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あの作品のキャラがルイズに召喚されましたin避難所 4スレ目

321ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:09:40 ID:WoSmxfsM
 残念そうとも無念そうとも言える様な表情を浮かべて、ハクレイは自分の黒髪を右手でクシャクシャと掻き毟る。
 自分の夢の中で喋っていたのだから、きっと記憶喪失に陥った自分に何かを思い出させてくれるのでは…と思っていた。
 しかし実際には何も思い出すことは出来ず、結局『謎の女性A』という扱いになってしまったのである。
 折角意味ありげに出てキレたというのに…博麗は胸中で謝りつつ、次にもう一人いた女性の事を思い出す。
 
―――…跡継ぎがいる以上、探すという時間の掛かる工程を省けたのだから

 『謎の女性A』とは違い、艶やかな大人の雰囲気がこれでもかと声色から漂い…そして妙に胡散臭い。
 どこが胡散臭いのか…と言われればどう答えて良いか分からないが、あえて言えば言葉…と言えばよいのだろうか?
 女性Aとは違いややゆっくりめのスピードに、何か隠し事をしているかのような低く抑えた声。
 そして喋り方からでもはっきりと分かる落ち着き払ったあの態度は、まるで色んな事を知り尽くした老人のようであった。
 恐らく俗にいう『人生経験が豊富な人』…というヤツなのであろうか。自分とはまるで違う性格の持ち主に違いない。
 
 そこまで思った所で…彼女はその夢が覚める直前、脳裏に過ったあの女性の姿を思い出す。
 金色の長髪にここでは見慣れないであろう白い服に白い帽子を被った、日傘を差したあの女性。
 もしかすれば、その落ち着き払った声の主は…彼女なのかもしれない。
 どうしてそう思ったのかは分からないが、あの言葉を聞いた直後に彼女の姿が過ったのだ。
 女性と声が関係しているのならば、そう思っても別に不思議ではないだろう。
「…とはいえ、彼女は何者だったのかしら…良く分からない事が多すぎるけど…けれど…―――アイツ、」
 「アイツ」のところで一旦言葉を止めた後、頭の中でその言葉が浮かび上がってくる。
 
―――人間じゃない様な気がするわ

 そう思った直後、唐突に浮かんできたその言葉に彼女は思わず目を丸くしてしまう。
 一体何を考えているのかと自分の頭を疑いつつも、呟こうとしたその一言を心の中で反芻させる。
(人間じゃない…人間じゃない…何考えてるのよ私?だってアレは…どう見ても人間…そう人間じゃない)
 馬鹿な事を考えている自分を叱咤しつつも、ハクレイはもう一度頭の中で彼女の姿を思い出す。
 服装などは確かにハルケギニアでは珍しいかもしれないが、それは自分にも当てはまる事だ。
 何より彼女の事は後姿でしか見ていないのだ。それでどうして人間じゃないと思ってしまったのだろうか?
 
 唐突に思ってしまった事で、バカ正直に悩もうとした直前に…ふと誰かの気配を後ろから感じた。
 ハクレイはそこで考えるのを一旦止めて、何気なく後ろを振り返ったが…案の定人影は見えない。
 玄関へ繋がる通路と、カトレアと自分たちの寝室がある二階へと続く階段が暗闇の中でぼんやりと見える。
 それ以外には誰かの気配とも言える様な物は見えず、彼女は気のせいかと自分の勘を疑ってしまう。
「疲れてるのかしら?変な時間に目ェ覚ましちゃったし…」
 一人呟き、再び視線を元に戻したハクレイがもう一眠りしようとソファーに背中を預けようとした時―――
 背後から聞こえてきたのだ。確実に人の足音だと確信できる音と、

「あっ…」
 という聞きなれた少女の声を。

322ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:11:14 ID:WoSmxfsM
「!」
 今度こそ気のせいではないと確信した彼女は瞑ろうとした目を開けて、バッと後ろを振り返る。
 そこにいたのは、廊下から少し身を乗り出し、忍び足でこちらに近づこうとて失敗したニナの姿があった。
「に…ニナ?なにしてるのよ、こんな時間に…」
「え?…えっと…その…帰ってきてたんだ…」
 まさか本当にいたとは思えず、見つけた本人も多少戸惑いながらも腰を上げて彼女の傍へと近づいていく。
 ニナ本人はまさかバレるとは思っていなかったのか、唖然としたまま近づいてくるハクレイを見上げている。
 そして近づいたところで、こんな真夜中に自分と同じく起きていたニナが何をしようとしたのか何となく理解してしまった。

 子供向けのパジャマとナイトキャップを被った彼女の右手には何故か雑巾が握られており、ご丁寧に水で濡らしている。
 その雑巾を見て一瞬怪訝な表情を浮かべたハクレイであったが、ふと夢から覚める直前の事を思い出した。
(そういえば、覚める直前に何か頬に……そう、確か…冷たいモノが当たって…って、冷たいモノ?)
 そして…本人が思い出したのを見計らうかのようにして右の頬から冷気を感じた彼女は、そっと右手で頬に触れた。
 まず最初に指が感じたのは頬を刺激する冷気に、僅かに付着していた水が付着する感触。
 水のある何かに触れた指を頬から離した彼女は顔の前に右手の指を持っていき、おもむろに顔元へと近づける。
 
 指に付着した水から漂う臭いは、紛う事なく使い古した雑巾の臭いであった。
 この富裕層向けの別荘の中で平民も見知った掃除道具の一つであり、水で濡らされ様々な場所を拭かれてきた布の集まり。
 何時ごろからこの別荘に置かれていたがは知らないが、きっと色々なモノを拭いてきたのであろう。
 床や壁に、家具の上に溜まった埃はもちろん、窓の汚れだって綺麗にしてきたのは間違いないだろう。

 ――――しかし…この指から微かに漂う匂いから察するに、それだけを拭いてきたというワケではないようだ。

 それを想像して考えるのは簡単であったが、ハクレイは敢えて想像する事は控えようとする。
 とはいえ鼻腔から嗅ぎ取れる臭いが否応なく頭の中にイメージ映像を作り上げ、見せようとして来るのだ。
 
 それを振り払うように慌てて頭を横にふった所で、ニナがこちらに背中を向けているのに気が付いた。
 背中を縮め、雑巾を足元に置き捨てている彼女の姿は、まるで盗みがバレて逃げようとする泥棒そのものである。 
 あわよくば二階へと続く階段まで一気にダッシュ!…と考えたのか、駆け出そうとした彼女の襟首をハクレイは掴んだ。
 ちょっと勢いが強すぎた為か、ニナの口から小さくない悲鳴が漏れたがそれに構わず逃げようとしたニナを自分の目線まで持ち上げる。
「キャッ!ちょっ…ちょっとなにするの!?」
「それはこっちのセリフよ、人の顔に雑巾当てといて何も言わずに逃げるとはね」
 雑巾の事がバレてウッと呻きそうな表情を浮かべたニナは暫し黙った後、目線を逸らしつつ弁明を述べた。
「だ…だって、夕食にまで帰ってこなかったハクレイが悪いんだよ?カトレアおねちゃん、悲しそうにしてたのに…」
 ニナの言葉から奇しくも自分の想像が当たっていた事にハクレイは苦しそうな表情を浮かべた後に言った。

「だったら、今度から似た様な事をする時は綺麗な雑巾を使いなさい。良いわね?」
「あれ?やっぱり臭かったの?あの雑巾確か―――」
「そっから先は言わなくて良いッ!」
 聞きたくも無い雑巾の出所を言いそうになったニナに対して大声を出してしまった事により、
 二人を除いて就寝していた別荘の者たちを驚かしてしまい、結果的に起こしてしまう羽目となってしまった。

323ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:13:13 ID:WoSmxfsM
 その日の朝から、ルイズは何とも気まずい一日を過ごすことになっていた。
 任務用に受け取ったお金を丸ごと盗られた事を除けば、これといってヘマをやらかしたワケではない。
 気まずさの原因は、自分の周囲を行き来する人々よりもずっと近くにいる霊夢の鋭いジト目であった。

 子供たちの楽しい声と、陽気なトランペッタが主役の路上演奏のお蔭で自分たちが今いる通りには明るい雰囲気が漂っている。
 こんな真夏日だというのに人々は日陰や木陰で足を止めて演奏に耳を傾け、その内何人かがポケットから銅貨や銀貨を取り出し始める。
 少々気が早いと思うが、そんな人々の気持ちが分かる程ルイズの耳にもその演奏は心地よかった。
 フルートと木琴がサブに回り、暑くとも活気に満ちた夏の街中に相応しい音色は貴族であっても満足するに違いない。
 ルイズはそんな事を考えながら、自分と霊夢よりも前にいるシエスタと魔理沙の方へと視線を向けた。
 二人も路上演奏を聞いているのか、日影が出来ている建物の壁に背中を預けて聞き入っている。
 
 シエスタはともかく、あの何かしら騒がしい魔理沙でさえ大人しくなって聞いているのだ。
 それだけでも、名も知らぬ演奏者たちの腕前がいかにスゴイか分かるというものである。
「…だっていうのに、アンタは今朝からずっと私を睨んでばかりね?」
「何よ?何か文句あるワケ?」
 演奏に耳を傾けつつもさりげなく呟いたルイズの文句を、霊夢は聞き逃さなかった。
 霊夢の言葉に対しルイズは無言で返そうとおもったが数秒置いて溜め息をつき、そこから小声で返事をする。

「いい加減、アンタもシエスタとの休日を楽しんだらどうよ?魔理沙なんかもうとっくに楽しんでるわよ?」
 今朝からずっとこの調子である霊夢に呆れた言いたげなルイズの文句に、霊夢はムッとした表情を浮かべた。
 流石に魔理沙と一緒くたにされたのが応えたのか、彼女は腰に手を当てながら抗議の言葉を述べていく。
「あんな能天気な黒白と一緒にしないでくれる?私はアイツと違ってちゃんと危機管理はできてるつもりよ」
『お金をちゃっかり盗まれてるのも、ちゃんと危機管理してた結果ってヤツかねぇ?』
 そこへ間髪入れぬかのように、霊夢の背中で暇を持て余していたデルフが会話に乱入してくる。
 流石の彼もこの路上演奏を邪魔してはいけないと思っているのか、珍しく声を抑えて喋りかけてきた。
 
『金盗られてあんなに取り乱してたんじゃあ、黒白と一緒にされるのも仕方ない気が―――』
 最後まで言う前に、特徴的な音を周囲に響かせつつインテリジェンスソードは口を閉ざされてしまう。
 どうやら聞きたくない事まで言ったせいで、後ろ手で柄を握った霊夢によって無理矢理鞘の中へと戻されてしまったようだ。
「アンタは黙ってなさい…ッ余計な事まで言うんじゃないの!」
 納剣時の音か、はたまた霊夢の必死な声がどうかはしらないが、何人かが彼女たちへ視線を向けてくる。
 だがそれも一瞬で、すぐにまた陽気な路上演奏を聞き入ろうと視線を戻していく。

「…んぅ…とりあえず、まだ私の上げ足を取るような事したら暫く喋れないようしてやるわよ、いいわね?」
『ハハハ、オーケーオーケー分かったよ。…ったく、一々喋るのに言葉を選ばなきゃいかんとはねぇ』
 一瞬だけだが、周囲の視線を一心に受けてしまった霊夢は顔を微かに赤くしてデルフを脅しつける。
 それに対してデルフは鞘越しの刀身を震わせて笑いつつ、ひとまず了承することにした。
 彼女と一本のそんなやり取りを見てルイズは小さな溜め息をつきつつ、チラリとシエスタの方へ視線を向ける。

324ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:15:19 ID:WoSmxfsM
 幸いかどうかは分からないが、霊夢の不機嫌さにはまだ気づいていないらしい。
 丁度演奏も終わり、道端で聞いていた人たちや魔理沙に混じって笑顔で拍手している。
 そして取り出した財布から銀貨を銅貨を数枚出すと、演奏者たちの足元に置かれた鍋の中へと放り込んでいく。
 他の人々も同じように銅貨や銀貨が鍋の中へと投げ込まれ、その中に混じって金貨まで投げ入れられている。
 一方の魔理沙はというと、何故かポケットから包み紙に入った飴玉を数個取り出して鍋の中へと放り込んでいた。

 彼女の隣にいたシエスタはいちはやくそれに気づいたか、少し驚いた様な表情を浮かべている。
「え?あの、マリサさん…今投げたのって飴玉じゃあ…」
「いやー悪いね、なにぶん今は金が心許なくて…あ、シエスタも一個どうだ?」
 シエスタからの言葉に対してあっさりと返した黒白は、ついで彼女にも同じものを差し出す。
 目の前に差し出されたそれに一瞬戸惑いつつも、シエスタは何となくその飴玉を受け取った。
 その光景を少し離れた所から見つめていたルイズは、魔理沙がいてくれて本当に良かったと実感する事が出来た。
 今の霊夢や自分だけでは、下手すれば彼女の貴重な休日を丸ごと潰していた可能性があるからだ。


 全ての始まりは昨夜の事、自分たちが寝泊まりしている屋根裏部屋にシエスタが入ってきてからであった。
 半ば無理やりと言っていいほど夕食の席に混ざってきた彼女は、食事が始まるや否や早速誘いをかけてきたのである。
―――あの、レイムさんとマリサさんのお二人って…ここから遠い所からやってきたんだしたよね?
 色々と三人で話し合いたかった夕食に割り込んできたシエスタは、その言葉を皮切りに二人へと話しかけ始めた。
 一体どれほど話したい事があったのだろうか、何処か気まずい雰囲気が流れる食卓で彼女は色んな事を喋った。
 二人の故郷の事やどんな所で暮らしていたか、ここの住み心地はどうとかという他愛ない話だ。
 彼女の質問に対して魔理沙は快く応じ、その時は霊夢も仕方なしと諦めたのか適度に言葉を返していた。

 暫しそんな話をした後に、シエスタはいよいよ話を本筋へと移してきた。
 食事を半分ほど片付けた彼女はチラリとルイズを一瞥した後で、霊夢達を誘ったのである。
―――あの、もしお二人がよろしければ…明日、王都の面白い所を案内したいのですが…良いでしょうか?
 その誘いに対して、二人して別々の反応を見せることになった。
―――おぉ何だ何だと疑っていたが、まさか遊びの誘いとな?まぁいいぜ、別に急ぐ用事なんてないしな
 魔理沙は面白い物を見る様な目でシエスタを見た後、心地よい笑顔で頷いて見せた。
――誘いは嬉しいけど、今は色々と忙しいの。悪いけど、明日は魔理沙とルイズたちを連れて言ってちょうだい
 たいして霊夢はというと…、魔理沙と比べて少し考えた後目を細めながら首を横に振ってそう言った。
 まぁそうだろう。本人の言葉通り、今の霊夢が色々と忙しいのは魔理沙とルイズも十分周知の事であった。
 お金を盗んだ窃盗犯の少年探しに加えて、その日の夕方に魔理沙が遭遇したというキメラの事も調べ慣れればいけないのだ。
 少なくともルイズや魔理沙たちと比べれば、ハードワークと言っても差し支えない程の仕事が溜まっている状態だ。
 本人には絶対に言えないだろうが、シエスタからの遊びの誘いに乗るのは不可能なはずである。

325ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:17:14 ID:WoSmxfsM
 勿論誘っているシエスタはそんな事全く知らずして、ただ純粋な善意の元霊夢を誘おうとする。
 この時期はドコソコが見どころとか、少ない平民のお金でも甘味を満喫できるケーキ屋さん等々…。
 一体その頭の何処にため込んでいたと言えるほどの膨大な情報は、流石年頃の女の子といったところか。
 魔理沙はともかく年が近く貴族であるルイズでさえも、シエスタの語る王都の情報に舌を巻いてしまっている。
 それでも断る気持ちは揺るがない霊夢であったが、彼女の口から出る話には耳を傾けていた。

―――アンタ、そういうのを良く知ってるのね?あのルイズも黙って聞いてるわよ

――――こう見えても学院で奉仕してる時も非番の日には王都で遊び出ていますし、
        何より同僚には同年代の娘も沢山いますから。…で、どうです?レイムさんも一緒に行きましょうよ

――――私、今色々と忙しいって言ったばかりよね?

 成程、異世界にいってもそういう人と人との繋がりは色々な情報を手に入れる手段の一つらしい。
 ともあれそれがどうしたというワケで、さりげなく誘ってくるシエスタに対し冷たい断りをいれるしかなかった。
 そう、断ったのである。しっかりと断った筈だったのであるが…


「ホント、参るわよねぇ…純粋な善意って」
 魔理沙とルイズ相手に楽しそうに会話しながら通りを歩くシエスタの後ろ姿を見て、霊夢は一人呟く。
 結局あの後、ややしつこさのシエスタの誘いに彼女は渋々とその誘いに乗ってしまったのである。
 原因…というか、強いて敗因と言うのならば…シエスタ本人が純然たる善意でのみさそってきたからであろうか。
 多少の強引さはあったものの、それもその善意が働いた結果だ。
 
 例えば普通に誘われたり、何か考えあっての事であるならば霊夢は乗らなかっただろう。
 彼女自身そういう誘いには普段はあまり乗らないし、どちらかというと一人でいる方が気楽なタイプの人間である。
 しかし、シエスタのように自分たちをかなり信頼し尊敬してくれている人間からの善意というものには慣れていなかった。
 まるで汚れを知らずに育った温室の花のように、対価を求めず接してくれる彼女に好意を持ってしまったというべきか…。
 そんな彼女からの誘いの言葉には他意など全く見受けられず、ただただ自分たちと一緒に休日を過ごしたいという思いだけが伝わってくる。
 
 召喚される前、幻想郷でせっせと妖怪退治をしていた時も人里の人達たちからそういう善意を受け取っていた。
 時折人に冷たいと評される霊夢であっても、そういう善意を受け取ること自体は決して嫌いではなかった。
 そして、そういう善意が巡り巡って物となって自分に返ってくるという事も巫女として生きていくうちにしっかりと学んでいた。

「まぁシエスタにそういうのを望んでるワケじゃないけど…無下にするのも何か酷なのよねぇ〜」
『成程ねぇ。普段は冷たいレイムさんも、他人からの優しさには敵わないって事かー』
「…そういう事よ、でもアンタは黙ってなさい」
 独り言のように呟く霊夢の言葉に対し、彼女の背中に担がれているデルフが鞘から刀身を微かに出して相槌を打つ。
 丁度彼女の横を通り過ぎようとした平民と下級貴族が突然喋り出した剣に驚いたのか、身を軽く竦ませてしまう。
 そんな事など露も知らない霊夢は急に喋ってきたデルフを鞘に戻しつつ、ルイズ達の後を追う。
 一人ここに至るまでの事を思い出している内に、足が遅くなっていた事に気が付かなかったらしい。
 地元の人々らしい平民たちの憩いの場となっている公園の横の通りを早足で歩き、ルイズ達の元へと寄る。

326ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:19:14 ID:WoSmxfsM
 遅れている事に気が付いていたルイズが、近づいてくる霊夢に声を掛けた。
「ちょっとー、何してるのよレイム」
「別に、ただ…自分って結構甘いなーって思ってただけ」
「?」
 自分独自など知らないルイズが首を傾げるのを余所に、事の張本人であるシエスタが話しかけてきた。
「どうですかレイムさん?ここの公園横の通り、ちょうど敷地内の植木が木陰になってて夏場の散歩に快適でしょう?」
「…確かに。夏季休暇中だっていうのに人通りは比較的少ないし、こっちのほうが気を楽にして歩けるわ」
 平民向けの女性服に薄緑色のロングスカートに、木靴というスタイルの彼女の言葉に霊夢は周囲を見回しつつ言葉を返す。
 シエスタが三人を連れて訪れている場所は勿論王都内であったが、観光客と思しき人々の姿はあまり見えない。
 どちらかといえば近辺に住んでいる平民や下級貴族といった、俗に地元であろう人々の姿が目立つ。
 これまで大通りや繁華街、市場での混雑っぷりを見てきた霊夢達にとっては見慣れぬ風景であった。

「それにしても、まさか市場から少し離れた所にこんな静かな通りがあるなんてね」
「やっぱり市場と大通りには人が集まりますからね、その分ここら辺は静かになっちゃうんですよ」
 ルイズは昨日の混雑っぷりが嘘の様に平穏なその通りを歩きながら、シエスタとの会話を続けていく。
 確かに彼女の言うとおり人の混雑が多いのは市場と大通りに、その近辺を囲うようにして人が集まっているという話はよく耳にする。
 だからなのだろう。その日の買い物を終えて暇になった地元の人々が、背中を自由に伸ばして休める場所がここにできたのは。

 公園の規模は小さいが子供たちが笑い声を上げて楽しそうに駆け回り、良い汗を沢山かいている。
 シーソーやブランコ、小さな回転遊具にも少年少女たちが集まり、喜色に満ちた嬌声を上げて遊びまわっている。
 その子供たちを見守るようにして大人たちがベンチに腰を下ろして、会話を楽しんでいたり一人静かに休んでいる。
 ベンチで気ままに寝ている下級貴族もいれば、近場の店で買ったであろうパンを食べていたりする平民がいる。
 既に四人が通り過ぎた公園の入り口で不審者がいなかいか見張っている衛士たちも、暢気に談笑していた。 

 ルイズ自身、今まで何度も王都へは足を運んだことはあったものの、この様な場所を訪れたことは無かった。
 いつも足の先が向くのは賑やかだがいつも混雑しており、けれど目を引くモノが数多ある大通りや市場等々…。
 だからこそ…シエスタが連れてきてくれたこの場所は酷く目新しく映り、そして新鮮味があった。
 そんなルイズと同じ気持ちを抱いていたのか、あたりを見回していた魔理沙も嬉しそうな様子を見せるシエスタに話しかけてくる。

「へぇ〜、こいつは意外だぜ。よもやこの騒がしい街で、こうして気楽に歩ける場所があったなんてね」
「でしょ?私も良く、用はないけど外を歩きたいって時にはいつもここへ来ちゃうんですよ」
 魔理沙の反応を褒め言葉と受け取ったのか、シエスタは笑顔を浮かべて嬉しそうな様子を見せている。
 まぁあの霧雨魔理沙がそういう言葉を口にするのだから、褒め言葉と受け取ってもおかしくはないだろう。

327ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:21:15 ID:WoSmxfsM
 それから後も、シエスタはルイズ達を連れて一平民としての彼女がお薦めする王都のあちこちを案内してくれた。
 丁度大通りの裏手にある隠れ家的なベーカリーショップに大衆食堂や、中々の年代物を扱っている骨董品の店。
 マニアックな品物を取り揃えている雑貨屋など、通りから眺めるだけでも中々面白い物を見て回っていった。
 きっとメイドとして魔法学院で奉仕する傍ら、非番の日に足繁くこういった場所へ自ら足を運んでいたのだろう。
 通り過ぎていく人たちも彼女と気軽に挨拶をし、時には一言二言楽しそうな会話を交えて去っていく。
 人々の雰囲気は皆穏やかであり、見慣れぬ者たちを警戒する素振りなど毛ほども感じられない。

 最初は渋々であった霊夢も、穏やかな空気が流れる通りを歩いていくうちに態度が軟化していったのだろうか。
 今では自分がやるべき事を一時頭の隅へ置いて、興味深そうに辺りを見回しながらルイズ達についていっている。
『なんでぇ、さっきまであんなに゙仕方なじって感じだったのに…今じゃすっかり楽しんじまってるじゃないか』
 そして相棒の態度の変化に気が付いたのか、今まで黙っていたデルフが再び彼女へと話しかけてきた。
 急に喧しい濁声で喋り出した剣に顔を顰めつつも、霊夢は後ろに目をやりながら彼と話し始める。
「デルフ?…まぁ、私としてはまだ納得いかないけど…まぁ今更抗っても仕方ない…ってヤツよ」
『ふ〜ん、そういうモンかい?けれどそれが違ったとしても、オレっちはお前さんに指図はしないさ、何せ――――』
「…剣だから?」
「…………まぁ剣だから、だな」
 まさか自分の言いたい事を先読みされた事に軽く驚きつつ、デルフは彼女とのやりとりを続ける。

『それにしても、世の中にはお前さんみたいなのにも好意を向けてくれる変わり者がいるものだねぇ』
「シエスタの事?別にそんなんじゃないでしょうし、アンタの言い方だと私まで馬鹿にしてるでしょ?」
 ついているかどうかすら分からない目でルイズと楽しそうに前で会話している休暇中のメイドを見ているであろうデルフの言葉に、
 霊夢がジト目で睨みつけながらそう言い返すと、シエスタから少し離れた魔理沙が呼んでもいないのに会話へ割り込んできた。
「そうだぜデルフ、シエスタはただ優しいだけの人間さ。…まぁ確かに、霊夢に必要以上に構うのは変わってるかもしれんがな」
『おー、言うねぇマリサ。お前さんもあのメイドの嬢ちゃんは気に入ってるクチか?』
「そりゃー学院では色々良く接してくれたし、肩を持ってやるのは当然の義理ってヤツだよ」
「ちょい待ち、アンタが私の事悪く言うのはおかしくない?」
 シエスタの事を擁護しつつも、ちゃっかりと自分の悪口は言い逃さない魔理沙に霊夢が待ったを掛けていく。
 さすがの霊夢であっても、自分以上に人間失格な性格をしているであろう魔理沙にとやかく言われるのは許せなかったようだ。

「全く、少し目を離したかと思えば…何やってるのよアイツらは」
「ま、まぁこの暑い中ああして元気でいられるのは、まぁ…良いと思いますよ?」
 魔理沙が入ってきたせいで、ちょっとした言い争いに発展しかけてる二人と一本の会話をルイズ達は少し離れた所で見ていた。
 呆れたと言いたげな表情を浮かべるルイズは人通りが少ないとはいえ、注目を集め出している彼女たちの言い争いにため息をつき、
 一方のシエスタはどんな言葉を口にしたら良いかわからず、無難な言葉を口に出しつつ苦笑いする他ない。
「ホント、呆れるわねアイツラには。折角シエスタが自分の休日潰して案内してくれてるっていうのに」
「でもミス・ヴァリエール。元はと言えば私の我儘なんですし…レイムさんたちを責めるのはどうかと思いますが…」
 ルイズがレイムたちに対する文句を言うと、咄嗟にシエスタは彼女たちを擁護してくる。
 その態度に妙な違和感を感じたのか、ルイズは少し怪訝な表情を浮かべて彼女へ尋ねてみる。

328ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:23:28 ID:WoSmxfsM
「シエスタ…アンタ、何かアイツラの肩を持ち過ぎてないかしら?」
「え、あの…アイツラって、レイムさんたちの事ですか?」
 突然そんな事を尋ねてくる彼女にシエスタがそう聞くと、ルイズは「えぇ」と頷きつつ話を続けていく。

「まぁあの二人には色々と助けられた恩はあるでしょうけど、だからと言って変に持ち上げすぎてるわよ?
 そりゃー助けてもらった時は輝いて見えたろうけど…控えめにいっても、普段の二人は結構酷い性格してるから」
 
 最後の一言はシエスタの耳元で囁き、まだ言い争っている彼女たちに聞こえない様に配慮する。
 自分の言葉に暫し困惑の様子を見せるシエスタに、ルイズは尚も言葉を続けていく。
「いくら親しいからって、優しさだけ振りまいても意味がないものなのよ。…特にアイツラを相手にする時はね」
「確かにそうだと思いますが、ミス・ヴァリエールは常日頃から厳しすぎるかと…」
「厳しい位で丁度良いのよ。飼っている犬や猫が粗相したら躾するでしょう?それと同じだわ」
「ぺ、ペットと同程度ですか?」
 あの二人をさりげなく犬猫扱いしたルイズに驚きつつ、シエスタはハッと霊夢達の方へと視線を向ける。
 幸いルイズの言葉は彼女らの耳に届いていなかったのか、まだ言い争いを続けていた。

 例え聞かれていたとしてなんら自分には関係ないものの、シエスタは無意識の内に安堵のため息をついてしまう。
 そんな彼女に対し全く慌て素振りを見せないルイズは、霊夢たちを指さしながら尚も話を続けていく。
「あぁいう状態になったら、こっちがよっぽどの騒ぎを起こさない限り聞こえないから大丈夫よ」
「そ、そうなんですか…?でもこの距離だと確実に聞こえてたような気もしますが…」
「大丈夫よ大丈夫!仮に聞こえてたとしても、向こうが悪いんだからこっちは胸を張ってればいいの」
「ちょっとー!アンタ達の会話は丸聞こえだったわよぉー!」
 いかにも楽観視的な事をルイズが言った途端、こちらに顔を向けてきた霊夢が怒鳴ってきた。
 その怒声にルイズとシエスタは思わず彼女の方へと一瞬視線を向け、そして互いの顔を見あいながら言った。

「どうやら聞こえてたみたいね。御免なさい」
「多分私は怒られないと思いますので、レイムさん達に誤った方が良いかと思います」
「えぇー?私はホントの事をちゃんと言っただけなんですけど」
「だからって、人を犬猫に例える奴がいるか!」
 最初からある程度苛ついていた所為もあってか、謝る気ゼロなルイズに霊夢は突っかかっていく。
 突然発生した口げんかに対し、シエスタは何も出ぎずただただ見守る事しかできない。
 
 そうしてアワアワと驚きつつ、観戦者になるしかないシエスタの背後から魔理沙が声を掛けてきた。
「おぉシエスタか?さっきからルイズが誰かと話してるなーって思ったら…まさかお前だったとはなぁ」
「マリサさん…い、いえ!とんでもありませんよ!」
「まぁそう簡単に謙遜はしてくれるなよ。お前さんのお蔭で、アイツとの゙お喋り゙が終われたんだしな」
 意図的にしたワケではないという事をシエスタは伝えたかったが、それがちゃんと出来たかどうか分からない。
 魔理沙は理解したのかしてないのかただ笑顔を浮かべつつ、シエスタの横に立ってルイズと霊夢のやり取りを見つめていた。

329ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:25:33 ID:WoSmxfsM
「シエスタ…アンタ、何かアイツラの肩を持ち過ぎてないかしら?」
「え、あの…アイツラって、レイムさんたちの事ですか?」
 突然そんな事を尋ねてくる彼女にシエスタがそう聞くと、ルイズは「えぇ」と頷きつつ話を続けていく。

「まぁあの二人には色々と助けられた恩はあるでしょうけど、だからと言って変に持ち上げすぎてるわよ?
 そりゃー助けてもらった時は輝いて見えたろうけど…控えめにいっても、普段の二人は結構酷い性格してるから」
 
 最後の一言はシエスタの耳元で囁き、まだ言い争っている彼女たちに聞こえない様に配慮する。
 自分の言葉に暫し困惑の様子を見せるシエスタに、ルイズは尚も言葉を続けていく。
「いくら親しいからって、優しさだけ振りまいても意味がないものなのよ。…特にアイツラを相手にする時はね」
「確かにそうだと思いますが、ミス・ヴァリエールは常日頃から厳しすぎるかと…」
「厳しい位で丁度良いのよ。飼っている犬や猫が粗相したら躾するでしょう?それと同じだわ」
「ぺ、ペットと同程度ですか?」
 あの二人をさりげなく犬猫扱いしたルイズに驚きつつ、シエスタはハッと霊夢達の方へと視線を向ける。
 幸いルイズの言葉は彼女らの耳に届いていなかったのか、まだ言い争いを続けていた。

 例え聞かれていたとしてなんら自分には関係ないものの、シエスタは無意識の内に安堵のため息をついてしまう。
 そんな彼女に対し全く慌て素振りを見せないルイズは、霊夢たちを指さしながら尚も話を続けていく。
「あぁいう状態になったら、こっちがよっぽどの騒ぎを起こさない限り聞こえないから大丈夫よ」
「そ、そうなんですか…?でもこの距離だと確実に聞こえてたような気もしますが…」
「大丈夫よ大丈夫!仮に聞こえてたとしても、向こうが悪いんだからこっちは胸を張ってればいいの」
「ちょっとー!アンタ達の会話は丸聞こえだったわよぉー!」
 いかにも楽観視的な事をルイズが言った途端、こちらに顔を向けてきた霊夢が怒鳴ってきた。
 その怒声にルイズとシエスタは思わず彼女の方へと一瞬視線を向け、そして互いの顔を見あいながら言った。

「どうやら聞こえてたみたいね。御免なさい」
「多分私は怒られないと思いますので、レイムさん達に誤った方が良いかと思います」
「えぇー?私はホントの事をちゃんと言っただけなんですけど」
「だからって、人を犬猫に例える奴がいるか!」
 最初からある程度苛ついていた所為もあってか、謝る気ゼロなルイズに霊夢は突っかかっていく。
 突然発生した口げんかに対し、シエスタは何も出ぎずただただ見守る事しかできない。
 
 そうしてアワアワと驚きつつ、観戦者になるしかないシエスタの背後から魔理沙が声を掛けてきた。
「おぉシエスタか?さっきからルイズが誰かと話してるなーって思ったら…まさかお前だったとはなぁ」
「マリサさん…い、いえ!とんでもありませんよ!」
「まぁそう簡単に謙遜はしてくれるなよ。お前さんのお蔭で、アイツとの゙お喋り゙が終われたんだしな」
 意図的にしたワケではないという事をシエスタは伝えたかったが、それがちゃんと出来たかどうか分からない。
 魔理沙は理解したのかしてないのかただ笑顔を浮かべつつ、シエスタの横に立ってルイズと霊夢のやり取りを見つめていた。

330ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:27:55 ID:WoSmxfsM
 それから少しして、数分の言い争いは…結局、両者が疲れてしまった事で幕を閉じた。
 数多の人妖と顔を合わせ、一癖二癖どころか五癖もありそうな連中と話してあってきた霊夢。
 それに対して、入学当初の問題から生まれた生徒達との揉め事で鍛え上げられたルイズ。
 お互い別々の経験から来る言葉選びと、相手が何であれ怯まないという精神が衝突すればそれはもう引き分けになるしかないであろう。
 実質霊夢を相手に怒鳴り続けたルイズは、体の中にドッと溜まってしまった疲れを取るようにため息をついた。
「はぁ〜…参ったわねぇ。私自身、こんなに口喧嘩したのは初めて…かもしれないわ」
『娘っ子も中々口が悪いが、生憎ながらレイムの方はその三倍…いや四倍増しで酷かった気がするぜ』
「何で言い直す必要があるのよ。…っていうか増えてるし」
「………ふふ」
 お互い本気で言い争うつもりは無かったのだろう、そのまま喧嘩に移行する事無く自然と仲が戻っていく。
 デルフの余計な一言に少し疲れた様子を見せる霊夢が言葉を返したところで、ふとシエスタがクスリと笑った。

 彼女の真横にいて、それにすぐさま気が付いた魔理沙は首を小さく傾げつつ彼女に話しかける。
「?…どうしたんだシエスタ?」
「いえ、貴女達三人とデルフさんのやりとりを見ていてふと…曽祖父から教えてもらった諺を思い出しまして…」
 諺?魔理沙が再び首を傾げた所で彼女は「はい」と頷いてから、その諺とやらを口にする。
 それはルイズ達は勿論、デルフさえも知っているありふれたものであり、彼女らにピッタリな諺であった。

「喧嘩する程仲が良い…って諺なんですけど――――ミス・ヴァリエールとレイムさん達の関係に、ピッタリと思いません」
「………あー成程な。確かに私達の関係にピッタリ嵌る諺だな?二人もそう思うだろう」
 魔理沙からの問いにルイズと霊夢は互いの顔を見合った後、ほぼ同時に首を横に振りながら言った。
「いやいや、それは無いわね」
「そうよ、それだけは絶ッ対に無いわね」
「ホラ?二人して似たような答えを出してくれる辺りに、仲の良さを感じるぜ」
 見事なほど息の合った首振りを見せてくれた二人を指さした魔理沙の言葉に、シエスタはつい笑ってしまう。
 大通りと建物一つ隔てた場所にある静かな通りのど真ん中で、青春真っ只中な少女の笑い声が響き渡った。




以上で91話の投稿は終わりです。
では今日はここまでに…また来月末にお会いしましょう。ノシ

331ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 21:44:44 ID:4OzmZrQ6
皆さん、大変長らくお待たせいたしました。ウルトラ5番目の使い魔、68話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

332ウルトラ5番目の使い魔 68話 (1/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 21:47:49 ID:4OzmZrQ6
 第68話
 仇なき復讐者
 
 奇機械竜 ギャラクトロン 登場!
 
 
 物語は、コルベールとリュシーが出会う前日にさかのぼる。
 元素の兄弟のダミアンとドゥドゥーはジャックとジャネットと別行動をとり、連続爆破事件の足取りを追っていた。
「それで兄さん? いったいどうやって犯人の尻尾を踏んづけるつもりだい……ですか?」
「そんなに難しくはないさ。犯人はこれまでの事件で、相当な量の火の秘薬を使っている。だが錬金で火薬をまかなうのはよほどのメイジでも厳しいものだ。だから、闇ルートでの火の秘薬の流れを追う」
 ここ最近で、火薬を大量に購入している者がいたらそいつが犯人である可能性が高い。ドゥドゥーはダミアンの考えになるほどと思った。
 むろん、同じことはガリアやトリステインの官憲も考えているだろうが、堅気の人間が闇ルートの深部に迫ることは難しい。その反面、元素の兄弟は裏社会のエキスパートであり、闇ルートの人間にも広く顔が利く。
「さすがダミアン兄さんは頭が切れるなあ」
「ドゥドゥー、これくらい君が一人でできるようになってくれないと困るよ。いつまでも下調べを僕やジャック、ましてジャネットに甘えていてどうする? そろそろ一人前になってくれないと、僕にも考えがあるからね」
「はい……」
 ダミアンは一見子供にしか見えない背格好だが、怒った目つきは悪魔よりも怖く、睨まれたらドゥドゥーは背筋が凍り付いて逆らえなくなるのだった。
 これ以上ダミアンの機嫌を損ねたら、それこそどんな罰が待っているかわからない。ドゥドゥーは、今回はふざけていられる場合じゃないと必死になって情報収集に当たり、ついに有力なネタを突き止めることに成功した。
「兄さん、たぶん、この線じゃないかな?」
「ふむ……最近、ゲルマニア軍から相当量の物資の横流しが起こっている、か。確かに、怪しいね。その行く先になったのは、ふうん……だが、この仲買人になった商会、見ない名前だね」
「あ、うん。どうも最近になって急にのし上がってきた闇商会らしいよ。かなりのやり手だとは聞いたけど、ボスが誰かってのはわからないってさ」
 ダミアンは、ふむ、と軽く目を細めた。下剋上の激しい裏社会で、才能と野心ある若手がのし上がってくることは別に珍しくはない。それに、自分たちのような刺客に狙われるリスクを避けるために組織のボスの正体を秘匿することも普通だ。
 しかし……と、ダミアンは少し違和感を覚えた。ドゥドゥーは気づいていないようだが、ガリアやトリステインはともかく、あの拝金主義のゲルマニアで新興組織を軍から大規模な横流しができるほど短期間に急成長させるとは、並の手腕ではありえないことだ。
 そんな実力と野心を持った奴がこれまで裏社会にいたか? ダミアンは記憶を辿ったが、ふとドゥドゥーが妙な様子で自分を見ているのに気づいて思考を打ち切った。

333ウルトラ5番目の使い魔 68話 (2/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 21:48:36 ID:4OzmZrQ6
「どうしたんだい? 何か言いたそうな顔をしているね」
「あ、うん……実は、その。この情報だけど、昨日同じことをジャック兄さんとジャネットも聞きに来たらしいんだ」
 それを聞き、ダミアンはふぅとため息をついた。
「なるほど、あの二人に先を越されたわけか。まあいい、あの二人より一日遅れならドゥドゥーには上出来だ。すぐに後を追うよ、いいね」
「は、はい兄さん!」
 なんとか兄の怒りは乗り越えたようだ。ドゥドゥーはほっとして、次いで喜び勇んで馬を借り入れるために飛んでいった。
 ダミアンは、そんなお調子者の弟の背中を呆れた様子で見守っていた。
「一日遅れか。急げばジャックたちが仕事をすますギリギリで間に合うかな」
 だがもしターゲットが間違っていなければ、あの二人がターゲットを仕損じることはまずない。それでも、手柄を取られることもドゥドゥーにはいい薬だとダミアンは思った。ゲルマニアの闇世界のことは、すでに当面の考えからは消えていた。
 馬を飛ばし、大量の火薬を購入したという人間がいるはずの街へと急ぐダミアンとドゥドゥー。彼らはこのとき、この仕事もいつものように終わるだろうと、信じて疑っていなかった。
 
 
 時間を戻そう。白い謎のロボットの襲撃から一夜明け、港町は新たな活気に包まれていた。
「おーし、材木を運んできたな。おーい! 組み立てはすぐにでもできるぞ、壊れた工場の解体はまだかかるか!」
「もう少しだ! 今、メイジ総出で宝石になっちまったとこを砕いて荷車に乗せてるとこだ。これだけの量だ、金貨何万枚になるか想像もつかねえぜ!」
「まったく、あの白いガーゴイル様様だな。俺らのぶんもちゃんととっとけよ!」
 威勢のいい掛け声があちこちで聞こえ、男たちは日に照らされながら汗を流している。昨日、ロボットの怪光線で宝石にされた建物は砕かれて解体され、他国に売りさばかれてクルデンホルフの儲けになるだろう。
 しかも、ポケットに詰まるまでなら取り分にして構わん、という太っ腹なお達しのおかげで、ズボンをパンパンにした男たちはいつにも増してやる気に満ち満ちていた。
 ここは造船所、ものづくりの街。ものが壊れればまた作ればいいという気概が住人には満ちている。
 そして、天を突くほどの覇気に満ち溢れた男がここにもう一人。コルベールは、昨日の騒ぎで夜にリュシーと会うことはできなくなった代わりに、今日は朝からリュシーを案内して回るという素晴らしい約束を取り付けることに成功していたのだ。
「お、おはようございます。ミス・リュシー、き、今日もなんとお美しい」
「あら、こんな黒一色の修道衣の私なんかにもったいないですわ。おはようございます、コルベール様。今日もよいお天気ですわね」
 朝日を浴びながら輝くような笑顔で現れたリュシーを、コルベールはしどろもどろになりながら出迎えた。

334ウルトラ5番目の使い魔 68話 (3/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 21:49:32 ID:4OzmZrQ6
 彼はこの時のために、これまで興味もなかったおしゃれに気を遣い、仕事着もぴしっとした新品のものを身に着けている。コルベールにとっては、女王陛下の前に出るときでもなければしないような最大限の着こなしといえるだろう。
 しかし、そんな付け焼刃はリュシーの素朴なシスター服の前にはぼろきれ同然であった。何も着飾っていないにも関わらず、黒のシスター服だけで天使のような輝きを放っている。何で着飾ろうとも、所詮は中身がよくなければ何の意味もないことを、コルベールは心底思い知った。
"まさしく、この世に舞い降りた天使だ。それに比べて自分はどうだ? まるで百合の前の雑草だ”
 それでも、このくらいでくじけるほどコルベールもやわではない。男は見た目じゃないと自分を奮い立たせ、生まれて初めての女性のエスコートに出かけた。
「で、では今日は私がこの街と、私の東方号をご案内いたします。よ、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いいたします。わたくしも、働く皆さんのお役に少しでも立てるように頑張りますね」
 ぺこりとおじぎをした可愛らしい天使に心臓をわしづかみにされて、コルベールは禿げ頭から湯気が出る思いだった。
 だが男の誇りを総動員して理性を保ち、自分の預かった職場を案内していった。
「こちらが軍艦に使う鋼板を製造する工場です。元々トリステインの冶金技術は他国に比べて劣っていたのですが、クルデンホルフが諸国から技術者を呼び集めたことでだいぶん改善されました」
「わあ、すごい熱気ですね。昔、立ち寄った村で鍛冶場を覗いたことがありますが、その百倍はありそうです」
「はは、驚かれましたか。女性の方にはわかりにくいかもしれませんが、鉄の良し悪しで国の豊かさが決まるほど、人間は鉄に頼り切っているものなので、この熱さはトリステインの温かさにつながるのです。よければ、作業の安全をお祈りいただませんか?」
「もちろん喜んで。国が豊かになれば、それだけ貧しさで不幸になる人も減りましょう。始祖よ、この働き者の方々へ、惜しみない加護を与えてくださいませ」
 こうして、あちこちで熱心に祈りを捧げるリュシーの姿は働く人たちにも好意的に受け取られた。危険な仕事をする人間ほど安全祈願には熱心なもので、どこでも感謝で迎えられた。
 もちろんリュシーの人柄もあり、朗らかで謙虚な彼女はどこでもすぐに人気者になった。中には仕事そっちのけでリュシーをデートに誘おうとするギーシュみたいな不心得者もいる始末で、コルベールは慌てて彼女を連れてその場を離れた。もっとも今のコルベールに言う資格はないが。
 そうして街をひととおり案内すると、今度は東方号に二人はやってきた。
「ようこそ、私のオストラントへ。あなたを貴賓として歓迎いたしますぞ」
「まあ、それは光栄ですわ。ですが、わたくしが軍艦に乗せられても、お役に立てるでしょうか?」
「いえいえ、あなたに武器の講釈をしようなどとは考えておりませんからご安心ください。この船は国の行事に使用されることもあり、女王陛下のお召しも想定されています。ですが、こういうところですと、どうしても考え方が男中心になってしまいましてな。そこであなたには、女性からの視点でアドバイスをいただきたいのですよ」
「そういうことでしたら喜んで。わたくしは外国人ですけれど、ハルケギニアに二輪とない白百合とうたわれるアンリエッタ女王のためでしたら、微力を尽くさせていただきます」

335ウルトラ5番目の使い魔 68話 (4/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 21:50:56 ID:4OzmZrQ6
 やった! と、コルベールは心の中でガッツポーズをした。昨日の晩、寝る間も惜しんでデートのプランを考えたかいがあった。本当なら自分の趣味を語りたいところだが、それはぐっと我慢して彼女を立てる場所を作るのだ。
 まずはコルベールはリュシーを案内して船内を巡り始めた。実用一点張りだった昔とは違い、今では東方号の中は乗組員が長期間過ごせるように、様々な設備が整えられている。
「すごい大きな船ですね。昨日は外を歩いただけでしたが、中も広くて迷ってしまいそうですわ」
「はは、全長四百メイル級のハルケギニア最大の船ですからね。最近は乗員が増えることも見越して、散髪屋や図書室も作られております。迷うと大変ですので、しっかり私についてきてください」
「はい。あら? こちらの降りる階段の先には何があるのでしょうか」
 ふと足を止めたリュシーの見る先には、関係者以外立ち入り禁止と札が立てられ、鎖で仕切られている鉄の階段があった。
「ああ、そちらは弾火薬庫なので立ち入り禁止になっています。いくらあなたでもこの先は通せませんが、元々おもしろいところではありませんよ」
「そう……ですか。コルベールさんは、こちらでも入れるのですか?」
「ええ、私はこの船の船長ですから。ささ、こんなところにいてもしょうがありません。先に行きましょうぞ。ささ」
 コルベールは、足を止めたままのリュシーを促して先へ連れて行った。
 やがて一通りの案内が終わると、コルベールはリュシーに貴賓室などの飾りつけの相談などをおこなった。すると、リュシーは花の飾りつけや装飾の配置など、武骨な男や頭の固い貴族からは出てこない繊細な心遣いを示してくれた。そして彼女の言うとおりに改装させると、船内は見違えるように美しくなったではないか。
「ほおお、これはなんと見事な!」
 コルベールは改装された船内を見て、世辞抜きに感嘆した。武骨な軍艦の中を飾りつけでごまかしたような感がどうしてもぬぐえなかった前までと打って変わって、まるで高級ホテルのような気品が漂う光景に変わっている。
 飾りつけを少々工夫するだけで、住まいというものの見栄えはこうも変わるものか。コルベールはリュシーに、生徒が百点を取ったときのように興奮して言った。
「見事です、ミス・リュシー。あなたのセンスは私の想像をはるかに超えていました。どこかで美術を学ばれたのですかな?」
「いえ、わたしは何も。ただ、昔住んでいた屋敷の風景を思い出したり、旅の途中で見てきたものを参考にしただけです」
「いや、それだけでこれだけの改善をなさるとはすごい。内装はそれなりに名のあるデザイナーの方に依頼していたのですが、あなたのほうが数段素晴らしい。これは才能ですぞ! あなたには素晴らしい才能があります!」
 コルベールの歓喜に満ちた剣幕に、さすがにリュシーも苦笑交じりで「あ、ありがとうございます」と、答えるしかなかった。
 せっかくここで好感度を上げるチャンスだというのに、教師としての本分を隠せないのがコルベールの残念なところだった。これがギーシュあたりなら、「美しいあなたの心が現世に現れたかのようです」などと褒めちぎるであろうが、同じ褒めるでもコルベールのはベクトルが違っている。

336ウルトラ5番目の使い魔 68話 (5/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 21:52:31 ID:4OzmZrQ6
 けれど、コルベールだけではなく、改装を手伝った他の作業員たちもリュシーの手並みを褒めたたえると、リュシーは頬を赤く染めて照れくさそうな笑みを浮かべた。
「おや、どうしました? ミス・リュシー」
「いえ、こんなに人から求められたのは初めてなもので……これまで、シスターとして求められたことはありますが、それ以外のわたしが必要とされたことはありませんでしたから」
「それで戸惑われたのですな。ですが、心配しなくても大丈夫。人間は、誰かに必要とされることを感じて、はじめて自分の価値を知れる生き物なのです。もちろんシスターの仕事も素晴らしい。しかし、それ以外でもあなたには人の役に立ち、誰かを笑顔にできる力があるのです。よければ本気でデザイナーを目指してみませんか?」
「お、お気持ちだけいただいておきます……ふふ、これじゃまるでコルベールさんが神父様で、わたしが迷える子羊みたいですね」
 微笑みながらそうつぶやいたリュシーに、コルベールははっと気づいて赤面しながら頭を下げた。
「す、すみません。そういうつもりではなかったのですが、つい調子に乗ってしまいまして」
「いいえ、こちらこそそういうつもりで言ったわけではありません。むしろ、感謝しているのです。わたしは出家してから今日まで、神に仕えて生きようと思っておりましたし、周りからもそれだけを求められてきました。ですから、それ以外の生き方を薦めてくださったコルベールさんには感謝しています。それに、わたし自身も飾りつけをしているときは、とても楽しかったです。さきほどはとっさにああ言ってしまいましたが、デザイナーですか……ふふ、少し本気で考えてみることにしますわ」
「も、もしよければ私が全力で応援しますぞ!」
 コルベールは大喜びでリュシーの手を取り、そして慌てて離した。
「わっ、わわわ! すみません、私としたことがなんと失礼な」
「いっ、いえそんなことはありません。はは……あっ、そろそろお昼ですわね」
 赤面して見つめあう二人。コルベールは初心なところをさらけ出し、リュシーも男性経験がないのか頬を染めてごまかそうとして、ちょうどそのとき昼休憩を知らせる鐘の音が響いてきて、二人は笑いながら顔を見合わせた。
「そ、そろそろ昼食にいたしましょう。シェフに頼んで、ご婦人用の食事を用意させています。甘いものはお好きですか?」
「はい、大好きです!」
 と、そそくさと移動する二人。しかし恥ずかしさの中で、コルベールは心の片隅に小さな違和感を覚えていた。
”ミス・リュシーの手のひらのタコ。あれは杖を戦いで振るうことが日常の人間にできるもの……いや、まさか”
 気のせいだろうと、コルベールは違和感を拭って食堂へと向かった。きっと、慌てていたからだろう。
 
 食堂はすでに人で賑わっており、二人はコルベールが予約をとってあった高級士官用の席についた。

337ウルトラ5番目の使い魔 68話 (6/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 21:54:54 ID:4OzmZrQ6
 向かい合って座った二人に、コルベールと顔なじみの工員たちが好奇の視線を向けてくる。ミスタ・コルベールにもついに春が来たのかと囁き合う人もいれば、中には「なんであんなコッパゲにあんな美人が!」と、呪いの視線を向ける者もいた。
「ここのシェフは、以前トリスタニアのレストランで活躍していた名人です。お口に合いますでしょうか?」
「ええ、とても。禁欲をむねとする聖職としては心苦しいですが、施しもまた神の与えてくれた大切な糧。遠慮なくいただかせてもらいます」
 上品に食器を扱って食事をするリュシーの姿は、元貴族だという彼女の育ちの良さを感じ取れた。
 そんなリュシーを見て、コルベールは彼女から隠しきれない高貴さを感じ取った。コルベールも身分上は貴族であり、基本的なマナーは当然身に着けているが、やはり気品の面では到底かなうべくもなかった。
「お気に召してよかったです。よければ、なんでも注文なさってください」
「ありがとうございます。ですが、神に仕える身で貪るわけにはまいりませぬ。それに、わたしも女ですから美容には気を遣っていますのよ」
 茶目っ気に言ったリュシーに、コルベールも「これは失敬」と笑い返した。
 この品性の高さ。リュシーが生を受けた家はよほど格式の高い家柄であったのだろう。しかし、それほどの名家がどうして娘を出家させなければならないほどに?
 コルベールはそれを尋ねようと口を開きかけたが思いとどまった。自分は地位や富にはなんの関心もないけれど、世の中の貴族の大多数はそれを巡って血で血を洗う争いを繰り返している。いくらリュシーが清らかな人だとしても、彼女の家族や親類までがそうとは限らないし、なんの落ち度もなくても謀殺の対象にされることもある。
 いずれだとしても、リュシーにとって思い出させて愉快なわけはない。それに、自分も過去を問われて愉快なわけではない。
「それにしてもミス・リュシーのシスターとしての敬虔さといい、先ほどの美術的な見識の高さといい、あなたには人を幸せにする才能が豊富にあられるようですな」
 コルベールは話題を変えた。素直にリュシーを褒め、そこから話題を広げていこうと思ったのだ。
 しかし、褒められたというのになぜかリュシーは決まりが悪そうに顔を伏せた。
「そんな、わたしなんかが人を幸せになんて……」
「えっ? あ! わ、私がなにかお気に触るようなことを言いましたかな?」
「あ、すみません。そういうわけではないのです。ただ、私はそんな立派な人間ではないのです……」
 妙に深刻な様子のリュシーに、コルベールも戸惑ってしまった。失言があったわけではないようだが、謙遜しているにしては深刻すぎるように見える。
 どうしたのだろうか? リュシーが何に気を病んでいるのかをコルベールは必死に考えたが、エスパーではない彼には彼女の胸中の奥深くを知るすべはなかった。
 と、そのときである。足元の鉄の床から、短くだが地鳴りのような振動が伝わってきてコルベールは眉をぴくりと動かした。
 今はエンジンは動かしていないはずだが、気のせいか? 振動はすぐに止まったので、コルベールは錯覚かとそれへの意識を急激に失っていった。

338ウルトラ5番目の使い魔 68話 (7/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 21:57:35 ID:4OzmZrQ6
 ところが、食堂に顔を青ざめさせた工員が駆け込んできてコルベールに向かって叫んだのだ。
「ミスタ・コルベール! す、すぐ甲板においでください! 北のドックで軍艦が爆発しました!」
「なんですって! わかりました」
「コルベールさん、わ、わたしも」
 思いもよらぬ凶報に、コルベールとリュシーは血相を変えて通路を走り、鉄の階段を駆け上がって東方号の甲板に出た。
 甲板は、すでに大勢の工員たちで騒然としており、目を凝らすまでもなく、かなたから黒煙が上がってるのが見えた。
「なんということです! 巷で噂の爆破事件がとうとうここにも。ミス・リュシー、私は様子を見に行ってまいります。申し訳ありませんが、あなたは今日はこのままお帰り願えますか」
「いいえ、わたくしも少しなりとて治癒の魔法が使えます。もしかしたら、命を救える人がいるかもしれません。連れていってくださいませ」
「ううむ……仕方ありません。ですが、爆破犯がどこにいるかわかりません。決して私から離れませぬよう」
 コルベールは、真摯なリュシーの態度に折れて、連れていくことを承諾した。
 しかし責任者としての配慮も忘れず、こちらの監督たちに、指示があるまで現場を維持し、船の重要区画には誰であっても入れてはいけないと言い残していった。
 
 そしてそれから数分後、急いで事件現場に駆け付けたコルベールとリュシーが見たのは、くすぶる炭の塊と化してしまった一隻のフリゲート艦の無残な残骸であった。
「これはひどい……おうい! どこかに生き残っている者はいないか!」
 すでに現場では救援隊が駆け付けて生存者の捜索に当たっているが、まだ燃えている残骸に手間取っているを見たコルベールは、迷わず助力に出た。
 船の残骸をかき分け、中から生存者を引っ張り出す。そして助け出した彼らから話を聞くうちに、爆破にいたった経緯が見えてきた。
「いつもどおり仕事をしていたら、いつの間にか見慣れないメイジが入り込んできて、火薬庫に火を放とうとしたのです。もちろん止めようとしましたが歯が立たず、船から逃げ出そうとしたのですが、私は間に合いませんでした……」
 船内から見つかる生存者が少ないのは、爆破前にわずかでも逃げ出す時間があったからかとコルベールはほっとした。
 しかしそれだと、犯人は船と運命を共にしたのかといぶかしんだとき、爆破前に船外に脱出できた作業員から話を聞けた。
「船が爆発した瞬間に、炎に紛れてメイジが飛んでいくのが一瞬見えました。どこへ行ったか? すみません、一瞬だったのでそこまでは……」
 コルベールは当事者たちから話を聞くうちに、犯人は相当に手練れのメイジだと確信した。いくら工員しかいない修理中の船とはいえ、一息に軍艦に侵入して弾薬庫に火をつけた上で逃げ出すなど並の腕でできることではない。

339ウルトラ5番目の使い魔 68話 (8/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 22:00:26 ID:4OzmZrQ6
 やがて救援隊の活躍もあって、行方不明者もすべて探し出されると、コルベールは救援隊の指揮官から礼を言われた。
「助かりました、ミスタ・コルベール。我々だけでは、とても燃える船体から生存者をこうも迅速に救助することはかないませんでした」
「礼を言われるようなことはしていません。私は火のメイジですので、燃えるものの扱いは多少手慣れていただけです。それより、負傷した人たちは?」
「ご心配なく。すべて応急処置はすみ、搬送を済ませました。幸いなことに、修理中のために弾薬がほとんど詰まれていなかったおかげで、被害はドックの中だけですんだようです。もし弾薬を満載していたら、恐ろしい限りです」
 胸をなでおろして、救援隊の隊長は去っていった。
 しかしコルベールは、彼のようにほっとすることはできなかった。爆破されたフリゲート艦は軍艦の中でも小型の部類で、爆破されても損害はこの程度ですんだが、もしもっと大型の弾薬を満載した船……そう、東方号が爆破されでもしたら、この街が丸ごと吹き飛んでしまうくらいの被害が出てもおかしくはない。
「ぞっとしますな……誰だか知りませんが、恐ろしい相手です」
 ぽつりと独り言をつぶやき、コルベールがふと振り返ると、瓦礫の前にひざまづいて祈りを捧げているリュシーがいた。
「痛ましいことです。戦ですらなくとも人は傷つき倒れていきます……神よ、この世はなんと無情に満ちているのでしょうか」
「ミス・リュシー。けが人の手当てのお手伝い、心から感謝いたします。お気持ちはわかりますが、我々はできる限りのことをやって被害を最小限にとどめることができました。犯人ももう逃げたようですし、そろそろ行きましょう」
「はい……できれば逃げた犯人たちに会って、悔い改めるよう説得したいものです」
 立ち上がって振り返ったリュシーの瞳には深い悲しみが満ちていた。コルベールは一瞬ためらったが、やがて彼女をうながしてその場所を離れていった。
 
 だがその一方で、事件現場をいぶかしげにのぞき込む二人の人影があった。
「……これはどういうことだと思う? ドゥドゥー」
「さっき飛んでいった人影って、アレだよね。兄さん、いったい何がどうなっているんだい? まさかジャネットの奴、また浮気を」
「ジャックがついてるのに限ってそれはないよ……どうやら、敵を見くびっていたみたいだね……ドゥドゥー、気を引き締めろよ。甘く見てると、たぶん死ぬよ」
 冗談ではない、梟のような暗く鋭い目でダミアンに睨みつけられ、ドゥドゥーはたらりと冷や汗を流した。
 ダミアンが何を考えているのかドゥドゥーには読み取れない。子供の姿で常に尊大に構える兄は、その態度とは裏腹に冷徹で隙の無い策謀で敵を出し抜いてきた。その兄が本気で何かを考えている。
 残骸のくすぶりが静まり、代わって傾き始めた太陽が同じ色で街を照らし始めている。ダミアンとドゥドゥーは、いつしかその街角の暗がりの中へと消えていった。
 
 
 そしてやがて日も落ち、軍艦が爆破されるという大事件が起きた街にも静けさが戻ってくる。

340ウルトラ5番目の使い魔 68話 (9/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 22:01:49 ID:4OzmZrQ6
 光が消え、夜と呼ばれる時間が世界を支配する。それは単なる太陽と月の入れ替わりにはとどまらず、異なる理と住人の登場をも意味する。
 太陽の下ではさえない雑草だった草が月光の下ではきらめく花を咲かせ、日のあるうちは穴倉の中でうずくまって過ごす大人しい小動物が月夜の中では獰猛なハンターと化す。
 カードやコインは反転するだけで、その柄をがらりと変える。夜とはそんな時間であり、そしてなにより大きく反転するのはもちろん……。
 
 
 不夜城を誇る街も、夜のとばりが深くなっていくごとに疲れには勝てず、多忙な一日を送っていた人間たちもベッドのある住まいへと帰っていく。
 昼の間は眠っていた歓楽街が朝までの繁栄を謳歌する以外は人通りが消え、やがて時計の鐘が日付の交代を告げる刻には静寂が支配する。
 その頃にはコルベールも数多い後始末から解放され、ようやく無人となった事務所のソファーに身を横たえていた。
「長い一日でした……」
 東方号の警備の強化、それによるスケジュールの調整。それは簡単に決められるものではなく、明日にでも魔法学院に帰らねばならない身としては過酷そのものであったが、こちらの現場の担当者に一任してしまうには問題が大きすぎた。
 しかしこれで、当面の問題は整理がついた。後はコルベールがいなくてもなんとかなるはずで、指示を受けた工員や班長たちも、もう全員帰るか出かけてしまったようだ。
 体と心を休め、コルベールは今日のことを思い返した。問題は山積していたが、義務であることは全て果たした。コルベールの仕事ぶりに文句をいう者はないだろう。
 いや、懸念はあと一つ残っている。コルベールの心の奥底では、今日のことで消えない違和感がくすぶっている。杞憂であればいいが、コルベールの勘では、早ければ……そのせいで、疲れているのに目がさえて眠れない。
 事務所に残っているのはコルベール一人。ところが、誰もいないはずの事務所にコツコツと足音が響き、コルベールの元にリュシーが現れた。
「お疲れ様です、コルベール様」
「おや、ミス・リュシー。今日はもう、帰られたと思っていましたが」
「あんなことがあった後ですので、わたしも寝付けなくて。ここに来れば、コルベール様に会えると思いまして」
 コルベールは起き上がってソファーに腰かけ、リュシーはコルベールの座っているソファーの隣に腰かけた。
 座ったリュシーは僧服のフードをまくり、素顔を見せた。長い金髪があらわになり、僧服の中に閉じ込められていたリュシー自身の甘い香りがコルベールの鼻孔をくすぐった。
 美しい……コルベールは正直にそう思った。憂いを含んだ表情は超一流の絵画のように完璧に整い、絢爛なる舞踏会を探しても彼女ほどのきらめきを放つ人はそういないであろう。しかし……。
「私に、なにかご用ですかな?」
 自分でも意外なほど冷静にコルベールは尋ねた。二人の距離はもう肩が触れ合うほど近く、顔を向ければ吐息を感じることもできようのに、コルベールの顔色はそのままだった。

341ウルトラ5番目の使い魔 68話 (10/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 22:02:30 ID:4OzmZrQ6
 しかし部屋は中古の魔法のランプの明かりで薄赤く照らされ、リュシーは紅に染まったように見えるコルベールの頭と顔を上目遣いに見ながら話し始めた。
「今日は、とても怖いことがありました。大勢の人が傷つき、悲鳴やうめき声が聞こえ、血の匂いを嗅ぎました。わたしはこれまでの旅でも、何度も悲しい場面を目のあたりにしましたが、今日は本当に戦場というものの怖さを感じました。コルベール様、どうして人はこうも悲劇を繰り返すのでしょうか?」
「そうですね。私も、もう若いとは言えない歳になるまで生きてきましたが、それについてはよく考えます。ですが私の乏しい頭で思うに、たとえその理由を知ったところで、争いや悲劇が消えることはないのでしょうな」
「それは、どうしてですか?」
 部屋は無音で、冷めかけた白湯が最後の湯気をあげた後には動くものもない。
 尋ねられたコルベールは、虚空を仰ぎながら独り言のように言った。
「人には、たとえ悪意がなくとも、誰かを不幸にしてでもやらねばならないことや、やりたいことがあるからですよ。人から見たら間違ったことでも、それが間違っているとは思わない、間違っているとわかっていてもやらねばならない、そして……間違っていると気づいたときには、もう遅いということもあります」
 寂しげにつぶやいたコルベールの語りは真に迫っていて、まるで全てを見てきたようなその横顔は、見る人間が見れば鬼気迫るという風にすら感じられただろう。
 しかしリュシーは、コルベールの言葉にわずかに肩を震わせたものの、そのままコルベールにすり寄るように身を寄せてきた。
「人とは、なんと恐ろしい性を持っているのでしょうか。コルベール様、わたしは怖い、とても怖いのです」
「ミス・リュシー、お顔が近いですよ。聖職にある者が、みだりに体を他者にゆだねてはいけません」
 少し首を伸ばせば口づけができてしまうほど顔を寄せられても、コルベールは冷静であった。
 もし、半日前のコルベールであれば興奮して我を失っていたに違いない。しかし、今のコルベールは違った。
「コルベール様、もし恐ろしい犯人があなたの大切なオストラントを狙ってきたとしたら、どうしますか?」
「すでにクルデンホルフに使いを出し、明日にも屈強な騎士団が警護につくことになっています。心配はいりませんよ」
「さすがコルベール様。ですが、この街のどこかに恐ろしいメイジがまだ潜んでいるかもしれません……コルベール様、わたしは怖くてたまりません。せめて今宵一晩だけでも、いっしょに過ごしてはいただけないでしょうか?」
 甘えるような声で言うリュシーに、コルベールは答えない。しかし、沈黙を肯定ととったのか、リュシーはさらにコルベールにすり寄りながら言った。
「わたし、昼間のコルベール様の勇ましいお姿を見てから、胸の奥が熱くてたまりませんの。お願い、抱いて……あなたのその腕で、わたしを強く……あなたが、好き」
 まるで人が変わったような甘え切った誘惑の声。それは男の理性を溶かし、乱心させてしまうだけの力を十分に持っていた。
 しかし、コルベールは寄りかかってくるリュシーをぐっと引き離すと、悲しさを孕んだ目を向けながら言った。
「ミス・リュシー、船を爆破したメイジたちを手引きしたのは、あなたですな」
 それは見えない落雷であり、通告を受けたリュシーの表情を虚無に変えるのにたくさんな威力で二人の間に轟いた。

342ウルトラ5番目の使い魔 68話 (11/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 22:03:48 ID:4OzmZrQ6
 そう、あまりに一方的な罪人としての通告。しかしリュシーは困惑や動転といった反応には及ばずに、無表情という名の表情となり、確かめるようにコルベールに尋ねた。
「なぜ、わたしがそのような大それた犯罪の黒幕だと、そう思われましたか?」
 その声色は、まるで教会に告解にやってきた咎人に話しかけるシスターのそれであった。
 咎めるでも、弾劾するでもない、ただ聞きとめるだけの問いかけ……コルベールは、ふうと息をつくと、昼間のことでいくつかあなたに対して違和感を持ったこと、そしてあの現場で決定的な言質を得たのだと答えた。
「ミス・リュシー、あなたはあの現場で私に、「逃げた犯人たち」と、言いましたな? 犯人が複数などということは、あのとき誰も証言していません。爆破の衝撃のあまりに、逃げていく人影を一瞬だけ見た、それだけです」
「それでしたら、コルベール様の見ていないあいだに、わたしが別の誰かから「犯人が何人もいた」と聞いたことで説明がつきませんか?」
 リュシーの言うことはもっともであった。動かしがたいと言える物的証拠はない。だがコルベールは悲し気に首を振った。
「そうですな、私もできればそう思いたかった。ですが、ここに現れたあなたを見て確信しました。今のあなたからは、あまりにも隠しがたい殺気が溢れている! あなたはただのシスターなどではない。証拠をと言うのならば、ここで私があなたに気を許そうものなら、その袖の中に隠した杖で瞬時に私の意識を奪うでしょう。違いますか?」
 リュシーの体がびくりと震え、彼女は観念したかのように袖口の中に隠していた杖をさらした。
 そして、その瞬間にリュシーの雰囲気が変わった。慈悲深いシスターでも、男を誘う妖女でもない、鬼のような殺気を秘めた目を持つ冷酷な魔女のものへと。
「お見事です。慣れない色仕掛けなど、するべきではありませんでしたね。何も知らないままで、心を操ってあげようと思っていたのに、残念です」
「すみませんな。私は女性には弱いですが、あなたのような種類の人間を相手にするのは若干経験があるもので。それでも、途中まででしたらまず気づかなかったでしょう。昼間の爆破は囮で、本命は私に取り入ってオストラントを狙うことですか?」
 リュシーは苦笑しながらうなずいた。
「正解です。もう察しがついているかと思いますが、私の使う魔法は人の意識を操る水の禁呪『制約』です。あなたの心が乱れた瞬間にそれをかけ、手駒になってもらうつもりでした。いくら警戒厳重であっても、まさか船主のあなたが火薬に火をつけに来るとは誰も思わない。そして、証拠は手駒とともに炎に消える。そういう手はずだったのですが」
 恐ろしい計画を淡々と話すリュシー。昼間の温厚で純朴なシスターの姿からはまるで想像もできない、人の命を道具としか見ていない悪鬼の考えだった。
 けれど、コルベールはリュシーに失望した様子は見せず、つとめて穏やかに問い続けた。
「各地で起こった爆破事件で痕跡を掴ませなかったのも、制約で他人を操って、自分は手を下さなかったからですな」
「はい。神官という立場は通常は疑われるものではありませんし、罪の意識を持って懺悔に参る人の心にたやすく制約の魔法の枷はかかりました。オストラントに関わる誰かにも、その手を使うつもりでしたけれども、まさかコルベール様からお誘いいただけるとは思いませんでした」
「思えば、私はまさにネギをしょった鴨ですな」
 笑うしかないコルベール。しかし、コルベールの行動は周到に計画を進めようとしていたリュシーにとって、まさに想定外の事態であった。

343ウルトラ5番目の使い魔 68話 (12/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 22:06:12 ID:4OzmZrQ6
「取り入るならばこれ以上ない方に、向こうから話しかけられたときにはさすがに驚きました。ですがあなたには罪の意識に働きかける手は難しそうに思い、絶好の機会と焦ってつまらない真似をしたのが間違いでした」
「でしょうな。私としては、あのような姿があなたの本性ではなくてよかったですが、あなたの思惑通りにさせてあげるわけにもいきません。あきらめていただけないでしょうか?」
 倒すとも捕まえるとも言わず、それどころか何故オストラントを狙うのかとすら聞かず、ただあきらめてくれとだけ言うコルベールの様はリュシーにとって意外だった。
 まだ求婚することをあきらめていないのか? いや、コルベールの片手はいつの間にか杖をしっかり握っており、もしリュシーが魔法を使うそぶりを見せれば確実にそれを上回る速さで阻止してくるだろう。
 そう、動きはないがリュシーとコルベールの間では死闘と呼べる読み合いが続いていた。リュシーが放つ殺気はいささかも衰えてはおらず、もし一瞬でもコルベールが隙を見せようものならためらわずに命を奪う魔法をぶつけるだろう。それをしないのは、恐ろしいくらいにコルベールにつけいる隙がないからだけだ。
 逆に、コルベールからもリュシーに対して殺気に近い威圧感がぶつけられていた。それはリュシーの殺気に押し負けるようなものではなく、リュシーはコルベールがスクウェアに近いかそれ以上の実力者であることを見抜いていた。
 メイジの戦いは精神力の戦いである。殺気でも怒気でも、強い心の波動がメイジの強さになる。だから、互いにそれを放ちあったからこそ、コルベールは動かず、リュシーは動けずにいた。
「あきらめたら、わたしをどうなさるおつもりですか?」
「別にどうも。私にはあなたを裁くような権利はありません。あなたが私の友人に危害を加えるというのなら、私も鬼にならざるを得ませんが、もう二度とこんなことはしないと誓っていただけるなら、このままお帰りいただいて結構です」
 それは「なめている」と言われても仕方ないほど甘い条件だった。この場をごまかすために「あきらめました」と言っても、コルベールにはそれを確かめる術はない。リュシーは本気で、コルベールという男がわからなくなった。
「コルベール様、あなたは何者なのですか? あなたがその気になれば、わたしをこの場で屈服させることもできるでしょう。それくらいの力をあなたが持っているのはわかります。なぜ、力を行使しようとはしないのですか?」
「私は、暴力でなにかを解決しようとすることが嫌いなだけですよ。ミス・リュシー、あなたの事情はわかりません。ですが、あなたにはまだ引き返せる道がある。どうかもう、無益な破壊はやめてくれませんか」
 頭を下げ、哀願するようなコルベールの姿に、リュシーは愕然とさえした。いったいこの人は何なのだ? 狂信的な平和論者なら世に腐るほどいるが、これほどの実力を秘めていながら戦いを嫌がるとはどういう考えをしているのか?
 だが、情けをかけられているという結論が、リュシーの憎悪に火をつけてしまった。
「わたしに、哀れみは不要です!」
 その瞬間、部屋にまるでフラッシュをたいたかのような閃光が走り、直後コルベールは体の異変を察知した。
「ぬっ!? これは、体が動かない。これは魔法? いや」
 閃光を浴びた瞬間から、コルベールはまるで全身が固まってしまったかのように動けなくなってしまった。

344ウルトラ5番目の使い魔 68話 (13/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 22:09:11 ID:4OzmZrQ6
 これでは杖も振れず、魔法が使えない。しかし焦るコルベールに、リュシーは冷たく言い放った。
「無駄ですよ。それに捕まったら、もう自力では抜け出せません。意識を保っているだけでもすごいですが、さっさとわたしを倒さなかったことを後悔してください」
「く……これはいったい」
「しゃべることもできますか、本当にたいした精神力ですね。ですが、それまでです。わたしは、これまでの事件で火気のない場所を破壊するために、ゲルマニアの武器商人から購入した火薬を使っていましたが、その商人から譲り受けたこれは、一瞬で人から自由を奪い取ります。もうあなたには何もできません」
 説明するリュシーの声からは、勝利の確信が溢れていた。確かに、コルベールがいくら抵抗を試みようとしても体はまるで鉛になったように動かない。
 どんな仕掛けだ!? いや、このままではナイフ一本ですらやられる。体が動かない代わりに、コルベールの額に汗がにじんだ。
 だが、リュシーはコルベールにすぐにとどめを刺すことはせず、怒りをぶつけるように言った。
「あなたが悪いんですよ。コルベール様のご好意には感謝していましたから、ここまでするつもりはなかったのですが、もう許せません。あなたは、わたしの怒りを哀れんで甘く見ました」
「私は、あなたを甘く見てはいません。人を傷つけないのは、私にとって義務なのです。それより、それほどの憎悪の根源……やはり、あなたの目的は復讐ですか?」
 それを聞いたとき、リュシーの殺気が少しぶれ、コルベールは確信を持った。
「やはり……それほどまでに強い怒りを持つのは、なにかへの復讐を誓ったものしかいません。あなたは、かつて大切なものを理不尽に奪われた。破壊を繰り返していたのは、その復讐のため、違いますか?」
 その問いに対するリュシーの答えは、冷めていく彼女の殺意の感情が物語っていた。
「本当に、鋭い方ですね。確かに、わたしはかつて貴族だった折に、父や一族と幸せに生きておりました。ですが父は殺され、家族はバラバラにされました。その怒りは、忘れたことはありません」
 図星を刺されたことで、リュシーのコルベールに対する憎悪は、一種の感嘆に変わっていた。
 しかし、それでリュシーの怒りのオーラが消えたわけではない。もし、ここでコルベールが言葉を誤れば、リュシーは即座にコルベールの命を奪うだろう。しかしコルベールは、むき出しの殺意を向けてくるリュシーに沈黙は選ばなかった。
「悲しいことです。あなたの父上は、あなたにとって本当に誇りだったのですね。そして父上や家族を奪われ、咎人となるも構わずに復讐を選んだあなたは、本当に家族を愛していたのですね」
「ええ、そうです。それが、なにかおかしいですか」
「いいえ、ただ残念です。あなたにそれほどまでに愛される父上なら、私も一度お会いしてみたかったものです。あなたの利発さを見ればわかります。きっと、ためになるお話をいろいろ聞かせてくださったことでしょうなあ」
 その返しは、さしものリュシーも呆れたふうに息をつかせた。
「つくづく、おかしな人ですねコルベール様は。これから死ぬかもしれないというときに考えるようなことですか?」
「ははは、知的好奇心は私の本能のようなものでして。おかしな奴だとはよく言われます。こればかりは死ぬまで治らんでしょうな」
 死への恐怖をまるで感じさせない様子でコルベールは笑った。するとリュシーは目を細めながら言った。

345ウルトラ5番目の使い魔 68話 (14/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 22:10:46 ID:4OzmZrQ6
「おもしろい人。もしわたしが貴族の時に舞踏会であなたと会っても、きっとすぐに突き放すでしょうけれど、あなたの優しいところを見ていると少しですが父を思い出します。ですが、もう終わりにしましょう。これ以上お話していると、わたしの心がおかしくなってしまいそうだから」
 リュシーの目に新たな殺意が宿る。コルベールは、これ以上の説得は不可能と見たが、それでもこれだけは問いかけずにはいられなかった。
「なら、最後にこれだけは教えてください。あなたにそこまでさせる、あなたと家族にとっての仇とは誰なのですか? なにに復讐するためにハルケギニア中で破壊を繰り返していたのですか?」
 その問いかけに、リュシーの表情が曇る。そしてリュシーは、まるで絞り出すように答えた。
「……わからないのです」
「え?」
「わからないのです。わたしが、何を恨んで、何に復讐しようとしているのかが、自分でわからないのです」
「そんな、どういうことです?」
 コルベールの表情も困惑に歪む。復讐する相手がわからない? 意味がわからない。
 だがリュシーは、何かに怯えたように引きつった声で言った。
「わからないのです。わたしの父は確かに誰かに殺され、家族は誰かに引き裂かれた。その怒りと憎しみはわたしの心に焼き付いています……けれど、信じられますか? 父を殺し、わたしからすべてを奪った、その仇が誰だったかをわたしは思い出せないんですよ!」
「まさか、そんなことが……」
 絶句するコルベール。リュシーは今にも泣きだしそうだ。
「おかしいですよね。父の仇を忘れてしまうなんて……ですが、どうしても思い出せないんです。しまいには、自分自身に制約の魔法をかけて記憶を引き出そうともしましたが、無駄でした。コルベール様、わたしはあなたを散々に言ってしまいましたが、わたし自身はとうに壊れた人間だったんですよ」
「ですが、ならばなぜこんなことを」
「……仇の記憶はなくても、この心に煮えたぎる復讐心は消えませんでした。やり場のない怒りで、もうおかしくなってしまいそうな日が続いたある時……わたしの耳に聞こえてきたんです。悪魔のささやきが」 
 
『なら、全部、ぜーんぶ壊しちゃえばいいじゃないですか。目につくものを、壊して壊して壊し尽くせば、そのうちあなたが本当に壊したいものを壊せるかもしれませんよぉ?』
 
「できれば狂いたかった。けど、狂えないわたしには、その声に従うほかはなかったのです」
 悲しみに満ちた目で、リュシーは告白した。

346ウルトラ5番目の使い魔 68話 (15/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 22:11:42 ID:4OzmZrQ6
 コルベールはかける言葉がない。恐らくは、何者かによって仇に関する部分の記憶に封印が施されてしまったのだろうが、恨む相手すらなく怨念だけが残り続けるなど、まるで生きながら怨霊にされてしまったようなものではないか。
 怒りと、憎悪と、悲しみを宿した目でリュシーはコルベールの前に立つ。
「お別れです、コルベール様。ですが、あなたに制約の魔法をかけるのはこれでも難しいでしょう。ですから、これを使わせてもらいます」
 いつの間にか、リュシーの手には画びょう程度の小さな針が握られていた。
「それは……?」
「ゲルマニアの武器商人から手に入れた道具です。これを刺された人間は、わたしの意のままに操られます。彼らのように」
 リュシーが合図をすると、部屋の中に足音がして二人の人間が入ってきた。そのうちの大柄な男性はコルベールの知らない顔であったが、隣に立っている派手な身なりの少女には見覚えがあった。
「ジャネットくん……!? そうか、昼間に船を爆破したのは彼女たちだったのか」
 コルベールは合点した。元素の兄弟クラスのメイジならば、船の火薬庫に火をつけてなお生きて脱出するという芸当も可能だろう。そして、経緯はわからないが、あの二人も自分と同じ手でやられてしまったに違いない。
 ジャネットと、隣のジャックは虚ろな目をして立ち尽くしており、操られているのは明白だった。このままでは自分もああなってしまうと、コルベールはなんとか脱出をはかろうと試みたが、リュシーはコルベールに寄り添い、冷たくささやいた。
「心配しないで、痛くはありません。わたしもきっと、遠からずそちらへ行くことになるでしょう。あなたは少しだけ先に行って待っていてください」
 リュシーの持つ針が少しずつコルベールの首筋に近づいていく。コルベールに、逃れる術はなかった。
 
 
 だが、その一部始終をのぞき見していた者が夜空にいた。
 月光の下にコウモリのような姿を浮かべる、元凶のあの宇宙人。彼はあごに手を当ててもったいぶった仕草をしながら満足げにうなづいた。
「ウッフフフ……あの小娘、なかなかいい仕事をしてくれますねえ。私の小細工の副作用で記憶が混乱していたのをカワイソウに思って助けてあげたら、よくよく世界をかき回してくれる上に、この上物の”憎悪”の波動。いいですねえ、すばらしいですねえ」
 彼は自分の目的が順調に運んでいることへの喜びを大仰に表現し、次いで今度は深く考え込むように腕組みをすると、わざとらしげにくるりと逆さむきになってつぶやいた。
「それと、最近私にちょっかいを出してくる誰かさんを引っかけるために泳がせていましたが、やはり派手に目立っていただけに引っかかってきましたね。あの洗脳装置は確かナックル星人が使っていたものと同じ……と、いうことは誰かさんの正体はナックルさん……? いえ、そうとは限りませんね」
 結論を急ぐのを彼は自制した。あの程度の装置など、それなりの技術力がある星人なら誰でも使える。偶然であろうがバルタン星人とメフィラス星人のように、ほとんど同じ型の宇宙船を使っていた例もある。短慮は禁物だった。
「彼女に武器を売った商人さんとやら、ちょっと洗ってみますか。おや?」
 そのとき、彼の耳に大きな水の音が響いてきたかと思うと、河の水面が大きく泡立ち、水中からあの白いロボットがその巨体を浮上させてきたのだ。
「あれは! ほほお、誰かさんとやらの正体はともかくとして、派手好きな方なのは間違いないようですね。これはさらにおもしろくなってきましたよぉ!」
 先日の戦いで河中に沈んだはずのロボットは、赤い目を輝かせながら街へ上陸するために河中を前進してくる。その足取りは重々しくゆっくりで、ヒカリによって切り落とされた右腕には代わりに巨大な砲が装備されている。
 一見して以前とは違う。しかし、いったい何者がこいつを改造したのだろうか? そしてその目的は?
 人間の思いをおもちゃにして、侵略者たちの遊戯は身勝手に激しさを増していく。
 
 
 続く

347ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 22:13:18 ID:4OzmZrQ6
今回はここまでです。
次からは元のペースに戻せると思います。

348ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 19:49:14 ID:nzoJO1T.
ウルトラ五番目の人、投稿おつかれさまでした。

さて皆さん今晩は、無重力巫女さんの人です。二月はあっという間に終わってしまいますね
特に急な用事が入らなければ、19時53分から92話の投稿を始めたいと思います。

349ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 19:53:13 ID:nzoJO1T.
 サン・レミ寺院の塔の鐘が大きな音を立てて鳴り響かせて、時刻が十一時になったと報せている。
 昔、それも家に置けるサイズの小さな時計が出来るまで寺院の鐘は人々にとって大切な存在であった。 
 今ではそこら辺の雑貨屋に行けば小物サイズの目覚まし時計が格安で手に入り、懐中時計は貴族たちの必需品となっている。
 事実鐘の音を耳にする人々は寺院に目を向ける事は無く、またある者は懐からわざわざ懐中時計を取り出して時間を確認する。
 この時代の人々にとって、既にサン・レミ寺院の鐘は大昔の異物――博物館に飾るべき対象にまで成り下がっていた。
 しかし悲しきかな…ただの鐘にされが理解できるはずも無く、また博物館の人間もわざわざ寺院の鐘を飾ろうとすら思わないだろう。

 時代遅れの古鐘は今日も街の人々に時刻を報せる。それを真摯に聞く者がいないという事も知らずに。
 そんな鐘の音が聞こえてくるチクトンネ街の中央広場を、シエスタに連れられたルイズ達一行が横断していた。
「ミス・ヴァリエール、ここら辺は人が多いですから気を付けてくださいね」
「一々言わなくても大丈夫よシエスタ。私達もうんざりするほどここを通って来たんですから」
 自分の達の方へ視線を向けながら声を掛けてくれるシエスタに、ルイズ達は人ごみに揉まれつつ歩いている。
 その後ろにいる霊夢と魔理沙の二人は、無数の人々でできた弾幕の様な混雑をかわしながらも、何やら話し合っている。
「全く…次はどこへ案内するのかと思いきや、まーたこんな人間だらけの場所に連れて来るなんて…」
「まーいいじゃないか、ずっとあの通りにいたらそれこそこんな場所なんか通りたくない…なんて思っちゃうからな」
 丁度良い塩梅だぜ。と最後に付け加えた魔理沙は目をつぶって笑いながら、右からやってきた衛士をスッと前へ行く事で回避する。
 霊夢も霊夢でデルフを背負ったまま、左からやってきた散歩中の小型犬をほんの一瞬宙に浮いて避けて見せた。
 そのせいで彼女の頭が人ごみからヒョコッと出てしまったが、幸いそれに気づく者はいない。
 飼い主であろう貴夫人と連れの者たちはお互い会話に華を咲かせていたので、見られる事は無かった。
 
 お互い、通りがかってきた危機を軽やかに回避して見せた後で、それを後ろから見ていたルイズがポツリ呟いた。
「アンタ達って、偶に涼しい顔してスゴイ避け方するのね…」
「え?…ハハハ!なーに、伊達に霊夢と競い合って異変解決はしてないからな。この程度の人ごみは楽勝さ」
 ルイズの呟きに気付いた魔理沙は一瞬怪訝な表情を浮かべたもの、すぐに快活な笑い声と共にそう言ってのけた。
「良く言うわね。いっつも私の邪魔ばっかしてきて痛い目見てる癖に、そんな一丁前な態度が取れるなんて」
「まぁそう言うなって霊夢。…それに、一つ前の月の異変の時にはお互い良い具合に相打ちだったぜ?」
 魔理沙の言葉で、迷いの竹林でアリスとのコンビを相手にして紫と共に痛い目に遭った事を苦い思い出が蘇ってしまう。
「う、うるるさいわね…第一、アンタだって最後のスペルカード発動した際にアリスごと…」
「ちょっ…!こんな所で言い争うのはやめて頂戴よアンタ達!」
『いーや、無理だね娘っ子。…こりゃあ、暫し人ごみの中で立ち往生だ』
 対する霊夢はそんな魔理沙の言葉に溜め息をつきつつそう言うと、魔理沙も負けじと返事をする。
 霊夢の反応を見て、この先の展開が何となく読めたルイズが止めようとするも、デルフは既に止められない事を悟っていた。
 そんな時であった、これから始まろうとする知り合い同士の口喧嘩にシエスタが待ったを掛けたのは。

「…あ、ちょ…ちょっとみなさーん!そんな所で足を止めてたら他の人にぶつかっちゃいますよー!?」

 いざ言い争おう…という所でシエスタに呼びかけられて、思わずそちらの方へと視線を向けてしまう。
 私服姿のシエスタはアアワ…と言いたげな表情を浮かべつつも、上手い具合に衝突しそうになる他人と上手にすれ違いつつこちらへと向かってくる。
 伊達にトリスタニアの人ごみを経験していないのか、平民だというのにその身のこなしには殆ど無駄がない。
 そんな彼女の妙技(?)を三人が眺めている内に、とうとうシエスタが自分たちの元へとやってきた。

350ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 19:55:05 ID:nzoJO1T.
「ふぅ、ふぅ…もぉ、どうしたんですか?こんな人ごみのど真ん中で止まっちゃうなんて。…迷ったりしたら大変ですよ?」
「あぁ御免なさいシエスタ。ちょっとこの二人がどでもいい言い合いを始めそうになったけど、貴女のおかげで阻止できたわ」
 少し息を切らせつつ理由を聞いてくる彼女にルイズはそう答え、シエスタはそれに「?」と首を傾げてしまう。
 霊夢と魔理沙はというと、シエスタの邪魔が入ったおかげか言い争う気を無くしてしまったらしい。
 互いに相手の顔を見つつも、まぁここで言い争っても仕方ない…と言いたげな表情を浮かべていた。

「?…何だか良く分かりませんが、まぁ誰かにぶつかって大事にならず済んだのなら大丈夫ですよ」
「それなら問題ないわよシエスタ。少なくともこの程度の人ごみ何て、私にとってはそよ風みたいなモンだから」
「まぁ確かにそうよね。アンタならちょっと体を浮かせば何でも避けれるだろうしね」
 何が何だかイマイチ分からぬまま、ひとまず安堵するシエスタに霊夢は平気な顔をして言う。
 それに続くようにしてルイズも一言述べた後、シエスタが「さ、急ぎましょうか」と言って踵を返した。
「今はまだ大丈夫だろうですけど、お昼時になったらきっと入るのが大変になりますから」
「…大変な事?おいおい、何だか不穏な物言いだな。一体私達を何処へ連れていく気なんだ?」
 シエスタが口にした「大変」という単語に反応した魔理沙が、三十分程前から気になっていた事を質問する。
 魔理沙の問いにシエスタは暫し悩んだ素振りを見せた後…「あそこです」とある場所を指さした。
 咄嗟に魔理沙と霊夢は彼女の指差す方向へと視線を向け、デルフも鞘から刀身を少し出して何か何かとそちらへ視線(?)を向ける。
 そこから一足遅れてルイズもシエスタの指さす方向へと目を向けて―――そこにある『建物』を見て怪訝な表情を浮かべた。


 今から三十分ほど前までは、ルイズ達はシエスタの案内で王都の静かな通りを歩いていた。
 夏季休暇中にも関わらず平穏で、大通りの喧騒などどこ吹く風のそんな場所はとても歩き心地が良かった。
 そして…その通りにあるヘンテコな商品を扱う小さな雑貨屋を見ていた時に、シエスタが小さな悲鳴を上げたのである。
 何事かと思った三人がシエスタの傍へ集まると、そこには店の壁に掛けられた柱時計を見つめる彼女の姿があった。
―――…!どうしたのよシエスタ。そんな急に悲鳴なんか上げて…
――――あ、あぁミス・ヴァリエール!すいません、次に案内する場所をすっかり忘れていました!
 ルイズの問いにそう言ったシエスタが指差した先には、その柱時計。
 単身が十を、長針が六の所に差し掛かった時計から小さな鳩が出てきて、ポッポー!と鳴いている。 
 
 どうやら時刻は十時半になったらしい。それを知った霊夢が次に彼女へと話しかけた。
―――それがどうしたのよ?十時半になったらその案内する場所が閉まっちゃうの?
――――あー…いえ、別にそういう事じゃないんです…タダ、入るのが凄く難しくなっちゃうというか…
―――――何だ何だ、何か面白そうな予感がしてくるぜ。…で、次は何処へ案内してくれるんだ?
 返事を聞いていた魔理沙もそこへ加わると、シエスタは嬉しそうな笑みを浮かべて「これから案内します」と言って店を出ていく。
 結局その場では聞く事は叶わず、一体どこなのかと訝しみつつ三人は彼女の後をついていくしかなかった。
 
 それからあの通りを経由して再び人で溢れかえった大通りへと戻り、そしてチクトンネ街の中央広場まで戻ってきた。
 シンボルマークである噴水広場を少し出た所には、トリスタニア王宮と肩を並べるほどに有名な建物がある。
 トリステインの文化の象徴の一つであり、貴族だけではなく平民からも多大な支持を得ている大型の劇場。
 長い長い歴史の中で幾つもの傑作、怪作、迷作が生み出され、無名有名様々な役者たちが演じてきた芸人達の聖地。
 だからこそ、シエスタがその建物を指さした時にルイズは怪訝な表情を浮かべたのである。
 霊夢と魔理沙の二人を、あのタニアリージュ・ロワイヤル座につれて行くのはどうなのか―――と。
「…それが私の表情の真意よ」
「真意よ。…じゃないわよ、滅茶苦茶失礼するわねぇ〜?」

351ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 19:57:05 ID:nzoJO1T.
 ルイズから怪訝な表情を浮かべた理由を聞いた霊夢は、苦虫を噛んだ様な表情を浮かべて苦々しく言った。
 夏の鋭い陽射しを避けられる陰が出来ている劇場の入口周辺に屯し、シエスタと魔理沙も傍にいる。
 劇場へと入る人々は貴族、平民問わず何だ何だと一瞥はするもののすぐに視線を逸らして中へ入っていく。
 入り口を警備している警備員たちも二人ほどルイズ達へと視線を向けて、じっと見張っている。
 その鋭い視線を背中にひしひしと受けつつも、霊夢は腰に手を当てて不機嫌さを露わにしていた。

「第一、私と魔理沙が劇を大人しく見れないって前提で考えてるのは流石に失礼よ」
「…ん〜まぁ確かにそうよね、そこは悪かったわ。…でも、アンタ達ってオペラとか演劇とかって興味あるの?」
 ぷりぷりと怒る霊夢に平謝りしつつも、ルイズはさりげなくそんな事を聞いてみる。
 その質問に霊夢は暫し考えると、真剣な表情を浮かべながらルイズの出した質問に答えた。
「いや、そういうのは趣味じゃないわね。…魔理沙は?」
「あー私もそういうのはガラじゃないなー。人里でお菓子とかもらえる紙芝居なら好きなんだが…」
 霊夢に話を振られ、ついでに答えた魔理沙の言葉を聞いて、ルイズは額を押さえながら「オォ…もう」と呻くほかなかった。
 やはり…というか…なんというか、やっぱりこの二人にはそういうものを嗜める人間ではないらしい。
 
 み、ミス・ヴァリエール…と心配してくれるシエスタを余所に、ルイズは更に質問をぶつけてみる。
 今度は霊夢だけではなく、ついでに答えてくれた魔理沙にも同じ質問をする。
「一つ聞くけど…アンタ達、狭い席に大人しく座って…劇見ながら二時間程じっとしていられる自信ってあるの?」
 それを聞いた二人は、一体何を質問してくるのやらと思いつつも魔理沙がスッと手を挙げて即答した。
「まぁ一人静かに本を読む時は、大体それぐらいの時間は余裕で消費するから大丈夫だぜ」
「…悪いけど、劇場内でのマナー一覧には上演中の読書は禁止されてるわ。第一、劇が始まったら照明が消されるし」
 ルイズからの返答に魔理沙は「マジか」と呟き、次いで霊夢が質問に答えてくれた。
「まー、その劇とやらが面白ければ良いわよ。つまらなかったら目を瞑って昼寝でもする…そういうモノなんじゃない?」
「アンタ今、この劇場に対して滅茶苦茶失礼な事言ったわねェ…」
 霊夢の容赦ない一言を聞いて、ルイズは苦々しい表情を浮かべつつ周囲の視線が一斉に霊夢へ向いたのに気が付く。
 劇場へと入っていく貴族―――それも明らかに中流や上流と分かる年配や四十代貴族たちの鋭い批判の眼差しに。
 彼からしてみれば、この歴史ある劇場の席で居眠りする事など…絶対にしてはならない行為の一つなのである。
 ルイズも幼少期の折に、初めてここで劇を観賞する前に母親からしつこく注意されたものだ。
 
 例えどんなにつまらない寸劇や三文芝居だとしても、貴族であるからには最後までそれを見届ける義務がある。
 これから劇を見るだけだというのに真剣な表情でそんに事を言ってくる母に、自分はキョトンとしながらも頷いていた。
 霊夢に呆れるついで昔の事を思い出していたルイズはそこでハッと我に返り、誤魔化すように咳払いする。
「ン…ンゥ…コホン、コホン!」
「……?どうしたのよ、いきなりワザとらしい咳払いなんかして」
 突然の咳払いが理解できなかったのか、何をしているのかと呆れた表情を浮かべる霊夢を余所にルイズはその後ろへと注意を向ける。
 本人は気づいていないようだが、彼女の背中にはこれでもかと入り口で屯している他の貴族達からの鋭い視線が注がれている。
 先ほどの彼女の発言を聞いてしまったのだろう。これぞトリステイン王国の貴族…といった裕福な身なりの者達が目を鋭く光らせていた。
 良く見れば、腰に差した杖の持ち手に利き手を添えている者達までいる始末。

352ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 19:59:06 ID:nzoJO1T.
 もしもここから先、霊夢か魔理沙…もしくはデルフのどちらかが失礼な発言を重ねれば…どうなるか考えなくても分かってしまう。
 しかし流石の貴族たちも、こんな王都のど真ん中で歴史ある劇場に無礼な発言をした者たちを懲罰したりしないだろう。
 …というよりも、少し生意気な平民を脅かしてやろうと近づいて霊夢達に下手な事を言えば…何てことは想像したくも無い。
 今アンリエッタから請け負っている任務の事を考えれば、大きな騒ぎを起こす事などとんでもない下策なのである。
 そこまで考えたルイズが考えた選択は、ここから一刻も速く離れるという事であった。
 その為にはまずやるべきことは唯一つ…此処まで連れてきてくれたシエスタに、謝る事であった。

「…あーシエスタ、悪いけど…まだレイムたちにはタニアリージュ・ロワイヤル座の劇は難しいと思うのよ…」
「―――?は、はぁ…」 
 霊夢と同じく自分の咳払いの意図が分からず、小首を傾げるシエスタに顔を向けたルイズは彼女へそっと話しかける。
 普段のルイズならばこんな感じで平民に話しかけはしないものの、相手があのシエスタなのだ。
 わざわざ自分の貴重な休日を潰してまで、街を案内すると張り切っていた彼女が一番お薦めだと思うのはここに違いないからだ。
 タニア・リージュ・ロワイヤル座は平民も気軽に劇を見る事の出来る場所で、尚且つ平民の女性にとって舞台を見るという事は一種の贅沢なのである。
 前から霊夢達をここへ連れていきたいと考えていたのなら、自然と申し訳ない気持ちになってしまう。
 
 そんな事を考えていたルイズであったが、あったのだが…―――――――
「あの、ミス・ヴァリエール。…実はここへ案内したのは、劇を一緒に見ようとか…そんな事の為じゃないんです」
「――――――…え?」
 ――――惜しくも、そのもし分けない気持ちは単なる思い過ごしとなって霧散してしまう。
 今の自分にとって間違いなく寝耳に水なシエスタの言葉に、ルイズは目を丸くするほかない。
 霊夢と魔理沙の二人も、予想外と言わんばかりの「えっ」と言いたそうな顔をシエスタへと向けてしまう。
 そんな三人に申し訳なさそうな表情を見せつつ、一人空気が違うようなシエスタは話を続けていく。

「だって皆さん、そろそろお腹が空いてきた頃合いでしょう?だからここで美味しいモノ食べていきませんか?
 実はここのレストランで食べられるパンケーキセット…安くて美味しいって平民の女の子達の間で評判なんですよ」

 どうやら近頃の平民の女の子たちの間では、劇よりもパンケーキセットが人気なようだ。
 同じ少女でも貴族と平民、両者の流行には大きな差がある事をルイズは再認識せざるを得なかった。



 タニアリージュ・ロワイヤル座は今日も午前中から貴族やら平民達が、娯楽を求めてやってくる。
 観音開きになっている門をくぐり、窓口に並んでチケットを買い、そして劇や芝居…時には演奏を聞くために奥へと入っていく。
 そして観終った者達は再び門をくぐって出ていくか、あるい館内に設けられたレストランで優雅な食事を楽しむ。
 レストランも貴族向け、平民向けと分けられているものの、そこはトリステインの歴史ある劇場内の飲食店。
 平民向けであろうとも彼らが自宅の食卓では食べられない様な料理を、手の届く価格で提供しているのだ。

353ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:02:32 ID:nzoJO1T.
 そうして満足ゆく体験を経て去っていく者たちの大半は、いずれまた戻ってくる。
 またあの時の芝居や劇で体験した感動を、あのレストランで食べた料理をもう一度…という希望を抱いて。
 彼らの様なお客は業界ではリピーターと呼ばれ、そして彼らは今も尚増え続けている。
 このようにして、タニアリージュ・ロワイヤル座は不景気や災害に負けず今日まで続いているのだ。
 過去二十回にも及ぶ増改築を続け、伝統を残しつつ新しさを取り入れた劇場として外国の観光客にも人気がある。
 その内の中では比較的新しく改築した場所と言えば、丁度二年前に上流貴族専用の『秘密の入口』であろう。

 『秘密の入口』は劇場の地下一階、丁度裏手の通りにある緩やかなスロープから外へ入る事が出来る。
 緩いL字型の下りスロープを下りた先には、比較的大きめの馬車止めが幾つも用意されていた。
 元々は過去の芝居や劇で使われていた大型の道具を置くための巨大物置部屋として使われていた。
 スロープもその道具を一旦外へ出し、同じく地上の搬入口を運ぶために造られたものなのだという。
 しかし近年、魔法を用いた演出などが増え始めるとそれ等の大道具は時代遅れの代物として見なされ、
 更に同じ時期に、王宮で大事な官位についている貴族から「お忍びで入れる入口はないかと」という要望を出してきたのである。
 
 当時の館長を含め劇場を運営する貴族達が一週間ほど会議した結果、地下の馬車止め場が造られる事となった。
 最も、それまでそこに仕舞っていた道具は幾つかのパーツに解体して別の場所に保管するか廃棄される事となったのだが…。
 何はともあれ、地下の入口が造られてからは更に貴族の客が増え結果的に劇場にはプラスの結果となったのである。
 
 そして今日もまた…当日予約ではあったものの、一台の大型馬車がスロープへと入ろうとしていた。
 外の通りからスロープの間には黒い暗幕が掛けられ、入口の横には槍と警棒で武装した警備員たちが厳しく見張っている。
 その暗幕を抜けた先には壁に取り避けられたカンテラに照らされたスロープが、地下の馬車置き場まで続いている。
 御者が馬の速度を落としつつそのスロープを無事下りきると、近くで待機していた警備員が御者へと指示を飛ばす。
「ようこそいらっしゃいました!ミス・フォンティーヌの御一行様ですね、五番ホームまで進んでください!」
「あぁ、分かったよ」
 
 警備員の指示に従い、御者は馬を前へ進ませて五番ホームへと向かわせる。
 廊下に沿って天井に取り付けられた大型のカンテラが地下を照らしているせいか、かなり明るい。
 既に他の馬車が止まっているホームの中にはハーネストを外された馬が馬草を食んでいたり、留守を任された御者の手で体を洗われている。
 聞いた話では全部約六台分の馬車が入るらしいが、成程貴族たちの間では中々人気なようだ。
 横目で見る限り、馬車に描かれている家紋や紋章はどれもこの国ではそれなりの地位を持っている家のものばかりである。
 その殆どには御者や係の者がついて細かい整備や清掃などを行っており、とても劇場の地下とは思えない様な光景が広がっていた。

 それからすぐに、警備の者に言われた通り、要人達を乗せたその馬車を五番ホームへと入れていく。
 コの字型ホームの一番奥で馬を停めると、付近で待機していた数人の係員たちが駆けつける。
 一人が手早くハーネストを外して馬を更に奥へと移動させると、もう一人が御者に水の入ったコップを手渡しながら話しかけた。
「暑い中お疲れさん。…連絡済みだと思うが、当日予約だから馬の手入れや馬車の整備はできないよ!」
「あぁ問題ないよ!ウチのご主人様はそういうので一々臍を曲げたりしないお方だしな…あぁ、どうも」
 係員からの注意に御者はそう答えつつ、額の汗を拭いながら差し出されたコップを受け取って水を一口飲んでみせる。
 ここまで二時間近く、王都の交通事情に苦戦しながらも馬車を走らせてきた彼にとって、差し出された水はとても美味しかった。
 王都の中で飲める水の中ではこれほどまで冷たく、のど越しの良い水が飲めるのはきっと王都ぐらいなものだろう。

354ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:04:42 ID:nzoJO1T.
 そんな風にして御者が係員からの御恵みを受ける中、別の係員が馬車のドアの前に立つ。
 事故防止用の鍵が内側から開かれる音が聞こえるとその場で気を付けの姿勢をした後、レバータイプのドアノブへ手を掛ける。
 馬車に取り付けるドアノブとしては間違いなく高級な類であろうそれをゆっくりと握り、かつ力を入れてレバーを下ろしていく。
 ガチャリ、金属的な音を立ててレバーが下りたのを確認した係員が意を決してドアを開けていくと――――突如、小さな影が飛び出してきた。
「うわっ、な…何だ?」
 予想していなかった影の登場にドアを開けた係員は驚きのあまり声を上げてしまい、影のとんだ方向へと視線を向ける。
 馬車から数十サント離れた煉瓦造りの地面の上、カンテラで薄らと照らされたそこにいたのは…一匹のリスであった。

 以前彼が街中の公園で見た事のある個体より少しだけ大きいソイツは、口をモゴモゴと動かしながら係員の方へと視線を向けている。
 嫌、正確には彼の背後――――馬車の中にまだいるであろう自分の『飼い主』の姿をその目に捉えていた。
 そうとも知らず、自分を見つめていると思っていた係員が何て言葉を掛けていいのかと思っていた最中、
「あらあら、御免なさいね。…この子ったら、いつも真っ先に馬車の中から出ちゃうのよ…」
 …と、背後から掛けられた柔らかい女性の声にハッとした表情を浮かべ、慌てて馬車の主の方へと振り返る。
 振り返った先にいたのは、右足を馬車の外から出そうとしている女性―――カトレアであった。
 その顔に浮かぶ笑みに少し困ったと言いたげな色が滲み出ているのに気が付いた係員は、慌てて頭を下げて謝罪を述べようとする。

「も、申し訳ありませんミス・フォンティーヌ!馬車の中に入っていたリスに気を取られて、つい…!」
「あぁ、いいのよ私の事なんて。…それよりも、その子が何処に行ったのか真っ先に確認してくれて有難うって言いたいわ」
「……えぇ?」
 貴族を怒らせたらどうなるか、それを何度も間近で見てきた彼の耳に聞いたことの無い類の言葉が聞こえてしまう。
 思わず我が耳を疑ってしまい、怪訝な表情を浮かべて顔を上げる彼を余所にカトレアは右手を差し出して口笛を吹く。
 すると…キョロキョロと辺りを見回していたリスが彼女の方へと顔を向け、タッと走り寄ってくる。
 リスは彼女の身に着けているスカートをよじ登り、そのまま服を伝って彼女が差し出した掌の上へとたどり着く。
 カトレアはそんなリスの頭を優しく撫でながら、キョトンとする係員に詳しい説明をし始めた。

「この子、見慣れない場所へ行くとついつい興奮しちゃうのか…まっさきに外へ飛び出してしまうの。
 まだ怪我が治ってないから外へ出るのは危険なのに、でも自立したいって気持ちは私なんかよりもずっと強い」
 
 羨ましくなるわね。ふと最後にそんな一言が聞こえたような気がした整備員は、怪訝な表情を浮かべてしまう。
 しかし今は仕事の真っ最中であった為、気のせいだと思う事にしてカトレアへの案内を再開する事にした。
「で、ではミス・フォンティーヌ。ご予約して頂いた劇の上演まで残り一時間を切っておりますので、こちらへ…」
「あら、丁度良い時間ね。じゃあお言葉に甘えて…あぁ、その前に一つよろしいかしら?」
 リスを馬車の中へ戻したカトレアが係員についていこうとした所で、彼女は何かを思い出したかのような表情を浮かべる。
 彼女の言葉に何か要望があるのかと思った係員は、改めて姿勢を正すと「可能な限りで」で返した。

「私たちが乗ってきた馬車の周りを、少し高めの柵で囲っておいて貰えないかしら」
「柵、でありますか?」
「えぇ。ホラ、ちょうどあそこで馬を囲ってるのとおなじような……」
 カトアレはそう言いながら、彼女から見て右手にある四番ホームで馬が出ない様に囲ってある鉄製の柵を指さす。
 係員達は一瞬お互いの顔を見合ったものの、まぁそれくらいなら…という感じで彼女の案内役が代表して頷く。

355ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:06:06 ID:nzoJO1T.
「わかりました。他の係員たちに言って倉庫から余っている柵を持ってこさせます」
 係員のその言葉を聞いたカトレアは嬉しそうに手を叩くと、彼に礼を述べた。

「そう、有難うね。…じゃあ、馬車の中にいる『あの子達』に言っておかないと」
 次いで、彼女の口から出た『あの子達』という言葉に係員が首を傾げそうになった所で、
 カトレアはドアが僅かに開いている馬車の中へと優しげな声を掛けた。
「じゃあみんな。私が戻ってくるまでの間、柵の外から出ずに遊んでいるのよぉ〜!」
 彼女が大声でそう言った瞬間、馬車のドアを開けた大勢の小さな影が続々と飛び出してくる。
 案内役を含めた係員たちが何だ何だと驚く中で、何人かがその正体が何なのかすぐに気が付く。
 馬車の中に潜み、そして出てきた影の正体は――――大中小様々な動物たちであった。 

「え…!?」
「ど、動物…それも、こんな…」
 係員たちは目の前の光景が信じきれないのか何度も目を擦り、激しい瞬きを繰り返している。
 それ等は先ほどのリスよりも二回りも大きく、そして様々な種類がいた。
 先に飛び出してきたリスを含め、一体この馬車の中はどうなっているのかと疑う程の動物たちが五番ホームを占領していく。
 可愛い猫や雑種と思しき中型犬に混じってトラの赤ちゃんが地面に寝そべり、小熊がその隣で座っている。
 亀がゴトゴトと地味に喧しい音を立てて歩き回り、そのままとぐろを巻いて休んでいる蛇の体をよじ登っていく。
 
 あっという間に周りよりも騒がしくなってしまった五番ホームの真ん中で、カトレアは動物たちを見回しながら「みんなー」と声を掛けた。
「少しさびしいと思うけど。御者のアレスターが一緒だから、何かあったら彼の言う事を聞くのよ。わかった?」
 その瞬間…驚いたことに、彼女の言葉にそれぞれが自由気ままにしていた動物たちは一斉に彼女の方を見たのである。
 眼前の蛇を蛇と視認していなかった亀も足を止めて彼女の方へと身体を向け、蛇は首をのっそり上げてコクリと頷いてみせた。
 まるでサーカスの動物ショーを見ているかのような光景に係員たちが呆然とする中、カトレアはその笑顔のまま案内役の係員に話しかける。

「それじゃあ、案内してもらおうかしら」
「………あ、え?…あッ!は、はい!こちらです」
 あっという間に劇場地下の一角が小さな動物園と化した事に一瞬我を失っていた係員は、慌てて返事をした。
 再び自分の足元で思い思いに寛ぐ動物たちを踏んだり蹴ったりしないよう細心の注意を払いながら、カトレアへの案内を始める。
 幸い劇場のロビーへと続いている扉はすぐ近くにあり、一分も経たずに扉の前まで彼女連れてくる事ができた。
 そこまで来たところでカトレアはまた何か思い出したのか、アッと言いたげな表情を浮かべて馬車の方へ顔を向ける。

 今度は一体何かと思った係員たちがそれに続いて馬車の方へ視線を向けた直後、何人かがギョッとした。
 カトレアが出て、動物たちが出てきた馬車の中から、ヌッと大きな頭の女が重たそうな動作で出てきたのである。
 まるで目覚めたばかりで古代の遺跡からゆっくりと這い出てくる魔物の様に、その一挙一動が無気味であった。
 何せその女の頭の大きさたるや、女の体と比べればまるで子供がギュッと抱きついているかのようにアンバランスなのだ。
 地下の照明が微妙に薄暗いという事もあってか、その頭がどういう事になっているのかまでは良く分からない。
 それがかえって不気味さを増長させており、係員たちの何人かは女からゆっくりと後ずさろうとしている。
 動物たちも馬車から出てきた女に驚いたのか、寝ていた者たちはバッと体を起こして馬車との距離を取ろうとしていた。

356ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:08:21 ID:nzoJO1T.
 係員たちも突然の巨女に対応ができず、ただただ唖然とした様子で見守っていると―――女が言葉を発したのである。
「ニナー、もう大丈夫だから…大丈夫だから、とりあえず私の頭に抱きつくのは、いい加減やめなさい」
「…え?……あれ、もうついたの?」
 その不気味さとは対照的に、冷静さと大人びた雰囲気が垣間見える声に呼応するかのように、今度は少女の声が聞こえてくる。
 何と驚く事に、ようやく言葉足らずを卒業したかのような幼い女の子の声は、女の頭がある部分から発せられた。
 不安げな様子が見て取れる言葉と共に、女の頭の天辺からニョキ…!と女の子の顔が生えてきたのである。
 瞬間、その様子を間近か照明の逆光でシルエットしか分からなかった係員たちは小さくない悲鳴を上げてしまう。

 ちょっとした混乱が続いている五番ホームの中、係員たちの恐怖を余所にカトレアはその女に声を掛けた。
「ニナ、ハクレイ。あぁ御免なさい!あなた達に声を掛けるのを忘れていたわ」
「あー別に大丈夫。ちょっとニナが動物たちを怖がり過ぎてて、私の頭にしがみついてて…馬車から出るのに苦労したけど」
 カトレアの言葉に女は軽い感じでそう言うと、自分の頭に抱きついている少女、ニナをそっと引っぺがして見せた。
 そこになって、ちょっとした恐慌状態に陥りそうになった係員たちは、ようやく巨頭の女の正体を知る事となったのである。
 女、ハクレイは引っぺがしたニナの両脇を抱えたままカトレアの傍まで来ると、そこで少女をそっと地面へ下ろす。
 一方のニナはと言うとハクレイの背後でじっと様子を窺っている動物たちを、見張っているかのように凝視していた。

 そして凝視するのに夢中になっているあまり、下ろされた事に気が付いていない彼女の肩をハクレイはそっと叩いて見せる。
 ポンポンと少し強く感じられる手の感触でようやく下ろされた事に気が付いたニナは、ハッとした表情でハクレイの顔を見上げた。
「ホラ、これでもう大丈夫よ」
「だ…大丈夫って…何が大丈夫だってぇ〜?」
 肩を竦めて言うハクレイに、ニナは子供らしい意地を張りながら生意気に腕を組んでみせる。
 その子供らしい動作にハクレイはもう一度肩を竦め、カトレアはクスクスと笑おうとしたところでハッと気づく。
 
 ふと周囲に目をやれば、いつの間にか自分たちを中心に奇異な目を向ける者たちが数多くできていた。
 係員をはじめとして、自分たちと同じく客として来たであろう貴族達も目を丸くし、足を止めてまで凝視している。
 馬車に乗せてきていた動物たちも何匹かが主の方へと目を向けていた。
 ザッと見回しただけでも実に十以上の視線に晒されているカトレアは、流石に焦りつつも頭を下げて彼らに謝罪をして見せた。
「…えーと、その…変にお騒がせさせてしまい、大変申し訳ありませんでした」
 多少おざなりであったがそれで良かったのか、貴族の客たちは各々咳払いしたりしてその場を後にする。
 係員たちも何人かが頭を下げるカトレアと同じように頭を下げて、各自の仕事を再開していく。

 先程までいつも以上に賑やかだった地下の馬車置き場は、再びいつもの喧騒を取り戻していた。
 カトレアが連れてきた動物たちの鳴き声と、五番ホームを囲う柵を用意する係員たちの姿を除けば、であるが。

 
――――あら、懐かしい劇ね。一体何時ぶりだったかしら?
 どうして彼女たちがタニアリージュ・ロワイヤル座に来たのか…それは朝食を食べているカトレアの一言から始まった。

357ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:10:13 ID:nzoJO1T.
 昨夜のドタバタ騒ぎから夜が明けて、腹を空かせていたハクレイがオムレツを口に入れようとした時か、
 それともカトレアの横に座り、手作りフルーツヨーグルトのおかわりをお手伝いさんに頼もうとした時かもしれない。
 朝陽に照らされた庭で寛ぐ動物たちに餌をやり終えたカトレアが、ポストに届いていたお便りを読みながら、そんな事を呟いたのである。
 中にチーズとハムが入ったオムレツをそのまま口の中に入れたハクレイが口を動かしながら「はひがぁ?(何が?)」と聞く。
 何気にマナーのなってないハクレイをお手伝いがジトーと睨むのを見て苦笑いしつつ、カトレアは彼女の問いに答える。

―――ここから少し離れた所にあるタニアリージュ・ロワイヤル座っていう劇場で懐かしい劇がリバイバルされるらしいのよ。
     まだ私が小さい時…故郷の領地にいた頃に一度だけ、とある一座が王都まで行けない人たちの為に出張上演してくれたっけ…

 その言葉を皮切りに、カトレアは食事の手を一時止めてハクレイ達に当時見た劇の事を話してくれる。
 劇は王道を往く騎士物で、世間を知らない貴族の御坊ちゃまが一人前の騎士として御尋ね者のメイジを退治する話なのだという。
 苦労を知らず下らない事で一々怒る主人公が多くの人々から時に厳しく、時に優しくされつつも騎士として鍛え上げられていく。
 やがて同期のライバルや教官から騎士道とは何たるかを学び、最後は自身の母を手に掛けた貴族崩れのメイジと一騎打ちを行う。
 これまで培ってきた戦い方や技術を凌駕する貴族崩れの男の攻撃に苦戦しつつも、主人公は機転を利かせつつ攻めていく。
 その戦いの末に杖を無くしてしまった二人は互いに護身用の短剣を鞘から抜き放ち、そして――――…。

―――それで…?
――――そこまで言ったら、もしも同じ劇を見た時に面白味が無くなっちゃうでしょ?
 そこまでも何も、物語の大半を語っておいてそこでお預けするというのは正直どうなのだろうか?
 既に手遅れな事を言っておいてクスクスと笑うカトレアをジト目で睨みつつ、ハクレイは朝の紅茶を一口飲む。
 ミルクを入れて口の中を火傷しない程度に温度を下げた紅茶はほんのりと甘く、優しい味である。
 カップを口から離し、ホッと一息ついたハクレイを余所に同じくカトレアの話を聞いていたニナが彼女に話しかけていた。

「でも何だか面白そうだよね〜、でもリバイバルって何なの?」
「リバイバルっていうのはねぇ、昔やっていたお芝居とか演奏会とかをもう一度やりますよーっていう意味なの」
 カトレア曰く、この手の演劇や芝居などは日が経つにつれ新しい物へと変わっていくのだという。
 稀に何らかの理由で発禁処分にされたりでもしない限り、大抵は短くて三か月長くて半年は同じ劇が見れるらしい。
 終了した物を見るには今言っていたリバイバルか、金持ちの貴族ならばワザワザ劇団を雇って見ているのだとか。
「…で、アンタがさっき言ってた劇は当時の貴族の子供に人気だったからリバイバル…っていうワケね」
「そうらしいわね。まぁでも、タニアリージュ・ロワイヤル座でリバイバルされるのなら相当に人気だと思うわ」
 まぁ実際、面白かったしね。最後に一言付け加えた後、カトレアは手に持ったフォークで付け合せのトマトを刺した。
 一口サイズにカットされたソレを口元にちかづけいざ…という所で、彼女はハッとした表情を浮かべて手を止める。
 
 カトレアへ視線を向けていた他の二人とお手伝いさんたちが訝しもうとしたその時…彼女は突如「そうだわ!」と大声を上げた席を立った。
 突然の事にカトレアを除く全員が驚いてしまう中で、彼女は名案が閃いたかのような自信ありげな顔でハクレイ達へ話しかける。
「何ならこれからその劇を見に行きましょうよ、ここ最近はずっと家の中にいたし…ニナも窮屈そうにしていたし」
「え?本当に良いの!?」
 あまりにも突然すぎる提案にニナはたじろぎつつも、ほぼ同時のサプライズに嬉しそうな表情を浮かべる。
 ここ王都に入ってからというもの、街中の込み具合からニナは庭を除いてここから出た事がなかったのだ。
 多少自分の身は守れる程度に強いハクレイは別として、一日中カトレアと共にこの別荘の中で過ごしている。
 
 年頃の子供にとって、猫の額よりかは多少でかい庭だけが外の遊び場というのは窮屈だったのだろう。
 しかも彼女が連れてきていたという動物のせいで、彼女が満足に遊べるような状態ではなくなっていた。
 そんな今のニナにとって、外に出られるというチャンスはまたとない刺激を得られるチャンスであった。
 自分の嬉しそうな様子に笑みを浮かべるカトレアに対し、ニナはついでと言わんばかりにお願いをしてみる。

358ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:12:04 ID:nzoJO1T.
「ねぇねぇお姉ちゃん、そのついでで良いからさー…その〜…」
「……?―――…あぁ!」
 勿体ぶった言い方をするニナの表情と、彼女の事を日がな一日見ていたカトレアはすぐに言いたい事を察してしまう。
「良いわよニナ、時間に余裕があるなら帰りに王都の公園にでも寄っていきましょうか?」
「――…ッ!わーい!やったー!」
 カトレアからのOKを貰ったニナは余程嬉しかったのか、その場で席を立つと嬉しそうにジャンプして見せた。
 ニナの反応を見てふふふ…と笑っていたカトレアは、次いでハクレイにも行けるかどうか聞いてみる。
「ねぇハクレイ、貴女はどうかしら?……まぁ、貴女はちょっと忙しい所を邪魔するかもしれないけれど…」
「…うーん…………貴女の提案ならまぁ…断るのはどうかと思うしね…けれど、」
 少し表情を曇らせながら訊いてくるカトレアに、ハクレイは暫し黙った後で軽く頷きながらも言葉を続けた。

「せめてその手に持ったままのフォークに刺さったトマト、食べるかどうかしてあげなさいよ」
 彼女の今更な指摘に、カトレアはハッと自分の右手に握られたフォークへと目をやる。
 持ち主に食べられる事無く放置されていたトマトから滴る赤い果汁は、まるで涙と例えるべきか。
 今になって食べる途中であった事を思い出したカトレアは思わずその場で頬を赤く染めて、お淑やかにそのトマトを口の中へと入れた。


 そんなワケで、カトレアはハクレイとニナ…それに連れてきていた動物たちを伴って劇場へとやってきたのである。
 当初はお手伝いさんたちが何も動物まで連れて行くのは…、とカトレアに苦言を呈したのであるが…
「この子たちもニナと同じで、あまり広い所で遊ばせてあげれていないから…」
 …という理由をつけて別荘側の方で比較的大型の馬車を借りた後、劇場へ当日予約を伝えてもらった。
 基本的にタニアリージュ・ロワイヤル座の地下馬車置き場を利用するには前日までの予約が無ければ使用する事はできない。
 しかし、元々それなりの上級貴族が利用する『風竜の巣穴』を通せば空きがあれば当日予約が通るのである。
 かくしてカトレアの考えていた通りに事は運び、こうして劇場に入る事はできたのだが…。

「予想以上に、すごい人だかりねぇ…」
「そうねぇ、こればっかりは何となく予想がついてたけど…予想の範囲をちょっと超えてたわ」
 ロビーへと通じる階段を上り、踊り場の所で足を止めているハクレイとカトレアの二人は少し面喰っていた。
 何せロビーから少し下の踊り場から見上げるだけでも、一階にいる人々の賑わいが少し喧しいレベルで聞こえてくるのである。
 見上げた先に見える無数の人影が忙しなく行き来し、シルエットだけでも千差万別だ。
 マントと思しきものをつけていれば、掃除道具であろうモップを肩に担いで横切る人影もある。
 中には明らかに高値と見えるドレスを着た貴婦人の影が、お供と思しきシルエットを数人連れて横切っていく。
 さぞやロビーは物凄い人ごみであろうとハクレイは思ったのか、緊張で息を呑もうとしたその時…
「…ふふ、ふふふ」
 突然、後ろにいるカトレアの押し殺すような笑い声が聞こえたのに気が付き、そちらへと視線を向けてしまう。
「どうしたのよ?急に笑ったりなんかして」
「え?いや、別に大したことじゃ無いのよ?ただね…まるで何か…踊り場の上が小さな劇場に見えてしまってね…」
 何が可笑しいのか、笑いを少しだけ堪えるようにして言う彼女の言葉に、ハクレイはもう一度視線を元へ戻してみる。
 そして踊り場の上からしきりに行き交う人影たちを見つめていると、彼女の言葉の意味が何となく分かってきた。

359ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:14:04 ID:nzoJO1T.
 こうして様々な姿形の人影が交差していく様子が見れる踊り場は、確かに小さな劇所に見えてしまう。
 それはここが歴史ある劇場である故に設計者が意図して作ったものなのか、はたまた長い歴史の中で偶然に生まれた場所なのか。
 真実を知ることはこの先決してないかもしれないが、不透明な真実を探すのもまた一興と言う奴なのだろう。
 まぁ最も、落ち着いて腰を下ろせる席が無い分劇場としてはかなりランクは低い事は間違いない。
 暫し踊り場の上から一階へと通じる出入り口を見上げた後、気を取り直すようにしてハクレイが軽く咳払いをした。
「……そろそろ上りましょうか?」
「そうね。…ホラ、ニナもこっちにいらっしゃい」
「はーい!」
 カトレアの呼びかけに、少し下の方で壁に掛けられている絵を見ていたニナが元気よく返事をする。
 そうして三人そろった所でカトレアを先頭にして階段を上がり、ロビーへと続く入り口をくぐっていく。
 やがて彼女たちの姿も人ごみに紛れ、踊り場から見上げられる人影の一つとなっていった。


 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、誇り高きヴァリエール公爵家の末娘である。
 末っ子であっても、そんじょそこらの二流三流の家と違いしっかりとした教育を受けられる立場の人間だ。
 貴族としての教養は勿論のこと座学、作法、流行りのダンスの踊り方に…当時は全くダメだったが魔法の練習も、
 更に一通り文字の読み書きができる年頃になったところで、法律に関するものや子供向けの難しい魔法の専門書を与えられてきた。
 その甲斐あってか、魔法と体格を除いて今では何処に出しても恥ずかしくない、立派な貴族の子供として成長したのである。
 ハルケギニアの共用語であるガリア語は勿論、ゲルマニアやロマリアの言語なども読み書きできる程になっていた。
 
 そんな家の子である彼女は、離乳食の頃から十分に良い物を食べて育ってきた。
 材料はほぼヴァリエール領で採れたものを使い、取り寄せにしても全てが一級品の代物。
 シェフも王宮勤務から王都で一躍名を馳せた者達を出来る限り採用し、料理にも十分な趣向を凝らしている。
 それこそ王宮顔負けの豪華な食事から、トリステイン各地の故郷料理と様々なメニューを口にしてきた。
 故に今の彼女は、自分が口にした料理が本当に美味しいかどうかを見分けられる確固たる自信を持っている。
 プロのソムリエには負けるだろうが、おおよそ並みの貴族には負けないだろうという…程度であったが。

「何よコレ…中々どうして、美味しいじゃない…」
 ―――彼女の味覚はこれでもかと言わんばかりに激しく反応していた。
 今先程ナイフで切り分け、フォークに刺して口へと運んで咀嚼し、飲み込んだモノが『本当に美味しいモノ』だと。
 目の前にはまるでクレープの様でいて、しかしクレープと呼ぶにはやや厚い生地のパンケーキ。
 それが三枚ほど重ねるようにして更に盛り付けられ、その上からチョコソースやら苺ジャムを掛けられている。
 更にはトドメと言わんばかりに専用のスプーンで一掬いしたアイスクリームが、皿の端に添えられていた。
 最初見た時は掛け過ぎだろうと思ったが、意外や意外それらが全て上手い事パンケーキの味を盛り上げているのだ。

 薄めで枚数の多いパンケーキに対し、やや過剰なソースとアイスクリームは上手い事計算されて添えられている。
 恐らくこれを考案したパティシエ…もしくは料理人は、相当パンケーキに精通しているに違いない。
 そうでなければ、ここまで美味しいパンケーキを平民向けの値段で作るというのは簡単に出来ないだろう。
 ルイズは口の中に広がる幸せを堪能ししていると、同じパンケーキを食べていたシエスタが嬉しそうに話しかけてきた。
「どうですかミス・ヴァリエール?その様子だと、お口に合って貰えたようですが」
「えぇ。…それにしても意外だったわね。まさかあのタニアリージュ・ロワイヤル座で、こんな美味しい物が安く食べられるなんて…」
 シエスタの言葉にルイズは満足そうに返事をしつつ、お茶を飲みながらふと視線を上へ向ける。
 見上げた先にあるのは劇場二階の通路があり。多くの貴族たちがチケットを片手に忙しそうに行き交っていた。

360ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:16:06 ID:nzoJO1T.
 再び視線を戻して周囲を見回してみると、そこは街中にありそうな洒落た感じのリストランテの中。
 今食べているパンケーキやガレット、サンドイッチといった軽い食べ物を紅茶やジュース等と一緒に頂く店。
 現にルイズ達の周りの席では、主に平民の客たちが席に座って好きな物を飲み食いしている。
 それだけなら普通の飲食店であったが、ルイズ本人としてはこの店のある場所に信じられないという気持ちを半ば抱いていた。
 そう…この店があるのは劇場一階の一角…つまり、タニアリージュ・ロワイヤル座の中なのである。
 
 劇場に入って右へ少し歩いた所、巨大な窓から燦々とした陽射しで照らされレた一角にその店は建っている。
 最初にそれを見たルイズはまさか歴史あるこの建造物の中にそんなモノがあるという事自体が信じられなかった。
 シエスタが言うには、ちょうど今年の春にオープンした店らしく平民の女の子たちの間で人気なのだという。
 中にはここのスイーツ目当てで劇場へ入る者も多いようで、チケットを買わずにここへ直行する者もいるらしい。
「知らなかったわ、まさかあのタニアリージュ・ロワイヤル座がこんな事になってたなんて…」
 シエスタから軽く話を聞いた時は、信じられないと言いたげな表情を浮かべるしかなかった。
 当初はこのリストランテにかなりの難色を示したが、貴族である彼女からしたら至極当然の反応であろう。
 まだお芝居目当てに来るならまだしも、たかがスイーツ目当てで来るというのは流石に度し難いとしか言いようがない。
 
 しかもよくよく見てみれば、店の席には平民に混じって年若い貴族の女性までいるではないか。
 恐らく下級貴族…かもしれないが、いくら給付金が少ないからと言ってこんな店に入るとは貴族の風上にも置けない。
 だから最初は、シエスタがお薦めしたパンケーキセットを前にしても好印象を持てなかった。
 しかし…これが蓋を開けてびっくり、本当にこれが平民向けのパンケーキかと疑う程美味しかったのである。

 
 それはルイズだけではなく、他の二人もまた同じような感想を抱いていたようだ。 
「…いやーコイツは美味しいなぁ!このアイスクリームも、程良い清涼感をだしてるぜ」
 二枚目のパンケーキを半分ほど食べたところで、アイスクリームに手を出していた魔理沙が嬉しそうに感想を漏らす。
 いつも頭に被っている帽子を膝の上に乗せて、夢中になってパンケーキセットを頂いている。
 黒白の嬉しそうな反応を見て、ルイズもまだ手を付けていなかったアイスクリームをフォークで切り分けて、口の中へと運ぶ。
「ふぅん…ン……ふぅーん、成程…焼きたてのパンケーキには丁度良いお供かも…」
 彼女の言うとおり、確かに申し訳程度のアイスクリームも決してメインに負けない魅力を持っていた。
 味は至って普通のバニラなのだが、しっかりと冷えたそれは熱くなった口の中を冷やすのに丁度良いのである。
 
 そんな風にしてバニラアイスを堪能する二人と、それを嬉しそうに見守るシエスタを余所に霊夢もパンケーキを堪能していた。
「ふ〜ん…まぁこういうのも偶には悪くないわね。わざわざ自分で作ろうとは思わないけど」
 彼女にしては珍しく嬉しそうな表情を浮かべて、パンケーキをフォーク一本で器用に切り分けていく。
 切り分けた分をフォークで刺し、苺ジャムを付けて口の中へと運び…咀嚼、そして飲み込む。
 その後でセットのドリンクで頼んでいたアイス・グリーンティー…もとい冷茶をゆっくりと口の中へと流し込む。
「…ん…ふぅ〜……あぁ〜、やっぱりこういう洋菓子には…緑茶とかは合わないものなのね」
 飲み終えた後で残念そうな表情を浮かべてそう言うと、彼女の足元に置かれたデルフが話しかけてきた。

361ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:18:18 ID:nzoJO1T.

『なぁレイム、お前さんナイフは使わないのかい?』
「ナイフ?別に良いわよ、フォーク一本で済むならそれに越したことは無いじゃないの」
 使った形跡が一つも無く、テーブルの上で物言わず輝くナイフを尻目に霊夢はフォークだけで食べ進んでいく。
 ルイズ達を含めて他の客たちがしっかりとナイフで切り分けていく中で、彼女は一人我が道を進む。 
 その光景と言葉にルイズは呆れたと言いたげな表情を浮かべ、シエスタは苦笑いを浮かべるほかなかった。


 それから三十分ほど経った頃であろうか、昼食代わりのパンケーキを食べたルイズ達はロビーの一角で休んでいた。
 売店で買った瓶入りのジュースを片手に休憩用のベンチに腰かけ、人ごみを眺めながら賑やかな会話を楽しんでいる。
「ふぅ…まさかこの私が、あんないかにもな平民向けのスイーツ相手に屈する日が来るとは思ってなかったわ」
「そう言ってる割には、結構美味しそうに食べてたじゃないの」
「そりゃそうよ、美味しい物を美味しそうに食べるのは世の中の常識みたいなものじゃない」
 無念そうな響きが伝わってくるルイズの言葉に反応した霊夢に対し、ルイズはそんな事を言って返す。
 二人が会話し始めたのを切欠に、炭酸入りレモン水を飲んでいた魔理沙も面白そうだなと感じて会話に混ざってきた。

「にしても、ここのパンケーキは変わってるんだな〜。あんなに色々と乗っけてるヤツを見たのは正直初めてだったぜ」
「実際私もあんなのは初めて見たわね。もっとこう…私の想像してたパンケーキはシンプルな感じだったのよね」
 ルイズはそんな事を言いながら、頭の中でメープルシロップとバターがトッピングされた分厚いパンケーキを想像してしまう。
 学院に入る前、そして入った後にも何度か食べた事のあるそれは、あのパンケーキ程ド派手ではなかった筈である。
 改めて世の中の広さを再認識した所で、アイスティーに口を着けていたシエスタも嬉しそうに話しかけてきた。

「私もシンプルなのは好きですが…アレだって中々負けていないでしょう?」
「そうなのよねぇ〜…ちょっと色々味を付け過ぎな感じもするけど…特にしつこいって所はなかったしね」
 シエスタの言葉にそう返しながら、ふとルイズは今いる場所から劇場を軽く見回してみる。
 自分たちが今いる一階では先ほどまでいたリストランテを含め、軽食などを販売している売店があった。
 シエスタが言うには、お芝居などを見ながら食べられるドリンクやちょっとした料理を注文できるのだという。
 何時ごろ出来たのかは知らないが、少なくともルイズが幼少期の頃にはそういった物は無かった。
 ここは単に芝居や劇を干渉する為だけの施設であり、それ以上でもそそれ以外でも無かった建物である。
 
 しかし、こうして多くの平民たちが劇場へと入っているのを見るには時代が変わったと見ていいのだろうか。
 文明社会としては当然の事なのであろうが、正直ルイズとしては微妙な気持であった。
 トリステインの貴族は伝統としきたりを何よりも愛する、それ故に今のタニアリージュ・ロワイヤル座に対してはどうかと思う所がある。
 本来ならば館内にリストランテや芝居の観賞中に飲み食いできる売店など、許されない筈だ。
 だが…結局のところ、それを是正する筈の貴族達も利用しているのを見るに後世の伝統として残っていくのだろう。
 きっとこれまで築いてきた伝統やしきたりも、当時は受け入れられなかったものなのであろうから。
(実際、私だって劇場内で食べれるパンケーキに喜んでたしね…)
 トリステイン貴族としての理想と現実との板挟みに、ルイズは一人静かに悩むほかなかった。

362ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:20:05 ID:nzoJO1T.

 その後、腹も満たして一息ついた少女達は暫し劇場内を見学して回る事にした。
 ガイドはいないものの、幸いにもルイズとシエスタの二人という劇場に足を運んだ者たちがいるのである。
 最も、ルイズは幼少期の頃に足を運んだっきりな為、当時と比べかなりリニューアルされている館内を興味深そうに見回していた。
「へぇ〜…あちこち変わってるのねぇ、てっきり変わってないままかと思ってたけど」
 チケット売り場の近く…円形に置かれているソファに腰かけながら、彼女は出入口の真上に掛けられた大きな絵画を眺めている。
 それは恐らく近くの噴水広場から描かれたであろう、タニアリージュ・ロワイヤル座の大きな油絵であった。
 ほんの気持ち程度であるがライトアップされている為、劇を見終えて出るときにはその絵に気付く人は多いだろう。
 少なくとも幼い頃に両親連れられてきたときには、あのような迫力のある絵画は飾られていなかった筈である。

 今ルイズが腰を下ろしているソファもまた、彼女の記憶には無かった物だ。
 昔のロビーは今の様にそこら辺に落ち着いて座れる椅子やソファなど無く、お客さんは全員立ちっぱなしであった。
 流石に観賞用の席はあったものの、劇が始まるまではロビーで佇み好きで、足が疲れてしまった腰は何となく覚えている。
 そして長い事立ち続けられず、ロビーの隅でひっそりと腰を下ろしていた老貴族達の姿も記憶の片隅に残っていた。
 幼いながらも当時は少し可哀想と感じていた彼女は、自分と同じように腰を下ろして休んでいる貴族達を見回してみる。
 貴族も平民も皆購入したチケットを手にソファに座り、書かれた番号の劇場が開くまで談笑したりして一息ついている。
「……成程、時代に合わせてリニューアルっていうのも…悪くないものなのね」
 そんな事を一人呟いていると、チケット売り場の方からやや大きめなシエスタの声が聞こえ来た。
 思わずそちらの方へ視線を向けてみると、霊夢と魔理沙…ついでにデルフを相手に色々と案内しているらしい。
 
「ここがチケット売り場です。ここで観たい劇や演奏会のチケットを買うんですよ」
「おぉー!夏季休暇という事だけあってか、結構な列ができてるな〜」
 シエスタの指さす先、幾つもの行列が出来ているそこへと目を向けた魔理沙も何故か嬉しそうな声を上げる。
 彼女の言うとおり、今は夏季休暇という事あってかその時期限定の劇や演奏会を見ようと客たちが列を成していた。
 ふとよく見てみると、平民と貴族の列が一緒になっているようで列によってはチラホラとマントを羽織った貴族の姿も見える。
 ここもまた記憶に違う所だ。昔は平民と貴族で列が分けられていたのだが、どうやら今は一緒くたになっているようだ。
 先ほどソファの事で喜んでいた彼女は一転表情を曇らせ、流石にあれはどうなのかと難色を示していたる

 しかし、よくよく見てみると貴族たちの方は皆揃いも揃ってマントと服がいかにも安物である事に気が付く。
 安い店でズボン、ベルトでセット売りにされてるようなブラウスを着て、安い布で仕立てられたようなマントは薄くて破れやすそうだ。
 そして今いる位置では後ろ姿しかみえないが、恐らく自分よりも四、五歳程度の若者なのであろうと推測できる。
 そこから見るに、平民と同じ列に並んでいるのは貴族…であっても、下級貴族であろうとルイズは断定した。
 成程。平民と同じ通りのアパルトメントに暮らし、国からの給付金も少ない彼らは劇を見るにも平民席を選ばざるを得ないらしい。
 ルイズは一人納得したように頷きつつ、その顔には貴族であるというのに生活に困窮している彼らに同情の気持ちを浮かべる。

363ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:21:37 ID:nzoJO1T.
 その下級貴族達とは天と地の差もあるであろう名家のルイズが一人頷くのを余所に、霊夢は列を見てため息をついていた。
「よくもまぁ、あれだけ面倒くさそうなのに並べられるわねぇ…劇とかそういうのって楽しいのかしら?」
『そりゃあ文明人ならそういうモノに惹かれるものさ。普段は本でしか読めない様な物語が、役者が再現してくれるんだからな』
 霊夢の言葉に対し、まるでお前は文明人じゃないと言いたげなデルフの物言いに彼女はムッとした表情を浮かべる。
 そして文句を言おうと背中に担いだ彼に顔を向けようと上半身を後ろへ向けようとした、その時であった。
「言ってくれるわねぇ?剣の癖に…って、わわっ…と!」
「おっと!」
 
 体を捻ったタイミングが悪かったのか、丁度通りがかった初老の男性貴族とぶつかってしまったのである。
 幸い二人とも転倒する事無く、その場で軽くよろめく程度で済んだのは幸いであろうか。
 何とか転ばずに済んだ霊夢はホッと一息ついた所で、彼女の声で気が付いたルイズ達が傍へと駆け寄ってきた。
「ちょっとレイム、アンタ何やってるのよ!」
「…?そんな怒鳴らなくても大丈夫よルイズ、良くも悪くもコイツのお蔭でバランスが取れたようなもんだから」
『オレっちって重りになるか?結構軽めだっていう自信はあるんだがな』
 怒鳴るルイズの意図に気付かず首を傾げる霊夢は、そう言って背中のデルフを親指で指してみせる。
 どうやら本人は誰にぶつかったか知らないらしい、そこへすかさずシエスタが指摘を入れてくれた。

「違いますよレイムさん、後ろ…後ろ!」
「後ろ?……って、あら。もしかしてアンタがぶつかってきた張本人なの?」
「逆よ逆!」
 顔を合わせて真っ先に自分は悪くないと主張する彼女に、ルイズは反射的に突っ込みを入れる。
 その際に大声を出してしまったせいか、周りにいた人々が何だ何だと彼女たちの方へと視線を向け始めた。
 彼らは皆、声の中心にいた者達から何となく状況を察した者からざわざわとよどめき始める。
「なぁシエスタ、何か周りの人間が私達の方を見てる様な気がするんだが…いや、こりゃ見られてるな」
「そ、そりゃ当り前ですよ…!」
 視線に気づいたもののその意味が分からぬ魔理沙とは対照的に、シエスタは焦っていた。
 今の時代、貴族にぶつかっただけで無礼打ちに遭う平民は消えたものの、それは即座に謝ればの話だ。
 もしもぶつかった貴族に失礼な態度でも取ろうものならば…死ぬことは無いにせよ、確実に痛い目に遭ってしまう。

 そんな事など微塵も知らないであろう霊夢は、ようやく自分が悪いのであろうと理解する。
「あー…何かこの感じ、私が悪いって事で正解なのかしら?…って、わわわわ!ちょっと、胸倉掴まないで…!」
「なのかしら…じゃなくて!アンタが百パーセント悪いのよ!」
『オレっちは剣だから使うヤツが悪い…って事で、見逃してくれよな』
 胸元を掴み上げながら怒鳴るルイズの迫力に、流石の霊夢もたじろいでしまう。
 そこへすかさずデルフが無実を主張するという…、カオスな光景を前にして、ぶつかられた初老の貴族が声を上げた。

「あー…そこの桃色ブロンドの御嬢さん。私は平気だから、そこの黒髪の娘を放してあげなさい」
 その言葉にルイズと霊夢はおろか、魔理沙やシエスタもえっと言いたげな表情を浮かべた。
 特にルイズは自分の耳を疑っているのか、初老貴族の方へ顔を向けると目を丸くしている。

364ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:24:15 ID:nzoJO1T.
「え?…えっと?…その、もう一度言ってもらえませんか?」
「だから私は平気だから、放してあげるといい。…不可抗力の事なら、怒るのも理不尽というヤツだしね」
 聞き直してきたルイズにも丁寧で、かつ優しげな笑みを浮かべながら言いなおす。
 彼女に胸倉をつかまれていた霊夢も、てっきり怒られると思っていたばかりに怪訝な表情を見せている。
 
 
 …その後、ルイズの手から解放された霊夢が頭を下げて謝った事でその場は何とか収まりを見せた。
 あの優しい初老の貴族は霊夢達に向けて、まるで自分の孫娘に知恵を授けるように…
「私のように優しい貴族は少ないだろうから、これからは気をつけなさい」
 …と言って、これから急ぎの用事があるからと言って劇場の奥へと早足で立ち去って行く。
 その後ろ姿を見て許されたのだと理解したルイズはホッと一息つき、シエスタは今に泣き出しそうな表情を浮かべてその場で腰を抜かしてしまった。
 霊夢も霊夢で二人の様子を見て、これからは少しだけ気を付けようと珍しく反省の心を見せている。
 彼女たちを見ていた群衆たちもホッとしたり、つまらなそうな表情を浮かべて自分たちのするべき事へと戻っていく。

 アクシデントを避けられた事をルイズを含めた大勢が静かに喜ぶ中、魔理沙だけはマイペースであった。
「いやー、あの博麗霊夢が頭を下げて謝る姿を拝めるとはな。滅多にお目に掛かれぬ光景だったぜ」
『流石マリサだ。一触即発の空気だったっていうのに、物見遊山の気分だったとは』
「まぁホラ、あれだよ?喉元過ぎれば何とかってヤツさ」
「アンタねぇ…」
 何事も無かったかのように笑う魔理沙を見て流石のデルフも呆れてしまい、ついで霊夢もムッとした表情を浮かべる。
 しかし彼女が突っかかろうとする前に、その必要は無いと言わんばかりにルイズの怒鳴り声が魔理沙に襲い掛かってきた。
「ちょっとマリサ!もしかすればとんでもない事になってかもしれないっていうのに、何なのよその態度はッ!」
「え?あ、いや…ま、まぁ良いじゃないか?そのとんでもない事になってたかもしれないっていうのは、過ぎた事なんだし…」
「あんな事故、レイムじゃなくてアンタだったとしても起こり得る事なんだから!アンタも気をつけなさいって言いたいのッ!」
 そんな風にして一分ほどルイズの説教が続いた所で、流石の魔理沙もこれは堪らんと感じたのだろう。
 「分かった、分かった!悪かったよ」と両手を挙げた所で、ルイズもようやく怒鳴るのを止めた。

「はぁ…はぁ…何か、久しぶりに怒鳴った気がするわ…」
「で、でもミス・ヴァリエール。こんな所で怒鳴るのはマナーに反するんじゃ…」
 顔から汗を垂らし、肩で息をする自分へ投げかけられたシエスタの言葉でルイズはハッと我に返る。
 そして周囲を軽く見回した所で、怒鳴った事を誤魔化すようにゴホンと軽く咳払いしてみせた。

365ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:26:54 ID:nzoJO1T.
「ま、まぁ分かったのならそれでいいわよ…!…以後気を付けなさい」
「ルイズが言うなら仕方ない、心の片隅に留めておくぜ」
「まぁ一々こんな騒ぎが起こるっていうんなら、気を付けた方がいいわよね」
 魔理沙に続くようにして霊夢も頷きながらそう言ってくれたおかげて、ルイズも説教を終える事ができた。
「ふぅ…!さてと、ちょっと脱線しちゃったけど…シエスタ、他に案内したい場所ってあるかしら?」
「え?あ、あぁすいませんミス・ヴァリエール…!え、えっとその…後、一つだけあります!」
 何故謝るのだろうかという疑問は捨てて、ルイズはシエスタが次につれて行く場所がどこなのか聞こうとする。




「―――――……イズ!ルイズッ!」
 ――――――…その時であった。劇場の喧騒に負けないと言わんばかりに、
 彼女の耳に聞き慣れた…けれど久しく耳にしていなかった「あの声」が、必死に自分の名を呼んでいるのに気が付いたのは。

 幼い頃から一日をベッドの上で過ごし、いつも領地の外の世界を夢見ていた儚くも美しい家族の声。
 声を耳にしただけで、自分よりも綺麗で長いウェーブの掛かったピンクのブロンドが脳裏を過っていく。
 家族の中では誰よりも優しく、幼少から落ちこぼれであった自分に寄り添ってくれた大切な人。
 そして…今自分が誰よりも探していたであろう彼女の声に、ルイズは勢いよく後ろを振り返った。

 振り返った先に見えるは、先ほどシエスタが霊夢達に紹介していたチケット売り場。
 先ほどまで自分たちに視線を向けていた人々は再び売り場へと視線を戻し、列を作ってチケットを買い求めている。
 ルイズは鳶色の瞳を忙しなく動かし声の主を探る。右、いない。左、ここもいない。
 今のは幻聴だったのか?やや早とちりともとれる考えが脳裏を過ろうとした所で、ふと彼女は視線を上へ向ける。
 チケット売り場の真上は二階の貴族専用席へと続く廊下があり。ロビーからでも廊下を歩く貴族たちの姿を見上げられる。

「……あっ」
 そして彼女は真っ先に見つけた。廊下の手すりを両手で掴み、こちらを見ている桃色の影を。
 自分よりも立派なピンクのブロンドウェーブが揺れて、陽の光に照らされている。
 彼女もまたルイズが自分を見つけてくれた事に気が付いたのか、ニッコリと優しい笑みを浮かべた。
 花も恥じらう程の笑顔…とは正に、彼女の為にあるような言葉なのではとルイズは錯覚してしまう。
 そんな気持ちを抱きながらも、ルイズは自分を見下ろす彼女の名…ではなく、幼い頃から使っていた愛称を大声で叫んだ。

「ちいねえさま?…ちいねえさまッ!!」 
「……ッ!あぁルイズ!やっぱり貴女だったのね、小さなルイズ!」
 突然の大声に今度は霊夢達が驚く中、カトレアは眼下の少女が自分の妹であった事に喜び、更に呼びかける。
 今までどれだけ心配していたかというルイズの気持ちを知らずして、小さな妹の名を呼び続けた。

366ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:34:23 ID:nzoJO1T.
以上で九十二話は終了です。
いよいよ明日からは三月、春がゆっくりと訪れてきますね。
まだまだ寒いですが、次の投稿の時には暖かくなってる事を祈ります。

それではまた!ノシ

367ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/03/16(金) 23:19:52 ID:uSujKvK2
皆さん、大変長らくお待たせいたしました。ウルトラ5番目の使い魔、69話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

368ウルトラ5番目の使い魔 69話 (1/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/16(金) 23:22:42 ID:uSujKvK2
 第69話
 その呪いも抱き留めて
 
 奇機械竜 ギャラクトロン 登場!
 
 
 リュシーの罠にかかり、意識を奪う洗脳針を今まさに打ち込まれようとしていたコルベール。しかし、まさに寸前のその瞬間、轟音をあげて室内に踊りこんできた者たちがいた。
『ライトニング・クラウド!』
 突然室内に稲光が走り、たけり狂う電撃の奔流が部屋の物を破壊しながら轟音を後にして迫る。
「なっ!?」
 閃光に目を奪われたリュシーは、思わず刺す寸前だった針を持ち上げながら顔を上げた。
 魔法の電撃は部屋のあらゆるものを破壊しながら刹那に迫ってくる。しかし、直撃の寸前でジャックが魔法で空気の防壁を張り、空気中に電気の通りやすい抜け道を作ったことで電撃は逸らされてしまった。
 だが、電撃と間髪入れずに部屋に飛び込んできた小柄な影が、ジャック目がけて魔法をまとった杖を振り下ろした。
「さすがジャック。不意打ちで放ったライトニング・クラウドを防ぐとは、我が弟ながらたいしたものだ。操られてさえいなければ褒めてあげたいよ」
 それは、元素の兄弟の長男ダミアンだった。ダミアンの杖はジャックが防御のために上げた杖とがっちり組み合い、文字通り大人と子供ほどの体格差をものともせずに押し合っている。
 しかし、膠着が続いたのはほんの一瞬だった。リュシーやジャネットですら反応が追いつかないうちに、今度はドゥドゥーが飛び込んできて無防備なジャネットに当身を食らわせたのだ。
「がはっ?」
「ごめんなジャネット、でも今回は君が悪いんだから怒らないでくれよ、頼むから」
 兄の面目躍如といった感じで、ドゥドゥーは気絶したジャネットを抱き留めた。そして彼も元素の兄弟としての実力を見せつけるように、愕然としているリュシーに向かって間髪入れずに魔法を叩きこんだ。
『ウィンド・ブレイク!』
 魔法の突風がリュシーに襲い掛かり、リュシーは身を守るのが間に合わずに吹き飛ばされてしまった。
「きゃああーっ!」
 僧服のまま壁に叩きつけられ、簡素な板がむき出しの壁がひび割れ、体は生身でしかないリュシーは背中を強打してなすすべなく倒れた。
 それらは開始から瞬き一つをようやくできるかという間に行われた、まさに刹那の出来事。しかしまだ終わってはいない。今の乱入のショックでコルベールにかかっていた金縛りが解けたのだ。
「おお、体が動く! き、君たちは!」
「また会ったね。君のおかげで弟たちにかけられた洗脳の解き方がわかった。囮に使わせてもらったが恨まないでくれよ。ドゥドゥー! 早くジャネットに刺さった針を抜いて、その女にとどめを刺すんだ。ジャックを無傷で抑えるのは僕とて楽じゃない!」
 ダミアンがジャックを杖で抑えながら叫ぶ。さすがは元素の兄弟の長兄、小柄な容姿のどこにそんな力があるのかといわんばかりの圧力で巨漢のジャックを抑え込んでいるが、弟相手に手加減をしなければならないだけ分が悪い。
「早くしろ! 僕が本気を出すことになったらジャックを殺しかねなくなるのがわからないのか!」

369ウルトラ5番目の使い魔 69話 (2/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/16(金) 23:24:46 ID:uSujKvK2
「は、はいいっ!」
 モタモタするドゥドゥーにダミアンの怒声が飛ぶ。ドゥドゥーは慌ててジャネットの首筋に刺さっている針を抜いて杖の先をリュシーに向けたが、リュシーも怒りで顔を歪めながら杖を振り上げていた。
『エア・カッター!』
『エア・ハンマー!』
 ドゥードゥーの放ったカミソリのような真空の刃とリュシーの放った鉄塊のような圧縮空気の魂が激突し、相殺されたふたつの魔法は今度は無秩序な空気の爆弾となって部屋の中を荒れ狂った。
「ぬおおーっ!」
 コルベールは床にしがみつき、必死で吹き飛ばされるのを防いだ。台風のような暴風は閉鎖空間である部屋の中で暴れまわり、窓は割れ、さらに粗末な作りの事務所の屋根さえも運び去っていってしまった。
 一瞬でがらんどうの廃墟と化してしまった事務所。だがその中では、いまだメイジたちが睨み合う死闘が続いていた。
 不意打ちで大きなダメージを受けてしまったリュシーは、肩で息をしながらもなお執念深く杖を持ち上げている。その身から漂うオーラはなお強く、スクウェアクラスに匹敵する上に隙もない。
 しかし、元素の兄弟は爆発に紛れてダミアンがジャックの針を抜いたことで、ついにジャックも正気に戻り、リュシーの圧倒的不利となっていた。
「おはようジャック。君にしては珍しいミスだったけど、今回はジャネットともども不問にしよう。で、気分はどうだい?」
「ううむ、ダミアン兄さん。どうやら俺たちが迷惑をかけてしまったようだな、すまん。女を追い詰めて……それから先を覚えてない。だが、どうやら体に不調はないようだ」
 ダミアンが気を付けて洗脳針を抜いたため、後遺症もなくジャックは蘇っていた。ジャネットはまだ気絶したままでいるが、ドゥドゥーも含めて元素の兄弟三人がかりで狙われているリュシーに勝機はない。
「では、さっさと仕事を片付けてしまおう。お嬢さん、君にはすまないが、こういう理不尽がこの業界の掟でね。そういうわけだからさようなら」
「猟犬め……」
 余計にもったいぶらず、ダミアンは冷徹に杖を振った。人間の体を両断して余りある魔法の刃がリュシーに迫るが、その魔法は横合いからの別の魔法で進路をそらされ、リュシーの横の壁を切り裂いたに終わった。
 それは、コルベールの放った魔法であった。
「どういうつもりだい? ミスタ・コルベール」
 ダミアンが冷たく言い放つ。ダミアンはコルベールが自分の雇い主であるベアトリスのお気に入りであることを知っており、手出しはしないつもりではあったが、邪魔をするのであれば相応の対処をすると言外に告げていた。
「殺すほどのことはありません。捕らえて法の裁きを。恐らくあなたがたの受けた指令は連続爆破犯の阻止のはず。必ずしも殺害までは命じられておりますまい」
 コルベールの返答に、ダミアンはわずかに口元を歪ませた。確かにベアトリスは生死は問わずとは言ったが殺害を厳命してはいない。冷酷になりきれないベアトリスの心根を知っているコルベールの推測は当たったが、だからといってダミアンもおめおめと引き下がりはしない。
「だからといって殺してはいけないとも言われてないよ。それに、僕は弟たちに余計な危険を冒させてまで君に協力する義理もない」

370ウルトラ5番目の使い魔 69話 (3/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/16(金) 23:32:36 ID:uSujKvK2
「もっともですな。ですが、私も彼女にしてやられた身。物申す権利はあると思いますが」
 譲らないのはコルベールも同じだった。ダミアンは以前弟のドゥドゥーがコルベールに散々手玉に取られたことを知っており、コルベールがただものではないことを理解しているため、無理に押し通すことはしなかった。
 しかし、ダミアンは無言の圧力で、リュシーが降伏するくらいなら死を選ぶだろうとコルベールに言っていた。こういう恨みに凝り固まった人間は理性でどうこうなるレベルをとうに超えた狂信者というべきで、良心も自分の安全も恨みで塗りつぶしてしまっているので、もう自分でも止められないのだ。
 止まるとしたら、恨みの対象をすべて破壊しつくしたときだけ。ましてリュシーは何かの作用で復讐の対象が誰かを忘失して怨念だけ残された亡霊のようなものだ。もう、身も心も擦り切れて朽ち果てるまで止まることはできない。ならば、まだせめて人間でいられているうちに引導を渡してやるのがせめてもの情けではないのか?
 コルベールもそう思わないでもない。しかし、昼間のことがたとえ自分を騙すための演技だったとしても、あの明るさや優しさのすべてが嘘であったとはコルベールには思えなかった。
 恨みさえ晴らすことができればリュシーはまだ立ち直ることができる。だが、すでに罪を重ねてしまった彼女がこれ以上の破壊を繰り返せば、残った人間らしい心も擦り切れて、もう後戻りはできなくなってしまうだろう。
 救える機会はもうこの時しかない。コルベールには天使のようにリュシーに救いの福音を与える術はなかったが、ひとつだけリュシーを救えるかもしれない手段があった。ただし……。
「ミス・リュシー、あなたの……」
 それでも迷わずコルベールはリュシーに話しかけようとした。しかし、コルベールがリュシーに呼びかけた、まさにその瞬間に鼓膜を突き破るような爆発音が轟いてきたのだ。
「なんだい!?」
 思わずドゥドゥーが屋根を失った建物の上へと飛び上がる。しかし、他の面々も飛び上がるまでもなく爆発音の正体を知ることになった。なんと、先日ウルトラマンが倒したはずの巨大機械獣が街を破壊しながらこちらに向かってきていたのだ。
「あの銀ピカゴーレム、まだ生きてたのかよ! ダミアン兄さん、あいつこっちに向かってくるよ」
「ああ、本当になんて間の悪い。だがまずは仕事だね!」
 ダミアンは腹立たし気にしながらもリュシーに向かって魔法を放つ。しかし、それをまたコルベールが相殺した瞬間、リュシーは飛んで逃げようとフライを唱えた。
 むろん、それを見逃すダミアンではない。頭上で待機していたドゥドゥーに間髪入れずに指示を飛ばす。
「逃がすな、撃ち落とせ」
「もちろんさね!」
 ドゥドゥーが飛んで逃げようとするリュシーの頭を押さえ、広範囲に電撃の魔法を飛ばす。リュシーもこれを避けることはできずに食らい、それでも痛みをおして逃亡を図ろうとするが、今度は下から撃ち上げてきた氷弾がリュシーの体に突き刺さった。
「うああっ!」
「無理だよ。元素の兄弟を甘く見ては困るね」
 冷たく言い放つダミアン。代金の分の仕事は誰がどうなろうと必ず果たすのがプロの矜持だ。その対象が女子供であろうと何の関係もない。

371ウルトラ5番目の使い魔 69話 (4/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/16(金) 23:42:02 ID:uSujKvK2
 しかし、傷つき飛ぶ力も失いかけたリュシーにドゥドゥーがとどめを刺そうと杖を振り上げた瞬間、今度は別方向から邪魔が入った。
「ドゥドゥー危ない! 飛べ!」
 はっとしたドゥドゥーが反射的に真上に飛んだ瞬間、彼のいた場所を赤色の光線が貫いていった。ロボットの目から放たれた破壊光線で、もし当たっていたら瞬きした次の景色はあの世だったであろう。
 ヒヤリとしたドゥドゥーは、あの銀ピカ邪魔しやがってと毒づいたが、いくらなんでも反撃できる相手ではない。
 だが、街を蹂躙しようとするロボットに対して、青い輝きがそれを遮った。夜空から気高い群青の光が降り立ち、青い光の戦士、ウルトラマンヒカリが再度ロボットの進行を防ぐために立ち向かっていく。
〔やはりまだ生きていたか。ならば、今度こそ破壊するまで!〕
 ヒカリは白いロボットが自己修復して戻ってきたと判断していた。高度なロボットの中にはマスターがいなくても自己だけで完全解決するものも少なくない。
 そしてその一方、あの宇宙人も空の上から見つからないよう気配を消しながら様子をうかがっていた。
「ヒカリさんも来ましたか。さあて、これで役者が揃ったようですねえ。私と遊びたいという誰かさんも、お手並み拝見させてもらいますよ」
 わざわざこんな回りくどい真似をしてまででかいエサを撒いたのだ。何者がちょっかいを出してきているのか、とくと見せてもらおうではないか。
 ヒカリは白いロボットが高火力を発揮すれば街の被害が甚大になるとして、距離を取り過ぎず、中距離戦で戦うことにした。いわゆる、格闘の間合いからは少し離れ、かといって飛び道具を使うと相手に飛び込んでくる隙を与えてしまうような、そんな距離である。
 しかし対峙すると、ヒカリは白いロボットの動きに違和感を感じ始めた。
〔なんだ? 妙に動きが鈍い〕
 先日戦った時は機械的でありながらも比較的スムーズな動きを見せていたロボットが、今度は妙にぎこちないというか、動作をなにか一回する度に一瞬停止する感じでたどたどしい。
 まだ故障が直りきっていないのか? ヒカリはそういぶかしんだが、第三者の存在を知っている宇宙人は、恐らくロボットの制御AIが改造した誰かの使い慣れているものに書き換えられたのだろうと推測した。
「あの動き……どこかで見たことがあるような」
 一方で、動きが鈍くなった分、ヒカリは前回よりも余裕を持ってロボットに対処することができた。
「シュワッ!」
 ヒカリのキックがロボットの巨体を揺るがし、反撃に振るわれたアームも余裕を持って回避することができた。
 だがロボットは両腕だけでは対処しきれないことを悟ると、頭の後ろから弁髪のように生えている太い触手を伸ばしてヒカリを狙ってくる。その、まるでサソリの尾のように頭越しに伸びてくる攻撃にはヒカリもいったん後退を余儀なくされた。
〔まるで腕が三本あるようだ。少し動きが鈍った程度で安心できる相手ではないな〕
 ロボットの有する底知れないポテンシャルはヒカリをも戦慄させた。ならばこそ、ここで倒さねばならない。

372ウルトラ5番目の使い魔 69話 (5/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/16(金) 23:44:07 ID:uSujKvK2
「ハアッ!」
 ナイトビームブレードを引き抜き、ヒカリはロボット相手に短期戦に打って出た。わからないことはまだあるが、今は現実の脅威を取り除くことが最優先だ。
 ロボットのアームとナイトビームブレードがぶつかりあうたびに乾いた金属音が鳴り、夜の街を照らし出すほどの火花がはじけ飛ぶ。かつてのハンターナイト・ツルギを思わせる猛攻の前に、動きの鈍ったロボットは対処しきれない。
 このまま攻め続けて隙ができたところで関節部から切断していけば最終的にはヒカリ単独の力で破壊することも不可能ではない。その様子に、もう勝負がついてしまうのかと宇宙人は物足りない思いを感じていた。
「あららら、これじゃ改造じゃなくて改悪じゃないですか。どこかの誰かさん、せっかくなんですからもっと魅せてくださいよ。ねえ?」
 あのロボットの戦闘スタイルに鈍ってしまった動きはまったく噛み合っていない。恐らく、改造した誰かは元のAIが上書き不可か修復不能と見て丸ごと入れ替えたのだろうが、このままでは本当に改悪もいいところだ。
 しかしこれで終わるか? 少なくとも自分ならまだ何かを仕込んでいる。見せてもらおうではないか。ムッ?
 その瞬間だった。ロボットの目から白色の光線が放たれると、それはヒカリの横を素通りし、なんと今度こそ追い詰められていたリュシーを襲ったのだ。
「えっ……?」
「ミス・リュシー! 危ない!」
 とどめを刺されかかっていたリュシーを襲った攻撃に、元素の兄弟は反射的に飛びのき、彼女を守ったのはとっさに割り込んだコルベールだけだった。
 しかし建物を粉みじんにするようなロボットの光線を前にメイジの守りがなんになるのか? コルベールとてそう思って身を捨てる覚悟でいたが、なんということか!? 光線はリュシーと、彼女をかばったコルベールの周囲で風船のようなドームとなって二人を囲い込み、あっという間に二人をロボットの腹の赤い球体に吸い込んでしまったのだ。
「なっ!?」
 元素の兄弟も見ていることしかできないほどの一瞬の拉致だった。そして今の光線はロボットに元々備わっていたものではないと、宇宙人は気づいていた。
「あの光線、ゴース星人さんが使っていたものに似ていますね。ということは、やはり犯人はナックルさんではないですか。そして……」
 宇宙人は、ロボットを改造した誰かとは気が合いそうだと笑みを浮かべた。なんのために彼女を連れ去った? いや、そんなことは決まっている。
「人質ですか。この手段はウルトラ戦士たちにはとてもよく効くんですよねえ」
 古典的だが効果的この上ない戦術。これを打たれると正義の味方はなす術がない。
 ヒカリはリュシーとコルベールが吸収された球体を透視して、二人がその中に幽閉されているのを確認した。

373ウルトラ5番目の使い魔 69話 (6/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/16(金) 23:45:29 ID:uSujKvK2
〔まずい、あそこは奴の胴体のど真ん中だ。これでは下手に攻撃できない〕
 攻め手を止めざるを得なくなったヒカリに、ロボットは以前の戦いで失った右手の代わりに装着された大砲を向けてきた。大口径の砲身がヒカリを狙い、砲煙とともに弾丸が発射される。
「セヤッ!」
 とっさに身をひねり、砲弾を回避するヒカリ。ロボットの右腕についていたのは元々はビーム砲であったが、何者かに改修された今は実弾を発射するキャノン砲となっていた。しかし威力はひけをとらないほど高く、外れた弾丸が大爆発して威力の高さを示してくる。
〔この大火力、最初の時と脅威はほとんど変わらない。野放しにすれば街はあっという間に火の海だ。だが……〕
 人質がいたのではうかつな攻撃ができない。なんとか捕らえられた二人を助け出さなければ……だがどうやって? あのロボットの装甲を破って内部にいる二人を救い出すためにはかなりの攻撃を必要とするが、そうすれば内部も無事ではすむまい。それに、今この街の近辺にいるウルトラマンは自分だけなので応援も期待できない。
 ナイトビームブレードを構えながら、じりじりと押されていくヒカリ。ロボットはこちらがうかつな攻撃ができないと知って、まるで勝ち誇るように、腕を上下に振り動かしながら迫ってくる。
 危機に陥るヒカリ。街は熟睡を妨げられた人々が闇の中で逃げまどう声であふれ、騎士団もまだ出動すらできないでいる。
 元素の兄弟たちは、しばらくは様子見だね、とダミアンが冷徹に告げたことで全員が杖を収めた。コルベールや街の人間のために無償で尽くす義理はない以上、ロボットが破壊されてターゲットの死亡が確実になりさえすれば、後はどうなろうと知ったことではない。
 事実上、外部からの救援の可能性はほぼ途絶えたコルベールとリュシー。その二人は、ロボットの内部で身動きを封じられて閉じ込められていた。
「くそっ、このままでは我々のためにウルトラマンも街も危ないではないですか。なんとか脱出しませんと……ミス・リュシー、大丈夫ですか!」
 ロボットの内部は小さな空洞になっていて、そこで二人は無数のケーブルのようなものによってがんじがらめにされていた。まるで蜘蛛の巣にかかった虫も同然の状態で、しかもこのケーブルが頑丈で、魔法を用いてもなかなか切れる様子がなかった。
 それでもコルベールは、同じように捕らえられているリュシーを案じて声をかけ続けていたが、リュシーの目はロボットの球体からマジックミラーのように通して見える外の景色に釘付けになっていた。
「燃える……みんな、みんな燃えていく……」
 ロボットの攻撃で炎上していく街。それを見つめるリュシーの心に、どこにあったかもわからない自分の屋敷が名もわからない軍隊によって奪われ、自分の家族がどこであったかもわからない国の裁判で有罪とされ連れて行かれる光景が浮かんでくる。
 心に焼き付いて消えない、全てを失った悲しみと怒り。しかし、それがいつどこでどうして行われたのかを思い出せない。

374ウルトラ5番目の使い魔 69話 (7/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/16(金) 23:48:35 ID:uSujKvK2
「ふ、うふははは……燃えろ、みんな燃えて燃え尽きてしまえ!」
「ミス・リュシー? リュシーさん、どうしたのですか!」
 歪んだ笑みと引きつった哄笑を発し始めたリュシーにコルベールが呼びかけるが、リュシーの狂乱は止まらない。
「みんな忘れた、なにも思い出せない。だけど、これだけは覚えてる……わたしから家族を奪った火刑の炎……無実の人間を焼いたあの炎……わたしは誓ったの。同じ熱さを、痛みを思い知らせてやるって!」
 リュシーの怨嗟の叫びとともにロボットも咆哮して、放たれた無数の光線がさらに街を火の海に変えていく。
 これは! ロボットのパワーが上がっている。なぜ? と、ヒカリはいぶかしむが、ロボットのパワーはさらに上がり続けていく。
〔まずい、このままパワーが上がり続けたら、この街どころかハルケギニアを灰燼にするまで止まらないかもしれない。だが……〕
 最悪、捕らわれている二人ごと破壊するしか手がなくなるかもしれない。より多くの人間を守るためにはそれも……だが、ヒカリは狂ったように暴れるロボットから立ち上ってくるオーラに、隠しきれない怒りと悲しみの波動を感じていた。
〔我が身をすら顧みない、あの凶暴さはまるでツルギだったころの俺だ。まさか、あれに捕らわれた人間というのは……〕
 自身も復讐者であったゆえの、言葉に言い表せない共感。自分の感情に支配され、ハンターナイト・ツルギとしてほかの全てを投げ打ったあの頃の自分は、ボガールを倒すために地球に少なからぬ被害を与えてしまった。あの頃のことは忘れてはいけない記憶として残り、今ロボットから感じられるオーラはそれとよく似ている。
 そして、ヒカリと同様にコルベールも錯乱するリュシーの姿に、なぜロボットが彼女を捕らえたのかを気づいていた。
「リュシーくんから、彼女から怒りの感情を吸い取っているのか。おのれ、なんと卑劣なことを!」
 人間の感情をヤプールをはじめとする侵略者たちが利用しているのはコルベールも知っていた。リュシーはその心に宿る復讐心に目を付けられ、人質兼エネルギー源として捕らえられてしまったのだ。
 コルベールは、ケーブルに捕らえられながらなおも絶叫するリュシーを止めるために、なんとか自分の拘束を解こうと額に汗を浮かべながらもがいた。
 そして、ロボットの暴走の様子を、かの宇宙人も見守りながら状況を分析してつぶやいていた。
「いやいや、撒き餌をした私が言うのもなんですが、エゲつない真似をしますねえ。しかし、人間から感情エネルギーを吸い取る機能なんか、あのロボットにはなかったはずですが、それも改造によって追加した機能ですか……技術自体はそんなに特別なものではないですが、それ以上に人間のことをよくリサーチしてますね。これは、詰みましたかね?」
 人質をとった上にロボットの火力は上がり続ける。このままではウルトラマンヒカリに勝ち目はないだろう。むろん、街はあっという間に灰燼に帰し、ロボットは破壊の手をさらに広げるに違いない。
 ただ……やがては他のウルトラマンたちも駆けつけてくるだろうが、それまでにどれだけの被害が出るものか。侵略するにしても更地だらけの星などを手に入れても仕方ない。はたしてこの破壊力でリカバリーできる程度に収まるのか? と、宇宙人は黒幕の思惑をいぶかしんだ。

375ウルトラ5番目の使い魔 69話 (8/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/16(金) 23:49:49 ID:uSujKvK2
 しかし、黒幕の思惑がなんであれ、ロボットは全身からビームと弾丸を放って街を破壊し続けている。ヒカリがなんとか工場街で食い止めているが、すぐに被害は人口密集地へと及び、さらには東方号も破壊されてしまうだろう。
 ビームを受けた建物に魔法陣のような紋様が閃き、次の瞬間紅蓮の炎が焼き尽くす。巻き散らされた弾丸は無差別に着弾して、道路をえぐり、街路樹をなぎ倒す。その圧倒的な破壊は避難する人々の背にあっという間に追いつき、ヒカリの耳に炎から逃げまどう人々の悲鳴がいくつも飛び込んでくる。これ以上、戦いは引き延ばせない。
〔やむを得ん、何千何万という人々の命には代えられない。許してくれ〕
 意を決してナイトビームブレードを突き立てる構えをとるヒカリ。しかしそのとき、ヒカリの聴覚にリュシーに必死に呼びかけるコルベールの叫び声が響いてきた。
「リュシーくん、これ以上自分の中の悪魔の言いなりになってはいけない! 君は人間だ。こんな人形の一部なんかじゃない。そして、君が貴族であったなら、誇り高い貴族の心を思い出すんだ!」
 その言葉に、思わず手を止めるヒカリ。そうだ、自分が復讐の戦士ツルギとしてボガールを追っていた時、メビウスたちが懸命に光の国の戦士の心と誇りを思い出させてくれた。
 ならば、自分のすべきことはこの場の希望を最後まで信じ抜くこと!
「テヤアッ!」
 ナイトビームブレードでロボットの光線を跳ね返し、ヒカリは決意した。残りの全エネルギーを使っても何秒も持たないだろうが、そのわずかな時間に希望をかけて食い止める。
 青い光の戦士、ウルトラマンヒカリ。激しく鳴るカラータイマーの音がやむまで、ここを退きはしない。
 
 そしてロボットの内部では、コルベールの必死の呼びかけが続いていた。
「ミス・リュシー! リュシーくん、聞こえますか! 私がわかりますか?」
 自分を拘束していたケーブルをちぎり、コルベールはリュシーの目の前にまで寄って呼びかけていた。リュシーはなおも錯乱し続けていたが、コルベールの呼びかけと、彼の額のてかりがまぶしく目を照らすと、はっとしたようにコルベールに気づいてくれた。
「ミス、タ……コルベール?」
「そうです、私です。身の程知らずなコッパゲですよ。さあ、今助けます」
 コルベールは魔法を使ってリュシーの四肢を拘束しているケーブルを切断しようと試み始めた。しかし、リュシーはそれを拒絶するように叫ぶ。
「やめて! もうすぐ、もうすぐわたしの悲願がかなうんです。もうすぐ、もうすぐわたしの怒りで全部燃えて燃えて燃えて燃えて燃えて。わたしの復讐がかなうのよ!」
「すみませんが聞けませんな。君のやっていることは復讐でもなんでもない、ただの破壊です。君はこの機械人形に利用されているに過ぎないのです」
「それでもかまわない! もうわたしが復讐を遂げるには、ハルケギニアのすべてを焼き尽くすしかないんです!」

376ウルトラ5番目の使い魔 69話 (9/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/16(金) 23:52:17 ID:uSujKvK2
 血を吐くようにリュシーは叫んだ。すでにリュシーの体は元素の兄弟との戦いで傷つき、さらに強引に拘束されたことで激しく衰弱している。
 もう、リュシーはこの場で死ぬ覚悟を決めているとコルベールは理解した。そしてリュシーはこの世への未練を断ち切るようにコルベールに言った。
「コルベール様、聖職者を騙っていたわたしのみじめな告解をお聞きください。あなたの言った通り、わたしの中には悪魔がいます。この世に神はいなくても悪魔はいる。その悪魔が、どんなに振り払おうとしてもわたしの怒りを駆り立て、復讐を果たせと言うのです。コルベール様、わたしの理性が少しでも残っているうちに、どうか逃げてください。今さらですが、あなたのご好意につけこもうとして、ごめんなさい……」
 それはリュシーの良心が見せたせめてもの抵抗だった。人の心には多くの悪魔が潜み、様々なきっかけで人を理性では抑えることのできない魔道へと引き込んでいく。
 もはや復讐が成就するまで、いかなる犠牲を払おうともリュシーの怒りの悪魔が収まることはないだろう。けれど、コルベールはまったく引くことなく優しく告げた。
「できませんな。私はこれでも教師でして、人を教え導くことが仕事なのです。君が嫌でも、今から君は私の生徒です。絶対に見捨てはしませんよ」
「やめてくださいませ。わたしはわたし自身の心も復讐の魔法で塗りこめて、もう怒りの奴隷なのです。助けていただいても、わたしは必ずまた何かを火に包むでしょう。せめてお情けをかけるなら……わ、わたしの命ごと止めてください!」
 飢えた獣が肉を貪るのを止められないように、復讐を止められない自分が救われる道はもうない。ただ、己の破滅を除いたら……。
 そうしているうちにも、ロボットはリュシーからエネルギーを吸い続け、外で食い止めているウルトラマンヒカリの限界は近づいていく。それに、リュシー自身も傷が開いて意識が薄れかけ、このままでは復讐の夢うつつのままで精神力だけを吸い取られるパーツとしてロボットに組み込まれてしまうだろう。
 しかしコルベールはリュシーに杖を向けはしなかった。
「その願いはかなえられません。甘いとお笑いになられるでしょうが、私はもう二度と魔法で人の命を奪わないと決めたのです。リュシーくん、私にも君の中で叫ぶ悪魔の姿が見えました。君は制約の魔法で人を操るのと同じように、自分自身にも制約をかけて復讐心を操っていたのですな」
「……そうです。鏡を使って、自分自身に魔法の暗示を何度もかけました。善良な聖職者を演じ、復讐者としての素顔を隠すために」
「ですが、抑えられた復讐心はなお強く燃え盛ってあなたを焼こうとし、それを抑えるためにさらに自分に制約をかけ続けて、ついには縛り切れなくなりかけていたのですね。でも、もういいのですよ。あなたの怒りはみんな、私が引き受けてあげます」
「……な、なにを……?」
 リュシーはすでに意識ももうろうとしかけているようだった。しかし、コルベールはリュシーの手に杖を握らせ、さらに身だしなみ用の手鏡を向けながら言った。
「もう一度自分に制約をかけるのです。さあ、呪文を唱えなさい」
「はい……?」
 コルベールにうながされ、リュシーはぼんやりとしながらも『制約』の魔法を唱え始めた。どのみちもう死ぬつもりだったのだ、いまさら何がどうなろうとかまいはしない。
 だが、制約の魔法の詠唱が終わり、暗示を刷り込む段階になってコルベールが告げた言葉がリュシーの意識を現実に引き戻した。

377ウルトラ5番目の使い魔 69話 (10/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/17(土) 00:00:47 ID:JbiDIihg
「よろしい。では、こう信じるのです。リュシーくん、君の家族を陥れ、君が復讐を誓った相手の名はジャン・コルベール。この私だとね」
「えっ? あ、うぁぁぁーっ!」
 その瞬間、彼女の朦朧とした意識の中にコルベールの言葉が制約の魔法で形を持ったイメージとなって流れ込んできた。
 憎んでもあまりあるが、空気のように触れることも見ることもできなかった仇のイメージに色と形が注ぎ込まれていく。それは奔流であり濁流として、リュシーの失われた記憶の部分を急速に埋めていった。
”父を殺し、家族を引き裂いた仇。その名はジャン・コルベール、その顔が彼女の中で憎むべき悪魔と同一化されていく”
 だが、それは偽の記憶。ありえない過去。それが自分の中に流れ込んでくる感覚に、初めてリュシーは恐怖を感じて叫んだ。
「ああ、やめて、やめて! わたしの、わたしの中に入ってこないでえ! わたしは、わたしは……わたしが、こわれる……」
 これまで何度も自分にかけてきた制約の魔法に恐れを抱いたことはなかった。しかし、それは自分の中で暴れる復讐の感情を押さえつけるためのものだったのに対して、これはせき止められていた感情を一気に開放する鍵だった。
 溜まりに溜まり続けていた感情が、復讐の対象を得たことで抑えようもないほど膨れ上がっていく。怒りが、憎しみが、殺意が……リュシーは自分でもコントロールできなくなっていくその感情の濁流に恐怖し、もだえた。
 しかしコルベールは、恐れるリュシーを前にして、まっすぐにその顔を見据えて言った。
「怖がることはありません。あなたが胸の内に溜め込んできた濁ったものを、ただ吐き出してしまうだけなのです。さあ、目を開けて前を見て。あなたの前にいる男は誰ですか?」
「あ、あぁ……あ、うあぁぁぁぁ!」
 制約の魔法で刷り込まれた偽のイメージが完成し、その瞬間リュシーの心の中の憎悪は破裂した。
「おま、おま、お前はぁぁぁ!」
「そうです。ようやく思い出しましたか? あなた、いやお前の仇の顔と名前を」
「ああ、あああ……思い出した! 思い出した! ジャン・コルベール! ジャン・コルベール! 貴様、よくもお父様を!」
「そのとおり、物覚えの悪い小娘です。私は覚えていますよ、あの男の間抜け面をね」
 それは口から出まかせの安い挑発であったが、リュシーにはもはやそれを理解する知性も冷静さも残ってはいなかった。
 残っているのは、溜め込まれ続け、淀みきった真っ黒な殺意のみ。それが爆発し、リュシーは言葉にならない罵声を口から吐き出しながらコルベールに迫ろうとした。
 しかしリュシーの四肢はロボットのケーブルで拘束されてしまっている。それでも手足を引きちぎらん勢いでコルベールに迫ろうとするリュシーに、コルベールは何を思ったのか自分からリュシーの目の前にまで近づいた。
「さあ、仇は目の前ですよ。どうしますか?」
「ああ、こ、ころ、殺すぅぅぅぅ!」
 目の前のコルベールに、リュシーは唯一自由になる首を伸ばしてコルベールの肩口に噛みついた。たちまち白い歯が服ごと肉に食い込み、赤い血が滲み始める。

378ウルトラ5番目の使い魔 69話 (11/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/17(土) 00:06:46 ID:JbiDIihg
 だが、コルベールは顔色一つ変えることもなく、ただリュシーを拘束から解放するために魔法を唱え続けた。その肩口で、リュシーはまるで吸血鬼のように血と肉をむさぼり続ける。
「殺す、ほろふ、ほろひてやるうぅぅぅ……」
「そう、それでいいのです。そうやって、あなたの中に溜まった黒いものをすべて吐き出してしまいなさい。いくらでも、私が受け止めてあげましょう」
 いつしか、リュシーの目からは滝のように涙も流れ、むしろリュシーが血を吐いているようにさえ見えた。
 これがコルベールの答え。リュシーの復讐の標的をでっちあげ、その復讐を成就させてやる。彼女が欲する血を、自分が引き受けることになろうとも。
 リュシーは泣きわめき、ひたすらかすれた声で「殺す」と繰り返しながら一心不乱に歯を突き立てている。すでに漏れ出した血はコルベールの服の半分を赤く染め、指先からは真紅の雫が滴っている。それはまさに、コルベールの肩を食いちぎってしまいかねないほどに思えた。
 だが、コルベールは常人なら絶叫するであろう激痛にじっと耐えながら独り言のようにこう口にした。
「そう、そのまま、そのままです。どんな強い感情でも無限ということはありません。そのまま吐いて吐きつくしてカラッポになりなさい。カラッポになって、自分の中に住み着いた悪魔を追い出してしまいなさい」
 少しずつだが、リュシーの噛む力が弱まっているのをコルベールは感じていた。
 どんなに発狂しようとも、人間である以上限界は必ずやってくる。増して激しく燃える炎ほど燃え尽きるのも早い。コルベールはそれに賭けたのだった。
「ころふ……ほろふぅ……」
 狂気に取りつかれていたリュシーの顔から少しずつ険が取れていく。感情を一気に爆発させた反動と、すでに体力的に疲労の極だったことで急速に消耗しつつあるのだ。
 コルベールは、哀れな復讐鬼の断末魔にも似た叫びを受けながら、一本ずつケーブルを切断していった。その表情からは、決意や哀れみとは違う、どこか義務感のような寂しさがわずかに見えたように思えた。
 
 そして、中の影響は外部にもついに変化となって表れた。
〔むっ? 動きが、鈍ってきたのか?〕
 今まさにとどめを刺されかけていたヒカリは、突然ロボットが動きを鈍らせたことで間一髪逃れることに成功した。
 偶然ではない。目に見えてロボットの動きが遅くなり、まるで電池の切れかけた玩具のようになっている。一目で、中で何かが起きたのだということは察せられた。

379ウルトラ5番目の使い魔 69話 (12/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/17(土) 00:12:23 ID:JbiDIihg
 これは間違いない。ロボットのエネルギー源に当たるものに何か重大な異常が起きたとしか考えられない! そうならば、自分がやるべきことはひとつ。ヒカリは残った力をナイトビームブレードに込めて、ロボットの両腕を一気に切り裂いた!
「イヤアァァッ!」
 無防備な状態への関節切断攻撃。ロボットの右腕の大砲と左腕のクローが同時に地に落ち、同時にバランスを崩したロボットが大きくのけぞる。
 やった! これでもう奴はまともな戦闘はできない。残った武器は目からの光線くらいだが、元よりエネルギー欠乏の今となっては恐れるに値しない。後は機体に閉じ込められている二人を救出しさえすれば……。
 しかし、かと思ったその時だった。なんと、切り落としたはずのロボットの両腕が浮遊し、動き出しているではないか!
〔自己再生機能か? いや、あれは……〕
 はっとしたヒカリは、切断したロボットの腕が修復するのではなく、独自に動き出すのを見てそれが分離合体機能の一種であると悟った。
 ロボット怪獣の中には自分のボディをいくつかに分離して戦えるものがいる。こいつもその一種なのか? それとも、これも改造されて追加された機能なのか? いや、いずれにしても脅威はまだ消えていないということだ。
 切り離されたロボットの腕はそれぞれがロボット本体と合わせて三方からヒカリを包囲する態勢をとってきた。まずい、このままではこちらもエネルギー切れで逃げ場のないままハチの巣にされる。だが、この戦法はどこかで……?
 しかし、ヒカリに向かって一斉砲火が放たれようとした、まさにその瞬間だった。ロボットの胸の球体に大きくヒビが入り、同時にロボットが苦しげに大きくのけぞったのだ。
〔あれは、ミスタ・コルベール!〕
 発光体を透かして、ヒカリの目にコルベールの姿が見えた。コルベールは球体の向こうで誰かを抱きかかえながら杖を握っている。内部からの攻撃でロボットにダメージを与えたに違いない。
 けれど、コルベールの力もそこまでで、球体を壊して脱出するまではいかなくなっている。ならば……ヒカリは意を決して、ナイトビームブレードを突きの構えに備えた。
〔狙うは一点、少しでも加減を誤れば中の彼らも傷つけてしまう。最小限の力で……ハァッ!〕
 精神を研ぎ澄まし、ナイトビームブレードでの針の穴を通すような一閃がロボットの胸の球体に吸い込まれる。
 一瞬響く乾いた音……剣の切っ先は球体の表面で止まっており、一寸たりとも食い込んではいない。しかし、確かな手ごたえがヒカリにはあった。
 次の瞬間、球体のヒビが大きく広がり、球体はついにその強度の限界の寸土を超えてはじけ飛んだ!
「今だ!」
 外が見え、風を感じた瞬間コルベールは飛んだ。残りの精神力を『フライ』の魔法につぎ込み、リュシーを抱きかかえたまま全力でロボットから離れようと滑空する。そして飛びながらヒカリに向かって叫んだ。
「ウルトラマン、とどめを! その穴が、そいつの唯一の急所です!」
 その声にはっとし、ヒカリの視線にコルベールが脱出した球体の穴の黒々とした闇が映りこんで来る。あそこなら、奴の装甲は意味を持たない。

380ウルトラ5番目の使い魔 69話 (13/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/17(土) 00:13:27 ID:JbiDIihg
 残りエネルギーはわずか。ナイトシュートを撃つには足りず、だがそのわずかな力をナイトビームブレードに注ぎ込み、まさに巨岩に打ち込む小さな楔のように球体の穴に向かって叩き込んだ。
『ブレードショット!』
 矢じり型のエネルギー弾がロボットの球体の穴に飛び込み、次いでロボットの全身が震え、スパークした。
 いかな強固なロボットとはいえ、そのすべてを頑丈になどできるわけがない。むしろ強固な装甲はデリケートな内部を守るためにこそあるといってもいい。精密機械が詰まった内部に異物が入り込んだらどうなるか? 人体に例えるまでもなく、ウルトラマン80を苦しめたロボット怪獣ザタンシルバーも損傷部から機体内部への攻撃で撃破されている。
 ロボットの動きが止まり、その全身から火花が噴き出した。同時に浮遊していたロボットの両腕も力を失って落下し、ロボットはその竜に似た口から断末魔の機械音を響かせながら倒れ、大爆発を起こして今度こそ完全に破壊された。
「さすが、光の国の方は強いですね」
 パチパチと手を鳴らしながら宇宙人はつぶやいた。彼のシルエットをロボットの爆炎が照らし、爆風がないで通り過ぎていく。
 結局はこうなったか、と、彼は心の中で息をついた。あわよくばウルトラマンのひとりでも倒してくれれば儲けものではあったが、そんなに簡単にウルトラ戦士を倒せるようならどこの星人も苦労はしない。
「ですが、私にとって収穫がなかったわけではないですね。この短時間でロボット怪獣を改造できる技術力と、いくつかのヒントをつなげれば……フフ、だいたい絞り込めてきましたよ。どうやら誰かさんと顔を合わせる日も近そうです。ただ、憎悪の感情の回収は……失敗ですね。やれやれ、今日はもう帰りましょうか」
 なかなか思うようにはいかないものだと、彼はわざとらしく肩をすくめて見せると、ヒカリに向かって「お疲れ様でした」と声をかけて消えていった。
 そしてヒカリは、消えていった宇宙人を見送ると、もう一度ロボットの残骸に目をやった。
 もうあの宇宙人を追う力は残っていない。しかし、恐ろしいロボットだった。勝つには勝てたが、あのポテンシャルの高さを考えればこちらが負けていた可能性のほうが圧倒的に高かった。どこの宇宙からやってきたかわからないが、ロボットである以上は同型機がいるかもしれず、これから自分や仲間のウルトラマンの誰かがあれと戦わねばならないと思うとぞっとするものがある。
 だが、それは別として気になることがもう一つ。ヒカリは地面に横たわっているロボットの腕の大砲を一瞥すると、カラータイマーの点滅音を置き土産に残して飛び立った。
「ショワッチ!」
 
 ヒカリも去り、街にはようやく安寧が戻った。街の被害は軽くはないものの、すでに怪獣の襲来には慣れている人々はすぐに復旧にとりかかり、数日もあれば被害の影響はなくなるであろう。
 人間たちはたくましい。しかし、闇の中に住まう者たちには、まだ安らぎは訪れない。
 
 街はずれ。人の気配のないそこに、元素の兄弟は全員揃っていた。

381ウルトラ5番目の使い魔 69話 (14/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/17(土) 00:14:54 ID:JbiDIihg
 ダミアン、ジャック、ドゥドゥー、ジャネット。彼らも一様に疲労してはいるが、その眼光は鋭く、街から出ようとするひとりの男を睨んでいる。
「やあ、ミスタ・コルベール。まだ夜も明けないというのにお出かけかい? 美人と逢引きとは、君もなかなか隅におけないね」
 冗談めかしたドゥドゥーの言葉に、コルベールは苦笑した。
 コルベールの腕にはリュシーが抱きかかえられている。しかしそれは逢引きなどというムードは欠片もなく、コルベールの服は鮮血でくすんでおり、腕の中のリュシーはぴくりとも動かない。
「すみませんが、少し野暮用ができましてね。ちょっと通していただけたら助かるのですが」
「君一人だけならすぐにでも通してあげるよ。でも、その抱えてる女は置いていってもらおうか。最悪首だけでもいい」
「それはできませんな。彼女は私の大切な友人です」
「僕らを相手に、そんなわがままが通用するとでも? こうして交渉してあげているだけ最大限譲歩しているんだよ」
 すでにダミアンをはじめ、元素の兄弟は皆が殺気を隠そうともしていない。ジャネットまでが人形のような顔に怒りを浮かべてリュシーを睨んでいる。
 しかし、コルベールは今にも襲い掛かってきそうな元素の兄弟に対して穏やかに言った。
「あなた方の仕事は、すでに終わっていますよ。ハルケギニアを騒がせた連続爆破事件は、もう二度と起きることはありません」
「そんな言葉で、僕たちが納得するとでも? それに、その女には弟と妹が世話になっている。兄としても、見逃すわけにはいかないね」
 ダミアンの言葉遣いは丁寧だが、邪魔をするなら今度こそ容赦しないという強い意思が籠っていた。それでも即座に奪い取ろうとしないのはコルベールの力がまだ計り知れていないからだ。それに、手負いの相手ほど警戒しなければいけないものはない。
「私は、あなた方と争うつもりはありませんよ。ここにいるのは、悪魔憑きに合って助けを求めていただけの哀れな娘のカラッポの抜け殻です。あなた方が始末すべき標的は、もうこの世にいません」
 コルベールも引く様子はなく、ドゥドゥーなどはいきりたってすぐにでも魔法を撃ちそうなのをジャックに止められている始末だ。
「やめろドゥドゥー、兄さんの許可はまだ出ていないぞ」
「く、くぅぅ……ダミアン兄さん! なにをのんびりしてるんだよ。早くやってしまおうよ。兄さんたちもいればこんな奴」
「ドゥドゥー、君は黙っていたまえ。だが、僕も心境は弟たちといっしょさ、ミスタ・コルベール。君ならわかると思うけど、この仕事は信用が何よりでね。一度でも泥がつくと稼ぎが天と地になる。僕は僕と家族のためにその女の首が必要なんだ。君の次の発言で僕を納得させられなかったら、遺憾だが僕も決断する。ああ、一応言っておくけど、君の命と引き換えというのは論外だからね」
「そうですね。では、こういうのはどうでしょう? 後日、あなた方が何か仕事をする際に、私を子分としてこき使う権利をあげるというのは。人殺し以外でしたらなんでもいたしますよ」
 その提案に、ダミアン以外の兄弟は露骨に不快な様子を見せた。当然である、他人の力を借りなくてもハルケギニアでなんでもできるだけの力を持っていると彼らは自負しているからだ。
 だがダミアンだけは表情を変えないままで答えた。
「へえ、自ら僕たちの下僕になるって言うのかい。例えば君の教え子の実家を焼き討ちにする、というのでもかい?」
「いいですよ。ですが、仕事が終わった後で私がどうするかというのは自由ですがね。それに、あなたならそんな無駄なことを実行したりはしないでしょう」
「ふ、食えない人だね……いいだろう。君には貸しひとつだ。さっさと行きたまえ、君の顔はあまり目によくない」

382ウルトラ5番目の使い魔 69話 (15/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/17(土) 00:16:04 ID:JbiDIihg
 ダミアンが道を開けると、コルベールは「感謝します」と、一言会釈して横を通り過ぎていった。
 もちろん、他の元素の兄弟は愕然とし、納得できないと飛び出そうとしたがダミアンが厳しく視線で押しとどめた。
 やがてコルベールが行ってしまうと、ドゥドゥーやジャネットだけでなくジャックまでもが「兄さん、どういうつもりだい!」と、問い詰める。人一倍仕事に厳しいダミアンにしては信じられない甘さが信じられないのだ。だがダミアンは額の汗を拭う仕草をすると、冷たい視線を兄弟たちに向けて言った。
「さっき、もし仕掛けていたら何人かはやられていた。最悪、相打ちに終わっていたかもね」
「えっ!?」
「ジャック、君も気づかないとはまだまだだね。もっと鼻に注意するようにすることだ……さて、帰ってミス・クルデンホルフから報酬をもらうとするよ」
 そう言うと、ダミアンは踵を返してさっさと歩いていってしまった。弟や妹たちは訳の分からないまま慌てて兄の後を追う。
 ダミアンは弟たちに見せないように一瞬だけ屈辱に歪んだ顔を浮かべ、次いでコルベールをどのように利用して稼ごうかと現実的な思考を巡らせ始めた。
 元素の兄弟は闇の中に去って消え、後には寒々しい夜明け前の路地だけが残る。その淀んだ空気の中に油っぽい湿った風が流れ、やがて乾いた風が取って代わっていった。
 
 
 東の空に昭光が見えてくる。夜明けは近い。
 爆散したロボットの機体はまだくすぶっているが、消火はもうすぐ終わるだろう。
 一方で、残ったロボットの両腕は王立魔法アカデミーが検分に来るまで保管されることになっている。しかし、どうせこんなでかいものを盗んでいく奴などいるまいと気を抜く番兵の目を盗んで、セリザワがロボットの右腕を調べていた。
「やはり……ロボットの元々の金属は見たことがないものだが、この追加装備された砲に使用されている金属は、確かあの星で主に使われているものだ……だが、あの星の連中だとしたら何の用でハルケギニアに……侵略か? まだ断定はできんが、備えておく必要はありそうだ」
 容易ならざる存在がハルケギニアに来ているかもしれない。セリザワの目に金色の朝日が映りこんで来る。だが、彼の表情はその光に危険な未来を見ているかのように厳しく、晴れなかった。
 
 
 続く

383ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/03/17(土) 00:17:28 ID:JbiDIihg
今回はここまでです。
また遅れてすみません。これから連休とれるので追い上げます。

384ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 22:54:29 ID:a7UTMbH2
ウルトラ五番目の人、投稿おつかれさまでした。

さて皆さん今晩は、無重力巫女さんの人です。
特に問題が無ければ、21時58分から九十三話の投稿を開始します。

385ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 22:54:30 ID:a7UTMbH2
ウルトラ五番目の人、投稿おつかれさまでした。

さて皆さん今晩は、無重力巫女さんの人です。
特に問題が無ければ、21時58分から九十三話の投稿を開始します。

386ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 22:58:34 ID:a7UTMbH2
 タニアリージュ・ロワイヤル座の二階は一階ロビーとはまた別にラウンジが用意されていた。
 下の階ほど広くは無いが、貴族専用であるためか幾つかの観葉植物とソファーが置かれているさっぱりとした造りである。
 基本的に二階の観覧席等に平民は座れず、また下級貴族にとっては少し高いと感じる値段なのだろうか、
 二階にいる者たちは皆しっかりとした身なりをしており、立ち振る舞いのそれは立派なトリステイン貴族だ。
 チケット売り場も二階に移設されているので、少し小腹を満たそう…と思わない限り一階へ降りることは無い。
 精々手すり越しにロビーのあちこちを眺めつつ、劇を観終ったらあそこで紅茶でも飲もう…と考える程度であった。
 紳士淑女達は下の喧騒とは対照的に穏やかに会話し、両親に連れられた子供たちは静かに上演時間を待っている。

 そんな時であった、ふと一階ロビーへと下りられる階段の方から騒ぎ声が聞こえてきたのは。
 まだ年若い…それこそ学生と言っても差し支えない少女の怒鳴り声と、警備員であろう青年との押し問答だろうか。
 何だ何だと何人かがそちらの方へ視線を向けると、案の定その押し問答が丁度階段の前で行われていた。
「ちょっと、アンタ何してるのよ?通しなさい!」
「困りますお客様!こちらは貴族様方専用のラウンジがありますので、立ち入りの方は…」
「アンタねぇ…!私の髪の色だけで私が誰なのか理解しなさいよッ!」
 少女はウェーブの掛かったピンクのブロンドヘアーを振り乱しながらそう叫んでいる。
 その髪が目に入った貴族たちは瞬間目を丸くし、一斉に互いの顔を見合わせながらざわめき始めた。
 トリステインの貴族であるならば、文字の読み書きを覚え始めた子供でも知っているからだ。
 あの髪の色が、この国において王家と枢機卿に続く権威を持つ公爵家の証であるという事を。

 しかし入って間もなく、地方から出稼ぎで王都へ来た年若い警備員は知らないのか酷く困惑している。
 そんな彼でも目の前を少女を目にした背後の貴族達がざわめき始めたのに気が付き、焦りに焦ってしまう。
 もしもここで下手な対応をすればクビの可能性もあるし、安易に通してしまえばクレームが飛んでくるかもしれない。
 突然の選択肢と、尚も怒鳴る少女を前に彼は焦燥感に駆られて、自分一人では対処できないと断定した。
 そうなれば次にする事は応援の要請…彼は通せと怒る少女に両掌を見せて、焦りの見える声でしゃべり始める。
「で、では少々お待ちくださいませ。今上の者を呼んでまいりますので、暫しのお待ちを…」


「ルイズ!」
 そんな時であった。ラウンジから少し奥の通路から少女同じ色の髪を持つ女性が走ってきたのは。
 彼女よりも長く手入れの行き届いたピンクブロンドがシャランと揺れて、周りにいる人々の視線をそちらへと向けさせる。
 走るには適していないロングスカートの中で足を必死に動かし、女性は少女の許へと近づいていく。
 彼女の姿は紛う事無き美しさに満ちていたが、同時に砂上の楼閣の様な儚さを垣間見る者たちも何人かいた。
 そして彼らはハッとする。今女性が発していた少女の物と思しき、ルイズと言う名に酷く聞き覚えがある事を。
 もしも彼女が口にした名前が少女の物であるならば、あの二人は、まさか…?
 そう思っていた彼らに答えを提示するかのように、自身の名を呼ばれた少女――ルイズは叫んだ。

「ちいねえさま!やっばりちいねえさまなんですねッ!?」
 彼女は自分の前に立ちはだかっていた警備員の横を無理やりすり抜けて、ラウンジの中へと入っていく。
 そして自分と同じように走り寄ってくる女性――カトレアの腰を掴むようにして、熱い抱擁をした。
「あぁルイズ!間違いなく貴女なのね?私の小さな妹!」
 カトレアもまた、目の前にいる少女が自分の妹なのだと改めて分かり、同じく熱い抱擁を返す。
 この時身長差故か、丁度彼女の豊かな胸がルイズの顔にギュッと押し付けられたのはどうでも良い事だろう。

387ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:00:31 ID:a7UTMbH2
 二人の熱い再会を余所に、周りにいた貴族たちは両者の名前を耳にしてまさかまさかと顔を見合わせている。
 あのピンクのブロンド…やはりあの二人は、この国にその名を轟かせるヴァリエール公爵家の姉妹…!
 まさかこんな所でヴァリエール家の者たちと出会う等と思ってもみなかった彼らは、ただ驚くほかなかった。
 しかし…そんな彼らに驚く暇さえ与えんと言わんばかりに、今度は数人分のざわめきが一階からやっくるのに気が付く。
 今度は何だと思い何人かがルイズとカトレアから目を放しそちらへ視線を向けて見てみると、見た事の無い紅白の服を着た黒髪の少女がそこにいた。
 先程までルイズを通らすまいと奮闘していた警備員はもう無理だと感じたのか、階段の隅っこで縮こまってしまっている。
 そんな彼を無視して、黒髪の少女は乱暴な足取りでラウンジへと入り、ルイズ達の方へ近づいていく。
 マントを着けていない故に貴族ではないと一目見て分かるが、かといってただの平民には見えない。
 では役者かと大勢がそう思った時、その黒髪の少女が心地よさそうに抱き合っているルイズへと声を掛けた。

「ちょっと、ちょっとルイズ!何…って、誰よその女の人は」
 彼女の近くにいた貴族たちは、思わずギョッとしてしまう。
 例え王家であっても余程の事は無い限りある程度の礼節を持って接する程、ヴァリエール家は古くからこの国に貢献している。
 だからこそ、そんな事実など微塵も知らぬかのように乱暴に呼んだ黒髪の少女に、驚かざるを得なかったのだ。
 きっととんでもない事になるに違いない…と思っていた所、呼ばれた本人であるルイズは平然とした様子で黒髪の少女へと話しかけた。
「…え?あ、レイム!見つけたのよ、行方不明になってたちいねえさまを…ホラ!」
「え?ちいねえさま…って、全然「ちい」っていう感じには見えないんだけど…」
 公爵家の末娘にレイム…と呼ばれた黒髪の少女――霊夢はルイズと抱き合っているカトレアを見て首を傾げてしまう。
 一方のカトレアは、ルイズの口から出た不穏な単語を耳にして怪訝な表情を浮かべてしまう。

 突然の事に驚くあまり、ただざわめく事しかできないほかの貴族達であったが、
 そこへ更に畳み掛けるようにして、今度は一階にいた魔理沙とシエスタの二人もラウンジへと入ってきたのである。
「ルイズ、いきなりどうした…って、おぉ!何か色々と大きくなったお前のそっくりさんみたいなのがいるなー」
「ちょ…ちょっと皆さん駄目ですよ!こ、ここは貴族様専用のラウンジだっていうのにぃ〜…」
 トンガリ帽子を被ったままの魔理沙はルイズとカトレアを見比べて、そんな事を言っている。
 一方のシエスタは今いる場所が二階の貴族専用フロアだとしっている為か、顔を青ざめさせていた。
 今にも泣き出してしまいそうな彼女の姿は、他の貴族達からしてみればいかにもな平民の反応である。
 
 平然としている霊夢達に対し、シエスタが焦りに焦っていると、一階から数人の警備員たちが駆け込んできた。
「コラァー!お前たち、ここは貴族様方専用のエリアだぞ!さっさと一階に戻らんか!」 
「ひぃっ、御免なさい!ワザとじゃないんです!これにはワケが…」
「言い訳は下で聞くとして、ひとまずそこの紅白と黒白…お前たちも来い!」
 警棒を片手に怒鳴る年配警備員の怒声に、シエスタは悲鳴を上げて頭を下げてしまう。
 そんな彼女の言葉を他の若い警備員が遮りつつ、霊夢と魔理沙にも下へ降りるよう呼びかけた。
 シエスタは今にも首を縦に振って従いそうであったが、それに対してその紅白と黒白は「何だコイツ?」と言いたげな表情を浮かべている。

 警備員たちも大事なお客様である貴族たちの前か、何が何でも一階へと下ろそうという気配が滲み出ている。
 まさか、このラウンジで一悶着が…という所で、警備員から見逃されたルイズが口を開いた。
「待ちなさいあなた達!そこの三人は私の知り合いよ?私の許可なく連れて行くのは許さないわ」
 突然の制止に年配の警備員がムッとした表情を彼女へと向け、そして気が付く。
 身なりとしてはやお洒落な服を着ている平民の少女に見えたが、その髪の色と鳶色の瞳を持つ顔で思い出したのである。
 従業員たちの間に配られている『重要顧客リスト』の中に、彼女と同じ顔を持つ公爵家令嬢の似顔絵があった事を。

388ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:02:31 ID:a7UTMbH2
「…!あ、あなた様はまさか…」
「騒がせてしまった事は謝るわ。けれどつれて行くのは勘弁して欲しいの、それでよろしくて?」
 咄嗟に敬語へと変えた年配の彼が言おうとした事を遮りつつ、ルイズは命令を下す。
 それは普段霊夢達と過ごしているルイズとは違う、ヴァリエール公爵家令嬢としての命令。
 例え平民の服を着て、マントを外していたとしてもその姿勢と言葉には確かな力が垣間見えている。
 長年劇場で働き、様々な貴族を見てきた彼は暫し無言になったのち、ルイズの前で気を付けの姿勢を取って言った。

「失礼しました!貴女様の付人なら、我々もこれ以上干渉は致しません」
 隊長格である彼の言葉に後ろにいた後輩たちがざわめく中、ルイズは「よろしい」と満足そうに頷いた。
「じゃあ通常業務に戻って頂戴。色々と騒がせてしまったわね」
「いえ、何事も無ければ問題ありません。…ホラお前たち、下へ戻るぞ。…お前はさっさと壁から背を離せ」
 ルイズからの謝罪を笑顔で受け取った年配の警備員は笑顔で頭を下げると、後輩たちを連れて下へと戻っていく。
 ついで状況に置いてかれ、階段の上で硬直していた見張りの警備員をどやしつつ、彼は階段を降りて行った。
 何人かの後輩警備員たちはルイズをチラチラと見やりつつ、渋々といった様子で先輩の後をついていく。

 それから数秒が経ったか、もしくは一、二分程度の時間を所有したのかどうかは定かではない。
 人が変わったかのように丁寧な対応をしたルイズに驚いていた魔理沙は、恐る恐るといった様子で彼女に話しかけた。
「あ、あのさ…、お前本当にルイズなのか?」
「…?なに頭おかしい事言ってるのよ、私は私に決まってるじゃない」
「やっぱりルイズだったか。うん、何だか安心したぜ」
 ある意味失礼極まりない魔理沙からの質問に、先程とは打って変わっていつもの調子でルイズは言葉を返す。
 それを聞いた魔理沙は安心し、ついで霊夢も納得したかのようにウンウンと頷く。
「成程。さっきの変に丁寧過ぎる対応も含めてアンタなのね」
「……一応私も貴族何だから、滅茶苦茶失礼な事言ってるって事は自覚しておきなさいよね?」
 人を誰だと思っていたのかと突っ込みたくなるような事を言う巫女さんにそう言いつつ、ルイズはシエスタの方へと視線を向ける。
 そこにはすっかり腰を抜かして、尻餅をついてしまっている彼女の姿があった。 

「シエスタは大丈夫…じゃなさそうね」
「ひえぇ…み、ミスぅ〜」
 今にも泣きそうなシエスタに、ルイズはどういう言葉を掛ければ良いか悩んでしまう。
 何せ彼女にとって貴重な休日を潰してまで霊夢達に街を案内してくれたというのに、それが大事になってしまったのだ。
 ひとますせ腰を抜かしてしまってい彼女を起こして、それからカトレアの事について話せるところまでは話してみよう。
 そう思った彼女が手を差し伸べる直前、その真横がスッとルイズのものでない女性の手が差し伸べられた。
 えっと思ったシエスタが顔を上げると、穏やかな笑みを浮かべるカトレアがルイズの横に立っていた。

 最初はその差し出された手の意味が良く分からず、ほんの数秒間硬直していたシエスタであったが、
 すぐにその手が自分に向けられてる事に気が付いたのか、彼女は慌てて立ち上がりカトレアに向けて勢いよく頭を下げた。
「も、もうしわけありません!貴族様の御手を煩わせるような事をしてしまい…」
「いえ、私の方こそ御免なさいね。色々驚かせてしまったようで…」
「え…?そ、そんな滅相も…!……ん、あれ…?」
 謝罪を途中で止めたカトレアの言葉に、シエスタは尚も食らいつくようにして謝ろうとする。
 その時に下げたばかりの頭を上げようとした直前、彼女はカトレアの顔を見てハッとした表情を浮かべた。

389ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:04:28 ID:a7UTMbH2
 暫し顔を上げた状態のまま固まったシエスタは、ゆっくりと彼女へ質問をした。
「もしかして…ミス・フォンティーヌさん…なのですか?」
 その言葉にカトレアの隣にいたルイズはえっ?と言いたげな表情を浮かべ、次いでシエスタの方へと視線を向ける。
 どうしてシエスタがちいねえさまの事を…?そんなルイズの疑問を解決させるかのように、カトレアはニコリと微笑んでこう言った。
「ふふ…ようやく思い出してくれたのね。タルブ村のお嬢さん?」
「…!やっばり、貴女さまだったのですね!」
 その口から出た言葉にシエスタは満面の笑みを浮かべ、先ほどとは打って変わってカトレアと優しい握手を交える。
 カトレアの両手を自分の手で包み込むようにして握手して、互いに優しくも柔らかい笑みを浮かべ合う。
 
 突然の事に今度はルイズが驚く番となり、霊夢達もカトレアの言った言葉に目を丸くしていた。
「…今のは何かの聞き間違いか?今シエスタの事を、タルブ村のお嬢さんだって…」
「えぇ、言ってたわね。そこん所は私の耳にもハッキリと聞こえたわ」
『いや〜…こいつはおでれーた。良く世界は広いよう狭いって言葉を耳にするがねぇ〜』
 これには霊夢だけではなくデルフも驚いているのか、彼女に続いて鞘から刀身を少しだけ出して呟いた。
 それに続く…というワケではないが、カトレアの発言に驚いていたルイズも和気藹々と再会を喜ぶ二人を見ながら口を開く。
「まさかあの村の名前を今になって聞くだなんて…思ってもみなかったわ」
 タルブ村…それは今のルイズ達にとって、一つの契機とも言える事態が重なり合った場所だ。
 多数の羽目らと戦い、霊夢がガンダールヴとして力を発揮してワルドと死闘を繰り広げ、キュルケ達に霊夢らの正体がバレ…。
 そして…――――――今まで長い間休眠状態であった、自分の虚無がその力を見せてくれた場所なのだから。

 まさかあのシエスタが、あの村の出身者などとルイズ達は夢にも思っていなかったのである。
 驚きの中にある彼女たちをよそに、シエスタは久しぶりに見るカトレアとやりとりをしている。
「心配しましたよミス・フォンティーヌ。急にゴンドアから姿を消してしまったんですから、領主のアストン伯様も心配してましたし」
「それは御免なさいね。本当は挨拶でもして立ち去ろうと思ってけど、あの時はアストン伯も多忙そうだったから」
「それならそうと言ってくれれば、アストン伯様もちゃんと時間を取ってくれたと思いますが…」
「わざわざ私なんかの為に時間を取らせるのも悪いと思っただけよ」
 その話を横で聞いていたルイズは、今になってカトレア失踪の秘密を知る事となった。
 やはりというか何というか…、相も変わらず自分の二番目の姉は色々と人を心配させているらしい。
 昔から彼女はこうであった。自分の事など気にしないでと言いつつ、勝手にフェードアウトしてしまう事が多かった。

 別の領地から父や母、姉の知り合いたちが遊びに来た時も気づいたらフラッと自室に戻ってしまう事があり、
 自分がいては迷惑になってしまうと思っているのか、パーティの類にも殆ど出た事が無いのである。
 更に父から領地を受け賜わっており、それに合わせて名字も変えている所為で彼女がヴァリエール家の人間だと気づかない人たちもいるのだ。
 本人もわざわざ進んでヴァリエール家の者だと名乗らないため、相手も「あーヴァリエールの隣の…」という認識しか持たずに接してしまう。
 結果的に初めて彼女を前にして、その特徴的な髪の色を見てもしや…と思い尋ねたところで発覚する…という事も度々あるらしい。

 恐らくシエスタの言っている件も、あの戦いの後処理に追われていたアストン伯の事を思ってなのだろう。
 本人は最善を尽くしたと思っているのだろうが、自分を含めて周りの人間を酷く心配させてしまうのが彼女の短所でもあった。
 それを幼少期の頃から知っていたルイズは安堵のため息をついてしまい、相変わらずな姉に注意をする。

390ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:06:32 ID:a7UTMbH2
「シエスタの言うとおりですよ、ちいねえさま?私だって凄く心配したんですから」
「あら、御免なさいねルイズ。確かに色々と大変だったけど、こうして無事にいられるなら何よりよ」
「そんな事無いですよ!だって大変だったっていっても…あんなに怪物だらけな状況になってて………あ!」
 自分の注意を笑って誤魔化すそうとする彼女に注意するあまり、ルイズは自分の口が滑った事に気が付いてしまう。
 そしてルイズの言ったことで気づいたのか、カトレアとシエスタは彼女に怪訝な表情を向けている。

 タルブ村を襲った怪物…つまりキメラに関してはまだ世間に公表されていない。
 平民はおろか、この劇場内や街中にいる貴族たちですらあの村に起こった出来事を知らないのだ。
 その事実を知っているのは軍部かその他の関係者…つまりタルブ村にいた人々ぐらいなものである。
 カトレアとシエスタの二人は、あの夜ルイズ達がタルブにいたという事実をまだ知らない。
 もし知られてしまったら、シエスタはともかくカトレアからは間違いなく「何て危険な事を…!」とお叱りを受けるだろう。
 どうしようかと考えるハメになったルイズが思わず霊夢達へ視線を向けようとした時、背後から声が聞こえてきた。

「カトレア―…ってあれ?アンタ達、何処かで見た様な…」
 初めて聞く声ではないが、まだ聞き慣れていない女性の声にルイズだけではなく、霊夢達もギョッとしてそちらへ視線を向ける。
 カトレアとルイズの背後…劇場二階の貴族専用のお手洗いへと続く曲がり角の前で、巫女装束を着た女性――ハクレイが立っていた。
 その左手で見た事の無い幼女の手を引いて出てきた彼女は、カトレアの傍にいるルイズ達を見ながらそんな事を聞いてくる。
「……ッ!」
 その姿を視認した直後、微かな頭痛を感じた霊夢が痛みで目を細めてしまう。
 まるで直接脳を針でチョンチョンと刺されているかのような、決して無視できない程度の頭痛。
 痛みのあまり思わず人差し指で額を抑えていると、魔理沙とデルフがその異変に気が付いた。
「ん?おいおいどうした霊夢、急に辛そうな様子なんか見せて」
「別に…何でもないわよ。ただちょっと、急に頭が痛くなったというか…」
『急に?…って、そういや前にもこういう事なかったけか?』
 一人と一本の心配を余所に、霊夢は急な頭痛と戦いながらもハクレイの方をジッと睨み付ける。
 相手もそれに気づいたのかハッとした表情を浮かべて、彼女の方へと顔を向けてきた。

 暫しジッと見つめていたハクレイであったか、何かを思い出したのか「あぁっ!」と声を上げた。
「…やっぱり!アンタ達、タルブ村でカトレアを助けに来たっていう子と一緒にいた――――…って、イタァッ!?」
 最後まで言い切る直前、突如前方から投げつけられた空き瓶が彼女の額に直撃する。
 瓶が割れる鋭い音が周囲に、次いでハクレイが勢いよく仰向けに倒れる鈍い音が辺りに響き渡った。
 彼女が手を繋いでいた幼女――ニナは突然の事に「え、えぇ…!?」と目を丸くして驚いている。
 これには霊夢と魔理沙、それにデルフだけではなく流石のカトレアも両手で口を押えて驚愕するしかない。
 一体何が起こったのか瓶が投げつけられたであろう方向へと目を向けると、そこには荒い息を吐く妹の姿があった。

「そういえば…アンタもあの時いたのよねぇ…!」
「る、ルイズ!?あなた、何を…ッ」
 そこら辺に置いてあった空き瓶を投げつけたであろう彼女は、右手を前に突き出した姿勢のまま一人呟く。
 彼女の傍には空き瓶の持ち主であった青年貴族が、何が起こったのかとルイズとハクレイの二人を必死に見比べている。
 明らかに自分の妹が投げつけたのだと理解して、カトレアも大声を出してしまう。
 魔理沙は隠そうとするどころか自らカミングアウトする形となってしまったルイズに、あちゃ〜と言いたげな苦笑いを浮かべていた。

391ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:08:21 ID:a7UTMbH2
「あららぁ…ここぞという所で、私達の知ってるルイズが出ちゃったな」
「出ちゃったな…じゃないですよ!?あわわわ…と、とりあえずお医者様を呼ばなきゃ…!」
『いやぁ〜それには及ばないぜ?見ろよあの女を、頭に瓶が当たったっていうのにピンピンしてるぜ』
 魔理沙とは対照的に慌てるシエスタを宥めるかのようにデルフがそう言うと、
 痛みに堪えるかのような呻き声を上げつつ仰向けに倒れていたハクレイがヒョコッと上半身を起こしたのである。

「イテテテッ…!ちょっと、いきなり何すんのよ?」
「…!アンタねぇ、それはこっちのセリフよ!」
 当たった個所が多少赤くなっているものの、ハクレイは何もなかったのかのように平然としている。
 それが癪に障ったのか、いつもの調子に戻ったルイズはズカズカと足音を立ててハクレイの元へと歩いていく。
 鬼気迫る表情で歩く彼女は余程怖ろしいのか、周りにいた貴族たちは慌てて後退り彼女へ道を譲ってしまう。
 ハクレイの傍にいたニナもヒッ…と小さな悲鳴を上げて、彼女の背中へそさくさと隠れた。
「折角人が隠し通そうとしたところに…何で!空気を読もう…って事ができないのよぉ!」
「く、空気…!?空気って一体何の…って、あわわわわ!」
 ハクレイの抗議など何するものぞと言わんばかりにルイズは彼女のアンダーウェアを掴み、強引に揺さぶって見せる。
 ルイズの腕力が凄いのか、それともハクレイの体重が軽いのかただ為すがままに揺さぶられていた。
 
 ニナがそれを見て泣きそうな顔になり、周りの貴族達や霊夢らが流石に止めようと思ったところで…
「る、ルイズッ!止めなさい!」
「え…キャッ!」
 カトレアの制止する言葉と共に、ルイズの体がひとりでに浮き始めたのである。
 丁度地面から五十サント程度であったが、それでも彼女の凶行を止めるには十分であった。
 これにはルイズも堪らず悲鳴を上げてしまい、空中でジタバタと手足を動かすほかない。
 突然の事に霊夢達もハッとした表情を浮かべ、次いでカトレアの手にいつの間にか杖が握られている事に気が付いた。

 どうやら妹の凶行を止めようと、自ら杖を用いて魔法を行使したようだ。
 カトレアの『レビテーション』によって宙に浮かされたルイズはまともな抵抗ができぬまま、姉の傍へと飛んでいく。
 そうして自分の近くまで来たところで魔法を解除し、ようやく地に足着けたルイズの両肩をやや強く掴んで叱り付けた。
「駄目じゃないのルイズ、彼女は私の大事な付き人なのよ?それをあんな乱暴に…」
「うぅ…!で、ですが…」
「ですがもヘチマもありません!」
 しかし叱り付けると言っても、大勢の人から見ればそれは出来の悪い生徒を諭す教師のように優しい叱り方である。
 それでもルイズには効いたのか、グッと口から飛び出しそうになった抗議の言葉を飲み込みつつジッと堪えていた。
 
「あ、やっばり貴女も…あの!私の事、憶えてますか?」
「んー?………あっ、アンタは確か…シエスタだったわよね。無事だったの?」
 珍しいカトレアからの叱りを受けるルイズとは別に、霊夢達はハクレイの傍へと寄ってきていた。
 一方のハクレイは自分の方へと近づいてくる少女達に狼狽える中、シエスタが真っ先に彼女へ話しかける。
 少し前に面識があったと言うシエスタの顔を見て、アストン伯の屋敷の地下で出会った時の事をすぐに思い出した。
 そしてハクレイの口から出た相手の名前を耳にして、後ろに隠れていたニナもヒョッコリと顔を出し、パーっと輝かしい笑顔を浮かべる。
「あっ!シエスタおねーちゃん!」
「ニナちゃん!良かったぁ、貴女も無事だったのね」

392ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:10:44 ID:a7UTMbH2
 まさかの再会に両者ともに笑顔を浮かべ、次いで互いに手を取り合って喜んでいる。
 その光景を余所に、魔理沙デルフ…そして霊夢の二人と一本は今になって知った事実を前に呆然としていた。
「……なぁ霊夢。ハルケギニアって幻想郷よりずっと広いと思うが、意外と狭いもんなんだなぁ〜」
『いやいや、これは流石に狭いというか…運命の悪戯か何かだと思った方が良いと思うぞ?』
 苦笑いを浮かべ、シエスタとニナの二人を見つめる魔理沙に対しデルフが呆然とした様子で言う。
 確かにこの剣の言うとおりだろう…と、痛む頭を手で押さえながらも霊夢はルイズとカトレアの方へと目を向ける。

 まずはじめに彼女の姉がタルブへと赴き、あの戦いに巻き込まれた。
 それより前に送った手紙が原因で、ルイズと自分たちはタルブへと赴く羽目となり、
 何やかんやであの戦いが終わった今――――あの村にいた人間と剣が一堂に会しているのである。
 世界は思ったよりも狭いと言うにはあまりにも狭すぎて、もはや偶然に偶然が重なった結果と解釈した方がまだ説得力があるくらいだ。
「もしも、これが運命の悪戯とかなら…帰ったらレミリアのヤツを問い詰めてやるわ」
 今頃幻想郷で夏を堪能しているであろう紅魔館の主の事を思い浮かべつつ、視線を前へと向ける。
 彼女の目線の先、そこにいたのは…体を起こして自分を見上げる霊夢に気付くハクレイであった。
 互いに細部は違えど紅白の巫女装束を身にまとい、向かい合う姿はまるで…そう――――姉妹の様にも見えた。

「…で、少し訊きたいんだけど―――――アンタは一体、誰なのかしら?」
「前にも聞いたわね、その質問」
 何時ぞやの時と同じセリフを耳にして、ハクレイは怪訝な表情を浮かべてそう返すほかなかった。


 何やら上が騒々しい…。薄暗い天井を見上げながら一人の初老貴族はそう思った。
 どんな事が起こっているのか…とまでは分からないものの、その騒々しい気配だけが天井をすり抜けてくる。
 気配の出所からしてロビーに面した二階からだろうか、それとも一階のロビーなのか。
 先ほど自分とぶつかってしまった少女達の事を思い出そうとしたところで、耳障りな男の声が横槍を入れてきた。
「おや、どうかなされましたかな?」
「……いや、何も。ただ上が騒々しいなと気になっただけだ」
 顔に滲み出ている欲の皮が声帯にまで悪影響を与えているかのような声で尋ねられ、初老貴族は首を横に振る。
 彼の目の前にいる商人風の男は、そのネズミ顔にニンマリとした笑みを浮かべつつ中断してしまった話を続けていく。

「では、約束通り貴方の雇い主が゙我々゙に渡したい物を持ってきてくれたという事なのですね?」
「ああ。…これがお前たちの欲しがってる゙書類゙だ」
 初老貴族はそう言って懐に手を入れると、封筒に入れた書類を一枚ネズミ顔に差し出した。
 ネズミ顔は貴族の背後と自分の周囲を見回した後、サッと見た目通りの素早い手つきでその封筒を受け取る。
 そして目にも止まらぬ速さで封を切ると書類を一枚取り出し、これまた目を忙しくなく動かして物凄い勢いで流し読んでいく。
 最後に書類の右端に押された白百合の印がある事を確認してからサッと封筒に戻し、そのまま自分の懐へと入れた。
 
 ネズミ顔はもう一度周囲を見回してから、封筒を渡してくれた初老貴族に笑みを浮かべながら礼を述べる。
「ヘヘ…こいつは上々ですな、まさかここまで質の良い情報を用意してくれますとはねぇ」
「用意したのは私ではなぐ雇い主゙の方だ。…それに、タダでソレを渡すワケではないのは…知っているだろ?」
「そりゃあ勿論」
 おべっかを使っても尚表情崩さない初老貴族にムッとする事無く、ネズミ顔は腰のサイドパックからやや膨らんだ革袋を取り出す。
 それを素早く彼の前に差しだし袋の口を開けると、その中に入っているモノを拝見させる。
 ネズミ顔の持つ革袋の中身は、今にも袋から零れ落ちちそうな程のエキュー金貨であった。

393ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:12:40 ID:a7UTMbH2
「コイツば運び屋゙をやってくれた貴族様の報酬でさぁ。この袋の分だけで、平民の六人家庭が優に一年は暮らせますぜ」
 そう説明するネズミ顔から袋を受け取りつつ、中の金貨が本物であると確認してから懐へと入れる。
 貴族が袋を受け取ったのを見て、ネズミ顔はヒヒヒ…と卑しくも小さな笑い声を上げた。
 その笑い声に顔を顰めながらも、初老貴族は暖かくなった懐を触りつつ聞き忘れていた事を口にする。
「私の分の報酬は貰ったが゙雇い主゙の分の報酬は、無論忘れてはいないだろうな?」
「えぇそれは勿論。あのお方が我らの国へ…ついで『最後の手土産』を持参して来られたのならば、それ相応の褒美と領地を与えましょうぞ」
 とても一商人が与える事のできないような事を言うネズミ顔の言った言葉の一つに、初老貴族は怪訝な表情を浮かべる。
 
「…『最後の手土産』?それは初耳だな」
「おぉっと、口が滑ってしまいしたな。しかしながら、我々も詳しくは聞いておりませんのであしからず」
 …どうやら自分の゙雇い主゙…もとい守銭奴のタヌキ男は色々と秘密を抱えているらしい。
 自分に取引を持ちかけてきた時のふてぶしさを思い出しながら、初老貴族は両手を挙げてそう言うネズミ顔との話を続けていく。
「これで互いに取引は済んだ。後はそちらで言われた通り…」
「分かっておりますよ。アンタはこのままロビーから…で、私はこのまま踵を返して下水道へ…」
 ネズミ顔の言葉に初老貴族は彼の肩越しに見えている、灯りのついていない曲がり角を見やる。
 
 自分の背後で賑わう劇場の一部とは思えぬ程、その角は暗かった。
 この角を曲がって少し歩くと突き当りに大きな扉があり、そこを通ると下水道へと続く道がある。
 本来は有事の際の避難用通路の一つとして造られたものなのだが、今では通路の灯りすら消して放置されていた。
 更に従業員たちも滅多によりつかない為か何処か埃っぽく、通路の端には木箱や予備のイスなどが無造作に置かれている。
 もはや緊急用の避難通路と言う役割は果たせておらず、とりあえずといった感じで倉庫代わりにされてしまっていた。
 そして初老貴族…もとい彼を゙運び屋゙に指定しだ雇い主゙は敢えてここを取引場所として指定したのである。

「いやーそれにしても、まさか劇場でこんな取引を大胆に行えるとは…あのお方はこの場所を良く知っておられる」
 ネズミ顔は懐にしまった封筒を服越しに摩りながら、ヘラヘラと笑っている。
 彼が初老貴族から受け取った封筒とその中に入っていた書類の正体…、それは軍からの報告書であった。
 主に王軍の所属から、新しく大規模編成される陸軍の所属となる軍艦の各状態を纏めたものだ。
 船体の状況や武装と設備の変更から、転属に伴う名称変更まで事細かに書類に記載されている。
 中には専門家が読めばその艦の弱点が分かるような事まで書かれており、本来ならば安易に持ち出されるものではない。

 実際この書類も全て写しであり、本物は王宮の中枢部にて厳重な金庫の中に眠っている。
 彼がこうして封筒に入れて持ち出せたのは、゙雇い主゙がその書類を確認できる権限を持っているからだ。
 それでも写した事がばれれば、あの地位にいたとしても逮捕からの裁判は絶対に免れないだろう。
 自身に降り掛かるリスクを考慮したうえで、それでもあの゙雇い主゙はこれを取引材料として用意したのである。
 目先の欲に目が無い単なるバカか、捕まらないという自身を持ったヤツでなければここまでの事はできないに違いない。

394ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:14:39 ID:a7UTMbH2
 そしてそれを大金と引き換えに受け取ったネズミ顔の商人も、決して只者ではない。
 この国とも親交が深かったアルビオン王家を討ち、貴族中心の政治体制を敷く事になったかのレコン・キスタからの使者。
 今や神聖アルビオン共和国と大仰に呼ばれる白の国からやってきた、諜報員の内一人なのである。
「先の戦いで艦隊の半分を失ったものの、この書類があれば奴らも我々の苦しみを知る事となるでしょうなぁ…ヘヘ」
 ネズミの様な前歯を見せて笑う男の口ぶりからして、そう遠くない内に何かしら仕掛けるつもりでいるらしい。
 何せ国の平民を盾にした卑劣極まる戦法で王権を打倒しており、更にラ・ロシェールでは不意打ちまでしてきた卑劣漢の集まりである。
 トリステインがガリアやゲルマニアと同じ王軍から陸軍主導の体制へと移る前に、痛手を負わせたいのだろう。
 
 正直初老貴族にとって、彼らの思想自体理解し難いものであった。
(我ら貴族にとって王家とは何物にも代えられない存在、それをないがしろにして何が貴族なのだろうか?)
 目を鋭く細めて睨んでいるのを見て何を勘違いしたのか、ネズミ顔は卑しい笑みを浮かべたまま話しかけてくる。
「どうです?この際貴殿もクロムウェル陛下の治める神聖共和国で働いてみませんかな?」
「あぁいえ結構。このような事に手を染めた身であっても、私はあくまでトリステイン王国の貴族ですので」
 何を言っているのかと悪態をつきたいのを堪えつつ、彼はネズミ顔の提案を一蹴する。
 大体、わざわざ国名に゙神聖゙などという肩書きを付けている時点でまともでは無いと公言しているようなものだ。 

 誘いをあっさりと断られつつ、それでもネズミ顔はニヤニヤとした笑みを顔に貼り付けながら話を続けていく。
「ヒヒ…売国行為なんぞに手を染めておいて良く言いなさる。この国もいずれ我らが共和国の一つになるというのに…」
「…むぅ」
 痛い所を突いてくる相手に彼は目を細めるものの、これ以上話しを続けるのは流石に危険だと判断した。
 ゙雇い主゙曰く、ここにはあまり人が来ないそうだが…だからといって話し声を出し続けて良いというワケではない。
 こんな暗い場所でヒソヒソと話し声が聞こえたら、余程用心深い人間でもなければ誰かと訝しんで近づいてくるかもしれないのだ。
 それに、こんな貴族と呼ぶにはあまりにも容姿と態度が卑しいヤツを相手にするのも疲れてきたのである。

 初老貴族は軽く二人を見回して周囲に誰もいないのを確認すると、尚も笑っているネズミ顔に解散を告げる事にした。
「とにかく、お互い受け取るモノは受け取ったんだ。これ以上、ここに長居するのは危険だろう」
「んぅ?…確かにそうですなぁ。では今回はここでお開きという事で…」
 相手も彼の言う事の意味を理解したのだろう。軽く辺りを見回してからそう言って、スッと踵を返して歩き始める。
 
 下水道へと続く曲がり角を曲がる際、彼は相手が結構な猫背であったことに気が付いた。
 顔はネズミだというのに猫のように背中を若干丸めて歩く姿は、さながら商人の姿をした浮浪者である。
 貴族たるものならば歩く時の姿勢はおろか、普通に立っている際にも猫背にならないよう厳しい教育をうけるものだ。
 彼自身も幼少の折には両親から厳しく教えられてきたこともあって、今でも猫背にならないよう気を付けている。
 それだというのに、今自分の前を立ち去ろうとしているネズミ顔の何とみすぼらしい後ろ姿か。

(貴族は貴族でも、私とは住んできた世界が違うのだろうな…最も、その事を考えたくはないがな)
 最初から最後まで貴族として認めたくない男であったネズミ顔の背中から視線を逸らし、彼もまた踵を返す。
 視線の先には、陽光に照らされた廊下。賑やかな喧騒が聞こえてくる劇場内の通路がある。
 横切る人影はないものの、きっとここを出て角を一つでも曲がればすぐに劇や芝居を観賞しに来た人々に出会えるだろう。

395ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:16:42 ID:a7UTMbH2

 色々と気にかかかる事はあるものの、ひとまず゙雇い主゙から頼まれた仕事を済ませる事は出来た。
 後は報告を済ませてから駅馬車を予約して、手に入れたこの金貨を持っであの店゙へ行けば…『アレ』が手に入る。
 年だけ無駄に取って、領地も金も無い自分には今まで手の届かなかった『アレ』で…遂に長年の『悲願』を達成できるのだ。
(姫殿下とこの国にはとても失礼な事をしてしまったが…全て終わった暁には、自首を――――…ッ!?)

 その時であった。背後の曲がり角から、あの卑しい男の悲鳴と激しい足音が聞こえてきたのは。
 何かと思って背後を振り返ると、あのネズミ顔の男が曲がり角から慌てて姿を現した所であった。
 角から完全に姿が出た所で足がもつれたのか、大きなを音を立てて仰向けに倒れてしまう。
 何が起こったのかと聞く前にネズミ顔は隠し持っていた杖を抜いて、曲がり角の方へと突きつけながら叫びだした。
「ち…近づくんじゃねェ!俺はめ、メイジなんだぞ…ッ!?」
 
 身分を隠しての潜入だというのに杖を抜き、鬼気迫る表情を下水道の方へと向けて叫ぶネズミ顔。
 どうしたのかと声をが蹴る隙すら見つからない状況に、彼はただジッと曲がり角の方へと目を向けるしかない。
 ふとその時、曲がり角の向こうから何やら聞き慣れぬ音が聞こえてくるのに気が付いた。
 まるで液状の何かに命を吹き込み、それを引き摺らせているかのような普段決して耳にしないであろう異音。
 それを聞いて只事ではないと判断したのか、彼もまた専用のホルスターから使い慣れた杖を抜く。
 
 握りやすいようグリップに改良を加えてある一本の相棒を角の方へと向けつつ、ネズミ顔の元へ近づいていく。
 コイツを助けるのは癪であったが、もしも彼の身に何か起これば今回頼まれた仕事はパーとなってしまう。
 せめてここから逃げる手伝いでもしてやろうと思い、腰を抜かしたヤツに立てるかどうか聞こうとした。
「おいお前、どうし………た?」
 しかしその直前で曲がり角の向こうを見てしまい、呼びかけを最後まで言い切る事ができなかった。
 …正確には、曲がり角の向こう側…下水道へと続く扉の前にいた『ソレ』を目にして。


 ―――――それは、正に晴天の霹靂とも言うべき突然の出来事であった。
「……ん?」
 二度…いや三度目となるハクレイとの体面を果たしていた霊夢は、不穏な気配を感じ取る。
 すぐさまハクレイから視線を逸らした彼女は、どこからその気配が漂って来ているのか探ろうとした。
 二階のラウンジ…自分たちを興味深そうに眺める貴族たちの中には、その気配の根源は感じられない。
 ならば下かと思った彼女はスッとその場を離れて手すりの方へと近づは、一階ロビーを見下ろし始める。
「…?どうしたんだ霊夢。急にそんな顔つきになって…」
「ちょっと黙ってて。………あっちかしら?」
 魔理沙の呼びかけに対しぶっきらぼうに返すと、彼女から見て左の方へと視線を向け、少し身を乗り出してみる。
 二階からでは多少見難かったものの、どうやら左の方にも奥へと通じる通路があるようだ。気配はそこから漂ってくる。
 後ろで黒白が「ひでぇ」と苦笑いするのを余所に、少し身に言って見ようかと思った所で…、

「どうしたのよ?」
「え…うわっ!」
「うぉっ…と!」
 ヌッ…と横から自分の顔を覗いてきたハクレイに驚き、思わず後ずさってしまい、背後にいた魔理沙とぶつかってしまう。
 次いで魔理沙の手に持っていたデルフが床に落ちて、鞘越しの刀身から『イテッ!』というくぐもった悲鳴が聞こえてくる。

396ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:18:31 ID:a7UTMbH2
「…そこまで驚くモノかしら?」
「普通は誰でも驚くモノだっつーの!…ッたく!」
 あくまで故意ではなかったと言いたいハクレイに、霊夢は驚いたのを誤魔化すように悪態をつく。
 完全によそ見していたとはいえ、まさか見ず知らず(?)の相手にここまで近づかれるというのは、初めての事であった。
 滅多に見せないであろう霊夢の驚くさまを見て、カトレアに夢中であったルイズも異変に気が付いたのだろうか、 
 少しカトレアに待っててと言った後、イヤな目つきでカトレアの付き人を睨む霊夢に話しかけた。

「一体どうしたのよレイム?」
「あぁ、ルイズ。…イヤ、ちょっと私の勘違いであって欲しい気配を感じてね…」
 その言葉に気配?と首を傾げるルイズに霊夢はえぇ…と返し、だけど…と言葉を続けていく。

「もしもこれが勘違いじゃなかったら、今すぐにでも手を打たないと…大変な事になるわね」
 そう言った彼女の表情が、いつも見せる気だるげなモノか真剣味を帯びたモノへと変わっていく。
 今霊夢が感じ取っている不穏な気配…。それは決して、この王都…ましてや劇場の中で察知してはいけない物。
 この世界に住む人や亜人達とも相容れないであろう異形達の発する、人工的に造られたであろう『無感情な殺意』。
 それを彼女は今劇場の一階の左方…そこから入れる通路からジワリジワリと感じ取っていたのだ。



 それは暗い中で一見すれば、ゴミ捨て場にあったようなローブを身に纏った人間に見えた。
 どこかの下級貴族がもう流石に駄目だと思って捨てた様な、浮浪者しか見向きしない様な襤褸の塊。
 頭からその襤褸をすっぽりと被った『ソレ』は、ズリ…ズリ…と黒いブーツで床を引きずりながらこちらへと向かってくる。
 ブーツだけではない。ローブの隙間から垣間見える『ソレ』の手や顔は、黒いペンキに塗れているかのように黒い。
 そして何よりも異常だったのはその黒々とした『ソレ』顔の部分で黄色く光る、二つの目玉にあった。
 …大きい。人間のものにしては大き過ぎるであろうその目玉は、クリケットボールぐらいあるのだろうか。
 それを爛々と輝かながら近づいてくる光景を見れば、だれだってネズミ顔の様な反応を見せるに違いない。

 事実、それを目にした彼自身も何とか喉から出そうになった大声を堪えたのだから。
 杖を持っていない方の手で口を押さえつつ、彼は今度こそ取引相手へと声を掛けた。
「おい、何だコイツは?」
「し、しらねェよ…!曲がり角を曲がった先に立ってて…あ、あぁあの目で俺を睨んできたんだ!」
 声を裏返しながら叫ぶ彼に手を差し伸べつつ、初老貴族は得体の知れない『ソレ』に話しかけた。
「おい貴様!どこの誰かは知らんが、人間ならば今すぐにその正体を現せ!」
 手を差し伸べられたネズミ顔が「か、かたじけいな!」と礼を述べるのを聞き流しつつ、相手の出方を待つ。
 相手が平民ならば、心配する事無く指示通りに従うだろう。

 しかし相手は予想通り全くいう事に応じず、尚も足を引きずりながらこちらへと向かってくる。
 まるで冬の時期に上演するようなホラー劇に出てくるゾンビみたいに、無言でこちらへと迫りくる『ソレ』。
 ただ黄色い目玉を光らせて闇の中にいるだけで、中々の恐怖を醸し出していた。
 既に奴との距離は一メイルを切ろうとしており、流石に焦った彼は杖を持つ手に力を込めて言った。
「止まれ、止まるんだ!これ以上近づけばどうなるか分かるだろう!?」
「…へ、ヘヘッ!そうでさぁ、こっちはメイジ二人なんだ!怖がることなんて何もありゃあしねえッ!」

397ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:20:41 ID:a7UTMbH2
 それまで腰を抜かして怯えていたネズミ顔が一転して、強気な態度で『ソレ』に杖を突きつけた。
 性格はともかくとして、杖の持ち方からして実践慣れしているであろう彼の物を合わせて、相手は二本の杖を突きつけられている事になる。
 平民でなくとも並大抵の貴族ならば、この時点で杖を抜くよりも先にまずは両手を上げて平和的な対話を望むだろう。
 余程自分に自信があるか、もしくは有利不利が分からぬ馬鹿でもなければ抵抗する気なんてなくなる筈なのだ。
 …それでも尚、自分たちのへと近づいてくる『ソレ』は決してその体を止めようとはしない。

 メイジを二人相手にしているというのに、それでも尚微動だにせずゆっくりと…しかしかく実にこちらへと迫りくる。
 これはマズイ。何かは良く分からないが、自分たちはとんでもないモノを相手にしているのかもしれない。
 直感的にそう感じた初老貴族は『ソレ』に向けていた杖を下ろすと、ネズミ顔の肩を叩いて逃亡を促そうとした。
「おい…何だか知らんがコイツはマズイ気がする。ここは一気に走って逃げた方が…」
「…へ、ヘッ!何かは知りはしませんが、生き物ならば魔法は効く筈だ!」
 しかし肝心のネズミ顔自身は退く気など毛頭ないのか、杖の先を向けたまま口の中て呪文を詠唱し始めた。
 口内詠唱…それも高等軍事教練で覚えさせられるレベルの早く、正確な詠唱で魔法を構築していく。
 
 逃げようと提案した初老貴族が止める間もなく、ネズミ顔の持つ杖の周りを冷気が帯び始める。
 大気中の水分を『風』系統の魔法で冷やし、氷結させて一本の氷柱へと変化させていく。
 それを一本につき三秒で生成し、十秒経つ頃にはすでに三本の氷柱が出来上がり、ネズミ顔の周囲を浮遊していた。
 『風』系統と『水』系統の合わせ技であり、『ファイアー・ボール』や『ウィンド・ハンマー』に次ぐ攻撃魔法…『ウィンディ・アイシクル』。
 詠唱の力量しだいによっては無数の氷の矢を放ち、硬度も自由に調節できる攻撃特化の魔法である。

 攻撃準備は既に整ったのか、余裕を取り戻したネズミ顔は杖のグリップを握る手に力を込めて狙いを定めた。
 狙いはもちろん自分たちへ近づく襤褸を纏った正体不明の相手であり、その黄色く大きな二つの目玉。
 彼の周りを浮遊していた氷柱も一斉にその先端を『ソレ』へと向けて、主の命令を今か今かと待っている。
 まさかここでぶっ放すつもりか?そう思った初老貴族は咄嗟にネズミ顔を止めようとした。
「おい、よせッ!こんな所で魔法を放てば流石に音で気づかれる…!!」
「心配しなさんな、ぜーんぶアイツに当てりゃあ良い。氷柱が肉に刺さる程度なら、そう大きな音は出ませんぜ」
 中々に物騒な事を言い放った後、相手の制止を振り切る形でネズミ顔は氷柱へと一斉発射を命じる。
 瞬間、それまで『ソレ』に向けられていた三本の氷柱が目にも止まらぬ速さで目標目がけて発射された。
 
 人の手で投げられたダーツよりも速く、拳銃から放たれた弾丸よりも僅かに遅いスピードで氷柱は飛んでいく。
 その鋭く尖った先端の向かう先にいる『ソレ』は、避けようという素振りすら見せていない。
 最も、避けようと思った所で一メイルあるか無いかの距離で放たれれば避けようなど無いのだが。
 他の二本より僅かに先行していた一本の氷柱が『ソレ』の右肩を襤褸と一緒に貫き、鈍い音が暗闇に響き渡る。
 次いで二本目が『ソレ』の左肩を容赦なく貫き、最後の三本目が勢いよく胴体へと突き刺さった。
 それがトドメとなったのか、それまで杖を突きつけられても微動だにせず迫ってきていた『ソレ』は体を大きく仰け反らせてしまう。
 流石の初老貴族もおぉ…!と声を上げた直後、『ソレ』は氷柱が突き刺さったままの状態で仰向けに倒れてしまった。

398ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:24:11 ID:a7UTMbH2

 魔法の氷柱から漂う冷気によって、夏場だというのにヒンヤリとした空気が流れる暗い廊下。
 ドゥ…と鈍い音を立てて倒れた『ソレ』を見てネズミ顔は笑みを、初老貴族は目を丸くして見つめていた。
「…やったのか?」
「やったかどうかはまだ分かりはしませんが、確かな手ごたえはありましたぜ」
 相手の不安げな問いに、倒れた相手に杖を向けたままネズミ顔は得意気に返事をする。
 確かに彼の言うとおり、三本の氷柱が見事刺さったヤツ…『ソレ』は仰向けになったままピクリとも動かない。
 当たり所が悪かったか、もしくは死んだふりをして油断を誘おうとしているのか…。
 そのどちらかもしれないし、ひょっとすればもう死んでしまっているのかもしれない。
 
 ひとまず自分たちに迫ろうとしていた危機を拭い去れた事に、初老貴族は溜め息をついて安堵したかったが、
 すぐに今の状況下でこれはマズイと判断したのか、やや焦った表情を浮かべてネズミ顔に話しかけた。
「しかし、コイツは不味い事になってきたな。やむを得なかったとはいえ人殺しとは…」
「まぁ仕方ありませんさ。それに相手がどうあれ、場合によっちゃあ口を封じなきゃいけませんでしたしねぇ」
 相手の正体が未だ分からぬ中、殺めてしまった事に少なくない罪悪感抱く貴族に対し、ネズミ顔は平気な顔をしている。
 確かに彼の言う通りなのだろうが、それでも『口封じ』で平然と人を殺せると宣言する事に対しては同意できなかった。
 一難去って再びその顔に笑みを取り戻したネズミ顔をややキツめに睨み付け、首を横に振って忘れる事にした。

「お前さんに対しては色々と言いたい事はあるが…ひとまずはお前が手に掛けた相手を………ん?」
 その時であっただろうか、 自身の耳に何かが溶ける様な音が聞こえてきたのは。
 まるで氷の塊を充分に熱した鉄板の上に置いた時の様な、水の塊が水蒸気を上げながら溶けていくあの特徴的な音が。
 ネズミ顔にもそれは聞こえているのか怪訝な表情を浮かべた彼と顔を見合わせてしまう。
 それからすぐに気が付いた。音の出所が自分たちの背後、先ほど地面へと倒れた『ソレ』から聞こえてくる事を。
 先ほど倒れた『ソレ』の足元から出ていた異音に次ぐ新たな異音に、初老貴族は何かと思って音が聞こえてくる背後へと振り返る。
 
 彼らは目を見開き、口を大きく開いて絶句するほか無い。
 振り返った先で起こっていた光景は、二人の想像の域を遥かに超えていたのだから。
 そして、灯りの消えた廊下からロビーにまで響く男たちの悲鳴が聞こえたのは、それから間もない事であった。



 ルイズ達にとってそれは突然の事で、霊夢にとっては自らの『嫌な予感』が的中した事を意味していた。
 突如、それまで文化的で平和な雰囲気が漂っていた一階ロビーから物凄い叫び声が響き渡ったのである。
 通常業務を行っていた窓口の嬢や警備員、平民貴族問わず劇を見に来た御客たちはビクッと身を竦ませた。
 ロビーの一角にあるレストランからは謎の絶叫を後追いするかのようにカップの割れる音が二度、三度と聞こえてくる。
 各所に設置されたソファーに腰をおろし休んでいた者たちはギョッとし、中には慌てて立ち上がる者さえいた。

399ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:26:51 ID:a7UTMbH2
 劇場は一階、二階ともに沈黙に数秒間支配され、次いで一階にいた者たちは悲鳴が聞こえてきた方へと顔を向ける。
 彼らが視線を向けた先にあったのは、普段は従業員さえ滅多に使わない非常用通路があった。
 華やかなロビーの左端にある、灯りの消えた薄暗い廊下は絶叫など無かったと言わんばかりに沈黙を保っている。
 それがかえって不気味さを増しており、傍にいた者たちは恐る恐るといった感じで廊下の入口から離れようとする。
 やがて静寂から小さなざわめきが生まれ、劇場各所に配置されていた警備員たちが次々とロビーにやってきた。
 当然二階のラウンジにいた貴族達も何だ何だとざわめき始め、中には従業員に説明を求む者さえいる。
「お、おいそこの君!今の悲鳴は…な、何なのか説明したまえ!」
「あ…その、いえ…申し訳ございません貴族様。我々に皆目見当がつきません…」
 しかしながら彼らも全く事情を把握できておらず、頭を下げて謝るしかないという状況であり、
 何人かは「ただ今調べております」や「至急警備の者が原因を究明致しますゆえ…」といった返事をしている。

 その時であった、ふと一階を見下ろせる手すり付近から何人かの小さな悲鳴が聞こえてきたのは。
 何だと思った者達が後ろを振り向こうとした直前に、先ほど場を騒がせていたヴァリエール家の令嬢が「レイム!」と叫び声を上げ、
 それとほぼ同時に、あの紅白服の少女―――令嬢がレイムと呼んだ者――がいつの間にか手にしていた剣と一緒に手すりを飛び越えたのである。
 これには流石の貴族達も目を丸くせざるを得ず、先陣に倣うかのように驚きの声を上げる者までいた。
 いくら館内とはいえ二階から一階までかなりの高さがあり、勢いよく手すりを飛び越えれば軽傷では済まない。
 しかし…これから一階で悲惨な事が起きると予見した彼らの意に対して、飛び越えた本人である霊夢は気にも留めていなかった。
 彼女にとってこれくらいの高さから飛び降りて無事に着地する事など、息を吸って吐くのと同じくらい簡単なのだから。

 二階の手すりを飛び越えて空中に身を躍らせた彼女は、足を下へ向けてロビーへと落ちていく。
 上の悲鳴で気が付いたのか、自らの着地地点にいる何人かの下級貴族たちが慌ててその場から下がろうとする。
(こういう時は落ちてくる私を拾い上げてくれる人が一人でもいそうな気がするんだけど…現実って厳しいわねぇ〜)
 博麗霊夢にしてはやけにロマンチストな事を想像しつつも、彼女は自らの能力をコントロールして着地の準備を瞬時に整える。
 長年の妖怪退治と異変解決で培ってきた経験と、先天的であり鋭利過ぎもする才能がそれを可能にする。
 そして地面まで後一メイルという所で彼女の体は重力の縛りから逃れ、ふわり…とその場で浮いて見せたのだ。
 
 これには慌ててその場から離れた下級貴族や、遠巻きに見ていた平民たちがおぉ…!と驚きの声を上げた。
 『フライ』や『レビテレーション』が使えるメイジであれば彼女と同じような事はできるが、それでも並大抵のメイジにはできない。
 高速詠唱や口内詠唱の高等技術が無ければ、両足の骨を折って無残な姿を衆目に晒す事になってしまうからだ。
「よっ…と!……あっちね」
 そんな大衆の視線など気にする風も無く降り立った彼女は、手に持っていたデルフを背負うと悲鳴の聞こえてた方へと視線を向けた。
 悲鳴が聞こえて来たであろう場所には、一階にいたであろう警備員や従業員たちが様子を見ようと集まってきている。
 
 霊夢はそちらの方へ素早く体を向けると、床を蹴り飛ばすようにして走り出した。
 自称魔法使いの癖に結構な体力馬鹿である魔理沙よりかは劣るものの、それなりに速く走れる自信はある。
 まるで亀かナメクジの様に、ゆっくりと廊下へ入っていこうとする警備員たちの間を通って、彼女は一足先に薄暗い廊下へと入り込む。
「ん?…あ、おい君!待ちなさい!」
『あー無理無理。ウチの相棒はそういう呼びかけに対して全然聞かんからねぇ』
 背後から止めようとする警備員の呼びかけをデルフが代わりに答えつつ、霊夢は恐れもせずに廊下を一直線に進む。
 その彼に続いてもう一人が呼び止めようとしたところで、彼女の姿は曲がり角の向こうへと消えてしまった。

400ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:28:30 ID:a7UTMbH2

(それにしても、明るいのと暗いのとどっちが良いかって聞かれたら、やっばり明るい方がいいわね)
 まるで日の暮れた路地裏みたいな薄暗い廊下を走りながら、ふと霊夢はそんな事を思った。
 節電か何かなんだろうか、灯りの点いていない廊下はまるで同じ劇場の中とは思えない位雰囲気が違う。
 しかも最初の角を曲がってからというものの、使っていない椅子や大きな木箱が廊下の端に無造作な感じで置かれている。
 恐らくずっと前に置かれたままなのだろう、それ等には決して薄くない量の埃が積もってるいるのが一目で分かる。
 ロビーや二階のラウンジが普通の劇場ならば、今いるここはさながら閉館して暫く経った廃墟の様である。
 とはいえ、仕事の都合上そういう暗い所に赴く事が多い彼女にとっては屁でも無い程度の暗さだ。

 霊夢は廊下の端に置かれた荷物を避けて進んでいたがそれが鬱陶しくなってきたのか、ゆっくりと体を宙に浮かせた。
 それからチラリ後ろを見遣り、誰もついてきていないのを確認して「よし」と呟いてからそのまま前へ進み始める。
 廊下の天井と、一定の間隔で左右の壁に取り付けられているカンテラとの距離に気を付けつつ、スイスイと飛んでいく。
『おいおい、大胆な事をするねぇ?誰かに見られたらどう説明するんだい?』
「別に誰も見てないんだから飛んでるじゃないの。…っていうか、結構な数の人間が飛べるんだしどうとても説明つくわよ」
 面倒くさがりな霊夢の言い訳にデルフは暫し黙ったのち、「そりゃそうか」と一言だけ呟いた。
 
 やがて邪魔な障害物も疎らになった所で着地した彼女は、目の前にある曲がり角を睨み付ける。
 そして目を数秒ほど閉じて何かに集中した後でチッ…と舌打ちし、苦虫を噛んだ様な表情を浮かべて言った。
「クソ…!さっきまでこの近くから気配が感じ取れたんだけど、かなり薄くなっちゃってるわね」
『つまり、もうこの劇場内にはいないってコトか?』
「何処かに隠れてる可能性も否めないけど、私相手にこう短時間で隠れられるとは思えないけど……って、ん?」
 昨日に続き、気配の主をまたもや見失ってしまった事に悪態を付きつつ、霊夢は前方の曲がり角へと足を進める。
 少なくともあの角の向こうに何か証拠でもあればいいなと思っていると、ふと場違いな空気が自分の体を過った事に気が付く。

 冷たい、まるで三月初めの朝一番に頬を撫でてくる風の様に冷たかった。
 詳しい月日は知らないものの今のハルケギニアは夏真っ盛り、そんな空気が流れるワケがない。
 突然の冷風に思わず身構えた霊夢に続くようにして、デルフもその場の空気が変わった事に気が付く。
『なんだぁ?この季節感ゼロな冷たい空気は?』
「確かに。いくら建物の中とはいえ、まるで氷の様に冷たいわね」
『…気を付けろよレイム。お前さんも気づいてると思うが、この風…あの角の曲がった先から流れてきてるぜ』
 デルフの言葉に「御忠告、どうも」と返しつつ、彼女は左手を右手の袖の中に入れつつ曲がり角を目指して歩き始める。
 確かに彼の言うとおり、今この廊下に流れている季節はずれな冷たい風は曲がり角の向こうから流れてきている。
 そこな『何があるのか』はまだ分からないものの、少なくとも『何もない』という事はなさそうだ。

 デルフは抜かないものの、いつでも行動に移せるよう身構えたまま曲がり角へと進む。
 一歩進むごとに冷気はその強さを微かに増してゆき、夏用の巫女服を通して体を冷やしてくる。
 暑いから一転し、寒いと訴えてくる体を半ば無視しつつ霊夢はいよいよ角を曲がろうとする。
 そこで一旦足を止めて、軽く深呼吸して息を整えた後…思い切って角の向こうへと飛び出した。
 …しかし、その先に広がっていた光景は彼女が想像していたものよりも遥かに異常であった。

401ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:35:05 ID:a7UTMbH2
 曲がり角の向こう、劇場から避難用の下水道通路へと続いているその廊下。
 角の向こうまで届くほどの冷気を放っていたであろう原因は、突き当りにある扉の近くに転がっていた。
 何故それが原因だと思ったのか、霊夢でなくともそれを見た者ならば誰もがそう思うだろう。
 それは真夏だというのにまるで酷く吹雪く雪山に放置されていたかのように、氷や霜に塗れていたからだ。
 元の形が何なのか分からない程の状態になっているソレの体からは、凍てつくような冷気が漂ってくる。
 
 夏場だというのに寒い程の冷気を放つという事は、恐らく魔法で形成されたものなのだろう。
 最初はその『何か』が気配の主かと思っていたが、すぐにそれは違うと判断できるほどに気配を全く感じないのだ。
 となれば、先ほどまでいたであろう気配の主が廊下に転がっている『何か』を氷漬けにしたのであろうか。
 そんな事を考えつつその『何か』が何なのかを調べようとした直後、目の前でその『何か』が動いたのである。
 スッと足を止め、右袖の中に入れていた左手で針を取り出した彼女はいつでも攻撃できるよう警戒した。
 まるで不格好な芋虫の様に鈍い動きを見せる『何か』は、動く度に纏わりついた氷や霜が音を立てて剥がれていく。
 暗く静かな廊下に響き渡る中、霊夢は落ち着き払った態度で目の前の『何か』がどういう行動を取るのか待っていた。
(気配からして化け物の類じゃなさそうだし、けどもしもこれが…人間だとするならば…)
 脳裏にそんな考えを過らせたのがいけなかったのか、その『何か』は自らの頭と思しき部分をゆっくり上げたのである。
 流石の霊夢もそれには多少驚くなかで、頭を上げた『何か』の顔を見て目を見開いて後ずさってしまう。

「…!」
『コイツは…コイツは確か…』
 それを同じく目にしたであろうデルフも、狼狽えるかのような言葉を漏らしてしまう。
 原型が分からぬ状態まで氷に覆われた体になってしまった今、唯一自由であった頭を動かして霊夢達を見つめる『何か』。
 その正体は名こそ分からぬままであったが、その年を取った顔はついさっき見た覚えのあるものであった。
 一階のロビーで自分とぶつかってしまったあの初老の男性貴族、その人だったからだ。




―――――――――――――
 
以上で、九十三話の投稿を終わります。
今月は暑くなったり寒くなったりと不安定な三月でした。
近所の桜は綺麗に咲いてるけど、夜中と早朝が酷く寒かったりと…
せめて四月は過ごしやすい季節でありますように。

それでは今日はここら辺で、また四月末にお会いしましょう。ノシ

402ウルトラマンゼロの使い魔 ◆fMTvAWnJWM:2018/04/01(日) 00:54:43 ID:w3argif6
お久しぶりです、焼き鮭です。
久しぶりすぎて酉変わってますが本人です。
0:58から投下を開始させていただきます。

403ウルトラマンゼロの使い魔 ◆fMTvAWnJWM:2018/04/01(日) 00:58:04 ID:w3argif6
ウルトラマンゼロの使い魔
第百六十四話「穏やかなるバオーン」
催眠怪獣バオーン 登場

 ド・オルニエールに出現した怪獣バオーンの特殊能力によって一辺に眠らされてしまった
ルイズたちであったが、幸いなことにその間誰かに危害を及ばされることはなく、数時間後には
無事に目を覚ましたのだった。
 そして今はオルニエールの領民の一人である老人の家で、詳しい事情を伺っていた。
「はぁ、あの怪獣バオーンがこの土地に現れたのは、一か月ほど前になるでしょうか」
 老人は、王都に近いだけあってなまりのない、綺麗な言葉遣いであった。
「バオーン?」
「怪獣でも名前がないとかわいそうなので、わしらで名づけました。バオーンと鳴きますので」
「まぁ名前は何でもいい。それより、一か月も前から現れてたと?」
 ギーシュが話の先を促す。
「左様です。いきなりドーン! と大きな音がしたので皆で何事かと見に行けば、畑の真ん中に
バオーンが逆さまになっておったのです。きっと、空から落っこちてきたのでしょうなぁ」
 ということは、バオーンは恐らく宇宙怪獣だ。
「わしらも初めは驚きましたし、怖がりもしましたが、バオーンはちっとも暴れたりなどしない
大人しい奴なので、今では皆すっかりと慣れました」
「慣れましたって……あいつの鳴き声を聞くと眠ってしまうのだろう? 迷惑とは思わないのか」
 呆れ返るギーシュ。どうやらバオーンの鳴き声には催眠効果のある音波が含まれている
ようで、それで領民たちも自分たちも瞬時に眠らされてしまったみたいである。
 にも関わらず、老人はほんわかとしている。
「まぁ今のド・オルニエールはあくせくと働く者はいませんので。特に問題は起きておりません」
「のんきなものねぇ……」
 ルイズたちはすっかりと呆れ果てた。
 老人から事情を聞いたところで、皆でバオーンについての相談を開始する。
「で、あの怪獣、バオーンをどうするかなんだけど」
 一番に意見を出したのはマリコルヌであった。
「ぶっちゃけ、ほっといてもいいんじゃないかな。別段これといって被害が出てる訳じゃ
ないんだろ? 相手は曲がりなりにも巨大怪獣なんだし、下手に刺激したら余計な被害が
出てしまうかもしれないじゃないか。それだったらいっそ……」
「冗談じゃないわよ!」
 しかしルイズが強く反対。
「仮にもここは、姫さまから下賜されたわたしたちの暮らすこととなる土地なのよ! 
そこに鳴くだけで人を眠らすような奴がいたら、迷惑極まりないわ!」
「ですねぇ……。わたしも、家事の最中に昏睡させられたらたまったものではありませんし……」
 ルイズに続いてシエスタもそう意見した。次いで才人が指摘する。
「それにここはトリスタニアからそう離れてないだろ? もしもバオーンが王都の方に
行っちゃうったら、大惨事は間違いないぜ」
「それもそうか……」
 うなるオンディーヌ。トリスタニアはのどかなこことは違って、昼も夜もあくせくと
働く人たちで賑わっている。そこにバオーンが迷い込んでひと鳴きでもしてしまえば、
大事故は必至だろう。
 バオーンを今のままにはしておけないということで決定し、話し合いは次の段階に
移行する。喧々諤々と意見を交わすオンディーヌ。
「じゃあ、あの怪獣はやっつけるか……」
「それはかわいそうだよ。あいつ自体には何の悪気もないんだろ?」
「元いた場所に帰すのが一番いいだろうな」

404ウルトラマンゼロの使い魔 ◆fMTvAWnJWM:2018/04/01(日) 01:00:26 ID:w3argif6
「けど、あんなでかいのを人間の力で空に送り返すなんて無理だろ」
「ここはウルティメイトフォースゼロを呼ぼう。彼らなら簡単のはずだ」
「でもあいつ、鳴くだけで眠らせてくるんだろ? 近づくだけでも難しいぞ」
「ゼロたちが対処しやすいように、あいつが鳴き声を出せないように俺たちがしないと
いけないな」
 話が纏まってきたところで、ギーシュがふと辺りを見回した。
「ところで、レイナールはどこに行ったんだ? さっきからずっと姿が見えないが」
「ただいま」
 噂をしたところで、レイナールがルイズたちのいる民家へと入ってきた。キュルケを伴って。
「キュルケ! レイナール、一体どこまで行ってたんだ?」
「一旦学院まで馬を飛ばしてたんだ。オールド・オスマンからこれを借りにね」
 レイナールが皆に配ったのは、耳栓。それに才人は見覚えがあった。
「あれ、これってもしかして、ウェザリーさんの魔法の対抗に使った奴じゃ……」
 懐かしさを覚える才人たち。ウェザリーの音を介した催眠魔法の対策として、この風魔法の
掛かった耳栓を使用したのだ。
「その通り。催眠音波をさえぎる奴だよ。怪獣の能力を聞いた時に、ピンと思いついたんだ」
「さすがだなレイナール! これであいつの鳴き声も怖くないぞ!」
 ギーシュたちは嬉々として耳栓を嵌めていく。その間にキュルケはルイズに話しかけた。
「ルイズ、あんたたちってよくよく怪獣に縁があるのね」
「ほっときなさいよ。ていうか何であんたがついてきてるのよ」
「だってジャンがアクイレイアからさっぱり帰ってこないから、待ちくたびれちゃって。また
面白そうなことしてるみたいだから、様子を見に来たのよ」
「相変わらず野次馬根性丸出しねぇ……」
 呆れてため息を吐くルイズ。そんな彼女にキュルケはそっと尋ねかける。
「ところであんたとルイズ、この土地に居を構えるつもりなんですって? 卒業したら結婚する
つもりかしら?」
 と言われて、ルイズはボッ! と火がついたように赤くなった。
「そ、そういう訳じゃないわよ! 単に今までの延長、それだけのことなんだから」
 とのたまうルイズだが、今度はキュルケが呆れ顔。
「結婚もしないで、一緒に暮らすの? そりゃあんたとサイトは主と使い魔の関係だけど、
他の人からしたらそんなのどうでもいいことだわ。きっと、悪い評判が立つわよ。お互いに」
「そ、そんなの関係ないわ! 気にしないもの」
「そんな簡単に済む話かしらねぇ。あんた、公爵家でしょ。色んなしがらみがついて回る
はずよ。きっとすぐにその辺を思い知るでしょうね……」
「何よそれ、どういう意味……」
 ルイズが聞き返そうとしたところで、ギーシュたちが作戦を練るのを終えた。
「よし、これで行こう! 日暮れまでもうあまり時間がない。どうにか今日中に済ませて
しまおう」

 外に出たオンディーヌは力を合わせて土魔法を掛け合い、巨大な土のマスクを作成。
それに『錬金』を掛け、青銅へと変える。そのサイズは、ちょうどバオーンの口を覆える
ほどであった。
「よし、これでいいだろう。こいつをレピテーションでバオーンの口に被せてふさぐ。
そうするとバオーンは鳴き声を出せなくなる、という寸法だ」
「なるほどね。あんたたちにしちゃよく考えたじゃない」
 皮肉げながら称賛するルイズ。見たところバオーンには他に特殊能力はないようだし、
鳴き声さえ出せなくしてしまえば、もう何の問題もなくなるはずだ。
「いつも活躍してるのはサイトだがね、ぼくたちだって日々を寝て過ごしてる訳じゃ
ないんだよ。ここらで名誉挽回さ」
 胸を張るギーシュ。そこにちょうどよく、バオーンがのっしのっしと歩いてやってきた。
「おッ、いいタイミングだ。では諸君、作戦開始だ! まずは向こうの気を引きつけて、
十分な距離まで近づかせて……」

405ウルトラマンゼロの使い魔 ◆fMTvAWnJWM:2018/04/01(日) 01:02:10 ID:w3argif6
 ギーシュがテキパキと指揮を取る一方で、バオーンの視線がこちらに向けられた。
「バオ?」
 しばらくはボーッ、と眠そうな目でいたバオーンだが……その目つきが、急激な変化を
起こす。
「バオッ!?」
 バオーンの瞳が爛々と輝いたかと思うと……のっそりとしていた足取りが激しくなり、
猛烈な勢いでルイズたちの方へと走ってきた!
「バオ――――!」
「えぇーッ!?」
 当然仰天する一同。そして慌てて散り散りとなってバオーンから逃れていく。
「う、うわーッ!」
「危ない! 逃げろぉ―――――ッ!」
 ギーシュと並んで走るルイズは、バオーンの突然の変化に目を丸くしていた。
「どうなってんのよ!? 少しも暴れたりはしないんじゃなかったの!? 話と全然違う
じゃないのよ!」
「そんなことぼくに言われても困るよ! ともかくこれじゃ、マスクを被せるどころじゃ
ない……!」
「バオ――――!」
 耳栓のお陰でバオーンが鳴いても眠らされることはないが、怪獣はその巨体だけでも
人間には十分すぎる凶器。走ってくる怪獣からは必死に逃げるしかない。
 しかしよく見てみると、バオーンは無闇にルイズたちを追いかけ回している訳ではなかった。
「ちょっと!? 何でアタシばっかり追いかけてくるのぉー!?」
 バオーンはキュルケにのみ狙いをつけて、彼女一人を追いかけているのだった。
「い、いやぁーッ! 助けてジャ―――ン!!」
「キュルケが危ないわ! 早く何とかしなさいよギーシュ!」
 慌てふためいたルイズが手近なギーシュの襟首を掴んだが、
「い、いや……暴れる怪獣を止めるなんてぼくたちには……」
「ちょっとちょっとぉ! さっき名誉挽回とか言ってたじゃない!」
「出来ることと出来ないことがあるよッ!」
 ギャアギャア言い争うルイズとギーシュ。それをよそに、才人はこそっと木陰に身を
隠してウルトラゼロアイを装着する。
「デュワッ!」
 才人はたちどころにウルトラマンゼロに変身し、一気に飛び出してバオーンとキュルケの
間に着地した。
「バオッ!?」
 上から降ってきて立ちふさがったゼロにバオーンは驚いて急停止する。オンディーヌは
ゼロの姿を見上げて歓声を飛ばした。
「おおッ、ウルトラマンゼロが来てくれた!」
「ゼロー! キュルケを助けてやってくれー!」
「結局人任せなんだから……」
 ルイズのため息。
「シェアッ!」
 一方でゼロは、バオーンを取り押さえて宇宙に帰すために怪力形態のストロングコロナゼロに
変身した。
『よぉっし! こいつで宇宙までひとっ飛びと行くぜ!』
 意気込むゼロであったが、しかし。
 バオーンはゼロの立ち姿をしげしげと観察していたのだが……ストロングコロナゼロに
なった途端に、その目つきがキュルケに向けられたのと同じになる。
「バオ――――!」
 そしてゼロに向かって思い切りダイブしてきた!
『うおッ!?』
 驚いて咄嗟にかわすゼロ。バオーンは勢いのままに地面に突っ伏したが、すぐに起き
上がって今度はゼロを執拗に追いかけ回す。

406ウルトラマンゼロの使い魔 ◆fMTvAWnJWM:2018/04/01(日) 01:16:15 ID:w3argif6
「あいつ、ゼロに襲い掛かってるぞ!」
「やっぱり凶暴な奴じゃないか!」
「頑張れゼロー!」
 オンディーヌは声をそろえてゼロの応援をするが、そんな中でシエスタは一人だけ、首を
ひねりながらバオーンの様子を観察していた。
「あの怪獣……もしかして……」
 驚きのあまりしばらくバオーンから逃げていたゼロだが、気を取り直してバオーンに向き直る。
『こいつ、大人しくしやがれ!』
 超怪力でバオーンを押さえつけるゼロ。しかし力ずくで取り押さえられるバオーンが、大きく
口を開いた。
「ああッまずい!」
「バオ――――――――ン!」
 バオーンが大声で鳴き声を発すると、途端にゼロの身体がふらつく。
「ウゥッ……」
 そしてたちまちの内に昏倒してしまった。バオーンの催眠音波は、ゼロにも効果があるほど
強力なものなのだった。
「バオ?」
 バオーンは仰向けに倒れたゼロの身体をつんつんと指でつつく。
「やめなさい! ゼロから離れなさいよッ!」
 ルイズはゼロを援護するために、杖を手に取ってバオーンに向けようとするが……そこに
シエスタが息せき切って走ってきた。
「ミス・ヴァリエール! 少しお待ち下さい!」
「どうしたのシエスタ!?」
 シエスタはバオーンを見やりながら、こう言った。
「バオーンは……もしかして、赤い色が好きなのではないでしょうか?」
「へ?」
 突拍子もない発言に、ルイズとギーシュは唖然。
「ほら、よくご覧になって下さい。バオーンには、ゼロを傷つけようとする様子がありませんわ。
きっと、遊んでほしいだけなのですよ」
「あッ、確かに……」
 シエスタの言う通り、よく見れば、バオーンはゆさゆさとゼロの身体を揺さぶっている。
本当に危害を及ぼすつもりならば、今の内に激しく攻撃しているはずだ。
「わたしの幼い弟たちも、遊んでもらいたい時には無邪気に飛びかかってきます。その時の
様子と似ているので……」
「でも、赤い色が好きってのは?」
「バオーンがああなったのは、ゼロが姿を変えてからです。ミス・ツェルプストーは……」
 キュルケは己の長い髪の毛をじっと見つめた。ツェルプストー家の特徴である、燃える
ような赤毛。
「ああ、なるほどね」
「ド・オルニエールには赤い色がありませんから、今まではあんな風になったことがないのでしょう」
「そういうことか」
 シエスタの話は筋が通る。ルイズたちは納得のいった風にうなずいた。
 その内にゼロがハッと目を覚まし、じゃれついているバオーンをむんずと掴んで投げ飛ばした。
『こんにゃろうッ!』
「バオ――――!」
 怒りながら起き上がったゼロに向けて、ルイズが叫ぶ。
「ゼロ、落ち着いて! バオーンは赤い色に興奮するだけなのよ!」
『! そうなのか……だったら!』
 訳を知ったゼロはストロングコロナから、ルナミラクルゼロにチェンジ。身体の色が
青になったことで、バオーンは落ち着きを取り戻す。

407ウルトラマンゼロの使い魔 ◆fMTvAWnJWM:2018/04/01(日) 01:19:40 ID:w3argif6
「バオ?」
 そしてゼロは光の球を作り出すと、それを赤く変色させて風船に変えた。
「バオッ!」
 バオーンの視線は赤い風船に釘づけとなった。ゼロが風船を宙に飛ばすと、バオーンが
風船に向かってジャンプする。
「バオ――――!」
「シュッ!」
 その瞬間、ゼロが両手より光線を発してバオーンの身体を空中でキャッチした。そのまま
念力によってバオーンを運びながら飛び上がり、宇宙に向かって上昇していく。
 オンディーヌはバオーンを宇宙へ連れていくゼロに向かって大きく手を振った。
「ありがとう、ウルトラマンゼロ!」
 領民たちもド・オルニエールから去っていくバオーンを見上げて、手を振る。
「おーい! また来いよー!」
「また来いですって!? 冗談じゃないわよ!」
 誰かが言ったひと言を聞き咎めたルイズが怒鳴ったのを、シエスタがまぁまぁとなだめていた。

 こうしてバオーンは無事に宇宙へと帰され、ド・オルニエールから怪獣はいなくなった。
ギーシュたちは結局アテにしていた収入がないことにがっかりしていたが、ルイズたちは
安心してド・オルニエールに暮らせるようになったのであった。
 ボロボロの屋敷は業者に頼んで修繕してもらうこととなり、ルイズと才人は平日を魔法
学院で過ごし、週末にはここにやってきて屋敷の掃除をしたり領民たちと交流したりする
生活をするようになった。
 領民は老人ばかりだが、バオーンを平然と受け入れていたことから分かるように、皆気さくで
性根のいい人ばかりであった。才人たちは彼らとすぐに打ち解け、とても良好な関係を築いた
のであった。
 そんな風に、ド・オルニエールでは今までの喧騒を忘れさせてくれるような、穏やかな
時間を過ごせるものと思っていたのだが……新しい波乱は、予期せぬ方向からやってきた。

 才人が経験する、魔法学院の二度目の夏休みが来た頃には、屋敷は十分な生活が出来る
分には修繕が出来ていた。才人とルイズは、夏休みの間はこの屋敷で暮らすことを決定した。
 それは良かったのだが、一週間が経過した頃に、その屋敷にとんでもない客が来たことを、
お手伝いとして迎えたヘレン婆さんがルイズたちに知らせに来た。
「旦那さま、大変でございます。大変でございます」
「ヘレンさん、どうしたの」
「お客さまでございます」
 いつもはのんびりとしているヘレンがおろおろしているので、才人たちは目を丸くした。
一体どんな客なのか。
「それが、何とも怖い若奥様でございまして……。どこぞの名のあるお方の奥方とお見受け
しましたが、これがまぁ、怖いの何の。眉間に皺を寄せて、このわたくしをじろりと! 
まさにじろりとにらんだのでございますよ!」
「怖い若奥様?」
「はい。ええと、お顔立ちはルイズさまによく似ております」
「……髪は?」
「見事な金髪で」
 その特徴が当てはまる人物を、ルイズたちはただ一人だけ知っていた。ルイズの顔がさっと
青くなる。
「ヘレンさん、あの方は独身よ。名のあるお方の奥方なんて、冗談でも言わないことね。
耳をちょんぎられるわよ」
 ルイズの忠告にヘレンは震えながら聖具の形に印を切った。
 ルイズと才人が応接間でその人物を迎えると――ルイズの姉、エレオノールは一番に
ルイズの頬をぎゅうッ! とつねり上げた。
「ちび! ちびルイズ!」
「いだい〜!」
「あなたはもう、また勝手なことをして! 聞いたわよ! け、けけ……結婚前の男と女が
一緒に暮らすなんて! そんなのわたし、絶対に認めませんからね!」
 エレオノールはルイズと才人の同居に関して、反対をしに来たのであった。

408ウルトラマンゼロの使い魔 ◆fMTvAWnJWM:2018/04/01(日) 01:20:45 ID:w3argif6
以上です。
次話はなるべく早く仕上げます。

409ウルトラ5番目の使い魔 70話 (1/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:11:01 ID:Duwr85eM
皆さん、こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、70話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

410ウルトラ5番目の使い魔 70話 (1/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:13:25 ID:Duwr85eM
 第70話
 夢の先の旋律
 
 バイオリン超獣 ギーゴン 登場!
 
 
 それは今ではない、しかしそんなに遠くない昨日の昨日のそのまた昨日の春の日の昼下がりです。
 大きな大きな湖のほとり。そこにきれいなお屋敷がありまして、三人の親子が住んでいました。
 今日はお空は晴れ、風は緩やかで寒くも暑くもないポカポカ日和。お屋敷のお庭にはテーブルが立てられて、温かな紅茶が湯気を立てています。
 テーブルの前に座っているのは優しそうな貴婦人。そのひざの上には小さな女の子が座って、待ちきれないと一冊の本を差し出しています。
「ねえ、お母様。お父様もお母様もお休みの今日は、イーヴァルディの勇者の新しいお話を読んでくれるってお約束でしょ。早く早く、わたし楽しみにしてたんだからね」
「まあ、シャルロットったらお行儀が悪いわよ。そんなに慌てなくても、まだお茶を淹れたばかりじゃない。ねえ、あなた」
「はは、いいじゃないか。シャルロットは今日のために、ずっといい子で待っていたんだから。さ、約束だシャルロット……父様の演奏と母様の語りで、シャルロットだけのための劇場を始めよう」
 古びたバイオリンを手にした父が優しい演奏を始め、母が本を開いて物語を語り出す。そして娘は期待に目を輝かせて夢の世界への扉を開いた。
 
 これから始まるのは、ハルケギニアで広く語られる英雄譚『イーヴァルディの勇者』の数多い物語の一節。現実がモデルか、それとも完全なフィクションかは誰にもわからない雑多な物語のひとつ。
 けれども、そんなことは純真な幼子にはどうでもいい。自由な心はつまらぬ制約に縛られず、ただ思うさまに優しき旋律の風を想像の翼に受け、物語の空を縦横に舞う。
 
 
 それは遠い昔のお話です……
 
 
 昔々、ある山深い国に、『どんな願いでもかなえてくれる秘宝』が隠されているという、大きな迷宮がありました。
 それをいつ、誰が作ったかはわかりません。けれど、秘宝を求めて多くの冒険者が迷宮へ挑み……そして、誰一人として帰ってはきませんでした。
 土地の人々は、やがて迷宮を人を食べる呪いのラビリンスだと恐れ、ついに土地の領主は迷宮の入り口に大きなお城を建てて、誰も迷宮に入れないように封印したのです。

411ウルトラ5番目の使い魔 70話 (2/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:14:20 ID:Duwr85eM
 
 そうして平和が訪れ、人々が迷宮のことを忘れかけた時代です。お城に一人の女の子が住んでいました。
 女の子の名前はサリィ。彼女はとても優しい心の持ち主でしたが、なぜか彼女に近づく人間は皆不幸な目に会い、今ではサリィの友達は一匹のカラスだけでした。
「クワァ、クワァ! サリィ、オレガイル。クワァ、サリィノトモダチ!」
「うん……あなただけが、あたしのそばにいてくれる」
 うるさく騒ぐカラスだけが、サリィが心を許す唯一の友達です。一人ぼっちでお城で暮らすサリィのことを、土地の人は呪われた娘と呼んで、もう彼女に近づこうとする人はいませんでした。
 
 そんなある日のことです。お城に、旅の途中のイーヴァルディの一行がやってきたのです。
 
「こんにちは。旅の者ですが、どうか少しの間だけ宿を貸していただけないでしょうか」
 数々の冒険を潜り抜けてボロボロの身なりで訪ねてきたイーヴァルディの一行を見て、サリィは驚きました。優しい彼女はイーヴァルディたちを哀れに思い、すぐにでも泊めてあげようと思います。けれど、自分の身にまといつく不幸を思うと、サリィは受け入れることができませんでした。
「旅の方、ここは呪われた恐ろしい館です。入ればきっと、あなた方にも不幸が訪れるでしょう。どうか、立ち去ってくださいませ」
 悲し気にサリィはイーヴァルディたちを突き放しました。ですが、長旅で疲れ果てたイーヴァルディたちは、どうしてもということで一晩だけ宿を借りることになりました。
 城の中に部屋を借りて、イーヴァルディの一行は眠りにつきます。イーヴァルディの仲間の、大男のボロジノがあげるいびきが城に響き渡りますが、サリィはそれも気にならないほど心配で眠れませんでした。
 友達のカラスが「ジャアオレガミニイッテヤルヨ、ダカラアンシンシテネロ」と言ってくれますが、やっぱりサリィは不安でなかなか寝付けません。
 そして翌朝、イーヴァルディたちの休んでいる部屋をのぞきに行ったサリィは愕然としました。なんと、部屋の天井が崩れて、イーヴァルディたちは丸ごと瓦礫に生き埋めになってしまっていたのです。
「ああ、またこうなってしまった。あたしに近づいた人は、みんなひどいことになってしまう。ごめんなさい、旅の人たち……」
 サリィはひざまずき、泣きながらイーヴァルディたちに詫びました。
 しかし、なんということでしょう。瓦礫がもぞもぞと動くと、はじけるように吹き飛んだのです。
「ふわぁーっ、よく寝た」
「んーっ? なんか景色が変わってるぞ。キャッツァ、お前また寝ぼけて魔法ぶっ放したろ?」
「失礼なことをおっしゃいますわね。寝ぼけて天井を落とすくらいなら、まずあなたをローストにしていますわよ。マミさんの寝相に決まってますわ」

412ウルトラ5番目の使い魔 70話 (3/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:16:53 ID:Duwr85eM
「ほへー、おなかへったー」
 なんと、信じられないことに、瓦礫の中から何事もなかったかのように一行は起き上がってきたのです。
 サリィは呆然として声も出ません。すると、イーヴァルディがサリィの前にすたすたとやってきて、ぺこりと頭を下げました。
「すみませんサリィさん、僕の仲間たちの阻喪で大切なお城を壊してしまいました。責任を持って修理させますので、どうか許してください」
「あ、あっ、はい。それより、あなた方は天井の下敷きになったというのになんともないのですか?」
「ええ、この程度は。鍛えてますから」
「あっ、はい」
 ぽかんとしながら、サリィは無傷のイーヴァルディたちを見つめていました。
 そうです。数々の冒険を潜り抜け、多くの恐ろしい魔物を倒してきたイーヴァルディたちにとって、天井が落ちるくらいのことは痛くもかゆくもないことだったのです。
 そうして、イーヴァルディたちは、壊してしまったお城を直すまではとどまることになりました。もちろん、サリィはもっとひどい不幸が降りかかってくることを恐れてイーヴァルディたちを旅立たせようとしましたが、責任感の強いイーヴァルディは聞きません。
 
 そして、サリィが本当に驚くのはこれからでした。彼女が心配した通り、イーヴァルディたちには数々の不幸が襲い掛かりました。しかし、イーヴァルディとその仲間たちはそれをものともしなかったのです。
 
 イーヴァルディの仲間、大斧の戦士ボロジノが森に木を切りに行ったらオークの群れに出くわしました。
 夕方、ボロジノは大木と豚肉をたっぷり抱えて帰ってきました。
 
 料理人のマロニーコフが厨房に立ったら、突然油が流れ出して厨房が火の海になりました。
 マロニーコフはこれ幸いと火事の炎でローストポークを作ると、ついでとばかりに振りまいた水で消火といっしょにスープを作ってしまいました。
 
 シーフのカメロンが薬草を取りに出かけたら蜂の大群に襲われました。
 その日、サリィは蜂の蜂蜜漬けをおやつにいただきました。
 
 ですが、一番驚いたのは武闘家のマミといっしょに山に出かけたときでした。
 壊れた部屋を作り直すための材料になる石材を取るため、サリィは一行で一番の力持ちだというマミを近くの岩山に案内しました。

413ウルトラ5番目の使い魔 70話 (4/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:18:08 ID:Duwr85eM
 マミは武闘家だと聞きましたが、背丈はサリィの半分ほどしかなく、しかもいつも眠そうな目で「おなかすいた」とばかり言っている子供なので、正直サリィはとても信じられませんでした。
 けれど、岩山についたときです。なんと、山の上から五メイルはあろうかという巨大な岩が突然マミを目がけて落ちてきたのです。
「危ない! 逃げてマミちゃん!」
 サリィは必死に叫びます。しかし大岩はすごい勢いで落ちてきて、とても間に合いません。あんな岩が落ちてきたら、人間なんかぺっちゃんこにされてしまうでしょう。
 でも、マミは自分に向かってくる大岩を眠そうに見上げると、すぅと息を吸って右腕を振り上げたのです。
「たーあ」
 やる気のなさそうな声といっしょに、マミのパンチが大岩に当たりました。
 すると、今度こそサリィは自分の目を疑いました。なんと、大岩はマミのパンチでひび割れたかと思うと、そのまま轟音と共にバラバラになってはじけ飛んだのです。
「あ、あわわわわわ」
 サリィは腰を抜かして立てませんでした。当たり前のことです。誰が身長一メイルちょっとの小さな女の子が、五メイルもの大岩を素手で粉々にできると思うでしょうか?
 でも、マミはちっちゃくてもイーヴァルディの仲間なのです。イーヴァルディの仲間はみんなすごいのです。
 それから、イーヴァルディの仲間はただすごいだけではありません。マミは腰を抜かしているサリィのもとに駆け寄ると、サリィに手を貸して立たせてくれたのです。
「サリィ、大丈夫? いたくなかった?」
「あ、あたしは大丈夫……それよりマミちゃん、あなたこそ、あんな大岩を砕いて、大丈夫なの?」
「あたいは平気、鍛えてるから……それより、サリィがケガなくてよかった」
 にっこりと笑ったマミの優しい顔に、サリィは怖かったのが溶けていくような気持ちがしました。マミはひょいと、今度は十メイルもの大岩を持ち上げて、「これくらいならいいかな?」と尋ねてきますが、もうサリィも驚きません。
 そうして、サリィとマミはお城を作るのに十分な大岩を持って帰ることができました。
 
 そして、お城に帰ったサリィは、また信じられないものを見ました。なんと、それまで殺風景だったお城の周りが、一面の花畑に変わっていたのです。
「わぁ、なんて綺麗……これは、あなたが?」
「ええ、わたくし、美しくない場所は嫌いですの。このくらいのこと、この世界一の大魔法使いキャッツァ様にかかれば簡単なことですわ」
 美貌のメイジが宝杖をかざしながら得意げに笑い返してきます。色とりどりの花畑に、サリィは思わず見惚れていました。こんなに美しい景色を見たのはいったい何年ぶりでしょうか。彼女に人が近づかなくなって以来、城の周りは荒れに荒れ、野の花ひとつ見れなくなっていたのです。
 サリィの心に、すっかり忘れていた暖かい風が吹いてきます。そのとき、彼女のもとにイーヴァルディがやってきて、すまなそうに言いました。

414ウルトラ5番目の使い魔 70話 (5/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:20:39 ID:Duwr85eM
「ごめんなさい、キャッツァは言い出したら聞かない人で。勝手にこんなことをしちゃって、申し訳ない」
「いいえ、いいえ……こんな、こんな綺麗な景色、はじめて見ました。あなたたちは不思議な人……いままで、わたしのそばに平気でいれる人なんて、一人もいませんでした」
「僕らはただの、通りすがりの冒険家ですよ」
 微笑しながら言うイーヴァルディはどこまでも謙虚で、それこそどこにでもいるような青年にしか見えませんでした。
 けれど、彼こそは数々の冒険を制し、無数の魔物を倒して多くの人々を救ってきた『勇者』なのです。
 サリィの心に、ずっと忘れていた『嬉しい』という心が戻ってき始めていました。
 
 しかし、そんなイーヴァルディたちをよく思わない邪悪な誰かが彼らを見つめていました。そして、イーヴァルディたちに邪悪な気配が近づいていたのです。
「イーヴァルディ、悪い奴がやってくるよ」
 邪悪な気配を感じたマミが言います。もちろんイーヴァルディも気がついて、すっと剣を抜いて身構えました。
 剣を抜いたとたん、優しげだったイーヴァルディは精悍な戦士に変わります。空を見上げたイーヴァルディの眼の先で、それまで晴れ渡っていた空が突然黒雲に覆われたのです。
「来る」
 イーヴァルディの剣がチャキッと鳴ります。マミとキャッツァはサリィをかばうように立ち、サリィは怯えて空を見上げています。
 そして、渦巻く黒雲の中からそいつは現れました。全身が緑色のうろこに覆われた、見渡すような巨大なドラゴンです。
「あ、あわわわ」
 サリィは見たこともない恐ろしい怪物の威圧感にあてられて、今にも泣きだしそうです。
 ドラゴンは真っ赤な目をギラギラと光らせて、鋭い牙の生えた口を広げて恐ろしい叫び声をあげてきます。でも、そんなこけおどしはイーヴァルディには通じません。
「ワイバーンか、大きいな」
 イーヴァルディはつぶやきました。その声には恐怖のかけらもありません。
 マミもキャッツァも平気な様子です。ドラゴンが現れた様子は、城の中からボロジノやマロニーコフやカメロンも見ていましたが、彼らも気にせずに壊れた部屋の修理をしています。仲間たちの全員が、イーヴァルディを信頼しているのです。
 そのとき、空に濁った鳥の鳴き声のような不気味な音が響きました。すると、ドラゴンが口を開き、地上のイーヴァルディに向けて真っ赤な炎を吐きました。なにもかも焼き尽くす勢いの赤い津波がイーヴァルディに迫ります。しかし、イーヴァルディにその炎は届きません。キャッツァの張った魔法の壁が、炎を軽々と押し返したのです。
「ぬるいですわね。千年竜のブレスに比べたらぬるま湯ですわ」
 魔法の壁はびくともせず、ドラゴンの炎はなにも焼けないままで散って消えました。そして、イーヴァルディはマミに頼みます。

415ウルトラ5番目の使い魔 70話 (6/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:21:54 ID:Duwr85eM
「マミ! いつものアレ頼む」
「あーいよ」
 イーヴァルディはマミの頭上に飛び上がると、マミはイーヴァルディの踏み台のようになって一気にドラゴンに向かって押し上げました。
 たちまち、羽が生えたようなすごい勢いでイーヴァルディはドラゴンに飛んでいきます。ドラゴンは口を開き、今度こそイーヴァルディを焼き尽くそうと炎を吐きますが、イーヴァルディの勢いは止まりません。
「ああっ! 危ない」
 サリィが叫びます。イーヴァルディの姿は炎の中に飲み込まれて消えてしまいました。
 イーヴァルディは燃え尽きてしまったのでしょうか? いいえ、イーヴァルディは勇者です。こんな炎なんかに負けたりはしません。
「てやぁぁぁーっ!」
 炎を切り裂き、イーヴァルディは無事な姿を現しました。ドラゴンは驚き、再び炎を吐き出そうとしますが、もう間に合いません。
 そのとき、イーヴァルディの左手がまばゆく輝き、イーヴァルディは光となった剣をドラゴンに向かって振り下ろしたのです。
「イヤーーッ!」
 光がドラゴンを貫きました。すると、ドラゴンの鋼のように固いはずのうろこがぱっくりと割れ、ドラゴンは胴体から真っ二つになったのです。
 ドラゴンはギャアーと断末魔の悲鳴をあげ、黒い煙となって消えました。
 空は晴れ、イーヴァルディはすとりと仲間たちのもとに降りてきます。剣を収めて、いつもの優しい笑顔に戻ったイーヴァルディの姿は、サリィの目にとてもとても格好よく映りました。
「勇者……さま」
 思わずサリィはつぶやきました。サリィは生まれて今日まで、こんなすごい人たちを見たことがありません。
 イーヴァルディは言いました。
「君の呪いが何を呼び寄せても、僕らは絶対に負けない。僕らは、友達を見捨てるようなことは絶対にしないからね」
「友達? まだ、会ったばかりのあたしを、どうして……?」
「時間は関係ないよ。それなら、僕よりもほら、マミがさ」
 すると、マミがサリィのそでを引いて、にっこりと笑っていました。
「あたい、わかった。サリィはとってもいい奴。だから、あたいはサリィと友達になりたい」
「で、でもあたしなんて、呪われてるし、皆さんと違ってなんにもできないし……」
「そんなの関係ない。なりたいから、なる。それが友達でしょ」
 なんの他意もなく、ただ純粋に見つめてくるマミに、サリィは恐る恐るですが、「うん」と、答えました。

416ウルトラ5番目の使い魔 70話 (7/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:23:59 ID:Duwr85eM
 イーヴァルディも笑います。
「うん、マミの友達なら、もちろん僕らとも友達さ。だからもう怯えないで。君を怖がらせるものが来たら、僕たちがやっつけるからさ」
「イーヴァルディ、さん……うっ、うっううぅ……っ」
 サリィはイーヴァルディの胸に飛び込んで泣きました。これまで誰にも甘えることのできなかったサリィの心を、イーヴァルディと仲間たちは確かに受け止めたのです。
 イーヴァルディは強いだけではありません。悪を決して許さない正義感と、虐げられている人を見捨てておけない優しさを持っているからこそ、勇者なのです。
 そうして、サリィはイーヴァルディに見守られながら、花畑でマミといっしょに日が暮れるまで遊びました。
「ほらサリィ、あたいのお花の王冠、きれいでしょ」
「わあ、マミって手先も器用なんだ、すごいな。ねえ、あたしにも作り方教えてくれる?」
「いいよ。ここをこうして、ねっ?」
 呪いのことなんかすっかり忘れて、ふたりは時間も忘れて遊びました。ドラゴンも倒したイーヴァルディが見張っていてくれるのですから、怖いものなんかあるわけがありません。
 でも、イーヴァルディが勇者である理由はそれだけではありません。サリィは、まだそれを知りませんでした。
 
 ですが、サリィを苦しめ続けた不幸の呪い。それをかけた相手は誰なのでしょう?
 キャッツァは考えていました。サリィを苦しめている奴は、きっとまだあきらめはしないだろうと。
 
 その夜のことです。夜が更け、サリィは眠りにつく前に、今日あった楽しいことをカラスに話していました。
「それでね、イーヴァルディさんたち、もうしばらくここにいてくれるんだって。わあ、明日から楽しみだなあ。ねえ、明日はあなたもいっしょに遊ぼうよ」
「クワー、ソレハヨカッタクワー……」
 カラスはサリィの話をじっと聞いていました。このカラスは人語を理解し、自分からしゃべることもできる不思議な鳥で、サリィのお父さんとお母さんが亡くなってからは彼女のたった一人の話し相手でした。
 けれど、ただのカラスがしゃべるでしょうか? おかしいと思いませんか? でも、ずっと城に籠っていたサリィはそのことに気がついていませんでした。
 イーヴァルディたちの話をうれしそうに語るサリィを、カラスはじっと見ています。カラスはイーヴァルディたちの前へはほとんど姿を現さず、隠れて様子を見ていました。サリィはそれを、恥ずかしがっているからだと思っていましたが、そうなのでしょうか?
 カラスはサリィを黒い目で見つめ、サリィの心の中に寂しさや不安といった感情がなくなっているのを確かめました。

417ウルトラ5番目の使い魔 70話 (8/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:25:33 ID:Duwr85eM
 突然、カラスの雰囲気が変わります。
「ククク……我を封じた忌まわしい一族の娘。もっと長く苦しめ続けてやろうと思っていたが、お前にはもう飽きたよ」
「えっ? な、何を言ってるの」
 サリィは突然変わったカラスの恐ろし気な言葉に戸惑います。しかし、カラスは黒い羽根を巻き散らして飛び上がると、いきなりサリィの左目にくちばしを突き刺しました。
「きゃああぁーっ!」
「クク、クワッハハ!」
 サリィの悲鳴とカラスの笑い声が響きます。サリィの顔は真っ赤に染まり、カラスのくちばしからは赤いしずくが滴っていました。
 でも、それでもサリィはカラスに呼びかけました。
「ねえ、うそでしょ? あなたはわたしの、たったひとりの友達だったじゃない」
「トモダチ? お前みたいな汚い人間の、誰がトモダチだというのだ!」
 カラスは叫ぶと、今度はサリィの右目をくちばしで突き刺しました。
「いやぁぁーっ!」
「クワァハハ……お前の目玉は美味いゾォ。バカな娘だ、お前の呪いはすべて我が仕組んでいたことだとも気づかず。それなのに我を信じてすがるお前は最高のおもちゃだったガナア」
 なんということでしょう。サリィの不幸は、すべてがこの魔ガラスの仕組んだことだったのです。
 サリィは両目をえぐられ、苦しみながら床をはいずりました。でもそれよりも、裏切られたショックと、だまされていた悲しみがサリィの胸を締め付けていたのです。
「見えない、なにも見えないよぉ。誰か、誰か助けて」
 逃げようとしても、もうサリィにはドアのある方向さえわかりません。
 カラスはもがくサリィを冷たく見下ろしていました。ですが、いったいこの魔ガラスは何者なのでしょう? どうしてサリィを苦しめるのでしょうか?
「クァクァ。我の復活のイケニエとして育てていたが、喜びを思い出したお前はもういらない。だが、最後にもう一度役に立ってもらうぞ。やっと見つケタ何百年ぶりかの、最高の獲物をタベルためニナ!」
 カラスはそうつぶやくと、サリィの耳元で偽物の声を作ってささやきました。
「サリィ、サリィ……私の声が聞こえますか?」
「この声……お母さん?」
「そう、あなたのお母さんですよ。やっと会えましたね、かわいそうなサリィ。でも、もう心配いりませんよ」
 なんと、魔ガラスは死んだサリィのお母さんの声を真似て話しかけていたのです。

418ウルトラ5番目の使い魔 70話 (9/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:26:59 ID:Duwr85eM
「お母さん、痛いよ……お母さん、助けて」
「おお、サリィ、サリィ、もう大丈夫だからね。お母さんが助けてあげる。さあ、こっちへいらっしゃい」
「見えない、見えないよ、お母さん」
「大丈夫、お母さんの声のするほうへおいで……こっちよ、こっちよ」
 サリィはふらふらと、魔ガラスの真似る声を頼りについていきます。
 いったいどこへ行こうというのでしょう? 魔ガラスはサリィを操りながら、城の地下に向かって降りていきます。
 そこには、恐ろしげな扉によって封じられた入り口がありました。そうです、昔に封じられた恐ろしい呪いの迷宮の入り口です。
 サリィが手を触れると、固く閉ざされていた扉はギギギと不気味な音を立てて開きました。
「クァクァ、ラビリンスの封印は封印を施した一族でないと破れナイ。さあ、こっちよサリィ、こっちこっち」
「お母さん、お母さん待って……」
 サリィは魔ガラスに誘われるままに、迷宮の真っ暗な闇の中へと消えていきました。
 
 そしてしばらく後です。異変を知ったイーヴァルディたちが迷宮の入り口へと駆けつけてきました。
「しまった! 遅かったか」
 開いてしまっている迷宮の入り口を見てイーヴァルディと仲間たちは悔しがりました。
 イーヴァルディたちも油断していたわけではありません。しかし、魔ガラスがサリィを襲っているのと同じころに、城の外にドラゴンが何匹も現れて退治しに出かけていたのです。でも、それは魔ガラスの罠でした。
 何かおかしい。そうキャッツァが気づき、マミが百リーグ先の獣の声も聴きつけられる耳でサリィの悲鳴を感じ取ったとき、イーヴァルディたちは急いで城に引き返しました。でも、間に合いませんでした。
 そのときです。迷宮の中から不気味な声が響いてきました。
「グァッグァッグァッ、私のラビリンスへようこそ、勇敢な冒険者諸君。あの小娘は私が預かっている。助けたければ私の元まで来るがいい。財宝もあるぞ。来なければ娘は食べてしまうからなぁ、グァッグァッグァッ」
 あざ笑う声がイーヴァルディたちを誘います。
 キャッツァがイーヴァルディを向いて言いました。
「イーヴァルディ、どうするの? これは罠よ。私たちを誘い込むための」
「わかってる。けど、サリィを見捨てることなんてできない。そうだろ? マミ」
 するとマミも、強い決意を秘めた表情で答えました。
「あたいには聞こえた。サリィは助けてって言ってた。あたいは行くよ、サリィはあたいの友達だもの」

419ウルトラ5番目の使い魔 70話 (10/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:28:45 ID:Duwr85eM
 マミの手の中には、サリィといっしょに摘んだ花の押し花がありました。マミだけでなく、ボロジノやマロニーコフたちも、迷わずに行こうと言っています。
 ですが、このラビリンスはただの洞窟やダンジョンではないのです。数多くの冒険家が挑戦し、誰一人として生きて帰った者はいない呪いの迷宮なのです。そのことをキャッツァが告げると、イーヴァルディは言いました。
「わかっている。でも、ここで逃げたら僕は一生後悔して生きるようになってしまう。友達を見捨てた卑怯者として、永遠に自分を許せなくなってしまう」
「でも、この迷宮の奥からはとてつもない力を感じるよ。もしかしたら、私たちでもかなわないかもしれない。それでも、行くの?」
「そうだね。確かに、この奥にいる奴は僕たちより強いかもしれない。けど、だからって……ジーッとしてても、どうにもならない! そうだろ? みんな」
 その言葉に仲間たちは皆、そう言ってくれるのを待っていたというふうにうなづきました。誰もがイーヴァルディを信頼して、彼の指示を待っています。
「二度と生きて帰れない迷宮は、僕も怖い。僕一人じゃ無理かもしれない。だけど、僕には君たち仲間がいる。だから、この胸の中から熱いものが湧いてくる。それが押してくれるから、僕は行ける」
 イーヴァルディは剣を抜き、「行こう」と言いました。誰も止める者はいません。彼らは一丸となって、魔のラビリンスの中へと足を踏み入れていったのです。
 
 
 それは遠い日の一幕の記憶。父の奏でる色とりどりの旋律の中で、母が語る物語を娘が聞いた、幸せな家族の一日の記憶。
 
 
 はたしてイーヴァルディたちの運命は? 物語はいよいよ佳境へと入る……。
 かに、思われたが。
「ねえねえジル、早く続きを読んでなの! きゅい」
「あいにくだけどここまでだよ。残念だけど本が焼けてて続きはもう読めないんだ」
「きゅい? きゅいいーっ! ここまで来て続きがないなんてひどすぎるのね! もーっ!」
 物語の続きをせがむシルフィードと、呆れながらボロボロの本を閉じるジル。
 ここは物語の世界ではなく、かといって少し昔のお話でもない。ただし、場所だけは同じであり、ふたりの周りには草とつるに覆われた廃墟の屋敷が広がっている。
 現代、ここは旧オルレアン邸跡。すでに無人で放置されて久しく、寄り付く者もないこの廃墟で瓦礫に腰かけて、この一人と一竜は何をしているのだろうか。
「はぁ、仕事もほったらかして、私はなにをしてるんだろうな」
 ため息をついて、ジルはつぶやいた。彼女の手の中には、焼け焦げた『イーヴァルディの勇者』の本がある。崩れた屋敷の瓦礫の中から見つけ出したもので、どうやらここは元は子供部屋のようなものだったらしい。
 けれど、どうして自分はこんな廃墟の中で見知らぬ女におとぎ話を読み聞かせているのだろうか?

420ウルトラ5番目の使い魔 70話 (11/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:30:20 ID:Duwr85eM
 事の起こりをジルは思い出した。
 
 ジルはフリーのハンターをして生計を立てている。いつからやっているかは覚えていないが、町や村に害を及ぼす獣を退治して報酬を得てきた。
 そして今回、ジルはオルレアン公邸跡の近くの村から依頼を受けてやってきた。
「狩人様、お願いでございます。最近、このあたりの村で突然に魂を抜かれたようになる者が相次いでおります。これというのも、あの古屋敷にドラゴンが住み着いてからのことでございます。きっとあのドラゴンのせいに違いありません。なにとぞ、ドラゴンを退治して村をお救いくださいませ」
「ドラゴンですか……わかりました。その代わり、報酬は頼みますよ」
 ドラゴンというところに不思議に引っかかるものを感じたが、ジルは依頼を承諾して出発した。
 聞いた話では、オルレアン邸跡からときおり心地よい音が聞こえてくるという。村人たちは、それをドラゴンの鳴き声と思ったが、それが聞こえるたびに魂を抜かれたようになる者が出るとのことだったので、ジルは念のために耳栓を用意していた。
 オルレアン邸跡は最近では気味悪がって地元の人間も近寄らなくなっており、途中の道は雑草が入り込んで荒廃していた。しかし、道のまま進んでオルレアン邸跡までたどり着くと、目的のドラゴンは意外にもあっさり見つかった。
「きゅいっ?」
「いたなドラゴン。お前に別に恨みはないが、退治させてもらうぞ」
「きゅいーっ!?」
 思っていたよりも小さな奴だったが、それでもドラゴンはドラゴンだと、ジルは弓を構えて爆薬包み付きの矢をつがえた。
 当たれば大型の幻獣にも大きな打撃を与えられる火薬矢は、緩やかな曲線を描いて青いドラゴンに向かった。しかし、そのドラゴンは意外にも敏捷に飛び上がると矢を回避してしまった。
「やるな。さて、飛んで逃げるか? それとも反撃してくるか?」
 どちらにしても、熟練の狩人のジルにとっては想定内だ。しかし、ドラゴンはジルの姿を認めると、意外な行動に出た。きゅいきゅいわめきながら廃墟の影に飛び込んでいったのだ。
「バカな、その図体で隠れられるつもりか?」
 ジルは呆れた。飛ばれてこそやっかいなドラゴンだが、地面に居れば少し大きな猛獣と変わりない。ブレスにさえ気を付ければ、もうジルにとって恐ろしい相手ではなかった。
「しかし、臆病なドラゴンだ。まだ幼体のようだが……」
 警戒は忘れず、ジルはゆっくりと廃墟の影に隠れたドラゴンに近づいた。
 だが、廃墟の奥にいたのはドラゴンではなく、きゅいきゅい言いながら怯えて縮こまっている全裸の女性だったのだ。

421ウルトラ5番目の使い魔 70話 (12/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:35:31 ID:Duwr85eM
「誰だ? お前」
「きゅいいーっ! う、撃たないでなのねーっ!」
 危うく火薬矢で爆殺しそうになったが、それよりもジルはあっけにとられた。なぜこんなところに若い女が素っ裸でいる? いやそれより、あのドラゴンはどこへ行った?
 問い詰めると、裸の女はあたふたしながら、ドラゴンは逃げたのね、と答えた。正直、あの図体で逃げられるわけはないのだが、実際いないものはしょうがない。だがそれにしても、妙齢に見えるのに変に態度や口調が幼い女だ。
 ジルは気が抜けてしまった。ドラゴンの気配はなくなって、あたりはただの廃墟でしかない。しかし、村人たちにはどう説明したものか。
 すると、悩んでいるジルの後ろから、裸の女がぽつりと話しかけてきた。
「ジ……ル?」
「ん? なぜ、お前わたしの名を知っている」
「えっ!? あ、ええっとええっと。シ、シルフィはシルフィなのね! あのドラゴンに捕まってたのね。助けてくれてありがとなのね!」
 そうわめく女を、ジルは困った様子で見つめるしかなかった。普通に考えて変なのは誰でもわかる。けれど、不思議なことにジルはこの怪しすぎる女を厳しく問い詰めることができなかった。
 どこかで会ったことがあるか? いや、そんな覚えはないが。しかしジルの心のどこかで何かが引っかかっていた。
 ただ、そうは言っても裸の女をそのままにしておくわけにはいかない。
「お前、服はどうした?」
「きゅいっ?」
「ちっ、仕方ないねえ。これだけの屋敷跡なら衣装の一着や二着あるだろう」
 瓦礫を押しのけて、ジルは埋まっていたクローゼットから女物の服を探し出すと裸の女に着させた。きゅいきゅいわめいてかなり嫌がったが、そこは無理やりにでも着させた。
 本当に、見た目の割に幼児のような女だとジルは思った。まったく、自分は昔から子供には苦労させられるとも思う。だがすぐに、子供? 自分が関わったことがあったか? と、思い返した。
 どうも調子が狂う。ジルは頭をかいた。この女を見てから……いや、あのドラゴンを見てから、自分の中に妙な何かが生まれている。
 誰か……この女の顔を見ていると、誰かの顔がぼんやりと浮かんでくる。だが、どうしても輪郭がはっきりしない。イライラして仕方がない。
「お前、もう一度聞くよ。どこの誰だい? なぜこんなところにいたんだい?」
「え、えっと、えっと。その、あの……なのね。な、なのね」
「んん?」
 しどろもどろな様子が怪しすぎる。思わず「シルフィード!」と怒鳴りそうになったときだった。どかした瓦礫の中から、一冊の本が転げ出てきたのだ。

422ウルトラ5番目の使い魔 70話 (13/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:37:06 ID:Duwr85eM
「イーヴァルディの勇者?」
「あっ! そ、その本なのね。シルフィ、その本を探してたのね! その本にすっごい秘密が書いてあるのね。読んで読んでなのね」
「はぁ?」
 子供向けのおとぎ話ではないか。その場しのぎの嘘もここまでくると怒る気もなくなってしまう。
 まあ、読めと言われれば読めなくはない。ハルケギニアで読み書きのできる平民は多くはないけれど、自分は仕事柄最低限の読み書きや計算ができないと不便であるため、子供向けの本を読む程度なら難しくはない。
 それにしても、イーヴァルディの勇者か……ジルはまだ家族が生きていた頃のことを思い出した。母が夜に読み聞かせてくれたことがあったし、文字を覚えたばかりのとき、妹に読んで聞かせたこともある。それに、キメラドラゴンを倒した後は、年に一回……に、読んでやった……誰に?
「……わかった。読んでやるよ」
 何かを思い出しそうになったジルは、本を手に取って瓦礫に腰かけた。足を組んだ時、まだ真新しい義足がカチリと鳴り、その隣にシルフィードはちょこんと座りこんだ。
 本を開き、何度も読み返されたであろうくたびれたページとかすれた文字が目に入ってくる。
「それは遠い昔のお話です……」
  
 
 そして、時間は現在に戻る。
 
 
 物語の世界から帰ってきたジルとシルフィードは一息をつき、同時になんとも言えない虚無感を味わっていた。
「イーヴァルディ、どうなっちゃうのかね」
「さあね、普通なら迷宮を抜けて悪い魔物をやっつけるんだろう」
 燃えたページが戻ることはなく、結末はこの本を持っていた誰かしかわからない。廃墟を空虚な風が流れていく。ジルは廃墟を見渡したが、崩れ落ちた屋敷は何も語ってはくれない。
 ジルは、本のくたびれ具合から、元の持ち主が相当にこの本を愛読していたことを察した。捕らわれの女の子を助けて悪と戦う勇者イーヴァルディ。物語の形は様々あれど、その痛快なストーリーはハルケギニアの子供たちを魅了し続けてきた。
 この廃墟と化した屋敷に何があったのかは知らない。しかし、自由な心を持つ子供が住んでいたのは間違いないだろう。
 どんな子が住んでいたのだろうか。ジルはイーヴァルディの勇者の本のページをぺらぺらとめくると、表紙の裏に子供が書いたと思われる名前の落書きを見つけた。
「シャル……ロット?」
 その名前を読んだ瞬間、ジルは激しい違和感を覚えた。
 なんだ? 自分は、自分はこの名前を知っている。心の中の、抜け落ちた空白が埋まるような、大切ななにかがその名前の誰かにはあるような。
「シャルロット……? 誰だ? シャルロット」
 思い出せない。ジルは頭を抱えた。まるで、なにかが頭の中で記憶をせき止めているような。誰かに頭の中をいじくられているような、そんな感じさえ覚える。
 なにがなんなのだ? わけがわからない。ジルの額から脂汗が零れ落ちる。

423ウルトラ5番目の使い魔 70話 (14/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:38:16 ID:Duwr85eM
 ここに来てから全てが変だ。この女といい……。
「シャルロット……シャルロットって、誰だ?」
 苦しむジル。そのときだった。シルフィードが、まるで何かに取りつかれたかのようにぽつりとつぶやいたのだ。
「おねえさまに……会いたいのね」
「な、に?」
 困惑がジルの中に広がる。さらに、ジルの耳にありえない音が聞こえてきた。
「なんだ? この音楽は」
 突然、廃墟のどこからともなく美しい旋律が流れてきたのだ。
 それは、まるで超一流のバイオリニストが弾いているような美しい音色の旋律で、この廃墟にはまるで不似合いなものであった。
 しかも、普通なら心を穏やかにする美しい旋律なのに、それを聞いたジルが感じたのは魂を抜かれるような強烈な虚脱感であったのだ。
「ぐぅぅぅ……ま、まさか。これが、村人たちが聞いたという、魂を吸う音なのか? ち、力が、抜ける」
 耳を押さえて音から逃れようとするジルだったが、音は手のひらをすり抜けて響いてきた。耳栓もまったく役に立たない。
 シルフィードは? すると、なんということだろうか。シルフィードは聞き惚れるかのように、うっとりと旋律に聞き入っている。そんな馬鹿な、この殺人音楽の中で平然としていられるなんてありえない。
「おねえさま……おねえさまに会いたい」
「まさか、お前……」
 オルレアン邸跡に、オーケストラのようにバイオリンの旋律が響き渡る。逃れられる場所などどこにもなかった。
 力がどんどん抜けていく。いくら熟練の狩人であるジルといえど、相手が音では太刀打ちする術がない。
「だめだ、頭が……ち、ちくしょう……」
 もう意識を保っていられない。ジルのまぶたが重くなり、全身の感覚がなくなっていく。
 瓦礫の中に倒れたジルの視界が暗くなり、魂が体から離れていくような浮遊感に包まれる。死ぬとはこういうことなのか……かろうじて握っていた弓が手から転げ落ち、イーヴァルディの勇者の本がばさりと投げ出される。
 これまでか……だが、そのときだった。
 
『サイレント』
 
 音を遮断する魔法のフィールドが張られて、ジルの魂は寸前で肉体からの剥離を免れた。

424ウルトラ5番目の使い魔 70話 (15/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:41:48 ID:Duwr85eM
 殺人音波から解放され、ジルの意識が戻ってくる。そして目を開けて体を起こし、その瞳に魔法を使った誰かの姿が映りこんできた瞬間、ジルの心の中で空白だったパズルのピースのひとつに、鮮やかな群青の輝きが蘇ってきた。
「あ……ああ、お前」
「ジル」
 名前を呼ばれたとき、ジルの目からは自然と涙が溢れていた。ぼやけた視界に映るのは、青い髪、眼鏡の奥の涼やかな瞳、そして体に不釣り合いな大きな杖。
 あたしは、あたしはこの子を知っている。名前は、名前は……でも、絶対に知っていたはずの、大切な誰かだった。
「ジル、今はまだ思い出さないで。でも、あなたと、出来の悪いうちの使い魔は、わたしが守るから」
 彼女の傍らには、杖で頭をしこたま殴られて目を回しているシルフィードの姿がある。
 そして、彼女の頭上にはおどけた様子を見せながら浮遊している異形の人影がひとつ。
「うふふ、これはまた強力で邪悪なパワーを感じます。手を貸しましょうか? お姫様」
「黙っていて。あなたの茶番、今日で終わりにされたいの」
「おやおや、ガリアからここまで運んできてあげたのに冷たいですね。ま、頑張ってくださいませ」
 部外者の介入を封じて、彼女は杖を構えて廃墟の前に立った。
 すると、廃墟の瓦礫の中から古ぼけたバイオリンがひとりでに飛び出してきた。そいつは誰も触れていないはずなのに宙に浮いて弓を動かし、美しい旋律を響かせている。
 しかし、音はサイレントの魔法に阻まれている。するとどうだろう、バイオリンはみるみるうちに大きくなっていき、ヴィオラ、チェロ、コントラバスのサイズを経てさらに巨大化。ついにはバイオリンの姿を模した怪物へと変貌してしまったのだ!
「怪獣……」
「ノンノン、超獣ですよ」
 宇宙人の訂正したとおり、これは怪獣ではない。
 まるで木製のような茶色の体。胴体にはバイオリンと同じように四本の弦が張られ、手の指はバイオリンを弾き鳴らす弓のようになっている。頭にはバイオリンと同じく大きなスクロールと糸巻きがついており、まさに巨大なバイオリンそのものだ。
 バイオリンに超獣のエネルギーが取り付いて実体化した、その名もバイオリン超獣ギーゴンが現れたのだ!
 
 ギーゴンはその口から笑っているような声を発し、廃墟の瓦礫を踏みつけながら向かってくる。しかし、彼女はひるむことなく、その手に持った杖を魔力を帯びた剣のようにかざして立ちふさがった。
「ここはわたしの思い出の日々の墓標。それを汚すものをわたしは許さない」
 朽ち果てるのを待つだけの廃墟。それでも、ここは自分にとって帰るべき家なのだ。タバサの心に、静かな怒りが湧く。
 しかし、タバサの心は冷静だ。ジルから直伝された狩人としての心得と、すべてを置いても守らねばならない人たちを背にした使命感が彼女を支えている。そして、もうひとつ……タバサは地面に転がるイーヴァルディの勇者の本を一瞥してつぶやいた。
「サリィ、わたしは小さいころ、勇者が迎えに来てくれるあなたにただ憧れてた。でも、その物語の最後であなたが教えてくれたこと、今ならわかる。わたしはイーヴァルディのような勇者じゃないけれど、勇者の姿はひとつじゃないということを、あの人たちに教わったから」
 かつて夢物語の勇者に思いをはせた少女は今、猛き戦士となって杖を振るう。その胸には、かつて地球を破滅から守り抜いた防衛組織『XIG』のワッペンが青く輝いている。
 ねじれた世界のはざまに人々の記憶とともに消えた少女。しかし、彼女は再び現れた。かつて失ってしまったものと同じくらい大切なもののために。
 
 しかし、邪念を食らう超獣。それがなぜここに現れたのか、その残酷な真実をまだ彼女は知らない。
 外部からの侵入者たちの手で歪められているハルケギニア。しかし、ハルケギニアが元々内包するゆがみからも邪悪は襲来する。
 誰の手を借りることもなく因果は巡る。時の歯車は無慈悲に回り、隠されていた闇をさらけ出す。
 
 
 続く

425ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:42:56 ID:Duwr85eM
今回はここまでです。
タバサ復活。次回の決着にご期待ください。

426ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 21:58:36 ID:8hDym6Ss
ウルトラ五番目の人、投稿おつかれさまでした。

さて皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です。
特に問題が起こらなければ、22時の01分から93話(前編)の投稿を開始します。

427ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:01:34 ID:8hDym6Ss

 日中ハルケギニアの空を照らし、気温を上げていた太陽が暮れようとしている時間。
 人々の中には空を見上げ、赤みを増していく太陽と、薄らと見えてきた双月を眺めながら帰路につく者もおり、
 これからが本番と言わんばかりにテンションが上がり、友人たちと今夜は何処の酒場に行こうかと相談する若者たちや、
 そして街中の惣菜や市場には夕食の惣菜や材料が並び、それを求めて足を運ぶ老若様々な大勢の人たちがいた。
 ブルドンネ街の酒場では日中寝ていた人々がようやく目をさまし、今夜の開店準備に勤しみ始めている。
 店によっては待ちきれない呑兵衛たちが固く閉じた扉の前で屯して、下らない雑談に花を咲かせて笑っている。
 その中には下級貴族や異国から来た観光客たちもおり、今夜もこの街は大賑わいする事間違いなしであろう。
 しかし、その日のブルドンネ街はそれよりも少し前からある場所が賑わっていた。

 とはいっても、そこは実質的にブルドンネ街の一部と言って良いタニアリージュ・ロワイヤル座であった。
 地図上ではチクトンネ街に入っているものの、王都で一番の劇場があるせいで日中と言わず年中賑わっている。
 チケットは安いものの、酒場の安いワインや料理と女の子に金を使う連中にとってかなり無縁な場所である事は間違いない。
 一方で、その連中からチップと称してお金を貰っている女の子達にとっては、数少ない娯楽とスイーツを一度に楽しめる場所となっている。

 だが、その賑わいは普段多くの人が目にしている喜びや嬉しさに満ちたものではない。むしろ喧騒に近かった。
 ついさっきまで人々が上っていた階段には何人もの衛士達がおり、槍や剣を片手に周囲を警戒している。
 劇場前の噴水広場には何頭もの馬が留められており、時折衛士の一人がそれに跨って街中へと走っていく。
 馬だけではなく、街中から掻き集められたのかと言わんばかりの数になった衛士達が集結し、劇場とその周辺に屯しているのだ。
 彼らに占領された広場は自然的な封鎖状態となり、ここを通ろうとした人々は何事かと困惑するしかない。
 中には急ぎの用事で通ろうとした者たちが、半ば喧嘩腰で衛士を問い詰めたりしていた。

「おいおいふざけんじゃねェよ?こっちは急ぎで、こっから回り道すんのにいくら時間が掛かると思ってんだ!」
「申し訳ありませんが今は通行止めをしていますので、迂回してください」

 衛士達は研修で教えられた言葉を高性能なガーゴイルのように発しつつ、通行者達を止めている。
 中には平民の衛士なんて怖くないと、無理やり通ろうとした者たちもいたが…それは無謀と言うより馬鹿に近い行為だったらしい。
 軽い気持ちでロープを超えた者は、例え下級貴族であっても衛士達に身動きを封じられ、その手をロープで縛られていった。
「え!?…ちょっ、俺が悪かったよ…悪かったって!?だから逮捕だけは…」
「黙れこの野郎!一々手間取らせやがって。…おい、コイツを最寄りの詰所に連れてけ」
「ま、待て待て!僕はこうみえても貴族なんだけど!?」
「残念ですが今は貴族様であっても、現場に不法侵入した場合一時的に拘束するよう命令が出ていますので…」

 平民も貴族もまとめて捕縛されて連行される光景を見て、人々は誰もロープを超えようとはしなくなった。
 大人数で突撃すれば無理やり通れるかもしれないが、それをすれば衛士達と全面的にぶつかる事になる。
 そうなれば殴られ蹴られて逮捕されるだろうし、誰もがそんな痛い目に遭ってまで通りたいとは思っていなかった。
 何人かは諦めて踵を返したが、残った人々は野次馬として何が起こったのか探ろうしていた。

 劇場のロビーへと続く扉の前には、誰も開けるなと言わんばかりに黄色く太いロープが張られていた。
 ロープには黄色の下地に黒い文字で『立ち入り禁止!』と書かれた看板が下がっており、その周囲を更に数人の衛士達が警備している。
 :現場の指揮を執っているであろう中年の衛士が一人の部下を呼びつけて、何やら会話をしていた。

428ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:04:00 ID:8hDym6Ss
「…それで、魔法衛士隊は出てくれるのか?三十分前から進展を聞いてないぞ」
「はっ!先程の報告ではド・ゼッサール隊長率いるマンティコア隊の一個分隊が増援として来るとの事ですが…」
「この時間帯の交通事情でも、魔法衛士隊なら十分くらいで来るか?」
 首に掛けた紐付きの懐中時計で時刻を確認しつつ、早いとこ彼らが来てくれる事を祈っていた。
 ここ最近不穏な事件が続いている王都であったが、今回の件に関してはそれとは明らかに格が違っている。

 まず事件が発生したのはここタニアリージュ・ロワイヤル座であった。それも、真昼間から堂々と。
 しかも被害に遭ったのは貴族であり、それが事件を大事にさせる原因ともなった。
 今現在の被害者の状態といい、その被害者の近くにいたといゔ少女゙の狂言といい、衛士達だけでは対処できるものではない。
 劇場従業員からの通報で現場に急行した最寄詰所の隊長はそう判断し、各詰所と魔法衛士隊にまで応援を要請したのである。
 結果的に本部を含めて計四つの詰所とマンティコア隊から各一分隊の増援が派遣され、劇場周辺が衛士達によって占拠されてしまったのだ。

 部下から報告を聞いた隊長はふぅ…と一息ついてから、スッと空を見上げる。
 そろそろ上空からマンティコアに跨った貴族たちが現れてもおかしくなかったが、一向にその姿は見当たらない。
 事件の起きた場所が場所だけに貴族の増援が欲しいというのに、そういう時に限って中々来ないものなのだろうか?
 そんな事を思いながら、通報で食べ損ねた遅めの昼飯の事を思い出しながら彼は懐からパイプを取り出しつつ言った。
「全く…こんな忙しい時期に限って、どうしてこう連日奇怪な事件が起こるんだか…」
「奇怪な事件…?先日の下水道の件ですか?」
 部下の言葉に彼は「あぁ」と頷きつつパイプに煙草を詰めると口に咥え、懐からマッチ箱を取り出す。
 そしてマッチを一本取り出すとそれを箱の側面で勢いよく擦るが、一回だけやっても火はつかない。

 二回…三回…と必死に擦り。ようやく四回目でマッチ棒の先端に火が点いた。
 小指よりも小さい火種を絶やさぬよう注意を払いつつ、それをパイプに詰めた煙草に着火させる。
 モクモクと火皿から煙をくゆらせ始めたのを見てから彼はマッチの火を消して、足元へと投げ捨てた。
 その一連の行動を見ていた部下は苦笑いしつつ、地面に捨てられたソレを広いながら上司に話しかける。
「相変わらず火付けの悪い道具ですな。まぁ便利といっちゃあ便利ですがね」
「そこのカンテラや松明で着火なんてしてたら、俺が先に火傷しちまうよ。…あぁ、それは捨てといてくれ」
 妙に扱いの荒い上司の命令に彼は「了解、了解」と言いながら背後にあったゴミ箱へとマッチ棒を投げ捨てる。

 そんな時であった、煙をくゆらせて一服していた彼に背後から話しかけてきた女性がいたのは。
「相変わらずの煙草好きですねぇ、タニアリージュ担当のアーソン隊長殿」
 快活かつ、鋭さを秘めた女性に自分の名を呼ばれた隊長――アーソンは、フッと振り返る。
 そこにいたのは、王都の衛士達の間ではすっかり有名人となった女衛士のアニエスが近づいてくるところであった。
「あぁアニエス、お前さんも来てたのか。それならすぐに話しかけてくれば良かったのに」
「すいません。実は私個人でどうしても片付けておきたい用事がありましたので…今来た所なんです」
 立場的には上司の一人であるアーソンに軽く敬礼しつつ、アニエスは劇場ロビーへと続く入り口へ視線を向ける。

429ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:05:30 ID:8hDym6Ss

 つい数時間ほど前までは大勢の人で溢れかえっていたロビーを、衛士達が忙しそうに走り回っている。
 ある者は何人かの部下に指示を出し、またある者は従業員や警備員達に事情聴取を行っている。
 アニエスたち衛士にとって見慣れた光景であったが、まさかこれをこの場所で見る事になるとは思っていなかった。
 場所が場所だけに、入り口から見ているとまるで演劇の一シーンの様に見えてしまう。
 そんな事を考えつつ、ふと気になった事ができたシエスタはそれをアーソンに聞いてみる。
「そういえばアーソン隊長、劇場内にいた客たちはどこへ…?」
「今回の件で関係ありそうな人間以外、全員帰したよ。俺的にはそれは不味いと思ったんだが…」
 彼女に質問に対し、口元からパイプを放した彼は気まずそうな表情を浮かべる。
 大方、劇場に来ていた貴族の客たちのが中に脅しまがいの文句を言った者が何人かいたのだろう。
 平民には滅法強い自分たちだが、貴族が相手となると余程の事が無い限り頭が上がらくなってしまう。
 つい先ほど出たような命令が無い限り、下級貴族であっても任意同行を拒まれてしまう事も多々ある。

 自分たち衛士の世知辛い事情を知っていたアニエスも渋い表情を浮かべつつ、肩を竦める。
「全員に聞き込みするとなると時間が掛かりますからね、仕方がありませんよ…それで、被害者の情報は?」
 ひとまず話を置いておき、彼女は今回の事件の要である被害者の事を聞いてみる。
 それに対し答えたのはアーソンの横にいた隊員であり、彼は脇に抱えていた資料をアニエスへと差し出す。
 少し小さめの張り紙サイズの薄い木版にピン止めされている書類には、一人の貴族の情報が書かれている。
 アニエスはルを右から左へと走らせて流し読みすね最中に、隊員は補足するかのように付け加えてきた。
「゙まだ゙本人の意識が残っているので名前からの特定は容易でした。…といっても、自分の様な安月給の衛士でも気が滅入るものでしたがね」
「領地無し…今はシュルピスのアパルトメントで病気の妻を介護しつつ給金暮らしか。…これは酷いな」

 報告書に書かれていた内容は、貴族であっても決して裕福にはれないという現実を記していた。
 彼の名はカーマン。領地は無く、今はシュルピスの南側にあるアパルトメント『イオス』の三階の一室に妻と暮らしている。
 年は五十後半。とある三流家名の末っ子として生まれ、二十代の頃に雀の涙ほどの金貨を貰って領地から追い出される。
 その後はトリステイン各地を放浪しつつ日雇い仕事で金を溜めて、三十代前半で今の妻と出会い、交際を経て結婚。
 結婚後は定職に就こうと意気込んでトリステイン南部の一領地で国軍に志願し、国境沿いの砦に配属されていた。
 しかし四十代の米に妻が病気で倒れたのを切欠に退役し、退職金と共にシュルピスへと引っ越す。
 それから今に至るまで日々病状が悪化する妻の介護に明け暮れ、今は僅かな給付金で生きているのだという。

 報告書を読み終えたアニエスは悲哀に満ちたため息をつきつつ、アーソンへと話しかける。
「…それで、被害者は今どこに?」
「最初に発見された避難用通路だ。…というより、下手に動かせんのが現状だがね」
「…それは一体、どういう意味で?」
 やや意味深な言葉にアニエスは首を傾げたが、すぐにその理由を知る事となった。

 彼女が案内されたのは、一階ロビーの左端の避難通路の奥であった。
 忙しなく同僚たちが行き交っていて狭くなったソコを横断して、暗い廊下をアーソン達と共に歩く。
 そこにも衛士達の姿があり、聞き込み調査や書類の確認をしながら横切っていく。
 入ってすぐの時は単に暗い廊下だなーと思っていた彼女であったが、すぐにそれは変わってしまう。

430ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:07:38 ID:8hDym6Ss
 歩いて数分暗い経ったであろうか、廊下の至る所に物が置かれているのが見えるようになった。
 小さな物は使えなくなった椅子や大きなものは雑用品が入っているであろう木箱。
 本来なら倉庫か物置にでも入れておくような雑多な道具が、これでもかと放置されている。
 流石の衛士達もこれには四苦八苦しているのか、皆一応に物を避けながら歩いていた。
「これで避難通路なのですか?どう見てもすぐに通り抜けられるような感じではありませんが…」
「まぁ長い事使われていなかったらしいからな。そりゃー物置にするのは流石に駄目だとは思うが」
 アニエスの言葉にそう答えつつ、アーソンはこの頃ふくよかになってきた体を補足しつつ廊下を進んでいく。

 やがて物置と化していた部分を通り過ぎ、一旦従業員用の明るい通路を渡って現場へと急ぐアニエス。
 再び暗い廊下へと踏み入れると、壁に文字の刻まれたプレートが埋め込まれているのに気が付く。
 埃を被ったそれは丁寧な字で『この先、避難用下水道』と書かれており、もう現場が目前だという事を知る。
 確かに、周りにいる数人の衛士達はその場で待機して周囲を警戒していた。
「アニエスこっちだ。この曲がり角の向こうの先に被害者がいる」
「あ、はい」
 ふと前にいたアーソンに声を掛けられた彼女は返事をしながら頷き、そちらの方へと足帆進める。
 丁度曲がり角の手前で足を止めた彼と彼の部下は、アニエスに見てみろと言わんばかりに視線を右へずらしていく。

 この先に被害者がいるのだろうか?アニエスはそんな事を思いつつ、軽い足取りで角を曲がる。
 自分が常駐する詰所内や、巡回や非番時に街の角を曲がるかのようないつもの動作でもって。
 …しかし、その角の向こうにあったのはおおよそ彼女の現実からかけ離れた光景が広がっていた。

 最初、それを目にした彼女はソレを見て『氷の彫刻』かと勘違いしてしまった。
 何故ならば暗い廊下に転がっているそれは氷に包まれており、一見すればそれが人だとは思えなかったからだ。
「何だ、アレ?」
 アニエスは素直に思った言葉を口にすると、二人の衛士が見張っているソレへと近づいていく。
 手足の様な突起物は見当たらず、唯一目につくのは造りものにしては精巧過ぎると言っていいほどリアルな男の頭。
 まるで甲羅から首だけを出した亀のような状態のソレを見て、誰が人だと思うだろうか
 しかし彼女はすぐに気が付く、これがどれだけ悲惨な状態に陥った人間の姿なのであると。
 出来る限り傍へ寄って正体が何なのか知ろうとする前に気付けたのは、ある意味運が良かったと言うべきか。

「……?………――――……ッ!これは…」
 アニエスがようやく気付いたのは、その頭がゆっくりと瞬きをしてからだ。
 そして同時に、薄い氷に包まれたその頭の目が未だその輝きを失っていない事に気が付く。
 つまるところ、これはまだ人として生きている状態なのだ!この様な悲惨な姿であっても。
 ソレへ背中を向けて極力見ない様にしている見張り達の前で狼狽える彼女へ、アーソンが声を掛ける。
「気づいたか?」
「き、気づいたか…ですって?これ…これは一体何が?」
 初見の物ならば誰もが思うであろう疑問を言葉にしたアニエスに、彼はソレから目を逸らしつつ答えていく。

431ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:09:30 ID:8hDym6Ss
「詳しい事は良く分からんが、かなりの威力を持った風系統と水系統の合わせ魔法を喰らったようだ。
 手足は第一発見者が見た時点で無かったらしい。…相手は余程のメイジで、しかも相当イカレてる奴だな」

 半ば憶測であったが、アーソンはこちらに向かって顔を向ける七割り氷漬けの男を一瞥する。
 見えてるかどうかも分からぬ目を此方へと向け、僅かに凍ってない唇を動かして何かを喋ろうとしていた。
 それに気付いた彼はハッとした表情を浮かべ、「ドニエル!」と少し後ろに控えていた若い衛士を呼びつける。
 仲間たちと何やら話していたであろう三十代半ばの衛士すぐにアーソンの元へと駆け寄り、スッと綺麗な敬礼をした。
「被害者がまた喋ろうとしている、至急何を言ってるか調べてくれ」
「了解、暫しお待ちを」
 この現場では隊長である彼の言葉に従い、肩から下げていた小型バッグからメモ帳と羽ペンを取り出す。
 そして被害者の傍で屈むと口許へ耳を近づけ、微かに聞こえてくるであろう声を必死に聞き取り始めた。
 耳を傾ける一方で、ペンを持つ手は忙しなく動いて、メモ帳にスラスラと何かを記している。

「あれは何を?」
「文字通りの聞き取りさ、といっても…一方的に喋ってる事を書き連ねてるだけだがな」
 首を傾げそうになったアニエスにアーソンはそう返して、ついで詳しく話してくれた。
 手足を失い体の外側もほぼ凍り付き、唯一動かせる頭も決して無傷とは言い切れない状態だ。
 そんな中で意識すらハッキリしていないのか、ここ数時間の内何回か助けを求めるかのように喋り出すのだという。
 呟いた中に自身の名前が入っていたおかげで彼が下級貴族だと分かったものの、得られた有用な情報はそれだけだ。
 後は記憶すら混濁しているのか、ワケの分からない事を呟いているだけらしい。
 詳しい事は分からないが、平民であっても彼が手遅れなのは何となく分かるような状況だ。

「……ひょっとすると、このまま楽にしてやったほうが良いのでは?」
「俺もそう思うが、最終的な判断は魔法衛士隊の隊長が来てからだ」
 聞く度に嫌気がさしてくる被害者の情報にシエスタが思わず苦言を呈したところで、聞き取りは終わったらしい。
 メモ帳と羽ペンをしまい、立ち上がったドニエル隊員かアーソンとアニエスの許へと寄ってくる。
「聞き取り終わりました!」
「御苦労、それで…本名の次に有用な情報は得られたか?」
 隊長の言葉に若い彼は少しだけ苦渋に満ちた表情を浮かべた後、首を横に振る。
 自分たちとしては、被害者にこのような仕打ちをした容疑者の事を知りたかったが…どうやら高望みであったらしい。
 軽くため息をつくアーソンを見てこれは言わなければいけないと感じたのだろうか、ドニエルは言葉を続けた。
「ただ一言だけ、気になる事を粒呟いていまして…」
「気になる事?」
「『自分を最初に見つけてくれた黒髪の子は何処か?』…と」
 その言葉を聞いてアーソンは苦虫を噛んだかのような表情を浮かべ、背後の廊下へと視線を向ける。
 急に視線を変えた彼に訝しむアニエスをよそに、彼は頭の中にその゙黒髪の子゙の顔を思い浮かべた。
 第一発見者として警備員に捕まり、狂犬の様に騒ぎ立てていたあの少女の顔を。

432ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:11:33 ID:8hDym6Ss

 最初に彼女と再会した時、霊夢は何かの冗談かと思いたくなってしまったのは確かな事であった。
 とはいってもついこの間事件現場にいるのは見かけたし、いずれは鉢合わせるだろうと思ってはいた。
 王都は案外広いようで狭く、しかも今街で起きている奇怪な出来事は衛士達もかなり首を突っ込んでいる。
 であるならば、遠からず二度目の体面を果たすであろうと何となく予想していたのだ。
 最も、それが今日の出来事になってしまうという事だけは予想しきれなかったが。

 そして霊夢と同じように、アニエスもこれは何の悪戯かと目の前にいる少女達を見つめている。
 アーソンの命令で第一発見者だという少女を連れて来いと言われ、ここへと足を運んできた。
 一階ロビーから階段を上り、ラウンジへと着いた彼女の前に見知った顔が大勢いたのである。
 まさかこんな所で再会すると思っていなかった…という気持ちは、霊夢もまた同じであった。
「…まさか、アンタとこうして顔を合わせる日がまたくるなんてね…」
「奇遇だな。私も今そんな事を思っていたところさ」
 霊夢とアニエス。互いに鋭く細めた目で互いを睨み合い、一言ずつ言葉を述べ合う。
 傍から見れば実に殺伐としているだろうが、不思議な事にそこからは敵意というものは感じられない。
 二人して普段からこんな感じだからなのだろう、すっかり自然体と化してしまっている証拠であった。

「何も知らない人が遠くから一見したら、何時殴り合いが始まってもおかしくない光景って言いそうね…」
「で、でもルイズ…いくら何でもアレは見ててちょっとハラハラしてくるわ…」
 それを少し離れた所から呆れた風な様子で見つめるルイズに対し、傍らのカトレアは心配していた。
 劇場一階ロビーの階段を上がってすぐの所にある、二階貴族専用のラウンジ。
 ちょっとした談話スペースであるそこは、数時間前の賑わいはとっくに消え去ってしまっている。
 今は第一発見者とその関係者として、霊夢とルイズ達はそのラウンジに閉じ込められていた。
 まぁ閉じ頃られているといっても、衛士達が周囲を囲んで見張っているだけなのであるが。
 幸い二階にもお手洗いはあり、今はカトレアの連れであるハクレイがニナをトイレに連れて行ったばかりである。
 喉が渇けば一階から水差しを持ってきてくれるとも言っていたので、一応不便な箇所は見当たらなかった。
 それでも、第一発見者である霊夢にとってこれは納得の行かない事であった。

「私に犯人を追わせずにルイズ達ごと監禁して、それで今あの悲惨な男に会わせたいだなんて…随分身勝手じゃないの」
「知るかよ。第一、お前が第一発見者だって事をついさっき知ったばかりだぞ」
 霊夢の苦言に対してそう一蹴して返すとその場で踵を返し、階段の方へと歩いていく。
 ついて来いと言いたげなその背中を見て察したのか、霊夢もその後を続く。
 自分達を後に、アニエスに連れられてロビーを後にする彼女を見て今しか無いと思ったのか。
 それまで敬愛する姉の傍らにいたルイズが立ち上がり、アニエスに「待ちなさい!」と声を掛けてきた。

「第一発見者としてレイムを連れていくのは良いとして、ついでだから私も連れていきなさい!」
「ルイズ、いきなり何を言いだすの貴女は?」
 突然一歩前へ進み出て名乗りを上げた妹に、カトレアは驚いてしまう。
 事情をよく知らぬカトレアでも、衛士達の話を盗み聞きして何となくだが状況は知っていた。
 この劇場で何らかの事件が発生し、それが一筋縄ではいくような簡単な事件ではないのだと。
 ラウンジからロビーを見下ろし、慌ただしく行き交う衛士達や彼らから事情聴取を受けている従業員たちの姿を見て何となく理解する事はできた。
 そしてこれまた色々とワケがあって、ルイズがハクレイと良く似たレイム…という子を使い魔として召喚した事も教えてくれていた。

433ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:15:06 ID:8hDym6Ss
 使い魔と主は一心同体、余程の事が無ければ互いに離れる事が無いというのは常識である。
 しかし…だからといって何も゙見てはいけない様な物゙を、わざわざ見に行く必要があるのだろうか?
 やや過剰にも見える程動員されている衛士達とその物々しさから、カトレアは何か異常な事が起きたのだろうと察してはいた。
 それを知って知らずか、使い魔の後を追おうとしているルイズを彼女は制止したのである。
 そして後を追われようとしている霊夢も彼女の言いたい事を察したのか、後をついてこようとしているルイズを止めようとした。
「別にアンタまで来なくていいじゃないの。呼ばれたのは私だけなんだし…っていうか、何でワザワザついて来ようとするのよ?」
「でも…!…あ、ちょっと…!」
 スパスパと鋭利な刃物のような言葉を投げかけてくる霊夢に反論しようとしたルイズであったが、
 その前にアニエス他、階段の前で待機していた二人の衛士に周りを囲まれてその場を後にしようとする。

「すいませんが暫し彼女を借ります。そうお時間は掛けないので…」
「…と、いうわけでちょっくら現場に行ってくるからデルフの事宜しく頼むわよ〜」
 待ったと言いたげに手を伸ばしたルイズにアニエスが詫びの言葉を入れ、霊夢が暢気そうに魔理沙への言葉を残していく。
 霊夢の代わりに再びデルフを持っていた魔理沙がそれに応えるかのように、元気そうに右手を振って返事をする。
「おぉーう!隙が出来たら私も抜け出してお前ン所へ行くからな〜」
『相変わらず知的そうな姿しといて法律ってモンを知らないねぇ、お前さんは?』
 楽しげな顔で物騒な事を言う魔理沙にデルフは呆れつつ、視線をチラリとルイズの方へと向ける。
 そこでは先ほどから少し離れた場所で様子を見ていたシエスタが、彼女と話をしている最中であった。

「さっきは何であんな事を言ったんですか?わざわざ事件現場に赴く…だなんて」
「レイムから聞いたでしょ?被害者らしい貴族の男が、一階で肩をぶつけてしまった初老の男だったって」
 シエスタスからの質問に対し、ルイズは行けなかったことへの不満を露わにしつつ思い出す。
 数時間前…まだ劇場がいつもの活気で賑わい、ルイズたちがカトレア一行と出会う前の事…。
 その時霊夢とぶつかり、彼女の不遜な態度にも怒らなかった紳士の鑑とも言うべきあの初老の貴族。
 霊夢曰く、その彼が言葉にするのも醜い状態で廊下に転がっているのだという。

 シエスタがその事を思い出して顔を青くするのを余所に、ルイズは言葉を続ける。
「アイツが嘘を言ってるとは思わないけど…信じろって言われてもそう信じれることじゃないでしょ?」
 数時間前に出会い、軽く一言二言言葉を交えた紳士が今や被害者という扱いを受けているのだ。
 現実とは思えない出来事を眼前にして、ルイズは本当の事を自分の目で知りたいのだろう。
 例えそれが吐き気を催す程酷い状態であったとしても…それを現実だと受け入れる為に。

 確かに彼女の言う事も分からなくはないと、魔理沙は少なくない共感を得た。
「まぁルイズの言うとおりだな。私だって気になる事を調べられないていうのは、何だか癪に障るんだよなぁ」
「でも…レイムさんが言ってたじゃないですか?結構酷い状態だったって…」
「ソレはソレ…所謂自己責任ってコトでいいじゃないか?ルイズだって覚悟して行きたいって言ったんだし」
 シエスタの反論に普通の魔法使いはそう返し、ルイズの方へ顔を向けて「だろ?」と話を振ってくる。
 突然の事に多少反応が遅れたものの、魔理沙からの問いにルイズは緊張した面もちで頷く。

434ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:16:37 ID:8hDym6Ss
「ま、まぁそれは当然よ。…吐くかどうかは、直接見てみないと分からないけど…」
 ルイズの返答を聞いて魔理沙はニヤリと笑い、彼女の肩をパシパシと軽く叩いて見せた。
「…な?この通り本人はとっくに覚悟決めてるんだぜ」
『まぁ吐いても別に文句は言われんだろうさ。白い目で見つめられそうだけどな』
「…なんで決めつけてくるのよ。後、私の肩を無暗に叩かないでくれる?」

 デルフの余計なひと言に文句を言いつつも、肩を叩いてくる魔理沙の手を払いのける。
 のけられたその右手を軽くヒラヒラと動かして悪い悪いと言いつつ、黒白は話を続けていく。
「…でもま、ここからは出られそうにないし何もできない事に代わりはないけどな」
『絵空事は好きに思い描けるが、それを忠実に実行する事程難しい事はないってヤツだよ』
 あっけらかんと事実を述べてくる彼女とデルフにムッとしつつ、ルイズは不屈の意志を露わにする。
「でもこのまま大人しくしてたら手遅れになっちゃうじゃないの。何かいい方法は無かったかしら…?」
「ルイズ…貴女、本当に行くつもりなの?」
 そう呟いて周辺を警備している衛士達を見つめていると、それまで黙っていたカトレアが言葉を投げかけてきた。
 敬愛する姉の言葉にルイズはスッと顔を向けると、それを合図にしたカトレアが喋り出す。

「そこの黒白…マリサさんの言う事には私も賛同できるわ。私だって、色んなことを自分の目で見てみたいもの。
 けれど…貴女が今から目にしたいというモノは、おおよそ誰もが見てみたいと言うようなものじゃないかもしれない…というのも事実よ」

 やや遠回し的ではあるものの、彼女の言いたい事は何となく理解する事はできた。
 確かに、自分これから目にしたいというモノは並の人間が物見気分で目にするようなものではないだろう。
 むしろ平和な社会ではおぞましいモノとして忌避され、目をそむけて見ない振りをする類のものかもしれない。
 世の中にはそういうモノを見て興奮する人間がいるらしいが、 当然ルイズにそのような趣味は全く無い。
 実際にソレを見てしまえば顔を真っ青にして卒倒してしまうかもしれないし、吐いてしまうかもしれない。

 それでもルイズは知りたかった…否、霊夢の傍に生きたかったのである。
 自分と魔理沙たちには上辺だけを語り、自分の私見を述べる事を控えた彼女だけが知ってるであろう事実を
 突拍子も無く何かを感じ取り、脇目も振らずに現場へと直行した彼女が何を感じ取ったのか。
 これまで抱えてきた幾つかのトラブルを自分たちにはあまり語らず、あくまで個人の問題として片付けてきた霊夢。
 彼女は何かを知っているに違いない。この劇場で起きた、奇怪な事件の裏に隠された真実を。

 …とはいえ、彼女の元へ辿り着くには今のところ色々と大変なのは火を見るより明らかだ。
 どうやら魔法衛士隊が現場に到着するまでの間は、自分たちはこのラウンジで待機する事になっている。
 一階へと通じる階段にはもちろんの事、それ以外の劇場のあちこちに衛士達が屯している。
 その間を巧妙に掻い潜って霊夢の元へ行くとなると…かなり無理なのは明白であった。
 貴族の強権で無理やり…というワケにもいかない。そんなのが通じたのは四十年も前も昔の事である。
 今では許可さえあれば、平民の衛士でも学生相手ならば『公務執行妨害』の名のもとに拘束できてしまうのだ。

 最も、それは学生側も相当暴れなければ滅多にそうならないし、ルイズ自身ここで暴れようなどという気は微塵も無い。
 ただ…いつもの態度で通しなさいと言っても、彼らは決して道を譲ることは無いだろう。
 簡単には通してくれそうにも無く、ましてや実力行使などもってのほかで八方塞りと言う状況。
 それでもルイズ自身諦めきれないのは、色々と異世界からやってきた者たちの悪影響を受けたからであろうか?
 手段が思いつかぬ中、それでも何かないかと考えているルイズを見て、魔理沙は微笑みながら話しかけてきた。

435ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:16:38 ID:8hDym6Ss
「ま、まぁそれは当然よ。…吐くかどうかは、直接見てみないと分からないけど…」
 ルイズの返答を聞いて魔理沙はニヤリと笑い、彼女の肩をパシパシと軽く叩いて見せた。
「…な?この通り本人はとっくに覚悟決めてるんだぜ」
『まぁ吐いても別に文句は言われんだろうさ。白い目で見つめられそうだけどな』
「…なんで決めつけてくるのよ。後、私の肩を無暗に叩かないでくれる?」

 デルフの余計なひと言に文句を言いつつも、肩を叩いてくる魔理沙の手を払いのける。
 のけられたその右手を軽くヒラヒラと動かして悪い悪いと言いつつ、黒白は話を続けていく。
「…でもま、ここからは出られそうにないし何もできない事に代わりはないけどな」
『絵空事は好きに思い描けるが、それを忠実に実行する事程難しい事はないってヤツだよ』
 あっけらかんと事実を述べてくる彼女とデルフにムッとしつつ、ルイズは不屈の意志を露わにする。
「でもこのまま大人しくしてたら手遅れになっちゃうじゃないの。何かいい方法は無かったかしら…?」
「ルイズ…貴女、本当に行くつもりなの?」
 そう呟いて周辺を警備している衛士達を見つめていると、それまで黙っていたカトレアが言葉を投げかけてきた。
 敬愛する姉の言葉にルイズはスッと顔を向けると、それを合図にしたカトレアが喋り出す。

「そこの黒白…マリサさんの言う事には私も賛同できるわ。私だって、色んなことを自分の目で見てみたいもの。
 けれど…貴女が今から目にしたいというモノは、おおよそ誰もが見てみたいと言うようなものじゃないかもしれない…というのも事実よ」

 やや遠回し的ではあるものの、彼女の言いたい事は何となく理解する事はできた。
 確かに、自分これから目にしたいというモノは並の人間が物見気分で目にするようなものではないだろう。
 むしろ平和な社会ではおぞましいモノとして忌避され、目をそむけて見ない振りをする類のものかもしれない。
 世の中にはそういうモノを見て興奮する人間がいるらしいが、 当然ルイズにそのような趣味は全く無い。
 実際にソレを見てしまえば顔を真っ青にして卒倒してしまうかもしれないし、吐いてしまうかもしれない。

 それでもルイズは知りたかった…否、霊夢の傍に生きたかったのである。
 自分と魔理沙たちには上辺だけを語り、自分の私見を述べる事を控えた彼女だけが知ってるであろう事実を
 突拍子も無く何かを感じ取り、脇目も振らずに現場へと直行した彼女が何を感じ取ったのか。
 これまで抱えてきた幾つかのトラブルを自分たちにはあまり語らず、あくまで個人の問題として片付けてきた霊夢。
 彼女は何かを知っているに違いない。この劇場で起きた、奇怪な事件の裏に隠された真実を。

 …とはいえ、彼女の元へ辿り着くには今のところ色々と大変なのは火を見るより明らかだ。
 どうやら魔法衛士隊が現場に到着するまでの間は、自分たちはこのラウンジで待機する事になっている。
 一階へと通じる階段にはもちろんの事、それ以外の劇場のあちこちに衛士達が屯している。
 その間を巧妙に掻い潜って霊夢の元へ行くとなると…かなり無理なのは明白であった。
 貴族の強権で無理やり…というワケにもいかない。そんなのが通じたのは四十年も前も昔の事である。
 今では許可さえあれば、平民の衛士でも学生相手ならば『公務執行妨害』の名のもとに拘束できてしまうのだ。

 最も、それは学生側も相当暴れなければ滅多にそうならないし、ルイズ自身ここで暴れようなどという気は微塵も無い。
 ただ…いつもの態度で通しなさいと言っても、彼らは決して道を譲ることは無いだろう。
 簡単には通してくれそうにも無く、ましてや実力行使などもってのほかで八方塞りと言う状況。
 それでもルイズ自身諦めきれないのは、色々と異世界からやってきた者たちの悪影響を受けたからであろうか?
 手段が思いつかぬ中、それでも何かないかと考えているルイズを見て、魔理沙は微笑みながら話しかけてきた。

436ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:18:38 ID:8hDym6Ss
「なんだなんだ?普段はあんなに仲が悪そうなのに、いざってなるとアイツの事が気になって仕方がなくなったのか?」
「え?…ち、違うわよこの馬鹿。…っていうか、何でそんな想像ができるのよ」
 突然魔理沙にそんな事を言われたルイズは一瞬慌てながらも、すかさず反論を投げ返す。
 しかしそれを受け取った魔理沙は何故か怪訝な表情を一瞬だけ浮かべ、またすぐに笑みを浮かべて見せる。
 今度は先ほどとは違い、他人の良からぬ秘密を知った時の様な嫌らしい笑顔であった。
「あぁ〜…成程な、そういうことか。…つまり、お前さんにはソッチの気があるってことか?」
「…?そ、ソッチ…?」
 今度はルイズが黒白の言葉の意味をイマイチ理解できずにいると、デルフが余計な一言を挟んでくれた。

『いやー娘っ子、多分お前さんの考えてた事とマリサの考えてた事は全然違うと思うぜ〜』
「え?それって一体…」
 魔理沙の腕に抱かれるデルフはルイズが首を傾げるのを見て、もう一言アドバイスする事にした。
『つまり…魔理沙が言いたいのは、お前さんはレイムの事―が…あり?―――いでッ…!?』
「うおぉッ…!?」
 しかしそのアドバイスは最後まで言い切る前に理解したルイズに勢い掴まれ、床に叩きつけられた事で途切れてしまう。
 二階のラウンジに鞘に収まった剣が勢いよく叩きつけられ、派手で重厚な音が周囲に響き渡る。
 これには流石の魔理沙も驚いたのか、地面に横たわる(?)デルフを見捨てるかのように後ずさってしまう。
 周りにいた衛士達や様子を見ていたシエスタ、カトレアも何事かと一斉にルイズの方へと視線を向ける。

 地面に転がるデルフをやや怖い目つきで睨むルイズへ向かって、カトレアが驚きながらも話しかける。
「ちょ…ちょっとルイズ、貴女どうしたの?」
 敬愛する姉からの呼びかけに彼女はハッとした表情を浮かべると、すぐに顔を上げて応えた。
「あ、いえ…ちいねえさま。大丈夫…大丈夫です、何の問題もありませんわ」
 インテリジェンス―ソードを思いっきり床へ叩きつけて、挙句に怒りのこもった目で睨みつけていて何が大丈夫なのか。
 久しぶりに見たであろう妹の癇癪に狼狽えるカトレアを見て、流石に剣相手に怒り過ぎたと思ったのだろう。
 ルイズは自分で床に叩きつけたデルフを拾い上げると、軽く咳払いしてから彼に話しかけた。

「…コホン。とにかく、私はマリサが思ってるような意味で言ってないって事は理解しておきなさい」
『あぁ、肝に銘じとくぜ。…イテテ、だけど流石にアレはキツイぜ』
「身から出た錆ってヤツよ。アンタ自身は憎たらしいくらいにピッカピカだけどね」
 今回ばかりはいつも涼しい顔をしているデルフも、苦悶の呻き声を上げている。
 まぁあれだけ激しい仕打ちを受けたのだから、無理も無いだろう。
 珍しく反省の様子も見せる彼を目にして、ある意味事の発端者である魔理沙がちょっかいを掛けてきた。
「まぁ日頃から色々と毒を吐いてるしな。これを機に自分を改めてみたらどうかな?」
「…その言葉、デルフに代わって私がそのまま返してやるわ」
 デルフ以上に反省の色を見せぬ黒白に呆れつつも、ルイズは直前に考えていた事へと意識を切り替えていく。
 魔理沙とデルフの所為で脱線しかけていた直面の問題を思い出し、その事で再び頭を悩ませる。

437ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:20:32 ID:8hDym6Ss

 とはいえ、彼女が思いつく限りの事は既に考え切ってしまっている。
 それらは全て上手く行くという可能性は低く、結局の所ここで大人しくしているのが一番ベストな選択だろう。
 ルイズ自身できればそうしていたかったが、同時に霊夢が目にしたモノを自分の目でも確認したかった。
 探究心と好奇心、それに使い魔であり共に異変を解決する間柄となった筈の霊夢に置いて行かれるという微かな怒りが心の中で混ざっていく。
 そう簡単に発散できないその感情を心の中で渦巻かせて、ルイズはやるせないため息をついてしまう。
 溜め息に混じる感じとったのだろうか、ルイズの表情を察してやや真剣な顔をした魔理沙が話しかけてくる。

「…その様子だと、霊夢に置いてかれた事が結構ショックだったそうだな」
『娘っ子の性分から考えりゃあ、自分だけ隠し事されててレイムだけが知ってるってのが気に食わんのだろうさ』
「ふ〜ん…。まぁ霊夢のヤツって、大体自分だけで抱え込んだ問題を大抵は自分の力だけで解決しちゃうからな」
 これまで幻想郷の異変で幾度と無く霊夢の活躍を見てきた魔理沙には分かるのか、デルフの補足にウンウンと頷いている。
 いつもは神社の縁側でお茶飲んでグータラしてるあの巫女は、何かが起こった時だけは機敏に動き回るのだ。
 そして基本的には誰にも頼らず単独で黒幕の元へと飛び、チャッチャと異変を解決してしまうのが博麗霊夢という人である。
 だから今回の件も、ルイズや自分には頼らずさっさと片付けようとする未来が思い浮かんでしまう。
 最も、ここはハルケギニアなので幻想郷とは勝手が違うだろうが…それは些細な問題であろう。

 そんな風に一人何かに納得する魔理沙を余所に、ルイズは自らが抱えているデルフへと話しかける。
「デルフ、アンタもここから理由を付けて出られそうな案とか思い浮かばないかしら?」
『ここを出るどころか、そもそも手足が無い剣のオレっちにソレを聞くのかい?ふぅー…』
 自分一本だけでは身動きすらままならないデルフはルイズの要求に対して、暫し考え込むかのような溜め息をつく。
 カチャ、カチャ…と喋る度に動いている留め具の部分を適当に鳴らしてから――ふと、ある事を思い出した。

『…なぁ娘っ子。お前さん、とりあえずここから出てレイムの元へ行きたいんだったっけか?』
「…?そうだけど」
 何を今更再確認などと…そう言いたげな様子を見せるルイズにデルフは言葉を続ける。
『だったら一つ…行けるかどうかは知らんがそういう事ができそうな方法があるぜ』
「え?それ本当なの?」
『あぁ。…でもその顔から察するに、あんま信じて無さそうだな』
 剣の口(?)から出たまさかの言葉に、ルイズはやや半信半疑な様子を見せていた。
 何せありとあらゆる方法を考えて駄目だったというのに、今更どんな方法があるというのだろうか。

 そう言いたげな雰囲気が空けて見えるルイズの顔を見て、デルフは『まぁ聞けや』と更に話を続けていく。
『その方法は…まぁ、スッゴい今更かもしれんが、お前さんはとっくにその方法を『持って』るんだよ』
「…はぁ?」
 やや躊躇いつつも留め具から出したその言葉に、ルイズの表情は「何を言っているのだこの剣は」という物へと変わる。
 対してデルフの方はルイズの反応を大体予想していたのか、まぁそうなるわな…と思いつつ喋り続けた。
『忘れたのかい?…ホラ、ちょっと前に大切な友人から貰ったあの゙書類゙の事を』
「…?゙書類゙…って―――――…あっ」
 デルフの留め具から出だ書類゙という単語を耳にして、ようやく彼女も思い出したらしい。
 ハッとした表情を浮かべたルイズはひとまずデルフを魔理沙へと渡し、次いで慌てた様子で自身の懐を探り始めた。

438ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:22:48 ID:8hDym6Ss

 ルイズとデルフのやり取りを見ていた魔理沙も、それでようやく思い出したのか。
 「あぁ」と感心したかのような声を上げ、ポンと手を叩いてからニヤリと笑って見せた。
「そういや…そういのも貰ってたっけか?今の今まで使い道が無かったから、流石の私も忘れかけてたぜ」
「まぁ、そりゃ…モノがモノだから無暗に使うワケにも…いかないわよ!」
 魔理沙の言葉にルイズは懐を漁りつつ、目当てのモノを『魅惑の妖精』亭に置いてきてない事を祈っていた。
 今彼女が探しているものは…もしも何か、最悪の事が起こったらいつでも使えるようにと直に持っていたのである。
 ブラウスのポケットを探り終えたルイズは少しだけ顔を青くしつつ、次にスカートのポケットへと手を伸ばしたところ―――

「……あったわ」
 ポケットへと突っ込んだ指先に触れる羊皮紙の感触に、彼女はホッと安堵しつつ呟いた。
 すぐさまそれを人差し指と親指で摘み、慎重かつ素早くポケットの中から取り出して見せる。
 それは数回ほど折りたたまれた羊皮紙であり、見た目でも分かる程の紙質の良さは決して安物ではないと証明している。
 微かに震えだした指先で慎重に紙を開いていくと、それは一枚の゙書類゙へと姿を変えた。
 その゙書類゙を見て魔理沙もパッと嬉しそうな表情を浮かべ、ルイズの肩を数回叩いて喜んでいる。

 その書類はかつて、ルイズがアンリエッタ直属の女官となった際に貰ったものであった。
 女官としての仕事を行っている最中、不都合な事があった際に提示すれば特別な権限を行使できる魔法の一枚。
 今まで特に使い道が思い浮かばず懐へ忍ばせ続けていたその魔法を、ルイズは今正に取り出したのである。

「おぉ、やっぱり持ってたのか!でかしたなー、ルイズ」
「あ、当たり前じゃない…ってイタ、イタ!ちょっとは加減にしなさいよこの馬鹿!」
 魔理沙としては加減したつもりなのだろうが、ルイズにとっては結構痛かったらしい。
 自分の肩を乱暴気味に叩く魔理沙の手を払いのけつつ、ルイズは改まるかのように咳払いをしてみせた。
「コホン…とりあえず、この書類の権限を上手い事使えば階段前の彼らは通してくれるかも…」
「それでダメなら、ダメになった時の事は考えてるのかい?」
「流石に通してくれないって事はないかもしれないけど…まずはやってみなきゃ始まらないわよ」
 いざ見せに行こうというところで不安なひと言を掛けてくる魔理沙を睨みつつ、ルイズは階段の方へと歩いていく。
 その間にも数回咳払いしつつもサッと身だしなみを整え、ついで軽い呼吸でもって自身の意識をサッと切り替えてみせた。
 三人の衛士達が槍を片手に階段の近くで待機しており、何やら軽い雑談をしている最中だ。
 やがてその内一人が近づいてくるルイズに気が付き、すぐに他の二人も彼女の方へと視線を向ける。

 何か言いたい事でもあるのかと思ったのか、真ん中にいた一人が近づいてくるルイズに話しかけた。
「ミス・ヴァリエール。何か我々に御用がおありでしょうか?」
「あぁ、自分から話しかけてくれるなんて気が利くわね。悪いけど、ここを通してもらえないかしら」
 話しかけてきた衛士に軽く手を上げつつ、ルイズはサラッと本題を要求する。
 その突然な要求に二十代後半と見られる若い衛士は数秒の無言の後、口を開いた。
「…?お手洗いでしたなら、二階にもあった筈ですが…」
「お手洗いじゃないわ。私も一階に下りて、事件現場を視察に行きたいの」
「あぁすいません。そうでした…って、え?」
 ある意味大胆すぎるルイズの要求に話しかけた衛士はおろか、横にいた二人も目を丸くしてしまう。

439ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:24:47 ID:8hDym6Ss
 例え衛士であっても、それなりの地位を持つ貴族の命令はある程度聞かなければならない。
 それがヴァリエール家のものであるなら尚更だが、今回だけは特別として命令を聞く必要は無いと言われていた。
 通してくれと要求された衛士はその事を思い出すと慌てて首を横に振りつつ、ルイズに通せない事を伝えようとする。
「も、申し訳ありませんが特別命令が発布されておりまして、許可が無い限り誰も通すなと厳命されているんです…」
「あらそうなの?でも大丈夫よ、私もアナタたちにここを通しなさいと命令できる立場にいるんですもの」
 ルイズはあっけらかんにそう言うと、先ほど取り出した書類をスッと彼の前に差し出して見せた。
 衛士は目の前に出されたその一枚へと視線を移し、そこに記されている内容を声を出さずに読んでいく。
 幸い彼は衛士の中でもそれなりに高い地位にいるので、文字の読み書きはできる方であった。

 横にいた同僚たちも何だ何かと横から覗き見し、やや遅れつつも内容に目を通していく。
 やがて記されていた内容を読み終え、最後にそれを記入した者の名とそれに寄り添うかのように押された白百合の印へと目を通す。
 確認し直すかのように何回か瞬きをした後、書類を見せるルイズに向けて改めて敬礼をした。
「し、失礼いたしました!」
 それと同時に後ろにいた同僚たちも続いて同じように敬礼したのを見届けてから、ルイズは口を開く。
「一目で分かってくれれば大丈夫よ。…じゃ、後ろにいる黒白も一緒に連れていくからそこんトコはよろしくね」
「は、はい!お気をつけて!」
 サラッと自分を連れて行く事も許可できたルイズに、魔理沙は嬉しそうな表情を浮かべている。

「コイツは嬉しいねぇ。てっきりシエスタたちと一緒に御留守番かと思ったが」
「アンタだって一応ば関係者゙何だし、第一アンタだって見に行きたいんでしょ?」
「まぁ嘘じゃないと言えば嘘になるな。どっちにしろ助かったよ」
 一言二言言葉を交えた後で魔理沙はデルフを脇に抱えると、近くに置いてあった自分の箒を手に持った。
 喧しくて中々重い剣とは違い無口で軽い相棒を右手に、いざルイズの傍へと行こうとする。
 そんな時であった、それまで一言も発さず状況を見守っていたシエスタが言葉を投げかけてきたのは。
「ま、待ってください二人とも!一体どこへ行くんですか!?」
「何処って…そりゃお前、霊夢の元に決まってるだろ?後、被害者になったっていう貴族がどういうヤツなのかも見に行くがな」
「え?でも、でも何でワザワザ見に行こうとするんですか?後でレイムさんに聞けばいいじゃないですか…」
 知り合いの呼び止めに魔理沙が足を止めてそう返すと、彼女は首を横に振りつつ言った。
 まぁ確かにシエスタの言うとおりであろう。しかし彼女は未だ、霊夢という良くも悪くも独り走りが好きな少女の事を良く分かっていない。

 自身の言葉を常人らしい正論で突き返された魔理沙は頬を左の小指で掻きつつ、何て言おうか迷っていた。
「う〜ん…そうだな。…これは私の経験則なんだが、霊夢のヤツだとあんまりそういう事をせがんでも言ってくれる人間じゃないしな」
「と、いうと…」
『つまり、あの紅白が見聞きしたことをそのまま教えてくれる保証は無いってマリサのヤツは言ってるのさ』
 ま、オレっちの目にはそこまで酷いヤツには見えんがね?最後にそう付け加えたのは、デルフなりの優しさなのであろうか。
 それに関しては特に意義は無いのか魔理沙も「ま、そういう事さ」で話を終えて、再びシエスタに背を向ける。
「それに私自身気になったモノは自分の目で見て、耳で聞きたい性分なんでね。…ま、知識人としての性ってヤツだ」
「アンタの何処が知識人なのよ?」
 顔だけをシエスタへと向けて自慢げに自分を上げる魔理沙に、ルイズは冷静に突っ込みを入れた。
 それでもまだ納得が行かないのか、シエスタは首を横に振りつつ「それでも…」と縋るように言葉を続ける。

440ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:27:21 ID:8hDym6Ss
「それでも、やっぱり変ですよ!レイムさんも言ってたでしょう?被害者の貴族様はかなり酷い状態だって。
 周りにいる衛士さん達の話を聞く限りでは、あの人は嘘を吐いてないって事も何となくですが分かります…
 それでも、それでもレイムさんと同じ場所へ行くんですか?わざわざ、誰もが目を背けたくなるようなモノを見に…」

 やや過剰とも思えるシエスタの引きとめに、流石の魔理沙もどう返せばいいか迷ってしまう。
 まさかここまで自分とルイズの事を心配してくれるなんて、流石に想定の範囲外であった。
 ルイズ本人としても、シエスタの言う事は平民、貴族を抜きにしても真っ当な言葉である事には違いない。
(確かに…わざわざ事件現場を見に行く学生ってのも、やっぱりおかしいんでしょうね)
 わざわざアンリエッタから貰った書類を使ってまで見に行こうとする自分と魔理沙は、さぞや奇異に見えるのだろう。
 そんな事を思いつつ、それでも尚現場へ赴きたいルイズが魔理沙の代わりにシエスタへ言葉を返す。

「…何だか悪いわねシエスタ。平民のアンタにそこまで言われるとは思わなかった。
 正直、アンタの言ってる事は至極マトモだし少し前の私なら、わざわざ見に行こうなんて思いもしなかったし…」

 申し訳ないと言いたげな笑みを浮かべるルイズに、シエスタは「じゃあ…」と言い掛けた言葉を飲み込む。
 最後まで聞けなかったが彼女の言いたい事は分かる。――じゃあ、どうして?だと。
 その意思を汲み取ったルイズはほんの数秒シエスタから視線を外した後、それを口に出した。
「どうして…?と言われたら、そうね…多分、言っても分からないし無関係のアンタに言ったら駄目なんだと思う…」
「言ったら、ダメ…って?」
「文字通りなのよ。理由を言ったら、多分非力なアンタまで厄介な事に巻き込まれちゃうから」
 視線を逸らし、言葉を慎重に選びながらしゃべるルイズにシエスタは首を傾げてしまう。
 数秒程度の無言の後、ルイズはシエスタの方へと顔を向けてそう言った。
 その言葉を口にした声色と、真剣な表情は決して冗談の類を言ってるとは思えない。
 平民であり物騒な出来事とはあまりにも無縁なシエスタにもそれは分かる事ができた。

 ルイズの言った事に目を丸くして半ば呆然としているシエスタに、話しは異常だと言いたいのか。
 彼女へ背中を向けると「じゃ、また後で」という言葉を残して階段を下りようとする。
「待ちなさい、ルイズ」
 しかし、その直前であった。それまで沈黙を保っていたカトレアが、自分の名を呼んだのは。
 先ほどの自分と同じくいつもの柔らかさを抑えた低音混じりの声で呼び止められた彼女は、思わず振り返ってしまう。
 いつの間にかシエスタの横にまで移動していた姉は、先ほどの声とは裏腹に心配そうな表情を浮かべてルイズを見つめていた。
「ちぃねえさま…」
 その表情とあの声色で、彼女が今の自分を心配しているのは痛い程分かっている。
 けれども互いに何を言って良いか分からず、暫し見つめ合ってから…ルイズが「ごめんなさい」という言葉と共に踵を返した。
 
 そして急いでこの場から離れようとやや急ぎ足で、やや大きな音を立てて階段を下りていく。
「…あ、おいちょっと待てよ!」
『―…と、まぁそんな感じでこの場は後にさせてもらうぜ。トレイに言ってるお二人にもよろしく言っといてくれ』
 黙って様子を見ていた魔理沙はハッとした表情を浮かべ、デルフと箒を手に彼女の後を追っていった。
 その彼女の腕の中でデルフは後ろにいる二人にそう言いつつ、魔理沙と共に一階へと下りて行ってしまう。
 後に残されたのは呆然とするシエスタと心配そうな表情を浮かべるカトレアに、どうすれば良いのか分からない数人の衛士達。
 一階では下りてきたルイズ達に何事かと駆けつけた衛士達が声を上げ、暫し揉めた後に急いで道を譲っている。

441ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:29:32 ID:8hDym6Ss
 ガヤガヤと騒がしくなる一階とは身体に、二階ラウンジには沈黙が漂っている。
 皆が皆どのような事を言っていいのか分からぬ故に誰も喋らず、それが更なる沈黙を作っていく。
 そして、そんな彼らの中で第一声を上げたのは…先ほどまでここにいなかった二人の内一人であった。
「…何だか、色々と厄介な事があったそうね」
 聞き覚えのあるその女性の声に、カトレアがハッとした表情で振り返る。
 ラウンジの奥、トイレへと続く曲がり角の手前にその女性―――ハクレイは立っていた。
 用を足し終えたニナと手を繋ぐ一方で、真剣な表情を浮かべてラウンジにいる者たちを見つめていた。



「…それにしても、人の縁っていうのは色々と数奇なモノよね〜」
 アニエスを先頭にして再び現場へと向かう最中、霊夢はそんな一言をポツリと漏らしてしまう。
 しっかりと明りが灯された一階通路のど真ん中で放った為か、通路を行き交う衛士たちの何人かが二人の方へと視線を向ける。
 それにお構いなく歩き続けるアニエスは、暢気に喋る霊夢に「あんまり大声で喋るなよ」と注意しつつ彼女の話に言葉を返していく。
「私の方こそ驚いたぞ。まさかこんな所でミス・フォンティーヌやお前達と再会できるなんて夢にも思っていなかったんだ」
「…そんでもって、彼女らが私達の知り合いだったって事もでしょう?」
 自分の言葉に付け加えるかのような霊夢の一言に、アニエスは「まぁな」とだけ返しておくことにした。
 そこから暫し無言であったが、このまま黙っているのはどうなのかと思った霊夢がアニエスへ話しかける。

「そういえばアンタ、どうしてタルブにいたルイズのお姉さんやシエスタの事を知ってたのよ?」
「…ん?あぁそうか、お前さんには話しておくべきか」
 霊夢からの疑問に対してアニエスはそえ言ってから、軽く深呼吸した後でざっくばらんに説明をしてくれた。
 あの村の周辺で戦争が始まる直前に、一時的に衛士隊から国軍へ入るよう命令が届いたこと、
 命令通りに軍へと入って新兵たちの仮想上官として訓練を行い、簡単な任務を遂行している内に何と戦争が勃発。
 不可侵条約を結ぼうとしたトリステイン空軍はアルビオン艦隊の不意打ちに驚きつつも、これを何とか回避、
 一方で訓練中であった国軍は空軍の援護と称して用意していた大砲で砲撃し、地上から敵艦隊を攻撃したのだとか。

「へぇ〜…あそこでそんな戦いが起こってたのね」
「…最も、あそこで貴族平民問わず決して少ない数の将兵がワケの分からん連中に襲われて命を落としたがな」
「ワケの分からん連中…?何よソレ、そっちの方が気になるわね?」
「…あぁイヤ、スマン。そっちの方は教えられない事になっている」
 アニエスからの話を聞いていた霊夢は納得したように頷きつつ、同時に彼女の言う『ワケの分からん連中』の正体を既に知っていた。
 つまりアニエスは軍の一員としてあのタルブにいて戦争に参加し、そして奴らの放ったキメラに襲われたのだろう。
 霊夢が一人ウンウンと微かに頷いて納得する中で、アニエスは話を続けていく。
 結果的に突如現れたその『ワケの分からん奴ら』に襲われて地上部隊は敗走し、アニエスと幾つかの部隊はタルブ村まで後退。
 そしてアストン伯の屋敷の地下へと村民たちと共に避難し、そこでカトレア一行と出会ったのだという。
 
 その後は夜を待ってから、隣町にまで後退したであろう仲間たちを呼ぶ為に彼女を含めた兵士たちが脱出を決行。
 周辺の山を越える為の水先案内人として、偶然にもその中で最も若く丈夫であった地元民のシエスタが選ばれたのだという。
「…成程、アンタとシエスタはそこで顔を合わせってるってワケね」
「正確に言えば、そこで二度目だったんだが…まぁその話は後でいいだろう」
「…二度目?」
 アニエスの意味深な言葉に、霊夢は思わず首を傾げてしまう。
 それを余所にアニエスは話をそこで切り上げ、彼女を後ろに更に廊下を進んでいく。

442ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:32:24 ID:8hDym6Ss
 その通路は数時間前に霊夢が通った廊下とは違いしっかりと掃除が行き届いており、雰囲気も暗くはない。
 あの不気味な通路があったとは思えぬ程ちゃんとした場所でも、それでもあの通路とはほんの少し距離がある程度であった。
 霊夢自身はこの通路へ入る前にアニエスからの説明で、一応は現場へと続いているという事だけは教えてもらっていた。
 最初は自分をだまして尋問か取り調べでするつもりかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
 多少遠回りにはなるらしいが、それでも時間を計ればほんの数秒程度の差しかないのだとか。
「あともう少し歩いたら通路の横に扉があるから、ソレを通って現場近くの廊下にまで出るぞ」
「…ん、分かったわ」
 忙しそうに劇場内を行き来する衛士達を横目で見つめながら、霊夢は右側の壁へと視線を向ける。
 確かにアニエスの言うとおり、自分たちから見て通路右側の壁に古めかしい扉が取り付けられていた。 

 見ただけでも年季の入りが分かるソレのノブをアニエスが手に持ち、捻る。
 そのまま前へと押し込みドアを開けると、ドアとドアの間に出来た隙間から男達の話し声が聞こえてきた。
 恐らく見張りについている衛士達なのだろう。言葉遣いだけでも何となくその手の人間だと分かってしまう。
(見張っている最中に無駄話などと…まぁでも、それぐらいなら特に咎める事じゃあないな)
 アニエスは心の中で肩を竦めつつ、そのまま無視してドアを開けようとした…その時であった。
 彼女が今最も意識の外に追いやりたかった『問題』を彼らが口にしてしまったのは。
「…そういえば、お前さぁ。昨日配られたポスターの顔ってさぁ、やっぱり…」
「しー、それはあまり言わん方が良いぞ。俺たちの仲間なんだし、アイツと親しいアニエスもここにいるんだしな」
 最初こそソレを無視して開けようとしたアニエスの手がピタリと止まり、ドアを少し開けた状態のまま固まってしまう。
 後ろにいた霊夢もその話し声を耳にしており、一体何を話してるのかと気になったのだろうか、
 アニエスの横に移動するとそこから少し耳を傾けて、 何を話しているのか聞き出そうとしていた。

 衛士達は扉を開けてすぐ右にいるのだろうか、話し声がやたら大きく聞こえてくる。
 声からして二人。互いの口ぶりから結構親しい間柄のようだ。
「…それにしても、アニエスのヤツも大変だろうなー。何せ隊長が行方不明で、おまけにミシェルが指名手配されてるしな」
「っていうか、何であんなすぐに指名手配が出たんだろうな。普通ならもっと時間掛かるだろうに」
「そこだよな?ってか、ウチの所の隊長もその指名手配に首を傾げてたなー…だって結構マジメだったし」
「だよな。俺なんて今年の初めに、警邏中に油売ってたら思いっきり尻を蹴飛ばされたよ」
「ははは!お前さんらしいぜぇ〜」
 まるで場末の酒場でしている様な会話に、流石のアニエスも我慢できなくなったのか、 
 危機を察した霊夢がスッと身を引くのと同時に、思いっきり開け放って見せた。
 
 丁度扉の近くにいた一人の衛士が急に開いたソレを見て身を竦ませつつも、彼女の名を叫んだ。
「おぉっ…!?な、何だよアニエス!危ないじゃねぇか!」
「悪かったな。勤務中だというのに下らん話しをしていた連中がいたもんでな、少し驚かせてやったんだよ」
 驚く同僚に詫びを入れたアニエスは次いで右の方へと視線を向けて、そこにいた二人の衛士を睨み付ける。
 二人して二十代半ばだろうか、まだ入って一年であろう彼らはドアの向こうから姿を現した彼女に驚いていた。
「え…!ちょっ…いたのかよお前!」
「…このままお前らの間抜け面に思いっきり拳を埋めてやりたいが…今は仕事中だ。…私の気が変わらんうちに持ち場へと戻れ」
「わ…わかった、わかったよ!」
 驚く二人に人差し指を突き付けるアニエスにビビったのか、もう一人がコクコクと頷きながらその場を後にした。
 残った一人も彼の背中を追い、そのままロビーの方へと走り去ってしまう。
 その情けない背中を見つめつつも、霊夢は静かに怒っているアニエスに話しかけた。

443ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:34:56 ID:8hDym6Ss
「やけに怒ってたわね、何か気になる事でもあったの?」
「仕事中に油を売っていたのもあるが…今はちょっとな、忘れておきたい事を思い出されたんだ」
「忘れておきたい…?」
「今の仕事に集中できんって事だよ」
 またもや首を傾げそうになった霊夢にそう言って、アニエスは踵を返して廊下の奥へと進んでいく。
 先ほどとは違い明りの殆どない、薄暗いその廊下を。
 その後ろ姿を見つめる霊夢は、何かしらの事情があるのだろうという事だけは何となく理解していた。
(気になるっちゃあ気になるけど…今はそれを一々聞ける程時間の余裕は無さそうね)
 今抱えている『何か』を記憶の片隅に置いている彼女に声を掛けられる前に、霊夢はその後をついていく。
 もう一度この薄暗い廊下の向こうにいる、氷漬けにされた男の許へ。

 アニエスと霊夢が下水道へと続く通路がある曲がり角へ辿りついたのは、それから一分も経ってないであろうか。
 曲がり角の手前には見張りであろう若い衛士と隊長らしき中年の衛士がおり。それに加えて魔法衛士隊員も二人ほどいた。
 薄く安そうな鎧を纏った衛士達とは違い、ある程度上質な服にマンティコアの刺繍が入ったマントを羽織っている。
 こに至るまで平民の衛士達ばかり見てきた霊夢は、見慣れぬ貴族たちを指さしながらアニエスに聞いてみた。
「誰よアイツら?アンタ達のお仲間?」
「そうとも言うな、所属は物凄く違うが。…今回事件の起きた場所と被害者が原因で、ここに派遣されてきた魔法衛士隊の連中だ」
 霊夢の質問にそう答えるていると、中年衛士のアーソン隊長と話していた魔法衛士隊の隊長らしき男が近づいてくる二人に気が付いたらしい。
 貴族にしてはヤケに穏やかな表情を浮かべた彼は、わざわざアニエスたちの方へと近づいてきたのだ。

 それに気が付いたアニエスはその場で足を止めると、近づいてくる隊長にビッ!見事な敬礼をして見せた。
 突然の礼に何となく足を止めてしまった霊夢は少し驚いたものの、それを真似して敬礼する程彼女はマジメではない。
 敬礼もせず、ましてや頭を下げる事も無く見物に徹する事にした巫女さんを余所にアニエスは彼の名前を口にした。
「魔法衛士隊所属マンティコア隊隊長ド・ゼッサール殿!わざわざお越し頂き、誠に恐縮です!」
「やぁ、君が噂のラ・ミラン(粉挽き)かい?…成る程、噂に違わぬ鋭い美貌に…何より、体も十分に鍛えてある。女だてら良い衛士だ」
 返す必要も無いというのに、わざわざ敬礼を返しつつもゼッサールはアニエスの満足そうに頷いてみせる。
 そして、彼が粉挽きと呼んだ彼女の横に立って此方を見つめている霊夢の存在に気が付いてしまう。

「おや?君は…確かどこかで見たことがあったかな?」
 先に現場に到着していた衛士達や、自分たち魔法衛士隊隊員たちとは明らかに見た目や雰囲気が違う。
 そんな少女を無視できるはずも無く、質問を飛ばしてきたゼッサールに霊夢は少し面倒くさがりながらも軽い自己紹介をした。
「まぁお互い初対面じゃないのは確かね。…名前は博麗霊夢、それを聞いたら思い出すでしょう?」
「…レイム?…レイム、レイム…レイ……ん、アァッ!」
 自己紹介を聞き、暫し彼女の名を反芻していたゼッサールはすぐに思い出す事か出来た。
 それは今から少し前、アルビオンが急な宣戦布告を行ってきた際の緊急会議で王宮に呼び出された時…。
 大臣や将軍たちの終わりの無い会議の最中に突如乱入してきた、紅白の少女が彼女であった。
 確かあの時は自分とは縁のあるヴァリエール家の御令嬢がいた事も、記憶に残っている。
 
 思い出したと言いたげな表情を浮かべるゼッサールを見て、霊夢は「どうよ?」と聞く。
 それに「あぁ」と頷いて見せると、二人が知り合いだという事に気が付いたアーソンが彼の方へと顔を向ける。
「ゼッサール殿、この少女の事を見知っていて…?」
「ん、…あ、あぁ!まぁな、少し前に知り合う出来事があってな…まぁ友達って呼べるほど親しくもないがね」
 訝しむ彼とアニエスに片目を竦めつつそう言うと、自分を見上げる霊夢を指差しながらアーソンへと聞いた。

444ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:37:19 ID:8hDym6Ss
「…で、彼女が被害者を最初に発見した少女なのかね?」
「え、えぇ。駆けつけた警備員たちが被害者の眼前にいた彼女を見ております」
 ゼッサールからの問いに 軽く敬礼しながら答えると霊夢も思い出したかのように「そうなのよぉー」と相槌を打ってきた。
 
「最初、私を容疑者だと勘違いしたのか手荒な事をしようとしてきたのよアイツラ?
 全く失礼しちゃうわ。相手が化け物ならともかく、この私が人殺しなんてするワケないのに…!」
 
 失礼極まりないわね!最後にそう付け加えて一人怒っている彼女を見てゼッサールは思わす苦笑いしてしまう。
 いきなり容疑者扱いされて怒るのは当たり前だろうが、警備員たちも人を見て判断するべきであっただろう。
 何がどう間違えれば、こんなに麗しい見た目をした彼女を人殺しなどと呼べるのであろうか。
 最初に見かけたときは少し遠くからでイマイチ分からなかったが、こうして間近でみれば何と可愛い事か。
 この大陸では珍しい黒髪とそれに似合う紅く大きいリボンに、異国の空気を漂わせている変わった服装。
 彼自身の好みではなかったが、それでもこのハルケギニアでは一際珍しい姿は彼の目を引き付けたのである。
 しかし、あまりに観すぎてしまったせいか、少し前の出来事を思い出して怒っていた霊夢に気付かれてしまった。


「全く……って、何ジロジロ見てるのよ」
「え?あ、いや…失礼した。こうして間近で見てみると変わった身なりをしていると思ってね」
「…何だか久しぶりに指摘された気がするわ」
 一貴族とは思えない程丁寧なゼッサールからの指摘に、霊夢は苦々しい表情を浮かべてしまった。


 


変に中途半端な感じを拭えていませんが、以上で93(前編)の投稿を終わります。
後編の投稿は五月末に投稿致しますので…それではまた来月に。ノシ

445ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/01(火) 00:32:59 ID:8ZgIWvwo
今更過ぎますが、話数を書き間違えてました…恥かしい。
93話…ではなくて94話でした。

446ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 07:59:15 ID:MtavXe9s
皆さん、また大変長らくお待たせいたしました。ウルトラ5番目の使い魔、71話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

447ウルトラ5番目の使い魔 71話 (1/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 08:01:12 ID:MtavXe9s
 第71話
 タバサのイーヴァルディ
 
 バイオリン超獣 ギーゴン 登場!
 
 
 あの日のことは、はっきりと覚えている。
 まだ幼い、あの日。タバサがまだシャルロットという名前のみであった昔、彼女の一番の楽しみは父の奏でる演奏の中で母から物語を読み聞かせてもらうことだった。
 そんなある日のことだった。シャルロットは父がいつも弾いてくれるバイオリンを、どうしても一度自分にも弾かせてくれとだだをこねて聞かなかった。父は仕方なさそうに、祖父から受け継いだという由緒あるバイオリンを持たせてくれた。
 しかし、大人用のバイオリンをまだ小さな子供が弾きこなせるわけがない。持つことさえままならずに、シャルロットはバイオリンを床に落としてしまった。
「おとうさま、ごめんなさい、ごめんなさい」
「いいよ、バイオリンは壊れても直せるけど、シャルロットに怪我がなくてよかった。シャルロットが大人になったときに、このバイオリンはプレゼントしてあげよう。それまでは、父様がシャルロットのために弾いてあげるからね」
 父は大切なバイオリンのことなど気にもせずに笑って許してくれた。けれどバイオリンには床にぶつけたときに大きなキズがつき、シャルロットはそのキズを見るたびに、父様にわがままを言ってはいけないと思い出してきた。
 そう、それは思い出の中だけのことであったはず。しかし、そのバイオリンと戦う日が来るなどとは誰が予測し得たであろうか。
 
 時は現在。タバサは自分に向かってくるギーゴンの体に、父のバイオリンと同じ傷がついているのを見て目じりを歪ませた。
「お父様のバイオリンが、超獣に。なぜ……」
 タバサにとって、それはまさに悪夢のような光景だった。すでにこの世になく、思い出だけの存在である父の遺品が恐ろしい超獣と化すなど、どうして信じられようか。
 遠いガリアの地で、かの宇宙人が戯れにこの情報を告げてきた時は耳を疑った。もちろん、その宇宙人の仕業を真っ先に疑ったが、彼はとぼけた口調でそれを否定した。
「まさか? 私はそこまで暇でも酔狂でもないですよ。今回は誰かの意思も感じませんし、ただの野良怪獣みたいですねえ。いや、運がお悪いことで」
 彼は関連を否定した。むろん、信用性はまったくないが、自分の実家に怪獣が住み着いたことだけは間違いない。
 どうするべきか? タバサは迷った。今の彼女は人に姿をさらすことができない。しかし、シルフィードとジルが巻き込まれかけていることを知ったとき、迷いは思考の地平へ消えていた。
 
 二人を助ける。そう決断したタバサは、宇宙人をなかば脅迫してガリアからトリステインへと一気に飛んだ。
「怖いお姫様ですねえ。でも、自分のためにみんなの記憶からわざわざ消えたのに、今度は戻りたいというわがまま、王様らしくて良いですよ」
 宇宙人の悪態を聞き流し、タバサは杖をとってここに駆け付けた。

448ウルトラ5番目の使い魔 71話 (2/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 08:03:09 ID:MtavXe9s
 そして今! 目の前には迫り来る超獣。その背には守るべき人たち。タバサは一瞬の躊躇を振り払い、騎士としての自分を呼び起こす。
 考えるのは後。今すべきことは、戦うことのみ。タバサは杖を振り、巨大な風の刃をギーゴンに向けて撃ち放った。
『エア・カッター!』
 特大の鎌イタチがギーゴンの体をなぎ払い、ギーゴンは突進を食い止められてぐらりと揺れた。
 しかしギーゴンもバイオリンが超獣化しただけはあって体は頑丈であり、その枯れ木色の胴体はビクともせず、大木にそよ風が吹いたように軽く立て直してしまった。
 硬い……想像はしていたとはいえ、タバサは超獣の頑丈さに舌を巻いた。タックファルコンのミサイル攻撃にも耐えられるボディの前には、いくらタバサの魔法が日々進歩しているとしても簡単には破れず、宇宙人はそれを見てせせら笑った。
「おやおや、きつそうですねえ。やっぱり手を貸しましょうか?」
「黙っていて」 
 はいと言えば、こいつは素直に助けてくれるだろう。しかし、こいつに借りを作ると何を要求してくるかわからない。弱みを作るわけにはいかない。
 タバサはちらりと後ろを振り返った。そこには、あっけにとられているジルと目を回して転がっているシルフィードがいる。二人とも、今はタバサに関する記憶を失っているが、それでもタバサにとって二人は守るべき人たちだった。
「やる」
 短くつぶやき、タバサは『フライ』の魔法を使って空に飛びあがった。ジルとシルフィードをかばいながらでは戦えないため場所を移すのだ。タバサの青い髪が風に舞い、風の妖精が光をまとって現れたかのように美しく輝いた。
 しかし、妖精は風を汚す魔物を裁く戦いの風もまとっているのだ。タバサはギーゴンの視線を絶妙な速さで横切って注意を引き、ギーゴンは熊手のようになった手を落ち着きなく揺らしながらタバサに向かって方向を転換してきた。その熟練した動きには、ふざけた態度をとっていた宇宙人も認識をあらためて感心したように手であごをなでた。
「ほお、人間どもの中ではなかなかの実力だとは思っていましたが、まだ底を読み切れてませんでしたか」
 たった百年そこそこしか生きられない脆弱な種族にしておくのはもったいないと、宇宙人はわずかに惜しさを感じた。仲間にするにせよ手下にするにせよ弱くては話にならない。欲を言えば宇宙中の強豪宇宙人を集めた連合チームなどができれば理想だが、仮に集まったとしてもそんな連中を率いられるのは故・エンペラ星人くらいしかいないであろう。
 もっとも、そんな宇宙人の身勝手な思惑など関係なく、タバサの全神経は自分の戦いへと向かっている。
 こっち、こっちに来なさい。タバサはそう狙って、ギーゴンをジルとシルフィードから引き離そうと飛んだ。
 狙いはそれだけではない。真っ向から打撃戦を行っても勝ち目はないと、北花壇騎士として磨き上げた戦闘本能が警告してくる。ドラゴンよりもはるかに巨大で強力な怪獣を倒すには正攻法では無理だ。
「自分より強い獣を倒すには、頭を、なによりも頭を使うこと。ジル、あなたが教えてくれたことだよ」
 ファンガスの森。そこでタバサはジルから戦いの術を叩きこまれた。人間よりもはるかに強い獣を人間が狩るには、人間だけが持つ力で立ち向かうしかない。

449ウルトラ5番目の使い魔 71話 (3/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 08:28:51 ID:MtavXe9s
『ウェンディ・アイシクル』
 タバサの18番の氷嵐の魔法がギーゴンを襲い、無数の氷のつぶてが鋭利な刃物のように舞い輝く。
 だが、むろんこれは牽制と様子見だ。ギーゴンの頑丈なボディに氷のつぶてははじき返され、ダメージにはまったくなっていない。それでも撃つのは、注意をこちらに引き付けるのと、相手のことを探るためだ。
 ウェンディ・アイシクルのつぶてはギーゴンのほぼ全身をくまなく叩いた。もし、急所のようなところがあれば命中の手ごたえが違うはずで、それを見抜ければ勝機が見える。
 けれど、ギーゴンの全身はそれこそバイオリンそのもののように固く、急所と思われるようなところは感じられなかった。ギーゴンはあざ笑うかのような鳴き声を発し、熊手状の手で飛ぶタバサを叩き落とそうとしてくる。
「危ない!」
 ジルは叫んだ。人とハエほどの対格差もあるあれで殴られれば、人間などひとたまりもないだろう。しかし、タバサは振り下ろされてくるギーゴンの手を冷静に見据えると、なんと自身の小柄な体をギーゴンの手の指と指の間にすり込ませてやり過ごしてしまったのだ。
 驚愕するジル。理屈では不可能ではないとはいえ、あんな紙一重の避け方を選んで成功させるには、神業的な魔法の冴えと、冷静に実行する度胸が必要だ。あの少女は幼くして、どれほどの死線をくぐってきたというのだろうか。
 いや……ジルは、頭に浮かんだその考えそのものに違和感を覚えた。空を自在に飛んで怪獣と戦うあの姿、あの姿を見るのは初めてではない。だがどこで? どこで見たというんだ? どうして思い出せないんだ? 自分の中で何かが狂わされている感覚に、ジルは言い表せない恐怖を感じた。
 だが、タバサにはジルの困惑の正体がわかる。否、わかるのではなく、知っている。ハルケギニアで誰にも知られずに起きている異変の真相も知っている。それどころか、その当事者の一人でもある。
 それを思うとタバサの心は痛む。けれど、何かを得るためには何かを切り捨てなければならないこともある。いや、それは傲慢な言い訳だ。自分に何かを切り捨てる権利なんてない。しかし、あのときに他に選択肢があったとは思えない。
 苦悩するタバサ。それを、元凶である宇宙人は遠巻きにしながら愉快そうに眺めている。本当なら、一番に魔法を叩きこんでやりたいのはこいつだが、今は手出しをすることができない。すると、そいつはタバサに向かって楽しそうに笑いながら告げてきたのだ。
「その超獣の弱点は体の弦ですよ。バイオリンなんですから、弦をプチンと切ってやればいいんですよ」
 突然の助言。むろんタバサはいぶかしんだが、そいつはこともなげに言い返した。
「こちらも今あなたに死なれたら困るんですよ。それに、最近私も予定になかった面倒ごとを抱えてまして、関係ないことで時間をとりたくないんです。これは無料サービスにしておきますから、さっさと片付けてしまってくださいな」
 その言葉に、タバサはこの宇宙人が最近やけに慌ただしく動いていたのを思い出した。ウルトラマンたちの誰かともめごとでも起こしたのかと思っていたが、どうも違うらしい。こいつも何か焦りを抱えているようだ。
 これは付け入る隙となるかもしれない。タバサは頭の中にこの問題を書き込んだが……それは別として、簡単そうに言ってくれる。いくらタバサがスクウェアクラスのメイジとはいえ、飛行と攻撃を同時に行うのは楽なことではない。
 ギーゴンはタバサを殴り落せないことを悟ると、薄青い目をぎょろりと動かして、今度は頭の横に四本生えている糸巻状の触覚から緑色の金縛り光線を発射してきた。
「くっ!」
 金縛り光線はギリギリで外れ、外れたそれは屋敷の残骸に命中して爆発を起こした。この金縛り光線はウルトラマンAの身動きを封じるほどの効果もあるが、建物を破壊する程度の物理的な威力もある。人間の身で耐えられるものではない。
 タバサは空中で体勢を立て直すと、即座に頭の中で計算した。空を飛びながら戦闘を継続するのは困難。かといって地上からでは魔法の射程からいって有効打を決めにくい。

450ウルトラ5番目の使い魔 71話 (4/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 08:59:18 ID:MtavXe9s
 なんとか空を飛びながら至近距離で魔法を打ち込むのがベスト。しかし、飛行と攻撃をおこなうのは自分一人では困難。ならば、空を飛ぶためのアシストがあればよい。
 指が口に伸び、タバサはほとんど無意識のうちに口笛を吹いていた。その甲高い音が風に乗り、シルフィードの耳に届いたとき、シルフィードもまた無意識のうちに人化の魔法を解き、風韻竜の姿となって飛び立っていた。
「きゅいいいーっ!」
「うわっ!」
 ジルを翼の風で吹き飛ばしかけながらも、シルフィードは鎖を解かれた狼のように飛び出した。心で何かを考えたわけではなく、シルフィードはその胸の内から湧き上がってくる衝動のままに、タバサをその背に乗せていた。
「きゅいっ」
 タバサをその背に乗せ、シルフィードはくるりとターンを切った。その切れ味鋭い旋回は空気の抵抗を見る者に忘れさせてしまうほどで、ギーゴンの金縛り光線が明後日の方向に飛び去って行く。
 しかし、体が勝手に動いただけで、シルフィードはまだタバサの記憶を失ったままでいる。はっとしたシルフィードは、なぜ自分が知らない人間を乗せているのかと混乱したが、文句を言う前にタバサの杖が頭の上に思い切り振り下ろされていた。
「いたーいのね!」
「話は後、あの超獣を倒すのが先」
「ちょ! シルフィは高貴な風韻竜なのね。知らない人を乗せるな、いたーい!」
「話は後」
 タバサの杖は魔力を込めて強化されているため韻竜の硬いうろこ越しでも目から火が出るほど痛く、シルフィードは文句をつけられなくなってしまった。
 けれど、タバサは不満げなシルフィードにこう言った。
「イーヴァルディの勇者の続き、知りたくない?」
「きゅい? お、教えてくれるのね?」
「話してあげる」
「きゅいーっ!」
 喜ぶシルフィード。あのお話は、これからというところで気になっていたのだ。いいように乗せられたような気もするが……だが、悪い気分はしない。シルフィードは、胸の中のもやもやが晴れて、ぽっかりと空いた黒い穴に心地よい何かがはまってきたような感じがして、殴られたことへの恨みなんかは吹き飛んでしまった。それどころか、翼に力が湧いてくる。どうしてかはわからない。わからないけれども、自分の中の何かはこれを知っている。
 シルフィードという翼を得たことで、タバサはその精神力のすべてを攻撃魔法に注ぎ込むことができるようになった。節くれだった杖に魔力を帯びた風がまといつき、無慈悲な刃が研ぎ澄まされていく。

451ウルトラ5番目の使い魔 71話 (5/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:01:03 ID:MtavXe9s
「いく」
「きゅーい!」
 再び心をひとつにした一人と一竜は、暴れ狂う超獣へとその翼を向けた。
 そしてタバサは、魔法の呪文を唱えながら、自らにも語り聞かせるようにイーヴァルディの勇者の物語の続きを紡ぎ始めた。
 
”サリィを助けるため、大迷宮に挑んだイーヴァルディたち。彼らはラビリンスの恐ろしい魔物たちを倒し、身も凍るような罠の数々を突破して、ついに迷宮の奥深くにたどり着きました”
 
「よくやってきたな、勇者ども。数百年ぶりの、俺様のごちそうどもよ!」
 
”そこにいたのは、イーヴァルディたちでさえ見たこともないくらい禍々しい姿をした巨大なドラゴンでした。ドラゴンは口からよだれを垂らし、その手にサリィをわしづかみにしています。イーヴァルディは、ドラゴンに剣を突き付けながら言いました”
 
「お前が、あのカラスを使ってサリィを苦しめていたんだな」
  
「そうよ。この迷宮にはかつて、宝を求めて数えきれないほどの人間たちが入ってきた。俺様はそいつらを食らい、どんどん大きく強くなっていったが、人間どもは恐れをなして迷宮を封印しやがった。だが、俺様は使い魔を使って、迷宮の封印を破るカギとなるこの小娘に取り入ったのさ。そして封印を破る前に、閉じ込められた恨みをこいつに味わわせていたのよ」
 
「悪魔め。サリィは返してもらうぞ。そして、お前は僕たちが決して許さない!」
 
「馬鹿め! 俺様に勝てると思っているのか。お前たちを食らい、俺様はもっと強くなる。そしてもう迷宮で獲物を待つ必要もない。外の世界で存分に人間どもを食ってやるのだ!」
 
”ドラゴンは吠え、その口から恐ろしい炎が吹きあがります。しかしイーヴァルディたちはひるまずに、勇敢にドラゴンに立ち向かっていったのです”

452ウルトラ5番目の使い魔 71話 (6/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:03:15 ID:MtavXe9s
 タバサの語りは、かつて母から語り聞かせてもらった日の思い出をなぞり、優しく、そして勇壮に語られる物語はシルフィードにも勇気を与えていった。
 
”ドラゴンの炎を、魔法使いキャッツァが防ぎます。すると、ドラゴンは魔ガラスの大群を差し向けてきました。しかし、カメロンの投げナイフが次々に魔カラスを撃ち落とし、マロニーコフの振りまいた特製スパイスが魔カラスたちを混乱させます”
 
「おのれ、こしゃくな!」
 
”怒ったドラゴンは地団太を踏み、すると迷宮の天井が崩れてイーヴァルディたちの上に振ってきます。ですが、マミが飛び出して大岩をすべて砕いてしまいました。
 
 すごいすごい、イーヴァルディの仲間たちはすごいのね。と、シルフィードは我が事のように興奮した。
 物語の中で、サリィがさらわれてしまったときは、どうなることかと不安でいっぱいだった。でも、イーヴァルディの仲間たちはやっぱりすごい。
「よーし、シルフィも負けてられないのね。たーっ!」
 物語の中の登場人物たちに勇気づけられたように、シルフィードは翼に力を込めて飛んだ。ドラゴンの攻撃をひらりひらりと避けるイーヴァルディのように、ギーゴンの金縛り光線を避けていく。
 その一方で、タバサは物語を語りながらも冷静に作戦を練っていた。
 狙うのは、ギーゴンの胴体に並んでいる四本の弦。あれを切断すれば、バイオリンの化身である奴は力を失うであろうというのはタバサも理解できる。が、身長五十メイル超の巨体に張られている弦なのだから、鉄柱並みの強度があるのは確実だ。半端な魔法では恐らく傷もつけられない。
 宇宙人は、さてどうするのか? と、興味ありげに見守っている。手出しをするなとは言われたが、見物するなとまでは言われていない。
「知っていますよ。この世界であなた方人間が少なくない数の怪獣を倒してきたことは。ですが、そいつはどうでしょうねえ?」
 宇宙に悪名をとどろかせる種族である彼は、当然超獣に関しても豊富な知識を持っている。その気になれば怪獣墓場の無数の怪獣たちを一体ずつ解説することもできるだろう。
 ギーゴンは超獣の中ではヤプール全滅後に出現したこともあって、ベロクロンやバキシムと違ってそんなに注目されるほうではない。しかし、それと強さは別問題だ。こいつにはまだ見せていない能力があるが、はたして……?
 
”ドラゴンからサリィを助け出すため、戦士ボロジノの大斧が唸ります。魔人の体も真っ二つにするボロジノの大斧が、サリィを捕まえていたドラゴンの腕を切り裂いたのです”
 
 タバサは精神力を集中させて、巨大な『エア・カッター』を作り出した。今のタバサに作れる最大の大きさで、エースのバーチカルギロチンにも匹敵するだろう。

453ウルトラ5番目の使い魔 71話 (7/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:04:10 ID:MtavXe9s
「ほぉ」
「す、すごい」
 宇宙人は短く感心し、ジルは驚嘆した。よほど熟練したメイジでも、あの半分の大きさを作れればいいほうであろうに、タバサの成長は底なしなのだろうか。
 タバサはシルフィードへ合図して、ギーゴンの正面のわずか二十メイルから急旋回とともに横一文字にエアカッターの三日月形の刃を打ち込んだ。まさに、エースのホリゾンタルギロチンの再現といってもいい壮絶な光景に、ジルはギーゴンが弦どころか胴体ごと真っ二つにされたと思った。
「やったか!」
 だが、ギーゴンの胴体はエア・カッターの直撃にビクともしていなかった。風の刃はギーゴンの頑強な胴体を傷つけるには及ばず、弦もまだ切れていない。
 すごい頑丈さだとタバサは感じた。バイオリンが元になっただけはあるが、それを差し引いても計算以上の強度を持っている。並の怪獣ならば少なくとも皮は斬れたはずなのに。
 すると、宇宙人がせせら笑いながら告げてきた。
「その超獣、甘く見ないほうがいいですよ。なぜかは知りませんが、強烈なマイナスエネルギーで強化されてるようです。今の一撃、惜しいところでしたが一歩足りませんでしたね」
 マイナスエネルギー? つまり人間の負の情念が超獣に乗り移っているということか? ふざけるなとタバサは思った。なぜ父の遺品にそんなものが宿らねばならないのだ。
 ふつふつと沸く怒り。けれど、タバサはそれでもまだ冷静だった。
 今のエア・カッターは効かなかったが手ごたえはあった。あの超獣の体が頑強でも、今の一撃よりも強い攻撃ならば必ず効く。が、どうすればそれができるだろうか?
 タバサは考える。その唇に、物語の続きをなぞらせながら。
 
”ボロジノの一撃で、ドラゴンはサリィを手放しました。零れ落ちたサリィを、マミがしっかりと受け止めます”
 
「サリィ、大丈夫! しっかりして」
 
「うう、マミ、マミなの? お母さん、お母さんはどこ? なにも、なにも見えないよ」
 
”サリィは両目をつぶされ、苦しみながらマミにすがりつきました。マミはサリィをぐっと抱きしめ、耳元で力強く励ましました”

454ウルトラ5番目の使い魔 71話 (8/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:05:28 ID:MtavXe9s
「サリィ、安心して。あたいたちが助けに来たからね。遅くなってごめん。けど、あたいたちがサリィを守るから。見えなくても、あたいの体の温かさを感じて、あたいの胸から心臓の音を聞いて。あたいはずっとサリィのそばにいるから」
 
「マミ……うん、うん」
 
”震えていたサリィはマミの腕に抱かれて、安心したように力を抜きました”
 
”サリィを取り戻し、残るはドラゴンだけです。しかし、ドラゴンはイーヴァルディたちが強いのを見ると、その大きく裂けた恐ろしげな口から真っ黒な闇の炎を吐いてきたのです。
 
「こざかしい奴らめ、これならどうだ!」
 
「うわああっ!」
 
”ドラゴンの吐いた闇の炎はキャッツァの魔法でも防ぎきれず、ボロジノもカメロンもマロニーコフも倒されてしまいました”
 
「どうだ、俺様の闇の炎は悪の炎。俺様に食われた欲深い人間どもの怨念が込められているのだ。誰にも防ぐことはできないぞ」
 
”ドラゴンは高笑いしました。多くの怪物を倒してきたイーヴァルディたちでしたが、このドラゴンの闇の炎は強烈でした”
 
”仲間たちは皆倒れ、マミもサリィをかばったために動けなくなってしまいました”
 
”でも、イーヴァルディは闇の炎に体を焼かれながらもひとり立って残り、ドラゴンに剣を向けます”
 
「僕は負けない。お前がどんなに強くても、どんなに悪の力を集めても、僕にだって仲間たちがいるからこそ手に入れられた力があるんだ」
 
”イーヴァルディは剣を構え、じっと念じ始めました。すると、なんということでしょう。イーヴァルディの左手が輝き、倒れている仲間たちから光がイーヴァルディへと集まっていったのです”

455ウルトラ5番目の使い魔 71話 (9/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:07:11 ID:MtavXe9s
「な、なんだ、この光は!?」
 
「これが、神様が僕に与えてくれた勇者の力だ。仲間たちの力を集めて、僕は強くなれる。覚悟しろ、お前の悪を僕たちの光で切り裂いてやる!」
 
”イーヴァルディの剣がまばゆく輝く光の剣に変わります。その光は暗黒の迷宮を照らし、凶悪なドラゴンも怯えひるませるほど神々しい輝きを放ちました……”
 
 
 タバサは語りを止め、自らの杖を見つめた。
 今のエア・カッター以上の切れ味を持つ飛び道具は自分にはない。しかし、精神力を限界まで高めた『ブレイド』の魔法でならそれ以上の威力を出せる。だが、そのためには超獣に限界まで接近しなければならない。
 あまりにも危険な賭けに、タバサの中の冷徹な部分が警鐘を鳴らしてくる。ここで大きなリスクを冒してまで、あの超獣を倒さなくてもいいのではないか? 自分にはなんのメリットも生まれないし、この屋敷の周辺はほとんど人はいないので被害もすぐには出ないだろう。そうしているうちにウルトラマンの誰かが気づいて倒してくれれば、それが一番楽なはずだ。
 いや、それはできない。タバサはすぐにその考えを取り消した。リスクが大きく、メリットがないにせよ、あれは間違いなく父のバイオリンから生まれた存在なのだ。その始末を他人にゆだねるわけにはいかない。
『ブレイド』
 タバサの杖に、風の系統で作られた魔法の刃が生まれる。それは薄緑色に輝き、空気から生まれながら空気さえ切り裂いてしまうようなすごみを感じさせた。
 タバサはシルフィードに、超獣のギリギリまで肉薄するように指示した。もちろんシルフィードは愕然として拒否する。
「むむむむむむ、無茶なのね! そんな自分から死ににいくようなこと、シルフィは絶対お断りするのね!」
「できないというなら、わたしは一人でもやる」
 本気だということはシルフィードにもすぐにわかった。シルフィードが命令に従わないのならば、タバサはひとりで超獣に挑んでいくだけだ。
 シルフィードは頭を抱えた。ああもう! おねえさまはいつもこうなんだから! いつも? いつもっていつだったかしら? いや、そんなことはどうでもいいけれど。本当に竜使いの荒い人なんだから。
「わかったのね! その代わり一回だけなのね。失敗しても二度とはやらないのね!」
「一度で十分」
 覚悟を決めたタバサに、もう迷いはなかった。確かに危険だ。しかし、シルフィードの機動力と自分のブレイドの切れ味が合わされば十分に成功の可能性はある。タバサはそう計算していた。
 だが、北花壇騎士として戦っていた時とは違い、私情で戦いに望んでいる今のタバサには最後の最後での警戒心が無自覚に一歩削れてしまっていた。
 『ブレイド』をかけた杖を構え、ギーゴンの死角から切り込もうとするタバサ。そのタバサを、宇宙人は冷ややかに見下ろしていた。

456ウルトラ5番目の使い魔 71話 (10/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:07:56 ID:MtavXe9s
「あらら、無茶しますねえ。その超獣が何を武器にしているか忘れたんですか?」
 突撃を試みようとするタバサ。シルフィードは太陽を背にして、ギーゴンの視界からは完全に消えている。これならば、奇襲は確実に成功するはずだった。
 しかし、成功を確信したタバサのわずかな殺気を感じ取ったのか、ギーゴンはそのバイオリンの体から強烈な不協和音を発してきたのだ。
「うっ!」
「きゅいーっ!?」
 頭の中を引っ掻き回されるような不快感を叩きこんで来るその不協和音は、並大抵の苦痛には耐えられるタバサでも受けきれないほど不快だった。
 思わず耳を抑えるタバサとシルフィード。まるで無数の楽器をでたらめにかき鳴らしたかのようにやかましく頭の芯まで響き、とても我慢できるものではなかった。
 これがギーゴンの奥の手である。ギーゴンはその体から強烈な不快音を発して敵を攻撃することができる。これはウルトラマンAさえもまいらせてしまうほど強烈で、しかも音だから逃げ場がない。
 宇宙人は平気な顔をしているが、ジルも耳を押さえてのたうち回り、周辺の森でも動物たちが苦しんで暴れ、ラグドリアン湖では魚が浮き上がっている。
「サ、サイレントを……い、いえ」
 額に汗をにじませながら、耐えきれなくなったタバサは音を遮断するサイレントの魔法を唱えようとした。しかし、そうしたらせっかく作ったブレイドも消えてしまうと逡巡した一瞬が命取りになった。タバサに比べて苦痛に耐性のないシルフィードが耐えきれずに墜落し始めてしまったのだ。
「きゅいぃぃーっ!」
「っ!」
 相手が音ではいくら韻竜の体が頑丈でも意味がない。シルフィードはパニックのままきりもみ墜落に陥ってしまい、タバサが風の魔法で立て直そうにも遠心力で肺が圧迫されて呪文が唱えられなかった。
 タバサの眼に、落ちる先で手を振り上げているギーゴンの姿が一瞬見えた。だめだ、避ける手段はない。わたしが焦って警戒を怠ったばかりに……シルフィード、ジル、ごめん。
 
 だが、そのときだった。突然、空のかなたから青く輝く光弾が飛来し、ギーゴンに炸裂して吹き飛ばしたのだ。
 
『リキデイター!』
 
 ギーゴンは弾き飛ばされ、不快音が途切れたことと爆発の爆風でシルフィードはかろうじて体勢を立て直した。

457ウルトラ5番目の使い魔 71話 (11/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:09:12 ID:MtavXe9s
 そして、宇宙人は空の一角を見つめ、つまらなさそうにつぶやいた。
「やれやれ、やっと来ましたか。まったく、今回は大サービスの大サービスですよ、お姫様」
 かなたの空から流星のように飛来する青い閃光。彼は土煙をあげて降り立つと、間髪入れずによろめくギーゴンへ向けて光の剣を一閃した。
『アグルセイバー!』
 横一文字の斬撃がギーゴンの体の弦をすべて切り落とした。
 最大の弱点を突かれ、ギーゴンは悲鳴をあげてのたうった。そして、そのギーゴンを冷たく見据える青い巨人の姿を見下ろし、タバサは憮然と小さな唇を動かした。
「ウルトラマンアグル……」
 青い光の巨人、ウルトラマンアグル。彼が間一髪のところでタバサを救ったのだ。
 アグルは悠然と立ち、日の光が彼の青い体と黒いラインを照らし出し、胸のライフゲージが陽光を反射してクリスタルのように輝いている。
 しかし、なぜアグルがここに現れたのか? タバサはすぐにその理由を悟った。あの宇宙人が知らせた以外にあり得ない。
「言ったでしょう、今あなたに死なれると面倒なんですよ。 約束通り、私は手を出してませんから文句は言いっこなしですよ。ま、私がウルトラマンさんに頼ること自体、ひどい屈辱ですけどねえ」
 彼のひどく不愉快そうな態度の理由をタバサは知らなかったが、そうされなければ助からなかったことを自覚して抗議はできなかった。
 ギーゴンは力の源である弦を断ち切られ、もう立っているだけでやっとなくらい消耗していた。悪あがきに金縛り光線を撃ってきたが、アグルのボディバリアーに軽々とはじき返されてしまう。
 大勢は決した。アグルは両腕を胸のライフゲージに水平に合わせ、開いた両腕を回転させながら渦を巻くエネルギー球を作り出して投げつけた!
『フォトンスクリュー!』
 巨大な青い光球はギーゴンの胴を直撃し、そのままドリルが木板を貫くようにして反対側にまで貫通した。ギーゴンは腹に大きな風穴を空けられ、棒立ちのままついに沈黙したのだった。
 勝負あり……タバサは、久しぶりに見るアグルの力を驚嘆しながら見つめていた。タバサと、そしてジルの心に、あのファンガスの森での記憶が蘇ってくる。
 あの時も、そして今も、あなたに助けられた。アグルがいなければジルはあの日にファンガスの森で死んでいただろうし、タバサも今日ここで倒れていたかもしれない。
「ありがとう……」
 タバサは感謝と謝罪をこめてつぶやいた。そしてジルは、今自分の中に蘇ってきた記憶がなんであるかに戸惑ったが、心にかけられた蓋にひびが入ったように、シルフィードに乗るタバサを見上げてひとつの名前を口ずさんでいた。
「シャルロット……」
 どんなに封じられても、心の奥に刻まれた本当に大切なものは消せない。タバサは風の系統としての耳の良さでジルのつぶやきを聞き取り、覚えていてくれたことに目じりを熱くした。

458ウルトラ5番目の使い魔 71話 (12/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:21:47 ID:MtavXe9s
 だが、これで終わったとタバサも思った、そのときであった。なんと、体に風穴を空けられて死んだと思われていたギーゴンが、ジルのつぶやいた名前に反応したかのように再び動き始めたのだ。
 
「シャ、ル、ロット……」
 
 タバサの名前がギーゴンから響き、タバサは愕然とした。同時にアグルやシルフィード、ジルも驚愕してギーゴンを凝視した。
 まさか、体に大穴を空けられたあの状態で生きていられるわけがない。アグルは構えを取り、ギーゴンの逆襲に備える。
 だがギーゴンは不思議なことにアグルには見向きもせず、タバサのほうを見上げると、今度は不協和音ではなく、美しい音色の音楽を奏でてきたのだ。
「この音楽は……?」
「とっても、優しい響きなのね」
 ジルとシルフィードは、美しい音楽の調べにうっとりとして聞き入った。今度は魂を吸われるようなことはない。本当にただの美しい音色の音楽だ。
 しかし、それを聞くタバサの心には、今まで感じたことがないほどの激しい怒りが湧き上がってきていた。
「やめて……あなたから、あなたからお父様の音楽を聴きたくない!」
 それはなんと、タバサが幼いころにオルレアン公からよく聞かされていた音楽そのものだったのだ。
 冷徹な戦士の中に隠された、タバサの激情の心が抑えようもなく首をもたげてくる。父と母との懐かしい思い出の日々を土足で汚されるような怒り。
 この音楽は父が作曲した、父しか演奏できないもの。そう、あの日もイーヴァルディの勇者の物語を、このメロディーで締めくくってくれた。
 
 
”イーヴァルディの放った光の一刀で、闇のドラゴンは苦しみながら倒れました。しかし、ドラゴンはそれでもまだ死なず、再びサリィの母の声を騙って語り掛けてきたのです”
 
「サリィ、サリィ助けておくれ、サリィ」
 
「お、お母さん……!」
 
「そうだよ。お前のお母さんだよ。悪い奴らがお母さんをいじめるんだよ。助けておくれサリィ。お前がたった一言、「お母さんを助けたい」と言ってくれるだけでいいんだ。そうしたらお母さんは悪い奴らをやっつけて、サリィとずっといっしょにいてあげるからね」

459ウルトラ5番目の使い魔 71話 (13/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:22:45 ID:MtavXe9s
”ドラゴンは甘いささやきでサリィを誘惑します。しかし、そのささやきに隠された恐ろしい企みを知ったキャッツァが叫びました”
 
「いけない! そいつの言うことを聞いちゃだめ。それは魂をそいつに捧げる悪魔の契約だよ! 答えたらサリィは死んでしまう」
 
”そうです。ドラゴンはサリィの魂を奪って蘇ろうとしていたのです。なんという卑劣なことでしょうか。マミがサリィを抱きしめながら叫びます”
 
「サリィ、だまされちゃダメ! あれはサリィのお母さんなんかじゃない!」
 
”けれどドラゴンもさらに甘い声でサリィにささやきました”
 
「サリィ、サリィ、だまされてはいけませんよ。お母さんの声を忘れたのですか。お母さんと、ずっといっしょにいたくないのですか? いっしょにいたら、サリィの好きなものをなんでも作ってあげますよ。だから、助けてサリィ」
 
「お母さん、お母さん……わからない、わたしは、わたしはどうしたらいいの?」
 
”目を奪われたサリィは、誰を信じればいいのかわからずに迷いました。お母さんといっしょにいたい、けれどマミのことも信じたいのです”
 
”すると、イーヴァルディがサリィに静かに語りかけました”
 
「サリィ、信じるものは君自身が決めないといけない。見えるものじゃなくて、君自身の心の中に答えを出すんだ。君の思い出の中のお母さんはどんな人だったかを思い出して……君はもう答えを知っているはずだよ」
 
”サリィの心に、優しかった母、どんなときでもかばってくれた母との思い出が蘇ってきます。そして、自分を力強く抱きしめてくれるマミの腕の温かさに勇気づけられて、サリィはついに決めました”
 
「お前なんか、お前なんか、お母さんじゃない!」
 
「なっ、なにぃぃぃ!」

460ウルトラ5番目の使い魔 71話 (14/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:24:47 ID:MtavXe9s
”誘惑を振り切って真実にたどり着いたサリィは、ついにドラゴンの呪いに勝ったのです。サリィは、自分を苦しめ続けてきた残酷な運命に立ち向かい、自分の力で勝利したのでした”
 
”そうです。どんなに恐ろしくて強いドラゴンでも、たったひとりの小さな女の子の心を支配することはできませんでした。イーヴァルディはドラゴンに向かって言います”
 
「お前は、大きな間違いをしていた。どんなに欲深い人間を財宝で騙しても、サリィの心の中の思い出だけは汚せなかったんだ。お前は、サリィに負けたんだ」
 
「そんな、そんなはずがない! 人間なんて、うわべに騙されるバカな生き物なのに! ま、待て! 俺が悪かった。お前に本物の財宝をやろう、だから助けてくれ」
 
”イーヴァルディは剣を振り上げ、ドラゴンに向かって力いっぱい振り下ろしました”
 
 
 タバサの杖の先に、シルフィードも見たことがないほど大きな氷の槍が出来上がっていた。
 それはタバサの怒りの象徴。ギーゴンにとどめを刺そうするアグルを静止して、タバサはこれだけは譲れないとギーゴンを睨みつけていた。
「お前は、お前はお父様じゃない! わたしのお父様を汚さないで!」
 普段の冷静なタバサを知る者からすれば、信じられないほどのタバサの激情であった。
 タバサはギーゴンに向かって氷の槍『ジャベリン』を投げつけた。それはまるで物語の中のサリィと同じように、家族の思い出を汚そうとするものへの怒りを込めた魂の叫びだった。
 ジャベリンは、狙いを過たずにギーゴンの古傷に突き刺さる。それは幼い日のタバサがバイオリンを落として傷つけてしまったときのものだが、今度はタバサの意思によって傷口はうがたれた。
「お父様、ごめんなさい。約束は、守れなくなってしまいました」
 消え入るような詫びの言葉の後、ギーゴンから響いていた音楽が消えた。そして、ギーゴンの眼から光が消え、その姿が煙のように掻き消える。
 同時に、ギーゴンに取り込まれていた人々の魂が解放され、静かなメロディとなってしばしの間流れていった。
 
 
 戦いは終わった。オルレアン邸跡は再びただの廃墟に戻り、タバサは一人でその瓦礫の上に立ち尽くしていた。

461ウルトラ5番目の使い魔 71話 (15/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:33:55 ID:MtavXe9s
「……」
 タバサは、足元から壊れたバイオリンを拾い上げた。それは弦が千切れ、大穴が空き、もうどうやっても修復はできないほど破壊されてしまっていた。
 それでも、タバサは超獣の魂から解放されて元に戻ったバイオリンを抱きしめながらつぶやいた。
「なぜ……お父様のバイオリンが、あんな怪物に?」
 それはタバサにとってどうしても納得できないことだった。なぜ、どうして、優しかった父との思い出がこんな形で踏みにじられねばならないのだ?
 誰かの差し金か? すると、タバサの後ろに浮いている宇宙人が不愛想に答えた。
「何度も言いますが、今回の件で私は無関係ですよ。ですが、この場所にはどうも怨念めいた何かの意思が強く残っていますね。それと、あなたの使い魔のあなたに会いたいという願いが合わさって、あの超獣を作り出しちゃったんじゃないでしょうか」
 怨念? そんな馬鹿なとタバサは思った。国中の誰からも慕われていた父と母に限って、そんなことはありえない。
 だが、瓦礫を見下ろすタバサの眼に、ちょうどギーゴンになったバイオリンが出てきた場所の下に不自然な穴が開いているのが映ってきた。 
 これは……地下への階段? 魔法で瓦礫をどかしたタバサは、地下へと続く階段があるのを発見した。
「これは、何? こんな場所、わたしは知らない」
 タバサは動揺していた。自分の屋敷に、こんな地下への入り口があるなんて知らなかった。しかも、ここはかつて父の寝室があった場所だ。
 まさか……。
 地下への階段を降りていったタバサは、そこに小さな地下室があるのを見つけた。
 これは……書斎?
 そこは、いくつかの本棚と机があるだけの小さな書斎であった。地下にあったおかげで、屋敷が炎上したときも無事に残ったのだろう。
 書斎を調べたタバサは、ここがかなり長く使われ続けていたことを知った。部屋に残っていた道具はいずれも使い込まれており、いずれも父が生前愛用していたのと同じものだ。
 これは、父の秘密の書斎だとタバサは理解した。貴族が秘密や安全のために屋敷に秘密部屋を作ることは別に珍しくはない。
 でも、お父様はここでいったい何を? タバサはふと、机の上に置かれた分厚い本に気が付いた。
「これ、帳簿?」
 名前と数字がびっしりと書き込んである。文字は間違いなくオルレアン公のものだ。だがいったい何のための?
 タバサはページを読み進める。知っている貴族の名前が次々に出てくる。名前の横には日付と、別の桁数の大きな数字の羅列。そしてときおり書き込まれている注略。
 これは……まさか。タバサの脳裏に恐ろしい可能性が浮かび上がってくる。そんなことがあるはずがない、父に限ってそんなことは。けれど、タバサの冷静な部分が仮説を有力に保管する。オルレアン公は、その人望でガリアに大きな派閥を築いていた。しかし、本当に人望だけで多くの貴族をまとめあげていたのだろうか。

462ウルトラ5番目の使い魔 71話 (16/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:36:04 ID:MtavXe9s
 眩暈と吐き気に襲われて、タバサは床にうずくまった。
 
 そして十数分後。タバサは二冊の本を抱えて地下室から上がってきた。
 地上には、ウルトラマンアグル、藤宮博也が待っていて、彼は短くタバサに尋ねた。
「まだ、お前の決着はつけられないのか?」
「もう少し、時間が欲しい。迷惑をかけてることは、悪いと思ってる」
 藤宮とタバサは、無駄な言葉はいらないという風に語り合った。タバサは藤宮に背を向けて宇宙人のほうに歩いていき、藤宮が宇宙人を睨みつけると、宇宙人はおどけた様子で言った。
「そんな怖い顔しないでくださいよ。私はこの世界に侵略の意思なんかないって言ってるでしょう? それに、私が今死んだらこの世界はどうなってしまうと思います?」
 少なくとも、”今”は戦うべきときではない。藤宮はぐっとこらえた。今は、タバサの安否がわかっただけでよしとするしかない。彼は去ろうとするタバサに、もう一度話しかけた。
「我夢も心配している。早く顔を見せてやれ」
「もう少し、待って欲しいと伝えてほしい。それと、わたしは元気だから、心配しないでほしいとも」
「伝えておこう。どのみち俺には、帰って来いと言うような資格はない。どうしても自分の手でけじめをつけなければいけないことがあることもな。だが、お前の背負おうとしているものは重いぞ」
「覚悟している。これは、ガリア王家に生まれたわたしの果たすべき責任……誰の力を借りたとしても、最後のけじめだけはわたしとジョゼフで果たさなければいけない。だからもう少しだけ、時間をもらいたい」
「わかった……それと、お前の使い魔と、あの女はどうする?」
 藤宮の見る先には、ギーゴンとの戦いが終わった後に気を失ってしまったジルとシルフィードが眠っている姿があった。
 タバサは悲し気な目をすると、すまなそうに藤宮に言った。
「ふたりは連れて行けない、これは半分はわたしのわがままだから。それに二人は、これまで十分以上に助けてくれた。偽りの平和とはいえ、少しでも休んでいてもらいたい」
 タバサはそう言うと、ジルのたもとに一冊の本を置いた。それはイーヴァルディの勇者の別の本で、サリィの物語の最後までを書いてある。
「ジル、シルフィードに読んであげて」
 身勝手な願いだとはわかっている。けれど、信頼してくれている者たちに背を向けてでも行かねばならないほど、ガリア王家が積み重ねてきた業というものは深かった。
 世間の人々はガリアの混乱はジョゼフの野心によるものと思っているが、実際はそんな単純なものではない。正義と悪で区切れるようなものでもない。
 タバサは、もう一度藤宮に振り返って言った。
「今日は助けてくれてありがとう。けど、もうわたしを探すのはやめてとみんなに伝えて。そうしなくても、そう遠くないうちにあなたたちの力を借りることになるから」
「難しいことになるぞ。どうやって収めるのか、その考えはあるのか?」

463ウルトラ5番目の使い魔 71話 (17/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:39:08 ID:MtavXe9s
「わたしもガリア王家の者。必要とされるなら、その覚悟はできてる。けど、もう少し準備も必要。心配しないで。あなたとガムと、あの人たちから教わったことは、決して忘れないから」
「……こっちからもひとつ伝言だ。あの連中から、「落ち着いたら茶でも飲みに来い」「魔法もいいが体を鍛えることを忘れるな」「ハルケギニアで流行ってる音楽を教えてくれ」とのことだ。返事はあるか?」
「……「今度は家族を連れて会いに行く」と、伝えておいて」
 タバサは胸につけたワッペンを握り、藤宮に顔を見せたくないというふうに踵を返した。その先には、宇宙人が待ちくたびれたという風に待っていた。
「ようやく終わりですか? では帰りましょうか。おっと、その前にいいお知らせがひとつ。あなたの見つけたさっきの地下室ですが、ちょっと古いですけど純度の高い”渇望”のマイナスエネルギーが溜め込まれてました。これで、目的に大きく前進ですよ。どうやらよほど強い虚栄心の持ち主が……おや、何かご不満でも?」
「早く、行って」
 
 そしてタバサは、宇宙人に連れられて、またハルケギニアのいずこかへ消えていった。
 
 しかしタバサは、このまま成り行きを時間に任せることはもうできなかった。
 持ち帰った一冊の帳簿。それには、自分も知らなかったガリアのもう一つの顔が記されていた。
 これを確かめることは、恐らく自分にとって最大の苦痛を自ら招くことになるだろう。しかし、ガリアの積み重ねてきた歪みは、いつか誰かが正さなければ死んでいった人々が浮かばれない。
 この世に残っているガリアの王族は四人。そのうち母はもう一線に出てくることはないであろうから、自分とジョゼフ、そして現在は行方知れずの彼女。
 できれば、自分とジョゼフだけですべてを片付けてしまおうと思っていた。しかし、こうなれば彼女の手も借りなければならないかもしれない。
 
 
 タバサは空を見上げ、イーヴァルディの勇者の最後の部分を思い出した。
 
 
”キャッツァの魔法で、イーヴァルディたちはサリィの屋敷の前の花畑に転送されてきました”
 
”大きな地響きが鳴り、イーヴァルディたちが振り向くと、サリィの屋敷が音を立てて崩れていくのが見えました。迷宮の主であったドラゴンが倒れ、迷宮もその上に建っていた屋敷ごと崩壊したのです”
 
「これで、人食いラビリンスの犠牲になる人は、もう二度と現れることはないわ」

464ウルトラ5番目の使い魔 71話 (18/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:41:28 ID:MtavXe9s
”キャッツァがぽつりとつぶやきました。イーヴァルディたちの活躍で、またひとつ、この世の悪が滅んだのです”
 
”サリィの目も、キャッツァが念入りに施した回復の魔法で再び見えるようになりました”
 
”そして、とうとうイーヴァルディたちの旅立ちの時がやってきたのです”
 
「イーヴァルディさん、本当に行ってしまうの? あたし、あたし……」
 
”サリィは泣きそうな声でイーヴァルディを引き止めようとしました。けれど、イーヴァルディたちはいつまでもここにいるわけにはいきません。この世のどこかで、イーヴァルディたちの助けを待っている人がまだいっぱいいるのです”
 
”ですが、寂しそうなサリィにマミが言いました”
 
「サリィ! 言っちゃいなよ。言いたいことがあるなら、言っちゃえばいいんだよ。でなきゃ、あのとき言っておけばよかったって、ずっと後悔していくことになるんだよ」
 
「マミ、でも、でも、あたしは」
 
「しーんぱいしないで。あたいたちは、みんなサリィの味方だから。みんな待ってるんだよ。さ、あとはサリィが勇気を出して、ね」
 
”励ましてくれるマミに、サリィはついに勇気をふりしぼって言いました”
 
「イーヴァルディさん! あ、あたしを……あたしを旅に連れて行ってください」
 
「うん、喜んで。サリィ」

465ウルトラ5番目の使い魔 71話 (19/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:43:19 ID:MtavXe9s
”にこりと微笑んで答えたイーヴァルディの優しい瞳に、サリィは目から熱いものを流しながら喜びました”
 
「イ、イーヴァルディさん……あ、ありがとう。でも、あたしなんかマミやキャッツァさんみたいなすごいことはなんにもできないのに、本当にいいんですか?」
 
「僕は、何かができるからマミたちを仲間にしていったんじゃない。ただ、いっしょに行きたいと思ったから仲間になったんだ。僕らは最初から強かったわけじゃない。僕だって最初はコボルトに負けるくらい弱かったし、マミなんて最初は話もできなかったんだ。な、マミ?」
 
「うん。あたい、狼に育てられたから人間のことなにもわからなかったんだ。けど、かあちゃんが死んでひとりでさまよってたあたいをイーヴァルディが拾ってくれて、言葉を教えてくれたんだ。だから、あたいはサリィのサミシイもカナシイもわかる。行こうサリィ、あたいたちと冒険の旅へさ」
 
「うん、マミ……ありがとう。みなさん、よろしくお願いします」
 
「ああ、サリィ。今日から君は、僕たちの仲間だ!」
 
”こうして、イーヴァルディの一行に新しい七人目の仲間が加わったのです”
 
”朝日の中、旅立つ一行を次に待つ冒険はいったいどんなものなのでしょう。どんな恐ろしい魔物や、険しい山や谷が待っているのでしょう”
 
”けれど、イーヴァルディたちは決してへこたれません。どんな苦難も、それを乗り越えたときにはイーヴァルディたちは一回り強くなっているのです。そして何より、苦難も喜びも分け合う仲間がいるのですから、彼らの冒険は終わりません”
 
”勇者と呼ばれるイーヴァルディは、これからも数多くの冒険に立ち向かい、多くの仲間を得ていきます。その中でも、世界最強の武闘家マミ、大魔法使いキャッツァ、無双戦士ボロジノ、義賊カメロン、百星シェフのマロニーコフ”
 
”そして、後に大賢者と呼ばれるサリィ。彼らの冒険の物語は、またいつの日か語ることにしましょう”

466ウルトラ5番目の使い魔 71話 (20/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:50:33 ID:MtavXe9s
”けれど、忘れないでください。この世に光がある限り、闇もまたどこかにあります。もしあなたが恐ろしい魔物に襲われてピンチになったら、イーヴァルディたちのように勇気を持って立ち向かってください”
 
”魔物は弱い心を食べようと狙ってきます。けれど、勇気や愛は食べられません。苦しくても生きていれば、きっといいことがありますよ。そうしたら、あなたを助けにイーヴァルディは必ずやってきてくれるでしょう”
 
”fin”
 
 
 それはきっと、誰かが創作したフィクション。けれどタバサは、その物語の中のイーヴァルディやサリィたちに惹かれ、幼い日に夢の中で遊んだ。
 人はいずれ大人になる。けれど、子供の頃に見た夢は心のどこかに残っている。
 タバサは思う。幼いころ、自分はイーヴァルディに助けられるサリィになりたかった。けれど、サリィはただ助けられたわけではない。ドラゴンの誘惑を拒絶し、呪いを跳ね返す勇気を持てたからこそ救われることができたのだ。
 今ならわかる。どんなにイーヴァルディが強くても、サリィ自身が勇気を持てなければ助かることはできなかった。なによりもまず、自分で自分を助けようとしない者が救われることなどあるわけがない。
 けれど、現実は時としてフィクションよりも残酷だ。サリィは思い出の中の母を信じて救われたが、自分は……。
 それでも、やらなければならない。どんなに辛い真実が待っているとしても、今を生きる者にとって知ることこそが生きることなのだから。
「お父様……」
 タバサは雑念を払い、思案を巡らせ始めた。ガリアのすべてに終止符が打たれる日、それはきっと遠い日ではないだろう。
 
 
 続く

467ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:56:21 ID:MtavXe9s
今回はここまでです。
次からはまた別の展開に行きます。

468名無しさん:2018/05/04(金) 17:14:50 ID:fYo.mNbA
ウルトラの人乙です。
イーヴァルディの勇者が、
イーヴィルティガの勇者に空目した。

469ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 07:34:57 ID:fpQeMfv.
ウルトラ5番目の使い魔、72話投稿開始します

470ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 07:38:16 ID:fpQeMfv.
 第72話
 天然物にご用心
  
 変身怪人 ピット星人
 宇宙怪獣 エレキング 登場!
 
 
「さあさ、皆さんこんにちは。すっかりおなじみの悪い宇宙人さんでございます」
 
「んん? もういい加減にしろ、お前の顔は見飽きたですって。おやおや、ひどいですねえ」
 
「そりゃ私は出しゃばりものですよ。それに、本当ならあなた方は今頃はヤプールをやっつけようとがんばってるはずだったんですものねえ」
 
「まま、そう怒らないでください。しょせん私は舞台の飛び入りです。クライマックスまで居座るつもりはありません。第一、私の目的の半分は達成されてますしね」
 
「ですが、思ったよりも苦労が多かったのも事実ですね。まったく、この世界の人たちは我が強いです」
 
「それと、度々私にちょっかいを出してくる誰かさん。ようやく正体が掴めてきましたよ。なにを企んでいるのか……そろそろ、あなた方も知りたいと思いませんか? フフ」
 
「きっとお楽しみいただけると思いますよ。いろいろな意味で、ね」
 
 宇宙人の前置きが終わり、舞台は再びハルケギニアに戻る。
 次の事件が起きるのは東か西か。起きる事件は悲劇か、それとも喜劇か。
 
 
 ある晴れた日の昼下がり、魔法学院は久々の三連休のその初日、才人たちは見渡す限りの畑の中にいた。

471ウルトラ5番目の使い魔 72話 (2/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 07:40:40 ID:fpQeMfv.
「ひゃあ、こりゃまた広いとこだな。トリスタニアの近くにこんないいとこがあるなんて知らなかったぜ!」
「はい旦那様、こちらは狭いながらも農耕が盛んでして、よい作物が取れるのです。このド・オルニエールによくおいでくださいました。歓迎いたします」
 才人とルイズ、そしてギーシュら水精霊騎士隊の面々は、ふくよかな土地の農夫に案内されて農道を歩いていた。
 ここはトリステインの地方のひとつ、ド・オルニエール。トリスタニアから西に馬で一時間ほどにある、豊かな農地を持つ土地である。道を歩く一行は、一様に豊かな土地が見せる豊饒な緑の光景に見惚れて顔をきょろきょろとさせていた。
 
 
 しかし、騎士隊である彼らがなぜ農地に来ているのだろうか? 事の起こりは、この数日前にアンリエッタ女王からの勅命が下ったからである。
 魔法学院にやってきた王宮からの使いは、水精霊騎士隊の一同を集めるとこう言い渡した。
「本日より三日後、ド・オルニエール地方にて農園開拓のための事業が始まる。諸君らはそこに赴き、その手伝いをしてもらいたい」
 この命令に、ギーシュたちは一様に首をひねった。
「開墾ですか? ですが、なんでまたぼくたちが?」
 当然である。自分たちは農業にはなんの知識もない、ただの学生なのだ。そういう事業を始めるならば、それ専門の貴族を遣わせばいいだけだ。
 すると使いの役人は、話は最後まで聞けというふうに答えた。
「なにも君たちに土を掘り返したり用水路を作れと言っているわけではない。順を追って話すが、最近我がトリステインとアルビオンの間の交易はさらに活発になってきておってな。アルビオンでの我が国産のワインの需要が高まってきており、そこで枢機卿の計画で、ワイン用のぶどう農園を増やすことになったのだ」
「はあ」
「土地はド・オルニエールに決まり、すでにタルブ村から苗木の取り寄せと職人の手配もすんでいる。しかし、どうせワインの増産をするのなら他国への輸出もさらに増やそうということになり、ゲルマニアから交渉のための大使を呼んでいる。諸君には、そのもてなしを頼みたいということだ」
「あの、もっと話がわからなくなったのですが。そんな大役ならば、ぼくらのような学生ではなく、それこそ大臣の方々が引き受けるべきかと存じますが」
「そんなことは知らん。とにかく、女王陛下がお前たちにぜひに頼みたいとのたってのご命令なのだ。貴族たるもの、これを名誉と思わずにどうする!」
「はっ、ははっ! 我ら水精霊騎士隊一同、喜んで仰せつかると女王陛下にお伝えくださいませ」
 こうして、よくわからないままに彼らはド・オルニエールに出向くことになったのである。

472ウルトラ5番目の使い魔 72話 (3/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 07:42:13 ID:fpQeMfv.
 しかし、ド・オルニエールというのはどういう土地なのだろう? 調べてみると、年に一万二千エキューほどの収益がある、そこそこいい土地であるということだった。そこで同盟国の大使を迎えるなら、なるほど名誉な仕事には違いない。ギーシュたちは大役を与えてくれた女王陛下に感謝し、周りに自慢しまくったのは言うまでもない。
 
  
 そして、ゲルマニアの大使がやってくるという日、彼らはド・オルニエールにやってきた。もちろん、せっかくの休みで暇なのだからということで才人やルイズ、キュルケやモンモランシーらのいつもの面々もついてきて、ぞろぞろと歩く姿はまるで大名行列のようであった。
 しかし、大名行列はド・オルニエールにつくと一転してピクニックの集団に早変わりした。そこは想像していたよりもはるかに肥沃で豊かな土地だったからだ。
「貴族の旦那様方、こちらは今年うちでとれた野菜でございます。よければお召し上がりくださいませ」
「いやいや、うちの畑でとれた果物はとても甘く出来上がっております。こちらをお先にどうぞ」
「それでしたらうちの牧場の牛からとれた新鮮なミルクはどうでやすか。チーズもヨーグルトもありますぜ」
 と、こういうふうに住民たちから予想外の大歓迎を受けたのである。
 もちろんギーシュたちは面食らった。子供とはいえ貴族が複数でやってきたら平民が歓迎するのは珍しくないことだが、ここまで熱烈な歓迎が来るとは思っていなかったのだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ君たち。気持ちはうれしいが、我々は女王陛下から大事な任務を預かった身であるからして!」
 必死にとりなして落ち着いてもらうと、平民たちもようやく貴族に対する無礼を働いたことを自覚して謝罪した。
「申し訳ありません旦那様方。今年は過去にない豊作でして、うれしさのあまりつい我を忘れてしまっておりました」
「いや、わかってくれればいいんだよ。豊作なら、それはとてもいいことだ。女王陛下もお喜びになられることだろう。ところで、この土地の領主殿の館へ案内してほしいんだが」
「旦那様、ご存じないのですか? このド・オルニエールは十年ほど前に先代のご領主様がお亡くなりになられた後、お世継ぎもおらずに国に召し上げられたのでございます」
 そう聞いてギーシュたちは顔を見合わせた。豊かな土地なら領主がいると思い込んで、そこまで下調べしてこなかったうかつさを悔やんだがもう遅い。
「と、となると……今、この土地は国の代官が治めているのかね?」
「いいえ、つい昨年までこのド・オルニエールはお国からもほったらかしにされておりました。お役人様も年に数度の年貢の取り立てと調査くらいでしか訪れてはおりません。そういえば、近々こちらへ外国のお偉いさまがいらっしゃると沙汰があったのですが、旦那様方ですかな?」
「あ、いいや。僕たちは、そのお偉いさんをもてなすために来たんだ。だけど弱ったな。泊まってもらうところもないんじゃ無礼になってしまうぞ」
 ギーシュはレイナールたちと顔を見合わせた。下調べをしてこなかったことを本格的に後悔し始めたがもう遅い。貴賓をもてなすのに、まさか農家を使うわけにはいかない。
 すると、ひとりの老農夫がにこやかに言った。
「それなら心配ございません。お屋敷は今、学者の先生が二人住まわれています。とてもおきれいで気さくな方々なので、すぐにお屋敷を貸してくださるでしょう」

473ウルトラ5番目の使い魔 72話 (4/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 07:43:26 ID:fpQeMfv.
 それでギーシュたちはほっとした。人が住んでいるなら清掃もされているだろうから問題ない。後は交渉次第だが、こちらは女王陛下の命で来ているのだ。それに、女性で美人らしいと聞いては会わないわけにはいかない!
 その農夫に道案内を頼んで、ギーシュたちはド・オルニエールを再び歩き始めた。
 安心したせいか足取りも軽く、いい陽気なのも相まって一行の目は自然に道行く先の景色に吸い込まれていった。見ると、道の右にも左にも豊かな農地や牧草地が広がっていて、楽園のようなその光景にキュルケやモンモランシーも感嘆したように見惚れていた。
「すごい活気のある農園ね。わたしの実家の領地にも、ここまで豊かな土地はなかったと思うわ」
「ええ、キュルケがそう言うならトリステインの他にもこんなところはないでしょうね。けど、これほど豊かな土地に、これまで代官も立てられずにほったらかしにされてたってのはおかしいわね」
 モンモランシーがそうつぶやくと、農夫が笑いながら答えた。
「いいえ、ド・オルニエールがここまで栄えられるようになったのは、実はつい最近のことなのですよ。昨年までは、こちらは荒れに荒れ放題で、土地から出ていくこともできない老人たちがわずかなぶどうを栽培してやっと生計を立てているような貧しい土地でした。けれど、学者の先生方がこちらにいらしてから、土地が肥えて作物が山のように取れだし、出稼ぎに行っていた若い者たちも帰ってきてくれましたのです」
 しみじみと農夫は語ったが、以前に自分の実家が土地開発で失敗した経験のあるモンモランシーは驚いた。
「これだけの土地をたった一年で作り直したって言うの? その学者の先生って人たち、いったいどんな魔法を使ったのよ」
「水だそうです。こちらは、山の向こうに小さな湖がありまして、そこから水を引いているのですが、なにやらそちらでなさっているようなのです。わたくしどもは難しいことはわからないのですが、水がとても肥えるようになり、それを撒くだけで痩せていた土地もみるみる生き返っていったのです」
「水、ねえ。わたしも水のメイジだけど、そんなに水を肥やす魔法なんて聞いたことないわ。話を聞けたらモンモランシ家の再興に役立てられるかも」
 なにげなくギーシュについてきたが、これは儲けものかとモンモランシーは思った。
 キュルケはといえば、道行く農夫にわけてもらったオレンジの皮をむいて口に放り込んでいる。確かによく肥えているだけあって味も豊潤だ。
 なるほど、これだけ豊かな土地ならば女王陛下が目をつけたのもわかる。ワインに限らず、ここで採れる農作物を輸出できれば、まだまだ貧乏国であるトリステインにとって良い収入となるだろう。
 が、それにしても解せない。ギーシュも言った通り、そんな大事な交渉をおこなうための役割ならばトリステインの重鎮の誰かが出るのが当然で、なんの経験もない学生の私的な集まりが選ばれるなんて常識では考えられない。
「これは何かあるわね」
 キュルケはほくそ笑んだ。あの女王様、見かけによらず腹黒いところがあるが、今度はなにを企んでいるのだろうか。暇つぶしについてきたが、おもしろくなりそうだ。
 ギーシュたちはといえば、土地の人たちにちやほやされて調子に乗っているのか、事態の重大さに頭が回っていないようだ。
「ほらサイト聞いたかい? 女の子たちが、あの有名なグラモン家のギーシュ様ですかと言っていたぞ! いやあ、いつの間にかぼくも有名になっていたんだなあ」
「それって女癖の悪さで笑いものにされてるから有名なんじゃないのか?」
 軽口を叩き合いながら歩く男子の顔は皆明るい。一方でルイズは男子の会話に混ざっていくことができず、グループから一歩下がってリンゴをかじっていた。

474ウルトラ5番目の使い魔 72話 (5/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 07:44:55 ID:fpQeMfv.
「なによ調子に乗っちゃって。ゲルマニアの大使に無礼があって国際問題になっちゃったら女王陛下の責任になるのに、もう」
 親友であるアンリエッタが問題に巻き込まれることを思うとルイズの胸は痛かった。しかし、アンリエッタの采配の意味がわからないのはルイズも同じだ。
 ああもう、姫様は昔から突拍子もない思い付きをしては周りを困らせるんですから。あなたはもう女王なのですよ。
 ルイズはいたずら好きなアンリエッタの顔を思い出して、どうにも悪い予感が抑えられずに頭を抱えた。もうどうにでもなーれ! と、お手上げの意味を込めて万歳をするその手で、ウルトラリングがキラキラと輝いていた。
 
 しかし、そうして歩いていく一行を、離れた場所から監視している目があった。
「んんー、また大勢来たねー」
「ち、あと少しだというのに、これというのもお前が人間どもと余計な馴れ合いを続けるからいらない噂が立つのよ!」
「えー、だってここの人間たちはいい人ばかりじゃない。私だって”ぷらいべーと”はほしいんだもん」
「お前という奴は……!」
 気の抜けた声と甲高い声が話し合っている。甲高い声のほうは気の抜けた声のほうを、なにやら叱責しているようだが、気の抜けたほうはあまり気にした様子がない。
 二人はしばらく言い争っていたが、ふと気の抜けたほうがルイズを指さして言った。
「んー? あれ、待って、あの小娘……手配にあった子じゃない……?」
「へえ、こんなところに来るなんてね。ようし、あれもそろそろ出来上がるし、やってしまいましょうか」
「ま、待ってよ。まだ一匹しかいないのに、戦わせるなんて無理だよ。それに、あの小娘はかなりやっかいなメイジだって噂だよ。やめておこうよ」
「何言ってるの! ウルトラマンの一人を倒したとなれば私たちにも箔がつくのよ。うふふ、運が向いてきたじゃないの。やりようはあるわ、私たちの伝統の方法でね」
 不気味な声が響き、監視する目はどこかへと去っていった。
 
 そうしてしばらく歩き、鬱蒼とした森の中に目的の屋敷は建っていた。
「ほほう、これはなかなか立派な屋敷じゃないかい」
 一番乗りしたギムリが入り口から入ったホールを見渡して言った。
 十年前に領主が亡くなって、去年までは放置されていたそうだが、今ではきちんと清掃されて立派な貴族の館の様相を取り戻していた。
 ホールに入った一行は、まずは館の主に用件を伝えるために呼び鈴を鳴らした。涼やかな音が響き、やがて屋敷の二階からすたすたと眼鏡をかけた学者風の若い女性が二人現れた。

475ウルトラ5番目の使い魔 72話 (6/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 07:45:54 ID:fpQeMfv.
「こんにちはー、わたくし共に何かご用事でしょうか?」
 二人のうちで、少し胸の小さいほうの女が尋ねてきた。それでもルイズよりはよほど大きいのだが、それよりも二人ともなかなかの美人で水精霊騎士隊の少年たちは思わず見とれてしまった。
「ハッ! し、失礼します。実はこちらでお願いしたいことがありまして……」
 我に返ったギーシュが用件を説明すると、女たちはうなづいてにこやかに答えた。
「そういうことですかー。わかりましたー、私たちは勝手にこちらに住まわせてもらっている身ですぅ。普通なら立ち退きを命ぜられるところを、ご恩情に感謝しますー。どうぞ、ご自由にこちらを使ってくださいねー」
「い、いいえ、お礼を言うのはこちらのほうです! あなた方がいなければ我々は空き家を使うことになってました。できるだけご迷惑はかけませんので少しの間よろしくお願いします」
 不法占拠を素直に詫びて屋敷を明け渡してくれた二人の学者に、ギーシュたちは思わず下手に出てしまった。その後ろではモンモランシーが固まった笑顔を浮かべている。
 すると、二人の学者はルイズたちに向けて優雅に会釈してみせた。その仕草は上流貴族のルイズから見ても二人の教養の高さが伺え、ましてギーシュたちは女神を見たように見惚れている。
 けれど才人たちも、地元の人たちから聞いていた通りのいい人たちだなと好感を持った。特にルイズは、同じ学者でもエレオノール姉さまとは偉い違いねと、本人に聞かれたら雷が落ちるであろうことを考えていた。
 
 ともあれ、これでゲルマニアの大使を歓迎する場所はできた。後は準備を整えるだけとなって、一行はそれぞれ手分けして当たることにした。
「では諸君、確認だ。大使殿は今日の夜間にこちらに到着される予定である。屋敷の飾りつけとお部屋の用意だが、そちらはレイナールが指揮して、ギムリたちは近所を回って料理の手配をしてくれ。ぼくは大使殿に渡す資料を学者の先生方といっしょに用意しておく」
 こうして、水精霊騎士隊は大きく三班に分かれて準備に当たることになった。しかし、もし学者の先生方がこの屋敷を整理してくれてなかったら、これらのことを一日で全部やらなければならなかったわけだから、まったく考えなしの行き当たりばったりもはなはだしい。キュルケやモンモランシーは歓迎の用意を手伝いながらも改めてギーシュたちに呆れるとともに、アンリエッタの采配に疑問を持った。
 アンリエッタはギーシュたちのことをちゃんと知っている。あのバム星人によるトリステイン王宮炎上のときの活躍から、さまざまな方面で頭角を見せてきた。が、それらを考慮しても今回のことはやっぱり納得できない。ゲルマニアは実利を優先する、悪く言えば物欲主義の国だ。学生だけの出迎えなど、なめられていると思って怒らせたら何を要求してくることか。
 モンモランシーは、いくらゲルマニアでも学生の無礼くらいは許してくれるんじゃない? と、考えていたが、キュルケの「わたしの母国よ」の一言で考えを改めた。軽い気持ちでついてきたが、キュルケと話していると事の重大さがわかってきて胃が痛くなってくるのを感じてきた。見ると、水精霊騎士隊の面々は大任の興奮に早くも酔っているようで、いっぱしの貴族めいて礼儀作法の注意などをしあっている。
「ほんっとにお気楽なんだから。あれ? そういえばサイトとルイズは?」
「ああ、二階でギーシュたちといっしょにド・オルニエールの資料をまとめてるみたいよ。サイトはその荷物持ちみたいね」
 まあ、才人は見栄えには無頓着だし適任だろう。キュルケとモンモランシーは、ともすればサボりがちになる男子にはっぱをかけながら、歓迎式典の準備を続けた。
 さて、その才人たちは二階にある図書室で、学者の先生方の研究資料を貸してもらいながらド・オルニエールの資料を作っていた。
「そんなに広くない領地だけど、採れる作物や土壌の性質とか、まとめだしたらすごい量になるわね。あいつら、もしわたしたちがついてこなかったどうするつもりだったのかしら」
 ルイズは科目のレポートを出す感覚で資料をまとめていた。ギーシュたちと違って、きちんと授業は受けているほうなのでこういうことは得意だ。
 けれど、ルイズひとりでは到底間に合う量ではないため、ほとんどは学者の先生方に頼ってしまっていた。資料を引っ掻き回すしか能がないギーシュたちははっきり言って全然役に立っていない。

476ウルトラ5番目の使い魔 72話 (7/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 07:57:24 ID:fpQeMfv.
「うわあぁぁぁっ!」
「ちょっと! そこのあなた。せっかく私たちがまとめた資料を崩さないでよ!」
「ど、どうもすみません!」
 資料を持ってこけた水精霊騎士隊の少年が、学者のひとりに怒鳴られていた。
 ふたりの学者のうち、さきほど交渉した胸の小さなほうはおっとりとして温厚だったが、もうひとりの胸の大きなほうは優しそうに見えて意外とかんしゃく持ちだった。もっとも、少年たちの中には「叱られるのが快感」みたいなのもいるから、何をいわんやであるが。
 しかし、見ていると妙な二人だとルイズは思った。性格と身なりこそ差があれど、よく見れば二人とも同じ顔をしているのである。双子かと思って聞いてみたが、そうでもないらしい。
 いや、そんなことはどうでもいい。ルイズが気に入らないのは、あの二人の女がやたらと才人に色目を使うことであった。
「ねえ、坊やって珍しい髪の色してるのね。どこから来たの? お姉さんに教えてくれない?」
「あ、あのぉ、顔が近いです。そ、それに胸も……」
「ぼく〜。こっちきて手伝って〜。これ、私じゃおもーいー」
「は、はい! って、お姉さん、荷物で服がはだけて、む、胸が」
 才人が女に寄られるのは今に始まったことではないが、だからといってルイズの気分がよかろうはずがない。横目で見ながら我慢してはいても、目元がピクピクと動いて殺気を撒き散らしている。
 不愉快だ。すごく不愉快だ。サ、サササ、サイトったら、あとで鞭打ち百叩きね。いえ、最近わたしったら少し優しくなりすぎたわね。千回、万回叩いて、誰がご主人様か思い出させてあげるわ。
 ルイズの頭の中で才人の処刑用フルコースのメニューが目まぐるしく変わっていく。ルイズの想像の中で才人はバードンに追い回されるケムジラのように悲惨な目に会いまくっていた。
 しかし、ルイズにそんな残酷な未来を設定されているとはつゆ知らず、才人は才人で綺麗なお姉さんふたりにちやほやされて困り果てていた。
「ねえ、坊や。私、自分の知らないものを見ると我慢ができないの。坊やのこと、教えてくれないかしら」
 胸の大きな女が才人にすり寄る。才人は、いつもなら大歓迎だがとにかくルイズの手前、必死に理性を総動員して話を逸らそうと試みた。
「お、おれはその前にお姉さんたちのことを知りたいな! ここで何を研究しているんですか?」
「んー? そんなこといいじゃない。っと! あ、あなた」
「あーっ! 僕ったら、私たちのこと知りたいのー? いーよいーよ、私たちはねー。ここのきれいな湖でよーしょくの実験をしにはるばる来たんだー」
 胸の小さなほうの女が胸の大きな女を押しのけて、間延びした声で自慢げに話し始めた。どうやら、研究のことを聞かれるのがうれしいらしい。胸の大きい女が止めるのも聞かず、才人はこれ幸いと話をそっちに振った。
「よーしょくって、生け簀で魚を育てる、あの養殖のことですか?」
「そーそー、ここは水がきれいでねー。よーしょくじょーとして最適? なんだよー。むこーに湖があるんだけどー。そこでいろいろ実験してるんだー」
 得意げに、胸の小さな女は自分たちの研究を自慢した。
 聞くところによると、彼女たちはド・オルニエールにある湖で養殖の研究をしており、その副産物で肥えた湖の水が農地に流れ込むことで近年の爆発的な豊作につながっているようだ。

477ウルトラ5番目の使い魔 72話 (8/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 07:59:09 ID:fpQeMfv.
 なるほど、このド・オルニエールに関する大量の資料はそのためか。仮にも学者を姉に持つルイズは納得した。水産をおこなうなら、その土地に関する入念な研究も必要だ。学者は自分の専門分野にだけ詳しければいいというものではないのだ。
 それだけに胸の小さい女は、よほど自分の研究を話すのが楽しいらしく、胸の大きいほうの女が「ちょっと、よしなさいよ」と止めるのも聞かずに垂れ目を笑わせながら話し続けている。
「わたしねー、小さいころから生き物を育てるのが好きだったんだー。それでこの仕事はじめたんだけどー、生き物っていいよねー、すくすく育っていくのを見てるといつまで経っても飽きないもん」
 すると、胸の小さい女と才人の間にギーシュが目を輝かせて割り込んできた。
「わかります、美しいお姉さま。ぼくも昔、領地でグリフォンを飼っていましたが可愛くてしょうがなかったです。ぼくたち、気が合いそうですね」
「えー、君もそうなんだー。この「ど・おるにえーる」の人たちもねー、野菜とか果物とか育てるのか好きみたいでー、作物をおすそ分けしてくれるいい人ばっかりなんだよー。私は別に好きなことやってるだけなんだけどねー」
「素晴らしいことです。ぼくも薔薇を愛でるだけじゃなくて、自分で薔薇の栽培をしてみるのもいいかもしれませんね。ところで、お姉さまはどんなものを育ててるんですか?」
「ん? エレキ……」
 そのとき、胸の大きい女が「わーっ! わーっ! わーっ!」と叫びながら胸の小さい女の襟元を掴んで言った。
「ちょっとあなた! あのことは秘密でしょう! なに考えてるのよ!」
「あ、ごめーん」
 なにやらよくわからないが内輪の喧嘩らしい。才人やルイズたちはきょとんとして見ていたが、胸の大きい女は振り向くと、よく通る声で言った。
「言い忘れてたけど、向こうの湖には絶対行っちゃだめだからね。わかった!」
「え? なんで」
「なんででもよ!」
 すごい剣幕で命令するので、思わず才人たちも「は、はい」と答えるしかなかった。
 唯一、ルイズだけが「なんなの、この女たち?」と怪しげな視線で見つめている。落ち着いて考えてみれば、学者だというがいったいどこの学者なのだ? 少なくともトリステインの学者ではなさそうだが、なら……?
 だがそのとき、才人が思い出したようにつぶやいた。
「あれ? 湖といえば、さっきギムリたちが釣りができるかもしれないから寄ってみようって言ってたけど」
「なんですって! まったく、これだから男ってのは」
 胸の大きな女は、そう言って飛び出していこうとしたが、その前に胸の小さな女が部屋のドアを開けていた。
「んー、ちょっと注意してくるねー」
「え? あ、ちょっと!」
 止める間もなく、胸の小さい女は出ていってしまった。

478ウルトラ5番目の使い魔 72話 (9/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 07:59:57 ID:fpQeMfv.
 そしてざっと一分後。
「注意してきたよー」
 と、帰ってきた。
「えっ!? もう!? 話に聞いた湖まで、たっぷり一リーグはあるはずなのにどうやって!」
「え? 走って」
 走って? 今度は才人も含めた一同全員が面食らってしまった。
 一リーグを走って一分で往復する? 冗談でないとしたら、そんなこと人間には絶対にできっこない。そう、人間ならば。
 ルイズが厳しい目をして席を立ち、才人もそっとデルフリンガーに手をやる。
 しかし、話を聞いていなかったのか、ギーシュがきざったらしく薔薇を捧げながら言ったのだ。
「ミス、どうもぼくの仲間がご迷惑をかけてすみません。お詫びに、あなたたちの美しさにはとても及びませんが、これをどうぞ」
 すぐ下の階にモンモランシーがいるのにいい度胸だと才人は思ったが、呆れている場合ではない。そりゃ確かに美人だから気持ちはわからなくはないけどさ。
 才人もギーシュと目くそ鼻くそではあったが、それでもウルトラマンとしての勘で怪しさには気づいていた。なおルイズは女の勘というか野獣の勘と言うべきか。
 だが……このバカ、空気読めと思いながらも才人たちは手を出せなかった。女たちとギーシュの距離が近すぎる。しかし……。
「わあ、綺麗なお花。ぼくー、ありがとー。優しいんだねー」
「いえいえ、美しいレディにはこれくらい当然のことですよ」
 胸の小さい女はギーシュから薔薇の造花をうれしそうに受け取ると、そのまま花瓶に差しに行こうとして造花だと気づいて笑って頭をかいた。
「あららー、私ったらドジねー。けど、まーいーかー。ふふ」
 そう言うと、彼女は子供のような笑みを見せて花瓶に造花を差した。その笑みは例えるならティファニアのように本当に無邪気で、警戒し始めていた才人とルイズも一瞬気を緩めてしまったほどであった。
 ギーシュに釣られて、水精霊騎士隊の他の少年たちも口々に仕事を忘れて口説き始めた。
「ミス、よければぼくとお茶でもいかがですか?」
「いえいえ、美味しいお菓子をいただいてきてるんです。いただきながら僕と詩を語り合いませんか」
「あらあらー、そんなにいただいたら私子豚ちゃんになっちゃうよー」
 まるでおやつ時の子供たちのような、なんの他意もない和気あいあいな空気であった。
 才人とルイズはギーシュたちのお気楽さに呆れたが、それよりもポリポリと菓子をかじりながら笑う女を見て、得体は知れないが、この女は悪い奴じゃないんじゃないかと思った。

479ウルトラ5番目の使い魔 72話 (10/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:02:09 ID:fpQeMfv.
 しかし、もう一人の胸の大きい女は違った。皆の注目が胸の小さい女に向いた隙に、いつの間にか才人に近づいてきていたのだ。
「君」
「えっ? わぷっ!?」
 後ろから声をかけられて振り向いた瞬間、才人の視界は真っ暗になり、顔全体が温かくて柔らかいものに包まれた。
 なんだなんだ! 才人の頭が混乱する。そしてそれが、女が自分の胸を押し付けてきたのだと悟った瞬間、才人の頭は完全に真っ白になった。
「!!??」
「いまだ、いただくよ!」
 才人の思考力がゼロになった瞬間、女は素早く才人の手をとった。そしてそのまま才人の指にはまっているウルトラリングを抜き取ってしまったのだ。
「やった!」
「しまっ! 返せ!」
 才人が我に返ったときには、すでにウルトラリングは女の手に渡ってしまっていた。
「ははは、はじめからこうしておけばよかったよ。あばよ」
 女は笑いながら踵を返した。
 才人は背筋がぞっとした。やられた、こいつは最初からこれが狙いだったんだ。奪い返そうと手を伸ばすが届かない。追いかけようとしても、初動が遅れてしまったために足が言うことを聞かない。
 だめだ、逃げられる。命の次に大切なウルトラリングが! 才人は自分のうかつさを、離れつつある女の背中を見送りながら呪った。だが、その瞬間だった。
「エクスプロージョン!」
 無の空間から爆発が起こり、女とついでに才人もぶっ飛ばした。
「うぎゃっ!」
 爆発で壁に叩きつけられ、踏まれたカエルのような悲鳴をあげる才人。もちろん胸の大きい女も無事ではなく、床に投げ出されて、その手からウルトラリングが零れ落ちてコロコロと転がった。
「くっ、まさか仲間ごと。ちいっ!」
 胸の大きい女は起き上がると、転がってゆくウルトラリングを拾い上げようと駆けだした。一歩で馬のような俊足を発揮し、とても人間とは思えないスピードでウルトラリングに迫る。
 才人はまだ起き上がれない。ギーシュたちも事態についていけずに呆然としていて役に立たない。
 しかし、そんな目にも止まらない速さも、本当の目にも映らない速さには勝てなかった。女がウルトラリングを掴み上げようとした刹那、リングは瞬時に割り込んだルイズの手に渡っていたのだ。
「なにっ!?」
「『テレポート』よ。サイトを狙いすぎて、わたしを無視してくれたのが敗因だったわね。伝説の虚無の系統をなめないでよ。そして、どこの誰かは知らないけど、あんたは敵だってはっきりわかったわ!」

480ウルトラ5番目の使い魔 72話 (11/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:03:55 ID:fpQeMfv.
 ルイズの放った二発目のエクスプロージョンが胸の大きい女を襲う。しかし女も今度は直撃を避けて距離を取り、憎々し気にこちらを睨みつけてきた。
「くそっ、あと少しだったのに。こうなったら、お前も来い!」
「えっ? えぇぇーっ!」
 胸の大きい女は胸の小さい女の手を掴むと、そのまま無理矢理引っ張って部屋の窓ガラスを割って飛び出してしまった。
 まさか! ここは二階だぞ!? だが窓に駆け寄って外を見た才人やギーシュたちは信じられないものを見た。なんと、胸の大きい女が胸の小さい女を引きづったままで、馬よりはるかに速いスピードで駆けていくではないか。
「な、なんなんだい彼女は!?」
「バカ! どう見たって人間じゃないでしょ。追うのよ!」
 ルイズが役に立たない男たちの尻を蹴っ飛ばして才人やギーシュたちも慌てて外に飛び出した。騒ぎを聞きつけて、一階にいたキュルケたちもいっしょについてくる。
 あっちだ。女たちの姿はすでに見えないが、一本道なので間違う心配はない。先頭を走るのはカッカしているルイズ。そして才人も爆発で痛む体を引きずりながらルイズと並んで走った。
「いてて、悪いルイズ。お前がいなかったらリングを奪われてるとこだったぜ」
「バカ! 油断してるからよ。し、しかも、む、むむむ、わたし以外の女の胸ににににに!」
「わ、悪かった悪かったって! 謝るからその話は後にしてくれ。それより、よくお前あのタイミングで反応できたな」
「フン! わたし以上にあんたを見てるやつが他にいるわけないでしょ。ほら、今度はなくすんじゃないわよ」
 才人はルイズからウルトラリングを受け取った。危ないところだった。これをなくそうものなら北斗さんに顔向けできないところだった。あの女、絶対に許さない。
 女たちの向かったのは湖の方角だ。さっき湖に行くなとあれだけ言っていたのだから必ずなにかあるだろう。一行は確信めいた予感を覚えながら走った。
 
 そして、湖のほとりに二人の女は待っていた。
「遅かったね。待ちくたびれたよ」
 胸の大きな女が言った。一リーグもの距離を走ってきたというのに息も切らしていない。その横では、胸の小さい女がおどおどしながら立っている。
 ここまで来るとギーシュたちも、この女たちがただ者ではないということがわかり、一様に戸惑った様子を見せている。すると、ルイズが一番に啖呵を切って叫んだ。
「あんたたち何者なの? このド・オルニエールで何を企んでるのか今すぐ吐きなさい! でないとここで吹き飛ばすわよ」
 機嫌が悪いこともあり、ルイズの杖が危険な音を立ててスパークする。才人は、こういうときのルイズほど危険な生物は宇宙にいないとわかっているので、爆発で焦げた体を小さくしている。
 ルイズはいまにも有無を言わさず女たちをエクスプロージョンで吹き飛ばさん勢いだ。すると、さすがに見かねたのかギーシュがルイズの前に割り込んできた。
「ま、待ちたまえルイズ。まずは彼女たちの言い分も聞こうじゃないか。あんな美しいレディたちに、何か事情があるんじゃないか」
 しかし、胸の大きい女はギーシュのその言葉に大笑いした。

481ウルトラ5番目の使い魔 72話 (12/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:06:49 ID:fpQeMfv.
「美しい? やはり男は愚かだね。なら、見せてあげようじゃないか」
 そう言うと、女たちは手を頭の上に並べ、スライドするように下した。すると、女たちの姿は昆虫のような頭を持つ宇宙人のものに変わっていたのだった。
「う、ううわわわっ!」
「そうか、ピット星人だったのか!」
 かつてウルトラセブンの活躍していた時代に地球に来た侵略者。変身怪人との異名を持つとおり、高い変身能力を持っていたと聞いているが、まさにそのとおりだ。
 美女が一瞬にして恐ろしい宇宙人の姿に変わり、ギーシュたち水精霊騎士隊の少年たちは愕然としている。さっきまで口説こうとしていた奴の中には口から泡を吐いているのまでいた。
 もちろん、騙したのか! と少年たちから口々に非難が飛ぶ。しかし、胸の大きい女であったピット星人Aは、悪びれもせずに言い返した。
「アハハ、悔しいか。だが、お前たちの弱点は我々の先人が調査済みなのだ。お前たち人間の男は、可愛い女の子に弱い、とな。ハハハ!」
「……」
 グゥの音も出ない男どもを女子の冷たい視線が刺していく。確かに、古今東西全宇宙共通の真理であるのだが、こうはっきり言われるとやっぱり辛い。
 しかし、情けない男たちに代わってルイズが再びたんかを切った。
「フン、けど正体がバレたら何もかも終わりね。さあ、おとなしくハルケギニアを出て行くか、それともここでやっつけられるか好きなほうを選びなさい」
「フッ、そうはいかないわ。死ぬのはお前たちのほうよ。さあ、出てきなさいエレキング! エレキング!」
 ピット星人Aが叫ぶと、湖に大きな気泡が立ち上った。あれはなんだ? まさか、そのまさかしかない。
 立ち上る水柱。その中から全身白色で稲妻のような縞模様を持ち、頭部に目の代わりに三日月形の回転する角を持つ怪獣が現れた。その名はもちろん!
「エレキング! エレキングだ!」
 才人が喜色の混じった声で叫んだ。
 そう、宇宙怪獣エレキング。ピット星人といえばこいつを忘れてはいけない。ウルトラセブンが初めて戦った宇宙怪獣で、宇宙怪獣といえばこいつと言えるくらいの代表格だ。
 エレキングは電子音のような鳴き声とともに湖水をかき分けながら向かってくる。ピット星人Aは勝ち誇るように告げてきた。
「ウフフ、私たちの目的はなにかと聞いたわよね。私たちは、この星の豊かな水を使ってエレキングの養殖をおこなっていたのさ。たっぷりの栄養で育ったエレキングの軍団が完成すれば、もはやヤプールも恐れることはないわ。そして、湖の秘密を知ったお前たちは生かして帰さないわ!」
 ピット星人Aの命令で、エレキングは湖水を揺るがして向かってくる。しかし、勝ち誇るピット星人Aとは裏腹に、胸の小さい女だったピット星人Bは震えながら言った。
「ね、ねーえやめようよー。あの子、昨日やっと育ったばっかりで戦い方なんて何も教えてないんだよ。戦わせるなんて無茶だよ」
「うるさい! もうこうなったら戦わせる以外に何があるのよ。だいたい、普通に育ててれば今ごろは何十匹ものエレキングが育っていたはずなのに、お前が手間にこだわるから一匹しか間に合わなかったのよ!」
「で、でも戦わせるためだけに育てるなんてかわいそうだよー。あの子たちだって生きてるんだよ」

482ウルトラ5番目の使い魔 72話 (13/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:08:08 ID:fpQeMfv.
「ええいうるさいわ! もういいわ。お前のエレキングブリーダーの腕を見込んで連れてきたけど、これからは私ひとりでやるわ。あんたはもう用済みよ、やれエレキング!」
 ピット星人Aがピット星人Bを突き飛ばすと、エレキングはチャック状になっている口から三日月形の放電光線を放った。放電光線はピット星人Bの至近で炸裂し、爆発を起こしてピット星人Bは吹き飛ばされてしまった。
「きゃあーっ」
 ピット星人Bは悲鳴をあげて地面に投げ出された。
 なんてことを、仲間だっていうのに。見守っていた水精霊騎士隊やキュルケたちは、ピット星人Aの非情な態度に激しい憤りを覚えた。
 しかし、エレキングは容赦なく向かってくる。そしてエレキングが今まさに上陸しようとした、その時だった。
 
「ウルトラ・ターッチ!」
 
 リングのきらめきが重なり、閃光と共に空からウルトラマンAが降り立つ。
 エレキングの出現のどさくさで変身のチャンスができた。エースは背中にギーシュたちの声援を受けながらエレキングを見据える。
 はずなのだが……今回、才人は妙なテンションになっていた。
〔うおおっ、エレキングだ。本物のエレキングだぜ〕
〔ちょっとサイト、変な興奮してないで集中しなさい〕
〔だってさ、エレキング、ポインター、ちゃぶ台は三種の神器なんだぜ〕
〔なにをわけのわかんないこと言ってるのよ!〕
 久しぶりに趣味全開の才人にルイズが激しくツッコミを入れる。
 エースは、さすが兄さんは人気あるなあと感心しつつも、角のアンテナを激しく回転させながら威嚇してくるエレキングに対峙した。
 エレキングは宇宙怪獣らしく多彩な能力を持った怪獣だ。目は持たないがクルクルと回転する角がレーダーの役割を果たし、名前の通り体内には強力な電気エネルギーを溜めこんでいる。前に見たことのあるGUYSのリムエレキングでさえ人間を気絶させるほどの電撃を放てるのだ。
 油断は禁物。エースは頭から突っ込んで来るエレキングに正面から向かって受け止め、その頭に膝蹴りをお見舞いした。
「テェイッ!」
 まずは一撃。顔面に攻撃を受けたエレキングはのけぞってよろけ、しかしなお腕を振り回しながら突っ込んで来る。
 ようし、そっちがその気なら受けて立ってやる。エースはエレキングに正面からすもうをとるようにして組み合った。

483ウルトラ5番目の使い魔 72話 (14/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:09:57 ID:fpQeMfv.
「ムウンッ!」
「ウルトラマンエースがんばれーっ!」
「エレキング、ウルトラマンエースを倒すのよ! 必ず倒すのよ!」
 組み合って力を入れ合うエースとエレキングに、ギーシュたちとピット星人Aの声援が飛ぶ。
 両者の組み合いは互角。さすが念入りに育てられたというだけあってパワーもなかなかのものだ。しかしエースもすもうは得意だ。力任せに押し込んで来るエレキングに対して、エースは重心を巧みに動かして投げ飛ばした。
「テェーイ!」
 エースの上手投げが見事炸裂し、エレキングは背中から地面に叩きつけられた。
 やった! エースが一本取ったことで歓声があがり、突き上げた無数のこぶしが天を突く。
 すもうならばこれで勝負あり。しかし、エレキングは起き上がるとエースに向かって放電光線を連射してきた。
「ヘヤッ!」
 エースが身をかわした先で放電光線が森に落ちて火柱を上げる。エレキングは怒ってさらに放電光線を連発してくるが、どうにも狙いが甘くエースには当たらない。どうやら戦闘訓練をまったく受けていないというのは本当らしい。
 放電光線をかわしつつ、エースはジャンプしてエレキングの後ろへと跳んだ。
「トォーッ!」
 空中で一回転し、エレキングの後ろに着地したエースはエレキングの尻尾を掴んで振り回した。セブンもやったジャイアントスイング戦法だ。
 一回、二回、三回、四回とエースを中心にしてエレキングの巨体が振り回される。投げ技はエースも大の得意で、同じ攻撃をコオクスに対して使って瀕死に追い込んだことがある。
『ウルトラスウィング!』
 遠心力でフラフラになったエレキングはエースの手から放たれると、そのまま重力の女神の手に導かれて固い地面の抱擁を受けた。
 これはかなり痛い! エレキングは起き上がってきたものの、白い体は土に汚れて薄黄色に染まり、角も片本折れてしまっている。
 すでにエースとの実力の差は歴然であった。エレキングも決して弱いわけではないが、強さを活かすための戦い方がまったくわかっておらず、単に野生の本能にまかせただけの戦い方ではエースの戦闘経験には到底及ばない。
 しかし、敗色が濃厚になってもピット星人Aはまだあきらめていなかった。
「まだよ、戦いなさいエレキング! お前を育てるためにどれだけかかったと思っているの、このウスノロ!」
 ヒステリーを起こしたピット星人Aが叫ぶ。すでに勝敗は明白だが、彼女はどうしてもそれを認めたくないようだ。
 しかし、それでもエレキングにとってピット星人の命令は絶対だ。戦い方は下手だとはいっても、小さく見える腕は意外にもパワーがあるし、長い首をこん棒のように振り回す攻撃は単純ながら強力だ。
 なおも戦おうとするエレキング。ひどいことをすると、才人とルイズはピット星人Aのやり口に憤りを覚えたがエレキングは止まらない。エースはエレキングを長く苦しませることのないように、両腕を高く上げてエネルギーを溜め、下した腕を水平に開くと、両腕と額と体から四枚の光のカッターをエレキングに向けて発射した!

484ウルトラ5番目の使い魔 72話 (15/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:12:34 ID:fpQeMfv.
『マルチ・ギロチン!』
 光のカッターはエレキングに殺到し、一瞬のうちに尻尾、腕、そして首を跳ね飛ばした。
 今度こそ本当に勝負あり。五体を切り刻まれ、ぐらりと血を流しながら崩れ落ちるエレキング。その遺骸はやがて体内の電気エネルギーの発散によるものか、傷口から火を噴いたかと思うと爆発して四散した。
「いやったぁっ!」
 ギーシュたちから歓声があがる。
 そして、残るはピット星人Aだ。だがピット星人Aはエレキングが敗北したのを見ると、そのまま踵を返して逃げ出そうと走り出した。
「ひっ、ひいぃぃぃーっ!」
 マッハ5にもなるというピット星人の脚力全開で逃げ出すピット星人A。しかし、その背に向かってエースは両手を伸ばして速射光線を発射した。
『ハンドビーム!』
 森の一角で爆発が起こり、ピット星人Aの姿は爆発の中に消えた。
 戦いは終わり、エースはエレキングの放電光線で起きた火災を消火フォッグで消し止めると、ギーシュやキュルケたちに見送られながら飛び立った。
 しかし、こんな場所にも侵略者が人知れず入り込んでいるという事実はどうだろうか? ルイズはエースの視点でド・オルニエールを見下ろしながら、女王陛下の御心をまた騒がせてしまうのねと静かな怒りを感じていた。
 
 
 戦いは終わった。短く、見方によればあっけなく。
 しかし、もしピット星人Aの言っていたようにエレキングの養殖が完了していたらエースひとりではどうにもならなかったかもしれない。
 その功績は誰にあるのか……エレキング打倒後、湖のほとりではもうひとつの決着がつけられようとしていた。
「そっか……もう全部、終わっちゃったんだねー」
 沈んだ声で、ピット星人Bがつぶやいた。彼女は縄で縛りあげられ、水精霊騎士隊に囲まれている。
 エレキングの攻撃でピット星人Bは吹き飛ばされた。しかし、戦闘終了後に気絶はしているが命に別状はないことを確認され、尋問のために捕縛された。
 そして意識を取り戻した彼女はすべてを理解して、大人しくルイズやキュルケを相手に尋問に答えた。
 もっとも、得られた情報はたいしたものではなかった。自分はエレキングの養殖の手腕を買われてピット星人Aに連れてこられたが、それ以外のことはほとんど何も知らされていなかったという。侵略についても興味はなく、ただエレキングを育ててることが楽しかっただけだという。

485ウルトラ5番目の使い魔 72話 (16/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:16:50 ID:fpQeMfv.
 しかし、侵略の片棒を担いでいたことは事実だ。処分をどうするかについて、家柄の関係からルイズが選ばれかけたが、ルイズはぴしゃりとこう言った。
「このド・オルニエールの責任者はギーシュ、あなたでしょ。あなたが判断して決断するのよ、それが隊長ってものでしょう」
 正論だった。しかし、まだ若いギーシュに重大な決断ができるのだろうか? レイナールは、みんなで相談して決めようと提案してくれたが、ギーシュは自分のシンボルでもある薔薇の杖をじっと見つめると、きっと目つきだけは鋭く締めて縛られたままのピット星人Bの前に立った。
「遠い国からいらしたレディ、お待たせしました。これから、このトリステインの貴族として、あなたに裁きを下します」
「わかったわー。煮るなり焼くなり好きにしてー」
 観念した様子でピット星人Bは答えた。手塩にかけて育てたエレキングが倒されたことで意気消沈しているのが伝わってくる。
 ギーシュは杖を振るとワルキューレを一体作り出し、ピット星人Bに槍先を向けさせると、彼女を捕らえている縄を切断させた。
「えっ?」
 突然自由にされたことで、ピット星人Bは唖然としてギーシュを見た。もちろん水精霊騎士隊の面々も驚いた様子でギーシュを見るが、ギーシュは皆の口出しを静止すると迷わずに告げた。
「ミス、あなたに悪意がなかったということを認めます。このまま黙ってトリステインから退去してくださるなら、今回は不問にいたしたいと思いますが、どうしますか?」
「……いいの? ここで私を逃がせば次はもっと強い怪獣を連れてきて、あなたたちを皆殺しにしちゃうかもよー?」
 ピット星人Bの言うとおりであった。しかしギーシュは、フッとキザな笑いを浮かべて言った。
「レディの嘘に騙されるなら、グラモン家の男子にとって最っ高の栄誉です! なにより、ぼくはあなたというレディに心を惹かれました。たとえ生まれた種は違えども、言葉を交わしたときにぼくはあなたからレディのオーラを感じ取りました。レディに向ける杖をぼくは持ちません。ですが、我らの女王陛下のトリステインにあだなす者であればぼくは誰とでも戦うでしょう。ですからお願いです。ぼくに、あなたの美しい顔を傷つけさせないでくださいませ」
 以上の歯の浮くような台詞をギーシュは一息にしゃべりきった。
 もちろん、ぽかんとした顔の数々がギーシュを囲んでいる。それはピット星人Bも同じで、言うまでもないが今の彼女はピット星人としての素顔をさらした姿でいる。人間の美的感覚とは大きくかけ離れた姿なのに、それなのになお”美しい”と表現してくるとは夢にも思っていなかった。
「プッ、あなた、変わってるねー」
「真のジェントルマンは常識にとらわれないものなのですよ」
 なおキザな台詞を吐くギーシュに、その場の緊張も緩んできた。そしてピット星人Bは、逃げるそぶりなくギーシュに言った。
「わかったわー、侵略は、あなたみたいなジェントルマンがいない時代になってからにしてあげるー」
「それは無理ですよ。僕と僕の一族がいる限り、トリステインからジェントルマンが消え去ることはありません」
 あくまでもキザにかっこつけるギーシュ。彼は水精霊騎士隊の皆を振り返ると、はっきりと告げた。
「みんな、これが水精霊騎士隊としてのぼくの決断だ。ぼくは断じてレディを傷つけることはできない。この決定に不服がある者は、いますぐに辞めていってもらいたい」

486ウルトラ5番目の使い魔 72話 (17/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:19:17 ID:fpQeMfv.
 しかし、苦笑する者はいても異論を挟もうとする者はいなかった。代表して、レイナールがギーシュに言う。
「わかってるよ、君がそういうやつだってことは。ぼくらだって、人間じゃないとはいえ無抵抗な女性を痛めつけるのは本意じゃないさ」
 見ると、仲間たちは皆が同感だというふうにうなづいている。才人も、ギーシュもやるなというふうに笑っていて、ルイズやモンモランシーやキュルケは、甘いなというふうに呆れているもののあえて止める様子もない。
 包囲は解かれ、ピット星人Bは最後にもう一度ギーシュを振り返った。
「私たちの星には、この星を侵略するのは二万年早かったって伝えておくわー。元気でね……可愛いジェントルマンさん」
 すっとギーシュの横に並んだピット星人Bは、かがむとギーシュの頬にチュッとキスをしていった。おおっ、と周りから声が響き、ギーシュの顔がほんのり紅に染まる。
 えっ? なんだいこの気持ちは? 人間から見たら怪物にしか見えない顔なのに、このドキドキは一体? ぼくはそんな初心じゃないはずなのに……そうか、これが見た目とは関係ない大人の魅力というものなんだな。
 少しだけ大人の階段を上ったギーシュの背中を、嫉妬深く睨みつけるモンモランシーの視線が刺す。と、そのときふと才人が気が付いたように言った。
「ん? ちょっと待ってくれ。ここをあんたたちが捨てていくってことは、湖が元に戻って、ド・オルニエールも元のやせた土地に戻っちまうんじゃないか?」
「あーそれならねー。何十年かはここで養殖やるつもりだったからしばらくは変わらないよー。そのあいだに土地をちゃんといじっておけば大丈夫じゃなーい」
 才人はほっと安心した。それなら、ド・オルニエールは再び過疎化に悩む心配はない。いずれ影響がなくなるにしても、人間がウルトラマンに頼りっきりではいけないように、宇宙人の置き土産に頼りきりではいけない。その先はこの土地の人間の責任だ。
 そして、ピット星人Bは見送るギーシュたちを振り返り、バイバイと手を振ると森の中へ消えていった。
「おおっ、円盤だ」
 森の中から角ばった形の宇宙船が飛び上がり、空のかなたへと消えていく。ヤプールにこちらに連れてこられた宇宙人は、なんらかの方法で帰る方法を持っているらしいので彼女も元の宇宙へと帰ったのだろう。
 一件落着。彼女が人間であったら本気で交際を申し込んだんだけどなあと、少年たちの惜しむ瞳がいつまでも空のかなたを見送っていた。
 いつの間にか日が傾いて夕方となり、赤い光が美しくド・オルニエールの自然を照らしている。今日もまた、平和が守られたのだ。
 
 しかし、何か忘れていないだろうか。
「そういえばあんたたち、お出迎えの準備はいいの?」
「あっ」
 一番肝心なことを忘れていたことに、一瞬にして水精霊騎士隊全員の顔が真っ青になった。
「やばい! もう日が暮れる。い、急がないと」
「間に合うわけないだろ! ああ、もうお終いだぁ!」
 時間は無情に過ぎていき、やがて歓迎の用意がまったくできないまま、ゲルマニア大使の馬車がやってきたという報告が入ってきた。
 日が暮れた中、屋敷の前にゲルマニア国旗を掲げた豪奢な馬車が止まる。ギーシュたちは屋敷の前に整列して出迎えるが、内心は全員まとめて震えあがっているのは言うまでもない。

487ウルトラ5番目の使い魔 72話 (18/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:22:26 ID:fpQeMfv.
「ああ、もうダメだ。女王陛下のお顔に泥を塗ってゲルマニアと国際問題になってグラモン家は取り潰しだぁ。父上母上ご先祖様、この不出来なギーシュをお許しください!」
「ギーシュ、お前だけの責任じゃない。おれたち全員で土下座しよう! 女王陛下に責が及ぶことだけは避けなきゃいけない。そうだろ!」
 完全にこの世の終わりといった感じで、ギーシュやギムリたちは慰め合いながら絶望していた。
 この危機においても、誰も逃げ出したりギーシュに責任を押し付けようとしたりしていないあたり立派と言えるが、そんなことくらいでは慰めにもならない。かろうじて間に合ったのは夕食の支度くらいで、貴賓をもてなすレベルには全然達していなかった。
 もう最悪の事態しか想像に浮かんでこない。そんな水精霊騎士隊をルイズとキュルケは仕方なさそうに見ていた。
「ほんっとにこいつらはダメね。仕方ないわ、ヴァリエール家の名前に傷がつくかもしれないけど、女王陛下に火の粉が飛ばないようにするにはわたしが出るしかないわね」
「ルイズ、あなたじゃむしろケンカになるだけじゃないの? ゲルマニアならツェルプストーの顔がきくからわたしにまかせておきなさい。さて、後は誰が来るかだけど……」
 馬車から従者がまず降りてきて、主人が降りてくるための準備を整えた。
 次に降りてくるのはいよいよ本命のゲルマニアの大使殿だ。
 いったいどんな人なのだ? 一同は固唾を飲んで大使が現れるのを待った。
 大使というからには上級の貴族に違いない。ひげを生やした老紳士か、厳格な壮年の偉丈夫か、それとも眼光鋭い商人上がりの大臣か……。
 だが、現れた人は彼らのいずれの想像とも異なっていた。それは厳格や老獪といった表現からはほど遠い、天使とさえ呼んでいい美しい令嬢だったのである。
「あら? ギーシュ……さま?」
「あ、ああ、あなたは!」
 ギーシュと、そしてモンモランシーは驚愕の表情で、その淡いブロンドの髪を持つ閉じた瞳の令嬢を見つめた。
 思いもかけない再会。水精霊騎士隊の一同があまりの美貌の前に見惚れる中で、ギーシュはなぜアンリエッタ女王が自分を接待役に選んだのかをようやく理解した。
 
 
 それからひとしきり騒動が起こり、やがて夜も更けていく。
 しかし、誰もが寝静まる時間にあって、猛烈な殺気を振りまく者が湖にあった。
「フ、フフフフ、馬鹿な連中め。私があれで死んだと思っているだろう! そうはいくものか、私はここまでだけど、お前たちは絶対に道連れにしてやる! さあ出てきな、エレキングよ!」
 なんとピット星人Aは、あのときエースの攻撃を受けて死んだと思われたが傷を負いながらも生き延びていたのだ。そして湖に水柱が上がり、その中から新たなエレキングが現れた。
 月光に照らされて上陸してくるエレキング。しかし、その姿は昼間にエースと戦ったものとは大きく違い、皮膚は黄ばんで張りがなく、角もだらりと垂れ下がって回転していない。見るからに、まともな状態ではなかった。

488ウルトラ5番目の使い魔 72話 (19/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:23:33 ID:fpQeMfv.
「ハ、ハハ、みっともない姿だねえ。けど、寝込みを襲うならこれでも十分さ。さあ行け! 連中を屋敷ごと叩き潰してしまえ!」
 ピット星人Aの命令を受けてエレキングが動き出す。いくら不完全体とはいえ、完全に寝行っているところを襲われたらウルトラマンでもお終いだ。
 しかし、勝ち誇ろうとするピット星人Aに、突然冷笑が降りかかった。
「残念ですがそうはいきませんよ。あなたにはここで退場していただきます」
「っ!? だ、誰だ!」
 慌てて辺りを見回すピット星人Aは、空に浮かんで自分を見下ろしている、あの宇宙人の姿を見つけた。
 いつの間に!? と、動揺するピット星人A。しかし、宇宙人はピット星人Aを見下ろしたまま冷たく告げた。
「困るんですよ、あなたみたいな脇役にいつまでも舞台で好き勝手やられたら主演の出番が減ってしまうでしょう。ゲストは一話で潔く退場するものです。こういうふうにね」
 宇宙人が手を振ると、彼のそばに巨大な黒い影が現れた。
 どこから現れた? テレポートか? ピット星人Aがさらにうろたえる前で、巨大な影は月光に照らされてその全容を表した。
「あ、あれは……!」
 恐怖がピット星人Aの全身を駆け巡る。勝てない、勝てるわけがない。
 だがピット星人Aが逃げ出す間もなく、巨大な影から恐ろしい攻撃が放たれ、エレキングはただの一撃で粉々に粉砕されてしまったのだ。
「う、うわぁぁぁーっ!」
 エレキングの破片が降り注ぐ中をピット星人Aは無我夢中で逃げた。
 もはや復讐もなにもあったものではない。しかし、逃げるピット星人Aの前に一人の人影が現れた。
「っ! どけぇっ!」
 それが彼女の最期の言葉となった。彼女の前の人影から撃鉄を起こす音が聞こえたかと思った瞬間、無数の銃声とともにピット星人Aの体は粉々になるほどの弾雨に包まれていたのだ。
 血風と化したピット星人Aが消え去り、エレキングの爆発で起きた粉塵も風に流された後、宇宙人は銃声の主のもとへと降りてきた。
「やっと会えましたね。探しましたよ。ここ最近、私のやることにちょっかいを出してくれていたのはあなたですね?」
 月光の下で二人の宇宙人が対峙する。この出会いがハルケギニアにもたらすのは混乱か破壊か。
 エレキングの爆発も、轟く銃声も風に弱められ、疲れ切って眠りに沈む人間たちを目覚めさせるには及ばない。
 才人もルイズも、倒すべき敵がすぐそばにいることに気づかず、朝まで安眠を貪り続けていた。
 
 
 続く

489ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:30:28 ID:fpQeMfv.
今回は以上です。では、来月にまた

490ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:00:41 ID:U9W0lNME
ウルトラ五番目の人、投稿お疲れ様でした。
さて皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です。
五月も残り一時間程度といった所で、94話のBパートを投下したいと思います。
特に問題が起きなければ、23時3分から始めます。

491ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:03:07 ID:U9W0lNME
 その後、霊夢達はアーソンとアニエスに連れられて生殺し状態となっている被害者ことカーマンの前に立っていた。
 全身のほぼ氷に覆われ、まるで芋虫のような状態となってしまった貴族を見て、流石のゼッサールは息を呑んでしまう。
 彼も最初にそれを見たアニエス同様死んでいるかと思ったが、ぎこちない動作で顔を上げたソレと目が合ってしまったのである。
 予想外の見つめ合いに視線を逸らす事も出来ない彼は、そのまま背後にいるアニエスへと質問を投げかけた。
「これが…被害者の貴族殿かね?」
「はい、既に死んでいられるようにも見受けられますが…まだ辛うじて生きてはおります」
「生きてはいるって…しかし、これでは…」
 自身の質問に答えたアニエスの言葉に、彼は信じられないと言いたげな表情を浮かべてようやく視線を逸らした。
 職業上悲惨な状態となった死体は幾つも見てきたつもりだが、この様な状態になってまで生きている者など初めてみたのである。
 無理も無い、何せここ数十年のトリステインではこの様な状態になる者が出来るほどの戦争などなかったのだ。
 幸い吐き気を堪える事はできたが、もはや安楽死させるしかない者からの直視というものは中々辛いモノがある。
 一方の霊夢はというと、その視線をジッと足元に転がる老貴族…ではなく、一番奥に見える大きな扉に目を向けていた。
 自分を取り押さえた警備員たちが下水道がどうこうと言っていたので、恐らくあの扉の向こうは外に通じているのだろう。
 正直な所、今の霊夢は自分が最初に見つけた初老の貴族の事よりもそのドアの向こう側が気になって仕方が無かった。
 
(彼にこんな仕打ちをしたであろうヤツは気配からしてここにはいないだろうし…やっぱり、あの扉から外へ出たんでしょうね)
 最初にここへきた時にもとりあえずその扉を開けようとしたのだが、駆けつけた警備員たちに止められてしまっていた。
 それでも無視して開けようとして、ドアノブを捻った所で更にやってきた警備の者達に取り押さえられてしまったのである。
 その後はデルフを取り上げられて頭を押さえつけられながら、警備室に連行されそうになったのは今思い出してもハラワタが煮えくり返ってしまう。
(まぁあの後すぐに追いかけてきてくれたルイズのお蔭で助かったけど…結局ドアの向こうには行けずじまいだったのよね…)
 今からでもドアの前にいる警備員を押し退けていけないものかと、そんな無茶を考えていた彼女の肩を、何者かが掴んできた。
 ドアの方へと注目し続けていた彼女は「ひゃっ!?」と驚いてしまい、慌てて振り返ってみるとそこには怪訝な表情を見せるアニエスがいた。

「…ど、どうした?そんな急に、驚いて…」
 どうやら急に驚いたのは彼女も同じだったのか、ほんの少し身を竦ませている。
 驚かされた霊夢は溜め息をつきつつも、ジト目でアニエスを睨みつけた。
「そりゃーアンタ、人が考え事してる時に肩なんか叩かれたら誰だって驚くわよ?」
「む、そうだったのかそれはスマン。…それよりも、先にお前を連れて来いと言ってきた貴族様の顔を見てやれ」
「貴族さま?…って、あぁ」
 アニエスの言葉に視線を床へと向けた彼女は、あの初老の貴族が自分の方へ顔を向けているのにようやく気がついた。
 今にも砕け散ってしまいそうな程魔法で生み出された氷に包まれた彼の顔は、醜くもどことなく儚さが垣間見える。
 恐らく彼自身も気づいているのだろう。自分はもう長くは生きられない事と、死が間近に迫っているという事も。
 そして彼は最初にここへ来た霊夢を呼びつけたのだ。その少女の姿に反して、鋭い目つきを見せていた彼女を。
 死にかけの状態に瀕したカーマンは、自分を見下ろす少女へ向けてその口をパクパクと微かに動かしていく。
 凍り付いていく顎の筋肉を懸命にかつ慎重に動かし、ひたすら霊夢に向かって口を動かし続けている。
 まるで望遠鏡越しにしか見えない程遠くにいる人間が覗いている者に向けて行うジェスチャーの様に、その動きには必死な気配があった。

「……よっと」
 そして彼の視線と口の開閉から何かを感じ取ったのか、彼女は突然その場にしゃがみ込んだのである。
 床に転がる彼とできるだけ視線を合わせた後、自身の左耳を彼の口元へと傾けていく。
 突然の行動にアーソンは一瞬止めようかどうか迷い、結局はそのまま見守る事にした。
 アニエスやゼッサールも同じなようで、周りにいる他の衛士達同様これから彼女が何をするのか気になってはいた。
 耳を傾け、自らの話を聞いてくれようとする霊夢へ向けてカーマンは蚊の羽音並のか細い声で喋り出したのである。

492ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:05:25 ID:U9W0lNME

「―――、――――…?」
「……私は単なる通りすがりの巫女さんよ。…まぁ今はワケあってこの国にいるけど」
 カーマンが一言二言分の小さな言葉を出した後、その数倍大きい声で霊夢が返事をする。
 アニエス達には彼が何を言っているのかまでは聞き取れないが、ここへ彼女を呼び出したからには何かワケがあるのだろう。
 そう思ったアニエスは霊夢に続いてしゃがみ込み、彼女の隣で話を聞こうとソット耳を傾けたのである。

「―――――、―――――」
「いや、見てないわ。私が駆け付けた時にはもう誰もいなかったし…」
 続けられる問いに霊夢は首を横に振るのを見た後、彼は更に質問を続けていく。
「――――、――――――――」
「…成程。確かに、ここから逃げようとって思うならそこしかないわよね?」
 風前の灯の様な彼の小さな言葉に彼女は納得したようにうなずき、下水道へと続く扉を注視する。
 そして数秒ほどで視線を元に戻したところで、再び彼女に話しかけた。
「―――――、―――――――――」
「…?ズボンの右ポケット…?ここかしら…」
「あっ…おい、勝手に被害者に触るんじゃない」
 何かお願いごとでもされたのか、急に彼のズボンの方へと手を伸ばしそうとた霊夢をアニエスが咄嗟に制止する。
 すんでの所で停止した所で彼女は後ろにゼッサールへと顔を向けて、「どうします?」と指示を仰いだ。
 ゼッサールはほんの数秒悩んだ後、先にズボンへと手を伸ばした霊夢に何を言われたのか聞いてみた。
「スマン、彼は今何と…?」
 ゼッサールからの問い霊夢は彼を無言で睨み付けたものの、あっさりと話してくれた。
「…自分はもう長くない。だから死ぬ前に頼みたい事があるから、ポケットを探ってくれ…って言ってたのよ」
「そうか…頼む」
 霊夢を通して初老貴族の要求を聞いた彼は、アニエスの肩を軽く叩いて許しを出す。
 これをOKサインだと判断した彼女はコクリを頷いてから、霊夢に代わってズボンの右ポケットを探り始める。
 
 薄い氷に包まれたズボンはとても冷たく、今にも自分の手までも凍ってしまいそうな程だ。
 夏であるにも関わらずその体はゆっくりと温度が下がり、薄らと肌に滲んでいた汗すらもひいていく。
 このまま探し続けていたら本当に凍ってしまうのではないかと思った矢先であった、アニエスが「…あった」という言葉と共に何かをポケットから取り出したのは。
 それは霜の点いた革袋で、袋越しにも分かる出っ張りから中身が何なのかは容易に想像できた。
 霊夢に代わって袋を取り出したアニエスが念のため口を縛っていた紐を解くと、中から金貨が数枚程零れ落ちた。
 慌ててそれを拾うと掌の上に置いて、様子を見ていた他の三人にもその金貨を見せてみる。
「…これって金貨?袋の中にもまだ結構な量が入ってるけど」
 霊夢が袋の中にある残りの金貨を見つめていると、再び初老貴族が何かを言おうとしているのに気が付く。
 少し慌てて耳を傾けると、彼はか細い声で彼女に何かを伝え始めたのである。

 先ほどとは違い、それは少しだけ長く感じられた。
 頭の中に残された理性を総動員させたかのように、彼は霊夢の耳に遺言とも言える頼みごとを伝えていく。
 正直なところ、それを聞くのが霊夢でなくとも良かったかもしれない。
 しかし霊夢自身はそれを聞き捨てる事無く耳を傾け、彼が残りの命を消費して喋る事を一字一句受け止めている。
 その表情に決してふざけたものなどなく、ただ真剣かつ静かに聞き届けていた。

493ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:07:08 ID:U9W0lNME
 やがて言いたい事は終わったのかカーマンが口を動かすのをやめると、霊夢はスッとアニエスの方へと顔を向ける。
 彼の言葉が気になったアニエスは「どうした?」と霊夢に尋ねると、彼女は彼が言っていた事を口にした。
「そのお金でブルドンネ街三番通りの裏手にピエモンっていう男がやっている店があって、そこで三番の秘薬を買ってほしいと言っていたわ…」
「秘薬?その袋の中の金貨でか?」
「一応店自体は存在しています。…あの男、違法かつ高値を吹っかけてきますが秘薬生成の腕は本物です」
 霊夢を通じて語られるカーマンからの言葉に、ゼッサールは袋の中身を一瞥しながら怪訝な表情を浮かべる。
 そこへすかさず街の地理に精通したアーソンが補足を入れた事で、ゼッサールはある程度納得することができた。
 確かに彼…もとい少女の言うとおりブルドンネ街の三番通り裏手には、そういう名前の男がやっている秘薬店は存在する。
 非合法なうえにバカみたいな値段で秘薬を売っているが、表通りで売っているポーション屋よりも効果があるというのは結構な数の人が知っていた。
 最も、その秘薬を調合するのにサハラ産の麻薬を使っている…という黒い噂もあるにはあるのだが。

 今は多忙で無理だが、いずれは徹底的に調べてやると改めて意気込むアーソンを余所に、
 アニエスはそれだけではないと、霊夢にカーマンの言っていた事は他にはないかと尋ねていた。
「…それで、そこで秘薬を買ったらどうすると言っていた?」
 その問いに霊夢はコクリ頷いて「もちろんあったわ」と答えた後、少し言葉を選びつつもしゃべり始めた。
 
「あぁ〜、確か…しぇる…じゃなかった、シュル…ピス…だったかしら?ここから少し離れた場所にある街にあるアパルトメントまで届けて欲しいって…。
 名前は―――…そう、『イオス』だったわ。そこの三階の一室に住んでる自分の奥さん…アーニャっていう人に、届けてくれないか…って私に言ってきたわ」
 
 慣れない発音に戸惑いつつも、最後まで言い終えた霊夢にアニエスは「そうか」とだけ返す。
 彼女にはカーマン氏の身元は話しておらず、本来なら自分たちしか知らない情報の筈であった。
 という事は、今話してくれた事は全て彼から伝え聞いたことであるのは間違いないだろう。
 霊夢をとおしたカーマンの遺言を聞き終えたアニエスは、スッとアーソンとゼッサールの二人へと視線を向ける。
 どうしますか?―――視線を通して伝わる彼女の言葉に答えたのは、同じ衛士隊のアーソンではなく、魔法衛士隊のゼッサールであった。
「彼もまた私と同じくトリステインの貴族。ならばその願いを応えてやるのが死にゆく者への弔いとなりましょう」
「…でしたら、秘薬の方は?」
「えぇ、住所さえ教えていただけたら私が秘薬を買い、そして彼の奥方へ届けます」
 我が家名と、貴族の誇りにかけて。最後にそう付け加えると、彼は人の良さそうな笑みを浮かべて言葉を続ける。

「…とは言いましても、一貴族がそんな酔狂な事をするかと疑われればそまでですがね」
「いいえ、貴方なら信用できます。確証はないですが、信頼できる人だ」
 軽い自虐とも取れるゼッサールの言葉にアニエスは首を横に振ると、彼に金貨の入った革袋を差し出してみせる。
 一衛士からの賞賛に彼はただ「そうか、ありがとう」とだけ返し、数秒の間を置いてその革袋を受け取った。
 掌の上にズシリとした微かな重みを感じつつ、渡されたソレを開けて再度中身の確認を行う。
 ちなみに、最初にアニエスが紐解いた際にこぼれ出た分は受け渡す直前に戻している。
 それでも念のためにと彼女の方へと視線を向けるが、それは相手も察しているのか大丈夫と言いたげに頷いて見せた。

 受け取るモノをしっかりと受け取った後で、ゼッサールは自分を見上げる初老の貴族へと視線を向ける。
 いつ息を引き取ってもおかしくない彼は、呆けた様な表情を浮かべていた。

494ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:09:49 ID:U9W0lNME

 一体彼が今何を考えているのか分からぬが、それでもゼッサールは死にゆく同胞に対しての礼儀を欠かさなかった。
 軍靴鳴らしてつま先を揃え、腰から抜いたレイピア型の杖を胸元で小さく掲げた彼は落ち着き払った声で彼に別れを告げる。
「では少し時間は掛かるかもしれませぬが…貴方の遺言、しっかり叶えてみせましょうぞ。カーマン殿
 自分と比べれば家は低く、決して裕福な生活では無かったものの、貴族として大先輩である彼への告別の言葉。
 その言葉と顔を見て本気だと理解できたのか、呆けた表情から一変して穏やかな笑みを氷の張りつく顔に浮かべた彼は必死に口を動かし―――

 ――…あ・り・が・と・う…。
 
 声無き言葉を彼に送った直後、その顔に穏やかな微笑みを浮かべたまま―――カーマンはその頭をガクンと項垂れさせた。
 直後、氷に大きな罅が入った時のような耳障りな音と共に彼の後頭部に、大きな一筋の亀裂が入る。
 それを見た霊夢は思わす「あっ…!」声を上げた彼の傍に寄ろうとするが、寸前にその足が止まってしまう。
 彼女だけではない、アニエスやアーソン…ゼッサールを除くその場にいた衛士達も息を呑んでカーマンの遺体を見つめている。
 正確には亀裂の入った彼の後頭部の隙間から夥しく溢れ出てくる、おぞましくも明るい赤色の血を。
 まるで切込みを入れた果実から溢れ出る果汁の様にそれは彼の耳を伝い、赤い絨毯を鮮やかな赤で染めていく。

 一切の動きを止めた彼に代わるかのように流れ出る鮮血が、薄暗い赤の上を伝って小さな血だまりを作る。
 それを黙って見降ろす霊夢達の背後、突如として陰惨な光景には似つかわしくない活発な声が聞こえてきた。
「通るわよ…って、いたわ!こっちよマリサ!」
「おぉそっちか…やれやれ、ちょっと遠回りした気分だぜ」
『気分も何も、実際遠回りしてたとおもうぜ』
 目の前に広がる光景とは剥離した少女達の声とそれに混じる男の濁声に、アニエスたちは思わず背後を振り返ってしまう.。
 それに一歩遅れる形で霊夢も振り返ると、そこには案の定聞きなれた声の主たちがいた。
 見慣れぬ書類一枚を片手に握った彼女は息を荒く吐きながら、じっと自分を睨んでいる。
 その彼女の背後、廊下の曲がり角からはいつものトンガリ帽子を被った魔理沙がヒョコッと顔を出している。
 直接目にしていないが、先ほどの濁声からして彼女の手には鞘に収まったデルフが握られているのが様に想像できた。
「ルイズ…それにマリサも?」
「おぉこれはミス・ヴァリエール…って、どうしてこんな所へ?」
 二階のラウンジに閉じ込められていたルイズと魔理沙の姿を見て霊夢は怪訝な表情を浮かべ、
 前もって事件の報告を聞いていたゼッサールも、目を丸くして驚いている。

「ミス・ヴァリエール!一体どうして…!?」
「おいっ!どこのどいつだ、彼女らを二階から出した馬鹿はッ!」
 そんな二人に対して、現場を任されていた衛士の二人は目の端を吊り上げて怒鳴り声を上げた。
 アニエスは怒りよりも先に困惑の色を浮かべて、ここまでやってきたルイズ達を見つめている。
 一方でアーソンは曲がり角の向こう側にいるであろう部下たちに聞こえる程の怒号を上げた。
 その怒声に部下である一人の衛士が慌てて彼の前に駆けつけ、敬礼の後に事の詳細を彼に教えよとする。
「は、はっ!実はミス・ヴァリエールはアンリエッタ王女殿下から特別な書類を貰っている事が判明しまして…」
「特別な書類?王女殿下から…?」
 若干体を震わせる彼の報告にアーソンではなくゼッサールが驚くと、タイミングよくルイズがその書類を見せようとした。

495ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:11:13 ID:U9W0lNME
「はい。実は私、姫殿下から女官として行動できる為の特別な許可……を……?」
 手に持っていた書類を掲げてゼッサール達に見せようとしたルイズはしかし、途中でその言葉を止めてしまう。
 その鳶色の瞳はただ真っ直ぐとアニエスたちの後ろ、霊夢のすぐ背後にある死体を見据えていた。
 途中で言葉が止まったルイズを見て訝しんだ魔理沙もすぐにその死体に気付き、息を呑んでいるようだ。
 「マジかよ…」と彼女にしては珍しい反応を見せて、視界の先で床に転がる白く赤いソレを見つめている。
 
「ルイズ」
 言葉を失い、ただただ死体を見つめているルイズを見て流石に心配してしまったのか、
 真剣な表情を浮かべたままの霊夢が彼女の名を呼ぶと、それに呼応するかのようにルイズは口を開く。
「ね、ねぇレイム?…もしかしてそこに転がってるのは――――」
「そうね。確かにお昼頃にぶつかった初老の貴族その人…だったわ」
 最後まで言い切る前に、やや残酷とも思える淡々とした感じで言葉を返した瞬間、
 ルイズの手から滑り落ちた書類が廊下の絨毯へと落ちる静かな音が、静かくて暗い天井に吸い込まれていった。


 王都の中心部に位置するトリステインの王宮は、日が暮れても暫くは多くの人が外へと続くゲートをくぐっていく。
 ゲートの前は厳重に警備されており、王宮所属の平民衛士や貴族出身の騎士たちが通る者の持ち物チェックなどを行っている。
 やや過剰とも思えるセキュリティであったが、場所が場所だけにそれを大っぴらに批判出来る者はいなかった。
 今日もまた多くの貴族たちが従者に鞄を持たせつつ持ち物を受けて、呼んでいた馬車に乗って自宅に帰っていく。
 彼らの大半は王宮内で書類仕事を行っており、街の近郊に建てられた豪邸を買ってそこで暮らしている。
 領地の運営等は代理任命した他の貴族に一任しており、彼らはもっぱら王宮で書類と睨めっこの日々を続けていた。
 
 そしてその貴族たちの列とはまた別の列には、いかにも平民と一目でわかる者達が書類片手に並んでいる。
 書類は往復可能な当日限定の通行手形であり、それを手にしている彼らは王宮の警護を一人された衛士達であった。 
 朝から働き、つい一時間前に夜間警備の者達と交代した彼らはこれから街で安い飯と酒で乾杯しに行く所なのである。
「ホイ、通行許可証。今から二時間、目的は夕食だ」
「あいよ。……それじゃあ、この前お前らが美味い美味いって絶賛してた屋台飯買って来てくれよ」
「おう、分かったよ」
 顔見知りである夜間警備の同僚の手で書類に印を押してもらい、ついでそれを折りたたんで懐へとしまう。
 次に持ち物検査をし、持ち出し厳禁の物を所持していない事を確認してからようやく外へと出られるのである。
 これで暫しの間自由となった彼らは一人、あるいは数人のグループを組んで次々と繁華街の方へと歩いていく。
 彼らの足が向かう先は唯一つ、美味い飯と安い酒に綺麗な女の子他達が大勢いるチクトンネ街だ。
 
 トリスタニアが昼と夜で二つの表情を持つのと同じように、王宮もまた夜の顔を見せていく。
 昼と比べて警備員の数が三割増しとなり、一部のエリアは固く施錠されて出入りを禁止される。
 庭園や渡り廊下にはかがり火が灯され、衛士や騎士達が槍や杖を片手に警備を行っていた。
 王宮内部の警備人員も増えて、槍型の杖を装備する騎士達が隊列を組んで絨毯の敷かれた廊下を歩いていく。
 鉢合わせてしまった侍女たちは慌てて廊下の隅に下がって道を譲り、通り過ぎる騎士達に頭を下げた。

496ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:13:08 ID:U9W0lNME
 その光景を上階の廊下から眺めていたのは…この王宮に住まう若く麗しき姫君、アンリエッタであった。
 ほんの少し手すりから身を乗り出して廊下を歩いていく騎士達を眺めていると、後ろからマザリーニ枢機卿の声が聞こえてくる。
「殿下、騎士団長殿から夜間警備の準備が完了したとの事です」
「…そうですか。でも報告しなくて大丈夫ですよ枢機卿?私はしっかり見ていましたから」
 マザリーニからの報告にアンリエッタはそう返すと手すりから身を放しと、彼を後ろに付けて自らの寝室へ向けて歩き始める。

 距離にすればそれ程遠くはない所にアンリエッタの新しい執務室があるのだが、そこへ至る過程が大変であった。
「…!一同、アンリエッタ王女殿下に向けて敬礼!」
「「「はっ!」」」
「…夜間警備、ご苦労様です。その調子で頑張ってくださいね」 
 途中すれ違った衛士達は立ち止まると勢いよく敬礼し、
「貴女は先週入ったばかりの新入りさんでしたね。どうですか、ここでの仕事は?」
「え?…えっと、大丈夫ですけど…」
「そうですか。…もし分からない事があれば、遠慮なく先輩方に質問してもよろしいですからね」
「いえ、そんな…こうして姫殿下に心配して頂けるだけでも、お気持ちを十分に感じられますから…」
 顔を合わせた侍女が新入りの者だと気づけば、ちゃんとやれているかどうか聞いてあげている。
 聞いてあげる…とはいっても単に一言二言程度であったが、それでも王族の者に話しかけられる事は滅多に無い事なのだ。
 衛士達はもとより、侍女は不可思議な申し訳なさとしっかりとした嬉しさを感じていた。
 
 そんな風に通りがかる者達に一々声を掛けていくと、自然と時間がかかってしまう。
 本当なら歩いて十分で辿り着くはずの執務室の前に辿り着くのに、十五分も掛かってしまった。
「ふぅ…少し前なら然程時間も掛からなかったけど。…けれども、不思議と不快とは思わないわね」
「臣下に気を配るのも王女の定めというものですが、流石に衛士や侍女にまで一々声を掛けるのは」
「あら?少なくともあの人たちは政や会議の大好きな方々よりもずっと私に役だっていますのに?」
 ドアの前でそんな会話を一言二言交えた後に、アンリエッタはドアの前にいる騎士に向かって軽く右手を上げた。
 それを合図に騎士はビシッと敬礼した後にドアの鍵を上げるとノブを捻り、なるべく音を立てぬようにドアを開けた。

 ドアを開けてくれた騎士にアンリエッタはニッコリと微笑みを向け、そのまま執務室へと入っていく。
 それに続いてマザリーニも主に倣って頭を下げて入室すると、騎士はソッとドアを閉めた。

 今後女王となる彼女が書類仕事をする際に使われる執務室は、歴代の王たちが仕事をしてきた場所である。
 立派な暖炉に書類一式とティーセットを置いても尚スペースが余る執拗机に、着替えを入れる為の大きなクローゼット。
 入り口から右を向けば壁に沿って大きな本棚が設置されており、収まっている本には埃一つついていない。
 そして執務の合間にやってきた客をもてなす為の応接間は勿論、今は閉じられているもののバルコニーにはロッキングチェアまで置かれている。
 極めつけは部屋の隅に設置された天蓋付きのダブルベッドであった。シングルではなく、ダブルである。
 執務室…にしてはあまりにも豪華過ぎる執務室を見回してみたアンリエッタは、少し呆れたと言いたげなため息をついてしまう。

「今日で五回目のため息ですな。何か執務室にご不満でも?」
「いえ、不満…というワケではないのだけれど…正直執務室にあのような大きなベッドは必要ないのではなくて?」
 相も変わらず今日一日のため息を数えている枢機卿にも呆れつつ、彼女は部屋の隅に置かれたダブルベッドを指さす。

497ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:15:11 ID:U9W0lNME

「シングルならまだ分かりますよ。でもダブルで天蓋付きだなんて…あからさま過ぎて破廉恥ではありませんか?」
「…私も詳しくは知りませぬが、歴代の王の中には名家の女性と親密になる必要もありました故…」
 隠すつもりの無いマザリーニからの言葉に、アンリエッタ思わず顔を赤くしてしまう。
 そして何を思いついたのか、ハッとした表情を浮かべると恐る恐る彼に質問をしてみた。
「歴代…とは、私の父も?」
「いえ。もし入っていたとしたら、先王の死因が病死ではなく王妃様との揉め事になっておりますよ」
「それを聞いて安心しました。…あぁいえ、あまり安心はできませんが」
 アンリエッタは父である先王があのベッドの上で゙極めて高度な交渉゙を行っていない事に安堵しつつも、
 これから自分があのベッドの置いてある部屋で執務をするという事に、多少の抵抗を感じていた。

 ひとまずマザリーニには明日にでもベッドをシングルかつシンプルな物に変えるよう頼んでいると…ふとドアがノックされた。
 アンリエッタがどうぞと入室を許可すると、ドアを開けて入口に立っていた騎士が失礼しますと言って入ってきた。
 怪訝な表情を浮かべた彼は敬礼をした後で気を付けの姿勢をして、アンリエッタに入室者が来ている事を報告する。
「殿下、お取込み中すいません。ただ今姫様に報告があるという事で貴族が一名来ておりますが如何いたしましょう?」
「それなら問題ありません。彼を通して上げてください」
「え…あ、ハッ!了解しました!」
 思いの外早かったアンリエッタからの許可に騎士は慌てて敬礼する。
 そして再び廊下へと出ると、彼と交代するかのように痩身の中年貴族が身を縮みこませて入ってきた。
 黒いマントに黒めの服装と言う闇夜にでも紛れ込むのかと言わんばかりの出で立ちをしている。

 年齢は五十代後半といった所か、一見すれば四十代にして老人と化しているマザリーニと同年齢に見えてしまう。
 ややおっとりしと雰囲気を醸し出す顔には緩めの微笑みを浮かべて、アンリエッタ達に頭を下げて挨拶を述べた。
「夜分失礼いたします。姫殿下、それに枢機卿殿も…」
「そう過剰に頭を下げずともよろしいですわ『局長』殿。…わざわざ忙しい中呼びつけたのは私なのですし」
 薄くなってきた頭頂部を見つめつつ、アンリエッタは自らが『局長』と呼んだ痩身の男へもう少し態度を崩しても良いと遠回しに言ってみる。
 しかし痩身の男は頭を上げると「いえ、滅相もありません」と言って自らの謙遜をし続けてしまう。
「私の所属する部署を立ち上げてくれた貴方の御父上である先王殿の事を思えば、つい自然と言葉を選んでしまうものなのです」
「…そうですか。私の父の事を思っての事であれば、そう無下にはできませんね」
 自身の父であり、歴代の王の中でも若くして亡くなった先王が再び出てきた事に、アンリエッタは神妙な表情を浮かべてしまう。
 平民に対して比較的優しい政策を取っていた先代のトリステイン国王は、有能であれば例え下級貴族であっても重要な地位に就かせていた。
 今こうして夜分に部屋へと呼びつけた痩身の彼も、その時に創立された『特殊部署』の指揮担当として採用されたのである。

 その後、一言二言の言葉を交えた後で三人は応接間のソファに腰を下ろしていた。
 一番最初に入室したアンリエッタが指を鳴らして点灯させた小型のシャンデリアが、部屋を眩く照らしている。

498ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:17:27 ID:U9W0lNME
「ふむ、この応接間に入るのも久々ですなぁ。長らく人が入っておらぬようですが、しっかり手入れが行き届いてる」
「そうですな…ところで殿下、あの剥製に何か気になる所でも?」
「あぁいえ。鷹や極楽鳥はともかくとして…風竜の仔なんて一体どこで手入れたのかと気になりまして…」
 マザリーニはふと、アンリエッタが応接間のの飾りとして置かれている剥製に視線が向いている事に気が付いた。
 彼女の趣味ではなかったが壁や部屋の隅には、鷹や仔風竜の剥製が躍動感あふれる姿勢で飾られている。
 良く見てみれば、隅に置かれている台座付きのイタチの剥製は毛皮の模様を良く見てみると幻獣として名高いエコーであった。
 注文したのか、はたまた歴代の王の誰かが直接狩ってきたのか…今となっては知る由も無い。

 ちょっとした見世物小屋みたいね…。あちこちに飾られた剥製に思わず目を奪われていると、
 それを見かねたであろうマザリーニが咳払い…とまではいかなくとも彼女に声を掛けた。
「あの、殿下…気になるのは分かりますが、今は局長殿の報告を聞くのが先かと」
「…あ、そう…でしたね。失礼いたしました」
「いえいえ。何、そう焦る必要はまだありませぬのでご安心を」
 枢機卿からの指摘でハッと我に返れた彼女は慌てて頭を下げてしまう。
 それに対して痩身の男――局長も頭を下げ返した後、ゴソゴソと自らの懐を探り始める。
 暫しの時間を要した後、彼がそこから取り出したのは幾つかの封筒であった。
 
 全部計三枚、どれも王都の雑貨店で売られている様な手製の代物である。
 星や貝殻のマークが散りばめられたそれらは、痩身かつ五十代の男には似つかわしくないものだ。
 それを懐から取り出し、テープ目の上に置いた局長は落ち着き払った声でアンリエッタに言った。
「ここ最近、タルブでの会戦終了直後から『虫』の動向を探った各種報告書です。どうぞ御検分を」
「…………わかりました」
 彼の言葉にアンリエッタは一、二秒ほどの時間を置いてからそれを手に取ってみる。
 糊付けされた部分を指で剥がして封筒を開けると、中には三、四回ほど折りたたまれた紙が入っていた。
 
 一見すれば手紙に見えるその一枚を、アンリエッタは丁寧に開いていく。
 やがてそれを開き終える頃には、彼女の手の中にはちゃんとした形式で書かれた報告書が完成していた。
 そこに書かれていたのは局長が『虫』というコードネームをつけている相手の、ここ最近の動向が書かれている。
 アンリエッタがそれを読み始めると同時に、局長は静かにかつ淡々と報告書の補足を入れ始めた。

「これまでの『虫』は自身に火の粉が及ばぬよう、細心の注意を払っておりましたが…ここ最近はそれに焦りが生じております。
 財務庁口座内にある預金の移動や分散などの額にその焦りが見られ、会戦後に引き出し額が右肩上りになっているのが分かりますか?」

 局長の説明にも耳を傾けつつ、報告書に書かれている事を目に入れながらもアンリエッタはコクリと頷く。
 報告書に書かれているのは『虫』が財務庁に預けている口座預金が、やや激しく減り続けている事に関して書かれている。
 不可解な口座からの引き出しに次いで、その金を国内外の各所にある銀行等に預けているのだ。

499ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:19:08 ID:U9W0lNME

 正確な額こそは調査中であるが、すでに『虫』が国の口座内で暖めていた全預金内の五分の三以上はあるのだという。
 それだけの額を持っているとなると…王族を別にすればかのラ・ヴァリエール家の全財産に相当するとも言われていた。
 そしてこの国随一名家を引き合いに出せる程の大金が幾つかの手順を経て、国内外へと移動していく。
 今後軍の再編などで財政を盤石にしたいトリステインとしては、この悪事を見逃す事など到底できなかった。

「これまでは複雑な手順、そして幾つものルートを経て幾つかの外国へ送金しており、追跡が困難だったのですが…
 先週からはまるで開き直ったかのようにそれらを全て単一化させて、一つの外国の財務庁へとせっせと送金しております」

 そんな説明を後から付け加えつつ、局長は懐から一枚のメモ用紙を取り出しテーブルに置く。
 アンリエッタとは報告書から目を離し、マザリーニもそちらへと視線を向けてメモに何が書かれているのか確認する。
 用紙に書かれていたのは四つの時刻であり、一見すれば何を意味しているのか分かりにくい。
 しかしマザリーニはこの時刻に見覚えがあったのか、もしや…と言いたげな表情を浮かべて局長を見遣る。
 分からないままであったアンリエッタが「これは…」と尋ねると、局長はまず一言だけ「移動手段ですよ」とのべた後に説明していく。
「王都発ラ・ロシェール行きの駅馬車と、中間地点にある道の駅で馬を借りれる時刻、そしてラ・ロシェールから出る商船の出航時間…」
 そこまで聞いてようやくアンリエッタは気が付いた。このメモに書かれている時刻に、『何か』が運ばれていたという事を。
「…!運び出す者への指示…という事ですか?しかし、これを一体どこで…」
「それもつい先週です。『虫』の館から急いで出てきた不審人物を局員が追跡し、落としていったそれを拾い上げたのです」
「御手柄ですな。…それで、その不審人物はどうしたのですかな?」
 自分たちが知らぬ間に思わぬ情報を提供してくれた彼に礼を述べつつ、マザリーニはその後の事を聞いてみる。
 しかし、それを聞かれた局長は残念そうな表情を浮かべると、その首を横に振りながら言った。
「どうやら追跡されていたのを『虫』側も気づいたのでしょう。道の駅にいた仲間と思しき男に胸を刺され、即死でした」
 その言葉に二人が思わず顔を見合わせた後、局長は自分の考えと合わせて事の経過を報告した。

 今回の件で殺されたのは二年前に『虫』の小間使いとして働いていた平民で、最近金に悩んでいたらしい。
 恐らくそこを元主の『虫』にそそのかされたのだろう。早い話、こちらの動きを探る為の捨て駒にされたのである。
「『虫』は我々の存在を知っている側。自分のしている事が御法度だと自覚していれば確実に監視されているだろうと警戒する筈です」
「だから今回、その元小姓を利用して監視がついているかどうか確認しようと…?」
 信じられないと言いたげなアンリエッタの言葉に、局長はゆっくりと頷いた。
 その頷きを肯定と捉えた彼女は目を丸くすると、狼狽えるかのように右手で口を押さえてしまう。
 
 此度の件の機密上『虫』と呼称してはいるが、その『虫』と呼ばれる者に彼女は色々と助けられてきたのだ。
 先王の代から王宮勤めで功績を上げて、幼子だった自分を抱いてくれたという話も彼や母の口伝いで聞いている。
 普段の仕事も宮廷貴族としては至極真面目であり、今やこの国の法律を司る高等法院で重要な地位に就いている身だ。
 その地位も貧乏貴族であった若い頃から築き上げてきた業績があってこそであり、並大抵の金を積んでも手に入る物ではない。
 アルビオンとの戦争が本格的に決まった際には、色々と言い訳を述べて遠征を中止するよう提言してきたが、それも全て国の為を思っての事。
 歴史を振り返れば、遠征の際には莫大な出費が掛かるもの。事実今のトリステインには自腹で遠征をできる程の財力は無い。
 今は財務卿や同席している枢機卿がガリア王国に借金の申請をしており、これから数十…いや半世紀は借金の返済に追われる事だろう。

 下手をすれば自分の自分の子の代にも背負わせてしまうであろう借金の事を考えれば、彼が遠征に反対する理由も何となく分かってしまうというもの。
 だからアンリエッタも彼――『虫』の事を内通者として疑いつつも、心の中では違うと信じていた。信じていたのだ
 しかし、その儚い希望は局長の報告によって、いとも容易く打ち砕かれてしまったのである。

500ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:21:09 ID:U9W0lNME
「……………。」
「殿下…」
 残念そうに項垂れるアンリエッタを見て、マザリーニは「そのお気持ち、分かります」と言いたげな表情を浮かべてしまう。
 流石の局長もこのまま話を続けていいのかと一瞬躊躇ったものの、心を鬼にしてなおも報告を続けていく。
「そ、それでは続きですが…その元小姓を殺した男は、逃げようとした所を駐在の衛士に取り押さえられましたが…目を離した隙に」
「…隠し持っていた毒を飲んで自殺、でよろしいですね」
 気を遣いつつも報告を続けていく局長はしかし、最後の一言を顔を上げたアンリエッタに奪われてしまう。
 直前まで項垂れていた彼女の顔は苦々しい色を浮かべてはいるが、疲れているという気配は感じない。

 前に進もう、という意思を感じさせる瞳に一瞬局長は唖然とした後、慌てつつも「あ、そうです」と思わず口走ってしまう。
 その言葉にアンリエッタは小さなため息と共に頷き、報告書の最後の行に目を通した。
「小姓を殺し、服毒自殺した男は身分証明できる物を持っておらず身柄不明。…これはプロとみて良いのでしょうか?」
「プロ…と言っても自殺できる度胸のあるプロの鉄砲玉と見てください。男については追々こちらで調べるとして…ここで二枚目に移りましょう」
 アンリエッタの質問にそう答えると、局長はテーブルに置いていた二枚の封筒の内もう二枚目を手に取って彼女に渡す。
 ドラゴンとグリフォンのイラストが描かれた男の子向けの封筒を開き、アンリエッタは中に入っている報告書を取り出した。
 そして一枚目と同じように開き、最初の数行を読んだところでギョッと驚いてしまう。
 封筒の中に入れられていた羊皮紙には、彼女が予想していなかった内容が書かれていたのだから。
 驚いた彼女を見てマザリーニもその羊皮紙の内容へと目を向け、次いで「これは…」と言葉を漏らしてしまう。
 ただ一人、この手紙を持ち込んだ局長だけは落ち着き払った態度で二人からの言葉を待っていた。

 それに気づいたのか、アンリエッタはスッと顔を上げると手に持った羊皮紙を指さしながら彼に聞いた。
「あの、局長これは…」
「明日の午後から明後日の夕方、殿下がシャン・ド・マルス練兵場の視察があると聞き、此度の『作戦』を提案致しました」
 局長からの返答にアンリエッタは何も返せず、もう一度羊皮紙へと目を戻すほか無かった。
 彼女が今手に持つその紙の上には、穏やかとはいえないその『作戦』の手引きが書かれている。
 どんな言葉を口にしたら良いか分からぬ彼女へ、局長は申し訳なさそうな表情を浮かべて言葉を続けていく。

「『虫』がある程度焦りを見せていると言っても、ヤツは未だにその化けの皮を脱ごうとする気配はありません。
 今回提案した『作戦』はいわば貴女を使った囮作戦。奴と、一時的に奴の配下になっている連中を炙り出す為のものです。
 殿下には視察を終えた後、道中休憩を取る予定である道の駅で私の部下と共に王都へいち早く戻って貰います。」

 文面にも書かれてはいたが、いざこうして書いた本人の口から言われるとまた違うショックを受けてしまう。
 大胆かつ急な作戦にアンリエッタが何も言えずにいると、それをフォローするかのようにマザリーニが局長に質問した。 
「しかし、それでは護衛を担当する魔法衛士隊や騎士隊のもの、ひいては王都警邏の者が騒ぎますぞ…」
「大いに結構。いなくなったときには王都中で殿下の大捜索『ごっこ』をしてもらいたい」
 ――――何せ、それがこの『作戦』の狙いなのですから。
 マザリーニからの質問で局長は最後に一言加えた後、この『作戦』の主旨を説明していく。

501ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:23:29 ID:U9W0lNME
「……………。」
「殿下…」
 残念そうに項垂れるアンリエッタを見て、マザリーニは「そのお気持ち、分かります」と言いたげな表情を浮かべてしまう。
 流石の局長もこのまま話を続けていいのかと一瞬躊躇ったものの、心を鬼にしてなおも報告を続けていく。
「そ、それでは続きですが…その元小姓を殺した男は、逃げようとした所を駐在の衛士に取り押さえられましたが…目を離した隙に」
「…隠し持っていた毒を飲んで自殺、でよろしいですね」
 気を遣いつつも報告を続けていく局長はしかし、最後の一言を顔を上げたアンリエッタに奪われてしまう。
 直前まで項垂れていた彼女の顔は苦々しい色を浮かべてはいるが、疲れているという気配は感じない。

 前に進もう、という意思を感じさせる瞳に一瞬局長は唖然とした後、慌てつつも「あ、そうです」と思わず口走ってしまう。
 その言葉にアンリエッタは小さなため息と共に頷き、報告書の最後の行に目を通した。
「小姓を殺し、服毒自殺した男は身分証明できる物を持っておらず身柄不明。…これはプロとみて良いのでしょうか?」
「プロ…と言っても自殺できる度胸のあるプロの鉄砲玉と見てください。男については追々こちらで調べるとして…ここで二枚目に移りましょう」
 アンリエッタの質問にそう答えると、局長はテーブルに置いていた二枚の封筒の内もう二枚目を手に取って彼女に渡す。
 ドラゴンとグリフォンのイラストが描かれた男の子向けの封筒を開き、アンリエッタは中に入っている報告書を取り出した。
 そして一枚目と同じように開き、最初の数行を読んだところでギョッと驚いてしまう。
 封筒の中に入れられていた羊皮紙には、彼女が予想していなかった内容が書かれていたのだから。
 驚いた彼女を見てマザリーニもその羊皮紙の内容へと目を向け、次いで「これは…」と言葉を漏らしてしまう。
 ただ一人、この手紙を持ち込んだ局長だけは落ち着き払った態度で二人からの言葉を待っていた。

 それに気づいたのか、アンリエッタはスッと顔を上げると手に持った羊皮紙を指さしながら彼に聞いた。
「あの、局長これは…」
「明日の午後から明後日の夕方、殿下がシャン・ド・マルス練兵場の視察があると聞き、此度の『作戦』を提案致しました」
 局長からの返答にアンリエッタは何も返せず、もう一度羊皮紙へと目を戻すほか無かった。
 彼女が今手に持つその紙の上には、穏やかとはいえないその『作戦』の手引きが書かれている。
 どんな言葉を口にしたら良いか分からぬ彼女へ、局長は申し訳なさそうな表情を浮かべて言葉を続けていく。

「『虫』がある程度焦りを見せていると言っても、ヤツは未だにその化けの皮を脱ごうとする気配はありません。
 今回提案した『作戦』はいわば貴女を使った囮作戦。奴と、一時的に奴の配下になっている連中を炙り出す為のものです。
 殿下には視察を終えた後、道中休憩を取る予定である道の駅で私の部下と共に王都へいち早く戻って貰います。」

 文面にも書かれてはいたが、いざこうして書いた本人の口から言われるとまた違うショックを受けてしまう。
 大胆かつ急な作戦にアンリエッタが何も言えずにいると、それをフォローするかのようにマザリーニが局長に質問した。 
「しかし、それでは護衛を担当する魔法衛士隊や騎士隊のもの、ひいては王都警邏の者が騒ぎますぞ…」
「大いに結構。いなくなったときには王都中で殿下の大捜索『ごっこ』をしてもらいたい」
 ――――何せ、それがこの『作戦』の狙いなのですから。
 マザリーニからの質問で局長は最後に一言加えた後、この『作戦』の主旨を説明していく。

502ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:25:07 ID:U9W0lNME
「今回提案した作戦において重要なのは、今も尚高みの見物をしている『虫』を表に引きずり出す事です。
 先ほども話したようにヤツは今焦りを見せておりますが、狡賢く知略に長けている故に今はまだ鳴りを潜めています。
 ですが奴といえども、王家である貴女が奴の知らぬ存じぬ所で消えれば、いくら『虫』といえどもそこから来るショックは相当なものでしょう
 そして今、『虫』の手元にいる配下の大半はこの国の出身ではなく、かの白の国――あのアルビオンからやってきた連中です。
 彼らは今現在『虫』の指示で動いていますが、それは本国からの指示だからであって、彼ら自身は『虫』に忠誠を誓ってはいません。
 その気になれば今は派手に動かない『虫』の意思を無視して大胆な行動に移れるでしょうが、『虫』はそれを望んでおれず絶らず彼らを牽制している。
 アルビオンの者たちも、一向に動かない『虫』に痺れを切らしかけている。……そんな現在の状況下で、殿下が失踪した!などという情報が流れれば…」

 局長が最後に口にした自分の失踪と言う言葉を聞いて、アンリエッタはようやく彼の言いたい事に気が付く。
 ハッとした表情を浮かべ、羊皮紙を握る手に自然と力が入り、その顔には微かだが怒りの色が滲み出てくる。
「つまりはこの私を釣り餌に見立てて、双頭の肉食魚を釣ろうという魂胆なのですね?」
「そういう事です。衛士隊や騎士隊の者達には、盛り上げ役として頑張ってもらいます」
 流石にこれは怒るだろうと思っていた局長は、微かな怒りを見せるアンリエッタに頭を下げつつ言った。
 黙って聞いていたマザリーニも流石に怒るのは無理も無いと思ってはいたが、同時に効果的だという評価も下していた。
 影武者を用意するという方法もあったであろうが、相手が『虫』ならばそれがバレてしまう可能性が高い。
 そうなればすぐに仕組まれた計画だと気づかれて、作戦が台無しになってしまう。
 
「……分かりました。多少…どころではない不安は多々残りますが、貴方の事を信用すると致しましょう」
「ありがとうございます殿下。我々も最善を尽くして此度の作戦を成功させてみせますゆえ」
 まだ怒っているものの、一応は納得してくれたアンリエッタに局長は深々と頭を下げる。
 確かに彼女の不安は仕方ない物だろう。作戦の概要を見たのならば尚更だ。
 そんな作戦に彼女は協力してくれるというのだ、失敗は絶対に許されない事となった。

 局長は作戦の人員配置をどうしようとかと考えを巡らせつつ、下げていた頭をスッと上げる。
「では詳しい事は明日の朝一番に…それでは最後となりましたが、その三枚目の封筒を…」
 彼はテーブルに置かれた最後の一枚…先の二枚よりも二回り大きい茶色の封筒を手に取り、アンリエッタへと手渡した。
 彼女はそれを受け取り封を切る、その前に気が付いた。封筒の中に入っているのは一枚の紙ではない事に。
 恐らく自分の指の感触が正しければ、最低でも十枚ぐらいだろうか?少なくとも数十枚の紙が入っている気がした。
「あの、局長。これは…?」
「先月殿下から許可を頂いた、当部署の人員を増加に関して、我々が在野から探し当てた者達のリストです」
 自分の質問にそう答えた局長の言葉に、アンリエッタは今度こそ封を切って中身を取り出してみる。
 
 案の定、中に入っていたのはこの広い世界のどこかにいるであろう人間の個人情報が書かれた紙であった。
 最初に目に入ってきたのは、用紙の左上に描かれた褐色肌の男の似顔絵であり、顔立ちからして四〜五十代のゲルマニア人であろうか?
 似顔絵の下には詳しい個人情報が記載されており、その一番上の行には彼の名前であろう『オトカル』という人名が書かれていた。
 個人情報もかなり詳細に書かれており、彼が元ゲルマニア陸軍の軍事教官で現在は早めの余生を過ごす為ドーヴィルで暮らしている様だ。
 それと同じような似顔絵と個人情報でびっしり覆われた紙が最初の彼を合わせて、十二枚も封筒の中に入っていたのである。
 アンリエッタは十秒ほど書類を見た後に次の一枚を捲り、もう十秒経てば捲り…
 それを繰り返して局長の持ってきた書類を確認していると、それを持ってきた本人が口を開いた。

「殿下も知ってはおられますが我が部署では貴族、平民の身分は必要ありませぬ。唯一求めているのはいかに゙有能゙か?それだけです。
 最初の一枚目の元教官は平民ですが、現在もゲルマニア南部の紛争地帯で活躍している幾つかの精鋭部隊を育て上げた有能な教官であります。
 そして今姫様が確認している女性貴族は元『アカデミー』の職員で、方針に反する『魔法を用いた対人兵器』を自作したとしてクビになり、現在は王都の一角にある玩具屋で働いてます」

503ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:27:08 ID:U9W0lNME
 局長の説明を聞きつつもアンリエッタは書類と睨めっこし、マザリーニも「失礼」と言ってその中から一枚を抜き出して読み始める。
 確かに彼の言うとおり、この書類に名前が載っている人間の経歴は貴族や平民といった枠組みを超えていた。
 現在服役中である開錠の名人に思想的にはみ出し者となっているが総合的に優秀な成績を持つ魔法衛士隊の隊員に、平民にして貴族顔負けの薬学知識を持っている女性。
 一体どこをどう探せばこれだけのイロモノを集められるのかと聞きたくなるほど、多種多様な特技を持つ変わり者たちがピックアップされていた。
 今現在国内にいる無名の人材たちを眺めつつ、アンリエッタは思わず感心の言葉を口に出してしまう。
「それにしても良くこれだけ探せましたね。特に条件付けはしていませんでしたから、ある程度幅が広がったのもあるでしょうが…」
「情報を探る事は我々の十八番ですので。この時の事を想定して常に一癖も二癖もある人物にはマークをしておりましたので」
 成程、どうやら自分から許しを得る前にある程度人材探しをしていたのか、随分と用意周到な人だ。
 並の宮廷貴族より準備万端な局長に感心しつつ、アンリエッタは一旦書類から顔を上げて満足気のある表情で頷いた。

「分かりました。貴方の部署はこれまで日陰者でしたし、ここまで調べてくれていたのなら私から言う事はありません」
「では人材確保はこのまま進める方針で?」
「えぇ、お願いします。ただ、軍に属している者については少し上層部の将軍方とお話する必要はありますが」
 王女から直々の許しを得た局長ホッと安堵した後に、慌てて頭を下げると彼女に礼を述べた。
 アンリエッタはそれに笑顔で返してから、一足遅れて書類を見ているマザリーニはどうなのかと促してみる。
 老いかけている枢機卿も先ほどの彼女と同じく書類から一旦視線を外し、それから局長を見てコクリと頷いて見せた。
 それを肯定と受け取ったのか、局長は枢機卿にも礼を述べるとすぐさまこれからの方針を話していく。
「それでは軍属の者以外に関しては我々からアプローチをかけます故、軍部との説得は何卒朗報を期待いたします」
「分かりました。今の将軍方なら、今回の増員計画にも賛成してくれる事でしょう………って、あら?」

 アンリエッタもアンリエッタ局長とそんな約束を交えた後再び書類へと目を戻し、ラスト一枚の人物が女性である事に気が付いた。
 まるで収穫期の麦の様に金色に輝く髪をボブカットで纏め、鋭い目つきでこちらを睨んでいるかのような似顔絵が印象的である。
 経歴からして平民であるのはすぐに分かるが、王都にあるいちパン屋の粉ひき担当から王都衛士隊の隊員という経歴は変に独特であった。
 しかし衛士になってからの業績は中々であり、女だというのにも関わらず衛士としては非常に優秀という評価が書かれている。
 他の九人と比べればやや地味ではあるが、その経歴故に気になったのかアンリエッタは局長に彼女の事を聞いてみる事にした。
「あの局長殿?彼女は…」
「ん?あぁこの人ですか。実は彼女は私が見つけましてな、彼女には是非とも我々の元で『武装要員』」として働いて貰いたい思ってましてな…確か愛称は、ラ・ミランと言いましたかな?」
「ラ・ミラン(粉挽き女の意)…?」
 愛称と言うよりも蔑称に近いその呼び名を思わずアンリエッタが復唱すると、局長はコクリ頷きながら言葉をつづけた。
「ラ・ミランのアニエス。王都の平民や下級貴族達の間では下手な男性衛士よりも怖れられております」

504ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:29:07 ID:U9W0lNME
――――貴女、少し長めの旅行をしてみる気はないかしら?
 あの八雲紫が夜遅く帰ってきた魔理沙の元に現れるなり、そんな事を聞いてきたのは午前一時を回った頃だろうか。
 何の前触れも無く人様の家の中、しかもベッドの上に腰かけていたのである。まぁ何の前触れも無く人の目の前に現れるのはいつもの事だが。
 パジャマに着替えて、歯も磨き終えて髪も梳き、眠たくなるまで読もうと思っていた本を片手にした彼女は最初何て言おうか迷ってしまった。
 何せこれから入ろうとしたベッドを事実上占拠されてしまったのだ、旅行とは何か?と質問すれば良いのか、それとも抗議すれば良いのか良く分からず、結局のところ…

「人がこれから寝ようって時に、何やら面白そうな話題を持ちかけてくるのは反則じゃないか?」
「あら失礼、今からの時間帯は私たちの時間帯だって事を忘れてないかしら」
 そんなありきたりな会話を皮切りにすることしかできず、しかし彼女が持ちかけてきた話をスムーズに聞く事が出来た。
 結果的にそれが功をなしたのか、晴れて霧雨魔理沙は霊夢と共にルイズのいるハルケギニアへと赴く事となったのである。


 朝のブルドンネ街は、昨晩の華やかさがまるで一時の夢だったかのように静まっていた。
 夕暮れと共に開き、夜明けと共に終わる店が多い故に今の時間帯のブルドンネ街と比べれば一目瞭然の差があった。
 それでも人の活気は多少なりとあり、繁華街に店を持つ雑貨屋やパン屋などはいつも通り商売をしている。
 通りの一角にあるアパルトメントの入り口では大家が玄関に水を撒き、たまたま通りかかった野良猫がそれを浴びて悲鳴を上げる。
 そこから少し離れた広場では主婦たちが朝一番の世間話に花を咲かせ、その後ろを小麦粉を満載した荷馬車が音を立てて通っていく。
 もしもこの国へ始めて来た観光客が見れば、この街が夜中どんなに騒がしくなるかなんて事、想像もつかないに違いないだろう。
 
 そんな極々ありふれたハルケギニアの街並みを見せる日中のブルドンネ街の一角にある店、『魅惑の妖精』亭。
 夜間営業の居酒屋であり、他の店と比べて可愛い女の子達が多い事で有名な名店も、今はひっそりとしている。
 ここだけではない。この一帯にある店は殆どがそうであり、まるで時間が止まったかのように活気というものがない。
 店で働く人々は皆家に帰ったか、もしくは店内にある部屋で軽い朝食を済ませてベッドで寝ている時間帯だ。
 『魅惑の妖精』亭もまた例に漏れず、住み込みの店員達は皆今夜の仕事に備えてグッスリと眠っている。
 その店の屋根裏部屋…長い事使っていなかったそこに置かれたベッドの上で、霧雨魔理沙は目を覚ました所であった。

「………九時四十五分。てっきり一、二時間ぐらい経ってるかと思ったが、あんがい寝れないもんなんだな」
 黒いトンガリ帽子をコートラック掛けている意外、いつもの服装をしている彼女は持っていた懐中時計を見ながら呟く。
 ルイズと霊夢の三人で朝食を済まし、そのすぐ後に用事があると言って出て行った二人と見送ってから丁度四十五分。
 特にする事が無かったのでベッド横になっていたら自然と眠っていたようで、今二度寝から目覚めたばかりなのである。
 しかし寝起き故にハッキリしない頭と妙に重たい瞼の所為で、ベッドから出たいという欲求が今一つ湧いてこない。
 いっその事このまま三度寝を敢行しようかとも思ったが、流石にそれは怠け過ぎだろうと自分に突っ込んでしまう。
(流石に三度寝となるとだらけ過ぎになるし、寝ている最中にどちらかが帰ってきたら何言われるか分からんしな)
 そういうワケで魔理沙は一旦軽く体の力を抜いて一息つくと、勢いをつけて上半身を起こした。

「ふぅ…ふわぁ〜…」
 ウェーブとはまた違う寝癖が一つ二つ出ている髪を弄りながら、彼女は口を大きくあけて欠伸をする。
 次いでゴシゴシの目を擦るとベッドから降りて、朝の陽光が差す窓を開けてそこから通りを見下ろした。
 霊夢が綺麗にしてくれた窓際に右肘を置いて顔だけを窓から出すようにして、外の空気を口の中に入れていく。
 横になっていた時と比べて瞼は随分と軽くなった気はするが、頭の方はまだまだ重いという物を感じを否めない。

505ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:31:08 ID:U9W0lNME
「うぅ〜ん、まぁ一時間もすりゃ直ってるだろうし…なぁデルフ、って…あいつは霊夢が持っていっちゃったか」
 二度寝から目覚めたついでにデルフと下らない世間話をしようかと思った所で、今はここにはない事を思い出す。
 ただ一人取り残された普通の魔法使いはため息をつくと、顔を上げて王都の青空を仰ぎ見て呟いた。
「あれから二日経ったが…街が広いせいかあんな事があったっていうのに平和なもんだぜ」
 澄んだ青空に白い雲、その下にある平和な街並みを交互に見比べながら、彼女は思い出す。
 二日前にこの街最大の劇場で起きた、異様かつ奇怪な殺人事件が起こったという事を。

 …二日前、ここ王都最大の劇場タニアリージュ・ロワイヤル座でその事件は起こった。
 男性の下級貴族が一人、劇場内で奇怪的な惨殺死体となって発見されたのである。
 被害者は無残にも手足をもがれ、更に夏だというのにも関わらず全身をほぼ氷で覆われているという状態で。
 当然警備員たちが発見したその直後に劇場は緊急封鎖、公演予定だった劇は全て中止となってしまった。
 最初こそ責任者と駆けつけた衛士隊の指示で全員が外に出れなかったが、一部の貴族が開放を強請してきた為に止むを得ず開放。
 結果的に残ったのは、第一発見者とその関係者だけであった。
 そしてその第一発見者こそが博麗霊夢であり、関係者は魔理沙とルイズ達である。

 一昨日の騒動を振り返りつつ、その時がいかに大変だったのか思い出した魔理沙は溜め息をついてしまう。
「全く、もう二度と無いかと思ってたが…まさか一度ならず二度までも取り調べを受けるなんて…」
 現場検証が終わり、被害者の遺体を最寄りの詰所に搬送した後霊夢達一同は当然の様に取り調べを受けるハメになってしまった。
 ルイズやその姉であるというカトレアという名の女性は普通に聞き込みだけで済んだが、全員が衛士達の思うように進むワケがない。
 魔理沙は先に取り調べのキツさを知っていたので、答えられる事に関しては素直に答えてスムーズに事を済ませることができた。
 折角の休日を台無しにしてしまったシエスタは常に半泣き状態だったらしく、逆に心配されたというのは後で聞いた。
 カトレアと一緒にいたニナという女の子の取り調べはしても意味が無いと衛士は判断したのか、別の部屋で迷子担当の女性衛士と一緒にいたらしい。
 そして魔理沙自身も気になっていたあの霊夢と何処か似ている巫女服の女も、答えられる分の質問にはあっさり答えてすぐに終わった様である。
 しかしその一方で霊夢は強面の衛士達に囲まれても尚我を失わず、強気な態度でもって彼らと論争したのだという。
 一緒にいたデルフ曰く、最初こそ大人しくしてたらしいのだが、取り調べ担当者の威圧的な態度が気に入らなかったらしい。
 まぁ霊夢らしいといえば霊夢らしい。お蔭で一時間で終わる筈だった取り調べは三時間近くまで延長される事になってしまった。

 結果的にその日は二十二時辺りに解放され、カトレア一行とはその場で別れる事となった。
 ルイズはカトレアから今現在の所在地を聞き、ついで姉もまた妹に所在地を聞いて目を丸くしていたのは今でも覚えている。
「…珍しいわねルイズ?貴女がそんな所に泊まっているだなんて」
「え?えーと、まぁその…これには色々とワケがありまして…」
「ふふ、別に怪しがってるワケじゃないのよ。若いうちは色んな場所へ行っておけば良いと思っただけ」
 そんなやり取りをした後で劇場前の詰所で解散、ルイズ一行は絶賛営業中だった『魅惑の妖精』亭へと帰ってこれる事が出来た。
 店の方でも今日起こった事件の事が話題になっていたのか、帰って来るなり店長のスカロンと娘のジェシカが詰め寄ってきたのである。
 ジェシカはともかくスカロンは奇怪な叫び声を上げて自分たちを抱擁しようとしてきたので、入って早々慌てて避ける羽目になってしまった。
 ルイズはおろかシエスタまで一緒になって避けた後で、「あぁん、酷い!」と嘆きつつも彼は無事に帰ってきてくれた事を喜んでくれた。

「もぉお〜心配したのよ貴方たちィ!…でも、その様子だと取調べだけで済んだ様でミ・マドモワゼルも安心したわぁ〜!」
「結構大事だったらしいけれど…、まぁアンタ達ならシエスタも含めて無事だろうとは思ってたよ」
 スカロンのオーバーすぎる喜びの舞いと、それに対して落ち着きを見せているジェシカを見て本当に親子かどうか疑ってしまう。
 何はともあれ無事に帰ってきたその日は夕食を摂る元気も無く、四人とも死んだように眠るほかなかった。
 …それから二日が経った今日、朝のブルドンネ街はいつも通りの静けさを取り戻している。

506ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:33:18 ID:U9W0lNME
「何もかもいつも通りならそれはそれで良いんだろうが、霊夢はともかくルイズはどうなんだろうなぁ〜…」
 頭上の空から眼下道路へと視線を変えた魔理沙は、朝早くから外出しているルイズの事が気になってしまう。
 昨日はあんな事件があったという事で凹んでいたのか、一日外に出ず屋根裏部屋で考え事をしながら過ごしていたのを思い出す。

 流石に死体を間近で見てしまったという事もあって食欲も無かったが、それは仕方ない事だろう。
 仕事柄そういうのを見慣れている霊夢はともかくとして、あれだけ損壊した死体を見たのだ。
 むしろそれを見た翌日からガツガツと平気な顔して飯食ってる姿を見たら、逆に心配してしまうものである。
 しかし今日の朝食に限っては、少し無理をしてでも口の中に食べ物を突っ込んでいたような気がしていた。
 ジェシカが用意してくれていたサンドウィッチを一口食べてはミルクで半ば飲み込むようなルイズの姿は記憶に新しい。
 今朝見たばかりの出来事を思い出した魔理沙は、ふと彼女が何処へ行くために外出したのか何となく分かってしまった。

「もしかしてアイツ、一昨日教えてもらったお姉さんのいる所へ行ったのかねぇ?」
 劇場で出会ったルイズの姉カトレア。ウェーブの掛かった桃色の髪以外は、ルイズとは正反対の姿をしていた女性。
 衛士隊の詰所で別れる直前に互いの居場所を教え合っていた事を、魔理沙は思い出す。
 魔理沙と霊夢はその場所について聞き覚えは無かったものの、どうやらルイズはその場所を知っているらしい。
 姉からその場所を聞いたルイズは、納得と安堵の表情を浮かべていたのである。
 それが何処にあるのか魔理沙には皆目見当がつかなかったものの、恐らくはこの王都内にいる事は間違いないだろう。
 でなければ学院のマントをバッグに詰めた以外、軽い服装で街の外なんかに出るワケはないのだから。
 一体何の用があってそこへ赴くのかは良く知らないが、きっと久方ぶりの姉妹二人きりの時間としゃれ込みたいのだろう。

 今の自分には全く無縁なそれを想像してしまい、それを取り払うかのように慌てて首を横に振る。
「はぁ…全く、縋れるお姉さんがいるヤツってのは羨ましいねぇ。………って、お姉さん?あれ?」
 自分の口から出た『お姉さん』という単語を耳にして、魔理沙はふと思い出した。
 カトレアとは別に出会ったことのある、ルイズのもう一人の姉―――エレオノールの事を。
 ルイズよりもややキツイ釣り目と、彼女以上の平らな胸と顔を除けばカトレア以上に似てない箇所が多かったルイズのもう一人の姉。
 王宮でルイズの頬を抓っていた光景を思い出した魔理沙はカトレア比較してしまい、思わずその顔に苦笑いを浮かべてしまう。
「あぁ〜…何というか、アレだな。ルイズのヤツって優しい姉と厳しい姉の両方がいて色々と恵まれてるんだなぁ〜…」
 改めて自分とは全く正反対なルイズの家庭環境に、普通の魔法使いは何ともいえない表情を浮かべてしまう。
 これまで聞いた話から察するに両親は健康だろうし、飴と鞭の役割を担ってくれるお姉さんたちもいる。
 家がお金持ちというのは共通しているのだろうが、正直魔理沙本人としてはそれはあまり口にしたくない事であった。

 実家の事を思い出しそうになった魔理沙はハッとした表情を浮かべると、急に自分の頬を軽く叩いたのである。 
 パン!と気味の音を立てて気合を入れなおした彼女は、考えていた事を忘れる様にもう一度首を横に振る。
「あぁヤメだヤメ!家の事を思い出してたらあのクソ親父の事まで思い出すからもうヤメヤメ!」
 自分に言い聞かせるかのように叫びつつ、二度三度と頬を軽く叩き、何とか忘れようとする。
 その叫び声に気づいてか通りを歩く人々の何人かが顔を上げて、一人頬を叩く魔理沙を見て怪訝な表情を浮かべて通り過ぎていく。
 
 その後、魔理沙が落ち着けるようになったのは数分が経ってからであった。 
 やや赤くなった頬を摩りつつ、ベッドに腰を下ろした彼女は溜め息をついて項垂れていた。
「はぁ…何だかんだで私も相当疲れてるっぽいな。…ルイズはともかく、霊夢があんなにいつも通りだっていうのに」
 まだまだ一日はこれからだというのに疲れた気がして仕方がない彼女は、ふとここにはいないもう一人の知り合いの事を思う。

507ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:35:22 ID:U9W0lNME
 多少落ち込んでいた所を見せていたルイズ違い、流石妖怪退治を専業とする博麗の巫女と言うべきだろうか。
 彼女や自分よりも被害者を間近で見ていたにも関わらず、昨日は朝から夜までずっと外で飛び回っていたというのだ。
 恐らく被害者を無残な目に遭わせたヤツの正体を何となく察したのであろう、そうでなければ彼女がここまで積極的になるワケがない。
 しかも大抵は部屋に置きっぱなしで合ったデルフも持って行っている辺り、結構本腰を入れて探しているのだろう。

 魔理沙自身も、被害者の損壊具合を聞いて相手は人間ではないのだろうと何となく考えてはいた。
 こういう時は彼女に負けず劣らず自分も探しにいくべきなのだろうが、生憎な事に肝心の『アテ』がここにはない。
 幻想郷ならばある程度土地勘も聞くので何かが起こった時には何処を捜すべきか何となくわかるものの、ここはハルケギニアだ。
 まだ王都の広さになれない魔理沙にとっては、何処をどう探していいか分からないのである。
 霊夢ならばそこらへん、持ち前の勘の良さと先天的才能でどうにもなるのだろうが、自分はそこまで勘が良くないという事は知っている。
 無論、並みの人よかあるとは思うのだが…霊夢のソレと比べれば文字通り月とスッポン並みの格差があるのだ。
「…まぁ、そういう考えはアイツからしてみれば単なる言い訳に聞こえるんだろうなぁ〜」
 そう言いながら魔理沙は窓から離れ、そのまま階段を使って一階にある手洗い場へと下りていく。
 このまま屋根裏部屋に居ても、仕方がないと思ったが故に。

 少しして用を済まし、手洗い場から出てきた彼女はハンカチで手を拭きながら備え付けの鏡で髪型を整えていく。 
「全く気楽なモンだよ。ま、それを含めて全部博麗霊夢の強みの一つってヤツなんだがね」
 目立っていた寝癖を手早く直すと再び屋根裏部屋へと戻り、新しい服を用意してソレに着替えて始める。
 それを手早く終えるとそこら辺の木箱の上に置いていた帽子とミニ八卦炉を手に取り帽子の中に仕舞う。
 ミニ八卦炉を中に収めたトンガリ帽子は妙に重みが増すものの、それを被る本人にとっては既に慣れた重さであった。
「今の所アイツが何を捜してるのかまでは、良く知らんが…知らんから私も無性に気になってくるぜ」
 そして壁に立てかけていた箒を手に取ると、先ほどまで寝起き姿であった魔理沙がしっかりとした身だしなみをして佇んでいた。
「まぁ特にすることは無いが…無いからこそいつも通りアイツの後を追ったってバチは当たらんだろうさ」
 最後に持ち運んでいた鞄の中から幾つか『魔法』入りの小瓶を取り出しポケットに詰め込んでから、再び一階へ戻っていく。
「鬼が出るか蛇が出るか?…いや、この世界なら竜も出たっておかしくはないぜ」
 先ほどまで沈みかけていた自分の気持ちを、水底から引き上げる様な独り言を呟きながら。

 軽快な足取りで静かな一階へ辿り着いた彼女は、ふと厨房の方にある裏口を通ってみようかなと思った。
 いつも出入りに使っている表の羽根扉は目の前にあり、そのまま五、六歩進めば通りに出られるというのにも関わらず。
 所謂というモノなのだろう。それとも今日だけは普段と違う場所から店の外に出たいと考えたのだろうか。
「…まぁこの店の裏手には入った事ないからな、一目見ておくのも一興ってヤツかな」
 自分を納得させるかのように呟きながら羽根扉の方へと背を向けて、彼女は厨房の方へ入っていく。
 綺麗に掃除されたタイル張りの床を歩き、フックに掛けられた調理器具などを避けつつ裏口へ向かって進む。
 やがて二分と経たない内に厨房は終わり、魔理沙は店の裏側へと入った。
 どうやら裏口だけではなく、ちょっとした物を置くための廊下も作ってあるらしい。
 表の二階と比べてやや埃っぽさが残る廊下の左右を見渡してみると、左の方に外へと続くドアがある。

508ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:37:13 ID:U9W0lNME
「…ふーん、成程。食材とかは全部あそこの裏側から運び入れてるってコトかねぇ?」
 そんな事を一人呟きながら少し広めの廊下を進み、裏口の前でピタリと足を止めた。
 丁度扉の真ん中にはガラス窓が嵌め込まれており、そこから店の裏にある路地裏を覗き見る事が出来る。
 やや大きめに造られている道からして、やはりここからその日の食材を搬入しているのだろう。
 道の端で丸くなっている野良猫以外特に目立つモノが無いのを確認してから、彼女は普通のドアを開けた。
 途端、朝早くだというのにすっかり熱せられた外の空気が入り込み、廊下の中へと入り込んでくる。
 一瞬出るかどうか躊躇ったものの、すぐにそんな考えを頭の中から追い出して彼女は外へと出ようとした。
 
 今も尚微かに残る頭の中のもやもやを忘れようと、いざ王都の真っただ中へと踏み込もうとした彼女は、
「キャッ…!」
「うぉッ!?…っと、ととッ」
 ドアを開けた途端、突如横から走ってきた何者かと接触してしまい、最初の一歩が台無しになってしまった。
 
 走ってきた何者かは小さな悲鳴をあげて後ろに倒れ、魔理沙は手に持っていたデアノブのお蔭で倒れずに済んだ。
 それでも崩してしまった態勢を直しきれずそのまま地面にへたり込むと、一体何なのかとぶつかってきた者へと視線を向ける。
 夏真っ盛りだというのに頭から鼠色のフードを被っており、先程の悲鳴からして女性だというのは間違いないだろう。
 しかし顔までは分からないので、もしかすれば少女の美声を持った少年…という可能性もあるにはあるだろう。
「イッテテテ…どこの誰かは知らんが、走る時ぐらいはしっかり前を見てもらわないと困るぜ」
 苦言を漏らしながら立ち上がった魔理沙はローブ姿の何者の元へと近づき、そっと手を差し伸べる。
「す、すいません…急いでいたモノで………あっ」
「お………え?」
 自分からぶつかってしまったのにも関わらず親切な魔理沙に礼を言おうと顔を上げた瞬間、頭に被っていたフードがずり落ち、素顔が露わになる。
 手を差し伸べられるほど近くにいた魔理沙はその下にあった素顔を見て、思わず目を丸くしてしまう。

 ルイズだけではないが、まさかこんな場所で再開するとは思っていなかった魔理沙は思わずその者の名を口に出してしまう。 
「アンタもしかして…っていうか、もしかしなくても…アンリエッタのお姫様?」
「……お久しぶりですね、マリサさん」
 魔理沙からの呼びかけにその何者―――アンリエッタはコクリと頷きながら魔理沙の名を呼び返す。
 しかしその表情は緊張と不安に満ちていた。これから起こる事が決して良い事ではないと、普通の魔法使いに教えるかのように。

509ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:40:42 ID:U9W0lNME
以上、先月のAパートと合わせて94話の投稿は終わりです。
何やかんやでモチベーションがうまく上がらぬ月で書くのに苦労しました。
それでは皆さん、また6月末に会いましょう。それでは!ノシ

510sage:2018/06/21(木) 23:33:31 ID:U8kt89Z.
ウルトラの人乙です

511ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:26:22 ID:51jKc83M
皆さんこんにちは。ウルトラ5番目の使い魔の73話、投稿始めます

512ウルトラ5番目の使い魔 73話 (1/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:28:55 ID:51jKc83M
 第73話
 湯煙旅情、露天風呂だよ全員集合!
  
 放電竜 エレキング 登場!
 
 
 ゲルマニアの大使をもてなせとの勅命を受けてド・オルニエール地方にやってきた水精霊騎士団とついてきた才人たち。
 予期せぬピット星人やエレキングとの戦いで時間を浪費し、もてなしの準備ができないまま絶望のうちに出迎えの時間がやってきてしまった。
 ところが事態は予想もしなかった表情を見せて動き出した。ゲルマニアからやってきた大使というのは、ギーシュとモンモランシーがかつて園遊会で出会ったルビアナだったのだ。
「お久しぶりですギーシュさま。まさかこんなところで会えるなんて! とてもうれしいですわ」
「ル、ルビアナ。ゲルマニアの大使って、君のことだったのかい」
「そうです。まあ、なんということでしょう。アンリエッタ女王陛下から招待を受けてやってきましたら、まさか待っていらしたのがギーシュさまだったなんて。わたくしも驚きました」
 そうか、そういうことだったのかとギーシュはようやくアンリエッタの不可解な勅命の意図を理解した。なんのことはない。深い意味なんて最初からなく、単に友人同士を会わせてあげようというサプライズ企画だったというわけだ。
 完全にしてやられた。ギーシュはアンリエッタの手のひらの上で遊ばれていたことで、目の前がクラクラした。ギーシュにとって、優雅で可憐なアンリエッタ女王陛下はあこがれの人だった。ルイズから奔放な一面があることは聞いていたが、それはあくまで子供の頃のことであろうと気にも止めていなかったけれど……。
「は、はは」
「ギーシュさま、どうなされました? なにか、お顔の色がすぐれないご様子ですが、ギーシュさま?」
 意識が飛びかけたのをルビアナに支えられて、ギーシュはなんとか己を取り戻した。
 いけないいけない。こんなことで忠誠心が揺らいでいては騎士失格だ。主君の戯れに付き合うのも臣下の務めではないか。きっと日ごろの公務でお疲れなんだ、そうだそうに違いない。
 かなり無理矢理に自分を納得させると、ギーシュは怪訝な様子のルビアナにあらためて向き合った。
 まあ、驚きはしたものの、ルビアナと会えたことは素直にうれしい。あのラグドリアン湖でいっしょに踊った日のことははっきりと思い出せる。閉じたまぶたのままで湖畔で舞うルビアナの姿は天使のように美しく、もう当分会えないと思っていただけに、再会の喜びがこみあげてくると同時に、アンリエッタに対する感謝が湧いてきた。
「お見苦しいところをお見せしました。おお、今日はなんて素晴らしい日なんだろう! この世に二輪しかない美しい百合の片方に再び巡り合えるとは夢のようです。この出会いを、我が敬愛するアンリエッタ女王陛下に感謝します。そしてルビアナ、あなたは前にも増してお美しい。そのお手を取ってまたいっしょに踊りたいと願うのは大それたことでしょうか?」
「まあ、お上手ですねギーシュさま。うふふ、私を独り占めにしようなんて大それたお方……なんて、嘘。ギーシュさまと踊った夜は、私にとっても最高の思い出でしたわ。こちらこそ、喜んでお相手をお願いいたします」
 ルビアナは変わらず気さくに答えてくれた。身分ではグラモンなど及びもつかないほど高いというのに、まったく驕らない清楚なふるまいには、ルビティア侯爵家だと聞いて仰天していた水精霊騎士隊の面々も感動をすら覚えていた。
 ギーシュはルビアナの差し出した手をとり、その前にひざまづいた。手袋越しのルビアナの手からは、品の良い香水の香りがほのかに漂ってくる。

513ウルトラ5番目の使い魔 73話 (2/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:30:05 ID:51jKc83M
 かなうなら、このまま理性をなくしてむしゃぶりつきたくなるような美しい手だ。けれどぼくは誇り高きグラモンの男、どんなときでも女性には紳士でいなければいけないと、ギーシュはそっと口づけをしようと顔を近づけた。が、そのときである。
〔ギーシュゥゥゥ!〕
〔殺気!? これはモンモランシー? いや、それだけじゃない!〕
 突然、刺し殺すような強烈な憎悪の波動を背中に受けてギーシュは凍り付いた。
 そして、口づけを中断して立ち上がり、そっと後ろを振り向いた。そこには、案の定怒り心頭のモンモランシーと、そればかりか嫉妬に燃え滾っている水精霊騎士隊の仲間たちの顔が並んでいたのである。
「ギーシュ、ちょっとこっち来い」
 有無を言わさずギムリたちに腕を掴まれて、ギーシュは屋敷の向こうへと連れて行かれた。
 後に残ったのは、怪訝な様子で見送るしかできなかったルビアナと、完全に呆れ果てた様子のルイズたち。そして才人は、これはさすがにみんなキレてるなとギーシュの不運を哀れんだ。
「あの、ギーシュさまはどうなされたのですか?」
 わけがわからないというふうにルビアナが言った。まぁ、それはそうだろうが、せっかくの貴賓をほっておくわけにはいかない。ルイズは仕方なく、ギーシュたちの代理としてルビアナの前に立った。
「彼らのことは心配しないでください。すぐに戻ってきます。ようこそ、トリステインへ。わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。女王陛下より、あなたを歓待するよう申し付けられております。長旅でお疲れでしょう。お部屋と、ささやかながら夕食の支度ができています。まずは当地の味覚で疲れを癒してくださいませ」
 さすが、こういうときはルイズは一流の貴族らしくきちんと決めてくれるなと、才人はルイズを誇らしく思った。
 ルイズのエスコートでルビアナは屋敷の食堂に案内されていった。メニューは土地の人たちに用意してもらった郷土料理だが、キュルケとモンモランシーの監修で貴族料理としてふさわしい盛り付けと飾りつけがされていた。
「まあ、これはなんて美味しそうな。ミス・ヴァリエール、素晴らしいおもてなしを、どうもありがとうございます」
「遠路はるばるいらしたお客人のためにと、心づくしに取り揃えました。お口に合うかはわかりませんが、どうかご賞味ください。そして、戯れにお国のお話などを聞かせていただけたら幸いです」
「心よりのおもてなし、とてもうれしく思います。ですが、どうかそう堅苦しい行儀はおやめくださいませ。私はここに傅かれるために来たわけではなく、友人を求めに参りました。ですからどうか、私のことはルビアナとお呼びください。その代わり、私もあなたをルイズさんとお呼びいたします」
 そう微笑んだルビアナの柔和な様子に、ルイズはカトレアやアンリエッタに似た温かみを感じた。視力が極端に低いためにほとんど目を開けられないというが、そんな暗さをまるで感じさせない温和な人柄にはルイズやキュルケも好感と尊敬の念を抱いた。
「では、お言葉に甘えて。あらためて、ルビアナさん、トリステインへようこそ」
「はい、よろしくお願いしますルイズさん。わたくしたち、よいお友達になれそうですわね」
 雰囲気が和み、ルイズは「ゲルマニア人にも気品と礼節をわきまえた人がいるのねえ」と、嫌味っぽくキュルケを横目で見た。もちろんキュルケは平然と「そりゃトリステインと違って大国ですから」と言い返してルイズをぐぬぬとさせた。
 くすりと笑って、ルビアナが「仲がおよろしいのですね」と言うと、ルイズは「誰がこんなのと!」と、子供っぽくむきになる。
 こうして、ルイズたちと打ち解けたルビアナは、ギーシュが帰ってくるまで女子同士で親交を深めるために会話に花を咲かせていった。
 
 
 が、そのころギーシュは人生始まって以来のピンチに見舞われていたのだ。

514ウルトラ5番目の使い魔 73話 (3/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:31:53 ID:51jKc83M
「ギーシュ、お前いつの間にあんな美人と知り合いやがった!」
 水精霊騎士隊全員からギーシュに嫉妬を込めた審問が突き付けられた。ギムリやレイナールを含め、全員目がいってしまっている。
「ど、どこでと言われても。み、みんなどうしたんだい? いつもと様子が違うじゃないか」
「そんなことはどうでもいいんだ。いいかギーシュ? モンモランシーはいい。学院の女子にもてるのも自由競争だからよしとしよう。だが、ルビティア侯爵家のご令嬢だと! 独り占めするのもほどがあるだろコノヤロー!」
「わーっ! みんな落ち着いてくれ。モ、モンモランシー助けてくれ! みんなに、ルビアナとはそういう関係じゃないって説明してくれ」
「わたしが気づいてないと思って? あなたさっき、ルビアナに見とれてわたしのこと完全に忘れてたでしょ。最近調子に乗りすぎみたいだしちょうどいいわ。この機会に自分の身の程をよーく思い出しなさい」
 こうして、最後の希望にも見放されたギーシュに怒りに燃える仲間たちの魔の手が迫る。
「み、みんな落ち着きたまえ! さっき、オンディーヌの絆を確認しあったばかりじゃないかーっ!」
「それとこれとは話が別だ! 隊長なら潔く裁きを受けろーっ!」
 そしてギーシュの断末魔が響き、まるで末法の世界のような無慈悲な地獄が繰り広げられた。
 まさに因果応報。あまりにも多くを貪りすぎると罰を受けるということだ。特に、中でももてない少年の「そんなにいっぱいいるならぼくにも一人くれよぉ! なあ、わけてくれよぉ! 女の子出してよおぉぉ!」という怨念のこもった悲痛な叫びとともに繰り出される一撃は鉛よりも重くギーシュに突き刺さっていった。
 
 
 そして、その後にボロ雑巾のようになったギーシュが部屋に叩き込まれて、ルビアナには「隊長はとてもお疲れですので、明日あらためてご挨拶させます」と、すっきりした様子の水精霊騎士隊が詫びを入れた。
 女の嫉妬も恐ろしいが男の嫉妬も恐ろしい。ギーシュはその夜、枕元のモンモランシーから一晩中呪詛の言葉を聞かされながら過ごし、昼間の戦いで疲れ切った才人たちもそれぞれの寝床に入った。
 ルイズはピット星人の色仕掛けにやられそうになった罰として才人を床に寝かせ、キュルケも夜更かしのしすぎはお肌の敵と眠りにつく。ルビアナにも一部屋が与えられ、彼女は「おやすみなさい」と言って扉を閉めた。
 こうしてド・オルニエールの最初の一日は終わった。夜はしんしんと更け、深く沈んだ森の空気は夜の獣の声で騒がしいが、固く窓を閉めた屋敷の中を騒がせることはない。
 闇は人間たちに安眠を与え、人間たちはその中で昨日の疲れを癒し、明日への活力を養っていく。そして、ハルケギニアを照らす二つの月が役目を終えて山陰に落ちていくのに代わって、ニワトリの鳴き声とともに朝がやってきた。
「おはようございます皆さん、とても素晴らしい朝ですね」
 その日は快晴、風も穏やかで暑すぎず寒すぎない気温に恵まれた始まりとなった。
 普段ねぼすけな少年たちも、この日ばかりはきっちり早起きして食堂に集合する。食堂にはすでにルビアナやルイズやキュルケたちが待っており、ルビアナに爽やかな声色であいさつされると、眠気をすっ飛ばして席についた。
 そして最後に、ちょっとおぼつかない足取りでギーシュがやってくると、少年たちは「少しは反省したかな?」と、そちらを見た。しかしギーシュは。
「やあ、諸君おはよう! なんともすがすがしい朝じゃないか。おお、おはようルビアナ。昨夜は君を迎えられなくてごめんよ。あれから今日まで、君に贈りたい歌はぼくの中ではち切れそうさ。むむっ! なんと君の隣の席が空いているではないかね。これは運命と思っていいのだろうか!」
「うふふ、もちろんですわ。さ、おいでなさってください。せっかくのスープが冷めてしまいますわ」

515ウルトラ5番目の使い魔 73話 (4/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:33:07 ID:51jKc83M
 と、いうふうにルビアナの顔を見たとたんに完全復活してしまった。いやはや、懲りないというか、なんとかは死なないと治らないを地で行っているようだ。
 これにはさすがに昨日痛めつけたばかりの水精霊騎士隊も唖然としてしまって、怒りもどこかへ飛んでしまった。とはいえ、モンモランシーだけは無言の迫力でギーシュの反対隣に割り込んでいるんだからこちらもたくましいというか。
 とはいえ、全員揃ったことで、「今日、この日の糧を与えたもうたことを始祖ブリミルに感謝いたします」の祈りの言葉とともに、朝食はおごそかに始まった。
 昨日と同様に、品よく盛り付けられた郷土料理にナイフとフォークを送る音が小さく鳴る。もっとも、行儀よかったのは最初だけで、すぐに誰からともなくおしゃべりが始まり、その中でギーシュがルビアナと知り合ったなれそめについての話題が振られると、ルビアナは楽しそうにラグドリアン湖での園遊会の思い出をみんなに語って聞かせた。
「思い出しますわ。わたくしとモンモランシーさんをかばって怪獣の前に立ちはだかったギーシュさまの雄姿。あれこそ、まことの騎士の姿ですわね、モンモランシーさん」
「え、ええそうね。ギーシュも、やればできるんだから、普段からもっとしっかりすればいいのよ。ちょっと聞いてるのギーシュ!」
「聞いてる、もちろん聞いてるさ。君たちの鈴の音のような声を一言たりとも聞き逃すぼくじゃない。もし何かがあっても、必ず君たちを守るから安心してくれたまえ」
 園遊会での出会い、突如現れたブラックキングとの戦いのことは、それを初めて聞く者たちを驚かせた。しかしそれ以上に、左右からラブコールを送られながら調子に乗っているギーシュの姿は皆を呆れさせた。
 もはや、昨夜のダメージはどこにも見られない。才人たちは、あいつは本当に人間か? と、さすがに怪しく思った。遠い異世界には、不死の命を持つ薔薇があるそうだが、まさか……? まあそれでも、あれでこそギーシュだと妙な納得を覚えたりもしたが。
 だがそれにしても、ギーシュの野郎うまくやったものだと皆は思った。モンモランシーだけでもあいつには過ぎた相手だというのに、よくあんな美人を射止めたものだ。
 ルビアナは、アンリエッタより少し年上に見えるくらいだが、サイドテールにまとめた髪や線の細い顔立ちでじゅうぶんに可愛らしくも見え、自分の容姿には自信を持っているルイズやキュルケも美人と認めざるを得ない美貌を持っていた。まったくギーシュには不釣り合いなことこの上ない。いや、最初に声をかけたのはルビアナだというが、一同は運命の巡り合わせの不思議とルビアナの物好きさを思った。
 
 しかし、一同がルビアナの真価を目の当たりにするのはそれからだった。
 朝食が終わり、ルビアナは自分の仕事のために外に出た。彼女は酔狂でド・オルニエールに来たわけではなく、このド・オルニエールで作られるワインを始めとする農作物をゲルマニアへと輸出するための下準備のために、はるばるゲルマニアからやって来たのだ。
「あらためて、とても良い土地ですわね。わたくしの拙い目では見えなくても、風が運んでくる香りと、肌で感じる温かさで、このド・オルニエールが豊かな土地だということがわかります。では、すみませんがいろいろと見せていただきますね」
 ルビアナはギーシュたちに案内されて、ド・オルニエールのあちこちを視察した。もっとも、ルビアナは弱視なので、見て回るというより聞いて回るといった感じだったが、ルビアナは平民の農夫たちにもわけへだてなく接し、農作物の銘柄や肥料の種類なども事細かく話し合って、作物を市場に出すとしたらの値段を決めていったのである。
「こちらのトマトは、貴族向けに少し値段を高めに設定してもよろしいですわね。ただし収穫から三日以内にゲルマニアに届くようにしてください。あちらの畑は、実割れが多いようですから石灰をもっと多めに撒くようにしてはいかがでしょうか」
「はぁ、貴族のお嬢様。とてもお詳しいでございますですねえ。なるほど、参考にさせていただきますです」
 てきぱきと農民たちと話しをつけていくルビアナの仕事っぷりは、ギーシュたちはおろか、ルイズやモンモランシーでさえ何も手伝うことができずに横で見ているしかないほど専門知識に優れていた。
 なぜそんなに詳しいのかと聞くと、今日のために勉強してから来たのだという。だが、本職の農家と話し合えるくらい勉強するとは並の努力ではないだろう。もちろん、その努力をものにできるだけの地力を元々ルビアナが備えていたからでもある。
 ギーシュは、どうしてこの仕事が自分たちに丸投げされたのか、それが単にルビアナの友人だからだというだけではない理由を理解した。

516ウルトラ5番目の使い魔 73話 (5/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:34:33 ID:51jKc83M
「す、すごいな。ぼくらが補佐する必要なんか全然ない。そうか、女王陛下はこのことを知っていたから、ぼくらみたいな素人にまかされたのか」
 戦慄さえ感じながらギーシュはつぶやいた。顔もいい、性格もいい、おまけに実力もある。普通に考えたら、一人の人間がこれだけ持ち合わせているのは、いうなれば『反則』だ。
 メイジの血を引いていないので魔法が使えないことを除けば、完全無欠といっていい。そんな相手が現実に目の前にいることで、美人に弱いはずの水精霊騎士隊の面々もすっかり萎縮してしまって、ギムリがぽつりとギーシュに告げた。
「ギーシュお前、ものすごい人に惚れられたもんだな」
 しかしギーシュは、ルビアナの才能に圧倒された様子ながらも、薔薇の杖を気高く掲げて答えた。
「な、なあに、相手が誰であれレディはレディさ。ぼくはレディを決して差別しない。グラモンの辞書に、撤退も降伏も存在しないのだからね」
「昨日のことといい、お前のそういうとこ、ちょっと尊敬するぜ」
 語尾が震えているが、なるほど、このブレるところが一切ないレディファーストな姿勢こそ、ギーシュがギーシュである真髄なのだろう。なんであれ、ここまで貫けばもはや美しくもあり、それが物好きな女を引き付ける秘訣なのかもと、仲間たちはある程度の敬意をそのとき彼に抱いたのだった。
 
 そして、ルビアナのド・オルニエールの視察はそれからも順調に続き、ほとんど水精霊騎士隊が手伝うことはなく、夕方になる頃には彼女はド・オルニエールの下調べを終えてしまった。
「たいへん有意義な一日でした。土地も豊かで住んでいる人たちも働き者で、順調に進めば数年後にはゲルマニアの市場にド・オルニエールの産物が並んでいることでしょう」
 特に疲れた様子もなく、野道を歩きながらルビアナは満足げに言った。
 ルビアナの手には彼女がまとめたド・オルニエールの資料の紙が束ねて握られている。先日、ギーシュたちが慌ててまとめようとした資料の十数分の一にも満たない厚さだが、びっしりと書き込まれた文章は読ませてもらってもさっぱりわからないほど濃密で、資料としての価値が天と地なのは誰が見ても明白だった。
 それにしても、ド・オルニエールがいくら小さな領地とはいえ、普通に調べれば何日も何週間もかかるであろう調査を半日で終わらせてしまった彼女の手腕は恐るべきものだ。時代ごとに、世には突出した傑物が現れるというが、こうして直に見ると恐ろしいものだ。自分たち凡人の出る幕などどこにもなくて、水精霊騎士隊の面々は「もう全部あの人だけでいいんじゃないのかな」と、疎外感を感じ始めていた。
 ところがである。それまで順調に視察を続けていたルビアナが、難しそうな様子で立ち止まったのだ。
「ううん、困りましたわね」
「どうしました? ミス・ルビアナ」
 思案するルビアナにレイナールが声をかけた。水精霊騎士隊の参謀役の彼としては、こういう場面で自然と体が動いてしまったのだ。
 しかしルビアナは振り返ると、不快な様子は見せずにレイナールに答えた。
「あなたは、レイナールさんでしたね。それがですね、ド・オルニエールの増収のプランを考えていたのですが、少々行き詰ってしまいまして」

517ウルトラ5番目の使い魔 73話 (6/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:37:10 ID:51jKc83M
「増収、ですか?」
「はい、わたくしとしてもアンリエッタ女王陛下から推薦していただきましたゆえに、できうる限りの投資をこちらにしたいと思いますが、ご存じの通り、いくら豊かな土地でも広さには限界があります。ワインの醸造工場はトリステインのほうで建設なさるそうですが、それ以外が単なる畑しかないのでは、発展が頭打ちになってしまうのですよ」
 その答えに、さすが出来る人ははるかに先を見据えてプランを立てているものだなとレイナールは感心した。ギーシュやギムリは、さっぱりわからないという顔をしているが、モンモランシーは納得した様子を見せている。
 実はこれがわからないことが領地の経営に失敗する貴族のパターンのひとつで、商売にうといトリステイン貴族の共通の欠点と言ってもよかった。単に豊かな土地ならいくらでもある。そこにプラスアルファの何かで人を引き付けて金を稼がなければ、いずれはよそとの競争に負けて衰退していくしかない。豊作がイコール繁栄だとしか思っていない貴族がだいたいこれに陥る。
 ギーシュたちはレイナールから説明を受けて、一応は納得したが、だからといっていい案があるわけでもなかった。ド・オルニエールは数年前まで過疎にあえぐ貧しい土地だったのだ。畑以外には本当になにもなく、人を引き付けるものなど皆無と言っていい。ルイズやモンモランシーもこれにはお手上げで、もちろん才人も名案などなかった。
「遊園地作るわけにもいかないだろうしなあ」
 地球でなにげなく見ていたTVで、過疎の地方が無理やり作ったテーマパークの経営に失敗して破産したというニュースが思い出される。
 このド・オルニエールの人たちには親切にしてもらった。老人ばかりになってしまった土地に、ようやく人が戻ってきたと喜んでいる住民たちのためにも、なんとかしてあげたい気持ちはやまやまだけれど、そんなすぐにいいアイデアが浮かぶわけもない。
 ただ、ド・オルニエールは首都トリスタニアから一時間という近場にあるため地理的には恵まれている。なにか、本当になにかいいアイデアさえあれば……。
 
 と、そのときであった。一行のもとに、ひとりの老人が慌てふためいた様子で走ってきたのだ。
「だ、旦那さま方! 大変です、大変でございますじゃ!」
「ど、どうしたんです? とにかく落ち着いて、なにがあったか話してください」
「と、とにかくこちらへ! ああ、恐ろしいことです。お願いでございます、すぐにいらしてくださいませ」
 動転した老人の様子がただごとではなかったので、一行はとにかく行ってみようとうなづいた。老人は才人が背負って、老人の来た方向へと走り出す。
 そして、たどり着いたのは農地から少し離れた丘の上。そこで一行は、想像もしていなかった光景を目の当たりにすることになった。
 
 丘の上の土の中から真っ白い湯気が湧いている。そしてその下からは、ゴボゴボと大きな音を立ててお湯が湧き出しているではないか。
 
「なんで地面からお湯が沸きだしてるの?」
 ルイズがきょとんとした様子でつぶやいた。来てみれば、なんてことはない光景であったが、辺りに集まってきた土地の人々は「恐ろしい」「天変地異の前触れか」と騒いでいる。

518ウルトラ5番目の使い魔 73話 (7/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:37:51 ID:51jKc83M
 どうやら急にお湯が湧き出したらしい。どうやら、この土地の人たちはこういう光景を見たことがないらしく、才人が人々を安心させるために大声で叫んだ。
「皆さん、心配しないでも大丈夫です! これはただの温泉です。なにも危ないことはありませんよ。ちょっと熱い湧き水とおんなじです!」
 才人の呼びかけで、住民たちにもやや落ち着きが戻った。
 けれど、本当にトリステインでは温泉はあまりなじみがないものらしく、きょとんとしているギーシュたちに才人はもう一度説明した。
「地面の底の底で溶岩にあっためられた水が湧き出してきてるんだよ。おれの国じゃあ火山が多いからよく見るんだけど、そういえばトリステインには火山はなかったっけか」
 火山と聞いて、何人かは「そういえば火竜山脈の近くにそんなものがあるらしいな」と思い出したようだった。
 しかし、何事かと思って冷や冷やしたが、たいしたことじゃなくてよかった。突然温泉が湧いたことは不思議だが、そういえば昔日本でも畑が突然盛り上がって火山ができたことがあったらしい。それに比べれば温泉くらい可愛いものである。
 ただ、たかが温泉でこんな騒ぎが起きるとは才人にとっては意外だった。日本育ちの才人にとっては温泉はありふれたものだが、トリステインではそんなに珍しかったのか。そういえば、魔法学院でも平民はサウナ風呂だったな。
「もったいねえな、掘りもせずに温泉が湧くなんて日本だったら……あっ! そうだ! 温泉だ、温泉を作ろうぜ!」
 才人がそう叫ぶと、皆は驚いた様子で彼を見た。
「温泉だよ温泉。いくらでも湧いてくるお湯を使って、誰でも風呂に入れる施設を作るんだ。温泉のお湯には疲れをとったり病気を治したりする効果があるから、きっとトリステイン中から人がやってくるぜ!」
 熱弁する才人だったが、ルイズやモンモランシーは冷ややかだった。
「誰でもお風呂にねえ、でも浴槽に入るのはほとんど貴族に限られてるのよ。こんなところにまでわざわざ入浴しに来る貴族なんていないわよ」
「ちなみに温泉につかると肌がすべすべになって美容にもいいんだぜ」
「作りましょう、ぜひ作りなさい」
 ちょろかった。しかし、女性への殺し文句でこれ以上のものもそうはないに違いない。
 トリステイン中、いずれはハルケギニア中から温泉で客を集めて、ド・オルニエールの作物で作った料理でもてなす。そうすればド・オルニエールはもっと豊かになれる。
 そのアイデアは才人にはバラ色に思えた。もちろん素人考えゆえに実際にやるとなると問題は数えきれず、そんな簡単に行くなら日本各地の温泉地も苦労しないであろう。
 だが、どんなアイデアもまずは思いついて口にしなければ始まらない。特に才人はその楽観的な性格で、すぐにルビアナに温泉地のアイデアを売り込み、ルビアナも実業家らしく頭ごなしに否定せずに、少し考えてから答えた。
「そうですわね。トリステインで温泉地を売りにしている場所はありませんから、もしかしたらもしかするかもしれません。ですが、まずは最低限の施設を作るにしても、わたくしはあくまでゲルマニア人ですので、お金を些少出して差し上げることはできますが、トリステインのことに直接手出しをするわけにはいかないのです」
 困った様子をしてルビアナは言った。アイデア自体は悪くはないと思ってくれているようだが、浴場を作るための人足を雇って動かすとなると、あくまで招待客として来ているルビアナの立場上国際問題になりかねない。
 道理を立てて行動するなら、まずは女王陛下に伺って許可をもらわなければならない。しかし、才人はそんな面倒は必要ないとばかりに自身たっぷりに言った。

519ウルトラ5番目の使い魔 73話 (8/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:38:45 ID:51jKc83M
「人手ならタダであるぜ。なあ、みんな!」
 そう言って才人はギーシュたちを見回した。もちろん、ギーシュたちは思いもよらない才人の申し出に困惑し、拒絶しようとした。
「おい待ってくれよサイト。なんでぼくたちがそんなことをしなきゃならないんだ!」
 ギーシュだけでなく、ギムリやほかの少年たちも口々に、そんな平民のするような仕事をどうして自分たちがしなきゃいけないんだと文句を言う。
 が、才人はそんな彼らの反応はわかっていたとばかりに、ちょっとお前らこっちに来い、と手招きして少し離れた場所に水精霊騎士隊を誘うと、教え諭すように話し始めた。
「お前ら、よーく考えてみろ。風呂場ができるってことは、集まるのは男だけじゃねえだろ。さっきのルイズとモンモンの喜びようを思い出してみろ。かわいい女の子がトリステイン中から集まるようになるんだぜ」
 それを聞いて、まずはギーシュの顔が目に見えてわかりやすく動揺した。
「か、かわいい女の子! い、いや、待てよサイト。始祖ブリミルから授かった神聖な魔法を、そんなことに使うわけには」
「ほーお? 立派だなギーシュ、おれはお前を尊敬するぜ。だけど思い出してみろよ。その神聖な魔法でモンモンは前に惚れ薬なんてものを作ってただろ? それに比べれば可愛いもんじゃないか。目に浮かばないか? 学院のせまっ苦しい浴場じゃなくて、広々した自然の中で湯気をたゆらせるモンモンの姿が」
「うっ! それ、それは! いやだけど、しかし、だけどモンモランシーが、それは」
 皆の手前、理性を総動員しようとしているギーシュであるが、すでに邪な妄想が頭をよぎっているらしく、目元口元がピクピクと動いている。それに、他の皆も多かれ少なかれ妄想の世界に入り始めていると見え、真面目なレイナールにしてさえ目が泳いでいる。
 しかし、才人が次に発した爆弾発言で、彼らの理性はタイタニックがごとく轟沈した。
 
「ちなみに、温泉では男も女も『裸の付き合い』をすることがマナーなんだぜ」
 
 ぶはっ、と数人の少年たちの鼻から血が噴き出した。
 そしてギーシュも、ついに耐えきれなかったと見えて滝のような涙を流しながら才人の手を力強く握りしめてきた。
「サイト、ぼくは今猛烈に感動している! 隊長の名において、君に水精霊騎士隊永久名誉隊員の称号を与えたいと思う」
「身に余る光栄だぜ。それでギーシュ、温泉を作るのに協力してくれるか?」
「もちろんさ。騎士として、友の頼みをどうして断れようか! そうだろう、みんな?」
 ギーシュが薔薇の杖を掲げて問いかけると、即座に水精霊騎士隊全員から「おおーっ!」という歓声があがった。
 どの顔も感動で打ち震えており、これより死地に赴くことを躊躇しない真の武士のオーラを身にまとっていた。
 
 そんな彼らを、ルビアナは少し離れたところから不思議そうに眺めていたが。

520ウルトラ5番目の使い魔 73話 (9/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:39:27 ID:51jKc83M
「ギーシュさまたち、いったい何をお話になられているのでしょう?」
「どうせろくでもないことよ」
 モンモランシーが冷ややかに即答した。
 こういうとき、男子がまともなことを考えていたためしがない。もちろんルイズも同じことを思っていたようで、なぜか皆に祭り上げられている才人を苦々しげに睨んでいた。
 平然としているのはキュルケくらいなもので、温泉の効能でまた美しくなっちゃうわね、と期待に胸を躍らせていた。
 
 そして、「裸の付き合い、万歳!」と、心を一つにした才人と水精霊騎士隊は、授業返上補習授業どんと来いで温泉浴場建設に取り掛かることを決定した。
「と、いうわけで今日から一週間、ぼくら水精霊騎士隊はド・オルニエールの発展のために、この地に残って尽力しようと思う。その旨を学院には伝えてくれたまえ」
「どうせ何言っても聞かないでしょうから止めないけど、どうなっても知らないわよ。国際問題に巻き込むことだけは勘弁してよね」
 モンモランシーはルイズやキュルケといっしょに、仕方なさそうに学院へ帰っていった。
 本音を言えばモンモランシーもルイズも残っていて見張りたかったけれど、優等生ではないモンモランシーは欠席日数を増やすのは避けたかったし、ルイズはルールに厳しい母親に無断欠席を知られるのは命にかかわる問題であった。
 しかし、悪い予感しかしない。あの才人やギーシュたちがあそこまで結束するとは十中八九ろくでもないことでしかない。まさかルビアナに直接手出しをすることはないと思うが、下手をすれば歴史に残る大惨事を招きかねない。
 ルイズは、まさかひょっとしてそれも見越して楽しんでいるんじゃないでしょうね女王陛下? と、何を考えているのか腹黒さでは底の知れないアンリエッタの顔を思い返してつぶやいた。
 
 しかし、大きな決意を持ってド・オルニエールに残った才人と水精霊騎士隊を待っていたのは、想像を絶する苦難の日々であった。
「まずは大浴場を作ろう。脱衣所に休憩所に、サウナと中くらいの岩風呂に、と。とりあえずはこのあたりを目標にして作り始めようか」
「収容人数は、まずは百人を目安にしよう。学院を休んでられるのは一週間までだ。急いでとりかかろう」
 才人が思い出した日本の銭湯の記憶を元にレイナールが簡単な図面を引いて、工事の段取りは決まった。
 役割分担をして、数十人の水精霊騎士隊はさっそく仕事に取り掛かり、建物の建築や浴場の掘削が始まる。
 しかし、順調だったのは最初だけで、作業はすぐさま壁にぶち当たった。
「くそっ、これで合ってるはずなのになんで組み合わさらないんだ?」
「だめだ、すぐお湯が漏れちまう。これじゃ浴槽に使えないぞ」
 脱衣場を作ろうとすれば床板さえきれいに張れず、浴場の穴に試しに湯を注いでみれば溜まらなかったりと、平民の仕事なんか魔法を使えば簡単にできるだろうと高をくくっていたギーシュたちは完全にあてを外されていた。
 最初の見積もりでは三日もあれば簡単に完成するだろうと思っていた。しかし、それはあまりにも楽観的に過ぎたようだと彼らはようやく思い知らされたのだった。
「せいぜい小屋を建てて大きな穴を掘ればいいだろうと甘く見てた。だけど、こりゃ相当な難物だぞ」
 ギーシュは、ただの穴ぼこと、柱も立ててない小屋を見て憮然として言った。

521ウルトラ5番目の使い魔 73話 (10/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:40:31 ID:51jKc83M
 もちろん、ギムリやレイナール、ほかの水精霊騎士隊の少年たちも浴場作りをなめていたことを痛感して、自信を打ち砕かれてまいっている。
 しかし、そこで皆を叱咤したのは才人だった。
「みんな、何を落ち込んでるんだよ。まだ工事は始まったばっかじゃねえか! お前たちには見えないのかよ。この浴場で女の子たちがたわむれる桃色の光景が! お前たちの貴族の誇りはそんなものだったのかよ!」
 その言葉に、男たちは再び立ち上がった。
「そうか、そうだったなサイト! ぼくたちは、まだあきらめるわけにはいかなかった。みんな、頑張ろう! トリステイン貴族の誇りのために、裸の付き合いのために!」
「ウォーッ! 裸の付き合いバンザーイ!」
 最低な動機であるが、とにもかくにも彼らはやる気を取り戻した。
 それからの彼らは文字通りすべてを犠牲にしてでも前進を開始した。
 水が漏るなら底を固めて『固定化』の魔法をかける。魔法を使う精神力が尽きれば才人に並んでスコップで土を掘る。建築技術がなければ、土地の人に貴族の誇りを投げ打ってでも頭を下げて聞きに行った。
 普段ならば、平民のやるような汚れ仕事や、平民に教えを乞うことは貴族の誇りにかけて忌避するが、今回は貴族の誇りよりも男の浪漫のほうが大事だった。
 しかし、やる気はあってもしょせんはドットかライン止まりの彼らの魔法はすぐに底を尽き、疲労のあまり倒れる者も出始めた。
「た、隊長、おれはもうダメです。やっぱり、おれたちなんかには過ぎた夢だったんですよ……」
 疲れ果て、絶望に染まった仲間たちの顔。しかし、今度はギーシュが彼らの顔をはたき、力強く叱咤した。
「その顔はなんだ、その目は、その涙はなんだい! 君のその涙で、温泉浴場が作れるのかい。つらいのはみんないっしょだ。けれど、夢はあきらめない人間にだけかなえられるんだ。さあ立ちたまえ、裸の付き合いが君を待っているよ」
「隊長……うう、おれが間違っていました。そうですね、裸の付き合いバンザーイ! 水精霊騎士隊バンザーイ!」
 いろいろと台無しであるが、男同士の友情だけが今の彼らを支えていた。
 だが、そのままではいくら彼らが命を削ったところで浴場の完成には間に合わなかっただろう。けれど期限が残り二日に迫って、さすがに彼らも折れかけたそのとき、ルビアナが土地の人たちを連れて加勢に来てくれたのである。
「皆さん、この方々が温泉作りを手伝ってくださるそうです。皆さんの頑張りが、ド・オルニエールの人たちに伝わったのですわ」
「貴族の坊ちゃんたちが泥まみれになってド・オルニエールのために頑張ってるのに、俺たち土地のモンが黙ってはいられませんわ。こっからは俺たちが手伝いますぜ」
 筋骨たくましい男たちが何十人も加勢に入ってくれて、浴場作りはみるみるはかどり始めた。
 岩を運び、しっくいで固め、平行を計って柱を立てる。おかげで、穴ぼこと掘っ立て小屋に近かった浴場は清潔感と風情のある温泉へと生まれ変わっていく。
 ギーシュたちは、土地の人たちと、彼らを連れてきてくれたルビアナに感謝した。彼女はあれからもド・オルニエールの視察を続けていたが、ギーシュたちの頑張りを見て、それを人々に伝えてくれていたのだった。
「ありがとうルビアナ、君のおかげでぼくらは絶望の淵から救われた。ありがとう、ありがとう」

522ウルトラ5番目の使い魔 73話 (11/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:41:43 ID:51jKc83M
「礼には及びませんわ。わたくしではなく、ギーシュさまたちの頑張りが人々に通じたのです。我が身を削って平民の模範になるとは、皆さまは本当に貴族の鑑でいらっしゃいますわ」
「そ、それは……その、うん……」
 澄み切ったルビアナの笑顔が良心をチクチクとつつく。本当は貴族の鑑どころか人間として最低な動機でやっているのだが、まさか言うわけにはいかない。
 と、そのときだった。ルビアナはぬいぐるみのような白い何かを抱いていたのだが、それが急に動き出したかと思うと頭をこちらに向けてきて、ギーシュや才人たちは仰天した。
「エ、エレ、エレキングぅっ!?」
 それはサイズこそぬいぐるみ大ではあったが、正真正銘の生きたエレキングそのものであった。しかもリムエレキングのようにディフォルメ調なものではなく、小さいだけでそのままの姿の本物のエレキングであり、当然それを見たギーシュたちは血の気が引いた。
「ル、ルビアナ、そ、それはいったい?」
「この子ですか? このあいだ湖畔を散歩していましたら懐いてきましたので、わたくしもつい可愛らしくなってしまいまして。とても人懐こくていい子ですよ」
 エレキングの幼体があの湖にまだいたのか! 驚いたギーシュたちは当然ながら、そいつは怪獣の子供なんだと告げて手放させようとしたが、ルビアナはぎゅっとエレキングを抱きしめてかばった。
「いけませんわ、よってたかって子供をいじめようだなんて。この子はまだいけないことは何もしていないではありませんか」
「い、いや、そう言ってもそいつは」
「しかしもかかしもありません。わたくしはわたくしを慕ってくれるものには相応の愛情を持って返します。譲りませんわよ」
 そこまで言われては、それ以上の説得は難しそうだった。
 才人とギーシュたちは相談し、無理に引き離してもルビアナを怒らせるだけであろうし、しばらく様子を見ることにした。今のところ小さいエレキングが暴れたりする気配はないし、ルビアナにも操られたりしているようなきざしはない。GUYSのリムエレキングのようにおとなしいまま育ってくれるならそれでいい。ただし怪しい様子があれば、ルビアナになんと言われようと断固対処する。
 だがそれにしても、あのエレキングはオスだろうかメスだろうか? もしオスだったらあいつはルビアナといっしょに温泉に……。
 危機感が変な方向にズレ始めているが、一同は気を取り直して浴場作りを再開した。あと一息、もう一息。ものづくりに慣れた平民たちの力で、完成に近づいていく温泉施設。平民の力をなめていた少年たちは素直に彼らの力を賞賛して、平民たちに負けていられるかと、少年たちも最後の力を振り絞る。
 そして温泉浴場はその完成した姿を少年たちの眼前に現した。
 
「お……おおーっ! これが温泉というものか」
 
 とうとう期限の最後ギリギリで、水精霊騎士隊製の温泉浴場は完成した。

523ウルトラ5番目の使い魔 73話 (12/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:47:55 ID:51jKc83M
 二十メイル四方の岩風呂に、平民たちの助力で小さめの薬草湯や寝湯なども並ぶ、立派な浴場である。時間の関係で建物は脱衣場のみであるが、数百人はゆうに受け入れられる露天風呂として申し分ない出来となった。
「やった。これも諸君らの汗と涙のおかげだよ。ありがとう、ありがとう」
 ギーシュは仲間たちの手を取り、心からの感謝を述べた。しかし、これは始まりでありゴールではない。才人がギーシュの手を握り返しながら言った。
「ギーシュ、喜ぶのはまだ早いぜ。おれたちはなんのために温泉を作ったんだ?」
「そ、それはもちろん! は、はだはだ……よーし! って、そういえばどうやって女の子たちを呼べばいいんだ」
 やる気を出しかけたギーシュは、今ごろになって肝心なことに気がついて固まった。
 そうだ、そういえば温泉を作ったはいいが、肝心の女の子たちを呼ぶ方法を考えていなかった。
 呼んで来てくれるのは、モンモランシーをはじめ学院の女子生徒にある程度心当たりはある。しかし、それだけではここまでの苦労をしたかいがないし、大義名分であったド・オルニエールのためにもならない。
 皆の顔を失望が支配していく。だが、その絶望を輝かしい光で破ったのはまたしても才人だった。
「フッフッフ、ギーシュ、その心配はないぜ。温泉の宣伝になって、かつおれたちも存分に役得を得られる手ならもう打ってあるんだよ。ほら、そろそろ来るぜ」
「なっ、なんだって!?」
 驚愕に顔を固める水精霊騎士隊。そのとき、彼らのもとに若い女性の声が響いてきた。
 
「おーいサイトー! 温泉ってのはここでいいのかいー?」
 
 きっぷのいいその声は、才人にとっては聞きなれた声だった。
 振り返ると、そこにはジェシカを先頭にして魅惑の妖精亭の女の子たちが揃ってやってきているではないか。
「おっ、ジェシカ、よく来てくれたな」
「招待状受け取ったよ。なんでも疲れに効いて美容にもいいんだって? せっかく店を休みにしてみんなで来たんだから、期待させてもらうからね」
 ジェシカはにこりと笑い、旅の荷物をいったん宿に置くために去っていった。もちろんその間、ギーシュたちの眼差しは美少女ぞろいの魅惑の妖精亭の顔ぶれに釘付けになっていたのは言うまでもない。
 そして、来訪者はそれだけではなかった。
「サイトーッ! 言われた通り、声はかけておいたわよ。思った以上についてきちゃったけどね」
 ルイズの声がして、そちらのほうを振り向いた少年たちはまた驚いた。そこには、ルイズとモンモランシーとキュルケに続いて、学院の女子が何十人もやってきていたのだ。
 これはいったいどういうことだ!? ギーシュでさえ、これだけの人数を集めるのは無理なのに。
 すると、女子たちの中からツインテールの小柄な少女が前に出てきた。
「フン! クルデンホルフ大公国の姫をもてなすには粗末なところね。けど、ヴァリエール先輩のお誘いだし、ティラとティアがどうしてもって言うから来て上げたから感謝しなさい」
「わーい! 温泉だ温泉。この星にも温泉があるなんて思わなかった」
「姫殿下ったら、ほんとは自分も楽しみにしてたくせに。ですよね? エーコ様」
「そうよ、ビーコにもシーコも、あと何日かしらって何回聞かれたことか。あ、怒らないで姫殿下。さー、水妖精騎士団前進ーっ!」

524ウルトラ5番目の使い魔 73話 (13/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 09:10:44 ID:51jKc83M
 ベアトリスを先頭に、学院の女子たちもいったん戻っていった。去り際にルイズが、「ド・オルニエールのためなんだからね」と言い残していったが、もう大方の少年たちの耳には入っていない。
 才人はここまで考えて用意してくれていたのか。水精霊騎士隊の才人を見る目が尊敬へと変わっていく。その眼差しを心地よく受けて才人はフフンと誇らしげに鼻をこすってみせた。
 しかし、才人は下心だけで人を集めていたわけではなかった。
「サイトおにーちゃーん! みんなで来たよーっ!」
 幼く元気な声はアイのものだった。トリスタニアの孤児院から、子供たちも才人は招待していたのだ。
 変わらず元気にまとわりついてくる子供たち。そんな彼らをなだめて、ティファニアが才人にお礼を言った。
「お招きありがとうございます、サイトさん。本当にその、タダで使わせてもらってよろしいんですか?」
「もちろんさ。子供たちもたまにゃトリスタニアの外に出してやらなきゃな。テファも遠慮しないでゆっくりしていってくれよ、新装開店無料サービスさ」
「はい。それじゃみんな、荷物を置きにいきましょう」
「はーい!」
 ティファニアに先導されて、子供たちも去っていった。もっとも、才人をはじめ、少年たち全員の目は、子供たちの手を引きながらもぷるんぷるんと揺れるティファニアの双丘に釘付けになっていたのは言うまでもない。
 あの幸せ製造機と裸のお付き合いを……。ギーシュたちの胸に人生最大の幸福感が宿る。
 生まれてきてよかった……そして、才人に人生すべてを引き換えにしても返しきれないほどの感謝を込めて、ギーシュは才人に滝のような涙を流しながら言った。
「ぼくは、ぼくは、ごれぼどまでに友情の尊さをがんじだごどばないっ! サイト、ぼくは君にどうやってこの感謝を伝えればいいかわからないよ!」
「なに言ってんだギーシュ、友だちじゃねえか。それによ、メインディッシュはまだ残ってんだぜ」
「えっ?」
 すがすがしい笑顔とともに才人は言った。この上、まだ誰か来るというのか?
 そのとき、一同の耳にこれまでとは違う、金属の甲冑が鳴る乾いた音が響いてきた。
 この音はまさか? まさかそこまで呼んだのか! ギーシュたちの脳裏に、この音を立てる甲冑をまとった唯一の部隊の名前が浮かぶ。
「姉さん、みんな、来てくれたんだな」
「サイト、いい保養所を作ったそうだな。なるほど、確かにここなら任務の帰りに立ち寄るには都合がよさそうだ。温泉とやら、期待させてもらうぞ」
 アニエスら銃士隊も呼んでいたのか! さすがにそこまでするのかと思ったが、アニエス以外の隊員たちはプライベートだということで期待に胸を膨らませた顔をしている。

525ウルトラ5番目の使い魔 73話 (14/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 09:17:43 ID:51jKc83M
 仕事中は苛烈でも、彼女たちも年頃の女性だということには変わらない。銃士隊と付き合いが長い才人だからこそ、そのあたりをうまく招待状に盛り込んで彼女たちの意欲をかきたてたのだ。
 もっとも、隊員たちにすれば口実はなんであれ才人とミシェルをくっつけるチャンスができればなんでもよかったらしく、さっそく後ろでためらっているミシェルを才人の前に押し出してきた。
「サ、サイト……わ、わたしは美容とかそういうものはどうでもよかったんだが、サイトがせっかく呼んでくれたから、その」
「いやいや、遠慮することなんかなんにもないって。温泉ってのは、つかるだけでも気持ちいいものなんだから。入ったらきっと気に入ってくれると思うぜ」
「そ、そうか。じゃあ、わかった」
 いまだ初々しさの抜けないミシェルに、才人は「かぁーっ、かわいいなあーっ!」と、心の中で悶絶した。
 もちろん、ほかの銃士隊員たちも明るく開放的で、しかも美人ぞろいだ。サリュアやアメリーやリムルらの見知った顔ぶれも温泉を楽しみに来てくれたのがわかる嬉しそうな顔をしている。
 ギーシュたちの興奮はいまや最高潮だ。美少女、美人がよりどりみどりで、こんな幸せがこの世にあっていいのだろうか。
 一方で才人も、自分のつてを最大に利用することで長年の夢だった男の浪漫を実現できて感動していた。人生って、苦労したぶんだけ報いがあるんだなあと、日ごろの苦労を思うと心からしみじみする。
 
 だが、才人も想定していなかった事態がここで起こった。銃士隊の隊列の中からフードを目深にかぶった少女が歩み出てきたかと思うと、フードをまくってトリステイン貴族ならば知っていて当然の尊顔を見せたのだ。
「うふふ、サイトさん、ルイズといっしょに自分たちだけ楽しそうなことをしてはいけませんわよ」
「いっ! じっ、女王陛下ぁっ!?」
 まさかのアンリエッタ女王陛下の登場に、一同は揃って仰天した。ギーシュたちは、「サイトお前女王陛下まで呼んだのか!」と詰め寄るが、さすがに才人も「知らない知らない! おれは銃士隊のみんなしか呼んでない」と答えるしかなかった。
 するとアンリエッタは涼しい顔で、彼らの疑問に答えた。
「ふふ、このトリステインでわたくしに隠し事ができると思わないでくださいね。慰安をとりたいのはわたくしだっていっしょですもの」
「し、しかし女王陛下がいなくなってはお城が大変なことになってるのでは!」
「一日や二日女王がいなくなったくらいで傾くほどトリステインはやわではありませんわ。それに、わたくしの留守中に不埒なことを企む輩が現れたら、それはそれでお掃除のいい機会ですもの」
 だめだこの人完全に確信犯だ。アラヨット山の遠足のときといい、もはや数々の修羅場をくぐりすぎて精神が鍛えられすぎている。
 アニエスは横顔で、「すまん、止められなかった」と謝ってきているが、これはとんでもない爆弾を押し付けられたようなものである。
 ギーシュはあまりのプレッシャーに立ったまま気絶し、ほかの面々も青ざめている。
 
 なんとも、すさまじいメンバーが一堂に会してしまった。いずれも曲者ばかりの顔ぶれの中で、男たちは『裸の付き合い』にたどり着けるのであろうか。
 
 未来に待つものは希望か絶望か。男たちの全てをかけた人生最大の戦いが始まろうとしている。
 そんな彼らを、ルビアナはエレキングを抱きながら笑って眺めていた。
「ウフフ、これはおもしろそうなことになりそうですわね」
 
 
 続く

526ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 09:24:10 ID:51jKc83M
今回は以上です。では、また来月に

527ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/06/30(土) 21:50:59 ID:wWucSWQA
ウルトラ五番目の人、投稿おつかれさまでした
さて皆さん今晩は、無重力巫女さんの人です。
今夜も月末になりましたので投稿を…と行きたいのですが…。

先週月曜大阪で起きた地震関係でリアルが色々と忙しく、半分しかできてない状態です。
前後編でも区切れない状態の為、身勝手ながら今月の投稿はお休みする事にしました。本当にすみません。
来月末からはまた元通りになりますので、これからもよろしくお願いします。

528ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 21:47:03 ID:DazbEoRo
皆さん、お待たせいたしました。ウルトラ5番目の使い魔、74話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

529ウルトラ5番目の使い魔 74話 (1/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 21:48:05 ID:DazbEoRo
 第74話
 水精霊騎士隊、暁に死す
  
 宇宙怪獣 エレキング 登場!
 
 
 突然、ド・オルニエールに湧いた温泉を使って『裸の付き合い』を目当てに温泉浴場を作った才人と水精霊騎士隊の少年たち。
 血と汗と涙の努力は報われ、完成した温泉欲情もとい温泉浴場には学院の女生徒たちや魅惑の妖精亭の店員たちらの多くの招待客が訪れた。
 しかし、噂を聞きつけてアンリエッタ女王陛下までがお忍びでやってきてしまった。
 波乱……いや、嵐がド・オルニエールに訪れようとしている。これから始まる、男たちの全てをかけた大決戦。湯煙の先に待つのは天国か、それとも地獄か。
 
 
 温泉浴場が完成した翌日。運命のその日は真っ青な晴れで風もおだやか。空には小鳥たちが舞い、平和と幸せを謳歌していた。
 トリステインのあちこちから招待されてきた女の子たちも温泉につかり、美容と健康に良いとされる湯の温かさを満喫しながら周りと語り合い、裸の付き合いを楽しんでいる……一部の邪悪な意思を持つ者たちを除いて。
「聞こえる、温泉の流れる音が。キャッキャウフフと湯気とたわむれる女の子の声が……この先には、人類の理想郷。究極のアルカディアが広がっている。しかし、それをたった薄布一枚に邪魔されなければならないとはぁぁぁっ!」
 ド・オルニエールの空にギーシュの叫びがこだました。
 彼らの前には、彼らが必死の思いで完成させた温泉浴場と、その温泉を覆い隠して高々とそびえる天幕の壁がそびえたっていた。浴場の中にいる女の子たちの姿は隠されて見えず、響いてくる声だけが男たちをやきもきさせている。
 もちろん、これはただの天幕ではない。『錬金』の魔法でも破れないほど『固定化』の魔法をがっちりとかけて、探知の魔法もかけられている恐ろしい魔法の天幕なのだ。
 天幕の前では才人や水精霊騎士隊が呆然とするか、あるいは憤慨して立ち尽くしている。
 
 だが、どうしてこんなのけもの扱いをされているのだろうか? 説明はいらないかもしれないが、少し前にこんなことがあった。
 新装開店したド・オルニエール公衆浴場(仮)の記念すべき最初の客として招かれてきた女の子たちを前にして、ギーシュたち水精霊騎士隊があいさつをおこなっていたときのこと。
「えーっ、みなさん。本日は、お忙しい中はるばるやってきていただき感謝いたします。ここで感謝の言葉の百もあなたがたに捧げたいところですが、余計な時間を使うなとみんなに言われてるので、ありがとうと述べるにとどまらせていただきます。温泉の効能や入浴のマナーについては、先にお渡しした冊子に書いてありますので、そちらを参考にしてください。なにかご質問はありますか?」
 ここまでは特に問題なく進んだ。ギーシュとしては、もっとしゃべりたいことは山のようにあったが、打ち合わせで「それはいらない」と満場一致で決められたので仕方がない。

530ウルトラ5番目の使い魔 74話 (2/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 21:49:51 ID:DazbEoRo
 問題は、質問を受け付けたときにルイズが手を挙げたことに対する回答だった。
「浴場は全部解放式みたいだけど、男女の区別はどうするの?」
 この質問はもっともだった。本当なら同じ作りの浴場をもうひとつ作って男女別にするべきだが、そこまで作る余裕がなかった以上は方法は二つしかない。
 しかし、二つのうちの一つは、いくら才人やギーシュでも「それを言い出すのはまずい」とわかっていた。そこで才人らは、時間差制にして、まずは女子が入って次に男子が入るというのを考えていた。
 これなら、女子に変なことを言われる心配はないし、男子は番頭や売り子として「合法的」に湯上りの女の子たちと身近に接することができる。そしてそれを足掛かりにして、もっと大胆に……という計画だった。
 もちろん、ギーシュもそう答えるつもりだったのだが。
「そこは男女の時間を……」
「混浴に決まってるじゃないか!」
 その瞬間、「え゛っ?」と、空気が固まった。
 誰だ! みんな思っていても、それだけは言ってはいけないことを言ってしまった大馬鹿者は! 
 声の主を探して、ギーシュたちの視線はひとりのふとっちょの少年に向けられた。どうやら我慢に我慢を重ねてきた結果、リピドーが限界に達していたらしいが、慌ててそいつの口を押さえたときには女子の目つきは鬼のようなものに変わっていた。
「へぇー、やっぱりそうだったの。あんたたちが単なる親切でこんなことするわけないと思ってたけど、そういうことだったのね」
「いっ! ち、違うよこれは。ぼくたちはそんなことは全然まったく」
 しかしすでにルイズや女子生徒たちの目はゴミを見下すように冷酷になっており、ティファニアさえも汚いものを見るような目をしている。
 もはや言い逃れは不可能だった。助平な男を見慣れているジェシカたち魅惑の妖精亭の女の子たちはともかくとして、ほかのほぼ全員が怒りに燃えた眼差しになっており、彼女たちは大声で男子全員に怒鳴りつけた。
「出て行きなさい!」
 逆らえば魔法で消し炭にされる剣幕に、男子たちは一目散に逃げだした。
 そして、浴場の周りには銃士隊の手によって魔法の天幕が張り巡らされて視界がふさがれ、完全に男子はシャットアウトされてしまったのだ。というか、なんでこんなものを用意していたのか? それはもちろん、あの人の差し金である。
「うふふ、殿方が集まればこういうことになるだろうと思ってアニエスに用意させておいて正解でした」
「私、女王陛下にだけは生涯逆らわないようにいたします」
 底知れなさというか腹黒さの度合いを上げていくアンリエッタに、アニエスは怒らせたら何をされるかわからないというふうな恐怖すら覚え始めていた。
 しかし、眺めは多少悪くなったが浴場は完全に隠され、男子禁制の聖域が出来上がってしまった。女の子たちはさっそく服を脱いで浴場へ向かい、それぞれ思い思いに温泉を楽しみ始めた。

531ウルトラ5番目の使い魔 74話 (3/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 21:50:53 ID:DazbEoRo
 適度な熱さの湯が体に染みわたり、何とも言えない心地よさが全身を巡ってくる。それは香水の入った学院の大浴場など比較にならない気持ちよさで、青々と晴れた空を見上げられる解放感もあって最高の幸せを彼女たちに提供してくれた。
「ふあぁ……なにこれ、きっもちいい」
「体がとろけるみたい。天国だわぁ」
 まずはジェシカたち魅惑の妖精亭の女の子たちが惚けたようにどっぷり湯につかっていた。彼女たちは普段は平民用の粗末な風呂にしか入ったことはなかったので、物おじしない性格の子たちばかりなのもあって、広さとたっぷりの湯のある温泉に真っ先に飛び込んだのだ。
 その気持ちよさは文字通り想像以上。そして彼女たちの気持ちよさそうな様子を見て、温泉というものにいざとなるとおっかなびっくりだったベアトリスたちも次々と入っていった。
「はーぁ……」
「ああぁ……ん」
 煽情的な声も混じって、湯につかる女の子たちは初めてのその快感を存分にかみしめていた。
 男たちは天幕の外側から、歯を食いしばって漏れ聞こえてくる音と声を聞くばかりである。
「く、ぐっぞぉぉ、本当ならあのそばにいるのはぼくたちのはずだったのにぃ」
「隊長、この裏切り者はいかがいたしましょうか! もうすでに全員でボコボコにして虫の息ですがまだ生きております!」
「簀巻きにして川にでもドボンしたまえ。おのれぇぇぇ! ぼくらの血と汗と涙だってのにぃぃぃ」
 あまりの悔しさにいつもの気取ったセリフも崩れてしまっているが、ギーシュの血涙に全員が同感であった。才人もギムリもレイナールも、ほかの水精霊騎士隊隊員全員も、ただひたすら「裸の付き合い」を夢見て頑張ってきたのに、それが水の泡と化して納得できるはずもない。
 しかし、いまさら弁解しに行ったところで相手にされるはずもなく、彼らはそこで指をくわえて見ているしかできなかった。
 
 そうしているうちにも、温泉の中ではこれまで面識のなかった子たちも親睦を深め合っている。
 大浴場には大勢の子たちが湯につかり、何人かは「泳いではいけません」のマナーを無視して怒られている。それだけ大浴場は広かったのだが、そんな一角でルイズやアンリエッタ、ベアトリスやルビアナらの王家&金持ちズが並んで話していた。
「じょ、女王陛下におかれましては、こ、このようなところで恐悦至極にございまして」
「ミス・クルデンホルフ、そんなかしこまらないでください。聞くところによると、裸の付き合いでは皆が平等だそうではありませんか。気にせず学院のクラスメイトだと思って話してください。ルイズもそうしてくれていますわ」
「は、はあ、しかし臣下といたしましては、その」
 さしものベアトリスも女王陛下の前では恐縮してしまっていた。クルデンホルフ家がいくら大金持ちだといっても、立場的にはトリステインに仕える一貴族に過ぎない。

532ウルトラ5番目の使い魔 74話 (4/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 21:52:11 ID:DazbEoRo
 ベアトリスとしては、ド・オルニエールに女王陛下もお忍びで来ていると知って驚いたものの、この機会にあいさつして顔を売り込むところから始めようくらいに思っていた。が、いきなり「あなたはクルデンホルフ家のベアトリス姫でしたわね、あなたのお父上にはいつもお世話になっておりますわ」と、友人のように親し気に話しかけられて、すっかりペースを乱されてしまっていた。
 どう答えれば無礼に当たらないんだろうかと、格上の相手に対する経験が乏しいので目をグルグルさせながら混乱しているベアトリス。いつものツインテールも解いて髪を流しながらうろたえている様は可愛らしいくらいであったが、さすがに見かねたルイズが助け舟を出してきた。
「女王陛下、あなたももう子供ではないのですから少しはつつしんでくださいませ。と、いつもなら申し上げるところですが、言ってもどうせ聞きませんわよね。ベアトリス、この人は女王やってるときとプライベートでは別人だと思ったほうがいいわよ。まだ何を企んでるかわかったものじゃないんだから」
「は、はぁ……」
「まあルイズったら、わたくしが願っているのは常に愛と平和だけですわよ。うふふふ」
 アンリエッタは親し気に謎めいた笑顔を浮かべるだけで、何を考えているかわからない。けれどベアトリスは、貴族としての格差からいまひとつ避けてきたルイズが意外にも優しく助けてくれたことに感謝を覚えていた。
「あ、あの、ヴァリエール先輩」
「堅苦しくしないでいいわよ。この女王陛下はね、幼いころはそれはもう手に負えない悪童だったんだから。遊び相手をつとめさせていただいたわたしもどれだけ大変だったことか。ねえ陛下?」
「あらルイズ。無垢で純粋だったわたしに数えきれないほど悪い遊びを教えてくれたのはあなたではありませんか。なんなら、今ここで勝負の続きを始めましょうか? 今日まででわたくしの二十九勝二十四敗一分けでしたわね」
「いいえ陛下、わたしの二十七勝二十五敗二分けです!」
「ウフフフ」
「フフフフ」
「あ、あのぅ、陛下? ヴァリエール先輩?」
 なにやら身内同士のバトルが勝手に始まってしまって、部外者のベアトリスはあっさり蚊帳の外にされてしまった。すごく居心地が悪いが、こういうときに限ってエーコたちもティアたちもどこかに行ってしまって頼りにできない。
 誰か助けてー。勝手に移動するわけにもいかずに困り果ててしまったベアトリスに、今度こそ助け船を出してくれたのは隣で見守っていたルビアナだった。
「まあまあ、女王陛下は普段気を張られているから、たまには発散したいんですわよ。ミス・クルデンホルフにも覚えがあるでしょう?」
「はい……あの、ミス・ルビティア様」
「ルビアナでけっこうですわ。いいものですわね、お友達って。身分に関係なく、会えばそれだけで本音で語り合えて。わたくしも、国では傅かれたり、立場を頼られたりすることはあっても対等に語り合える人は少ないですわ。ベアトリスさん、よければ私と友人となってくださいませんか?」
 そう微笑んだルビアナの温和な姿勢は、身構えていたベアトリスの心を溶かしていった。

533ウルトラ5番目の使い魔 74話 (5/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 21:53:22 ID:DazbEoRo
 同じ成り上がりの金持ちとはいえ、トリステインの金持ちとゲルマニアの金持ちとでは次元が違う。しかしルビアナは上から見下す様子はまったくなく、より成熟した大人の包容力は、母か姉のようでさえあった。
「はい、ルビアナさん。わ、わたしなどでよければ、お、お友達に」
「ええ、こちらこそよろくお願いします。あら? そういえばベアトリスさんって傍で見ると小さくてかわいいわね……うふふふ」
「え? あの、ルビアナさん」
 ベアトリスはずずいっと寄ってくるルビアナに、本能的に震えを感じた。なにか急に雰囲気が変わったけど、ま、まさか。
「わたくし、お友達もほしかったですけど、実は妹もほしかったんです。ねえ、もっと近くに寄ってもいいかしら?」
「え、ちょ、あーっ!」
 逃げる間もなくルビアナはベアトリスをぬいぐるみのように抱きしめてしまった。ぎゅぎゅーっ、と、豊満なバストがベアトリスの顔を包み込んでしまう。
「う、うぷっ、お、おぼれるぅ!?」
 キュルケくらいはゆうにあるルビアナのバストは小柄なベアトリスを飲み込んでしまうにはじゅうぶんなボリュームがあった。ベアトリスが溺れかけているのを見て慌てて離してくれたものの、ベアトリスはスレンダーな自分とは大違いな大人のボディを間近で見せつけられてしまって、すっかり自信を喪失してしまった。
「うぅ、あ、あれには、か、勝てない」
 クルデンホルフの名にかけて、どんな壁でも乗り越えてやろうと心に決めていたが、今のベアトリスの前に立ちはだかる壁、いや巨峰はあまりにも美麗で高すぎた。
 一方で、隣で繰り広げられているルイズとアンリエッタのバトルも佳境を迎えていた。さすがに人の目があるので取っ組み合いのけんかには至っていないが、舌戦ではすさまじい殺気が飛び交っている。
「こ、この牛みたいな乳だけの腹黒女王!」
「なにか言ったかしら? ナイ乳のルイズ」
 しかしやはり体形の勝負ではルイズが圧倒的に不利であった。たとえるならハンペンとプリン、ししゃもとクジラ、シャボン玉と太陽。
 結局ルイズは言い負かされてしまい、隣で黄昏ていたベアトリスと無言のシンパシーを感じて手を取り合った。
「ベアトリス」
「ヴァリエール先輩」
「わたしたちは同志よ!」
「はい、あんな脂肪の塊なんかに負けません。いっしょに戦いましょう!」
 人はひとりでは絶望に立ち向かえない。共に立ち向かう仲間を得て、ふたりの間に固い友情の架け橋がつながったのだった。

534ウルトラ5番目の使い魔 74話 (6/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 21:54:03 ID:DazbEoRo
 もっとも、持てる者であるアンリエッタやルビアナと、持たざる者であるルイズやベアトリスとの差はあまりにも大きい。勝ち誇るアンリエッタと、そもそもライバル視されていることにさえ気づいていない様子のルビアナに対して、ふたりの絶望的すぎる戦いは始まったばかりだった。ルビアナの隣に浮かぶ幼体エレキングは、理解できないというふうにアンテナをくるくる回しながら首をかしげていた。
 
 とはいえ、浴場での裸の付き合いはそんな殺伐としたものばかりではない。
 別のところではアニエスとジェシカがのんびりと日々の疲れを癒していた。
「ふぅ……たまにはこういうところで羽を伸ばすのも悪くないな」
「隊長さんもそう思う? これいいわー。体が浮き上がって雲の中にいるみたい。はー、癒される」
 アニエスが温泉の湯で顔を流し、ジェシカの黒髪を汗が流れていく。
 働き者で大勢をまとめるリーダー同士でもあるふたりは仲良く日ごろの垢と汗を流し、互いの苦労話などを語り合っていた。
 
 また、別の場所では魔法学院の生徒たちが魅惑の妖精亭の女の子たちから美容と男を魅了する方法を伝授されたりしている。
 その一方で意外と苦労しているのが銃士隊だ。ティファニアの連れてきた孤児院の子供たちに物珍しさで懐かれてしまい、休むつもりが遊び相手にされてしまっていた。
「わーい、おねえちゃんこっちこっち!」
「めっ、おねえさんたちに迷惑かけちゃダメでしょ。すみません、皆さんせっかくのお休みなのに遊んでいただいてしまって」
「いーよいーよ、休むだけがお休みじゃないし。あっ! こーら、今あたしのお尻さわったでしょー! まてーっ」
 まだ男湯女湯の区別がない幼い子供たちには温泉も珍しい遊び場でしかなかった。頭を下げて詫びるティファニアを気にもせずに、子供たちは水遊びをしている。銃士隊の中でも人懐っこいサリュアたちが遊んでくれているけれど、ティファニアは申し訳なさでいっぱいであった。
「ほらみんな、遊ぶなら向こうの小さいお風呂に行きましょう。お姉ちゃんも遊んであげるからね」
 ティファニアは仕方なく大浴場を離れて、空いている隣の岩風呂に移った。こちらでなら、ほかの客に迷惑になることもない。けれど、子供たちのやんちゃは疲れ知らずだった。
「わーい! テファお姉ちゃんのとったわよー」
「キャーッ! わ、わたしのタオル返してーっ!」
 ティファニアが体に巻いていたタオルを奪った子供が走り去る。素っ裸にひんむかれたティファニアは慌てて追いかけるが、子供は湯船の中をスイスイと泳いでなかなか捕まらない。そんな様子を、引率で来ていたマチルダは湯船につかりながらのんびりと眺めて、あの子もまだまだ子供ねえと思っていた。

535ウルトラ5番目の使い魔 74話 (7/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 21:54:59 ID:DazbEoRo
 いくら周りが女ばかりだといっても、全裸を知らない大勢に見られるのはやっぱりティファニアには恥ずかしかった。あっちこっちに逃げ回る子供を追いかけて、素っ裸で大きな胸を左右に揺らしながら駆け回るティファニアを見て、あちこちから笑い声があがる。
「もーっ、お願いだからタオル返してえー」
 しかも被害者はティファニアだけでは済まなかった。ティファニアへのいたずらで味を占めた他の子供たちが、銃士隊や女生徒たちのバスタオルも盗んでしまったのだ。
「わっ! こ、このわんぱくども、もう許さんぞ!」
「いゃーっ! み、見ないでくださいーっ!」
 怒鳴り声と嬌声の阿鼻叫喚。剥かれてしまった女の子たちが走り回り、騒ぎはどんどん大きくなっていった。
 
 
 そして、そんな生々しい声を大音量で聞かされ続けているのが、外の男どもである。
「お、女の子たちがタオルを剥かれてこの中で……く、くそぉ。こんな、たった布切れ一枚のためにぃぃぃ!」
 ギーシュが血涙すら流しそうなくらい悔しそうに叫んだ。
 むろん、水精霊騎士隊の他の全員も同じ気持ちに違いない。思春期ド真ん中で、異性の体に一番興味しんしんな時期の少年たちが、いつまでもこんな生殺しに耐えられるわけがなかった。
 とれる方法は二つ、声が聞こえなくなるところまで逃げるか。あるいは、己の全てを賭けて冒険に打って出るかである。そして、その口火をギムリが切った。
「うおぉぉぉ! もう我慢できない。ギーシュ隊長、我々はこのままでいいのですか! 我々の傷つけられた心を、このまま塩水につけ続けてよいのですか」
「ギムリ、君の気持ちは痛いほどわかる。しかし、我々にいったいどうすることができるというのかね」
「ギーシュ隊長、隊長ともあろう人がそんな弱音を吐いてどうするのですか! 隊長にはわかっているはずです。我々の傷つけられた心を、唯一癒せる劇場は目の前にあるということを」
 ギーシュの目が血走って見開かれた。
「君は、女子風呂を覗こうと言うのかね!」
 その言葉に、水精霊騎士隊全員が集まってくる。
「そ、そんなこと、許されると思っているのかね! き、君は貴族として恥かしく」
「レイナール、今さら取り繕うのはナシにしようぜ。お前は悔しくないのか? おれたちは何のために血反吐を吐きながら頑張ったんだ? それにおれたちはまだ何もしてないのに女子たちに追い出されて、お前は男としてこんな屈辱に黙ってられるのか! 我々には正当な対価を受け取る権利がある。お前は見たくないのか! この世の天国を、おれたちが作り上げたヴァルハラを」
「う、それは……あ、ああ! ぼくだって悔しいよ。ぼくだって、ぼくだって男だもの! 見たい、確かめたいんだよおぉぉぉぉ!」

536ウルトラ5番目の使い魔 74話 (8/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 21:57:19 ID:DazbEoRo
 レイナールも溜め込んでいた欲求を吐き出し、そんな彼を仲間たちは温かく見つめた。
 ギーシュはギムリの熱弁と、レイナールの告白に感動し、二人の友の肩をしっかりと抱きしめた。
「ぼくは、迷っていた自分が恥ずかしい。答えは最初からあったんだ。男なら、その誇りをかけてヴァルハラを目指さねばならなかったんだ。行こう、友たちよ。我々の戦場へ」
 水精霊騎士隊の少年たちも、天を仰ぎ、感動に打ち震え、水精霊騎士隊万歳、ギーシュ隊長万歳と連呼する。
 言葉面は立派で流す涙は純粋だが、限りなく不純な動機の下で水精霊騎士隊はかつてない結束で繋がった。
 しかし、そんな中でただ一人反対意見を述べる者がいた。才人である。
「お、お前ら女子風呂を覗くだなんて。そ、そりゃ確かにだけど! そんなことしたらルイズも! お、おれはそんなこと許さないからな」
 才人も男として盛大に揺れていたが、好きな子の裸を他人には見せたくないという一心がギリギリのところで理性を支えていた。
 しかし、才人のそんな気持ちを見透かしたようにギーシュは言った。
「そうだなサイト、君のそんな純粋なところをぼくは友として誇らしく思うよ。ならば、ぼくらは杖にかけて誓おうじゃないか。ルイズは君だけのものだ。ぼくらはルイズを見ないし、見えても視線を逸らそう。それなら問題はあるまい?」
「う、だ、だけど覗きは犯罪だし」
「ほう? なんとも君らしくない立派な言葉だね。そう、裸の付き合いというものを教えてくれたのも君だったよねえ?」
 うぐっ、と痛いところを突かれて才人が反論できなくなったところでギーシュはさらに畳みかけた。
「裸の付き合い、素晴らしい言葉だ! 身分に関わらず裸では平等にという、愛と平和の究極系と言えるだろう。しかし才人、今ぼくらは理不尽に追い出されて、これのどこに愛と平和がある? 無実のぼくらを差別し、冷たいところへ追いやって自分たちだけ温かい温泉を満喫する女子たちに、君は腹が立たないのかい? 君は殴られたら殴られっぱなしの犬だったのかい!」
 その瞬間、犬という言葉が才人の中で眠っていたプライドを揺り起こした。
「そ、そうだ、ルイズの野郎、おれたちの言い分も聞かねえで一方的に悪者にしやがって。許せねえ、許せねえぞ!」
「そうだサイト。これは理不尽に対する正当な反抗であり、女たちの傲慢に対する懲罰なのだよ」
「ありがとうギーシュ、おれはまたキャンキャン言うだけの犬に戻っちまうところだった。吠えるんじゃなくて、行動で示さなきゃいけないんだ。やろうぜギーシュ、おれの親友!」
「サイト、ぼくも君と友となれたことを生涯の誇りと思うよ。これでもう、ぼくらに怖いものはなにもない」
 熱い絆が男たちを結び、最低な目的のもとで男たちは戦いの決意を胸にした。
 目標は女風呂。これを覗き見る! 男としてこれほど命をかけるに足る戦いがあろうか。
 
 しかし、決意したはいいが、天国は文字通り果てしなく遠かった。

537ウルトラ5番目の使い魔 74話 (9/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 22:00:43 ID:DazbEoRo
「諸君、我々がヴァルハラに到達するためには、この魔法の天幕をなんとかして越えなくてはならない。これをどうするか、皆の意見を伺いたいのだが」
「ああ、確かにこいつが問題だな。一見するとただのテント布に見えるけど、高さ五メイルで温泉を完全に囲ってしまっている。唯一空いているのは空からだけだが、もし乗り越えようとしたものなら……」
 そのとき、浴場の上をたまたまカラスが通りかかったが、浴場の上空に入り込もうとした瞬間に天幕の支柱からビームが放たれ、不幸なカラスは焼き鳥となって彼らのもとにポトリと落ちてきた。
「このとおり、探知の魔法が働いて侵入者は自動的に処分されてしまうことになっている」
 あまりの容赦なさっぷりに、少年たちの背筋に震えが走った。
「ひでえな、おれたちを殺す気かよ」
「殺す気なんだよ」
 覗こうとする者は”死”あるのみという断固たる意思表示。それが焼き鳥となったカラスそのものだった。
 壁を乗り越えようという手段は自殺に他ならない。もちろん天幕自体も固定化がかけられていて簡単には穴が開けられないし、錬金をかけようとしたら探知の魔法にひっかかってビームの集中砲火を浴びる。
 そんな鉄壁の防衛線を目の前にして、才人は天幕の上を仰ぎながら「ベルリンの壁より厚いな……」と、悲し気につぶやいた。
 しかし、人間の作るものに絶対はない。必ずどこかに弱点があるはずだと、彼らは知恵を絞り合った。
「上がダメなら下からはどうだ? ギーシュの使い魔のモグラに穴を掘らせてさ」
「ダメだ。ここは温泉が湧いてるんだぞ? 地面の下は蒸し風呂みたいなもんだ、あっというまに熱さでまいっちまう」
「天幕に唯一切れ目があるのは脱衣場のある入り口だけだが、あそこにも見張りがいるから侵入は無理だ」
「くそ、打つ手なしかよ……いや、きっと何か手があるはずだ」
 才人は、もし自分が宇宙人ならどうやって警戒厳重な防衛軍の基地に忍び込むかと考えた。
 オーソドックスなのは人間に化ける方法。この場合は女装でもするか? 
「なあ、お前らの魔法で変装して潜り込めないのか?」
「フェイス・チェンジの魔法を使ってかい? いや、無理だね。誰に化けるにせよ、この中は風呂場でみんな裸だろう。体格で一発で男だとバレてしまうよ」
 ダメか。いや、この程度で音をあげては不屈のチャレンジ魂で人類に挑戦し続けてきた侵略者の方々に申し訳が立たない。まずはそのスピリットが大事なのだ。
「みんな! 知恵を絞れ。この向こうには裸の女子がぼくたちを待っているのだぞ」
「おおーっ!」

538ウルトラ5番目の使い魔 74話 (10/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 22:01:43 ID:DazbEoRo
 男たちは再び絶望の淵から立ち上がった。目的のために全力で知恵を絞る彼らの姿は、不屈のチャレンジ魂を持って地球侵略にぶつかり続けてきた宇宙人たちにも賞賛を持って迎えられることは間違いあるまい。
 この手はどうだ? いや、こんな方法は? こんな方法を思いついたぞ!
 と、限界まで知恵を絞った彼らはいくつかの案を思いついた。しかし、その全部を吟味している時間はなかった。
「まずい、急がないと女の子たちが上がってきてしまうぞ。もうこうなったら、各自思いついた方法をそれぞれやってみるんだ。危険は大きいがどれかが成功する可能性もある」
 しかしそれは、仲間を捨て石にするかもしれない非情の策でもあった。だがそれでも才人やギーシュ、そして水精霊騎士隊の少年たちにためらいはなかった。
 このまま負け犬のまま終わるのは嫌だ。男として生まれてきた意味を果たすまでは死ねないという強い意思が彼らから死の恐怖を拭い去って、そして最後にギーシュが全員に向かって訓示した。
「諸君、君たちの健闘を隊長として心から祈る。ぼくはこの戦いを、天国へと至るニルヴァーナの戦役と名付けたい! 諸君に始祖ブリミルの加護あらんことを。みんな、ヴァルハラで会おう!」
「おうっ!」
 こうして、なんか不吉な予感がしてくる名前を立てて、男たちはそれぞれの作戦を決行しにバラバラに散っていった。果たして、彼らはどんな作戦を持って難攻不落の要塞に挑もうというのだろうか。
 
 
 そしてそれから十数分後、浴場の中ではまだ女子たちの戯れが続いていたが、そんな彼女たちに魔の手が迫っていた。
 
 その一、才人&ギムリ組。
 温泉の唯一の出入り口である脱衣場の入り口には、銃士隊員が二人立って見張りをしていたが、そこに才人とギムリがタンスくらいの大きさの箱を持ってやってきた。
「そこで止まれ。なんだお前たち、ここは男子立ち入り禁止だぞ」
「いや、ごめんなさい。実は取り付け忘れてたものがあって。これ、中にタオルが詰まってて浴場に据え付けるはずだったんだよ。使わないともったいないから入れておいてくれないかな」
「ふむ。なるほど……少し待ってろ、隊長に聞いてくる」
 そう言って銃士隊員がアニエスに許可を得るためにいったん浴場に入って戻ってくると、才人とギムリはいなくなっており、大きな箱だけがポツンと残っていた。
「あれ、サイト? もう帰ってしまったのか。仕方ない、こいつは私たちで入れておくか。おい、そっちを持ってくれ」
「ああ、よいしょっと。むっ! 意外と重いわねコレ」
 銃士隊二人に抱えられて、大きな箱は浴場の一角に設置された。
 箱はわかりやすくタンス型になっており、中に詰められたタオルを目当てにすぐに数人の女子がやってくる。

539ウルトラ5番目の使い魔 74話 (11/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 22:03:28 ID:DazbEoRo
「助かるわね。あの子たち、結局タオル返してくれないんだもの」
「ふー、柔らかーい。あの男たちも少しは気が利くわねー」
 タオルBOXは好評で、女子たちは入れ替わり来てタオルで髪をまとめたり、体に巻いたりしていった。
 しかし、そんな湯上りの少女たちのあられもない姿を間近で堪能している目が四つあったのだ。
「ふ、ふぉーっ! 女の子たちの裸がこんな近くにーっ!」
「シーッ、しゃべるな。外に聞こえたらどうする!」
「ご、ごめん。だが、す、すばらしいよサイト。まさかこんな方法で浴場に潜入できるとは、おれはお前を神と仰ぎたいくらいだぜぇ」
 なんと、BOXの中に才人とギムリが潜んでいたのだ。このBOXは二重構造になっていて、引き出しの奥に人の隠れられるスペースが設けられている。これは才人のアイデアで、ふたりはこの中に潜んで警戒を突破したのだった。
「ふふふ、警戒が厳重なら相手に入れてもらえばいいだけのことだよ。これぞ必殺、安田くん大作戦だぜ!」
 才人は勝ち誇ったようにつぶやいた。BOXの中からのぞき穴ごしに外を見る二人の周りには桃源郷が広がっている。これには紳士を旨とするかの宇宙人も「恐ろしいほどの知略ですね」と賞賛を禁じ得ないことだろう。
 裸の女子たちが目の前を無邪気に歩き回っている。すばらしい、桃色と肌色の天国とはこのことだろう。
 しかし、二人の夢見心地は長くは続かなかった。
「さて、天国は存分に堪能したか? サイト」
「えっ?」
 突然の冷酷な声に、才人は冷や水をかけられたように凍り付いた。
 慌てて周囲を確認すると、いつの間にかBOXの周りをアニエスをはじめ銃士隊の面々が取り囲んでいる。もちろん全員タオルで体を隠しているが、明らかにすべてをわかった顔をしている。
 バレたのか! そんな馬鹿な! 才人はどこかで手抜かりがあったのかと冷や汗を滝のように流しながら必死で考えるが、それより早くアニエスが冷たく言い放った。
「外からでダメなら中から攻めてみろと、お前に戦術の手ほどきをしてやったのは誰だったか忘れたか? お前たちの性格からして、そろそろ何か仕掛けてくる頃だと思っていたが、あいにく相手の背中から殴ることに関しては我々は慣れているからなあ。今回ばかりは身内とはいえ容赦はせんぞ」
「お、お慈悲を……」
「慈悲はない。かかれえっ!」
「アーーーーーッ!」
 BOXは粉砕され、引きずり出された才人とギムリの悲鳴が悲しく響き渡った。
 
 だが、男たちのチャレンジはまだ終わっていない。

540ウルトラ5番目の使い魔 74話 (12/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 22:05:00 ID:DazbEoRo
 その二、レイナールと水精霊騎士隊複数名。
「サイトたちは失敗したか。あんな目立つもので潜入するからこうなるんだ」
 レイナールが小さくつぶやいた。才人たちの惨劇は見ていたが、助けるのは自殺行為でしかなかった。
 否、最初から皆が自身を捨て石にすることを覚悟した上の作戦決行なのだ。助けはしないし自分も助けは期待しない。その代わりに、可能な限り目の前の桃源郷を目に焼き付けることである。
 そう、彼らもすでに彼らなりの作戦で潜入に成功していた。むろん、気づかれてはいない。なぜなら、彼らは全身の色を浴場を囲む天幕と同じ色に染めて、保護色で天幕と同化していたのだ。
「これぞカメレオン作戦だよ。魔法で全身を作り変えることはできなくても、色を変えるくらいならできる。思った通り、中は湯気で曇ってて誰も気づいてないよ」
「すげえよレイナール。けど、まさか真面目なお前がこんな手を考え出すとは、見直したぜ」
「ぼ、ぼくだってねえ、ぼくだって男として生まれたからには見たいものはあるんだ。ほ、ほおおお、ほああああ」
 レイナールは、自分のメガネが湯気で曇ることからこの作戦を思いついた。世の中には完全に透明になることもできるマジックアイテムもあるというが、そんなすごいものを用意できなくとも、人間には工夫という知恵がある。
 女の子たちはすぐ近くに男子がいるというのにまったく気づいていないようで、ベアトリスの取り巻きのエーコ、ビーコ、シーコの三人も、今日はのんびりと主君から離れて楽しんでいた。
「いいわねえ、これ……そういえば誰かが言ってたっけ、風呂は地上最高のぜいたくだって」
「そうねー、これだけいいお湯なら、そのうちクールな風来坊や闇の紳士もやってくるかもねえ」
「なにその超絞り込んだお客さんは?」
 エーコとビーコが気持ちよさのあまりに精神が異界にトリップしかけているようだが、シーコもそのうち姉妹たちを連れてきたいなと思っていた。
 ところで、ルイズやティファニアが美少女すぎて目立たないけれど、エーコたちもなかなかのものである。湯につかるエーコの首筋はすらりとセクシーだし、ビーコの髪のすきまから見えるうなじは綺麗で、シーコはワイルドな感じを見せている。
 そんなこの世の楽園を、少年たちは存分に堪能していた。これも保護色様様である。たかが保護色と侮ってはならない。保護色はかのクール星人や透明怪獣ゴルバゴスも使い、見事に人間の目を欺いてきた強力な戦法なのである。ブロンズ像になりきったような彼らの姿は、ブロンズ像にこだわりのあるかの宇宙人が見ても「ギョポポ、なかなか美しいではないか」と褒めてくれることだろう。
 息を潜めて完全に天幕と一体化しているレイナールたちの前で、女の子たちの無防備な戯れは続いた。
「あなた、けっこうおっぱい大きかったのね。これで彼のものを挟んであげたりしてたんでしょう?」
「えー、やっぱりわかっちゃう。それでね、挟んであげてから、こうゴシゴシって洗ってあげるの彼大好きなんだ。キャハッ」
 おっぱいで挟む? 洗う? ナニを!?
 美少女たちの赤裸々な会話に、少年たちの心臓は爆発しそうだ。
 しかもそればかりではなく、彼らの見ている前で、学院の女子たちは魅惑の妖精亭の店員たちから男を誘う艶かしいポーズを手ほどきされ始めたからたまらない。

541ウルトラ5番目の使い魔 74話 (13/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 22:06:15 ID:DazbEoRo
「それでね、こうやって胸元を見せながらすりよるの。でも見せすぎちゃダメよ。見えるかどうかギリギリというくらいが興奮するの。やってみて」
「こ、こうかしら? あ、うぅぅん。ねえ、わたしが欲しいんでしょう? 来て、全部あなたのものよ」
 魅惑の妖精亭の子たちはみんな男を誘うプロであるから、普通の女の子でもその技術を伝授されたら魅力は倍増だった。少年たちは、学院でこんなふうに誘惑されたらどうしようと頭を沸騰させている。
 これでもまだ見つかっていないのだから、人間というものがいかに視覚に依存した生き物なのかということがわかるだろう。しかし彼らは、保護色にはある決定的な弱点があるということを知らなかった。
 皆がのんびり温泉につかる中で、バチャバチャとした水しぶきが鳴る。マナーを守らない行為に周囲から非難の視線が集まるが、視線を向けられた緑色の髪の少女は楽しそうに泳ぎ続けた。
「ヒャッハー! 温水プールだ最っ高ー!」
「ティア、いいかげんにしなさい! みんな迷惑してるでしょ」
 パラダイ星人のティアとティラの姉妹。この二人にとって、水辺はホームグラウンドであり、海ばかりのパラダイ星を思い出して心が躍った。特にティアにとっては温かい水はよほど肌に合うらしく、ティラが「はしたないわよ」と注意してもティアは故郷の血が騒ぐのか、うずうずしてたまらないようである。
「わかった。じゃああと一回だけ、これでもうやめるからさ」
 ティアは静止を振り切って、ざんぶと湯船の中にダイブした。
 潜って浮き上がり、ポーズを決めてまた潜り、イルカや人魚のように自由に水面を舞う姿は、ここが浴場でなければ一流のシンクロと呼んでもいいだろう。
 しかし、ここは風呂場。当然水着なんか身に付けているわけはなく。しかもティアも極上の美少女であるときては、もちろん大事なところのすべても丸見えになってしまう。
「ぶはっ! ぼ、ぼくもうたまらない」
 ついに血圧の許容量を超えたレイナールの鼻の血管が爆発した。耐えに耐えてはきたが、純情少年であるレイナールにとって、目の前の光景はあまりにも刺激が強すぎたのだ。
 鼻血が噴き出し、つつうと垂れていく。しかし、彼らにかけられた魔法は彼らの体の色を変えはしたものの、噴き出した鼻血までは体の一部とは認識しなかった。つまり、鼻血が赤々と目立ち、保護色の効果を相殺してしまったのである。
「きゃああーっ! 男の子よーっ!」
 女の子の悲鳴が響き渡った。保護色はあくまでわかりにくくするだけで、そこにいることがわかればカモフラージュを見破ることはたやすい。その点、噴き出した鼻血は絶好の目印になってしまったのだ。
「てっ、撤退だ!」
 見つかってしまえばもはやこれまでと、少年たちは一目散に逃亡に入った。しかし、覗かれていたことに気が付いた女の子たちの反応は男子のそれを上回っていた。
「覗きよ! みなさん、絶対に逃してはなりませんわ!」
「変態よ! 変態は捕まえて火あぶりよ! 変態は殺しても罪になりませんことよ!」
「お待ちになって! わたくしも変態です。いっしょにお茶でもいかがですか?」

542ウルトラ5番目の使い魔 74話 (14/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 22:07:21 ID:DazbEoRo
「なにを言ってるんですかあなたは!」
 いろいろあるが、女の子たちは恐ろしいほどの俊敏さで置いてある杖を取り戻すと逃亡をはかるレイナールたちを魔法で狙い撃った。
 台所のゴキブリに対するより無慈悲な攻撃が雨あられと降り注ぎ、レイナールたちはたちまちのうちにボロ雑巾にされてふんじばられてしまった。
 荒縄でグルグル巻きにされて、アニエスの前に引き出されるレイナールたち。かろうじて意識は残されているが、もはや何の抵抗もできないのは明白であった。
「また姑息な手を使いおって。しかし、まだ全員ではないな。おい、お前たちの隊長と残りの連中はどうした?」
 アニエスがレイナールに尋問する。しかし、レイナールも最後の意地を見せて眼鏡を光らせた。
「み、見くびらないでください。ぼくらだって貴族のはしくれです。仲間を売るような真似だけは、死んだってしませんよ」
 それは単なる虚勢ではなかった。彼ら水精霊騎士隊は、貴族としていつでも国のために命を捨てる覚悟はしている。その点では、そこらの口だけの貴族よりはよほど立派であると言えよう。
 が、相手はメイジ殺しの専門家である銃士隊である。アニエスはレイナールの抵抗を歯牙にもかけずに冷たく告げた。
「知っているか? 銃士隊にもいろいろな部署がある。実戦で剣を振り回す役もいれば、会計や事務処理が専門の者もいるし、こんな役割の者もいるんだ」
「はーい、拷問の専門家のナディアちゃんでーす。さーて、ぼくたち、後悔しないうちに吐いちゃったほうがいいよ。あなたたちの仲間はどこ? 答えないなら、まずはあなたの小指を……」
 切ない断末魔が湯煙にこだまして、やがて消えていった。
 
 そして、男たちの挑戦はクライマックスを迎える。
 ギーシュに率いられた水精霊騎士隊本隊。それらは地下へ潜り、土の底から風呂場に突入しようとしていた。
「モグモグモグモグ」
 ギーシュの使い魔である大モグラのヴェルダンデの掘る穴の後ろからギーシュたちはついていく。もちろん、当初の懸念通りに温泉の地下は強烈な熱気と水蒸気が噴出してきて彼らを苦しめるが、彼らは氷の魔法で使うことで熱気を冷ましながら進んでいた。
「この先に、僕らの天国が待っている。水の使い手は気合を入れろ! ここが正念場だぞ」
「おおっ! ご心配なく、我々の精神力は今、溢れに溢れておりますゆえ」
 穴の壁を氷で補強し、熱気を防ぐ。通常ならばあっという間に精神力が尽きてしまう荒業だが、女の子たちの入浴を覗けるという高ぶりが彼らに底知れない力を与えていた。
 まさに燃える闘志と冷たい氷のコラボレーション。
「もうすぐ浴場の下だ。だが気を付けろ、間違って浴槽の底を掘りぬいたりしたらぼくたちは一巻の終わりだぞ」
「うむ、ここからは慎重に掘らなくてはな。よし、土の使い手は上の様子を探るんだ」
 できれば女の子たちが体を洗っているそばにでものぞき穴を作れれば望ましい。土の使い手は、その全神経を集中させて、地面の上での会話の振動を感じ取ろうとした。

543ウルトラ5番目の使い魔 74話 (15/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 22:08:28 ID:DazbEoRo
『ウフン、あなた脱ぐとなかなかすごいのね。その腰回りのきれいさ、うらやましいわぁ』
『そんなあ、謙遜よぉ。アタシから見たら、そちらのお尻のプリティさに見とれちゃうんだから』
 その会話を聞きつけて、探知していたギーシュの鼻から不覚にもつうっと鼻血がこぼれ出た。
 ここだ! この上だ! と、少年たちは最後の力を振り絞って穴を拡張し、ギーシュが会話を聞きつけた場所のそばに小さなのぞき穴を人数分こしらえた。
「諸君、諸君の努力は報われた。我らの目指したヴァルハラはこの先にある! さあ、存分に堪能しようじゃないか」
 少年たちはそれぞれの穴に殺到した。当然ギーシュも直径一サントほどののぞき穴に目を凝らし、湯気の先の裸身に視線を集中させた。
 
 ほおぉ……見える、見えるぞ。湯煙に揺れる、なまめかしい脚、ぷりんとしたお尻、引き締まった腰、そして……鋼鉄のようにたくましい胸筋……えっ?
 
 その瞬間、決定的な矛盾がギーシュたちの脳裏を駆け巡った。
 ま、まさか。だが、現実はすぐに彼らの前に示された。湯煙の向こうの誰かは、くるりと彼らののぞき穴のほうを振り返って笑いかけてきたのだ。
「ん、もーう! そんなにミ・マドモアゼルの裸が見たいなら存分に見てちょうだーい!」
「ぎぃやあぁぁぁぁぁーーーーーっ!」
 地の底から地獄から響いてくるような絶叫がこだました。なんと、湯煙の先にいたのはスカロンだったのだ!
 そう、彼らは忘れていた。魅惑の妖精亭の面々が来るということは、当然スカロンもやってくる。そしてスカロンの隣には、カマチェンコもすっぴんで笑っている。ギーシュたちは不幸にも、彼らの裸をドupで見つめてしまっていたのだった。
「うふふふ、ミ・マドモアゼルたちはハートはレディだけどもみんなと女湯に入るのはちょっと問題じゃない。だ・か・ら、岩風呂のひとつを私たち専用に囲ってもらってたのよ。そして、あなたたちが地下から来るとわかったから、私たちの営業トークであなたたちを誘い込んだっていうわけ。あなたたち、お盛んなのはけっこうだけど、可愛いジェシカちゃんの裸をタダで見ようというのは許せないわ。お湯でもかぶって、反省しなさーい!」
 スカロンの鉄拳がギーシュたちの穴の頭上に炸裂し、次の瞬間洞穴はガラガラと崩壊を始めた。そればかりか、氷でせき止めていた水が噴き出してきて、穴の中はあっという間に水没してしまったのである。
 悲鳴に続いて、ガボガボと溺れる音が地の底から響いてくる。生き埋めと水攻めで、ギーシュたちは完全に沈黙した。
 
 
 こうして、三方向から侵入を図ろうとした水精霊騎士隊は全滅し、ニルヴァーナの戦いはギーシュたちの全面敗北に終わった。
 しかし、男たちの戦いは終わっても、彼らへの処刑はまだ残っていた。
 すでにボコボコにされ、生き埋めの中から死ぬギリギリで掘り起こされたギーシュたちであったが、女子の怒りはそんなものでは収まらなかった。

544ウルトラ5番目の使い魔 74話 (16/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/15(日) 03:44:33 ID:yMvhGRRk
 単にギタギタにするだけでは済まさない。と、彼女たちが考案した制裁の方法、それは全身を縛って逆さづりにし、頭を温泉につけて溺死寸前で引き上げてはまた沈めるという伝統の拷問方法だった。
「ゴボボボボ……も、もう許してモンモランシー」
「いいえダメよ。そんなに温泉につかりたかったなら、望み通りにしてあげようじゃない。ギーシュ、今度という今度は許さないんだからね」
「ゴボボボボ……出来心だったんだぁ……ゴボボボボ」
「いい機会だから、その腐った性根を温泉で煮出し切ってしまいなさい!」
 容赦は一切なかった。ギムリやレイナールやほかの少年たちもきっちりと同じ制裁を加えられている。
 助けようという者は一切いない。アンリエッタやルビアナにしても、こればっかりは仕方ないという風に遠巻きに見守っていた。唯一、どの喧騒にも参加していなかったキュルケが「覗いてもらえるだけ可愛いと思ってもらえてるんだから幸せじゃないの」と、余裕たっぷりに眺めているが、もう嫌味にしか聞こえない。
 とはいえ、もっと残酷な拷問ならいくらでもあったが、女王陛下の前で血を流すわけにはいかないということで、これでもかなり有情なほうであったのだ。
 一方で才人は例外で、制裁を加えられているのは同様だが、その方法は異なっていた。手足を縛って目隠しをした上で、ルイズとミシェルに挟まれて温泉につかっていた。
「もうサイトったら信じられない! あんたは間違ってもそういうことだけはしないって信じてたのに」
「ご、ごめん。好きな子といっしょに温泉に入るのが夢だったから、悔しくてつい」
「でも許されないことは許されないぞ。そ、そんなに見たいなら言ってくれれば、よ、よかったのに」
 ルイズとミシェルに挟まれて才人はお説教を受けていた。妙に才人だけ罰が甘いようだが、これは最初銃士隊の面々が「罰として副長と子作り」と言いかけてルイズが慌てて静止したからである。
 とにかく悪乗りが好きで、隙あらば既成事実を作らせようとしている銃士隊に対してルイズは気が抜けなかった。本音は才人をエクスプロージョンで吹き飛ばしてやりたかったが、それを制したのはアンリエッタだった。
「ルイズ、恋に暴力はいけませんわよ」
 いつのまにか杖を取り上げられて、ルイズは我が身を持って才人を死守するしかなくなっていた。ミシェルは奥手だが、銃士隊の面々が全力でバックアップしてくるので油断できない。
「サイトはわたしのものよ。あんたは引っ込んでなさい!」
「むっ! わたしとお前は対等なはずだ。あの日の誓いを忘れてはいないぞ、わたしだってサイトをあきらめたわけじゃない」
 大岡越前の裁きのように、左右から才人を取り合うルイズとミシェル。ふたりとも、相手をきっちりとライバルと認めているだけに一歩も譲らない。恋で遠慮を選んだら、後に残るのは後悔だけなのだ。
 アイが幼い眼差しで「さんかくかんけー?」と興味津々で見つめていたが、あなたにはまだ早いわと連れて行かれてしまった。
 しかし、それで幸せかと言えばそうでもないのが才人だ。特に今回は重罪で人権をはく奪されて景品扱いだけに、裸のふたりに抱き着かれている感触以上の痛みが襲ってくる。
「痛い痛い痛い! あったかくて柔らかいけど痛い! げぼっ、ゴボゴボ! がはっ! お、お前らちょっと加減を!」
「あんたは黙ってなさい!」
「サイト、忘れてはいないか? お前にも罪の分の罰を受ける義務がある。よって、今回はわたしも優しくはしない!」

545ウルトラ5番目の使い魔 74話 (17/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/15(日) 03:45:49 ID:yMvhGRRk
「いだだだだ! げぼぼぼ! こ、これって天国? いや、地獄だあぁぁぁっ!」
 目をふさがれているのでふたりの裸体を拝むことはかなわず、身動きを封じられているので痛みを防ぐことも溺れるのを防ぐこともできない。
 動機はどうあれ、才人も覗きに加わっていたことは事実。きちんと責め苦を受けなくては不公平なのである。
 
 それぞれの方法で処罰を受けている才人と水精霊騎士隊。そんな様子を、銃士隊や女生徒たちや魅惑の妖精亭の店員たちは、いい気味だとばかりに眺めている。
 さすがにティファニアは過酷な拷問の光景に眉をひそめてはいたけれど、「悪いことをするとああなるのよ」と、子供たちに言い聞かせていた。
 
 しかし、このまま過酷な責め苦が続くかと思われたとき、突然温泉に異変が起こった。
「あら? なにかちょっとお湯の温度が高くなったような……きゃあっ! あちち!」
 温泉につかっていた子が、あまりの熱さに温泉から飛び出した。温泉の中にいたほかの子も同じように慌てて湯から飛び出してきて、温泉の中は騒然となった。
「ちょっと、お湯の温度調節はどうなってるの! これじゃ熱湯じゃないの」
 ルイズがかんしゃくを起こしたように叫んだ。ミシェルとのけんかに夢中になっていたけれど、さすがにこれには耐えられなくて上がってきた。ちなみに才人は足元に丸太のように転がされている。
 見ると、温泉は浴槽の中の湯がボコボコと泡立っており、とても人間が入れるような温度ではないことは明らかだった。
 水責めを受けていたギーシュたちも、このままでは本当に死んでしまうとして、女生徒の何人かが氷の魔法で一時的に浴槽の温度を下げてから救出した。まだ責めたりない感はあるが、まあこれでひとまずは懲りたであろう。
 けれど、温泉の湯の温度を水で適当に調節する仕組みの故障かと思われたことは、そんな生易しいことではないようだった。脱衣場のほうから、ド・オルニエールの住人の悲鳴のような声が響いてきたのだ。
「旦那様方! 貴族の旦那様方、大変でございます! おいでくださいませ! み、湖が!」
 その必死な声に、なにか一大事の気配が一同を駆け巡った。
 銃士隊は即座に気配を切り替え、アニエスが指示する。
「全隊戦闘態勢! 女王陛下は私が護衛に当たる。ミシェルは半数を指揮して事態の把握と収拾に当たれ」
「はっ! 第三第四小隊はわたしに続け。行くぞ!」
 女王陛下の近衛部隊の真価を皆が目の当たりにしていた。あっという間に装備を身に着け、起こった異変の解決に当たるべく飛び出していく。
 そんな様子を、やっと拷問から解放されたギーシュたちは薄れる意識の中で見ていたが、アンリエッタの声が彼らを呼び覚ました。

546ウルトラ5番目の使い魔 74話 (18/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/15(日) 03:48:21 ID:yMvhGRRk
「ミスタ・グラモン、あなた方は行かなくてよろしいのですか?」
「ハッ! そ、そうだ。みんな起きたまえ! ぼくらも水精霊騎士隊の名前を背負うものだ。ここでじっとしていてどうする! 汚名は働きで返上するんだ。さあ立ちたまえ!」
 尊敬する主君の前で醜態をこれ以上晒せないと、男たちは不屈の闘志で蘇った。
「水精霊騎士隊、杖取れ! 前進!」
 ギーシュを先頭に、少年たちはすっかり茹で上がった顔をほてらせながら、やや千鳥足で行進していった。
 さてそうなると、男子にライバル心を抱いているベアトリス率いる水妖精騎士団も黙っているわけにはいかない。
「エーコ、ビーコ、シーコ、ティア、ティラ! わたしたちも行くわよ」
「はいっ! 水妖精騎士隊全員、前へ。あんな破廉恥騎士隊なんかに負けてはいけませんわよ!」
 オンディーヌvsウンディーネ。どちらも一歩も譲る気配はなく駆けていく。
 そして才人も、やっと縄を解いてもらうとルイズに蹴っ飛ばされながらデルフを手に取っていた。
「いてて、死ぬかと思ったぜ」
「死ななかったから感謝しなさい。さあ、あんたもあんな連中に後れをとってる場合じゃないでしょ。わたしたちも行くわよ」
「わかったっての。テファ、魅惑の妖精亭のみんなや子供たちといっしょに宿に帰っててくれ。なあに、さっさと片付けてくるからよ」
 そうかっこつけて、才人も身なりを整えるとルイズといっしょに出て行った。その背に、ジェシカやスカロンのがんばってねという声援が飛ぶ。
 馬鹿なことをしでかしはしたけれど、いざとなると頼もしい若者たちだ。そんな彼らの背中を見ながら、アンリエッタとルビアナは静かに祈りを捧げた。
「彼らに、始祖ブリミルのご加護がありますように」
 
 
 外に出て見ると、すでにド・オルニエールのあちこちで異変が起きているのは一目でわかった。
 沸きあがっているのは温泉だけではなかった。小川や井戸など、あちこちの水辺から湯気が立ち上っている。
「なんだありゃ? 水という水がお湯になっちまったのかよ」

547ウルトラ5番目の使い魔 74話 (19/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/15(日) 03:49:54 ID:yMvhGRRk
 才人があっけにとられたようにつぶやいた。ひなびた田舎のような光景だったド・オルニエールが、これではまるで噴火口の中にいるように変わってしまっている。
 こんな有様では川の魚は死に絶え、飲み水もなくなっているに違いない。いや、このままにしておけば熱湯は畑にも流れ込んで、せっかくの豊かな農場が全滅してしまうだろう。
「どうなってんだ。なにが起こってるんだよ?」
「馬鹿、水源に何か起こったに決まってるでしょ。ここの水源といえば、あの湖よ。行ってみましょう」
 ルイズに促されて、才人は一週間前にエレキングと戦った湖に走った。途中の道では、野菜や果物をくれた親切なおじさんやおばさんたちが右往左往している。あの人たちのためにも、この異変はすぐに解決しなければいけないとふたりは心に決めた。
 
 そしてくだんの湖、そこも案の定水温が急上昇して湯気が上がっており、湖畔ではすでに先に出て行った一同が話し合っていた。
「遅れたぜ。ねえさ、いやミシェルさん。いったいどうなってるんですか?」
「どうもこうもない、見たとおりだ。住民の話によると、湖から流れてくる水が急に熱くなりはじめ、井戸水も沸騰したらしい。幸い、この湖はまだ温泉程度の熱さだから、これから潜って調べるところだ」
 見ると、すでにティアとティラがスタンバイしていた。ふたりがパラダイ星人だということはほとんどの者が知らないけれど、さっきの泳ぎの巧みさを見たら彼女たちが適任であることは誰の目にも明らかだった。
 ティアは泳ぎたくてうずうずして、ティラはティアの無礼の挽回をしたくてベアトリスの命令を今かと待っている。
「いい? なにが起こってるか見てくるだけでいいのよ。無理してゆでだこになったりしたらダメなんだからね」
「だいじょーぶですって、水の中ならわたしたちは無敵ですって」
「ご心配おかけしますが、わたしたちも姫殿下のお役に立ちたいのです。では、行ってきますね」
 ふたりは湖に飛び込むと、皆の見ている前で人魚のようにあっという間に潜っていってしまった。
 湖はエレキングの養殖に使われていただけあってそれなりに深く、すぐには湖底が見えてこなかった。パラダイ星人であるふたりにとって、少々の水圧や水の濁りは苦にならないけれども、熱さで浮いてくる魚を見ると不安がよぎった。
 
 いったいこの湖の底でなにが? ティアとティラは潜りながら目を凝らした。
 すると、湖底の闇の中で何かが動いたように見えた。
「ティア、止まって! あれ、見えた?」
「ああ、なんだありゃ……でかい、ウミヘビ?」

548ウルトラ5番目の使い魔 74話 (20/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/15(日) 03:51:03 ID:yMvhGRRk
 湖底で何かが確かにうごめいていた。細長いけれども巨大な何かが動いている。まさか、ラグドリアン湖にいたような巨大海蛇か?
「ティラ、もっと近づいて確かめようよ」
「うん、もしかしてあれが……ティア、危ない!」
 ティアが一瞬注意を逸らした瞬間だった。巨大で細長い何かが、まるで獲物に飛びかかる蛇のようにふたりに襲い掛かってきたのだ。
 とっさにかわし、細長い何かから距離をとるティアとティラ。巨大な細長い何かは、白い鞭に黒いまだらがついたような、なにかの尻尾のようなもので、明らかに彼女たちを狙っていた。
「ティア、逃げましょう」
「言われるまでもないって!」
 とても手に負える相手ではないと、ティアとティラは水面を目指して一目散に浮上を始めた。そして、緑色の髪をたなびかせて泳いでいく彼女たちを追って、水中から巨大な何かが浮き上がってくる。
 
「あっ、戻ってきたわ!」
 湖から飛び出してきたティアとティラを見てエーコが叫んだ。
 こんなに早く? 一同は怪訝に思ったが、すぐに彼女たちは皆に向けて叫んだ。
「みんな、湖から離れて! なにか、でっかい怪物が浮いてくるよ!」
「ええっ!?」
 ふたりの無事を祈っていたベアトリスが叫ぶと同時に、ミシェルが「全員退避!」と命令した。たちまち、銃士隊でない者も含めて湖畔から離れていく。
 ティアとティラも湖から上がり、それと同時に湖に水柱が立ち上り、そこから巨大な怪獣が現れた。
「あ、あいつは!」
 ギーシュが叫んだ。白色の体に黒い稲妻模様を持ち、頭部には回転するアンテナ。
 間違いない、あいつは一週間前にウルトラマンAが倒したのと同じ怪獣だ。才人は、まさかもう一度見ることになるとは思っていなかったと、口元を歪めながら叫んだ。
「エレキング! なんてこった、三匹目がいたのかよ」
 あのとき倒したエレキングが唯一育成が間に合った個体だとピット星人が言っていたから、まさかもういるまいと思っていた。しかし、現に目の前にエレキングはいる。
 湖に残っていた幼体が一週間で成長しきったのか? だが、そんな考察をしている暇もなく、レイナールがエレキングを指さして言った。
「みんな見てくれ! 怪獣のまわりの水が沸騰してる。あいつ、恐ろしいくらいに体温が高いんだ」
「マジかよ。じゃあ湖が沸いたのも、温泉が沸騰したのもあの怪獣のせいだってことか」
 ギムリも信じられないとつぶやく。
 そう、このエレキングは一週間前のエレキングと姿形は同じだが、その中身は同じではなかった。
 湖を沸きあがらせるほどの高温を発し、その手の先から白いガスを絶え間なく噴き出している。そしてエレキングは湖畔にいる人間たちに狙いを定めると、あの甲高い声をあげて動き始めた。
 
 
 続く

549ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/07/15(日) 03:52:57 ID:yMvhGRRk
今回は以上です。
次回、vsエレキング。

550ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 22:32:38 ID:7PqA9ujA
ウルトラ五番目の人、投稿お疲れ様でした
そして皆さん今晩は、無重力巫女さんの人です。先月はどうもすみませんでした。
特に問題が起こらなければ、22時35分から95話の投稿を開始致します。

551ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 22:35:04 ID:7PqA9ujA
「ふーむ…いやぁ全く。こういう時はどうすりゃあ良いのかねぇ?」
 霧雨魔理沙は考えあぐねている、今日一日をこれからどう過ごせば良いのかと。
 気温は高し、されで外は天晴れと叫びたくなるほど快晴であり、ずっと屋根裏部屋の中で過ごすのは損だと感じてしまう。
 こういう時は多少暑くとも外へ出て思いっきり汗をかき、帰ったらシャワーなり水浴びをしてサッパリしたくなる。
 少なくとも彼女はそう思っていた。今はこの場にいない霊夢とルイズはそういう人間ではないが。
 それ今日は外へ出て調べものをしようと思っていた所であり、ついさっきも裏口から外へ出ようと思っていた所なのである。
 しかしタイミングが悪いというべきか今日の運気が下がっていたかどうかは知らないが、それは成し得なかった。
 別に裏口のドアにカギか掛かっていたワケでもなく、ましてやドアを開けた先の路地が汚物やゴミに塗れていたわけではない。
 鍵はちゃんと開いていたし、路地は近年王都で台頭し始めている清掃業者のおかげで十分と言えるほど綺麗にされている。
 
 じゃあ何故彼女は外へ出ず、こうして屋根裏部屋に戻ってきているのか?答えはたった一つ。
 それは突然の来訪に対応せざるを得なかったからである、絶対に無視したり蔑ろにするべきレベルでない人物の。
 あの霧雨魔理沙が…否、きっと霊夢以外の人間――ルイズやこの世界の者たち―ならば絶対に驚愕してしまうだろう。
 そして誰もが信じないだろう。まさかこんな繁華街の一酒場の屋根裏部屋に、かのアンリエッタ王女がいるという事など。
 
 一体何故来たのか?そもそも何の目的でこんな所までやって来たのか…その他色々。
 ひとまず聞きたい事が多すぎて何を最初に言えば良いのか分からない魔理沙に、ベッドに腰かけるアンリエッタが申し訳なさそうに口を開く。
「いきなりですいませんマリサさん。…私としてはちゃ、んと事前に知らせてから来たかったのですが…」
「ん?あぁ別に気にするなよお姫様。まぁ、急に来られたのは本当にビックリしたが、ルイズがいたらそれだけじゃあ済まなかったろうし」
 今に項垂れてしまいそうなアンリエッタにフォローを入れつつ、魔理沙はふどもしも゙の事を考えてしまう。
 もしもこここにルイズがいたのならば、今頃急にやって来たアンリエッタの前で会話もままならない程動揺していたに違いない。
 しかし、霊夢ならばそれこそいつもの素っ気無い態度で彼女に『何しに来たのよ?』と言う姿が目に浮かんでくる。
 
 今は有り得ぬ゙もしも゙の事を考えていた魔理沙はすぐさまそれを隅へ追いやり、ひとまずアンリエッタに話しかけた。
「しかし、アンタも物好きだよな?ワザワザ私達を呼びつけるんじゃなくてそっちから来るだなんてさ」
「その事については申し訳ありません。けれど、本当に複雑な事情がありまして…」
「……複雑な事情、ねぇ?まぁ外の騒がしさを考えれば、何か厄介ごとに巻き込まれた…ってのは分かるけどな」
 アンリエッタの言葉に魔理沙はそう言いながら窓の方へと近づき、そこから通りを覗き見てみた。
 先程まで静かな朝を迎えていたチクトンネ街の通りはアンリエッタが来てから五分と経たず、数十人もの男女を騒々しくなっている。
 それもただの平民ではない。ボディープレートと兜を装備し、その手に市街地戦向けの短槍を手にした衛士達だ。

 彼らは二人一組か四人一組となって行動しており、路地や通りを行き交う平民に聞き込み調査を行っていた。
 中には扉が閉まっている酒場のドアを強めにノックして店の人間を起こしてまで聞き込んでいるのを見るに、相当力が入っている。
 隊長と思しき衛士が何人かの部下に命令か何かを飛ばしており、それを聞いて敬礼した彼らは急ぎ通りを走り去っていく。
 一体何を…いや、誰を捜しているのか?その答えを既に魔理沙は知っていた。
「もしかして、じゃなくても…色々と複雑な事情がありそうだな」
 その言葉にアンリエッタは何も言わず、ただ黙って頷いて見せる。
 やっぱりというかなんというか…、思わぬところで面倒事に巻き込まれたモノだと魔理沙は思った。
 思いはしたが、しかしその顔には薄らとではあるが笑みが垣間見えている。

552ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 22:48:16 ID:7PqA9ujA
すいません。何故か次の投稿で「NGワードがあります!」と出て投稿できない為、
一レス分飛ばします。もうしわけありません…

553ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 22:49:03 ID:7PqA9ujA
 王家、それも実質的にはこの国のトップである少女が下げた頭からは、本当に申し訳ないという悲痛な思いが漂ってくる。
 流石の魔理沙でもそれを感じ取って、本当なら今すぐにも理由を打ち明けたいという彼女の気持ちが伝わってきてしまう。
 ましてやこの国の人間ではない自分にこんな対応を見せてくれているのだ、それを無下にできるほど霧雨魔理沙は非道ではなかった。

 バツの悪そうな表情を浮かべる魔理沙は頬を少し掻きつつも、頭を下げているアンリエッタに声を掛けた。
「んぅー…まぁいいや。アンタには色々と貸しがあるし、何より最後まで隠しっぱなしにする気はなさそうだしな」
 その言葉にアンリエッタは顔を上げ、一転して明るい表情を浮かべて見せた。
「…!それじゃあ…」
「暇を潰そうと思っていた矢先にこれだからな。丁度良い暇つぶし替わりにはなるだろうさ」
「マリサさん、あり…ありがとうございます」
 やっと嬉しそうな反応を見せてくれたアンリエッタにそう言ってみせると、彼女は優しく魔理沙の手を取って握手してくれた。
 常日頃森の中へと入り、キノコや野草を採取して、色々な薬品に触れてきたが、それでも毎日のケアを欠かさずにしている自分の手と比べ、
 アンリエッタの手はとても柔らかくて綺麗で、その肌触りだけで生まれや育ちも自分とは全く違うのだと、魔理沙は改めて認識してしまう。

 その後、魔理沙は改めてアンリエッタから護衛の詳細を聞く事となった。
 長くても短くても今日中に夜中まで衛士や騎士達に捕まることなく、街中で潜伏できる場所で一緒にいて貰いたいとの事。
 最初魔理沙は「隠れるなら街の外へ出た方が見つかりにくいだろ?」と提案してみたが、それは却下されてしまった。
 アンリエッタ曰く外へと通じる場所は全て厳重な警備が敷かれており、正規の出入り口には魔法衛士隊までいるらしい。
 その為外へ隠れる事は不可能であり、実質的に彼らが巡回する街中に隠れるほかないのだという。
「何も二、三日隠れるワケではありませんから、どこか彼らの目が届かない場所があれば良いのですが」
「とはいっても相当難しいぜ?アンタを捜してるのなら、そういう場所まで目を通せるだけの人員は出してるだろうしな」
 二人してベッドに腰を下ろして考えていると、ふと窓の外から激しくドアをノックする音が聞こえてきた。 

 その音を耳にして魔理沙は思い出す。衛士達の何人かが、店を閉めている酒場のドアを叩いていた事を。
 まさかこの店までおってきたのか?…彼女はベッドから腰を上げるとすぐさま窓から外を見下ろしてみる。
 しかし『魅惑の妖精』亭の入口には誰も立っておらず、もしや…と思って右隣りの店へと視線を向ける。
 案の定その店の入り口には三人ほどの衛士が立っており、先頭に立っている男性衛士がドアを強めにノックしていた。
 店の店主は寝ているのだろうかまだ出てこないのだが、衛士達の様子を見るに何時ドアを蹴り破られても可笑しくは無い。
 そして店の中へと押し入り、粗方探し終えた暁には――この店にも同じことをしてくるのは明白であった。
 アンリエッタは彼らに見つかってはいけないと言っている以上、するべき事はたったの一つしかない。
 
「ひとまず、この店…と言うより一帯から離れた方が良さそうだな」
「そうですね。…あ、でもすいません…今私が着ているドレスが…」
 魔理沙の言葉にアンリエッタも続いて頷いたものの、ふと自分の着ている服の事を思い出した。
 一応上からフードを被っているものの、衛士達の目に掛かればすぐに看破されてしまうだろう。
 現にドレススカートの端っこであるフリル部分がはみ出ており、これではフードの下からドレスを着ていますと主張しているようなものである。
「…そっか、まぁ持ってないのは一目でわかるが、着替えとかは?」
「すみません。何せここまで連れてきてくれた者達からなるべく身軽になるよう言われたので着替えの持ち合わせは…」
 一応ダメ押しで着替えの有無を確認した魔理沙であったが、案の定というか予想通りの答えが返ってくる。
 まぁお姫様の着替えとなると、どれも繁華街の中では目立ってしまうだろうから使えなかったかもしれない。

554ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 22:51:22 ID:7PqA9ujA
「とはいえこのままドレスで出ていくのは危ないし、何かお姫様が着れるような服は――――…ありそうだな」 
 魔理沙はそんな事を考えつつもとりあえず屋根裏部屋を見渡してみると、ふと隅に置かれた三つの旅行用鞄に気が付いた。
 三つとも大きさは大体同じであるものの、外見を見れば誰の鞄なのかはすぐに分かる。
「…?どういたしました?」
「あの鞄なら姫様でも着れるような服があるだろうし、ちょっくら調べてみるぜ」
 魔理沙はそう言って鞄の方へと近づくと、一番右に置かれた高そうな旅行鞄へと手を伸ばす。
 如何にもこの世界でブランド物として扱われていそうな高い旅行鞄の持ち主はルイズである。
 ルイズの制服…少なくともシャツとプリッツスカートだけならばアンリエッタが身に着けても怪しまれる心配は少なくなるかもしれない。
 そう思って鞄を開けようとした魔理沙はしかし、寸での所である事に気が付いてしまう。

 ――――ちょっと待て?アンリエッタの体格的だと色々無理じゃないか?主に胸囲的に。

 ふとそんな考えが脳裏を過った後、思わず魔理沙はバッと振り返ってみる。
 そこにはタイミングよくフードを脱いで、見慣れたドレス姿になったばかりのアンリエッタが立っていた。
 見比べるまでも無くルイズ以上…もしかするとあのキュルケよりも僅差で勝っている程大きな胸がドレス越しに主張している。
 魔理沙自身あまり他人の胸でどうこう言った事はなかったものの、その圧倒的大きさに思わず唸ってしまいそうになった。
 そして胸だけでなくヒップやウエストもバスト程主張していないが、ルイズ以上だというのは一目で分かってしまう。
(ルイズの鞄から服を取り出す前に確認しといて良かったぜ…)
 
 親友の体で悲惨な目に遭いかけた危機からルイズの服を救って見せた魔理沙は、その左隣にある鞄へと目を向けた。
 茶色字でいかにも手入れしていなそうな鞄であり、取っ手付近には墨で『博麗霊夢』と目立つような書かれている。
 流石にアンリエッタにあの巫女服を着せるのは目立つ目立たない以前に怒られるような気がした、主にルイズ霊夢の二人に。
 どっちにしろ、アンリエッタ程胸の大きくない霊夢の服ではサイズが合わなくで色々危うい゙事になるのは火を見るより明らかだ。
 霊夢の巫女服なんて着せられんわな…そう思った魔理沙はしかし、ここで少し前の出来事を思い出した。
 そう…あの日、ルイズが姫様との結婚式があるからといって巫女服しかない霊夢にプレゼントしたあの服を。
(あれなら…何とか行けそうかな?どっちにしろ私の服じゃあ姫さまのサイズに合いそうにないしな)

 左側に置いていた自分の鞄には触れぬどころか視線も向けぬまま、魔理沙は霊夢の鞄へと手を掛ける。
 手慣れた動作でロックを外すと鞄を開き、そこに入っているであろう目当ての服を捜して巫女服やら茶葉の入った缶やらをかき分けていく。
 紅と白、紅と白…と紅白しか目立たない鞄の中では、対称的なモノクロカラーのソレはすぐに見つける事ができた。
「おぉあったぜ!これを探してたんだよコレを」
「あのマリサさん?コレ…とは私の着替えの事でしょうか?」
 鞄を少しだけ探り、両腕に抱え上げたのが何なのか気になったアンリエッタは魔理沙の肩越しに彼女の言ゔコレ゙覗き見てみる。
 それは鞄の中をほぼ占領していた紅白の中では一際目立つ、白いブラウスと黒のスカートであった。
 
 白と黒、というのは魔理沙の服と似てい入るがこちらの方が大分涼しげに見える。
 ふと彼女が空けていた鞄の中にも視線を向けてみると、スカートと同じ色をした帽子まで入っていた。

555ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 22:53:06 ID:7PqA9ujA
「まぁ、随分とシンプルだけど良さげな感じね。…ところでマリサさん、ひよっとしてそのか鞄の持ち主って…」
「あぁコレか?まぁ中を見てみれば分かるが霊夢の鞄だよ。巫女服だらけだから誰にでも分かると思うけどな」
「そうですか…って、えぇ!?それって少しまずいのでは…」
「大丈夫だって安心しろよ。霊夢のヤツもソレはそんなに着る事はないし、秘密にしてればバレはしないさ」
 鞄の中を覗き見した際に一瞬だけ見えた巫女服に気付いたアンリエッタの質問にね魔理沙は笑いながら答えて見せる。
 それから少し遅れで驚いて見せたアンリエッタは、魔理沙が手に持っている霊夢の服を見て至極当然の事を聞いた。
 しかし魔理沙はそれに対して笑いながら大丈夫と言いつつ、アンリエッタにその服と帽子一式を手渡した

「……うーん、分かりました。私自身文句を言える立場にはありませんもの」
 魔理沙に代わって霊夢の服を腕で抱える事になったアンリエッタは暫し躊躇ったものの、止むを得なしと意を決したのだろうか、
 その目に強い眼差しを浮かべてそう言ってのけた彼女は、ひとまず着替えをベッドの上に置いてからドレスへと手を掛ける。
 そして勢いをなるべく殺さぬよう遠慮なくドレスを脱ぎ、その下に隠れていた胸を揺らしつつも下着姿に早変わりして見せた。
 ソレを近くで見ていた魔理沙は改めて思った。やはり彼女は、脱いだ先にある体は流石に王家なのだと。
「……やっぱデカいなぁ」
「―――…?」
 小声で呟いた為聞こえはしなかったものの、珍しい物を見るかのような目で此方を凝視する彼女が気になるのか、
 怪訝な表情を浮かべつつも、アンリエッタは魔理沙から手渡された霊夢の服へと着替え始めた。

 結果として彼女が服を着るのはスムーズに終わったものの、その後が大変であった。
 要点だけ言うと、霊夢とアンリエッタのサイズが微妙に合わなかったのである。主に胸囲が。

「何だか…ちょっとサイズが小さめなんですのね…?」
「マジかよ」
 折角着終えたというのに胸の部分がやや窮屈そうに張りつめているブラウスを見て、魔理沙は思わず唖然としてしまう。
 いつも一緒にいる三人の中では霊夢が比較的大きいと思っていただけに、微妙なショックを覚えていた。
 それを余所に少し窮屈気味にしていたアンリエッタであったが、それもほんの一瞬であった。
「…ま、いいわ。別に着れないってワケじゃないのだし」
 いいのか!結構寛容なアンリエッタの判断に、魔理沙は思わず内心で突っ込んでまう。
 まぁ本人が良しとするならそれでいいのだろう。着られている服としては堪ったものではないだろうが。
 しかしここで魔理沙が一息ついた隙を突くかのように、アンリエッタは「こうしたらもっと良いかも…」と言って胸元を触り始めている。

 一体何をしようかと視線を向けた時、そこには丁度シャツのボタンを一つ二つと外す彼女の姿が目に入ってきた。
 無理にボタンを留めていたせいでシャツによる束縛が緩くなっていき度に、胸の谷間が露わになっていく。
 三つ目を外そうとした所で流石にこれ以上は不味いと判断したかの、ボタンを二つ外した所でアンリエッタは満足そうにうなずいて見せた。
 王族の人なのに随分と大胆な事をするなーと驚く一方であった魔理沙は、同時に彼女が取った行動に成程なーと感心してしまう。
 ボタンを外したことにより、清楚なデザインであったシャツが胸の谷間を強調しているかのような…いかにも夜の女が着そうな服へと早変わりしている。
 実際にはそういう風に見える、程度であるが…こうして見直してみると繁華街で暮らしている水売りの女性にも見えなくない。

556ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 22:55:06 ID:7PqA9ujA
 そして何よりも面白い事は、そんな服を着ているにも関わらずアンリエッタの美しさが殆ど崩れていないという事にあるだろう。
 むしろドレスの時と比べて扇情的な雰囲気を醸し出しているので、男にとって大変目のやり場に困るのは間違いなしだが。
 感心の目を向ける魔理沙に気付いたのか、アンリエッタは少しだけ顔を赤くすると自分の胸元を見ながら喋り出す。
「多少無理はあるかもしれませんが、人の借りものですし…何よりちょっとした変装になるかと思いまして…」
「へぇ〜…王族の人だからけっこうお淑やかだと思ってたが、中々どうして似合っているじゃないか?」
「え?そ、そうでしょうか…?その、こういう服は初めて着ますので正しいのかどうかはわかりませんが…ありがとうございます」
 流石に自分でも恥ずかしいと感じているのか、照れ隠しするアンリエッタに魔理沙は苦笑いしつつ賞賛の言葉を送った。
 何故かそれに困惑しつつも、アンリエッタは恐る恐るといった感じで礼を述べたのであった。

 その後、もしも衛士達がここまでやってきた時に見つかっては不味いという事でドレスとフードは隠す事なった。
 屋根裏部屋に元々置いてあった木箱の中で幾つか蓋の開くものがあったが、中は案の定埃に塗れている。
 蓋を開けた途端に舞い上がる埃を見て二人は目を細めたものの、それに怯むことなくアンリエッタはフードを箱の中へと入れた。  
「私の目から見てもそのフード含めて結構上等なモノそうだが、こんな場所に入れといて良いのか?」
 いくら本人が良いと言ったとはいえ、流石の魔理沙も明らかに特注品であろう高級ドレスを埃だらけの環境に置いておくのはどうかと思ったのだろうか。
 最初にフードを入れたアンリエッタは、再び舞い上がる埃に軽く咳き込みつつも頷いてみせた。
「ゴホ…構いませぬ。もしも見つかってしまった後の事を考えれば…ケホッ!…ドレスの一枚や二枚、ダメになったとしても…コホンッ!安いものですわ」
「……そうか」
 やはりワケあり、それも相当なモノだと改めて理解した魔理沙は手に持っていたドレスを箱の中へと入れる。
 この国の象徴である白百合の様な純白の色のドレスには埃が纏わりつき、その白色を汚していく。
 それを見下ろしつつも蓋を閉めようとした魔理沙は、ふとアンリエッタが呟いた独り言を耳にしてしまう。

「埃に纏わりつかれる純白のドレス……皮肉ね。今この国と同じ状況に置かれるだなんて」
 悔しさがありありと滲み出ている表情でドレスを見下ろす彼女を横目で見やりつつ、魔理沙は蓋を閉めていく。
 彼女は一体何に対して悔しみを感じているのか?そしてこの国の今の状況とは一体?
 やはり単純な面倒事ではなさそうだなと魔理沙は感じつつ、同時にこれは大事になるかもしないという危惧を抱いたのであった。



 …このタイミングで最愛の姉であるカトレアとの再会を果たすなんて、運命の女神と言うヤツはどれだけ悪戯好きなのだうろか?
 ここ最近のルイズはそんな事を考えながらも、何もせずにじっと過ごしていた。
 無論、事前にカトレアがこの街に滞在しているという事は知っていたし、いずれは本腰を入れて探すつもりであった。
 しかし今は姫様から仰せつかった任務があるし、何よりも魔理沙が戦ったという正体不明の怪物の件もある。
 更に最悪な事に、一昨日あのタニアリージュ・ロワイヤル座でその存在を裏付けるかのような惨殺事件さえ起こったのだ。
 昨日は死体を見たショックで何もできなかった自分とは違い、霊夢は事件の謎を追って街中を飛び回っていたという。
 ならば自分も落ち込んでいるワケにはいかず、彼女と一緒に王都に潜んでいる゙ナニガを捜し出すべきなのである。

 それが霊夢を召喚した者として、そしてガンダールヴの主として自分が果たすべき責務というものではないのだろうか?
「――――…だっていうのに、私はこんな所で何をしてるのかしら?」
「…はい?」
「あ、な…何でもないわ!」
 検問という事で通るのに身分証明が必要という事で学生手帳を渡した後、許可が出るまで待っている最中にぼーっとしてしまっだろう。
 ここに至るまでの過程を軽く思い出すのに夢中になってしまったあまり、口から独り言が漏れてしまったようだ。
 学生証の写しを摂っていた詰所の下級貴族の怪訝な表情を見て、ルイズは何でもないと言わんばかりに首を横にふっしまう。
 何でも無いというルイズの言葉に肩を竦めながらも、見張りの彼は身分証明の確認が済んだ事をルイズへ告げる。

557ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 22:57:05 ID:7PqA9ujA
「お待たせいたしましたミス・ヴァリエール。どうぞ、横のゲートを通って中へお入りください」
 学生手帳を返した下級貴族はそう言って詰所内の壁に設置されたレバーの持ち手を握って、それを下へと下ろしていく。
 
 するとルイズの目の前、彼女をここから先へ通さんとしていたかのように立ちはだかっていた通行止めのバーが、上へと上がっていく。
 細長くやや部厚めの木で出来たバーが上がる様子を眺めつつ、ルイズは衛士代わりの下級貴族に礼を述べた。
「ありがとう。こんな所にヴァリエール?って感じで疑われるのを覚悟していたから助かったわ」
「いえいえ、何せ今年の夏季休暇はここに『特別なお方』がお泊りになっておりますからね」
 あの人の家元を考えれば、ヴァリエール家の者がここにいると勘づくのは分かっていましたよ。
 最後にそう言ってルイズに軽く敬礼をしてくれたのを見届けた後、ルイズはゲートを通ってその向こう側へと入る。
 そしてそこで一旦足を止めて背後を振り返ると、彼女は一人ポツリと呟いた。
「『風竜の巣穴』…か。確かにパンフレット通り…良い景色が一望できそうね」
 王都の街並みを一望できる小高い丘の下に建てられたリゾート地の入り口で、ルイズはホッと一息つく。

 ルイズがここへ来た理由は一つ、一昨日別れたカトレアに会いに行くためである。
 別れ際に彼女からここの居場所と、ご丁寧にもどこの別荘に泊まっているという事も教えてくれた。
 わざわざ教えてくれなくとも場所さえ教えてくれれば自力で探せそうなものだが…と、当時のルイズは思っていたのである。
 しかし、それが単なる迂闊であったという事は初めてここを訪れたルイズは身を持って知る事となった。
「ちょっとした規模のリゾート地かと思ったけど。…成程、こうも同じような建物ばかりだと迷っちゃうわよね…」
 カトレアから手渡されたメモと地図が載ったパンフレットを片手に道を歩く彼女は、似たようなデザインが続く別荘を見てため息をついた。
 一応細部や部屋の様相が違うという事はあるだろうが、外見だけ見ればどれも似たようなものである。
 それが何件も続いている為、中庭に誰も出ていなければ何処に誰がいるか何て分からないに違いない。

 幸い各別荘の入口には数字が書かれた看板が刺さっており、何処が何番の別荘だと迷う事は無いだろう。
 ルイズはメモに書かれている「12」番の看板を捜して、別荘地の奥へ奥へと進んでいく。
「今が五番で次が六番だから…って、この先道が二つに分かれてるのね」
 「5」番目の看板が目印の、オリーブ色の屋根が目立つ別荘の前で足を止めたルイズは、ふと前方に分かれ道がある事に気が付く。
 次の別荘は隣にあったものの、どうやら七番目と八番目の別荘は左右に分かれているらしい。
 右の方には『8』が、左には『7』の番号が振られた別荘がそれぞれ宿泊施設としての役目を果たしている最中であった。
 どちらの別荘にも貴族の家族が泊まりに来ているようで、右の別荘の芝生では幼い兄弟が楽しそうにキャッチボールをしている。
 ボール遊びといってもそこは貴族の子供、平民の子から見れば結構アクロバティックな球技と化していた。

 思いっきり上空へと投げたボールを受け取る子供が『フライ』の呪文を唱えて見事にキャッチし、次いで空中から投げつける。
 それを先ほど投げた子が『レビテーション』の呪文を唱えて勢いを殺し、難なくボールを手にしてみせる。
 兄弟共に楽しそうな笑み浮かべて汗を流して遊ぶ姿は、例え魔法が使えるとしても平民の子供と大差は無い。
 それを若干羨むような目で見つめていたルイズは、左の別荘の方へも視線を向けてみる。
 左の別荘の芝生ではこれまた幼い姉妹が魔法の練習をしており、子供用の小さな杖を一生懸命振って魔法を発動させようとしていた。
 ルイズが今いる位置からでは聞き取れなかったが、彼女たちの周囲で微かなつむじ風が起こっている事から恐らく『風』系統の練習なのだうろ。
 子供の幼い舌では上手く呪文を唱えられないのであろう、必死に杖を振る姿がなんとも昔の自分にそっくりである。
 ただ違う所は一つ。彼女らは一応風を起こしているのに対し、自分はどれだけ杖を振っても成果が出なかった事だ。

558ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 22:59:09 ID:7PqA9ujA
(あの時自分の系統が何なのか気付いてたら…って、そんな事考えても仕方ないわよね)
 幼少期の苦い思い出を掘り越こしてしまった気分にでもなったのであろう、ルイズは沈んだ表情を浮かべつつも首を横に振って忘れようとする。
 自分がここを訪れた理由は一つ。幼少期の苦い思い出を堀り越こす為ではなく、カトアレに会いに行く為だ。

 その後、すぐに気を取り直したルイズは芝生で遊んでいた子供たちの内、魔法の練習をしていた姉妹に聞いてみる事にした。 
 最初こそ怪しまれたものの、今日はマントを身に着けていた為不審者扱いされずに何とか道を聞く事ができた。
 どうやら「12」番の看板が刺さった別荘は彼女たちがいる左側にあるようで、二人して道の奥を指さしながら教えてくれた。
 ルイズは「そう、助かったわ。ありがとうと」とお礼を言って立ち去ると、姉妹は揃って「じゃあねぇ!」と手を振りながら見送ってくれた。
 彼女も笑顔で手を振りつつその場を後にすると、左側の道路を奥へ奥へと進んでいく。

 その間にも何人かの宿泊客達と出会い、軽い会釈をしつつも「12」番の看板目指して歩き続ける。
 やがて数分程歩いた頃だろうか、もうすぐ行き止まりという所でようやく探していた番号の看板を見つける事ができた。
「十二番…ここね」
 少しだけ蔓が絡まっている看板に書かれた数字を確認した後、ルイズは臆することなく芝生へと入っていく。
 綺麗に切りそろえられた芝生、その間を一本の線を走らせるようにして造られた石造りの道をしっかりとした足取りで歩くルイズ。
 他と同じような造りの二階建ての別荘からは人の気配があり、ここを利用している人たちが留守にしていないという何よりの証拠である。
 看板は合っている、留守ではない。それを確認したルイズはそのまま道を進んで玄関の方へと歩いていく。
 一分と経たない内に玄関前まで来た彼女は軽く深呼吸した後、ドアの横に付いた呼び鈴の紐を勢いよく引っ張った。

 直後、ドア一枚隔ててチリン、チリン…という鈴の音が聞こえ、誰かが訪問してきたという事を中の人々に知らせてくれる。
 呼び鈴を鳴らし終えたルイズはスッと一歩下がった後に、このドアを開けてくれるであろう人物を待つことにした。
 すると、一分も経たない内に呼び鈴を聞きつけたであろう誰かが声を上げたのに気が付く。
「…〜い!少々お待ちォー!」
 ドア越しに軽快な足音を響かせてやってきた誰かは、ゆっくりとドアを開けてその姿を現す。
 その正体は市販のメイド服に身を包んだ、四十代手前と思われる女性の給士であった。
 薄黄色の髪を短めに切り揃え眼鏡を掛けている彼女は、ドアの前に立っていたルイズを見て「おや」と声を上げる。
「おやおや、これは貴族様ではございませぬか?…して、この別荘に何か御用がおありでしょうか?」
 丁寧に頭を下げつつも、ルイズがどのような目的でこの別荘のドアを叩いたのか聞いてくる給士の女性。
 ルイズは丁寧かつ仕事慣れした彼女の挨拶に軽く手を上げて応えつつ、単刀直入にここへ来た目的を告げた。
「今ここを借りているち…カトレア姉様に会いに来たの。ルイズが来たと伝えて頂戴」
「…ルイズ!?…わ、分かりました。すぐにお呼び致しますので、どうぞ中へ…」
 基本的に宿泊している貴族の名を明かすことは無いこの場所において一発で名前を当て、尚且つルイズという名を名乗る。
 この国の重鎮であるヴァリエール家の事を多少は知っていた給士はハッとした表情を浮かべ、すぐさまルイズを家の中へと招いた。
 
 カトレアが現在泊まっている別荘の中へと入ったルイズは、給士の案内でハイってすぐ左にある居間へと通される。
 大きなソファーと応接用のテーブルが置かれたそこには彼女とは別にカトレア御付の侍女が一人おり、部屋の隅の観葉植物に水をやっている所であった。
 丁度その時ルイズに対し背を向けていたものの、ルイズはポニーテルにした茶髪と鳥の羽根を模した髪飾りを見てすぐに誰なのかを知る。
「ミネアさん、ミネアさん。お客様が来られましたよ」
「あっはい……って、ルイズ様!?ルイズ様ですか!」

559ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:01:08 ID:7PqA9ujA
 給士がその侍女の名前を口にする彼女――ーミネアはクルリ振り向き、ついでその後ろにいたルイズを見て素っ頓狂な声を上げてしまう。
 そりゃまさか、こんな所で自分の主の妹様にお会いする等と誰が予想できようか。
 驚きのあまりつい大声を出してしまったミネアはハッとした表情を浮かべて「す、すまいせんつい…!」と謝ろうとした所で、ルイズが待ったと手を上げた。
「別に良いわよミネア。貴女が驚くのも無理はないかもしれないんだから」
「あ…そ、そうですか…。でも驚きました、まさかルイズ様とこんな所でお会いするだなんて…」
 ルイズが学院へ入学する少し前に、地方からカトレア御付の侍女として採用されたミネアとの付き合いは決して長くは無い。
 けれども無下にできるほども短くも無く、こうして顔を合わせば親しい会話ができる程度の仲は持っていた。

 その後給士の女性は居間起きたばかりだというカトレアを呼びに二階へと上って行き、
 居間で彼女を待つ事となったルイズにミネアは紅茶ょご用意いたしますと言って台所へと走っていった。
 結果居間のソファに一人腰を下ろしたルイズは、すぐに下りてくるであろうカトレアを待つ間に今をグルリと見回してみる事にした。
 全体的に目立った装飾は施されていないものの、貴族が泊まれる別荘というコンセプトを考えれば確かに泊まりやすい場所には違いないだろう。
 最近の貴族向けのホテルではいかに豪勢な装飾を施すかで競争になっていると聞くが、ここはそういう俗世の嗜好とは無縁の場所らしい。
 どらかといえばあまり装飾にこだわらず、街から少し離れた静かな場所で休みを過ごしたいという人には最良の場所なのは間違いないだろう。
 
 そんな風に素人なりの考えを頭の中で張り巡らしていたルイズの耳に、彼女の声が入り込んできた。
「あら、こんな朝早くから一体誰が来たのかと思ったら…やっぱり貴女だったのねルイズ!」
「ちぃねえさま!」
 慌てて腰を上げて声のした方へ顔を振り向けると、そこには眩しくて優しい笑顔を見せるカトレアの姿があった。
 いつものゆったりとした服を着て佇む姿に何処も異常は見受けられず、あれから二日間は何事も無かったようである。
 最も、ルイズとしてはあれ以来何か変な事があったのなら驚いていたかもしれないが、それも単なる杞憂で済んでしまった。
 まぁ何事も無ければそれで良く、ルイズは何事も無い二番目の姉の姿を見てホッと安堵しつつ、彼女の傍へと近寄る。
 カトレアもまるで人に慣れた飼い猫の様なルイズを見て安心したのか、近寄ってきた彼女の体をそのまま優しく抱きしめてしまう。

「あぁルイズ、私の小さなルイズ。いつ見ても貴女は愛くるしいわねぇ」
「ちょ…ち、ちぃねぇさま…!う、嬉しいですけど…!何もこんな所で…ッ」
 突然抱きしめられたルイズは嬉しさと恥ずかしさからくる照れで頬が赤面しつつも、姉の抱擁を受け入れている。
 服越しに感じる細めの体と優しい香水の香りに、自分とは比べ物にならない程大きくて柔らかい二つの胸の感触。
 特に胸の感触と圧迫感の二連撃でどうにかなってしまいそうな自分を抑えつつ、ルイズはカトレアからの愛を受け入れ続けている。
 これがキュルケや他の女の胸なら容赦なく押し退けていたが、流石に自分の姉相手にひんな酷いことは出来ない。
 むしろここ最近苦労続きの身には何よりものご褒美として、彼女は顔に押し付けられている幸せを安らかに堪能していた。
 そしてふと思う。今日は自分一人だけで姉のいる此処へ訪問するという選択が正しかったという事を。
(ここに霊夢たちがいなくて、本当に良かったわ…死んでもこんな光景見られたく無しいね)
  
 その後、互いに一言二言の会話を交えたところで準備を終えたミネアがティーセットをお盆に載せて戻ってきた。
 朝と言う事もあって軽い朝食なのだろうか、小さいボウルに入ったサラダとベーグルサンドがお盆の上にある。
 カトレア曰く「食材等もここの人たちが用意してくれてるの」と言っており、今の所不自由は無いのだという。
 確かに、サラダに使われてる野菜や焼き立てであろうベーグルを見るに食材には気を使っているのが一目でわかる。
 平民にも食通が多いこの国では貴族の大半は美味しい物を食べ慣れており、酷い言い方をすれば舌が肥えているのだ。
 そうした貴族たち専門の宿泊地で食材に気を使うというのは、呼吸しないと死んでしまうぐらい常識的な事なのであろう。

560ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:03:05 ID:7PqA9ujA
姉からの説明でそんな事を考えていたルイズの耳に、今度は元気な幼女の声が聞こえてきた。
「おねーちゃん!……って、この前の小さいお姉ちゃん?」
 カトレアと比べてまだ聞き慣れていないその声にルイズが声のした方―――厨房の方へと顔を向ける。
 するとそこに、顔だけをリビングへと出して自分を見つめている幼女、ニナの姿があった。
 彼女は見慣れぬ自分の姿を見て多少驚いてはいるのか、そのつぶらな瞳が丸くなっているのが見て取れる。
 カトレアはリビングへとやってきたニナを見て、嬉しそうに笑い掛ける。
「あぁニナ。今日は私の大切で可愛い妹が朝早くから来てくれているの。ついでだから、一緒に朝ごはんを頂きましょう?」
「え?…う、うん」
 いつもは元気な返事をするであろうニナは、見慣れぬルイズの姿を見つめたまま曖昧な返事をする。
 その姿はまるで元からいた飼い猫が、新参猫に対して警戒しているかのようであった。

 カトレアもニナの様子に気が付いたのか、優しい微笑みを浮かべつつ言葉を続けていく。
「大丈夫、怯える事なんてどこにもないわよ。こう見えても、ルイズは私より気が利く子なんですから」
「ちょっ…急に何を言うのですかちぃねえさま?」
 やや…どころかかなり持ち上げられてしまったルイズは、カトレアの唐突な賞賛に赤面してしまう。
 嬉しくも恥かしい気持ちが再び胸の内側から込み上がる中で、ついつい姉に詰め寄っていく。
 カトレアはそんなルイズの反応を見てクスクスと笑いつつ、呆然とするニナの方へと顔を向けながら一言、
「ね、そんなに怖くは無いでしょう?」と不安な様子を見せるニナに言ってのけた。
 ニナもニナでそれである程度ルイズを信用するつもりになったのだろうか、コクリと小さく頷いて見せる。
 それを見て良しとしたカトレアもコクリと頷き返してから彼女の傍へと近寄り、優しく頭を撫でながら「良い子ね」と褒めてあげた。
「それじゃ、頂きますをする前に手を洗いに行きましょうか?」            、 
「……うん」
「あ、私も一緒に…」
 カトレアの言葉に頷くと、彼女の後に続くようにして洗面場の方へと歩いていく。
 それを見ていたルイズもハッとした表情を浮かべて席を立つと、若干慌てつつも二人の後を追って行った。

 その後、成り行きで三人仲良くてを洗い終えたルイズ達は居間で朝食を頂く事となった。
 スライスオニオンとハムの入ったベーグルサンドとサラダは朝食べるのにうってつけであり、紅茶との相性も良い。
「どうしらルイズ?味は保証できると思うけど、量が少なかったらパンのおかわりもあるけど…」
「あ、いえ。大丈夫ですよちぃ姉さま、私はこれくらいでも十分ですし…それに御味の方も、とても美味しいです」
 勿論実家のラ・ヴァリエールや魔法学院での朝食と比べれば品数は少ないが、ルイズ自身朝はそれ程食べるワケではない。
 自分の質問に素早く答えたルイズにカトレアは微笑みつつ、サラダのドレッシングで汚れたニナの口元に気が付く。
「あらニナ、そんなに慌てて食べなくてもサラダは逃げませんよ?」
「ムグムグ……はぁ〜い!あ、じじょのおねーさん!パンのおかわりちょーだい!」
 カトレアは無論小食であるので問題は無く、食べ盛りであるニナは少し物足りないのか侍女達からおかわりのパンを貰っている。
 貴族らしくお淑やかに頂くルイズ達とは対照的にがっついているニナの姿に、侍女達は元気な子だと笑いながらバゲットから焼きたてのパンを皿の上へと置く。
 ニナはそれにお礼を言いつつ置かれたばかりのパンを掴むとそのまま齧りつく…事は無く、一口サイズに千切って口の中へと放り込む。
 きっとカトレアから教わったのだろう。この年の子供で平民だというのに食事のマナーを覚えているニナに流石のルイズも「へぇ…」と感心の声を上げてしまう。

 それを耳にしたであろうカトレアが、妹の視線の先にニナがいる事で察したのか嬉しそうな笑みを浮かべながら言った
「偉いわねニナ。妹のルイズが貴女の綺麗な食べ方を見て感心してくれてるわよ?」
「え、ホントに?」
「え?いや…そんな、別に…ただ平民の子供だからちょっとだけ感心だけよ」
 まるで本当の母親のように褒めてくれたカトレアの言葉に、ニナは嬉しそうな瞳をルイズの方へと向ける。
 ニナが褒められたというのに何故か気恥ずかしい気持ちになってしまったルイズは、照れ隠しのつもりで手に持っていたサンドウィッチに齧り付いた。
 シャキシャキとした食感と仄かな甘味のある玉葱と少し厚めにスライスされたロースハムの旨味、
 そしてベーグルに塗られたマヨネーズの酸味を口の中で一気に感じつつ、ルイズは久方ぶりなカトレアとの朝食を楽しんでいた。

561ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:05:07 ID:7PqA9ujA
 朝食が済んだあと、侍女たちが食器を片づける中でニナは中庭の方へと走っていった。
 何でもカトレアが連れてきている動物たちもそこにいるようで、餌やりは既に終わっているのだという。
「やっぱりというか、なんというか…連れてきていたんですね?」
「えぇ。何せこんな長旅は初めてだから、あの子達にも良い教養になると思ってね」
 侍女が出してくれた食後の紅茶を堪能しつつ、ルイズはお茶請けにと用意された見慣れぬ焼き菓子を一枚手に取った。
 元はトンネルの様な形をした菓子パンであり、表面には雪の様に白い粉砂糖が降りかけられている。
 それを侍女に六枚ほどスライスしてもらうと、生地の中にナッツやレーズン等のドライフルーツが練り込まれている事にも気が付いた。

 トリステインでは見た事の無いお菓子を一切れ手に取ったルイズはすぐにそれを口にせず、暫し観察してしまう。
 それに気が付いたのか、カトレアは微笑みながらルイズと同じく一切れを手にしながらそのお菓子の説明をしてくれた。
 何でもゲルマニアやクルデンホルフを初めとしたハルケギニア北部のお菓子らしく、始祖の降臨祭の前後に食べられるのだという。

「本来は降臨祭の三、四週間ほど前に焼き上げてそこからからちょっとずつスライスして食べていくらしいわよ。
 それでね、降臨祭が近づくにつれてフルーツの風味がパンへ移っていくから、ゲルマニアでは…
 「今日よりも明日、明日よりも明後日、降臨祭が待ち遠しくなる」…っていう謳い文句で冬には大人気のお菓子になるらしいの」

 カトレアからの豆知識を耳にしつつ、ルイズは大口を開けて手に持った菓子パンをパクリと齧りついてしまう。
 いかにもゲルマニアのお菓子らしく表面は固いものの、内側のパン生地はしっとりしていて柔らかく、そしてしっかりと甘い。
 恐らく長期保存の為に砂糖やバターを一般的なお菓子よりも大量に使っているという事が、味覚だけでも十分に分かってしまう。
 そこへドライフルーツの甘みも加わってくると甘みと甘みのダブルパンチで、口の中が甘ったるい空間になっていく。
「どうかしら、お味の方は?」
「は、はい…その、とっても甘くてしっとりしていて…でもコレ、甘ったるいというか…甘いという名の暴力の様な気が…」
 平気な顔して一切れを少しずつ齧っているカトレアからの質問にそう答えつつ、ルイズは齧りついた事に後悔していた。
 本場ゲルマニアではどういう風に齧るのかは知らないが、多分姉の様に少しずつ食べるのが正しいのだろう。
 少なくともトリステインの繊細かつ味のバランスが取れたお菓子に慣れきったルイズの舌には、この甘さはかなり辛かった。

「ン…ン…、プハッ!…ふうぃ〜、とんでもない甘さだったわ」
 その後、齧りついた分を何とか飲み込む事ができたルイズはコップに入った水を一気飲みしてホッと一息ついていた。
 ルイズと違い少しずつ齧り取っていたカトレアはそんな妹のリアクションを見て、クスクスと楽しそうに笑っている。
「あらあら、貴女もコレを初めて食べた私と同じ轍を踏んじゃったというワケなのね?」
「ま、まぁ…そういう事みたいですね。正直ゲルマニアの料理は色々と食べてきましたが、あんなに甘ったるいのは初めてでしたわ」
 決して自分を馬鹿にしているワケではないと分かる姉の笑いに、ルイズも釣られるようにして苦笑いを浮かべてしまう。
 ハルケギニアでは比較的新しい国家であるゲルマニアには、他の国よりも名のある保存食が多い事で有名である。  

 ひとまずルイズは一切れ飛べた所でもう大丈夫だと言って、カトレアは残った菓子パンを下げるにと侍女に告げた。
「もしお腹が減ったら貴女たちで分けて食べても良いわよ。…ついでに後一枚だけ残しておいてくれたら助かるわ」
 ようやく手に取った一切れを食べ終えたカトレアの言葉に、菓子パンの乗った皿を下げる侍女はペコリと一礼してから居間を後にする。
 周りにいた侍女たちにももう大丈夫だと言って人払いさせた後、彼女はルイズと二人っきりになる事ができた。
 ニナは中庭で動物たちと一緒に遊んでおり、暫くはここへ戻ってくる事はないだろう。
 ご丁寧にドアを閉めてくれた侍女の一人に感謝しつつ、ルイズはゆっくりとカップに入った紅茶を飲んだ。
 これも宿泊場の支給品なのだろうが、中々グレードの高い茶葉を用意してくれたらしい。
 朝食の後に食べてしまった甘ったるいあの菓子パンの味を、辛うじて帳消しにしようとしてくれる程度には有難かった。

562ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:07:07 ID:7PqA9ujA
 暫し食後の紅茶を堪能していると、何を思ったのかカトレアが話しかけてきたのである。
「さて…貴女がここへ来たのは、何も会うのが久しぶりな私の顔を見に来たってワケじゃないのでしょう?」
 紅茶が半分ほど残ったカップを両手に、カトレアは一昨日の出来事を思い出しながらルイズに質問をした。
 いきなりここへ来だ本題゙を先に言われてしまったルイズは、どんな言葉を返そうか一瞬だけ迷ってしまう。
 確かに彼女の言うとおりだ。ここへ来た理由は、久しぶりに顔を合わせる家族に会いに来ただけ…というワケではない。
 
 ルイズはどんな言葉を返したらいいか一瞬だけ分からず、ひとまずの自身の視線を左右へと泳がせてしまう。
 しかしすぐに言いたい事が決まったのか、決心したかのようなため息をついた後で、カトレアからの質問に答えることにした。
「信じて貰えないかもしれませんが…一昨日の事は、色々と複雑な事情があったからこそなんです」
 霊夢や魔理沙たちの事を、カトレアには何処から何処まで喋れば良いのか分からない今のルイズには、そんな言葉しか考えられなかった。
 そんな彼女の姉は妹の返事に「『信じて貰えないかもしれない』…ねぇ」と一人呟いてから、ルイズの方へとなるべく体を向けつつも話を続けていく。
「荒唐無稽でなければ、貴女の言う事は大概信用できるわよ?」
「ちぃねえさまなら本当に信じてくれるかもしれませんが…でもやっぱり、ねえさまに話すのは危険だと思うんです」
「…!危険な事、ですって?」
 ルイズの口から出た「危険」という単語に、カトレアはすかさず反応してしまう。 

 少しくぐもってはいるものの、中庭の方からニナの笑い声が微かに聞こえてきた。
 それよりも近い場所からは侍女たちが後片付けしている音が聞こえ、二つの音が混ざり合って二人の耳に入り込んでくる。
 今の二人にとって雑音でしかないその二つの音を聞き流しつつも姉妹は見つめ合い、それからまずルイズが口を開いた。
「いや、別にねえさまに直接身の危険が及ぶとか、そういうのではありませんが…でも、もしかしたらと思うと…」
「身の危険って…、誰が好き好んで私みたいな病人を襲うというのかしら?」
「あまり自分の身を軽く考えてはいけません。ちぃねえさまだってヴァリエール家の一員なんですから!」
 自嘲気味に自分を軽視するカトレアに注意しつつも、ルイズは更に話を続けていく。

「ねえさまも見知っているとは思いますが、レイムとマリサの二人とは今切っても切れない様な状態にあります。
 何故…かと問われれば答えにくいんですが…今本当に、色々な問題を抱えちゃってるんです…」

「レイム、それにマリサ…うん、覚えているわ」
 愛する妹の口から出た人名らしき二つの単語を耳にして、、カトレアは一昨日の出来事を思い出す。
 あの時、確かにルイズの近くにはそういう名前の少女が二人いたのを覚えている。
 時代遅れのトンガリ帽子を素敵に被っていた金髪の少女がマリサで、中々にフレンドリーであった。
 いかにも物語の中に出てくるようなメイジの姿をしていたが…、
 どちらかと言えば平民寄りであり、初見であるニナや自分にも気さくな挨拶をしてくれていた。

 そしてもう一人…黒髪で見た事も無い異国情緒漂う――もう一人の居候とよく似た格好をした、レイムという名の少女。
 あの時はマリサと比べ口数も少なく、考え事をしていたかのようにじっとしていたあの少女。
 彼女が背負っていたインテリジェンスソードが、代わりと言わんばかりに喧しい声で喋っていた事は覚えている。
 ハルケギニアでも見慣れた姿をしていたマリサとは何もかも違っていた、レイムの姿。
 今はこの場に居ない『彼女』を何故かしきりに睨んでいた事も、同時に思い出す。

563ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:10:07 ID:7PqA9ujA
「しかし、あの二人と貴女にどんな縁ができちゃったのかしら?私、そこが気になってくるわ」
「…少なくとも、あの二人がいなかったら一昨日の事件にもそれほど関わりたいとは思わなかったかもしれません」
 …何より、命が幾つあっても足りなかったかも…―――と、いう所までは流石に口にできなかった。
 いくらなんでも済んだこととは言え、霊夢達には命の危機を何度も救ってもらっている…なんて事までは言えない。
 逆に言えば、アイツラの所為で色々と危険な目に遭っている…という考えは否めないが。
(まぁこれまでの経緯を全部言っちゃうと、ねえさまが心配しちゃうしね)
 いざカトレアと対面した今は、霊夢達との経緯を何処からどう詳しく話せばいいか悩んでいた。
 春の使い魔召喚の儀式で霊夢を召喚してしまい、それから命がけでアルビオンまで行って戻ってきた所か?
 彼女たちがこの世界の人間ではなく、幻想郷とかいう異世界に住んでいるという所からか?
 
(…駄目ね、何処から話しても多分ねえさまには余計な心配をさせちゃうわ)
 今振り返ってみても碌な目に遭っていない事を再認識しつつ、ルイズは頭を抱えたくなった。
 霊夢一人だけでも結構大変な毎日だったというのに、そこへ来て幻想郷と言う彼女の住処まで半ば強引に拉致され、
 挙句の果てに何故か自分の世界と関係してその世界が崩壊の危機を迎えているという、自分には重荷過ぎる事を説明され、
 更にその原因を引き起こしている黒幕はハルケギニアに居ると言われて、なし崩し的に霊夢と異変解決に乗り出す事となり、
 そこへ更に状況を悪化させるかのようにスキマ妖怪が魔理沙を連れてきて、魔法学院の自室には三人の少女が住むことになった。
 三人いるおかげで部屋は手狭り、魔理沙が持ってきた大量の本が部屋の二隅を今も尚占領されている。
 
 そして自分たちを戻ってきたのを見計らっていたかのように訪れる、危機、危機、危機!
 奇怪な異形達にニセ霊夢、そしてアルビオンのタルブ侵攻と虚無の使い魔ミョズニトニルンに…ワルド再び。
 これだけでも頭の中が一杯になりそうなのに、王都では奇怪な事件が現在進行中なのである。
 我ながら大きな怪我を一つもせずにここまで生きて来られたな…ルイズは自分を褒めたくなってしまう。
 しかしその前に思い出す。今はそんな事を一人で喜ぶよりも、先にするべき事をしなければならないのだと。
 ふと気づくと、自分の横にいる姉は何も言わずに考え込んでいる自分の姿に怪訝な表情を見せている。
 自分だけの世界に入ろうとしていたルイズはそこで気を取り直すように咳払いしつつ、話を再開していく。
「ま、まぁとにかく!あの二人とは色々あり過ぎて…どこから説明すれば良いのかわからないんです」
 これは本当であった。正直霊夢達が来てからの出来事が濃厚過ぎて、どこからどう話しても結局カトレアに心配を掛けてしまう。 
 とはいえこのまま何も言わず…かといって幻想郷の事を話そうものなら、彼女もまた今回の件に首を突っ込ませてしまうに違いない。
 一体どうしようかと今もまだウジウジと悩むルイズを見て、カトレアは何かを思い出したのだろうか?
 あっ…小さな声を上げると手に持っていたティーカップをテーブルに置くと…パン!と自らの両手を合わせてみせた。
 何か思いついたのだろうか?大切な姉を巻き込みたくないというルイズの意思を余所に、妙案を思いついたカトレアはルイズに話しかける。
「そうだわルイズ!私、アナタと再会したら聞きたいとおもってた事があったのよ?」
「…?き、聞きたい事…ですか?」
 突然そんな事を言われたルイズは半分驚きつつも、姉の口から出た言葉に興味を示してしまう。
 カトレアも『えぇ』と嬉しそうに頷くとスッと顔を近づけて、『聞きたい事』を口にした。

「私の家にいるもう一人の居候から聞いたのだけれど…貴女はその二人と一緒に゙あの時゙のタルブにいたのよね?
 なら、この機会に教えてくないかしら?貴女達がどうしてあんな危険な場所へ赴いて、何をしようとしていたのかを…ね?」

 ルイズとしては彼女の口から出ることは無いだろうと思っていた言葉を聞いて、何も言えずに固まってしまう。
 …あぁ、そういえば今ねえさまの所にあの巫女モドキがいるんだっけか?そんな事を思い出しながら、ルイズはどう説明しようか悩んでしまう。

564ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:12:12 ID:7PqA9ujA
 朝だというのに夏の陽光に晒されて、今日も水準値よりやや高い気温に包まれた王都トリスタニアがブルドンネ街。
 こんなにも暑いというのに平常通りに市場はオープンし、今日も多くの人々がこの街を出入りしていた。
 タオルやハンカチに日傘などを片手に狭い通りを歩く市民らの顔からは、これでもかと言わんばかりに汗が滲み出ては流れ落ちていく。
 夏に入ってからというものの、街中のジュースやアイスクリームを販売するスタンドの売り上げは日々右肩上がり。
 今日も木陰に設置されたジューススタンドには、キンキンに冷えた果汁百パーセントのジュースを目当てに人々が列を作っている。
 とある通りに面したレストランでも、冷製スープなどが話題のメニューとして貴族平民問わず話のタネになっていた。
 更にロマリア料理専門店ではそれに触発されてか、冷たいパスタ…つまりは冷製パスタという創作料理が貴族たちの間で話題となっている。
 そのロマリアからやってきた観光客たちからは困惑の目で見られていたが、それを気にするトリステイン人はあまりいなかった。

 どんなに暑くなろうとも、その知恵を振り絞って何とか耐え凌ごうとする人々でひしめきあうブルドンネ街。
 その一角…大通りから少し離れた先にある小さな広場に造られた井戸の前で、霊夢はジッと佇んでいた。
 額や髪の間から大粒の汗を流しながら一人呟いた彼女の視線の先には、井戸の横に設置された看板。
 ガリア語で『飲み水としてもご利用できます!』と書かれた看板を睨み付けながら、背中に担いだデルフへと声を掛ける。
「デルフ…この看板で良いのよね?」
『んぅ?あぁ、飲み水としても使えるって書いてあるから、問題なく飲めると思うぜ?』
 ま、保証はせんがね。と釘を刺す事を忘れないデルフの言葉に頷きつつ、霊夢は井戸の傍に置かれた桶を手に取った。
 それを井戸の中へ躊躇なく放り込む。少しして、穴の底から桶が着水する音が聞こえてくる。
 
 それを聞いて小声で「よっしゃ」と呟いた彼女は、ロープを引っ張って滑車を動かし始めた。
 カラカラと音を立てて滑車は回り、井戸の中へと落ちた桶を地上へと引っ張り上げていく。
 やがて水を満載した桶が井戸の中から出てくると、霊夢は思わず目を輝かせてその桶を両手で持った。
 袖が濡れるのも気にせず中を覗き込むと、驚く程冷たく澄み切った水が桶の中で小さく揺れ動いている。
 思わず上げそうになった歓声を堪えつつも、彼女は桶を器に見立ててゆっくりと中の水を飲み始めた。
 ゴクリ、ゴクリ…と喉を鳴らす音が広場に聞こえた後、満足な表情を浮かべた博麗の巫女がそこにいた。

 
「いやー!生き返った生き返った!やっぱこういう時は冷たいお茶か…次に冷たい水よねぇ〜」
 数分後、井戸の横にある木の根元に腰を下ろした霊夢はそう言って、傍らに置いた桶をペシペシと叩いて見せた。
 中には数えて四杯目となる水がなみなみと入っており、彼女に叩かれた衝撃でゆらゆらと小さく揺れ動いている。
 本来ならば桶の独占は禁止されているものの、幸いな事にこの広場には彼女とデルフ以外誰もいない。
 それを良い事に霊夢は今この時だけ、井戸の桶をマイカップみたいに扱っていた。
「今回は有難うねデルフ、アンタのおかげでそこら辺で干からびてるトカゲやミミズの仲間入りせずにすんだわ」
 潤いを取り戻した彼女は満面の笑みを浮かべて看板を呼んでくれたデルフに礼を言いつつ、片手で水を掬っては鞘から出した彼の刀身に水を掛けている。
『そりゃーどうも。…ところでいい加減、オレっちの刀身に水かけるのやめてくんね?』
「何でよ?アンタ体の殆どが金属なんだから一番涼みたいんじゃないの?」
『そりゃまぁ冷たいのは冷たいが、できればその桶に水一杯張ってさーそこに突っ込んでくれるだけでいいんだが…』
「そんな事したら私が水を飲めなくなっちゃうから駄目」
 デルフの要求を笑顔で拒否した霊夢は、それから暫くの間デルフの刀身に水を掛け続けてやった。

 それから三十分程経った頃、ようやく満足に動けるだけの休息を取った彼女は左手に持った地図と睨めっこをしていた。
 ルイズの鞄から無断で拝借しておいたこの地図は、王都トリスタニアのものである。
 主な通りやチクトンネ街とブルドンネ街の境目の他、御丁寧にも旧市街地の通路も詳細に描かれていた。
 霊夢はそれと空しい睨めっこを続けつつ、ついさっき特定できた現在地からどこへ行こうかと悩んでいる最中である。

565ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:14:55 ID:7PqA9ujA
「んぅ〜…。何でこう、道が幾重にも分かれてるのかしらねぇ?人里なら路地裏でも単純な造りしてるってのに…」
『人が多く住めばその分家や建物を増やさなきゃならんしな。その度に新しくて小さな道が幾つも生まれていくもんなのさ』
 幻想郷の人里とは人工も規模も圧倒的過ぎるトリスタニアの複雑的で発展的な構造に苦虫を噛んだかのような表情を見せる霊夢に対し、
 桶に張った水に刀身を三分の一程刀身を入れているデルフは落ち着き払った声でそう返す。
 殆ど鞘に入れられていた事と太陽の熱気の所為で熱くなってしまった刀身を冷ますには持って来いであろう。
「…そうなると、考え物よねぇ。発展っていうヤツは」

 デルフの言葉に霊夢は嫌味たっぷの独り言を呟きつつ、食い入るように地図上に記された路地裏を見回していく。
 大通りや人通りの多い地域は分かりやすいが、路地裏や脇道等は結構複雑に入り組んでいる。
 主要な通り等はあらかじめ名前付いているらしく、すぐ近くの大通りには『サミュエル通り』と黒字で大きく書かれている。
 勿論霊夢に読める筈も無いのだが、辛うじて文字の形と並びだけで何となく区別する事は出来ていた。
 一昨日シエスタに案内してもらった公園が隣接する小さな通りにも名前があるらしい。
 名前があるならまだマシであったが。生憎これから調査の為に入るであろう街中の裏路地には名前など全く持っていなかった。
 まるで土から芽生え出てくるよう芽のように名前の付いた通りからいくつも生まれる小さな道には誰も興味を示さないのであろう。
 何時の頃かは知らないが、きっと大昔に名前を貰えなかった道はそのまま一つ二つと増えていき…結果、
 地図で記されているような、幾重にも分かれた複雑な裏路地群を形成していったのであろう。
 そんな事をふと考えてしまっていた霊夢はハッとした表情を浮かべると、咳払いして気を取り直しつつもう一度視線を地図へと向ける。
 ブルドンネ街とチクントネ街、そして旧市街地も合わせれば実に百に近い数の裏通りや路地が存在している。
 そしてこの広い街の何処かにいるのである。今現在霊夢とデルフを、この炎天下の下に曝け出している奴らが。

 アンリエッタから渡され、霊夢が増やした金貨を盗んでいった少年に、一昨日劇場で惨殺事件を起こしたであろう黒幕という二つの存在。
 明らかに人間がやったとは思えない手口で殺されたあの老貴族の事を思うと、どうしても体が動いてしまうのである。
 そして件の少年に関しては…この手で金を取り戻したうえで鉄拳制裁でもしない限り、死んでも死にきれない。 

 こうして行方をくらましているスリ少年を捜しつつ、惨殺事件の黒幕をも探さなければいけなくなった霊夢は、
 こんなクソ暑い炎天下の中を、デルフと共に動かなければいけなくなったのである。
「…全く、季節が春か秋なら手当たり次第に探しに行けるんだけどなぁー」
『おー、おっかねえな〜?となるれば、あの小僧も間が良かったって事だな』
 日よけの下で忌々しく頭上の太陽を見上げる霊夢の言葉に、デルフは刀身を震わせて笑う。
 彼の言うとおり、霊夢達から見事お金を盗むのに成功したあの少年は本当にタイミングが良かったのだろう。
 幻想郷以上に暑いトリスタニアの夏では霊夢も思うように動けず、それが結果として少年の発見を遅れさせている。
 最も、この前魔理沙に見つかったらしいので恐らくそう遠くない内に見つかるに違いない。
 そうなったら何が起こるのか…それを知っているのは始祖ブリミルか制裁を加えると宣言している霊夢だけだ。

 遅かれ早かれ捕まるであろう少年の運命に嗤いつつ、デルフはついでもう一つ彼女が抱えている問題を口にする。
『それにあの子供だけじゃねぇ。この前の貴族を返り討ちにしたっていうヤツも探さないとダメなんだろ?』
 デルフの言葉に霊夢はキッと目を細めると「そりゃそうに決まってるじゃない」と返した。
 一昨日、タニアリージュ・ロワイヤル座で起きた貴族の怪死事件についてはまだ人々に知らされてはいないらしい。
 昨日は閉館していたモノの、今朝仮住まいを出てすぐに其処の前を通りかかると、平常通り多くの人々でごった返していた。
 あんな事が起きたというのに、たった一日空けただけで大丈夫だと責任者は思ったているのだろうか?
 幻想郷の人里で同じような事件が起きたら一大事で、諸悪の根源が捕まるか退治されるまで閉館し続けるのは間違いないだろう。
 そして博麗の巫女である自分が呼ばれて、それに釣られるようにして鴉天狗がスクープ目当てで飛んでくる。

566ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:16:42 ID:7PqA9ujA
 そんなもしもを一通り考えた後、ここが改めて幻想郷とは違う常識で動いてるのだと再認識せざるを得なかった。
 人が死んでいるというのに何も知らされず、人々はいつものように劇を見て満足して帰っていく。
 その姿はあまりにも暢気であり、例え真実を知っても彼らは其処で死んだ初老の男の事など気にも留めないだろう。
 中にはお悔やみを申し上げる者もいるだろうが、きっと大半は「あぁ、そんな事があったんだ」で済ませてしまうに違いない。
 あのカーマンと言う貴族の男はそんな光景をあの世から眺めて、一体何を思うのだろうか。
 自分の死で街中がパニックにならない事を安堵するのか、それとも人を何だと思っていると怒るのだろうか?
「…仮に私なら、まぁ怒るんだろうなぁ」
『え?何が?』
 思わず口から独りでに出た呟きを聞いてしまったであろうデルフに、霊夢は「ただの独り言よ」と返す。
 そレに対しデルフはそうかい、と返した後無言となり、半身浴(?)を楽しむ事にした。
 霊夢は霊夢で腰を下ろしたまま空を見上げて、自分に礼を言って死んでいったカーマンの事を思い返す。
 病気を患った妻の為に薬を買えるだけの金を用意したところで、無念の死を遂げた初老の彼。
 そんな彼の事を思うと、やはりあのような目に遭わせた存在を見過ごすワケにはいかないのである。

「見てなさいよ。相手が化け物だろうが人間だろうが…タダじゃあすまさないんだから」
 夏の空を見上げながら、霊夢はまだこの街の地下にいるかもしれないもう一人の黒幕、
 窃盗少年よりも厄介なこの黒幕が何処にいるのかは、カーマンの最期の言葉で大体の目星は付けている。
 そこは王都の真下、地上よりも入り組んでいるであろうラビュリンスの如き地下下水道である。
 彼が死の間際口にした言葉で、少なくともあのような仕打ちをした存在が地下に逃げたという事だけは分かっていた。
 地図に記されていないものの、いま彼女らが腰を下ろす地面の真下にもう一つの世界が存在するのである。

 霊夢としては今抱えている二つの問題の内、厄介な地下の方を先に済ませたかった。
 少年の方も気になって仕方がないが、そちらと比べれば文字通りの犠牲者が出ない分後回しに出来る。
 あの初老の貴族を殺したモノが何であれ、あんな殺し方をする以上マトモなヤツではないだろう。
 これ以上被害が出る前にヤツが潜んでいるであろう地下世界へと一刻も早く潜入して正体を確かめた後、対処する必要があった。
「もしも相手が人間なら縛り上げて衛士に突き出してやるけど…何かそうならない気がするのよねぇ」
『おいおい、縁起でも無い事言うなよ?って言いたいところだが…まぁ確かにそんな気がしてくるぜ』
 意味深な霊夢の言葉にデルフも渋々と言った感じで肯定せざるを得なかった。
 
 霊夢とデルフ―――――特に霊夢は長年異変解決をこなしてきた経験がある故に、その気配を感じ取っている。
 ここ最近、王都トリスタニアでは人々の見てない所で何か良くない事が連続して起こっているという事を。
 それは日中や夜間の軽犯罪が多発している事ではなくそれより深い、まず並みの人間が感知できない不穏な『何か』だ。
 相次いで発生している怪死事件に、魔理沙が街中で出くわしたという正体不明の妖怪モドキ。
 それらがどう関係しているかはまだ説明は出来なかったが、それでも彼女はこの二つが決して無関係ではないという確信を抱いていた。
 博麗の巫女として長い間妖怪や怪異と戦い続けてきた彼女だからこそ、そう思っているのかもしれない。
 しかし、彼女とは違いハルケギニアの存在であるデルフも彼女と同様の事を思っていたようである。

567ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:18:41 ID:7PqA9ujA
『お前さんも思ってるかどうかは知らんが…なーんか最近、変な事がたて続けに起こってると思わないか?』
「あら、奇遇じゃない。私も同じような事を考えていた所よ…っと!」
 意外と身近な所にいた賛同者…ならぬ賛同剣の言葉にほんのちょっと喜びつつ、博麗霊夢はようやくその重い腰を上げた。
 夏の日射で奪われた体力を取り戻した彼女はその場で軽い体操をした後、桶に入れていたデルフを手に取る。
「…というワケで、これから地下へ突入するつもりだけど…勿論一緒に来てくれるわよね?」
『オレっちに拒否権なんか無いうえでそれを言うのか?…まぁいいぜ、お前さんはオレっちの『ガンダールヴ』だしな』
 水も滴る良い刀身を太陽の光で輝かせながら、デルフは拒否しようがない霊夢の問いにそう答えて見せた。

 かくして霊夢とデルフは王都の地下を調べる事にしたのだが、事はそう上手く運ばない。
 彼女らが地下へと入る為にそこら辺の適当な水路から入る…という事自体が難しくなっていたからだ。

「やっぱりいるわよね?こんなクソ暑いのに律儀だこと」
 井戸のあった広場を抜けて、ブルドンネ街の一通りにそって造られている水路の傍へと来ていた。
 そこはアパルトメントや安い賃貸住宅が連なっている住宅街があり、その真ん中を縫うようにして水が流れている。
 平民や下級貴族が主な住民であるこの地区も今は日中の為か、閑散としている。
 今は人気の少なくて寂しげな場所となっているが、霊夢としてはそちらの方が有難かった。
 何せこの通りを流れる川には、地下水道へと続く大きなトンネルがあるのだから。
 この王都に数多く存在する地下へと続く入口の内、一つであった。
 
 あの井戸のある広場から最短で来れる場所であり、穴の大きさも十分なので入るにはうってつけの場所である。
 しかし、霊夢本人はというとその穴へと飛び込まず歯痒そうな表情を浮かべて道路の上から眺めていた。
 その理由は一つ。彼女よりも先にやって来ていたであろう衛士達が数人、地下へと続くトンネルを見張っていたからである。
 先ほど彼女が口にした「やっぱりいるわよね?」というのも、彼らに対しての言葉であった。
 デルフも鞘から刀身を少しだけ出して、彼女がついた悪態の原因を見て口笛を吹いて見せた。
『ヒュー!流石衛士隊と言った所か、平民の集まりと言えどもお前さんの一歩先を行ってたようだねぇ』
「平民がどうのこうの何て私は興味ないけど、でもあぁやって集まられると素通りできないじゃないの」
 軽口を叩くデルフを小声で叱りつつ、霊夢は地下へと続いているトンネル前にいる衛士達を観察してみる。
 
 数は五、六人程度が屯しており、装備している胸当てや篭手等は夏用の軽装型であろうか。
 男性ばかりかと思いきや、その内三人が女性の衛士でありトンネルの入り口近くの陰で休んでいるのが見える。
 兜の代わりに青色のベレー帽を頭に被っている。まぁこんな猛暑日に兜なんか被ってたらすぐに立てなくなるだろうが。
 武器は手に持っている槍と腰に差している剣だけのようで、やろうと思えば強行突破など簡単かもしれない。
 しかし、人数が人数だけに何かしらの不手際を起こししてしまうとアッと言う間に取り押さえられてしまうだろう。
 そうなればまた詰所につれて行かれるのは確実だろうし、面倒な取り調べをまたまた受ける羽目になるのだ。
 
 一昨日夜の事を思い出して苦い表情を浮かべる霊夢に、デルフが話しかける。
『この分だと、衛士さん方も犯人が地下にいると踏んで他の入口もこんな感じで見張ってるような気がするぜ』
「確かにね。…でも、それにしたって今日はヤケに厳重過ぎない?」
 ここへ来る途中、霊夢は複数人で街中を移動する衛士達の姿を三度も見ている。
 真剣な表情を浮かべて人ごみの中を歩いていく彼らの様子は、明らかに『何か』を捜しているかのようであった。
『衛士がか?確かに、特にこれといったイベントのある日でも無さそうなのにな』

568ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:20:20 ID:7PqA9ujA
 霊夢が口にした疑問にデルフも同意した所で、反対側の道路から他の衛士の一隊が来るのに気が付く。
 五人一組で街を警邏している最中なのだろう。水路にいる仲間たちと同じ装備をしている彼らは同僚たちに声を掛けた。
「おーい!そっちはどうだー?」
「成果なしだ!そっちはー!?」
 自分たちを見下ろしながらそう聞いてきた男性衛士に対し、水路にいる女性衛士の一人が言葉を返しつつ質問も返す。
 それに対し男性衛士は大袈裟気味に首を横に振ると、女性衛士は額の汗を腕で拭いつつ彼との話を続けていく。
「最新の情報だとチクトンネ街でそれらしい人影が目撃されたらしいから、そっちの方へ回ってみてくれー!」
「わかったー!水分補給、忘れるなよー!」
 そんなやり取りの後、道路側の衛士達は水路にいる同僚へと手を振りながらチクトンネ街の方へと走っていく。
 対する水路側の衛士達も全員、走り去っていく仲間に軽く手を振りながら見送っていた。

 大声でやり取りしていた衛士師達に通りがかった通行人たちの内何人かが何だろうと騒いでいる。
 その輪に混ざるつもりは無かったものの、霊夢もまた彼らが何を言っていたのか気になってはいた。
「人影…って言ってたから探し人なのは確実だけれども…まさか一昨日の犯人を?」
『どうだろうな。王都のど真ん中で貴族を殺したヤツが相手なら、あんな風に悠長にしてるワケはなさそうだが』
「でも、他に理由は無さそうじゃない?」
 デルフの疑問を一蹴しつつも、霊夢は踵を返してその場を後にしようとする。
 ここが使えないと分かった以上やるべきことは唯一つ、下見していた他のトンネルへと行く事だ。
 
「ひとまず私達は地下へ行かなきゃダメなんだから、まずは安全な入口を見つける事を優先しないと…」
『…ここがあんな感じで見張られてるとなると、他のも粗方警備の衛士がついてると思うがね』
「ここは馬鹿みたいに大きいのよ?そしたらどっか一つだけでも見落としてる場所があるでしょうに」
『王都の衛士隊がそんなヘマやらかすとは思えんが…まぁオレっちはただの剣だし、お前さんの行きたい場所に行けばいいさ』
 自分の意思をこれでもかと曲げぬ霊夢の根気に負けたのか、デルフの投げやりな言葉に「そうさせてもらうわ」と彼女は返す。
 まぁデルフがそんな事を言わなくても決して足を止める気は無かったのだろう、そさくさと大通りの方へと戻っていく。

 大通りを挟んで南の方に二か所、そこから更に西を進んだ通りに同じような地下へと通じるトンネルがあるのは知っていた。
 とはいえ流石の霊夢でも大通りから近い場所はとっくに衛士達がいるだろうと、何となく予想だけはしている。
 しかし、だからといってこのまま命に係わる程暑い地上を捜しても見つかるものも見つからない。
 今探している相手は地下に潜んでいると知っているのだ。だとしたら何としてでもそこへ行く必要がある。
「どっか警備に穴空いてる箇所とか、あればいいんだけどなぁ〜…」
 建物の陰で直射日光を避けて歩く霊夢は一人呟きながら、暑苦しいであろう大通りへと向かっていく。
 一体全体、どうしてこの街に住んでる人々はあんなぎゅうぎゅう詰めになりながらもあの通りを使うのだろうか?
 冬ならともかく、こんな真夏日にあんなすし詰め状態になってたら、何時誰かが熱中症で死んでもおかしくは無い。

 そんな危険な場所を今から横断しようとする事実で憂鬱になりかけた所で、ふと霊夢は思いつく。
「…いっその事、こっから次のトンネル付近まで飛んで行こうかしら?」
 主に空を飛ぶ程度の能力、名前そのままの力にしてあらゆる重圧、重力、脅しすら無意味と化す能力。
 博麗の巫女である霊夢に相応しいその能力を行使すれば、あの大通りを苦も無く横断できであろう。
 さすがに飛び続けていれば怪しまれるかもしれないか、この街は屋上付きの建物が結構建てられている。
 屋上や屋根を伝うようにして飛んで行けば、そんなに怪しまれない…かもしれない。
 この王都では余程の事が無い限り使わなかったが、今正に空を飛ぶべきだと霊夢は思っていた。

569ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:24:43 ID:7PqA9ujA
 決意したのならば即行動、それを体現するかのように霊夢は自身の霊力を足元へと集中させていく。
 彼女の体内を流れるその力を感知したのか、それまで静かにしていたデルフは『おっ?』と声を上げて反応する。
『何だい?こっから次の目的地まで一っ飛びするつもりかい?』
「そのつもりよ、こんな照り返しで限界まで熱くなってる道路の上に立っていられないわ」
 頭上に浮かぶ太陽をに睨み付けながらそう答えると、彼女の体はフワリ…と宙へ浮いた。
 ここら辺の動作は幼少期からやっているお蔭で、今では息を吸って吐くのと同じくらい簡単にこなしてしまう。
 足が地面から数十サント離れたところで、霊夢は周囲に人がいないかどうか確認する。 
 幸い通りは閑散としており、ここから五分ほど歩いた先にある大通りの喧騒が聞こえてくるだけだ。
 準備を済ませ、目撃者となるであろう他人もいない事を確認した後、いよいよ霊夢は飛び上がろうとする。

「ん…―――…!」
 既に体を浮かせ、後は入道雲の浮かぶ青く爽やかな空へ向かって進むだけでいい。
 幻想郷と然程変わりない色の空へといざ飛び上がろうとしたその時――――霊夢はその体の動きをビクリと止めた。
 突如脳内を過った微かな、それでいて妙に鋭い痛みのせいで飛び上がるタイミングを失ってしまう。
 霊夢は突然の頭痛に急いで地面に着地すると、右手の指で右のこめかみを抑えてしまう。
 これにはデルフも驚いたのか、鞘から刀身を出して唐突な頭痛に悩む彼女へと声を掛ける。
『おいおい!いきなりどうしたんだよレイム?』
「ン…わっかんないわ。何か、こう…急に頭痛がして…――――…ム!」
 
 急な頭痛に困惑する中、デルフに言葉を返そうとした最中に彼女は気が付く。
 別段体に異常は無いというのにも関わらず起こる急な頭痛の、前例を体験している事に。
 つい二日前、あのタニアリージュ・ロワイヤル座でも体験したこの痛みの原因が、あの゙女゙にあるという事も。
 そして今、霊夢は感じ取っていた。すぐ後ろ…建物建物の間に造られた細道からその゙女゙の気配を。
 突然過ぎる上にタイミングが悪過ぎる出会いに、霊夢は軽く舌打ちしてしまう。
(何の用があるか知らないけど…ちょっとは空気ってモンを呼んでくれないかしら…?)
 
 他人に対して無茶な要求をする博麗の巫女に続いて、デルフもまた背後の気配に気が付く。
 慌てて視線(?)を背後へ向けた直後、その気配の主が横道から姿を現した姿を現したのである。
『…おいおいレイム、こいつぁはとんでもないお客さんのお出ましだぜ?』
「えぇそうね。…っていうか、アンタに言われなくても気配の感じでもう分かってるんだけどね」
 デルフの言葉にそう返すと、霊夢は未だジンジンと痛む頭のまま…後ろへと振り返る。
 そこにいたのは彼女が想像していた通り、あの刺々しい気配の持ち主―――ハクレイであった。

「二日ぶり…と言っておきましょうか、私のソックリさん…っていうか、偽物さん?」
「…二日ぶりに顔を合わす人間に対して、その言い方はないんじゃないの?」
 好戦的な霊夢の買い言葉に対し、暑さで若干バテているかのようなハクレイは気怠そうな様子でそう返す。
 炎天下の猛暑に晒された王都の片隅で、二人の巫女は再び相見える事となった。

570ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:26:22 ID:7PqA9ujA
以上で95話の投稿を終了します。
途中で予期せぬトラブルが起きてしまうとは…申し訳ありませんでした。
投稿できなかった部分はまとめる際に追加しておきます。

それでは今月はこの辺で、それではまたお会いしましょう!ノシ

571ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/08/05(日) 14:11:46 ID:uZCoNBp.
どうも皆さんこんにちは、無重力巫女さんの人です。
今回は投稿…ではなく、ちょっとしたお知らせをしたいと思います。

突然で申し訳ありませんが、このたびSS投稿サイトハーメルンにて同時掲載する事に致しました。
タイトルはそのままですので、小説検索で入力すればすぐに出てくると思います。

それでは!ノシ

572ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 08:23:37 ID:2n5SOG2U
皆さんこんにちは、ウルトラ5番目の使い魔、75話の投稿を開始します

573ウルトラ5番目の使い魔 75話 (1/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 08:26:26 ID:2n5SOG2U
 第75話
 嵐を呼ぶ怪獣エレキング
 
 宇宙怪獣 エレキング 登場!
 
 
 ド・オルニエールで温泉を楽しむ少年少女たち。
 しかし、突然温泉が沸騰し、ド・オルニエールの水という水が熱湯に変わるという異変が起こった。
 異変の元凶は、湖の中に潜んでいた宇宙怪獣エレキング。
 しかし、通常のエレキングとは違って、こいつは信じられないほどの高熱を体から放つ特殊個体だった。
「あの怪獣、一匹だけじゃなかったのか!」
「どうするんだいギーシュ隊長? 命令をくれよ」
「決まってるさ。一度倒した相手に臆したとあっては騎士の恥、水精霊騎士隊全員、杖取れーっ!」
 ギーシュの掛け声で、水精霊騎士隊は表情を引き締めて、今まさに自分たちに向かって湖面を進んで来る怪獣を睨みつけた。
 エレキングを放っておけば、ド・オルニエールは水源をすべて熱湯に変えられて滅んでしまう。なんとしてもエレキングを倒さなければならない。
 前と多少違おうとも、一度倒した相手に負けるものか。だが、これから始まる戦いに思いもよらない魔物が潜んでいることを、まだ誰も知らなかった。
 
 
 湖岸で待ち受ける水精霊騎士隊。彼らの眼前で、エレキングはその体から放つ高熱で湖水を煮えたぎらせつつ、一週間前に彼らが見たものよりもさらに激しく身をよじりながら迫ってくる。それは、常人であれば腰を抜かして正気を失うような恐ろしい光景であったが、ギーシュたちには恐れはない。
 それは蛮勇? いや、地球の歴代防衛チームの隊員たちも、時には光線銃一丁の生身で巨大怪獣に挑んでいった。そうした勇敢な人々の活躍は今さら列挙するまでもあるまい。水精霊騎士隊のその目には、先ほどまでの覗きがバレてなよなよした軟弱な色はなく、貴族の誇りを自分たちなりの正義感と使命感に昇華させた、半人前ながらも戦士としての誇りが宿っていた。
 むろん、子供たちが闘志を燃やしているのに大人たちが怖気ずくわけもない。銃士隊は、怪獣の出現に対して、魔法の使えない自分たちでは何ができるかを判断して即座に実行した。
「走れ! ド・オルニエールの住民を避難させろ。奴が人里に近づく前に急ぐんだ」
 ミシェルが叫んだ。若年者に戦わせて自分たちが離れることに対して屈辱ではあるが、怪獣との遭遇など想定しておらずに装備不足の自分たちでは戦えない。だが、女王陛下の臣民の命を救うことはできる。ならば迷うべきではない。
 一方で、判断に迷っていたのがベアトリスの率いている水妖精騎士団である。水精霊騎士隊への対抗心で結成され、そのための訓練も積んできた彼女たちではあるけれど、まだ実戦経験はまったくなく、眼前に迫る怪獣の威圧感に完全に腰が引けてしまっていた。
「ひ、姫殿下、に、逃げましょう」
 少女のひとりがうろたえながらベアトリスに言った。臆病ではない、これが普通の反応なのだ。

574ウルトラ5番目の使い魔 75話 (2/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 08:27:58 ID:2n5SOG2U
 ベアトリスも、実際に暴れ狂う怪獣を前にして、未熟な自分たちがこれに立ち向かおうとする無謀さをひしひしと感じていた。
 かなう相手じゃない。アンテナを回転させるエレキングの無機質な顔を見上げると、これと戦ったら死ぬと心の底から思い知らされた。逃げても恥にならない相手はいる。逃げても誰も責めたりはしないだろう。
 しかし、ベアトリスが逃げようと命令しかけたときだった。よせばいいのに、ギムリが腰が引けているベアトリスたちに得意げに言ったのだ。
「怖いならぼくらの後ろに隠れてな。ぼくがかっこいいとこ、見せてやるぜ」
 その挑発的な言葉に、女子全員がカチンときた。ギムリとしては、軽い気持ちでギーシュあたりを真似てかっこつけたつもりだったのだろうが、女子たちからすれば覗き魔がいけしゃあしゃあと何をほざいているんだということにしか見えない。
 ベアトリスの瞳に、以前の冷酷な輝きが戻ってきた。それに、水妖精騎士団の少女たちも、元々は水精霊騎士隊に大きな顔をされているのが腹立たしくて結成されたメンバーだけあってプライドが高い。たちまちのうちに、恐怖心は怒りにとってかわられた。
「水妖精騎士団全員、わたしに恥をかかせたら承知しないわよ!」
「はい、クルデンホルフ姫殿下様!」
 あんな破廉恥隊に後れをとったとあっては末代までの恥。ベアトリスを守るようにエーコたちが円陣を組み、腕自慢の女生徒たちが持つ杖に魔法力が集中していく。
 どんなに訓練を積んだところでいつかは初陣を迎えなければならないのだ。女は度胸! あんな破廉恥隊にできることが、このわたしたちにできないはずがない。
 水精霊騎士隊と水妖精騎士団。それぞれ男子と女子からなる異色の騎士隊がライバル心むき出しで並び立つ。
 
 けれど、いくら闘志を燃やしても未熟なメイジだけでエレキングを倒しえるものだろうか? あまりにも危険だが、水精霊騎士隊の闘志が水妖精騎士団の闘志を呼んだように、危険を承知で戦う者は仲間を呼ぶ。ギーシュたちが燃えているのにじっとしてられるかと、才人はルイズに変身をうながした。
「あいつら、まーたかっこつけやがって。よしルイズ、おれたちも行こうぜ。エレキングに、何度来たって同じだってこと、教えてやろうぜ!」
 才人もギーシュたちに負けずに、向こう見ずなくらいに叫ぶ。覗きの汚名返上のいい機会だし、内心ではこのあいだウルトラリングを盗まれかけたときのことがまだくすぶっている。
 しかし、いつもなら即座に同意するか先に命令してくるはずのルイズの様子がどうもおかしかった。見ると、そわそわした様子で服やスカートのポケットを探りまくっている。そして、ルイズの顔が急激に青ざめていくのを見て、才人は最悪のケースを察してしまった。
「ルイズ? おい、まさか」
「……リング、脱衣場に忘れてきちゃったみたい」
「な、なんだってえーっ!?」
 思わず才人も間抜けに叫んでしまった。冗談じゃない、ウルトラリングは二つ揃わなければ役に立たないのだ。
「ルイズ、なにやってんだよ! お前までおれみたいなヘマしてどうすんだ!」
「しょ、しょうがないでしょ、急いで着替えしたんだから! お風呂に指輪つけて入るのはマナー違反じゃないの!」
 ルイズは顔を真っ赤にして怒鳴り返す。だが、そりゃ確かにマナーは大切だけれども、それでこうなっては元も子もないではないか。

575ウルトラ5番目の使い魔 75話 (3/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 08:35:49 ID:2n5SOG2U
 才人の背中のデルフリンガーが、娘っこの几帳面さが悪いほうに働いちまったな、と、他人事のように言う。けれど才人はそうのんきに構えてはいられない。リングがないとどうにもならないし、もし誰かが持って行ってしまったら。
「くっそお、引き返すしかないじゃねえか!」
 才人はルイズといっしょに温泉に引き返すために走り始めた。すると、才人やルイズの背にギーシュやキュルケの声が響いてきた。
「サイトぉ! この大事な時にどこへ行くつもりだい!」
「悪りぃ! すぐ戻るからちょっとだけ待っててくれ」
「ルイズ? あなたこんなときにお花を積みにでも行く気なの!」
「そんなわけないでしょ! ああもう! こんなことになったのもあんたたちが覗きなんかするからよ! このバカバカ! サイトのバカ!」
 ルイズは才人をポカポカと殴りながら走った。才人はもちろん痛がるけれど、原因の半分は自分にあるので強く言い返すこともできずに走るしかない。
 しかし、湖から温泉まではたっぷり数リーグある。いくら急いでも、果たして間に合うのだろうか。
 
 だが当然、エレキングがそんな事情を汲んでくれるわけがない。津波のように湖水を蹴り上げながら、ついに湖岸への上陸を果たすエレキング。その巨体を見上げて、水精霊騎士隊と水妖精騎士団は左右に別れた。ギーシュは杖を握り締め、作戦指示をレイナールに求め、彼は全員に通るように大声で答えた。
「その怪獣は前に雷みたいなブレスを吐いていた。だから、電撃以外の魔法で攻撃しよう!」
 単純だが明解で説得力のある指示が飛び、少年少女たちは一斉に魔法を放った。
 ファイヤーボールやエアハンマーなどの魔法が唸り、エレキングの巨体に吸い込まれていく。キュルケ以外はラインクラスが限界で、威力はさほど高くはないと言っても、百人近いメイジの同時攻撃を受けてエレキングは苦しそうに叫びながら身をよじった。
「いける! ぼくたちでもやれるぞ!」
 怪獣に目に見えたダメージを与えられたことで、少年少女たちから歓声があがった。
 しかし、痛い目に会わされてエレキングも黙っているわけがない。怒りのままに鞭のような長大な尻尾を叩きつけてきたのだ!
「みんな、伏せて!」
 人間以上の動体視力を持つティアが叫んだ。その声に、皆が訓練でくりかえした通りに反射した瞬間、彼らの頭上を巨木のようなエレキングの尻尾が轟音をあげて通過していった。

576ウルトラ5番目の使い魔 75話 (4/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 08:37:50 ID:2n5SOG2U
「あ、あっぶねえ……」
 ギムリが緑褐色の髪についたほこりを払いながらつぶやいた。今の声で皆が反応していなかったら、数人は首から上を持っていかれていたかもしれない。
 やはり油断は禁物。相手は怪獣なのだ、少し体を動かすだけでも人間にとっては大きな脅威になる。命拾いして息をついている水精霊騎士隊に、水妖精騎士団の少女たちからヤジが飛んだ。
「ふふん、どう? うちの子のほうがあんたたちなんかより出来がいいのよ」
「くっ! ぐぬぬぬ」
 プライドを傷つけられた水精霊騎士隊から悔し気な声が漏れる。特にエーコ、ビーコ、シーコは思いっきり勝ち誇って憎たらしい顔を作って見せたので、男たちの屈辱感は大きかった。
 が、そんなのんきな行為を続けさせてくれるほどエレキングはお人よしではなかった。間近に迫られるだけで、超高温を発する体からの熱波が少年少女たちの肌を焼く。まるで燃え盛る窯の前にいるようだ。
「あっ、ちちち! 後退! 後退だ! こいつのそばにいると照り焼きにされてしまうよ!」
 上陸してきたエレキングを見上げながらギーシュが叫んだ。一週間前にエースが倒した奴とは姿は同じでも明らかに違う、火竜でもここまで高熱を発しはしないだろう。
 エレキングが上陸しただけで、周辺の木々があまりの高熱にあてられて立ち枯れていく。そればかりか、エレキングはフライの魔法で後退していく少年少女たちに向かって、指先から白色のガスを吹き付けてきた。
「なっ、なんなの?」
「なんだかわからないけど吸っちゃダメだ!」
 今度はレイナールが動揺する少女たちに叫んだ。なんであろうと、怪獣が出してくるものがろくなものであったためしがない。
 とっさに口を押さえてガスの届かないところまで飛びのく少年と少女たち。振り向くと、ガスを浴びせられた木々が枯れ果ててしまっている。
 毒ガス? もしうっかり吸い込んでしまっていたら今ごろは……冷や汗がギーシュたちやベアトリスたちの背筋を走る。
 それにしても、植物を一瞬で枯らすこの威力。そして常に発し続けている高熱から考えて、ティラはパラダイ星の学者の卵として、ひとつの仮説を導き出した。
「まさか、高濃度の二酸化炭素? もしかして、惑星の温暖化を促進して生態系を破壊する怪獣兵器!?」
 エレキングが兵器として量産されている怪獣なら、攻撃する対象別のバリエーションがあっても不思議はない。怪獣一匹の噴き出す二酸化炭素の量などたかが知れていると思われるかもしれないが、宇宙大怪獣ムルロアのアトミックフォッグはわずか数時間で地球全土を覆いつくしてしまったほどの威力があった。もしこのエレキングがその勢いで二酸化炭素を噴出したらハルケギニアの気候は壊滅的な被害を受けるであろう。
「これ、温泉につかりに来ただけのつもりが世界存亡の危機じゃないの。いつかピット星人に文句つけてやるわ!」
 とんでもない置き土産を残していったくれたものだ。兵器として完成できたのは一体だけというがとんでもない、こんな悪意の塊のような奴が育ちきっているではないか。
 アンテナを回転させ、長すぎる尾で木々を蹴散らしながら前進してくるエレキングに対して、現在のところ有効な手立てはなかった。水から上がったせいで奴の体温がさらに上昇し、威力の弱い魔法が通じなくなってしまったのだ。
 エレキングの体表の高熱で、炎の魔法は言うに及ばず、風は気流に散らされ、土は砂に変えられ、水は蒸発させられた。特に、この中で唯一トライアングルクラス以上のキュルケの炎が封じられたのは痛かった。
「スクウェアクラスの氷の魔法で冷やせれば、別の魔法も効くようになるんでしょうけど、あの子がいれば……誰?」
 不可思議な感覚に戸惑うキュルケだったけれど、彼女は迫り来るエレキングの足音で我を取り戻した。温泉につかりすぎてぼんやりしてしまったのか? 今、そんなことを気にしている場合じゃない。
 エレキングの前進は止まらず、水精霊騎士隊も水妖精騎士団もバラバラになってしまってまともな迎撃などできない状態だ。ギーシュもベアトリスも進撃の速さに動揺して指揮が追いつけていない。

577ウルトラ5番目の使い魔 75話 (5/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 08:39:20 ID:2n5SOG2U
 キュルケは混乱している両者に向けて思わず叫んだ。
「なにやってるの! 連携がとれないならいったん引いて態勢を立て直すのよ。あの子ならそうするわ」
 あの子? わたしは何を言っているの? キュルケはとっさに口から出た言葉に動揺したが、キュルケが怒鳴ったおかげで混乱していた一同に明確な目的が生まれた。
「み、みんな! 森の外までいったん退却だ!」
 ギーシュがやっとのことで命令を飛ばし、一同はやっと退却に全力を尽くし始めた。
 エレキングは森の木々を蹴散らしながら追ってくる。その通り過ぎた後の森はことごとく枯れ果て、まるで干ばつに会ったかのようだ。
 こんな奴を野放しにしては、ましてや人里に入れたら大変なことになる。しかし今は、態勢を立て直す余裕ができるまで逃げるしかなかった。
 
 一方で、ド・オルニエールの里では一足先に戻った銃士隊によって怪獣が現れたという報がすでに駆け巡っていた。
「早く! 逃げて、逃げてください!」
 湖の方角から姿を見せ始めたエレキングを見て、住人たちは一目に逃げ出し、逃げ遅れている人々を銃士隊は救助していった。
 もちろん、アンリエッタらにも報告はすでに届いており、高台から指揮をとっていた。
「女王陛下、怪獣が近づいてきております。お下がりください」
「なりません。民の危機に、女王が真っ先に背を向けてなんとなりますか。民が安全なところまで避難できるまで、わたくしはここを離れません」
 烈風に鍛えられた根性で、ド・オルニエールを見渡してアンリエッタは言った。
 今日で、ド・オルニエールはだめになるかもしれない。けれど、民が残ればゼロからでもやりなおすことができる。
 そんな女王の気高い姿を見て、賓客のルビアナはすまなそうに頭を下げた。
「申し訳ありませんアンリエッタ様。本当なら私もここで見届けたたいのですけれど」
「いいえ、はるばるゲルマニアから来ていただいた貴女にもしものことがあってはわたくしの恥です。安心してください、怪獣と戦うことに関しては我が国は一日の長があります」
「ご無理はなさらずに……お先に失礼いたします」
 優雅な一礼をして、ルビアナも共の者に連れられて退去していった。
 魅惑の妖精亭の子たちも急いで避難し、ティファニアも孤児院の子たちを連れて行っている。そのため、コスモスが出られないのが痛いけれど、先日アイを誘拐されたときの恐怖が残る子供たちにはまだティファニアがついていてあげなくてはならなかった。
 けれど、住民のなかには踏みとどまって果敢に戦おうとする者たちもいた。

578ウルトラ5番目の使い魔 75話 (6/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 08:40:59 ID:2n5SOG2U
「わしらは、生まれたときからこのド・オルニエールで生きてきました。今さらよそでは暮らせはしませんのじゃ。残らせてくださいまし」
 老人たちのその健気な姿に、無理強いすることはできなかった。
 また、彼らの家族の中にも、雑他な武器を持って集まってくる者もいる。普段はなんと言おうと、そうして守りたくなるのが故郷というものなのだ。
「ここはわしらの土地じゃあ、バケモンめ、来るならこんきに」
 ついに田園地帯に入ってきたエレキングに老人がしわがれた声で叫んだ。
 そして、水精霊騎士隊と水妖精騎士団も、平民がこれだけの覚悟をしているのに貴族がこれ以上無様を見せられないと、今度こそ死守の構えで陣形を組む。
「いいか諸君、女王陛下がご覧になっておられる。ここより先、ぼくらの下がる道はないと思いたまえ!」
 ギーシュが薔薇の杖を掲げて仲間たちに命令する。本職の騎士のような強力な魔法はまだなくても、踏んだ場数の多さが彼らをいっぱしの騎士に見せていた。
 そしてベアトリスたち女子も同じように立つ。経験のなさを思い知らされても、彼女たちにも譲れない女の意地がある。
 
 けれど一方で、いまいち締まらないことになっている者たちもいた。
 言うまでもない、才人とルイズである……ふたりは誰もいなくなった温泉に戻って、脱衣場でルイズが置き忘れたリングを必死になって探していた。
「くっそぉ、ないないないないない! ルイズ、ほんとにここに置き忘れたのかよ?」
「ほかに思いつかないわよ! もう、こう散らかってちゃどれがわたしの使った籠だったかわからないわ」
 ルイズも半泣きになっていた。女子全員が大急ぎで着替えていったせいで、着替えを入れておく籠がタオルなどといっしょに散乱していて誰が使ったものかさっぱりわからなくなっていた。
 籠をひっくり返し、棚の隅を探し回っても見つからない。外からはすでにエレキングの鳴き声が聞こえてくるので、一刻も早く変身しなければいけないのに、自分たちはこんなところでタオルをかき回したりして何をしてるんだろうか?
「くっそお、こんなマヌケな理由で変身できなくなったのっておれたちだけだろうなあ」
 変身アイテムを奪われたならまだわかるが、なくすみたいなドジを踏んだのは自分たちくらいだろうと、才人とルイズは心底情けなく思った。
 実は唯一ではなく、同じようなヘマをやらかした先輩は存在するのだが、彼の人の名誉のためにここでは割愛する。
 しかし、必死の捜索のかいあって、ついにルイズの指先がタオルの下に隠れたリングを探り当てた。
「あった! あったわぁーっ!!」
 高々と上げられたルイズの指先には、確かに銀色に輝くウルトラリングが掲げられていた。

579ウルトラ5番目の使い魔 75話 (7/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 08:42:09 ID:2n5SOG2U
 ルイズの緋色の眼から、感動のあまり涙がこぼれ落ちる。
 もし見つからなかったらどうしようかと思った。それこそ、世界中の人たちに腹を切ってお詫びしなくちゃいけないくらいだった。いや、ルイズはトリステイン人だから切腹なんかしないけれども。
 しかし、感動に浸っている場合ではない。エレキングは、もうすぐ近くまで迫ってきている。この平和なド・オルニエールを荒らさせるわけにはいかない! ルイズはリングを指にしっかりとはめ、才人の手のひらとリングを重ね合わせた。
 
「ウルトラ・ターッチッ!」
 
 閃光が走り、きらめく光の渦の中からウルトラマンAの勇姿が現れる。
〔ちょっと今回はヒヤッとしたぞ〕
 意識を通じてウルトラマンAの声が二人の心に響いてくる。エースにとっても、今回の事は肝を冷やしたに違いない。
〔ご、ごめんなさい。北斗さん〕
〔わたしたち、最近油断しすぎてたかも。反省してるわ……〕
〔いや、わかっているならいいんだ。人間、一度こっぴどく失敗したら同じ失敗はそうそうしないもんだ。気にするな!〕
 うなだれている二人をエースは肩を叩くようにはげました。北斗も、ウルトラリングを盗まれたことはなくとも、ヤプールの策略にはまって変身不能にされてしまったことはある。あまり思い出したくない思い出でも、だからこそ糧となる。
 そして、失敗を取り戻す方法はいつもひとつ。黒に白を混ぜていったらいつか消えるように、失敗を押しつぶせるだけの何かで埋め合わせればいい。
 今、この場でそれをする方法はひとつ。この怪獣を倒すことだ!
「ヘヤアッ!」
 変身からの空間跳躍。空高く跳び上がり、舞い降りてきたエースの急降下キックが先制の一撃としてエレキングに突き刺さった。
 エレキングの細長い巨体が揺らぎ、エースはそのたもとへ着地する。そしてエレキングは、自らの進行を妨げた新たな敵に対して、金切り声をあげて向かっていった。
〔こいっ! エレキング〕
 エースは突進してくるエレキングを正面から受け止め、その首をがっちりと捕まえた。当然、振りほどこうと暴れるエレキングとエースの間で壮絶な力比べが生じる。
 押し合い引き合い、そんな攻防の様子を見て、悲壮な防衛戦を覚悟していたギーシュたちは新たな高揚感を覚えていた。
「よおーっし! そこだーっ、エース頑張れーっ!」
 少年たちから声援が飛ぶ。これから戦おうとしていたときに、獲物を横取りされた感がないかといえば嘘になるが、エースには何度も助けられ、このハルケギニアを守る仲間だという想いがそれより強くあった。

580ウルトラ5番目の使い魔 75話 (8/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 08:45:55 ID:2n5SOG2U
 一度やっつけた怪獣なんか一捻りだと、少年たちの声援に続き、少女たちも精悍なエースの勇姿にかっこいいとエールを贈り始める。ド・オルニエールの民たちは、神よどうかこの地をお守りくださいと、必死の祈りを捧げた。
 そう、ヒーローの姿は人々に希望と勇気を与えてくれる。しかし、このエレキングは前回のエレキングとはやはり大きく違っていた。エースと組み合ったエレキングの体から蒸気が沸きだしたかと思うと、エレキングはエースが触っていることもできないほど熱くなっていったのだ。
「ヌワアッ!?」
 エレキングを掴んでいたエースの手から、熱したフライパンに水を垂らしたような音がして、エースは思わず手を離してしまった。
 なんだいったい!? 一同がエレキングを見ると、エレキングの周囲で陽炎が起こり、周辺の木々は枯れるどころか干からびて崩れていく。その様子は遠く離れて見るアンリエッタからもはっきりと伺え、その様にアンリエッタは戦慄したように呟いた。
「まるで、生きた火の山のようですわ……」
 エレキングの体温が異常に上昇してきているのは誰から見ても明らかだった。才人は、これじゃエレキングじゃなくてザンボラーじゃねえかと呟いた。熱波はどんどん広がり、やや離れていたはずのギーシュたちの体からも滝のような汗が吹き出してくる。
「あ、頭が……」
「いけない! みんな離れるんだ。熱射病でやられてしまうよ!」 
 レイナールが叫んで、一同は慌てて距離をとった。熱にある程度強いはずの火の系統のキュルケでも目眩のしてくる信じられない熱さだ。とても人間の近づける温度ではない。
 エースは、火炎超獣ファイヤーモンスと戦った熱さを思い出した。いや、この熱気はファイヤーモンスの炎の剣以上だ。
 
 そればかりではない。余りの熱気は上昇気流となって大気を乱して黒雲を呼び、ド・オルニエール全体に激しい雷と嵐を巻き起こしていったのだ。
「きゃああぁっ! お姉ちゃん、怖いよお」
「みんなっ、体を低くして、物影に隠れるのよ」
 嵐に襲われ、ティファニアや子供たちはもう一歩も進めなくなっていた。近くにいたはずの魅惑の妖精亭の子たちもどこへいってしまったかわからない。ティファニアはコスモスの力を借りることもできず、目の前の子供たちを守るだけで精一杯だった。
 雷は辺り構わず降り注ぎ、子供たちはあまりの恐怖で泣き叫んでいる。しかも悪いことに、雷が彼女らの近くの木に落ち、へし折れた木が一人の子の上に倒れ込んできたのだ。
「お姉ちゃん、助けてーっ!」
「アナーっ!」
 ティファニアは必死に手を伸ばしたが届きそうもなかった。
 間に合わない。誰か、誰かあの子を助けて。ティファニアが必死に祈ったその時、誰かが飛び込んできて、木に潰されそうになっていた子を間一髪で助け出してくれた。

581ウルトラ5番目の使い魔 75話 (9/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 08:49:48 ID:2n5SOG2U
「ああ、あ、ありがとうございます。あなたは、女王陛下のお友だちの」
「ルビアナと申します。私もこの嵐で供の者とはぐれてしまいまして。けど、おかげで危ないところに間に合えてよかったですわ」
 ルビアナはにっこりと微笑んだ。そのドレスは嵐と泥で見る影もなく汚れているが、彼女は気にする素振りもない。その温和な様子に、助けられた子はルビアナのドレスにしがみつきながらお礼を言った。
「うぅ、お姉ちゃん……あ、ありがとう」
「あらあら、かわいいお顔が台無しよ。さあ、あなたはあなたのところへ帰りなさい」
 優しくルビアナに促され、その子はティファニアのもとに戻り、ティファニアはルビアナに心からの感謝を返した。
「本当にありがとうございますルビアナさん。なんてお礼を言えばいいのか」
「いいえ、当然のことをしただけですわ。それより、ここは無理に動かずに嵐が去るのを待ったほうがよろしいでしょうね。不躾ながら、私もしばらくご一緒いたします」
「はい。けれど、ひどい嵐です。いったい、いつ止んでくれるのかしら」
「きっとすぐやみますわ。だって、ギーシュ様が戦ってくれているのですもの」
 ルビアナは信頼を込めた笑みを浮かべ、子供たちに「だから心配しなくて大丈夫よ」と、優しく話しかけた。すると、ルビアナのその温和な雰囲気に、怯えていた子供たちも恐怖心を解かれてルビアナにすがりついていった。
「まあ、みんな甘えん坊さんね」
「きっと、子供たちにはあなたが優しい人だってわかるんですよ。みんな、ルビアナさんにご迷惑かけてはダメよ。さあ、こっちにも来なさい」
 ティファニアのもとに子供たちの半分が戻ってくる。みんな体は大きくなっても中身はまだまだ子供のようで、ティファニアとルビアナにすがってやっと落ち着きを取りもどしてくれた。
 まだ嵐は弱まる気配を見せない。動けないのなら、嵐が収まる時までこの小さな命を守らなければならないと、しっかりと小さな体を抱きしめ続けた。
 
 いまや、エレキングの振りまく被害はただの怪獣一匹の次元を超えつつあった。
 熱波を振り撒きながらエレキングが突進してくる。エースは組み合うのを避け、キックやチョップでエレキングを押し返そうと試みるが、間合いを詰められないのではエースの技も威力が半減してしまった。
「ムゥ……!」
 肉薄しなければダメージが通らない。対して、エレキングはその手から放つ二酸化炭素ガスでエースを追い立ててくる。
「ムッ、グゥゥッ!」
 さしものエースも 高熱と二酸化炭素の同時攻撃にはまいった。まるでエレキングの周囲だけ疑似的に金星の環境になったようなものだ、いくらウルトラ戦士の体でもこれではただではすまない。
 エースを助けるんだと、水の系統のメイジたちが氷の魔法を放つが、エレキングに届く前に蒸発してしまって通じなかった。彼らの好意はうれしいけれど、焼け石に水とはまさにこのことだ。
 ゾフィー兄さんのウルトラフロストくらいの威力がなければ、とエースは思った。エースの技は多彩だが、残念ながら冷凍系の技は持っていない。そもそもM78星雲のウルトラマンは寒さに弱く、冷凍系の技を持っていてもせいぜい一人に一つくらいで極めて少ないのだ。ウルトラの歴史の中では氷を操る戦士がいたこともあったけれど、彼のことも今では遠い思い出となっている。

582ウルトラ5番目の使い魔 75話 (10/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 09:00:46 ID:2n5SOG2U
 が、感傷に浸っている暇はない。今は、このエレキングを止めなければ、際限なくどこまで熱量を上げていくかわからない。しかし接近もままならないのでは、あっという間にエースの活動限界が来てしまう。ルイズはいら立って才人に問いかけた。
〔ちょっと、こういうときこそあんたのからっぽの頭でも役に立てるときでしょ! あの怪獣の弱点とかほかにないの?〕
〔そうはいっても、こんなに暑いと気が散って……そうだ、角だ! エレキングの弱点はあの角だ〕
 ぼんやりしてても、将来志望がGUYSの才人はさすがに思い出すのが早かった。
 エレキングの弱点は目の役割をする回転するレーダー角。それを破壊してしまえばエレキングは行動不能になる。それを聞いたエースは、すかさずエレキングの角を目がけて額のウルトラスターから青色の破壊光線を発射した。
『パンチレーザー!』
 矢のように鋭い輝きを放ち、パンチレーザーの光がエレキングの角を目がけて飛ぶ。しかし、なんということであろうか。パンチレーザーはエレキングの至近でぐにゃりと軌道を曲げると、角に当たらずに明後日の方角に飛び去ってしまったのだ。
「ヘアッ!?」
 確実に当たるはずだった攻撃をかわされ、エースも思わず動揺の声を漏らした。バリアか? いや、エレキングにそんな能力はないはず。となると、エレキングの周りで熱せられた空気が光を歪め、レーザーの軌道をずらしてしまったとしか考えられない。
 信じられない高熱だ。しかもこの熱はまだ上がり続けている。ならば、曲げきれないほどの威力で一気に叩き潰すのみ! 一撃必殺、エースは体をひねり、L字に組んだ腕からもっとも得意とする光波熱線を発射した。
 
『メタリウム光線!』
 
 光芒がエレキングの頭部に叩き込まれて大爆発を起こす。空気の対流くらいで逸らされるほど、ウルトラマンAの必殺技は半端な威力ではないのだ。
「やったか?」
 爆炎でエレキングの姿は隠れ、倒したかどうかはまだわからない。しかし、あれほどの威力を撃ち込まれて無事ですんだわけがないと、水精霊騎士隊も水妖精騎士団もじっと煙の晴れるのを待った。
 だが、力を抜けるその一瞬の隙に爆煙の中から蛇のようにエレキングの尻尾が伸びてきてエースの体に絡みついてしまったのだ。
〔しまった!〕
 気づいたときにはエレキングの尻尾は完全にエースに巻き付いてしまっていた。
 振りほどかなくては! だが巻き付いたエレキングの尻尾はビクともしない。そして、煙の中からエレキングが再び姿を現した。
〔角が片本残っている。くそっ、当たり所が悪かったか〕
 エレキングの頭部の片側は黒焦げになり、片方の角は吹き飛んでいるが、もう片方の角はかろうじて残っている。それでこちらの位置をサーチできたのだ。

583ウルトラ5番目の使い魔 75話 (11/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 09:01:59 ID:2n5SOG2U
 まずい、エレキングの最大の武器は尻尾にある。振りほどかなければ! だがエレキングはエースの抵抗をあざ笑うかのように、尻尾を通じて強力な電流をエースに流し込んできたのだ。
「ヌッ、グアァァァーッ!」
 何万何十万ボルトという電撃がエースに流し込まれ、溢れ出したエネルギーがスパークとなってエースを包み込む。
 すさまじい衝撃と激痛がエースの全身を貫き、エースは身動きできないまま電撃の洗礼を浴びせかけられ続けた。
「グッ、ウオォォォーッ!」
 電撃のパワーはエースの全力でも対抗しきれず、一気にカラータイマーが点滅を始めた。エレキングは奪われた角の恨みとばかりに、腕を震わせ全身から巨大都市何十個分という電気エネルギーを絞り出してエースに送り込んでいく。
 このままではエースが黒焦げにされてしまう! エースの危機に、水精霊騎士隊や水妖精騎士団はなんとかエースを助けようと動き出したが、エレキングの熱気の壁はメタリウム光線で弱められたとはいえまだ健在で、半端な魔法は通用しなかった。
「ワルキューレ! だめか、ぼくらの魔法じゃあいつには効かないのか」
 ギーシュのワルキューレすべての体当たりでもエレキングには通用しなかった。ほかの面々の魔法でも同様で、ベアトリスも魔法の撃ち過ぎで疲労困憊した体をエーコとビーコに支えられながら、悔しそうにつぶやいた。
「わたしにももっと力があれば……彼には大きな借りがあるっていうのに」
 エースのおかげで、エーコたちをユニタングの呪縛から解き放つことができたときのことは忘れない。その恩義はすべての誇りをかけてでも返さねばならないのに、今の自分にはその力はない。
「なにか、なにか強力な武器があれば、あの怪獣の角をもう一本折るだけでいいのに」
 エースがエレキングの角を狙って攻撃したのを彼女たちも見ていた。なら、角さえ折れれば怪獣は弱体化するに違いない。けれど、それをするための力がみんなの魔法にはないのだ。
 すると、そのときだった。戦いを見守っていたド・オルニエールの民たちが、一抱えほどもある大きな銀色の銃のようなものを持ってやってきたのだ。
「だ、旦那様方。よければこれを使ってくだせえまし」
「これは、こんな銃見たことないが、いったいこれはなんだね?」
「わしらも、もしも、この地に何か異変が起きたときのために有り金を寄せ合って武器を買っていたのでございます。使ったことはまだありませんが、とても強力な武器だという触れ込みでしたので……」
 土地の老人は貴族に対して恐る恐るながらも、その銃のような武器を差し出してきた。
 もちろんギーシュたちは疑いの目でそれを見た。もとより銃はハルケギニアでは平民用の武器で、ふいを打たれたりしなければ魔法には及ばない程度の代物なのだ。とても怪獣に通用するとは思えない。
 しかし、ギーシュたちはもとよりベアトリスたちも、その銃のような武器の持つ怪しい気配をなんとなく肌で察した。これまでに何度も宇宙人と接したことがあるだけに、その銃のような武器がハルケギニアのものとは異質な気配を持っているのを感じたのだ。
 もしかしたら? ベアトリスは商才を働かせて考えた。この怪しげな取引に乗るべきかそるべきか? いや、乗らなかった場合の結果は全員の死でしかない。

584ウルトラ5番目の使い魔 75話 (12/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 09:05:20 ID:2n5SOG2U
「わかったわ、その武器を使わせてもらうわね」
「クルデンホルフ姫殿下?」
「ミスタ・グラモン、迷ってる時間はないみたいよ。あなたたちの中で、銃の扱いができる人はいる?」
「え? じ、銃ならオストラントの機銃を扱ったことはあるけど」
「だったらあなたが撃ちなさい! ほら、ぐずぐずしないのよ!」
 小柄な体で思いっきり足を振りかぶってベアトリスはギーシュの尻を蹴っ飛ばした。
 こういうとき、男より女のほうが踏ん切りが早い。ギーシュは言われるままに、銃のような武器を受け取って照準をエレキングの角に定めた。幸い、見た目に反してけっこう軽い。
 エースは絶え間なく流され続けている電撃で今にも死にそうだ。ギーシュは、引き金に触れる指先にエースの生死がかかっていることに一筋の汗を流し、皆の見守っている中でゆっくり引き金を引いた。
「始祖ブリミルよ、そしてこの世のすべてのレディたち、ぼくに力をお貸しください」
 相変わらず余計な一言を付け加えながら引き金が引かれたその瞬間、銃口からピンク色のレーザーが放たれてエレキングの角に突き刺さり、なんと大爆発を起こしてへし折ってしまった。
「や、やった!」
 ギーシュは自分のやったことが信じられないというふうにつぶやいた。見守っていた他の面々も一様に、あまりの銃の威力に、喜ぶよりむしろ愕然としてしまっている。
 だが、エレキングの角を折ったという戦果は大きかった。外界の状況を探るためのレーダーである角をふたつとも破壊されてしまったエレキングは完全にパニックに陥り、エースを拘束していた尻尾の力を緩めてしまったのだ。
〔いまだ!〕
 エースは残った全力でエレキングの尻尾を振りほどいて抜け出した。
「シュワッ!」
 拘束から脱出し、エースは片膝をついて立ち上がれないながらも、なんとか自分が助かったことを確かめた。エースが無事だったことで、ギーシュたちも我に返って喜びの声をあげる。
 ともかくすごい電撃だった。あと少し食らい続けていたら、本当に焼き殺されていたかもしれない。才人とルイズも、「死ぬかと思った」と、今回ばかりは無事助かったことを手放しで喜んでいた。
 だが、本当に喜ぶのはまだ早すぎたようだ。角を破壊されて行動力を失ったと思われたエレキングが、再びすさまじい熱波を放ち始めたのだ。
〔なんだっ? まるで溶鉱炉の中にいるようだっ!〕
 さっきよりもさらに強い熱量がエレキングから放たれていた。それと同時に、エレキングの白色の表皮も赤く染まり出して、明らかに尋常な状態ではない。
 まさか奴め、死期を悟って周りを道連れに自壊するつもりか! こんな熱量の物体を放置すれば、ド・オルニエールが焼け野原と化してしまう。

585ウルトラ5番目の使い魔 75話 (13/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 09:06:22 ID:2n5SOG2U
〔い、今のうちにエレキングを倒さないと〕
〔でも、あんな爆弾みたいになった奴に光線を当てたら、それこそどうなるかわからないわよ!〕
 才人とルイズも焦るが、そもそも今のエースにまともに光線を撃つ力は残っていない。
 どうすればいいんだ! このままエレキングが地上の太陽になっていくのを見守っているしかないのか。エレキングの口から、勝利の雄たけびとも断末魔とも聞こえる叫びが轟く。
 しかし、もうエースに戦う力が残っていないことを見た水精霊騎士隊は、こんなときのために考えていた最後の作戦に打って出た。水妖精騎士団にも協力をあおぎ、田園地帯を流れる用水路に集まったのだ。
「ようし、水の使い手は用水路を凍らせるんだ。残りの半数は『固定化』、もう半数は『念力』の準備だ。急いでくれ!」
 少年少女たちは、熱波に肌を焼かれながら最後の精神力を振り絞った。
 用水路の水を凍らせて成形し、それをさらに固めた上でエースに向けて投げ渡した。
「ウルトラマンA、それを使ってくれーっ!」
 エースの手に、少年少女たちが作った最後の武器が手渡された。それは、用水路の水を使った青白く輝く美しい一刀。
〔氷の剣!? ようし、これなら!〕
 これならエレキングを誘爆させずに倒すことができる。
 エースは氷の剣を構え、エレキングを見据えて渾身の力で振り下ろした。
〔俺の残ったすべての光をこの剣に込める!〕
 一閃! 青い輝きがエレキングを貫通し、次の瞬間エレキングは頭から股先まで真っ二つになって斬り倒されていた。
「やった……」
 両断されたエレキングは左右に崩れ落ち、最後は自らの熱量によってドロドロに溶けて消滅していった。
 エレキングの死とともに熱波も消え、空を覆っていた暗雲も切れ、嵐も収まっていった。空には再び青空が戻り、季節通りの風が吹き始めた。
 ド・オルニエールに平和が戻ったのだ。そして穏やかな自然の風景を肌で感じ、皆の中から大きな歓声があがった。
「勝っ、たぁーっ!」
 会心の、しかし紙一重の勝利だった。
 このエレキングは強敵だった。しかし、ピット星人の言葉通りなら、もう戦闘可能な個体はいないはずなのにどうして現れたのだろうか? ピット星人の言葉が嘘であったとは思えない。でなければ前回の戦いのときに使っていたはずだ。
 なにか、ピット星人以外の外的要因があったのだろうか? そういえば、再生エレキングにしても一説には復活に何者かの手が加えられたという話がある。

586ウルトラ5番目の使い魔 75話 (14/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 09:08:21 ID:2n5SOG2U
 しかし、エースの耳に喜びに沸く少年少女たちや、ド・オルニエールの人々の声が響いてくると、心にひっかかっていたしこりも取れていった。
 エースが見下ろすと、ギーシュやベアトリスたちが手を振っている。ともに全力で戦ったことで、彼らにも戦友に近い感情が生まれたようだ。これで、覗きの罪が許されるまではなくとも、多少なり情状酌量の余地が生まれてくれればよいのだが。
 だが、手を振り返そうかと思ったそのとき、ギーシュが持っている”あの武器”にエースの視線は吸い込まれた。
〔あの武器は! どうしてあれがここに〕
〔北斗さん? どうしたんですか〕
〔いや、後で話そう。今は、もうエネルギーが危ない〕
 実際、もうしゃべっている余力もほとんどなかった。エースはカラータイマーを鳴らせながら飛び立ち、晴れ間の空の白雲のかなたへと消えていった。
 
 
 怪獣エレキングの打倒はすぐさまアンリエッタのもとへも報告され、水精霊騎士隊と水妖精騎士団は揃ってアンリエッタ直々にお褒めの言葉をいただいた。
「我が忠勇なトリステインの若き戦士の皆さん、ご苦労様でした。非公式の立場ですので恩賞を渡すことはできませんが、あなた方の戦功はわたくしの胸に永久にとどめることを約束いたします」
 ギーシュとベアトリスは、そのお言葉だけで億の恩賞に勝る誉れですと答え、少年少女たちは感動して静かに涙した。
 だが、アンリエッタは最後に一言付け加えることを忘れなかった。
「ただ、水精霊騎士隊の皆さん、そして水妖精騎士団の皆さん。話を聞くところ、今度の敵はあなた方のどちらかだけではとても力が足りなかったようですね。互いに切磋琢磨するのは当然ですが、このトリステインを守る者同士、あなた方は仲間だと言うことを忘れないでくださいね」
 肝に銘じます、とギーシュとベアトリスは答え、女王陛下の前で固く握手をかわした。
「勘違いしないでね、ミスタ・グラモン。覗きのことは許したわけじゃないんだから。でも、戦うあなたたちは少し、かっこよかったわ」
「いや、君たちこそ、あれほどのことができるとは思っていなかったよ。覗きのことは、その、あらためてお詫びする。二度としないから許してくれ」
「仕方ないわね。今度だけですわよ」
 ベアトリスが視線を向けると、女子たちもうなづいてくれた。
 その様子に、アンリエッタも雨降って地固まるとはこのことですわね、と微笑んだ。
 そして、そうしているうちに避難していた人たちも戻ってきたようだ。

587ウルトラ5番目の使い魔 75話 (15/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 09:09:41 ID:2n5SOG2U
「ああ、皆さんご無事だったんですね」
 一番にティファニアが喜びの声をあげた。次いで、ルビアナや魅惑の妖精亭の子たちもやってくる。心配されていたド・オルニエールの人たちも、銃士隊の適切な避難指示のおかげで犠牲者を出さずに済んだようだ。
 賑わう中で、さりげなく才人とルイズも戻ってきている。しかし、才人とルイズは、エースが気にしていた何かを確かめることに気が急いていた。
”いったい北斗さんは、なににあんなに驚いていたんだ?”
 そうしているうちに、今回の戦いに参加した住民たちにも女王陛下のお声がかけられ、彼らが戻ってくると、才人は急いで彼らの持っている銀色の銃を確かめに走った。
「ちょ、ちょっとすみません。少しでいいので、その武器を見せてもらえませんか?」
「へえ? 構わないでございますよ。どうぞ、ご覧になってくださいませ」
 頼むと、特に抵抗なく持っていた人は才人にそれを渡してくれた。
 才人は受け取り、それをまじまじと見つめる。すると、エースが驚いたわけが才人にもわかった。それは銀色の金属で作られた、明らかにハルケギニアのものではない兵器だったからだ。
「レーザー銃?」
 才人にはそれくらいしかわからなかったが、明らかなオーバーテクノロジー兵器であることは見ただけで確かだった。
 ルイズにはよくわからないようだが、それは仕方ない。これまで宇宙人の兵器をさんざん見てきてはいるけれど、ハイテク兵器という概念そのものがないのだから。
 しかし、北斗が驚いた理由はそれだけではないようだった。普段は滅多に語り掛けてくることはないのに、その武器を目の当たりにしたときに、才人とルイズの脳裏に話しかけてきたのだ。
〔間違いない。その武器はウルトラレーザーだ〕
〔ウルトラレーザー?〕
〔俺がTACにいた頃、ヤプールの手下のアンチラ星人が持っていた武器だ。どうしてこんなところに〕
 エース・北斗は信じられないというふうに語った。すると、才人もウルトラレーザーを見下ろしながら考え込んで答えた。
〔すると、トリステインにアンチラ星人が来てるってことですか?〕
〔いや、そうとは限らないかもしれない〕
 北斗は単純に答えを出そうとはしなかった。なぜかというと、ウルトラレーザーは元々アンチラ星人が元MAT隊員郷秀樹に化けてTACに潜入するための手土産として用意したもので、そのため『地球人の技術で作れて怪しまれない』程度のテクノロジーしか詰まっていない。実際、その後TACは恐らくは複製したと思われるウルトラレーザーを使用している。つまり、やろうと思えばどんな宇宙人でも作れてしまう程度の武器なのだ。
 が、それでもこんなところに軽々しくあっていいような武器ではない。才人は持ち主の人に、これをどうやって手に入れたのかを訪ねると、すぐに答えてくれた。
「はあ、何か月か前でございましたか。こちらを訪れたゲルマニアの行商人の方が売ってくれたのでございます。もしも、この土地にオークやコボルドが出たときにはそれなりの武器がないといけないと言われまして、このマジックアイテムを薦められました。その方が試しに使うと、大木を一発でへし折ってしまったので、みんなで話し合って購入しましたのです」
 どうやら住人たちはこれをマジックアイテムと思っているらしい。この世界の常識からして、そうとしか思えないのは当然のことだが、問題は彼らにこれを売りつけたというゲルマニアの商人だ。

588ウルトラ5番目の使い魔 75話 (16/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 09:11:09 ID:2n5SOG2U
「それで、その行商人さんはどこへ?」
「さあ、あれ以来見かけませんで、どこか遠くへ行かれたと思います。ですが、これ以外にもいろんな珍しいアイテムを持っていらしたようなので、今でもどこかで商売なさっていると思いますです」
 才人とルイズは顔を見合わせた。つまり、ウルトラレーザーと同じかそれ以上の兵器を、平民が買える程度の値段で誰かが売りさばいているということだ。今はまだ平民たちは、これがどれほどとんでもない代物なのか気づいていないようだが、もしもその気になって争いごとに使い始めでもしたら。
 深刻に考え込む才人とルイズ。すると、この中で唯一暗い雰囲気を放っているのに気付いたのか、ギーシュがはげますように近づいてきた。
「どうしたんだい二人とも? ははあ、さては今回のことで出番がなかったのを気に病んでいるんだろう? 心配することはないよ。ぼくらの誰も、君たちが逃げ出したなんて思ってはいないからね」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。まあいいか……ところでギーシュ、この武器のこと、どう思う?」
「ん? そういえば忘れてたけど、すごいマジックアイテムだったね。今回はこれがなかったら危なかったかもしれない。見たこともない形だけど、いったいどこの魔法機関が作ったんだろうね」
「ゲルマニアから来た商人が売ってたんだってさ」
 才人が経緯を説明すると、ギーシュはふーんとうなづいた後に言った。
「それはまた、金銭主義のゲルマニア人らしいことだな。ゲルマニア人にもルビアナのような虫も殺せないような美しい人がいるっていうのに、大違いだよ」
「まあ、ギーシュ様ったらお上手ですこと」
 わざとルビアナに聞こえるように言ったのがバレバレであるが、ルビアナは照れたようにうなづいた。
 ルビアナは穏やかな笑みを絶やさず、その腕の中では小さなエレキングがぬいぐるみのように抱かれている。ギーシュはそんなルビアナにさらにきざな台詞を贈って、さらにそれをモンモランシーに聞きつけられて怒られている。もう早くもこっちのことは視界に入っていないようだった。
 ルイズはそんな彼らの様子を見て、お気楽なものね、と、いつものように呆れてみせた。しかし、本当の意味ではルイズも事の重大さを理解できていない。
 エースは二人の心の奥に消える前に、才人に「今度の敵はいつもとは違うかもしれないぞ」と言い残していった。
 一体誰が、なんの目的でハルケギニアに武器をバラまいているんだ? ヤプールが裏で糸を引いているのか、それとも……。
 才人は考えた。しかし、すぐに考えに行き詰ってボリボリと頭をかいた。
「ダメだなあ、おれの頭じゃさっぱりわからねえや」
 読書感想文でシャーロック・ホームズを読んでも十ページで居眠りをしてしまうような脳みそで推理をしようとすること自体が間違っていると才人は気が付いた。
 面倒くさいので、犯人がここにいれば直接聞いてみたいとさえ思う。ともかく、情報が少なすぎた。
 こういうときに頼りになるのは……と、そのときキュルケが一同によく響く声で告げた。

589ウルトラ5番目の使い魔 75話 (17/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 09:12:04 ID:2n5SOG2U
「さあ、雨を浴びて汚れちゃったし、みんなで温泉に入り直しましょう。今度こそ、ゆっくりとね」
 そういえば、もう全身ドロドロであちこちがかゆい。皆は疲れたのもあって、温泉の温かなお湯がたまらなく恋しくなってきた。
 そうとなると話は早い。だが、ふと気にかかった。この土地の温泉が、あのエレキングが地下水を沸かしてできたものだとすれば、エレキングを倒してしまったら温泉も枯れてしまうのでは?
 だが、その心配は杞憂だったようだ。土地の人が、また温泉にいい塩梅の湯が湧いてきたと知らせに来てくれたのである。
「よかった。ここの温泉は元から本物だったのね。あーあ、安心したら体がかゆくなってきちゃった。サイト、着替えとタオルを用意しなさい」
「って、おいルイズ。せっかく難しい問題を考えてるってときに」
「どーせあんたの頭じゃ何も浮かばないんでしょ? なら悩むだけ時間の無駄よ。それより、今度は目隠しなしでわたしとお風呂入りたくない?」
「了解しました、ご主人様!」
 これぞ、即断即決の見本であった。才人は顔から火が出るほど元気いっぱいになって着替えを取りに走り出し、ルイズは横目でミシェルを見て「こ、これがわたしの実力なんだから」と、少し赤面しながらも勝ち誇って見せた。
 さて、そうなると収まりがつかないのがミシェルと銃士隊である。対抗意識を燃やして、才人が戻ってくるのを待ち構えた。
 そして、ルイズの挑発で火が付いたのはそれだけではなかった。ルイズでさえ、あれだけのアピールをしているというのに黙っていていいのかと、モンモランシーたちが同じようにギーシュたちを誘い始めたのだ。
「モ、モンモランシー、これは夢じゃないんだろうね。ほ、本当に君が僕と、は、裸の付き合いを!?」
「か、勘違いしないでよね。裸じゃなくてタオルごしなんだから。それに、ほかの子に目移りしたら許さないんだから!」
 たとえタオルごしでも、それは夢のようなお誘いに他ならなかった。それにギーシュはおろか、これまでガールフレンドのいなかったギムリやレイナールにも女の子から誘いが来ているではないか。
 これは本当に夢か? 覗き魔として処刑される運命にあった自分たちが、まるで正反対の立場にいるではないか。夢なら、夢なら覚めないでくれ。
 つまり、彼らはわかっていなかった。彼らが今日果たした役割の大きさと、なすべきことへの一所懸命さが女の子たちのハートを掴んだことを。男は百の言葉よりも、まずは背中で語れというわけだ。
 こうして、水精霊騎士隊は覗きなどという卑劣なことをせずとも、夢にまで見た混浴を我がものとすることができた。
 もちろんこの後でも、男女いっしょの入浴ということで様々な悲喜劇が起きたのは言うまでもない。しかしそれでも、彼らは今日という日を永遠に忘れることはないだろう。
 世界に不気味な影が迫っている。しかし、平和な日常はなにものにも代えがたい。
 せめて、この日はこれ以上なにもないことを祈ろう。明日からは、またなにがやってくるかわからないのだから。
 
 ちなみに、この数日後。ド・オルニエールから続く川の河口付近で、一人の貴族の少年が簀巻きにされた状態で漁師の網に引っかかっていたことを付け加えておこう。
 
 
 続く

590ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 09:18:26 ID:2n5SOG2U
今回はここまでです。では、また次回。

ルイズと無重力巫女さんの方よりお知らせがあるそうなので、まだ確認されていない方は>>571をご覧ください

591ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/01(土) 23:42:29 ID:PXO5dG.M
ウルトラ五番目の人、投稿お疲れさまでした。
それと、お知らせしていただき誠にありがとうごさいます。

さて皆さんこんばんは、無重力巫女さんの人です。
昨日は色々あって投稿できなかったため、九月になってしまいましたが第九十六話の投稿を開始します。
特に問題が起きなければ23時46分から始めたいと思います。

592ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/01(土) 23:46:06 ID:PXO5dG.M
「どうしたものかしらねぇ…」
 カトレアは悩んでいた、半ば強引にルイズから聞いた『これまで起きた事』を聞いてしまった事に対して。
 玄関に設置してある壁掛け時計の時を刻む音が鮮明に聞こえ、それが彼女の集中力を高めていく。
 一方で、姉のカトレアに『これまで起きた事』を説明し終えたルイズは彼女の反応を窺っている。
 すっかり温くなってしまったカップの中の紅茶を見つめつつ、時折思い出したように一口だけ啜る。
 今振り確かいないこの居間の中で、妹は姉の動向をただ見守るほかなかった。

 そんなルイズの心境を読み取ったのか、やや真剣な表情を浮かべて見せる。
 そして彼女の前で反芻して見せる。妹が口にし、自分が今まで聞いたことの無かった数々の単語の内幾つかを。
「ゲンソウキョウという異世界にヨウカイ、ケッカイに異変…」
 初めて聞いた単語を言葉にして口から出してみると、横のルイズか生唾を飲み込む音が聞こえてくる。
 恐らく自分の言ったことを嘘かどうか、見極められていると思っているのだろう。
 まぁそれは仕方がない事だろう。普通の人にこんな事を話したとしても本気で信じてくれる者はいないに違いない。
 精々酔っ払いか薬物中毒者の戯れ言として片づけられるのが精いっぱいで、それ以上上には進まないだろう。
 
 しかしカトレアは信じていた。愛する妹が口にした異世界の存在を。
 現に彼女はその証拠であろう少女達を間近で見ているのだ、博麗霊夢と霧雨魔理沙の二人を。
 彼女たちの存在感は、同じハルケギニアに住んでいる人たち…と呼ぶにはあまりにも変わっている。
 それを言葉で表すのは微妙に難しいが、彼女たちは異世界の住人か否か…という質問があれば、間違いなく住人だと答えられる。
 考えた末に、確かな確信を得るに至ったカトレアはルイズの方へ顔を向けると、ニッコリ微笑んで見せた。
「ち、ちぃねえさま…?」
「大丈夫よルイズ。貴女の言う事にちゃんとした証拠がある事は、ちゃんと知っているつもりよ」
「…!ちぃねえさま…」
 微笑み見せるカトアレからの言葉を聞いて、ルイズの表情がパッと明るくなる。
 彼女が小さい頃から見てきたが、やはり一番下のこの娘は笑顔がとっても似合う。

 そんな親バカならぬ姉バカに近い事を思いつつ、カトレアは言葉を続けていく。
「それで貴女は春の使い魔召喚の儀式でレイムを召喚して、それが原因でゲンソウキョウへいく事になったのよね?」
 先ほど簡潔に聞いたばかりの事を改めて聞き直すと、ルイズは「えぇ」と頷きつつその事を詳しく話していく。
 幻想郷はその異世界の中にあるもう一つの世界であり、その世界とは大きな結界で隔てている事、
 そしてその結界を維持するためには霊夢の力が必要であり、彼女がいなくなった事で結界に異変が生じた。
 それを良しとしない幻想郷の創造主である八雲紫が霊夢を助けるついでに、自分まで連れて行ってしまい、
 結果的に並大抵の人間が味わえない様な、不可思議な世界への小旅行となってしまったのである。

 そこまで聞き終えた所で、ルイズはカトレアが嬉しそうな表情を浮かべている事に気が付いた。
「あらあら!聞く限りでは結構楽しい体験をしてきたのね。異世界だなんて、どんな大貴族でも行ける場所じゃないわ」
「え?え、えぇ…そりゃ、まぁ…考えたらそうなんでしょうけど…」
 先ほどの真剣な表情から打って変わった素っ頓狂な事を言う姉に困惑の色を隠し切れずにいる。
 まぁ確かに良く考えてみれば、ハルケギニアの歴史上異世界へ行ったという人間がいた記録は全くない。
 そもそもそうして異世界自体は創作や架空の概念であり、現実にはありえない事の筈…なのである。
 そう考えてみると、確かに自分は初めて異世界へと赴いたハルケギニアの人間という事になるだろう。

593ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/01(土) 23:48:03 ID:PXO5dG.M
 しかしルイズは思い出す、あの幻想郷にたった丸一日いただけでどれほど散々な目に遭ったのかを。
 瀟洒なメイドには挨拶代わりにナイフを投げつけられ、あっちの世界の吸血鬼に限りなく迫られる…。
 あれが向こうの世界流の歓迎…とは思わないが、流石にあんな体験をしてもう一度行きたいとは思う程ルイズは優しくない。
(一応ちぃねえさまにはそこの所は話してないけど…やっぱり心の中にしまっておいた方がいいわよね?)
 流石にその時の事まで話したら心配させてしまうと思ったルイズは、再度心の中に仕舞いこんだ。
 そして一息つくついでに温くなった紅茶を一口飲んだところで、カトレアが再度話しかけてくる。

「…でも、その向こうの世界で更なる問題が発生してその問題を解決する為に、あの二人が貴女の傍にいるっていう事ね?」
「あ、はい!その通りですちぃねえさま。私はその…まぁ唯一彼女たちを知っているという事で協力を…」
 その言葉にルイズが頷きながらそう言うと、今度は笑顔から一転気難しい表情を浮かべたカトレアはため息を吐いた。
「それでも危険だわ。何か探し物だけをするっていうのならばともかく…あの時のタルブ村にまで行くなんて事は流石に…」
「ねえさま…」
 憂いの色を覗かせる顔であの村の名前を口にしたカトレアに、ルイズは申し訳なさそうに顔を俯かせてしまう。
 カトレアとしては正直、どんな形であれルイズと親しくしてくれる人が増えただけでも嬉しかった。
 本来は優しいとはいえ普段は長女や母、そして父譲りの硬さと厳格さで他人に甘える事は少ない。
 風の噂で聞いた限り、魔法学院では魔法が使えない事で『ゼロのルイズ』というあんまりな二つ名までつけられているらしい。
 そんな彼女に理由や性別はどうあれ、付き添ってくれる人達ができた事は家族の一人としてとても嬉しかった。

 しかし…だからといって彼女を…愛するルイズを戦場へ連れて行って良い理由にはならない。
 例え彼女自身が望んだこととは言え、できる事ならば王宮へ残るよう説得してもらいたかった。
 結果的に無事で済んだから良かったとルイズは言うが、それはあくまで結果に過ぎない。
 カトレア自身戦争には疎いが、あの時のタルブ村はハルケギニア大陸の中で最も危険な地域と化していた。
 ラ・ロシェールとその周辺に展開していた軍人たちは大勢死に、タルブや街の人々にも犠牲が出ているとも風の噂で耳にする。
 そんな場所へ自由意思だからと妹を連れて行った霊夢達を、カトレアは許していいものかと悩んでいる。

「いくら私が心配だからとはいえ、あの時のタルブ村がどれ程危険なのか…王宮にいた貴女は知ってる筈でしょう?」
「は、はい…けれどねえさまの事が心配で…」
「貴女は私と違って未来は未知数なのよ。そんな希望溢れる子が命を賭けに出すような場所へ行ってはダメでしてよ」
 厳しい表情で言い訳を述べようとするルイズの言葉を遮り、カトレアは妹を優しく叱り付ける。
 これが姉のエレオノールならもっと苛烈になっていたし、母なら静かに怒りながら突風で彼女を飛ばしていたかもしれない。
 父も叱るであろうが…きっと今の自分と同じように優しく叱る事しかできないだろう、父はそういう人だ。

 だからカトレアもそれに倣って優しく、けれども毅然とした態度でルイズを叱り付ける。
 頭ごなしに否定し、威圧するのではなく抱擁しつつもしっかりとした理屈を語るかのように。
 そう意識して叱ってくるカトレアのそんな意図を、ルイズも何となくだが理解はしていた。
 けれども、あの時感じた姉への心配は本物であったし、いてもたってもいられなかったというのもまた事実。
 しかし常識的に考えれば悪いのは自分であり、今のカトレアは悪戯好きな生徒を諭す教師と同じ立場。
 どのような理由があったとしても、今の自分は戦場へ行ってしまったことを叱られる身でしかない。

594ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/01(土) 23:50:10 ID:PXO5dG.M
 反論もせず、叱られる仔犬の様に縮こまってしまうルイズを見てカトレアはホッと安堵の一息をついた。
 言いたい事はまだまだあったものの、一つ上の姉のように叱りに叱り付ける何て事は自分には到底真似できない。
 それにルイズも見た感じ反省はしているようだし、これで危険な事にも手を出すことは少なくなるに違いない。
 他人からして見ればやや甘いと見受けられる裁量であったが、カトレア自信はルイズが反省さえしてくれればそれで良かったのである。
「まぁでも、今回は無事に帰ってこれたようですし。私としてはこれ以上叱る理由は無いわ」
「…!ちぃねぇさま…」
 ションボリしていたルイズの顔に、パッと喜色が浮かび上がり思わずカトレアの方へと視線を向けてしまう。
 何歳になっても可愛い妹に一瞬だけ照れそうになった表情を引き締めつつ、姉は最後の一言を妹へと送る。

「ルイズ。もしも貴女の周りにいるあの二人が危険な事をしそうになったら、その時は貴女が止めなさい。いいわね?」
「…え!?あ、あの二人って…レイムとマリサの二人を…ですか?」
 その一言を耳にして、大人しく話を聞いていたルイズはここで初めて大声を上げてしまう。
 突然の事に多少驚いてしまったものの、カトレアは「えぇ」と頷きつつそのまま話を続けていく。
「あの二人だって年は貴女とそれほど差は無いのでしょう?いくら戦えるとっても、そんな年端の行かない子供が戦うだなんて…」
「いや…でも、あの二人は何と言うか…住む世界が違うから…その…そこら辺のメイジよりスゴイ強くて…」
 何故か余計な心配をされている霊夢達についてはそんなモノ必要ないズは言おうとしたが、それを遮るかのように姉は言葉を続ける。

「強い弱いは関係無いのよ、ルイズ。どんな事であれ、荒事に首を突っ込むのは危険な事なの。
 どんなに強い戦士やメイジでも戦いの場に出れば、たった一つの…それも本当に些細な事で命の危機に晒されてしまうのよ。
 …だからね、もしもあの二人が何か危険な事をしようとしたら…貴女は絶対に彼女たちを止めなければいけないの」

「ち、ちぃねえさま…」
 カトレアのしっかりとした…けれどもあの二人には間違いなく火竜の耳に説教な言葉にルイズは何も言えなくなってしまう。
 姉の言っていること自体は真っ当である。真っ当であるのだが…如何せんあの二人に関しては本当に止めようがない。
 一度これをやると決めたからには、坂道発進するトロッコの如く一直線に走るがのように考えを事を実行へと移す。
 そして最悪なのは、アイツラが魔法学院で威張り散らしてるような上級性すら存在が霞むような圧倒的な『我』の強さを持っている事だ。
 仮にあの二人にカトレアの話したことをそのまま教えても…、

――――ふ〜ん?で、それが何よ?私が自分で決めた事なんだから他人に指図される覚えはないわ
――――――成程、じゃあ私はその言葉を厳守させてもらうぜ。お前の姉さんが傍にいたらな

  …なんて言葉で終わってしまうのは、火を見るよりもずっと明らかだ。
 姉にはすまない事なのだと思うが、それが博麗霊夢と霧雨魔理沙という人間なのである。
(すみませんちぃねえさま…流石にあの二人に諭しても無駄なんです)
 ニコニコと微笑むカトレアにつられて苦笑いを浮かべるルイズは心中で姉に謝る。
 いずれはカトレアもあの二人の本性を知る機会があるかもしれないが、流石に無駄な事だと直接喋ることは無い。
 だからルイズは口に出さず心の中で謝ったのだが、それとは別にもう一つ…姉との約束を守れそうにない事への謝罪もあった。

595ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/01(土) 23:52:04 ID:PXO5dG.M
 恐らくこれから先…もしかしてかもしれないが、タルブ以上の『危険』に自分たちは突っ込んでいく可能性が高い。
 タルブで出会ったキメラ達に、それを操るシェフィールドという虚無の使い魔のルーンを持つ女の存在。
 誰が主人…つまり虚無の担い手なのかまでは分からないが、もう二度と会えないという事は無いだろう。
 いつか何処か…そう遠くない内に互いに顔を合わせてしまい…そのまま穏便に済む事が無いのは確実である。
 そして一番の問題は、その出会いが人が大勢いる所で起きてしまった場合…、

 村と街を丸ごとキメラで占領し、多くのトリステイン軍人を血祭に上げて尚涼しい顔で笑っていた女だ。
 何をしでかすか分からない。恐らく真っ先に動くのは霊夢と自分…そして魔理沙であろう。

 だからきっと、姉との約束は果たされないだろうという申し訳なさで胸がいっぱいになってしまう。
 それが表情に出ないよう耐えつつも、自分が今の状況から逃げられない程の使命を背負っている事を改めて痛感する。
 博麗の巫女を召喚した結果、幻想郷の結界に重大な生じ、その原因がここハルケギニアにあるという事、
 そして霊夢を召喚できる程の凄まじい系統…『虚無』の担い手という、一人の少女には重すぎる運命。
 二つの重く苦しい使命の事に関しては、絶対にカトレアには話す事は無いのだとルイズは決意する。
 幻想郷での異変の事に関しては大分ソフトに話していた為、本当の事までは話していなかった。
(ねぇさまはねぇさまで大変な毎日を過ごしている…だからこの二つの事は、隠しておこう…何があっても)

 改めて決意したルイズが一人頷いた、その時…中庭の方からニナの喜色に溢れた声が聞こえてくるのに気が付く。
 ルイズとカトレアが思わず顔を上げた直後、間髪入れずにニナがリビングへと走りながら入ってきたのであった。
「キャハハッ!ねぇ見ておねーちゃん、四葉のクローバー見つけたよ!」
 黄色い叫び声を上げながらカトレアの傍へと寄ってきた彼女は、土だらけの右手をスッとカトレアの前へと突き出してくる。
 突然の事にカトレアとルイズは軽く驚いていたが、その手の中には確かに四葉のクローバーが一本握られていた。
「あら、綺麗なクローバーねぇ」
「ふふ〜!でしょ?」
 
 確かにカトレアの言うとおり、ニナの持ってきたクローバーは見事な四葉であった。
 ニナが嬉しがるのも無理はないだろう、仮に自分が見つけたとしても少しだけ嬉しくなる。
 ルイズはそんな事を思いながら彼女の手にあるクローバーをもっと良く見ようとした…その時であった。
 ふとキッチンの方から様々な動物たちの鳴き声と共に、雑務をしていた侍女たちの叫び声が聞こえてくる。
「きゃー!お嬢様の動物たちがー!」
「あぁっ!コラ、待ちなさい!それは今日のお昼ご飯の材料…」
 
 ドタン、バタンと騒がしい音動物たちの鳴き声が合わさりが別荘の中はたちまち大騒ぎとなる。
 ここからでは直接見えないものの、侍女たちのセリフからして何が起こっているのかは容易に想像できた。
 突然の騒ぎにルイズは目を丸くし、ついでクローバーを持ってきたニナが顔を真っ青にさせているのに気が付く。
 そう、彼女はついさっきまで動物たちのいる中庭で遊んでおり、その中庭からクローバーを持ってきた。
 余程見つけた時に感激したのだろう。是非ともカトレアに診せたいという気持ちが勝って慌てて別荘の中へと入った。
 中庭と屋内を隔てる窓を開けっ放しにした事を今の今まで忘れていた…というのはその表情から察する事ができる。

 クローバー片手に今は顔を青くしたニナの背後には、未だニコニコと微笑むカトレアの姿。
 ルイズは何故かその表情に恐怖を感じてしまう。何といえばいいのであろうか…そう、笑っているが笑っていないのだ。
 まるで笑顔のお麺の様にそれは変に固まっており、何より細めた目をニナへと全力で注いでいる。
 幾ら年端のいかぬニナといえども、カトレアが心からか笑っていないという事は看破しているようだ。
 とうとう冷や汗すら流しつつも、「お、おねーちゃん…?」と恐る恐るではあるが勇敢にも話しかけたのである。
 返事は意外な程早かった、というよりも…ニナが口を開くのを待っていたかのように彼女は口を開く。

「あらあら、ちょっと大変な事になっちゃったわねぇ。まさか動物たちが入ってきてしまうなんて……
 今の時間は侍女さんたちがキッチンで料理の下準備をするから閉めていたというのに、おかしいわねぇ?」

596ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/01(土) 23:54:04 ID:PXO5dG.M
 わざとらしく小首を傾げながらそう言うカトレアに、ニナは「うん、うん!そ…そうだよ!」と必死に頷いている。
 薄らと瞼を開けたカトレアの目は明らかに笑っておらず、ただジッと首歩を縦に振るニナを見つめているだけだ。
 それを横から見ていたルイズは口出しする事など出来るワケもなく、ただジッと見守るほかない。 
 もはやニナに逃げる術などなく、どうしようもない袋小路に追い込まれた所で、カトレアは更に言葉を続ける。
「まぁ鍵は掛けていなかったし、中庭で遊んでいた貴女が゙うっかり開けっ放じにしたままだったら、あるいは…」
「え…へ?え、えぇ!?わ、私が…に、ニナちゃんと閉めたよぉ〜?何でそんな事を―――」
 いきなり確信を突かれたことに対して、咄嗟に誤魔化そうとしたニナであったが、
 何も言わず、彼女の眼前まで顔を近づけたカトレアによって有無を言わさず沈黙してしまった。

 この時ルイズは見ていた、カトレアの顔は常に笑っていたのを。 
 いつも見せる笑顔とは明らかに違う感情の籠っていない笑みに、流石のニナも狼狽えているようだ。
 そんな彼女を畳み掛けるように、ニナの眼前に顔を近づけたままカトレアは質問した。
「ニナ」
「は…はい?」
「貴女よね?クローバー私に見せたいと思って、ドアを閉めずに屋内へ入ったのは?」
「……………はい」
 
 ――――普段から怒らない人間が怒る時こそ、最も恐ろしい。 
 以前読んだ事のある本にそんな言葉が書かれていた事を思い出しつつ、ルイズもまた恐怖していた。
 あんな感情の無い笑みを浮かべられて近づかれたら、そりゃコワイに決まっている。
 始めてみるであろうかなり本気で怒っている(?)カトレアの姿を見ながら、ルイズは思った。



 霊夢は思っていた。この世界の運命を司っているであろうヤツは、超が付くほどの性悪だと。
 前から薄々と思っていたのだが、何故かこのタイミングで出会う事となったハクレイの姿を見てその思いをより強くしていく、
 確かに彼女の事も探してはいたのだが、今は彼女よりも他に探すべきものが沢山あるという時に限って姿を現したのだ。
 まるで朝飯に頼んだ目玉焼きが何時までたっても来ず、夕食の時に今更その目玉焼きが食卓に並んだ時の様な複雑な心境。
 目玉焼きは欲しかったが、わざわざ夜中に食べたい料理ではないというのに…と言いたげなもどかしさ。
 それは今、自分の目の前に姿を現したハクレイにも同じことが言えるだろう。
 探している時には全く姿を現さなかった癖に、何故か探してもいない時には自ら姿を現してくる。
 
「全く、どうしてこういう時に限ってホイホイ出てくるのかしらねぇ…?」
「それを他人に面と向かって言うのって、結構勇気がいるんじゃないの?」
 そんな複雑の心境の中で、更にジンジンと痛む頭に悩まされながらも霊夢はハクレイに向かって喋りかけた。
 対するハクレイも、汗水垂れる額を袖で拭いつつ、売り言葉に買い言葉な返事を送る。

597ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/01(土) 23:56:30 ID:PXO5dG.M
 炎天下が続く王都の一角で、双方共に予期せぬ出会いを果たした事をあまり快く思ってないらしい。
 霊夢はハクレイを見上げ、ハクレイは霊夢を見下ろす形で互いに睨み合っている。
 しかし…下手すれば、街のど真ん中で戦闘が起こるのか?と言われれば、唯一の傍観者であるデルフはノーと答えただろう。
 
 一見睨み合っている二人ではあるが、互いに敵意を抱くどころか身構えてすらいない。
 霊夢もハクレイも、予期せぬ邂逅を果たしたが故に単なる睨み合いをしているだけに過ぎないのである。
 そしてその最中、霊夢は改めて相手の服装をじっくりかつ入念に眺め、調べていた。

 ――――こうして改めて見てみると何というか、…飾り気が無さすぎで渋すぎるわね…
 自分のそれとよく似たデザインの巫女服を見つめながら、霊夢はそんな感想を抱いてしまう。
 今自分が着ている巫女服を簡易的にデザインし直した感じ、良く言えばスッキリしているが、悪く言えば作り易い安直なデザインである。
 余計な装飾はついておらず、戦闘の際に破損しても直しやすいだろうし追加の服も安価で発注できるだろう。
 ただ、霊夢本人の感想としては「悪くは無いが、酷く単純」という余り良いとは言えない評価を勝手に下していた。
 何せアンダーウェアの上から直接スカートと服を着ているだけなのである、シンプルisベストにも程がある。
(いや、妖怪退治をするっていうならそういうデザインで良いんでしょうけど…私は着たくないわね。特にアンダーウェアとかは)
 下手すれば水着にも見て取れる彼女の黒いアンダーウェアをチラチラ見ながら、そんな事を考えていた。

 ―――――何というか、地味に華やかね…
 一方で、ハクレイもまた霊夢の服装を見てそんな感想を心の中で抱いていた。
 自分とは対称的な雰囲気を放つ彼女の巫女服は、年頃の女の子が程よく好きそうな飾り気を放っている。
 スカートや服の小さなフリルや黄色いタイに頭のリボンが目立つその服と比べてみれば、いかに自分の服が地味なのか思い知らされてしまう。
 とはいっても別に羨ましいと感じることは無く、むしろ『良くそんな服で戦えたわねぇ…』と霊夢本人が聞いたら憤慨しそうな事を思っていた。
 ただしそれは侮蔑ではなく感心であり、殴る蹴るしかできなかった自分とは全く別のスマートな戦い方をしていた事は理解している。
 飛んだり飛び道具を投げたりするような戦い方であれば、あぁいう服でも戦闘に支障をきたさないのは容易に想像できる。
 でも自分も着たいかと言われれば、正直あまり好みではないと言いたくなるデザインだ。
(私にフリルなんて合いそうにないのよねぇ?まぁコイツみたいに小さい子なら似合うんだろうけど…結構、涼しそうだわ)
 夏場にはイヤにキツいアンダーウェアに窮屈さを覚えつつ、ハクレイは霊夢の服を見てそんな事を考えている。

 もしも、ここに心を読む程度の能力の持ち主がいれば、きっと二人の心の中を読んで苦笑いを浮かべていたであろう。
 こんな炎天下の中で極々自然に出くわし、そのまま互いを睨み付けつつ勝手に服の品評会を始める始末。
 二人してこの暑さで頭がやられたのかと疑いたくなるようなにらみ合いは、しかし他人が見ればそうは思わないだろう。
『…あ〜お二人さん、睨み合うのは良いが…せめてもうちっと涼しい場所で睨み合おうや』
 その他人…というか霊夢が背負うデルフも、流石に心の内側まで読めないらしい。
 馬鹿みたいに暑い通りのど真ん中でにらみ合い続ける二人に、大丈夫かと言う感じで声を掛ける。

「…ん?あぁ、そういえば…ったく!せっかく涼んだっていうのに台無しになっちゃったじゃないの…!?」
「…?なんで私の所為になるのかしら」
『そりゃそうだな。こんなに暑けりゃどんなに涼んでも外にいるなら変わらんよ』
 この呼びかけが功をなしたのか、それまで黙ってハクレイをにらみ続けていた霊夢がハっと我に返る。
 そしてついさっき井戸の水で涼んできた体が再び汗まみれになっているのに気が付いて、ついついハクレイに毒づいてしまう。
 傍から見れば勝手に汗だくになった霊夢が同じ汗だく状態のハクレイに理不尽な怒りを巻き散らしているだけに過ぎない。
 現にハクレイは一方的に怒られる理不尽に違和感を感じる他なく、流石のデルフもここは彼女の肩を持つほかなかった。

598ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/01(土) 23:58:17 ID:PXO5dG.M

 ――――結局のところ、真夏の太陽照り付ける通りで突っ立っていたのが悪い…という他ないだろう。
 不意の対面とはいえ、せめて太陽の光が直接入らない通りで出会っていたのならばまた結果は違っていたであろう。
 霊夢としても後々考えれば場所を変えればいいと思ったが、汗だくになってしまった後で考えても後の祭りというヤツだ。
 せめて次はこうならないようにと気を付けつつ、またさっきの場所へ戻って汗を引かせるしかないであろう。
 対して彼女よりも前に汗だくになっていたハクレイは、元々涼める場所を探していた最中であった。
 …と、なれば。二人の足が行き着く場所は自然とさっきの井戸広場なのである。

『―――――…で、結局さっきの井戸広場へとUターンってワケかい』
 霊夢に担がれて、何も言わずにあの井戸がある小さな広場へともどってきたデルフは一言だけ呟く。
 その呟きには明らかに呆れの色がにじみ出ていたが、当の霊夢はそれを聞き流してまたもや地下の冷水でホッと一息ついていた。
「はぁ〜…。やっぱり水が冷たいモンだから、癖になりそうだわ〜」
「確かにそうよね、こんな街のど真ん中でこんな良い水が飲めるなんてね…ンッ」
 そんな事をつぶやき続ける霊夢から少し離れたベンチに座っているハクレイも、同意するかのように頷いて見せる。
 ついでその両手に持っていた井戸用の桶を口元へ持って行き、中に入った水を飲んで暑くなっていた体の中を冷やしていく。
 地上とは温度差が大きすぎる地下水道の水はとても冷たく、ひんやりとしている。
 それを口に入れて飲んでいくと、たちまちの内に火照っていた喉がその温度をさげていく。
 
「――…プハァッ!…ふぅ、確かに生き返るわね」
「でしょ?まさに砂漠の中のオアシスって感じよねぇ〜」
 ま、砂漠なんて見たことないんだけどね。すっかり上機嫌な霊夢も井戸桶で水をぐびぐびと飲んでいく。
 そこら辺の酒場の大ジョッキよりも一回り大きい桶の中に入った水は、少女の小さな体の中へとどんどん入っていく。。
 ハクレイはともかくとして、あの霊夢でさえ苦も無く桶いっぱいに入った水を飲み干そうとしている。
『一体あの小さな体のどこに、あれだけの量の水が入るっていうんだよ…』
 彼女のそばに立てかけられたデルフはいくら暑いからと言って飲みすぎな霊夢の姿に、戦慄が走ってしまう。
 そんな事を他所に、中の水を飲み干した霊夢はホッと一息ついてから桶を足元へと置いた。

 暑さから来る怒りでどうにかなりそうだった霊夢は、冷静さを取り戻した状態でハクレイへと話しかける。
「そういえば…なんであんな所にアンタまでいたのよ?」
「…?別に私があそこにいても良いような気がするけど…ま、教えても別に困ることはないか」
 炎天下で出会ったときとは違い大人し気な霊夢からの質問に対し、ハクレイは素直に答えることにした。
 そこへすかさずデルフも『おっ、ちょっとは面白い話が聞けるかな?』という言葉を無視しつつ、あそこにいた理由を喋って行く。
 少し前に、一人の女の子にカトレアから貰ったお金を盗まれてそのまま返してもらって無いという事、
 カトレアは別に大丈夫と言っていたがこのままでは申し訳が立たず、何としても見つけて返してもらう為に街中を探し回っている事、
 かれこれ今日に至るまで探しているが一向に見つからず、挙句の果てに朝からの炎天下で参っていた所だったらしい。

599ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/02(日) 00:00:19 ID:gTe/oGKc
「…で、そんな時に私と鉢合わせてしまっちゃった、ということなのね?」
 壁に背中を預けて聞いていた霊夢が最後に一言述べると、ハクレイはそうよとだけ返した。
 最後まで話を聞いていた霊夢であったが、正直言いたいことがたくさんありすぎて頭をついつい頭を抱えてしまう。
 そういえば財布を盗まれたあの晩に空中衝突してしまったが、偶然……と呼ぶにはあまりにも奇遇すぎる。
(まさか向こうも金を盗まれていたなんて、何もそこまで同じじゃなくたって良いんじゃないの?)
 この世界の運命を司る神を小一時間ほど問い詰めたい衝動にかられつつも、霊夢はこれが運命の悪戯なのかと実感する。
 このハルケギニアという異世界で、財布を盗まれた巫女姿の女同士がこうして顔を合わせる事など天文学的確率…というものなのであろう。
 流石に盗んだ相手の性別は違うものの、そんな違いなど些細な事に違いはない。
 デルフもデルフでこの偶然には驚いているのか、何も言わずにただジッとしている。

 頭を抱えて悩む霊夢の姿に、「どうしたの?大丈夫?」という天然気味な心配を掛けてくれるハクレイ。
 そんな彼女を他所に一人顔を挙げた霊夢は大きなため息を一つついてから、心配してくれる彼女のほうへと顔を向けた
「…まぁ、アンタの苦労もなんとなく理解できたわ。ま、お互いここでお別れだけど…精々捕まえられるよう祈っておくわ」
「一応、礼を言うべきなのかしらね?…あっ、でもちょっと…待ちなさい」
 巫女のくせにそんな事を言ってその場を後にしようとした所、軽く手を上げて見送ろうとしたハクレイが霊夢を止めた。
 ちょうどデルフを背中に戻したところであった彼女は、何か言いたい事があるのかとハクレイのいる方へと顔を向ける。

「ん?何よ、何か言いたいことでもあるワケ?」
「怪訝な表情浮かべてるところ悪いけど、まぁあるわね。…なんでアンタは人にだけ喋らせといて自分はとっと逃げようとしてるのかしら?」
「……あっ、そうか。……っていうか、喋る必要はあるのかしら?」
「いや、普通に不公平だっての」
『まー、普通に考えればそうだよなぁ〜』
 ハクレイの言葉に霊夢は目を丸くしてそんなことを言い、ハクレイがそれに容赦ない突っ込みを入れる。
 そんな二人のやりとりを見て、デルフは暢気に呟くしかなかった。

「……とまあ、そんなこんなで私は色々と忙しい身なのよ」
 その言葉で霊夢が説明を終えたとき、井戸のある広場には決しては多くはないが何人もの人々が足を運んでいた。
 専業主婦であろうか女性がその大半をしめていたが、その中に紛れ込むようにして男性の姿も見える。
 ほとんどの者は水を汲みに来たのだろう、井戸のそれよりも一回り小さい桶を持ってきている者が何人かいた。
 彼らは井戸の隣で話し込む霊夢たちを横目に井戸から水を汲んで、自分の家の桶に入れていく。
 桶の大きさからして近所に住む人々なのだろう、何人かが見慣れない少女たちの姿を不思議そうに見つめている。
 中には日の当たらぬところで子供たちが地面や壁に落書きをしたり、談笑に花を咲かせている主婦たちの姿も見えた。
 それはこの一角に住む人たちにとって何の変哲もないあり触れた日常の光景で、こんな夏真っ盛りにもかかわらずそれは変わらない。
 ただし、今日は霊夢たちが先にいた為か何人かの市民がチラリチラリと見やりながら談笑していた。

600ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/02(日) 00:03:06 ID:gTe/oGKc
 周囲から注がれる視線に霊夢が顔をしかめようとした時、それまで黙って聞いていたハクレイが口を開いた。
「なるほどね。アンタもアンタでいろいろ忙しそうね」
「……え?まぁね、一つ問題を解決しようとする所で放っておけない事が起きるんだから堪らないわよ」
 ややワンテンポ遅れているかのようなハクレイの言葉に霊夢はため息をつきながら返す。
 実際、お金を盗まれた件よりも地下に潜伏しているであろう謎の相手をどうするかが最優先事項となってしまっている。
 下手すれば、劇場で死んだあの下級貴族と同じような殺され方で命を落とす人々が出てくるかもしれない。
 その為にも唯一の手掛かりがあるであろう地下に潜ってできる限り情報を探り、最悪見つけ出して倒さなければいけない。
 だが運命というヤツは今日の彼女にはより一層厳しいのか、一向に地下へ潜れるチャンスというものに恵まれないのである。

「なんでか知らないけど警備は厳しくなってるわ、外は暑いわで……正直イヤになりそうだわ」
『今お前さんの今日一日の運勢を占い師に見せたら、きっと最悪って言われるぜ』
 前途多難にも程がある現状に頭を抱えたくなった霊夢に追い打ちをかけるかのように、デルフが刀身を震わせながら言う。
 それが癪に障ったのか彼女は「ちょっと黙ってて」と言いつつデルフを無理やり鞘に納めると、それを背中に担いですっと腰を上げた。
「…と、いうことで私は地下に潜れる所を探さないといけないからここらでお別れにしましょうか」
 ――いい加減、ジリジリと微かに痛むその頭痛ともおさらばしたいしね。
 その一言は心の中で呟きつつその場を後にしようとした霊夢は、ハクレイの「ちょっと待ちなさい」という言葉に煩わしそうに振り返る。
「まさかと思うけど、その変にお喋りな剣だけと一緒に探すつもり?」
「……それ以外誰がいるっていうのよ。まぁ手伝ってはくれそうにないけど、丁度いい話し相手にはなるんじゃない?」
『ひでぇ。剣だから喋る事と武器になる事以外役に立たないのは事実だが……それでもひでぇ』
 霊夢とハクレイの双方からボロクソに言われたデルフは、悔しさの為か鞘に収まった刀身をカタカタと震わせている。
 そんな彼に対して霊夢は「動くなっての!」と怒鳴ったが、ハクレイは逆に興味がわいたのかデルフの傍へと近寄っていく。

「……それにしても、意思を持っている剣とはねぇ。アンタ、寿命とかあるのかしら」
『?……いんや、オレっちのようなインテリジェンスソードは寿命とかは無いね。だから一度生まれれば後は戦い続けるんだよ』
 ――『退屈』という悪魔との戦いをな。いきなり質問してきた彼女に軽く驚きつつも、やや気取った感じでそう答える。
 それに対してハクレイは「へぇ〜?」と興味深げな表情を浮かべて、何の気なしにデルフへと手を伸ばしていく。
 一方で霊夢は「ちょっとぉ〜人の背中で何してるのよ?」と明らかに迷惑そうな表情を浮かべている。
 しかし、そんな霊夢の言葉が聞こえていないかのようにハクレイはスッと撫でるようにして、優しくデルフの鞘へと触れた。
 ――その直後であった。彼女とデルフの間に、霊夢でさえ予想しきれなかった事態が起こったのは。


 ハクレイの人差し指が最初にデルフの鞘に触れ、そのまま中指、薬指も鞘へと触れた直後、
 ――――バチンッ!…という音と共に、デルフの鞘と彼女の指の間で青い電気が走ったのである。

「――――……ッッ!?」 
『ウォオッ!?』
 突然の事に驚愕の声を上げつつもハクレイは咄嗟に後ろへと下がり、デルフは驚きのあまり鞘から飛び出してしまう。
 まるで黒ひげ危機一髪ゲームの黒ひげのように飛び出た剣は、幸いにも地面へと突き刺さった。
 対してハクレイは余程ビックリしたのか、数歩後ずさった所でそのまま尻餅をついてしまっている。
 周りにいた人々は突然の音と稲妻を見て何だ何だとざわつきながら、霊夢たちの方へと一斉に視線を向けていく。

601ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/02(日) 00:05:12 ID:gTe/oGKc
 そして唯一二人と一本の中で無事であった霊夢は、状況の把握に一瞬の遅れが生じていた。
 無理もない、なんせ急に刺激的な音が聞こえたかと思えば、鞘から飛び出したデルフがすぐ近くの地面に刺さっていたのだから。
「――――……っえ?…………何?何なの?」 
 目を丸くし、キョトンとした表情を浮かべた彼女は一人呟いてから、ハッとした表情を浮かべてデルフへと走り寄る。
 ようやく状況を把握できたらしい彼女はすぐにデルフを地面に引き抜くと、何も言わない彼へと何が起こったのか聞こうとした。
「ちょっとデルフ、今の何よ……っていうか、何が起こったの?」
『……』
「デルフ?……ちょっとアンタ、こんな時に黙ってたら意味ないでしょうがッ!」
 霊夢の問いかけに対して、デルフは答えない。あのデルフリンガー、がだ。
 いつもなら何かあれば鞘から刀身を出して喋りまくるあのデルフが、ウンともスンとも言わなくなったのである。
 まるでただの剣になってしまったかのように、彼女の呼びかけに応じないのだ。

 ついさっき、何かが起こったというのにそれを知っているデルフは黙っている。
 自分が知りたい事を知らせない、それが癪に障ったのか霊夢は苛立ちつつもデルフに向かって叫んでしまう。
「アンタねぇ……いっつも余計な所で喋ってるくせに、こういう肝心な時に黙ってるてのはどういう了見よ!?」
 デルフの事を知らない人間が見れば、暑さで頭をやられた異国情緒漂う少女が剣に向かって叫んでいる光景はハッキリ言って異常だ。
 現に周りにいた人々はその視線を霊夢へと向き直しており、何人かが自分の頭を指さしながら友人や家族と見合っている。
 中には「衛士に通報した方がいいんじゃない?」とか言っていたりと、状況的にはかなり不味いことになり始めていく。
 それを察したのか、はたまた本当に今の今まで気を失っていたのか……金属質なダミ声がその剣から発せられた。

『――…あー、何か…何が起きた?』
 耳障りな男のダミ声が剣から聞こえてきたのに気が付いた人々は驚き、おぉっと声を上げてしまう。
 何人かが「インテリジェンスソードだったのか…!」と珍しい物を見つけたかのような反応を見せている。
 そしてそのデルフを持っていた霊夢はハッとした表情を浮かべると、怒った表情のままデルフへと話しかけた。
「……ッ!デルフ、この野郎!やっと目を覚ましたわね!?」
『あ〜……いや、別に気絶してたワケじゃないんだが……まーとりあえず、落ち着こうな……――な?』
 いつもとは違い、口代わりの金具をゆっくりと動かしながらしゃべるデルフに霊夢はホッと安堵する。
 だがそれも一瞬で、デルフの言葉でようやく周囲の視線に気が付いた彼女は、軽く咳払いした後に急いで彼を鞘に戻す。
 鞘に戻した後で、改めて咳ばらいをした彼女は今度は落ち着き払った様子で早速刀身を出した彼へと質問をぶつけてみる。

602ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/02(日) 00:07:17 ID:gTe/oGKc
「一体全体、急にどうしたのよ?なんかバチンって凄い音がアンタから出て、気づいたら鞘から飛び出てたし…」
「……んぅ、オレっちにも何が起こったのかさっぱりで……それより、ハクレイのヤツは大丈夫なのか?」
 質問に答えてくれたデルフの言葉に霊夢も「そういえば……」と思い出しつつ背後を振り返ってみる。
 するとそこには、少なくない人に周りを囲まれているあの女性が立ち上がろうとしている所であった。。
 どうやら彼女はあの音の正体を間近で見ていたのか、今だショックが抜けきってないような表情を浮かべている。
 周りの人たちはそんな彼女を気遣ってか「大丈夫かい?」などと優しい心配をかけてくれていた。
 対するハクレイはそれに一言のお礼を返すことなく立ち上がったところでふと感づいたのか、霊夢はスッと傍へ走り寄る。
 この時デルフは彼女にも大丈夫?どうしたの?って言葉を掛けるのかと思っていたのだが…。
 そんな彼の予想を真っ向から打ち破るような言葉を、霊夢は真っ先に口にしたのである。

「ちょっとアンタ、コイツに何か細工でもしようとしてたんじゃないの?」
「え?………細工、ですって?」
 てっきり大丈夫か?何て一言を期待していたワケではなかったが、今のハクレイの耳にはやや棘のある言葉であった。
 まぁでも、確かに持っていた本人がそう思うのも無理はないだろうと理解しつつ、どんな言葉で返せばいいのか悩んでしまう。
 こういう時は咄嗟に反論するべきなのだろうが、はてさてそれでこの場が丸く収まるかどうか……。
 明らかに自分に非があると疑っている霊夢を前にして、ひとまずハクレイが口を開こうとするより先に、デルフが霊夢を窘めようとする。
『まぁまぁレイム、落ち着けって。別段オレっちは何処も弄られてなんかいやしないぜ?』
「デルフ?でもアンタ、それじゃあ何で勝手に鞘から飛び出したりしたのよ」
『え?あ〜……いや、その……それはオレっちにも説明しにくいというか……何が起こったのかサッパリなんだよ』

 ハクレイを庇おうとするデルフは、霊夢からのカウンターと言わんばかりの質問にどう答えていいか悩んでしまう。
 彼自身、今起こった事を何と答えて良いのか分からいのか珍しく言葉を濁してしまっている。
 霊夢も霊夢で、そんなデルフを見てやはり「何かがある」と察したのか、ハクレイへと詰め寄っていく。
「やっばり……アンタが何かしでかしたんじゃないのかしら?ん?」
「わ、私は別に何も……っていうか、アンタの言い方って明らかに私がやってる前提で言ってるでしょ?」
「何よ、なんか文句でもあるワケ?」
「大ありよ!」
 ジト目で睨みつけながら訊いてくる霊夢に顔を顰めつつも、ハクレイはひとまず自分は何もしていないということをアピールする。
 それに対してすっかりハクレイが怪しいと思っている霊夢は、強硬な態度を見せる相手に対してムッとしてしまう。
 ハクレイもハクレイで負けておらず、尚も自分がデルフに何かをしたのだと疑っている霊夢を睨み返している。

 たったの一瞬、奇妙な出来事が起こっただけで緊迫状態に包まれた広場に緊張感が伝染していく。
 正に一触即発とはこの事か。彼女たちの周りにいる人々がいつ爆発してもおかしくない睨み合いから距離を取ろうとしたその時……。
 その勝気な瞳でハクレイを見上げ睨んでいた霊夢の背中から、デルフの怒号が響き渡ったのである。
『だぁーッ!待て、待て二人とも!こんな長閑な所で決闘開始五秒前の空気なんか漂わせんじゃねぇ!』
 まるで夕立の落雷のように、耳に残るダミ声の怒号に霊夢やハクレイはおろか他の人々も皆一斉に驚いてしまう。
 特に彼を背負っている霊夢には結構効いているのか、目を丸く見開いて驚いている。
 ハクレイも先ほどまで霊夢を睨んでいた時の気配はどこへやら、目を丸くしてデルフを見つめている。
 さっきまで険悪な雰囲気に包まれていた二人の警戒心が上手く吹き飛んだのを見て、デルフは内心ホッと安堵した。

603ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/02(日) 00:09:38 ID:gTe/oGKc
(――ダメ元で叫んでみたが……どうやら、上手くいったようだな) 
 周囲の視線が自分に集まってしまったのは仕方がないとして、デルフは霊夢へと話しかけていく。
「まぁ落ち着けよレイム。意味が分からないのは分かるが、それはオレっちやハクレイだって同じことさ」
「んぅ〜ん。何かイマイチ納得できないけど、まぁアンタがそこまで言うんなら、そうなのかもね」
 まだハクレイが何かしたのだと疑っている様な表情であったが、何とか説得には成功したらしい。
 先ほどまでの険悪な雰囲気を引っ込めた霊夢に、デルフは一息ついて安堵する。
 ハクレイもまた喧嘩寸前の所を止めてくれたデルフに内心礼を述べていた。

 その後、二人と一本は騒然とする広場を後にして表通りへと続く場所へと姿を移していた。
 理由はただ一つ、互いに探しているモノを探しに行く前に、別れの挨拶を済ませる為である。
 先ほどいた広場でしても良かったのだが、色々とひと騒動を起こしてしまったせいで人の目を集めすぎた。
 だから変に居心地の悪くなったそこから場所を変えて、丁度表通りとつながる横道で別れる事となったのである。
「――じゃ、アンタとはここでお別れね」
 デルフを背負った霊夢は背中を壁に預けた姿勢のまま、前にいるハクレイに別れを告げる。
 大勢の人が行き交う表通りを見つめているハクレイもその言葉に後ろを振り向き、小さく右手を上げながら言葉を返す。
「そのようね。ま、何処かで再会しそうな気はするけど」
「……何か冗談抜きでそうなりそうだから言わないでくれる?」
「そこまで本気っぽく言われるとちょっと傷つくわねぇ」
 おそらく、そう遠くないうちにそうなりそうな気がした霊夢は嫌そうな苦笑いを浮かべて肩を竦めてみせる。
 彼女がルイズの姉の傍にいる内は、最悪明日にでもまた顔を合わせる事になるだろう。

『まぁまぁ良いじゃねぇか。少なくとも敵じゃねぇんだから、仲良くしとくに越したことはないぜ』
 本気かどうか分からない霊夢に対し、苦笑いを浮かべるしかないハクレイを見てデルフがスッと口を開いた。
 彼自身、言った後で少しお節介が過ぎたかと思ったが、同じくそれを理解していたであろう霊夢が「それは分かってるわよ」と返す。
「まぁ何やかんやで助けてくれた事もあるから一応は信用してるけど、記憶喪失や名前の事も含めてまだまだ不安材料も多いしね」
「そこを突かれるとちょっと痛くなるわねぇ。相変わらず記憶は戻らないし、しかもアンタも゛ハクレイ゛だなんてねぇ」
 彼女の言う不安材料がそう一日や二日で解決できるものではない事を理解しつつ、ハクレイもまた肩を竦めて言う。
 唯一今回の接触で分かった事と言えば彼女――霊夢の上の名前が自分と同じ゛ハクレイ゛であったという事だけである。
 しかしそれで何かが解決するという事も無く、じゃあ自分はその少女と同じ゛ハクレイ゛の巫女なのか……という確証までは得られなかった。

604ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/02(日) 00:11:03 ID:gTe/oGKc
 霊夢自身も自分より前の代の巫女のことなど知らないので、彼女が博麗の巫女なのかという謎を抱えることになってしまっている。
 とはいえ、髪の色はともかく服装からして、間違いなくこことは違う世界から来た人間だという事は容易に想像できる。
(少なくともこの世界の人間じゃないだろうけど……やっぱり藍の言ってた先代の巫女……って彼女なのかしら?)
 以前街中で紫の式が話してくれた先代博麗の巫女の事を思い出した霊夢は、しかしそれを否定する。
(ま、どうでもいいわよね?仮にそうだとしてもそれが何だって話だし、それに本人が記憶喪失だからすぐに分かる事じゃないから……)

 ――まーた厄介事が一つ増えちゃっただけなんだしね。心の内で一人ため息をつきながらも、霊夢はハクレイの方を見据えながら喋る。
「まぁアンタの事は追々調べるとして、アンタもアンタでせめて自分が博麗の巫女なのかどうか調べておきなさいよ」
「あんまりそういうのに期待して欲しくないけど……まぁ私も調べられる範囲で調べて……――――ん?」
 変にプレッシャーを掛けてくる霊夢からの無茶ぶりに苦笑いを浮かべていたハクレイは、ふと背後からの違和感に怪訝な表情を浮かべる。
 一体何なのかと後ろを振り向いてみると、そこには自分のスカートを指で引っ張っている少女の姿があった。
 最初はどこの子なのかと思ったハクレイであったが、その容姿と顔が目に入った瞬間に゛あの時の事゛を思い出す。
 今こうして霊夢と出会い、炎天下の中このだだっ広い王都を歩く羽目となり、ニナに水浸しの雑巾を顔に当てられた元凶となった、少女の姿を。
「貴女――……ッ!」
「え?何?どうしたのよ……って、あぁ!」
 全てを思い出し、目を見開いたハクレイの姿に霊夢もまた少女の姿を見て声を上げる。
 彼女もまた少女の姿に見覚えがあったのだ。あの時、自分に屈辱を与えた少年を兄と呼んでいた、その少女の事を。
 霊夢が声を上げると同時に少女も声を張り上げて言った。今すぐ逃げ出したい衝動を抑えつつも、彼女は二人の゛ハクレイ゛に助けの声を上げたのだ。

「あの、あの……ッ!お金、盗んだお金を返すから……私の――――私のお兄ちゃんを助けてくださいッ!」

605ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/02(日) 00:20:08 ID:gTe/oGKc
以上で、第九十六話の投稿を終わります。
とうとう暑すぎた平成最後の夏が終わってしまいましたね……。
豪雨に台風と色々大変な目に遭いましたが、振り返ればそれ程悪くない夏でした。

それでは今回はこれまで、できるのならば今月末にまたお会いしましょう。では!ノシ

606ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 19:52:40 ID:yMMJKRV6
皆さんこんにちは。
前回こっちに76話を投稿するの忘れていたので2話同時にいきます。

607ウルトラ5番目の使い魔 76話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 19:54:26 ID:yMMJKRV6
 第76話
 狙われたサーカス
 
 放電竜 エレキング 登場
 
 
「皆さん、ご存じでしょうか? 宇宙の星々には、様々な伝説が語り継がれています」
 
「宇宙の平和を守る神の伝説、宇宙を滅ぼす悪魔の伝説。そして時に伝説は現実になって、我々を魅了してくれます」
 
「ですが中には、悪魔よりもっと恐ろしい、触れずに眠らせておいたほうがいいような恐ろしい伝説があるのです。そんな伝説に、ある日突然出くわしてしまったら貴方はどうしますか……?」
 
「そうですね。地球にはパンドラの箱というお話があるそうですが、ある日道端でパンドラの箱を拾ってしまったら、あなたはどうします?」
 
「なぜこんな話をするのかですって? だってそうでしょう。ある日突然、それを手に入れた者は宇宙を制することもできる宝をポンと見つけてしまったとしたら、こんなつまらない脚本がありますか……」
 
「……三流の役者に舞台を荒らされるなら、まだ愛嬌もあるというものですが……まったくこのハルケギニアという世界は特異点なんだと思い知りましたよ」
 
「けれど、私の演者としての持ち時間は変えられませんからね。当初の筋書きに狂いが出てきましたが、私にもプライドというものがあります。では、これからこの幕間劇が傑作となるか駄作となるか、続きをご覧ください」
 
 
 
 ド・オルニエールでエレキングと戦った日の翌日の朝。この日も才人たちの姿はド・オルニエールにそのままあった。
「ふわぁ……あーあ。今日には魔法学院に帰ってるはずだったのに、結局こっちで寝込んじまったか」

608ウルトラ5番目の使い魔 76話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:04:22 ID:yMMJKRV6
 才人は、屋敷に刺し込んで来る朝日を顔に受けて目を覚ました。
 しかしここは寝室でもなんでもない屋敷のロビーで、見ると、周りにはギーシュたち水精霊騎士隊の連中も床に寝転んでのんきな顔で寝息を立てている。あの後、全員で温泉を修理して温泉に入り直した。その中で、まさかの混浴となったわけで思わず長湯してしまって、風呂上がりの後の記憶がないというわけだ。
「こりゃ、コルベール先生が心配してるだろうなあ」
 と、才人は今さらな心配をした。けれど、昨日のことを思い出せば、そうするだけの価値があったと心から思える。
 そう、才人は夢のひとつを叶えたのだ。好きな子といっしょに風呂に入るという夢を。まさかまさかでルイズのほうから誘ってもらえ、並んでいっしょに湯船に入ったあの後のことは……時間よ止まれと何度祈ったかわからないほどだ。
「プニプニで、フワフワで、おれはあのときのために生まれてきたんだなあ……」
 思い出すと今でも涙が止まらない。男として生まれてきて苦節十ウン年、小学中学高校生活でも彼女のできた試しのない自分が、女の子と混浴を味わえるなんて、ほんと一年前までは思いもしなかった。
「人間、生きてたら何かいいことがあるって本当なんだなあ」
「まったくだねサイト、君の気持ちはよくわかるよ」
「うわっ! ギーシュ、お前いつのまに起きてきたんだよ」
「プニプニ、フワフワのあたりかな。いや、君もなかなかナイーブなところがあるんだねえ」
 お前に言われたくねえよ、と才人は思ったが、心の声が漏れていたことは正直不覚であったといえよう。
「それを言えばお前はどうなんだよ。モンモンとうまくいったのか?」
「そりゃもう、生きながらヴァルハラを散歩した気分だったよ。ぼくは悟ったね、ぼくが百万の言葉でモンモランシーを褒めたたえようとも、生まれたままの姿の彼女の美しさを言葉にするのは不可能だってことが」
「へーえ、でもお前さ、ルビアナって人に呼ばれてホイホイ行きそうになったところをモンモンに耳引っ張られてたのチラッと見えたけどな」
「なにを言うのかね? だったら君だってルイズだけじゃなくて、あの銃士隊の副長殿ともいっしょだったろう? ルイズそっちのけで誰の胸をまじまじと見てたか言ってあげようかな?」
 互いに自慢とも牽制ともつかないやり取りをする才人とギーシュ。本来なら、貴族と平民がこんなやり取りをできるわけがないが、二人はもう身分など気にしない親友なのだ。
 さて、そうしているうちに周りで寝ていた水精霊騎士隊の面々も起きてきたようだ。全員、目を覚ましながらもまだどこか夢うつつな様子で、昨日のことが頭から離れられないようだ。
「とりあえず、顔でも洗ってこようか……」
 人のふり見て我がふり直せで、才人とギーシュはみんなを伴って井戸まで行って冷水を浴びてきた。
 早朝の冷たい井戸水が肌に染みて本格的に目が覚める。夢の余韻が洗い流されると、皆はなんともいえない多幸感を表情に浮かべながらギーシュを見た。

609ウルトラ5番目の使い魔 76話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:05:09 ID:yMMJKRV6
「隊長……」
「いいさ、諸君。みなまで言うな。胸がいっぱいすぎてなんて言ったらいいかわからないんだろう? ぼくも今日だけは、そんな気持ちさ。だから諸君、一番大切なものはそれぞれの胸の中に大切にしまっておこうじゃないか」
 おしゃべりなギーシュも、まるで悟ったように語るほど、昨日のことは少年たちの誰にとっても素晴らしかった。誰もが、死んでもあのことだけは忘れまいと心に誓っている。しかしそこで、才人がみんなに知った風な顔をしながら言った。
「だけどみんな、ルイズに犬呼ばわりされてたおれからわかったようなことを言わせてもらえば、今のおれたちは美味しい骨をやっとくわえたばっかの犬っころだ。新しい骨を見つけてうかつに「ワン」なんて吠えてみろ。くわえてた骨まで落っことしちまうぜ。わかるだろ?」
 才人のその言葉に、皆ははっ! とした顔になった。
 そう、油断は大敵。人生、上がるのは大変だが落ちるのは一瞬なのだ。ましてや、昨日のことは覗きという最低最悪の行為が見つかった後の、まさに奇跡に等しい出来事だった。今後、もしまた覗きのようなことをしたら名誉挽回の機会は二度と来ないと思っていいだろう。
 しばらくは自重しよう。やっと上がった女の子たちからの好感度を、翌日急下降させるような間抜けだけは避けなくてはならない。
 と、いうわけで全員でもう一回冷たい水を頭から浴びて、彼らは屋敷に戻った。そして、起きてきた女の子たちに「あんたたち早朝から濡れネズミでなにやってんの?」と、呆れられたのは言うまでもない。
 
 やがて朝食も終わり、一日が動き出す。
 本来なら、昨日のうちに魔法学院に戻らねばならないはずだったので、今日はあまりぐずぐずもしていられない。
「幸い、馬たちは大丈夫だ。これなら日があるうちには余裕で学院までは帰れるだろう」
 エレキングの起こした嵐にも、馬たちはたくましく耐えてくれていた。そして、帰る算段がついたなら、あとはあいさつ回りを済ませなければならない。
 屋敷には、まだ仕事を残しているルビアナが続けて住まうことになった。食べ物などについては、土地の人が差し入れてくれるそうで心配はない。
「ではルビアナ、君と別れるのはつらいけど、ぼくたちもこれ以上学院を空けているわけにはいかないんだ。次の虚無の曜日には必ずまた来るから、しばしのお別れを許してくれ」
「おなごり惜しいですが、仕方がありませんね。ギーシュさまたちと過ごした毎日は、とても楽しかったです。せめて、お見送りだけはさせてくださいませ」
 こうして、見送りについてくるルビアナといっしょに、魔法学院の生徒たち一行は屋敷を後にした。
 ド・オルニエールの里は平穏さを取り戻しており、今日は穏やかな晴れで、昨日の戦いが嘘のように感じる。
 一行は、滞在中に世話になった住人の方々にあいさつをして回り、その途中で同じように帰り支度をしている魅惑の妖精亭の面々と会った。
「ようジェシカ、そっちもこれから帰りか?」
 才人が声をかけると、八百屋で野菜を見繕っていたジェシカが振り向いた。
「おはようサイト、わたしたちも昨日のうちには帰るつもりだったけどだめだったからね。せめて、こっちで安い食材を仕入れてから帰ろうとしてるのよ。それより、ルイズとは風呂上りにうまくやれたの?」

610ウルトラ5番目の使い魔 76話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:05:58 ID:yMMJKRV6
「……悪いが記憶がねぇ」
「あら残念。失敗してたらシエスタを焚きつけようと思ったのに。それはともかく、ここの温泉は気に入ったわ。約束通り、トリスタニアで宣伝しておくから、ね?」
「わかってるよ、魅惑の妖精亭のメンバーはフリーパスだろ。ほんと、お前らはちゃっかりしてるよなあ」
 こういう面ではすでに働いている相手にはかなわないと才人は思った。後ろではスカロンたちが、お肌がすべすべでお客さん増えすぎちゃったらどうしようとはしゃいでいるが、ギーシュたちはトラウマを呼び起こされて吐き気を催しているようだ。
 さて、立ち話をしていると、どうやら人間の考えることは似通っているようで、ティファニアが孤児院の子供たちを連れてあいさつにやってきた。
「皆さん、今回はご招待ありがとうございました。わたしもそろそろ、この子たちを送り届けて帰ろうと思います」
 ティファニアが丁寧にぺこりとおじぎをすると、その下で逆さむきになった巨峰がぷるんと揺れて才人はどきりとした。
「サイトさん?」
「い、いやなんでもない。気を付けて帰れよ」
 まずいまずい、ここで下手に鼻の下を伸ばしたりすればルイズの嫉妬にまた火がついてしまう。昨日の今日でまたふりだしに戻るはごめんだ。
 道中はマチルダがいるから心配はない。むしろ盗賊が現われでもしたほうが心配だ。道端に身ぐるみはがされたオッサンの簀巻きが転がっている凄惨な光景が出来上がるかもしれない。
 と、そこへさらに、砂利道を規則正しく踏み締めながら行進する音が響いてきた。才人が「おっ」と思って振り向くと、思った通り、こんな規則正しい足音を立てる集団は、ド・オルニエールにたったひとつだ。
「ほう、雁首揃えているな。破廉恥隊ども」
「うっ、それはもうナシにしてくださいよ、ミス・アニエス」
 さっそくの毒舌に、ギーシュが苦しそうに答えた。
 見ると、隊列の中央には顔を隠したアンリエッタもいて、一同は反射的に敬礼をとった。むろん、すぐに「楽にしてください」と手ぶりでたしなめられ、一同は力を抜いた。
 どうやら彼女たちもこれから城へ帰るようだ。というより、これ以上女王が城を空けているといくらなんでもマズいであろうから、アニエスの表情にもどことなく焦りが見える。もしも城で大事があったら伝書フクロウが飛んでくるはずであるから、今のところは大丈夫なはずではあるが、万一なにかがあったらアニエスの首が飛びかねない。鬼の銃士隊隊長も決して楽な仕事ではないのだった。
 しかし、ほかの銃士隊の面々は隊長の気苦労も知らずにのんきそうであった。能天気なサリュアはおろか、副副隊長格のアメリーも温泉の効能で私たちの人気もまた上がっちゃうわねとはしゃいでいる。本当に、リアルとプライベートの使い分けがうまいというか、なまじどいつもいざとなると人一倍働くだけにアニエスも強く言えずに困っているようだった。
 ま、これも付き合いが長いゆえか。才人は、姉さんお疲れさまと心の中で頭を下げると、こっそりとミシェルの隣に移動して話しかけた。

611ウルトラ5番目の使い魔 76話 (5/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:07:19 ID:yMMJKRV6
「……真面目な話、昨日頼んだあのこと、できるだけ早くお願いします」
「わかってる。実物もスケッチしたし、こういう仕事はこっちの専門だからな。ウルトラレーザーか、確かにあんなものをそこらの平民が持っていたら、そのうち自衛どころではない事件になるのは目に見えている。帰ったらさっそく探りを入れてみよう」
 才人はミシェルに、ウルトラレーザーの出どころを探ってくれるように頼んでいたのだった。あれはどう見てもこのハルケギニアにあっていいレベルの兵器ではない。そんなものを安値で売りさばいている奴がいるならば、いずれ大変なことが起きるのは目に見えている。特に、この手の捜査はアニエスに次いでミシェルの得意分野だ。
 ただし、今はそう大きくは動けない理由があった。
「ただ、あまり早くはできないかもしれない。この間のトルミーラの件で、奴の背後にいた奴の捜索もまだ続いているし、なによりあの件で単独行動が過ぎたせいでしばらく自重しろと叱られていてな。あまり期待はしないでくれよ」
「ああ、あの後アニエスさんにこっぴどく怒られたって聞きました。でも、これがヤバいことだってのはアニエスさんもわかるんじゃないですか?」
「実際に被害が出ないと、こういうものに簡単に人手は割けんよ。それに銃士隊にもいろいろ仕事があってな。姉さんが皆が少しくらいふざけているのを大目に見ているのも、普段が過酷だからだ。そうだ、サイトが銃士隊に入ってくれるなら助かるんだがな。前にも言ったが、男でもサイトなら歓迎だぞ」
「えっ! お、お気持ちはうれしいですけど、ルイズの許可がないと……」
「はは、わかってるよ。遊びたい盛りのサイトに、銃士隊の任務は務まらないさ。でも、将来働き口が欲しくなったらいつでも来ていいんだぞ。それこそ、わ、わたしが、て、手取り足取り教えてやるからさ」
「……そう言えって、アメリーさんたちに吹き込まれたんですか?」
「うん……」
 慣れないお姉さんぶりっこが不自然だと思ったら、やっぱり銃士隊の連中が裏で糸を引いていたのかと才人は頭が痛くなった。
 そりゃ、ミシェルのことは嫌いではない。いや、嫌いではないどころか、海のような青い髪に整った顔立ちは文句なしで美人だし、胸の大きさはティファニアほどではないにしても、むしろスレンダーな体格と均整がとれて非常に美しい。それに、昨日いっしょに入浴したときに気づいて、あえて口には出さなかったけれど、今では一言で言ってしまえば、欠点を見つけることのほうが難しいトップモデル級である。性格は真面目だし一途だし、素はちょっと弱いところがあって可愛いし、ほんと自分にはもったいない人だと思う。
 けれど、それに対して欠点だらけながらもほっておけないのがルイズなんだよなあと才人は思う。銃士隊の面々からすれば、なんであんなかんしゃく持ちから離れないんだと不思議に思われてるかもしれないが、胸の奥のドキドキというものは言葉で説明できないからやっかいなのだ。まったく、それこそギーシュみたいに誰にでも好きだと言えればどんなに楽か。
 しかし、それはそれとしてウルトラレーザーの件は気に止めておかねばならない問題だ。どう考えても、この一件には宇宙人が絡んでいるのは間違いない。才人は、狙いが空振りになって落ち込んでいるミシェルを励ますように言った。
「ミシェルさんはそのままのほうが一番いいんだよ。余計なことしなくたって、ミシェルさんが誰よりきれいな心を持ってるのはおれが知ってるからさ」
「サイト……そういうことを素で言えるのがお前のズルいところだよ。でも、もうそろそろ人目を気にせずに名前だけで呼んでくれ。もう誰も気にしないからさ」

612ウルトラ5番目の使い魔 76話 (6/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:08:09 ID:yMMJKRV6
「えっ? ミ、ミシェル……」
「サイト……」
 見つめ合う二人。そんな様子を、いつの間にか周り中の目が生暖かく見守っているのを二人は気づいていない。
 そしてそんな二人に、銃士隊の中から「作戦成功ですね副長!」とささやく声が響いた。そう、策は二重三重に張ってこそ価値があるものなのである。
 ついでに、その外野でルイズがいきり立っているが、銃士隊二人に羽交い絞めにされながらアンリエッタにいさめられていた。
「離してーっ! 離しなさいったら! あの浮気者を地獄に送ってあげるんだからぁ!」
「あらルイズ、暴力はいけないわ。レディならあくまで魅力で勝負しないと美しくありませんわよ」
「女王陛下! あなたはいったいどっちの味方なんですか!」
「それはもちろん、可愛い臣下の幸せを願っているに決まっているじゃないの。うふふ」
 臣下って、それを言えばルイズもミシェルもどっちも臣下じゃないですか。アンリエッタは優しげな笑みを浮かべ続けるだけである。
 
 さて、ド・オルニエールの広場ではこれらの他にもそこかしこで話す声が響いている。昨日の裸の付き合いを経て、すっかりみんな打ち解けていた。
「また来週、ここで温泉に入りに来ましょう。健康と美容にいい食べ物も、まだたくさんあるんだって」
「もちろん、じゃあ次は別の友達にも声をかけておくね。楽しみだわ」
 なんやかんやで、ド・オルニエールを温泉で盛り上げるという計画は成功を収めつつあるようだった。この調子なら、女子生徒たちは別の女子生徒へ、魅惑の妖精亭や銃士隊からはトリスタニアの人々へと口コミが広がっていくことだろう。
 もちろん、集客は始まったばかりであり、今は物珍しさで来てくれる人もいるだろうけど、リピーター客を得るにはこれからだ。出だしで調子に乗って一年も持たずに閉鎖した観光地などいくらでもある。まあ、出だしはできたことだから、これから先はビジネスの専門家のルビアナがいるし、ド・オルニエールの人たちもやる気になっているから自分たちは身を引くのが筋だ。なによりこれ以上こっちにかまけて落第になったら目も当てられない。
 一同はしばしの別れの前に少しでもと、親しげに談笑を続けた。そして、それもそろそろ終わりに差し掛かった時のことである。どこからともなく、トランペットやドラムで奏でられた軽快な音楽が風に乗って響いてきたのだ。
 パンパカパンパン♪ ピーヒャラピーヒャラトントントン♪ 聞いているだけで愉快になってくるような音楽に、一同は話を忘れて周りを見渡した。
「なんだい? お祭りがあるなんて聞いてないけど」
「おい、あれ。あれ見てみろよ」
 怪訝な様子から誰かが指さしたほうを見ると、街道のほうから派手な身なりをした一団が笛や太鼓をたたきながら大きな荷車といっしょにやってくる。そして、荷車に立てられたのぼりには、『パペラペッターサーカス』と大きな文字で書いてあった。
「へーえ、ハルケギニアにもサーカスってあるんだなあ」
 才人が感心したように言った。魔法で飛び回ったり、好きに火や水を出したりできるこの世界ではこういうものははやらないと思っていたが、意外とそうでもないようだ。

613ウルトラ5番目の使い魔 76話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:09:08 ID:yMMJKRV6
 すると、ミシェルが軽く笑いながら教えてくれた。
「あくまで平民向けだがな。貴族は体裁にこだわって演劇やオペラしか見ようとしないが、手ごろな値段で見れる単純な娯楽は平民にはけっこう人気がある。ただ、リッシュモンが低俗な見世物はよくないと言って数年前に締め付けたから、最近はめっきり減っていたが、まだ生き残りがいたんだな」
 サーカス団は十数人ばかりの規模で、楽団のほかにおなじみのピエロや、肩に鳥を乗せた動物使い、うしろの荷車には動物の檻も見えて、なかなか盛況そうに見えた。
 やがて音楽を鳴らしながらサーカス団はここまでやってくると、先頭に立っている団長らしき小太りな男性が大仰にお辞儀した。
 
「レディースアンドジェントルマン! 我がパペラペッターサーカスへようこそ。私、団長のパンパラと申します。本日より、この地でしばらく公演をさせていただきます。はじまりは忘れかけた昨日の夢を、おしまいは明日への胸のときめきを。皆さま、気軽にこの夢の世界の門をくぐっておいでください。初回公演は一時間後にスタートいたします」
 
 団長のあいさつとともに後ろの団員たちも一礼をして、ついで誰からともなく拍手が鳴り出した。
 その陽気な様子に、才人も思わず顔をほころばせてルイズに言った。
「いいなあ、サーカスだってよサーカス。なあルイズ、帰る前にちょっと見て行こうぜ」
「はぁ? あんた何言ってるのよ。わたしたちは急いで学院に帰らないといけないんでしょ。遊んでる暇なんてないわよ」
「どうせ今日の授業には間に合わねえだろ? なら、一時間や二時間遅れたって変わりはしないだろって。サーカスっておもしろいんだぜ、見て行こうぜルイズ」
 すっかりウルトラレーザーのことなどは頭から抜け落ちた才人であった。とはいえ、この年頃の少年は好奇心旺盛で気が散りやすいものだから無下に才人を責めるわけにはいくまい。
 しかし、サーカスというものに懐疑的なルイズはいい顔をしなかった。
「サーカスってあれでしょ。飛んだり跳ねたり手品を見せたりするんでしょ? そんなのあんたいつでも見てるじゃないの」
「ちっちっち、わかってないなあ。それを魔法を使わないでやるからすげえんじゃないか」
「いやよ、あんなちゃらちゃらしたの胡散臭いじゃないの」
 ルイズはどうも機嫌が悪いのもあって意固地になってしまっているようだった。見ると、学院の生徒たちも、貴族としてのプライドからか、いまひとつ興味はあっても乗り気ではないようだった。
 と、そのときだった。団長の顔をさっきからまじまじと見つめていたスカロンが、ポンと手を叩いて言ったのだ。
「あーっ、思い出したわ。あなたたち、旅芸人のカンピラちゃん一座じゃない!」
 すると、それを聞いて驚いた団長がスカロンを見て、こちらもはっとしたように跳び上がってスカロンに駆け寄ってきた。

614ウルトラ5番目の使い魔 76話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:10:19 ID:yMMJKRV6
「おお、そういうあなたはスカロン店長ではありませんか! おお、おお、よく見れば魅惑の妖精亭のみなさんもご一緒で。あの節ではお世話になりました。あなたのご恩は忘れたことはありません」
 感極まったように涙を流しながらスカロンの手を握る団長に、周り中から驚いた視線が集まる。
 いったいどういうことだ? 知り合いなのかといぶかしる周りからの疑問に、スカロンは笑いながら答えた。
「何年か前のことだけどね、ド貧乏な旅芸人の一座がうちに寄ってきたことがあるのよ。もう無一文で、せめて衣装と引き換えに食べさせてくれっていうから一晩泊めてあげたんだけど。へーえ、あのボロボロの一座が立派なサーカスになったものじゃないの」
「はい、お恥ずかしい限りですが、当時の我々は芸人としてはさっぱりで、もう飢え死にする寸前でありました。ですが、行き倒れ同然で転がり込んだ我々に一夜の宿を与えてくれたスカロン様の温情を受けて、まだこの世は捨てたものではないと思いました。そして、名前をパンパラと変えて心機一転芸を磨き続けて、ようやくここまで一座を大きくすることができたのでございます」
 まさに、聞くも涙の物語であった。人に歴史ありというが、陽気に人を笑わす芸人にも、裏には血のにじむ苦労があるものなのだ。
 しかしパンパラ団長は芸人に涙は禁物だと目じりを拭うと、皆を見渡して大きく言った。
「さあさ、こんな明るい日に湿っぽい話はナシでございます。今日はうれしい方と再会できた素晴らしい日です。特別に、初回公演料はいただきません! どうか皆さん、我々のサーカスを見ていってくださいませ」
 その言葉に、一同から歓声があがった。魅惑の妖精亭の皆は、どうせトリスタニアには数時間もあれば帰れるのだからと、公演を見ていく気満々になっているし、ティファニアは子供たちからサーカスを見て行こうとせがまれて断れなくなっている。
 それでも、ルイズや魔法学院の生徒たちは学院に急いで帰るかどうかでまだ迷っている様子だったが、天秤を大きく傾かせたのはアンリエッタだった。
「まあ、おもしろそうですわね。サーカスですか、平民の娯楽を知るのも為政者としては大切な務めですわよね」
 興味津々で言うアンリエッタ。しかし、それに血相を変えたのはアニエスだった。
「い、いけません陛下! これ以上帰還が遅れたら枢機卿がお怒りになられます。ただでさえ今回は無理して来たというのに、これ以上遊んでいる時間はありません」
 しかしアンリエッタは顔色一つ変えずに静かに言い返した。
「あら、お城よりも城下のほうが民の暮らしはわかるものですわよ。これも立派な公務ですわ。そういえば、マザリーニ枢機卿といえば……先日、お城の書庫で持ち出し厳禁の先王様時代の経理書がインクまみれになっていたと、カンカンに怒っておいででしたが……誰の仕業か知っているかしら? アニエス」
「お、お供つかまらせていただきます……」
 冷や汗を流しまくるアニエスを見て、何をやっているんだ、この人は……と、才人は少々げんなりした。そんな場所で何をしていたか知らないが、もしかして仕事外ではポンコツなんじゃないのかこの人は? と、思わざるを得ない。
 とまあこういうわけで、女王陛下がご覧になるのならば我も我もといったふうに、水精霊騎士隊も水妖精騎士団も全員サーカス見物を決めてしまった。こうなるとルイズも一人だけ先に帰るわけにもいかず、しぶしぶ自分も参加するしかなかった。
 
 サーカスのテントは手慣れた様子で一時間ほどで組み上げられ、公演は即座に開始された。

615ウルトラ5番目の使い魔 76話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:12:59 ID:yMMJKRV6
「へーえ、テントの中も地球のもんとあんま変わらないんだなあ」
 テントの中は意外と広々としていて、ざっと二百人くらいは収容できそうな広さを持っていた。U字型になった観客席の中央には、おなじみの空中ブランコの立てられたショースペースがあり、才人は小さい頃に母親に連れて行ってもらったサーカスを思い出した。
 客席は平民用であるために粗末な木の椅子で、そこは多少不満が出たものの、女王陛下が平然としているのに文句をつける者はいない。
 ずらりと整然と席に座り、一同は開演を待った。薄暗い中で、ざわざわと囁く声があちこちから聞こえる。サーカスというものを名前では知っていても、実際に見たことがある者はほとんどいなかったので、不安や憶測でいろいろな話が飛び交っていた。
「サイト、ほんとに大丈夫なんでしょうね? 平民向けの低俗な劇なんかでわたしを退屈させたら許さないわよ」
「大丈夫だって。お前こそ、食わず嫌いせずにもっと期待してみろよ。すっげえ楽しいんだからさ」
 才人はいぶかしるルイズをなだめながら開演時間を待った。
 それでも、開演が間近に迫ってくると、期待に傾く声も増えてくる。ベルが鳴り、開演まであと五分のアナウンスが流れると、いよいよだと皆が息をのんだ。
「さあ、いよいよ始まるぜ。ん? 今ちょっと揺れたような……気のせいか」
 椅子からわずかな違和感が伝わってきたが、すぐ収まったので才人は気にせずにステージのほうへ意識を向けた。
 
 開幕まで、あと三分。その頃、舞台裏ではサーカス団員たちが最後の準備をすませて、いまかいまかとスタンバイしていた。
 団長は張り切っている。恩人に見せる晴れ舞台である上に、多くの貴族たちが見に来てくれているという(アンリエッタがいることは気づいていない)またとない機会だ。
 団員たちはそれぞれの演技の準備を済ませ、そして裏方たちは仕掛けに異常がないかを念入りに調べて待つ。
 そんな中、照明を任されたある団員は天井付近で役目を待っていたが、ふと背後に人の気配を感じて振り返った。
「誰だい? 打合せならもう済んだ……ひっ! バ、バケモ」
 鈍い音がして、裏方の団員は桁の上に倒れ込んだ。
「……本来なら消しておきたいところですが、万一にも事前に察知される危険は冒せませんからね。さて、ここからなら全体がよく見えますね」
 何者かは天井裏の暗がりに身を潜めつつ、ほくそ笑みを漏らした。
 
 そして遂に、サーカス開演の瞬間が訪れた。
「レディースアンドジェントルメン! 大変長らくお待たせいたしました。パペラペッターサーカス、これより開幕いたします。夢と興奮のひとときを、どうぞお楽しみになってください!」

616ウルトラ5番目の使い魔 76話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:14:24 ID:yMMJKRV6
 ファンファーレとともに幕が上がり、団長に続いてきらびやかな衣装をまとった団員たちが現われて優雅に一礼した。同時に天井から色とりどりの照明とともに紙吹雪が舞い降りてきて、観客から歓声があがった。
 そうそう、この陽気な雰囲気こそがサーカスだよと、才人はまだ始まったばかりなのに嬉しくなった。が、少し気になったことがある。舞台に出ているサーカス団員の誰もが半そでで手袋もない素手をしている。服装は派手なので妙にアンバランスだなと思ったら、団長が「タネも魔法もございません。では、ショーターイム!」と言ったことで、なるほどメイジが紛れ込んで杖を隠し持ったりはしていませんよという証明なのかと理解した。
 そして一番手、さっそくの動物使いの登場に観客は早々に度肝を抜かれることになった。
「うわっ! なんてでかいライオンだ!」
 猛獣使いを乗せて現れたのは、二メイルはあるかという巨大なライオンだった。人間なんか一口でパクリといってしまいそうなでかさと迫力で、その一吠えで学院の生徒たちは縮こまり、子供たちは泣き出すくらいだった。
 しかし、猛獣使いはライオンの背からひらりと降り立つと、ライオンの頭を撫でながら観客に言った。
「皆さんこんにちはーっ! あたし、猛獣使いのルインっていうの。あたしの友達がビックリさせちゃってごめんねーっ! あたしたち、南の国からやってきた兄妹なのーっ。今日はあたしたちのショーを楽しんでいってねーっ!」
 そう言って猛獣使いはライオンの頭に飛び乗ると、ライオンはなんと後ろの二本足ですっくと立ちあがったではないか。
 おおっ! と、思いもかけないライオンの行動に驚く観客。そして軽快な音楽が始まると猛獣使いはライオンの頭に片手で逆立ちして、そのままライオンの頭の上で体操をしたり、かと思うとジャグリングやトランプ芸を披露して見せた。
「すごい。メイジと使い魔だってあそこまで息を合わせるのは難しいっていうのに」
 レイナールが感心してつぶやいた。猛獣使いといっしょにライオンだって動き回っている。二足歩行から四つん這いになって走り回ったりと、激しく動き回っているのに、乗っている猛獣使いは少しもバランスを崩さないのだ。
 そして、大きなライオンが猛獣使いといっしょにコミカルに動き回るのを見て、怖がっていた子供たちも緊張がほぐれてきた。席から立ってステージと観客席の間の柵に駆け寄り、猛獣使いのお姉さんに向かって手を振る子も出てきた。
「はーい、ぼくたちありがとーっ! じゃあもっとすごいの見せてあげるね。カモーン! ファイヤーリーング!」
 猛獣使いの合図で、黒子たちが猛烈に燃え上がる火の輪を持ち出してきた。その火勢と、勇ましく吠えるライオンの姿に、いつの間にか学院の生徒たちも銃士隊も目が釘付けになっている。
 才人は、くーっ! これこそがサーカスなんだよとさらに胸を熱くした。百聞は一見に如かず、本当にタネも仕掛けもなくすごい技を見せてくれるのがサーカスの魅力なのだ。
 火の輪くぐりをするライオンを見て、さらに興奮する観客たち。そして、興奮するのは人間だけではなかった。ルビアナの抱いていた幼体エレキングが、熱気に当てられたのかルビアナの手を離れてステージに寄っていったのだ。
「あらあら、お仕事の邪魔をしてはいけませんわよ」
 心配そうに見送るルビアナ。エレキングはやがてステージに詰めかける人たちの中に紛れていった。
 そしてその後も、サーカスの出し物は続いていった。ナイフ投げや空中ブランコ、メイジが魔法を使えば簡単なことも、平民がやるとなってはスリリングな見世物になる。
 もちろん、貴族から見て退屈にならないようにも工夫がこらしてあった。わざと失敗したと見せてギリギリで成功させて見せたり、手品を使って思わぬところから現れたりと飽きさせなかった。
 そうしているうちに、最初は疑り深かったルイズもいつの間にかステージをわき目も振らずに見つめ続けていた。それを横目で見て、才人がニヤリとしたのは言うまでもない。

617ウルトラ5番目の使い魔 76話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:16:05 ID:yMMJKRV6
 公演はまだまだ続き、時が経つごとに観客の意識は陽気で明るいショーに釘付けになっていく。
 
 しかし、そうして観客も団員も意識がすべてショーに注ぎこまれている間に、信じられないような異変が彼らを襲っていたのだった。
 それは、サーカスのテントの近くを通りがかったド・オルニエールの農夫の眼前で突然起こった。
「ひえええぇっ! テ、テントがでっけえ亀になっちまったぁ!」
 それは彼の常識では精一杯の表現だったが、正確にはテントが巨大な円盤に変わってしまったということだった。
 円盤はその巨体の重さを感じさせない静かさでゆっくりと浮かび上がると、そのまま空へと舞い上がっていった。
 中では外の異変などにまったく気づかず、サーカスショーがそのまま続いている。彼らが居ると思っているド・オルニエールの大地は、知らぬ間にどんどん遠ざかりつつあった。
 
 そしてその光景を眺めて、ほくそ笑んでいる影があった。
 
「ほほお、宇宙船を偽装してまとめて全部捕らえてしまうとは、ずいぶん豪快な方法を使いますねぇ」
 
 それは、ここ最近暗躍を続けているあの宇宙人の姿だった。
 しかし、なぜ彼が関わっているのだろうか? その理由は、時間をややさかのぼってのことになる。
 昨日、怪獣エレキングとの戦いが終わり、ド・オルニエールに平和が戻った。 
 若者たちは勝利と喜びに沸き、やがて騒々しい一日も更けていく……。
 しかし、誰もが疲れきり寝静まる闇の刻にあって、なお蠢く邪悪な者たちがいた。
 
「本当に、ここにアレが? とても信じられない話ですねえ」
「いいえ、確かな情報ですよ。疑うなら別にイイですよ。この話を買ってくれる方はいくらでもいるでしょうからねえ」

618ウルトラ5番目の使い魔 76話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:23:31 ID:yMMJKRV6
 ド・オルニエールを見下ろすどこかで、人ならざる者たちがひそかに話し合っていた。
 一人はすでに何度もこの世界で暗躍しているコウモリのような影。対して、それと話しているのは今だハルケギニアでは未確認の姿をした者だった。
「わかりました、あなたを信用することにしましょう。しかし、アレは正直伝説だと思っていました」
「でしょうね。私もアレがまだこの世に存在するとは思っていませんでした。それが、こんな世界で実在を確かめることになるとは夢にも思いませんでしたよ。私がそうなのですから、あなたが信じられなくても無理はありません」
「そちらこそ、自分のものにせずに私に売りつけるところからして、手に余ったのではないですか? 宇宙に悪名を轟かせると聞く、あの星人の一角にしては情けないことですねぇ」
 互いに慇懃無礼な言葉をぶつけ合い、信頼関係があるようには思えない。しかし、会話の中に登場する”アレ”が、相手への不信を置いても重要な意味を持つのは確かなようである。
 コウモリ姿の宇宙人は、相手からの挑発には挑発で返した。
「私の種族が別宇宙でも有名とは光栄ですね。ですが、私の目的にはアレは不要というより邪魔ですから、欲しい方がいるならお譲りします。なにより私の一族には、あんなものに頼る必要はなく強力な切り札がありますので。ですから、あなたにもそれを差し上げたのですよ。それがあっても、まだご不満ですか?」
 彼は相手の手の内に視線を落とした。相手の手の中には、自分がプレゼントした黒い人形が握られている。それは一見するとただのおもちゃのようだが、得も言われぬ不気味なオーラを放っていた。
「フフ、その手は乗りませんよ。お膳立てを整えておいて、断れば臆病者と蔑む古典的な手段でしょう? ですが、もしアレを手に入れられたら、我々の計画はより完璧なものになるでしょう。それは魅力的です。けれどねぇ」
「なんです?」
「アレを我々に押し付けたいのはわかりましたが、それにしてもお膳立てが丁寧すぎませんか? まだあなたはこの世界で目立ちたくないのは聞きましたが、あなたほどの実力があれば、こんな回りくどい手を使わなくても直接なんとでもできるでしょう。ただの親切なんて陳腐な返事はしないでくださいよ」
 その問いかけに、彼は少し考え込む素振りを見せた後、つまらなそうに答えた。その回答に対する相手側の反応は爆笑。しかし彼は気分を害する風もなく話を続け、やがて相手も了承した。
「いいでしょう。あなたの誘いに乗ってあげますよ。ですが、こちらがアレを手にいれても後悔しないでくださいよ。フフフフ……」
「後悔などしませんよ。私はあなた方のやろうとしていることにも興味はないですし、そちらと同じで、この星がどうなろうともかまいませんからね。ただ、私の残りの仕事が済む前に、この星の人間がアレの価値に気づくと面倒ですから」
「確かに、アレはこの星の人間どもには過ぎた宝ですね。代わりに我々が手に入れて有効活用してあげましょう。では、フフ、アハハハ」
 相手は高笑いしながら闇に消えていった。
 一人残された彼は、しばらくじっと宙に浮いていた。しかし相手の気配が消えたのを確認すると、憮然として呟いた。
「期待してますよ、遠い宇宙の方……なにかを探して並行世界を渡り歩いているそうですが、以前のあのロボットのように、あなたも特異点であるこの惑星に引き寄せられたのでしょうね。この星の特異点……その価値に気づいているのは、今のところ奴だけのようですが、その奴もいつ動き出すか……あまり時間はありません。それなのに……ぐぅっ!」
 そのとき、悠然と構えていた宇宙人から絞り出すような苦悶の声が漏れた。そして、姿勢を崩した彼のマントの影から彼の右腕が覗いたが、それは激しく焼け焦げてしまっていた。
「ぐぅ……やはり、そう簡単には治りませんね。おのれ、よくも私にこれほどの傷を……絶対に許しませんよ。そちらがその気だというのならば、こちらも相応のお返しをしてあげようではありませんか」

619ウルトラ5番目の使い魔 76話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:24:32 ID:yMMJKRV6
 傷の痛みが、彼の胸中に煮えたぎるような憎悪を沸き立たせてくる。彼は自分にこれほどの深手を負わせた相手の姿を思い浮かべた。そう、あれは一週間前のあの夜。
 あの日、彼は事あるごとに横槍を入れてきた何者かをついに探し出し、ピット星人を一瞬にして銃殺したその相手と接触した。フードつきの服で姿を覆い隠していたので顔は見えなかったが、あわよくば相手の力を利用してやろうと対話を持ちかけた彼に対して、その相手は予想外の態度と力で答えてきたのだ。
「まさか、ろくに話も聞かずに即座に殺しにかかってくるとは……あんな野蛮な方とは会ったことがありません。ですが、かすっただけで私にここまでの傷を負わせるとは……それにこの弾丸の破片の金属は、やはりあの星の方のようですね」
 彼は、自分ともあろうものが命からがら逃げだすだけで精一杯だった屈辱に身を焦がした。真っ向勝負に打って出ることもできなくはなかったが、奴があの星人だとすれば、自分の持つ最強の力に匹敵する”あれ”を持っている可能性が強い。そんなものと戦えば確実にウルトラマンたちに気づかれるし、最悪の場合は共倒れとなってしまう。目的の達成が間近な今、そんなリスクを冒すわけにはいかなかった。
 しかし、収穫がないわけでもなかった。わずかにできた会話の中で、その相手が口にした名前……それに、彼は覚えがあったのだ。
「かつて、数々の星を壊滅させたという『それを手にするものは宇宙を制することもできる』という伝説の力……本当に、眉唾な伝説だと思っていましたが、この星の人間たちの中に紛れていたというのですか……? 見定めさせていただきますよ……それが本物かどうかを。そのうえで、この傷の痛みを倍返しにしてあげようではありませんか」
 復讐を彼は誓った。侮りがたい宇宙人だということは確かだが、まだあの伝説の存在そのものかどうかは確証がない。もし本物だというなら、何らかの反応を見せてくるだろう。
 そして、伝説が本物だというならそれもいい。こちらにも、その伝説にひけをとらない”切り札”があるということを、そのときは教えてやろうではないか。
「この宇宙は、絶対的な力を持つ者によって支配されるべきなのです。弱い力はより強い力に飲まれて消え去るのみ。おもしろいではありませんか。誰が真の最強か、勝負するのもまた一興でしょう」 


 続く

620ウルトラ5番目の使い魔 77話 (1/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:28:04 ID:yMMJKRV6
 第77話
 170キロを捕まえろ!
 
 高速宇宙人 スラン星人 登場!
 
 
 謎の宇宙人の策略により、サーカスを楽しむ才人たち一行は、サーカスのテントごと巨大な円盤に乗せられて連れ去られようとしていた。
 サーカスに夢中になっている才人たちはまったく気づいておらず、このままでは知らないうちに二度と帰れない場所まで連れて行かれてしまうに違いない。
 果たして敵の目的とは? 才人たちは、かつてないこの危機を脱出できるのであろうか。
 
 円盤は上昇を続け、内部は変化がある前の状況をそのまま再現されているために誰も異変に気付くことができない。ご丁寧に、テントを通して入ってくる太陽光やテントが風で揺れる様さえ再現されていた。
 サーカスの公演時間はまだまだあり、観客の興奮は収まる様子を見せない。今も、空中ブランコの芸に大きな歓声があがっていた。
「おおおお! まるで妖精の羽ばたきみたいだ」
 空中ブランコの妙技に貴族からも歓声が飛ぶ。ハルケギニアでは貴族が魔法で飛べて当たり前であるから、彼らは魔法よりもすごく跳べるように技を磨いてきたのだ。
 空中回転からの飛び移り、複数人同時飛び。それを目にもとまらぬ速さで縦横無尽に繰り出す芸当は、まさに魔法以上に魔法のようなきらびやかな魅力を持って観客を魅了した。
 しかし悪いことに、サーカス団のそうした演技のすばらしさが逆に注意力と警戒心を薄れさせてしまっていた。
 テントを飲み込んだ円盤はさらに上昇を続けるが、いまだに異変に気付いた人間は誰もいない。その様子を天井の照明の影から見ていた宇宙人は、これでこのままハルケギニアから連れ去ってしまえばこっちのものだとほくそ笑んだ。
 だが、宇宙船が高度を上げてワープに入ろうとしたその瞬間だった。順調に飛行を続けていた宇宙船に、突然下方から赤い矢尻状の光弾が襲い掛かったのだ。
『ダージリングアロー!』
 光の矢は円盤をかすめ、その余波で円盤は大きく揺れた。
 もちろん円盤にダメージがあれば、その中に収容されているテントもそのままでは済まなかった。
「うわぁっ! なんだっ!」
 突然の揺れに、サーカスに夢中になっていた彼らは椅子から放り出されて体を痛めてしまった。それと同時に、空中ブランコの途中だったサーカス団員もバランスを崩して放り出され、床にに真っ逆さまになるが、すんでのところで銃士隊員が駆け込んで抱き留めた。

621ウルトラ5番目の使い魔 77話 (2/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:35:59 ID:yMMJKRV6
「あ、ありがとうございます」
「い、いえいえ。え、ええと、ところで今度、私と夜明けのコーヒーでも……」
「はい?」
 イケメンだったサーカス団員を思わず逆ナンしている銃士隊員がいるが、それでも危ないところは救われた。
 だが、なんだ今のは? サーカスの趣向ではないし、地震にしては不自然だ。観客席は動揺し、慌てて出てきた団長が、お客様どうか落ち着いてくださいと呼びかけてはいるけれども、一度始まった動揺はすぐには収まらない。
 そのときだった。子供たちをなだめるのに必死なティファニアの脳裏に、怒鳴りつけるような声が響いてきた。
〔気づけティファニア! 今すぐ外を確認しろ!〕
「えっ! この声、ジュリ姉さん?」
 聞こえた声の主に気が付き、ティファニアはとっさに「誰か、外を見てきてください」と叫んだ。その声にはっとして、何人かがサーカステントの出入り口へと走った。
 そして、この事態に驚いているのは人間たちだけではない。作戦成功を確信していた宇宙人も、異変に気がついて外部を確認して驚いた。
「ウルトラマン!? くそっ、どうしてこんなところに!」
 円盤の外、そこには赤い正義の戦士、ウルトラマンジャスティスが駆けつけ、宇宙船の進路を塞ぐように対峙していたのだ。
 円盤はジャスティスの光線を受けてダメージを負い、亜空間ワープができなくなっている。間一髪のところで、ジャスティスのおかげで最悪の事態は免れた。
 しかし、なぜここにジャスティスが駆けつけてくることができたのか? この光景を、あのコウモリ姿の宇宙人が遠くから見ながら笑っていた。
「おやおや、あと一息というところで”偶然”ウルトラマンがやってくるとは不運ですねぇ。では、あなたの実力を拝見させていただきましょうか。この窮地を切り抜けられるなら、本当になんでも持って行っていいですよ。フフフ」
 陰湿な笑い声が流れ、事態は終局から一気に混迷へと崩れ落ちていく。
 ジャスティスは円盤の中にティファニアたちがいることをわかっており、円盤を完全に破壊しないように地上に下ろそうと近づいていく。
 しかし、円盤も無抵抗ではおらず、下部からビームを放って反撃してきた。
「シュワッ!」
 ジャスティスはビームをかわし、円盤の死角に回り込みながら再接近をはかる。もちろん円盤もそうはさせじと旋回して、背後を取り合うドッグファイトの様相を見せてきた。
 一方、内部の人間たちも自分たちの置かれた状況の異常さに気づいてきた。
「なんだこの壁! 外に出られないぞ」
 いつの間にかテントの出入り口の外に金属の壁が現われており、出ることができなくなっていた。

622ウルトラ5番目の使い魔 77話 (3/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:41:25 ID:yMMJKRV6
 一転してテントの中はパニックに陥る。人間は閉じ込められるというシチュエーションに本能的に恐怖心を抱きやすく、そうなるともう自分では歯止めが効かなくなってしまうのだ。
 だが、ここには歯止めをかけられるくらいに冷静さを保てる者が複数いた。アンリエッタの「静まりなさい!」に始まり、アニエスやスカロンたちがそれぞれ周りを叱咤したりなだめたりして、パニックは最小限度で収まった。
 けれど、サーカス団の団員たちはいまだ動揺していた。場慣れしていないので仕方がないが、公演の最中に訳が分からないことになり、団長も「い、いったいこれはどういうことなのでしょう」と、うろたえている。そんな団長に、スカロンは肩を握ると安心させるように告げた。
「心配しないで、これはあなたたちのせいじゃないわ。こういう奇妙なことはね、裏でイタズラしてる悪い子たちがいるの。それより、あなたの団員さんたちはみんな大丈夫なの?」
 さすがに馬鹿とはいえ宇宙人を養っているスカロンはどんと落ち着いていた。そして団長もスカロンに諭されて落ち着きを取り戻すと、団員たちの無事を確かめるために全員を呼び出した。
 ところが、点呼をとると一人が足りなかった。
「ケリー? 照明係のケリーはどこだ!」
 団長が叫んで探すが返事はなかった。ほかの者たちも、自分の周りを見渡すがそれらしい人はいない。
 照明係、ということは天井のほうか? 必然的に皆の視線が上を向く、天井辺りは照明が集中しているので下からでは見にくく、様子がよくわからない。だが、目を凝らして天井付近を見渡したとき、アニエスはそこで輝く不気味な目を見つけ、とっさに拳銃を抜いて撃ちかけた。
「何者だ!」
 乾いた銃声がし、皆がアニエスのほうを見た。
 いきなり何を? だが、敵の反応はそれよりもさらに早かった。撃ち出された銃弾が目標に命中するより早く、その相手の姿は瞬時に天井からステージ上へと移っていたのだ。
「フフフ……」
「う、宇宙人!?」
 宇宙人の出現で場がざわめき、才人が現れた相手の姿を見てつぶやいた。そいつは非常にスマートな姿をしたヒューマノイド型宇宙人で、黒々とした体に昆虫のような顔を持ち、頭にはオレンジ色の発光体が鈍く光っている。
 しかし、見たことのないタイプの宇宙人だ。才人は地球に現れた宇宙人はほぼ全て記憶しているけれど、こいつはGUYSメモリーディスプレイにも記録のない、自分にとって完全に未知の星人だった。
「お前が、おれたちを閉じ込めた犯人だな!」
「フフ、そのとおり。我々はスラン星人。よく見破ったと褒めてあげましょう。ですが、気づかないほうが幸せでしたものを。楽しい時間を過ごしながら、我々の星に連れ帰って差し上げようと思っていましたのに」
「なにっ! てことは、ここは宇宙船の中だってのか?」
「そのとおり、見たければ見せてさしあげましょうか」
 慇懃無礼な言葉使いで話すスラン星人が手を振ると、床がすっと透けてガラスのようになり、皆の足元にはるかに遠くなったド・オルニエールの風景が見えてきた。

623ウルトラ5番目の使い魔 77話 (4/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:45:27 ID:yMMJKRV6
「わわっ! お、落ちちゃう!」
「みんな落ち着け、床が透明になっただけだ! スラン星人とか言ったな。てめえ何が目的だ。おれたちをさらってどうするつもりだ?」
 才人がデルフリンガーを抜いて怒鳴る。それと同時に銃士隊も剣やマスケット銃を抜いてスラン星人を取り囲み、ルイズたちメイジも杖を抜く。
 しかし、スラン星人は追い詰められた様子は微塵も見せず、笑いながら答えた。
「目的ですか? いえいえ、あなたたちには別に何の用もありませんよ。ただ、聞いたものでしてねぇ。あなたたちの中に、すごい力を持った人が隠れてるということを。そして、さらうのでしたら一人のところを狙うよりも、大勢をまとめてさらったほうが成功しやすいと踏んだだけです」
 その言い分に、才人は「こいつらルイズの虚無の力を狙っているのか?」と思った。確かにルイズの虚無の魔法はこれまで怪獣や宇宙人に対して何度も決定的な効果をもたらしてきた。それを狙う星人が現れたとしても不思議はない。
「そうはいくか! お前らの勝手な理由のために連れて行かれてたまるもんかよ」
 才人が、無意識にルイズにも刺さる台詞でたんかを切った。それと同時に、銃士隊やメイジの面々もいっせいに武器を向ける。
 だが、スラン星人はこれだけの人数に囲まれても、やはり追い込まれた様子は微塵も見せずにせせら笑った。
「おやおや勇敢な方々ですねえ。それでは是非ともやってみてくださいませ」
 いやらしいまでの余裕。いや、挑発か? しかし、あくまで帰さないというならこちらも是非はない。アニエスは陣形を整えた部下たちに短く命じた。
「やれ!」
 抜刀した銃士隊員たちがスラン星人に殺到する。この一斉攻撃に隙はなく、誰もがこれでやったと確信した。
 だが、刃が届こうとした、まさにその瞬間だった。スラン星人の姿は掻き消えるようにして消滅してしまったのである。
「消えた?」
 ルイズを守りながらデルフリンガーを構えていた才人が叫んだ。
 どこへ行った? その場にいた全員が気配を探り、辺りを見回す。だが、そんな努力を嘲笑うかのように、スラン星人は才人の真正面に現れたのだ。
「フッフフ」
「うっ、わあぁぁーっ!」
 至近距離への前触れもない出現に、才人は狂ったように叫びながらデルフリンガーを降り下ろした。が、それもスラン星人を捉えることはできず、剣先が床を叩いただけで終わってしまった。
「また消えた!? デルフ、今の幻じゃねえよな?」
「ああ、だが目で追うだけ無駄だぜ相棒。お前たち人間の目じゃ見えなかっただろうが、あの野郎、信じられない速さで移動してやがる」
 すると、その言葉を待っていたかのようにスラン星人の笑い声が響いた。

624ウルトラ5番目の使い魔 77話 (5/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:47:32 ID:yMMJKRV6
「フッフッフッ、ご名答。なかなか見る目のいい焼き串君です」
「な、や、や、焼き串だとこの野郎!」
「フフ、せいぜい時速十数キロでしか走れないあなたがたには、私は絶対に……」
 すると、スラン星人は、今度は皆の目の前に次々と出現を繰り返した。
 ギーシュやベアトリスの前に現れて脅かしたと思ったら、杖を振り上げた時にはすでに消えている。アンリエッタの前に現れたときにはアニエスが斬りかかったが剣は空を切り、ミシェルや銃士隊隊員たちの攻撃もかすることもできない。
 何度も空振りを繰り返すばかりで、皆の息だけが上がっていく。スラン星人は再びステージ上に姿を現すと、愉快そうに笑いながら言った。
「私は絶対に、捕まらないのです」
 瞬間移動にも等しいほどの高速移動、これがスラン星人の能力か! 才人は歯噛みした。剣も魔法も当たらなければなんの意味もない。しかも、テントの中に大勢で閉じ込められている状況ではルイズのエクスプロージョンでの広域破壊もできないし、なによりこうも人目があっては才人たちもティファニアも変身ができない。
 スラン星人は、ノロマな人間など何百人いようと問題にはならないというふうに余裕を示し、次いで円盤の進路を邪魔し続けているジャスティスに目をやった。
「さあて、こちらはともかくそちらは問題ですね。人質がいるのでうかつに撃ち落としたりはしないでしょうが、こちらもあまり余計な時間はありません。あなたに恨みはないですが少し手荒にお帰りいただきますよ」
 スラン星人がそう言うと、円盤はゆっくりと降下を始めた。もちろんジャスティスも追って降下していく。
 そして円盤が地上数十メイルまで降下した時、円盤の中から巨大化したスラン星人が姿を現した。
「ググググググ……」
「シュワッ!」
 互いに土煙をあげて、スラン星人とジャスティスが大地に降り立つ。
 さあ、戦いの時が来た。両者は一気に距離を詰め、ジャスティスのパンチがスラン星人を狙う。
「デヤァッ!」
「グオッ!」
 ジャスティスのパンチをスラン星人は手甲のようになっている腕で受け止めた。そしてそのまま手甲の先についている短剣でジャスティスの首を狙って斬りかかってくる。
「死ねっ」
 だがジャスティスもスラン星人の手甲を腕で受け止め、キックで反撃して押し返す。
 まずは互いに小手調べ。スラン星人は格闘戦でも戦えることを証明してみせ、ジャスティスは油断なく拳を握り締める。
「略奪に拉致、お前の行為は宇宙の正義に反している。すぐにこの星から立ち去るがいい」

625ウルトラ5番目の使い魔 77話 (6/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:50:45 ID:yMMJKRV6
「黙れ、我々の邪魔をするものは許さん!」
 スラン星人はジャスティスの警告に聞く耳を持たず、腕から破壊光弾を放って攻撃をかけてきた。紫色の光弾が機関銃のように連発され、ジャスティスの周りで無数の爆発が起こる。
「ヌォッ!」
 ジャスティスは光弾の乱打にさらされ、炎と煙がジャスティスを包み込む。スラン星人はその様子を見て、聞き苦しい声で笑い声をあげた。
 どうやら話してわかる相手ではないようだ。ならば、是非もない。ジャスティスは、慈悲をかける価値のない悪だとスラン星人を認定した。
「セヤァッ!」
 手加減を抜いたジャスティスのパンチが爆炎を破ってスラン星人に直撃する。轟音が鳴り、スラン星人の華奢な体は数十メートルは吹き飛ばされ、悠然とジャスティスは倒れたスラン星人を見下ろした。
「警告は発した。チャンスも与えた。それでもお前がそれを無視するならば、私は宇宙正義の名において、お前を倒す」
 ジャスティスの宣告。そこにはもはや慈悲はなく、宇宙正義の代行者としての冷徹な姿のみがあった。
 倒れたスラン星人はなおも起き上がり、憎悪を込めた眼差しで自分に死刑宣告を下したウルトラマンを睨みつけた。
「俺を倒すだと? 貴様の姿を見ていると、憎き奴を思い出す。倒されるのは貴様のほうだ!」
 スラン星人は怒りのままにジャスティスに猛攻をかける。両腕の短剣を振りかざし、スマートな体をいかしてのジャンプやキックなどの格闘攻撃。それはスラン星人が決して弱い宇宙人ではないことを証明していたが、実戦経験という点ではジャスティスが圧倒的に勝っていた。
「ジュワッ!」
「ぐおあっ!」
 ジャスティスの両鉄拳がスラン星人のボディに食い込む。パワーでは圧倒的にジャスティスに分があり、それだけではなく攻撃をさばくテクニックや、一撃を確実に当てる判断力、それが総合した一撃の重さは比較にもならなかった。
 しかしスラン星人は、まだ負けたと思ってはいなかった。パワーで勝てないからスピードをと、さきほど宇宙船内で見せられたものよりもさらに高速で移動することによって分身を作り出し、ジャスティスの周囲を回転することで分身体でジャスティスを包囲してしまったのだ。
「くく、これを見切れるかな?」
 ジャスティスの360度を完全包囲したスラン星人は、そのまま円の中心のジャスティスに向かって破壊光線を放ってきた。四方八方から放たれる光線は避けきれず、ジャスティスの体が爆発で包まれる。
「ムゥ……」
 一発一発はたいした威力ではない。しかし、回避できないままで食らい続けたら危険だ。

626ウルトラ5番目の使い魔 77話 (7/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:51:51 ID:yMMJKRV6
 スラン星人はこのまま一方的に勝負を決めるつもりで、分身による円運動を続けながら光線攻撃を続けている。しかし、スラン星人はジャスティスが冷静に反撃の機会を狙っていることに気づいていなかった。
 光線での集中攻撃でじゅうぶん弱らせたと見たスラン星人は、一気に勝負を決めようとジャスティスの背後から手甲の短剣を振りかざしてジャスティスの首を狙った。しかし、スラン星人が「もらった!」と確信した瞬間、ジャスティスは振り向きざまに強烈なパンチをスラン星人の顔面に叩きつけたのだ。
「ぎゃあぁぁっ! な、なぜ俺の位置が」
 本体にクリーンヒットを受け、スラン星人の分身もすべて消え去る。スラン星人はパンチを食らって歪められてしまった顔をかばいながら、見破られるはずがなかったと困惑するが、ジャスティスは冷たく言い捨てた。
「簡単だ。お前のような輩は必ず後ろから狙おうとする。それならば、仕掛けてくるときの一瞬の気配さえ読めれば迎撃するのはたやすい」
 かつて異形生命体サンドロスと戦ったときにも、奴は闇に紛れて死角からの攻撃をかけてきた。姿をくらますのは一見有効だが、逆に言えば相手は死角から攻撃を仕掛けると宣言しているようなものだ。
 大ダメージを受けたスラン星人はよろよろと立ち上がったものの、もうジャスティスに真っ向勝負をかけられる余裕はないことは明らかだった。
 ジャスティスの圧倒的優勢。その光景に、宇宙船の中からも人間たちが歓声をあげていた。しかし、ジャスティスがスラン星人にとどめを刺そうとしたとき、宇宙船から鋭く静止する声が響いた。
「そこまでです! 抵抗を止めなければ、ここにいる人間たちを順に殺していきますよ!」
 なんと、宇宙船の中でスラン星人が子供たちに短剣を突きかざして脅していたのだ。
 その脅迫にジャスティスの動きが止まる。そして、今まさにとどめを刺されかけていたスラン星人はジャスティスに乱暴に蹴りを食らわせた。
「グワァッ!」
「ちっ、よくもやってくれやがったな。この仕返しはたっぷりさせてもらうぜぇ!」
 スラン星人の手甲の剣が抵抗できないジャスティスの体を切り裂いて火花があがる。その様を見て人間たちからは悲鳴が上がり、宇宙船の中のスラン星人は愉快そうに笑った。
「いいですねぇ。やっぱりウルトラマンにはこの手がよく効きますねぇ」
 スラン星人は、宇宙船の外でもう一人のスラン星人がジャスティスを痛めつけている光景を満足げに眺めた。
 そう……最初からスラン星人は二人いたのだった。
 大勢を人質に取られていてはジャスティスも戦えない。歴戦の戦士であるジャスティスは言わなくとも、人間たちからは「卑怯者!」との声が次々にあがるが、スラン星人は意にも介さない。
「んん〜、相手の弱点を攻めるのは戦いの基本でしょう? こんなにわかりやすい弱点を持っているのが悪いんですよ」
「この腐れ外道! 許さねえ」
 激高して才人が斬りかかるが、スラン星人はあっさりとかわして、また別の子供の喉笛に短剣を突き付ける。
 ダメだ、スラン星人のあの速さでは子供たち全員を守り切るのは不可能だ。それに子供たちだけでなく、実質テントの中に閉じ込められている自分たち全員が人質ということになる。

627ウルトラ5番目の使い魔 77話 (8/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:52:50 ID:yMMJKRV6
「フフフ、大人しくしていなさい。我々は別にあなたたちの命などに興味はないのですからね。フフフ」
 昆虫のような顔を揺らして笑うスラン星人の声が癇に障る。
 だが、剣も魔法も当てられないのでは何の意味もない。才人だけでなく、ルイズも焦り始めていた。なんとか、スラン星人を捉えることができなければ自分たち全員が宇宙の果て送りだ。
 才人はルイズに小声で尋ねた。
「ルイズ、お前の『テレポート』の魔法でなんとかならないのか?」
「真っ先に考えたわよ。けど、テレポートで連れ出せるのは数人が限界なの。この中に人質を残してわたしたちだけ脱出できても何の解決にもならないわ」
「なら、テレポートであいつに近づけねえか? おれが斬りかかるからさ」
「それも考えたわ。でも、あいつはアニエスの剣もかわす相手よ。テレポートで近づけても、振りかぶってそのバカ剣を振り下ろすまでの隙が必ず生まれるわ。それでも確実にあいつを仕留める自信はある?」
 ルイズに言われて、才人はそこまでの自信はないと思わざるを得なかった。さすがルイズ、頭の回転はこんなときでも鈍ってはいない。
 恐らくは銃士隊の皆も、水精霊騎士隊や水妖精騎士団もスラン星人を捉える方法を必死で考えているに違いない。しかし、文字通り目にも止まらぬ速さで自由に動き回る奴をどうやって捕まえればいいというのか?
 最後の手段はここで変身を強行することだが、エースにしてもコスモスにしても、変身した瞬間にスラン星人は別の行動に出るだろう。いくらなんでも危険すぎる。
 だが、そうしているうちにも事態はどんどん悪くなっていった。外にいるほうのスラン星人は嬉々としてジャスティスを痛めつけている。
「おらぁ!」
「ヌワァッ!」
 スラン星人の蹴りが膝をついたジャスティスを吹っ飛ばした。外にいるほうのスラン星人は粗暴な性格で、まるで不良のような乱暴な攻め方を好んでジャスティスを攻め立てている。
 ジャスティスは、その気になればこいつを倒す程度は苦もないのに、無抵抗でそのままやられている。カラータイマーはすでに点滅し、もう長くはないのは明らかだ。
 しかし、宇宙船の中にいるほうのスラン星人は、そんな時間をかけるやり方にまどろっこしさを感じたのか、外のスラン星人を急かした。
「いつまで遊んでいるんです。無駄な時間はないんですよ。さっさとケリをつけてしまいなさい!」
「チッ、わかったよ。動くなよ、今ブッ殺してやるからな」
 外のスラン星人は渋々ながら、短剣を振りかざしてジャスティスに迫った。ジャスティスは無言のままで、しかしなお動かない。
 才人とルイズは、もう考えている時間はないと決意した。イチかバチか、テレポートでの逆転に賭けるしかない。
 正直、勝算はかなり低い。しかし、スラン星人の速度に対抗する手段がない以上は他にない。そう、あの速度に対抗する手がない以上は……。
 だが、まさにその瞬間だった。テレポートを唱えようとしていたルイズの胸がどきりと鳴り、それと同時にアンリエッタの指にはめられていた水のルビーの指輪と、そしてアンリエッタの懐の中にしまわれていた手鏡がそれぞれ共鳴するように光り出したのだ。
「きゃっ! こ、この光は?」

628ウルトラ5番目の使い魔 77話 (9/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:54:05 ID:yMMJKRV6
「じ、女王陛下! その鏡は、いったい?」
「崩壊したロマリア法王庁から我が国に寄贈された『始祖の円鏡』です。始祖ゆかりの品ということで、わたくしが使っていたのですが、これはまさか、ルイズ!」
「ええ! その鏡を、わたしに」
 アンリエッタは光り輝く鏡をルイズに向けた。するとそこには、ルーン文字でルイズにははっきりと新しい呪文が記されているのが見えた。
「これなら……サイト!」
「おう、ルイズ!」
 何かの確信を持ったルイズに、才人は迷わず答えた。ルイズは何かの勝機を得たのだ。だったら、おれは四の五の言わずにそれを信じるのみ。
 ルイズは才人の手を取り、呪文を唱え始めた。対して、スラン星人は始祖の円鏡の光に戸惑っているようだったが、自慢の速度でなんにでも対応できるように準備していた。
「なにをする気か知りませんが、あなたたちの力で私を捉えることは絶対にできませんよ!」
「それはどうかしら? あなたはもう、わたしからは逃げられないわ。いくわよ、『加速!』」
 その瞬間、才人とルイズは『テレポート』とはまったく違う形でスラン星人の眼前に現れていた。
「なっ!」
 言葉にならない呻きがスラン星人から、そしてそれを見ることのできた者たちの口から洩れた。
 刹那、才人のデルフリンガーがスラン星人を狙うが、スラン星人は寸前でそれをかわしてテントの別の場所に現れた。
「そ、その程度の攻撃な」
「それはどうかしら?」
 再び才人とルイズの姿はスラン星人の前に現れていた。しかも今度はテレポートではあるはずの実体化からのタイムラグもなく、かわそうとするスラン星人のギリギリを刃が通り過ぎていく。
 なんて速さだ。常人以上の動体視力を持つはずの銃士隊員やサーカス団の人たちも捉えられない速さで両者は移動している。いや、互角というよりは……。
「おっ、おのれぇっ!」
 スラン星人は逃げた。しかし、ルイズと才人は確実にスラン星人の後を追ってくる。サーカステントの天井からステージ上、観客席とすさまじい速さで出たり消えたりを繰り返して、もうギーシュやスカロンは目を回しかけている。しかも、次第にスラン星人のほうが余裕がなくなっていくように見えるではないか。
「ば、馬鹿な。私にスピードでついてくるだと!?」
「これが虚無の魔法『加速』よ。言ったでしょ、あなたはもうわたしから逃げられないって!」

629ウルトラ5番目の使い魔 77話 (10/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:55:06 ID:yMMJKRV6
「お、おのれ、奇妙な術を使ってくれますねぇ!」
「? ……さあサイト、あの思い上がった虫頭に思い知らせてあげなさい!」
「ああ、食らえぇぇぇーっ!」
 ルイズと同調した才人は、渾身の力でデルフリンガーをスラン星人に叩きつけた。
「ぐわぁぁぁーっ! ば、馬鹿なーっ!」
 スラン星人に、今度こそ会心の一撃がさく裂した。しかし残念ながら致命傷には届かず、倒すにはまだ至っていない。
 細身に見えて、なかなかしぶとい奴だ。『加速』の呪文が切れてステージ上に現れた才人とルイズは舌を巻いた。スラン星人はよろめきながらも、膝をつきはせずにまだ立っている。
 それでも、相当な打撃を与えられたのは確かで、もうさっきまでのような速さで動き回れはしない今がチャンスだと、銃士隊はいっせいに腰に下げているマスケット銃を抜いて構えた。だがスラン星人は自分に向けられた銃口が火を噴く前に、怒りにまかせて光線を乱射してきた。
「たかが人間が、私をなめるなぁーっ!」
 光線の乱射で銃士隊の隊列も吹き飛び、彼女たちの手からマスケット銃が取り落されて辺りに転がった。
 が、その一瞬でメイジたちも我に返って魔法で銃士隊を守ると同時にスラン星人への反撃をおこなおうとする。手傷を負ったスラン星人はこれを避けることはできまいと思われた。だが。
「く! だが外のウルトラマンさえ片付けてしまえば、お前たちにここから逃げる手立てはないのですよ」
 奴はまだ冷静さを失ってはいなかった。スラン星人は高速移動ではなく、テレポートで宇宙船の外まで逃げると、そのまま巨大化してジャスティスに襲い掛かったのだ。
「もらったァ!」
 そのころジャスティスは、宇宙船の中で才人たちが反撃に出たのと同時に戦闘を再開していた。一方的になぶられ続けていたとはいえ、必ずチャンスが来ると信じて待っていたから余力はじゅうぶんに残している。スラン星人を返り討ちにすることなどは造作もなく、猛反撃をかけてスラン星人を追い込んでいた。そのジャスティスの背後から、宇宙船から飛び出してきたもう一人のスラン星人が奇襲をかけたのだ。
 今はジャスティスの背中はガラ空きだ。スラン星人は短剣を降り下ろしながら勝利を確信した。だが、その刹那に輝いた青い閃光がスラン星人を吹き飛ばした。
「コスモース!」
 青い光は実体化し、ウルトラマンコスモスの姿となって吹き飛ばしたスラン星人の前に立ちふさがった。そう、あの瞬間にチャンスを掴んだのは才人たちだけではない。ティファニアもジャスティスを救うために、皆の注意がスラン星人に集中した一瞬にコスモプラックを掲げていたのだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「心配はない。それより、お前も戦うつもりなら、こいつらには情けをかける価値はないぞ。その覚悟はあるのか、ティファニア」

630ウルトラ5番目の使い魔 77話 (11/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:55:56 ID:yMMJKRV6
「は、はい。わ、わたし……」
 ティファニアに厳しく問いかけるジャスティス。すると、コスモスがなだめるように間に入ってくれた。
「ティファニア、君の心はまだ命を奪う戦いを怖れている。ここは、私が引き受けよう」
「コスモス……ごめんなさい。あなたに力を貸してもらっているのに、わたし」
「謝ることはない。命を奪うことに恐れを持ち続けるのは大切なことだ。君の力を必要とする時は、いずれ必ずやってくることだろう」
 ティファニアはコスモスと一体化している。しかし、戦いを好まないティファニアのために、コスモスは自分が主導権をとって戦うことを決意した。
 コスモスはコロナモードにチェンジし、卑劣なスラン星人たちの前にジャスティスと共に並び立つ。
 対して、スラン星人たちはもう余力がなかった。二体とも重い一撃を受けている上に、ジャスティスもダメージを受けているとはいえコスモスは万全だ。
「おおのれぇーっ!」
 激高して二体のスラン星人は襲い掛かってきた。しかし格闘戦では簡単にコスモスとジャスティスに圧倒され、さらに奥の手の高速分身戦法を二体同時にかけてきたが、高速で輪を描いて包囲してくるスラン星人たちに対してコスモスとジャスティスは、まるでわかっていたかのように同時に一撃を繰り出した。
「シュワッ!」
「デヤァッ!」
 二人のウルトラマンのダブルパンチが分身の幻影を破ってそれぞれ本体に炸裂する。
「バカナァ!」
 たまらず吹き飛ばされるスラン星人たち。彼らは高速宇宙人としての自分たちの能力に自信を持っていたが、あいにくコスモスとジャスティスも高速戦闘は得意中の得意だ。コスモスの戦歴の中でも、目にも止まらない宇宙人との対決はいくつもあり、いまさらスラン星人の技程度で翻弄されたりはしない。
 追い詰められた二人のスラン星人。その様子を、あのコウモリ姿の宇宙人は愉快そうに見つめていた。
「そろそろ危ないですね。そろそろ切り札、使います? 使っちゃいますか?」
 スラン星人には、あらかじめ最悪の事態になったときのための切り札を与えてある。それを使えば、この状況をひっくり返すことも可能だろう。スラン星人がどうなろうと知ったことではないが、事態がさらに混迷化すればしびれを切らして”アイツ”が動き出すかもしれない。
 そして、ついに勝機がなくなったことを認めざるを得なくなったスラン星人は、預かっていた黒い人形を取り出した。
「こ、こうなったら、これを使うしかありませんか」
 まさに、黒幕の思い描いていたシナリオ通りに話は進もうとしていた。
 だが、人形にかけられていた封印を解こうとしたとき、意外にも粗暴なほうのスラン星人がそれを止めてきた。
「待てよ、そいつはアイツを倒すための切り札にしようって決めたじゃねえか。ここでそいつまで失っちまったら、俺たちの本来の目的はどうする?」

631ウルトラ5番目の使い魔 77話 (12/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:56:43 ID:yMMJKRV6
「ですが、このままではやられるのを待つだけですよ。アレを手に入れることもできずに引き下がっては、どうやってアイツを倒すというのですか?」
「……俺が囮になる。お前はそいつを持って逃げろ」
「ア、アナタ……」
 粗暴なほうが示した自己犠牲の覚悟に、慇懃無礼な話し方をするほうは思わず言葉を失った。
「俺がいるよりも、そいつをお前が持ってたほうが確実に強え。思えば、欲を出してアレを手に入れようなんてせずに、そいつを持ってとんずらすればよかったんだ。そして……俺が死んでも、仇をとろうなんて思わないでくれよ! じゃあな」
「ま、待ちなさい!」
 止める間もなく、粗暴なほうのスラン星人は雄たけびをあげながらコスモスとジャスティスに突進していった。
「ヘヤッ!?」
「ムウッ!?」
 まさかの特攻に、さしものコスモスとジャスティスもひるんだ。そして、そのわずかな隙に彼は叫んだ。
「行けえ! 行くんだクワ……うぎゃあぁぁっ!」
「ぐ、ぐぐ……あなたのことは忘れません。必ず、手向けに奴の首を約束します。トゥアッ!」
 コスモスはためらったが、ジャスティスのパンチが容赦なく炸裂した。しかし、粗暴なスラン星人が作ったその一瞬のチャンスに、もうひとりのスラン星人は血を吐くような誓いの言葉を残して消えた。
 しまった、逃げられた! 非道な宇宙人ではあったが、仲間意識は強かったようだ。まさか、こんな展開になるとはと、ウルトラマンや人間たちだけではなく、黒幕の宇宙人も悔しがった。なにしろせっかく与えた切り札を持ち逃げされたのである。いい面の皮どころではなかった。
 しかし、仲間を逃がしはしたものの、残ったスラン星人の命運は尽きようとしていた。コスモスは、もう勝ち目がないことを告げて降参するように警告したが、彼はそれを聞き入れなかった。
「降参だぁ? てめえらみてえな赤い奴に頭下げるくらいなら死んだほうがマシなんだよぉ!」
 どういうわけかスラン星人はコロナモードのコスモスとジャスティスに非常な敵愾心を持っていた。話をまるで聞く気はなく、自殺に近い攻め方をしてくるのでコスモスとジャスティスも手を抜くわけにはいかなかった。
 ならば、ルナモードのフルムーンレクトで鎮静させれば……しかし、コスモスがモードチェンジしようとしたときだった。暴れまわり過ぎて、ついに限界に達したスラン星人は、よろよろとよろめくと宇宙船に寄りかかるように腰をついてしまったのだ。
「こ、この大きさを保っているのも限界かよ。だが、せめて」
 すでに彼には宇宙船を叩き壊す力も残っていなかった。しかし、スラン星人は残ったわずかな力で等身大となって宇宙船の中にワープすると、まるでアンデットのような姿で人間たちの前に現れた。
「せめて、ウルトラマンどもと、あのクソったれ野郎に一泡だけでも吹かしてやる!」
 悲鳴をあげる人間たちを前にして、スラン星人は最後の悪あがきを開始した。最後の力で高速移動をおこない、人間たちに次々斬りかかっていく。
「きゃあぁぁーっ!」
「うおぉぉぉ! 死ねっ、みんな死ねぇぇ!」

632ウルトラ5番目の使い魔 77話 (13/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:58:18 ID:yMMJKRV6
 スラン星人も死に体とはいえ、その高速移動を人間が見切れないのは変わらない。
 戦えない者たちの前に銃士隊が盾となって防いでいるものの、めちゃくちゃに振り回される短剣で血しぶきが飛び、才人はルイズに叫んだ。
「ルイズ、もう一回『加速』だ!」
「わかってるわよ!」
 ルイズも焦って加速の呪文を唱えた。今、スラン星人を止められるのは自分たちしかいない。今度こそとどめを刺さなければ。
 だが、加速の呪文が完成しようとした、まさにその瞬間だった。スラン星人が銃士隊の決死の肉壁を蹴散らして、ついに無防備な女子供たちの中に飛び込んでしまったのだ。
「出てこぉいバケモノぉ! てめえのせいで俺たちはぁぁーっ!」
 スラン星人の短剣が孤児院の子供たちに振りかぶられる。だめだ、加速を使っても一歩間に合わない!
 才人とルイズは、自分の無力さを悔やんだ。さっさと最初にスラン星人を倒していればこんなことには。
 しかし、誰もがどうすることもできないとあきらめかけた、その時だった。悲鳴と怒号の響く虚空を、短く乾いた音が貫いた。
 
 パンッ!
 
 漫画であれば擬音でそう表現されるであろう音。それは一発の銃声……そして、スラン星人の頭部の球体に、小さな穴が開いていた。
「え、あ……ク……クワイ……がふっ」
 最後に、恐らくは仲間の名をつぶやきながらスラン星人は倒れた。その目から光が消え、命の灯が消えたことを銃士隊の隊員が近寄って確認した。
 けれど、周りでは誰も声を発さない。あまりにも唐突であっけない幕切れに、誰も頭が追いついていないのだ。
 才人とルイズも、加速の魔法が不発に終ってあっけにとられている。ギーシュなど、杖を握ったままでぽかんと口を開けたままでおり、ほかの水精霊騎士隊も似たようなものだった。
 いったい誰がスラン星人にとどめを? 正気に戻った者はスラン星人の正面……すなわち弾丸の来た方向に視線を向けた。そこにいたのは……。

633ウルトラ5番目の使い魔 77話 (14/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:59:03 ID:yMMJKRV6
「はあ。怖かったですわ」
 ほっとした声とともに、拳銃が床に落ちる音が鳴る。落ちた拳銃は、さきほど銃士隊が使おうとしてばらまかれたマスケット銃の一丁で、まだ銃口から薄く煙を吐いているそれを握っていたのは……ルビアナであった。
「ル、ルビアナ!」
 はっとしたギーシュとモンモランシーが震えているルビアナに駆け寄った。
「だ、大丈夫かい! 銃を撃つなんて、君の細腕でなんて無茶なことをするんだ」
「いえ、わたくしはメイジではありませんので、護身の心得として少しばかり覚えがありましたの。でも、怖かったですわ」
「怪我はない? でも、子供たちを守るためにやったのよね、ほんと見かけによらずに無茶する人ね」
「もうわたくしとティファニアさんはお友達ですから。わたくしより、子供たちに怪我がなくてよかったですわ」
 優しく微笑むルビアナに、子供たちは嬉しそうに懐いていた。それに、ティファニアもコスモスから変身解除して急いで戻ってきた。
「みんな、みんな大丈夫? ルビアナさん、本当に、本当にありがとうございます!」
「礼などいりません。わたくしは、あなたとこの子たちが好きだからやっただけです。それより、怪我をされた方が大勢いますわ。早く手当をしませんと」
 ルビアナが指差すと、何人かの銃士隊員が負傷して呻いていた。すでにアニエスの指示で応急手当てが始まっているものの、暴れ狂うスラン星人を身一つで止めたリスクは大きかったのだ。
 ティファニアははっとすると、わたしも手当てを手伝いますと言って駆け出し、モンモランシーも、自分も治癒の魔法ならできるからと言って続いた。 ギーシュは、水精霊騎士隊の仲間に、治癒の魔法が使える者は手当てを手伝うように指示を出すと、まだ怯えた様子のルビアナの手を握った。
「無茶をする人だ。けど、ぼくは貴女ほど勇敢なレディを知りません。騎士としても、ぼくは貴女を尊敬します。それでも、あまり無理はしないでくださいね」
「ギーシュ様、やはり貴方はとてもお優しい方ですわね。貴方を好きになれたこと、わたくしはとても名誉に思います」
 子供たちに囲まれ、ギーシュの手を握り返すルビアナの表情はどこまでも純粋で温かかった。
 
 しかし、ハッピーエンドのはずなのに、才人とルイズはスラン星人の死体を見下ろしながら、あることに違和感を拭えずにいた。
「こいつら、本当に虚無の力が目当てだったのかしら……?」
 スラン星人は、この中に特別ななにかを持った誰かがいるから、それを狙っていると言った。それを聞いて、てっきり虚無の力を持つルイズかティファニアを狙っているものだと思った。
 しかし、奴はルイズが虚無の名前を口にした時も、まるでまったく知らなかったかのような反応を返している。この中で、ほかに宇宙人が狙うような特別な人間なんかいないはずなのに。

634ウルトラ5番目の使い魔 77話 (15/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 21:00:11 ID:yMMJKRV6
 死んだスラン星人は何も答えず、才人とルイズはテントの中を見渡した。宇宙人の恐怖から解放されて、安堵した顔ぶれが続いている。宇宙人に狙われるような危険なものが混ざっているなど、とても信じられはしなかった。
 
 そして、奥歯にものが挟まったような気持ち悪さを感じている者たちがもう一組いる。
 銃士隊の負傷者の救護のほうもアニエスの指揮のもとで山を越えつつあった。しかし、戦死者は出なかったというのにアニエスの表情は明るくなかった。
「ミシェル、負傷者のほうはどうだ?」
「はっ、幸い軽傷ばかりで入院の必要な者はおりません。民間人のほうも、せいぜい転んで擦りむいたくらいです」
「そうか、皆よくやってくれた。女王陛下には特別手当を申請しておこう。だがそれはいいとして……ミシェル」
「はい……」
 アニエスの声が重くなり、ミシェルもわかっているというふうに短く答えた。
 二人の視線の先には才人たち同様に、放置されたままになっているスラン星人の死体がある。一見、なんの変哲もない屍のように見えるが、二人には共通の違和感があった。
「……見事に眉間の中央を撃ち抜いている。これが、護身術のレベルでできることなのか……?」
 銃士隊の使っているマスケット銃の命中精度はお世辞にもいいものではない。一発で相手の急所を撃ち抜いて倒すなどという真似は自分たちでも難しい。
 二人はさりげなくルビアナを見た。すらりとした細腕で、ナイフとフォーク以上に重いものを持ったことがないというふうな華奢な体躯。あれでは銃を撃つことすら難しそうなものだ。
 偶然当たったと言えばそれまでだ。ギーシュなら、ルビアナは天才だからと言って納得してしまいそうなものだが、アニエスとミシェルはどうしても納得することができずにいた。
 
 一方、不完全燃焼な終わり方に明確な不満を示す者もいた。そう、今回の件の付け火をした、あのコウモリ姿の宇宙人である。
「スラン星人、とんだ食わせ物でしたね。まったく、あれだけはっぱをかけてあげたというのにアレを持ち逃げしてしまうとは……あと少しで、奴を引っ張り出せたかもしれないというのに。どこかの宇宙で会ったら今度はきついお仕置きをしてあげなければいけませんね」
 本当なら、ここでさらに混戦に持ち込んで目的に近づくつもりだったのに、おかげで台無しだと彼は憤っていた。その場合、このド・オルニエール一帯が焦土と化していたであろうが、そんなことは彼には関係ない。
「仕方ありせんね。過ぎたことより先のことを考えましょう。なんとか、最低限の収穫はできました。後は、これをどう利用していくか……」
 彼は気を取り直して次の陰謀を巡らせ始める。その姿はいつの間にかド・オルニエールの空から消えていた。 

 テントの中は少しずつ落ち着きを取り戻してきている。後は外に脱出するだけだが、外でジャスティスが宇宙船の外装を引っぺがしてくれているので間もなく出られることだろう。

635ウルトラ5番目の使い魔 77話 (16/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 21:01:37 ID:yMMJKRV6
 ともかく、大変なハプニングだった。温泉旅行の最後で、まさか宇宙人にさらわれかけるなんて誰も夢にも思わなかった。
 けれど、さすがたくましいハルケギニアの人間たちは、土産話が一個増えた程度にしか思っておらず、ジェシカたちはこれ以上店を開けているとまずいわねと、すでに気にも止めていない。それに、公演を邪魔されて意気消沈しているかに見えたサーカス団の人たちも「我がパペラペッターサーカスはこれくらいじゃへこたれません!」と、団長は張り切って、まだ怯えていた子供たちを動物たちと触れ合わせて遊ばせてくれている。やはり、どん底から這い上がってきた人は強い。
 ステージ上では子供たちが調教師にライオンの背中に乗せてもらったりして喜んでいる。動物たちはみな人懐っこく、子供たちにも今回の件でトラウマが残ったりはしないだろう。
 なにはともあれ、重い怪我人が出なかったのが救いだ。気を張っていた者たちも、子供たちの笑い声を聞いて気を緩めつつある。
 と、そんな中でのことだった。舞台の隅で、サーカスの女性団員がじっとうずくまっているのが見つかった。
「エイリャ、おいエイリャどうしたんだい? 返事をしなさい」
「……」
 仲間のサーカス団員が呼びかけても、その女性団員は惚けたように宙を見つめるばかりで答えない。
 どうしたものかと団員たちが戸惑っていると、そこに急いだ足取りでルビアナがやってきた。
「まあまあ探しましたよ。さあ、こっちにいらっしゃい」
 すると、うずくまっていた女性団員の傍らから、幼体エレキングがぴょこりと飛び出してきてルビアナの胸の中に帰っていったではないか。
「あらあら、本当にわんぱくな子なんだから。よその人に迷惑をかけちゃダメでしょう」
 ルビアナがエレキングの頭を優しくなでると、エレキングは短く鳴き声を発した。
 そうすると、まるでそれが合図だったかのように、惚けていた女性団員がぼんやりと目を覚ました。
「あ、れ……あたし、どうして?」
「大丈夫ですか? ごめんなさい。この子ったら、気に入った相手を見つけると、すぐにじゃれついて行ってしまうの。許してあげてもらえるかしら」
「そう、その動物があたしにじゃれてきて……あれ? それからどうなったのかしら」
「きっと疲れがたまっていらしたのね。ゆっくり休んだら、きっとすぐ元気になりますわ。ふふ」
 夢うつつな様子の女性団員はふらふらと立ち上がると、「働きすぎなのかしら……?」と、つぶやきながらテントの奥へと入っていった。
 ルビアナは「お大事に」と微笑みながら見送り、抱き抱えているエレキングの頭を撫でている。エレキングはその腕の中で丸くなり、まるでぬいぐるみのようにおとなしく抱かれている。
「うふふ、可愛い子……ふふ、ふふふ……」
 
 
 続く

636ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 21:03:40 ID:yMMJKRV6
今回は以上です。なんとか今月中にもう1話いきたいな

637名無しさん:2018/09/17(月) 20:36:11 ID:1KmGaZRU
おつ

638ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:02:10 ID:q4fByaLE
ウルトラ五番目の人、投稿お疲れさまでした。
さて皆さんこんばんは、無重力巫女さんの人です。
日付が変わる一時間前ですが、特に問題が起きなければ二十三時六分から九十七話の投稿を開始します

639ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:06:07 ID:q4fByaLE
 それは時を遡って、丁度二日前の夕方に起こった出来事である。
 場所は丁度ブルドンネ街の中央から、やや西へ行ったところにある大通りを兄のトーマスと一緒に歩いてた時らしい。
 陽が暮れるにつれて次々と閉まっていく通りの店を横切りながら彼女――妹のリィリアは兄から今日の゛成果゛を聞いていたのだという。
「今日は中々の大漁だったぜ。まっさか丁度上手い具合に道が封鎖してたもんだよなぁ〜?理由は知らないけど」
「それでその袋いっぱいの金貨が手に入ったの?凄いじゃない!」
 リィリアはそう言って兄を褒めつつ、彼が右手に持っている音なの握り拳程の大きさのある麻袋へと目を向ける。
 袋は丸く膨らんでおり、中に入っている金貨のせいで表面はゴツゴツとした歪な形になっていた。
 何でも急な封鎖で立ち往生していた下級貴族から盗んだらしく、銀貨や新金貨がそこそこ入っているらしい。
 兄が盗んだ時、リィリアは危険だからという理由で゛隠れ家゛にいた為彼がどこにいたのかまでは知らない。
 とはいえ妹として……唯一残っている家族の身を案じてかどこで盗んだのか聞いてみることにした。

「でもお兄ちゃん、道が封鎖してたって言ってたけど……一体どこまで行ってきたの?」
「チクントネの劇場前さ。あそこは夕方になったら金持った平民がわんさか夜間公演の劇を見に集まってくるしな」
「え?チクトンネって、この前変な女の人たちに追われてた場所なのに……お兄ちゃんまたそこへ行ったの!?」
 トーマスの口から出た場所の名前を聞いたリィリアは、数日前に見知らぬ女の人から財布を盗んだ時のことを思い出してしまう。
 あの時は手馴れていた兄とは違い初めて人の財布を盗んだせいか、危うく捕まりそうになってしまった苦い経験がある。
 最後は偶然にも兄と合流し、自分を追いかけていた女の人と兄を追いかけていた空飛ぶ女の子が空中で激突し、何とか撒く事ができた。
 しかし゛隠れ家゛に戻った後に待っていたのは大好きな兄トーマスからの称賛……ではなく、説教であった。
 以前から「お前は俺のような汚れ事に手を突っ込むなよ?」と釘を刺されていた分、その説教は中々に苛烈であった事は今でも思い出せる。

 その日の夜はゴミ捨て場で拾った枕を濡らした事を思い出しつつ、リィリアは兄に詰め寄った。
「お兄ちゃん、昨日ブルドンネ街で大金持ってた女の子の仲間に追われたって言ってたのに、どうしてまたそんな危ない場所に行くのよ!」
「だ……だってしょうがないだろ!王都は他の所よりも盗みやすいんだ、稼げる時に稼いでおかないと……」
 年下にも関わらず自分に対してはやけに気丈になれるリィリアに対し、トーマスは少し戸惑いながらもそう言葉を返す。
 それに対してリ彼女は「呆れた」と呟くと、兄に詰め寄ったまま更に言葉を続けていく。
「その女の子たちが持ってた三千エキューもあれば、十分なんじゃないの!?」
「お前はまだ子供だから分かんないかも知れないけどさ、お金ってあればある程生きていくうえで便利なんだぜ?」
 開き直っているとも取れる兄の言葉に、リィリアはムスッとした表情を兄へと向けるほかなくなる。

 卑しい笑みを浮かべて笑う兄の顔は、かつて領地持ちの貴族の家に生まれた子どもとは思えない。
 しかしそれを咎めることも、ましてや魔法学院にも行ってない自分にはそれを改めよと説教できる資格はないのだ。
 自分が丁度物心ついた時に両親が領地の経営難と多額の借金で首を吊って以来、兄トーマスは自分を守ってきてくれた。
 両親の親族によって領地から追い出され、当てもない旅へ出た時に兄は自分の我儘を嫌な顔一つせず聞いてくれたのである。
 お腹が減ったといえば農家の百姓に頭を下げてパンを貰い、山中で喉が渇いたと喚けば自分の手を引いて川を探してくれた。
 そして今は自分たちが大人になった時の生活費を゛稼ぐ゛為に、わざわざ盗みを働いてまで頑張ってくれているのだ。

640ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:08:07 ID:q4fByaLE
 自分は――リィリアはまだ子供であったが、兄のしていることがどんなにダメな事なのか……それは自分が財布を盗んだ女の人が教えてくれた。
 しかし、だからといって兄の行いを妹である自分が正す事などできるはずもない。
 いくらそれが悪い事だからといっても、これで自分たちは糧を得てきたのである。今更それをやめて生きていく事など難しすぎる。
 ここに来る道中行く先々で色んな人たちから冷遇を受けてきたのだ。やはり兄の言う通り、大人は信用できないのかもしれない。
 自分たちの事など何も知らない大人たちはみな一様に笑顔を浮かべ、上っ面だけ笑顔を浮かべて可哀そうだ可哀そうだと言ってくる。
 兄はそんな大人たちから自分を守りつつ、遥々王都まで来た兄は言った。――ここで俺たちが平和に暮らしていけるだけの金を稼ぐんだ。
 得意げな表情でそんな事を言っていた兄の後姿は、それまで読んだ事のある絵本の中の騎士よりも格好良かったのは覚えている。
 
 結局、することはいつもの盗みであったがそれでも他の都市と比べれば倍のお金を手に入れる事ができた。
 懐が暖かくなった兄は余裕ができたのか、屋台で売られているようなチープな料理を持って帰ってきてくれるようになった。
 持ち帰り用の薄い木の箱に入っている料理は様々で、サンドウィッチの時もあればスペアリブに、魚料理だったりスモークチキンだったりと種類様々。
 王都の屋台は色んな料理が売られているらしく、また味が濃いおかげで少量でもお腹はとても満足した。
 偶に安売りされてたらしい菓子パンやジュースも持って帰ってきてくれたので、王都での生活はすごく充実していた。
 本当ならここに住めばいいのだが、兄としてはもっともっとお金を稼いだ後でここから遠く離れた場所へ家を建てて暮らすつもりなのだという。
 
「ドーヴィルの郊外かド・オルニエールのどこかに土地でも買って、そこで小さな家を建てて……小さな畑も作ってお前と一緒に暮らすんだ。
 貴族としてはもう生きていけないと思うけど、何……魔法が使えれば地元の人たちが便利屋代わりに仕事を持ってきてくれるだろうさ」

 そう言って自分の夢を語る兄の姿は、いつも陰気だった事は幼い自分でも何となく理解する事はできた。
 今思えば、きっと兄自身も自分のしている事が後々――それが遠いか近いかは別にして――返ってくるであろうと理解していたに違いない。
 それでもリィリアは応援するしかないのだ。自分の為に手を汚してまで幸せをつかみ取ろうとしている、最愛の兄の事を。
  

 ……しかし、そんな時なのであった。そんな兄妹の身にこれまでしてきた事への――当然の報いが襲い掛かってきたのは。
「全くもう!ここで捕まったらお兄ちゃんの幸せは無くなっちゃうんだから気を付けないと!」
「分かってるって――…って、お?あれは……――」
 通りから横へ逸れる道を通り、そのまま隠れ家のある場所へと行こうとした矢先、トーマスの足がピタリと止まったのに気が付いた。
 何事かと思ったリィリアが後ろを振り返ると、そこにはうまいこと上半身だけを路地から出した兄の姿が見える。
 一体どうしたのかと訝しんだ彼女は踵を返し、彼の傍へ近寄ると同じように身を乗り出してみた。
「どうしたのよお兄ちゃん?」
「リィリア……あれ、見てみろよ。ここから見て丁度斜め上の向かい側にある総菜屋の入り口だ」
 兄の指さす先に視線を合わせると、確かに彼の言う通り少し大きめの総菜屋があった。
 幾つもある出来合いの料理を量り売りするこの店は今が稼ぎ時なのか、仕事帰りの平民や下級貴族でごった返している。
 その入り口、トーマスの人差し指が向けられているその店の入り口に、何やら大きめの旅行カバンが置かれていた。

641ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:10:07 ID:q4fByaLE
「旅行カバン……?どうしてあんな所に?」
「さぁな。多分何処かの旅行客が平和ボケして地面に直置きしてるんだろうが……チャンスかも?」
「え?チャンスって……ちょ、ちょっとお兄ちゃん!?」
 トーマスの口から出た゛チャンス゛という単語にリィリアが首を傾げそうになった所で、彼女は兄のしようとしている事を理解した。
 妹がいかにもな感じで置かれている旅行カバンを訝しむのを他所に、懐から杖を取り出したのである。
「お兄ちゃん、ダメだよあのカバンは!あんなの変だよ、こんな街中でカバンだけ放置されてるなんて絶対変だって……!」
「大丈夫だって、安心しろよ。この距離と通りの混み具合なら、上手くやれる筈さ」
 妹の静止を他所に兄は呪文を唱えようとした所でふと何かを思い出したかのように、妹の方へと顔を向けて言った。

「リィリア、もうちょっと奥まで行って隠れてろ。もしも俺が何か叫んだ時は、形振り構わずその場から逃げるんだぞ」
「お兄ちゃん!」
「大丈夫、もしもの時だよ。……今夜はこれでお終いにするさ、何せお前と俺の将来が掛かってるんだからな」
 この期に及んでまだ稼ぎ足りないと言いたげな兄の欲深さに、リィリアは呆れる他なかった。
 それでも彼が自分の為を思ってしてくれていると理解していた為、言うことをきくほかない。
 「もう……」とため息交じりに言う妹がそのまま暗い路地の奥へと隠れたのを確認した後、トーマスは詠唱した後に杖を振る。
 するとどうだ、トーマスの掛けた魔法『レビテーション』の効果を受けた旅行カバンが、一人でに動き出した。
 最初こそ少しずつ、少しずつ動いていたカバンはやがてその速度を上げ始め、一気に彼のいる横道へと向かっていく。
 ずるずる、ずるずる……!と音を立てて地面を移動するカバンに通りを行く人の内何人かが目を向けたが、すぐに人込みに紛れてしまう。
 通行人の足にぶつからないよう上手くコントロールしつつ、尚且つ気づかれないようなるべく速度を上げて引き寄せる。
 そうして幾人もの目から逃れて、旅行カバンは無事トーマスの手元へとやってきたのである。
「よし、やったぜ」
 軽いガッツポーズをしたトーマスは、そのままカバンの取っ手を掴むと妹が入っていた暗い路地の奥へと入っていく。
 流石に今いる場所で盗んだカバンを開けられないため、少し離れた場所で開ける事にしたのだ。

 そして歩いて五分と経たぬ先にある少し道幅のある裏路地にて、二人は思わぬ戦果の確認をする事となった。
「お兄ちゃん、そろそろ開きそう?」
「待ってろ。後はここのカギを……良し、開いた」
 防犯の為か二つも付いていたカバンの鍵を、トーマスは手早く『アンロック』の魔法で解錠してみせる。
 小気味の良い音と共に鍵の開いたそれをスッと開けると、まず目に入ってきたのは数々の衣服であった。
 どうやら本当に旅行者のカバンだったようだ、王都の人間ならばわざわざ自分の街でこれだけの服は持ち歩かないだろう。
 トーマスとリィリアは互いに目配せをした後、急いで幾つもの服をカバンから出し始める。
 この服を売りさばく……という手もあるが物によって値段の高低差があり過ぎるうえ、選別する時間ももどかしい。
 だから二人がこの手の大きな荷物を盗んでから最初にする事は、金目のものが入っているかどうかの確認であった。

「おいリィリア、見ろ。見つけたぞ!」
 カバンを物色し始めてから数分後、先に声を上げたのはトーマスの方であった。
 彼はカバンの中に緯線を向けていた妹に声を掛けると、服の下に隠れていた小さめの革袋を自慢気に持ち上げて見せる。
 そして二度、三度揺すってみるとその中から聞こえてくるジャラジャラ……という音を、リィリアもはっきりと聞き取ることができた。
 何度も聞き慣れてはいるが耳にする度に元気が湧いてくる音に、妹は自身の顔に喜びの色を浮かべて見せる。

642ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:12:06 ID:q4fByaLE
「凄い、まさか本当にあっただなんて……」
 喜ぶと同時に驚いている彼女に「そうだろう」と胸を張りつつ、トーマスは袋の口を縛る紐を解く。
 二人の想像通り、袋の中から出てきたのはここハルケギニアで最も普及しているであろうエキュー金貨であった。
 少なくとも五十エキューぐらいはあるだろうか、旅行者が何かあった時の為に用意しているお金としては十分な額だろう。
「小遣い程度にしかならないけど……今夜はお前と一緒に美味しいものが食えそうだな」
「もう、お兄ちゃんったら」
 思いもよらないボーナスタイムで気を良くする兄に、リィリアは呆れつつもその顔には笑顔が浮かんでしまう。
 リィリアは兄の言葉に今から舌鼓を打ち、トーマスは妹の為に今日は安い食堂にでも足を運ぼうかと考えた時――その声は後ろから聞こえてきた。

「あー君たち、ちょっと良いかな?」
「……ッ!」
 背後――それも一メイル程の真後ろから聞こえてきたのは、若い男性の声。
 二人が目を見開くと同時にトーマスはバッと振り返り、妹をその背に隠して声の主と向き合う形となった。
 そこにいたのは二十代後半であろうか、いかにも優男といった風貌の青年が立っていたのである。
 青年は前髪を左手の指で弄りつつも、野良猫のように警戒している二人を見て気まずそうに話しかけてきた。
「……あ〜、そう警戒しないでくれるかな?ちょっと聞きたいことがあるだけだから」
 青年の言葉に対して二人は警戒を解かず、いつでも逃げ出せるように身構えている。
 特にトーマスは、気配を出さずにここまで近づいてきた青年が『ただの平民ではない』という認識を抱いていた。
「何だよおっさん?俺らに聞きたい事って……」
「おっさんて……僕はまだ二十四歳なんだが、あぁまぁいいや。……いやなに、本当に聞きたい事が一つあるだけだからね」
 警戒し続けるトーマスのおっさん呼ばわりに困惑しつつも、彼はその゛聞きたい事゛を二人に向けて話し始めた。

「実はさっき、僕が足元に置いていた筈の荷物が消えてしまってね。探していた所なんだよ……あ、失くした場所はここから近くにある総菜屋の入り口ね?
 それでね、適当な人何人かに聞いてみたら路地の中に一人でに入っていった聞いて慌てて後を追ってきたんだが……君たち、知らないかい?」

 男は優しく、警戒し続ける二人を安心させようという努力が垣間見える口調で、今の二人が聞かれたくなかった事を遠慮なく聞いてきた。
 リィリアはその手で掴んでいる兄の服をギュッと握りしめつつもその顔を真っ青にし、トーマスの額には幾つもの冷や汗を浮かんでいる。
 彼の言う通り自分たちはその荷物とやらの行方を知っている。いや、知りすぎていると言っても過言ではない。
 何せ彼が探しているであろう荷物は、先ほどトーマス自身が魔法で手繰り寄せて盗み取ったのであるから。 
 つい先ほどまで有頂天だったのが一変し、窮地に追い込まれた兄妹はこの場をどう切り抜けようか思案しようとする。
 だがそれを察してか、はたまた彼らがクロだと踏んだのか男は彼らの後ろにあったカバンを見て声を上げた。

643ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:14:07 ID:q4fByaLE
「ん、あれは君たちの荷物かい?」
「へ?あ、あぁ……そうだよ」
 てっきりバレたのかと思っていたトーマスはしかし、男の口から出た言葉に目を丸くしてしまう。
 どうやら男はこんな場所に置かれていたカバンと自分たちを見て、それが自分の荷物だと思わなかったらしい。
 よく言えば重度のお人好しで、悪く言えば単なるバカとしか言いようがない。
 きっと自分たちがまだ子供だから、盗みなんてするはずが無い…思っているのかもしれない。
 もしすればこのまま上手く誤魔化せるのではないかと思ったトーマスであったが……――世の中、そう甘くはなかった。
「そうか、そのカバンは君たちの物なのか〜……ふ〜ん、そうかぁ〜」
 トーマスの言葉を聞いた男はそんな事を一人呟きつつ、懐を漁りながら二人のそばへと近寄りだした。
 更に距離を詰めようとしてくる男に二人は一歩、二歩と後退るのだが、男の足の方が速い。
 
 兄妹のすぐ傍で足を止めた男はその場で中腰になると、懐を漁っていた手でバッと何かを取り出して見せる。
 それは一見すれば極薄の手帳のようだが、よく見るとそれが身分証明書の類である事が分かった。
 表紙には大きくクルデンホルフ大公国の国旗が描かれており、その下にはガリア語で゛身分証明゛と書かれている。
 男はそれを開くとスッと兄妹の前に開いたページを見せつけながら、笑顔を浮かべつつ唐突な自己紹介を始めた。

「自己紹介がまだだったね。僕の名前はダグラス、ダグラス・ウィンターって言うんだ。まぁ詰まるところ、旅行者ってヤツさ」
「……そ、それがどうしたってんだよ?俺たちと何の関係が……」
「――君。その鞄の右上、そこに小さく彫られてる名前を確認してみると良いよ」

 自分の反論を遮る彼の言葉に、トーマスの体はピクリと震えた。
 リィリアもビクンッと反応し、相も変わらずニヤニヤと笑う男の様子をうかがっている。
 対する男――ダグラスはニコニコしつつも兄妹の後ろにあるカバンを指さして、「ほら、確認して」と言ってくる。
 仕方なくトーマスはゆっくりと、自分の服にしがみついている妹ごと後ろを振り返り、カバンを確認した。
 丁度都合よく閉まっていたカバンの外側右上に、確かに小さく誰かの名前が彫られている事に気が付いた。
 最初はだれの名前がわからなかったかトーマスであったが、目を凝らさずともその名前が誰の名前なのかすぐに分かった。

――ダグラス・ウィンター

 血の気が引くとはこういう事を言うのか、二人してその顔は一気に真っ青に染まっていく。
「ね?その名前、実は俺が彫ったんだよ。いやぁ、中々の手作業だったんだ」
 心ここにあらずという二人の背中に、聞いてもいないというのにダグラスは一人暢気にしゃべっている。
 しかしその目は笑っていない。口の動きや喋り方、表情に身振り手振りで笑っている風に装っているが、目だけは笑ってないのだ。
 限界まで細めた目で無防備に背中を見せるとトーマスと、警戒しているリィリアが次にどう動くのかを窺っている。
 無論トーマスとリィリアの兄妹もダグラスの冷たい視線に気が付いており、動くに動けない状態となっていた。

644ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:16:05 ID:q4fByaLE
 トーマスは咄嗟に考える。どうする?今すぐ妹の手を取ってここからダッシュで逃げるべきか?
 既に自分たちが盗人だとバレてしまっている以上、どうあっても誤魔化しが効かないのは事実だ。
 ならば未だ狼狽えている妹の手を無理やりにでも取って、脱兎の如く逃げ出すのが一番だろう。
 幸いこの路地は程よく道が幾つにも分かれており、上手くいけば彼――ダグラスを撒ける可能性はある。
 これまで足の速さと運動神経の良さのおかげで、バレたときにはうまく逃げ切れていたし、何より魔法も使える。
 今回も大きなミスをしなければ、背後にいる得体の知れない観光客から逃れることなど造作もないだろう。

(唯一の不安材料は妹だけど……けれど、今更置いて逃げる事なんかできるかよ)
 盗みがバレたせいで未だ目を白黒させているリィリアを一瞥しつつ、トーマスは自身の右手をベルトに差している杖へと伸ばす。
 同時に左手をそっと妹の方へと動かして、胸元で握り締めている両手を取ろうとした――その時であった。
 ふと目の前、暗くなった路地の曲がり角から突如、自分たちよりも二回りほど大きい褐色肌の男が姿を現したのである。
 突然の事にトーマスは慌てて両手の動きを止めて、リィリアは突如現れた大男を見て「……ひっ」と小さな悲鳴を上げてしまう。
 男はダグラスよりもずっと屈強な体つきをしており、いかにも日頃から鍛えていますと言わんばかりのガタイをしている。
 筋肉男――マッチョマンと呼ぶに相応しいほど鍛えられた肉体を、彼は持っているのだ
 そんな突然現れたマッチョマンを前に二人が驚いて動けない中、その男はスッと視線を横へ向け、ダグラスと顔を合わせてしまう。

 そしてダグラスに気が付いた瞬間、男はパッと顔を輝かせると面白いものを見たと言いたげな声で彼に話しかけたのである。
「ん……おぉ、いたいた!おぉいダグラス!盗人はもう見つけたのか?」
「やぁマイク。ようやっと見つけたよ。まさか僕のカバンを盗むなんてね、大した泥棒さんたちだよ」
「ん?あぁ、このガキどもが犯人ってワケか!はっはっは!まさかお前さんともあろう男が、こんなチビ共に盗まれるとはな!」
「よせよ、まさか本当に盗まれるだなんて思ってなかったんだからさぁ」
 まるで一、二ヵ月ぶりに顔を合わせた親友の様に話しかけてくる褐色肌の男――マイクに対して、タグラスも同じような言葉を返す。
 そのやり取りを見てトーマスは更なる絶望に叩き落される。何ということだろう、自分は何と愚かな事をしてしまったのだと。
 冷静に考えれば確かにあのカバンは怪しかった。景気よく稼いだせいですっかり調子に乗っていた自分は、その怪しさに気づけなかった。
 その結果がこれである。自分だけではなく妹のリィリアをも危険に晒してしまっているのだ。

 妹を危険に晒してしまった。……その事実がトーマスに突発的な行動を起こさせきっかけになったかどうかは分からない。
 ただ愛する妹を、唯一残った肉親をせめてここから逃がそうとして、小さな頭で素早く考えを巡らせ結果かもしれない。
「……ッ!うわぁあぁあぁッ!」
「お兄ちゃん!?」
「うぉッ!?何だ、この……離せッ!」
 トーマスは自分たちの目の前で景気よく笑うマイクに向かって、精一杯の突進をかましたのである。
 無論自分よりも倍の身長を持つマイクにとっては、突然見ず知らずの子供が叫び声をあげて両脚を掴んできた風にしか見えない。
 しかし、大の男二人に至近距離まで近づかれた状態では、これが最善の方法なのかもしれない。
 ここまで近づかれては杖を取り出してもすぐに取り上げられ、最悪二人揃って捕まる可能性の方が高い。
 ならば小さな頭で今考えられる最善の方法を、一秒でも早く実行に移す他なかった。

645ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:18:09 ID:q4fByaLE
「走れリィリア!ここから急いで逃げるんだッ!」
「え……え?でも、」
「俺に構うな!さっさと逃げろォッ!」
「……ッ!」
 兄の突然の行動に体が硬直していたリィリアは、彼の叫びを聞いて飛び跳ねるかのように走り出す。
 大男とその足を必死に掴む兄の横を通り過ぎ、暗闇広がる路地をただただ黙って疾走する。
「あっ!お、おいきみ――って、うぉ!?」
 後ろからダグラスの制止する声が聞こえたが、それは途中で小さな叫び声へと変わる。
 五メイルほど走ったところで足を止めて振り返ると、トーマスは器用にも足を出して彼を転ばせたのだ。
 哀れその足に引っかかってしまったダグラスは道の端に置いてあったゴミ箱に後頭部ぶつけたのか、頭を押さえてうずくまっている。
 ここまでした以上、何をされるか分からぬ兄の身を案じてか、リィリアは「お兄ちゃん!」と声を上げてしまう。
 それに気づいてか、顔だけを彼女の方へ向けたトーマスは必至そうな表情で叫ぶ。

「バカッ!止まるんじゃない!早く、早く遠くへ――……っあ!」
「この、野郎ッ!」
 トーマスが目を離したのをチャンスと見たのか、マイクはものすごい勢いで拳を振り上げる。
 振り上げた直後の罵声に気づき、彼が視線を戻したと同時にそれが振り下ろされ、リィリアは再び走り出した。
 直後、鈍く重い音と子供の悲鳴が路地裏に響き渡ったのを聞きながら、リィリアは振り返る事をせずに走り続ける。
 いや、振り返る事ができなかった。というべきであろうか、背後で起きている事態を直視する勇気は、彼女に無かったのだ。
 涙をこぼしながらただひたすらに路地裏を走る彼女の耳に聞こえてくるは、何かを殴りつける鈍い音と、マイクの怒声。

「このガキめ、大人を舐めるな!」
 まるでこれまでの自分たちの行動が絶対的な悪なのだと思わせるかのような、威圧的な言葉。
 それが深く、脳内に突き刺さったままの状態でリィリアは路地裏を駆け抜け、夜の王都へとその姿を消したのである。
 


「最初に言ったけど、もう一度言うわ。自業自得よ」
 リィリアから長い話を聞き終えた後、霊夢は情け容赦ない一言を彼女へと叩きつけた。
 それを面と向かって言われたリィリアは何か言い返そうとしたものの、霊夢の表情を見て黙ってしまう。
 ムッと怒りの表情とそのジト目を見てしまえば、彼女ほどの小さな子供ならば口にすべき言葉を失ってしまうだろう。
 威圧感――とでも言うべきなのであろうか、気弱な人間ならば間違いなく沈黙を保ち続けるに違いない。
 そんな霊夢を恐ろし気に見つめていたリィリアの耳に、今度は背後にいる別の少女が声を上げた。
「まぁ霊夢の言う通りよね。少なくともアンタとアンタのお兄さんは被害者だけど、被害者ヅラして良い身分じゃないもの」
 彼女の言葉にリィリアは背後を振り返り、ベンチに腰を下ろして自分を見下ろしている桃色髪の少女――ルイズを見やる。

646ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:20:06 ID:q4fByaLE
 最初、リィリアはその言葉の意味がイマイチ分からなかったのか、ついルイズにその事を聞いてしまった。
「それって、どういう……」
「そのままの意味よ。散々人の金盗んでおいて、一回シバかれただけで白旗を上げるなんて、都合が良すぎなの」
「でも……あぅ」
 ふつふつと湧いてくる怒りを抑えつつ、冷静な表情のまま相手に言い放つルイズの表情は冷たい。
 眩い木漏れ日が綺麗な夏の公園の中にいるにも関わらず、彼女の周囲だけまるで凍てつく冬のようである。
 もしもここに彼女の身内や知り合いがいたのならば、きっと彼女の母親と瓜二つだと言っていたに違いない。
 その表情を見てしまったリィリアはまたもや何も言い返せず、黙ってしまう。
 
 ほんの十秒ほどの沈黙の後、リィリアはふとこの場にいる三人目の女性――ハクレイへと目を向ける。
 彼女もまた財布を盗まれた被害者であり、さらに言えばそれを盗んだのが自分だったという事か。
 普通に考えれば助けてくれる可能性など万一つ無いのだが、それでも少女は救いの目でルイズの横に立つ彼女へと視線を送った。
 ハクレイはというと、カトレアから貰ったお金を盗んだ少女が見せる救いの眼差しに、どう対応すれば良いのかわからないでいる。
 睨み返すことはおろか、視線を逸らす事さえできず、どんな言葉を返したら良いのか知らないままただ困惑した表情を浮かべるのみ。
 そんな彼女に釘を刺すかのように、ルイズと霊夢の二人も目を細めてハクレイを睨みつけてくる。
 ――同情や安請負いするなよ?そう言いたげな視線にハクレイは何も言えずにいた。
(やっぱり、カトレアを連れてくるべきだったかしら?)
 自分一人ではどう動けばいいか分からぬ中、彼女は自分の選択が間違っていたのではないかと思わざる得なかった。


 それは時を遡る事三十分前。丁度霊夢とハクレイの二人が互いの目的の為に街中で別れようとしていた時であった。
 色々一悶着があったものの、ひとまず丁度良い感じで別れようとした直前に、あの少女が彼女たちの前に姿を現したのである。
 ――今まで盗んだお金を返すから、兄を助けてほしい。そう言ってきた少女は、あっという間に霊夢に捕まえられてしまった。
 ハクレイとデルフが制止する間もなく捕まえられた彼女は悲鳴を上げるが、霊夢はそれを気にする事無く勝ったと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
「は、離して!」
「わざわざ姿を現してくれるなんて嬉しい事してくれるわね?……もしかして今日の私の運勢って良かったのかしら?」
 いつの間にか後ろへ回り込み、猫を掴むようにしてリィリアの服の襟を力強く掴んだ彼女は、得意げにそんな事を言っていた。
 そして間髪いれずに路地裏へと連れ込むと、襟を掴んだままの状態で彼女への「取り調べ」を始めたのである。
「早速聞きたいんだけど、アンタのお兄さんが何処にお金を隠したのか教えてくれないかしら?」
「だ、だからお金は返すから……先にお兄ちゃんを!」
「あれ、聞いてなかった?私はお金の隠し場所を教えてもらいたい゛だけ゛なんだけど?」
 最早取り調べというより尋問に近い行為であったが、それを気にする程霊夢は優しくない。
 ハクレイとデルフが止めに入っていなければ、近隣の住民に通報されていたのは間違いないであろう。


 ひとまずハクレイが二人の間に入ったおかげでなんとか場は落ち着き、リィリアの話を聞ける環境が整った。
 最初こそ「何を言ってるのか」と思っていた霊夢であったが、その口ぶりと表情から本当にあった事だと察したのだろう、
 ひとまず拳骨を一発お見舞いしてやりたい気持ちを抑えつつ、ため息交じりに「分かったわ」と彼女の話を信じてあげる事にした。
 その後、姉の所に出向いているであろうルイズにもこの事を報告しておくかと思い。ハクレイに道案内を頼んだのである。

647ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:22:08 ID:q4fByaLE
 彼女の案内で『風竜の巣穴』へとすんなり入ることのできた霊夢は、ハクレイにルイズを外へ連れてくるように指示を出そうとした。
 しかしタイミングが良かったのか、丁度カトレアとの話が済んで帰路につこうとしたルイズ本人とバッタリ出くわしたのである。
「丁度良かったわルイズ。見なさい、ようやっと盗人の片割れを見つけたわ」
「えぇっと、とりあえずアンタを通報すれば良いのかしら?」
「……?何で私を指さしながら言ってるのよ」
 そんなやり取りの後、ひとまず近場の公園へと場所を移して――今に至る。


「それにしても、イマイチ私たちに縋る理由ってのが分からないわね」
 リィリアから話を聞き終えたルイズは彼女が逃げ出さないよう睨みつつ、その意図を図りかねないでいる。
 当然だろう。何せ自分たちが金を盗んだ相手に、兄が暴漢たちに捕まったというだけで助けてほしいと懇願してきたのだから。
 本来ならばふざけるなと一蹴された挙句に、衛士の詰所に連れていかれるのがお約束である。
 いや、それ以前に衛士の元へ駈け込んで助けて欲しいと頼み込めばいいのではなかろうか?
 まだ幼いものの、それが分からないといった雰囲気が感じられなかったルイズは、それを疑問に思ったのである。
 そして疑問に思ったのならば聞けばいい。ルイズは地面に正座するリィリアへとそのことを問いただしてみることにした。
「ねぇ、一つ聞くけど。どうしてアンタは被害者である私たちに助けを求めたのよ?」
「え?そ……それは…………だから」
 突然の質問にリィリアは口を窄めて喋ったせいか、上手く聞き取れない。
 霊夢とハクレイも何だ何だと傍へ近寄って来るのを気配で察知しつつ、ルイズはもう一度聞いてみた。
「何?ハッキリ言いなさいな」
「えっと……その、お姉さんたちがあんなに大金を持ってたから……」
「大金……?――――ッァア!」
 一瞬何のことかと目を細めてルイズは、すぐにその意味に気づいたのかカッと見開いた瞳をリィリアへと向ける。
 限界近くまで見開かれた鳶色のそれを見て少女が「ヒッ」と悲鳴を漏らす事も気にせず、ルイズはズィっとその顔を近づけた。
「も、も、もしかしてアンタ!私たちの三千近いエキュー金貨の場所を、知ってるっていうの!?」
「はいはいその通りだから、落ち着きなさい」
 興奮するルイズの肩を掴んでリィリアと離しつつ、霊夢は鼻息荒くする主に自分が先にリィリア聞いた事を伝えていく。

「まぁ要は取り引きってヤツよ。ウソか本当かどうか知らないけど、どうやら兄貴が何処に金を隠しているのか知ってるらしいのよ。
 それで私たちから盗んだ分はすべて返すから、代わりに兄貴を助けて……次いで自分たちの事は見逃して欲しいって事らしいわ」

 霊夢から話をする間に大分落ち着く事のできたルイズは「成程ね」と言って、すぐに怪訝な表情を浮かべて見せた。
「ちょい待ちなさい。兄を助ける代わりにお金を返すのはまぁ分かるとして、見逃すってのはどういう事よ?」
「アンタが疑問に思ってくれて良かったわ。私もそれを聞いて何都合の良いこと言ってるのかと思ったし」
「少なくともアンタよりかはまともな道徳教育受けてる私に、その言葉は喧嘩売ってない?」
 顔は笑っているが半ば喧嘩腰のようなやり取りをしていると、二人の会話に不穏な空気を感じ取ったリィリアが口を挟んでくる。
「お願いします!盗んだお金はそのまま返すから、お兄ちゃんを……」
「まぁ待ちなさい。……少なくともお金を返してくれるっていうのなら、あなたのお兄さんは助けてあげるわ」
 逸る少女を手で制止しつつ、ルイズは彼女が持ち掛けてきた取引に対しての答えを返す。
 それを聞いてリィリアの表情が明るくなったものの、そこへ不意打ちを掛けるかのようにルイズは「ただし」と言葉を続けていく。

648ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:24:20 ID:q4fByaLE
「アンタとアンタのお兄さんを見逃すっていう事はできないわ。事が済んだら一緒に詰所へ行きましょうか」
「え?なんで、どうして……?」
「どうしても何もないわよ。だってアンタたちは盗人なんですから」
 二つ目の条件が認められなかった事に対して疑問を感じているリィリアへ、ルイズは容赦ない現実を突きつけた。
 今まで見て見ぬ振りを決め込み、目をそらしていた現実を突き決られた少女はその顔に絶望の色が滲み出る。
 その顔を見て霊夢はため息をつきつつ、自分たちが都合よく助けてくれると思っていた少女へと更なる追い打ちをかける。
「第一ねぇ、盗んだモノをそっくりそのまま返して許されるなら、この世に窃盗罪何て存在するワケないじゃない」
「で、でも……それは……私とお兄ちゃんが生きていく為で、」
「生きていく為ですって?ここは文明社会よ。子供だからって理由で窃盗が許されるワケが無いじゃない。
 アンタ達は私たちと同じ人間で、社会の中で生きていくならば最低限のルールを守る義務ってのがあるのよ。
 それが嫌で窃盗を生業とするんなら山の中で山賊にでもなれば良いのよ。ま、たかが子供にそんな事できるワケはないけどね。
 第一、散々人々からお金を盗んどいて、いざ身内が仕事しくじって捕まったら泣いて被害者に縋るような半端者なんだし」

 的確に、そして容赦なく現実を突きつけてくる博麗の巫女を前にリィリアは目の端に涙を浮かべて、顔を俯かせてしまう。
 流石に言いすぎなのではないかと思ったルイズが霊夢に一言申そうかと思った所で、それまで黙っていたデルフが口を開いた。
『おぅおう、鬱憤晴らしと言わんばかりに攻撃してるねぇ』
「何よデルフ、アンタはこの生意気な子供の味方をするっていうの?」
『まぁ落ち着けや、別にそういうワケじゃないよ。……ただ、その子にも色々事情があるだろうって事さ』
「事情ですって?」
 突然横やりを入れてきた背中の剣を睨みつつも、霊夢は彼の言うことに首をかしげてしまう。
 デルフの言葉にルイズとハクレイ、そしてリィリアも顔を上げたところで、「続けて」と霊夢は彼に続きを言うよう促す。
 それに対しデルフも「お安い御用で」と返したのち、彼女の背中に担がれたまま話し始めた。

『まぁオレっち自身、その子と兄さんの素性なんぞ知らないし、知ったとしてもこれまでやってきた所業を正当化できるとは思えんさ。
 どんな理由があっても犯罪は犯罪だ。生きていく為明日の為と言いつつも、結局やってる事は他人から金を盗むだけ。
 それじゃ弱肉強食の野生動物と何の変りもない、人並みに生きたいのであればもう少しまともな道を探すべきだったと思うね』
 
 てっきり擁護してくれるのかと思いきや、一振りの剣にまで当り前の事を言われてしまい、リィリアは落ち込んでしまう。
 何を今更……とルイズと霊夢の二人はため息をつきそうになったが、デルフはそこで『ただし、』と付け加えつつ話を続けていく。
 
『今のような状況に至るまでにきっと、いや……多分かもしれんがそれならの理由はあっただろうさ。
 断定はできんが、オレっち自身の見立てが正しければ、きっとこの子一人だけだったのならば盗みをしようなんざ思わなかった筈だ。
 親がいなくなり、帰る家も失くしてしまった時点で近場の教会なり孤児院を頼っていたに違いないさ』

649ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:26:06 ID:q4fByaLE

 デルフの言葉で彼の言いたい事に気が付いたのか、ハクレイを除く三人がハッとした表情を浮かべる。
 霊夢とルイズの二人は思い出す。あの路地裏でアンリエッタからの資金を奪っていった生意気な少年の顔を。
 リィリアもまた兄の事を思い浮かべていたのか、冷や汗を流す彼女へとルイズが質問を投げかけた。
「成程、ここまで窃盗で生きてきたのはアンタのお兄さんが原因だったってことね?」
「……!お、お兄ちゃんは私の為を思って……」
「それでやり始めた事が窃盗なら、アンタのお兄さんは底なしのバカって事になるわね」
 あれだけの魔法が使えるっていうのに、そんなことを付け加えながらもルイズはため息をつく。
 いくら幼いといえども、自分たちに見せたレベルの魔法が使えるのならば子供でも王都で雇ってくれる店はいくらでもあるだろう。
 昨今の王都ではそうした位の低い下級貴族たちが少しでも生活費を増やそうと、平民や他の貴族の店で働くケースが増えている。
 店側も魔法を使える彼らを重宝しており、今では平民の従業員よりも数が増えつつあるという噂まで耳にしている。
 もしも彼女のお兄さんが心を入れ替えて働いていたのならば、きっとこんな事態には陥っていなかったであろう。

「才能の無駄遣いって、きっとアンタのお兄さんにピッタリ合う言葉だと思うわ」
『まぁ非行に走る前に色々とあったってのは予想できるがね。……まぁあまり明るい話じゃないのは明らかだが』
 ルイズの言葉にデルフが相槌を入れつつも、リィリアにその話を聞こうと誘導していく。
 少女も少女でデルフの言いたいことを理解しているのか、顔を俯かせつつも話そうかどうかと悩んでいる。
 どうして自分たちが盗人稼業で生きていく羽目になったのか、その理由の全てを。
 少し悩んだ後に決意したのか。スッと顔を上げた彼女は、おずおずとした様子で語り始めた。

 両親の死をきっかけに領地を追い出され、兄妹揃って行く当てもない旅を始めた事。
 最初こそ行く先にある民家や村で食べ物を恵んでいた兄が、次第に物を盗むようになっていった事。
 最初こそ食べ物や毛布だけであったが次第に歯止めが効かなくなり、とうとう人のお金にまで手を出した事。
 常日頃口を酸っぱくして「大人は危険」と言っていた為に自分も感化され、次第に兄の行為を喜び始めた事。
 ゆく先々で他人の財産を奪い続けていき、とうとう王都にまでたどり着いた事。
 そこで兄は大金を稼ぎ、二人で暮らせるだけのお金を手に入れると宣言した事。
 そして失敗し、今に至るまでの出来事を話し終えたのは始めてからちょうど三分が経った時であった。

「……なんというか、アンタのお兄さんって色々疑いすぎたのかしらねぇ?」
 三人と一本の中で最初に口を開いたルイズの言葉に、リィリアは「どういうことなの?」と返した。
 ルイズはその質問に軽いため息をつきつつも座っていたベンチから腰を上げて、懇切丁寧な説明をし始める。

「だって、アンタのお兄さんは大人は危険とか言ってたけど。普通子供だけで盗んだ金で家建てて生きていくなんて無茶も良いところだわ。
 それに、普通の大人ならともかく孤児院や教会の戸を叩けたのならきっと中にいたシスターや神父様たちが助けてくれた筈よ?」

650ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:28:09 ID:q4fByaLE
 ルイズの言葉にリィリアは再び顔を俯かせつつ、小声で「そいつらも危険って言ってたから……と話し始める。
「お兄ちゃんが言ってたもん、大人たちは大丈夫大丈夫って言いながら私たちを引き離してくるに違いないって」
 以前兄から教わった事をそのまま口にして出すと、ルイズの横で聞いていた霊夢がため息をつきつつ会話に参加してくる。
「孤児院や教会の人間が?そんなワケないじゃないの、アンタの兄貴は疑心暗鬼に駆られすぎなのよ」
「ぎしん……あんき?」
『つまりは周りの他人を疑い過ぎて、その人達の好意を受け止められないって事だよ』
 デルフがさりげなく四文字熟語を教えてくるのを見届けつつ、霊夢はそのまま話を続けていく。

「まぁ何があったのか大体理解できたけど、それで非行に走るんならとことん救いようがないわねぇ
 きっとここに至るまで色んな人の好意を踏みにじってきて、そのお返しと言わんばかりに金を盗って勝ったつもりになって……、
 それで挙句の果てに屁でもないと思っていた被害者にボコられて捕まったんじゃ、誰がどう考えても当然の報いって考えるわよ普通」

 肩を竦めてため息をつく彼女の正論に、リィリアはションボりと肩を落として落胆する。
 流石の彼女であっても、ここにきてようやく自分たちのしてきた事の重大さを理解したのであろう。
 デルフも『まぁ、そうなるな』と霊夢の言葉に同意し、ルイズは何も言わなかったものの表情からして彼女に肯定的であると分かる。
 しかしその中で唯一、困惑気味の表情を浮かべてリィリアを見つめる女性がいた。
 それは霊夢たちと同じく兄妹……というかリィリアに直接お金を奪われた事のあるハクレイであった。
 少女に対し批判的な視線と表情を向けている霊夢とルイズの二人とは対照的に、どんな言葉を出そうか悩んでいるらしい。
 
 確かに彼女とそのお兄さんがした事が許されないという事は、まず変わりはしない。
 けれどもルイズたちの様に一方的になじる気にはなれず、結果喋れずにいるのだ。
 下手に喋れずけれども止める事もできずにいた彼女であったが、何も考えていなかったワケではない。
 幼少期に兄と共に苛酷な環境に身を置かざるを得なくなり、非行に走るしかなかった少女に何を言えばいいのか?
 そして兄と共に二度とこんな事をしないで欲しいと言わせるにはどうすれば良いのか?それをずっと考えていたのである。
 彼女はここに来てようやく口を開こうとしていた。一歩前へと踏み出し、それに気づいた二人と一本からの熱い視線をその身に受けながら。

「?どうしたのよアンタ」
「……あーごめん、今まで黙ってて何だけど喋っていいかしら?」
 軽い深呼吸と共に一歩進み出た自分に疑問を感じたルイズへ一言申した後、リィリアの前へと立つハクレイ。
 それまで黙っていたハクレイの言葉と、かなりの距離まで近づいてきたその巨躯を見上げる少女は自然と口中の唾を飲み込んでしまう。
 何せここにいる四人の中では、最も背の高いのがハクレイなのだ。子供の目線ではあまりにも彼女の背丈は大きく見えるのだ。
 唾を飲み込むついで、そのまま一歩二歩と後ずさろうとした所で、ハクレイはその場でスッと膝立ちになって見せる。
 するとどうだろう、あれ程まで多が高過ぎて良く見えなかったハクレイの顔が、良く見えるようになったのだ。
「……え?あの」
「人とお話をする時は他の人の顔をよく見ましょう。って言葉、よく聞くでしょう?」
 困惑するリィリアに苦笑いしつつもそう言葉を返すと、ハクレイは若干少女の顔を見下ろしつつも話を続けていく。

651ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:30:09 ID:q4fByaLE
「私の事、覚えてるでしょう?ホラ、どこかの広場でボーっとしてて貴女に財布を盗まれた事のある……」
 霊夢やルイズと比べ、年頃らしい落ち着きのある声で話しかけてくる彼女にはある程度安心感というモノを感じたのだろうか。
 それまで緊張の色が見えていた顔が微かに緩くなり、自分と同じくらいの視点で話しかけてくるハクレイにコクコクと頷いて見せた。
「うん、覚えてるよ。だからまず最初にお姉さんに声を掛けたの。だってもう片方は怖かったから……」
「おいコラ。今聞き捨てならない事をサラッと言ってくれたわね?」
 自分の方を見つめつつもそんな事を言ってきた少女に、霊夢はすかさず反応する。
 それを「やめなさいよ」とルイズが窘めてくれたのを確認しつつ、ハクレイは尚も話を続けていく。
「さっき、貴女のお兄さんを助けてくれたらお金はそっくりそのまま返すって言ってたわよね?」
「……!う、うん。私、お兄ちゃんがどこの盗んだお金を何処に隠しているのを知って……――え?」
 
 食いついた。そう思ったリィリアはパっと顔を輝かせつつ、ハクレイに取り引きを持ち掛けようとする。
 しかしそれを察したのか、逸る彼女の眼前に右手の平を出して制止したのだ。
 一体どうしたのかと、リィリアだけではなくルイズたちも怪訝な表情を浮かべたのを他所にハクレイはそのまま話を続けていく。
「別にお金の事はもう良いのよ。私がカトレアに貰った分だけなら……あなた達が良いなら渡してあげても良い」
「え?それ……って」
「はぁ?アンタ、この期に及んで何甘っちょろい事言ってるのよ!?」
 三人と一本の予想を見事に裏切る言葉に、思わず霊夢がその場で驚いてしまう。
 ルイズは何も言わなかったものの目を見開いて驚愕しており、デルフはハクレイの言葉を聞いて興味深そうに刀身を揺らしている。
 まぁ無理もないだろう。何せ彼女たちから散々許されないと言われた後での言葉なのだ。
 むしろあまりにも優しすぎて、ハクレイにそんな事を言われたリィリア本人が自身の耳を疑ってしまう程であった。
 流石に一言か二言文句を言ってやろうかと思った矢先、それを止める者がいた。
『まぁ待てって、そう急かす事は無いさ』
「デルフ?どういう事よ」
 突然制止してきたデルフに霊夢は軽く驚きつつも自分の背中にいる剣へと声を掛ける。
『どうやら奴さんも無計画に言ってるワケじゃなそうだし、ここは見守ってやろうや』
 何やら面白いものが見れると言いたげなデルフの言葉に、ひとまず霊夢は様子を見てみる事にした。
 彼女の後ろにいるルイズも同じ選択を選んだようで、二人してハクレイとリィリアのやり取りを見守り始める。

「え……?お金、くれるの?それで、お兄ちゃんも助けてくれるっていうの……?」
 相手の口から出た言葉を未だに信じきれないのか、訝しむ少女に対しハクレイは無言で頷いて見せる。
 それが肯定的な頷きだと理解した少女は、信じられないと首を横に振ってしまう。
 確かに彼女の思う通りであろう。普通ならば、金を盗まれた相手に対して見せる優しさではない。
 盗まれた分のお金は渡し、更には兄まで助けてくれる。……とてもじゃないが、何か裏があるのではないかと疑うべきだろう。
 リィリア自身盗んだお金を返すから兄を助けてほしいと常識外れなお願いをしたものの、ハクレイの優しさには流石に異常を感じたらしい。
 少し焦りつつも、少女は変に優しすぎるハクレイへとその疑問をぶつけてみる事にした。
「で、でも……そんなのおかしいよ?どうして、そこまで優しくしてくれるなんて……」
「まぁ普通はそう思うわよね。私だって自分で何を言っているのかと思ってるし」
 彼女の口からあっさりとそんに言葉が出て、思わずリィリアは「え?」と目を丸くしてしまう。
 そして疑問に答えたハクレイはフッと笑いつつ、どういう事なのかと訝しむ少女へ向けて喋りだす。

652ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:32:15 ID:q4fByaLE
「私が盗まれた分のお金はそのまま渡して、ついでにお兄さんも助けてあげる。それを異常と感じるのは普通の事よ。
 だって世の中そんなに甘くないのは私でも理解できるし、そこの二人が貴女のお願いに呆れ果ててるのも当り前の事なんだし」

 優しく微笑みかけながらも、そんな言葉を口にするハクレイへ「なら……」とリィリアは問いかける。
 ――ならどうして?最後まで聞かなくとも分かるその言葉に対し、彼女は「簡単な事よ」と言いながら言葉を続けていく。
「あなた達の事を助けたいのよ。……まぁ二人にはそんなのは優しすぎるとか文句言われそうだけどね」
 暖かい微笑みと共に口から出た暖かい言葉に、それでもリィリアは怪訝な表情を浮かばせずにはいられない。
 何せ自分は彼女に対して財布を盗んだ挙句に魔法を当ててしまったのだ、それなのに彼女は助けたいと言っているのだ。
 普通ならば何かウラがあるのではないかと疑うだろう。リィリアはまだ幼かったが、そんな疑心を抱ける程には成長している。
「でも、そんなのおかしいわ?だって、私はお姉ちゃんに対してあんなに酷いことをしたのに……」
 疑いの眼差しを向けるリィリアの言葉に対して、ハクレイは「まぁそれは忘れてないけどね?」と言いつつも話を続けていく。

「だから私は今回――この一度だけ、あなた達の手助けをするわ。一人の大人としてね。
 あなた達兄妹が泥棒稼業から手を洗って、まともに暮らしていくっていうのなら……今後の為を思ってあなた達に私の――カトレアがくれたお金を託す。
 何なら孤児院や、身寄り代わりの教会を探すのだって手伝おうとも考えてるわ。少なくともそこにいる人たちならば、あなた達を助けてくれると思うから」
 
 ハクレイはそう言った後に口を閉ざし、ポカンとしているリィリアへとただ真剣な眼差しを向けて返事を待っている。
 少女は彼女の言ったことをまだ完全に信じ切れていないのか、何と言えばいいのか分からずに言葉を詰まらせている。
 それを眺めている霊夢は彼女の甘さにため息をつきたくなるのを堪えつつも、最初に言っていた言葉を思い出す。
 ――この一度だけ。つまりは、あの兄妹に対して彼女はたった一度のチャンスをあげるつもりなのだろう。
 彼女が口にしたようにバカ野郎な兄と共にまともな道を歩み直せる、文字通りの最後のチャンスを。
 
 ルイズもそれを理解したようだったが、何か言いたそうな表情をしているに霊夢と同じことを考えているらしい。
 確かに子供といえど犯罪者に対して甘すぎる言葉であったが、犯罪者であるが以前に子供である。
 自分と霊夢は少女を犯罪者として、彼女は犯罪者である以前に子供として接しているのだ。
 だから二人して甘々なハクレイに何か一言突っついてやりたいという気持ちを抑えつつ、リィリアの答えを待っていた。
 そして件の少女は、ハクレイから提示された条件を前に、何と答えれば良いか迷っている最中であった。
 今まで兄と共に生きてきて、大事な事を全て決めてきたのは兄であったが、その兄はこの場にいない。
 だから自分たち兄妹の事を自分が決めなければいけないのだ。
 リィリアは閉まりっぱなしであった重い口をゆっくりと開けて、自分を見守るハクレイへと話しかける。

「本当に……本当に私たちの、味方になってくれるの?」
「アナタがお兄さんと一緒になってこれから真っ当に生きていくというのになら、私はアナタ達の味方になるわ」
 少女の口から出た質問に、ハクレイは優しい微笑みと真剣な眼差しを向けてそう返す。
 そこには兄の言っている「汚い大人」ではなく、本当に自分たちの事を案じてくれる「一人の大人」がいた。
 そして彼女はここにきてようやく思い出す、これまでの短い人生の中で、今の彼女と同じような表情と眼差しを向けてくれた人たちが大勢いたことを。

653ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:34:07 ID:q4fByaLE
 ある時は通りすがりの旅人に果物やパンを分けてくれた農民、そしてタダ配られるスープ目当てに近づいた教会の人たち。
 ここに至るまで通ってきた道中で出会った人々の多くが、自分たちの事を本当に心配してくれていたのだと。
 しかし兄は事あるごとに彼らを見て「信用するな」と耳打ちし、その都度必要なものだけを奪って彼らの親切心を踏みにじってきた。
 兄は自分よりも成長していた、だからこそ自分たちを領地から追い出した親戚たちの事が忘れられなかったのだろう。
 結果的にそれが兄の心に疑心暗鬼を生み出し、他人の善意を踏みにじる原因にもなってしまった。

 その事を兄よりも先に理解したリィリアは、目の端から流れ落ちそうになった涙を堪えつつ――ゆっくりと頷いた。
 ハクレイはその頷きを見て優しい微笑みを浮かべたまま、そっと左手で少女の頭を撫でようとして――。
「…って、何心温まる物語にしようとしてるのよッ!?」
「え?ちょ……――グェッ!」
 二人だけの世界になろうとした所で颯爽と割り込んできた霊夢に、見事な裸絞めを決められてしまった。
 あまりに急な攻撃だった為に何の対策もできずに絞められてしまったハクレイは、成すすべもない状態に陥ってしまう。
 突然過ぎた為か流れそうになった涙が完全に引っ込んでしまったリィリアは、目を丸くして見つめている。
 それに対してルイズは彼女の傍に近寄りつつ、「気にしなくていいわよ」と彼女に話しかけた。
「まぁあんまりにもムシが良すぎるから、ただ単にアイツに八つ当たりしてるだけなのよ」
「え?八つ当たりって……あれどう見ても絞め殺そうとしてるよね?」
「大丈夫なんじゃない?ねぇデルフ、アンタもそう思うでしょう?」
『イヤイヤ、普通は止めろよ!?ってか、そろそろヤバくねぇかアレ?』
 霊夢から無理やり手渡されたのであろう、ルイズの言葉に対し彼女の右手に掴まれたデルフが流石に突っ込みを入れる。
 確かに彼の言う通りかもしれない。自分より小柄な霊夢に絞められているハクレイはどうしようもできず、今にも落ちてしまいそうだ。
 
 デルフの言う通りそろそろ止めた方がいいのだろうが、正直ルイズも彼女の横っ腹にラリアットをかましたい気分であった。
 確かにあの兄妹は犯罪者であるが以前に子供だ、牢屋にぶち込むよりも前に救済をしたいという気持ちは分かる。 
 しかしだからといってあの時金を盗まれた時の屈辱は忘れていないし、自分たちの他にも大勢の被害者がいるに違いない。
 それを考えれば懲役不可避なのだろうが、やはり本心では「まだ子供だから」という気持ちも微かにある。霊夢はあるかどうか知らないが。
 ともかくハクレイはその「まだ子供だから」という元で兄妹にチャンスを作り、兄妹の一人であるリィリアはそれを受け入れた。
 まだ納得いかない所は多々あるがそれをハクレイにぶつける事で、ルイズと霊夢の二人もそれに了承したのである。

654ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:36:10 ID:q4fByaLE
 ひとまずは満足したのか、虫の息になった所でようやく解放されたハクレイを放って、霊夢はリィリアと対面していた。
 ハクレイと似たような顔をしていながらも、彼女よりも怖い表情を見せる霊夢に狼狽えつつも、少女は彼女からの話を聞いていく。
「じゃあ先にお金は返してもらうとして、アンタのバカお兄さんを助けたらルイズの紹介する教会か孤児院に入る事、いいわね?」
「う、うん……それで、他にも盗まれたお金とか一応……あなた達に渡す、それでいいの?」
「そうよ。アンタたちが他の人たちから盗んだお金は私たちが……まぁ、その。責任もって返すことにするわ」
 多少言葉を濁しつつもひとまず条件を確認し終えた所で、今度はルイズが話しかける番となった。
 彼女は言葉を濁していた霊夢をジト目で一瞥しつつもリィリアと向き合いは、咳払いした後真剣な表情で喋り始める。

「まぁ私たちはそこで伸びてるハクレイと違ってあなた達に甘くするつもりはないけど、貴女は反省の意思を見せてる。
 その貴女がお兄さんを説得できたのならば、私もアナタたちがやり直すための準備くらいはしてあげるわ。
 でも忘れないで頂戴。貴族である私の前で約束したのならば、どんな事があっても最後までやり遂げる覚悟が必要だってことを」
 
 わざとらしく腰に差した杖を見せつけつつそう言ったルイズに、リィリアは慎重に頷いた。
 その杖が意味することは、たとえ幼少期に親を失い貴族で無くなった彼女にも理解できた。
 リィリアの頷きを見てルイズもまた頷き返したところで、彼女は「ところで」と話を続けていく。

「一つ聞きたいんだけど、どうして私たちを頼る前に衛士の所に行かなかったのよ?
 いくらアンタ達がここで盗みをやってるって情報が出てても、流石に子供が誘拐されたとなると話しくらいは聞いてくれそうなものだけど……」

 先ほどから気になっていた事を抱えていたルイズからの質問に、リィリアは少し考える素振りを見せた後に答えた。
「えっとね……実はあの二人を探す前にね、今日の朝に詰め所に行ったの」
「え?もしかして、子供の戯言だとか言われて追い返されたの……?」
 人での少なくかつ教育の行き届いていない地方ならともかく、王都の衛士がそんな雑な対応をするのだろうか?
 そんな疑問を抱いたルイズの言葉に対して、リィリアは首を横に振ってからこう言った。
「うぅん、何か詰め所にいた衛士さんたちが皆凄い忙しそうにしててね。私が声を掛けても「ごめんね、今それどころじゃないんだ」って言われたの」
「忙しい……今それどころじゃない?」
「あぁ、そういえば今日は朝からヤケにばたばたしてたわねアイツら」
 何か自分の知らぬ所で大事件が起きたのであろうか?首を傾げた所で霊夢が話に入ってきた。
 彼女の言葉にルイズはどういう事かと聞いてみると、朝っぱらから街中で大勢の衛士が動き回っていたのだという。

「何でか知らないけどもう街の至る所に衛士たちがいたり、走り回ってたりしてたのよ。
 しかもご丁寧に下水道への道もしっかり見張りがいたから、おかけでやるつもりだった捜索が台無しよ。全く……」

 最後は悪態になった霊夢の言葉を半ば聞き流しつつも、ルイズはそうなのと返した後ふと脳裏に不安が過る。
 この前の劇場で起こった事件もそうだが、ここ最近の王都では何か良くないことが頻発しているような気がしてならない。
 そういう事を体験した身である為、ルイズは尚現在進行中で何か不穏な事が起きている気がしてならなかった。
 
 街中の避暑地に作られた真夏の公園の中で、ルイズは背筋に冷たい何かが走ったのを感じ取る。
 その冷たい何かの原因が得体のしれない不穏からきている事に、彼女は言いようのない不安を感じていた。

655ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:40:00 ID:q4fByaLE
はい、以上で第九十七話の投稿は終了です。
今年も残すところ半分を切って、色々慌ただしくなってきました。

それでは今回はここまで、また来月末にお会いしましょう。それではノシ

656ウルトラ5番目の使い魔 78話 ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:27:41 ID:ClJwH74c
皆さんこんにちは、ウルトラ5番目の使い魔。78話投稿開始します

657ウルトラ5番目の使い魔 78話 (1/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:31:43 ID:ClJwH74c
 第78話
 アナタはアナタ(前編)
 
 集団宇宙人 フック星人 登場!


 ハルケギニアの五大国の中で、ガリア王国はその最大の国として知られる。
 国力、領土面積、いずれも随一を誇り、大国として認めぬ者はいない。
 しかし、地方に目を向ければ、貧しい町村や、領主から見放されて荒れ果てた土地も多く、中央の富の届かない影の姿を見せていた。
 そして、首都リュティスから百リーグばかり離れた街道沿いに、そんなさびれた町のひとつがあった。
 町の名前はポーラポーラ。かつてはロマリアとの交易の結地として人口数万を誇ったこともあったけれど、さらに大きな街道の開通と同時にさびれはじめ、今では人口はわずか千人ばかり。荒れ果てた空き家ばかりが軒を連ねる悲しい幽霊街に成り果ててしまっていた。
 そんな町中に一軒の薄汚れた教会があり、固く閉ざされた戸を無遠慮にノックする者がいた。旅装束に、それに見合わぬ節くれだった大きな杖を抱えた小柄な少女。タバサである。
「誰だい?」
 中から返事があった。しかし、扉は固く閉ざされたままであり、明らかに歓迎されてはいない。だがタバサは顔色を変えずに、独り言のように扉に向かってつぶやいた。
「この春は暖かで、王宮の花壇は北も南もきれいでしょうね」
「……ヴェルサルテイルの宮殿には、北の花壇はないんだよ」
 暗号めいたやり取りの後、ガチャリと鍵の開く音がして、扉の奥からフードを目深に被った修道服姿の女が現れた。
「よくここを突き止めたね。腕は鈍ってないようだ。ええ? 北花壇騎士七号」
「思ったより手間はかかった。王女であるあなたが、こんなところでの生活を続けられているとは思えなかったから……けど、ようやく見つけた。イザベラ」
 互いに鮮やかな青い髪をまとった顔を見せあい、タバサとイザベラは再会を果たした。
 けれどイザベラは、招かざる客が来たと露骨に渋い顔をしている。その顔からは、王女として宮廷にいた頃の化粧は消えているが、気の強そうな目付きはそのまま残っていた。
「まあ立ち話も何だ。どうせ、帰れと言ったって帰らない気で来たんだろ? 入りなよ、茶ぐらい出してやる。出がらしだけどね」
 渋々ながら、イザベラはタバサを教会の中に招き入れた。

658ウルトラ5番目の使い魔 78話 (2/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:44:59 ID:ClJwH74c
 「お邪魔します」と、タバサは礼儀なのか嫌味なのかわからないふうに言い、中に足を踏み入れる。中からは埃っぽさのある空気か流れてきて鼻をつき、礼拝堂や懺悔室は物置小屋に見えるほど荒れ果てていたが、奥の給湯室と浴室のあたりだけは生活臭を漂わせていた。
「あなたがプチ・トロワから姿を消したと聞いてずいぶん探した。最初は別荘地などを探したけど、ここまで僻地に逃れているとは思わなかった」
「フン、それでも見つかっちまったら同じことさ……あいつらから聞いたのかい?」
 イザベラが尋ねると、タバサは小さく頷いた。
「あなたに協力者がいたことを思い出せたおかげで、わたしもなんとかあなたの足取りをつかめた。信用してもらうのには随分かかったけど、イザベラ様をどうかよろしくと強く頼まれた」
「ちっ、まったくあのデブとメイドめ……せっかく一人暮らしを楽しんでたっていうのにさ」
 舌打ちすると、イザベラは足音も荒く廊下を曲がった。よれよれの修道服がはためいて埃が舞うが、当人は気にもかけていない。  
 タバサはその後ろ姿を見て、それにしてもあつらえたようによく似合っているなと妙なおかしさを感じた。今のイザベラを見て王女だとわかるものはごく近しい者しかいるまい。元々王女らしくなかったけれども、髪は動きやすいようにまとめてあるし、修道服の着こなしはだらしなく、ただの町娘と言って疑う者はいるまい。これならずっと見つからなかったのもうなづける。
「ずっと一人で暮らしていたの?」
「ああ、食べるものはたまにアネットのやつが届けてくれるし、道具はだいたいここに揃ってるからな。このボロ教会はド・ロナル家の持ち物だそうだから、訪ねてくる奴はまずいない。隠れ家にはいいとこだよ」
「でも、誰にも世話をしてもらえずに、よくあなたが我慢できた」
「そりゃ最初は面倒だったさ。けど、慣れてしまえば独り暮らしも楽しいもんさ。好きなときに食えるし寝れるし、何よりうるさい奴らがいない」
 イザベラは、気にもとめてない風に平然と言う。
 開き直ったときの思い切りのよさは、どこかキュルケに似ているなとタバサは思った。わがままで自分勝手だが、プライドの高さゆえに独立心も強い。
「ほらよ、こんなものしかないけど飲みたきゃ飲みな」
 元はシスターたちの更衣室であったらしい部屋に置かれたテーブルにタバサを座らせ、イザベラはひびの入ったコップに茶を注いで、地味な菓子を振る舞ってくれた。
 タバサは黙ってイザベラに従い、室内をざっと見渡した。すくなからぬ時間を過ごした形跡がある割には、掃除をする気なんかまったくないふうに散らかり放題で、テーブルも埃まみれではあったけれど、タバサにはそれのほうがなぜか安心できた。
 テーブルを挟んで、よく似た顔立ちをした従姉妹同士が向かい合う。
「いただきます」
 ぽつりと言い、タバサはコップに注がれたお茶に口をつけた。味も香りもほとんどせず、ただの色水に近い。
 けれど、温かみだけはあり、コクコクとタバサは数口飲んだ。イザベラは、「けっ、この悪食め」と呆れて見ているが、タバサは今日ここに来てよかったと感じていた。

659ウルトラ5番目の使い魔 78話 (3/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:47:14 ID:ClJwH74c
「お願いがある」
 タバサは一息に切り出した。もとよりそのつもりで苦労して居場所を突き止めたのだ。
 するとイザベラは「そうら来た」と、ふてぶてしく椅子に体を寄りかからせた。しかしタバサが切り出した内容は、イザベラの想像を超えていた。
「ガリアの女王になって欲しい」
「……はぁっ!?」
 イザベラは思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。こいつのことだからとんでもないことを言ってくるとは思っていたけど、どこからそんなぶっ飛んだ話が出てくるというんだ?
「わたしの耳がどうかしちまったのかね。女王になれって聞こえた気がしたけど」
「空耳じゃない。ついでに言えば冗談でもない。あなたに、ガリアの女王になってもらいたい」
 タバサの口調は淡々としていながら、空気を重くするような真剣味が感じられた。
 イザベラは、重ねて突きつけられた信じられない要請を咀嚼しきれないながらも、プライドの高さから平静を保ってタバサに問い返した。
「気でも触れたのかい? ガリアはまだわたしの父上が健在だ。どうしてわたしが女王になれる?」
「ジョゼフの統治はもうすぐ終わる。わたしが終わらせる。なにより、ジョゼフ自身がもう在位を望んでいない。でも、ジョゼフがいなくなった後に速やかに空位を埋めなくては内戦になる。今、生き残っている王位継承者はわたしとあなたの二人だけ。そして、後継者としては前王の実子であるあなたのほうがふさわしい」
「建前ではそうだろうね。けどそれは、つまりお前が簒奪者の汚名を避けるための傀儡になれってことだろ?」
 イザベラはにべもなくヒラヒラと手を振って断った。そんな都合のために王位を押し付けられるなんて死んでもごめんだ。
 しかしタバサは邪な様子は一切見せずに続けた。
「わたしには別にやることがある。ガリアを短期に収めるには、表の権威と裏からの工作が必要」
「フン、自分から花壇騎士時代に戻ろうっていうのかい? けど、わたしが表からの権力で、昔みたいにお前を辱め始めたらどうする?」
「好きにすればいい。わたしひとりでガリアが収まるなら、安いもの」
「甘く見るなよ。わたしだって元北花壇騎士の団長だ。そんな正義じみたことを言う奴は一番信用おけないんだ。お前にわたしがやったことを思えば、恨んでいないほうがどうかしている」
 イザベラは馬鹿ではなかった。舌俸鋭くタバサを問い詰めて来る。
 しかしタバサは表情を変えることなく、イザベラに言った。

660ウルトラ5番目の使い魔 78話 (4/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:48:10 ID:ClJwH74c
「あなたに恨みはない」
「恨みはないだって? 言うにことかいてこれはお笑いだ! わたしの命令でお前は何回死地に放り込まれた? 何回人目の前で辱められた? 馬鹿にするのもたいがいに」
「でも、今のあなたはそれを後悔している」
 罵声をさえぎって放たれたタバサの一言に、イザベラは思わず言葉を詰まらせた。そして絶句するイザベラに、タバサは従姉と同じ色をした目を向けて告げる。
「わたしは、あなたの人形だった。物言わぬ、心持たぬ人形……だけど、人形であるからこそ、いつからか人間の心が見えるようになってきた。イザベラ、あなたはわたしの前で一度も心から笑ったことはない。そんなあなたに、わたしは恨みを抱くことはできなかった」
「恨まれるどころか、むしろ哀れまれていたというのかい……戦う前から……いや、戦いもしないうちにわたしはお前に負けっぱなしだ。ああそうさ! わたしはお前が憎かった。わたしにない魔法の才を、お前はじゅうぶんに持ち合わせているからね。けど、どんな無理難題を押し付けても、お前は一度も折れなかった。せめて一度でもお前がわたしに許しを請えば、わたしの気も晴れただろうにさ!」
「でも、今のあなたはそれも間違いだったと知っているはず」
「どうしてそう思う?」
「魔法では手に入らないものがあるということを、今のあなたは知っているから」
 その一言に、イザベラは思わず苦笑いした。友人と呼ぶにはまだ自信がないが、こんな自分がはじめて本音をぶつけ合うことができた、デブとメイドの顔が思い浮かぶ。
 悔しいが、タバサには自分の何倍もの友人がいるのだろう。そんなタバサからすれば、自分など恨む価値さえなかったとされてもしょうがない。
 なんとまあ、馬鹿馬鹿しいことかとイザベラは思った。自分は長い間、いつかタバサが復讐に来るかもという、ありもしない幻想に怯えていたのか。
「ハァ。考えてみれば勝者が負け犬を恨むはずもないね。けど、それと王座のことは別だ。わたしは別にガリアがどうなろうと知ったことじゃない。お前の都合のために、余計な苦労をしょい込むほどお人よしでもない」
「わたしも王位はどうでもいい。どうでもいいと思っていた。でも、わたしは任務の中で王家の争いに巻き込まれて不幸になった人を何度も見てきた。空位期間が生まれれば、その混乱の中でより大勢が不幸になってしまう」
「ならなおさら、お前が女王になるべきじゃないのかい? 今でもオルレアン公の人気は絶大だ。貴族どもは歓呼の声で迎えるだろうし、統治の才覚もお前のほうがあるだろう。裏の仕事なら、わたしだって専門分野だ」
「それでいいとも考えた。けど、トリステインのアンリエッタ女王を見ていて思った。わたしには、女王として必要なものが欠けている。だけど、あなたにはそれがある」
「これはまた、最高のお笑いを提供してくれたね! わたしのほうがお前より女王として優れているだって? お世辞にしたって限度ってものがあるよ。馬鹿にされるのは慣れてるつもりだけど、そこまで言われたら気分が悪いね」
 するとタバサは神妙そうに頭を下げた。
「ごめんなさい。侮辱するつもりはなかった。でも、今、この世界は安定しているように見えるけど、それは見せかけだけ。幻想が晴れるその時までにガリアを立て直しておかなければ、今度こそガリアは滅びてしまう。残念だけどその力は、ジョゼフにはない」
 タバサの態度に嘘偽りはないように見えた。しかし、イザベラはタバサの態度に違和感を感じていた。

661ウルトラ5番目の使い魔 78話 (5/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:56:59 ID:ClJwH74c
「あんた、今日はずいぶんとよくしゃべるじゃないか。わたしには人の心は読めないけど、お前とは無駄に付き合いだけは長いからわかるよ。お前、焦ってるだろ? まだ何を隠しているんだい?」
「……それを言うならイザベラ。なぜあなたはガリアの王がジョゼフだと覚えているの?」
「え……?」
 イザベラは唐突なタバサの問いに答えることができなかった。それはイザベラにとっては当たり前すぎることであったから。
 しかし、タバサはイザベラを真っ向から否定するように告げた。
「今、ガリアの人間。いえ、ハルケギニアの人間のすべてはガリアにジョゼフという王がいることを忘れて、それが当たり前だと思って生きている。異常だけど、ある力によってそれが当たり前だと思い込まされている。けど、あなたは本来の世界の記憶を持ち続けている」
「お前……どういうことだい? この世界がおかしくなっちまった原因を、お前は知っているのかい」
「知っている。いいえ、世界中の人々の記憶に手を加えた張本人は、わたしだから」
 イザベラは椅子から立ち上がると、無言のままタバサの胸倉をつかみ上げた。だがタバサはイザベラのされるがままに身を任せており、イザベラは怒りを押し殺しながらタバサに言った。
「どういうことだい? 説明してもらおうか」
「……話せば長くなるからかいつまんで説明する。少し前に、ジョゼフに異世界から来たという者が接触してきた。あなたが前に召喚したと聞いたチャリジャと似たような者と思ってくれればいい。そいつは、ジョゼフとわたしを相手に、ある条件と引き換えに、ハルケギニアの人間すべての記憶を改ざんしてしまったの」
「そうか、ある日突然に誰に聞いてもお父様のことを知らなくなってたのはそういうわけか。まったく、わたしのほうが頭がおかしくなっちまったんじゃないかって狂いそうだったよ。それで、なんでわたしの記憶だけがそのままだったんだい?」
「もしも、わたしとジョゼフの両方に何かがあったときにガリアを託せるのはあなたしかいない。だから、あなただけは記憶操作から外してもらったの。でも本当なら、あなたにはこのまま穏やかに生活を続けていてほしかった。けど、状況が変わって、どうしてもあなたの力が必要になったの」
 イザベラはタバサの胸元から手を離すと、むかついている様子を隠すことなく吐き捨てた。
「チッ、つまりお前の尻拭いをわたしもやれってことじゃないか。ふざけるんじゃないよ。そんな理由で押し付けられた玉座なんか願い下げだ」
「悪いと思っている。でも、人々の記憶を改ざんしておける時間は、もう長くない。そのときにガリアが本当に滅亡するのを防げるのは、もうわたしとあなたしかいない。イザベラ、あなたしかいないの」
 タバサはイザベラに向かって頭を下げた。しかしイザベラは、懐疑的な目を緩めなかった。
「フン、お前がわたしに頭を下げるとはね。前だったら思いっきり高笑いしてやったろうね。けど、お前さっき言ったよな? 王座のことなんかどうでもよかったって。それがどうして、今さらガリアのためにそんな必死になってるんだ?」
 いまだに信用していないイザベラの視線は、タバサにまだ隠している問題の本質を明かすようにと強く訴えていた。タバサは、イザベラには隠し事はできないと覚悟を決めた。
「ガリアがここまで追い詰められてしまったのは、元をたどればわたしのお父様とジョゼフの確執が原因。娘のわたしには、その責任をとる義務がある」
「それだったら、責任はわたしの父上のほうにあるだろう。もう知っているよ。オルレアン公はわたしの父上に毒殺されたって。お前たち親子のほうは、むしろ被害者じゃないか」
「違う……あなたの言うとおりだと、わたしもずっと信じてきた。けど、真実は違っていた。罪人は、ジョゼフだけではなかったの」

662ウルトラ5番目の使い魔 78話 (6/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:58:30 ID:ClJwH74c
 タバサは絞り出すようにそう言うと、懐から一冊の古ぼけた本を取り出してイザベラに差し出した。
「なんだい?」
「読んで」
 なかば押し付けるように差し出されたその本を、イザベラは受け取るとペラペラとページをめくった。どのページにも、人名や数字がびっしりと羅列してあり、よく見ると「何年何月にあの貴族に金をいくら贈った」とか、逆に「あの貴族からどこそこの名画や宝石を贈られた」などを細かく記した帳簿らしいことがわかった。
「なんだい、よくわからないけど、賄賂の記録じゃないのか? こんなもの、どこの貴族のとこを探しても出て来るだろう」
「……それが、わたしの父の書斎から出てきたのだとしても」
「なんだって……」
 イザベラは慌てて筆者を確認した。タバサは筆跡で書いた人間を特定したが、イザベラはそうはいかない。しかしイザベラは最後のページに、おそらくペンの試し書きで書いたと思われる落書きを見つけた。
「「僕は兄さんには絶対に負けない」か……」
 それが、誰が誰を指したものであるかはイザベラにもすぐにわかった。 
 三年前のあの当時、イザベラも子供であった。しかし、子供のイザベラの目から見ても当時のオルレアン公の人気は天を突くようで、反面『無能』の代名詞であったジョゼフの娘の自分はずいぶん肩身の狭い思いをしたものだ。
 だが、大人になった今、冷静にジョゼフとオルレアン公を比べてみれば、二人には魔法の才を除けば極端な差はなかった。王位は長子が継ぐべしという世の習いを思えばジョゼフを推す者も少なからずいたであろう。いくらオルレアン公が好人物で有名だったとしても、どこかおかしくはなかったか?
 イザベラはタバサの顔を覗き見た。いつもの無表情を装ってはいるけれど、どこか怯えているように見える。これまでどんな凶悪な怪物の退治を押し付けても眉ひとつ動かさなかったというのに。
「お前は、これをどう思ってるんだい?」
「信じたくはなかった。けど、生き残っているオルレアン派の貴族の何人かに探りを入れてみたら、間違いないとわかった。わたしは、娘として父の罪を償わなければいけない」
「これを、わたしの父上はもう知っているのか?」
「まだ伝えていない。今伝えたところでなにも変わらない。それに、ジョゼフのやった罪が消えるわけでもない」
 イザベラは、タバサの目にいまだ消えない執念の炎が燃えているのを垣間見て、ごくりとつばを飲んだ。
「なら、これからどうするつもりなんだい?」
「もうこれ以上、ガリアをわたしたち王家の犠牲にするわけにはいかない。わたしはその因縁を闇に葬るために、あえて奴の作戦を続けさせる。イザベラ、その後にガリアを治めるのは、一番罪に触れていないあなたがふさわしい」
「わたしが一番罪汚れていない、か……皮肉だとしても、これ以上のものはないね」
 イザベラは苦笑した。まったく、運命の女神というやつはよほど残酷で悪趣味な魔女であるに違いない。
「もし、わたしが嫌だと言ったら?」
「そのときは、わたしが全てにケリをつける。あなたには、もう二度と会うことはないと思う」

663ウルトラ5番目の使い魔 78話 (7/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:05:15 ID:ClJwH74c
「どうしてそこまで一人で背負い込もうとするんだい? お前の責任感の強いのはわかったけど、お前が悪いわけじゃない。わたしみたいに何もかも投げ捨てて隠れ住んだほうがずっと楽じゃないか?」
 すると、タバサは短く宙をあおいでから答えた。
「このガリアには、この世界には、犠牲にするにはもったいないほど素晴らしい人たちが大勢いる。そんな人たちを、わたしは好きになりすぎてしまった。イザベラ、あなたもそのひとり」
「わたしが? わたしがいつお前に好かれるようなことをしたんだ? 恨まれるようなことしかした覚えはないよ」
「あなたが助けたあの少年とメイドから聞いた。イザベラさまは、本当は寂しがりやなだけで、本当は優しい方なんだってことを。わたしも、小さい頃はあなたによく遊んでもらったのを覚えている。あなたは、あの頃から変わっていない」
「ちっ、ほんとにあのバカどもめ。今度会ったらはっ倒してやる」
 照れながらもイザベラに嫌悪感はなかった。
 しかし、それとタバサに協力するかどうかとなっては話は別だ。このガリアという崩壊寸前の国を立て直すには想像を絶する困難が待っていることだろう。それは、イザベラがかつて経験したこともない重圧だった。
 でも、イザベラにも迷いはあった。ガリアという国は、自分にとってたいして愛着のあるものではないけれど、タバサと同じ様に守ってあげたい人たちはいる。なにより、かつて進んで死地に送り出していた時とは逆に、タバサを見殺しにするのは忍びないという心が生まれている。
「少しだけ考える時間をおくれ。今晩には答えを出すから、しばらく一人にしてくれ」
「……わかった。今晩、また来る」
 タバサは短く答えると席を立った。
 イザベラはじっと考え込んだ様子で、立ち去るタバサに見向きもしない。タバサはそっと廊下を歩むと、教会の外に出た。
 外は日が傾きだし、相変わらず人通りはまばらだった。
 まるで寿命を待つばかりの老人のような街だとタバサは思う。いやきっとガリアだけでなく、世界中にこうした役目を終えて滅びを待つだけの町はあるのだろう。
 しかし、まだガリアという国ををそうしてはならないとタバサは思った。全てのものはいつか滅びるのが定めだとしても、ガリアほどの大国が倒れれば、ハルケギニア全体に少なくとも数年に及ぶ混乱が巻き起こる。そうなれば、近い将来本格的に動き出すヤプールに対抗するのは不可能になる。
 タバサは空を仰いで思った。お父様、あなたもいつかはこの空を見ながらガリアの行く先を思ったのですか? もしお父様が生きていたら、ガリアをどんな国にされたのでしょう? わたしは、この三年間そのことばかりを思ってきました。けれど、それは間違いだったかもしれません。
 人の上に立つ、国王として何が必要か? たぶん、多くのものが必要なのでしょうけど、お父様もジョゼフも一つだけ気がついていないものがあったのですね。でも、それをイザベラは持っています。イザベラ自身は気づいていないけれど、横暴な王女だったイザベラが誰にも頼らずに自分だけで茶を淹れてくれたことで、確信しました。
 タバサは物思いに耽りながら、しばらくの休息をとるために歩いた。なにかと多忙ではあるが、シルフィードのいない今の移動は時間がかかり、疲労も溜まりやすい。しかしその中で、何かの役に立てばとジョゼフの所有していた『始祖の円鏡』をロマリア名義で密かにトリステインに送っておいたことが功を奏したらしいと聞いた。まったくあいつは何を考えているのかわからない。
 こんな寂れた街でも旅人向けの宿は残っており、タバサは町外れの小さな宿に入ると食事もとらずに寝床に飛び込んだ。
 
 やがて日も落ち、夜がやってくる。

664ウルトラ5番目の使い魔 78話 (8/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:07:11 ID:ClJwH74c
 ポーラポーラの街は酒場で賑わうような者すらもいなくなって久しく、日が落ちるとわずかな住人も家に閉じこもって街は静寂に包まれてしまう。
 夜道に響くのは野良犬の声ばかりで、街は本当に死んでしまっているかに見えた。しかし……その深夜のこと、タバサは妙な不快感を感じて目を覚ました。
「んっ……何?」
 頭の中に沁み込んで来るような、聞いたこともない高い音がタバサの耳に響いてきた。しかもそれは耳を塞いでも頭の中に執拗に鳴り響いてきて、タバサは直感的に危険を感じて呪文を唱えた。
『サイレント』
 音を遮断する魔法の障壁が張られ、タバサは不快音から解放されてほっと息をついた。
 いったい今の音は何? タバサはサイレントの魔法を張ったまま客室を出ると、まずは宿の様子を確かめた。 
「みんな、眠らされている……」
 宿の主や泊り客は皆、揺り起こしても何の反応もないくらい深く眠らされていた。あんな不快音の中でなぜ? と、思ったが、タバサは自分が風のスクウェアメイジだということを思い出してはっとした。
 なるほど、自分は風の脈動、つまり音に対して人一倍敏感だから、普通の人間とは逆の反応をしてしまったのだ。あの不快音は、恐らく普通の人間に対しては催眠音波として働くのだろう。自分もスクウェアにランクアップしていなければ危なかった。
 しかし、なぜこんな辺鄙な街でそんなものが? いや、考えるのはもっと状況を把握してからだと、タバサは直感に従って夜の街へと飛び出した。
 深夜の街は洞窟の中のように暗く不気味で、今日は月も大きく欠けている日だったので月光もほとんどなく、タバサは『暗視』の魔法を自分の目にかけて路地を進んだ。
 おかしい……昼間とは空気が違う。タバサは駆けながらも、ポーラポーラの街を流れる空気の異常に気付いた。昼間は寂れていながらも人の住んでいる街らしく、生ゴミの腐臭や生活の煙の臭いがかすかに嗅ぎ取れたが、今はまるで新築の家の中にいるような無機質な空気しか感じない。まるで街がそっくり同じ姿の箱庭に変わってしまったような。
 そのとき、タバサは人の気配を感じて物陰に隠れた。ぞろぞろと、こんな深夜には似つかわしくない大勢の足音が近づいてくる。
「あれは……」
 タバサはそれらの中の数人に見覚えがあった。ついさっきまで自分がいた宿の主や泊り客らだ。その誰もが操り人形のように虚ろな表情で歩いていった。
 彼らをやり過ごした後、タバサは疑念を確信に変えた。この街ではなにか異常な事態が起こっている。
 すると、さっき街の人たちが去っていった方向から足音がして、タバサは再度身を隠した。すると妙なことに、さっき去っていった街の人たちが戻ってきたではないか。
 だがタバサは違和感を覚えた。街の人たちの様子が変わっている。さっきは操り人形のようだった表情が、どこか悪意を感じる薄笑いに変わっていたのだ。
 操られているのか……それとも。タバサは考えたが、遠巻きに観察するだけでは確証を得るのは無理だった。いやそれどころか、タバサの目に信じられない光景が映りこんできたのだ。
「町が……動いている!?」
 思わず口に出してしまったほど、タバサの見た光景は常識を外れていた。さっきまでタバサの寝ていた宿の近辺の建物が動き出して地下に沈んでいったかと思うと、まったく同じ建物が地下からせり出してきて、パズルのように元通りはまっていったのである。

665ウルトラ5番目の使い魔 78話 (9/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:09:53 ID:ClJwH74c
 自分の目はどうかしてしまったのか? だがタバサは冷静さを取り戻して確かめると、目の前で起きている光景が『暗視』の効果でのみ見えており、裸眼ではまったく見えないことを発見した。
 からくりが読めてきた。どういう狙いかはわからないけれど、何者かが普通の人間の目には見えない仕掛けを使って街をそっくり入れ替えてしまおうとしているようだ。こんなことができるのは、ハルケギニアの住人では考えられない……ならば。
 いや……タバサは探求心を押し殺して、現状で最優先させなければならないことを思い出した。街の異変も重大だが、それよりも急いで確認しなければいけないことがある。
「イザベラ……」
 タバサは足音を消して路地を急いだ。
 そして、昼間のボロ教会の前についたタバサは扉をノックして反応を待った。
「どなたですか?」
 確かにイザベラの声で返事が返ってきた。しかし、昼間よりも声色が暗く、何よりもタバサは風系統のメイジとして、その声にほんのわずかだが人間の声ではありえないノイズが混ざっているのを聞き取った。
「この春は暖かで、王宮の花壇は北も南もきれいでしょうね」
 昼間と同じ呼びかけをして返事を待った。しかし、相手から返答はなく、しばらくしてわずかに開いた扉のすきまからイザベラの顔が覗いた。
「どなたですか?」
 明らかにこちらを知らないという態度。それを確認した瞬間、タバサは脱兎のように素早く行動に出た。
 杖を扉の隙間に差し込んで一気にこじ開け、小柄な体でイザベラのような何者かに体当たりを仕掛けたのだ。
「ぐあっ!」
 イザベラそっくりのそいつは、こんな展開は予想していなかったようで、タバサの体当たりをまともに食らって教会の中の床に転がった。タバサはそのまま、相手が起き上がろうとするところへ腹を踏みつけて動きを封じると、杖の先に鋭い氷の刃を作って相手の首筋へ突き付けた。
「暴れると殺す、叫んでも殺す」
 短く脅しの言葉を放ち、タバサは相手が返事ができるようになるのを待った。
 イザベラのような相手は、腹を踏みつけられたことでイザベラそっくりの顔を歪めながら苦しんでいたが、やがて息を整えると、恐怖に震えた様子で言った。
「お、お前はいったい? 誰だ? なんのためにこんなことをする?」
 やはりこちらのことを一切知らない様子に、タバサはイザベラそっくりなそいつの腹をさらに強く踏みしめた。
「質問をするのはこっち。まずは正体を表して。それ以上、彼女の姿を騙ることは許さない」
「ぎゃぁぁっ、わ、わかった。わかったからやめてくれ」
 イザベラそっくりな相手の姿がぼやけたかと思うと、次の瞬間そこには大きな耳と筋だらけののっぺらぼうの顔をした宇宙人の姿があった。

666ウルトラ5番目の使い魔 78話 (10/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:11:50 ID:ClJwH74c
 やはり……タバサは相手の動きを封じたまま、イザベラの姿を騙られた怒りを込めた声で尋問を始めた。
「あなたは誰? どこからやってきたの?」
「わ、我々はフック星人だ。ヤプールの差し金で、別の宇宙からやってきたんだ」
「目的は何? 侵略?」
「さ、最初はそのはずだったんだ。でも、アイツがやってきてからおかしくなっちまったんだ。お前、ウルトラマンどもの仲間か? 頼む、命だけは助けてくれ」
 フック星人はタバサに気圧されたのか、それとも元々小心なのか、みっともないくらい怯えながら答えた。
 タバサは、嘘をついている可能性は低いなと判断しながらも、油断なく尋問を続けた。
「おとなしく答えれば殺しはしない。イザベラは……この街の人たちはどこへやったの?」
「ち、地下の俺たちの基地だ」
「なぜ、街の人とと入れ替わっていたの? ここで何をしているの?」
「俺たちフック星人は夜しか活動しないんだ。だから夜になったら街の人間と入れ替わって、街を偽物に入れ替えてごまかしてたんだよ。俺はただの下っ端で、地下で何をしてるかは隊長しか知らねえ」
「なら、その入り口に案内して。そうしたら解放してあげる」
 タバサはフック星人を立たせると、その後ろから死神の鎌のように杖をあてがって歩かせ始めた。
 地下への入り口は下水道のマンホールにカムフラージュされていた。タバサはそこでフック星人を気絶させて物陰に隠すと、地下へと降り始めた。
 気配を消しながらタバサは延々と続く階段を降りていった。地下はかなり深く、ざっと百メイルは降りたかと思った時、やっと平坦な通路へ出た。そして、その通路に空いた窓を覗き込むと、タバサはあっと驚いた。
「これは……表の街」
 ポーラポーラの街がそっくりそのまま地下の広大な空間に移されていた。鼻をこらすと、昼間感じた生活臭が漂ってくる。間違いなく、こちらが本物の街だった。
 なるほど……フック星人たちは、こうやって街と住人をそっくり入れ替えて侵略を進めていくつもりだったのかとタバサは思った。昼間はなんの異変もなく、夜な夜なこうして侵略地域を増やしていけば、人間に気づかれることなくいずれ地上を全部手に入れることができる。実際、かつて地球でもフック星人たちはこうしてウルトラ警備隊の目をあざむきながら侵略計画を進めていたのだ。
 きっと街の人たちやイザベラもこのどこかに……だがここでタバサは考えた。単純にイザベラを取り戻すだけなら、朝を待てば街は元に戻されるだろう。それが一番確実だ。
 いやダメだ。すでに自分は下っ端とはいえ、フック星人のひとりを倒してしまっている。気づかれるのも時間の問題だ。そうなれば、街が元に戻る保証はない。
 やはり、今晩のうちにイザベラを奪還するしか道はない。だがそう思った瞬間、通路にブザー音と非常放送が流れ始めたのだ。
「全隊員に告げる、侵入者あり。全隊員に告げる、侵入者あり。全隊員はただちに非常事態態勢をとり、侵入者を排除せよ! 繰り返す……」
 見つかった! タバサは思ったよりも早い敵の反応に焦りを覚えるとともに、通路の先から足音が近づいてくるのを聞き取った。

667ウルトラ5番目の使い魔 78話 (11/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:17:02 ID:ClJwH74c
 数は数人、戦って倒すか? いや、敵の全容が掴めていないのに派手にこちらの存在を暴露するのは危険だ。タバサは思い切って、窓から眼下に広がる街へと飛び降りた。
 小柄な体が宙に舞い、青い髪がたなびく。振り返ると、飛び降りた窓から数人のフック星人がこちらを見下ろしているのが見えた。
『フライ』
 落ちる寸前に魔法で浮いて着地し、タバサは町並みの影に姿を隠した。
 これで少しは時間が稼げるはずだ。ポーラポーラの街は空き家だらけで身を隠す場所には苦労しない。と、そこでタバサは偶然にもこの場所が、本物のイザベラがいるであろう教会のすぐ近くであることに気づいた。
 ここからなら、百メイルも行けば教会にたどり着ける。しかし、敵の対応の速さはタバサの予測をさらに上回っていた。自分に向かって人間ではない足音が複数近づいてくるのが聞こえる。もう回り道をしている余裕はないと、タバサは呪文を唱えて空気の塊を巨大な砲弾にして発射した。
『エア・ハンマー!』
 スクウェアクラスの威力で放たれた空気弾は本物の砲弾も同然の威力で廃屋の壁を次々にぶち破りながら進み、その跡には家々の壁に丸い穴が続いた通路が出来上がっていた。
 よし、これで最短距離で直進できる。少々荒っぽいが、どうせみんな空き家なので勘弁してもらおう。タバサは飛びながら自分で作ったトンネルを急行し、そのゴールには目論み通り教会があった。
「アンロック」
 と、言いながらまたエア・ハンマーで扉をぶっ飛ばし、タバサは屋内でイザベラを探した。
 いた。イザベラは休憩室のソファーで寝息を立てていた。きっと、ソファーで考えながら眠ってしまったところを眠らされてしまったのだろう。
 タバサは杖を振り上げると、「起きて」と言って、思い切りイザベラの頭に振り下ろした。
「あがぐがびげがげ!?」
 熟睡していたところをぶん殴られて、イザベラは人間の放つものとは思えない声を叫びながらソファーから落ちて七転八倒した。
 しまった……ついうっかりいつもシルフィードにしてる起こし方をやってしまった。死んでないといいけど……。
「あがががが……な、なにが!?」
 よかった、どうやらイザベラもなかなか石頭だったようだ。多少目を回してはいるようだけども、起きてくれたならとりあえずよしだ。タバサは、次からイザベラを起こすときにはこの手でいこうと思った。
 しかし、のんびりしてもいられなさそうだ。フック星人の追っ手が迫ってきている気配がする。タバサはイザベラの首根っこを掴むと、勢いよくフライの魔法で飛び出した。
「ぐえええ……」
 首が締まってイザベラから苦悶のうめきが漏れる。が、悪いがかまっている余裕はない。タバサは全速で飛行しながら、時に追っ手に魔法を撃って退けつつ急いだ。
 やがて街はずれまで来て、ようやく追っ手をまいたタバサはイザベラを放した。イザベラはしばらく激しくせき込んでいたが、やがて顔を真っ赤にしてタバサにつかみかかってきた。

668ウルトラ5番目の使い魔 78話 (12/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:19:31 ID:ClJwH74c
「お前やっぱりわたしを殺す気だろ! わたしが憎いならはっきり言ったらどうだい!」
「あなたに恨みはない」
「どの口でそんなことを言うんだよ!」
「しっ、声が大きい。敵に気づかれる」
「敵ぃ!?」
 タバサはいきりたつイザベラをなだめながら、今の状況を説明した。
 イザベラは殴りかかる寸前まで行きながらも、空が天井で封鎖されているのを見て状況を理解した。
「なるほどね。前は小さくされて捕まって、今度は街ごと捕まってしまったわけか。それにしてもお前、もう少し優しく助け出すことはできないのかい?」
「荒っぽい仕事ばかりやらせてたのはあなた」
「ぐぬぬ……で、これからどうするつもりなんだよ?」
「まずは出口を探す。最悪、あなただけでも逃がさないといけない。できるだけ静かにしながらついてきて」
 話を強引に打ち切ると、タバサはさっさと歩きだしてしまった。イザベラはまだ言いたいことはあったけれど、こんな状況ではタバサ以外に頼れるものはおらず、しぶしぶ後をついていった。
 街は住人がそれぞれの家で眠らされているようで、タバサたち以外には動く者はいない。だがフック星人の兵士があちこちで自分たちを探し回っており、ふたりは隠れ潜みながらじっくりと進んでいった。
「おい、なんであんな弱っちそうな奴ら、さっさと倒して行かないんだよ? 今のお前ならできるだろ」
 じれたイザベラが急かしてくる。しかしタバサはしっと口を押さえながら小声で返した。
「敵の総力がわからないままで、無駄な精神力は使えない。それに、彼らは目がない代わりに耳が発達してるようだから、へたに騒げば仲間がわっと集まってくる」
 もしフック星人がタバサの精神力を上回る戦力を持っていたらタバサに勝ち目はない。タバサは可能であればポーラポーラの街の人たちも助ける気でいたから、雑兵相手に無駄な戦いをするわけにはいかなかった。
 それに、敵を泳がせることで利用することもできる。タバサはフック星人の兵隊の動きを注意深く観察していた。彼らのパトロールの動きを読めば、ここの出入り口も読めるはず。案の定、廃屋のひとつが彼らの出入り口になっているのがわかった。
「あそこから別のところに行けそう」
 タバサはフック星人が去った後に、イザベラをともなって廃屋に入った。
 どうやら地下室への入り口が出入り口になっているらしい。敵の気配がないことを確認して、その入り口をくぐった。
 行く先は機械的な地下通路になっていて、まるで宇宙船のような作りのそこを、旅人服のタバサと修道服のイザベラが進んでいくのは、見る者がいればアンバランスだと思ったことだろう。

669ウルトラ5番目の使い魔 78話 (13/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:21:14 ID:ClJwH74c
 この先はいったいどこにつながっているのだろう? 二人は息をひそめながら通路を進んでいく。
「おい、なんかどんどん下へ下へと下がっていってる気がするんだが、ほんとに出口に向かってんのか?」
 イザベラが抗議してきても、もちろんタバサにだって確信があるわけがない。しかし、いまさら引き返すというわけにはいかず、運を天にまかせるしかないのが本音だ。
 が、通路は果てがないくらい長く、イザベラが疲れて壁に寄りかかった。
「ちょ、ちょっと待っておくれよ。少し休憩していこうぜ、こっちはお前ほど歩き慣れてないんだ、うわぁっ!?」
「イザベラ!?」
 突然、イザベラの寄りかかった壁が回転したかと思うとイザベラは壁の向こうへ吸い込まれていってしまった。
 隠し扉!? タバサは慌てて壁の向こうへ消えたイザベラを追って自分も回転扉のようになっている隠し扉の先へと進んだ。
「う、いてて」
「イザベラ、大丈夫?」
「ああ、びっくりしただけだよ。それにしても、なんてとこに扉を作りやがるんだ。って……なんだいこれは!」
 イザベラとタバサは、隠し扉の先にあった部屋でおこなわれている光景を見て驚愕した。
 大きな部屋の中でベルトコンベアーとロボットが無人で稼働し、機械音を響かせながら何かを製造している。
 ふたりはしばらくその光景にあっけにとられた。ハルケギニアの人間の常識ではありえない光景……しかし、一時期を地球で過ごしたことのあるタバサは、これが工場であることに気づいて、ベルトコンベアーの上で何が作られているのかを覗き込んだ。
「これは、銃?」
 タバサは手に取った未完成品を見てつぶやいた。ハルケギニアの原始的な火薬式のものとは違い、全金属製だが木のように軽い未知の金属で作られている。恐らくは光線銃の類だろう。
 見ると、複数あるベルトコンベアーではそれぞれ違った兵器が製造されている。それぞれが手持ち携行可能なサイズの銃火器で、中には才人たちがド・オルニエールで見たウルトラレーザーも含まれていた。
 ここはフック星人の兵器製造工場かとタバサは考えた。異世界の武器がいかに強力かはタバサもよく知っている。できればここも破壊しておきたいがと思ったが、イザベラが急かすように袖を引いてきた。
「なに考え込んでるんだよ。こんなところに用はないだろ、早く出口を探そうって」
 確かに、今はそこまでやっている余裕がないのも確かだ。優先すべきはまず脱出、基地の破壊は準備を整えた後でもいい。
 タバサは元の通路に戻ろうと踵を返した。だがそこへ、あざ笑う声が高らかに響いてきたのだ。
「ハッハハハ! 出口なら永遠に探す必要はないぞ」

670ウルトラ5番目の使い魔 78話 (14/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:22:33 ID:ClJwH74c
 はっとして振り向いた先の壁が回転して、大柄なフック星人が入ってきた。
 とっさに杖を向けるタバサ。しかし、タバサが呪文を唱え始めるよりも早く、壁の別のところや工場の物陰から何十人ものフック星人が現われてふたりに銃を向けてきたのだ。
「……くっ」
「ハハハ、いくらお前が優れたメイジでも、これだけの銃口に狙われてはどうしようもあるまい? さあ、後はわかるだろう? 俺に退屈な台詞を言わせないでくれよ」
 嘲るフック星人に対して、タバサは攻撃することができなかった。表情こそ変えていないが、内心では歯ぎしりしたいような悔しさが燃えている。やられた、捕まえやすいところへむざむざ誘い込まれてしまったのだ。
 もしタバサが魔法を使うそぶりを見せれば、四方からのレーザーがふたりを蒸発させてしまうだろう。タバサひとりならまだなんとかなるかもしれないが、イザベラまで守り通すのは不可能だ。タバサは仕方なく、杖を手放すと両手を上げた。
「おいお前!」
「今はこうするしかない。イザベラ、あなたも逆らわないで……さあ、これでいい?」
「そう、それでいい。話が早くて助かる。フフ……あとでゆっくりどこの回し者か聞き出してやるとしよう」
 大柄なフック星人はそう言って笑った。
 どうやら、このフック星人があの下っ端が言っていた隊長らしい。タバサは背中に銃口を突き付けられながらも、隊長に問いかけてみた。
「ここで侵略用の武器を作っているの?」
「侵略? フン、本当ならそのつもりだったんだが、あのお方の命令でな……でなければ、誰がこんなオモチャみたいな武器を作るものか」
「あのお方?」
「余計なことは知らなくていい。どうせお前らは二度とここからは出られないんだ。お前ら、尋問の用意ができるまでこいつらを閉じ込めておけ!」
 隊長が不機嫌そうに命令すると、タバサとイザベラの背中から別のフック星人が銃を突き付けて「歩け」と促してきた。
 タバサは黙ってそれに従って歩き出す。隣でイザベラが顔を青ざめさせているが、今のタバサにはどうしてやることもできなかった。
 
 だが、チャンスは必ず巡ってくる。タバサは逆転をまだあきらめてはいない。
 それにしても、フック星人の後ろにいるという、あの方とは何者か? 思案をめぐらせるタバサの後ろで、隠し扉の閉じる音が重く響いた。
 
 
 続く

671ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:34:47 ID:ClJwH74c
今回はここまでです。フック星人といえばウル忍でもレギュラーでしたね。
しかし、ほかの宇宙人でも似たようなものですが、あのマスクをかぶって演技するアクターさんは大変でしょうねえ。

672名無しさん:2018/10/05(金) 20:43:24 ID:cU2ELQhY
ウルトラ乙

673ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:37:25 ID:6VAe6l22
皆さんおはようございます。79話の投稿を始めます

674ウルトラ5番目の使い魔 79話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:40:48 ID:6VAe6l22
 第79話
 アナタはアナタ(後編)
 
 集団宇宙人 フック星人 登場!
 
 
 タバサとイザベラはフック星人の基地の中を連行されていた。
 フック星人の作戦によってすり替えられてしまったポーラポーラの街。タバサはそこからイザベラを助け出し、さらにフック星人の兵器工場も発見した。
 しかし、罠にはめられて二人とも捕らえられてしまい、牢への道を歩かされている。
 杖は取り上げられ、背中には銃を突き付けられた最悪の状況。けれどタバサはまだあきらめず、虎視眈々と反撃のチャンスを狙っていた。
 
「わたしたちを、どうするつもり?」
「知りたいか? うちのボスはせっかちだからトークマシンでお前たちの頭を根こそぎかき出すつもりだろうぜ。まあ、トークマシンのフルパワーで頭をいじられたら廃人確定だろうから、いまのうちにせいぜい怯えてるがいいさ」
 タバサの質問に、彼女たちを連行しているフック星人の一人が答えた。今、タバサとイザベラの背中にはそれぞれ銃が突き付けられ、銃を持ったフック星人と、その上司らしいフック星人の計三人のフック星人がいる。
 対して、タバサとイザベラは杖を取り上げられて完全に丸腰。状況はまさに最悪と言えた。
 おまけにフック星人たちは、こちらを無事にすますつもりはまったくないようだ。トークマシンがなんのことだかはわからないけれど、話からして自白剤のようなものらしい。
 イザベラのほうを見ると、完全に血の気を失ってしまっている。無理もない……事実上の死刑宣告を受けてしまったら、普通の神経では耐えられないものだ。
「お、おい……わ、わたしたち、どうなるんだい?」
 怯え切った声でイザベラが問いかけてきても、タバサにはそっくりそのままを言ってやるしかできなかった。それを聞いて、さらにイザベラの顔が絶望に染まるが、嘘を言ったところでどうにかなるものでもない。
「ど、どうにかしてくれよ。お前、北花壇騎士だろ。いままで、わたしのどんな難題もこなしてきたじゃないか」
「無理、杖を取り上げられていてはどうにもならない」
 タバサはそっけなく答えた。その答えにイザベラがさらに青くなると、フック星人たちはおもしろそうに笑い声をあげる。
 だが実際、タバサの杖は少し離れた位置にいるフック上司が持っている。あれを取り返さなくてはまともな戦いはできない。それも、トークマシンにかけられるまでの、残りわずかな時間のうちにである。顔には出さないが、タバサも内心では焦っていた。
 と、歩きながらひとつの角に差し掛かった時、その先から別のフック星人が二人現れた。
「おう、そいつらが例の侵入者たちか。なんだ、意外とあっさり捕まえたんだな」

675ウルトラ5番目の使い魔 79話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:42:46 ID:6VAe6l22
「まあな、けっこう暴れてくれたが、まあこのとおりよ。お前たちはこれから仕事か?」
「ああ、アレのノルマが迫ってるからな。いったいいつまで続くんだろうなこんな仕事。もうフック星に帰りたいぜ」
「まったくだ。隊長に言っても聞いてくれねえし、もうこんな星うんざりだぜ」
 フック星人同士の立ち話。それをタバサは黙って聞いていた。たとえ下っ端同士の愚痴だとしても、こちらからすれば重要な情報源となる。
 それに、話に気を取られれば隙も生まれる。タバサはこの瞬間を待っていた!
「おい、お前ら。無駄口はそのへんに、ん? 何っ!?」
 フック上司は一瞬何が起こったのかわからなかった。タバサの姿が消えたかと思った瞬間、部下の一人が足をすくわれて倒され、もう一人が反応するより速くタバサは横合いからフック部下の脇腹に肘打ちを打ち込んだのである。
「ぐふぅっ!」
 急所を打たれてフック部下が倒れる。そして、銃を持った二人が倒れたことで、タバサはイザベラが驚愕の眼差しを向けている前で、豹のように俊敏にフック上司に飛び掛かったのだ。
「ウワッ!?」
 フック上司はとっさに手に持っているタバサの杖で身を守ろうとしたが、それはタバサの思うつぼだった。タバサの手が杖にかかり、フック上司の手から取り上げようと引っ張りあげる。
「杖は返してもらう」
「こ、この小娘! な、なめるな」
 フック上司は杖を奪い取ろうとするタバサを力付くで振りほどこうと試みた。しかし、細身で小柄なタバサくらい簡単に振り払えるだろうと思ったフック上司の目論みは、杖から伝わってくる異常な強さの力で打ち砕かれた。
「こ、こいつのどこにこんな力が!? うおわっ!」
 まるで大男を相手にしているようなあり得ない力がフック上司を逆に振り回し、ついにフック上司は杖を手放して床に放り出されてしまった。
 むろん、それだけで終わる訳もない。タバサは杖を取り戻した勢いで、フック上司の頭に全力で叩きつけた。
「うわっ」
 思わずイザベラのほうが悲鳴をあげた。自分でも食らったからわかるがあれは痛い。そして、なぜフック上司が悲鳴をあげなかったのかというと、悲鳴をあげる間もなく気絶させられたからで、その時にはタバサは杖を振って次の魔法を唱えていた。
『蜘蛛の糸』
 それは空気から粘着性の糸を作り出して相手を絡め取ってしまう魔法で、あっという間に残り四人のフック星人も縛り上げてしまった。
「な、なんだこりゃ! ほ、ほどきやがれ」
「暴れるだけ無駄。心配しなくても、しばらくしたら消える」
 フック星人たちの抵抗を完全に封じたタバサは、気絶しているフック上司からイザベラの杖も取り戻して彼女に渡した。
「これはあなたのもの」
「あ、ああ、ああ。けどお前、前からそんなに強かったっけ? いや、メイジとしてじゃなくて、腕っぷしというかなんというか」

676ウルトラ5番目の使い魔 79話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:43:43 ID:6VAe6l22
「最近ちょっと鍛えた」
 タバサはそっけなく答えたが、どう見てもちょっとどころの鍛え方ではなかった。
 まあ確かに鍛えすぎたかなとは思う。地球にいた頃、ハルケギニアに戻る準備ができるまではXIGの空中母艦エリアルベースでお世話になっていたのだが、借りた本も読み尽くし、やることがなくなって運動でもしたらどうかと薦められたとき、トレーニングルームでえらいのに見つかってしまった。
「おう、お前さんが噂の魔法使いか。自分からここに来るとは感心感心」
「別に、軽く体を動かすだけのつもりだから」
「そりゃいかんぞ。若いうちに体を鍛えておかないと、歳をとるのが速くなるってもんだ!」
 と、がたいのいい三人のおっさんに捕まったのが運のつき。あれよあれよという間に、本格的なトレーニングをすることになってしまった。
「あの、わたしはメイジで魔法で戦うわけだから……」
「わかってるって。チューインガムも最初はそう言ってたけどな、体を鍛えておいて損なんかねえんだから。まあ騙されたと思ってつきあいな」
 こうして、その当時は居候の身だったので無理に断れなかったタバサは、ちょっとした運動のつもりだったのが、本格的なトレーニングを受けることになってしまった。
 しかも、陸戦部隊だという彼らのトレーニングは、かなり手加減してはくれているそうだったが、物凄くきつかった。自分もガリアでイザベラから受ける任務の数々で人並み以上には鍛えているつもりだったけれど、数日は筋肉痛で死ぬかと思った。それに、重量挙げの重りの重さとか、今思えば女の子にさせていい重さではなかった。
 しかし、そうして鍛えたおかげで、今こうして魔法を使わずにピンチを切り抜けることができた。彼らチーム・ハーキュリーズには感謝している。それにもしかしたら、ハルケギニアに戻った後で過酷な戦いが待っているであろうことを見据えた、コマンダーの差し金もあったのかもしれない。
 それはそうと、これで戦力は回復できた。もう同じ手にかかるつもりはない。
 タバサは縛り上げているフック星人たちに寄ると、短く言った。
「あなたたちには、やってほしい仕事がある」
 その威圧のきいた声に、フック星人たちは息をのみ、イザベラは気色ばんだ。
「おっ、そいつらに出口まで案内させるんだな?」
 しかしタバサは意外にも首を横に降った。
「違う、作戦変更。わたしはこれから彼らのボスのところに行って、街を元に戻させる。あなたはこれから彼らを指揮して武器工場を破壊してほしい」
「はっ、はあぁぁーっ?」
 これにはイザベラだけでなく、フック星人たちも面食らった。
「おっ、お前何を言い出すんだよ。こいつらは敵だぞ、敵!」

677ウルトラ5番目の使い魔 79話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:44:44 ID:6VAe6l22
「彼らの間には、現状への不満と帰郷心がくすぶっている。あなたたち、さっきそう言っていたね?」
「あ、ああ。だが、それでなんで俺たちが自分たちの基地を破壊しなけりゃいけないんだ?」
「基地が破壊されたとなれば撤退する立派な大義名分になる。責任は、隊長に押し付ければあなたたちは無罪。あなたたち、故郷に帰りたくはない?」
「う……」
 タバサのその提案に、四人のフック星人たちは顔を見合わせた。あの隊長は、あの傲慢な態度や、さっきの部下たちの不満げな会話から察したが、やはり人望はほとんどないようだ。
 しかし、フック星人たちは迷っていた。裏切りになるということはもちろん、その確実性についても疑問視していた。
「お前、この基地には何百というフック星人がいるんだ。その全員がその気になるとは限らないじゃないか」
 確かに、隊長に従う者もいるだろう。いくら現状に不満があるといっても、内乱になるよりはましだと誰もが思うであろう。
 しかしタバサは事も無げに、イザベラを指しながら驚くべきことを言った。
「心配はいらない。彼女はこう見えて、百万の兵を指揮する大将軍。きっとあなたたちに勝利をもたらしてくれる」
「はあぁ!?」
「な、なんだと!」
 別々の意味で驚くイザベラとフック星人。そして当然イザベラはタバサに食ってかかった。
「お前! 言うに事欠いて、口からでまかせにもほどがあるだろ」
「でまかせとはなんのこと? あなたはガリアの次期女王。つまりガリア王国軍全ての総司令官ということ」
 しれっと答えるタバサであった。もちろんフック星人たちも懐疑的な様子を見せている。しかしタバサは遠慮せずに無茶な説明を続けた。
「あなたたちは運がいい。この方はこれまでにも数々の難事件を優秀な部下を駆使して解決に導いてきた采配の達人でもある。特に、やる気のない部下をその気にさせるのは大得意で、わたしもずいぶん鍛えられた」 
「おい、お前」
「このお方の一喝にかかれば弱者は恐れおののき、強者も凍りつく。このお方を前にしたら、このわたしもなすすべなく言うことを聞くしかなくなる」
 そう言ってタバサはイザベラに膝まずいて見せた。
 もちろんイザベラは困惑する。だが、フック星人たちはタバサの仕草があまりに堂に入っていたので、すっかりその気になってしまった。
「あの強い奴が頭を下げるなんて、あっちの女はいったいどれだけすごいんだ!?」
「そんなすげえ奴なら、俺たちをこんな仕事から解放してくれるかもしれねえ」
 フック星人たちの声色が変わったのがイザベラにもわかった。彼らはこの仕事に心底うんざりしていたようで、目はなくても期待の眼差しを向けてきているのはわかる。しかし、イザベラにはそんな自信は到底無かった。
「お前、わたしをどうしようっていうんだ!」
「難しいことは何も言ってない。いつもわたしに命令していたみたいに彼らを使って目的を果たせばいい。彼らは今に限って、あなたの部下同然」

678ウルトラ5番目の使い魔 79話 (5/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:45:58 ID:6VAe6l22
「バカな。わたしはただ命令していただけだ。お前のように、戦いの才能なんかないんだ」
 思わず弱音を吐くイザベラ。しかしタバサは彼女の目を見てきっぱりと言った。
「心配はいらない。あなたは伊達に北花壇騎士団を指揮してきたわけじゃない。いつものように、ふてぶてしく図々しく命令すればいいだけ」
「お前はわたしをなんだと思ってるんだ!?」
「なにも嘘は言っていない」
「嘘じゃなければ何言ってもいいってわけじゃないだろうが!」
 涼しい顔で言いたい放題を言うタバサに、ついにイザベラも堪忍袋の緒が切れた。しかし、タバサは落ち着いた様子でイザベラに告げた。
「わたしはあなたに嘘を言ったことはない。だから言う。イザベラ、あなたにはあなた自身、まだ気づいてない大きな才能がある。この戦いで、それを見つけてほしい。あなたなら、きっとできる」
 そう言うとタバサはイザベラが止める間もなく、風のように去って行った。
 残されたイザベラはあっけにとられたが、もう自分に選択肢がないことを認めざるを得なくなった。
 後ろには期待してくるフック星人たち。自分の実力では戦うことも逃げることも無理。かといって命乞いをするのはプライドが許さない。逃げ場がなくなったそのとき、イザベラの中で何かが切れた。
「ああそうかい。今度はお前が、わたしがお前にやらせてたことをやらす気だってんだな? わかったよ、お前にできることがわたしにできないわけないってことを思い知らせてやる。おいお前ら、今からお前らのボスはこのわたしだ。文句はないな!」
「ハイ!」
 プチ・トロワでメイドや兵隊を震え上がらせていた頃の、暴君としてのイザベラがここに再来した。
 しかし、以前とは違うことがひとつある。
「ようし、やるとなったら派手にぶち壊すぞ。一番でかい工場はどっちだ?」
「はっ、こちらであります!」
「ならお前ら、わたしについてきな!」
 以前のイザベラは、ふんぞり返って誰かに命令するだけだった。だが、今のイザベラは自分が先頭に立って走っている。かつて誘拐怪人レイビーク星人と戦ったときから、イザベラは他人の背中越しでは見えない世界があることを学んでいた。
 先頭に立ってのしのしと駆けていくイザベラに、フック星人たちも頼もしそうについてくる。
 そのとき、別のフック星人の一団と出くわした。
「な、なんだお前は!」
「あん? ちょうどいい。お前らもいっしょについてきな!」

679ウルトラ5番目の使い魔 79話 (6/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:48:35 ID:6VAe6l22
「な、なんだと?」
「お前らのためになることしてやろうってんだよ。お前らも、うんざりする毎日が嫌ならついてきな。スカッとさせてやるよ」
 不敵に笑うイザベラに、鉢合わせしたフック星人たちは不審者が目の前だというのに捕まえることも忘れてしまった。しかし、仲間のフック星人から目的を教えられると、明らかな動揺を見せた。そんな彼らに、イザベラは告げる。
「今が嫌か? 自由が欲しくないか? なら、わたしといっしょに暴れてみないか?」
 その言葉の力強さに、やはり不満を持っていたフック星人たちも加わり、一同は一気に数を増やして突き進んだ。
 そしてこうなると、勢いを得た彼らは怒濤の勢いで突き進んで行った。あちこちで参道者を増やし、工場へなだれ込んでいく。
 もちろん、止めようとする職務に忠実なフック星人もいる。しかし、すでにイザベラに従う者のほうが圧倒的多数になっており、彼らは立ち塞がる者たちに抗議した。
「き、貴様ら、これは反逆だぞ」
「うるさい! こんなところでいつまでも穴蔵に籠ってるなんて、もううんざりだ。俺たちはもうフック星に帰りたいんだよ。邪魔するな!」
 反乱行為だが、つもりに積もったストレスの爆発に対しては、止めようとするフック星人も有効な説得はできなかった。そして、そんな彼らにイザベラはふてぶてしく言った。
「あーあ、クソ真面目クソ真面目。わたしの部下に欲しいくらいだよ。だが、その信念。本当にお前らは心から信じてるのかい?」
「なにを戯れ言を!」
「言われたことをやるだけならお前らは奴隷さ。だが、お前らだってやりたいことはあるだろう? それを我慢したままで死んでいくのか?」
「ふざけるな! 兵が気分で戦って、軍の規律が守れるものか!」
 フック星人は別名を集団宇宙人というくらい、個の弱さを集で補う星人だ。それゆえに小隊長クラスは規律に厳格ではあったが、イザベラは嘲るように言ってのけた。
「バッカだねぇ! 人の上に立つってのはさ。いつ寝首を掻きに来るかわからないやつを屈伏させるからおもしろいんだよ!」
 嗜虐的な光を瞳に宿らせながらイザベラは言った。抵抗しない相手なんかいじめてもすぐに飽きる。どうせ可愛がるなら、手を噛みに来る犬のほうがやりがいがあるというものだ。そう、例えばタバサのような。
 その、狂気一歩手前の迫力に、立ちはだかっているフック星人たちが気圧されて後ずさる。しかし、一番の変化は彼女の後ろで起こった。
「おおっ! なんていう器の大きさなんだ。うちのボスとはまるで格が違うぜ」
「この方なら俺たちを解放してくれるかもしれないぜ。今日から姐さんと呼ばせてもらいやす!」
「バァカ! わたしは女王だよ!」
「ハイ! 女王様」
 イザベラも調子に乗ってきて、軍勢に一体感が生まれてきた。規律に沿って動くフック星人にとって、型破りなイザベラのようなリーダーは新鮮だったのだ。

680ウルトラ5番目の使い魔 79話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:49:36 ID:6VAe6l22
 だがそれにも増して、今のイザベラにはフック星人たちを引き付ける魅力があった。自分では歩けない道を切り開き、見れない景色を見せてくれる、そんな期待感を抱かせてくれる頼もしさが。
 そして、大多数のフック星人を味方につけたイザベラは、不敵な笑みを浮かべると手を振り上げて叫んだ。
「突撃ーっ!」
 待ちに待った命令を受けたフック星人たちは、雪崩を打って驀進していった。最後まで止めようとしていたフック上司たちも、これで止めようとすれば自分たちの身も危ないと悟って、棒立ちで傍観に移っていった。
 もはや反乱というより暴動に近い。しかし、それだけフック星人の中に鬱屈したものが溜まっていたということであって、それを解放したイザベラにはリーダーとしての非凡な才能があるということだった。
 イザベラを先頭に工場になだれ込んだフック星人たちは、自分たちが嫌々作らされていた兵器群を睨みつけた。それと同時に、ひとりのフック星人がイザベラにマイクを持ってきた。
「ほう、気が利くじゃないか。おい! ここにいるバカども全員、よく聞きな。こんなせまっくるしい穴倉で、いつ終わるかわからない仕事をさせられ続けてる自分をかわいそうだと思わないかい? だったらわたしが許す。全部、ぶっ壊してしまいな!」
 その一言は、フック星人だけでなく、これまで王宮という檻に閉じ込められてきたイザベラ自身への無意識のうちの宣戦布告であった。
 人間は、誰もが自分を縛って生きている。そうしないと、集団の中で生きていけないからだ。しかし、長い間強く締め付けられ続けると、マグマ溜まりのようにストレスは圧縮され、なにかのきっかけで爆発する。それは目に見えない爆弾として、ときおり社会のどこかで悲劇を生んでいる。
 フック星人たちは、人間とさして変わらない社会構造を持っている。しかも彼らは、本来の自分たちの目的とは違った仕事を押し付けられていた。その怒りは当然のもので、解放された彼らは暴徒さながらに兵器工場を破壊していた。
「壊せ壊せーっ! こんなクソッたれなもんとはおさらばだーっ!」
「帰るんだ。俺たちはもう星へ帰るんだ!」
 製造途中や完成品の兵器が製造設備ごと壊されていく。無数のウルトラレーザーやそれに相当する兵器もことごとく鉄くずと化していき、イザベラはそれを工場を見下ろせるクレーンの上から見ていた。
「いいよいいよ! 盛大にやっちまいな。こんな景気の悪い場所は、すっきりぶっ壊してしまいな!」
 イザベラの声に応じて、フック星人たちの勢いも増していく。フック星人のでこぼこの顔では表情はわからないが、彼らが喜びに沸いているのははっきりわかった。
 そして、フック星人たちの勇気の源泉になっているのがイザベラであるのも間違いはない。彼女が誰からも見えるところでふんぞりかえっているからこそ、彼らは安心して暴れることができた。
 工場の破壊は轟音をあげて進み、工作機械やベルトコンベアも煙をあげて止まっている。そんな様子をイザベラは満足そうに見下ろし、そしてそんなイザベラをタバサはモニターごしに見守っていた。
 
「そう、それがイザベラ、あなたの力。人の勇気を鼓舞して、軍団を率いる。わたしが持っていない、将としてのあなたの才能」
 
 タバサは少し羨望が混じった眼差しをイザベラに向けていた。

681ウルトラ5番目の使い魔 79話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:51:20 ID:6VAe6l22
 確かにイザベラには王族としての気品や優雅さなどはない。だがその代わりに、人をその気にさせる口のうまさと、恐れや迷いを振り切らさせる堂々とした風格を持っている。それはアンリエッタが国民を鼓舞する際に度々見せる姿であり、いくら知力はあっても無口なタバサにはできないことであった。
 そんなタバサが見るモニターの中では、工場が次々に使用不能にされている姿が平行して映し出されている。ここは基地の指令室で、彼女の少し前には怒りで体を震わせているフック星人隊長がいた。
「ここはもう終わり。これ以上、このガリアで好き勝手はさせない」
「ぐぬぬぬ、貴様らぁ。よくも、よくも、俺の基地をメチャクチャにしてくれやがったな。俺の部下をそそのかして反乱を起こさせるなんて、汚い手を使いやがって」
「反乱を起こさせられるほど部下を掌握できていなかったあなたが悪い」
 タバサは隊長に冷断に言い放った。
 周りには、タバサに倒された隊長の護衛のフック星人が数人横たわっている。イザベラと別れた後、タバサは通りすがりのフック星人を尋問して素早く指令室の場所を聞き出し、安心しきっている隊長へ奇襲をかけて成功させていたのだった。
 今や、隊長に残っている護衛は二人のみ。そしてタバサは、彼らに対しては容赦をしないつもりでいた。
「あなたには、街を元に戻してもらう。そして、いくつか聞きたいこともある」
「しゃらくせえ! やってしまえ」
 激高したフック隊長は、部下二人とともに襲い掛かってきた。三人のフック星人は身軽な動きで、アクロバットのようにタバサを包囲してこようとする。彼らはタバサが強力な魔法使いだと知って、それを封じるために狙いを定まらさせない作戦にでたのだ。
 ヒュンヒュンと、高速で跳び回るフック星人がタバサの視界を次々と横切っていく。かつてはウルトラセブンも翻弄されたフック星人のフットワークはさすがで、さしものタバサも容易には魔法の照準をつけられずにいた。
 しかし、百戦錬磨の戦闘経験を持つタバサは、フック星人のこの戦法をどうすれば封じられるか、即座に対策を導き出していた。杖を床に向け、短く呪文を唱える。簡単な氷の魔法だが、タバサの力量で放たれたそれはあっという間に指令室の床を凍り付かせ、摩擦のないアイスバーンに変えてしまったのである。
「う、うわわっ!?」
 ツルツルの床の上ではフック星人のフットワークもなんの意味も持たず、三人はあっという間にすっ転んでしまった。
 タバサは転んでもがいているフック星人のうち、部下二人に素早くとどめを刺すと、隊長に杖の先を向けて宣告した。
「あなたの負け。観念して」
「うっ、ぐっ……お、恐ろしい娘だな。て、てめえ何者」
「ただの人間。そしてあなたの敵、それだけ」
 あくまでタバサは冷徹だった。イザベラが将なら自分は兵、その役割を果たすのみ。

682ウルトラ5番目の使い魔 79話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:52:13 ID:6VAe6l22
「あなたはわたしたちの国を奪いに来た。なら、それ相応の報いを受けてもらう」
「な、なに言いやがる。てめえらこそ、まだなにもしてない俺の部下たちをメチャクチャにしやがって!」
 フック隊長は悪魔を見るように震えながらタバサを罵った。しかし、タバサは落ち着いてそれに言い返した。
「わたしたちは、イザベラはあなたとは違う」
 そう言って、タバサは工場が映し出されているモニターに目をやった。
 工場では、まだ暴動が続いている。その中で、フック星人の一団が、最後まで反乱に参加しようとしなかった仲間を集めてリンチにしようとしていた。
「よ、よせやめろぉ!」
「こいつら、隊長について俺たちをこきつかおうとしたクソったれだ。やっちまえ」
 あわや、フック星人同士の凄惨な殺戮劇になるかと思われた。しかし、それを彼らの頭上から鋭く止めたのはイザベラだった。
「やめな! お前たち」
「じ、女王さん。なんで止めるんだぜ。こいつらに思い知らせてやるんだ」
「抵抗できない相手をいたぶったら、いつか自分がピンチになっても誰も助けてくれなくなるよ。お前らは帰りたいだけなんだろ? ならつまんないことで業をしょいこむのはやめな。後できっと後悔するよ」
 それはイザベラの経験からきた心からの忠告だった。リンチにかけようとしていたフック星人たちは、ばつが悪そうに引き下がり、助かってほっとした様子のフック星人たちには、イザベラはこう告げた。
「お前らだって本心じゃ帰りたかったんだろ? お前らには納得いかない方法かもしれないけど、荒っぽくしなきゃ解決できないこともあるんだよ。だったらせめて黙ってな。それで誰か損するわけでもないだろ?」
 一転して穏やかに語りかけたイザベラに、フック星人たちは黙って頷いた。
 無駄な血を流すことなく、反乱は兵器と機械のみを狙って破壊していった。
 だが、かつてのイザベラなら、むしろ嬉々として逆らう者を虐殺しただろう。それをしなくなったのは、イザベラ自身が虐げられる苦しみを知り、誰かに助けられる喜びを知ったからだ。
 だからこそ、タバサはイザベラがガリアの次期女王にふさわしいと考える。確かに、女王という立ち振舞いには程遠い。むしろ、海賊の親分というほうがぴったりくるだろう。だがそれくらいでないと、弱体化し混乱するガリアをまとめあげ、立て直すパワーを発揮することはできないに違いない。
 いまや隊長以外の全てのフック星人がイザベラをリーダーだと認め、従っている。
 完全に孤立してしまったことを悟ったフック隊長は、タバサに杖を突き付けられながら、乾いた笑い声を漏らした。

683ウルトラ5番目の使い魔 79話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:53:46 ID:6VAe6l22
「へ、へへへ……俺の軍団が、たった二人の小娘にやられちまうなんてな。いったい何が悪かったんだ?」
「地位を過信して、部下の信頼を軽視したのがあなたの間違い。答えて、街を元に戻す仕掛けはどれ?」
「ああ、それならそこのレバーだよ。もうなにもかも終わりさ、勝手にしやがれ」
 諦めた様子の隊長が、嘘を言っているとは思えなかった。だがタバサには、もう1つ聞いておかねばならないことがあった。
「もう一つ答えて。あなたたちは最初に侵略のために来たと聞いた。けど、それを投げ出して、なんのために武器を作っていたの?」
「ひ、ひひひ……それを言ったら、俺はあの方に殺されちまう。それを聞いたら、お前もあの方に殺されるぞぉ!」
 隊長の声色が恐怖に染め上げられ、ガクガクと震え始めた。タバサは隊長を押さえつけながら、さらに問いただす。
「あの方とは誰のこと? あなたたちとは別の宇宙人なの?」
「あ、悪魔さあいつは。俺はこの星に、今暴れてる奴らとは別に百人の精鋭を連れてきたんだ。けどあいつは突然現れて、たった一人で百人の精鋭を皆殺しにしちまったんだ。俺は生かしてもらった代わりに、あの方の奴隷さ」
「そいつの正体は? なにが目的なの?」
「も、目的なんて知らねえよ。俺はただ武器を作るよう命令されて、定期的にあいつの部下が取りに来てただけさ。けど、あいつの正体は聞かねえほうがいいぜ。お前だけじゃねえ、この星にいるっていうウルトラマンたちだって敵うもんか」
「御託はいい、質問に答えて」
 焦れたタバサは隊長の首筋に『ジャベリン』を当てて白状を促した。
 そんなに時間があるわけではない。すると隊長は、「そんなに知りたきゃ教えてやるよ」と、ある宇宙人の名前と、そいつがこの星で名乗っている名前を口にした。
「その名前……まさか」
 タバサは眉をしかめた。宇宙人の種族名は知らないが、そいつの名が、自分の知識の中のひとつの名前と合致したのだ。
 偶然かもしれない。しかし、詳しく知っているわけではないが、そいつはハルケギニアでは一定の知名度と影響力を持つ者と同じ名前をしていた。
「そいつの姿は?」
「わからねえよ。俺たちフック星人は、お前らと違って視覚は発達してないんだ」
「そう、ならもういい」
 タバサは、これ以上聞き出せる情報はないと判断して、フック隊長に引導を渡した。
 しかし、言葉にできない不安がタバサの胸中をよぎった。自分とガリアのことで手いっぱいで、世間からは遠ざかっていたけれども、ひょっとしたら大変な事態が起きようとしているのかもしれない。
 そのときだった。指令室にイザベラと数人のフック星人が、ぞろぞろとやってきた。
「おう、こっちも終わったようだね。どうだい? わたしの指揮でウチュウジンの侵略基地を落としたよ」

684ウルトラ5番目の使い魔 79話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:54:41 ID:6VAe6l22
「見てた。たいしたものだった」
「たいしたもん、か。お前から言われるとなんか複雑だね。まあいい、わたしの仕事もこれまでさ。あとはこいつらが話があるんだってよ」
 イザベラが退くと、ひとりのフック星人がタバサの前に出た。
「君たちには感謝している。この工場の破壊された記録を持ちかえれば、星の者たちも我々を疑うことはあるまい。これより、我々は基地を破棄して撤退する。君たちは退去してくれたまえ」
「確認しておきたい。あなたたちが撤退した後、この街に悪影響が出ることはない?」
「その心配はない。工場は破壊したが、基地自体の基礎構造にまでダメージは出ていない。街を元に戻した後でも、数百年は影響は出ないだろう」
「そう……」
 タバサはひとまずそれで納得することにした。それだけ時間があれば、いかようにでも対策をとることはできるだろう。
 最後に、タバサはフック星人たちに言った。
「できれば、もう二度とここには来ないでもらいたい」
「頼まれても来る気はないというのが全員の意見だ。たった二人に負けた軍隊という汚名を広めたくはない。君たちには感謝しているが、すぐにここから退去してもらいたい。すぐにでも我々は出発する」
「わかった。あなたたちの旅路の安全を祈る」
「さらばだ、遠い星のクイーンたちよ」
 隊長代理とのあいさつをすませたタバサとイザベラは、ポーラポーラの街が元に戻されるのを確認すると、一人の兵士に案内されて地上に上がった。
 その際、多くのフック星人兵士たちが去り際のイザベラに歓呼の声で手を振っていた。
「女王! 女王! ありがとうございました」
「へっ、あいつら……お前らも元気でやれよ!」
 それこそ本当に海賊の大親分のように見送られて、イザベラは照れながらも手を振り返していた。
 タバサはそんなイザベラを見ながら、イザベラがこれで指導者として自信を持ってくれればいいなと密かに願っていた。
 
 二人が地上に上がったとき、すでに東の空は白んで、ポーラポーラの街にほのかな明るさが差し掛かっていた。
 街はまだ物音一つなく、タバサとイザベラは無言で並んで街の道を歩く。
 そして、東の空から太陽がちらりと見えたとき、街の一角から一機の円盤が飛び出して、空のかなたへと飛んでいった。
「終わったね。さて、これからどうするんだい? 今度は宮殿でも、奪いに行くかい?」
 もうイザベラも腹は決めていた。どうあがいても、自分はこのクソったれな運命から逃れられはしないらしい。なら、売られた喧嘩は買うまでのことだ。

685ウルトラ5番目の使い魔 79話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:55:57 ID:6VAe6l22
 しかしタバサはかぶりを振って言った。
「まだ、もう少し準備がいる。あなたはそれまで、少し身を隠していてもらいたい」
「はいはい、未来の女王に向かって態度のでかい下僕だね。じゃあ、またあいつらに適当な隠れ家を見繕ってもらうか。お前はどうするんだい? 準備、か?」
「……それとは別に、調べておきたいことができた。場合によっては、計画の練り直しもあるかもしれない」
 フック星人を操って武器生産をおこなっていた者が、まだ残っている。そいつを無視したままでは、後でどんな不具合が出て来るかわからない。
 タバサには、まだ休息は許されない。この戦いが終わっても、またすぐに次の戦いが待っている。イザベラは、そんな疲れたそぶりも見せられないタバサの横顔を見て、ぽつりとつぶやいた。
「準備とやらが、どれだけかかるか知らないけどさ。くたびれたらうちに寄っていきな。今度は出がらしじゃない茶くらい出してやるからさ。エレーヌ……」
「ありがとう……」
 いつか、仲良く遊んだ幼い日。戻ることはできなくても、思い出すことはできる。
 タバサとイザベラは並んで歩きながら、少しずつ互いのことを話し始めた。そんな二人を、昇る朝日が明るく優しく照らし出していた。
 
 一方そのころ、地上を飛び立ったフック星人の円盤は、M87世界への次元跳躍のための最終調整を終えていた。
「隊長代理、エネルギー充填完了しました。あと三十秒で、次元跳躍可能です」
「ようしいいぞ、元の次元に戻ってさえすれば、あとはフック星まで一気に大ワープできる。もうこんな星とはおさらばだ。帰れるぞ」
 隊長代理、そして大勢のフック星人たちは、懐かしい故郷フック星を思って胸を熱くした。
 だがそのとき、突然警報音が鳴り響き、レーダー手が悲鳴のように叫んだ。
「た、大変です! 後方から未確認飛行物体が急速に本船に向かって接近中。数は四。五秒後に本船に接触します!」
「なんだと!? 識別確認、急げ!」
 思いもよらぬ事態に、隊長代理は動転しながらも指示を出した。円盤のコンピュータに入力された、知りうる限りの宇宙人や怪獣のデータと未確認飛行物体の照合がおこなわれる。
 そしてコンピュータは、最悪の形で彼らに答えを示した。
「た、隊長代理、これは」
「バカな、なんでこいつがこんなところに。に、逃げろ!」
「無理です! あっちのほうが圧倒的に速い」
 フック円盤が逃げる間もなく、追いついてきた四機の金色の奇怪な宇宙船は、あっという間にフック円盤を包囲してしまった。

686ウルトラ5番目の使い魔 79話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:56:40 ID:6VAe6l22
「未確認飛行物体に高エネルギー反応!」
「次元跳躍で回避しろ!」
「駄目です! うわあぁ、間に合わない!」
「そんな、俺たちは帰る! 帰るんだあーっ!」
 だが、彼らが叫んだその瞬間、四機の宇宙船から一斉に破壊光線が放たれ、フック星人の円盤は大爆発を起こして消滅した。助かった者はただひとりもいなかった。
 フック星人の円盤が消滅したのを見届けると、四機の宇宙船は何事もなかったかのようにハルケギニアに帰って行った。しかし、その様を愉快そうに眺めていた存在があった。あの、コウモリ姿の宇宙人である。
「フフフ、裏切り者は即座に粛正ですか、怖い怖い。ですが、やはりあれを持っていましたか。あのときに、無理に対決しようとしないで正解でしたね。ですが、これでそちらの手の内も見えてきました。そして……」
 彼は満足げにそうつぶやくと、おもむろに手を掲げた。その手のひらから、様々な色の人魂のような発光体が現われて宙に浮く。
「『喜び』『妬み』『渇望』……思ったよりも障害が多くて、まぁだ半分というところですね。人間たちの持つ感情のエネルギー、強力なのはいいんですが、集めるのにお膳立てがいりますからねえ。でも、これ以上邪魔されるわけにはいきません。そろそろこちらも本気で排除にいかせてもらいますよ」
 そう言うと、彼はもう片方の手を掲げた。すると、彼の手に巻き付くように、黒いもやでできたヘビのような生命体が現れた。
「宇宙同化獣ガディバ。蘇らせるのに少々手間はかかりましたが、こいつは強力ですよ。かつてヤプールが繰り出した最強の力、これを相手にしてもコソコソ逃げ続けることができますかねえ?」
 暗い笑いが虚空に響く。この世界がおかしくなったとき、アブドラールスやエンマーゴなどの、一度倒されたはずの怪獣が現れた。それの意味することとは……。
 ハルケギニアを舞台にした、侵略者たちの身勝手な遊戯はまだ終わりを見せようとはしない。
 
 
 続く

687ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 09:03:47 ID:6VAe6l22
今回はここまでです。では、また来月にお会いしましょう

688ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 01:55:10 ID:EpCC/uLM
ウルトラ五番目の人、投稿おつかれさまでした。

さて皆さん、本当にお久しぶりです。無重力巫女さんの人です。
十月の中ごろから仕事が忙しくなって、投稿分を執筆する余裕もありませんでした。
日を跨いで十二月になってしまいましたが、特に問題なければ一時五十八分から九十八話の投稿を開始します。

689ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 01:58:08 ID:EpCC/uLM
 その日、王都トリスタニアにはやや物騒な恰好をした衛士たちが多数動き回っていた。
 夏用の薄いボディープレートを身に着けた彼らは、市街地専用の短槍や剣を携えた者たちが何人も通りを行き交っている。
 それを間近で見る事の出来る街の人々は、何だ何だと横切っていく彼らの姿を目にしては後ろを振り返ってしまう。
 街中を衛士たちが警邏すること自体何らおかしい所はなかったが、それにしても人数が多すぎた。
 いつもならば日中は二、三人、夜間なら三、四人体制のところ何と五、六人という人数で通りを走っていくのだ。
 イヤでも彼らの姿は目に入るのだ。しかも一組だけではなく何組も一緒になっている事さえある。
 
 正に王都中の衛士たちが総動員されているのではないかと状況の中、ふと誰かが疑問に思った。
 一体彼らの目的は何なのかと?そもそも何かあってこれ程までの人数が一斉に動いているのかと。
 勇敢にもそれを聞いてみた者は何人もいたが、衛士たちの口からその答えが出る事はなかった。
 それがかえってありもしない謎をでっちあげてしまい、人々の間で瞬く間に伝播していく。
 曰く王都にアルビオンの刺客が入り込んだだの、クーデターの準備をしている等々……ほとんどが言いがかりに近かったが。
 とはいえありもしない噂を囁きあうだけで、誰も彼らの真の目的を知ってはいない。
 もしもその真実が解決される前に明かされれば、王都が騒然とするのは火を見るよりも明らかなのだから。

 朝っぱらからだというのに、夜中程とはいえないがそれなりの喧騒に包まれているチクトンネ街。
 ここでもまた大勢の衛士たちが通りを行き交い、通りに建てられた酒場や食堂の戸を叩いたりしている。
 一体何事かと目を擦りながら戸を開けて、その先にいた衛士を見てギョッと目を丸くする姿が多く見受けられる。
 更には情報交換の為か幾つかの部隊が道の端で立ち止まって会話をしている所為か、それで目を覚ます住人も多かった。
 煩いぞ!だの夜働く俺たちの事を考えろ!と抗議しても、衛士たちは平謝りするだけで詳しい理由を話そうとはしない。
 やがて寝付けなくなった者たちは通りに出て、ひっきりなしに走り回る衛士たちを見て訝しむ。
 彼らは一体、何をそんなに必死になって探し回っているのだろう?……と。

 そんな喧騒に包まれている真っ最中なチクトンネ街でも夜は一際繁盛している酒場『魅惑の妖精』亭。
 本来なら真っ先に戸を叩かれていたであろうこの店はしかし、まだその静けさを保っている。
 あちこちで聞き込みを行っている衛士たちも敢えて後回しにしているのか、その店の前だけは素通りしていく。
 基本衛士というのはその殆どが街や都市部の出身者で構成されており、それ以外の者――地方から来た者――は割と少数である。
 つまり彼ら衛士の大半も俗にいう「タニアっ子」であり、当然ながらこの店の知名度はイヤという程知っている。
 この店の女の子たちが抜群に可愛いのは知っている。当然、その女の子たちを雇っている店長が極めて゛特殊゛なのも。
 もしも今乱暴に戸を叩けば、あの心は女の子で体がボディービルダーな彼のあられもない寝間着姿を見ることになるかもしれないからだ。
 想像しただけでも恐ろしいのに、それをいざ現実空間で見てしまった時にはどれだけ精神が汚されるのか……。
 衛士たちはそれを理解してこそ敢えて『魅惑の妖精』亭だけは後回しにしてしているのだ。
 しかし、彼らの判断は結果的に彼ら自身の『目的』の達成を遅らせる形となってしまっていた。 
 
 
 『魅惑の妖精』亭の裏口、今はまだ誰もいないその寂しい路地裏へと通じるドアが静かに開く。
 それから数秒ほど時間をおいて顔を出したのは、目を細めて警戒している霧雨魔理沙であった。
 夏場だというのに黒いトンガリを被る彼女は相棒の箒を片手にそろりそろりと裏口から外の路地裏へと出る。
 それから周囲をくまなく確認し、誰もいないのを確認した後に裏口の前に立っている少女へと合図を出した。

690ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:00:06 ID:EpCC/uLM
「……よし、今ならここを通って隣りの通りに出られるぜ」
「わかりました……、それでは行きましょう」
 魔理沙からのOKサインを確認した少女――アンリエッタは頷きながら、彼女の後をついてゆく。
 その姿は、いつも着慣れているドレス姿ではなく黒のロングスカートに白いブラウスというラフな格好だ。

 ブラウスに関しては胸のサイズの関係かボタンを全て留めていないせいで、いささか扇情的である。
 彼女はその姿で一歩路地裏へと出てから、心配そうに自分の服装を見直している。
「……本当にこの服をお借りして大丈夫なんでしょうか?」
「へーきへーき、理由を話せば霊夢はともかくルイズなら許してくれるさ。あ、帽子はちゃんと被っといた方がいいぜ?」
 元々霊夢の服だったと聞かされて心配しているアンリエッタに対し、魔理沙は笑いながらそう答える。
 彼女の快活で前向きな言葉に「……そうですか?」と疑問に思いつつも、アンリエッタは両手で持っていた帽子を被る。
 これもまた霊夢の帽子であるが、幸い頭が大きすぎて被れない……という事はなかった。
 服を変えて、帽子まで被ればあら不思議。この国の姫殿下から町娘へとその姿を変えてしまった。
 最も、体からあふれ出る品位と身体的特徴は隠しきれていないが……前者はともかく後者は特に問題はないだろう。
 本当にうまく変装できてるのか半信半疑である本人に対し、コーディネイトを任された魔理沙は少なからず満足していた。

 念の為にとルイズ化粧道具を無断で拝借して軽く化粧もしているが、それにしても上手いこと変装できている。
 恐らく彼女の顔なんて一度も見たことのない人間がいるならばこの女性がお姫様だと気づくことはないだろう。
 少なくとも街中で彼女を探してあちこち行き来している衛士達は、その部類の人間だろう。ならば気づかれる可能性は低い。
 単なる偶然か、それとももって生まれた才能なのか?アンリエッタの変装っぷりを見て頷いていた魔理沙は、彼女へと声を掛ける。
「ほら、そろそろ行こうぜ。ま、どこへ行くかなんてきまってないけどさ」
「あ、はい。そうですね。ここにいても怪しまれるだけでしょうし」
 自分の促しにアンリエッタが強く頷いたのを確認してから、魔理沙は通りへと背を向けて路地裏の奥へと入っていく。
 アンリエッタは今まで通った事がないくらい暗く、狭い路地裏から漂う無言の迫力に一瞬狼狽えてしまったものの、勇気を出して足を前へと向ける。
 二人分の足音と共に、少女たちは太陽があまり当たらぬ路地裏へと入っていった。

 それから魔理沙とアンリエッタの二人は、狭くなったり広くなったりを繰り返す路地裏を歩き続けていた。
 トリスタニアは表通りもかなり入り組んだ街である。それと同じく路地裏もまた易しめの迷路みたいになっている。
 かれこれ数分ぐらい歩いている気がしたアンリエッタは、ふと魔理沙にその疑問をぶつけてみることにした。
「あの、マリサさん?一体いつになったら他の通りへ出られるんでしょうか?」
「ん……あー!やっぱり不安になるだろ?最初私がここを通った時も同じような感想が思い浮かんできたなぁ〜」
 不安がるアンリエッタに対しあっけらかんにそう言うと、軽く笑いながらもその足は前へと進み続けている。
 前向きすぎる彼女の言葉に「えぇ…?」と困惑しつつも、それでも魔理沙についていく他選択肢はない。
 清掃業者のおかげで目立ったゴミがない分、変に殺風景な王都の路地裏を歩き続けた。
 
 しかし、流石に魔理沙という開拓者のおかげで終着点は意外にも早くたどり着くことができた。
 数えて五度目になるであろうか角を右に曲がりかけた所で、ふとその先から人々の喧騒が聞こえてくるのに気が付く。
 アンリエッタはハッとした先に角を曲がった魔理沙に続くと、別の通りへと続く道が四メイル程先に見えている。
 何人もの人々が行き交うその通りを路地裏から見て、ようやくアンリエッタはホッと一息つくことができた。
 そんな彼女をよそに「ホラ、出口だぜ」と言いつつ魔理沙は先へ先へと足を進める。
 それに遅れぬようにとアンリエッタも急いでその後を追い、二人して薄暗い路地裏から熱く眩い大通りへとその身を出した。

691ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:02:16 ID:EpCC/uLM
「……暑いですね」
 燦々と照り付ける太陽が街を照らし、多くの人でごったがえす通りへと出たアンリエッタの第一声がそれであった。
 王宮では最新式のマジックアイテムで涼しい夏を過ごしていた彼女にとって、この暑さはあまり慣れぬ感覚である。
 自然と肌から汗が滲み出て、帽子の下の額からツゥ……と一筋の汗が流れてあごの下へと落ちていく。
 これが街の中の温度なのかとその身を持って体験しているアンリエッタに、ふと一枚のハンカチが差し出される。
 一体だれかと思って手の出た方へと目を向けると、そこには笑顔を浮かべてハンカチを差し出している魔理沙がいた。
「何だ何だ、もう随分と汗まみれじゃないか。そんなに外は暑いのか?」
「……えぇ。ここ最近の夏と言えば、マジックアイテムの冷風が効く屋内で過ごしていたものですから」
 魔理沙が出してくれたハンカチを礼と共に受け取りつつ、それで顔からにじみ出る汗を遠慮なく拭っていく。
 そうすると顔を濡らそうとしてくるイヤな汗を綺麗さっぱり拭き取れるので、思いの外気持ちが良かった。
 
「マリサさん、どうもありがとうございました」
 汗を拭き終えたアンリエッタは丁寧に畳み直したハンカチを魔理沙へと返す。
 それに対して魔理沙も「どういたしまして」と言いつつそのハンカチを受け取ったところでアンリエッタがハッとした表情を浮かべ、
「あ、すいません。そのまま返してしまって……」
「ん?あぁそういえば借りたハンカチは洗って返すのがマナーだっけか。まぁ別にいいよ、そんなに気にしなくても」
「いえ、そんな事おっしゃらずに。貴女にもルイズの事で色々と御恩がありますし」
「そ、そうなのか?それならまぁ、アンタのご厚意に甘えることにしようかねぇ」
 肝心な時にマナーを忘れてしまい焦るアンリエッタに対して魔理沙は大丈夫と返したものの、
 それでも礼儀は大切と教えられてきた彼女に押し切られる形で、魔法使いは再びハンカチを王女へと渡した。
 
 預かったハンカチは後日洗って返す事を伝えた後、アンリエッタはフッと自分たちのいる通りを見回してみる。
 日中のブルドンネ街は一目見ただけでもその人通りの多さが分かり、思わずその混雑さんに驚きそうになってしまう。
 今までこの通りを通った事はあったものの、それは魔法衛士隊や警邏の衛士隊が道路整理した後でかつ馬車に乗っての通行であった。
 こうして平民たちと同じ視点で見ることは全くの初めてであり、アンリエッタは戸惑いつつも久しぶりに感じた゛新鮮さ゛に胸をときめかせてすらいる。
 老若男女様々な人々、どこからか聞こえてくる市場の喧騒、道の端で楽器を演奏しているストリートミュージシャン。
 王宮では絶対に聞かないような幾つもの音が複雑に混ざり合って、それが街全体を彩る効果音へと姿を変えている。

 アンリエッタはそれを耳で理解し、同時に楽しんでいた。これが自分の知らない王都の本当の顔なのだと。
 まるで子供の様に嬉しがっていた彼女であったが、その背後から横やりを入れるようにして魔理沙が声を掛けた。
「あ〜……喜んでるところ悪いんだが……」
 彼女の言葉で意識を現実へと戻らされた彼女はハッとした表情を浮かべ、次いで恥かしさゆえに頬が紅潮してしまう。
 生まれて初めて間近で見た王都の喧騒に思わず゛自分が為すべきこと゛を忘れかけていたのだろう、
 改めるようにして咳ばらいをして魔理沙にすいませんと頭を下げた後、彼女と共にその場を後にした。
 暑苦しい人ごみを避けるように道の端を歩きつつも、アンリエッタは先ほど子供の様に喜んでいた自分を恥じている。、
「すいません。……何分、平時の王都を見たのはこれが初めてでした故に……」
「へぇそうなのか?……それでも何かの行事で街中を通るときはあると思うが?」
「そういう時には大抵事前に通行止めをして道を確保しますから、自然と私の通るところは静かになってしまうんです」

692ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:04:16 ID:EpCC/uLM
 アンリエッタの言葉に、魔理沙は「成程、確かにな」と納得している。
 良く考えてみれば、今が夏季休暇だとはいえ人々で道が混雑する王都を通れる馬車はかなり限られるだろう。
 いかにも金持ちの貴族や豪商が済んでいそうな豪邸だらけの住宅地に沿って作られた道路などは、馬車専用の道路が造られている。
 それ以外の道路では馬車はともかく馬自体が通行禁止の場所が多く、他国の大都市と比べればその数はワースト一位に輝く程だ。
 実際王宮から街の外へと出る為には通りを何本か通行止めにしなければならず、今は改善の為の工事が計画されている。
 魔理沙も馬車が通りを走っているのをあまり見たことは無く、偶に住宅街へ入った時に目にする程度であった。
「こんなに人ごみ多いと、馬車に乗るよか歩いたほうが速いだろうしな」
 すぐ左側を行き交う人々の群れを見つめつつも呟いてから、魔理沙とアンリエッタの二人は通りを歩いて行く。

 やがて数分ほど歩いた所でやや大きめの広場に出た二人は、そこで一息つける事にした。
「おっ、あっちのベンチが空いてるな……良し、そこに腰を下ろすか」
 魔理沙の言葉にアンリエッタも頷き、丁度木陰に入っているベンチへと腰を下ろす。
 それに次いで魔理沙の隣に座り、二人してかいた汗をハンカチで拭いつつ周囲を見回してみた。
 中央に噴水を設置している円形の広場にはすでに大勢の人がおり、彼らもまたここで一息ついているらしい。
 ベンチや木の根元、噴水の縁に腰を下ろして友人や家族と楽しそうに会話をしており、もしくは一人で空や周囲の景色を眺めている者もいた。
 そんな彼らを囲うようにして広場の外周にはここぞとばかりに幾つもの屋台ができており、色々な料理や飲み物を売っている。
 種類も豊富で食べ物は暖かい肉料理から冷たいデザート、飲み物はその場で果物を絞ってくれるジュースやアイスティーの屋台が出ている。
 どの屋台も売り上げは上々なようで、数人から十人以上の列まであり、よく見ると下級貴族らしいマントを付けた者まで列に並んでいた。
 魔理沙はそれを見て賑やかだなぁとだけ思ったが、彼女と同じものを目にしたアンリエッタは目を輝かせながらこんな事を口にした。
「うわぁ、アレって屋台っていうモノですよね?言葉自体は知っていましたが、本物を見たのは初めてです!」
「え?あ、あぁそうだが……って、屋台を見るのも初めてなのか!?」
「えぇ!わたくし、蝶よ花よと育てられてきたせいでそういったモノに触れる機会が今まで無くて……」

 アンリエッタの言葉に一瞬魔理沙は自分の耳を疑ったが、自分の質問に彼女が頷いたのを見て目を丸くしてしまう。
 思わず自分の口から「ウッソだろお前?」という言葉が出かかったが、それは何とかして堪える事ができた。
 魔理沙は驚いてしまった半面、よく考えてみれば王家という身分の人間ならば本当に見たことが無いのだろうと思うことはできた。
(子はともかく、親や教育者なんかはそういうのをとにかく低俗だ何だ勝手に言って見せないだろうしな)
 きっと今日に至るまで王宮からなるべく離れずに暮らしてきたかもしれないアンリエッタに、ある種の憐れみを感じたのであろうか、
 魔理沙は座っていたベンチから腰を上げると、突然立ち上がった彼女にキョトンとするアンリエッタに屋台を指さしながら言った。
「折角あぁいうのが出てるんだ。何ならここで軽く飲み食いしていってもバチは当たらんさ」
「え?え、えっと……その、良いんですか?」
 突然の提案に驚いてしまうアンリエッタに「あぁ」と返したところで、魔理沙は自分が迂闊だったと後悔する。
 確かに豪快に誘ったのはいいものの、それを手に入れる為のお金を彼女は持っていなかったのだ。
 
 今日もお昼ごろになった所で用事を済ませたルイズや霊夢と合流して、三人一緒にお昼を頂く筈であった。
 その為今の彼女の懐は文字通りのスッカラカンであり、この世界の通貨はビタ一文入っていない。
 それを思い出し、苦虫を噛んでしまったかのような表情を浮かべる普通の魔法使いに、アンリエッタはどうしたのかと声を掛ける。
「あ……イヤ、悪い。偉そうに提案しといて何だが、今の私さ……お金を全然持ってなかったのを忘れてたぜ」
「……!あぁ、そういう事なら何の問題もありませんわ」
 申し訳なさそうに言う魔理沙の言葉に王女様はパッと顔を輝かせると、懐から掌よりやや大きめの革袋を取り出して見せた。
 突然取り出した革袋を見てそれが何だと聞く前に、アンリエッタは彼女の前でその袋の口を縛る紐を解きながら喋っていく。

693ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:06:11 ID:EpCC/uLM
「実は私、単独行動をする前にお付きの者に何かあった時の為にとお金を用意してもらったんですよ。
 とは言っても、ほんの路銀程度にしかなりませんが……でも、あそこの屋台のお料理や飲み物なら最低限買えるだけの額はあると思うわ」
 
 そう喋りながらアンリエッタは紐を解いた袋の口を開き、中にギッシリと入っているエキュー金貨を魔理沙に見せつける。
 何ら一切の悪意を感じないお姫様の笑顔の下に、一文無しな自分をあざ笑うかのように黄金の輝きを放つエキュー金貨たち。
 てっきり銀貨や銅貨ばかりだと思っていた魔理沙は息を呑むのも忘れて、輝きを放ち続ける金貨を凝視するほかなかった。
「……なぁ、これの何処が路銀程度なのかちょいと教えてくれないかな?」
「…………あれ?私、何か変な事言っちゃいましたか?」
 呆然としつつも、何とか口にできた魔理沙の言葉にアンリエッタは笑顔のまま首を傾げる他なかった。
 やはり王家とかの人間は庶民とは金銭感覚が大きく違うのだと、霧雨魔理沙はこの世界にきて初めて実感する事ができた。

 ひとまず代金を確保する事ができたので、魔理沙はアンリエッタを伴って屋台を巡ってみる事にする。
 食べ物と飲み物の屋台はそれぞれ二つずつの計四つであったが、それぞれのメニューは豊富だ。
 最初の屋台は肉料理系の屋台で、いかにも屋台モノの食べやすい料理が一通り揃っており、香ばしい匂いが鼻をくすぐってくる。
 スペアリブや鶏もも肉のローストはもちろんの事、何故かおまけと言わんばかりにタニアマスの塩焼きまで並んでいる。
 もう一つはそんなガッツリ系と対をなすデザート系で、今の季節にピッタリの冷たいデザートを売っているようだ。
 今平民や少女貴族たちの間で流行っているというジェラートの他にも、キンキンに冷やした果物も売りの商品らしい。
 横ではその果物を冷やしているであろう下級貴族が冷やしたてだよぉー!と声を張り上げている姿は何故か哀愁漂うが印象的でもある。
 下手な魔法は使えるが碌な学歴が無い彼らにとって、こういう時こそが一番の稼ぎ時なのであった。

「さてと、メインとなるとこの屋台しか無いが、うぅむ……どのメニューも目移りするぜ」
「た、確かに……私も見たことのないような名前の料理がこんなにあるなんて……むむむ」
 すっかり王女様に奢られる気満々の魔理沙は、アンリエッタと共に屋台の横にあるメニューを凝視している。
一応メニューの横にはその名前の料理のイラストが小さく描かれており、文字が分からなくてもある程度分かるようになっている。
 無論アンリエッタは文字の方を見て、魔理沙はイラストと文字を交互に見比べながらどれにしようか悩んでいた。
 屋台の店主とバイトであろうエプロン姿の男女はそんな二人の姿を見て微笑みながら、その様子をうかがっている。
 
 それから数分と経たぬ内、先に声を上げたのは文字を見ていたアンリエッタであった。
「私はとりあえず……この料理にしますが、マリサさんはどうしますか?」
 彼女はメニュー表に書かれた「羊肉と麦のリゾット」を指で差しつつ、目を細める魔理沙へと聞く。
 そんな彼女に対して普通の魔法使いも大体決めたようで、同じようにメニューの一つを指さして見せる。
「んぅ〜そうだなぁ、大体どんな料理なのかは絵を見れば察しはつくが……ま、コレにしとくか」
 そう言って彼女が選んだメニューは真ん中の方に書かれた「冷製パスタ 鴨肉の薄切りローストにレモン&ソルトペッパーソースを和えて」であった。
 いかにも屋台向けな料理の中でイラストの方で異彩を放っていたからであろう、上手いこと彼女の目を引いたのである。
 メニューが決まれば後は注文するだけ、という事でここは魔理沙が鉄板でソーセージを焼いていた男にメニューを指さしながら注文を取った。

694ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:08:06 ID:EpCC/uLM
「あいよ、その二つでいいね?それじゃあ出来上がりにちょっと時間が掛かるから、その間飲み物でも頼んできな」
「成程、隣に飲み物系の屋台がある理由が何となく分かったぜ。じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」
 
 まさかの協力関係にある事を知った魔理沙は手を上げて隣の屋台へと足を運ぼうとした所で、彼女から注文を聞いた店員が慌てて呼び止めてきた。
「っあ、お嬢ちゃん!ゴメンちょいと待った!ウチ前払いだったから、悪いけど先にお金払っといてくれるかい」
「お、そうか。じゃあそっちのア……あぁ〜、私の知り合いに頼んでくれるかい?」
「あ、は……はい分かりました。それじゃあ私が――」
 危うく名前を言いかけた魔理沙に一瞬ヒヤリとしつつも、アンリエッタは金貨入りの革袋を取り出して見せる。
 幸い顔でバレてはいないものの、流石に名前を聞かれてしまうとバレる可能性があったからだ。
 何せ実際に顔を見たことがなくとも、自分の肖像画くらいは街中で見かけたことがある人間はこの場にいくらでもいるだろう。
 先に名前の事で相談しておくべきだったかしら?……軽い失敗を経験しつつも、アンリエッタは生まれて初めてとなる支払いをする事となった。

「えぇっと……お幾らになるでしょうか?」
「んぅと、リゾットとパスタだから……合わせて十五スゥと十七ドニエだね」
「え?スゥと…ドニエですか?」
 一般的な屋台価格としてはやや強気な値段設定ではあるが、それなりのレストランで出しても大丈夫な味と見栄えである。
 それを含めての強気設定であったが、値段を聞いたアンリエッタは目を丸くしつつも革袋の中からお金を取り出した。
「あの、すいません……今銀貨と銅貨が無いのですが……これは使えるでしょうか?」
「ん?え……エキュー金貨!?それもこんなに!?」
 そう言って差し出した数枚の金貨を見て、店員は思わずギョッとしてしまう。
 新金貨ならともかくとして、まさか一枚あたりの単位が最も高額なエキュー金貨を数枚も屋台で出されるとは思っていなかったのだ。
 調理や盛り付けをしていた他の店員たちも驚いたように目を見開き、本日一番なお客様であるアンリエッタを注視した。
 一方でアンリエッタは、突然数人もの男女からの視線を向けられた事に思わす動揺してしまう。
「え?あの……ダメでしたか?」
「だ…ダメ?あ、いえいえ!充分ですよ……っていうかそんなにいりませんよ!この一枚だけで充分です!」
 そう言って店員はアンリエッタが取り出した数枚の内一枚を手に取ると、「あまり見せびらかさないように」とアンリエッタに小声で注意してきた。

「ここ最近ですけど、何やらお客さんみたいに大金を持ち歩いてる人を狙って襲うスリが多発してるそうなんですよ。
 犯人の身元は未だ分からないそうですから、お客さんもこんなに大金持ち歩いてる時は気を付けた方がいいですよ?」

 親切心からか、店員が話してくれた物騒な事件の話にアンリエッタは「え、えぇ」と動揺しつつも頷いて見せる。
 それに続くように店員も頷くと彼は「店からお釣り取ってくる!」と仲間に言いながらその場を後にして行った。
 その後、別の店員から注文の品ができるまでもう少し待ってほしいとと言われた為、魔理沙と共に飲み物を決めることにした。
 暫し悩んだ後でアンリエッタが決めたのはレモン・アイスティーで、魔理沙はレモンスカッシュとなった。

695ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:10:07 ID:EpCC/uLM
「はいよ、コップに入ってるのがアイスティーでこっちの大きめの瓶がレモン・スカッシュね!」
「有難うございます」
 アンリエッタは軽く頭を下げて、魔理沙が飲み物の入ったそれぞれの容器を手にした時であった。
 先ほど料理を頼んだ屋台から自分たちを読んでいるであろう掛け声が聞こえた為、急いでそちらへと戻る。
 すると案の定、アツアツのドリアと冷静パスタが出来上がった品を置くためのカウンターに用意されていた。

「はいお待ちどうさん!ドリアの方は熱いから気を付けて!あ、食べ終わったお皿はそこの返却口に置いといてね」
「あっはい、分かりました。はぁ、それにしても中々どうして美味しそうですねぇ」
 ツボ抜きしたタニアマスを串に通しながらも快活に喋る女性店員から説明を聞きつつ、二人は料理の入った木皿を手に取った。
 オーブンから出したばかりであろうドリアは表面のチーズがふつふつと動いており、焼いたチーズの香ばしくも良い匂いが漂ってくる。
 対して魔理沙の冷製パスタも負けておらず、スライスされた鴨肉のローストと特性ソースがパスタに彩を与えている。
 どうやらトレイも一緒に用意されているようで、魔理沙たちはそれに料理と飲み物に置いてどこか落ち着いて食べられる場所を探す事にした。
 広場には人がいるもののある程度場所は残っており、幸いにも木陰の下に設置された木製のテーブルとイスを見つけることができた。
 
「良し、ここが丁度いいな。じゃ、頂くとするか」
「そうですね……では」
 脇に抱えていた箒を傍に置いてから席に座り、トレイをテーブルの上に置いた魔理沙はアンリエッタにそう言いながらフォークを手に取った。
 木製であるがパスタ用に先が細めに調整されたそれでいざ実食しようとした、その時である。
 ふと向かい合う形で座っているアンリエッタへと視線を移すと、彼女は湯気を立たせるドリアの前で短い祈りの言葉を上げていた。
「始祖ブリミルよ、この私にささやかな糧を与えてくれた事を心より感謝致します……―――よし、と」
 短い祈りが終わった後、小さな掛け声と共にアンリエッタはスプーンを手に取って食べ始める。
 久しぶりにこの祈りの言葉を聞いた魔理沙も思い出したかのように、目の前のパスタを食べ始めていく。
 
 暫しの間、互いに頼んだ料理に舌鼓を打ちつつ。三十分経つ頃には既に食べ終えていた。
「ふい〜、美味しかったなぁこのパスタ。冷製ってのも案外イケるもんだぜ」
 レモンスカッシュの残りを飲みつつも、ちょっとした冒険が上手くいった事に彼女は満足しているようだ。
 アンリエッタの方も頼んだドリアに文句はないようで、ホッコリした笑顔を浮かべている。
「いやはやこういう場所で物を食べるのは初めてでしたが、おかげでいい勉強になりました」
「その様子だと満更悪く無かったらしいな?美味しかったのか」
「えぇ。味は少々濃い目で単調でしたが、もうちょっと野菜を加えればもっと美味しくなると思いました」
 マッシュルームとか、ズッキーニとか色々……と楽しそうに料理の感想を口にするアンリエッタ。
 魔理沙は魔理沙でその姿を案外美味しく食べれたという事に僅かながらの安堵を覚えていた。
 あんなお城に住んでいるお姫様なのだ、てっきり口に合わないとへそを曲げるかと思っていたのだが、
 中々どうして庶民の料理もいける口の持ち主だったようらしく、こうして心配は無事杞憂で済んだのである。
 
(ま、本人も本人で楽しんでるようだしこれはこれで正解だったかな?)
 初めて食べたであろう庶民の味を楽しんでいるアンリエッタを見ながら、魔理沙は瓶に残っていた氷をヒョイっと口の中へと入れる。
 先ほどまでレモン果汁入りの炭酸飲料を冷やしていたそれを口の中で転がしつつ、慎重にかみ砕いてゆく。
 その音を耳にして何だと思ったアンリエッタは、すぐに魔理沙が氷を食べているのに気が付き目を丸くする。

696ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:12:31 ID:EpCC/uLM
「まぁ、氷をそのまま食べているの?」
「んぅ?あぁ、口の中がヒンヤリして夏場には中々良いんだぜ。何ならアンタもどうだい?」
「ん〜……ふふ、遠慮しておきますわ。もしもうっかり歯が欠けたら従徒のラ・ポルトに怒られちゃいますから」
「なーに、かえって歯が丈夫になるさ。まぁ子供の頃は何本か折れたけどな」
 暫し考える素振りを見せた後で、微笑みながらやんわりと断るアンリエッタに、魔理沙もまた笑顔を浮かべもながら言葉を返す。
 真夏の王都、屋台の建てられた広場で休む二人は、まるで束の間の休息を満喫しているかのようだ。
 傍から見ればそう思っても仕方のない光景であったが、そんな暢気な事を言ってられないのが現実である。
 何せ今、王都のあちこちにアンリエッタを探そうとしている衛士が徒党を組んで巡回している最中なのだから。
 そしてアンリエッタは今のところ――本来なら自分の身を守ってくれる彼らから逃げなければいけない立場にある。
 どうして?それは何故か?詳しい理由を未だ教えられていない魔理沙は、ここに至ってようやくその理由を聞かされる事になった。


 軽食を済ませてトレイ等を返却し終えた二人は、日中はあまり人気のない裏通りにいた。
 活気があり、飲食店や有名ブランドの店が連なる表通りとは対照的な静かな場所。
 客足は少々悪いが静かにゆっくりと寛げる食堂に、素朴な手作りの日用雑貨や外国製の安い服がうりの雑貨屋など、
 観光客ではなくむしろ地元の人々向けの店がポツン、ポツンと建っているそんな場所で魔理沙はアンリエッタから『理由』を聞かされていた。
「獅子身中の虫だって?」
「はい。それもそこら辺の虫下しでは退治できないほどに成長した、アルビオンの息が掛かった厄介な虫です」
「……成程、つまりはあのアルビオンのスパイって事か。それも簡単に倒せない厄介なヤツだと」
 最初にアンリエッタが口にした言葉で、魔理沙は゛虫゛という単語の意味を理解することができた。
 獅子身中の虫――寄生虫を想起させるような言葉であるが、本来は国に危機をもたらすスパイという意味で使われる。
 そして彼女の言葉を解釈すれば、そのスパイはそう簡単に豚箱にぶちこめるレベルの人間ではないようだ。
 
 同時に魔理沙は気が付く、彼女を探し出している衛士達から逃げているその理由を。
「まさか?今街中をうろつきまわってる衛士たちってのは、そいつの手先って事か?」
 思いついたことをひとまず口にした魔理沙であったが、アンリエッタはその仮説に「いいえ」と首を横に振った。
「彼らは上からの命令を受けて、あくまで純粋に私を保護する為に動いているだけです」
「そうなのか?じゃあこうして人目のつかない所をチョロチョロ動き回る必要は無さそうだが……事はそうカンタンってワケじゃあないってか」
 アンリエッタの言葉に一度は首を傾げそうになった魔理沙はしかし、彼女の表情から複雑な理由があると察して見せる。
 魔理沙の言葉にコクリと頷いて、アンリエッタはその場から見る事の出来る王宮を見上げながら言った。
「酷い例えかもしれませんが、これは釣りなんです。私を餌にした……ね」
「釣りだって?そりゃまた……随分と値の張った餌だな、オイ」
 
 自分では気の利いた事を言っているつもりな魔理沙を一睨みみしつつも、彼女は話を続けた。
 今現在この国にいる少数の貴族は神聖アルビオン共和国のスパイ――もとい傀儡として動いている事が明らかになっている。
 無論彼らの動向はほぼ掴んでおり、捕まえること自体は容易いものの彼らを捕まえたとしても敵の情報を知っているワケではない。
 しかし一番の問題は、その傀儡を操っているであろう゛元締め゛がこの国の法をもってしても容易には倒せない存在だという事だ。
「この国の法を……って、王族のアンタでも……なのか?」
「流石にそこまでの相手ではありません。しかし、今すぐ逮捕しようにも手が出せない相手なのです」
 この国で一番偉い地位にいる少女の口から出た言葉に、流石の魔理沙も「まさか」と言いたげな表情を浮かべている。
 そんな彼女に言い過ぎたと訂正しつつも、それでも尚強大な地位にいるのが゛元締め゛なのだと伝えた。
 誇張があったとはいえ、決して規模が小さくなってない゛元締め゛の存在に魔理沙は苦虫を噛んでしまったかのような表情を浮かべてしまう。

697ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:14:33 ID:EpCC/uLM
「……最初はちょっと面白そうな話だと思ってた自分を殴りたくなってきたぜ」
「貴女を半ば騙して連れてきた事は謝ります。ですが自分への八つ当たりは、過去へ跳躍する方法が分かってからにしてくださいな」
「んぅ〜……まぁいいさ。どうせ過去の私に言って聞かせても、結果は同じだと思うしな?」

 そんなやり取りの後、アンリエッタは再びこの国に蔓延るスパイについての話を再開する。
 アルビオンから情報収集を頼まれたであろう゛元締め゛がまず行ったのは、傀儡役となる貴族たちへの声掛けであった。
 ゛元締め゛が最適の傀儡と見定めた貴族は皆領地経営で苦しみ、土地持ちにも関わらずあまり金を稼げていない貧乏貴族に絞っている。
 お金欲しさに領地に手を出して失敗している者たちは、その大半が楽して大金を稼ぎたいという邪な思いを持っているものだ。
 彼らの殆どはその土地ではなく王都に住宅を建てて暮らし、儲からない領地と借金を抱えて日々を暮らしている。
 そういった人間を探し当てるのに慣れた゛元締め゛は、前金と共に彼らの前に現れてこう囁くのである。

―――この国の機密情報を盗み取ってアルビオンに渡せば億万長者となり、かの白の国から土地と欲しい褒美を貰えるぞ……――と。
 
 無論これを聞かされた全員がそれに賛同する筈はないだろう、きっと何人かは゛元締め゛を売国奴と罵るだろう。
 しかし゛元締め゛は一度や二度怒鳴られる事には慣れており、シールのように顔に張り付いた不気味な笑みを浮かべて囁き続ける。
 こんな国には未来はない、いずれは大国に滅ぼされる。そうなる前にアルビオンへとこの国を売り渡し、今のうちの将来の地位を築くべき――だと。
「おいおい……いくら何でもそれはウソのつき過ぎだろ?ちよっと物騒だが、別に無政府状態ってワケでもないだろうに」
 そこまで聞いたところで待ったを掛けた魔理沙であったが、彼女の言葉にアンリエッタは自嘲気味な笑みを浮かべてこう返した。

「知ってますか?このハルケギニア大陸に幾つかある国家の中に、王家の者がいるのに玉座が空いたままの国があるそうですよ?
 王妃は夫の喪に服するといって戴冠を辞退し、まだ子供の王女に任せるのは不安という事で年老いた枢機卿にすべてを任せてしまっている国が……」

 不味い、被弾しちまったぜ。――珍しく自分の言葉を間違えた気がした魔理沙は、知り合いの半妖がくれた黒い飴玉を口にした時のような表情を浮かべて見せた。
「あー……悪い、そういやここはそういう国なんだっけか?」
 わざとらしく視線を横へ逸らすのを忘れが申し訳なさそうに謝った魔法使いは、件の飴玉を口にした時の事も思い出してしまう。
 おおよそ人が食べてはいけないような味が凝縮されたあの飴玉を食べてしまった時の事と比べれば、この失言も大した事ではないと思えてくる。
「まぁそんな状態もあと少しで終わりますので心配しないでください。それよりも先に片付けねばならない事があるのですから」
 とりあえずは謝ってくれた魔理沙にそう返しつつ、アンリエッタはそこから更に話を続けていく。 

 自分が仕える国から機密情報を盗み出せば、大金と褒美を得られるぞ。
 そんな甘言を囁かれても、大半の貴族は囁いた本人を売国奴として訴えるのが普通であろう。
 しかし゛元締め゛は知っていたのだ、例えをトリステイン貴族でなくなったとしても金につられてくれるであろう貴族たちの所在を。
 ゛元締め゛はそうした貴族達だけをターゲットに絞り、根気よく説得しては自分の手駒として情報を集めさせたのである。
 一方で傀儡となった者たちはある程度情報を集めた所で゛元締め゛からアルビオン側の人間との合流場所を知らされる。
 そしてその合流場所へと行き観光客を装った彼らから報酬を受け取り、情報を渡してしまえば立派な売国奴の出来上がりだ。
 
 後は逮捕されようが殺されようが構いやしないのである。今のアルビオンにとって、この国の貴族は本来敵として排除するべき存在。
 ましてや金に目が眩み機密情報を平気で渡すような輩など、信用してくれと言われてもできるワケがない。
 結局、゛元締め゛の言いなりになっている貴族たちは目先の利益に問われた結果、最も大事な゛信用゛を失ってしまったのである。

698ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:16:44 ID:EpCC/uLM
「そんならいくら尻尾振ったって意味なくないか?第一、貴族ってそんなに金に困ってるのか?」
「王家である私やヴァリエール家のルイズはともかく、貴族が全員お金に困らない生活をしてるってワケではありませんしね」
 下手すればそこら辺の平民よりも月に消費するお金が多いのですから、アンリエッタは歯痒い思いを胸に抱いてそう言う。
 国を運営していくのに綺麗ごとでは済まない事は多いが、日々の生活に困窮する貴族の数は年々増えつつある。
 最初こそそれは学歴がなくまともな職にもつけない下級貴族たちが主流であったが、今では中流の貴族たちもその中に入ろうとしていた。

「領地経営だって軽い気持ちでやろうとすれば必ず痛い目を見て、そこで生まれた負担金は経営者の貴族が支払ねばなりません。
 想像と違って上手くいかない領地の経営に、身分に合わぬ浪費でどんどん手元から無くなっていく財産に、そこへ割り込むかのように増えていく借金……。
 今ではそれなりの地位にいる者たちでさえお金が無いと喘いでいる今の世情を利用して、゛元締め゛は甘い蜜を吸い続けているのです」

 華やかな王都の下に隠れる陰惨な現実を語りながらも、アンリエッタはさらに話を続ける。
 そうして幾つもの人間を駒として操り、アルビオンに情報を渡す゛元締め゛本人は決してその尻尾を出すことは無い。
 自らは舞台裏の者としての役割に徹し、例え傀儡たちが死のうともその正体を露わにすることはなかった。
 ……そう、ヤツは決して表舞台には姿を現さないのだ。――余程の゛緊急事態゛さえ起こらなければ。
 
「――成程、アンタがやろうとしている事が何となく分かってきた気がするぜ」
「何が分かったのかまでは知りませんが、私の考えている通りならば後の事を口にする必要はありませんね?」
 ゛緊急事態゛という単語を聞いた魔理沙は彼女の言わんとしている事を察したのか、ニヤリとした笑みを浮かべてみせた。
 一方のアンリエッタも、魔理沙の反応を見て自分の言いたい事を彼女が察してくれたのだと理解する。
 両者揃ってその口元に微笑を浮かべ、互いに同じことを考えているのだと改めて理解した。
「成程な、釣りは釣りでも随分とドでかい獲物を釣り上げる気のようだな?」
「まぁ、あくまで餌役は私なんですけね?」
 最初こそ自分を殴りたいと言って軽く後悔していた魔理沙は、今やすっかりやる気満々になっている。
 権力を隠れ蓑にして他人を操り、自分の手は決して汚そうとしない゛元締め゛を釣りあげるという行為。
 ヤツは余程の事が起こらない限り姿を見せない。そんな相手を表舞台に引きずり出すにはどうすればいいのか? 

 その答えは簡単だ。――起こしてやればいいのである、その余程どころではない゛緊急事態゛を。
 例えばそう、何の前触れもなくこの国で最も重要な地位についている人間が失踪したりすれば……どうなるか?
 護衛はしっかりしていたというのに、まるで神隠しにでも遭ってしまったかのように彼らに気取られず姿を消してみる。
 するとどうだろうか、絶対かつ完璧であった護衛の間をすり抜けて消えてしまった要人に彼らは大層驚くだろう。
 一体どこへ消えたのか騒ぎ立て、やがて油に引火した炎のように騒ぎはあっという間に周囲へ広がっていく。
 やがて要人失踪の報せは他の要人たちへと届き、各地の関所や砦では緊急事態の為通行制限がかかる。
 
 そのタイミングでわざと教え広めるのだ、要人の姿をここ王都で目撃したという偽の情報を。
 当然それが仕掛けられたモノだと気づかない第三者たちは、そこへ警備を集中配置して情報収集と要人確保の為に動く。
 そこに来て゛元締め゛は焦り始めるのだ。――なぜ、こんなタイミングであのお方は姿を消したのだと。
 恐らく彼は自分の味方へと疑いを向けるだろう。この国の王権を打倒せんと企んでいるアルビオンの使者たちを。
 彼らは味方だがこちらの意思で完全に動いているワケではない、彼らには彼らなりの計画がしっかり用意されている。
 もしもその計画の中に要人の誘拐もしくは暗殺が入っており、尚且つそれを自分に知らせていなかったら……?
 まるで底なし沼に片足を突っ込んでしまった時のように、゛元締め゛はそこからずぶずぶと疑心暗鬼という名の沼に沈むほかない。

699ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:18:14 ID:EpCC/uLM
 疑いはやがて確信へと変貌を遂げて、本人を外界へと引きずり出すエネルギーとなるだろう。
 それ即ち、アルビオンの人間と直接話し合うために゛元締め゛自らがその体を動かして外へと出るという事を意味するのだ。
 今まで自分に火の粉が降りかからぬ場所で多くの貴族たちを動かし、気楽に売国行為をしていた゛元締め゛。
 しかし、ふとしたキッカケで彼らに疑いを持ち始めた゛元締め゛は、自ら動いてアルビオンの人間たちに問いただしに行く。
 それが仕組まれていた事――そう、要人が消えた事さえ彼を表舞台に上がらせる為の罠だという事にも気づかず。
 そして食いついた所で釣りあげてやるのだ。強力な地位を利用して国を売ろとした男と、それに関わる者たち全てを。 

「それが今回、私に仕える者が提案した『釣り』のおおまかな流れです」
 表の喧騒から遠く、時間の流れさえゆったりとしたものに感じられる人気の無い路地裏で、アンリエッタは今回の作戦を教え終えた。
 そんな彼女に対して珍しく黙って聞いていた魔理沙は面白そうに短い口笛を吹いたのち、「成程な」と一人頷く。
「餌も上等なら、釣り針や竿も最高級ってヤツか?この国の重役なら絶対に動揺すると思うぜ?」
「それはそうでしょうね。何せ今はこの王都に通常よりも倍の衛士たちが入ってきていますから」
 魔理沙の言葉にアンリエッタそう返しつつ、ふと表の通りから聞こえてくる喧騒に衛士達の走り回る音も混じってきているのに気が付く。
 規律の取れた軍靴が一斉に地を踏み走る音靴は、彼らが六人一組で行動している事を意味する音。
 きっとそう遠くないうちにも、この路地裏にも捜査の魔の手が伸びるのは間違いない。

 アンリエッタは魔理沙と目配せをした後で自ら先頭に立ち、隠れ場所を探しつつ街の中を進んでいく。
 途中表通りへと繋がっている場所を避けつつ、彼女は衛士に見つかってはいけない理由も話してくれた。

「ここまでは計画通りです。しかし……もしここで衛士達に見つかり、捕まってしまえば全てが無に帰してしまいます。
 恐らく私が確保されたという報告は、すぐにでも゛元締め゛の耳に届く事でしょう。そうなれば後はヤツの思うがまま、
 アルビオンの使者とすぐに仲直りした後で、持てるだけの情報を持たせて彼らを白の国へと送った後で、すべての証拠を隠滅――
 そして持ち帰った情報で彼らはわが国で戦争を始めるつもりなのです。ゲルマニアやガリアの僻地で起きているモノと同じ形式の戦争を……」
 
 戦争だって?――王女様の口から出た物騒な単語に、流石の魔理沙も眉を顰める。
 トリステイン自体が幻想郷程……とは言わないが相当平和な国だというのは彼女でも理解している。
 平和とはいっても化け物に襲われたりこの前はあのアルビオンとかいう国が攻めてきたりしたが、それは一般大衆にはあまり関係ないことだろう。
 現にこの街に住んでる人々はかの国と実質戦争状態にあるというのに、いつも変りなく暢気に暮らしている人間が大半を占めているのだ。
 そんな平和なこの国で――彼女の言い方から察するに最低でも国内で――戦争が起こるなどとは、上手いこと想像ができないでいる。

 それに魔理沙自身、ちゃんとしたルールに則った争い……つまりは弾幕ごっこが戦いの基本となった幻想郷の出身者という事もあるだろう。
 深刻な表情をして国で戦争が起きるかもしれないと呟くアンリエッダの言葉に肩を竦め、信じられないと言うしかなかった。
「おいおい戦争って……いくらなんでも、そこまで発展したりはしないだろ?」
「確かに貴女の言う通りです。王政の管轄領地やラ・ヴァリエ―ルなどの古くから仕える者たちの領地で起こりえないでしょう、――しかし
「しかし?」
「管理の行き届かない領地、つまりは僻地で戦争が起きる可能性は決して無いとは言い切れないのですよ」
 深刻な表情のまま言葉を終わらせたアンリエッタに、魔理沙は口から出かかった「マジかよ」という言葉を飲み込む事はできなかった。
 そしてふと思った。この世界では、ふとした拍子や失敗で簡単に戦争が起こってしまうのではないのかと。

700ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:20:16 ID:EpCC/uLM
 そんな気味の悪い事を考えてしまった魔理沙は、アンリエッタに続くようにして自らも重苦しい表情を浮かべてしまう。
 いつも何処か得意げなニヤつき顔を見せてくれている彼女には、あまりにも不釣り合いかつ真剣な顔色である。
 今の彼女の表情を霊夢やアリス、パチュリーといった幻想郷の知人が見ればきっと今夜の夜空は物騒になるだろうと誰もが笑うに違いない。
 幸か不幸か今はそんな奴らもいないので、彼女は恥かしい思いをすることもせず気兼ねなく真剣な表情を浮かべることができていた。
 アンリエッタはアンリエッタでこれからの作戦の成否で国の運命が掛かっていると知っているためか、魔理沙以上に真剣な様子を見せている。
 魔理沙と出会う前はサポートがいてくれたおかげで何とか王都まで隠れる事はできたが、ここからが正念場というヤツなのだろう。
 お供の魔法使い共々衛士たちに捕まり、正体がバレてしまえば――最悪敵である、あの゛男゜にこちらの出方を読まれる恐れがある。

 元締め――もといあの゛男゛は馬鹿でもないし、間抜けでもない。秀才であり、なおかつ政敵との戦いにも打ち勝ってきた強者だ。
 でなければこの国であれだけの地位――トリステイン王国の法と裁きを司る高等法院の頂点に立てはしないだろう。
 無論スパイとして発覚する以前に賄賂の流通があったという話は聞くが、それだけで検挙できるのならここまでの苦労はしない。
 一度は地の底に這いつくばり、血の涙も枯れてしまう程の努力を積み重ねてきた末の結果とも言うべき輝かしくも陰影が残る功績。
 自らの欲と目的を達成するためには殺人すら含めたありとあらゆる手段を尽くし、自分に都合の悪い情報は徹底してもみ消してのし上がっていく。
 彼の裏の顔を知ろうと迂闊にも接近し過ぎてしまい、文字通り消された密偵の数は恐らく二桁近くに上るであろう。
 その一方では法の番人として国の法整備や裁判等に尽力し、先代の王や若かりし頃の枢機卿が彼を百年に一度の人材と褒めたたえている。
 表と裏。人間ならばだれしも持っているであろう二面のギャップが激しすぎる彼は、そう簡単には捕まらないであろう。
 だからこそこの事態をチャンスにして捕まえ、そして聞き質さなければいけない。
 
 ―――――幼子であった頃の自分を、まるで本物の父親に様にあやしてくれた貴方の笑顔は作り物だったのかと。

(その為にも今は絶対に捕まらないよう、気を付けないと……)
 愛するこの国の為、どうしても聞き出さなければいけない事の為、アンリエッタは改めて決意する。

 アンリエッタからこの任務の大切さを今更聞き、重責を負ってしまった事を実感している霧雨魔理沙。
 二人して人気のない裏路地で屯する形となり、アンリエッタはこれからどう動こうかという相談をしようとしていた――が、
 そんな彼女たちを不審者と判断しないほど、トリスタニアは平和ボケしているワケではなかった。
 それは二人の背後、裏通りから大通りへと続く路地から何気ない会話と共にやってきたのである。
「バカ言ってんじゃねえよ?大金張ったルーレットでそんな命知らずみたいな芸当できるワケが……ん?」
「だからさぁ、本当なんだって!そりゃもう信じられない位正確に……って、お?」
 ギャンブル関係の話をしながらやってくる二人組の男の声を聞いて咄嗟に振り向いたアンリエッタは、サッと顔が青くなる。
 彼女に続くようにして魔理沙もまた振り向き、丁度自分たちに気づいた男たちと目を合わせる形となってしまった。

 声の正体はこの王都にも良くいるようなチンピラではなく、むしろそのチンピラにとっては天敵ともいえる存在。
 お揃いの軽い胸当てに夏用の半袖服と長ズボンに、市街地での戦いに特化した短槍を手に街の治安を守るもの。
 鎧の胸部分に嵌め込まれているのは、白百合と星のエンブレム。そう、トリスタニアの警邏衛士隊のシンボルマークだ。
 二人そろってそのエンブレムの付いた胸当てを身に着けているという事は、彼らが衛士隊の人間であることは間違いない。
 自分たちの姿を見て足を止めた衛士達を前に、アンリエッタはすぐに魔理沙の手を取りその場を去ろうと考える。しかし、
「あーちょい待ち。そこの黒白、確かぁ〜キリサメマリサ……だったっけ?」
「え?確かに私だが……何で知ってるんだよ?」

701ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:22:06 ID:EpCC/uLM
 間が悪く、彼女の手を取ろうとした所で衛士の一人が魔理沙の名前を出して呼び止めてきたのだ。
 魔理沙は見知らぬ他人に名を当てられて目を丸くしており、片方の衛士も「知り合いか?」と相棒に聞いている。
「いえ、ちょっと前にこの子が取り調べられましてね、その時の調書担当が自分だったんだよ」
「――あぁ、そういえばいたなアンタ。随分前の事だったから記憶に残ってなかったぜ」
 彼の言葉で思い出したのか、魔理沙が手を叩きながら言った所で衛士は彼女の隣にいるアンリエッタにも話しかけた。

「で、そこにいる君は誰なんだい?ここらへんじゃあ見たこと無さそうな雰囲気だけど?」
「あ、その……私は――」
 まさか話しかけられるとは思っていなかったアンリエッタは、どう返事したらいいか迷ってしまう。
 衛士の表情から察するに、ちょっとしたナンパ程度で声を掛けたのではないとすぐに分かる。
 あくまで仕事の一環として――少なくとも今伝えられている事態を考慮して――声を掛けたのは一目瞭然だ。
 もう片方の衛士も言葉を詰まらせているアンリエッタに、怪訝な表情を見せている。
 迷っている時間は無い。そう直感したアンリエッタに、魔理沙が救いの手を差し伸べてくれた。
「悪い悪い、衛士さん。こいつは私の知り合いなんだよ」
「知り合い?」
「あぁ、今日王都に遊びに来るっていうから私がちょっとした観光役をやらせてもらってるんだよ。なぁ?」
 いつもの口調で衛士と自分間に入ってきてくれた魔理沙の呼びかけに、アンリエッタは「え、えぇ!」と相槌を打つ。
 その様子に衛士二人は怪訝な表情を崩さず、しかし「まぁそれなら良いが……」という言葉に安堵しかけた所で、

「じゃあ突然で悪いが、その帽子外して俺たちに顔を見せてくれないかい?」
 一番聞きたくなかった質問を耳にして、アンリエッタは口から出そうとしたため息を、スッと肺の方へと押し戻す。
 まさか言われるとは思っていなかったワケではない、それはポカンとした表情を衛士達に向けている魔理沙も同じであろう。
 少なくとも今の彼らにとって、帽子を目深に被った少女何て誰であろうが職務質問の対象者となるに違いない。
 かといって帽子を外して堂々と街中を歩くのは、「私を捕まえてくださーい!」と市中で裸になって踊りまくるのと同義である。
 裸になるか帽子を被るか、たとえ方は少々おかしいが誰だって帽子の方を選ぶのは明白だ。
 だからアンリエッタも帽子を被り、ちゃんと変装までしたうえで――衛士たちに職質されるという不運に見舞われた。
 
 今日の運勢は厄日だったかしら?いつもならお抱えの占い師から聞く今日の運勢の事を現実逃避の如く考えようとしたところで、
 それまで黙っていた魔理沙もこれは不味い流れだと察したのか、自分の頭の上にある帽子を取りながら衛士達に声を掛けた。
「帽子か?そんなもんいくらでも取ってやるぜ?ホラ!」
「お前じゃねえよ、バカ。ホラ、お前さんの後ろにいる黒帽子を被った連れの子さ」
 霧雨魔理沙渾身(?)のギャグをあっさりと切り捨てた衛士の一人が、丁寧にアンリエッタを指さして言う。
 もしも彼らが今ここで彼女の正体を知ったら、きっと彼女を指した衛士は間違いなく土下座していたに違いない。
 しかし悲しきかな、今のアンリエッタにとって自らの正体を晒すのは自殺行為である。
 よって幸運にも彼は何一つ事実を知ることなく、余裕をもってアンリエッタ指させるのであった。

 魔理沙の誤魔化しをあっさりとすり抜け、自分に帽子を外しての顔見せ要求する冷静な衛士達。
 これには流石のアンリエッタも何も言い返せず、ただた狼狽える事しかできない。
 しかし、時間が待ってくれないように衛士達も一向に「イエス」と答えてくれない彼女を待つつもりは無いらしい。
 指さしていない方の衛士が怪訝な表情のままアンリエッタへ一歩近づきながら、彼女の被る帽子の縁を優しく掴みながら言う。
「……黙ってるっていうのなら、こっちは不本意だが無理やり帽子を取るしかないが?」
「……ッ!?そんなの、横暴では――ッ!?」
 咄嗟に彼の手から逃れるように叫ぶと後ろへ下がり、まるでぎゅっと両手で帽子の縁を掴む。
 まるで天敵に出会ったアルマジロの様に見えた魔理沙であったが、流石にそれをこの場で言えるほど空気が読めないワケではなかった。

702ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:24:15 ID:EpCC/uLM
 とはいえ流石にここは間に入らないとまずいと感じたのか、再びアンリエッタの前に立ちはだかり何とか衛士を宥めようとした。
「まぁまぁ落ち着いてくれって!この暑さでイライラしてるのは私だってよ良く分かるぜ?」
「暑さでイライラがどうのこうのじゃないんだ。あくまで仕事の一環として彼女の顔をよく見ておきたいだけだ」
「そんな事言って、ホントは美人だったらナンパしたいだけだろ?例えば……今日一緒にランチでもどう?……ってさ?」
 魔理沙はここで相手の注意をアンリエッタから自分に逸らそうと考えたのか、煽るような言葉を投げかけていく。
 流石にナンパという単語にムッとしたのか、独身であろう衛士は目を細めると「馬鹿にするなよ」と言いつつ、

「俺は二児の父親で、ついでに今日の昼飯は女房が作ってくれたベーコンとチーズのサンドウィッチとマカロニのクリームソテーなんだぞ?」
「……おぉ、スマン。アンタの事良く知らずにナンパとか言って悪かったぜ」
「おめぇ!何奥さんとのイチャイチャっぷりを告白してんだよッ!」

 独身どころか既にゴールインしていたうえに愛妻弁当の自慢までされてしまい、流石の魔理沙も訂正せざるを得なくなってしまう。
 一方で指さしていた衛士は何故か彼に突っかかったのだが、所帯持ちの相方は「僻むんじゃねぇよ」と一蹴しつつ魔理沙へと向き直る。
「とにもかくにもだ、別に持ち物検査までしようってワケじゃないんだ。そこの嬢ちゃんが自分で自分の帽子を外すくらい何て事無いだろう?」
「まぁそりゃそうなんだが…ってイヤイヤ、そこがさぁちょいとワケありでダメなんだよなぁ〜これがさぁ……」
 衛士として正論を容赦なくぶつけてくる相手に対して、魔理沙は何とかそれをかわそうと次の一手を考えようとする。
 しかし、どう考えても今の状況を上手いことかわせる方法などあるワケもなく、彼女が言い訳を口にする度に衛士たちは顔をしかめていく。
(まぁ逃げる手立てはいくらでもあるんだが、そうなると絶対後で碌な目に遭わないしなぁ〜……あぁでも、そういうのも面白そうだなぁ)
 右手に握る箒を一瞥しつつ、アンリエッタの前では絶対言ってはいけない事を心中で呟いていた――その時であった。

 まず先手を打って逃げようかと考えていた魔理沙と狼狽えるアンリエッタが、上空から落ちてくる゛ソレ゛に気が付く。 
 一方の衛士達も上から落ちてきた゛何か゛が視界の端を横切って地面へ落ちていくのに気が付き、一瞬遅れてそちらへと目を向ける。
 瞬間、四人の人間がいる細いに植木鉢の割れる音が響き渡り、鉢の中で育てられていた花と土が地面へとぶちまけられていた。
 それが植木鉢だったと四人ともすぐに理解できたが、問題はそれがなぜ上空から落ちてきたのかだ。
「……?何だ、コレ……植木鉢?――って、うわっ!何だアレッ!?」
「…………?上に誰か――って、ウォッ!?」
 まず最初に魔理沙が首を傾げ、彼女に続くようにして家族持ちの衛士が頭上へと視線を向け――二人して驚愕する。
 何故ならば、先に落ちてきた植木鉢に続くようにして建物の屋上から分厚い布が風で舞い上がったハンカチのように落ちてきたのだから。
 
 ハンカチと例えたが、ここがハルケギニアであっても流石に大人二人を容易に隠せるサイズはハンカチではない。
 恐らく雨が降った際に濡れたら困る物を覆い隠す為の布として、屋上に置いていたものであろう。それがヒラヒラと広がりながら落ちてきたのだ。
 布はその大きさながら落ちるスピードは思ったよりも速く。魔理沙は咄嗟に背後にいたアンリエッタの手を取って後ろへと下がる。
「……ッ!まずい、下がれッ!」
「きゃっ……」
 アンリエッタが悲鳴を上げるのも気にせず後ろへ下がった直後、布は彼女たちが立っていた場所へと舞い落ちた。
 それだけではない。丁度彼女たちが立っていた所よりも前に立っていた衛士達も、もれなくその布を頭からかぶる羽目になったのである。
「うわわッ、な……何だこりゃっ!」
「クソッ!おい、お前らそこにいるんだろ?何とかしてくれッ!」
 布は以外にも大きさに見合ったそれなりの重量をしていたのか、衛士達を覆い隠したまま彼らを拘束してしまったのだ。

703ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:26:16 ID:EpCC/uLM
 まるで絵本に出てくる子供だましのお化けみたいに、頭から布を被った姿で両手らしい二つの突起物を出して動く衛士達。
 姿をくらますなら今しかない……!そう判断した魔理沙はアンリエッタの手を取り何も言わずに彼女と共にこの場を去ろうとした直前、
「おい君たち、裏通りへ出たら僕が今いる建物の中へ入ってくるんだ!」
 先ほど植木鉢と思わぬ助っ人となった布が落ちてきた建物の屋上から、透き通る程綺麗な青年の呼び声か聞こえてきた。
 突然の呼びかけに二人は足を止めてしまい、思わず声のした頭上へと顔を向ける。
 するとどうだろう、逆光で顔は見えないものの明らかに若者と見える金髪の青年が、建物の屋上から半ば身を乗り出してこちらを見つめていた。
 アンリエッタは思わず「誰ですか?」と声を上げたが、魔理沙だけは青年の声を聞いて「まさか……?」と言いたげな表情を浮かべる。
 彼女には聞き覚えがあったのである。その青年の、少年合唱団にいても不思議できないような綺麗な声の持ち主を。

 屋上の青年は魔理沙たちが自分の方へと視線を向けたのを確認してから、次の言葉を口にした。
「近辺にはすでに多数の衛士達が巡回している、捕まりたくないなら大人しく僕の所へ来るんだ!いいね?」
「あ、ちょっと……まさかお前――って、おい待てよ!」
 言いたい事だけ言った後、魔理沙の制止を耳にする事無く彼は踵を返して姿を消した。
 屋上があるという事は建物の中へと入ったのだろうが、それはきっと「中で待っている」という無言の合図なのだろう。
 魔理沙は内心聞き覚えのある声の主の指示に従うがどうか一瞬だけ考えた後、思わずアンリエッタへと視線を向ける。

「……何が何やら全然分かりませぬが、逃げ切れるのならば彼のいう通りに従った方が賢明かと思います!」
「正気かよ?でもお互い様だな、私もアイツの指示に従うのが良さそうだと思ってた所だぜ」
 アンリエッタの大胆な決断に一瞬だけ怪訝な表情を見せた魔理沙は、すぐにその顔に得意げな笑みを浮かべてそう言った。 
 二人はその場で踵を返すとバッと走り出し、未だ巨大な布と格闘している衛士達を置いてその場を後にする。
「お、おい何だ!一体何が起こってるんだ!?」
「クソ!おい、誰でもいいからコレをどかすのを手伝ってくれ!」
 狭い通りに響き渡る衛士達の叫び声で他の人が来る前に、少女たちは自らの背を向けて立ち去って行った。

 再び裏通りへと戻ってきた魔理沙たちは、衛士達の声で早くも集まっている人たちを尻目に隣の建物へと入る。
 そこはどうやら平民向けのアパルトメントらしく、玄関には騒ぎを聞きつけたであろう平民たちが何だ何だと出てきている最中であった。
 ちょっとした人ごみができている場所を通りつつ中へと入ることができた二人へ、声を掛ける者が一人いた。
「こっちだ、こっちに来てくれ」
「ん?あ、そっちか」
 魔理沙は一瞬辺りを見回した後で、先ほど声を掛けてくれた青年がいる事に気が付く。
 こんな季節だというのに頭から茶色のフードを被っており、その顔は良く見えないものの口元からして笑っているのは分かった。
 築何十年と立つであろう古い木の廊下をギシギシと鳴らしつつ、魔理沙とアンリエッタの二人は青年の元へと駆け寄る。
「どこのどなたか存じ上げませんが、助けていただき有難うございます。……あ、その――今はワケあって帽子を……え?」
 まず初めにアンリエッタが頭を下げて礼を述べようとしたところで、フードの青年は右手の人差し指を口の前に立てて「静かに」というサインを彼女へ送る。
 その意味をもちろん知っていたアンリエッタが思わず目を丸くして口を止めると、次いで左手の親指で背後の廊下を指さした。

「ここは人が多すぎます。この先に地下を通って外の水路へと出れますので、詳しい話はそこで致しましょう」

704ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:28:09 ID:EpCC/uLM
 そうして共同住宅の奥にあった下へと階段の先にあったのは、古めかしい地下通路であった。
 上の建物と比べても明らかに長年放置されていると分かる通路を、魔理沙とアンリエッタの二人は興味深そうに見回してしまう。
「まさかただの共同住宅の下に、こんな通路があるだなんて……」
「あぁ、しかも見たらこの通路。一本じゃなくて迷路みたいになってそうだぜ?」
 軽く驚いているアンリエッタに魔理沙がそう言うと、彼女は普通の魔法使いが指さす方向へと視線を向ける。
 確かによく見てみると通路は一直線ではなく三つほど横道があり、単純な構造ではないという事を二人に教えていた。
 そんな二人を横目で見つつ、青年はさりげなく彼女たちに自分の知識を披露してみる事にした。
「五百年前、ブルドンネ街の拡大工事で造られた緊急避難用の通路を兼ねた防空壕……とでも言いましょうか?」
「……!避難用、ですか?確かに私も、そういった場所があるという話は聞きましたが、まさかここが……」
「えぇ。当時のハルケギニアは文字通り戦乱の世でしたからね、王都にもこういった場所が造られたんですよ」
 ――ま、結局目的通りの使われ方はしませんでしたけどね。最後にそう言って青年は笑った。
 アンリエッタはかつて母や枢機卿から聞かされていた秘密の隠し通路の一端を目にして、驚いてしまっている。
「マジかよ?この通路は築五百年って、どういう方法で造ったらそんなに保てるんだ……」
 対して魔理沙の方はというと、五百年という月日が経っても尚原型をほぼ完全に留めているこの場所に、好奇心の眼差しを向けていた。

 その後、二人は青年の案内でそれなりに入り組んだ通路を五分ほど歩き続ける事となった。
 地上と比べれば空気は悪かったものの、ところどころに地上と通じているであろう空気口があるおかげで酷いというレベルまでには達していない。
 最も、一部の通路は地面が苔だらけで歩きにくかったりと天井の一部が崩れ落ちていたりと散歩コースとしては中々ハードな通路であった。
 それでも青年の案内は正しく、更に十分ほど歩いた所でようやく外の光を拝める場所へと出る事ができた。
「さぁ外へ出ました。ここならさっきの衛士達も追ってくることは無いでしょう。とはいえ、油断はできませんけどね?」
 青年がそう言って指さした場所は、確かに人気のない静かな通りの中にある水路であった。
 魔理沙がとりあえず頭上を見上げてみると、先ほどまでいた裏通りとは微妙に違う街並みが見える。
 恐らくここも王都の中、それもブルドンネ街なのであろうが、魔理沙自身は見える建物に見覚えはなかった。
「ここは?」
「東側の市街地だ、昔から王都に住んでいる人たちが住人の大半さ。……とりあえず、ここから出るとしようか」
 魔理沙の質問にそう答えると、青年は傍にあった梯子を指さして二人に上るよう指示を出す。
 
 そうして青年、魔理沙、そして最後にアンリエッタの順で梯子を上り、三人は東側市街地へと足を踏み入れる。
 確かに彼の言う通りここには地元の者しかいないのだろう、他の場所と比べて人気はあまり感じられない。
 一応水路に沿って立ち並ぶ家や共同住宅からは人の気配は感じられるが、家の中でのんびりしているのか出てくる気配は全くなかった。
 以前シエスタが案内してくれた裏通りと比べても、まるで紅魔館の図書館みたいに静かだと思ってしまう。
 とはいえそこは街の中、よくよく耳を澄ましてみれば色んな音が聞こえてくることにもすぐに気が付く。
 遠くから聞こえてくる繁華街や市場からの明るい喧騒と小さな水路を流れる水の音に、時折家の中から聞こえてくる家庭的な雑音。
 それらが上手い事重なり合って聞こえてくるが、それでも尚ここは静かな所だと魔理沙は思っていた。

705ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:30:23 ID:EpCC/uLM
 そんな彼女を他所に、アンリエッタはローブの青年に改めて礼を述べていた。
「誠に申し訳ありませんでした。どこのどなたか存じ上げませぬが、まさか助けて頂けるなんて……」
「いえ、礼には及びませぬよ。困っている女の子を見捨てるのは、僕の流儀に反しますからね」
 帽子は被ったままだが、それでも下げぬよりかは失礼だと思ったのか軽く会釈するアンリエッタ。
 それに対し青年もそれなりに格好いいヤツしか言えないような言葉を返した後、「それよりも……」と彼女の傍へと寄る。
「僕は不思議で仕方がありませんよ。貴方ほど眩いお方が、どうして街中にいたのかを……ね?」
「……?それは一体、どういう――――ッア!」
「あ!」
 青年の意味深な言葉にアンリエッタを首を傾げようとした、その瞬間である。
 一瞬の隙を突くかのように青年が素早い手つきで彼女の被る帽子を掴むや否や、それをヒョイっと持ち上げたのだ。
 まるで彼女の髪の毛についた落ち葉を取ってあげたように、その動作に全くと言っていい程迷いはなかった。
 流石の魔理沙も突然の事に驚いてしまい、一拍子遅れる感じで青年へと詰め寄る。

「ちょ……おっおい何してんだよお前!?」
「別に何も。ただ、彼女みたいな素敵なお方がこんな天気のいい日に黒い帽子何て被るもんじゃないと思ってね?」
 詰め寄る魔理沙に青年は何でもないという風に言い返して、自身もまた被っていたフードを上げたその顔を二人へと晒して見せた。
 夏だというのにやや厚手であったフードの下から最初に目にしたのは、やや白みがかった眩い金髪。
 ついでその髪の下にある顔は声色相応の美貌を持つ青年のものである。
 一方で自分の予想が当たっていた事に対して、魔理沙は喜ぶよりも先に青年を指さしながら叫んだ。
「あー!やっぱりお前だったか!?」
「ちょ……マリサさん!あまり大声は――って、あら?貴方、その目は?」
 思わず大声を上げてしまう魔理沙を宥めようとしたところで、アンリエッタはふと青年の目がおかしいことに気が付く。
 右の瞳は碧色なのだが左の瞳は鳶色で、つまりは左右で目の色が違うのだ。
 所謂オッドアイという先天的な目の異常であり、同時にハルケギニアでは「月目」とも呼ばれている。
「月目……ですか?」
 それに気が付いた彼女は、知識の上で知ってはいても初めて見る月目につい口が開いてしまう。
 すぐさまハッとした表情浮かべたものの、青年は「いえ、お気になさらず」と彼女に笑いかけながら言葉を続ける。

「生まれつきのモノでしてね、幼少期はこれで色々と貧乏クジを引いたものですよ。ま、今では自分のアイデンティティの一つなんですがね?」
 何より、女の子にもモテますし。最後に一言、そう付け加えて青年こと――ジュリオ・チェザーレは得意げな笑みを浮かべて見せた。

706ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:34:52 ID:EpCC/uLM
以上で、九十八話の投稿を終わります。
体調不良やら仕事多忙ぶりが重なって、思うように書けない日々が続くのは辛いですね。
もう十二月になってしまいましたが、また大晦日に投稿できたら良いと思っています。
それではまた皆さん、今月末にお会いしましょう。ノシ

707ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:37:48 ID:9f89S4RY
皆さん今晩は、無重力巫女さんの人です。いよいよ今年も終わりですね。
特に問題が無ければ、17時41分から投稿を始めたいと思います。

708ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:41:36 ID:9f89S4RY


「―――……ん、んぅ〜……――ア、レ?」
 少年――トーマスが目を覚ました時、まず最初に感じたのは右の頬から伝わる痛みであった。
 ヒリヒリと微かな熱を持ったその痛みは目を覚ましたばかりにも関わらず、彼の目覚めを促してくる。
「……くそ、イッテなぁ――――って、あ?」
 余計なお節介と言わんばかりに目を細めながら、ついでトーマスは自分の体が今どういう状態に陥ってるのか気づく。
 両手を後ろ手に縛られているらしく、両手首から伝わる感覚が正しければロープ……それも新品同然の物で拘束されているようだ。
 まさかと思い慌てて頭だけを動かして何とか足元を見てみると、手と同じように両足首もロープ縛られている。
 幸い頭だけは動かせたが、不幸にも彼の窮地を救う手立てにはならない。
「クソ、マジで監禁されちまってるのかよ……」
 悪態をつく彼が頭を動かして見渡しただけでも、今いる場所が何処かの屋内だという事は嫌でも理解できた。
 自分の周りには古い棚や木箱が乱雑に置かれており、少なくとも人が寝泊まりする様な部屋ではないのは明らかである。
 窓にはしっかりと鉄格子が取り付けられており、そこから入ってくる太陽の明かりが丁度トーマスの足を照らしていた。
(どこかの建物の中にある物置かな?……それも廃棄されて相当経ってる廃墟の)
 妹と共に色々な廃墟で寝泊まりしてきたトーマスは部屋の雰囲気からしてここが廃墟ではないかと、推測する。
 確かに彼の推測は間違ってはいない。ここはかつて、とある商人が街中に作らせた専用の倉庫であった。

 主に外国から輸入した家具や宝石を取り扱っており、当時のトリステイン貴族たちにはそこそこ名が知られていた。
 しかし、ガリア東部での行商中にエルフたちと麻薬の取引をしたことが原因でガリア当局に拘束、逮捕された後に刑務所入りとなってしまった。
 今はエルフから麻薬を購入したとしてガリアの裁判所から終身刑が言い渡され、トリステイン政府もそれを了承した。
 今年で丁度九十歳になるであろうその商人の倉庫だった場所は、今や少年を閉じ込める為の監獄と化している。
 
 上手いこと予想を的中させていたトーマスはそんな事露にも気にせず、とりあえずここから脱出する方法を模索しようとする。
 しかし、頭だけは動けても両手両足を縛られている状態では動きたくても動けないのが現実であった。
(クソ、せめて足が自由ならなぁ)
 手足を縛られている状態ではこうも満足に動けないという事を、トーマスは初めて知ることになった。
 精々頭を動かしながら身をよじる事しかできず、まるで疑似的に手足を切り落とされたかのような不安を感じてしまう。
 しかし、よしんば足が拘束されていなくとも自分がここから脱出できる可能性はかなり低いに違いない。
 見たところロープを切れるような道具は見当たらず、あったとしてもここに投げ込んだ連中が持って行ったに違いない。
 そこで彼は思い出してしまう、恐らくここへ連れ込んだであろうあの大人たちの姿を。
(畜生、アイツらめ……!何が大人を舐めるな!だよ?それはこっちのセリフだっての)
 気を失う直前、自分を気絶させた男の言っていた言葉を思い出し、苦虫を噛んだ時のような表情を浮かべてしまう。、
 
 もしもここから出られたのならば、妹の元へ戻る前にアイツらへ仕返ししてやらなければ気が済まない。
 いくら自分が子供でも、あそこまでコケにされて泣き寝入り何て、微かに残るプライドが許してくれないのだ。
 ――とはいえ、今の状態でそんな事を考えても取らぬ狸の皮算用のようなものである。実行に移すためにはここを脱出しなければいけないのが現実だ。
「……でも、その前にこの縄を何とかしないと――って、ん?」
 自分の手足を縛る忌々しいロープをどうにか外せないかと考えようとしたところで、ふと彼はこちらへ近づいてくる気配に気が付く。
 徐々に近づいてくる靴音から人間、それも複数人が一塊になって近づいてくるようだ。
 ――まさか、アイツら様子を見に来たのか?そう思ったトーマスはひとまず目を開けて気絶した振りをする。

709ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:43:04 ID:9f89S4RY
 それから一分と経たぬうちに、男たちの乱暴な会話が聞こえてきた。
「へへっ、ようやく捕まえられたぜ!この裏切り者がッ」
「それでどうするんですかコイツ?気絶してるとは言え目ェ覚ましたら厄介になるかもしれませんよ?」
「一応何かあった時に口を封じたい奴を入れておく部屋があるから、そこにぶち込んでおこう。杖はちゃんと没収しておけよ!」
 そんな会話をしながら男たちはドアの前で足を止めると、扉を閉めているであろう鍵を外して重たい鉄の扉を開けた。
 ギイィ〜!……という耳障りな音が部屋に響いた後、自分が横たわっているのに気が付いたであろう男の内一人が声を上げる。
「へ?おい、このガキは何だよ?」
「昨日ダグラスの荷物を盗んだってガキじゃねぇの?まだ気を失ってるみたいだが……」
「おいお前ら、そんなヤツは放っておけ。今はこの女をぶち込むのが先だ」
(女……?いや、まさか……)
 彼らのやり取りに嫌な想像が脳裏をよぎった後、男たちは何か重たいものを持ち上げる様な音がして――直後、彼らが部屋の中に『何か』を投げ入れてきた。
 一瞬の間をおいてその『何か』は、ドサリと運の良いトーマスのすぐ背後の床を転がる事となった。

 何て乱暴な、と男たちに抗議したい気持ちを抑えつつもトーマスは声を堪えるのに必死であった。
 しかし投げ入れられた女の方はついさっきまで気を失っていたのだろうか、地面に横たわった所で初めてその声を耳にした。
「う!……ぐぅ」
(女の人の声、でもこれは妹じゃない……もっと年上だ)
 幸いにも嫌な想像が想像で終わったことに安堵しつつ、トーマスは女が身内よりも年上だという事を理解する。
 できれば体を後ろへと向けて確認したいが、気配からして男たちがドアの前にいる為迂闊な事はできなかった。
「にしたってこのガキ、昨日からここにぶち込まれてるんならそろそろ目ェ覚まして騒ぎそうなモンだがな」
「どうせ寝てるだけだろ。まぁ俺達にはあんま関係が無いから無理に起こす必要もないだろ。んじゃ、そろそろ閉めるぞ」
(……っへ、そうバカみたいに騒いで逃げれるなら苦労はしねぇよバカ)
 起きているとも知らず自分に生意気な言葉を投げかける大人たちをトーマスは鼻で笑う。
 それからすぐにドアの閉まる音が室内に響き渡り、男達の靴音は遠くの方へと向かっていき、やがて聞こえなくなった。
 
 もう大丈夫かと思いつつも、それから一分ほど待ってからようやくトーマスは口を開くことができた。
 閉じていた口から新鮮な空気を吸っては吐き、上手くやり過ごせたことに安堵する。
「はぁ、はぁ……!クソッ、アイツらまたやって来るんだろうな。次は――」
「――次は、何をされるっていうんだ?お前みたいなそこら辺の子供が」
 突然の声に自分の心臓が大きく跳ね上がった様な気がしたトーマスは、目を見開いて硬直してしまう。
 そしてすぐに声が背後から聞こえてきたことに気が付き、丁度自分の横に転がっている女性の方へと体を向ける。
 それは彼の予想通り、自分の妹ではなかったが。明らかにそこら辺のいた町娘という感じの人間でもない。
 青い髪をボブカットでまとめている彼女の服装は、おおよそ王都の男たちをその気にさせるような女らしいモノではなかった。
 軍用の装備一式、それもこの町の警邏を行っている平民衛士隊のモノであるのは一目瞭然である。

710ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:46:21 ID:9f89S4RY
 トーマス自身何度も間近で見たことのある衛士達が身に着けている服や装備などは、何となくではあるが覚えていた。
 その記憶通りの装備を身に着けている青髪の女性はトーマスにラ中を見せたまま、彼に話しかけてくる。
「何をやったかは知らないが、あいつらに絡まれたって事は相当怒らせるような事をしたっていう事か?」
「……は!それはこっちのセリフだぜ。アンタだってそこら辺の町娘には見えない、その装備って衛士隊のものだろ?」
 質問を質問で返す形になってしまったが女性はそれに怒る事は無く、数秒ほど時間を置いて「元、だ」と声を上げる。
「ワケあって色々とアウトな事をしてしまってな、多分今はお尋ね者として同僚たちに追いかけられてる身だ」
「何だよそれ?汚職とか横領でもやったの?」
「……まぁ、そうなるな。本当は穏便に済ますつもりが、酷いことになって雇い主が私の事を血眼になって探してる筈だ」
「雇い主って……アンタ、俺よりめっちゃヤバそうじゃねえか」
 上には上がいるというが、まさか自分よりも危険な事に手を染めた人間が目の前に出てくるとは。
(まぁそれを言うなら、オレやこの女をつれてきた連中も同じようなモンか……)
 たった一回スリに失敗しただけで、こうも危険なヤツと同じ部屋で監禁されるとは夢にも思っていなかった。

 罪悪感は無かったものの、これから自分はどうなるのかと考えようとした所で、女か゛声を掛けてきた。
「さて、私の事は一通り話したんだ。次はお前が私に話す番だろう?」
「俺が?多分アンタと比べたら随分つまらない理由で連中に捕まっちまったんだよ」
「つまらくても、お前みたいな子供が奴らに捕まったんだ。どういった理由でそうなったのか、話してくれても構わんだろう?」
 そう言いながらも女性は器用に体を動かし、同じく横になっているトーマスと向き合った。
 その時になって初めて彼女の顔を見た少年は、想像と違っていた事に思わず困惑した表情を浮かべてしまう。
「……?どうしたんだ、そんな不思議そうなモノを見るような目をして」
「いや、てっきり殴られてる痕とかあるのかなーって思ってさ」
「あんなチンピラみたいな連中でも、一応は貴族の端くれって事だよ。やってる事は盗賊並みだけどな」
 貴族の端くれ?あのチンピラみたいな言動してたやつらが?トーマスの頭の中に新たな疑問が生まれる中、女性は「あ、そうだ」と言って言葉を続ける。

711ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:51:32 ID:9f89S4RY
「お互い名も知らぬままだと色々不便だろう。私はミシェル、元トリスタニアの衛士隊員さ」
「…………お、俺はトーマス。ただのトーマスだよ」
 こんな状況の中にも係わらず、勇ましい微笑みを浮かべながら自己紹介をしたミシェルを前にして、少年もまたそれに続くほかなかった。
 何処とも知らぬ廃屋の中、本来ならば捕まえ、捕まえられる立場の二人は身動き一つ取れぬ状況の中で何となく互いに自己紹介をする。
 それはとても奇妙なところがあったが、鉄格子から入ってくる陽の光がその場面にドラマチックな彩を添えていた。

 時刻は午前を過ぎ、昼の十二時へと差し掛かろうとしている時間帯。
 昼飯時だと腹を空かせた街の人間や観光客たちは、ここぞとばかりに飲食店を目指して街中をさまよい始める。
 店側も店側でここぞとばかりに店匂いに包まれて、それに食指が触れた者たちはさぁどの店にしようかと辺りを見回す。
 そんな光景が見渡せるトリスタニアの南側大通りに設けられた広場で、霊夢は欄干に寄りかかる様にして眼下の水路を眺めていた。
 年相応と言うにはやや大人びた表情を見せる彼女の顔には、ほんの微かではあるが不満の色が見え隠れしている。
 背後から聞こえてくる賑やかで喜色に満ちた喧騒を無視するかの様に、一人静かに流れる水路を見つめている。
 そんな彼女の様子を見て耐えきれなくなったのか、足元に立てかけていたデルフが鞘から刀身を少しだけ出して彼女に話しかけてきた。
『どうしたレイム、お前さんいつにも増して落ち込んでるようだな。さっきまでそれなりにやる気満々だったっていうのに』
「デルフ?いや、どうしてこう世の中っていうのは私に色々と難題を押し付けてくるのかなーって考えてただけよ」
『……まぁ、色々あって本当にやろうとしてた事が後回しになっちまったていう所では同情しちまうね』
 落ち込む様子を見せる『使い手』の言葉を聞いて、今のところ中立だと自覚していたデルフもそんな言葉を出してしまう。
 今の彼女の状況は、本当にやろとしていた事が色々なトラブルがあった末に全く別の仕事にすり替わってしまったのだ。
 最初こそまぁ仕方なしと思っても、落ち着いた今になって振り返ってため息をつきたくなるという気持ちは何となく分からなくもない。
  
「そもそも私の専門は妖怪退治とかであって、悪党退治とかじゃないのに……しかも助けを頼んできた方も悪党とかどういう事なのよ?」
『まぁ化け物も悪党も何の関係も無い人に危害を加えるって共通するところがあるから良いんじゃないのか?』
「人間相手だと一々手加減しなくちゃいけないじゃない。それが一番面倒なのよねぇ」
 霊夢の刺々しい言葉を聞いてデルフは「おぉ、怖い怖い」と刀身を震わせて静かに笑った。
 丁度その時であっただろうか、背後から聞きなれた少女の声が自分を呼び掛けてくるのに気が付いたのは。
「レイムー今戻ってきたわよー」
 その呼びかけに振り返ると、右手を軽く上げながら小走りで近づいてくるルイズの姿が見えた。

712ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:54:11 ID:9f89S4RY
 左腕には抱えるようにして茶色の紙袋を持っており、少し遠くから見ただけでも決して軽くないのが分かる。
 霊夢は欄干から離れると、足を止めたルイズに傍まで来つつ「わざわざ悪かったわね、お昼ご飯」と労いの言葉を掛けた。
「私に適当なお金渡してくれれば、そこら辺の屋台で適当に見繕うくらいの事してあげたのよ?」
「アンタに一任したらしたで、色々変なモノ選んできそうでちょっと怖かったのよ」
「失礼な事言ってくれるわね?さすがの私でも飲み物は全部お茶で良いかって思ってたぐらいよ」
「そういうのが一番怖いのよ」
 お互い刺々しくも軽い微笑みを交えてそんなやり取りをした後、霊夢がその紙袋を受け取った。
 見た目通り紙袋の中身はそれなりに重量があったようで、腕にほんの少しの重みが伝わってくる。
 ふと紙袋に視線を向けると、何やらエビやホタテといった海鮮物を描いたイラスト――もといスタンプがついている事に気が付く。

「そういやアンタ、この袋の中って何が入ってるのよ」
「ちょっとここから数分歩いた所に美味しそうな海鮮料理屋があったから、そこでテイクアウトしてきたのよ」
 そう言って彼女は霊夢がもっている紙袋の口を開けると、分厚い包み紙にくるまれた料理を取り出して見せる。
 お皿代わりにもなるのだろうその包み紙の隙間からは、確かにエビや魚といった海の幸の匂いが微かに漂ってきた。
 更にそういった海鮮物を甘辛なソースで炒めたのであろう、鼻腔をうまい具合にくすぐってくるので思わず嬉しくなってしまう。
 あれだけ大量の店があるというのに、その中からこれを選んできたルイズに霊夢は「悪くないわね」と素直な感想を漏らした。
 ルイズもそれに「ありがとう」と返して包みを紙袋に戻したところで、ふとある事が気になった霊夢はルイズにそのまま話しかける。
「そういえばアンタ、お金はどうしたのよ?手持ちが少なくなってきたって言ってなかったけ?」
 その質問にルイズは何やら意味深な笑みを浮かべつつも、ふふふ……と笑って見せた。
「こういう時に家族が傍にいてくれるっていうのは、こんなにも心強い事なのね」
「は?アンタ何言ってるの?」
 意味の分からない答えに霊夢が怪訝な表情を浮かべた所で、ルイズは懐から小さな革袋を取り出した。
 初めて見るその革袋に彼女が首をかしげたところで、ルイズは誰にでも分かる説明を入れていく。

「今日ちぃねえさまの所を出るときにね、せめてこれだけでも持っていきなさいって言われて金貨を何枚か渡してくれたのよ」
 そう言って得意げに革袋を揺らして見せるルイズに、霊夢もまた得意げな笑みを浮かべる。
「あぁー成程、家族っていうのはそういう意味だったのね。何よ?アンタも結構器用な正確してるわねぇ」
「アンタと一緒にしないでくれる?私の場合はただ単に私の事を大切に思ってくれる人が身近にいるっていう安心からの笑みなのよ」
『まぁ何はともあれ、娘っ子のお姉さんのおかげで昼飯がありつけるんなら感謝しとくに越した事はないな』
 それまで傍観していたデルフも二人の会話に入り、和気あいあいとした空気が完成しようとした所で――
 横槍を刺してくるかのように、二人の背後から何か大きなモノが着地する音が聞こえてきたのである。
 思わずギョッとした表情を浮かべた二人が後ろを振り向くと、そこにはこの面倒くさい事態を招いてくれた張本人ことハクレイとリィリアの二人がいた。
「ごめん、ちょっと時間が掛かったけど戻ってきたわよ。ホラ、もう下りなさい」
「ふ、ふぇ……」
 その内の一人であるハクレイはそう言いながら、背負っていたリィリアを地面へと下ろした。
 彼女以上にこの事態の元凶であるリィリアは相当怖い体験をしてきたのか、両足が微かに震えている。
 きっとここに戻ってくるまでハクレイと一緒に屋根伝いに飛び回っていたであろう事は、容易に想像できた。

713ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:54:50 ID:9f89S4RY

 左腕には抱えるようにして茶色の紙袋を持っており、少し遠くから見ただけでも決して軽くないのが分かる。
 霊夢は欄干から離れると、足を止めたルイズに傍まで来つつ「わざわざ悪かったわね、お昼ご飯」と労いの言葉を掛けた。
「私に適当なお金渡してくれれば、そこら辺の屋台で適当に見繕うくらいの事してあげたのよ?」
「アンタに一任したらしたで、色々変なモノ選んできそうでちょっと怖かったのよ」
「失礼な事言ってくれるわね?さすがの私でも飲み物は全部お茶で良いかって思ってたぐらいよ」
「そういうのが一番怖いのよ」
 お互い刺々しくも軽い微笑みを交えてそんなやり取りをした後、霊夢がその紙袋を受け取った。
 見た目通り紙袋の中身はそれなりに重量があったようで、腕にほんの少しの重みが伝わってくる。
 ふと紙袋に視線を向けると、何やらエビやホタテといった海鮮物を描いたイラスト――もといスタンプがついている事に気が付く。

「そういやアンタ、この袋の中って何が入ってるのよ」
「ちょっとここから数分歩いた所に美味しそうな海鮮料理屋があったから、そこでテイクアウトしてきたのよ」
 そう言って彼女は霊夢がもっている紙袋の口を開けると、分厚い包み紙にくるまれた料理を取り出して見せる。
 お皿代わりにもなるのだろうその包み紙の隙間からは、確かにエビや魚といった海の幸の匂いが微かに漂ってきた。
 更にそういった海鮮物を甘辛なソースで炒めたのであろう、鼻腔をうまい具合にくすぐってくるので思わず嬉しくなってしまう。
 あれだけ大量の店があるというのに、その中からこれを選んできたルイズに霊夢は「悪くないわね」と素直な感想を漏らした。
 ルイズもそれに「ありがとう」と返して包みを紙袋に戻したところで、ふとある事が気になった霊夢はルイズにそのまま話しかける。
「そういえばアンタ、お金はどうしたのよ?手持ちが少なくなってきたって言ってなかったけ?」
 その質問にルイズは何やら意味深な笑みを浮かべつつも、ふふふ……と笑って見せた。
「こういう時に家族が傍にいてくれるっていうのは、こんなにも心強い事なのね」
「は?アンタ何言ってるの?」
 意味の分からない答えに霊夢が怪訝な表情を浮かべた所で、ルイズは懐から小さな革袋を取り出した。
 初めて見るその革袋に彼女が首をかしげたところで、ルイズは誰にでも分かる説明を入れていく。

「今日ちぃねえさまの所を出るときにね、せめてこれだけでも持っていきなさいって言われて金貨を何枚か渡してくれたのよ」
 そう言って得意げに革袋を揺らして見せるルイズに、霊夢もまた得意げな笑みを浮かべる。
「あぁー成程、家族っていうのはそういう意味だったのね。何よ?アンタも結構器用な正確してるわねぇ」
「アンタと一緒にしないでくれる?私の場合はただ単に私の事を大切に思ってくれる人が身近にいるっていう安心からの笑みなのよ」
『まぁ何はともあれ、娘っ子のお姉さんのおかげで昼飯がありつけるんなら感謝しとくに越した事はないな』
 それまで傍観していたデルフも二人の会話に入り、和気あいあいとした空気が完成しようとした所で――
 横槍を刺してくるかのように、二人の背後から何か大きなモノが着地する音が聞こえてきたのである。
 思わずギョッとした表情を浮かべた二人が後ろを振り向くと、そこにはこの面倒くさい事態を招いてくれた張本人ことハクレイとリィリアの二人がいた。
「ごめん、ちょっと時間が掛かったけど戻ってきたわよ。ホラ、もう下りなさい」
「ふ、ふぇ……」
 その内の一人であるハクレイはそう言いながら、背負っていたリィリアを地面へと下ろした。
 彼女以上にこの事態の元凶であるリィリアは相当怖い体験をしてきたのか、両足が微かに震えている。
 きっとここに戻ってくるまでハクレイと一緒に屋根伝いに飛び回っていたであろう事は、容易に想像できた。

714ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:57:01 ID:9f89S4RY



 それを想像してしまったルイズはおびえているリィリアに軽く同情しつつも、ハクレイに話しかける。
「ご苦労様。ところで、ここに着地してくる時はどこから飛んできたの?」
 ルイズからの質問に、ハクレイは暫し辺りを見回してから「あっちの塔から」と指さしたのは、南側の時計塔であった。
 それを聞いてそりゃおびえるワケだと納得しつつも呆れてしまい、やれやれと首を横に振る。
「そりゃまあ、アンタの背中の上なら大丈夫だろうと思うけど。この歳の子には滅茶苦茶恐怖体験じゃないの?」
「いや、その……アンタたちがどこにいるのか探してたついでにそのまま降りてきたから……ごめん、やっぱり怖かった?」
 ルイズの言葉でようやく自分の失態に気が付いたハクレイからの呼びかけに、リィリアは怯えながらも頷く事しかできないでいた。
 その様子を見ていた霊夢は「何やってるんだか」とため息をついて見せた。


 その後、気を取り直してお昼ご飯にしようという事で場所を替える事にした。
 先ほど買い出しに出た際にルイズが良さげな場所に目を付けていたようで、歩いて五分と経たぬうちにたどり着くことができた。
 場所は飲食店が連なる通りの手前にある小さな横道、そこを歩いた先には猫の額ほどの広場があったのである。
「えーっと…あぁここだわここ。ホラ、丁度良く木陰の下にテーブルと椅子があるでしょう」
「私個人の感想かもしれないけど、この街って結構多いわよねこういう場所」
「そりゃアンタ、ここがトリステイン王国の首都……だからかしらねぇ?」
 そんなやり取りをしつつもテーブルが綺麗なのを確認してから、買ってきた昼食をパッとテーブルに広げた。
 紙袋から昼食の入った包み紙を四つ取り出してそれぞれに渡してから、ここへ来る前に買っておいたドリンクも手渡していく。
 ルイズとリィリアはジュースで、霊夢とハクレイには最近人気になりつつあるというアイスグリーンティーであった。
 そしてリィリアに続きハクレイもルイズから飲み物を受け取った時、キンキンに冷えた瓶の中に入っている液体の色を見て顔をしかめて見せる。

「……ねぇ、何これ?なんだか中に入ってる液体が薄い緑色なんだけど」
「お茶よ。アンタレイムとよく似てるんだから好きでしょう?」
「…………??」
 ルイズの言葉にハクレイが顔を顰めつつ霊夢の方を見てみると、確かに彼女の持っている瓶の中身も同じ薄緑色であった。
 改めてお目に掛かる事になった良い匂いのする包み紙を手に持ちつつ、霊夢が「そういえば、これって何なの?」とルイズに質問する。
「ふふん、まぁ開けてからのお楽しみよ」
 霊夢の質問に何故か得意げな様子でそう返してきたルイズに訝しんだ霊夢は、早速自分の分の包み紙を開けて見せる。
 すると中から出てきたのは、やや長めに切ったバゲットに具材を挟み込んだサンドイッチであった。
『ほぉ〜、サンドイッチだったか』
「その通り。店先を通った時に店員に「試しに如何?」って試食したときに凄い美味しかったのよ」
 そう言ってルイズも自分の分のサンドウィッチの入った包み紙を外していく。
 ハクレイとリィリアも彼女に続いて包み紙を外し、中から出てきたバゲットサンドが意外と大きかった事にリィリアは息を呑んでしまう。
「へぇ、意外と食べ応えありそうじゃない。貴女はどう、食べきれそう?」
「え?う、うん……大丈夫、だと思う」
 ハクレイからの問いにリィリアは不安を残しつつもそう答えて、自分の眼科にあるサンドウィッチを見回してみる。
 軽くトーストしたバゲットに切り込みを入れて、その中に海老やら魚を色とりどりの野菜と一緒に炒めた物が挟み込まれている。
 具材自体も塩コショウで味付けしただけのシンプルなものではないという事は、匂いを嗅かがずともすぐに分かった。

715ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:59:07 ID:9f89S4RY



 それに気が付いた霊夢はバゲットの中を開きつつも、ルイズにそれを聞いてみる事にした。
「この色とスパイシーな匂い、ソースが結構強いわね……っていうか、色からしてソースの圧勝よね?」
 霊夢の言う通り、ソースと一緒に炒められたであろう具材はややオレンジ色に染まっている。
 匂いもただ単にスパイシーだけだという単純さはなく、それに紛れてフルーティな甘さも漂ってくる。
「そうなのよ。何でもドラゴンスイートソースっていう創作ソースで、トリステイン南部が発祥の地って聞いたわ」
 結構甘辛くておいしかったわよ?ルイズはそう言いつつ真っ先に口を開けてサンドウィッチを口にした。
 白パンと比べてかなり硬いバゲットを、ルイズは何の苦もなく一口分を噛みちぎる。
 そして口の中でモゴモゴと咀嚼し、飲み込んだところでホッと一息つく。
「あぁこれよこれ。基本辛いんだけど、酸味が効いてる旨味と甘みは試食で食べたのと同じだわ」
 
 珍しく鳶色の瞳を輝かせながら一言感想を述べてくれた彼女は、すぐに手元のジュース瓶を手に取って口に入れる。
 その様子を見て他の三人はまぁ食べても大丈夫かと判断したのか、各々手に持っていたソレを口にした。
 猫の額ほどしかない街中の広場にて咀嚼音が響き渡ると同時に、三人はそのソースの味を知ることになる。
 最初にそれを口にしたのは、初めて口にするであろう味に困惑の表情を隠しきれていない霊夢であった。
「うわ、何コレ?最初に唐辛子とかの辛味が来て、その後に蜂蜜……かしら?それ系の甘味が来るわねぇ」
『成程、名前にスイートってついてるのはそれが理由か』
 口直しにお茶を飲む霊夢の傍らでデルフが一人(?)納得する中、他の二人もそれぞれ感想を口にしていく。
「まぁ何て言えばいいかしら、甘辛?っていうのかしらねぇ、海鮮だけじゃなくて肉料理とかにでも合いそうな気がするわ」
「か、辛い……」
 ハクレイはルイズと同じで特に違和感は感じていないのか、フンフンと機嫌良さそうに頷く横で、
 まだまだ子供であるリィリアにとっては早すぎた味なのだろう、甘味や旨味より若干強い辛味に参ってしまっていた。
 
 その後、何やかんやありつつ十分ほどで食べ終えたところで霊夢は「アンタもアンタで、変わったモン買ってきたわねぇ」とルイズに言った。
「……?どういう意味よソレ。あの後何やかんやで完食したじゃないの」
「まぁ文句の類じゃないわ。実際あのソースといい中の具材もしっかりおいしかったしね」
 てっきり批判されるかと訝しんで目を細めたルイズに言いつつ、彼女は食べたばかりのサンドイッチの味を思い出す。
 確かにソース自体の個性は相当強かったものの、それに負けないくらい中に入っていた具材も美味しかった。
 千切りにしたキャベツとパプリカに人参、それに一口サイズにした白身魚とロブスターのフライ。
 それらが上手いことあの甘辛ソースと絡みつつ、それでいてそれぞれの味が損なってはいなかったのは覚えている。
 土台であるバゲットもほんのり甘く、サンドイッチにしなくともそれ単体で食べても美味いパンだというのは霊夢でも理解していた。
「具材本来の味を残したまましっかりソースと絡んでたから、そこそこ美味しかったのよね。後、野菜も新鮮だったし」
「でしょ?正直トリステイン人の私も初めて口にするソースだったけど、新しくて美味しい発見に今の気分は上々よ」
 そんなこんなで両者ともに満足している中で、静かに食べ終えていたハクレイもお気に召したようで、
 包み紙の隅に残っていたソースを指で掬って舐めとる姿に、ヒィヒィ言いつつ食べ終えたリィリアは若干引いていた。
「舐めたい気持ちはわかるけど……コレ、結構辛いよ?」
「そう?まぁもうちょっと大きくなったら分かるわよ。きっと」
『街の雰囲気がちょいと物騒だっていうのに、ここは平和で良いねェ』
 各人各様な反応を示しつつ、昼食を終えた彼女たちを眺めながらデルフはポツリ呟く。
 それは本心から出た感想なのかそれとも皮肉のつもりで口にしたのか、彼の真意を問いただすものはいない。
 しかしデルフの言葉通り、昼食時の賑やかなトリスタニアの街中に不穏な空気が混じっているのは事実であった。

716ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:01:07 ID:9f89S4RY
 多くの人で賑わい、美味しそうな匂いと空気を漂わせる通りを何人もの衛士達が人々に混じって移動していた。
 彼らは街中を警邏するには不似合いな程――此処では重武装とも言える格好で――しきりに周囲を見回しながら足を前へと進める。
 その内の何人かは別の通りからやってきた仲間衛士達と鉢合わせると、情報交換を交えた報告を互いに行う。
 互いに身を寄せ合い、通行人に聞かれないよう小声で話し合う姿は彼らの横を通る人々に疑心を抱かせる。
 大抵の者たちはすぐにそれを忘れて通り過ぎるが、好奇心旺盛な人はわざわざ彼らに近づいて何かあったのかと聞き質そうとする。
 しかし衛士達はそれどころではないと言いたげに彼らを手で追い払い、中には「あっちへ行ってろ、邪魔だ」と乱暴な言葉を口にする者もいた。
 人々は何て乱暴な……と顔を顰めつつも、衛士を怒らせても碌な事は無いと知っている為渋々その場を後にしていく。
 通行人を追い払い、話すべきことが済んだら再び彼らは二手や三手に分かれて街中へと散っていくのだ。
 
 そんな光景をデルフだけではなく、ルイズや霊夢たちもここへ来るまでの間に何度も目にしている。
 一体彼らはそこまでの人数を動員して何をしているのかと気になったと言われれば、彼女たちは首を縦に振っていただろう。
 しかし、優先的に非行少年の救出と財布事情を解決せねばならない二人にとって、それは後回しにしてもいいと判断していた。
 まさか衛士達がリィリアの兄を捕まえる為だけにここまで必死になってるとは思えなかったからだ。
――というか、たかだかスリしかしてないような子供相手に総動員なんかしたら必死過ぎって事で後世の笑いものにされるわよ
――――逆にそこまでして捕まえようとしてるのなら、捕まえる瞬間がどんなモノか見てみたいわね
 ここに来るまでの道中、妹の目の前でそんな不吉かつ暢気な事を口にしていた二人であったが、
 もしもここで、ルイズが興味本位で衛士達に何があったと聞いていれば、今頃彼女たち――少なくともルイズはハクレイ達を置いてその場を後にしていただろう。

 賑やかな喧騒に包まれながらも昼食を終えた霊夢は、瓶に入っていたお茶を名残惜しそうに飲み終えた。
 最初は瓶入りで大丈夫かと訝しんでいた彼女であったが、幸いにもそれは杞憂だったらしい。
 店の人間がルイズに手渡すまで氷入りの容器に入れられていたであろうそれは、キンキンに冷えつつも美味しかった。
 ちゃんとお茶と本来の味を残しつつも冷たいそれは、熱い街中で頂く飲み物としては間違いなく最高峰に違いない。
 そんな感想を内心で出しつつも飲み終えてしまった彼女は、残念そうに瓶をテーブルに置くと早速他の三人と一本の話を切り出した。
「――さてと、昼食も食べ終えたしそろそろ面倒ごとを片付ける時間にしましょう」
「あ、そうだったわね。……で、ハクレイ?」
「んぅ?あぁ、大丈夫よ。アンタたちの言った通りこの子と一緒に怪しい場所に目星をつけてきたから」
 霊夢の言葉に食後のジュースで和んでいたルイズも気持ちを切り替えて、ハクレイに話を振っていく。
 丁度リィリアが食べきれなかった分を完食した彼女は紙ナプキンで口を拭いつつ、懐から丸めたタウンマップを取り出した。


 ルイズが昼食の買い出しに向かい、霊夢がデルフと一緒に暇を潰していた間、ハクレイはリィリアを連れて情報収集に出かけていたのである。
 探した場所は彼女が兄トーマスと最後に別れた場所を中心に、建物の屋上や路地を歩き回って探していた。
 時折道行く人々に妹の口から兄の特徴を伝えて、見ていないかと聞きつつも彼の行方を追っていくという形だ。
 当初は時間が掛かるのではないかと疑っていたハクレイであったが、それは些細な心配として済んでしまったのである。

 テーブルの真ん中に丸めたソレを広げて、広大な王都の中の一区画を指さした。
 そこはブルドンネ街とチクントネ街の丁度境目にある、大型の倉庫が立ち並ぶ倉庫街である。
 ブルドンネ街でもチクトンネ街でもないこの一帯は四角い線で囲まれており、その中に長方形の建物が全部で八棟もある。
 霊夢はすぐに他の場所と違うと感じたのか「ここは?」と尋ねると、ルイズがすかさずそれに答える。

717ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:03:37 ID:9f89S4RY


「倉庫街ね。主に王都で商売している豪商や商会の人間がここの倉庫とかで商品の管理を行ってるのよ」
「倉庫街?じゃあこの四角い線で囲ってる建物全部が倉庫なの?随分リッチよねぇ」
「まぁ全部全部機能してるってワケじゃないわよ、確か今使われてるのは……五棟だけだった筈……あ」
 肩を竦める霊夢の言葉にルイズが使われている倉庫の数を思い出し、そして気が付く。
 同じタイミングで彼女もまた気が付いたのか、納得したような表情を浮かべてハクレイへと視線を向ける。

「つまり、その使われていない三つのどこかに……」
「その通りね。まだどこかは把握しきれていないけど、八つ全部を調べるよりかは楽でしょ」
「じゃ、次にやる事は……そこがどこなのか、ってところね」
 ハクレイは得意げに言ったところで、霊夢はおもむろに右の袖の中から三本の針を取り出して彼女の前に差し出した。
 一瞬怪訝な表情を見せたがすぐにその意図を察したのか、ハクレイは彼女の手からその針を受け取り、それで地図に描かれた倉庫を三つ刺していく。
 テーブルの上に置かれた地図、その上に描かれた倉庫へと勢いよく針を刺す姿を見て、ルイズは不安そうな表情を浮かべる。
 何せ彼女がハクレイに貸していた王都の地図は、彼女が魔法学院へ入学して以来初めて街の書店で買った思い出の品だったからだ。
 魔法学院の入る生徒の大半は地方から来るためか、入学してやっと王都へ入れたという者も決して少なくはない。
 ルイズは幼少期に何度か王都へ行ってはいたが何分幼少の頃であり、工事などで変わっている場所も多かった。
 だからルイズも他の生徒たちに倣いつつ、ヴァリエール家の貴族として良質な羊皮紙に地図を描いてもらったのである。
 値は張ったが特殊な防水加工を施している為水に強く、実際街で迷ってしまった時には自分の道しるべにもなってくれたのだ。
 そんな思い出の品に、情け容赦なく力を込めて針を刺すハクレイを見て不安になるのは致し方ないことであった。
「ちょ、ちょっとレイム。あのタウンマップ結構質の良い紙で作ってるから高かったんだけど?」
「大丈夫よ。針の一本二本刺した程度で使い物にならなくなるワケじゃないし」
「えぇ?いや、まぁそうなんだけど……っていうか、そこは三本って言いなさいよ?まぁでも、インクで丸つけられるよりかはマシよね」
 半ば諦めるような形で呟いた所で、針を三本差し終えたハクレイが「できたわよ」と声を掛けてきた。
 その声に二人はスッと地図を除き込むと、確かに三棟の倉庫にそれぞれ一本ずつ針が刺されている。
 倉庫街はブルドンネとチクトンネのそれぞれ二つの街へ行ける出入口が用意されており、
 一本道を挟み込むようにして左右四棟ずつの大きな倉庫が建てられている。

「最初はここ。ブルドンネ街からみて左側の一番手前の倉庫。新しい感じがしたけど入り口の前に「空き倉庫」っていう看板が立ってたわ」
 ハクレイは説明を交えながらそこを指さすと、ルイズが「なら空き倉庫で間違いないわ」と言った。
「ここの倉庫は基本広いけど、使うには王宮に高額の賃貸料を払わないといけないから」
『まぁこういう馬鹿でかい倉庫を建てときゃ、大規模な商会とかは金払ってでも喜んで借りたいだろうしな』
 デルフの相槌が入ったものの、それを気にする事無くハクレイは他の二つをぞれぞれ指さしつつ説明を続けていく。
 彼女曰く、あと二つの倉庫は明らかに長年使われていない分かる程ボロボロだったらしい。
 まるで竜巻が通った後と例えられるほど、もう倉庫としては機能し得ない程だという。
「あくまで私の感想だけど、あそこまでボロボロだと人を隠す場所としても不向きだと思うわ」
『まぁそこは直接オレっち達が見て判断するとして、そこは簡単に入れる場所なのかい?』
 デルフの言葉にルイズが首を横に振りつつ、「ちょっと難しいかもね」と否定的な意見を出した。

718ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:05:09 ID:9f89S4RY
「先に見てきてくれた二人ならもう知ってると思うけど、あそこって使用してる人間以外が入れないよう警備の人間がいるのよ」
「へぇ、倉庫番まで用意してくれるなんてアンタんとこの国って随分優しいのね」
「そんなモンじゃないわよ。連中はあくまで商会とか商人が金で雇ってるだけの人間で、まぁ形を変えた傭兵団よ」
 ルイズ曰く、国に直接警備の依頼をすると維持費がバカにならない為安上がりな傭兵団に商品の見張りをさせているのだという。
 一応トリステイン政府も商人たちと協議したうえでこれを認めており、倉庫街周辺に傭兵たちがうろつくようにもなったのだとか。
「まぁ協議って言ったって、大方言葉の代わりに賄賂が飛び交ったんでしょうけどね」
「それにしても、そんな奴らを見張りに立たせて商品でも盗まれたりしたらどうするのよ?」
 ハクレイの口から出た最もな質問に、ルイズはピッと人差し指を立てながら答えて見せる。
「だからこそ傭兵団を雇ってるのよ。もしも仲間の内誰か一人でも盗みを働いたら、そいつら全員が信用を失う事になるわ」
『アイツらは商人だから情報の流通も早い。奴らが盗人っていう情報も早く伝わるって事か』

 恐ろしいねぇ!と刀身を震わせて笑うデルフを放っておきつつ、ルイズはハクレイとの話を再開する。
「人数はどれくらいいたか、わかってる?」
「大体目視できただけでも外に二十人程度ね、未使用の倉庫周辺ににも数人が警備についてた」
「団体様じゃないの。仕方ないとはいえ、まずはアンタのお兄さんを救うためにソイツらを何とかしないとダメじゃない。面倒くさいわねぇ」
 人数を聞いた霊夢が何気ない気持ちでリィリアにそう言うと、彼女は申し訳なさそうに顔を俯かせてしまう。
 恐らく暗に「アンタのせいで大変な目に遭いそうだわ」と言われたのだと勘違いしたのだろうか?
 いくら彼女たちが悪いとはいえそれは言い過ぎだろうと思ったルイズは、目を細めつつも彼女に文句を吐いた。
「アンタねぇ?いくら何でもそこまでいう事は無いでしょうに。もうちょっとオブラートに包みなさいよ」
「……アレ?私何か悪い事でも言った?」
「――アンタはもうちょっと言い方に気を付けた方が良いと思うわよ」
 謂れのない非難に首をかしげる霊夢を見て、ルイズは勘違いしてしまった自分を何と気恥ずかしいのかと責めたくなった。
 そんなルイズの言葉の意味が分からぬまま怪訝な表情を浮かべる霊夢は、他の二人と一本に思わず聞いてしまう。

「私、何か悪い事でも言ったの?」
『自分の言った事が微塵も他人を傷つけないと思ってないこの言い方、流石レイムだぜ』
「少なくとも年下の子供相手に掛ける言葉じゃないって事だけは言っておくわ」
 ハクレイとデルフからも駄目出しされた彼女は、更に怪訝な表情を浮かべるしかなかった。

 
 並大抵の人間が、今から一時間後に自身の身に何が起こるかという事を完全に予測する等不可能に近いだろう。
 メモ帳に書かれたスケジュールがあっても、それから一時間までの間にアクシデントが起きる可能性がある。
 例えば近道が工事中で仕えなかったり、急な病で病院に搬送されたり、もかすれば交通事故に巻き込まれて――。
 そうなればスケジュール通りこなす事は難しくなるだろうし、最悪スケジュールそのものを変更せざるを得ない。
 それは正にギャンブルに近い。丁か半、一時間後に何かが起こるかそれとも起こらぬのか……蓋を開けねば分からない。
 しかし、世の中賭博みたいな構造では思うように社会の歯車が回らなくなるのは火を見るより明らかだろう。

719ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:07:35 ID:9f89S4RY

 だからこそ人々はスケジュールを完璧にこなす為、大小さまざまな努力をして一時間後の出来事を確実なモノとする。
 近道が使えないのならば、いつもより早く家を出て多少遠回りになっても一時間後に目的地に辿り着けるよう頑張る。
 きゃうな病にはならないよう普段から健康に気を使い、病院とは無縁な生活を送る事を常に心掛ける。 
 そして不慮の事故に巻き込まれないためにも身の回りを警戒して、確実に目的地へと到着する。
 完全に予測する事が不可能ならば、自らの努力でもって不確実を確実な現実へと変える。
 そうして人々は弛まぬ努力をもって社会を作り上げてきたのだ。

 しかし、どんなに排除しようとしても゛予測できない、不確実な未来゛というモノは必ず人々の傍に付いて回る。
 まるで人の周りを飛び交う蚊のように、隙あらば生きた人間に噛みつき、予測できないアクシデントを引き起こす。
 現に今、アンリエッタと魔理沙の二人の身はその゛予測できない゛状況下に置かれているのだから。

 ブルドンネ街の繁華街、下水道から流れてくる大きな水路の傍にあるホテル『タニアの夕日』。
 その玄関前まで歩いてたどり着いたアンリエッタ、魔理沙、そして先頭を行くジュリオの三人はそこで足を止めた。
「さ、到着しましたよ二人とも」
 自信満々な表情と共に歩みを止めてそう言ったジュリオは、すぐ横に見える大きなホテルを指さして見せた。
 彼の言う二人とも――アンリエッタと魔理沙はそのホテルを見て、互いに別々の反応を見せる事となる。
「あぁ〜、安全な場所ってのはここの事だったか」
「え?あの……ここって、ホテルですか?」
 一度ここを訪れた事があった魔理沙は久しぶりに見たようなホテルの玄関を見て納得しており、
 一方のアンリエッタは今の自分には全く無縁と言って良いであろう場所に連れて来られて困惑しきっていた。
「その通り。ホテルの名前は『タニアの夕日』、ブルドンネ街との距離も近く交通の便に優れているホテルです」
 アンリエッタの怪訝な表情を見て、ジュリオは咄嗟にホテルの簡単な紹介をしたが……
「……あ、いえ。そんな事を聞いたワケではありませんよ。どうして私をこんな所にお連れしたのですか?」
 彼女は首を横に振り、若干不満の色が滲み出させたまま彼の真意を問いただそうとする。
 しかし、ジュリオはこの国の王女の鋭い眼光にも怯むことなく肩を竦めながらこう返した。
「あぁ、その事でしたか。その答えでしたら……直接私が止まっている部屋へ来て頂ければ分かりますよ」
 そう言いながら彼はホテルの入り口まで歩くと、重々しいホテルのドアを開けて二人に手招きをする。
 しかしこれにはアンリエッタは勿論、ここまで彼を信用していた魔理沙までもが怪訝な表情を浮かべて自分を見つめている事に気が付く。

(……やっぱり、疑われちゃうよな)
 内心そんな事を呟きながらも、ジュリオ自身もここで信用しろというのは無理があると思っていた。
 『お上』からの指示とはいえ、ちゃんと手順を踏んでアンリエッタ姫殿下と接触するべきだったのではないだろうか。
 今が絶好のタイミングだとしても、アポイントメントも無しに連れてくるというのは礼儀に反するというヤツだろう。
 とはいえ、あの『お上』が絶好とまで言ったのである。多少の無茶を通すだけの代価は確実に取れるに違いない。
(まぁ、二人の状況とここまで連れてきた以上後はこっちのもんだし、『お上』に会ってくれれば彼女たちもワケを察してくれるだろう)

 ――少なくとも、アンリエッタ姫殿下はね。

 内心の呟きの最後に一言そう付け加えつつ、彼はもう一度肩を竦めながら二人に向けて言った。
「すまないが僕にも色々事情がある。けれど、この先に待っている人は絶対に君たちを助けてくれるさ」

720ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:09:17 ID:9f89S4RY

 アンリエッタからエスコートの依頼を受けて、彼女を伴いながら街中を彷徨っていた霧雨魔理沙。
 ふとした拍子で衛士達にアンリエッタの素性がバレると思った矢先、ジュリオの助太刀を事なきを得る事となる。
 しかし謎多き月目の彼は驚く事にアンリエッタの正体を知っており、しかもその事について全く驚きもしなかった。
――お前、どうしてお前がアンリエッタの事知ってるんだよ?
―――おや?外国人の僕がこの国のお姫様の事を知らなかった思ってたのかい?それは心外だなぁ
――――いやいや!そういう事じゃねぇって!?どうしてお前がアンリエッタが変装してた事を知ってたって聞いてんだよ!?
 最後には言葉を荒げてしまった魔理沙であったが、ジュリオはそんな彼女に「落ち着けよ」と宥めつつ言葉を続けた。
――実は僕も、この白百合が似合うお姫様に用があったんだよ
――――私に……ですか?一体、あなたは……
 自分の正体をあっさりと看破し、更には用事があるとまで言ってきた謎の少年の存在。
 アンリエッタが彼の素性を知りたがるのは、至極当り前だろう。
 そしてジュリオもまた、彼女にこれ以上自分の正体を隠そう等という事は微塵も考えていなかった。
――申し遅れました。僕はジュリオ・チェザーレ、しがないロマリア人の一神官です
 彼はアンリエッタの前で姿勢を正した後、恭しく一礼しながら自己紹介をした。
 アンリエッタはその名を聞き軽く驚いてしまう。ジュリオ・チェザーレ、かつてロマリアに実在した大王の名前に。
 かつては幾つかの都市国家群に分かれていたアウソーニャ半島を一つに纏め上げ、ガリアの半分を併呑した伝説の英雄。
 その者と同じ名前を持つ少年を前にして固まってしまうアンリエッタに、頭を上げたジュリオはさわやかな笑顔で言葉を続けた。

――色々と僕に聞きたい事はあるでしょうが、今しばらく私についてきてくださらないでしょうか?
――――……ついていくって、一体何処へ……!?
――今夜貴女と彼女が泊まれる安全な場所へ、ですよ。今のあなた達では、こんや泊まる所を探すのも一苦労しそうですからね
 

 その後、ジュリオはアンリエッタと魔理沙を連れてここ『タニアの夕日』にまで来ることができた。
 東側の住宅地からここまで移動するのには、それなりの苦労と時間を要するものであった。
 地上の道路や裏路地の一角には衛士達が最低でも二人以上屯しており、怪しい人間がいないが目を光らせていたのを覚えている。
 恐らく魔理沙たちを逃がした際の騒ぎが伝達されたのだろう、そうでなければ末端の衛士達があんなに警戒している筈がないのだ。

(トリステイン側も必死なんだろうな。もしもの時に探しておいた地下道がなけりゃあ危なかったよ)
 途中何度か地下の通路を通ってショーットカットや遠回りの連続で、早一時間弱……ようやくホテルにたどり着くことができた。
 今のところ周辺には衛士達の姿は見当たらない。恐らく街の中心部から外周部を捜索場所を移したのかもしれない。
 何であれ、ここまでたどり着けたのは前もって計画していたルートを用意していた事よりも、運の要素が強かったのであろう。

 ともあれ、こうして無事に二人を――少なくともアンリエッタを連れて来れた事で自分の仕事は成功したも同然であろう。
 最も、そのお姫様には相当警戒されてしまっているのだが……まぁこれはやむを得ない事……かもしれない。
(全く、あの人も無茶な事命令してくれたもんだよ……ったく!)
「さ、とりあえず中へどうぞ。外にいては衛士達に見つかるやもしれません」

721ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:11:03 ID:9f89S4RY

 内心では自分にこの仕事を任せた『お上』――もとい゛あの人゛に悪態をつきつつも、
 警戒する魔理沙たちの前でさわやかな笑顔を浮かべつつ、ホテルのドアを開けて彼らを中へと誘う。  
 新品のドアを開けた先には、綺麗に掃除された『タニアの夕日』のロビーが広がっている。
「…………」
「………………」
「おや?入らないのですか?」
 しかし悲しきかな、ジュリオに警戒している二人は険しい表情を浮かべたまま中へ入ろうとはしなかった。
 思ってた以上に警戒されてるのかな?そう考えそうになったところで、二人は互いの顔を見合う。
「アレ……どうする?」
「色々疑わしき事はありますが、ここまで来たのなら……やむを得ないでしょう」
「……だな」
 一言、二言の短いやり取りの後、彼女たちは渋々といった様子でホテルの入り口を通った。
 通るときにジュリオを鋭い目つきで一瞥しつつも、二人は慎重な様子のままロビーの中へと入っていく。
 色々問題はあったものの、魔理沙たちはジュリオからの誘いに乗ったのである。
「……ま、結果オーライってヤツかな」
 少女たちの背中を見つめつつ、ジュリオは二人に聞こえない程度の小声でそう呟く。
 とはいえ、入ってくれればこちらのモノだ。彼は安堵のため息を吐きつつも二人の後へと続いた。

 全四階建ての内最上階に部屋がある為、一同は階段を上って部屋まで行く羽目になった。
 しっかりと掃除の行き届いた階段を、三人は靴音を鳴らしながら上へ上へと進んでいく。
 やがて散文もしないうちに最上階までたどり着いた所で、先頭にいたジュリオが魔理沙たちから見て右の廊下を指さす。
「部屋の名前は『ヴァリエール』。この部屋一番のスイートルームですのでご安心を」
「私が『ヴァリエール』という部屋の名前を聞いて、貴方を信用できるほどのお人好しに見えますか?」
 魔理沙以上に自分へ警戒心を向けているアンリエッタからの返事に、彼はただ肩を竦める。
 軽いジョークのつもりだったのだが、どうやら彼女の警戒心を随分強めてしまっていたらしい。
 コイツは思ったより重大な事だ。そう思った所で今度は魔理沙が突っかかるようにして話しかけてきた。

「おいジュリオ、ここまで来たんならもうそろそろ話してくれても良いだろ?」
「話す?一体何を?生憎、僕のスリーサイズは本当に好きになった女の子にしか教えない事にしてるんだ」
「ちげーよ、何でお前がアンリエッタの正体を知ってて、しかもこんに所にまで連れてきたかって事だよ!」
 自分のボケに対する魔理沙の的確な突っ込みと質問に、ジュリオは軽く笑いながらも「そろそろ聞いてくると思ったよ」と言葉を返す。

「まぁ確かに、もう話してもいい頃だが……部屋も近い、良ければそこで話そうじゃないか?
 僕と君たちがここにいるまでの経緯を一から話すよりも先に、この廊下の先にある部屋の前にたどり着いちゃうからね」

722ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:13:48 ID:9f89S4RY
 そう言って彼は先程指さした方の廊下の突き当りへ向かって歩き出し、二人もその後をついて行く。
 確かに彼の言う通り、彼がワケを話すよりも部屋までたどり着く方が早かったのは間違いない。
 元々この最上階には二部屋しかないのだろう。廊下の突き当りの手前には、観音開きの大きな扉があった。
「こちらです、では……」
 その言葉と共にジュリオはドアの前に立つと身だしなみを軽く整えた後、スッと上げた右手でドアをノックする。
 コン、コン、という品の良いノックを二回響かせて数秒後、ドアの向こうにある部屋から少女の声が聞こえてきた。
「ど……どちらさまでしょうか?」
「お届け゛者゛を持ってきた、ただのしがない配達屋さ」
 その言葉から更に数秒後、少し間をおいてから掛かっていたであろうドアのカギを開く音が聞こえてきた。
 軽い金属音と共にドアノブが勝手に回り、部屋の中から銀髪の少女をスッと顔を出してきた。ジョゼットである。
 まるで初めて巣穴から顔を出した仔リスのように不安げな様子を見せていた彼女は、目の前にいたジュリオを見てパッと明るい表情を見せた。

「や、ジョゼット。ちゃんとあのお方の注文通りお届け゛者゛を連れてきたよ」
「お兄様!って……あっマリサ!」
「よ、ジョゼット。……っていうか、お届け゛モノ゛って……」
 久しぶりに会ったような気がしたジョゼットに呼びかけられて、思わず魔理沙も右手を上げてそれに応える。
 ジョゼットも数日ぶりに見た魔理沙に微笑もうとした所で、彼女の横にいたアンリエッタに気が付き、怪訝な表情をジュリオに向けた。
「あの、お兄様……この人が、その?」
「あぁ。……そういえば、あの人は今?」
「待っていますよ。そこにいね人と食事でもしながら……という事でついさっき自分でランチを頼んでました」
「ランチを自分で?うぅ〜ん……あの人、付き人がいないと本当に自由だなぁ」
 そんなやり取りを耳にする中で、アンリエッタは彼らが口にする゛あの人゛という存在が何者なのか気になってきた。
 少なくともこんなグレードの良いホテルでランチを気軽に頼める人間ならば、少なくとも平民や並みの貴族ではない。
 では一体何者か?その疑問が脳裏に浮かんだところで、彼女と魔理沙はジュリオに声を掛けられた。

「さ、どうぞ中へ。ここから先の出来事は、あなたにはとても有益な時間になる筈です。アンリエッタ王女殿下」
 

 流石最上階のスイートルームというだけあって、『ヴァリエール』の内装は豪華であった。
 まるで貴族の邸宅のような部屋の中へと足を踏み入れた二人は、一旦辺りを見回してみる。
(流石に公爵家の名を冠するだけあって、部屋もそれに相応なのね)
 アンリエッタは王宮程ではないものの、名前に負けぬ程には豪華な部屋を見て小さく頷いた一方、
 以前ここへ来たことのある魔理沙は、以前見たことのある顔が見当たらない事に怪訝な表情を浮かべていた。
「んぅ……あれ?セレンのヤツ、どこ行ったんだ」
「セレン?その方は一体……」
『こちらですマリサ』
 聞きなれぬ名前が彼女の口から出た事に、アンリエッタが思わず訪ねようとした時であった。
 部屋の入り口から見て右の奥にあるドア越しに、青年の声が聞こえてきたのである。
 その声に二人が振り向くと同時に、後ろにいたジュリオとジョゼッタが二人の横を通ってそのドアの前に立つ。
 まるで番兵のように佇む二人は互いの顔を見合ってからコクリと頷き、ジュリオが二人に向かって改めて一礼する。

723ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:15:09 ID:9f89S4RY
「さ、どうぞこちらへ」
 短い言葉と共にドアの横へと移動する二人を見て、アンリエッタはドアの傍まで来ると、スッとドアノブを掴み――捻った。
 すんなりとドアノブが回ったのを確認してから彼女はゆっくりとドアを押して、隣の部屋へ入っていく。
 次いで彼女の後ろにいた魔理沙もその後に続き、ドアの向こうにあった光景に思わず「おぉ」と声を上げてしまう。
 そこはダイニングルームであったらしく、長方形のテーブルの上には幾つもの料理が並べられていた。
 恐らくジョゼットが言っていたランチなのだろう、ホウレン草とカボチャのスープはまだ湯気を立てている。
 そして部屋の一番奥、上座の椅子に背を向けて座っている青年を見て魔理沙は声を上げた。
「おぉセレン、お前そんな所で格好つけて何してんだよ」
「あぁマリサ。イエ、少しばかり緊張していたもので……何分貴方の横にいるお方がお方ですから」
 魔理沙の呼びかけに対し青年はそう返した後ゆっくりと腰を上げて、彼女たちの方へと体を向ける。
 瞬間、一体誰なのかと訝しんでいたアンリエッタは我が目を疑ってしまう程の衝撃に見舞われた。
 思わず額から冷や汗が流れ落ちたのにも構わず、彼女は咄嗟に魔理沙へと話しかける。 
「あ、あのッマリサさん!こ、この方は……!?」
「私がさっき言ってたセレンだよ。――――って、どうしたんだよその表情」
 アンリエッタの方へと何気なく顔を向けた魔理沙も、彼女の顔色がおかしい事に気が付く。
 そんな彼女を気遣ってか、上座から離れてこちらへと近づくセレンは「大丈夫ですよ」とアンリエッタに話しかける。 

「此度ここに来たのは、あくまで私事の様なものです。ですから、肩の力を抜いてもらっても……」
「……っ!そんな滅相もありません、あ、貴方様を前にして、そんな……ッ!」
 近づいてくるセレンに対し、アンリエッタは何とその場で膝ずいたのである。
 それも魔理沙の目にも見てわかるような、相手に対して敬意を払っている事への証拠だ。
「え?え……ちょ、何がどうなってるんだよ?」
 何が何だか分からぬまま自分だけ放置されているような状況に魔理沙が訝しんだところで、
 彼女のすぐ近くまでやってきたセレンは申し訳なさそうな表情で彼女に言葉をかけた。
「マリサ、私はここで貴女にウソをついていた事を告白せねばなりませんね」
 彼はそう言って一呼吸置いた後、穏やかな笑顔を浮かべながら自らの本名を告げる。
 
「貴女に名乗ったセレン・ヴァレンはいわば偽名。ワケあって名乗らざるを得なかった名。
 そして私の本当の……母から貰った名前はヴィットーリオ、ヴィットーリオ・セレヴァレと申します。」

 セレン――もといヴィットーリオの告白に、この時の魔理沙はどう返せば良いか分からないでいた。
 しかし彼女はすぐにアンリエッタの口から知る事となるだろう、彼の正体を。
 この大陸に住む全ての人々の心の支えにして、魔法文明の礎を気づいたともいえる祖を神として崇めるブリミル教。
 その総本山としてハルケギニアに君臨する、ロマリア連合皇国の指導者たる教皇に位置する者だという事を。

724ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:18:19 ID:9f89S4RY
はい、これで今年最後の投稿を終了させていただきます。
今年は色々と多忙故に執筆に手が回らず、痒い所に手が届かない日々が続きました。
来年はもう少しゆっくりと休みつつ書ける時間が欲しいなぁ、と思っていたりします。

それでは皆さん、今年はこれにて。
また来年お会いしましょう、良いお年を。ノシ

725ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:11:47 ID:4f02YZK.
どうも皆さんご無沙汰しております。無重力巫女さんの人です。
本当なら一月末に今年最初の投稿をする筈だったのですが、思いの外多忙で無理でした。申し訳ないです。

特に問題が無ければ、22時15分から投稿を始めたいと思います。

726ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:15:09 ID:4f02YZK.
 トリスタニアのローウェル区に、その倉庫街は存在している。
 巨大な四棟の倉庫と、そこを囲うようにして建てられている古めかしい住宅街だけの寂しい場所。
 住宅街には主に日雇いや工房の使い走りに、王都の清掃会社に勤めている人々等が利用している。
 丁度ブルドンネ街とチクトンネ街に挟まれるよう位置にあるが、この時期に増える観光客は滅多にここを通らない。
 ガイドブックなどに治安があまり良くないと書かれている事が原因であったが、主な原因は倉庫の周辺にあった。
 一本道を挟み込むようにして左右に四棟ずつ建設されている倉庫は、王都の商会や大貴族などが利用している。

 彼らは主に家に置ききれない財産や商売道具などをここで保管しており、当然それを警備する者たちがいる。
 しかし彼らはちゃんととした教育を受けた警備員ではなく、金さえ詰めば喜んでクライアントの為に戦う傭兵たちであった。
 粗末な鎧や胸当てを身を着けて、槍や剣で武装して倉庫周辺をうろつく彼らの姿はそこら辺のチンピラよりもおっかない。
 トリステイン政府直属の警備員を雇う代金が高い為、少しでも倉庫の維持費を浮かせる為の措置である。
 傭兵たちも相手が権力のある連中だと理解している為、倉庫から財宝をくすねよう等と考えて実行に移す者はまずいない。
 クライアント側も仕事に見合うだけの給料をしっかりと渡しているため、互いに良好な関係をひとまず築けているようだ。

 しかしその傭兵たちに倉庫街全体を包む程の寂れた雰囲気が、この地区を人気のない場所へと変えていた。
 今では観光客はおろか、別の地区に住んでいる人々も――特に子連れの親は――ここを通らないようにしている程だ。
 多くの人で賑わう華やかな王都の中では、旧市街地や地下空間に匹敵するほどの異質な空間となっていた。

 そんな人気のないローウェル区の一角を、ルイズ達四人の少女が歩いていた。
「ここがローウェル通り、名前だけは知ってた分こんなに静かな場所だなんて思ってもみなかったわ」
『確かに、別の所なんかだと多少の差はあれどここまで寂れてはいなかったしな』
 通りに建ち並ぶ飾り気のないアパルトメントを見上げながら、先頭を行くルイズは半ば興味深そうに足を進めていく。
 その人気の無さには、デルフもそれに同意の言葉を出すほどであった。
 彼女らの中では最年少であるリィリアは、今までいた場所とあまりにも違うの人気の無さを五感で体感しているのかしきりに辺りを見回している。
 通りそのものはしっかり掃除されているものの、一帯に住む人々は家の中にいるのか外には殆ど人がいない。
 偶に何人か見かける事はあったが大抵はここを通り慣れている別地区からの通行人で、自分たちの横を素知らぬ顔で通り過ぎていくだけ。
 散歩どころか水撒きする者もいない通りは、汗が出るほど暑いというのにどこか不気味であった。

 ここに来るまで、ブルドンネ街の通りから幾つかの道を曲がり、五つ以上の階段と坂を上り、三本以上の橋を渡ってきた。
 たったそれだけで、つい少し前までいたブルドンネ街とは正反対に静かすぎる場所へとたどり着けてしまう。
 同じ土地にある街の中だというのに、まるで異国に来てしまったかのような違和感を感じる人もいるかもしれない。
 しかし看板や標識を見れば、否が応でもここがトリスタニアの一角であると分かってしまう。
 明確に人の住んでいない旧市街地とは違い、家の中から出ずに姿を現さない住民たち。
 もはや異国というよりも、人のいない裏世界へと迷い込んでしまったかのような静けさが通り全体を包んでいた。

「しっかし、ここって本当人気が無いわねぇ。なんでこんなに静かなのよ?」
 自分の隣を歩く霊夢の呟きが自分に向けて言われた事だと気づいたルイズは、すぐさま脳内の箪笥からその知識だけを取り出して見せる。

727ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:17:06 ID:4f02YZK.
「う〜ん……確かここら辺は、街の清掃会社とか家具工房で雑用とか……所謂出稼ぎ労働者が大半だったような気がするわ」
「出稼ぎ労働者……ねぇ。私からしてみれば、わざわざこんな暑くて人だらけな街へ働きに行く事なんて考えられないわね」
「しょうがないでしょう。地方で稼げる仕事なんて、それこそ指で数える必要がないくらい少ないのよ」
 出稼ぎする、もしくはせざるを得ない者達の気持ちを理解できない霊夢に対し、ルイズは苦々しい表情を浮かべて言葉を返す。
 今のご時世、農業や地方の仕事で食べていける場所ならまだしもそれすらままならない地方もあるにはある。
 もちろん数は少ないが、不作や自然災害などで作物の収穫が減ってしまった土地がハルケギニア全体で増えつつあるのだ。
 その為に仕事が減り、仕事が減ってしまったが為に手に入る賃金も減り、その日の食事にすら困窮してしまう。


 トリステインをはじめ、名のある国々はその点まだマシと言えるだろう。
 一番酷いのは、ガリアやゲルマニアからある程度の独立を許された第三世界の小国などは文字通り悲惨な事になってしまう。 
 中途半端に独立してしまったが故にまともな援助を受けられず、ちょっとした天災で大飢饉が起こってしまう事など珍しくもない。
 飢饉や大災害が起これば瞬く間に暴動が起こり、結果的にはその小国を収める一族郎党が制裁の名の元に晒し首にされてしまう。
 独立を認可した大国がおっとり刀で正規軍を出す頃には、小国そのものが瓦解した後で残っているのは暴徒と化した連中のみ。
 まともな人々は争いを逃れる為に家族や恋人を連れて国を逃げ出し、流浪の民として通れもしない国境周辺を彷徨うしかない。
 難民を受け入れているロマリアへ行けるならまだ良い方で、大抵の難民は何処へも行けず山の中で獣や亜人の餌になってしまう。
 酷い場合はゲルマニアやガリアの国境地帯に埋設された地雷で吹き飛ばされたり、遠距離狙撃仕様のボウガンの的になる事もある。

 だからこそ、出稼ぎ労働で故郷に送金できるトリステインなどの名のある国々はマシなのである。
 パスポートを持っていても、出国する事すらままならない様な名もなき国があるのだから。


「確か倉庫があるのは、あぁ……あっちの角を曲がった先だわ」
 暫し人気のない地区を五分ほど歩いたところで、ルイズは道の角に建てられている標識を見上げて呟く。
 彼女の言葉についてきていた霊夢たちも足を止めて見上げてみると、二メイル程ある細い柱の上に看板が取り付けられているのに気が付いた。
 当然霊夢とハクレイの二人には何が書かれているのか分からなかったが、文字が読めない人が見ることも想定しているのか、
 文字の上にしっかりと倉庫らしき建物の絵が描かれており、一目で倉庫が曲がり角の先にあると分かるようになっていた。
 先に気が付いたルイズはすっと曲がり角から頭だけを出してのぞいてみると、ウンウンと一人頷きながら霊夢たちに見たものを伝える。

「確かに倉庫があるけど、正面突破は無理そうねぇ」
「え?……あぁ、確かにそうね」
 納得したようなルイズの言葉に怪訝な表情を浮かべた霊夢も、ルイズと同じように曲がり角の先を見て……頷く。
 標識通り、確かに曲がり角の先には砂浜に打ち上げられ鯨と見紛うばかりの倉庫が見ている。
 しかしその倉庫へ近づく為の道路には大きな鉄の扉が設置され、更に武装した傭兵たち数人が屯している。
 肌の色も装備も違う彼らは武器を片手に談笑しており、時折反対側の手に持った酒瓶を口につけては昼間から酒を楽しんでいる。
 街で見かける衛士達と比べてだらしないところはあるものの、酒を嗜みつつも決して自分達に与えられた任務をサボってはいない。
 ルイズの言う通り、彼らに軽く挨拶をしてワケを話しても通してはくれなさそうだ。
 強行突破すればいけない事も無いだろうが、大きな騒ぎに発展しまう恐れがある。
「相手が人間じゃないなら、全治数か月レベルのケガさせても平気なんだけどなぁ」
「コラ、何恐い事言ってるのよ」

728ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:19:06 ID:4f02YZK.

 思わず口に出してしまった内心をルイズに咎められつつも、霊夢は「でも……」とハクレイの方へと顔を向けた。
 その向けてきた顔にすぐに彼女の言いたい事を察したハクレイは、コクリと頷いてから口を開く。
「ちょうど倉庫の隣に隣接してる通りにアパルトメントがあるから、私ならそっから飛び移れるかもしれないわ」
 毅然とした表情でそう言う彼女の後ろで、リィリアは怯えた表情を浮かべていた。

 ひとまず一行はその場を離れ、丁度倉庫の真横にある住宅街へと足を運んだ。
 そこには倉庫を囲う壁と住宅街側の道を隔てるようにして水路が造られており、魚が生きていける程度に澄んだ水が静かに流れている。
 水路の幅は五メイル程あり、仮に泳いで渡ったとしても階段や梯子などは無い為にどうしようもできない。
 鉤縄や『フライ』が使えれば問題ないだろうが、生憎今のルイズは鉤縄を持ってないし魔法に関してはご存知の通り。
 普通の魔法が行使できるリィリアならば一人で飛んでいけるだろうが、彼女一人を壁の向こうへ行かせるのは危険すぎる。
 それに万が一水路と壁を突破できたとしても、壁の向こう側の警備は相当厳重なのは容易に想像できてしまう。
 今は工事中で使われていないが、外部からの侵入者を発見するための櫓まで作られているのには流石のルイズも驚いていた。
「成程、確かに防犯設備はしっかりしてるわね。櫓が工事中だったのは幸い……と言うべきかしら」
「コレって倉庫というよりかはちょっとした砦じゃないの?よくもまぁ街中にこんなモノ作って……」
 呆れたと言いたげな霊夢の言葉に頷きつつも、ルイズは次にハクレイの言っていたアパルトメントへと視線を向けた。

 彼女の言った通り、確かに水路傍の住宅街に四階建てのアパルトメントはあった。
 しかし今は誰も住んでいないのか建物の壁には無数の蔦が張り付いており、幾つもの亀裂まで走っている。
 こんな人気のない場所にあんなモノを建てても誰も住まないだろうし、家賃も平均以上だったに違いない。
 大方二十年前の都市拡張工事の際に作られた建物の一つであろう、その手の建物の大半は今や街中の廃墟と化している。
 今も繁栄を続ける王都の陰を見たルイズは目を細めていると、そちらに目を向けているのに気が付いたハクレイに声を掛けられた。
「どうする?私の時は単にあの上から覗いただけだったけど、こんな真昼間から入り込むの?」
「うぅ〜ん、普通なら夜中に侵入するのがセオリーなんだろうけど……こういう場所だと逆に人数が増えそうなのよねぇ」
 日中ならともかく、夜間は流石に侵入者を警戒して人員を増やすのは分かり切った事だ。
 と、なれば……やはり日中から堂々と侵入――――というのも相当危険な感じがする。

 今からか夜中か、その二つの選択肢を前にルイズは悩みそうになった所で今度は霊夢が話しかけてくる。
「どっちにしろ侵入するつもりなんだし、それなら人数が少ない時間に入った方が楽で済むんじゃないの?」
「アンタねぇ、そう簡単に言うけど入る事自体困難……なのは私達だけか」
 ガサツな巫女の物言いに反論しようとした所で、ルイズは彼女が空を飛べる事を思い出す。
 確かに彼女ならばハクレイはおろか並みのメイジよりも簡単に空を飛んで、水路と壁を越えられるだろう。
 文字通り壁を飛び越えてあの巨大な倉庫の上に着地すれば、後は自分たちよりも簡単に倉庫を探せるに違いない。
 櫓が工事中の今ならば、地上に見張りにさえ気をつけていれば見つかる可能性は限りなく低いだろう。
 それに気づいたのはルイズだけではなく、その中でデルフが彼女に続いて声を上げる。
『まぁお前さんなら見つかる心配何て殆ど無いだろうしな』
「まぁね。私自身、色々と片付けなきゃいけない事もあるから手っ取り早く済ませたいし」
 デルフの言葉に相槌を打ちつつ、霊夢は今から飛ぶ立つつもりなのか軽い準備運動をし始めた。
 どうやら彼女の中では、既に単独潜入は決定事項らしい。これには流石のルイズも止めようとする。

729ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:21:13 ID:4f02YZK.
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!別に私はアンタに「見てこい」とか「飛んで来い」なんて事言ってないんだけど?」
「そんなん分かってるわよ。さっきも言ったように、やりたい事が沢山あるから夜中まで待ってられないってだけよ」
 最後にそう言った後、ルイズの制止を待たずして霊夢はその場で地面を蹴ってフワッ……と飛び上がる。
 まるで彼女の周囲だけ重力が無くなったかのように空中に浮かぶ霊夢は、そのまま水路の方へと向かっていく。
 止めきれなかったルイズが水路と道路を隔てる欄干で立ち尽くしている所へ、霊夢の背中で静かにしていたデルフが声を掛けてきた。
『まぁそう心配しなさんな娘っ子。レイムの奴ならオレっちも見てるし大丈夫さ。……多分ね』
「あ、ちょっと待ちなさい!アンタ今゛多分゛って口にしなかった?」
 咄嗟に止めようとするルイズに背中を見せつつ、彼女はデルフはフワフワと浮いたまま水路を渡っていく。
 静かに流れる水路の上を浮かびながら渡る霊夢の姿は、どこか現実離れな光景に見えてしまう。
 それを住宅地側から見るしかないルイズはハッと我に返り、次いでハクレイの方へと顔を向けて言った。
「こうしちゃいられないわ。こうなったら、私たちもアイツに続く形で入るわよ!」
「え?まさか今から侵入するの?」
 ルイズの急な決定に驚いたのは、ハクレイではなくその隣にいたリィリアであった。
 目を丸くする少女の言葉に、ルイズは「当り前じゃないの」と当然のように言葉を返す。、

「いくら何でもアイツ一人だけ行かせるのは色々と不安なのよ。分かるでしょ?」
「え?ふ、不安ってどういう……」
 言葉の意味を汲み取り切れない少女の不安な表情を見て、ルイズはそっと彼女の耳元で囁く。
「アンタのお兄さん。私とレイム相手に何したか知ってるでしょうに」
 その一言で、幼いリィリアはルイズの言いたい事を何となく理解できたらしい。
 あの倉庫の何処かにいるかもしれない兄の身に、霊夢という名のもう一つの危機が迫っている事を。
 それをあの少年の唯一の身内が悟ったのを見て、ルイズは苦虫を噛むような表情を浮かべつつ言葉を続ける。
「まぁアンタのお兄さんにはしてやられたけど、流石にレイム一人に任せても良い程憎いってワケじゃあないしね」
 自分自身彼にやられた事を忘れていない……と言いたげな事を口にした所で、スッとハクレイの方へと顔を向けた。

「じゃ、早速で悪いけど私とこの子を向こう側まで連れてってくれないかしら」
「……それは構わないけど、アイツみたいにそう簡単にひとっ飛び……ってワケにはいかないわよ」 
「それは分かってるけど、それしか方法がない分どうやっても跳んでもらわなきゃ向こう側へは行けないわ」
 ルイズからの頼みに対し一応は了承しつつも、ハクレイはフワフワと飛んでいく霊夢を見やりながら言った。
 やり方としては霊夢のような方法がスマートかつベストなのだろうが、確かに人二人を連れてあそこまで跳ぶというのはかなり酷なものだろう、
 かといってそれ以外に方法が思いつかないため、ルイズも気持ちやや押す感じでハクレイに迫っていく。
 ……たとえベストでなくとも。そう言いたげな彼女の雰囲気にハクレイは渋々といった感じでため息をついた。
「まぁ物は試しってヤツよね。……とりあえず、ここじゃ無理だから場所を替える事にしましょう」
 そう言ってからハクレイは霊夢に背を向け、近くにあるあの廃アパルトメントへと向けて歩き始める。
 彼女の行き先を見て、これから何が始まるのか察したルイズとリィリアは互いの顔を見合ってしまう。
「……もしかして、また『跳ぶ』の?」
「アンタはお兄さんを助けたいんでしょう?やれる事が少ない以上、覚悟はしときなさい」
 顔を真っ青にする少女に対し、覚悟を決めるしかないとルイズも肩を竦めながらハクレイの後を追った。

730ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:24:21 ID:4f02YZK.


 その頃になってようやく倉庫と外を隔てている外壁の傍までたどり着いた霊夢に、背後のデルフが呟く。
『お、向こうも動き出したな。こりゃ近いうちに一緒になれそうだぜ』
 彼の言葉にふと後ろを振り向くと、確かにルイズを先頭にハクレイとリィリアが何処へか向かって移動している所であった。
 恐らくあのアパルトメントに向かっているようで、成程あの四階建ての屋上から跳んでくるつもりなのだろう。
 言葉にしてみると結構トンデモであるが、リィリアを背負ったまま時計塔の頂上から無傷で降りてきたハクレイなら余裕かもしれない。
 まぁ彼女たちの事は彼女たちに任せるとして、今は自分がやるべき事を優先しなければいけない。
 再び外壁へと顔を向けた彼女はそのまま上へ上へとゆっくり上昇し、そっと頭だけを出して壁の向こうを見てみる。
 
 顔を出して覗き見たそこは丁度倉庫と倉庫の間にある道だったようで、影の所為で暗い道が十メイル程伸びている。
 これなら大丈夫かな?と思った時、すぐ近くにある右側倉庫の扉が開こうとしているのに気が付き、スッと頭を下げた。
 扉が開く音と共に複数人の足音が聞こえ、それからすぐに男のたちの喧しい会話が聞こえてきた。
「んじゃー今から昼飯買って来るけど、お前ら何にするんだ?俺はサンドウィッチにするが」
「俺、あの総菜屋の豚肉シチューと黒パンでいいや。ホイ、これにシチュー入れてきてくれ」
「俺は海鮮炒めでいいや。ホラ、あの総菜屋の向かい側にある看板にロブスターが描かれてる店。あ、あと辛口で」
 他愛ない、どうやらお昼ご飯のリクエストだったようだ。耳を澄ましていた霊夢は思わずため息をつきたくなってしまう。
 この分だと聞く必要はないかな?そう思った直後、海鮮炒めをリクエストしていた男の口から興味深い単語が出てきた。
「そういや、あの盗人のガキと裏切り者の分はいいのか?ガキを捕まえてきたダグラスのヤツがとりあえず食べさせとけって言ってたが」
「あ?そういえばそうだったな……どうする?」
「適当で良くね?総菜屋の白パンとミルクぐらいでいいだろ」
 それもそうだな。そんな会話の後に「じゃ、行ってくる」という言葉と共に買い物を頼まれた一人の靴音が遠くへ去っていく。
 残った二人はその一人を見送った後「戻るか」の後にドアを閉める音と、次いで鍵の閉まる音が聞こえた。

 男たちがその場にいなくなったのを確認したのち、壁を飛び越えた霊夢はそっと地面に降り立つ。
 レンガ造りの道にローファーの靴音を静かに鳴らした後、彼女はすぐ右にある扉へと視線を向ける。
 そして意味深な微笑を顔に浮かべた後、背中のデルフに「案外ツイてるわね」と言葉を漏らした。
「まさかこうも探してる場所の近くまですぐ来れるなんて。そう思わない?」
『表は傭兵だらけだと思う分、確かに楽っちゃあ楽だな。けれど、そっから先はどうする?』
 ひとまずここまでは上手く進んでる事を認めつつも、デルフはこの先の事を彼女に問う。
 先ほど聞こえた音からして、ドアのカギは閉まっているだろう。ドアノブを捻って確認するまでもない。

 見たところ侵入者対策か倉庫の窓もほとんど閉じられており、この道から入れる場所は無い。
 唯一表の道に出れば入り口はあるだろうが、恐らくあの光の先には警備の傭兵がうじゃうじゃいるに違いないだろう。
 この道から入れる場所といえば、道から十メイル以上も上にある天窓ぐらいなものだろう。普通ならそこまで近づくのは容易ではない。
 しかし……空を飛べる程度の能力を有する霊夢にとって、五メイル以上の高さなど大した難所ではなかった。
「まぁ天窓が全部閉じてるって事はあるかもしれないけど、この季節で倉庫を閉じ切ってるワケがあるわけないしね」
『つまりお前さん専用の入り口ってワケね。良いねぇ、ますます先行きが明るくなるな』
 機嫌が良くなっていく霊夢の言葉にデルフが返事をした所で、彼女は自分の身を浮かせて飛ぼうとする。
 自分がこの街でするべき事は沢山あるのだ。今回の件は手早く済ませて、そちらの方に取り掛からないと……

731ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:26:15 ID:4f02YZK.
 そんな事を考えながら、いざ倉庫の一番上へと飛び立とうとした……その直前である。
 ふとすぐ背後から、何か石造りの重たいモノが地面を擦りながら動く音が聞こえてきたのだ。
 彼女はそれと似た音を神社に置いてある料理用の石臼などで聞いた事があった為、そう感じたのである。
 そんな異音を耳にした彼女は飛び立とうとした体を止めて、ついつい後ろを振り返ってしまう。
 彼女の背後にあったのは何の事は無い、地下に続いているであろう古い石造りの蓋であった。
 レンガ造りの地面とその蓋は材質が明らかに違い、恐らくここの地面を整備されるよりも前にあったのだろう。
 その蓋は誰かが通ったのだろうか取り外されており、その下に続く薄暗い穴がのぞけるようになっていた。
 穴が一体どこに続いているのか……諸事情で王都の地下へ行きたい霊夢にとって興味のある穴であったが、
 今は先に済まさなければいけない事があるので、名残惜しいが入るのは後回しにする事にした。

『どうした?』
「ん〜……何でもないわ。そこの蓋が開くような音がしたんだけど……気の所為かしら?」
 デルフからの呼びかけにそう返した後、今度こそ上に向かって飛び立とうとした――その直前。
 自身の背後――あの穴のある場所から何かが動く音が聞こえてきたのだ。
 今度は気のせいではない。ハッキリと耳に伝わってくるその音に、霊夢は咄嗟に身構え――振り返る。
 視線の先、上に被せられていた石の蓋が取り外された穴の中から――誰かがジッとこちらを見上げていた。
 左右を小高い倉庫に挟まれ、昼間でも影が差す暗い道の下にある穴から、ジッと見つめる青い瞳と目が合ってしまう。
「うわッ!」
『ウォオッ!?』
 先ほどまで見なかったその目に油断していた霊夢は驚きの声をあげてしまい、次いで後ずさってしまう。
 しかし、それがいけなかった。後ずさった先――鍵の閉まった裏口の戸に鞘越しのデルフをぶつけてしまったのである。
 結果デルフまで悲鳴をあげてしまい、喧騒とは無縁な倉庫に二人分の悲鳴が響き渡る。

 ――まずい!思わず声が出てしまった事に気が付き、両手が無いデルフはともかく霊夢は思わず口を手で隠す。 
 一瞬の静寂の後、夏の日差しが差す表から警備の傭兵たちであろう複数人の喧騒がものすごい勢いで近づいてくるのに気が付く。
 これはさすがに不味いか。油断してしまったばかりに招いてしまった失敗に、ひとまず壁の向こう側に戻ろうとしたその時、
「おい、この穴の中に入れ」
 先ほど青い瞳が覗いていた穴の中から、聞きなれた女性の声と共にスッと籠手を着けた手が霊夢の靴を掴んできたのである。
「え?アンタ、その声――って、うわっ!」
 その声の主が誰かなのか言う暇もなく、彼女は穴の中にいた誰かの手によってその穴へと引きずり込まれてしまう。
 すぐに「ドサリ」という倒れる音が聞こえたかと思うと、すぐその後に籠手を着けた手が再び穴の中から現れ、今度は脇にどけていた石の蓋へと手を伸ばす。
 蓋の下には地下側から開ける為であろう取っ手を手に持ち、明らかに女と分かる細腕にも拘わらずすぐにそれで穴を閉めてしまった。
 
 穴を閉めて数秒後、すぐに表の方から傭兵たちの靴音がすぐそばまで近づいて止まる。
 軽装の鎧を付けていると分かる金属質な音が混じっている靴音と共に、彼らの話し声が蓋越しに聞こえてきた。

732ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:28:06 ID:4f02YZK.


「おい、今ここから悲鳴が聞こえてきたよな?」
「あぁ。確か女の子っぽい声に――変なダミ声の男……かな」
「けど何にもいないぜ?」
「気の所為かな?にしてはやけにハッキリ聞こえたが」
 年齢も言葉の訛り方もそれぞれ違う傭兵たちの会話たけでも、彼らが様々な国から来たと分かってしまう。
 時折聞き取りづらい訛りを耳にしつつも、先ほど霊夢を穴の中に引きずり込んだ者はすぐそばで自分を睨む彼女へと視線を移す。
 暗闇越しでもある程度分かる何か言いたそうな表情を浮かべていた彼女であったが、流石に今は騒ぐべき状況ではない。
 今はただ、地上にいる傭兵たちがどこかへ行ってはくれないかと思う事しかできないでいる。
 しかしその思いが届いたのか否か、あっさりと傭兵たちは靴音を鳴らしながらその場を去っていった。
 
 靴音が完全に遠のいた所で、それまで我慢していた霊夢はようやく口を開くことができた。
 彼女はキッと目つきを鋭くすると、自分を穴の中に引きずり込んだものを睨みつけながら悪態をついた。
「……ッ!アンタねぇ、何でここにいるのか知らないけど。もう少しでバレるところだったじゃないの」
「それは悪かったな。……まさかお前みたいなヤツが、こんな所にいるなんて予想もしていなかったからな」
 霊夢のキツく鋭い言葉に対し、その者もまた鋭い言葉でもって対応する。
 両者、互いに暗い穴の中で険悪な雰囲気になりそうなところで、デルフが待ったをかけてきた。
『おいおいレイム、今は喧嘩してる場合じゃないだろ?それはアンタだって同じだろ?』
 デルフの言葉に両者睨み合いつつも、何とか一触即発の空気だけは抜くことに成功したらしい。
 相手に詰め寄りかけた霊夢は一旦後ろへと下がり、未だ自分を睨む人物――女性へと言葉を掛ける。

「――で、何でアンタがこんな所にいるのか聞きたいんだけど?良いかしら」
「私が話した後で、お前も目的を話してくれるのなら喜んで教えよう。お前にその気があるのならば」

 人気のない地区にある巨大倉庫。その真下に造られた地下通路と地上を繋ぐ場所で、両者は見つめあう。
 互いに「どうしてこんな所に?」という疑問を抱きながら、博麗の巫女と女衛士は邂逅したのである。


「はぁ、はぁ……流石に四階分一気に上るのはキツかったわ…」
 その頃、壁を乗り越えた霊夢に大分遅れてルイズたちもアパルトメントの屋上に到着していた。
 流石に四階分の階段を走って上るのに疲れたのか、少し息を荒くしている。
 その彼女の後を追うようにしてハクレイと、彼女の背におんぶするリィリアも屋上へと出てきた。
 後の二人も上ってきたのを確認してから一息つき、次いでルイズは屋上から一望できる光景を目にして「そりゃ誰も住まないわよね」と一人呟く。
「こんなところに四階建てのアパルトメントなんか建てたって、物凄い殺風景だから階層が高くても意味がないし」
 一体誰が建設したのやら、と思いつつ。屋上から見下ろせる殺風景な住宅街と倉庫を見てここが廃墟になった理由を察していた。
 この建物を最初に目にしたルイズの予想通り、アパルトメントには誰も住んでおらず中は荒れ放題であった。
 最低限管理は行き届いてるのかドアはすべて閉まっていたが、ここに行くまで壁に幾つもの落書きをされていたし、
 一階のロビーは野良猫のたまり場になっていたりと、管理されているのかいないのか良くわからない状態を晒している。
 ある程度綺麗にすれば今の時代買い手はつくかもしれないが、近場に店もなく中央から離れていたりと立地が悪過ぎて話にならない。

733ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:30:05 ID:4f02YZK.
 生まれる時代を間違えたとしか思えない廃墟の屋上で彼女は一人考えていると、
 リィリアを下ろして屋上の手すり越しに倉庫を見下ろしていたハクレイがルイズに話しかけてきた。
「ねぇ、さっきまで壁際にいたアイツの姿が見えないんだけど?」
「え?……あ、ホントだ」
 彼女の言葉にルイズも傍へ寄り、先ほどまでいた霊夢の姿が見当たらないことに気が付く。
 あの霊夢の事だ、恐らく壁を越えて倉庫の中に侵入したのだろう。
 ならのんびりしてはいられない、自分たちも動かなければいけない。ルイズは軽く深呼吸する。
 何のこともないただの深呼吸であったが、これから行う事を考えれば覚悟を決める意味でしなければいけない。
 彼女の深呼吸を見てハクレイも察したのか、ルイズに倣うかのように軽い準備運動をしつつ話しかけてきた。
「……で、本当にするつもりなの?まぁ、するっていうならするけど」
「――本当はもうちょっとだけ猶予が欲しかったけど、そろそろ覚悟決めなきゃね」
 
 ハクレイからの質問にそう返すと、ルイズもまた軽い準備運動で体をほぐしていく。
 その場で軽くジャンプしたり、両手首を軽く振ったりしたりする動作はとても貴族の少女がやる準備運動とは思えない。
 しかし、近年では魔法学院で乗馬の他に騎射の練習が頻繁に行われるようになった為、こうした軽いストレッチを行うこと機会が増えている。
 一昔前の貴族が見たら「何とはしたない」や「お淑やかさがない」と言われるような行為も、今では立派な「貴族のストレッチ」として認知されていた。

 暫し軽く体をほぐした所で、ハクレイはルイズとリィリアの二人に声を掛けた。
「……さて、準備運動も終わったしそろそろ向こう側へ渡るとしましょうか」
 彼女の言葉にルイズは無言で頷き、顔を青くしたリィリアもおそるおそるといった様子で頷いた。
 それを覚悟完了と受け取ったハクレイもまた頷き、彼女はリィリアを再び背中に担ぐ。
 自分の背中にのった少女が小さな手でギュッと巫女服を握ったのを確認して、次にルイズへと視線を向ける。
 暫し彼女の鳶色の瞳と目を合わせた後自身の左腕へと視線を向けると、そっと腕を上げて見せる。
 その行動に何の意味があるのかと一瞬訝しんだ彼女はしかし、すぐにその真意に気が付き――次いで顔を顰めた。
「……まさか、私はアンタの腕に抱かれてろって事?」
「他に場所が無いわ」
 ……まぁ確かにそうだろう。ため息をつくルイズは大人しくハクレイの右脇に抱えられる事となった。
 ルイズを脇に抱え、リィリアを背負う彼女の姿はまるで子供のXLサイズのぬいぐるみを携えたサンタクロースにも見えてしまう。
 しかし今は冬でもないし、何よりこの場にいる三人はサンタクロースの存在すら知らないのでリィリアを除く二人は真剣な表情を浮かべていた。
 その理由は無論、これからやらかそうとしている事が無事に成功するようにと祈っているからであった。
 ルイズは始祖ブリミルに、そしてハクレイは誰に祈ればいいのかイマイチ分からなかったので、この場にいないカトレアに祈っていた。

 二人を抱えてから十秒ほど経った所で、ハクレイが重くなっていた口を開いた。
「……それじゃあ、いくわよ」
「いつでもいいわよ。飛んで頂戴」
 彼女からの事前警告にルイズはそう返し、リィリアは目を瞑ってハクレイの肩を掴む手に力を入れる。
 ルイズも彼女の右腕を掴む両腕に力を入れ、二人が準備できたと感じたハクレイは自らの霊力を足へと注いでいく。

734ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:31:23 ID:4f02YZK.
 足のつま先から太ももまでを模して作った容器に水を注いでいくかの様に、足に溜め込まれていく彼女の暴力的で荒い霊力。
 ルイズとリィリアもそれを感じているのか、二人はハクレイの体から感じる微かな違和感に怪訝な表情を浮かべてしまう。
 そんな二人をよそに霊力を蓄えていくハクレイは、ここから倉庫までの距離を考えて霊力を調節していく。
(多すぎてもダメ、少なすぎてもダメ……まだまだ回数はこなしてないけど、ちょっとこれは難しいかな?)
 実際の所、この力を使って跳躍した回数自体はそれ程多くは無い。指を数える程度もない程に。
 本当ならば初っ端からこんな危険な事をすべきではないと思うのだが、それでもハクレイはある種の確信を感じていた。
 ――――今の自分でも、この距離を飛ぶ事など造作もない、と。
 自身過剰にも思えるかもしれないが、それでもハクレイはその確信を信じるしかない。
 既に二人は覚悟を決めているし、何よりこんな事は゛初めて゛ではないのだ。
 
 そうこうしている内に、彼女が想定しているであろう霊力が足に溜まったらしい。
 青く光り始めたブーツを見ずとも、既に準備は終わったと自らの体が告げている事にハクレイは気づいていた。
 彼女は一回だけ、短い深呼吸をした後――ルイズたちを抱えたまま屋上の手すりに向かって走り出す。
 まさか突っ込むつもりか?――手すりに気づいていたルイズは、慌ててハクレイに話しかける。
「ちょ、ちょっと!手すりがあるんだけど、あれどうするのよ!?」
「問題ないわ。むしろ丁度いい踏み台になってくれるわ」
 ルイズの言葉に集中しているハクレイは淡々とした様子でそう返しながらも、足の速度を一切緩めない。
 ブーツの底が地面を蹴る度にレンガ造り地面に罅が入り、そこから飛び散った無数の破片が宙へと舞っては落ちていく。
 一歩目、二歩目、と勢いよく足を進めていき、そして六歩目――という所で、その場で軽く跳んだ。
 無論、そんな勢いのないジャンプで跳躍するワケではなく、彼女が降り立とうとしている場所は手すりの上。
 このアパルトメントと同じように長い間放置され、錆びだらけになった手すりの上に彼女は着地し――その勢いのまま再び跳んだ。 

「――あっ」
 その瞬間、自らの体に掛ってくる風圧にルイズは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
 重力に思いっきり逆らいながらも、風に纏わりつかれながら上昇していく自らの体。
 彼女は思い出してしまう。幼少時にとんでもない失敗をしてしまった時に、母から躾と称して遥か上空に吹き飛ばされた時の事を。
 今と同じように、あの時も重力に思いっきり中指を立てつつ飛び上がっていく自分の体には、鬱陶しいくらいに風が纏わりついてきた。 
 ちぃねえさまがセットしてくれた髪型も滅茶苦茶に乱れて、着ていたドレスはバタバタとまるで別の生き物のように動いていたのは覚えている。
 その時になって初めて知った事は風の音があんなにもうるさいという事と、自分の体が地上数百メイルの高さまで打ち上げられたという事であった。
 何の道具も無く、ドレス姿で空高く打ち上げられた時に体験した感覚と恐怖を、彼女は思わずゾッとしてしまう。

――――これで失敗したら、アンタに蹴りの一発でもぶちかましてやりたいわ

 リィリアとは違い、跳躍したハクレイの脇に抱えられたルイズは心の中で思わず叫んでしまう。
 霊夢とは違い空を飛べない巫女の脇に抱えられたまま、地上数十メイル以上を跳躍されたら誰もがそう思うに違いない。
 実際の所、ハクレイがビルから跳んだ時間はほんの五秒程度であったがルイズにとっては十秒近い体験であった。
 遥か下に見える地面に吸い込まれそうな錯覚に怯えそうになった彼女が、思わず目を瞑った……その直後。
 地面を蹴って跳び上がったハクレイの足が再び地に着き、靴が地面を擦る音が耳に聞こえてきたのである。
 その地面はレンガ造りとは違う独特な音を出し、靴が擦れる音はさながら鉄板の上にいるかのような金属質的な感じがする。

735ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:33:07 ID:4f02YZK.
 その二つの音が聞こえた後、あれだけ体に纏わりついていた強い風が嘘のように大人しくなっている。
 ……一体どうなったのか?瞑ったばかりの瞼を開き、鳶色の瞳でハクレイの足元を見た彼女は思わず目を丸くしてしまう。
 耳で聞いた音は間違っていなかったのか、ハクレイが着地した場所はルイズが彼女に指定した場所であったからだ。
「……まさか、本当にぶっつけ本番で跳び切ったの?」
「言ったでしょう?問題ないって」
 信じられないと言いたげなルイズの言葉に、ハクレイは額から落ちる冷や汗を流しながら返す。
 冷製な言葉とは裏腹な様子を見せる彼女を見て、帰りは霊夢に頼もうと心に決めたルイズであった。

 結局のところ、二人の少女を抱えたまま跳んだハクレイは無事に倉庫の屋根へと着地する事ができた。
 ルイズは無事にここまで来れたことに関して始祖ブリミルに軽くお礼をしつつ、他の二人へと視線を向ける。
 リィリアは最初から目を瞑っていたお陰か、気づいたら廃墟から倉庫の屋上に来ていた事に多少驚いている様子であった。
 一方でここまで自分たちを連れてきてくれたハクレイは、思った以上に自分自身の技量を読み切れていなかったのだろう、
 はたまた小柄と言えども人二人を抱えて跳べた事に自ら驚いているのか、倉庫の屋上から先ほどまで廃墟を見つめ続けている。
 ルイズ自身彼女に何か一言軽い文句を言っておやろうかと考えはしたが、やめた。
 それよりも今はするべき事があると思い出して、自分たちが今いる場所の状況を確認する。

 倉庫の天井は光を入れる為の天窓が六つ作られており、季節の関係上六つとも開かれている。
 これなら侵入は容易だろうが、うっかり窓から身を乗り出して覗こうものならすぐに気づかれてしまうに違いない。
 何せ開いた天窓から光と大して涼しくもない風を取り入れているのだ、そんな所に身を乗り出せばすぐに影が地面に写ってしまう。
 それを見られて誰かが屋上にいるとバレれば、絶対に厄介な事になってしまう。
 それだけは避けたいルイズであったが、かといって中の様子を確かめずにぶっつけ本番で入るのは躊躇ってしまう。
 リィリアの話からして、相手は複数人の可能性が高い。そんな所へ不用心に入るのは如何に魔法が仕えるとしても遠慮したい。
 そういう時は側面の窓から確認すればいいだけなのだろうが、生憎そう簡単に覗ける程ここの倉庫は低くは無い。
「こういう時にレイムがいてくれれば良いんだけど……アイツ、どこに行ったのかしら?」
「あら?こいつは奇遇ね。私が来たと同時に私の名前が出てくるなんて」
 
 聞きなれた声が背後から聞こえてきたルイズはバッと振り返り、アッと声を上げる。
 案の定そこにいたのは、丁度顔を見えるところまで浮き上がってきた霊夢の姿があった。
「レイム、一体どこで油売ってたのよ?アンタが一番乗りしてたくせに」
「ちょっと色々と、ね?……それで、三人いるところを見るに本当に跳んできたワケね」
 ルイズの質問にそう返しつつ、屋根へと着地した霊夢はハクレイの方へと呆れた言いたげな表情を浮かべながらそんな事を呟く。
 まぁ普通に空を飛べるし、それが当り前な彼女にとって目の前にいる巫女もどきがやった事に対して「良くやるわねぇ……」と言いたい気持ちは分かる。
 というか、ルイズ自身も成功した後で同じような気持ちを抱いていたので、彼女の言いたい事は何となく分かる気がした。
「……まぁ、距離感は何となく分かってたから。難しかったのは二人を抱えた状態でどれくらい力を入れたら良いか……って事くらいかしら?」
 そんな彼女の気持ちを読み取れなかったのか否か、ハクレイは飛び移ってきた廃墟を見ながら言葉を返す。
 半ば皮肉とも取れる自分の言葉に対して真剣に返してきた事に、流石の霊夢も肩を竦める他なかった。
 
 まぁ何はともあれ、無事にたどり着けたという事実は変わらない。
 時間を無駄に掛けたくなかった霊夢は「まぁ今は本題に取り掛かりましょう」と話の路線を元へと戻していく。
 ルイズたちもその言葉に意識を切り替え、なるべく足音を立てないよう彼女の元へと近づいていく。
 まず最初に口を開いたのは、浮上してきた霊夢を真っ先に見つけたルイズであった。

736ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:35:06 ID:4f02YZK.

「それで、どうするの?倉庫の敷地内に入れたのは良いけど、さすがに一つずつ探していくのには時間が掛かるわ」
「あぁ、その事ね。それならまぁ、うん……大丈夫だと思うわよ」
 ここへ入ってきた薄々感じていた不安を口にした彼女に対して、巫女は何故か自信満々な笑みを浮かべて返す。
 その意味深な笑顔に訝しんだルイズが「どういう事よ?」と首を傾げた所で、霊夢はルイズと他の二人に向けて説明する。
 ここへ一足先に乗り込んだ時に聞いた、この倉庫の中から出てきた男たちの会話の内容を。

 霊夢から説明を聞き終えたところで、リィリアは喜びを堪えるかのような表情を浮かべて口を開く。
「それじゃあ、お兄ちゃんはここに……!」
「多分、ね。まぁこんだけ大きいなら子供の一人や二人どこかに隠しながら監禁する何て容易いだろうしね」
「成程。……けれど、盗人の子供……は分かるとして、裏切り者って誰の事かしら?」
 少女の言葉に霊夢はそう返すと、今度は説明を聞いていたハクレイが質問を飛ばしてくる。
 それはルイズも同じであった、もしも彼女が質問をしていなければ代わりに彼女が口を開いていたであろうくらいに。
 その質問を聞いた霊夢は珍しく言葉を選ぶかのような様子を見せた後、面倒くさそうな表情を浮かべてこう言った。
「あぁ〜……それね?それについては、まぁ……私の代わりに答えてくれるヤツがいるからソイツに聞いて頂戴」 
「「代わり?」」
 思わぬ巫女の言葉に、珍しくもルイズとハクレイの二人が同じ言葉を口にした瞬間、
 黒い鋼鉄製の爪が霊夢の背後、柵の一つもない倉庫の屋根の縁を掴んだのである。

 まるで猛禽類のそれを思わせるような鉄の鉤爪の下には、ロープが結ばれているのだろう、
 何者かがロープ一本を頼りに上ってくるであろうと、直接下の様子を見なくても分かる事ができた。
 突然の事にルイズは目を丸くし、ハクレイは怪訝な表情を浮かべつつもリィリアを自身の後ろへと隠す。
 対して霊夢は軽いため息をつきつつ、極めて面倒くさい事になったと言いたげな表情を浮かべていた。
 そして屋根へと上ってくる者に対してか、「ややこしい事になったわよねぇ」と一人呟き始める。
「全く、せめて来るならもう少し時間をずらして来てくれなかったものかしら?」
「……それは、お互い様だと言っておこうか」
 嫌味たっぷりな彼女の言葉に対して、上ってくる者は鋭い声色で返した時にルイズはハッとした表情を浮かべた。
 ルイズもまた霊夢と同じく聞き覚えがあったのである。まるで研ぎ澄まされた剣先の様に鋭い、彼女の声を。

 それに気づいたと同時に上ってくる者はその右手で屋根の縁を掴み、そして姿を現した。
 最初は顔、次いで片腕の勢いだけで上半身を出した所でルイズはアッと大声を上げそうになってしまう。
 それは不味いと咄嗟に思い自らの口を両手で塞ぎながらも、目の前に現れた人物の姿を信じられないと言いたげな目つきで見つめる。
 ハクレイは何処かで見た覚えのある顔に目を細める中、背後にいるリィリアはその人物の外見を一瞥して身を竦ませた。
 今のリィリアにとって急に姿を現した者は、文字通り天敵と言っても差し支えない者たちと同じ姿をしていたのだから。
 三人がそれぞれの反応を見せる中で、素早く屋根に辿り着いた相手に霊夢は肩を竦めながらも言葉を投げかける。
「ホラ見なさい、予期せぬアンタの登場でみんな驚いてるわよ」
「……だから、驚きたいのは私も同じなんだがな?」
 自分たちの事を棚に上げる霊夢に対してその人物――アニエスもまた肩を竦めながら言い返した。

737ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:37:06 ID:4f02YZK.
――ちょっと待ちなさい、これは一体どういう事なのよ……ッ!?
 両手で口を塞いだまま唖然としているルイズは、心の中で叫びながらも霊夢と対面するアニエスを凝視する。
 確か彼女は王都の警邏を任されている衛士隊の一員で、これまでにも何回か顔を合わせた事があった。
 衛士隊、といっても貴族で構成されている魔法衛士隊とは違い基本平民のみで構成されている警邏衛士隊。
 平民とはいっても一応警察組織としての権限は一通り持っており、王都にいる犯罪者達にとっては厄介な存在である。
 基本的な戦闘術と体力を厳しい訓練で体得し、馬車専用道路の交通整理から犯罪捜査までこなす法の番人たち。
 その衛士隊の一員であり、前歴から「ラ・ミラン(粉挽き女)」と呼ばれ街のゴロツキ達に恐れられているのが目の前にいるアニエスである。
 では、なぜそのアニエスが自分たちの目の前――しかも倉庫の屋根の上で出会ってしまうのであろうか?

 これが街の通りとか街角にある店の中で出会ったというのならまだ偶然と片付けられるだろう。
 アニエスにしても何かしら用事――少なくとも自分たちとは関係の無い事――があってそこにいたという事は想像できる。
 もしかしたら一言二言言葉を掛けられるだろうが精々あいさつ程度だけ済ませて、その場を後にしていたに違いない。
 しかし、こんな明らかに雑用があって来たワケではない場所で対面したという事は――彼女もまた用事があって来たのだろう。
 少なくとも、買い物とか街の警邏とは絶対にワケが違う事をしでかしに。そしてそれは、自分たちもまた同じである。
 ここまで思考した所でようやく落ち着いたのか、両手を下ろしたルイズは軽く深呼吸した後アニエスへと話しかけた。
「な、なな……何でアンタがこんな所にいるのよ?」
「……それは私のセリフだが、後から来た私が説明した方が手っ取り早いか」
 ルイズたちより後から来たアニエスもまたルイズたちがここにいるワケを知りたかったものの、
 ここは先に話しておいた方が良いと感じたのか、その場で姿勢を低くするとルイズたちの傍へと寄っていく。 
 霊夢だけは先に事情を知っているのか、デルフと共にその場に残って空を眺めている。

 アニエスが自分たちの傍へと来たところで、ルイズもまたその場で膝立ちになって彼女へと質問を投げかける。
「で、何で衛士のアンタがこんな所にいるのよ?まぁ何かそれなりの用事があるのは分かる気がするわ」
「そっちの目的も後で聞きたいとして……私は、そうだな。仕事の一環とでも言えば良いんだろうか?」
「こんな所に一人仕事に来る衛士なんて見た事無いわ」
 ぶつけられた質問に対するアニエスからの回答に、ルイズはささやかな突っ込みを入れた。
 金で雇われた傭兵たちが警備する倉庫に、たった一人の衛士が何の仕事をしに来たのであろうか。
 何かしらの不正がらみで捜査に来たのなら、捜査令状と仲間たちを連れてくれば今よりもずっと簡単に倉庫の中を覗けるだろう。
 そうでないとしたらそれはやはり、あまり口にはできないような事をしに来たのであろう。
 ――まぁ、それは自分たちも同じことか。ルイズは一人内心で呟く中、アニエスは更に言葉を続けていく。

「まぁそうだろうな。正直、今回は半分衛士としてここに来たワケじゃあないからな」
「半分?それってどういう意味かしら」
 彼女口から突如出てきた意味深な言葉に反応したのは、ルイズと同じく聞いていたハクレイであった。
 以前一回だけ目にしたことのあった女性からの質問に、アニエスは「御覧の通りさ」と両手を横に広げながら言う。
「今日は午後から休みを取っててな、ここに来たのは仕事半分――そしてもう半分は私用なんだ」
「あら?確かに。良く見たら腰に差してるのってただの警棒……というかほぼ木剣ね」

738ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:39:33 ID:4f02YZK.
 そんな事を喋る彼女の姿をよく見てみると、本来持っている筈の物を持っていない事にルイズが気が付いた。
 衛士隊が護身用として腰に差している剣を装備しておらず、その代わり一振りの警棒がそこに収まっている。
 警棒もまた衛士隊の官給品ではあるが、剣と比べて振り回しても安全なのが取り柄の武器だ。
 但しその警棒自体彼女の改造が加えられており、外見だけならば一振りのマチェーテにも見えてしまう。
 自衛用としての武器なら十二分なのだろうが、私用で使うにはやや過剰な武器に違いない。  

 他にも腰元を見てみると、捕縛用の縄もしっかりと持ってきているのが見える。それにここまで上って来るのに使ってきた鉤爪……。
 ゛私用で゛ここに来たというにはあまりにも物騒なアニエスの持ち物と姿を見て、ルイズは「成程、私用ね」と納得したように頷く。
「少なくとも私が考え得る平民ならアンタみたいに衛士の装備を着けたまま、物騒な道具を持ち歩いて――ましてやこんな所へ来ないと思うわ」
「だろうな。私だってブルドンネ街のバザールで買い物する時はもう少しラフな服装でしてるよ。こんな姿じゃあスパイス一袋も買えないからな」
 ルイズの言葉に何故か納得したように頷いた後、小さなため息を一つついてから言葉を続けていく。
 ここからが本題なのだろう。彼女の態度からそれを察知したルイズたちは自然と身構えてしまう。
「まぁそれ程大それた事じゃない。ここには単に、人探しに来ただけさ」
「人探し……ですって?」
 わざわざこんな場所で、どんな人物を探しに来たというのだろうか?
 それを口に出したいルイズの気持ちを読み取ったか否か、アニエスはあぁと頷きながら話を続ける。

「面倒なことに、その探し人はこの倉庫のどこかにいると聞いてな」
「成程。だからそんな物騒な姿でやって来たっていうワケね?剣じゃなくて木剣を携えてきたのは意外な気がするけど」
「あぁ、そいつの言葉次第で殺してしまうかもしれないからな。敢えて剣は置いてきたんだ」
「へぇ〜、そうなん……――はい?」

 アニエスが口にした言葉を耳にして、ルイズは自分の耳がおかしくなったのかと思った。
 それを確かめる為か否か、彼女はアニエスに「今何て?」と言いたげな表情を向ける
「アナタ、ついさっき物騒な事言わなかった?」
「いや、間違ってはいないさ。ここに来るまでの間、剣を取りに戻ろうかと思っていた程には殺意があるんだ」
 ルイズの質問に対し、アニエスは表情一つ変えぬままあっさりと自らの殺意を口にする。
 その告白にルイズは思わず息を呑み、ハクレイは何も言わぬまま鋭い目つきで彼女を睨む。
 ハクレイの後ろにいるリィリアも思わず彼女の体越しに、アニエスの様子を窺っていた。

「言っとくけど、殺すんなら人目につかいな所でやんなさいよね?こっちは子供だって連れてきてるんだし」
「それは分かってるよ。…で、その子供が誰なのかちゃんと教えてくれるんだよな?」
 元々緊迫していた周囲が更なる緊迫に包まれる中、先に話を聞いていた霊夢は空を眺めたまま彼女へと話しかける。
 巫女の言葉に頷いたアニエスはリィリアの方へと視線を向けて、話す側から聞く側へと回った。

739ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:42:20 ID:4f02YZK.
以上で、今回の投稿は終了です。
今年に入ってからも色々と多忙ですが、それでもまぁ何とか頑張って続けていきます。
それでは今回はこれにて、できれば三月末にお会いしましょう。それでは!ノシ

740暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 12:59:44 ID:nZG4rBBE
お久しぶりです。
投稿は今もこちらの避難所で問題ないでしょうか?
よろしければ13時15分から投稿させていただきます。

741暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:16:20 ID:nZG4rBBE
ぶしゅっ――!

「……えっ」

岬のニューカッスル城を照らす月夜が、曇天で覆われてまもなく。
今しがた、レコン・キスタ軍を漏らさず監視していた、見晴らし塔のそのメイジは、自分の背後から不意に聞こえた噴水のような音を妙に思い、振り返ろうとしてその場に崩れた。
首をかしげたまま、目を見開いた死体がそこに転がる。
二つも数えぬうちにその首筋から鮮血がしたたり、侵食するように石畳にしみを作る。
その光景を、目下足元にあるその出来事を、その男はにごり切った眼でぼうっと見つめていた。
「……ああ」
間を置かずに、かすれ声の気のないため息がそこに吐き出される。
感嘆とも落胆ともつかぬ、それは何に対してのものか。
実のところ、発した本人にもわかりかねるものであった。
手にした細長い得物からぴちゃりと液がしたたるが、ひゅん、と得物が振るわれ血糊がそこらに払われる。
切っ先が鈍色の刃の輝きを表すと、男は迷いなくあゆみ出た。
塔の縁に足をかけ、辺りに目をこらす。そして、周囲よりもひとしきり高く、いかにも厳重な一区画の建物に目を付ける。
王族の住まう居館だ。
そこに灯りがともったままであることを見るや否や。
「あそこか」
たった一言そう呟き、男は塔から身を投げた。
否、跳んだのだ。
ニューカッスルの数々そびえる塔より、何メイルも高い見晴らし台である。
人が落ちれば、いかなことがあっても助からないことが容易に想像できる、そんな高さだ。
小さな影がかもめのように急降下する。彼の目前にぐんぐんと、地面の石畳が迫る。
だがその激突寸前、男は頭上に腕をかかげ、懐に構えた細長い得物を、器用にも片手で旋回させる。
見る者が見れば、それは曲芸師のバトン回しのように思えただろうか。
その竹とんぼのようなその旋回が、彼の落下の速度を急激に緩めさせた。
とん、と軽い足音がニューカッスルの中庭に着地する。
降り立った彼の目前には、無防備にも開け放たれた扉が、ぽかりと口を開くようにあった。
「王党派の居城、こうも容易いとは。いや、それとも私がこの地において異質なのか……」
ぼそぼそと生気のない声が漏れる。
「私は、一体……」
そこまで喋ると、男は目をつむり押し黙る。
が即座に見開き、男は目前の戸の中へと消えていった。
まるで、初めからそこに何もいなかったかのように、静寂だけがその場に残されていた。


暗の使い魔 第二十三話『羽虫』

742暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:17:38 ID:nZG4rBBE
「ぐっ……が!!畜生、め……!」 
「くくっ、どうした?先ほどの威勢は」
身を焼く痛みにうめく官兵衛。
「相棒!相棒!」
やや離れたところに転がったデルフリンガーが叫ぶ。だが叫んだところで何も変わらない。
魔力により鋭利な刃と化した軍杖で、背後から貫き押さえながら襲撃者は笑みを浮かべていた。
「力が自慢か?だがそんなものは、ハルケギニアで暗躍する我らには無力」
さらにはこの状況ではな、と男は付け足す。
官兵衛は今、壁へ抑え込まれながら『ライトニング』の連撃を打ち込まれていた。
身を焼く電流は、深々と胴体に突き立てられた杖から放たれ、体中を駆け巡る。
本来常人であれば、とっくに絶命していてもおかしくはない。
にもかかわらず官兵衛がいまだ意識を保つのは、武士としての意地と、常人離れした体力によるものであろう。
「……いい気に、なりやがって!……がっ!」
官兵衛は必死で背後の男を押しのけようとあがく。
「てめぇきたねえぞ!うしろから刺しやがって!相棒を放しやがれ!」
たえず響くデルフリンガーの怒声。
しかし、主から離れた無力な一振りに興味はないと、男は詠唱を繰り返す。
男は杖を傷口よりねじ込む。
ぎりぎりぎり――と。
傷を抉られる痛みに、さすがの官兵衛も苦悶する。そして。
「---------」
詠唱とともに、杖がまばゆく発光し、空気とともに爆裂する。
ばちんばちんばちん!と、乾いた爆竹のような音が鳴り響き、いかづちが放たれる。
「がああああっ――!」
「相棒!!」
芯を焼く電熱にたまらず官兵衛は声を上げた。
廊下がときたま弾ける電光に照らされる。
「いい加減にしろこの野郎!悪趣味な真似しやがって!」
あまりに一方的な状況にとうとうデルフの刀身が震え出した。
ガチガチとけたたましく金属音が鳴り響く。
しかし、このニューカッスルの一角は、戦時中はまず使われない客室の区画。
加えて今この場はおそらく、男の策略にて一切の音を遮られた魔法がかけられている。
その場所でどれほど騒ぎが起きようとすぐさま駆け付けるものはいない。
つまりはこの場に官兵衛を助けるものは現れない。
この襲撃者は、それを十分に分かった上で、冷酷に、残虐に、彼のことを弄んでいるのだ。
仮面の男、ジャンジャック・フランシス・ド・ワルドは。

743暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:18:59 ID:nZG4rBBE
「難儀だな。殺しても死なん虫けらのような貴様らだが、こうなれば楽に死ねた方がどれほどよかったことか」
はたから見れば、なんとも凄惨ななぶり殺しである。
「……っはあ。ワ、ルド」
もはや官兵衛は腕すら上がらない。うなだれるように壁際で息を吐くのみ。
「……一応死ぬ前に聞いておいてやろうか。いつから俺の正体に気づいていた」
息も絶え絶え、その上で自分の名を言う官兵衛。ワルドは静かに問いかける。
「宿屋での襲撃も予想済みか?あの時は見事に分断を邪魔されたぞ、忌々しい」
やや怒気をはらんで言い放つ。ワルドからしてみれば、あの時が大きな計画の狂いだったのだろう。
官兵衛からの数々の侮辱も含め、かなりの煮え湯を飲まされたはずだ。
ワルドのその言葉を聞き、今度は官兵衛がうすら笑うよう口を開く。
「……はっ。あんときは、お前さんのお粗末な指揮に、うんざりしただけ、だっ」
消耗した様子だが、官兵衛は強く強く言葉をひねり出す。
それに思わずワルドが蹴りこむ。ドスン!と官兵衛の巨体に響くが、意にも介さず官兵衛は続ける。
「それに、いつからだと?最初っからだよ……」
「なんだとっ……!」
ワルドは歯ぎしるように凄む。
「最初っから、気に入らなかったからな。調子づいた隊長野郎がな。
そいで仕草から表情、何まで見てりゃあ、な……」
くくく、と今度は官兵衛が笑ってみせる。
「おまけに、襲われた初っ端からご丁寧に、敵さんの仮面の色まで教えてくれたからな」
その言葉にワルドははっとした。あの、ラ・ロシェールの入り口で、ワルドが言い放った言葉を。

――ひとまずその『白い』仮面の男とやらが気になるが、先を急ごう
今日はラ・ロシェールに一泊して明日の朝にアルビオンへ渡る――

馬鹿な、とワルドは顔色を変えた。
刺客のメイジが仮面の男だという話は、襲撃者の賊から聞き出した話だ。だが実は、あの時点でその仮面の色までは知らされていない。
白い仮面という言葉を、最初に発したのは、実はあのときのワルドだったのだ。
彼は敵しか知りえぬ情報を、冷静さを欠いてもらしたのだ。
「…………おのれ」
わなわなと、自分のささいな、しかし重大な過ちに怒り震える。
そして目の前で得意げにほくそ笑む、使い魔の男へも。
その感情が伝わるように、官兵衛に突き刺した杖が青白く光を帯びていく。ワルドの魔法力が杖に伝わり、再び、鋭利な一本の刃と化す。
『ブレイド』
魔力をまとわせ杖を一本の刃へと変化させる、近接戦闘用の魔法である。
「おのれ貴様!」
激昂し叫ぶ。
これ以上の戯れは無用。
一瞬杖を引き抜き、今度は狙いを心臓へさだめる。
あれほど呪文を、しかも全身に電撃を喰らわせもはや身動きできないはず。
即刻殺してやる。
そう思いほんの少しだけ、官兵衛を抑え込む力をワルドは緩めたのだ。
その隙を、消耗のフリをしていた官兵衛が見逃す筈もなかった。

744暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:20:09 ID:nZG4rBBE
ズン!

壁を虚しく杖が突き破る。
まるで、漁師のかいなから魚が抜け出るかの如く。そこに官兵衛はいなかった。
巨体に似合わぬすばしっこい動きで、官兵衛はわきを抜けて回り込む。
それにワルドは急ぎ振り返るがもう遅い。
ぬっ、と丸太のごとき剛腕が、頭をくぐらせワルドの頭上から降りてきた。
「そら捕まえたぞ!」
「くっ!?」
先程と一転、今度はワルドの背後から官兵衛の声がする。
見ればずっぽりと、ワルドの上体は官兵衛の二の腕で締め付けられている。
「相棒!まだ動けんのか!?」
「はっ!この、程度っ!なんとも、ないねぇ!!」
驚くデルフをしり目に官兵衛は言い放つ。
「なっ!?」
ワルドは驚愕した。そして今の状況をみやり、一筋の汗を流す。
自分が杖を構えていた両腕は拘束され、全く身動きは取れない。そして。
「喰らえよ!」
間を置かず、メキメキメキと、官兵衛の剛腕が、ワルドの腕ごとあばらを締めあげた。
「ぅぐあ……ぅ」
ワルドは短くうめいたが声が続かない。
強力な締め技によって、雑巾のように肺の空気がしぼりだされるのだ。
「どうした?魔法が自慢だろう!使ってみろ!」
いきり立つ様子で官兵衛は言う。そのまま粉々にしてやろうとばかりに強力に力を籠める。
さすがの一流の風の使い手もこれには手も足もでなかった。
ルーンを唱えようにも一節も言葉を発せない。発せるのはせいぜいかすかなうめき声程度。
「――――め……」
そのうめき声が、ワルドの喉からかすかに出かかっている。必死に何かしゃべろうとしているようでもあり、官兵衛もそれに対して言う。
「あん?どうした?辞世の句くらいは読ませてやるよ!」
ワルドの必死なさまは命乞いのようにも見えたのだろう。官兵衛は勝ち誇ったような笑みを浮かべて言い放つ。
だが、官兵衛は気づいていなかった。否、忘れていたのだ。
先程なぜ、彼が闇の中で背後をつかれたのか。闇の中で、一度は完全に気配をとらえた相手を、なぜ一瞬にして見失ったのか。
その最も重大な謎を。
「――ま……けめ……!」

745暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:21:32 ID:nZG4rBBE
「……なんだと?」
その瞬間だった。
またしても官兵衛の背後から、別の声がささやいた。
「間抜けめ」
同時に官兵衛の拘束していたワルドの姿が霞のように消え去る。
「んなっ!」
マズイしまった。
はっとして振り返るが遅い。全身がひしゃげるような、風の大槌が、官兵衛を殴打する。
うかつに振り返ったため、牛に激突されたような衝撃をもろに顔面にくらい、のけぞった。
「ぶあっ!!?」
鼻血を噴出しながら宙をまう。
「ははははっ!」
そしてかすむ視界に、真っすぐ杖を向けた無傷のワルドが笑っているのが見えた。
ワルドは再び詠唱を完成させると、エアハンマーを連発する。
どごん、どごん、と間をおかず、次々激突する風の槌。
その連撃が、彼を廊下に開け放たれた窓へと追いやる。
(――!いやいや、まずいぞ、不味過ぎる!)
だが頭で理解できてもどうしようもできない。激しい風圧に木の葉のように弄ばれるのを感じながら、官兵衛は思った。
そして――

がしゃあん!

窓ガラスを突き破って彼は放り出された。
「……!じょ、冗談じゃ……!」
吹き飛び、のけぞった体制のまま、下に広がる闇を目にして青ざめる。
そこは何とも運悪く、大陸端に作られたニューカッスル城のさらに端。
わずかにある、崖に面した区画の窓だったのだ。
「冗談じゃないぞ畜生ーーーーっ!!!」
咄嗟に空中で鎖を振り回し、なんでもいいととっかかりを探す。
ぐるんぐるん、と、鎖でも何でもいいからどっかに引っかかれと、あがくに足掻く。そのとき。
「足だ!足の方向に伸ばすんだよ!おれの声の方に蹴りこめ!」
唐突にデルフの甲高い声が届く。
考える時間もない状況での官兵衛の行動は早い。
瞬時に鉄球を引き寄せ、その方向へ蹴り飛ばす。すると鎖を伝わり、鉄球の衝突が腕に伝わる。
「右引け!ヒビがある!」
まってたとばかりに手綱のように鎖を操る官兵衛。
瞬間、がきん、と鈍いひっかき音がして、空中をさまよう体が引っ張られ。
「うおおおっ!」
そのままぶらりと官兵衛のからだは吊るされた。
官兵衛の鉄球の鎖は、何とも運よく、エアハンマーの破壊で生じた壁の亀裂へと引っかかったのである。
「あ、あ!危なかった!」
激しく息をきらしながら官兵衛は足元をみやった。
荒く吹きすさぶ風と、落ちたらアルビオン大陸から真っ逆さまという恐怖が彼を襲う。
一刻も早く上に上がらねば、と足をばたつかせながら鎖を手繰ろうとする官兵衛。
しかし、それは頭上から聞こえてきたワルドの声に遮られた。
「一つ、いいことを教えてやろうガンダールヴ」
「っ!?」

746暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:22:17 ID:nZG4rBBE
釣らされたままの官兵衛は、即座に上を見やった。
みれば酷薄な笑みを浮かべたワルドが彼を見下ろしている。
まずいまずい、と足掻く官兵衛を楽し気に眺めながらワルドは言う。
「この城に潜りこみ事を成そうとするのが、本当に俺だけだと思うのか?」
「何だと?」
官兵衛がそれに返す。ワルドは語調を強めた。
「貴様ら異邦人だがな、それなりに駒としては使える。忌々しいが、な!」
「なっ!なんだと!?」
いきなりワルドの口から飛び出た、異邦人という単語。その言葉に、官兵衛は動揺を隠さず言い放った。
「何のことだ?まさか――」
だが官兵衛が言い終わらぬうちにワルドは詠唱を完成させると、それを目前の官兵衛に放った。

どうん!

『ウィンドブレイク』
風の奔流が再び官兵衛を薙ぎ払う。その衝撃に耐えきれず、彼の鉄球鎖をつなぎとめていた石壁もぼごん!と崩れ去る。
「ああああっ!畜生……ッ!!」
「相棒ーー!」
デルフリンガーの叫び声も遠ざかる。
重力に従い、自分の身体が奈落へと落ちていく感覚を、官兵衛は味わった。
「なぜじゃあああぁぁぁぁぁ……ぁ……!」
アルビオン大陸から真っ逆さまに落ちていく官兵衛の姿を見届けると、ワルドは呟いた。
「落ちていけ。もう二度とここへは戻ってこれん」
いや、この世へか。そう思いながらワルドは歩み出す。
そして、いまだけたたましく音を立てるインテリジェンスソードを目前にすると、それを興味深げに見やった。
「てめぇ。よくも相棒を」
カタカタと柄らしき部分が動いて声がする。
だが怒ってもデルフリンガー自身ではワルドをどうにもできない。
所詮は剣。握るものがなければ意志など無関係であることは、彼自身が一番に解ってるのだ。
「ふむ、インテリジェンスソードなど別段めずらしくはないが」
ワルドはデルフを手に取り、まじまじ見つめる。
錆は浮いてるが剣そのものは上等。強力な固定化とおぼしき魔法もかけられている。
「気安く触るんじゃねえよ」
「まったくよく喋るな。黙っていれば解体して、調べてやっても良かったが」
「へっ!そりゃあお優しいこった!」
二、三言葉を交わすが、ワルドはやがて興味がうせたのかデルフを黙らせる。ちょうど傍に転がっていた鞘に刀身を収めた上で。
「てめ――」
それ以上話すことかなわずデルフは沈黙する。
そしてワルドは、先ほど官兵衛が吹き飛ばされた区画からデルフ外に放り投げた。
「主人に会いに行け。おれはこれから、ルイズを迎えに行こう」

747暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:23:06 ID:nZG4rBBE
さて、やや時間を遡る。
ニューカッスルの客間が並ぶある一角。そこは客人へのもてなしを意識した区画であるゆえに、他とはまた違う作りのやや広めの空間であった。
戦時で装飾は最低限だが、それでも礼節を欠かない程度のもてなしがなされてる。
広々と柔らかい、貴族用の寝具もそのひとつであろう。
ルイズは大使として与えられた客室の、その広いベッドに、崩れるように横たわっていた。
本来なら明日のトリステインへの出航に備えて身支度をして眠るはずだが、彼女はここに来てまんまの学園の服装の姿。
部屋に戻るや否や、着替えもせず、なにもかも投げだしてそこに倒れこんだのだ。
もうどれほど泣きはらしただろうか。もやは涙も枯れ果てたとばかりに、ルイズは生気のない目で虚空を見つめる。
窓から外を眺めても、曇天で月明かりもささない暗がりばかり。
ルイズはどこまでも落ち込み切っていた。
先ほどの官兵衛とのやりとりからいくらほど時間がたっていただろうか。もやのかかったような頭で彼女はぼんやりと思いふける。
思い返せばこの旅の始まりはなんとも唐突であった。
あの夜学院の一室にアンリエッタ姫殿下がやってきた。
そしてそこから、官兵衛もワルドも、あろうことかギーシュまで巻き込んでの一大任務。
旅路はまるで嵐の道中。
キュルケやタバサまでやってきて。
宿や桟橋では襲撃を潜り抜けて。王軍が扮した空賊騒動に、フーケと風変わりなあの荒くれ男。
そして、戦争。
そこまで考えルイズは目をつむった。
眠りたい。それでこのまま朝まで忘れて、船でトリステインへ帰るんだ。
姫様の手紙は手に入れたし、無事に戻って姫様にお渡ししてそれで――
(姫様に、なんて言えばいいの?)
押しつぶされそうな罪悪感が胸に広がる。
ルイズはとても眠りにつける状態ではなかった。
ウェールズ皇太子殿下のことは、いわばアンリエッタと二人の問題。自分が不用意に介入すべきでないことも分かっている。
姫様からの言葉と思いを、文《ふみ》で届けられただけでも十分ではないか。
ルイズはそう考えようとした。
だが、そうやって何度も自分を納得させようとしても、ルイズにはそれが出来ない。
あのとき自分の部屋で手紙をしたためた姫の姿が、そして今日その文を呼んでいたウェールズの表情が、脳裏に浮かぶのだ。
(無理だわ、忘れるなんて。だって私は――)
そう思いむくりと身を起こす。

748暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:24:11 ID:nZG4rBBE
「カンベエ……」
彼は今はどうしているだろうか。
戦争の最中だから部屋に戻れと言っていた。ならば彼も部屋に戻っているのだろうか。
渡すはずだった薬を、思い切り投げつけ、そのまま逃げ去ったことを思い出す。
なぜだろう、この旅に出てからこんなことばかりな気がする。
これまでの出来事をひとつひとつ、ルイズは反芻した。
ラ・ロシェールの宿でのこともそうだ。
ワルドとの結婚について相談するも、結果として彼の言葉に納得できず怒ってしまった。
あの時のことだって未だきちんと向かい合って謝っていない。
さっきだって、彼は間違ったことを言ったわけでも、してもいないのに自分は――。
そう思えば思うほど、胸の奥がしめつけられるような感覚に陥っていく。
わかっている、自分がどれほど身勝手であったか。
どれほど理不尽に、彼に強く当たってきたか。
感情をいたずらにぶつけてきたか。
「感情を――」
そう呟いて、ルイズははっとした。
感情、いや気持ちをぶつける。その様な事がこれまでどれ程あっただろう。
キュルケをはじめ級友に魔法を馬鹿にされ、その度喧嘩になることはいくらでもあった。
単純に怒りをあらわにすることは日常茶飯事。
だが、ここまで激しい感情を、家族でなく他人に露にする事があったであろうか。
思いをそのままぶつけるような、そんな出来事が。
「……どうして?」
知らずのうちにつぶやく。
胸の内の締め付けるような悲しみが、なにか別のものに変わりつつあるのを彼女は感じていた。
揺さぶられるような、落ち着きのない、しかしどこか心地の良いそれに変わりつつある。
そんな感覚を、ルイズは胸の内に覚えていた。
「……カンベエ」
その時だった。
「えっ!?えっなにこれ!?」

749暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:24:56 ID:nZG4rBBE
突如、ルイズの視界がぼやけて目がかすみだした。
目が、いや片方の眼だけが唐突に何かの像を結んで映し出す。
今ルイズがいる自室とは明らかに違う光景が、その片側だけに映されている。
「……これって」
彼女は知っている。
使い魔とメイジは一心同体。ならばその基本的能力について、勉強家の彼女が知らぬはずもない。
本来、メイジと使い魔が共有できるその光景を。
そこは暗い暗い長廊下。うっすらとした燭台が壁にともり、いくつもの扉が連なる。
ついさっき自分が官兵衛といた、あの場所だ。
ということはこの光景は間違いない。
「これって、カンベエの視界?でもどうして……」
これまで全く起こらなかった使い魔との感覚の共有。
それがなぜ今、唐突に可能になったのか。なぜ急に、このタイミングでそれが現れるのか。
そうこうしてるうちに、官兵衛の視界が突然、黒一色の闇に染まる。
「えっ!?」
ルイズも驚き声をあげる。
視覚共有が切れたのだろうか。だが、片目の視界はくらいままだ。
つまり官兵衛は今、この暗がりの中にいるということだろうか。
そこまで考えルイズは気づいた。
何故か暗闇に包まれた官兵衛。そして急に使い魔の視覚共有ができるようになった理由。
(まさかカンベエ……)
ルイズは飛び起きると、傍らにある自分の杖と、懐のウェールズの手紙を確認する。
最低限の物を確認して外へと飛び出そうとする、とその時だった。

どんどんどん!

ビクリとして歩みを止めるルイズ。
彼女がまさに今出ようと、ドアノブに手をかけた矢先のこと。
突如として、目前の扉が、何者かによって激しくノックされ始めたのだ。
不意なことの驚きと、尋常でない様子を感じ取り、ルイズは無意識に杖に手をかけながら言った。
「だ、誰!」
なるべく取り乱さぬよう、大きめの声で叫ぶ。扉から距離をとり、震える手で杖をむける。
「誰なの!」
より語調を強め、ルイズは声を張る。
片目の視界はまだ暗いままだ。その状況がより一層彼女の不安をかきたてる。
このままでは――
だが次の瞬間。
「僕だ!ヴァリエール嬢!」
「え?」
その声に、彼女は首を傾げた。
扉の向こうから聞こえてきた声は、何とも意外な人物のものであった。

750暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:25:27 ID:nZG4rBBE
「何者だ貴様。そこで止まれっ」
王軍のメイジが声を張り上げる。
王軍本拠の居館に続く通路。そこに佇む見慣れぬ甲冑を着た人間。
突然の侵入者に、その場を哨戒をしていたメイジはおののいた。
(――間違いない、レコンキスタの尖兵。
だが、まさかこのタイミングで、どうやってこの堅牢な城に?
どこかに内通者が――)
そう様々思考をめぐらせながら、彼は目前の不審者に杖をむける。
油断なく構えながら、アルビオンの風の使い手である彼は、薄暗闇で相手の動きを読むべく風を探る。
やや細身の男で、たたずまいからして年若い男に思える。
鎧の作りはハルケギニアのそれとは違う。
玉虫色に煌めくそれは、どちらかというと東方の宝鎧で見たそれに近い。
なにより手にした長物は、両端に刃の付いた薙刀のような得物。
少なくとも我が王軍に与する人間ではあるまい。
「動くな。この距離では私の風が貴様を薙ぎ払うのが先だ」
静かにさとすように言う。
だが、侵入者は黙して一切をかたらず、棒立ちのままこちらを見据える。
「平民か。貴様のみでどうやってここへ侵入できる?手引きをしたものがいるはずだ」
彼が続けて言うも、やはり答えず。
そして侵入者はこれ以上は無駄、とばかりに得物を構える。
それを見るや否や、メイジの杖先から殺傷力十分の風圧が弾けた。
どうん!と大砲のような空気の膨張音が響きわたり、壁を震わす。
膨れた魔力が逃げ場なくそこに吹き荒れる。
生身の人ならば全身の骨が粉々になるようなその威力。
だが――
「……がっ!」
短い悲鳴が彼の口からもれた。
向けられた杖の切っ先よりも、はるか手前に男の影がある。
のどぼとけを貫く白刃が、瞬時に彼の命を絶ち切っていた。
放たれた魔法は虚しく空をゆらしたのみで、侵入者にはかすりもしていない。
(馬鹿な……速すぎる)
死の瞬間、彼は短くそう思考し意識を手放した。
付きたてられた刃が、勢いよく引き抜かれ、支えを失った死体がどうと倒れ伏す。
「今の魔法で城の者は感づいたはずだ。急がねば」
ふたたび、か細いこえが呟く。
倒れ伏した男を踏み越え、甲冑の男は駆けていく。
皇太子らの居館はそう遠くなかった。

751暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:26:32 ID:nZG4rBBE
「ルイズ!無事か!?」
居室のドアをノックし、ワルドは勢いよく扉をあけ放つ。そこは、客室の一区画でにある、ルイズとワルドにあてられた部屋である。
大使など特別待遇を要する客人の部屋であるからして、他のどの客間よりも広々としている。
四、五人はゆうに入るような、豪奢な部屋である。
「ルイズ!僕だ!いるんだろう!?」
愛しい婚約者の無事を願うかのように、大声でワルドは叫ぶ。
しかし、一向に何の返答もない状況に、ワルドは違和感を覚えた。
「ルイズ?……いや」
実に妙であった。
深夜であるがゆえ、彼女もすでに眠っていてもおかしくはない。
部屋の明かりがすっかり落ちているのも、そのせいだと思っていた。
だが違う。
ワルドは即座に風の流れを読み、室内のみならず、周囲の気配を探る。
やはり、妙だ。
この部屋どころか、周囲の区画すべてに、誰一人とて気配が無い。
(何故だ?先ほどの状況からして、彼女がこの部屋に戻っていることは明白。
いや、それ以前になぜこれほど人が……?)
客間はまだしも、それ以外の室内に人が居なすぎる。非戦闘員である侍女もいくらか控えている筈だ。
だからこそ、先ほどの襲撃時もサイレントで入念に音を遮断していたのだ。
そこまで考え、ワルドははっとした。
(もしや……)
即座に感覚を巡らせ風を読む。区画よりさらに範囲を広げ、城内を探る。
そしてついに、目的の気配を察知する。
(いたぞ、ここは……礼拝堂か?)
やはりおかしい。こんな夜更けにこんな場所へ居るなど。
即座に身をひるがえし、ワルドは駆ける。
入り組んだ場内を、まるで勝手知るかのように進み、目的の気配へと迫り続ける。
(どういうことだ?ルイズ)
無意識に拳を握りしめ、ワルドは階段を駆け下りる。
やがて角を曲がるとそこに礼拝堂の扉が見えた。中に確かな気配を感じる。
瞬時に気配を消し、扉の付近に身をひそめる。
そっと中をうかがうように戸を開き、中を伺う。
居た。
無数の長椅子が並びぶ礼拝堂の最前列。
最も奥の座席に桃色の頭髪が見える。ルイズだ。

752暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:27:31 ID:nZG4rBBE
微かに笑みを浮かべながら、そっと、音もなく、ワルドは歩み出す。
なぜこの場に彼女がいるかはともかく、これで何も問題はない。
あとは目的を達成し、帰還するだけである。
自分の『本来』の居場所へと。

「やあルイズ、ここにいたのかい?」
その呼びかけに驚いたように振り返る。
「ワルド?」
不安に怯えるような表情のルイズがそこにいた。
始祖への祈りをささげていた真っ最中なのか、彼女はそこに静かに腰かけたままだ。
ワルドの姿を見るや否や彼女は立ち上がる。
ワルドもゆっくり歩み寄る。
「良かった、無事だったんだねルイズ」
「……無事?」
ルイズ不安そうな表情を変えずに言う。
「いや、すっかり夜も遅いのに部屋に君の姿がなかった。
どこにいるのか心配で探していたんだよ」
「……ごめんなさい。私――」
ワルドの言葉に、申し訳なさそうにルイズが俯く。
「いいさ、それより」
ワルドはやや深刻そうな口調になるとルイズに言った。
「ルイズ、ここを出よう」
「え?」
不意なことにルイズが見上げて言う。
「出るって?」
「アルビオンを発つ。今すぐにだ」
ワルドはルイズを見つめながらそう続けた。
急な言葉にルイズは驚き顔で返す。
「待ってワルド、今すぐ発つって、なぜ急に?」
予定では明日の朝に出航する難民船に乗り、トリステインへ帰る予定である。
だが今は夜更け。
船は出るはずもなく、急に出立など無理だ。しかしワルドは。
「ここは危険だ。戦場の真っただ中でいつ襲撃があるかもわからない」
口調を変えず続ける。
「手段なら僕のグリフォンがある。滑空する分には長距離でも飛行は問題ない」
その声にルイズも顔色を変えて言う。
「どういうこと?今、何かここで起きているの?」
ルイズの問いかけに、ワルドは応えない。ただ黙ってルイズの瞳を見つめると。
「たのむよルイズ。一刻を争う」
強い語調でそう言った。

753暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:28:15 ID:nZG4rBBE
今ここにきて、ルイズの不安は大きく膨れ上がっていた。
(なぜ?一刻を争うって。それに……)
「そんな……でも待って、じゃあカンベエを呼びに行かないと!」
彼女もたまらず声を大きくする。
「ワルド!カンベエはどこにいるか知らない?発つならすぐに見つけないと!」
「使い魔君か。生憎どこにいるかはわからない。僕もここに来る前に探したんだが……」
ワルドは困った様にルイズに言う。
広いニューカッスルをこれから探すのには骨が折れる、今すぐ探しに行きたいが、とワルドは続ける。
「大丈夫彼は心配ないよ。すぐに見つけて合流させる、君は……」
だが、その瞬間ルイズはワルドの言葉に違和感を覚えた。
官兵衛の居場所を知らない。すぐに見つけてくる、という彼の言葉に。
「待ってワルド。カンベエは、あなたと一緒にいなかったの?」
「……なんだって?」
ふと言葉の続きを止め、ワルドがルイズを見つめる。
「ルイズ、どういうことだい?」
意外そうにワルドが言う。
その時、ルイズがワルドの眼を見た瞬間、彼女は不意にぞくりとした寒気のようなものを感じ取った。
(なに?この、嫌な感じ)
ルイズは小さく身震いした。
まるで、触れてはならぬ部分に自分が触れてしまったような、ある種の感覚。
「……ワルド?」
恐る恐る、ルイズは聞き返す。
だが、ワルドは応えず、視線をそらして顎に手をやり、考えるそぶりをする。
「ふうむ、そうか?」
「えっ?」
短く聞き返すがそれにもワルドは応えない。短く自問自答するようなことを、一人呟く。
だが不意に彼はルイズに向き合うとこう言った。
「ルイズ、使い魔君なら明日出航するイーグル号に乗船するはずだ。トリステインで落ち合う手筈さ」
ワルドはいつもの優しい口調になるとそういった。
「えっ!?」
今度はルイズが驚きの声をあげる。
「実は、先に発てというのは彼の提案さ。任務を預かるぼくらだけ可能な限り先に発て。自分は後から追いかける、とね」
先程とは打って変わって話し出すワルド。唐突な内容にルイズは耳を疑った。
「すまない、彼には伝えるなと言われてたんだが、こうなってはもう仕方がない」
ワルドは手を広げて言う。
「おそらく彼には何か考えがあるんだろう。いこうルイズ」
ルイズに手を差し伸べる、しかし。
「……だめよ」
その言葉にワルドの眼がピクリと動いた。

754暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:28:56 ID:nZG4rBBE
「私はカンベエを探すわ。あいつが勝手なことをしないようにしないと!」
ルイズは語調を強めた。
「お願い、カンベエを探させてワルド!」
「だめだルイズ」
ワルドも強い口調で否定する。
「使い魔くんの願いを裏切るわけにはいかない。それに僕の花嫁をこれ以上危険な目にさらされるかい?」
僕の花嫁。その言葉にルイズは嫌な感覚を覚えた。
「……ルイズ?」
間をおかれ、ワルドは不安げに彼女を呼ぶ。
ルイズは答えず、彼を見る。
なぜだろう、なぜ彼はこうも執拗に――
「……ワルド」
言わなければ、ルイズはそう思った。ここは礼拝堂。本来なら永遠の愛を誓うはずのこの場所で、これを伝えるのはなんとも皮肉めいてる。
それでも彼女は意を決して口を開く。
「私、あなたと結婚することはできないわ」
「……なんだって?」
表情が固まり、ワルドはその一言だけを発した。
やや数秒か数十秒。
両者の間に沈黙がはしる。
「私、あなたとは結婚できないの」
繰り返される言葉をようやく理解したのか、ワルドの瞳が大きく見開かれる。
おそるおそる胸の前で手を組むルイズ。
そのルイズの手を、ワルドは咄嗟に、乱暴にとるとこう言った。
「嘘だろう?ルイズ。君が僕との結婚を断るなんて」
ルイズはビクリと肩をふるわせる。
「ワルド、ごめんなさい。私憧れていたかもしれない、あなたに。
恋だったかもしれない。それでも、その気持ちは今は変わってるのよ」
ワルドの顔にさっと赤みが走る。しかしそれは見る見るうちに顔をゆがませていく。
「そんなことはない!この旅が終われば僕たちは……!世界を手に入れられるんだ!」
「きゃっ!」
掴まれていたルイズの手が力強く握られる。その痛みに思わず悲鳴をあげる。
「わ、ワルドなにを……世界っていったい何のこと?」
「君にはそれだけの才能があるという話さ!いっただろう、君は歴史に名を残すメイジになるんだと!」
口調が怒鳴り声に変わり、ワルドはぐいとルイズの手を引く。
「い!痛い!やめてワルド!どうしてこんなことを!」
手首をひねられるような痛みが走った。
ワルドは強引にルイズの腕を引くと、すぐさま礼拝堂の出口へと向かおうとする。
「離してっ!!」
悲鳴をあげるが、屈強な男の力には叶わない。あまりの勢いにずるずると引きずられそうになる。その時だった
「ヴァリエール嬢から離れろ!」
突如の怒鳴り声とともに、バンッと勢いよく、礼拝堂の扉が開け放たれた。間を置かず、外から数名の王軍のメイジが現れワルドを取り囲む。
ずいっ、と軍杖が彼に向けられ、メイジらは動くなとばかりに睨みを効かせる。

755暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:30:03 ID:nZG4rBBE
「……ふん!」
一通りその状況を見回すとワルドは不機嫌そうに鼻をならした。
パッと掴んでいた彼女の手を放し、腕を組んであたりをみまわす。
「これはこれは、一体どういうことですかな殿下?」
ワルドは取り囲まれながら、メイジらの背後に控えた彼に向って言い放った。
解放されたルイズは取り囲んだメイジらの脇を抜けて駆け寄る。
そこには、怒気をはらんだ眼差しでワルドを見据える、ウェールズ皇太子がいた。
かれはゆっくり口を開く。
「貴様、レコンキスタだな?」
その言葉にハッとしてルイズは見やる。ワルドはルイズの驚きの視線を気にも留めず悠々と言葉を紡ぐ。
「ふっ、さすがに今のやり取りで気取れぬほど無能ではなかったか。王党派」
あえての組織派閥の名でウェールズを挑発するワルド。それでもウェールズは怒りの表情を変えない。
「私もまさかトリステインからの大使の中に間者が紛れているとは思わなかったさ。彼の機転がなければ、この首を狩られる瞬間まで気づけなかっただろう」
歯を食いしばりながら悔し気に返す。
「彼?ああそうか使い魔か。どこまでも賢しい」
ワルドはややも苦々しい顔をして言う。
この礼拝堂に誘い込まれたのは初めからそういう計画だったということか。
ルイズを部屋から連れ出したのはウェールズだろう。ここであえてやり取りを探ることで化けの皮をはぐことが狙いだったのだ。
すべてはいつの間にか、使い魔の官兵衛が仕組んだ計画だったということか。
そこまで考えると、ワルドは大声で笑い出した。
「フフッ!フハハハハッ どこまでも落ちぶれた連中よ。
まさかトリステインの貴族で、魔法衛士隊隊長であるこの俺を疑うとは!あのみすぼらしい使い魔の男の弁を真に受けるとはな!」
はははは!ともはや人目もはばからず笑い声をあげてみせるワルド。自分らに向けられた嘲笑に、ウェールズは静かに返す。
「もちろん最初から貴公を疑っていたわけではないさ。いまこの場に現れた、間者の正体は私も予想外だった」
「なに?」
その言葉にワルドははっとしてウェールズを見やる
「彼の酒の席での言葉はこうさ。」
ウェールズが静かに語る。
「攻撃開始時刻をまたず今夜中に襲撃がある可能性がある。おそらくどこかに間者が潜んでいる。
貴君が信頼できるものとともに、秘密裏に客室からルイズを連れ出してほしい。
場所と頃合いは小生にもワルド子爵にも伝えるな。
移動先のルイズのもとに、まっさきに現れた奴が間者だ。
城から連れ出そうとしたら捕縛してくれ。たとえそれが小生であっても」
ワルドの表情がみるみる怒りでゆがむ。
「彼の忠告を参考にはしたが、レコンキスタの一員であることを我々に確信させたのは君自身さ」

756暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:31:00 ID:nZG4rBBE
「黙れ貴様!」
ワルドが怒号を発する。
わなわなと震える手で杖を抜き、ウェールズに向ける。
咄嗟にメイジらが魔法の詠唱を完成させワルドに向ける。
「動くな、少しでも魔法を使うそぶりをみせたら、我々の風が貴公を切り刻む」
取り囲んだメイジが言う。ウェールズも落ち着いてワルドをなだめる。
「諦めたまえ。幾ら君がスクウェアの手練れだとしてもこの状況ではどうにもなるまい。おとなしく捕縛されよ」
それを聞き、ワルドはフゥーッと強く息を吐いて俯く。向けていた軍杖を懐にしまい込む。
「……やれやれ」
その様子を見るや否や、メイジらが駆け寄りワルドを縛り上げる。
「丁重に扱いたまえ。これでも貴族だ」
「どうかな?貴公はひとまずこのままトリステインへと送り返させてもらう。
爵位のはく奪で済めばいいがね」
それを聞くとワルドは不機嫌に鼻を鳴らした。
一部始終の捕り物劇。それを唖然として見ていたルイズは、やがて力なくワルドの名を呼ぶ。
「ワルド……?一体どうして、何でレコンキスタに」
「ヴァリエール嬢……」
ルイズの問いかけに一瞥もしないワルド。それを見かねてウェールズは彼女に優しく言う。
「ひとまずカンベエ殿を探そう。見つけ次第すぐにイーグル号へ乗りトリステインへ帰還されよ」
「イーグル号へ?」
ルイズが聞き返す。
「そうだ、もうすでに非戦闘員の乗船と出港準備は進んでいる。君たちが一刻も早く逃げられるように――」
「ハハハハッ!」
その時突如、ワルドが声を上げて笑い出した。
その場にいた誰もが驚いてそちらを見る。
「何だ貴様!何を笑っている!」
捕縛してたメイジがうろたえつつも怒鳴りつける。
「これが笑わずにいられようか!フフフ所詮は敗者どもの集まりよ王党派」
「どういう意味だ!」
ウェールズも声を荒げる。その瞬間だった。
突如、ワルドを中心に空気が破裂した。
ごおう!と風のうねりが生じ、周囲の彼らを放射状に吹き飛ばす。
長椅子がけたたましい音を立てて宙を舞い、屋内の風圧に耐えきれず砕けたステンドグラスが辺りに降り注いだ。
「きゃあっ!!」
「危ない!」
幸いにもルイズ、ウェールズは風圧の発生個所から距離があった。攻撃の被害に直接あわなかったのは幸いだったが、それでも居場所が悪かった。
咄嗟にウェールズが、降り注ぐガラスからルイズをかばう。
鋭利な破片が、彼の背中や肩を容赦なく裂く。
「殿下!」
「じっとしてるんだ!」
ルイズは叫ぶが、対して普段の穏やかな声色とは打って変わった怒声が発せられる。
首筋を丸めて頭部をかばう。小柄なルイズを包むように抱きかかえながら、ウェールズは奥歯を噛みしめた。
ひときわ大きいグラス片がザクリと肩を貫く。
「うあああッ!!」
たまらず叫ぶと、それを聞きつけたメイジが血相を変えて怒号を飛ばす。
「守れ!殿下を守れ!!」
「何をしているか!!」
身をかばうことができた数人のメイジらは、散り散りになりつつも態勢を立て直す。
一同、今の魔法は一体どこから、と発生源を探る。
すると。

757暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:32:06 ID:nZG4rBBE
「ようやく、見つけた」
その場の混乱に沿わぬ、恐ろしく抑揚のない声が場に届いた。
ウェールズは痛みをこらえて、そちらに顔をあげる。
立ち上がったメイジらは、今しがた取り押さえたワルドの姿が消え去っていることにも気づいた。
だがそれよりも、彼らは別の者に注視した。そのあまりに静かな声色の主。
礼拝堂の扉の向こうに現れた、細身の甲冑の男に。
「居館に忍び込んだものの、幽鬼のようにひとけが失せていた。
居所を掴むのに、手間取った……」
カツン、と甲冑の足音がこちらに向かってくる。カチリ、と聞きなれない金属音とともに。
未だ地に身を伏せたままのルイズ。
その耳には、やけによく響いて聞こえる音であった。

「――!――!」
聞き取れないほどの怒声、ついで魔法の詠唱が聞こえてくる。
逆巻く風の轟音。
大聖堂の石床を蹴る、無数の靴音。
ブレイドによる剣戟だろうか。金属音、そして。
「がっ……!」
「うアッ!」
絞り出すようなうめき声。ドサリ、と床を伝わる重々しい衝撃。
「……おのれッ!」
続けざまに誰かが発した、わななくような震えた言葉。

「……なにが起こったの?」
目まぐるしく変わる状況に、精いっぱいの言葉を紡ぎ、ルイズは身を起こした。
地面にへたり込んだままの自分を、未だかばうウェールズ。
「……っ!無事かね?」
「ウェールズ殿下!傷が……」
見れば彼の肩口は、滲んだ血が黒くシミを作っている。無数のガラスをその身に受けたのだ。
素人目にみても、尋常な負傷ではない。
そんな惨たらしい背をルイズに見せないよう、彼女に向き合いつつも、彼は横目でその光景を見ていた。

その甲冑の男は、風の猛攻を身をよじりかわし、術者の喉元を一閃。
別の近衛はブレイドで応じるも、薙刀のような得物で杖を巻き上げられ、肩口から脇腹にかけてをナナメに裂かれる。
瞬く間に二名の部下が絶命した。
そして、それを見ていた次のメイジは、おののきつつも奮戦。
杖で相手の刃をいなしつつ距離を取り、詠唱を完成させる。
男の周囲に空気の槍が顕現し、前方を幕のように覆った。
「風の術……鎌鼬かなにかだろうか」
だが、甲冑の男は臆する様子もなく、何事かを呟きながら、武器を目前にかざす。
水平に構えたそれに、もう一方の手を静かに添える。
右へ、左へ、ゆったり八の字を描くような薙刀のよじり。
加えて指先でひゅるん、ひゅるん、と器用に大ぶりの薙刀を旋回させてみせる。
道化師のステッキ回しか、劇団員の槍の演武か、まるで芝居がかったそれのよう。

758暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:33:39 ID:nZG4rBBE
ルイズはいつしかトリスタニアの街中で、長い棒の両端に炎を灯した、東方風の大道芸人を見たことがある。
輪を描くような、見る目を奪う炎の舞。
彼女の目には、そんな似ても似つかぬ光景が重なって見えた。

甲冑の男の目前、身の丈ほどの距離に魔法が迫る。
男は身をかばうそぶりも見せない。
馬鹿な、と相対するメイジは思った。
その場の誰しもが、襲撃者の絶命を予想した。
だが、熟練の風の使い手ならば読み取っていたかもしれない。
徐々に、徐々に速度を増す旋回とともに、男の得物に疾風が巻き起こりつつあることを。

「因果の渦に引き込まれろ……」

ソレは、先ほど生じたものの比ではなかった。


無数に放たれたエアスピアーが、一つ残さず霞のように掻き消える。
にもかかわらず、術者の近衛のメイジは、目の前で生じた『それ』に思わず見惚れた。
なんとも鮮やかな、うす透明の緑色の渦。
万華鏡のように姿を変え続ける、美しき格子状の模様。
それらを内にはらみ、轟轟と広がり続ける真球の塊。
足元に転がる銀の燭台がサイの目状に刻まれるのを見て、彼は悟った。
これが、己の見る最期の光景であることを。


「どいつもこいつも、よってたかって俺の任務を邪魔するか。忌々しい……!」
ごうごうと音を立てる礼拝堂を遠目に見ながら、ワルドは呟いた。
戦闘の形跡を思わせない小奇麗な恰好のままで、杖を手にして佇む。
「何であっても利用してやるつもりだが、あの男はよくよく警戒する必要があるな」
上空に浮かぶレキシントン号を見上げながら歯ぎしりをするワルド。
握る杖にも力が籠る。
「どういうつもりで、あの『羽虫』を忍び込ませたのか。よくよく吐かせてやろうではないか異邦人!」
吐き捨てるようにつぶやくと、ワルドは礼拝堂の扉へとゆっくりと歩み出した。
その口元を薄く歪めるように笑みを浮かべながら。

759暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:36:50 ID:nZG4rBBE
今回の投稿は以上となります。
前回から間が空いたにもほどがありますが、また続きを投稿していければと思います。
それでは。

760名無しさん:2019/11/10(日) 15:24:31 ID:yTp328Bk
半年ぶりに乙
がんばってください

761ウルトラ5番目の使い魔 80話 (1/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:40:20 ID:zasCfbus
皆さん、こんにちは。こちらでは更新が滞っている分の、ウルトラ5番目の使い魔、80話を投稿します。

762ウルトラ5番目の使い魔 80話 (1/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:41:13 ID:zasCfbus
 第80話
 大怪獣頂上決戦
 
 古代怪獣 ゴモラ
 古代怪獣 EXゴモラ 登場!
 
 
「ウワアッ!」
「ヌオォッ!」
 ここはトリステインのさる地方都市。首都トリスタニアからも馬で丸一日かかるほど離れ、特に繁栄も寂れもしていないという穏やかな街である。
 しかし今、街は怪獣の出現により大混乱に包まれ、さらに駆けつけたガイアとアグルの二人のウルトラマンも、予想もしていなかった事態の発生によって大ピンチに追い込まれていた。
「なんて強力な怪獣なんだ。僕たちの攻撃がまるで効かないなんて」
「我夢、気をつけろ。あれはもう自然の怪獣じゃない。全力でいかないと、こっちがやられるぞ」
 ガイアとアグルに強烈な一撃を与え、なお彼らの眼前に立ちはだかる一匹の巨大怪獣。それは、古代怪獣ゴモラに酷似しながらも岩石のように刺々しく強固な体を持ち、白目に狂暴性を満ちさせた巨影。以前、エルフの国ネフテスを滅亡寸前に追い込んだ、あのEXゴモラそのものであった。
 だが、奴は確かに倒されたはずなのに、何故?
 事のおこりは数分前。ガイアとアグルは、この町に出現した変身怪獣ザラガスを食い止めようとし、フラッシュ攻撃に手を焼きながらも二対一で有利に戦いを進めていた。しかし、そこへあのコウモリ姿の宇宙人が突如として現れ、宇宙同化獣ガディバをザラガスに融合させてしまったのだ。
 すでに何度もヤプールが使って見せた通り、ガディバは他の怪獣に乗り移ってその肉体を変異させて、別の怪獣に作り変えてしまう能力を持つ。そして、このガディバにはヤプールがネフテスで使った、あのゴモラの情報が組み込まれていた。
「フフフ、知ってますよ。このガディバから生まれた怪獣が、ウルトラマンたちを追い詰めたことを。だからわざわざこいつを蘇らせたのです。そして私の力を持ってすれば、たとえヤプールほどのマイナスエネルギーが無かったとしても!」
 ザラガスの肉体にゴモラの遺伝子が組み込まれ、更に宇宙人の手が加わったことにより、ザラガスはEXゴモラへと変貌した。しかし、さすがにスペックの完全再現までは無理なようだった。
「ふむ、ヤプールが生み出したときの、ざっと七割、いや八割ほどのパワーですか。まあ仕方ありませんが、これでも十分ですね」

763ウルトラ5番目の使い魔 80話 (2/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:44:01 ID:zasCfbus
 残念そうな口ぶりだったが、実際オリジナルの実力が桁違いなので八割の再現率でも十分すぎるほどだった。
 凶暴な叫び声をあげたEXゴモラの尻尾が伸び、あらゆるものを貫くテールスピアーがガイアを狙い、ウルトラ戦士の光線技の威力を上回るEX超振動波がアグルを襲ってくる。むろん、ガイアも素早く身をひねってテールスピアーをかわし、アグルもウルトラバリアーでEX超振動波をしのぐが、どちらも一発でも食らったら危険な威力を感じ、守勢に回ったら負けると即座に判断した。
「ガイア、反撃だ!」
「よし!」
 攻撃は最大の防御! ガイアとアグルは一気に勝負を決めるべく、その身に赤と青のエネルギーを溜め、必殺の光線と光弾に変えて撃ち放った。
『クァンタムストリーム!』
『リキデイター!』
 どちらも並の怪獣なら粉々にするほどの威力の一撃がEXゴモラに叩き込まれた。しかし、なんということか。クァンタムストリームはEXゴモラの体でホースの水のようにはじかれ、リキデイターはEXゴモラの片手でボールのように受け止められてしまったのだ。
「ヘアッ!?」
「ムウッ」
 ガイアとアグルは愕然とした。バリアや超能力で防ぐならまだしも、単純な肉体の頑丈さだけで二人の同時攻撃をしのぐとは、なんて怪獣だ。さらにエネルギーの消耗により、ガイアとアグルの胸のライフゲージが赤く点灯を始める。
 このままでは、さすがのガイアとアグルでも危なかっただろう。しかし、宇宙人は満足げに頷いただけで、EXゴモラを回収してしまったのだ。
「実戦テストは上々。もう少し眺めていたいところですが、ウルトラマンさんたちには近いうちに別のご用をお願いする予定ですし、このあたりで止めておきますか。戻りなさい」
 彼が手を振ると、EXゴモラは転送されてその場から消滅した。以前、地底に潜らせたブラックキングが改造されてしまったことがあるので、念を入れての処置だった。それと同時に宇宙人もそそくさと消え去り、街は嘘のような平穏を取り戻した。
 ガイアとアグルは焦燥感を募らせていたところに肩透かしを食らい、思わず顔を見合わせた。
「あいつ、いったい何だったんだろう?」
「わからん。だが、どうせろくなことにはならないだろう。奴め、今度はなにを企んでいるのか」

764ウルトラ5番目の使い魔 80話 (3/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:45:07 ID:zasCfbus
 あの宇宙人がよからぬことを企んでも、今の自分たちはあの宇宙人を直接倒すことはできず、送り込んで来る怪獣を倒して被害を最低限に抑えることしかできない。そんなもどかしさに、二人は腹立たしさを感じてならなかった。
 ガイアとアグルは憮然としながらも飛び立ち、後には唖然とした街の人たちのみが残された。
 EXゴモラの攻撃の巻き添えで破壊された店の前で、店主が悔しそうにたたずんでいる。
「あーあ、せっかく新しく建てたってのに、あの怪獣野郎」
 いつの世でも、暴力の犠牲になるのは罪のない一般人だ。彼はEXゴモラの消えた空を恨めしそうに見つめ、やがて、まだ売り物になるものを探すためか、瓦礫をかきわけていった。
 だがやがてそんな光景も時に流されて消えていく。
 
 
 それが数日前の出来事。そして今回の物語は、久しぶりにトリステイン魔法学院のルイズの部屋から始まる。
「むー……」
 この日、ルイズは朝から機嫌が悪かった。
「ルイズー?」
「うるさい」
 才人が話しかけてもろくに返事も返してくれない。もちろん、なんで機嫌が悪いのか聞いても答えてくれないし、身の危険を感じた才人はギーシュのところへ逃げ込んでいた。
「まったくルイズのやつの気まぐれにも困ったもんだぜ。今度はいったいなんだってんだよ」
「サイト、レディにはいろいろあるんだよ。それを察せられないとは、君もまだまだだねえ」
「あっ、ひょっとして”あの日”か?」
「……どうしてそう君は火に油を注ぐようなことを的確に言えるのか感心するよ。今どきルイズが機嫌悪くする理由なんて、君のこと以外にないだろうに」
 とまあ、こんなやり取りがギーシュの部屋であったが、ギーシュの予想通り、ルイズの不機嫌の原因は才人だった。
「うー、あの浮気者。ほんっとに節操ってものがないんだから」
 事の原因は昨日のこと。水精霊騎士隊が学院の女子とイチャイチャしていたところに才人も居合わせた、というのが真相であった。

765ウルトラ5番目の使い魔 80話 (4/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:46:51 ID:zasCfbus
「キャー、ギーシュさま〜。こっち向いてください〜」
「わー、サイトくーん、こっち来て〜」
 この間のエレキング戦とスラン星人との戦いの活躍で、彼らの株価はうなぎのぼりであった。さらに学院で噂に尾ひれがついて広まると、彼らは女子の間で一躍英雄扱いとなっていた。
 ギーシュやギムリは女子にチヤホヤされてもちろんデレデレ。そして、彼らといっしょにいた才人も女子の好奇の的になっていた。
「サイトくーん、君もお話し聞かせて。どうしたら貴族でもないのにそんなにがんばれるのー?」
「いや、貴族だとかそんなの関係なくてさ。そ、それより俺たちはやることがあってだなあ」
 とは言うものの、女子にベタベタされたら自然に鼻の下が伸びてしまうのが男の悲しい性というものであるが、独占欲の強いルイズにはそれが我慢ならなかった。
「ほんとにサイトったら、わたし以外の女にデレデレしちゃって最低。い、いいっしょにお風呂に入ったくせに。は、裸も見たくせに」
 正確には裸と言ってもタオルごしだし、そもそも昔は着替えを手伝わせていたのに何を今さらなことだが、ルイズにとっては重大だった。そこまでしてやったというのに、才人はあっさりと別の女の色香にフラフラしてしまったのである。
 エクスプロージョンで才人を爆破すれば憂さは晴れた。が、そうしたとしても才人の女癖は変わらないだろう。それに、ルイズは自分の容姿に少なからず自信がある。そこらの名も知らない女子に魅力で負けていると認めるような真似はプライドが許さなかった。
 が、それならどうするか? ということになるといい考えが浮かばない。
 イライラしているルイズの迫力はものすごく、授業中は教室が静まり返るし、放課後になったらなったで廊下を歩いているだけでも、以前『ゼロのルイズ』とルイズを馬鹿にしていた生徒たちも恐れて道を開けるほどだった。
 と、そんな物騒な散歩を続けるルイズの前で道を譲らない者がいた。見ると、同じようにイライラしながら歩いていたモンモランシーだった。
「ルイズ、もしかしてあなたも?」
「フン、少しは話が分かる奴がいたみたいね」
 ルイズもモンモランシーがギーシュのことを気にしているのくらいは知っている。そしてギーシュが最近女子の間でモテモテで気に入らないことも察して、二人は共通の目的を持つ同志となった。
「ほんっとに男って最低な生き物なんだから。わたしがあんたなんかのためにどれだけ気をつかってやったか、すこっしも理解してないんだもの」
「そうよそうよ、「君だけを見つめていたい」なんて、そのときだけなんだから。あの嘘つき、舌を抜いてやりたいわ」
 ひとしきり二人で愚痴をこぼし合った後、ルイズとモンモランシーはむなしくなって息をついた。
 それほど彼氏に嫌気がさしているなら、いっそ二人とも別の男子に乗り換えればいいんじゃないの? と、近くを通りがかった女子たちは思ったが、二人に言わせれば「人間はあきらめられないことがあるから生きていけるのよ」と、渋く答えるだろう。それが他人から見ればいかに無茶なことでも、自分にとっては大切なことなのだ。

766ウルトラ5番目の使い魔 80話 (5/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:48:15 ID:zasCfbus
「いったいどうすれば、あのバカ犬は浮気をやめるのかしら……」
「この学院、可愛い子多いからねえ。この学院で一番美しいのが誰か? なんて言われたら自信がないし」
「わ、わたしは自信あるわよ。このラ・ヴァリエールのルイズ様ほどの超絶美少女がいるもんですか! ……でもあいつ、あの銃士隊の副長といい、年上の女が好みなのよねえ」
 正確には才人の好みは年上の女ではなく、おっぱいの大きな女なのだが……。
 
 現実(おっぱい)
 対
 虚乳(ルイズ)
 
 この残酷な方程式に何度泣かされてきたか知れない。
 なんにせよ、ライバルたちに比べて自分たちがアドバンテージで有利に立てていないのは二人とも認めるところであった。もっとも、この自己分析を才人やギーシュが聞いたら首をかしげるかもしれないが、人間は自分のことは一番知っているようで知らないものだ。
 才人とギーシュに金輪際浮気させないようにするには、自分たちが他をぶっちぎる魅力的なレディになればいい。いくらお仕置きしても効果がない以上はそれしかないと結論は出ても、魅力なんてどうすれば上がるか皆目わからなかった。
 と、そんな二人に後ろから陽気に声をかけてきた相手がいた。
「はーい、おふたりさん。この世の終わりみたいなオーラを振りまきながらなにやってるの?」
 振り返ると、そこには学院一のモテ女がいた。褐色の肌が眩しく、いつもながら自信にあふれた笑みが憎たらしい。
「キュルケ、何の用? ツェルプストーなんてお呼びじゃないわよ」
「あら、つれないわね。さっきの話、聞こえてたわよ。彼氏に飽きられて焦ってるんでしょ? そんなあなたたちが可愛くて仕方ないから、このキュルケ様が恋の手ほどきをしてあげようと思って来たわけよ」
 彼氏に飽きられた、のフレーズでルイズとモンモランシーの心臓をエクスカリバーとグングニルが十文刺しにしていく。実際は才人とギーシュはいまでもルイズとモンモランシーにぞっこんなのだが、物事を最悪の方向にしか考えられない今の二人にはどんな罵声よりも深く突き刺さった。
「い、いい、いらないわよ、ツェルプストーの助けなんて!」
 必死に言い返したものの、声は震えて表情は崩れている。キュルケはそんな反応はもちろん織り込み済みだったようで、クスクス笑いながらルイズとモンモランシーの肩を抱いた。

767ウルトラ5番目の使い魔 80話 (6/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:49:33 ID:zasCfbus
「あら? そんな余裕こいていていいの? 女の情熱が熱しやすく冷めやすいように、男の愛情も移り気なものよ。た・と・え・ば、あたしがこれからあの二人にアプローチをかけたらどうなると思う?」
「だ、だめよ! キュルケ、あんたサイトはあきらめたんじゃなかったの! サイトだけはあんたには絶対に譲らないからね」
「ギーシュもよ。あんなのでも、キュルケなんかには渡さないわ」
「どうどう、ふたりとも落ち着いて。たとえばって言ったでしょ。今さらあの二人に手を出すつもりなんてないわ。でも、もしあたしに近い魅力を持った誰かがサイトやギーシュを気に入ったらどうする?」
 うっ……と、ルイズとモンモランシーは言葉を詰まらせた。二人の脳裏にそれぞれライバルとしている女の顔が浮かぶ。あれが本気で奪いにやってきたとしたら、勝利を確信することはできなかった。
 キュルケはにやにやとふたりを交互に見ている。ルイズは歯噛みしたが、こと恋愛の手練手管に関して学院でキュルケの右に出る者はいない。入学して以来、キュルケの虜にされた男子生徒の数は三桁と言っても誰も疑わないだろうし、なによりラ・ヴァリエールは先祖代々フォン・ツェルプストーに恋人を取られまくった家系なのだからして。
「ど、どど、どうすればいいっていうの?」
「話が早いわね。ルイズのそういう頭のいいところ、好きよ。でも、あなたたちの欠点はちょっと子供っぽすぎることなのよね。だから、そこを底上げするの」
「おしゃれをしろってこと? そんなのわたしだってやってるわ」
「ちっちっち、あなたたちのおしゃれなんて、子供のお化粧ごっこよ。まあ実例を見せてあげるからついてきなさい」
 そう言ってキュルケはルイズとモンモランシーを自分の部屋に連れ込んだ。そして数十分後、二人は自分たちの劣等ぶりを嫌というほど思い知らされることになったのだ。
 
 キュルケの部屋は彼女らしく非常に豪華な仕様で、大きな姿見や衣装ダンスが並び、絵画や美術品が宮廷のように陳列されていた。
 しかし、それらの美術品も、着飾ったキュルケの美貌の前には霞んで見えた。
「どう? これでも少し地味めを選んでみたんだけど」
「そ、そうね。た、たたた、確かに地味だわ」
 豪奢なドレスを身にまとい、キュルケは女王のようにたたずんでいた。薄い紫色のレースのような生地が怪しくはためき、煽情的という表現ギリギリなレベルでさらされた地肌がなまめかしく視線を誘う。それは女のルイズとモンモランシーから見てもよだれが出そうな美しさで、アンリエッタ女王のような清楚さとは正反対ながらも、男の視線を釘付けにするであろうことは疑いようもなかった。
 もし、今のキュルケを才人やギーシュが見たら、きっとニンジンをぶらさげられた馬のようになってしまうだろう。それほど、ドレスをまとったキュルケの美しさは、制服のときとは次元を異にしていた。
「どう? 衣装は女の鎧であり、最大の武器でもあるのよ。それなのにあなたたちときたら、私服といえば出入りの商人が適当にすすめるものしか買ってないんでしょ? そんなんじゃ、いくらいい香水をつけてても宝の持ち腐れよ、モンモランシー」
「う、うるさいわね。だ、だいたいギーシュなんて、何着てても同じような褒め方しかしないんだから」
「それはあなたが同じような服しか着てないからよ。もっと冒険してみなきゃ! というわけで、あたしが子供の頃着てた服をいくつかあげるわ。それならサイズが合うでしょ」
 盛大に傷つく言い草だが、確かにキュルケのお古はルイズやモンモランシーにはぴったりみたいだった。

768ウルトラ5番目の使い魔 80話 (7/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:51:44 ID:zasCfbus
 しかし、それらはかなり布地の際どい強烈なデザインばかりで、モンモランシーなどは顔を真っ赤にして叫んでしまった。
「不潔! 不潔だわ。こんなのを着て人前になんか出られない」
「わかってないわねえ。そういうのだから、男は夢中になるんじゃない。ルイズはどう? あなたも着る勇気がない?」
「あんた、子供の頃からこんなの着てたって、ツェルプストーの教育方針はどうなってんのよ? こんなはしたないのをうちで着てたらお母様に殺されるわ……あ、だからエレオノールお姉さまは行き遅れてるのね」
 さりげに売れ残りから返品に差し掛かっている姉をコケにしつつ、ルイズはよくあのお母様も結婚できたものねと思った。まあ、ちぃ姉さまだったら何もしなくても引く手数多でしょうけど、自分が真似できる気はしない。
 が、それは逆に返せば自分が成長しても眼鏡のないエレオノール姉さまみたいになるだけね、とルイズは思い当たった。そしてそのことをキュルケに告げると、キュルケもなるほどと納得した。
「そうね、モンモランシーはともかく、ルイズは足りないものが多すぎるわねえ。ぷ、くくっ……」
 キュルケはベビードールを着たルイズの幼児体系とのミスマッチを想像して笑いが漏れた。うん、さしずめスーパースペシャルグレートルイズ・ハイグレードタイプ2といったところか。
「ぷっ、くくく……わ、わたしも甘かったわ。ルイズの場合だと素っ裸で迫るのが一番かもね」
「キュルケ、わたしがエクスプロージョンを食らわせるのがサイトだけだと思ったら大間違いよ……」
「短気は損気よぉ。でも、わたしも言い出した手前、投げ出すようなことはしないわ。さあて、それなら方針を変えてみましょうか。考えてみたらサイトやギーシュにはちょっとズレた方向からアプローチしたほうが効果的かもね。でも、それだとわたしの手持ちじゃ合わないから、持ってそうな子のところにまで行きましょうか」
 そう言ってキュルケはさっさと着替えると、答えは聞いてないとばかりに先に部屋を出て行ってしまった。ルイズとモンモランシーは釈然としないながらも後を追う。
 キュルケは今度は何を考えているのだろうか? その答えは、女子寮の一年生部屋の中でも特に豪華な一室の持ち主にあった。
「それで、ヴァリエール先輩に合ったドレスをわたしが持っていないか聞きにきたわけですか」
「そう、クルデンホルフのあなたならドレスの手持ちくらいいっぱいあるでしょ。サイズもルイズやモンモランシーとも近そうだしね」
「遠回しに馬鹿にされてる気がするんですが……まあツェルプストー先輩のたってのお願いですし、ドレスくらい好きに見て行ってくださいな」
 突然乗り込んでこられたベアトリスは、こちらも釈然としないながらも、外国の貴族であるキュルケ相手には強く言うこともできずに納得してくれた。とはいえ、一応は名門のヴァリエールとツェルプストーに恩を売れるという打算もあったが、ベアトリス自身なにかおもしろそうだと思った一面もある。
 そして思った通り、ベアトリスは様々なドレスを持ち込んでおり、ルイズとモンモランシーは目移りするようなそれを前にして着替えにいそしんだ。
「あら? これちょっとかわいくない? ねえねえルイズ、これ見てよ」
「へえ、ブルーのラインがすっきりしてていいわね。こっちもどうよ? フワッとしたスカートがかわいいと思わない?」
 最初はしぶしぶだった二人も、様々な服に袖を通すうちにいつのまにか楽しくなっていた。ベアトリスは自分のものだけではなく、エーコたちやティラたち用のドレスも持ち込んでおり、その豊富な種類は年頃の少女たちを飽きさせなかった。
 やがては見ているだけだったベアトリスたちも加わり、室内はちょっとしたファッションショーの様相になってきた。ルイズはこれまでほとんど意識しなかったが、着飾った自分を友達と見せ合いっこするという、ごく普通の女の子らしい楽しみを知ったのだった。

769ウルトラ5番目の使い魔 80話 (8/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:53:42 ID:zasCfbus
 しかし、確かにベアトリスはいろいろと趣味のいいドレスを持ってはいたが、才人やギーシュの目を引くようなインパクトのある服。というのでは、納得のいくものがなかった。キュルケと違ってベアトリスは、あくまで感性は普通なのである。
 と、そのときだった。キュルケが洋服ダンスの隅で、畳まれている変わった色合いの服を見つけた。
「あら? これはこれは見たことないデザインね。ルイズ、モンモランシー、ちょっとこれ着てみなさいよ」
 キュルケは、お着替えに夢中になっている今のうちにと、ルイズとモンモランシーにその変わった服を渡した。案の定、二人は深く考えずに嬉々としてその服に袖を通した。
 しかし、その服は皆の思っていた以上に奇妙なデザインだった。
「なあにこれ。オレンジ色の……スーツ?」
 ルイズの着たそれは、どちらかといえば男性が着るようなネクタイ付きのシンプルな服だった。動きやすいのはいいけれど、控えめに言っても『可愛い』という感じではない。
 アクセントといえば、胸元に流星をかたどったバッジがついているけれど、これでお洒落かというとどうだった。
 そしてモンモランシーのほうはと言えば、こちらは灰色をした地味めな洋服だった。こちらの胸元にはS字に似た赤いワッペンがついている。しかしどちらにしても、派手好きなベアトリスが持つにしては地味めな服だとルイズはいぶかしんだ。
 するとベアトリスは言った。
「その服なら、この前トリスタニアに買い物に行ったときに、ティアとティラが「動きやすそうだから気に入った」と言うからから買ったものですわ。あの二人ときたら、すぐドレスをダメにするんですもの」
 なるほど、あの二人のだというなら納得だ。緑髪のティラとティアの姉妹のことは今では学院でも有名で、魔法が使えないからベアトリスの使用人という立場になっているが、その快活な性格や豊富な知識で、人気者になっている。
「なんでもごーせい繊維で衝撃や耐熱に優れていて大変レア、なんだそうよ。よくわからないけど」
「はーん……」
 ルイズたちにもよくわからなかった。あの二人はときたま突拍子もないことを言って皆を困惑させるので、一部では才人の女版などとも言われている。
 しかし、変わり者のティアとティラが気に入るなら、ただの服ではないのだろう。
 ルイズは服のあちこちを何気なく触っていたが、ズボンの裾先にチャックがついているのを見つけて引っ張ってみた。
 するとなんと! チャックを引いたことで生地が裏返り、オレンジ色のスーツは一瞬にして青地のブレザーに変わってしまったのだ。
「えっ? えええーっ!?」
「変化の魔法が仕込まれてたの?」
「いえ、違うわ。これ、服そのものにギミックが仕込まれてるのよ。そうだわ! 男の子って、こういう仕掛けが好きじゃない?」

770ウルトラ5番目の使い魔 80話 (9/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:55:06 ID:zasCfbus
 モンモランシーが言って、ルイズもはっとした。そうだ、あの鈍感たちには半端な色気より、遊び心に訴えたほうがいいかもしれない。
 そう、男なんて生き物はいくつになってもごっこ遊びに夢中になる幼稚な生き物だ。なら、そこを最大限利用してやろうじゃないか。誰かと仲良くなるためには、まず共通の話題を作ることが大事だというし。
 やる気になっている二人に、キュルケは呆れたようにつぶやいた。
「まあ、付け焼刃のおしゃれよりはあなたたちに合ってるかもねえ」
 考えてみたらルイズとモンモランシーも才人やギーシュと同じく、まだ「大きな子供」だ。大人の勝負に打って出るにはまだ数年早いかもしれない。それに、女の子から見れば「可愛くない」でも男の子から見れば「かっこいい」に映るかもしれない。
 そうとなれば、この奇妙な服も魅力的に見えてきた。可愛さではなくかっこよさで勝負! そうなったら、この服だけでは足りない。
「ベアトリス、この服ってトリスタニアのどこのお店で買ったの? えい、もう面倒だわ。明日あんたそこに案内しなさい!」
「えっ? ええぇーっ!」
 ルイズに強引に命令され、こうしてベアトリスの休日はつぶれることになってしまった。

  
 そして翌日、ルイズたちは絶好の晴れ間の中でトリスタニアについていた。
 
「ふーん、トリスタニアもずいぶんきれいに直ったものね」
 ルイズは賑わっているトリスタニアの市内を見てうれしげにつぶやいた。ここ最近、壊されては復興するを繰り返しているために、トリスタニアの街の回復速度はすさまじい速さになっている。ガラオンとジャシュラインに壊された跡はもう跡形もなく、さすがに……との大戦争の傷跡はまだ残っているが……。
「戦争? そんなものあったかしら?」
「ヴァリエール先輩、どうしたんですか? 行きますよ」
「え? 今行くわ」
 ちょっとした違和感を感じたが、一行はベアトリスに案内されてトリスタニアの大通りを進んでいった。

771ウルトラ5番目の使い魔 80話 (10/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:56:35 ID:zasCfbus
 今回やってきているのは、ルイズ、モンモランシー、キュルケに加えて、ベアトリスとベアトリスのお付としてティラとティアもいる。本当はエーコたちも来たがったが、人数が増えすぎるのでまた今度にしてもらった。
 なお、才人とギーシュをはじめ、男子は徹底的に撒いてやってきた。女子だけで出かけると告げると才人は「はいはい」と適当に承諾し、ギーシュはついてきたがったがモンモランシーが「来ないで!」と一喝するとしょぼんとして引き下がった。
 さて、いつもならば魅惑の妖精亭がある裏通りのチクトンネ街に向かうところだが、今回は表通りのブルドンネ街を一行は歩いていく。私服で来ている彼女たちは、清潔な通りをベアトリスに案内されながら歩いていき、温泉ツアーの広告の貼られた街灯の角を曲がると、そこにこじゃれた感じの服屋が建っていた。
「へーえ、なかなかいい雰囲気のお店じゃない」
「『ドロシー・オア・オール』。最近トリスタニアでも評判の、輸入物の衣類を売っている店ですわ。中もけっこう広いですわよ」
 慣れない敬語を使うベアトリスに先導されて、一行は衣料品店ドロシー・オア・オールに入っていった。
「うわぁ、まるで別世界ね」
 中に入った一行を待っていたのは、見渡す限りの服の海であった。学院の講堂より広くて明るい店内に、ハンガーにかけられた何百何千という衣服が陳列されている。それも、ちらりと見ただけでも素材の生地は上等で、縫製も丁寧なのがわかった。
 普段はトリステインを見下すことのあるキュルケも、これほどの店はゲルマニアにもそうはないわね、と驚いている。ルイズとモンモランシーなど完全におのぼりさん状態で、貴族の誇りなどはどこへやらでぽかんとしていた。
 しかしベアトリスは慣れたもので、お探しのような服はこの奥ですよ、とどんどん先に進んでいってしまう。
「ま、待ってよ!」
「置いて行かないでーっ!」
 先輩としての威厳はどこへやら。後輩の後を追いかけて、ルイズとモンモランシーは迷子になりそうなくらい広い店内を駆けていった。
 しかし、ドロシー・オア・オールの店内はびっくりするほど広く、品ぞろえも見事だった。紳士服から婦人服まで、それこそ子供用から大人用まで様々なサイズにも対応する商品が数十から陳列されている。しかもそれでいて貴族御用達の高級店というわけでもなく、平民でもそこそこの稼ぎがあれば買える額で趣味のいい服が数多く並び、もしここに才人がいればデパートのようだなと感想を述べたことだろう。
 左右の色とりどりな衣服を見回しながら店内を進んでいくルイズたち。と、ふとルイズは自分たち以外の客の中に、見慣れた人影が混ざっているのを見つけた。店内だというのに幅広の大きな帽子をかぶって、長い金髪に、なによりもどんな服を着ていようとも自己主張をやめない胸元の巨峰。
「ティファニア? ティファニアじゃないの」

772ウルトラ5番目の使い魔 80話 (11/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:58:54 ID:zasCfbus
「えっ? あっ、ルイズさん。それにモンモランシーさんにキュルケさんも。どうしたんですか? こんなところで」
「それはこっちの台詞よ。あんた、こんなところでなにしてるのよ?」
「あ、わたしは孤児院の子たちに少しでもいいものを着てもらいたいと思って。ルイズさんたちこそ、どうしてここに?」
 驚いているティファニアに、ルイズたちは簡単に自分たちの事情を説明した。
「そういうことですか。ふふ、お二人とも本当にサイトさんとギーシュさんがお好きなんですね」
「そ、そんなんじゃないわよ。それより、せっかくだからあんたの服も買ってあげるから来なさい! そんな出るとこ出過ぎてる服で歩かれたら目の毒よ」
「えっ? わ、わたしのこれはごく普通だと思うんですけど……」
 確かにティファニアの言う通り、彼女の着ている服はごく普通のものなのだが、ティファニアが着れば普通でなくなってしまうから問題なのである。
 ものにはなんでも例外というものがあるもので、普通はおしゃれをして足りない魅力を補い、足りている魅力をさらに引き立てる。が、ティファニアの場合はなにもしなくても魅力が最大値だから腹が立つ。この際だから少しでも隠れる服を買っておこうとルイズは思ったのだった。
 さて、思わぬ顔も増えたが、ようやく一行は目的の品が売っているフロアについた。陳列されている衣類の中には、昨日ベアトリスに見せてもらった二種類の他にも、見たことのないデザインの服が所狭しと並んでいる。
「ここね。よーし、いいの買っていくわよ」
 ルイズはやる気たっぷりに宣言した。続いてモンモランシーも、「ギーシュめ、待ってなさいよ」と気合を入れる。
 なにせ、目の前には目移りするくらいの服が陳列されている。女の子なら目を輝かせて当然の光景に、ようやくルイズやモンモランシーも本格的に目覚めつつあった。
 そんな二人の様子をキュルケは生暖かく見守っている。二人とも、その気になればもっといい男を捕まえられるだろうにまったく不器用なことだ。しかし、一人前のレディへの道は必ずしもひとつではないのも確かだ。
「そうねえ、せっかくだからわたしも新しい可能性を見繕ってみようかしら」
 わざわざ来たのに見ているだけなんて損だ。自分ならルイズたちとは違った衣装の活かし方もあるだろうと、キュルケも衣装の海へと飛び込んでいった。
 さて、そうなるとほかの面々もじっとしてはいられない。ベアトリスも、エーコたちや水妖精騎士団へのお土産にといろいろ見繕っている。一人、ティファニアがルイズに連れてこられたはいいものの、肝心のルイズがティファニアのことをすっかり忘れて自分の衣装選びに夢中になっているためおろおろしていたが、そんな彼女にベアトリスが声をかけた。

773ウルトラ5番目の使い魔 80話 (12/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:00:06 ID:zasCfbus
「あなた、ティファニアさんだったかしら? そんなところで何をしてるの。あなたも好きな服を選んだらいかが?」
「えっ? いえ、わたしはそんなに手持ちはないもので」
「なら、わたしがおごってあげるから好きなのを選びなさい」
「えっ! そ、そんな、悪いですよ」
「気にしないでいいわよ。借りっていうのは、作られるより作るほうがおもしろいものなんだから。気に病むというなら、あなた水妖精騎士団に入りなさい。あなた男子に人気があるから、うまくすれば水精霊騎士隊の連中をああしてこうして……うふふ」
「な、なにか怖いですよベアトリスさん」
「気のせいよ。うふふふ」
 悪だくみをはじめるベアトリスに、ティファニアは少し恐怖を感じて引いていた。
 しかし、これまであまり接点のなかったベアトリスとティファニアに交流が生まれ始めているのはいいことだ。二人ともいい子なので、きっとすぐに仲良くなれることだろう。
 ティラとティアも、「仲良くしましょうね」「んー? なんか前から知ってる気もするけど」と、人懐っこくじゃれてきている。人間とハーフエルフとパラダイ星人、友だちの間につまらない垣根などはない。
 そして始まる女だけのショッピング。ドロシー・オア・オールはかなり盛況なようで、このコーナーにもほかに何人かの客がいたが、その中でもルイズたちは抜きんでて目立っていた。
「んー……」
「むー……」
 穴が開くほど恐ろしい視線で陳列品を吟味している。女の子が休日にショッピングに来ているような姿ではとてもないが、二人には自分の姿を顧みている余裕はとてもなかった。
 その商品のほうだが、順番に様々なものが並んでいて目を引いた。全体的に見るとオレンジ色を基調にしたものが多いようだが、中には青や赤の円模様をしたド派手なものもあっておもしろかった。
 ルイズたちの反応の一例である。順列で四番目に来ているオレンジとグレーの服であるが、ルイズは奇妙な懐かしさを感じて涙が出てきた。
「これ、なんだろう……サイトにも買っていってあげましょう。きっと喜ぶわ」
 これに関してはむしろ中にいる人の影響が大きいだろうが、こればかりはしょうがない。

774ウルトラ5番目の使い魔 80話 (13/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:01:27 ID:zasCfbus
 モンモランシーはといえば、その隣の青と赤の鮮やかな服に見入っていた。
「なにかしら、この服を着てそうな人にシンパシーを感じるわ。なにかこう、いろんなものを調合したり、身内が愉快なことを考えたりする方向で……」
 もしも、水精霊騎士隊の連中がこれを着たらすごく強くなる気がする。いやダメだ! これ以上あの連中がお笑い集団化したら本当に貴族の誇りが崩壊する。でも、男女共用がほとんどの中で、これは女子用にミニスカートの可愛いデザインがあったので惜しい。いや、自分だけで着ればいい話か。
 この二人のオーラがあまりに強すぎるせいで、周囲からは一般客が引いてしまっている。しかし、このコーナーは大きく二つに分かれており、ルイズたちのいるコーナーとは別に設けられているコーナーではベアトリスたちやキュルケがショッピングを楽しんでいた。
 そのうちベアトリスとティラとティアは、水妖精騎士隊のユニフォームに使えそうな、可愛くて凛々しさを兼ね備えたものがないかと探していたところ、コーナーの終わりのほう付近に白と赤を基調としたツヤツヤした服を見つけて足を止めた。
「あら、この服は雰囲気が明るくていいわね。ティア、これはどう思う?」
「えーと、これはこうぶん……こうぶ……なんだっけティラ?」
「高分子ナノポリマー製ね。衝撃や防寒に優れているわ。ちょうど、ミニスカートものもあるし、まとめ買いしていきませんか?」
「いいわね。これで、水精霊騎士隊に見た目でも差をつけてやれるわ。ふふ、楽しみね」
 これで水妖精騎士団こそが最強・最速になるのよと、ベアトリスは胸を熱くした。その隣では、キュルケがマイペースに品定めをしている。
 一方でティファニアは、ベアトリスのところから少し離れたところで、青いつなぎのような服を見ていたが、その胸中は興味とは別のものが満たしていた。
「なにかしら、不思議な気持ち。懐かしいような、どこかあったかくなる気がするわ」
 見るのは初めてなはずなのに、この懐かしさはなんだろう? とても強い、しかし、とても優しく暖かみに満ちた一人の青年と、その仲間たちのイメージが流れ込んでくる。
「コスモス……これはあなたの記憶なの……?」
 ティファニアの問い掛けに、コスモスは答えない。しかし、コスモスはすでにテレパシーでエースと会話を始めていた。「ここは、おかしい」と。
 しかし、彼女たちにはなにがおかしいのかはわからない。それでも、ルイズはコーナーを順に巡っているうちに、ある一着に目を止めた。

775ウルトラ5番目の使い魔 80話 (14/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:03:07 ID:zasCfbus
「これ、アスカの着てるやつに似てるわね。まさか……ね」
 ルイズは、あいつと似たかっこうは嫌ね、と、通り過ぎたが、このときルイズは立ち止まって注意深く見ていくべきだったかもしれない。なぜならそれは、アスカのスーパーGUTSの制服に似ているというものではない、見た目だけならそのものだったからだ。
 そしてルイズは、コーナーの最後に陳列してある服を見たとき、頭の底から殴り返されるような感覚を受けた。
「これ、見たことある……でも、どこだったかしら……」
 黄色とグレーを基調としたスーツ。その胸元には翼をあしらったエンブレムがつけられている。
 ルイズは記憶の窯の中が煮えたぎっているのに蓋を開けられないような違和感を覚えた。自分はこれと同じ服を着た人と……いや、人たちと会ったことがある。しかし、それがどこでいつでどうしてだったかがなぜか思い出せない。
 どういうこと? なんで、たかが服一着を見ただけで、こんな気持ち悪い思いをしなきゃいけないの? 自分は、この服を着た人たちと、なにか大切な約束をしたような……。
 そのとき、ルイズの耳に、モンモランシーの呼ぶ声が響いてきた。
「ルイズ、なにやってるの? そろそろ買って帰りましょうよ」
「え? うん。ちょっと考え事してて」
「迷ってるなら全部買っていけばいいじゃないの。ヴァリエールのあなたなら、そんなたいした出費じゃないでしょ?」
 すでに品定めを決めたらしいモンモランシーたちに急かされて、ルイズは慌てて目の前の服を買い物かごに押し込んだ。
 清算は全員とどこおりなく終わり、レジを出たルイズたちは両手に買い物袋を抱えて満足そうにしていた。
「ふーっ、買ったわね。思ったより多くなったけど、これなら男子も連れて来ればよかったかしら」
 キュルケが荷物持ちにさせる気満々で言った。平成の日本のように「後日郵送でお届けします」が、ないトリステインではけっこうな苦労になり、北斗星治もこれには苦い思い出がある。
 が、それでもティラとティアがけっこう持ってくれるからマシではあった。なお、全員それなりの量を買い込んだが、一人だけ大貴族の娘ではないモンモランシーは財布を覗いてため息をついていた。
「これで来月のわたしのお小遣いはゼロね。来月があれば、だけど」

776ウルトラ5番目の使い魔 80話 (15/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:04:05 ID:zasCfbus
「なに落ち込んでるの。お小遣いくらい、ギーシュを落とせばあいつの財布からいくらでも出せるじゃないの」
「キュルケ、ギーシュの貧乏っぷりを知ってて言ってるでしょ? まあでもいいかしら。待ってなさいよギーシュ」
 やる気のモンモランシー。そのために無理して何着も買い込んだのだから当然といえば当然だ。
 衣料品店ドロシー・オア・オールは依然繁盛を続けており、客はひっきりなしに来ていた。しかし、これほどの店を短期間で作り上げるとは、オーナーはどこの誰なのだろう? ベアトリスに知っているかと尋ねると、彼女はわからないと首を降った。
「わたしもさっき店員に聞いてみましたけど、こちらのお店は支店で、本店はゲルマニアのほうにあるらしいですわ」
「ふーん、最近のゲルマニアは元気でいいことだわ。これは、アルブレヒト三世もうかうかしてはいられないかもしれないわね」
 キュルケが意地悪げにつぶやいた。血統を持たないゲルマニアでは実力が何より物を言い、それは皇帝も例外ではない。トリステインだって王に従わない家臣がいるというのに、ましてゲルマニアでは王様には従うものという前提自体が危ういものである。当然、キュルケもアルブレヒト三世が没落するなら助ける気など毛頭ない。
 さて、それはともかくそろそろ帰らなくては帰りが遅くなってしまう。一行はちらりと店を振り返ると、馬車駅に向かって歩き出した。
  
 
 ところが、その時である。突然、地面が大きく揺れ動いたかと思うと街の一角で砂煙があがり、その中から黒々とした巨大な怪獣が飛び出してきたのだ。
「あの怪獣って! 確かあのときの」
 ルイズやティファニアはその怪獣に見覚えがあった。いや、見覚えどころではない! あの鎧のような体躯と、蛇のような長い尻尾、そして白磁器のような冷たい目。自分たちはあの怪獣のせいで死ぬ目に合わされたのだ。
 EXゴモラ。ネフテスでのあのギリギリの死闘は忘れたくても忘れられるものではない。しかし、あの怪獣はあのとき確かに……。
「ルイズさん、あの怪獣ってエルフの国でやっつけたはずのやつですよね!」
「そうよ、間違いなく倒したはずなのに。サイト! ああっ、こんなときにいないんだから、あの馬鹿犬ぅ!」
「お、置いてきたのはルイズさんですよ。え、えっと、わたし孤児院のほうが心配なので、これで失礼しますぅ!」

777ウルトラ5番目の使い魔 80話 (16/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:05:19 ID:zasCfbus
「あっ、ティファニア!」
 一人でティファニアが駆け出したが、止めるわけにはいかなかった。
 いや、それどころではなかった。ルイズたちが悪態をつき終わるのと同時に、その怪獣……EXゴモラがぎょろりと恐ろしげな白眼でルイズたちを睨んできたのである。
「えっ?」
 驚いている暇もなかった。EXゴモラはルイズたちを見つけると、くるりと方向を変えて、建物を踏み壊しながらこちらに向かってきたのだ。
「なっ、なんでぇーっ!」
「と、とにかく逃げましょう」
 一行は慌てふためいて駆けだした。なにがどうとかを考えている暇もない。彼女たちと並んで、トリスタニアの住民たちも必死に走っている。平和だった街は一瞬にして、阿鼻叫喚の巷と化していた。
 EXゴモラのパワーの前には石やレンガ造りの建物などなんの障害にもならない。紙細工のように踏みつぶされ、粉塵と火炎がかつてのアディールの光景を再現していく。
 しかも、EXゴモラはルイズたちがどんなに道を変えてもピッタリと後ろをついてくるではないか。
「もう! なんであいつわたしたちの後をついてくるのよ」
「先輩方、なにかあいつにしたんですか!」
「そりゃ……もしかしてわたしたちに復讐するために戻ってきたとか?」
「まさか! でも、ありえなくもないんじゃないの?」
 ルイズ、ベアトリス、モンモランシーは走りながら話した。
 しかし、もちろんそんなわけはない。このEXゴモラを再生させ、操っている存在の目的はまったく違うところにあった。街を見下ろしながら、あの宇宙人は笑っていた。
「さあて、生かさず殺さず追いかけるんですよお。そいつらを追い詰めれば、たぶんあいつも出て来るでしょうからねえ」
 何を企んでいるのか。どうせよからぬことに決まっているが、人間の足で怪獣からいつまでも逃げられるものではない。
 息を切らし始めるベアトリスやモンモランシー。行く足はしだいに遅くなっていき、それを見たティアとティラは決意したようにベアトリスに言った。
「こりゃしょうがないねー。ティラ、ちょっとダンスしようか」
「姫殿下、わたしたちが囮になります。そのあいだに逃げてください」
「な、あなたたち何言ってるのよ! そんなの絶対に認めない。認めないんだからね!」

778ウルトラ5番目の使い魔 80話 (17/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:06:32 ID:zasCfbus
 緑色の髪をなびかせながら、いつもと変わらない笑顔で言うティアとティラを、ベアトリスは必死で引き止めた。
 ベアトリスは知っている。この二人は、自分が危なくなるとどんな危険を冒してでも助けようとしてくれる。それが、世話になった恩を返すためだと言うけれど、もう二人は自分にとって部下なんかじゃない大切な人なのだ。
 けれど、宇宙人は人間の情愛などは屁とも思わずにせせら笑う。
「ふふ、ではそろそろ一人くらい踏みつぶしちゃってもいいでしょう。ん? おっと、余計なお客さんも来てしまいましたか」
 宇宙人が面倒そうな声を発するのと同時に、EXゴモラの前に青い巨影が降り立った。
「シュワッ!」
「ウルトラマンコスモス!」
 ティファニアがさっき別れた本当の理由はこれだった。ここに才人がいない今、すぐに駆け付けられるウルトラマンはコスモスしかいない。
 コスモスは以前の経験から、EXゴモラに対してルナモードでは太刀打ちできないと考えて、即座にコロナモードへと変身した。コスモスの姿が青から赤に変わり、戦闘態勢をとったコスモスとEXゴモラが激突する。
「シュゥワッ!」
 コロナパンチがEXゴモラのボディを打ち、すぐさま回し蹴りでのコロナキックがEXゴモラの首筋を打つ。
 もちろんこの程度でどうにかなるとはコスモスも考えてはいない。しかし、二発攻撃を当てたことでコスモスは相手の力量をおおむね計っていた。このEXゴモラは以前ほどの強さはないと。
 が、多少の弱体化で弱敵になるような生易しい相手ではないことはコスモスもわかっている。ティファニアも、あのときにEXゴモラの恐るべき力を目の当たりにした恐怖が蘇ってきて、コスモスに呼びかけた。
〔コスモス……大丈夫ですか?〕
〔楽観はできない。だが、ここで戦わなければ多くの犠牲が出てしまう。私はそれを止めたい。君は、どうなのだ?〕
〔わたし……わたしも、友だちを守るためなら戦いたい〕
 戦いは好きではない。けれど、戦いから逃げて失うものへの恐れのほうが強かった。
 勇気を振り絞ったティファニアの意思も受けて、コスモスはEXゴモラに挑んでいく。
 むろん、それを快く思う宇宙人ではない。不快そうな声で、彼はEXゴモラに命じた。

779ウルトラ5番目の使い魔 80話 (18/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:07:15 ID:zasCfbus
「お呼びじゃないんですよ。ゴモラ、さっさと片付けてしまってください」
 宇宙人の命令を受けて、EXゴモラも攻撃態勢を強化した。全身が装甲のような体は接近するだけで十分武器となり、兜のような頭は軽く振り下ろすだけで鈍器となり、強烈なパワーを秘めた腕で殴られればコスモスも一発で吹き飛ばされるだろう。
 コスモスは致命打を受けないように、唯一奴に勝る要素である小回りの速さを活かして攻撃をかわしながらチョップやキックを打ち込んでいく。が、少しでも隙を見せればEXゴモラは必殺のテールスピアーでコスモスを串刺しにしようと狙ってくるので一瞬も気を抜けない。
 まさに、紙一重の攻防。その激闘に、ルイズたちも声援を送っていた。
「しっかりーっ! 今はあなただけが頼りなのよーっ」
「負けないでーっ! わたしたちはあなたを信じてるんだからーっ」
 負けない心がウルトラマンの力になる。少女たちの応援を受けて、コスモスは懸命に力を振り絞って戦った。
 それでも、コスモス一人で倒すには酷すぎる強敵だ。モンモランシーは空を仰ぎながら、祈るようにつぶやいた。
「誰か早く来て、助けて……」
 ギーシュはいない。自分の魔法は戦うことには向いていない。どうしようもなくなったとき、人は祈ることしかできない。
 しかし、誰も聞き届けるものはないと思われたか細い祈りに答えるように、新たな地響きがトリスタニアを襲った。今度はなんだと驚く人々の前で、街の一角から砂煙が立ち上り、そこから現れる土色の巨影。
「あれって、あの怪獣もアディールで見たわ!」
「確かサイトはゴモラって呼んでたわね。あの怪獣はわたしたちの味方よ。よーし、ニセモノをやっつけちゃって!」
 ルイズもうれしそうに叫ぶ。きっと、あのときのゴモラが助けに来てくれたんだ。コスモスひとりだけでは無理でも、ゴモラと協力すれば倒すことができるかもしれない。
 ゴモラは彼女たちを守るように背にかばいながら、引き裂くような鳴き声をあげてEXゴモラに向かっていく。あの三日月状の角は陽光を反射して輝き、太く長い尻尾は大蛇のように地を打つ。
 対して、EXゴモラも新たに現れたゴモラを敵と見なして遠吠えをあげた。むろん、あの宇宙人も愉快であろうはずがない。
「ええい、次から次へとうっとおしいですね。さっさと畳んでしまいなさい!」
 彼のいらだちに呼応するかのように、EXゴモラはゴモラの突進を迎え撃った。茶色と黒色の角同士がぶつかり合って火花をあげ、古代の肉食恐竜の対決さながらに爪と牙の肉弾戦にもつれ込んでいく。
 至近距離、互いに小細工など効かない間合いで、EXゴモラとゴモラは激しく殴り合った。互いの爪が相手の体を打って火花をあげ、双方超ストロングタイプのぶつかり合いは、それだけで衝撃波と暴風を周囲に撒き散らす。
 だが、やはりEXゴモラのほうがパワーでは上で、ゴモラは押され始めた。そこですかさずコスモスはEXゴモラの横合いからジャンプキックを決めてEXゴモラをよろめかせ、その隙にゴモラは大きく体をひねってEXゴモラに尻尾を叩きつけて吹き飛ばした。

780ウルトラ5番目の使い魔 80話 (19/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:09:04 ID:zasCfbus
「おのれこしゃくな!」
 宇宙人は怒りを吐き捨てた。彼にも焦りが生まれ始めている。このままでは、せっかく蘇らせたEXゴモラが役に立たない。
 それに対して、ルイズやキュルケたちはゴモラの勇戦にうれしそうだ。ティラとティアも子供のようにベアトリスといっしょにはしゃぎ、モンモランシーも「ギーシュよりかっこいいわ」と惚れ惚れしている。
 EXゴモラはその巨体が災いして、転ばされてもすぐには起き上がれずにもがいている。そこへゴモラは駆け寄ると、EXゴモラの両顎に手をかけて一気に引き裂きにかかった。
「うわっ、残酷」
 ティアが思わず口を押さえてうめいた。いくら追撃のチャンスだからといっても、これはないだろう。実際、さしものルイズやキュルケも顔をしかめている。
 けれど効果は絶大だったようで、さすがのEXゴモラも痛みに耐えかねてゴモラを振り飛ばした。
 転がるゴモラと、起き上がってくるEXゴモラ。すると今度はコスモスが追撃のチャンスを逃すまいと、EXゴモラに挑みかかっていく。
「ハアッ! セヤッ!」
 パンチとキックの猛打。コロナモードの燃えるような連撃がEXゴモラのボディを打つ。
〔いくら頑丈でも、少しずつ疲労は重なっていくはず。疲れさせたところでフルムーンレクトで鎮静させよう〕
 いくら邪悪な怪獣でも無為に殺すことはない。邪悪なエネルギーを取り除く、その可能性にコスモスはかけていた。
 そのころ、ゴモラもようやく起き上がって叫び声をあげていた。その視線の先がコスモスとEXゴモラに向き、鼻先の角にスパークを走らせるエネルギーが満ちていく。ゴモラ必殺の超振動波だ。
 コスモスは、ゴモラが超振動波の体勢に入ったことを見て、EXゴモラから距離をとった。そして、ルイズたちが「よーし、いけーっ!」と声援をあげる中で、ついにゴモラは超振動波を発射した。だが!
「グワアァッ!」
 ゴモラの超振動波はなんと、EXゴモラだけでなく、コスモスまでも狙ってなぎ払ったのだ。
 爆炎と粉塵が吹きあがる中、無防備なところに超振動波を受けたコスモスが倒れ込む。その光景に、思わずルイズは悲鳴のように叫んだ。
「なにしてるの! コスモスは味方よ。アディールでいっしょに戦ったでしょ。忘れたの!」
 しかし、愕然としているルイズたちの前で、ゴモラはかまわずに超振動波の第二波をコスモスに向けて放った。
「ヌワアァァッ!」
 ダメージを受けていて直撃を避けられなかったコスモスはもろに食らい、そのままカラータイマーの点滅さえも経由することなく、倒れ込むと同時に光になって消滅してしまった。

781ウルトラ5番目の使い魔 80話 (20/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:11:01 ID:zasCfbus
「コスモスーっ!」
 ルイズたちの絶叫がむなしく響く。ゴモラ、なぜこんなことを? それにコスモスは……ティファニアはどうなったのだろう。だが、それを確かめる間もなく戦いは続く。
 今度はEXゴモラが体勢を立て直し、そのボディにエネルギーを集中させていく。ゴモラの超振動波をしのぐ、EX超振動波だ。
 しかし、ゴモラは避けるそぶりも見せない。そしてEX超振動波は放たれ、ゴモラに直撃。ゴモラはひとたまりもなく吹き飛んだ……かに見えたが、なんとゴモラは何事もなかったかのようにその場に立っていた。
 唖然とするルイズたち。そしてあの宇宙人も、ゴモラのあり得ない耐久力に目を見張っていた。EX超振動波はオリジナルよりは弱体化しているとはいえ、ゴモラを粉砕するくらいの威力はじゅうぶんにあるはず。
「馬鹿な……むっ? あれは!」
 そのとき、彼はEX超振動波を浴びたゴモラの皮膚が破れて、その下から金属のボディが覗いているのを見て取った。
 同時にルイズたちも、あのゴモラが以前のゴモラとはまったく別物だということに気づいていた。
「あのゴモラもニセモノよ! 全身が鉄でできた作り物だわ」
 キュルケの叫びに皆もうなづいた。
 そう、そのゴモラは全身を宇宙金属で作られているニセゴモラだった。
 そして、ニセゴモラを操っている何者かは、ニセゴモラの正体がバレると、にやりと笑ってひとつのスイッチを入れた。
「ふふふ……メカゴモラの性能が、そちらのゴモラと同じと思ったら大間違いですよ」
 その瞬間、ニセゴモラの体を白い炎が覆ったかと思うと、炎が消えた後にはニセゴモラの代わりに巨大な鋼鉄の巨獣がそびえたっていた。
 息をのむルイズたちと宇宙人。彼らは、その圧倒的な威圧感に戦慄した。そう、コピーロボットの製造がサロメ星人の専売特許だと思ってもらっては困る。EXゴモラがガイアとアグルと戦った時に、すでにデータは採取していたのだ。
 シルエットはゴモラに酷似している。しかし、その全身は黒々とした金属で作られ、EXゴモラ以上に見る者に恐怖心を植え付ける。
 手首が回転した! 攻撃用マニピュレーターのテストだろうか?
 鋼鉄の顎が金属音をあげて上下する。その目には感情がない代わりに、敵を確実に抹殺することだけを目的とする凶悪な電子の輝きが宿っている。
 すごい奴がやってきた! ゴモラよりも強いゴモラ、メカゴモラの登場だ!
 
 
 続く

782ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:13:36 ID:zasCfbus
今回はここまでです。続きはまた時間のあるときに。

783名無しさん:2020/02/22(土) 07:47:35 ID:Tz3Rx2HQ

お久しぶりです

784名無しさん:2020/03/18(水) 17:13:01 ID:sovFMf/2
ウルトラさん乙です!

785ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:15:34 ID:0ot0KcnA
皆さんこんにちは。81話の投稿を始めます

786ウルトラ5番目の使い魔 81話 (1/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:17:16 ID:0ot0KcnA
 第81話
 世紀末覇王誕生
 
 古代怪獣 EXゴモラ
 ロボット怪獣 メカゴモラ 登場!
 
 
 トリスタニアへ買い物に来ていたルイズたち一行は、かつて倒したはずのEXゴモラに襲われた。
 才人がいないのでウルトラマンAにはなれない。しかし、ティファニアの変身したウルトラマンコスモスがEXゴモラに立ち向かう。
 そのとき、地底からゴモラが現われてEXゴモラに挑みかかっていった。
 激突する二匹のゴモラ。だが、ゴモラは味方のはずのコスモスにまで攻撃を仕掛けて倒してしまう。
 明らかにおかしいゴモラの行動。さらに、戦闘ではがれ落ちたゴモラの表皮の中から機械のボディが現れた。
 偽物の表皮を焼き捨てて、その正体を表すメカゴモラ。
 圧倒的なパワーを振りまくメカゴモラにルイズたちは戦慄し、EXゴモラを操っている宇宙人も、まさかこんなものを繰り出してくるとはと愕然としていた。
 そして、メカゴモラを操っている何者かは、彼らの驚きようが実に楽しいと言わんばかりににこりと笑うと、我が子に語り掛けるようにメカゴモラに向けてつぶやいた。
「パーティをしましょうか、メカゴモラ」
 今、最強の座をかけて、二体の破壊神による最終戦争が始まる。
 
 睨み合う二体の偽物のゴモラ。その均衡を破ったのはメカゴモラのほうだった。
《ゴモラ捕捉。アタック開始》
 戦闘用コンピュータが稼働を始め、メカゴモラの巨体がEXゴモラに向かってゆっくりと前進を始めた。
 レーダーが照準を定め、その巨体に秘められた恐るべき武装がついに稼働を始める。
《メガバスター発射》
 メカゴモラの口が開かれ、その口内から虹色の破壊光線が放たれた。極太のビームがEXゴモラの巨体を打ち、激しい爆発と火花が飛び散る。
 しかし、EXゴモラの強固な皮膚は大きなダメージを受けることなく耐えきり、EXゴモラは健在を訴えるように叫び声をあげた。そしてEXゴモラは、自らの健在をアピールするかのように、大きく体を動かしながら前進を始めた。物見の鉄塔が蹴倒され、大きな火花があがる。
 だが、機械の頭脳を持つメカゴモラは臆さずに、さらなる攻撃を放った。

787ウルトラ5番目の使い魔 81話 (2/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:19:00 ID:0ot0KcnA
《メガ超振動波、発射》
 メカゴモラの鼻先からオリジナルを超える太さと勢いを持つ超振動波が放たれ、EXゴモラのボディに突き刺さって火花をあげる。
 だがEXゴモラの強固な表皮はこれにも耐えきり、逆襲のエネルギーがEXゴモラの体を禍々しく輝かせた。
「ゴモラ! もう一度超振動波です」
 宇宙人が命じ、EXゴモラの体から極太のEX超振動波が再び放たれてメカゴモラに突き刺さる。その着弾の衝撃と轟音だけで、周囲の建物のガラスは砕かれ、屋根さえ剥がされる家もある。
 まるで台風だ。ルイズたちは、吹き飛ばされないように踏ん張りながら、唖然と戦いを見守っている。
 並の怪獣なら、これだけでもう木っ端微塵だろう。けれどメカゴモラの超金属のボディはそれに耐えきり、さらなる武器を使おうとしていた。
《プラズマエネルギー・ON。ファイア、メガ・クラッシャー》
 メカゴモラの全身が発光したかと思った瞬間だった。メカゴモラの左胸に取り付けられているレンズ状の球体から、強力なエネルギー光線が発射され、EXゴモラを吹き飛ばしたのだ。
 なんという破壊力! 悲鳴をあげて倒れ込むEXゴモラを見て、驚愕した宇宙人は思わず叫んでいた。
「まさか、こちらの熱線を幾倍にも増幅して、撃ち返すことができるというのですか!」
「そんな機能はつけておりません」
 が、さすがにこれにはメカゴモラのマスターから苦情が入った。いや、本音を言えば、他にも絶対零度砲とかハイパワーメーサーキャノンとかいろいろつけたかったけれど、さすがに容量が足りなかったので断念したのだ。
 しかし、これでも十分に強力なことは間違いない。防御力と飛び道具の火力ではEXゴモラと互角。さらにこちらには、まだ見せていない武装もある。
 ならEXゴモラはどうする? ロボット相手に射撃戦を続けても不利なのはわかるだろう。なら、残った戦法は覚悟を決めて接近戦に打って出るか、それとも。
「ならば、こいつの本当の力を見せてあげましょう!」
 宇宙人が命令すると、EXゴモラは土煙をあげて地中へ潜り始めた。そう、EXゴモラもゴモラの進化体である以上、地中潜航能力は有している。地底に潜った初代ゴモラに科学特捜隊は散々苦労させられた。それを再現しようというのだ。
 高速で地中に潜っていったEXゴモラをメカゴモラは失探し、全方位をレーダーで探る。

788ウルトラ5番目の使い魔 81話 (3/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:19:54 ID:0ot0KcnA
 しかし、地中はレーダーの及ばない範囲だ。そして、警戒するメカゴモラに対して、EXゴモラはその直下足元から奇襲した。この奇襲は完全に成功し、メカゴモラの足元から砂煙があがり、地中からEXゴモラの腕が伸びてきてメカゴモラの足を掴む。  
 足元を突き崩され、メカゴモラはぐらりと揺らいで片膝をついた。まさに足元は地上に立つ生き物や構造物全てにとっての弱点で、堅牢無比な凱旋門や福岡タワーすらも、直下から怪獣に攻撃されれば崩れ落ちるだろう。
 地中に引きずりこもうとするEXゴモラに、メカゴモラはもがいて抵抗した。さすがのメカゴモラも真下に向けられる武装はなく、さらに飛行能力もないので脱出もできない。やはり飛行能力がないというのは大きな弱点のようで、この光景を見た宇宙人は高笑いした。
「ハッハッハ、飛べないロボットなど恐ろしくもありません。次からは合体できる飛行ロボットか、吊り下げられる飛行機でも用意しておくことですね」
 しかし、メカゴモラもやられっぱなしではなかった。EXゴモラを振り払えないとわかると、その口から吐き出す熱線を最大出力にして、その反動で浮遊したのである。
「と、飛んだ! メカゴモラが飛んだぁ!」
 熱線をジェット噴射にしてメカゴモラが飛んだ。EXゴモラもまとめて地下から引き釣り出され、空中で引きはがされた後に双方とも街中に落下する。
 もちろん、落下の衝撃くらいでどうこうなる両者ではない。初代ゴモラは高空から落とされてもなんともなかったことを思えば当然だろう。
 仕切り直しとなった両者のバトルは第二ラウンドへと突入した。
《ファイア・メガ・バスター》
「ゴモラ、超振動波です!」
 宇宙には、伝説の超宇宙人の血を引く怪獣使いがやがて現れてすべてを支配するであろうという言い伝えが残されている。彼はその伝説の怪獣使いになったつもりで高らかに命じ、そしてメカゴモラとEXゴモラの放った光線同士が空中でぶつかり合い、相殺して大爆発を起こした。
「うわあっ!」
「きゃああっ!」
 その爆発は先ほどの比ではなく、離れていたはずのルイズたちだけでなく、上空で待機していた宇宙人、さらにはメカゴモラとEXゴモラさえも吹き飛ばされて転倒するほどの爆風を発揮した。
 このままでは戦いの余波だけでトリスタニアが破壊されてしまう。ルイズたちは危機感を強くした。

789ウルトラ5番目の使い魔 81話 (4/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:21:19 ID:0ot0KcnA
「こんなことなら、荷物持ちでもサイトを連れて来るべきだったわ。どうしよう……このままじゃトリスタニアがめちゃめちゃになってしまうわ」
「ルイズ、あんたの魔法で片方だけでもなんとかならないの?」
「あんなのの戦いに割り込めって言うの? 近づくだけで死んじゃうわよ」
 ルイズが泣きそうな声で言うのを、キュルケは憮然としながら見つめていた。
 やっぱり、才人がいないとルイズはどこか不安定になる。いや、以前のルイズだったらしゃにむに敵に突撃していただろうが、今のルイズは守られることを知ってしまっている。それは決して悪いことではないし、あの二大怪獣の戦いに生身で割り込むことが自殺行為なのも当然で、キュルケも無理に駆り立てることはできなかった。なにより、こんな状況では虚無の力も半減してしまうだろう。
 トリステイン軍も出動してきてはいるが、手の出しようがない状態だ。竜騎士やヒポグリフも巻き添えを食わないように遠巻きに旋回するしかできないでいる。
 ルイズたちも、場慣れしているルイズたちはなんとか立っているけれど、ベアトリスはティラとティアにかばわれてなんとか立っているありさまだ。ルイズは、なんとかできる可能性があれば虚無を撃つ気でいたが、もう逃げたほうがいいのではないかと思い始めていた。
 しかし、なんというすさまじい戦いだろう。こんな戦いは初めて見る。そのすさまじさに気圧されたモンモランシーが、怯えたようにつぶやいた。
「い、いったいどっちが勝つのかしら……?」
「勝ったほうがわたしたちの敵になるだけよ」
 キュルケは冷たく言い放った。あれのどちらが勝とうと、次に人間に牙を剥いてくるのは間違いない。再び戦いが始まったときがトリスタニアの終わりの始まりだ。
 衝撃から立ち直って起き上がってくるEXゴモラとメカゴモラ。だが、すぐに戦いが再開されるかと思われたとき、メカゴモラに異変が起こった。突然、全身から蒸気を噴いたかと思うと、ガクガクと振動して停止してしまったのだ。
「壊れた?」
 メカゴモラを見ていたトリステインの人間たちはそう思った。事実、それは当たらずとも遠からずの状態で、あまりにも光線のフル出力を続けたために機体内の冷却が追いつかずにオーバーヒートを起こしてしまっていたのだ。
 つまり、冷却が済むまでメカゴモラは戦えない。無防備な状態ではいかにメカゴモラとてどうしようもなく、EXゴモラの勝利は決まったものと思われた。しかし、宇宙人はこの好機を別のものと見てEXゴモラに命じた。
「いまです。そんなやつに構わずに、最初の目的を果たしてしまうのです!」
 宇宙人にとってメカゴモラは、あくまで目的の前に立ちはだかる邪魔者にすぎなかった。倒すのはその過程の問題に他ならず、それが解消されたなら優先すべきは本来の目的である。その使命に基づき、EXゴモラは方向転換して本来のターゲットである、街の一角に立ち尽くす少女に狙いを定めた。
「えっ?」
 EXゴモラの冷たい目が再びルイズたち一行のほうを睨む。そして、その進撃方向が自分たちに向かい出したのを知ると、彼女たちは愕然とした。

790ウルトラ5番目の使い魔 81話 (5/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:22:43 ID:0ot0KcnA
「ちょ、どうしてまたこっちに来るのよ!」
「やっぱりあいつ、わたしたちを狙ってるのよ。逃げましょう!」
 モンモランシーが悲鳴のように叫ぶ。もちろん他の面々にも異論があろうはずがない。EXゴモラの威力は嫌というほど知っている。とても生身でかなう相手ではない。
 踵を返して走り出すルイズたち。振り返ると、EXゴモラの視線が真っすぐこちらを向いていて背筋が凍る。
 なぜ? どうして、あの怪獣は自分たちを狙ってくるの? いや、考えている余裕はない。確かなのは、あいつから逃げなければ殺されてしまうということだけだ。
 けれど、走って逃げきれる相手ではない。なら、フライの魔法で飛んでいくか? ダメだ。飛べば光線の的になるだけ。それに、ルイズの『テレポート』や『加速』も一度に数人しか運べない。
 ルイズの息が切れてくる。こんなとき才人がいれば、自分を背に背負って走ってくれるのに。いや、弱気になってはダメだ。なんのために才人と別れて長い旅をしてきたんだとルイズは自分を奮い立たせた。
「エオヌー・スール・フィル……」
「ルイズ? 何する気よ!」
「いちかばちか、全力のエクスプロージョンをあいつにぶっつけてみるわ。あんたたちはそのあいだに逃げなさい」
「ルイズ、あなた囮になって死ぬ気なの!」
 キュルケが叫ぶ。さっきはああ言ったが、ルイズの無謀な挑戦を認めることはできなかった。
 モンモランシーやベアトリスも、無茶よ、と止めようと言ってきている。確かに無茶はルイズにも分かっているけれど、誰かがやらなければ全員死ぬだけなのだ。
 だが、ルイズの悲壮な決断さえもすでに遅かった。ルイズたちの逃げようとしていた先の道からEXゴモラのテールスピアーが飛び出してきて道を崩してしまったのだ。
「なんてこと!」
 もう逃げ道はない。それに振り返れば、EXゴモラの超振動波の赤い輝きが自分たちを照らし出してきているのが見えた。ダメだ、もうルイズの魔法も間に合わない。
 ルイズは後悔した。こんなことなら、才人につまらない意地なんか張らなきゃよかった。ちらりと隣を見ると、悔しそうに歯を食いしばっているキュルケと、呆然としているベアトリスの顔が見える。キュルケは別にいいとして、後輩をこんなことに巻き込んでしまったのは悪かった。できることなら謝りたかった。
 そしてモンモランシーも、眼前に迫った死を前にして、以前にギーシュといっしょにタブラと戦った時などの冒険を走馬灯のように思い出していた。あんなにいつもいっしょだったのに、最後だけ離れ離れなんて、そんなの嫌だ。モンモランシーの瞳から涙がこぼれ、そばかすをつたって顔から落ちる。

791ウルトラ5番目の使い魔 81話 (6/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:24:38 ID:0ot0KcnA
「助けて、ギーシュ……」
 だが、涙が地に着くよりも早く、超振動波と彼女たちの間に黒鉄の巨影が割り込んできた。
 激震。しかし超振動波は彼女たちに届くことなく、小山のような壁にさえぎられた。
「ご、ゴモラ!」
 なんと、見上げた彼女たちの前にメカゴモラが割り込み、まるで盾になるようにして超振動波を防いでいたのだ。
 メカゴモラはオーバーヒートした機体を無理矢理動かしてきたらしく、全身からショートし、さらに超振動波を防いでいることで全身が悲鳴をあげているが、それでも彼女たちを影にして動こうとはしていない。その、懸命とも言える姿に、モンモランシーは思わずつぶやいた。
「このゴモラが、わたしたちを守ってる……」
 そういえば最初にメカゴモラが現れたタイミングも、まるで自分たちを助けようとしたかのようだった。なぜ? いったい誰がそんなことを?
 しかし、機械のメカゴモラはただひたすらに超振動波に耐え抜き、力尽きたようにひざを突いた。
「あ、あなた……」
 ルイズたちは呆然として、自分たちをかばってくれたメカゴモラを見上げていた。いったいどうして? という感想では皆いっしょだ。こいつはコスモスを攻撃したことから、人間の敵ではないのか? どうして自分たちだけを守ってくれるのだ? 
 だがそれにメカゴモラは答えることなく、全身から高温蒸気を噴き出して停止している。駆動音がすることからまだ動けるようだが、これ以上のダメージには耐えきれないことは誰から見ても明らかだった。そして、EXゴモラはそんなことにはかまうことなく、完全にとどめを刺そうと近づいてくる。
「結局は、ほんの少しだけ命が伸びただけね」
 キュルケがぽつりとつぶやいた。悔しい……わたしたちの冒険がこんなところで終わってしまうなんて。
 だが、そのときだった。メカゴモラの左胸についている球体が突然眩しく光ったかと思うと、目を開けたときルイズたちは薄暗く狭い小部屋の中にいたのである。

792ウルトラ5番目の使い魔 81話 (7/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:26:39 ID:0ot0KcnA
「えっ? ど、どこよここ!」
 見慣れない部屋にいきなり閉じ込められてしまったルイズたちは仰天した。周りの壁は鈍く明滅する機械で埋め尽くされており、座席も複数並んでいる。
 よくわからないけれど助かったの? ルイズやモンモランシーは、怪獣の姿が見えなくなったことでとりあえず胸をなでおろした。
 だが、ここはまさか! ルイズたちにはわからなかったが、パラダイ星人のティアとティラにはすぐにこの場所の役割がわかった。座席の前に並ぶ無数の計器にボタンやレバーなどの配置。しかしそれを口にする前に、部屋ごと一行はすさまじい揺れに襲われた。
「きゃああっ! 今度はなによ!?」
「これってやっぱりまさか! そ、そこの光ってるスイッチを押してみて!」
 ティラに言われて、ルイズは座席のひとつにしがみつくと、点滅しているスイッチを押した。すると、座席の前の大型モニターが点灯し、迫り来るEXゴモラの顔が大写しで映し出されたのだ。
「きゃあぁぁぁっ!」
「落ち着いてください! 本物じゃなくて映像ですよ。てかこれってやっぱり、ここはメカゴモラのコックピットよ!」
「コックピット?」
「機械のゴモラの体の中ってことですよ!」
「ええーっ!?」
 ルイズたちは床や座席にしがみつきながら愕然とした。冗談ではない。助かったどころか、最悪がより最悪になっただけだ。
 ともかく脱出しなくては。けれど出入り口のドアは機械でロックされており、アンロックの魔法も通用しない。
 なら、ルイズの『テレポート』の魔法でなら……と、思った時だった。青ざめた顔で服のあちこちを触っていたルイズが、震えた声で言った。
「ごめん……杖、落としちゃった」
「ええーっ!」
 なにやってんのよルイズ! とキュルケが怒鳴る。メイジの命である杖を落とすとは何事だ。さっきの揺れの時に落としたのかと、皆は座席の下や部屋の隅を探す。しかし、部屋が暗いせいか見つからない。

793ウルトラ5番目の使い魔 81話 (8/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:28:03 ID:0ot0KcnA
 しかも、その間にもEXゴモラはメカゴモラへの攻撃を休めることなく、コックピット内にも衝撃が伝わってきて計器から火花が溢れて彼女たちに降りかかってくる。これでは探すどころの問題ではない上に、コックピット内にトリステイン語の電子音声で警報が響いてきた。
《ダメージレベル3、ダメージレベル3。損傷によりメインコンピュータがダウン。手動操縦により戦闘を継続してください》
 悪いことに、メカゴモラはもう自力では動けなくなってしまったようだった。つまり、このままではEXゴモラに一方的にやられ続けることになる。もちろん、その中にいる自分たちも……そのことに震えたモンモランシーが悲鳴のように叫んだ。
「これじゃまるで動く棺桶に入れられちゃったものよ! いったいわたしたちどうなるの! ねえキュルケ!」
「豚の丸焼きって知ってる?」
「いやぁーっ!」
 最悪もいいところだった。これならまだ超振動波で蒸発させられたほうがマシというものだ。
 ベアトリスも、誰かここから出して! と泣き叫んでいる。無理もない。しかし、この中でキュルケは妙な冷静さが自分の中にあることを感じていた。
「こんなとき、あの子なら決してあきらめずに打開策を考えるはず……って、またこのイメージ? でも、確かに一矢もむくいずにやられるのはわたしらしくないわね。何か、何か打つ手は……? あら?」
 そのとき、キュルケは床の上にいつのまにか一冊の本が落ちているのを見つけた。
「これって……!」
 キュルケは急いでページに目を通した。これなら、もしかして! 
 だがその間にも、ダウンしたメカゴモラへのEXゴモラの猛攻は続き、倒れたメカゴモラはEXゴモラの尻尾で滅多打ちにされていた。あと数分もしないうちに、関節からバラバラにされそうな勢いだ。
 あの宇宙人は、EXゴモラがメカゴモラに攻撃を続けるのを今度は止めようとはしていない。先に、ルイズたちが特殊光線でメカゴモラの内部へと収容されるのを確認していたからだ。確かにあの状況では、メカゴモラの内部へ収容するしか彼女たちを救う方法はなかったに違いない。しかしそれは、わざわざ獲物が檻の中に飛び込んでくれたも同じことであり、しかもメカゴモラがこの損傷レベルではEXゴモラの相手にはならないとわかると勝利への確信に変わっていた。
「その調子ですよEXゴモラ。そのままその鉄くずごとそいつらを叩き潰してしまいなさい。そうすれば、あいつもさぞ悔しがることでしょう。さて、わたしはこの間に、と」
 宇宙人はなぜかメカゴモラの最期を見届けることなく消えていった。
 が、宇宙人の命令が途切れたからといってEXゴモラの攻撃が止むことはなく、メカゴモラの限界は近づいていた。

794ウルトラ5番目の使い魔 81話 (9/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:29:15 ID:0ot0KcnA
 EXゴモラは、尻尾での殴打を止めると、完全にとどめを刺すべくメカゴモラの首をもごうと腕を伸ばした。だが、その瞬間!
「ナックルチェーン!」
 メカゴモラの腕からロケットパンチの要領でパンチが飛び出し、無警戒に接近してきていたEXゴモラの顔面に直撃して吹き飛ばした。いかに頑丈なEXゴモラでもこれにはたまらず、数百メイルを飛ばされて昏倒する。
 しかしメインコンピュータがダウンしていたはずなのに、今の攻撃はどうやって? その答えは、いまだ計器のショートが続くコックピット内で、キュルケがひとつのレバーを引いたことで起こったのだった。
「ふう、ギリギリ間に合ったみたいね」
 キュルケが、ルイズにはない豊満な胸をなでおろしながらつぶやいた。彼女が土壇場で操作した方法が、ナックルチェーンを発射する方法だったのだ。
 ルイズたちは、汗だくになっているキュルケに駆け寄った。今の一発がなければ、間違いなくメカゴモラは破壊されて自分たちもただではすまなかっただろう。
「すごいわキュルケ。でも、いったいどうして動かし方がわかったの?」
「説明書を読んだのよ」
 と、言ってキュルケがさっきの本を掲げると、一同は揃ってずっこけた。
「説明書があったの!?」
「ええ、ご丁寧に図入りで解説してあるわね。動かし方から武器の使い方まで、細かく載ってるわよ」
 見ると、操作マニュアルがトリステインの公用語で綺麗に印刷されていた。しかもそれぞれの座席をよく見ると、一冊ずつマニュアル本が付属していた。
 なんという律義というか親切な……ルイズたちは一冊ずつマニュアルを手に取ってパラパラと目を通した。もちろんルイズたちは機械なんて一度も動かしたことはないけれど、図解入りで細かく説明されているのでなんとなく理解できた。さすが、ルイズとキュルケだけでなく、モンモランシーとベアトリスも優等生なだけはある。
 そして、当面の危機を脱するためにやらねばいけないことも理解できた。無茶苦茶というか狂気じみているが、ここを生き残って才人やギーシュにもう一度会うためにはそれしかない。ルイズは真っ先に空いている席に座ると、キュルケに問いかけた。
「キュルケ、わたしがこの説明書を読み終わるまで持たせることができる?」
「ルイズ、あなたやっぱりやる気なのね?」
「やるしかないでしょ! わたしたちがこのゴモラのガーゴイルを動かして、あのニセゴモラを倒すのよ」

795ウルトラ5番目の使い魔 81話 (10/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:31:29 ID:0ot0KcnA
 それを聞いて、ベアトリスは愕然とした。
「わ、ヴァリエール先輩、本気ですか!」
「本気も正気よ。こんなもの、ちょっと大きいだけのガーゴイルじゃない。土くれのフーケのゴーレムとたいして変わらないわ。あんただって土の系統でしょ? あんまり大きいものだから怖気ずいたの?」
 例えが無茶苦茶だが、ルイズが本気だということは恐ろしいほどわかった。ルイズは頑固で融通が利かないが、一度吹っ切れるとやると決めたことはてこでも曲げない。ベアトリスもルイズの本気の眼差しに、もうできるできないがどうこう言っている場合ではないと、涙目ながら覚悟を決めた。
「う、どうしてわたしがこんな目に。けど、こんなもの動かすのなんて初めてだし……そうだ! ティア、ティラ、あなたたちミスタ・コルベールのオストラント号を動かしたことがあったわね。だったらこの機械も使い方がわかるんじゃないの? 手伝ってよ」
「了解でーす。フフ、こんな大きなロボットを動かせるなんて、なんかワクワクしゃうわ」
「ティア、男の子じゃないんだからはしゃがないの。姫様、こっちでできるだけサポートします。心配しないでやっちゃってください!」
 ティアはいつも通りに軽口を叩いているが、やはり緊張からか語尾が少し震えている。しかし空元気でも、ベアトリスは、彼女たちが勇気を振り絞っているのに自分だけ怯えているわけにはいかないと涙を拭いた。
 そしてベアトリスは副操縦席、ティアとティラは機関部や兵装を管理するメンテナンス席に座った。これで、メイン操縦席に座ったルイズと火器管制席に座ったキュルケに加え、モンモランシーもレーダー席に座ることで配置は決まった。
 メインスクリーンには起き上がって近づいてくるEXゴモラがはっきり映っている。その殺意と怒りに満ち溢れた顔に、ルイズたちは息をのむ。この化け物を、これから自分たちだけの力で倒さなければならないのだ。しかし、魔法世界で生まれ育った少女たちが、こうしてオーバーテクノロジーのスーパーロボットに乗り込んで戦うなんて滅茶苦茶もいいところだ。
 けれども、彼女たちの目は杖を握って呪文を唱えている時と変わりはない。その心に秘めているものはいつもひとつ。
「こんなところで死んでたまるもんですか。あのバカ犬に、わたしを守るのはあんたの義務だってことを徹底的に叩きこんでやるんだからね」
「ギーシュ、あんたには約束した遠乗りの予定が山ほど詰まってるんだからね。全部守らせるまでは逃がさないんだから」
 ルイズとモンモランシーは、石にかじりついてでも生きて戻ろうと決めていた。魔法であろうが機械であろうが関係ない、彼女たちは愛のために戦っているのである。
 メカゴモラが手動操縦で動き始める。まだ全員がマニュアルを読み切っておらず、機体の復旧と冷却の真っ最中の有様だが、確かにメカゴモラに人間の血が通い始めたのだ。
 
 
 だが、いったいメカゴモラは何者が作り出して送り込んできたのだろうか?

796ウルトラ5番目の使い魔 81話 (11/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:32:49 ID:0ot0KcnA
 そのころ、トリスタニアのはるか地下にある地底空洞。以前は円盤生物が格納され、現在は誰からも忘れ去られていたそこには、一大科学工場が作られ、超近代設備の元で様々な超科学兵器が製造されていた。
 それは、わずかなデータだけでメカゴモラを短期間で制作できるほど高度な代物であったが、今この工場は火花をあげて炎上していた。そしてむろん、この破壊は工場の主の意思ではない。
「フッフッフッ、よく燃えてます。これでもう、この工場は使い物になりませんね」
 工場の爆発を眺めながら、コウモリ姿の宇宙人は愉快そうに笑っていた。彼が戦いの最中だというのに姿を消したのは、メカゴモラの出現点からこの工場基地を割り出して破壊するためだったのだ。
「こういうことは昔から私たちの得意技ですしねえ。これで多少は溜飲が下がりました。ざまあみろ、といったところですか。おや? おおっと!」
 そのとき、無数の銃弾が彼に襲いかかったが、襲撃を予期していた彼は余裕を持って銃撃をかわし、銃弾は工場の壁をえぐりとるだけで終わった。
 そして彼は、自分に銃撃を放ってきた相手を、工場の燃え盛る炎の中にたたずむ一人の人影に見据えた。しかし、燃え盛る炎の中に平然と立ち、その手に二丁の巨大な銃を持った姿は、明らかにまともな人間のものではない。
「遅かったですね。あなたの自慢の工場はこのとおり、もうただのガラクタになってしまいましたよ」
 彼は勝ち誇るようにそう告げた。どんな強固な基地も、かつて防衛チームMAT基地が崩壊したときのように、内側からの攻撃には脆い。初邂逅の時に殺されかけた仕返しだと、嘲り声を向けた。
 しかし……相手は低い笑い声を漏らすと、涼やかささえ感じる美しい声で答えた。
「う、ふふふ……人の留守中に空き巣火付けに入るなんてひどい方。やはりあなたはあのときに念入りに殺しておくべきでしたね」
 声色こそ穏やかだが、純粋な殺意のこもったその言葉は、気の弱い者が聞けば震え上がるのではというほどの凄味に満ちていた。
 片手で、普通の人間ならば持ち上げることさえ困難な大きさの銃を軽く玩び、その目は闇夜の猛禽のように宇宙人を睨んでいる。もしも宇宙人が少しでも隙を見せれば一瞬にしてハチの巣にしてしまうであろう殺気を放ちながら、そいつはさらに言った。
「でも、私は貴方に弁償していただきたいとは思っておりませんわよ。これくらいの工場はいくらでも替えができますわ。私が怒っているのはもっと別なこと……あなたは、私の大切な友人に手を出しました。わかっていてやったのでしょう?」
「もちろん。事前のリサーチは大切ですからね。昔、私の出来の悪い同胞が似たようなことをやったそうです。ですが、ウルトラ戦士や人間たちにはよく効く手段ですが、正直ここまであなたが怒られるとは思いませんでした。あなた、本当に”あの方”なんですか?」
「ええ、あなた方は勝手にそう呼んでおいでのようですが、私のことを正しく表現してはおりませんわね。まあ、私にはどうでもいいことですが、あなたは殺します。覚悟はできていますね?」
 二丁の銃口がコウモリ姿のシルエットを狙う。しかし彼も余裕ありげに言って返した。
「おあいにく、私もあなた同様に宇宙にそこそこの悪名を知られる星人の一角です。ふいを打たれでもしない限りは簡単にやられはしませんよ。それより、あなたの大切なご友人たちは、ほっておいてよろしいんですかね?」
「それなら心配いりませんわ。この星の方々は、あなたの思うよりずっと強いですわ。戦う武器を手にできれば、あなたの手下ごときにやられはしませんよ」

797ウルトラ5番目の使い魔 81話 (12/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:35:45 ID:0ot0KcnA
「……あなた、いったいこのハルケギニアで何がしたいんですか? 怪獣や武器をばらまいておきながら、一方では人間を守ろうとしている。あなたの目的はなんなんです?」
「ふふ……私は、この星の人間たちの自由と幸福を守りたいだけですわ……少なくとも、この星の人々を自分の目的のために利用しようとしているあなたの敵ではありますね」
 そいつは謎めいて答えた。少なくとも、嘘を言っている口調ではないが、コウモリ姿の宇宙人は、この相手の中にヤプールなどとはまた異なる、一種の狂気を感じ取った。
 工場の爆発の炎が二対のシルエットを照らし出す。片方は背中に黒いマントのような翼を持つ星人……もう片方は絵画の中から呼び出されたかのような美しい人間。
 いずれにせよ、この二者が互いを敵として認識しあったことだけは間違いない。そして、ハルケギニアにとっては二人とも危険な存在であることも違いなく、両者は睨み合った後に、コウモリ姿の宇宙人のほうがつまらなそうに言った。
「あなたほどの人が、どうして人間にそこまで肩入れするのかわかりませんね。確かに、人間という生き物は宇宙でも稀に見るほどの精神エネルギーを発生させられる生き物ですが、あなたはそれを利用する風でもない。けれど、そんなに人間を買っているのでしたら、あなたのメカゴモラに乗り込んだ人間たちが、私のEXゴモラを倒せるか、ひとつ賭けてみますか?」
「まあ、私が助けに行けないようにここで足止めするつもりですね。それでしたら、今度こそあなたには私の前から永久に消えていただきますわ!」
 その瞬間、二丁の銃口が同時に火を噴いた。コウモリ姿の宇宙人はとっさに回避したが、半瞬前まで彼がいた場所の背後の壁が信じられないほど大口径の銃弾によってえぐられて粉砕された。
 これではまるで小型のミサイルだ。彼はかわしはしたものの、相手が銃の重さや反動をまるで無視してこちらに照準を合わせ直してくるのを見て、生半可な力ではこれから逃げることもできないだろうと判断した。
「仕方ないですねぇ。ここまでしたくはなかったのですが、こちらも少々本気を出させていただきますよ!」
 彼の右手に両刃の剣が現れた。それと同時に、彼の左手に紫色の人魂のようなものが現われ、彼はそれを自分の体に押し当てるようにして取り込んだ。
「フウゥゥゥ……エンマーゴの魂よ。お前の力、いただくぞ……さあて、これでも私をさっさと始末できるかなぁ?」
「あら、なぶり殺しのほうがお望みとは趣味の良くない方。でも、そのくらいで私に太刀打ちできるでしょうか?」
 相手は口元を大きく歪めて、しかし目元には慈母のような優しげな笑みをたたえながら歩み寄ってくる。
 対峙する二人の宇宙人。彼らの横合いでは、ただひとつ残ったモニターが地上のメカゴモラとEXゴモラの戦いを映し続けている。
 
 生き残るのは誰だ? 張り詰めるメカゴモラのコクピットの中で、ルイズはEXゴモラを睨みながら怨念を込めてつぶやいていた。
「あんたのせいよあんたのせいよあんたのせいよ……サイトが浮気するのもせっかく買った服をなくしちゃったのもわたしより胸がおっきい女ばっかりなのも、みんなあんたのせいだって今決めたわ! よって死刑。死刑ね、死刑にしてあげるから覚悟なさい!」
 怒りのままに罪状を並べ上げ、ルイズの殺気がすさまじい勢いで増していく。その怒りのオーラがメカゴモラにも伝わったのか、心持たぬはずの鋼鉄の巨獣が生きているように吠えた。
 そんな殺気立つルイズに、ベアトリスやモンモランシーは気圧されて引くしかない。しかし、ルイズの殺気に当てられて落ち着きを取り戻したとき、モンモランシーの鼻孔を不思議な香りがくすぐっていった。
「え……この、香りって?」
 ほんの一瞬、鉄と油の匂いに紛れていたが、香水の異名を持つモンモランシーにはそれを感じ取れた。嗅ぎ覚えのある、ある人物の愛用している香水の香りが。
 しかし、迫り来る戦闘の緊迫感は、ゆっくり考える時間など与えてはくれなかった。モンモランシーは自分のついた席の役割を覚えるためにマニュアルに目を通す作業に戻させられる。
 メカゴモラvsEXゴモラ。今、史上空前のスーパー・バトルが始まる。
 
 
 続く

798ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:40:13 ID:0ot0KcnA
今回はここまでです。では、また

799物知りな使い魔:2021/08/03(火) 17:53:41 ID:lLHDRcOA
初ss投下です。
作品は「魔法少女育成計画ACES」より「物知りみっちゃん」です。
18:00に投下します。

800物知りな使い魔 1話:2021/08/03(火) 18:01:03 ID:lLHDRcOA
 サモン・サーヴァントとは、メイジが一生の内に使えるために契約する使い魔を呼び出す神聖な儀式だ。神聖な事から、よほどの事が無い限り、やり直すなんてことはあってはならない。一度契約すれば主人が死ぬまでお仕えする事を破ることは出来ない。それでも、この結果は、あんまりではないか。
 同級生が様々な使い魔を呼び出す中、ついに最後となった、メイジであるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが呼び出した使い魔は、目の前で倒れている、一人の少女だった。
 由緒正しき家筋の出のルイズが呼び出したのが、目の前の白衣で体を覆われ、被っていたであろう黒い帽子を地面に転がしている少女だ。杖らしきものは周りに見当たらない。マントも見えない。少女は平民だった。
 これは悪夢なのか。否、これは現実である。それは、周りの同級生たちと一人の男性教諭からの冷たい視線を後ろから突き刺さる感触が生々しくて、現実以外に考えられない。

「……ミス・ヴァリエール。これは」

 口を閉ざしていた男性教諭『ミスタ・コルベール』が口を開く。無理もないだろう。なにせ、人間を、それも『平民』をサモン・サーヴァントという人生の一大イベントの一つを担うこの場で呼び寄せてしまったのだから。

「ミスタ・コルベール。やり直させてください!」

 頭が認識するよりも早くルイズはコルベールに懇願した。こんな異例な事態。いくら神聖な儀式とはいえ、やり直すことは出来るかもしれない。いや、出来る。そう考えなければ、再活動を始めた頭が再びフリーズしてしまい、壊れてしまいそうだった。しかし、コルベールはルイズの予想した言葉を発さなかった。
 コルベールはルイズの横をすり抜けて、真っ先にルイズが呼び出した白衣姿の少女の元へ走り寄ったのだ。いったいどうしたのだ。ルイズの後ろに回ったコルベールへ向く。コルベールは倒れている少女の前で座っていると、あろうことか少女が着ている白衣を無理やり脱がしたのだ。いくら平民とはいえ、教諭が何をしているのか。ルイズは頭に血が上るのを直に感じ、怒鳴る。怒鳴ろうとする。しかし、それよりも早くにコルベールの言葉が、辺りに響くほどの大きさで紡がれた。

「今日の『春の使い魔召喚の儀式』は終了とします! 直ちに水のメイジは集合してください! それ以外は速やかに寮へ戻りなさい!」

 こちらに向かってしゃべったコルベールの顔には、何処か焦りが見えていたように感じた。

801物知りな使い魔 1話:2021/08/03(火) 18:02:12 ID:lLHDRcOA
 幼い頃、魔法少女に憧れていた。可愛く、可憐で、美しくて、優しくて、困っている人の力になって、時には危険な目にも合っちゃうけど、それでも、やっぱり『みっちゃん』は魔法少女に憧れていた。
 現在、みっちゃんは魔法少女に憧れる事がなくなった。なにせ、もう既に自分は『物知りみっちゃん』という魔法少女になってしまったのだから。それでも、こんなのは、幼い時に憧れていた魔法少女とは大きく違う。
 異世界の『魔法の国』から魔法少女の力を授かり、『人事部門』の『汚れ仕事』をして生計を立て、毎日見るのはみっちゃんが殺した魔法使いか魔法少女の死体。こんなのは、とてもみっちゃんが描いていた魔法少女とは、百八十度違った。それでも、やり直すことなんで出来なかった。もう遅いからだ。
 最後にみっちゃんの死地となった場所は、あの周りが田んぼに囲まれた畦道だ。『魔法の国』の三大派閥の内の一つの『プク派』の動向をいつも共に行動していたチームとは外れて観察していた時だった。あの『忍者モチーフの魔法少女』に襲われたのは。
 『投げたものが百発百中』の魔法を持つと予想された魔法少女は玄人だった。殺意だけを向けられて、みっちゃんはそれに『魔法』を使って返した。
 苦無を投げられれば、大岩や板で防ぎ、刀が振るわれればガトリング砲で弾いたりと、何とかしのいでいった。それでも、詰めが甘かった。
 忍者に止めを刺そうとし、それが『忍者の策略』に陥ったことで状況は反転。最後にみっちゃんが意識を失う前にみた光景は、忍者の刀がみっちゃんの体に突き立てられようとする直前だった。



 瞼がゆっくりと開かれる。瞳に少ない光が差し込まれる。ここは、いったいどこだろうか。
 上半身を起こす。体に掛けられていた掛け布団がずり落ちる。……ベット?
 違和感が頭に侵入してくる。どうして、自分がベットで寝ているか。そもそも、ここはどこなのだろうか。
 ふと、自分の体に視線が移る。いつものコスチュームではない。いつも身に着けている梟型のポーチも見当たらず、着ているものはいつもの白衣ではなく、簡素な服。
 心臓辺りに手を這わせる。痛みが無い。血も見当たらない。頭の側頭部にも手を這わせるが、血がついていない。これはいったいどういう事だろうか。

「――ん、ぅ」
「っ!?」

 いきなりうめき声が聞こえてきた。咄嗟に隣の机にある花瓶を手に持つが、すぐにそれは杞憂に終わった。
 みっちゃんが寝ていたベットに寄り添うようにして眠っている、桃色のブロンド髪を肩に掛けた幼い少女。年齢は今のみっちゃんの外見年齢より少し上だろうか。顔が見れないが、恐らく日本人ではないだろう。
 彼女はいったい誰か。その疑問が頭を埋め尽くし、それが今までの情報によって一つ一つ組解かれ、最終的には『彼女がみっちゃんの怪我を治してくれた少女』という結論に至った。
 助けてくれたことに感謝したいが、今のこの状況をまずは何とかしなければならない。
 少女を起こさないようにベットから抜け出し、この部屋――医務室だろうか――にある扉のドアノブに手を掛ける。鍵がかかっているわけでもなく、それはすんなりと回った。監禁されているようではないらしい。扉の隙間から外を覗く。西洋風の造りの廊下が見え、明かりが見当たらない。魔法少女は夜目が聞くため、明かりは必要ないが、人が通りそうな廊下からの逃走はあまり良い手ではない。
 ならばと次に目につくのは、闇が立ち込める外へと続く窓。こんどはそっちに手を掛ける。鍵はついているが、一般的な内側から開錠が出来るタイプだ。これならと、みっちゃんは素早く鍵を外して窓を開け放った。
 蒸し暑い空気が外へ逃げだし、涼しい風が中へと流れだす。後はこのまま外へ逃げだせば――

「――えっ」

 後ろから声を飛び出してきた。振り向きそうになるも、これ以上顔を見られるわけには行かない。みっちゃんは、後ろからの声も気にも留めずに、その場から飛び降りた。

802物知りな使い魔 1話 あとがき:2021/08/03(火) 18:03:03 ID:lLHDRcOA
これで1話は終わりです。ではいつか。

803名無しさん:2021/10/06(水) 21:49:38 ID:AbxzNQG6
乙乙


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