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創価学会の功罪を考える

684アネモネ:2003/11/04(火) 01:48
(つづき)
>『私はあなたの意見には絶対に反対である、しかしあなたが意見を述べる権利は死守する』
 これが言論人の態度であるべきです。

その前提があります。掲示板のルールにのっとるということです。
そのルールの中には、趣旨を理解するということが大前提として含まれます。趣旨を理解できない方の参加は認められないはずです。
しかし、これは管理人さんのご判断に任せます。

>然しながら、次から次へとご質問を頂きますので、思うに任せません。
 とりあえず体験を書き終えるまでの間、少しご質問をお控えいただきたいのです。

断定的に書かれた以上、その根拠が求められます。根拠も示さないうちから、どんどんと話がすすめられては困りますから、それは仕方のないことだと思います。

>私に対話を勧めながら、あなたは私の質問を無視されたままです。
 先ずお答えになられるのが筋かと存じます。

以下の2点でしょうか。

>では何故富士門流の掲示板にいられるのですか?

組織信仰について考え、その中で、私が関わった日蓮仏法が何であったかを知っておきたいからです。
ただし、私も真蹟主義の立場を支持しておりますので、引用された御書につきましては、信じてはおりません。

>皆様方でよてたかって創価学会を悪だ、と決め付けているではありませんか。

悪だと決めつけているわけではありませんが、沖浦さんが自身が、創価学会とご自分を客観視できないだけだと思いますね。

>あなたには、これらの発言が創価学会擁護に取れるのですか。
 お答えくださいませ。

どういうことでしょう。沖浦さんからすれが、如何なる人も、創価学会のことを擁護しなければならないというお考えなのでしょうか。
ましてやこの方々は、創価学会被害者の方ですから、尚のこと擁護などできるはずもありません。
私についても同様です。完全擁護の立場も、完全批判の立場もとる気はありません。
ただし、被害者の方々の発言権はは大事にします。この方々は、創価学会から多大な人権侵害を受けておられてきたのですから、私は大変お気の毒に思いますし、社会問題として捉え、このような被害が起きないような対策を社会的に講じていくべきだと考えます。

沖浦さんにとっては、池田さんや戸田さんを批判されることは、本当に許せないことだろうと思います。
しかし、創価学会という組織は、沖浦さんが自身が言われるように、その規模は決して小さくはありません。社会的影響力も大きいわけです。
そのような組織の会長ともなければ、もうこれは立派な公人といえるでしょう。
公人ということになれば、社会から如何なる批判を受けても仕方のない存在なわけです。
そしてもっといえば、ここに記された方々は、実際に何らかの被害を被っておられる方々であり、そのことを訴えているわけです。被害を訴える権利はあると思いますし、それを社会的問題として考えなければならないと思いますね。その訴えを妨害されることは、私は本意ではありません。
沖浦さんの投稿がそのような妨害の意図ではないというのであれば、被害者である彼らの声にも耳を傾けて頂きたいものと思います。


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