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創価学会の功罪を考える
1
:
管理者
:2002/03/08(金) 17:18
ここから、このスレッドの過去レスを見る事が出来ます。
http://kamakura.cool.ne.jp/gomoyama/keijiban/kouzai.htm
板東様、アネモネ様、いちりん様から、スレッドテーマの提案が有りました。突っ込んだ議論をよろしくお願い致します。
提案文は以下の通りです。
名前: 板東 投稿日: 2002/02/10(日) 21:25
要するに公明党が政権与党になっている点,マスコミを抑えてしまった点,有り余る財産で銀行を掌握してしまった点,また,金にモノを言わせて,嫌がらせ裁判をたくさん起こして反対勢力を弾圧している点,完全に日本を支配している,これは問題ではないんですか.
名前: アネモネ 投稿日: 2002/02/10(日) 21:34
思い切って、「創価学会の功罪を考える」(仮題)といったようなスレッドを立ち上げてみてはどうでしょうか。私も、宗門サイドの半ば偏重的なアナウンスではない正しい認識として、過去も含めた事実を知っておきたいです。
名前: いちりん 投稿日: 2002/02/10(日) 22:02
「創価学会の功罪を考える」っておもしろそうですね。きっと活発な論議になるとは思いますが、たぶん荒れる可能性もありましょうね。でも、やってみないとわからないか。
611
:
アネモネ
:2003/11/02(日) 14:05
(つづき)
>数ではないと、言う事自体が教えに力の無い証拠です。
日本では信教の自由が保証されています。
拡大出来ないと言う事は、教えが劣っているのです。
蓮祖の時代とは違うのですよ。
主権在民とはそう言うことです。
それでは、はっきり申し上げます。
日本の人口は、約1億2千万人、世帯数でいえば、約4600万世帯。創価学会員が600万〜800万人としても、信教の自由から、創価学会を選ばない非創価学会の人口のほうが、圧倒的に多いです。民主主義の数の原理からいっても、創価学会を支持しない人のほうが大半です。
さらにとりわけその中でも、創価学会員の数と同じくらいの創価学会被害者もいるものと考えられます。それ以上かもしれません。
この掲示板もそうです。沖浦さんのような学会の方もご覧になっていらっしゃるでしょう。だけど、それ以外に折伏被害も含めた、創価学会被害者の方もたくさんご覧になっているのです。創価学会だけの被害ではありません。もちろん顕正会、法華講なども同じです。
ですから、「創価学会は正義だ、正しい。それ以外は邪義である」といったことから議論をしているわけではないのです。逆も真です。「創価学会は悪である」と決め付けた議論でもありません。
そうした組織のアナウンスが本当のことなのかということを、あらゆる教義と歴史をひもときながらその根底から論証と検証をしてきているのです。
どうか、そのような主旨で掲示板の議論がありますので、その言論の妨害をなさらないで下さい。
>あなたは少しずるいと思います。
私はたいした人間ではありません、と何度も言ってきたはずです。
自信がないと言ったことを、私の一言で、節操なく前言を180度覆したのは、沖浦さんあなた自身です。ご自分のことです。人の言葉に翻弄されたのは、あなたのほうです。私のせいにしてはいけません。
>あなたが私に対して『自信が無いのであれば意見を述べるべきでない』と何度もひつこく言ったことをお忘れですか?
いいえ、忘れません。今も同じ思いです。私は人の言葉には翻弄されないようにしています。
末端信者で自信がないというのが本当のところであるのならば、あなたが書かれる創価学会については、どんなに断定的にここに書き連ねられても、その言葉は信用ならないと思っております。あなたが書かれている内容を、そのままそれが創価学会というものだと鵜呑みにしてはならないと思いました。話半分に割り引いて聞かなければなりません。
>自分のご発言には、責任をおもちくださいませ。
自信がないのなら、断定しないで下さい。自信があるのなら、断定している内容を科学的に証明してください。私は一貫したことを申し上げております。自信があるかないかで、発言が二転三転しているのはあなたのほうです。
612
:
アネモネ
:2003/11/02(日) 14:07
(つづき)
>蓮祖直読の創価学会を退転せずにいる事が証拠です。
何度も申し上げますが、そういうことは証拠にならないのです。
もっといえば、創価学会が蓮祖直属であるということの証明も求められます
創価学会に所属しているから正しい。これは、あなたが御書を誰よりも理解している証明になっていないのです。
それは戒壇之御本尊を護持している法華講に所属しているから正しい。
これが正しさの証明になっていないのと全く同じです。
そのような宗創バトルの段階はこの掲示板では終わっております。
何度もしつこく申し上げておりますが、ここの掲示板は、沖浦さんの示す尺度で議論をしている場ではないのです。沖浦さんは、そのことを全然理解されないばかりかまるで無視をし、さらには参加者をことごとく見下しながら、自分の一方的な尺度の押し付けを何の根拠もなく投稿し続けておられます。これが今後も続くようでは、掲示板運営に対する妨害ではないかと私は感じております。
結局、学会に限ったことではなく法華講組織もそうだったように、組織の批判を絶対に許さない体質そのものが一番の問題かと思います。絶対に正しいとするから、批判を許されない。恐らくそこが最大の問題といえるでしょう。
ですから過去に起きたという言論弾圧や出版妨害といった事件は、そのような批判を許さない本質的な組織体質が象徴されたものといえるわけで、事件そのものは過去に解決済みだとしても、実際には今も尚その言論封鎖の体質を個々の学会員たちが連綿と受け継いでいるということがいえるかと思います。弾圧・妨害の方法が、合法的かつ巧妙になったということであって、批判を許さない体質そのものは何も改善されてはいないといえるでしょう。
沖浦さんのレスも、創価学会批判に対する反論と抗議の姿勢が貫かれておられます。批判に対して「そう思うのは自由だ」と書いてはおられますが、自ら告白されているように人を見下す感情的な文面から滲みとれる意識とは、創価学会批判を断じて許さないというところではないでしょうか。そこを一貫して主張しようと、恐らくその使命感をもってここにおいでになった。そんな印象を受けますね。
創価学会を最も批判するのは、他ならぬ脱会した人なわけです。その目で見、聞き、したこと、されたこと、それらを公言し始めるとなると、世間的評価は更に落ちますし、また内部的には、更なる脱会者も出ては困るので、なんとしても言論を封じ込めたいものなのでしょう。
その方法としては、見せしめとして、その人に退転者の烙印を押せばいいわけです。それだけで現役学会員は強い使命感をもって、退転者の言動に揺さぶりをかけ、弾圧・妨害をしていくといった構造があるのではないでしょうか。そうしたことが多くの脱会者の方々の被害の実態を連ねたレスから見受けられますね。
また、それをやらなければ、今度は自分の信心が足りないなどと矛先が組織から向けられ、攻撃を受けかねないものなのかもしれません。
創価学会についてのみ書きましたが、しかし、独歩さんが書かれているように、この体質は何も創価学会に限ったことではないでしょう。法華講も顕正会も、いずれも自分の組織が唯一正しいということで、組織の批判を許さない体質は全くどこも共通していると思います。ただしかし、私は法華講を退転しておりますが、創価学会で聞かれるような被害は全く受けておりません。このことだけは、ここに証言として書いておきたいと思います。
ただいずれにしても、その組織が唯一正しいと主張することは、同時に組織以外は全て間違っていると考えるわけですから、正か邪かという完全二極思考であり、その時点で柔軟な思考は出来なくなります。
613
:
アネモネ
:2003/11/02(日) 14:10
(つづき)
ガンコさんが沖浦さんに書かれた中にもあった、この掲示板の流儀、言葉を変えればスタンスとは、そこが大きく違うと思うのだろうなと思います。正か邪かということだけに捉われず、批判を許さない姿勢を脱却して疑問を持ち、そのうえで議論を重ねてきたのがこの掲示板のスタンスであり、最も画期的なところだったといえるでしょう。
だからこそ、組織の違う者同士が、組織を背負ったなじり合いに陥ることなく、ここまで有意義な議論を積み上げてきてきたものだと思います。
そもそもそこが沖浦さんの有する尺度と全く大きく違うところでしょう。対話や議論が噛み合わないところはそこに起因しているといえます。
沖浦さんだけでなく、言葉の乱暴な人は、これまでにもたくさんいました。私だって過激なときもしょっちゅうでした。その点は、同じサガというものを感じなくもありません。
しかし、大きく違うのは、自分の教団の批判に目を向けられるか、そのことをタブー視しないか、そこだろうなと思います。
法華講に席を置く者が、法華講の問題点を挙げ批判を述べる。学会の人が学会の問題点に目を向ける。顕正会の人が、顕正会の反社会的傾向に目を向ける。
全て、組織からすれば、みんな謗法・退転と呼ばれる行為です。個人が特定されれば、場合によっては除名や破門となるでしょう。
それでも、問題に目を向け、情報を交換して議論を重ね、真の日蓮仏法を考えようとしてきたのが、いわばここの流儀といえますし、それが他に類をみないこの掲示板のスタンスであり、最も画期的なところだと評価できるのではないでしょうか。
614
:
アネモネ
:2003/11/02(日) 14:18
このスレッドに関しては立てた当初から荒れることが懸念されていました。その通りの結果になってしまいました。
私は、言論の自由を大切にします。掲示板参加の自由もしかりです。
しかし、だからといって、議論の主旨を無視した一方的な投稿で、掲示板の秩序を乱す権限まで認めるつもりはありません。
宗教の求める精神性からいって、私はむやみに退出を願うことは私の信条からいって、とても不本意です。
しかしこの掲示板の主旨について今後もご理解頂けない場合には、ご辞退願いたいという気持ちでもあります。
もちろん、これは最終的には管理人さんのご判断に委ねるところではあります。
もしくは、このスレッドについて議論の応酬を禁止するという方法もひとつの選択肢なのかなとも思っています。
615
:
ガンコ
:2003/11/02(日) 15:29
ホメ殺しで考えていたことは、沖浦克治氏の功罪を考える・・・沖浦氏は昨今やや低調ぎみだった掲示板を盛り上げた大功労者である云々・・・っていうパロディなんですが、いかにも性格が悪いと思われそうで控えていたんです。(と言いながら書いてしまった)
しかし、もうちょっとまじめにやらないといけませんね。
わたくしは学会のことをよく存じませんが、戸田氏は牧口氏とともに投獄され、牧口氏は獄死せられた、戸田氏は生きて獄を出でられ、戦後の焼け野原にお立ちになった・・・っていうところから創価学会の歴史がはじまると聞いています。
これって、ものすごく感動的なシチュエーションだと思います。この辺の史実について、いまは法華講のほうからいろいろ言われていますが、しかし、おおすじでは学会のいうとおりなんだろうと思います。
他にも新興宗教はいくらでもあったし、けっこう伸びていった教団もあったようですが、みんな活力をうしなってしまっています。わたくしの住む町にも、〇〇教支部とか〇〇会道場とか、ありますけども、ほとんど人の出入りしているところを見たことがありません。
結局、学会がいちばん伸びたし、いまも相当の勢力を誇っているのは事実であろうと思うんです。学会員の鼻息が荒いのもうなずけるわけです。
問題は、すでにみなさんが指摘されてきたとおり、いまの学会がはたして牧口氏・戸田氏の遺志を正しく受け継いでいるのか、といえばどうもそうではないようだ、って言うところに尽きているわけで、どうも沖浦さんはその点の釈明ができていないキライがあるにもかかわらず、ご本人はその自覚に乏しいようで、それに対して周囲のみなさんはあきれたり、カッカしたり、なんだか調子をくるわされてしまっているようなあんばいに思えます。
すでにこの掲示板ではもっと高いところを指向しているわけですから、ほんらいなら沖浦さんがその方向性を理解して書き込むことが望ましいと思いますが、どうやらその気はないようです。
もっとも、わたくしだって所属教団が違うだけで、沖浦さんと同程度ないしそれ以下でしょうから、偉そうなことは書けたものではないのですが、いちおう無駄レスはなるべく控えるようにしています。いろいろ書きたいことはあるのですが、まだまだとても発表できるレベルではないと思っていますので。
616
:
ガンコ
:2003/11/02(日) 15:41
アネモネさんのおっしゃる画期的な掲示板に同感です。最近、向学のためにあちこちの掲示板を見て回っていますが、ちょっと他にはなさそうですね。
617
:
犀角独歩
:2003/11/02(日) 15:55
ガンコさん:
森島恒雄師という実に好い学者がいました。
わたしはこの人の本、また、訳本を探し出しては読んでいました。
主にキリスト教関連の本ですが、前近代のキリスト教の科学への迫害を堂々と論じていった本ばかりです。
『科学と宗教の闘争』ホワイト著(岩波新書)
『思想の自由の歴史』ビュアリ著(岩波新書)
『魔女狩り』森島恒雄著
比較的簡単に手に入る本です。強大な宗教団体がやることはいつの時代にも同じです。
読んでおいたほうが好いですよ、自分が顕正会に所属したところから他宗、一般人を見る視線が100年以上も時代遅れのものであることがわかります。もちろん、創価学会も同様です。
しかしながら、ここで沖浦さんに係る皆の疑義は、創価学会問題であるというより、創価学会に名を借りた差別発言・人権侵害に係る問題ですよ。
この手の問題は、もちろん、顕正会の浅井さんとその一派も類型です。ですが、ここは『創価学会の功績/罪過について』ですから、まあ、顕正会には触れないだけです。しかし、問題の本質はまったく同じですね。
「見下され」差別され人権を侵害されている元創価学会員として、自分たちの思想の自由を獲得するための投稿です。異端審問官・沖浦氏に異義を申しているわけです。易々と魔女狩りはさせません。かつて創価学会が暴挙を振るった戦後50年の暗黒時代を繰り返さないためです。しかし、一方で顕正会も同じ事をやっている。嘆かわしい限りです。
618
:
管理者
:2003/11/02(日) 17:29
沖浦克治さん
あなたの587レスによれば、当掲示板において、あなたに反論する方々に対して、心の底から見下しておられるとの事です。これは、あなたの投稿そのものが、当掲示板の趣旨に反し、しかも禁止事項に抵触していることを自己申告されたものと管理者は考えます。この点につきまして、何か釈明されることが有ればお聞きしたいと存じます。なお、反していると判断しました当掲示板の趣旨、および、抵触していると判断しました当掲示板の禁止事項につきましては、「管理者からのお願いスレッド」をご覧下さい。
なお、今後、管理者の、この求釈明を無視して、投稿を続けられた場合は、ご参加をお断りすることとなりますので、ご承知置きください。
619
:
ガンコ
:2003/11/02(日) 17:49
あら、まあ、独歩さん
ご本のご紹介どうもです。
ここ、一連のご意見が、顕正会にも振り向けられていることは承知しております。
去年の今頃は「石山系グループ」を多用されていましたが、今回は「日蓮本仏圏」をよくお使いになっていらっしゃる。だいたい同じ意味でしょうし、なにより、委細に文面を見れば、学会のことよりも顕正会のことを言っていると思える部分があちこちにありますし。
とうぜん、他人事だとは思っていません。じゅうぶんにじぶんなりに考えさせていただいております。
620
:
犀角独歩
:2003/11/02(日) 18:05
ガンコさん:
> 一連のご意見が、顕正会にも振り向けられている
まあ、「振り向けられている」というより、同じ戸田さんの考えを仰ぐお仲間に、自然と共通するところとなると言うことでしょう。
> 去年の今頃は「石山系グループ」を多用されていましたが、今回は「日蓮本仏圏」をよくお使いになっていらっしゃる
そう、この定義というか、苦慮しています。「創価学会を含む大石寺系グループ」などと研究会などでは発表したりもするのですが、実はこれはカテゴライズし切れないですね。富士門流と言えば、八本山を含み、日蓮本仏を傍に置くところもあり、これも実は言いたいことは違う括りになります。「日蓮本仏圏」、苦肉の造語です。
> じゅうぶんにじぶんなりに考えさせていただいております。
このようなガンコさんのご発言には、感動すら覚えます。
推薦の書籍、参考になろうかと思います。
どこの図書館にでも、たぶんあります。
621
:
沖浦克治
:2003/11/02(日) 20:19
お詫び
私の発言にて、ご不快な思いを皆様方にお掛けいたしました事をお詫び致します。
622
:
沖浦克治
:2003/11/02(日) 20:41
アネモネさん
>お気の毒な人をお気の毒だと思わない、可愛そうな人を可愛そうだと思わない、そのような人がそうあることを当然のことだ、捨てておけとする心根は、とても非情な人間性だと思います。創価学会は非人間的な心根を培うところだということがわかりました。
このように勝手な決め付けをされるから、当方も対抗上言葉が乱れます。
ご注意下さい。
またあなたの思い込みと創価学会の真実とは無関係です。
800万人の真実を、私一人の発言で判断が正しく出来る人などいないでしょうね。
>ここの掲示板では、全てをそのようには考えません。
なぜそうなったのかの原因を、組織のあり方にも問題があるのではないか、云々。
信教の自由が保証されている世の中です。
入会も大会も自由です。
然しながら権利と自由の裏側には義務と責任が存在いたします。
退転された方と、原因をつくった方、の双方のご意見を聞かねば是非の判断は不可能です。
今後創価学会は、この方面にも力を入れるでしょう。
>私は、その御書を信じておりませんので、示されても私には何の意味を持ちません。
では何故富士門流の掲示板にいられるのですか?
>行為を憎むと言いながら、そのお振舞いは人を憎んでおられるようです。
この掲示板に「憎悪の心」を持ち込まないで頂きたいです。
私や創価学会を憎悪されているのは、ここの方々ではありませんか。
あなたのご指摘は不公平にすぎます。
240 無徳氏
『沖浦さんお久しぶりです。まあ!こんな事を言っては大変失礼を承知で申し上げますが、
ここの皆さんは貴男のレベルで論争できるお相手ではありません。またまた、創価学会の恥さらしにもなりかねませんですよ、正信掲示板にてがんばってください。』
247沖浦克治さん 犀角独歩氏
『まったく面白い。まるで漫才です。何を気色張っているんでしょうか。』
290 MILD SEVEN 氏
『私が創価に言っている事は「悔い改めよ!」です。しかし、魔界のロボトミー化した池田狂信者は、基本的に反省出来ない哀れな連中です。残念です。』
316 ダビデの星氏
『創価なんかより、ヤクザのほうが全然マシと思う事があります。馬が合うところもある。』
298 犀角独歩氏
『戸田さんは諸悪の根本、当然のことでしょう。』
他にも
『どっちにしても会長が暴行魔では、末端が過激でも無理はない。しかし、これが世界一の指導者ですかね(爆)。世界一の暴行魔の間違いでは。』
これを読んだ真面目な創価学会員の悲しみが、あなたには理解できませんでしょうか?
623
:
沖浦克治
:2003/11/02(日) 21:02
続きです
>誰も創価学会を悪だと決め付けているのではありません。
290 MILD SEVEN 氏
『私が創価に言っている事は「悔い改めよ!」です。しかし、魔界のロボトミー化した池田狂信者は、基本的に反省出来ない哀れな連中です。残念です。』
316 ダビデの星氏
『創価なんかより、ヤクザのほうが全然マシと思う事があります。馬が合うところもある。』
298 犀角独歩氏
『戸田さんは諸悪の根本、当然のことでしょう。』
このような書き込みもありますよ。
『どっちにしても会長が暴行魔では、末端が過激でも無理はない。しかし、これが世界一の指導者ですかね(爆)。世界一の暴行魔の間違いでは。』
皆様方でよてたかって創価学会を悪だ、と決め付けているではありませんか。
あなたには、これらの発言が創価学会擁護に取れるのですか。
お答えくださいませ。
>今度は不信の人を見下し差別をしている。結局は、差別の心根を脱することが出来ていないどころか憎悪を駆り立てているところが、今の創価学会の問題点のひとつといえるでしょう。
私は何度も言いますが、創価学会を退転する事は自由である、と思います。
然しながら辞めていった人たちは、創価学会の会員に先ず詫びるべきです。
『私はもはや続けられない、お世話になりました。』
これが人の道でしょう。
後はご自由になさればいいでしょう。
差別につきましては、無意味な差別はすべきではありません。
以下に戸田先生のご指導を人間革命から引用いたします。(記憶の中からの引用です本文とは差があります)
『先生は折伏をやれば幸せになれると言われました。私は必死で折伏をしましたが誰も入信しません』
『そんな事はないよ、祈ってやれば必ず出来るよ』
思い詰めたように男は話した。
『先生、私は部落民なのです。私の言うことなど誰も信じません』
戸田はなんとかわいい男であろうかと思った。
故のない差別はこの男を苦しめていた。
この戸田先生は御書を引用し渾身に指導をされ、男は勇気を取り戻し帰って行きます。
故のない差別はすべきではありません。
これは創価思想の原点をなすものです。
624
:
沖浦克治
:2003/11/02(日) 21:09
続きです
>それでは、はっきり申し上げます。
日本の人口は、約1億2千万人、世帯数でいえば、約4600万世帯。創価学会員が600万〜800万人としても、信教の自由から、創価学会を選ばない非創価学会の人口のほうが、圧倒的に多いです。民主主義の数の原理からいっても、創価学会を支持しない人のほうが大半です。
この800万人が奮い立ち、弘経に励む時がすぐそこまで来ています。
私は今からワクワクしております。
たかが10万人程度のデモや運動で大騒ぎになる世の中です。
なんとも楽しみではありませんか!
>さらにとりわけその中でも、創価学会員の数と同じくらいの創価学会被害者もいるものと考えられます。それ以上かもしれません。
自らの意志で入会し、自らの意思で退会された人が、何故被害者なのですか?
625
:
沖浦克治
:2003/11/02(日) 21:17
続きです
>自信がないと言ったことを、私の一言で、節操なく前言を180度覆したのは、沖浦さんあなた自身です。ご自分のことです。人の言葉に翻弄されたのは、あなたのほうです。私のせいにしてはいけません。
私はミュージシャンです。
ステージでベースギターを構えれば『俺よりうまいやつなどいない』と思って演奏を致します。
でなければプロではありません。
然しながら連取をしている時は『自分ほど未熟なプレイヤーはいない』と心の底から思って励みます。
両方とも私の真実の姿です。
今後この掲示板には、前者の立場で書き込みます。
>何度も申し上げますが、そういうことは証拠にならないのです。
もっといえば、創価学会が蓮祖直属であるということの証明も求められます
創価学会が蓮祖直属であることの説明は何度も致しました。過去レスをお読みください。
創価学会を離れ無いと言うことは、蓮祖を離れ無いと言うことです。
蓮祖を離れては御書の研鑚などは不可能です。
626
:
沖浦克治
:2003/11/02(日) 21:26
続きです
>結局、学会に限ったことではなく法華講組織もそうだったように、組織の批判を絶対に許さない体質そのものが一番の問題かと思います。絶対に正しいとするから、批判を許されない。恐らくそこが最大の問題といえるでしょう。
またまた決め付けですね。
私がいつ創価学会の組織が完璧だ、批判は許さないと言いましたか。
私は創価学会内部にあって、有名なほどの組織批判者です。
>沖浦さんのレスも、創価学会批判に対する反論と抗議の姿勢が貫かれておられます。
違います。
創価学会を築いて下さった名も無い会員の皆様方と、それを守ってこられた、戸田、池田両先生に対する故の無い攻撃に反論をしているだけです。
>創価学会を最も批判するのは、他ならぬ脱会した人なわけです。その目で見、聞き、したこと、されたこと、それらを公言し始めるとなると、世間的評価は更に落ちますし、また内部的には、更なる脱会者も出ては困るので、なんとしても言論を封じ込めたいものなのでしょう。
少し冷静に判断をされるべきでしょう。
この人たちの体験談が全て事実であったなら、創価学会などすでに存在していませんよ。
創価学会員は賢いのです。
自分の判断で退会せずに頑張っているのです。
辞めた人の言うことなど当てになりません。
辞めた会社を誉める人は見た事がないのと同じです。
627
:
沖浦克治
:2003/11/02(日) 21:36
つづきです
>その方法としては、見せしめとして、その人に退転者の烙印を押せばいいわけです。
おかしな事を言われますね。
辞める事を退転と呼ぶのです。
烙印などとは無関係です。
見せしめも何も、お辞めになられれば、もはや無関係の人たちです。
捨てておくだけですよ。
少なくとも私は、これまでそうしてきました。
>また、それをやらなければ、今度は自分の信心が足りないなどと矛先が組織から向けられ、攻撃を受けかねないものなのかもしれません。
またまた勝手な決め付けですね。
私は退転者にかかわった事は一度もありません。
またそれで創価学会から注意を受けた事もありません。
あなたは少し間違った先入観をお持ちですね。
創価学会ほど自由なところはありませんよ。
池田の馬鹿、と叫んでも除名になどはなりません。
本当に居心地のいいところです
628
:
無徳
:2003/11/02(日) 21:37
沖浦さん私のレスを取り上げられましたので申し上げます。
<貴方は創価学会を誉め殺しにしているみたいですね>と、某掲示板にて私は言い
ましたが、奇しくも(いや!当然かな)ここの掲示板でも貴方の言説を同様に思わ
れた方が居られることをどのように思われますか?
まったく貴方の論旨は酷いものですよ、ご自分でもよく読み直してみてください。
創価学会の皆さんが貴方のような方ばかりでは無い事は重々承知しています。
Libraさんのような若くして秀悦な方も居られます。沖浦さんももっともっと学ば
れてから投稿なされたら如何ですか。
629
:
沖浦克治
:2003/11/02(日) 21:47
続きです
>組織の違う者同士が、組織を背負ったなじり合いに陥ることなく、ここまで有意義な議論を積み上げてきてきたものだと思います。
240 無徳氏
『沖浦さんお久しぶりです。まあ!こんな事を言っては大変失礼を承知で申し上げますが、
ここの皆さんは貴男のレベルで論争できるお相手ではありません。またまた、創価学会の恥さらしにもなりかねませんですよ、正信掲示板にてがんばってください。』
247沖浦克治さん 犀角独歩氏
『まったく面白い。まるで漫才です。何を気色張っているんでしょうか。』
290 MILD SEVEN 氏
『私が創価に言っている事は「悔い改めよ!」です。しかし、魔界のロボトミー化した池田狂信者は、基本的に反省出来ない哀れな連中です。残念です。』
316 ダビデの星氏
『創価なんかより、ヤクザのほうが全然マシと思う事があります。馬が合うところもある。』
298 犀角独歩氏
『戸田さんは諸悪の根本、当然のことでしょう。』
これらの発言が有意義な発言とは思えませんよ。
私には、あなたが非常に間違った創価学会感をお持ちである事が理解できました。
改められるべきでしょう。
630
:
沖浦克治
:2003/11/02(日) 21:50
無徳さん
私は自分と自らの発言に自信を持っております。
あなたはあなた、私は私です。
後3年もたてば私の意見が創価学会の主流になるでしょう。
しばらくお待ちください。
631
:
沖浦克治
:2003/11/02(日) 21:58
ガンコさん
>、いまの学会がはたして牧口氏・戸田氏の遺志を正しく受け継いでいるのか、といえばどうもそうではないようだ、って言うところに尽きているわけで、どうも沖浦さんはその点の釈明ができていないキライがあるにもかかわらず、ご本人はその自覚に乏しいようで、それに対して周囲のみなさんはあきれたり、カッカしたり、なんだか調子をくるわされてしまっているようなあんばいに思えます。
これは見解の相違です。
埋める必要などありません。
200年先とはそう言う意味です。
創価学会学会が戸田先生の指導を外れている、と思えば退転すればいいのです。
この方向で間違いない、と思うなら中で頑張るだけの話です。
辞めた人は辞めた人、頑張る人は頑張る人。
これだけの話です。
本来これでいいはずのところを、お前も辞めろ、と言うからおかしくなるのです。
私は辞めた人に戻って来いとは言いません。(いちどだけありますが)
お互いの意志を何故尊重できないのでしょうか?
不思議に感じます。
632
:
管理者
:2003/11/02(日) 22:55
沖浦克治さん
何を信じようと自由です。また、どのような信仰の告白、或いは、啓蒙も自由です。特にこの掲示板は、発言の自由を尊重しています。ただ、公開の掲示板ですから、他の参加者から、発言の根拠を求められた場合は、常識的に考えて、答える義務が生じると思われます。それは、逆にいえば権利とも言えます。信じる根拠を開陳する権利も、この掲示板では保障されています。
とは言っても、挙証義務を果たされなくても、掲示板のルールに則って、禁止事項に抵触しない限り、誰からも相手にされなくなるだけで、掲示板への参加を拒まれることは有りません。この掲示板はそれほど緩やかなルールで運営されてきました。
勿論、今後の展開次第では、参加者からの求めがあれば、ルールを変更することも有り得ます。そのことはご承知置きください。
633
:
ガンコ
:2003/11/02(日) 23:58
沖浦さんに一点だけ言わせてもらいますね。
>創価学会が戸田先生の指導を外れている、と思えば退転すればいいのです。
いいえ、他にも選択肢はあるでしょうに。
たとえば、内部にとどまって間違いを是正していくとか。・・・じっさいは難しいですけどね。
おっしゃるには、創価学会で有名な組織批判者であられるとのことですから、これこそ沖浦さんにもっともふさわしい振る舞いでありましょう。
見解の相違などというのは、らしくないですよ。
634
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 00:32
皆様方に
私は16歳で創価学会に入会いたしました。
昭和37年9月10日の事です。
前年、母が入信を致しました。
父は貧農から見をおこし、自力で一橋大学を卒業し、その後某保険会社の重役になりましたが、昭和29年部下の使い込みが原因で職を失い、後は転落のみの人生でした。
母は自殺を図りましたが一命を取り留め、その後縁あって創価学会に入会いたしました。
当時、我が家は住むところを何度も追われ、土蔵を改良した家に一家5人が吹き寄せられるようにして住んでおりました。
私は高校を中退し、非行に走る毎日でした。
母の入会は、友人に、この信心をすれば必ず幸せになれる、と聞かされ、藁をもつかむ思いで入会をしたそうです。
入会したその日から、母は保険の外交の仕事の合間を縫うようにして学会活動に励み、それこそ狂ったように題目を唱えはじめました。
私は最初大反対をしておりましたが、折伏に訪れる男子部以外には相手にしてくれる人もありませんでしたので、渋々ながら座談会に参加いたしました。
座談会には圧倒されました。
名も無く貧しく、地位も名誉も持たない人たちが、勇気と希望に溢れ輝くような姿で集っていたのです。
この人たちは信用できる、と私は直感しその場で入会を決めました。
そのとき、皆様方からら頂いた大きな拍手と祝福の言葉は決して忘れません。
その後先輩から頂いた、戸田先生の、青年訓、国士訓は強烈な印象を私に与えました。
世間から嫌われ、家族からも疎まれ、友人も無く、世をすねて生きている私のような人間に、これほどまで期待をかける指導者がいる、自分は一生この道を生きよう、と決意し現在にいたっております。
母は現在91歳、弟の家に同居し、幸せに暮らしております。
父はまもなく入会をし、保険会社の部長待遇に返り咲き、昭和48年10月12日、御書にある通りの成仏の相で永眠をいたしました。
自分の人生は成功であった、決して創価学会を離れるな、との言葉が遺言でした。
池田先生からお香典を頂きました。
『正本堂建立のこの日まで、生き長らえたあなたを決して忘れません』
香典にはこう添えられておりました。
私たち家族はこの池田先生の言葉を決して忘れる事はないでしょう。
635
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 01:13
続きです
私自身、この信心に確信を持ったのは、二つの体験でした。
ともに19歳のときです。
一度は、知らない山道を、単車で雨の夜に走っていた時の事です。
このころは、何処に学会活動に行くのも単車だった時代です。
不意に寒気がし体か震えました。
2〜3秒して、今度は運転が困難なほど震えがきたのです。
単車をとめてゴーグルを外すと、2メートル程先で路は無くなっており、切り立ったがけの手前にいたのです。
助かった!と思わずお題目が出ました。
2度目は、同じく単車で走っていてトラックと正面衝突をした時の事です。
当時、創価学会から、単車に乗るときはヘルメットをかぶれ、と指導がでていたので、私もいやいやかぶっておりました。
無ければ即死であった、と後に聞き助かったと思いました。
右膝に深刻なダメージを受け、入院先の医者からは2度と治らず、右足は90度以上曲がる事はない、との宣告を受け、よしお題目で直そう(このころは純心だったのです)と決意いたしました。
病室で一日3万回の唱題をいたしました。
すると幹部がぽかぽかと熱くなるのです。
よし直る、直る、と唱題に励んだところ、4週間と2日で自分で歩いて退院が出来たのです。
後遺症などは残りませんでした。
この二つの出来事は、私に確信をくれました。
その後結婚をし、家庭を持ちましたが、貧乏で貧乏でどうしようもないほどでした。
長男が生まれた日に、私の財布には50円ぐらいしかなかった事を覚えております。
三男がおなかにいるころ、派遣で部長(当時は総ブロック長)の任命を受けました。
部員は101名、ところが結成式は私も含めて3人しか参加しません。
惨憺たる組織だったのです。
自宅で唱題していて突然気が付きました。
自分はこれまで、折伏何所帯とか、結集何人とか、そんな事ばかりを祈っていた。
自分の貧乏の宿命と正面から取り組んで祈ろう、組織をよくする事で自分の生活がよくならないのであれば、自分の信心がおかしいんだ。
初めて気が付いたのです。
その日から、自らの宿命転換と、組織の一人一人の部員たちの成長と幸福のみ、を祈りました。
半年ほどで組織は見る見るよくなり、60名程度出てくるようになり、不思議な縁で新しい仕事がきまリ給料は3倍になりました。
以来お金に困る事は無くなり、現在に至っております。
そのとき、境涯が開けるとは本当なんだ、と実感を致しました。
その後引越しをし、壮年部に移りましたが、そのころの仲間とは今でも交流があります。
636
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 01:14
遅くなりましたので、また書き込みをいたします。
637
:
MILD SEVEN
:2003/11/03(月) 01:37
あるサイトで、こんな投稿を見つけました。下記。
創価学会について一言。
確かに創価学会全てが悪いとは思いません。きっと良い人も沢山いるのでしょう。
でもそれを帳消しにして更に大きくマイナスにしまう位に反社会的な人もいるし、理解できない行動を取る人達が大勢いる。地域の為の活動を重点にやっていても、選挙の強引な勧誘や強要で普通の人々は大抵嫌になる。阪神淡路大震災にいち早く駆けつけても、それが創価学会の本心なのか、政治手段なのか理解に苦しむ。池田はその数日後ハワイへ飛びフラダンスですから・・・。
人々が創価学会を誤解しているのではなく、創価学会自体がその土壌を自分達で作っていることに何故彼らは気付かないのでしょう?
いったいどれだけの人の悲しみや、どれほどの苦しみを彼らが生み出しているのか、僕は彼らに問い質したい。題目、勤行では解決出来ないことがこの世の中に星の数ほどあることに彼らは気付いているのでしょうか。
もう一つ、あれほどまでに宗教団体として攻撃的になる必要があるのでしょうか?それも一般の人が理解できない要因の一つだと思います。一般信者以外に、妨害や攻撃、破戒活動を専門でやっている人達もいるのでしょう。僕の彼女がそんなことを疑いもなくやっていたとしたら、僕はきっと関わった学会員全員を(この先は自分でも怖くなるので書きませんが・・)仮定の話でも有りえそうだから学会は怖いんです。普通じゃない。全ての人にやさしく出来ないものですかね。創価学会。
宗教団体は究極の営利団体だと思います。特に新興宗教ほどその色が強くなる。
信者を獲得しなければ儲けが薄くなりますからね。創価学会は日本人の特性をうまく利用出来たと思います。精神世界ではなく、物質主義。成果や結果が物質となって返ってくるんですから、それはうれしいですよね。そして、大勢いれば怖くない・・・。集団だと右って言えば皆右向くので怖くないですよね。何やってても守られていると錯覚しちゃう。居心地が良いですからね。きっとその代償は喜んで支払うでしょうね、人間は弱いから。そしてなんたって抜けたら地獄ですから・・。
639
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 06:40
ガンコ さん
おはようございます。
ご指摘の通りですね。
私は私なりの方法でこの問題を解決いたしました。
体験を通して書き込みますので、お読み下さい。
また私にご質問がおありでしたら、何なりと真面目にお答えいたします。
これからも宜しくご指導くださいませ。
640
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 06:58
アナモネさん
戸田先生が蓮祖直結であることについて、私見を述べます。
蓮祖は750年前に立宗宣言をなさいました。
その後、題目の流布をほぼ致され、ご本尊様の流布は後世の弟子に託されました。
御書は、布教せよ、とのお言葉で満ち溢れております。
しかしながら、広宣流布が可能になる社会が700年の間、訪れ無かった事も事実です。
戸田先生は牢獄の中で自ら蓮祖の法を悟られ、『吾地涌の菩薩の棟梁なり』と宣言され、創価学会の会長に就任し、創価学会を独立した宗教団体として設立なさいました。
不思議にも、この昭和27年は立宗700年目にあたるのです。
もしこのとき創価学会が、日蓮正宗から独立した宗教法人と資格を修得していなかったなら、今回の破門により解散を余儀なくされたでしょう。
戸田先生の先見の明に驚きます。
この人が出現しなければ、日蓮正宗は潰れ、我々が仏法にめぐる合う事も無かったと思います。
地涌の菩薩は法性の延底(誤字であればご教授ください)から出現すると説かれております。
戸田先生の牢獄での悟りこそ、これに価すると考えております。
641
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 07:18
続きです
アネモネさん、お名前を打つ間違えた事をお詫び致します。
蓮祖は化儀(ご指摘を頂きましたが、創価学会としてこの言葉を今後も使用いたします)の広宣流布の方程式を、自らの布教と同じ方法で行なうと予言をされました。
『日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人三人百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや、剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし、』(諸法実相抄)
このようにご。予言です
戸田先生のご出現とその後の行動は、まさにこのご文を身でお読みになったものでした。
私は、蓮祖と戸田先生のご境涯は等しかったと思います。
釈迦、蓮祖、戸田先生の悟りと行動に共通する所は、自ら悟り、その後激しく布教活動をし、難を乗り越え、法を世間に確立されたところにあります。
戦後、新興宗教がはやりましたが、あれらは蓮祖の法とは無関係の存在です。
蓮祖の御書を身で読まれ、化儀の広宣流布の礎を築かれた戸田先生は、文字通り、当時世界一のお人であったでしょう。
何故ならば、この事業は蓮祖と同じご境涯に立たねば不可能に思えるからです。
『未来も又しかるべし、』私にはこのお言葉は、もう一度自分と同じ境涯の人間が時が来れば顕れ、化儀の広宣流布をやるぞ、と読めるのです。
私が戸田先生が蓮祖直結であり、世界一の人という理由は以上です。
もちろん、そうは思われない人もおられます。
故に、未来に民衆の判断に任せるべきなのです。
642
:
犀角独歩
:2003/11/03(月) 09:24
沖浦さんの錯誤について
あなたは、わたしを「境涯が低い」「程度が低い」「駄目な人間だ」と侮蔑しました。その点について、わたしはあなたに謝罪を求めます。また、愚鈍凡夫さんにも「理解力がない」、アネモネさんに「悪鬼入其心」と侮辱しました。このような一々の侮辱について、謝罪すべきです。
わたしはたしかに戸田さんを「諸悪の根元」と記した。創価学会における未来像を嫌悪するものにとって、その始まりが戸田さんであれば原因の究明からする一つの結論です。この点をわたしは改める記はありません。それは、たとえば、創価学会が、宗創決別について、その責任を顕師を特に取り沙汰して論じる在り方と一緒です。戸田さんはあなたのような人を侮蔑して止まない差別主義者を生み出したのか? そのように結論づけることが短絡であるかどうか議論は分かれるでしょう。しかし、あなたが戸田さんを礼賛すればするほど、あなたの差別主義、人権侵害は戸田さんと強く結びつく印象をロム者に与えるでしょう。
また、621のわずか2行の文章は、以下の文章を見る限り、相変わらず脱会者を「心の底から見下すこと」、制裁を加えられるのは「自業自得」という点を謝罪していません。
> 創価学会の会員に先ず詫びるべきです
冗談じゃありません。詫びるべきは創価学会であり、あなたのように脱会者を見下して止まない差別主義・人権侵害者です。詫びなさい。
> この人たちの体験談が全て事実であったなら、創価学会などすでに存在していませんよ。…辞めた人の言うことなど当てになりません。
これまた、冗談じゃありません。
創価学会とその会員が、どのようなひどい仕打ちに遭ってきたか、さらにそれを声高に言えば、ここにおけるあなたの書き込みのように、逆に「謝罪すべき」だとか「裏切り者」であるとか、「恩知らず」と罵られた挙げ句、集団になって、その脱会者の人間性をさんざんに踏みにじり、さらに、あなたが書くように、その存在を無視するという非人道的な扱いを少しも反省するところはありません。
上述の発言の撤回を求めます。
以上の、わずか二カ所の書き込みにおいても、明らかにあなたは、当板のルールに違反しています。
643
:
犀角独歩
:2003/11/03(月) 09:33
重ねて沖浦さん:
> 蓮祖と戸田先生のご境涯は等しかった
こういう発言を戸田本仏論というのです。
わたしを池田本仏論の邪義を信じたなどと愚弄したものが、戸田本仏論を書き連ねるなど笑止千万です。
ところで、「世界立戒壇」の証拠はどうしました。
644
:
犀角独歩
:2003/11/03(月) 10:11
創価学会の「戸田会長が地涌の菩薩の棟梁」公式見解
「戸田第2代会長のことを、『地涌の菩薩の棟梁』といったことがありますが、これは在家における折伏弘教のうえの指導者という意味で使ったのであり、戸田第2代会長みずからいわれた言葉でもあります。
ただし、不本意ながら、文は意を尽くさずで、要旨としてまとめたとき、文脈上、上行菩薩の再誕即御内証久遠元初自受用報身如来の再誕・末法の御本仏日蓮大聖人に通じるかのような文体になってしまった場合もありました。したがって、今後はこうした言葉遣いについては十分注意していきたいと思います」
645
:
犀角独歩
:2003/11/03(月) 11:07
こうもありました。
「歴代会長を折伏仏教、広宣流布の指導者として尊敬し、またさまざまの指導をうけ、心からの信頼を寄せていることは、会員の自然の心情である。そのことを宣揚するあまり、あたかも大聖人と等しいがごとく受け止められる過大な言葉や表現を用いることは、厳重に慎しまなければならない」
以上の創価学会の公式見解を641は踏まえていません。
創価学会の考えとは違う個人的な個人礼賛なのでしょう。
646
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 14:51
犀角独歩 さん
先ずあなたに失礼な発言をした事をお詫びいたします。
他の方々につきましても、この場をお借りしておわび致します。
発言を取り消せとのお話ですが、取り消すと言えばご満足ならばそう致します。
世界戒壇は、私がオフレコで入手した先生の発現の中にこの言葉があります。
やがて正式に発表されるでしょう。
あなたのご指摘の、創価学会が宗門に対して提出した、いわゆるお詫び状の文章に関しましては、すでに宗門と離別した現在では無意味なものとなっております。
現在の創価学会に当てはめる事には、無理があるでしょう。
無論のこと、あなたがそれを信じられる自由はおありですので、ご自由にされれば如何かと存じます。
私は、このようなお詫びなどは、最初から問題にはしておりません。
戸田先生が『地涌の菩薩の棟梁』とおっしゃられたのですから、素直にそれを信じるのみです。
池田本仏論は、創価学会内で出世を願う一部の人間が、自らの保身と出世のために言い始めたことです。
代表が福島氏でありました。
蓮祖本仏論に対する、興師本仏論と同列でしょう。
このような邪義にふんどうされた人々が多くいらっしゃいます。
現在は創価学会内で、このような邪義を唱える人は、いないと思います。
647
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 14:56
犀角独歩 さん
私が、創価学会の公式見解に外れた意見を出してはならない理由を、お聞かせください。
あなた方は自由な意見を出し、創価学会員は出してはならない根拠のご説明を、正式に要求いたします。
648
:
犀角独歩
:2003/11/03(月) 16:29
沖浦さん:
あなたの謝罪をお受けします。
脱会者を「心から見下す」表現をしないことは、当板のルールの遵守です。
しかし、それ以上に、わたしがあなたから見下されないことはわたし達脱会者の基本的な人権です。如何なる者にもこの権利を侵害させません。
もちろん、わたしはあなたを見下しません。平等な権利を有する同等の人間であるという立場で論じます。けれど、いまのいままで、わたし達を「見下してきた」あなたが、掲示板における表現上で、その考えを伏せることはできても、突然、同等の人間として議論できるようになるとは俄に信じがたいところがあります。
あなたは、わたし達脱会者を内心に置いても見下さず、個人の尊厳を有する同等の人間として扱えますか。お答えください。
> 私が、創価学会の公式見解に外れた意見を出してはならない理由
わたしはそのようなことは言っておりません。
ただし、あなたが「我々」という表現を多用して書き込みをする場合、その「我々」は創価学会を指すと想定できます。それなのにそれが創価学会の見解と違っているので、その点を指摘したまでです。
> あなた方…
はて、「あなた方」という複数形はどなた達を指すのでしょうか。
わたしはわたしです。そのわたしは「自由な意見を出し、創価学会員は出してはならない」などと一度も言っておりません。言っていないことの説明を要求されるのは筋違いであります。
なお、宗創離間後、わたしが提示した創価学会の公式見解は「無意味」だそうですが、それが創価学会の公式見解でしょうか。それとも沖浦さん個人の考えでしょうか。この点を明確にしてください。
もう一点、あなたは「戸田本仏論者」ですか。
戸田さんが「蓮師と同じ境涯」とはどのような意味になりますか。
また、このような考えが広宣流布していく創価学会公式の見解なのでしょうか。それとも、個人の考えですか。個人の考えである場合、創価学会とは違うあなた個人の考えを「これから」世界広布していくということでしょうか。この点が釈然としませんので、見解をご提示ください。
649
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 17:16
>あなたは、わたし達脱会者を内心に置いても見下さず、個人の尊厳を有する同等の人間として扱えますか。お答えください。
見下しません。
>「我々」
二つの意味がありますが、創価学会を示す時にはこれまで創価学会の名称を入れていたと思いますが、今後は必ずそう致します。
また我々とは私の所属グループの事です。
>そのわたしは「自由な意見を出し、創価学会員は出してはならない」などと一度も言っておりません。
それではこのような表現はお止め下さい『沖浦さんの錯誤について』
あなたが絶対者であるように受け取れます。
この場合は『私が沖浦克治さんの意見を錯誤と思う理由』等の表現を用いてください。
あなたと私は対等の存在でしょう。
決め付けは迷惑にすぎます。
>それが創価学会の公式見解でしょうか。それとも沖浦さん個人の考えでしょうか。この点を明確にしてください。
私のグループの見解です。
まもなく大半が、創価学会の見解になるでしょう。
>もう一点、あなたは「戸田本仏論者」ですか。
戸田さんが「蓮師と同じ境涯」とはどのような意味になりますか。
末法のご本仏は蓮祖お一人です。
この件は何度も言っております。
同じ質問を度々繰り返される事には辟易しております。
戸田先生は釈迦における、天台、伝教にあたります。
今後は同様のご質問には、過去レスを読むようにとの回答を致します。
>このような考えが広宣流布していく創価学会公式の見解なのでしょうか。それとも、個人の考えですか。個人の考えである場合、創価学会とは違うあなた個人の考えを「これから」世界広布していくということでしょうか。この点が釈然としませんので、見解をご提示ください。
私はあなたに納得してもらうために書き込んでいるのではありません。
釈然としなければそれで結構です。
私もあなたのご意見には全くながら釈然と致しません。
お互いの立場を尊重してください。
私の意見には、私は納得しあなたは納得しない。
あなたの意見には、あなたは納得し、私は納得しない。
これだけの話です。
すでにこの意見は何度もかきこんでおります。
何度も蒸し返される事は迷惑でしかありません。
以後はおやめください。
>はて、「あなた方」という複数形はどなた達を指すのでしょうか。
この掲示板で、学会を批判する人たちです。
>宗創離間後、わたしが提示した創価学会の公式見解は「無意味」だそうですが、それが創価学会の公式見解でしょうか。それとも沖浦さん個人の考えでしょうか。この点を明確にしてください。
今更公式見解など不必要です。
池田先生は『邪宗の宗門とわかれて本当に幸せである』と聖教新聞にてご発言です。
今後、宗門などは相手にしないことになっているのです。
かっての公式見解など、もはや意味をなしません。
650
:
愚鈍凡夫
:2003/11/03(月) 17:17
横レス失礼します。
これは有名な池田さんの講演ですが、
「みなさん方は広宣流布といえば、なにかお祭りのことばか、ひとつの理想と思っているのです。『一生懸命、広宣流布とは言うけれども、話だよ』と心のなかで思っている人がいるのではないかと思うのです。ということは、会長先生が、二、三年前におおせになったことがあるのですよ。『諸君らは、それを本気に思えないのだろう。絶対そうではないよ。もしか、広宣流布ができなかったら、日本は滅亡ですよ。世界の滅亡ですよ。仏さまのおおせになったことは、ウソになるよ。』と。
仏さまは、ウソをつかないと私は信じます。また、会長先生もウソはつきません。仏さまです。きちんと21年先を目指して、そうおおせになったのだもの。先生が4年前に『もう、自分はそろそろ眠るから、青年部しっかり聞いておけよ。聞いておけよ。あと25年だよ』とおおせになったのだから。それから4年目だから、ちょうど21年です。というわけで、必ず広宣流布はできるのです。」(「会長講演集 第3巻」)
とあります。
この講演は1958(昭和33)年のものですから、21年後の1979(昭和54)年は宗門の猛反撃に耐えきれず、池田さんが会長職を辞されて北条さんが第4代会長に就任された年です。
この時の池田さんの言葉を修正すれば、
「また、会長先生もウソをつきます。仏さまではありません。きちんと21年先を目指して、ウソをおおせになったのだもの。先生が4年前に『もう、自分はそろそろ眠るから、青年部しっかり聞いておけよ。聞いておけよ。あと25年だよ』とおおせになったのだから。それから4年目だから、ちょうど21年です。というわけで、必ず広宣流布はできないのです。」
ということになるでしょうか。戸田さんの予言は外れると、池田さんが証明したようなものです。
651
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 17:19
犀角独歩 さん
立場が違うのですから、無理に埋める必要はありません。
この提案は二度目です。
埋めたければ、埋めたがっている創価学会員をお探し下さい。
私はそのタイプではありませんので、あしからずお願いいたします。
652
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 17:22
愚鈍凡夫 さん
あなたはあなたのご意見。
私には私の意見。
653
:
愚鈍凡夫
:2003/11/03(月) 17:33
意見ではありません。事実です。
654
:
ガンコ
:2003/11/03(月) 17:37
なんだか、ギスギスしてるなあ。みんな境涯低いんじゃないの。
655
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 18:08
ガンコ さん
ご指摘の通りに感じます。
656
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 18:10
愚鈍凡夫 さん
意見ではありません。事実です。
あなたには事実。
私にはフィクション。
以上です
657
:
愚鈍凡夫
:2003/11/03(月) 18:16
学会の出版物でフィクションなのは「小説 人間革命」と「若き日の日記」だけではないのですか。
いい勉強になりました。
都合の悪いことはフィクションですか。なるほどね。(^O^)
658
:
Leo
:2003/11/03(月) 18:22
横レス失礼いたします。
皆様、(主に学会バリバリ系にみられる)「補強済みのドグマティズム」に反論しても不毛と思います。
(参考)
創価学会をみんなで考えよう BBS
マインドコントロールについて スレ
http://www.ne.jp/asahi/my/www/bbslog2_007.html
「「《みずからに対する批判を却下する装置》をはじめから内在させている」ような知的
体系のことを、ポパーは「補強済みのドグマティズム」と呼んでいます。」
659
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 18:41
愚鈍凡夫さん
いい勉強になられたとの事、幸いに存じます。
今後の益々のご研鑚を期待いたします。
早々
660
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 19:02
犀角独歩 さん
643でのあなたのご発言です。
>こういう発言を戸田本仏論というのです。
わたしを池田本仏論の邪義を信じたなどと愚弄したものが、戸田本仏論を書き連ねるなど笑止千万です。
『笑止千万』
このご発言は私を侮辱しております。
謝罪を要求するとともに、今後はこのようなご発言をお慎みになられる事をお約束ください。
またあなたのご意見は矛盾があります。
あなたは過去に池田本仏論『蓮祖の再誕』を沖浦克治信じておられた旨告白されておられます。
これはあなたがご自分のご判断で述べれておリ、発言には責任を持ちになるべきです。
なお、池田本仏論は邪義でしかありません。
もし池田本仏論が正しいと言われるのであれば、根拠をお示しください。
また、私は戸田本仏論などには無関係の人間です。
勝手なレッテルを貼られる事は、非常に迷惑です。
今後はあなたの思い込みを私に押し付ける事はお辞めください。
あなたのこれらの書き込みはこの掲示板のあり方に明らかに違反しております。
②感情的表現を避け、できるだけ冷静に話し合ってください。
③掲示板参加者に対する、一方的な個人攻撃は慎んでください。
【禁止事項】
1「非礼・無礼、人権侵害、言葉の暴力」等の侮辱表現、侮辱発言は、理由の如何を問わず堅く禁止します
661
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 19:05
お詫び
の中に私の氏名が無関係に入ってしまいました。
読みとばしてください。
662
:
愚鈍凡夫
:2003/11/03(月) 19:07
沖浦克治さんへ
> 学会の出版物でフィクションなのは「小説 人間革命」と「若き日の日記」だけではないのですか。
勉強ついでに、学会の出版物でフィクションの書籍名を御教示下さいませんか。
まさか、小生の発言から都合のいい部分だけの切り文ですか?
まるで沖浦克治さんの切り文勝手解釈教学みたいですが、まさか違いますよね。
663
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 19:15
愚鈍凡夫 さん
>勉強ついでに、学会の出版物でフィクションの書籍名を御教示下さいませんか。
私は御書、聖教新聞、大白蓮華のみを読んでいます。
他の出版物には知識がありません。
他の学会員にお訊ねすることを勧めます。
>まるで沖浦克治さんの切り文勝手解釈教学みたいですが、まさか違いますよね。
このご発言は私を侮辱しています。
謝罪と同時に、今後掲示板の趣旨を尊重し、同種の発言を慎むことをお約束ください。
664
:
愚鈍凡夫
:2003/11/03(月) 19:32
> >まるで沖浦克治さんの切り文勝手解釈教学みたいですが、まさか違いますよね。
>
> このご発言は私を侮辱しています。
> 謝罪と同時に、今後掲示板の趣旨を尊重し、同種の発言を慎むことをお約束ください。
そうですか。あなたはよく「意見」という言葉を使うじゃないですか。
「意見」というのは、あなた自身の「己義」でしょう。あなただけの解釈じゃありませんか。
勿論、あなたの解釈が論証されれば「切り文勝手解釈教学」なんて言葉は使いませんよ。
あなたが、あなたの理論を論証された時、潔く謝罪いたします。
665
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 20:03
愚鈍凡夫 さん
今後お互いの書き込みに干渉しないようにしましょう。
666
:
ガンコ
:2003/11/03(月) 20:13
ダメだこりゃ(いかりや長介風)
667
:
アネモネ
:2003/11/03(月) 20:36
沖浦活治さん
沖浦さんは何か言葉の行き過ぎを一度は謝罪されたようですが…しかし、心の底から見下しているというその内心については、どうなのでしょう。内心は自由ですから、見下す気持ちというものもまた、それは自由だと思います。恐らく、創価学会の仏法に照らして、心の底から私どもを見下しているというお気持ちは、偽らざる沖浦さんの内心の思いではないのでしょうか。
そのような内心は、他人がどんなにとやかくいって謝罪を求めたところで、変るものではないですね。
それが、沖浦さんのもつ人間性の一端なのだというだけのことだと思います。
そのような人間性が、そのまま創価学会員の姿を示すものなのかどうかは、今の私には判断できません。創価学会を実体験でご存知の方々には、よくおわかりになっていらっしゃるものだと思います。
ですから、私のことに関しても、沖浦さんから見れば、侮辱しているつもりでもなんでもなく、本当に「悪鬼入其心」に見えておられ、それを、正直にそのように見えるままを書かれたのだと思います。
そのことについては、私はさして何とも思っておりませんし、傷いてもおりません。腹も立ってはおりませんから、私に対して謝罪をする必要はないです。
まあ、立場が違えば、尺度も価値判断も違い、そうすると見えている世界も全て違ってくるのだろうと思っております。そうしたことで、自ずと、目指す人間性も精神性もまた大きく違ってくるのだということを、この度、大きく学ばせて頂きました。
668
:
アネモネ
:2003/11/03(月) 20:36
(つづき)
まあ、それはともかくとして、結局、沖浦さんは、謝罪の言葉は記されてはおりますが、本質的な問題は何も解決されていないと思うんですね。
>立場が違うのですから、無理に埋める必要はありません。
この提案は二度目です。
埋めたければ、埋めたがっている創価学会員をお探し下さい。
私はそのタイプではありませんので、あしからずお願いいたします。
>あなたはあなたのご意見。
私には私の意見。
>今後お互いの書き込みに干渉しないようにしましょう。
沖浦さんは、参加当初から、独歩さんにしろ、愚鈍凡夫さんにしろ、その他の方々にしろ、ことごとく対話を拒絶されました。「あなたには無理です」「お止めなさい」などなどの言葉でもって返信レスを封じてきたわけですが、恐らくそのお気持ちは、見下す内心のお気持ちと同様、今も変りはないのでしょう。上のレスがその証拠ですね。
結局、根本的に対話を拒絶されているのですから、どうしたって議論にはならないわけです。私は、最もそこが問題だと思うんですね。
要するに沖浦さんは、最初から議論や対話を目的とした参加でないばかりか、この掲示板の趣旨そのものからして否定していらっしゃるわけです。
そういうことであるならば、私としてはこれ以上の参加を見合わせて頂きたいと思うのです。本来的な議論の妨げになるばかりです。
このスレッドにしても、功罪の意味もはきちがえられ、そのことを指摘しても、まったく理解する姿勢もないばかりか、かえって自分の勝手な主張の理解ばかりを求められる始末。相互理解の気持ちは根本的にないわけですから、これではこれまでの議論の秩序を乱されるばかりです。
何度も申し上げたように、ここは立場の違いを超えた議論を目的としており、立場の違いを埋めたくはないと主張され、さらには参加者を内心で見下し議論を拒絶するということであるならば、完全に掲示板の趣旨にそぐわないと判断されるものではないかと思います。
669
:
背景探求123
:2003/11/03(月) 20:40
失礼、、、沖浦さん、貴方グループ?、はこれからの創価学会の流れ?指標?にも成る、と断言されましたが、音楽芸能関連者にしましては、よほどの御自信です。 まるで、こんごの創価学会は、我がグループの双肩に有る?ような確信?はいったいどこから由来するのでしょう、? 今のの流れを、乗り越えるということは? 現学会を否定?なさるのでしょうか? 因みに茨城県の一学会員ですが、。
670
:
アネモネ
:2003/11/03(月) 21:27
沖浦克治さんの、お名前を間違えて投稿いたしました。
失礼いたしました。
お詫び申し上げます。
671
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 21:53
背景探求123さん
私の所属する私的なグループです。
これまでそうでしたから、今後もそうだと思うだけです。
音楽芸能関係に自信があるトン発言歯しておりません。
別に輪がグループの双肩にあるとは思いません。
今の流れを乗り越えるとの発言は一度もしておりません。
現学会を否定してはおりません。
以上です。
672
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 22:14
アネモネさん
>、心の底から私どもを見下しているというお気持ちは、偽らざる沖浦さんの内心の思いではないのでしょうか。
私はあなたを見下してはおりません。
>そのような人間性が、そのまま創価学会員の姿を示すものなのかどうかは、今の私には判断できません。創価学会を実体験でご存知の方々には、よくおわかりになっていらっしゃるものだと思います。
私は人間性において、皆様方に劣るとは思いません。
>ですから、私のことに関しても、沖浦さんから見れば、侮辱しているつもりでもなんでもなく、本当に「悪鬼入其心」に見えておられ、それを、正直にそのように見えるままを書かれたのだと思います。
仰せの通りです。
『依法不依人の経文毀謗此経の文をば如何に恐れさせ給はざるや、悪鬼入其身して無明の悪酒に酔ひ沈み給うらん。』(教行証御書)
蓮祖門下として、御書を引用したまでです。
あなたに対する軽蔑の心などはございません。
>まあ、それはともかくとして、結局、沖浦さんは、謝罪の言葉は記されてはおりますが、本質的な問題は何も解決されていないと思うんですね。
無理な事をいわれてもも困ります。
私は心の底から創価学会員です。
お辞めになられた方と合意するには、私が創価学会を辞めるか、お辞めになられた方が創価学会に戻るかのどちらかしかありえないと思います。
お互いにそれは無理だと思います。
>沖浦さんは、参加当初から、独歩さんにしろ、愚鈍凡夫さんにしろ、その他の方々にしろ、ことごとく対話を拒絶されました。
対話の拒否ではありません。
信じるものが全く対立しているのです。
双方に責任が同じだけあるでしょう。
私だけの責任追及は不公平です。
あなたにしても、私にはしばしば勝手な決め付けをされています。
673
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 22:28
続きです
>要するに沖浦さんは、最初から議論や対話を目的とした参加でないばかりか、この掲示板の趣旨そのものからして否定していらっしゃるわけです。
否定などしておりません。
然しながら、創価学会の功罪を考える、とのスレッドをあなたは立てたのです。
このスレッドに、創価学会の罪の側面ばかりを唱える人ばかりが集まり、創価学会サイドの意見が見られないのどうした事でしょう。
あなたには、スレッド提案者の一人としてこの現象に責任があると思います。
私たち創価学会員の参加を拒否されるのであれば、最初からこのようなスレッドを立てるべきではありません。
一旦始めたからには、途中で投げ出ような行為はおやめくだいませ。
創価学会には800万人もの会員がいるのです。
非常に自由な団体ですので、多くの異なった意見をもったメンバーが存在します。
この人たちに参加を促し、参加を容易にする事が発起人としてのあなたの役目ではないのですか。
少し気に入らなければ、書き込まないで下さい、などということは言論人としての敗北ではないでしょうか。
『私はあなたの意見には絶対に反対である、しかしあなたが意見を述べる権利は死守する』
これが言論人の態度であるべきです。
674
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 22:42
続きです
>このスレッドにしても、功罪の意味もはきちがえられ、そのことを指摘しても、まったく理解する姿勢もないばかりか、かえって自分の勝手な主張の理解ばかりを求められる始末。相互理解の気持ちは根本的にないわけですから、これではこれまでの議論の秩序を乱されるばかりです
私は体験を通じて、創価学会の『功』を述べようとしております。
然しながら、次から次へとご質問を頂きますので、思うに任せません。
とりあえず体験を書き終えるまでの間、少しご質問をお控えいただきたいのです。
その後、ガンコさんに申しあげましたように、私に対する真面目なご質問には誠意を持ってお答えをいたします。
但し、ご質問の内容に揶揄が含まれていれば、この限りではありません。
たとえば切り文云々等は、御書を全編引用する事は煩雑すぎますので、お相手は出来かねます。
私に対話を勧めながら、あなたは私の質問を無視されたままです。
先ずお答えになられるのが筋かと存じます。
このスレッドのレス人口に対する、おそらく数十倍の読者の皆様方為にも、宜しくお願をいたします。
675
:
背景探求123
:2003/11/03(月) 23:11
失礼、沖浦さん、、貴グループの考え方のような?集団?が今後の創価学会の新しい?流れ?になる!!と確かに断言されておりましたが?? これは願望的な希望的な個人的見解なのでしょうか、? しからば、それに至ったのはナニユエでしょうか? 現創価学会の運営に御不満か御要望がお有りでしょうか、>?
676
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 23:37
背景探求123さん
私たちは昭和54年、宗門に創価学会が破れ、宗門が組織を席巻した時、これに反対して劇団公演を致しました。
創業400年の老舗の羊羹メーカーと、近年代理店となり凄まじい売る上げをあげている会社との物語です。
メーカーは代理店の売り上げの利益が欲しくなり、厳しい要求を代理店に突きつけます。
代理店側は顧客や小売り店に迷惑をかけれらないため、要求をのみます。
メーカーは調子に乗り、更に厳しい要求を次々に突きつけます。
たまりかねた代理店側は、メーカーに抗議をします。
するとメーカーは羊羹の供給をストップしてしまいます。
代理店は必死で努力を重ね、自力で羊羹を作り販売し大当たりをします。
メーカーへの上納金が無くなり、其の上メーカーの時代遅れの干渉から逃れたお蔭で、自由な販売活動が可能となったことが、大成功の原因でした。
メーカは、やがてなきついてくるとの思惑が外れ、大慌てで販売活動に乗り出しますが、全く売れません。
消費者の気持にに疎く、押し付けで販売を行い顰蹙を買ったのです。
最後に力尽きたメーカーの法主(社長)がポツリとつぶやくところで幕となります。
『あいつら、こんなもんよううっとたなー!!』
満員のホールが拍手でゆれました。
ご理解ください。
677
:
Jルーカス
:2003/11/03(月) 23:38
昭和20年代の聖教新聞には「無間地獄の大罪、猊座誹謗、破法邪信の徒○田○三」と大見出しをつけて当時の御隠尊堀上人を誹謗したとキャンペーンをしている。
雪山荘に出入りしていた当時の学会員○田○三(故人)が、堀上人と法義上のことから昵懇とされていたが、それを「狂犬忠公」と蔑んでいる。文中には「雪山荘に家族と共にお世話になるという大恩を受けておりながら終いに自分の信心に思い上がって堀上人を御批判申し上げる程の大増上慢になったのである」と書かれている。別の聖教では「狂犬 茅ヶ崎に現る。○田○三にかみつかれるな!!」という見出しと共に激烈な文章が踊っている。
この時の「無間地獄の大罪、猊座誹謗」はどういう解釈でそれに当たるのであろうか?
しかも彼はその後、堀上人の元を追われ、流浪の上で正宗の某寺院に最終的にお世話になっている。それに対してもずいぶんな嫌がらせがあったが、その御僧侶は敢然と彼を守られている。
少し下って同じ学会員が、組織のあり方に疑問を呈し、結果除名となって「顕徳会」という組織を構成。独自の折伏を展開して会員を増やしていたが、やはり「顕徳会」への引き抜きや嫌がらせで正宗寺院への参詣を邪魔するという暴挙にでている。御本尊下附がかなわないため方々の寺院を尋ねるが嫌がらせがすさまじく結果引き取られたのが、中野歓喜寮の堀米御尊師(後の日淳上人)である。帰属したものの最終的には引き抜き、嫌がらせ等に屈して自然解散になってしまった。この時も「一般の信徒としては御法主上人に随順し奉ることによって」という御都合文が会内を横行した。
678
:
背景探求123
:2003/11/04(火) 00:11
676の沖浦さん、、そうでしたか、、、御深心からの御発言、、、一応は真摯に受け止めたい、と存じます、、。
679
:
MILD SEVEN
:2003/11/04(火) 01:11
(私のBBS)
キリスト者の人生は仮免許
私が受洗したのは、成人してさらに学びの後の事。
洗礼を受けた後は確かに変わりました。
でもこれは単なるスタートにすぎません。
この世の「支配者・サタン」に負けない者になる為には、生きたキリスト者になる事が必要です。
私はそう思います。
これは主がお決めになる事です。
受洗後の、個人の努力も関係すると思います。
私たちは主の導きにより、聖書から学び、聖書と共に生きています。
それでも、やはり主がお決めになる事です。
これが第二ステップ。
証しで判断出来ると思います。
証しにもいろいろあります。
イエス様の宣教命令をどの様に受け止めるかは、個々の徳(自主性)の問題だと思います。
(・・・・・・自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。)「 マルコ8章ー34節」
・・・更なる証し・・・更なる賜物・・・更なる証し・・・。
継続は力。とはこの様な事だと思います。
その後は、証し人としてこの世に強く楔を打ち込む為の人生・バトンリレーだと思います。
また、<なんでもあり>とは何か?
それは、本人が会得して行く問題だとも思います。
私はそう感じます。
イエス様の教えの本質を知る事が許された者は幸いです。
私はそう思います。
http://8022.teacup.com/momo7/bbs
680
:
MILD SEVEN
:2003/11/04(火) 01:11
(私のBBS)
キリスト者の人生は仮免許
私が受洗したのは、成人してさらに学びの後の事。
洗礼を受けた後は確かに変わりました。
でもこれは単なるスタートにすぎません。
この世の「支配者・サタン」に負けない者になる為には、生きたキリスト者になる事が必要です。
私はそう思います。
これは主がお決めになる事です。
受洗後の、個人の努力も関係すると思います。
私たちは主の導きにより、聖書から学び、聖書と共に生きています。
それでも、やはり主がお決めになる事です。
これが第二ステップ。
証しで判断出来ると思います。
証しにもいろいろあります。
イエス様の宣教命令をどの様に受け止めるかは、個々の徳(自主性)の問題だと思います。
(・・・・・・自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。)「 マルコ8章ー34節」
・・・更なる証し・・・更なる賜物・・・更なる証し・・・。
継続は力。とはこの様な事だと思います。
その後は、証し人としてこの世に強く楔を打ち込む為の人生・バトンリレーだと思います。
また、<なんでもあり>とは何か?
それは、本人が会得して行く問題だとも思います。
私はそう感じます。
イエス様の教えの本質を知る事が許された者は幸いです。
私はそう思います。
http://8022.teacup.com/momo7/bbs
681
:
MILD SEVEN
:2003/11/04(火) 01:16
池田創価王国に反対!
<<<世界中のキリスト教と普通の仏教界は池田創価に絶対反対!>>>
この運動は広がってます。
正統派 対 カルト の陣営に分かれます。
自由陣営 対 独裁体制陣営(北朝鮮や池田創価やオウム等)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
創価学会員の中には内部改善を望む者もいるでしょう。
潜在的に少なからぬ・・・。
しかし、池田創価の洗脳で理解力低下した多くの池田狂信者連中を恐れて表に出て来ない。
現実は厳しい。
今の段階では・・・。
http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=kokoroqq
http://8022.teacup.com/momo7/bbs
682
:
MILD SEVEN
:2003/11/04(火) 01:16
池田創価王国に反対!
<<<世界中のキリスト教と普通の仏教界は池田創価に絶対反対!>>>
この運動は広がってます。
正統派 対 カルト の陣営に分かれます。
自由陣営 対 独裁体制陣営(北朝鮮や池田創価やオウム等)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
創価学会員の中には内部改善を望む者もいるでしょう。
潜在的に少なからぬ・・・。
しかし、池田創価の洗脳で理解力低下した多くの池田狂信者連中を恐れて表に出て来ない。
現実は厳しい。
今の段階では・・・。
http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=kokoroqq
http://8022.teacup.com/momo7/bbs
683
:
アネモネ
:2003/11/04(火) 01:47
沖浦克治さん
>このスレッドに、創価学会の罪の側面ばかりを唱える人ばかりが集まり、創価学会サイドの意見が見られないのどうした事でしょう。
それだけ創価学会被害が多く、深刻であり、社会問題であるということでしょうね。
さらにもっといえば、ここに連ねられているような罪過に、現役学会員が平然と目を背けていられるとすれば、その神経そのものが問題だと思います。
>あなたには、スレッド提案者の一人としてこの現象に責任があると思います。
仰るとおりです。掲示板がこのように荒れてしまった責任を痛感しております。
>私たち創価学会員の参加を拒否されるのであれば、最初からこのようなスレッドを立てるべきではありません。
いちいち、あなたに口出しされることではありません。それよりは、言葉の定義くらいしっかり踏まえてください。
この掲示板は、創価学会員の参加を拒否しているものではありません。この掲示板の趣旨をご理解くださっている何人かの方が参加されていらっしゃるのも事実でしょう。
>私は体験を通じて、創価学会の『功』を述べようとしております。
個人的体験というのは、功罪の「功績」の意味からいってあまり参考にならないんです。投稿するなといいませんが。
本当は、創価学会は社会的存在の宗教組織ですから、学会が社会に向けてどのような功績を残してきているのか、本当はそれを論じて頂きたいのです。
罪過について、個人的なことが書かれているだろうといったことが書かれてありましたが、これは個人的な内容のように見えますが、創価学会を辞めた人に対して現役学会員がどういう行動を起すのかという点における社会的問題からいって、その内容は決して不適切な話ではないと思います。
あくまで、社会的視野に立って、できれば主観ではなくて、客観で語ってほしいのです。
>一旦始めたからには、途中で投げ出ような行為はおやめくだいませ。
そんなことは、あなたに言われることではありません。私の意向はともかくとしても、最終的に、スレッドを閉鎖するもしないも、その判断は管理人に委ねられます。
>この人たちに参加を促し、参加を容易にする事が発起人としてのあなたの役目ではないのですか。
私は発起人ではありません。昔からの常連です。
ですから、沖浦さんの参加についての私の意向は投稿しましたが、それがそのまま通るとは限りません。
>少し気に入らなければ、書き込まないで下さい、などということは言論人としての敗北ではないでしょうか。
言論人として何が勝負であるかは、あなたの尺度と私のそれとは全く違います。
そして、沖浦さんがスレッドの意図するところをはきちがえたまま、レスを続けられる点、言論人として、とても気に入らないのは事実です。
功罪の功とは、功績の功であって、個人の受けたご利益といった主観的な話ではありません。できれば言葉の定義をしっかり把握したうえで、投稿をして頂きたいと思っております。
684
:
アネモネ
:2003/11/04(火) 01:48
(つづき)
>『私はあなたの意見には絶対に反対である、しかしあなたが意見を述べる権利は死守する』
これが言論人の態度であるべきです。
その前提があります。掲示板のルールにのっとるということです。
そのルールの中には、趣旨を理解するということが大前提として含まれます。趣旨を理解できない方の参加は認められないはずです。
しかし、これは管理人さんのご判断に任せます。
>然しながら、次から次へとご質問を頂きますので、思うに任せません。
とりあえず体験を書き終えるまでの間、少しご質問をお控えいただきたいのです。
断定的に書かれた以上、その根拠が求められます。根拠も示さないうちから、どんどんと話がすすめられては困りますから、それは仕方のないことだと思います。
>私に対話を勧めながら、あなたは私の質問を無視されたままです。
先ずお答えになられるのが筋かと存じます。
以下の2点でしょうか。
>では何故富士門流の掲示板にいられるのですか?
組織信仰について考え、その中で、私が関わった日蓮仏法が何であったかを知っておきたいからです。
ただし、私も真蹟主義の立場を支持しておりますので、引用された御書につきましては、信じてはおりません。
>皆様方でよてたかって創価学会を悪だ、と決め付けているではありませんか。
悪だと決めつけているわけではありませんが、沖浦さんが自身が、創価学会とご自分を客観視できないだけだと思いますね。
>あなたには、これらの発言が創価学会擁護に取れるのですか。
お答えくださいませ。
どういうことでしょう。沖浦さんからすれが、如何なる人も、創価学会のことを擁護しなければならないというお考えなのでしょうか。
ましてやこの方々は、創価学会被害者の方ですから、尚のこと擁護などできるはずもありません。
私についても同様です。完全擁護の立場も、完全批判の立場もとる気はありません。
ただし、被害者の方々の発言権はは大事にします。この方々は、創価学会から多大な人権侵害を受けておられてきたのですから、私は大変お気の毒に思いますし、社会問題として捉え、このような被害が起きないような対策を社会的に講じていくべきだと考えます。
沖浦さんにとっては、池田さんや戸田さんを批判されることは、本当に許せないことだろうと思います。
しかし、創価学会という組織は、沖浦さんが自身が言われるように、その規模は決して小さくはありません。社会的影響力も大きいわけです。
そのような組織の会長ともなければ、もうこれは立派な公人といえるでしょう。
公人ということになれば、社会から如何なる批判を受けても仕方のない存在なわけです。
そしてもっといえば、ここに記された方々は、実際に何らかの被害を被っておられる方々であり、そのことを訴えているわけです。被害を訴える権利はあると思いますし、それを社会的問題として考えなければならないと思いますね。その訴えを妨害されることは、私は本意ではありません。
沖浦さんの投稿がそのような妨害の意図ではないというのであれば、被害者である彼らの声にも耳を傾けて頂きたいものと思います。
685
:
ドプチェク </b><font color=#FF0000>(Liye31iI)</font><b>
:2003/11/04(火) 03:23
未だにレスをしていない私であり(スイマセン)、それに、あんまり余計な事を言わない方がいいのかもしれませんけど、最近こちらに侵略して来た御仁の書き込みを見ていますと、以前「創価学会をみんなで考えよう」や「創価学会応援隊」に、別々のHNで登場していた人物(今でも複数のHNを使い分けて登場しているという疑惑がある)のそれとソックリだと思えて来るんですよねぇ・・・
何せ、書き込み内容は無論の事、思考法、反論の仕方、行動パターン、文章における表現方法やトーン、等々、本当によく似ていますので。
あのようなバリバリ系の盲信・狂信タイプの創価学会員って、一つには、淋しくて、誰でもいいから相手にしてもらい、自らの欲求を満たしたいという人間が多いんじゃないんでしょうかね?
確かに不愉快な気持ちになって来る非常に迷惑な存在ですが、しかし、考えようによっては、非常に滑稽で哀れな姿として映ってしまいます。
参考までに、下記のものを。
http://jbbs.shitaraba.com/bbs/read.cgi/study/925/1064748547/
「荒らしの分類学」(「創価学会をみんなで考えよう」より)
686
:
犀角独歩
:2003/11/04(火) 06:55
沖浦さん:
> 立場が違うのですから、無理に埋める必要はありません。
別段、埋めようと言う気もありませんが、公開議論の場ですから、疑義があることは質問します。
> 『笑止千万』
> このご発言は私を侮辱しております。
> 謝罪を要求するとともに、今後はこのようなご発言をお慎みになられる事をお約束ください。
あなたが認めたようにあなたはわたしを侮辱見下した。さらに事実と相違して、わたしを池田本仏論者と決めつけて記述を繰り返した。それに対して抗議を籠めた記述です。いまだ、あなたからの謝罪を受けていない段階での発言です。故に、指摘の投稿に就き謝罪をする理由はありません。ただし、あなたが、わたしを池田本仏論と決めつけたことを謝罪撤回するのであれば、該当の発言は反故となります。
> またあなたのご意見は矛盾があります。
> あなたは過去に池田本仏論『蓮祖の再誕』を信じておられた旨告白されておられます。
> これはあなたがご自分のご判断で述べれておリ、発言には責任を持ちになるべきです。
過去に信じていたことを記すことが何故、矛盾になるのでしょうか。
また、ここでいう発言の責任とはなんでしょうか。
> なお、池田本仏論は邪義でしかありません。
「邪義」という言葉が該当するかどうかはわかりませんが、たしかに創価学会内で語られていた喧伝であったでしょう。捏造であり、事実ではあるわけはありません。
> もし池田本仏論が正しいと言われるのであれば、根拠をお示しください。
わたしは一言も「正しい」と言っていません。このような形で、わたしは池田本仏論者であるかのように仕立て上げることはおやめください。
> また、私は戸田本仏論などには無関係の人間です。
> 勝手なレッテルを貼られる事は、非常に迷惑です。
レッテルを貼ったのではなく、蓮祖と戸田さんが同等とあなたが書いたことに対して、それでは戸田さん=日蓮となる、故に「戸田本仏論」なのかと“問うた”だけです。
あなたがわたしは池田本仏論と決めつけて、記述するのとは違い、わたしは質問をしただけです。
> 今後はあなたの思い込みを私に押し付ける事はお辞めください。
押し付けておりません。ただし、この言葉はあなたにお返しします。ここは立場を超えた公開議論の場です。創価学会、戸田さん世界一というあなたの思いを押し付けるのはやめてください。
> あなたのこれらの書き込みはこの掲示板のあり方に明らかに違反しております。
どの書き込みがどのように違反しているのでしょうか。あなたがわたしを差別・侮辱したことに端を発する反論を除き、該当箇所を提示ください。
687
:
沖浦克治
:2003/11/04(火) 06:59
ドプチェク さん
私は私です。
沖浦克治は本名です。
どなたとも間違えられず、また自らの発言に責任を持つため、HNを会えて使用していません。
ご要望であれば、住所、氏名、年齢、電話番号、メールアドレス等を公開いたします。
私は蓮祖門下の末席をしめる人間として、この掲示板にても背水の陣で望みたいと思っています。
私はバリバリ系の創価学会員ではありません。
そのようなお方は、この掲示板には登場されないと思います。
私は只の、末端の中の末端会員にすぎません。
また私の書き込みをお読みになれば、主張が終始一貫していることがご理解できると思います。
私に対する疑問がおありでしたら、掲示板に直接お書き込みくださいませ。
揶揄を伴わない真面目なご質問には、誠意を持ってお答えいたします。
688
:
Leo
:2003/11/04(火) 07:28
ドプチェクさん、おはようございます。
>未だにレスをしていない私であり(スイマセン)、それに、あんまり余計な事を言わない方がいいのかもしれませんけど、
>最近こちらに侵略して来た御仁の書き込みを見ていますと、以前「創価学会をみんなで考えよう」や「創価学会応援隊」に、
>別々のHNで登場していた人物(今でも複数のHNを使い分けて登場しているという疑惑がある)のそれとソックリだと
>思えて来るんですよねぇ・・・
>何せ、書き込み内容は無論の事、思考法、反論の仕方、行動パターン、文章における表現方法やトーン、等々、
>本当によく似ていますので。
それは、「創価学会をみんなで考えよう」の某○会員さんかと思います。それらが同一人物だとすると、元自衛官で、
会社社長、ミュージシャンということになってしまいます(そのようなことまともに捉えても仕方がないですが...)。
私は「創価学会をみんなで考えよう」の某○会員さんの書き込みを見てそこに参加しました。
こちらの掲示板も某Oさんの書き込みを見て再参加しました。学会があれほど問題を抱えているのに、批判に対して
言い訳(と粉飾)しようとする姿勢がほうっておけないと思いました。仮に、同一人物だとすると氏は「学会内で批判的な
人物がいるのだから掲示板でなりすましが許される」「病院内で医者が携帯電話(PHS?)使っているから学会も迷惑かけてもいい」
という発言があり、そのようなモラル欠如も到底許せません。
私は最近学会バリバリ系の書き込みは無視して研鑚にはげむという考えですが、皆で情報を持ち寄り言うべきことは
言った方がいいのかもしれません。
>あのようなバリバリ系の盲信・狂信タイプの創価学会員って、一つには、淋しくて、誰でもいいから相手にしてもらい、
>自らの欲求を満たしたいという人間が多いんじゃないんでしょうかね?
それらの人が現場で浮いているのか、芸術部で特別待遇を受けているかは知りませんが、学会のことは学会内でしか通用
しないということ位はわかって欲しいと思いました。
689
:
犀角独歩
:2003/11/04(火) 07:39
アネモネさん:
皆さん:
「創価学会の功罪を考える」、皆でこの原点に還って議論をいたしませんか。
ここのところ、「創価学会員の功徳と脱会者の罪過を考える」と言った履き違えが横行しています。
創価学会の功罪と言うとき、これは二つの面…わたしの立場からすれば三つですが…がありますね。
一つめは創価学会内における、組織の会員に対する功績と罪過。
二つめは創価学会の社会に対する功績と罪過。
そして、敢えて三つめを加えればわたし達脱会者からする創価学会の功績と罪過です。
この三つで特にスレッド提案の趣意は、二つめであったと拝察しております。
創価学会の功績、わたしは思いつきませんが、『宗教の自殺』に「既成の宗教によって点火されなかった宗教心に新興宗教が火を着け、人々を巨大な信仰集団の徒にしたことは新興宗教の功績であり、それ以外に救われる術がなかった人々をして、心の安定を得させたことは高く評価されるべきであろう」と記されることは、創価学会にも当て嵌まるところはあるように思えます。しかし、これが対社会的に果たして功績であったかどうかは、一考の余地は十分にあると思います。いわば、その検証のなかに「日蓮本仏論」、あるいはそこから派生したと見られる「会長本仏論」に典型を見るカリスマ信仰を考えることは含まれようかと思います。
わたし自身、創価学会の経験者でありながら、その対社会的な功績というものが思い当たらない。学会員に言わせれば、彼らの言葉で言う広宣流布、平和への貢献というのがそれに当たるらしいのです。しかし、社会一般から見るとき、創価学会が日本の平和、まして、世界平和に貢献しているなどと誰も思っていません。ここに大きなギャップがあります。もし、創価学会が世界平和に貢献している事実があれば、わたしも認識を改めなければならない。もし、このような功績があればその事実を是非ともここに披瀝していただきたいわけです。社会貢献している功績が創価学会にあれば、事実証拠をどんどん、ここに紹介してもらえばよいわけです。
また、社会一般が感じている創価学会の罪過、また脱会者が被害者の立場として感じている創価学会の罪過、この点について、その発言を妨害される所以はありません。創価学会は日本という法治国家下で法律が認める宗教法人です。その監視を国民が行うことは当然の権利です。罪過の指摘があったとき、創価学会は、その実否を会組織として諮り、その是正に努める責任が法律として認められた団体である以上、存するわけです。
強い信念体系に陥る会員が理解できるかどうかは別として、このような罪過を論うことは必ず会員に還元されて利するところともなるでしょう。もちろん、それよりなにより、創価学会の罪過を感じ、迷惑、ひいては被害を感じる人々にとって、その是正は歓迎されるところです。
以上のような観点に立ち返り、創価学会の功績と罪過を再度考えてはどうかと提案します。
わたしは功績は思いつきませんので、功績を知る方にはその事実証拠の提示をお願いします。わたしは創価学会の経験者として忌憚なくその罪過の面を中心に考えてまいりたいと思います。しかし、これは、決して誹謗中傷でもなく、悪口でもありません。厳正な事実を取り上げていくという意味です。
690
:
犀角独歩
:2003/11/04(火) 08:22
677 Jルーカスさん:
「顕徳会」というのは、池田さんが会長になったとき、反対してできた
団体のことでしょうか。
691
:
管理者
:2003/11/04(火) 09:47
独歩さん
皆さん
「宗教法人創価学会の、社会に対する功績と罪過を考える」
というスレッドを新たに建てましょうか?
692
:
アネモネ
:2003/11/04(火) 11:16
管理人さん
私はこのままでいいと思います。
創価学会は、広宣流布と世界平和を目指して政界にまで進出している教団です。ひとこと「創価学会の功績」といったときに、わざわざ「社会的」という文言を入れなくても、その視野に立って論じることは当然のことです。
自民党の功罪といったときに、その功績について個々の自民党員の利益が語られるわけがないのと同じです。
本来、宗教とは社会公共性に貢献すべき存在でもあるからです。
それにも関わらず、社会的という文言を入れなければ、社会的視野という認識がもてないことは、これは問題外だと思います。
そのこと自体、自分の組織を社会的に客観視できない弊害が生じているという、罪過を考えさせられるところでもあります。
ですから、私は敢えて、このままのスレッドで続行して構わないと思います。
ただし、ここは荒れやすいことが予想されますので、言葉の定義をしっかり踏まえ、さらに掲示板の趣旨を再認識して頂きたいと思います。理解できない方の投稿は管理人さんの権限で見合わせて頂きたいと思います。
私からの意見を参考までに書きますと、沖浦さんに関しては、下記のルールへの理解が得られていないように思いますので、参加についてご審議いただきたいと思います。
1.意見交換、相互理解の場との主旨から、話合いを重んじてください。
これまでのレスのやりとりからいって、この点についての理解が全く得られていないと思われます。さらに、
①感情的表現を避け、できるだけ冷静に話し合ってください。
②掲示板参加者に対する、一方的な個人攻撃は慎んでください。
この点につきましても、創価学会批判をする人に対する感情的な個人攻撃と暴言ともとれる発言が今も続いております。
これでは、沖浦さんからの個人攻撃を恐れて、学会批判や学会被害に関する投稿を控える方も出でくることが懸念されますし、それではせっかく築き上げてきた掲示板のスタンスが崩れ、有意義な議論の妨げともなるものではないかと、私は大変懸念しております。
議論や対話も全く拒否しておられる点からも、掲示板の趣旨の理解が得られているとは思われません。
他にも創価学会の方も参加されておられますが、ご自分の組織に対する批判投稿に対し感情的に暴言を吐くような行為はされず、良識ある投稿姿勢で、相互理解の場の秩序を守って参加されておられます。
如何なる組織に所属していようとも、そのことで参加が妨げられるものではありませんが、この点につきまして、今一度、ご審議頂きたいものと思っております。
693
:
三学無縁
:2003/11/04(火) 12:19
このスレッドの趣旨は「考える」であって、「宣伝」「折伏」を目的とする
発言がルールに抵触するものであることは自明の理ですね。
そのような主張を繰り返すのなら、レスを返す必要はないと思われます。
こちらのサイトの趣旨も理解しようとせず、過去ログを読んでからの参加とも
思えないようなコンビニな書き込みや、一方的な思い込みからは、なんら実り
ある議論はできないことでしょう。
一部の学会広宣部関係者に、よく見受けられる態度ですね。
私としては、こちらのサイトで「唐人の寝言」に煩わされる事は願い下げです。
追伸>アネモネ様
先日は、どうもありがとうございました。
懲りずに、また、よろしくお願いします。
694
:
アネモネ
:2003/11/04(火) 12:34
新しいスレッドが立つことになれば、そちらにレスを移して頂いても構いませんので、すみませんが、議論を進めたくこのまま投稿をさせて頂きます。
犀角独歩さん
ここのところのこのスレッドのやりとりを通して、かつて、独歩さんと意見が対立していたことを思い出したりしました。
私は、前回のレスにも書いたとおり、直接的体験としての創価学会を知りません。そのために、私のレスは参加当初から、ご承知の通り、法華講信徒の立場としての宗門批判というものが大半でした。そのことについて、独歩さんはかつて私のことを、「宗門批判はするけれども学会批判はされない。不思議な人です」そのようなことを洩らされておられました。忘れもしません。
その後、小さな見解の相違が何度かありました。しかし、最も強烈だったのは、確か、今回独歩さんがレスされた、脱会時における被害についてのレスに対して、私が「実感が持てない」と書いたことだったと思います。
そのときは、正直な気持ちだったのですが、しかし、改めて私がどれだけ冷淡なことを書いたものかと振り返ります。
もっと内面の本音を赤裸々に言えば、創価学会に関わるとそういうことが起きるんだという、沖浦さんの理屈とは別の観点からの「仕方ないのでは」みたいな思いでもあったと思います。
しかし、独歩さんはご自分の意思で創価学会に入ったわけではなかったわけですし、たとえそうではなくても、どれほど苦しい思いを抱えて脱会に至ったかということに心が至らない私自身が、相手を思いやる気持ちに欠けていたものだったと、つくづく反省しました。
しかし、かつての私の感覚とは、実は世間一般の創価学会に対する冷めた見方そのものではないかとも思われます。
ただしかしそのようなことを表立って口にすれば、組織ぐるみで抗議されて日常が煩わされかねません。結局はアンタッチャブルで口を閉じ、敬して遠ざけるしかないわけです。
非情に腫れ物を触るような感覚を覚えます。
そして曲がりなりにも、日蓮正宗に関わった今の私は、世間一般よりははるかに創価学会に近いところに位置し、既に当事者の域でこの問題を考えなければならないところにいると思っています。
その後、独歩さんと、あのときの摩擦についてはお互いに何も触れず、謝罪がどうのということもなく、何ごともなかったように、こうして掲示板で議論や対話を続けてきましたが、実はこの度、あのときのことを振り返りながら、種々考えました。
当時、私はまだ現役の法華講員でしたから、お寺に行くことも多く、行けば必ず創価学会の悪口を聞かされて帰るという日々だったわけです。
私としては仏教の法話を聞きたくて参詣しているというのに、どうしてこうも学会の話ばかり聞かされるのだろうかと、ほとほとうんざりとしていたというわけです。そのような気持ちが強いばかりに、いわば別の意味での学会アレルギーに陥り、掲示板での被害の訴えに、耳を傾けられなかったものと思われます。それだけ、いろんな意味で創価学会の存在が人に与える影響は大きいものだと思いましたし、私もその渦中に入ってしまいました。
695
:
アネモネ
:2003/11/04(火) 12:38
(つづき)
しかし、こうして月日を経て、改めてこの場でレスを流れを見ていくと、実際に犯罪行為としての嫌がらせや恫喝が、被害の事実として証言されているというのに、当の学会員の方の中には、平然と聞き流すばかりか、むしろ当然の報いなどと言い、そんなことよりも自分にいくらお金が入ってきて、どんな功徳があったかといった自分の話に夢中なわけです。
そのような問題が自分の組織に現実問題としてあるということに、そのことに対して無感覚、無神経なわけですね。
創価学会に関心のない人が、学会被害に無関心であるのとは話が違います。
自分の組織の問題なのに、なぜ問題視しないでいられるのでしょう。このような人間性を培ってしまうのが創価学会というところなのでしょうか。
犯罪行為にまでエスカレートする組織の問題を本当に改善できるのは、組織内の人でしかないわけです。社会的存在からいっても、しっかりと重要視してほしいものです。詭弁を通して、問題をうやむやにしてほしくはないものです。
私は、法華講にいて、自分の組織の問題には黙ってはいられませんでした。だからこそ、この掲示板に参加したものです。
なぜ、自分の組織の問題に目を向けられないのでしょう。犯罪行為にまでエスカレートした嫌がらせや恫喝が現実的に起きているというのに、それでも被害を受ける人が悪いという理屈を立て、自分の思いばかりを通すことに余念がない。そこまで自己中心的な人格が築かれるその根本的な原因は何なのだろうか、そのような考え方は、本当に日蓮の仏法の中から生まれたものなのだろうか、法華経の精神からくるものなのだろうか…私はこの点を知りたいと思います。
ふと思うのですが、創価学会が設立当初、牧口氏が「価値の創造」の、「美・利・善」と定めたわけですが、これは日蓮仏法や法華経の精神から生み出されたものではなくて、牧口氏個人の思想観から示されたものではないかと思うのですが、どうなのでしょう。そもそもここに創価学会の今日の問題の根本があるのではないかと推測するのですが、その点、如何お考えになりますか?
696
:
アネモネ
:2003/11/04(火) 12:42
三学無縁 さん
お声がけありがとうございます。
実りある議論、期待しております。
697
:
管理者
:2003/11/04(火) 13:16
当掲示板の禁止事項を追加いたしました。宜しくお願いいたします(2003.11.4)。
【禁止事項】
当掲示板において主張された内容に関して、挙証義務を果たされない場合は、該当する表現、発言を含むレス全体を削除し、その方の、当掲示板への投稿をお断りすることになりますので、予め、御承知置き下さい。
698
:
Jルーカス
:2003/11/04(火) 13:32
690 犀角独歩さん:
>「顕徳会」というのは、池田さんが会長になったとき、反対してできた
>団体のことでしょうか。
顕徳会は、戸田会長時代に戸田氏へ反発した方が作った団体です。
この辺は、情報通の三学無縁さんに補筆を願いたいのですが、とにかくかなりの
勢いで創価学会を脱会させ、折伏も進めていたようです。
学会側の寺院への嫌がらせがすさまじく、御本尊下付も妨害されるため、進退窮まって、中野歓喜寮の堀米御尊師(後の日淳上人)が引き取りましたが、その後帰属したものへの、引き抜き、嫌がらせ等に屈して自然解散になってしまったそうです。
このときも戸田氏は徹底的に「法主の権威を盾」にして、顕徳会を攻撃しました。
699
:
犀角独歩
:2003/11/04(火) 13:35
管理者さん:
691のご提案、有り難うございます。
個人的には「賛成」の気分だったのですが、当スレッドのご提案者アネモネさんが、「このままでいい」とご意見を述べられ、また、692に記されるところは一々にもっともと賛同しました。ですから、わたしも当スレッドで続行に一票とさせていただきます。
700
:
管理者
:2003/11/04(火) 13:43
犀角独歩さん
了解いたしました。それでは、当スレッド続行ということで宜しくお願いいたします。
ご参加の皆さん
新たに、管理者の判断により、当掲示板の禁止事項を追加しました。少し窮屈になるかと思いますが、宜しくお願いいたします。
701
:
犀角独歩
:2003/11/04(火) 14:22
管理者さん:
アネモネさん:
それでは、従来どおり、よろしくお願い申し上げます。
702
:
犀角独歩
:2003/11/04(火) 14:27
698 Jルーカスさん:
有り難うございました。
そうですか、戸田さんの時代からでしたか。
実は我が家の近くにこの会の人がおりました。
その家の前を通るたびに、母が「ここはけんとく会で先生にさからってやめたんだ」と言っていたのを覚えていました。40年も前の話です。
703
:
ジャンノレン
:2003/11/04(火) 16:03
独歩さんの幼少の頃のお話にびっくりしました・・・。
>その家の前を通るたびに、母が「ここはけんとく会で先生にさからってやめたんだ」と言って
いたのを覚えていました。40年も前の話です。
へえ〜(500へぇ)こういう話、あるんですね。法悟空の人間革命にも反逆者の記述や戸田氏の講演テープにも
「この戸田に逆らってやれるものならやってみろ(主意)」と仏意仏勅を強調する剣幕の言葉があったように思いますが、とにかく
当時はやり方に反逆したり、離合集散は常だったみたいですね。白蓮院にいた元教育学会の時代の理事、野島氏は結構、おやりにな
っていたみたいで、学会員をかなり脱会させていたみたいです。後に通牒というのが出てきますが、稲葉氏の息子さんが蔵に有った
物を出してきたそうです。
704
:
犀角独歩
:2003/11/04(火) 16:50
ジャンノレンさん:
> びっくりしました
そうですか。こんな話はもう語り出せば、二晩でも三晩でも、と言ったところです。
母の口癖、「やめた人となんか、口を聞いちゃいけないよ。先生を裏切った、恩知らずの悪人だからね」。わたしも脱会者を無視し、憎んだ一人だったんですよ。
昭和52年路線の折、脱会した人がいました。以来、町で会えば、睨み付けていました。
脱会後、その過ちに気付きました。図書館に行ったとき、10年振りにその人と会ったのです。わたしに気付いていたと思います。顔を背けて、こちらを見ようとしません。近寄っていくとぐっと歯を食いしばり、下を向きました。
「○○さん、わたしのことを覚えていますよね。その節はご無礼の数々、本当に申し訳ありませんでした。お陰様でわたしもやめられました」
そう、言いながら、笑いかけたのです。すると、それまで、強ばっていた表情は途端にほころび、わたしの手を取り、踊らんばかりの喜んでくれたのです。
「おお、そう!そうなのか。よかったねぇ」
今でも、わたしの大切な知人の一人です。
学校と途中でやめた人を憎むことはないし無視することもない。事情があって、退職した仲間を裏切り者と呼ぶこともないですね。それなのに、創価学会では脱会者を蔑み、攻撃し、無視しなければならないのか、ここに巨大組織の暗部が眠っているのはたしかであると思うわけです。
まあ、私的な話です。でも、実話です。
挙証が義務づけられました。これくらいにしておきますね。
議論の対象の話ではありません。思い出話でした。
705
:
犀角独歩
:2003/11/04(火) 17:58
694〜695 アネモネさん:
> かつて、独歩さんと意見が対立していたことを思い出したりしました。
よく、意見がぶつかり合ったものでしたね。今では、好い思い出ですが、いつまた、ぶつかり合うかわかりませんよ(笑)
ただ、どんなに意見がぶつかろうと、互いの人間性という部分で尊重しあう心があれば、一生合わない意見があろうと、こうした掲示板上でも人間関係の継続は可能ですね。
誰と言うことはできませんが、当板で激しいやり合いをしたあとで会い、「この前の掲示板の突っ込みよかったでしょう」なんて、意見の違いを超えて和気藹々と酒を酌み交わす人もいます(笑)
反面、議論を通じて人間関係にまで響く根底には必ず人格攻撃・人間性批判という別の側面が潜んでいます。この点が、実は掲示板マナーの根幹をなす部分なのではないかと思っています。
> 独歩…脱会時…被害…レスに対して、私が「実感が持てない」と…どれだけ冷淡なことを書いたものかと振り返ります。
いやいや、そんな。冷淡などということはありません。
痛みというのは経験したものでなければ実感できないのは当然ですもの。
> 創価学会に関わると…「仕方ないのでは」
そうですね。わたしは脱会後、「折伏」した相手には出来る限り、謝罪に行きました。
大概の反応は「ほれ、見たことか」と言ったところです。
> 私自身が、相手を思いやる気持ちに欠けていた…反省
このように記していただけるだけで、救われるものがあります。
脱会後、わたしは、元創価学会であったことを消し去るようには生きてきませんでした。ですから、その反撃で緊張した毎日を送ってきました。
その中で、極寒に暖を取った思いです。有り難うございます。
> 敬して遠ざける…非情に腫れ物を触るような感覚を覚えます。
そうでしょうね。このような一般的な見解を記していただくことは大変に重要なことです。この点はわたしも記したことがあります。
「布教に止まらず、、政治支援を呼びかける。周りの一般社会の友人は少なからず眉をひそめている。口を開けば、宗教・政治のことばかりとなれば、人に嫌がられるのも無理はない。しかし、本人は自分が批判的に見られているなどと思っていない。それどころか、「選ばれた人間である」とヒロイズムに酔いしれているのが実態だ。「自分は使命を担ってこの世に生まれた。その使命を果たすのだ」となる。一般の人は、その相手をするわけであるから、新興宗教特有の過激な攻撃をかわすためにお愛想で口を聞かざるを得ない。
なかには真剣に議論に応じ、断固、その非を説く人もあるが、多くは「触らぬ神に祟りなし」と決め込むのは致し方のない防御策であると言えよう。つまり、周りは火の粉が罹らない一定の距離を置かざるを得ないわけである。すると会員は本気で口を聞いてくれるのは組織の人間だけになって、世間はますます狭くなる。すると、会員にとって、その会だけが頼りになる。会に居続ける限り安堵感を味わえる。しかし、それには極めつけの限定条件がある。「先生」や組織をしてはならないということである」(『あなたは違う方向に歩いている』)
706
:
犀角独歩
:2003/11/04(火) 17:59
―705からつづく―
> 実際に犯罪行為としての嫌がらせや恫喝が、被害の事実として証言されているというのに、当の学会員の方の中には、平然と聞き流すばかりか、むしろ当然の報いなどと言い、そんなことよりも自分にいくらお金が入ってきて、どんな功徳があったかといった自分の話に夢中なわけです。
まったくですね。脱会、あるいは批判の制裁を加えられるのは「自業自得」とは恐れ入りました。
健全な組織体であれば、いわゆる「苦情処理」に余念がありません。
我が家で使っている居宅介護会社の社員名刺には、赤字で「社長室苦情処理受付」のフリーダイヤルの番号が印刷されています。この前、大型営業車に自動車にぶつけられたのですが、営業所には自己係が常駐しており、当然、保険加入で万全を期していました。
対社会と向かい合うとはこのようなことです。ところが「批判を許さない」「自分たちは絶対に正しい」と主張する集団では、被害を訴えたり、クレームを挙げることは、「言うほうが悪い」という形で門前払いをします。さらに門前払いどころか、批判を封じ込め弾圧し、被害者である当事者をあたかも加害者のように取り扱い、自分たちのほうが加害者面を決め込んでしまいます。
> そのような問題が自分の組織に現実問題としてあるということに、そのことに対して無感覚、無神経なわけですね。
その実例をここのところ見てきたので、よく実証されましたね。
> 自分の組織の問題なのに、なぜ問題視しないでいられるのでしょう。このような人間性を培ってしまうのが創価学会というところなのでしょうか。
この部分は追々検証していきたいですね。日本社会の大問題です。
ファンダメンタリズムという側面をわたしはずっと問題にしてきました。カリスマ信仰も問題にしてきました。そして、なにより、集団という組織が信仰にカテゴライズされる危険も訴えてきたのもそのためです。
> 犯罪行為にまでエスカレートする組織の問題を本当に改善できるのは、組織内の人でしかないわけです。社会的存在からいっても、しっかりと重要視してほしいものです。詭弁を通して、問題をうやむやにしてほしくはないものです。
まったく同感です。
> 私は、法華講にいて、自分の組織の問題には黙ってはいられませんでした。だからこそ、この掲示板に参加したものです。
そう、ここでした、当板の最も重要な特徴です。
管理人さんの重視される点であろうかと思います。
自分の所属する団体であるからこそ、自分が信仰するものであるからこそ、あるいは自分が語るものであればこそ、その責任を自ら追及すると言うことですね。
管理人さんのスタンスも、そこにあるからこそ、当板は有意義なのであると思います。
707
:
犀角独歩
:2003/11/04(火) 18:00
―706からつづく―
> なぜ、自分の組織の問題に目を向けられないのでしょう。
ここまで、掘り下げると、もはや破壊的カルト・マインド・コントロール理論で考えるしかないと、わたしには思えます。
「自分たちが正しい」「理解でいない人間が悪い」こうなっています。
善悪二極思考、フロムが権威主義的パーソナリティと言ったステレオ・タイプの価値判断で「善は自分たちに」「悪を他に」と考えられるように心理プログラムが植え付けられていると見えます。ここで力を発揮するのはファンダメンタリズムということでしょう。これが単一国家である日本の中で信・不信で人を差別する“シオニズム”を形成しているとわたしは見ています。
> 犯罪行為にまでエスカレート…嫌がらせや恫喝が現実的に起きている…それでも被害を受ける人が悪いという理屈…自分の思いばかりを通すことに余念がない…自己中心的な人格が築かれるその根本的な原因…
この点は熟考する必要がありますね。
> そのような考え方は、本当に日蓮の仏法の中から生まれたものなのだろうか、法華経の精神からくるものなのだろうか…私はこの点を知りたいと思います。
ええ、是非とも検証しましょう。
敬愛する日蓮、仰ぐ法華経の、敢えてタブーの垣根を越えること、そこに見える真実があるはずです。
> …牧口氏が「価値の創造」…「美・利・善」…日蓮仏法や法華経の精神から生み出されたものではなくて、牧口氏個人の思想観から示されたもの
ええ、まったくそのとおりでしょう。
「創価」とは価値創造、創造価値で創価です。もちろんのこと、蓮祖とも、法華経とも何の関係もありません。創価教育学会は元は教育者の会でした。
> 創価学会の今日の問題の根本があるのではないかと推測するのですが、その点、如何お考えになりますか?
この点については、皆さんのご意見も伺いたいと思いますが、わたしは個人的には、概ねアネモネさんと同様に感じます。
第一仏法には、そもそも「創造」という概念それ自体がないでしょう。この点を純師が「創価」という名称に意義を述べ立てたのは夙に有名な出来事でした。つまり、創価教育学説を蓮師教学で考えようとした瞬間から躓いていたとわたしは思います。そして、戦後、さらに生命論で潤色されます。これはもはや、蓮師の素意とはまるで別のものであって、名を蓮師に籍りながら、実際は牧口価値創造論と、戸田生命論を混ぜてしまったものでした。この創価論・生命論を蓮師に懸けてその責を追及することは、よほど酷なことであるとわたしには思えます。このスレッドのテーマで言えば、純粋な蓮師教学に自分達の考えを混ぜた点を罪過と数えるべきであると思うものです。
708
:
背景探求123
:2003/11/05(水) 23:09
サスガに深い洞察です。 これでヤット「思い起こすこと無く脱会できます」「数々の御議論はとても示唆に富み、有意義でございました」、。 新たなる「本当の日蓮仏法は???」に向けて、前向きに精進する覚悟と意欲に燃えて居ます。有り難う御座いました。
709
:
沖浦克治
:2003/11/05(水) 23:36
私にとって、創価学会とは大恩人の集団です。
私の家族や、私の周りの多くの人間や家族達に、勇気と希望を与えつづけ、今日のこの人たちに大成功の人生をもたらした素晴らしい集団です。
私の知る限り創価学会の存在意義は、この人々にとって何にもかえがたいものです。
はこの人達にとっては、暖かさ、きびしさ、包容力、指導力の全てを備えた創価学会は、人生のオアシスです。
私や、私の周りの人たちは、創価学会員である事が心の底から幸福である、と思いながら人生を送っております。
この行為は、充分に社会に貢献をしていると思います。
無論のこと、そう思わない自由も存在いたします。
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