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創価学会の功罪を考える
492
:
犀角独歩
:2003/10/29(水) 21:07
アネモネさん:
創価学会に疑問を持つ皆さん:
少しこちらでもお話をしましょうか。わたしは創価学会から脱して10年以上の歳月が流れました。生まれながらの創価学会員であったわたしにとって、脱会はフィルターを通さず社会を見る“入会”のようなもものでした。ひとつの信念体系、組織を脱してみないと見えない世界がありますね。
会ではわたしのようなスライド・アップを「退転」と言いますが、これは「進展」というべき人生の幸福な一幕でした。しかし、学会員はわたしのような幸福な選択をすると「退転者」と侮蔑の限りを尽くします。この理由をハッサン師はしっかりと書き留めてくれました。
「破壊的カルトの目には、だれかがそのグループをやめる『正当な』理由など存在しないのだ」(P192)
創価学会が破壊的カルトかどうか、そのような断定をここで行おうとしているわけではないのです。「グループをやめる『正当な』理由など存在しない」創価学会は、破壊的カルトと同様の特徴を持っている点を注視するのみです。会総体と言うより、その「指導」を墨守する各会員の意識においても同様であって、脱会者を侮蔑敵視する態度は、まさに破壊的カルトメンバーの特徴と共通しています。
学会員であったわたしは、世間の人で「創価学会は間違っている」と思うのは、「悪鬼入其身」で判断力が狂っていると教えられていたのです。しかし、脱しててみると、一般の人は、その正常な思慮・行動から、創価学会の異常性を感じ取っていたと知ったわけですこの累計の感覚をアネモネさんは指摘くださったのだと感謝しています。学会では世間が劣っていると教えられていたのですが、“進展”して見た実態は逆でした。学会員であるわたしは操作されていたのです。
かつて日本人は「鬼畜米英」と信じて死んでいきました。けれど、敗戦後、直ぐに日本人はそれらの国の人々と友好裡に過ごすようになれました。相手の国の人たちが変わったと言うより、日本人各人が「鬼畜米英」という“植え付けられた”心理操作から脱却できたからでした。(もちろん、新たな国際的な心理操作は問題になります。しかし、ここでその言及はやめます、本題を霞ませてしまいますから)
わたしが創価学会を、脱して何よりいちばん驚いたことは、会の中で言われていたことと社会の現実があまりにも違っていたという事実でした。この衝撃は、入会脱会の経験のない人にはわからないものです。
わたしが創価学会にいた頃、盛んに言われていたことは「広宣流布の上げ潮」「広宣流布の総仕上げ」ということでした。この言葉を鵜呑みにしていた自分は、もうすぐ広宣流布が実現すると信じて疑いませんでした。今から30年前の話です。
ところが社会の現実を目の当たりにする限り、創価学会が言うような「総仕上げ」段階になど、まるでなっていないばかりか、広宣流布の兆しすらまったくありませんでした。世界の指導者であると思っていた「池田先生」も世界ではまるで無名でした。世界には一部の人を除いては「創価学会」「池田大作」の存在をする人などいませんでした。
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