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創価学会の功罪を考える
634
:
沖浦克治
:2003/11/03(月) 00:32
皆様方に
私は16歳で創価学会に入会いたしました。
昭和37年9月10日の事です。
前年、母が入信を致しました。
父は貧農から見をおこし、自力で一橋大学を卒業し、その後某保険会社の重役になりましたが、昭和29年部下の使い込みが原因で職を失い、後は転落のみの人生でした。
母は自殺を図りましたが一命を取り留め、その後縁あって創価学会に入会いたしました。
当時、我が家は住むところを何度も追われ、土蔵を改良した家に一家5人が吹き寄せられるようにして住んでおりました。
私は高校を中退し、非行に走る毎日でした。
母の入会は、友人に、この信心をすれば必ず幸せになれる、と聞かされ、藁をもつかむ思いで入会をしたそうです。
入会したその日から、母は保険の外交の仕事の合間を縫うようにして学会活動に励み、それこそ狂ったように題目を唱えはじめました。
私は最初大反対をしておりましたが、折伏に訪れる男子部以外には相手にしてくれる人もありませんでしたので、渋々ながら座談会に参加いたしました。
座談会には圧倒されました。
名も無く貧しく、地位も名誉も持たない人たちが、勇気と希望に溢れ輝くような姿で集っていたのです。
この人たちは信用できる、と私は直感しその場で入会を決めました。
そのとき、皆様方からら頂いた大きな拍手と祝福の言葉は決して忘れません。
その後先輩から頂いた、戸田先生の、青年訓、国士訓は強烈な印象を私に与えました。
世間から嫌われ、家族からも疎まれ、友人も無く、世をすねて生きている私のような人間に、これほどまで期待をかける指導者がいる、自分は一生この道を生きよう、と決意し現在にいたっております。
母は現在91歳、弟の家に同居し、幸せに暮らしております。
父はまもなく入会をし、保険会社の部長待遇に返り咲き、昭和48年10月12日、御書にある通りの成仏の相で永眠をいたしました。
自分の人生は成功であった、決して創価学会を離れるな、との言葉が遺言でした。
池田先生からお香典を頂きました。
『正本堂建立のこの日まで、生き長らえたあなたを決して忘れません』
香典にはこう添えられておりました。
私たち家族はこの池田先生の言葉を決して忘れる事はないでしょう。
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