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創価学会の功罪を考える
473
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 19:26
>>あるのは寛師が書写した連尊曼荼羅です。
>それを寛師曼荼羅というのではないのですか?
寛師が書写した蓮祖の曼荼羅との意味ならその通りです。
以下に日顕法主の言徐引用いたします。
彼も歴代法主の書写のご本尊様は、すべて蓮祖のいのちであるといっておりますよ。
(平成七年三月二十五日・第二回講頭・副講頭指導会の砌)
「私は前に、次のような内容の手紙をもらったことがありました。それは、『日顕上人書写の御本尊は、字が下手だから、あまり有り難く思えない。日顕上人書写の御本尊は、それなりの、その程度の境界で書いたと思う』というようものでした。これはとんでもない考え方ですけれども、そこに、『末法に生まれた凡夫が僧侶となって修行し、そして法主となった人が書写する御本尊と、根本の大聖人様の御本尊とでは、そこに天地の相異があるのではないか』というような考え方があるが故に、そういう言い方をしてきていると思うのであります。しかしながら、これは全く誤った見解であります。そこに、大聖人様が日興上人に伝えられ、日興上人が日目上人へ伝えられた、血脈相伝の上から本尊の内証を口伝せられた意義があるのであり、これは厳然として七百年の今日まで伝わっておるのであります。申すまでもなく、御歴代上人御書写の御本尊にはすべて、大聖人様のお心がそのまま、はっきりと顕れております。したがって、御歴代上人、どなたの御本尊にしても、皆様方が大聖人様の御当体と拝して真剣にお題目を唱え奉るところ、必ず真の即身成仏への道が開かれるということを、ここにはっきりと申し上げておく次第であります。」P四四
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