん……」
「そうだよね。ここで私達が無駄に時間を使って、その所為で全てが終わっちゃったら、藤井さんは絶対悲しむもんね」
話し終えると、留美はじっと佐祐理の顔を見つめた。
佐祐理が視線を返すと、留美の瞳の奥に――強い決意の色が宿っていた。

897女二人の語り合い:2007/04/06(金) 02:09:39 ID:s.8up3JE0
「さ、行きましょ。早く教会に行って、柳川さんや他の皆と合流しないとね」
「七瀬さん……もう平気ですか?」
佐祐理が服の袖でごしごしと涙を拭きながら尋ねると、留美は悪戯っぽく笑った。
「そう言ってるでしょ。それよりさ、敬語はもう止めてくれないかな。私の方が年下なんだし、堅苦しい事はナシにしましょ」
「え……でも……」
佐祐理が困ったような表情になり、言葉を濁す。すると留美がぽんぽんと佐祐理の右肩を叩いた。
「まあまあ、拳で……いや、この場合掌か……で、語り合った仲じゃない。ほら、とっとと行くわよ」
そう言うと留美は素早く動き、地面に置いていある荷物を次々と拾い上げた。
S&W M1076を鞄から取り出して、ポケットに入れる。
「ちょっと、待ってくださ……、待ってよ〜!」
佐祐理が慌てて自分の荷物を拾い上げるべく、走り出す。
「そうそう、その調子よ。チームプレイには必要以上の丁寧さなんて要らないんだから。
 二人で力を合わせて、柳川さんよりも活躍して、ビックリさせてやりましょ」
留美は冬弥の分も生きる為に、強く――せめて心だけは誰よりも強くあろうと、決意していた。
それだけの強さを、彼女は心の内に秘めていた。
そして留美は最後に視線を動かして、佐祐理に聞こえぬよう小さな声で呟いた。
「藤井さん、私本当に貴方が好きでした。藤井さんの事は一生……ううん、死んでも忘れません」

898女二人の語り合い:2007/04/06(金) 02:11:46 ID:s.8up3JE0
【時間:2日目19:45】
【場所:H−7】
倉田佐祐理
【所持品1:支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】
【状態:左肩重症(止血処置済み)、教会へ急行】

七瀬留美
【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、消防斧、日本刀、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】
【所持品2:何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(2人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】
【状態:決意。右拳軽傷、人を殺す気、ゲームに乗る気は皆無、教会へ急行】

→764
B-13,B-16,B-17

899人類の進化:2007/04/07(土) 12:40:05 ID:l8iKRVHU0
遠くから鳴り響いた銃声。それは断続的に聞こえてくる。
橘敬介は向坂環と共に、その銃声の出所目指して足早に進んでいた。
「橘さん……やっぱり走りましょう。もしかしたら英二さんや観鈴が襲われているかも知れないんです!」
「駄目だ。今は自分の身体を最優先に考えてくれ」
敬介は可能な限り早く歩いてはいたが、それでも環の身体を気遣い走ろうとはしなかった。
確かに環の言葉通りの事態が起こっている可能性もあるが、殺人者同士で殺し合いをしている事だって考えられる。
ならば不確実なものの為に、環に無理をさせるべきではないと考えたのだ。
焦る心を押し留め、冷静になれと自分に言い聞かせながら、行動していた。
しかしもう一度だけ銃声が鳴り響いた後辺りが静まり返り、暫く待ってももう何も聞こえてきはしなかった。
そして――
「……観鈴!?」
女の子の――血を分けた娘の泣き声が耳に届いた。距離的には聞こえる筈が無いのに、本能が感じ取っていた。
今度こそ理性が決壊し、敬介は猛然と駆けた。
環よりも観鈴の安全を優先するなどといった、打算的な考えの下に動いた訳では無い。
頭の中に、英二が……そして観鈴が、血塗れになっている光景が浮かび上がり、それを否定すべく勝手に足が動いていた。
「……!」
環も歩く事すら厳しい筈の体に鞭打って、懸命に敬介の後を追った。
足を一歩踏み出すたびに全身の傷が酷く痛んだが、気にしてなどいられない。
停止を訴えかける痛覚を無視して、手に汗を握り締め、走り続けた。
そんな中、今度はかなり近い場所から銃声が――何度も何度も、連続して聞こえてきた。
その後、鳴り響くクラクションとエンジンの音。それは弥生が乗っていたあの車によるものだろう。
「――――まさか!?」
ひょっとして弥生が戦いに勝利し、皆殺されてしまったのか?最悪の光景が敬介の頭に浮かぶ。
敬介達は多少道に迷いもしたが、どうにか音が聞こえてきた辺りの場所まで辿り着き――二人とも顔面蒼白となった。

900人類の進化:2007/04/07(土) 12:41:30 ID:l8iKRVHU0
赤黒い物体が……死体が二つ、赤く染まった地面の上に横たわっていた。
「え……英二さあああああんっ!」
環はよろよろとした足取りで、倒れ伏す英二の傍らに膝をつき、その身体を覗き込んだ。
英二の胸を中心に夥しい量の血が飛散しており、既に死亡しているのは確実だった。
「こっちも間違いなく死んでる。正直、見るに耐えない状態だ」
振り向くと、英二の知り合いであり、宗一を殺した犯人でもある篠塚弥生の死体と『思われる』物体が目に入った。
かつて弥生だったであろう肉塊は身体の至る所を破損しており、その姿はここで行われた戦いの凄まじさを如実に示していた。
「橘さん……。英二さんは……」
「ああ。篠塚君と戦って……やられてしまったんだろうね」
「……!」
環は悔しそうに、奥歯をぎりぎりと噛み締めた。こんな事になるのならば、消防署で弥生を殺しておけば良かった。
それなのにあの時の自分は、弥生を撃った英二を責めてしまい、能天気にも説得を提起するという体たらく。
自分の浅はかな考えがどうしようもなく恨めしくい。
結局自分は理想論でしか物事を語れない子供に過ぎず、現実に対応出来ていなかった。
環は精一杯の鬱憤を込めて、力の限り地面を殴りつけようとしたが――思い止まった。
英二が生きていればきっと、『こんな時こそ冷静になれ』と言う筈。
自分の身体は、はっきり言って満身創痍だ。浪費してよい体力など、欠片もありはしないのだ。
(でも……妙ね)
英二が弥生に殺されてしまったのなら、弥生は一体誰に殺されたのだ?
相打ちになったとは考え難い。
英二の荷物は残されていないし、弥生は明らかに致死量を越える攻撃を何発も浴びせられている。
英二を打ち倒した後に、弥生自身も第三者に襲撃され殺されてしまったのだろうか?
何が起こったか分からないが……考える必要など無いだろう。
その疑問が解消された所で、英二は生き返りなどしないのだから。

901人類の進化:2007/04/07(土) 12:43:56 ID:l8iKRVHU0
一方敬介は、何かを堪えるように肩を震わせながら、英二の手を握り続けていた。
目が湿りそうになれば、瞼を素早く開け閉めして、無理やり涙を押し戻した。
先程観鈴の泣き声が聞こえた気がしたが、幻聴かもしれない。英二が観鈴と合流出来ていたかは分からない。
だがとにかく、緒方英二は死んだ。自分の代わりに観鈴を探しに行って――死んだのだ。
敬介は、胸の奥底から湧き上がる感傷をどうにか抑え込み、両の足で直立した。
「こうなってしまった以上、もう氷川村を探し回っても仕方無い。僕達だけで教会に行こう」
「観鈴はどうするんですか?」
「放送で国崎君の死を知っただろうし、観鈴だっていつまでもこの村に残ろうとはしない筈だ。
 闇雲に動いても見つけられるとは思えないし、今はただ無事を祈ろう」
「……分かりました」
観鈴の事は勿論心配だったが、彼女が何処へ行ったか全く情報が無いのだから、今の自分達にはどうにも出来ない。
このまま教会に向かおうとも、氷川村をいつまでも探し回ろうとも、発見出来る可能性はさして変わらないだろう。
敬介はようやく現実を認め、冷徹とも言える判断力を身につけていた。
診療所で休息していた時には十人以上いた仲間が、僅か半日の間に二人だけとなってしまったのだ。
ここで自分まで感情に流され、倒されてしまっては――死んでいった皆に申し訳が立たない。

敬介はそのまま歩を進めようとしたが、そこで環が弱々しい声を投げ掛ける。
「橘さん。私達、一体何をしてるんでしょうね……? この村で私達はただ悪戯に、仲間を死なせてしまっただけだった」
環は途方も無い無力感に苛まれていた。この島では行動を共にした掛け替えのない仲間達の命が、次々と奪われてゆく。
どんなに頑張っても、力の限りを尽くしても、悲しみの連鎖は食い止められない。
だがそんな彼女に対し、敬介は強い意志の籠もった視線を送った。

902人類の進化:2007/04/07(土) 12:46:00 ID:l8iKRVHU0
「向坂さん、そんな事を言っちゃ駄目だ。確かに仲間が死んでしまったのは悲しいけれど、彼らは何も遺さず逝った訳じゃない。
 人の志は受け継がれてゆくものだよ。人間は、親から子へ、子から孫へ、技術と想いを伝える事で進化してきた。
 だから僕は、残された者が志を受け継いでいく限り、皆の死は無駄にならないと信じている」
敬介ははっきりとした口調で、まるで在りし頃の英二の如き口振りで言った。


そうだ――自分達は死んだ仲間の分も生きていかないといけない。魂を受け継がねばならない。
環は伏せていた顔を、ばっと上げた。それから、強い声で。
「なら思い知らせてあげましょう。人の想いを束ねれば、どんな理不尽な状況も打ち破れる、と。
 私、祐一や英二さんの命を奪ったこの殺し合いが……主催者が、許せません」
「同感だね。主催者は戯れに命を踏み躙り、人間の尊厳を否定した。絶対に倒さなくてはならない」
今度こそ、二人は歩き出した。
それぞれの決意、そして――死んだ仲間の想いを、胸に秘めて。

【時間:2日目19:35】
【場所:I−7】
向坂環
【所持品①:包丁、レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)】
【所持品②:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:まずは教会に向かう、頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に痛み、左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み)、疲労】
【目的:観鈴の捜索、主催者の打倒】
橘敬介
【所持品:ベアークロー、FN Five-SeveN(残弾数0/20)、支給品一式x2、花火セット】
【状態:まずは教会に向かう、身体の節々に痛み、左肩重傷(腕を上げると痛みを伴う)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て治療済み)】
【目的:観鈴の捜索、主催者の打倒】

→773

903人類の進化・訂正:2007/04/07(土) 12:52:29 ID:l8iKRVHU0
>>902
>【時間:2日目19:35】
>【場所:I−7】
   ↓
【時間:2日目19:35】
【場所:I−6】

関連に→779 →787追加
に訂正お願いします。
お手数をお掛けして申し訳ございません

904終わる世界:2007/04/08(日) 11:41:36 ID:UOYWTSCU0
闇夜の下、ルーシー・マリア・ミソラ達の眼前に屹立する少女――朝霧麻亜子。
るーこと麻亜子は日常生活の時に、夜の学校で一度出会った事がある、いわば顔見知りだ。
そして河野貴明の情報により、麻亜子がゲーム乗っているのは分かっている。
麻亜子の言葉が、殺気が、武器が、避けようの無い闘いの到来を予感させる。
麻亜子は油断無くこちらへ銃口を向けたまま、しかし軽い調子で言った。
「あのさ、そこの君。その手に持ってるマシンガンをあたしにくれないかね?」
「……どういうつもりだ?」
るーこが怪訝な表情をする。彼女の疑問も当然だった。
何しろ麻亜子が声など掛けずに銃を放っていれば、自分は間違いなく殺されていたのだから。
決定的好機を捨ててまでわざわざ取引を持ち掛ける、その意図が分からなかった。
「ホントならここで君達二人とも死んでもらうトコだけど、あたしにはちょっと急用があってね。
 今は武器さえ手に入ればそれで良いのさ。……これ以上、余計な敵を増やしたくないしね」
「……それは本当か?」
「何だい何だい、同じ学校のよしみで聞いてあげてんだぞー。疑ったり断るんならこのままズガン!だ」
銃口をるーこの胸に向けて圧倒的優位を保っていた麻亜子だったが、その言葉に嘘は無い。

――麻亜子としては、綾香を倒すまでは必要以上に恨みを買いたくなかった。
記憶によればるーこはささらや貴明と面識があった筈だし、二人で行動をしている以上ゲームにも乗っていないだろう。
少なくともこの二人が貴明やささらを傷付ける、といった事は考え難い。
ならばわざわざここで、無意味な殺戮を行う必要は無いのだ。

   *     *     *

905終わる世界:2007/04/08(日) 11:42:56 ID:UOYWTSCU0
ここでマシンガンを失うのは非常に痛手だが、反抗した所で、怪我をしている自分がこの敵に勝利し得るのだろうか?
麻亜子の脅迫を受けたるーこが考え込んでいると、すぐ耳元で陽平の囁きが聞こえた。
「おい、るーこ……あの銃は杏のじゃ……」
敵が持っている銃を凝視すると、それは確かに藤林杏が持っていたRemington M870であった。
何故杏が持っている筈のRemington M870を麻亜子が持っているのか、答えはすぐに出た。
もう一件の民家から聞こえてきた銃声――あれはきっと、杏達が襲撃された時の音なのだ。
そして武器が奪い取られしまっている現状から、仲間がどうなったか想像するのは容易だ。
(……るーは皆戦士だ、非道なうーの脅しになど屈しない。るーは仲間と誇りを守る為ならば、命を懸けて戦ってみせる)
もうるーこは迷わなかった。武器を持っていない方の手で、ぎゅっと陽平の手を握り締める。
それだけで、るーこの意図は十分に陽平へと伝わった。二人の間には、それ程の信頼関係があった。

(るーこは今銃を向けられてる――僕がどうにかするしかないっ!)
陽平は即座に思考を巡らした。鞄の中から武器を取り出して投擲するような時間は無いだろう。
いざという時に信じられるのは使い慣れない武器よりも、長年鍛えてきた技術である。
「いっけぇぇっ!」
陽平は俊敏な動作で、足元に落ちている瓦礫の欠片を蹴り飛ばした。
元サッカー部によるシュートは、綺麗に麻亜子の手元へと吸い込まれ、大きな衝撃を生み出す。
麻亜子は痛みに顔を顰め若干身じろぎしたが、それでも先の一戦の反省からか、武器を取り落とす事は無かった。
だが隙としては十分――るーこがH&K SMG‖の銃身を素早く持ち上げた。
麻亜子が地を蹴り、その場を飛び退くのとほぼ同時に銃声が木霊する。
数発の銃弾が唸りを上げて麻亜子に迫り、その頬を軽く切り裂いていた。

906終わる世界:2007/04/08(日) 11:43:54 ID:UOYWTSCU0
「あうあう! 何だよ、俺にくれたって良いだろ!」
まるで駄々を捏ねる子供のように、非難の声を上げる麻亜子。
それはとても戦闘中とは思えないくらい、酷く間の抜けたものであった。
しかし忘れてはいけない――朝霧麻亜子は何人もの命を奪っている強力な殺人者だ。
その中学生のような外見と子供じみた言動に騙されてはいけないのだ。
「――俺のこの手が真っ赤に燃える!敵を倒せと輝き叫ぶぅっ!」
麻亜子は喚き散らしながらも、しっかりと体勢を建て直して、銃を構えていた。

「ヤベェッ!」
陽平は慌ててるーこの体を抱きかかえ、大きく横へ跳ねる。
だがRemington M870は散弾銃であり、その銃口から放たれる攻撃は広範囲に及ぶ。
それは熟練した者が扱えば俊敏な獣の動きすら捉える事が可能であり、例え素人が用いたとしても人を抱えて躱し切れる代物では無い。
「ぐあっ……」
叩きつけるような激しい衝撃と共に、脳に灼けるような激痛が伝達される。
散弾の幾つかが陽平の肩に突き刺さり、損傷した部位から溢れ出す血液が衣服を濡らす。
それでも陽平は、るーこを抱く手の力だけは緩めず、そのまま一直線に駆けた。
今度はるーこのH&K SMG‖が火を吹き、麻亜子は体勢を低くする事でそれを凌いだ。
るーこはそのまま引き金を絞り掃射を続けたが、程無くして銃が弾切れを訴える。
麻亜子はその隙を見逃さずに、すっと上体を起こしてRemington M870を構えようとする。
だがそれより早く陽平は足を振り上げ、地面に散在している瓦礫の破片を再び蹴った。

907終わる世界:2007/04/08(日) 11:44:32 ID:UOYWTSCU0
「はんっ、二度も同じ手は食わないよ!」
麻亜子は横方へと上半身を大きく傾け、迫る飛来物から身を躱していた。
その間にるーこがH&K SMG‖からマガジンを叩き落して、ポケットに入れておいた予備弾倉を急いで詰め込んだ。
陽平に抱きかかえられたままの体勢では正確な射撃など望むべくも無いが、それでも撃った。
敵に少しでも攻撃の時間を与えてしまえば、今度こそやられてしまうだろう。
自分達の状態では散弾銃を避ける事が出来ない以上、攻め続けるのが重要だった。
「うーへい、前へ!」
「オーケイ!」
るーこの要請に応え、陽平はがむしゃらに地面を蹴り、前方へと疾走した。
麻亜子がRemington M870を構えようとする度に、るーこのH&K SMG‖が吠える。
銃弾は相手の反撃を封じ込めていたが、驚く程軽やかな動きをする麻亜子の身体を捉えはしなかった。

少しの間戦っただけでも、嫌と言うほど思い知らされる――この敵は強い。
一対一の状況で戦っては、とても勝ち目は無いだろう。
だが自分達は二人いる。一人が怪我をしたのならば、もう一人が支えてあげれば良い。
自分達は二人で一つ。一人きりで戦っている相手になんて、絶対、負けない。
幾らなんでも至近距離でマシンガンの掃射を行えば、敵が誰であろうと命中する筈。
こちらの銃弾が再び尽きる前に、距離を詰め切れるかどうかで全てが決まる。
陽平は走った。自分が唯一、大抵の人間よりも優れていると自信を持てる、足だけが頼りだった。
肩が妙に熱っぽくなり感覚が薄れてきていたが、抱きかかえたるーこの身体は離さない。
今も前方で不規則にステップを踏んでいる麻亜子目掛けて、猛然と駆けた。
相手との距離は少しずつ縮まってきており、後十メートル程だ。
(いける……このまま走れば勝てる! るーこなら絶対に決めてくれる!)
るーこの体温を感じ取りながら、陽平がそう確信した、その時。
麻亜子はスカートのポケットに手を突っ込み、そしてその手を素早く振り上げた。

908終わる世界:2007/04/08(日) 11:45:37 ID:UOYWTSCU0
――銃はまず敵に向けて構え、それから引き金を絞る、つまり二段階の動作を必要とする。
るーこはその弱点を突き、先程から麻亜子が攻撃に移る済んでの所で遮っていた。
だが重量の軽い物を最小限の動きで投げるだけならば、一動作で済む。
振り上げざまに放り投げられた物体――投げナイフは正確に陽平の足へと突き刺さっていた。
右足に激痛と衝撃が跳ね、陽平は転倒こそしなかったものの、大きくバランスを崩してしまう。
その拍子に手の中からるーこの身体が零れ落ち、胸に伝わっていた温かさが消え失せた。

そこから先の出来事が、陽平の目にはスローモーションのように映っていた。
るーこが苦し紛れにH&K SMG‖を放つが、それは悠々と回避されてしまう。
麻亜子がまたポケットからナイフを取り出し、それを投擲する。
ナイフはるーこの左腕を捉え、鮮血を撒き散らし、H&K SMG‖が地面に落ちる。
「――もう容赦はしない。悪いけどここまでだよ」
麻亜子がゆっくりとRemington M870を構えようとする。
(るーこっ……!)
陽平は死に物狂いで足を振り上げた。右足を鋭い痛みが襲っているが、気にしてなどいられない。
サッカーの練習を止めてしまった自分程度が、今の状態でどれだけ出来るか分からないけど、やるしかない。
(途中で夢を諦めてしまった僕だけど――)
この一回だけで良い。二度と昔のようなシュートを放てなくなっても構わない。
「僕の足、もう一度だけで良いから昔のように動いてくれっ!!」
るーこさえ守り抜ければ、他には何もいらない。
陽平は全身全霊を以って、足元にある瓦礫の破片を蹴り上げた。

   *     *     *

909終わる世界:2007/04/08(日) 11:46:26 ID:UOYWTSCU0
――予測していた筈だった。怪我をしている相手の攻撃なんて、簡単に避けれる筈だった。
だが放たれた瓦礫の欠片は、これまでとは比べ物にならないスピードで飛来してきた。
「むわあっ!」
手元を強打された麻亜子は、躱す事も耐える事も叶わず、Remington M870を取り落とした。
麻亜子は慌ててそれを拾い上げようとしたが、その最中、背筋に何か冷たいものを感じた。
「――さらばだ」
聞こえてきた声に顔を上げると、るーこがこちらに向けて、凍りつくような視線を送ってきていた。
その手にはしっかりとH&K SMG‖が握られている。麻亜子にはその銃口が、冥府への入り口のように見えた。
それでも麻亜子は諦めなかった。こんな所でやられる訳にはいかない。
今が自分が死んだら誰が綾香を倒すというのだ。誰がささらを守るというのだ。
誰が平和だった頃の生徒会を取り戻すというのだ。
こんな所で死んでしまっては、今まで何の為に己の手を汚し、非道に徹してきたのか分からなくなる。
「こんちきしょうっ――――!!」
全力で、力の限り、地面を思い切り蹴り上げる。
だがあくまで冷静にその動きを読んでいたるーこの銃口は、その軌跡を完璧にトレースしながら銃弾を吐き出してゆく。
麻亜子の腹部にいくつもの衝撃が叩きつけられ、その身体は後方に吹き飛び、どさりと地面に倒れた。

   *     *     *

910終わる世界:2007/04/08(日) 11:46:59 ID:UOYWTSCU0
「やった……」
麻亜子が吹き飛ばされる一部始終を眺めていた陽平は、ぺたんと地面に腰を落としながら、ゆっくりと呟いた。
強敵だった。何か一つでもミスを犯していれば、確実に負けていた。
それに勝ったとは言え、自分達だってもうボロボロだ。これ以上の戦闘は無理だろう。
だがそれでも、とにかく自分達は生きており、敵は間違いなく死んだ筈。
恐らくはあの来栖川綾香や、今は亡き柏木千鶴にすら対抗し得る程の実力を持つ殺人鬼に、勝利したのだ。
「つうっ……」
「…………?」
耳に届いた呻きに視線を動かすと、るーこが血の流れ出る腕を押さえていた。
「るーこっ!」
陽平は血に染まった足を引き寄せて、よろよろと立ち上がった。
「大丈夫か、るーこ!」
陽平が必死の形相で叫ぶと、るーこは下目遣いで笑みを浮かべた。
「それはこちらの台詞だぞ、うーへい。うーへいもなかなかにボロボロじゃないか」
「……はは、違いねえや」
陽平は頭の後ろをぽりぽりと掻いて、それから苦笑いを浮かべた。
血塗れの身体だったけど、るーこと二人で笑い合っていた。
そのまま足を引き摺る様にして、るーこの方へと近付いてゆく。
るーこの身体を引き上げるべく手を伸ばそうとする。

911終わる世界:2007/04/08(日) 11:47:48 ID:UOYWTSCU0

――ぱらららっ、と音がした。
陽平の眼前で鮮血が飛び散り、るーこの身体がぐらりと揺れ、地面に倒れ込んだ。
「……へ?」
事態が理解出来ず、場違いなくらい間抜けな声を上げてしまう。
地面に倒れ伏するーこの身体から、赤い血飛沫が噴き出している。
その暖かい液体が、ぽたぽたと、陽平の足にも降りかかる。
まさか、これは、つまり――
「るーこぉぉぉぉぉぉっ!!」
陽平は無我夢中でるーこの身体を抱き上げた。大丈夫、まだ暖かい。
まだ呼吸をしている。まだ生きている、諦めなければきっと、助かる。
「るーこ、しっかりしてく……」
最悪の結末を否定しながら、懸命に呼び掛ける陽平だったが、突如その横腹に強烈な衝撃が奔る。
「くぁ……っ」
「――よくもやってくれたわね」
腹を押さえながら顔を上げると、そこには最も出会いたくなかった――来栖川綾香が、立っていた。
凄惨に焼け爛れた右腕、殆ど開いていない左目、だが左腕にはしっかりとIMI マイクロUZIが握り締められている。
陽平はそれでようやく何が起こったかを了解した。るーこは、この女に狙撃されたのだ。

912終わる世界:2007/04/08(日) 11:48:51 ID:UOYWTSCU0
「まさか……、まーりゃんがあんた達なんかにやられるとは思わなかったわ……。おかげで復讐しそびれちゃったじゃないっ……!
 今までずっと後を尾けてたのが、台無しじゃないっ……!」
綾香が怒りに震える声で、言葉を投げ掛けてくる。だが、どうでも良い。
普段なら恐怖で悲鳴の一つくらい上げてしまったかも知れないけど、今の自分にとってはどうでも良い。
陽平は綾香から視線を外し、再びるーこの身体を抱き上げた。
「るーこ、死ぬな! 僕が助けてやるから、死んじゃ駄目だっ!」
「う……へ…………い……」
るーこが半分光を失った目で、こちらに視線を返してくれる。
陽平はぎゅっと強くるーこの手を握り締めて、それから言葉を続けた。
「大丈夫! きっと助かるから! 教会に行けば皆が何とかしてくれるから! それまで頑張るんだっ!」
そうだ――るーこが死ぬ事なんて、ある訳が無い。これまでずっと自分達は一緒に行動してきたのだ。
これからも二人一緒に行動して、主催者を倒して、元の生活に帰るんだ。ずっと一緒に過ごすのだ。
だがそんな陽平に対して、るーこはゆっくりと首を振った。
るーこには分かっていた。自分の傷が、もう助からない程のものだと。
「るーは……もう、駄目だから……うーへい……だけでも……逃げ……て……生き……て……」
その言葉を聞いた瞬間、堤防が決壊したかのように、陽平の目から涙が流れ落ちた。
「駄目だ駄目だ駄目だ! 逃げるんなら二人だっ! 生きるんなら二人だっ!」
陽平は首をぶんぶんと横に振りながら、腹の底から叫んだ。
それを見たるーこは、とても悲しそうな顔をした後、また口を開こうとした。
「うーへ……」
そこで一際大きな銃声が聞こえた。るーこのこめかみ辺りに、赤い斑点が刻まれていた。
「……るーこ?」
握り締めたその手から力が失われてゆく。
「おいるーこっ!? 返事をしてくれよっ!」
大きく見開かれたその目は、もう陽平を映していない。
「るーこ! るーこぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
がくがくとその身体を揺すっても、何の反応も返ってきはしない。重力以外の力を感じ取れはしない。
それでようやく陽平は悟った。自分達二人の世界は、終わってしまったという事を。

913終わる世界:2007/04/08(日) 11:49:29 ID:UOYWTSCU0

「はいはい、茶番劇はこれにて終了よ。とっとと立ち上がって私を楽しませてみせなさいよ。
 こちとら勝手にまーりゃんを殺されちゃって、鬱憤が溜まってるんだから」
るーこの身体を抱きしめて泣きじゃくる陽平に、綾香が語り掛ける。
少なくとも陽平への復讐は十分過ぎる程に果たしたというのに、その表情には明らかな不快の色が浮かんでいた。
「どうしたの? 私が憎くないの? そこに落ちてある銃を拾い上げて戦おうとはしないの?」
綾香の言葉通り、陽平のすぐ傍にはH&K SMG‖が落ちている。
だがその事を指摘されても、陽平は全く動こうとはしなかった。
銃を拾い上げればるーこの仇に一矢報いれるかも知れないのに、ただただ涙を流し続けるだけだった。
綾香はそんな陽平の様子を暫く眺め見た後、心底呆れた、という風に大きな溜息をついた。
「……ハッ、相方が殺されたっていうのに、アンタどうしようもないへタレね。るーこもきっと、呆れてるわよ?
 まあ良いわ。私もいい加減疲れてるし、手早くるーこの所へ送ってあげる。せいぜいあの世で仲良くする事ね」
マシンガンの銃口をごりごりと、陽平の後頭部に押し付ける。
(ったく、最悪ね。勝つには勝ったけど、こんなんじゃ全然スッキリしないわ)
今更この男を痛めつけた所で、何の反応も帰ってきはしないだろう。
早くこんな下らない戦いは終わらせて、何処かで休憩しよう――綾香がそう思った時だった。
何かが風を切る音がしたのは。殆ど異能の域に達する反応で身を翻そうとした綾香の肩に、ボウガンの矢が突き刺さっていたのは。
「――あああぁぁっ!?」
綾香は突然受けた攻撃に混乱し、叫び声を上げながらもその場を飛び退いていた。
直後、それまで綾香がいた空間を粒弾の群れが切り裂いてゆく。

914終わる世界:2007/04/08(日) 11:50:33 ID:UOYWTSCU0
肩に突き刺さった矢を乱暴に引き抜きながら、銃声のした方を向くと、そこには。
死んだ筈の、あの女が。朝霧麻亜子が、Remington M870を構えて立っていた。
宿敵の綾香に手傷を負わせたというのに、その顔に笑みは一切無く、逆に苦痛に耐えるような表情をしていた。
その姿を見た綾香は一瞬で、どういう事か理解した。
自分は陽平達と麻亜子の戦いが終わった瞬間に復讐を果たすべく、秘密裏に距離を詰めていた。
その際に発光する物体を持っていては存在を察知されてしまうので、レーダーの電源を切っていたのだが、それが不味かった。
レーダーを用いれば確実に相手の生死を判断出来るが、この闇夜において肉眼ではそうもいかない。
つまり麻亜子は自分と同じく防弾系の装備を着ており、一命を取り留めたのだ。
表情が優れないのはいくら防弾性の装備を身に纏っているとは言え、衝撃までは殺し切れない為だろう。
綾香は笑った。一度は閉ざされた復讐の道が再び開かれた幸運に、これ以上無いくらい口元を歪めた。
「よくぞ……生きていてくれたっ……!」
それはとても重い、地獄の底から響き渡ってくるような声だった。
数多の戦いを傷付きながらも生き延び、麻亜子と綾香は三度対峙する。

【時間:2日目・20:30】
【場所:g-2右上】

来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(19/30)・予備カートリッジ(30発入×2)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き、一部損傷した為近距離の光点のみしか映せない)】
【状態1:右腕大火傷(腕を動かせない位)。肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)。全身に軽い火傷、疲労、体の節々に痛み】
【状態2:左目失明寸前、右肩負傷、麻亜子と対峙】
【目的:何としてでも麻亜子を殺害。ささらと、さらに彼女と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う。】

915終わる世界:2007/04/08(日) 11:51:30 ID:UOYWTSCU0
朝霧麻亜子
【所持品1:Remington M870(残弾数2/4)、デザート・イーグル .50AE(0/7)、ボウガン、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態:綾香と対峙、マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、頬に掠り傷、肋骨二本骨折、内臓にダメージ、全身に痛み、疲労】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、特に綾香の殺害。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】

ルーシー・マリア・ミソラ
【持ち物:、予備マガジン(30発入り)×2、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6、ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)】
【状況:死亡】

春原陽平
【持ち物1:FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
【持ち物2:鉈、スタンガン・鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】
【状態:深い絶望、号泣。右足刺し傷、左肩銃創、全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】

【備考】
・以下の物は地面に落ちています。サバイバルナイフ、投げナイフ、H&K SMG‖(5/30)

→788

916蛇と狂犬:2007/04/10(火) 00:59:32 ID:pPI3C.bE0
――希望と、より深い絶望を……かな。
それだけ言い残して、篁は久瀬との通信を終えた。
その一部始終を逃さず眺め見ていた醍醐が、訝しげな表情で口を開く。
「……総帥、何故あのような事を? このまま久瀬を泳がせておけば、良からぬ形で計画を妨害されるかも知れませんぞ」
醍醐は理解出来なかった。どうして久瀬に情報を与えたのか。
そもそも今回の殺し合いは、人間の想い――取り分け『絶望』という負の感情を集める為に行われた筈だ。
それならば、ダミーの情報により参加者達を爆死させた方が効率が良いのではないか。
わざわざ参加者に希望を与え、あまつさえ自分達に噛み付く可能性まで容認する意味があるのだろうか?
ギイ、という音と共に、篁の鎮座している超高級椅子が回転運動を起こす。
「まだ分かっておらぬようだな」
それから篁は目を細めて、醍醐に黒い眼光を送った。蛇の眼力の前では、狂犬は忠犬へと変貌を遂げる。
「のう、醍醐よ。初めから無理と分かっている状況で抱く絶望と、僅かな希望に縋った上での絶望。どちらの方が強いと思う?」
言われて、醍醐はハッとなった。そうだ――確実に成し遂げれぬ目標に対して、懸命に努力しようとする人間は殆どいないだろう。
人は希望があるからこそ頑張ろうとするし、その過程を経た上での挫折を味ってこそ、深い絶望の底に叩き落とされるのだ。
「クックックッ、理解したようだな。私が欲しいのはあの宝石に宿る『命』よ。『エネルギー』よ。そして……『想い』よ。
 生半可な『想い』では鍵としての役目を果たす事など出来ぬ。だからこそ少しでも多くの絶望を生み出すよう、工夫を凝らさねばならないのだ」
「ハッ、仰せの通りで! 私めの見通しが甘過ぎました、申し訳ありません」
取り繕うように、醍醐が深々と頭を下げる。
その様子を見て、篁は愉しげな笑い声を洩らしたが、やがて珍しく神妙な顔つきとなった。
「しかし前回のように、参加者が我らの意図を察知して、あの宝石を隠そうとしてしまうやも知れぬ。
 あまり悠長に構えているのも不味い。そこで、貴様に任務を与える」
「と、申されますと?」
「貴様に青い宝石の奪還を任せる。今は那須の宗一に懐いていた女が持っている筈だ」
その言葉に醍醐は即答出来ず、場が僅かばかりの間静まり返った。
本来ならば、ようやく訪れた戦闘の機会を、手放しで歓迎していただろう。
だが今回はそうもいかない。どうしても気になる事があった。

917蛇と狂犬:2007/04/10(火) 01:00:50 ID:pPI3C.bE0
「――よろしいのですか? 今青い宝石を取り上げてしまえば、十分な量の『想い』が集まるとは思えませぬが」
「問題無い。どういった原理かは分からぬが、あの宝石はどうやらポテトという獣と共鳴しておるようだ。
 放っておいても『想い』は獣に集まり、やがて時が来れば宝石へと流れてゆく筈だ」
「…………?」
醍醐は訳も分からず眉を顰めた。腹心の彼ですら、全てを知らされている訳では無かった。
しかしすぐに醍醐は、考える必要は無いという結論に達する。自分は雇い主の命令を、ただ忠実にこなすべきなのだ。
「承知致しました。その任務、必ずや成し遂げてみせましょう!」
そう言って、醍醐は興奮に筋肉を振るわせた。いずれ訪れるであろう、闘争に思いを馳せて。
しかし篁はクンと目を見開き、かなり強い諫めの色を含んだ声を出した。
「フフフ、随分と嬉しそうではないか。しかし、貴様自身の手で参加者を殺してはならぬ。
 あくまで参加者同士で殺し合いを行うからこそ、憎悪の念が膨らむのだからな」
「なっ……、それでは任務の遂行に支障が……!」
「心配せずとも必要な装備は、ちゃんと準備してやる。所詮相手は素人、貴様ならいくらでもやりようはあるだろう?」
「グッ……!」
醍醐は苛立った様子で、奥歯をぎりぎりと噛み締めた。敵を殺せない――それではとても、満足など出来ぬ。
だがそこは歴戦の傭兵。何とか己の感情を抑え込み、ゆっくりと首を縦に振る。
「……仰せのままに」
不満げな、しかし確かに承諾の意を含んだ返事を確認すると、篁は醍醐から視線を外した。

これまで傍観を強要されていた狂犬が、制約付きとは言え、とうとう殺戮の場に放たれようとしていた。

918蛇と狂犬:2007/04/10(火) 01:01:48 ID:pPI3C.bE0
【時間:二日目・19:05】
【場所:不明】


【所持品:不明】
【状態:健康】

醍醐
【所持品:不明】
【状態:苛立ち】
【目的:極力参加者を殺害せずに、青い宝石を奪還する】

→724
→758

919一筋の涙:2007/04/11(水) 00:47:31 ID:Jq.Kvs9U0
「んん……」
昼間に寝すぎた所為か、睡眠は約半刻程しか続かなかった。
視界が正常に機能する事を許容せぬ漆黒の闇の中、鹿沼葉子は目を醒ました。
意識を取り戻した葉子は、自分の頬に違和感を覚え、疑問を解決するべく手を伸ばす。
すると生暖かい液体の感触が、掌に伝わった。
「これは……涙……?」
葉子は困惑を隠し切れない声で呟いた。
どうして涙を流しているのか、その理由にはすぐに思い当たった。
とどのつまり、自分の心は――予想以上に、天沢郁未の死を嘆き悲しんでいたのだ。
「ふふ……まさか私がいつまでも泣いてるような、女々しい人間だとは思いませんでした」
僅かばかりの悲しみと、強い自嘲の念を込めて、言葉を紡ぐ。
本当に意外だった。
郁未は唯一心を開いて接する事の出来た存在ではあったが、まさかここまで自分の心に影響を与えているとは思わなかった。
それ程までに郁未の存在は自分にとって大きかったのだ。
この島で郁未と交わした約束を思い出す。
「郁未さんと私が最後まで生き残ったら決着をつけましょう、か……。馬鹿ですね、私。
 私が郁未さんを殺せる筈が無いのに。その時が来てしまえば、きっと私は黙ってこの命を差し出すしか無かったのに……」
すっと目を閉じて、郁未の顔を思い出す。もう素直に本心と向き合おう。
年相応の脆さと冷淡な強さを併せ持った郁未が、大好きだった。
自分に生きるという事を教えてくれた郁未が、大好きだった。
自然に目の奥から涙が溢れ出し、閉じた瞼の隙間から流れ落ちる。
でもこの一筋の涙で最後。もう泣かない。もう悲しまない。
ここで自分まで死んでしまっては、郁未がこれまで何の為に生きてきたか分からなくなる。
あの施設の仲間達も、もう死んでしまった。
だからこそ、郁未から掛け替えのない物を沢山教えられてきた自分だけでも、絶対に生き延びなくてはならない。
泥を啜ってでもこの島より生還し、外の世界で、郁未の想いを心の奥底に刻み込んで生き続ける。
ならばこれ以上感傷に浸っている暇など無いのだ。
まずはこれからの方針を、より具体的且つ効率的なものに絞ってゆかねばならないだろう。

920一筋の涙:2007/04/11(水) 00:49:34 ID:Jq.Kvs9U0
当然の事ながら、未だに痛みを訴え続けるこの足では、積極的に人を殺して回るのは下策に過ぎる。
クラスAの能力者である自分でも、能力を制限されている上に負傷している今の状態では、ただの一般人と大差無い。
そして何より自分には、銃が無い。それが致命的だった。
第三回放送によれば生き残りはもう、約三分の一程度まで減っている。
今もなおこの島で己が生命を堅持している人間達は、ただ幸運に守られて生き抜いてきたという訳では無いだろう。
ある者は心強い仲間に守られ、ある者は鍛え抜いた自身の能力に守られ、そしてある者は強力な銃火器に守られてきた筈。
今の自分がそんな連中を相手に、正面から勝利を得られるとはとても思えない。
となるとやはり寝る前に考えていた、主催者を斃そうとする者達と消極的ながらも行動を共にする、という方針の下に動くべきである。
他の人間達と行動を共にすれば銃火器を手に入れる機会もあるかも知れないし、ゲームに乗った者からも逃げやすくなるだろう。
だが冷静に考えてみれば一つ、大きな問題点があった。
自分がゲームに乗っている事を知っている人間が、ごく少数ながら存在するのだ。
自分と郁未に襲撃され、今もなお生き延びている人間、古河渚、古河秋生。
この二人と出会ってしまえばどのような弁明をしようとも、戦闘は避けられまい。
もしかしたら、芳野祐介に守られていた筈の、あの見知らぬ少女も生きているかも知れない。
そして――情報は時が経てば経つ程拡散してゆく。
こうして座している間にも、古河親子が葉子の悪名を吹聴して回っているかも知れないのだ。
噂が島中の人間に知れ渡ってしまえば、善意の参加者を装って他の人間に取り入るのは絶望的となる。
その前に何とかしなければならない。何とかして、自分の正体を知らない人間の信用を得なければならない。
逆に言えば先に信頼さえ獲得出来れば、その後で自分の正体を知る者達と出会ってもどうにかなる。
疑心暗鬼が各々の心に巣食うこの環境下では、どちらの言い分が正しいかなど分かりはしない。
何を言われようとも否定し、自分の正当性を訴え続ければ良いのだ。
少なくとも参加者達の矛先が、全て自分に向くのは避けられる。
これはスピード勝負なのだ。噂の拡散と、自分が偽りの仲間を手に入れるのと、どちらが速いかの。
となれば、今すぐに動くべきなのだが――何処に行けば良いのだろうか?
自分と郁未が古河早苗を殺害し、秋生と渚に正体を知られてしまったのは、氷川村の診療所に居た時だ。
そして先程氷川村では、大規模な戦闘が行われていた様子だった。
これらの事項を踏まえると、氷川村は自分にとって最も危険な場所であり、絶対に近付くべきでは無いだろう。
ゲームに乗った者達や自分の正体を知る者達と出会う可能性が、最も低い村は――氷川村とは間逆の位置にある、鎌石村だ。
まずは鎌石村に向かい、それからゲームに乗っていない人間と接触し、仲間として同行するのだ。

921一筋の涙:2007/04/11(水) 00:50:50 ID:Jq.Kvs9U0
社の床下より這い出て、葉子は鷹野神社を後にする。
足の痛みは若干ではあるがマシになっている。それでも険しい山道を早足で進むのは堪えるが、立ち止まってなどいられない。
「道は見えました……。郁未さん、どうか見守っていてください。貴女の想いは、私が引き継いで生きてゆきます」
人を騙してでも、殺してでも、生き延びる。それが自らに課した、絶対の使命なのだから。

【時間:2日目19:55頃】
【場所:G−6 】 
鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式(食料なし、水は残り3/4)】
【状態:鎌石村へ急行。肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、激しい動きは痛みを伴う)。マーダー】
【目的:何としてでも生き延びる、まずは偽りの仲間を作る】

→765

922ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:54:42 ID:YHRu6UdM0

来栖川綾香が砧夕霧の軍勢と初めて遭遇したのは、午前十時を少し回った頃のことだった。
概ねの対策を練っていたこともあり、作戦の立案は迅速だった。
乱戦に向かない芹香は離れた場所に降ろし、セリオと綾香は夕霧の群れに仕掛けていった。
豊富な弾薬を背景にセリオを前衛に出して敵陣形を撹乱し、それを綾香が端から仕留めるという作戦は功を奏した。
そもそも砧シリーズの生産は来栖川重工で請け負っていたのだ。
運用面からその弱点まで、綾香に知らぬことはないといっても良かった。

「ったく、仕様書にない運用で無駄遣いして……」

正面の個体に銃弾を叩き込みながら、綾香が毒づく。
光学兵器である砧夕霧シリーズは砲兵として開発された個体だ。
基本的に人体ベースであり、装甲や防禦能力は無に等しい。
パワードスーツ着用の歩兵、あるいは機甲部隊が前面に展開してこそ、その真価を発揮するものだった。
自走はするが、単体で浸透突破を図るためのものではなかった。
銃底に新しいマガジンを叩き込み、綾香が掃射を再開する。
軽快な発砲音と共に、マズルフラッシュが閃いた。
前方に展開する夕霧の群れが赤い花を咲かせながら斃れていく。

「―――綾香様、あれを」

両手にそれぞれ掴んだ夕霧の頭部を同時に地面へと叩きつけながら言うセリオの声に、綾香が視線を向ける。
曇天の下、ぎらぎらと煌く眼鏡と額の集合の向こうに、周囲とは違う色があった。
群青色のブレザー。傍らに立つカーキ色は軍服だろうか。

「この距離じゃわかんない。そっちで確認できる?」

頭部バイザーによる視力補正は、明け方の少年との戦いの際に失われていた。
綾香の言葉を受けて、セリオが即座に応答する。

「―――照合完了。久瀬様に間違いありません。随伴は陸軍下士官章を着用。……照合、データ無し」
「久瀬大臣絡みの直衛……?」

一瞬訝しげな色を浮かべた綾香の表情が、すぐに引き締まる。

923ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:55:06 ID:YHRu6UdM0
「何にせよ、ようやく見つけたってわけね……」
「突破なさいますか」
「お願い」

セリオの短い問いに、同じく短く答える綾香。
間を置かず、セリオが駆け出していく。
奔る閃光を縫うように走り抜けるセリオの長い髪が、風を受けて靡いた。
夕霧の群れが割れ、閃光が明後日の方向へと乱舞しだすのを確認して、綾香もまた一気に加速する。

「……脆い」

楔として打ち込まれたセリオの突撃により、夕霧の統制は完全に乱れていた。
光学兵器としての夕霧の恐ろしさは、そのユニット戦術にある。
弱い光でも、数体で集まって反射を繰り返して位相を揃えることでレーザーとしての威力を確保し、
或いは増幅して撃ち出す。それこそが、量産体の基礎運用であった。
しかし、こうして肉薄した上で標的を絞らせないように素早い移動を繰り返せば、その運用は崩壊する。
統制の取れない夕霧など、単なる畸形の自走鏡でしかない。
無防備な身体に幾つもの穴を開けて、夕霧が死んでいく。

「―――久瀬ぇ……っ!」

綾香が声を張り上げる。
既に距離は縮まり、綾香の目でも久瀬の顔が判別できるところまで近づいていた。
しかし久瀬は振り返らない。
途切れずに響き続ける銃声を聞き逃しているはずがないのに、歩みを止めようとはしない。
人の波の向こうに見え隠れする久瀬の後ろ姿に、綾香は手を伸ばす。
その視界を、夕霧の一体が遮った。
一瞬の躊躇もなく、トリガーを引く。無数の弾丸を叩き込まれ、夕霧の顔が爆ぜた。
口元に垂れた返り血を唾と一緒に吐き棄てて、綾香が踏み出す。
セリオの切り開いた道が、またすぐに夕霧の群れに押し寄せられて塞がっていく。
久瀬の後ろ姿が遠ざかっていく。

「久瀬……っ!」

聞こえないはずがない。
それでも、久瀬は振り返らない。
それがどうにも許せなくて、綾香は引き金を引いた。
砧夕霧が、数体まとめて物言わぬ塊となる。

セリオが手近な夕霧の遺体を蹴り上げると、その足を無造作に掴んだ。振り回す。
人体同士の激突する鈍い音。血と、それ以外の体液が宙を舞って輝いた。
再び道が開く。そこを綾香は一気に走り抜けた。
距離が、縮まる。
手を差し伸べれば届きそうな近さで、だから綾香はもう声は上げずに、腕を伸ばした。
長く白い指が、久瀬の背に触れるかと見えた、そのとき。
音もなく、その僅かな隙間に割り込む影があった。

「―――届かんよ」

静かな、そして巌のように頑なな、それは声だった。

924ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:55:34 ID:YHRu6UdM0
綾香の目に、銀色が映る。
老爺の如き白髪をしたその男はしかし、未だ壮年としか見えなかった。
軍服の上からでもわかる、引き締まった屈強な肉体。
硬い意志を感じさせる面立ちの中で、夜の湖のような底知れぬ静謐を宿した瞳が、綾香を射抜いていた。
思わず気圧されそうになるのを感じて、綾香はそんな自分を張り倒すように声を上げる。

「……どけ、白髪頭っ!」

言いながら向けた左手の銃口は、だが男を捉えること適わない。
男の手が静かに銃身に添えられたかと思えば、どうしたことか、その射線が逸らされていた。
特に力を入れている風でもないというのに、押し負けている。
否、力の軸線を逸らされているのだ、と綾香が気づいたときには、その手から銃が取り落とされていた。
同時に男が身体を入れてくる。
頭一つ上背の違う男の圧力に、綾香が思わず距離を取ろうと退きかけた瞬間。
綾香の身体が、ふわりと浮いていた。

「―――ッ!」

引こうとしたその足を、絶妙のタイミングで刈られた。
同時にいつの間にか伸ばされていた男の手が、綾香の襟首を掴んでいた。
大外狩り。オーソドックスな柔道の技だったが、綾香の脳裏には最大級の警告音が鳴り響いていた。
国軍に制式採用されている柔は、スポーツ競技ではない。
格闘家としての知識が告げるそれは、殺人の技。投げを単なる投げでは終わらせない。
即ち、掴んだ襟首を離さず、その喉元に腕を捻じ込むようにしながら―――

(―――全体重で、相手の頸を潰す技……ッ!)

頭部バイザーのない今の状態で叩きつけられれば、怪我では済まない。
綾香の判断は迅速だった。
宙に浮かされた状態では、体を入れ替えることもままならない。
そしてまた、相手の男はそれを許すほど生易しい腕ではなかった。

「なら……!」

瞬間、綾香の纏った銀色の鎧、KPS-U1改が爆発するように弾け飛んだ。
強制パージ。胸部装甲が男の顔面を直撃し、背部装甲は接地の勢いを相殺する。
転瞬、緩んだ男の手を身を捩って引き剥がしながら、綾香が地面に手をついた。
逆立ちをするような格好。しなやかな脚が、ぐるりと回転しながら男の側頭部を襲う。
だが、

「外した……!?」

視界を塞がれたはずの男は、綾香の動きを読んでいたかのように身を沈めていた。
同時に地を這うような回し蹴りが来る。
体重は乗っていないが、綾香を支える腕を狙った動きだった。
咄嗟に腕に力を込め、ハンドスプリングの要領で飛び退る綾香。
彼我の距離が開いた。

925ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:55:54 ID:YHRu6UdM0
「ようやく思い出した。どっかで見たことあると思ったら……昼間パシリに使った強化兵」
「……」
「合気に柔、拳法もこなすって? 骨抜きの国軍にしちゃ随分と優秀じゃない」

身体のラインも露わなアンダースーツのまま、綾香が口を開く。
余裕のあるような口ぶりだったが、その表情には隠しようもない焦燥が浮かんでいた。
久瀬の背は、再び遠ざかろうとしていた。

「……戦は長く、歴戦の兵は多くが死んだ。だが俺は生き延びている。それだけのことだ」
「そ。ま、―――興味ないんだけどね、あんたなんかにはっ!」

言いざま、綾香が飛び出す。
だがKPS-U1改の補助を失ったその加速は、先刻までと比べて明らかに劣っていた。
身を沈めながら放たれる綾香の中段蹴りを、男は易々とかわしてみせる。
蹴り足の戻しよりも早く、男の拳が飛ぶ。
速いが、スウェー状態から打たれた拳には腰が入っていない。
ジャブ気味に放たれたそれを、綾香が軽く頭を振って回避しようとした、その刹那。
握られていたはずの男の拳が、突然に五指を開いた。

「なっ……!」

綾香の視界、その左半分が塞がれていた。
まずい、と思考するより早く、綾香は反射的に飛び退ろうとする。
左右は危険。死角からの蹴りを定石とすれば、その裏は向かって右、男の空いた左による突き。
どちらを選んでもリスクが大きかった。
ならば、と咄嗟にバックステップを踏もうとした綾香の視界が、唐突に揺れた。
まず感じたのは、首への衝撃。
そして頭部、否、頭皮からの激痛だった。

(髪を―――!)

流れた長い髪を掴まれたのだと理解した瞬間、意識が飛びかけた。
咄嗟に上げたガードの下。腹に、男の拳がめり込んでいた。
一瞬、モザイクをかけられたように歪んだ視界が戻ってくると同時、胃の内容物がせり上がってくる。
奥歯を食い縛って堪えると、綾香は必死に視線を上げる。
そこに男の姿はなかった。感じる気配は、背後から。
反射的に打った肘が正確にブロックされた。
舌打ちした綾香だったが、次の瞬間、目を見開かされていた。
呼吸が、できない。

926ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:56:13 ID:YHRu6UdM0
「か……ぁ……」

首に何かが巻きついている。
綾香自身の髪だと、すぐに気づいた。
長くしなやかな黒髪が、綾香の頚動脈と気管を的確に締め上げていた。

「型は正確だ。応用力もある。咄嗟の反応も悪くない。―――だが、道場拳法だ」

ぎりぎりと音がするほどに綾香の首を絞めながら、男が静かに言う。
頭蓋の中で脳がはちきれんばかりに膨張しているが如き激痛の中で、綾香の耳朶を打つその言葉は、
どうしてだかひどく鮮明に聞こえていた。

「髪を掴むは反則か。美しく相手を打ち倒すが道か。―――そうしてお前は死ぬのか」

苦痛が薄れていく。男の声だけが、脳裏に残響を残す。
落とされれば確実に死ぬと、それだけを綾香は理解していた。
最後に残った感覚の全てを、右腕に集中する。
ぐらぐらと揺れて、七色のノイズに侵蝕されていく視界の中で、綾香はその力を解放した。
振るう。ブチリ、と嫌な音がした。

「……ァァアアッ!」

振り抜いた。ブチブチと、音がする。
途端、視界が回復した。全身が酸素を要求し、肺が急速に収縮する。
盛大に咳き込みながら、綾香はその腕を背後に向けて裏拳気味に放つ。
空振り。男は既に、充分な距離をとっていた。

「……ほう。その腕―――固有種のものか」

眉筋一つ動かさず、男は綾香を見ている。
必死に呼吸を整えながら、綾香は男へと向き直った。
その右腕は漆黒の皮膚と真紅の爪を備え、曇天の林道に異様な存在感を放っている。
綾香が、痰混じりの唾を吐き棄てる。
はらはらと、何か黒いものが風に乗って舞い散った。
地面一杯に、まるで絨毯模様のように広がったそれは、綾香の黒髪であった。
己が爪で切り落としたその髪を踏みしだいて、綾香が鬼の手を握り、開く。
爛々と輝くその眼は、ただ男だけを睨み据えていた。
周囲を幾重にも取り巻く夕霧など、まるで存在しないかのようだった。
毛先のひどく不揃いな短髪を振り乱して、来栖川綾香は立っていた。

927ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:57:12 ID:YHRu6UdM0
「どけ」

短く、綾香が口にする。
応えるように口を開いた男は、どこか乾いたような声音で言った。

「……お前を囲んでいる者たちの名を知っているか」
「……」
「砧夕霧という」
「知ってる。私の会社が造った兵器だ」
「……いいや、いいや分かっていない。お前は、この娘の名を」

男は、哀しげとすら見える表情で続けた。

「―――それでは届かんよ。お前の拳も、声も」
「説教臭いんだよ、白髪頭……!」

鬼の腕を振りかざすように、綾香が駆ける。
奇妙な静けさの中で、男が静かに告げた。

「―――坂神蝉丸。覚えておけ、この名を」

転瞬、男の姿が掻き消えた。
否、その踏み込みを目で追いきれず、消えたように見えたのだ、と。
交錯の瞬間、鳩尾に男の提げた軍刀の柄頭を叩き込まれて意識を失う寸前に、綾香は理解していた。


******

928ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:57:43 ID:YHRu6UdM0

「……何故、殺さなかったのですか?」

傍らの少年が静かに訊ねるのに、男、坂神蝉丸はやはり淡々と答えた。

「殺すのは容易い。だが、あれには最後まで見届けさせたかったのだ」
「何を、ですか」
「己の造った者たちが選び取る、未来の形を」

蝉丸は、少年に寄り添うように歩く少女を見やり、そしてまた周囲を歩く無数の少女たちを見回しながら言った。

「あれを討つのは俺ではない。打ち棄てられた者たちの、歓喜の声だ。そうあるべきだと、俺は思う」
「……」

少年は無言のまま、眼前に聳える山の頂を見上げていた。
無数の足音だけが、蝉丸の言葉に応えていた。

「それより、君こそいいのか」

しばらくの間を置いて、蝉丸が少年、久瀬に問いかけた。

「あれは、君の昔馴染みだったのだろう」
「……構いません。あの人のことです、きっと僕を連れ戻そうとしてくれていたんでしょう。
 一緒に帰ろうとか、上手く取り成してやるとか、何なら自分の会社で使ってやるとか。
 ……そんなこと、できるはずがないのに」

久瀬が苦笑する。 
歳相応の少年じみた表情を、蝉丸は静かに見つめていた。

「僕は踏み出してしまった。―――あとはもう、進むことしかできないんですから」

決然と言った久瀬の表情は、既に少年のそれではなかった。
その顔を見て蝉丸は一つ頷くと、口を閉ざした。

死を齎す軍勢は、粛々とその行進を続けている。


******

929ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:57:58 ID:YHRu6UdM0

目を覚ました来栖川綾香が最初にしたのは、傍らのセリオに時刻を訊ねることだった。

「……一時間は経っちゃいない、か。まだ間に合うわね」

すっかり晴れ上がった青い空の眩しさに目を細めながら立ち上がり、振り返る。
夕霧の群れが歩いていた方向には、神塚山が聳えていた。
となれば、久瀬の目論見にも概ねの見当がつく。
制限時間は正午きっかりといったところか。

「坂神、蝉丸……。情けをかけたことを後悔させてやる―――」
「―――綾香様、」

呟き、歩き出そうとした綾香に、背後からセリオの声がかけられた。
眉を顰めて振り向いた綾香だったが、続くセリオの言葉に見る見る表情を変えていく。
驚愕と困惑、それらがない交ぜになった表情。

「何、ですって……? もう一度言ってみなさい……!」

震える声で促す綾香の言葉にも、セリオは動じない。
やはり淡々と、体温を感じさせない声でそれを告げた。

「―――芹香様が、どこにもいらっしゃいません」

930ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:58:34 ID:YHRu6UdM0


【時間:2日目午前11時前】
【場所:G−7】

来栖川綾香
 【持ち物:各種重火器、こんなこともあろうかとバッグ】
 【状態:ラーニング(エルクゥ、(;゚皿゚)、魔弾の射手)、短髪】
セリオ
 【持ち物:なし】
 【状態:グリーン】
イルファ
 【状態:スリープ】

来栖川芹香
 【持ち物:水晶玉、都合のいい支給品、うぐぅ、狐(首だけ)、蝙蝠の羽】
 【状態:盲目、行方不明】
 【持ち霊:うぐぅ、あうー、珊瑚&瑠璃、みゅー、智代、幸村、弥生、祐介】


【場所:G−5】

久瀬
 【状態:悲壮】
坂神蝉丸
 【状態:健康】
砧夕霧コア
 【状態:健康】
砧夕霧
 【残り26238(到達0)】
 【状態:進軍中】

→552 690 ルートD-2

931三度目の正直:2007/04/13(金) 14:28:50 ID:.b9r1E4o0
これまで既に何度も、大規模な戦いの舞台となっている平瀬村。
来栖川綾香と朝霧麻亜子が最初に出会ったのも、この村だった。
何の因果か――彼女達の三度目の、そして恐らくは最後となるであろう対決もまた、この村で行われようとしていた。
空を覆う暗雲に見守られ、二人の獣は実力行使の末に入手した銃器を構える。
綾香の暗い狂気を灯した瞳が、眼前の怨敵を射抜く。
その眼光の鋭さを前にしては、並の人間なら一目散に逃げ出すか腰を抜かしてしまうだろう。
しかし殺人を重ね狂気の世界に馴染んでしまった麻亜子は、半ば怪物と化した敵に対しても平然とした様子で口を開く。
「あやりゃん、駄目じゃないか。ストーカー行為は犯罪だぞう?」
「あら? 私はあんたみたいな小学生並のスタイルで、そんな派手な服を着てる方が犯罪だと思うけど?」
そう言って綾香は、多分に侮蔑の意を含んだ笑みを浮かべる。
すると麻亜子も同じように、自信たっぷりに唇の端を吊り上げた。
「チッチッ、甘いぞ。世の中にはこういったものを好む殿方がごまんといるのさ」
「へえ、頭のネジが飛んでる奴がそんなにいるとは知らなかったわ。あんたなんかを好む奴が多いんじゃ、世も末ね」
お互いに軽口を叩く。それは因縁の二人が出会ったにしては、余りにも静かな対話だった。
しかしそのような状態が、長く続く筈も無い。
復讐鬼と化した綾香が、いつまでも只の会話に甘んじていられる筈が無いのだ。
「……韜晦はここまでにしときましょうか。アンタなんかと長話をするつもりは無いしね」
綾香の声の調子が、これまでとは打って変わって重いものとなる。
「うん、それはあたしも同感だぞ、あやりゃん君」
それを感じ取った麻亜子の声もまた、殺気を包み隠さない鋭いものとなった。
距離にして約20メートル程である二人の間を、灼けつくような殺気が飛び交う。
これは殺し合いであって、正当なルールに則って行われる決闘などでは無い。
どんな手を使おうとも最終的に生き延びた側が勝者であり、死んだ者は等しく敗者として扱われる。
だからこそ、気勢を猛らせる二人の決戦は唐突に、何の合図も無しに、開幕の時を迎えた。

932三度目の正直:2007/04/13(金) 14:29:39 ID:.b9r1E4o0
「――――ッ!」
先に動いたのは麻亜子だった。
麻亜子は綾香の方へ顔を向けたまま、円を描くような軌道で走り回る。
その間、手元のRemington M870は沈黙を守り続けたままだった。
散弾銃という武器はきちんと照準を定めてから撃ちさえすれば、高確率で命中が期待出来る武器だったが、弾丸は無限にある訳では無い。
麻亜子がRemington M870の残弾を調べた時点で四つ――先程二発撃ってしまったのだから、今は二つしか残っていない筈だ。
ならば軽々しく使ってはならない。強力な切り札は、ここぞという時まで温存しておくべきだ。
傷んだ身体で大地を駆け回るのは少々堪えるが、ここは足を止めずに好機を待つしかない。

「ちょこまかと……鬱陶しい!」
綾香は苛立ちを隠せない様子で叫びを上げた後、手に握ったIMI マイクロUZIの引き金を絞った。
しかし連射された弾丸が、軽快な動きを見せる麻亜子に突き刺さる事は無く、空気を裂くに留まった。
綾香は地の上に仁王立ちしたまま、次なる一手はどうすべきか、思案を巡らす。
(――どうする。距離を詰めて一気に畳み掛けるか……いや、それはマズイわね)
マシンガンとは弾丸のシャワーであるので、近距離なら絶対に当たる武器だったが、敵も銃を持っている。
万全の状態ならともかく、今の消耗しきった自分にとって、散弾銃の存在は大きな脅威だ。
非常に広範囲に渡るあの攻撃は、防弾チョッキでも防ぎ切れるかどうか分からない。
それに敵はあの朝霧麻亜子なのだ、たとえ防弾チョッキで命を拾えたとしても、油断せずにトドメを刺しに来るだろう。
となれば、距離を保ったまま持久戦に持ち込むのが最良だ。
大丈夫、こと残弾数に関して自分が遅れを取る可能性は非常に低い。
まだ予備カートリッジだって二つある。焦らずじっくり、追い詰めていけば良いのだ。

933三度目の正直:2007/04/13(金) 14:30:47 ID:.b9r1E4o0
――麻亜子は完全な回避に、綾香は消極的な攻撃に、方針を絞った。
自然と二人の戦いは逃げ回る麻亜子に対して、綾香が断続的に攻撃を加える形へと収束してゆく。
綾香はIMI マイクロUZIの発射方式を単発へと切り替え、銃弾の消費を抑えていた。
不規則に、一発ずつ、闇夜の中で銃声が鳴り響く。
「わざわざ一発ずつ撃ってあげてるんだから、頑張って避け続けなさい。
 でも気を付ける事ね、あんまし派手に動き回るとすぐバテちゃうわよ?」
「…………っ」
狩りを愉しむハンターのように、綾香が余裕綽々たる面持ちで、狙撃を続ける。
綾香の身体は満身創痍の状態だったが、左腕だけは大した怪我を負っていない。
IMI マイクロUZIの引き金を絞る度に、銃身より伝わる衝撃が左肩の患部に響くが、十分耐えれるレベルの痛みだ。
敵が攻撃の意志を見せていない以上、こちらは足を止めたままで良いのだから、疲労の蓄積だって抑えられている。

対する麻亜子は余裕など一切無く、今にも息が上がりそうだった。
るーこと戦っていた時から続けてきた、過度の運動による疲労が負債となって、臓器に襲い掛かる。
このまま動き続ければ、いずれ体力が尽きる――そんな事は、麻亜子自身が一番良く分かっている。
それでも、弾丸を見てから躱すなどという芸当は不可能な以上、銃から放たれる攻撃を凌ぐ方法は一つしかない。
絶対に一箇所へと留まらず、銃口の先より身を躱すよう動き続けるしかないのだ。
麻亜子は相変わらず、綾香を中心として円状に走り回っている。
そしてその後を追うように銃弾が発射され、麻亜子の後ろ髪を掠めてゆく。
先程からその図式が続いていたのだが――綾香はいつまでも同じ攻撃パターンを繰り返す程、お人好しでは無い。

934三度目の正直:2007/04/13(金) 14:32:11 ID:.b9r1E4o0
「――――!?」
綾香の手に握られたIMI マイクロUZIの先端がすいと動くのを見て、麻亜子は戦慄した。
距離がある為何処を狙っているかなど分からないが、恐らく――
「ふぁいと、いっぱーつ!」
形振り構わず大地を踏み締めて、高速で移動していた体の勢いを押し留める。
直後麻亜子の眼前にある空間を猛り狂う弾丸が切り裂き、少し離れた場所にあった木の幹から木片が撒き散らされる。
巻き起こった風を肌で感じ取れる程、ぎりぎりの所で命を拾い、麻亜子の頬を冷たい汗が伝った。
綾香は、一定の方向へと走る麻亜子の動きを読んで、銃弾を『置いて』きたのだ。
それは驚くような事では無く、思考能力を持つ人間が相手である以上、寧ろ予想してしかるべき事態だ。
何も考えずに攻撃を続けてくれるような者はせいぜい、正気を失ってしまった者か、或いはよほど間抜けな者くらいだろう。
それに対策だってある。
相手が先読みしようとしても、不規則に方向転換を繰り返しながら動き回れば、予測を狂わせる事が出来る。
しかし――
「つうっ……」
麻亜子は顔を僅かに歪め、先程るーこに撃たれた部位である腹の辺りを押さえた。
銃口から逃れようと転進した反動で、腹部の傷が酷く痛む。
勢いのついた身体を急停止させて、進行方向を変えるのは、負担が相当に大きいのだ。


「ほらほら、休んでる暇なんか無いわよ? 弾はいくらだってあるんだから!」
綾香がにやりと凄惨な笑みを浮かべ、次々と新たなる凶弾を放ってゆく。
麻亜子は必死の思いで、損傷している体を酷使し、限界ぎりぎりの回避を繰り返していた。
(ぐぬぬぅ……調子に乗りおってからにぃ……)
一方的に攻め立てられる現状を腹立たしく思い、麻亜子がぎりぎりと歯軋りする。
ナイフはまだ一本残っているが、距離がある為に投擲するのは厳しいだろう。
綾香の攻撃は単発へと切り替わっている為、Remington M870を構える時間はあるが、残弾は残り僅か。
敵もこちらの銃だけは警戒しているだろうし、今使用するべきでは無いように思えた。
だがそこまで考えた時、麻亜子はとある事に気付いた。
途端に、地面を蹴り飛ばして綾香の方へ、Remington M870を構えながら疾駆する。

935三度目の正直:2007/04/13(金) 14:33:37 ID:.b9r1E4o0
「――――来たか!」
間もなく放たれるであろう粒弾の群れから身を躱すべく、綾香が素早く横方向へと跳躍する。
綾香からすればここで危険を犯して迎撃などせずとも、一先ず受けに回り麻亜子の弾切れを待てば良いだけだった。
「…………?」
しかし、聞こえてくるものは二人の足音だけ。いつまで経っても、銃声は鳴り響かない。
麻亜子が左右にステップを踏みながら前進を続け、二人の間合いが縮まってゆく。
麻亜子の狙いは至極単純――こちらがいつ弾を放つかなどバレる訳が無いのだから、とにかく銃口を向けて威嚇しようというものだった。
やがて綾香も敵の意図を悟ったが、だからといって銃口の前でジッと突っ立っている訳にはいかない。
そのような愚行に及んでしまえば、ここぞとばかりに麻亜子は引き金を絞るだろう。
かと言ってただ動き回っているだけでも、状況は不利になってゆくだけだ。
片目がほぼ塞がっている今の状態では、近距離まで寄られてしまえば麻亜子の姿を満足に捉えきれまい。
「クソッ……こざかしい!」
綾香は忌々しげに吐き捨てた後、IMI マイクロUZIの発射方式を連射へと切り替えた。
間髪入れずに引き金を絞り麻亜子の前進を遮ると共に、距離を取るべく足を動かし後退してゆく。
再び約20メートル程の間合いを確保した所で、銃が弾切れを引き起こす。
綾香は予備マガジンを左腕の小指と薬指の間に挟み込むと、その先端を口の前まで持ってゆく。
口で咥え込む事により予備マガジンの先端を固定し、その上からIMI マイクロUZIを叩きつける形で装填した。
装填している隙を狙われるかとも思っていたが、麻亜子は攻撃せずにボウガンへと新たな矢を補充していた。

936三度目の正直:2007/04/13(金) 14:35:06 ID:.b9r1E4o0
麻亜子は右腕にRemington M870を、左腕にボウガンを握る形で、息を整えつつ綾香と向かい合う。
綾香はすぐに攻撃へ移ろうとはせず、自分を落ち着かせるように一つ深呼吸してから、口を開いた。
「流石にやるわね……。この私をここまで怒らせたんだから、そうでなくっちゃ困るわ」
それは皮肉などでは無く、本心からの言葉だった。
綾香にとって麻亜子は絶対に許せない怨敵であるが、その卓越した実力だけは認めていた。
綾香の台詞を受けた麻亜子が、得意げに無い胸を逸らす。
「はっはっはっ、すごかろう」
「ホントにね。全く、そこでただ泣いてるだけのへタレとはえらい違いね?」
そう言って綾香は油断無く銃を構えたまま、視線だけを横に移した。
麻亜子が目でその後を追うと、そこでは先程戦った敵の片割れ――春原陽平が、少女の亡骸を抱えて泣きじゃくっていた。
「ううっ……るーこ……るーこぉ……」
弱々しく肩を震わせながら嗚咽を上げるその姿は、本当に先の勇敢な少年と同一人物なのか疑いたくなる程だった。
その様子は余りにも痛々しく、るーこと呼ばれた少女が、少年にとってどれだけ大事な存在だったのかを明確に物語っていた。
(違う……そいつはへタレなんかじゃない。もしさーりゃんが死んじゃったら、きっとあたしだって……)
そう考えると胸の奥がズキリと痛んだが、麻亜子はすぐに頭を振って思考を切り替える。
余計な事を考える暇があるのなら、その時間を消耗した体力の補充に充てなければならないのだ。
少しでも会話を引き伸ばし時間を稼ぐべく、麻亜子が口を開く。
「なかなかどうして、あやりゃんも修羅が板についてきたようだね」
「……私だって最初からこんな風に生きてた訳じゃない。皆と協力して、主催者を倒そうと考えてた時だってあった。
 でもアンタのお陰で、この島ではどう生きれば良いのか、嫌って程思い知らされたわ。
 所詮この世は弱肉強食、強い者が生き、弱い者が死ぬ。倫理観なんてとっとと捨てて、自分が備えた力を思う存分振るうべきなのよ」
まだ心の何処かに僅かながら罪悪感が残っていたのだろうか、言い訳するように綾香が自白する。
「そうだろう、勉強になったろう。礼には及ばないぞ、あやりゃん。でもどうしてもって言うんなら、そのマシンガンで手を打ってあげるぞ」
「ハッ、何言ってんだか……、――――ッ!?」
麻亜子の言葉を、綾香が一笑に付そうとしたその時、ジャリッと瓦礫の破片を踏み締める音がした。

937三度目の正直:2007/04/13(金) 14:36:27 ID:.b9r1E4o0
「動かないで!」
辺り一帯によく響き渡る、澄んだ叫び声。
麻亜子と綾香が聞こえてきた声の方に首を向けると、少女――藤林杏が、ワルサーP38を右腕で構えながら立っていた。
吊り上った眉、引き締められた口元、目には、強い怒りと悲しみの色が灯っている。
しかし綾香は杏の怒りにもまるで動揺せず、それ以上の怒気を以って睨み付けた。
「……すっこんでろ。誰だか知らないけど、今はアンタなんかに用は無い。
 殺されたくなかったら今すぐこの場から消えなさい」
静かな、しかし明確な殺意を籠めた警告。
怨敵との決戦を、こんなどうでも良い相手に妨害されるなど、到底許容出来なかった。
「言ってくれるじゃない。今あたしを狙ったら、あんたは麻亜子に撃たれちゃう筈だけど?」
「御託は要らない。もう一度だけ言ってやる……殺されなくなきゃ、今すぐ消えろ」

938三度目の正直:2007/04/13(金) 14:37:38 ID:.b9r1E4o0

(ヤバイわね……)
全てを凍りつかせるような殺気を一身に受け、杏が小さく舌打ちする。
ようやく失意の底から立ち直り、急いで陽平達の救援に向かったのだが、遅過ぎた。
杏が現場に辿り着いた時には、既にるーこは殺されてしまっており、二人の殺人鬼による激しい戦闘が繰り広げられていた。
朝霧麻亜子と対峙している女は、『あやりゃん』と呼ばれていた。会話の内容から察するに、来栖川綾香と考えて間違いないだろう。
数々の殺人を重ねてきたこの二人に、拳銃一つで対抗出来るとは露程にも思わぬが、敵はお互い潰し合っている。
その間隙を突けば場を制圧出来ると思い介入したのだが、綾香は予想以上に腹を立てている様子。
これでは下手な事をすれば、綾香は激情に身を任せ、こちらへの攻撃を優先してしまうかも知れなかった。
なら――
杏は口元に手を当て、暫しの間考え込んだ後、一つの答えを出した。
「じゃあ、そうさせて貰うわ。但し――陽平も、一緒にね」
そう言って、杏は今も泣きじゃくっている陽平へと視線を移した。
彼の手の中で横たわっているるーこは頭を打ち抜かれており、死亡している事は疑いようが無い。
自分がもう少し早く駆けつけていればと、後悔の念が湧き上がってくるが、それを喉元で押し留める。
後悔するのは後で良い――今はここで出来る事を精一杯やるべきだ、と自分に言い聞かせて。
しかし、陽平と禍根のある綾香が、簡単に杏の要求を受け入れる道理は存在しない。
「あんまり調子に乗るな。そいつには散々ムカつかされたんだから、逃がしてなんかやらないわよ」
鋭い声で、ぴしゃりと跳ね付ける。それから馬鹿にするような口調で続けた。
「さあ、一人でとっとと消えなさい。大体ね、アンタにしろ春原にしろ覚悟が足りないのよ。
 でも私やまーりゃんは違う。私なら間違いなく、声なんか掛けずに問答無用で銃をぶっ放してたわ。
 それが出来ない時点でアンタは負け犬なのよ。負け犬は負け犬らしく、尻尾を巻いて逃げてろ」

939三度目の正直:2007/04/13(金) 14:39:25 ID:.b9r1E4o0
言われて、杏は息を飲んだ――言い方こそ悪いが、綾香の言葉は的を得ている。
そもそも、こんな中途半端なタイミングで乱入する必要など無かったのだ。
声など掛けずに息を潜め、綾香と麻亜子の勝負が終わったその瞬間に、生き残った方を撃ち殺せばそれで全ては終わっていた。
それを出来なかったのは、結局の所自分はまだ何処か平和ボケしている為だろう。
手違いから柊勝平を殺してしまった時は本当に辛かった、苦しかった。
二度とあんな思いはしたくないし、出来ればこの場も人を殺さず済ませたいと考えている。
仲間が何人も死んでしまったこの状況ですらそう思うのだから、貶されても何の弁明もしようが無い。
「そうね。……あたしはあんた達みたいに、人を殺す覚悟は無いわ」
杏がそう言うと、綾香は心底馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
だからお前は何も出来ない、だからお前は誰も守れない――そう言いたげに。
だが杏は向けられた嘲笑をさらりと受け流し、真剣な面持ちで言葉を続ける。
「でもね、仲間の命が掛かってるなら話は別。陽平を置いていけってんなら、あたしは戦う。
 敵わないだろうけど、アンタだけを狙い続けて、傷の一つくらい負わせてみせる」
それが、杏の決意。自分に覚悟が足りないと言われれば、甘んじて受け入れよう。
しかし目の前で友人が危機に瀕しているのを見過ごす程、腐ってはいない。
たとえ命を落とそうとも、或いは殺人の罪悪感に再び襲われようとも、仲間を見捨てるという選択肢だけは断固拒否する。

「チッ……」
綾香は杏の台詞を軽んじる事が出来なかった。
こちらを射抜く目……強い光を灯したあの瞳は、橘敬介や国崎往人のソレと全く同じ類のものだ。
綾香や麻亜子とは異なる、しかし揺るがない強い決意を秘めた人間の瞳だ。
橘敬介とやり合った時も、国崎往人と戦った時も、手痛い一撃を被った。
どれだけ力量差があろうとも、決意を固めた人間だけは軽視してはいけないのだ。
その事を綾香は自らの体験により、十分に理解している。
だからこそ、ここで杏と麻亜子の二人を同時に相手すれば、間違いなくやられるという結論に思い至った。

940三度目の正直:2007/04/13(金) 14:40:28 ID:.b9r1E4o0
綾香は苛立たしげに一度地面を蹴りつけた後、呟いた。
「……仕方が無い。せいぜい残り少ない余生を満喫する事ね」
怒りに震えるその声を確認すると、杏は綾香から視線を外して、陽平の下へと歩み寄った。
「うううっ……ああああっ……」
「陽平……」
この世の終わりが来たかのように泣き続ける陽平を見て、杏は掠れた声を出した。
ここへ移動する最中に見た、陽平のとても頼もしい表情は、全てるーこによって支えられていたのだという事を実感する。
掛け替えのない存在を目の前で失ったショックは、きっと自分が勝平を殺してしまった時以上のものだろう。
あの時自分は取り乱してしまった――それ以上のショックを受けているのだから、陽平がこうなってしまうのも当然だ。
それでも自分達が生き延びるチャンスは、今を置いて他に無い。
杏は恐る恐る、陽平の背中に言葉を投げ掛けた。
「さ、今なら逃げれるから……行こうよ……」
「……放っといて……くれよ……」
どうやらかろうじて正気は保っているようで、陽平は短く言葉を返してきた。
「放ってなんて……いける訳、ないでしょ……」
途切れ途切れに、杏が言葉を搾り出す。
それでも陽平は、るーこの胸に顔を埋めて嗚咽を上げ続けるのみ。
杏はグッと奥歯を噛み締めた後、陽平の肩を掴み、自分の方へと振り向かせた。
「陽平、しっかりしなさい! アンタ男でしょっ!?」
「嫌だ……もう何もしたくない……!」
陽平がぶんぶんと首を左右に振り回し、その反動で涙が杏の頬にまで飛び散った。
杏は陽平の肩を掴む力を強め、ガクガクと勢い良くその身体を揺さぶった。
「何言ってんのよ! アンタはまだ動ける、まだ生きてる! だったら最後まで精一杯生き抜きなさいよっ!」
「もう嫌だ……もう嫌だ……るーこが居ない世界で、生きていくなんて……嫌だっ……!」
陽平はこの世界全てを拒むような様子で、杏の言葉を聞き入れようとはしない。
杏は表情を苦々しく歪めた後、大きく息を吸い込み、腹の奥底から力の限り叫んだ。
「――――もういい!」
言って分からないなら、強引に連れて行くまで――杏は陽平の後ろ襟を掴み、ズルズルと引き摺り始める。
反動でるーこの身体が、陽平の腕より零れ落ちる。それでも杏は、足を止めなかった。
綾香も麻亜子も、杏の背中を狙ったりはしなかった。そんな隙の大きい行動を取れば、次の瞬間、眼前の宿敵に撃ち抜かれるからだ。

941三度目の正直:2007/04/13(金) 14:41:32 ID:.b9r1E4o0
「ま、待ってくれ……るーこを置いていきたくないよっ……!」
悲痛な声で訴える陽平から目を逸らし、杏はゆっくりと、しかし着実に戦場から遠ざかってゆく。
そんな最中、背後から麻亜子の声が聞こえてきた。
「何だ、行っちゃうのか。あたしを放っておいて良いのかね?」
そうだ、朝霧麻亜子はマナを殺した張本人であり、許せない存在だ。
しかしそれでも、今は生きている仲間の方を優先しなくてはならない。
「……次に会ったら、絶対一発ブン殴ってやるからね」
悔しさと怒りをたっぷり籠めて、杏は返答した。
そのまま力任せに陽平の身体を引き続け、仲間達の死体が横たわる地を後にする。
心を、後悔と怒りと悲しみの感情で押し潰されそうになりながら。


杏の行き先は――教会では無い。何処に行くか決めてなどはいないが、教会だけは駄目だ。
このまま教会に向かい、万一綾香か麻亜子のどちらかに追跡されてしまえば、より多くの犠牲者が出るだろう。
ここは何としてでも自分達の力だけで、逃げ延びなければならなかった。
「るーこ……、るーこぉぉぉぉ……」
敵の姿も、るーこの遺骸も見えなくなってからも、陽平はうわ言のように少女の名前を繰り返していた。
「ごめんね……陽平」
一粒の涙と共に、少女は懺悔した。


【時間:2日目・20:35】
【場所:g-2右上】

942三度目の正直:2007/04/13(金) 14:42:50 ID:.b9r1E4o0
来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(30/30)・予備カートリッジ(30発入×1)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き、一部損傷した為近距離の光点のみしか映せない)】
【状態1:右腕大火傷(腕を動かせない位)。肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)。全身に軽い火傷、疲労中、体の節々に痛み】
【状態2:左目失明寸前、右肩負傷、麻亜子と対峙】
【目的:何としてでも麻亜子を殺害。ささらと、さらに彼女と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う。】

朝霧麻亜子
【所持品1:Remington M870(残弾数2/4)、デザート・イーグル .50AE(0/7)、ボウガン(矢装填済み)、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態:綾香と対峙、マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、頬に掠り傷、肋骨二本骨折、内臓にダメージ、全身に痛み、疲労大】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、特に綾香の殺害。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】



【時間:2日目・20:40】
【場所:g-2右上】

春原陽平
【持ち物1:FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
【持ち物2:鉈、スタンガン・鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】
【状態:深い絶望。右足刺し傷、左肩銃創、全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】

藤林杏
 【装備:ワルサー P38(残弾数4/8)、Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27】
 【所持品1:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×2(和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、支給品一式】
 【所持品2:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、9ミリパラベラム弾13発
入り予備マガジン、他支給品一式】
 【状態:やり切れない思い、身体は健康】
 【目的:最終目的は主催者の打倒、まずは陽平を連れてもっと離れた場所まで逃げる】

ボタン
 【状態:健康、杏の鞄の中に入れられている】

【備考】
・以下の物は綾香達の近くに落ちています。
・サバイバルナイフ、投げナイフ、H&K SMG‖(5/30)、予備マガジン(30発入り)×2、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6
・ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)

→788
→793

943運命共同体:2007/04/14(土) 01:22:24 ID:YY8mK.Yc0
何もできなかったんだと思い知らされた。
唯一の武器はもう手放しちゃっていたから、そんないい訳であたしはただ事態を傍観する側に回ろうとしてたんだ。
加勢するのは全部保科さん任せにして、あたしにはもうできることはないんだと括ってしまっていた。
でもそんなことなかった、あたしにだって何かできたことがあったかもしれないのに。

例えば地面に転がる小石、木の枝。
投げつけるだけでも注意を引くことなら充分できたのに、あたしはそんなこともせずひたすら保科さんの準備が整うのを待っていた。

あたしは何もしなかった、そう。できなかったんじゃない。
安全な所でぬくぬくと、我が身を第一にして長岡さんを犠牲にしたんだ。
・・・・・・そう考えると、もう涙が止まる気配なんていつまで経っても訪れない気がしてきた。

「気を取りなおそ、な。長岡さんが伸ばしてくれた寿命なんやから、大切にしよ」

不意にかけられた言葉、いつの間にか足を止めちゃっていたあたしの顔を、保科さんが覗き込んでいた。
・・・・・・そんな風に気を使ってくれる、保科さんの言葉すら痛く感じる。
どうして、あたしが残っちゃったんだろう。

「あたし、何も・・・・・・ひっく、長岡さん、一人に・・・・・・あ、あた、し・・・・・・」
「・・・・・・」

長岡さんが、何か抱えてるのかもしれないっていうのは分かってたのに。
・・・・・・盗み聞きって訳じゃないけど、たまたま耳に入ったそれが何のことかあたしにはよく分からなかった。
でも、それでも前向きに行こうとする長岡さんの姿勢だけは分かった。
それに比べて、あたしには何もない。
ここに来て最初に出会ったのは由真だった、でも由真とは何かする前にあの変な男のおかげで分断されちゃって。
そんな時助けてくれたのが、保科さんで。
あたしは守られてばかりだった、それを痛感しちゃったことで吹き出る罪悪感をもうあたし自身止めることが出来なかった。
そんな、時だった。

944運命共同体:2007/04/14(土) 01:22:49 ID:YY8mK.Yc0
「いい加減にせよ、悪いけど、私そういうウジウジした考え方いらついて仕方ないんや」

かけられたのは、思いもよらない冷たい声。
さっきまでの気を使ってくれていた温かい空気が一瞬で冷やされた、反射的に顔を上げるとそこには無表情の保科さんがいて。
・・・・・・言葉が、出なかった。
でもその雰囲気は次の瞬間すぐとけた、ふっと困ったように保科さんは小さく微笑む。
そのまま右手を手を伸ばしてくる保科さん、思わずびくってなっちゃったけど保科さんは気にせず私の頭に手を伸ばした。
そして、そのまま何度か優しく撫でられる。
あたし、どんな顔してるんだろ。凄く間抜けな顔してると思う。

「あまり自嘲し過ぎるのは体に悪いで。とにかく生き残ったのは私等なんだから、前向きに考えなあかんやろ」

頭が、真っ白になる。
そんな真っ白な世界に、色をつけてくれるのは保科さんの声。あたしを導いてくれる、癒してくれる言葉の数々だった。

「第一笹森さん、最初にあの女怯ませてくれたやないか。・・・・・・それ言ったら何もできなかったんは私やないか」
「保科さん・・・・・・」

保科さん、苦い顔してる。
保科さんも耐えていた、保科さんも我慢していた。
でも、そんな弱みをあたしに一切見せようとせず・・・・・・保科さんは、ここまで引っ張ってきてくれた。
それは何のため? あたしのために決まってる。
泣いてぐちゃぐちゃになっていたあたし、それこそ気持ちの切り替えもできずずっと俯いていたあたし。
どうしてそんな優しくしてくれるんだろうね、あたしなんて庇って保科さんになんのメリットがあるんだろ。
・・・・・・その答えはあたしの中で見つけることは出来なかった、勿論保科さん自身に聞けるほどあたしも図々しくはなれなかった。

「でも、これだけは忘れたらあかん。私等は長岡さんの頑張りのおかげで逃げられたんや、せやからもうこの命は私等だけのもんやない」

前を見据えた保科さんがしっかりと言い放つ、だからあたしも合わせるように頷いた。

945運命共同体:2007/04/14(土) 01:23:11 ID:YY8mK.Yc0
「長岡さんのも、含まれるよね」
「そうや。私達が長岡さんの分も生き抜くんや・・・・・・まるで運命共同体みたいやな」

ぽそっと呟かれたのは、あたしに当てられたものじゃないかもしれない。ちょっとした独り言じゃないかって思う。
でも、それはあたしにとって本当に思いがけない言葉だった。
あたしは保科さんにとってずっとお荷物だったと思う、ここに来るまでも保科さんにはいつもリードしてもらってばかりだった。
でもでも、保科さんは言ってくれた。あたしとは運命共同体なんだって・・・・・・それは、あくまで同等の立場じゃないと言えない台詞ことだと思う。

それは絆だった。あたしと保科さんの間に生まれた、新しい関係を表す最高のうたい文句だった。
長岡さんという媒体を基にした、あたし達ただ二人だけにしか存在しない区分。
不謹慎かもしれない、でもすっごく嬉しかった。

「ほら、もう泣きやまなあかんで」

時に厳しく、でも時にこうやって保科さんは私のことを優しく励ましてくれる。
気がついたらまた緩くなっていたあたしの涙腺、でもこれは悲しみを表現しているわけじゃない。
伝えたいけど、言葉に出来ない。あたしの口からは漏れるのは嗚咽のみ。
そんなどうしようもないあたしに対して、親身になって面倒を見てくれる保科さんは本当にかけがえのない存在に思えた。

「あのね、保科さん。あんま笑わないで欲しいんだけど・・・・・・そのね、あたしってこんなだからあんま友達いないんよ」
「はぁ?」

何とか込みあがっていた感情を押し込めた後、あたしは今思っていることを素直に伝えようと思った。
保科さんとの絆を深くしたかった、何でそう思ったかは分かんない。
でも、受けとめて欲しくなった。あたしのことを。
そして、保科さんなら絶対受け止めてくれると思ったから。だからあたしは口にした、普段は絶対言えない弱音の類を。

「んーと、趣味が特殊っていうか。そういうのもあって、こう、凄く気にかけてくれる友達とか傍にいなかったんよ。
 なのに凄く焼きもちやきで、タカちゃん・・・・・・ああ、タカちゃんっていうのはミステリ研の男の子なんだけど、タカちゃんにもうざがられてる所とか凄いあって。
 あたしダメダメなんよ、でも保科さんはそんなダメなあたしをこんなにも気にかけてくれて、助けてくれて・・・・・・本当に、嬉しかったんだ」

946運命共同体:2007/04/14(土) 01:23:38 ID:YY8mK.Yc0
保科さんは黙ってあたしの話を聞いてくれていた、もしかしたら呆れちゃってるのかもしれないけど・・・・・・ここまで言って、途中で止めることなんてできない。

「だから、今こそ言わせて欲しい。保科さんありがとう」

そう言って頭を下げると途端に映らなくなる保科さんの表情、今それがどのようになっているか分からないのは凄く不安だった。
でも、不安だったけど・・・・・・大丈夫だと思った。その感情に後ろ盾はないけど、絶対、絶対大丈夫だと思った。

「何や、けったいなこと気にするんやな」

けろっと言い放たれるその台詞、ああ、保科さんだって思った。
そっと顔を上げる、やっぱり呆れちゃってるかもしれないけど、それでも保科さんの顔に軽蔑の色は全く浮かんでいない。
もう言葉はいらなかった、これからもよろしくの意味をこめて手を差し出すと、保科さんも次の瞬間ぎゅっと握ってきてくれた。
だからあたしも握り返す、ぎゅって、ぎゅーって握り返す。

「あたし、保科さんと運命共同体なんだよね」
「何や、聞こえてたんかいな。・・・・・・そうやな、まぁこれからもよろしゅうな」

保科さんの手はすらっとしていて、さわり心地もすっごいすべすべしてて気持ちよかった。
ちょっと長い握手は儀式と呼んでもいいかもしれない、離した後も消えないぬくもりが何だかくすぐったかった。
あたしと保科さんの絆、その証。この島で得た大切な関係を守っていきたいと、心の底から思った。





「来栖川綾香・・・・・・あの天化の来栖川財閥のお嬢様まで、こんな殺し合いにのるなんて皮肉やな」

947運命共同体:2007/04/14(土) 01:23:57 ID:YY8mK.Yc0
あれからまた歩き出したあたし達、ふと保科さんに話しかけられあたしもあの怖い人のことを思い出した。
来栖川、綾香。制服から見て寺女の人っていうのは一目で分かった。
聡明そうな人だったのに、何であんなことしてきたんだろ・・・・・・そんなのあたしに分かるわけないんだけど。

「それにしても気にかかるんわ、あの人の言ってた割烹着の男ってヤツや」
「え、そんなこと言ってたっけ?」

心当たりは全くなかった、驚いて聞き返すと保科さんはんーと口元に手を当てて何か考えるようにして・・・・・・。

「騙されたとか、してやられたとかそういう類のこと言ってたやないか。確か、すのはらようへい、とか・・・・・・」

呟き終わったと同時に、すかさずデイバッグから参加者名簿を取り出す保科さん。
ざっと目を通す保科さんの様子にあたしの入る隙間はない、とりあえず今は話しかけないほうがいいだろうし黙って隣で待ってみる。

「ん、ハルハラ? これでスノハラなんかな・・・・・・」

独り言かな、でも結論は出たみたいで保科さんは持っていた名簿を私の方に傾けてくれた。

「春原陽平、確かにおる。来栖川綾香は割烹着がどうのこうのって言うてたから、そういう風貌のヤツ見たら警戒した方がええな」
「う、うん・・・・・・」
「けど、まずはこれからどうしたらいいか。これを真面目に考えなあかんな」

あたし達の幸先は決していいものじゃない、でもきっと何とかなると信じてる。
保科さんならやってくれる、あたしも保科さんのために頑張りたい。
・・・・・・そろそろ朝焼けが見れそうなこの時間、でもとりあえずゆっくり休みたいっていうのが一番の望みかな。
さすがに疲れたんよ・・・・・・。

948運命共同体:2007/04/14(土) 01:24:26 ID:YY8mK.Yc0
【時間:2日目午前5時半】
【場所:D−5】

保科智子
【所持品:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、支給品一式】
【状態:移動中、来栖川綾香と割烹着の男を警戒】

笹森花梨
【所持品:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)】
【状態:移動中、来栖川綾香と割烹着の男を警戒】

(関連・789)(B−4ルート)

949蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:30:56 ID:e4s/5ZJ20
ハンバーグの香ばしい香りが充満する、大きな居間。
岡崎朋也とその仲間達は、第三回放送で受けた衝撃よりようやく立ち直りつつあった。
一つのテーブルを皆で囲み、ゆっくりとハンバーグを食べながら、話し合いを進めてゆく。

「――教会へ行く?」
北川潤が確認するように尋ねると、古河秋生はコクリと頷いた。
「ああ。もう陽も完全に落ちちまったし、休憩も十分に取った。これ以上ここに留まる意味もねえからな」
それから秋生は気遣うような表情で、古河渚に視線を向ける。
「そういう事だが、渚――いけそうか?」
「はいっ、大丈夫です。まだ走るのは無理ですけど、歩くだけなら平気です」
気丈に返答した渚だったが、銃で撃ち抜かれた傷が一日やそこらで良くなるとは考え難い。
渚は口で大丈夫と言いながらも、無理をしてしまう女の子である。
それをよく理解している朋也が、渚の手を優しく握って語りかける。
「あんま無理すんなよ。いざとなったら俺が背負ってやるからさ」
「えっ、そんな……迷惑かけちゃいますから」
渚が申し訳なさそうに首を横へ振ると、朋也は手に込める力を少し強めた。
「今更何言ってんだよ。渚が無理して苦しむ方が、俺にとっちゃよっぽど迷惑だ」
朋也の真っ直ぐな視線を受けて、渚は少し微笑んでから、言った。
「……分かりました。どうしても駄目だったら、言います」
「ああ、そうしてくれ」
「でも、出来るだけそうならないように頑張りますっ」
自分を奮い立たせるようにぐっと目を瞑る渚を見て、朋也は苦笑しながら答えた。
「……そうだな、頑張る事も大切だもんな」

950蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:31:45 ID:e4s/5ZJ20
秋生は娘と朋也のやり取りを温かい目で見守った後、広瀬真希に問い掛ける。
「なあ、広瀬の嬢ちゃん。一つ聞いときたいんだが、おめえら工場は屋根裏以外調べてねえのか?」
「うん、ガソリン臭かったからとっとと屋根裏へ行ったわ。それがどうかしたの?」
工場で前回参加者の痕跡を見つけた事についてはもう全て伝えていたので、秋生が何を言いたいのか、真希には良く分からなかった。
「いや、工場なら何か使えるもんがあるんじゃねえかと思ってな。こんな状況なんだ、武器は一つでも多い方が良いだろ?」
「あ……そっか……」
秋生の言う通り――工場なら、一般の民家には置いてないような、貴重な物があるかも知れないのだ。
真希も、そして北川も、自分の迂闊さに気付き表情を曇らせた。
もしきちんと工場を全て調べていたら、そして何か有用な物を発見出来ていたら、美凪を救えたかも知れない――
「……ガソリン臭えって事は、少なくとも火炎瓶の材料くらいはありそうだし、そのうち調べてみっか」
二人の内心を察した秋生は、それだけ言うとこの話題を早々に切り上げた。
今後の方針は決まった――まずは、教会へ向かう事だ。
教会では今も姫百合珊瑚らハッキング班が頑張っている筈だ。
北川が珊瑚達と別れてからだいぶ時間も経っているし、何か新しい情報が入っているかもしれない。
今後どうやって主催者に対抗していくかは、珊瑚達と合流してから考えるべきだろう。

951蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:33:11 ID:e4s/5ZJ20
結論が出た後は各自、軽い雑談を交えながら食事を続けてゆく。
そんな中、朋也は周りより一足早く、ハンバーグを食べ終えた。
横へ視線を移すと、みちるが美味しそうにハンバーグを頬張っている。
みちるが元気になってくれて良かったと思う一方で、先程のあの言葉が気になった。
――みちるは美凪の夢なんだから
これは、一体どういう意味なのだろうか?
聞こうとすれば、遠野美凪の死に触れなければならないから、この場の穏やかな雰囲気を壊してしまうかも知れない。
しかし何故か朋也は、決して見過ごしてはいけない謎が、みちるの言葉に秘められている気がしてならなかった。
「……なあ、みちる」
「んに?」
みちるが屈託の無い笑顔を向けてくる。朋也は一度息を吸い込んだ後、言った。
「さっきお前が言ってた『みちるは美凪の夢なんだから』って、どういう意味だ?
 『美凪が死んだら……みちるも消えちゃう』って、一体何の事なんだ?」
途端に場がシンと静まり返り、みちると朋也を除いた全員が、訳も分からず怪訝な表情となる。
それでも朋也は、真剣な面持ちで言葉を続ける。
「言いたくないなら、言わなくたって構わない。でも、もし良ければ教えてくれないか?
 北川の話だと、『鬼の力』なんてもんを持ってる奴もいるらしいし、今俺達が置かれてる環境は現実離れし過ぎてる。
 そして、俺達にはまだまだ知らない事が多過ぎる。今は一つでも多くの情報が欲しいんだ」
「うにゅぅ……」
みちるはフォークを動かす手を止め、困ったような目で朋也を見た。
朋也もこれ以上質問を続けて良いものか分からず、じっとみちるの顔を見つめる事しか出来ない。
しかしそこで、朋也を後押しするように北川が口を開いた。
「……出来れば俺からも頼みたい。俺は美凪の想いを背負って生きていきたいんだ。
 アイツの分まで頑張りたいんだ。だから、頼む。もし美凪に関して何か知ってるなら、教えてくれ。
 真希もきっと、同じ事を思ってる筈だ」
北川が、そうだよな?と問い掛けると、真希は強く頷いた。
みちるは暫くの間、顔を下に向けて黙り込んでいたが、やがてゆっくりと言葉を搾り出した。
「うん……分かった」

952蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:33:51 ID:e4s/5ZJ20
   *     *     *

「――という訳なんだ。……信じてくれる?」
みちるが不安げな顔で尋ねてくるが、誰もすぐには返答出来ない。
説明を聞き終えた後。全員の頭は等しく混乱し切っていたからだ。
それ程に、北川達が聞かされた話は現実離れしていた。

――みちるは美凪の妹であったが、生まれてくる前に死んでしまった。
――しかし美凪の夢が、空にいる少女の魂を一部だけ分け与えられて実現する事によって、『みちる』という存在が生まれた。
――だから美凪が死んでしまえば夢は終わり、自分は消えてしまう筈だと、みちるは説明した。

にわかには信じ難い話だった。空にいる少女……夢の実現……いつもなら、笑い飛ばしてしまったかもしれない。
しかし、北川は思う。
『鬼の力』などという、常識では決して説明出来ない力が存在するのだ。
ならば、他にもそういったある種超常的な現象や力が有ったとしても可笑しくは無い。
既存の概念に捉われていては、とても大切な物を見落としてしまうかも知れないのだ。
何より話をしている時の、みちるの真剣な表情が、真っ直ぐな瞳が、嘘など一切吐いてないという確信を齎す。
だから北川は、いの一番に言った。

953蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:34:59 ID:e4s/5ZJ20
「俺は……みちるの話を信じるよ。正直まだ半分も理解出来てないけど、本当だと思う」
北川がそう言うと、渚も、朋也も、秋生も、そして勿論真希も、首を縦に振った。
するとみちるは、肩から力を抜いてにっこりと微笑んだ。
「……ありがとう」
続けて、落ち着いた表情で――見てて悲しくなるくらい落ち着いた表情で、言った。
「だからね、みちるには美凪が死んだってどうしても信じられないの。
 みちるはまだこの世界にいるし……それにね、美凪の『想い』を感じるの」
「……想い?」
北川が問い返すと、みちるはこくんと頷いた。
「うん。美凪がまだ何処かで見守っていてくれてるような――みちるの事を想ってくれてるような、そんな気がする」
「みちる……」
北川はみちるの瞳の奥に宿る、不安の色を見て取った。
みちるは自分の感覚を――美凪がまだ何処かにいるという感覚を、必死で信じようしているのだ。
だからこそみちるは、美凪の死を知っても泣かなかった。また会えるかも知れないという希望を持っていたから。
しかしそれは余りにも脆い希望であり、いつ崩れ去ってしまってもおかしくないものだ。
ほんの些細な切欠で霧散してしまう、儚い希望なのだ。
そう思うと居ても立ってもいられなくなり、北川はすくっと立ち上がった。
「……じゃ、決まりだな」
「え?」
北川は、とても強い意志を秘めた声で、言葉を続けてゆく。
「美凪の『想い』をまだ感じ取れるんだろ? だったら、俺と真希――そしてみちるがやるべき事は、一つに決まってる」
真っ先に北川の意図を理解した真希が、確認するように問い掛ける。
「……美凪の『心』を探しに行くのね?」
「そうだ。美凪は死んだ……これは間違いない。でもな、みちるが抱いてる感覚だって、嘘じゃないと思う。
 きっとこの島の何処かに……美凪の『想い』が、『心』が、残されてるんだよ。俺は、そう信じたい」
北川はゆっくりとした口調で、言葉一つ一つの意味を噛み締めるように言い切った。
美凪の『心』が残されている――科学的には決して有り得ない事だが、出鱈目な推論とも言い切れない。
美凪の夢があってこそみちるがこの世界に居られるというのなら、夢を見る為の心だって何所かにまだ存在する筈。
蜘蛛の糸のようなか細い希望に縋る論理ではあるが、可能性はゼロじゃない。

954蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:35:55 ID:e4s/5ZJ20
少しばかりの静寂の後、真希がみちるの顔を覗き込んだ。
「……みちるは、どうしたい?」
みちるの瞳が自分に向けられるのを確認した後、真希は言葉を止めた。
首に掛けた美凪のロザリオを引っ張って、みちるの手に握らせる。
「あたし達は出来れば美凪の心を探したい。もう一度会って、話がしたい。
 だから後はみちるの気持ちだけ。みちるが賛同してくれるなら、あたし達は全力で美凪を探すわ」
真希はこれからどうすべきか、迷わなかった。
まだ状況を理解し切れてはいないけれど、美凪の『心』を何としてでも探し当てるつもりだ。
これは【自分達にしか出来ないことをする】と同時に、【自分達がやらねばならないことをする】という事でもあるのだ。
勿論美凪と会えるものならもう一度会いたいというのもあるが、それだけでは無い。
死んでしまった人間の思念が残留するなどという不思議な現象があるのなら、そこに大きな秘密が隠されている気がした。
そう、もしかしたら全ての謎を解き明かす鍵となるくらい、大きな秘密が。
だが美凪の肉体は確実に死んでしまっている以上、恐らく結末はとても悲しいものとなるだろう。
徒労に終わる可能性だって十分ある。だから実行に移すには、みちるの承認が必要だった。
しかし直ぐに、自分の考えが浅はかだったという事を思い知らされる。
真希がはっと目を見開く――みちるの双眼が、じっとりと潤んでいた。
「マキマキは……馬鹿だなあ……」
息を飲む真希に構わず、みちるが言葉を吐き出してゆく。半ば、涙声で。
「そんなの、探したいに……もう一度美凪に会いたいに……決まってるよっ……!」
そうだ――こんな事、聞くまでも無かった。気丈に振舞っていた少女に、わざわざ返答を強いる必要など無かった。
みちるは、美凪の『想い』を感じ取れると言った。自身を美凪の『夢』であると言った。
美凪と一心同体であるこの少女が、何を望むかなど分かりきっている事だった。
真希は喉から転がり出そうになった謝罪の言葉を、必死に抑え込んだ。
ここで謝ってしまえば、きっとみちるは泣いてしまう。これ以上、この少女に悲しい顔をさせたくは無い。
「……そうだよね。じゃ、決まり。あたし達と一緒に美凪の心を探しに行きましょう」
真希がそう言うと、みちるは強く――とても強く、頷いた。

955蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:37:06 ID:e4s/5ZJ20


程無くして朋也達は出発の準備を終え、民家の門を出た所まで移動していた。
結局古河親子と朋也は教会へ向かい、北川、真希、みちるの三人は美凪の心を探す事になった。
合流の難しいこの島で別行動をするのは出来れば避けたかったが、渚の足では長い時間動き回るのは厳しいものがある。
だから朋也達は、真っ直ぐに教会を目指すしか無かったのだ。
朋也は膝を落とし、みちるの頭の上にポンと手を乗せる。
「みちる。北川達に迷惑を掛けないよう、良い子にしとくんだぞ」
「むむむ……」
すると、みちるの上半身がすっと下に沈み、
「子供扱いすんなーっ!!」
「ぐおっ!」
朋也の水月に、鋭い頭突きが叩き込まれた。
腹を押さえて悶絶する朋也を見下ろし、みちるが悪戯っぽい笑みを浮かべながら語り掛ける。
「岡崎朋也……あたしがいないからって、あんま寂しがっちゃ駄目だよ?」
「誰が寂しがるかっ!」
朋也はゲンコツを振り下ろしたが、手加減していたのもあってあっさりと避けられてしまう。
よろよろと起き上がる朋也に対し、みちるは一旦間を置いて、言った。
「――岡崎朋也」
「……あんだよ」
別れ際の挨拶で頭突きを見舞われるのは、流石に気分が良いものでは無い。
朋也は不満げな様子で、短く言葉を返す。
しかしみちるは珍しく、真面目な、そして少し寂しげな表情で、口を開いた。
「岡崎朋也に何かあったら、みちるはちょっとだけ悲しいから……。元気でね?」
朋也は目を丸くして、みちるを見つめていた。意地っ張りなみちるが、そんな事を言ってくれるとは思わなかった。
そして、思い出す。普段は生意気な態度を決して崩さぬみちるだったが、いざという時は違った。
放送で父の死を知った時も、由真と風子の死体を発見した時も、みちるは自分を気遣ってくれた。
本当は、みちるはとても心優しい少女であり、自分をずっと支えてきてくれたのだ。
朋也はどう返答するか迷ったが――自分達らしいやり取りを、最後まで続けようと思った。
「ああ。お前の方こそ元気にしとかないと、ゲンコツ食らわせるからな」
「なにをーっ……岡崎朋也の方こそ、次会った時に暗い顔してたりしたら、許さないんだから!」
出会ったばかりの頃と同じ、素直になり切れない、子供のような、友達のような、兄妹のような挨拶を最後に。
二人は、別れた。

956蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:38:07 ID:e4s/5ZJ20
時間:二日目・19:30】
【場所:B-3】

北川潤
 【持ち物①:SPAS12ショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:スコップ、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有) お米券】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、包丁、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】
みちる
 【所持品:セイカクハンテンダケ×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)他支給品一式】
 【状況:健康】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】


古河秋生
 【所持品:包丁、S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
 【状態:左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)】
 【目的:まずは教会へ移動。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者と合流、機会があれば平瀬村工場内を調べてみる】
古河渚
 【所持品:鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、他支給品一式】
 【状態:左の頬を浅く抉られている(手当て済み)、右太腿貫通(手当て済み、少し痛みを伴うが歩ける程度に回復)】
 【目的:まずは教会へ移動】
岡崎朋也
 【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:マーダーへの激しい憎悪、全身に痛み(治療済み)。最優先目標は渚を守る事】
 【目的:まずは教会へ移動】

→790

957名無しさん:2007/04/15(日) 00:39:19 ID:e2SCjcl.0
ttp://pie.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1173801422/23-

本スレ投下有り注意

958フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:33:26 ID:ap3uq7320
淀んだ空気、辺り一帯に充満した死の気配。
満身創痍の身体に残った力を振り絞って、対峙する二つの影――来栖川綾香と、朝霧麻亜子。
「……邪魔者も消えたし、いい加減決着をつけましょうか」
綾香の言葉通り、この地には自分達以外の人間は一人として存在しなかった。
ルーシー・マリア・ミソラも死んだ。
観月マナも死んだ。
神尾観鈴も死んだ。
それぞれがそれぞれの決意を胸に秘め、先立った仲間達の想いを背負っていたにも拘らず、死んでしまった。
彼女達が弱かった訳では無い。彼女達の想いが半端なものだった訳でも無い。
ただそれ以上に綾香と麻亜子が強く、凄まじい執念と決意を持ち合わせていただけの事――

いくら装備と元の実力で大きく上回るとは言え、綾香の怪我は麻亜子より遥かに酷い。
鍛えに鍛え抜いた片腕は焼け爛れ、尋常でない動体視力を誇った眼も片方は失明寸前で、小さな傷ならそれこそ無数に負っている。
最早余裕など欠片も無い筈なのに、それでも綾香は嘲笑うような声で言った。
「一つ予告しといてやるわ。私はアンタを殺した後、久寿川ささらも殺す。
 たっぷりと痛めつけて、生きたまま目玉をくり抜いてから殺してやる」
「……なるへそ。あやりゃんはまずあたしを殺してから、さーりゃんを虐めたいと、そういう事だね?」
麻亜子が確認するように質問すると、綾香は愉しげに笑いを噛み殺した。
「ええ。この世に生まれてきたのを後悔するくらい、ズタボロにしてやるわ。
 泣き叫んで必死に懇願してきても、絶対に許してやらない。ふふ、久寿川ささらも災難ね?
 アンタみたいな知り合いを持ったお陰で、そんな目に合うんだから」
語る綾香には、おおよそ人間らしい感情はもう殆ど見られない。
あるのは際限無く膨れ上がった復讐心と闘争心だけだ。
綾香の言葉を受けた麻亜子は、殺し合いの最中にも拘らず、そっと眼を閉じて言った。少し、哀しげな声で。
「……そうだね。あたしみたいな知り合いを持っちゃったさーりゃんは、不幸なのかもね。でも――」
麻亜子の眼が大きく開かれる。
「それでもあたしはさーりゃんが大好きなの! 生きていて欲しいの! あたしは刺し違えてでもお前を倒して、さーりゃんを守ってみせるっ!」
麻亜子は腹の奥底から絶叫した。最後の方は殆ど涙声だった。
それを受けた綾香は――

959フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:34:29 ID:ap3uq7320
「ク――――アハハ! アハハハハハハハハハハッ!」
堪えきれない、といった様子で狂ったような笑い声を上げた。
「やっと本心をぶち捲けたわね! 結局アンタも甘ちゃんだった訳だ……。良いわ、その甘ったれた考えごとアンタを粉砕してあげる!!」
IMI マイクロUZIの銃口が持ち上げられる。復讐鬼は、どこまでも愉しげに決戦の火蓋を切って落とした。

二つの疾風が闇夜の中に吹き荒れる。麻亜子はただひたすらに、前方へと駆けた。
ボーガンも散弾銃も、ある程度距離を詰めてこそ真価を発揮する武器。
何より麻亜子は体力を消耗し切っている。一刻も早く、勝負を決めなければならない。
ささらにとって最大の脅威である筈の来栖川綾香を、ここで何としてでも仕留めてみせる。
ささらに嫌われたって良い。悲しませたくは無いが、それも止むを得ない。
他の何を差し置いてでも、自分の命を犠牲にしてでも、ささらを生き延びらせる。

そして綾香も――怨敵目掛けて、かつてない程の狂気を湛えて疾駆する。
残弾数では大きく上回っているが、片目を失った事で、距離が近いと敵の姿を追いきれない。
この条件を考慮に入れれば、距離を保ち長期戦を挑んだ方が、綾香にとっては有利である。
しかし綾香は、もう止まれなかった。目の前にあれだけ憎い敵がいる。
自分にこの島での生き方を教えたあの女が、かつて屠ってきた弱者どもと同じ奇麗事を口にした。
自分と同類である筈のあの女が、『誰かの為に命を捨てる』などといった戯言を口にした。
反吐が出る、吐き気もする、今すぐこの世から抹消してしまわねば気が狂ってしまう。

960フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:36:27 ID:ap3uq7320
殺意を剥き出しにして噛み合う野獣達の戦いが、長引く道理は存在しない。
あれ程永きに渡り、他者を巻き込んで繰り広げられた二人の決戦は、終焉を迎えるまで長い時間を必要としないのだ。
両者の距離が10メートル程まで縮まった所で、綾香のIMI マイクロUZIが死の咆哮を上げる。
麻亜子は横に転がり込む事で、迫り来る銃弾を回避する。
連続して破壊を巻き起こす機関銃相手に、体勢を整えている時間などある訳が無い。
麻亜子は身体の勢いが止まらぬうちに、揺れる視界の中でRemington M870を放った。
放たれた散弾は麻亜子の狙った位置には飛ばなかったが、広範囲の攻撃、そしてこの近距離。
狙いを外してなお粒弾の片割れは綾香の右肩に食い込み、鮮血を撒き散らす。
続いて麻亜子はボーガンを構えようとするが、その瞬間綾香と目が合った。
綾香は先の一撃に怯む事無く、鬼のような形相で引き金を思い切り絞る。
近距離より放たれた弾丸のシャワーは、容赦無く麻亜子に牙を剥く。
放たれた銃弾は七発、そのうちの二発が麻亜子の身体を捉えていた。
防弾服の上からでも衝撃は伝わり、麻亜子の肋骨に皹が生成される。
そして完全に無防備な状態である左耳介は、跡形も無く消し飛び、その余波で鼓膜も破れた。
しかしそれでも、裂帛の気合を胸中に宿した麻亜子は止まらない。
未だかつて経験した事の無い痛みを受けても武器は取り落とさず、敵の姿を双眸に収め続ける。
ボーガンの銃身が振り上げられ、間を置かずに矢が放たれた。
矢は綾香の胴体目掛けて彗星の如く宙を突き進む。
綾香が咄嗟の反応で横に跳躍しようとするが、人体で最も的の大きい胴体を狙われた所為で躱し切れない。
しかし綾香は防弾チョッキを装備している。
橘敬介の、国崎往人の、るーこの、決死の攻撃を防いだ最強の防具で身を守っている。
矢の着弾点は綾香の脇腹であり、そこは防弾チョッキで守られている箇所だったが――
矢は今まで誰も破れなかった防弾チョッキを貫通し、綾香の脇腹に突き刺さっていた。

961フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:37:48 ID:ap3uq7320
綾香の着用している防弾チョッキは繊維を用いたタイプであり、非常に軽量で動きも束縛しにくいというメリットがある。
だからこそ柳川祐也や古河秋生との格闘戦で、あれ程俊敏な動きが出来たのだが、良い事ばかりではない。
繊維を使用したものは先端が尖っている貫通力の高い銃器や、細身の刃物などは通しやすいというデメリットがあるのだ。
元より獲物を刺し貫く為のみに作られている非常に鋭利な矢を、この距離で防ぎ切れる筈が、無かった。

腹より血を迸らせ、たたらを踏んで後退する綾香に、Remington M870の銃口が向けられる。
Remington M870に残された銃弾は後一発、そしてその使い所は此処を置いて他に無い。
今の綾香の身体では横に跳躍する事も、身を屈める事も叶うまい。
だが、引き金にかけた麻亜子の指に力が込められたその瞬間、事は起こった。


――来栖川綾香はすぐ感情的になる性格の為、生き延びると言う事に関しては少々格が落ちるかも知れない。
綾香程の装備を、宮沢有紀寧のような狡猾な者が持ったのなら、もっと上手く立ち回っただろう。
分かりやすい例を挙げるなら、レーダーの使い方だ。折角、遠距離から敵の存在を把握出来るのだ。
本来ならレーダーは尾行などよりも、敵を避け自分の身を守る事に使うべきなのだ。
いくら強力な装備を持っていようとも、攻めるだけではいずれ限界が来るのは当然の事だ。
しかしどれだけ感情に任せて暴走しようとも――こと闘争に関しては、綾香は紛れも無く天才だった。
そう、腹を穿たれて尚、来栖川綾香は闘争の天才だったのだ。

962フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:38:52 ID:ap3uq7320


「――――!?」
麻亜子の目が、驚愕に大きく見開かれる。
綾香は上体を大きく逸らし、更に首を後ろへと曲げて、最小限の動作で被弾範囲を腹部のみに絞っていた。
防弾チョッキに守られている腹部を盾とする形で、剥き出しの頭部を守っていたのだ。
粒弾の群れの多くは綾香の身体を捉え、幾つかは防弾チョッキに守られていない生身の部分に突き刺さる。
防弾チョッキの届かぬ下腹部から血が噴き出し、右腕が千切れ飛び、地面に背中から叩きつけられる。
それでも即死には至らない。もう呼吸をしているかも怪しかったが、即死には至らない。
地面に倒れた綾香の上半身が起き上がり、麻亜子と一瞬視線がかち合う。
綾香はにやりと笑みを浮かべ、その時にはもうIMIマイクロUZIが銃声を上げていた。
麻亜子は咄嗟に頭部を腕で覆い、生身の部分を優先して守ろうとする。
連続して麻亜子の身体に衝撃が跳ね、その小さな身体が後方に弾き飛ばされた。
綾香は間髪入れずに起き上がり、怨敵の顔に残った残弾全てを叩き込むべく駆け出す。
両眼球の機能がどんどん低下してゆき、視界が霞んでいく為、小さな的を射抜くには距離を詰めるしかない。
ずるずると下腹部より臓器が漏れ出るが、最早それすらも意に介さない。
死に体である綾香に残された最後の動力源は、絶対の自尊心。

自分は凡人とは違う、言わば選ばれた人間なのだ。
名家に生まれ、尚且つ類稀な運動神経にも恵まれた。
欲しい物の殆どを難無く手に入れる事が出来た。
小学生の頃から何をやっても、他人に遅れを取ったりなどしなかった。
総合格闘技エクストリームのチャンピオンにだってなった。
ならばこんな何処の馬の骨とも知れぬ女になど、負けてはいけない。
良いように弄ばれて、利用され続けたままで終わるなど以っての他。
松原葵の――否、全国の女子挌闘家の目標である自分は、未来永劫勝者として君臨するのだ――!

963フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:39:42 ID:ap3uq7320
綾香は足を縺れさせながらも前進を続け、痙攣を起こし始めた左腕を上げ、銃口を麻亜子の顔に合わせる。
それとほぼ同時に麻亜子が身体を起こし、手に握った物を綾香に向けた。
半ば機能を失っている綾香の頭脳では、もう認識出来なかったが――麻亜子の手に握られていたのは、先の散弾銃では無い。
Remington M870は銃弾が尽きているし、ボウガンに矢を装填している時間も無かった。
麻亜子が握っているのは、かつて綾香に防弾チョッキの上から襲い掛かったH&K SMG‖だった。
構えたのはほぼ同時なのだから、後は引き金を絞る速度で勝負が決まる。
痙攣している綾香の指では、その勝負を制する事が出来る筈も無く、H&K SMG‖が一方的に火を噴く。
綾香の顔に幾つもの風穴が空き、脳漿が辺り一帯に飛散した。
頭部の大半を失い立ち尽くす肉体に、もう一度銃弾が打ち込まれる。
その衝撃で、最早肉塊と化した綾香の身体は地面に倒れ、もうピクリとも動かなかった。
今度こそ来栖川綾香の意識は消失し、完全に事切れていた。

修羅と復讐鬼。
純粋な実力では復讐鬼、来栖川綾香の方が数段上回っていた。
しかし綾香は己の感情に身を任せ続け、様々な人間の恨みを買い、結果要らぬ怪我を負ってしまった。
対する麻亜子は、極力自分の目的を遂行する為に動き、無駄な被害を最小限で抑えた。
その差が二人の戦力差を打ち消し、互角の勝負を展開させた。
そして最後に、二人の明暗を決定的に隔てたのは、僅かな運の差だった。
麻亜子が勝利を獲得し得たのは、吹き飛ばされた位置にたまたまH&K SMG‖が落ちていたからだ。
ともかく、多くの人間を犠牲にした二人の戦いは、修羅の勝利で幕を閉じた。

964フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:41:19 ID:ap3uq7320

「あ……」
冷たい感触が頬に伝わり、麻亜子が声を上げる。
「雨……」
戦いの終わりを待っていたかのように、雨が降り始めていた。
雨はどんどんと勢いを増し、耳障りな雨音が延々と響き渡る(もっとも、片方の耳は聴力を失っていたが)。
戦場跡に引っ切り無しに雨が降り注ぎ、傷付いた麻亜子の身体を、倒れ伏せる死者達の亡骸を、塗らしてゆく。
「雨って何だか涙みたいだよね……。この雨は誰の涙かな?
 さっきのるーこって奴か……あやりゃんか……それとも……あたし?」
答える者は全て死に絶えた残劇の地で、少女は静かに呟いた。

【残り34名】

965フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:42:51 ID:ap3uq7320
【時間:2日目・20:45】
【場所:g-2右上】
朝霧麻亜子
【所持品1:Remington M870(残弾数0/4)、デザート・イーグル .50AE(0/7)、H&K SMG‖(0/30)、ボウガン、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態①:マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、肋骨二本骨折、二本亀裂骨折、内臓にダメージ、全身に痛み】
【状態②:頬に掠り傷、左耳介と鼓膜消失、両腕に重度の打撲、疲労大】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと】

来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(12/30)・予備カートリッジ(30発入×1)】
【所持品2:防弾チョッキ(半壊)・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き、一部損傷した為近距離の光点のみしか映せない)】
【状態:死亡】

【備考】
・以下の物は麻亜子の近くに落ちています。
・サバイバルナイフ、投げナイフ、H&K SMG‖の予備マガジン(30発入り)×2、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6
・ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)
※20:45頃から雨が降り始めました。

→797

966かけがえのないあなた:2007/04/19(木) 00:16:22 ID:PF3F1dlI0
このような死んだ目の少年を、柚原春夏は見たことがなかった。
年は馴染み深い河野貴明と同じくらいだろうか、見覚えのある学ランが月明かりに照らされ闇の中その黒を主張しているのが春夏の視界にそっと入る。
学ランなんてどこの学校でも同じようなデザインだ、しかしそれにしても似た形作りにしばし春夏が目を取られている時だった。

「……何で、こんなことになっちまったんだろうな」

声、乾いたそれは目の前の覇気のない少年のものに間違いはない。
付近に自分達以外の人間がいないのだから当たり前である、春夏はその生気を吸い取られたかのような濁った瞳をじっと見つめた。
虚空を見つめるそれが、一体何を求めているのか……春夏は、何故か無性に気になって仕方なかった。

「あーあ、こんなはずじゃなかったんだがな……」

少年は言う。
自らの頭をポリポリと掻きながら、心の底から不思議そうに。

「でも、俺。何か見たことがある気もするんだ」

少年は言う。
それが何のことなのか、勿論春夏が分かるはずなどない。

「どうしてだろうな。それとも、俺は……繰り返した、だけなのか」

もしかしたら自身の存在に気がつかれていないのだろうか、春夏も錯覚しそうになる。
ぼんやりとした外郭の独り言を聞き流しながら、春夏はこの少年を見つけたときの事を思い出した。

柏木耕一と川澄舞の二人から逃げた先、ふと耳についた人の声で春夏は即座に足を止めた。
静かな森の中ではちょっとした音でも響いてしまう。その中でもごく僅かな部類に入るそれを聞き取った春夏は、瞬時に身を隠し出所を探ろうとした。
視線を側面に当たる目立たない茂みの奥にやる春夏、ひっそりとしたその場所で木の幹に腰掛ける少年の上半身が春夏の目に入った。
跳ね上がった鼓動を抑えようとして、春夏は一つ深呼吸をした。
少年は脱力した体を背後の木に任せたままぼーっと虚空を見つめているだけだった、その正面では漆黒の髪を広げた少女がうつ伏せに寝転んでいる。
二人とも、身動きをとろうとする気配はない。

967かけがえのないあなた:2007/04/19(木) 00:16:57 ID:PF3F1dlI0
そっと自身のデイバッグに手を伸ばし、残っていたもう一丁の銃……デザートイーグルを徐に取り出し、春夏はそっと利き手で構えた。
そのまま二人の元へと歩みだす、最低限音を立てないよう気をつけても静かな場では多少鳴ってしまうそれに対し春夏の中でも苛立つ思いが滲み出る。
場所が場所なので仕方ないと割り切るしかない、とにかく冷静さを失わないようにと春夏は改めて肝に銘じた。
その間もしその二人が逃げ出そうと背中を向けてくるならば、春夏はその場で発砲する気であった。
しかし二人がそのよう動きを見せることは一切無く、春夏が距離を詰める際に立ててしまう音にすらも全く反応を返さなかった。
あまりにもおかしすぎると、二人の様子に懸念を抱き始めたものの春夏が歩みを止めることは無い。

そして、ついにほぼ彼等の全身が見えるくらいまで近づいた時に、やっと春夏は気づいたのだった。
月光の中に浮かぶ漆黒の髪の少女の着用しているオフホワイトのセーター、背中にあたる部位を中心をどす黒く染めているものの正体が何か。
少年の足先まで漏れているかもしれない、おびただしい量の出血が物語る少女の状態……少女は、とっくの昔に息の根を引き取っていた。
はっとなる春夏、まさか少年の方も……と思ったが、確かにぼーっとしたままであるが僅かに上下する胸部を見た限り彼は無事なようであった。

死んだ目、まさに春夏がそう感じた少年の瞳の具合からして、もしや目を開けたまま眠っているのではないかと彼女の中でも疑問が生まれる。
だが、それでは春夏が聞き取った人の声という物の正体が分からなくなってしまう。
ごくりと一つ息を飲んだ春夏が、少年の状態をどう判断するか悩んでいた時だった……彼が、この不自然な独白を始めた、いや、再開したのは。

「あー、でもな。デジャヴって言えばいいのか? 何だろうな、こんなことに見覚えを感じるなんて最低だろうけど」

春夏がぽかんとしている際も、少年の語りは延々と続けられていたらしい。
彼女が少年の存在を思い出したかのごとく意識をそちらに戻せたのは、今まで前方にあった彼の顔がいつの間にか春夏の方に向けられていたからだ。
……ぞっとした、無表情のままいつからかこちらに対してぼそぼそと話していた少年の意図が、春夏に伝わるはずも無い。
そして、今までずっと独り言だと思っていたそれが、不意に……春夏に、投げかけられた。

「俺は前もこうして、崩れていくみさきに何もできなかった気がする。ああ、本当にそうなんだろうか……どう、思う?」

自信の無さそうな、しかし答えを求めている割には力の抜けたその言葉。
どう答えるべきか、むしろ答えていいものなのか春夏の頭はますます混乱しそうになった。
意味が分からなければ放置すればいい、その選択肢も勿論ある。
今の春夏には時間がない、さっさとこの少年を始末して次の獲物を探しに行くということの方が条理にも叶っていたかもしれない。

968かけがえのないあなた:2007/04/19(木) 00:17:34 ID:PF3F1dlI0
だが、春夏はそれらを選ばなかった、否……選べな、かった。

「終わったことにグチグチ言わないの、男の子でしょ?
 それにその子を守れなかったっていうのもあなたの責任なら、そうやって他のことのせいにしようとする方がお門違いじゃないかしら」

ぐじゃぐじゃになりかけた頭の中で、春夏は少年の言葉の中から不明慮な点を除いた上で自分が思ったことを口にした。
言いたい台詞が固まった時、春夏はそれを絶対伝えなければと確信していた。
いや、春夏自身この少年に対し言いたかったのだ……起きた事象の責任を自分で取ろうとせず、さも自分は悪くないと言っているような彼に対し。

春夏が少年に突きつけたのは容赦のない現実だった、そこには一切の甘さすら残さない。
余程思いがけない言葉だったのだろう、、死んだ目の少年の表情にも多少の変化が生まれだす。
少年は物珍しそうに、春夏をまじまじと見だした。
そしてそのままじっと春夏の顔を見つめ、少年は……とても悲しい、悲しい笑みを浮かべるのだった。

「……きっと、あなたでも幸せになれる世界があるわ」

自虐に満ちたそれに邪気が削がれ、気がついたら春夏はそんな気休めにも似た言葉を彼に送っていた。
驚いたように目を見開くと、少年は少しだけ顔を綻ばせる……その表情は、大人びた容姿に比べ随分あどけないものだった。

「じゃあ、もういいかしら。それとも、やっぱり未練が残る?」

静かにデザートイーグルを構える春夏が、今度は少年に問いただす。
ふるふると小さく首を振って目を瞑る少年に、抵抗の色は皆無であった。

「次こそ、幸せになりたいもんだ」

先ほどまでの褪せた言葉とは比べ物にならないくらい、感情の込められたそれ。
少年は湛えた笑みを崩さなかった、そしてそのまま最期の時を待つかの如く一切の動きを止める。

969かけがえのないあなた:2007/04/19(木) 00:18:02 ID:PF3F1dlI0
「さようなら」

贈られた言葉と銃声が鳴り響いたのは、ほぼ同時であった。





眉間に銃弾を撃ち込まれた少年は、背後の木に勢いよくぶつかるとその反動で前のめりに倒れこんだ。
……あくまで偶然であろうが、倒れこんだ少年はうつ伏せの少女の隣で動きを止めた。
そして彼の左手は、これまた偶然にも……倒れていた少女の手に、ゆっくりと重なった。
地面には混ざり合う二つの血液、放出されたばかりの生暖かいそれが渇いた少女の血を溶かす。
混ざり合う波紋から目を離し、春夏は一人呟いた。

「……これで、5人」

味気ない自分の台詞に自然と浮かぶ苦笑い、春夏に残された時間は決して多くない。
しかし、それは絶対にこなさなくてはいけない春夏の使命であった。

「諦めたら終わりだものね、頑張らなくっちゃ」

耕一に銃を突きつけられた時、春夏はもう自身の終わりを確信していた。
しかし実際こうして逃げ延び、新たな犠牲者を出すことで春夏は使命を全うしていた。

「私は諦めないわ。絶対、もう二度と……このみのためにも」

強い決意の言葉とともに、春夏はまた歩き出す。
疲れきった体を休めることなく、ただ愛する娘を生かすためだけに。

970かけがえのないあなた:2007/04/19(木) 00:18:36 ID:PF3F1dlI0




「浩之、ちゃん…?」

寄り添うように黒髪の少女、川名みさきに手を伸ばす少年の姿。
地面を濡らす血液の量から二人とも既に絶命しているということは誰が見ても分かるだろう、神岸あかりはガクンとその場で膝をつき呆然と二人の遺体を見やっていた。
見覚えのある学ランが月明かりに照らされ闇の中その黒を主張する、学ランなんてどこの学校でも同じようなデザインだが覗き込んだ少年の面影はあかりの知る彼と間違いなく一致していた。
そう、あかりにとっては誰よりもかけがえのない存在であった、彼と。
あかりが見間違うはずも無い……前のめりに伏しかけた少年の横顔は、幼なじみである藤田浩之本人であった。

「え、どうして……え、浩之ちゃん? どうして、どうして」

尽きない疑問、慌てて駆け寄って触れた彼の体に温度がまだ残っていたことが、ますますあかりの悲しみを膨らませる。
何だか周囲が騒がしかった、何が起きているか分からなかった、そうしたら銃声がした。
銃声がした方面へと急いで掻けてきた、そんなあかりを待っていたのがこの光景で。
あかりの涙腺は既に破壊されていた、泣きながら無心にガクガクと浩之の肩を揺すり続ける彼女の心は消耗していく一方だった。

「おい、神岸……」
「どうして浩之ちゃんが、どうしてどうして……いや、いやぁ……」

溢れた涙があかりの頬を濡らしていく、しまいには頭を抱えだしいやいやをするように後ずさりを始める彼女の体を国崎往人は慌てて後ろから支えだした。
肩を掴む、それは往人が想像していたものよりもひどくか細いものだった。
確かに手当をしたことからあかりの体自体は往人も多少視野に入れたことがあった、だが改めて触れた彼女は紛れなく儚さに満ちた存在であり。
小刻みに振るえ続けるあかりの体、往人が手を離してしまえば簡単に崩れてしまいそうな脆さで作られたそれは、ただただ真っ直ぐな悲しみを訴え続ける。
それに対し往人は、もう何も言うことができなかった。

森に響く小さな叫び、あかりの中で希望と呼ばれていた欠片が粉々に砕けた瞬間だった。

971かけがえのないあなた:2007/04/19(木) 00:19:04 ID:PF3F1dlI0
柚原春夏
【時間:2日目午前5時】
【場所:G−5】
【所持品:要塞開錠用IDカード/武器庫用鍵/要塞見取り図/支給品一式】
【武器(装備):デザートイーグル、防弾アーマー】
【武器(バッグ内):おたま/レミントンの予備弾×20/34徳ナイフ(スイス製)マグナム&デザートイーグルの予備弾】
【状態:このみのためにゲームに乗る】
【残り時間/殺害数:8時間19分/5人(残り5人)】

神岸あかり
【時間:2日目午前5時】
【場所:G−5】
【所持品:水と食料以外の支給品一式】
【状態:号泣、往人と知り合いを探す。月島拓也の学ラン着用。打撲、他は治療済み(動くと多少痛みは伴う)】

国崎往人
【時間:2日目午前5時】
【場所:G−5】
【所持品1:トカレフTT30の弾倉、ラーメンセット(レトルト)】
【所持品2:化粧品ポーチ、支給品一式(食料のみ2人分)】
【状態:満腹。あかりと知り合いを探す】


藤田浩之  死亡


(関連・509・525・727)(B−4ルート)

972転機:2007/04/19(木) 21:47:54 ID:G5ws/RMU0
激しい雨が、大きな音を立てて村に降り注いでいた。
重い雨粒が身体を打ち、跳ねる水溜りが靴を塗らす。
坂上智代とその仲間達は鎌石村で同志を探していたが、成果は芳しくなかった。
薄暗い視界の中では効率的な捜索など望める筈も無く、ただ疲労だけが蓄積してゆく。
やがて痺れを切らしたように、里村茜が口を開く。
「雨の勢いが弱まるまで何処かで休みませんか? 雨音が邪魔で、どうしても周囲への注意が散漫となってしまいます」
「しかし私達がこうしている間にも、この島の何処かで殺し合いが起こっているかも知れない。
 全く怪我をしていない私達が、休んでいる訳にはいかないだろう」
智代が苛立ちを隠し切れない様子で、反論の言葉を紡いだ。
多くの人間が既に死んでしまった中、まだ自分達が五体満足で居られている事は本来なら喜ぶべきなのだろう。
だが――この島に来てから、まだ自分は何もしていない。
した事と言えば精々、的外れな推論で行動し時間を無駄にした程度だ。
あの陽平でさえ筆舌に尽くしがたい激戦を潜り抜けているというのに、仮にも生徒会長である自分がこの体たらく。
ただひたすらに空回りを続けている自分が、酷く滑稽で矮小な存在に思えた。
自分も何か成し遂げたかった。誰かを救いたかった。脱出への糸口を探り当てたかった。

しかし茜はそんな智代の内心を意にも介さず、淡々とした口調で言った。
「智代もあの放送を聞いたでしょう? 鎌石村役場に争いを止めに行った、藤田という方や川名先輩が死んだ……。
 ねえ詩子、川名先輩のチームは仲間割れしそうに見えましたか?」
聞かれて、柚木詩子は少し考え込んだ。浩之達とそう長い時間を共にした訳では無いので、即答出来なかったのだ。
やがて、考えた所で分かりはしないという結論に達し、自分が抱いた印象をそのまま話した。
「ごめん、あたしにははっきりと分からないから、見たまんまを言うね。川名先輩達は……少なくともあたしには、凄い仲が良さそうに見えたよ」
詩子の言葉を受けた茜は、隣を歩く智代を上目遣いで見上げた。
「……という事です。仲間割れを起こしたのでないなら、どうして死んでしまったかは明らかでしょう。
 川名先輩達は、別の人間に殺されたんです。殺し合いに乗った――そして三人を相手に出来る程、強力な人間に殺された。
 犯人はまだ鎌石村に残っているかも知れない。雨音で敵の接近を察知出来ないこの状況で、これ以上歩き回るべきではありません」
「うっ…………」
返す言葉が無くなった智代は、唇を噛み、悔しさを堪えていた。
智代がどれだけ焦っていようとも、今回は茜の言い分の方が完全に正論なのだ。
幾つもの死線を潜っている浩之達すらも打倒した殺人鬼に、突然奇襲を仕掛けられたらどうなるか……結果は火を見るより明らかだろう。
「そうだな……茜の言う通りだ。まずは休憩して英気を養うとしよう」
だから、智代はそう言うしか無かった。

973転機:2007/04/19(木) 21:49:35 ID:G5ws/RMU0


あれから三人は鎌石村消防署へと移動し、そこを休憩場所に選んだ。
床に付着していた血痕から、この場所で戦闘が行われたのは容易に想像出来たが、それなりに大きいこの建物でなら敵襲にも対処しやすいと考えたのだ。
そして現在一行は消防署内の一室でテーブルを囲み、智代が作ったカボチャのポタージュを食べ始めていた。
「どうだ、美味しいか?」
期待を籠めた目で智代が問い掛ける。
「……智代。なかなかやりますね」
「うん、美味しいわよコレ」
二人がそう答えると、智代は胸に右手を当てて満足げな笑みを浮かべた。
「そうだろうそうだろう。私は女の子だからな、料理くらいお手の物だ」
得意げなその様子には、探索を行っていた頃の焦れた感じはまるで見られない。
勿論、智代は自分の目標を忘れた訳では無いし、今この瞬間だって同志を探しに行きたいと思っている。
だが休むと決めた以上焦っても無駄に疲れるだけなのだから、今は休憩に専念すべきだと判断したのだ。
そう決めてからの智代は素早く行動し、自分より体力的に劣る二人を休ませ、一人で料理を作ったのだ。
まだこの島では何も成していない智代だったが、彼女の持ち味である前向きな精神だけは失っていなかった。

程無くして三人は食事を終え、今後の行動方針について話し合いを始める。
「これからどうするかだが……雨が止んだら同志の探索を再会する、という方向で良いな?」
智代が確認するように訊ねると、茜はコクリと頷いた。
「構いません。私だって時間は無駄にしたくありませんから」
「あたしもそれで良いよ」
そう言ってから、詩子はバッと地図を広げてみせ、これまで自分達が通ったルートに線を引き始めた。
「あたし達は島の外周沿いを回ってきた訳だから……この村でまだ行ってないのは、C-3とC-4のエリアね」
「そうか。じゃあ次はその二つのエリアを探してみよう」
このまま外周沿いに島を回り氷川村まで行くという選択肢もあったが、それでは余りに時間が掛かり過ぎる。
それよりは人がいる可能性の高いこの村で捜索を続けた方が良い、と言うのが三人の一致した見解だった。
そして三人が次の話題に移ろうとした、その時だった。
消防署の入り口付近から、物音が聞こえてきたのは。

974転機:2007/04/19(木) 21:51:37 ID:G5ws/RMU0
「「「――――ッ!」」」
智代達は例外無く息を飲み、すぐに各々の武器を拾い上げた。
智代は専用バズーカ砲を、茜は包丁を、詩子はニューナンブM60を深く構え、部屋の出入り口へと視線を集中させる。
彼女達が居る部屋の出入り口は一つなので、侵入者が来るとすればそこからに違いなかった。
「……どうします?」
茜が部屋の外に漏れぬよう、小さな声で問い掛ける。
「今から出て行っても鉢合わせになるだけだし、ここで待つしかないだろう」
智代がそう言っている間にも、足音は他の部屋には見向きもせず真っ直ぐに近付いてくる。
自分達は少し前まで声を抑えずに話していたのだから、恐らくそれを聞き取られ、居場所まで悟られたのだろう。
「くそっ……今近付いてきてる奴が殺し合いに乗ってるとしたら、最悪だぞ」
智代が苦々しげに呻いた。侵入者に気付くのが遅すぎた。
相手がゲームに乗っていないのならば全ては丸く収まるが、そうで無ければ状況はかなり厳しいものだろう。
先に智代達の存在を察知していて尚、正面から向かってきている――即ち、それだけの自信と実力を備えた殺人鬼が、自分達を殺しにきているのだ。
そしてこの場所では退路が無い以上、逃げると言う選択肢は選べない。
極限まで高まった緊張と重苦しい沈黙が、部屋の中を支配する。
智代は修羅場慣れしているつもりだったが、これは喧嘩などとは桁が違う。
紛れも無い、命の奪い合いなのだ――そう考えると、否が応にも背筋に冷たいものを感じる。
だがそんな智代の緊張は、扉の向こうから聞こえてきた声によって破られた。
「中に居る人達、聞こえていますか? 私は戦う気などありません……出来ればお話がしたいのですが」
その声は、智代達にとって全く未知の人物――鹿沼葉子のものだった。

975転機:2007/04/19(木) 21:52:36 ID:G5ws/RMU0
【時間:二日目・22:40頃】
【場所:鎌石村消防署(C-05)】

坂上智代
【持ち物1:手斧、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(幸村)、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用】
【状態:健康、若干の焦り、葉子にどう対応するつもりなのかは後続任せ】
【目的:同志を集める】

里村茜
【持ち物1:包丁、フォーク、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、救急箱、食料二人分(由真・花梨】
【状態:健康、葉子にどう対応するつもりなのかは後続任せ】
【目的:同志を集める】

柚木詩子
【持ち物1:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(智子)】
【状態:健康、葉子にどう対応するつもりなのかは後続任せ】
【目的:同志を集める】

鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式(食料なし、水は残り3/4)】
【状態:軽度の疲労、肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、激しい動きは痛みを伴う)。マーダー】
【目的:何としてでも生き延びる、まずは偽りの仲間を作る】

→780
→795

976幕間・生まれざる仔ら:2007/04/20(金) 19:03:07 ID:cEU6LW9Q0

「さて、どうしたもんかなあ……」

静まり返った森の中、白いワンピースを纏った少女が、小さく呟いた。
目の前には横たわった何者かの影。

「千鶴さんも大概よね……攫ってこいの次は運んどけ、って。
 もう、可憐な女の子にどうしろっての」

ワンピースの少女の前にぐったりと横たわるその影の名を、来栖川芹香という。
身体に外傷は見当たらなかったが、その目はしっかりと閉じられている。
規則正しく上下する胸の膨らみが彼女の生存を物語っていた。

「まあ、約束は覚えててもらってるってことだから、いいけどね……」

ぶつぶつと呟きながら、少女は何気ない仕草で芹香の襟首を掴み上げる。
義務教育に入っているかどうかという年齢に見える少女だったが、自身よりも大きな芹香の体重を
苦にする様子もなく、ずるずると引きずりながら歩いていく。

「とりあえず千鶴さんの仕事場まで持ってくか……ちぇ、面倒だなあ、もう」

可愛らしく舌打ちしたときである。
少女の脳裏にノイズが走るような感覚が走った。
間を置かず、どこからともなく声が聞こえてくる。

『やっほー。ろうどう、ごくろう』
「あ、汐」

驚く様子もなく、少女が返答する。
声は少女にとって聞き慣れたものであった。

『なんかたいへんそうだねー。いりぐち、あけようか?』
「あ、そうしてもらえると助かるかな」
『りょうかーい。ちょっとまっててね』

声と共に、何かがさごそと探るような音。
少女は濡れた地面に座り込もうとして少し眉を顰め、辺りを見回して結局、横たわる芹香の身体の上に
ちょこんと腰掛けた。

977幕間・生まれざる仔ら:2007/04/20(金) 19:03:50 ID:cEU6LW9Q0
「そうだ、みちるちゃんはどうなった?」
『んー? いつもとおんなじ。さっき、あの子のところにもどってきたよ』
「なんだ、つまんない」

ぷう、と頬を膨らませる少女。

「結局、今回も何もできなかったんだ。口だけだなあ」
『うーん、でもしょうがないんじゃない?』

返ってきた声は、子供じみた口調に似合わない、どこか苦笑するような声音だった。

『これがはじまってるんだもん。みちるおねえちゃんがなにをやったって、もうおそいよ』
「ま、そうなんだけどね……」

嘆息してみせる少女。

「世界はもう、近いうちに終わる」

明日は晴れる、とでもいうような気軽な口調で、少女は世界の終末を口にする。

「けど、それでも何かできるかもしれないって、いつも言ってるからさ、あの子は。
 そのくせお気に入りの人たちに接触するのは怖がって。ああいうところ、嫌いだな」
『あはは、なかよくしなきゃだめだよ〜』

宥めるような声。

『わたしたちは……』
「分かってる。私だって別にあの子のぜんぶが嫌いだってわけじゃないよ」
『なら、いいけど。……それより、きいてよ〜』

話題を変えようとでもいうのか、声のトーンが唐突に高くなる。

978幕間・生まれざる仔ら:2007/04/20(金) 19:04:12 ID:cEU6LW9Q0
「どうしたの、そっちで何かあった?」
『あのね、ほしのゆめみがね』
「……?」
『ロボ』
「……ああ、ガラクタで作ってるって言ってたあれ」

呆れたような少女。
いくら消化試合のようなものだとはいっても、適当なものを放り込むのは感心しない。
自分たちは速やかに次に備えるべきであって、妙なハプニングを起こす必要などないのだ。
何度となく言ってはみたものの、お姫様はまるで悪癖を改める様子はなかった。

『でね、ほしのゆめみがね』
「……はいはい、ほしのゆめみが?」
『せっかくつくったのに、かんじんのなかみをどっかにおとしちゃった』
「……は?」
『なかみ、どっかのせかいにおとしちゃった』
「……そこで落としものなんかしたら、絶対見つからないよ」
『そうだよね……ざんねん』

世界の終わりの向こう側からの声に、少女は溜息で応えた。

「やっぱり、私がちゃんとしないとダメだね……」
『あ、いりぐちかいつうでーす』

声と共に、少女の眼前の景色が歪んでいく。
歪みはやがて小さな円を描き、安定する。
円の向こう側は見通せない。黒、という色だけがあった。

もう一度だけ嘆息して少女は立ち上がると、腰掛けていた来栖川芹香の身体を無造作にその歪みへと放り込んだ。
抵抗なく、その身体が歪みへと飲み込まれていく。
それを見届けて、少女は自らもまた歪みの中へと踏み込んだ。
小さな身体が歪みの中へと消えると同時。
歪みは、瞬く間に掻き消えていた。
後には、何一つとして残らない。
静まり返った森は、元より誰も存在しなかったというように、ただ梢を風に揺らしていた。

979幕間・生まれざる仔ら:2007/04/20(金) 19:04:49 ID:cEU6LW9Q0

【時間:2日目午前10時過ぎ】
【場所:H−7】

みずか
 【所持品:来栖川芹香】

来栖川芹香
 【持ち物:水晶玉、都合のいい支給品、うぐぅ、狐(首だけ)、蝙蝠の羽】
 【状態:盲目、気絶中】
 【持ち霊:うぐぅ、あうー、珊瑚&瑠璃、みゅー、智代、幸村、弥生、祐介】

岡崎汐
 【時間:すでに終わっている】
 【場所:幻想世界】
 【所持品:不明】

→442 532 796 ⇔800 ルートD-2

980Road To Harmagedon:2007/04/21(土) 01:04:22 ID:HHzTl7Kw0


少し後。

綾香:「・・・あー、髪型ひでー・・・なおせないなー」

自分で斬った髪を、とりあえず小型の整髪剤やらなんやらで即興で整える。

「別に…どうせ切ろうと思ってたんだし。でもちょっとこれはないかなーって」

「・・・髪の毛・・・お直ししましょうか・・・」
とセリオが言ってきたが、速攻で
「いい」と断った。

 ただでさえ何の目的かわからないが機密情報を使おうとしていた形跡があるこのロボを
 どこまで信頼するかというのは、かなり疑問が出てくる。

 正直、あまり信頼できなくなってきている。
 てか目的は何だよ。

 セリオ側も少しそこらへんはわかっているのか、少しうつむき加減だ。

981Road To Harmagedon:2007/04/21(土) 01:05:13 ID:HHzTl7Kw0

ただ、事態は急を要している。
姉さんがどこに消えたのか、それはよくわからない。
元のかばん以外は何も落ちてなかった。ただ・・・

「ただ、少し離れた所に、首の無い狐の死体や犬の死体が落ちてました」とセリオが言う。

 何が目的なのか…あんまりよくわかんない。
 コレ(元沢渡真琴)以外に狐や犬が死んでた…
 何のために…

まあ・・・
「どうにかなるだろ・・・・・・あの人の事だから」

人一人余裕で生き返らせることのできる人間だからなー。
それにうぐぅとかのドラ○ンボールも持ってるんだろうし。

「……ただ、衛星が復活してるなら確認しておいて。沖木島の全参加者の動向は見れるでしょ?」
「はい」

「絶対にしろ」とセリオに念を押す。
この状況下でセリオが言うこと聞かないのは、死に直結する可能性もある。
というよりも、部下が言うこと聞かないのが一番嫌いだ。しかもロボが。

気を取り戻す。
「てか、……この羽、何に使うんだろ」
 1枚だけしかない蝙蝠の羽。
 ただでさえ姉の持ち物はよくわからないのが多い。
 そういえば、かばんの中身も少し減っているような気もする。

982Road To Harmagedon:2007/04/21(土) 01:05:52 ID:HHzTl7Kw0

ちょっと調べてみると、銀製?の星型のペンダントが出てきた。
『EVER YOURS』って書かれてるペンダント。

──EVER YOURS。ずっとあなたのもの。

「なんかそれ、芹香さまはずっと持ってましたよ」
「いつごろから?」
「お子様の時あたりからでしょうか・・・気がついた時にはすでにお持ちだったそうです」

 黒魔術かなんかのアイテムかね。

「3歳位にはすでにお持ちで、神さまから貰ったとかそんな事いってたそうです」

 またあぶねーことを・・・

「それ多分、星じゃなくてヒトデですよ」とイルファが言う。
・・・・・・・多分違う。

【場所:G−7】
【時間:2日目午前11時5分】 

セリオ
 【持ち物:なし】【状態:……】

来栖川綾香

 【持ち物:各種重火器、こんなこともあろうかとバッグ(容量減り)
  サリン、プラリドキシムヨウ化メチル、炭素菌、ペニシリン系解毒剤、毒ガス用マスク
  都合のいい支給品、狐(首だけ)、蝙蝠の羽、
  霊が入った水晶玉とそうでなさそう水晶玉たくさん。区別はつかない
  『EVER YOURS』と書かれた星型の銀?のペンダント】
 【状態: 相反?何それ?】

イルファ【状態:おきる矛盾は強引にこじつけてくのがDルートですよね♪】

→442 532 796 800 805 ルートD-2

983失策:2007/04/21(土) 01:14:50 ID:nxhArExU0
――事の発端は三時間前に遡る。
吉岡チエと小牧愛佳はウォプタルの背に乗って、教会目指して突き進んでいた。
ウォプタルの速度なら敵と出会っても容易に逃げ切れる為、堂々と街道を往けるのもあり、そのペースは非常に速かった。
「いや〜、ウォプタル最高っスよ〜! 全身に風を受けて進んでいく感じが、もう堪んないッス!」
「う、う〜ん、そうかなぁ……。あたしはちょっと、速過ぎて怖いな……」
チエはテンション最高潮といった様子で、早口で喋りながら表情を綻ばせている。
逆に愛佳は少し怯えた顔をして、手綱にしっかりとしがみ付いている。
方向性は違えど落ち着きに欠ける二人だったが、移動自体は順調に進んでいた。
だがやがて、異変が訪れる。
「あれ……? 小牧先輩、なんだかおかしくないッスか?」
「どうしたの?」
愛佳が聞き返すと、チエは戸惑いの色を含んだ声で答えた。
「なんかびっみょ〜〜に、速度が落ちてるような……」
「……え?」
そこで愛佳はようやく気付いた。
チエの言葉通り、ウォプタルの速度がどんどん落ちてきているという事に。
そして――
「わ、わわっ!?」
「うわたたっ!?」
視界がガクンガクンと大きく揺れる。
唐突にウォプタルが急停止してしまったのだ。
二人は反動で振り落とされそうになるのをどうにか堪えた後、ゆっくりと地面に降り立つ。
一体どうしたのかと思い、ウォプタルを確認して、すぐ急停止の原因に気付いた。
「そっか……この子疲れてるんだ……」
ウォプタルは息を乱しており、心無しかその顔も疲れているように見えた。
朝から食事も与えられずに乗り回された上、今度は大量の荷物を乗せられてしまっていたので、とうとう体力の限界が来たのだ。

   *     *     *

984失策:2007/04/21(土) 01:15:44 ID:nxhArExU0
「困ったっスね……」
「そうだね……」
「クワァ……」
茜色の陽光が木々の隙間より差し込む森で、二人と一匹の沈んだ声だけが響き渡る。
二人は森の中に身を潜め、ウォプタルの回復を待つ事にしたのだ。
歩いて教会に向かうという選択肢も存在したが、それは止めておいた。
多少出発を遅らせてでもウォプタルに乗って移動した方が、安全であるとの判断からだった。
そこら中に生えている雑草を集めて食べさせたものの、ウォプタルはまだぐったりとしている。
「う〜ん、流石に荷物が多すぎたッスか……」
「ゴメンねぇ、無理させちゃって」
愛佳はウォプタルの頭にそっと手を伸ばして、優しく撫でた。
するとウォプタルがクワァと、力の無い鳴き声を返してきた。
「この様子だともう少し休ませてあげた方が良さそうだね」
「これじゃ藤田先輩の方が先に教会へ着いちゃいそうッスね。
 むむむぅ、先に出た癖に遅刻すんなって怒られちゃいそうッスよ」
チエがにかっと笑いながら冗談っぽく言ったその時、『ソレ』が始まった。
『――みなさん、聞こえているでしょうか?』

――絶望の到来を告げる第三回放送が。

20番、柏木千鶴。
その名前が読み上げられると、愛佳はがっくりと俯いて表情を大きく曇らせた。
千鶴を自らの手で殺してしまった――改めてその事実を突きつけられると、やはりまだ胸が痛む。
愛佳の胸中には強い後悔と、やるせない思いが渦巻いていた。
(千鶴さん、ごめんなさい。あたしは貴女に助けられたのに……貴女のおかげで立ち直れたのに、恩を仇で返す事しか出来ませんでした……)
少なくとも愛佳の知る千鶴は、優しい心を秘めている人物だった。説得は、可能な筈だった。
自分は一体何処で間違ってしまったのだろうか?
千鶴が詩子達を打ち倒したあの時、強引にでも引き留めていれば良かったのだろうか?
それとも役所で――あの完全に理性を失った千鶴相手に、捨て身の覚悟で説得を続ければ良かったのだろうか?
もう、分からない。

985失策:2007/04/21(土) 01:16:52 ID:nxhArExU0
一方チエも愛佳を慰める余裕は無く、何かを堪えるようにぐっと唇を噛み締めていた。
それも当然だろう……一緒に牛丼を食べた仲間達の名前が、一気に読み上げられたのだから。
もうあの仲間達と過ごした楽しかった時間は、永久に帰ってこないのだ。
場に沈痛な雰囲気が漂い、ただ放送だけが淡々と流され続ける。
そして彼女達へと追い討ちを掛けるかのように、告げられた。
『――89番、藤田浩之』
ほんの数時間前まで行動を共にしていた、浩之の名前が。
その名前を耳にした瞬間、チエは背中へと氷塊を押し込まれたような感覚に襲われた。
「え……藤田先輩が……? どういう……事ッスか……?」
浩之の名前が放送で呼ばれた――となると、結論は一つしか有り得ない。
混乱したチエが正解を導き出すより早く、愛佳が暗い声を洩らした。
「あの書き込みは島中のパソコンで見れる筈だから……多分役所に別の、殺し合いに乗った人が来て……」
「そ、そんな……」
そう、別の殺人鬼がやってきて、浩之は殺されてしまったのだろう。
よくよく考えてみれば、これは予測して然るべき事態だった。
ロワちゃんねるの書き込みに気付いた者が、全員時間通りにやって来るとは限らない。
敢えて遅めの時間にやってきて、漁夫の利を狙おうとする狡猾な輩だっているかも知れないのだ。
そのような危険な場所に気落ちした浩之を一人残してきたのは、明らかな失策だった。
「藤田先輩……ごめんなさい……」
チエは視線を足元に落とし、か細い肩を震わせた。
認めるしか無かった。自分達はまた一つ、取り返しのつかない間違いを犯してしまったのだという事実を。

986失策:2007/04/21(土) 01:18:10 ID:nxhArExU0
【2日目・18:10】
【場所:D−3】

吉岡チエ
 【装備:89式小銃(銃剣付き・残弾30/30)、グロック19(残弾数7/15)、投げナイフ(×2)】
 【所持品1:89式小銃の予備弾(30発)、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×14】
 【所持品2:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、救急箱(少し消費)、支給品一式(×2)】
 【状態:後悔、左腕負傷(軽い手当て済み)】
 【目的:ウォプタルの回復を待って教会へ】

小牧愛佳
 【装備:ドラグノフ(6/10)、包丁、強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)】
 【所持品:缶詰数種類、食料いくつか、支給品一式(×1+1/2)】
 【状態:後悔】
 【目的:ウォプタルの回復を待って教会へ】

ウォプタル
 【状態:疲労、休憩中】
 【備考】
  ※以下のものはすぐ傍の地面に置いてあります
   ・火炎放射器、支給品一式×4

→738

987オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:30:12 ID:fRxfNhwM0

「長瀬源蔵―――俺は、あんたを越えていく……!」

言葉と共に古河秋生の振り下ろした赤光が、長瀬源蔵の肩口に食い込み、薙ぎ斬った。
源蔵の身体を包んでいた黄金の光が薄れ、代わりに鮮血が噴き出してくる。
白いシャツが見る間に紅く染め上げられていく。

「ぐ……ぬぅ……」

斬られてなお倒れず、低い呻きをあげる源蔵をサングラス越しに見つめながら、秋生が静かに息を吐いた。
手にした銃から伸びていた赤光が呼気と共に薄れ、消えていく。

「終わりだ、爺さん」

そのまま、銃口を源蔵へと向けていく秋生。
どこか神妙な面持ちで言葉を紡ぐ。
山頂の強い風が、二人の間を吹き抜けていった。

「ガキの頃のヒーローをぶっ壊して、ようやく俺は女房のヒーローになれる」

悲しげにも、あるいは感慨深げにも見える表情のまま、秋生が口の端を上げた。
同時に引き金が引かれる。赤光が、奔った。

「―――」

ゾリオンの光弾が老爺の肉体を貫くのを見て、秋生は踵を返した。
だがその歩みは三歩ともたず、止まることとなる。
声が、響いていた。

「―――クク、」

背後から響くそれは、地の底で鳴動するが如く、重く低く、秋生の耳朶を打っていた。
それは笑い声だった。
撃ち貫いたはずの老爺の漏らす、蠕動の如き声。

「わしに信念が無いと、わしを越えていくと、そう言うたか……?」

戦慄に半ば凍りつきながら振り向いた秋生が見たのは、そこかしこで破れ、無惨な姿となった瀟洒なスーツを
それでも優雅に纏いながら、全身を覆う鮮血の真紅を気に留めることもなく笑う、一人の男の姿だった。

「クク……ハハハ、ハッハッハハハハ! よう言うた、よう言うてくれたわ……!」

そこにいたのは、老爺のはずだった。
だが、秋生の目に映るその男の容貌は、先刻までとは明らかに違っていた。

988オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:30:31 ID:fRxfNhwM0
「―――我が仕えるは来栖川」

男の、渋みのあるバリトンが山頂の風に乗って響き渡る。
隆々たる筋肉は鳴りを潜め、しかしシャツの破れ目から垣間見える細身の身体は実のところ、
鋼線を束ねたが如き一片の無駄もない肉付きを誇らしげに示していた。

「我が一敗地に塗れるは来栖川の恥辱」

老境を如実に現していた白髪は今や艶やかな黒髪へと変じ、風に靡いている。
蓄えられた豊かな髭もまた、その引き締まった口元を黒々と彩っていた。

「ならば、負けぬ」

肩口を裂いた刀傷からはいまだに血が流れていたが、それを気にした風もない。

「ならば、退かぬ」

男盛りの壮年が、襟元のタイを締め直す。

「それが、仕える者の矜持」

袖を、裾を、革靴についた汚れを、洗練された仕草で払っていく。

「主が誇る最高の従者たれと、わしはわしに命じる」

鷹の如き眼が、秋生を射抜いていた。

「教えてやろう、小僧―――。主がために戦うとき、我らに磨耗はあり得ぬということを……!」

そこには、長瀬源蔵という男の全盛期が、立っていた。


******

989オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:31:05 ID:fRxfNhwM0

「クソったれ……! 反則も程々にしやがれ、爺さん!」

その戦いは、一方的な展開となっていた。
叫んだ秋生が飛び退いた、その場所が一瞬遅れてクレーターへと変じる。
地響きと轟音が神塚山の山頂を支配していた。

「……いつまで爺を相手にしておるつもりでいる」

陥没した岩盤から拳を引き抜きながら、源蔵が冷徹な声で告げた。
雨に濡れた髪がはらりと一筋、額に垂れたのを、丁寧に撫でつける源蔵。
その全身からは黄金の霧が寸分の隙もなく立ち昇り、時の流れに逆らう肉体を覆っていた。

「何一つ、通じねえたぁな……! どうせ若返るならガキの頃まで戻ってくれりゃあいいのによ!」
「役者の仕事を奪うのは気が引けての」
「お気遣い、どうも……! けどな、」

言いざまの抜き撃ち。

「もう役者は廃業してんだよッ! 遠慮なく戦前の自分を表現してくれや!」

秋生の銃から、赤光が三条、立て続けに飛ぶ。

「効かぬッ!」

光条を避けようともせず、源蔵は一直線に走っていた。
命中した赤光が、しかし黄金の闘気の前に阻まれ、弾かれては消えていく。
瞬く間に秋生へと肉薄した源蔵が、目にも止まらぬ速さで黄金を纏った拳を繰り出す。
咄嗟にゾリオンの赤光を刃の形へと変え、かろうじてそれを受ける秋生。
しかし先刻、闘気ごと源蔵を切り裂いたはずの真紅の大剣は、止め処なく立ち昇る黄金の光を
受け止め弾くうち、見る間にその大きさを減じていく。

「どうした小僧、貴様の信念とやらが揺らいでおるぞ」
「くっ……!」
「貴様が見えぬと吠えたわしの信念……半世紀を磨き上げた仕える者の矜持、小僧如きに易々と
 止められはせぬわ……!」

気概に満ちた言葉と同時、放たれた源蔵の拳が赤光の刃を砕く。
避ける間もあればこそ、黄金の拳が秋生の顎を捉えた。
宙を舞う秋生の身体が放物線を描き、そのまま岩盤に叩きつけられる。
人体を構成する肉と骨が衝撃を吸収しかね、鈍い音が響いた。

990オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:31:41 ID:fRxfNhwM0
「が……は……っ!」
「……ほう、まだ立つか」

感心したような、源蔵の声。
ぱらぱらと砕けた岩の破片を体から落としながら、秋生は震える足で立ち上がっていた。
全身に傷を負いながらもその手はいまだ銃を離さず、眼光は源蔵をしっかりと見据えていた。

「近頃の若造にしては頑丈じゃな。……しかし、それもここまで」

源蔵の拳が、煌いていた。
全身から立ち昇る闘気が薄れ、代わりに拳を覆う黄金の光がその色を濃くしていく。

「木っ端の英雄願望―――このわしが、砕いてくれる」

轟、と金色の光が揺らめく。
それはまるで燃え盛る炎のごとく、源蔵の拳を包み込んでいた。
しかし対する秋生はその光に畏怖を覚える様子もない。
それどころか、口元には小さな笑みすら浮かべていた。

「―――気づいてるかい、爺さん」

それは毎朝の挨拶のような、ひどく何気ない一言だった。

「雨はもう、あがってるんだぜ」

灰色の空を指し示すように、秋生は両手を小さく広げる。
その奇妙な言葉に、源蔵が微かに眉根を寄せた。
斜面の上側に位置する秋生を見やれば、確かにその背後の黒雲から雨粒は落ちてきていない。
風も強く、おそらくは青空が間もなく顔を覗かせるだろう、と思わせた。
しかし、

「それが―――」

それがどうした、と源蔵が言い切る前に、秋生の手にした銃から赤光が放たれていた。
眉筋一つ動かすこともなく、それを拳で打ち抜く源蔵。
だが次の瞬間、その表情は一変していた。

「ぬぅ……ッ!?」

重い。
それが、源蔵の脳裏にまず浮かんだ言葉であった。
先刻まで闘気をもってすれば苦もなく打ち払えていたはずの赤光が、ひどく重い。
打ち抜いた拳を包む黄金の光が、その煌きを減じていた。

991オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:32:25 ID:fRxfNhwM0
「わしの闘気と……互角……!?」

両の拳に全身の闘気を集めていたからこそ今の一撃を打ち抜けたのだと、その感触は雄弁に物語っていた。
もしも遍く全身を覆ったままであれば、果たして打ち抜かれていたのはどちらであったか。
その思考は長瀬源蔵をして、内心戦慄せしめるものだった。

「―――ゾリオンは」

斜面の上から声がする。
天空を背に、秋生が静かに口を開いていた。

「こいつは光の弾を撃ち出す銃だ。降りしきる雨はそれを拡散させ、威力を減衰させる。
 わかるだろう、爺さん。……今、あんたの拳が感じた、そいつが真のゾリオンの力だ」

サングラス越しに秋生の眼が己のそれをしっかりと射抜いていると、源蔵には感じ取れた。
少年のように笑う、それは紛れもない強敵の眼光だった。
だから源蔵は、しかし牙を剥くように笑みを返し、言う。

「ひよっこが、ようやく殻が取れた程度で囀りおるわ。
 雛が羽ばたけば地に堕ちるが道理……思い知らせてくれる」
「は、俺は先に行かせてもらう! あんたは道を譲れよ、爺さん―――!」

抜き撃ちの三点射はしかし、そのすべてがことごとく源蔵を掠めて飛び去っていく。
微かな動きだけでかわしてみせた源蔵が、秋生を見上げて口の端を歪める。

「どうした小僧、狙いが甘くなっておるぞ。せっかくの重い弾も当てられなければ意味がないがの、
 貴様の信念とやらも種切れか」
「うるせえな、年寄りは黙ってくたばりやがれ」
「ひょうろく玉で終われるほど軽い生き様と思うてか、なめるなよ若造。
 大口はその手の震えを抑えてから叩くがいいわ」

そう言った源蔵の視線が捉えていたのは、銃を構えた秋生の手であった。
さしもの強者も激闘につぐ激闘で限界が近いのか、その手は小刻みに震えていた。

「……年寄りは言うことが細かくていけねえ。ハゲるぜ」

言い返す秋生の口調も心なしか冴えない。
その身の変調は充分に自覚しているようだった。

992オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:32:45 ID:fRxfNhwM0
「けどよ爺さん、そいつはあんただって同じだろうが。……俺がそいつを見逃してると思うかい」
「……」

今度は源蔵が黙り込む番だった。
秋生の指摘は事実だった。少なくともその一端を突いている。
時の流れに逆らって全盛期の肉体を維持するなどという無茶には、当然ながら限界があった。
溢れ出す闘気を拳に集め、拡散しないよう努めているのも、その姿を少しでも長く保つためだった。

「だからよ、爺さん」

秋生が、薄く笑いながら言う。

「次で、終わりだ。一発で決めてやる」

言葉と共に秋生の構えたその銃が、震えた。先刻までの小さな震えではなかった。
体力や精神力の限界によるものなどでは断じてないと、源蔵の五感が感じ取っていた。
流れる風が、屹立する岩盤が、その震動に合わせるように揺らめいている。
それは紛れもない、力の脈動だった。

「こいつが、俺の―――俺とゾリオンの、とっておきだ……!」

びりびりと震える大気の中で、古河秋生が声を振り絞る。
その手の銃から真紅の光が零れた。
灰色の山頂を染め上げる曙光が如き、原初の赤。

「俺とあんた、どっちの男がでけえのか……最後の一勝負といこうや、長瀬源蔵―――!」

赤い世界の中で、古河秋生が呵呵と笑った。
その笑みを瞳に映しこんで、源蔵はどこまでも静謐。
拳に光が宿っていた。
薄暮の稜線に沈む残照にも似た、黄金の輝き。
ただ一点、握り込んだ右の拳に日輪を宿して、長瀬源蔵は静かに構える。

「来い」

と、それだけを口にした。
同時、赤の光弾が膨れ上がる。
引き金が引かれた。放たれた真紅は既に弾を超え、線を超して、壁とすら映った。
迫り来る赤の怒涛を、源蔵は見つめていた。
人体を構成する総ての機構を統御し、筋骨と精神の極限をもって、ただ一心。

 ―――穿て。

拳を、解き放つ。

山頂を埋め尽くす赤と、一点の金。
色が、爆ぜた。


******

993オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:33:05 ID:fRxfNhwM0

風が吹き荒んでいた。
圧倒的な力によって押し退けられた大気が渦を巻いている。
小石を巻き上げるほどの猛烈な風の中心に、影があった。

立ち尽くすその影は、二つ。
荒れ狂う風をものともせずに固まっていたその影が、ゆらりと揺れた。
小さな言葉が、漏れた。

「―――これが、長瀬ぞ」

ぐらりと、影の一つが大きく揺らいだ。
山頂に、光は既にない。
曇天の薄明かりが、ぼんやりとその光景を浮き上がらせていた。

「ち……くしょ、う……」

長瀬源蔵の拳が、古河秋生の胸を深々と抉っていた。
ずるりと、粘り気のある赤い糸をその口から引きながら、秋生が崩れ落ちる。
大地に膝をつき、天を見上げて、そしてついには、どうと倒れた。

「……」

その姿を、拳を突き出したままの姿勢で源蔵は見ていた。
呼吸が荒い。震える腕を押さえるようにしながら、大の字に倒れた秋生の上に馬乗りになる。
重みに、秋生が薄く眼を開けた。

「なん、だ……爺さん……、すこし見ねえうちに……随分と、老いぼれた……もんだ、な……」

言って、血の泡を吹く口で小さく笑ってみせる。
見下ろす源蔵の容貌は、果たして先刻までの壮年のそれではなかった。
本来の年齢、老境の痩身へと戻っている。
白髪を乱し、身に纏った黒服とシャツは既に襤褸切れ同然となり果て、老いさらばえた身に幾つもの傷を
負いながら、源蔵は秋生を見下ろしていた。

「……」

その光宿らぬ右の手指が、震えながらも真っ直ぐに揃えられていく。
貫手の形。拳を一個の刃と見立てるその突きは、ある一点に向けられていた。
無防備な秋生の喉元を貫かんとするその構えをぼんやりと見て、秋生が口元を歪める。

994オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:33:27 ID:fRxfNhwM0
「へっ……、容赦、ねえなあ……爺さん……」

対する源蔵の言葉は、ただ一言。

「……さらばだ、小僧」

小さく息を吸い込んで、その手を突き下ろした。
風を切る、小さな音がした。

「―――」

にい、と。
男が、笑っていた。
鮮血を吐きながら笑うその男の名を、古河秋生という。

「……どうしたんだい、爺さん……? 」

貫手は、秋生の首の脇、数センチの地面を抉っていた。
笑う秋生の顔に、何かが垂れ落ちる。
鉄の臭いのするそれは、源蔵の口から零れた鮮血に他ならなかった。

「後ろ……、から……じゃと……?」

呟いたそのスーツの背に、拳大の穴が三つ、穿たれていた。
かろうじて振り向いたそこには、何の気配も感じ取れない。
荒涼たる岩場があるばかりで、その遥か向こうを見下ろせば、島の南側の景色が広がっている。
力が抜けていく。崩れ落ちかけたその視界に、小さな光が映ったように、源蔵には見えた。

「まさ……か……」

限界だった。
秋生に折り重なるようにして、その身を大地へと預ける。

「見えた……かい、爺さん……?」

間近に転がる秋生の笑みが、源蔵の方を向いていた。
その得意気な血塗れの笑顔が、事実を雄弁に物語っている。
源蔵の脳裏に浮かぶのは、最後の撃ち合いの直前の光景。
秋生が震える手で放った、三発の赤光だった。

「外したと、みせて……、あの距離を……反射させたと、いいおる、か……」
「……言ったろ。ゾリオンには……色んな、使い方が……あるってな……」

ヒビの入ったサングラスの向こうで、悪戯っぽく眼が細められていた。

「一か八か、……鏡みてえに、光ってたからよ……ドンピシャ、だ」

血痰の絡んだ声で言うと、秋生はゆっくりと身を捩ろうとする。
源蔵は倒れたまま、それを見ていた。

「アバラ……全部、持ってきやがって……刺さってんな……痛ぇ……」

秋生の喘鳴に嫌な響きがあった。
おそらくは自身の言葉どおり、折れ砕けた肋骨が肺腑を傷つけたのだろうと、源蔵はその音を判断する。
立ち上がりかけた秋生が、再びくずおれた。

「が……っ! ちくしょう……勘弁、しろよ……!」

立てるはずもない。生きていること自体が奇跡のようなものだった。
いずれ、肺を満たした己の血に溺れて死ぬ。
もっとも、と源蔵は内心で苦笑した。

(わしとて……似たようなものか)

背を穿った三発の赤光は、臓腑を散々に掻き回していた。
もはや長くはもたぬと、源蔵は己を診ていた。

風が、吹き抜けた。


******

995オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:33:53 ID:fRxfNhwM0

「……そろそろ、くたばったかよ……爺さん」
「貴様も、しぶといの……」

血の海に、二人の男が倒れていた。
人の身体にこれほどの血液が詰まっていたのかと驚くような、文字通りの血溜まりの中で、
ぼそぼそと声がしていた。

「なら、聞こえ……てるか」
「耄碌扱いするでないわ、小僧が……」

それは、小さな足音だった。
倒れ伏した地面に響く、小さく、そして無数の足音。

「……勝負は、預けるぞ……小僧」

切れぎれに呟かれる源蔵の言葉に、秋生が薄目を見開いて擦れた口笛を吹く。

「へぇ……とうとう、降参かよ、爺さん」
「寝言は……野垂れ死んでから、言うことだの……」

血溜まりに、小さな波紋ができた。
秋生が呆れたように言う。

「おいおい……無理すると、寿命が縮むぜ……」

秋生の眼前。
源蔵は、手指の一本すら動かせぬはずの身体で、必死に起き上がろうともがいていた。

「ぐ……ぬぅ……!」
「……この足音……、なんか……あんのか、爺さん」

源蔵のただならぬ様子に、秋生が問いかける。
全身を固まりかけた粘り気のある血で汚しながら、源蔵が口を開いた。

「小僧、放送を聞いとらんのか……。
 ……これだけの数……、まず砧夕霧に……間違いなかろう」
「知らねえよ……寝てたから、な……」

ようやくにして上体を起こすことに成功した源蔵が、蔑むような眼で秋生を睨む。
荒れた呼吸を整えながら、言葉を続けた。

「……あれは、島を焼く」
「なんだい、そりゃあ……」

秋生の疑問には答えず、源蔵は独り言のように呟く。

「綾香お嬢様も、芹香お嬢様も……見境いなく焼き尽くしおる」
「……」
「来栖川の造りし物が、来栖川に害をなす……そのようなことがあっては、ならんのだ。
 ……何が、あろうとも」

言葉を切った源蔵の体が、ぐらりと傾いだ。
ようやく起こした上体が再び血の海に沈もうとする、その肩を掴んだ腕があった。

「……そいつは、俺の女房や娘にとっても、よくねえ話……だよな」

いつの間にか身を起こした秋生の腕が、源蔵を支えていた。
荒い息の中、ぐ、と膝を曲げる秋生。

「家族は―――」
「主の誇りは―――」

血溜りが、揺れる。
足音は、ほんのすぐそこまで迫っていた。

「……譲れねえなあ」
「……ああ、譲れぬ」

視線が、交錯する。
互いの眼光が些かも衰えていないことに笑みを漏らし、二人は足に力を込めた。

996オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:34:18 ID:fRxfNhwM0

神塚山山頂に足を踏み入れた砧夕霧の最初の一体は、その光景を瞳に映していた。

「―――」

そこには、鮮血の海。
そして、日輪を背にして雄々しく立つ男たちの姿が、あった。
男たちは、赤と金の光を手に、土気色の顔で、笑っていた。




 【時間:二日目午前11時前】
 【場所:F−5、神塚山山頂】

古河秋生
 【所持品:ゾリオンマグナム】
 【状態:ゾリオン仮面・肋骨全損、肺損傷、瀕死】

長瀬源蔵
 【状態:貫通創3、内臓破裂多数、瀕死】

砧夕霧
 【残り26238(到達1)】
 【状態:進軍中】

→690 729 ルートD-2

997名無しさん:2007/04/21(土) 03:35:29 ID:ACDTFDs60
ttp://pie.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1173801422/39-

998オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ:2007/04/22(日) 01:54:15 ID:BJSYxG460

神塚山の山麓に、一際大きな声が響き渡った。

「どういうことなんだ……!」

焦燥の色濃い声音は、久瀬である。
広げた地図に拳が振り下ろされ、鈍い音がした。

「―――落ち着け、久瀬」

傍らに立つ銀髪の男、坂神蝉丸が腕組みをしたまま静かに告げる。

「しかし……!」
「上に立つものが浮き足立てば、兵もまた揺れる。君の立場を思い出せ」

言われ、黙り込む久瀬。
だがその表情には隠しようもない動揺が浮かんでいた。
宥めるように、蝉丸がどこまでも穏やかな口調で言葉を続ける。

「とにかく今せねばならないのは、詳細な状況の確認と善後策の構築だ。
 ……夕霧、君たちの意識共有に何らかの障害が発生しているというのは確かなんだな?」

問いにこくりと頷いたのは砧夕霧、その中核をなすという少女である。
首肯の拍子に、額がきらりと陽光を反射して煌いた。

「―――B隊の半数とは連絡が取れない、か」

最初にその報告が上がったのは、一時間ほど前のことだった。
幾つかの交戦情報の後、東崎トンネルを突破したB隊から入った報告は不可解なものであった。
一部のユニットが隊列を離脱したというのである。
山道を経由して山頂北側を目指すはずが、鎌石小中学校へと進路を変えているという。
意識共有にも奇妙な返答をするばかりで、まともに応じようとしない。
初めは数体に見られるのみだった異常は、瞬く間にB隊の多数に伝染していった。
登山道に入る頃には一万の内、実に半数近くが隊列を離れていたのである。

999オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ:2007/04/22(日) 01:54:49 ID:BJSYxG460
「……そしてC隊は上陸直後に甚大な被害を受けて潰走。
 一体、I−4地点に何がいたというんですか」

苦々しげに、久瀬が言う。
若干の平静を取り戻してはいるようだったが、渋面は晴れることがない。

「不明だ。接敵した個体の悉くが、相手を認識するよりも早く殺されている。
 尋常ではない殲滅力をもった何か、としか言えんな」
「……その何かによって三々五々に散さられたC隊の内、予定通り平瀬村に向かった一群が
 これまた壊滅的な損害を被っているというのも信じられません。
 いかに悪天候下とはいえ、これほど容易く撃破されるとは……」
「夕霧たちの力は君もよく知っているはずだ」
「しかし……」
「我々が敵の戦力を過小評価していたに過ぎん」

断言され、久瀬がようやく口を閉ざした。

「別働隊の作戦計画に修正が必要なのは確かだが、天候は回復している。
 これ以上、戦況が悪化することはないと考えていいだろう。
 それより目下最大の問題は……」

久瀬の矛先を逸らすように、蝉丸は地図を指差す。
指し示したのはF−5地点。神塚山の山頂を表わす点だった。

「我が本隊の先遣、既に山頂へと到達していなければならない筈の隊が、何者かに悉く水際で
 食い止められているということだ」
「山頂に占位する敵は、報告によれば二人でしたね……」
「容姿から判断すれば、おそらく古河秋生、長瀬源蔵の二名だろう。
 重傷を負っているということだが、これだけの時間、夕霧の攻勢を凌ぎきるとなれば、
 相当に手強い相手と考えなければならんだろうな」
「しかし、我々に打てる手は……!」

落ち着き払った蝉丸の声に、久瀬が噛み付く。
それは先程から、散々に検討してきたことだった。

1000オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ:2007/04/22(日) 01:55:18 ID:BJSYxG460
「そうだ。細い山道を通じて一度に山頂に送り込める数には、限りがある。
 夕霧たちの本領は数による殲滅戦だ。少数を各個撃破されてしまっていては話にならん」
「しかしB隊、C隊の山頂到達までは、まだ……」

混乱した別働隊の再編までは、今しばらくの時間を要する。
現状で山頂に投入できるのは本隊だけだった。

「絶対的な突破力が足りん。単体で突出した火力があれば、一気に制圧することも可能かもしれんがな」
「くそ、時間がないっていうのに……!」

歯噛みしながら久瀬が幾つもの書き込みがされた地図から視線を上げ、夕霧の大軍勢で渋滞の様相をみせる
山道を睨んだ、正にその瞬間である。

「―――お困りのようですねっ」

ぎょっとして振り向いた、すぐ目の前に、何かがいた。

「単体で、突破力と、火力がいる……はい、おまかせですっ!
 佐祐理は難しいことはよくわかりませんが、魔法はなんでも叶えてくれますから、安心してくださいねっ」
「な、な……倉田、さん……!?」

何故、倉田佐祐理がここにいるのか。
周囲の砧夕霧をどうやって突破したのか。
坂神蝉丸をしてこれほど接近するまで気配を感じ取らせなかったというのか。
そして、幾つもの疑問にレスポンスの低下した久瀬の思考回路を支配する最大のクエスチョンマーク。

 ―――その手に持っている、ピンク色のそれは何ですか。

絶句しながら視線を動かせば、傍らの蝉丸もまた表情を引き攣らせたまま固まっていた。
坂神さんでもこういう顔をするのか、などという思考が現実逃避以外の何物でもないと、自身でも理解していた。

「大丈夫です、佐祐理は困った人の味方ですからっ。……えいっ」

目の前にいる何かが、手にした杖のようなものを振るのを、久瀬は呆然と眺めていた。
きらきらと零れ落ちる光が綺麗だと、そんなことを考えていた。


******

1001オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ:2007/04/22(日) 01:55:40 ID:BJSYxG460

「……なあ、爺さん」

満身創痍の身体に闘志だけを宿し、一振りの銃を構えながら男が言う。
荒い呼吸の合間、擦れた声で交わされる会話。

「……何じゃ、若造」

流れ出る血すら既に枯れ果て、それでも黄金の拳を下ろすことなく老爺が応えた。

「……ヒーローって何だか、わかるか?」

男の銃に、真紅の光が揺らめいた。

「負けねえ男? いいや、違う」

赤光。
眼前の一体が吹き飛び、急斜面を転げ落ちていく。

「強い男、挫けねえ、諦めねえ、違う、違う、違う。話にならねえ」
「……ならば、何と?」

もはや連射のきかぬ赤光を掻い潜って近づいてきた一体を、老爺の拳が捉える。
重い一撃にのけぞったところに追撃を叩き込まれて周囲の何体かを巻き込みながら落ちていく個体には
目もくれず、次の獲物を探しながら老爺が訊ねた。

「ヒーローってのは―――正義の味方、だ」
「ほう」

1002オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ:2007/04/22(日) 01:56:02 ID:BJSYxG460
背中合わせに回転しながら、赤と金の光が閃く。
その度に、小さな影が山頂から弾き飛ばされ、転落する。

「悪の怪人をぶっ飛ばす。そういうもんなんだよ」
「成る程の。―――ならば」

苦笑じみた声が、応える。

「……ああ、うってつけの状況ってやつだ、こいつぁ」

二人の眼下。
登っては叩き落され、しかしいっかなその数を減じる様子をみせない不気味な少女たちの動きが、
ここにきてその様相を一変させていた。

「長生きしてると、……ああいうもんにも、馴染みができるのかよ、爺さん」
「来栖川では、夢も売るがの……生憎と、あの手のものは扱っておらん」

見下ろす先には、山道に密集した少女たちがいる。

「あのような―――人を食って取り込む化け物は、の」

吐き棄てるように言った老爺の視線の先、山頂に程近い斜面で、ぐずり、と。
少女が、融けた。
それはまるで、火に炙られた蝋細工のように。
唐突に、人の形を失って融け落ちたのである。

「畜生……またかよ」

融け落ちた、乳白色の水溜りに、近くの少女たちが一斉に群がる。
ずるりずるりと、音がした。啜っている。
つい今し方まで己と同じ姿形をしていた少女の成れの果てを、少女たちが四つん這いになって啜っている音だった。
怖気立つような光景の中で、同胞を啜る少女たちの身体に変化が訪れる。
ごぐり、という奇妙な音と共に、少女を構成する骨が、筋肉が、その配置を変えていく。
肘が、膝が、本来あり得ない方向に曲がっては、正しく接ぎ合わされていった。
奇怪な人体実験の如き、それは凄惨な光景だった。
そして、何よりおぞましいことには、

「一人を食えば、一人分……ってか……」

1003オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ:2007/04/22(日) 01:56:20 ID:BJSYxG460
嫌悪感も露わな、秋生の言葉どおり。
同胞の血肉を啜った少女の身体は、一回り大きく成長していたのである。

「連中、食った分だけデカくなりやがる……」

既に周囲の同胞から頭一つ抜け出た少女が、山道を埋め尽くす群れのそこかしこに見え隠れしていた。
一回り大きくなった少女は、しかしすぐにまた融け崩れ、周囲の少女に食い尽くされる。
食った少女が立ち上がれば、他の少女よりも二回り大きく育っていた。
二回り大きな少女が、融けて崩れる。崩れて喰われる。喰われて育つ。育って融ける。
それは紛れもない、悪夢の連鎖であった。
しかし、秋生と源蔵は既にその光景を見てはいない。

「……そろそろ来るぞ、小僧」
「ああ、わかってらあ」

二人の視線が捉えていたのは眼下、山の中腹付近だった。
山道を埋め尽くしていたはずの群れは、その周囲には存在しなかった。
ぽっかりと空いたその場所には、少女がたった一人で立っていた。
無数の少女たちと同じ造作、同じ顔。
ただ一つだけ異彩を放つところがあるとすれば、それは―――

「畜生、でけえな……!」

数十メートルはあろうかという、その巨体であった。

1004オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ:2007/04/22(日) 01:57:09 ID:BJSYxG460

 【時間:二日目午前11時ごろ】
 【場所:F−5、神塚山山頂】

古河秋生
 【所持品:ゾリオンマグナム】
 【状態:ゾリオン仮面・肋骨全損、肺損傷、瀕死】
長瀬源蔵
 【状態:貫通創3、内臓破裂多数、瀕死】
砧夕霧
 【残り24989(到達12)】
 【状態:進軍中】
融合砧夕霧
 【790体相当】


 【場所:G−5】
久瀬
 【状態:悲壮】
坂神蝉丸
 【状態:健康】
砧夕霧コア
 【状態:健康】

倉田佐祐理
 【所持品:マジカルステッキ】
 【状態:不幸を呼ぶ魔法少女】

→684 796 808 ルートD-5

1005No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:39:57 ID:v0QhiBEc0
――待つ時というのは長いもの。
情報収集の傍ら、パソコンの時計機能を見返し見返し焦れる時を過ごす。
あの兎が時計機能に細工して僕の反応を楽しんでいるんじゃないかという位流れる時の歩みは遅かった。
それでもいつかは変化が訪れる。
『メールが届きました』
「!!」
来た。
ついに来た。
少なくとも向こうはこちらに興味は持ってくれた。
さあメールを開け。
希望の扉を開くんだ。
兎共を騙し、欺き、裏を掻き、僕らが無思慮に行動していると思わせるんだ。
希望の鍵を鋳造しろ。
0%の勝率を唯ひたすらに上げていけ。
僕は潜れなくてもいい。
あの島にいる人達が通れれば。
覚悟はとうに決めている。
何があろうと奴らを殺すのだ。

1006No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:43:00 ID:v0QhiBEc0
『ハッカーより放送者へ』

『はじめまして。俺は河野貴明と言います。
断っておきますが、俺はハッカーではありません。
ハッカーの名前は伏せておきます。
俺達は貴方の事を信じます。
俺達も主催者が心底憎いです。
是非協力して主催者を倒しましょう。
貴方はどうやって俺達を特定しましたか?
カメラに俺達は映っていますか?
カメラは動いていますか?
他にも聞きたいことが出来たら随時送ります。
それでは。』

1007No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:47:23 ID:v0QhiBEc0


――愕然、としてしまった。
違う。
違う!
違う!!
これじゃ駄目なんだ!
自分の名前を簡単に名乗って!
僕が反主催者だとあっさり信じて!
聞きたいことがあったら随時送るだって!?
何を考えているんだ!
望みが……
主催者を倒すには……ハッカーの協力がいるのに……
知恵が働かない味方なんて足手纏いでしかないのに……
どうしよう……
どうする……
「――ぁ?」
声にもならない声が喉から漏れる。
メールの最後に添付が付いていた。
「?」
絶望に身を窶しながら開いてみる。
――僕が送った情報?
何だ?
何でこんなものを?

1008No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:48:20 ID:v0QhiBEc0

その瞬間、頭の中で仮定が構築される。
自分でも止められない速度で色々な事が駆け巡る。
もしかして……もしかして……もしかして……!
希望的観測じゃないか?
構わない!
どの道最初のメールを送った時にすることは決まっているんだ!
そうなら……もしそうなら!
知恵が働かない味方なんて足手纏いだ!
さぁ考えろ!
僕が足手纏いになってはいけない!
主催者も神ではない筈だ。
きっと全ては分からない。
手の上で踊る振りをし続けろ。
最後にその手を食らい尽くす為に!
「信じて……くれた……」
油断しろ。
僕らは無害だ。
こんなにも愚かなやり取りをしているんだ。
指を刺し嘲笑え。
自分が磐石の上にいると思い込んでいろ。
絶対に……逆転してやる。

1009No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:49:02 ID:v0QhiBEc0


「……」
「……」
「……」
「……」
今、皆さん寝ていらっしゃいます。
寒を凌ぐ為に固まって。
それでも心底熟睡して。
無理にでも休息を取る必要がありました。
休むことに抵抗を感じていらっしゃいましたが、横になるとすぐに寝息を立てられました。
当然……ですね。
特に貴明さんは全身傷だらけです。
あのままでは何もせずとも死んでしまいかねませんでした。
あのメールは恐らく返信までに時間が掛かるでしょう。
その間に少しは休めるはずです。
……久瀬、という方がどちらであれ。
何故……殺し合いなど強要させられているのでしょうか。
貴明さんも、姫百合さんも、久寿川さんも。
こんなことをさせる必要があるのでしょうか。
主催者の方々は何を考えているんでしょうか。
私は……どうするべきなのでしょうか……
どうやって……皆さんを助けるべきでしょうか……
「せめて……」
やれることはやっておきましょう。
それがどんなに小さなことでも。
ゆめみは手持ちの忍者セットを思い返し、立ち上がった。

1010No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:50:24 ID:v0QhiBEc0


……………………
どぉぉぉ……ん……
……爆音?
距離は……結構あるでしょうか……
どぉぉぉ……ん……
また……
「ゆめみさん……」
久寿川さん……
今ので起きてしまったのでしょうか。
問うような目。
「恐らく遠いです。今は問題ないでしょう。休んでいてください」
「でも……」
「今は……回復のほうが重要です。寝てください」
「……何かあったら」
「起こします。……ですから……」
「ありがとう。……おやすみなさい」
再び目を閉じる久寿川さん。
寝た……少なくとも寝る気にはなってくれたようです。
回復……攻撃……情報収集……
今はただ時間がほしい……
無駄にできる時間はありません……
私も……
どごぉぉぉぉぉん……
大きい……?
先程よりも大きな爆音。
爆発の規模が大きいのか、それとも近付いたのか……
久寿川さんは今度は眠っています。
もしくは、目を閉じているだけなのか……

1011No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:50:51 ID:v0QhiBEc0



「っ……つぅ……」
貴明さんの呻き声が聞こえます。
何故あんなに傷を負ってあれほどまで頑張れるのでしょうか。
怖くはないのでしょうか。
辛くはないのでしょうか。
痛くはないのでしょうか。
時折、ふと貴明さんの眼がとても鋭く険しくなることがあります。
一瞬でそれは掻き消えてしまうのですが、もう錯覚とは思えないほど何度も見ています。
そういう眼をしたとき、大抵は姫百合さんが貴明さんに触れるのもそれが原因なのでしょうか。
姫百合さんも気付いているのでしょう。
恐らくは、久寿川さんも。

1012No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:51:13 ID:v0QhiBEc0



「っ……つぅ……」
貴明さんの呻き声が聞こえます。
何故あんなに傷を負ってあれほどまで頑張れるのでしょうか。
怖くはないのでしょうか。
辛くはないのでしょうか。
痛くはないのでしょうか。
時折、ふと貴明さんの眼がとても鋭く険しくなることがあります。
一瞬でそれは掻き消えてしまうのですが、もう錯覚とは思えないほど何度も見ています。
そういう眼をしたとき、大抵は姫百合さんが貴明さんに触れるのもそれが原因なのでしょうか。
姫百合さんも気付いているのでしょう。
恐らくは、久寿川さんも。

1013No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:51:43 ID:v0QhiBEc0





「起きてください。来ました」
「……そう」
ゆめみさんが私を揺すって起こしている。
起きた事を言外に告げて、貴明さんから離れて立ち上がる。
背を伸ばすとぽきぽきと音が鳴った。
大分体が楽になっている。
ゆめみさんに感謝しないと。
「じゃあ、二人も起こしましょう」
「はい」
貴明さんも姫百合さんもよく眠ってる……
本当なら起こしたくない。
特に貴明さんは傷だらけ。
出来ることなら眠りたいだけ寝かせておいてあげたい。
でも、ここで二人で決めて失敗したら全てが終わってしまう。
そんな勝手は出来ない。
「貴明さん……姫百合さん……起きて……」
「っ……ぅん……」
やっぱり……痛そう……
「貴明さん……」
「ああ……」
「来ました」
「うん……」
出来ることをやっていくしかない。
そうですよね……? まーりゃん先輩……

1014No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:52:44 ID:v0QhiBEc0
貴明さんは傷が痛むのか少し顔を顰めながら立ち上がろうとして、
すとんと落ちた。
姫百合さんが抱きついたままだから無理に立ち上がらなかったみたい。
……いいな。
じゃなくて。
「姫百合さん……起きてください」
「珊瑚ちゃん、起きて」
「んぅー……」
「姫百合さん……」
「珊瑚ちゃん」
「うぃー……」
起きない……
「起きないわね……」
「そうですね……」
そんなに疲れているのかしら。
「珊瑚ちゃん」
「なにぃ……」
「珊瑚ちゃーん」
「あいぃ……」
貴明さんが姫百合さんを揺すりながら起こそうとする。
微妙な反応はするみたいだけどそれでも起きない。
眠った姫百合さん……ね……
眠り姫を起こすには……
「王子様のキス……」
貴明さんの顔が一瞬で赤く染まる。
心なしか呼びかける声と揺する手が強くなった気がする。
「キス?」
ゆめみさんが不思議そうに尋ねてくる。
「口付けで眠った人が目覚めるのですか?」
「御伽噺よ。茨の森の奥で眠り続ける呪いを掛けられたお姫様は王子様の口付けを受けると目を覚ますの」
「そうですか……」
ゆめみさんは暫し黙考した後、貴明さんに話しかける。
「あの、貴明さん。こんな状況ですしやれることはやったほうがよろしいのではないかと思うのですが」
「……いやでも唯の御伽噺だし」
「すひゃー……」
「珊瑚ちゃん! 起きて! 珊瑚ちゃん!」
「ぉー……」
がっくんがっくん揺さぶっても姫百合さんはまるで起きる気配がない。
貴明さんの動きが止まる。
俯いたまま暫し硬直。
覚悟を決めたのか、真っ赤になりながらゆっくりと姫百合さんの口に近づいていく。
ちゅ……と小さな水音が聞こえてきた気がする。
「んぃー……」
姫百合さんは……
「……あー……貴明〜……」
起きた……
「おはよう。珊瑚ちゃん」
「おはよー。ほなここ、天国?」
むしろ地獄に近いと思うけど……
王子様のキスってちゃんと効果あるのね……
知らなかったわ……
「姫百合さん、きました」
「あー……あ〜……うん……」
「じゃ……」
『見ようか』
筆談に切り替える。
『ええ』
そして、希望の糸を繋ぐメールを開く。

1015No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:53:44 ID:v0QhiBEc0










【時間:二日目21:30頃】
【場所:G-3左上の教会】

姫百合珊瑚
【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD】
【状態:決意。メールを送った。工具が欲しい】

河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリスカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリスカの予備弾(×10)】
 【状態:左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー】

久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】

ほしのゆめみ
 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
 【状態:胴体に被弾、左腕が動かない、忍者セットから鳴子を協会周辺に配置しました。引っかかったらその場ではなく、ゆめみ側の手元で鳴ります。ゆめみは鳴子のことを珊瑚達には知らせていません】

イルファ
 【状態:停止、激しい損壊、椅子に座らされている、左の肘から先が無い】

久瀬
 【場所:不明】
 【状態:主催者と戦う決意、珊瑚達に全てを託すつもり、パソコンに入っていた情報を小出しにして主催者の出方を伺う】
 
【備考:久瀬・珊瑚のパソコンの中に入っている情報は作内以外にもお任せ、ただし主催に関する情報は入ってはいない、一回目に久瀬が送った添付は参加者一覧表、二回目は各種島内施設概要】

1016すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:40:06 ID:P3RNtTFE0
『久瀬です、信じてくれて有難うございます。
まずカメラについてですが、貴方達のご推察通り【各種島内施設概要】に載っている施設内部を中心に映されています。
ですが施設外も時折映されているので、油断は禁物でしょう。
映像は遠目から映されている場合もあれば近距離から映されている場合もありますが、よほど性能の良いカメラを使っているのか相当鮮明です。
因みに僕が見せられている画面はどんどん切り替わっていっていますが、貴方達はまだ映っていません。
次にどうやって貴方達を特定したか。これは僕には分かりません。
しかし僕が与えられたパソコンに、ハッカーとして貴方達のメールアドレスが登録されていました。
ですからもし貴方達がハッキングをしていたとしたら、間違いなくそれはバレていて、特定までされています。
貴方達の手に入れた首輪解除方法がダミーかどうかの真偽は分かりませんが、特定はされています。
これ以上ハッキングに頼ろうとしてはいけません。こうなってしまった以上、主催者の言う【首輪の解除を示唆したもの】で首輪を解除するしか無いでしょう。
その道具を探し出す手助けとなると思われるファイルを添付しておきます』

「これで良し……と」
メールを送り終えた久瀬は、椅子に深く座り直して大きく息を吐いた。
実の所、今回のメールは賭けの部分が大きい。何しろ、嘘のアドバイスも混じっているのだから。
そもそも自分のパソコンは主催者に渡されたものである以上、ハッカーとのやり取りは全て筒抜けと考えて間違いない。
ならば真意を全て露にした形で、メールを送る訳にはいかない。
本当の本当に重要な部分、主催者の裏を突く部分だけは、向こう側が自力で察知してくれるのを祈るしかない。
自分は一つの推論に辿り着けたが、ハッカー達は辿り着けるだろうか?
――大丈夫だろう。ハッカー達はカメラの位置について正確な予測も示してくれたし、何よりハッキングする程の技術を持った人間がいるのだ。
きっと自分などよりも余程頭が良いし、同じ推論にまで辿り着いてくれる筈。
今はハッカー達を信じて、自分は次なる一手を考えよう……。

   *     *     *    *     *     *

1017すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:41:36 ID:P3RNtTFE0
久瀬より送られてきたメールを見終えた河野貴明が、長い時間の熟考の末、紙にペンを走らせる。
『まず始めに、久瀬は対主催で俺達の味方だと仮定しよう。そうすると、ハッキングは完全にバレていて特定されている』
そう書いた紙を皆に示してみせると、姫百合珊瑚が素早くペンを取った。
『そうなるね。正直ハッキングがバレてるってのは、本当やと思う。うちが首輪解除方法を盗み出してから、ほんの一時間くらいで久瀬からメールが来た訳やし……。
 幾らなんでも、偶然にしてはタイミングが良すぎる』
『となると、やっぱりこれ以上はハッキングするべきでないって事か……。特定されてる原因もハッキリとしないんじゃ、危険過ぎる。
 これ以上ハッキングは出来ないから、大人しく主催者の準備したという解除方法を使用しろって事になるね……』
貴明が気落ちした顔でそう書くと、珊瑚はゆっくりと首を振った。
『違うよ、危険やけどハッキングはせなあかん。予め準備されたもので首輪を解除出来たとしても、それは主催者の予想の範疇やん。
 ハッキングはいつか絶対にする必要がある――主催者の、裏をかく為に』
珊瑚の意見を見た貴明は、顎に手を当てて考え込んだ。
確かに主催者の予想通り動き続けているだけでは、何処かで突破不可能な壁にぶち当たってしまうだろう。
狡猾な主催者ならば、自分で準備した餌により自身が噛まれるような愚行は犯さないだろうから。
『そうか……主催者が【首輪の解除を示唆したもの】を準備した理由が分かったぞ。
 主催者は俺達の思考を、その一方向に絞り込もうとしてるんだ。俺達の行動を予測して、対策を練りやすくする為に。
 やっぱりハッキングは主催者にとっても脅威なんだ。何せバレさえしなければ、主催者の情報が全て筒抜けになるんだから』
それで、間違いない筈だった。
ならば次にどうやってハッキングを再び行うかだが――貴明がそこまで考えた時、ほしのゆめみが声を上げた。

「あ……あの、貴明さん」
「どうしたの?」
貴明がゆめみに、不可解な視線を送る。
盗聴されているのに、どうして口頭で話しかけてくるか分からなかった。
しかしゆめみは、主催者対策とは別の事を口にした。
「貴明さん達が眠っている間起こった事について、お話しておこうと思うのですが……」







1018すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:42:32 ID:P3RNtTFE0
意識せずとも拳に力が入り、噛み締められた奥歯がぎりぎりと軋みを上げる。
貴明は募る苛立ちを隠し切れない様子だった。
激しい爆発音をゆめみが聞きとったのは、今から二時間近くも前の事らしい。
だが未だにルーシー・マリア・ミソラ達は戻ってこない。
そう、もうるーこ達が出発してからゆうに二時間以上経ったのに、戻ってこない。
「――幾ら何でも遅過ぎる。やっぱりるーこ達に何かあったんだ!」
貴明はばっと立ち上がると、傍に置いてあったデイパックを拾い上げた。
皆の視線を浴びるのも意に介さず、鞄から無造作にステアーAUGを取り出す。
「……貴明さん、どうするつもりなの?」
貴明の行動を疑問に思った久寿川ささらが、怪訝な表情で問いを投げ掛けた。
貴明は入り口に向かって歩みを進めながら、背中を向けたままで答える。
「……決まってるじゃないか。るーこ達を助けに行ってくる」
「――――ッ!」
ささらが息を飲むのが背中越しでも分かったが、それでも貴明は歩みを止めない。
珊瑚が弾かれたように駆け出して、貴明の腕を後ろから掴んだ。
「あかん……そんな身体で無茶したらあかんよ! それにるーこも言うたやないか……自分達の居ない間しっかりと此処を守るんだぞ、って……」
そうだ――そもそもるーこ達は、怪我人だからという理由で貴明をこの場所に置いていったのだ。
しかしだからこそ、貴明は言った。
「嫌なんだ……」
「え?」
貴明はくるりと振り返り、精一杯の想いが籠もった叫びを上げた。
「俺の代わりに誰かが傷付いて、命を落とすのは、もう絶対に嫌なんだっ!」
その余りにも凄まじい剣幕に、珊瑚もささらもゆめみも、容易に見て取れる程の戸惑いを見せた。
彼女達の動揺に気付いた貴明は、少し語気を抑えて続ける。
「確かに今の俺じゃ足手纏いになる可能性もあるし、教会を守るのだって大事な役目なのは分かってる。
 でも悪いけど、俺にはこれ以上此処で待ってるなんて出来ない。こうしてる間にもるーこ達が敵に追われてるかも知れないんだ」
貴明には、これ以上自分の代わりに誰かが死ぬ事など耐えられなかった。
笹森花梨は死んだ。間違いなく貴明達を救う為に捨て身で行動し、その結果少年ごと撃たれて死んだ。
ここでただ手を拱いて待っているだけでは、また同じ結果になってしまうかも知れない。
るーこ達が無事に逃げ延びて何処かに隠れている可能性だって考えられるが、どうしても嫌な予感が頭から離れなかった。

1019すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:43:21 ID:P3RNtTFE0
「貴明さん……」
不安に顔を強張らせたゆめみが、こちらに視線を送ってくる。
貴明はその瞳から逃れるように、ゆっくりと入り口の方へ身体を翻した。
「ごめん、ゆめみさん……そういう事だから、俺は行ってくるよ。俺のいない間、珊瑚ちゃんや久寿川先輩を頼む」
貴明はそのまま足を進めて、入り口の扉の前まで辿り着く。
だがそこで扉の向こうから、びしゃびしゃと水滴を跳ね飛ばしながら歩いてくる音が聞こえてきた。
ほぼ同時にゆめみの手元で鳴子がからんからん、と音を奏でる。
「誰だっ!?」
貴明は半ば反射的に、ステアーAUGの銃口を扉へと向ける。
後ろの方でもささら達が、たどたどしい手つきで各々の得物を鞄から取り出していた。
貴明はステアーAUGを両手で構えたまま、扉越しに撃たれてしまわぬような位置へと移動する。
首だけ動かして後方を確認すると、少女達の瞳に不安げな影が降りているのが分かった。
何としてでも彼女達を守らなければ――貴明が決意を固めたその時、ドアをノックする音が聞こえた。
続いて扉の向こうで、凛々しくも透き通った声がした。
「安心して頂戴……私よ、七瀬留美よ。佐祐理もいるわ」
初めて聞く声だったので確認するように後ろへ視線を移すと、珊瑚が強く頷いた。
貴明は皆を制すようにさっと腕を上げた後、武器を片手で握り締めたまま、扉のノブに手を掛ける。
力を込めて押すと、軋んだ音を立てて、重い鉄扉がゆっくりと開いていった。
開け放たれた扉の向こうには、降りしきる雨の中で少女が二人立っていた。

1020すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:43:46 ID:P3RNtTFE0
七瀬留美と倉田佐祐理の姿を認めた珊瑚が、つかつかと歩み寄る。
珊瑚は顔を柔らかく綻ばせて、佐祐理達の目の前に立った。
「うわっ、ずぶ濡れやな〜」
その言葉通り、佐祐理と留美の服はびしゃびしゃに塗れていた。
「まあ入って休みいや。疲れたやろ?」
そう言って、右手を中へ動かしながら手招きをする。
しかし佐祐理達はまだ、扉の外にじっと立ったままだった。
ようやく疑問を抱き始めた珊瑚に、佐祐理がゆっくりと言葉を投げ掛ける。
「話は後です。早く出発の準備をして下さい」
「――え?」
「お願いですから質問は後にして下さい。今は早くこの場所から離れなければなりません。
 此処に危険が迫っているかも知れないんです。そう、どうしようも無いくらいの危険が……」
告げる声はとても重く、その瞳には明らかな焦燥の色が映し出されていた。
迫る危険とやらが何かは珊瑚には分からなかったが、佐祐理の様子を見れば、一秒たりとも余裕が無い事だけは分かった。
だからこそ珊瑚は真剣な表情となり、即断を下した。
「……せやな。るーこ達も心配やし、貴明と一緒に皆で出発しよっか」

   *     *     *    *     *     *

1021すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:44:50 ID:P3RNtTFE0
陰鬱な雨が天より際限無く降り注ぎ、それが森を覆う木の葉のカーテンと接触し、不快な音を奏でる。
木々の隙間より雨粒が零れ落ちる森の中を、河野貴明一行はゆめみを先頭に据えて進んでいた。
教会には留まれなくなった以上、当面の行き先は爆発音が聞こえてきた辺りだ。
当然ただ歩くだけで時間を食い潰すなどといった愚は犯さず、足を動かしながらも事情の説明を受ける。
「じゃあその、リサ=ヴィクセンって人が裏切って宮沢有紀寧に付いちゃったんやな?」
「ええ、そうです。リサさんは全く躊躇せず、佐祐理達に攻撃してきました……」
佐祐理はそう言って、包帯が巻きつけられた右肩を示して見せた。
包帯にこびり付いた鮮血が、佐祐理の受けた攻撃の凄まじさを雄弁に物語っていた。
「もしかしたらリサさん達ももう、教会の情報を入手しているかも知れません。そして、リサさんは多分軍の人間だと思います。
 そんな方に襲われてしまったら恐らくは……。だから私達は一刻も早く移動しなければならなかったんです」
その言葉を聞いて、ゆめみは少し疑問を感じた。
「でも相手は二人なんでしょう? 争いごとは嫌いですけど、私達全員で立ち向かえば十分に撃退出来るのでは……」
少なくとも人数面だけ見れば、自分達の方が圧倒的に優位だった。
何しろこっちは六人いるのだ。武器も十分過ぎる程揃っている。
幾ら相手が戦い慣れしている人間であろうとも、戦力面で劣っているとは到底思えなかった。
しかし――佐祐理の返答を待たずに、ささらがゆっくりと首を振った。
「私と貴明さんは、湯浅さんって人に会った事があるんだけど、その時にリサ=ヴィクセンって人について話を聞いたわ」
全員の視線が集中するのを確認してから、ささらは続けた。
「湯浅さんは言っていた……リサさんは世界トップクラスの実力を持ったエージェントだと」
「な――!?」
ささらの言葉を受けた珊瑚達は、背筋が凍りつくような戦慄に襲われた。
トップクラスのエージェント――即ち超一流の戦闘技術を誇る怪物が、ゲームに乗ってしまったのだ。
「リサさんが凄いのは何となく分かりましたけど、まさかそれ程とは……」
佐祐理もリサの正体までは知らなかった為、大きく動揺していた。
そして同時に、何故あの時柳川が撤退という選択肢を選んだのか、合点がいった。
柳川はリサの実力を見抜いていたからこそ、不利だと判断し自分一人で足止め役を買って出たのだ。
いくら柳川でもその道の達人が相手では、命を落としてしまった可能性も――言い表しようも無い不安が、佐祐理の胸を過ぎった。

1022すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:45:35 ID:P3RNtTFE0
リサについての情報が出尽くした所で、留美が追い討ちを掛けるように告げる。
「危ないのはリサさんだけじゃない。宮沢有紀寧――アイツは最悪の敵よ。
 罪の無い人を容赦なく踏み躙って嘲笑う、悪魔のような女なんだから!」
語る留美の声には、深い憎しみと恐怖の色が入り混じっていた。
留美は四対一の圧倒的優位にも拘らず、有紀寧に不覚を取り――藤井冬弥の命を奪われてしまったのだ。
全員の動揺が収まるまで待ってから、留美はゆっくりと言葉を続けた。
「だから悔しいけど、今は逃げるしか無いと思う。対策を練る前に戦うのは危険過ぎるよ」
その言葉に反論する者は、もう誰一人としていなかった。
自分達はゲームの破壊を目論んでる以上、首輪解除の鍵となる珊瑚を守らなければならないのだ。
ならば危険な橋を渡るような真似は、極力避けるべきだろう。
トップクラスのエージェントと極悪非道な女を相手にするのは、どう考えてもリスクが大き過ぎる。
厳しい現実を突き付けられた一同の間に、重苦しい空気が漂う。
だがそこで、パンパンッと強く手を叩く音が聞こえた。

「はいはい、そこまでやで〜」
貴明が振り返ると、珊瑚が気丈な笑みを浮かべていた。
「……珊瑚ちゃん?」
「今考え込んでもしゃあないやん。まずは早いとこるーこ達を見つけて、それからゆっくり考えよ?」
言われて貴明は、目が醒めるような思いを覚えた。
あれ程色々な思考が渦巻いていた頭の中が、クリアになってゆく。
珊瑚の言う通り、ここで悩んでいても始まらないのだ。
案ずるより産むが易しという諺もある。まずはるーこ達の捜索に集中すべきだった。
「そうだね。もし仲間が教会に来ても大丈夫なように書き置きは残してきたし、今は目の前の問題を一つ一つ片付けていこう」
貴明が表情を緩めてそう言うと、皆一様に強く頷いた。
恐怖や戸惑いを感じていない訳では無いけれど、それでも彼らは前向きに進んでゆこうとしていた。
だが彼らは知らない――ルーシー・マリア・ミソラと観月マナは、既に帰らぬ人となっている事を。
彼らは知らない――自分達の出発したタイミングが、余りにも悪過ぎたという事を。

1023すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:46:25 ID:P3RNtTFE0
   *     *     *

――河野貴明達が教会を出発してから十分後。

「……どうやら遅かったみたいね」
人の気配が消えた礼拝堂で、向坂環が溜息交じりに呟いた。その手には一枚の紙が握られている。
「どういう事だい?」
「――これを見てください」
橘敬介は差し出された紙を受け取って、その内容に目を通した。
『柳川さんすいません。もしリサさん達が襲撃に来てしまったら守り切れないので、この場所を離れます。どうかご無事で――倉田佐祐理
 るーこ、そして主催者打倒を考えている皆さん。もしこのメモを見たらすぐに逃げてください。此処はとても危険みたいだから――河野貴明』
全てを読み終えた敬介は、眩暈がしそうになっていた。この文面通りに受け取れば、つまり――
答えはもう明らかだったが、それでも敬介は微かな希望に縋り付こうとした。
「これは……何者かが偽名を使って、この場所に来た人を騙そうとして書いたのかな? リサ君が殺し合いに乗る筈が無い……」
それは最早推理にすらなっていない、ただの希望的観測からの見解だ。
だが環はぴしゃりと撥ねつけるように、否定の言葉を吐いた。
「残念ですけど、それは無いでしょう。この筆跡……間違いなくタカ坊本人の物だもの」
「な……なんて事だ……」
敬介が掠れた声を絞り出す。まるで悪い夢を見ているかのようだった。
ほんの数時間前まで志を共にした同志が、今や最悪の敵と化してしまったのだ。
狼狽して頭を抱える敬介の腕を、環が引っ張った。
「気持ちは分かりますけど、まずこの場所を離れましょう。ここに居ても殺されるだけですから……」
それは確かにその通りで、怪我だらけの自分達ではまともに戦えなどしないだろう。
敬介は力無く頷いた後、環と共に、雨の降りしきる闇に身を投じた。

1024すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:47:34 ID:P3RNtTFE0

――河野貴明達が教会を出発してから二十分後。

「ふむ……倉田達はもう別の場所に移動したか」
教会に辿り着いた柳川祐也は、あくまで冷静を保ったままに呟く。
教会に来れば合流出来るものだと思っていたので、落胆の念も多少はあったが、今回は佐祐理達の判断の方が正解だろう。
落ち着いて考えればすぐに分かる事だが、自分達は氷川村で教会の情報を流してしまったのだから、リサ達がこの地に来る可能性だって十分ある。
そして情報が既に漏れてしまっていた場合、リサ達より先に柳川が辿り着く保障など何処にも在りはしないのだ。
ここはともかく、佐祐理達がまだ無事であるという事実に感謝すべきだろう(もっとも実際には、冬弥が殺されてしまったのだが)。
「まだそう遠くへは行っていまい。急いで倉田達を探すとするか」
柳川はそう言ってメモを床の上に戻し、素早く踵を返した。


僅かな時間差で悉くすれ違ってしまった者達。
彼らは無事に合流出来るのか、それとも凶弾の前に倒れてしまうのか。
結末はまだ、誰にも分からない。


【時間:2日目22:10】
【場所:g−3左上】
向坂環
【所持品①:包丁、レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)】
【所持品②:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に痛み、左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み)、疲労】
【目的:観鈴と貴明達の捜索、主催者の打倒】
橘敬介
【所持品:ベアークロー、FN Five-SeveN(残弾数0/20)、支給品一式x2、花火セット】
【状態:動揺、身体の節々に痛み、左肩重傷(腕を上げると痛みを伴う)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て治療済み)】
【目的:観鈴と貴明達の捜索、主催者の打倒】

1025すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:49:35 ID:P3RNtTFE0
【時間:2日目22:20】
【場所:g−3左上教会付近】
柳川祐也
【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1、青い矢(麻酔薬)】
【状態:左肩と脇腹は9割方回復、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、左腕軽傷、軽度の疲労】
【目的:佐祐理達との合流、有紀寧とリサの打倒】


【時間:二日目22:15】
【場所:G-2・G−3境界線】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD】
 【状態:工具が欲しい】
 【目的:まずは爆発音がした方向へ移動、るーこ達の捜索、落ち着いてから対主催の考察を続ける】
河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリスカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリスカの予備弾(×10)】
 【状態:若干の焦り、左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー】
 【目的:まずは爆発音がした方向へ移動、るーこ達の捜索】
 【備考】
  ※イルファの亡骸(左の肘から先が無い)を背負っています
久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】
 【目的:まずは爆発音がした方向へ移動、るーこ達の捜索】
ほしのゆめみ
 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
 【状態:胴体に被弾、左腕が動かない】
 【目的:まずは爆発音がした方向へ移動、るーこ達の捜索】
倉田佐祐理
 【所持品1:支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】
 【状態:軽度の疲労、左肩重症(止血処置済み)】
 【目的:まずは爆発音がした方向へ移動、るーこ達の捜索、柳川との合流】
七瀬留美
 【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、消防斧、日本刀、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】
 【所持品2:何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(2人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】
 【状態:右拳軽傷、軽度の疲労、人を殺す気、ゲームに乗る気は皆無】
 【目的:まずは爆発音がした方向へ移動、るーこ達の捜索、柳川との合流】

【備考1:】
※ゆめみは鳴子を回収しました。
【備考2:久瀬・珊瑚のパソコンの中に入っている情報は作内以外にもお任せ、ただし主催に関する情報は入ってはいない、一回目に久瀬が送った添付は参加者一覧表、
二回目は各種島内施設概要、三回目は支給品武器一覧】

→791
→792
→811
ルートB-13 B-16

1026嘲笑う者:2007/04/22(日) 10:56:08 ID:P3RNtTFE0
都会ならば、たとえ夜であったとしても街灯の光や、或いは遠くビルより漏れる光により、暗闇は訪れないだろう。
だがこの殺戮の島では違う。この地において夜の訪れは、即ち闇の訪れである。
闇は身を隠す為の、最高の道具だ。ある者は自分の安全を確保する為に、そしてある者は愚かな獲物を仕留める為に、息を潜めるだろう。
しかしそれらは全て弱者の理論であり、気配すら悟れぬ未熟者の為にある戦術。
真に強き者ならば、必要以上の小細工など無用――そう言わんばかりに、リサ=ヴィクセンは堂々と街道を往く。
目的地は一つ、教会だ。橘敬介の言う『脱出できる糸口』とやらを叩き潰す為に、リサはひたすら突き進む。
ゲームの脱出――どのような方法なのかは分からない。しかし、二つ確信を持てる事がある。
まず一つ目。敬介の言う『脱出できる糸口』というのは、即ち『首輪を解除する糸口』と考えて間違いない。
このゲームを成り立たせている一番の要因は首輪なのだから、それをどうにか出来るアテがあるこそ『脱出の糸口』と表現したのだろう。
そして二つ目。主催者を打倒しての脱出は、不可能だ。
主催者は、自分や宗一、篁や醍醐といった猛者達を完全に弄ぶ事が出来る程の怪物。
そのような怪物を宗一やエディ、それに軍の力添え無しで打倒するなど、絶対に不可能だ。
なら生き延びる為には殺し合いをするしか無いのか?――リサは、そう思わない。
別に生き延びるだけなら主催者を倒す必要など無い。
何とかして首輪を解除し、この島から逃げ出してしまえば良いのだ。
勝ち目の全く無い勝負に身を投じるより、そちらの方が余程現実的な選択だ。
恐らくは今主催者打倒を掲げている連中も、やがて自分達の行いが無謀である事に気付く筈。
死ぬまで意志を曲げずに戦い続ける人間もいるだろうが――いずれ何人かは、心変わりする筈。
此処は犬死するよりも生き延びる事を優先するべきだと、主催者など放っておいて逃げ出すべきだと、そう考える筈なのだ。
その結論に至ってしまえば、後は簡単だろう。
首輪さえ外せれば、この島から逃げ出すなど造作も無い事。
首輪を外せる程の技術力を持った人間が存在するならば、脱出用の船など容易に準備出来るだろうから。
しかし、である。
(脱出なんて、絶対にさせない……!)

1027嘲笑う者:2007/04/22(日) 10:57:07 ID:P3RNtTFE0
主催者は『見事優勝した暁には好きな願いを一つ、例えどんな願いであろうと叶えてあげよう』と言った。
即ち、誰かの逃亡などという形でゲームを台無しにされてしまっては、誰も生き返らせれない。
宗一も、エディも、そして栞やその大切な者も、誰も。
それでは何の為にゲームを肯定し、殺戮の道を選び取ったのか分からなくなる。
自分は宗一とエディを生き返らせ、彼らと力を合わせて主催者に復讐しなければならない。
たとえ泥を被ってでも巨悪を断ち、二度とこのような悪夢が起こらないようにしなければならないのだ。
栞だって、自分に全てを託して死んでしまった。
ならば脱出など絶対にさせる訳にいかない。必ず叩き潰し、ゲームを続行させてみせる。

次に宮沢有紀寧への対処だが……まだ考える必要は無いだろう。
有紀寧の行動原理は難解なように見えて、本当の所は至極単純である。
有紀寧は常に、自分の保身を最優先として動き、最後の一人となって生き延びようとしている。
そのような人間、全く信用ならないように見えるが――性質さえ掴んでいれば、問題無い。
有紀寧は自分にとって利用価値のある人間へ、無闇に攻撃を仕掛けたりしない。
あくまで有紀寧の目的は保身であるのだから、生存確率を下げるような選択肢は絶対に取らない。
まだ参加者が四十人以上(放送より時間が経った今では、もう少し減っているかも知れないが)いるこの段階で、裏切ってくる事は無いだろう。
氷川村での戦いのように、仲間がいれば敵集団を分散させる事も出来るし、有紀寧は自分にとってもまだ利用価値がある。
特に柳川祐也のような優れた力を持つ強敵は、他の敵と分断してから確実に仕留めたい所。
そうやってまずは脱出派の集団を殲滅し尽し、その後で有紀寧も殺せば良いのだ。
裏切りに裏切りを重ね、諸悪の根源である主催者に懇願して宗一達を生き返らせる――それは下衆にも劣る行いだろう。
だが、後で蘇った宗一に殴られたって良い。どれだけ多くの人間の恨みを買ったって良い。
悪を討てず、仲間を死なせたまま、犬死にするよりはよっぽど良い。
雌狐は、躊躇わない。

1028嘲笑う者:2007/04/22(日) 10:58:11 ID:P3RNtTFE0



一方、雌狐を盾にするような位置取りで足を進める少女の名は、宮沢有紀寧。
有紀寧の身体は、快調にあるとはとても言い難い状態だった。
(くぅっ……不味いですね)
一歩一歩足を踏み出す度に、左腕の患部へと鈍い痛みが奔る。
応急処置を行い、小休止も取った為に一時よりはマシになっているが、それでも全快とは程遠い。
その上追い討ちを掛けるように雨まで降り始め、塗れた服が背中にべっとりと張り付く。
この過酷な殺し合いを無傷で勝ち残れるなどという甘い考えは抱いていなかったが、長瀬祐介相手にこれ程の手傷を被ってしまうとは思っていなかった。
それもこれも、全てはあの『毒電波』という異常な超能力の所為だ。
思い出すだけでも震えが来る。あの力の前には、どんな策略も武器もまるで意味を為さない。
何しろ本人の意思に関係無く、身体の自由を完璧に奪われてしまうのだから。
――『参加者の中には何人か人間とは思えないような連中が居るからね』
ゲームの開始時に、あのウサギが言っていたのはこういう事だったのだ。
その人外連中の一人である長瀬祐介はどうにか打倒したが、自分一人では確実に殺されていた。
人外の力……本当に馬鹿げた話だが、確かにそれは実在している。
リサの情報によると、柳川祐也も『鬼の力』という異常な能力を持っているらしい。
そして、今は形式上仲間であるリサ自身も、その柳川と互角以上の戦闘を繰り広げたとの事。
優勝する為には、柳川ともリサとも、何時かは雌雄を決する必要があるのだが……。
正直な所、こんな怪物達の相手などしていられない。正面から戦っては、命が幾つあっても足りないだろう。
なら騙まし討ちはどうか?……少なくとも、リサには通じまい。
こうして前を進むリサの背中を見ているだけでも、こちらに拳銃を向けられている錯覚に襲われる。
何をやっても、一秒後には自分が殺されてしまっているイメージしか浮かび上がらない。
騙まし討ちをされても凌げる自信があるからこそ、リサは自分と手を結んでいるのだ。
となれば取るべき道は一つ、まずはリサという最強の盾を隠れ蓑とし、安全を確保しながら他の参加者達を蹂躙してゆこう。
生き残りの数が減れば減る程優勝が近付くのは間違いないし、焦る事は無い。
ぬくぬくと力を蓄え、怪我を癒し、怪物狩りの準備を整えさせて貰おうではないか。
そうしていくうちに、いずれまた柳川とも対峙する時が来るだろう。
その時に、柳川とリサを潰し合わせる――そうすればどちらが勝つにしても、生き残った方も相当の傷を負う筈。
幸いリサは柳川と因縁があるようだし、怪物は怪物同士で潰し合わせれば良い。
自分は最後まで危険な戦いになど身を投じず、強敵は傷付くのを待ってから打倒するのだ。

1029嘲笑う者:2007/04/22(日) 10:59:30 ID:P3RNtTFE0

二人はそれぞれの思惑を胸に、人の気配が感じられぬ寂れた街道をどんどんと進んでゆく。
やがて目的の地が段々と近付いてきたので、闇に包まれた森へと進路を変える。
敬介が残したメモを頼りにそのまま森の中を歩いてゆくと、やがて視界が大きく開け、その先に目的の建物が見えてきた。
本来ならば美しい筈なのに、この暗雲の下では不気味にすら見える建造物――教会を目前にして、リサは突然足を止めた。
その様子を不審に思った有紀寧が囁き声で尋ねると、リサはそれを制すように左手を伸ばした。
「どうしたんですか?」
「静かにして。……誰か来るわ」
それで有紀寧は黙り込み、リサに促されるまま近くの茂みへと身を潜めた。
そのまま待っていると、程無くして複数の足音が近付いてくる。
教会内部の電気は消灯されていない為僅かに外へと光が漏れており、現れた者達の顔まで認める事が出来た。
(あれは……)
その中には、有紀寧がよく知る――恐らく参加者の中で、自分と一番親しい間柄であろう人物の姿もあった。

    *     *     *

1030嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:00:21 ID:P3RNtTFE0
綺麗なシャンデリアより発せられる光に照らされた、厳かな雰囲気を保つ礼拝堂。
既にもぬけの殻となってしまったその場所で、古河秋生がボソリと呟いた。
「……誰もいねえじゃねえか」
人がいた形跡こそ断片的に見られるが、少なくとも目に見える範囲には自分達以外誰も居ない。
別の部屋に隠れているのだろうか――その疑問を秋生が口にする前に、朋也が素早く行動に移る。
「一応他の部屋も確認してくる。オッサンと渚はここで待っててくれ」
朋也はそれだけ言うと、油断無く銃を構えて奥の方へと消えていった。
秋生はその後ろ姿を見て頼もしく思うと同時に、酷く寂しいものを感じた。
少なくとも戦いとは無縁の生活を送っていた筈の朋也が、この過酷な環境に順応し切っている。
――殺し合いへと、順応してしまっている。
それは生き延びる上で必要な変化ではあり、成長とも表現出来る物だが、年端も行かぬ少年に危険な役目を任せたく無かった。
それでも怪我を負っている自分が無理に動くより、ここは朋也が先行すべきなのは明らかである。
秋生は自分自身を不甲斐なく思い、ぎりぎりと奥歯を軋ませた。
程無くして朋也が礼拝堂に戻ってきて、大きく溜息をつく。
「駄目だ。奥にも誰もいなかった」
「……そうか。ったく、何処に行っちまったんだろうな」
秋生は不満げな声を上げると、懐から煙草を取り出し口に咥えた。
銃を一つしか持たぬ自分達が、ここまで敵と遭遇する事なく無傷で辿り着けたのは僥倖だったが、これでは意味が無い。
仲間と合流するという目的を果たせなければ、ただの徒労に過ぎぬのだ。

朋也は、秋生の後ろにいる渚へと視線を移す。
「渚、足の調子はどうだ? それに雨で随分身体が塗れちまっただろうけど、風邪を引いたりしてないか?」
「ありがとうございます。でも途中で何回か休みましたし、平気です」
間髪入れずに、渚が力強い答えを返す。
朋也は確認するように渚の顔をじっくりと眺めてみた。
顔色が悪化しているというような事も無いので、本当に大丈夫そうに思えた。
それから朋也はふと視界の端に、少し違和感を覚えた。
よく目を凝らすと少し離れた床に、何かの紙が落ちているのが分かった。
朋也はそれを拾い上げようとし――その時、入り口の扉が鈍い音を立てて開いた。

1031嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:01:33 ID:P3RNtTFE0
「――っ!?」
いち早く反応した朋也がトカレフ(TT30)を構えようとするが、引き金を絞るより早く手に衝撃が走り、銃を取り落とす。
その衝撃が飛来した懐中電灯によって与えられたものだと分かった時には、乱入者がこちらに向けて疾駆していた。
ブロンドの女性――リサ=ヴィクセンは、両手に一対のトンファーを構え、一気に間合いを詰める。
そのままカマイタチの如き一撃が、未だ次なる動作へと移れていない朋也の顔を捉え――無かった。
「――嬢ちゃん、オイタはいけねえな」
「…………!」
リサが驚愕に目を見開く。
相手の意識を奪い取るべく裂帛の気合で放った一撃が、横から伸びた包丁に止められていた。
並の人間では反応する事さえ困難な筈のソレを、受け止められたのだ。
「何なんだ、テメエは!」
朋也が怒りに満ちた絶叫を上げながら、鞄より薙刀を取り出して、横薙ぎに振るう。
リサは宙に跳躍する事で迫る白刃より身を躱すと、そのままバック転の要領で一旦距離を取った。
朋也が素早くその後を追おうとするが、秋生がそれを手で制した。
訝しげな表情を浮かべる朋也に構わず、秋生は包丁を構えながら落ち着いた声で言った。
「一度だけ聞く。テメェ――殺し合いに乗ってるのか?」
「答える必要は無いわ」
リサはそれだけ吐き捨てると、また突撃を仕掛けるべく姿勢を低くした。
これ以上の問答などまるで意味を為さぬと、烈火の炎を宿した青い瞳が語っていた。
獰猛な殺気、先程見せた尋常で無い身のこなし、明らかに戦い慣れしている。
悩んでいる暇は無い。怪我をしている今の秋生に、殺人への禁忌に気を取られている余裕などある筈が無い。
朋也は元より、秋生すらも、目の前の女を殺傷せしめるべき敵だと断定した。
「……乗ったんだな」
秋生が返答するとほぼ同時、礼拝堂に一陣の突風が吹き荒れる。

1032嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:02:34 ID:P3RNtTFE0
リサは一対のトンファー、秋生は包丁、そして朋也はこの中で一番リーチの長い薙刀を武器としている。
飛燕の如き速さで近付いてくる敵の横腹目掛けて、朋也は躊躇せず刃を突き出した。
リサが足を止めぬまま、その薙刀をトンファーで力任せに払いのける。
「ぐっ……!」
女性のものとはとても思えぬ膂力を受けて、朋也の薙刀が大きく横へ流される。
がら空きとなった朋也の懐にブロンドの殺戮者が潜り込み、両手に握ったトンファーを大きく振りかぶる。
朋也は敵の狂眼を間近で見据えて、かつてない程の戦慄を覚えた――この女は今までの敵とまるで桁が違うと、本能が警鐘を鳴らしていた。
一瞬で全身に鳥肌が立ち、冷たい手で心臓を鷲掴みにされているような感覚に襲われる。
大きく動揺する朋也の喉元へ、リサの振るう牙が突き立てられそうになる。
「させっかよ!」
当然、それを秋生が黙って見過ごす筈も無い。
腰を捻り反動をつけて、渾身の一撃を見舞うべく包丁を振り下ろす。
たとえ受けられたとしても、敵の得物を弾き飛ばすつもりで、豪腕に力を込める。
だが敵のトンファーと包丁が接触した瞬間、秋生は妙な違和感を覚えた。
まるで手応えが無いのだ。そう、正にのれんに腕押しといったような――

1033嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:03:46 ID:P3RNtTFE0
リサは衝突の瞬間にトンファーの角度を変えて、秋生の攻撃を綺麗に受け流していた。
思い切り力んでいた事が仇となり、力の行き場を失った秋生の上体が大きく横に流される。
「がっ……!」
完全に無防備な姿を晒した秋生の腹部へ、高速の蹴撃が叩き込まれた。
リサは敵を蹴り飛ばした反動に身を任せ、そのまま大きく後ろへ跳躍する。
その直後にそれまでリサがいた空間を、薙刀の先端に備え付けられた鋭利な刃が切り裂いていた。
「オッサン、平気か!?」
朋也が手を差し出すが、秋生は助けを借りるまでも無く自力で立ち上がった。
秋生は苦痛に顔を歪めながらも、戦意は決して衰えぬ双眸で眼前の敵を睨みつける。
「今のは効いたぜ……。昨日の女といい、この島にはじゃじゃ馬が多いみてえだな」
その様子を目の当たりにしたリサは少し驚いた表情となったが、すぐに溢れんばかりの殺気を瞳に灯す。
「信じられないくらいタフね。一体どういう鍛え方してるのかしら」
「……それを聞きてえのはこっちの方だ」
金髪のハンターが放った言葉に、秋生は焦りを隠し切れぬ声で答えた。
腹部からは絶え間なく鈍痛が伝わってくる。
蹴られる寸前に腹筋を固め防御したが、その上からでも内臓まで衝撃が響いてしまった。
昨日戦った来栖川綾香も相当優れた格闘能力を誇っていたが、この女程では無い。
少なくとも秋生の常識では、一対二の状況で女に押されるなど有り得ない。
今自分達は常識など通用せぬ実力を秘めた、屈強な殺戮者と事を交えているのだ。
秋生はかつてない戦慄を覚え、背中に冷たい汗を掻きながら、再び包丁を深く構えた。
朋也もそれに合わせて、薙刀を両腕で強く握り締め、その切っ先を敵に向ける。
「小僧……分かってんな?」
「――こっちが二人いようが絶対に油断するなってんだろ?」
朋也も敵が桁外れの技量を持っている事は、十分に理解しているつもりだ。
長柄の得物は、懐に入られてしまうとそのリーチが弱点となり、大きな隙を晒してしまう。
先程のせめぎ合いで、敵は薙刀の弱点を的確に突き、加えて人間離れした動きにより自分達二人を圧倒した。
相手は女だとか、二人掛かりは卑怯などという倫理観は、この状況では笑い話でしか無い。
敵は明らかに異常な存在――決死の覚悟で戦って然るべき相手である。
朋也と秋生が腰を落とし、同時に駆け出そうとする。

1034嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:05:03 ID:P3RNtTFE0
「皆さん――残念ですが、お楽しみの時間はそこまでです」
そこで、朋也のよく知る声が聞こえてきた。
朋也と秋生がその声がした方へ首を向けるとほぼ同時――声の主、宮沢有紀寧がさっとリモコンを水平に構えた。
次の瞬間、すぐ近くにいた渚の首輪が紅い点滅を始め出す。
「な……宮沢!?」
朋也の驚愕を視認した有紀寧は、にこりと優雅な笑みを浮かべてから語り始める。
「騒がずに聞いて下さい。古河渚さん……ですよね、彼女の首輪に備えられている爆弾を作動させました。
 もし岡崎さん達が妙な真似をすれば、即座に爆発させるので注意してくださいね?」
朋也の、秋生の、渚の顔面が、蒼白となってゆく。チェックメイト……完全なる詰み。
その事実を認識した朋也は、自分の愚かさを悔やんだ。
何の事は無い。敵は二人居て――ブロンド女性の方は、ただの囮に過ぎなかったのだ。
「宮沢、てめえっ……!」
朋也は憎々しげに舌打ちした後、思い切り有紀寧を睨みつけた。

その憎悪を一身に受けた有紀寧が、目を丸く見開き意外そうな表情となる。
「あら? あまり驚かないんですね。岡崎さんなら、私が殺し合いに乗っている事を疑問に思ってくれそうでしたのに……」
朋也とはそれなりに親交があったし、まずはこの状況に驚いてくれるものだと思っていた。
だが朋也の驚愕は一瞬のうちに終わり、すぐに親の仇を見るような目をこちらに向けてきた。
まるで最初から、有紀寧がゲームに乗っているのを知っていたかのように。
限界まで抑えようとし、それでも尚隠し切れない怒気を孕んだ声音で、朋也が話す。
「お前の悪事は大体知ってんだよ。柏木家の奴らを散々利用したのも、俺の名前を騙って掲示板に書き込みしたのもな……!」
「……そういう事ですか。全く耕一さんの口の軽さにはほとほと困らされます。
 念には念を押して、リサさんに先行して貰っておいて助かりました」
――教会前で渚を庇うように歩く朋也を発見し、有紀寧は一計を講じた。
そこで、襲撃を仕掛けようとしていたリサを押し留め、策を伝えた。
ただ相手を殺すよりも、傀儡として自分達の手駒にした方が後々役に立つと考えたのだ。
作戦を実行に移す際に、有紀寧は自ら姿を見せて朋也と接触しようと考えたが、すぐに噂が広がっている危険へと思い至った。
だからこそリサに先行させ、朋也達が激しい戦闘を繰り広げている隙に悠々と渚へ肉薄したのだ。

1035嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:06:11 ID:P3RNtTFE0
有紀寧は真横にいる渚へと視線を移し、言った。
「渚さん、話を聞いていたなら貴女にも状況が分かるでしょう。首を飛ばされたくなければ大人しくしておいてくださいね」
臆面も無く、、恐ろしい台詞をあっさりと言ってのける。
しかし渚は天沢郁未や来栖川綾香に脅迫された時も、自分の命を惜しんで信念を曲げたりはしなかった。
逆らえば待っているのは確実なる死――それでも渚は澄み渡った目で有紀寧を睨み返す。
「嫌です。私は絶対に人殺しの言いなりになんかなりません」
渚は自分がどうなろうと人殺しには屈さぬと、矜持は捨てぬと、そう言っているのだ。
だがその渚の決意を聞いても、有紀寧の顔に動揺の色は浮かばない。
かつて利用し尽くした柏木初音も、渚と同じタイプだった以上、この程度の事態は想定済みだ。
(ふふ……また馬鹿が一人。でも貴女がいくら拒否しようとした所で……)
有紀寧がすいとリモコンを渚に向けて持ち上げると、その瞬間に叫び声が上がる。
「渚、逆らうな!」
声がした方へ一同の視線が集中する。声は、秋生によって発されたものだった。
渚は殆ど泣きそうな、やるせなげな表情で、必死に反論する。
「だ、駄目ですっ! この人はお父さん達に悪い事をさせようとするに決まってます!」
秋生は渚の言葉にまるで取り合わず、とても鋭い声で叫んだ。
「ゴチャゴチャうるせえっ! 俺が何とかしてやるから、今は大人しくしとけっ!」
礼拝堂という神聖な場所を舞台に、親子の激しい口論が繰り広げられる。

1036嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:07:28 ID:P3RNtTFE0
朋也はその様子を直視し続ける事が出来ず、俯きながらぎりぎりと奥歯を噛み締めていた。
(くそっ……くそくそくそっ! どうすりゃ良いんだっ……!)
打開策を必死に模索しようとするが、状況は余りにも不利だった。
自分達が有紀寧に掴みかかろうとしても、間違いなくそれより先にスイッチを押されて、渚は殺されてしまうだろう。
それにどうにか首尾よく有紀寧の隙を突く事が出来たとしても、敵は一人だけじゃ無い。
有紀寧からリモコンを奪い取るまでの間、あの強力無比なブロンド女が黙って見ているなど有り得ないだろう。
今自分達は人質を取られている上に、純粋な戦力でも圧倒されてしまっているのだ。
絶望感に打ちひしがれる朋也に、更なる追い討ちを掛けるように、有紀寧は言った。
「――ダラダラと口論を続けられても面倒ですし、こうしましょう。……リサさん、やはり当初の予定通りに」
その言葉で全員が振り返った時にはもう、包丁を構えたリサが秋生の懐にまで潜り込んでいた。
誰一人として声を上げる間も無く、閃光と化した刃が秋生の腹を深く穿つ。
朋也の、渚の眼前で、スローモーションのようにゆっくりと秋生の身体が崩れていった。
倒れ込んだ秋生の身体の下、冷たい床の上にどんどんと赤い染みが広がってゆく。
そこでようやく、朋也と渚が弾かれたように動き出した。
「オッサァァァァン!」
「お……お父さんっ!」
二人はほぼ同時に駆け、倒れ伏した秋生の身体を抱き起こす。
だがそんな折に、突然朋也の首輪が赤く点滅し始めた。
「渚さんが大人しく従わないからこうなるんですよ? 岡崎さんの首輪爆弾を作動させましたから、犠牲者を二人に増やしたくなければ今後は自重して下さい」
まるで秋生がこんな目にあったのはお前の所為だと言わんばかりに、有紀寧が無慈悲に責め立てる。

1037嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:08:25 ID:P3RNtTFE0
瞬間、朋也の理性が完全に吹き飛んだ。
「てめえぇぇぇぇぇぇぇ!」
朋也はばっと立ち上がり、はちきれんばかりに拳を握り締め、有紀寧目掛けて疾駆する。
だが拳が目標に到達するよりも早く、リサの回し蹴りが朋也の横っ腹に炸裂した。
強烈な衝撃を受けた朋也は、もんどり打って地面に倒れ込む。
それでも朋也はすぐに両手で床を押し上げて、再び立ち上がった。
「岡崎さん……ここで犬死になさるつもりですか?」
「黙れっ! 殺してやる! てめえは絶対にぶっ殺してやる!」
有紀寧の警告を無視し、怒号を上げ、再び駆け出そうとする。そこで後ろから、掠れた声が聞こえてきた。
「やめろ……小僧……」
朋也が振り返ると、渚に抱きかかえられた秋生が、口元を血で染めながらこちらに視線を送っていた。
「――オッサン!?」
朋也は秋生の傍に膝をついて、その顔を覗き込んだ。秋生の目は、焦点が定まっていなかった。

1038嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:09:13 ID:P3RNtTFE0
「死ぬな! 死ぬんじゃねえ! オッサ……?」
喚きたてる朋也を落ち着かせるように、秋生がそっと手を掲げていた。
それから秋生は力の無い声で、話し始める。
「良いか小僧……今は……耐えるんだ……」
「え?」
「ここは怒りを抑えて……生き延びろ……。もうお前しか……渚を守ってやれる奴は……いねえんだからよ……」
言ってる傍から、どんどんと秋生の顔が白く変色してゆく。
「お父さん、しっかりしてください!」
渚がぼろぼろと大粒の涙を零していた。
秋生が渚の頬に、軽く手を沿える。
「渚……最後まで守ってやれなくて……すまねえな……」
秋生は朋也の方へと視線を移し、震える声で言葉を綴る。
「小僧……結局俺は……早苗も守れず……渚も……お前に任せたまま逝っちまうんだな……。
 ったく……ざまあねえぜ……とんだ駄目親父だ……」
言い終えると、秋生は血に塗れた口元を笑みの形に歪めた。
まるで不甲斐ない自分自身を、嘲笑うかのように。
朋也はがっと秋生の肩を掴んで、悲痛な叫び声を上げた。
「そんな……そんな事ねえよ! アンタは立派な父親だったよ! アンタは俺の目標だったよ!」
そうだ――古河秋生は自分にとって、絶対に越えられない目標だった。
羨ましかった。古河一家の築いてきた暖かい家庭が。
尊敬していた。自らの夢を諦めてまで、娘の為に尽くした秋生を。
「アンタは父親としての役目を精一杯やり通した! アンタ以上の父親なんていねえよ! なあ渚、そうだろっ!?」
「はい……私お父さんの事、大好きですっ!」
渚と朋也がそう言って、秋生の手を握り締める。
秋生はすっと目を閉じて、穏やかな笑みを浮かべた――重荷から解放されたように。
「ありがと……な……。小僧…………渚を……たの……む……」
そこまで言ったところで秋生の手から力が抜け、荒れていた呼吸も止まった。
朋也と渚は秋生の手を握り締めたまま、暫く泣いていた。

1039嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:11:28 ID:P3RNtTFE0

そのまま数分間が経過した後、有紀寧が淡々とした口調で言った。
「さて、もう良いでしょう。そろそろ話をさせて貰います」
渚と朋也は掛けられた声を無視して、秋生の亡骸に縋り付いている。
そんな二人の様子を意にも介さず、有紀寧は言葉を続ける。
「ご承知の通り、渚さんと岡崎さんの首輪爆弾を作動させました。放っておけば48時間後に爆発します。
 またリモコンで操作を行えば対象が何処にいようとも、即座に爆発させられるので逃げても無意味です。
 貴方達のどちらか一方が私の警告や命令を無視した場合、両方の首輪を爆発させますから、そのつもりで」
四十八時間後に爆発するというのも嘘だし、対象が何処にいようとも爆発させられるというのも嘘だった。
そもそもリモコンはもう使用回数切れであるし、だからこそ秋生を殺害したのだ。
だがそれらの事実は、有紀寧以外の者には知る由も無い。
リモコンの詳細を知っているのは未だ自分だけである筈だという事を、有紀寧は巧みに利用していた。

ようやく朋也が立ち上がり、憤怒の炎を宿した双眸で有紀寧を睨みつけた。
渚も遅れてよろよろと立ち上がり、精一杯の怒りを込めて有紀寧を見据える。
「……俺達に、何をさせようってんだ?」
「岡崎さんにはこれから私達と同行して、戦闘の手伝いをして貰います。渚さんはとても役立ちそうにないので、ここに置いていきます。
 教会にはこれからも人が来そうですし、出来るだけ情報を集めて下さい。私達の事を話したり、謀反を企てた場合は……分かってますね?」
それは即ち、ゲームの打倒を企てている人間を裏切って、有紀寧へ協力しろという事だった。
だが命を完全に握られている朋也達には、黙って頷く以外に選択肢は無い。
「心配しなくても大丈夫ですよ、大人しく従い続けてくれればいずれ爆弾を解除してあげますから」
有紀寧はにこっと笑ってそう言うと、床に落ちているトカレフ(TT30)を拾い上げた。
「ふふ……銃も新たに手に入ったし、戦力が整ってきましたね。どうですかリサさん、私の言う通りにして正解だったでしょう?」
「……そうね。貴女のやり方には反吐が出るけど、選択が間違いだったとは思わないわ。
 手駒は一つでも多い方が良いし、情報だってもっと欲しい。脱出派の人間はきっと、徒党を組んで私達を潰そうとするでしょうからね」
嫌悪感を露にしながらも、リサは有紀寧の悪行を諫めたりとはしなかった。
やり方は違えど、自分だって善良な参加者を犠牲として、優勝を目指しているのは同じなのだから。

1040嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:13:11 ID:P3RNtTFE0
怒りに震える声で、朋也が問い掛ける。
「宮沢……一つだけ教えろ。どうしてお前は、殺し合いに乗っちまったんだ?」
有紀寧はにこっと笑って、優しく口にした。初音に聞かれた時と、同じ答えを。
「決まってるじゃないですか――私は死にたくないだけですよ」



【残り33人】

【時間:2日目22:45】
【場所:g-3左上教会】
リサ=ヴィクセン
【所持品:包丁、鉄芯入りウッドトンファー、懐中電灯、支給品一式×2、M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】
【状態:精神、肉体共に軽度の疲労、マーダー】
【目的:当面は有紀寧に協力、脱出派の集団を叩き潰した後有紀寧も殺す。最終目標は優勝して願いを叶え、その後主催者を打倒する事】
宮沢有紀寧
【所持品①:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
【所持品②:ノートパソコン、ゴルフクラブ、コルトバイソン(1/6)、包丁、ベネリM3(0/7)、支給品一式】
【状態:肉体的に疲労、精神的には軽度の疲労、前腕軽傷(治療済み)、腹にダメージ、歯を数本欠損、左上腕部骨折(応急処置済み)】
【目的:当面はリサに協力、朋也と渚を操り有利な状況を作る。リサと柳川を潰し合わせる。自分の安全を最優先】

1041嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:14:25 ID:P3RNtTFE0
岡崎朋也
【所持品:・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
【状態①:マーダー、特に有紀寧とリサへの激しい憎悪。全身に痛み(治療済み)、腹部打撲。最優先目標は渚を守る事】
【状態②:首輪爆破まであと23:55(本人は47:55後だと思っている)
【目的:有紀寧に同行、有紀寧に大人しく従い続けるかは不明】
古河渚
【所持品:鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、他支給品一式】 
【状態①:有紀寧とリサへの激しい憎悪、左の頬を浅く抉られている(手当て済み)、右太腿貫通(手当て済み、少し痛みを伴うが歩ける程度に回復)】
【状態②:首輪爆発まで首輪爆破まであと23:50(本人は47:50後だと思っている)】
【目的:教会の留まり情報を集める、有紀寧に大人しく従い続けるかは不明】

古河秋生
【所持品:包丁、S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
【状態:死亡】


→776
→799
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B-13
B-16

1042お兄ちゃんといっしょ:2007/04/22(日) 17:02:10 ID:VMofax0.0
頬に触れる熱い感触とともに、視界が白くなる。
「うう……眩しい」
長森瑞佳はあまりの眩しさに手をかざした。
「やあ、お目覚めかい?」
傍から優しい声がかかる。
視界が安定してくると、どこかの部屋で仰向けになっていることと、傍に座り込む者の姿も明確になってくる。
指の隙間から覗くと眩しかったのは天井にある蛍光灯だった。
そして心配そうに覗き込む月島拓也がいる。
熱い感触は蒸しタオルで顔を拭われていたのだった。

「あ……月島さん」
「お兄ちゃんだろ?」
「ごめんなさい。お兄ちゃん、ここはどこなの?」
布団に寝かされており、この島に来てからまともなところで寝るのは初めてである。
「鎌石村の外れにある消防分署だよ。ここに来るまでいくつか民家があったけど、みんな鍵が閉まっててね。ここだけ開いてたんだよ」
瑞佳は安堵の溜息をついた。
「ご苦労さま。お兄ちゃんも休んだら?」
「早速だが今から傷口の消毒をする。ついでに全身の清拭もしよう。申し訳ないが服を脱いでもらうよ」
「えっ、脱ぐの? ……はうっ……下着はいいよね?」

胸と股間の清拭は自分でやるとの了解を基に、仕方なく着ているものを脱ぐことにした。
包帯代わりに巻いていたYシャツ、上着が解かれ畳に置かれる。
スカートを脱ぎ白い太腿が露になると、拓也がゴクリと唾を飲み込んだ。
「目の保養になるなあ」
「あんまりじーっと見ないでよ。恥ずかしいんだから、もう……」
血に塗れたブラウスを脱ぐと、頬を緩ましていた拓也の顔が険しくなった。
「まずい。予想していたとおり化膿している」
脇腹の傷口を見ると確かに腫れあがり、化膿している状態がみてとれる。
「どうなの? あうっ……」
拓也は答えず手際よく処置をしていく。

1043お兄ちゃんといっしょ:2007/04/22(日) 17:04:33 ID:VMofax0.0
包帯を巻き終わると首のあたりを拭い始め──その手がふと動きを止める。
(いくつもの小さい穴は……はっ、もしかして盗聴器!? だとしたら僕達の会話が主催者側に筒抜けなのか)
「どうしたの? 怖い顔して」
「可愛そうに、すっかりやつれて見るも無残なほどにガリガリだよ」
そう言いながら拓也は畳に指で文字を書く。
【とうちようきらしきものがついてる。たぶん、せいしがわかるセンサーもついてるだろう】
「えっ、そんなぁっ!」
瑞佳は驚きのあまり顔を強張らせる。
──そういうことだったのか。
およそ二百五十平方キロの島内で、百二十人もの人間の生死の判別をどうやって把握していたものか、解ったような気がした。

「僕も驚いたよ。やつれているとはいえ、スタイル抜群なんだから」
「ああぁっ! そこはいいからぁっ!」
視線を下の方に向けると、いつの間にかブラジャーが外され、乳房が円を描くように拭われていた。
「ごめん、うっかり余計なことをしていたよ。悪い手だなあ、まったく」
「うー、酷いよ。こんなこと……するなんて、はふん」
「悪かった。謝るから許してくれ」
拓也は申し訳なさそうに詫びながらも、背中から背中、そして足の先までしっかりと清拭をしていった。
タオル越しに指圧する手は少女のツボを確実に刺激して行く。
「あうぅ……ああん……あふぅ、はぅっ……あはん」
瑞佳の声に艶が籠もり、足首が折れ指がきゅっと曲がる。
全身は桜色に染まり瞳は潤んでいた。
このまま抱かれてもいいと思ったが、拓也は軽くキスしただけでそれ以上のことはしなかった。
「ハイ、終わり。浴衣があるから着替えといて。もうすぐお粥ができるから楽しみにしていてくれ」
「救急箱とかお米とかよくあったね」
「うん、他に日付のない生卵や牛乳もあるぞ。探せばまだいろいろと出てきそうだ」
「まだ時間がありそうだから、今度は私が処置してあげるよ」
自分の傷がおもわしくなかったことから拓也の手の傷が気になっていた。

1044お兄ちゃんといっしょ:2007/04/22(日) 17:07:03 ID:VMofax0.0
「ありがとう。……う〜、いててて……」
「……ところで瑠璃子さんを生き返らせること、まだ考えてる?」
消毒をしながら聞いてみる。
「う、うん。まあな。瑞佳の言いたいことは解ってる。解ってるんだが、頭の片隅に残ってて消えないんだ」
やはり拓也は優勝者になる考えを捨て切れずにいた。
「そのうちわたしを殺すんだね?」
「いや、それは……できないよ」
何かのきっかけで拓也はまた殺人鬼になりかねなかった。
「私達は主催者のてのひらの上で踊らせられてるんだよ。殺人ゲームが終わり、おにいちゃんが運良く優勝するとするよ」
「ああ、百二十分の一の確立だな。そこまで行き着くにはまさに運次第だな」
「主催者の目的が何かは解らないけど、瑠璃子さんを連れて元の世界に帰してもらえるのかな」
「僕もそこが気になる。望みを叶えてもらっても帰してはくれないだろう。改造人間にでもされるのかな」
瑞佳は拓也の手を両手で包み、見詰め合う。
「難しいけど、脱出しようとしている人達と協力しようよ。最後の一人になるよりは、より現実的だと思うよ」
「そうだな。瑞佳のいう通りだ。もう生き返らせようとは考えないから安心してくれ」
「うん、誰か瑠璃子さんの消息を知っている人に会って、彼女を見つけてお墓を作ってあげようね」
「そこまで気遣ってくれるなんて……嬉しいよ、ありがとう」


拓也が部屋を出て行くと改めて回りを見渡す。
どうやらこの部屋は休憩室か仮眠室らしい。
畳敷きなのが日常を彷彿とさせるが、なぜか色褪せておらず新品に近い気がした。
「残りの部分」を蒸しタオルで拭うと浴衣に着替え布団の中に潜り込む。
今日もまたたくさんの人が死んでしまった。
芳野祐介が気にかけていた婚約者の妹、伊吹風子の名前も放送にあった。
果たして本人なのか同姓同名の別人か確かめることは困難になってしまった。
(誰か伊吹さんのこと知っている人、いないかなあ)
口にはしなかったが拓也も知り合いがいたようだ。
残る四十三人からゲームに乗っている者を差し引けば、同志と呼べるのは三十五、六人くらいか。
明日の放送では何人生き残っているのか想像しただけでも恐ろしくなる。

1045お兄ちゃんといっしょ:2007/04/22(日) 17:09:47 ID:VMofax0.0
「一階の詰所に電話があるからかけてみるよ。人が集まりそうなところにかけてみるつもりだ」
「なるべく早く戻ってきてね」
拓也は瑞佳の不安げな声を背に階下へと降りて行く。
建物は小規模ながらコンクリート製二階建てで、銃撃には十分耐え得るものでありそうな気がした。
一階は車庫と詰所。車両はない。
入口を入ってすぐに詰所と階段があり、階段を上りきったところに鉄製のドアがある。
内から鍵をかけて閉じ籠れば、まさに砦には打ってつけの構造であった。

詰所に入り二つの電話機を見つめる。
一つは一般用でもう一つは公共施設用の直通電話。
直通電話には本署、三つの村役場、診療所、鎌石小中学校、郵便局、琴ヶ崎灯台の表示つきのボタンがついている。
──果たして使えるか。
──室内の電気やガスが使えることから電話も使えないことはないはずだ。
ゆっくりと受話器を取るとツーという通話音が聞こえた。
連絡先に診療所を選んでみる。
……十秒……十五秒……二十秒……。
受話器からは虚しく呼び出し音が聞こえるのみであった。
(診療所が無人だとすると他は駄目だな)
水瀬名雪から聞いた話を思い出す。
彼女を保護していた二人の看護婦らしき人は診療所から避難していたのだろうか。

外を見ると雨が降っている。
雨の音を聞きいているとこみ上げるものがあった。
数少ない知り合いだった国崎往人と神岸あかりも死んでしまった。
(もう一度会いたかったな、あいつら。神岸さん、僕の学ラン返してくれよう〜)
特殊技能を持つ国崎が生き残れなかったことはショックだった。
瑞佳の他に信頼できるのはもう、長瀬祐介しかいない。
(長瀬君、どうか生きていてくれ。君と力を合わせれば道はきっと開く)
拓也は明かりを消すと力なく階段を上っていった。

1046お兄ちゃんといっしょ:2007/04/22(日) 17:11:53 ID:VMofax0.0
七瀬留美が蹲り泣いていた。頭をタライに突っ込んで。
後ろにはこちらを背に折原浩平が佇んでいる。
「もう、また七瀬さんイジメてる〜。泣かせちゃ駄目じゃない」
瑞佳は浩平の横顔を覗き込んだ途端、凍りつく。
彼の目からは涙が溢れ、そして手にしているのは黄色いリボン。
「それ、わたしの……」
髪につけているはずのリボンはなく、なぜか浩平の手中に……。
全身に鳥肌が立ち、体が震える。
「なんで泣いてるの? なんで? もしかしてわたし死んだの? ……いやっ、怖い、怖いよ〜。いやあぁぁぁっ!」
「……か! 瑞佳っ! しっかりして!」


部屋に戻ると瑞佳の容態が急変していた。
大粒の汗をかきながら悪寒に苦しむ姿が痛々しい。
「わたし、駄目かも、しれない。なんだか、気が遠くなってく……」
瑞佳はうっすらと目を開け呟いた。
「大丈夫だよ。僕がついてるから気をしっかり持って」
「おにいちゃん、ぎゅってして」
その言葉を最後に瑞佳は昏睡状態に陥った。
「瑞佳が死んだら僕はどうすればいいんだよう。お願いだから僕のために頑張っておくれ」
拓也は布団の中に入り悪寒に苦しむ彼女を抱き締め、自らの体で暖める。
手を握ると微かに反応があるのが救いだった。

窓には雨が打ちつけ、いくつもの雫が垂れて行く。
瑞佳の身に、予断を許さない状態がいつ終わるとも知れず続いていた。

1047お兄ちゃんといっしょ:2007/04/22(日) 17:15:02 ID:VMofax0.0
【時間:二日目・22:00】
【場所:C-05鎌石村消防分署】

月島拓也
 【持ち物:消防斧、支給品一式(食料は空)】
 【状態:瑞佳を暖めている。両手に貫通創(処置済み)、睾丸捻挫、背中に軽い痛み、疲労】

長森瑞佳
 【持ち物:ボウガンの矢一本、支給品一式(食料は空)】
 【状態:昏睡、悪寒に苦しんでいる、重篤。出血多量(止血済み)、脇腹の傷口化膿(処置済み)】

→775


訂正をお願いします。
>>1043
×拓也は申し訳なさそうに詫びながらも、背中から背中、そして足の先までしっかりと清拭をしていった。
○拓也は申し訳なさそうに詫びながらも、乳房から背中、そして足の先までしっかりと清拭をしていった。

1048お兄ちゃんといっしょ:2007/04/22(日) 18:49:15 ID:VMofax0.0
もう一度訂正をお願いします。
×【場所:C-05鎌石村消防分署】
○【場所:C-06鎌石村消防分署】

1049新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:32:44 ID:YsmB38Bo0
――決戦は終わった。
多種多様な人間が憎み合い、殺し合い、殲滅し合った激闘は、朝霧麻亜子の勝利で閉幕を迎えた。
それなりにしっかりとした外観であった民家は今や崩壊寸前で、爆発の直撃を受けた外壁は見るも無残な姿を晒している。
降りしきる雨ですら、この地に充満した血の臭いを取り除く事は適わない。
その荒野より少し離れた茂みの中で、麻亜子は腰を落とし身体を休めていた。
戦いを制した後すぐに荷物を回収して休憩に移行した為、体力だけならば回復している。
だが麻亜子の身体は、最早無事な部位の方が少なくなっていた。
一撃毎の衝撃力は比較的弱い9mmパラベラム弾による攻撃、そして殆どが防弾服の上から受けたとは言え、食らった回数が多過ぎた。
両腕の上腕部と腹部にはドス黒い痣が浮かんでおり、左耳介は消失してしまっている。
武器を持ち上げる度に両腕に鈍痛が走り、身体を動かす度に腹部が痺れる。

精神の方も、健全とは言えない状態だった。
大きな目標であった来栖川綾香の打倒を成し遂げたものの、気分はどうにも晴れない。
扇動し多くの人を殺させておいてから、最後の最後に自らの手で仕留める。
事は狙い通りに進んだのだが、麻亜子は作戦の成就を喜ぶ気にはならなかった。
憎悪に支配されたあのおぞましい復讐鬼は、自分の手によって生み出されたものなのだ。
一人の人間を狂わせ、殺人を行わせ、最終的に命まで奪い取る。
それはただ人を殺すよりも、遥かに非道であり罪深い行為だろう。
自分は取り返しのつかない罪を、また一つ犯したのだ――

1050新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:33:26 ID:YsmB38Bo0
「ヘコたれるんじゃあないっ! 生徒会メンバーはヘコたれないっ!」
麻亜子は一喝すると、自身の頬を思い切り平手で叩いた。
そう、痛みや罪悪感如きに屈している場合では無い。
どれだけ身体や心が痛もうとも、まだ動ける以上は問題無い。
自分は何としてでも最後まで戦い続け、在りし日の生徒会を取り戻さねばならないのだ。
とは言え、よくよく考えれば褒美の話が嘘だという可能性もある。
ならばゲームを終わらせるまでの過程で、ささらを死なせはしない。
自分とささらの二人だけが残るまで人を殺し続け、そして最後に自害してささらを優勝させる。
褒美の話が本当なら在りし日の生徒会を取り戻せるし、嘘だったとしてもささらの命だけは救える筈。
大丈夫、もうゴールはだいぶ近付いてきた。
ささらにとって最大の脅威である綾香も排除した。
必然的に、綾香が持っていた数々の強力な装備も手に入った。

短機関銃――IMI マイクロUZIとH&K SMG‖、加えてそれぞれの予備マガジンが一つずつ。
恐らくはこれから先、圧倒的火力を誇るこの二つが主力武器となるだろう。
両方とも弾丸を補充した状態ならば、最大で六十発もの連続攻撃を放つ事が出来る。
絶え間なく降り注ぐ弾丸の雨は、対象を完全に破壊し尽くすだろう。

首輪探知機――これを用いれば、大した苦も無く他の参加者を探し出せる。
今の自分の装備に対抗出来る者など殆どおるまい。
哀れな獲物達を容赦無く捕捉し、速やかに排除してみせよう。

1051新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:34:18 ID:YsmB38Bo0
そして最大の切り札とも言える、携帯型レーザー式誘導装置。
その凄まじい破壊力は自身の身を以って体験している。
しかし砲身に取り付けられたディスプレイには、1という数字が表示してある。
説明書によるとこれは残弾を表す物であるらしいから、この武器は後一回しか使用出来ないという事になる。
いざという時まで取っておいた方が良いだろう。

考察を終えると、麻亜子はすっと立ち上がった。
「あやりゃん、草葉の陰から見ておくんだね。……お前を倒した、修羅の生き様を」
綾香の死体が転がっているであろう方角に向けてそう呟くと、麻亜子は闇の中へ消えていった。
再び凄惨な戦いへと身を投じる為に。

   *     *     *    *     *     *

雨が絶え間なく降り注いでいる。時折、雷鳴もする。
そんな中で吉岡チエと小牧愛佳を乗せたウォプタルは、街道を一直線に進んでいた。
「やっぱりまだ疲れてるみたいッスね……」
「うん……」
二人の言葉通り、ウォプタルにはまだ疲労の色が残っている。
駆ける速度は、全快時のせいぜい半分といった所だろう。
だがそれでもチエ達は、これ以上ウォプタルの回復を待つ気にはならなかった。
自分達の手落ちが原因で、藤田浩之は命を落としてしまったのだ。
掛け替えのない仲間を死なせてしまった――その後悔が、二人から冷静な判断力を奪い去る。
少しでも早く仲間の元へ戻らねばと、少しでも多く何かを成し遂げねばと、焦りばかりが先走る。
しかし彼女達は、もっとよく考えて行動すべきだったのだ。
確かにウォプタルの回復を待たずとも、教会に向かう事は出来る。
しかしそれは、森の中を息を潜めて進むならの話。
今程度の速度で堂々と街道を突き進むなど、敵からすれば良い的に過ぎないのだ。
そう、とりわけ――修羅にとっては。

1052新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:35:21 ID:YsmB38Bo0
ぱらららら、というタイプライターのような音が聞こえた。
「え――――?」
「くぁ!?」
その次の瞬間には、チエ達は空中へと投げ出されていた。
勢いのついた体は制御不能な状態のまま、宙を進んでゆく。
続いて背中から地面に叩きつけられ、強烈な衝撃に思わず咳き込んでしまう。
それでもチエはどうにかよろよろと起き上がり、そして見た。
「ウォ……ウォプタルが……」
チエが目を見開いて、掠れた声を絞り出す。
彼女達を運んでいたウォプタルが、血塗れになって横たわっていた。
ウォプタルは身体の数箇所を打ち抜かれており、頭からも夥しい血を流している――疑う余地も無く、死んでいる。
続いて先の銃声を思い出し、自分達は狙撃されたのだという事実に気付く。

(何処に――敵は何処にいるのっ!?)
チエは89式小銃を構えたが、夜の闇に加え悪天候で制限された視界では、敵の姿を視認する事は適わない。
愛佳と背中を合わせるようにして、二人で全方向に注意を張り巡らすが、それでも敵は見つけられない。
耳にまた銃声が届いたかと思うと、肩に跳ねるような激痛が走った。
「あぐっ……!」
「チエちゃんっ!」
狙撃された肩より鮮血が溢れ出し、しっかりと握り締めていた筈の89式小銃が地面に落ちる。
死の恐怖や苦痛に気を取られる余裕さえ無い。
余りにも突然の襲撃を受け、チエと愛佳の頭が等しく焦燥に埋め尽くされてゆく。
そこでようやく敵がすっと姿を現した。
「ぬあっはっはっはっ、喜びたまへ。次の犠牲者はチミ達に決定だ」
現生存者中、最も多く人を殺した者――今や最強の装備を揃えた朝霧麻亜子が。

   *     *     *    *     *     *

1053新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:35:52 ID:YsmB38Bo0
ほしのゆめみの先導の元、河野貴明達は爆発音の発生地点を目指して足早に歩き続ける。
一度雷鳴が聞こえ、森の中が照らされた。
貴明が、先頭を進むゆめみの背中に語り掛ける。
「ゆめみさん、本当にこっちで合ってるの? もうだいぶ歩いてるけど……」
「すみません、私も音を聞いただけですから正確な場所は分かりません。でも方角は合ってると思います」
「そっか……。それじゃもう少し急いでもらえるかな?」
「は、はい。分かりました」
ステアーAUGを強く握り締め、仲間を急かし、可能な限り早く突き進む。

貴明の心は、二つの思いに支配されつつあった。
仲間を守りたい――少しでも早く仲間の元へ駆けつけたい。
ゲームに乗った者を殺したい――人をどんどんと殺してゆく、非道な殺人鬼達を排除したい。
これ以上大切な仲間を失うのは、絶対に避けたかった。
仲間を守る為なら、どれだけ自分が傷付こうとも、別に構わない。
掛け替えの無い命を奪っていく殺人鬼達は、決して許せなかった。
殺人鬼を殺す為なら、どれだけ自分の手が汚れようとも、別に構わない。
岸田洋一……この殺人ゲームに自ら身を投じ、善良な人々を踏み躙る悪鬼。
来栖川綾香……姫百合瑠璃の命を奪い、報復の為とは言え殺戮の道を突き進む復讐鬼。
この二人は、出会う事があれば必ず排除してみせる。
いや、この二人だけじゃない。
ゲームに乗った人間は悉く排除して、仲間を守ってみせる。
そうだ、万一仲間に手を出す事があれば、麻亜子だってこの手で――

1054新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:37:00 ID:YsmB38Bo0
そこで貴明は、何か違和感を感じた。
森や雨の香りに混じって、僅かに別の臭いがしたのだ。
この島に来てから、もうすっかり慣れてしまった臭いが。
「これはまさか……血の臭い!? クッ!」
「た、貴明さんっ!?」
貴明はそう叫ぶと、ゆめみを追い越して一目散に走り出した。
後ろから制止の声が聞こえてくるが、構ってなどいられない。
この島に来てから自分の感覚は桁違いに跳ね上がってるとは言え、雨天ですら嗅ぎ取れる程の血の臭い。
明らかに、尋常では無い。
そのまま走り続けるとやがて森が途切れ、視界が大きく広がった。
その中に映った一つの建物――遠目からでも分かる程損傷し、最早原型を留めていない民家。
「あそこかっ!」
考えるまでも無い。見れば分かる、爆発音はあそこから発された物だったのだ。
貴明は崩壊寸前の民家に向かって、脇目も振らず駆けた。
まだ距離が少しあり、夜なのもあって、民家付近の様子を細かく視認は出来ない。
足に力を込め、より一層ペースを上げて走り続ける。
この鼻に伝わる血の臭いが、仲間以外のものであってくれと願いながら。

雷鳴が聞こえ、辺りが照らされた。

「…………え?」
その瞬間眼前の光景が露となり、貴明はぴたりと足を止めた。
後ろから複数の足音が聞こえてきた。

1055新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:38:00 ID:YsmB38Bo0
「貴明! もう、焦りすぎやでっ!」
姫百合珊瑚達が貴明の横に並び掛ける。

もう一度、一際大きな雷鳴が聞こえ、辺りが照らされた。

「え……」
目前の光景を認めた七瀬留美の腕から、ぽろりとS&W M1076が零れ落ちた。
貴明達の前方十メートル程の所に、二人の少女の死体が転がっていた。
一人は別に良い。何せいつかは倒さねばならぬ、綾香の死体であったから。
だがもう一人の死体は、大切な仲間――ルーシー・マリア・ミソラのものであった。

「あああ……うわああああああああああああああっっ!!」
惨劇の地に、貴明の悲痛な絶叫が響き渡った。







1056新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:39:03 ID:YsmB38Bo0
十分後。
誰も言葉を発せず立ち尽くす中、ようやく貴明は歩を進め、るーこの亡骸を抱きかかえた。
「るーこ……ごめんな。俺が怪我なんてしてなければ、お前が危険な役目をしなくても済んだのに……っ!」
瞳に涙を溜めながら、体温を失った少女の身体を抱き締める。
少しでも体温を分け与えてあげれるように。
少女が旅立った先で、凍えてしまわぬように。
るーこの身体を包み込んだまま、貴明は横に視線を移した。
倒れ伏せている凄惨な亡骸を観察し、口を開く。
頭部の半分近くを失った顔では判別がつかぬが、制服は自分が知っている情報と一致する。
「珊瑚ちゃん……倉田さん……。こっちの女は、瑠璃ちゃんを殺した奴か?」
「……はい。この女の人が、来栖川綾香さんです」
倉田佐祐理が、恐る恐る答えた。
貴明はるーこの亡骸に視線を戻した。
「そっか……。もしかしたらるーこは捨て身で、瑠璃ちゃんの仇を取ってくれたのかも知れないな……。
 なあるーこ、疲れただろ? もうゆっくり休んでいいぞ……後は俺が、お前の分まで戦うから」
貴明はそう言って、るーこの目を優しく閉じてやった。
それからるーこの身体をそっと地面に横たえ、周囲を観察して――発見してしまった。

1057新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:40:20 ID:YsmB38Bo0
「これは……まーりゃん先輩の……」
貴明は地面に落ちていた矢を拾い上げる。
先端に血のこびり付いたソレは、間違いなく麻亜子が使用していたボウガンの矢だった。
「ま、まさか……先輩が……?」
後ろで久寿川ささらが、震えた声を絞り出す。
その先は言われなくても分かった。自分だって同じ可能性に思い至ったのだから。
貴明は自身の推論を口にし始めた。
「今から話す事は、あくまで仮定だ。だけどかなり確率は高いと思う。聞いた話によれば綾香はまーりゃん先輩を物凄く憎んでいた筈だ。
 綾香の死体と先輩のボーガンが此処に転がっていて、そのすぐ傍でるーこが殺されてしまっていた。という事は――」
「や、やめて……貴明さん……。それ以上言わないで……」
ささらの懇願を無視して、背中を向けたままで、貴明は続けた。
「――るーこは綾香とまーりゃん先輩の殺し合いに巻き込まれて、死んでしまったんだと思う」
結論を口にすると、一同は例外無く息を飲んで黙り込んだ。
貴明ははちきれんばかりに拳を握り締め、怒りに肩を震わせた。
るーこは死なずに済んだ筈だ。
――先輩がゲームに乗ったりしなければ。
――先輩が綾香を挑発したりしなければ。
自分の心が、どうしようも無いくらい膨大なドス黒い感情によって塗り潰されてゆくのが分かる。

そんな時である。雨の中でもはっきりと聞き取れるくらいの銃声がしたのは。
「近いな……」
貴明は銃声の方へと顔を向けた。
今の銃声が誰が放った物なのか、断言する事は出来ない。
しかしこの場所からそう遠くない以上、麻亜子が銃声を生み出した張本人である可能性は高い。
貴明は仲間達の方へ、くるりと振り返った。
「たかあき……さん……?」
ゆめみが呆然とした顔で、掠れた声を絞り出す。
貴明の瞳から赤い涙が――怒りと悲しみの雫が、流れ落ちていたのだ。

1058新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:41:50 ID:YsmB38Bo0
「ごめん、俺は銃声がした方に行ってくるよ。皆は何処か安全な場所を探して、隠れてくれ」
「そ、そんな……貴明さん……」
「ゆめみさん。悪いけど今度こそ本当に皆を頼んだよ。倉田さんも、七瀬さんも、久寿川先輩も、珊瑚ちゃんも、どうか無事でいてくれ。
 俺はこれ以上自分を抑え切れないから……ここで、さよならだ」
貴明はそう告げると、銃声がした方向に向かって走り出そうとする。
だが珊瑚が行く手を遮るような位置に立って、両手を横に大きく広げた。
「アカンッ! 貴明も聞いたやろ!? リサっていう凄く強い人が、この村に来てるかも知れへんのや。
 もし今の銃声がその人のやったら、一人で行っても殺されちゃうだけやんっ!」
「どいてくれ。敵が誰であろうが――リサであろうが……まーりゃん先輩であろうが、関係無い。
 俺は罪の無い人達を踏み躙る奴らを、放っておく事なんて出来ないんだっ!」
貴明はそう言うと左腕を伸ばし、力尽くで珊瑚を押しのけた。
自分でも、間違った事をしているのは分かっている。
ゲームの脱出を最優先に考えるのなら、まずは速やかに自分達の安全を確保して、それから作戦を練るべきだ。
仲間達が何処に行ったか分からない以上、無闇に捜索を続けるべきではない。
危険過ぎる敵が何処かに潜んでいる以上、銃声のした方向に近付くべきではない。
それでももう止まれない。
この極限まで膨れ上がった怒りを、悲しみを、押し留める事など出来る筈が無い。

1059新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:43:39 ID:YsmB38Bo0
貴明の腰に、後ろから珊瑚が抱きついた。
「貴明……お願いや、行かんといて……。貴明まで死んじゃったら、ウチは……ウチはっ……!」
それは完全に涙声だった。背中越しにでも伝わる不安げな震え。
大切な者を次々と失った珊瑚の気持ちは、痛いほど分かる。
自分だって大切な人をもう何人も失ったのだから。
「……ごめん」
それでも貴明は、珊瑚を振り払って駆け出した。
ずきずきと痛む胸にも構わず、目から溢れる涙を拭いもせずに。
(まーりゃん先輩……るーこが死んだのは貴女の所為です。貴女が綾香を扇動した所為で、るーこは……!
 もしこの先に居るのが貴女だったのなら、俺は――)
少年は絶対の殺意と悲しみを胸に秘めて、ただひたすらに走り続ける。



「貴明ぃぃぃ!!」
珊瑚は喉が張り裂けんばかりの絶叫を上げるが、貴明の背中はどんどんと遠ざかってゆく。
貴明の覚悟を、怒りを目の当たりにした一同の殆どは、貴明を追えなかった。
だがそこで一人の少女が、すっと前に出る。
「みんな、ここは私に任せて」
「……久寿川さん?」
留美が声を掛けると、ささらは首だけ後ろに回して、言った。
「私が貴明さんを連れ戻してくるわ。だからみんなは、なるべく早くこの村の何処かに隠れてて」
「ちょ、ちょっと待って……」
留美の言葉が最後まで続く事は無かった。
ささらは留美が話し終えるのを待たずに、貴明が走り去った方向へと駆け出したのだ。

1060新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:45:12 ID:YsmB38Bo0
自分は大した武器も持っていない、怪我だって負っている。
それでもささらは、貴明の後を追わずにはいられなかった。
(貴明さんは分かってる筈だわ……あの銃声がした方向に、きっとまーりゃん先輩がいるって。
 だったら私も行かなきゃいけない。放っておけばきっと取り返しのつかない事になってしまう……!)
そう、今自分が行かなければきっと、この世で一番起きて欲しくない出来事が起こってしまう筈だから。


――ささらを守る為に修羅と化した、朝霧麻亜子。
――まだ麻亜子の説得を諦めていない、久寿川ささら。
――余りにも沢山の仲間を失い過ぎて憎悪に支配された、河野貴明。
――このみと自分の想いを貴明に伝えようと決意を固めた、吉岡チエ。

彼女達の想いの、戦いの、決着がつく時は、もうそう遠くないかも知れない。

【2日目・22:50】
【場所:F−2右下街道】
朝霧麻亜子
【所持品1:H&K SMG‖(24/30)、H&K SMG‖の予備マガジン(30発入り)×1、IMI マイクロUZI 残弾数(12/30)・予備カートリッジ(30発入×1】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【所持品3:ボウガン、バタフライナイフ、サバイバルナイフ、投げナイフ、携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き、一部損傷した為近距離の光点の
みしか映せない)】
【状態①:マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、肋骨二本骨折、二本亀裂骨折、内臓にダメージ、全身に痛み】
【状態②:頬に掠り傷、左耳介と鼓膜消失、両腕に重度の打撲、疲労小】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除。最終的な目標はささらを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと】
吉岡チエ
 【装備:、グロック19(残弾数7/15)、投げナイフ(×2)】
 【所持品1:89式小銃の予備弾(30発)、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×14】
 【所持品2:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、救急箱(少し消費)、支給品一式(×2)】
 【状態:焦り、右肩重傷(腕が殆ど動かないくらい)、左腕負傷(軽い手当て済み)】
 【目的:不明】
小牧愛佳
 【装備:ドラグノフ(6/10)、包丁、強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)】
 【所持品:缶詰数種類、食料いくつか、支給品一式(×1+1/2)】
 【状態:焦り】
 【目的:不明】
ウォプタル
 【状態:死亡】

1061新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:46:12 ID:YsmB38Bo0

【時間:二日目22:50】
【場所:G-2右上】
河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリスカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリスカの予備弾(×10)】
 【状態:怒り、左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷(全て応急処置および治療済み)、マーダーキラー化】
 【目的:銃声のした方向へ全速力で移動、ゲームに乗った者への復讐(麻亜子含む)、仲間が襲われていれば命懸けで救う】
久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】
 【目的:貴明の後を追う。貴明を説得して連れ戻す、向かった先に麻亜子がいれば説得する】

姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD】
 【状態:涙、動揺、工具が欲しい】
 【目的:今後の行動方針は後続任せ】
ほしのゆめみ
 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
 【状態:呆然、胴体に被弾、左腕が動かない】
 【目的:今後の行動方針は後続任せ】
倉田佐祐理
 【所持品1:支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】
 【状態:呆然、軽度の疲労、左肩重症(止血処置済み)】
 【目的:今後の行動方針は後続任せ】
七瀬留美
 【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、消防斧、日本刀、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】
 【所持品2:何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(2人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】
 【状態:呆然、右拳軽傷、軽度の疲労、人を殺す気、ゲームに乗る気は皆無】
 【目的:今後の行動方針は後続任せ】

 【備考1】
  ※以下のものは愛佳達の近くに落ちています
   ・火炎放射器、支給品一式×4、89式小銃(銃剣付き・残弾30/30)
 【備考2】
  ※以下のものは綾香やるーこの死体周囲に置いてあります
Remington M870(残弾数0/4)、デザート・イーグル .50AE(0/7)、防弾チョッキ(半壊)
包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6、ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(3人分)、イルファの亡骸(左の肘から先が無い)

→802
→812
B-13、B-16

1062管理人★:2007/04/24(火) 01:57:08 ID:???0
容量の肥大化に伴い、新スレッドに移行します。
以後は下記スレッドへ投下をお願いいたします。

避難用作品投下スレ2
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/7996/1177347307/


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