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創価学会の功罪を考える
1
:
管理者
:2002/03/08(金) 17:18
ここから、このスレッドの過去レスを見る事が出来ます。
http://kamakura.cool.ne.jp/gomoyama/keijiban/kouzai.htm
板東様、アネモネ様、いちりん様から、スレッドテーマの提案が有りました。突っ込んだ議論をよろしくお願い致します。
提案文は以下の通りです。
名前: 板東 投稿日: 2002/02/10(日) 21:25
要するに公明党が政権与党になっている点,マスコミを抑えてしまった点,有り余る財産で銀行を掌握してしまった点,また,金にモノを言わせて,嫌がらせ裁判をたくさん起こして反対勢力を弾圧している点,完全に日本を支配している,これは問題ではないんですか.
名前: アネモネ 投稿日: 2002/02/10(日) 21:34
思い切って、「創価学会の功罪を考える」(仮題)といったようなスレッドを立ち上げてみてはどうでしょうか。私も、宗門サイドの半ば偏重的なアナウンスではない正しい認識として、過去も含めた事実を知っておきたいです。
名前: いちりん 投稿日: 2002/02/10(日) 22:02
「創価学会の功罪を考える」っておもしろそうですね。きっと活発な論議になるとは思いますが、たぶん荒れる可能性もありましょうね。でも、やってみないとわからないか。
412
:
愚鈍凡夫
:2003/10/26(日) 13:17
あっ、ガンコさん、ご無沙汰しております。
小生は、「私は創価学会のスパイだった」を持っているわけではなく、学会関係の事件に関するファイルを入れたフォルダの中にあったので引用したまでです。
したがって、「正本堂に就き宗務御当局に糺し訴う」という浅井さんの論文の存在は存じていますが、拝見したことはありません。
聞くところから想像しますと、終末思想の上から現状を分析して、"未だ広宣流布せず"との論理展開をし、「正本堂」を「本門の戒壇」と呼ぶのは間違っているとの主旨の論文だと思いますが、結果的に池田さんの「本門の戒壇」建立の野望を阻止した(「本門の戒壇」と騒いでいたのは池田さんだけですから)という意味では、浅井さんの諌曉は評価すべき行為だと思います。
ただ、池田さんとすれば、見切り発車で既成事実を先に作り、後は宗門を締め付けて「正本堂」が「本門の戒壇」であることを認めさせようとしたんでしょうが、思いの外頑強な日達師の抵抗に遭い、頓挫したというのが真相かと思います。
413
:
路
:2003/10/26(日) 14:28
沖浦さま お返事ありがとうございます。
私見ですが、上部からの打ち出し、指導を取捨選択できるのは
沖浦さまに「役職」がないからだと思います。
学会は、個人が意見を自由に言えて、自由に選択して活動できる
組織ではないと思っています。
414
:
ガンコ
:2003/10/26(日) 16:02
愚鈍さん
じつは、顕正会で出している書籍には、この「正本堂に就き宗務御当局を糺し訴う」がないのです。
もともとないのか、あるいは途中で引っ込めてしまったのか、わかりません。
記念すべき第一回目の諌暁書なのになぜなんだろう? っていうのが聞きたかったんですが、そんなこと愚鈍さんがご存知のわけないですよね?
どなたか、知ってる方、ご教示ください。
415
:
愚鈍凡夫
:2003/10/26(日) 18:11
一言
「パス」 はいよっ!( ̄  ̄ )ノ"⌒▽〜〜ヾ(^^;;
416
:
ワラシナ
:2003/10/26(日) 20:11
「正本堂に就き宗務御当局を糺し訴う」が掲載されてる書籍について。
0、ガンコさま、始めまして。もと顕正会だったワラシナです。
1、54年の今ころ妙信講に入った時先輩から、あれ読まなければ御遺命守護の精神はわからない、と言われて「正本堂に就き宗務御当局を糺し訴う」のテキストを渡されましたが、それは教学理論誌「冨士」の特集での再版掲載だったと記憶してます。
ただ御観察の如く、あれ以来復刻版みたいな形で一般会員に配布される機会は、本当に少ない、奇妙に感じられる程「今では」少ないですね。
ですが、当時はごくありふれていて、「正本堂に就き宗務御当局を糺し訴う」が掲載されてる復刻版の「冨士」が本部窓口で(在庫があれば)買えたのです。そう記憶してます。間違ってたら古参講員の情報提供をお願いします。
今でも、もっと誇らかに扱ってもよさそうに感じますが、「御遺命守護は完結した」とされる今ですから今後登場する機会はもっと少なくなると思います。
2、HPでは櫻川さんの処で探してもなかった。以前有った「世雄会」には全文掲載されていたと記憶しますが。
3、ですから、「私は創価学会のスパイだった」の末尾での全文掲載には、大きく目を見開かされた時に味わうような感動を憶えました。
教団外部書籍ではあの当時唯一まともな形で妙信講情報が公開されたものではなかったでしょうか。
その著者「下山」氏も「正本堂に就き宗務御当局を糺し訴う」を講員から借りた「冨士」で初めて知った筈です。
4、従って、今それを目にする機会がめっきり減った原因は「冨士」の廃刊に求められそうに思います。
417
:
ガンコ
:2003/10/26(日) 21:05
ワラシナさん、どうもです。
ご教示ありがとうございました。
わたくしは、あなたよりもずいぶんあとに入信したものです。詳しくは申せませんが、解散弾圧十周年記念特集「御遺命守護の戦い」(冨士二百五十号)を学んだクチです。あの本には、「糺し訴う」の序文と末文が抜粋して載っているだけですし、わたくしの記憶では、いちどたりとも第一回諌暁書の全文を学んだことはありません。
たまたま、学会より入会してきた方に「スパイだった」をいただきまして、最初に読んだときはよくわからなかったけど、最近、読み直してみて、けっこう感動しました。
ですから、復刊してもよさそうなものだと思いました。
418
:
沖浦克治
:2003/10/26(日) 22:44
路さん
私に役職はありませんが、あっても同じです。
また創価学会の役職は、強制的に任命されるものではありません。
役職のある人と無い人では、圧倒的に役職の無い人のほうが多いことも事実です。
もしあなたが言われるように、役職を持つと上からの打ち出しに反対でき無いことが事実であるならば、役職に付くときは慎重にすべきです。
最後は本人がそれらを考慮し判断したらいいでしょう。
私は男子部では部長でした。
壮年部では役職は要りませんとお断りいたしました。
昭和54年ごろから、宗門は邪宗であることを確信しておりましたから、登山会に参加することが汚らわしく思えて嫌だったからです。
役職があれば立場上お互いに困ったでしょうね。
それでも知らないうちに、壮年部の副B長になっておりました。
あるとき支部幹部が家庭訪問に訪れ、登山会に参加するよう言われたので、私ははっきりと『あのような謗法の場所には行きたくありません』とお答えいたしました。
大変ご立腹でお帰りになりましたが、後で大問題になり私は要注意人物になったようです。
その後転居し、本当に役職とは縁が切れました。
今要請があれば役職に付いても言いと思いますが、最初に嫌な事はしない旨はっきりと言うでしょうね。
419
:
沖浦克治
:2003/10/26(日) 22:58
路さん
>学会は、個人が意見を自由に言えて、自由に選択して活動できる
組織ではないと思っています。
創価学会は大変自由な組織だと思います。
友人が法華講におります。
所帯数の少ない(200程度か?)お寺の所属です。
元学会の圏幹部がいるそうです。
その人は創価学会のことをぼろくそに言うそうです。
私は思います、先ず自分が創価学会で、中心者として指導をしていた時のことを反省すべきでしょう。
そして、その人と昔からいる壇徒の方で強烈な勢力争いがあり、僧侶は自分の生活の事のみ考え、この間で困っている信徒の立場には、無関心だそうです。
驚いた事には、ほとんどのお寺がこの様な状態にあり、新入信者がいてもすぐに活動しなくなってしまうとの事でした。
多くの信徒は言いたい事など言えず、住職と根檀家の役員と元圏幹部の顔色を伺い、いつも下を向いてビクビクしているようです。
こんな組織より、創価学会は100倍はましでしょう。
420
:
沖浦克治
:2003/10/26(日) 23:07
Leo さん
創価学会を辞めてはいけません。
ご自分が世間実証を示せば、回りの幹部等は何も言わなくなります。
それを目指されるべきだと思います。
421
:
Leo
:2003/10/27(月) 00:10
沖浦克治さん。
>創価学会を辞めてはいけません。
学会が将来はっきり仏教団体であることを放棄すれば、その時は辞めると思いますし、
万が一学会が将来日蓮正宗に復帰するようなことがあれば私の今までの言動から辞めざる
を得ないと思っております。自分の思うところを主張して、辞めざるを得なくなる
あるいは辞めさせられるということがあれば、その時はその時と覚悟しております。
>ご自分が世間実証を示せば、回りの幹部等は何も言わなくなります。
>それを目指されるべきだと思います。
幹部指導を受けに行けば「文句があるなら折伏して来い」という指導しか貰えませんが、
特に幹部指導を受けに行かなければなにも言われなくなり放置されるので、今のところ
問題ない状況です。
422
:
MILD SEVEN
:2003/10/27(月) 02:20
<タイムリーな問題>
これ以上、創価が体質改善無きまま政権に食い込むと、国民の税金を何に使われるか?不安です。
カルトの布教の為に世界に資金流失等、池田氏個人の勲章取りの費用かな?
本格的に世界征服の野望を燃やすでしょう。あの名誉会長連中は。
貧乏するのは一般国民・・・なんてことは阻止しましょう
http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=kokoroqq
http://8022.teacup.com/momo7/bbs
423
:
みかん
:2003/10/27(月) 16:47
ガンコさん
「夫一心に十法界を具す。」
「故に成道の時、此の本理に称ひて一身一念法界に遍し」
これと、「梵我一如」はまったく違います。
己心や一心は因縁生起するもので、アートマン(我 が)とはことなるからです
また法界も因縁生起するもので、ブラフマン(梵)とは異なるからです
424
:
犀角独歩
:2003/10/27(月) 19:04
何日か前にウイルスを食らい、メインのコンピュータが使えず、投稿ができずにいました。今の段階でも、サブコンピュータで訥々と入力できる程度です。
勝手気ままな放言が横行しているのに辟易とロムしていました。言いたいところは山ほどありますが、まず述べなければいけないところを先に記します。
(1) 石山を「邪宗」ということ、戸田さんを「諸悪の根元」というのは同レベルではありません。「邪宗」は一般流通文書に使えない不適切な差別語であるのに対して、「諸悪の根元」は一般に表記される成句です。また、わたしが戸田さんについて、かくのごとき結論を出すのは過去50年間の我が家の被害に基づく記述です。また、かつて創価学会・戸田さんは「日蓮正宗を国教化し国立戒壇を建てる」と言って、人心を煽動したけれど、そのような創価学会の方針はいとも簡単に反故ににされた、それ故、その創価学会・戸田さんの指導に従った人々は多大な被害を被り、その脱会者は1000万人も上るものとなった。また、戦後、日本社会において「折伏闘争」と称する常識を逸した勧誘行為を繰り返し、さらに昭和45年に池田さんが社会に謝罪をしなければならなくなった言論出版妨害という自由への迫害など、それらの創価学会の「罪」のその元々の原因は戸田さんに求められる故に「諸悪の根元」と説明の上で記したわけです。それと不適切・差別語を弄して自分の所属する団体と敵対関係にある団体に暴言を吐くことと同レベルではありません。
(2) 寛師漫荼羅という意見がありますが、寛師が書写したものを「寛師漫荼羅」ということ富士門では一般的なところです。しかしながら、寛師の漫荼羅が蓮祖の漫荼羅を写したものであるから、それは蓮祖漫荼羅であるというのはいちおうの意見として受け取れないことはありません。しかしながら、この場合、寛師が書写した導師漫荼羅は蓮祖漫荼羅とその相貌が違うがこれを蓮祖漫荼羅をできるのかという問題がまずあります。近代の導師漫荼羅を否定したのは創価学会でしたから、この線に則れば、この寛師漫荼羅は単純に蓮祖漫荼羅と呼ぶことはできないことになります。また、蓮その漫荼羅を書写したものはすべて蓮祖漫荼羅であるというのであれば、他五老方が書写したものも、現在の顕師の書写したものもすべて蓮祖漫荼羅ということになるでしょう。つまり、それを否定することは蓮祖漫荼羅を否定することになります。「そうは思わない」などという無責任な不同意はここでは論外とします。
(3) 社会の戦禍その他に目を向けよという意見はいいでしょう。では、その創価学会は何をしてきたのか、イラン、イラク、イスラエル、北朝鮮という核問題にも関わる国に対して、どのような折伏・広宣流布をしてきたのかという問いに対して、「これからする」という答えが返ってきました。これは要するに創価学会は過去半世紀、何の平和行動も実際の戦禍に対しては行ってこなかったことを意味します。また、その世界危機の重要人物であると目されるブッシュ、フセイン、ラディン、金という人々にどのような折伏をしてきたのかという問いに対しても「これからする」というわけです。
結局のところ、戦禍からの脱却のための平和のための実際行動をいままで何一つやってこなかったのが創価学会の実態であることが明らかとなりました。それにも関わらず、あたかも世界に向けて折伏・広宣流布を行っているように見せかけ、巨額の「広布基金」「特別財務」という寄付を集めるその口上に「広宣流布には金がかかる」と言ってきた実際の広宣流布なき収奪をわたしはそうか創価学会の「罪」の一つとして、明示したいと思います。これまた「そうは思わない」という無責任な不同意とは無縁の提示です。
もし、創価学会池田さんが上述の国家、人物に折伏をし、世界平和のために広宣流布をすい試飲しているというのであればその実例を挙げる以外の「思う・思わない」という個人の判断はここでは意味をなしません。
(以上でいう広宣流布は創価学会の用法を奪って論じたもので、わたしの各資料から考えるその語彙の原意とは隔たっています)
427
:
MILD SEVEN
:2003/10/27(月) 19:08
キリスト教界で異端とされる三位一体を認めない教派。エホバの証人。モルモン教。統一教会。
一方、池田創価は釈迦や法華経さえも否定しています。
やっている事は池田経でしょう。
これ以上、創価が体質改善無きまま政権に食い込むと、国民の税金を何に使われるか?不安です。
カルトの布教の為に世界に資金流失等、池田氏個人の勲章取りの費用かな?
本格的に世界征服の野望を燃やすでしょう。あの名誉会長連中は。
貧乏するのは一般国民・・・なんてことは阻止しましょう。
創価学会は変ですね。<法華経を否定する池田大作大先生>に従うなら、学会の御本尊など燃やしてしまえばいいのに。
どうせ、本山のものと違うものだから。
池田経で、ご本尊でも創作すればいいのに。
それとも詭弁経かな?
これからは、創価学会・池田経と呼びましょう。
http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=kokoroqq
http://8022.teacup.com/momo7/bbs
428
:
沖浦克治
:2003/10/27(月) 22:00
犀角独歩さん
PCのウイルスは日々新しいもんがでて来ます。
ウイルスバスターの導入は効果があると思います。
私はネットで購入いたしました。
ワクチンの新しいものを、毎日送ってくれますよ。
>(1) 石山を「邪宗」ということ、戸田さんを「諸悪の根元」というのは同レベルではありません。
同じレベルであろうとなかろうと、他者を攻撃してる事には変わりがありません。
あなたは私が日蓮正宗を『邪宗』ではなく諸悪の根源』と呼べばご満足でしょうが、私がそう呼べば、必ずまたそなたかが苦情を言って来ると思いますよ。
>また、わたしが戸田さんについて、かくのごとき結論を出すのは過去50年間の我が家の被害に基づく記述です。
なたのご家庭ではそうでも、私は、一家を挙げて大変よい影響を受けたのです。
へーそんな人もいるのだな、ぐらいの感がいたします。
>かつて創価学会・戸田さんは「日蓮正宗を国教化し国立戒壇を建てる」と言って、人心を煽動したけれど
私の持っている録音の中で戸田先生は『日蓮正宗を国教には絶対にしない 』とご発言です。
私はあなたよりも、戸田先生を信じます。
>それ故、その創価学会・戸田さんの指導に従った人々は多大な被害を被り、その脱会者は1000万人も上るものとなった。
大変ユニークなご意見ですが、私の周りにそんな人は存在致しておりません。
>戦後、日本社会において「折伏闘争」と称する常識を逸した勧誘行為を繰り返し、
蓮祖のご遺命ですから、文句は蓮祖にお願いいたします。
>さらに昭和45年に池田さんが社会に謝罪をしなければならなくなった言論出版妨害という自由への迫害など、
この問題は戸田先生の折伏とは無関係です、少し論理が飛躍していますよ。
>それらの創価学会の「罪」のその元々の原因は戸田さんに求められる故に「諸悪の根元」と説明の上で記したわけです。
あなたのご家庭で不幸な出来事があり、あなたは戸田先生のせいだと思っいる。
あなたが何を思いどうを主張され様とご自由です。
同じく、私が戸田先生を『地涌の菩薩の棟梁』として敬い、人生の師匠として心の底から尊敬申しあげることも自由です。
>それと不適切・差別語を弄して自分の所属する団体と敵対関係にある団体に暴言を吐くことと同レベルではありません。
あなたの発言は私には暴言であり、私の発言はあなたには暴言なのです。
立場が違うのですから双方が満足できる表現は存在しないでしょう。
お互いに耐えられ無ければ、無視するか、掲示板を去るしかないと思います。
429
:
沖浦克治
:2003/10/27(月) 22:21
>(2) 寛師漫荼羅という意見がありますが、寛師が書写したものを「寛師漫荼羅」ということ富士門では一般的なところです。
この表現自体に、宗門の思い上がりが顕れています。
自分達の法主は蓮祖と同格だ!との恫喝を私は感じます。
もちろん、あなたがお感じになられないことは、ご自由ですよ。
>寛師の漫荼羅が蓮祖の漫荼羅を写したものであるから、それは蓮祖漫荼羅であるというのはいちおうの意見として受け取れないことはありません。
寛師の曼荼羅などこの世に存在いたしません。
寛師書写の蓮祖の曼荼羅です。
一応であろうが、再応であろうがお力のある曼荼羅は、蓮祖のものしかありません。
それ以外は、蓮祖敵対の邪儀です。
>寛師が書写した導師漫荼羅は蓮祖漫荼羅とその相貌が違うがこれを蓮祖漫荼羅をできるのかという問題がまずあります。
何が問題なのですか?
蓮祖の曼荼羅と相貌が違うのならば、偽曼荼羅です。
寛師が書いた事が事実ならば、寛師はその程度の法主です。
さもありなんとは思いますが、事実を知りませんのでおいておきましょう。
>他五老方が書写したものも、現在の顕師の書写したものもすべて蓮祖漫荼羅ということになるでしょう。
あたりまえです。
>それを否定することは蓮祖漫荼羅を否定することになります。
不思議な人ですね、何故くどとあたりまえの事を声高に述べているのですか?
432
:
沖浦克治
:2003/10/27(月) 22:53
>(3) 社会の戦禍その他に目を向けよという意見はいいでしょう。
いい意見などではありません。
意見として捉えている事態、蓮祖門下とは呼べないと思います。
広宣流布は蓮祖のご遺命です。
>その創価学会は何をしてきたのか、
宗門の反対を押し切りSGIを創設いたしました。
>イラン、イラク、イスラエル、北朝鮮という核問題にも関わる国に対して、どのような折伏・広宣流布をしてきたのかという問いに対して、「これからする」という答えが返ってきました
その通りこれから本格的にやるのです。
あなた方は何をやるのですか?
ご返事をお願いいたします。
>これは要するに創価学会は過去半世紀、何の平和行動も実際の戦禍に対しては行ってこなかったことを意味します。
反戦活動を精力的に行い、世界の識者たちからは高く評価をされております。
揚げ足をとっての決め付けは、どうかと思いますね。
ところで、あなた方は具体的にこの50年間、この問題に対してどのような行動をされていたのかを、お教えくださいませ。
>その世界危機の重要人物であると目されるブッシュ、フセイン、ラディン、金という人々にどのような折伏をしてきたのかという問いに対しても「これからする」というわけです。
あなたは少し蓮祖の法から外れているように感じられます。
『去ぬる建長五年[太歳癸丑]四月二十八日に安房の国長狭郡の内東条の郷今は郡なり、天照太神の御くりや右大将家の立て始め給いし日本第二のみくりや今は日本第一なり、』(聖人御難事)
権力の移動により右大将家の立てた御くりやが日本第一となった、と仰せです。
主権在民の今、国家の元首を折伏し広宣流布を実現するとの思想は妄説にすぎません。
また、主権在民でない国は、いまだに機根が整っていないのです。
『、止観に云く「若し深く世法を識れば即ち是れ仏法なり」と、弘決に云く「礼楽前に駈せて真道後に啓く」と』(災難対治抄)
蓮祖もこの様に仰せです。
ところであなた方はこの問題には如何に取り組まれるのでしょうか。
お聞かせください。
>結局のところ、云々
この部分はあなたの思ですから、私には関係の無い事です。
いくらでも思っていればいいと思います。
以上返事をさしあげました。
私は今回あなたに3つの質問を致しました。
先ずそれにお答えください。
その後次に(あればですが)進みましょう。
ご返答をお待ちいたします。
434
:
Jルーカス
:2003/10/27(月) 23:06
独歩さん
>寛師が書写した導師漫荼羅は蓮祖漫荼羅とその相貌が違うがこれを
蓮祖漫荼羅をできるのかという問題がまずあります。
横レスですが、別に無理に導師漫荼羅を出さずとも(これが一番分かり
やすいですが)日興上人も日目上人も蓮祖とは相貌の違う御本尊を書写
してますよね。
436
:
Leo
:2003/10/27(月) 23:32
他の掲示板で「荒らしの分類学」というスレをたて、荒らし対策のエチケットを解説
されているお方がおられます。その方のご意見や資料を参考にしますと、荒らし無視が一番
(しかない)とのことです。独歩さん、皆さんどうか話が通じる人とだけ議論される
ようお願いしたいと思います。一部の学会指導では「一言われたら百言い返して来い」
とされていますから、レスするだけ無駄と思います。
437
:
愚鈍凡夫
:2003/10/27(月) 23:40
>>406
:沖浦克治さん、
「広宣流布論」の続きを期待しながら待っているのですが。
あれで終わりですか。別に書き込んで頂くほどの内容ではないと思いますが。
> 罵りあいよりは、ともに未来を語り合う方がいいのではないでしょうか?
同じ事を何度も言わせないでください。小生はあなたを罵った覚えはないですよ。
あなたかがレスした言葉をそのまま返したことはありますが、それはお互い様です。
答えるふりをして論点をずらすのであれば、お辞めなさい。
それにいらざる干渉などしていません。自分の思う処をレスしているだけです。
あなたこそいらぬ干渉など無用です。
438
:
探訪者007
:2003/10/27(月) 23:47
、、、「サスガは荒らしのテクニック中盤戦、、??」の「御展開、、?」のようかと存じました、が。ハイ、。 今後も「ウデを磨いた荒らし人、、?」が続々と御登場かもネ、、? 大歓迎しましょうか、?
440
:
愚鈍凡夫
:2003/10/27(月) 23:58
訂正
誤→ あなたかがレスした言葉をそのまま返したことはありますが、それはお互い様です。
正→ あなたがレスした言葉をそのまま返したことはありますが、それはお互い様です。
あなたが邪宗という言葉で宗門を呼ぶならば、小生もこれからは創価学会を邪宗と呼ぶことにします。
441
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 00:15
愚鈍凡夫 さん
>「そうは思わない」などという無責任な不同意はここでは論外とします。
これは私に対する質問です。
すでに私がお答えしたのです。
私の質門にお答えください。
その後違ったご意見を述べて下さい。
442
:
アネモネ
:2003/10/28(火) 00:21
沖浦克治さん
続けてその後のレスを読ませて頂きましたけれども、まあなんといいますか、「関係ない」「興味がない」「対話したくない」などと、ことごとく返答や議論を交わしたレスが多いですね。
丹念に読み直してみますと、沖浦さんが議論や対話を交わした内容とは、まさに証拠の提示を要求されたところであったといえます。
一応以下ざっと抜粋してみると、戸田さんが世界一だということから始まって、国立戒壇にしても、蓮祖直属にしても、いずれも「関係ない」「興味がない」「対話したくない」で証拠の提示を切り抜けているわけです。
証拠を求められてその提示を無視してレスを続けるという、大変、卑怯な手段でもって持論を強引に展開されてきておられることに気がつきました。
結局、それが創価学会という教団を象徴したものなのだと思いました。
*以下抜粋*********************
>224
>>国立戒壇の件
>興味がありません。
>衆立の意味なれば検討に値するでしょう。
>247
>> 蓮祖直属ならば、世界一ではありませんか。
>なぜ、蓮祖直属ならば、世界一なのでしょうか。
>また、戸田さんがなぜ蓮祖直属なのでしょうか。
(*返信内容がルール違反に抵触し、レス削除)
>345
>>学会が蓮祖直属であるその根拠は何でしょうか。
>>御書を拝する限り創価学会は蓮祖に反しているように思います
>お望みであればいくらでもお話をいたしますが、何故お知りになりたいのでしょうか?
>もし、ご自分が創価学会に真面目な興味をお持ちになられるのでしたら、対話をしたく存じます。
>この様な無礼名質問は無視いたします。
今後もこの様なことを続けるのでしたら、あなたとの対話はお断りいたします。
>355
>>大石寺と無関係といいながら、その大石寺の26代住職・寛師漫荼羅を拝むこの矛盾。
>私は別に矛盾とは思いませんが、あなたがそう思われる事はご自由です
>>関係がないのであれば、大石寺漫荼羅を拝むのは即刻やめましょう。止めません。
>あなたには関係の無い事です。
>首を突っ込まなくてもいいのではないですか?
>359
>>故はあります。
所謂、狸祭り事件の事につき、記録に基づき書いておきます。
どのような判断されるかは御自由に。
>381
>あなたのご指摘はご自由ですが、私には興味がありません。
以上*****************************
443
:
アネモネ
:2003/10/28(火) 00:21
(つづき)
広宣流布の話や学会の将来像の前に、まずは抜粋したところについて誠実に答えて頂きたいものです。答えられないのであれば、沖浦さんのこれまでの主張は全て、根拠の示せないただの妄説ということになります。
>この掲示板にいらっしゃる皆様方は、今後の世界広布についてどのようなお考えをお持ちであるのか、お聞かせくださいませ。
>それよりも、今後の広宣流布について語り合う方が価値的だ、と思いますが如何でしょうか。
この掲示板は、世界広布を考える以前に、広めようとしている教えとは真に何だったのかを真面目に検証してきました。
ましてやこのスレッドは、創価学会の功罪を議論することを目的としているのであって、創価学会の世界広布や将来展望を語る目的で立てたものではありません。
スレッドのテーマを無視して、勝手なテーマを持ち出さないでほしいです。
>私は唯の人間です。
自信など少しもありません。
ならば、沖浦さんのご発言は全面的には信用できないということになりますね。
>ただ41年間の創価学会員としての人生中で、振り返れば信心をしていてよかったと思う場面が何度かありました。
私は、沖浦さんの投稿を読ませて頂いて、失礼ながら創価学会に縁がなくてよかったとつくづく思ってしまいました。辞めた方のお気持ちもわかる気がしました。
あなたはあなたですが、私は私で主張させて頂きます。
>397
>その上で申しあげますが、お互いに無関係になったことを認め、喜んでいるのですからあなた方が創価学会の現在の方針や、以前のいきさつに関して異を唱えられる必要はもはや無いと思います。
そんなことはないでしょう。これから広宣流布と称して、大きくなろうとしている組織なのですから、有縁無縁に関わらず、社会的見地からもからその動向について意見を持ち発言する権利は誰にでもあります。
また、沖浦さんは、宗門とは無関係だと主張されますが、関係を本当に断っていくというのであれば、まずは、邪宗だとみなす日蓮正宗大石寺から下付された本尊を全てお寺に返却すべきではないでしょうか。いまだに安置し拝んでいるならば、関係がないということは言えません。
444
:
アネモネ
:2003/10/28(火) 00:22
(つづき)
>392
>発言は全体の流れの中で判断せなばなりません。
まさに仰る通り。
しかしそう言っている沖浦さんは、この掲示板のこれまでの流れを全く無視して一方的な発言を続けられてきました。他人の家に土足で上がりこんで好き放題しているようなものです。
この掲示板では、御書の提示についてもその真偽について慎重に対処しております。少なくとも、真の日蓮仏法を真摯に追及する為に、証拠主義を重んじてきた経緯があるわけです。
ところが、沖浦さんの投稿は、その流れを全く無視した形で、一方的な個人の思いであるにも関わらず、極めて断定的に主張してこられているわけです。まるで論理的な説明になっていないばかりか、根拠を求められる質問が向けられると、「関係ない」「興味がない」「対話したくない」と回答を避ける姿勢。これでは、議論になっていません。
参加されるというのであれば、これまでのスタンスの流れのなかで、この度、抜粋した点についての根拠をまずは論理的に提示してください。
証拠や根拠が提示できないのなら、提示できないことを認めてください。
また証拠主義に異論があるならば、その理由を論理的に述べてください。
証拠主義のスタンスが理解できないならば、まずは過去ログをしっかり読んでください。
そのようなことに興味がない、関係がない、他の話がしたいというならば、沖浦さんこそ無理してこの掲示板に参加される必要はないはずです。よく考えてください。
犀角独歩ん、問答迷人さん、愚鈍凡夫さん、Jルーカスさん、Leoさん…は、投稿頻度は様々ですが、長くこの掲示板に参加されてきた論客方です。私とは違って、創価学会をよくご存知であり、教義の研鑚にも余念がありません。ですから、この方々の一連のレスは、まさにあなたの思いばかりの投稿に対して、反論の証拠を突きつけた内容だったわけです。ところが当の沖浦さんは、その突きつけられた証拠に対して、興味がない、関心がない、無駄だ、対話したくない、そうは思わないなどと交わすことで、突きつけられた証拠から目を背けてしまっているわけです。ですからその時点で、沖浦さんの持論に根拠なしの妄説ということになるでしよう。
しかし、前にも書きましたが、
>後は教義の内容に付いての討論は避けたいと思います。
と宣言されておられるのですから、実際にはこの時点で沖浦さんの論は事実上の敗北です。
>371
>投げ出したり致しません。
>無駄な事はしたくないだけです。
無駄なことだと強がってはいますが、要するに投げ出したことには変りないわけですね。教義を投げ出せば、それは、敗北宣言に変わりはありません。
敗北した人が、どんなに強がって断定的にものごとを言っても、それは負け犬の遠吠えです。
しかし負けを認めたくないのなら、教義討論で自らの主張をあくまで論理的に立証してみせて下さい。
>345
>自分の妄説を、他人に押し付ける事は愚かです。
教義討論を投げ出した沖浦さんこそ、何を言っても妄説となります。
妄説でないならば、無駄だと逃げずに、ここで証拠や根拠を示すことです。
創価学会の広宣流布も将来像の話もそれからにして下さい。
445
:
愚鈍凡夫
:2003/10/28(火) 00:25
>「そうは思わない」などという無責任な不同意はここでは論外とします。
>これは私に対する質問です。
これってどういう意味ですか?
他の人とのやり取りをどうこう言っているわけではないですよ。あなたは時々訳の分からぬ事を言い出しますね。それも一つの戦術ですか。誰のレスのことを言っているのかな?
それにあなたのは、如何なる質問に対しても答えにはなっていません。ただの決意発表です。
決意発表なら座談会でおやりなさい(しまった。今月は終わったんだ)。
>私の質門にお答えください。
何か質問されました。 (?_?)
遅いので強は寝ます。お休みなさい。
448
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 01:22
アネモネさん
創価学会の功罪を考えるとのスレッドに、学会批判しかなく、私のようにな創価学会員を皆様方で袋叩きにしている余蘊お見受け致しますよ。
>大石寺と無関係といいながら、その大石寺の26代住職・寛師漫荼羅を拝むこの矛盾。
寛師曼荼羅など存在いたしません。
あるのは寛師が書写した連尊曼荼羅です。(すでに何度も言っておりますよ)
>>関係がないのであれば、大石寺漫荼羅を拝むのは即刻やめましょう。止めません。
>あなたには関係の無い事です。
大石寺曼荼羅等はありません。
蓮祖の曼荼羅がたまたま大石寺にあるだけです。
>>>所謂、狸祭り事件の事につき、記録に基づき書いておきます。
どのような判断されるかは御自由に。
>>381
>>あなたのご指摘はご自由ですが、私には興味がありません。
391での私のレスです。
何も摩り替えていませんよ。
『この事件のことは、昔現場に居合わせた先輩から直接お聞きいたしました。
それによれば」事実はあなたの書き込み内容とは全く違っております。
先輩はすでに故人にならておられますが、信用の出来る人物でした。
小笠原師は、その後戸田先生に深く傾倒をされ、蓮華寺事件の時は創価学会がわにたって戦われたことは、有名な事実です。
本当に戸田先生に殴打された人物が、そんな態度を取るとは私には思えません。
あなたが、どのようなご意見を述べられようとご自由ですが、私は、あなたの発言を引き出してはおりません。
あなたがご自分で判断されて書き込まれたのです。
あなたが、あなたの責任に於いてご意見を自由におのべになられるように、私が、私の責任に於いて自分の意見を持つ事も、また自由ではないでしょうか?
私は、戸田先生が仮にどのような破廉恥な罪を犯しておられたとしても(そんな事はありませんが)戸田先生を世界一の人物として心の底から尊敬する気持は、決して変わりません。
以前、他の掲示板で、戸田先生におめかけさんが二人いたのに何故尊敬するのか?とのご質問をいただきました。
私は、もしおめかけさんがいたらなぜ尊敬をしてはいけないのか?と不思議に思いました。
これは、それぞれの価値観の問題です。
その方に、私が価値観をあわせなければならない必然性がどこにあるのでしょうか?
あなたに対しても同じ気持です。
戸田先生が、小笠原師を殴るようなお方ではないことを、私はよく知っておりますが、たとえ殴った事が事実であったとしても、別に私にはどうでももいいことです。
あなたがこだわるのはご自由ですが、私にはそんな事は余事にすぎません。
殴っていようといまいと、どうでもいいのです。
あなたは問題意識を持ち、私は持たない。
それだけのお話です。
何故むきになって私を責められるのか、理解に苦しみます。』
449
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 01:35
アネモネさん(つづき)
>>>国立戒壇の件
>興味がありません。
国立戒壇を民主立(民主主義ですから当然そうなります)として議論を行なうのならば参加致しますが、国家権力に夜戒壇の建立は邪儀であり間違いです。
>> 蓮祖直属ならば、世界一ではありませんか。
>なぜ、蓮祖直属ならば、世界一なのでしょうか。
ご本仏直属が世界一でナイト考えるのであれば、蓮祖の門を去るべきでしょう。
このようなどご質問には驚きえお覚えますね。
『問う汝が弟子一分の解無くして但一口に南無妙法蓮華経と称する其の位如何、答う此の人は但四味三教の極位並びに爾前の円人に超過するのみに非ず将た又真言等の諸宗の元祖畏厳恩蔵宣摩導等に勝出すること百千万億倍なり、請う国中の諸人我が末弟等を軽ずる事勿れ進んで過去を尋ぬれば八十万億劫に供養せし大菩薩なり豈熈連一恒の者に非ずや退いて未来を論ずれば八十年の布施に超過して五十の功徳を備う可し天子の襁褓に纒れ大竜の始めて生ずるが如し蔑如すること勿れ蔑如すること勿れ、妙楽の云く「若し悩乱する者は頭七分に破れ供養する 』(四信五品抄)
『又御持仏堂にて法門申したりしが面目なんどかかれて候事かへすがへす不思議にをぼへ候、そのゆへは僧となりぬ其の上一閻浮提にありがたき法門なるべし、設い等覚の菩薩なりともなにとかをもうべき、まして梵天帝釈等は我等が親父釈迦如来の御所領をあづかりて正法の僧をやしなうべき者につけられて候、毘沙門等は四天下の主此等が門まほり又四州の王等は毘沙門天が所従なるべし、其の上日本秋津嶋は四州の輪王の所従にも及ばず但嶋の長なるべし、長なんどにつかへん者どもに召されたり上なんどかく上面目なんど申すは旁せんずるところ日蓮をいやしみてかけるか、総じて日蓮が弟子は京にのぼりぬれば始はわすれぬやうにて後には天魔つきて物にくるうせう房がごとし、わ御房もそれていになりて天のにくまれかほるな。のぼりていくばくもなきに実名をかうるでう物くるわし、定めてことばつき音なんども京なめりになりたるらん、ねずみがかわほりになりたるやうに鳥にもあらずねずみにもあらず田舎法師にもあらず京法師にもにずせう房がやうになりぬとをぼゆ、言をば但いなかことばにてあるべしなかなかあしきやうにて有るなり、尊成とかけるは隠岐の法皇の御実名かかたがた不思議なるべし。』( 法門申さるべき様の事)
450
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 01:51
>また、戸田さんがなぜ蓮祖直属なのでしょうか。
この件につきましては、何度も具体的に申しあげております。
>今後もこの様なことを続けるのでしたら、あなたとの対話はお断りいたします。
この方は、私専用の新聞や本が創価学会にあるのかとの、ご質問をされました。
そんなものがあるはずが無い事は明らかです。
単なる揶揄です。
相手にする必要はありません。
>広宣流布の話や学会の将来像の前に、まずは抜粋したところについて誠実に答えて頂きたいものです。答えられないのであれば、沖浦さんのこれまでの主張は全て、根拠の示せないただの妄説ということになります。
すでに示しました。
>この掲示板は、世界広布を考える以前に、広めようとしている教えとは真に何だったのかを真面目に検証してきました。
ましてやこのスレッドは、創価学会の功罪を議論することを目的としているのであって、創価学会の世界広布や将来展望を語る目的で立てたものではありません。
スレッドのテーマを無視して、勝手なテーマを持ち出さないでほしいです。
であるならば『創価学会の過去の功罪を議論する』となさるべきであったでしょう。
済んでしまった出来事よりも、今後の功罪の方が重要だと思います。
>ならば、沖浦さんのご発言は全面的には信用できないということになりますね。
あなたはご自分に、そんなに自信がおありなのですか?
私は成長途上の人間です。
自信などありません。
だから自信が持てるべく、必死で努力をしている最中です。
>私は、沖浦さんの投稿を読ませて頂いて、失礼ながら創価学会に縁がなくてよかったとつくづく思ってしまいました。辞めた方のお気持ちもわかる気がしました。
あなたはあなたですが、私は私で主張させて頂きます。
創価学会の信心を体験した事の無いあなたが、そのようなことを言われる事は不思議です。
452
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 02:09
>そんなことはないでしょう。これから広宣流布と称して、大きくなろうとしている組織なのですから、有縁無縁に関わらず、社会的見地からもからその動向について意見を持ち発言する権利は誰にでもあります。
発言はご自由でしょう。
内政干渉は不必要だといっているのです。
宗門が念仏になろうと、真言を唱えようと私は構いません。
それは宗門の問題であり、創価学会の問題ではないからです。
隣の家庭のおかずの内容にけちをつけつような行為は、慎むべきです。
>また、沖浦さんは、宗門とは無関係だと主張されますが、関係を本当に断っていくというのであれば、まずは、邪宗だとみなす日蓮正宗大石寺から下付された本尊を全てお寺に返却すべきではないでしょうか。いまだに安置し拝んでいるならば、関係がないということは言えません。
何度も言いますが、日蓮正宗大石寺から下付されたご本尊は、私のの家庭にはありません。
>この掲示板では、御書の提示についてもその真偽について慎重に対処しております。少なくとも、真の日蓮仏法を真摯に追及する為に、証拠主義を重んじてきた経緯があるわけです。
それはどなたがお決めになられたのでしょうか。
また何故最初に断り書きを入れておかないのですか。
>犀角独歩ん、問答迷人さん、愚鈍凡夫さん、Jルーカスさん、Leoさん…は、投稿頻度は様々ですが、長くこの掲示板に参加されてきた論客方です。私とは違って、創価学会をよくご存知であり、教義の研鑚にも余念がありません。
この方々が創価学会の真実を知っておられるとは、私にはとても信じられません。
参加経歴は、真実とは無関係だと思いますよ。
>まさにあなたの思いばかりの投稿に対して、反論の証拠を突きつけた内容だったわけです。ところが当の沖浦さんは、その突きつけられた証拠に対して、興味がない、関心がない、無駄だ、対話したくない、そうは思わないなどと交わすことで、突きつけられた証拠から目を背けてしまっているわけです。ですからその時点で、沖浦さんの持論に根拠なしの妄説ということになるでしよう。
おかしな事をおっしゃいますね。
何故私の意見が思い付きですか。
失礼な言葉です!
私は昭和52年から、悩みぬいてこれらの結論に到達したのです。
少なくとも私は、蓮祖の教えを教えてくれた創価学会を守ろうと思っています。
都合が悪くなると逃げ出して創価学会の悪口を言っている、どこかの法華講の元学会幹部などとは違うのです。
453
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 02:25
アネモネさん
犀角独歩さんの425のレスです。
>(1) 石山を「邪宗」ということ、戸田さんを「諸悪の根元」というのは同レベルではありません、云々。
明らかに私に対するものです。
レス380での
『 沖浦克治 投稿日: 2003/10/25(土) 16:45
管理人様
日蓮正宗が邪宗と私の表現に苦情を述べる人が、ご自身では、
298『戸田さんは『諸悪の根本、当然のことでしょう。』
との発言をされていますね。
おかしいと思いますが如何でしょうか?』
私の発言にたいする返答であることは明らかです。
(2)(3)についても明らかに私に対するご意見です。
それに対して私は誠実にレス432で答え、最後に
『
以上返事をさしあげました。
私は今回あなたに3つの質問を致しました。
先ずそれにお答えください。
その後次に(あればですが)進みましょう。
ご返答をお待ちいたします。』
と結んでおります。
質問やご意見に誠実にお答えし、その後当方が質門を返しました。
その後にまた新たな対話をしょう、と提案もしておりますよ。
彼の答えです。
『 >「そうは思わない」などという無責任な不同意はここでは論外とします。
>これは私に対する質問です。
これってどういう意味ですか?
他の人とのやり取りをどうこう言っているわけではないですよ。あなたは時々訳の分からぬ事を言い出しますね。それも一つの戦術ですか。誰のレスのことを言っているのかな?
それにあなたのは、如何なる質問に対しても答えにはなっていません。ただの決意発表です。
決意発表なら座談会でおやりなさい(しまった。今月は終わったんだ)。
>私の質門にお答えください。
何か質問されました。 (?_?)
遅いので強は寝ます。お休みなさい。 』
大変不誠実に感じます。
自らは質問をし回答に窮すると話を摩り替えているのは、私ではなくこの人ですよ。
455
:
ドプチェク </b><font color=#FF0000>(Liye31iI)</font><b>
:2003/10/28(火) 02:50
ここ最近、他に用があって、日蓮関係や創価学会関係の掲示板には、滅多に書き込みをする事がない私で、こちらの他のスレッドにおけるレスも、まだしていない状態なのですが、今日は久々に少しばかり。
こちらの掲示板は、最近、ある御仁によるいきなりの乱入?の為、他の人たちがずいぶんと迷惑されているようですね。
私は以前、創価学会関係の掲示板でバリバリ系の盲信的・狂信的創価学会員たちによって、まるで私が学会を潰す陰謀を企てている人間であるかの如く、事実無根のレッテルを貼られ、理不尽極まる到底許し難い攻撃を受けた事があります。
私の経験上からこれだけは断言できますのは、その手の連中は、何よりも「自分たちの方が絶対に正しくて、相手の方が絶対に間違っている」といった極端なまでの独善的で偏狭な考えを前提にして、話を進めようとしているわけなのですから、普通の感覚の人たちとの間で、到底マトモな話し合いなど成立するはずがありませんよ。
ちなみに、その事と関連した内容の書き込みを下記の掲示板にある「金満虎研究」という所に記しています。
http://www19.big.or.jp/~sunshine/soukagakkai/sonota/theme-touron.cgi
とにかく、そんな類の連中なんて本気で相手にしてもほとんど何の意味もなく、時間の無駄に他ならず、まさに百害あって一利なしで、まぁ、単なる暇潰しの相手として関るぐらいなら、いいんじゃないかと。
たとえ自分の考えとは異なったものであったとしても、他者の意見に対して謙虚に耳を傾ける、そういった人間としての基本的な姿勢に欠けている幼児レヴェルの人間の事は、436でLeoさんがおっしゃっていますように、出来るだけ無視して行く方が良いのではないかと思うんですけどね。
ところで、こちらに乱入された人の書き込み内容や思考法・反論の仕方は無論の事、文章に表れる微妙なトーン・行動パターン等を見ていると、以前、複数の創価学会系の掲示板に登場していた(実は今でも、複数のHNを使い分けて登場しているのではないか?との疑惑がある)、ある御仁のそれと本当によく似ているような気がして来るんですが、私の単なる思い違いなんでしょうか?(^ー^)
まぁ、とにかく、これにて失礼させていただきます。
458
:
Jルーカス
:2003/10/28(火) 03:39
沖浦さん
> 私は、戸田先生が仮にどのような破廉恥な罪を犯しておられたとしても
>(そんな事はありませんが)戸田先生を世界一の人物として心の底から
> 尊敬する気持は、決して変わりません。
> 以前、他の掲示板で、戸田先生におめかけさんが二人いたのに何故尊敬
> するのか?とのご質問をいただきました。
> 私は、もしおめかけさんがいたらなぜ尊敬をしてはいけないのか?
> と不思議に思いました。
> これは、それぞれの価値観の問題です。
これは私も全く同感です。
妾云々は私には逆に微笑ましいと思いました(言い過ぎかな)。
何故なら、これは単に戸田氏個人の問題だからです。
つまり私的問題だからです。
ただし、狸祭事件のように組織を使っての問題は公的問題です。
同次元にするのは公私混同ではありませんか。
ましてや、妾云々は犯罪ではありませんが、暴行傷害事件は刑事事件です。
現に、戸田氏を初め学会員は刑事告訴されております。
顕正会あたりは、広宣流布のためなら国法を犯しても良いというような傾向が強いようですが、貴殿もそのような考えをお持ちですか。
また沖浦さんは、その事件の真相をその場に居合わせた方から聞いたそうですが、私のはそのような口伝えから書いた訳ではありません。
もう「狸祭事件」の記載は止めるつもりだったのですが、皆様が未だ引用されていますし、誤解を受けると良くないので一言、申しておきます。
小生は、外ならぬ被害者小笠原師が自ら書かれました「創価学会戸田城聖以下団員暴行事件の顛末」を出典として書かせて頂きました。
「創価学会戸田城聖以下団員 暴行事件の顛末」
前書き
①暴行騒撲の事実
②告訴の理由
③神本佛迹論について
④大石寺を身延に売ったということ
⑤牧口常三郎を殺したという無法
余録
昭和二十七年五月二十三日
岐阜県○○
本○寺住 小笠原慈聞
となっております。
459
:
アネモネ
:2003/10/28(火) 03:41
沖浦克治
>創価学会の功罪を考えるとのスレッドに、学会批判しかなく、私のようにな創価学会員を皆様方で袋叩きにしている余蘊お見受け致しますよ。
どのレスのことですか?具体的に示して下さい。
>あるのは寛師が書写した連尊曼荼羅です。
それを寛師曼荼羅というのではないのですか?
>蓮祖の曼荼羅がたまたま大石寺にあるだけです。
たまたまあったものでも大石寺の宝物には変わりないでしょう。邪宗だという他寺の宝物を書写しておきながら、関係ないは図々しくありませんか。
>国立戒壇を民主立(民主主義ですから当然そうなります)として議論を行なうのならば参加致しますが、国家権力に夜戒壇の建立は邪儀であり間違いです。
この点は、独歩さんが詳しく解説されていますが、戸田さんが主張されたことなわけですから、戸田さんが世界一だと言った沖浦さん自身の発言との整合性をきちんととって説明して下さい。
>ご本仏直属が世界一でナイト考えるのであれば、蓮祖の門を去るべきでしょう。
二つの御書を示されましたが、それを通して何が言いたいのでしょう。
いずれにしても、私が何をどう考えるかが問題ではありません。
まず、あなたがここで断言したことに対して、あなた自身が根拠を示す責任があると言っているのです。あなたは、戸田さんが世界一だと断言したのですから、その根拠をここで示す説明責任を迫られているのです。
それが本仏直属ということであるならば、学会が本仏直属であるということの根拠を示し、さらに日蓮が本仏であることの根拠も示しさなければなりません。
>このようなどご質問には驚きえお覚えますね。
私の質問にも答えられないようでは、世界広布は夢のまた夢でしょう。
>この件につきましては、何度も具体的に申しあげております。
私にはそれがどのレスのことかわかりません。再度、その部分を貼り付けで構いませんので、示して下さい。
460
:
アネモネ
:2003/10/28(火) 03:45
お詫び
>459のレスにつきまして、敬称をつけずレスをいたしました。
沖浦さんに、大変失礼いたしました。申し訳ありません。
461
:
アネモネ
:2003/10/28(火) 03:45
(つづき)
>この方は、私専用の新聞や本が創価学会にあるのかとの、ご質問をされました。
当然の質問だと思います。
そもそも、この質問の原点である沖浦さんのレスは、
>343
> >創価学会員をこの数字まで200年以内に出来なければ、蓮祖の法は滅びるでしょう。
というものです。この根拠の提示を求められたわけです。そのときついでながら、「沖浦さん専用の大白蓮華や聖教新聞があるのでしょうか」ということも確認されたわけですね。
要するに、最低限、過去全ての大白蓮華や聖教新聞の中に、そのようなことが書かれてあったのかという根拠を求められたわけです。当然の質問だと思います。
ところがです。
>そんなものがあるはずが無い事は明らかです。
ということですから、それでは何のことはない、根拠もなく豪語しただけの言葉だったということになります。
>単なる揶揄です。
>相手にする必要はありません。
揶揄ではないでしょう。相手にしなければならない、あなたの発言の説明責任があります。
>すでに示しました。
以上、再度、コメントしましたように、示されておりません。再度、説明を求めます。
>であるならば『創価学会の過去の功罪を議論する』となさるべきであったでしょう。
功罪とは、何かしたことに伴う良かった点と悪かった点のことです。したこと、良かったこと、悪かったこと、全て過去形です。過去の検証に基づくことなのです。こんなことも説明しないとわかりませんか?
>済んでしまった出来事よりも、今後の功罪の方が重要だと思います。
いいえ、違います。その根拠は、過去に被害を受けてきた人がたくさんいるからです。
なにごとも過去の反省の上に、未来の展望があるものです。
>あなたはご自分に、そんなに自信がおありなのですか?
あなたがこの掲示板で発言したことの責任が問われているのです。私のことは問題ではないでしょう。
あなたは、自分に自信がないのに、多くのことをここで断言している。よってそれでは、断言したことは信用できませんねと確認しているのです。私の自信のことはそれこそ関係ありません。あなたが発言したことを問題にしているのです。
462
:
アネモネ
:2003/10/28(火) 03:46
(つづき)
>だから自信が持てるべく、必死で努力をしている最中です。
途上中ならば、断定的にものごとを決め付けて語らないで頂きたいものです。
それでも、確信しているというのであるならば、その根拠を示して下さい。
>創価学会の信心を体験した事の無いあなたが、そのようなことを言われる事は不思議です。
お陰様で、沖浦さんの投稿でもって実証してくださいました。
>内政干渉は不必要だといっているのです。
人間中心なんでしょう。
私たちは人間として、人間の為と布教する教団に、人間として干渉する権利があるのではないでしょうか。何か矛盾がありますか。しかも、世界に広めようというのですから、日本国民として、動向を注目させて頂くのは当然のことです。
>それは宗門の問題であり、創価学会の問題ではないからです。
隣の家庭のおかずの内容にけちをつけつような行為は、慎むべきです。
世界平和を目指すような教えを、家庭のおかずと一緒に論じるのですか。宗教は社会公共的存在です。家庭のおかずは公共的なものではありません。公と私の区別もつかないのでしょうか。
>度も言いますが、日蓮正宗大石寺から下付されたご本尊は、私のの家庭にはありません。
あなたの家にはなくても、あなたの同胞の家にはあるでしょう。全て返却されてはじめて関係断ったといえるものです。
>それはどなたがお決めになられたのでしょうか。
誰が決めたことでもありません。長い議論の到達です。
とにかく過去ログを読んでください。
>また何故最初に断り書きを入れておかないのですか。
ルールに入れるべきではないかという意見も出ました。しかし、スレッドテーマによっては、証拠主義に必ずしも基づく必要のない、個人の主観で思い思いのことを書いていくスレッドもあります。そのために、敢えてルールに加えなかったのです。
だからこそ、ここまで沖浦さんも、個人の主観が自由に投稿が出来たのです。
しかし、その投稿がどういうものであるかは、証拠主義に基づいて議論されていかなければなりません。ですから、どうしても教義討論は避けられないのです。
463
:
アネモネ
:2003/10/28(火) 03:46
(つづき)
>この方々が創価学会の真実を知っておられるとは、私にはとても信じられません。
ネットで初対面の方々でしょうし、面識もないのですから、仕方ないでしょう。
しかしだからこそ、対話が必要なのではないですか?
この方々が創価学会の真実を知っているとは信じられないと、決め付けてはいけません。
まずは、排他的に構えないことです。ここに参加されている方々は、今ここであなたが、強く主張してこられたことを、かつて信条としていた時期もあった方が大半です。恐らく、私が代弁することではありませんが、沖浦さんの投稿を読みながら、かつての自分を見ている思いの人ばかりではないかと思います。
(違っていたらすみません)
>おかしな事をおっしゃいますね。
何故私の意見が思い付きですか。
失礼な言葉です!
どこが失礼なのでしょう。関心がない、無駄だ、対話したくない、と言うほうがよほど失礼です。
>私は昭和52年から、悩みぬいてこれらの結論に到達したのです。
信心の年数は関係ないでしょう。
自信がないと仰ったのですから、今も悩みの中におられるものなのでしょう。
>少なくとも私は、蓮祖の教えを教えてくれた創価学会を守ろうと思っています。
それは、信教の自由ですから、誰も何も言いません。
>都合が悪くなると逃げ出して創価学会の悪口を言っている、どこかの法華講の元学会幹部などとは違うのです。
誰のことを言っているのでしょう?意味がわかりません。
都合が悪くても逃げないというのであれば、再度、提示しました質問の証拠を論理的に説明して下さい。
464
:
ドプチェク </b><font color=#FF0000>(Liye31iI)</font><b>
:2003/10/28(火) 04:29
参考までにご紹介させていただきますが、下記の所における998<2002/09/19(木)>以降の書き込みをご覧になられれば、盲信的・狂信的なバリバリ系学会員の類が有していている、極端なまでにモラルが欠如した異常な性質、並びに彼らの愚劣極まる人間性というものが、実によくおわかりになられる事と思います。
そして、個人的な事になりますけど、かつて私が彼らのような人間たちから、いったいどのような許し難い非礼を受け、こちら側の反論・抗議に対して相手側からは、ただの一言の謝罪の言葉もなかったという紛れもない事実も。
http://jbbs.shitaraba.com/study/bbs/read.cgi?BBS=925&KEY=1019879628
とにかく、あの手の連中なんか本気で相手にせず、極力無視して行くのが賢明なのではないでしょうかね?
その方が健全だと思いますし、それに、多分、彼らのような人間というものは、すごく淋しくて、誰かに相手にしてもらいたいだけなのでしょうから。
465
:
管理者
:2003/10/28(火) 07:17
掲示板ご参加の皆様へのお願い
各自におかれましては、相手の方の書き込みが、禁止事項に該当していなくても、掲示板の趣旨、書き込みの原則から見て、不適切だと判断される場合には、お答えにならないようにお願い申し上げます。
466
:
ジャンノレン
:2003/10/28(火) 11:20
久しぶりに覗きましたが、なんだか以前の空気とは違っていますね。
管理人さま、また諸兄の意見を拝見させて頂いておりますが、ドブチェクさんの
>とにかく、あの手の連中なんか本気で相手にせず、極力無視して行くのが賢明なのではないでしょうかね?
や管理人さまの
>各自におかれましては、相手の方の書き込みが、禁止事項に該当していなくても、掲示板の趣旨、書き込みの
>原則から見て、不適切だと判断される場合には、お答えにならないようにお願い申し上げます。
に同意を感じております、某正宗系の掲示板でも一方的な削除や削除後の罵り、煽り、罵倒があり、さながら集団
リンチの様な感があります。品位を保つ為との大義名分を持ちいながら結果的には自分たちの主張に相容れないも
のに対する削除権限の専横は、横暴の誹りを免れない所業に嘆息と呆れるばかりです。
個人としてのそう言った防衛には、単純にロムを止めればいいと思うのですが、当掲示板に於かれてはそれは少し、
残念な気が致します。現在、問題とされる方の主張の大半は彼方此方の掲示板にて散見される意見で御座いますし、
建設的ないし対話的でなければ、無視されるのが一番かと存じます。公開掲示板のモラルとしての規約抵触しない原則
は当然のこととして、なによりも、客観的にその主張する意見に異物を感じても、一人に大勢で排除的な意見を述べ
合うのは、これはこれで如何なものかと存じます。
「礼楽はせて真道後に渡る」という言葉もありますので、言論主張の権利は守り、答えず。と云う姿勢に徹せられる
のが掲示板の品位にも傷が付かないことと思います。
以上、僭越ながら諸兄の御高説を楽しむ一人として、当掲示板を愛するものとしての意見でした。
467
:
犀角独歩
:2003/10/28(火) 14:09
434 Jルーカスさん:
> 日興上人も日目上人も蓮祖とは相貌の違う御本尊を書写
そうでした。これはご指摘有り難うございます。
それにしても、
> 蓮祖の曼荼羅と相貌が違うのならば、偽曼荼羅
という驚くべき発言が飛び出しました。
まさか自分たちが拝んでいる漫荼羅を偽曼荼羅と言い切るとは思いませんでした。
さらにまさかですが、寛師漫荼羅が蓮師御筆漫荼羅と同じ相貌と思い込んでいるわけじゃないですよね(笑)
468
:
犀角独歩
:2003/10/28(火) 14:24
458 Jルーカスさん:
引き続き、失礼します。
「狸祭り事件」、小笠原師自身の自書、さらに戸田さんそのた学会員が刑事告訴されたという事実の提示ですね。
聞いたことがある・ないという口コミ、風聞、伝聞ではない事実証拠ですね。
なるほど。間違いない学会における会長自らが暴力事件を起こした組織犯罪であったわけですね。参考になりました。有り難うございました。
469
:
Jルーカス
:2003/10/28(火) 14:27
467 独歩さん。
>> 蓮祖の曼荼羅と相貌が違うのならば、偽曼荼羅
>という驚くべき発言が飛び出しました。
>まさか自分たちが拝んでいる漫荼羅を偽曼荼羅と言い切るとは思いません
>でした。
>さらにまさかですが、寛師漫荼羅が蓮師御筆漫荼羅と同じ相貌と思い込ん
>でいるわけじゃないですよね(笑)
冗談みたいな話を1つ。
初期の創価学会の会員さんは「自分が頂いた本尊=戒壇の御本尊」だと言う
指導を受けていたため、良く見て「奉書写 日寛」となっていたため「私は
日蓮大聖人の書かれた戒壇の御本尊」を頂いたハズなのに「日寛上人書写
本尊」を貰ってた。詐欺だ。と騒いだ事件があったそうです。
それに比べれば、マシでしょう。
470
:
犀角独歩
:2003/10/28(火) 14:41
469 Jルーカスさん:
その程度でした、たしかに(笑)
しかし、自分で偽だと決めつけるところが自分たちが拝んでいる漫荼羅であるというのは「マシ」というよりブラックジョークかと思いましたよ。
まあ、管理者さんその他の方々からのご注意もありましたので、これくらいにしておきます。
471
:
顕正居士
:2003/10/28(火) 19:02
日蓮正宗と創価学会とはもともと別の宗教であるともおもえる。
「創価学会の隠された真実史」
http://www.e-net.or.jp/user/mblu/ndb/skbk1/sg1/sghh.htm
日蓮正宗では常住御本尊の授与が成仏決定である。飛躍的
に信徒が増えているときに非現実的ではある。しかし真面目に
近代化を提案した話も聞かない。「常住御本尊」は大石寺法主
への信仰を強化するので、日寛師の文章の一部を引きながら
「御戒壇様」の意義を曲げた教義を宣布していたんではという
疑いはおこりますね。
472
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 19:20
アネモネさん
>
>創価学会の功罪を考えるとのスレッドに、学会批判しかなく、私のようにな創価学会員を皆様方で袋叩きにしている余蘊お見受け致しますよ。
どのレスのことですか?具体的に示して下さい。
別Bにどのレスこのレスでは無く、全体に創価学会に対する批判で満ち溢れています。
前回もあげましたがもう一度貼り付けておきます。
『戸田さんは『諸悪の根本、当然のことでしょう。』
『私が創価に言っている事は「悔い改めよ!」です。
『しかし、魔界のロボトミー化した池田狂信者は、基本的に反省出来ない哀れな連中です。』
『私は創価に反省を迫っています。殺されるまで聖戦です。』
『れいなさんにつづきアネモネさん.沖浦克治さんはハンドルネームからオンナと見るとすぐにちょっかいをだしますなあ.』
『どっちにしても会長が暴行魔では、末端が過激でも無理はない。しかし、これが世界一の指導者ですかね(爆)。世界一の暴行魔の間違いでは。』
いくらでもあります。
ここの書き込みは創価批判のみでしょう。
アネモネさん、少し現実を認識されれば如何ですか。
あなたがここの掲示板で創価学会の側たつ発言を、私以外の人がしている事実をあげて下さい。
473
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 19:26
>>あるのは寛師が書写した連尊曼荼羅です。
>それを寛師曼荼羅というのではないのですか?
寛師が書写した蓮祖の曼荼羅との意味ならその通りです。
以下に日顕法主の言徐引用いたします。
彼も歴代法主の書写のご本尊様は、すべて蓮祖のいのちであるといっておりますよ。
(平成七年三月二十五日・第二回講頭・副講頭指導会の砌)
「私は前に、次のような内容の手紙をもらったことがありました。それは、『日顕上人書写の御本尊は、字が下手だから、あまり有り難く思えない。日顕上人書写の御本尊は、それなりの、その程度の境界で書いたと思う』というようものでした。これはとんでもない考え方ですけれども、そこに、『末法に生まれた凡夫が僧侶となって修行し、そして法主となった人が書写する御本尊と、根本の大聖人様の御本尊とでは、そこに天地の相異があるのではないか』というような考え方があるが故に、そういう言い方をしてきていると思うのであります。しかしながら、これは全く誤った見解であります。そこに、大聖人様が日興上人に伝えられ、日興上人が日目上人へ伝えられた、血脈相伝の上から本尊の内証を口伝せられた意義があるのであり、これは厳然として七百年の今日まで伝わっておるのであります。申すまでもなく、御歴代上人御書写の御本尊にはすべて、大聖人様のお心がそのまま、はっきりと顕れております。したがって、御歴代上人、どなたの御本尊にしても、皆様方が大聖人様の御当体と拝して真剣にお題目を唱え奉るところ、必ず真の即身成仏への道が開かれるということを、ここにはっきりと申し上げておく次第であります。」P四四
474
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 19:33
>>蓮祖の曼荼羅がたまたま大石寺にあるだけです。
>たまたまあったものでも大石寺の宝物には変わりないでしょう。邪宗だという他寺の宝物を書写しておきながら、関係ないは図々しくありませんか。
蓮祖は広宣流布をご遺命になられました。
これには武器としてご、本尊様が不可欠なのです。
日顕法主は、蓮祖に違背してご本尊下付を停止いたしました。
故に自らで調達したのです。
日蓮正宗は邪宗ですが、蓮祖のご本尊様は本物です。
蓮祖門下の我々には、ご本尊寡婦を受ける権利があるのです。
習い損ないの法主や能化どもの許可をいただく筋合いなどございません。
475
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 19:44
>>国立戒壇を民主立(民主主義ですから当然そうなります)として議論を行なうのならば参加致しますが、国家権力に夜戒壇の建立は邪儀であり間違いです。
この点は、独歩さんが詳しく解説されていますが、戸田さんが主張されたことなわけですから、戸田さんが世界一だと言った沖浦さん自身の発言との整合性をきちんととって説明して下さい。
国立戒壇の是非と、戸田先生を私が世界一だと信じている事を、何故リンクされるのかご説明ください。
>二つの御書を示されましたが、それを通して何が言いたいのでしょう。
いずれにしても、私が何をどう考えるかが問題ではありません。
当然のことながらあなたが何と思われ様と、蓮祖が末法のご本仏でありその門下が蓮祖の仰せのように世界一の資格をもつべき人間である事とは無関係です。
私は、日蓮大聖人様が末法のご本仏である事を事実として認識いたしております。
信じる信じないは人それぞれの問題で、私には関係ありません。
私は信じる、誰かは信じない。
それだけのことです。
参考までに申しますが、引用した御書は蓮祖門下として仏道修行に励む人々を、蓮祖がどのようにお考えかを述べられているご文です。
私は、真にありがたいお言葉と拝します。
476
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 19:53
>戸田さんが世界一だと断言したのですから、その根拠をここで示す説明責任を迫られているのです。
それが本仏直属ということであるならば、学会が本仏直属であるということの根拠を示し、さらに日蓮が本仏であることの根拠も示しさなければなりません。
戸田先生は蓮祖の御書を身で読まれ、化儀の広宣流布を軌道にのせたおかたです。
蓮祖がご本仏であるように、戸田先生は世界一なのです。
極めて簡単な理由だと思います。
>
私の質問にも答えられないようでは、世界広布は夢のまた夢でしょう。
私は常にお答えしております。
また私があなたの質問に答えれな事と、創価学会の取り組む世界広布の是非は無関係です。
私は創価学会を代表しているわけではありませんし、あなたがいずれかの団体を代表しているとは思えません。
477
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 19:58
>>この件につきましては、何度も具体的に申しあげております。
>私にはそれがどのレスのことかわかりません。再度、その部分を貼り付けで構いませんので、示して下さい。
社会体制が整い広宣流布の実現が可能になった時、戸田先生がご出現になられ『吾地涌の菩薩の棟梁なり』と宣言され、以後連尊の方が燎原の火のごとく広まった事が何よりの証拠です。
同時に多くの新興宗教も広まりましたが、あれらは蓮祖の法とは無関係です。
広宣流布の火蓋が、何故在家の戸田先生によって切れらたか、は熟慮すべきでしょう。
478
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 20:16
>>この方は、私専用の新聞や本が創価学会にあるのかとの、ご質問をされました。
>当然の質問だと思います。
そもそも、この質問の原点である沖浦さんのレスは、
あなた方専用の御書があるのですか?
とお聞きします。
『要するに、最低限、過去全ての大白蓮華や聖教新聞の中に、そのようなことが書かれてあったのかという根拠を求められたわけです。当然の質問だと思います。
ところがです。』
と次にお聞きですが、理解能力は人により異なります。
蓮祖が末法のご本仏である事を理解できない人は、多くいますよ。
同じく、彼が理解できない事は彼の問題です。
本気で知りたければ、礼を尽くして聞くべきでしょう。
それが世間の礼儀と言うものですよ。
>ということですから、それでは何のことはない、根拠もなく豪語しただけの言葉だったということになります。
そのようなことは一度もありません。
根拠も無く豪語しているのは、意味の無い学会批判をしている人たちです。
この人たちのご意見からは、広宣流布の情熱が感じられません。
広宣流布は、蓮祖の最大のご遺命です。
これを離れて蓮祖の仏法はありません。
布教をせよとのご文は無数にあります。
布教をしなくてもいいというご文は何処にもありません。
御書は、布教をせよとのお言葉で満ち溢れんばかりです。
何故彼等は、広宣流布に対する意気込みや、構想や、自身の取り組に付いて語り合えないのでしょうか。
いくら法門、法儀を研究し、ご真筆にこだわっても広宣流布を目的としなければ、何の意味もありません。
479
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 20:32
>いいえ、違います。その根拠は、過去に被害を受けてきた人がたくさんいるからです。
なにごとも過去の反省の上に、未来の展望があるものです。
残念ながらあの人たちには、創価学会に対する未来の展望などありません。
私には、彼等にあるのは恨みつらみだけに感じられます。
>>あなたはご自分に、そんなに自信がおありなのですか?
>あなたがこの掲示板で発言したことの責任が問われているのです。私のことは問題ではないでしょう。
あなたは、自分に自信がないのに、多くのことをここで断言している。よってそれでは、断言したことは信用できませんねと確認しているのです。私の自信のことはそれこそ関係ありません。あなたが発言したことを問題にしているのです
わかりました。
そこまでおっしゃるのであれば申しあげます。
私は、ここの掲示板に投稿されているどなたよりも、自分に自身を持っております。
これでよろしいですか。
>途上中ならば、断定的にものごとを決め付けて語らないで頂きたいものです。
それでも、確信しているというのであるならば、その根拠を示して下さい。
臨終正念との言葉をご存知ですか。
蓮祖門下は、死の瞬間まで努力をし続けるのです。
信心の確信は最後は体験になります。
お聞きになられたければ書き込みます。
>世界平和を目指すような教えを、家庭のおかずと一緒に論じるのですか。宗教は社会公共的存在です。家庭のおかずは公共的なものではありません。公と私の区別もつかないのでしょうか。
世界平和といえども各個人、各家庭の平和の確立の延長線上にあるのです。
家庭や個人を離れて広宣流布などは無いのですよ。
>あなたの家にはなくても、あなたの同胞の家にはあるでしょう。全て返却されてはじめて関係断ったといえるものです。
たとえ話です。
『おじさんの若い時は、創価学会は日蓮正宗だったんだよ。
ウッソー、アリエナイ〜!!』
こんな時代がすぐそこまで来ています。
しばらくすれば解決いたしますので、お待ちくださいませ。
私もワクワクしながら待っているのです。
480
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 20:45
>誰が決めたことでもありません。長い議論の到達です。
とにかく過去ログを読んでください。
過去ログは読ませていただきました。
将来の世界広布に付いて語ることを、禁じているとは思えません。
>しかし、その投稿がどういうものであるかは、証拠主義に基づいて議論されていかなければなりません。ですから、どうしても教義討論は避けられないのです。
わかりました。
今後御書を題材にする討論と、創価学会の教義と方針に関する事には参加をいたします。
代々の法主と等は、参考程度であれば結構かと存じます。
>ネットで初対面の方々でしょうし、面識もないのですから、仕方ないでしょう。
しかしだからこそ、対話が必要なのではないですか?
この方々が創価学会の真実を知っているとは信じられないと、決め付けてはいけません。
まずは、排他的に構えないことです。ここに参加されている方々は、今ここであなたが、強く主張してこられたことを、かつて信条としていた時期もあった方が大半です。恐らく、私が代弁することではありませんが、沖浦さんの投稿を読みながら、かつての自分を見ている思いの人ばかりではないかと思います。
(違っていたらすみません)
排他的なのは彼等のほうでしょう。
>どこが失礼なのでしょう。関心がない、無駄だ、対話したくない、と言うほうがよほど失礼です。
関心の無いものに取り合わない自由は、ここにないのですか?
>>私は昭和52年から、悩みぬいてこれらの結論に到達したのです。
>信心の年数は関係ないでしょう。
自信がないと仰ったのですから、今も悩みの中におられるものなのでしょう。
年数に関係ないといわれるのなら、この掲示板は最初から運営が云々とは言わないでください。
また私は、創価学会のことで現在全く悩んではおりません。
創価学会は唯一正しい宗教です。
それ以外は全て過てる教えでしかありません。
これでよろしいですね。
481
:
沖浦克治
:2003/10/29(水) 06:56
皆様方に
おはようございます
蓮祖のご真筆本尊を網羅するサイトがあります。
書き込みますのでよろしければご利用くださいませ。
すでにご存知であればご笑殺下さいませ。
http://www.lbis.jp/gohonzon/
482
:
犀角独歩
:2003/10/29(水) 16:35
『週刊新潮』頑張っていますね。
11月6日号
新『創価学会』を斬る
ライター 山田直樹
新連載第1回「異様な中傷キャンペーン」が思い出させる
狂気の「言論弾圧事件」
「池田大作はヒットラーだ」と田中角栄は言った。
金と力による徹底した糾弾!
悪夢がまた繰り返されるのか。
巨大教団の本質を問う
(『読売新聞』(7)国際14版 2003年10月29日)
どこでもかしこでも、創価学会の言論弾圧の再燃と言うことでしょうか。
四半世紀経っても創価学会の本意質は何も変わっていないのか?
興味深いところです。
創価学会と、会員の他者蔑視、暴力発言の実体を見聞すれば実体は理解できるところとなるでしょう。
483
:
沖浦克治
:2003/10/29(水) 16:53
皆様方に
蓮祖が、悪僧日蓮と呼ばれていた事はご存知ですか。
正しい教えに魔が競うことは蓮祖の仰せ通りです。
かって、『池田大作の死んだ後日本』との問いかけをした人がいました。
『安部日顕の死んだ後の日本』など言う人は誰もいませんよ。
宗門や皆様方の所属する団体が、せめて300万人程度いらっしゃれば、蓮祖の仰せ通り魔が競うのでしょね。
一日も早くそこまで成長される事を、期待いたしております。
頑張ってくださいませ。
484
:
犀角独歩
:2003/10/29(水) 16:55
「安部日顕」ではありません。「阿部日顕」です。
485
:
沖浦克治
:2003/10/29(水) 17:06
失礼致しました。
阿部日顕法主ですね。
486
:
沖浦克治
:2003/10/29(水) 17:26
しかし面白くなってきましたね。
宗門と離別し折伏に励む創価学会に、また蓮祖の仰せのままに魔が競い始めました。
戸田先生は『運がよければもう一度難を受け、牢獄に入れられる。運が悪ければこのまま何事も無く死んでいくだろう』とおっしゃいましたよ。
また『君たちは難が競うと、私は創価学会ではありません、日蓮正宗です。お寺で信心しています、と言わんとも限らんぞ。』とも仰せです。
いよいよ魔が競い始めた今、私は創価学会員である事が誇りに思えます。
他の団体の何処に魔が競っていますか?
『此の法門を申すには必ず魔出来すべし魔競はずは正法と知るべからず、第五の巻に云く「行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る乃至随う可らず畏る可らず之に随えば将に人をして悪道に向わしむ之を畏れば正法を修することを妨ぐ」等云云、此の釈は日蓮が身に当るのみならず門家の明鏡なり謹んで習い伝えて未来の資糧とせよ。』(兄弟抄)
魔の競わないような信心は、蓮祖門下ではない明白な証拠です。
『しをのひるとみつと月の出づるといると夏と秋と冬と春とのさかひには必ず相違する事あり凡夫の仏になる又かくのごとし、必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり、此の事はわざとも申し又びんぎにとをもひつるに御使ありがたし、堕ち給うならばよもこの御使はあらじとをもひ候へばもしやと申すなり。』(兵衛志殿御返事)
過去に多くの学会員が、この様な魔に耐えれずに退転していきました。
この人たちは戸田先生のご指導や、蓮祖のご遺命を本気で読めなかった人達でしょう。
然しながら、順縁・逆縁ともに救うのが蓮祖の法です。
なんとありがたい事ではありませんか。
487
:
妙薬
:2003/10/29(水) 19:54
独歩さま、ご無沙汰しています。
ご指摘の通り、「本質は全く変わっていないのか?」。その通りです。
是非、週刊新潮の連載記事を読んでください。”新”こそ付いていますが、平成版「創価学会を斬る」です。
昭和45年当時と比べ、創価学会の言論弾圧の手法は、巧妙かつ高度化しています。「言論弾圧の再燃」と見せずに、事実上の弾圧をしているところが何とも怖いですね。
488
:
沖浦克治
:2003/10/29(水) 20:03
『本質は決して変わりません』
創価学会が蓮祖直属であり、常に民主の側に立ち、週刊誌等に見られる愚劣な批判をものともせず、広宣流布を成し遂げるという本質は変わり様が無いのです。
489
:
探訪者007
:2003/10/29(水) 20:26
横から失礼。「週刊新潮」を購読しました。 有る方が「事実を述べられたが、あまりにも本質を突いた発言?」だったようで「創価=公明サンらは、よほどコタエタノカ?」「山崎ダ、乙骨ダ、共産党ダ、、」と言う説得力のないヒステリックで口汚くののしる〜最近は「裁判に訴える」と言う「言論弾圧的」に変身?のようです。 創価=公明方らは「事実を少しでも認めれば、今までの信心?が土台から崩れる」と言う「恐怖心から、内心はそれらをウソだ、魔ダ、」と「必死に打ち消したい」ようです。 良心の有る方々は「新潮」に大拍手でしょう。
490
:
問答迷人
:2003/10/29(水) 20:32
僕が現役学生部員の時、衆議院選挙が有りました。特別任務だと言って、やらされた事は、公明候補に競合していた自民党の選挙事務所に行って、事務所の電話番号を調べ上げて、そこに公衆電話から無言電話を掛け続ける任務でした。手分けして、市内各所に散らばって、移動しながら電話を掛け続けました。
これは明らかな選挙妨害でしたが、それなりにみんな力を合わせて一生懸命がんばりましたよ。
この手の反社会的行動でも、広宣流布のお役に立てるんだ、と思って、そうためらいもなく取り組んだことを、昨日のように思い出します。今思い返せば、このような目的のためには手段を選ばないというやり方は、仏法ではないと思います。言論弾圧も、恐らく、同じような発想で行われたのだろうと推測しています。
491
:
犀角独歩
:2003/10/29(水) 20:52
かつて創価学会で池田さんが逮捕された大阪事件を起こしました。
わたしの父親はこの事件に直接関わりました。
具体的に言うとショートピースの箱に500円札を仕込んで選挙依頼をする買収です。
言論出版帽事件は複合的な事件であった単独事件ではありませんでしたね。
たとえば印刷所に勤務している人が印刷物の中に創価学科批判を見つけると、それを本部に連絡し、それで圧力を掛ける、そんなことを複数起こした事件でした。
以上は明らかに犯罪なのであって、それによって社会的な批判が起きました。もちろん、難ではなく、犯罪批判です。それを経・釈・御書を引っ張ってきて、正当化し、蓮師に泥を塗ったわけです。人道的にも、社会的にも、何より日蓮門下にとってこれほどひどい動向はなかったわけです。
副次的に国立戒壇論を反故にし、政教分離という表向きの“公約”をすることになりましたが、妙薬さんも仰るとおり、本質は何ら変わっていません。
492
:
犀角独歩
:2003/10/29(水) 21:07
アネモネさん:
創価学会に疑問を持つ皆さん:
少しこちらでもお話をしましょうか。わたしは創価学会から脱して10年以上の歳月が流れました。生まれながらの創価学会員であったわたしにとって、脱会はフィルターを通さず社会を見る“入会”のようなもものでした。ひとつの信念体系、組織を脱してみないと見えない世界がありますね。
会ではわたしのようなスライド・アップを「退転」と言いますが、これは「進展」というべき人生の幸福な一幕でした。しかし、学会員はわたしのような幸福な選択をすると「退転者」と侮蔑の限りを尽くします。この理由をハッサン師はしっかりと書き留めてくれました。
「破壊的カルトの目には、だれかがそのグループをやめる『正当な』理由など存在しないのだ」(P192)
創価学会が破壊的カルトかどうか、そのような断定をここで行おうとしているわけではないのです。「グループをやめる『正当な』理由など存在しない」創価学会は、破壊的カルトと同様の特徴を持っている点を注視するのみです。会総体と言うより、その「指導」を墨守する各会員の意識においても同様であって、脱会者を侮蔑敵視する態度は、まさに破壊的カルトメンバーの特徴と共通しています。
学会員であったわたしは、世間の人で「創価学会は間違っている」と思うのは、「悪鬼入其身」で判断力が狂っていると教えられていたのです。しかし、脱しててみると、一般の人は、その正常な思慮・行動から、創価学会の異常性を感じ取っていたと知ったわけですこの累計の感覚をアネモネさんは指摘くださったのだと感謝しています。学会では世間が劣っていると教えられていたのですが、“進展”して見た実態は逆でした。学会員であるわたしは操作されていたのです。
かつて日本人は「鬼畜米英」と信じて死んでいきました。けれど、敗戦後、直ぐに日本人はそれらの国の人々と友好裡に過ごすようになれました。相手の国の人たちが変わったと言うより、日本人各人が「鬼畜米英」という“植え付けられた”心理操作から脱却できたからでした。(もちろん、新たな国際的な心理操作は問題になります。しかし、ここでその言及はやめます、本題を霞ませてしまいますから)
わたしが創価学会を、脱して何よりいちばん驚いたことは、会の中で言われていたことと社会の現実があまりにも違っていたという事実でした。この衝撃は、入会脱会の経験のない人にはわからないものです。
わたしが創価学会にいた頃、盛んに言われていたことは「広宣流布の上げ潮」「広宣流布の総仕上げ」ということでした。この言葉を鵜呑みにしていた自分は、もうすぐ広宣流布が実現すると信じて疑いませんでした。今から30年前の話です。
ところが社会の現実を目の当たりにする限り、創価学会が言うような「総仕上げ」段階になど、まるでなっていないばかりか、広宣流布の兆しすらまったくありませんでした。世界の指導者であると思っていた「池田先生」も世界ではまるで無名でした。世界には一部の人を除いては「創価学会」「池田大作」の存在をする人などいませんでした。
493
:
犀角独歩
:2003/10/29(水) 21:08
―493からつづく―
さらに以前もお話ししたとおり、脱会後、わたしはアメリカ、またイタリアの国営放送から取材を受けたのですが、彼らが異口同音に述べたことは「日本人は何故特定宗教団体が運営する党があることに危機感を感じないのか。その党が与党となって大臣が出ることに危機感を懐かないのか」というものでした。わたしはこの質問を受けたとき、日本社会にあるために鈍感になっていた自分の認識の甘さを痛感しました。
また、日本でカルト問題で活躍するフランス人活動家の友人は『セクト法』が成立するや、電話をしてきました。「フランスで創価学会はカルト(セクト)として扱われるようになった」と報告をくれました。先にも挙げた『マインド・コントロールの恐怖』のなかでは明確に創価学会を破壊的カルト集団の一つとして上げている事実もあります。
こうなると、創価学会にいた頃、創価学会は日本の広宣流布の総仕上げの時期にあり、世界広布に邁進していると信じていたことは一体全体何であったのか、しばし面食らって数年間を過ごしたものでした。
さらに統計資料が示すところに拠れば創価学会の活動者実数は400万人乃至800万人を超えることはないと事実を知ったときの驚愕を、アネモネさんは想像することもできないと思います。
何故ならば、アネモネさんには「創価学会が広宣流布をしている」実感は、世間一般の人と同様、まるでないでしょうから。まったくそのとおりなのであって、「今や広宣流布の総仕上げ」と煽られていたわたしが、その外に出てみれば、そんな事実はまるでなかった現実に唖然としたわけです。
これは盛んに宣伝が掛かって人気がある公演だと思って行って見たところ、会場はガランガランであった驚きに似ています。宣伝に騙された結果ですね。広宣流布ならぬ広告宣伝に偽りありと知ったとき、初めて自分が騙されてきたことを思い知らされたのです。
このように書くと学会員はこれを「悪口」であるととらえるでしょう。また「事実を知らないからだ」とか「理解できないからだ」とも言うかも知れません。そのような学会員の感情に、アネモネさんが違和感を懐かれたことは当スレッドにおける書き込みを通じてよく理解できました。当然のご意見であろうかと存じます。世間一般の方もまた同様に感じることでしょう。
これらの理由は簡単なのであって、創価学会のかけ声はまるで実質が伴っていないからです。実質を問うと彼らが行うことは、たった一つと決まっています。悪口という反撃です。ここでは「これからやる」というそば屋出前の催促の言い訳と同様の説明もありました。世界平和に貢献する創価学会は50年間平和・広宣流布に邁進してきたと豪語しながら、戦禍盛んなイラン・イラク・イスラエル・北朝鮮には何の活動を行わないばかりか、平和旅を続けるという「池田先生」はブッシュ、フセイン、ラディン、金という世界の未来を握る人々に提言一つ行っていないのです。これが彼らが言う世界平和への邁進、世界広布の実態でした。それにも関わらず、広宣流布名目で会員を煽動し、選挙活動と商業活動、寄付、勧誘の原動力としています。これこそ、このスレッドで明らかになった創価学会の「罪」の一面でした。
しかし、創価学会員はこの事実に気付けないように操作されています。自分たちの生け簀の外を見ないように操作されているからです。ここで、考証してみたいことがあります。もちろん、このスレッドのテーマとも大きく関わることです。この一般人と創価学会員の、世界認知の相違がどのようにして生じるかという問題です。
「仮想現実」「グループダイナミクス」「マインド・コントロール」、これらをキーワードとして、如何にして彼らが操作されているのかを探ってみたいと思います。稔りある議論を希望します。如何でしょうか。
494
:
愚鈍凡夫
:2003/10/29(水) 21:29
本質は決して変わりません(創価学会の邪義は、永遠に不滅です!!)
『創価学会を斬る』の出版・編集担当として創価学会の直接的な圧力を実体験した1人である遠藤留治が、当時を振り返ってこんな証言をしています。
「すでに30年以上も前に、今日の事態、危機を予測し、警鐘を鳴らした藤原弘達氏の炯眼にあらためて驚くばかりです。」
「会社にいると電話がジャンジャンかかってくる。それは「日本教育改造法案」についての問い合わせ電話ではなく、ほとんどすべてが『創価学会を斬る』についてのものでした。「いったいどういう内容なんだ」「いつ出版するんだ」という探りの電話から、「出版をやめろ」とか、「ぶっ殺すぞ」「地獄に堕ちるぞ」という脅迫電話まで、ひっきりなしでした。もちろん名前は名乗りません。一方的に怒鳴りまくった上で電話を切るというパターンが延々と続きました。
また、この抗議電話とともに、舞い込んだのが抗議の葉書や手紙でした。段ボール何箱分になったでしょうか。とにかくもの凄い数でした。」
「ですから藤原弘達氏は身の安全を図るため、都内のホテルを転々として『創価学会を斬る』の執筆を続け、私たちも移動しながら編集作業を続ける有り様でした。
なお、この抗議電話や葉書は出版後もますますエスカレートし、内容もひどいものでした。」
これが創価学会の掲げる「正義」の正体です。なんといっても、正当な抗議や反論を「魔」と決めつける教団ですからね。無理からぬ事かと・・・・・。(^▽^;)
まあ今は、創価学会政治部(公明党)が政権与党の一翼を担っていますから、さすがにこんなあからさまな手は使いませんが、巧妙になった分、悪辣ですね。
「金持ち喧嘩せず」かと思ったら、「脛に傷だらけ」の身では、そうもいかないんでしょう。
「言論出版妨害は歴史的事実 歴史改竄は許されない」
http://www.forum21.jp/contents/03-7-1.html
495
:
愚鈍凡夫
:2003/10/29(水) 21:51
>>494
:訂正
敬称を忘れていました。
誤→ 『創価学会を斬る』の出版・編集担当として創価学会の直接的な圧力を実体験した1人である遠藤留治が、当時を振り返ってこんな証言をしています。
正→ 『創価学会を斬る』の出版・編集担当として創価学会の直接的な圧力を実体験した1人である遠藤留治氏が、当時を振り返ってこんな証言をしています。
です、悪しからず。 m(_ _)m
496
:
沖浦克治
:2003/10/29(水) 23:29
愚鈍凡夫さん
>かつて創価学会で池田さんが逮捕された大阪事件を起こしました。
わたしの父親はこの事件に直接関わりました。
具体的に言うとショートピースの箱に500円札を仕込んで選挙依頼をする買収です。
すでに無罪判決が確定してる出来事です。
いまどきこんなことを持ち出すとは、ユニークなお方ですね。
>たとえば印刷所に勤務している人が印刷物の中に創価学科批判を見つけると、それを本部に連絡し、それで圧力を掛ける、そんなことを複数起こした事件でした。
この件もすでに解決済みです。
>副次的に国立戒壇論を反故にし、政教分離という表向きの“公約”をすることになりましたが、妙薬さんも仰るとおり、本質は何ら変わっていません。
あなた方の思い込みと、創価学会の実際の姿とは無関係です。
>「破壊的カルトの目には、だれかがそのグループをやめる『正当な』理由など存在しないのだ」
不思議なご意見ですね。
私は、創価学会を辞めようとする人を無理に引き止める必要はないと常々言っております。
池田先生も同様のご指導をされております。
この指導の録音も持っています。
>脱会者を侮蔑敵視する態度は、まさに破壊的カルトメンバーの特徴と共通しています。
辞めた人を尊敬する団体は何処あるのですか。
また創価学会を退転した人々が、創価学会や学会員に対して悪口を尽くす事はよい行いなのでしょうか。
その行為こそ、カルトと共通していますよ。
497
:
沖浦克治
:2003/10/29(水) 23:32
(続きです)
>学会では世間が劣っていると教えられていたのですが、“進展”して見た実態は逆でした。学会員であるわたしは操作されていたのです。
世間も創価学会も同じです。
もし創価学会員が優れていると思っていたのであれば、あなたの勘違いにすぎません。
人は全て平等ですよ。
蓮祖はよこしまな権力者や、僧侶当に対して、我が弟子は優れていると仰せですが、人間の可能性のうえの平等を認めた、おそらく最初の人でしょう。
>わたしが創価学会を、脱して何よりいちばん驚いたことは、会の中で言われていたことと社会の現実があまりにも違っていたという事実でした。この衝撃は、入会脱会の経験のない人にはわからないものです。
私が組織を離れ、世間で活動し始めたのは30歳の時でした。
私も驚きました。
世間にはすごい人たちが、本当に驚くほど多くおられました。
現在の私の原点となっている体験でした。
自分は創価学会員として、この人たちに負けない人間になるべきだ。
創価学会の中でしか通用しない人間などには何の値打ちもない、と悟ったのがこの体験でした。
>わたしが創価学会にいた頃、盛んに言われていたことは「広宣流布の上げ潮」「広宣流布の総仕上げ」ということでした。この言葉を鵜呑みにしていた自分は、もうすぐ広宣流布が実現すると信じて疑いませんでした。今から30年前の話です。
私が今58歳ですからほとんど同じ時期の体験でしょう。
このときから私は、広宣流布などこれからだ、と自覚し現在に至っております。
498
:
沖浦克治
:2003/10/29(水) 23:34
>ところが社会の現実を目の当たりにする限り、創価学会が言うような「総仕上げ」段階になど、まるでなっていないばかりか、広宣流布の兆しすらまったくありませんでした。世界の指導者であると思っていた「池田先生」も世界ではまるで無名でした。世界には一部の人を除いては「創価学会」「池田大作」の存在をする人などいませんでした。
現在では環境はかなり改善されてはおりますが、まだまだこれからです。
>さらに以前もお話ししたとおり、脱会後、わたしはアメリカ、またイタリアの国営放送から取材を受けたのですが、彼らが異口同音に述べたことは「日本人は何故特定宗教団体が運営する党があることに危機感を感じないのか。その党が与党となって大臣が出ることに危機感を懐かないのか」というものでした。わたしはこの質問を受けたとき、日本社会にあるために鈍感になっていた自分の認識の甘さを痛感しました。
先進国の中で宗教政党が存在する国は多く観られますし、外国の放送記者が何を言おうと言わしておけばいいでしょう。
要は我々学会員が、公明党をしっかりと監視していればいいのです。
>また、日本でカルト問題で活躍するフランス人活動家の友人は『セクト法』が成立するや、電話をしてきました。「フランスで創価学会はカルト(セクト)として扱われるようになった」と報告をくれました。先にも挙げた『マインド・コントロールの恐怖』のなかでは明確に創価学会を破壊的カルト集団の一つとして上げている事実もあります。
フランスにはフランスの事情があり、我々には我々の行き方があります。
この話が事実であっても、いつかフランスのから歩み寄ってきますよ。
>こうなると、創価学会にいた頃、創価学会は日本の広宣流布の総仕上げの時期にあり、世界広布に邁進していると信じていたことは一体全体何であったのか、しばし面食らって数年間を過ごしたものでした。
事実をありのままに見るべきでしたでしょうね。
私は同じ時機に気がついておりましたし、一緒に活動していた友人達もそうでした。
しかし誰一人創価学会を退転したものはいません。
要は、あなた任せで信心をしていたのか、自らの判断で行なっていたのかの差です。
>さらに統計資料が示すところに拠れば創価学会の活動者実数は400万人乃至800万人を超えることはないと事実を知ったときの驚愕を、アネモネさんは想像することもできないと思います。
私たちはこのころせいぜい500万人程度だと思っていましたよ。
それでも、よくこれだけ残ったものだと思ったものでした。
蓮祖の仰せにあるように、退転の可能性は非常に大きいものである事をよく知っておりました。
>このように書くと学会員はこれを「悪口」であるととらえるでしょう。また「事実を知らないからだ」とか「理解できないからだ」とも言うかも知れません
いえいえ、事実はこんな程度しょう。
>会は50年間平和・広宣流布に邁進してきたと豪語しながら戦禍盛んなイラン・イラク・イスラエル・北朝鮮には何の活動を行わないばかりか
池田先生はレバノンへもいかれました。
もしこの行動に御不満があおりでしたら、自らが行動する事を持ってお示しください。
>それにも関わらず、広宣流布名目で会員を煽動し、選挙活動と商業活動、寄付、勧誘の原動力としています。これこそ、このスレッドで明らかになった創価学会の「罪」の一面でした。
あなたは罪だと思っているのですね。
私はは全く思いません。
もちろんあなたが罪だと信じる事は、全くもってご自由ですよ。
>しかし、創価学会員はこの事実に気付けないように操作されています。自分たちの生け簀の外を見ないように操作されているからです
これまでの書き込みから判断すれば、あなたは確かにそう操作をされていたのでしょう。
私たちは全く操作などされておりません。
この差は何処から来ているのでしょうね。
499
:
沖浦克治
:2003/10/29(水) 23:37
>「仮想現実」「グループダイナミクス」「マインド・コントロール」、これらをキーワードとして、如何にして彼らが操作されているのかを探ってみたいと思います。稔りある議論を希望します。如何でしょうか。
このご提案は少し訂正された方がより正確になります。
『彼等が』では無く、『私が』とすべきです。
私たちは、全くマインドコントロールなどはされておりません。
>『創価学会を斬る』の出版・編集担当として創価学会の直接的な圧力を実体験した1人である遠藤留治が、当時を振り返ってこんな証言をしています。云々。
このあたりは事実をきっちりと証明できる資料を添えて論じないと、説得力に欠けますね。
無論の事、あなたがどのような他人の文章に基づき、どのようなご意見をお述べになろうと、全くのご自由です。
私が、この人には自分の主体的なご意見というものが無いのかな、と考える事もまた自由ですよね。
>これが創価学会の掲げる「正義」の正体です。なんといっても、正当な抗議や反論を「魔」と決めつける教団ですからね。無理からぬ事かと・・・・・。(^▽^;)
何かを証明なされてのですか。
私には何も出来てないと感じます。
それでは、そろそろやすむと致します。
500
:
愚鈍凡夫
:2003/10/30(木) 00:27
それでは、故藤原弘達氏の証言を。
「『角栄、もういいかげんにせんかい』第1章 藤原弘達」
http://www.fukunaga.net/fujiwara_koutatsu.htm
「『角栄、もういいかげんにせんかい』第2章 藤原弘達」
http://www.fukunaga.net/fujiwara_koutatsu2.htm
「大阪事件」に興味のある方はこちらをどうぞ。
1957(昭和32)年の年表
http://snow.prohosting.com/foggyday/chrono-2/65.htm
501
:
犀角独歩
:2003/10/30(木) 02:47
わたしの問いかけはアネモネさんと、創価学会へ疑問を持つ方々へですから、それ以外の方のご意見は無用に願います。
502
:
犀角独歩
:2003/10/30(木) 03:06
愚鈍凡夫さん:
レス、有り難うございます。
愚鈍凡夫さんは学会経験者でいらっしゃいましたっけ。
脱会の時の話を少ししたいのです。もちろん、皆さんにも参加していただきたいと思います。
わたしはひどい嫌がらせと人格攻撃を受けました。これはもう筆舌に尽くしがたいものでした。
わたしが脱したのは平成2年だったんですが、あの頃、池田さんは「脱会者は自殺に追い込め」と檄を飛ばしたと伝わります。これが真実であったかどうか確認の仕様もありませんが、その指令を受けたとしか思えない脱会者攻撃の標的にされました。
いきなり電話が掛かってきて「創価学会池田先生を裏切ったものは許さない。いま公園で待っているから出てこい。ぶっ殺してやる」なんて電話がありました。実際に行ったらいませんでしたが(笑)しかし、電話でこのような恫喝を行うだけでも十分に犯罪行為です。
わたしは法華講に移って寺報を発行の責任者をやっていたんですが、あまりの寺院攻撃のひどさにその点を特集すると、『聖教新聞』の地方版でそれを取り上げて、地域幹部が紙上座談会で、わたしを「穢らわしい」とこき下ろして書かれたりもしました。
ある時は6人一組になって20代そこそこの青年がやって来て「○○君に会いたい」と、こうです。そのとき、わたしは30代も半ば。その学生がわたしを君呼ばわりです。
あと、どこの団体の誰がやったとは言いませんが(!)自家用車の運転手側のタイヤに五寸釘を刺されたのが2回。タイヤを外してディスクパッドを外されたのが1回。知人の学会葬に参列し、たまたまその場で会った知己の法華講員と帰りにファミレスに車を停めて食事をして出てきたら、エンジンルームないのベルトというベルト全部が切断されたことが1回ありました。地域の座談会ではぼろくそに悪口を言われ、「廃人になった」「気が狂った」「生活が破綻した」「近づかないほうがいい」などとさんざんと人格攻撃も受けました。
このような脱会者への執拗な攻撃は創価学会の「罪」の一面であると思いますが、おやめになった皆さんの経験を少しご披露願えませんでしょうか。創価学会の実態をより明確にできようかと思います。
503
:
沖浦克治
:2003/10/30(木) 06:56
おはようございます。
犀角独歩さん
私には、ここの皆様は公共の掲示板に意見を出すからには、反論を受ければ事実を証明する義務があるとおもいます
>わたしの問いかけはアネモネさんと、創価学会へ疑問を持つ方々へですから、それ以外の方のご意見は無用に願います。
あなたのこのご意見は、少し自分勝手ではないでしょうか。
この掲示板は、私やあなたのためにだけあるのではないのですよ。
どの掲示板でもそうであるように、レス人口の何倍ものロム人口があるのです。
あなたの一方的な思い込みをのみ発表できて、創価学会の側に立つ現在唯一人(おすらくそうでしょうね)の私に意見を封じ様とする事は、不公平ですね。
創価学会の功罪を語る、がテーマでは無かったのですか?
罪ばかりを語っているのではおかしいでしょう。
あなたが感情的に、創価学会に対する恨みをおのべになられることはもちろん構いません。
世の中には、不思議な体験の例もあるのですから。
また、脱会者への攻撃は、あるとすれば大変興味深いですね。
個人的に感じますが、あなたはどなたかに強い恨みを受けておられた様ですね。
もしこれらの嫌がらせが事実であるならば、きっちりと刑事告訴等で対抗すべきでしょう。
504
:
沖浦克治
:2003/10/30(木) 07:25
犀角独歩さんの書き込みを読んで思う事。、
この迫害が事実であり、彼の退転が原因になっているとするならば、この人は一時期激しい学会活動をやり周りの会員が閉口するほどであったのかもしれませんね。
私の所属組織でも、53年頃に一人の本部幹部が退転し宗門法華購に走りました。
彼は常々池田先生本仏論を声だかに唱え、ご両親は神戸の草分けの一家でした。
子供のころ池田先生が自宅に訪れ,色紙と万年筆を直接もらった事がが自慢のおとこでした。
その後聖教新聞の仕事に携わり、本部幹部を兼ねておりました。
彼の過激で一方的な行動と指導は、周りの会員たちの顰蹙の的であり、最後には組織内で全く孤立をし、居場所がなくなっってしまったのです。
とうとう昔馴染みの住職に誘われ、法華講に走りました。
わたしたちには創価学会兵庫本部から、彼の事は捨てておく様に、との指導がありました。
周りを過激に引きづり、多大の迷惑をかけていた彼を憎む人達が多かったのです。
本部はそのようなことが起きないよう、前もって支持を出しておいたのです。
後で聞いた所によれば、彼は嫌がらせを受けノイローゼになったそうです。
また法華講でも過激発言を繰り返し、最語には追い出されてしまったと聞いております。
しかしこれは創価学会の組織のせいではありません。
彼の行動が引き起こした、彼に金する個人的な出来事です。
この当時池田先生は、脱会する人間は捨てておくようにとの指導を何度もされております。
私は現在も、録音を持っています。
このような人は自らが転向をするあたり、迷惑を蒙った会員の皆様方に謝罪をすべきでしょう。
505
:
犀角独歩
:2003/10/30(木) 09:44
沖浦克治さん:
まず、503に関して、刑事告訴云々はわたしの意志に関わることですから、要らぬお節介は無用です。また、504の記述はわたしとはまったく無関係です。
> 反論を受ければ事実を証明する義務があるとおもいます
この言葉は、わたしがあなたに申し上げた言葉です。しかし、あなたはそれを実行することがなかったばかりか、「境涯が低い」「程度が低い」「駄目な人間だ」「退転した」「理解力がない」と悪口の限りを尽くして、自分と創価学会、戸田さん、池田さんに疑問を持つ人々を意見を封じようとしました。そして、ついには、あなたはここであなたに証拠の提示を求めた方々に次々と「会話をしたくない」などと相手を選ぶ発言をしてきたはずです。ですから、わたしも会話をできる相手を選んだままです。
最後に一つだけ。わたしは、この掲示板で宗門の姿勢とその教学について、あなた以上に糾弾をしてまいりました。
しかしそれは単に悪口を言うのではなく、事実証拠、並びに文献的な証拠を挙げてのことです。
あなたは何百年も前の僧侶の文献など興味がないそうですが、宗門の在り方を根底から再考するためにはそのような文献を考証する作業は不可欠です。私はそこに書かれていることを信じているわけではなく、現石山を徹底的に考証し直すために多くの資料を読んできました。他の方々も同様です。日蓮その人の教えが如何なるものか、仏法とは何かを真剣に考えるためにそれぞれで意見を交わしているのです。
このような場で、ただ創価学会の宣伝や、戸田さんその他個人の礼賛など意味を持ちません。創価学会、戸田さんにも善いところはあったでしょう。しかし悪いところはあった。その両面を問うのが「功罪を考える」ということです。また、世界平和その他は「これから」で、なにもしてこなかったことはよくわかりました。では、実行されて事実が生じたときに披露なされば如何でしょうか。「これからやる」などというそば屋が注文に催促されたときの口上のようなことを記しても意味がないでしょう。たしか、創価学会は実践と結果を重んじていたのではなかったでしょうか。
今後、わたしへの問いかけ、また、書き込みに対して要らぬ註釈は無用です、何の参考にもなりませんので。以上です。
506
:
愚鈍凡夫
:2003/10/30(木) 12:49
「最近、池田さん家のポチがよう吠えんねんけど、ストレス溜ってんやろか。今夜にでも竹輪持って行ってこぉ〜。」(独り言1)
>>502
:犀角独歩さん、
1962(昭和37)年頃の入会ですけどね(あまり言うと、歳がばれる)。(^▽^;)
「ほぼバレとるちゅうねん。オッサンのギャル真似キショイ〜! なんて思われてたりして」(独り言2)
母に手を引かれ、ワケの分からぬままの入信でしたね。モミジのような手を合わせ「ナ〜ム」、正宗寺院の板漫荼羅を見つめていました(正直、なんじゃこりゃと思ってましたが)。(^▽^;)
> あの頃、池田さんは「脱会者は自殺に追い込め」と檄を飛ばしたと伝わります。
あの当時、自殺者は少なくなかったと思いますよ。
脱会しようにも脱会できず、結局悩んだ末に一家の大黒柱が自殺し、残った家族が学会員の執拗な嫌がらせに遭い、後追い自殺された方もいらっしゃいます。
数年前、小生の知り合いの幹部で、全財産を学会に貢ぎ、学会命だった人が老人性痴呆症になって、病院で亡くなりました。一家は離散していましたから、最後は可哀想でしたね。
また縦線時代の幹部で、現在、痴呆症の方を何人か知っていますが、若い頃から学会命・学会一筋で来たためか、時間に余裕ができる年齢になった時、時間の過ごし方に戸惑うようですね。
こんな弊害もあるんだとつくづく思います。どの方の家庭も、介護疲れで家族が大変なおもいをされているようです。このタイプの本質は内弁慶が多いですからね。
皮肉にも、「学会の信心は、必ず成仏できる」と太鼓判を押していた方たちですが。
小生が、学会に不信感を抱き始めたのは、教学が発端でした。どうも、御書に書いてあることと、池田さんの指導内容が違うんじゃないかと思ったのが最初ですね。
まあ、15年ほど前から学会批判はしております。論破されて半狂乱になった幹部もいました(今でも、小生の名前を聞くだけで理性を失うそうです)。但し、弱い者虐めはしていません。
矛盾点を突かれてムキになるから、どんどん傷口を広げるんですけどね。学会員の悲しい条件反射なんでしょうか。少し反省しています。
そういえば、学会から法華講に鞍替えした人が癌で入院した時、地元学会員たちが小躍りして喜んでましたよ。脱会者にアクシデントがあると、話に尾鰭がついて「口コミ・ここだけの話」作戦発令のようです。
ここ5年位は、「バトル禁止令」でも施行されたのか、小生には仕掛けてこなくなりましたけど。 ...( = =) トオイメ
ひょっとして、地元学会おばちゃん部の「呪いの藁人形」の的になってたりして・・・・・。( ̄ー ̄; ヒヤリ
507
:
犀角独歩
:2003/10/30(木) 13:54
愚鈍凡夫さん:
> あの当時、自殺者は少なくなかったと思いますよ
それはそうですよね。みな信念をもって学会から脱したんですものね。脅かされようが、すかされようが、そんなものは毅然と跳ね返していました。
当時、わたしは創価学会脱会者およそ1500人と関わりを持っていました。
みな元気いっぱいでした。しかし、そんななかで独居老人とか、いわゆる社会的弱者と目される人への攻撃はひどかったですね。
あの頃、こんなハガキを確認しました。
*** 転載はじめ ***
【表】
○○区○○○○
○○ ○○ 様
(差出人)日顕宗を撲滅する会
【裏】
○○さんよ あなたがた御一家のように池田先生を避けているような連中は絶対に許すわけにはいきません。それに○○○○○○○の地に居据わってもらっては不愉快です。今すぐにでも荷物をまとめて出て行ってもらいたいです。日顕と同じように池田先生に対して、恩を仇でかえす連中はとことん苦しめたうえで追放する。○○さんよ 弟子たちの怒りを甘く見てるとこわいですよ。
即 退 座 (○○区の土地から出ていけ)
*** 転載おわり ***
受信者の気持ちになるとき、当時は、怒り心頭に発したものでしたが、いま振り返ると、この手紙の主も“植え込まれた”心理操作に振り回された犠牲者であったのであろうと思います。学会組織の打ち出す憎悪の植え込みをそのまま自分の感情とする“代理”状態ですね。
まあ、いまとなっては、愚鈍凡夫さんと同じく教学上の問題、もっと言えば、破壊的カルト・マインド・コントロール被害という観点から、わたしは組織そのものから脱却しましたので、石山の肩を持つ気も毛頭ありません。ただしかし、やめて見た学会の“外面”は本当にひどいものでしたよね。わたしがいちばんひどいと思った組織暴力は御講妨害でしたね。大挙青年部が本堂に陣取って、住職が「創価学会」「池田大作」と一声言おうものならば「質問があります」「質問があります」と手を上げて立ち上がって、発言を妨害するわけです。
信教の自由には「宗教上の礼拝・儀式・行事などを行う自由、宗教の伝道・布教を行う自由」があるわけです。それを御講の席に上がり込んで妨害する。それで、さらにこれがひどいと思ったのは、全国の他の講中と連絡を取り合うと、全国津々浦々、同時期に、同じように青年部が押しかけて「質問があります」と妨害をしていたわけです。やり方が全国皆一斉一緒であったわけです。つまり、大本営発表一斉攻撃でそのやり方までマニュアル化されているわけです。この創価学会の有様、全体主義というか、暴力的な行動を見たとき、「ああ、やめて良かった」と心の底から思ったものでした。しかし、それでも、あの頃、御講に参詣するのは文字通り命懸けでした。警備する法華講の青年壮年はわずか10名そこそこ、そこに何十人、時に100人以上の創価学会員が来て、暴れるわけです。「今日は怪我をするだろうな。命に及ぶかも知れない」、そう思いながらお寺に向かっていたものでした。
508
:
アネモネ
:2003/10/30(木) 14:52
横レス失礼いたします。
犀角独歩さん
レスありがとうございます。
私は、社会人として、あまりにも創価学会に対して無知だったと、今とても反省しております。そのような気持ちも含めて、少しご返信をさせて頂きます。
>世界の指導者であると思っていた「池田先生」も世界ではまるで無名でした。世界には一部の人を除いては「創価学会」「池田大作」の存在をする人などいませんでした。
大変お恥ずかしいことなのですが、実は私、もともとが世間知らずでして、法華講に入るまで、創価学会のことも池田さんのことも、ほとんど知りませんでした。
もちろん、創価学会の名前はどこかで聞いていました。だけど、創価学会=新興宗教としてイッンプットしておりましたから、天理教やPL教や真光教など、他の新興宗教とまるで区別がついていなかったのです。現在宗門から離れた以上、結局、新興宗教という捉え方で正しかったのかもしれませんが。
もしかすると、私ほど創価学会を知らない世間知らずもまた珍しかったかもしれませんが、とにかく創価学会の方から直接お誘いを受けたり、下種や折伏を受けたりということは、過去に一度もありませんでしたので、法華講に入るまで、その存在を意識することなく生きてきたのだろうと思います。
まあ、そんな調子でしたから、池田さんの顔もまるで知らず、いまだに顔を見ても憎悪も好感もなく、基本的に特別な思いというのをまるで抱きません。
私にとってみると、この感覚が一般的なものなのではないか思ってしまうところなのです。
ところが、現役学会員にしろ、元学会員にしろ、恐らく私の想像では、創価学会や池田さんのことを考えることのない日は、一日たりともないのではないかと、そんな感じを受けています。
まずは、そのことが、一般的には、とても考えられないことだと思います。
組織に関わったことのない人にとってみれば、ほとんどその存在について、日常的に意識はされていないでしょう。最初の温度差とは、そこに始まっているでしょうね。
しかし破門のときは、あんなに世間を騒がせ、マスコミもそれを大きく取り上げてたわけですが、もともと日本人は飽きっぽく忘れやすいところがあり、結局いまとなっては、法華講ですといえば、「あー学会さんですか」と言われている状態ですね。
それも、存在が日常的に意識されていないひとつの証拠ともいえるでしょう。
しかし、存在を意識しないということは、言葉を変えれば、無警戒なわけですから、それも問題です。なんせ政界にも力が及んでいるわけですから、関心がなかった、知らなかったでは済まされません。意識を変えなければならないなあと、つくづく思いました。
まずは、感覚的な温度差ということについて、レスをさせて頂きました。
509
:
犀角独歩
:2003/10/30(木) 16:50
アネモネさん:
ご返信、有り難うございます。
わたしがいちばんここに記していただきたかったのは、仰るとおりの“温度差”です。
わたしが学会の家に生まれて、そこで育ち、小学校高学年で「池田先生」に個人的に会う機会があり、またそれが海外誌に紹介されるという“不幸”のために、すっかり、「創価学会・池田先生」の虜になってしまったわけです。ですから、この世の中は創価学会を中心に動いているし、日本はおろか世界の命運も「創価学会・池田先生」が握っていると信じて疑わなかったわけです。「創価学会・池田先生」を悪く言う人間は許さないという強い憎悪感も懐いていました。
そう心から信じ込んでいたわけです。また、「日蓮大聖人の仏法を寸分違わず、現代に蘇生させ広宣流布を推進する唯一絶対の組織、最高の指導者」と信じていました。この思いは小学校5年生の段階で堅固なものとなっていました。「池田先生に日蓮大聖人の生まれ変わり」とも信じていたわけです。
ところが創価学会を脱しさらに法華講も脱して見ると、世界観は一変したわけです。
学会公明党はたしかに政権与党に食い込み、政治に強い影響力を発揮し始めていました。マスコミの支配、また、金融界の支配、その他の支配体制も着々と進み、日本という国土においてたしかに学会・公明党、すなわち池田さんは強い影響力を発揮し、その権力を不動のものにしているのは事実です。が、それは蓮師のいう「広宣流布」とはかなり趣を異にしていていることに気付くわけです。その何よりの証拠は、公明党・学会・池田さんの名前を知っていても、それが広宣流布されているなどと誰も思っていなかったからです。アネモネさんが記されるとおり、創価学会は日本最大であることは事実にせよ、一新興宗教団体に過ぎず、そのカリスマ指導者として池田さん、その組織と指導者を母体とする公明党が日本で政財界支配のチャンスを着々と狙っているととらえられているばかりでした。
当然のことですが、世間一般で、学会池田さんが日蓮の正当な継承者などと思っている人などいないわけです。また、この団体と指導者が日本の平和と、世界平和をリードしていると思う人もいません。それなのに、この団体の中にいると、先述したとおり、「日蓮大聖人の教えを広宣流布する唯一絶対の団体と指導者」と思い込めてしまうわけです。
なぜ、このような、現実離れした思い込みが可能となるのか、この点を少し考えてみたいと思うわけです。
510
:
ジャンノレン
:2003/10/30(木) 16:59
独歩さん、今のスタンスと違う書込を見て、ちょっと戸惑いがあります(笑)といっても
書されているように、回顧としての文章ですから、仰せの通り、
>わたしは組織そのものから脱却しましたので、石山の肩を持つ気も毛頭ありません。
この文を見つけて安心しました。(再笑)
独歩さんのレスにありますように平成二年頃はお寺に何とも言えぬ緊張感があり、
私も当時の事を独歩さんの文章を見て、触発されて書いてみました。
独歩さんが書かれているように、私も平成二年頃にはお寺に通う因縁があって、三年1月1日の零時の元旦法要で
住職が池田批判を始めた途端、怒号とヤジが飛び交い、これが正月の法話の対応か?とするくらい
学会員の用意周到な反応でしたねえ、翌日の法要は申し計ったように誰も参詣に来ないし、
一糸乱れぬ統制に唖然としたものです、それでも連絡網から漏れた
会員が正月参詣に来るのを門塀で足止めをして帰るように促していましたね。
15日の法要に於いてもある男子部員はいきなり「八識不起の一念について教えて下さい」とか
「一念三千の初住の一念とは」とか、この問題について喋ろうとすると言論封鎖をする有り様でした。
ほとんどヤジの中を住職が一生懸命お話ししていた姿が印象的でした。
あぁ、これで学会と宗門とはホントに離れていくのだなぁ・・というのが偽らざる私の印象です。
妨害は覚悟していましたが、私もお寺に駐車していた愛車にタイヤに釘を刺された一人です、
ガソリンスタンドで指摘されるまで、まるで気づきませんでした。
毎夜の如く地元の幹部が我が家に押しかけ、文化会館には退転者として私の名前を張り出してました。
副会長や男子部長が組織を回るなと、威嚇してきて、会社にまで発信元不明の個人名中傷の
嫌がらせのファックスが流れてきたりして、夜中には無言電話、なかなか楽しかったですよ。
また、ある時は、訪問した会員宅に私一人に二十数名に取り囲まれて難儀したものです。
折々に予想されたといえど、そんな体質に触れるたびに、
こんな異常なところに長く在籍していた自分が情けなくなり、一人一人はいい人なんだけど、
団体論理に振り回されている沢山の人達が可愛そうと言うより哀れに思えて、今でもその感は消えません。
あれから十余年、宗創戦争の精神の不毛を感じつつ、晩秋の石山の塔中はあの頃押しかけた街宣車の
ペンキがもう薄くなっていました、時の経つのは早いものです。
511
:
犀角独歩
:2003/10/30(木) 18:20
ジャンノレンさん:
> 独歩さん、今のスタンスと違う書込を見て、ちょっと戸惑い…石山の肩を持つ気も毛頭ありません…この文を見つけて安心しました。(再笑)
あ、なるほど。わたしが法華講員だと勘違いされたのも故無きも非ずですか(大笑)
わたしが石山の有様を肯定するわけはありません。ただ、ここのスレッドが「創価学会の功罪を考える」ですから、石山問題は傍らに置いただけですよ。
> 平成二年頃…私も当時の事を…触発されて書いてみました。
有り難うございます。話題を共有できる方がいるとホッとします。
> 三年1月1日…学会員の用意周到な反応…翌日の法要…誰も参詣に来ない…連絡網から漏れた会員が正月参詣に来るのを門塀で足止めをして帰るように促していましたね。
そうでしたね。わたしが昭和56年頃から寺院参詣が習慣化していたのですが、たまたま、この元旦勤行は知人が尋ねてきて行かなかったのです。明けて寺院に行き、その時の騒然とした録音を危機、実に驚きました。この段階で、わたしは実質的に寺院側で動くようになります。
> 15日の法要に於いて…ほとんどヤジの中を住職が一生懸命お話ししていた姿が印象的でした。
ええ、わたしが参詣していた寺院でもそうでした。
100人近い、怒号の中、それでも一字一句、省略せず、学会・池田さんを批判原稿を読み上げた住職を、わたしは尊敬もしましたね。まあ、今は昔の話ですが。
> あぁ、これで学会と宗門とはホントに離れていくのだなぁ・・というのが偽らざる私の印象です。
実感の籠もったお話ですね。
> タイヤに釘を刺され…ガソリンスタンドで指摘されるまで、まるで気づきませんでした。
え、そうなんですか! それじゃまるで、わたしと同じですね。
「うまいタイヤへの釘の打ち方」なんて、感心している場合じゃありませんが、この点でも共通するとは思いませんでした。改めてビックリしました。
> 毎夜の如く地元の幹部が我が家に押しかけ、文化会館には退転者として私の名前を張り出し…副会長や男子部長が組織を回るなと、威嚇…会社にまで発信元不明の個人名中傷…嫌がらせのファックス…夜中には無言電話
同じですね。
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