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創価学会の功罪を考える

479沖浦克治:2003/10/28(火) 20:32
>いいえ、違います。その根拠は、過去に被害を受けてきた人がたくさんいるからです。
なにごとも過去の反省の上に、未来の展望があるものです。

 残念ながらあの人たちには、創価学会に対する未来の展望などありません。
 私には、彼等にあるのは恨みつらみだけに感じられます。

>>あなたはご自分に、そんなに自信がおありなのですか?

>あなたがこの掲示板で発言したことの責任が問われているのです。私のことは問題ではないでしょう。
あなたは、自分に自信がないのに、多くのことをここで断言している。よってそれでは、断言したことは信用できませんねと確認しているのです。私の自信のことはそれこそ関係ありません。あなたが発言したことを問題にしているのです

 わかりました。
 そこまでおっしゃるのであれば申しあげます。
 私は、ここの掲示板に投稿されているどなたよりも、自分に自身を持っております。
 これでよろしいですか。

>途上中ならば、断定的にものごとを決め付けて語らないで頂きたいものです。
それでも、確信しているというのであるならば、その根拠を示して下さい。

 臨終正念との言葉をご存知ですか。
 蓮祖門下は、死の瞬間まで努力をし続けるのです。
 信心の確信は最後は体験になります。
 お聞きになられたければ書き込みます。

>世界平和を目指すような教えを、家庭のおかずと一緒に論じるのですか。宗教は社会公共的存在です。家庭のおかずは公共的なものではありません。公と私の区別もつかないのでしょうか。
 
 世界平和といえども各個人、各家庭の平和の確立の延長線上にあるのです。
 家庭や個人を離れて広宣流布などは無いのですよ。

>あなたの家にはなくても、あなたの同胞の家にはあるでしょう。全て返却されてはじめて関係断ったといえるものです。

 たとえ話です。
 
 『おじさんの若い時は、創価学会は日蓮正宗だったんだよ。
 ウッソー、アリエナイ〜!!』
 
 こんな時代がすぐそこまで来ています。
 しばらくすれば解決いたしますので、お待ちくださいませ。
 私もワクワクしながら待っているのです。


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