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創価学会の功罪を考える

505犀角独歩:2003/10/30(木) 09:44

沖浦克治さん:


まず、503に関して、刑事告訴云々はわたしの意志に関わることですから、要らぬお節介は無用です。また、504の記述はわたしとはまったく無関係です。


> 反論を受ければ事実を証明する義務があるとおもいます

この言葉は、わたしがあなたに申し上げた言葉です。しかし、あなたはそれを実行することがなかったばかりか、「境涯が低い」「程度が低い」「駄目な人間だ」「退転した」「理解力がない」と悪口の限りを尽くして、自分と創価学会、戸田さん、池田さんに疑問を持つ人々を意見を封じようとしました。そして、ついには、あなたはここであなたに証拠の提示を求めた方々に次々と「会話をしたくない」などと相手を選ぶ発言をしてきたはずです。ですから、わたしも会話をできる相手を選んだままです。

最後に一つだけ。わたしは、この掲示板で宗門の姿勢とその教学について、あなた以上に糾弾をしてまいりました。
しかしそれは単に悪口を言うのではなく、事実証拠、並びに文献的な証拠を挙げてのことです。

あなたは何百年も前の僧侶の文献など興味がないそうですが、宗門の在り方を根底から再考するためにはそのような文献を考証する作業は不可欠です。私はそこに書かれていることを信じているわけではなく、現石山を徹底的に考証し直すために多くの資料を読んできました。他の方々も同様です。日蓮その人の教えが如何なるものか、仏法とは何かを真剣に考えるためにそれぞれで意見を交わしているのです。

このような場で、ただ創価学会の宣伝や、戸田さんその他個人の礼賛など意味を持ちません。創価学会、戸田さんにも善いところはあったでしょう。しかし悪いところはあった。その両面を問うのが「功罪を考える」ということです。また、世界平和その他は「これから」で、なにもしてこなかったことはよくわかりました。では、実行されて事実が生じたときに披露なされば如何でしょうか。「これからやる」などというそば屋が注文に催促されたときの口上のようなことを記しても意味がないでしょう。たしか、創価学会は実践と結果を重んじていたのではなかったでしょうか。

今後、わたしへの問いかけ、また、書き込みに対して要らぬ註釈は無用です、何の参考にもなりませんので。以上です。


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