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創価学会の功罪を考える
613
:
アネモネ
:2003/11/02(日) 14:10
(つづき)
ガンコさんが沖浦さんに書かれた中にもあった、この掲示板の流儀、言葉を変えればスタンスとは、そこが大きく違うと思うのだろうなと思います。正か邪かということだけに捉われず、批判を許さない姿勢を脱却して疑問を持ち、そのうえで議論を重ねてきたのがこの掲示板のスタンスであり、最も画期的なところだったといえるでしょう。
だからこそ、組織の違う者同士が、組織を背負ったなじり合いに陥ることなく、ここまで有意義な議論を積み上げてきてきたものだと思います。
そもそもそこが沖浦さんの有する尺度と全く大きく違うところでしょう。対話や議論が噛み合わないところはそこに起因しているといえます。
沖浦さんだけでなく、言葉の乱暴な人は、これまでにもたくさんいました。私だって過激なときもしょっちゅうでした。その点は、同じサガというものを感じなくもありません。
しかし、大きく違うのは、自分の教団の批判に目を向けられるか、そのことをタブー視しないか、そこだろうなと思います。
法華講に席を置く者が、法華講の問題点を挙げ批判を述べる。学会の人が学会の問題点に目を向ける。顕正会の人が、顕正会の反社会的傾向に目を向ける。
全て、組織からすれば、みんな謗法・退転と呼ばれる行為です。個人が特定されれば、場合によっては除名や破門となるでしょう。
それでも、問題に目を向け、情報を交換して議論を重ね、真の日蓮仏法を考えようとしてきたのが、いわばここの流儀といえますし、それが他に類をみないこの掲示板のスタンスであり、最も画期的なところだと評価できるのではないでしょうか。
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