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創価学会の功罪を考える

706犀角独歩:2003/11/04(火) 17:59

―705からつづく―

> 実際に犯罪行為としての嫌がらせや恫喝が、被害の事実として証言されているというのに、当の学会員の方の中には、平然と聞き流すばかりか、むしろ当然の報いなどと言い、そんなことよりも自分にいくらお金が入ってきて、どんな功徳があったかといった自分の話に夢中なわけです。

まったくですね。脱会、あるいは批判の制裁を加えられるのは「自業自得」とは恐れ入りました。
健全な組織体であれば、いわゆる「苦情処理」に余念がありません。
我が家で使っている居宅介護会社の社員名刺には、赤字で「社長室苦情処理受付」のフリーダイヤルの番号が印刷されています。この前、大型営業車に自動車にぶつけられたのですが、営業所には自己係が常駐しており、当然、保険加入で万全を期していました。
対社会と向かい合うとはこのようなことです。ところが「批判を許さない」「自分たちは絶対に正しい」と主張する集団では、被害を訴えたり、クレームを挙げることは、「言うほうが悪い」という形で門前払いをします。さらに門前払いどころか、批判を封じ込め弾圧し、被害者である当事者をあたかも加害者のように取り扱い、自分たちのほうが加害者面を決め込んでしまいます。

> そのような問題が自分の組織に現実問題としてあるということに、そのことに対して無感覚、無神経なわけですね。

その実例をここのところ見てきたので、よく実証されましたね。

> 自分の組織の問題なのに、なぜ問題視しないでいられるのでしょう。このような人間性を培ってしまうのが創価学会というところなのでしょうか。

この部分は追々検証していきたいですね。日本社会の大問題です。

ファンダメンタリズムという側面をわたしはずっと問題にしてきました。カリスマ信仰も問題にしてきました。そして、なにより、集団という組織が信仰にカテゴライズされる危険も訴えてきたのもそのためです。

> 犯罪行為にまでエスカレートする組織の問題を本当に改善できるのは、組織内の人でしかないわけです。社会的存在からいっても、しっかりと重要視してほしいものです。詭弁を通して、問題をうやむやにしてほしくはないものです。

まったく同感です。

> 私は、法華講にいて、自分の組織の問題には黙ってはいられませんでした。だからこそ、この掲示板に参加したものです。

そう、ここでした、当板の最も重要な特徴です。
管理人さんの重視される点であろうかと思います。

自分の所属する団体であるからこそ、自分が信仰するものであるからこそ、あるいは自分が語るものであればこそ、その責任を自ら追及すると言うことですね。
管理人さんのスタンスも、そこにあるからこそ、当板は有意義なのであると思います。


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