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101竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/03/03(土) 03:02:14 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
第15話「朱鷺綾芽」

 とりあえず奏崎の家に配られたプリントなどを渡し終えて、霧澤と真冬は自分の家へと帰る途中である。
 たったプリントを届ける、という簡単な使命だったはずだったのに、二人の表情は疲れきっている。
 何故なら、まずは転倒していた奏崎を起こし、彼女の鼻から溢れ出る鼻血を止めながらベッドに移し、それから事もあろうか奏崎が『お腹減った』などとほざきやがるから、二人でスーパーまで病人でも食べれそうな料理を作るための食材を買いに行き、料理が出来て二階に運んでいったら再び奴が悶絶していて……。
 今の一部分の説明だけでどれほど壮絶なストーリーが展開されたかお分かりいただけただろう。
 こんな時に悪魔なんて出たら最悪だ、二人が打ち合わせもせずに心の意見を一致させると、どこからともなく聞き覚えのある声が響いてきた。
「あら。随分と憔悴なさって……そんなに学校の授業が大変でしたの?」
 聞き覚えのある声は電柱からだ。
 確か、昨日も電柱から声を掛けられたような気がする。
 そう。この声と全く同じ人物だ。今風の服装に、時代を全て無視しきったような扇子で口元を隠しており、朱色の髪を後ろの方で二つに結っている女、真冬と同じ『ヴァンパイア』である。
 扇子の女は電柱から華麗に着地して、疲れきった二人に近づいていく。
 今はとても戦える状態じゃない、と分かっているためか、相手からは戦意が全く受けられない。
「……何の用……?」
 真冬は少し苛立ちが混ざった声で問いかける。
 それもそのはず。昨日真冬は、状況が飲み込めぬまま攻撃をされたのだから。真冬の腹部には、先日のダメージがまだ少し残っているのだ。
 真冬の言葉に、扇子で口元は確認できないが、恐らく笑みを浮かべたのだろう、そんな目をした。
「別に、これといって用事はありませんわよ?ただ、偶然昨日の二人を見つけたので、お声を掛けたまでです」
 相手の言葉は丁寧だったが、今の疲れきっている二人にとってはどうでもいいことだった。
 真冬は息を吐いて、
「用事がないなら、止めないでくれる?私達は見たとおり疲れてるし―――」
「まあ、あんなに色々と問題を起こす友人の看病ですものね。精神がすり減らされますわ」
 相手の言葉に、霧澤と真冬は血相を変えた。
 何故、この女がさっきの出来事を知っている。
「しかも、朝型にはまだ横腹の痛みがあったそうですわね。今は大丈夫ですの?しかし、クラスメートにそこの彼と恋人と間違われるとは―――」
「……何でッ!?」
 知ってるの?
 その問いを言い切る前に相手の言葉が返ってきた。しかも、ちゃんと質問をされた時の答えになるように。
「朝からずっと見てましたわ。あの地獄の副将を倒した『ヴァンパイア』がいかなる者か……遠目から監視させていただきました」
 瞬間、扇子の女に向けて拳が繰り出される。
 だが、女は『おっと』と声を漏らして、半歩後ろに下がる。
 覚醒した真冬は肩で息をしながら、力強く女を睨んでいた。この息切れは疲れではなく、動揺の方だろう。
「……何故私達を監視していた……?」
「さあ、何でだと思いま―――」
「答えろッ!!」
 自分が言い終わる前に言われると、こうも腹が立つのか、と女は実感したようで溜息をつく。
 女は顎に人差し指を当てて、考える仕草をする。さすがに扇子を持つ手も、下に下ろしたようだ。
「―――貴女が一番、興味深かったから、ですかね」
「何だと……?」
 真冬の眼光がより一層鋭くなる。
 女は笑みを浮かべながら、言葉を続ける。
「どちらかといえば、貴女というより、そこの契血者(バディー)さんですがね」
「……俺?」
 霧澤は眉をひそめる。
 女は頷いて、
「契約の際は、お互いの相性が合ってないとダメなんですわよ?つまり、貴方が、私と相性がいいのですよ」
 真冬には、ここに来て相手が何を言いたいのか分かった。
 そして、それを言われた時に言い返す言葉も、既に決まっている。
「まず、名前を名乗りましょうか」
 女は結った髪を風になびかせ、自身の名前を名乗る。
「朱鷺綾芽(とき あやめ)ですわ。そして、霧澤夏樹さん。わたくしと契血者(バディー)になってくれません?」
 突如として現れた『ヴァンパイア』―――朱鷺綾芽は。
 とんでもない事を要求してきた。
 真冬は赤い髪をなびかせて反論する。
「……夏樹は私の契血者(バディー)だ。断らせてもらう!」

102館脇 燎 ◆SgMmRiSMrY:2012/03/03(土) 16:46:57 HOST:222-151-086-004.jp.fiberbit.net
コメント失礼致します。

奏崎さんが色々と大変そうですね^^; 貧血とか大丈夫なんでしょうか(笑)
それでも、何かと手伝ってあげる二人の優しさも何だか良いですね。

朱鷺綾芽ってカッコイイ名前ですね! いよいよ戦闘シーンに入る予感がします^^

コメント失礼しました。

103竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/03/03(土) 23:34:15 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
館脇 燎さん>

彼女の血はこういう時に流れる分としては、無限にありますw
だからいくら流しても大丈夫!……なはず((
何だかんだで困ってる友達を見捨てる事が出来ない二人です。
今までの真冬の戦いは全て『誰かを護るため』ですからねw

綾芽のネーミングは自分でも結構気に入っていますw
しかし動かしにくいけど、喋らせてる時は楽しいもんですw

104竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/03/03(土) 23:57:21 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 赤宮真冬と朱鷺綾芽。
 二人の『ヴァンパイア』が一人の契血者(バディー)を巡って争っている。一言で言えば、修羅場だ。
 数秒間睨み合うだけの硬直時間が続く。
 特に交わす言葉も無く、真冬と朱鷺の二人はお互いでお互いを睨みつけていた。
 やがて、この緊張の糸を断ち切るように、朱鷺が溜息をつく。
「やめましょう。私は貴女と争う気はありませんし、まず覚醒状態を解除なさってくださいな」
「昨晩に堂々と襲い掛かって来ておいてよくそんな事が言えるな。警戒するなと言われても、警戒せざるを得ないと思うのだが」
 それもそうですね、と朱鷺は真冬の言葉に納得する。
 彼女は扇子で口元を隠しながら、戦意はないですよ、と言わんばかりに隙だらけの体勢を見せた。それもそれで、隙がないように見える。
 真冬もそれで落ち着いたのか、覚醒状態を解く。
 今の疲労から考えると、覚醒状態になるだけでも相当体力をすり減らしてしまうようだ。
 朱鷺は覚醒状態を解いた真冬を見て、唇を動かした。
「でもまあ、覚醒状態と今では随分と違いますわね。昨晩は戦っていたのであまり気にはなりませんでしたが……」
 朱鷺は真冬の頭に手を乗せて、笑顔を見せながら言う。
「背、結構低いですね」
「うるさいうるさい!これでも私は結構気にしてるの!!」
 真冬はぶんぶんと腕を振って、思わず叫んでしまう。
 驚いたような表情を見せる朱鷺だが、ニュアンス的には楽しんでいるようにも見えるだろう。
「とりあえず、何が何でも夏樹君は貴女には渡さないよ」
「独占ですか?」
 違う、と真冬は相手の言葉を否定する。
「彼は私の契血者(バディー)なの。手を出さないで」
 ほう、と朱鷺は扇子で見えないだけかも知れないが、薄っすらとした笑みを浮かべたような声を漏らした。
「しかし、貴女も同じ覚醒型だから分かるはず。私達は、契血者(バディー)無しでは戦う事すらままならない」
「よく言うわね」
 真冬は朱鷺の言葉に、少しも動揺しない。
 何故なら、昨晩自分を襲った朱鷺綾芽が今の姿と変わらない、通常の姿であったからだ。
「貴女は覚醒せずに戦ってた。それってつまり、契血者(バディー)は必要ないってことでしょ?」
「確かに、昨晩の私は今と同じ普通の姿でした。貴女はただ知らないだけです」
 朱鷺は扇子をたたんで、先を真冬に向ける。
「私達は、覚醒状態でなくともある程度は戦えると。ただ覚醒時より力は本来の八分の一程度低下するだけですよ」
(……八分の一……)
 その言葉に真冬は顔を顰める。
 それが本当なら、万全でなかったとはいえ、覚醒状態で押されてた自分がとても弱く感じる。
(―――八分の一で、あの強さ―――)
 朱鷺はくるっと回って背を向ける。
「今日のところはこの辺りで帰りますわね。それではまた会いましょう。素敵な契血者(バディー)さんと小さな『ヴァンパイア』さん」
 そう言うと、朱鷺は歩き去ったではなく、その場から姿を消した。

105館脇 燎 ◆SgMmRiSMrY:2012/03/04(日) 14:54:29 HOST:222-151-086-008.jp.fiberbit.net
コメント失礼致します。

八分の一とは……凄い強さですね^^;
にしても朱鷺さんは何をしに来たのでしょうか? 何かと謎な女性ですね。
「七つの大罪」の動きが楽しみです!

僕の小説にも是非批評して頂きたいです! 竜野さんのアドバイスなら色々と参考になりそうなので^^

コメント失礼致しました!

106竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/03/04(日) 21:21:03 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
館脇 燎さん>

さすがにこれはぶっ飛んだな、と思いましたw
コメントを頂いて『あれ?これ真冬ガチでやったら死ぬんじゃね?』と考えましたw
あの子は不思議な子ですからね……作者の僕でもよく分からん奴です。多分『彼を奪うぜ!』的な宣戦布告だと思わr((
もうすぐ出てくると思います。色欲のレヴィ君がw
本格的に彼が戦うのは物語の後半ですね。

いやいや……。僕は他人の作品を批評できるような立場ではないので……。
でもコメントはさせてもらいますね^^

107竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/03/09(金) 21:31:09 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 魔界。
 赤宮真冬と朱鷺綾芽が睨み合って火花を散らしている頃、魔界にそびえる悪魔の巣窟である塔の一室で、電気もつけずに何かの準備を進めている人影が見つかる。
 赤い髪をツンツンにした狐目の男。レヴィアタンだ。
 彼はこの名で呼ばれる事をあまり好ましくはないようで、仲間には『リヴァイアサン』と呼ばせている。そう呼ばせてる理由も他人には話していない、かなり謎な男だ。
「忙しい奴ね。そんなに急ぐ必要が何処にあるのかしら」
 部屋の入り口で女性の声が響く。
 レヴィアタンが人間界に行く、と話した際に椅子に腰を掛けていた白髪の女だ。現在、彼女は自分の武器であろう鎌を持っている。
 レヴィアタンは視線をそちらに向けずに、作業の手だけを止めて口を開いた。
「いやあ。ついつい楽しくなっちゃって……だって人間界に殴り込みだなんて、これ以上の愉悦がある行動がありますか」
 女は口にちょっとした笑みを含めずに口を開いた。
 まるで、笑みだけを忘れた人間のように。
「さてね。私は人間界に行きたい、とか『ヴァンパイア』と手合わせしたいとかいう願望はないし。奴らを滅ぼしたい、という願望はあるけども?」
 彼女はつまらなそうに言った。
 その声の調子に気付いたのか、レヴィアタンは笑いが混じったような声で言葉を返す。
「成る程。でも、それをすると私達の戦う相手がいなくなりますよ?貴女はそれでいいんですか?」
「それはそれで結構よ?そもそも私は非破壊を好むってワケでもないし。奴らが滅べばそれでよし。そしたら次は人間。その次は……まあその時に考えるしね。別にアンタが失敗してもいいって事にもなるけど」
 その言葉にレヴィアタンは笑みを零す。
 まるで、相手が面白くない事を言った時に、わざと笑ってやるような、嘘の笑いだ。
「はははっ。冗談キツイなぁ……。私が失敗するワケないでしょう?私を誰だと思ってるんです?」
「変態の色欲悪魔、でしょ?」
 半分正解で半分間違ってます、とレヴィアタンは冷静に指摘する。
 女の笑みが微塵も含まれてない表情に、ちょっとした恐怖を覚えつつあるレヴィアタンだが、彼は再び口を開く。
「それに、言ったでしょう?貴女の期待に沿ってみせる、と。せめて赤宮真冬だけは潰しておきますよ」
「アドバイスとしては油断しない事ね。多対一だったとはいえ、フルーレティをブチのめしたんだから。ま、それくらいしてもらわないと私達としても全然愉しめないしね」
 レヴィアタンはフッと笑って、
「そうですね。彼女がいなければ他の『ヴァンパイア』や契血者(バディー)も烏合の衆……十分に滅ぼせますよ」
「魔界(こっち)にもそれなりに厄介な奴らはいるけど……ま、何とかなるでしょうしね」
 笑みを浮かべるレヴィアタンと対照的に、女は一瞬も笑みを見せない。
 決して楽しくないわけでも、嬉しくないわけでも、ましてやつまらないと思ってるわけでもない。
 ただ、彼女の表情から笑みが生まれる程の事ではない、というだけだろう。
 レヴィアタンは、準備が出来たのか、軽く息を吐いて、
「さて、それじゃ行ってきますね」
「ええ、楽しんでらっしゃい。アンタの帰還を期待せずに待ってるわ」
 その心無い言葉にレヴィアタンは苦笑いを浮かべ、溜息をつく。
 それから、自身に溢れた調子で言う。
「そこはせめて、期待しといてくださいよ」
 彼は数体の悪魔を引き連れて、部屋から出て行く。

108竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/03/10(土) 22:59:34 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

(……何故でしょう……)
 漆黒の闇に覆われる街の電柱の上に立ち、『ヴァンパイア』である朱鷺綾芽は自分の胸に手を当てていた。
 手を当てなくても分かるほどの自分の胸の鼓動を、更に手で感じ取っているのだ。
 そんな朱鷺の頬は、僅かに赤く染まっていた。
 まるで、初恋をした時のような表情の朱鷺は、空を見上げ呟く。
「……今まで……こんな事はなかったのに……」
 朱鷺は自覚していないだけで、見た目はかなりの美女だ。
 そのため、今まで告白された事も幾度かあるが、ただ一人の男性に好意を向けることは無かった。
 そう、今回の霧澤夏樹たった一人の除いては。
(……心臓が早い……体が熱い……これが、不整脈というものでしょうか……)
 朱鷺は小さく息を吐いて、心の底で呟く。
(……嫌ですね……。想いを寄せる男性を、他人から奪い取ろうとしている自分の性格の悪さが……)
 だが、止まろうと思っても止まらない。
 それが、女の恋というものだから。
 朱鷺綾芽は、そんな簡単な事も理解出来ない程の馬鹿ではない。

「「ででで?実際はどうなのよ??」」
 翌日、霧澤と真冬は爆弾発言をした滝本とたったの一日で回復し、ウザさが健在の奏崎による質問攻めにあっていた。恐らく、一番恐ろしい組み合わせがこの二人だろう。
 彼女達が質問しているのは、昨日の『霧澤君と真冬ちゃんは付き合ってるのかな?』という話題だ。
 相変わらず諦めそうに無い二人に霧澤は面倒そうに言う。
「あのな……昨日あれだけ反論したろ。それを滝本は見てたはずだし……それに薫は付き合ってないって知ってるだろ。一緒に質問してんじゃねぇ。フォローしろ」
 奏崎はふふ、と笑みをこぼす。
 霧澤は呆れたような口調で、奏崎に質問をする。
「つーか、お前風邪はもういいのかよ?」
「あー、一日休んだら良くなった」
「随分と都合の良い風邪だな」
 奏崎はケロッとした表情で答える。
 『休んだら』と言っているが、昨日家に行った時点で『休んでた』と答える人は何人いるだろうか。いや、鼻血垂らしてぶっ倒れてる女の子を見て、何処が休んでるというのか。
 滝本は悪戯っ子のような笑みを浮かべて、霧澤に問い詰める。
「ならば、お聞きします。霧澤君は一体どのような女子が好みなのでしょうか?」
「……すげー唐突だな……」
 面倒でも退屈でもなく、霧澤は呆れたような口調で言う。
 僅かに考えるような仕草をして、霧澤は答えを導く。
「んー、まあ家庭的な人は結構好きだけど?」
「ほほう!その点は私達三人が全員満たしているのですが、付き合うとしたら誰?」
「知るか」
 即答だ。
 霧澤が知っている内では、真冬はまあまあ家事が出来る。奏崎は料理だけは出来る。滝本に至ってはどうか分からない。誰が満たしているのだろうか。真冬だけだ。
 答えに真冬は頬を膨らませている。
「ぶー。つまんない答えだなー」
「そもそも面白い返答はしようとも思ってねぇよ」
 霧澤は溜息混じりに呟く。
 そもそも滝本とは話した事もほとんどなかったのに、昨日以来かなり仲良くなってる気がする。
 今まで交友が無かった霧澤にとっては、少々新鮮だ。こんな性格だとは思わなかった。よもや、奏崎とのコンボがこれほど恐ろしいものだとは。
「じゃあ霧澤君のタイプの女性は、私みたいにポニーテールが似合っていて、奏崎さんみたいに元気で、赤宮さんみたいに女の子らしい子なのね」
「ちょっと待て!どうやってそんな結論に至った?」
 滝本の(偏見しかない)結論に霧澤は思わず叫ぶ。
「え?だって家庭的な人がいいって……私達三人は満たしてるし」
「お前は知らんが、少なくとも薫は満たしてないっての!」
 そんなこんなで、今日も一時間目が幕を開ける。

109竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/03/16(金) 23:19:41 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

「メロスは激怒した」
 そんなこんなで、一時間目は現代文の授業だ。先生に指名された真冬は、姿勢を正し、教科書を持ってはっきりとした発音で教科書を読む。それを目で追っている他の生徒達も聞きやすそうにしている。
 そこで、霧澤は筆箱の中に小さな紙が入っているのを発見する。恐らく奏崎か滝本のどちらかが、悪戯で入れたのだろう。霧澤は適当のそう予想してその紙を見る。そこに書かれていた内容は、
 滝本美々の携帯電話の番号とメールアドレスだった。
(送れってか!?俺の携帯電話の番号とアドレスを?)
 紙を見た瞬間に、霧澤はぎょっとした。
 まさか、つい昨日に仲良くなった女子からこんな物がもらえるとは思ってなかったからだ。
 だがこれも、彼女が自分を友達として認めてくれている証なのかと思うと、何となく嬉しい気持ちにはなる。
 すると、前の席に座っている奏崎が前を向いたまま、霧澤の机の上に紙を置いた。
 何が書いてあるのか気になった霧澤は、紙に目を通す。そこに書かれていた内容は、信じられないものだった。
 『ちゃんと送ってあげなさいよ』。
(知ってるのか!?お前は俺の筆箱にこれが入っている事を知っていたのか!?)
 いくつかのもやもやした疑問が残るが、とりあえず霧澤は家に帰ったらこの問題を解決しようと心に決めた。
 そしていつの間にか、真冬が教科書を読み終わり、次に指名されたのは堂々と机の上で絵を描いている滝本だった。
 彼女は『えっ?私?』などと言って、席から立つ。
 彼女が教科書を読み始めると、教室は歓声の渦に飲み込まれる。
 滝本の教科書の読み方が綺麗だ。というより心を込めて読んでいるのか、それぞれの人物の台詞で声を使い分けている。教科書を読むのに、どれだけ力を入れているのだろうか。彼女の後に指名される生徒はかわいそうだ。
 滝本の優雅な本読みは終わり、生徒全員が彼女に大きな拍手を贈る。当の滝本本人は何が何だか分かっていない表情である。
 そして不運にも、先生が次に指名したのは、霧澤夏樹であった。
 生徒の視線が一気に霧澤に集中する。それは何処か期待を込めて眼差しで、霧澤はプレッシャーに押しつぶされそうだ。
 彼が読み始めると、教室は戦慄した。
 彼は彼なりに頑張ったのだ。結果はそれはもう言葉に出来ないほど酷いものだったが、誰も彼を笑うものはいない。むしろ、無関心もいいところだったが、誰も笑わない。
 ただ、奏崎薫という小悪魔を除いて。

「……はぁ?」
 昼休み。白波涙は携帯電話を耳に押し当てながら眉をひそめていた。
 彼女の電話の相手は、魔界にある『騎士団(きしだん)』という組織の下っ端とだ。何でも魔界で察知した巨大な魔力の塊を取り逃がし、人間界に逃げさせてしまったとか。
 事が重大なため、人間界にいる『ヴァンパイア』の一人である彼女にとっても大変な事だ。
「何でアンタらの不手際の処理を私達がしなきゃいけないワケ?そっちの団長さん達は何て言ってんの?」
『……ええと……承諾してくれるようなら任せる、と……」
 白波は低く舌打ちをする。
 彼女は中々事がうまく運ばないと、機嫌と態度が唐突に悪くなるのだ。
「分かったわよ。逃がした奴らはこっちで何とかする。ありがたく思え馬鹿なクソ団長どもって伝えておいてね」
 そう言って白波は携帯電話を閉じる。
 問題はココからだ。
 現在彼女がコンタクトを取れる『ヴァンパイア』は二人。赤宮真冬と茨瑠璃。黒曜闇夜はあれから詳しい行方が分かっていない。
(……真冬は後で説明するとして……問題は瑠璃ちゃんね。黒曜闇夜は協力してくれるかも不安だし、どうでもいいか……)
 白波は、とりあえず面倒な問題を後に回し、鞄から弁当を取り出す。
 それでもすぐには食べようとはしない。飲み物を買いに行った朧月がまだ戻っておらず、昼食はいつも彼と一緒に食べている白波としては、彼を待つつもりなのだ。
(……巨大な魔力か……今までそういうのが来なかった事を考慮すると、いきなりすぎて不気味ね……。先日偶然見つけた朱色の炎の『ヴァンパイア』……彼女は協力してくれるかしら?)
 白波は窓の外に視線を帰る。
 いつもと変わらず、晴れ渡っている空を眺めてもう一度、溜息をついた。
(……フルーレティの襲撃、朱色の『ヴァンパイア』、そして巨大な魔力……恐らくは七魔(しちま)クラス……。困ったわねぇ)
 彼女は頭の後ろで手を組み、ポツリと一人で呟いた。
「どう対策を立てようかしら」

110竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/03/17(土) 22:47:30 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 今日はもう疲れた。『ヴァンパイア』とか悪魔とも関わりたくないのです。
 そんな雰囲気を醸し出しながら、霧澤は重い足取りで校舎から出て、帰るために校門へと向かっている。
 彼が疲れた理由は、主に一時間目のダダすべりが原因である。だが、この怒りの矛先を滝本に向けるのは間違いだ。彼女は何一つ悪い事をしていないのだから。
 そんな霧澤を気遣ってか、滝本が彼の頭を優しく撫でている。
「いやー、ごめんね。まさかあんな事になるとは私も思ってなくてさ……ホント、謝っても謝りきれないよ、うん」
 滝本もどうフォローして良いのか分からなくなっている。
 全てが自分のせいではないとは言え、原因の一つになってしまっている滝本としては少なからず罪悪感を抱いているわけだ。
 真冬や奏崎も彼を慰めようと色々な言葉をかけて霧澤を励ましている。
 すると、霧澤の口がようやく開く。
 精神状態のみが満身創痍の霧澤から放たれた言葉は……。
「……演劇部に入ろうかな……」
 その言葉に真冬、奏崎、滝本の三人は戦慄した。
 まさかここまで追い込まれているとは思わなかったのだ。
「な、夏樹君!元気出して!」
「そうそう!私からはアンタはすごく輝いて見えたわよ?」
「いきなりで出来る人なんていないんだからさ!」
 真冬達は必死に霧澤をフォローする言葉をかける。
 だが、完全に落ち込んでいる霧澤に彼女達の言葉は届かない。
 霧澤がふと顔を上げると、校門の辺りが何やら騒がしい。
 理由はいたって簡単だった。
 そこに見覚えのある朱色の髪を二つに結い、現代風のファッションに身を包んでいるものの、その『現代風』をかき消すように扇子を携えた容姿端麗な女性。朱鷺綾芽がいたからだ。
 待ち伏せ、という言い方が正しいだろう。霧澤が気付くまで無表情だった表情が、霧澤が朱鷺に気付くと薄っすらとした笑みを浮かべた。真冬も、朱鷺に気付いたようだ。
「……薫、滝本。俺教室に忘れ物したから取りに行って来る。二人は先に帰っててくれ」
 霧澤はそう言って、校舎の中へと駆け足で戻っていく。
 真冬も彼についていき、校舎の中へと戻っていった。
 奏崎と滝本は顔を見合わせて首を傾げていたが、やがて歩き始める。
 二人が去った頃合を見計らって、霧澤と真冬の二人は再び校門へと歩み寄る。案の定、まだ朱鷺綾芽がいた。
 霧澤は睨みつけるような視線で、朱鷺に問いかける。
「……何の用だよ。悪いが、今日はお前に構ってやれるほどの体力はねぇぞ」
 霧澤の言葉に朱鷺はくすっと笑ってみせる。
「私が貴方達に意地悪をしに来ただけだと思っていますか?そんなくだらない事をするためだけなら、二時間前からここで待ってはいませんよ」
 正直、彼女が二時間前からここで待っていたというのも本当かは分からない。
 どこから何処までが本当なのか。あるいは全てが虚構なのか。そんな事さえも掴ませない程謎めいた人物が、彼女なのだ。
「まさか、夏樹君の事まだ諦めてないの?」
「ええ。女の恋心は意外としつこいもので。貴女も女なら分かりますでしょう?」
 再び、赤宮真冬と朱鷺綾芽の間で火花が散る。
 思い切り突っかかりそうな勢いな真冬と、全然余裕だと言わんばかりの朱鷺。
 正反対の二人は、同じ人物を求めて対抗心を燃やしている。
「……ま、今日は貴女の相手をしに来たわけではありませんので」
 朱鷺は真冬を無視して、視線を霧澤に向ける。
 嫌な予感(何か言われるだろうなという些細な不安)がした霧澤は、もう一度言い聞かせるように言う。
「あのな。言っただろ。今日はお前に構ってやれないって。俺は精神的に大ダメージを受けてるんだよ。相手してほしいならもっと別の日に……」
「いえ。貴方は『はい』と言えばいいだけです」
 朱鷺は扇子で口元を隠しながら、霧澤に言う。
「私と、今すぐデートしてくれまんか?」
 その言葉に、霧澤と真冬は凍りついた。

111竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/03/18(日) 11:05:33 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 朱鷺綾芽の爆弾発言に、霧澤夏樹と赤宮真冬は硬直していた。
 薄っすらとした笑みを浮かべている朱鷺。状況が上手く把握できていない霧澤。口を開けたまま固まっている真冬。そんな硬直状態を打ち破ったのは一人の声だった。
 だが、それは予想外とも言うべきか、霧澤の男声ではなく、女子特有の高めの声だった。
「はあああああああああああっ!?」
 声が聞こえたのは霧澤の前ではなく、横から。
 彼の横にいるのは……つまりは、真冬の声だ。何故彼女がこんな声を上げたのか、理解できない霧澤は肩を大きく震わせた。
 真冬は顔を僅かに赤らめ、キッと瞳を強くする。その瞳で朱鷺を睨みつけるようにして、彼女の前へずかずかと近寄っていく。
「ちょ、ちょっと!何言ってるのよ!」
「あら、何か問題でも?」
 大アリだよ、と真冬は朱鷺に怒鳴る。
 だが、全く悪気の無い顔で応答している時は、嘲笑するように扇子で隠している口を開いた。
「ならば、どこが問題なのです?貴女と彼が付き合っている……恋人同士ならば私は責められても文句は言いませんわ。ですが、貴女と彼の関係はあくまで契約だけ。キスを交わした程度で恋人ですか?それは間違いでしょう」
 朱鷺の正論に真冬は言葉を詰まらせる。
 確かに朱鷺の言うとおり、霧澤と真冬は恋人同士ではない。学校でそんな噂が流れてはいるものの、恋人ではないのだ。霧澤が真冬の恋人であれば、朱鷺の発言は苦言を呈されても可笑しくは無い。だが、付き合っていないとなれば、朱鷺の発言も何ら可笑しい事ではない。
 だが、そんな正論も今の真冬には大した効果も成さなかった。
「そういう事じゃなくて―――」
「なら、何と言えばよろしかったのでしょう」
 朱鷺は真冬の言葉を遮り口を開く。
「『買い物に付き合ってほしい』とか『一人じゃ心細いのでご同行願えますか』とかですか?自分の心にないことを言っても相手の方には失礼でしょうに」
「違う!」
 一人で勝手に話を進める朱鷺に、真冬はそう叫ぶ。
 こう何度も叫ぶ真冬を見たのは初めてだからか、霧澤は口を小さく開けて二人の言い合いを黙ってみていた。そもそも、彼は話の内容を理解しようとせず、適当に聞き流している。自分の事で争っているというのに、何とも無関心な男である。
「私が言ってるのは言い方の問題じゃないの!何で夏樹君なのかって聞いてるの!」
 真冬がここまで憤慨する理由は明確である。
 はっきりと分かっているのは真冬と奏崎の二人であるが、真冬は霧澤に恋愛感情を抱いている。自分が好きな人が他の女子にデートに誘われ、平常心でいれるだろうか。真冬のこの好意も隠しているつもりではあるが、見る人が見ればかなりあからさまである。現に、朱鷺は勿論の事、こういう女の勘が特にずば抜けた白波や滝本は確実に気付いているだろう。
「あら、そんなに可笑しな事ではないでしょう?私は何も男性なら誰でも良い、という醜悪な思考は持ち合わせていませんわ。ただ彼が好きだから。好きな人をデートに誘うというのは、いささか積極的すぎましたが、恋愛では最も有効な手法でしょう?」
 朱鷺は余裕の表情でそう告げる。
 確かにそうだ、と真冬は思い知らされる。
 付き合ってないのならば、別に男性を誘っても問題ではない。女の方が男の方に好意を寄せていようが、それは関係ない。言ってみれば共通の男友達をデートに誘っている、というニュアンスが合っているだろう。これならば、問題にはなり得ない。
「私には貴女がそこまで憤慨する理由が分かりませんね。私は好きな異性にアプローチを試みているだけですし」
「そ、それでも……!」
 真冬は反論しようとするが、次の言葉が思い浮かばない。
 いや、思い浮かんだとしても、朱鷺の正論の前にすぐに粉々に砕かれてしまうだろう。
 真冬は頬を膨らませながら、朱鷺を睨みつけている。一方の朱鷺は余裕の表情で、身長差のせいか、真冬を見下ろしている。
 二人の女子の火花が激しく散る。今この場に奏崎と滝本がいたら、傍観している霧澤の肩に手を置き、同情の瞳を向けている事だろう。
「まあ、でも貴女がどうこう言ったところでどうにもなりませんわ」
 ふい、と朱鷺は視線を真冬から離し、本命の霧澤に向ける。
「決めるのは、結局は彼自身ですしね。いかがなされます?霧澤夏樹さん」
 髪の色とほぼ同色の朱鷺の瞳が、霧澤を見つめる。

112竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/03/18(日) 20:35:28 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 回答を促された霧澤は顎に手を添えて悩んでいる。
 別に朱鷺と一緒に行動するのが嫌なのではなく、こんな状態の真冬を一人で置いておいて大丈夫なのか、というのも問題の一つである。正直、今の真冬は同居している霧澤でさえ見るに耐えないくらい取り乱している。
 朱鷺は霧澤を見つめたまま彼の返事を待っている。
 そんな中、俯いて表情が伺えない真冬がボソリ、と小さな声で呟いた。
「……行けば、いいじゃん……」
 その声に霧澤は反応して、視線を真冬へと移す。朱鷺も同じように、急に口を開いた真冬を見る。
 視線を感じ取ったのか、真冬は俯いたままで言葉を続ける。
「……行ってあげれば、いいじゃん……悩んでいるってことは、満更でもないんでしょ……?」
 真冬は呟くような声で続ける。
 どこか泣きそうな声でもある。よく見れば、真冬が右手で強く拳を作っている。
 そんな真冬を見兼ねたのか、霧澤は真冬を落ち着かせようと、彼女の肩に手を置く。
「あのな、だから俺は悩んでたってワケでもねぇんだぞ?俺は……」
 バッ!!と真冬が自分の肩に置かれた霧澤の手を振り払う。
 そこで顔を上げた真冬の目には僅かに涙が溜まっているのが分かった。その表情を見た霧澤は、胸を痛める。
「行けばいいじゃん!夏樹君だって、私なんかと恋人に間違われるより、そっちの人と恋人だって思われたほうが嬉しいでしょ!?」
「はぁ?お前、いきなり何言って……」
 目に涙を溜めたままの状態で叫び、霧澤の話を聞こうともしない。
 彼女は服の袖で目をこすって、
「私は先に一人で帰ってるから!」
 怒鳴るように叫んで真冬はそのまま走り去って行ってしまう。
 霧澤は真冬を止めようとするが、彼女の背中を見ると自分では止められないと思い込んでしまい、開きかけた口が閉ざされてしまう。
「……何で怒ってんだアイツ……俺、何か悪いこと言った?」
 その場にいた朱鷺に霧澤は思わず聞いてしまう。
 朱鷺はさあ?と返して、時計に目をやる。
「さて、それではもう四時を過ぎてますし、遅くならないうちに早く行きましょう」
 朱鷺は霧澤の手を取って引っ張っていく。
 霧澤も手を引かれるがまま、朱鷺に付いていく形になってしまった。

 そんな中、街を歩いている一人の男性がいた。
 赤い髪に、狐目、そして帽子を被った男性だ。彼の正体は住人に扮装したレヴィアタンである。彼はある人物を探すために街を歩いている。
 そう、赤宮真冬を捜索中だ。
(……この街にいることは間違いない……。街の人間に聞いたところ、もう学校とやらは終わってるみたいだしね)
 レヴィアタンは辺りをくまなく探す。
 赤い髪を持った美少女。それだけの情報があれば、相当目立つ容姿であることが分かる。すぐに見つかるはずだ。
 彼は帽子を深く被りなおす。
(……こちらも仲間一人がやられて心中穏やかじゃないんでね……)
 狐目であるレヴィアタンの目が薄く薄く開かれる。
 そこから僅かに垣間見える赤い瞳孔が、彼の不気味さをより一層引き立てていた。
 彼は首をコキコキと鳴らして、赤宮真冬の捜索を再開する。
(さて、久しぶりの大物だ。腕が鳴る……!)

113竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/03/19(月) 22:14:05 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

(……私、最低だ……)
 たった一人で公園のベンチに座っている真冬は、心の中でそう呟く。
 彼女の胸の中にあるのは、自分の勝手な嫉妬で霧澤に当たってしまったことによる、自責の念だ。
(……勝手に嫉妬して……夏樹君に当たっちゃって……嫌われたよね、私……)
 真冬は溜息をつく。
 そんな情けない自分に涙が出そうになるが、彼女はそんな事を気にしてはいない。
 今すぐにでも霧澤に謝りたい。だが、そのためのきっかけが見つからない。そもそも、あんな事を言った後で平気で顔を合わせられるかも分からない。
 真冬のそんな思考を断ち切るように、数人の男の声が真冬に近づいてくる。
「ねぇー、君今一人?」
 真冬に声を掛けたのは、明らかにチャラそうな若い男だった。
 金髪にピアスに、喋り方。どれを取っても彼の性格を判断するのに十分な素材だった。
 それに気分を害した真冬は、キッと目つきを僅かに鋭くし、ベンチから立ち上がった。そして相手を突き放すように告げる。
「……いや、私は……」
 そこで、真冬はハッとする。
 相手の質問は『今は一人?』というものだ。
 そこで真冬は思案する。
 今は一人だ。近くに誰もいない。別に誰かを待ってるわけでもない。
 今、正真正銘の一人の状態だ、と。
 言葉が詰まった真冬を見て、チャラついた金髪の男は笑みを浮かべる。
「じゃあさ、俺達と一緒に遊ばない?」
「……いえ、結構です……!」
 男は真冬の腕を掴んで、無理に連れて行こうとする。
 周りの通行人がそれを見ているが、誰も止めようとしない。男達は五人いる。たとえ一人で止めに行ったとして、よほど格闘技に自信がある人間じゃなければ、返り討ちに遭うだろう。
 真冬は必死に振りほどこうとするが、男の腕力に敵わない。人間相手に『ヴァンパイア』としての力を使いたくもないし、ここで残り少ない血を使うわけにもいかない。
(……誰か、助けて……!)
 真冬の心の叫びが届いたのか、彼らを止める男が一人舞い降りた。
「やめないか、君達。彼女嫌がってるじゃないか」
 霧澤や朧月とは違う、声と喋り方。
 妙に爽やかさが感じられる男の声の正体は、赤い髪に帽子を被った狐目の男だ。その男の表情には僅かな笑みさえ刻まれていた。
「誰だ、お前は?この娘のツレか?」
「いいや、違うよ」
 金髪の男の問い掛けに、赤髪の男は笑みを浮かべたまま答える。
「ただ、君達みたいな人間が嫌いなだけさ。大勢で一人の女性を囲むような、下劣で醜悪な人間がね」
 男の言葉に、金髪の男を含めた五人の男達は苛立ちを隠せない。
 そんな男達を牽制するように。赤髪の男は薄っすらと鋭い目を開いて男達を睨みつける。
「さっさと、私の前から消えてくれないかな」
「……ッ!?」
 男達はそんな彼に恐怖を覚えたのか、逃げるようにその場から去っていく。
 助けられた形になった真冬は、自分に近寄ってきた赤髪の男にお礼を言う。
「あ、ありがとうございました……」
「いやいや。気にしないでいいよ。それと、君に話があるんだ」
 話?と真冬が首を傾げる。
 赤髪の男は笑みを浮かべたまま頷いて、続けて真冬に告げる。
「君、可愛いしスタイルもいいからさ。モデルとか、なってみない?」

114竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/03/23(金) 19:33:51 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
第16話「独りのヴァンパイア」

 男の意外すぎる言葉に、真冬は目を大きく見開いてきょとんとしている。
 まだ状況が掴みきれていないのか、目を何度もまばたきさせている。まあ、いきなり『モデルやってみない?』と言われてすぐに答えを出せるほど、真冬は自分に自信を持てていなかったのだから、無理もない。
 ようやく、頭が理解し始めたのか、悲鳴に近い甲高い声で、真冬は声を上げた。
「えぇーーーっ!?」
 
 公園にいた小鳥達は何処かへ飛んでいってしまい、まどろんでいた猫は『ニャー!』と僅かに吠えて逃げ去り、一番近くにいた男は笑顔のまま眉だけを下げて、耳をふさいでいる。
 真冬ボイスバズーカはとてつもない威力だったと言えるだろう。

 目いっぱいに声を上げた後、ボイスバズーカの持ち主は顔を真っ赤にして、顔の前で手をぶんぶんと横に振りながら取り乱す。
「む、むむ……無理ですよぅ……!……わ、私なんかがモデルなんて……!」
 動揺する真冬に、男は優しい笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。私からみればルックスは随分良いし、顔も可愛いし、背が低く小柄で体型も申し分なし!よって君は良いモデルになれるよ」
 そこまで褒められても真冬は首を縦に振らない。
 そもそも、真冬は自分の事で自信を持てることはない、と思っている。白波や奏崎のような、平然と(冗談かもしれないが)自分を『可愛い』や『皆のアイドル』などと言える(もしくは言っている)女子は珍しい。つまるところ、真冬が平均的な性格なのだ。
 しかし、男は中々納得しない真冬を説得し続ける。
「でも、これを機に皆君の可愛さに気付くかもしれないよ?」
「……うーん……、でも、私はそういうのガラじゃないし……」
 男はこれ以上はない、とでも言いたいような言葉を口にした。
「今まで君をないがしろにしていた男子を、見返したいとは思わないかい?」
 その言葉に真冬は反応する。
 そして、彼女の頭に思い浮かんだのは霧澤の事だ。ないがしろにされて来たわけではないが、朱鷺の言葉に首を傾げたりする辺りを見ると、自分には何の感情も持っていないと思ってしまう。これを機に、霧澤が放っておけないような女になれば……。

 自分の存在に、再び気づかせる事が出来るかもしれない。

「……分かりました」
 真冬は小さく言う。
 その言葉に男は驚いたような声を小さく漏らし、真冬に笑いかける。
「ありがとう。考えが変わった理由は聞かないよ……さあ、スタジオに行こうか」
 真冬に道を案内するように、男は足を動かす。
 彼に引っ張られるように、真冬も自然に足を動かし、男の後へとついて行く。
 赤髪で狐目の帽子を被った男は、真冬に気付かれないように、怪しい笑みを顔に刻み込む。
(……そうだ……それでいいんだよ、君は……)

115竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/03/24(土) 11:28:41 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 街に出てきた霧澤と朱鷺の二人は、特に何処へ買い物に行くわけでもなく、ぶらぶらとあちこちを歩き回っているだけだった。
 現在かなり疲れている霧澤としては、女子の買い物に付き合わされなくて大助かりだが、歩き回っているだけというのもこれはこれで結構しんどいものだ。
 自分の前を歩いている朱鷺は楽しそうにも、嬉しそうにも、喜んでいるようにも、とてもじゃないが言えない。ただ街に出てきたかっただけのようにも思える。
 霧澤は、小さく息を吐いて前を歩いている朱鷺に話しかける。
「なあ、朱鷺……でいいのか?お前、買い物に付き合えって言っといて何処にも行かねーじゃねぇか」
 すると朱鷺は振り返る。
 モデルのような立ち振る舞いで振り返り、朱鷺は持っていた扇子で口元を隠しながら話し出す。
「おや、女性の名を苗字で呼ぶのは抵抗がありますの?よろしければ下の名前でもよろしいのに」
 そういうわけじゃねぇけど、と霧澤は呟くように言う。
 実際白波や茨、汐王寺といった女性にはそれなりに、交友があっても苗字で呼んでいるし、同居中で契血者(バディー)の真冬でさえも、彼は苗字呼びで済ませている。つまり、彼が家族以外で下の名前で呼ぶのは、実は意外に奏崎だけである。
 朱鷺は霧澤の言葉の後に、こっちが本題だと告げるように『質問にお答えいたしますわ』と返す。
「まあ、買い物というのは建前だけで、特に何か買いたいというわけでもありませんわ。一つだけ聞きたいことがあって、それが聞ければ私は満足ですし、今回貴方を無理矢理に付き合わせてしまったことも、貴方の契血者(バディー)さんに謝らせていただきます」
 朱鷺の言葉に霧澤は、意外だと心の中で思う。
 一見して自分が好きな男性にアプローチしているように見えたお誘いだったが、理由はそれだけではなく、本当はちゃんとした理由があったのだ。だが、真冬を引き離したところを見ると、真冬がいたら聞きにくい内容なのか。
「……、で聞きたいことって何だよ?」
 朱鷺の言葉の後に霧澤はそう聞き返す。
「ええ。女子として、ただ普通に気になるだけなのですが……貴方は彼女の事、真冬さんの事をどう思っておられますか?」
 朱鷺の質問は意外といえば意外、当然といえば当然という内容だった。
 だが、来るとは思っていたが、本当にそうなると思っておらず、霧澤は目を大きく見開き、何度も瞬きをして出た言葉は、
「………………………………、はい?」
 何とも言えない一言だった。

 一方、霧澤に自分の存在を再確認してもらうため、真の女になることを心に誓った真冬は男に連れられスタジオまで来ていた。
 撮影場には自分のほかに六人の同い年くらいの女子がおり、その全員が可愛いかったり、美人だったり、背が高かったりと自分がとても勝てそうにない相手ばかりだった。
 写真を撮ることに慣れていない真冬は心臓の音が周りに聞こえるんじゃないだろうか、と思うほど大きな鼓動を繰り返していた。
 だが、真冬には一つだけ気になる事があった。
 自分は学校帰りなので制服のままなのは当然だが、他の女子達は同い年くらいだ、というのに私服になっている。こちらが用意した服を着ているのだろうか、と思ったが男はそんな真冬には気付かずに、口を開いた。
「じゃあ、撮影を始めましょうか。えー、と……真冬ちゃんだっけ?こっちに来て」
「……へ?あ、あのぉ……?」
 真冬の言葉に男は首を傾げる。
 真冬は慌てたような口調で男に問いかけた。
「私、制服のままでいいんですか?その着替えたりせずに撮影するんですか?」
 ああ、と男は小さく言葉を漏らして再び笑みを浮かべた。
「それなら問題ないよ」
 男は閉じたように見える狐目を薄く開いて、恐怖を感じさせるような瞳孔で真冬を睨みつける。

「今から血で真っ赤に染めるだけだから」

 瞬間、周りにいた女子達や他のスタッフが大きな怪物へと姿を変え、真冬に襲い掛かる。
 罠だ、と真冬が気付いたときにはもう遅い。
 そこで、真冬は今まさに素朴な疑問を生み出してしまった。
 ―――なぜ相手は名乗っていない自分の事を『真冬』と呼べたのだろうか。

 そして、ゴッ!!と真冬の場所に巨大な腕が振り下ろされた。

116竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/03/24(土) 21:24:52 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

「……終わっちゃった……かな?」
 男は狐目で、真冬が絶っていた場所を見つめる。
 今は悪魔の太い腕が突き刺さり、巻き上げられた土煙で悪魔の腕が突き刺さっていることだけ確認できる。真冬の姿はおろか、生死さえも確認できない。
 男は興味を全く失くしたような、ガッカリした溜息をこぼした。
「……残念だよ……。不意打ちとはいえ、こんなに簡単にやられるとは思いませんでした。貴女はもう少し骨のある方だと―――」
 男の言葉は最後まで続かなかった。
 何故なら、男の声はその直後に起こった赤い炎と爆音によってかき消されたからだ。
 悪魔の腕が突き刺さっているところから赤い炎が噴出し、悪魔の腕ごとその悪魔は赤い炎に焼き尽くされてしまう。
 男は薄く薄く目を開いて、恐怖を覚えさせる瞳孔で真冬を見つめる。
「……不意打ちとは油断した……!お前、悪魔か……!」
 そこには口調も見た目も全て変わった真冬が立っていた。
 覚醒状態となった、真冬がそこに立っていたのだ。彼女は赤い眼で先にいる、赤い髪の狐目男を睨みつける。
 狐目男は未だに笑みを浮かべたまま頷く。
「その通りさ。私は悪魔です。だが、貴女が今まで対峙してきたどの悪魔とも……格(レベル)が違うと、伝えておきましょうか」
 狐目の男の言葉に、真冬は眉間にしわを寄せる。
「……どういう事だ。レベルが下、という事はなさそうだが……フルーレティよりも上か?」
 男は静かに頷く。
 引き裂かれた笑みから、男は自分の名を告げる。力を示す肩書きとともに。
「私はレヴィアタンといいます。―――七つの大罪の一つ『色欲』を司りし悪魔、レヴィアタン。ですが、呼ぶときはリヴァイアサンとお呼びください」
 名乗られた名前に、真冬は大きく目を見開く。
 『地獄の副将』という肩書きを持つフルーレティよりも上の地位に君臨する、七つの大罪の悪魔。通称『七魔(しちま)』。その一人が、今自分の前に立っている。討滅のチャンスだが、真冬にはどうしても相手に勝てない理由があった。
 今の血の残りが少ない。
 覚醒型の真冬にとって、これは致命的な弱点になる。しかも、相手がレヴィアタンだけではなく、他に大型悪魔が十体ほどいるのだ。今の状態では当然勝てない。
「……ッ!」
「どうしました?顔色が悪い。まさか、契血者(バディー)がいないと何も出来ませんか?」
 その言葉に真冬の目が鋭くなる。
 霧澤がいないと何も出来ない女になりたくはない。そう思うと何故か知らないが妙に苛立ってきた。真冬は拳に炎を纏わせ、悪魔に突っ込んでいく。
「……戯けるなよ、色欲魔が。お前らごとき、私が早々に蹴散らしてやる」

「……あーあ、ツマンナイ」
 魔界では白い髪で大鎌を持った女がつまらなそうな表情で、椅子に座りながら頬杖をついていた。
 そのむすっとした表情は今にも物に八つ当たりをしそうな感じにも見える。
「全く、レヴィアタンの奴……ちゃんとやってるんでしょうね。アイツは私に何かと批判的だし、イマイチ信用に欠けるのよねー」
 女は白い髪をいじりながら呟く。
 誰もいないたった一人だけの部屋で。誰にというわけでもなくただ一人で呟いた。
「まー、アイツにやられるほど赤宮真冬も雑魚じゃないでしょうしね。そもそも、向こうには強力な『ヴァンパイア』もいるし」
 女は持っている写真を見ながら、その人物の名前を言っていく。
「白波涙、茨瑠璃、黒曜闇夜……は協力しなさそうだからいっか。そして、台風の目……」
 彼女が見ているのは朱色の髪を二つに結った女性……。
「朱鷺綾芽。彼女がどう出るか楽しみだわ」

117竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/03/25(日) 11:12:01 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 スタジオがある建物で大きな地響きが起こる。
 それが外にまで伝わり近辺の人達はざわめき出すが、そんな事中にいる赤宮真冬と『色欲』を司るレヴィアタンには届いていない。
 建物内にいる真冬は、肩膝をついてあちこちに傷を負い、手の甲で口の端から垂れている血を拭う。
 圧倒的不利な状況にいても、彼女の瞳の闘志は消えておらず、赤い瞳でしっかりとレヴィアタンを睨みつけている。
 一方のレヴィアタンは涼しい顔で細い狐目で真冬を見ている。
 レヴィアタンは表情に笑みを浮かべ、睨みつけてくる真冬に語りかけた。
「いやぁ、お見事です。私以外の部下の悪魔を一掃するなど。さすが、私の見込み通り、と言いたいところですが……」
 笑みを刻んだまま、彼は細い目を薄く開いて、僅かに垣間見える瞳孔で真冬を見つめる。
 それと同時に、彼の背中から妙な音が鳴り響く。出てきそうもない物が無理矢理出てくるような、気味の悪い音だ。
「他の悪魔を倒したといって、私に勝てるとは限らない」
 すると、レヴィアタンの背中から四本の先が尖った太い触手が生える。
 四本の触手はそれそのものが生きているように蠢き、全ての先端が真冬に向けられている。
 その四本の触手を見て、真冬は眉間にしわを寄せる。彼女の頬に、一滴の冷や汗が通っていった。
「……それが、お前の武器か?」
「まあ、そんなところです。武器というより……そもそも備わったものとでも言った方が、近いですね」
 レヴィアタンは笑みを刻んだまま、腕を組み、背中から伸びている触手は不気味に蠢いている。
「さあ、それでは踊ってもらいましょうか。私の前で、優雅に舞う踊り子のようにね!」
 同時に、四本の触手が一斉に真冬に襲い掛かる。
 真冬は迫り来る四本の触手の動きを見ながら、彼を倒すための対策を練っていた。
(……私の残りの血も少ない……。触手をかわし、渾身の力で奴を討つしかない!)
 真冬は力強く地面を蹴り、レヴィアタンに突っ込んでいく。
 それは無謀な突撃ではなく、効率よく無駄が全く見当たらない動きで触手をかわしていく。
 そして、レヴィアタンの前にたどり着く。
「ッ!」
 真冬は右の拳に巨大な炎を纏わせ、レヴィアタンの顔面に拳を叩き込もうとする。が、
 真冬の拳はレヴィアタンの背中から生えた、五本目の触手によって阻まれてしまう。
「……ッ!?」
「言ったでしょう。私を倒せるとは限らないって」
 真冬がもう一度殴りかかる。
 もう一度拳に炎を纏わせて、力強く拳を握り締めながら。
 しかし、今度は違う脅威が襲い掛かる。
 レヴィアタンの触手ではなく、単なる時間切れだ。

 ―――覚醒状態の、エネルギーが残っていない。
 真冬の髪は元の長さに戻り、目も丸く可愛らしさを与えるものとなり、拳に纏っていた炎も消えてしまった。

118月峰 夜凪 ◆XkPVI3useA:2012/03/25(日) 12:13:22 HOST:p24060-ipngn100102matsue.shimane.ocn.ne.jp
コメント失礼します!

何だか私が来ると大抵誰かがピンチになっている気g((もちろん狙ってないですよ!w
あれですね、スカウトされて付いて行ったらお金を巻き上げられる詐欺の進化バージョンですn((
それにしてもレヴィさん、フルーレティより上って……いやはや、最初に書いたのですが真冬ちゃんピンチです。
そんな彼女が逆境をどう乗り越えるか、本当に楽しみです!

そして、夏樹くんとの恋路も気になりますね!
不覚にもヤキモチ妬く真冬ちゃんに萌えてしまった私はどうすればいいのでしょうk((

それでは、続きもがんばってください!楽しみにしてます^^

119竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/03/25(日) 12:28:16 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
月峰 夜凪さん>

コメントありがとうございます^^

それは多分この作品が『あれ、作者って真冬嫌いなんじゃないの?』と思わせてしまうぐらい真冬ちゃんがピンチになってしまってるからでs((もちろん嫌いではありません
お金どころか命取られようとしてますからねw 最終進化形ですw
でも多分『七魔』の中で最弱かt((ゲフンゲフン
死暗戦といい、黒曜戦といい、明らかに涙や瑠璃より強敵に遭遇してる確率が高いですw 真冬がこんな状態なのに主人公の夏樹は朱鷺とランデブー状態とは((

夏樹は相手を大切にしてますが、中々恋に発展しない鈍感boyですw 上手くいかないかもですn((
それは嬉しいかぎりです!あんな面倒な部分ツンデレに萌えていただけてありがとうございます!自分的には真冬より涙の可愛さを見出せるように頑張りたいでs((

はい、これからもお互いに頑張りましょうね^^

120竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/03/25(日) 13:14:40 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

(―――嘘―――?)
 真冬は右拳を握り締めたまま、驚愕に目を見開いていた。
 長かった自分の髪は一気に肩までの長さに戻り、力強かった瞳から一気に力が抜けるように、全身に迸っていた熱い炎が冷めるように。真冬の全ての力が抜けていった。
 力を失った真冬は、止まっていた時が動き出したように膝からその場に崩れ落ちてしまう。
 そんな真冬の耳に、レヴィアタンの絶望的な言葉が真冬を貫く。
「残念だったね。周りの悪魔は討滅できても―――本命の私に君の炎は届かないよ」
 ゴッ!!と真冬の顎がレヴィアタンによって蹴り上げられる。
 真冬の身体は低く宙に舞い上がって、そのまま仰向けに倒れる。
 身体を起こそうとする真冬だが、覚醒状態とは体力が元々違う今の真冬では、指一本まともに動かす事も出来ない。
 真冬は恨めそうな瞳で、レヴィアタンを睨みつける。
 笑みを刻んだままのレヴィアタンは薄く目を開き、垣間見える瞳孔で真冬を見下ろす。
「……どうも出来なかったね。いやぁ、残念極まりないよ。君の血がもう少し残っていたら、もう少し良い勝負になったかもね」
 それでも『良い勝負』止まり。
 真冬の血の残量が十分だったとしても、悪魔との戦いの疲労が無かったとしても、真冬とレヴィアタンの戦いは『良い勝負』となるだけ。『どうなるか分からない』には決してなりえない。
 レヴィアタンは自身の力に自信があるからそう言っているのではない。真冬の実力を知っているからこそ、そう言えるのだ。
 自分が強いのではなく、赤宮真冬という『ヴァンパイア』が弱いだけ。
 彼なりの、謙虚な姿勢のつもりだ。
「……結局、君は契血者(バディー)がいないと何も出来ないんですね。君にとっては彼が全てなわけだ」
 レヴィアタンの背中の触手が動く。
 真冬を貫こうとも、殴り飛ばそうともしないような動きで。
 真冬に巻きつき彼女を持ち上げた。
「……ぐ……う……ッ!」
 真冬は僅かな声を漏らして、触手から逃げ出すように抵抗するが、身体に力が全く入らない。
 ただ無意味に足をジタバタさせるだけだ。
「そんなに暴れないでください。痛い目見ますよ」
 レヴィアタンの言葉とともに、真冬に巻きついている触手に力が込められる。
 みしみしと嫌な音が鳴り、真冬の身体が悲鳴を上げる。
「……ッ!!」
 真冬の声にならない悲鳴が、レヴィアタンの耳に心地よく入ってくる。
 彼はそのまま、真冬を壁に叩きつけ彼女を触手から解放する。触手から開放されても、真冬には十分に身体を動かせる力が無かった。
 ただ壁に背中を預け、息を切らしているだけだ。
「そろそろ終わりにしましょうか。大丈夫です。君の死は仲間の人達にも、ちゃんと伝えておきますから」
 レヴィアタンの触手が真冬を貫こうと襲い掛かる。
 真冬は目を閉じて、感じる。
(―――ああ、私って一人じゃ本当に何も出来ないんだ……。ごめんね、夏樹君……つまんない意地を張る、天邪鬼で……)
 彼女は口の端から血を流しながら、微笑をこぼす。
(―――私、夏樹君のことがずっと―――)
 そうして、レヴィアタンの触手が真冬を貫く。
 真冬の原から赤い血が吹き出して、彼女の命はそこで尽きる。

 ―――はずだった。

「そんなところで寝ては、風邪を引かれますわよ?」
 聞こえてきたのはどこか聞き覚えのある好きになれない人物の声。
 真冬の身体に痛みは無い。
 何故なら、駆けつけた人物は、扇子を巨大化させて触手から真冬を守っていたからだ。
 そう、朱色の髪を持つ『ヴァンパイア』―――、
「貴女には、言わねばならない事がありますのよ」
 朱鷺綾芽が。

121竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/03/25(日) 19:52:03 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 目の前に現れた朱鷺綾芽に、真冬は信じられないものでも見るように、大きく瞳を見開いていた。
 状況が上手く把握しきれない真冬は、順番に今の現状を確認していく。
 まず、レヴィアタンに騙されてここに連れて来られた。何体もの悪魔を倒して、レヴィアタンと対決することになった。対決中に覚醒状態が解けて絶体絶命の状況に陥った。やられそうな時に、朱鷺綾芽が助けに来た。
 しかし、今彼女は霧澤と一緒にいたはずだ。
 何故、ここに来たのか……。真冬にはそれが一番理解できなかった。
「……朱鷺、さん……?どうして、ここに……?」
 朦朧とする意識の中、真冬は必死に唇を動かした。
 すると、横の方で真冬が良く知る、一番身近な人物の声が耳に届いた。
「見えてるのは前にいる朱鷺だけか?」
 横にいたのは、真冬の契血者(バディー)である、霧澤夏樹だ。
 思わず笑みがこぼれそうになったが、真冬はふいと顔を逸らして、呟くように問いかけた。
「……何で……来たの……?」
「迷惑でしたか?真っ先に駆け出したのは彼ですのよ?」
 朱鷺の言葉にえ?と真冬は間の抜けた声を漏らす。
 そのまま朱鷺は言葉を続ける。
「街で強力な魔力を感じたので、真冬さんが一人だと危ないと言って一人で突っ走っていったんですの。まあ、場所を特定したのは私ですがね」
 真冬は背けていた顔を、霧澤にもう一度向けなおす。
 霧澤は笑みを浮かべて、
「悪かったな、一人にさせちまって。思えば俺とお前はお互いに助け合うってのが契約した理由だったもんな」
「……でも、私は夏樹君を信用することが出来なかった……」
 霧澤は真冬の頭に手を置いて、笑みを浮かべながら声を掛ける。
「んな事ねーよ。朱鷺から聞いたんだけど、契約ってのは『ヴァンパイア』から一方的に切れるらしいじゃねーか。俺の指にはお前との契約の証である指輪がまだある。ってことは、お前は最後まで俺を信じてくれてたってわけだ」
 真冬は今まで溜めていたもの全てを吐き出すように涙を流す。
 声を上げて泣いて、思わず霧澤にも抱きついてしまう。
 霧澤は嫌そうな顔をしない。むしろ抱きついてきた真冬をそっと優しく抱き返した。
 その光景に朱鷺は溜息をつき、安堵したような表情を浮かべる。
 だが、この状況を面白くないと思う人物が一人だけいた。
「……ちょっと、私が完全に蚊帳の外じゃないですか。つまらないなぁ」
 そう言うと朱鷺はレヴィアタンを睨みつける。
 たった一人で戦おうとする朱鷺にレヴィアタンは歪んだ笑みを顔に刻む。
「まさか、貴女一人で戦うつもりですか?止めておいたほうがいい。貴女ごときでは、私を止めることは不可能です」
「……随分と自信がおありのようで。ですが、後で吠え面をかかれても困りますので、手加減とかやめてくださいね」
「はははっ。手加減とかしないと貴女達はすぐに壊れるでしょう?それに、私が強いのではなく、貴女達が弱いんです」
 その台詞は朱鷺の闘争心をかき立てるのに十分だった。
 朱鷺は扇子を構え、レヴィアタンへの臨戦態勢を立てる。
 そこへ、
「……一人じゃ無理だ」
 女性の声が飛ぶ。
 その声は、この場にいる朱鷺綾芽のでも赤宮真冬のでもないような、低い声だった。
 そう、限定的な状況意外では二人のどちらも出せない声だ。
 真冬はスッと立ち上がって、朱鷺の隣に並ぶ。
「あら、大丈夫ですの?もう涙は流し終えたんで?」
「なに、後で十分流すさ。今は、その未来のために奴を討つぞ」
 朱鷺の隣に立った真冬は、長い髪に鋭い目をした、覚醒状態の赤宮真冬だ。
「ですわね。私も早く済ませたいですわ」

122竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/03/30(金) 13:21:29 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 覚醒状態の赤宮真冬と通常状態の朱鷺綾芽は、隙すらも見せず悠然とレヴィアタンを睨みつけながら、彼の前に立っていた。
 二人の視線を浴びながらも、レヴィアタンの余裕を見せびらかせるような不適な笑みは一切崩れない。それどころか、真冬と朱鷺が戦えるとなったからこそ、深く笑みを刻んでいるような気もする。
 そんな笑みを崩さない彼に、真冬は眼光を鋭くして問い質す。
「……何故、そんな笑みを浮かべられる?お前は一人で私達は二人だ。私達が弱いと言っても、二人を一気に相手するのは難しいだろう?」
 レヴィアタンは小学生の一年生でも分かるような問題を解いているような、退屈そうな表情を浮かべた。
 そして、心底つまらなそうな表情で答える。
「答える必要性をあまり感じませんね。それはあくまで三次元内での話でしょう。ほら、例えばゲームとかでもプレイキャラが複数の敵に向かっていくってあるでしょ?それと同じですよ」
 レヴィアタンは狐目の目を一層細くして、笑みを浮かべたままこう言った。
「君らはモブと一緒です」
 こめかみに青筋が立つ真冬だったが、そんな彼女を朱鷺が肩に手を置いてなだめる。『我慢して』と言わんばかりに。
 彼女は笑みを浮かべて言い返した。
「あら、こんな美女二人を捕まえてモブ扱いですか。随分と遊ぶのがお好きなようですわね」
「いやいや。私は遊ぶのが好きじゃないですよ。ただ君達みたいな豚女を弄るのが好きなんです」
 瞬間、真冬と朱鷺の怒りのリミッターは限界値を超え、レヴィアタンに突っ込んでいく。
 二人の瞳は怒りで満ち足りていた。
「真っ向勝負ですか。いいですね。ですが、私の武器は背から生える五本の腕。君達はたったの二人……、おつりが出ますよ」

「「―――ほう」」

 真冬と朱鷺は声を合わせてそう呟く。
 二人は華麗に襲い掛かってきた五本の触手をかわし、その触手を粉砕する。真冬は素手で、朱鷺は扇子でだ。
「―――な」
 レヴィアタンの瞳は驚愕で染まった。
 一本ずつならまだ分かるが、一瞬にして五本の触手全てを粉砕されるなど思いもよらない事だった。
「五本の腕が―――何だったかな?」
「さあ?あまりにも一瞬過ぎて聞き逃してしまいましたわ」
 二人は視線をレヴィアタンに向け、朱鷺が嘲笑しながら言う。
「もう一度、ハッキリとした口調で言ってくださる?」
「言ってあげますよ」
 反してレヴィアタンの返答はすぐに帰ってきた。
 真冬と朱鷺の二人は目を疑った。
 何故なら、そこには無くなったはずのものが彼女達の瞳に映されたからだ。
「君達二人では私の五本の触手の相手をするのに―――」
 
 ―――何かが蠢く。

 レヴィアタンの背中から生えている生き物のような、気味の悪い腕のような物が。
 真冬と朱鷺を睨みつけるように、先をこちらに向けている。
「君達二人で相手をするには、おつりが出るってね」
 粉砕したはずの五本の触手が、再生していた。
 しかも、真冬の炎より毒々しい赤い炎を纏った状態で。薄気味悪く、卑しく、吐き気がしそうな動きで蠢いたまま。

123竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/03/30(金) 17:38:39 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 ―――嘘でしょう?
 眼前の光景に、朱鷺綾芽はそう思わざるを得なかった。
 何故なら、先ほど真冬とともに粉砕したはずの五本の触手全てが、粉砕する前の状態に戻っただけでなく、毒々しい赤色の炎を纏っているのだから。
 朱鷺は顔をしかめ、眼前で卑しく蠢く触手に冷や汗を垂らす。
 ―――馬鹿な。
 眼前の光景に、真冬は小さくそう呟かざる得なかった。
 何故なら、先ほど朱鷺とともに粉砕したはずの五本の触手全てが、粉砕する前の状態に戻っただけでなく、自分の炎より毒々しい色を放つ炎を纏っているのだから。
 真冬は無理に口の端に笑みを浮かべ、眼前で薄気味悪く蠢く触手を焦ったような眼光で睨みつける。
 ―――冗談キツイぜ。
 眼前の光景に、霧澤は眉間にしわを寄せながらそう思わざるを得なかった。
 何故なら、先ほど真冬と朱鷺の二人が粉砕したはずの五本の触手全てが、粉砕する前の状態に戻っただけでなく、真冬の炎より重苦しい色を持った炎を纏っているのだから。
 霧澤はこの光景に、絶望にも、悲愴にも、悲哀にも似たような気持ちで、心の中だけで『どうすればいいんだ』と叫んでいた。
 ―――肩すかしもいいところですね。
 眼前の光景に、レヴィアタンは軽く溜息をついてそう感じた。
 何故なら、目の前に居るのは先ほどまで勇ましく立っていた『ヴァンパイア』の姿は無く、ただただ絶望に打ちひしがれた様な顔をした『ヴァンパイア』がいるのだから。
 レヴィアタンは、真冬か、朱鷺か、霧澤か。誰からこの触手で串刺しにしようか、首を傾げながら悩んでいた。

 ―――楽勝かなぁ?
 人間界で繰り広げられているだろう、レヴィアタンと赤宮真冬達の戦いを想像しながら、白髪で鎌を持った女は、椅子に腰をかけ頬杖をついたまま、魔界でそう思う。
 何故なら、自分が相手を不信しているとはいえ、仮にも『七つの大罪』を司る七魔(しちま)の一体。苦戦させられる事はあっても、負ける事はそうはないだろうと、強さだけは信じているのだから。
 彼女は頬杖をついたまま、退屈そうな表情を寸分も変えずに、薄く口を開いた。
「……まーだ帰ってこないわね、アイツ。本当に戦ってるのかしら。人間の女に目移りして本来の目的を忘れてなきゃいーけど、あの変態悪魔」
 信じていない仲間に、容赦の無い悪態をつく。
 まあ、向こうも自分をそんなに信用していないみたいだし、こっちがどう思うが勝手よね、というどこか間違った自己解釈をして、女は椅子から立ち上がる。
 楽しそうな仕草ではあるが、彼女の表情に笑みは無い。
 まるで、笑みが付け入る余裕すらないような、そんな最も無表情に近い無表情だ。
 そんな中、目だけは嘲笑を見せている。
「もしもの話だけど、アイツが負けて帰ってきたらどーゆーお仕置きするか、考えなくっちゃね」
 そう言って、彼女はその部屋から抜け出した。
 本当に、本当に、本当に楽しそうな言動に、笑みなど含まずに。

 ―――ただ、愉悦と狂気のみが含まれた、そんな表情で。

124竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/03/31(土) 11:34:11 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
第17話「赤と朱が交わりて」

 赤宮真冬と朱鷺綾芽は、再生した相手の五本の触手に細心の注意を向けていた。
 さっきから触手が蠢いているだけで、自分からは攻撃しようとしないという事は、レヴィアタンには直接的な攻撃方法はないだろうと思われる。
 だが、彼女達が無意識にも何もしていないレヴィアタンに少しでも警戒してしまうのは、五本の触手に纏っている毒々しい赤色の炎だ。
 先ほどまではなかったこの炎。
 恐らくはレヴィアタンの能力だろうという想像は容易に出来るが、悪魔が炎を使うなんていう事があるのだろうか。
 真冬は思い切って聞いてみた。
「……おい、レヴィアタン」
「……ん?私の事はリヴァイアサンと……まあいいでしょう。何ですか」
 訂正をしようとしたレヴィアタンだが、質問に答えるのが先だろうと訂正を途中で止める。
 彼は本当に退屈そうな表情で真冬の顔を見た後、彼女が何を聞こうとしたのか分かったのか、口を開く。
「ああ、私の触手の事ですね。これはただ再生しただけですよ。トカゲの尻尾のように……まあアレとは速度は比べ物にならないほどに速いですが―――」
「そうではない!」
 分かってますよ、とレヴィアタンは相手を落ち着かせるように言う。
 それから、薄く瞳を開けて恐怖を感じさせる眼で相手を見つめながら答える。
「炎でしょう?通常、『ヴァンパイア』が持っている『討滅の炎』は悪魔を滅するための最大の武器。それを使うために、血をエネルギーとし、人間との協力が必要になる。ですが、私みたいに『七つの大罪』を司る悪魔には、それぞれ色が違う炎が与えられている。勿論、私達だけじゃなく、悪魔でも炎を使うのは何体かいますがね」
「……ならば、それはお前自身の能力ということか?」
 レヴィアタンは静かに頷く。
 五本の触手が薄気味悪く蠢きながら、レヴィアタンは言葉を続けた。
「これが私達の強みです。ですが、これを僕は自分の強さだとは思いません。―――最初に言ったでしょう?」
 レヴィアタンは怪しい笑みを刻んで、告げる。
「私が強いのではない。君達が弱いのだと、ね」
 同時に、五本の触手が一気に真冬達へと襲い掛かる。
 二人は触手を粉砕するような構えで、迫り来る触手の攻撃に備える。
 心のどこかで、二人は触手への恐怖を感じてなかった。
 確かに、再生した事は予想外だったが、想定内といえばその通りだ。しかも、一度砕いたものだ。
「―――同じ物に煩わされるとは」
「いささか不愉快ですわ」
 二人は先ほどと同じ身のこなしで、五本の触手の粉砕にかかるが、

 ―――ガッ!!と、先ほどとは全く違う音で触手が真冬を、殴りつけ壁へと吹っ飛ばした。

「ッ!?」
 真冬が壁に激突しても彼女は何が起こったのか分からずにいる。
 力を込めてなかったわけでも、ましてや防御時に炎を纏っていなかったわけでもなかった。
 ただ、油断していただけだ。
「……まさか」
 そんな中、レヴィアタンの声が真冬と朱鷺の耳に届いた。
「何も変わってない、とか一度壊したから大丈夫、とか子供みたいな幼稚な発想で安堵してたわけではないですよね。私の触手は炎を纏っています。分かりやすく説明しましょうか」
 レヴィアタンは五本の触手で、真冬と朱鷺に攻撃を仕掛けながら告げた。
「貴女達が使う炎は飾りですか?」
 つまりは、強化のためだと。
 あまりにも簡単で、単純で、誰にでも分かるような簡潔なすっきりとした回答だ。
 真冬も朱鷺も、先ほどとは力もスピードもケタ違いに上がった触手の攻撃に成す術も無く、ただ身を引き裂かれていった。
 レヴィアタンは更に告げる。
「まだまだ、眠らないでくださいね。色欲の宴はここからですから」

125竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/04/02(月) 15:52:54 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 真冬は口の端から流れる、一筋の血を手の甲で拭いながら傷だらけの身体を必死に動かして立ち上がる。
 彼女の視線の三メートル先には、うつ伏せで倒れている朱鷺の姿がある。
 そして、倒れてる彼女の更に先には、薄気味悪く蠢く五本の触手を背中から生やしているレヴィアタンの姿もある。彼はまだまだ余裕だ、とでも告げるように笑みを浮かべている。
 疲労とダメージで上手く頭が回らないが、今の戦況を一旦整理する。
 とりあえず、今は自分と朱鷺の二人でレヴィアタンと交戦している。だが、レヴィアタンが強いのか自分達が弱いのか、彼の五本の触手の前に手も足も出ず、今は二人ともまともに戦える状態でないのは確かである。現に朱鷺に至っては既に戦闘不能状態だ。
(……まずいな)
 これらの状態を見て、真冬は心の中でそう呟く。
 彼女は息を切らしながら、倒れているままの朱鷺へと視線を向けた。
(……奴も私同様の覚醒型。覚醒状態では体力や運動神経も上がっているため、私はまだ立っていられるが……覚醒していない朱鷺は、ダメージが積もれば積もるほど、戦いが長引けば長引くほど、体力が尽きるのも早くなってしまう)
 そう。
 覚醒型の最大の強みは、覚醒したときの爆発的な戦闘能力の向上にある。通常型の白波や茨や黒曜は、何処でも戦えるのが強さだが、覚醒型ほど力が上がるわけではない。
 何故か朱鷺は通常状態でもそれなりに戦えるようだが、体力や運動神経はどうにもならないだろう。
(……奴には契血者(バディー)がいない……。奴がただ夏樹に好意を寄せているから近づいたというわけでもなさそうだ……)
 そして、真冬は薫のお見舞いから帰る途中に、朱鷺が言っていた言葉を思い出す。
 『契約の際は、お互いの相性が合ってないとダメなんですわよ?つまり、貴方が、私と相性がいいのですよ』と。
 朱鷺は霧澤に向かってそう言っていた。自分と霧澤の相性が良いから。好意を寄せているのもあるし、単に相性が良いからでもある。だから、彼に自分の契血者(バディー)になってほしい、とまで頼んでいた。
(―――そうか、そうだな)
 現在戦えるのは自分だけしかいない。
 自分の力を過信できるほど自信はないし、何より身体を走る激痛がレヴィアタンの強さと自分の無力さを痛感させてくれている。
(―――そうだな、もう)
 負けたくなど無い。死ぬのなんてゴメンだ。何より奴の顔をぶん殴りたい。
 だからこそ、真冬は―――独りだった『ヴァンパイア』は勝つために『皆』と一つになろう、と心に決めた。
(―――もう、意地を張るのは―――)
 やめよう。
 真冬は背を向けたまま、夏樹に問いかける。
「夏樹!私を信じているか?一度離れてしまっても、お前は私を信じてくれるか?」
「……当たり前だろ」
 夏樹は言葉を返す。
 それが当然の答えであるかのように、自信を持って。
「俺はお前の契血者(バディー)だ。何があっても俺はお前を裏切らないし、お前も俺を裏切らない!そうだろ?」
「……よく言った」
 真冬は笑みをこぼした。
 背中しか見えていない夏樹には見えなかったが、夏樹にも何となく真冬が笑っているのが分かったような気がした。
「私はもう意地を張るのはやめた!強がるのもやめた!妬くのも、嫉むのも、拗ねるのも、腹を立てるのも、苛立つのも、だからお前は勝利の為に力を貸してくれ」
 真冬は背中で叫ぶように、夏樹にただ告げた。
「私が一回契約を断つから、お前は一度朱鷺と契約してくれ」
 振り向いて、そう夏樹に言い放った。

126竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/04/02(月) 19:27:25 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 真冬の言葉に、霧澤は自分の耳を疑った。
 ―――今、真冬は何て言った?
 『私が一回契約を断つから、お前は一度朱鷺と契約してくれ』。
 その言葉の意味を、あまり勉強も出来ないし読解力も高くない霧澤は瞬時に理解する事が出来なかった。いや、瞬時にでなくともテストのように一時間程度時間があっても、完璧に理解する事は出来ないだろう。
 何故なら、霧澤本人がその言葉の意味を理解しようとしないからだ。
 まさか、真冬の口から『一回契約を断つ』などと、冗談であっても聞きたくは無かったのだ。
「ど、どういう意味だよ赤宮!一度契約を断つって……」
 真冬は背を向けたまま、少しも視線を霧澤に向けずに口を開いた。
「仕方ないだろう、勝つ為に力を貸せと言った筈だ。朱鷺には契血者(バディー)がいない。これ以上通常状態で戦えば、本気で朱鷺の命に関わるのでな」
 真冬はそう言った。
 本当は、霧澤を取られまいと必死になっていた真冬にとっても、一度とはいえ霧澤と朱鷺を契約させる事は快くは思わないはずだ。
 だが、自分と他の仲間の命が懸かっているこの状況で、そんな子供の我侭を貫き通していいはずが無い。
「安心しろ。一度契約を切った者との再契約が不可能なわけじゃない。お互いが信用していれば、また可能な事だ。今この状況で朱鷺に力を与えられるのは、奴と相性が良いお前だけなんだ。この状況を打破できる可能性を秘めているのは私ではない。悔しいが、お前と朱鷺だけなんだ」
「そういう事を言ってんじゃねぇよ!俺は……」
 霧澤の言葉は最後まで続かなかった。
 言葉の途中で、倒れている朱鷺が薄っすらと笑みを浮かべながら声を発したからだ。
「……一度、貴女が契約を切って……私と夏樹さんを契約させ、そしてそれをまた切って……もう一度貴女と契約しなおす……。ふふ、随分と回りくどいやり方ですわね……」
 真冬は視線を下に落とす。
 朱鷺の言葉に、真冬はフッと笑みをこぼす。嘲りでも、哀れみでも、自虐でもない、ただ自然に出た笑みだろう。
「まあな。お前も、夏樹との契約が望みだったんだろう?一瞬とはいえ、叶って良かったじゃないか」
「……期待を裏切るようで悪いですが……そのようなやり方での契約はお断りですの……」
 朱鷺の言葉に、真冬は僅かに驚いたような表情をした。
 そんな表情の変化にも気付いていないだろう、朱鷺はそのまま言葉を続ける。
「……私はそんな汚いやり方は嫌ですわ……私は、貴女から力尽くで奪う、と決めたのですから……!」
 なら、と真冬は質問をする。
「お前の意にそぐわぬ事をして勝つか、意にそぐわぬからと言ってやらずに死ぬか、どちらの選択肢だ?後者を選んだ場合、お前が『私から夏樹を力尽くで奪う』という夢は叶わんぞ?」
 朱鷺の口が閉ざされる。
 そこで、真冬は霧澤へと視線を移して、念のために彼に確認を取った。
「夏樹、頼む。力を貸してくれ」
「……赤宮……」
 霧澤も中々首を縦に振らない。
 それもそうだ。勝つ為とはいえ、信用している者と一度契約を切ってしまうのだから。
「……夏樹、私は約束しよう。私はお前が好きだ。だから、私はお前をずっと裏切らないし、ずっと信用し続ける。私は勝って、大好きなお前とこれからも一緒に過ごしたいんだ」
 うるせーな、と霧澤の言葉が真冬の耳に、嫌な感じで心地よく届く。
 そう言い放った霧澤はフッと笑みを浮かべて、真冬にこう言った。
「言われなくても分かってるよ。勝てるんだろーな?」
「勝てるさ。いや、勝ってみせる」
 真冬はレヴィアタンへと視線を戻す。
 しっかりと目の前の敵を睨みつけながら、真冬は朱鷺へと言葉の視線を向けた。
「動けるなら夏樹のところへ行って契約して来い。だが、この戦いが終わったらまた切れよ?」
「……貴女は、私が契約し終わるまでどうするつもりですか……?」
「どっちにしろ、お前らの契約終了まで奴が待ってくれるとは限らんからな。私は奴を引き付けるよ」
 そうですか、と朱鷺は優しい笑みを浮かべた。
「まだ死ぬわけにはいかんからな。お前には言いたい事が山ほどあるわけだし」
「私も死ぬつもりはありませんよ。こちらも貴女と積もる話がありますからね」 
 二人はそれぞれに勝つという意志を込めた言葉を口にする。
 だから、と二人は言って各々の任務を果たすために、足を動かした。

「「―――生きて未来(あす)を迎えようじゃないか」」

 たった一言だけ、信頼を込めた言葉を告げて。

127竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/04/04(水) 14:17:39 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 真冬は傷だらけのまま、レヴィアタンと真正面から対峙する。
 背中から生やした五本の触手を薄気味悪く蠢かせているレヴィアタンは、相変わらず余裕の笑みを浮かべていた。
 たった一人で戻ってきた真冬に、珍しいものを見たような表情をしたレヴィアタンは口調に笑みを一切混同せずに問いかけた。
「……冗談はよしてください。まさか君は、そんな傷だらけの身体で、私に挑もうとしているのですか?」
 真冬は答えない。
 ただ、言葉の返事をしたかのように、拳に自身の赤い炎を纏わせる。
 それは戦いの準備。
 この動作一つで真冬にとっての『その通りだ』という返事をしたのだろう。それを納得したのか、あるいは答えなどどうでもいいのか、レヴィアタンの五本の触手も先を真冬に向ける。
 レヴィアタンは切り裂かれたような笑みを浮かべて、
「二人でそのザマの貴女に何が出来る?身を引き裂く苦痛だけでは足りぬのなら、今度はその華奢な身体を貫いて差し上げますよ!」
 同時に真冬はレヴィアタンへと突っ込む。
 そしてレヴィアタンの触手もそのまま真冬へと向かって伸びていくが、たった二本だけ、真冬を狙っていないものがあった。
 狙っていたのは、容易に理解できる。
 真冬を素通りし、狙うもの。それは真冬の背後にいる、霧澤と朱鷺だ。
「……ッ!?」
「無力な契血者(バディー)と満身創痍の『ヴァンパイア』では何も出来まい!彼女達が果てれば、貴女もお役ご免です」
 真冬は振り返りながら足に力を込める。
「―――すまんな。私は約束を違える程、恥知らずに生きてきた覚えは無い」
 思い切り力を込めた足で、地面を蹴り、自身を素通りした二本の触手の前まで先回りをする。
 それから、炎を纏った拳を、思い切り振りかぶった。
「私は朱鷺と『生きて未来(あす)を迎える』と言った。だから―――」
 前に突き出した拳が、炎を纏ったレヴィアタンの二本の触手を粉砕した。
 さすがに、レヴィアタンの表情も僅かな驚愕が混じっている。
「……悪いが、ここから先、お前の攻撃は何も通さん。お前の相手は、私だ!!」
「……言うじゃないですか……!」
 レヴィアタンは相変わらず笑みを浮かべている。
 だが、今までの笑みとは比べ物にならない、今までで間違いなく一番楽しそうな笑みだ。
「ならば貴女には、五本の触手で貫いてあげましょう。その綺麗な顔も、身体も、瞳も!そのまま残しておいてくださいね!」

 朱鷺は霧澤の前までやってくると、ぐらりとバランスを崩した。
 だが、彼女の身体が地面に付く前に、霧澤が彼女を抱きとめる。
「……大丈夫か?」
「……ええ……真冬さんに比べれば、私など……」
 とりあえず早く契約を済ませておきたいのだが、肝心の朱鷺がこの状態だ。
 ここはやはり男の俺が行くべきか?などと考えているのだが、どうも自分にはそこまでの勇気が無い。契約にはキスが必要というのをすっかり忘れてしまっていた。
「……申し訳、ありませんでした……」
 どうしようか、と考えている霧澤の耳に、朱鷺の謝罪の言葉が入ってくる。
「……私が我侭を言って、貴方を連れ回さなければ……こんな事にはならなかったはず……。……レヴィアタンの攻撃が起きても、他の『ヴァンパイア』と協力できたでしょうに……」
 確かに、街中で戦う事になっていれば、それはそれで面倒だが白波や茨も助けに来たかもしれないし。
 真冬と朱鷺と合わせて、四人で戦う事が出来たかもしれない。
「……私の我侭が原因で、真冬さんの機嫌を損ねてしまい、こんな状況にまで追いやった……昔から、私の行動って空回りが多いんですよね……」
 朱鷺は自虐的に笑う。
 そんな光景は霧澤の胸を痛めつけた。
「でも、お前だけが悪いわけじゃねーだろ」
 そんな朱鷺に、霧澤は優しく声を掛ける。
「元はといえば、お前の頼みをハッキリ断れなかった俺も悪いんだし、今回は誰が悪いとかじゃない」
「……夏樹さん……」
 朱鷺の目から、自然にとしか言いようがないような涙がこぼれる。
 彼女はそれを吹く事も忘れ、ただ涙を流す。
「だから、今は孤軍奮闘してる真冬を助けようぜ。……つっても、俺はまだこの緊張感に慣れてなくてだな……」
 霧澤は頬を赤くして、目を背ける。
 朱鷺も同じように頬を僅かに赤らめているが、目線は霧澤から背けていない。
 彼女はくす、と僅かに笑みをこぼし、
「……逆に慣れている方が、誤解を生みますわよ」
 
 ―――契約のための、口付けを交わす。

128竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/04/06(金) 16:27:00 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 一方で、赤宮真冬とレヴィアタンの対決は終止符が打たれようとしていた。
 レヴィアタンを倒すための方法として、朱鷺と霧澤の一時的な契約が必要だったのだが、ここで真冬が勝ってしまえば、それも無用になるのだが、
 現実は真冬の勝利で終わらなかった。
 当然といえば当然、必然といえば必然。偶然などにはならずに、この決着しかないというように、勿論レヴィアタンの勝利だ。
 真冬はレヴィアタンの触手をかわしながら、攻撃の隙をうかがっているが、中々相手に隙が出来ない。
 どころか、掠める程度の傷が真冬の身体に増えていく。
 そして、足をもつれさせてしまい、バランスを崩した真冬の両腕を二本の触手が捕える。
「……しまっ……!」
 そして、そのまま触手は真冬の背中を壁へと叩きつける。
「……ッ!!」
 真冬の口から血が吐き出され、彼女は壁にもたれるような体勢で身体から力を完全に抜いてしまっている。
 彼女の口の端からは、一筋の血が流れている。
 もはや睨みつけるだけしか出来ないのか、真冬は恨めしそうな瞳でレヴィアタンを睨みつけている。
「……今更そんな目をされても怖くありませんよ」
 彼はゆったりとした笑みを浮かべながら、真冬にゆっくりと一歩ずつ近づいていく。
 指摘をされても尚、真冬は相手を睨みつける視線を変えない。
「最初から貴女に勝ち目は少しもありませんよ。だって、貴女が弱いのだから。いくら足掻いたって、私には敵いません」
「……ふ、殊勝な事だ……。私も弱い自信はなかったのだが、ここまでくるとお前との差に愕然とさせられる……」
 真冬は自虐的に笑う。
 レヴィアタンは真冬の前まで行くと、そこで足を止め、彼女と普通というように話を始めた。
「……分かりませんね。貴女が彼ともう一人の『ヴァンパイア』に賭ける理由が」
「……お前ら悪魔は、信じるという事をしないのか……?」
 レヴィアタンは笑みを浮かべながら明るい声で答える。
「はい。全くもって、今の今までありませんよ」
「…………悲しい、事だな……」
 真冬は振り絞るような声で言う。
 喋るのでさえも限界のはずが、彼女は続けて唇を動かし続ける。
「……信じる事が出来ないのは……悲しい事だ……。私は、朱鷺を信用していない……だが、強さは認めている。……奴は必ず夏樹と契約して一緒に戦ってくれると、私は信じている……。私は、奴を信じている……」
 レヴィアタンはきょとんとした表情になる。
 言った真冬も、言い終わった後に気が付いたのか、笑みをこぼす。
「矛盾、してるな……。だが、一つ言い切ってやろう……お前が私を殺しても、お前は必ず討滅される……」
 真冬はニッと笑みを浮かべて、レヴィアタンに告げる。
「お前は、朱鷺にやられるからな……!」
「……モブの台詞に憤慨するほど、私は小さくありませんよ」
 言葉とは裏腹に、はらわたが煮えくり返るように、五本の触手が蠢く。
 レヴィアタンは薄く瞳を開いて、ただ一言だけ告げた。
「さようなら」
 五本の触手が一斉に真冬に襲い掛かる。
 真冬は貫かれるその瞬間まで笑みを崩さない。そこへ、

 ゴッ!!とレヴィアタンの腹に何かが叩き込まれ、レヴィアタンの身体が面白いように横に飛んでいく。

「ああ、確かにさようならじゃな。貴様は我の戦友を痛めつけた。その礼は返してやらんとな」
 朱鷺綾芽に似た声だ。
 真冬が声の方向に目を向けると、そこには着物を着た腰くらいまでの朱色の髪をなびかせた美しい顔立ちの女性が、巨大な鉄扇を持っていた。
「……お前……?」
「貴様の言うように助けに来たぞ。赤宮真冬」
 真冬には、目の前の人物が誰か分からなかった。
 何故なら、
「我は少々飽いた。早々に片付けよう」

 ―――性格が逆転した彼女が、朱鷺綾芽だと初見で誰が分かるだろう。

129神野計画:2012/04/08(日) 05:10:09 HOST:ntfkok190145.fkok.nt.ftth4.ppp.infoweb.ne.jp
糞スレだなぁw

130月峰 夜凪 ◆XkPVI3useA:2012/04/21(土) 13:50:18 HOST:p13045-ipngn100102matsue.shimane.ocn.ne.jp

コメント失礼します!
竜野さんの作品は全て大好きなので、どれにコメするか迷ってしまう今日この頃←

それにしても、真冬ちゃんも綾芽さんもかっこいいです!>>126の最後の「生きて未来(あす)を〜」のセリフに痺れました!
竜野さんのセリフ回しはやっぱり素敵です!

そして覚醒綾芽さんktkr!!
元のおしとやかな口調の綾芽さんも好きだったのですが、覚醒verの綾芽さんもかっこいいですね!溢れ出るカリスマg((

それでは、お忙しいとは思いますが、続きも頑張ってください^^

131竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/04/21(土) 21:03:18 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
月峰 夜凪さん>

コメントありがとうございます。
結構更新の差が激しいので(( 最近はこればっか更新してるようn((

真冬と朱鷺の友情が芽生えだしたような台詞にしようと思ったのでこんな台詞になりました。台詞は結構気をつけてますね。そのキャラの場面を印象付けられるように上手く工夫できているか不安ですが((
素敵と言っていただけるとは……僕も月峰さんの表現力が素晴らしいと思います^^

ついに、ですよ(笑)
朱鷺の覚醒状態はかなり焦らして焦らしての登場だったので、僕自身も書きながら『早く覚醒しねぇかな、こいつ』とか思ってましたw
登場の時から変わらずに、朱鷺さんは相変わらず動かしにくいです。覚醒状態でましになることを祈ろu((

はい、このコメントを励みにして頑張らせていただきます^^

132竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/04/21(土) 21:22:01 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 目の前に現れた着物を着た、朱色の髪を持った女性に真冬は目を丸くしていた。彼女の心の内にある疑問は一つだ。
 ―――誰だ、こいつ?
 実際口にはしてないが、目の前の着物美人には真冬がどういう疑問を抱きながら自分を見ているか分かったらしい。
 彼女は巨大な鉄扇を広げて、真冬の顔の前に突きつける。
「うんうん。貴様の言いたいことはよぉーく分かるぞ。我が誰だか知りたいのじゃろう。しかし、そのような疑問を抱くとは貴様も中々に薄情じゃな」
 会って早々何故こんなにも悪口を言われなければいけないのか。
 だが、真冬は彼女の言う悪口に何処か誰かに似た嫌味的な成分を感じていた。
 今の言葉、朱鷺綾芽に似ている、と。
「ああ、何て可哀想なのだろう我は!今までともに戦った戦友に存在を忘れられるとは……涙が出るのう」
 女は背を向けて嘘泣きを始めた。
 その様子に真冬も霧澤もどうしていいか分からず、ただ無言のまま彼女を眺めていた。
「待て。一人だけ、心当たりがある……お前は朱鷺綾芽なのか?」
 真冬の言葉に、女の肩が僅かに震えた。
 嘘泣きをしていた声は治まり、再び真冬へと振り返り自信あり気な声で言う。
「今更気付いたのか、遅いぞ戦友よ」
 やはり、先程の嫌味が混じった台詞は朱鷺綾芽のものだったらしい。
 着物美人、改め覚醒した朱鷺綾芽は覚醒前では考えられないような鋭い目つきでレヴィアタンを睨みつける。
「さーてさてさて。要は我は貴様と結託し、あの下品な男を倒せばいいのじゃな?」
「その通りだ……。だが、見ての通り私はほとんど限界だ……。お前に頼りっきりになるかもしらんが―――」
「ほほう、それでよく霧澤夏樹の契血者(バディー)が務まるのう。ダメージが大きいと弱音しか吐けんのか?ん?」
 前言撤回。
 朱鷺より性質(たち)の悪い嫌味だ。
 真冬は歯を食いしばって、傷だらけの身体を必死に立ち上がらせる。
「お前は鬼か。こんな傷だらけの身体に鞭しか与えんとはな」
「はて。我は『立て』とか『戦え』とは言ってないぞ?貴様が勝手に立っただけであろうに」
 屁理屈だ、と真冬は吐き捨てて構える。
 痺れを切らしたようにレヴィアタンの五本の触手が薄気味悪く、赤い炎を纏いながら蠢く。
「もういいですか?そろそろ、私も無視されるのは不快なので」
 レヴィアタンの薄い瞳孔が開かれる。
 それを合図とするように、五本の触手は一斉に真冬と朱鷺の二人に襲い掛かる。
 だが、朱鷺はかわそうとはせずに真冬の前に立った。
 そして小さく、一言だけ呟いた。
「―――『朱旋刃(しゅせんじん)』」
 それと同時に二人に襲い掛かっていた五本の触手が、木っ端微塵に切り裂かれてしまった。
「馬鹿なッ!!」
 目の前の状況にレヴィアタンは叫ぶ。
 絶叫し、絶句し、唖然とする。
「ぬるーい。ぬるいぬるいぬるいぬるいわ!こんな粗末な物で、我らを貫くなど夢物語だとその身体に教え込んでやるとしよう!!」
「盛り上がるのは結構だが、私にはそんな元気は無いぞ」
 赤色と朱色。
 二人の二回目の共闘が開始した。

133竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/04/28(土) 23:09:25 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 形勢逆転。
 今までそんな言葉を使うとは思わなかった。相手と戦うときはいつだって自分が優位なまま終わってしまう。一瞬でも劣勢に陥った事など、考えた事も無かった。だからこそである。だからこそ、色欲の悪魔は焦っていた。
 形勢が逆転する事もされる事もなく、今初めて心から『危ない』と思えるほどの危難を孕んだ相手と戦っている。中でも朱鷺綾芽は一番危ない。
 このまま戦っていれば、自分を待つものが何か容易に想像が出来た。
 死だ。
 ただ、一文字で解決してしまう、書けばあっさりした儚いものだが、事実としてはかなり重いものだ。
 色欲の悪魔、レヴィアタンは目の前の脅威二人にただ愕然とするしかなかった。
(まずいぞ……っ!まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい!!このままでは、私がやられてしまう……!おのれ、赤宮真冬だけならもうとっくに決着がついていたというのに……!)
 だから彼は、一人である真冬に声を掛けたのだ。
 たった一人である彼女になら勝てる。という彼の汚い卑怯な心が表れたのだ。
「さて、と。どうする真冬よ。我は体力がバリバリあるから、奴の相手を全面的にしてやってもいいぞ?」
 真冬は考える。
 現時点で一番厄介なものは何か。それは言うまでもなく、考えるまでも無く、レヴィアタンの背中から生えている五本の触手だろう。切っても斬っても裂(き)っても、すぐに再生しては意味が無い。だったらどうするか。根から絶やせばいい。
 真冬は唇を動かす。
「……五分だ」
 真冬は囁くような小さな声で朱鷺に告げる。
 意味が分からない朱鷺は首を傾げ、真冬の次の言葉を待つ。
 真冬は朱鷺の方を見て、僅かに笑みを浮かべた表情を作る。
「五分だけ、時間を稼げ。その三百秒で、私が五本の触手を何とかしてみせる」
「ほほう。勝算があるということじゃな」
「まあな。ほとんど愚作に等しいが、いや。もっとも王道な奇策だ!」
 朱鷺はフッと笑って、レヴィアタンに突っ込んでいく。
 今の二人に言葉はもう必要ない。戦士とは戦場では言葉は交わさないものだ。
 彼女達は今、立派な戦士となってレヴィアタンという巨悪に立ち向かっているのだから。
「……よりにもよって……貴女が相手ですか……!」
 レヴィアタンの表情には冷や汗が浮かんでいた。それほどまで朱鷺綾芽は彼の体で拒絶反応を起こされているのか。
 それに対して、自分に対して明確な苦手意識を持っているレヴィアタンに対し、朱鷺は怪しく笑って楽しそうに言う。
「くっくっく。全く飾ろうとも隠そうともしないのだな、貴様の本心は。だが、それでいい。それでこそ、我も貴様を葬る楽しみが増えるというものだ。覚悟しろよ。色欲の悪魔」
「間違ってはいませんが、私の事は肩書きでも、レヴィアタンでもなく、リヴァイアサンと呼んでください!」
 真冬は精神を研ぎ澄ましている。
 目を閉じて、体から力を抜き、深呼吸を繰り返している。
(―――チャンスは、恐らく一回だけだ)
 朱鷺が今時間を稼いでくれている。決して無駄にするわけにはいかない。

 朱鷺綾芽に謝りたい。―――自分の都合だけで忌み嫌ってしまった事を。
 奏崎薫と滝本美々と遊びたい。―――知り合って一ヶ月ほどしか経ってないけど、大切な友達だから。
 朧月昴と白波涙と汐王寺百合と茨瑠璃ともっと仲良くなりたい。―――ともに戦いを潜り抜けた大切な仲間だから。
 霧澤夏樹をまだ好きでいたい。―――初めて、心のそこから愛せる人に出会えたのだから。

(失わない、失わせない!明日を、未来(あす)を、日の出(あす)を、笑って、笑顔で迎えてみせる!この一撃で、終わらせてやる!!)
 赤宮真冬の瞳に、揺るぎない闘志が燃え盛る。
 決着は、今まさに着こうとしていた。

134竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/04/29(日) 13:27:19 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 最後の戦いが始まった。
 赤い炎を纏った五本の触手が、薄気味悪く蠢きながら朱鷺綾芽の身体を貫こうと襲いくる。だが、当の朱鷺綾芽本人は笑みを浮かべながら、何てことはない表情で触手をかわしている。
 レヴィアタンの表情にも焦りが見えてきた。
「はははははははッ!!どうしたどうした?貴様の攻撃は我には届いておらんぞ!」
 朱鷺は攻撃をかわし、自分の目の前を通過した触手に手を軽く添えた。
 悪戯っ子のような、引き裂かれた薄っすらとした笑みを浮かべ、朱鷺はレヴィアタンを見つめる。
「この卑しいモノで我を貫いてくれるのではなかったのか?精々我を絶頂させてみるがいい。前戯だけでは物足りん」
 レヴィアタンの触手の動きが早くなる。
 その速度に朱鷺も少し本気になって、リズム良く相手の攻撃をくぁしていく。たびたび触手が朱鷺の肌を掠めていく。
(……少しかわすのも難儀になってきたか。挑発が成功したようでよかった。さて、後は貴様次第だぞ、真冬)
 朱鷺は攻撃をかわしながら、控えている真冬へと視線を送る。
 真冬もその視線に気付いたのか、お互いが視線だけで会話をすると、真冬はレヴィアタンの視界から逸れるように動き出す。
(何をするのかは知らんが、我は貴様を信じておる。しくじるなよ。我との約束を違える事は許さん)
 真冬はレヴィアタンの背後へとたどり着く。
 目の前の朱鷺を殺す事に忙しいレヴィアタンは背後に真冬がいることにも、全く気が付いていない。朱鷺の相手を終えて初めて、真冬を探す事だろう。それほど朱鷺を殺す事に執念を燃やしている。
 まあ、あれほど挑発されればはらわたも煮えくり返るだろう。
(―――チャンスはたったの一度、決めてみせる!)
 真冬は炎を纏った手で、レヴィアタンの触手を根から斬り落とす。
 ここでようやく、レヴィアタンが背後の真冬の存在に気付き、視線を真冬へと向ける。
「お前は、そこで何をしているッ!?」
 真冬はレヴィアタンの身体が完全にこちらへ向く前に、彼の背中に自身の手の平を当てた。相手の身体がこちらへ向くのを止めるためではない。
「……お前の武器は、五本の触手だ。斬っても斬ってもきりが無いのなら、根から絶やせば良い。だから、貴様の触手の出どこを焼いて固める」
「……ッ!?」
 真冬は赤い炎でレヴィアタンの背中を焼く。
 黒く焦げた背中からは、あの卑しい触手は二度と生えてこない。焼かれる痛みにレヴィアタンは大きな叫び声とともに、足元をふらつかせ、壁に手をついて息を荒げる。
「はっ……はぁ……はぁ……!」
 レヴィアタンの頭の中にはもはや勝敗などなかった。
 一刻も早く魔界に戻らなければ、この二人によって討滅されてしまう。しかし、彼に逃げ場などは存在していなかった。
 何故なら、真冬の赤い炎と朱鷺の朱色の炎が混ざり合った、炎の竜巻が襲い掛かっていたからだ。
「はっ……!」
 レヴィアタンの口からは言葉はもう出ない。
 絶句した。彼はここで初めて『絶体絶命』という言葉を使い、文字通りに彼の逃げ場は絶たれた。
 赤い色欲の悪魔は、赤と朱が混ざった炎の竜巻に飲み込まれていった。

「……やったか……?」
 霧澤は炎の竜巻が治まり、安全だと確認した上で真冬と朱鷺に近づく。
 真冬は窓の外を眺めたまま、首を横に振る。
「奴を倒すには至ったが、討滅とまではいかなかった。恐らく、魔界に帰ったのだろうな」
「何にしても、やっと終わったのう」
 二人は歩き出すとともに、同時に霧澤の方へと倒れこんでしまう。
 霧澤も何とか二人を抱きとめて、そのまま倒れないように二人を支えている。
「ふ……困ったのう。ちっとも動けぬ……。……だが、ほれた男に寄り添うのも一興か……」
「まあ、今回は見逃してやるとするか……私も妬く体力は残ってはいないしな」
 赤宮真冬と朱鷺綾芽は、霧澤に寄り添ったまま動かない。
 それどころか、気持ち良さそうに寝息を立てて眠ってしまった。
 二人を支えている霧澤も、溜息をついて、二人の身体をしっかりと片腕だけで支えている。

135:2012/04/29(日) 14:26:54 HOST:zaq7a66fe3c.zaq.ne.jp
翔太s>>こんにちはです。

と言うか、結構最初の方にコメした以来ですが…憶えていますでしょうか。

のんびり見ていくので宜しくです。

136竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/04/29(日) 14:35:27 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
燐さん>

コメントありがとうございます。
お久しぶりです。最初の方から全然コメントが無いので、つまらないと思われたのか、興味がなくなったのか、少々不安でした……。

コメントをいただいたことはもちろん覚えていますよ^^
はい、進むのも展開もスローテンポなので、ゆっくりでも全然構いませんよw

137竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/04/29(日) 21:27:57 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 赤宮真冬と朱鷺綾芽と霧澤夏樹はレヴィアタンと戦った建物の中から外へと出た。
 外は既に太陽が沈みかけていて、地平線からオレンジ色の光が眩いほどに輝いている。その光景をしばらく三人で眺めた後、朱鷺は踵を返して、二人に背を向けてゆくりと歩き出す。
「それでは、私は一足先にお暇(いとま)させていただきますわ。後は二人で仲良くやってくださいな」
 真冬と朱鷺の覚醒状態は既に解けている。
 まあ、二人ともあんな長い間戦っていたのだから、吸った血の残量がゼロだと考えるのが妥当だろう。
 帰ろうとする朱鷺に、真冬は声を掛けて彼女を止める。
「契約。夏樹君との契約、解いていってよ」
 そう言われた朱鷺は不機嫌そうな顔をして、
「ああ、このまま去れたらよかったのに。まだ夏樹さんと繋がっていたいのに、もう終わりなんですの?」
「当たり前でしょ!?元々私の契血者(バディー)だし!」
 襲い掛かってきそうな感じで叫ぶ真冬に、朱鷺はうるさいとでも言いたいような顔をする。
 朱鷺は溜息をついて、扇子で再び口を隠す。
「言われなくても契約は解きますわよ。こんなやり方じゃなく、ちゃんと貴女から奪い取ろうと思ってますから」
 朱鷺の言葉が終わると同時に、朱鷺と霧澤の指輪が音も無く砕けていく。
 『これでいいんでしょう?』と溜息をつき、朱鷺は再び歩き出す。必要以上の言葉は言わないで、これから会う事はないだろうと思わせるような、寂しい背中で。
 契約も解除したし、もう何も無いだろうと思っていた霧澤だが、真冬は再び彼女を呼び止める。
 二回も呼び止められればさすがに不愉快なのか、朱鷺は僅かに怒った表情で振り返る。
「何ですの!?」
「また会おうね。今度は、こんな出会い方じゃなく、友達として」
 真冬の口から放たれた言葉に、朱鷺は大きく目を見開いた。
 自分の契血者(バディー)を無理矢理奪おうとした相手を、強引に連れ出して危険な目に遭わせた相手を、どうしようもない状況とはいえ一度契約を破棄させた相手を、
 『友達』と言ってくれた。
 朱鷺の目から涙が溢れ出しそうになる。だが、彼女はそれを必死に堪えて、嬉しい気持ちを隠すように、嫌味の無い悪態をついた。
「友達?そんな生やさしいもので私達の関係は済みませんわ。恋敵でしょう?」
 真冬はニッと笑みを浮かべてこくりと頷く。
 朱鷺は言い残すように、台詞を吐き捨てていった。
「私、夏樹さんを諦めたわけではないので。『あんなこと』をされては、諦めませんわ」
「……あんなこと……?」
 朱鷺の言葉に真冬の表情が凍りつく。
 それを見て、霧澤からは見えない角度で、楽しそうな笑みを浮かべた朱鷺は、
「では、またどこかで」
 そう言って、高く飛んで姿を消した。
「行ったな」
 霧澤のその言葉の後の真冬の返事は、彼に同意するものではなかった。
「ところで夏樹くん。さっき朱鷺さんが言ってた『あんなこと』って何?」
 ジト目でこちらを睨みつけている真冬。
 何故かは分からないが、覚醒状態の時より今の方がよっぽど怖い。
 霧澤には、朱鷺の言った『あんなこと』の正体が分かっていない。何故なら、
「私がレヴィアタンと戦ってるって時に、夏樹くんは朱鷺さんとイチャイチャしてたってわけぇー!?」
 真冬は霧澤に襲い掛かる。
 ちなみに、朱鷺が言った『あんなこと』とはデート中の出来事ではなく、契約のキスのことだ。
 霧澤には知る由も無い。

138竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/04/29(日) 21:39:17 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
〜あとがき〜

第三章がついに完結いたしました。さっきまで頑張っていた竜野翔太です。
『朱赤(しゅしゃく)編』はぶっちゃけ、魔界の『こっちは本気だぜ』っていう感じを出すための話だったりします。だからレヴィアタンが行くと言った時や、準備の時、さらには戦闘中まで魔界の白髪女が結構喋ってたでしょ?今のところ作者の一番好きなキャラです。
朱鷺さんに関しては、真冬と若干仲が悪い恋敵というわけで、薫とはまた違ったキャラですね。
彼女の出番も、これからちょくちょく出てきます。
にしても第三章、茨ペアでなかったな……。
いや、出そうとは思ったんですけど、どうもあの二人をねじ込める余裕がなくてですね……無理でした。もしあのペアのファンの方がいたのなら、すいませんでした。
四章こそは……、ああダメだ。出せそうに無い。
四章での活躍キャラは今のところ、夏樹と真冬と、そしてほぼ空気と化してしまっていた薫ちゃんです!
そしてレヴィアタンの失態もあって、魔界もそれなりに動き出します。
第二の大罪の悪魔が、人間界に来ちゃったり、不思議な雰囲気を醸し出すヴァンパイアも登場です!

第三章『朱赤編』、完結。

第四章『金瞳(こがねのまなこ)編』、開始です。


ちなみに、朱鷺さんが告白された回数は、二十七回です

139竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/05/04(金) 13:46:43 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
第18話「CALL 捜し求める声」

 逃げる、逃げる、逃げる。
 僕の大事な物を奪おうと追う悪魔から、僕はただひたすらに逃げ続けていた。鬼から逃げ続ける遊びを十二年繰り返し、僕は気付いてしまった。
 何で逃げなければいけないんだろう?そうだ、逃げ続ける理由なんて無い。
 来るなら、壊せばいい。
 追う、追う、追う。
 僕の大事な物を奪おうと襲ってきていた悪魔を、今度は僕の番だと思い知らせるように追い続けた。鬼を追い続ける遊びを始めて三年、鬼ごっこは終ってない。
 追われて逃げて。逃げて追われて。追われて壊そうとして。壊そうとして逃げられて。逃げられて追いかけて。
 そんな何の意味も持たない鬼ごっこを繰り返している。
 僕が生まれてから十五年、そんなくだらない事ばかりに時間をかけていた。
 僕は奴の正体を知らない。名前も、能力も。知っているのは性別と声だけ。
 奴は僕の正体を分かっていない。名前も、炎の色も。知っているのは性別と声だけ。
 僕は奴が何を狙って追って来ているのか理解していない。何が目的か、命かそれ以外の物か。これについては僕は何も知らない。
 ―――本当に無駄な鬼ごっこを続けた。
 そんな時だ。こんなくだらない事に嫌気が差してきた頃に、僕は声を聞いた。
 ハッキリとは覚えていない。
 聞いたことも無い声。綺麗な声で、透き通った透明感のある優しい声だった。
 明らかに女性の声。元気で活発で、皆から愛され慕われているような、僕とは真逆な性格の持ち主の声だった。
 闇にいる僕を必死に呼びかける声。何度も、何度も、何度も僕の名前を呼んで、僕が夢から覚めると決まって声は途切れてしまう。
 誰の声だろう?何で僕の名前を知っているんだろう?何がしたいんだろう?何で呼んでいるんだろう?僕とは何の関係があるんだろう?
 僕は、問いかける。

 ―――貴女は、誰ですか?

「はあぁー……」
 学校からの下校途中、霧澤と肩を並べて帰っている真冬は、疲れきった重い溜息をついた。
 霧澤は、学校から帰っている途中にこんなに疲れている真冬は初めてなのか、珍しいものでも見るかのように、真冬を見つめていた。
「どうしたんだ、赤宮。お前が学校で疲れるなんて、珍しいんじゃねーの?」
 真冬は小さく頷いた。
 彼女の疲れの原因は、六時間目の体育である。
 霧澤達の通っている高校では体育は男女別で行うため、男子がグラウンドを使う授業では女子は体育館、女子がグラウンドを使う時は、男子は体育館になっている。そのため、お互いが何の種目をやっているのかは、把握できない。
「今日の女子の体育はソフトボールで……」
 真冬は口を開く。
 ソフトボールってそんなに疲れるだろうか?男子の霧澤からしてはそんな疑問が浮かんだが、男女の体力差はある。それでも九人前後で行うのだから、ピッチャーや代走を任され続けていなければ、それほど疲れないと思うのだが。
「私達のクラスの女子って十五人でしょ?だから、こっちのチームが六人、相手チームが九人で戦うことになって……」
 理不尽だ。霧澤はそう思う。
 相手チームに奏崎と滝本がいればさらにお粗末な展開になっただろうが、それはなかったらしい。真冬、奏崎、滝本は仲良し三人組だ。
「薫ちゃんがピッチャー、滝本さんがキャッチャー……ここまではいいんだけど……」
 問題は次だ。
 真冬は僅かに語勢を強めて言った。
「センター、レフト、ライトを私一人で守らされる羽目になったの!」
 それはお粗末だ。
 奏崎のピッチングで何とか点差は抑えられたものの、結局十点差で敗北している。
 ソフトボールなんて大嫌い、と真冬は呟いている。
 そこへ、悪魔の叫び声が真冬と霧澤の耳に届いた。
 体育で死にかけた後に、悪魔を討滅するなんて真冬からしたらかなりの重労働だろう。通常状態の真冬の体力は普通の女子の体力よりも少なめなのだから。
 真冬が霧澤と共に悪魔の出現場所まで向かおうとした途端、

 ボトリ、と二人の眼前に何かが落ちてきた。

 黒い物体。それは霧澤も真冬もよく知るものだった。
 悪魔の死骸。だが、原型は元の形を留めておらず、手足が歪な方向に曲がっていたり、顔のパーツの配置がバラバラだったり、身体の一部が引き千切られていたり、一目で悪魔と分かる状態ではなかった。
「また外れでしたか」
 唐突に上から放たれた声。
 声の持ち主は電柱の上に立っていた、銀髪のツインテールで、右目には眼帯をしている身長150前後の小柄な少女。その少女の背中には、彼女より少し大きい金棒が携えられていた。
 少女は霧澤と真冬に気付かず、辺りを見回して、遠くを見据えると、
「何処ですか、マモン」
 そのまま見据えていた方向へと、電柱を強く蹴り、跳び去っていった。

140竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/05/05(土) 03:04:11 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

『銀髪ツインテールの、眼帯をした「ヴァンパイア」を見た?』
 夜に真冬は、下校途中に起きた出来事を電話で白波に話していた。
 風呂上りなのか、真冬はタオルを頭の上に乗せたまま、携帯電話を耳に当て白波と話していた。
「うん。涙ちゃんなら、何か知ってるかもって夏樹くんが」
 その言葉を聞いた白波は間延びした溜息をついた。
 電話越しにも分かるほどの呆れたような、疲れている溜息だった。何というか、その疲れきった溜息だけで白波らしさが滲み出ている。
『あのねぇ、アンタも夏樹くんも何か勘違いしてない?私は魔界図鑑じゃないのよ。質問に全部答えられるわけないじゃない』
「でも、『四星殺戮者(アサシン)』とかフルーレティの事だって結構知ってたし……」
 真冬は言い訳する子供のように白波に言う。
 白波は『あー』と短い声を出した後に、面倒そうに答えた。
『「四星殺戮者(アサシン)」については、自分達を狙ってる敵なんだし、大体は調べるでしょうよ。フルーレティは……まあ私の血縁者が戦った相手だし、参考までに調べてただけよ』
 フルーレティについては、僅かに言葉をにごらせた。
 不自然さに首を傾げる真冬だったが、白波は思い出したように真冬に問いかける。
『そういえば、アンタこの前会った……朱鷺さんだっけ?あれから連絡は?』
「ないよ?」
『はぁ!?』
「だって連絡先知らないもん」
 『アホかァ!!』という白波の叫びが耳元の携帯電話で鳴り響く。耳元で騒がれたも同然の真冬は、耳が痛かったのか、今は携帯電話から耳を少し離している。
 離していても、白波の説教はちゃんと聞こえてきていた。
『アンタねぇ、今回みたいに一人で襲われる事もあるんだから、少しは危機感持ちなさいよ!会った『ヴァンパイア』とは必ずコンタクトを取れるようにしとくこと!分かった!?』
 はーい、とやる気のない返事を返す真冬。
 少し怒り気味な白波との会話が途切れてしまい、妙にピリピリした空気が離れている二人を包んでいる。
 そこで、真冬は今日出会った(正確には相手は自分達に気づいていない状態だった)『ヴァンパイア』がかすかに漏らしていた台詞を思い出す。
 レヴィアタンと同じく、『ヴァンパイア』や魔界の住人が聞いただけで震え上がりそうな悪魔の名前を。
「……あのさ、私の聞き間違いっていうのが一番だと思うんだけど……」
 深刻そうな真冬の声に、白波は真剣に耳を傾ける。
 真冬は僅かに躊躇った後に、口を開いた。
「さっき話した『ヴァンパイア』の子、去り際に『マモン』って言ってた気がする……!」
『……マモン、ですって……!?』
「あ、でも!私の聞き間違いかも知れないから……やっぱ今の無し!聞かなかった事にして!」
 真冬は慌てて訂正するが、白波の頭を回転を止めなかった。
 むしろ、マモンの名に、一種の恐怖を覚えていた。
『……分かった、貴重な情報ありがとう。私も出来るだけその『ヴァンパイア』を調べるわ。アンタもその子とマモンに気をつけなさい』
「……う、うん……!」
 そう言って、白波との電話は切れた。
 余計な事言っちゃったかな、と真冬は小さく溜息をついた。

 一方で、白波は真冬の口から紡がれた悪魔について頭を悩ませていた。
 『七つの大罪』の悪魔で、『強欲』を司るマモン。
(フルーレティにレヴィアタンにマモン……どんな大作映画も撮れるキャスティングよ?ったく、どんだけ魔界は私達を殺すために本気になってるんだっつの……)
 まだお風呂には入ってなかった。それで良かった。
 嫌な汗が一気に噴出した白波は、心の底からそう感じた。

141竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/05/05(土) 13:56:56 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 魔界。
 悪魔達の本拠からかなり離れた場所で、たくさんの人が倒れている。その中心にたった一人の悪魔が手を赤く染めたまま、退屈そうに息を吐いた。
 緑の髪に、目つきはかなり鋭い。耳が悪魔らしく尖っているのが特徴的とも言える。
「はァ……ッたく、お前らじゃねェんだよ、俺様が求めてるのは。せめて、それなりに強い奴呼んで来いよ」
 この悪魔と戦っているのは、魔界に存在する悪魔を討滅する『ヴァンパイア』を支援する組織、騎士団(きしだん)だ。
 一兵卒でもそれなりに、悪魔を倒す戦闘教育を受けてはいるのだが、彼らが今戦っている悪魔は格が違うらしい。
 それもそのはず。
 彼らが今戦っている緑の髪の悪魔は、レヴィアタンと並ぶ『七つの大罪』の一つを司る悪魔なのだから。
「あのよォ、別にお前らみたいなゴミクズに規格外の強さとか、大どんでん返しの強力な力を望んでるわけじゃねェんだよ。俺様だってそこまで欲張ッちャいないさ。あァ、でも『強欲』を司ッてるんだから、それくらい欲張ッてもいいか」
 悪魔は楽しそうに引き裂かれた笑みを浮かべている。
 死んでいる騎士団の人間の頭に足を乗せながら、誰が聞いているかも分からないまま言葉を続ける。
「たださァ、こちとらあの小娘を八つ裂きにしようと強くなッてるッてワケ。お前らみたいな雑魚どもとの戦いばッかじャ、つまんなすぎて腕が鈍るッてんだよ!」
 悪魔は気付いていない。
 死んでいる騎士団の中で、たった一人だけ虫の息で生存している者がいることを。
 その男は、無線機で悪魔に気付かれないように本部と連絡を繋ごうとしていた。悪魔はそれに気付かずに、全員殺したと思い、その場から去ろうとする。
 そこへ、
「ぎゃっ!?」
 急に後ろから小さい断末魔が聞こえた。
 悪魔が振り返ると、生存していたらしき騎士団の人間に人とほぼ同じ大きさの大鎌が突き立てられている。
 彼には、その鎌に見覚えがあった。
「殺し忘れよ。暴れるのはアンタの勝手だけど、ちゃんと全員殺したか確認はしておく事ね」
 空から一人の女性が降り立つ。
 レヴィアタンが人間界に行く準備途中に彼と話していた、白い髪の女だ。
 その女を見て、悪魔の男は『いたのかよ』と面倒そうに呟いた。
 女はクスリとも笑わず、突き立てた鎌を引き抜き、担ぐように持つ。
「何しに来た。騎士団のゴミ掃除は俺が行くッて言ッたろ」
「別にアンタの手助けじゃないわ。知らせとくような事かもって思ってね、伝令飛ばすより私が行った方が早いから来ちゃいましたー、て感じかな」
 口調こそは楽しそうなものだが、彼女の表情には笑みが浮かばない。
 その言葉と表情の違和感に気持ち悪さを覚える悪魔だったが、用件を女に訊ねる。
「レヴィアタンが負けてのこのこと帰って来ちゃったのよ。どうやら、予想外にも相手が奮闘しちゃったらしくてね。だ・か・ら」
 女は鎌を悪魔の男に突きつける。
 男は表情を全く変えずに、身じろぎ一つしないで女と向かい合っていた。
「今度はアンタが行って来て。『ヴァンパイア』の殲滅に」
「あァ?何でその役に俺が指名されるんだか、ワケが分かんねェよ。『憎き「ヴァンパイア」』が口癖のお前が行ッたらいいだろ」
「私だって暇じゃないのよ。それに、向こうに行けばアンタが望んでる『ヴァンパイア』の子に会えるんじゃない?」
 悪魔はそれを聞くと、引き裂かれた笑みを浮かべる。
 首を鳴らして、女の横を通り過ぎながら、吐き捨てるように言葉を残していった。
「感謝するぜ。お前は俺様の女神だ」
「気持ち悪い。んな言葉アンタらしくないわよ」
 女は男の悪魔が見えなくなるまで背中を見つめていた。
 それから相手に聞こえないように、呟くように言った。
「ま、その言葉が最後じゃない事を祈るわ。『強欲』のマモン」
 その表情に、やはり笑みは一切無い。

142月峰 夜凪 ◆XkPVI3useA:2012/05/05(土) 15:26:54 HOST:p13045-ipngn100102matsue.shimane.ocn.ne.jp
コメント失礼しますノ

まず始めに、第三章完結おめでとうございます!毎度ながら遅れてしまって申し訳ないですorz
そして綾芽さんの告白された回数を二度見したのは私だけでは無いはず((

いやはや、魔界側が本気ですね!「明日から本気出そう」な私とは大違いでs((
それにしても、白髪の彼女が気になりますね!勝手な予想ですが、彼女はかなりの実力者と見た((

そして真冬ちゃんと涙様の掛け合いktkr!!
基本涙様は昴くんとセットなイメージがあったので、また違う良さを見れました!

さて、新キャラの銀髪ツインテール&眼帯という、いかにも私得(Σ)な子も登場で、続きも楽しみです!
彼女が『金瞳』の子なのでしょうか……後々分かることなのでしょうが、それでも気になりますw
それでは、続きも頑張ってください^^ノ

143竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/05/05(土) 17:09:37 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
月峰 夜凪(ナギー)さん>

コメントありがとうございます^^

ありがとうございます。
第三章は自分でも書いてて『オイ、なげーよ。とっとと綾芽覚醒しろよ』などと呟いておりました(心の中で)。でも時間かけた甲斐あって、自分でも満足した出来でありますw
ちなみに、その回数は全て違う男性からです。
モテモテの綾芽さんは同じ男性から二度以上は告白されてます。だから実際の数はもっと多いかm((

レヴィアタンさんは自分から名乗り出て行ったくせに、最終的に負けるというオチw 僕も「後で後で」的な思考なので、彼らの行動の迅速さを見習わねb((
彼女は僕の一番好きなキャラです。名前が出るのは結構先になりそうですが……もう今回の章で出しちゃうか、と思った矢先、もう四章は出番無いかm((
実力者かどうかは、今はまだ伏せておきます。後のお楽しみに^^

そういや、名前まだ明かして無いじゃん!
自分的にも彼女はお気に入りになりそうです。四章書くまではそうでもなかったのに、その章で活躍するキャラを好きになるのは悪い癖でs((
まあ眼帯してますし、これってかなりのポイントになると思わr((

はい、いつも夜凪さんのコメントを励みに頑張らせていただいております^^

144竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/05/05(土) 17:31:58 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

「―――、またか」
 銀髪ツインテールの眼帯少女は、公園のベンチに寝転がりながら目を開けて、小さく呟いた。
 また聞こえた、自分を呼ぶ声。
 透き通った透明感のある、優しくて、元気で活発な女性の声。夢の中でしか聞けない、それこそまさに幻想的な声。
 少女は上体だけを起こし、辺りを見回す。
 平日の昼前だからか、辺りに見えるのは老人や他愛ない立ち話を繰り広げている主婦達が数人にいる程度だった。
(……ここで派手な行動しても大騒ぎにならないだろうけど……)
 さすがに、銀髪ツインテールで眼帯というのは人目につくらしい。その上、傍らには布を大雑把に巻いた、外からはそうは見えないが金棒もある。
 さっきから幾度と無く視線を感じる。
 悪魔や『ヴァンパイア』のではなく、人間独特の『隠そうとしていない』視線だ。
(……さすがに、こんな目立つ外見じゃ大きな行動は出来ませんね。昼間の捜索は控えた方が良いという事でしょうか?それか、悪魔が出るまで待っているか……)
 そこへ、悪魔の叫び声が聞こえる。
 他の人間には聞こえていない。この声が聞き取れるのは『ヴァンパイア』か契血者(バディー)ぐらいだ。
(来ましたか。奴じゃないでしょうけど、ある程度悪魔を潰せば、奴への挑発になるかもしれませんね)
 少女は傍らにおいてあった金棒を背中に背負って、悪魔が出てきた場所へと駆け足で向かって行く。
「ま、それなりに愉しめはするでしょうけど。そんなに僕と会うのが嫌なんですかね、マァァァモンさぁぁぁん」
 不気味な笑みと共に、彼女は走りながら呟いた。
 これから悪魔を倒しに行く彼女が、悪魔のような笑みを浮かべながら。

 一方、学校にいる霧澤、真冬、朧月、白波にも悪魔の声は届いていた。
 今は授業中だし、そう簡単に抜け出せないと真冬が思っていると、
「すいませんっ!先生、俺トイレ行ってきます!」
 霧澤が急に立ち上がって、先生の言葉も聞かずに教室から飛び出してしまった。
 それを見た真冬は、
「せ、先生……。私もおなかの調子が優れないので、おトイレに……」
 お腹を押さえて、よろよろと教室を出て行く真冬。
 さすがにそのリアリティ溢れる行動に、先生も止めようとせず『分かった。お前は行って来い』とむしろトイレに行くのを勧めた。
 真冬は廊下に出ると駆け足で、霧澤と肩を並べて走って行く。
「赤宮!今のって、やっぱ悪魔か?」
「うん!絶対にそう!距離はここからそう遠くは無いよ!出来れば涙ちゃんも来てくれればありがたいんだけど……」
 そう言う真冬の携帯電話が、ポケットの中でバイブを鳴らす。恐らくメールを受信したのだろう。
 真冬は走りながら、メールの内容を確認する。差出人は白波だ。
 『君ら二人に任せたぜ』という内容が送られてきた。
「……涙ちゃんは行かないみたい」
 二人は上履きから外靴に履き替えると、真冬は霧澤の腕を掴む。
「しっかり捕まってて、夏樹くん」
 はい?と目を点にする霧澤だったが、返事は返ってこなかった。
 真冬は覚醒して、地面を強く蹴り、悪魔の出現場所に跳び立った。
 霧澤に、悪魔の出現場所に着くまでの記憶はほとんど無いという。

145Mako♪:2012/05/05(土) 23:00:57 HOST:hprm-57422.enjoy.ne.jp
とても良いです!
竜野翔太さんの作品、めっちゃ好きです!頑張って下さい

146竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/05/05(土) 23:16:16 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
Makoさん>

コメントありがとうございます^^

そう言っていただけるとありがたいです。
これからも頑張るので、応援よろしくお願いします!

147竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/05/13(日) 11:25:57 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 何とも言えないほど速いスピードで飛びながら、真冬は霧澤を掴んだまま、悪魔の出現ポイントへと到着する。
 真冬が掴んでいた霧澤の服の襟を離すと、霧澤は力なくその場に倒れこんだ。彼の表情は九死に一生を得たような顔になっている。それほど真冬のスピードが速く、霧澤が呼吸困難になっていたということだ。
 現況であるはずの真冬は、そんな霧澤に視線を落とし溜息をついた。
「情けないな。これ程の事で疲れてしまわれては私が困るじゃないか」
 よくそんな台詞を吐けたな、というツッコミも今は入れることが出来ない。
 当の真冬本人は辺りを見回し悪魔が何処にいるのか捜索している。霧澤も立ち上がり、人がほとんどいない街中を見回す。
 が、そこで不思議な事に気が付いた。

 人がほとんどいない?

 それは可笑しいだろう。
 今は昼前。学校では四時間目の授業の最中だ。そんな時間帯の街中に人通りが少ないなんてあるのか? そもそも、『ごく少数の人間しかいない』ではなく『人一人も見当たらない状況』なのが余計に不自然だ。
 そんな違和感に真冬も気付いたのか、僅かに顔を顰めながら周りを注視していると、
「遅かったですねぇ」
 ふと、上から声が飛んできた。
 声の持ち主は電柱の上に立っていた。それは、前日霧澤と真冬が見かけた銀髪ツインテールの眼帯をしている小柄な少女。『黒い何か』としか形容出来なくなってしまった悪魔を地面に落とした少女だ。彼女は背中に携えている金棒を、今は担ぐように肩に置いている。
 真冬は目つきを鋭くして、少女に問いかけた。
「ここに悪魔が来たはずだが、それは何処に行った? それと、街の人もだ。お前は何かしているんじゃないか?」
 真冬の言葉に少女はフッと笑いながら答える。
「知っていますよ。一つ目から答えましょうか。悪魔は僕が倒しました。アンタらが来るのが遅いので」
 来るのが遅い。彼女はそう言った。
 馬鹿な事を言うな。少なくとも、遅いと言われる覚えはない。
 霧澤ははっきりとは覚えていないが、真冬の飛行時間は決して長くは無かった。教室でた時間は『うわ、まだ二十分もあるじゃん』と思ってたため、十二時十五分ほど。現時刻はまだ二十分にもなっていない。飛行時間はおよそ二、三分程度だろう。
 だが、彼女はその速さを切り捨てた。
 『遅い』のたった一言で。
「それに対しては礼を言おうか。助かった。私達も学校を抜け出して来たため、早く済ませたかったものでな」
「礼には及びませんよ。それより二つ目はどうします? 聞きますか、それともやめますか」
 その言葉に、真冬は霧澤に判断を仰いだ。
 真冬は授業に早く戻りたさそうだが、人がいない理由も知りたいらしい。
「手短に説明を頼む。出来るか?」
「簡単です。僕を見た瞬間一目散に逃げ出して行きましたよ。ま、目の前であんなもん見せられたら、逃げたくなる気持ちも分かりますよね」
 少女は金棒で『あんなもん』を指す。
 指した方向に、霧澤と真冬は首を向けると、そこには前日と同じような『黒い何か』としか形容出来ない何かの残骸。
「それ、悪魔の死骸ですよ」
 少女は無感情の声で言った。
「腕をへし折って、足を引きちぎって、顔面を砕いて、胴体を潰しました。人間達は悲鳴を上げて去って行きましたよ」
「お前、何故ここまでする。これは討滅ではない! ただの虐殺だ!」
「そう言うと思いましたよ。さっき見た瞬間にアンタとは 意見が合いそうにないと肌で感じましたから」
 いつの間にか二人とも戦闘態勢に入っている。
 霧澤はその二人を止める事が出来なかった。
 何故なら、こんなにも怒っている真冬を見るのは初めてで、『やめておけ』という言葉が彼女の気迫によって打ち消されたからだ。

148竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/05/18(金) 20:29:27 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 赤宮真冬と銀髪の眼帯少女。真冬は名も知らなければ、初めて言葉を交わした少女と睨み合い、踏み出す機会を伺っていた。
 一方で、相手も迂闊に動かない。お互いの戦力が分からないとはいえ、原型を失くすほど悪魔を惨殺した自分に対抗するという事は、強さに余程の自信がある、と思われているだろう。
 二人はほぼ同タイミングに深呼吸をして、キッ、と目つきを鋭くすると、目いっぱい弦を引いた矢の如く、かなりの速度で突っ込んだ。
 だが、二人の攻撃が交わる事は無く、真冬が前に突き出した拳は空しく虚空を突いた。前から来ていた銀髪の少女は、上に飛んでくるりと回転している。背後から攻撃が来るのか、と真冬が思った刹那、
「―――残念でしたね」
 少女の冷たい声が響く。
 彼女の足が地面につくと同時、彼女は思い切り地面を蹴って、真冬の後ろにいた霧澤に突っ込む。
 そう、彼女の狙いは―――。
(……最初から夏樹かッ!)

「弱い奴から攻め落とす。城と同じです。強い奴が守ってる門より、城壁崩して攻め入った方が楽でしょう?」

 少女の金棒が霧澤の頭を捕らえた。
 無論、常人では反応する事が出来ないほどの速度で、自分の背丈よりも長い金棒を銀髪の少女は振り下ろす。
 感情が欠落したような、冷たく、非常に非情な、狂気と殺意と破壊衝動に目覚めた瞳で見下ろしながら。
 真冬が体勢を変えるより早く、謎の飛来物に金棒の照準が大きく横にズラされる。
「「―――ッ!?」」
 金棒を握っていた少女は勿論の事、呆然としていた霧澤も、急いで方向を転換しようとしていた真冬も動きを止める。
 金棒に直撃した飛来物は、宙で空を裂きながら回って持ち主の手元に戻る。
 飛来物はブーメラン。そして、それを手にしたのは、細く短い腕で、小さな小学生のような体型をした、二本の触覚のようにアホ毛が生えている少女。
 茨瑠璃だ。
「悪魔が出たから来てみれば……お兄ちゃんを襲うなんて、一体誰なの!」
「……、」
 依然として少女は冷たい瞳だった。
 答える必要はない。答える気はない。答えても意味が無い。
 三つの否定が重なったのか、少女は金棒を肩に担ぎ、戦力を喪失したのを示すように霧澤や真冬達に背を向ける。
「あーあ。興が冷めました。わざわざ二人を相手してやる義理もないですし、どうも気が乗りません」
「……逃げるのか?」
 その言葉に、少女は歩みを止める。
 それからわざわざ眼帯で隠された方の目を、真冬に向けて、

「勘違いしてんじゃねーよ。命拾いしたのはてめーらだぞ。一から十まで説明しないとダメか?ただ、力の差だ。それくらい計算できるような柔軟な頭に仕上げて来い」

 ぞっとした。
 霧澤は言うまでも無く、真冬や茨も僅かに身を引いた。
 悪魔を原型を失くすほど惨殺した少女。その気になれば、もし最初に霧澤を狙っていなかったら自分はどうなっていたのだろうか。
 もしかしたら……。
「茜空九羅々(あかねぞら くらら)。僕の名前です。覚えといてください」
 そう言って、彼女は立ち去って行った。
 その場にいた三人に、一つの言い表せぬ恐怖を胸に抱きながら。

149竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/05/18(金) 23:20:41 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 夜の街。
 公園では数人の若者達が集まっていた。これから何をするわけでもないようだが、明らかに未成年の彼らがタバコを吸ったり、酒を飲んだりしている。いわゆる不良というやつだろう。
 彼らは普通の人達には理解できないような会話をしながら、夜空に笑い声を響かせていた。
 その公園へ、一人の人物が立ち入る。
 彼らの仲間でもなければ、一般人でもなく、警察でもない。
 緑の髪に、目つきはかなり鋭く、耳が悪魔のように尖っている男。彼は怯える様子を全く見せずに、ゆっくりと不良の塊に近づいて行く。
「なァ、君達。こういう女の子を見なかッた?」
 男が見せた写真に写っているのは、赤い髪を肩まで伸ばした小柄な少女だ。
 男達は写真を数秒見つめて、首を横に振る。
「知らねぇなぁ。こんな可愛い娘見たら忘れないし」
「しっかし、本当に可愛いな。この娘」
 男達は写真を見ながらそれぞれの感想を述べていく。誰もが決まって口にする言葉はどれも『可愛い』という単語だった。
 返却された写真をポケットにしまい、男は溜息をつく。
「そォか……。何処にいるんだ?」
「なあ、もしかしてアンタ、その女の子に逃げられたのか?」
 不良グループの一人が冗談ぽく言い始める。
「仕方ないよ、可愛すぎて他の奴に告られたんだって!アンタは用済みになったんだよ」
 緑の髪の男は再び溜息をつく。
 今度は疲れたような、先ほどの溜息とは違う、これから一仕事始めそうな溜息だ。
「ッたくよォ……折角コッチは穏便にやッてるッてのに……なァんでお前ら人間はそォやッてイラつかせんの?」
 不良グループの男達はその言葉を聞き逃さなかった。むしろ、『イラつかせたらどうなるの?』という感じである。
 男達は数を利用して緑の髪の男を取り囲む。そして、一人のリーダーらしき男が、彼の胸倉を掴み、睨みつけている。
「兄ちゃん、口の利き方にゃ気をつけろよ。さっきの言動で、俺ら全員イラっときたんだわ。一発ずつ殴らせろや」
 何とも理不尽な理由だ。
 だが、緑の髪の男はそんなもの気にはしない。理不尽だろうが、不条理だろうが、矛盾していようが、どうだって良かった。
 ただ彼は、『何をしても文句を言われない。彼らを排除する大義名分』が必要だったのだ。
 これ、殺っちゃっていいんだよな?
 緑の髪の男の口が、切り開かれたように、裂けた笑みを浮かべる。
「……良いこと教えといてやるよ。人の少ないトコでは、悪魔の出没に注意ッてなァ」

 刹那、辺りが緑の炎に包まれる。
 周りの男達はおろか、自分の胸倉を掴んでいた男をも緑色の炎で焼き尽くす。

 男、マモンは緑の炎に包まれたど真ん中で、ただ一人立ちながら引き裂かれた笑みを浮かべている。
「ははははははははははははははッ!燃えてる、燃えてやがる!人も、木も、何もかも!綺麗な緑色の炎に染められてやがる!!」
 マモンの狂笑はある少女の言葉によって遮られた。
 彼は良く知らない。ただ声だけが聞いたことある、長年無駄な事ばかり繰り返してきた少女の声だ。
「見ぃつけた、マモン」
 マモンは勢い良く振り返る。
 そこにいたのは銀髪で眼帯をした少女、茜空九羅々。
「……鬼ごっこ、始めましょ?」
「……いい加減、俺へのストーキングはやめてくんないかなァ?」
 狂ったような表情を見せる少女に、マモンはただそう言うしかなかった。

150竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/05/19(土) 09:57:09 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

「成る程な。要は、俺はその銀髪眼帯の女の子に気をつければいいんだろ?」
 学校から帰っている途中、霧澤と真冬は汐王寺のいるアパートまで足を運んだ。
 彼女も学校から帰って茨から話を聞いていたのだが、なんせ茨の説明は重要な部分がかなり抜けていて。説明になってなかったらしい。その分で、霧澤達が伝えに来てくれた事をありがたく思ってくれているようだ。
 汐王寺は自身の金色の神をいじりながら、
「まあ、それは分かるんだけどよ……会ったら即戦うことになるってわけでもねーだろ。瑠璃はどうか分かんねーけど、俺は顔見られてないし、俺は会っても無害だと思うぜ?」
 それもそうだ。
 茨はばっちりと顔を見られている。相手も桃色の髪にアホ毛が触覚のように二本立っている少女を早々忘れはしないだろう。
 顔を見られているとなれば話は別だが、汐王寺は眼帯の少女と接触すらしていない。相手が茨の契約した指輪に埋め込まれている水晶の色を覚えていれば話は別だが。
 そのことについては、霧澤が補足的な説明をする。
「ああ。だから、もしその女の子を見つけても関わるなってこと。お前には言う必要はないと思ったけど、お前って意外と過保護だからな」
 霧澤の『過保護』という言葉に汐王寺は顔を赤くする。
「だ、だだ……誰が過保護だ! 俺のどこをどー見てそう思ったんだよ!?」
 いや、現に茨と同棲しているし。
 持ち帰ったところを見たところはないが、彼女が時たま捨て猫や捨て犬を愛しそうな目で見ているのを、何度か見かけたことがある。彼女は動物好きで、中でも『犬や猫に囲まれてみたい』と思っている事は奏崎から聞いて知っている。
 別にそれでもいい、と霧澤は思うのだが。
「この事は朧月や白波に話したのか?」
「ああ。学校に戻って即伝えたさ。二人も別で調査してくれるらしいし。まあ、こういう局面で二人は心強いんだよ」
 だろうな、と汐王寺は相槌を打つ。
 時計に目をやれば五時半を回っていた。そろそろ夕ご飯の支度をしなければならない時間。今まではこうやって友達と話す時間はほとんどと言っていいほどなかった。こうしていられるのも茨のお陰なのか。あるいは、周りにいる自分と同じ立場である霧澤や朧月のお陰か。
 汐王寺は僅かに表情を綻ばせた。
「そーだ。今から瑠璃と一緒に買い物に行くんだが、夏樹。真冬ちゃん。手伝ってくれないか?」
 この状況での『手伝ってくれないか』は荷物持ちだ。
 真冬は笑顔で頷いたが、その事をいち早く理解した霧澤は、
「俺用事あるから」
 と帰ろうとしたが、

「まァ、待てよ夏樹。真冬ちゃんは優しいよなぁー。手伝ってくれるんだってぇー。ほぉら、瑠璃もお前と一緒に行きたそうな顔してるぜ? まあ、俺が何を言いたいか分かるよな、なっちー」

 可愛らしい笑顔で問いかける汐王寺。
 霧澤は表情を引きつらせながら、目線を逸らして答えた。
「外せない用事があるんなら帰ってよし! ですか、ゆりりん?」
 ブチッ、と汐王寺のこめかみ辺りに位置する血管が切れたような気がした(厳密には音が聞こえただけだが、明らかに切れた)。
「……、」
「……、」
 汐王寺はニッコリ笑顔を影を潜ませた笑顔に気付かれないように変えながら、
「そのあだ名はやめろっつったよな、なっちー。問答無用だ、付いてきやがれ」
 汐王寺は霧澤の顔を力強く掴んで、そのまま出かけて行く。
 その情景に、真冬と茨は苦笑いするしかなかった。

151竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/05/26(土) 01:12:25 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 霧澤が汐王寺の買い物に半ば強引に付き合わされている頃、銀髪ツインテールの眼帯『ヴァンパイア』茜空は電柱の上に立って辺りを見回していた。
 見失った。
 昨晩からずっとマモンという自分の宿敵を追い回していたら、日を越し、いつの間にか翌日の夕方にまでなっていた。あと数時間で一日中ずっと探し回っていた事になっていたが、そろそろ自分の体力と好奇心も限界に近い。茜空は電柱から降りると、近場にあった公園のベンチに横になる。
 そして、眠たいわけではないが、急にあの優しい声が聞きたくなったのか、ゆっくりと目を閉じる。
 目を閉じれば、茜空の聞きたかった優しい透き通った声が頭の中に響く。
 自分の名を呼ぶ声。その声を聞いていれば、何となく眠たくなってきた。ここまで探しても見つからないとなると、マモンも随分と遠くへ行ってしまったのだろう、と考える。
(……まあ、ちょいと休みますか……)
 彼女が眠りに落ちようとした瞬間、

「大丈夫? こんなトコで寝たら風邪引くよ?」

 ふとかけられた声。
 その声は茜空の頭で何度も何度もリピートされたあの声に似ていた。優しげな透明感のある声。だが、あくまで『似ていた』だけであって、それが本物かどうかは分からない。そもそも、実在する人物の声かどうかも分からないのだから。
 茜空は身体を起こして、声を放った人物を見る。
 そこにいたのは黒髪ツインテールの美少女、奏崎薫である。
 彼女は不思議そうな顔でこちらを覗き込むようにして、身を屈めながら自分を見つめている。
 彼女の目は茜空のじとっとした印象を与える視線とばっちり合っているにも関わらず、彼女は目を背けようとしない。むしろ、自分から見入っているような感じさえしてきた。
 いい加減嫌気が差してきたのか、茜空は溜息をつくと、
「―――誰ですか、あなた。見ず知らずの僕に声掛けるなんて、随分と積極的なんですね」
「いやぁ、だって公園で寝ようとするなんて普通じゃないと思ってさ。それに、銀髪ツインテールに眼帯、しかも僕っ子!? なんつー萌え要素の詰め合わせ!」
 その少女は頬を赤くしながらこちらを見つめている。
 やはり、自分が好きな『あの声』の持ち主ではない。
 こんな変態的で、自分を意味不明な視点でしか見ていない女が、自分の大好きで安らぎを与えてくれる『あの声』の持ち主だと信じたくもなかった。
 茜空はベンチから下りると、奏崎に背を向けながら言った。
「……言っておきますが、僕の銀髪は地毛で、ツインテールは好きな髪形で、眼帯はワケありでつけてるのです。決してあなたのような浅はかな一時的な感情によってしているのではありません」
「素ってところがまたいいんじゃん! もう、分かってないなー」
 ああ、ダメだこの人。と、茜空は珍しく初対面の相手にそう思う事が出来た。
 いや、むしろそう思うしか出来なかった。こんなどうしようもない人間の権化、どうすればいいのか、と問いただしたくなる。
 やはり『あの声』の持ち主ではないのだ。
 自分としてもそう簡単に見つかっては困る。せめて、マモンを討滅するまでは待って欲しい。
「一応、聞いておきましょうか。あなたのお名前」
「奏崎薫。あなたは、シルバーアクセル?」
 変な名前付けないでください、と茜空は冷静な言葉を放つ。
 誰が聞いても、『シルバーアクセル』は酷いと思う。名前の由来が、なんと髪の色だけだ。
「……茜空九羅々。次会った時に『シルバーアクセル』とか読んだらキレますからね」
 彼女にしては珍しく、地面を蹴って飛ばずに歩き出した。その光景を見られて『アクセル』が定着するのが嫌だったんだろう。
 奏崎は遠ざかっていく茜空の背中を見つめながら、楽しそうに呟いた。
「九羅々ちゃん、か。珍しい名前! ゲームでも中々出て来ないよ?」
 奏崎は本当に楽しそうだった。

 ―――奏崎薫も茜空九羅々もまだ知らない。
 これが、霧澤夏樹や赤宮真冬を巻き込む事になるなんて事は。

152ウルトララッキーマン:2012/05/26(土) 04:37:20 HOST:ntfkok190145.fkok.nt.ftth4.ppp.infoweb.ne.jp
アドバイス

文章詰め過ぎ。改行などを巧く使いこなそう。
句読点を、ちゃんと付け、見やすくしよう。
何行か空けてみて、普通に見やすくした方が良い。

153竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/06/01(金) 21:37:25 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
ウルトララッキーマンさん>

コメントというか、アドバイスですね。
ありがとうございます。

改行などについては、あまり分けすぎたら話が伝わり辛いと思ったので……。現状醜いのであれば、なるべく改行には気をつけます。
句読点もあまり多すぎると区切りが多すぎて、伝えたい部分が分からないと思うんですよね。自分でも、結構気を付けて句読点はつけているつもりではありますが。
行を空けすぎると、伝えたい事が分からない、という指摘をされた事があるので、それはなるべく控えて書いています。
印象付けたい台詞や、情景描写などは一行空けて書いています。

154竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/06/01(金) 22:01:14 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
第19話「CALL 飛び交う声」

「……クソッタレがァ……!」
 建物の影で、『強欲』という大罪を司る悪魔であるマモンは、罵声を小さく吐き捨てた。
 この日も、例の銀髪『ヴァンパイア』に見つかり、半日追い回されていたのだ。今は何とか撒いて、気配が遠くなるまでやり過ごそうと考え、建物の影に身を隠している状態である。
 そんな時、ふとマモンがしまっておいた通信用の水晶が光る。
 この水晶は、テレビ電話のようなもので、話している相手の姿がリアルタイムで見れるという、魔界の物にしてはかなりハイテクなアイテムだ。
(……あんニャロォ……!)
 マモンは心の中で文句を吐き、水晶で連絡を取ってきた相手と会話をする。
 勿論、水晶に映る相手は白銀長髪の、大鎌を持った女だ。
『ハロー、元気かしら? えっと、こっちの声はそっちに届いている?』
「あー、届いてるよ。いいからとッとと用件を話せッてんだ。こッちは例の『ヴァンパイア』に追われて苦労してんだからよ」
『あら、良かったじゃない。お目当ての相手にもう遭遇できたって事よね。おめでとう』
「祝いの言葉なんざそこら辺に捨ててやる。だから、用件は何だ?」
 女の笑みを全く含まない言葉に、マモンは顔を顰める。
 相変わらずやりにくい相手だ、そう思いながらも不思議と彼女との会話は退屈しない。微妙に生じた矛盾に、むずがゆく感じるも、マモンは相手に話の内容を催促した。
 女は笑みを浮かべずに、無表情ともいえる感情の起伏がゼロな状態で、話を始めた。
『まあ、アンタがお目当ての相手と戦ってるってんならそれでもいいわ。元はといえば、その子もいるんだから、行ったら会えるんじゃない? って人間界にアンタを送ったのは私なんだし』
「……俺を咎める気か?」
『だーかーら、それでもいいってさっき言ったじゃない。ただ、私が言いたいのは「その子の相手もいいけど、本来の目的を忘れるな」って事よ』
「ああ、赤宮真冬か。一回聞き込みしたんだが、全くの無意味だッた。その直後に茜空九羅々に襲われるしよ。ツイてねェぜ」
 そりゃ不幸ね、と女は笑みを浮かべずに返した。
 女は真冬以外の写真を出して、
『白波涙に茨瑠璃、それと朱鷺綾芽ね。この三人も要注意。特に朱鷺綾芽はレヴィアタンを倒した程だから、気を抜かないように』
「ハッ。それはあの馬鹿が油断するからだろ。お前、俺を誰だと思ッてやがる? 『強欲』のマモン様だ。俺は相手がどんなゴミクズでも、気ィ抜かねェから心配いらねーよ」
『ならいいわ』
 女は安心したというように目を閉じ、写真を水晶のモニターから外れるように放り投げた。
 忠告するように、女はマモンに言葉を重ねた。
『あ、そうそう。狙う時は一人ずつにした方がいいわよ。あいつら、団結力は相当強いから』
「安心しろよ。元より一対一以外の勝負は望んでねェよ」
 じゃあ、頑張ってね、と女との連絡は切れた。
 一方的に切られた事に不快感を覚えつつ、マモンは溜息をついた。
 そんな時だった。

 自分が身を隠していた建物が横に真っ二つに崩される。

「オイオイ、滅茶苦茶じゃねェか」
「案外、悪魔って細かい事気にするんですね」
 マモンは、再び銀髪『ヴァンパイア』に見つかってしまった。
 その時に、既に鬼ごっこの開始のゴングは鳴っているのだ。二人が出会った、その瞬間から。
「んじゃ、今日も張り切って逃げてくださいね。マモン」
「……張り切ッて逃げろ、だァ? お前も油断出来ねェッて事を理解してから言えよ、眼帯吸血鬼!!」
 二人の鬼ごっこは、まだ終わらない。

155玄野計:2012/06/02(土) 22:03:52 HOST:ntfkok244208.fkok.nt.ftth4.ppp.infoweb.ne.jp
>>154
行空け過ぎとか書いたのは、素人だから。

156竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/06/02(土) 23:18:00 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 こんなんだったかな。
 奏崎薫は、授業中に先日出会った銀髪ツインテールの眼帯少女、茜空九羅々のことが頭から離れなかった。
 暇さえあれば、ノートの隅っこやプリントの裏などに彼女の似顔絵を、うろ覚えの知識で描いている。だが、見たのも一回で、話したのも少しなのであまり覚えていない。
(可愛かったなぁ、あの子。ちょっと無愛想だったけど……何か、アイツと似てる)
 奏崎は視線を後ろの席の霧澤に移す。
 彼は疲れているのか、それともただ眠いだけなのか、頬杖をつきながらこくこくと眠りそうになっている。
 その様子に奏崎は僅かに表情を緩めて、くすっと笑ってしまう。
 一方の真冬はしっかりと起きていて板書しているが、どこか眠たげな表情をしているのは、一目瞭然だ。
 奏崎はそんな真冬を見ながら、ふと思う。
(……そういや、真冬ちゃんって夏樹のこと好きなのよね……今の印象だと、かなり仲が良いとしか見えないけど……)
 先を越されちゃうかな、と心の中で不安を吐露する。
 そして、奏崎はもう一度寝そうになっている霧澤に視線を移した。
 まるで、もう一度相手を見て、自身の恋心を確認するように。
 奏崎は霧澤を見て、自身の心中を再確認した。
(……うん、私やっぱり……私もやっぱり夏樹が好きだ……)
 彼女は頬を染めて、小さく息を吐くと、ここからは少し遠いが、窓の外の景色に視線を移した。
(そろそろ……告白、した方がいいのかなぁ……)
 しかし、こういう時こそ結論は急ぐべからず。今までのギャルゲーのプレイのお陰で、それは承知済みだ。
 ガールズサイドのゲーム、いわゆる乙女ゲーというやつはほとんどやったことがないが、ギャルゲーでの知識はかなり積んでいる。この学校という範囲を決めても、ギャルゲーの知識で彼女の右に出る者はいないだろう。知られていないだけで、ネットで彼女(ゲームクイーン)のお世話になっているゲーマーも学校の生徒の中に存在する。
 こういう時は冷静に。迫りくるライバルの勢いに急かされてはならない。
 それがギャルゲーの鉄則である。
 しかし、それはないにしても、奏崎には自分でも分かるほどはっきりと、明確な弱点が存在していた。

 それは、他人の恋を応援してしまうことである。

 自分の好きな人と、友人の好きな人が別なら、相手に遠慮なく世話を焼けるが、自分と相手の好きな人が一緒の場合は別だ。
 もしも、自分の世話焼きのお陰で、友達が自分の好きな相手と結ばれてしまったら? 自分の陰の支えで、好きな人の意識が自分から相手に向いてしまったら?
 二人が幸せになれるなら最高のハッピーエンドだが、自分の心境としてはとても複雑だろう。
 自分の恋を犠牲にしてまで、相手を応援したくない。
 聞こえ方は最悪だ。醜く、低劣で、酷く陰湿な解答だが、それが自分にとっての有益なことなのだろう。
(……こういう時って、ゲームの女子達はどうするのかなぁ……?)
 ゲームに限らず、二次元の女性キャラクターはどうするのだろう。
 今までそういう漫画やゲームはやった事がない。奏崎のそういう知識はゼロなのだ。
(……私と、真冬ちゃん……。実際、夏樹って私達のことどう思ってるんだろ?)
 胸に浮かんだ、素朴な疑問。
 誰でも好きな相手が出来た時に思ってしまう、不安要素の一つとなる疑問だ。
(まあ、普通に話してくれたり、笑ってくれたりしてるって事は……、嫌いってワケじゃないと思うんだけど、どうなんだろうね? 嫌いではない……ってことは、好きでもないかもじゃん?)
 授業中にも関わらず、彼女は黒板を写すのも忘れて、自分と友人の恋について真剣に考えてしまった。
 授業終了まで、あと二分程度。そんなことも気にしていない奏崎は、小さく溜息をついた。
(難しいなぁ……恋って)

 彼女の思考を断ち切るように、授業終了を告げるチャイムの音が学校中に鳴り響く。

157竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/06/09(土) 03:42:29 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 学校の昼休み。
 白波涙は屋上に上がり、フェンスにもたれかかりながら携帯電話を耳に当てていた。
 電話の相手は先日偶然であった朱鷺綾芽だ。白波自身も、彼女とのコンタクトをどう取ろうか、と苦心していたところにやってきたので、かなり好都合だった。
 連絡先を交換する際に『夏樹さんより先にこんな人と連絡先を交換するなんて』という文句が聞こえたが、その時は上機嫌だったので、適当に聞き流しておいた。今覚えば腹が立つ。
 二人の会話の内容は、魔界の現状だ。
 以外にも朱鷺は魔界の情報をかなり詳しく調べ上げていて、真冬達がフルーレティを討滅した、などという情報を知っているのはそのためだ。
「……で? そっちが調べてるマモンについての情報は?」
『んー、進展が全くないといっても過言ではありませんわ。むしろその通りでして、魔界の方でも人間界では魔力を掴みにくいらしいです』
 そう、と白波は小さく返事をした。
『魔界で彼を最後に見たのは、騎士団の兵隊さんなのですが、マモン討伐の任に赴いた先で、討伐隊が全滅。その後の行方が知れずですのよ』
「まー、そんなこったろーとは思ったけどね」
『しかし、何故今更になってマモンなのですか? 彼の強さは貴女もご存知でしょう?』
 言ってもいいのか。
 真冬が言ってた『ヴァンパイア』の事を。でも、朱鷺も今は自分達の味方だし、これからも敵になるのは有り得ないだろう。
 白波は、朱鷺を信じきって説明を始める。
「真冬と夏樹君がね、見たっていう―――」
『キャー!! 夏樹さぁーん! どうしましょう、名前が出ただけでこんなにも嬉しいなんて―――』

「聞けよ!!」

 朱鷺の発狂は、白波の怒号一発で終わった。
 受話器から深呼吸しているような息遣いが聞こえたが、そこはあえてスルーする方向で。
「二人の話では、どうやら銀髪ツインテールの『ヴァンパイア』がマモンって言ったらしいんだけど……」
『……銀髪ツインテール……? もしかして、その方は眼帯をされていますか?』
「え、ああ……してたらしいわ。私は実際に見たワケじゃないからさ、よく分かんないんだけど……」
 僅かに考えているような息が、朱鷺の口から漏れる。
 その音を聞きながら、白波は朱鷺の返答を待った。
『……茜空、九羅々……』
「……、知ってるの?」
『あまり話した事はありませんけどね。彼女がマモンと終わりなき小規模な戦争を繰り返しているというお話は聞いた事が……いえ、私も幾度か見ましたわ』
 白波は、そこで一つの仮説を立てた。
 茜空九羅々がここにいることは間違いない。そして、マモンの行方が分からない今、魔界の捜索が届きにくい人間界に逃げ込んでいる可能性も否めない。とうことは―――、

「奴が……マモンが、こっちに来てる可能性は高い、ってことね」
『ええ。その仮説が一番現実的かと』

 白波は溜息をつく。
 状況だけを見ると、かなりまずい状況だ。真冬と茜空の対立はほぼ確立してしまった。その上、マモンが強襲してくる危険性も考えられる。
「……敵の敵は味方……とか上手くいかないわねー」
『……どうかしたのですか?』
「あー、いや。こっちの話……とりあえず何かあったら連絡して。こっちも新しい情報が入り次第連絡入れるわ」
 了解しました、と返事を残して朱鷺との通話が切れる。
 白波は携帯電話を折りたたみ、ポケットの中へと滑り込ませる。
「まったく……真冬も、面倒な事を引き起こしてくれっちゃったわねー」

 空を仰ぎ、誰に吐くわけでもない文句を空へと告げた。

158竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/06/23(土) 23:27:52 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

「……ちっくしょー……」
 銀髪ツインテールの少女、茜空九羅々は公園のベンチに寝転がりながら、そう呟いた。
 彼女の身体には、あちこちに傷があり、その傷は目を凝らさなくても分かるくらいの傷もあれば、ほんのかすり傷や切り傷程度のものもある。
 現在彼女がボロボロなのは、一体の悪魔との『鬼ごっこ』が原因である。
 その悪魔は、『強欲』の権化であるマモン。
 彼女の宿敵とも呼べる、『七つの大罪』の一つを司る強力な悪魔の一体だ。
「……面倒くさいこと、この上ないですね……。アイツ、次はどこに逃げた……?」
 見失ったマモンを探そうとするが、傷だらけの身体は言う事を聞かず、手足も上手く動いてくれない。
 体力を回復させようにも、腹も減っているし、自分でも分かるくらい睡眠不足だ。
 マモンを捜索するよりも、自分の体力をどうにかしなければいけないな、と茜空が考えていると、

「あー! クララちゃんだ!」
 
 とどこかで聞き覚えのある活発な声が聞こえてきた。
 声の方に視線を向けると、そこにいたのは以前、鬱陶しいほどに自分に絡んできた奏崎薫である。
 一番体力をすり減らしそうな人物と会ってしまった、と茜空は重い溜息をつく。
 奏崎は嬉しそうな表情で、茜空に駆け寄る。
 それなりの対応をしなければ失礼だろう、と考え、茜空も身体を起こして奏崎の対応をする事にした。
 そこで、彼女は奏崎と初めて会った時の事を思い出した。
 彼女に付けられた、忌々しい適当なニックネームを。
「……『シルバーアクセル』。僕の事、そう呼びませんでしたね」
「だって、そう呼んだらキレるってこの前言ってたし。慣れた相手に嫌がる事をするのは私の趣味だけど、ほぼ初対面の人に嫌がらせはしないよ」
 それもそれでどうかと思う。
 やはり、見た目以上にこの人は内面がかなり面倒くさい。
 茜空はそう感じ取っていた。
「で、貴女は何でこんなところに?」
「何でって、私学校の登下校で毎日この公園を通るのよ。この前会ったのも、そして今回こうして会ったのも! ぜーんぶ偶然だよ。はっ! もしかしたら、運命的なもので結ばれた必然かもしれない!」
「それはないですよ。運命なんかとは全く無関係の単なる偶然です」
 茜空は冷たくそう言い返す。
 すると、自分の身体を凝視していた奏崎が、急に慌てふためきだす。
「ちょ、クララちゃん傷だらけじゃない!」
「……今更気付いたんですか、貴女は?」
「ちょ、今救急箱持ってないよ!」
「必要ありませんよ。どーせ、ほっといたらすぐにでも治―――」
 茜空の言葉は最後まで続かなかった。
 
 途中で立ち上がった奏崎が、彼女の腕を引いて走り出したからである。

 急に腕を引かれた茜空は状況が飲み込めず、彼女にしては珍しく慌てた口調で奏崎に問いかけた。
「ちょ、ちょっと何してるんですか!? 一体僕を何処に連れていこうと……」
「傷の手当てをしてあげる! 私の家すぐそこだし、良かったら一晩だけ泊まっていけばいいよ!」
 そういう問題じゃないのですが? という茜空の言葉も完全に無視だ。
 強引に腕を引かれながら、茜空は自分のために必死になってくれている奏崎を見つめる。
 強引過ぎる。勝手すぎる。お節介すぎる。
 だが、何でだろう―――。

(……何故、彼女の声が……夢で聞いた僕を呼び続ける声に似ているんだろう……?)

159竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/06/29(金) 22:30:07 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 奏崎に腕を強引に引かれ、家の中に入れられた茜空はリビングの椅子にちょこんと座っていた。
 彼女の服装は、今まで着ていた制服のような服装ではなく、少しサイズが大きい淡い色の簡素なワンピースだ。恐らく、奏崎が着ていた服を押入れから出したのだろう、その着慣らされたワンピースを着ながら、彼女は椅子に座っていた。
 今まで着ていた服は、現在洗濯機によって回されている。お風呂場の方からそれらしい音が、規則的に耳に入ってくる。
 家の中にある物を、視線を動かしながら確認していると、目の前にコーヒーの入ったカップが置かれる。
「少し、落ち着いた?」
 カップを置いたのは、もちろん奏崎である。
 今この家には彼女と自分以外にはいない。両親は、よく分からないが長い間帰っていないらしい。
 自分の前に座る奏崎に、茜空は聞こえるように独り言を呟いた。

「……貴女は、可笑しな人ですね」

 不意に投げられた茜空の質問。
 その質問に、奏崎は視線を向ける。その動作が、茜空には言葉の続きを催促するように見えたのだろう。
 茜空は続ける。
「偶然会ったかと思えば、傷だらけで疲労している僕を見るなり家に連れて行く……。何なんですか、貴女は?」
 茜空がそう言い切り、奏崎に視線を向ける。
 だが、彼女はこちらをじーっと見つめながら、なにやら幸せそうな表情を浮かべている。
 何だか気持ち悪い。
「……あの、僕の話聞いてました?」
「……ッ、最高ッ!! いや、もうこの興奮を抑えきれないって! 銀髪ツインテールに眼帯に低身長に僕っ娘! こんな萌え要素たっぷりの美少女なんて、夢のようだよ!!」

 めり、と鈍い音とともに、奏崎の顔面に茜空の拳がめり込む。
 彼女の右ストレートで奏崎の暴走は沈静化した。

「……で、さっきの僕の質問に対する解答。お答え願えますかね?」
「……むー、そんな難しいことかね……?」
 奏崎は鼻を手で押さえながら、涙目になって言葉を紡ぐ。
 赤い鼻を押さえながら、奏崎は茜空の質問に対する『答え』を告げる。
「困ってる人がいるなら助ける。そんな簡単な事に、理由や考えはいらないよ。それがたとえ、見知らぬ少女でもね」
「……やっぱ、貴女は変わってますよ」
 奏崎の答えに、茜空はそう返す。
「僕が今まで会った人間は、そんな人達ではありませんでした。百いれば百人。僕が困ってようが、泣いていようが、倒れていようが。助けてくれる人なんて、救いの手を差し伸べてくれる人なんて、一人もいやしません。ましてや、貴女のように、家に連れ込んで、服を洗ってくれたり、飲み物を出してくれたり。そんな人もいませんでした」
 茜空の声はいつまでも平淡なものだった。
 線で表すなら、ずっと水平な横線での言葉。そんな言葉を聞いていた奏崎が席を立つ。
 それにも気付かずに、茜空は続ける。
 自らの過去を、自嘲するかのように。
「貴女だって、そんな偽善を吐いて僕を安心させようとしてるんでしょ? いいですよ、そんな無理をしなくても。貴女が言うまでもなく、僕は出て行きますし。嫌なんですよ。他人に迷惑かけるとか、世話焼かれるのって。貴女もとっとと、僕なんか見捨てて―――」
 茜空の言葉は最後まで続かず、途中で途切れてしまった。

 理由はいたって簡単だ。
 奏崎がそっと優しく、茜空を抱き寄せたからだ。

「……、」
「分かるよ。辛かったのも、悲しかったのも。死にたいって思った事もあるはず。でも、もうそんな事を思う必要は無い」
 奏崎は優しく告げる。
 まるで、茜空が毎日聞いている、顔も名前も年齢も知らない女性の声のように。
「……でもね、迷惑なんてかけまくればいいんだよ。世話なんて焼かせまくればいいんだよ。かけまくって、かけられまくって。焼かされまくって、焼きまくって。人生なんてそんなのの繰り返しなんだから。私にも、迷惑かけて。そして、世話を焼かせてよ。クララちゃん」

 茜空は返事をしなかった。
 
「……本当に、変な人ですね……」
 それしか言えなかった。
 これ以上言葉を発すと、涙が溢れてしまいそうだったから。

160竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/07/01(日) 13:06:22 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 深夜二時。
 茜空はベッドの中で、奏崎の腕に抱かれていた。
 実を言うと、何だか変な事をされそうだから一緒にベッドで眠るのは嫌だったのだが、奏崎が『絶対に何もしない』と言うので、一緒に寝た結果がこれだ。
 そのため、約束を軽く破られたようになった茜空はやや不機嫌な表情をしている。
(……本当に不思議な人です……。何故、ここまで僕に優しくできるのか……)
 茜空は『ヴァンパイア』だ。
 彼女は魔界にいる時も、誰とも関わりを持たず、他人と無干渉に生きてきた。
 きっとこれからもそうだろう。今回も、誰とも契血者(バディー)になることなく、生きていくのだと思っていた。

 だが、奏崎薫との出会いにより、茜空のそんな考えはどこかへ飛んで行ってしまった。
 彼女となら、契約してもいい。
 茜空はそんな事を思い始めていた。

(……もし、僕が契約したいと言ったら……貴女はどういう言葉を返してくれるんでしょう……?)
 不機嫌な表情をしていた茜空は、奏崎にぴったりと身を寄せる。
 母親に甘えるように。優しく暖かい声と同じような『ぬくもり』を求めるように。
 奏崎に身を寄せ合い、自身も眠ろうと思い目を閉じた瞬間、

 ゾワッ!! と背筋に悪寒が走るのを感じた。
 茜空が急いで起き上がり、窓を開けて下を見下ろすと、そこには一人の人影があった。
 暗がりでもよく分かる。
 緑色の髪に、尖った形の耳。その人物の瞳は自分をしっかりと見据えていた。

(……マモン……ッ!)
 茜空は彼を見つけると、ベッドで眠っている奏崎へと視線を移す。
 彼女がいるからここでは戦えない。
 茜空は適当な紙にメッセージを書き残し、奏崎の机の上に置いた。簡単に解読できないように、わざわざ英文にして。
 そして彼女はいつもの自分の服に着替え、窓から金棒を振りかぶりながら飛び降りる。
「今日こそ、消え失せてください!」
「ハッ! 消えるのも失せるのもテメェだッての!」
 二人の鬼ごっこが、今夜も静かに幕を開ける。

「……ん、」
 奏崎が目を覚ます。
 理由はカーテンが閉まっておらず、朝の光が自分を照りつけたからだろう。何故か窓も開いている。
 しかしそれ以上に、奏崎には理解できない事があった。
 茜空九羅々がいない。
 部屋の何処を探しても彼女は見つからず、帰ったのかと思い自分の机に視線をやると英語で書かれたメッセージを見つける。
 英語の成績が良くない奏崎にとって、英文を解読するのは難読だ。授業をちゃんと聞いていても、見たことのない単語が複数ある。
(……英文の解読……ギャルゲーで何度かあったけど、この場合私がとった行動は……)
 奏崎はハッとして、パソコンの電源をつける。

 茜空九羅々が残した英文を、解読するために。

161:2012/07/01(日) 13:55:15 HOST:ntfkok244208.fkok.nt.ftth4.ppp.infoweb.ne.jp
>>1
アホの子ですやん。

162竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/07/07(土) 21:48:35 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

「夏樹ッ!!」
 珍しく学校へと駆け足でやってきた奏崎。
 彼女らしくもなく肩で大きく息をしている。彼女の表情はいつになく真剣で、彼女と長く連れ添っている霧澤でも面食らうほどだった。
 霧澤はいつも通り真冬とともに、奏崎より早く学校へと着いているため、彼女が学校に着くといつも彼と真冬は何か話している。
 ちなみに、滝本はほぼ遅刻寸前でやってくる。
「……どーした? お前らしくもない」
 奏崎は霧澤と真冬に駆け寄り、ポケットに押し込んだ紙切れを取り出す。
 奏崎は紙切れを一つ広げて、それを霧澤と真冬に見せる。
 英語がぎっしりと書かれた紙切れを。
「アンタ、これの内容理解できる?」

『I am indebted.Since I do not want to make you trouble,I go away from here, I have to fight with the evil spirit "mammon". It does not meet any longer. Good-bye. kurara』
 奏崎の見せた紙にはこのようなことが書いてあった。
 しかし『内容理解できる?』と言われても、英語の成績がさほどよくもない霧澤にはさっぱりだ。真冬も紙とにらめっこして、首を傾げている。
「……お前、俺が分かると思って見せてるのか? 分かるとしても、最後の部分のさよならと……クララ?」
 その単語には真冬も反応した。
 珍しい名前だとか、外国人っぽい名前だったからではない。
 彼らはこの名前を知っていた。

 銀髪ツインテールの『ヴァンパイア』、茜空九羅々だ。

「……どうかしたの? もしかして、クララちゃんのこと知ってる?」
「……お前は、このクララって娘と……どこで知り合った?」
 奏崎は首を傾げている。
 彼女は茜空と初めて会った時の場所を思い出そうと、考える仕草をしながら、若干目線を上に向ける。
 何処で会ったも何も、彼女と会ったのは通学路の公園でしか会った事がない。
「私の家の近くに公園あるでしょ? そこよ。ちょっと傷だらけだったから、手当てとかしてあげたの。それがどうかしたの?」
 いや、と霧澤は返す。
 真冬は小さな声で霧澤に問いかける。
「(……ねぇ、やっぱり、言わない方がいいよね? 薫ちゃんには)」
「(……当たり前だ。アイツは茜空の正体も、『ヴァンパイア』の存在すら知らないんだぞ。言えるわけがねぇ……)」

 奏崎は話を本題に戻そうと、咳払いをする。
 霧澤も真冬も英文を解読できないとすると、奏崎はもう一つの紙を出す。
「私が朝起きて英文を解読したの。簡単に纏めたものなんだけど読むね。『お世話になりました。僕は僕のすべき事にあなたを巻き込みたくない。僕は『マモン』という悪魔と戦わなければならない。もう会うことはないでしょう。さようなら』ってとこね」
(マモン!?)
 その悪魔の名に、霧澤と真冬は表情を強張らせた。
 幸い奏崎に気付かれてはいないが、茜空が記載したものだとすれば間違いない。

 強欲を司る『七つの大罪』の悪魔。マモンである事は間違いない。

「ねぇ、夏樹。アンタが分かるか分からないかどうか知らないけど、『マモン』って何か知ってる?」
 奏崎には言えない。
 それが本当の悪魔の名前である事。そいつと茜空が戦っているという事。言ってしまったら、『ヴァンパイア』のこともバレてしまう。
 真冬のことも、白波のことも、そして自分や朧月がその契血者(バディー)であることも。
 霧澤は、ぎゅっと拳を握り締めて、
「……悪い、薫。今日、俺は休みってことにしといてくれ!」
 霧澤は教室を勢い良く飛び出す。
 それにつられ、真冬も霧澤を追うように教室から飛び出していった。

 みんなの秘密を守るためには、彼にはこうするしかなかった。

163竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/07/08(日) 20:36:27 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 霧澤と真冬は勢いよく階段を駆け下りて行った。
 走りながら霧澤は、ポケットの中から携帯電話を取り出してある番号に電話をかける。
 とりあえず、玄関の方から出たら登校してくる生徒と鉢合わせになったら面倒なので、校舎裏に回って電話の相手が出るのを待つ。
 その様子を見た真冬が、小首を傾げながら問いかける。
「……夏樹くん? 誰にかけてるの?」
「協力してくれそうな奴だ。今からもう一回階段上って教室に行くのは面倒だしな。
 霧澤の言葉で、真冬は電話の相手が誰か分かったらしい。
 『教室に行く』ということは、ここの学校の生徒だ。
 ここの学校の生徒で、『ヴァンパイア』の事を話せる人物など、二人しかいない。

『もーしもーし』
 気だるげな少年の声が帰ってきた。
 霧澤は確認のため、少年の名前を訊ねる。
「……朧月か?」
『じゃなかったらお前は誰にかけたつもりなんだよ。大体この時間ならお前もう学校いるだろ。わざわざ電話なんざしなくても―――』
 途中で朧月の言葉は止まった。
 霧澤が学校にいるのに、わざわざ電話という手段を使った理由が思い当たったのだ。
 そう、『ヴァンパイア』に関係する事だから直接的な会話ではなく、電話にしたのだ。
『―――話せ』
 朧月の声に真剣さが篭る。
 霧澤は短く『ああ』と返し、話の本題に移る。
「朧月。今お前の傍に白波はいるか?」
『涙? 何だお前。涙に用なら電話かければいいだろ』
「生憎、白波の番号しらないからな」
 そうか、と朧月は納得したように言う。
 朧月は白波がいる方向に視線を移し、『同じ教室の中にいる』と返す。
「だったら、変わってほしいんだが……出来るか?」
 朧月は再度視線を白波へと転じた。
 朧月は数秒彼女を見やった後、電話の質問に答える。

『悪いが無理だ。今のところ、涙は取り込み中でな。何でも騎士団と連絡中だ』
 騎士団? と霧澤が聞き返したが、朧月は『詳しくは赤宮に聞け』と返す。
 とりあえず変わるのは無理だ、と答え、何を伝えたかったのか朧月は訊ねる。
「薫が偶然茜空に出会って、マモンと戦いに行くようなことを示唆する置手紙が残されてたんだ。もしかしたら、もう戦ってるかもしれないんだ!」
『……成る程な』
 朧月は納得した。
『分かった。その事は俺から涙に伝えておく。お前らは先に探しに行け』
 男二人は、かつての呼び名でそれぞれの仕事任せる言葉を贈る。

「頼んだぜ、ばるっち」
『任せとけ、なっちー』

 霧澤は携帯電話をポケットにしまい、真冬へと視線を転じる。
「赤宮。お前、悪魔の出現場所ってどうやって特定してんだ?」
「え? あ、えっとね、それは悪魔が持つ魔力を探査して……どんな弱い悪魔でも魔力は持ってるから」
 魔力は『ヴァンパイア』も持ってるけど、と真冬は付け足した。
 なら、と霧澤は続けて、
「魔力を探査してくれ。二つの大きな魔力を」
「うん。出来るけど……私は覚醒型だから覚醒状態に入らないと出来ないよ?」
 そう言う真冬に、霧澤はフッと笑みを浮かべる。
「久々だな!」
 霧澤は腕を出した。
 『血を吸え』という意味だろう、真冬はこくりと頷いて、僅かに頬を赤らめながらかぷっと霧澤の腕に噛み付く。
 鋭い赤い目、刺すような長く赤い髪、そして悠然とした立ち姿。
 
 赤宮真冬が覚醒した。

「魔力を探ればいいんだな?」
「ああ。頼んだぜ」
 ニィ、と笑みを浮かべて真冬は霧澤の腰に手を回す。
「飛ぶぞ、夏樹。振り落とされないように、しっかりと掴んでいろ!!」
「ああ!」
 真冬は地面を強く蹴り、空へと飛び立つ。
 真冬に抱えられながら、霧澤は心であること願っていた。

(間に合ってくれ! やられるんじゃねぇぞ、茜空!)

 たった一人の、幼馴染(かなでざき かおる)の笑顔を守るために。

164竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/07/13(金) 22:02:04 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 奏崎薫は非常に落ち着かない状態で、一時間目の授業を受けていた。
 その理由はいたって簡単である。
 今朝、自分が霧澤と真冬に解読出来るか訊ねた茜空九羅々の残した英文。それを見た瞬間に、より正確には英文の最後に書かれた筆者の名前を見た途端に、霧澤と真冬の表情が変わった。一大事ではないような、一刻を争うような、どこか切羽詰ったような。
 そして英文にも記されていた『マモン』という、自分には理解が出来ない名前。物なのか者なのか分からない。だが、霧澤と真冬はそれが何か知っているようだった。
(……何だか、ここまで来ると怪しいなぁ……。私は好きな人と親友を疑いたくないんだけど……)

 ここまで来ると、疑わざるを得ない。

 いつも一緒にいる二人。同じ行動をする二人。妙に通じ合っている二人。
 奏崎が疑うには、いや誰からも『疑われるべき材料』は充分以上に揃っている。
(……聞いてみるか、いや。聞かないべきか……)
 そこへ、ふと窓を見た奏崎の目に、赤く長い髪を靡かせながら飛んで行く少女が映った。

(……は?)
 誰だって同じような反応をする事だろう。
 窓を見てたらいきなり赤い髪の女の子が飛んでいるのだ。これを『あー、また飛んでるわ』と見過ごせる人はいないような気がする。二次元に生きる奏崎薫も例外ではない。
 しかし、そこで奏崎は見た。
 少女が抱えている人物が、霧澤夏樹に似ている事を。もしくは、霧澤夏樹であることを。
(……夏樹、かな……? でも、似てる人かも……いや! 私が好きな人を見間違うはずが無い!)
 この時、奏崎薫は人生において重要な決心をした。

 霧澤夏樹に、赤宮真冬との関係を問いただす。

「で、夏樹。朧月は何と言っていた?」
 飛んで茜空の場所へ向かう中、真冬は抱えている霧澤にそう問いかける。
「あー、白波は今『騎士団』って連中と電話してるから、後でこっちに来るそうだ」
「……『騎士団』か……。面倒な相手だな」
 真冬は溜息混じりにそう呟いた。
 そう呟く真冬に、霧澤は授業で分からないところを質問するように、真冬に問いかけた。
「……お前は『騎士団』ってのを知ってるのか?」
「まあな。というか、魔界に住んでいて知らない者はいない。彼らの存在は、悪魔でさえも危惧する程だ。まあ、説明が欲しいならしてやらんでもないが、説明に入ると長くなりそうで―――」
 真冬の言葉は最後まで続かなかった。

 高いところならよく見える、街のはずれに位置する山からドォン!! という轟音と、それが爆発だったと示すように上がる爆煙。

「赤宮!」
「あそこか!」
 真冬は炎の翼を羽ばたかせ、山へと一直線に駆けていく。
 山では今でも緑色の炎と、茜色の炎が火花のように瞬いている。
 マモンの炎と茜空九羅々の炎の色だ。
「……くっ、無事でいろよ茜空!」
「……夏樹、飛ばすぞ! しっかり掴まれ! 必ず助けるから待っていろ、茜空九羅々……!」

「そろそろぶっ殺されてくださいよ、マモン!!」
「ほざけ。テメェが堕ちろ、茜空九羅々!!」
 二人は強力な炎を纏いながら、ぶつかり合っていた。

165竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/07/14(土) 22:13:22 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
第20話「CALL 声届かぬ場所で」

 街外れにある大きな木ばかりがせり立っている山奥で、二人の人物が怒号を喚き散らしながら、炎を纏いぶつかり合っていた。
 一人は茜空九羅々。
 『ヴァンパイア』の一人であり、銀髪ツインテールに眼帯をした、低身長の少女である。
 彼女は自分の背丈よりも大きいであろう金棒を、腕二本、状況に応じて一本だけで軽々と振り回しており、対峙している相手と互角の戦いを繰り広げていた。
 もう一方はマモン。
 魔界にいる悪魔の一人で、『七つの大罪』である『強欲』を司る強力な悪魔。
 彼は武器を使わずに、手に深緑色の炎を纏わせ、茜空の金棒とぶつけ合っている。彼の表情には、余裕だと言っているような笑みが刻まれている。
 
 二人はお互いの名前を知っているが、お互いの目的そのものは知らない。
 茜空九羅々は幼い頃から彼に狙われ、今まで何とか生き延びてきた。その理由は、理由が分からないまま殺されるのに納得がいかないからだ。
 彼女には嫌いな言葉がある。
 それは『理不尽』と『不条理』と『不公平』だ。理由も分からず殺される『理不尽』に腹を立て、自分の事を何も知らない奴に狙われる『不条理』に憤り、こんな運命を背負わせた神の『不公平』に怒り狂う。
 まるで、幼稚な意見そのものだが、彼女が怒る理由としてはそれが相応だろう。

 マモンはある物を狙っている。
 それは『金瞳(こがねのまなこ)』という代物だ。
 なんでもそれは、これから先に起こる事全てを見通す、『出来事の千里眼』ともいわれる代物である。
 悪魔に基本的に寿命は無い。
 そのため、仲間の悪魔にその目を移植し、これからの出来事を予見させる。そうすれば、自分達が『ヴァンパイア』や『騎士団』の行動に恐れる事もないし、上手く活用すれば相手の行動を先読みし、攻め落とすのも容易なことにする事も可能だろう。
 彼はその『金瞳』の所有者として睨んだのが、茜空九羅々である。
 眼帯をしているのだ。狙われるのは納得できるし、それなりに怪しまれる事も考えられるだろう。
 しかし、彼は最近になって茜空九羅々が突然逃走を中止し、闘争するようになった理由は分からない。

 理由も分からず狙われることに嫌気が差し、『逃走』から『闘争』に変えた少女。
 それのせいで、稀少な代物を手に入れるために、『闘争』から『逃走』に変わってしまった悪魔。
 いつの間にか、悪魔(おに)が少女を追いかける『悪魔(おに)ごっこ』ではなく、少女(おに)が悪魔を追いかける『少女(おに)ごっこ』へと変わっている。

 しかし、二人の瞳にはそんな楽しい遊びに興じる気配など無かった。
 彼らが興じるのはもっともっと、狂気に満ちた遊戯だ。

 そう、彼らは『愉しい殺し合い(あそび)』に興じているだけなのだ。

166竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/07/15(日) 20:29:35 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 茜色の炎と緑色の炎がぶつかり合う山中。
 木から落ちた葉や、生い茂る草で緑色に染まった大地に、一人の人間が墜落する。
 銀髪ツインテールの眼帯少女、茜空九羅々だ。
 彼女は傷を負い、口の端から一筋の血を垂らしながら、木の枝に腰を掛けている男を忌々しげに睨みつける。

 相手はもちろん、マモンだ。
 相手も相手で、睨みつけられているにも関わらず、余裕の笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。

 彼は笑ったまま口を開いた。
「オイオイ、まさかこの程度ッてワケじャねェよなァ? 俺はお前を殺すためだけに、わざわざこんなとこまで来てやッたんだぜ? それなりに遊んでもらわねェと、ワリにあわねェんだよ」
 マモンの言葉に、茜空は何も言い返せない。
 ただ言い返す言葉が出なかったのか、それとも言い返す体力が残っていないのか。彼女は必死に身体を起こそうと足掻くが、上手く身体が動かないようで、上から見ている分には、相手がもぞもぞと動いているだけに見える。
 マモンは特に戦う構えを取るわけでもなく、相手が足掻く姿を退屈そうに見ている。
「あのさァ……お前ッて一体何のために戦ッてるわけ?」
 マモンから、意外な質問が投げかけられた。
 その言葉の意外性に、茜空もきょとんとした顔で相手を見上げ、起こそうとする身体の動きを止めている。
 彼は空に呟くように、上を見上げていった。

「お前は自分が狙われてる理由が分からないんだろォ? だったら、戦う意味なんてねェじャねェか。そもそも、俺は最初はお前を殺す気なんざ無かッたんだしよォ。お前が逃げたら俺は追いかける。お前が抵抗すれば俺も攻撃する。……これの繰り返しがどうなるか分かるか?」

 茜空の解答を待たずして、マモンが答えを告げる。
「それが今の状況だ。殺すしか、俺が欲しいモンを手に入れる術は、殺すしか、お前が俺から逃れる術は残されなくなッちまッた。俺がここで攻撃をせずにお前を追うとしよう。そしたら、殺気を常にむき出してるお前は俺を殺すだろ? 俺が逃げるお前を追うのをやめるとしよう。そしたら、俺の欲しいモンは手に入らねェ」
 茜空は思い知らされた。
 最初から素直に奴の欲しいものを差し出していれば、こんな事にはならなかった事を。
 確かに、最初は奴は攻撃していなかったかもしれない。殺意も無かったかもしれない。
 そうでなければ、

 今もこうして無事に成長できているはずがない。
 この『鬼ごっこ』の開始が物心ついた頃からだとしよう。物心がつくのが三歳くらいだとしよう。三歳の子供など、その時から今の姿と何の変化も無い悪魔にとっては、容易に殺せるだろう。

 つまり。
 茜空が腹を立てた『理不尽』は。
 茜空が憤っていた『不条理』は。
 茜空が怒り狂った『不公平』は。
 ―――自分の嫌う全ては、他の誰でもない自分が構築してしまったのだ。

 絶望する茜空に、マモンは言葉を続ける。
「ま、今は戦意もねェみてェだし。そろそろいただくか。安心しろ、殺しはしねェ」
 マモンは地に降り、彼女を肩を足で軽く押さえる。そして右手をゆっくりと、彼女の眼帯がついている右目へと伸ばしていく。
「知ってんだぜ、お前がこの眼帯の下に『金瞳』を隠してる事ぐれェ。ッつか、結構分かりやすいよなお前。眼帯なんかしてたら、自己主張してるよォなモンだぜ」
「……」
 マモンは何も言わない茜空に興味すら感じなくなっていた。
 だからこそ、殺すのをやめた。
(ケッ、結局自分がしてきた事が分かるとこォなるのかよ……くだらねェぜ。俺は今までこんな奴と競ッてのかよ……!)
 マモンは茜空の眼帯を外す。
 抵抗しない相手から眼帯を取る事がこうも容易い事だと、初めて知った。
 そして、

 眼帯を外したマモンは茜空の眼帯の裏の瞳を見て驚愕した。

「……ッ!」
 マモンは上手く言葉が出せない。
 ようやく出た言葉が、
「……どういうことだよ……これはァ……ツ!!」

 それだけだった。

167竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/07/15(日) 23:31:02 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 茜空の右目の眼帯を外したマモンは、思わずそのまま動きを止めてしまい、茜空の右目をじっと見つめている。
 信じられないものでも見るかのようなそんな瞳で。
「……オイオイ」
 マモンの声が僅かに震える。
 それは恐怖でも。悲しみでも。怒りでもない。
 ただたった一つの、簡単に言って済ませることの出来る『驚愕』だ。
 マモンが見つめている、茜空の右目は、

 ―――澄んだ紅い瞳だった。

 茜空の左目はオレンジに近い赤い瞳をしており、眼帯で隠された右目は紅に近い赤色だった。
 つまり、茜空が眼帯で隠していたのは『金瞳』ではなく、自分がオッドアイだという事実を隠していただけだ。
「……どういうことだ……ッ!? 何で、何でお前の右目は『金瞳』じャないんだよ……ッ!」
「……知りませんよ」
 すると、今まで戦意を失い抜け殻のように無反応だった茜空が口を開いた。
 赤と紅の瞳に生気が宿り、キッとマモンを睨みつけている。
「貴方が、勝手に僕が『金瞳』の所有者だと勘違いしただけでしょう? バーカ」

 グキッ、と茜空の肩が嫌な音を立てる。

「―――ッ!?」
 突然の痛みに茜空は声にならない悲鳴を上げた。
 マモンが、茜空が動かないようにとほとんど力を入れず踏んでいた肩に、今度は潰す勢いでマモンは体重を掛けていく。
「……ッたくよォ、これじャ時間を無駄にしただけじャねェか……ふざけんじャねーよ」
 更にゴキッ、と茜空の骨が悲鳴を上げる。
 既に外れているか、折れているかしているはずだ。そうでなくとも確実にヒビは入っている。
 茜空は量目に涙を溜めて、弱弱しい赤い瞳でマモンを睨みつける。
「あー、ダメダメ。そんな顔しても全然怖くねーよ。さて、と。さッきは殺さないッて言ッたけど……狸寝入りなんて臭ェ芝居しやがッて……俺様が燃やしてやるよ」
 マモンの右の手の平に碧の炎が球体として現れる。
 恐らくはこれで燃やそうという、そういう魂胆だろう。
「最後に、お前が生きるか死ぬかのチャンスを与えてやる」
 マモンが炎の球体を維持したまま、茜空に疑問を投げかける。

「『金瞳』はどこだ? 場所を教えれば、今回は見逃してやるぜ?」

 ―――見逃す。
 茜空はその言葉に、思わず釣られてしまいそうになった。
 だが、それじゃいけない。
 ここで自分が『金瞳』の在り処を教えてしまえば、『あの人』が危険に晒されてしまう。『あの人』だけは自分が守らなければいけない。
 自分の命と『あの人』の命。秤に掛ければ、どちらが勝つかなど考える事さえも無駄だ。
 茜空は、血が垂れている口を必死に動かし、言葉を紡ぐ。

「……知るかよ……! 自分で探しやがれ、薄汚ぇ欲望の塊が……ッ!」

「あー、成る程ネ」
 マモンは納得したように頷いた。
 そして、
「遺言ゴクローでしたッてなァッ!!」
 マモンの緑色の炎が茜空に向かって放たれる。
 ―――いいんだ。
 静かに、薄れゆく意識の中で彼女は小さく思った。
 ―――『あの人』が無事なら、僕はそれで―――。

 しかし、茜空の身体が緑の炎に焼かれる事はなかった。
 見上げれば、マモンは横合いから伸びている脚(もとい蹴り)を腕で防いでいた。
「……似合わないものだな、茜空九羅々。お前は―――」
 茜空に一度だけ聞き覚えのある凛とした声。
 赤く長い髪を靡かせた彼女は、続けざまにこう言った。

「電柱の上に張り付いているのが一番似合っているよ」
 凛としていて、しっかりと芯が通った声で。

168竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/07/20(金) 20:41:09 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 赤宮真冬の繰り出された脚を右腕で押さえながら、マモンは真冬の容姿をじっと睨みつけるように観察する。
 顔から下へ下がり、肩、胸、腹、最後にすらりと伸びている脚を見て、もう一度視線を上へと上げていく。
 そして十分に真冬を観察した彼は、納得したような表情を浮かべる。
「……刺すように長く綺麗な赤髪。貫くような強く冷たい赤き眼光。迸る情熱を表すような赤き炎。お前が、赤宮真冬で間違いないみてェだな」
 そう言われた真冬はフッと笑みを浮かべ、マモンの言葉に返事をする。
 楽しそうな声色で。面白がっているような調子で。
「短時間見ただけで、よく私の身体の特徴を隅から隅まで見つけれたものだな。逆に感心したくなるよ」
 そう言いながらも、真冬はマモンの右腕に押さえられている脚に力を加える。
 力が増したと感じたマモンは、相手の気を逸らすために、

「……パンツ見えてんぞ」

 ガッ!! と激しい衝突音が響く。
 しかし、その音は真冬がマモンに攻撃を与えた音でも、マモンが真冬に攻撃を与えた音でもない。
 お互いに隙を探りあい、隙が出来たと思った瞬間が偶然同じで、お互いの拳がぶつかり合った音だ。
 この拳のぶつかり合いにより、真冬とマモンはお互いに十数メートル程の距離を取った。当然、マモンの位置も茜空から遠ざかったわけだが。
「……意外と純粋じャないんだな。今のは見られて赤面するシーンだぜ?」
「お前に下着を見られた程度で動転するほど気を緩めてはいない。赤と白の横縞が好きか?」
 真冬はさらりと下着の柄を告白する。
 躊躇いも全く無いのか、彼女の頬も、耳も赤くなっておらず、恥など一切感じていないようだった。
 何故こうも堂々と出来るのか、マモンは戦いの最中でどうでもいい事を思ってしまった。
 そのどうでもいい事と同列に並ぶ、真冬の質問に答える。
「俺はどッちかッていうと、横縞より黒一色、赤一色とかッていう刺激的な方が好みでな」
「―――そうか」
 真冬はマモンの言葉に短く言葉を返す。
「それは残念だったな。だが、たまになら黒一色の下着を履かんこともない!」
 思い切り溜め込んだ力で地面を蹴り、マモンに突っ込んでいく。

「ハハッ! そうには見えねェなァ! 案外積極的じャねェか!」
「拝みたければ、それまで生き延びる事を目標にするんだな!!」

 赤宮真冬対マモンの戦いが始まった。
 近くの木に背中を預けながら、茜空はその戦いを虚ろな瞳で眺めていた。
(―――何故、僕は傍観者になっているんでしょう?)
 上手く回らない頭で考えても、答えは出ない。
 茜空は近くに捨てるように置かれている自身の武器である金棒に手を伸ばす。が、距離感が掴めないのか、いつまで経ってもこの手は金棒に届いてくれない。
(……おかしい、ですね……すぐそこに、ある……はずなのに……)
 すっと、金棒が自分とは違う誰かの手に取られる。
 かと思うと、その手は金棒を持ったまま自分へと近づいてきた。

「ほら、手に取りたいんならもっと動けよ」

 その手の持ち主は、茜空の目の前に現れた。
 霧澤夏樹だ。
「……彼女と、一緒に助けに来たつもりですか……」
「悪いかよ」
「そうじゃありません……貴方は……いや」
 茜空は言葉を区切った。
 彼女は『貴方は世話を焼くのが好きですね』。彼女はそう言うとしたのだが、ふと奏崎薫の事を頭がよぎった。二人の世話焼きの人間が出てきたため、『貴方も』と繋げたくなったのだろう。
「……貴方も、世話を焼くのが好きですね……」
「……まあな。俺の世話焼きはアイツが元だからな」
 そこでだ、と霧澤は茜空に提案をする。

「その、『もう一人の世話焼き』のために、お前の力を貸してくれ」

 しっかりとした瞳で見つめながら、霧澤はそう提案した。
 それぞれ違う色の瞳で、茜空も霧澤を見つめていた。

169竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/07/21(土) 20:04:50 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 茜空は自分を真っ直ぐに見つめる霧澤と視線を交えていた。
 それから、彼女は視線を外し軽く溜息をついた。
「……貴方、彼女と知り合いなんですね」
 茜空の言う『彼女』は恐らくは奏崎のことであろう。
 霧澤はこくりと頷いて、
「ああ。つっても、知り合いなんて簡単な言葉で済む関係じゃねーけどな」
 その言葉を聞くと、茜空は僅かに考え込む。
 『知り合い』よりも進展した関係―――ということは、
「―――恋人ですか?」
「違う違う! いきなり関係進み過ぎだろ! 俺とアイツはただの幼馴染だよ」
 大体アイツをそういう感じで見たことねーし、と恋人という意見を全力で否定している。
 この場に奏崎がいたらどうなっていただろう。
 『そんなに私と恋人と思われるのが嫌かい? 夏樹?』とか『はんっ。私だってアンタには興味ないすぃー』とか言いそうだ。

「……貴方は、そんなに彼女を助けたいですか……?」

 茜空の言葉に霧澤は言葉を返さない。
 こんな事を訊いた茜空の真意が掴めないのだろう。霧澤は返そうにも、返すべき最適な言葉が見つからないのだ。
「……正直、僕はずっと一人だったから幼馴染っていうのがどういうものかよく分かりません……。ただ、それは……その幼馴染と呼べる存在は、意見が食い違った相手に協力を求めてでも、守りたい存在なんですか?」
 彼女の言葉を、霧澤は大まかな解釈をした。
 要は『幼馴染のためなら、嫌いな相手にでも協力を頼むのか。幼馴染という存在は、それほどまでに大事なものなのか』という事を訊いているようだ。
 彼女の言葉に、霧澤はさも当然のように答える。

「堅いこと考えてんじゃねーよ。困ってる人がいるなら助ける。そんな簡単なことに、理由とか考えはいらねーよ。それは多分、幼馴染に限定されねーよ」

 同じだ。
 奏崎の言葉と、同じだった。
 茜空は霧澤の言葉に、前に聞いた奏崎の言葉を重ねていた。
「俺はアイツの泣き顔だけは見たくない。お前が死んじまったら、きっとアイツは大泣きするだろうからな。なんせアイツ、今日学校でお前が残した英文を日本語訳してから来たんだぜ?」
「……だったら、彼女だけ助ければいいじゃないですか……。わざわざマモンと戦う道を選ばなくたって……」
「仕方ないだろ」
 霧澤は茜空の言葉を遮るように言った。
「アイツを助けようとしたら、お前を生かさなきゃいけない。お前を生かすためには、マモンをぶっ飛ばさないといけない。同じなんだよ。アイツとお前を助ける事は」
 その言葉に茜空は薄く笑みを浮かべた。
 霧澤はすっと手を伸ばし、再び茜空に問いかける。

「薫のために、お前の力を貸してくれ」

 茜空は呆れたように息を吐いて、金棒を杖代わりに立ち上がる。
「―――この状況、手を貸すのは貴方達ですよ? 最初に奴と戦ってたのは、僕ですから」
 そう言い残し、茜空は真冬とマモンが戦っている場所へと突っ込んでいく。

 世話焼きを一人、守るために。

170竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/08/03(金) 17:36:11 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 真冬とマモンは拳をぶつけ合っていた。
 真冬は自身の真っ赤な炎を纏った拳を、マモンは自身の毒々しい緑色の炎を纏った拳を。お互いが渾身の一撃だ、と言わんばかりに何度も何度も全力でぶつけていた。
 競り合う状態になり、余裕もなさそうな搾り出すようなマモンの声が、真冬の耳を刺激する。
「……やるじャねェか……! もうちョい楽だと踏んでたんだが……これはアテが外れたかァ? まァ、何にしろお前だけじャ俺には勝てねェ。動けない茜空九羅々が動ければ話は別だがな」
 真冬はフッと笑みを浮かべ、
「―――そーか」
 そう言い残すと、前からの攻撃をかわすように後ろへと飛び退いた。
 その真冬の不可解な行動に、マモンは詮索せざるを得ない。
(―――? 何故今距離を取った? 競り合いは互角だったはず―――)
 マモンの思考はここで中断され、納得いく解答がすぐに現れた。

 頭上。
 マモンの頭上から急降下してくる茜空が茜色の炎を纏った金棒を振りかぶっていたからだ。

「……そーかい。二対一か……丁度良いハンデじャねーかッ!!」
 ガッ!! と鈍い音。
 振り下ろされた金棒は、マモンの両腕で受け止められてしまう。しかし、攻撃を防がれた茜空の表情に一切の悔いや焦りは見られない。
 本命はこっちではないから。
 茜空の狙いは。真冬の狙いは。あくまで一致していた。
 しかし、それは前もって打合せされた綿密な狙いではなく、自分の攻撃がマモンにどのような影響を与えたかで、急遽変更になってしまう。目配せもしない。合図も送らないし、そもそも目すらもまともに合わせていない。長く身を置いてきた戦場でのみ発揮する第六感と本能のみで、真冬と茜空はあまりにも杜撰なコンビネーションを完成させていた。
「良かったよ。―――お前の両手が塞がって」
 炎を拳に纏った真冬がマモンの懐に潜り込む。
 上の腕をどければ金棒に頭を打たれるし、離さなかったら腹に重い一撃を喰らう。
 ならば、少しでも生存率の高い、腹の一撃を喰らっとくか。

 真冬の細い腕から繰り出された強力な一撃は、マモンの口から赤い液体を吐き出させ、そのままノーバウンドで三メートルほど後ろの木をへし折って、動きを止めるほどの威力だった。
 吹っ飛ばされたマモンは仰向けの状態になっているだろうが、今は砂煙で姿を確認できない。
 ほぼ無傷の真冬は、傷だらけの茜空へと視線を落とすと嫌味のように言葉をこぼす。
「ふん、大分手荒い歓迎を受けたものだな。ボロボロじゃないか」
「余計なお世話です。貴女も調子乗ってるとこーなりますから、精々気を抜かずに張り切っちゃってください」
 可愛くない返答だ、と真冬は溜息をつく。
 しかし、これで倒せてはいないだろうが、マモンに決定的な一撃を与える事には成功した。
 後は二人で押し切れば何とか……と思っていたのだが。

「いやァー、マジで効いたぜ、今のは」

 砂煙の中から聞こえる、薄気味悪い声。
 その声の主は身体を起こしたのか、力むような声を発した後、ゆっくりとこちらへと近づいてくる。煙の中で人影が揺らめいているのが確認できる。
 煙の中から再び姿を現した声の主―――マモンは口の端から血を流しながらも案外平気そうな顔をしていた。
「……参ったな。今ので倒せたとは思っていなかったが、ここまでタフとは」
「あー、そんなんじャねェんだよ。今のはマトモに喰らッてたら俺もダウンしてたかもしれねェ」
 真冬は眉をひそめ、問いかける。
「……マトモに、だと?」
「あァ。生憎にもうちの女神サマがくれた連絡用の水晶が若干盾になッてたみたいだぜ。まァこの通り、お前のパンチで粉々に砕けちまッて二度と使えやしねェけどな」
 マモンが言いながら服と肌に隙間を作ると、その間から透明な欠片がばらばらと地面に落ちる。とても綺麗な水晶だったろうが、粉々になってしまえばただのゴミ同然だろう。
 未練なんか微塵も感じさせず、マモンは何もないかのようにその水晶の欠片を踏みしめ、口の端の血を手の甲で拭う。
「さァて、と。このままお前らと戦ッても体力と時間を浪費するだけだな。つーわけで、俺様また逃げるわ」
「また、情けなく尻尾巻いて、ですか?」
「ハッ、言うじャねェか。言ッとくけどなァ、こちとら最初から目星は二つついてたんだよ! お前が選択肢から外れりャ、答えは一つになッた。アリガトなァ、俺を曲がりなりにも財宝に導いてくれてよッ!!」
 マモンはそう言いながら飛び立つ。
 彼の発言に顔色を一気に変えた茜空が追撃しようとするが、身体の痛みがそれを許してくれない。
 とりあえず、真冬は茜空の傷を治療しながら話を聞くことにした。

171竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/08/03(金) 23:20:09 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 癒炎(ゆえん)。
 真冬が茜空の治療に使っているこの炎は、彼女の傷を焼くためではなく、彼女の傷を治療するためのものだ。
 普段の真冬ならこんな炎は使えない。彼女曰く『覚醒してない時間が長すぎたせいで、治癒する炎が身についてしまった』らしい。魔界では覚醒状態でいることが多かったため、戦えない真冬の状態が長くなる人間界で、真冬は回復させる術を手に入れた。とは言っても、まだ不完全らしく傷は八割程度しか治らず、炎の消費が結構激しいらしい。
 とりあえず傷の痛みはほとんど消え、真冬は茜空に疑問を投げかける。
 彼女が聞きたいことは二つ。
 一つはマモンの言っていた『目星』とは一体何の目星なのか。
 もう一つは、その『目星』とは一体何処を指しているのか。
「……お前の知っている事、全てを話してもらおう。とは言っても、全て知っているようだがな」
 茜空はじっと横目で真冬を見つめてから、

 ぷい、と彼女から目線を逸らした。

「ッ!!」
 茜空のその行動に冷静な真冬にしては珍しく、こめかみに青筋を立てた。
 仮にも傷の治療してやった人物なのに、この扱いはどういうことか。
 今にも茜空に襲い掛かりそうな真冬を、霧澤は必死に押さえる。
「……離せ、夏樹! 殴る! 一発だけぶん殴って服従させる! 世間の冷たさと礼の返し方をその身に叩き込んでやる!」
「お、落ち着け赤宮! 殴ってもいいが、そうすれば絶対あの子何も話さないぞ? ここは、ちょっと俺に任せてくれ!」
 霧澤は茜空の傍に腰を下ろし、彼女を諭すように声を掛けた。

「なぁ……俺らも割り込むって勝手な形でマモンと関わっちまった。お前の知ったことじゃないと思うけど……俺らにも何か協力できることがあるんじゃないか? だったら手伝わせてくれ。俺は……俺らはお前の力になりたいんだ」
 霧澤の言葉に茜空は、

「……僕は小さい頃から奴に狙われてました」
「おい! 話してくれるのはありがたいが、何故私の時は無視した!?」
 再び襲い掛かりそうな真冬を霧澤が押さえる。
 二人がぎゃあぎゃあと叫んでいると、茜空は呆れたような溜息をついて、
「……黙ってくれないと、話しませんよ?」
 その言葉で二人は(真冬は渋々)黙り込む。
 すると、茜空の説明が再び始まる。彼女は先に『かいつまんで説明します』と前置きをして、言葉を紡ぎ始めた。
 彼女の話を纏めるとこうだ。
 彼女は小さい頃から、右目にある『金瞳(こがねのまなこ)』を守るために、マモンから逃げ続けていた。やがて、彼から逃げていては何も変わらないと感じ、こっちから追うようにしてやった。そうしたら、今度は自分が奴を追いかける側になり、立場が逆転してしまった。それが今まで尾を引いて、霧澤達が来る前に右目の眼帯を外され、自分の右目が『金瞳』じゃないと判明してしまった。マモンは『金瞳』のもう一つの在り処へと向かった。ということだ。
「……成る程な。しかし『金瞳』が本当に存在するとは」
「……茜空の話を聞く限り、結構ヤバイ物みてーだし、悪魔側の手に落ちたらまずいんじゃねーの?」
 茜空はこくりと頷く。
 彼女は右目に再び眼帯を装着しながら、
「奴のもう一つの目星は恐らく確定的でしょう。急がないと……ッ!」
 再び立ち上がろうとする茜空だが、傷は癒えても疲労は取れておらず、足がふらつき、倒れそうになる身体を真冬が支えた。
「……無理するな。後は私達に任せて、お前はゆっくり休んでおけ」
「……そういうわけにも、いきませんよ……! 僕が、彼女を巻き込んでしまったんですから……」
 茜空の言葉に、真冬は眉をひそめる。
 彼女は搾り出すような声で、
 必死に必死に、細い糸を手繰り寄せるようなか細さを感じさせるような口調で話す。
「……僕が、もっと早く奴を倒せていれば……!」
「お前のその言葉から察するに『金瞳』は誰かが持っているのか? 何処だ、一体何処にある?」
 真冬の言葉に茜空が訂正するように言う。
「……何処、って……誰の中、の間違いでしょう……?」
 茜空の言葉に真冬の動きが凍りつく。
 誰かの体内に入っているのか、真冬は茜空の次の言葉を待つ。
「……貴方達は存在を知っているから教えますね」
 茜空の声色に、冷たさが灯る。

「『金瞳』の在り処は、貴方達の大切な人物の体内に存在しています」
 茜空の言う大切な人物とは誰か。
 霧澤と真冬は、その人物に驚愕する事になる。

172ルーナ ◆jSJPzJeR/w:2012/08/03(金) 23:45:57 HOST:p141213.doubleroute.jp
ルーナのファンタジー小説と楽しい仲間たち
ってブログ見てね

173竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/08/04(土) 12:56:21 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 霧澤と真冬にとって、大切な人物が『金瞳(こがねのまなこ)』の体内に宿している。
 茜空の言葉に、二人は絶句した。
 自分達の思う大切な人物がマモンの標的になってしまっていることを考えてもそうだが、そもそもそれは誰なのか。
 誰一人思い当たらないわけじゃない。むしろ、思い当たる人物が多いからこそ絞る事が出来ないのだ。
 それは、霧澤の妹である霧澤梨王かもしれないし。
 それは、同じ学校で真冬と同じ『ヴァンパイア』である白波涙かもしれないし。
 それは、二人を『お兄ちゃん』『お姉ちゃん』と慕う茨瑠璃かもしれないし。
 選択肢が複数ある中、二人だけで誰をどう守れというのだろうか。
「……涙」
 真冬が唐突に口を開いた。
 その言葉に霧澤は真冬の方を振り返る。
 白波のことなのだろうか、と思っていると真冬が言葉を続けた。

「……涙、瑠璃、昴、汐王寺、朱鷺綾芽、梨王、夏樹のお母様、滝本……この中の誰か一人か。私達の、という事は梨王かお母様が一番可能性が高い」

 真冬は自分達とより近しい人物の名前を挙げていった。
 霧澤にとっては誰も等しく大切なのだが、今挙げた人物の中では、確かに家族が一番大切かもしれない。それに、例えば白波か茨か朱鷺だった場合なら自分で自分を守る術は持っているだろうし、朧月か汐王寺なら傍に『ヴァンパイア』がいるため、誰か来るまで持ちこたえる事はできる。
 一番危ないのは家族だ、と霧澤が結論付けようとしたところで、

「―――何にも、分かっちゃいないんですね」

 横合いから茜空が口を挟む。
 彼女は何処か呆れたような表情でいる。誰か知っている彼女からしてみれば、霧澤と真冬の解答はすぐに間違いだと判断できているはずだ。
 彼女がこう言う、ということは梨王でも、夏樹の母でもないということか。
「どういうことだよ、茜空。梨王でも母さんでもないとしたら……」
「貴方達、近すぎて忘れてるんじゃないんですか? 最も大事な存在を」
 茜空の言葉に二人は首を傾げる。
 近すぎて忘れるくらい大切な人物、二人は顔を見合わせた。が、すぐにその思考は消え去った。霧澤も真冬も自分の命を顧みないような行動をすることが多い。そのため、二人が大切に思っているとは多少違うだろう。
 茜空はそんな二人を眺めながら、
「魔界の物っていうのは、体内に宿すとその人物はまるで何かに守られてるみたいに神の加護みたいなものを受けるんです」
 それは、と彼女は続けて、

「成績が良かったりだとか、病気になりにくいだとか、勘が鋭かったりだとか」

 その言葉で、二人はほぼ同時に同じ人物を思い浮かべた。
 真冬は知っている。
 自分が霧澤に好意を寄せている、といち早く気付き、ライバルとして正々堂々戦う事を誓った人物がいる事を。
 霧澤は知っている。
 大して勉強もしないくせに、真面目に授業を受けている自分より成績がよく、つい最近まで風邪なんて引かなかった奴が、珍しく風邪を引いた事を。
「マモンがその人物を見つけたのは、強力な『ヴァンパイア』が傍にいるため、『金瞳』が探知されないように自発的に張っていた結界が、『ヴァンパイア』の魔力によって削られ、それによって探知がされるようになったんでしょう。だから、ここで潰さないといけなかった。僕は、一体何のために彼女から離れたんでしょうね」
 茜空がつい最近離れた人物。
 それは―――、

「―――薫?」

 その頃、教室で授業を受ける奏崎薫を、遠くのビルから眺める一人の人影があった。
「ハッ、見つけたぜェ。『金瞳』ォ!!」
 そう、マモンだ。

174竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/08/04(土) 14:02:22 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

「薫が、マモンの狙っている『金瞳(こがねのまなこ)』の身体に宿してるっていうのか?」
 霧澤が僅かに声を荒げる。
 今まで常に冷静で、声を荒げるとしても皆が楽しく話している時のツッコミでしか叫ばなかった霧澤が、珍しく声を荒げた。
 食いかかるように叫ぶ霧澤の問いに、茜空は小さく頷いた。
「間違いないと思います。昨晩彼女の家に泊まっていた僕を狙った理由は一つ。僕の右目か彼女の体内か。どちらにあるのかを確認したかったんでしょうね。結界が剥がれ探知がしやすくなった、といっても確実さには欠けるでしょうし、そもそも今まで見つからなかった物が突然見つかったとか……信じるのも躊躇するでしょ?」
 とりあえず、この際そんな事はどうでもいい。
 マモンより早く奏崎を見つけないと、彼女が危険な目に遭ってしまうかもしれない。
 真冬は癒炎(ゆえん)のために少し疲労の色を見せながらも、
「……とりあえず、情報感謝する。茜空、お前はここで少し休んでいろ」
「……何言ってるんですか。貴女も僕の治療で疲れてるでしょ。休息が必要なのは貴女も一緒ですよ」
 真冬の表情に気付いたのか、茜空は彼女にそう告げる。
 ここで言い争っている間にもマモンの魔の手はゆっくりと奏崎に近づいている。霧澤は携帯電話で時間を確認すると、ある電話番号に電話をかけた。
 電話から聞こえた声は、学校を出る前に聞こえた声。

『はいはーい。こちら朧月医院ですけど、お客さんご予約ですかー?』

 電話の相手はやはり朧月昴だ。先ほど時間を確認したのは授業が終わっているかの確認だ。
 霧澤は彼のささやかなボケにあえて何も言わずに、
「朧月! 今そっちにこっちが取り逃がしたマモンが近づいている! その事を白波に伝えて、薫を守るように言っといてくれ!」
『俺のボケをスルーすんな。つーか、お前らマモン取り逃がしたのか。どうりで……』
 朧月の言葉はこれ以上は言わないでおこう、という感じで不自然に言葉を切った。
 その様子に霧澤が眉をひそめていると、
『にしても、今奏崎だっけ? の護衛に涙を行かすのは無理だ』
「何でだよ?」
 朧月の言葉に、霧澤は間髪入れずに聞き返す。
 朧月は淡々とした口調で、

『今涙がマモン(向こう)に行ったから』

「……何だと!?」
 恐らく、白波はマモンの接近に気付いていた。
 彼の狙いが何かは分かっていないが、霧澤と真冬が飛び出したことは朧月から聞いているので、マモンが自分達を殺すためにやって来たんだとしたら、動けるのは自分しかいないと考えたのだろう。朧月によると、彼女の顔は久々の強敵で笑っていたらしいが。
 とりあえず、当面の危機は去ったのだろうか、と霧澤が考えていると、
『ああ、ちなみに涙が行ってなくても奏崎の護衛は不可能だ』
「……?」
 朧月の言葉の意味が分からない。
 さっきの話だと、護衛役の白波がいないから、護衛できないという風に聞こえたが、白波がいても出来ないとはどういうことか。
 問う前に、朧月の言葉が帰ってきた。
『さっきトイレに行く途中にお前の教室をチラッと見たが、奏崎は何処にもいなかった。奏崎と仲が良い滝本って奴の話だと、「体調が悪いから帰った」ってよ』
 その言葉に霧澤は絶句する。
 勿論、それは確実に嘘だ。霧澤や真冬が授業中に悪魔が出たときに使うような、教室から飛び出す理由と同じように。
 彼女は恐らく、霧澤と真冬を探すために学校を出たのだろう。
 そう考えていると、

 ドッ!! と遠くの方で轟音が響いた。
 柱のように一瞬だけ緑色の炎が上がったかと思えば、次に白色の炎が上がる。
 白波とマモンの対決が始まった。
(……始まったか!)
 霧澤は朧月との電話を切り、炎が上がった場所へ走ろうとするが、
「待て、夏樹」
 真冬の声が、霧澤の足をとめる。
 彼女は霧澤と茜空を抱えるように掴めば、
「……後で、血を吸わせろ」
 そう告げて、背中から翼を生やし空へと飛び立った。

175竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/08/04(土) 17:01:45 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 何とか人気のない工場跡地で戦いを繰り広げている白波とマモンはお互いに二十メートルほど距離を開けていた。
 マモンはいつでもどの方向へ向けて動けるように僅かに身を屈め、白波はマモンへ向けて銃を向けている。いつでも撃てるように、引き金に指を掛けているのはマモンも見えている。
 二人は睨み合っており、どちらにも動く様子は見られない。
 そんな中、余裕あり気な表情をしているマモンが口を開く。
「……いやァ、人間共に赤宮真冬のことを聞いても情報手に入れられなかッたし、直後に茜空九羅々に襲われるしでイイことねェなァッて思ッてたが……まさか一人で迎えに来てくれるなんてよ。殺されるッてのに、随分なお人好しだ。いいぜ、そういう奴は嫌いじャねェしな」
「はん、アンタの都合なんか知ったこっちゃないわよ。ただ、授業中にずっと魔力を向けられてたら集中出来やしない。まーた授業遅れちゃうじゃない!」
 そッちの都合なんざ知るか、とマモンは吐き捨てた。
 言ってしまうと、マモンの今回の狙いは『金瞳(こがねのまなこ)』ではなく赤宮真冬達の殲滅だ。『金瞳』は二の次である。
 しかし、目の前にお宝が転がっているのを、マモンが。あの『強欲』のマモンが見逃すであろうか。お宝も入手し、目的も果たす。これ程自分に良い影響を及ぼす一石二鳥も早々あるまい。
 だが、
「つーか、テメェが来てくれたことはありがたいんだが……ターゲットを見逃しちまッたじャねェか。どうしてくれんだ」
「だから、アンタの都合なんか知らないって言ってるでしょ。そもそも、何でアンタが薫ちゃんを狙うわけ? 夏樹くんや真冬への人質のつもり?」
 白波の言葉にマモンは短く笑う。
「んなわけねーだろ。そもそも、俺はあの女と赤宮真冬が知り合いッてのも今聞いたッつの。こちとら『ヴァンパイア』の交友関係なんざ調べてねェしな」
 じゃあ何で、と白波は問いかける。
 マモンは引き裂かれた笑みを浮かべながら、白波の質問に対する答えを出す。

「奴の身体に『金瞳』がある。それだけだよ」

「何……ですって……?」
 白波の引き金に掛けている指に、僅かに力が込められる。
 それに気付いているのか気付いていないのか、よく分からないような表情でマモンは続けた。
「お前も『ヴァンパイア』なら聞いたことぐれェあるだろ?」
「……あるわよ。でも、何で薫ちゃんの身体に……?」
「俺が知るかよ。まァ、あの女は殺しはしねェからよ。お前らの大事なモノッてんなら『金瞳』だけ奪ッて本体は返してやる。だから邪魔すんな。そこを退け」
 恐怖を与えるような目で、マモンは白波を睨みつける。
 白波は歯を食いしばり、引き金に掛ける指に徐々に力を加えていく。彼女のかいた汗が、頬をすぅ、と伝っていく。
「応じねェ、か。まァそうだよな」
「……アンタはここで、私が討滅する!」
「あァ、それね」
 マモンが白波の指を刺激するように、あるいは挑発するように。口を開く。

「テメェじゃ無理だよ。帰れ」

 ドォン!! と白波が引き金を引く。
 白い弾道を描き、白い炎の弾はマモンへと一直線に向かっていく。
 その弾をマモンは片手で受け止め、彼方の空へと弾き返した。
「な……っ!?」
「だから言ったろ……?」
 瞬間、マモンが白波の頭を掴み静かに告げる。

「お前じゃ無理だって」
 そしてそのまま、白波の顔を地面へと叩きつけた。

「ったく、あの馬鹿は何処に行ったのよ!」
 鞄を持ちながら、走り辛そうにしている奏崎は息を切らしながらあちこちを見回していた。
 今の彼女は怒っている。
 やはり、授業も集中できずに学校を抜け出してしまった。
「……全部、吐かせてやるんだから!」
 再び走り出そうとする彼女の耳に、

「何か探し物か? いやァ、探し人が正しいよなァ」

 緑色の悪魔のような男が声を掛ける。
 一瞬で、奏崎はその人物が怪しいと分かり、一歩、二歩後ずさりをする。
「……だ、誰……なの……?」
「まァまァ、話は後でゆッくりと、な」

 奏崎薫の意識がここで途切れた。

176竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/08/05(日) 14:02:19 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 上空から工場跡地に降り立った真冬と霧澤と茜空は、額に包帯を巻いた白波を心配そうに見つめていた。
 白波の傍らには朱鷺がおり、彼女の治療をしたのも朱鷺らしい。
 白波とマモンの魔力の衝突を感知した朱鷺は、大急ぎでこちらへ飛んで来たらしいのだが、来た時には既にマモンはおらず額から血を流したままうつ伏せになっている白波を発見したらしい。
「……すまんな、朱鷺」
 遅れてやってきた真冬は、心底申し訳なさそうに朱鷺に謝罪をした。
 そんな真冬に朱鷺は溜息をつき、
「何で貴女が謝るんですの? これは誰のせいでもありませんわ」
「ところで朱鷺。お前はマモンが何処に行ったのか分からないんだよな?」
 霧澤の質問に朱鷺は頷く。
「ええ、来た時には白波さんしかおりませんでしたので。魔力を探査すれば、すぐに見つかると思いますが……」
 そうか、と霧澤は小さく返事を返す。
 それから悔しそうな目で、額に痛々しそうに包帯が巻かれ、目を固く閉じている白波を見つめる。
 白波に対する謝罪の言葉は、霧澤の口から出なかった。
 霧澤は振り返って、真冬にマモンの位置を特定してもらおうとしたが、言われるまでもなく真冬は目を閉じ、マモンの魔力探査に集中している。二人でやった方が早いと感じたのか、茜空も目を閉じ地面に手を当て、真冬と違う探査方法を試みている。
 二人はほぼ同時に目を開けて、
「……感じ取ったか、茜空」
「ええ。僕の探査と貴女の探査に狂いがなければマモンは―――」
 二人は声を合わせた。

「「地下にいる」」

 地下? と霧澤は首を傾げる。
 奴がそんなところで何をしようとしているかは分からない。そもそも、相手は既に奏崎を捕まえたのか。学校から出ているならば見つけられる可能性はぐんと上がってしまう。
 真冬が翼を出そうと集中すると、

「……ま、ふゆ……」
 
 弱弱しい、搾り出すような白波の声が真冬の耳に届いた。
「涙、大丈夫か?」
 真冬はしゃがみこみ、白波を心配そうな目で見つめる。
 虚ろな瞳を僅かに開く白波は、真冬の表情を見るなり薄い笑みを浮かべた。
「……なによ、その顔……。私は平気よ……」
 真冬は白波の手をきゅっと握り、白波の消えてしまいそうな声に耳を貸していた。
「……アンタ達に、伝える事が……。……マモンは、アイツは薫ちゃんを既に確保した……! 『金瞳(こがねのまなこ)』が抜かれるのは時間の問題よ……」
 その言葉に霧澤達は絶句した。
 地下にいる、ということから大体の予想はつけていたが、この予想が当たってほしくなかった。
 白波はうっすらと涙を浮かべて、
「……ごめん。私じゃ……薫ちゃんを守れなかった……!」
 だから、と歯を食いしばり白波は真冬に懇願する。
「……アンタ達に託す……! 薫ちゃんを助けてあげて……!」
 その言葉に、真冬は返事をしなかった。
 その代わり、ゆっくりと立ち上がり白波と朱鷺に背を向け、一言だけ朱鷺に伝える。

「涙を頼んだぞ」

 朱鷺はその言葉にこくりと頷く。
 真冬は朱鷺が頷いたのを確認もせずに、霧澤と茜空を抱えるように掴む。
「……お前、大丈夫か?」
「あと一回くらいはな。だから、マモン戦の前にたっぷり血をもらうぞ」
 真冬は背中から真っ赤な翼を生やし、空へと飛び立つ。
 友人を助けるため、マモンの潜む地下へと向かって行く。

177月峰 夜凪 ◆XkPVI3useA:2012/08/11(土) 17:18:45 HOST:p22207-ipngn100102matsue.shimane.ocn.ne.jp

久々にコメント失礼しますノ
ところで、私の方も親しみと敬意を込めて翔さんと呼ばせていただいてもよろしいでしょうか(´・ω・`)?

にしても、どんどん熱い展開になってきますね。読んでいる私も胸熱です!
真冬ちゃんも涙様も、というか皆かっこ良すぎです!茜空ちゃん可愛いよ茜空ちゃん((
読みながらずっと彼女が『金瞳』の持ち主だと思っていた上、まさかの薫ちゃんが持ち主だったので、ダブルで意表を突かれました!さすがです!

さて、薫ちゃんとうとう巻き込まれてしまいました……とりあえず無傷で帰ってきて欲しいです。むしろ怪我があったら皆が黙っていませんy((
そして茜空ちゃんと『僕と契約して、契血者になってよ!』的な展開になることを期待しつつ((黙

それでは、続きも頑張ってください!いつも楽しみに待ってます^^

178竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/08/11(土) 17:32:42 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

「う……」
 奏崎は目を覚ました。
 気がつけば自分は全く見覚えの無い場所にいた。手は縛られているし、真っ暗で窓から差し込む光だけが頼りのような場所にいるし。
 彼女は曖昧な自分の記憶を手繰り寄せ、気を失う前のことを思い出す。
 確か夏樹と真冬ちゃんを追うために学校を早退して、途中で何だか意味の分からない人と会った瞬間に……。

「目ェ覚めた?」

 ぞわっと、悪寒が走る声。
 奏崎はそちらに振り返り、声の主を確認する。緑色の髪をオールバックにした、耳が尖っている悪魔のような男。奏崎は彼の名前を知らない。名前も知らない人物に見知らぬ場所に連れられた、というだけで彼女の恐怖は頂点に達する。誘拐されたも同然なのだから。
 彼女は恐怖で上手く言葉が出ない。口をぱくpかうと動かすたびに、歯ががちがちと音を立てる。
 男が近づくたびに、奏崎は唯一自由な足を必死に動かして、後ろへと下がっていく。
 そんな奏崎に、男は相手をなだめるように、
「そんな怖がるなッて。俺様はお前を殺そうとして連れ去ッたワケじャねェし、身代金だのにも興味はねェ」
「……じゃあ……何の、ために……?」
 ようやく、口が動いた。
 殺す気でもないと分かれば、少しだけ恐怖が和らいだのか、さっきより口の自由が利き始めた。
 奏崎の質問に、男は指を二本立て前に突き出す。

「一つは餌として利用するため。お前を使えば、面白いくらい釣られるデカイ魚がいんだよ。俺の元の目的はそッちだし、奴らを殺せばあの女からのお咎めもナシだろォしな」

 言われても、奏崎には何の事か分からない。
 誰を釣るためか。私なんかで釣られる人は誰なのか。彼の言葉には分からない言葉ばかりが含まれている。
 男はお構いなしに続ける。

「二つ目は『金瞳(こがねのまなこ)』だ。ッて言ッても、お前にはさッぱり何のことだか分かんねェだろうがなァ」
「……こがねの、まなこ……?」
 奏崎はやはり分かっていなかった。
 自分の目は金色じゃないし、そんなこと自分を見ている相手もわかるはずだ。
 すると、いつの間にか自分の目の前まで近づいてきていた男は、ニヤリと笑みを浮かべる。
「ひっ……!」
「安心しろ。痛みはねェよ」

 ズン、と奏崎の胸を男の手が貫く。

「ッ!?」
 しかし、その腕は背中から突き抜けずに奏崎の身体の中をまさぐっている。
 感じたことの無い気持ち悪さに苛まれる奏崎は、目に涙を浮かべながら声を漏らす。
「……う、うあ……あぅ……!」
「ハッ。中々イイ声を出すじャねェか」
「……た、……誰か、助けて……!」
「ハハハハッ! 無駄だぜ! 誰もこんな廃ビルに来ねェよッ!」
 奏崎の悲痛な祈りは、男の笑いによってかき消される。
 しかし、こんな状況の中で奏崎は一つだけ確信できる事があった。
「……いいや、来る……!」
「誰が?」
「……なつき、が」
 奏崎は声を振り絞り、

「絶対に、助けてくれる……!」
「あァ。タイムリミットだわ」

 男が奏崎の身体から腕を引き抜くと彼の手には金色の小さな玉があった。
 それを見て、男は狂った笑い声を上げる。
「ヒャハハハハハハハ!! やッた、ようやく手に入れた! 俺の長年の夢がァ……『金瞳』がついにこの手に!」
 奏崎は気を失い、目から涙を流しながらその場に倒れこんでいる。
 男は『金瞳』は握り締めながら、
「さァて、と。まずは戻るか。これ持ッたまま奴らと戦うのはさすがに分が悪ィし―――」

 瞬間、天井が大きな音を立てて盛大に崩れだした。

179竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/08/11(土) 17:44:22 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
ナギーさん>

コメントありがとうございます。
あ、どうぞ呼んでくださいな! 僕としても嬉しい限りですので、むしろさん付けしなくても((

それは嬉しいですね。
僕としても今まで書いた中でこれが一番楽しいかも。薫、九羅々、マモンのキーパーソン三人がとても動かしやすいので。朱鷺さんいつまで経っても慣れねぇ((
今回こそは涙もいっぱい出そうと思ってたのですが、何故か出番少ないうえに速攻でやられた……。涙は嫌いじゃないですよ? むしろ好きです!
これから彼女は瑠璃と同じく、ロリキャラとして扱われるかとw
これは持ち主が判明するギリギリまで悩んだ結果です。
そのため、九羅々の眼帯の理由が『オッドアイを隠すため』みたいな以外と簡単な理由になってしまいました。僕としても意表をつきたかったので、そう言ってくださると嬉しいです^^

薫は多分大丈夫なはず!
真冬や涙といった『戦うヒロイン』じゃなく、『守られるヒロイン』なので、真冬たちに助けに行かせます! あと夏樹にも!
寄寓にも一人称が『僕』じゃないかw
マモンとの戦いが終わったら、今まで平行線だった夏樹、真冬、薫の三角関係が動き出します。そして、九羅々はどうなる事やら((

はい、続きも頑張らせていただきます。その言葉が僕の唯一の動力源ですw

180竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/08/12(日) 20:17:53 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp

「……あん?」
 マモンは突如として、何の前触れもなく壊れた天井のすぐ下に近寄っていく。彼はそのまま何も言わずに、崩れた天井を見上げている。
 彼はじっと見つめてから、不自然さに眉をひそめる。
(……老朽化、じャねェな、この壊れ方は。建物自体が古くなッて自然に壊れたッつーモンじャねェ……誰かが意図的に、誰かッて誰だ?)
 そこでマモンはハッとする。
 彼は勢いよく上を見上げた。この状況で、自分を狙う人物は現時点では三人しか思い当たらない。赤宮真冬、霧澤夏樹、そして茜空九羅々。この三人以外いるはずもない。
 しかし、マモンが望んでいる相手の誰一人として、壊れた天井の穴から姿を現さないし、顔すらも覗かしてこない。
 どう考えたって天井は老朽化で壊れたものじゃないっていうことは、マモンも既に分かっている。だが、誰も出てこないのは不自然すぎる。
(挑発のつもりか……クソが、舐めやがッて……!)
 マモンが上へ飛び立とうとしたその瞬間、

 別のところの天井が壊れ、急接近してきた赤宮真冬に、強く上へと打ち上げられる。
「……ッ!?」

 マモンの身体は天井を何枚も突き破り、上へと急上昇していく。
 真冬がやってきた穴から、茜空も下りてくる。彼女は気を失っている奏崎を心配そうな目で一瞬だけ見る。それからすぐに上へと視線を向けた。打ち上げられたマモンがいるであろう上階を。
 そんな茜空に気付いた真冬は、
「……ここにいてもいいぞ? だがそうすると、夏樹は何のために来たのかってことになるがな」
 遅れて霧澤も穴から降りてくる。
 彼は『ヴァンパイア』みたいな身体能力はないので、足で着地せずに、尻餅をつくような形になってしまっていた。ニュアンス的にも『降りてきた』より『落ちてきた』の方が近いものを感じる。
 彼は強く打った尻をさすりながら、『いてて』と言いながらよろよろと立ち上がる。
 そんな彼の目の前に茜空が立ち、珍しくもじもじした様子で俯きながら彼に頼み込む。
「……あの、霧澤、さん……。その人のこと、任せてもいいですか……? 僕にとって、大切な人なんです……!」
 そう頼み込む茜空の頭に、霧澤は優しく手を置いた。
「ああ、任せとけ。こいつは俺にとっても真冬にとっても大事だからな。それより、お前らこそやれるのか?」
 霧澤の言葉に、真冬はふん、と鼻で笑った。
 そんな彼女の背中は、フルーレティと戦う時より、レヴィアタンと相対する時より、今マモンを討滅する時の方がたくましく見えた。
 錯覚かもしれない。勘違いかもしれない。だが、霧澤は今の真冬になら、心の底から任せても大丈夫だと、信じれるようになっていた。
「言葉を選べ、夏樹。こういう時に掛けるべき言葉は『やれるか』じゃない―――」
 彼女は、燃えるように紅く赤い髪を靡かせながらこう言った。

「―――『やって来い』、だろ?」

 真冬の言葉に霧澤は思わず笑みをこぼす。
 それから、彼は絶対の信頼と共に、この戦いの終止符を打つべく、二人の『ヴァンパイア』に命令を出す。
「赤宮。茜空。―――やって来い!」
「「任せろ!!」」
 二人はマモンを倒すべく上へと向かっていく。
 一人は、自分の大切な人を守り抜くため。
 一人は、今まで自分と一緒に築いてくれた楽しい日々をもう一度送るため。

 それぞれの想いが交錯し、マモンとの戦いは終焉へと近づいていった。

181竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/08/15(水) 16:52:29 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 僅かに。本当に本当に、微かでしかないが、奏崎薫の意識は取り戻していた。
 自分の身体に、得体の知れない人物の腕が入り込んだ気持ち悪さに意識を失っていたが、彼女はうっすらと瞳を開けることが出来た。感覚的に、今自分は誰かに抱きかかえられている。背中辺りに、自分を抱えているであろう相手の手の感触を感じたからだ。
 朦朧とする意識の中、彼女はその人物を確かめようと目線を動かす。
 そこにいたのは。自分を助けてくれたのは。傍にいてくれているのは。
 自分が想いを寄せる、この世界中で一番大切な人だった。
 思わず名前を呟いてしまいそうになったが、言葉が口から出なかった。
 そして、そんな彼の前には二人の少女がいた。
 一人は長く綺麗な赤い髪を靡かせた、揺るがないような口調の少女。もう一人は、銀髪ツインテールの自分がよく知る少女だ。
 無事でよかった。銀髪少女を見た奏崎は、自分の身など一切案じず、心の中で安堵した。
 もう一人は恐らく……自分が知っている人物で相手も自分の事を知っているだろう。だったら、赤い髪の人物などすぐに答えが分かってしまう。そもそも、彼がいて、彼の傍にいつもいる彼女がいないわけがない。
 二人は少年と言葉をかわすと、そのまま穴が開いた天井へと突っ込んでいった。
 これから、最終決戦へと向かうように。

 ―――やっぱり、自分は信じていて間違いではなかった。
 やっぱり、本当に困った時。不安な時。寂しい時。いつも傍に寄り添い、勇気付けてくれたのは、いつだって霧澤夏樹だった。
 ―――やっぱり、自分は彼女に勝てそうにない。
 やっぱり、そんな霧澤夏樹の傍にいて、いつも彼と行動をともにする赤宮真冬にはどうしても勝てない気がする。そう、思うだけだけど。
 ―――やっぱり、自分は彼女が本当に大事なんだなあ。
 やっぱり、偶然出会った、普通には会うことの出来ないような人物、茜空九羅々。彼女が無事で、自分はもう一度意識を失いそうになったのだった。

 奏崎薫は信じている。
 赤宮真冬と茜空九羅々。二人がどういう関係で知り合ったのかは不明だが、彼女達なら、今の自分の不安の種となっている緑髪の男を倒してくれると。
 そして、
 また皆で笑えるだろう、と。

 彼女はそんな事を思いながらゆっくりと目を閉じた。いつもどおりの、楽しい日常が待っているであろう明日を望んで。

182竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/08/25(土) 00:04:34 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
第21話「CALL その声はすぐ近くに」

 天井を突き破って上へと打ち上げられたマモンを追い、真冬は背中に翼を生やし、茜空を抱えたまま上へと飛んでいた。
 そんな中、彼女の腕の中にいる茜空が口を開く。
「……いませんね。一体どんだけ飛ばしたんですか?」
「それほど強く力を込めてはいないと思うのだが……今のは強かったのか?」
 真冬は考えながらそう言う。
 しかし、茜空は実際に先程の攻撃を受けたわけではないので、威力は分からない。何階か越えているので、まあそれぐらいの威力はあるのだろう、としか言葉は返せない。
 茜空は真冬の背中から生える赤い炎の翼を眺めながら、
「それにしても、こんなに飛ばして大丈夫ですか? ここに来る前かなり疲弊してボロ雑巾みたいでしたけど」
「マモンと戦ってボロ雑巾みたいになってたお前には言われたくない一言だな」
 真冬は嫌味のように言い返すが、茜空には効いていない。
 ぶっちゃけると、真冬はマモンと奏崎がいた階の天井を突き破る前に、霧澤の血を吸っていた(勿論キスをした)ので、炎の量は最大値の状態でマモンと戦えるのだが。
 彼女自身、マモンをこんなにも高く打ち上げるとは思っていなかったので、全体の一割程度を飛行に割いてしまっているだろう。
 本末転倒だな、と茜空は思う。
 真冬が、想像よりもマモンを高く飛ばしたのは、炎が最大値だったのも関係していると思う。

「……貴女って、意外とお馬鹿さんですよね」

「ッ!?」
 いきなりの言葉に真冬は声にならない反応をした。
 まさか彼女に言われるとは思っていなかった。『マモンに突っ込んでいったお前も馬鹿だろ』と言いかけたが、彼女の言葉は声には出ない。
 茜空の目が『自分も馬鹿ですけど』と告げているように見えたからだ。
 真冬は軽く息を吐くと、
「じゃあ馬鹿コンビ、さっさとマモンを倒すか!」
 そう意気込んだ瞬間、

 ゾッ!! という鈍い空気を裂く音とともに、大量の鋭利な針のような物が上から降り注いだ。

 それに真冬は反応すると、僅かに舌打ちし、
「マモンか……? 茜空、もう少し私にくっつけるか!? 範囲を狭めたいのだが……」
 茜空は首を傾げながらも、真冬の頼みどおり身体を真冬によりくっつける。
 真冬は全身から炎を噴出し、近くにいる茜空もともに包み込んだ。攻撃ではなく防御のために。
 彼女が『四星殺戮者(アサシン)』との戦いで使った『一身炎(いっしんえん)』という高度な技だ。
(……生で初めて見ました。さすがですね……)
 茜空はそんな感想を抱き、真冬の腕の中に収まっていた。
 針の雨が止み、一つ天井を越えるとそこにはマモンがいた。
 しかし、今までの真冬たちが知るマモンの姿ではなかった。

 オールバックにした緑色の髪は腰の辺りまで伸び、彼の腕や脚は人のものより細くなり、爪が獣のように鋭く尖っている。さらには口には牙までも生えていた。
 中でも異彩を放つのは、彼の背中だ。
 彼の背中には、針山のように無数の鋭く細い針が生えており、背中だけはハリネズミを連想させていた。
 マモンは『ククッ』と笑うと、

「人間の感性じャァ、俺様マモンッつー悪魔は動物のハリネズミが象徴となッちャァいるが……俺らは『大罪の悪魔』は象徴の動物のようになることが出来る。レヴィアタンだッて、分かりにくかッたみてェだが、アイツは蛇が象徴なんだと」

 つまりは、今のマモンが真の姿。今までの人の形は仮の姿というわけだ。
「随分なワイルドな見た目になったじゃないか。そっちの方がカッコいいんじゃないか?」
「ま、どっちにしろ倒しますけど」
 二人の言葉を聞いたマモンが愉しそうに笑う。
 愉しそうに。愉しそうに。愉しそうに。

 引き裂いた笑みを浮かべながら。
「イイね。だッたらこの狂宴(きょうえん)を愉しもうぜェ!!」

183竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/08/31(金) 22:30:37 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 赤宮真冬、茜空九羅々、マモンの三人はそれぞれ動けずにいた。
 真冬と茜空は姿が変わったマモンにどう対処して良いか分からず身構えながら立っていた。一方のマモンは余裕すら感じさせる笑みで、二人を交互に見つめている。
 どうも動けない二人を嘲笑うかのようにマモンが口を開く。
「何でェ何でェ? お前ら何もしねェのかよォ? くッだらねェなァ」
 茜空の金棒の柄を握る腕が僅かに動く。
 相手の挑発だと分かっていても、彼と長年戦い続けた彼女ならではの反応だろう。そんな気持ちだけが先走る茜空を制するように、真冬は彼女の肩に手を置き首を左右に振る。
 その行動の意図を理解したのか、彼女は小さく『分かってますよ』と返し怒りを無理矢理に鎮める。
 一方で挑発が失敗したマモンはつまらなさそうに溜息をついた。
 マモンの言葉に、真冬が返答した。
「何もしないのはお前も同じだろう。数の上では私達が有利だ。そのままじっとしていても、お前の勝機は無いぞ」
 ククッとマモンが笑みをこぼす。
 そのまま彼は笑いが堪えきれなくなったように、空気を入れすぎて破裂した風船のように笑いが爆発する。

「クハハハハハハハハハッ!! コイツァいいねェ! お前、まさか自分達と俺様が同等ッていう勘違いをしちャッてるイタイ奴かァ? んなワケねーだろが、アホが」

 バッ!! とマモンが上へと飛び立った。
 室内なので、天井を数枚ぶち抜いてだ。真冬が開けた穴よりも大きく、天井のほとんどを破壊していた。
「そォいう勘違いはテメェの脳内だけでやッてろ!! 悪いが俺はフルーレティよりも! レヴィアタンよりも! そして赤宮真冬、お前よりも上だ!!」
 叫びながらマモンは背中から生えた鋭利な針を緑の炎を纏いながら発射する。
 反応できなかった真冬はそのまま動けず、彼女元へ無数の針が向かい、彼女の身体を串刺しにするはずだった。
 だが、
(―――これで終わり、なワケがねェ)
 そう。
 フルーレティやレヴィアタンを退けた赤宮真冬が、あの程度の攻撃を回避できないはずが無い。
 土煙が舞う地上から、弾丸のような速さで茜空九羅々が突っ込んでくる。
「やッぱりなァ!!」
 マモンは腕で茜空の金棒を受け止める。
 茜空の目にはマモンを潰す事しか頭に無いような、そんな闘志が燃え盛っている目だった。
「ケッ! お前のその戦う理由は、怒りの理由は何だ? 奏崎薫か? 危険な目に晒した俺が、そんなに憎いかよッ!!」
「分かってんなら話は早いじゃないですか……ぶちのめされる覚悟はあるって事で―――」
「まさか、アレで終わりッて思ッてるんじャねェだろォなァ?」
「ッ!!」
 瞬間、茜空が戦慄する。
 相手の言葉の意味は、相手が作る不気味な笑みと、下の階に僅かに感じる魔力から察しがついた。
「……今更気付くとか、遅ェよ」

 霧澤夏樹と奏崎薫のいる場所に、下級悪魔達が迫っているということだ。

184月兎ヤオ ◆PaaSYgVvtw:2012/09/01(土) 22:54:38 HOST:pc-202-169-158-234.cable.kumin.ne.jp
面白い♪

185竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/01(土) 23:26:05 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 下の階にいる霧澤と奏崎は動けずにいた。むしろ、奏崎を抱えている霧澤が、動ける状態ではなかった。
 彼が動けない理由は周りにいる数体の魔人だ。人の形、に見えないわけではないが、断言するにはどこか歪な人の形をした魔人を目の前に霧澤はどうすることも出来なかった。
 この魔人が、他校の不良生徒だったなら? ―――その時は殴り倒してでも逃げ道を作るだろうが、少しだけ喧嘩の経験がある元不良の霧澤の拳など、本物の魔人に敵うはずも無い。届いたところで、相手には痛くも痒くもないはずだ。
 霧澤一人だけなら、この状況で何とか逃げ回って逃げ道の一つでも作るだろうが、奏崎を抱えている分、逃げ道を作るのだけでも難しくなる。折角救出できた奏崎をおいていくわけにもいかないし……。
 まさに絶体絶命だった。
 魔人が僅かに漏らす声が嘲りにも聞こえてきた頃、

 タァン!! という乾いた銃声と共に一体の魔人が頭部から赤い鮮血を吹き出しながら、身体を横へと傾け倒れこんだ。

 魔人の視線が一点に集中する。霧澤の視線も自然にそちらへと向き。魔人を倒した、自分達を助けてくれた人物を確かめる。
 ―――いや、確かめる必要はなかったのだ。
 救世主が誰かなど、霧澤にとってはすぐに分かるヒントがあったじゃないか。銃声。たったそれだけで、救世主が分かってしまう。
「……勝手に、退場者扱いしてんじゃないわよ……!」
 声の持ち主が構える銃。放たれる声は振り絞った感じの口調で、持っている銃からは白煙が立ち上っていた。
 白い髪に青い瞳を持ったその少女の名は……、
「白波涙を退場させたきゃ、息の根止めるくらいしなさいよ!!」
 白い救世主が、朧月昴に肩を借り、朱鷺綾芽とともに戦場へと戻ってきた。

 一方で、上にいるマモンも下の階に現れた白波の魔力を感知していたため、表情を帰る。
 余裕の笑みから、計算を狂わされた苦渋の表情に。
「クソが……! やッぱ殺しとくべきだッたか……!」
「やはり、アイツを信じておいて正解だったよ」
 何処からともなく聞こえる、赤髪女性の声。
 前ではない。左右でも上でも下でもなければ、背後からしかない。
 赤い『ヴァンパイア』は拳に赤き炎を纏わせながらマモンへ叩き込もうと構えているところだった。
「……ッ!?」
 いつの間にかさっきまで競り合っていた茜空の姿も無く、マモンに完全なる大きな『隙』が生まれた。
 今真冬と正面を向いているため、障害となる針の邪魔も無い。
 決定的な一撃を、決める事が出来る。
「確かにお前は、フルーレティやレヴィアタンより強いかもしれん」
 だが、と真冬は言葉を区切って、
 拳と共に言葉を告げた。

「その二体より強いお前の上に位置するのが、私達の『絆』だ!!」
 真冬の拳がマモンの防御の無い腹部を捉えた。

186竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/02(日) 16:57:59 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 真冬の拳はマモンの腹部に致命的なダメージを与えた。
 茜空がマモンと一人で戦っていた時にも、真冬が駆けつけ攻撃を加えたが彼が偶然持っていた通信用の水晶で、ダメージを与える事は出来なかった。
 だが、今回マモンにとってそんな偶然的なラッキーは起こるはずも無かった。
 茜空との競り合いの途中に、下の階での異変に気付き、いつの間にか目の前の茜空がいないことに気付き、背後に回っていた真冬の攻撃への防御が間に合わず、彼の身体は完全にノーガード状態なのだから。彼にラッキーは起こらない。
 
 ―――ただ、そんな奇跡が起こらないだけである。
 
 真冬の拳はマモンとの間五〇センチ程度のところで止まっていた。
 真冬自身が動きを止めたわけではない。拳が止まった理由は、彼女の腹部に、肩に、足に突き刺さっている鋭利な針が教えてくれた。針が何処から出ているか目で追うと、マモンの背中に生えている針の山から伸びたものだ。
「……な」
 真冬は目を疑い、小さい吐息のような声を漏らした。
 彼女の口の端からは声と共に一筋の血が流れ、針が突き刺さっているところからも当然のように血が流れている。
 そんな状況を理解できていない真冬に、マモンは嘲りと共に告げる。
「残念だッたな。大方、俺様の正面から攻撃を食らわせば致命的なダメージを与えられると思ッたんだろうけどさァ……この姿に死角はねェんだよ」
 真冬の身体から針が引き抜かれ、マモンが彼女を頭を掴み、そのまま地面へと叩き落した。
 彼は上空で高笑いをしながら、
「誰が針は飛ばすだけだと言ッた? 誰が針は俺様の意のままに操れないと言ッた? 誰が針は伸縮自在じャないと言ッた? あァ!? この俺様が! 仮にもこの強欲を司りし俺様でも、死角なんて欲するわけねェだろォが単細胞どもが!!」
 マモンの罵声が、真冬と茜空の耳に不快に入り込んでくる。
 彼はそんな二人のことなど考えずに、構わず続けた。
「お前らには万に一つの勝機もねェ!! 今のが、たッた今さッきのが、俺様の最大にして最後の隙だ!! お前ら如きじャ勝てねェよ!!」
 マモンの言葉に真冬と茜空は歯を食いしばる。
 茜空は地面に倒れている真冬へと駆け寄り、心配そうな表情をしながら声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
 茜空の言葉に真冬は頷く。
 彼女は口の端から垂れる血を手の甲で拭いながら、針が突き刺さり上手く動かない足を震えさせながら立ち上がる。
「……大丈夫に見えるか? だがまあ安心しろ。お前が思っているよりは平気だ」
 二人は上空で笑っているマモンを睨みつけるように見据える。
 二対一、という不利な状況に置かれても、フルーレティやレヴィアタンがそうであったように、マモンも余裕を見せている。
 だが、あの四人は『余裕』が確実に『隙』に変わる瞬間があったのだが、マモンにはそれがない。彼が言った『最大で最後の隙』も恐らく間違ってはいない。
 そのため、真冬と茜空が思うことは同じである。
(……打つ手は限られてきている。ならば!)
(……その僅かな隙を見逃すことなく、どれだけ大きい攻撃を与えられるか、ですね)

 二人が見据える先には倒すべき敵、マモンがいる。

187竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/09(日) 21:56:39 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

「ぷはっ!」
 白波涙は床に倒れこむ。
 彼女の額には痛々しく包帯が巻かれており、額の中心から赤いものが滲んでいるので、彼女の怪我が完全には治っていないことを言外に語っていた。
 彼女は額の痛みが残るのか、時折苦しそうな表情をして、額に軽く手を添える。そんな彼女を、同行して来た朧月昴と朱鷺綾芽は心配そうに見つめていた。
 そんな彼らの視線が気になったのか、白波は眉間にしわを寄せながら二人を睨むように見つめる。
「なんて顔してんのよ、辛気臭い! 別にこの程度で死にはしないわよ!」
 二人も死ぬとは思っていないだろうが、重傷なのにここまで無理してきたことに心配しているのだ。
 朱鷺は呆れたようにため息をつきながら、
「別に生死を心配してるわけではありませんわ。それはそうと、私は貴女がそこまで無理する理由が分かりませんわ」
 白波の目が、僅かに大きく見開かれる。
 質問の内容がまずかったのか、と思い朱鷺は申し訳なさそうに視線を彼女から逸らした。
 はあ、と息を吐くと、白波は腕を組んで、偉そうな態度を取りながら迷い無く答えた。

「真冬ががんばってる! 戦友の私が、一度叩き伏せられたくらいでダウンするもんですか!」

 朱鷺は質問の答えにきょとんとする。
 彼女はてっきり、奏崎薫に個人的な恩があるだとか、マモンに個人的な因縁があるだとか、そういう理由で戦っていると思っていたようだ。朱鷺としては『たったそれだけの理由』で動くことが、何よりびっくりしたのだろう。
 きょとんとする彼女に気付かずに、白波は言葉を続ける。
「いつも、あの子はがんばってるのよ。『四星殺戮者(アサシン)』の時だって、フルーレティの時だって、レヴィアタンの時だって。彼女は私の何倍も傷を受けて、私なんかよりも、身体と心にダメージを負いながら、私よりも強い力と心を見せてくれる! それは私の支えになってるんだ!」
 だから、と白波は言葉を一度区切り、

「アイツががんばってれば、私は力を貸す! 『七つの大罪』の悪魔だろうが、知ったこっちゃないってのよ!!」

 ふ、と朱鷺は納得したように笑みをこぼす。その表情も扇子でうまく隠しているわけだが。
 そんな感情に、彼女は駆られたことなど無い。
 だが、それに近いことを感じてはいる。自分からしても、赤宮真冬が頑張っていれば、手を貸したいとも思うし、彼女の頑張ってる姿が支えになっていることも分かる。
 だからこそ、彼女の後を追うためにここまでついてきてしまったのかもしれない。
「……まったく、驚きですわ。どんな熱いお言葉が返ってくるかと思えば……ただ暑苦しいだけでしたわね」
「なにおう!? 男同士の友情よりはまだ聞けた方でしょ? 女同士の友情の方がまだ美しくって見応えあるわよ!」
 ええ、と朱鷺は相槌打つ。
 そして上階で戦っているであろう真冬を見つめ、穴が開き、上の様子までは全然把握できない真っ暗な穴を仰ぎ見ながら言う。

「否定してしまっては、自分の友情も否定してしまうのですから」

188竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/14(金) 18:49:32 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 マモンが作る、ほんの一瞬にしか満たない隙でさえも見逃すまいと彼から目線を逸らさなかった真冬と茜空だが、二人が同時にまばたきをしたその一瞬で、マモンは二人の視界から消えてしまった。
 突如消えた標的に二人は驚きを隠せず、慌てて辺りを見回す。
 だが、それこそが隙だった。
 マモンは身を屈めて、茜空の懐に潜り込んでいた。身を屈めても視界に入るだろう長い針を、わざわざ最小サイズにまで縮めて、だ。
 ようやく相手の接近に気づいた茜空。だが、今更気付いてもマモンの勢いづいたパンチをかわすことも、金棒で防ぐことも間に合わない。
「く……っ!?」
 彼女は僅かに声を漏らす。接近に気付いたため、僅かに身体を後方に逸らすが、そんな程度では彼の攻撃をかわすことは不可能だ。彼女の華奢な身体の腹に強烈な一撃が叩き込まれる。
「ぐふっ……?」
 茜空は口から血を吐き、そのまま後方へ勢いよく飛ばされ壁へと強くぶつかった。かなり小柄な茜空がぶつかったのに、壁には亀裂が入る。
 なんていう攻撃だ、と茜空は思う。彼女は手の甲で血を拭い、真冬に叫ぶように指示を飛ばす。
「今です!」
「分かっている!」
 真冬が振り返り、マモンの顔目掛けて蹴りを繰り出そうとするが、

 ズッ、と先程感じたものと同じ鈍い感触が足に伝わる。
 感触の正体は、マモンが縮めた針を再び伸ばし真冬の足に突き刺した音だ。

「……ッ!!」
 真冬は痛みを声に出さず、歯を食いしばって耐える。
 声を出さないように頑張る真冬にマモンはつまらなそうな表情で彼女に呼びかける。
「オラオラァ!! 必死に痛みに抗ッてんじャねェぞ!! 痛いなら痛いッて、苦しいなら苦しいッて、逃げたいなら逃げたッていいんだぜェ!?」
 言いながらマモンは拳を真冬に放つ。反応が遅れなかった真冬は両手を重ねて拳を受け止める。痛みが残る足を震わせながら、彼女は必死に立っている。表情は苦痛に歪み、額や頬を冷や汗が伝っている。
 拳を受け止められたマモンがニヤリと笑いながら言う。
「まだまだ元気じャねェか。そうこなくッちャなァ」
「……心配させたな。だが、安心しろ。お前は私達が必ず討滅する」

 ぐっと、
 真冬が押さえていたマモンの拳をぎゅっと、彼女の方から握ってきた。

 行動の意味が分からないマモンは僅かに首を傾げる。彼が目の前の敵にだけ集中しない奴であれば、すぐに感づかれただろう。
 逃がさないために握っているのだと。
「……何のマネだ?」
「気付かんか。……それは好都合」
 真冬はにっと笑い、そして自信とともに告げる。
「へし折れろ!!」

 背後には金棒を振りかぶった茜空九羅々。
 マモンが気付くが、それはもう手遅れだった。背後から迫る攻撃に右腕は握られ動かせない。向きを変えようにも中々上手くいかない。
 隙だらけのマモンの腹に、茜空の金棒が思い切り叩き込まれる。

189竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/14(金) 23:29:38 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 ついに、マモンの身体に決定的な一撃を与えることが出来た。
 横っ腹に金棒の一撃をくらい、マモンの身体はくの字に折れ曲がり、そのまま横方向へと勢いよく飛ばされてしまう。マモンは横の壁へと激突し土煙を巻き上げた。真冬と茜空の位置ではマモンの安否を確認できない。だが、無事ではないだろうということは確認していた。
 真冬は足の痛みに僅かに表情を歪めるも、茜空の隣に立ち彼女に問いかける。
「……やったか?」
「どうでしょうね。手応えはありましたが、奴も『七つの大罪』の悪魔ですからね。奴らのしぶとさは、貴女が一番分かってるでしょう?」
 言われればそうだ。
 真冬は一度レヴィアタンという『七つの大罪』の悪魔と戦っていた。彼との戦いは真冬の体力的な関係もあってかしぶとい、というよりは手強いという表現の方がしっくりくるような気がする。マモンも彼ほど手強かったら、戦いは長引きそうだと真冬は思っていた。
 しかし、彼女の不安を断ち切るかのように土煙からは一向に音もしなければ人影が揺らめく気配も無い。
 二人の表情が緩む。
「……やった、のか……?」
「そろそろ、安心してもいいと思いますよ」
 歓喜の声を上げそうになった。
 だが、二人は上げなくてよかったと思い知らされる。何故なら、

「勝手に終わらせてんじャねーよ、ボケが」

 ゴバッ!! とマモンが飛んでいった方から瓦礫が弾けるような音が鳴り、土煙がかき消される。その中心には一人の人物が立っていた。
 口から血を流した緑髪の悪魔、マモンだ。
 彼の目は血走っており、今までの彼の余裕は欠片にも感じさせてくれなかった。それほど、今の一撃は彼にとっても決定打だったのだ。
 マモンは口から血の塊を吐き出すと、手の甲で口を拭いながら言う。
「ッたくよー、ふざけたマネしやがッて!! お前らごときが、俺様に勝とうなんざ一〇〇年早いッつんだ!!」
 マモンは巨大な緑色の炎の塊を二人目掛けて放つ。
 二人とも左右に飛んでかわすが、一発だけでなく二発、三発と立て続けに放ってくる。
 交わし続ける真冬と茜空はそれぞれ打開するための作戦を話し合う。
「くそっ! このままじゃ埒が明かない!」
「どうします? 僕がこれ打ち返してもいいですけど―――」
 茜空の提案の瞬間、炎の玉の雨がやんだ。
 すると今度はマモンが巨大な炎の玉を作り出していた。大きさは計り知れない。建物の内壁や天井をも巻き込み、粉々に砕いてゆく。それほど巨大な緑の炎の玉。
 その大きさに二人は圧倒されていた。
「……馬鹿な……!」
「まさか、次はアレを放つつもりですか!?」
 圧倒されている二人にマモンは高笑いをしていた。
「ヒャハハハハハハハハハッ!! これでお前らも、下の契血者(バディー)どもも終わりだ!! お前ら全員焼き尽くしてやる!!」

 真冬は何も言わなかった。
 彼女は今、下にいる霧沢達の事を思い浮かべていた。
 ―――夏樹がいる。だから、ここで私が倒れるわけにはいかない。
 ―――涙が昴が朱鷺が来てくれている。私が諦めるわけにはいかない。
 ―――薫がいる。守り通さなければ意味が無い。
 彼女とほぼ同様のことを、茜空も考えていた。彼女は深呼吸をし、自分の頬を叩いて気合を入れ直すと、前に金棒をすっと慣れた手つきで構えた。
「ねぇ、やっぱり僕達が負けるってのは反則ですよね」
 真冬は首を鳴らし、両手に赤い炎を纏わせると、
「当たり前だ!!」
 当然のように言い放った。

「かッ消えろ!! クソ『ヴァンパイア』ども!!」
「消えるのはお前だ、マモン!!」
 巨大な緑の炎の塊と、赤と茜が混ざった炎が激突する。
 決着は、焦らずともすぐに明らかになる。

190竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/15(土) 01:55:00 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 建物全体が激しく揺れた。
 それは下の階にいる霧澤達も気付かざるを得ないほど大きな揺れで、むしろ気付かなかった方がおかしいくらいだ。霧澤達はこの揺れの正体が分かっているのか、ほぼ同時に上へと視線を向けた。
 上では今真冬と茜空がマモンと戦っている。
 今の揺れは終戦を告げる合図だったのか。それとも未だ戦い続けているのか。どちらにしいろ確かめなければいけない。霧澤達は駆け足で階段を上り、真冬と茜空がいる階へと急いだ。

 一方で、上の階で激戦を繰り広げていた赤宮真冬と茜空九羅々は肩で息をしていた。
 先程の巨大な炎の塊を何とか防ぎきり、真冬はマモンに拳を一発お見舞いしてやったところだ。その証拠に、今二人の目の前には大の字になったマモンが転がっている。ハリネズミのような容姿はしておらず、普通のマモンに戻ってしまっていた。
「……、」
 マモンは何も話せないようだった。
 何かを言いたがっているのは分かるが何を言っているのかは分からない。茜空は彼の側に寄り、懐を漁って『金瞳(こがねのまなこ)』を回収する。それだけで去ろうと思ったのだが、偶然マモンと視線が合ってしまい何か言わなければいけない空気になってしまった。
 茜空は何を言おうか迷っていた。
 彼女が考えに考え出した結果、彼女が紡いだ言葉は―――、

「ありがとう」

 それを聞いたマモンは満足げな笑みを浮かべた。今まで見たことが無い、マモンの最高で最後の美しい笑みだった。
 彼はその笑みを浮かべたまま、茜空に声をかける。
「―――、―――」
 茜空も優しい笑みを浮かべた。
 彼女は今まで競い合ってきた相手を称賛するように、そっと彼の頭を撫でた。
 その瞬間、

 満足したマモンの心を理解したかのように、マモンは風化して消えてしまった。

 茜空はしばらく座ったままだった。
 そんな彼女の背後に立った真冬は腕を組みながら、
「……悲しいのか?」
 聞いた。
 しかし茜空の返答は決まっている。
「……悲しくはないですよ……」
 返答はひとつと決めたはずだった。
 だが失ってから初めて気付く大切さを、茜空はここで知ってしまった。たとえそれが敵だったとしても。
「……悲しくは、ないですよ……」
 涙混じりに答える。
 真冬はふっと笑いながら、茜空の頭を軽く撫でた。
「悲しく『は』ないか。……そろそろ戻るぞ」
 真冬は一点を見つめながらそう言った。
 彼女の見つめる先には霧澤、彼におぶられた奏崎、朧月、白波、朱鷺の五人がやって来ていた。
 茜空は国利と頷き立ち上がる。
 それから、汚れたままの袖で涙を拭うと目いっぱいの笑顔を向けながら、真冬とともに霧澤達のもとへと駆け寄っていった。

 ―――一人の『ヴァンパイア』と一人の悪魔の『鬼ごっこ』は、これで終結した。

191竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/15(土) 10:30:58 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 奏崎はうっすらと目を開けた。映る景色はどこかの建物の天井と思われる白いタイル。ここで彼女は今まで自分が眠っていたものだと気付かされた。
 まだはっきりとしない意識の中、彼女は身体の上体だけを起こし辺りを見回してみる。個室だった。清潔感に溢れ白のイメージが強いその部屋は一目で病室だと分かるほどだった。
「……病院……?」
 奏崎は漠然とした答えを言った。
 自分自身あまり覚えていないのだ。記憶にあるのは緑髪の男に襲われているところを霧澤が助けに来てくれたところまで。あの男の正体も知らなければ、彼女は今回の事件とは無縁なのである。
 だが、自分を助けてくれた人物が霧澤だけではないことも知っている。彼の他にもう二人、赤宮真冬と茜空九羅々がいたことは覚えている。
 すると自分の病室の扉が開き、四〇代くらいの白衣を着た男性が入ってきた。
 彼は病室で目を覚ましている奏崎を見ると、優しい笑みを浮かべた。
「目が覚めたかい。良かった。まあ君は気絶していただけだから、そろそろ目を覚ますんじゃないかと思っていたよ」
「……あの、ここは……?」
 奏崎が男性に質問すると男性は優しく答える。
「病院だよ、見ての通りね。まったく、馬鹿息子が携帯電話で『個室を一個用意しろ』なんて上から出るものだから、どんな患者を連れてくるかと思えば……友人さんだったか。しかし、昴にこんな可愛いお嬢さんと知り合っていたとは。涙ちゃんというものがいながらあいつは」
 男性は一人で話を進めていた。
 そのペースに流されてしまった奏崎だが、彼が朧月昴の父親だと分かった。だとすると涙というのは、彼と一緒にいる白波涙のことだろう。白波はどうかわからないが、自分は朧月とはそんな関係じゃない、と言い返すことも出来なかった。
 ははは、と苦笑いする奏崎に朧月の父親は続けた。
「まあいいか。そういえば、君が病院に来た時たくさんの友達が一緒だったよ。女の子二人は傷だらけで治療しようとしたが断られてね。なんでも『寝たらある程度回復する』だそうだ。今では息子の部屋にいさせてるよ。名前はたしか、霧澤くんというのがいたかな」
「夏樹が!?」
 奏崎は思わず大きな声を出してしまった。
 その声に朧月の父親は『院内では静かに』と警告する。奏崎はしまった、という感じで口をふさぐ。
 朧月の父親は奏崎に、
「そういえば霧澤くんからメッセージを僅かっているよ」
「メッセージ?」
 奏崎が聞き返すと、朧月の父親は話し始めた。

「『今まで隠していてすまなかった。もしお前がこの事を知っていたらこんなことにはならなかったのかもしれない。あとで全部話す』だそうだ。もし君が彼らより早く目が覚めたら伝えておいてくれ、と頼まれた」

 全部話す、というのは今回のことだろうか。
 真冬に良く似た長い赤髪の女性のこと、茜空九羅々の正体、そして自分を狙ってきた緑髪の男のこと。
 霧澤は全部知っていたのだ。知っている上で、多分自分を巻き込まないために今まで内緒にしていたんだと思う。霧澤は、奏崎の大好きな人はそういう男だ。
 朧月の父親は扉の方へと歩きながら、
「とりあえず君は早くお家に帰りなさい。制服は洗って妻に渡してあるから受け取るんだ。私は馬鹿息子とその友人達を起こしてくるよ。今日は大事をとって君は学校を休みなさい。馬鹿どもは遅刻してでも行かせるがね」
 時刻は七時三七分。
 今から起こして学校へ向かわせれば余裕で間に合うだろう。
 彼女は朧月の母親から制服を受け取り、それを着て病院から出て行く。

 学校には間に合う。
 霧澤達も、そして自分も。

192竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/16(日) 03:22:44 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 病院で朧月の父親から叩き起こされた霧澤、真冬、朧月、白波の四人は駆け足で学校へと向かっていた。走ったため朝のホームルームには間に合ったらしく、校舎に入っていく生徒達を見て四人は安堵の溜息をつく。
 霧澤と朧月はそうでもないが、真冬と白波は二人以上に息を切らしていた、二人とも前日のマモンとの戦いで体力が完全に回復しきっていないため、急な運動で疲労が重なったのだろう。肩で大きく呼吸をするほど疲れていた。
 そんな二人を眺めていた男性陣二人は、相手の背中を擦ってやる。
「……大丈夫か、赤宮。やっぱお前は休んだ方が良かったんじゃねーの?」
「……ううん。私なら平気だから、ね?」
 息を切らしながらも頑張って作った笑顔を霧澤に向ける真冬。
 そんな仕草や行動すべてが健気に思えてきた霧澤は、真冬の頭を軽く撫でる。突然のことに真冬は頬を赤くして俯いていたが、心地よさに目を細めていた。
「……あんま無理すんなよ。必要なら力貸すし、遠慮せずに頼んでいいんだぜ? 頼まれなくても貸すけどさ」
「……うん。ありがと、夏樹くん」
 抱き寄せていてもおかしくない二人の雰囲気を楽しそうに眺める二人の人物がいる。
 こちらも傍から見ればカップルに見える朧月と白波はニヤニヤしながら、

「ひゅーひゅー、朝っぱらから見せ付けてくれやがってー」
「熱いねー、熱いねー。あらま、今年の夏は酷暑になりそうだわー」

 二人のからかうような口調に霧澤と真冬は顔を真っ赤にして反論する。
 『今のはそういうんじゃない!』『私達はそういう関係じゃないもん!』と。しかし反論したところでこの二人は止まらない。まだ奏崎と滝本がいないだけマシだった。あの二人が加わればもっと悲惨な結果になっていただろう。心身ともにズタボロにされていた。
 そういえば奏崎はどうしたんだろう?
 朧月の父親の話では、今日は大事をとって休むように、と言ったらしいが、そんな人の話を素直に聞く奴だろうか。奏崎なら無理してでも学校に来ると思う。苦しくても、決して表情に出さないいつもどおりの明るい様子でいるはずだ。
 そう思うと、彼は急ぎ足で教室へと向かっていく。霧澤を追おうと真冬も僅かに駆け足になっていった。
 その様子を朧月と白波はぼんやりと眺めていた。
「どうしたのかね、夏樹くん。いきなり急ぎだして」
「奏崎が気になったんだろ。あんな事があった後に学校に行こうなんて普通は思わないけどな。少なくとも俺は行かない」
 うん私も、と白波は頷いた。
 まあ昴の父親の言うことは聞かないだろうな、と考え白波は大きな欠伸をする。
 それを見た朧月は呆れたような溜息をつき、
「急ぐぞ。遅刻しちまう」
「そだね。私達も教室に行こっか」
 二人も校舎へと入っていった。

 霧澤と真冬が教室に入ると、いつもの席に奏崎薫が。昨日のことなんて無かったかのように平然と座っていた。むしろ、様子がおかしいのが変なのだ。昨日のあの出来事は皆に起こったことではなく、一部の人間に起こったことなのだから。
 二人が来たことに気付いた奏崎はいつもの笑顔を浮かべて、二人のもとへと歩み寄っていった。
「夏樹、真冬ちゃん、おはよ。ってか、二人ともなんつー顔してんのよ!」
 二人の表情は心配しているような顔だった。
 わざとらしく言ってみた奏崎も二人の言いたい事が分かっているのか、いつもの笑顔を消し暗い表情へと変わってしまった。
「……なーんて、聞くまでもないよね」
「薫……」
「私は大丈夫だよ、全然! ほら、このとおり元気だし! だから大丈夫よ。全部話さなくても」
 え、と霧澤は思わず声を漏らしていた。
 奏崎は霧澤を真っ直ぐに見つめて、
「アンタのことだもん、ちょっと考えれば分かるよ。どーせ私を巻き込まないためとかでしょ? だったらいいの。アンタが私を思ってくれてたってことだから、話さなくても大丈夫だよ」
「いや、話すよ」
 奏崎の言葉に霧澤はこう返す。
 『話しておく』じゃない『話さなきゃいけない』のだから。

「ずっと隠してた。お前を巻き込みたくなかった。でも巻き込んじまった。今更だってのは、分かってる。だけど! 俺は、お前にはやっぱり知らせておくべきだと思うんだ」
「……私も。私のことを知ってほしい。ううん、薫ちゃんには知る権利があるの!」

 二人の言葉に奏崎は思わず笑ってしまった。
 私のためにここまで真剣になってくれる馬鹿で大好きな二人に。
「……分かった、二人が決めたことなら何も言わない。でも私馬鹿だよ? 私がちゃーんと理解するまで説明してくれなきゃ許さないから!」

193竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/16(日) 10:04:26 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 転校生が来るらしい。
 霧澤と真冬の話が『話せば長くなる』もので、説明は時間が長い昼休みまで持ち越しとなった。普段なら『そんな待てないよー』と奏崎は文句を言うところだが、今回は納得してくれたようだ。
 朝のホームルーム直前に来た滝本はどこで情報を手に入れたのか、霧澤達に転校生の報を伝えていた。本当にどこで知ったんだ。
「真冬ちゃんが来てからちょっとしか経ってないのに、もう転校生だってよ。うちの担任簡単に引き受けすぎじゃない?」
「まー、いいじゃんいいじゃん。その子がとんでもない萌え要素の持ち主だったらどうすんのさ」
 お前の頭の中はそれだけか、と思わずツッコミそうになる霧澤だが、いつもどおりの奏崎に安心しているようにも見えた。
 始業のチャイムが鳴り、担任の先生が入ってくる。第一声はやはり転校生のことだ。転校生が美少女だと先生が言うと、男子+ゲクイの歓声が教室に響いた。
 先生の合図に応え転校生が入ってくると、霧澤、真冬、奏崎は言葉を失った。

 入ってきたのは、銀髪ツインテールで右目には眼帯をしている、身長一五〇前後の彼らがよく知る少女だった。
 
 少女は背後の黒板に名前を書こうとするが身長のせいで、背伸びをしても上に届かない。
 頑張って書こうとする彼女に、教室の生徒は、
(……可愛い)
(頑張って! もうちょっとで届くから!)
(あーん、今すぐ抱きしめたい!)
 などという感想を抱いている。
 結局縦書きを諦め横書きに変更した彼女は、すらすらと自分の名前を書いていく。
 そして、改め皆の方向を向き直し言った。
「茜空九羅々です。偽名でも外国人でもなく本名ですので、気軽に『クララ』とお呼びください」
 まさかだった。
 彼女が転校してくるとは思わなかった。

 昼休みに霧澤達は茜空を屋上に呼び出していた。
 聞き出すのは勿論、転校してきた理由だが、聞くまでも無く茜空は答えてくれた。
「決まってますよ。僕には潜伏地点がほしかったのでここを選んだだけです。朧月さんの父親が手配してくれました。それと、これをどうするか聞きたかったんです」
 彼女の手に握られているのは、マモンから回収した『金瞳(こがねのまなこ)』。だが、今の奏崎に見せても何のことか分からないはずだ。
 奏崎はそれを手にとって空に透かして見る。
「……きれい……」
「それは貴女の身体にあったものです。それのご加護で風に引きにくい体質や、いい成績を取れるような記憶力もついきましたが、今ではほとんど効果はありません。記念に持っておきたいと言うのならいいですが」
 なんの記念だ、と霧澤は思う。
 しかし奏崎は透かすのをやめて、『金瞳』を茜空に返却する。
「いいよ。私には必要ないし、好きにして」
「分かりました。これは後で処分しときます」
 茜空はそれをポケットに戻す。
 そして奏崎はくるっと霧澤と真冬の方へ向き直る。本題に入るために。

「じゃあ、話してもらおうか。アンタと真冬ちゃんの関係。真冬ちゃんとクララちゃんの正体。アンタが真冬ちゃんと会って起きた出来事、全部を」

194竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/16(日) 20:47:31 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 霧澤は奏崎に全てを話した。
 赤宮真冬が『ヴァンパイア』という存在であること。『ヴァンパイア』は悪魔を討滅する存在であること。悪魔を倒すために自分が真冬に力を与える契血者(バディー)であること。白波涙、茜空九羅々も『ヴァンパイア』であること。朧月昴、汐王寺百合も契血者(バディー)であること。
 一通り説明を終えた霧澤は軽く息を吐いた。じっと話を聞いていた奏崎は腕を組みながら首をただ上下に振るだけだった。頷いてはいるが、自分の話のどれだけ信憑性があるのだろう。
 奏崎は『ふーん』と返事をすると、
「そうだったんだ。そりゃ、私が分からなくても納得できるわ。だって『ヴァンパイア』とか悪魔とかって二次元の中だけだと思ってたもん」
 意外とすんあり納得していた。
 奏崎の早すぎる順応に霧澤は面食らう。
「お、おい!? 信じてくれるのか、お前?」
「だってアンタさ、『全部話す』って言ったじゃん。今のが紛れもない真実なんでしょ? だったら納得するしかないし、そんな疑り深い性格じゃないわよ」
 霧澤の言葉に奏崎はそう返した。
 言っていることは正しい。だが、いきなり『ヴァンパイア』や悪魔と言われてそう簡単に納得も出来ないはずだ。霧澤だって最初は真冬の言っていることも半信半疑だった。だが奏崎は実際に現場に居合わせていたのだ。簡単に信じてもおかしくはない。
 彼女は茜空へと視線を移して、
「それでさ、クララちゃんはまだ契血者(バディー)いないんだよね?」
「そうですが?」

「契血者(バディー)ってのは一人しかダメなんでしょ? だったら、私がクララちゃんの契血者(バディー)になる!」
 
 その言葉に霧澤達三人は驚愕した。
 霧澤が恐れていたのはこれだ。全てを話したとして、契血者(バディー)がいない茜空に奏崎が何もしないというわけが無かった。そもそも、奏崎は茜空に興味津々である。そんな彼女の契血者(バディー)になら、なりたいと申し出るだろう。
 だからこそ、彼女を危険な目に遭わせたくないからこそ、霧澤は今まで話さなかったのだ。
「……ダメですよ」
 茜空は奏崎の提案を拒否する。
 本当は嬉しいのに。本当は彼女と契血者(バディー)になりたいのに。
「僕と一緒にいたら危ないですよ。手紙にも記したとおり、僕は貴女を危険な目に遭わせたくない」
 夢で聞いていた女の人の声。
 その声の持ち主は目の前にいる。大切な人だからこそ、彼女はあえて距離を置くことを選んだのだ。
 茜空の言葉に奏崎はすぐさま言い返す。
「危険な目に遭ったっていい! 私はクララちゃんと一緒にいたい! 夏樹と同じ場所にいたい! 真冬ちゃんに負けたくない!」
 奏崎は茜空の肩をがっと掴んで叫ぶ。

「貴女が私を守ってくれる!! だったら、私が貴女を守ってあげることも出来る!! お願い、一緒にいさせて!!」

 奏崎の言葉を真正面から受け止めた茜空は、霧澤に言う。
「僕は折れますよ。彼女には勝てません。―――許可、してやってください」
 霧澤は呆れたように溜息をついた。
 彼は知っている。
 こうなった奏崎は誰にも止められない。
「わーったよ、許可する。ただし茜空。ちゃんと守ってやれよ」
 こくりと茜空は頷く。

「俺もお前を守るから、安心しろよ」
「にしし。頼りにしてますぜ!」

195竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/17(月) 06:00:43 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

「でさ、『けーやく』ってどうすればいいわけ? アンタと真冬ちゃんはもうやったんでしょ?」
 奏崎は軽い調子で聞いてきた。
 霧澤と真冬は答えるかどうか迷った。
 現在霧澤と真冬両者の右手の中指には指輪が付いている。それはお互いが契約した証で、これが付いている限りは契約が持続している証拠なのだ(『ヴァンパイア』の存在を知らない者には見えていないが、先程知った奏崎には既に見えている)。故に二人は契約の方法を知ってはいるのだが……、
 言えない。
 霧澤と真冬はそう思っていた。
 奏崎が自分のことを好きだ、ということを知らない霧澤だが、契約の仕方を伝えても大丈夫という保障がどこにもない。
 奏崎の霧澤に対する気持ちを知っている真冬は、契約のためにあんなことをしなきゃならないなんて言えるわけがない。
 契約には、

 二人がキスしなければいけないなんて言えるわけがない。

 奏崎は急に黙り込んだ二人をきょとんとした表情で見つめている。
 自分の質問に答えてくれないことに不満を募らせた奏崎は霧澤の服の先っちょをつまんで、駄々っ子のように揺らしながら言う。
「ねーねー、聞いてんの? どうしたら『けーやく』ってのは成立すんのさ! ねーってば!」
 いよいよ手に負えなくなる頃合だ。
 霧澤は奏崎薫という人物を知りすぎている(の割には彼女の恋心には全く気付いていない)ため、どうしようか本気で悩んでいると茜空が奏崎をつついて彼女に耳を貸すようジェスチャーした。
 聞こえないほどの小さな声で、彼女は奏崎に契約の方法を伝えると、

 ぼっと顔をゆでだこのように赤くした奏崎は大きな声で叫びだす。
「は、は、は、はいぃぃぃぃぃっ!?」
 その声は校舎中に響き、中にいた生徒もびくりと肩を震わせた。

「なななななな、ききき、キス!? そ、そそそんなことを女の子同士でしろっての!?」
 さすがの彼女でも許容範囲を大きく超えたようだ。
 意外だな。茜空大好きな彼女なら『キス? そんなことしちゃっていいの!? いっえーい、何回でもやるぜ!』とか言いそうだったのだが。
 恐らくは初めてのキスを捧げることに恥ずかしさを覚えているのだろう。彼女は僅かに考え込むと、
「わ、分かったわ……。夏樹、真冬ちゃん。目瞑って。見られたくないから」
 奏崎の指示に二人は大人しく従う。自分達の時は周りに誰もいなくて良かった。まあ、状況も場所も選んでいる暇はなかったし。
(……キス、か)
 奏崎は一人で考えていた。
 自分は霧澤のことが好きで、今からするのは人生最初のキス。
(……夏樹……。真冬ちゃんと契約してるってことは、アンタは真冬ちゃんとキスしたってことよね。……真冬ちゃんとは正々堂々って言ったけど、これは反則にならないよね)
 奏崎はしゃがんで茜空に囁くように言う。
「(……ちょっとだけ待ってね)」
「(……構いませんよ。そうすると思ってました)」
 奏崎は立ち上がり、霧澤の目の前に立つ。
 そして目を閉じている彼の胸に手を添え、身長差があるため少しだけ背伸びをし―――、

 霧澤と。
 自分の大好きな人の唇に、自分の唇を重ねた。

196竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/17(月) 10:19:47 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

「……!?」
 突然キスをされた霧澤は、驚きのあまりに目を開いてしまっていた。
 目の前にはかなり近い位置にある目を閉じた奏崎の顔。彼女も彼女で恥ずかしいのか、頬を赤くしている。
 時間はそれほど長くはなかったが、いろいろなことを考える時間があったかのように思えた。ほんの一瞬のような数秒が分や時間単位に思えた。
 奏崎は唇を離すと、真っ直ぐに霧澤を見つめる。
 何か言おうとした霧澤の口に、彼女は人差し指を当てて彼を牽制した。
「(……馬鹿。真冬ちゃんが気付いちゃうでしょ?)」
 言葉を封じられた霧澤は指が口から離れても何を言おうともしなかった。ただその代わりに、何故自分にキスをしたんだろう、と奏崎を見つめるだけだ。
 奏崎は僅かにもじょもじしたような様子で俯き始める。
 霧澤がその様子に気付き問いかける前に、ばっと彼女が急に顔を上げ霧澤の顔を見つめる。
 それから、

 ―――ずっと、好きだよ。

 その言葉は声には出ず、口ぱく状態になってしまった。そのため霧澤は聞き取れなかったと勘違いしきょとんとしている。
 告白だ。
 奏崎は真冬との約束を思い出したため、途中で声を出すのを諦めたのだ。再び顔を赤くして彼女は俯く。
「(……もっかい! もっかい目瞑って!)」
「(え……ああ、おう)」
 慌てたように言う奏崎。そんな珍しい彼女を見ながら霧澤は再び目を閉じた。
 それを確認すると、奏崎は再び茜空の方を向き直した。
「……長かったですね。彼は鈍感さんですから、きちんと言わないと伝わらないと思いますけど? 遠まわしの愛情表現は意味無いんじゃ……」
「うん。分かってる。……それでも」
 彼女は空を仰いで、呟くように言う。

「決着をつけるには早すぎる。今はまだ、片思いで十分かな」

 苦笑いを浮かべる奏崎。
 そんな彼女に茜空は思わず溜息を付いてしまっていた。まるで、最初から彼らの輪の中にいた友達のように。
 彼女は楽しそうに笑みをこぼした。
「さて、んじゃ契約前に改めて頼みましょうか」
「?」
 こほん、と茜空が咳払いをして奏崎を見つめる。
「―――力、貸してもらえますか?」
「喜んで!」
 もう一つ、新たな契約が交わされた。
 彼女達の指には茜色の水晶が埋め込まれた指輪が輝いている。


「夏樹くんっ! 早く行かないと遅刻するよ!」
「わ、分かってるって! ちょっと待てよ!」
 赤き契約の二人は急いで家を飛び出していく。
 そんな二人の後ろから、茜色の契約の二人はすっと追い越していく。
「あっ!? おい、待ちやがれ薫! 茜空!」
 呼ばれた少女達は振り返り、舌を出して一言。

「べーっだ!」

197竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/17(月) 10:41:50 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
〜あとがき〜

第四章完結いたしました。竜野翔太です。
四回目のあとがき、何を書いていいのやら。困っています。
何も書かずに終わるのはダメなので、今回のキーキャラクター、薫、九羅々、マモンの三人について。

奏崎薫というキャラは一章とかはほぼメインだったのに対し、二章三章辺りではぐっと登場回数が減ってしまったキャラです。
当初は主人公とヒロインの良き理解者ポジションだったのに、こうも容易くサブキャラ扱い。なんだか可哀想に思えてきました。
かといって今回の話が、出番少ない薫の救済編ではないのでご安心を。
今回の話は今までサブだった薫ちゃんが本格的に本編で活躍しだします。契血者(バディー)も出来ましたし。

茜空九羅々は薫の萌えの欲望を体現したキャラです。
普通の少女などには彼女は近づかない。よって、萌え要素てんこ盛りのツン少女に成り果てたのです。
正直言って名前もヘンテコですよね。よくギャルゲーとかに出てきそうな名前。
彼女はか弱い薫を守るキャラなので、マモンという強力な敵と戦っている設定にさせていただきました。
強いけど人付き合いが苦手な歩く萌え要素。これが茜空のキャッチコピーですかね。

マモンは『七つの大罪』最初の犠牲者です。
三章でレヴィアタンがやられていますが、彼は逃げ延びているので厳密には犠牲者ではありません。
多分彼が本当の姿になれば茜空も一瞬だったと思うのですが、それがずっと戦っていた相手に対する彼の愛なのかもしれません。
消滅寸前に茜空の『ありがとう』に対し彼が言った言葉も愛情を表す言葉。だからこそ、今まで愛を感じていなかった茜空も涙を流したのでしょう。
このキャラのお陰で茜空は色々な面で強くなったと思います。今では作者のお気に入りの一人ですね。

五章ではついに『あの子』の活躍です! 実際作者も早く『あの子』メインに突入したかったのです!
そして、茨瑠璃も活躍(の予定)!

第四章『金瞳編』、完結。

第五章『白弾(はくだん)編』、開始です。


真冬と薫が夏樹に告白する日は一体いつになるのか

198竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/21(金) 20:07:48 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
第22話「狂気の再来」

 ズガン!! という乾いた銃声が夜の空に木霊する。銃声を鳴らしたのは、前方に銃口を向けて立っている白波涙。彼女の握っている銃からは白い煙が立ち昇っている。
 恐らく悪魔を退治したところなのだろう、彼女は銃を太ももへとしまった。
 それから物足りなそうに前髪をいじくりながら、
「んー、なんか物足りないんだよなぁ。刺激がないっつーかさ」
 白波は特に気にも留めていなかったのか、思い出したように自分の髪に視線を落とす。
 かなり伸びていた。
 通常は肩より短いくらいにしていたのだが、今では胸の辺りにまで横の髪が垂れており、肩から三センチ程度下にまで後ろ髪も伸びている。
 髪の長さに気付いた白波は溜息をつく。
「そろそろ切り時かねー。何でか私って人より髪伸びるの早いんだよね。私は長髪は似合わないんだぜ?」
 そんなことを言いながら、彼女はくるりと振り返り家に戻ろうとしたが、

 不意に、背後にある殺気を感じ取る。

「ッ!?」
 気付き振り返るが既に遅く、彼女の頭に鈍い衝撃が響き、彼女の身体はそのまま倒れこんでしまう。
 鈍器のようなものを持った人影は、倒れている白波を見下ろし、彼女を―――、

「だから、そこの答えは三なんですよ」
「……いや、だから途中式……」
「答え書いてから説明します」
「お願い。お願いだから今解説して。ホントに頼む」
 翌朝、早めに学校に来た霧澤、真冬、奏崎、茜空の四人は霧澤に宿題を教えていた。教えているといっても彼の向かいに座っているのは茜空で、真冬と奏崎は隣の席に座り、微笑ましくその光景を眺めている。
 ぎゃあぎゃあと子供のように言い合う二人を見て(厳密には霧澤しか見ていない)奏崎は、僅かに目を細めてしまう。
 真冬は言い合いを苦笑いを浮かべながら眺め、
「……あはは、いつ終わるんだろうね。数学一時間目なのに……」
「まー、いつもの事だって。気にすること無いよ」
 真冬の言葉に奏崎がそう言い切る。
 その言葉も安心できないのだが、リアクションしないのも悪いだろうと考えた真冬は、やはり苦笑いを浮かべた。
 それよりも、霧澤と茜空の勉強会が本当にダメなような気がしてきた。

「何でお前は結論ばっか急ぐんだよ! ノベルゲームとか大っ嫌いだろ、お前!」
「克服済みですよ。むしろヒロインが可愛ければ会話中の画面でも楽しめます。声も萌えますし」
「あ、薫! お前茜空にもギャルゲーやらせたのか!?」
「ふふふ、私と同居するイコールギャルゲー三昧なのだよ!」
「待ってください、薫さんを責めるのは筋違いです。責めるなら僕を責めてください」

 どんどん話の論点がズレてきている。
 自分ひとりではどうも収集できない事態になったな、と真冬が諦め本を開き始めている。
 三人のくだらない会話に終止符を打ったのは、宿題に追われてる霧澤でも、ギャルゲー大好きな奏崎でも、ギャルゲーにはまってしまった茜空でも、諦めて読書に勤しむ真冬でもなく、

 バァン!! という強く何かを叩きつけたような、教室の扉が開く音だった。

 四人が驚いてそちらを振り返ると、そこにいたのは朧月昴。彼にしては珍しく息を切らし、焦っているような表情だった。
「……朧月……?」
 意外な来客に霧澤が目を丸くしていると、朧月はずかずかと四人に近づいていき、出来るだけ小さい声で囁いた。
「……お前らに話がある。昼休み校舎裏に来てくれ」
 真剣かつ冷静な、
 朧月昴にしては珍しい声色だった。

199竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/22(土) 01:26:40 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

「白波が行方不明!?」
 言われたとおり屋上へとやって来た霧澤達は、朧月の発言に思わず大声で叫んでしまった。幸い屋上には他に誰もいなかったので、このことを聞かれていはいないと思う。
 彼の話によると、昨晩に出てきた悪魔を退治しに行ったっきりらしい。白波がそこら辺の弱い悪魔に負けるような『ヴァンパイア』ではないことは誰もが知っている。
 だからこそ、行方不明の原因が分かっていないのだ。
「……白波の奴、どうしたんだ?」
「相手が本気で心配するような冗談や嘘は言わないし……」
 霧澤達も白波が姿を消した理由を考え出す。が、しかしやっぱり思いつかない。
 そこで、皆で昨日白波を見たのはいつが最後か、という話を聴くことにした。
 いの一番に口を開いたのは霧澤だ。
「俺は昨日、白波が赤宮と一緒に買い物に行くって行って、赤宮を連れて行った後から見てないぜ」
 その光景に居合わせていた真冬もこくこくと頷いている。
 次に口を開いた茜空は、
「僕は彼女のことよく知らないんで。廊下ですれ違ったかもですが、帰りは会ってないかと。僕は薫さんとすぐさま帰ってゲームしてたんで」
 早速かよ、と霧澤がツッコみそうになったが、そこはぐっと堪えた。
 朧月は白波と買い物に行った真冬に意見を求めた。
「私は涙ちゃんと買い物に行って、荷物を持っててあげたりしてたから家までついて行ったよ。涙ちゃんが家に入っていくのも見たし」
「ああ。確かに涙は家には戻ってきていた」
 朧月は真冬に賛同するように言った。
 そして悪魔が現れたのは夜の一時ごろ。その辺りまで話を遡らせていた。
「俺は赤宮と妹の梨王とでゲームしてた。『いつまでやってんの!』と母さんに怒られたからそれでやめて、俺の部屋で二時くらいまでトランプやって寝たぜ」
 真冬も頷いている。
 ちなみに、朧月が真冬に何で悪魔退治に行かなかったか、と問うと『これから出た悪魔はしばらく私に任せな。暴れたくってウズウズしてんのよ!』と買い物中に言われたかららしい。なんというか、白波らしいといえばらしい。
 その時間は、と考え出す奏崎だったが、隣にいた茜空が答えを言ってしまう。
「その時間は『今日は見たいのがありませんなぁ』と言って薫さんが寝たのはいいんですが、僕を抱き枕のように扱い悪魔退治にも行けませんでした。つまり、僕も薫さんも家にいました」
 やられていることは悲惨だが、とりあえず状況は分かった。
 当然といえば当然だが、最後まで白波と一緒にいたのは朧月だ。家から出て行方不明。普段そういうことをしそうにないだけあって、余計に心配である。

「とりあえず、放課後全員で探してみようぜ。何かあったらいけないから、『ヴァンパイア』と契血者(バディー)が組んで」

 霧澤の提案に全員が納得する。
 納得してはいたのだが、奏崎が思い出したように異を唱える。
「でもさ、私達五人じゃん? 誰か一人余っちゃうんじゃ?」
 あ、と霧澤が声をもらす。
 再び彼が考え出すと、今日の自分は冴えている! といった表情で携帯電話を取り出した。
「いるじゃねぇか。頼りになりそうかつ暇そうな奴が!」
 かなり失礼な言い方だが、許してくれそうな人物だった。
 そう、霧澤夏樹の言葉であれば、彼女は何でも許しそうだ。
 彼が電話をかけた相手は他の誰でもない、

 ―――朱鷺綾芽だ。

200竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/22(土) 21:31:02 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 学校が終わり、霧澤達は駅前で待ち合わせていた朱鷺綾芽と合流する。
 彼女はいつもどおり扇子で口元を隠しており、霧澤を見つけるやいなや彼に思い切り抱きついた。
「キャー、夏樹さーん! お会いしたかったですわ! 電話をなされた時はわたくしと契りを交わすお覚悟を決めたのかと思いましたけど……」
 頬を染めながらそんなことを言う朱鷺の頭部を、すぱーんという効果音が似合いそうな叩き方で、真冬がはたく。
 突然はたかれた朱鷺は大して痛くない頭部を押さえ、口を尖らせながら真冬に文句を言う。
「んもー、何ですの? 話すくらいいいじゃありませんの。貴女はいつも一緒にいるんですし」
「そーいう問題じゃなくて。とにかく離れたら? 暑苦しいでしょ?」
 女二人の醜い言い争いが始まる。
 男の霧澤と朧月は若干引いており、同じ性別である奏崎と茜空でさえも軽く引いている。周りの注目もかなり集めている二人だがヒートアップしてきた二人はそんなことを気にする余裕などない。むしろ注目されているからこそヒートアップしているようにも見える。
 朝の霧澤と茜空の言い合いのような『論点がずれる』論争ではなく、二人の言い合いは『論点は変わっていないが、この世で一番醜い』論争である。
 二人の論争を原因となった霧澤が間に入り、場は一時収束した。落ち着いたところで、今回朱鷺を呼び出した理由を、朧月が話す。

「ほほう。白波さんが行方不明ですか。マモンの件が終わり連絡を取っていなかったので、そんなことになっていたとは思いもしませんでしたわ。単なる家出というわけでもないようですわね」
 朧月は朱鷺の解釈に頷
 霧澤の提案により二人一組で手分けして探そう、という話になると朱鷺の眼がキラリと輝く。そう、眩しいほどに。
「ではわたくし、夏樹さんと組みますわ! 早い者勝ちですわよね!?」
 がっしりと霧澤の腕にしがみつく朱鷺。だが、それを許さないのが彼の契血者(バディー)の赤宮真冬と、最強幼馴染の奏崎薫である。
 二人は勝手なルールを決める朱鷺に反論を開始する。
「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなルール無効だよ! ここは契血者(バディー)の私が!!」
「いやいや、ここは公平を期してくじで決めましょう! 私、こんなこともあろうかとくじを持ってきてるのよ!?」
 霧澤と組もうと必死になる奏崎に反応したのが、奏崎至上主義の茜空九羅々である。
「ちょっと待ったですよ! くじなんて不要! 薫さんのペアは僕です!!」
 止めてくれないんかい、と心の中でツッコむ霧澤。そんなやり取りを少し離れた場所から朧月が呆れながら見つめている。
 そんな中絶体絶命少年の霧澤夏樹が朧月に助けを求めようと彼と視線を合わせるが、

 ふい、と視線を逸らされてしまった。

 絶望の淵に陥れられた霧澤。
 彼が知らないところで結局ペアはくじで決めることになり、やっぱり『ヴァンパイア』と一緒の方が色々な危険から身を守れるので、契血者(バディー)と『ヴァンパイア』で同じ番号を引いた者同士がペアになることが決定した。
 この時点で霧澤とのペアが実現可能な真冬と朱鷺はめらめらと闘志が燃え盛っていたが、実現不可能になってしまった奏崎は表には出さないかなりのショックを受けていた。


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