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創価学会の功罪を考える
635
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 01:13
続きです
私自身、この信心に確信を持ったのは、二つの体験でした。
ともに19歳のときです。
一度は、知らない山道を、単車で雨の夜に走っていた時の事です。
このころは、何処に学会活動に行くのも単車だった時代です。
不意に寒気がし体か震えました。
2〜3秒して、今度は運転が困難なほど震えがきたのです。
単車をとめてゴーグルを外すと、2メートル程先で路は無くなっており、切り立ったがけの手前にいたのです。
助かった!と思わずお題目が出ました。
2度目は、同じく単車で走っていてトラックと正面衝突をした時の事です。
当時、創価学会から、単車に乗るときはヘルメットをかぶれ、と指導がでていたので、私もいやいやかぶっておりました。
無ければ即死であった、と後に聞き助かったと思いました。
右膝に深刻なダメージを受け、入院先の医者からは2度と治らず、右足は90度以上曲がる事はない、との宣告を受け、よしお題目で直そう(このころは純心だったのです)と決意いたしました。
病室で一日3万回の唱題をいたしました。
すると幹部がぽかぽかと熱くなるのです。
よし直る、直る、と唱題に励んだところ、4週間と2日で自分で歩いて退院が出来たのです。
後遺症などは残りませんでした。
この二つの出来事は、私に確信をくれました。
その後結婚をし、家庭を持ちましたが、貧乏で貧乏でどうしようもないほどでした。
長男が生まれた日に、私の財布には50円ぐらいしかなかった事を覚えております。
三男がおなかにいるころ、派遣で部長(当時は総ブロック長)の任命を受けました。
部員は101名、ところが結成式は私も含めて3人しか参加しません。
惨憺たる組織だったのです。
自宅で唱題していて突然気が付きました。
自分はこれまで、折伏何所帯とか、結集何人とか、そんな事ばかりを祈っていた。
自分の貧乏の宿命と正面から取り組んで祈ろう、組織をよくする事で自分の生活がよくならないのであれば、自分の信心がおかしいんだ。
初めて気が付いたのです。
その日から、自らの宿命転換と、組織の一人一人の部員たちの成長と幸福のみ、を祈りました。
半年ほどで組織は見る見るよくなり、60名程度出てくるようになり、不思議な縁で新しい仕事がきまリ給料は3倍になりました。
以来お金に困る事は無くなり、現在に至っております。
そのとき、境涯が開けるとは本当なんだ、と実感を致しました。
その後引越しをし、壮年部に移りましたが、そのころの仲間とは今でも交流があります。
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