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創価学会の功罪を考える
612
:
アネモネ
:2003/11/02(日) 14:07
(つづき)
>蓮祖直読の創価学会を退転せずにいる事が証拠です。
何度も申し上げますが、そういうことは証拠にならないのです。
もっといえば、創価学会が蓮祖直属であるということの証明も求められます
創価学会に所属しているから正しい。これは、あなたが御書を誰よりも理解している証明になっていないのです。
それは戒壇之御本尊を護持している法華講に所属しているから正しい。
これが正しさの証明になっていないのと全く同じです。
そのような宗創バトルの段階はこの掲示板では終わっております。
何度もしつこく申し上げておりますが、ここの掲示板は、沖浦さんの示す尺度で議論をしている場ではないのです。沖浦さんは、そのことを全然理解されないばかりかまるで無視をし、さらには参加者をことごとく見下しながら、自分の一方的な尺度の押し付けを何の根拠もなく投稿し続けておられます。これが今後も続くようでは、掲示板運営に対する妨害ではないかと私は感じております。
結局、学会に限ったことではなく法華講組織もそうだったように、組織の批判を絶対に許さない体質そのものが一番の問題かと思います。絶対に正しいとするから、批判を許されない。恐らくそこが最大の問題といえるでしょう。
ですから過去に起きたという言論弾圧や出版妨害といった事件は、そのような批判を許さない本質的な組織体質が象徴されたものといえるわけで、事件そのものは過去に解決済みだとしても、実際には今も尚その言論封鎖の体質を個々の学会員たちが連綿と受け継いでいるということがいえるかと思います。弾圧・妨害の方法が、合法的かつ巧妙になったということであって、批判を許さない体質そのものは何も改善されてはいないといえるでしょう。
沖浦さんのレスも、創価学会批判に対する反論と抗議の姿勢が貫かれておられます。批判に対して「そう思うのは自由だ」と書いてはおられますが、自ら告白されているように人を見下す感情的な文面から滲みとれる意識とは、創価学会批判を断じて許さないというところではないでしょうか。そこを一貫して主張しようと、恐らくその使命感をもってここにおいでになった。そんな印象を受けますね。
創価学会を最も批判するのは、他ならぬ脱会した人なわけです。その目で見、聞き、したこと、されたこと、それらを公言し始めるとなると、世間的評価は更に落ちますし、また内部的には、更なる脱会者も出ては困るので、なんとしても言論を封じ込めたいものなのでしょう。
その方法としては、見せしめとして、その人に退転者の烙印を押せばいいわけです。それだけで現役学会員は強い使命感をもって、退転者の言動に揺さぶりをかけ、弾圧・妨害をしていくといった構造があるのではないでしょうか。そうしたことが多くの脱会者の方々の被害の実態を連ねたレスから見受けられますね。
また、それをやらなければ、今度は自分の信心が足りないなどと矛先が組織から向けられ、攻撃を受けかねないものなのかもしれません。
創価学会についてのみ書きましたが、しかし、独歩さんが書かれているように、この体質は何も創価学会に限ったことではないでしょう。法華講も顕正会も、いずれも自分の組織が唯一正しいということで、組織の批判を許さない体質は全くどこも共通していると思います。ただしかし、私は法華講を退転しておりますが、創価学会で聞かれるような被害は全く受けておりません。このことだけは、ここに証言として書いておきたいと思います。
ただいずれにしても、その組織が唯一正しいと主張することは、同時に組織以外は全て間違っていると考えるわけですから、正か邪かという完全二極思考であり、その時点で柔軟な思考は出来なくなります。
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